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2007年7月

参議院選挙結果私見と今後

参議院選挙結果私見と今後

 平成19年7月29日、参議院選挙が行われた。この件に関しては、すでに争点を送付した通りである。
 この結果は、すでにマスコミ各社で出ている通りに、自民党の歴史的惨敗である37議席にとどまる内容であり、与党の過半数割れどころか、参議院における第一党を民主党に譲り渡すという結果になった。
 宮沢内閣で戦い、政権を細川内閣に譲り渡したときも、第一党は自民党であった。ただ、連立された場合の過半数を取れなかったという記録である。消費税のときに土井タカ子日本社会党委員長(当時)が参議院で首班指名を受けたときも、第一党の座を明け渡したことはない。国会内で自民党が第一党を明け渡したのは、俗に言う55年体制後初のことである。
 さて、まずは敗因分析を簡単に行い、その後、今後の展開を予想しよう。

 まず敗因分析である。

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中国製品の闇

中国製品の闇

 参議院選挙の特集をしていたので、しばらく政治の話ばかりであった。もちろん国会新聞であるからそれもよいのであるが、やはり、経済や国際ネタもほしいところである。この間、様々な話があるが、国会新聞社発の週刊誌ネタも出てくるであろう。もちろん、マスコミはネタ元を明かさないのが原則なので、どの分野にどのようなネタを振ったか、そのネタ元がどこであるかは秘匿させていただくが、様々な内容が出てくることが今のところ言える。
 周囲は選挙一色になっている中、国際関係としてかなり問題となる話が出てきている。中国産製品や中国産食品の安全性の問題である。今週刊誌などでかなり大きく紙面を割いているのが参議院選挙とこの問題である。
 ことの発端は、中米で中国に委託製造していた薬品を接種した子供が40名以上変死したという国際ニュースからである。薬品を分析したところ、詳しい物質名は忘れたが、人間に害悪のある薬品が混入しており、今までの薬害のようなものと異なり、完全に製造段階での異薬物の混入であることが明らかになった。中米の輸入元はあわてて回収したが、中国は一向に保証に応じないばかりか、輸入元製薬会社に対してクレームをつける始末。
 その後アメリカでのペットフードも同様の騒動が発生し、その後に、日本ではどうかという話になった。すると、まずは温泉旅館などで無料で配布される歯磨き粉が挙げられ、その後次から次と製品リコールが出てくるようになったのである。
 中国産ということに関するブランドの信用度合いということになるが、中国は、日本の対応について「日本は基準が厳しすぎるので話にならない」とクレームを言ってくるという状況。
 さて、この問題は、今まで「世界の工場」と言っていた中国における「世界の工場としての資格」の問題、つまり中国国内の製造と製品管理及び不良品に対する責任体制の問題という、中国側の問題と、一方で、「それでも中国に製造や食品輸出を頼らなければならない日本」という日本の事情の二つの問題が存在する。そして、最後には日本の中国との付き合い方の再考というテーマになる。
 まず、中国側の問題。
 率直に私の個人的な感想を書けば、「中国ならばありうる」という話である。そしてそのための対策を日本を含めた諸外国(中米の国やアメリカなど)がとらなかった結果でしかない。
 中国の現状を簡単にみてみよう。小さなところで違いはあるが、基本的には共産主義経済国家であり、中国共産党の一党独裁で、そのうえに2001年秋の日本の国会に当たる全国人民代表者会議(全人代)で資本家の政治介入を認めたところである。
 要するに、政治的な基盤と経済的な基盤が完全に分離した状況である。法制度は共産主義国家であるが、経済は資本主義であり、その資本主義を支える基準は人的基準になっている。法律に書いてあることは守られるが、法律に書いていないこと、日本では「規則」「細則」「執行規則」などが記載される内容に関して、それらの法律がないのが現状である。たとえば担保を実行するとき、日本では民事執行法という法律に従って執行され、その具体的な内容は民事執行規則、民事執行細則、という二つの「法令」により詳細な内容が記載されている。一方中国には民事執行法はあるが、だれが執行するのかという内容から始まり、どのように執行されるのかという内容まで含めて具体的な内容が記載された法律が存在しない。要するに、その執行の形式や具体的な執行手順は政治的な、または権力的、場合によっては金権的な内容によって変化するのである。
 さて、そのような中国において「資本主義的経済活動」が活発に行われているのである。共産主義的ルールと細則や執行規則のない法律に従って、資本主義的経済活動が行われていると考えてよい。当然に、今中国国内において北京オリンピックを前に課題としているマナーがない。これらを総合してよく、中国は人治国家だという人がいるが、それは間違いである。中国は法治国家であり、法律は適宜運用されている。しかし、その法律に記載のないところに人的要素が含まれる。その割合が、日本よりも多いということが言えるのである。
 共産主義、社会主義経済国家の特徴として、自由主義、資本主義的なマナーがないということが挙げられる。ロシアのペレストロイカのときも東西ドイツの統一のときもそのことが言われている。現在日本が直面している北朝鮮問題も、北朝鮮の国家が国際社会上のマナーがなく、それに米中をはじめとする諸国家が振り回されているというようにも見えなくない。
 さて、共産主義国家のマナー欠如は、ある意味制度的な部分がある。まず、社会資本が共有である以上、自己所有という概念から来る「大事にする」という感覚が少なくなる。同時に最低限のことを守っていればサービスなどソフト面の対応は必要ない。それが自分の評価につながらないからだ、そして何よりも、共産主義国家になる家庭において、必ず革命が起きている。その革命は、裕福な者から私的財産を奪取し、公的資産として運用することを基本としている。貴族や封建領主ならば、幾分の私的財産の没収は仕方がないかもしれないが、革命はその範囲に収まらず、商業資本家や産業資本家すべてを対象とする没収活動が行われた。いわゆるプロレタリアート革命である。この革命により、いずれも「資本家」は崩壊する。その資本の多くは国家に没収されるが、一部は資本家の資産として国外に逃亡される。または国内においても隠すという行為が発生する。ゆきすぎた革命がかえってモラルハザードを起こし典型的な事例となる。そのうえ、そのモラルハザードが子孫や革命の指導者に伝播する。数十年の単位で、その状況がはぐくまれるのであるから、彼らとしてはマナーの欠如ではなく、当然な自衛策の一つでしかない。
 中国に関しては、詳細に述べることがあるだろう。今回はこの辺にしておく。
 このような国に製造を委託するということは、一つの大きな賭けである。
 まず、共産主義であるということは、当然に計画経済の中にある。国家指導の下で経済の発展を進めてゆく。国家指導ということは、当然に現場ではなく、机上で計算された内容ということになる。また、その目的は国家を裕福にさせる計画であり、労働者や人民は国家発展の間接的恩恵を受けるにとどまる。そのために、経済成長の妨げとなるものを排除する。一つは中国人による投資。技術などは外国に持ってきてもらうものであるし、その投資も外国人にしてもらうものである。中国人は最低限形だけ投資すればよい。もう一つは、人件費の高騰を抑えることである。何よりも人件費と社会保証費が最も大きな経済の妨げである。年金問題が騒がれている中でこれを主張するのは気が引けるが、日本においても会社会計において退職金積立金や福利厚生費を削除すれば有料企業になる会社は多くある。そればかりか、企業会計が苦しくなると行われる「リストラ」要するに解雇は、単純に人件費と福利厚生費の削除にほかならない。
