北朝鮮ミサイル発射準備
北朝鮮ミサイル発射準備
最近の報道で、北朝鮮がミサイルの発射準備を進めている話が大きく取り上げられている。
ことの起こりは、2月16日の金正日将軍の誕生日の報道の中で、北朝鮮がミサイル実験を行う用意があることを報道し、その後アメリカのヒラリー・クリントン国務大臣の訪日の際も、それらが話題になっている。日本では、麻生内閣の不信任と、中川昭一財務大臣の酩酊記者会見(本人は風邪薬によるものとしているが)で話題が豊富になっていた。その上中川大臣が辞任を巡って迷走したために、アメリカの国務大臣の会見ですら新聞の一面からはずされてしまった。政局好きはかまわないが、なにが最も重要かを考えなければならない状況が全くわかっていないのではないか。
さて、北朝鮮のミサイルの話。
そもそも、六カ国協議は朝鮮半島の非核化ということが主な話題である。ここの文章でも過去何度も書いているように、拉致問題は二国間の問題で六カ国協議において話題にされるべきものではない。残念ながら、アメリカなど諸外国が拉致被害者に対して理解を示すが、実際拉致問題は日本が自力で解決しなければならない問題である。
少し話がそれて拉致問題に関する雑感を入れてみよう。あとでその都度ふれるよりは、今回のミサイルの話題の場合、まとめておいた方がよいと思える。
私の思うところ、または中国や韓国、日本においてアメリカやロシアの人と話をしてみると、まず国家に関する認識や軍事に関する認識が異なることに気がつく。まず北朝鮮と韓国は戦争中である。実際の戦闘行為が無いだけで、もっと言えば殺し合いとか武器の使用が発生していないだけで、戦争であることは明らかだ。両国ともに戦争に関する準備はしているし、いざ戦争となれば徴兵して軍を動かすようになっている。
日本は軍隊がない。実際自衛隊は存在するが、「専守防衛」ということで、武器の使用を制限されている。竹島や尖閣諸島の領有権を主張しながら、そこにきた外国船に対して武器使用ができない状態になっている。日本は戦争状態にない国である。たとえばミサイルが日本の上を飛び越して公海上に落ちた場合、抗議や警告はできても、それ以上の行為ができないのが日本の憲法だ。
この「なにをされても武力行使のできない国」日本が、実際に自衛隊をもっていても、あまり北朝鮮の脅威にはなっていない。そこで、拉致被害者がでても、自国で交渉しても解決できない。そもそも、相手のミサイルの脅威に屈しているのであるから、まともな工廠をすることができない。これは民主党であっても同じだ。「政府は不甲斐ない」などと非難しているが、それならば専守防衛を放棄し、少なくとも不法潜入者や入国者に対して武力行使を可能にすべきであるし、そのような憲法改正を行うべきである。
以上の理由で、日本は独自に拉致問題を解決できない。そもそも日本国内の誘拐犯でさえ、誘拐場所の包囲や強行突入ができなければ解決できないほどの交渉力で、国家的に犯した犯罪者を話し合いで解決するなどは不可能である。ましてや包囲もできない。また、上記のように武力行使による解決や、武力を背景にした交渉もできない。なぜならば、専守防衛だからだ。日本国憲法がそのように規定しているし、それを世界に誇らしげに主張している。そのことの是非は別にして、少なくとも武力行使を背景にした外交交渉ができないということは事実だ。結局拉致問題の解決は、外国の武力を背景にしなければならない。アメリカや中国に解決の依頼を行う姿勢は、まさにそのものである。片方でインド洋での給油活動やサマワへの治安維持の派遣、今回のソマリアの海賊被害縮小のための自衛隊出動を反対しながら、武力背景の交渉力を期待して、または少なくともその圧力や包囲を期待して拉致問題の解決の協力を求める。
各国とも市民感情的に拉致ということを訴え、そしてそれを政治利用するには良い題材である。アメリカなどは、拉致に関する映画を流している。しかし、これらは「北朝鮮悪人国家」要するにブッシュ前大統領の言う悪の枢軸国の定義を正当化づけるエピソードには丁度良い。とはいえ、交渉の席では朝鮮半島の非核化ということを機軸にしかおかない。過去六カ国協議で六カ国が拉致問題解決に関する話し合いをしたことはない。各国とも日本と、拉致家族と、そしてその解決を迫られた政府の立場は「理解する」けれども、同時に、その為の「具体的な取り組みや実行行為」はしない。結局、日本の拉致問題の解決よりは、日本と北朝鮮以外の四カ国にとっては、北朝鮮が核ミサイルを撃たないこと、北朝鮮が核ミサイルを背景にした強行外交をしないことが最優先である。他国の不幸は自国の政治利用はしても、それ以上ではないのが現実である。
