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2007年11月

 大連立協議と小沢辞任騒動民主迷走

 大連立協議と小沢辞任騒動民主迷走

 テロ特措法関連で自民党福田総裁と民主党小沢代表が党首会談を行った。一応オフィシャルに行われたのが10月30日と11月2日の2回とされている。しかし、小沢党首は、それ以前の10月29日に与謝野前官房長官と以後の対決を行うなど、自民党幹部との連携が増えており、オフィシャル以外の接触がなかった同課に関しては憶測の域を出ない。
 まず、党首会談になったいきさつを考えてみよう。報道によれば、陰で動いた仕掛け人がいるなどと言われているが、仕掛け人がいようといまいと、両党首が必要と考えていなければ党首会談も大連立の話もありえないのである。要するに「きっかけ」は別にしても、両党首並びに両党の幹部がテロ特措法の問題にしても法案が通らないことにしも、両党首はそれなりに危機感を感じていたと考えられる。
 また、その話ができるほど相手に対して信頼感があったと考えられる。安倍首相のときには党首会談が成立せず、福田首相になってそれが成立するということは、まさに小沢代表が相手を選んだということにすぎない。安倍首相では、安倍氏には申し訳ないが、党首会談を行う相手として約不足と小沢代表は思ったのであろう。
 信頼感はとにかく、両党首が考えている危機感とは何であろうか。
 危機感を感じる相手は、両党共通のものと共通でないものがある。共通なものは二つ。一つは、国際社会における日本ということ。もう一つは国民に対する国会の無機能状況の影響の二つである。
 国際社会に関する内容は簡単である。今まで6年間続けてきた国際貢献を「日本の事情」で中断するのであるから、それを国際的にどのように受け取られるかである。実際に、日本は食料品の70%、石油の99%を輸入に頼っている。しかし、輸入・貿易というものは平和でなければできないことである。日本の場合、輸入と言えば海からである。一部空輸があるが、基本は船による輸入以外にはない。当然に、地理的な事情により陸路による輸入はないのである。
 その海路防衛というものを、今までは日米安保条約並びに、そのほかの諸外国の協力で行われるようになった。しかし、昨今は戦争や回路の安全を脅かす存在が「国家」ではなくなった。民間に紛れた「テロ」または「海賊」といったゲリラ的な危機を想定しなければならなくなった。
 「テロとの戦い」ということほどナンセンスな話はない。古くはナポレオン、最近ではアメリカによるベトナム戦争も、結局テロとゲリラに対して正規軍は戦えないのが現状である。何しろ、ゲリラに対してたたかうということは、そこにいる無関係な人まですべて「皆殺し」にするか、あるいは「対処療法」しかない。完全に民間に紛れ込んだ相手をとらえることは不可能である。
 しかし、その「テロとの戦い」をしなければ安全は守れない。結局、正規軍と戦うよりも多くの兵力を動員して情報と安全のための戦いをしなければならないのである。それでもイランで日本人が拉致されて1ヶ月以上解放されない状態が続いているのである。
 これらは宗教の違いではない。イスラム教がすべて悪いわけではない。宗教に関係なく思想やイデオロギーの問題であろう。そして、そのイデオロギーの実現に関しても、集団が武力行使であるということが問題なのである。
 これらの戦いに対して、武力行使をさせないために、防御を行う活動の支援、具体的には海上船舶に対し公海上で給油活動を行うという行為を、日本の自衛隊は行ってきている。これはアフガニスタンの治安維持のために行ったものであるが、あふがにすたんのせいふだけでなくこくれんからも、シャイの決議が出ている(民主党は日本のやらせと主張するが、たとえやらせであっても、国連の決議が出たことは間違いがない)。
 さて、日本の国民のためにも、また、国際貢献とい言うことであっても、現在の支援活動は必要である。しかし、民主党はこれに反対している。反対の理由が分からないために、自民党側は、それに対する再反論ができないでいる。しかし、これでできないことによって、国際的な批判は免れない状況にある。実際に、各国の大使は集まって給油活動と国際貢献の再開の説明会を開くなどの活動をしているし、民主党に対する陳情や苦情、非難も少なくないと聞く。