 中国の経済をみてみよう、10年以上連続で毎年8%~20%の経済成長を成し遂げている。しかし労働者の平均年収はまったく変わっていない。10年で10%も上がっていない。
 当然に報酬、金銭上のインセンティブによるモラルが期待できないことは明らかである。社会主義国家の場合「国家、人民のため」という抽象的な目的を挙げて人民を説得するのであるが、実際の金銭的な内容において、その目的でモラルを喚起することはできない。ましてや、数十年の間熟成された自衛策であれば捨てきれないであろう。
 そうなればこんにち起きているような製品事故(事故というよりは故意犯罪に近いが)が発生する。そこに本人たちの犯罪の認識が有るか無いかは別にして、製品部分で手を抜き、代替素材を使い、そして利幅を大きくして何とかしようと考える。ここで問題になるのは、「事故が起きるような」代替素材や手抜きが行われているかということである。それは、担当した中国人の学習能力とモラルの感覚によって決せられる。日本でも、代替商品というのは普通に考えられる話である。しかし、それは「効果が同じ」という前提であり、当然に安全性が保証されている。しかし、それは「代替商品を使用しても製品の安全性や性能、能力に代わりがない」ということを知っている、または実証しているからできる話であり、それだけの知識や経験がなければそれらのことはできない。では、中国人にそれだけの知識や経験が存在するか、ということになるが、日本人以上に知識や経験が豊富な優秀な人も多い、しかし、それ以上に日本人よりも知識がなく経験も好きない人も多いということがいえる。単純に人口比率で数をいえばそうなるうえに、文化大革命後の教育がそのようにしているといえる。
 要するに、この製品事故の中には、過失で代替商品を使ってしまったものも存在するということが挙げられる。故意犯罪ばかりではない。
 では、これらに関してどうしたらよいか。簡単な話で発注側、要するに日本人が現地に駐在して検品を行う必要があるのである。その検品をしている企業は問題ないし、中国人に任せきりになっている会社の製品は、故意、過失を含め製品瑕疵がある可能性がある。それらはすべて輸入者の責任であり、中国人に任せたリスク(その分低コストで生産した利益も享受している)も受けるべきである。
 私の経験であるが、大連で店を経営しているとき、中国人がそれは見事な豆腐をつくってきた。大豆もにがりも天然もので、試食をすれば、通常の豆腐とはまったく異なる、しょうゆなどがなくても充分においしい味のある豆腐であった。すぐに取引を開始した。二日後、豆腐が100個届いた。私のところに1つサンプルが届いた。非常においしい二日前の豆腐であった。私は、店に言ってもう一つ、店頭に並んでいた商品を持ってこさせた。検品である。案の定、店に出している商品は「す」の入ったひどいものであった。私は中国人の業者を呼び、その商品二つを見せて、そのうえ業者の前で納入した商品をあけさせ、商品を確認したうえで業者の取引を中止した。
 これが中国の中国国内であっても当たり前な検品のあり方である。ましてや、貿易となれば、より慎重に検品して当然である。しかし、日本人は官僚に頼る体質が抜けていない。中国や日本で税関や官憲が検査をするが、その検査は最低限であり、日本国内で製品事故を起こした際に責任を転嫁できるほどの検査ではない。当然に自分で検査検品の必要性があるが、その検査検品を独自にしているところは少ない。
 東京ディズニーランドの商品の多くも中国製造である。しかし、あそこの商品は事故があるという話を聞かない。その委託工場には、専門の日本人スタッフが常駐しており(オリエンタルランドの職員ではない)、そのうえで、ほぼ全品、日本人の経営する中国国内の検査会社に製品検査を委託する。完全な大三社機関であり、日本人が設立した日本向け基準の会社である。そのうえで税関調査などがあり、輸入後オリエンタルランド内でもう一度検品する。その分コストが高いが、安全を「買って」いる感じである。逆にディズニーランドはそこまでして自社のブランドイメージを守っているとも取れる。
 日本で中国に製造を委託している企業が、自社のブランドや信用を守るという観点になっているのか、利用者への製造責任という観点を重要視しているのか、あるいはコスト削減という感覚しかないのか、が問われていることを認識して中国に進出しているのであろうか。安全管理をしっかりすれば、ややもすると、日本で製造するよりもコストがかかる可能性もあるということを認識しているのであろうか。
 さて、最後に日本の事情。
 日本は、食糧自給率が極めて低い。その対策として米の自作農保護政策を進めてきているが、農村部の高齢化などによりうまく行っていない。自給できない食料品は輸入で賄われている。その輸入先は世界各国にある。農産物の多くは中国であるといってよい。この現状を踏まえて、食品表示法は原産地表示を義務付けたり、原材料表示を厳格化したり、あるいは通称名を廃止するなど様々な手を使って職の安全を守ろうとしている。しかし食糧自給が農水省であるのに対し、食品表示が経産省では、日本の縦割り行政でうまく連携が取れていないのが現状である。先日発生した北海道ミートホープ社の挽肉異物混入事件などは、まさに農水省と経産省に地方自治体たる北海道という三つの担当所管の責任転嫁で見苦しい一面もあった。
 では、日本国民の食の安全ということに関し、これら省庁はいかに考えているのか。輸入食材に関しどのような監視をするのか、それとは別に、その監査を行うことによって輸入できなくなった場合に、日本が食糧不足にならないのか。その保証はあるのか。
 世界的な異常気象と地球温暖化の中において、それらの内容をいかに調整をつけるのかは、それこそ行政の問題である。その責任を全うできるのか。
 一方、輸入、製造委託をしている企業は、安易なコスト削減と検品ということまでも外国に丸投げして、安易な利益をつくっていないのか。自社のブランドや自社の製品のプライドを持っているのか。
 中国は、日本向けだけでなく、中国国内で流通している商品も製品事故が発生している。その事実を正しく報道し明らかにしているのか。
 私が中国にいたとき、一つの事件が記憶にある。中国で焼き肉を食べていたとき、BGMにラジオ放送が流れていた。ニュースの時間になって三つ目くらいのニュースになった。そのニュースの途中で、焼き肉屋の中の客(20組くらいいたと思う)が、一斉に酒のグラスを机のうえにおいたのである。我々だけがビールを飲んでいた。不振に思った私が通訳に聞いたところ「今ニュースで、ウィスキーのから瓶にエタノールとウーロン茶を混ぜて売った業者が死刑になったというニュースだったんですよ。」「そんなんで死刑になったの」「そりゃそうですよ。40人もそれを飲んで病院に運ばれたらしいです」
 日本や海外への輸出製品だけがそのようになっているのではない。中国国内で流通しているものでも、安全性に疑問府がつけられる商品を売っているのである。微妙な日中関係や米中関係によって、民間レベルでなっているのではなく、中国の製造業はそのようなレベルなのであると認識すべきである。
 いずれにせよ、年間3兆円も投資を行っている隣国中国と、経済的に縁を切ることはできないであろう。そのような国と付き合っているという認識で、輸入業者は自分のブランドと製品、そして利用者の安全を、自分のリスクと責任で守るべきであり、それができない業者は、中国と取引をしないようにしなければならない。同時に、消費者は、中国製品に注意しながらも、どの輸入業者は安全な製品を輸入し、リスク管理ができているのかということを、日本の企業のレベルで選別し、自分の安全を守るべきであろう。

