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再度、日米同盟危機を招く普天間と菅首相の発言 (2) 日米同盟議論

再度、日米同盟危機を招く普天間と菅首相の発言

その2 

 第二に「日米同盟」に対する考え方だ。
 日米同盟および日米安全保障条約は、日本の再軍備を阻止し、その代わり、日本自国に代わってアメリカがその安全の保障を行う。安全の保障は、当然に、米軍基地の受け入れと同時に行われる状況であることは明らかが。「駐留なき安全保障」などということを民主党の諸兄は発言するが、その時に「緊急性」を持って事件に対処できるのか。その辺は疑問である。
 日米同盟は、その日米の関係性を持つことが外交の基軸であるのかないのかということ。そして、日米同盟であるならば、日米安全保障条約をもって、日米が緊密な連絡関係を持ちながら、日本は軍備なく安全を保障されているのかということ。それとも、徐々に安全保障条約を解消し、自国の軍備を整え、そして自国を自国民が守るという話になるのか。同盟と言っても、安全保障における「片務的同盟」なのか「双務的同盟」なのかは議論が分かれるところだ。
 まず、「日米同盟」に関して言えば、戦後の日本の歴史において、日本が日米同盟、同盟という単語を使わないまでも、日米関係を基軸に、発展をし続けてきたということは変わりがない。それは1980年代のソ連崩壊や中国の改革開放政策、東西ドイツの統一など、共産主義経済件、社会主義国家の資本主義経済化が始まった。このことによって、アメリカが仮想敵国としていたソ連が崩壊し、「東西冷戦」が解消したのである。東西冷戦時に、その冷戦の最前線で冷戦を戦い抜いたのが、日本とドイツ(西ドイツ)であったといって過言ではない。日本は、海を隔てて中国、ソ連という二つの社会主義大国を抱えていたし、ドイツは、すぐ横に同一国の東ドイツがあり、そして、その向こうにはチェコスロバキア、ブルガリアなど、東側社会主義諸国がソ連の援助の中で連合を組んで対抗していたのだ。冷戦といえども戦争だ。最前線の砦に、最も注力をしそしてその力を入れるのは当たり前と言える。それが戦争のセオリーだ。
 当然に、このセオリーに従って、日本とドイツは経済的な恩恵を受けていた。とはいえ「国連」ようするに「United Nations」直訳すると「連合国」の集団は、日本とドイツを「敵国条項」をつけて警戒しているために、軍事的な独立を許さなかった。日本に対しては、軍隊を持たせない憲法を作り、そして、それまでの天皇を中心とする権威主義をなくし、個人主義を根付かせた。ドイツでは、国家が半分になったということも含められるが、核兵器を「ニュークリア・シェアリング」の考え方で、独自の核兵器などの大量破壊兵器を持たせない方法を採用した。しかし、非常に高度な技術力を両国が持っているために、軍事転用商品、具体的には自動車産業を双方ともに保護し、そして、その貿易の先をアメリカもしくはそのほかの国にあっせんするという経済政策を行ったのだ。「トヨタ」「日産」は日本ではおなじみであるし、ドイツでも「メルセデス・ベンツ」「フォルクスワーゲン」などは日本でも有名である。逆に、完全な戦闘兵器を作っていた会社、具体的には戦闘機などの飛行機の会社は完全に解体していた。「三菱重工」はまだ残ったが「愛知」「富士」など日本の戦闘機を作った会社は解体されていった。また、ドイツでも「メッサーシュミット」などは、解体されていったのである。アメリカは、このように、経済的な独立性とその技術力の保持を行いながら、一方で、戦後すぐの戦闘力の回復を阻止する政策を行ってきたと考えられている。
 この両国が、冷戦当時最も最前線で経済活動を行っていたということは、いかにも皮肉であるのか。逆に、この二カ国の軍隊が、それだけ連合国に恐れられそして精強であったということの証明なのかもしれない。そして、その精強さは、両国の高い技術力によって支えられていたといううことをアメリカ他の連合国はよく知っていたのである。この技術力の保持と成長は、現在も日本およびドイツの経済力の最も重要な部分を担っているといってかまわない。そして、先日のブログでも書いたように、その「技術力」と「信頼性」が日本のブランドになっているということは明らかである。今の日本人はこの日本のブランド力で生活を送っているといっても過言ではないのかもしれない。
 話はだいぶそれたが、日米同盟は、そのような中で発展してきた。日本の経済力の根源の部分も日米同盟の一端と言っても過言ではない。逆に、冷戦終了後、要するにソ連崩壊後、日本の経済が迷走し始めたのは記憶に新しい。まずは不動産高騰がおき「財テク」という単語がはやって、投機ブームが起きたのちに、その投資・登記が破綻して「バブル崩壊」となった。その後「失われた10年」を経て、政策投資と構造改革による財政再建と景気浮揚が行われた。しかし、全体的なデフレ傾向は歯止めがかからずに、現在もデフレ不況が続いている。そこに「無駄削減」「事業仕分け」とやっているので、政府から市場への資金流出が制限されるようになり、円高も手伝って、日経平均が9000円台を割ろうかという状況になっているのが現在の状況である。