 さて、このような危機感を共有している両党首は、この内容の打開に向けて党首会談を行った。党首会談は、主にテロ特措法と国際貢献、つまり自衛隊の派兵について話し合われたと聞く。こののちに大連率の話や中選挙区性の復活の話が出て、そのうえで小沢代表の辞任騒ぎにつながるので、それらの話がトーンダウンしてしまったが、当然に最大の懸案事項が話し合われた。そこで、小沢氏は、持論である恒久的自衛隊派兵法をつくるべきということと、その基準づくりを提案。基準に国連の決議を必要とすることを提案している。
 それらのうえで、今後もすべて政策協議では、密室会議が増えるだけでなく、民主党も政策アピールができなくなると感じた。そこでかねてより話し合われていた大連立の協議になった。報道によればかなり具体的な話になり、閣僚名簿なども話し合われたと聞く。
 また、一部報道では中選挙区制への変更が話し合われたという。選挙区を3人とし、二大政党性で、政策論争を活発にするということを提案した。この中選挙区制については小沢代表からの提案と報道されている。
 さて、両党首の懸案事項が、個別のテロ特措法と国際貢献だけでなく、国会運営全般であり、法案が通らず、法案の対案も出ず、ただ反対ということだけをいう政策なきに政局論しかできない国会議員全体(主に民主党であるが)に対する危機感と不満であることから、個別内容に関することでなく、大連率という選択肢に至った。自民党はもとより、民主党小沢代表もそれが、党派を超えた日本の国益のためになると判断した。そして、民主党に持ち帰っても理解を得られると判断した。
 11月2日の党首会談後、その話を持ち帰り、党の緊急役員会にかけて、役員会の全会一致の意見として大連率を断る方向になった。聞くところによると、小沢氏は、本文の冒頭に記載した現在の国会運営と日本の国益について説いたうえで、大連立が最善の方法であると判断した経緯を発表したが、役員、殊に岡田元代表は「選挙で買って政権をとることが最善の方法であり、大連立は問題である」と反対。その後鳩山・菅といった幹部も同様の発言をした。小沢氏周辺の話では、この役員会ののちに、小沢氏はかなり落胆していたと聞く。
 また、役員会で大連立を否決したものの、結局現状の打開策、対案を出せなかったことに関しては、同様である。対案や打開策、具体的な方策を出さずに、スローガンやお題目だけで議論を進めるのは、もう民主党のお家芸になってきている。昔の社会党と同じで、「単なる反対・批判政党」でしかない。政策政党、政権担当能力のある政党に脱皮するには、まだまだ時間がかかる。彼の選挙戦の「政権をとらせてください」という発言は「選挙パフォーマンス」でしかない。政権が取れない(もちろん参議院選挙で勝利しても政権は取れない)ことがわかっていての「空手形」でしかないということになる。民主党の議員が、それがわかっていれば連立に理解を示すであろう。しかし、答えは「NO」であった。
 小沢は、その失望感から「民主党を見限った」。それが辞任表明である。諸報道によれば、参議院の過半数になる17名を集めて離党するつもりであったと考えられる。実際にその動きの端緒は民主党議員周辺からも聞かれる。当然に参議院で17名程度となれば、衆参合わせて40名程度の「小沢新党」ができる。小沢はその数字を持って自民連立、そして「小沢が公約した政策の実現」を目指した。しかし、小沢自身の予想以上に民主党の締め付けが強かった。と言うよりは、参議院の彼の戦い方が悪かった。私のブログの中にも書いてあるが「安倍批判」と「政権交代」で戦った参議院議員が、自民と連立を組めるはずがない。政策論争で自民に勝ったのではない。今回小沢は「参議院選挙時点の過去の自分の主張」と戦って「負けた」。これにより、参議院の17名を集めることができなかった。小沢民主は、この時点でも「政策」でなく「政局」しかできない政党になってしまっていたのだ。
 そこで留意を受けた小沢が「恥をしのんで」代表に復帰する。
 さて、小沢に留意した民主党をみてみよう。やはり政策集団ではない。政策集団であるならば、民主党は「小沢」という看板でなく「政策」という看板で次の総選挙を戦えたであろう。しかし、たんなる反対政党に小沢の政策のエッセンスを入れて大きな声を出すだけの人が多い民主の場合、その「政策という名のエッセンス」をくれる小沢は、確かに重要である。
 同時に反対の理由を大きな声でいえないのが民主党である。テロ特措法でいえば対案がないのであるから、反対の比較根拠案がない。議員個人としてあっても、民主党全体として存在しないのであるから、そこをマスコミにつつかれれば終わってしまう。
