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2008年9月

リーマンブラザーズ破産法申請と日本経済

リーマンブラザーズ破産法申請と日本経済

 この文書は、本来国会新聞社の文書として行っている。もちろん私個人で、文書を作っている。元々は国会新聞のボツネタがもったいないので始めたのであるが、何となく好評で、知り合いから聞かれたりするので、最近ではこの文書専用の文書を作成している事も少なくない。
 今回の文書もそんな中の一つ。国会新聞はあまり経済のネタを行わないで「政治」「国際」「地方行政」「各政党」の四つのカテゴリーで編集される。よって、経済ネタや企業ネタ、ゴシップなどに関しては、紙面構成上存在しないことになっている。よく、当社と間違われる「国会タイムズ」とは基本的に異なる。
 さて、国会新聞という観点から言えば、本来は自民党総裁選や来るべき総選挙について記載すべきである。9月1日に福田首相が辞任し、その後自民党総裁選で麻生太郎・小池百合子・与謝野馨・石原伸晃・石破茂の5人の候補が総裁候補として名乗りを上げ政策論争を行っている。一方、民主党は小沢一郎の代表再選が無投票で決まり、民主党内における政策論争は行われていない。このような状態の中において、ここを書かないのはどうかと思うが、逆にどのメディアも追いかけている内容であるから、ここは本紙に任せて、この文書に関しては、選挙の結論に関してのみ記載しようと思う。

 さて、そんなで、あまりネタがないと思っていたところで、大きな内容が入ってきた。アメリカの証券大手、日本では「ハゲタカファンド」として有名になったメリルリンチがアメリカの第2位の銀行であるバンク・オブ・アメリカに約5兆円を超える金額で買収されることが決定したという。また、これにあわせて身売り交渉をしていた、やはり証券大手で日本では「ハゲタカファンド」で有名になったリーマン・ブラザーズは、身売り先、資金援助先がなくなったことで破産法申請が決定したのである。

 これに関して、アメリカはかなりの衝撃である。大手金融会社の倒産は、日本では山一証券や北海道拓殖銀行の破綻で経験している。その後、多くの金融機関が合併再編され、融資基準が混乱したことによる「貸し渋り」が発生し、中小はもとより大手上場企業の倒産が相次いだ事は、日本人の記憶に新しい。その大手上場企業の倒産が相次いだときに日本に上陸したファンド会社が、今回倒産したのである。
 日本や各国の金融事情に詳しい有識者は、アメリカにおいて、日本と同じ金融再編が行われることを予言している。将来像に関しては後にするとして、まず、投資ファンドの実体と、この問題に至る流れを簡単に、いつもながら語弊があるかもしれない表現で簡単明瞭に示して、その後に今後の展望を見てみよう。

