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2008年3月

ドル安と原油高騰、経済不安広がる

ドル安と原油高騰、経済不安広がる

 3月13日。日本ではホワイトデー前日で、都内のデパートの前では、義理チョコをもらったおじさんたちが、様々な趣向を凝らしたお菓子選びをしていた。中には、部署全体の女性の分を買い込んでいるのか、大きな紙袋二つ三つ、窮屈そうに抱えている若者サラリーマンの姿もあった。
 そんな中、テレビ・新聞ではかなりの衝撃が走った。円高ドル安が進み7年ぶりに100円を超える円高になったこと。同時にニューヨーク商品先物取引で、WTIが110ドルを超え、市場最高値を7営業日連続で更新したというのだ。
 さて、便乗値上げは別にして、この現象はすぐに物価上昇や不景気につながるものではない。しかし、物資も食糧も輸入に頼っている日本にとっては、経済的な影響がないといえば嘘になる。
 まず、このようになった原因を考えよう。
 この現象は、日米関係だけではなく、ユーロなどでも同じ現象が起きている。ユーロが高くなり、ドルが下がっている。このことから考え、単純にドル売りが加速しているのである。ドル売り加速、要するにアメリカ経済の先行きが不安定であると考えられているということである。その原因は非常に簡単で、サブプライムローンと政治の不安である。
 サブプライムローンについては、すでに様々に言われている。簡単に言えば返すあてのない低所得者層の住宅ローンを、ローン件数と初期金利優遇で数多く受注してしまい、回収不能になっているローンが多数あるという状況である。日本でも90年代に発生した「住専」問題を、アメリカは大手銀行が国家を挙げて行っており、そのローンの原資資金を外資ファンドに頼っていたために、その返済の焦げつきが大きくなったという問題である。
 銀行を含め、貸金業を行っている以上、回収不能状態ということは考えなければならない。その回収不能率と金利でバランスが崩れれば金融機関そのものの信用不安や、最悪の場合銀行の倒産・廃業につながることになる。当然にその金融機関をメインバンクにしている企業全体に影響する。必要な資金の菓子四ぶりなどが発生する事態になり、それが元で給与などが削減される。通常ローンの返済すら行われなくなる。「負のスパイラル」が発生するのである。
 世界の投資市場は、この負のスパイラルが発生した場合の経済状況はよくわかっている。1991年のインドネシア、1993年の韓国、94年のタイ、そして住専問題後の日本、どれも通貨危機や長期不景気が発生し、それによる国全体の信用低下が発生している。
 それと同時に、政治に対しても混乱が生じる。
 インドネシアでは30年以上続いたスハルト政権の瓦解が、タイでは、混乱の末タクシン政権の樹立、韓国では軍閥系ではない政権の誕生。日本では55年体制が初めて崩壊し、戦後初の自民党以外の政権である細川内閣が発足したのである。
 さて、現在のアメリカを見てみよう、ちょうど大統領選挙が行われている。その中には、オバマ候補とクリントン候補の争いがクローズアップされているが、この戦いはあくまでも民主党の候補を決める選挙背しかない。本当の選挙は共和党のマケイン候補との争いでしかない。このときに、現在の政策が継承されるのか、まったく新しい政策が打ち出されるのかは不透明である。
 アメリカ経済は、一つにはイラクやアフガニスタンの出兵による軍隊経費、そして、サブプライムローンによる損失で二重の経済悪化が叫ばれている。政治状況で一つの原因である海外派兵に関しては結論が出るかもしれない。しかし、サブプライムローンに関しては、金融強硬に陥る可能性がある。この文書を書いている時点で、FRBは公定歩合金利を引き下げるようにしているが、この二つの赤字要因に関して言えば、とても公定歩合の引き下げによって収まるレベルのものではない。