 結局、匿名で反対といって騒いでいる「インターネット掲示板の住人」と変わらない。そうなってしまえば、固定の民主党支持層はなく、ムードとブームで選挙を戦わなければならない。それでは、勝利はできない。馬鹿な国民が多いから、「運良く」参議院選挙は勝てたものの、良識のある国民が多くなり、真実の報道、たとえば法案の比較などをされれば、単に反対といっている野党でしかない。それならば、はじめから政権を放棄している「確かな野党」という標語を掲げている共産党と何ら変わらないのである。
 そのうえ、小沢が離党する可能性がある。なんとしても小沢を引きとどめなければならない。民主党は、一つで大連立に参加表明した小沢を否定しながら、小沢を留意するという行動に出た。同時に当選回数別の議員懇談会を開くことにより、小沢新党への参加者の封じ込めを行ったのである。要するに17人の参議院の離反者をなくしたのだ。これにより、もし小沢が離党しても、野党での参議院の過半数を維持するという政策に出たのだ。それも「選挙での政権奪取」というスローガンだけで、結局政策論議なく小沢封じ込めを行った。
 この結果、小沢は留意されて代表に戻る選択肢しかなくなったのである。
 では、今後はどうなるであろうか。重要法案に関して政策協議を行うことまではできたが、それでできるものではない。逆に言えば、ほかの法案すべてが通るわけではない。協議が盛んになるのはよいが、前に進まない。小沢代表と福田総理が危惧している問題点は何ら解決していないばかりか、民主党の無政策ぶりが際立ってしまっただけである。
 そればかりか、「政権担当能力がない」とした代表を引きとめなければ党そのものが維持できないという状況に、国民の批判は大きい。要するに、民主党は自ら「政権担当能力がない」ということを認めたうえで、「政権奪取を目指す」と矛盾したことを主張しなければならないことになった。これはとりもなおさず、民主党がいままで「野党第一党」という地位を謳歌して、反対政党であることを是としてきたことの大きな代償である。民主党は、担当能力がないのに政権をとらせてくださいと国民を「ダマして」選挙を戦ったことを、国民に謝罪すべきではないのか。
 民主党は、この一連の混乱を大新聞の主筆や元首相に責任転嫁しようと躍起であるが、国民はそれを認めるのであろうか。
 今回の混乱は、小沢代表の辞任撤回で小休止をしたにとどまる。マスコミ報道のように、これがすぐに解散につながるとは考えられないが、民主党が未熟な政党であり、政策がない政党でしかないことが明らかになってしまった。小沢代表やそのほか執行部が、その状況を打破して、真に政権担当能力のある政党になるのか(ということは党内をまとめて自民との対案の法案を外交防衛や憲法改正を含むすべてで出すということであるが)、あるいは、参議院を一時のブームで民主党が成長するのを待つのか(いつになるかわからない。民主党議員の公約と民主党のマニュフェストを比較すれば、困難なことは一目瞭然)、はたまた、民主党分裂、中連立政権の誕生になるのか。今後の民主党次第で将来は変わってくる。
 最後に、自民党。
 自民党は、すべて心の準備ができていた。要するに、全員とは言わなくても福田総理と同じ問題意識を共有していたであろうことは明らかである。よって、民主党のような動揺はない。そこから、「小沢がダマされた」説が出るのであるが、上記のように現状を問題視していれば結論は似たようなところが出てくるというほかはない。その辺は、政権与党であろう。公明党も同じで、一瞬問題視をする発言が出たが、大連立に対して理解が出るということは、そのまま同じ問題意識を政権党として、国民への責任として共有していたのであろう。すべての自民、公明の議員が連立のことを知っていたのではない。しかし動揺が少ないのは、共有された問題意識があることのほかはない。ここに政権党と反対野党の差が出てきてしまうのである。
 マスコミは、すぐに陰謀などを書きたてる。しかし、実際のところ、小沢代表が党首会談に応じなければ、何の問題もなかった。しかし、それでは国会全体の権威が失墜し、国民の生活や国益、国際的な信用が失われる。そのこと、現状の分析ができるか否かが、今回の民主党の迷走の最大の原因である。
 今回の民主党の迷走と小沢辞任撤回で、国益が損なわれないことを、政治家の皆さん、ことに、民主党の「政権担当能力のない」議員には意識してもらいたい。
 また、これを「他山の石」とせず、各会社での社内派閥の構想が、いかに無益なことかを、国民や会社は悪い例をみたと思い、教訓として国会をみてもらいたい。