 投資ファンドとは、日本では法律的に信託法が適用されると言って良いと考えている。まだ、投資ファンドとかデリバティブ取引とか言う単語がメジャーではなかった時代、マイカルは不動産ではなく、不動産から得られる収益を信託証券化し、現金の調達を行った。当時は不動産証券化とか不動産流動化という言い方をしている。貸借対照表上の固定資産を流動資産として計上しキャッシュフローを悪化を防ぐ事からこう言われていた。この取引は、マイカルの商業施設から得られる収益を信託銀行に預託し、信託銀行が信託証券化して販売、その証券販売収益をマイカルが得る。証券を購入した人は、マイカルの収益から金利を含めた信託受益権収入を得ることができるというものである。相変わらず、我ながら単純で簡潔にしたが専門家から見るとお叱りを受ける説明であることは自認している。マイカルの時は、この信託証券を、大手金融機関が購入した。いわゆる機関投資家であるが、具体名は控えておくことにする。
 さて、これがデリバティブ取引の、最も簡単な説明である。リーマンブラザーズやメリルリンチは、通常の会社発行株式だけでなく、こう言った証券も扱っていた。アメリカの銀行に「信託銀行」という枠組みが存在しないのは、信託証券を一般の証券会社が信託証券を取り扱うことができるからである。マイカルの不動産流動化はほんの一例。不動産だけでなく、あらゆる収入媒体を証券化し、小口投資として運用を行うのがこれらの会社である。
 逆の見方をしよう。投資家は、リーマンブラザーズ証券に金銭を預託し、その金銭に対しての運用権限を委任する。リーマンは預託された資金を自己の権限で運用し、その運用益を分配するという仕組みである。通常の株式と同じ現象であるが、運用の委託と資本のちがい、つまり、貸借対照表上の預り金と資本金の違い、同時に会社意志決定での議決権など、かなり資本金とは異なる運用になっている。
 そうした、リーマンは、預り金による運用を行ってきた。日本でリーマンが有名になったのは、堀江貴文率いるライブドアが、フジサンケイグループを買収するとして話題になったときである。その後も様々な投資案件で名前が出てくることになるが、その個別の内容に関しては、長くなるので辞めておこう。
 いずれにせよ、リーマンブラザーズは日本の不動産や優良企業の株式を持っているという事実が存在する。一説には、日本での社債発行は4000億円という。それだけの資産がでフォルトされ、それだけの資産がリーマンの名前になっているという事を意味するのである。
 この会社を含め、アメリカ・欧米型投資会社は、ムーディーズなどの格付会社の格付けと、利回りで判断するのが一般的である。現在の日本で、大手会社が、相手の与信を調べるのにたとえば帝国データバンクなどの調査会社の結果を使うのと同じ感覚である。しかし、これらの問題は、調査会社は強制力などがあるわけではなく、同時に、その結果に関しては責任がないという事だ。要するに、格付け会社の格付けを信用して損をした場合も、その格付け会社は何ら責任を負わない。
 今回のサブプライムローン問題の一つの核は、この与信情報と、それ以外の与信調査力の欠如が言えるのではないだろうか。ちなみに与信調査会社のインタビューは何度か受けた。格付け会社などに関してもマイカル時代に経験しているが、その資料が真実の数値や会社の実体を表しているとはとうてい考えられない。しかし、見る側は、その調査結果にあたかも公新力があるかのごとき見方をしてしまう。そこの調査力や調査方法などに関して、詳細な情報を得ていない。帝国データバンク社が2001年(間違えているかもしれません)にマイカルの倒産に関する書籍を出しているが、正直に言って、内部にいたものからすれば「的外れ」でしかない。外部の人間は、やはり内部にいた人間の真の姿がわからないのは仕方がないということである。
 話がそれたが、結局、格付け会社を信用して、サブプライムローンに一気に傾倒した結果、サブプライムローンの破綻に伴って金融危機が発生する状況になった。
 これはリーマンだけではなく、アメリカのいわゆる機関投資家・金融機関全体の問題である。
 次に原油高。私の文書でも何度もでているが、原油高は政治の責任ではない。市場経済である以上、原材料の高騰はあり得る話である。そこに関するセーフティーネットの創設や、備蓄物資解放という政策から、市場経済の予測と将来の展望が示されない現状がある。日本ではガソリン税など不思議な議論で、市場経済に対して政治的な解決を行政に求める動きがある。しかし、市場経済である以上、それは間違えていると思う。この動きが「日本はもっとも進んだ共産主義国家である」と言われる所以である。市場経済の問題は市場経済の問題として解決しなければならない。不正競争の防止など、何らかのルールを時代に即した形で法制化すれば、後は市場の論理で行うべきであり、補助金などの行政はあまり好ましいことではない。
 アメリカはこのような考え方がかなり発展している。17日に同じ倒産の危機に瀕しているAIGに対して、9兆円の緊急融資を行ったが、この融資自体が異例であるばかりでなく、融資の見返りとして株式の80%を政府に譲渡している。日本の補助金情勢との違いはこれであろう。当然に会社経営者は自認し、FRBが指名した経営陣に変わる発表がなされた。AIGは保険会社であるために、一般の金融とは関係のない顧客に対する被害の拡大を、国家が防止した形であり、それに対する責任を明確化させたものである。日本の補助金行政とは大きく違うのではないだろうか。
 原油高に関しても、金融のプロならば当然に予測が可能であるし、その件に関するリスクの予測もできるはずである。保険加盟者はそのようなことは考えないが、証券会社に取り引きしている人は、当然に金融知識を持ち合わせた人であり、そのリスクをはじめから承知して取り引きしているはずである。要するに保険加入者は単純被害者であるのに対し、リーマンの被害者は、本来的に金融利益をリスク承知で自己責任として取引をした人である。
 ここの差が、補助金や緊急融資の差である。いずれにせよ、選挙のためとは言え、ばらまき行政を与野党双方が主張し、財源問題を議論しているのとは大きな違いである。
 原油高騰はリスクであった。しかし、リーマンにとって決して不測の事態ではなかった。当然に社会経済の衰退は、予測できていたし、予測できなければならないプロ集団であったはずだ。
