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2010年9月

権力者の世襲を許す北朝鮮とその周辺の情勢

権力者の世襲を許す北朝鮮とその周辺の情勢

 日本と中国が尖閣諸島で騒いでいる時でも世界は動いている。当たり前のことであるが、日本のマスコミはどうしても注目のところしか行かない。私は、あえて新聞が「1面」で扱う記事を抜いた新聞というものを作ってみたらどうかと思う。報道しないというか、あまり注目されないであろう、読者は興味を持たないであろうという予想で、日本中、世界中の数多くのニュースが人目に触れることなく、報道もされずに消え去ってしまう。中には、後になって大きな影響が出てくることもある。マスコミの間では「あの時報道しておけば特ダネだった」という悔しがる姿もあれば「他も報道していないから一緒」という安閑とした内容のものもある。
 いずれにせよ、新聞に書いてあることがすべてではない。新聞であってもそうであるから、テレビや雑誌などは、必ずしもわれわれのほしい情報を出すとは限らないというのが現状である。
 さて、29日朝。これだけ尖閣諸島のことが問題いないr、国会では参議院外交防衛委員会が開かれた。しかし、そのことをおいて多くの報道が「1面」に持ってきたのは、北朝鮮の情勢であった。
 北朝鮮は28日より全国労働者代表者会議を開いていた。北朝鮮の中でも最も高級な、最高意思決定機関である。何年ぶりかでの開催であったはずだ。現在の金正日総書記が選出された時も開かれなかった会議である。この中で、金正日総書記の三男といわれる金正銀氏が、事実上後継者指名をされるという人事が発表された。
 以下その関連記事である。

北の後継体制に支持表明=中国主席

 【北京時事】29日の新華社電によると、中国の胡錦濤国家主席(共産党総書記)は28日、北朝鮮労働党の総書記に再び推挙された金正日総書記に祝電を送った。祝電は「党代表者会が成功裏に開かれ、選挙で最高指導機関が誕生したことも祝う」とし、三男ジョンウン氏が後継者の地位を確実なものにした党人事にも支持を表明した。
 胡主席は祝電で、「中朝友好関係の発展は中国の変わらぬ方針だ。国際情勢がどう変わろうと、戦略・長期的な観点から中朝関係をとらえ、守る」と強調、金総書記の後継体制も支える立場を示した。「金総書記と労働党の指導により、強盛国家(強盛大国)の建設事業が絶えず新たな成果を収めるよう祈る」と激励している。

時事通信 9月29日(水)6時17分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100929-00000024-jij-in

ジョンウン氏、軍事委副委員長に=金総書記後継者に正式決定―北朝鮮労働党

 【ソウル時事】北朝鮮は28日開催した労働党代表者会と党中央委総会で、金正日総書記(69)の三男ジョンウン氏(27)を党中央委員と、中央軍事委員会の副委員長に選出した。朝鮮中央通信が同日付で報じた。27日の人民軍大将の称号に続き、党中枢の職責を与えられたことで、父の後継者となることが正式に決定した。
 ジョンウン氏の後見人とされる金総書記の実妹金慶喜氏と、夫の張成沢氏は党中央委の部長に再任された。
 党中枢の政治局常務委員には金総書記、金永南最高人民会議常任委員長、趙明禄国防委第1副委員長ら5人が選ばれた。 

時事通信 9月29日(水)4時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100929-00000012-jij-int

北の異様な血縁独裁体制 28歳の三男が後継者へ 実妹も「大将」

 【ソウル=黒田勝弘】北朝鮮の金正日総書記が後継者と目される三男の金ジョンウン氏に「大将」という軍称号を与えた。実妹の金敬姫・軽工業相にも同じ措置をとったという。軍経験のまったくない28歳の息子や妹に「大将」とは異例中の異例だ。
 金総書記自身、朝鮮人民軍最高司令官で国民には「将軍さま」と呼ばせている。軍事優先の「先軍政治」をスローガンにする北朝鮮の最高権力機関である「共和国国防委員会」の委員長でもある。そして現在、権力ナンバー2の張成沢・国防委副委員長は妹の夫だ。 金正日政権の当面の最大課題は、金総書記の健康不安から後継体制づくりを急ぐことだ。今回の軍人事や党代表者会で予想される党人事はそのためとみていい。後継体制は結局、「金ジョンウン・張成沢・金敬姫」という家族・血縁による支配に落ち着きそうだ。
 こうした権力中枢の姿は、北朝鮮が3代にわたる権力世襲と家族支配という“金王朝”を、軍事独裁体制で引き続き維持していこうという姿勢を内外に鮮明にしたものだ。
 21世紀の現代世界ではどこにも見られない“世襲兵営国家”である。そして28歳の世襲後継者というのは、どこか宗教組織を思わせる。
 金正日・血縁独裁体制の最大のスポンサーである中国は依然、共産党独裁体制を維持しているが、毛沢東以来、権力世襲だけは排除してきた。北朝鮮の特異さがひときわ目立つ。
 関心の的の三男・金ジョンウン氏の実像はまったく明らかでない。これも北朝鮮の異常なところだが、国内では「青年大将」という“愛称”があるとのうわさが流れていた。今後は「青年大将さま」が後継者の正式呼称(?)になるとみられる。

配信元:産経ブログ IZA 2010/09/28 11:14更新
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/korea/445127/

 さて、まずお断りしておくが、金正日総書記に関しては、その漢字表記が分かるのであるが、他の人の漢字表記に関しては、不安定である。一つには北朝鮮の正確な情報が得られていないということがあるが、一方で、韓国・北朝鮮ともにハングル文字表記が標準となっているために、ハングル以外の表記が「音」を中心に行っているために不明になっているということになっている。たとえば、今回後継者指名を事実上されたというキム・ジョンウン氏は「金正雲」「金正銀」と二つの説がある。金正日総書記の妹も「金敬姫」と「金慶喜」の二種類の標記が言われている。外交などで、中国などに出ている場合は、中国での標記を参考にするのであるが、その中国の標記その物も、音から想定して表記するため、そして中国そのものが簡体字になってしまっており、音での表記が中心になっているために、かなりいい加減になっているということである。日本人にはハングルから漢字を完全にあてはめることはできないので、どうしても音から推測するしかなく、本人もハングルでの表記が一般的で漢字で表記することは少ないために、あまり気にならないようだ。
 このブログでは「金正銀」と「金慶喜」を使用する。
 中国高官にこのことをまず取材で聞いた。中国には尖閣の問題もあったので、どちらかというとついでに聞いた感じだ。なお、この中国高官との会話に関しては、そのうちゆっくりと披露することにする。かなり突っ込んだ話や、中国の政府内部の話、当然に日中関係や中露、中印関係などかなり多くの話をした。今日本で言われていることの多くの課題を話し合うことができたので、非常に面白かった。
 さて、北朝鮮に話を戻そう。中国の高官に話を聞けば、「中国政府は、北朝鮮に関してはウェイト・アンド・シー。要するに完全に様子見です」という答えだ。中国も「宗主国」と言いながら基本的には中のことはわからないという。当然に、中国そのものの出方次第で北朝鮮は発展も滅びもする。しかし、北朝鮮のものが、中国のいうことを完全に聞くわけではないということであるから、北朝鮮がどのようになるのかは完全な様子見になってしまうという。
 もっと言えば、「宗主国」である中国も、この北朝鮮のこの新しい指導者候補は分からないし情報が入っていないという。実際28歳の若者の将来や潜在能力をしっかりと見極められることは難しい。会社などにおいてその頃の若者が将来取締役になるのか、平社員で終わるのかなどは分からない。ましてや適材適所に位置づけられているのか、毎日一緒に働いていたって不明なのだ。中国と北朝鮮という親密であっても毎日一緒にいるわけではない国家元首の息子、それも三男のことなどは判断がしようがないということである。
 しかし、逆に「様子見」と見ていることは認めている。要するに北朝鮮の出方次第では、中国はなんらかのあくしょんをおこすということである。比較の基準は現在の総書記である金正日氏であろう。今の総書記と同等かその範囲であれば、今の戦略のままであろう。しかし、かなり能力が高く中国政府を凌駕するような力があれば、中国といえども安閑としていられない。一方、あまりにも能力が欠如しているということであれば、補佐役が誰なのかが最も重要なことである。実質的に誰が「支配者」になるのか、そこが興味の的になるし、その支配者と金正銀氏の関係が最も重要なものになるであろう。
 いずれにせよ、金正銀氏の能力次第ということになる。その能力を見るまでの間は、中国といえどもしばらくの間は手出しができない。そのことは、アメリカといえども同じだ。金正日主席は、そのことまで計算して今回の後継者指名が行われたとすれば、それなりの計算が功を奏したといえる。金正日は、後継者を指名し自分から権力が失われたとしてもそれだけの「空白の時間」を作ったことになる。逆な見方をすれば「中国からもアメリカからも干渉されない時間」が必要であったと見るべきかもしれない。それだけ、体調が悪化しているとも見れるし、度重なる水害や災害で、国力が疲弊しているという可能性もある。
 逆に中国やアメリカがその期間を見誤ってしまった場合は、当然に、北朝鮮の暴発が始まる可能性がある。北朝鮮の暴発とは当然に朝鮮半島有事ということを意味する。アメリカと中国が嫌でも何らかの決断をしなければならない時期になる。尖閣諸島や台湾という対立の軸がありながら、それ以上に大きな火薬庫を持ってしまう可能性があるのだ。
 その意味では、今回の後継者指名は、どこかの国の世代交代という他人事ではないのかもしれない。日本政府は、尖閣署長のような中途半端な弱腰外交ではなく、「真に日本国民と日本という国家を守るために」何をしなければならないかを考えるべきであろう。
 

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外交だけでなく…電気製品業界も日本が劣勢になるのか?

外交だけでなく…電気製品業界も日本が劣勢になるのか?

 最近、尖閣諸島問題ばかりを書いてきたような気がする。もちろんそれほど重要な問題であるという認識をしている。
 読者の皆さんには申し訳ないし、私の不見識を恥じるのであるが、9月7日に尖閣諸島沖で衝突事故があり公務執行妨害で中国人船長を逮捕した時には、これほどの事件になるとは思わなかった。基本的に、尖閣諸島沖は日本領であるし、俗に言う200カイリ、要するに排他的経済水域ではなく、日本領海内での操業であるから、当然に日本法が適用される内容だ。要するに、不法侵入した泥棒が庭で立ち小便をしたようなものだ。その人間が、不法侵入ではなく、それを追いかけた海上保安庁の船に体当たりを繰り返し、公務執行妨害で逮捕された。
 中国側の主張はすぐに船長を開放すべきという。しかし、そもそも、中国が論理的に尖閣諸島を領土とする論理的主張を全く示していない。そして経済的な圧力をかけているのだ。論理が通らない「カツアゲ」の類は日本人の最も嫌う状態である。これに対して、脅しに乗らず法的に粛々と行うということだから、それほどの大きな問題にはならないであろう。そもそも、すでに海上保安庁(警察)が動いており、対岸(まさに東シナ海を隔てた対岸)でいくら大声で吠えていても、何の話にもならない。
 この状態で日本のナショナリズムが高揚するはずはないのである。また、民主党政権への批判も基本的には少ないであろう。なかなか野党も攻撃の端緒を見つけられないでいる状況であったと思う。要するに、左翼過激派がデモ行進をしていても、日本のナショナリズムが高揚しないのと同じだ。もしも、この状況(もちろん船長を釈放する前の状況)でナショナリズムが高揚するのであれば、その前にとっくに日教組も左翼過激派もなくなっているであろうし、在日問題も方が付いているであろう。
 しかし、そうではなかった。実際に在日問題も日教組も健在だ。ということは、日本政府が日本の帆率を粛々と執行している間は、ナショナリズムが高揚するはずがない。逆にナショナリズムの高揚は、人命が奪われるなど、取り返しのつかない行動を中国がとるまであり得ないと考えていた。
 当然に、「超法規的措置による釈放」など念頭になかったのだ。その辺は私の不見識である。取材も十分ではなかったであろう。
 この民主党の批判に関しては、9月30日に国会の事前召集による集中審議の予算委員会があるので、その時にまた行うことにする。あまり連続でしても、飽きられてしまう。
 ということで、今回は違う話題、といってもやはり中国・韓国に日本が押されている状況を取り上げてみる。

