謹賀、天皇陛下・皇后陛下ご成婚50年
謹賀、天皇陛下・皇后陛下ご成婚50年
1959年4月10日、今上天皇陛下(当時皇太子殿下)が御成婚された。午前10時から皇太子殿下と美智子妃殿下の結婚の儀がとりおこなわれ、午後2時30分からのパレードには沿道を埋め尽くした観衆、なんと53万人という。このパレードの模様はラジオ・テレビで実況中継され、沿道で祝った観衆以外でも、日本の全国民がこれを祝った。
1959年といえば、ちょうど60年安保騒動のあったときで、有名な安保反対デモが国会執念を埋め尽くした年と同じである。当時の岸信介首相の「声なき声」という演説が行われたときである。このデモの最中、デモ参加していた樺美智子さんが警察隊との衝突で亡くなったことと、美智子妃殿下のご成婚により、「安保騒動は二人の美智子で終わった」とされる。
おめでたい日に恐縮であるが、敢えて安保騒動の話をさせてもらった。私自身は体験していないが、あの国会を取り囲んだ人の波は、かなりインパクトがある。当時国会に勤務していた人に話を聞けば、衆議院議員面会所にはデモ隊・警察隊双方のけが人が多数運び込まれ、その手当に追われていたという。さながら戦争は・大災害の被災地の仮設病院のようであったという。話を聞いた人は、昭和一桁生まれで、戦争も東京代空襲も体験しているので、そのような表現になったのであろうと思われる。当日の国会職員に対しては「安全の保証ができないので、帰宅は許可しない」と事務局から通知があったという。その日は、皆がけが人の手当をしながら、国会の建物の中に泊まり込みであった。国会の外からの映像などはよく見るが、国会、取り囲まれた籠城側の話を聞くことは滅多にないので、少々興味深い話であると思う。
かなり話はそれたが、それほどの大事件、安保騒動という大きな動きですらなくしてしまい、平和な日本を取り戻すほど、当時の皇太子殿下と美智子妃殿下のご成婚はインパクトがあったといえる。残念と言えばかなり不謹慎であるが、秋篠宮殿下と紀子妃殿下、浩宮皇太子殿下と雅子妃殿下のご成婚の時は、そのような大きな事件もなかったために、それだけ、インパクトが小さく感じられる。もちろん、社会や国民の雰囲気も異なるのであろう。
それほどのご成婚から50年が経過する。現在の東京マラソンと同じように、東京都内のほとんどを通行止めにして、馬車でパレードをした映像は有名であるが、それから50年である。
それまで、天皇家は後続または旧宮家華族との婚儀が非常に多かった。昭和天皇の皇后陛下は宮家である久爾家のご出身である。これに対して当時の美智子妃殿下(皇后陛下)は正田家という、由緒正しく家柄のよいが、宮家ではない平民(臣下)からの皇太子妃殿下誕生と言うことで、「開かれた皇室」という感じをもたれた。当然に、このことによって、国民の多くは皇室に親近感を持ち、また、美智子妃殿下に対するあこがれをもったものである。
まず、少し遅れましたが、謹んで祝賀申し上げるとともに、天皇陛下・皇后陛下の末永いご多幸とご健康を祈念いたします。
さて、昨今は、安保騒動ほどではないにしても大きな事件が新聞紙上をにぎわしている。まず至近では北朝鮮のミサイル問題。これに関しては4月10日現在(ご成婚の記念日)においてミサイルは発射されても、国連安保理の決議などは行われていない。このことに関しては、前回かなりしっかり書いたつもりであるが、ニュースは生き物であり、数日すれば状況が変わる。
状況が変わると言えば、現在の政局も「猫の目」状態である。数ヶ月前までは、自民党の不甲斐なさが目立っていたが、3月3日に小沢一郎民主党代表の第一公設秘書が違法献金事件で逮捕されると、完全に政局も混乱の様相を呈してきた。このことに関しても、本来であれば、政策で政党を判断すべきであるのに関わらず、個人のスキャンダルで支持率が変わるというのもどうかと思う。「政策無きアンチ政府集団」「烏合の衆」と揶揄されてきた政党であり、その状態から脱皮できるかどうかが最大の問題である。逆に政策が主で有る政党であれば、代表のスキャンダルで、代表を交代しているであろうし、また政策で勝負することができるであろう。今日の、公設秘書の起訴を受けながら、任命責任も管理責任も問えない民主党という政党は、小沢個人の独裁政党に成りかねない状況を包含し、それを広く国民に示してしまった形になっている。同時に、それを受けながら指示を回復できない自民党も、相変わらず不甲斐ない。「政治家」といわれる集団が与野党関係なく、政局などに明け暮れて、全体や国の将来を見据えた政策を打ち出すことがない現状が、今日の政局の混乱を招いている。そもそも、総選挙は人気投票ではない。
今回は、そのような中での祝賀である。実際にこれら「下々の民衆の諸問題」ではなく、やはり皇室の慶事としてとらえなければならない。今回は、今山積している問題全てについて、書かず、この慶事についてのみ記載したい。