 それだけでなく、景気後退という点に関しては大統領選挙も同じである。任期があるのだから、当然に選挙は行われる。アメリカは大統領制であり、大統領の所属政党によって行政も異なる。候補の激戦と大統領選挙の伯仲は、対岸から見ていればおもしろいが、経済からすれば、マケインとオバマのどちらかが、つまり共和党政権になるか民主党政権になるかで、行政の出すか伊藤が全く異なると言うことを意味する。この内容は、日本以上に経済の先行きに不透明感を示す結果になる。共和党政権でyesであったことが、民主党政権で同じ事がnoとなることは十分に考えられることである。これは経済活動でも同じ事で、たとえばイラクは兵を中止すれば、イラクの派兵にかかっていた費用がなくなる。つまり、そこに納入していた食品や武器・機材・衣服などのすべてのメーカーの納入がなくなるまたは少なくなると言うことであり、当然に企業にとっては売り上げと利益が減少することになる。すべてが現地調達であればアメリカ経済と関係がない話になるが、そうではない。納入業者にとっては、イラク派兵に関する問題は、企業存続の問題となってもおかしくない規模の問題であろう。イラク以外でも同じ事が言える。
 日本の場合、国家公務員が提案している。その国家公務員は支持政党に関係なく、国家公務員として、国に採用されているため、政治や支持政党による人事の変更は存在しない。アメリカはそうではない。大統領と政権によって、公務員そのものが変わる。当然に法案も行政もすべて変わってくるのである。政治と行政とそこからくる許認可や国家にかかる取引など、経済活動全体が政治によって変わってくる。それでも、どちらかが優勢とでていれば、大きな問題にはならないが、今回のように見通しが立たなければ、政治としてはおもしろいが、経済は先行き不透明として停滞する。特に等し事業などは様子見になるであろう。
 リーマンの破産に関しては、アメリカ型資本主義の自己責任の論理が大原則にある。その上で、サブプライムローンと格付け会社の問題、原油高と経済の停滞、そしてそれに対する補助金などの期待ができなかったこと、大統領選挙伯仲による様子見の投資環境と、様々な金融危機の要因が複合的に合わさった結果であると言える。
 日本のバブル経済の崩壊や、住専問題での金融破綻とあまり変わらない状況であるが、グローバル経済で、アメリカ国内に収まらず、他の国においても影響が拡大するおそれがあることが大きな問題と言える。
 さて、これからの予想である。
 起きてしまったことの分析はおいて、これからのことが重要である。
 まず、不景気の要因である内、原油高騰は収束傾向にある。そもそもはサブプライムと大統領選挙による先行きの不透明感が、株式や信託証券でなく、現物の先物商品に資金が流れた原因である。これに、北京オリンピックが合わさったために、異常な高騰を招いた。これら問題に対して一定の終止符が打たれれば、相場は落ち着く。現に、北京オリンピック終了後、150ドルを超えていた原油は、4週間で100ドルを大きく割り込み、92ドルまで下がっているのである。
 このほかの要因も、11月4日には、大統領選挙も終わる。相場の乱高下と金融不安の要因は、年末に向けて徐々に解決に向かっている。あとはサブプライムローンの処理、しいては、アメリカの住宅市場価格の問題だけである。
 いずれにせよ、複合要因が解決すれば金融危機は乗り切れるが、それに耐えられず、メリルリンチの身売りと、リーマンの破産が報じられた。
 アメリカは自己責任を押し出した資本主義経済であるために、日本のように金融機関に公的資金が投入されることはほとんどないであろう。その分金融不安の解消には時間がかかると考えられ、その間、日本と同じように金融の再編、系列化が行われると考えられる。金融再編と系列化は、金融資本の保守化と資産の確定、次に資産売却と欠損金の穴埋め、そして新規事業の開始、と言うような手順になる。その間は金融資本の縮小化が行われることになり、外資ファンドを当てにしている日本企業は経営破綻などの危機に瀕する可能性もあるのではないだろうか。
 金融再編時の、問題として、日本は融資に対して土地担保がほぼ伝統的に行われてきているが、アメリカは不動産担保よりもプロジェクトファイナンスや、事業投融資が中心であり、その分、日本ほどの金融硬直化はないと考えられるが、それでも、今回露呈した格付け会社の信用性の問題を含め、与信調査などでの慎重な態度がでるようになることと、それに伴う金融硬直化は確実に発生する。また縮小も予想される。
 ただ、アメリカは日本と違って自己責任の国家である。金融不安といえども、その解決に政府の補助金などを期待したりはしない。そういった国民性である。誰かが何とかしてくれると言った他力本願な内容であれば、いつまでも危機状態が続き、バブル崩壊の影響を10年以上受けなければならない。しかし、国民も自己責任に関する意識があれば、逆に、何か行動を起こさなければ経済が停滞することもわかっている。金融再編の限定された期間、経済が縮小し、何らかの影響がでるであろうが、それが長期間にわたって影響を及ぼし、国際経済に長い間禍根を残すことはないと考えられる。具体的に期間や金額を数字で言えるわけではないが、国民性と資本主義の感覚から、日本のような長期間の不景気は存在しないであろう。
 日本は、資本主義経済を言う以上、その自己責任に関する経済感覚を身につけなければ、国際経済から捨てられる存在になってしまうであろう。海外で、日本人会などを作り、海外の文化に触れも理解もせず、帰国する人は少なくない。それが元で失敗した企業も数多く見ている。そうならないように、自己責任の市場経済の感覚を国民一人一人が持たなければならない。それは経済人でなくても、資本主義経済の日本で生きるためには必須の感覚であろう。その上で、自己責任の観点から、政治や国際関係を見る必要があるのではないだろうか。少なくとも、今回の金融危機は、地震や台風などの自然災害と異なる。人がやっていることである以上、人によって予測も対処も可能だ。これを他人や行政の責任にして議論するのは、根本的な問題があるのではないだろうか。
 いずれにせよ、アメリカのアメリカ人による金融危機の対処方法を着目したい。

