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2007年3月

ライブドア堀江元社長実刑判決

ライブドア堀江元社長実刑判決

 俗に言うライブドア事件、正確にはライブドア粉飾決算および風説の流布による株取引に基づく有価証券取引法違反事件で、ライブドア元社長堀江貴文氏(34)が懲役2年6カ月(求刑懲役4年)の実刑判決が出された。
 ライブドア事件に関して言えば、「時代の寵児」といわれた堀江氏が逮捕されるという2006年はじめの最も衝撃的な内容から幕をあける。その後、エイチアイ証券副社長で堀江の腹心といわれた野口氏が沖縄で自殺(いまだに他殺説が消えないが、公的には自殺)するなど、なかなか話題が多かった。その不可解な流れに関して言えばきりがないので、今回は裁判に関することだけを記載する。
 有価証券法は、そもそも有価証券を発行し一般証券市場において売買が予定される有価証券に関して、その有価証券の売買が正常かつ公平に行われるように規定された法律である。
 今回の罪は、有価証券の売買に当たり、自分の会社の売上を実態以上によく「粉飾」したことにより、有価証券の売買における株購入者に正常な判断をさせず、自社株を購入させたことによって、損害を与えたことが罪の主体となる。
 今回の粉飾は、ライブドア株の売却を、実質的に子会社「連結対象」の投資ファンドが売却したにかかわらず、その売上を計上したということに所以している。
 自社株の売却は、当然に資本金(または資本準備金)の経常であり、売上の経常にはならない。それを、外部団体である投資ファンドを利用することにより、売上の経常をしたのである。
 さて、まず投資ファンドとはなんなのか。投資ファンドが株式会社で、100%子会社である場合は、当然に株の売却は経常不可能である。一方、投資ファンドが株を買った場合は、投資ファンドの正確にもよるが、証券会社のように株の売買を目的とした会社であれば、その売上経常は可能である。
 ところで、ここでいう投資ファンドとはどのようなものであろうか。ファンドとは、日本語で「基金」と訳される。不特定多数から資金を集め、「基金」の目的に沿ってその資金を投資または融資し、その利益回収により基金団体の収益としながら資金出資者に対し配当を行う擬制法人である。要するに、本来であれば基金は目的があり、その目的に従った「投融資」を行うものであり、基金そのものが株を購入したことでは売上経常はできない。
 では、なぜそれが問題にならないのか。
 ここでいう「ファンド」は「基金」ではなく「匿名組合」という法人になっているためである。
 匿名組合とは、法律で特に出資者または組合員の指名または関係を公開しないことを予定した共同組合である。組合であることは、組合員資格が存在し「特定多数」となるために、特に不特定多数の被害者を出すことは予定されておらず、同時に、法人格を取得していることから、法人として活動することが可能である。
 組合であれば、組合員の相違により売上経常を行うことが可能であり、同時に組合員が匿名であることから、配当など人に知られない場合も少なくない。
 ライブドアは、「ファンド」という不安定な定義に、うまく匿名組合の秘匿性と基金の運用者の自由を合わせる、といえば非常に言い言い方であり、「良いとこ取り」をした。
 「良いとこ取り」の利益は、彼らが逮捕されるまでのライブドアの利益をみれば一目瞭然であろう。一方、「良いとこ取り」はそのまま「悪いとこ取り」になる可能性を秘めている。いざ裁判ということになれば、その悪いとこ取りがでてしまい、有罪確定どころか情状酌量もおぼつかなくなる。今回の判決が妥当ということになりかねない。一つの制度は、それでバランスがとれるようになっているので、そのバランスが崩れてしまえば、一方に有利になってしまう。その有利な内容は、いつ逆転するかわからない不安定なものになってしまいかねない。今回の裁判はそれを示した良い例であろう。
 さて、ライブドア事件は、当然に政治家に影響を及ぼした。この事件で名前が上がった政治家は少なくない。大きな金が動くと、かならず政治家の名前が出てくる。しかし、さすがに今回は裁判上で政治家の名前が出てこなかったようである。この点で、新しい裁判制度である「訴訟準備手続き」による争点の事前整理と集中審議は、関与した政治家にとっては非常に有用な内容になったと考えられる。要するに粉飾決算の認識と支持、そしてこれら行動の堀江氏の代表取締役としての責任に言及され、またその被害もかなり限定的に絞られて争点とされ、それ以外の関連状況や社会環境に関してはまったく争点とならなかった。
 名前の上がった政治家は自民党ばかりではない。マスコミは、堀江氏が総選挙に出たとき、広島3区に応援に出かけた武部勤自民党幹事長(当時)の映像などを出し、いかにも武部氏と堀江氏の癒着を描こうとしていたが、実際にライブドアに投資し資金を運用していた国会議員またはその関係者は与党に限らず野党にも多数いる。永田前議員による、いわゆる「ガセネタメール事件」で追及が止まっているのも、民主党はそれによる自爆がないといいきれないためであろう。
 また、投資をしていることそのものには法律的に問題はない。当然にそのことで代議士を攻めることはできない。自民党議員もだまされていたという答弁になった場合「グルになって犯罪行為を助長していた」と、感傷的に(亀井静香議員などはそのような発言をしているが)言うことはできるが、何か根拠を持った発言ができるものではない。
 せいぜい、そのような企業ができる環境をつくったというぐらいであるが、それは、ほかの犯罪でも同じであり、殺人や傷害なども含めて犯罪が起きたことを政治の責任にするのは議論の飛躍はなはだしい。
 さて、そういう意味で今回の判決は注目されていたが、結局多くの人が期待した政治家の関与や、大きな後ろの闇が明らかになったり、その話が出てくるようなこともなく、一企業とその経営者の経済犯罪ということで、一旦幕を閉じた。
 今後高裁で争われるが、これらのことが明らかになることはないであろう