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テロ特措法に関する流れの復習

  テロ特措法に関する流れの復習

 10月31日および11月2日に、与党自民党の総裁である福田康夫氏と最大野党で参議院では過半数を握っている民主党の党首小沢一郎が党首会談を行った。
 福田康夫総理が指名されてから一ヶ月以上経過しているが、国会において全く法案が通っていない状況である。基本的に衆議院と参議院の第一党が異なる状況であり、その両党が、政局論を行っている以上法案がまとまるはずはない。ということは、国会は事実上休業しているのと同じである。
 政局論になっているのは、ほかでもない、民主党が「早期解散・総選挙で政権奪取」と言っていることに問題がある。そもそも、参議院選挙に勝利し第一党になったということで、「直近の民意が政権交代を望んでいる」という曲解を行い、法案審議になかなか入らないことが問題である。この発言、一見正し意見のように思われるが、議院内閣制とは何か、二院制と反動して憲法で制定されているかということを完全に無視した「憲法無視」の主張である。議院内閣制とは、「議会」と「政府(内閣)」が分立してはいるが、「政府(内閣)」は「議会」の信任に拠(よ)って存在する制度。日本の二院制の場合、主に衆議院の信任を必要とされ、一方で内閣は連帯責任(日本国憲法66条)による議会の解散権をもつことによって制度上議会と内閣との間に相互関係を築いている政治統治体系をいう。この議院内閣制の定義に照らして民主党の主張はどうであろうか。一見、正しいことを言っているようであるが、「首長直接選挙」を提唱している考えとおなじ、要するにアメリカ型大統領選挙を想定している発言としか考えられない。これで「護憲政党」を言っているのであるから、その主張に一貫性がないことは明らかであるし、このような政党のもとで小・中・高等学校の社会科教育はどのようになるのかははなはだ心配である。
 また、参議院で勝利をしたことが、すぐに政権交代につながるという考えい方もどうかしている。確かに、参議院選挙における民主党の得票は多かった。しかし、参議院の議席はあくまでも半分が改選されたものであり、修銀の総選挙とは意味合いが異なる。勝利したのは「参議院」でしかないことを自覚すべきであり、そのことで「政局」を持ち出すのは、「万年野党の野望達成」という意味ではわかないではないが、そのことで日本の政治が停滞するのは国民として耐えられないことである。
 しかし、政治の停滞は、何も民主党だけが悪いわけではない。実際に参議院選挙で敗北しなければこのような状況にはならなかった。要するに、安倍政権による国民への不理解を放置したことが最大の問題であろう。これによって、政治が混乱したことは間違いがない。しかし、安倍政権は失政をしたわけではないことを考えなければならない。安倍政権の問題は、あくまでも、松岡農林水産大臣に代表される閣僚不祥事疑惑と、年金問題に代表される何年も前から継続している国家公務員不祥事の二つであろう。そして、そのことに関してしっかりと便と後方を行えなかった首相官邸と自民党の広報力不足であると考えられる。
 さて、いずれにせよ、このような「政局論による政治の停滞」を避けなければならない。ことに、テロ特措法によるインド洋自衛隊給油活動の中止(中断か終了は別にして)に関する内容は、日本から国際社会への国際貢献ということと、中東石油地帯からのシーレーン防衛という二つの要請から、早急に考えなければならないことである。
 テロ特措法に関して言及しよう。
 民主党は、おもに政局論としてこれを扱っている。そして審議に入らないことを「アメリカがイラク戦争に転用した」ということと「守屋事務次官の不正」という二つの理由で話を前に進めていない。しかし、この二つ議論がかみ合っているのであろうか。
 インド洋のアフガニスタンテロ防止活動、インド洋の恒久平和活動は、インド洋を利用する37カ国が参加している国際活動であり、日本は本来そこにおける警備活動を行わなければならない。なぜならば、日本のタンカーや貨物船が毎日のように往来している。アフリカからの農産物や中東からの石油の輸送のかなめとなっているのがインド洋である。インド洋が封鎖されれば、日本は電力、ネルギーがなくなるばかりでなく、農産物から魚介類までの多くが輸入不能となってしまう。その数は、食料品の30%、エネルギーの85%を超える量である。今の日本にそれらの代替えをできる力はない。たぶん想像を絶するインフレが発生し、日本人から餓死者が出ることになるであろう。