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岡田克也事務所に公開質問 当ブログのコメントについて

下記の文書は、このブログに9月5日に寄せられた「コメント」に対して、同日私は岡田克也事務所宛てに、コメントに記載されたメールアドレスに対して、質問を行ったものです。

当該内容について、少なくともこの文書が公開された時点において全く回答がされていません。

岡田克也事務所は、「言いたいことだけ言ってそれに対する質問には回答しない」という体質なのでしょうか。国民の声に回答を出さないという体質について、皆さんはどのようにお考えでしょうか。

この件に関し、私のメールをそのまま添付いたします。ご意見があればコメントください。当然に、岡田克也事務所のコメントおよびご回答もお待ちしております。

<以下文面>

衆議院議員 岡田克也様
岡田克也事務所殿

 初めてメールさせていただきます。
 ブログのほうにコメントをいただきました国会新聞社の宇田川です。

 このたびは、私のつたない文書に対しコメントいただきありがとうございます。私どものようなあまりアクセス数もなく、また、発行部数も少ない新聞社において、貴事務所のような高名な事務所も読者の一人であり、また、その内容について注目(注目しているからコメントを頂けるという意味で)していただけるということに関して非常にありがたく思います。その件に関し、厚くお礼申し上げます。

 さて、貴事務所のご指摘に関してですが、
 本文書は、私が、私の個人の資格において、また、ある意味においては、当社における社説の代わりとして、記載している部分が多くいあるものです。本件において、貴事務所ご指摘の通り、週刊朝日の記事を参照し、記載している部分は少なくない状況であり、週刊朝日の記事そのものの真偽・正誤に関して検証をしていないことは事実でございます。しかし、週刊朝日側より、貴事務所より正式な抗議なども出されていないということを伺いましたので、週刊朝日の記事を参照のうえ本文を構成させていただきましたことご報告いたします。

 さて、上記を踏まえた上で、下記に貴事務所のコメントを転記させていただき、その上で、貴事務所にご質問させていただきます。本文および貴事務所コメント、本事件、において、訴訟係争中とはいえ、当ブログに関するコメントにおいても疑問に残ることがあるので、改めてご回答願えれば幸いです。なお、必要であれば、このような私信ではなくブログとコメントという公開の形式をとることも、また、衆議院会館の事務所において会談することもいとわない所存でございます。

<コメント内容>

 9月4日の民主党についての記述の中で、事実関係に誤りがあるので指摘するとともに訂正を求めます。

記述では、「岡田克也副代表は、自民党の職員に対して、自分が謝罪会見をした内容を書籍に書かれたことで名誉毀損の訴訟を起こしている」としていますが、謝罪会見の内容を書かれたことで訴訟を起こしているわけではなく、全く事実に反します。

訴訟内容は下記の通りで、全く次元の違う話です。ブログで意見や批判を述べることはもちろん自由ですが、最低限事実関係を確認してから書くべきです。そしてこのような誤った事実認識に基づいて「言論を弾圧する政党である」とか「公人としての自覚がない」と結論づけているのは適切さを著しく欠いています。

<訴訟内容>
被控訴人の著書の、「問題は、当時、ジャスコの全国展開を推進した『岡田興産』と通産省の関連で、通産官僚の岡田氏が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑である」という記述が、事実と異なり、名誉毀損であるということ。
この記述は、国民全体に奉仕すべき公務員であった期間中に実父が名誉会長を務める一私企業のために、その企業を所管する通産官僚という立場を利用してなんらかの便宜を図ったのではないかという疑惑があるとするもので、当時の公務員として、さらには現在の国会議員としての社会的信用や評価を低下させることは明らかで、名誉毀損にあたると主張し、謝罪広告掲載等請求、現在係争中。
以上