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参議院選挙の争点(5) まとめ

参議院選挙の争点(5) まとめ

 年金、北朝鮮、大臣不祥事、三種類の争点について解説した。ほかにも論点はある。消費税、教育、そして憲法改正である。しかし、これらはいずれもまだ具体化しておらず観念的な内容でしかない。
 一方、今回の国会、延長までした内容で国家公務員法改正などもある。各省庁の天下り先との直接交渉の禁止が成立している。教育三法の改正も言われ、教員免許の更新制になった。しかし、いずれも具体化していないばかりではない。
 また、労働組合問題も年金問題に関連して出てきている。そもそも公務員が政治活動をすることが禁じられているのに、教員の組織である日教組や公務員の労働組合が自治労として政治活動しているのはいかがなものかという議論をすべきである。しかし、これらに関しても今回の選挙の争点ではない。
 選挙のとき、ほとんど「XX選挙」というように命名される。前回の総選挙は「郵政民営化選挙」であった。今回が「年金選挙」になるのかどうかは、不明であるが、今挙げた内容が争点でないのは明らかである。
 さて、このような選挙の流れで体制は見えてきている。自民党が40議席割れで、一方の民主党が50議席を超える勢いである。しかし、事前のアンケートの数値がその通りになるかははなはだ疑問である。
 電話のアンケートは答えても結局選挙に行かない人が少なくない。その場合は固定票の有無で左右される。一方浮動票が多ければそれだけアンケート結果が反映される。今回の選挙で争われた内容が、すべてにおいて安倍内閣に対して批判的であるということから考えて、上記のアンケート結果は妥当な部分もあるが、それ以上に自民党や安倍内閣の広報、国民への告知や対策の不手際が目立つ選挙戦である。
 選挙の理想は、参議院ならば、今後6年間の日本の姿やあるべき姿を議論すべきであるが、過去の事件の後始末や閣僚のスキャンダルに追われての選挙では不本意であろう。
 一方、民主党はマスコミの強大な援護を受け、非常に優位に進めている。しかし、今回は「安倍はだめだ」という雰囲気で勝っているのであり、民主党の政策が支持されているものではない。逆に言えば民主が勝った後の国会運営がどのようになるのかが最も重要になるであろう。そもそも、どのような政策になるのか、あるいは、参議院選挙後も「対立路線」で行われるのか、参議院与党たる民主党が対立路線と政権批判で支持を失わないのか、小沢氏は、今までよりも難しい国会運営の困難が待っている。小沢氏本人の身の処し方を含めて考えなければならない状況になるであろう。
 公明党は別にして、そのほかの政党も選挙後がどうなるかである。キャスティングボードを気取っていた国民新党は、特にその中身がどのようになるのか、小政党の身の処し方を考えるべきである。
 選挙は、未来を占うものであるが、過去が争点となっている点に大きな注意が必要である。過去、たとえば消費税選挙も、昨年の郵政民営化選挙も先の日本の形に関する選挙であったのに対し、年金選挙であるとすれば、あるいは政治とカネ選挙であれば、過去の実態での選挙でしかない。そのことは、日本の今後の姿に関するビジョンを示さない選挙であるという特徴がある。自民党ほか、与党も、民主党ほか野党も、そのことを承知し、政策で選挙を戦うべきではないだろうか。また、そのことであおるマスコミ各社も、かなり異常である。この国の将来をどうするかという議論をする場を設けるべきであろう。それが「美しい国」なのかどうか、今まで議論された形跡もなければ、選挙の争点でもない。
 まとめとして、今回は短いが、過去の評価の選挙である以上、あまり評論することはない。今のまま過去の実績選挙、あたかも裁判の陪審のような選挙であれば自民党は三十台の議席になるであろう。私は親しい人に40議席上下2議席と予想していたが、それは何とも言えるものではない。この期に及んで自民党内で内紛(高知の候補が安倍首相批判を行うなど)があれば、その予想数値を大きく外す可能性もある。
 今後最終日までの選挙戦の各党の奮戦により決まるであろう。各候補者の訴えがどれだけ国民に届くか、各候補者の奮戦を期待する。また、国民の良識ある判断を期待するものである