 しかし、日本は今までも、その国際活動を行わないできた。それは日本国憲法が戦争を放棄していることと、日米安保条約により、アメリカがそれらの代わりを行うということを条約で確認していることの二つの理由からである。逆にいえば、日本の平和と物資が満ちた現在の生活は、アメリカの「血の犠牲」のうえに成り立っているし、他国から攻められないということ、海外に赴任しても問題なく毎日が過ごせるということは、そのままアメリカの核の傘に守られているということを自覚しなければならないのである。
 日本は、それでも何もしなかったわけではない。その分として国連主導の戦争に関して金銭を拠出してきている。いわゆる「軍」または「軍人の命」を「金で買った」状態である。国際社会において「一国だけの平和」がありえないことをそろそろ日本も学ばなければならない。しかし、それを金で買っていた。湾岸戦争での拠出金は兆の単位になるほどの資金拠出であった。しかし、軍事活動に参加していない日本は、その金銭の使い道に関しては不明のままとなる。湾岸戦争だけでなく、国連の安全保障理事会に関する拠出金も、日本は多額の拠出を行っている。小泉政権時代に国連の安全保障理事会常任理事国入りを目指したのは、この資金拠出に端を発するものである。
 ここに関して、資金の使い道に疑問を呈した日本に対し、「ショウ・ザ・フラッグ」(旗を示せ)という言葉から、インド洋における機雷除去のための掃海艇搬出や今回問題になっているインド洋における多国籍軍に対する給油活動、そしてイラクへの陸上自衛隊の駐屯と復帰活動が行われた。しかし、先に掲げた「日本国憲法」により、国連による国際貢献による特別措置法ということで、すべて時限立法となっているのである。
 さて、このようないきさつで行われたテロ特措法に基づくインド洋の給油活動が11月1日に法律期限が来たために終了した。これに対し、7月29日の参議院選挙の後、みんしゅとうしょうりがかくていしたのちに、アメリカのシーファー全権大使は小沢民主党党首と会談を行い、給油活動継続と国際貢献への参加を呼びかけたが、小沢代表は完全にそれを断った。そればかりか、すべての会談をマスコミに公開するという国際交渉の常識を外れた対応を行った。
 10月になってから、各国大使は給油継続と国際貢献に関する説明会を日本で開くなど各国も自衛隊の活動に関する理解を求めること、また9月には国連で謝意を示す決議がなされるなど、国際的にも自衛隊の活動を求める声が高まった。
 しかし、先に述べたように民主党は政策論ではなく政局論としてこれをとらえているために、国際貢献など全く関係ないという感じである。
 民主党が反対している理由は、時間とともに異なるだけでなく、議員によっても異なる。前原誠二前代表などは、テロ特措法の延長に賛成であると言っている。民主党の中には軍隊の派遣にあたる、または集団的自衛権に当たるので、憲法に違反するという人もいる。現段階で民主党内では何も決まっていないのが、現状なのがよくわかる。要するに民主党は「自民党に反対する」ということは決まっているようであるが、その理由や憲法の解釈、自衛隊の位置づけなど、政策の基本になることろは決まっていないしコンセンサスが取れていないというのが基本ではないだろうか。
 その中で代表的な民主党のテロ特措法に関する反対論をあげれば、アメリカの戦争に加担する必要はない。国連の意思決定がされていないということ。そして、自衛隊の給油の情報開示がなされていないということの二つである。
 しかし、これが反論になるのであろうか。まず、アメリカの戦争と言っているが、インド洋アフガニスタンの治安維持に参加しているのは37カ国、そのうちインド洋の治安維持に参加しているのは11カ国で日本はそのすべての国に760回以上の給油活動をしている。誤解しているようであるが、実際にアメリカだけがアフガニスタンにいるのではない。また、それらの活動は国際的に賛同を得いているものである。民主党はロシアが参加していないことを言っているが、ロシアやヨーロッパの一部の国はインド洋とは関係がない。あくまでもシーレーン防衛ということで、インド洋の安全が必要な国がその安全に関して分担を行って貢献しているのである。
