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2010年8月

今日は個人的な感慨でブログを書きます ~マイカルがなくなる

今日は個人的な感慨でブログを書きます ~マイカルがなくなる~

 私の本やネットの中で、少々詳しい履歴を見ていただけるとわかると思う。私はマイカルという小売りチェーンの社員であった。もう少し古い人ならば「ニチイ」といった方が良いのかもしれない。全国に284店舗、売上2兆円というチェーンストアの全国4位の会社であった。当時の、売上の順位は1位ダイエー、2位イトーヨーカ堂、3位ジャスコ、4位マイカル、5位西友という感じであった。今残っているのは2位のイトーヨーカ堂と3位のジャスコ(現イオン)だけである。
 マイカルは2001年9月14日に倒産する。その後、倒産会社で珍しくクーデター騒ぎがあり社長が何回も変わるという騒動があった。同日、民事再生法を申請し、その後提携会社探しに外資、ことにウォルマートなどが乗り出すのではないかという憶測報道もかなりあったが、結局、11月22日に会社更生法を申請、12月にイオングループが再生に乗り出して、現在に至る。その間の話はかなり様々な内容がある。多分マイカル倒産直前から、マイカルの混乱、そして、イオンに吸収されるまでのいちれんは、物語にしたらかなり面白いと思う。また、後日談もかなり面白く、クーデターの主役が似たようなことをして仲間を食い荒らしている話など、噂は様々な話ばかりである。
 残念ながらマイカルの倒産間際はあまりほめられたものではない。よく「偶然の不幸が重なる」という事故はある。先日発生した、『酔っ払いがよろけて電車に並ぶ列を押して、先頭の方がなくなった事件』などは、故意犯の説もあるが、多分、「偶然の不幸が重なった事件」であろう。また、マイカル倒産の時期は、「小泉改革」であり「国民も痛みを伴ってほしい」という意味で「構造改革」をしていた。まさにマイカルはまさにその演説後初の大型倒産であったために「小泉改革の犠牲者」と言われた。
 私個人の感想からいえば、いずれも当てはまるし、いずれも当てはまらない。どちらかというと、マイカルの倒産は「人災の連続」であり、倒産するはずのないものが倒産したといっても過言ではないであろう。
・警察官僚の社長就任と、銀行管理に近い財務経理。
・社員とパートが分からない状態での組織論。
・「上位下達型の命令」と「現場主義」という社内矛盾
・クーデターが起きるほどの忠誠心のなさと、それをわからない警察官僚社長
・「外資参入」という根拠のない噂を待つしか能のない経営陣
ということを書いたら、なんとなく「小泉改革」とか「偶然の不幸」という感覚ではないであろう。しかし、実際、メインバンクの統合(みずほ銀行の設立)、時価会計の開始、アメリカSEC基準の登用など、不幸も重なった。もちろんそれらの事象も予想できなかったなど、過失の部分も少なくないのかもしれない。しかし、なんとなく、自滅に近いような感じも少なくないのである。
 それでも、面白い会社であった。私にとってマイカルは社会人としての第一歩を踏み出したところであり、また、今の私の糧になっているものの見方や、外国での仕事の経験など、全て、マイカルで学んだものである。逆にいえば、新入社員時代からかなり好き勝手にやらせてもらった。それだけ、「実力があれば登用される会社」であったと思う。それは「実力がある」だけではなく、実力を経営陣に示す「アピール」や「プレゼン」も学ばなければならないし、もらったチャンスをなんでもこなす、自分の実力を余すところまで発揮し、勉強しながらでも仕事を仕上げてゆくというスキルも身につけた場所である。
 マイカルに限らず、自分の所属する組織にあれば、その組織のよくない部分は必ず目に付くものである。自分という個性があり、その個性と経営方針が100%合致するということは、自分が経営者でなければ実現するはずがない。しかし、そこまで行かなくても自分を成長し、自分のスキルを上げながら仕事ができる会社はそうはあるまい。少なくとも、会社倒産後10年以上もその時のスキルで生きてこられた(全く成長していないというわけではない)のは、マイカルのおかげであると感謝している。
 その「マイカル」がなくなるのである。

ジャスコやサティも店名は「イオン」…来春から

 イオンは27日、グループ中核の総合スーパー「ジャスコ」や「サティ」を運営する100%子会社3社を来春合併し、店名を「イオン」に統一する方針を明らかにした。
 消費低迷で総合スーパーの不振が続く中、コスト削減や宣伝の効率化などに共同で取り組み、収益力を高めるのが狙いだ。国内事業の立て直しで確保した資金は、中国など成長するアジアへの進出に振り向ける方針だ。
 3社合計の店舗数は345店舗、2010年2月期の売上高は約2兆4500億円に上る。総務など間接部門の合理化や、仕入れ、宣伝の効率化などを進める。
 合併するのは、本州と四国にジャスコ254店舗を展開するイオンリテール(千葉市)、サティ85店舗を持つマイカル(大阪市)、日本を撤退した仏カルフールから6店舗を引き継いだイオンマルシェ(千葉市)の3社だ。
 別の子会社などが運営する北海道や九州、海外のジャスコの店名も将来的にイオンに替える方向だ。40年の歴史を持つジャスコの名称が消えることになる。
 イオンは積極的な企業の合併・買収(M&A)で拡大路線を突き進んだが、08年秋の金融危機で大幅に業績が悪化し、10年2月期連結決算で初の減収に陥った。このため低迷する国内事業の収益を改善するためグループの再編を進めている。経営効率化でひねり出した資金を元手に、27店舗の総合スーパーを出店している中国(香港含む)などへの進出を加速する方針だ。

(2010年8月27日21時38分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100827-OYT1T00937.htm

 はっきり言って、買収された会社である。どうにもならないという感じはある。しかし、自分の所属した会社がなくなるというのはこういう感じなのであろう。
 マイカルとは「ヤング・マインド・カジュアル・アメニティ・ライフ」の略語であった。マイカルに来れば、そのような快適で若々しい生活を送ることができるという願いである。当時の社長小林敏峯氏(故人)は「このような立派な哲学を持った会社にいることを誇りに思うべき」と常々言っていた。実際、「哲学だけでは商売にならない」などと思っていたが、それでも、そのような願いを思えば、なかなか感慨深いものである。
 えてして、経営陣の考えることと、社員の考えることは乖離しているものである。ことに、マイカルの場合は小林敏峯氏の考える「哲学」と現場の売り上げ主義とはかなりかい離していた。「哲学があっても売れない」という声は、現場ではかなり上がっていた。しかし、実際、今から考えればどうなのであろうかと思うことがある。そもそも先にあげた社名の由来が「哲学」であるのか単なる「スローガン」なのかは別にして、会社が一丸となる目標を持っていたことは事実だ。問題は、その目標に一致していなかった経営陣で亜ろ。そのことは、倒産時のクーデターで如実に表れた。そのような者達が経営者にいるようでは、会社編持たない。それも「組織管理」を持ち出した警察官僚に対し、その警察出身のほかの役員や官僚出身の天下りたちもこぞって「クーデター」を起こしたのであるから、始末に負えない。そのような「忠誠心の欠如」「統一性の崩壊」「組織になっていない実態」がマイカルの「長所」でもあり「欠点」でもあったのだと思う。
 それら特徴を「長所」と取れば、多角経営には向いていたのではないか。だからマイカルカードやジャパンメンテナンスなど異業種の上場会社を保持していた。また、ワーナーマイカルなど日本初といえる試みも多数行っている。中国の大連での事業などは、投資の回収までは時間がなさすぎたが、それでも成功した方の事業であろう。一方で、「短所」と取れば危機管理にこれほど弱いものではない。ばらばらで忠誠心がないということはパニックを起こすか無関心か。いずれにせよ統一した対策が最も取れない状況だ。
 その「短所」の場面が色濃く出たのが倒産と倒産時の混乱だろう。
 さて、このような感慨。今の日本に当てはめてはいかがであろうか。今日本が危機になった時に、国民は「忠誠心」はあるのか。そもそも「何に対しての忠誠心」かわからないのではないか。「統一性」はあるのか。多様化、個人主義が徹底して、実際は日本が危機になれば日本を逃げ出す人の方が多いのではないか。そもそも、日本への愛国心があるのか。統一性を保つことができるのかははなはだ疑問だ。「組織になっていない実態」これで「危機に対して一丸になって対処する」ことができるのか。国内で危機に対する対策に批判や責任回避が相次ぎ、実際に何もできなくなってしまうのではないか。
 単なる感慨で今日は文章を作った。昨日までの入院の後遺症もあるであろう。しかし、実際に、マイカルという会社の倒産その物の、日本国に置き換えて、「危機管理」ということで考えることはできないであろうか。

 そのような「危機管理」ができない組織の末路は「名前さえもなくなる吸収合併」であった。将来の日本を象徴するものでないことを祈るばかりである

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民主党代表選における国民の意識

民主党代表選における国民の意識

 まず、本日は皆さまにお詫び申し上げなければならない。
 実は、土曜日に発作が起きてしまったために、本日の昼まで入院していました。発作が起きた時に顔から転んだらしく、顔は傷だらけで、外見だけならばダイハードのマクレーン警部のようであるが、残念ながら、元が村内よくないものである上、傷とメガネでなかなか見れない顔になってしまっている。
 さて、今後もなるべく毎日更新しようと思うが、私の場合、心臓発作という持病を持っているので、なかなか毎日しっかりと更新できないかもしれないので、できればあらかじめご了承ください。

 さて、ということで、完全に、土日の間救急車で運ばれ「ICU」という場所に入っていたために、テレビもラジオもない場所に監禁されていたため、まったくネタも何も入れていない。今回は、あわてて、本日になって新聞を読み漁っている状況である。
 こうなると、得意な内容になってしまう。そこで下記の内容です。

代表ふさわしいのは?菅氏67%・小沢氏14%

 民主党代表選(9月1日告示、14日投開票)で、菅首相と小沢一郎前幹事長が対決する見通しとなったことを受け、読売新聞社は28~29日、電話による緊急全国世論調査を実施した。
 菅氏と小沢氏のどちらが次の代表にふさわしいと思うかを聞いたところ、菅氏と答えた人は67%、小沢氏は14%だった。民主支持層に限ってみると、菅氏は77%で、小沢氏17%に大差をつけた。
 菅氏がふさわしいと答えた人に、その理由を聞くと、「首相が短期間で代わるのは良くない」65%が最も多く、「小沢氏と距離を置いている」27%などが続いた。
 小沢氏がふさわしい理由では、「指導力がある」40%、「政治経験が豊かだ」29%などの順に多かった。
 小沢氏については、自らの資金管理団体を巡る「政治とカネ」の問題で、説明責任を果たしているとは思わない人が91%に達した。この問題の責任を取る形で参院選前の6月に幹事長を辞任しており、代表選出馬には「納得できない」との答えが81%を占めた。
 小沢氏とともに辞任した鳩山前首相が、代表選で小沢氏支持を表明したことを「納得できない」という回答は80%だった。
 一方、菅内閣が最近の急激な円高や株安に適切に対応しているとは思わない人は82%に達した。
 代表選の争点になるとみられる昨年衆院選の政権公約(マニフェスト)の扱いについては、状況に応じて「修正すべきだ」79%が、「実現を目指すべきだ」15%を大きく上回った。
 財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが「必要だ」は58%(6~8日実施の前回調査63%)、「そうは思わない」は35%(同32%)となった。
 代表選を巡る一連の動きを見て、民主党に対する印象が「悪くなった」は55%、「変わらない」41%、「良くなった」2%だった。
 衆院解散・総選挙については、「急ぐ必要はない」が64%(同67%)で、「できるだけ早く行う」27%(同28%)より多かった。
 ◆内閣支持54%に上昇◆
 菅内閣の支持率は54%(同44%)に上昇し、不支持率35%(同46%)を上回った。菅氏が「脱小沢」を鮮明にしたことが影響したようだ。政党支持率は民主38%(同29%)、自民21%(同21%)に、みんなの党6%(同8%)などが続いた。「支持政党なし」の無党派は29%(同30%)だった。

(2010年8月29日22時27分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100829-OYT1T00673.htm

 まず不思議なのが内閣支持率が上がっているのが不思議だ。菅直人政権になってからの特徴として、「何もしないと支持率が上がる」という不思議な傾向が顕著になっている。政権ってそんなものなのかと思う。民主党の場合、何かをしないで「何かをするという期待感」で体面を保っている政党であるから、当然に「なにかをするぞ、するぞ」とみせかけて何もしない。それだけでなく、何もしないということは、だれもが「自分の思い通りに対策を打ってくれる」という期待感だけで支持率が上がってゆく。
 このことが政党支持率についても同じことがあげられる。逆にいえば、日本の国民は「危機」といっても、「喫緊」という感じではないというのが現状であろう。まだ「緊急の課題や危機管理」にたいして「期待感」で判断できる余裕があるということである。

 「菅氏と小沢氏のどちらが次の代表にふさわしいと思うかを聞いたところ、菅氏と答えた人は67%、小沢氏は14%だった。民主支持層に限ってみると、菅氏は77%で、小沢氏17%に大差をつけた。」というところから見ても、同じだ。まさに剛腕である小沢よりも、何もしない菅直人の方が良いという感覚が非常に強く出ているということになる。
 さて、今日は先にあげたように「ネタ」が、全くない。そのことから、今回は背景などを見ながら何かを言うことができない。そこで、今までの背景、古い情報でこのことを書いてみよう。
 小沢派、参議院選挙中も民主党サポーターに対して懐柔工作を行ってきた。露骨な菅直人、仙谷由人執行部批判は、まさに「脱小沢」への意趣返しではなく、政策に対する対抗措置だるといえる。しかし、そのサポーターの懐柔工作がうまく功を奏していないということが明らかになっている。そのことは、やはり「剛腕」という内容だけでなく、今までの政治とカネの問題に対するけじめがついていないということになるのであろう。逆にいえば、民主党支持層も国民も、政策ではなく、代表選立候補者個人に対する評価で判断する傾向が強いことを意味している。
 この二つのことを考え合わせれば「シャッポは軽くて…。」と小沢一郎が自民党の幹事長だったときに海部内閣を評して言った言葉と一緒だ。まさに、国民全体が「小沢一郎化」してしまったかのごときアンケート結果ではないか。
 いずれにせよ、国民の見ている民主党像はかなり矛盾している。逆にいえば、民主党そのものも矛盾している存在であり、非常に困った感じになっているのだ。そのことが政治的な矛盾と、政治とカネのスキャンダルという二つの思考軸の間に挟まれて、国民の判断何が鈍っているということになっているのではないか。
 いずれにせよ、このような結果が、一つ一つ重なって、最終的には代表選挙後の政局を左右することになる。今後はこの一点が大きな政局の綾になるのかもしれない。

 本日は、退院明けということであまり役に立つ解説ではないが、この辺でご容赦願いたい。

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シリーズ 日本の小売業<メルマガからの抜粋です>  ★ バブル経済と小売業

シリーズ 日本の小売業<メルマガからの抜粋です>

 ★ バブル経済と小売業

 1990年代、日本はバブル経済の崩壊で景気が低迷していた。
俗に「失われた十年」といわれ、それまで戦後60年間ずっと右肩上がりであった日本の景気指数は初めて横ばいか、もしくはマイナス成長に成った。

 日本の場合、それまで銀行融資は、通常土地を担保にした融資が一般的であった。
それは個人も法人も同じである。一部社債などもあるが、それらは一部の上場会社ばかりであり、基本的には不動産担保でしかなかったのである。
狭い日本のなかに人口が増えていることから、土地は必ず値上がりするという「神話」から、土地さえ担保に持っていれば、融資しても貸し倒れはないという感覚があった。
実際に戦後、一貫して土地は値上がりを続けた。その値上がりが、不動産の価値を高め、将来に向けた投資としても成立したのである。

 「将来値上がりする」という「期待感」に、投資する。
その投資が殖えることによって期待感が増大する。
この循環が、いつしかその元となる「不動産」の価値を大きく越えてしまった場合、これがバブル経済という。
「バブル」とは、ご存じのように、石鹸の泡のことだ。
元の石鹸の姿または石鹸本来の洗うという事に必要な泡はある。
しかし、必要以上に、実体からかけ離れた泡(バブル)では、洗う役にも立たず、いつか限界がきてはじけてしまう。
元々泡(バブル)でしかなく、石鹸から離れてしまっていては、はじけて何者こらない。
シャボン玉のように消えてしまうだけである。
バブル経済も同じで、不動産そのものの価値という(石鹸)からかけ離れて、泡(期待感)だけで大きくなる。
大きくなるときは、そこに水(投資)などを入れてしまう。
期待感(泡)と投資(水)で、どんどんと膨れ上がる。
しかし、ある時点で、実物の実力が伴わなくなる。
石鹸で言えば、石鹸の材料が足りなくなると言うこと。
そうなると、実物の姿が見えてしまい、期待感(泡)が急激にしぼむ。
それはまさに、投資か全体が投資を一気に引き上げる事になる。
当然に泡がはじけるように急になくなり、裏切られた期待感と回収できない投資が残る。
投資家は、投資を回収するために、担保などを取るようになる。
しかし、実体に対し期待感が膨れ上がってしまったため、実体の価値を上回った投資回収になる。
このため、もっとも大きな投資家である銀行には、回収不能な不良債権が残る。
そして、投資や借り入れを解決できない企業は倒産や、吸収合併を繰り返すことになるのだ。

 日本のバブル経済は、そもそも企業規模に対して有価証券や資産が割安であるという事で発生した。
 海外の投資と個人投資家が一気に行われたために、「何か儲かるものはないか」という雰囲気になった。
 「財テク」という単語がかなり流行した。
 「投資先」探しは、今まで聞かなかった企業や、田舎の土地まで対象になった。
 北海道長万部町を舞台にした別荘商法や、和牛商法など、悪質な事件も多発した。
 そもそもの割安感は、バブルで一気に超過気味になった。
 バブル崩壊は、日本の企業をそれ以前よりも下方に過小評価することになったのだ。
 ただし、借財や過剰投資といった内容によって、不良債権が多くなった資産ばかりになった。
 結局、割安感がなくなり、期待感もなくなったのだ。

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50歳の初産 体外受精と人間の命について考える

50歳の初産 体外受精と人間の命について考える

 私は、文系である。あまりよくわからないで、医学のことを書くので、あらかじめご了解願いたい。
 世の中は、一昨日の26日から小沢一郎の民主党代表選挙で話題沸騰である。菅と小沢はどちらが勝つのか、これで政局はどうなるのか、いずれにせよ、政局論だけでは話にならない。政治は政策出る。私もマスコミである以上、多少は政局について書かなければならない部分も少なくないが、政治は政策論祖をしてくれなければならない。そもそも、この二人に政策はあるのか。
 小沢一郎と鳩山由紀夫には、昨年の政権交代で勝った「マニフェスト」がある。しかし、そのマニフェストが破綻していたから、鳩山由紀夫が首相を総辞職したはずだ。選挙の時の公約で、沖縄の普天間基地を「少なくとも県外、できれば国外」と言っていたが、残念ながらアメリカから「お前がキ○ガイ」と言われ、迷走の結果辺野古キャンプシュワブ沖の元の暗に戻した。これにより社民党が連立離脱。しかし、普天間だけでなく、子供手当も財源不足、高速道路無料化もどこか行ってしまった、ガソリン暫定税率などは、適当にごまかしている。そのように破綻した「マニフェスト」を今頃出してどうなるのか。
 一方、菅直人首相は「完全左翼政権」の推進で「亡国の内閣」になってしまう。本当にどこの国の政府だか全く分からない。そもそも、今政権をとっていて政策がないのだから、今度代表選挙だからと言って新たな、斬新な、国民が納得するような政策はないのではないか。そもそも政策は発表するくらいなら「今やれ!」という国民の怒りの声が聞こえるようだ。このままでは、円高になっても、株安になっても、政府が破綻しても、朝鮮半島で戦争が起きても、ミサイルが飛んできても「慎重に見守る」といって、何もしないのではないか。ついでだから代表選挙も「慎重に見守って」そのまま政界を引退してもらいたい。
 そのような、注目の「政策なき政局」のニュースの中で、それらを抑え、あまりにも驚く記事が目に入ってきた。それが下記の記事である。

野田聖子元郵政相が妊娠、米で体外受精

 自民党の野田聖子元郵政相(49)が体外受精で妊娠したことが、25日わかった。
 野田氏から連絡を受けた同党岐阜県連幹部が明らかにした。
 野田氏は今週発売される「週刊新潮」9月2日号で自らの妊娠について「手記」を公表することになっており、手記によると、現在妊娠15週目。
 今年5月、米国で第三者の女性から卵子提供を受け、野田氏と事実婚の「夫」の精子との受精卵を野田氏の子宮に移す体外受精だったという。出産は、野田氏が50歳になっている来年2月中旬の予定。
 厚生労働省によると、日本では第三者からの卵子提供を含む生殖補助医療に関する法律は整備されていないという。法務省は「これまでの判例では、出産した女性が母親と認められる」としている。

(2010年8月26日05時00分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100826-OYT1T00114.htm?from=main5

 正直なところ、私には医学の知識はない。体外受精がどのような仕組みなのかあまりよくわかっていない。昔は「試験管ベビー」などという単語があったが、どうもそのようなものであろうと考える。何度か説明を受けたが、私の頭は、困ったことに理数系と判断すると自動的に拒否反応を起こすらしい。政治や経済の話と異なり、まったく頭で受け付けなくなってしまう。そもそも、聞こえなくなるのであるから始末に負えない。

 よって、医学的な話はやめておいて、このニュースで開設できるのは二つだ。一つは、人間を「創る」ということの倫理や道徳と、母親になりたいという「心」の問題だ。もうひとつは、「米国で」という部分。要するに国内の法整備の問題である。

 一つ目の問題は、なかなか難しい問題だ。宗教や人間的な感覚の問題であり「クローン」なども同じ枠の中の議論になってしまう。人間はかなりわがままなもので、他の生き物であれば「創る」ということを平気で行う。クローンだけでなく、そもそも「養殖」という考え方や「品種改良」というものも、植物や動物の尊厳を無視して「創る」ということをしているのである。宗教的に今回のような問題をする人々は、この「声明をあるものを創る」ということに関してまずどのようなことなのかを考えなければならないのではないか。逆な言い方をすれば「品種改良」は許されて、「クローン」や「人工授精」に関しては倫理の問題というのは、無意識の間に人間とそのほかの生物を差別していることになるのであろう。
 では人間を「創る」はよいのか?それは違うだろう。少なくともクローンに関しては、たくさん作られたらどうかしてしまうであろう。自分とまったく同じ人間がいること自体「オカルト」の世界である。では逆に「人工授精」はいけないのか?そうでもない。要するに「全く同じ」でない人間であればよいのであろう。本当にそうなのであろうか。
 私個人は、人「創る」というのは、一種の「例外的な救済措置」であろうと考えられる。私は決して宗教的な人間ではないが、とはいえ科学で割り切れないものを信じないという人物でもない。そう考えると、やはり『完全に創造する』というのは、神の領域のような気がする。しかし、どうしても神ができない場合に、ある意味、その人の望みにしたがってそのようなことがおきてもよいのではないか。そうでなければ「救われない」人の思いもあるような気がする。
 逆に、その分試練もある。たとえば野田議員の場合、それだけ遅い出産になるのであるから、子供が成人するまで現役でいるということは70歳まで働き続けなければならない。賛否両論あると思うが、ある意味、その考え方に関しては本人とこれから生まれ来る子供の努力によって克服できるものと考えている。
 日本でも縄文時代や弥生時代までさかのぼれば、「地母神信仰」という信仰の形式があった。原始アニミズムでシャーマニズムに移行するときに出てくる信仰である。ものを産み出す物の中に「神」がいるという考え方である。農耕社会であれば、毎年米や野菜を産みだす「土」「地面」と、子供を産み出す「母」に対し、無から有を生み出すのであるから、その中に創造神がいるという信仰の形態だ。その信仰形態に戻れば、当然に『野田議員』という母の中に「神」がいることになる。
 余談になるが、男尊女卑の考え方の中には、この「地母神信仰」の考え方が出てくる。「創造神」がいるところは、当然に「死者」もいる。死者を土の中に埋めるのもその考え方によるものである。要するに「黄泉の国」である、昔の人は「地母神信仰」で「産み出す力」に対して畏怖しながら、逆に「黄泉の国」に対して「死者がいる」場所として忌み嫌う。その考え方が「女性は穢れている」という考え方につながるのだ。古い戦前の人に聞くと、女性器もしくは女性の陰毛を「穢れ」の象徴として、戦争中に敵の弾に当たらないようにお守りの中に入れたという話をよく聞く。弾が「鉄」でできていること、そして、古代社会では鉄は火(光)の中から生まれる清いものであるという考え方から、「清い鉄」が「穢れた女性の陰毛」を嫌うので、弾の方が避ける、と信じられていたことによる。非常に日本的、非常に男尊女卑的であるものの、一つの迷信として興味深いものである。
 話はそれたが、そのように「女性は神の国に近い」「女性は神を胎内に宿している」という考え方をすれば、その意思は、やはり尊重しなければならないのかもしれない。女性らしさ、女性の感というものは、時に「神の世界の啓示」があったかのことを感じることがあるものだ。
 
 もうひとつの論点にいこう。日本において人口受精はできる。不妊治療もできる。しかし、今回のように他人の卵子を使った人工授精はできない。法的には、「産んだ女性が母と推定される」としているが、それも判例で決まっているだけである。要するに法律によってこれらが決まっていにあということだ。「他人の卵子を使った人工授精」と「代理母」という制度の違いが、私にはよくわからない。やはり、おなかの中に子供を宿した「女性本人の意思」ということになるのであろうか。
 「法整備ができていない」ということを不満に思う人も少なくない。しかし、実際に法律を作れば、一つの基準ができてしまうことになる。要するに、その基準を作るためには、一定の前提条件が固まっていなければならない。しかし、その法律を審議している間にも、科学技術は日進月歩で進んでいくのである。要するに、技術の進歩に合わせた法律を作ることは不可能だ。日本は特に法律の整備が遅れる。簡単にいえば「政策」と行わず、「政局」に明け暮れる場合が少なくないからである。それに、将来を見越して法律を整備するということが非常に不得意だ。何か事件が起きてから法整備をするということばかりだ。
 今回の「人工授精」もなかなか法律が決まらないことの一つだ。このほかにも臓器移植などもすべてそうだ。結局のところ、面倒なことは先送りする、誰にも批判されないようにする。そんなことばかりで、結局、結論を決められ、恨みを買っても前に進める「腹」のある人がいないのだ。そのような「政治の実態」に、政治家そのものが泣かされたという事件になってしまう。これができないから、結局アメリカで人工授精をしなければならないということである。
 政治の姿勢をしっかりとしなければならないということであろう。

 今回の件は、まさに、おめでたいことである。しかし、物の考え方一つで、様々な問題が見え隠れしてしまう。ただ、様々な問題があっても、「これから生まれてくる子供」には何の罪もない。それまでに政治的、そして、他の関連の倫理や宗教的な部分も批判の内容に、議論するちょうどよい機会ではないのだろうか。

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やはりルーピーはルーピー 役立たずの鳩ポッポ~民主党代表選~

やはりルーピーはルーピー 役立たずの鳩ポッポ~民主党代表選~

 8月26日朝、小沢前幹事長と鳩山前首相の会談が行われた。その結果、小沢前幹事長が9月14日に投票が行われる民主党代表選挙への出馬表明するにいたった。今まで、自分の態度を明確にしなかった小沢が、珍しくその態度を明らかにしたことで、ニュース番組などは一斉に内容を切り替えたほどだ。
 しかし、何かおかしくないか?なぜ鳩山と話して鳩山に出馬表明をするのだろうか?
 そもそも、民主党代表選挙は、参議院大敗から話題に上がっていた。参議院大敗した菅直人現執行部の責任問題と相まって、民主党の中に「今のままでよいのか」という、国民不在の闘争が行われた。7月末あたりは、枝野幸男幹事長の更迭など、執行部人事の一部入れ替えが話題になった。7月末から開かれた臨時国会で、少数与党になった民主党が首相の問責決議案を出されるのではないかという懸念もあり、民主党内は、一応対野党対策に腐心していたようだ。
 国会を乗り切ると、一気に代表選挙に向けた動きにシフトする。菅直人は、問責決議案がだされなかったことをいいことに、日韓併合100年に向けて謝罪談話を発表するし、反執行部では海江田万里、原口一博など菅直人の対抗馬になる代表候補の名前が取りざたされた。
 しかし、8月初めに、東京地検が小沢の政治的な活動に配慮し、検察審査会及び検察の取り調べを9月14日の代表選挙以降にすることを表明すると、それらの対抗馬の名前は一気に消えてしまい、「小沢待望論」が出てくるにいたったのである。
 結局6月8日に就任し「脱小沢」で支持率70%を出した菅直人と、それによって冷や飯を食わされた形の小沢一郎の一騎打ちの構想が出てきたのである。支持率が70%のままであれば、または参議院選挙で大勝していれば、菅政権は安泰であっただろう。しかし、「脱小沢」を推進した結果、参議院で大敗し、そして小沢一郎とその支持層に隙を与えた形になっている。もともと執行部から小沢色を廃したこと、それで選挙に失敗したことを快く思っていない小沢一郎は、菅直人に対して激しく敵対することになる。
 この状況から民主党内に修復不能な亀裂を残すことになると危惧した鳩山由紀夫前首相が、自らテレビ番組に出演し、「私が仲介役になる」ということを言い出して、小沢一郎、菅直人両人に面会をするという状況になったのである。
 1993年より以前、要するに55年体制の自民党であれば、そのような仲介役をする「大物議員」はかなり多くいた。古くは三木武吉、保利茂など、安竹宮の時の中曽根裁定などもその中の一つであろう。このように党内に大きな亀裂を残し、将来に禍根を残す場面では、必ずそのような役目をする人がいた。そのような人には、「誰もが納得できる理論の筋道」があり、また、「対立する双方(または複数名)を黙らせる人間的魅力」があった。それらを総合して「器量」というのである。今回の鳩山由紀夫に、その政治家としての器量があるかどうかが問われた。
 しかし、残念ながら鳩山にはその器量はなかった。どちらかといえば、かえって亀裂を深くしてしまったという感覚の方が強い。初日に小沢一郎と面会した時に「私は菅直人を支持する」といい、菅直人と面会した時に「挙党体制で小沢一派を登用すべし」と説いた。民主党に亀裂を残さないためには最低限必要な内容であろう。しかし、ワシントン・ポストで「ルーピー」と評された人物だ。自分で言ったことを実現できずに、国民の支持が20%台にまで落ち、逃げるように政権の座を投げ出した人物だ。残念ながら、以前、われわれのような若者にも名前を聞いたことのあるような「器量の大きな人」ではなかったようだ。だいたい、首相を屋得たら引退するべきと他人に言っており、自らも引退を表明した人物だ。一度政界引退を口にした人を本気で相手にする人は少ないであろう。
 そのような人が仲介のような難しい仕事を行うと、結局のところ、かえって傷口が広がる。まさに「生兵法は怪我の元」である。結局「言うべきことは言った」が納得させられる内容がなかった、背景がなかった、鳩山の言うことを聞くかなければならないような場面を作ることができなかったのである。最後には2003年の自由党・民主党合併の話が出て「小沢を支持するのは大義」といって、二日前の菅直人支持というのとまったく異なることを言い始める始末である。
 その結果が、今日の新聞記事だ。読売新聞から。

民主・小沢氏が代表選出馬表明、鳩山氏支持

 鳩山前首相も小沢氏を支持する考えを明らかにした。小沢氏は、菅首相が挙党態勢構築の要求を拒否したことを出馬の理由に挙げており、挙党態勢を掲げて党内の支持を得る考えだ。代表選は、再選を目指して出馬する意向を表明している首相に対し、小沢氏が鳩山氏の支援を受けて全面対決し、党を二分する戦いとなる公算が大きくなった。小沢氏の「政治とカネ」問題や、首相が参院選で言及した消費税率引き上げも焦点となるとみられる。
 小沢氏は東京都内で鳩山氏と会い、これまで菅首相の再選支持を表明してきた鳩山氏の協力が得られるなら出馬するとの考えを伝えた。小沢氏はその後、記者団に「(鳩山氏から)『出馬の決断をするなら全面的に支援していきたい』という話をいただいたので、不肖の身だが、代表選に出馬する決意をした」と述べた。
 一方、鳩山氏は、記者団に「(2003年の旧自由党と民主党との合併時)私の一存で小沢氏を民主党に入れた。小沢氏を支持するのが大義だ」と語った。
 小沢氏は26日午前、三井辨雄(わきお)国会対策委員長代理や松木謙公国対筆頭副委員長ら小沢グループの議員に「鳩山氏を通じて何度も首相に挙党一致態勢を構築するよう求めてきた。しかし、昨日、重ねて否定され、自分が立つしかないと決断した」と述べた。
 この後、小沢氏は羽田元首相に会い、羽田氏は小沢氏支持の意向を伝えた。
 小沢氏は選挙戦で、挙党態勢構築を掲げるとともに、昨年の衆院選政権公約(マニフェスト)の実行を訴える構えだ。周辺はすでに経済政策を含めた代表選公約を準備している。党内最大勢力の小沢グループ(約150人)を基盤に、鳩山グループ(約60人)、輿石東参院議員会長が所属する旧社会党系グループ(約30人)、旧民社党系グループ(約30人)などの支持を得たい考えだ。
 これに対し、菅首相の再選を支持する議員グループは、小沢氏の「政治とカネ」問題や、短期間での首相交代の是非を争点に、支持拡大を図る考えだ。

(2010年8月26日12時04分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100826-OYT1T00150.htm

 そもそも、菅直人は、参議院選挙で勝てなかった党の代表である。当然にその執行部に関しては敗北の責任ということが重くのしかかる。敗北したのに誰かに責任転嫁をしても、天下国家の笑いものになるだけだ。当然に、支持率は下がり、国民の心は離れてしまう。もちろん、だからと言って、党の代表ごと全てを変えなければならないというものではないかもしれない。しかし、逆に誰も責任を負わず、何もせず、そのまま責任を明確にしないままに、再選できるはずがない。また、「代表に選ばれたならば」など「たら」とか「れば」という口約束を信じるような世界ではない。どんなにだましても、選挙で勝ってしまえば自由だ。そもそも民主党のマニフェストがそうだ。「高速道路無料」「ガソリン暫定税率廃止」など、大騒ぎしながら実現もしない公約が山ほど存在している。これに関しては、菅も小沢も同じである。しかし、そのような批判もうやむやにしてしまっているようでは、代表選挙などといっても話にならない。
 一方で、小沢一郎は、秘書が三人も逮捕され、自身も検察審議会で1回目で「起訴相当」という最低をうけた人物だ。8月25日の小沢政治塾では「道徳の大切さ」を語っているが、残念ながら、小沢自身道徳的な人物であるという評価は少ない。少なくとも、菅直人代表が就任した当初は「脱小沢」というスローガンで人気を博したのだ。その国民的な意思は、一時的であるにせよ真摯に受け止めなければならない。そもそも「クリーンな政党に戻す」として辞めた幹事長が、次の代表選挙に立候補するということ自体、何をやっているのだかよくわからない状態ではないか。
 そもそも、出馬表明をしたところで、菅直人も、そして小沢一郎も「どうして政権を取りたいのか」「代表になって何をするのか」という具体的な政策がない。国民の生活が第一などと言って、すっかり自分の権力欲第一になっているのではないか。
 そのような二人を、説得できない鳩山由紀夫も、まさにそのような人物である。「ルーピーはルーピーだった」というところで、結論が出てしまっている。自分が嫌われても正論を言うことのできない人物、結局普天間基地の問題と同じように八方美人に対応するために、対立する双方の候補に支持表明をしてしまう。
 前総理、現総理、そして次期総理候補が、揃ってこのざまではさすがに国民は「哂うしかない」。これならば、小沢も、鳩山なんかにケツをたたかれる前に、自分の意思で出馬表明をしてほしかったし、菅直人も、つべこべ言わずに、日本のために自分が総理を続けると、大義を出してほしかった。もちろん、以前の麻生太郎総理のように、自分のこと、選挙のことを棚に上げて、大義のために、国民のために今の危機的な状況、経済危機を乗り切る内容を優先してもらいたいものだ。もちろん、あれらに期待することは難しいのかもしれない。

 誰がなっても、早く解散総選挙で国民の信を確認すべきではないのであろうか。

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経済無策の民主党 左翼だから経済音痴?・中国に頼まれたのか?

