小沢代表公設第一秘書起訴と小沢代表続投の波紋
小沢代表公設第一秘書起訴と小沢代表続投の波紋
民主党を信用して政権を任せられるのか
3月24日、小沢民主党代表の公設第一秘書大久保氏が、政治資金規正法違反(不実記載)で起訴された。3月3日に逮捕された事件の拘留期限で、起訴されたことになる。これに対して、小沢民主党代表は、「代表を続投する」とした。会見内容は、「政権交代を実現し、国民の側に立った政権を実現するのが私の夢であり、最後の仕事だ。国民の期待に応えられるよう今後も頑張りたい」としながらも、事件に関しては、「この種の問題で逮捕、起訴という事例は記憶にない。政治資金規正法の趣旨から言っても、私としては合点がいかない、納得がいかないというのが今の心境だ」と、改めて検察を批判した。
3月4日の小沢代表の記者会見では、「謝る必要はない」と強気な姿勢をみせており、「なにも悪いことはしていない」とのことを公然と言ってのけた。これに対して24日の続投会見では、「同志、国民の皆さんにご心配とご迷惑をかけたことを心からおわび申し上げる」と謝罪をしたが、これはあくまでも「ご心配とご迷惑をおかけしたこと」ということにとどまり、少なくとも公設第一秘書という、小沢代表の身近な人間が政治活動にかかわる内容で事件を発生したことに関るす謝罪はなかった。それどころか、事件内容に関して、小沢氏なりの解説も説明もない会見であり、民主党党内でも批判が高まっている。
また、改めての検察批判にたいして、東京地検谷川恒太次席検事と佐久間特捜部長は24日の記者会見で異例の事件に関する解説と記者会見を行い、その中で「収支報告書の虚偽記載は、国民を欺き、政治的判断をゆがめるものにほかならない」と小沢民主党を非難した。谷川次席検事は、政治資金規正法について「政治資金をめぐる癒着や腐敗の防止のため、政治団体の収支の公開を通じて、『政治とカネ』の問題を国民の不断の監視と批判のもとに置くことを目的とした、議会制民主主義の根幹をなすべき法律」と意義を述べた上で「重大性、悪質性を考えると、衆院選が秋までにあると考えても放置することはできないと判断した」と今回の事件に関して解説した上で「われわれが政治的意図をもって捜査することはありえない」と断言することによって、小沢代表側や民主党幹部の「国策捜査である」という批判を真っ向から否定した。検察は、あくまでも「証拠に基づいて捜査をしただけ」とし、今後の捜査の進展や与党側の捜査に関しては明かさなかった。
民主党鳩山幹事長は、これらを受けたのちに「事件に関しては一応のけじめがついた」として小沢代表の続投を支持し、政権交代に向けて支援することを表明している。
私は、25日現在、韓国のソウルにいます。さまざまな仕事の関係でいこの重要な時期に日本を離れている。事件と会見の内容は、インターネットやNHKの衛星放送、友人との電話などによって収集した情報である。よって、今回の文章の中には、生でこれらの空気を伝えるだけの迫力がないことは、予めご了承願いたい。その代り、この次に出すであろう「北朝鮮のミサイル発射」に関しては、日本という観点ではなく。韓国という観点も入れながらできることに期待していただきたい。
さて、まず考えるのが「これが民主党の限界」でしかないということであろうか。
この内容には二つある。小沢代表以外に政権交代に耐えうる代表候補がいないということだ。民主党は根本的には人材難であり、ほかの人が代表に立てば、政権交代はおろか、党運営の維持も難しくなってしまう。もともと、民主党は「烏合の衆」「寄せ集め政党」という批判を受けている。この件に関しては、どのような政策を出す時も党内調整に時間がかかり、全く政策を出せない。出した政策も実現の可能性も少なく、基本的には政府批判しかしていない。小沢代表は徹底した政府与党批判をするということで、同意人事なども日本の国益を考えて判断するのではなく、ただ単に政府与党の求心力低下と政局のためだけに国政を停滞させていた。また、このような方法を行うことによって「反自民」を結集し、また政府批判ようを得ることで、民主党の党運営を維持してきていたのである。これに代わる人材がいないということは24日に記者会見に応じた小沢氏支持の石井一副代表は「次善の策もないのだから、(小沢氏を)支えよう」との主張にも表れている。小沢代表は攻撃には強いが防御には全く慣れていない。現在の検察担当も「検察と徹底抗戦する」ということで対面を維持しているが公設第一秘書が起訴され、また起訴にあたるだけの証拠があるにかかわらず「徹底抗戦」をするのはどうなのであろうか。その「徹底抗戦」が、本来であれば小沢一郎議員個人であるはずなのに、いつの間にか「民主党と東京地検の徹底抗戦」になってしまう。それにたいして危機感を抱いている民主党銀も少なくない。小宮山洋子衆院議員は24日夜、「政権交代を実現して日本を良くするため、代表は辞任すべきだ。謝りながら、言い訳しながらの選挙では勝てない。小沢氏が検察と戦うのは自身の問題で、小沢氏の裁判闘争と政権を取るための民主党の戦略は別だ」と痛烈に批判しているし、枝野幸雄議員など、民主党内にこの小沢執行部にたいする批判的な見方をする議員が広がっている。それでありながら、小沢代表にたいして退陣を求め、次の代表を推す声が上がらないのが民主党である。そして、それが民主党の限界であり、そして政権を任せようとする政党の姿なのである。