アジア家電、上陸加速 韓国LGテレビ10機種発売へ

 テレビ世界2位の韓国・LG電子は27日、日本で液晶テレビ10機種を11月に発売すると発表した。最新鋭の3D(3次元)対応など幅広い機種を取りそろえ、参入する。中国・ハイアール(海爾集団)も、日本で白物家電の品ぞろえを増やす構え。世界各地でシェアを伸ばすアジアの家電メーカーが、日本勢の「お膝元(ひざもと)」を攻略し始めた。
■「世界へ」腕試し
 LGが投入するのは、「インフィニア」シリーズの10機種。大きさは22インチから55インチまでフルラインでそろえた。最上位機種には3Dのほか、明るさ制御や残像低減など「世界最先端の技術」(日本法人幹部)を搭載。店頭想定価格は8万~48万円前後で、日本の大手と同水準に設定した。性能、価格の両面で日本勢に真っ向勝負を挑む構えだ。
 LGは日本で2005年に小型テレビを発売したが、普及せず撤退。今回はヨドバシカメラ、ビックカメラ、エディオンの家電量販大手を主な販路とし、年末商戦に合わせて本格参入。5年以内に5%の販売シェア獲得をめざす。
 日本は世界有数の家電市場だが、人口減少で今後の成長は見込みにくい。LG本社の権一根常務は記者会見で「日本製品は画質、音質に優れている。多くを学び、日本でもグローバルに出る製品を開発していく」と述べた。
 白物家電の分野でも、中国のハイアールが今月中旬、日本で販売する商品を売れ筋の中・大型に広げる事業強化策を発表。両社の幹部は「日本の消費者は世界でもっとも厳しい目を持つ。ここで成功すればその後の世界展開に役立つ」と口をそろえる。世界で培った自信をもとに日本で腕を試し、さらに製品開発力の強化につなげるという思惑が垣間見える。
■「ガチンコ勝負」日本勢警戒
 アジア勢の「本格上陸」に、日本メーカーには警戒感が広がる。パナソニックの大坪文雄社長は27日、「LGとはガチンコ勝負になる。海外で彼らの強さはわかっている」と話した。
 テレビが来夏に地上デジタル放送に完全移行した後は、駆け込み需要の反動で大幅な落ち込みが見込まれる。韓国2社に引き離される日本勢にとって、LGの日本参入は新たな悩みの種だ。
 日本メーカーは、海外での「攻め」も急ぐ。パナソニックは機能を省いて手頃な価格にした商品の販売を、新興国を中心に12年度に1兆円にする方針。ソニーもインド向けに大型スピーカーをつけたテレビを発売するなど、新興国での販売拡大を進める。
 だが、韓国・中国勢の勢いは止まらない。ブランドは世界中に浸透し、日本メーカーのシェアを奪っている。コンサルティング会社A・T・カーニーの山本美樹夫プリンシパルは「日本の消費者も、テレビはメーカーごとの差がなくなっていることを知っており、LGも脅威になりうる。価格競争が激しくなれば、撤退する日本企業も出てくるかもしれない」と話す。
■日本人引き抜き開発
 アジア勢は、徹底した市場調査と日本人も加わった製品開発で、日本市場のドアをこじ開けようとしている。
 「ここまでお客様のことを調べ上げるのか」
 LGの日本向けテレビの開発にかかわった日本人男性社員は、LGの市場調査の手法を目の当たりにして驚いた。この男性は今春まで20年近く、日本の電機大手でテレビの開発に携わってきたが、LGに引き抜かれた。
 LGが日本へのテレビ投入を検討し始めたのは昨秋。今年5月には本社の開発陣が来日し、日本メーカーから引き抜いた日本人数人とチームを組み、開発を本格化させた。
 5月以降、のべ数千人を対象に「覆面調査」も実施した。ブランド名を明かさず、他社製品と並べて感想を聞く手法だ。「日本では見たことがないデザイン」という評価の一方、「アフターサービスの充実」「録画機能がほしい」という要望が出た。
 それを受け、LGは携帯電話向けなどで展開してきた全国の顧客サポート網を強化。独自の機能として、全機種を外付けハードディスクにつないで録画できるようにした。
 今秋発売のドラム式洗濯機を皮切りに、3年間かけて白物家電の品ぞろえを大幅に増やすハイアールも、LGと似た手法で、日本への本格参入の機会をうかがってきた。
 まず、07年夏に約130人を対象に、洗濯機についてアンケートや聞き取り調査を実施。特に多かった「布団や毛布が洗える」「腰を大きくかがめなくても、洗濯物を出し入れできる」という要望を、開発の基本に据えた。
 中国・青島の本社にいる数十人の日本人技術者と、日本の営業担当者が共同で開発。昨夏には東京で、試作機を他社製品と並べて主婦100人に見てもらった。完成品は、日本人の体格に合わせてドラムの位置を高く、奥行きを浅くした。「日本の生活習慣を熟知しているのは日本人」。ハイアール日本法人幹部はできばえに自信をみせる。(五十嵐大介、五郎丸健一)

2010年9月28日1時55分 朝日新聞
http://www.asahi.com/business/update/0928/TKY201009270401_02.html

 まず断っておくが、私は、経済の専門家ではない。しかし、歴史や新聞での報道のことはそこそこ詳しいものと思う。
 そのうえで、今の日本の状況、どこかで見たことはないであろうか。そう、ちょうどタイムズスクエアを買収されたアメリカのような感じである。アメリカは、1980年代に、アメリカにおける一般家電の製造がすべてなくなった。1980年代に、テレビコマーシャルでカラーテレビがベルトコンベアで運ばれてきて、そこで途切れるものがあった。たしか「これが最後のアメリカ製カラーテレビです」というテレビコマーシャルであったと思う。何のコマーシャルであったかも忘れた。しかし、その映像は非常に印象に残っている。
 当時、アメリカは経済の停滞期にはいっていた。アメリカの方がコストが高く、またアメリカにおけるブルーカラーは、労働組合における権利意識が強かったために、ストライキが多く、またそれを回避するために不景気であっても、売り上げが伸びていなくても給与や年金を上げざるを得ない状況であった。確か民主党政権(もちろんアメリカのであるが)がその組合用語に拍車をかけた。この辺もいまの日本と類似している。そのために、アメリカでは、OEMが進み、そのうち、メーカーの工場を全て海外に進出させていた。その多くが日本や韓国におけるメーカー製になったのである。日本は、1980年代のアメリカ工場閉鎖特需に沸いた。その製造メーカーの特需は日本での工場の増設と設備投資につながり、当然に日本版バブル経済の引き金を引いたのである。同時に、工場の閉鎖に伴って出てきた余剰資金がアメリカからドッと日本に流入したために、日本のバブルは1990年代前半に頂点を極めることになる。その日本は、バブル期に、アメリカの投資を受けながら、そしてアメリカからの技術提供を受けながら、その資金を使ってアメリカのタイムズスクエアを買収したのである。
 この状況、今の日本と中国の関係に似ていないか、もしくは日本と韓国の関係に似ていないか?と考えることはないだろうか。
 アメリカは、それでも農業製品の輸出国であり、また電機メーカーがなくなってもシリコンバレーによるコンピューター産業、ウォール街における金融、そして軍需産業という固有の産業を持っていた。世界最大の武器輸出国であり、また金融の中心である。ドル経済はユーロや言が強くなっても、まだまだ主力の国際通貨であることは否めない事実である。
 類似であるということを言うのは簡単だ。歴史上の同じような現象を並べればよいのである。探して比較するだけならば、誰でもできるという批判がある。まさにその通りであろう。まず比較し、ところどころ違うところは時代や地理的条件の違いなどの理屈ちりばめれば、比較ができるという。しかし、問題は違うことを見つけ、その違いから出る、結果のちがい、もっといえば、未来を予想することが大変な判断が必要だ。
 では、日本のバブル期のアメリカと、現在の日本とは何が違うのか。簡単である。軍需産業・農業そしてITコンピューター産業(新規技術開発)といったものの有無が完全に違う。日本のバブル期のアメリカは、これらの産業を基軸に、政治的または外交的な手段を使って、景気回復に導いた。一方日本の核になる産業は何か。日本は、憲法9条により、軍備はできない。武器輸出三原則や非核三原則という「不文律」が存在し、そのために、様々な産業が制限されている。ということで軍需関連サイン行はない。あえてここで軍需産業を出したのは、軍需産業は、当然に国家機密を含むものであるから、国産産業が有利になる。そのほかに関しては、貿易は自由であるが、逆に強い、弱いが出てしまうので大変だ。その、国内産業で景気や製造、説部投資が期待できる軍需産業が日本人見ずkらの手で放棄させられているのである。
 日本は、長い間科学技術と「メイド・イン・ジャパン」のブランド力によって経済の発展が出てきていた。アメリカの産業が軍事関連とITに集中する中で、そのほかの必需品を製造することで西側諸国の技術開発、製造担当として発展を続けてきた。その日本が製造を中国に、技術開発を他の他国に取られてしまえば、核になる産業が存在しなくなってしまう。
 もちろん、日本の場合世界に誇るアニメや漫画など文化、ソフト産業が残っているという意見もあるが、これで1億2千万人が今までの生活水準を維持できるほど海外に輸出できるものでもない。昔のアメリカと似ているが、その出口は全く違うものになってしまうのではないか。
 日本は、早急にその産業構造を改革し、日本の核となる産業尾w取り戻さなければならないのではないか。経済や製造、技術の部門でもアジアで負けてしまっては、日本の没落は免れなくなってしまう。経済の分野でも早く目を覚ましてほしい。雇用雇用などという掛け声だけの政府には頼れないのだから。

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チャンネル桜「桜プロジェクト」 緊急討論尖閣諸島問題

チャンネル桜「桜プロジェクト」 緊急討論尖閣諸島問題

 実は土曜日、9月25日昼ごろ、チャンネル桜の井上取締役より突然の電話があった。「尖閣の問題で、いつもの討論とは違って、討論番組をしたいので、ぜひお願いします。月曜日の11時くらいに来ていただければ結構ですので」
 25日の昼に出演依頼があり、27日午前11時に収録し、27日の午後8時には放映されるのだから、なかなかな問題である。尖閣諸島の問題は、実際に東京都内の街を歩いていると、そんなに感じないのであるが、ジワリジワリとわれわれの主権を侵している非常に大きな問題である。
 「主権が侵される」とは、憲法で規定されている基本的人権を危険にさらされているということである。要するに、現在のような平穏無事な生活が全くできなくなるということである。具体的にいえば、チベットの暴動や、その原因となった権利の弾圧が今や日本国内で行われようとしている状況にあるのだ。チベットでもどこでもそうであろう。中国による侵害は、ある日突然やってくる。しかし、その前兆は、必ず今回のように現れてきているはずだ。そのことが分かってかわからずか、残念ながら今の民主党政権は、はっきり言って戦争に負けたというよりもお粗末な「不戦敗」の決断をしたといえる。27日一日中、国会及び内閣総理大臣官邸周辺は右翼の街宣車が取り囲み、菅直人政権に対する抗議の凱旋を行っていた。街に出て声を聞いてみれば、なるほどその通りである。国民も、今回は多くが菅直人の政権に対して非常に強い不安と不満を持っていることが明らかになった。このようなときに大手マスコミの支持率調査が行われないのが不思議でならないが、そもそも支持率調査などというものそのものが、あまりあてにならないのであるから、そんなに気にしなくてもよいのかもしれない。いずれにせよ、国民の支持を失ったことは間違いがない。

釈放─収拾のはずが…交渉カード失い目算狂う


 沖縄・尖閣諸島沖の日本領海内で起きた中国漁船衝突事件で、中国は「謝罪と賠償」を要求し、船長の釈放により、日中関係悪化が収拾に向かうと期待した菅政権は目算が狂った格好だ。
 中国の強硬姿勢はやむ気配がなく、日中対立は長引く恐れが出ている。
 ◆甘かった見通し◆
 「日本側の方が(中国より)少し大人の対応をした。抜き差しならない関係になるのはいいことではない」
 片山総務相は25日、東京都内で記者団に対し、公務執行妨害容疑で逮捕した船長釈放を評価した。
 だが、謝罪と賠償を求めるという中国側の予想外の要求に、政府の受けた衝撃は大きかった。
 政府筋は25日、「尖閣諸島は日本の領土だ。日本の法律にのっとったことなのに、謝罪要求とはどういうことなのか」とうめいた。
 というのも、中国人船長の釈放を決めた24日、首相官邸内には、日中の関係改善に直ちにつながるという楽観論が広がったからだ。中国側の強硬姿勢は、「菅外交」の見通しの甘さを露呈する形となった。
 ◆やりたい放題?◆
 政府内では「中国は船長釈放を勝ち取り、矛を収めるどころかさらに、揺さぶりを強めてくるのではないか」と先行きを危ぶむ声が出ている。
 まず、今回の漁船同様、尖閣周辺の日本領海における中国漁船の侵犯行為がエスカレートする事態が予想される。海上保安庁などからは「中国漁船が違法操業していても、有効な取り締まりができなくなる」と心配する声が出ている。
 中国側が東シナ海のガス田開発問題で単独掘削の構えを見せるなど、船長逮捕の「報復措置」とみられる動きも解決のメドが立っていない。
 ガス田の一つ「白樺(しらかば)」(中国名・春暁)では最近、中国側施設で掘削用ドリルのような機材の搬入が確認され、新たに白樺付近の海水に濁りがあることも判明した。24日に開かれた自民党外交部会で、資源エネルギー庁幹部は「掘削の可能性は高いとの判断は変わっていない」と説明。外務省も「中国側が掘削をした可能性がある」とみて、外交ルートを通じて中国側に事実確認を繰り返している。
 中国・河北省で「フジタ」の日本人社員4人が中国当局に拘束された問題でも、北京の日本大使館が25日、ようやく領事面会を実現させたものの、解放には至っていない。政府・民主党内では、「船長というカードを手放したことで、中国にやりたい放題やられる恐れがある」(民主党関係者)との警戒感も出ている。
 「日中は国際社会に責任を持つ重要な隣国で、戦略的互恵関係を深めるため、双方が冷静に努力することが必要だ」
 菅首相は24日(日本時間25日)、ニューヨークでの内外記者会見でこう強調した。しかし、メッセージは中国に届いていないようだ。(政治部 鎌田秀男、宮井寿光)

(2010年9月26日03時08分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100926-OYT1T00032.htm