経済無策の民主党 左翼だから経済音痴?・中国に頼まれたのか?

 昨日と同じようなきじになってしまう。しかし、こうも無策であるとさすがに異常としか感じられない。本来は、今日こそ民主党の代表選選挙に関して書こうと思ったが、小沢一郎前幹事長が、出馬を決めないので、書く機会を逸したというか、後回しにしてしまう状況になったのである。そこで、今日も円高ドル安と、株安に関して書こうと思う。昨日の内容では、「政府が無策」ばかりで為替介入しかないような印象を与えているが、そもそも、「経済そのものが全く分かっていない」ということなので、あえて、このブログの通りに、「C級」の解説をしてみようと思う。
 まず、円高で株安という現状を見てみよう。
 そもそも「円が高い」ということは、日本国の通貨の信用があるということである。ということは、ドルやユーロ、要するにアメリカやヨーロッパに比べて日本が通貨的に、経済的に安定しているということを意味しているのである。ただし、この「円高」は「相対評価」であることを忘れてはならない。要するに「ドルが信用できないから安くなる」ということは、逆に「何もなくてもドルよりも安心できるから円が高くなる」ということを意味している。
 この見方からすればユーロ、ドルは日本よりも信用できない通貨であるといえる。ユーロに関しては昨年来言われているギリシア危機がまさにそれだ。そもそも、財政上全く違う政策の通貨発行権を取り上げて、通貨を統一するということはかなり無謀であろう。それならば、ユーロ圏内のギリシアが、産業もなく国債発行を繰り返しているのである。自分で通貨を出すこともできないので、結局は、ユーロ全体が地盤沈下を起こしている。ギリシア単体の問題ではなくなってしまっているということになるのである。本来であれば、ユーロは、ギリシアを切り離すか、もしくはギリシア国内だけ兌換紙幣を出すべきかもしれない。その辺の具体的な策に関しては、ギリシアとユーロ全体と、立場が変われば変わってくると思う。いずれにせよ、一朝一夕に解決できる問題ではない。
 一方アメリカである。アメリカは、もともと産業のある国ではない。1980年代後半より、アメリカ製のカラーテレビというものは存在しない。なぜならば作っていないからだ。洗濯機や冷蔵庫などもほとんどが外国製だ。日本性も非常に多い。逆に、アメリカの産業といえば、リーマンショックでクローズアップされたビッグスリー、要するに自動車産業が中心、このほかにも、ボーイングなど飛行機などがある。後はマイクロソフトを中心とするIT産業であろうか。要するに軍需産業である。オバマ政権になって、すぐにイラク撤兵を打ち出した。このために、軍事物資を使う場面がなくなった。アフガニスタンもうまくいっていない。一部、台湾の武器輸出などもあるが、実際に「コンピューター」と「ソフト」の関係のように、ヘリコプターや飛行機を売っても、ミサイルなどを売らないとあまり多くの量が取り引きされないということになる。ことに、ミサイルなどのように「破壊」しかしない商品は、次に派生して物を生みだすことがないために、当然に、次の産業につながる。逆にいえば、武器を使う場面が少なくなったということは、当然に、軍需産業中心のアメリカ経済は低迷することを意味する。アメリカに関して言えば、当然に、オバマ大統領が政策を変えればよいのかもしれないが、選挙と公約の関係を重視すればなかなか簡単に変えられるものではない。日本の民主党政権とは同じ民主党でも、公約に対する態度は全く違うのだ。

 いずれにせよ、アメリカもヨーロッパも、一朝一夕に景気が良くなるとも思えないし、また、一つの対策を実行すれば別なリスクが出てくる可能性があるのだ。

 一方、株安に関して言えば、為替と異なって、「相対評価ではない」ということになる。要するに「何かが高くなったから、株が安くなった」という関係にあるものではない。要するに、株安に関しては、日本企業の業績、将来性、資産状況、経理状況にあまり期待感がないということを意味している。それは、絶対評価出そうだ。
 一つの要因が「円高」であることが明らかである。一方で、日本の輸出産業が円高だけではなく、アメリカの不景気がもう一つの要因であることも間違いがない。簡単にいえば、上記のように「軍需産業ではない商品」では、アメリカは、完全な輸入国である。しかし、そのアメリカが不景気で買い控えをすれば、円高と相まって、日本の商品の販売を阻む多いな要因になる。要するに、日本企業の業績悪化が予想される事態となる。当然に株は売られることになるのだ。
 そして、もう一つの要因は、中国の進出とそのバブルである。中国は、北京オリンピック、上海万博と、公共工事景気が来ていたが、建築ラッシュが終わり、内モンゴルやウイグルなどにも物件を立てている。ほとんどの建物が住居者なしという事態では、「バブル」と言われても仕方がない。しかし、「今こそ中国」「中国は景気が良い」という評判だけで、それら見通しを見ていない日本企業が中国に投資をしてみたり、一方で、中国がそれらの公共工事景気の経済力を背景に、商品を安く、そして工場施設などを作って品質も安定したものを作ると、当然に、商品競争力が増す。中国が増すということは日本の商品の競争力が下がるということ。ことに、計画経済で人件費が安く設定されている中国において、人件費分の「経費」が転嫁した商品価格で競争されてしまえば、日本には商品競争力はない。いずれにせよ、日本の競争力がなくなる、要するに株価が下がるということにつながるのである。
 
 この経済状況を打破するためには、二つの方向性がある。一つは、「悪化する原因を排除する」というもの。も一つは、「良いところに進出する」というものだ。
 
悪化する原因を排除する、という観点からいえば「円高」の解消ということが一つの大きな課題になる。当然に「為替介入」ということになる。一方で、「良いところを進出する」ということは、「円高でも生かせる産業構造」要するに「内需拡大」ということになる。これは両立するようでいながら、「円高解消」となれば「輸入商品の高騰」を招くのdえ「内需拡大」にはつながらない。逆も同じなので、この二つの政策は両立しないということになる。
 いずれにせよ、政府は、「介入するかしないか」という場当たり的な内容ではなく、そもそも「悪いところを排除する」政策を優先するのか、あるいは、「内需拡大」を推進する「良いところを伸ばす」という現状肯定型なのか、はっきりと方向を示さなければならない。しかし、残念ながら日本の現在の菅直人政権は、その方向性も示しいないことに問題である。「注意深く見守る」と言えば当然に、「現状が良くない」という認識であり、それは「介入を肯定する」ということが予想される。それならば、「いつ」「どのくらいの規模で」ということを明らかにしなければならない。逆にやらないのであれば「内需拡大」で企業が正常な運営をできる程度の内需市場を用意しなければならない。中途半端な「子供手当」くらいで内需拡大政策といわれても困る。それでは企業は納得しない。
 要するに、方針を出すだけではなく、それに従った具体的な対策をしっかりと具体的に出さなければならないであろう。そのことを、怠って、景気を悪化させているということが最も問題である。
その中には
「中国から属国化するように頼まれた」
「左翼だから経済音痴」
「代表選だけしか考えていない」
「危機管理ができない」など、様々な憶測が出てしまう。そのような憶測は、この緊急事態に景気対策を行わないばかりか、方向性も指し示さない政権その物に問題があるのだ。

 ということで、今日は下記記事です。

首相・財務相が相次ぎ円高けん制、具体策なく進行止まらず

 [東京 24日 ロイター] 外国為替市場で円相場が1ドル=84円前半と15年ぶりの円高水準に上昇し、日経平均株価が9000円を割り込むなか、24日午後には菅直人首相と野田佳彦財務相が相次ぎ円高をけん制した。ただ、円高阻止に向けた具体策は示されず、円高進行に歯止めはかかっていない。市場は政策不在を突くように、政策催促相場の様相を強めている。
 為替市場でドル/円相場が直近の円高水準を突破し、15年ぶりの水準を付けた24日夕、野田財務相は臨時会見に臨み、「足元の為替の動きは明らかに一方向に偏っている。重大な関心を持ち、極めて注意深く見守っていく」とこれまでよりもけん制トーンを強めた。しかし、市場が警戒している為替市場での円売り介入については「コメントしない」と従来の発言にとどめ、為替市場に円買い安心感を広める結果となった。
 その後には、菅首相も円高に言及。「為替の急激な変動は好ましくない」と懸念を表明したが、円高対策を含めた追加経済対策については「経済界からも話を聞き、検討を進めていきたい」と述べるにとどまり、円高進行には歯止めがかかっていない。
 24日午後に菅首相と会談した日本労働組合総連合(連合)の古賀伸明会長は、円高対策を盛り込んだ追加経済対策を政府に要請。雇用創出や地域活性化などとともに、円高対策の必要性を強く訴えた。具体的には「経済実態とかい離した急激な円高は経済・雇用に深刻な影響を及ぼす」とし、「背景にある世界経済の成長鈍化・デフレ基調に対する国際的対応・連携が必要」と主張。政府と日銀が一体となった機動的かつ適切な経済・金融政策を要請するとともに、「G7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)の開催を求め、外国為替相場の安定に向けた国際的取り組みを呼びかける」べきと踏み込んだ。
 古賀会長によると、こうした連合の要請に対し、菅首相は「可能な限り早く対策を打ち出したい」と応じ、G7開催については、日銀の白川方明総裁ら中銀トップが出席し、今週末に開催される米ワイオミング州ジャクソンホールでのシンポジウムの結果を聞いて対応したいと述べたという。菅首相は25日に日本経済団体連合会(経団連)と会談、その後の民主党の提案などを踏まえて追加経済対策の策定に本格的に着手する。
 日銀の追加金融緩和を含め、政府・日銀の政策不在を突くように市場は政策催促相場の様相を強めている。野田財務相は臨時会見で、経済界などから、政府・日銀の円高対策の遅れが急速な円高進行の原因だとの批判が出ていることに対し、菅首相が23日に白川日銀総裁と電話で協議し、今後も「必要に応じて直接(首相と日銀総裁が)お会いするかどうかも含め検討があると思う」とし、直接会談の可能性に言及。「日銀とは緊密な連携をとっていくことが大事だ。機動的に適切に対応することが必要」と強調した。

2010年8月24日(火)21時32分配信 ロイター
http://news.nifty.com/cs/economy/stockdetail/reuters-JAPAN-169158/1.htm

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迷走する円高対策で、日本経済が熱中症にかかる~経済無策の菅政権~

迷走する円高対策で、日本経済が熱中症にかかる~経済無策の菅政権~

 今日も、あえて民主党の代表選挙の件を外して、別な話題をすることにしよう。9月になればどうしても民主党の代表選挙に関してやらなければならないからだ。今は、菅直人・小沢一郎、両陣営が水面下で動いている。このことは、別途まとめてみたいと思う。しかし、今書いても、今後何があるかわからない「憶測記事」を書くことになってしまうので、あまり積極的に書きたいとも思わないのである。ついでに言えば、私はどうしても「政局」はあまり書きたくない。
 ただ、この代表選挙が面白いのは、「民主党にも派閥があった」ということ。その派閥の駆け引きは、昔の自民党よりも苛烈を極めるものである。以前「角福戦争」とか「安竹宮」と言われた派閥争いそのものが、行われているということだ。当然に水面下で密室の取引や買収なども行われている情報もある。社会面に記載の事件なども「これが代表選に関係があったのか」という面白い部分もある。(コメント欄で、社会面の事件と代表選の関係が聞きたいという声が多いようならば公開するつもりです)実際に取材をしていると、様々な内容がわかる。まさに「事実は小説より奇なり」である。
 さて、ということなので、なるべく「政策」について記載してみたい。しかし、現在の菅政権の出す政策は、全て代表選に向けての人気取り政策に見えて仕方がない。それは、菅政権が何を押したいのか、どんな日本にしたいのかということが見えないからだ。多分、「ない」のではないと思う。そうではなく、人気取りのために、代表選挙で支持を得るために、「本音を隠した政策」が出てきているのではないか。その菅政権本音の部分は、どうしても「韓国への謝罪の首相談話」や「日の丸否定」「君が代斉唱拒否」などの報道でわかるような政策ではないのか。実際に、「資本主義経済」ですら否定しかねない現在の政権はさすがに困ったものである。
 その資本主義経済の否定という意味では、最近の景気対策に関しても驚きの連続である。
 違う新聞から、日付も違う3種類の新聞報道を用意した。朝日新聞・毎日新聞・産経新聞よりそれぞれ。
 

菅首相、追加経済対策を検討 若者の雇用、現場視察も
    
 菅直人首相は17日、景気持ち直しの動きに減速感が見られることを受け、追加経済対策の検討に入った。首相は19日以降、関係閣僚を順次、首相官邸に呼んで景気の現状について報告を受ける一方、日本銀行の白川方明総裁と23日にも会談。若者の雇用対策を中心に、経済対策の具体的な中身について判断する。
 首相は17日、首相官邸で記者団に「今の経済情勢について検討し、(関係閣僚から)近く報告を受ける形で話を聞く」と述べた。その上で「若い人の雇用が大変厳しい状況だ。現場の状況を私なりに把握した中で、どういう対策を打つことが適切なのか、現場の声も聞きながら判断していきたい」として、具体的な雇用対策を探るために、現場視察を行う考えも明らかにした。例えば、必ずしも有名ではないが、高い技術を持つ中小企業に大学生が体験就職する事業を通じて、就職難に直面する若者の雇用につなげる対策などが浮上している。
 菅内閣が6月に作成し、環境や医療・介護、雇用などを柱とする「新成長戦略」から、できるものを前倒しで実施することも視野に入れる。
 財源としては「経済危機対応・地域活性化予備費」や2009年度の決算純剰余金の計約1.7兆円を想定していると見られる。一方、荒井聰経済財政相は17日の東京都内での講演で「補正予算、景気対策について議論が始まる」と述べ、10年度補正予算の編成も検討課題だという考えを明らかにした。ただ、ねじれ国会で補正予算案を成立させるのは困難が予想される。
 首相が追加経済対策に乗り出すのは、昨春から続いてきた景気の持ち直しの動きに「黄信号」がともっているからだ。16日に公表された4~6月期の国内総生産(GDP)1次速報では、実質GDPが前期比0.4%増(年率)と、民間の予測を大幅に下回り、1~3月期の4.4%増から急減速。省エネ家電向けのエコポイント制度やエコカー購入補助金などの政府の経済対策の効果も、息切れしつつある。
 頼りの輸出も、米国、中国の景気減速の懸念が高まっており、今後は伸び率が落ちてくるとの見方が強い。為替相場も1ドル=85円程度の円高が続いており、輸出企業や中小企業の収益を圧迫している。
 ただ、財政状況が厳しいなか、政府はできるだけ財政出動を抑えたいのも本音で、どの程度の規模の経済対策が打ち出せるかが注目される。

朝日新聞 20100818
http://www.asahi.com/politics/update/0817/TKY201008170382.html

菅首相:円高対策で「予備費」活用検討
 菅直人首相は18日、民主党の田中慶秋衆院議員らと首相官邸で面会し、急激な円高を受けた追加経済対策について、約9200億円残っている「経済危機対応・地域活性化予備費」を活用して早期の実施を検討する意向を示した。
 田中氏によると、首相は「9月までいかなくても、そういうことを含めて考えてみたい」とした上で、「補正(予算)となると(国会の議決が必要で)ある程度時間がかかる」と述べたという。田中氏らは、円高や国内需要の低迷を受けた緊急経済対策を求めて首相と面会した。

 首相はこの後、官邸で記者団に「関係閣僚に『しっかり状況把握してくれ』と(指示しており)、近々話を聞くので、その中でいろいろ判断したい」と語った。【倉田陶子】

毎日新聞 20100819
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20100819k0000m010077000c.html

首相が日銀総裁と電話会談 為替介入の意見交換には「全くない」と官房長官

 菅直人首相は23日午前、日銀の白川方(まさ)明(あき)総裁と約15分間、電話で会談した。最近の円高など経済、金融情勢をめぐり意見交換し、政府と日銀が引き続き緊密にコミュニケーションを取り合うことを確認した。
 仙谷由人官房長官が会談後の記者会見で明らかにした。為替介入について意見が交わされたかどうかとの質問に対し、仙谷氏は「全く出ていない」と否定。追加的な金融緩和措置については「ノーコメント」と言及を避けた。

産経新聞 20100823
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100823/plc1008231126006-n1.htm

 麻生太郎内閣は、解散総選挙よりも景気対策とし、国民の生活を優先して政局を二の次にした。麻生内閣発足時にすぐに解散総選挙をしていれば、今のような民主党政権はできていないのかもしれない。しかし、発足すぐにリーマンショックが発生し、世界恐慌に陥りそうになった時に、麻生内閣は景気対策を優先し政策重視の態度を貫いたのである。その効果の有無やその結果による自民党の敗北ということは別にし、少なくとも1年近く、政権が安定していたことは景気対策にはプラスに作用した。少なくとも景気対策をしているということは、その政府の意思から市場の期待感が出てきた。
 一方で、23日の電話会談でも日銀総裁との会談でも全く為替介入などの話もせず金融緩和措置についても「ノーコメント」では話にならない。そもそも景気対策をする意思があるのかははなはだ疑問だ。結局、麻生内閣の時とは逆に「失望感」から市場はすぐに反応し、日経平均は9116円と今年の最安値をつけた。一体、何のために日銀総裁と電話で会談をしたのか。菅政権のやっていることは意図が分からない。
 景気対策に関しては、どれくらい規模で何をするのか、それすら明らかになっていない。まさに「掛け声だけで何もしない」今までの民主党と同じだ。私は民主党は、誰かがした政策に批判し誹謗中傷するのは得意であるが、結局、自分で政策を作り上げることはできない政党であると思っている。そのことが、この経済的に重要なときそして代表選挙が迫っているという時に、「何を優先し、どのような政策をするのか」ということ、そして、「何を重要視しているのか」が良くわかる。
 自民党の麻生内閣は、国民の生活と経済政策、景気対策を重視した。それに対し「国民の生活が第一」といっていた民主党の政権は「代表選挙」を重視し景気対策は二の次になった。権力争いや政局づくりを優先した。
 そんな政権を作ったのは国民だ。「民主党の甘言に騙された」と言えばそれまでであるが、物の本質や人の本質を見抜くことができなかった。またはマニフェストに書かれた政策が実現可能かどうか、そこに現れた本当の意味を理解することができなかった。そのことが、現在の景気悪化につながり、また経済政策無策の政府を作り出したのだ。
 結局のところ、代表選挙が終わるまで、政府は何も動かないような気がする。それだけに、代表選挙の報道が多くなる。しかし、このようなときこそ「人気・選挙対策」ではなく、本当に国民や日本のために何が必要なのか、景気対策に何が必要なのかを考えなければならないのではないか。
 そのためには、駆け引きに明け暮れることなく、まず経済の仕組みや日本の産業構造、何が問題なのかを考える、そして勉強する必要があるのではないか。それでなければ、追加景気対策などといっても的外れなものばかりになってしまう。結局、「子供手当」のように税金を多額に投入しても効果がないという政策になってしまうのではないか。
 代表選挙・権力争いような「乱痴気騒ぎ」をよく記憶に残し、次の総選挙での政権選択を国民はしっかりとしなければならないのではないか。

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高齢者保険料の年金天引き継続へ ~ブーメラン菅直人に政権を任せられるか~

高齢者保険料の年金天引き継続へ ~ブーメラン菅直人に政権を任せられるか~

 最近ニュースでは、民主党の代表選挙のことばかりである。実際に衆参合わせて411名の議員数を誇る民主党の動向は、注目の的だ。その動きが日本の首相を決めるのであるから、注目して当然であろう。しかし、411名のうち157名が1年生議員である。1年生議員であるから不安定とは言わないが、その動向が国民や主権者の意思をしっかりと受けられたものであるのか、非常に不安の残るものである。今までの自民党の代表選挙とはその辺が異なる。
 本来であれば、というよりは、私もマスコミであればこの記事を書かなければならない。実際に、度の会合に出ても、「小沢は代表選に出馬するのか」「菅直人は政権を維持するのか」といった話が必ず出てくる。民主党の代表選挙の国民の関心の高さがうかがえるエピソードである。
 しかし、その間政策や行政の関係は、休止中だ。実際に85円を超える円高水準でありながら、金融政策を行わない、という感覚の悪さはさすがに驚きである。日銀総裁とは電話でしか会談をせず、前蔵相でもある首相が、為替介入に関する検討も行わず、1年生議員40名とはゆっくりと意見交換をする。まさに「代表選挙」ありきで「国民」「政策」は二の次以下である民主党政権の姿が浮き彫りになった形だ。1ドル=90円で為替計算をしていた輸出企業は、1ドルにつき6円程度の利益が圧縮される。企業経営が悪ければ、雇用も景気も悪くなるのに、それらに関しての政策が明らかにならない。代表選挙ばかりだ。
 私は、なるべく、皆さんに政策に関する話をしたいと思っている。政局、ことに民主党内の代表選挙に関しては、なるべく触れないようにしようと思っている。しかし、注目なので触れなければならないと思う。なるべく9月1日の公示日や、何か大きな動きがあった時にそこに触れようと思っている。それまでは、なるべく政策をここで書きたいと思っている。実際の国会新聞もそのようにしているのだ。

 そんな中、厚生労働省が次のような発表をした。

高齢者医療保険料、年金から天引き継続へ

 政府が2013年度に開始予定の新しい高齢者医療制度について、厚生労働省が75歳以上に望ましい保険料の支払い方法を聞いたところ、全体の3分の2が現行の年金からの天引き制度を容認していることが分かった。
 年金天引き制度は、08年度の後期高齢者医療制度のスタート当初、高齢者の間で不評だったが、今回の調査結果を参考に、同省はこの仕組みを新制度にも一部残す方針を決めた。
 調査は5~6月、全国の20歳以上の男女4871人を対象に郵送方式で実施。うち75歳以上は2006人。回答率は67%だった。
 75歳以上の回答で、保険料の支払い方法に関する選択式の回答をみると、「現在と同様、年金からの天引きを原則とし、金融機関などへの支払いも選択できる方がよい」を選んだ人が66・4%に上った。
 一方、「金融機関などへの支払いを原則とし、年金からの天引きも選択できるようにした方がよい」と現行制度と異なる仕組みを選んだ人は16・4%。「金融機関などへ支払う方法のみとし、年金からの天引きは一切やめた方がよい」と天引きを全面否定した人は10・3%にとどまった。
 08年度に始まった現行制度は、75歳以上から個人ごとに保険料を徴収する仕組み。年金からの天引きに対しては、高齢者から「なけなしの年金から天引きするのか」などと当初、批判が集まった。慌てた政府は開始後数か月で、金融機関からの支払いも認めるよう軌道修正した経緯がある。今回の調査からは、天引きがある程度定着し、抵抗感が薄らいだ様子が読み取れる。
 調査結果などをもとに、厚労省は、20日に発表した新制度の中間報告で、年金天引き制度を維持する方針を明記した。

(2010年8月23日03時03分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100823-OYT1T00029.htm

 菅直人といえば、「ミスターブーメラン」である。そもそも民主党自体が「ブーメラン政党」であるが、野党時代からミスターブーメランの異名をとっているのは、菅直人だ。年金の「未納三兄弟」と言いながら自分の年金未納、世襲禁止を言いながら自分の息子は別だという。ここまで来るとミスターブーメランもまさに道に行ったものだ。
 極めつけは、後期高齢者医療制度における「年金天引き」問題だ。
 同制度は「後期高齢者」というネーミングもさることながら、七十五歳という年齢の区切りと、高齢者の年金からの天引きが大きな反発を受けたことは記憶に新しい。もちろん、菅代表代行も批判の急先鋒に立った。
 民主党はホームページ上に「お年寄りいじめの後期高齢者医療制度廃止へ」とするコーナーを開設。「この制度は、保険料を年金から天引きする一方、高齢者が十分な医療を受けにくくする『高齢者いじめ法』だ」とし、廃止法案まで出した。昨年のマニフェストでは以下のような主張だ。
「七十五歳以上で年間十八万円以上の年金受給者の方が、(平成二十年)四月十五日より年金支給額から保険料を天引き(=特別徴収)された。平均月六千円の天引きだ。消えた年金の解決は一向に進まない公約違反の状況で、年金からの保険料天引きだけが強行されるのは、事実上の年金の引き下げだ」
 しかし、そもそも年金天引きの言い出しっぺは、菅首相ご自身である。平成八年六月十二日の衆議院厚生委員会における、菅直人厚生大臣(当時・当時は新党さきがけであった)と、荒井聰議員(民主党・現国家戦略担当大臣・ミスターキャミソール)の質疑応答を紹介しよう。
 荒井「介護保険というのは、国保の改正のある方向性を示しているとともに、国保の負担というものをかなり軽減している、軽減するべき要素を持っているというふうに思っております。(中略)国保の部分がスレンダーになる。と同時に、国保の将来の制度改革の方向性というものも、例えば未納対策でありますとか財政調整の対策でありますとか、そういう問題についてもこの介護保険ではかなり工夫をしているのじゃないか」
 菅「(前略)未納の問題などについてかなり具体的な手だてを今考えておりまして、国保自体の未納も少し減るような方向でいろいろな施策を考えて提案をさせていただいております。そういうことを通して、国保と一緒に納入をお願いすることになる介護保険料の未納部分も少なくなると思いますし、高齢者の保険料についても実質的にはそう未納が多くならないでやれるような、例えば年金等からの天引きなど、そういうやり方で対応していくことによってできるのではないかと思っております」

 要するに、民主党が見直しを提唱している介護保険制度を模範にしながら年金天引きを言い出したのは、当時厚相だった菅直人首相ご本人であったのだ。
 民主党の政策はことごとくこれである。自分で発案したものを政府にやらせて、自分で否定している。政策や発言の無責任さは、すでに耐えられないレベルに達していることが明らかであろう。
 今でも、選挙のためならば、政策は曲げるし自分で出した政策も否定する。自分のことは棚に上げてブーメランになる。結局そのような態度そのものが、「民主党不信」にとどまらず「政治不信」にまで行ってしまう。これでは話にならないのである。代表選挙そのものに、一生懸命なのはよいが、マニフェストで否定した政策を政府として継続すると決定する。まさに、天下り禁止と言いながら、官僚出身者を公認し、郵政株式会社の社長にも据える。公約違反そのものがいくつ続けばよいのであろうか。
 代表選挙もいまになって「マニフェストを実行できる代表を」(山岡賢次副代表発言)などと言っているようでは、国民の裏切り以外に何物でもない。
 日本人は、戦前まで「利己主義」というものを最もよくないこととして道徳的に禁じていた。日本は、高い道徳性があったから、法律などで決めなくても様々なことができていたのだ。108の煩悩に犯された人間の姿を最も忌み嫌い、自分を律すること、公のために自分のことを犠牲にすることを美徳とした。犠牲にするといっても、別に死ぬことばかりではない。当然に煩悩を犠牲にする場合もある。そのようにして集団や民族を守ってきた。団体の結束を守ってきた。日本人はそのような美徳がまだ少しは残っている。だから、菅直人のブーメランを「嘲笑」するのだ。そして、「為政者にあるまじき行為」として、不適格というレッテルを張るのだ。
 その意味では、まさに「嘲笑の対象となった」人が現在の首相だ。そのことが行政の権力が集中した総理大臣になっても行われたということだ。
 この現象でよいのであろうか。もちろん、小沢一郎が良いというものではないが、菅直人に首相として日本の政治を任せられると思っている国民はどれくらいいるのであろうか。このような政策が出ると、少し疑問になるものである。

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甲子園の熱戦終わる。沖縄興南高校春夏連覇 おめでとうございます

甲子園の熱戦終わる。沖縄興南高校春夏連覇 おめでとうございます

 いつも、毎週月曜日は「マスコミ批判に関する一考」をお送りしている。マスコミの業界にいながら、マスコミそのものを批判するというのは、なかなか色々とあるものだ。読んでいる人は面白いかもしれないが、残念ながら、私の方はそんなに面白いものでもない。「自分たちでは常識」とか「マスコミの中では誰でもが知っている」ということを書いているだけで、なぜか、賞賛されたり、バッシングされたり。要するに「マスコミ」という業界と、読者のみなさんがそれだけ乖離しているということである。
 私が言えるのは「乖離」の原因とその実態を知ることが第一、その後何が良くなくて何が良いのかという善悪の分類が第二、そして、よくない部分の改善をどのように実現するのかという改善策が第三である。ただ批判し「マスゴミ」と言ってしまうのは簡単ですし、相手を批判すしたり誹謗中傷するのは簡単ですが、それは何の解決にもならないのです。
 そのようなことを考えているのですが、残念ながら「マスコミ」に関して、お盆の時期はネタがないということにふと気づかされ、あわてている自分がいる。このようなときにマスコミは、みんなが興味があり、そして、注意が引き付けられる話題に「すり替え」を行う。もちろん、私自身もマスコミの一人であるのだから、今回はそれを実践する。もちろん、批判は覚悟の上だ。しかし、ネタがないのにマスコミのことを書いても意味がない。

 ということで、みんながこの時期に注目する「事件」それは甲子園である。毎年甲子園の優勝校に対しては注目と、そしてこの後プロ野球のドラフトということで、非常に注目が集まるのである。マスコミも、誰も、高校野球のニュースをするときは、なぜか「ほっ」とする。誰も批判する必要ないし、だれもが頑張っている。何よりも高校野球はプロではない。だから、「優勝」という結果そのものも称賛されるもんであるが、参加すること、そして、努力することが称賛に値する行為として賛辞を受けるのだ。その内容は、野球そのものの実力よりも、精神面や不断の努力という「誰でもできるが続けることは難しい」という気持ちや態度に対して、誰もがスポットライトを浴びるチャンスがあるということになる。
 そんな高校野球のなかで、今年は沖縄県代表の興南高校が春の選抜野球についで、史上六校目の春夏連覇を行ったのだ。その記事が下記のものである。

夏の甲子園、春夏連覇は興南が6校目

 第92回全国高校野球(21日)──興南(沖縄)が四回の集中打などで東海大相模(神奈川)に大勝し、甲子園春夏連覇を達成した。
 沖縄勢は選抜大会では3度優勝しているが、夏は初優勝。これまでは、沖縄水産の第72回大会(1990年)と第73回大会(91年)の準優勝が最高だった。
 また、春夏連覇は、第44回大会(62年)の作新学院(栃木)のあと、中京商(現中京大中京・愛知)、箕島(和歌山)と続き、今回の興南で6校目となった。

(2010年8月21日22時30分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/sports/hsb/2010/news/20100821-OYT1T00827.htm

指笛に踊りに笑顔はじける「興南は沖縄の誇り」

7点を先制した興南4回の攻撃に喜ぶ生徒たち=西田忠裕撮影 興南の地元、那覇市は快挙に沸き立った。
 テレビで決勝を見守った留守部隊の生徒や買い物客らは、優勝が決まった瞬間、指笛や沖縄独特のカチャーシーの踊りで祝福した。
 「沖縄の誇りだ。重圧に負けず、見事な勝利だった」
 試合を中継する大型スクリーンが設けられ、生徒、OB、地域住民ら約2000人が熱い声援を送った同校体育館。相手の最後の打者が倒れると、野球部OB会の上原義則副会長(59)は満面の笑みを見せた。
 上原副会長は1968年(昭和43年)の夏の大会で、我喜屋監督らと4強入りを果たした当時の一塁手。「興南旋風」と称された自分たちを超える後輩たちの活躍に「守備も打撃も僕らより数倍上。甲子園でも日々たくましく成長してくれた」と目を細めた。
 左足のけがのため甲子園に行けなかった1年生部員有田亘希(こうき)さん(16)は「一番いい試合だった」と決勝戦を振り返り、「偉大な先輩たちに負けないよう、興南の歴史を引き継ぎます」と興奮していた。
 那覇市金城の商業施設では試合終了のサイレンとともに、買い物客から大きな拍手が起きた。「努力を積み重ねれば難しい課題も克服できることを選手たちが教えてくれた」と、同市田原の主婦満名(まんな)美智子さん(54)。米軍基地問題で閉塞(へいそく)感が漂う沖縄にとって久しぶりの明るい話題に、「選手たちに本当に感謝している」と涙を浮かべていた。
 一方、沖縄県の仲井真弘多知事は「最後まであきらめない闘志で機動力とチームワークで勝ち続ける姿は県民の誇り。日頃の鍛錬のたまもので、心から敬意を表します」とのコメントを出した。