 また、日本の政治状況やヨーロッパの政治状況も、アメリカ経済に大きく影を落とす結果となる。まず、昨年11月の日本の自衛隊によるインド洋給油停止。これは、それだけの経済的損失をアメリカがこうむったということに当たる。韓国や日本の沖縄での米軍中流基地問題もそうだ。また、ヨーロッパにおけるアメリカの海外派兵反対の風潮も大きな潮流になっているといわざるを得ない。
 とはいえ、海外派兵をしなければ、アメリカのエネルギー政策上将来に重大な禍根を残すことになる。「テロとの戦い」とはスローガンであって、実際はエネルギー問題による紛争であることは、各報道機関などの暗黙の了解とされている。当然にその恩恵をこうむっているからこそ、日本も「平成石油ショック」にならずに持ちこたえているが、なぜか、その恩恵を感じることなく、戦争反対というスローガンによってアメリカは攻撃される立場にある。
 さて、サブプライムローンに関して言えば、完全な損失であり、その構造がすでに日本で体験した「住専問題」と酷似していることは上記の通りである。
 住専問題は、日本では、一部政治家と官僚そして銀行家のわいろ犯罪ということで片づけられた。しかし、そもそも、それ以前の問題として住宅の価格にたいする問題や、年収とのギャップなど、根本的な問題が解決せずに住宅金融のみの問題として片づけられ、結局、バブル崩壊後の貸し渋りと中小企業のは三、海外による技術買収ということにつながるのである。この技術流出により、日本の工業技術の海外競争力が落ちたことは否めない事実だ。
 アメリカの場合も同じ。そもそもサブプライムローンがなぜ必要だったのか。そのローンが爆発的に流行した背景の社会問題や政治家大が解決されていないことに着目しなければなるまい。要するに、ヒスパニック系を始めとする低所得者層の住宅問題と、それを放置することによる大都市のスラム化ということを政治的にいかに解決するか。その中で、サブプライムローンが担った役割と功罪、そして犯罪的行為をいかに解決するかを考えなければならない。政治は国民のためであり、一部の声の大きな人や金融家のためにあるのではない。
 しかし、マスコミは権力に対する非難を言うだけで、その後の問題や、サブプライムローンの問題をいかに解決するかなどの話をするものではない。要するに無責任な非難を繰り返すのみである。これは日本もアメリカも変わらないようである。
 無責任な非難とそれをかわせない政治の無策、そして先行きの不あ透明感と国民の漠然とした不安が、経済不安をあおっていることは間違いがない。これは韓国やインドネシア、タイ、そして日本の住専問題の時と変わりがない。そこに戦争と石油ショック、そして大統領選挙が重なったのであるから、当然に、ドル安が加速する。
 さて、投機家はドルを売り円やユーロを買うこと、または石油などの値下がりが少ないと考えられる石油などに冬季背にの高い金銭が偏向する。当然に利益が確定すれば一時的に値段が下がるが、それら投機家の動きをつぶさに見ているというか、投機化の一部を担っているOPECの各国は、その投機的な値上がりに対して原油の増産などには応じない構えが続く。長年の石油の値がありで上がり基調が続くことになる。
 さて、これらの世界状況に関して、日本はどのようにすべきか。日本として対処できる内容は多くはない。せいぜい協調介入で円ドル相場を正常化させるしかあり得ない。しかし、日本はそれを行うための政治の安定性が存在しない状況である。
 政治と経済は関係がないように見える。しかし、日本は「政治は三流経済は一流」と言われたが、その経済大国たる内容は政治の保護によって行われたものである。政治の混乱はすぐに経済の混乱と低調を招くことになり、同時に資源も軍事力ものない日本はすぐに没落の一途をたどる。日本がこれまで何とかなっていたのは、五十五年体制といわれる安定した政治体制による経済の保護であり、それが消えた場合ということを政治家諸氏は責任もって近未来の予想図を責任を持って国民だけでなく経済の世界では、世界各国に示さなければならない。
 二hん国内だけの政争で明け暮れているようでは、日本は近い将来国際的な大きな流れに取り残されてしまうのではないだろうか。