 さて、このブログでもまた、そのほかの討論番組などでも、尖閣問題に関する非難批判は、かなりしてきた。ここでは、もう繰り返しても仕方がない。本日の討論番組(このブログを読むころには皆さんがすでにご覧になっている後かもしれない)では、私が珍しく「民主党政権では日本が滅びる」という言い方をさせていただいた。私は、為政者がよほどのボンクラであっても、日本国民は日本国民の固有の力があるために、また、日本にはそれなりの国力があるために、安易に「日本が滅びる」という単語は使わないようにしているつもりだ。もちろん、勢いで出てしまうこともあるし、何らかの意図を持って、あえてそのような表現が出ることはある。しかし、今回私の個人の叫びとして珍しく「このままでは日本が滅びる」という発言をした。そこまでの頭の悪い政治判断を菅直人政権と官邸は行ったと断じて構わない。
 基本的に、国が滅びるというのは、外から攻めただけではなかなか滅びないものだ。最も悪く、不謹慎な例を挙げるので、不快に思われた方にはお詫び申し上げるが、外から攻めても、日本は滅びなかった。東京や大阪など大空襲で都市機能を失い、また広島と長崎には新型の原爆を実験代わりに落とされ、まともに動ける戦艦(軍艦ではなく戦艦)が「長門」一隻の状態であっても、そこまでアメリカに外から攻められても、日本は滅びなかった。いくつかの危機があり、白洲次郎のような毅然とした態度で接すれば、日本の伝統も、文化も、この日本語も、そして天皇家も全てが残ったのである。解体されたのは、明治憲法と陸海の軍隊であった。しかし、それを持って日本が滅びたわけではない。
 戦争によって国が滅びるときは、必ず国内にいながら、国を裏切って攻めてである外国と気脈を通じ、敵を引き入れる裏切り者があるものだ。私は、今回の事件まで日本に、そのようなものはいないと信じていた。今日の討論会で、日本人に帰化した中国人が12万人いるということや、マスコミのトップの愛人である中国人女性がいるなど、様々なことが挙げられた。しかし、それでも日本人が団結していれば、国が滅びることはないと思っていたのである。しかし、残念ながら、その「国を裏切って外国に気脈を通じる」人が、政府の中枢、もっと言えば総理大臣や官房長官に就任しているようでは、国が滅びるといっても過言ではない。もしくは、すでに滅びの過程の半ばにあるといっても良いのかもしれない。
 では、何がそんなに悪いのか。
 政治の判断は、必ず「大義名分」になる名目や理論、そしてその理論にしたがった判断が必要だ。その判断を行うためには、いくつかの選択肢から、あらゆる可能性を考慮に入れ、そのうえで、選択肢その物の結果を予想し、次の手を考えながらベストな選択を行う。これが通常の政治的な判断だ。そして、「切り札」と思われる集団は最後に取っておくこと。これは外交の鉄則といっても過言ではあるまい。
 当然に、それらの判断や理論を作るためには、当然のごとく情報を多く入れておかなければならない。情報を人一倍多く入れ、その情報を分析し、取捨選択を行い、そのうえで、何がベストかを判断しなければならない。
 今回、まず理論がない。なぜ19日に勾留延長を行い、その期限が来ていない24日の状況で、釈放をしたのか。そもそも、拘留期間満期になり起訴猶予処分になったというのであれば、それまで菅直人や前原が言っていた「粛々と国内法に従った手続き」といえる可能性を残していた。しかし、残念ながら、勾留延長の帰還途中でこのような判断をしてしまっていると、そのようなことを言えなくなる。もっと言えば「政治的な圧力に屈して日本法の手続きを曲げた」「法解釈をしなかった」ということになる。
 もしも、ここで、検察が勝手にやったことだというのであれば、検事総長と検察庁の所管である法務大臣の首を差し出すべきである。残念ながら、そうでないならば、官邸が、そして首相自らが自分の責任で判断したと表明すべきである。いずれにせよ、言い訳もできず「大義名分」もない判断とその時期であった。
 次に、外交の選択で言えば、今回の内容がベストな選択であったのか?ということである。残念ながらそうではない。そのことはすぐに謝罪要求をしてきたことで明らかだ。そもそも中国の狙いは尖閣諸島の地下資源である。それくらいの基本的な情報を入れることもなく、あやふやな中国の国内の不満のガス抜きとかの理論を採用し、釈放に踏み切った。中国における情報収集能力とその分析能力の欠如を完全に露呈したということになる。
 そして、その結果の分析も行っていない。すでに釈放してしまってから、「謝罪に応じるつもりはない」などと言っても意味はない。そこまで言うのであれば、いたずらに軍事衝突を煽るつもりはないが、どのように尖閣諸島を守るのか、しっかりとした答えを行動で示すべきであろう。何の具体策もなく、ただ雰囲気で「切り札」を手放すなどということは、まったくもって、「愚の骨頂」といっても仕方がないであろう。
 これを、官邸として判断した。だから、中国のチャーター機の着陸許可も出たのである。そうでなければ、処分保留でもう少し日本国内にとどめるという選択肢もあったはずだ。それもできていない。ということは、官邸は自分の意思でこのような決断をした。これは「故意に中国にしっぽを振った」のか「心底頭が悪いのか」さっぱりその原因は不明だ。いずれにせよ、自分の権力保持と利権の保持だけで、狭い視野で情報を入れることもなく分析力も先を読む能力もなく、官邸にいて権力を振りかざすのは、「敵を引き入れる裏切り者」と同じ、全くわけがわからない。
 この状況では国が滅ぶ。真剣にそう思わざるを得ない。今日の番組ではそのことをしっかりと伝えたつもりである。皆さんの感想はどうであろうか?

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マスコミ批判に対する一考(11) 国難を報じないマスコミたち

マスコミ批判に対する一考(11) 国難を報じないマスコミたち

 今週は、検察の不信と外交の不信で全てであった。
 まず、17日に菅第二次内閣が組閣。その意外な閣僚人事に少しわいた。
 その後、郵便障害者制度不正の元厚生労働省村木局長(その後復職)の判決。その判決後に出てきた大阪地検の主任検事のフロッピーディスクく改竄事件。
 その大阪地検特捜部の事件が収束する前に、尖閣諸島で公務執行妨害で逮捕された中国人船長の釈放と帰国。処分保留という決定である。
 今週はこれだけ見ても大きなネタが非常に多かったと思われる。実際のところ、マスコミ各社はあまり苦労していなかったようだ。何もしないでも事件を起こしてくれる検察と政治家たち。これは、マスコミにとっては、記者会見と公式見解だけで記事ができてしまうのであるから、紙面を埋めるという観点から見れば簡単な作業である。逆にいえば、こういう時こそ、マスコミは「何もなかった時のために」ネタを集めておかなければならない。
 このようなタイミングの時は、基本的には閣僚のスキャンダルを集めるものである。政権与党の閣僚や執行部人事の行われた後は、隠しているスキャンダルや、今まで知っていても、有名でないからニュース価値がないと思っていた内容を披露する絶好のチャンスだ。そのように考えれば、今回も侵入の閣僚は少なくない。
 早速多くのマスコミ記者は、九州に向かっていた。公式会見などは新人記者で十分だ。下手をすればカメラマンに録音機を持たせれば記事ができてしまうし、だいたいの場合プレスリリースが出るので、それをまる写しすればよい。公式記者会見などは、プレスリリースを読むだけで、あまり変わり映えのするものではない。基本的には、質疑応答の時間以外は「意外性」がないのが公式の記者会見です。
 そもそも、プレスリリースというものは、記者会見などに来れなかった人もしくは、記者会見であまりよく聞こえない場合に、記者会見の要旨をまとめて事前もしくは記者会見と同時に配布するものです。しかし、最近では、プレスリリースがメインになっており、会見の中でも「詳細な情報はプレスリリースに記載のあるとおりです」というような記者会見もあります。
 それならば記者会見をする必要がなく、リリースのみでよいのではないかという声も聞かれるのですが、それは記者会見を行う側と、一方でマスコミ側双方に記者会見を開くメリットがあるということになります。そのメリットとは、マスコミ側は「写真」である。たとえば、先日の那覇地裁の記者会見も、本来であれば那覇地検のプレスリリースだけで良いのであるが、検事による記者会見を開くことによって、各マスコミは会見の模様を写真に載せることができる。当然に、文字情報だけと写真があるのでは記事の印象が全く違う。日本人の活字離れというものもあるが、それだけではなく、文字の多い新聞などの中では、当然に写真は訴求力が強い。また、画像がなければテレビなどは初めから扱ってくれない。その意味では、マスコミ側は、取材とその内容の訴求力から、内容はリリースでも写真を獲ることのできる記者会見は非常に重要である。
 一方、記者会見を開く側でもメリットはある。要するに自分の行う発表に関する反応を知ることができるのだ。マスコミの論調などは、当然にその場の質問やマスコミの反応などで、判断することが可能だ。それらを見れば、基本的には、次の対応を早めにすることができる。もちろん、そのマスコミの報道を見て世論が形成される。それは、ネットなどの世論形成や実際の想像をはるかに超えるものが来る場合もあるのだから、当然にその内容に対する対応は早めにやるにこしたことはない。
 逆に、記者会見でプレスリリースによって、内容がしっかりできるのであるから、実際に取材に行く記者は新人で構わない。このような事情で、記者会見に行く記者は新人が多く、また、不勉強なものが少なくないのだ。昨年年末の小沢不敬発言の幹事長会談で、小沢一郎幹事長(当時)に反論できない記者がいたことに批判が集まったが、このようなことから、無理はないという感じもある。これはマスコミの事情を知る人ならば、なんとなく納得できる内容なのである。
 逆に、ベテラン記者になればなるほど、このような「時間の拘束」に対してはあまり行くことはない。特に携帯電話の発達と同時に、新人記者からのメール配信によって、会見内容の要旨を早めに知ることができるのだ。その間、別な取材を行うのが常である。

 さて、このような内容でありながら、今回尖閣諸島の衝突船長の釈放を事前に予想・取材できた記者は少なかった。私自身もそうであるが、那覇地検の記者会見の知らせが届いたとき、要するに24日の午後1時くらいに初めて気づいたようなものだ。それだけに、ほとんどが記者会見に沖縄支局の記者しか参加していなかった。そのために、突っ込んだ質問が少なかったのが印象的である。
 逆にいえば、東京のベテラン記者達は、中国との外交関係に関してはほとんど取材を行っていなかったということである。仙谷官房長官といえども、首相と外務大臣が不在の間に、外交関係を進展させるとは考えていなかった。これがマスコミ各社の本音だ。聞いた話では、那覇地検で記者会見があると知らせが入った時に、「船長釈放」「起訴」「別件(器物損壊)逮捕」の三種類で記者同士が賭けを行ったという不謹慎な話もあるくらいだ。そのような思い込みによって、今回のような重要なニュースの特ダネを逃すことは少なくない。それも、菅直人政権は実質仙谷が切り盛りしているとわかっていながら、である。結局、首相という肩書があるからどうしても、それを重視するということ。または官房長官で実質切り盛りしているといえども、首相をスポイルするとは思っていなかった。一応は首相を立てて活動するであろうという「常識」にとらわれてしまったのである。
 で、その間、何をしていたか。記者といえども遊んでいたわけではない。結局は、上記のような「新閣僚のスキャンダル」を探していたのである。
 そこで多くの記者は九州に出張していた。ベテラン記者の間では、新閣僚の標的を松本龍環境大臣と岡崎トミ子国家公安委員長に定めているかのようである。
 私もこのブログで何度も書いたように、自民党の内閣よりもはるかに「身体検査」を行っていない内閣だ。結局、『たたけば誇りが出る』という内閣であるということはマスコミ各社の多くの一致した意見である。そのほとんどが「反政府活動」「反社会勢力帰属」「反社会勢力との交流・献金」といったところが標的になっているかのようである。そのような感じで見ているために、結局のところ、どうしても「やりやすい」ところに集中している。私自身は、報道に耐えられるだけのウラを獲るのはそんなに簡単ではないと思うが、マスコミベテラン記者たちはそうではないらしい。その辺の裏の取り方はネット上の噂話とはかなり異なる部分である。

 さて、このようなときに、結局のところ、大きな事件が起きてしまった。船長の釈放である。マスコミは「おっとり刀」で報道体制を整えなければならなかった。結局、準備不足から、ろくな報道がされていなかった。結局は仙谷が指示したのではないか、などの憶測記事が流れてしまい、注目していなかった、取材を怠っていたということがばればれである。それだけでなく、船長を釈放したことによる「リスク」をしっかり報道できた新聞やテレビはなかったといって過言ではない。当然に25日朝に行われた中国外交部による謝罪や賠償の請求を予想できた新聞社もいなかった。それらの事態をうけて、マスコミ報道が後手後手に回っていたのである。
 情報は正確さが求められる。しかし、それだけでは、今回のようなときにしっかりとした報道ができない。普段から様々な内容に関して取材を行うことはよいが、野球で言うところの「ぽてんヒット」のようなエアポケットを作ってはならない。報道の混乱は世論の混乱を招く。結局下手で弱腰の中途半端な外交のつけは、国民が払わされることになる。尖閣のリスクや、弱腰外交をすることに対するリスク、一方強行することのリスクの報道をすることなく、ただ単に観光客が来なくなったなど現象としての経済活動だけを追いかける。完全に「利権に群がる民主党」に同調してしまったかのような「目の前の金の流れだけを追いかける報道」がされてしまい、真に大事な主権の維持ということが落とされてしまった。これはまさに「ネタがありすぎて取材ができていなかった」「まさか、首相がいない時に、事態が進展するとは思わなかった」というマスコミ各社のミスである。もちろん、その中に私自身も入っていることは否めない事実である。私も何もないと思った一人である。
 このようなことでは、まともな報道ができない。何もネタがないときも困るが、逆にネタがありすぎるときも、しっかりと全てのネタに対して対処しなければならない。マスコミはそのことをしっかりと心がけなければならない。逆に、そのことで取材不足を批判されても甘んじて受ける覚悟が必要なのではないか。私を含め、反省しなければならない事態であると考える。

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弱腰外交で国を売った民主党政権<メルマガからの抜粋です>