(2010年8月21日21時31分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/sports/hsb/2010/news/20100821-OYT1T00736.htm

 個人的に、今回の高校野球では、成田高校の中川投手、東海大相模の一二三投手、そして優勝投手である興南高校の島袋投手に注目していたが、この三人に福島聖光学園の歳内投手が素晴らしい投手であると思っていた、歳内投手は二年生なので、どうしても先にあげた中川投手、一二三投手、島袋投手の三名に目が言ってしまう。
 私自身は、東京生まれ東京育ちである。昔は近所にあった国学院久我山高校が甲子園に出ていたので、駅から家までの商店街に「甲子園出場おめでとう」の垂れ幕がかかっていたのを思い出す。やはり、地元から甲子園に出るということ、都道府県の代表を出すということは、全く知らない人ばかりでもうれしいものだ。
 今回注目した三名も、そのような期待を背負ってきていたであろう。今年は、例年にない猛暑。その中での連投、連日の試合は、かなり精神的、体力的に負担が大きかったものともう。その中でよく頑張ったのではないか。
 高校野球などを見ていると、普段の政治がいかに「純粋でないか」ということに気づかされることがある。彼ら一人一人にドラマがあり、自分の中において様々な葛藤があり、そして、ストレスも重圧もあり、その中で努力をしてきている。その努力に優劣はない。レギュラーも、注目選手も、ベンチの選手も、そしてベンチ入りもできず応援席で声を出している人も皆一緒だ。他のことは関係がない。努力した力を出し切ること、そして、それに結果が付いてくるという気持ちが、いつの間にか政治の政界からなくなっているのではないか。
 満ちる我々も同じだ。高校野球を見ているときは、純粋に応援している。応援しているチームもそうでないチームも、よいプレイには惜しみない賛辞を送る。敵も味方も関係がない。政治の世界では、なかなかそうはいかない。素晴らしい政策を出しても、支持政党でないからと言って評価をしないことが少なくない。民主党が野党であった時のねじれ国会などはひどいものだった。国会承認人事に理由もう安定でただ反対をする。官僚出身だからよくないとか。にもかかわらず自分が政権を取れば、郵政株式会社の社長を官僚出身者を充てる。官僚出身者を立候補させ、多く選挙の公認を出す。高校野球のように、与党の行った政策で、素晴らしいものを支持するというものもない。ただ政局でしか動かなかった。それを批評しているのだから、私自身恥じ入るばかりだ。
 また、負けたチームも素晴らしい。負けは負けだ。しかし、彼らは、予選の時も甲子園の決勝戦も、優勝したチーム以外は「1回しか負けていない」のだ。優勝したということは、予選から優勝まで一回も負けなかったということであるが、そのほかの全ての参加校は、1回しか負けていない。まったく並列なのだ。そして、負けは結果でしかなく、そこまでの過程を評価しなければならない。
 社会人になって、結果を残さなければならない部分が少なくない。しかし、お盆の時期、要するに会社、社会人を休みにする時期。この時期に「人生結果だけではない」という、このようなイベントがあることは素晴らしい。このようなことを思える日本のこの習慣は素晴らしいと思う。
 いずれにせよ、興南高校は春夏連覇。要するに春も夏も、予選から今回の優勝まで1回も負けなかったということだ。その強さ、そして、その強さを維持する日々の練習と努力には敬服する。そして、惜しくも決勝戦で涙をのんだ東海大相模を含む優勝校以外の全ての参加者に、その努力に対して、そして、努力をするにあたっての、人生のドラマの克服に対して、惜しみない賛辞を贈りたい。
 興南高校のみなさん。そして沖縄県のみなさん、優勝おめでとうございます。

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シリーズ日本の小売業 まえがき ~日本の小売業の種類~<メルマガの予告です>

まえがき ~日本の小売業の種類~<メルマガの予告です>

 「日本人はエコノミック・アニマルである」ということを、論文で読んだことがある。
 そのような論文を読まなくても、「経済一流・政治三流」という日本の評価を聞くと、なるほど、その通りであると考えざるを得ない。

 日本の政治は、残念ながら世界各国に比べて、お世辞にも優秀な政治を行っていると言うことはできない。
 世界各国、どの国も、自国の政治に対して、為政者に対して、大なり小な不満を持っているのは普通だ。
 自分たちの生活をより良くしようという心が有れば、現状で満足することはない。
 経済、財政、外交、安全保障、それら国家としての運営を行いながら教育や生活まで観なくては成らないのだから政府のどこかに不満があっても当然だ。
 しかし、日本の場合、そのような自国の国民だけでなく、外国からも批判される首相が出てきてしまうのだから始末に負えない。
 批判にはしっかりと答えればよいが、ワシントンポストなどで「ルーピー」と評されるようでは、政治に関しては日本人は何か考えなければならないだろう。

 一方、日本の経済は、確かにすごい。
 世界を凌駕しているといえる。私の経験上、世界中どこに行っても日本人がいるし、日本の企業が存在する。
 日本で見慣れたカンパニー・ロゴを見かけると、何となく安心する自分がいることがある。
 よく見てみると、トヨタの自動車なのに、左ハンドル(当然に日本では右ハンドル)だったり、少しずつその国に合わせた形になっている。
 インドに行けば「スズキ」という単語は自動車をさす一般名詞に成りつつあった。
 日本でも昔のビジネスマンが、コピーのことを「ゼロックス」というようなものだ。
 それほどインドの文化にスズキ自動車は深く根付いていたということだ。

 外国で日本を感じるのは、日本の商品やブランドばかりではない。
 日本人そのものが、世界中どこにでもいる。
 私の経験だが、すっかりとその場に馴染んでいて、現地の人と見間違うことがあるほどだ。
 「ああ、あなたは日本人か」「はい、そうです」という会話を、世界各国で何回したかわからない。
 北はアラスカで鮭の買い付けをしている商社マンから、南は赤道直下のバリ島でダイビングの店を開いている日本人もいる。
 正直なところ、中国人と日本人は世界各国どこにでもいるといって過言ではない。
 そして、先ほどの会話のように、日本人でありながら、一見では分からないほど同化してしまっている日本人も多いのだ。
 そこで同化できると言うことは、当然に、大小に関わらず、その地域で生活ができる程度の経済行為を行っているわけであり、
また、現地の人々とつながりが強くもてると言うことである。

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「宇田川版大東亜戦争を考える」へのコメントより

「宇田川版大東亜戦争を考える」へのコメントより

 昨日で、「宇田川版大東亜戦争を考える」を一応終了した。この小連載を終了したからと言って、戦争を考えないわけではない。実際のところ、私自身は歴史に非常に興味があり、歴史に関しての本をよく読んで知る。政治記者にあるまじきことかもしれないが、政治の本や政治家の著作の本などはほとんど読まず、読む本は歴史の本ばかりである。とくに司馬遼太郎や池波正太郎の小説をよく読む。PHP文庫の歴史書もかなり読むのではないだろうか。
  いつか、歴史小説を書いてみたい。堺屋太一氏が、普段は政治や経済の本を書いているのにかかわらず、織田信長と明智光秀の心の中を二つの物語の流れで書いている「鬼と人と」と書いたように(堺屋太一氏と自分を重ねるのは実力が伴っていないことから不謹慎と思うが)私も歴史小説を書くのが夢である。
  政治は「人」が行うものである。現在の人がいまだに二千年前の中国の思想家孔子の言行録「論語」を読む。十年前くらいであるが、日本の上場企業の経営者が最もよく読んだ歴史小説で司馬遼太郎の「坂の上の雲」が選ばれたのも興味深い。
  昔、確か日本航空の飛行機の中にある雑誌、無料の機内誌のコラム欄で「失楽園」で有名な渡辺淳一氏がコラムを書いていた。文章の詳細は覚えていないが、内容は「科学は先人の偉業を引き継ぐことができるが、恋愛はたとえ親子といっても、先人の経験を共有することはできない。いや、逆に親子などの方が同じ過ちをしやすい。恋愛とは、時代世代に関係なく、各人によって同じようなことで失敗し、悩む。だから面白い」というものであったと記憶している。私にとっては、かなり衝撃的な内容であったので、非常に印象に残っている。印象に残っているだけだから、残念ながら詳細は覚えていないが、私の記憶の中で、しっかりと残っている。歴史とはそんなものかもしれないと思う。同じ過ちを繰り返さないどころか、「自分なら先人と違って、うまくいく」と根拠のない自信を持ってことに臨み、先人と同じ失敗をするなどという例はかなりあるのだ。歴史の場合は、恋愛と違って、多くの国民の生活つがかかっていることが多い。そこで、当然に恋愛よりも慎重になることもある。
  しかし、たとえば選挙中に恋愛をして選挙を台無しにしてしまう人もいるくらいだから、歴史のことも、為政者の個人的な趣向などで、変わってしまうこともある。しかし、本来ならばそれを止める人もいる。恋愛であれば、個人の勝手であるが、戦争や歴史的な判断であれば、それを止める人やいさめる人がいる。選挙を、個人の恋愛で壊してしまう人は、それだけ選挙が「歴史的なこと」という認識が足りないということになるのである。そのような人は政治に向いていないのであろう。「政界失楽園」と言われた人や、多くの人に知られていなくても、そのような選択を平気でいる人は、基本的には政治に向いていないのかもしれない。要するに、個人のことと政治や公的なことが区別がつかない人なのであるから、国民の主権を預かる立場に立つことは、国民の主権も恣意的に使ってしまう可能性があるのである。このような人間が政治家になれば、それこそ、歴史の汚点になってしまう。
  個人の欲望に惑わされて「個人のことと公的なことの区別がつない」というのは、何も恋愛ばかりではない。ちょうど渡辺淳一氏のコラムを思い出したので、そのことを引き合いに出したが、政治をしなければならないのに、不動産屋のように不動産資産を増やしたり、親からの資金を黙って、税金も払わずに政治活動に流用していたり、すでに条約があるのに、改めて打ち消すような談話を発表するような政治は、全て「個人の欲望と公的な利益(これを国益というのであるが)の区別がつかない」ということの一つの表れではないか。
  このような、区別のつかない内容で、政治をしているから、非常に困る。その政治のなかに「歴史認識」という単語が出てくるので、困るのだ。「日本人は悪人である」というのだ。私はそのようには思わない。日本人はよいことをしようとして、自分の命をも犠牲にしながら将来のため、国のため、果ては世界のために貢献しようとした。それを、後世の日本人が批判し、犯罪者扱いする姿には、さすがに違和感がある。本当に悪人であるならば、何を言われても仕方がない。しかし、そうではないということが、今回の「大東亜戦争を考える」の小連載で説明してきた。いたずらに、戦争を賛美する必要はない。一方で、必要以上に戦争を忌避する必要もないし、日本人を悪人に仕立て上げる必要もない。歴史をしっかりと認識し、そのうえで、正当に評価すべきではないのか。
 
  そのように思って、この小連載をしたのですが、そこにコメントが寄せられた。そのコメントに対して、私はコメント欄で、返事を出すのがあまりよいとは思わない。そこで、この本文で、コメントに対して御返事を出したいと思う。

 
 日本を絶対悪と決めつける国家マゾヒズムの連中は、立ち位置は正反対ですが、ヒステリックに愛国を叫んだ愛國婦人会の先鋭的な層と本質的に同じだと思います。
 インドの綿織物職人を殺し、清国にアヘンをばらまき、アフリカ人を家畜のように扱るなどした大英帝国やこれを真似た西欧列強諸国と、大東亜共栄圏をぶち上げて、フィリピンやインドネシアの独立を助けた日本とどちらが悪質であるかの答えは、言うまでもないことです。
 冷酷で現実的、打算的な国家間の関係を日本(人)のそのときの行為や考え方だけで評価する姿勢は、愛國婦人会や自虐史観のヒステリーを繰り返す罠と言えるのではないでしょうか?

  宇田川版大東亜戦争を考える・<1> 歴史は勝者が作る
  yakamoto

 
  yakamoto様、ありがとうございました。
  おっしゃる通りに、「マゾヒズム」と「ヒステリック」ともに同じ「常軌を逸した精神構造」であり冷静な判断を失っている状態である、ということでですね。「常軌を逸した精神構造」である以上、あるいみ「カルト的な状況」になっている。「カルト的」であることは、当然に、過激化、先鋭化してしまう。またカルト的な集団はやはり過激化、先鋭化したものに引っ張らっれる傾向があるのだ。あとは、方向性の問題であり、「国家マゾヒズム」と「ヒステリックな愛国者」も同じではないのであろうか。いずれも、正確な判断ができていないということになります。しかし、実際は、そのような先鋭化したカルト的な指導者に引っ張られていたという戦前の日本の姿は存在し、そのために陸軍の若手将校が5・15事件は2・26事件が発生している。そして、軍部クーデターによって軍部が政権を維持し続けたのである。
  問題は、それら軍部クーデターを行った政権ではなく、多くの日本人も、一緒に戦争の渦の中に入って行ったということ。それだけでなく、民間人の多くも戦争に協力していった。もちろん、大政翼賛会や軍部の圧力、教育によってそのように洗脳されたからという可能性もあるかもしれない。しかし、そればかりではなく、日本の行くべき先や、日本人のあるべき姿、日本の理想、そういった国の形や国の将来に関する内容が、一般の人にまで納得の行くものであったからではないか。その理想のために、その国の形や日本の将来に共感したことが、当然に、民間人まで積極的に戦争に参加したのだ。そればかりか、敗色が濃厚になった場合に民間人も自主的に自決したのだ。それは、委任統治をされていたサイパンであっても「バンザイ・クリフ」のような多くの日本人が、現地の人といたにもかかわらず、多くの日本人が自決をするということがおきたのではないだろうか。
  いずれにせよ、日本の占領政策は、イギリスやアメリカの植民地に比べてはるかに高度で、日本本土のレベルを移植することになっていた。名古屋帝国大学よりも京城(ソウル)帝国大学の方が先に設立されていることなどから考えれば、併合された韓国がどれほど日本に重要視され、搾取だけではない「併合」が行われたかは明らかなはずだ。そこに、欧米型植民地の概念を押し付けて「日本が植民地支配をした」というのは、それこそ欧米のエゴではないのか。自分たちのしていた罪を日本人に、日本の為政者に、日本が敗者であるからと言って押し付けたにすぎないのではないか。
  だからと言って、日本の戦争が正しかったわけではない。それは上記のように「常軌を逸したカルト的な精神状態に引っ張られた日本」の姿が確認され、それを是正される前に、戦争が起きていることによる。とはいえ、戦争そのものによって日本人が必要以上に悪人であると認識する必要はないのではないか。
  では、そのために今教えられている「歴史」はどのようにして作られたのか。そのことを明らかにすべきではないのでしょうか。
  「冷酷で現実的、打算的な国家間の関係を日本(人)のそのときの行為や考え方だけで評価する姿勢は、愛國婦人会や自虐史観のヒステリーを繰り返す罠と言えるのではないでしょうか?」という問いかけに関しては、「そのような罠にはまらないためにこそ、歴史の正しい姿を学ぶ必要があるのではないか」ということを思うのです。同時に、その事実から感じることには個人個人によって認識が少し異なります。そのために、それを議論で合わせる必要があるのではないでしょうか。ただし「日本の歴史」は「日本人が決めること」であり「隣国の干渉によって押し付けられるもの」ではないと思います。
  いかがでしょうか。
 
 
  当時、ルーズベルトは、この時すでに日本との戦争を決意していのではないかと私は考えています。この時代、日本は、石油が一滴も入ってこなかったら、『死ね』と言われたも同然で、石油が無いと国民が生活できなくなる。『石油の一滴は血の一滴』とまで言われた時代でした。
日本としてとれる手段は、米英蘭に全面的に従い小国の地位に落いるか、あるいは、戦いを挑むか…この二つの選択しかなかったんだと思います。日本政府や陸海軍は、まさか米国が石油を全面禁止にするとは思ってもいなかったのではないかとも感じます。それでも、日本は懸命に努力をし、日米交渉を続けたんだと思うのです。

宇田川版大東亜戦争を考える・<2> 戦争はどうして起きたのか
志郎

 
 
  志郎様、ありがとうございます。
  現在でも「石油外交」「資源外交」という単語が、外国に行けは平気で聞くことができます。日本だけではないでしょうか「資源外交」という単語がないのは。有名な映画「アラビアのロレンス」などは、まさに石油外交そのものであるし、日本のマレー進出やシンガポール占領などは、まさにそのものであろう。「アラビアのロレンス」は、石油資源の確保のために戦争をした。その戦争の結果アラビアはイギリスの植民地となった。
  まさに、日本の場合その植民地を解放するために戦ったことは間違いがない。その内容は、ブロック経済を回避し、日本が独立国として自立するためのものかもしれない。その後、日本が石油を独占するかどうかは別にし、少なくともそれ以前に、インドネシアはオランダが、マレーシアはフランスが、シンガポールはイギリスが植民地化していた。そのためにこれらの国がブロック経済で保護主義経済を行った場合に、日本は、これらの国々と対立をするどころか、従っていなければ、資源を入手することができないということになるのである。その中でルーズベルトが「石油の禁輸」を行う場合、当然に日本の資源はなくなってしまうのである。
  石油資源のない日本は、石油のない国家運営をするのか、あるいは、石油のために、ブロック経済の保護主義の中で小国の地位に陥るか、もしくは戦争をするかしかないのである。志郎様のコメントのとおりであると思います。当時の、いや現在の日本人でも「エネルギーのない日本」という中で生活ができるでしょうか。そのことを不安視して、自民党政権時代はソマリアの海賊対策や、インド洋の給油支援などを行ったのである。しかし、それらの重要性が分からないのか、民主党政権になってから「机上の空論」でインド洋の給油はやめてしまった。このようにして、国際貢献、国際社会から孤立化することは、まさに松岡洋右の国際連盟脱退のごとき暴挙であると考える。民主党は「戦争反対」「軍備反対」を叫びながら「日本の孤立化」に導いており、そして、イデオロギーを先鋭化、カルト化して逆に戦争に導くような漢字ではないだろうか。
  このように、歴史は、現在の政治や将来の日本の姿を見るのに多いな資料になる。国際社会からの孤立化がいかに危険なことなのか。それなのに…。
  悲劇の歴史を繰り返さないように、次の総選挙では、ゆっくりと吟味して政策をよく見て投票をすることを心がけたい。
 
  悲劇の歴史を繰り返さないように、歴史はしっかりと学び、戦争を忌避するのではなく、国際社会からの孤立を避ける方向でやるべきではないか。私個人の考えだが、これが私が歴史から学んだ多くのことの中の一つであることは間違いがない。

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宇田川版大東亜戦争を考える・<5・了>日本人は安全をどう考えるか

宇田川版大東亜戦争を考える・<5・了>日本人は安全をどう考えるか

 「序」からはじめて、約一週間「大東亜戦争を考える」ということで小連載してきた。
  <1>では、歴史はどうやって作られるのかということを書いてきた。「勝てば官軍」ではないが歴史は勝者が勝者の論理で作るものである。勝者の論理とは、結局占領軍が占領をしやすくするために、勝者の正当性を宣伝し、そして、占領をしやすくするための道具として、事実を作り上げてしまうのである。日本、ことに教育者の一部では、このアメリカ進駐軍の占領政策を手助けしながら、反米反戦活動をしているという自己矛盾をしていることも指摘した。その勢力に応援されて政権を取っている現在の民主党政権が、外交、安全保障政策において、まったく一貫性がないのは、まさにこのことからきているのではないか。戦争をするとか、しないとかというよりも前に、今の政権は日本をどうするのか、どのように国民に安全を保証するのか、そもそも、どうやって国民を様々な災難から守るのかが全く示されていない。単純に言えば、自分たちのエゴと権力欲で政権を取っているようなものである。これでは戦争など発生する可能性はない。戦前の政権は、世界恐慌の中、日本国民の生活を守ることを考えていた。国民を守ることの結果が戦争であったのかもしれない。それは間違えた選択かもしれない。しかし、選択を間違えたことと、努力をしなかったこととは違う。今の政権よりも、はるかに国民のことを考えていたのではないだろうか。
  <2>では、当時の政府の選択肢として、戦争をしないという選択肢があったのかということを考えてみた。当時の政府内においても、陸軍及び海軍の一部を除いて、戦争をするという選択肢はなかった。戦争をしても、勝てる見込みがないということを彼らが最もよくわかっていた。一部狂信的な軍人を除いて、軍人である以上、自分の軍隊の力と他国の軍隊の力を冷静に判断する力があったはずだ。一部狂信的な人々は、ことに若手が多く、5・15事件、2・26事件ともに若手将校が実行犯になっていることを見てもよくわかるとおりである。ある程度「カルト」的な集団になると、このような過激・狂信的な意見に引っ張られる可能性もある。日本という国家そのものが「カルト」的になる場合は、結局「孤立」と「生活苦」の二つが、大きな要因になる。日本は、まさに世界恐慌と国際社会からの孤立をさせられた。欧米各国が東南アジアや中国南部(香港など)まで植民地化する中において、その中でブロック経済を展開していれば、他の国が中に入る余裕はなくなってしまう。植民地支配とブロック経済の輪の中で、後進国が欧米と同じように、というよりは独立国として自立するためには、植民地を作ることと、他国の植民地支配を解除する以外にはない。その理念が「八紘一宇」であり「満州国建国」であった。逆に、資源輸入国の日本が、経済的な発展をするのに、またはその経済成長の中で国民生活を維持成長するために、何をしなければならなかったか。諸外国のブロック経済が継続すれば、結局日本はジリ貧的に経済が圧迫され国力が損耗するか、もしくは他国の植民地になるしかない。科学技術の発展や産業構造の転換という選択肢もあったと思うが、それを行う間に、生活が崩壊する過程が多くなったであろう。外交交渉でブロック経済をやめさせるという選択肢もあったかもしれないが、相手のあることだから日本の自由にはならない。結局、「国民を守る選択肢」として、「戦争を選ばざるを得なかったのではないか」考えられるのである。いずれにせよ、国民のための、それも戦争を回避するという努力の中での、最終的にその選択肢を選ばざるを得なかったのではないか。
  <3>では、その戦争から得るものは何があったのかということだ。戦争というと、失うものばかりのイメージがある。しかし、失うものばかりであったのであれば、その後の日本の経済発展は何なのであろう。戦争で失うものがなかったら経済発展はなかったのか、あるいは、戦争がなければもっと経済発展をしたのであろうか。日本は、多くの人の命や空襲により街や文化財などが多く灰燼に帰した。しかし、戦争を経験することによって、多くのことを得た。アメリカの現在の軍隊の基礎は日本の当時の軍隊が基本になっている。また、当時の日本の技術力は「物がない中で勝たなければならない」という工夫から生まれるものが多かった。結局代用品や新規製品の開発によって、それらを乗り切った。戦艦と巡洋艦が制限されたから空母艦隊を作った。そして真珠湾攻撃やマレー沖海戦が実現した。また、同じその「工夫の精神」「代用品の知恵」が焼け野原からの復興を支えた。そして、日本人の結束力と集中力が、現在の日本の発展の基礎になっている。「怪我の功名」かもしれないが、戦争をマイナスばかりで受けるのではなく、その戦争があったという事実をしっかりと受け止めることが大事なのではないか。歴史の否定は現在の否定にもなるのだ。
  <4>では、その戦争の伝え方を考えている。現在の視点で現在の環境で、現代の常識で、当時を振り返れば、それは間違いばかりが目に付くのは当然だ。とくに歴史の結果を知っているのだから、「あの時こうしていればよかった」など、様々な感慨ばかりを言っても仕方がない。そのような態度が、現在の子供たちに「結果を見てから対処すればよい」ようするに「他力本願」「責任転嫁」の癖をつけてしまっている。当時の環境で当時の常識で、当時の精神状況で、その場にいる人が、歴史の結果も知らず、その時の選択肢としてどのような選択を行うのか。しかし、その場に立って選択する人にとっては、非常に重要なそして、その場でも最も良いと思う判断をしたのだ。それを結果だけを見て批判するようでは、教育などしていないのと同じだ。歴史を伝えるには、当然にその時点の要素を考えなければならない。そして、その中での選択をした内容を尊重し、そして、その中からどのようなことが学べるかを考え、そして、現代や未来の選択に役立てなければならない。ただ「戦争反対」といって戦争がなくなるのならばよいが、そんなことはできるはずがない。「犯罪反対」と言って犯罪がなくなるのならば、毎日「犯罪反対」と連呼ていればよいだろう。それでも犯罪がなくならないから警察も、警備員も必要なのだ。「戦争をしない」ためには「なぜ戦争が起きたのか」「戦争の結果何が生まれたのか」「戦争で何を失ったのか」をしっかりと学ばなければならない。戦争がなぜ起きたのかということに関しては、特に、その時の歴史的な要素を全て吟味しなければならず、余計なイデオロギーを入れるべきではないのだ。
 
  さて、大東亜戦争に関して、このように見てきた。
  では、この戦争に関する現在の内容を見て、どのように総括すればよいのか。私は、戦争に関して、それを否定するつもりはない。私は戦争はよくないことと思っている。戦争を行わないことが重要だ。そのためには、戦争が発生する要素を徹底してなくさなければならない。そのためには、戦争を研究しなければならない。
  戦争を研究するということはどういうことか。戦争の発生に関して、どのようなときに戦争が発生するのか。その戦争発生のための要素をしっかりと考えなければならないであろう。それは、歴史、環境、経済、文化、科学技術など様々な要素から判定する必要がある。それらを冷静に研究することによって、軍備があっても、軍隊があっても戦争が起きない状況があるはずだ。簡単にいえば、外交交渉で物事が充足できれば、そして、国民の生活も内政も充実していれば、戦争は起きない。また、何かが欠けていても、将来の日本や子孫のためとなれば、それは我慢できる許容範囲になるはずだ。目標があるときには忍耐が可能だ。政治が国民に目標を示し、そのために忍耐を呼び掛け、国民が納得すれば、全てが充足していなくても何とかなるはずだ。
  もうひとつは、戦争を研究する。今度はどこかに攻められても守りきることができるくらいに戦争を研究するということが必要だ。今度は戦争というよりは戦術、戦略というところであろうか。実際の戦闘が強ければ、そこよりも弱いところは戦争をしかけてこない。またどんな攻撃も防げるほどの防御力があれば、どこに攻められても問題はない。そのためには、最新の武器や他国の戦術、戦闘行為に対して研究していなければならない。それだけでなく、日本に攻めてくる可能性のある国、現在で言えば北朝鮮であろうか。その国の情報をしっかりと集めておかなければならない。情報、戦術、戦略、科学技術(武器・兵器)の研究分析がしっかりできているということは必要だ。兵器などに関しては現代の科学力の問題であるし、戦術に関しては、歴史で実際にあった戦争の戦史研究になる。そして、それについて行けるだけの訓練が必要なのではないだろうか。
  ただ「戦争反対」と言っている人々は、本気で日本を守ろうとしているとは思えない。他人を守るためには自分が強くならなければならない。ただ「強く」とは、上記のように、目的を持つこと、忍耐をもつこそ、そして戦争・戦術・戦略・戦史研究をしていること。ただ戦争から逃げていては、これらは全くできないであろう。核に関しても同じ。逃げずに、忌避せずに、研究し、使いこなし、そして、制御できれば、当然に恐れることはない。戦争に関しては、戦争を知るものしか戦争を回避するすべを知らない。
  今の日本人は、戦争を知らないだけに、戦争に対する恐怖はあっても戦争を回避することができない。日教組教育はそのような日本人を大量に作り出してしまった。そのために、戦後日本を復興させた日本人の心、精神、魂といったものを捨てさせてしまったのである。これでは、日本が滅びるだけだ。その日教組に支援を受けている政権では、日本の行く先が思いやられる。そればかりか、将来の日本が滅びてしまうのではないかと考えるのだ。他国の植民地にならないために、日本の独立を守るために、命を盾にして戦った戦時中の人々が、最も避けようとした「日本がどこかの植民地になる」ということがおきてしまうのではないか。それは、どうしても避けなければならない。
  戦争の記事で、まとめとして、「皇国の興廃この一戦にあり」ということを書かなければならない。まさに、この戦争の認識、現在の戦争に対する教育、これらと「一戦」しなければ、「皇国の興廃」は…。日本国民よ、強く自覚してもらいたい。
 
 
  一週間にわたり、「宇田川版大東亜戦争を考える」を書いてきました。お盆休みということもあり、また、政治のネタも全くないので、この機会に、自分の書きたいことをしっかりと残しておこうと思った次第です。この内容に関しては、読者のみなさんにおいて賛否両論あると思います。あくまでも私個人の考え方ですから、賛否両論あっても当たり前です。しかし、私の考えを、この機会にまとめておこうと思っておりましたので、せっかくですから、皆さんに知っていただこうと思ったのです。結局戦争をどのように後世に伝えるか、戦争から何を学ぶか、ということをしっかりと自覚してゆかなければならないでうすし、歴史認識はそのうえで、しっかりと「日本の」認識を示してもらいたいと思うのです。ただ謝罪したり、逆に日本は正しいというのではなく、その時の環境や植民地という世界の環境から物事を関あげるべきではないでしょうか。そういう意味で、そのうち、日本の教育に関して、しっかりとまとめてゆきたいと思います。もちろん、普段の政治経済のニュースのない時期に。では、今回はこれにて。

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宇田川版大東亜戦争を考える・<4>戦争をどのように伝えるのか

宇田川版大東亜戦争を考える・<4>戦争をどのように伝えるのか

 日本は、結果として敗戦した。「敗戦」という単語に過剰に反応する人も少なくない。「勝つつもりだったのか」「次は勝てるということか」など、不思議な批判をする。しかし、ポツダム宣言という「無条件降伏」を受け入れた以上、「敗戦」であることは間違いがない。私の場合「終戦」という方が違和感がある。確かに、戦争は終わった。しかし、終わりには何らかの結論があるはずだ。とくに、戦争は「負けるため」にするものではない。戦争をする以上は、「勝つ」ことを目的としている。もっと言えば、戦争をするということは、何らかの国家的な主張をしているのであり、その主張を通すために行っているのだ。そして、その主張が通るのか、国家としての目標を達成したのか、それによって「勝ち」「負け」が決まるのではないか。多分、国民が多く死んだから、空襲を受けたから負けたのではない。戦争を開始した時の目的が木安水できなかったという結果が「敗戦」なのである。これは、大東亜戦争・太平洋戦争に限ったものではなく、全ての戦争において勝ち負けの判定はそのようにして行われるべきである。
  世に言う、川中島の合戦。戦国時代の知将武田信玄と勇将上杉謙信が一騎打ちしたことで有名である。妻女山に陣を敷いた上杉謙信と海津城(現在の松代市)に入った武田信玄が長きにわたるにらみ合いで膠着状態になるのである。その膠着状態を打ち破るために、武田の軍師山本勘助が大軍で妻女山を襲い、あわてて出てきた上杉軍を武田本隊とで挟撃するという、世に言う「きつつきの戦法」で殲滅することを提案する。馬場美濃守など別働隊が妻女山に向かうが、上杉軍はすでに妻女山の陣になく、武田本隊の前に無傷のまま現れた。たちまち上杉本隊と武田本隊が混戦となり、山本勘助、武田信玄の弟信繁などが戦死する激戦となる。激戦のさなか、上杉謙信が単身武田本陣に切り込み、武田信玄に七太刀も浴びせた話は有名である。戦国時代の合戦とはいえ、大名と大名の一騎討ちはかなり珍しい。上杉は、馬場美濃守の別働隊が到着すると、すぐに兵を引き上げて越後に帰った。
  この川中島の戦い、様々な解釈がある。引き分けという考え方もあれば、両雄がにらみ合っている間に織田信長という強敵が育ったことで、双方が敗者というような見方もある。しかし、上記の定義によれば、川中島を中心とした善光寺平といわれる千曲川と犀川の合流地点で肥沃な穀倉地帯の領有をめぐる争いにおいて、数々の名将を失ったもののその領有は達成したのであるから、武田信玄が勝ったという解釈があることは事実だ。もちろん、上杉が、この領有を目指して戦ったのか、村上義清の援軍に行っただけなのか、そこは不明だ。上杉謙信に関しては、戦争の動機が「義」であることが多いので、その部分を見ると「引き分け」という考え方もあるのかもしれない。
  話がそれたが、大東亜戦争に関しては日本は「敗戦」であった。「帝国国策遂行要領」を完遂できなかったのであるから、どのように言われても仕方がない。では、後世の人は、それをどのように評価すべきなのか。
  後世の人は勝手である。東京裁判史観や自虐史観を簡単に受け入れてしまう。勝てば官軍そのものであるが、当の日本人が「寄らば大樹」とばかりにその歴史観に行ってしまうことを悲しく思う。私の感想では、東京裁判史観は「人殺しの犯人が、死んだ被害者を非難し『あいつが悪かったから殺した』という言い訳」でしかない。まさに「死人に口なし」である。それを、被害者の遺族が一緒になって言っているのであれば、世話はない。そして、それを言う理論が、「戦争はよくないから」「人が死んだらかわいそうだから」という感情では、戦争で散華した英霊に失礼ではないだろうか。
  現代のものさしで、現代の感覚で、現代の技術力で、そのうえ結果を知っているのであるから、「正しい判断」ができるに決まっている。「あの時こうしていれば」「どうしてあんなことをしてしまったんだろう」時間がたってから後悔することは、一人の人間でもよくあることだ。逆に、自分自身でもそのような後悔をしてしまうのに、同じ人間が判断して行った歴史をどうして批判することができようか。
  まず、歴史を学ぶには、当然に当時の事実を学ばなければならない。このシリーズの<2>で書いたと思うが、そもそも「戦争をしないという選択肢があったのか」ということだ。その選択肢があったのかなかったのかということを考えるためには、当然に、それまでの歴史や、世界環境などを知らなければならない。日本は急激な近代化のために、それなりに無理をした部分はあるはずだ。しかし、その場所に対しては、発展していた日本本土と同じだけの文化を流入し投資をし、教育を施した。その結果、たとえば沖縄であっても、日本海海戦において「久松五勇士」のような、日本本土の人と同じ価値観と日本を守ろうという気概を持った人が出てきていた。
  ちなみに久松五勇士とは、日本海海戦の時に宮古島の漁民がバルチック艦隊を発見した。それを大本営に連絡するために、通信手段(電報)があった石垣島まで、手漕ぎの船を一昼夜五人で漕ぎ続けて石垣島に到着し、大本営に知らせたというものである。残念ながら、結果的には、舟を漕いでいる間に、信濃丸の通報が先に行ってしまったので役には立たなかった。しかし、宮古島のような離島、旧琉球王国であっても、日本の国難に際して一致団結してロシアと戦う気概があったことは事実である。
  同じように、台湾であっても非常に親日家が少なくない。李登輝元総統は、今でも日本に来た場合は靖国神社に参拝する。李登輝元総統だけではなく、台湾には非常に親日家が多い。台湾に行けば分かるが、日本人が作ったダムや橋が多い。それらはすぐに日本人が作ったということが分かる。「村上橋」など、作った人、貢献した人、場合によってはその工事で命を落とした人の名前が「冠」でついている。呼び方も中国語ではなく、日本語の発音になっている場合が少なくない。施設の名前が通称になっている場合もあるが、多くの場合、地元の人には日本名がなじまれている。
  韓国においても同じだ。日本人が統治していた40年間、学校の数、人口、所得、全て李王朝のと距離も増えている。それも「倍増」と言っていいほどの増加率であった。「政治的・軍事的背景の下、当時の韓国の人々は、その意に反して行われた植民地支配によって、国と文化を奪われ、民族の誇りを深く傷つけられた。」(平成22年8月10日 菅直人首相談話より)という状況で、所得も増え、学校も増え、人口も増加するというのもいかがなものか。「植民地支配がもたらした多大の損害と苦痛」(平成22年8月10日 菅直人首相談話より)の中で人口は増えていったというのか。歴史認識はしっかりとした事実認識で行わなければならないのではないか。日韓併合で「謝罪」を騒ぐ人たちは、これらの数字に対してどのように答えるのであろうか。
  後世に歴史を伝えるときに、偏向した事実や、思想を入れてはいけない。入れてよいのは、その時にその場にいた人々が何を考えていたかということと、その時の価値観である。現代の人のゆがんだ価値観などを入れてはいけないのではないだろうか。
  その意味では、まず、戦前の日本は、明治維新からの急激な近代化による自信とそのために必要な日本全体での高揚感、一方で明治以前から生き残った武士道的な価値観、そして、世界での指導者たらんという気概があった。それに対し、経済的な裏付けがなく、また、世界恐慌にまみれた生活苦が存在した。しかし、そのような中でも、「日本人としての誇り」と「将来の日本のために頑張る」という価値観で、いっぱいであった。何よりも、それら目的のために我慢するということが当たり前にできていた。少し後になるが「欲しがりません勝つまでは」という標語が一般に言われていたのである。そして、その我慢をする中で、序列化された長幼の序がしっかりできていたのである。

