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鳩山新首相の国連外交・二酸化炭素削減公約と生活の変化

鳩山新首相の国連外交・二酸化炭素削減公約と生活の変化

 9月中旬になって、今年は初めて「シルバーウィーク」という連休ができた。
 この連休は、敬老の日を第三月曜日とし、また祭日で挟まれた平日は、国民の休日として祝日とするためできた連休だ。
 もちろん、お盆休みから1ヶ月くらいしかないために、豊富な資金はない。
 しかし、どんな状態であっても「休日」はうれしいものである。この連休を当て込んで、様々なイベントが行われた。
 ショッピングセンターのオープンをあわせたところもある。もちろんセールも多く企画された。

 連休でもっとも「嫌い」な事は「行列」である。
 日本人は、行列を作るのが好きであるという。
 私は日本人であるが、行列はとにかく嫌いなのだ。
 基本的に、ラーメン屋で行列というのは、理解ができない。
 少し、時間や時期をはずして、行列に並ばないで食べたい。どうしても行列ならば、あきらめてしまう。
 小さい頃、昭和二年生まれの父に、「戦時中の配給を思い出すので、食べ物で並ぶのは嫌だ」と聞いて育った。
 私も、戦時中は関係がないが、阪神大震災の後で、「配給」の経験はある。
 家を失い、着の身着のままで非難してきた被災者になって、食糧の配給を待つのは、なるほど情けないものだ。
 それをしなければ食べ物がない、食べることができないのである。
 一方で、自分では何もできない無力さを感じる。
 体力的にも丈夫であるが、実際並んで食料を手に入れる以外、何もできないのだ。
 近親者が亡くなって悲しみに暮れている間はよいが、それだけでは生きていけない。
 何かをしなければならない。
 しかし、その何かができな状態。
 私は、すでに15年になろうとしているが、そのときの気持ちは忘れることはないであろう。
 あのとき、国民のために働いていた自衛隊隊員の姿は、これほど頼りになる人はいないと思った。
 人間は、何もしないで食べて寝ているだけではだめだと、思い知った瞬間であろう。
 もちろん、たまの休日や病気の時を否定するものではない。
 しかし、自分の無力さを感じると、やはり悲しいものがある。

 行列から話がそれてしまった。
 連休中の行列と言えば、何よりも高速道路の渋滞はひどい。
 どの国にも渋滞はあるが、通勤などのラッシュと違って果てしない渋滞が続く。
 今回も、高速道路1000円の渋滞がかなり大きくあった。
 30キロメートル以上の渋滞が全国で66回あったとのこと。
 これは、ゴールデンウィークよりも11回多い記録である。
 この渋滞によって、車1台あたりの排出する二酸化炭素は確実に増えている。
 高速道路1000円は、土日祝日だけの政策であり、民主党政権になっても当面継続するそうである。
 しかし、道路も渋滞し、行楽に行った先でも行列では、本当に困ったものだ。
 このときだけ、日本を見た人がいるとすれば、行列が好きな国民と思うであろう。

 日本には、時間に対する価値観が別枠であるのかもしれない。
 普段、これほどせっかちな国民もいないと思ったが、逆に行列を作り並ぶ事への抵抗感は極端に少ない。
 そこそこ、中流階級で、不況といえども食べるのに困っていないから、生活にゆとりがあるのであろう。
 当然に会社など仕事では、身内と違い他人と約束することであるから、守らなければならない。
 これは義務である。
 一方、身内は、ある程度融通がきく。
 このことが、余暇時間における行列につながっている。
 うまい言い方をすれば、日本人は「ON」「OFF」がしっかりとしているともいえる。
 しかし、せっかくの自分の時間に、わざわざ行列で待ち時間を作る必要もないのではないか。 

 連休のニュースをみるといつもそのように思ってしまう。

 さて、この連休は、政治的には大きな動きがあった。
 鳩山外交のスタートである。
 鳩山は、国連で行われた環境サミットに自ら出席し、1990年比25%削減を公約した。
 もちろん中期の努力目標としているが、実質的に数値を出し、
京都議定書のように各国で足並みをそろえての問題ではないので、実質的に公約と言われても仕方がない。
 この演説において、各国の反応はよかった。
 拍手喝采であろう。
 鳩山首相は、外交の第一歩を成功したかに見える。
 しかし果たして、素直に喜んでよいのであろうか。