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参議院選挙の争点(4) 閣僚不祥事  

参議院選挙の争点(4) 閣僚不祥事  

参議院選挙を前にして大臣が代わるという異変が起きた。のちに詳細を記載するが、かなり異例なことである。 昨年9月に安倍内閣が発足し、すぐに組閣が行われた。しかし、その組閣後、1月に佐田玄一郎行政改革担当大臣が政治資金規制法の問題で辞任し、渡辺喜美議員に交替した。次に柳沢大臣の生む機械発言で国会が空転した。柳沢大臣は一時辞意を考えるほどであった。5月には様々な不祥事をいわれた松岡農林水産大臣が、現役大臣としては戦後初の自殺というショッキングな事件が発生した。そして、今回久間防衛大臣が「原爆投下はしょうがない」と発言して、その責任をとって辞任し、小池首相補佐官が女性初の防衛大臣に就任するということになった。 発足以来、1年以内に3人の閣僚が代わるというのじゃ以上事態である。大臣の交替を入れなければ、このほかにも出てくるありさまである。 各々の事件については、ここでいろいろ書かなくてもすでに報道されているので、その件に関していろいろという気はない。問題は、このようになってしまった結果に対する評価が、そのまま参議院選挙に影響するということである。 野党は、大臣の交替並びに、事情の説明責任と安倍首相の任命責任という方法で与党を攻撃する。また、日本人はスキャンダルが大好きなので、実際の大臣としての仕事や衆議院としての仕事以前に、このような報道に敏感になる。 思えば、宮沢喜一(故人)内閣がリクルート事件の裏献金問題で総辞職し、その後河野洋平総裁で戦った総選挙において、自民党が分裂し、戦後初の自民党以外の内閣である細川連立内閣が発足したのである。これは、小沢一郎はじめとする経世会幹部の離党ということもあったが、逆に自民党の総裁が汚職をしていたという疑いで負けた方が強い。閣僚の不祥事はそれだけで政権交替の可能性があるほどの重要事項であるといえる。 それほど閣僚の不祥事には気をつけなければならない。ほかの政策の失敗などは問題にならないほどのインパクトを与える。 今の国民は、基本的に政治に興味がない。無関心である。一方、全員が駐留もしくはそれ以下の階級に属していると感じ、競争社会につかれるストレス社会に生きている。そのストレスのはけ口もない状況、そして、現状を打破できない閉鎖的な状況において、そのストレスのはけ口を求めている状況である。そのうえあまり外国と関係があるわけではない。横の間での争いが少ない状況にある。そのような中での標的は自分の上の階級に当たるものへの「匿名的な」攻撃である。 そもそも教育からしてそうである。「争いはしないように」「喧嘩はしないように」と教えられてきている。しかし、実際社会に出れば競争社会であり弱肉強食である。まだ国内のサラリーマンはそれでよいが、海外に出ればなおさら、実力のあるものだけが重用される世の中である。会社経営は効率化を求められる、要するに能力の劣るものを解雇するという状況になる。そのようなときに「争いはしないように」などというお題目を並べられても何の意味もない。 さて、横の競争がない状況であれば、上下間の争いになる。そうなれば当然に支配階級への批判が出てくる。競争がないということは、一律で上げる以外になく、それを実現するためには、うえがいなくならないと不可能ということになる。 しかし、表立って批判をすれば狙われる。そこで匿名的に支配階級を批判することが行われる。サラリーマンの同期の仲間内ならば、同じ部署の上司の愚痴を言いながら酒を飲むということにつながる。しかし、上司が一緒の飲み会ならば取締役や社長の批判、それができなければ業界の批判、そして国、政策への批判とレベルが上がってくる。それも、一般論で共通認識があれば、話題として盛り上がるし、場がもつ。また、国や政策に関しての意見では、自分が所属している会社組織の批判にならないために自分が狙われることもない。そして、最後には自分一人や仲間数人で何とかなるものでないために「あきらめる」要するに、現状を肯定するという形が生まれる。久間前防衛大臣ではないが「しょうがない」のである。 さて、マスコミは当然に一般市民への放送である。では、一般市民が上記のような状態にあるとき、そこに迎合して国や企業の象徴の批判をする。それもサラリーマンの居酒屋レベルではどうしようもないので、それを強調、誇大化し、「という声が上がっている」というように、強調した過激な意見を「一般化」するのである。 適当なジャーナリスト諸兄が「批判精神」と言っているのは、自己のこのような一般迎合で居酒屋会話の延長線上のことをしていることを隠しているに過ぎない。その証拠に、ほかの事件に関連または全体のバランスを取れた対案を出すことができず、無責任な批判を繰り返すのみである。 たとえば、今回の年金問題で社会保険庁職員の賞与の自主返納を求め、また歴代長官と厚生省事務時間にも相当額の自主返納を求めた事例。マスコミ各社はこぞって「選挙対策にすぎない」「何の解決にもならない」というが、ではどうしたらよいのか。過去に戻ってやり直しができるならばそうすればよい。しかし、それができない状態において、それを担当しているものに「賞与」の返納を求め、それを実行し、一方で第三者委員会による基準の見直しを行う。不十分であるかもしれないが、逆にそれ以上何をするというのでもない。無責任に騒いでいるだけに過ぎない。またそのような結果をもたらした担当者に「給与」ではなく「賞与」の返納をもとめるのは、責任の明確化としてよいといわざるを得ない。何もしないで税金をかけて調査をする、ということは、社会保険長の仕事が足りずに国家予算を使うことになるのであり、余分な経費文章四がなくなるのは当然のこと。また、すでに退職した責任者にまでその範囲を広げるというのはかなり異例であるし、民間会社でもほとんど聞かない話であり、一つの事件の解決として画期的であるといえる。しかし、マスコミはそれを批判し、何の対策もなく騒ぎ立てる。