 歴史を学ぶときには、当然に、これらのことが必要になる。要するに、
  その歴史的事実に行きつくまでの「原因」。
  その歴史的事実を選択した時の「環境」。
  その歴史的事実を受け入れる国民、そのほかの周囲の「道徳」。
  その歴史的事実を裏付ける「経済」
  その歴史的事実を選択する「当時の人の価値観」
  その歴史的事実を行っているときの「手段・方法」
  その歴史的事実をサポートする「文化・科学技術」
 
  これらの内容が必ず必要になってくる。そのうえで、「結果」そして、その結果によって行われる「処理」そして、次の歴史につながる「転換点」をしっかりと学ばなければならない。
  それらは「歴史的事実」を学ぶために必要なものである。教育の現場はそれだけではない。その「歴史的事実」やその原因や環境、道徳などから、何を学ぶかが必要だ。当然に現代の価値観から考えれば、まったく異なる価値観になっているはずである。全く同じことがおきたとしても、時代が違えば全く異なる結果になるし全く異なる選択肢になるであろう。
 現に、世界恐慌に近い「リーマンショック」があっても、日本は世界大戦に入り込むことはしなかった。そもそもユーロ危機でギリシアが国難になっているが、ドイツ大さん帝国のような侵略戦争を行ってはいない。そもそも、ギリシアも他の諸外国も、植民地を持っていないので、ブロック経済にはならないのだ。そのために、環境と経済が全く異なるために、同じ世界恐慌でも戦争にならない。歴史的事実の一つが同じでも、他の要素が異なれば、選択肢も結果も異なる。時代が変われば、当然に要素も異なる場合が少なくない。しかし、時代が似ていれば、どうしても重なる要素は増えてくる。日独伊三国同盟は当然に重なる要素が近いことが、似たような環境の国が同盟を結ぶことになる。現代で言えばイラクや北朝鮮が似たの感じであろうか。
 いずれにせよ、日本がリーマンショックのあおりの中で、戦争にならなかったのは、そのような世界的な環境や他の要素が異なるからであり、決して日教組による反日、反戦教育によるものではないことは確かな事実である。
  歴史的事実は、このように時代や要素によって異なる結果を生みだすことをしっかりと教えなければならない。そのうえで、歴史に対して正しい評価を行わなければならない。また、歴史は、歴史そのものを学ぶことによって「現代」や「未来」を生きるための指針として活用しなければならない。歴史をいくら学んでも、その歴史が間違えていたと思っても、われわれは歴史を変えることはできないのだ。歴史を否定しても、過去の人を否定しても何の意味もない。そのことよりも、その歴史を通して、現代の人がどのように現代を生きるか。将来をどのようにするのかそれを学ばなければならない。もちろん、そのため見は「歴史的事実」を学んだうえで、「日本」「日本人」をしっかりと学ばなければならないし、他の国の人や環境も学ばなければならない。いたずらに、日本を自虐史観で悪くしても意味がないし、無意味に韓国や中国を敵視しても仕方がない。われわれは日本の歴史を変えることもできないし、日本生まれである(この文章を読む人の中には日本人ではない人もいるかもしれないが)という事実を変えることもできないのである。
  われわれが帰ることができるのは未来だけだ。しかし、未来で自分たちがよりよく過ごすために、よい選択肢を選ぶように、歴史を学び、日本人を学び、そしてその事実を受け入れなければならない。その中においては、全てを否定するのではなく、よいところを取り入れ、悪いところを切り捨て、そして「日本人としての誇り」を忘れないようにして、毎日を過ごさなければならない。
  いずれにせよ、「敗戦」という結果からだけ、ものを見て、戦争反対とか教えているようでは、子供たちがおかしくなってしまう。それならば、「結果を見てから行動を起こせばよい」ということになってしまう。それで自主性とか積極性とか教えるのは、教育者が「精神分裂」しているとしか思えない。当たり番号が出てから宝くじを買うことができないのと同じように、重要な選択を行う場面では、結果が分からないのがふつうである。結果からだけ物事を判断するのでは、教育は成立しないのだ。
  歴史を正しく学ぶこと、日本人をしっかりとわかること、日本人としての誇りを持つこと、結果からだけ学ぶのではなく様々な要素から物事を判断する力をつけること、そして、たとえ「敗戦」という最悪の結果になっても、それから復興する力が日本人にはあるということを、子供たちには教えなければならない。それを教えることによって、日本の未来をより良い方向へと導かなければならないのではないか。
  現代の政治、民主党の政治は、今の段階で将来の日本をどのようにするのか、歴史の認識をどのように考えているのか、まったく見えていない。そもそも為政者が、それらをわかっていないで、歴史に関して諸外国からの批判に耐えうるはずはないし、また、教育もよくなるはずがない。これでは日本そのものが「歴史的になくなってしまう」という可能性もある。今、この一瞬も、昨年の総選挙も、全て「歴史的事実」の一つであるという自覚を国民すべてに持ってもらいたいと思う。

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宇田川版大東亜戦争を考える・<3>日本は戦争で失うものしかなかったのか

宇田川版大東亜戦争を考える・<3>日本は戦争で失うものしかなかったのか

 さて、<2>で見てきたように、日本は、当時の社会的な常識とそのときの判断において、自分たちの価値観から見て、最も良い選択をした。その結果、戦争しかないということを判断したに違いない。
  戦争を行うときは、大概、わかるものである。戦争を行うということは、お互いの国が、「高騰における外交交渉」で解決できる状況を逃してしまったという状況ではないかと考える。逆にいえば、当時の日本は、当然に戦争を回避するべく、努力をしていたのである。

1926 大正15
1月 加藤高明首相没 → 第1次若槻礼次郎内閣成立(憲政会)
3月 労働農民党結成
7月 中国で国民革命軍(総司令に蒋介石)、北伐を開始
12月 改造社、1冊1円の現代日本文学全集を刊行開始(円本)
12月25日、大正天皇没 → 昭和と改元
1927 昭和2
3月 金融恐慌おこる
4月 枢密院、台湾銀行救済緊急勅令案を否決 → 若槻内閣総辞職
 → 田中義一内閣成立(政友会) → 3週間のモラトリアム実施、金融恐慌収まる
5月 第1次山東出兵
6月 憲政会・政友本党が合同し、立憲民政党を結成。東方会議開催
1928 昭和3
2月 最初の普通選挙(無産政党から8名当選)
3月 三・一五事件(共産党大検挙)
4月 第2次山東出兵
5月 済南事件。さらに増兵して第3次山東出兵
6月 張作霖爆殺事件(満州某重大事件)。治安維持法改正(死刑追加)
8月 パリで不戦条約に調印。アムステルダム・オリンピックで織田幹雄・鶴田義行が初の金メダル
1929 昭和4
4月 四・一六事件(再び共産党大検挙)
7月 田中内閣総辞職(張作霖爆殺につき、昭和天皇の不信をかう) → 浜口雄幸内閣成立(民政党)
10月 ニューヨーク株式市場大暴落、世界恐慌はじまる
1930 昭和5
1月 金解禁断行
4月 ロンドン海軍軍縮条約調印(補助艦総トン数、対米英比69.75%)
11月 浜口首相、東京駅で狙撃され重傷
※この年、世界恐慌が日本に波及、昭和恐慌となる
1931 昭和6
3月 三月事件(桜会によるクーデター未遂)
4月 重要産業統制法制定。浜口内閣総辞職 → 第2次若槻礼次郎内閣成立(民政党)
9月 柳条湖事件、満州事変はじまる。若槻内閣、不拡大方針を表明
10月 十月事件(再び桜会によるクーデター未遂)
12月 若槻内閣総辞職 → 犬養毅内閣成立(政友会)、直ちに金輸出再禁止を断行
1932 昭和7
1月 第1次上海事変
2~3月 血盟団事件(前蔵相井上準之助、三井合名理事長団琢磨を暗殺)
3月 満州国建国宣言(溥儀、執政に就任)
5月 五・一五事件(海軍青年将校、犬養首相を暗殺)で戦前の政党内閣終焉 → 斎藤実内閣成立
7月 無産政党合同し、社会大衆党結成
8月 ロサンゼルス・オリンピックで南部忠平ら金メダル
9月 日満議定書調印、満州国を承認
1933 昭和8
2月 国際連盟、リットン調査団の日本軍の満州撤退勧告案を42対1で可決、全権松岡洋右は退場
3月 日本、国際連盟を脱退
4月 滝川事件(鳩山一郎文相、京大教授滝川幸辰の免職を要求)
5月 塘沽停戦協定(満州事変を一応終わらせる)
1934 昭和9
1月 日本製鉄会社設立(製鉄大合同)
3月 満州国、帝政実施(皇帝溥儀)
7月 斎藤内閣、帝人事件で総辞職 → 岡田啓介内閣成立
10月 陸軍省「国防の本義とその強化の提唱」(陸軍パンフレット)を配布
1935 昭和10
2月 天皇機関説問題、貴族院ではじまる → 3月 岡田首相、国体明徴声明で天皇機関説を否定
8月 統制派の永田鉄山軍務局長、陸軍省内で皇道派の相沢三郎中佐に殺害される
1936 昭和11
2月 二・二六事件(皇道派の陸軍青年将校によるクーデター、岡田内閣総辞職
3月 広田弘毅内閣成立
5月 軍部大臣現役武官制復活
8月 ベルリン・オリンピックで前畑秀子・孫基禎ら金メダル
11月 日独防共協定調印(翌年、イタリアも加わる)
12月 中国で西安事件おこる
1937 昭和12
1月 広田内閣総辞職 → 宇垣一成に組閣の大命下るも陸相を得られず辞退(宇垣内閣流産)
2月 林銑十郎内閣成立
3月 衆議院解散(食い逃げ解散という)
5月 文部省、『国体の本義』を発行。林内閣総辞職
6月 第1次近衛文麿内閣成立
7月 盧溝橋事件、日中戦争はじまる
9月 臨時資金調整法・輸出入品等臨時措置法公布(戦時統制経済へ移行)。中国で第2次国共合作
10月 企画院設置
12月 矢内原忠雄、東大教授を辞職。日本、南京を占領
1938 昭和13
1月 第1次近衛声明(国民政府を対手とせず)
2月 人民戦線事件(大内兵衛ら労農派教授を検挙)
4月 国家総動員法公布
7月 張鼓峰事件(~8月)
10月 日本、武漢3鎮占領(国民政府は重慶に退いて徹底抗戦を続ける)
11月 第2次近衛声明(戦争目標は東亜新秩序建設)
12月 汪兆銘、重慶を脱出。第3次近衛声明(日中国交調整につき近衛3原則)
1939 昭和14
1月 近衛内閣総辞職 → 平沼騏一郎内閣成立
5月 ノモンハン事件(~9月)
7月 国民徴用令公布。アメリカ、日米通商航海条約廃棄を通告(40年1月発効)
8月 独ソ不可侵条約締結 → 平沼内閣総辞職「欧州情勢は複雑怪奇」 → 阿部信行内閣成立
9月 ドイツ、ポーランド侵入 → イギリス・フランス、ドイツに宣戦(第二次世界大戦はじまる)
10月 価格等統制令公布
1940 昭和15
1月 阿部内閣総辞職 → 米内光政内閣成立
2月 民政党の斎藤隆夫、衆議院で「反軍」演説(翌月、議員除名)。津田左右吉『神代史の研究』発禁
3月 汪兆銘、南京に新国民政府を樹立
6月 ドイツ、パリを占領。近衛文麿、枢密院議長を辞任、新体制運動の推進を表明
7月 畑俊六陸相が単独辞職し、米内内閣総辞職に追い込む → 第2次近衛文麿内閣成立
9月 北部仏印進駐。日独伊三国同盟締結
10月 大政翼賛会設立
11月 砂糖・マッチ切符制実施。紀元2600年祝賀行事。大日本産業報国会創立
1941 昭和16
3月 国民学校令公布
4月 日ソ中立条約締結(松岡洋右外相)。日米交渉開始(野村吉三郎駐米大使・ハル国務長官)
6月 ドイツ、ソ連に侵入(独ソ戦争開始)
7月 御前会議、「帝国国策要綱」を決定(ソ連戦準備、米英戦覚悟の南進)。関東軍特種演習(関特演)
   第2次近衛内閣総辞職 → 引き続き第3次近衛内閣成立(松岡外相をはずす)。南部仏印進駐
8月 アメリカ、対日石油禁輸
9月 御前会議、「帝国国策遂行要領」を決定(10月上旬までに対米交渉がまとまらなければ開戦する)
10月 第3次近衛内閣総辞職 → 9月の御前会議の決定を白紙還元し、東条英機内閣成立
11月 御前会議、「帝国国策遂行要領」を決定(11月末交渉打ち切り、12月初頭開戦)。ハル=ノート
12月1日 御前会議、開戦決定。8日 マレー半島上陸、ハワイ真珠湾奇襲攻撃(太平洋戦争はじまる)

 かなり長くなったが。上記が、昭和元年(大正15年)から開戦までの年表である。昭和2年の金融恐慌、昭和6年の昭和恐慌という二つの恐慌を経験し、その中で、ロンドン海軍軍縮会議を行い、また、金輸出解禁や再度の禁止、価格統制令、重要産業統制法などを制定し、景気回復や国民生活の安定を図った内容がうかがえる。もちろん、現代と違って「軍部の抵抗」や「紙幣の金兌換性」がネックとなり、現在のような自由な改革が行われていない状況になっているのであるが、それでもその時代なりに努力している。
  また、戦争を回避する努力も見受けられる。若槻礼次郎内閣の不拡大宣言やロンドン軍縮会議、また、オリンピックの参加などの平和式典にも参加している。おりしも戦争に突入しそうなベルリンでのオリンピックであったが、そのような国際大会への参加は評価されるべきことである。太平洋戦争突入直前も御前会議、「帝国国策遂行要領」を決定(11月末交渉打ち切り、12月初頭開戦)となっており、これに対して「ハル・ノート」が出されたことによって、戦争になったのだ。
  このように、日本は日本が好んで戦争をしかけたのではない。最後の最後まで、昭和16年11月末日まで、戦争を回避する方向で話を進めていたのである。野村吉三郎と来栖三郎の両アメリカ大使は、最後には宣戦布告を出す役目になったものの、それまでは最終の交渉を行っていた。これに対して日米通商航海条約廃棄を通告(40年1月発効)、対日石油禁輸などを行ったのは、アメリカの方である。二回の恐慌とブロック経済の中で、疲弊し独立国の経済として成立しない日本を物資と金銭で締め付けて、戦争するように仕向けた、と言われても仕方がない行為ではないのか。

  さて、そのような中で、日本は戦争を行った。その戦争の中において、日本は何を得たのであろうか。
  日本は、どうも、戦争というよりは人の生死や健康アレルギーではないか。最近の異常なまでの健康への執着と、人が死ぬことへの忌避は、あまりにも以上といっても過言ではない。人間、生を受けた以上必ず死ぬ。その生死に対して、あまりにもアレルギー的に物を語りすぎるきらいがある。最近問題になっているモンスターペアレンツなどは、まさにその一つの表れだ。「うちの子が死んだらどうする」というのが口癖のようであるが、実際のところ、そんなレアケースにまで全てを対処できるはずがない。健康食品に対する異常なまでの執着は、以前、黒豆ココアや納豆を売り切れにさせるような効果になったし、とてもとても信じられる範囲を終えた、というよりはこのアレルギーは狂気の沙汰としか言いようがない。
  その生死や健康アレルギーがもっとも大きく出てくるのが戦争である。ことに、空襲で小さい子が死んだとか、特攻で若い命が失われたなど、戦争の話といえば「日本人の死」ということしか話題に出ない。人が死ぬことに何の意味もないかの如くことさらに大きく報道する。私の父や祖父が「自分だけ生き残ったことを恥ずかしい」という感覚が全くない。
  日本において、戦争でもっとも大きく失ってしまったのは「日本人の魂」というか「日本人のよいところ」ではないのか。空襲で失った、戦争で戦死した、沖縄で自決した多くの命、多くの人の命が失われたことは間違いがない。空襲で多くのものが燃えた。貴重な文化財なども灰燼に帰した。しかし、それ以上に、日本人の心、「死んでも愛するものを守る」という心、「変なことをすると恥ずかしい」という心、「自分の命を支え(人柱)にしてでも、将来の日本のために、子孫のために、よりよい日本を残そう」という将来の発展に対する心、それが失われた気がする。
  一方、戦争で日本が得たものはなかったであろうか。
  そもそも、戦争は勝つために行うものだ。それだけに、様々なものを軍事物資や代替用品で開発する。それを軍事利用するのか、あるいは平和利用するのかによって、人の豊かさは全く変わってくる。ノーベル賞で有名なノーベルも、ダイナマイトを開発した科学者だ。ダイナマイトを武器として使用すれば多数の人を殺せる。しかし、平和利用すれば、ビルの解体や、障害物の除去ができる。同じように原子力も爆弾になることもあれば、現在は環境にやさしい発電施設として注目を浴びる平和いようもあるのだ。
  日本は、先の大戦で様々な技術を得ることができた。一つは、鉄を戦時徴用されてしまうために、多くの家庭用品を陶器で作るようにした。この技術が後にセラミックとして活躍するようになる。
  当時の戦艦大和は、日本の技術の粋を集めたものだ。今の日本の技術でも作れないといわれるほど精巧にできた戦艦であった。その戦艦大和ではバルバス・バウという船底の作り方を行った。そもそも、真珠湾攻撃を行ったりマレー沖海戦を行った。これにより航空機の多数利用による戦術を編み出したのは日本だ。
  このことは、その後の戦争のあり方を大きく変えた。マレー沖海戦で、九六式陸上攻撃機にイギリスの最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウエールズとレパルスが撃沈されたとき、イギリスの首相チャーチルは、「大戦の中で最も衝撃的な日になった」と書いている。それほど常識を覆すものであったことは、否めない事実である。日本の特攻隊は、現代の誘導ミサイル攻撃を想定させ、それに対する防御システムとして「イージスシステム」が開発された。今のイージス艦は日本の特攻隊が編み出したといっても過言ではない。現在の大型潜水艦は日本の伊400型潜水艦がモデルになっている。このように現在のアメリカの軍事技術は、ほとんど日本との戦争で経験されたものである。大型戦闘機や、これら軍艦の建造技術は、そのごのYS11などの航空機技術などにも役立っている。
  このように、戦後の「技術立国日本」の基礎は、戦時中の「物がない時代に、豊かに暮らす」もしくは「資源がない中で勝てる武器を開発する」ということは、まさに、日本の高度経済成長の基盤となっていた。
  これ以外にも、戦争による日本人の結束力は、当然にもともと日本人の気質としてあったものであるが、日本の戦後の発展のために「復興しよう」という木脚気になったものである。もちろん、戦争で敗戦せず、また国土を焦土と化さなければ、そもそも「復興」はなかったのではないかと思うが、それでも、結果に対して日本人が戦前以上の発展をし、現在の経済大国になりえた一つの要因を、日本は戦争中に得たのではないだろうか。例は悪いが、阪神大震災の後の「がんばろう神戸」と、その後の関西の復興を見ているかのごとくである。
  もちろん、復興などということがないようにするのが最も良い。戦争は、その戦争の終結の仕方をしっかりと考えなければならないのだ。そのことが分からない当時の政権は、確かに批判されてもしかるべきかもしれない。しかし、それを持って現代の日本人全体が自虐的になるものではないと考える。そのような歴史があって、現在の日本の発展があることを忘れてはならない。戦争の歴史がなければ、今の発展はないのかもしれないのだ。
  このように、日本人は、戦争によって多くのものを得ることができた。しかし、戦後の教育と自虐史観、そして平和教育によって、それらの「戦争で得たもの」「戦前から引き継いでいるもの」が尊重されなくなってしまった。
  戦争という歴史は、不幸なのかもしれない。しかし、その中からも、学ぶこと、よいところを見出すこと、そしてその歴史から現代が生まれているという事実をしっかりと認識しなければならない。
  ただ、戦争反対、と言って歴史を正面から見なければ、そして、戦争の悪さだけではなく、そこから日本が得たもの、日本のよさも、見てゆかなければならない。その日本の良さ、戦争から学んだものがあるから、日本は、戦後中国や韓国よりも発展し経済大国になったのだから。

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宇田川版大東亜戦争を考える・<2> 戦争はどうして起きたのか

宇田川版大東亜戦争を考える・<2> 戦争はどうして起きたのか

 歴史は勝者が作る。しかし、65年も前の戦争に関しては、日本人が日本人である限りにおいて、公平な歴史観に戻ってきているはずだ。日本人はそういうところのある民族だ。ある意味で、国民的な熱狂を作り出し、その熱狂の中に身を投じて大きな流れを作り出すのであるが、一方で、その熱からさめるのが早い民族だ。
 日本人は、島国民族である。島国であるということは、その国内において戦争が起きた場合も、相手を完全に滅ぼしてしまうことができないという特徴がある。この特徴には長所と短所がある。長所としては、言語、文化が同じでなおかつ地域の住民の気心を知っている人をそのまま使うことができるのだ。そのことは、当然に、占領政策において有利に進むはずだ。最も良いのは、戦争しないで「主」を変えてくれるのが最も良いはずだ。今まで敵として戦った相手は、当然にその実力が分かる。だから、まったく新規に採用するよりも、はるかに使いやすいということになる。一方、そのように相手を皆殺しにしないということは、滅ぼした相手の文化を受け入れるということになる。当然に、民衆の中には、その文化に傾倒しているものが少なくないのであるから、民衆がいつ新しい支配者に反発するかわからない。
  結局のところ、新しい占領地の文化も取り入れ、そして、どちらの文化も甲乙つけがたい内容を持っている文化である。民衆は、平時の世の中においてはそのよいところを受け入れる。甲乙つけがたいのではなく、甲乙のよいところを「良いとこどり」して、自分のものとしてしまう。文化に理論などはない。自分たちの村、町、家族でなじみやすいものをなじみやすい形で受け入れるというやり方だ。その感覚が、結局、生活優先の民衆文化を生みだし、そしてイデオロギー的にも歴史認識的にも中立的な考え方を根付かせてゆく。それはそうだ。両方のよいところを取り入れている(つもり?)なのだから、日本人にとってはそれは難しいものではない。
  そもそも、日本人は、他人の文化を受け入れることが非常に上手な民族だ。このように普通に使っている「漢字」も中国からの渡来品だ。1549年、フサンシスコ=ザビエルが日本にキリスト教の布教に来た時、その日記には「日本人ほど熱心に人の話を聞く民族はいなかった」と感動の言葉を記していた。日本人は異文化に対して拒絶をするどころか、それを理解しようとして、非常に深く傾倒し、話を聞くという。それどころか、仲間を連れてきて話を聞き、そして感心して帰るという。フランシスコ=ザビエルは、自分の宣教師としての仕事は、これで日本に関してうまくいったと感じたという。しかし、ルイス=フロイスなどと変わってフランシスコ=ザビエルが中国の上海に行ったときの日記では、「日本人ほど、自我を曲げない民族はない。布教は失敗だ」と書いている。たとえば「全知全能の神ゼウス」というと、ある日本人が「この前参拝に行った」という。日本にキリスト教の教会があるはずがない。それなのに、「この前参拝」に行けるはずがない。「それはどこですか」と聞くと「伊勢神宮」という。要するにゼウスと天照大神とが同じであるという解釈をし、それをいくら説明しても変わらないという。ルイス=フロイスはそれでもよいということで「ゼウスは天照大神のキリスト教での呼び方です」という説明をするが、イエズス会の宣教師であるフランシスコ=ザビエルは、そのような小回りは利かなかった。結局、フランシスコ=ザビエルは、日本への戦況は失敗したといってインドで、失意のうちに永眠する。日本は、このエピソードでわかるとおりに、異文化を取り入れるのが非常にうまい。それだけでなく、自分の慣れ親しんだ文化になぞらえて、その文化を自分のものとしてしまう。そして、日本で日本なりの文化の発展を行うのである。
  日本における仏教の発展はまさにそのように、日本独自の発展を行っているし、ひらがな、片仮名の文化もまさにその物だ。戦後のアメリカ文化も、まさにその物であろう。アメリカの文化を取り入れ、それを自分なりに咀嚼し、そして自分のものとして使いこなして新しいものを生みだす。ソニーのトランジスタ・ラジオなどはまさにそのような発展形の現代の一つである。イデオロギーだけが、なぜか、反戦、反米などが変わらずにいること、それが政権を取っていることに非常に強い違和感があるのは私だけではないだろう。

  さて、話を元に戻して、日本は、そのような文化の取り入れを行った。それは明治維新の時も同じだ。日本は急激に近代化を行った。その近代化そのものによって、日本は日清、日露戦争を勝ち抜いた。東アジア、極東の地で、唯一欧米列強に屈しない国、日本ができつつあった。しかし、昭和4年に世界恐慌が発生し、各国がブロック経済化を行うことになる。ブロック経済とは、植民地支配している国と、本国との間、もしくは植民地間での貿易で利益を生みだし、その利益によって、国力を維持するというものである。この時になって、植民地を持たない日本は、経済的に立ち行かなくなってしまう。日本は、日本本国の殖産興業かと軍隊の近代化は達成した。明治維新以降、近代化をしたが、しかし、ブロック経済に耐えうる植民地化はできていない。このことが日本の経済を完全に崩壊させることになった。銀行では取り付け騒ぎが起き、銀行そのものが破綻するという世の中になったのである。そのような中でもアメリカ、イギリス、フランスなどは、ブロック経済による保護主義経済を盾にとって、日本への物資禁輸を続行した。
   
 ぜひ、考えなければならないのは、この時に、日本は戦争をしないという選択肢があったのか、ということだ。
  当時の日本人は、富国強兵を行い日本国民の生活を守る義務があった。上記のようにブロック経済化した場合、日本人の生活はどのようになるのであろうか。たとえば、現在日本の輸入が全てストップした場合どのようになるのか。日本の経済学者の中には、日本は食糧輸入国ではないという人も少なくない。単純にいえば、日本は大丈夫だと言っている。しかし、実際の問題、輸入が止まれば、当然に日本の食料品の値段が上がる。禁輸ということになれば、当然に食料品だけではない。石油、鉄鉱石、アルミニウム、レアメタルなど、様々な資源が日本に入らなくなるのである。それも、一カ国ではなく多くの国が禁輸ということになればどうなるであろうか。それも、東南アジアやアフリカの多くは、欧米の植民地となっている。たとえば、インドネシアはオランダの植民地になっていたが、マラッカ海峡を通るにもロンボック海峡を通るにも、インドネシアではなくオランダの許可が必要なのである。
  当時の経済を考えるときに、現在の経済と完全に異なって考えなければならないのは植民地という概念である。その概念がある場合は、現在のようにインドネシアやマレーシア、イランやイラク、インドもその全てが独立国ではなく、宗主国があってその国と話さなければならないということである。当然に、イギリスと対立する日本はインドの資源を、オランダと対立する日本は、インドネシアの資源を得ることができないのである。ということは、日本は、イギリスやオランダ、アメリカと対立を解消するか、あるいは、日本自ら植民地をもち、そして、その植民地を広げて国民生活の安定を図る以外にはない。
  日本は、当時日露戦争を終え、その後第一次世界大戦で戦費を使った。しかし、日露戦争も賠償金を得られたものでは愛氏、第一次世界大戦も極東地区のドイツの領土を委任統治したに過ぎなかった。要するに、日本は、両大戦を終え戦費によって、財政が疲弊していた。そのうえで、世界恐慌になったのである。日本は当時、ロシアを破ったために世界第三位の海軍国であった。しかし、当時はまだその戦艦や巡洋艦の多くを海外ことにイギリスやアメリカの製造に任せていた。日本で国産に踏み切るのは戦艦金剛以降であり、それまでは海外の生産であった。当然に世界恐慌であり、日本の経済財政が明らかに疲弊している状況で、世界各国がブロック経済を始めた。それも植民地政策をしているために、日本は実質中国と韓国しか版図を広げることはできなかったのだ。
  その状況において、韓国は「日韓併合」によって共存共栄の道を開くことが可能であったが、朝鮮半島は、石油が出ない。今でこそレアメタルやウラン鉱石の宝庫となっているが、当時ウランが出ても何の意味もないし、レアメタルも、あまり用途がない。半島から東北三省(旧満州)にかけての石炭は、電力や鉄鋼の燃料としてはよいが、飛行機や艦船の燃料としては不向きである。
  さて、ここでもう一つの視点が必要である。
  ある総理大臣秘書官が私にこう言ったことがある。「毎日が暗闇で目隠しされて迷路を歩いているようなものだった」その心は?「要するに、多分未来から見れば、あの時こうすればよいとか、非常に簡単な選択肢だと思う。しかし、その時にその場に立たされれば、そんなに難しいことはない。自分の選択で日本が変わってしまうのだ。それに、そんなにたくさんの資料があるわけでもない。情報も少ない。限られた情報と限られた資料、歴史、経験それらだけ、あとはカンでその時の選択をこなさなければならない。本当に、あとから考えれば、あんなに簡単なことどうして悩んだのか、簡単な選択肢でどうして違った方を選んだのか、わからないこともある。でも、その時はそれがベストだと思って選択している。そして、その責任が選択した瞬間から大きくかかってくるのだ」
  現代の、それも軍備のない日本でもこのような選択に毎日迷っている。当然に、現代から考えれば、そして歴史の結果を知っている今の日本人からすれば「どうして戦争になるような選択肢をしたのか」ということが疑問になるのかもしれない。しかし、当時の日本はそれを選択した。戦争を行うことよりも、ブロック経済において欧米列強の下風に立つことの方が「危険なこと」であった。それは軍部のエゴではなく、多分、明治維新以前アメリカのペリーに開国をせまられた歴史から、日本は「下風に立てば植民地化されてしまう」という恐怖感を持っていたはずだ。現代のように経済的に不利になるとか、立場が悪くなるというものではない。植民地化されるということは、主権を失うということを意味しているのだ。日本という国家を失うということを意味するのだ。そのことを恐れたに違いない。
  当然に、そうならなかったかもしれないという選択肢もあったと思う。しかし、それは「暗闇の中、目隠しをして迷路を歩いているようなもの」という現代の総理大臣秘書官と同じではないのか。
  歴史に「IF」はないといわれる。しかし、当時の日本に、植民地化も、隷属化もない戦争をしない選択肢があったのか。逆に戦争をしない選択肢があったのか。あったとして、戦争をしないことによって日本は「何を失った」んだろうか。歴史の中の選択を現代の常識と現代の知識で測ることはできない。また、結果として負けたからといって、当時の日本人の選択を批判することができようか。今の日本人の政治の方が、ずっと将来の日本人から非難されるものかもしれないではないか。
  日本人は、多分、誇りある選択をした。それが、民間人にも浸透していた。「生きて捕虜となる辱めよりも、誇りのある死を選ぶ」という軍人勅諭は、民間人にも浸透していた。そのことが、沖縄やサイパンでの集団自決やバンザイ・クリフというような悲劇を生みだすのであるが、逆に、その価値観は日本日本人の共通のものであったという証拠でもある。もちろん、その価値観に反発する人もいたと思うし、他人の眼を木にした人も知ると思う。しかし、日本人の価値観において命よりも大切な価値観があった。そしてその価値観が「捕虜になることの辱め」という価値観であったことが、今の日本人に理解できるのか。
  このような日本人の価値観を、否定して、今の日本は何をしようとしているのか。当時の日本人に、そして未来の日本人に非難されないようにしなければならない。私は個人的に、今の日本人は、当時の日本人を批判する資格がないのではないか。そう思わずにはいられない。