天皇家は、4月9日の会見でも天皇陛下ご自身が申されたとおり、「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」(憲法第1条より)である。そして、「国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」(憲法第4条より)とある。
天皇家は国事に関することを行う日本国民統合の象徴である。そして、政治に関することは一切行わない存在である。そこで、天皇家を通して、「日本国」と「日本国民の統合」ということを考えてみたい。
日本国は、右翼的なものの考え方をすれば、神武天皇が統治した日本国から数えて皇紀2667年目に当たる。有名な「ゼロセン」、零式艦上戦闘機は1941年、皇紀2600年に開発されたことから、その後ろ二桁をとって零式といっているのである。この「皇紀」という年の数え方が妥当かどうかは別にして、少なくとも、文献ではそれくらいの歴史を持つ国である。現在の日本の形がいつからできたのか、という話は別にしても、少なくとも1500年に近い「大和朝廷」の歴史は存在するのである。
「継続は力なり」という諺があるが、基本的に1000年を越える王家(天皇家)が続いているのは世界ひろしといえども日本だけである。歴史があるということはそれだけで強い。この件だけではアメリカに比べて完全に優位に立っているし、歴史は有っても、中国には皇帝はいない。ヨーロッパも同じ王朝がローマ帝国の昔から継続しているのではないのだ。当然に、日本が島国であり、単一民族でありといった条件が整っているものの、それでもこれだけの歴史の変遷を維持してきたのは歴史上奇跡に近い。
一つの王政が継続すると言うことは、支配関係や統治機構が安定しており、同時にそれを受け入れる日本人の国民性が安定しているということになる。これこそ「日本国民の統合の象徴」と言ってよい。日本司を紐解けば、天皇親政賭言う期間はあまりないかもしれない。平安時代でも、藤原摂関家が政務を執っていたり、平清盛が専横していた。その後鎌倉幕府・室町幕府・戦国時代を経て江戸幕府になる。その間後醍醐天皇による建武の親政が有ったが、それ以外に親政はない。しかし、摂関家も、幕府としての地位を確立する征夷大将軍も、全て天皇が任命しているのである。その意味では、天皇家そのものの制度に基づき、政治が行われているのである。弓削道鏡や、一部の説では織田信長など、天皇になり変わろうとした人もいるが、いずれも成功した事例はない。もちろん、南北朝のように血筋が分かれたことがあっても、基本的に天皇家が継続していることには代わりはない。
現代の政治もそうである。天皇は「国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない」とあるが、逆に国事は天皇が行うのだ。国事とは、内閣総理大臣の任命や国務大臣の認証。法律の公布や国会召集・衆議院の解散・各国の大使公使などの接受などがこれに当たる。歴史上の征夷大将軍の任命と同じように、行政府の長の任命は天皇が行う。実際国政には関与しないとは言っても、かなり重要な仕事をしているのだ。まさに日本国の象徴である。
国政に関与しないながらも国事を行うとは、どれほどの重労働であろうか。肉体的にもさることながら、精神的な気苦労は計り知れない。象徴としてそれら国事を行うに関わらず、国政では意見も言うことはできないのである。また、国民の象徴として、気分が優れなくても何でも、感情を表に出すことなく、象徴としてあり続けることは、言い方は不謹慎であるが、並大抵の人物でできることではない。
さて、歴史があると言うことは、それだけ成功も失敗もあったと言わざるを得ない。上記のように、全て「大和朝廷依頼の天皇制下の統治機構」で有る以上、直接的な責任はなくても、やはり何らかの責任はあるのかもしれない。任命責任とか道義的とか、適当なことを言う人は少なくない。また、外国の人がそれを言うのは、何となくわからないでもない。団体に対する批判は、その団体の長に集中する。会社であれば社長がそうなる。しかし、日本人がそれをするのはどうか。天皇家は「日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」とあるとおり、国民の総意で有る存在だ。天皇を批判する日本人は、「国民の総意」を無視すると言うことであろう。そもそも、まず自分で、国民として批判に対する回答、たとえば食材の行動を起こさなければならない。自分はなにもせず、天皇や国家に責任を転嫁して、自分は批判側に回ることで責任はないかのような顔をしている。