岡田克也事務所

<ご質問>
1 謝罪会見した内容を書籍に書かれたことで訴訟に至ったのではないのか
 当ブログにおいては、「謝罪会見をした『内容』を書籍に書かれたこと」としております。004年6月8日の岡田克也議員の会見要旨とすれば①1979年から1886年までの7年間の岡田興産取締役及び代表取締役就任していたこと②その期間は無報酬で会ったこと③通産省退官後は月額40万円の報酬を得ていたこと。であります。
 本件の会見の原因は岡田議員が国家公務員就任時に国家公務員法第101条(第101条  職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対して給与を受けてはならない。)に違反していることに端を発しており、その立法趣旨は、憲法15条第2項において国家公務員は全体の奉仕者であり、一企業に編住する疑いをもたれないことが規定されているからです。
 そもそも国家公務員の兼業兼職が禁止されているのは、公務の中立と職務専念義務を害するおそれがあるからであり、これらのおそれがなければ兼業兼職を禁ずる必要もないわけです。当然に、これらには例外規定があり、国家公務員の兼業兼職は所轄庁の長の申し出に基づき人事院の承認を受けることが必要ですが、第一関門である所轄庁の長は、公務の中立と職務専念義務の履行を確保するため、申請した公務員の官職と兼務する事業などの間に特別の利害関係がなく、又はその発生のおそれがなく、かつ、職務の遂行に支障がないと認められるときに限りこれを許可することができる(職員の兼業の許可に関する内閣府令1条など)とされています。(解説部分に関し、MSN法律相談の項より抜粋)
 本件に関し、2004年6月8日の謝罪会見は、岡田克也議員において、上記の憲法および国家公務員法に違反しているということは、会見で認めているところであり、その違反は、立法趣旨から照らして、当然に「全体の奉仕者たる国家公務員」であるべき人物が、例外規定も無視して行っていたという「事実関係を認めた会見の原因」をもとに文章を書かれたものではないでしょうか。
 本件に関して、謝罪会見は、なぜ行われたのか、その謝罪の内容は何であったのか、岡田克也議員の謝罪内容は単に法律に違反していたことなのか、それともその法律の違反そのものは、国家公務員としての良識と、全体の奉仕者として「一企業に編住する疑いをもたれない」という義務に違反した内容を謝罪したのかを確認させていただきたい。
 本件において「たんに違法は違法」であって、その法律の趣旨が違法性が薄いという認識であるならば、または、兼業の禁止そのものと疑惑をもたれるということは「謝罪会見の内容として分離される」という解釈でしょうか。

2 疑惑は本当にないのか
 本件訴訟の内容は「疑惑がある」(上記抜粋)という表現において「事実と異なり、名誉棄損である」(上記抜粋)としている。民法710条には「他人ノ身体、自由又ハ名誉ヲ害シタル場合ト財産権ヲ害シタル場合トヲ問ハス前条ノ規定ニ依リテ損害賠償ノ責ニ任スル者ハ財産以外ノ損害ニ対シテモ其賠償ヲ為スコトヲ要ス」とありますが、判例より「事実の適時があれば名誉棄損には当たらない」と解釈されています。本件内容は、貴事務所コメントより判断されるに、「疑惑の存在の有無」が争点とされることになるでしょう。
 2004年6月8日の岡田克也議員の会見要旨とすれば①1979年から1886年までの7年間の岡田興産取締役及び代表取締役就任していたこと②その期間は無報酬で会ったこと③通産省退官後は月額40万円の報酬を得ていたこと。である。本件において、「『岡田興産』と通産省の関連で、通産官僚の岡田氏が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑」(上記文章より抜粋)の、「疑惑」の存在は完全に否定されているのか。
 今回自民党において、故松岡農水大臣・赤城農水大臣・太田農水大臣(現職)において、事務所費などの疑惑追及において民主党は、マスコミでの取材に対し、謝罪会見だけでは疑惑が晴れたとは言えないとして、詳細な領収書の開示などを求めている。自民党議員に対する追及はこのように行いながら、自らの内容に関しては、一切の報酬・金品の授与を行っていなかったのか。それに関し、現在上記自民党議員に求めている程度の証拠の開示がなされていたのか。そのような証拠の開示の上で「疑惑がある」という記述を名誉棄損であるとしているのかということです。
 自分が追及する場合は、証拠を提出し、また証拠の開示があったのちも「疑惑が晴れたとは言えない」(太田農水大臣会見後の民主党議員のコメントより)としていながら、現段階で、岡田議員の「疑惑がある」という表現に関し、「全く、便宜を図ったことがないというだけの証拠の提示が国民及び公知の事実としてなされたのか」ということが問題になるでしょう。
 この件に関し、解釈の問題もありますので、ご意見をたまわりたいと考えております。当ブログにたいして、「適切さを著しく欠いています」ということは、私が公知の事実を知らずに記載したことも危惧しておりますので、形式は問いませんがご回答願います。