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宇田川版大東亜戦争を考える・<1> 歴史は勝者が作る

宇田川版大東亜戦争を考える・<1> 歴史は勝者が作る

 では、その大東亜戦争はどうして発生したのか。
  自虐史観、東京裁判史観、戦争反対などを様々言う人がいるが、そもそも戦争がなければそのような歴史観は存在しないのである。何か起きた場合には、必ずその下人がある。しかし、日本人はなぜか「結果」で物を判断してしまう。まさに「勝てば官軍」ということわざの通りである。
  最近、スポーツでは「結果」ではなく「試合の過程」で物事を判断するようになってきた。先日のワールドカップでも、ベスト16にまで進出し決勝トーナメントまで行ったが、最後のペナルティーキックで負けた。この時に、日本国内において、ペナルティーキックを失敗した選手に対する非難の声が上がらなかったのは、なかなか良いことではなかったか。毎年夏に戦争と同じくらい恒例になている甲子園の高校野球もそうだ。「惜敗」という単語が良く新聞紙上に見られる。「負けは負けだ」という論調ではなく、「惜しかった」という気持ちが非常に強い。その論調は、歓迎すべきものではないかと考える。
  一方、多くの日本人は、戦争ということに関しては、いつまでたっても「結果主義」で物事を判断し、東京裁判史観でしか日本人の歴史を判断できない。日本人の場合時代劇の影響が非常に大きいために、「勧善懲悪」の感覚が非常に大きい。「正義は勝つ」という感覚は、子供のころ、ウルトラマンや仮面ライダーの昔からしっかりと身に付いた価値観の一つだ。だから「正しいこと」「正義」を行わなければならないという教えは間違いがない。しかし、実際の世界では「正しいから勝つ」のではなく「強いから勝つ」のである。逆な言い方をすれば「間違えている、悪いから負ける」のではなく「弱いから負ける」のでしかない。物事の勝敗に「政策の違い」はない。スポーツの世界と同じで、「負けが悪い」ものではないのだ。ただし、負けることそのものによって、その後の影響はかなり変わる。そもそも「歴史」は勝者が作るものだ。
  戦国の昔であれば、敗者はこの世にいないのであるから、歴史を語ることはできないし、勝者はどのような事実を語っても、それが真実として後世に伝えられることになる。これこそ、「勝てば官軍」である。しかし、たとえば、日本国内の戦争であっても、勝った方が間違えていたことは少なくない。たとえば、関ヶ原の戦い。ご存じのように西軍主謀石田三成と東軍主謀徳川家康、両軍の率いる軍隊が美濃の国、今の岐阜県関ケ原町で激突した。日本を二分する戦いであったが、たった半日でその勝敗が決してしまう主力決戦であった。関ヶ原の戦いでは、当然に、豊臣秀吉の死後そのあとを受けた幼少の豊臣秀頼を補佐する五大老筆頭の徳川家康と、五奉行の石田三成が対立するのであるが、実際、徳川家康は、豊臣の武家秩序を乱し、起請文に記載された内容を破り、恣意的に物事を進めた。もっといえば、豊臣の天下を覆して天下国家の采配を自分で取ろうとした。もっと言えば、徳川家康は豊臣の天下を簒奪したのだ。それも戦争という武力行使によってである。今の左翼勢力が聞けば、当然にアレルギーが起きるようなことであろう。しかし、なぜか徳川家康は「日本の偉人」として名前を連ねている。この基準はよくわからない。いずれにえよ、「天下の簒奪者」として歴史に名前が残らなかった。それは、当然に「勝った」からであり、逆に負けた石田三成は天下の極悪人として、認識されてしまうことになる。
  石田三成そして、大坂の陣で滅ぼした豊臣から徳川に変わった、そのことを天下に知らしめなければならない。とはいえ、その時代に今のようなマスコミは存在しない。当然に、天下に知らせるためには、人々の印象に残ることをしなければ、「マス・コミュニケーション」がないので、その時代に合った方法を行ったのである。
  石田三成に関しては、京都三条河原でさらし首。さらし首とは残酷なように思うかもしれないが、当時のようにマス・コミュニケーションがない時代は、人が最も往来する場所に、死体をさらすことによって、「口コミ」で情報の伝達を行った。当時、少なくとも関ヶ原の合戦後は日本の中心は京都である。何しろ天皇陛下の御所がある場所が日本の中心だ。為政者であった豊臣秀頼の居城のある大阪は日本の中心ではなかったのである。また、秀吉は、伏見城・聚楽第を建設して京都にいたことからも、京都が中心であるという感覚は問題がなかった。京都において物を仕入れた商人は、全国に行商に行きその都度石田三成のさらし首を語るのだ。その「口コミ」がもっとも大きな「報道」となっていた。
  一方、豊臣が滅びたことに関しては、豊臣の象徴である大阪城を取り壊し、そして、大阪城を埋め、その上に新たな大阪城を作るということが必要になる。簡単にいえば、豊臣の大阪城の上に、新たな大阪城を作ったのである。地形も変わり城も変わり、そして、徳川の城が豊臣の上にあるということが、徳川が豊臣の上になった最もわかりやすい象徴である。行商人は「大阪城が変わったんだって」「徳川さまは、豊臣の大阪城の上に新しく大阪城を作ったんだ」と、様々な口コミ情報を流すことになる。そうやって、情報を操作し、周知の事実にしてゆくのである。
  このように、「勝てば官軍」は完全に勝ったものの自由に世の中を変えることができるのだ。それは、当然に、為政者として情報を統制することが必要であり、なおかつそのことによって政権の安定を図る必要があったということになる。また、生き残った反発勢力をあぶりだす意味でも、そのような情報を流布させる必要はある。しかし、それは情報のその時代での情報統制に収まるものではない。その時代の多くの人が「そのような事実だ」と信じることによって歴史の認識が変わる。要するに、石田三成が悪人であったというような情報を、そのままし信じるようになる。その情報が、歴史として語られ、また、物語などのようになってくる。
  日本の場合、為政者に対する不満を民衆が「戯曲」などで表現することができる自由な文化があった。このことによって、日本人は意識をしないうちにバランスを取って公平なところに持ってくるようになる。皆殺しにしたり、そのまま没落したりしないからである。旧豊臣のサムライであっても、能力があれば徳川幕府の要職に就いたり名誉を回復することが可能であった。そのために、完全に豊臣を悪人にするような文化もなかったし、為政者に対する批判も元禄、文化文政の文化ではかなり行われていた。そして、その後明治維新以後、徳川幕府の権威を否定するために、それ以前、ようするの信長・秀吉の歴史研究が進む。徳富蘇峰などが織田信長に関する研究書をしっかりと記していることなどは、明治のそのような気質を表している。

  さて、歴史と戦後の情報は、このように「勝者が勝手に作り出す」ものである。そのことが最も顕著に表れているのは、日本の戦後教育ではないのか。「東京裁判史観」といわれる歴史観は、日本人に自虐歴史観を行った。そのことによって、日本人そのものに、敗者であることと、そして、日本人が次に戦争を行う気力を奪った。よく考えてもらいたい。そもそもA級戦犯の「A級」とはだれが決めたのか。もちろん戦勝国のアメリカである。
 東京裁判は、「平和」「人道」「殺人」に対する罪である。しかし、「平和を乱した」のはアメリカも中国も同じだ。「人道にもとる行為」は、アメリカの日系人収容施設などを見れば、日本とアメリカとどちらが人道にもとるのか。そもそも、日本が戦争を行う前の「植民地」は人道にもとる行為ではなかったか。そして「殺人」。なぜ原爆を落としたパイロットは英雄で、少なくとも一人も殺していない東条英機は殺人の罪を問われるのか。このように考えると、日本人がそれ以前の欧米の植民地支配やそのほかの歴史の矛盾を全て日本人が背負ってしまったような感じだ。ちょうど日本人には、「謙譲の美徳」という価値観があり、その価値観にうまく引っかかった感じだ。
  しかし、上記で見てきたように、情報の操作と歴史の改竄は、時の為政者が政治をしやすくするための道具の一つである。当時は「進駐軍」が九段会館において実質的に日本人を支配していた。戦争を行って支配を行う時に、最もその敵を恐れているのは占領軍だ。それまで戦っていた敵の中に入ってゆき、その民衆を支配しなければならない。当然にその民衆の中には、自分たちが「殺した」人の遺族などもいるわけだ。とくにアメリカの進駐軍の場合、東京をはじめとした大空襲を行い、民間人も多く殺しているのであるから、当然に「恨み」を買っても仕方がない状況である。また、日本人は非常に恐ろしかった。彼らキリスト教的な価値観では、自殺は罪とされている。しかし、日本人は集団で「特攻隊」と称して自爆攻撃をしてきたのである。アメリカは、当時から自爆攻撃に非常に弱い。これは、現在のイスラム自爆テロでも、それを防ぐ有効的な手段がないということに現れており、9・11のような大規模なテロを許してしまう土壌となっている。その中において、安全安心に占領政策をうまく行うためには、一つには「天皇の権威」を使うこと、そして、日本人に「日本人が悪いから負けて仕方がなかった」という政策を徹底することしかないのである。
  それを徹底するためには、まず「天皇陛下」に対して戦争責任を負わさないという処理が必要であった。そのために、全ての罪を民間人、正確に言えば内閣と軍部に負わせることになったのである。開戦時の内閣総理大臣など太平洋戦争開戦に関与の深いものを戦犯として処罰した。その中で、天皇陛下に近いものから順にA級というようにランクをつけたの。これこそ、進駐軍が支配しやすいようにするための方便であったはずだ。だから、先般の中には、処刑される前に釈放されたものも少なくない。
  一方で、「日本人が悪いから負けた」という価値観を根付かせるために、物資による懐柔と教育による意識改革を行った。日本の場合、自然に公平な感覚を持ち、その内容を徐々に修正をしてゆく。アメリカはそのことまでよく知っていた。そのために、物資による懐柔では「ギブ・ミー・チョコレート」に代表される子供に対する贅沢品の供給を行った。また、日本人の横をジープで走るなど、様々な恵印出によって物資の優位性を演出した。この時の経験から日本人は、「経済至上主義」に代わってくるのである。一方、教育は、徹底した個人主義教育と「平和教育」を行った。アメリカ軍が軍事的に日本に進駐したのにかかわらず、日本人が戦うことを拒絶するような教育を行った。そして、徹底した個人主義を行うことによって「集団的抵抗」ができないようにした。日本人がまとまると怖い。これは、当時の日本と戦った経験のある国の総意である。その国の総意に従い、日本の最も恐ろしい状況を外すためには「徹底した個人主義」により集団になることをなくさせることが最も重要であったのだ。
  このようなアメリカの政策を、なぜか日教組、そして左翼社会党・現在の民主党が実践し、政策化しているのはある意味滑稽である。そのうえで「アメリカ依存反対」と言っている。そもそも平和教育と徹底した個人主義教育がアメリカ進駐軍が支配しやすいように行った内容であった。その一部を推進し、一部をアメリカに反発するという感覚は、あまりにも歴史認識が誤っている。彼ら教育者が自国のこのような歴史認識もできないで、日刊や中国との歴史認識を語るために、おかしな歴史になってしまう。これが自虐史観である。
  「民主党の闇」を書いたときに、単に批判するだけで根っこのない政党はうまくいかないという意味のことをかいた。当然に人を批判するのは、右から・左から多方面から攻撃すればよい。しかし、政策を行うに当たっては、批判されてもしっかりとした基礎と理論によって一見矛盾するようであってもそれを推進しなければならないことが出てくる。それに対して、個別の論点で批判することは簡単だ。アメリカの行った戦後支配の片棒を担ぎながら、アメリカ批判をする。まさに「民主党の闇」を書いた時点の民主党と同じである。
  歴史は勝者が作る。しかし、その作られた歴史の中には、「当然に勝者の理論」と、「勝者が敗者を支配しやすくするための方便」が入っている。その一部を取って、政治的、イデオロギー的な活動を行うことそのものが違和感があるのである。アメリカもそのことを重々承知しており、すぐに「レッド・パージ」を行い、そのうえで、朝鮮戦争に従って警察予備隊(現在の自衛隊)を組織した。しかし、一度それを許してしまったので、左翼系はアメリカのお墨付きで都合のよいイデオロギー活動を行うようになったのである。
  そのアメリカが生み、国内左翼の育てた「謎の自虐史観」が、今も人本の中に息づいている。冷静に、日本人が日本人の歴史を取り戻して、大東亜戦争を冷静に評価しなければならない。それは戦争の賛辞ではなく、戦争という一つの外交手段をがなぜ行われ、そして、日本はなぜ負けたのか。反省と敗因分析を含め、将来の日本に役立てようという活動をし根彼場ならない。そしてそれは日本の将来のための動きであり、イデオロギーに支配される内容のものではないはずだ。
  日本人のアレルギーは、このような経緯で出来上がってきてしまってるのである。

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今日は8月15日。「終戦の日」に思うこと

本日は終戦の日です。

毎週日曜日はメルマガの予告ですが、今日は特別にメルマガの文章と同じ内容を、全文掲載いたします。できれば、皆さんも一緒に日本人と戦争と日本人の心の問題を考えてください。

今日は8月15日。「終戦の日」に思うこと


 今日は8月15日、終戦の日だ。
 今から65年前の今日、日本は連合国のポツダム宣言を受託し、無条件降伏をした。
 歴史上、この無条件降伏までも、様々な和平交渉が行われてきた。
 いずれも天皇陛下の問題、つまり国体の維持という一点が問題になった。
 そして、和平交渉は流れた。その間も、日本人は国体の維持と言うことを考え、神国日本の勝利を信じ戦ってきた。

 今日も、戦没者慰霊祭が武道館で行われるはずだ。
 そして、その中の主立った人々は、そのまま九段の靖国神社を参拝する。
 靖国神社には戦犯もまつられているという事で、陛下はお出ましにならない。
 また、戦争に過敏に反応する人々は、それを反対する。
 一部宗教団体とその団体をバックに控える政党も反対しているようだが、これは、宗教上の問題であろう。

 では、靖国神社にまつられている人々は、日本を貶めるために戦争をしたのか。
 日本を戦争犯罪国にするために、命を捨てたのだろうか。
 国体を維持すると願うことは犯罪なのであろうか。

 私は毎年このことを考えるのである。

 現在の与党民主党のなかには、左翼思想の持ち主が少なくない。
 左翼というレッテルとその定義が問題かもしれないが、だいたいのところでよいだろう。
 その左翼思想のみなさんは、戦争反対といいながら日本政府に反発をしている。
 日本政府への反発は、何の意味があるのか。
 学生時代と言っても、中学ぐらいからの疑問だ。
 日本には軍隊がない。憲法9条で戦争も放棄している。
 自衛隊があるが、自衛隊は専守防衛の機関でしかない。
 その日本国内で、それを変える行動を起こしていない日本政府に対し、なにを反対しているのか。
 原子力発電所の反対や清掃工場の反対はわかる。
 どこかには必要であるが、自分の家の近所ではほしくはない。
 最近の普天間問題も同じだ。自分の家で騒音は嫌だというのもわかる。
 しかし、日本国内で戦争反対を叫んで、何の意味があるのか。それも「闘争」である。
 戦争反対という戦争を起こすことほど、ばかげた話はない。
 落語で、賭事が好きな男がいて、「じゃあ、俺が賭事を辞められるか賭けようか」といっているのと同じだ。

 その「矛盾勢力」が現在の与党執行部の中心だ。
 枝野幹事長が資金的に援助を受けている革マル派などは、まさにその代表格だ。
 まだ、アルカイーダの方がわかりやすい。
 自己矛盾に陥った「矛盾勢力」は、まさに、政権運営でも迷走している。
 自己矛盾を起こしていながら、それに気づかないのであるから、迷走するのは当たり前だ。

 さて、現在の政権について記載した。
 では、8月15日に戦争について考えるとき、彼らはなにを考えるのだろうか。

 「矛盾勢力」は、戦争ということを題材に日本国内においてイデオロギー闘争をしている。
 そのイデオロギー闘争は、元々は戦後の東西対立である。
 もっと言えば、民主主義と社会主義の対立。
 資本主義、自由主義経済と共産主義経済の対立である。
 彼らはブルジョワジーからプロレタリアートを解放するとしている。
 しかし、その結果のほとんどが、共産党や労働党の一党独裁担っている。
 独裁は、組織の疲弊を起こしやすい。
 組織の疲弊は、そのまま国民の貧困と閉塞感につながる。
 この状態を打破したのが泣訴連のゴルバチョフ書記長だ。
 その結果、東側諸国、要するに社会主義国はその歴史的指名を終えたかに見えた。
 日本では、日米間系、西側諸国の一員として自民党が長期政権を保っていた。
 左翼といわれる人は、この西側諸国、資本主義経済の象徴的存在の自民党を攻撃した。
 しかし、ソ連と東側諸国の崩壊と同時に、日本社会党が解体した。
 その結果、左翼的な思想を持った政治家が、民主党と社民党に分割した。
 世界的な「東西冷戦」終了後、彼らは「反自民」ということで活動を続けた。
 彼らの言う「反自民」はそれに飽きたらず、反体制、反国体、反官僚と様々な形になっている。

 そのイデオロギー闘争に巻き込まれてしまい、本当に大事なものを見失ってはいないだろうか。

 要するに、彼らは国内のイデオロギー闘争を重視する余りに、日本国を無視してきた。
 そんな気がして成らない。
 現在の官房長官である仙谷由人は、「地球市民」という単語を読く使う。
 しかし、それ以前に日本国はどこに行ってしまったのか。
 自分の所属する国を守れずに、それよりも大きな世界を守れるはずがない。
 守れもしないのに大言壮語を口にするのを「ほら吹き」という。
 真実の言葉よりも、ホラ貝を通した方が音が大きくなることに習った言葉だ。

 8月15日、仏教の盂蘭盆の中日であり、また、日本にとっては敗戦が確定した日である。
 敗戦をしたことにより、日本はそれまでの歴史と向き合わなければならなくなった。
 順風満帆に進んできたために、一度躓くと非常に大きい転び方になる。
 進み方が早ければ早い分だけ、転んだときの傷も深く大きい。
 日本は躓き、転んだ後、まだ立ち上がれていないのではないか。

 国を滅ぼそうとして戦争する政府はない。
 古今東西、いずれも自己の正当性と正義と、そして将来の国の繁栄のために戦う。
 その意志が国民共通の意識になっていなければ、ムッソリーニの様に、自国民に排斥される。
 逆に、共通意識が強ければ強いほど、日本のように最後まで戦う。
 最後まで戦うのは、何のためか。当然に自らの正義と、将来の繁栄のためだ。
 それだけでなく、自分の大事なもの、人、ふるさとを護るためだ。

 また、戦争を起こす前に、戦争にならないように努力をした。
 日本の場合、東京裁判でも話題になったハル・ノートの問題がある。
 ハル・ノートで日本が戦争に踏み切らないという保証はなかった。
 いや、アメリカは戦争を挑発した。
 その前に、世界恐慌とその恐慌脱出のために、ブロック経済を推進した。
 ブロック経済とは、簡単に言えば植民地間貿易だ。
 資源地帯を押さえた欧米から、資源、鉄の禁輸を受けた日本は、どうするのか。
 ブロック経済は世界的な兆候であり、それを日本独力で回避できたのか。
 ブロック経済をするためには、台湾や朝鮮半島を植民地化し、搾取しなければできない。
 日本はなぜそれをしなかったのか。

 いずれも、日本の正義のためではないか。
 日本の正義が本当の正義であると国民が思っていたから、戦争は成立していた。
 最後に世界で日本だけが孤立していても、正義は勝つと信じて戦った。
 最後は「神風」が吹くと信じていた。その正義を信じた人、自分のふるさとを、大事な人を護ろうとした人に罪はない。
 また、そのような人に戦犯もないしそのランク付けもない。
 そもそもA級戦犯って、誰が決めたのか。やはり戦勝国が決めたのではないか。
 それだけ、日本人に対して影響力が大きく、そして日本人の正義を表現した人ではないのか。
 A級戦犯でも、日本の正義を信じ、自分の大事な人やふるさとを護る気持ちに変わりはない。
 その人の立場や役割で、その責任を全うした人であるという事だ。

 では、なぜ日本人はA級戦犯がいるからと言って、靖国神社に行かないのか。
 結局結果主義だからではないか。
 敗戦は、「正義でないから負けた」と信じているのではないか。
 それならば、西南戦争で負けた西郷隆盛は悪人だったのか。
 事をなす前に暗殺された坂本竜馬は悪人だったのか。
 そもそも、日本に併合された朝鮮や清国には、全く正義がなかったのか。
 そうではないだろう。
 では、A級戦犯と清国やロシアの皇帝はになが違うのか。
 山本五十六元帥と、日本海海戦で敗戦したロジェストウィンスキー提督とは何が違うのか。
 日本は、日本海海戦に勝利した後の捕虜を丁重に扱い、ロジェストウィンスキー提督は賓客と同様に扱った。
 日清戦争時の丁提督は、黄海会戦後北洋艦隊を壊滅させた責任を取り、毒を仰いで自ら死を選ぶ。
 その丁提督に対し、その遺体を運ぶための船を送った。
 伊藤聯合艦隊司令長官の計らいである。この日本の提督の美談と、連合国側のA級戦犯という扱いは、いかがなものか。
 その違いを語らずに、靖国神社参拝を拒む民主党首脳の考えることはよくわからない。
 海外の無名戦士の墓に花を手向けながら、靖国神社参拝を拒む「違い」が全く分からない。

 改めていう。
 現在の政府首脳は、海外に遠慮して日本の将来のためと言って命をかけた人々の気持ちを無視するのであろうか。
 歴史と正面から向き合うことはできないのであろうか。
 「悪い歴史」を踏まえて、日本の歴史であり、それをとらえて反省し、未来を考えることはできないのか。
 日本人の心を考えることができないのか。

 毎年、この時期になると、「靖国神社参拝」について報道される。
 参拝しないという選択肢が不自然と日本人が感じるようになるのはいつであろうか。
 そうならなければ、日本人は、他人の心を察する道徳心を失ったままになってしまう。
 日本人の日本人らしさがなくなってゆくのではないか。
 日本人の心はどんどんと荒んでゆくのではないか。

 そんなことを考えるのである。

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宇田川版大東亜戦争を考える・序、現代日本人に告ぐ

宇田川版大東亜戦争を考える・序、現代日本人に告ぐ

 世の中は一応お盆休みです。みなさん、思い思いに休みを過ごされたり、または、働いておられる方もいると思います。この時期、我々新聞社は、ネタがなくて困るものです。そこで、今回は、あえて戦後65年ということで、戦争につて考えるということをしてみようと思います。かなり私個人の考えに偏った内容ですので、お気に召さない方は、お読みになりませぬよう、また、よろしければ、何かご意見賜りますようお願い申し上げます。

 なお、この「宇田川版大東亜戦争を考える」は、明日のメルマガを除き、しばらく続けてみようと思いますのでよろしくお願いいたします。世の中が動き出しましたら、またいつものブログに戻したいと思います。それまでの期間、しばらくお付き合いくださいませ。

 この文章は平成22年8月戦後65年となった年に、記載した文章である。日本の戦争については、一部日本人をのぞき、この大東亜戦争が今日までに最後の戦争である。その後、物理的な「殺し合い」を日本ではしていない。そもそも、日本国と諸外国の間において、戦争が発生したのは、大きな物で、日清、日露、そして大東亜(太平洋)でしかない。小さなものでの出兵の記録は様々存在するが、いずれも明治維新以降、大東亜戦争終戦までの50年でしか行っていない。もちろん、ここには白村江の戦いや豊臣秀吉の朝鮮出兵は含まれていない。そんな昔の話をしても現代の日本とは直接的な関係がないからだ。そのために、日本の近代史において、戦争とは上記日清、日露、大東亜の三戦争を指し、そのなかにおいて日本がどのような活動をしてきたかをしっかりと考えなければならない。
 その戦争を考えても、戦争だけを話しても、この文章は歴史の教科書ではない。当然に、現代の政治や社会現象と結びつけ、その中において先の大戦がいかに日本人の精神に影響を及ぼしたか、そして、現代の日本人のなかにどのような影響を与えているのか。強いて言えば、なにをすれば日本は再起できるのかという事を考えたいと思う。
 このようなことを考えるのは、私の考えるところ、日本がまさに「皇国の興廃この一戦にあり」という切羽詰まった状況であるという危機感でしかない。
  単純に言えば、日本人の日本人に対する愚民政策は、教育者だけでなく政治家や様々な話にまで染み渡っている。私も、自分自身、かなり保守的であると考えているが、それでも戦前の志士に比べればはるかに左傾化しているのではないかと、心を打たれるときがある。私自身戦後の日教組教育を受けてきた。日教組教育は、そもそも、東京裁判史観であり自虐的歴史観である。そこにあるのは、平和を愛すると言えば良く聞こえるかもしれないが、残念ながら、自虐的に相手の欲求を満たし続けるというものだ。そこには、競争、闘争といった事はなく、戦いを忌避しそのためには他国のどれにまで成るという歴史観だ。その割には、安保闘争など先頭的な過激派行動を起こすのは、彼ら本人の自己矛盾ではないのだろうか。
 そもそも、彼らに国家観がない。平和を言うのはよいことであるが、平和は勝手にできるものではないということが分かっていない。平和でない状態は、国家が紛争状態にあることである。国家が紛争状態にあるということは、国家と国家が戦争しているかあるいは、国家の中が安定していないで内戦状態にあることである。いずれにせよ「国家」が努力し、平和を「作る」努力をしなければ平和は存在しないのである。
  有名な政治哲学者であるトーマス・ホッブスが1651年に標した「リヴァイアサン」の中には、人間が自然状態では「万人の万人による闘争状態」にあるとし、それを避けるために「社会契約」に基づく「市民政府」が必要であるとしている。
  『ホッブズは人間の自然状態を万人の万人に対する闘争(ラテン語: bellum omnium contra omnes, 英語: the war of all against all)であるとし、この混乱状況を避けるためには、「人間が天賦の権利として持ちうる自然権を政府(この場合は残部議会であり、この政府を指して『リヴァイアサン』と言っている。右の口絵に描かれている王冠を被った『リヴァイアサン』は政府に対して自らの自然権を譲渡した人々によって構成されている)に対して全部譲渡(と言う社会契約を)するべきである。」と述べ、社会契約論を用いて従来の王権神授説に代わる絶対王政を合理化する理論を構築した。この理論は臣民(ここで言う臣民は、国家権力の行使を受ける客体としての人民)の自由が主権者の命令である法の沈黙する領域に限定されてしまい、主権者に対する臣民の抵抗権が認められない。』(ウィキペディアより)
  このホッブスの思想を受けて、政治哲学者で教育者であるジャン・ジャック・ルソーが「社会契約説」を1744年ごろ記載しているのである。下記またウィキペディアからその内容を抜粋する。
  『ルソーは人間の本性を自由意思を持つものとして考え始める。自然状態では各個人は独立した存在として自己の欲求を充足させるために行動し、生存の障害が発生すればその解決のために各個人同士で協力関係を求める。こうして生じる個々人の約束は社会契約の概念として把握される。社会契約の枠組みに従って国家が正当化されるためには人間の自由な意思が社会契約の中で保障されていなければならず、本書では個人のための国家の在り方を論じている。
 社会における全ての構成員が各人の身体と財産を保護するためには、各人が持つ財産や身体などを含む権利の全てを共同体に譲渡することを論じる。人びとが権利を全面的譲渡することで単一な人格とそれに由来する意思を持つ国家が出現すると考えられる。国家の意思をルソーは「一般意思」と呼んでおり、これは共同体の人民が市民として各人の合意で形成したものであると同時に、一般意思が決定されてからは臣民として絶対服従しなければならない。なぜならば一般意思とは各個人の私的利益を求める特殊意思とは反対に公共利益を指向するものであるからである。したがって一般意思をもたらす人民は主権者として見直すことが可能となる。
 しかし人民主権の理念を具体化するためには多くの実際的問題が認められる。人民は主権者であり、一般意思が公共の利益を指向するとしても、人民の決議が常に正しいとは限らない。人民全員が参政することは非現実的であるばかりでなく非効率である。そこで人民に法を与える立法者の役割が導入される。立法者は制度や習俗を構築することで共同体を構築する。さらに人民の習俗が維持するための監察官を用意することで社会契約や法の絶対性を教義とする市民宗教を教育し、共同体を維持する。』(ウィキペディアより)

  では、私の考えをいうと、国家とは、当然に国土と国民と主権そして領民の生活という意味でその権益を守るために、他国・他者と戦ってでも行動を起こす存在だ。その国家は当然に国民の集合体によって成り立っている。国民一人一人の意志全ての実現はかなり難しいと言わざるを得ない。しかし、主権者の過半数を持って、国民の意思とし、その意志に従って行政を遂行するのが国家の姿であり、一応民主主義の姿だ。子の民主主義の姿は、ホッブスやルソーが提起し、また想定したものと同じかもしれないし、全く違うものかもしれない。しかし、現代社会において「民主主義」とはそのようなものであると認識されている。ホッブスやルソーの当時は、絶対王政や封建制に対する「市民社会」の実現ということを記載していた。しかし、現代の世の中、王政や帝政があっても、それは「立憲君主制」であり、よほどの少数部族でない限り絶対王政的な独裁制は存在しない。独裁制があるのは「民主主義」を国名にも記載している北朝鮮や、中華人民共和国の一党独裁がそれに当たるのかもしれれない。民主主義社会でも独裁になり、帝政になりうるよい例であり、それはナチスドイツの第三帝国の成立までとあまり変わらない状況になってきているのでははないかと懸念するものである。
  その民主主義政府においても、やはり国家の護るべきもの、そして護るという義務は変わらない。それは、北朝鮮や中国でもナチスドイツでも変わらない。国民や国家を守るために、政府は外的、自然災害、世界恐慌などと戦うのである。戦うまでの意思決定のプロセスが独裁政府と市民政府が異なるだけであり、政府の義務ややるべきことは変わらないのが現状である。要するに、国家政府は、国民に対して国土の平穏、国民の平和、主権の維持、権益の確保に責任を持っていると言って良い。それが他国から侵略された場合は、当然にその侵略を排除し、国益を護ることをしなければならない。そして、そのような侵略がそもそも行われないように、外交交渉を密にし、情報を入手し、そして時には軍事的背景や国家の多数派工作を行うことによる抑止力を使い、または他国を助けながら、侵略されないように、平和が乱されないように不断の努力を続けなければならない。
 では、今日本はどうなっているであろうか。
 まず、日本内部で、日本国の定義がしっかりできていない。日本は、幸いなことに島国であり、周囲が海によって囲まれている。要するに徒歩で国境を越えることはできない。「徒歩で国境を越えることはできない」とは、要するに過失で日本に入国することはあり得ないと言うことだ。意識して海を渡るか、事故にあって不可抗力で海上を移動し、日本に漂流する以外にはない。あてどもなく歩いていて、何となく日本に入国してしまったという事はないのだ。そして、現代の海洋船舶の技術力からいえば事故は非常に少ないことから、日本にいるほとんどの外国人は、自分で意識して日本に入国しているのである。日本人も逆のことが言える。つまり、意識しなければ国外に出ることはない。過失で国内にいる外国人もいないし、自分の意思で外国に出国する以外に、拉致などの特殊な場合を除いて、外国に出ることはない。
 このことをもって、日本には国境がないという人は少なくない。しかし、これはあくまでも人の出入りのことであり、環境、権益に関してはしっかりとした国境があるといって過言ではない。もっといえば、人であっても「漂流で」来るということは、海を通してどこからでも日本に入ってくるということになる。「海国兵談」に書いてある通りに、日本は、国境がないのではなく、陸続きの国境がないだけで、実は、海を挟んで多数の国と国境を接しているといっても過言ではない。
  そのために、日本の安全保障は、当然に海そして沿岸部を中心に考えられてきた。それだけでなく、空という万国共通の安全保障を考えなければならない状況になっているのである。この安全保障の考え方は、戦前の日本の朝鮮半島経営などにも非常に強く影響を及ぼした。要するに「陸続きの国境」の守り方が分からないのが日本人なのである。
  日本人の場合「国家」とは、自然と「海に囲まれているもの」という領土感がある。そのために、国境線という「見えない線」を意識することが非常に苦手だ。このことは、後の泥沼と表現された日華戦争に発展してしまう。明確な領土経営ができたのは、台湾やインドネシアといった島国ばかりであり、大陸における日本の領土経営はあまりほめられたものではなかった。そのことは、台湾の後藤象次郎、児玉源太郎といった総督や先にあげたインドネシアの今村均中将の評価と、それに比べる山下奉文中将や日韓併合の伊藤博文といった人物の評価のあまりにも大きな違いが物語っているのである。その違いは「大陸も島とみてしまう日本人」がその中にはあり、荒涼とした大平原での経営が全く苦手な日本人の姿がそこにあるのである。
  そのことで、日本人は非常に多くの誤解を受けている。要するに、現在の西欧文化の中心は、欧米、要するに、大陸に国境線を引いて経営してきた人々であり、なおかつ、その国境線を賭けてた戦った人々の歴史である。そのために、植民地支配という経営形態に関しても、彼らは「国境の外と内」の区別をしっかりとつけた経営をしていた。最も顕著な例がアメリカ南北戦争以前の「奴隷制」であろう。日本は島国である以上、戦争し、戦ったのちに、その人々を支配するということ、それだけでなく、戦後経営において島国全体の人口を減らさないために、責任者だけの初段を行い、それ以外の優秀な人物を再雇用するシステムがあった。戦国時代など、そのようにして主君を変えた人は少なくなしい、明治維新の中においても、幕府方にいながら、明治政府で徴用された榎本武楊のような人物も存在する。しかし、欧米はそれがない。徹底した搾取と文盲に近い教育の欠如が奴隷制の名残を残している。それに抵抗したのがマハトマ・ガンジーである。
  日本は、「日韓併合」したが、朝鮮半島を「植民地化」しなかった。では、その戦争の意味は一体何なのであろうか。
  戦後65年。戦争を体験していない私が、あえて、この重い課題に対して考えてみたいと思う。