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ねじれ国会 予算採決と日銀総裁人事

ねじれ国会 予算採決と日銀総裁人事

 2月29日に、衆議院で野党三党が欠席のまま予算案と予算関連法案が衆議院本会議で採決された。これに対抗し、参議院で過半数を占める民主党が予算審議に出席せず、予算委員会が成立しないということが一週間継続している。
 そんな中、3月19日で任期満了する福井日銀総裁の後継人事で政府は武藤副総裁を指名したが参議院で過半数を占める民主党は否決し、3月19日以降日本の中央銀行の総裁という最高責任者が不在になるという危機に陥っている。

 この文書は、3月8日に書かれた文書であり、来週以降どのように動くかわからない。しかし、この時点において国会がねじれていることによる日本全体のリスクを日本国民が味わっているといわざるを得ない。

 さて、予算であるにせよ、日銀総裁であるにせよ、期限が決まっている。この期限が決まっている国会の審議事項に関し、与野党はあまりにも稚拙な対応である。もちろん、「ねじれ国会」という戦後というよりも史上初の事態で対応の方法がわからなかったものと思われる。特に、官僚は先例を重んじることや型にはまった事務を処理することは非常に得意であるが、新しいことを行うことは不得手と来ている。官僚の力をアテにしている政治家諸兄は、より一層この状況の対応に苦慮していることと考えられる。
 本来であれば、今こそ政治家主導で官僚改革を行える最大のチャンスであるのに、官僚を政策の機関としている自民党も、自治労という労働組合の影響下にある民主党もそのことには話にならず、どちらかといえばその双方の影響団体の代弁者のごとく政党の党利党略で動いている。特に野党側にその動きが顕著に見られるが、与党も他人のことをいえたものではない。
 
 さて、予算と予算関連法案に関して、もともとはガソリンを下げるためにガソリン税、道路特定財源を下げるということを民主党は主張していた。しかし、この意見は全国の知事会議でも受け入れられず「田舎のことは我々の視点で考えてもらいたい。えらい先生が東京や霞が関で議論する問題ではない」(鳥取県)のとおり、東京や都会という観点と、いまだに道路が整備されていない田舎という観点で、まったく異なる感覚である・民主党は昨年の参議院選挙のときは農村からスタートするということをしながら、平気で農村を切り捨てる政策をとっているのである。
 そのガソリン税の議論が、民主党の党内でも、国民的なコンセンサスが取れてもいないのに、それを主張し、予算審議を長引かせるということになっているのである。
 予算がガソリン税だけでない。社会福祉や農村、公務員の給与から地方交付税まで、一般の内容がすべて含まれているのである。ガソリン税の一件だけで、ほか全体を遅らせ、停滞させることのリスクは、それら日本という国全体の活動の停止を意味するのである。
 これに対する野党の答えは、日銀総裁の人事の部分で行われた。「政府の責任だ」(3月1日小沢代表)。これは、日銀総裁が決まらなかった場合、3月19日以降日本の中央銀行の最高責任者がいないという以上事態になった場合の責任について語った言葉である。
 何という他人事であろうか。国会の承認人事は、国会という憲法で規定された国権の最高機関が行うことである。ここで決まらなかったということは「国会が」責任を追う話であり「政府」ではない。国会議員一人一人すべてが責任を感じてもらわなければならない事態であるのに、参議院の第一党の党首は責任の転嫁をするということである。
 仕事に無責任な仕事はない。仕事は始めたり、発言をすればその発言や行動に関して責任が伴う。
 以前、私がカナダの人と仕事をしたときに、日本人に関する疑問として面白いことをいった。「日本人は、仕事がうまく行かなくなると、誰かが出てきて、私が責任を負いますといってくる。しかし、そもそも、仕事ははじめからやった人の責任と権限で行っているものなのに、なぜ後になって責任をとる人が出てくるのか」
 要するに、仕事は仕事を開始し交渉を始めたときから権限があり、その権限の範囲内の責任を持って交渉しているはずである。「私が責任を負います」といって詰め腹を切るのは、日本では美談ですが、海外ではまったく通用しないこと。そもそも、「責任も権限もなく、何をしに来ていたんだ」と不信感を持たれる原因になる。
 今の民主党がまったくこの状態であろう。参議院の与党であるから、否決することは可能であろう。しかし、何でも否決をすれば、その「否決」という結論に関し、その影響に対して責任を負わなければならない。今の民主党に、予算が決まらなかったことや日銀の総裁が不在になったことの責任意識はあるのか。勝手に否決し、対案も出さず、責任を他人に転嫁するということが許されるのか。そもそも、責任を負わない仕事をする政党に政権を持たせることができるのか。その件に関して考えなければならない。
 単なる「アンチ」勢力は、逆に言えば「アンチ勢力である」ことのよりどころの鵜合の衆でしかない。民主党結党以来の批判をいまだに解消できないでいる。