3 「公人としての自覚がない」は「適切さを著しく欠いて」いるのか
 岡田議員は、2005年6月に酒気帯びで投票に行った議員に対し、「民主党の岡田代表のコメント「国民を愚ろうしている。国民の負託を受けて1票を投じる場に、顔を真っ赤にして来て、本気で政治に取り組んでいると言えるか」(読売新聞より)というコメントを出している。また、赤城農水大臣の事務所費疑惑のときは、「自らの犯したことをしっかり反省するならば職を辞するべきだ」(鳩山由紀夫民主党幹事長)などと発言している。民主党は、一貫して「公人としての自覚があるのであれば国民に対して申し訳ないと思った時は議員辞職すべき」との態度を一貫している。
 この議論が、民主党として存在しているのであれば、また、岡田議員が民主党の副代表の地位であることを考えるのであれば、「禁反言の原則」に反していることになる。片方が与党で片方が野党ということは関係がない。同じ国会議員として、要するに国民主権の健保化における主権者の代議員として、「禁反言の原則」に反することが、「公人としての自覚がない」と批判を受けることは「適切さを欠いている」のであろうか。それとも、岡田議員は「国家公務員法に違反していた」事実を認めながら責任を負うことはないということに関して「公人としての自覚がある」行動なのであろうか。
 この件を踏まえて、貴事務所として、「公人のしての自覚」とはどのようなことを言うのか。また、「公人として違法行為・法律の違反を行った場合の自覚ある行動とはどのようなものであるのか」を教えていただきたい。ここにおいて、私の表現が「適切さを著しく欠いている」のかの判断の基準として、民主党が自民党を批判し、出しているコメントを参照にわかりやすく解説をお願いいたします。

4 「言論の弾圧」と感じることに関して。
 すでに、言論の弾圧ということに関して、「改革クラブ」に関連することは同政治集団(政党としての要件を整えていないので)の荒井広幸議員より同様のコメントが発せられているので、ここで繰り返すのはやめておきます。
 訴訟事項において「言論の弾圧」としたことに関し、貴事務所は当該訴訟において著者のみを被告として訴訟を行っております。(週刊朝日関係者による)本件に関し、出版物の名誉棄損訴訟は、通常出版社・出版社代表取締役・発行者・編集責任者・および著者を被告とするのが通例である。また、この件に関し2005年に岡田議員が小学館と訴訟を行った時はそのようにしているにもかかわらず、この訴訟においてのみ著者のみを被告にしているのはいかなる理由であるのか。
 同時に、「疑惑が残る」という記載に関しては、2004年当時の各新聞の社説にも同様の記載されているものであり、なおさらその訴訟の被告の選択に対して違和感を感じるものである。
 週刊朝日を含めて明確な情報開示が行われていないために、これらに関しては疑惑の範囲を出ないし、また民事訴訟法において被告を自由に選ぶ権利は原告にある。しかし、その違和感があれば訴訟係争中であっても被告を追加することは可能であるが、一審判決までの間にその違和感を解消された形式はなく、現在の交際においてもその形跡はないと聞いている。
 なぜ、著者のみを被告にしたのか。著者は、週刊朝日によると自民党職員、要するに個人であり、個人の言論物でしかない。出版社の出版発行と、編集の上で成立している書籍に関し、著者のみに責任を負わせるのは、個人の言論を実質的に弾圧している行為に当たらないのか。
 現に、小沢議員の講談社との訴訟は、発行者・出版社・編集者をすべて含んだものである。
 第三に、民主党において、小沢代表の無投票三選が決まっている。本件に関し野田佳彦議員は一度出馬に意欲を出しながら、実質的に封殺されている。
 これら「実質的な封殺」は「言論の(実質的な)弾圧」に当たらないのか。これは大きな疑問である。
 本件に関し、なぜ著者個人のみを被告にした訴訟を行っているのか。また民主党の小沢代表の無投票三選について、いかなる考えを持っているのか。差支えない程度で忌憚のないご意見をお聞かせ願います。特に、訴訟に関する内容は、係争中ですので、無理に応えていただかなくても結構ですが、我々一般の国民が、疑問に思い、また岡田議員の行動において誤解を招かないようにご考察ください。

 長くなりましたが、私は、民主党を非難するつもりはありません。ただ、現在の政局重視の民主党においては支持する気がないという態度は一貫しております。政治家である以上、政策で与野党の対立を期待してやまないものであります。本件に関し、現在の民主党は、伝え聞くところ「反自民」「反自公政権」「政権交代」だけであり「政権交代をした後に何をするのか」を明確に打ち出していないのではないでしょうか。政策のない政党は滅びます。今の日本は、「政局を優先し、政策を後回しにして政権争いをする」余裕のある国でしょうか。岡田克也議員はわれわれの見るところ、政策通とは思いますが、昨今、政局に流されているのではないでしょうか。ここでいう政策は、一つの内容を変えればよいというものではなく、全体のバランスを考えたものです。何かをすれば、予算がかかりその財源が必要になり、その財源を確保するのは増税か何か支出を削らなければならない。ただ無責任に「こうすればよい」「変えればよい」「反対」と言って、対案が出せないのは、非常に大きな問題であると考えます。その思いが私のブログにおいて過激な表現として記載された部分は否めないと考えますが、現在の民主党および岡田議員においてその思いにこたえてもらっていないということが信じられない思いです。
 反自民の票を拾うだけで政権を取ってよいのでしょうか?真に民主党の政策の同調者を作るべきではないでしょうか?