 景気対策はしばらくおいておくことにして、冷戦終了後、アメリカも青s化うを転換し、日本に再軍備そして人的貢献を求めるようになった。「Show the flag」は有名な比喩でよくつかわれるようになったが、基本的には、日本も最前線ではないにせよ、軍備を進め、紛争地域での人的貢献を行うようになった。インド洋での給油やイラクのサマワ駐留などは、まさにその象徴と言ってよいし、現在もソマリア沖における海賊対策は継続して行われているのである。
 さて、この流れにおける日米同盟の重要性は、単純に「日本を護る主体は誰か」ということにつながる。単純にいえば、「今アメリカがいなくなり、日米同盟を解消した場合に、日本を誰が守るのか」である。日本を護るという時に、「外交併用説」を使った場合でも、武力行使の可能性と、「抑止力」が必要である。にもかかわらず、日本には「打撃力」「抑止力」の装備はない。日本にあるのは、「防衛力」だけであり、だから「軍隊」ではなく「自衛隊」でしかないのだ。軍事力という時に、その軍事力の持つ意味を「打撃力」「抑止力」「防衛力」と三種類に分けて考えなければならない。日本は、敵が攻めてこないように敵国の基地に攻め入って打撃を加える「打撃力」も、また、もしも日本を不用意に攻撃すれば、敵国国民が不利な扱いをされるかもしれないという「抑止力」をも保有していない。日本は、島国で、その沿岸部において敵国の流入を妨げる「防衛力」以外は保有していないのだ。だから、武力を保有していても「憲法9条」に反しないという解釈ができているのだ。
 しかし、実際に日本が攻められないのは「抑止力」の影響がほとんどだ。そこで、「日米安全保障条約」では「抑止力、打撃力はアメリカ軍が受け持つ」ということが決められているのである。
 ということは現在日米同盟を解消した場合、「抑止力」「打撃力」はだれが担当するのかということが、直近の問題としてあげられることになる。この問題になれば「日米安全保障条約」や「日米同盟」の問題になってくる。日米同盟をなくし、「東アジア共同体」を設立したからと言って、実際に北朝鮮の攻撃を受けない保証はあるのか。そもそも、その保障がないならば、いたずらに日米同盟を解消し、その信頼関係に傷をつけることは、日本国民を危険にさらしていることになるのではないか。そのような主張をしている人々を政権の座につけていてよいのか。そのことが率直な疑問としてあげられるのである。
 これらを単純な言い方をすれば「高度経済成長の立役者も、そして、日本の安全保障も」日米同盟のおかげで成り立っている。それを否定できるのか?ということである。
 7月4日の討論で、枝野幹事長は「日本の高度経済成長は自民党や政府が行ったのではなく、民間が頑張ったから成し遂げられた」という。もちろんそれは一理ある。しかし、では、民間が頑張った「だけ」で、高度経済成長が成し遂げられたのか。上記のような「自動車産業の保護」や「補助金行政」「日米貿易黒字」など考えれば、そのような関係があったから、もっといえば外交関係が安定していたから成し遂げられたのは明白であり、「そのような環境の中で」という条件付きで「民間が頑張ったから成し遂げられた」というべきではないのか。たとえば、海外の建設工事で、いまだにゼネコンが単独で入札に参加し、その入札を得てくることは非常に少ない。もっといえば大手商社とJVを組んで、なおかつ政府の保証がなければ、「日本のスーパーゼネコン」といえども、海外進出はいまだにおぼつかないのだ。もっといえば、「政府開発援助(ODA)」に絡んだ仕事以外はできないというようなゼネコンも少なくない。このような傾向は2006年にハッサン、インドネシア副大統領が、「日本の政府開発援助は日本の企業のためにある。その影響でインドネシアは財政がおかしくなっている」という発言をNHKのインタビューでしているのだ。
 「親方日の丸」という考え方が、まさに「日本企業の実態」であり「その日本政府の保証」が「高度経済成長」「高度経済成長後の日本の経済成長とグローバリズム」に大きく役立った、というよりは不可欠であったといっても過言ではないのだ。そのような「グローバリズム」が実現するのも日米同盟の影響下における日本政府の対応ではないのか。
 現在の民主党政権が、「自分たちだけで高度経済成長を成し遂げた」というのは、さすがに思いあがりと言わざるを得ない。これでは、外交政策だけでなく、経済政策もおぼつかなくなってしまうのではないだろうか。
 このように考えれば、「歴史から考えて」日本における日米同盟を基軸として考えざるを得ず、その機軸の中において「東アジア」の経済もしくは平和的な連合体を構築する、東アジアの発展を願うのが最も良いのではないか。ただし、東アジアの発展と言っても、「北朝鮮問題の解決」もしくは「日本が主導で解決する力ができた」後の話でしかないのは間違いがない事実だろう。

 

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