 一方責任に関しては、政府与党も同じ責任を国民に負っているといわざるを得ない。そもそもねじれ国会になった責任は政府与党の「ふがいなさ」が原因であることは間違いがない。その件に関して、現在の自民党はその「ふがいなさ」の解消に至っていない。
 この「ふがいなさ」の原因は三種類である。一つは、政策への不信。二つ目には閣僚・官僚の不祥事。三つ目は説明責任の回避・隠ぺい、わかりにくい政治であろう。
 政策への不信に関しては、ここでいうつもりはない。何か政策を打ち出せば、すべての人に受け入れられることは絶対にないのである。必ず損・不利な扱いを受ける人が出てくるのであり、そのために、政府に対する不信感が出てくる。しかし、これは行動を起こすことの証明であり、そのことがなければじり貧的に停滞する。
 閣僚・官僚の不祥事は、これは政党・政策に関するものではない。閣僚に関しては、そのような人物の登用が問題になる。官僚に関しては、これこそ私個人が常々言っている官僚改革を行うべきである。ことに、これに関する責任を明確化しなければ話にならないであろう。
 問題はわかりやすい政治、説明義務と隠ぺいである。日本の政府だけでなく、公的機関や半官半民会社はとかく情報の扱いが下手である。用もないのに情報を隠ぺいし、それらが必ず漏えいする。情報という目に見えないものに対する価値観を持てないことと同時に、その管理方法がまったくできていない。この情報の管理ミスによる政府への不信感はあまりにも大きい。
 情報の管理ができないのは、一つには閉鎖された官僚空間による内部対立や派閥・いじめといった人間関係によるもの。もう一つは、真に大事な情報とあまり重要でない情報の取捨選択ができないことの二点。そしてそれは、何もわからない人が年功序列で管理職になっていること、つまり人事的な弊害が解消されていないことによる。そこに、先にも挙げた自治労のような野党勢力が入るのであるから、情報の管理はまったくできないといわざるを得ない。それでいてエリート意識が高いので、なるべく情報を隠すことに専念する。隠すということは、何か隠さなければならない事情があると考える。何でもないことなのに疑いを持たれる結果になる。
 政府与党は、それらの改革に着手しなければならない時期になっている。そのためには、政治家自身が政策や政府の仕事に関して勉強しなければならない。そのような勉強をしていれば、不祥事も起こしづらい、というよりは、不祥事を企画している時間も少なくなる(かもしれない)。
 いずれにせよ、政府も野党だけに責任を押し付けるのではなく、国会議員としての国民への責任を十分に感受しなければならないのである。

 どのような責任体制であれ、原油の高騰、小麦など農産品の高騰、中国餃子事件にみる職の安全と食糧自給率の改善の問題、二酸化炭素排出権取引、中小企業支援、赤字国際の解消問題、社会保証や年金・薬害補償、朝鮮半島核問題と六カ国協議、防衛と自衛隊海外派遣、為替変動など、今政府がやらなければならないことは山積している。このような時期に、国会で政局論でもめている暇はないはずである。与野党幹部、福田総理も小沢代表も、国民のためにやらなければならないことは少なくないということ、そのために与野党でもめて、国会を停滞させる時間はないということを自認しながら、責任を持った行動をしなければならない。
 かわぐちかいじ氏の漫画「沈黙の艦隊」の中で、政府民自党の幹部のセリフで「日本丸が沈没しそうなときにうちわもめをしている馬鹿を相手にしている暇はないのだ」というセリフがある。今、まさに日本丸は一刻の猶予もない時期。漫画の中でも出てこれるセリフを、本物の政治家が、ポーズだけでなく実行力を伴って発言する日は来るのであろうか。

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