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都知事選挙狂想曲

都知事選挙狂想曲

 4月8日に日本では統一地方選挙がおこなわれる。この時期に行われる多くの首長選挙が統一した日程で行われるというものである。このことによって、告知などが個別に行われる必要がないので、国民への周知という意味で統一で行うことにメリットがある。
 当然に、統一地方選挙であるが、中でも最も注目を集めているのが東京都の都知事選挙である。都知事選挙は、3選目を目指す石原慎太郎都知事い対し、共産党公認の吉田万三候補、そして、石原氏と盟友と言われた建築家の黒川紀章候補、そして、前宮城県知事で民主党が推薦している浅野史郎候補、教育者で「フクロウ先生」で知られた古川候補が立候補した。 実質的に、与党の石原氏に対して共産党の吉田候補、民主党の浅野候補、そして無所属の黒川、古川両候補という形になっている。
 今回の選挙は、二つの意味で注目されている。ひとつは、一つは、いつも言われることであるが、今年7月に行われる参議院選挙、要するに国政選挙への影響である。俗に「前哨戦」などといわれるが、少なくとも東京都民の政治に関する感触と、各政党の支持がうかがえる。
 もう一つは、黒川候補の立候補による石原知事の対応である。黒川候補は、石原知事の盟友といわれ、過去二回(現在の就任前に落選したものを含めれば三回)の都知事選挙だけでなく、息子二人の選挙まで支持をしている。当然に石原都知事の選挙戦の多くを知っている人物であり、また俗に言う選挙参謀でもあった。当然に石原氏の支持層も付き合いが深い。今回の選挙では、石原知事の圧勝といわれていたが、この黒川候補の立候補がどのように影響するかが注目される。
 さて、なぜこのような注目になるのであろうか。簡単に言えば現在の首都東京における政治的な課題が少ないというのが大きな理由である。
 まず、東京都知事選挙の大きな話題といえば、東京オリンピック開催立候補。去年福岡県と東京都でかなり大掛かりな議論がされていたが、結局JOCは日本として東京都開催をIOCに推薦立候補することを決定した。そもそも、現在の東京でオリンピックを開催招致するということそのものに賛否両論あるのであるが、その賛否両論を議題にしている。しかし、そもそもこのオリンピック招致、2008年は北京、その次はロンドンで開催が決定してり、2016年の話である。今回の選挙で当選した知事が3期知事を続けなければオリンピック招致はできないのである。当然に、オリンピック招致に関しては「賛成」「反対」のほかに「一度見直す」などの中道保留案が出てくることになる。浅野候補などはその感じであり、政策論争をしてもこの件に関しては態度を明確化していない。
 次にあるのが、首都移転問題。しかし、この議論もかなりホットではなくなってきている。国政の態度が、そもそも首都移転よりも先に、地方分権と道州制の確立ということに主眼をおいていることと、首都を決めるのは国家、国政であり一地方でしかない東京都の知事が決定する政策ではない。結局は国政の提案に対する賛否を問う形でしかないのである。首都移転反対の根拠は、東京都の八店に首都機能は必要不可欠であるということである。一方で反対派は、首都機能があることによる交通渋滞や人口密集、物価上昇などの生活者の不便を訴える。しかし、生活者はそもそも「便利だから」東京に移転してくるのであり、不便ならば東京から離れるはずである。もちろん、仕事の都合などもあるが、生活者は主婦ばかりではないので、当然に生活の基盤となる仕事とと、それに見合った収入がなければ成り立たない。しばらく前からSOHOやUターン、Iターン就職がいわれているが、やはり田舎暮らしにだれもがあこがれながらそれに踏み切らないのにはそれなりの理由がある。個人的に言えば、私は東京生まれ東京育ちであり、一時関西地区に居住していたが、人生のほとんどを東京で過ごしている。結局首都東京で交通渋滞や環境問題などといっているが、生まれ育った場所がそうなので、特に不便さは感じない。「住めば都」とはよく言ったものであり、田舎暮らしをすると、初日などはよいが数日すると不安になってくる。