「恥ずかしくないのであろうか」という疑問しか浮かばない。 しかし、上記のように「迎合」の形が「批判精神」であるならば、居酒屋のサラリーマンの愚痴の延長線上が「批判精神」であるならば、そのような対案のない批判がまかり通るのである。 さて、この項は大臣の不祥事に関する参議院選挙の影響について書いている。しかし、このようにマスコミや一般のサラリーマンの愚痴に関して書かざるを得ないのは、「不祥事」とされた中には、マスコミが「作り出した」内容が少なくないからである。 柳沢大臣の「生む機械」発言は、以前にも書いたが、その内容をすべて聞けば特に変わったものではない。物のたとえとして行った発言にすぎず、女性蔑視でもなんでもない。 松岡前大臣の還元水問題でも、後任の赤城大臣の事務所費でも「道義的にみて」おかしいだけで、政治家として、国会議員として「違法行為」をしたものではない。国会議員が特別扱いでよいのかという議論は正当であるが、法に則って処理した問題に関して追及を受ける必要はない。「道義的」とはほかに攻める口がないときの常套句であり、その言葉を口にしたとたん、心ある人は「心情的以外に悪いことはしていない」「要するに嫉妬の感情か」と思う。 それでも、国民が言うのはわかる。居酒屋の愚痴の延長線上でしかないのであるから「何を言ってもよい」のだ。しかし、同じ基準の国会議員が「道義的」とかいうのはいかがか。そもそも、自分たちの力不足で政治資金規制法が変わらなかったわけであるし、そもそも、言っている本人が政治資金規制法以上に厳しい基準で、要するに国民と同じ1円単位で領収証を添付して会計報告をしているのかも不明である。他人事であるから無責任で何でも言えるが、自分のことになれば何も言えなくなる。 野党の追及でそのようなことは過去に何度でもある。年金未納問題では「未納三兄弟」などと揶揄した菅直人本人が未納であったし、今声を挙げている社民党でも、辻本議員が秘書給与詐欺で辞職したのは記憶に新しい。 要するにスキャンダルはつくられるものである。そして、小泉政権のときは、田中外務大臣の罷免を含め、その国民の嫉妬心をはね返してきた。わかりやすい政治と統率の取れた内閣、そして与党自民党と官邸の連携でカバーしてきた。 今の安倍内閣にはその連携や、はね返す力が少ない。選挙前なのにこのように大臣スキャンダルが出るのは、官邸が大臣を統率しきれていないことが言われている。与党と官邸の溝も言われている。 同じ改革をしていながら、小泉内閣と安倍内閣の差が出てくるのは、その辺の「統率と連携」であり、行っていることや行っている人の問題ではない。 大臣の不祥事によって支持率が下がる。このことは有りうる話である。明らかに犯罪行為をしているものであれば、または逮捕されてしまえばどうしようもないし、それは内閣の責任ではないであろう。はじめから犯罪者と知って大臣と任命する人はいない。 では、内閣として行わなければならないことは何か。事件になることを早めに察知し、そして火の手が大きくならない、ぼやのうちに消すこと。その処理の迅速さと潔さが「大火事」か「雨降って地固まる」になるのかがかわる。そしてその情報は組織力以外にない。要するに官邸の少人数ですべてを決するのではなく、正当の力を借りなければならない。 その意味では、今の安倍内閣はあまりうまく管理されているものではない。完全に官邸と自民党の間の関係の問題であり、大臣の統率(発言など)の問題である。それが完全であれば内閣の支持率は高く維持され、不完全な場合とフォローが下手な場合は、支持率が下がる。そしてそれは、官邸と与党の連携のバランスがよいときに完全に近くなる。 今の安倍内閣は、官邸と大臣及び官僚、そして与党の三者の連携(公明党を入れれば四者になるが)がうまく行っていないということであろうと予想される。これは安倍首相本人が悪いのではなく、党三役と官邸、要するに官房長官や首相補佐官のがうまく連携されていないということである。 さて、自民党にとって救いなのは、それらの「安倍内閣不支持」は、イコールで民主党支持ではないという現実である。たとえば、最近のアンケートなどで安倍内閣不支持が60%に近い数字になっている。しかし民主党支持は20%前後でしかない。私が独自に聞いたアンケート(ごく少数ですが)では、次の首相は誰かとの問いに、多くは麻生太郎外務大臣や谷垣禎一議員などの名前を挙げ、民主党の幹部、小沢一郎、鳩山由紀夫、菅直人という名前を挙げたものが少ない。これは「だれになって欲しいか」というアンケートでも同じで、小沢氏より石原慎太郎東京都知事の方が多いという結果が出ることがある。民主党はそれほど期待感が薄い。今回の選挙で民主党に入れる人が多くても、支持政党に民主党と答える人が少ないということがすべてを物語っている。 民主党の支持率は、今のままでは上がることがないだろう。安倍内閣の失敗で一時的に勝利しても、常勝軍団にはなれない。野球にたとえれば、今の順位から、ヤクルトスワローズが巨人や中日に、巨人や中日のエラーで勝った。その結果をもって古田監督が「優勝宣言」をしたようなもの。あくまでも反対政党は反対政党でしかない。 何度も言うが安倍政権の批判票と民主党の支持はイコールでないことに気づくべきであろう。 大臣の不祥事(マスコミの創作も含め)や発言により安倍内閣が危機に瀕していることは間違いがない。野党はここぞとばかりに攻めている。しかし、野党は攻める資格があるのか。小沢氏は選挙がうまいので、それらを感じさせずに、さも民主党が国民の代弁者であるようにして、選挙をするが、そのメッキが投票日まで持つのか、はたまた、それまでにマニュフェストの検証などで国民の支持を失うのか。すでに選挙公示なので今のまま流れるような感じであるが、逆に選挙は「水もの」何があるかわからない。 いずれにせよ、新の意味での政権政党及び政権担当者として、与党と野党はどちらがその体制が整うのか、その問題である。 結論として、現段階において、この論点でいえば野党側が一枚上手、というよりは安倍政権、官邸に対応の悪さが目立っているといわざるを得ない。