さて、その現実的な問題として、北朝鮮がミサイルの発射の準備を進めている。
北朝鮮は22日になって人工衛星の打ち上げだと主張しテレビなどで放映している。現在の長距離大陸間弾道弾は、大気圏外にでて、その後に再突入して落下するタイプである。要するに宇宙ロケットが帰ってきて爆発する。トマホークのように海面ぎりぎりを通って相手の国に到着するのではない。要するに北朝鮮の原子力発電に使用する濃縮ウランを兵器利用して、人工衛星打ち上げようと主張するロケットに核弾頭として積み込めば、立派な核弾頭大陸間弾道弾ができあがるのだ。
ことの起こりは、六カ国協議において、北朝鮮が核開発を放棄すれば、エネルギー源である重油を六カ国協議参加国が分担して供給すると言うものであった。しかし、日本は拉致問題が解決していないことを理由に不参加。そもそもその時点で会議参加国の足並みが揃わなかった。その上で、重油の提供が先か各開発停止の確認が先かというどちらが先に行うかという議論に発展した。当時のヒル国務次官補は何度も北朝鮮と会談を行ったが、結局折り合いがつかず、昨年末に北朝鮮は核開発を再開。そして、今回のミサイル実験になっている。金正日主席の誕生日とか、韓国の李明博大統領の就任一年などと、そのタイミングに関しては様々言われているが、そもそも情報をとれない日本において、これらは韓国の聯合ニュースやアメリカの報道といった外信頼りでしかない。
少し観点を変えて、ミサイルが飛ぶためにはいくつかの条件が必要になる。まず、ミサイルそのものの開発が行われていなければならない。北朝鮮の場合テポドンというミサイルが開発され、1998年から日本はその脅威に接している。
次に、ミサイルが生産されていなければならない。当たり前のことであるが、完全な実験用でない限り、実験で発射すればそのミサイルはなくなるのであり、ミサイルを国防に使う以上、次のミサイルができあがっていなければ、発射はしない。在庫があって余っているから実験できるのだ。
では、そのミサイルの開発であるが、アルミニウムや鉄といったものから(なるべく)正確に標的に誘導するためのコンピューターなども必要になる。ミサイルを生産するための予算や、それら資源・材料が揃っているということを意味しているのだ。
そして最後に燃料である。当然にロケット燃料が入手できなければロケットは飛ばない。ロケットはプロペラ機ではないので軽油や重油で空を飛ぶわけではないのだ。
北朝鮮は、これらの資源を独自に自国領土から算出したり開発したりできるわけではない。そもそもそれだけの資源国であるならば、国民が貧困であるはずはない。また、ミサイルを使った強行外交で他国を脅しながら重油などを恵んでもらわなくても良いのだ。
要するに、北朝鮮がミサイルをとばすためには、それなりにミサイル開発から生産、燃料の供給まで協力する国がいると言うことだ。パキスタンやイラン、中国やロシアという国の名前が挙がっている。しかし、日本や韓国もこれらに協力している国であることを忘れてはならない。北朝鮮は世界有数の麻薬輸出国であり、それの見返りとして韓国や日本のアウトローの集団からコンピューターやそのほかの物品、開発に関する情報が出されている。また、万景峰号を初めとする交流もその一部であるし、中国やロシアを通じた三角貿易での物品の貿易も見逃せない存在である。
これに対して、三角貿易まで取り締まるのは難しいとしても、まず漁船などを使用した非合法貿易や不審船の排除を積極的に行わなければならない。数年前に不審船を一隻撃ったからといって満足しているのではなく、海上保安庁だけでなく自衛隊も協力して「国の安全」を守るべきではないだろか。
また、この件に関して、これら行為が朝鮮半島の非核化を阻害する大きな要因であるとして、日米安全保障条約に基づくアメリカ軍の協力を仰ぐべきである。日本の自衛隊には、まだまだ武力行使に関するためらいや日本国内における批判を気にする姿勢が少なくない。アメリカや、国連、IAEAなど世界を核の脅威から守らなければならない使命感がある国の協力により、これらを排除するのは必要であると思われる。