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靖国神社参拝の一考

靖国神社参拝の一考

 毎年8月15日が近くなると、戦争に関する番組が増える。一応見ることにしているが、日本の場合「戦争は悲惨だ」というものしかないのがおかしい。私は対外ひねくれているのかもしれないが、どのようなものであれ、画一的な価値観を押し付けられることに非常に強い反発を感じる。映画なども全部そうである。毎年この時期になると見るのが「ほたるの墓」「ガラスのうさぎ」などであるし、話題になるのは「はだしのゲン」などである。いずれも、戦争そのものというよりは、「日本本土にいて空襲を受けた」という戦争被害者映画であり、戦争の映画ではない。
 私が小さい頃はそうではなかった。戦争の映画といっても、「賛否両論」双方の映画が存在した。「トラ・トラ・トラ」は、真珠湾攻撃の映画であり。戦争をしなければならない日本人の迷いや、それでも戦わなければならない日本人の姿を描いている。淵田美津雄海軍中佐の田村高廣や山本五十六連合艦隊司令長官を演じた山村聰は、なかなかの名演であった。私が印象に残っているのは「不意打ち」とならないように夜を徹して宣戦布告の文書を作る、来栖三郎駐米特派大使を演じた十朱久雄のシーンだ。来栖三郎は、アメリカ人を妻に持つ外交官で、、近衛文麿内閣では戦争回避のための日米交渉を担当する遣米特命全権大使を拝命、異例の「第二の大使」としてワシントン入りし、野村吉三郎駐米大使を補佐するかたちで日米交渉にあたるが、この人事はかえってアメリカ側の不信を招くこととなり交渉は決裂、ハル・ノートに対する拒否の回答を手渡し、最終的に戦争に突入する。この宣戦布告の手渡しと真珠湾攻撃のタイム・ラグが、不意打ちというアメリカ軍の演出になるのである。1945年2月に退官し、戦後はGHQにより公職追放される。1954年に死去するという人物だが、その雰囲気が非常によく出ている。 
 こほのかに、太平洋戦争中盤のターニングポイントとなった「ミッドウェイ」という映画もあった。慢心と根拠のない自信で大敗を決する大日本帝国海軍と、その団体に属しながら必死に戦う戦士たちが良く描かれていた。昔は、このような「戦場」の映画が少なくなかった。
 私が好きなのは「キスカ」という映画だ。題名だけをみると、殺虫剤の映画化と思うかもしれないが、そうではない。太平洋戦争終盤、「太平洋の軌跡」といわれる兵員救出劇である。昭和18年、北太平洋アリューシャン列島のアッツ島玉砕に続き、それより一二○浬離れた孤島キスカ玉砕は時間の問題とされていた。その中で、何とかその兵員を助けようと、木村昌福少将(映画中は大村少将となっている三船敏郎が演じている)に命令が下る。木村少将は、足の速い船と夏場の北太平洋の「靄」を使い、キスカ島からの無血撤退を完遂するのだ。実話をもとにした話であるが、木村少将も、一度は無理をせずに引き返す。その時に「弱虫」というような海軍からの批判を受けるのだが、その批判を一身に受けながら、それでもキスカ島撤退の完遂のために全力を尽くす姿は、なかなか忘れられない。一回目の撤退の時に「帰ろう、帰ればまた来れるから」という木村少将の決断は、ある意味非常に合理的であり、当時の日本には似合わない話なのかもしれない。しかし、精神論だけではなく合理的な考え方をする「戦争屋」がいたところが、日本軍の強さではなかったか。
 私が生まれる前は、戦場その物の映画がかなりあった。有名なところでは「独立愚連隊」など戦争アクション映画や、戦争をコミカルにとらえる映画も少なくなかった。それだけではなく、戦争そのものを「そこにある現象」としてとらえている。その中でも、日本人のバイタリティや、生活感を出し、戦争という極限の中にも人間臭さを出した映画が多くあった。「怪傑ハリマオ」など、子供のヒーローも戦争の中に存在していたし、「のらくろ」なども、子供の読み物として存在した。
 この違いは、単純に戦争体験者の数の問題だ。
 現在の映画は、戦争体験者の対縁談をもとにつくっている。しかしここにある戦争体験者は、ほとんど戦争時代に生れていた人である。逆にいえば、空襲など日本本土にいて戦争被害を受けた人である。戦後65年というのは、そういうものだ。65年前に20歳だった人はすでに85歳。学徒動員で戦争に参加しても、それは最前線ではなく、基地勤務である。多くの戦友たちが特攻で旅立つのを見ていた人である。そのほかは、戦争といっても一方的に攻撃され、空襲や機銃掃射から逃げ回った、または空襲後、戦後に物資がない中我慢して生きてきたという内容しかない。
 一方、私が生まれる前の映画の中心は「戦場体験者」である。要するに帰還兵など実際の戦場で戦った人々が多かった。彼らは当然に負けたことを肯定しながら、戦争そのものに対して自分の正義があった。日本国の誇りもあった。だから、その戦争の中において人間性を大事にした映画があった。また、戦争の中でヒーローも生まれていた。戦争ではなく「戦場」の体験者は、それだけ戦争というよりは最前線の極限状態を知っている。それだけに、その中における人と人の結びつきをしっかりとわかっていたに違いない。物がない、食料がないのは「あたりまえ」であり、また、人が死ぬのも「あたりまえ」その中で、いかに人間らしく、毎日を充実して過ごすか。もしも戦死するときに、毎日を公開しないでいられるか、そういったことが題材であった。
 私の祖父(すでに鬼籍に入っている)からの話もおなじであった。彼は富山出身でそのまま関東軍として満州奉天にいたが、戦争終盤になってフィリピンに転進、マラリアにかかり東京空襲後の東京に帰還し、トタンの小屋の中で予備役として終戦を迎えた。フィリピンに転進した多くの戦友は戦死し、現在も富山県魚津小学校の戦争記念碑の中に名前が刻まれている。私の祖父も、上記のような経緯で行方不明であったために、戦没者記念碑の中に名前が入っている。それほど厳しい環境の中、戦争の話を聞くと必ず笑い話になった。戦争といっても常にいい思い出ばかりを語っていた。祖父の左ひざは銃創があり、穴が開いたようになっていたが、その話も「日常茶飯事」のように話していたのが印象的だ。「戦争というものはそういうものだ、でも、それで本土の人を守れるならばしょうがないんだよ」という祖父の言葉は、今になって考えればかなり重い言葉ではなかったか。
 戦争を美化する必要はない。戦争を奨励する必要もない。しかし、一方で、戦争を必要以上に忌避するのもいかがなものか。戦争が良くないことは誰でも知っている。しかし、誰かに攻められた場合に、誰がどうやって、大事な物や人を守るのか。
 そして、そのような純粋に「大事な人や物」を守った人を、「戦犯だから」といって否定するのはいかがなものか。
 今年も、靖国神社参拝について話題になった。考えてもらいたい。民主党の政府関係者は、海外に行って無名戦士の墓などに花束をささげている。この行為は、単純に戦争を否定しているものではない。無名戦士の墓や真珠湾の戦没者記念碑に花束をささげることは、戦争の否定とは全く関係がない。逆に、戦争を賛美しているようにも見える。外国に行って無名戦士の墓に参拝しながら、なぜ日本の靖国神社には参拝しないのか。このようなことが「日本だけ差別している」ということになり、自虐史観といわれる由縁である。戦争を否定するのであれば、海外に言っても戦没者の墓に行かなければよいし、戦争反対や武装反対を叫べばよい。軍需産業に対して抗議すればよい。日本だけダメという、それも「負けたから」という理由では、説明にならない。中途半端に海外はよくて日本はよくないということは、かえって「反省を拒否している」態度にしかならないのではないか。
 

自民・谷垣総裁、終戦記念日に靖国参拝の意向

 自民党の谷垣総裁は11日、党本部で記者団に対し、15日の終戦記念日に靖国神社を参拝する意向を明らかにした。
 谷垣氏は京都府遺族会会長を務めており、昨年9月の党総裁選で終戦記念日に同神社を参拝すると明言していた。昨年10月の秋季例大祭、今年4月の春季例大祭の際にも参拝している。
 ただ谷垣氏は、2006年の党総裁選に立候補した際には、靖国神社にA級戦犯が合祀(ごうし)されていることを理由に、自身が首相になれば同神社参拝を控えると述べていた。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100811-OYT1T00854.htm
(2010年8月11日18時48分  読売新聞)

首相と全閣僚、終戦記念日の靖国参拝見合わせへ

 菅首相と閣僚全員が、終戦記念日の8月15日に靖国神社を参拝しない見通しとなった。
 10日の閣議後の記者会見で、各閣僚が質問に答えた。
 このうち川端文科相は「鳩山内閣、菅内閣ともに、閣僚の立場として行くのを見合わせると申し合わせている。それに沿った行動をしたい」と閣内で申し合わせがあると説明。
 これに対し、仙谷官房長官は「この議論を閣僚懇談会などでしたことは一切ない」と否定した。
 菅首相は10日の記者会見で「在任中にお参りはしないと就任の時に言った」と強調。外国訪問中の岡田外相は8月6日の記者会見で「A級戦犯のいる靖国に参拝するのは不適切だ」と参拝しない意向を示している。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100810-OYT1T00817.htm
(2010年8月10日18時49分  読売新聞)

 今日の新聞記事は、靖国参拝に関することだ。自分の考えを改めて靖国参拝をすることにした谷垣自民党総裁と、一方で、戦争反対とか言いながら「核の傘が必要」などといった自己矛盾をそのままに、中途半端な対応を続ける菅直人内閣の面々との佐賀一目瞭然である。
 民主党は、もっと自虐史観や東京裁判史観をなくして、世界の歴史から敗戦した国の対応をしっかりと学ぶべきではないか。

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日本のエネルギーの不安~民主党でシーレーン防衛はできるのか

日本のエネルギーの不安~民主党でシーレーン防衛はできるのか

 私は、このブログの中で、常々シーレーン防衛について書いている。国家の要素を「国民」「領土」「主権」と、それに加えて「権益」を入れるくらいである。
 経済を語る人々の中で、最近日本は貿易立国ではないと言っている人がいるが、実際のところ、日本のエネルギー、正確にいえば石油であるが、その96%以上を輸入に頼っている。そして、全体の88%が中東からの輸入。全体の76%がホルムズ海峡を通っているのである。
 そのホルムズ海峡の安全が守られていないというのである。
 私にしては珍しく、朝日新聞より。

原油の動脈に深まる懸念 タンカー損傷事件、警戒強める
    
 【カイロ=貫洞欣寛】中東ペルシャ湾のホルムズ海峡を航行中だった商船三井のタンカー、エム・スターの損傷事件で、アラブ首長国連邦(UAE)当局が「テロ攻撃によるもの」との見方を示したことで、ホルムズ海峡の安全性への懸念が高まるのは避けられない状況になった。こうした事件が繰り返されれば、日本をはじめ、世界に影響が及ぶ。
 UAE当局は、タンカーが手製の爆発物を積んだボートによる攻撃を受けた可能性が高いと見ている。英国の海運専門紙ロイズ・リスト(2日付)も、米海軍筋の話として「水上から手製の爆発物による攻撃を受けた可能性がある」と伝えていた。
 世界の原油の4割が通過するホルムズ海峡周辺では1980年代、イラン・イラク戦争の影響でタンカーへの攻撃や機雷接触が相次いだ。2001年の米同時多発テロ以降は国際テロ組織アルカイダなど、イスラム過激派によるテロに対する懸念が高まり、沿岸各国に加えて米海軍第5艦隊も警戒に当たっている。
 同艦隊司令部(バーレーン)は6日、「UAE当局と捜査内容を協議する。我々は今後も商船三井への支援と、ペルシャ湾の警戒を続ける」との声明を出した。
 中東のテロ組織に詳しい中東通信(エジプト)のアンマル・ハサン記者は「タンカーは警備が緩く、標的にしやすかったのだろう。アルカイダ系組織は以前から経済的な打撃の大きい石油関連施設を狙っており、今後もタンカー攻撃は起きうる」という。
 日本を標的にした可能性については否定的な見方が多い。アハラム戦略研究所(カイロ)のディーア・ラシュワン比較政治部長は「ペルシャ湾には米軍などアルカイダの重要標的が数多くある。夜間は船名の確認も難しい。日本を狙ったというよりも、攻撃されたのが、たまたま日本船だったとみるべきだろう」。
 今回、アルカイダ系「アブドラ・アッザム旅団」を名乗る組織が自爆テロを行ったと声明を出した。しかし、複数の専門家がこの声明は「便乗犯」の可能性があると見ており、実行犯の背景は依然不明のままだ。
 元エジプト軍准将の軍事アナリスト、サフワト・ザイヤード氏は「この事件は一つの予兆ととらえるべきだ」と語る。「各国はすぐ警備強化に動く必要がある。船会社も自衛用の機材や乗務員の訓練の導入を検討すべきだ。今回の損傷は小さかったが、テロ組織は経験を積んだ。次のテロでは、タンカーの爆発や乗っ取りなど大きな被害が出ると考えた方がいい」
 関係国の警戒感は高まっている。ホルムズ海峡の両岸に位置するイランとオマーンは4日、警備強化で協力することで合意した。だが、小型船を使ったテロ攻撃が今後も起きるとすれば、対策は難航しそうだ。海上を自在に動く小型船をとらえるのは容易ではないためだ。
 ソマリア沖やイエメン沖では、米英両軍をはじめ日本の海上自衛隊など各国の組織が海賊の警戒に当たっているが、小型船を使う海賊の根絶には至っておらず、この1週間でも貨物船が2隻、乗っ取られている。

http://www.asahi.com/international/update/0808/TKY201008080002.html
朝日新聞 2010年8月10日8時29分

 さて、まずソマリアの海賊対策で自衛隊艦船派遣を反対したのは、民主党と社民党である。社民党は「自衛隊ではなく海上保安庁を派遣すべき」という理由であったが、民主党はとうとう最後までどうして反対していたのかよくわからなかった。
 民主党が政権を取って、すぐ、岡田克也外務大臣が「マニフェストに書いてあるから」という理由でインド洋の対テロ対策が終了した。日本の自衛隊による他国への給油支援を中止した。当時の報道で「岡田外務大臣、アフガニスタン電撃訪問」とされた。一国の大臣が「電撃」で外国に訪問するというとはないし、そんなことで、装甲車などが用意できるわけもないし、アフガニスタンやパキスタンの政府高官のアポイントとれるはずがない。当然に、外務省記者クラブや、そのほかのマスコミが事前に察知していないか、もしくは知っていながら外務省や民主党の「演出」であえて「電撃」と報道した可能性もある。いずれにせよ、岡田外務は、事前にマスコミが報道することなくアフガニスタンとパキスタンを訪問し、インド洋の給油が必要ないというように結論を出し、そして中止したのである。
 アフガニスタンとパキスタンという二つのイスラム教中心の国における活動を停止したことにより、日本は重要なイスラム教社会の情報源を失ってしまった。何も給油している給油艦艇が「諜報活動」をしているというわけではない。しかし、テロに対抗する40に近い国の参加がある活動において、その活動を通して、テロの情報、イスラム教の情報、諸外国ん情報を「軍事関係者の視点から」収集することができなくなったということである。日本のインド洋における活動は、古くは湾岸戦争以降の機雷の処理に対する掃海艇の派遣ということがあったが、それ以降日本のシーレーン防衛及び安全保障ということから、情報を収集していたのである。情報を収集していたというよりは、給油期間中や寄稿した時に、噂話や他愛もない話を他の国の軍人とすることがある。当然に日本人も街に出て休日に現地の人と話をすることもあるし、現地の協力者と情報を交換することも少なくない。この「他愛もない雑談」こそ情報であった。わざわざ報告するまでもない、しかし、他愛もない雑談の中には多分に多くん情報が含まれているものである。その情報を、自ら断ち切ってしまった。
 民主党の政策は「軍事アレルギー」と「日本国内の政局政争」以外になく、情報や安全というものに価値を見出さないあまりにも幼稚なものである。大学生の机上の空論を行っている。情報は入ってくると思っているし、報道や外務省を通じて入手できると思っている。そんなことで小泉政権の時に拉致被害者が返ってくるはずがない。そもそも曽我さんとジェイキンスさんのジャカルタでの再会が、そのような机上の空論で果たされるはずはないのだ。それを行うのに、どれくらいの人が、そして国が動いたのか。民主党は知る由もない。
 日本国内の政局政争しか考えていない民主党には当然に国家観も安全保障観も全く存在しない。そもそも民主党の人々は安全保障における重要な要素の中に「情報の収集と分析」が入っていることもわからないのではないか。そして、その情報は「雑談の中にこそ真実が隠されている」ということが分かっていない。菅首相の国歌斉唱拒否ではないが「証拠」のある情報などは、ほんの一握りしかないのだ。
 また、その雑談をしてくれるということは、「雑談ができるような関係」「雑談ができるような場所と時間」を維持しなければならない。当然にその関係は、「よそゆき」の会話ではできない。給油しかしていないとはいえ、後方支援しかしていないとはいえ、「戦友」はまさにそのような関係になるのではないか。その関係の維持を自ら断ち切ったということは…。
 要するに、民主党は完全に日本の安全保障、情報収集、そしてシーレーン防衛に関する感覚とその内容が全くわかっていない。そのことを通して日本の権益を失い、危険にさらし、そして輸入が危険になるということで、国民の生活が悪化する。民主党政権の外交、安全保障の無策はこのような形になってしまっている。しかし、それをすぐに変えることはできない。なぜならば「日本国内の政局政争」が優先だからだ。とくに今は、「日本国内」ではなく「民主党内の代表選挙」しか頭にないから、これでは話にならない。
 はやく、真に日本のことを考える政府に戻す集団はないだろうか。暑い夏に、電気がなくなったらと思うと、将来の日本が不安になる。そして、65年前死んでいった英霊は現在の日本の政府を望んだのか?こんな平和ボケの日本を作るために命をかけたのか。少し現代人として反省するものである。

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日韓併合100年での首相談話 村山談話の愚を繰り返すのか!

日韓併合100年での首相談話 村山談話の愚を繰り返すのか!

 今年は日韓併合100年である。明治維新以降、急激な近代化を行い産業革命と軍隊の近代化を実現した日本は、まず琉球征伐によって琉球を併合する。その後征韓論で日本国内が二分し、西南戦争が起きるが、その後は、不平士族の反乱も少なくなった。
 征韓論というのも不思議な論争で「韓国を併合する」という目的は同じ。それを「すぐに」行うのか、一方「もう少し国力をつけてから」行うのかという対立であった。すぐに韓国を征服するべきであるというのが西郷隆盛率いる不平士族。一方、富国強兵を実現したのちとするのが、大久保利通率いる官僚グループである。
 明治10年から、官僚対サムライの対立があり、それがいまだに発生しているというところが非常に面白い。結局「官僚」が勝つのである。大久保利通の作った「エリート官僚制度」はこの時期から組織論をしっかりと身につけている。そのために、サムライが官僚に対抗しても前近代的な集団と近代的な軍隊の戦いになってしまう。サムライはサムライとしての自立が、組織論を排除してしまうために、組織に勝てないという「道理」がそこに存在するのである。
 官僚制については、今回の主題ではないのでこの辺で。
 富国強兵を行った大久保利通は、後に暴漢に襲われて命を落とす。明治10年に木戸孝允(病死)、西郷隆盛(戦死)と合わせ、「維新の三傑」といわれる三人がいなくなってしまう。その後は「維新の三傑」が作ったレールを伊藤博文、黒田清隆らが進んでいる。そのために、その20余念後に、日清戦争を行い、朝鮮の清国からの影響力を排除した。しかし、フランス・ドイツ・ロシアの三国干渉により、遼東半島の領有を放棄させられることになり、「臥薪嘗胆」を合言葉で、富国強兵を進め、また武装を近代化した。日本海海戦の旗艦「三笠」はイギリスで他国との争いに負けずに購入することのできた船である。
 日露戦争での戦勝後、干渉をする国がなくなったために日本は「日韓併合」を行う。
 簡単に明治時代の歴史を振り返ったが、ここで気づくであろうか。日本は明治維新後、すぐに「韓国の併合」を考えていたのである。日本にとっては、朝鮮半島はそれだけ大事な地理的な場所であった。この間に台湾征伐もあり、南は台湾、北は樺太(サハリン)、そして西を朝鮮半島を領有することによってのみ「日本本土」を守ることができると考えていたのである。なぜそうなのか。
 当時、欧米列強は植民地主義経済を行っていた。植民地をモノカルチャー的に産品生産を行いその商品を搾取することによって貿易を成立させていたのだ。東アジアは、欧米の来訪とともにそれを取り入れた。清国は、イギリスなどアヘン戦争を行いながら、租借地を増やしたが、元来の領土の広さとずる賢さによって難局を切りぬけた。日本は、小回りのきく動きをし、また元来の文化の取り入れのうまさや咀嚼・消化の速さによって、西欧文化を取り入れて、国家そのものが、富国強兵に倣ったのである。欧米とは距離的に遠いこともあり、日清両国は、後進的ではあるものの、近代化を行った。その両国は、台湾や朝鮮半島、中国東北部など欧米の手の付いていない場所をよりどころに、独立国として発展しなければならない。その東アジアにおける覇権争いが日清戦争であり、日露戦争であった。
 ただ、日韓併合といっても、その併合は欧米の植民地化とは全く異なり「共存」の意味合いが強かった。日本は、近代化したとはいえ、完全に韓国を支配下、植民地化することはできなかった。結局のところ、韓国を日本の文化と同水準にあげることによって、そして教育を施すことによって、共存共栄の道を探ったのである。そのことは、イギリスやオランダに租借された香港やマカオと今の韓国を比べればよくわかる。結局のところ、日本が出た後、韓国が自らの文化を壊したものばかりだ。中国の場合、私は大連にいたが、旧大和ホテル(現在の大連賓館)や大連駅など、当時の日本の建物は、65年たった現在も立派に使えるものばかりだ。
 統計では、韓国は日本の併合機関に学校は5倍に、人口も8倍に増えており、また、その王族は、日本の皇族や家族と結婚している。日本は「併合」ではなく「共栄」しようと努力をしていた。この方式は、インドネシアにおいても同じ手法であるし台湾においても同じ融合共栄を目指していた。同じ占領政策をしていながら、インドネシアなどの東南アジアでは、欧米の植民地支配から助けてくれた恩人になり、韓国ではお詫びをしなければならないというのはかなり不自然だ。とくに占領していない中国から、様々言われるのはより一層不思議なものである。
 そのような、しっかりと根拠に基づいた歴史認識が一方で、日本国内に厳然と存在している、それにもかかわらずその感覚に全くついて行かず、勝手に「政府」だけで検討をしてお詫びを申し上げるというのはいかなることか。
 村山談話のあと、商社など日本人が海外で現在商売を行うのにどれくらいの苦労をしたのか。菅首相は全くそれら海外で活躍する日本人のことをわかっていないのである。

 その結果が下記のものである。

日韓併合100年、改めて反省…首相談話決定へ

 政府は9日、日韓併合から100年にあたっての菅首相の談話を、10日に閣議決定することを決めた。
 1995年の村山首相談話を踏襲し、過去の植民地支配に対する反省とおわびを改めて表明する内容だ。植民地時代に日本に渡った朝鮮王朝ゆかりの図書「朝鮮王室儀軌」を韓国に引き渡す方針を、談話の発表に合わせて表明する方向で最終調整している。
 政府関係者によると、村山首相談話に盛り込まれた「痛切な反省」や「心からのおわび」を踏まえつつ、「『強制されて国を奪われた』という韓国側の視点」をより強調し、韓国国民の感情に配慮する方向で調整しているという。
 自民党の谷垣総裁は9日、仙谷官房長官に電話し、「日韓の未来志向を損なうものであってはならない」と述べ、1965年締結の日韓基本条約の付属協定「請求権・経済協力協定」で、植民地時代の対日請求権の問題は解決済みとする立場を談話でも堅持するよう求めた。これを受け、首相は谷垣氏に電話し、「(要請は)よく聞いている」と伝えた。
 福山哲郎官房副長官は9日、民主党の玄葉光一郎政調会長ら党政策調査会メンバーに談話の要点を説明した。福山氏は「新たな戦後補償につながる表現は一切ない」などと説明した。
 「朝鮮王室儀軌」については、2月の日韓外相会談で、韓国の柳明桓外交通商相が岡田外相に返還を要請していた。政府は、請求権問題の再燃を防ぐため、「返還」ではなく「譲渡」などと位置づける方向だ。
 政府は当初、韓国が植民地支配からの解放を祝う15日の「光復節」に合わせて談話を発表することを検討していたが、「光復節には韓国の李明博大統領の演説があるため、そこに日本の首相談話の内容が反映されるように発表を早めた」(政府筋)という。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100809-OYT1T00702.htm?from=top
(2010年8月9日22時09分  読売新聞)

「過去の首相談話の内容遵守を」自民谷垣氏、官房長官に要請

 自民党の谷垣禎一総裁は9日、仙谷由人官房長官と電話で会談し、29日の日韓併合100年に先立ち菅直人首相が発表する予定の首相談話について、平成7年の「村山談話」や17年の「小泉談話」の内容を逸脱しないことなどを求めた。仙谷氏は「(自民党の要望を)踏まえてやりたい」と答えた。谷垣氏は(1)昭和40年の日韓基本条約に伴う協定で両国間の財産・請求権問題が完全に解決されたことを踏まえる(2)過去の首相談話を逸脱しない(3)日韓の未来関係を損なう内容にしない-との3点を要望した。谷垣氏はこの後、菅首相とも電話会談したが、菅首相は「官房長官から伺った」と述べるにとどめた。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100809/stt1008091906001-n1.htm
産経新聞20100809

日韓併合の首相談話は「与党にはかれ」 民主の笠、松原両氏が仙谷氏に直談判

 民主党国会対策委員会の笠浩史(ひろふみ)筆頭副委員長、松原仁副委員長らは6日、首相官邸で仙谷由人官房長官と会食し、日韓併合100年に関する「首相談話」について「慎重に運んでほしい。与党の政策調査会できちんと議論するべきだ」と申し入れた。
 笠氏らは、平成7年の「村山富市首相談話」の際は当時与党だった自民党内で幅広い議論があったことも伝えたが、仙谷氏は明確な返答を避けたという。
 この後開かれた民主党国対の会議では「首相談話」への反対論が相次いだ。玄葉光一郎政調会長は同日の報道各社のインタビューで「文字通り慎重に検討してほしい。補償の話が蒸し返されてはならない」と語った。

http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100806/stt1008061953007-n1.htm
産経新聞 20100809

ぶち切れた官房長官 ごまかしも 日韓基本条約の認識で

 耳をほじくって…。仙谷由人官房長官は4日の参院予算委員会で、自民党の西田昌司氏に1965(昭和40)年の日韓基本条約に対する認識を問われると逆ギレし、国会での政府答弁としては異例の俗語を使って反論した。事実と異なる強弁で過去の発言をごまかすこともした。
 予算委で西田氏は、仙谷氏が7月7日の記者会見で「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。当時の韓国は軍政下だった」と述べた問題を取り上げ、「基本条約が有効ではないかのような発言だ」と指摘。仙谷氏は激高し、「耳をかっぽじって刮(かつ)目(もく)してお聞きいただきたい。有効でないような発言はいつしたんですか」とまくし立てた。
 また、仙谷氏が6月16日、西田氏を念頭に「罵(ば)詈(り)雑言を投げつける質問をした参院の人がいた。国会でなければ名誉棄損の告訴状が3本も4本も出ざるを得ない」と述べたことを問われると、「私の記者会見などの正式な発言ではなく、そういう非公式な雑談が書かれたとすれば、西田さんに迷惑をかけた」と報道側の問題にすり替えた。
 西田氏はほこを収めたが、発言は正式な記者会見でのものだった。意図してかどうかはともかく、仙谷氏は国会答弁をうそで乗り切った形だ。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100804/plc1008041942012-n1.htm
産経新聞 20100809

 日本は、またしばらくの間、東アジアで、この菅直人の談話をもとに、賠償を迫られる商売を行わなければならない。このことが海外における日本の権益を大きく制限し国民の生活に様々ないらぬ負担を強いているという現実を、多くの国民に知ってもらいたい。

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民主党政権の自信のない安全保障と核の抑止力

民主党政権の自信のない安全保障と核の抑止力

 「イラ菅、ブレ菅、もうイ菅」とは、選挙中にみんなの党の代表渡辺喜美議員が発言した言葉と認識している。もちろん、渡辺代表がそんな気のきいたことを考えるはずがないので、誰か元のネタを考える人がいたに違いない。そんなことはよいが、この言葉はかなり様々な方面で言われるようになった。
 先日閉会した国会も、まさにこの言葉通りの菅首相の姿が見えた。このブログでも書いたが、平沢勝栄議員の追及に「イラ菅」ぶりがいかんなく発揮され、君が代斉唱拒否が、かえってクローズアップされた形になった。また、そうかと思えば、他の答弁では居眠りを行う。みんなの党の江田憲司議員の「盗人猛々しい」という話に関しては、頓珍漢な答弁で完全に「ブレ菅」。見ている人は完全に「もうイ菅」という感じになったのではないだろうか。
 今までの民主党の菅直人の姿からは全く想像ができない状況であった。菅直人は攻撃や追求はできても、結局のところその攻撃はその場限りでしかない、まさに後のこと、または全体のことを考えての追及ではなかったということであろうか。
 そんなことを考えながら、広島の慰霊祭のニュースを見ていた。その中の一コマで、菅直人は核の抑止力の存在を認めたのだ。これに対して8月8日原水爆禁止広島県協議会は、菅直人に抗議を行ったというのだ。
 この二つの記事を読売新聞から。

「核抑止力は必要」発言に矛盾?首相に抗議文

 広島の原水爆禁止県協議会(大森正信・筆頭代表理事)と県原爆被害者団体協議会(金子一士理事長)は7日、菅首相が6日の平和記念式典後の記者会見で、「核抑止力は必要」と述べたことに対する抗議文を、首相あてにファクスで送った。
 抗議文は、菅首相が式典のあいさつで、「唯一の被爆国として、『核兵器のない世界』実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有している」と述べたのに対して、記者会見では核抑止力の必要性を主張したことを、「発言は全く矛盾する」などと批判。「一刻も早い核兵器廃絶と被爆者援護のため、全力をつくすべきだ」と求めている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100808-OYT1T00233.htm
(2010年8月8日09時43分  読売新聞)

菅首相が広島で会見「核抑止力は引き続き必要」

 記者の質問に答える菅首相=大久保忠司撮影 菅首相は6日午前、広島市内のホテルで記者会見し、同市の秋葉忠利市長が平和宣言で「核の傘」からの離脱を求めたことについて、「国際社会では核戦力を含む大規模な軍事力が存在し、大量破壊兵器の拡散という現実もある。不透明・不確実な要素が存在する中では、核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と述べ、否定的な考えを示した。
 11月の来日が予定されるオバマ米大統領の広島、長崎両市への訪問については、「大統領自身が『訪問は非常に意義深い』と発言されている。私も実現すれば大変意義深いと思う」と訪問への期待を示した。仙谷官房長官は6日午前の記者会見で、「大統領が来られる時にどのくらいの日程を取ることができるのか。(訪問を求める)広島市の要望も含め、話し合いをしなければいけない」と語った。
 仙谷氏は秋葉市長が非核三原則の法制化を求めたことについては、「原則を堅持する方針に変わりはない。わが国の重要な政策として内外に十分周知徹底されており、改めて法制化する必要はない」と述べた。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100806-OYT1T00489.htm
(2010年8月6日11時49分  読売新聞)