 また、この37カ国は「アフガニスタン」と戦争しているのではない。「テロ」と戦争しているのである。アフガニスタンの政府からこれらの活動を依頼しているのである。とはいえ、アフガニスタンは内戦状態にあるものでもない。アフガニスタンの国内に一部無法地帯があり(この表現は適切ではないかもしれないが)、そこにテロ組織が存在するが、そのテロ組織と退治できないというのが、現状であり、そのテロ組織からの治安維持を目的としているのである。戦争ではない。では、千そうでない、政府からの依頼があり国際的に認められた活動に対して「アメリカの戦争だから参加できない」とはどういうことであろうか。少し譲ってイラク戦争の件を言っているとしても、実際、アフガニスタンとイラクは全く異なる。そのようなことをいう人は、世界地図を見ることを勧める。その上で、政治家を辞任してほしいものである。
 次の意見として「国連の決議」と言っているが、過去にこのブログで何度も言っているが、国連は「国際連合」と訳されているが、そうではない。United Nations要するに「連合国」の略である。この「連合国」とは、第二次世界大戦の日独伊三国同盟の「枢軸国」に対抗する連合国という意味でできた組織体である。実際、第二次世界大戦の戦勝国が戦勝国となって世界の平和と治安維持を行うことを期して作った連合体が国連である。
 もともと国連は、戦争の集団である。また国連はその国のエゴが出ることが許された集団である。アメリカ、ロシアなど5か国には拒否権が与えられている。要するに、その国の利害がからむ場合は、一切決議できないでいる。国連で、北朝鮮に対する拉致問題などの決議がされないのは、中国が拒否権を有していることに由来する。その妥協策が六か国協議である。
 ということは、拒否権を持った国の利害が関係ない事案の実に自衛隊を参加させるということになってしまい、結局国連というものの不安定さに自衛隊がほんろうされる結果になる。そもそも、自衛隊の参加者は日本人であり、日本の主権のもとに存在している。その指揮権をすべて国連の意思に決めるということは、どのようなことであろうか。
 国際的なコンセンサスは、国連でなくてもとれる。日本は、国際的に正しいということを自己の基準で判断しなければならないが、民主党はその判断そのものを放棄しているのである。国際的なコンセンサスや善悪の判断をできない政党が政権をとれるのであろうか。
 最後に自衛隊の管理体制のことが言われる。守屋事務次官の接待問題や、航海日誌の保存がされていない内容などがあげられる。
 しかし、それは防衛省の内部の問題であり、別に国際的な事象とは何の関係もない。日本が国際的に貢献できるかどうかと個人の、接待疑惑と同列に語るというのはどういうことであろうか。
 まるで、秘書が自分の言うことをきいてくれないから、政治活動ができないと言っているのと同じである。それで信頼できるのだろうか。
 ようするに、民主党とマスコミが言っている自衛隊派遣の反対理由は反対になっていない。その理由として民主党からは対案が出てきていないのである。対案のない議論は、「反対のための議論」でしかない。しかし、先に記載したように、自衛隊や憲法の解釈、今回のテロ特措法の解釈ですら決まっていない、民主党の中でコンセンサスが取れていないのに、対案ができるのであろうか。
 さて、この打開策として、自民党と民主党の党首が話し合いを行い、9月以降何の法案も通っていないという現状の打開に動いた。当然に、それは、大連立ということがあげられる。
 この大連立の流れから11月4日に小沢党首が辞任を発表し、民主党が大混乱をするのであるが、そのことは次回のブログで。
 今回は、やや中途半端な感じもするが、こんな感じで終わりにした。

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三越の店長逮捕される。中国のビジネス事情

三越の店長逮捕される。中国のビジネス事情

 10月、一つのニュースが週刊誌発で話題をつくった。「三越の店長逮捕」というものである。記事によると、中国国内における三越の店長が、台湾から帰国の途上、空港ないで武装警官に逮捕された。容疑は重要経済機密の漏えいということで、何らかの者または情報を「台湾」へ持ち出したことが原因とみられる。逮捕と同時に、三越店内、事務所および店長の自宅まで家宅捜索も行われた。捜査後、数日後の店長は釈放され、中国公安は誤認逮捕(誤認捜査)であることを認め、三越側に謝罪したという。
 はっきり言って、中国では日常茶飯事である。いまさら驚くことのものではない。しかし、このニュースの価値は、「台湾から帰国」と「全人代直前」という二つのキーワードが挙げられ、その中に現在の中国のおかれている状況や、そこに入り込んでいるアメリカ型資本主義の使者である日本企業の無神経さが挙げられる。