弱腰外交で国を売った民主党政権<メルマガからの抜粋です>


 本日は、「日本の小売業」をメルマガで行っていたのであるが、今日は特別に別なことを。
 24日午後、那覇地検は尖閣諸島に不法に領海侵犯し、巡視船に衝突した中国漁船の船長を釈放した。
 この船長は、9月7日に事件を起こし、公務執行妨害罪で逮捕されていた。
 その後、19日に交流延長の手続きを行い、日本の法律によって逮捕勾留されていたのである。

 しかし、22日から23日にかけて中国の日本への圧力が非常に強くなった。
 まずは中国の地下資源をWTOの規定に反してまで禁輸措置を行った。
 また、中国人の日本渡航を規制するようにした。そして、日本人を拘束したのである。

 これに対し、それまで「日本法に基づいて粛々と手続きを進める」と言っていた菅政権は、急に方針を転換し、この船長を釈放したのである。

 今まで何度も言ってきたが、日本の菅直人政権は「経済制裁と圧力で国家を売った」売国政権であるということが明らかになったのだ。
 論点は
「尖閣は日本の領土と菅政権は認識しているのか」
「日本の主権をどのようにして守るつもりなのか」
「このような処理をした内容をどのように責任を獲るのか」
「今後、どのような外交が予想されるのか」
ということである。

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 結局、論点すべてから、民主党は政権担当能力がないということが明らかになった。
 私は、菅直人政権に関し、何もしないから支持率が上がったと主張している。
 逆に、今回のように何かしなければならない状況になれば支持率は下がる。
 しかし、支持率が下がるような事件が起きるたびに、日本は崩壊してゆく。

 ただ、このような政権を選んだのは、日本人だ。
 昨年の夏の総選挙で「政権交代」というスローガンに踊らされて、政策も、政権担当の力も見ず民主党政権を選んだ。
 そのことが、結局日本の国家を危うくする。
 国家が危うくなるということは領土がなくなり、主権がなくなり、生命や生活の安全がなくなるということだ。
 国民は、安易な「政権交代」で自分たちの生活や子供たちの未来を奪う選択をした。

 一刻も早くその是正を行わなければならないのではないか。

 国民が早く目を覚ますことを望む。

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
ブログ
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<mailto:CQA14363@nifty.com>

発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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検察に対する信用の失墜か 検察は自浄作用で信用回復を

検察に対する信用の失墜か 検察は自浄作用で信用回復を

 基本的に考えられない事件を発せ強いた。大阪地家特捜部が調べていた障害者郵便制度不正事件で、その押収した証拠のフロッピーディスク(FD)を、改竄、書き換えを行ったというのである。
 まず、その事件がどうこうというよりも、証拠その物を改竄するということ自体が、問題だ。そして、そのことは、憲法の基本的人権に抵触するという状況であることを認識すべきではないかと考えられる。この憲法に抵触する疑いに関しては、後に触れることにしよう。そのうち憲法学者の人々から何らかの意見が出るのではないかと考えられるが、日本のマスコミは、不学な人が多いせいか、この問題を基本的人権の問題と結び付けることがなかなか難しいようである。
 さて、私がこの問題をこのブログで取り上げようと思ったのは二つの理由からである。一つは、基本的人権の問題としてやはり考えなければならないと感じたことである。このことは、私も一応大学の法学部を卒業した身として考えさせられるところがある。しかし、実際はそれだけではない。
 もう一つの大きな理由は、この事件をもとに「検察批判」が出てしまい、そのことによって、事件の真相解明や他の事件の真実の追求ができなくなるおそれを感じたのである。実際にそのことがすでに出てきている。小沢一郎の陸山会事件において、小沢の元秘書三人が、公判前手続きで無罪を主張するという話が出てきている。日本人は、私が良くこのブログで使う「水戸黄門現象」によって、一つの悪事があると、その人の全てを否定してしまうという現象を持っている。この前田恒彦という検事も問題であるが、逆に彼が手がけた事件すべてにおいて証拠の改竄が行われたことというものではない。その前田被疑者によって、陸山会事件などそのほかの事件も全て「検察の捜査が否定される」ということになっては、日本は「犯罪天国」になってしまうのではないか。そのような懸念があるのである。
 まず、その陸山会事件に関する記事から。

陸山会事件、元秘書3人、無罪主張へ

 小沢一郎・元民主党代表(68)の資金管理団体「陸山会」の政治資金規正法違反事件で、同法違反で起訴された同会元事務担当者・石川知裕衆院議員(37)ら元秘書3人の公判前整理手続きが24日、東京地裁で始まる。
 元秘書3人は捜査段階で容疑を認めていたが、公判では一転して「無罪」を主張する方針で、検察、弁護側の全面対決となりそうだ。
 石川被告のほかに起訴されたのは、同会元会計責任者・大久保隆規被告(49)と、石川被告の後任の事務担当者・池田光智被告(33)。
 3人は、同会が2004年に小沢氏からの借入金4億円で東京都世田谷区の土地を購入し、その4億円を07年に小沢氏に返済した事実などを同会の政治資金収支報告書に記載しなかったなどとして起訴された。

(2010年9月24日03時05分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100923-OYT1T00897.htm?from=main6

 前田検事は、この陸山会事件においても、大久保隆則容疑者の取り調べを行っている。そのことから、大久保容疑者は証拠により、自供している。しかし、今回の事件があったからかどうかは明らかになっていないが、自供を翻して捜査容疑を一転して無罪を主張するということになっているのである。当然に、「本丸」である小沢一郎も無罪を主張し「検察によるでっちあげ」を主張するであろうし、今回の前田検事の事件が、その中において裁判官や国民の心証を大きく左右する結果になることは間違いがない。
 実際に、陸山会事件でも、証拠の改竄が行われていたとすれば、それは大きな問題になる。しかし、証拠の改竄が行われていないとすれば、自供を翻すこと自体「禁反言の原則」に抵触するおおごとである。結局のところ取り調べの可視化などの問題に発展する可能性が出てきてしまう。これは、陸山会事件に限ったことではないかもしれないが、実際のところ、この供述を一転して無罪の主張が認められても、または認められなかったとしても、いずれにせよ検察捜査の信用性ということが問題になるおおごとに発展してしまう可能性があるのだ。
 刑事事件においては、基本的には「主観」にかかわる状況が非常に多く罪数に影響する。たとえば「人が死んだ」という事件であっても、その人を殺そうという意思があったかなかったかによって「殺人罪」と「過失致死」に別れてしまう。芸能人の麻薬事件で話題になった「保護責任者遺棄致死」というのは、保護しなければならない人を放置したということで、何もしない「不作為」が罪刑になるというものである。また、その状態であっても「正当防衛」のように刑罰にならないものもあるし、それを過信しすぎて「過剰防衛」となる可能性もある。一方、同じ人を殺すのでも「自殺ほう助」という罪もある。
 このように、日本の刑法には「主観」によって大きく罪が左右されたり、積みそのものがなくなったりする可能性があるのだ。このことは、非常に大きな問題である。しかし、その「主観」は本人しかわからない。加害者であれば、当然に後になって供述を変えることもできるし、また、そのような悪意がな方としても数々の大学の実験が示しているように「記憶は後から作られる」という、人間の脳の構造から来る問題もあるのだ。そのことを考えれば、当然に、事件当時の客観的な証拠から、加害者もしくは被害者の主観を客観的に類推する必要がある。その類推に基づいて、裁判では主幹は「事実」として「認定」され、その認定に基づいて罪刑が確定するのだ。
 その「主観」をも左右する客観的な証拠が改ざんされたとなれば、基本的には穏やか会話になるはずはない。結局のところ、供述を翻す「ちょうど良い口実」を検察は与えてしまったようなものなのである。
 これを「単なる口実」として一蹴し、他の証拠から有罪を確定できるのか、そうではないのか、陸山会事件、そのほかの疑獄事件では、検察の本当の捜査能力が試されることになるのではないか。

前田検事、故意の改ざん認める 最高検調べ、供述一転2010年9月24日5時0分
  
 大阪地検特捜部が押収したフロッピーディスク(FD)のデータが改ざんされた疑いのある事件で、証拠隠滅容疑で最高検に逮捕された同部検事の前田恒彦容疑者(43)が、「故意にデータを改ざんした」と認める趣旨の供述を始めたことが分かった。大阪地検の調査や逮捕後のこれまでの調べでは「誤って書き換えた」と意図的な改ざんを否定していた。
 最高検は、郵便不正事件で捜査の主任を務めていた前田検事が特捜部の描いた事件の構図に沿わない証拠を都合よく改ざんした可能性があるとみて、書き換えた理由やその後の上司らへの説明状況などを調べている。
 最高検の調べによると、前田検事が改ざんした疑いがあるのは、厚生労働省元係長の上村(かみむら)勉被告(41)=虚偽有印公文書作成・同行使罪で公判中=の自宅から昨年5月に押収されたFD。昨年7月、大阪地検内に私物パソコンを持ち込み、専用ソフトを使って最終更新日時が「04年6月1日」だったのを「04年6月8日」に書き換えたとされる。
 検察関係者によると、今年1月に大阪地裁で開かれた厚労省元局長の村木厚子氏(54)=無罪確定=の初公判で、FDに記録された最終更新日時が問題になった。FDは昨年7月に上村被告側に返却されていたため、同僚検事の一人が、東京地検特捜部に応援に行っていた前田検事に電話をかけて「重要な証拠なのに、なぜ返却したのか」と聞いた。これに対し、前田検事は「FDに時限爆弾を仕掛けた。プロパティ(最終更新日時)を変えた」と明かしたという。
 検察側は、2004年の「6月上旬」に、村木氏が上村被告に偽の証明書を発行するよう指示したのではないかと疑っていた。そうした内容の上村被告の捜査段階の供述調書もあった。だが、証明書のデータが入っていたFD内の最終更新日時は「6月1日未明」。これでは、村木氏の指示が5月中にあったことになり、検察側の主張が崩れかねない状況だった。

朝日新聞 20100924
http://www.asahi.com/national/update/0923/TKY201009230376.html

 実際に、その証拠の改ざんを前田検事が認めた。これが、朝日新聞の記事である。そもそもこれは憲法の基本的人権の違反であるといえる。
 憲法37条には、公平な裁判を受ける権利が記されている。実際に押収された証拠の改竄が行われたとなれば裁判そのものが公平ではないということになるのである。前田検事の行為は当然に憲法の基本的人権に違反すると言わなければならない。その改竄そのものが故意に行われたとすれば、それは「官憲が公権力を使って犯罪者を作り出す行為」と非難されることを止めることはできないであろう。
 そもそも「私物のパソコン」を持ちコンで、特別なソフトを使った、とか、押収した証拠を上村被告に返却するなどという不可解な行動があったことを放置していたとなれば、大阪地検特捜部そのものの大きな事件になるということに安るのではないだろうか。
 改竄そのものが良くないことは、実際に常識的な考えから当たり前と思われる。しかし、検察その物が憲法の基本的人権を迫害知る行為をしたということを考えているのかどうか。そもそも、人を拘束するということは、基本的人権に反する行為である。しかし、官憲、検察や司法警察は、そのものが犯罪者である蓋然性が高い場合、被疑がかかる場合に対して、基本的人権に反しても、他の公共の安全を守るために、特別に人を拘束することを許されている唯一の存在である。そのように時運たちの行っている行為そのものが憲法の範疇にあるということ、「検察」の「法律意識」が試されているのではないか。
 最終的には、取り調べの可視化などは、逆に取り調べができなくなる可能性がある。しかし、三権分立における裁判官の弾劾裁判所のような、別な権力組織による検察組織への監視システムもしくは事件が起きた時のチェックシステム、懲戒システムは考える必要があるのかもしれない。それは、あくまでも、犯罪を助長しない程度に行われる必要があるのかもしれない。私は、この件に関しては、まだ意見が固まっていないので、なんともいえない。今後の議論が待たれると同時に、私自身、もう少し勉強をしたいと思う。

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ラジオ日本 ラジオ時事討論出演「尖閣問題について」

ラジオ日本 ラジオ時事討論出演「尖閣問題について」

 尖閣問題について、改めてラジオで話す機会を得た。ラジオ日本のラジオ時事討論である。24日の深夜1時に放送される。放送されない地域の方は、申し訳ない。高崎経済大学の八木英次教授と有泉氏とでやっている番組に、22日収録で私が出演した。お題は「尖閣諸島問題」であった。私の意見は、このブログのとおりである。しかし、討論番組というのはいつも勢いで他の方向に行ってしまうことがあるので、そこが面白い。いつもチャンネル桜の討論番組に関しては、このブログでレポートを出しているので、今回は、このブログでラジオ時事討論の内容を少し参考にしながら内容をいてみたいと思う。
 まず尖閣諸島問題。問題の所在は1969年に、沖縄返還に共に伴い、アメリカが中心となって沖縄周辺の海洋治世と海底資源についての調査を行ったことである。この調査によって、沖縄海域、もっと言えば中国からつながら大陸トラフの下に「重要な地下資源」が埋まっているという話が出るようになった。