 「唯一の被爆国として、『核兵器のない世界』実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有している」としながら一方で「国際社会では核戦力を含む大規模な軍事力が存在し、大量破壊兵器の拡散という現実もある。不透明・不確実な要素が存在する中では、核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と矛盾することを言ったというのだ。
 私個人は、核の抑止力は少なくとも現在は必要であると考える。昨年のオバマ大統領のプラハ演説でも、アメリカが最後の核保有国になって、全廃する。ということを言った。要するに、他の国が核兵器を持っている以上、核兵器を持つことによってのみ核の抑止力が働くということを言っている。最後に核を持っている国が最も重要で、その国が本当に核兵器を最後に廃棄するということを確認できるのか、そこは信用の問題ということになるのである。
 現在、核兵器はごく少数の国が持っている。その中に北朝鮮やイランが含まれるかどうかは、非常に大きな問題だ。とくに核不拡散条約の下で平和利用ですら問題があるのに、紛争当事国において核を保有することは、いつ核兵器が使用されるかわからない。核兵器を使用しないように、様々な国際的圧力をかけなければならないが、その抑止力の最も大きな理由が「使えばやられる」というものであろう。
 その意味では、核の抑止力は非常に必要であると考えられる。しかし、一方で核兵器のない世界の実現に向けて行動することは重要であろう。現在の核兵器は、地球上の生物を絶滅させるの十分な破壊力である。その破壊力を持っている核兵器などは実際に必要はない。そもそも戦争に民間人を巻き込むことそのものが良くないことであり、ましてや核兵器のように、隣国や地球上の多くの環境に影響を与えるような兵器は必要がない。そのような必要のないような、兵器を保有していることそのものが無駄であるというのは間違いがない事実だ。
 核兵器は使用しないための兵器。別な言い方をすれば抑止力としての存在以外にはない。しかし、その内容は、国際関係でのなかで言えることで、自滅的な考え方をすれば核兵器は完全に使用できる平気だ。他人を巻き込んでの自殺を考える人がいるように、または自爆テロがあるように、核兵器が自爆テロに使われた場合のことを考えれば、いつまでも抑止力のみの兵器とはいっていられない。実際に使用される兵器として核兵器がクローズアップされることになる。もっといえば、国家という国民を守る立場の政府であれば、核兵器は使わないということになるが、テロ集団という守る者のない攻撃集団では、普通に使用できる最も手っ取り早く、そして、効率のよい武器ということになる。不謹慎な言い方だが9・11のようにジャンボジェットをハイジャックしなくても、それ以上の殺戮が可能だ。
 このようなテロ集団に核兵器が渡らないようにということが、もっとも大きな動機であるとされているが、米ロをはじめとする様々な国が核兵器の廃絶に向けて第一歩を踏み出した。その中において「核の抑止力」の話をするというのは、いかにもナンセンスなのではないか。菅直人には政治的センスが感じられないというのが正直なところだ。
 はっきり言えば、将来的に核廃絶、しかし、中国や北朝鮮が核兵器を保有している間は、核の傘の中にいます、というのが真の意見であろう。しかし、そのことをしっかりと信念を持って説明できない。
 「イラ菅・ブレ菅」というのは、結局のところ、菅直人自身に信念を持った政策がない、もしくはそれを言うことができないということがあるのではないだろうか。結局、自身のないことを言ったり信念のないことを言うから、ブレル。他人の意見に影響されてしまうから前に行ったことと異なる。そして、自己矛盾を指摘されるとイライラする。要するに、自分の政策に自信のない人を政府の頭に迎えているというのが、今の日本の姿である。
 国内において批判しているのはよいが、その信念のなさ、矛盾している態度を国際社会で、国際会議で指摘されるようになったら、日本は鳩山由紀夫に次いで二人連続で国際社会において信頼されない首相を選んだということになる。その不利益は国民が受ける最大の不利益ではないだろうか。
 核兵器のような国際社会に影響がある問題、ことに、日本の場合唯一の被爆国として8月6日と9日の二日間、ヒロシマ・ナガサキは世界の注目を集める。その中で、このような「ブレ菅」が現れるようでは、困ったものである。

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マスコミ批判に対する一考(8) テレビ業界の内幕

マスコミ批判に対する一考(8) テレビ業界の内幕

 二週間前だったであろうか。私は新聞業界の内幕をここで記載した。その時にご意見でテレビと新聞は同じかという疑問をいただいた。私たちからすると、テレビと新聞は全く異なる媒体であるといえる。そのために、新聞業界の内幕を記載したのちに、どうしてもテレビ媒体を記載しなければならないということになる。
 そこで、今回はテレビ媒体に関して簡単にまとめてみよう。
 まず、テレビと新聞で違いは。
 ・ 受信が無料であること
 ・ 動画映像があること
 ・ バラエティという枠組みがあること
 の三点である。
 テレビ業界は、まずテレビの中に「報道部」「製作部」「取材部」「映像部」「事業部」があり、このほかに「総務部」「経理部」などがある。
 総務部、経理部に関しては新聞と同じであるので、今回は、抜いておく。同じことの繰り返しになるからだ。
 まず、「製作部」以外の部分から見てみよう製作部は様々長く語りたいからだ。
 そこで、「報道部」。報道部は、まさに、報道を行うところだ。報道とはまさにニュースそのものであり、番組の合間の5分のニュースなどは全てこの報道部の仕切りになっている。報道部のおもなところは、朝のニュース、夕方のニュース、夜のニュースの三回である。この報道以外は、製作部で行う。ワイドショーは製作部の作成だ。製作部で行うワイドショーと報道部の行うニュースの違いは、その番組の作成に「製作会社」という別会社を使うかどうかである。
 報道部は、製作会社を使わない。当然に、「取材部」の中における取材のネタをそのまま報道するだけである。この取材のネタの中に、報道しない自由があるなどのことが議論になるが、それは報道部のデスクの判断である。しかし、報道部のニュースは、あまり脚色をしていない内容が大きい。
 報道部のニュースの場合、「内容(素材)」「映像」「伝達」の三本が基準になる。まずは内容。内容が良くないものに関しては、どうしても、ニュースにならない。問題は、その「善し悪し」の判断が、どうしても報道部の上層部の個人的な判断になったり、スポンサーに木を使った判断になってしまうということである。その個人的な判断という部分に関しては、どうしても主観的になってしまう。ことに、現在のように上層部の年代が団塊世代である場合は、どうしても左傾化した報道が目立つような感じがする。
 新聞の場合は、これだけしかないのであるが、テレビの場合は「映像」があるのかということがもう一つの内容になる。テレビである以上、映像がなければ話にならない。「映像」がしっかりとできていなければ、ただアナウンサーが話すだけでは他のニュースにインパクトで後れをとってしまったり、説得力が欠けるものになってしまう。この映像の入手で「他よりもインパクトのある映像」ということで、「やらせ」や「事故」がおきてしまうのだ。先日発生した埼玉秩父の日テレ取材班遭難などはまさにこのことである。過剰な映像主義は、どうしてもこのような事故を誘発してしまう。また、カメラマンはファインダーをのぞくと人間が変わってしまうというが、ほんとうで、映像のためならば、なんでもするし、危険を顧みない。逆に、「内容」がだめでもインパクトのある映像があれば番組が成り立ってしまう。素人の面白画像を流す番組などが成立するということは、まさにその物である。
 「伝達」ということは、まさに、限られた時間の中で「音声」でニュースを伝えることができるかということである。イデオロギー的な内容はここで大きく損をすることがある。結局、報道部のニュースでは、長くても15分、通常は2分程度で物事を伝えなければならない。新聞のようにニュースに解説をつける時間がない。そうなれば、映像と、音声でしっかりと内容が伝わるかということが問題になる。その意味では、昨年の「政権交代」は非常によくできたテレビ的なニュース素材であった。小泉元首相も、そのような単語のインパクトで人を引き付けることができるようになった。非常にテレビ的な選挙と政治が行われてきたが、これは、テレビのこの「伝達」に関する報道姿勢が大きく英休していると考える。逆に、宗教的なこと、またはイデオロギー的なことは、討論番組などにしなければならないので、報道の中ではできないという結論になってしまう。当然に、何らかのイベントなどで、表現しなければならないということになるのだ。
 
 「報道部」のところでわかるとおりに、「取材部」は様々なネタの取材をする。取材は常にテレビカメラを出しているわけでも何でもない。新聞と同じで、普通に記者が取材をするのである。取材した中において、これはと思うものから「映像部」が来て『カメラで映像を撮影す』ということになる。映像部の活動以外は、基本的には新聞などのマスコミと同じだ。この中における取材は、完全な取材でしかない。また、取材の時点では、あまりイデオロギーなども関係がない。ましてや映像の部分では本来は偏向報道には関係がない。動画であるから、印象が悪くなるような映像ばかりをつなげるというのは難しいのである。ただし「悪人面」というのはある。それをいかに編集するかは、別問題である。
 なお、この編集を悪用したのが「1993年の椿事件」である。印象操作ということを行うことと、上記の「伝達」基準であまり詳しく政策を報道しないことによって「悪印象をつける」ことをし、世論を誘導したものである。このようなことは「公平性」の原則がなく、バラエティという枠組みがあるので、どうしても、このような主観表現と主観事故ができてしまうのである。

 さて、「製作部」である。製作部は番組を制作する立場である。政策を行うということは、製作部が予算、企画、キャスト手配などもすべて行う。ここで「予算」とあえて書いたのは、スポンサーをつけるのも製作部が行うことがある。何かの予算をつけなければならないが、その予算をつけるために、製作部が自ら電通などの広告代理店と話を行い、そしてスポンサーを口説く。ある意味では当然だ。製作部がスポンサーを意識しなければ製作できない状況が作り出される可能性があるのだ。
 主に偏向報道とか、キャストがおかしいというテレビに関する内容も、「製作部」の問題であると一括してもかまわない。
 上記のような報道も「バラエティ」「ワイドショー」にしてしまい、結局のところ報道を主観で曲げてしまう。そのことが最も大きな問題としてできてしまうのである。偏向報道といっても、「名誉棄損になるような」事実無根の報道を行うことはない。結局のところ、偏向報道というのは、「印象操作」に他ならない。その印象が主観によって偏っていることが最大の問題になるのである。そして、その印象操作であっても、製作部の説得によってスポンサーがついているということそのものが非常に大きな問題になっているのである。新聞のように営業部と製作部が完全に離れているわけではない。それだけにテレビではスポンサーと番組政策が非常に近いものになっているのである。そのことがより大きな問題いなる。要するに、スポンサーの意向という別な主観がそこに入るのである。公共の電波が少数の主観で印象操作されるということになるのだ。
 それをおかしいと思わないのが「製作部」である。ここにも、新聞の時にここで出したように「テレビ会社も営利目的」である。スポンサーがついて、収入があればそれの意向に従うのがテレビである。また、テレビ局は、非常に狭い世界でできている。なかで一般の人と話をするのは取材部くらいであろう。これでは話にならない。製作部が自分でおかしいということを、気付かせるだけの一般の意見が届かない仕組みになっている。
 その一般の意見が届かない仕組みにより一層拍車をかけているのが製作会社だ。製作会社は、まさに製作部の下請けで、番組の制作を行う。番組の制作は、制作プロデューサーの意向に従って、というよりは、勝手に製作部の意向を推測して番組を制作する。製作部の上層部が左傾化した人であれば、気に入られるように、より一層左傾化し過激にした番組を制作して持ってくる。これが製作会社だ。NHKであってもこの製作会社を使っているのである。テレビ局に入ってきた苦情などもテレビ局ではなく、全て製作会社にスルーして舞い降りてくる。結局テレビ局の製作部上層部には何も意見が届かないくなってしまうし、製作会社の過激な番組が垂れ流し状態になっているのである。
 
 テレビ局の問題は、まさにこのような問題だ。偏向報道は週刊誌などと同じで、少数の上層部の勝手なイデオロギーで全てが決せられてしまう。
 なお、一部で「テレビが左傾化しているからスポンサーがつかない」ということを言う人がいる。残念ながらそれは違う。「左傾化しているから」ではなく「みんなが左傾化してしまったために目新しさがなくなった」のである。機軸の違う番組を行えば、当然に、スポンサーはつく。しかし、全ての番組上層部が団塊の世代であるために、当然にそうならない。皆学生運動の闘士であり、逆に企業の上層部は、まだそのうえや堀江貴文のような若手。結局、団塊世代の人と意見の合わない企業化が少なくないのだ。テレビ局を「左傾化」「右傾化」というイデオロギーではなく、このような内情に合わせた批判を行うことこそ重要ではないのだろうか。

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日の丸・君が代について考える

日の丸・君が代について考える。

<メルマガより>


 8月は、どうしても「歴史」「先祖」について考えることが少なくない。
 お盆とは、もともと仏教用語の「盂蘭盆」からきている。
 
 辞書で引いてみると「7月15日を中心に祖先の冥福(めいふく)を祈る仏事。
 江戸時代からは13日から16日にかけて行われ、ふつう、迎え火をたいて死者の霊を迎え、精霊棚(しょうりょうだな)を作って供物をそなえ、
僧による棚経(たなぎょう)をあげ、墓参りなどをし、送り火をたいて、霊を送る。
 現在は、地方により陰暦で行う所と、一月遅れの8月15日前後に行う所とがある。
 精霊会(しょうりょうえ)。盆。お盆。盂蘭盆会(うらぼんえ)。魂祭(たままつ)り。うらんぼん。《季 秋》」
 (大辞泉)となっているのである。

 要するに、日本の夏休みは、ただ単に「サマーホリデー」ではない。
 暑いから休むというのではなく、夏の星がきれいなときに、先祖のせいろ迎え、自分の存在を考え直すのだ。
 日本では、死者が「星になった」と表現することが多い。
 日本人の場合は、キリスト教的な価値観と違い、輪廻転生などの仏教的な価値観が非常に強い民族である。
 また、「天孫降臨」などの神話があるように「神」と「人」が非常に近しい関係を保っているのである。
 これは、日本が神の国だから同行というのではなく、日本人の習慣習性としてそのようなことが考えられているということであると考えてよい。
 「ヤオヨロズノカミ」などと言っているが、
結局のところ森羅万象全ての物や現象に神がいるという考え方は、仏教の様々な神がいて輪廻転生で回ってゆく価値観に近いものがあった。
 日本には、山、川、海など様々なものに神がいる。
 米一粒一粒にも神がいる。神が怒ると、竜に乗って天から降りてくる。
 それが雷だ。奈良時代の文献を読めば「雷に蹴り殺される」と表現しているのだ。

 そのように神々に近くなった「死者」「先祖」日本の神道と仏教が一緒になったのちは、死者を「仏」と表現するが、その「死者たち」が地上に「降りてくる」。
 そして、年に一回、自分の子孫たちと一緒に過ごす。これが「盂蘭盆」である。

 日本人の中には、このような儀式など全く関係なくただ単に「夏休み」としか考えていない人も少なくない。
 しかし、まだ日本人の多くは、「お盆だから田舎に帰る」という人が多いことに、なんとなく救われる思いをすることがある。

<ここから後ろはメルマガでお楽しみください>

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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スキャンダル見本市と化した予算委員会

スキャンダル見本市と化した予算委員会

 今、国会が面白い。
 私の場合、国会で取材を行うことは仕事である。しかし、今国会は取材という観点を離れて「一つの興行」として十分に面白い見世物である。
 今回の国会は、参議院選挙を終え、新しい参議院議員による参議院などの議長指名などを行うことを目的とした国会だ。衆議院総選挙後の特別国会に近い国会開催であると理解してもよいのではないか。このような国会では議長を決めるだけで他はあまり何もしないか、このまま臨時国会に流れ込んで、新参議院の決議に従った法案を通すなど、さまざまなパターンがある。もちろん、衆議院総選挙と異なり、これによって政権が変わることはない。憲法の規定で、首班指名が衆参で異なる場合は、両議院の協議会を開催したうえで、衆議院の議決を国会の議決とする(憲法67条)とあるとおりで、基本的に、衆議院で過半数を獲得している民主党の指名する代表、要するに菅直人氏が内閣総理大臣のままである。
 何度も繰り返しになるが、菅直人内閣総理大臣は、鳩山由紀夫前内閣総理大臣の辞任を受けて、6月8日に正式に就任した。その時は、支持率を66%まで上昇したが、毎週支持率を10%前後下げるという状況になり、選挙時には30%前後。参議院選挙で大敗を喫するという状況になってきたのである。
 そのうえ6月8日に内閣総理大臣に就任後、所信表明演説を行ったものの、高い支持率のうちに参議院選挙を迎えたいとする民主党参議院議員多数の意見に押し切られ、新内閣になっても予算委員会を開かないで、所信表明と代表質問の身で国会が終了するという珍事が発生したのだ。民主党から選出された横路週銀議長及び江田参議院議長は国民の支持を減らしたと考えられる。民主党支持者であっても、新政権における予算委員会の開催を希望し、そして新たな政権における所信表明の具体的な政策や施策を聞きたかったに違いない。
 しかし、それが実現せず菅新政権における政策も国民に理解されることなく、突然消費税増税論議を巻き起こし、そしてそれまでの鳩山政権の政策などの総括を行うこともなく、結局のところ様々な「歪み」を残したまま参議院選挙に突入し、そして民主党は大敗を喫したのである。
 さて、民主党の大敗は、安倍内閣以来の「ねじれ国会」を生みだした。それだけでなく、民主党は、当時の自民党とは異なり、衆議院で再議決するための3分の2以上の議席を確保していない。このことによって、野党との連合や大連立ということがなければ法案が通らない状況にある。結局民主党は三銀での過半数を作り出す形での法案提出が必要になってくるのだ。
 いままで、民主党政権での国会運営は、完全に民主党の独裁が目立った。強行採決10回は「ありえない」し、法案の審議時間3時間などというのは、審議をしていないのと同じである。そのような話をしていては、国民の不信感を買ってしまう。しかし参議院の大派に僕により野党と連合しなければならないということは、当然に事前の話し合いをしなければならないばかりではなく、国会での審議をしっかりとして国民に民主党の政策と開かれた国会運営を示さなければならないということになるのである。
 今回の国会では、そのような国会運営で「歳費自主返納法案」などができた。これは、民主党政権においては「民主党独裁」を打ち破ったものであるとして一定の評価ができる。もちろん、民主党の講席ではなく、「ねじれ国会」を作り出した国民への評価であることは間違いがない。
 ただ、それだけでなく、開かれた国会においては、予算委員会が開催された。その予算委員会の模様は新聞各紙によって報道されている。

【予算委論戦】精彩欠く首相、野党の攻勢にタジタジ 涙目になる場面も

 菅直人首相にとって就任後初めての本格論戦の場となった2日の衆院予算委員会。衆参ねじれとなり、首相はひたすら低姿勢を続けたが、自民党から米軍普天間飛行場移設問題や「政治とカネ」問題などを攻めたてられ、涙目になる場面も。その精彩を欠いた姿に「政界きっての論客」と言われた野党時代の面影はない。
 「民主党の衆院選マニフェストは履行不能だ。首相は(通常国会の)代表質問で『参院選で信を問う』と言った。マニフェストの欺(ぎ)瞞(まん)を解消する手だてはただ一つ。解散総選挙だ!」
 自民党の谷垣禎一総裁がこう迫ると、首相は「マニフェストの7割方は進んでいる」と釈明した。参院選大敗でも続投する理由も「昨年の政権交代への国民の皆さんの期待」をあげただけで政権の旗印を示すことはできなかった。
 谷垣氏は「首相は消費税について参院選で言ったのに9月の民主党代表選では言わない。言葉が軽いのではないか」となお攻勢を続けた。首相は「財政再建では一歩も引くつもりはない」と強弁しながらも「党で議論をお願いしており、代表選で具体的な数字を言うのは控える」と就任当時の意気込みは影を潜めた。
 石破氏は普天間問題を微に入り細に入り追及した。文民統制(シビリアンコントロール)が有効に成立する条件を質(ただ)されると首相は思わずこう漏らした。
 「口頭試問を受けている感じもしますが…」
 石破氏が普天間問題で幹部自衛官の意見を直接聞くよう求めると、首相は「機会をできるだけ早く設けたい」と応諾した。
 「首相が沖縄に出向き、今までをわび、罵(ば)倒(とう)されてもこれをやるんだと言う以外ない。最高責任者が逃げれば極東の平和と安定を脅かす」
 石破氏がこうたたみ込むと、首相は顔をこわばらせ、目はうっすらと涙を浮かべたが、沖縄入りには「効果的であるならば、何度も足を運ぶ用意はある」と述べただけだった。
 「政治とカネ」問題でも散々だった。自民党の柴山昌彦衆院議員は小沢一郎民主党前幹事長の証人喚問実現に向け、指導力を発揮するよう求めたが、首相は「委員会または国会の関係者で議論いただければ…」と人ごとのよう。側近である荒井聡国家戦略相の事務所問題も「専門家の調査も含めてきちんと処理したということなのでそれでよい」とかばった。疑惑追及の急先(せん)鋒(ぽう)だった「クリーン菅」の見る影もない。
 場外からも矢が放たれた。首相が「衆院80、参院40程度」の議員定数削減を表明したことを受け、西岡武夫参院議長は2日の記者会見で「行政の長が具体的な削減人数まで出すとは極めて不見識だ。参院が首相の指示を受けることは一切ない」と非難した。
 ねじれ国会は初論戦であろうと首相に容赦はない。首相は参院選敗北の重みを肌で感じたに違いない。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100802/plc1008022300011-n1.htm
2010.8.2 22:58 産経新聞

 与野党連携のはずの予算委員会は、いつの間にか民主党議員のスキャンダル博覧会のごときになった。今までクリーンというイメージで何となく頑張ってきた民主党にとっては、さすがに痛い話ばかりである。スキャンダルというよりは、民主党のいい加減さ、反日政党としての姿があらわになったということでよいのではないか。
 逆に予算委員会で、他のことが出ないというのが、現在の民主党政権の姿をあらわしている。政策論争や予算論争が出ない。というよりは、政策論争の前に、民主党の基本姿勢を問いたださなければならない。まず個別の政策を議論するよりも先に、民主党という政党が日本をどのようにするのか、どのような姿を理想としているのかということを問いたださなければならない。それが「左翼思想」であるということ、または「政治とカネ」にルーズな民主党の姿だ。あさに「クリーン菅の見る影もない」民主党の姿が明らかになった。
 国民は、どのような考え方のもとに個別の政策が生まれたのかということを考えなければならない。そして、それが「左翼思想」「革新思想」「日米関係否定」ならばそれでもよい。しかし、それならば、「私は左翼思想で、日本を否定する」とはっきりと言えばよい。それを自分を偽り、国民をだまし、日本を煙に巻く、それでは政治などできるはずがない。自分をだます人を信用できる人はいないし、その嘘にだまされる人も少ない。そんなことをする人を為政者の地位に座らさておくことはできない。
 正直に、そのことを前面に出せばよい。それができない、民主党の姿がこの予算委員会で浮き彫りになった。民主党の中には右翼から左翼までそろっている。それでは、菅直人の基本思想がどんなであっても「私は左翼です」とはなかなか言えない。その「烏合の衆」としての民主党の姿が、全て「党内矛盾」として生まれてしまうのである。
 そのために、結局予算委員会でスキャンダルの見本市になってしまう。要するに基本姿勢が示せない民主党に、その根本部分で質問をし、エピソードを交えれば、そうなってしまうのは仕方がない。
 このように試合ためには、民主党が早く根本原理と、将来の日本をどのようにするのかをしっかりと国民に示し、その行程表の中において、現在示す政策がどのようになっているのか、どの位置に意味し、将来のどのような結果に結びつくのかを示さなければならない。要するに綱領を示し、将来の日本のあるべき姿を示し、行程表を示し、行程表の中で個別の政策がどこに位置するかを示したうえで国会に臨むべきだ。そうでなければ代表戦などをしても何をしても全く意味がない。
 ただ単に無意味なスキャンダルのようだったかもしれない。野党がそのような質問ばかりという批判もある。しかし、必ずしもそればかりではない、民主党の姿もしっかりと見極めなければならないのではないだろうか。

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今日はヒロシマ被爆記念日。原爆について考える

今日はヒロシマ被爆記念日。原爆について考える

 8月6日は、広島に原爆を落とされた日だ。

 今日は、このブログも、完全に私の個人的な感覚で書かせていただきますので、不都合不具合のある人は、読まないでください。

 私のような、保守系というよりは、日本の一部に根強く存在する自虐史観にあまり影響されていない人物にとっては、別な意味で忘れることはできない日であろう。
 原子力爆弾が開発されてから、現在までの期間、戦争で使用され、多くの被害者を出したのは、日本だけである。核兵器の被害者は、その後のビキニ環礁における水爆実験の被害者を含め、一部の実験の被害者を除き日本人だけである。私は、このことから、当然に日本人は「日本人であることによって」原爆・核兵器の問題を話すことができる唯一の国民であると考える。そして、最も過激なことを言えば、世界で、唯一その痛みを知っている国民は、その兵器を持つ資格のある唯一の国民であるといえるのではないだろうか。
 1945年太平洋戦争末期。ポツダムのちにおいて連合国側の首脳が集まって、日本の降伏の条件について会議を行った。ここで決められた内容の降伏条件が「ポツダム宣言」であり、8月15日に天皇陛下が玉音放送をもって「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」といって住宅を宣言したのが、このポツダム宣言である。この会議の場にアメリカ大統領の元に、本国より一通の電信が入る。「丈夫な赤ん坊が生まれました」まさにこれが、世界初の原子力爆弾の完成を知らせる電報である。
 国際法上は、戦争に民間人を巻きこくことそのものは基本的に禁止されている。もちろん、戦闘対象、たとえば兵員や武器があるところに、民間人がいて巻き込まれたという話は別にして、民間人の殺戮を目的とした虐殺は、基本的に禁止されているのである。要するに「無抵抗の民間人の殺戮は、戦闘行為ではなく単なる殺人である」ということだ。
 一部日本の左翼思想に固まった人が「南京大虐殺」とか言っているが、彼らがなぜ、東京大空襲や、広島、長崎の原爆でアメリカに対して賠償請求をしないのか、シベリア抑留の人々の補償をロシアに求めないのか、残留孤児の保護ができていないということで中国に苦情を言わないのか、引き上げの中で妨害や略奪をした韓国人に補償を求めないのか、全く不明である。「戦争が」「平和が」というのであれば、そもそも、日本人の被害に関しても主張すべきである。日本人の被害に関して何も言わずに、外国の賠償ばかりを言うことそのものが、国家観の欠如度自虐史観に基づくものであるといえるのではないか。謙遜と自虐は全く異なる。そして、その一部の自虐思想が国全体を「日本人は被害にあっても何も言わない国」という、アジアにおける日本極悪国論の根源となっているのである。
 核兵器、これは「使うことのできない兵器」であるといわれている。核兵器を使えば、当然に、同種同規模の核の報復があり、そして、国際的な非難が存在する。結局のところ、核兵器そのものの役割は「持っている」ということの抑止力と、「核兵器を作ることができる」という技術力の故事以外の何物でもない。もちろん、だからと言って、核兵器そのものに兵器としての価値がないと言っているものではない。大量破壊兵器は核兵器以外にも存在するし、核兵器がなくても東京大空襲のように数十万の民間人を死に追いやることができる。核兵器の問題は、核兵器そのものの存在が、地球環境そのものにまで影響を及ぼすものだということである。そして、核兵器使用後何十年も後遺症で悩む人を作り出すということにある。これは「兵器」だけでなく、平和的な原子力利用に関しても同じことが言えるものであり、そのことが日本の「原子力アレルギー」につながるものである。「原子力アレルギー」のような、科学技術に関するアレルギーは、正常な科学技術の発展を脅かすものである。昨年から続く民主党政権の目玉政策である「事業仕分け」で有名になった「1番じゃなきゃだめなんですか、2番3番ではだめなんですか」という仕分け人の言葉があったが、このような言葉が政権党の議員から平気で出てくるということは、そもそも「科学技術の正当な発展」を「政治的にゆがめてもかまわない」ということを意味しており、その内容は、あまりにも「政治的な決済が森羅万象まで影響を及ぼす」かのごとき印象を与えた。自虐史観からの原子力アレルギー、そして、原子力研究の正常な発展への阻害は、そのほかの科学技術の正常な発展の妨げになり、強いては、事業仕分けで科学技術の予算を削るという国家的な暴挙にまでつながるものである。

 さて、先の大戦については、今年は、8月15日を中心に少し連載で私の雑感をまとめようと思う。今日は、とりあえず原爆についてのみ記載しよう。
 さて、原爆についての問題を、いくつかに分けて「広島慰霊祭のアメリカ大使参加について」「核兵器と抑止力(簡単に)」「原子力アレルギー」の三つに分けて考えたい。大きく分けて、「過去の兵器使用に対する清算」「現在の安全保障(現在)」「日本の国民と原子力(未来)」の現在・過去・未来の三つに分類し、それぞれ簡単に(と言ってもいつも長いのであるが)まとめてみたい。

 まず「広島慰霊祭のアメリカ大使参加について」ようするに「過去の兵器使用に対する清算(過去)」についてである。
 吉田茂が、講和条約の交渉を始めた時に「アメリカは真珠湾とバターンは永久忘れない」と言われたという。これに対して、なぜ吉田茂は「東京大空襲と広島長崎の原爆は日本人も決して忘れない」と言えなかったのか。このことを指摘して、吉田茂を評価しない保守派の人は少ない。吉田茂は、昭和戦後の名宰相であると思うし、経済や産業復興と外務交渉に関しては、現在の西側所属を明確に打ち出した、昭和の日本の道筋と高度経済成長の基本を作った人である。今日の日本を「生んだ」功労者であることも間違いがない。しかし、白洲次郎など気骨のある戦後の国士に比べて保守派からの評価が少ないのは、そのような原因がある。
 同じ理由で久間元防衛大臣に関しても、「原爆によって戦争が早く終わった」という発言に関しても、保守派からも非難が来た。そもそも、日本人が、それも民間人(非戦闘員)が多数原爆によって虐殺されたのだ。まず、そのことに対する遺憾の意を表することが第一ではないのか。
 すでに、1945年4月23日に戦艦大和および軽巡洋艦矢作などが九州坊ノ岬沖でアメリカ軍艦載機600機以上の波状攻撃によって沈没した。司令提督伊藤整一、大和艦長有賀幸作は、日本に戻ることがない「特攻」であると認識しながら出撃をした。この時点で大日本帝国海軍は沖縄を見捨てていなかった。沖縄は日本から見捨てられているということを言う人がいるが、実際のところは、日本帝国海軍は最後まで沖縄を見捨てなかった、と私は信じている。助けたくても大和の沈没とともに、日本は組織的な行動を起こせるだけの艦艇がなかった。そもそも大和特攻の時にも、護衛空母が出なかった。それは3月19日に帝国海軍の根拠地である広島県の江田島が空襲を受け、伊勢、榛名といった戦艦が大破したことによる。その後も7月24日、7月28日の空襲で、完全に帝国海軍の艦艇はほとんどなくなってしまったといえる。終戦時、まともに稼働する戦艦は長門しかなかったことは有名な話だ。
 そこまで組織的な抵抗のできる艦艇がなかった、艦隊はおろか、戦隊も組むことのできない日本帝国海軍に対して、執拗に攻撃をし空襲を行ったのはアメリカ軍だ。この状態で原爆を落とす必要はあったのか?ましてや、広島、江田島の海軍根拠地ではなく、広島市内に落とす必要はあったのであろうか。長崎も同じだ。原爆を実験のごとく使い、そして、日本人をモルモットのように扱ったことに関して、「本当にそれがなければ戦争は終わらなかったのか」「それ以外の方法で戦争を終わらすことはできなかったのか」ということを真剣に考えるべきではなかったのか。もちろん、当時のアメリカに、原爆の結果がこのようになるということはなかったと思うが、それでも「民間人を殺戮する」ということが許されるものではない。
 オバマ大統領が昨年来核兵器廃絶の動きをしている。その動きの中において、アメリカの大使が広島の慰霊祭に参加する。しかし、その前に、原爆という世界初、そして日本人だけを苦しめた結果に対して、何らかの行動を起こさないのであろうか。今回の大使参加が、その動きの景気になればよいのかもしれない。それにしても慰霊に来ることが遅いのではないだろうか。

 次に「核兵器と抑止力(簡単に)」「現在の安全保障(現在)」のことだ。
 抑止力に関しては、最近というよりは数ヶ月前、鳩山由紀夫首相(当時)が抑止力について学んだという。これは普天間基地における海兵隊のことであるが、実際は日本は「アメリカの核の傘」に守られていることは間違いがない。アメリカの核の傘という抑止力の中の一つである。
 日本の兵器が軍事費で世界何位だという不毛な議論がある。実際、人件費が高ければ、当然に、兵員に対する給与や補償が高いのであるから、軍事費も高くなる。最近軍事費が上がっている中国と単純に比較することができない。
 では、その部分を除けば、結局は兵器の話になる。その中において核不拡散条約があるために、日本では平和利用以外の核兵器を持つことはできない。しかし、日本における核兵器武装の議論がなくなることはない。日米同盟、日米安全保障条約がなくなる、自力防衛ができるという前提になれば、当然に、日本も核兵器を持つ必要があるのではないかという議論ができるのだ。
 もちろん、日本が核兵器を持つことは世界中が困るであろう。その内容はイランや北朝鮮と同じだ。しかし、核の抑止力は自国以外がもっているいじょう、自分も持たなければ抑止力にはならないのである。それ以外は、核兵器を100%撃ち落とし、無力化できる技術がなければならない。
 現在、ことに朝鮮半島における武力紛争の危険がある限りにおいては、核の抑止力は必要な話である。当然に、核に対してアレルギーを持つのではなく、日本人は唯一の被爆国として、核に関して世界中のだれよりもその研究と知識そして利用を科投げるべきではないのか。
 逃げていることからは何も生まれない。それは人と人の関係でも、科学と人の関係でも、原子力と人の関係でも同じだ。

 最後に、「原子力アレルギー」「日本の国民と原子力(未来)」についてである。
 抑止力のところで簡単にふれたが、日本は、世界で唯一の被爆国である。その分、アレルギーが起きるのはよくわかる。しかし、その態度は逆ではないのか。危険なものだからこそ、人間が制御し、そして、安全にそして人類のために利用できるようにしなければならないのではないか。そのことは自明の理である。日本人の原子力アレルギーはあまりにもひどすぎる。平和利用でも反対運動を行い、日本に核兵器がなくても核兵器廃絶のデモ行進を行う。そんなにやりたいならば、中国やロシア、アメリカでやればよい。核兵器を持っている国で、核兵器廃絶を声高に叫ぶことに亜kんしては問題がないが、日本のように持っていないところで核廃絶を語ったところで、何の役にも立たない。
 日本人は、というよりは唯一の被爆国である日本人こそ、原子力を制御し、克服しそして平和利用し、そして事故があっても無力化する技術を作るべきではないのか。そのために研究を行うべきではないのか。そのことは「唯一の被爆国である日本こそ、1番でなければだめ」ではないのか。そして完全に制御し、無力化する技術の開発こそ、核兵器廃絶の最も遠くそして近い道ではないのか。そのことを国民にわからせることこそ、政府の重要な役割であると思う。単に「核」に対する拒否反応をしているようでは、政府は核に対する国民への指導力を放棄した形でしかない。