 このときに中国もアメリカも、具体的な数字を出さずに削減の努力をすると言う。
 日本は、一見、独自に数値目標を出して積極的に取り組むかのように見える。
 しかし、上記にあるように「外部でした約束は守らなければならない」のだ。
 国連という場で約束した以上、国民のコンセンサスがあろうと無かろうと、それをしなければならない。
 つまり2020年までに1990年比25%二酸化炭素を削減しなければならないという事だ。

 さて、二酸化炭素の排出とは、簡単に言えば化石燃料の燃焼を減らすという事にほかならない。
 化石燃料の燃焼は、生活をそれだけ便利にしたということだ。
 新技術の開発をのぞけば、化石燃料の燃焼を少なくすることは、それだけ便利ではなくなると言うことを意味する。
 簡単に言えば、自動車が電車になり、それでもだめならば自転車などになると言うことだ。
 馬車というのも選択肢にあるが、現在の道路交通法上は非常に困難である。

 単純に、日本の物流の80%以上はトラック輸送だ。
 自動車の良を少なくすると言う、選択肢をとれば、物流がそれだけ停滞することを意味する。

 一方、節電にも限界がある。
 二酸化炭素の排出を25%少なくするとすれば、三日に一日の割合で、冷蔵庫を含むすべての電気を止める必要がある。
 現在電気発生は全体の33%が火力発電である。
 火力と行っても重油ばかりではなく、未だに石炭発電が大きい割合を占めている。
 沖縄で例を挙げれば、本島で5カ所の発電施設があり、そのうち1カ所が石油だ。
 逆に行えば残り4カ所が石炭による火力発電と言うことになる。
 現在の与党の中には、原子力アレルギーの方が少なくないが、原子力発電は、全体の36%(新潟などが稼働するという前提で)である。
 これも火力に直すと言うことになれば、相当な二酸化炭素排出と言うことになる。
 ましてや、二酸化炭素を発生させない水力発電に関し、八ッ場ダム・川辺ダムの中止を公約しており、水力による発電も増加は見込めない。

 これらの事を考え合わせれば、自動車と電気という、日本における重要なインフラ二つを完全に失うことになるのだ。

 産業界にも当然に影響が出てくることになる。
 現在の製造業は、機械化工場がメインである。
 機械は電力で動くが、それら電気を使わない工場は難しい。

 要するに、二酸化炭素の削減というのは、日本の産業構造及びインフラの制限ということを意味するのだ。

 「制限」とは、何もなくす、というものばかりではない。
 新技術の開発や植物燃料の多様化など、様々な方策も存在する。
 しかし、現在確立された技術がない状態での「制限」は、まさに、使用規制やコストアップということにほかならないのである。

 25%削減からは、二つの結論が導き出される。
 一つは、新技術の開発ということになる。
 これは、二酸化炭素排出を制限する新規事業を立ち上げるのだから、当然に各国に歓迎される。新規雇用にもつながるし、新産業の創設にも発展する。
 考え方によっては、日本が資源大国になることも考えられる。
 ソーラー電池や燃料電池、バイオ燃料、今挙げられているクリーンエネルギーは少なくない。
 しかし、いいことばかりではない。
 まず、「これから開発する」ということは、先行投資である。
 すでにある程度成果を上げているものでも、一長一短あり、正式採用には至っていない。
 バイオ燃料は、食料品の高騰を招き、またトウモロコシなどを使わなくても同じは竹における策付け面積が減ると言うことが挙げられる。
 また風力発電は、一機あたりの発電量が小さいこと、想定の風力や風向きが安定しないこと、
またあの風車を回す場合の騒音の問題など様々な問題を抱えている。
 当然に、開発に当たっては、新規開発費用がかかり、そしてそれが100%結実するとは考えられないのだ。
 これを公費で行うとなれば、それだけムダになる税金も少なくないということだ。
 また企業で行うとなれば、それだけのリスクを負う仕事ができるのかという事になる。
 よほど資金的・人材的・資源的に余裕がなければ、それはかなわないことであろう。
 税制の優遇措置なども考えられるが、そう単純なものではない。