 日本は、「尖閣諸島は、1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとした」(尖閣諸島の領有をめぐる論点―日中両国の見解を中心に―国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 565(2007. 2.28.より引用)。
 国家が領域権原を取得する方式として、伝統的に、先占、添付、割譲、併合、征服、時効が認められてきた。これらのうち、日本政府が尖閣諸島に対する領有権の根拠としているのは、先占である。
 日本が尖閣諸島に対して領有の意思を持ち始めたのは、1879(明治12)年の琉球処分の頃と思われる。この年に発行された『大日本全図』、及び同年発行の英文の『大日本全図』で、尖閣諸島は琉球諸島に含められている。これら2つの地図は、いずれも私人が作成し、内務省の版権免許を得て刊行された。
内務省地理局によって刊行されたものでは、1879(明治12)年の『大日本府県管轄図』が、尖閣諸島を琉球諸島の中に含め、1881(明治14)年の『大日本府県分割図』が、「沖縄県図」の中に、島の名は記さず、その形だけで、尖閣諸島を示している。内務省作成の地図において、尖閣諸島が日本の版図に含まれていることは、同諸島に対する日本の領有意思を示すものと言えよう。
 1885(明治18)年以降、古賀辰四郎氏が尖閣諸島に渡航し、鳥毛の採取や漁業に従事していたが、他にも、尖閣諸島に渡航し、漁業その他を行う者が現れるようになった。そこで沖縄県知事は、水産業の取締りのため、1890(明治23)年1月13日に内務大臣宛に、無人島魚釣島ほか2島を八重山島役所の所轄にしてほしいとの伺いを出し、さらに1893(明治26)年11月26日にも、内務、外務両大臣宛に同様の上申をした。しかし、政府はいずれにも回答を示さなかった。また、1894(明治27)年には、古賀氏が内務、農商務両大臣に尖閣諸島開拓の許可を願い出たが、認められなかった。
1894(明治27)年8月1日、日清戦争が開戦し、その年末には勝敗がほぼ決定していた。そのような情勢下にあった12月27日、野村靖内務大臣は、1885(明治18)年当時とは事情が異なるとして、「久場島及び魚釣島へ所轄標杭建設の件」の閣議提出について、陸奥宗光外務大臣の意見を求めた。翌1895(明治28)年1月11日、外務大臣は、外務省としては別段異議がない旨回答した。
かくして本件は、1895(明治28)年1月14日の閣議に提出され、沖縄県知事の上申通り、「久場島及び魚釣島」を同県所轄とし、標杭建設を許可する閣議決定がなされた。
 1896(明治29)年に沖縄に郡制が施行されると、魚釣島と久場島は、まもなく八重山郡に編入され、南小島、北小島と共に国有地に指定された後、地番が設定された。同年9月、政府は、魚釣島、黄尾嶼、南小島、北小島を30年間無料で古賀辰四郎氏に貸与することとし、無料貸与期間終了後は、1年契約の有料貸与に改めた。1932(昭和7)年には、同諸島を古賀善次氏(古賀辰四郎氏の子息)に払い下げて、4島は同氏の私有地となった。古賀氏は、同諸島でアホウ鳥の羽毛の採取、グァノ(海鳥糞)の採掘、その他水産加工等に従事して、4島の払下げ以後は、毎年地租を収納した。古賀氏による同諸島の経営は、太平洋戦争直前まで続いた。
 第二次世界大戦中の1943(昭和18)年、英・米・華の3主要連合国は、「同盟国の目的は…満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある」との内容を含むカイロ宣言を発表した。日本も、1945(昭和20)年8月15日、ポツダム宣言を受諾し、9月2日降伏文書に署名したことにより、カイロ宣言の方針を承認するところとなった。
以上の方針を受けて、1951年の日本国との平和条約(昭和27年条約第5号。以下「対日平和条約」という。)には、終戦以前の日本の領土のうち、日本が放棄する地域と、日本に残される地域とが具体的に規定された。本稿に関連するところでは、第2条で、日本が台湾及び澎湖諸島を放棄すること、第3条で、北緯29度以南の南西諸島等については、日本に主権が残されること、米国が国連に信託統治を提案するまでの間、米国が同地域及びその住民に対して、三権を行使できることなどが定められた。
 中国は、ポツダム宣言が規定する台湾及び澎湖島の中国への返還を実現すべく、1945年8月29日に台湾省行政長官兼警備総司令を任命し、9月20日には台湾省行政長官公署組織条例を公布した。そして10月25日に「受降典礼」なる正式の接収手続きを行って、台湾及び澎湖島を正式に自国領として回復した、とする51。
しかし、中国は尖閣諸島について、1945年以降1970年まで、全く領有主張もせず、何ら有効な抗議もしてこなかった。このことは、中国に返還された台湾及び澎湖島に、尖閣諸島が含まれていないことを、中国自身も認めていたことをうかがわせる。
よって、尖閣諸島は、対日平和条約第3条にいう日本に主権が残される地域に含まれ、沖縄返還協定に基づいて、米国から日本に返還されたと言えよう。(尖閣諸島の領有をめぐる論点―日中両国の見解を中心に―国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 565(2007. 2.28.より引用)

 尖閣諸島に関しては、国立国会図書館の資料からも、このように日本固有の領土であることが言われている。
 一方、中国は21日の新聞で「琉球王国は、太古の昔より中国に朝貢していた。朝貢とは、当然に属国が宗主国に対して行うものであるから、琉球は中国領であったことを示す。それを日本が現在不法に占拠し、日本領を主張している」という論説が飾った。その論説がどのように読まれているかは分からない。しかし、実際この時期にこのような「琉球中国帰属論」を出すということは、当然に、沖縄ですら中国両なのだから尖閣諸島は当然に中国領であるということを言っている。このような論調を許していたら、「卑弥呼の時代、日本は中国に朝貢していたのだから、日本も中国領だ」という論調が平気でまかり通ってしまう。そうなれば日本本土がチベットやウイグル自治区のようになるのも時間の問題だ。フォークランド紛争のときに、サッチャー首相(当時)は、「領土問題は、一つ許すと際限なく譲歩しなければならない。だから、全ての領土問題は譲歩してはならない」として、アルゼンチンと戦争を行った。いわゆるフォークランド紛争である。同じ島国である日本が、イギリスと同じような対応ができるか。もっと言えば、菅直人はサッチャーのような決断ができるのか、非常に重要で、そして日本の将来を左右する大きな問題である。
 今回のラジオは、このような話をしている。実際に聞いた人は、私と八木教授の話のリンクがかなり聞けるであろう。
 保守を名乗る人は、どうしても急進的に「日本独自で」「軍事力を整備して排除」などということをいう。理念はそれでよいと思うが、実際に今から軍備をして間に合うのか?という実質論にかける部分がある。そもそも、日本国民の意識が「戦う国民性」になっているのかも疑問だ。誰かが守るなどという話ではない。そもそも、将来の日本を支える子供がいない状況でありながら、軍隊とか軍備などということを早急にできるはずがない。戦前の出生率と比較すれば明らかだ。基本的に軍隊は「人」である。少子化を解決し、教育を解決し、そして国民に国防の義務感を取り戻さなければ「軍備」だけあっても軍隊は育たない。今から始めなければならないとも思うが、逆に今の中国の侵略行為に間に合うはずはない。当然に山本五十六提督など、旧帝国海軍の親米派が考えたように軍隊と外交のセットで相手を封じ込める方法しかないであろう。ロンドン軍縮会議に調印した加藤友三郎などは、元東郷平八郎元帥の下で聯合艦隊参謀長を務めただけはある才の持ち主であったであろう。精神論や理念論で何とか成るものではない。このようなことを言うと批判が来るかもしれないが、今の日本と今の外交、海外との関係をしっかりと把握し、正確な情報を得たうえでこれらの内容を考えるべきではないか。
 そのような冷静な議論をできる環境を整え、そして、政治がそれを採用するような状況を考えなければならないであろう。そのようなニュアンスがラジオを通して伝われば、良いのではないか。

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老人に引き続き、今度は乳幼児か? 所在不明乳幼児の不思議

老人に引き続き、今度は乳幼児か? 所在不明乳幼児の不思議

 菅直人第二次政権ができて、しばらくそのことが続いた。実際のところ、民主党の人々の「口から出まかせ」具合は、面白いので、過去の発言と現在の行動、これからの計画を重ね合わせて判断すると、いかにいい加減な内閣が出来上がったのかということが良くわかる。
 日本語というのは非常に便利な言語である。末尾を濁すだけで、簡単に最終の結論を変えることができる。「玉虫色の表現」と日本の政治が揶揄されることも少なくないのであるが、実際、それが日本の文化なのであるから仕方がない。その辺の価値観に関して言えば、日本の多神教である部分や島国である部分など様々な特性から、日本人の特別な部分が表れているといえる。
 しかし、政治もしくは法律の世界で「玉虫色」はよくない。欧米人はとかく「Yes or No」と二分論を突きつけてくるが、実際のところ、日本人に二分論は会わないのではないかと考えている。小沢一郎が二大政党論を言い始めた時に、私は主張は理解していたと思うが心の底から納得することができなかった。それは、一つには行政の対応が「修正」「保留」という対応があること、そして、日本人の中には「どちらも良くて、どちらも嫌」「総論賛成、各論反対」という態度を獲る人が少なくないことに由来している。逆にいえば、日本は支配されるのに非常に慣れているのと同時に、常に高い理想があり、その理想を主張すると、とめどなく高みに行ってしまうという可能性が高いのである。そこをある程度妥協することによって社会生活が成立しているのであるが、残念なことに、その妥協をよくないとする政治勢力が出てきた。そうなれば、当然に自分の理想から比べて我慢しているのであるから、現状の政治に対して批判的な意見になる。そのような批判的な意見を集約したことが「政権交代」で成立した現在の民主党内閣の姿だ。
 しかし、国民は当然に民主党内閣にも自分の理想を押し付けることになる。それは、容赦なく鳩山内閣にも菅内閣にも襲いかかる。菅内閣は、その矛先を「脱小沢」の標語でかわした。要するに「国民の敵を小沢一郎に押し付けた」格好である。
 その内閣の内容を、レポートするのは非常に面白い。小沢が国民の敵であることに慣れているものの、国民の敵に「祭り上げられる」状況に我慢できるはずがないからだ。この政局論は非常に面白いといわざるを得ない。

 そんなことで、しばらく菅内閣のことに集中していたが、そんな中、気になる記事が出てきた。毎日新聞の下記の記事からである。

<所在不明乳幼児>35市区で延べ355人 毎日新聞調査

 住民票を移さないまま一家で転居するなどし、行政機関が安否や所在を確認できない乳幼児(0~3歳)が、全国の主要74市区のうち35市区で延べ355人に上ることが、毎日新聞の調査で分かった。こうしたケースは貧困や孤立による児童虐待につながるリスクもあることから、子どもの発見に向け早急な対応が求められそうだ。
 毎日新聞は8月、東京23区、道府県庁所在地、政令市の74市区にアンケートし、乳幼児健診に来なかったため、自治体職員が家庭訪問するなどした結果、住民登録地に住んでいなかった子どもについて、データがある直近年度(09年度か08年度)の人数を尋ねた。「消えた子ども」の全国規模の人数が明らかになるのは初めて。
 乳幼児健診は、市区町村が母子保健法に基づき、子どもの身体計測や診察、歯科指導、発育相談などを行う。同法上は(1)1歳6カ月~2歳(2)3~4歳の2回だが、多くの自治体が生後3カ月ごろから上乗せで実施している。
 乳幼児の所在不明が判明したのは▽浜松市40人▽津市24人▽京都市、神戸市21人▽さいたま市、佐賀市、東京都大田区各20人--など35市区で延べ355人。年度内に複数回の健診を受診しなかった子どもは重複してカウントされている。26市区は「統計がない」と回答。13市区は所在不明のケースはなかった。
 「オートロックマンションや表札がない家が増えており、転居しているかどうかも把握できない」(仙台市)、「自治体には捜索権限がない」(奈良市)などと、自治体による対応の限界を訴える声もあった。日系人労働者が多く住む都市は「外国人登録を残したまま、帰国するケースが多い」(津市)という特殊事情もあった。
 西澤哲・山梨県立大教授(臨床福祉学)は「健診は子どもに与えられた権利で、受診させない親は児童虐待のリスクが高い」と話している。【平野光芳、遠藤孝康、稲生陽】

毎日新聞 9月21日(火)2時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100921-00000006-mai-soci