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参議院選挙の争点(3) 北朝鮮問題

参議院選挙の争点(3) 北朝鮮問題

 この課題に関しては、あえて二つの問題提起があるといおう。一つは国際関係、一つは国内の抱える問題である。別々に議論してもよいが、今回の参議院選挙で大きな論点にならないと考えられるために、あえて一くくりにした。なお、暗黙の了解かもしれないが、本文中、北朝鮮とは朝鮮民主主義人民共和国のことをさす。
 国際関係はある意味わかりやすく報道されている。小泉純一郎内閣2003年9月に総理大臣が電撃的に北朝鮮を訪問し、国家指導者たる金正日国家主席と会談、会談の中で7名の北朝鮮拉致被害者の一時帰国を許可した。10月になって拉致被害者7名が日本に帰国。いずれも20年以上日本から離れての帰国となる。
 このときに、北朝鮮と日本の間に二つの大きな問題が発生する。一つは、拉致被害者のうちで曽我ひとみさんが、現地でアメリカ人脱走兵ジェイキンス氏と結婚し、子供を設けていたことである。しかし、帰ってきたのは曽我ひとみさん一人であり、家族は北朝鮮に残されたままであった。この家族を「引き裂かれた」ままにしてよいのかということが一つ問題になった。
 もう一つの問題は、拉致被害者は7人しかいない(生き残っていない)のかという問題である。日本で拉致の可能性があるとされている特定失踪者は70名を超えるが、消息が明らかになったのは帰国した7名と現地で死んだとされる横田めぐみさんと曽我ひとみさんの母だけである。
 第一の問題に関しては、2004年7月にインドネシアの協力によりジャカルタで家族の再開を果たし、そのまま日本に家族そろって帰国するという運びになった。もちろん北朝鮮は反対・抵抗したが、病気の治療のためと称して日本に移送し、そして、米軍基地において「脱走」という罪に関する裁判を行い、「不名誉除隊」ということでそのまま日本に定住する運びとなった。とうぜん、すべてが特例づくしてあるうえに、アメリカ人脱走兵の処分を日本人と結婚したということで甘くしてよいのかという議論がアメリカから突き付けられたが、日本の参議院選挙並びにインドネシアの大統領選挙に影響するということと、北朝鮮、それを支援する中国との関係ということもあって、特例が認められたのである。
 第二の問題は、いまだに解決していない。しかし、今まで「拉致はなかった」などと党を挙げて発言していた政党出身者が、この問題について政府の対応を批判するのは滑稽である。
 第二の問題、要するに拉致被害者に関して言えば、日本は経済制裁を行っているものの、結局日本の警察捜査権限は北朝鮮の国内まで及ばないのであるから、その内容は「不明」としかいえないのである。この問題が解決するのは、北朝鮮が解放された国になり、日本と北朝鮮の間の情報が自由にできるようにならなければならない。そのためには、北朝鮮の指導体制が変化する以外にはない。指導体制の変化とは、この場合、指導者の交替または国家体制の自主的またはないあつ、外圧などによる変更以外にはない。いずれにせよ、日本は独立国として、他の独立国である北朝鮮に外圧や経済制裁をかけることは可能であるが、それ以上の圧力、たとえば軍事力による圧力や、日露戦争時代の明石康次郎大佐のような、ロシア革命を起こさせる情報組織を持っていないのである。
 北朝鮮の外交問題として、拉致問題以外は朝鮮半島の非核化問題、いわゆる六カ国協議問題が挙げられる。
 六カ国協議は、北朝鮮、韓国、という朝鮮半島の主役のほか、アメリカ、中国、ロシア、日本が会議して、北朝鮮を取り巻く諸問題を解決するとしたものであった。しかし、会議中断中に北朝鮮がミサイル「核弾頭搭載可能なミサイル)の発射実験を行い、その問題を中心に解決することになる。結局寧辺ほか5カ所存在が確認されている核発電所などの核施設の封鎖と、それの引き換えに重油100万トンの無料支援を柱とした取り決めがなされる。日本の拉致問題は、二カ国間の問題として六カ国協議の議題に挙げられなかった。その代わりとして、重油の支援は日本は行わないということになる。
 今年になって、資金凍結解除の問題などがいわれ、そして最近になって日本とロシアを外した四カ国協議が提唱された。日本はこれに抗議したが受け入れられてはいない。
 全体としてこの六カ国協議と拉致問題に関しては、二つの問題がある。一つは六カ国協議と拉致問題の関係が今のままでよいのかということ。上記に示した通りに、日本は独力で北朝鮮に圧力をかけることはできない。経済制裁といって日本との取引を中止させることはできるが、三角貿易のようにどこか第三国を経由して北朝鮮に輸出される場合はどうしようもない。たとえば、重油を韓国が無償で支援したとしても、韓国に日本が支援していれば結局日本が支援しているのと同じになってしまう。結局は、六カ国協議のような場所で、多国間による圧力をかけなければならない。そうなれば北朝鮮も対応するであろう。逆にその対応をしなければ、日本が孤立化してしまう。四カ国協議などの話が出るのは、日本の孤立化の表れではないのか。
 もう一つの問題点は、アメリカと日本の関係である。連邦議会選挙で民主党が圧勝し、共和党が敗北した。このことによるブッシュ共和党政権の政権基盤がバン弱でなくなってきている。拉致問題などを訴えても、逆に第二時世界大戦、要するに60年前の従軍慰安婦問題に関しての謝罪要求決議を可決するというくらいである。この謝罪は、当然日本の占領していた国民に対して、平たく言えば北朝鮮の国民に対する謝罪が含まれているということである。四カ国協議への移行、北朝鮮の主張に対する妥協と軍事圧力の放棄、そして拉致問題を棚上げしての従軍慰安婦謝罪要求など、民主党主導のアメリカは日本に対して厳しいし、どちらかといえば日本よりも中国との大国同盟へのシフトがみられる。そのようなアメリカに対する外交対応が今のままでよいのかという点について、安倍政権は方向性を示せていないし、そのことについてアメリカへ調査や話し合いの場を持つことをしていない。この問題に関して、野党も何もできていない。
 いまだに日本が独自に解決しようとしているが、日本国内で声を挙げるだけで、解決に近づいているわけではない。
 どちらかというと、この外交を通して日本の無力さを痛感させられるうえ、外務省は何をやっているのかまったくわからない。アメリカでの活動も中国などの六カ国での情報収集も出けいていないということである。
 さて、大きく話を戻して、北朝鮮外交に関しては、もう一つ国内の問題がある。要するに朝鮮総連と在日外国人問題である。
 実際、現在国民は在日朝鮮人がいることは知っていても、それが何人で、どれくらい身近にいるのかは知らないのである。同和問題と一緒で、日本国全体の数字や実態をつかんでいない、概念的な内容で判断している。
 この問題に関しては、改めて書くことがあると考えられる。実際あまり触れたいとは思わない。しかし、北朝鮮外交を語る場合はどうしても触れなければならないであろう。
 そのうえ、参議院選挙の直前に、朝鮮総連本部の差し押さえを逃れるために、元公安調査庁長官が代表を務める投資会社に投棄を移転し、それが向こうとされて、元公安調査庁長官が詐欺罪で逮捕されるという事件が発生した。それまで、国民を代表して朝鮮総連などを関し調査していた役所の長が、朝鮮総連に味方し、その方法が法に触れたので逮捕されるということが発生した。この事件の詳細は警察や検察の捜査の進展をみなければならないが、逮捕という法を受けて、国民の間で日本の役所に対する不信感が増したことは事実である。
 さて、日本国内の北朝鮮問題は、年金問題でも触れた。実態として、存在する在日外国人(最近の不法入国者も含むすべての外国人)対策に関しては、別な機会に譲るとして、今回は参議院選挙に及ぼす影響について記載してみたい。
 北朝鮮問題の解決、拉致問題の解決、北朝鮮との国交正常化は安倍内閣の中心的な公約の一つであった。しかし、上記のように日本が独力で解決できる内容は少なく、そのために、多国間協議を行うが、それでも拉致問題に固執するので孤立化してしまった。
 そもそも、核問題も軍事問題も、国交問題もすべて日本に直接的に影響する隣国問題であるにかかわらず、拉致だけに固執するのは、安倍首相が大臣経験なく北朝鮮の拉致問題で脚光を浴びた政治家として首相になった経緯から、仕方がないといわざるを得ない。しかし、一国の首相が一つの問題で国交関係全体をゆがめるのは、それどころか、アメリカなどそのほかの国との関係まで悪化させるのはいかがか。問題解決のための方策と、そのための前進はよいが「固執」はよいことではない。しかしその選択肢をとらざるを得なかった安倍内閣は、それだけ国民の支持基盤が薄く、拉致問題を通して国民に「情」で訴えなければ支持を得られないという脅迫観念があるのではないか。そのことを国民に見破られた場合、安倍内閣における外交は根本から崩れてしまい、日本国内外からの避難にさらされるであろう。それは、北朝鮮問題というのではなく、外交全般に筋のとおった日本の意思を感じられないというところが主たる原因になる。
 では、野党はどうか。結局野党もこの問題に関して手段がない。有功的な解決策がないというのがこの問題である。しかし、民主党、社民党は、それ以前に「拉致はなかった」とした見解を述べていた過去を正式に謝罪し、国民にそのような判断に至った経緯を説明し、そのうえで責任を明確化すべきであろう。そして、政府の解決策を批判するのではなく、政府と共同してすべての北朝鮮問題(朝鮮総連問題を含む)の解決策を国民に提示すべきではないだろうか。
 選挙という面では与野党ともに影響はない。しかし、民間企業でありがちな「何もしない人が最もよく見える」という状況に陥っている。
 政府並びに野党を含め、日本国単独での解決が難しいことを明らかにしなければならないし、そのために憲法の改正や防衛庁を「省」に格上げしてまで、圧力をかけなければならないといことを、明らかにすべきであろう。そして、この問題を、拉致だけでなく、包括的な隣国間国交正常化問題としてどのようにとらえるのか、それを公約として選挙の場で国民の意見を党必要がある。
 その意味では、与党は取り組みが見えるが野党は評論家的、第三者的になりすぎていないだろうか。そして、年金問題などで、島国日本として最も重要な外交問題が問われない選挙が行われることに危機感を感じる。