 また、時間の問題もある。
 公約は2020年までだ。
 投資が完全にムダだとは言わないまでも、その期限までに成果が出ない可能性は少なくないのだ。
 そうなれば、新技術の開発というのは、「絵に描いた餅」でしかなくなってしまう。
 そうなればもう一つの方法しかないという事になる。

 そのもう一つは使用制限。具体的には環境税の創設だ。
 簡単に言えば、消費税はあげない代わりに環境税などほかの税を新設すると言うことになる。
 これにより二酸化炭素排出に関するすべての物品が値上がりする結果になる。
 実際、公約が果たせない場合の二酸化炭素排出権売買の財源にもなるであろう。
 一方で、インフラの値段の高騰は、そのまま便利さの制限と言うことになり、また産業の衰退を意味することになる。
 燃料を使う工場の海外移転や、会社の倒産が予想される。
 日本産業の至宝である中小企業の経営危機をあおることになる。
 それだけではなく、生活コストのアップが考えられる。
 インフラがあがると言うことは、単に電気ガスの値段が上がるだけでなく、それを使うすべての産業物があがると言うことだ。
 輸送コストが上がれば、すべての物流費が上がることになる。
 店でものを買えば、店の冷蔵庫や照明で電気を使うことになる。
 それら流通過程すべてのインフラコストと、環境税が商品値段に加算されるという事だ。

 鳩山政権は、この25%削減に関して、国連では非常に評判がよかったとしている。
 それはそうであろう。
 日本国の首相は、国民の生活を犠牲にして、新技術の開発を行い、
また、日本企業の海外工場移転を間接的に推進し、そして、地球環境のために日本の産業を破壊してもよいと言うことを、
数字を挙げて表明し、公約したのだ。
 他国にとっては、日本企業が衰退するだけでもありがたい話であるし、
その技術や工場が海外に移転してくれれば、自国の直接的な利益につながる可能性がある。
 新技術の開発投資を自国の税金でする必要はなく、日本が先に日本の税金で推進してくれる。
 その上、全て失敗すれば、二酸化炭素排出権を高値で買ってくれるのだ。
 この公約そのものは、日本以外の他国にとっては非常にありがたい話である。
 もしも、新技術がうまく行った場合も、それを分けてもらえ、その恩恵にあずかることができるのだ。
 何しろ鳩山首相は友愛なのだから。
 鳩山首相の演説を拍手で迎えたとしても、それは、地球環境を考えたものではない。
 単に日本の経済負担により、自国が負担しないでよくなる環境負担や、企業の国際競争力、経済進出、
海外への直接投資などを期待してのことである。

 関西の、経済界のことわざで「よい人、というのはバカと言われているのと同じ」という。
 日本では商売の神様は稲荷神社だ。
 もっと言えば、狐だ。
 狐は、人をだます。
 しかし、狐が人を食べたりはしない。
 生活に困らない程度に少し人をだまして自己の利益にする。
 これが商売繁盛の秘訣という。
 鳩山由紀夫氏のように、はじめからおぼっちゃま育ちの人には、そういうことはわからないのかもしれない。
 しかし、その感覚で国民全体が不便を強いられるのはいかがであろうか。

  さて、これらに関して、民主党は「マニフェストで挙げたとおり」という。
 しかし、その中には具体的なプロセスなどが書かれてはいない。
 要するに、環境税はないまでも、それらの内容の日本国民のコンセンサスはとれていないという事になる。
 マニフェストといえども、結局は子供手当のバラ巻きや高速道路の無料化(税金化)しか話題になっていない。
 しかし、今回の25%削減での国民の不利益や、企業の衰退、強いて言えば国力の削減は、すべて国民が選んだ政権交代の結果である。

 民主党のほかの政策でも、大きく日本を変えてしまう可能性は少なくない。
 しかし、それを選んだのは日本国民自身であるという事を肝に銘じるべきではないだろうか。

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