 まず、根本的なことを復習しよう。中国、正式に中華人民共和国は、社会主義経済を国是とし、中国共産党一党独裁の政治体系をとっている国である。その中で1984年から改革解放政策をとり、西側資本主義の考え方を取り入れ、それまで国営企業ばかりであった企業体系に対し、一定の規制をかけながら「中魂洋才」とばかりに資本主義化を始めた。2001年の全人代で、資本家の共産党指導階級の参入を認めるようになり、その資本主義化は進んでいるといえる。
 一方、共産党独裁は変わらず、中華人民共和国全国組織といえる団体は、中国共産党と人民解放軍の二つに限られ、これに反する勢力は徹底して弾圧するという政治を行っている。「資本家=民主主義」でないということと、政治的に情報と物流を抑えることによる統制を現在も続けていると考えられる。「資本家=民主主義」に対する弾圧として天安門事件が挙げられ、また全国組織化に対する弾圧として「法輪講事件」が挙げられる。
 この弾圧は、日本にも影響があり、中国で物流を展開すると考えた佐川急便は、トラックを寄付しながら物流の許可を得ることができず、結局疑獄事件に発展する結果になっている。
 要するに、中国は一見資本主義のように見えるが、政治体制はいまだに一党独裁であり、日本やアメリカで仕事をしているように考えれば問題が生じることは少なくない。この現象をみて「中国は人治国家である」ということがいわれるが、必ずしもそうではない。法律に従って政治をしているが、その行間、記載のない細則にいたるところが決まっていないだけである。またそこに基準がなく担当者の裁量の余地が残されている。
 さて、まとめてみれば、細かな基準や行政の裁量権が残されている、共産党一党独裁の国で、社会主義を基本とした資本主義経済という資本主義に統制経済を融合した経済システムを持った国、というのが中国の姿であると考える。もちろん、これも表面的であったり、机上の空論と批判を受けるかもしれないが、私自身、大連に4年行ってそのように感じるところがあるので、机上の空論というよりは私個人の主観であると考えていただければよい。
 さて、私の経験上、中国に進出している外国企業、殊に日本企業はこのような経験は日常茶飯事である。私自身、逮捕までは行かないまでも連行されたことは数回ある。一番ひどいのは、台湾人の売春管理団体の親分と間違われたときである。いきなり両腕を抱えられ、後ろから小銃を突き付けられた。警察のリーダーと目される人物が身分証明書と警察であることの証明書を提示し、そのうえでパトカー(ワゴン車に赤色灯がついたもの)に連行された。一緒にいた日本人は、冷たいもので、さっと逃げてしまい、助けに来るでも何でもなかった。もちろん、身に覚えがないどころか、完全な人違いである。しかし、当日のタブロイド紙には「大連日本企業社長売春管理で連行」と書かれ、その下に中見出しで「人違いで公安がそく解放、謝罪した」と記事に載せられた。逮捕情報もあったのであろう、見事に小銃を突き付けられた写真まで載っていた。有名税といえばそれまでであるが、ワゴン車に入れられ、解放(釈放)されるまで5分、それでタブロイド紙の記事ができてしまうことに驚いたものである。
 中国は情報に飢えている。上記のように物流を制限し、同時に情報を制限することによって統治しているので、逆の立場である国民は情報と者に飢えている慢性的飢餓状態であるといってよい。そこに、自由に情報も物も扱える日本人が入ってくるのであるから、それだけで奇異な目でみられるのは仕方のない話である。
 同時に、上記のように官僚、官憲の裁量の余地が広いという現実から考えて、単なるガセネタや噂話で捕物が行われることも少なくないのである。とくに、情報が少ないのは、警察も同じであり、ガセネタに対して「裏をとる」ということができない。当然に二三の証言だけで今回の事件のようなことが発生しうる環境にある。日本人で現地に駐在し仕事をされた方がいれば、このことには同意していただけるであろう。とくに「おとなしい」日本人は有形無形の嫌がらせを受けることがある。「美しい国」「とてつもない国」という話はあまり中国では通用しないようである。
 さて、それらが日常であるといううえで、今回の件は台湾と全人代の二つの意味があって興味深いと記載した。
 台湾、正式には中華民国と中国、中華人民共和国の関係はなかなか大変である。第二時世界大戦後、国民党の蒋介石と共産党の毛沢東が内戦を起こし国民党指導者が逃げた先(あるいは撤退した先)が台湾である。