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参議院選挙の争点(2) 年金問題

参議院選挙の争点(2) 年金問題

 年金問題で国会が熱くなっている。社会保険庁改革法案の審議から、5000万人分の年金が行き先不明になっている事実が明らかになったのである。
 これは11年前、紙の台帳からコンピューター管理になったことにより、消えたとされている。
 この問題に関し野党、殊に民主党は柳沢厚生労働大臣の不信任まで含め、与党への攻勢を強めている。
 さて、年金問題は今に始まった問題ではない。そもそもは小泉内閣の構造改革で明らかになった問題である。ことの発端は、改革の一環として各省庁が不稼働資産を売却したことに始まる。不稼働資産の売却により社会保険庁は大小取り混ぜて100に近い設備を競売した。そのほとんどは地方自治体などに売却されたが、小田原社会厚生福祉施設(現小田原ヒルトンホテル)など民間に売却された施設も少なくない。そのうえ、売却金額が投資金額の100分の1などというのも少なくなかったため、社会保険庁の無計画な投資実態と、金の使い方、そして100分の1で売却ができるという経済的な余裕を含め、話題になった。国家予算、ことに赤字国際の処理が話題になっていただけに、なおさらその金満体質が目についたのである。
 その後、まずは雇用保険の改革、そして年金の改革が行われ、いずれも社会保険庁のいい加減な対応が挙げられている。
 しかし、今回の年金は人数が多いだけでなく国民全員の老後の生活の問題であるうえに、税金の使い方のように、国家に収めたものではなく、自分の預金のように、自分の権利が侵害されたという感覚が強いために、国民の怒りは大きくなったのである。
 そこの火に油を注いだのが社会保険庁の対応である。相談窓口をつくったのはよいが、まったく電話がつながらない、30年前の領収書の提示を求めるなど、あまりにも国民を愚弄した対応が大きく報じられた。そのうえ、社会保険庁と労働組合の協定書が出てきて、一日A4の紙1枚半程度しか文章を打たないという労働では、とてもではないが、国民の、現在の不景気の中で働いている労働者の理解を得られるものではない。
 そもそも、年金問題の根源は一体なんであろうか。
 年金は社会保険というように、自分が勤務をしなくなったのちに生活の糧を得るための収入の確保を国に預けるという行為で行うというものである。これは税金によってフォローされるものの、基本的には国民の任意の意思表示によって行われるものであり、強制ではないものの、サラリーマンなど会社組織にある場合は、給与天引きといって給与から自動的に年金分を惹かれて給与が支給される。
 逆に言えば、自分で年金を収めるまたは会社で勝手に収めてくれる、いずれもよくわからない状態の人が少なくない。そのうえ、何回も転職を繰り返したり、会社でも障害者で厚生年金には行っていないなどのないようになってしまうと、その人の掛け金がわからなくなってしまう。
 そこで「任意」であるために、その支給の「権利の主張」は自己責任で行う、要するに、領収書を持って来いということになる。
 しかし何十年も前の領収書などあるはずもなく、同時に厚生年金など会社で行っているものも少なくない。逆に、この混乱を利用し、今まで年金の支払いをしていない人が給付(不正給付)を受けるということになる可能性も少なくない。
 結局、その見分けをどのようにするのか、そして、今後はこのような対応をしないために、どのような方策をとるのか、そして、そもそも年金制度をどうするのか。この三点を明確に答えなければならない。
 安倍政権は、この三種類の対応を分類できず、なおかつ、その対応が遅くわかりにくいために、野党やマスコミからの攻撃を受けてしまい、なおかつ支持率を下げる結果になってしまった。
 対応策の私案は別にして、まず選挙に直結する対応から考えよう。
 安倍政権は、まず現状把握に遅れた。5000万人分というところに収まらず、徐々に出てくるに至ったのである。
 ここで問題はなぜ始めに5000万人という数字が出たのであろうか。そして、なぜ徐々に話が出てくるようになったのであろうか。5000万人という数字は何らかの事情により「わざと」記録が漏れた可能性がある。そしてそのうえで、台帳のコンピューター管理への移行に関してミスがあって消えてしまった記録が次々と発覚したということが挙げられるのではないだろうか。
 そのような発表の遅れ、五月雨的な数字の増加は国民の印象が悪くなる。結局は年金問題そのものが悪いという印象になる。しかし、年金制度をなくすことができないとなれば、逆に年金を管理している役所そのものが悪いということになる。民主党長妻昭議員は、その辺の印象付けをかなりうまくやったと思われる。また、この問題に対して社会保険庁任せにしてしまった安倍政権は、また自民党は、本来すぐに調査チームを立ち上げるべきであった。
 しかし、「生む機械発言事件」で弱気になり、一度辞意を漏らしている柳沢大臣に対して、官邸または自民党主導でその権限を横取りした調査チームをつくることはできなかった。要するに、与党が後手に回ってしまった。
 次に、この対応。まずは、現状の調査と、問題の解決基準の作成である。現状の調査は、電話相談窓口の開設ということになったが、結局これも30回に1回通じるかどうかという確立になり、実質的に「国民に満足行く対応」ができていないということになる。
 これに関しては、結局自民党も社会保険庁に調査にゆくという内容になるが、結局人手不足と社会保険庁の危機感のない対応で、国民の不信感を買ってしまった。
 これに対し、村瀬社会保険庁長官は、夏の賞与の返納を打ち出したが、これはバツにはなったが、対応の悪さの改善につながるものではなかった。結局それでお茶を濁すようなものになり、また、年金がなくて生活に苦しい人の一助にもならないバツがあっても何もならないのである。