そして、日本が自分で自分の国を守れる仕組みを作らなければならない。領海侵犯されて、「話し合い」ですまされないのは、北朝鮮だけではない。中国の潜水艦に、ロシアの潜水艦もある。北朝鮮の不審船もあるし、先に挙げた竹島や尖閣諸島の抗議船なども入っている。自国の領土や領海、経済水域を自分で守れない国が、世界平和を語る資格はない。そもそも、それらがしっかりしていれば拉致のほとんども発生していなかったであろう。旧日本社会党は、「拉致はなかった」といい、そして「武装放棄」「憲法9条改正反対」をうたい文句にしていた。拉致家族会などが、その多くが所属する民主党とともに政治活動を行うのは違和感を覚える。
ここで、日本を自分で守る仕組みを作るというのは、一足飛びに憲法9条を改正しろといっているのではない。そもそも、日本を守るといっても、なにを守るのか、そのためになにが必要なのかを考えなければならないし、議論しなければならない。ここで言う「日本」とは「国民」なのか「領土領海」なのか、それともなにかほかのものなのか。武力を行使してまでも守らなければならないものがなにかを決まってから、その守る手段について考えるべきである。戦前の日本でも、武力一辺倒で全てを守るとか侵略するという考えをしていたわけではない。山本五十六聯合艦隊司令長官や井上茂美軍令部次長などは、軍隊と外交を活かした国体の維持を主張していたし、そもそも加藤友三郎氏などは、ロンドン軍縮条約に賛成している。10対10対6という海軍力での国防を企画でき、受任できた背景には、当然軍隊だけでない国防、それこそ条約や話し合い、経済関係などによる国防の姿を見ていたと、様々な資料が示している。
さて、今の日本においていたずらに軍備増強や独自防衛を歌うことは危険である。戦前の帝国海軍ですらその無謀さを認識していたのに、現代の日本が世界を相手に戦争できるはずはない。そもそも、戦後教育で培われた暴力反対の教育は、単に北朝鮮の不審船を撃退することにも気を使わなければならない状況になっているのである。軍備だけでなく、人の訓練や精神的な修練といったところを含めると、不安が残るであろう。当然に日本は世界の中で世界平和に寄与し、その世界平和の中で日本という国家の平和を享受すべきである。平和でなければ貿易も物流もできない。貿易立国である日本はそのシーレーン防衛まで含まなければ食料自給率も製造産品の販売を通しての景気の維持もできないのだ。当然に「日本を自分で守る仕組み」とは、そこを含めた議論であり、そのために「必要であれば」(私は個人的には必要であると思っている)憲法改正を行うべきであると思う。そこまでの考え方や論理的な筋道を、そして過去の戦争における感情的なアレルギー反応で、物事を判断し、憲法という国家の根幹をなす取り決めを左右すべきではない。
さて、今回はかなり横道にそれ、国防に関する内容に立ち入ってしまった。北朝鮮にミサイルを発射させないには、「開発させない」「生産させない(原材料を与えない)」「発射スイッチを押させない」の三つの行程があり、そのためのプロセスをいかように押し進めるかということが重要になる。そして、六カ国協議でできること、日本が独自にできること、日本でしかできないことの三種類を検討し実行に移しておかなければならない。
まず、開発させない。これは原子力を放棄させるという行為だ。原子力発電の放棄は、六カ国協議の主題だ。また、この内容を日本において日本が独自にどうにかできるというものではない。IAEAなど国際機関に様々な判断をゆだねることや、ヨーロッパの各国が提供している原子力の情報を封印すると言うことが必要になる。最近でも、イギリスが使用しなくなった原子力発電所を北朝鮮の視察団が訪問したというニュースもある。これらに対して、中止を依頼するなど、この分野でも日本ができることは少なくない。日本は世界各国に向けて朝鮮半島の非核化という重要事項を訴えるということしかできないであろう。