台湾は1874年に西郷隆盛の弟西郷従道の台湾征伐によって日本に併合され、1945年の敗戦と同時に日本の占領がなくなった土地である。江藤新平、後藤象二郎、児玉源太郎など、朝鮮半島と異なって台湾の統治者は強硬なことをしない融和政策論者が多かったこと、その有効ムードから戦前の日本人の投資が活発であったことから、台湾は親日家、知日家が少なくない。先日来日した李登輝元総統は、親日家であることが知られ、来日の際は中国、韓国の批判を気にせず靖国神社参拝を行い、記者会見を開くほどである。ちなみに、真珠湾攻撃開始の暗号分「ニイタカヤマノボレ」の新高山は台湾の山である。
 さて、日本と台湾が近いこと、そして台湾と中国はいまだに反目していることから、日本人が台湾に行くことを中国人は嫌う傾向がある。日本人からみれば同じ中国語を話す民族であるが、彼らからすれば北朝鮮と韓国ぐらいの隔たりがあるようだ。それでも、改革解放政策と資本主義化から、台湾の技術や知識、人脈を中国は必要としていた。結局は台湾と対立しながら技術を入れる、要するに、投資を受けるまたは外国人を介して交流する形が続いていた。逆に、中国は台湾に対して情報を入れたくない。このことから、今回のように「台湾への重要機密の漏えい」という犯罪が成立するのである。要するに、内戦の冷戦状態であるものの、経済交流をしているため、その制限は非常に強くなるというものである。
 さて、もう一つの注目点は全人代の直前ということである。全人代、全国人民代表者会議は中国共産党における最も重要かつ最高の意思決定期間である。この中で中国の大きな方針が決まるといってよい。特に、今回は胡主席になって2期目に入る重要な全人代であり、江沢民政権から完全に脱却し、新体制を作り上げる人事と政策が発表された。
 さて、そのような意味を持つ全人代の直前に「情報漏えい」という罪はかなり思い。疑いたくはないが、日本に対する警告であると受け取ってしまう可能性も少なくない。全人代などの国家指導者が集まる会議や国際会議が開かれる直前は、すべての取り締まりが厳しくなるのが中国の常である。もちろん日本でも同じ。どんな田舎町でも天皇陛下が行幸するとなれば、かなりの警備が行われるし、来年の洞爺湖サミットでは、すでに特別な警備チームが発足した。
 余談になるが、この取り締まりは当然に夜の世界も当てはまる。大連に私がいたとき、どこかの農協の団体が女性目当てでツアーを組んできていた。これに対して、ちょうど国家の指導者が多数大連に来ていたため、一切の女性関係は禁じられた。このときのホテルでの農協のおじさんたちのやりとりや、ツアーコンダクターの対応は、あきれ返るものであった。ちょうど、国体などで天皇陛下が来訪する目の前で、ソープランドのシャッターを開けろと駄々をこねている状況。まったくその国の文化を理解しない日本人観光客のマナーの悪さは、さすがに驚く。
 女性関係だけではない。北京に10万人といわれたホームレスが一掃され、汚い車のタクシーもすべて廃車された。これは北京オリンピックが候補地として名乗りを挙げ、その視察団が来る直前のことであった。今から思うと、あの10万人はどうなったのか少々気掛かりになる。また、社会主義国家だから強制的に車を廃棄することができるのであると関心もする。
 話を元に戻そう。今回の強制捜査はその警戒している一環で、敵国台湾に情報を流したとされる「ガセネタ」が入って行われたものであり、同時に、全人代の最中にそのようなことが明るみに出てはメンツにかかるとした、中国の警官が動員されたものである、と想像される。逆に言えば、それだけ重要な発表と決定がされる全人代であったということがいえるのである。今回の人事や基本政策ばかりでなく、何か報道されていない何かが決まっている可能性もある。その意味では注目が必要である。中国は今回の事件でそれを公表したと考えても過言ではない。
 今回の事件からの教訓はたくさんある。上記のように他国に日本の文化を持ち込むことの危険性や、他国の制度の問題もある。進出する企業は、中国に限らずそのことが必要だ。
 しかし、それだけでない。このニュースの読み方のように、何が隠されているのか、どう言うメッセージが込められているのか、そのことを読み込まなければ、なかなか真実にはたどり着けない。
 マスコミ諸兄はそのことに留意する必要があるのではないだろうか。
 

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