 この対応は、民主党、野党の攻撃など関係なく、安倍政権並びに社会保険庁が、国民の要望を知り、そしてそれに対応するということができていないという印象をつけてしまった。過激な言い方をすれば、安倍政権と社会保険庁は国民のことを何も知らず、事故満足で政権をとっているという印象をつけてしまったのである。
 最後に、将来のこと。ICの年金カードの発行などというが2011年の導入という。野党各党も同じように年金通帳などということを言っている。しかし、結局社会保険庁またはそれに変わる省庁の管轄となる業務であり。社会保険庁の改革をしなければ、また同じことがいえるのではないかという。その改革案もほとんど同じ内容になってきてしまっている。要するに与党も野党も官僚依存型で、それがカードなのか通帳なのかという方法論だけがいわれているのであり、抜本的な改革が論じられているものではない。
 さて、当該問題に関し私見を述べる。
 まず、私の立場は、基本的に国家公務員を信用したツケがこうなったということであり、本件問題は与党や野党といった代議士が責任をう問題ではない。大臣といえども、数年で交替してしまい、何年も前の話を今の大臣にし、それを政争のネタに使うのはあまりよろしくない。逆に野党民主党は、そのようなことをネタにしなければ与党を攻撃できないのかと思う。
 要するに、以前からいったような公務員改革が柱である。そのために憲法改正も行う必要があるかもしれない。
 そのうえで、「政治3流、経済1流」といわれる日本の行政において、社会保険という保険システムは、二つの解決方法がある。一つは民間委託、一つは100%税金による社会保証である。
 全社は「小さな政府」を実現しようとした小泉内閣の踏襲になるであろう。要するに、「社会保険民営化」である。しかし、今の社会保険庁の職員やその管理体制でそのまま民営化を行っても何も改革にならない。看板が変わっただけで中身が変わらないという事態になってしまう。
 そこで、今回までの不祥事の責任も含め、すべてを分割して、民間保険会社に委託するという案である。そして、その民間保険会社が、社会保険事務所の運営を含めて受託し、また任意に現在の職員を採用すればよい。いままで働かなかった社会保険庁の職員や、責任を負わなければならない職員は、自ずと採用されないであろうし、また淘汰されるであろう。同時に、社会保険庁の中でも努力してきた職員は、民間企業になっても評価されるであろう。
 また、民間企業にとっても、取り扱い高が増え、また民間の資産が増えることによって、景気の刺激になる。民間企業の信用は、逆に国際的な評価格付けと保険を適用することにし、その保険料を国が負担するという構図にし、民間企業に対し社会保険の部分は任意にいつでも査察を入れることができるようにすれば、何の問題もない。
 当然に、年金のみ加入の問題に関しても、民間企業が自社の実績になるのであるから営業を行い、それなりに改善が期待できる。何よりも、民間企業であるならば、だめになったときに取り替えが効く。問題は公務員の労組。殊に社会保険庁労組加盟社2200人であろう。これに関しても立法措置で改善を求めればよい。族議員に関しては、ここでは論じないこととする。懸念は政府と保険会社の癒着と汚職ということになる。もちろん、このようなことをしなくても出てくる問題であるが、金額が増えれば、コムスンのような問題は出てくるであろう。
 一方、すべて税金で対処する案は、「福祉国家」への改造案として、社会福祉、社会保険に関しては無条件で国が責任を持つということ。
 要するに、社会保険制度を廃止し、すべてを税金で行うというもの。この案であれば、今回のような問題にならず、また余剰金が観覧車やホテルに変わることもない。 
 年金の天引き分をすべて税金にしてしまえばよいのであり、実質的な増税にはならない。雇用保険に関しても同じ扱いにすればよい。要するに「年金」も「生活保証」も変わらないという立場に立てば、特に問題はない。
 社会保険庁は税金を支給するだけの役所にすれば、今回のような不正経理もなくなる。また現在のような働かないことをよいと思っている労働組合の思うようになるであろう。毎月支給だけをすればよいのだ。
 また、同時に支給されないなどの国民の不満もなくなる。今回のような国民の不信感もなくなる。
 問題は、今まで払ってこなかった人も支給されるという不公平感と、戸籍のない人、要するに在日外国人の問題をどうするかという問題が発生する。不公平感に関しては、今もこの方策をとっても同じ。問題は在日外国人の問題となろう。この件に関しては、あまり深入りするのをやめよう。
 さて、政府は今国会で社会保険庁を解体し、社会保険機構という財団法人に業務を順次移管する法案を可決した。しかし、問題は運用であり、結局今の内容とあまり変わらない状況になってしまっては意味がない。私の私案の前者ようするに民間以上案に近くなっているものの、結局財団に権限が残されてしまう。
 この問題は、今後の国民の不安をいかに少なくする方策を挙げることができるかという、運用の問題にかかってくるものである。
 その意味では、野党であっても年金問題の「解決方法」を明示してはいない。ただ政府の対応を批判しているだけである。
 今回の参議院選挙は、年金問題に関して言えば、与野党ともに解決方法を明示することなく、ただ、現在の政府の対応に対して不満と否定が渦巻いていて、野党はそのうえに乗っているに過ぎないという構図が見えてくる。
 後1カ月、選挙までの期間に、国民の不安を排除するだけの、インパクトのある、わかりやすい解決策、対応策と、責任の所在を明確にすることができるか、それをだれが行うかが最大の争点になるであろう。もちろん、今のままでは「政府批判票」だけがものをいうようになるという結果になる。
 将来の見えない選挙になってしまうのは、与野党ともに避けるべきである。

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