 ということで、策の大戦におけるアメリカの原爆利用から、現在の日本の未来に対する核の研究まで、好き放題言ってきた。
 色々言っているが、広島、長崎の原爆の犠牲者には改めて慰霊の意を表したいと思う。
 合掌

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注目選挙区の選挙違反が話題に~山教組問題

注目選挙区の選挙違反が話題に~山教組問題

 先日の参議院選挙で山梨の選挙区は注目選挙区として多く報道された。輿石東民主党参議院会長と、元教員で新人の宮川典子自民党候補の一騎打ちとなったからだ。これは、日教組を背景に持つ左翼思想の輿石氏に、同じ教職員で組織に立ち向かう若い女性という演出であり、政治の玄人には、左翼思想、日教組教育の否定ができるか否かという話になっていたし、素人的には、3年前の参議院選挙で有名になった岡山の姫井由美子参議院の「姫の虎退治」と同様、ベテラン与党議員に対する新人女性議員の奮闘という意味でもなかなか絵になる内容であった。
 また、もう少し政治的な玄人になれば、日教組の中でも強硬な組織を持ち、そして強制力を持つ山梨日教組(山教組)が、組織的な活動を行うことによって、なにか事件に近いものをやるのではないかということを考えていたところもある。実際のところ、2004年には、山教組は、民主党の輿石東参院幹事長(当時)の2004年夏に行われた参議院議員選挙に向けて、校長、教頭を含む小中学校教職員らから組織的に選挙資金を集めたとして、産経新聞に報道された。
 産経新聞は、この資金集めが山教組の9つの地域支部や傘下の校長組合、教頭組合を通じ、「カンパ」や「選挙闘争資金」の名目で、山教組の指令により、半強制的に実施されていると報じた。同紙には複数の教員による「資金は輿石東への政治献金として裏口座でプールされた」という証言が掲載された。教員組合による選挙資金集めは、教員の政治活動などを禁じた教育公務員特例法に違反する疑いもあるほか、献金には領収書も発行されておらず、政治資金規正法(不記載、虚偽記載)に抵触する可能性も指摘された。山梨県教育委員会は、山教組委員長や校長ら19人を処分したが、文部科学省は再調査を求めた。
 また国会でもこの問題が取りあげられ、「法令が禁じた学校での政治活動だ」との追及がなされた。その後、山教組幹部ら2人が政治資金規正法違反で罰金30万円の略式命令を受け、山梨県教育委員会も24人に対し、停職などの懲戒処分を行った。山教組幹部らは「教育基本法改正を前に狙い撃ちされた」と批判したが、こうした山教組の姿勢には批判の声もあがった。 また、全国で日教組の組織率が低下している中、山教組は依然として100%近い組織率を維持している。
 山教組と輿石氏このような前科があり、先日北海道で小林清美前衆議院議員の北教組の違法献金による連座辞職があったために、輿石氏個人の当落というよりも、日教組の活動がどのようになるのかということが最も注目を集めていた。
 そんな折に、山教組に公職選挙法違反の疑いがあると産経新聞で報じられたのだ。

山教組の教員、メールで投票依頼  参院選直前、公選法など抵触か

 民主党の輿石(こしいし)東(あずま)参院議員会長(74)が3選した7月の参院選山梨選挙区で、輿石氏の支持母体である山梨県教職員組合(山教組)の教員が公示直前、知人に携帯電話のメールで輿石氏への投票を呼びかけていたことが3日、関係者への取材で分かった。山教組をめぐっては、やはり参院選直前に「輿石氏必勝」と記載した機関紙を山教組OB数百人に配布していたことが判明したばかり。政治的中立が求められる教員の選挙活動は、国家公務員法などで禁じられているが、山教組の“無法ぶり”がまた明らかになった。
 公職選挙法は公示前の選挙運動を全面的に禁じており、携帯電話などのメールを使った運動も禁じている。
 総務省によると、選挙運動とは一般に「特定の候補者を当選させる目的を持って有権者に働きかける行為」と定義されており、教員が送ったメールが同法に抵触する恐れもある。
 関係者によると、この教員は、県南の町立中学校に勤務する40代の男性教員。7月11日に投開票された参院選の公示直前の6月中旬、知人の50代の男性会社員に、「選挙のお願いです!」というタイトルの携帯メールを送信し、参院選について、「山梨県教職員組合出身の『輿石東』を宜(よろ)しくお願いします!」と呼びかけていた。
 メールでは輿石氏について、「民主党の参院議員会長なので自民党をはじめ野党の反発や、母体である我々山梨の教員へのいわれなきバッシングも強烈で苦戦しています」と、窮状を吐露。そして「山梨選挙区は輿石東を、比例区は民主党をお願いします!」と明確に投票を依頼していた。
 また山教組はこれまで、教員たちに「個票集め」と呼ばれる有権者名簿の基になる「支持者カード」のノルマを課してきたとされるが、このメールでも「名前だけ貸してくだされば有り難い」と要請していた。
 メールを受け取った男性会社員は「文面からは、私以外にも同じメールを送っていると思う」とした上で、「これまで、こんなメールが送られてくることはなかったので、選挙戦で相当追いつめられていたのだと思う」と話した。
 県教委は、「事実なら政治的中立を疑われる好ましくない行為だが、教員としての地位を利用したものではなく、送信先も不特定多数でないならば法に触れないのではないか」と山教組教員の活動を容認する考えを示している。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100804/crm1008040131006-n1.htm
2010.8.4 01:30産経新聞

山教組投票依頼“人事権”盾に強制「見せしめ怖い」 (1/2ページ)

 山梨県教職員組合(山教組)の「輿石氏必勝」と記載した機関紙による“選挙運動”を産経新聞が報じた際、県教委は「直接的な投票依頼ではない」として問題視しなかったが、今度は「直接的な投票依頼」が発覚した。組合員である現役教員による携帯メールでの投票依頼。問われるべきは、“人事権”を盾に教員たちに選挙運動を半ば強制する山教組の体質と指摘する声が出ている。
 「名前だけ貸してくだされば有り難い」
 県南にある町立中学校に勤務する40代の男性教員が知人の男性会社員に送信したメールでは、民主党の輿石東参院議員会長(74)への投票依頼とともに、輿石氏の支持者カードに名前を記載することへの協力も呼びかけていた。
 これは「個票集め」と呼ばれる山教組教員の主要な選挙活動の一つとされる。輿石氏の支持者カードに名前を記入してもらい、それを基に有権者名簿を作成。教員が当番制で電話による投票依頼を展開するというものだ。
 ■厳しいノルマ
 元教員によると、6年前の参院選では、1人当たり80票ものノルマが現役教員らに課せられた。今回も減ったとはいえ20票程度のノルマが与えられたという。
 6年前の参院選では、山教組は輿石氏支援のため、ボーナス時などに教員や教頭、校長から2万~5万円を徴収。山教組などで構成する政治団体が、1千万円余りを政治資金収支報告書に記載しなかったとして、山教組幹部らが略式起訴され、罰金刑を受けた。
 こうした選挙のたびに貴重な「金」と「時間」を奪われる選挙活動に対し、不満を持つ教員も少なくないという。輿石氏が6年前の参院選をめぐる事件当時、「政治団体がやったことで、自分とは直接関係ない」と責任逃れに終始したことも「誰のためにやったと思っているのか」と教員たちの怒りを買った。
 ■「1万円なら」
 しかし、それでも教員たちは山教組幹部から言われるがまま、選挙活動せざるを得ないのだという。その理由について、別の元教員は「山教組による人事上の制裁が怖いからだ」と証言する。「金と個票を出さないと管理職になれないし、管理職になりたくなくても、僻地(へきち)に異動させられるという“見せしめ人事”が行われる」
 山教組の加入率は現在95%超と全国でも突出しており、人事を担当する県教委や市教委幹部も大半が山教組出身者。元教員は「人事権による支配が山教組の強さ。ほかの都道府県で選挙で1万円も徴収するとなったら大騒ぎになるが、山梨では『1万円で見せしめ人事をやられないなら安いもの』と考える」と、その独特の風潮を語っている。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/100804/crm1008040131007-n1.htm
2010.8.4 01:30 産経新聞

 そもそも、教員が、政治的思想を持つことまではよいが、組合を作り、そしてその思想を教え子に強要するとか、人事権を盾に要求を強要するというのはいかがなものか。
 日本人からの道徳がなくなっているというが、実際のところ、教職員に道徳がなくなっているのではないか。自分の子供に対する影響力がなく、教職員としての自覚もなく、本来の教職を行うことなく政治活動を行う影響団体になっているということそのものが、教職員としての道徳の欠如である。そもそも、子供たちに、「偏見」「偏向」をもった教育をすること自体がおかしいといわざるを得ない。公平に教え、そのうえで子供たちに選択させるということが必要なはずだ。それができないのは「教職員のエゴ」であり、「教職員の職権の乱用」だ。
 さて、日本は法治国家である。法律に違反すれば処罰される。当該処罰に関しては、官憲が行うことになるが、国政の為政者である以上、そのような疑われるようなことをすべきではない。
 輿石氏などは、今まで野党であったからあまり注目もされず好き勝手にやってきた。しかし、よく考えてもらいたい。今は与党である。当然にその行動には、責任も伴うし国民が与えられる影響も非常に大きなものである。その状況で今回のような選挙違反の疑いがあるようでは、話にならない。民主党が与党慣れしていないといわれるのはこのことか。九州の後藤議員に関しても、会計責任者の有罪確定での連座制を争う姿勢を見せているが、「見苦しい」の一言で終わりである。
 まず、「襟を正すことのできない議員」の退場を考えるべきではないか。

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働けど働けど…ワーキングプア641万人の衝撃

働けど働けど…ワーキングプア641万人の衝撃

 日本の経済において、先週、私はここのブログで「産業構造の問題」を指摘した。要するに、日本の産業構造は消耗資材に関しては、人件費が高いために、海外に工場を出してしまい、日本国内の工場では、日本の人件費に見合う「ブランド」に呼応した商品でなければ日本で作る意味がない。そんな向上になっている。これでは「単純労働者」が日本での労働を行うことがd系なくなってしまう。そこで、雇用政策を関あげるのであれば、世界競争力をつけながら単純労働者でも労働ができるような、そして生活できるような環境を整えなければならないというものである。
 民主党は、内需拡大の政策を推進しようとしていた。藤井裕久元財務大臣は、その政策を行うために、結局は円高に対する為替介入を行わなかった。日本を内需拡大政策で考え直すという考え方は、一つの考え方なのかもしれない。しかし、そのためには「継続的に生活得切る最低限度な収入」がなければならないし、そのための雇用の現場がなければならない。また、最低限度な収入だけでなく、経済を発展させるためには、経済発展を行えるだけの内需の創出がなければ何の意味もないのである。
 民主党政権は、その内需拡大政策を唱えることによって、子供手当や農家戸別補償の問題を解決しようとした。しかし、子供手当で配布される「バラマキ金額」は、企業収益や経済発展をさせるのに十分なものではない。はっきり言えば、「内需拡大」とはほど遠いものである。農家戸別補償に関して言えば、その戸別補償によって農業製品の国内生産が減少する恐れがあり、結局内需拡大と言ってもその金が海外に流出してしまう恐れをもたらす。要するに、食品やエネルギーなど「生活に最低限必要な物品」を海外からの輸入に頼っている以上、内需拡大と言っても、その内需その物が海外の企業を太らせる結果になってしまい、日本国内の企業の発展にはつながらない。それでは、日本人労働者の雇用先が補償されないということになる。企業が倒産してしまったり、企業が事業規模を縮小してしまえば、当然に、雇用が縮小し、結局のところ内需は行き詰ってしまう。バラマキ政策によって国民の生活を賄い、もしくは、経済発展をするといううことは、GDPに近い金額を政府が捻出し、内需買う大市場に放出しなければならないという結果になる。もちろん極端な例かもしれないが、それ以外の方策は、経済の専門家でもない私にはなかなか思い浮かばない。
 当然に、そのようなバラマキでの経済発展を望むよりは、競争力をつけた方が良い。競争力をつけるためには、企業への補助を出したり、公共工事で企業の経済力を支援するなどの方策がある。それらの政策をしながら、徐々に国際競争力をつけさせるという考え方をした方が良いのではないか。経済政策がうまく行けば、バラマキなどをしなくても何んとかなるものだ。そのようなことを考えながら経済の記事を読んでいたら、興味深い記事が出ていた。

ワーキングプアは641万人=給付付き税額控除提言―厚労省研究班が初の推計

 働いているのに貧困層に属するワーキングプアが、2007年時点で推計641万人に上ることが1日、厚生労働省研究班(代表・阿部彩国立社会保障・人口問題研究所部長)の調査で分かった。現役世代(20~64歳)の男性労働者の9.85%、女性労働者の13.39%が該当し、深刻な雇用環境が裏付けられた形だ。
 ワーキングプアの概数を明らかにした研究班の報告は初めて。阿部氏は低所得者に限定した給付付き税額控除が貧困解消に効果的だとした上で、必要な予算額も試算した。
 調査は厚労省の「国民生活基礎調査」のデータを基に、学生のアルバイトや主婦のパートなどは除き、一日の主な活動を「仕事」とした人の世帯所得額を抽出。年金や公的扶助の収入を加味した上で、貧困層に属する人の割合を算出した。
 国はワーキングプアの定義を定めていないため、「貧困」の基準は経済協力開発機構(OECD)の慣行に従い、標準的な世帯所得の半分(1人世帯で約124万円)以下とした。
 その結果、働く人の中でワーキングプアに当たる07年時点の割合(ワーキングプア率)は、高齢者(65歳以上)の女性が最も高く23.94%。男性高齢者は15.84%だった。現役世代も男性9.85%に対し、女性が13.39%と上回った。
 いずれも04年時点の推計値より悪化しており、貧困層は拡大していた。特に女性の高齢者は増加幅が3.02ポイントと大きく、研究班は「年金制度の改革が不可欠」としている。
 07年時点の推計人数は現役世代が555万人、高齢者が86万人。家族構成は子どものいない世帯が約65%を占め、このうち約13%は単身世帯だった。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100802-00000006-jij-soci
8月2日3時35分配信 時事通信

 時事通信の記事である。
 くしくも昨日は、衆議院予算委員会が開催された。衆議院予算委員会を見ていたが、菅直人首相は相変わらず「いねむり」「イラ菅」全開で、なかなか興味深かった。というよりは、そもそも、答弁が全くなっていない。「それは皆さんで議論していただいて」というような、答弁では、とてもとても「政府」として国民を指導しそして執務を執るものではない。ましてや、行政府の長として日本国の行政を行うものではない。
 その菅首相が、今後の経済政策を考えるのだ。日本は現在財政再建と景気対策の両立もしくはどちらかを優先した方策を関あげなければならない状況に立たされている。国債発行額などを考えても、また日本の景気ことに雇用状況を見ても、どちらも看過できるものではないのは明らかだ。
 国際会議においては「第三の道」として、その双方を両立する方策を行うということで、各国の理解を得た。しかし、その「第三の道」の具体策は全く示されていない。このことによって、結局はどちらかを行わなければならないということになった。そのどちらを行うにしても、雇用対策は優先しなければならないことであろう。
 予算委員会もしくはそれ以外の国会の場で、この第三の道もしくは、政府の方針として財政再建を行うのか、景気対策を行うのかということを、はっきりとするとおもわれた。しかし、どれもなく「議論して決めてください」では責任放棄としか思えない。
 また、その「雇用対策」の中で、単に増えている失業者だけではなく「ワーキングプア」という人も考えなければならないということを、今回の新聞記事は指示しているのだ。
 企業が企業自身を守るためには商品の競争力を増やさなければならない。その企業の競争力は商品当たりの経費を少なくする事によって行われる。その経費の最も大きな部分が人件費だ。人件費は給与以外にも雇用保険や社会保障費などが含まれる。それらが出てこないほど低所得な人々を「失業者」ではなく「ワーキングプア」として入れてしまう。そのような人の対策は、「就職している」ことによって後手後手に回ってしまう。
 現在生活保障は確か一三八〇〇〇円と聞いた。これは、新聞記事は年収124万円よりも高い生活保障費が出ていることになる。これでは「少子化」は当たり前であるし、また、財政再建などができるはずはない。要するにワーキングプアからの税収は限りなく少ないということになるのだ。
 今回の記事からは、ワーキングプアと言われる人々の「初めての」統計数値が出たということであるが、その内容は、政府にとって、今まで想定していなかった新たな大きな問題を提起したことになる。
 民主党政権には課題が重たいのではないか。それでも、これらの課題は、大きく現政権にのしかかるのである。
 

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パフォーマンス政権の「パンとサーカス」

パフォーマンス政権の「パンとサーカス」

 菅直人が首相になって、というよりは民主党政権になってから、パフォーマンスばかりが目に付く。初めのうちは物珍しさと目新しさで、なんとなく支持を得ていた。しかし、その中で、結局効果が上がっていないということが非常に大きく国民にのしかかってきた。政府は、格好が悪くてもパフォーマンスをしなくても、結局のところ「実行行為」が伴っていなければ何の意味もない。私は、民主党政権ができる前から何度も指摘しているが、結局その不利益を被るのは「主権者である国民」であるということに気づいていなければならない。
 最近国民もやっとそのことについて気づいてきたのではないだろうか、と感じることがある。民主党がやってきたこと、それは、結局政権交代のためのパフォーマンスでしかない。そして、そのパフォーマンスの元になっているのは、机上の空論と根拠のない推測ばかりである。そして、そのパフォーマンスを隠れ蓑にして、民主党という政党が利権をほしいままにしてきているということが、そのまま表れてきてしまった。
 ようするに「民主党もだめだ」という感覚によって、すでに「民主党政権」に飽きられてしまったのだ。
 日本人は、ブームを作るのがうまい。しかし、それはもろ刃の剣である。ある世界的なファーストフード店のアメリカ本社の社長が私と話したことがある。そのファーストフード店が日本に出店していないために、私は「なぜ日本に出店しないのですか」と質問した。その社長は「日本には熱狂的なブームがあるからだ」と即答して返したのである。日本人はすぐに国民的な熱狂状態を作り出すことができる。それこそ「猫も杓子も」同じものを身につけ、そして食する。しかし、そのブームが過ぎると完全に火が消えたようになってしまう。ファーストフード店の社長はそのことを指摘している。結局のところ、「品薄状態で管理ができない」という状態から、急に次のブームになって「誰も来なくなった」という状況になってしまうのだ。これでは出店計画も、チェーン展開もそして仕入れなどの計画も何もできない。それならばいっそのこと出ない方が良いという判断だ。そのように考えれば、私が記憶しているだけでもベルギーワッフル、餃子ドック、そして洋服ではルーズソックスなど、様々なものが「見なくなった」と言える。
 民主党は「政権交代」というブームに乗った。しかし、本当に実力のないところは、そのブームをつかみきることができない。結局、ブームの力を成功体験とし、そこから徐々に落ちてゆく人気を現実として、成功体験に押しつぶされてしまうのである。菅政権はまさにその状況になってきている。
 そのことを見ていると、菅政権の次から次へと出てくる「的外れなパフォーマンス」の意味が見えてくるのではないか。
 そんなことを象徴するのが、今回の国会の開会時に行われた菅首相の記者会見である。国会開会時に首相が記者会見を行うというのは極めて異例である。この記者会見の意図そのものはよくわからないが、所信表明演説の代わりというものではないのか。その謎に迫る意味で、今回は読売新聞の首相会見要旨の新聞記事から。

国会議員が身を切ることも必要…首相会見要旨

 菅首相の30日の記者会見の要旨
 【財政再建】財政再建は誰が首相だろうが、どの政党が政権を担当しようが避けて通れない大きな課題だ。まずは我が党の考え方をまとめて、超党派の話し合いの場が可能かどうか検討したい。
 【消費税】参院選の結果はかなり厳しかった。唐突と受け止められた消費税発言が大きく影響したと反省している。代表選でそのこと(消費税を含む税制抜本改革)自体を約束にするような扱いは考えていない。
 【代表選・内閣改造】9月も党員の支持をいただければ、代表、首相として(政策に)取り組みたい。人事は(今は考えず)、国会で私たちのやるべきことを国民に伝え、理解を頂くことに専念したい。
 【2011年度予算編成】やらなければいけないことは無駄の削減の実行だ。予算編成では雇用と成長を重視したい。
 【議員定数削減】国会議員が身を切ることも必要だ。衆院の定数を80、参院の定数を40削減する方針に沿って8月中に党内の意見をとりまとめ、12月までに与野党で合意したい。今朝、枝野幹事長と輿石東参院議員会長に指示した。
 【ねじれ国会】ねじれ国会をマイナスばかりにとらえず、与野党が合意する政策は実行が可能になると前向きに受け止めたい。案件ごとに丁寧に説明し、議論したい。
 【衆院解散】解散は全く考えていない。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100730-OYT1T00967.htm
(2010年7月30日20時51分  読売新聞)

 まず、政策に具体的な提言がない。そのことにお気づきだろうか。
「財政再建」~話し合いの場が可能かどうか検討したい
「消費税」~反省している。代表選では…。
「予算編成」~無駄削減、雇用と成長
「議員定数削減」~衆院80参院40削減
「ねじれ国会」~議論したい
 本来であるならば、所信表明演説はある程度具体的な内容を発表すべきであるし、それがないならば、無理に国会の開会日に所信表明の代わりに記者会見をする必要はない。結局菅直人は何をしたかったのか?
 単純に、ここにあげた中で、最も具体的に書かれていることを抜いた。
【代表選・内閣改造】9月も党員の支持をいただければ、代表、首相として(政策に)取り組みたい。人事は(今は考えず)、国会で私たちのやるべきことを国民に伝え、理解を頂くことに専念したい。
 要するに、ここで行ったのは国会の所信表明演説を利用した9月の代表選出馬表明である。「指示をいただければ政策に取り組みたい」要するに、それまでは特に何もしないということか。また「国会で私たちのやるべきことを国民に伝え、理解をいただくことに専念したい。」その割には、何をしたいか、まったくよくわからない。財政再建と言っても話し合いをするというだけで、民主党政権が何をしたいのかは全く見えないし、消費税などは、お詫びだけで代表選の話になってしまっている。定数削減と無駄の削減はよいが、すでに二回行っている「事業仕分け」であまり効果がなかった。これ以上どこからどのように無駄を削減するというのか。
 そもそも、参議院選挙で国民に示したマニフェストはどこに行ってしまったのか。昨年の政権交代の時に国民に示したマニフェストはどうなってしまったのか。昨年と今年で異なる内容はどのように整合性をつけるのか。そして、整合性をつけた後の政策はどうなっているのか。そして、その政策を実現した場合に、日本はどのようになるのか。
 民主党の行動はどうしてもパフォーマンスが目に付く。結局「日本をどうしたいのか」ということが全く見えない。景気対策をしたいのか、財政再建を行いたいのか。今回のこの中に参議院選挙前に、国際会議で提唱した「第三の道」が示されていないのはなぜだろうか。財政再建と景気対策を福祉や新規事業で双方ともに実現するという、一見不可能と思える方策の具体策はぜひ聴きたいものである(もちろん難しいと思うが)。
 結局それらに関して何も出てこないということは、そもそも「第三の道」その物がパフォーマンスもしくは、選挙対策の国民への宣伝でしかなかったということを意味しているのではないだろうか。
 国民はいつまでもパフォーマンスにだまされるものではない。民主党政権は、そろそろ国民の意を汲んで、そして、新しい具体的な政策を「自らの責任で」進めなければならない。いつまでもマスコミや自民党に責任転嫁をするのではなく、自分で自分の責任をとれなきようでは、とても国民の指導を行い政治をなすことはできない。責任転嫁をしてもなにも解決しないのだ。
 国民も、パフォーマンスにだまされることなく、しっかりと政策を見るべきではないだろうか。

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マスコミ批判に対する一考(7) 社説に関する考え方

マスコミ批判に対する一考(7) 社説に関する考え方

 新聞の発行もしくは取材、編集をしているからと言って、自分個人の意見を言ってはいけないということはない。新聞を業としている人、新聞に限らず、全ての報道にかかわっている人全てにおいて、その人にとっても「言論の自由」は存在する。もちろん私にも「言論の自由」は保障されているはずだ。ただ、職業によって、憲法で保障された内容と言っても、それが制限される場合がある。「個人の人権」と「公共の福祉」の中において、「公共の福祉」が優先される例は少なくない。民法1条3項に「権利の濫用はこれを許さず」と書いてある。権利があってもそれが公共の福祉を阻害する場合は、その権利を「むやみに、目いっぱい主張することはできない」というものだ。この規定は戦前からある規定であり、明治憲法下でも有効な規定になっていた。今もその精神はきている。要するに個人の権利よりも、公共の福祉を重視するという法の精神は、今も崩れていない。崩れているのは、法律の精神ではなく、その対象になっている日本人の精神の方だ。
 「自由」と「勝手」を履き違えている人が少なくない。これが現在の日本人の特徴である。その日本人の特徴は、そのままマスコミ業界にも適用されている。「何が悪いの」「私の権利だ」という人は少なくないが、それが公共の福祉、要するに、周囲の迷惑になっていないかどうかを図る人は少ない。その現状が、マスコミ業界の人の中にも入ってきている。そのために、「事実を伝える」はずの記事の中に、不要に意見が入っていたり、逆に意見を表明できる場面で、事実の解説が多くなったりということになっている。
 
 そもそも、新聞はジャーナリズムの実現である。しかし、その中において、当然に新聞社が自分の意見を言ってもよいところがある。その部分が「社説」を代表する部分である。それ以外は、基本的に記事の解説を行うことはできても新聞社の意見を入れることはできないとされている。
 もちろん、解説の中などにその内容を入れたり、専門家の意見などで、世論誘導する場合は少なくない。今日はその偏向報道に焦点を当てた文章を書くつもりではないので、あえてその部分はスルーして文章を書いてみる。
 社説、その物の価値は、その新聞がどのような意見をしているのか、そして、その新聞の影響力がどれくらいあるのかということを図るのに非常に重要な指針となる。もっといえば、社説を読むことで、その新聞社の意見が良くわかるようになっている。
 社説に限らず、記事の中でも「新聞社固有の意見」であるということが分かればよいとされている。読売新聞などは、新聞の一面で「提言」として記事を書くこともあるし、投稿のコーナーなどもある。いずれも「社説」の延長ということで、解釈されている。要するに新聞社の場合、その意見が「新聞社固有の意見である」ということが分かる形で、意見表明をすること、新聞社固有の意見を言うことは、特に問題視されていない。そのように「意見表明である」「社説である」としながらの内容は、どのような意見であっても「偏向報道」と言われることはない。
 逆に、そのような社説は、普段様々な意見を聞き、そして様々な内容の事実を知っているのであるから、その分、普通の意見や評論家のそのものよりも正確かつ社会提言につながるものではなければならないとされている。それだけに、社説の「論説委員」というのは、論説部分しかしない割にはかなり多くの人と会い、そして意見を聞き、そして勉強をかかさないのである。
 日本において、その論説委員が有名になることは非常に少ない。日本においては、新聞そのものが本誌の記事で意見表明をしたり、意思を持ってコメントを編集したりと、その偏向報道ぶりは非常に顕著である。そのために、社説の部分がかすんでしまい、社説の論説にあまり大きな意味がなくなってしまう。本来であれば、「新聞社が考えていることを知る唯一の窓」であるはずの論説が、いつの間にか「他の記事の焼き直し」「解説の一部」になってしまっているのである。そのような社説は「必要がないのではないか」という意見も存在するほど価値が下がってしまっている。
 これに対して、アメリカの社説は、それなりに意味がある。
 最近の社説で、遠く太平洋を挟んだ日本でも話題になった社説が以下の記事である。

「日本にオロオロするな」米紙、政府に忍耐促す
基地移設
 【ワシントン=小川聡】28日付の米ワシントン・ポスト紙は「統治能力のない日本?」と題する社説を掲載し、米政府に「日本におろおろするな」と辛抱強い対応を促した。
 社説は、日本の政局について、「菅首相は参院選で過半数を失い、9月には民主党代表選を迎える。菅が負ければ、日本はこの5年間で6回目の首相交代となる」と不安定な状況を紹介。しかし、「日本の抱える問題は、日本の政治には大きすぎるのではとの悲観論は理解できるが、その指摘は間違いか、少なくとも時期尚早だ」と指摘した。
 「昨年苦しめられた沖縄の米軍再編は、また先送りされそうだ」としながらも、米政府当局者に「中国の台頭の陰で、極めて重要な日米同盟を守ることこそが課題だ」と忍耐を求めた。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100729-OYT1T00384.htm
(2010年7月29日10時55分  読売新聞)

 社説全文を英文(原文)で出すことも考えたが、あえてやめた。読売新聞の記事そのもので十分と思ったからだ。
 この社説でわかることは、
 ・ 日本の政治状況における情勢分析ができていること
 ・ 日本の政治状況から、日米間の抱える問題(基地問題)の今後の予想ができていること
 ・ 米中関係、日米関係、日中関係を冷静に判断・分析していること
 ・ 国際関係の大局観の中で、日米同盟を評価できていること
 ・ そのうえで、日本に対する急進的な態度を戒める「提言」ができていること
 これだけのことが、この短い文章でわかる。日本の社説がこのようになっているかどうかという問題ではなく、まさに社説のお手本のような文章であるということだ。
 要するに、社説は「状況の分析」「分析結果から得られる問題の分析」「大局から見た問題の分析」「その時に何が重要であるかという指針」そして「それら全てを含めたうえでの提言」という構成である。
 私もブログを書いたり記事を書いたりしているが、なかなかこのような文章が書けるものではない。短い、そして字数が限られた中での文章としては、なかなか難しいものがあるのだ。それは日本語の特性もあるし、文章の中における解説や修飾などの問題もある。しかし、それだけでなく、やはりそれなりの勉強、知識、大局観そして経験が必要なのだ。日本の論説員でもそれなりに素晴らしい人は多い。しかし、この素晴らしさを消してしまうのが、記事そのものの偏向報道である。そのために、「意識的に政治的意図を持った」記事以外、社説を再利用することは少ないのが日本の新聞の現状である。
 この社説の現状のように、日本の場合、自分の報道姿勢で、自分(新聞社)の首を絞めてしまっていることが少なくない。くだらない偏向報道(内容ではなく偏向報道をすることそのものが下らないという評価)で、新聞社は、存亡の危機にあるといってよい。偏向報道をしていないといくら言っても、それはしょうがないことである。読者がそう言っている以上、そのように受け取られてしまう存在なのだ。そのような印象をもたれないように、そして社説が意味があるように、そして価値があるようにしなければならないのではないだろうか。

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防衛白書の閣議決定延期~この国の防衛は誰のためにあるのか

防衛白書の閣議決定延期~この国の防衛は誰のためにあるのか~

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 7月27日。多分日本では、歴史上に大きな汚点を残す日になるであろう。今日は、まず新聞記事の抜粋から始めたい。
 
  防衛白書、公表延期…「日韓併合100年」配慮か

 政府は27日、30日に予定していた2010年度版「日本の防衛」(防衛白書)の閣議了承と公表の延期を決めた。
 白書を巡っては毎年、竹島(韓国名・独島)を「わが国固有の領土」とする記述に、領有権を主張する韓国が抗議しており、今年は8月に日韓併合100年となることを踏まえ、韓国側に配慮して公表時期をずらしたとみられる。
 防衛省は延期の理由について、「白書の内容について政府内で種々の意見があった」(前田哲報道官)としている。しかし、同省関係者によると、すでにほぼ印刷を終えていた白書の公表に対し、首相官邸側から延期の指示があったという。
 政府関係者によると、8月に日韓併合100年を迎えることから、韓国側の対日感情が悪化する可能性を踏まえ、政府内で6月ごろから「発行時期に配慮すべきではないか」という意見が出始めたという。防衛省は「予定通り発行すべきだ」として準備を進めていたが、首相官邸側が「韓国内の反日感情を刺激するより、延期したほうがよい」と判断したとみられる。公表は9月になる見通しだ。
 防衛白書は、防衛省が過去1年間の政策や自衛隊活動について国民の理解を得るために発行している年次報告書だ。例年、日本周辺の安全保障環境の説明で、「わが国固有の領土である北方領土や竹島の領土問題が依然として未解決のまま存在している」と記し、巻末の日本地図にも竹島を掲載している。今回も同様の記述を予定していた。韓国では、8月15日が日本の植民地支配からの解放記念日で、29日には日韓併合条約に基づく植民地支配開始から100年を迎えることになっている。

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20100728-00009/1.htm
2010年7月28日(水)3時3分配信 読売新聞

防衛白書公表延期、首相「私が判断した」

 菅首相は28日夜、政府が2010年版「日本の防衛」(防衛白書)の公表を9月以降に延期したことについて、「韓国哨戒艦沈没事件は、G8(主要8か国首脳会議)でも大変大きな課題だったので、これを(白書に)盛り込むべきだと私が判断した」と述べた。首相官邸で記者団に語った。
 一方、国民新党の森田政調会長は記者団に「この国の国防をどうしたいのか、官邸の意思、見解が全く国民に伝わっていない」と述べ、政府の対応を批判した。自民党の大島幹事長も「国民を守る気概、主権を守る気迫はどこへ行ったのか」と指摘した。

http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20100729-00045/1.htm
2010年7月29日(木)0時24分配信 読売新聞

 正直なところ、「呆れてものも言えない」とはこのことであろう。民主党政権を批判してきたが、ここまで呆れたことはないのではないか。本当にこの人たちの頭はどうかしている。私がおかしいのかと誤解してしまう可能性もあるが、どうであろうか。私個人のわがままな内容では、今日は解説も何もせずに、このまま終わりたいくらいだ。しかし、せっかくお読みいただいている方に、これではさすがに申し訳がないので、今日は、少しく同様だけれども、基本の部分から考えてみたい。

<ここから後はメールマガジンでお楽しみください>

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
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<mailto:CQA14363@nifty.com>

発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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