 首都機能移転問題は、首都が東京に存在することではなく、一極集中による交通渋滞などの不便と地域格差の問題になる。しかし、東京都の選挙でいえば地域格差の問題は議論にならないので、結局は一極集中を解消すればよい。そのことは、高速道路建設などのインフラ整備に公共設備の地方(東京都内の地方)への移設ということになる。築地の市場の移転や外環状高速道路の建設、地下鉄大江戸線の開通などが挙げられる。しかし、実際は、交通インフラを便利にすれば、その便利さに惹かれて人が流入してくるのであり、結局集中は変わらない。最終的な手段としては、地方からの東京都移住を制限するということが必要になってくるという、極論もでてくるが、当然に現行憲法下で許されるはずがない。逆に、私のみたところ、現在の日本で東京ほど便利な場所はないであろう。そもそも、首都移転を語るのであれば、他の地方自治体がインフラ整備を投資しなければならない。宮城県知事をしていた浅野候補がいろいろといっても、結局は首都機能とそれに伴う人口を抱えられる準備ができていない地方都市ばかりであり、また、たとえば宮城県内であっても、堅調所在地とそれ以外のとことの格差を埋めることができていないのが「実績」であり、国政レベルの首都機能に関して意見をいえる問題ではない。つまるところ、地方都市の発展のために、首都受け入れという名目で国家の税金を投資してもらって、地方都市を開発するということになってしまう。そのこと自体の賛否は別にして、首都移転問題は、一つの側面からみればこう言う問題であり、都知事選挙の政策論争に入れること事態がナンセンスであると、どの候補がいうかみてみたい。
 他の話題といえば、福祉や教育、それと災害対策。ことに災害対策は、東海大地震がいわれて久しい。今から20年ほど前、富士山爆発を予想して、いつの間にかいなくなってしまった気象評論家がいたし、1999年8月に世界が滅びるとしたノストラダムスの大予言を発行出版した人もいる。しかし、今のところ富士山大爆発も世界の終焉も来ていない。
 しかし、地震はかなりの確立で来るであろうということがいわれる。私自身、たまたま関西にいたころ阪神淡路大震災の被害にあっているので、今の東海大地震のように事前に心の準備をしておけばまだ楽である。自然災害は、いつくるか予想が難しい(不可能ということも言える)。それよりは発生した後の復興ということと、被害者九歳ということが最も重要である。そのことに関しては「人命を際優先し」というのがすべての候補に一致しており、あとは具体策の違いだけであるために、どうしようもない。
 都知事選挙の議題は、このような感じで、そもそもそんなに存在しないというのが最も大きな問題である。政策論争がないということは、イメージと期待感と所属政党の投票ということになる。
 石原都知事は、有名であるがゆえに幾分スキャンダルがいわれているが、他の候補に関しても、知られていないだけかもしれないので、何とも言えないであろう。また、都議会をみにゆけばわかるが、候補は違っても、都議会の中では、自民党も民主党も「与党」であり、石原都知事と浅野候補の対決は、国政選挙では与野党対決であっても、都内では与党分裂でしかない。
 そのように考えると、結局は「人気投票」ということになる。その意味では知名度で石原都知事が有利ということになり、その牙城を黒川候補と浅野候補がどれだけ崩せるかという話にしかならない。
 都知事選挙は話題になっているものの、選挙としてはあまりよいものではないのではないか。マスコミがワイドショー的に大騒ぎをしているだけであるような期がしてならない。それよりも「統一地方選挙」である。都知事選挙以外の主張選挙に注目し、7月の国政を占うべきではないだろうか。

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