 正直な感想は、「老人の次は乳幼児か」という感じである。そもそも、老人の時に、日本人の不道徳に関しては、嫌というほど感じさせられた。これらを不景気という一言ですべてを済ませてもいけないのではないか。逆に、個人教育における不道徳、親子関係の問題を全く考えていない状況をいかに考えるのかということであろう。
 そもそも、老人の件も「年金」という一つの金銭問題になった。いくつかの年金詐欺が立件され、不道徳な子供(といっても立派な大人であるが)たちが逮捕される映像がテレビで流されたのである。今度は乳幼児である。毎日新聞の記事では、健康診断などの話になっている。しかし、実際はそうであろうか。昨年の民主党政権の目玉政策と言われた「子供手当」それだけでなく、児童手当など子供に対する行政の配布金は少なくない。地方行政においてその内容は必ずしも一定ではないし、行政によってはかなり大きな資金になることもある。子供がいなければ受けられないサービスもある。診察料無料などのものもあるが、給付金などもかなり存在する。
 さて、この問題はいくつかの内容が存在する。
 一つは「個人(親)の不道徳」。ことに、現在乳幼児の親は団塊ジュニア世代か、その下になる。以前「新人類」と言われた世代であり、完全に個人主義世代である。あまり集団帰属をしない世代といえる。その世代の特色で、基本的に子供も個人主義的いない部分を入れてしまう。集団帰属に無関心ということは自分の子供に対しても無関心であるとされている。その傾向が、大阪の乳幼児餓死事件など子供の折檻や虐待死事件につながるとされている。実際のところ、そのような話は考えられないのであるが、そのような事件、俗に「子殺し」事件が多発し、連日のようにその話が出てきていることを考えててみれば、そのような傾向があるといわれてもなんとなく納得してしまう。逆に、「子殺し事件」がニュースにならないほど日常化してしまうと非常に大きな問題になりはしないか。そのような意味で親が親として道徳心を持つようなことをしっかりとしなければならない。ある意味、親に対する再教育の場が必要なのかもしれない。
 要するに、自分の欲望や自分個人としての感情のみで、子供を法治または虐待し、または離婚し、または子供を育てる環境を作らないのは、社会生活者としての親としての役目を放棄したことに他ならないのではないか。そのような個人主義的な考え方そのものが、犯罪の温床というか元凶になっている、そしてそれは「不道徳」という一つのカテゴリーになってしまっているのではないか。そのような意味で、社会的に地位のある人や公人の「不倫」はかなり国民に忌み嫌われるものとなっている。昔はそうではなかった。伊藤博文などは、多くの芸者をかこっていたが、それでも自分の過程はしっかりと守っていた。そのような感じが戦後高度経済成長くらいまではあった。政治家の中には「二号さんも持てないでは甲斐性がない」と言われた時代もある。要するに、家族をしっかりと守った上で、家庭とは違う女性くらい養えないようでは政治家として大成しないというものだ。今では女性蔑視として抗議が来そうな話である。しかし、最近の不倫は、「自分の家庭や家族も崩壊させてしまう」ような不倫である。以前政界失楽園と言われたケースもあるし、私が以前選挙手伝った候補者のように選挙期間中に選挙を放棄して不倫に走ったケースもある。いずれも自分のそれまでの家族を犠牲にして不倫相手に走るというものであった。しかし、考えてもらいたい。「離婚」は夫婦間ものであるが、その時に子供や家族という話が語られない。「離婚」成立、そして、不倫相手のところに走った瞬間に、家族が崩壊し、子供はどちらかの親を失うのである。そのようなモラルのない状況をそのまま作り出す人が、「為政者」とし、またはわれわれの主権を受けて代議員として、法律や道徳を語るのは許されるのであろうか。不倫をするならば周りに影響がないようにしっかりとすればよいのではないか?というと、また反発も来るのかもしれない。しかし、比較の問題で、そのような問題を出すよりは、しっかりとすべきではないか。
 もう一つは、地域行政の仕組みの問題である。民生委員に頼ってしまい個人確認をせずにいる行政の問題は、大きい。そもそも、行政がそれら配布金額に関して、国民(もしくは地方行政)の税金を預かっているという認識が少ないのではないか。そのような認識がしっかりとあるのであれば、その金銭に無駄がないように、しっかりと調査し、確認し、それから配布する。
 残念ながら日本の行政システム、殊に公務員システムは「責任を回避する人事システム」で成り立っており、そのために、書面上の申請がなされていれば、それで金銭の配布が行われる。書面上の申請とは、まさに実態に関係がなく、また事件が阿多時に公務員は仕事をした、審査をしたという言い訳のために「客観的な証拠」をそろえているにすぎない。基本的には、虚偽の書面に対して審査をしなかったこと、もしくは疑いを持たなかったという事実、つまり「不作為の作為」に対しては、まったく責任を負うことはない。そのような責任感の欠如、初めから言い訳のための仕事、組織防衛のための客観的な証拠づくりという仕事では、これらの実態は不明なままということになる。そのような仕事で、なおかつ他人の金(税金)だからといって、好き勝手に根拠のない、実態のないバラマキをされては、真面目な人がバカを見るような話になってしまうのである。これでは、何の意味もない。行政の部分、特に地域行政のきめの細かい住民サービス、というよりは、住民の実態の把握ということは、必要であるし、その実態把握の義務化、責任化ということを考えなければならない。それもできずに、「地方分権」などとは、ただ単に税金の漏れを増やすだけではないだろうか。
 もう一つは、社会システム、地域社会の崩壊ということであろうか。もともと、日本の法律は大家族制、そして地域社会における道徳律ということを前提に作られている部分がある。当然に、現在のような核家族性ということは全く考えていない。そろそろ日本の法体系もそして地域行政システムも社会システムも核家族化に帰るべきではないだろうか。阪神大震災の後「老人の孤独死」ということが問題になった。しかし、そのことがあっても、それを解消するシステムを何もしなかった。民生委員というボランティアで何とかしようとしていた。そのことそのものが非常に大きな負担となり、システムごと偏向するということを全くしなくなったのではないか。このことは「子育て」ということでも一緒だ。「子供手当」というバラマキよりも、そもそも子育てを地域で支援するシステムを作ったり、地域の待機児童をなくし、そのための施設や人員を増やす方が先ではないのか。
 これらの社会システムができていないので老人や乳幼児といった「社会的弱者」の不明が出てきている。これが顕在化した今こそ、この根本的な問題解決をすべきではないだろうか。

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安易な妥協を許すな・「領海侵犯罪」無き日本の尖閣問題におけるナショナリズム

安易な妥協を許すな・「領海侵犯罪」無き日本の尖閣問題におけるナショナリズム

 尖閣諸島の問題は、領土問題だ。日本において領土問題は存在しない。これは政府の基本方針だ。だから尖閣諸島に関して領土問題とは思ってなく、領土の不法審判としか考えていない。このことがぶれないのはよいことだ。そもそも1992年に勝手に法律を作った中国は、それ以前がどうだったのか、またなぜ92年に中国の領土に突然入ったのか、何の説明もできない。
 しかし、領土とは、生来不変なものではない。戦争や政治的な駆け引き、外交交渉で平気で国境線は変わってしまうものである。
 今回の尖閣諸島の問題は、二つの面で注目している。
 一つは日本人のナショナリズムが盛り上がるか、という点。もうひとつは、日米安全保障条約がどのように機能するのかという点である。いずれにせよ、この問題に関する政府の対応が最大の問題になる。
 一つ目の問題に関して下記のような内容が出ている。

尖閣諸島は我が国領土! 東京・渋谷で抗議集会

 9月18日(土)、渋谷ハチ公前で「尖閣諸島は我が国領土! シナ在住日本人の生命・財産・安全を守れ」と、主権回復を目指す会の抗議集会が行われました。
 最近起こった、尖閣諸島での領海侵犯問題に強く抗議するとして急遽開催されたものです。たまたま通りかかった筆者もしばし聞き入りました。
 「我が国が尖閣諸島を自国領土だとして正当な主権を行使して、領海侵犯したシナ人船長等を逮捕したことについてシナ政府はシナ人を扇動し、シナ在住の我が国民の生命・財産・安全を脅かす行動を展開している。日本政府はシナ政府に対して厳重な抗議を行わなければならない。そして、日本人の安全確保をシナ政府とシナ人等へ厳命しなければならい筈である。それが逆にシナ公安から、【安全に関する注意】を呼び掛けられ、運動会の自粛までしている。これぞシナ人の脅迫に対する屈服と言わずして何と言えばいいのか。日本人よ、立ち上がれ!シナ侵略主義から国家主権を守れ!」と訴えました。(HPより掲載)
 時の国際問題とあって、100名を超える聴衆が足を止め演説に聞き入っていました。右・左は別にして、この問題に日本人はもっと関心を持つ必要がありそうです。【了】

2010年09月20日07時52分 / 提供:PJニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5020834/

 このようなニュースが、ネットのニュースでしか取り上げられないが非常に悲しい現実である。チャンネル桜で私は「尖閣諸島問題で日本国民がナショナリズムが盛り上がることはないだろう」と発言している。実際に盛り上がる気配はない。私は、二つの要因を挙げた。日本には海洋地政学という学問がなく、海底や海洋に関する領土という認識を持ち合わせていない。そこで、日本人の多くが「領海侵犯」が「領土問題」と認識していない部分があるのだ。戦後教育に関しても問題がある。基本的には戦争をしっかりと教えていない。太平洋戦争という制海権の問題を全く教えていないということだ。そればかりか、南京の虐殺とか余計ないことばかり教えている。このために、都市の占領と人の生命しか考えていないので「権益」「領海」といった概念そのものが、日本人の中に全く入ってきていないのである。
 日本は、海を通じてどの国とでも行ける。そればかりか海の中には、たくさんの資源がある。魚介類だけではない。海中の地下資源などは領海または排他的経済水域の問題としてしっかりと考えなければならない問題である。また、その会場の交通権ということに関しては、非常に大きな問題だ。一般に「シーレーン」と言っているが、その確率と安全な航路は、日本人の生活そのものを左右するほどの大きな権利である。尖閣諸島は、沖縄の問題というだけでなく、日本全体の輸出入、海上交通に非常に重要な拠点であり了解であることを忘れてはならない。その問題を避けて通ってきた政権そのものに問題があるのであるが、一方で、今回のような問題になってからその領海に関する問題を考えなければならないことになる。
 その時に日本人は、「日本の領土」だけでなく「領海」ということに関して、しっかりと考えなければならない。日本の領海を守ることそのことが、自分たちの生活を守るということをしっかりと認識しなければならない。
 しかし、そのナショナリズムが盛り上がらない。これが現状である。ナショナリズムの盛り上がりがないのは、残念ながら日本人の最大の不幸である。上記の新聞記事のように運動を行っていることの報道がない。しかし、残念ながら、日本の戦争や領土教育は、基本的には「人命」以外の話を全くしていない。映画、テレビドラマなども同じだ。そもそも教育勅語も「義勇公に奉じ」という一文が軍国主義につながるといって廃止してしまうほどである。「公」という視点が完全に欠落もしくは、少なくなっているというのが日本国民の今の姿ではないか。
 その姿を忠実に感じれば、ナショナリズムの高揚は、人的被害が出てきたときにしか得られないという結論に達する。残念な結果であるが、実際そのようなものではないのか。逆に領海侵犯という話そのものでナショナリズムを高揚させるにはどのような手段がいるのか。
 残念ながら尖閣諸島の問題で、抗議をしたのはチャンネル桜系列の団体一つであり、それ以外の団体は右翼団体といえども中国大使館に抗議は行われていない。(本日現在)また、在中国日本人も、そのことに関して動いているという話はない。街中を見ても、尖閣問題の抗議をしていたり署名活動を行っていることなどは見たことがない。デモ行進など遠い夢の話だ。これが日本の国民の実態である。一方中国の国民に関しては、中国各地は当然のこと、ニューヨークなど世界中の国々でデモ行進を行うなど、様々である。政府から通知が出ているとか、様々なことを言う人がいるが、実際にやっている人とやっていない国民、それをどのように諸外国が見るのか。そのことをしっかりと認識しなければならない。ネットの上だけで激しい言葉を言っても、実際に他人が見るのは「生身の人間の行動」でしかない。大変申し訳ない言い方だが、ネットの無力をこの尖閣諸島の問題では知るべきではないか。そして、そのうえで「ネットその物の特性」を考えなければならないし、また、行動しなければならない時の行動を考えるべきではないのか。
 私がチャンネル桜の討論で「何人か殺されなければナショナリズムは盛り上がらない」といったのは、このような背景である。実際に、中国が報復措置をしていても、全く盛り上がっていないのが現状ではないのか。ネット上の批判は相変わらず大きく来るが、では、ナショナリズムが盛り上がっているのか?批判する人々はしっかりとそのことを認識したうえで、何をするか考えるべきである。
 その件に関しては、少し長くなるが下記の記事のとおりである。

[漁船衝突]日本、対応変えず…日中閣僚交流停止

 中国漁船衝突事件を巡り、中国政府が閣僚級の交流停止という対抗措置を発表したことで、菅直人首相は米軍普天間飛行場移設問題に加え、新たな日本外交の“火種”を抱え込んだ。だが、日本側は「中国側による日本の法体系無視」(外務省幹部)として一歩も引かぬ構え。胡錦濤国家主席来日が予定されている11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議までに沈静化できるかどうかが焦点となる。【吉永康朗、北京・成沢健一】
 ◇APEC前の収束目指す
 「違法行為に対しては法に基づいて冷静に対応するということだ。粛々とやる以外、方法はない」。中国側が態度をエスカレートさせる中でも、外務省幹部は従来と変わらない立場を強調した。
 日本政府からすれば、今回の事態は、日本領海における公務執行妨害事件の処理でしかない。別の外務省幹部は「現場海域付近には、当該漁船以外にも何十隻も船がいて、不用意に日本領海に入って魚をとっている。海上保安庁が臨検すれば、ほとんどの船は出て行くが、今回の船はそうではなかった」と述べ、逮捕・送検された中国漁船船長の違法行為が極めて悪質だったと訴えた。
 日本側が恐れるのは、今回の事件を「外交上の配慮」を理由に中途半端な形で処理した場合、同様の事件が再発した時の対処がより困難になることだ。同幹部は「『日本は法律の枠内で適切に処理する国』ということを中国に知らせる必要がある」と語り、中国側に粘り強く理解を求める考えを強調した。
 前原誠司外相も日中両国間の関係悪化を懸念。前原氏は19日、東京都内で記者団に「良好だった日中関係に波風を立てるのは、お互いの国益にならない」と述べ、中国側に改めて冷静な対応を呼びかけた。
 日中関係が絡む外交日程として、11月に横浜でAPECが開かれる。胡主席訪日が予定され、本来なら日中首脳会談が行われるはずだが、船長が起訴されて裁判が長引けば、会議に影を落とす可能性もある。
 政府内には「日本の首脳と会談を行わないのに日本に来るのは胡主席にとっても体面が悪い」(外務省幹部)として、APECまでには中国側も関係修復に応じるとの見通しもあるが、財務、経済産業省などでは、「中国の強硬姿勢は予想以上」(財務省幹部)との戸惑いが広がっている。「中国はAPEC首脳・閣僚級会合への参加を見送る」との見立てだ。一方、日中関係筋は「中国もマルチ(多国間)とバイ(2国間)を分けて考えている。交流停止でマルチの場まで参加しないとは考えにくい」と語るが、胡主席とAPECの議長である菅首相との会談が見送られる異例の事態が生じる可能性は否定していない。
 ◇中国、さらに硬化も
 中国人船長の拘置期限延長を受け、中国政府は閣僚級以上の交流停止など新たな対抗措置を打ち出した。中国側は船長の帰国が実現するまで態度を軟化させることはないとみられ、東シナ海ガス田のうち日本も出資することが決まっている「白樺」(中国名・春暁)を巡り、中国による単独開発の再開など、さらに強硬な措置に出る可能性もある。
 衝突事件後、対日批判を展開してきた中国紙「環球時報」は、日本経済に打撃を与える対抗措置の必要性を訴えてきた。閣僚級以上の交流停止や航空交渉に向けた接触の停止といった措置は、まさにこうした狙いを込めたものと言える。
 日中航空交渉の再開については、前原外相が国土交通相だった8月に訪中して働きかけ、前向きな回答を引き出していた。航空交渉に向けた接触の停止は、対中強硬派とされる前原外相に中国が圧力をかけてきたとの見方も出ている。
 一方、白樺を巡っては、08年6月に日中両政府が日本側からも出資することで合意し、中国は掘削作業の着手を見合わせていた。衝突事件後、中国側の洋上施設に掘削作業のドリルとみられる機材が運び込まれたことが明らかになっている。