生産させないということに関しては、日本の密輸や万景峰号での荷物検査、三角貿易の実態の把握など、やらなければならないことはたくさんある。それだけでなく、「スパイ天国」といわれる日本人の情報に関する認識の甘さを改善する教育が必要であろう。映画007ではないが、情報は命を掛ける者も金を掛ける者もある。日本人は情報管理の甘さから、国際社会でかなり損してきている。その認識を改めるべきだ。「水と安全はタダと思っている」というが、日本人は情報もタダと思っているのだ。
情報の大切さだけでなく沿岸警備の強化や不審船への臨検の強化も必要であろう。これができていれば拉致も未然に防げたかもしれないし、ミサイルも開発できなかったかもしれない。
そしてスイッチを押させない。これは、政治的な問題と軍事的な問題のに種類に分類される。軍事的な問題が簡単なので先に解説すれば、軍事的な問題は、設備を行うだけである。ミサイル防衛施設を配備することによって、発射しても打ち落とされる可能性が高くなれば、発射しなくなる可能性もまる。その意味ではミサイル防衛という考え方は必要であろう。
もう一つは政治的な問題。当然に北朝鮮も「子供の遊び」でミサイルを撃つわけではない。なんらかの政治的な意図や目的が有ってミサイル発射を言うのである。その政治的な目的に関して「交渉」を行うことは可能であろう。また、逆にそれをききすぎれば「ミサイルで脅せば何でも諸外国がいうことを聞く」というような甘えた考えをされても困る。結局「要求」にこたえれば「何かを失う」というバランス感覚を欠いた交渉を行ってはならない。その中において六カ国協議は非常に重要な場所になっているのではないだろうか。日本もその交渉の中に入らなければならない。ここで拉致問題を大きく言いすぎて、人質一人で大きな代償というバランス感覚の欠いた交渉に諸外国や日本という国家を巻き込んではならない。
さて、このような状況の中において、日本は重要な局面で「政局遊び」をしている。一つでは、中川昭一財務大臣の会見の態度などに関する内容。もう一つは、景気対策での予算と予算関連法案の問題。ソマリアにおける海賊の派遣など、隣国でミサイルの発射とか核の脅威を抱えながら、国内の問題で躓いているのである。
民主党の小沢党首は、この期に及んで「米軍は海軍以外はいらない」と発言し、アメリカ陸軍や空軍の縮小(将来的な廃止)を示唆する発言をしている。そのことはそのまま日本の軍備の増強と安全保障条約の解消を意味しているのであり、ソマリアの海賊対策も出せない政党の党首が何を言っているのか、全く理解に苦しむ。実際、国防・安全保障・外交ということに関しては、自分で日本を守るということ、アメリカなど他国の傘に頼らないということは必要であるが、核兵器ということと核不拡散条約の中においては、どこかの核の傘の下における安全保障ということを考えなければならない。唯一の核被爆国である日本において、その脅威を後世に伝えるとともに、その力の利用ということを考えなければならないであろう。小沢発言における「在日米軍がひくことによって、日本の防衛は日本が責任を果たしていけばいい」「米国に(日本の防衛を)おんぶに抱っこになってるから唯々諾々と言うことをきくことになる」という感覚は、一国の指導者の発言としては不穏当ではないだろうか。基本的に田母神前航空幕僚長と、あまり変わらないのではないだろうか。
北朝鮮のミサイルの件は、そのまま日本の隣国として、そして日本の脅威として考えなければならない。味方を増やして、北朝鮮に考え方を変えさせなければならに氏、中国からロケット燃料などの燃料を輸出することをやめさせなければならないだろう。現に燃料が輸出されれば、ミサイルは飛ぶことができるのである。その時に、政局優先の政治をしていて良いのであろうか。選挙を考えなければならないのもわかるが、日本の脅威にあまりにも無関心すぎ、日本国内の内紛に勢力のほとんどを使い果たしてしまっている。本来ならば大連立でも何でもして、まず日本に降りかかる脅威を振り払う最善の努力をすべきではないだろうか。
そして、改めて日本という国と、日本の国の安全保障、国防ということ、そして日本人が国際社会の中で安心して暮らせるということを考えるべきではないだろうか。この期に及んで「日本人は安全がタダと思っている」という言葉が身にしみる。「日本人」よりは「日本の政治家」が最もひどい認識違いなのだ。少し政治家の皆様にはまともになってほしいものだ。
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