もう一つは、もしもこれが与党側の議員であったならば、民主つはどのような対処をするのであろうか。「金権政治」「国民を裏切った」など好き放題に批判の言葉を口にする上で「説明責任」を求めるであろう。民主党は、与党を攻撃する時はいろいろというのに、自分のこととなるとしっかりした対処が出来ない無責任体質であるということを露呈したのである。残念ながら、国民の大多数は、今までの民主党の与党に対する批判が「政局」に基づく政権奪取のための手法でしかないことを、そして、それらの批判的発言が、国民のためでも、日本という国家のためでもなく、民主党が自分たちの政権欲に基づいて行われてきたものであるということを知ってしまったのである。民主党は2007年参議院選挙に大勝したのちに「これが直近の民意である」として、当時の安倍内閣、そして福田内閣に対して退陣を求め、その後も解散を主張してきた。では、今回の事件で「説明責任」を果たさないのは国民の民意であるのか。自分たちがいままで攻撃し発言してきた内容に照らして、民主党は今回の事件をこれで「一区切りついた」として片づけることができるのであろうか。それが「責任ある政権政党としての資格」なのか。民主党議員は、議員一人一人がこれをよく考えるべきである。「小沢政権」を作ることが彼らの目標なのか「民主党政権を作ること」が目的なのか。彼らはそれをどこまで考えているのであろうか。これらが「反自民の終結」「烏合の衆」という批判に当たるのである。
「責任ある発言」をもとめ「責任ある政策を求める」のが日本国民の権利であり政治家に対する期待である。今回の事件は「小沢代表の事件」として個人の事件で片付ければできたはずであるが、先にあげた二つの理由から「民主党の事件」「政権奪取・政権交代への障害」という形にしてしまった。それは本当に良いことで会ったのか、非常に難しい判断である。民主党ではなく「小沢党」にしてしまってよいのか。これが民主党議員の多くの人の潜在的な考え方である。民主党として責任ある発言をするのであれば、民主地王は民主党として検察を敵に回したことになる。また、民主党は、民主つ落として政治資金規正法に違反しても政治生命は維持されることを示してしまい、公設秘書が逮捕・起訴されても政治家本人には関係がないということを自ら結論付けてしまった。このことは自民党であれ、ほかの聖津であれ同じであり、今後民主党以外の政党においてそのような事件が発生した場合も、現在民主党に所属している議員は一切批判してはならないということを意味する。
同時に、民主党は、党として「三権分立」という「憲法の根本原理」の一つを否定したということになるのである。日本国憲法の三つの柱は「戦争放棄」「三権分立」「国民主権」である(順不同)。安部政権の時に、憲法改正の論議が華やかになりその手続き法を制定したとき、民主つの多くは、「憲法9条の改悪を許すな」としてその手続き法の採決にも抵抗した。日本国憲法は9条だけで成り立っているわけではない。憲法そのものはほかの規定もある。当然に、ほかの規定を変更する可能性もあるのだ。その変更の手続き法を制定するのに9条の実を取り上げて反対した。しかし、今回の小沢代表の記者会見での発言や民主党幹部の発言は、「三権分立」に伴う「司法の独立」を完全に無視したものであり、行政が行政の権限で司法を動かすことができるとした「三権分立に違反した国策捜査でしかない」ということを主張したのである。
このことは二つのことを示唆していている。一つは、「民主党は憲法や法律を順守する政党ではない」ということである。もともと、内閣総理大臣でもないのに解散を口にし、その時期を特定し、その通りにならないと麻生首相に「やるやる詐欺」(前原議員)などということ自体どうかしている。これは、他人が自分に何もしてくれないといって不満を言っている違法なクレーマーでしかない。日本は法治国家である。そもそも、その権利のないものがいくら言っても何の意味もない。よくクレーマーが口にする「責任者出て来い」は、責任ある発言を求めたものであるが、小沢代表および民主党の議員には、残念ながら「解散をする権利はない」のである。今回の件もおなじ、結局民主党は自分の恣意的な判断を持って、法律の解釈をゆがめてしまい、それを正しいものとして国民に押し付けるのである。