2010年09月20日01時33分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5020657/

 長い記事である。しかし、実際に菅政権ことに前原外務大臣は、よくやっているのではないか。尖閣諸島は日本固有の領土であり、その固有の領土において、行われた犯罪は日本の国愛法において処罰されるというものである。この主張に関しては、私も賛成である。日本の領土内における犯罪者を日本人が日本の方に則って適用するのは当たり前であり、いやならば日本に来なければよい。
 さて、ここで大きな問題は、日本には「領海侵犯罪」が存在しないのだ。これはなぜか?いまだに疑問である。そもそも、上記のように日本の国民意識の中に、日本の領土ということは考えられていても領海という概念が完全に欠落しているのだ。今回の問題でまず国会で審議しなければならないのは領海侵犯罪の法案を作成すべきである。前原大臣はそこまでの胆力があるのか、少し見ものである。故意に領海を侵犯したものに対する領海侵犯罪は、当然に日本のような海洋国にはあってしかるべきである。しかし、その法律がない。民主党政権ばかりでなく、いままで日本の政権を担当していたもの全てが見過ごしていたものである。同時に、野党も問題にしていないのであるから、為政者、国会議員全てがそのことを考えていなかったということではないのか。
 一方、菅直人政権は、この事件に関し中国に安易に妥協しないというスタンスで動くべきではないだろうか。実際のところ、一時的に観光客がなくなるなどの話はあるが、そのことと主権を天秤にかけるような真似をしないでもらいたい。主権は金で買えないものである。一時的な観光客がないからと言って、そのことと、台湾海峡を通る船が来なくなることを比べれば、どれほどのことがあろうか。
 少々長くなったので、その主権と経済の天秤に関しては、また次の機会に。

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突込みどころ満載の菅直人新内閣の闇・反日内閣の素顔

突込みどころ満載の菅直人新内閣の闇・反日内閣の素顔

 「小沢粛清内閣」として、小沢一郎の今後に関しては以前に書いた。小沢に関して言えば、今後の検察審査会、または国会運営における内容に関して様々な行動パターンが考えられる。ただ、今のまま全く違う政策の衆だと同じ民主党にいることは「政策重視」の看板を掲げられなくなってしまうのであるから、当然に最終的には分離、離党か、どちらかの完全屈服以外にはないであろう。選挙制度がなければ、一緒にいることのない人々であるから「烏合の衆」と言われてしまう。それに対して、自分たちは政策集団だと言っていること自体が滑稽である。
 さて、その選挙対策の烏合の衆、いう人によれば「選挙互助会」としての民主党の内閣が、先日発表されたものである。しかし、民主党の人材不足は目を覆うばかりというか、なんでこんな人まで大臣になるの?という人ばかりである。さすがに「ひどい」としか言いようがない。
 すでに、その内容が組閣当初から指摘されている。その内容が下記のものだ。

菅改造内閣 「サプライズ」国家公安委員長 岡崎氏で大丈夫?

 菅改造内閣のサプライズ人事といえば、警察の「総目付」役である国家公安委員長に、岡崎トミ子参院議員が就任したことだ。首相経験者の一人は「仰天した」というが、岡崎氏の過去の“特異な”言動を振り返るとそれも納得できる。
 岡崎氏は通常国会の会期中の平成15年2月、ソウルの日本大使館前で韓国の慰安婦問題支援団体主催の反日デモに参加し、韓国人と一緒に大使館に向かってこぶしを振り上げた。このデモに日本の国会議員が加わったのは初めてだった。
 岡崎氏は当時、「反日デモではなく、日本政府に謝罪と補償を求めるデモだ」と釈明したが、現場では日の丸に「×印」をつけた看板も並べられていた。このときは、民主党の役職停止処分となっている。
 16年3月には、女性国会議員のメールマガジンで、こんな独特の見解も表明している。
 「外国人犯罪が増えているというが、日本人が犯した場合には立件もされないような軽微な犯罪が多い」
 同年4月には、岡崎氏の政治団体が13年に、外国人からの寄付を禁止した政治資金規正法に違反し、北朝鮮籍で朝鮮学校理事長の男性と、韓国籍のパチンコ店経営者からそれぞれ2万円ずつ寄付を受け取っていたことも発覚した。
 岡崎氏は当時、この理事長とは、朝鮮学校の運動会に出席するなどで「日ごろから懇意にしていた」と説明した。パチンコ店経営者からの寄付は、産経新聞の指摘を受けるまで「違法と気付かなかった」としたが、こんな国家公安委員長で本当に大丈夫?(阿比留瑠比)

2010年9月18日(土)8時0分配信 産経新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20100918119/1.htm

3閣僚が国旗に一礼なし 菅改造内閣
 
 17日発足した菅改造内閣の3閣僚が担当省庁で初めて臨んだ記者会見場に設置された国旗に一礼しなかったことが産経新聞の調べで分かった。
 一礼がなかったのは片山善博総務相、鹿野道彦農水相、大畠章宏経済産業相の3人。官邸で行われた閣僚会見では、18閣僚全員が壇上の国旗に一礼して会見に臨んだ。ところが、相前後して担当省庁で開催された記者会見でも国旗に一礼したのは柳田稔法相、前原誠司外相、野田佳彦財務相、高木義明文科相、自見庄三郎郵政改革・金融担当相の5閣僚のみ。3閣僚は会見場に国旗があるにもかかわらず、記者会見をいきなり始めていた。
 細川律夫厚労相、馬淵澄夫国交相、松本龍環境相と海江田万里経済財政相の場合は、会見場に国旗の掲揚がなく、岡崎トミ子国家公安委員長(消費者庁、少子化相兼務)と北沢俊美防衛相、玄葉光一郎国家戦略担当相、蓮舫行政刷新・公務員改革担当相は会見自体がなかった。
 民主党内には平成11年の国旗国歌法案成立時の議決の際、制定に反対した議員もおり、公立学校の卒業式・入学式での国旗掲揚に反対する日教組系組合員の支持を受けている議員も多い。

2010年09月18日21時05分 / 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5019296/

 二つの観点から、批判された記事、いずれも産経新聞だ。
 まずは岡崎トミ子国家公安委員長。一方は閣僚記者会見での国旗掲揚とその扱いについての内容である。いずれも「日本」に対して、大臣たちがどのような対応をしているか。日本という国家に対してどのようなスタンスで大臣の仕事に臨むかということである。
 まず国旗掲揚の方から話をしよう。
 彼らは、「日本国」の大臣である。彼らが守るべきもの、彼らがやらなければならないことは、日本国と日本国民に対する行政である。その人々が、日本国の象徴であるという国旗に対して敬意を表さない、または国旗そのものを掲揚しないということはいかがなものであろうか。国旗に関して言えば、すでに国旗国歌法案によって、しっかりと日本国の国旗国歌は定められている。彼らの主張が日本の国旗として「日の丸」を認めないとしても、それでは、日本の国旗に関しては何が日本の国旗なのかということを示さなければならない。
 民主党の批判には、そもそも「対案」がない。これは「日の丸」「君が代」に関しても同じである。私は「日の丸」が国旗「君が代」が国歌と考えているが、そうではないという考え方の人がいたとすれば「では何が国旗であり国歌」なのかということをしっかりと示さなければならない。もちろんそれが国民に受け入れられるか、別問題だ。私は個人的には日の丸以外を国旗と認めたくはない。
 民主党の一部の人の中には「国旗その物が不要」というはなしをする人がいる。「国家があり国旗のような象徴性があるから戦争がおこる」という。民主党ではないが福島瑞穂社民党代表などは、そのような意見を臆面もなく示してしまう。そんなに言うならば、何お日本の「日の丸」からしないでも、中国の天安門広場で中国の国旗を焼いてくれば良い。北朝鮮でもかまわない。日本人が日本の中でそんなことを言っても意味がない。
 結局、「外国人カブレ」外交しかしていないのが現在の左翼だ。自分で自分の考えを持つことが全くできない。それがまさにその物である。そして、彼らは自分独自の考えがないだけでなく胆力がないので、外国で自分の主張を展開することができない。結局、外国に行って反日運動に参加するという不思議なことをでてくるのである。
 そんなに日本が嫌いならば、日本の大臣などしなければよい。しかし、なぜか日本の大臣、それも「反日勢力を取り締まる」役目もある国家公安委員長になるのである。
 韓国に行って反日運動に参加し、先頭に立って活躍してきた岡崎トミ子に関しては「笑うしかない」というかんじだ。産経新聞記事は、岡崎トミ子の「仰天反日活動記録」のごく一部でしかない。しかし、このような経歴の人が国家公安委員長になるというのはさすがに考えられない。常軌を逸している。狂っている。なんとでも出てくるが、少なくともプラスの表現になるような話は全く出てこない。
 私は17日組閣当日のツイッターの中で「民主党改造内閣。まだ確定ではありませんが、率直な感想は、空き缶に赤い毒液が入った、という感じ。 」と記載している。この時は、外からなので携帯電話でしか書きこんでいない。しかし、我ながら「言い得て妙」と思う。まず「空き缶」である。まさに菅直人そのものは何もない「空洞」でしかない。空洞であるということは中身がないし、なんでも中に入った感じの言うままである。これでは話にならない。指導力などはかけらも感じさせない。その中に、仙谷をはじめとした赤い勢力がたくさんある。その中には国家解体をもくろむものや日本売国をもくろむもの、いずれもひどい「毒液」であり、それを飲み込んでしまったら、日本そのものが「中毒死」してしまう。今の日本人は、その空き缶の赤い毒液をおいしそうに飲もうとしているところではないか。なんと危ない。
 反日内閣の素顔は、一人一人についてこれから洗ってみたい。しかし、それだけでなく、そのような反日内閣を作ってしまったのは昨年夏の総選挙である。政策というか「中身」を知らないで危ないものを飲み込むと、取り返しのつかない「死」という結果いなりかねない。

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マスコミ批判に対する一考(10) 偏向報道とそのいいわけ

マスコミ批判に対する一考(10) 偏向報道とそのいいわけ

 連休中というと、なかなかネタがなくて困るものだ。今から正月をどうするか考えているところ。そろそろ考えないと困った問題になりそうだ。毎年ブログでは、十大ニュースの解説を行っているので、それはそれで面白いし、年初放談を行ってかなり個人的な「予想」を毎年書いている。そういえば今年の「年初放談」はどうだったのか、かなり気になるので、後でチェックすることにしよう。
 さて、毎週月曜は「マスコミ批判に対する一考」を記載している。日曜日に政治がほとんど動かないからだ。ことに、国会閉会中の日曜日は、多くの議員が地元に帰ってしまっているので、よほどの「爆弾発言」がないとネタにはならないのが慣習。そのために、マスコミに関する内容を少し書いてみようと思って、この連載にしたのである。その意味では、今回の紹介する記事はなかなか秀逸なものであるといえる。