日の丸君が代問題も同じ。日本が伝統と歴史のある国であればこそ、国旗・国歌にはよい歴史も悪い歴史も存在する。戦争という一事をもって、全体を否定することのナンセンスを考えるべきである。自分たちの歴史に誇りと責任を持ち、その上で現在の自分のあり方、将来の国の姿を考えるべきであり、自分たちの歴史を否定することはできない。ましてや、国歌や国旗を否定しても何の解決にも成らない。今年の民主党党大会には国旗掲揚がなかったが、彼ら民主党は憲法も歴史も否定するつもりであろうか。本当に反省の意を考えるのであれば、国歌斉唱・国旗掲揚を行い、その上で日本の歴史上の様々な失敗を思い起こし、反省を促すべきである。彼らには責任転嫁の意識はあっても、真に歴史と向き合い成功したことをほめたたえ、悪かったことを反省する態度が掛けていると意わざるを得ない。現在の民主党の政治そのものが、それら考え方の通りになっているのは、私の考え違いであろうか。
話はそれたが、長い歴史であれば、当然に他者他国から批判を受けることはある。天皇陛下ご自身にもそのことを考え、何らかのご意見があると思うが、国民の象徴として個人の意見を控え、ずっと耐えられている。
国民は無責任だ。そのような歴史のことならばまだしも、昨今では天皇家の家庭内のスキャンダルまで取りざたしている。報道はいろいろあるが、真相は分からない。報道以外でも話を聞くことはあっても、確かめようがない。しかし、特に女性誌であるが、有名人のスキャンダルを昼のメロドラマ的に脚色し大騒ぎする。自分のことは人に見せたくないが、他人の内側には遠慮会釈無く入り込んでくる、日本人のもっとも嫌らしい部分がここに入ってくる。天皇陛下ご自身、これにはかなりご心痛とのことで、昨年12月のお誕生日の会見を体調不良で中止されたくらいである。このことに関しても、どうにか成らないものかと思う。歴史の件もスキャンダルの件も、何故日本人は自分で自分の国の象徴を汚すのか。理解不能である。
ひとえに、憲法での記載とか、上下関係とか、そういった学歴とは関係のない、礼儀と言った部分が決定的に掛けてしまったのではないだろうか。
天皇陛下ご成婚50周年。これは、間違いなく祝うべきことで有ろ、喜ばしいことだ。そして、それを素直にお祝いするという雰囲気を日本人は持たなければならない。しかし、そのようになっていない。これは、教育やマスコミ報道に大きな誤りがあったからではないか。そして、憲法というと9条しかないかのごとく大騒ぎをする頭の悪い政治家が少なくないからではないだろうか。歴史に関する考え方も同じ。伝統を持つことの重要性をまず認識すべき。当然に長い歴史の中にはいろいろと有り、その歴史をふまえ伝統を守り、またよいことを尊重し、悪しきことを反省して将来よい国にするために今なにをすべきか考え行動することが重要である。その意味で、世界でもっともな外報にはいるにほんの天皇家とその歴史・伝統を尊重すべき教育をすべきであろう。
日本人は、なにか負の方向に行くと、それを否定し、それをさげすみ、責任を転嫁し、自分は関係ないかのような逃げを行う。私が世界各国に出張しいろいろな人と話をすると、そのような日本の行動そのものに疑問を持つ人が少なくない。もっと言えば、そのような行動、たとえば国歌国旗を尊重しない人々や、南京大虐殺・従軍慰安婦の報道(事実だけでなく感想などを混ぜた変更報道を指す)、天皇家のスキャンダルの報道など、それら、自分の国を尊重し自分の国の歴史に誇りと反省をもてない国民性が、もっとも信用を失う原因となっている。先の戦争での行為よりも、それら現代の報道などがもっとも信用できない行動となっている。特に、国歌国旗を尊重しない行為は、教員が行っているという事実をもって、「日本人は一人一人が反省することを教えず、他人(天皇)に責任転嫁して、臭いものに蓋をしておしまいにする汚い国民であり、その態度や精神を教えている。」と批判を受ける。彼ら教員は、これら批判に対してどのように答えるつもりだろうか。
天皇家と日本の歴史について、本来であれば祝賀の意を示すだけであまり様々なことを書く必要は無いのかもしれない。このように歴史にふれることそのものが、祝賀に関する記事において不謹慎であるならば、謝罪をしたい。しかし、現在の天皇陛下は、それらの批判を一身に浴び、それに対処されながら家庭を守り、暖かい一家の繁栄を守る。その姿の中で、皇后陛下とともに、決して平坦ではない50年を一緒に支え合い、歩まれてきたお姿は、普通の金婚式と違う大きな意味合いがあるのではないだろうか。
記者会見で両陛下がお互いに感謝状を出したという。ほほえましく、また、祝賀の意を示すとともに、伝統と歴史を守り、そして、その上にしっかりと立脚して、将来の日本国と国民の統合を、我々国民一人一人が認識し。世界に恥じぬ行動を心がけなければならない。また、いかなる時も、感謝の心を忘れては成らない。そのように身が引き締まる思いがする。
改めて、天皇家のご発展を祈りながら、ご成婚50年をお祝いしたい。
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コメント
今回も勉強になりました。
特にゼロ戦の話は知りませんでした。
ありがとうございます。
投稿: たむたむ | 2009年4月20日 (月) 14時56分