 ご意見をぜひ伺いたいと考えます。

<追伸>
 ご回答を頂けない場合、同じブログにおいて公開質問の形をとらせていただく可能性がありますあらかじめご了解お願いいたします。

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政界の小沢アレルギー、民主党分裂のドタバタ喜劇

政界の小沢アレルギー、民主党分裂のドタバタ喜劇

 8月も終盤、押し迫った28日、政治にしては珍しく民主党から火の手が上がった。渡辺秀央元郵政大臣ほか、計三名が民主党に離党届を提出し新党結成・新会派をつくった。元郵政官僚の荒井広幸議員なども参加し、「反民主党」の政党を立ち上げた。
 政界において、「反与党」「反政府」という考えはよく聞く。しかし、参議院では与党といえども、全体として野党の民主党に「反」というのはかなり不自然だ。この不自然さが、現在の民主党を良く表しているように思えてならない。
 この政界分裂劇には、もう一つわけがわからない「落ち」がついている。一緒に参加するはずであった姫井由美子参議院議員が、たった一日で翻意、菅直人氏に説得されて離党届を撤回するというのだ。渡辺元郵政大臣も時期を焦ったのか、あまりにも頼り甲斐のない味方をつけたものだと、いい笑いものになっている。それどころか、民主党には姫井クラスの議員がいて、それを必死に翻意を促さないといけないということであろうか。

 さて、ここでは、今回のケースがかなりレアなケース、要するに「反野党」という不思議なカテゴリーが出来上がる背景と、姫井議員のような優柔普段な議員に数を頼らなければならない民主党の事情、そして、離党届を出した議員に対して「議員辞職」を求める小沢執行部の強権体質について考察し、民主党という政党の政権について考えてみよう。
 なお、ここの文書はあくまでも私の個人的意見であることを留意のうえお読みください。

 さて、まず、第一に「反野党」というカテゴリーについて。反野党は与党ではないかという感覚がある。日本人は、自分が意思決定するときはなるべくファジーで玉虫色の結論を出すが、他人の決断に対しては無責任に白黒をはっきりさせたがる傾向にある。今回の「改革クラブ」に関しても、本人たちは「反野党・反小沢であって、与党ではない」という立場を堅持している。他人からみれば「反野党は与党」という枠組になる。
 実際、姫井議員は「新党は自民党切りくずしの受け皿とわかったので、参加を見合わせる」と会見している。翻意を促す菅直人氏にしてみれば、姫井議員のいったような感じになるであろう。そもそも「おまえは、自民党の手先になるのか」ぐらいの攻めと、「残っていれば、何らかのポスト」という飴を出しているにちがいない。実際のところ、菅直人議員の出身母体である民社党は、中道政党として存在していたことを棚に挙げて二大政党制の大義などをいっている可能性はある。
 さて、この違いは、簡単にいえば主観の違いでしかない。現在「改革クラブ」に所属している議員が郵政民営化に反対している議員ばかり、小泉改革に反対した議員ばかりが存在している。元郵政大臣に郵政官僚で自民離党組の結合である。反野党でありながら、自民党与党で過去の改革路線を是とする勢力ではないというのがその本音だ。逆にいえば、現在の福田内閣の調整路線であれば、小沢の強権政治に比べはるかに自民党の政策に近い。
 そもそも、「民主党に政権を」「自公政治に反対」といえど、なぜ現在の与党に反対するのか、なぜ、民主党に政権をとらせなければならないのか。そもそも、民主党が政権をとった場合、どのような日本、どのような政治というようなビジョンを示すのであろうか。
 私は過去に何度もこの場を借りて記載していることが民主党議員の口から「小沢代表は政局優先」といういい方で出てくることに、まだ日本の政治に関する将来を感じるものである。
 このように、政策を考えれば「非与党・反野党」という存在は出てくる。そしてその存在を否定してはならない。それこそ日本国憲法が規定した言論・イデオロギー・思想の自由であると考える。そもそも、身内から批判されるのがいやならば、小沢民主党も党としてコンセンサスの取れた政策を発表し、与党と正面から政策論争をすれば良い。私個人としては無条件で与党を応援するつもりはない。しかし、片方が政策で片方がそれを批判するだけの存在の場合、やはり政策を打ち出す側が政権をとるべきと思う。民主党が真の政権政党となるならば、国会の場で政策論争を行い、その中で与党への不安をあおれば良いわけであり、対案も出せない政党は、いっときのムードで政権を担ったとしても、長続きしないし、官僚に支配された政治しかできないであろう。
 今回、改革クラブ参加議員からこの趣旨と取れる発言があったことは、かなり望ましいのではないだろうか。

