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東京版ミシュラン発表される。

東京版ミシュラン発表される。

 フランスのパリに、レストランの各付け本であるミシュランという本がある。フランス料理などで「三ツ星シェフ」などというのは、みな、この本で評価された最高ランクである「三ツ星」の厨房で腕を振るったということであり、ある意味で、その技術や素材を選ぶ目を「利用者の代表」であるミシュランという本が評価しているということを示している。
 11月19日に、このミシュランの東京版が発表された。報道によれば、ミシュランのフランス人三名と日本人二名が覆面調査を行って得られた評価であるという。彼ら審査員は、ミシュランの基準に従い、一年半で約千五百のレストランを回り、そして厳正なる審査を行ったという。なお、審査基準は料理の味ばかりでなく、盛り付けやサービス、店全体の雰囲気、外国人の対応などまで挙げられるという。
 19日の発表では、評価されたのが百五十の店舗で、その中で最高ランクの「三ツ星」になったのは八店舗であった。
 残念ながら、ここで三ツ星のレストランには一つも言ったことがない。何でも、ランチで13000円以上も出さなければならないレストランなど、私のポケットマネーではとてもとてもいけるものではない。もちろん、それだけの金銭を持っていたとしても、行かないかもしれないが。ましてや、ディナータイムでは三万円程度の予算。家族四人で十二万円は、年に一回でも期が遠くなる。下手をすれば韓国やグアムに旅行できる金額である。
 個人的な愚痴はさておき、ミシュランの東京版は話題になっている。やはり、最高ランクの店には、一度でも行ってみたいと思うものである。
 ところで、この審査基準に関してであるが、店のサービスや雰囲気、外国人対応などは一定の基準があってしかるべきであるし、それがあって話になるのもわかる。しかし、味、素材に関して、フランス料理と日本料理を同じ基準で語ることができるのであろうか、と少し疑問に思いたい。
 ここから下の記述は、「三ツ星」レストランに、経済的な都合で行くことのできない、筆者の「嫉妬心」と思って読んでもらいたい。
 まず、食事は文化である。日本においては、食事は儀式であったという。動物であり、植物であっても他の命を犠牲にして自分の寿命をつなぐ、そのために「儀式」たりうるものである。
 フランスにはフランスの、中国には中国の、イタリアにはイタリアの、そして日本には日本の食文化が根付いている。その文化を単純に比較することができるのか、という疑問は大きい。今回もミシュランの三ツ星レストラン八件はこれら料理店が混在している。
 同じ日本料理であっても、日本料理の最高峰である四条司家の第41代当代の四条隆彦氏によれば、懐石料理などは日本の料理といえるが、寿司は江戸時代に開発された「ファーストフード」でしかないという。サンドウィッチがビリヤード(であったと記憶する)の最中に食事ができるようにパンに具を挟んだのがきっかけというが、江戸時代にご飯のうえに具を直接乗せる料理が開発された。単品で一食になりうるものが「どんぶり」で、一口で入るものが寿司となった。
 三ツ星の中に寿司店が2件入っているが、今でこそ再高級料理であるものの、その歴史は意外と浅い。約300年後、ファーストフードの伝統といって、マクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどが、ミシュランの三ツ星に選ばれたようなものである。
 それでも、寿司と懐石が同列はまだ納得がいく。同じ日本料理であるから、同じ文化を共有しているからである。ハンバーグ定食とハンバーガーが同列というのと同じ考え方であろう。
 食事が文化といっている以上、フランス料理、中華料理と日本料理は根本的に異なる。
 フランス料理は、素材よりもソースの文化である。ひれステーキを頼んだところでヒレ肉そのものよりもソースの方が高いということは、高級料理店では当たり前のことである。日本におけるフランス料理で、ソースを宣伝するところは少ない。しかし、たとえばデミグラスソース一つつくるのに、食材をいかに使用しているか、ワインをどれほど入れているか、その材料費は確かにヒレ肉塊の値段を凌駕するであろう。しかし、日本の場合「肉」のブランドを重視するものの、ソースのブランドを重視することはない。ソース(たれ)が重視されるのは、焼き鳥とウナギとラーメンだけである。
 やはり、そこが日本文化なのであると思う。日本文化は、素材の味を大事にする料理である。調味料はなるべく使わない。素材そのものをいかにおいしく、そして素材に失礼でなく食するかということが重視される。素材をそのまま食することができるというのは、それだけ水がきれいであるということの証明である。これは、国土的に山岳地と海が近接しており、川の勾配が急であることと、同時にやはり、水を神聖化しているために水を汚さない文化になっていることが挙げられる。もちろん、山に森林があるために、汚染された土壌が流出しにくいということもあるだろう。
 日本料理が水が美しく素材の味を重視するということについて、先にコメントをいただいた四条隆彦氏が面白いエピソードと語ってくれた。
 魚にランクがあるという。もちろん日本料理の世界である。当然「山の神・海の神」というように、海の魚が高級とされていた。しかし、鯉だけは別格であるとされている。鯉は「滝昇り」でそのまま「竜」になると信じられていたようで、竜の子供は、海や山のような地上ではなく天界の生き物であるとされ、その子供は当然に基調とされたのである。儀式などに鯉が使われるのは、そう言うことである。そう言えば、鯉の口には髭があり、竜とよく似ている。
 さて、魚一つ、食材一つとってもこれだけの差がある。その料理法は、上記で記載した水の話と同じようにより一層奥深い文化を持っていることになる。それを比較しランクをつけるのはいかがなものかと思う。やるならば、料理毎、つまり寿司・和食・フランス料理というように分けてランク付けをしてもらいたい。
 ところでミシュランの効用も存在する。まずはサーブ椅子に関すること。我々、外国人が来たときにどのような店で接待するかかなり困ることがある。このときにこのような本があると重宝する。ミシュランで三ツ星のレストランを予約しました。といえば、悪い期がする外国人は少なくない。
 レストランの品格とは、基本的に味だけではない。上記のように料理には風土や文化が詰まっている。同様に食べる雰囲気や食器などにも最高の気配りがある。それらをあわせ、そして店主や店員の心遣いをあわせて全体がレストランの品格となる。その品格に関して、日本にはじめてきた外国人や初めて大切ない人を接待する人にとっての指針となるのは非常に有用である。そういう意味でランク付けをすればいいかもしれない。
 三ツ星であることが「おいしい」ということではない。また、三ツ星のフランス両氏が一つ星の和食より「良い」というものではない。やはり本当の味、本当の自分のお気に入りのレストランは、自分で見つけなければならない。
 最後に一つのエピソード。
 私の友人である「世界の歌姫」と言われる歌手がいる。彼女は、日本に来ると新橋の居酒屋を好んで指定する。一階などその中で歌い始めて大変な騒ぎになったことがある。彼女いわく、「居酒屋が最もおいしい和食レストラン」とのことだ。もちろん、その居酒屋はミシュランに名前は出ていない。

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投稿: みんな の プロフィール | 2007年12月11日 (火) 09時39分

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