2005年に長崎政党献金事件が発生しており、実質的な政治献金による検察の捜査が行われた。そのような事前の例があるのに「今までにこのような件で強制捜査が行われた例はないので納得いかない」とのこと。スピード違反で検挙されたドライバーでももう少しましな言い訳をするであろう。そもそも、「事前に捜査の例がなければ、法律を犯して良い」と考えているのであろうか。そうであれば、少なくとも「立法府の代議員」として法律を語り、立法を行う人としての資質を問われるものであろう。当然に、政権など問題外である。マスコミの報道の上に胡坐をかいて国民の人気があるかもしれないし、自民党政権があまりしっかりしていないために、その辺の指摘がしっかりと行われていないが、民主党が法治国家の政党でありながら憲法も法律も守る意思がない政党であるということが示唆された結果になっている。
もう一つは、「民主党は政権を取った後に国策捜査を行う意思がある」ということである。極端な言い方をすれば、カンボジアのポルポト元首相のような恐怖政治が始まる可能性があるということを示唆している。もともと遵法主義の政党ではないことはすでに述べた。これがまかり通れば「独裁恐怖政権」への道が開かれる。要するに法律に違反した人にたいして法律に違反しているから身を引くことを勧めることができない集団が政権を狙うのである。当然に、法律の恣意的な解釈や、その恣意的な解釈に基づく、司法の行動への関与を行うことが考えられる。民主党はその意思があるから、現政権与党が「国策捜査をした疑いが強い」ということを主張できるのであり、そもそも三権分立で司法が独立しているというのであれば、そのような疑いを挟む余地がない。国民はそれを望んでいるのであろうか。あるいはマスコミの面白おかしく政権与党を批判する姿勢に騙されているのであろうか。実際にそのような政権になってしまえば、法律にかかわらず小沢代表の恣意的な法解釈に基づいて、いつ逮捕・起訴されるか分からないということになるのである。また、民主党はそのような国策捜査を行う可能性を示唆しているのである。
私が民主党議員であるならば、当然に小沢代表に辞職を求めるであろう。それも、できれば議員辞職を求め、次の選挙での「禊(みそぎ)」を求めると考える。
そもそも、現在の小沢代表が選挙関連に使用した資金は、「西松建設からの不正な政治献金」が使用されているのだ。そのような資金で選挙活動を行っている民主党は、その資金の恩恵を受けているのであり、そのけじめをつけていない。それは、2005年の参議院選挙の時には既にその資金を豊富に使った選挙戦が展開されていたのだ。要するに不正な資金を使用した選挙で大勝したとしても、そのことに罪悪感を感じないで政権奪取などといっている。これが民主党の真の姿である。そのように誤解されないためにも、小沢氏にはきっちりしたけじめをとってもらうべきではないだろうか。そして、それら政治献金をしっかりと返金すればよい。
このことは小沢代表が既に打ち出した「企業献金禁止」に関しても、同じである。そのことを主張するのであれば、すでに民主党が得ている「企業献金」「団体献金」をすべて返金すればよい。できもしないことをいくら言っていても何の意味もない。これだから「民主党の政策は実効性が伴わない」と批判されるのである。何でもかんでも言うだけでしかない。何か言って話題になればそれで良いというものであろう。プロパガンダ戦略としてはそれで良い氏「政局」だけを考えればそれで良いのであろうが、「責任ある政権政党」「政策重視の政党」とは言い難い。まず実行せよ。そのために、企業や宗教団体(立正佼成会など)の献金をすべて返金すればよい。それもできないで「全面禁止」などということは「禁反言の原則」に完全に違反している。要するに法律家としてどうかしている。彼らは政治家であって法律家ではないという批判が出るかもしれないが、彼れは「立法府の代議員」であることは、憲法に規定されている。そのことを考えて政治家や政権政党を選ぶべきであろう。
今回の事件は、ただ単に小沢一郎という代議士の事件でしかなかった。しかし、その処理に基づいて、これだけ民主党という政党の問題点が浮き彫りになってしまったということになる。自民党に問題がないわけではない。しかし、法治国家において、法律を遵守しない集団や、安易に憲法の規定する三権分立を否定する政党を政権政党とするのは、自民党の抱える問題と比較できないほどの問題であろう。そもそも、我々国民の生活の基盤も恣意的に変えられてしまう可能性が出てくるのである。そのような独裁政権を望む国民でないことを私は期待したい。
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