 さて、次に姫井議員に関すること。はっきりいって、この議員に期待はできないでしょう。マスコミで報道されている内容だけでも、SM不倫、詐欺まがい事件、暴露本の出版と、政治よりも「性事」で有名になっている女性議員であり、不倫スキャンダルが問題になった日本発の女性議員という、あまり名誉でない記録保持者である。政策などもあまり聞いたことがなく、「姫の虎退治」というスローガンで自民党参議院会長(当時)の片山虎の助候補を出したのであり、あまり政策などで大きな話になっていない。
 どちらかといえば民主党のイメージを損ねる存在である姫井議員をここまで留意するのは、単に民主党が「数字合わせ」をしているからにほかならない。こういってしまうと、話が終わってしまう。
 もう少し詳しく開設すれば、民主党は参議院での過半数保有ということの強みと、二院制で双方の議決が異なった場合の規定が存在しないという憲法上の不備を巧みについて、現在の反自民の機運を盛り上げているのである。政府の政策にことごとく反対し、対案を出さず政府を避難するそのやり方は、参議院における多数という数字的な裏付けがあればこそ、行える技であるといえる。今回、渡辺議員を初め3人の離党者と不埒の同調者がいることにより、民主党はその地位の根拠である参議院での単独過半数を失うということになる。
 それでも社民党や共産党など野党の過半数は変わらないが、一方で、参議院の議事運営で社民党や共産党の了解を得なければならない。意思の一致や政策の一致があれば、そもそも国会内における単一会派になっているであろう。会派が異なるということは、反自民・反与党という一点で大同団結をしているにすぎず、それ以上の連結、殊に政策的な連合ができていないことを意味する。
 要するに、政策がない、盲目的に自分のやり方に賛成する人がいるのが、小沢執行部にとって最も都合が良い。その意味において姫井議員のような存在が都合が良いのである。
 姫井議員の留意そのものが、民主党の数合わせと政局重視・政策軽視の表れであるといって良い。政策で国民を納得させられるのであれば、反与党であっても社民党や共産党と統一会派が可能なはずである。

 最後に、この事件に関する民主党の対応である。民主党鳩山幹事長及び、後日会見を行った小沢代表は、離党者に対する議員辞職を迫った。
 そもそも、比例代表選挙選出議員の離党について、明確な規定が存在しないのは、先の憲法の不備と同様に問題である。比例代表制度は民主党という政党を支持し、その民主党が指名した候補が議員になるという制度である。その支持外して、離党し、別な政党を立ち上げるのはいかがかと思う。
 とはいえ、では議員活動をしている人物に対して議員辞職を迫るというのは、言論の弾圧以外に何者でもないであろう。ねじれ国会の運営ではないが、自分の思い通りにならなければ、最も過激な方法で相手を困らせる小沢執行部のやり方に、民主主義という理念とは異なる権威主義、封建主義的な考え方を感じる。それだけ、民主党は不安定で、常にどこかを攻撃していなければならない政党なのであろうか。
 そもそも、小沢民主党は言論を弾圧する政党である。小沢氏は講談社と週刊現代に対して名誉既存の訴訟をしているし、岡田克也副代表は自民党の職員に対して、自分が謝罪会見をした内容を書籍に書かれたことで名誉既存の訴訟を起こしている。いずれも第一審は敗訴している。(岡田議員に関しては現時点で高裁控訴中)
 自分でも認めて、謝罪会見をしている内容で、訴訟を起こすなど、あまり感心できる内容ではない。結局、それだけ「公人」としての自覚もないし、そのようなところに勢力を割くことができるくらい暇な野党ということであろう。
 公人としての自覚がなく、言論やマスコミを弾圧するということは、悪くいえば戦前逆戻りでしかない。それで良いのだろうか。

 いずれにせよ、今回の件は、民主党内部から「反野党」という新しいカテゴリーが出たことと、民主党が政局重視の数合わせであるということが明らかになったという点で、非常に興味深い。この一件が次の選挙でどのように波紋を投げるか、興味深いと思う。今民主党に所属する議員も、本当に今のままで政権担当して良いのか、考えなければならないであろう。

 この文章を記載している間に、9月1日福田首相の辞任が発表された。その件に関しては、もう少し情報を得てから、書いてみたい。

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