「小沢勝利」言い続けた夕刊紙・週刊誌 いったいどんな言い訳するのか
 
 小沢一郎総理誕生へ――。民主党代表選中に、こんなタッチで報じた夕刊紙や週刊誌があった。しかし、フタを開ければ、菅直人首相が再選される結果に。どうして、こんなことになったのか。
「小沢が勝つ」「小沢が圧倒」「小沢雄弁」「世論も小沢」…。
小沢派議員の話やネット調査などが根拠
   これらは、夕刊紙「日刊ゲンダイ」が、民主党代表選が告示された2010年9月1日の発売号から一面トップにつけた見出しだ。ゲンダイオンラインのダウンロードサイトには、一面の紙面がずらりと張られており、ネット上で話題だ。
   はてなブックマークが200ほども付いており、小沢一郎前幹事長への入れ込みぶりに驚くコメントが並んでいる。
   ゲンダイは、一貫して小沢支持、菅批判を繰り返している。新聞各紙の世論調査とは違って、小沢氏が勝つとまで主張した。その根拠としては、国会議員を200人は固めており、党員・サポーター票などを加えても数十ポイント差で勝つとの関係者の見方を伝えた。小沢氏に人気が集まったネット上の世論調査も、補強材にしているようだ。
   週刊誌では、週刊現代が9月6日発売号で、「菅陣営、なすすべなく敗北へ もう止まらない小沢一郎総理大臣」と大見出しを打った。そこでは、小沢派中堅議員が、国会議員票では、280対130ほどで菅氏を圧倒し、党員・サポーター票がどう出ても大勢は変わらないと明かしたことを紹介している。小沢支持とは打ち出しておらず、勝敗は五分五分との政治評論家の見方も挙げてあるものの、中堅議員の見方に寄り添っている書き方だ。
   また、週刊ポストも、小沢氏が勝つとの予想は明確に立てていないものの、8月30日発売号で、国会議員のうち親小沢が反小沢の2倍以上いるとの調査結果を伝えた。その後の誌面でも、新聞の「小沢嫌い」を特集したり、菅氏を「しょせん学生運動上がり」とけなしたり、小沢氏寄りの論調が目立っている。
「大マスコミ報道が流れを決めた」?
   民主党代表選の結果は、これら夕刊紙や週刊誌との見方と違って、菅直人氏が大差で勝った。合計ポイントのうちでは約6割分を得て、新聞の世論調査のリードとほぼ同じだった。
   著名なブロガーの山本一郎氏は、2010年9月14日の「切込隊長BLOG」で、このテーマを取り上げた。そこでは、「既存メディアに小沢への期待感を潰された」「ウェブこそ本当の民意だ」と主張すると、世論調査とウェブとの偏差が大きくなると指摘。結局、「ウェブはやっぱり信頼できないという話になりかねない」と危惧を述べた。
   そして、「ベースの調査さえしっかりしていれば、それほど選挙結果と予測にブレはなく、小沢さんから遠くて独自のしっかりしたソースを持っている人ほど『少なくとも菅さん勝利』という結論は得ていた」と指摘している。
   日刊ゲンダイでは、予測が外れたことについて、14、15日発売号で、新聞が政治とカネばかりを報じて小沢一郎氏をつぶしたとして、「大マスコミ報道が流れを決めた」などと断じている。そして、それでも、小沢直系の議員たちが強さをみせつけ、逆風の中で議員票を200も集めたのは、小沢氏に魅力がある証拠だという識者の見方を紹介している。
   週刊現代の編集部に取材したところ、締め切り日で忙しく、すぐには返答が難しいとのことだった。週刊ポスト編集部では、「雑誌で掲載していることがすべてです。それで判断していただければ」とだけ話している。

2010年09月15日20時20分 / 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5012479/

 読んでいただいてわかるとおりに、週刊誌や夕刊紙はかなり偏向報道をおおなっている。「一応」反対側の意見を掲載するが、本文がどちらかに偏った論調で進んでいれば、、一応反対側の意見を載せたところで、結果は変わらない。それで政権交代を起こしてしまったのだからマスコミの力は恐ろしい。
 しかし、今回の民主党代表選挙の結果は、ある意味で違うことを考えさせられる。というのも、「マスコミが偏向報道をしても結果は変わらなかった」ということだ。マスコミ、ここにあげられる夕刊ゲンダイ、週刊現代、週刊ポストなどは、この記事を見る限り、まさに偏向報道である。夕刊ゲンダイに至っては、参議院選挙で問題があったと抗議されても全く反省の色がない。彼らは、新聞ではなく小沢一郎個人の機関誌になってしまったといって過言ではない。そのうちに夕刊ゲンダイを読んでいることそのものが恥ずかしいという現象が生まれてくるであろう。それほどの偏りぶりには単純に呆れかえってしまう。私もマスコミ、新聞社の末席をけがしているが、彼らと一緒にされるのはあまりうれしいこととは思わない。私個人の意見はとにかく、新聞社は事実しか書かない新聞であるから、同じような新聞といわれても困るものだ。
 さて、その偏向した新聞報道が間違えた場合、今回もそうであるがマスコミ特有の責任転嫁が始まる。
 このことは「松本サリン事件」など社会面でも、また、政治面でも同じだ。彼らの論調は「他のマスコミが違う報道を流したから」「XXXがそのような発表をしたから」「チャンと中立的な記載をしたので、クレーム自体がおかしい」というもの。要するに自分たちが偏向報道したことを反省するどころか、他人に責任転嫁し、責任転嫁後に質問者に対して喰ってかかるというものである。
 反省がないということは、責任を感じていないということ。まさに「無責任報道」ということが繰り返されているということである。読者の側も「新聞に書いてあった」など、事実の認識をしっかりとマスコミからしていながらマスコミ批判を行う。マスコミそのものの無責任体質を糺す、または、社会風潮を直すということを全く考えていない。
 突然話題を大きくするが、マスコミそのものが憲法改正に反対である。その時にいようは憲法9条であろう。しかし、実際マスコミに関して言えば、「言論の自由」(憲法21条)を改正または制限されるのを最も恐れている。言論の自由や出版に関する内容を規制するとなると、すぐにフリージャーナリストやそのほかの新聞雑誌テレビの重鎮が出てきて憲法違反を騒ぎ立てる。しかし、「マスコミがしっかりしていないから規制する法律が必要」という発想が出てこないし、その意見が出てこないのが問題である。要するにマスコミ言論人は「自由」と「勝手」を履き違え、「自分勝手」な言葉で他人をさまざま言うことを何とも感じていないということになる。そして、そのような状況での問題点に対して「自浄作用がない」のがマスコミの特徴だ。
 同じことはネット世界にも言える。マスコミはまだ新聞社など発信の主体がしっかり表示されているが、ネットは完全に個人が匿名性を使ってデマを勝手に流してしまっている。これでは話にならない。マスコミの菅氏媒体、そして信用できる情報ソースとして活用が期待されるネットも、「自分勝手」と「自浄作用」の二つがそろわないということで、非常に大きな問題になっているといわざるを得ない。
 私は個人的には、「ネットだから」「マスコミだから」という気分はない。マスコミにもまともなところはあるし、場合によってダメな部分もある。ネットだからといって、良いというものではない。問題は情報を発信する人のモラルや道義といったもの、そしてそれに合わせて発言や情報発信における「責任」ではないかと思う。その責任は、すぐに発行を辞めろとか謝罪しろというものではない。ただ、立場を鮮明にすればよいのではないか。
 このことはマスコミだけでなく、政治家でも同じ。今の民主党政権に関して言えば、自分で発したマニフェストの総括一つできず、その説明もせずに現在にいたっているし、小沢派政治とカネの問題に関して国民、有権者に説明を尽くしていない。批判されるべきところは、そのような態度なのではないだろうか。

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衝動買いの殿堂の購買意欲<メルマガからの抜粋です>

衝動買いの殿堂の購買意欲

<メルマガからの抜粋です>


 前回の内容から、購買意欲が掻き立てられる内容としていくつかの場合分けを行った。
 その内容が「付加価値」であるとしている。もちろん、一瞬「付加価値」ではないと思うことも入っていると思う。

 商品の購入はその商品そのものがほしいという場合がある。
 しかし、その商品の消費というだけでなく商品や商品を購入・または商品を所有することに意義がある。
 または「購入するという行為」そのものに価値がある場合もある。

 そして、もうひとつは価値の方向である。
 その価値は誰に向かって価値があるのかということである。
 もちろん、購入者本人の価値なのである。
 しかし、最もその価値の影響を受ける人は誰かということだ。
 単純にいえば「自己満足」のための付加価値なのか、「他者に対するメンツや見栄」なのか。
 あるいは、親族など親しい人に対する「心」の問題なのか。いずれにせよ、誰かの価値があるから購入するという行為が必要である。
 そして、その価値は、商品以上の価格であっても、その「付加価値」を求めて購入する意欲がわくのである。

 さて、その中で、いくつかの購買意欲を掻き立てる状況を挙げた。
 その最初にあげたのが「衝動買い」である。

<中略>

さて、一応国会新聞編集次長のメルマガなので、少しこの内容を選挙戦に結びつけて書いてみよう。
 選挙において「衝動買い」ようするに「衝動的な投票」というものはない。
 しかし、「妄想」から「期待感」が発生し、「投票行動」を行うという流れは同じである。
 昨年の民主党の政権交代は、まさにそのものだ。
 民主党というだけで「何か新しいことをしてくれる」「政治を改革してくれる」という「妄想」が発生し、
それが「現実」の自民党の体たらくと相まって、「期待感」に代わる。
 そのプロセスの中に「本当に民主党が政治を改革してくれるのか」という検証のプロセスがないことは、衝動買いと同じだ。
 検証せずに、期待感を味わう選挙をした。それが政権交代のお祭り騒ぎと同じであると言える。
 しかし、実際、その期待は裏切られている。
 政治が変わるどころか、政治とカネ、そして派閥的な組閣と、全く古い体制に代わってしまい、密室政治をきわめている。
 期待感の後、結局のところ、期待が裏切られて、興味がなくなってしまう。
 皆さんの衝動買いした商品もタンスの隅で寝むていることはないだろうか。
 今、まさに「日本の政治」が衝動買い後の捨てられた「無関心状態」になっているのだ。
 
 経済行動において衝動買いは悪いとは思わない。しかし、政治に関しても「衝動買い的な検証なき期待感」は、避けなければならない。
 


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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
ブログ
<http://udaxyz.cocolog-nifty.com/udaxyz/>

<mailto:CQA14363@nifty.com>

発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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「脱小沢」ならぬ「粛清小沢」内閣発足。小沢の次の一手は?

「脱小沢」ならぬ「粛清小沢」内閣発足。小沢の次の一手は?

 17日午後、菅内閣の組閣が行われた。6月8日に鳩山由紀夫前首相の急な辞任を受けて、民主党代表選挙で第一次内閣を組閣した。しかし、実際は参議院選挙を1か月前であったことなどから、実質は鳩山内閣の「居抜き」で受け継いだだけであった。そのために、実質的に菅直人の意向で組閣をするのは初めてであるともいえる。実際は、仙谷による組閣ではないかと考えられた。
 さて、まず、注目は「挙党一致内閣」か「脱小沢内閣」かということである。その中ではいくつかのポイントがあった。一つは幹事長、一つは小沢の処遇、一つは、小沢側近の処遇、そして責任を足らせる枝野幸男の扱いである。
 その答えが本日出たのである。
 答えは以外にも「完全な脱小沢」であり、昔の極左の内ゲバのように、または旧ソ連のスターリンがトロツキーにしたような「粛清内閣」であったといえるのではないでしょうか。その結果は下記のとおりです。

[菅首相]内閣改造 新閣僚決まる

 菅直人首相は内閣改造を行い、17日午後、仙谷由人官房長官から閣僚名簿が発表された。新閣僚は次の通り。
▽総理=菅直人
▽総務=片山善博(民間)
▽法務=柳田稔
▽外務=前原誠司(ポスト変更)
▽財務=野田佳彦(留任)
▽文部科学=高木義明
▽厚生労働=細川律夫
▽農林水産=鹿野道彦
▽経済産業=大畠章宏
▽国土交通・沖縄北方=馬淵澄夫
▽環境・防災=松本龍
▽防衛=北沢俊美(留任)
▽官房=仙谷由人(留任)
▽国家公安・消費者・少子化=岡崎トミ子
▽郵政・金融=自見庄三郎(留任)
▽経済財政=海江田万里
▽国家戦略=玄葉光一郎(ポスト変更)
▽行政刷新・公務員改革=蓮舫(留任)

2010年09月17日15時44分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5016770/

菅改造内閣が発足=「脱小沢」継続鮮明―首相、補正提出検討

 菅改造内閣は17日夕、皇居での閣僚認証式を経て発足した。菅直人首相は、外相に前原誠司前国土交通相、総務相に片山善博前鳥取県知事、国家戦略担当相に玄葉光一郎民主党政調会長を起用し、仙谷由人官房長官や野田佳彦財務相らを留任させる閣僚人事を決定。首相官邸で同日夜、初閣議を開いた後、記者会見に臨み、政権運営の基本方針を明らかにする。
 首相は主要閣僚に小沢一郎元幹事長と距離を置く実力者を据える一方、小沢氏の議員グループからは一人も起用しなかった。岡田克也幹事長の登用と併せ、「脱小沢」路線の継続が鮮明になった。
 仙谷官房長官は閣僚名簿を発表した記者会見で、「本格的な菅内閣が再スタートを切る。日本の困難な状況を切り開いていく改革を根底から進めるための人事だ」と強調。また、「首相は挙党態勢を十二分に意識して、適材適所を意識して組閣した」と述べた。
 首相は同日午後、内閣改造に当たり、国民新党の亀井静香代表と会談。両氏は郵政改革法案の速やかな成立を期すとした合意書に署名し、連立政権の維持を確認した。一方、首相は席上、10月上旬にも召集する臨時国会を念頭に2010年度補正予算案提出を検討する考えを示した。

時事通信 9月17日(金)16時45分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100917-00000095-jij-pol

 菅直人は「挙党一致」よりも「自分の政策実現」をとった。
 この菅直人の政策に関しては、後日ゆっくりすることにしよう。問題は粛清を受けた側の方である。要するに小沢一郎。
 小沢一郎は、残念ながら終わりが近くなった政治家として認識されている。思っているほど選挙が強くはないし、自分の選挙で国会議員票で菅直人に勝ることができなかった。それどころか、新聞によっては、菅直人首相存続指示が81%もあるということになった。小沢一郎首相というのは全く国民にうけいれられなかったということだ。もちろんその結果が代表選挙に現れたわけである。しかし、その内容に関して言えば、小沢陣営はそれなりに「反菅直人勢力が国会議員の内200名もいる」ということがわかったのであるから、当然に、自身がついたはずだ。その自身は「組閣でも粗略な扱いはしないであろう」という甘い予測があった。しかし、その予想は脆くも崩れ、完全な粛清人事が行われた。そのうえで、海江田万里など一本釣りで小沢からはがしてゆく巧妙さをらわしている。
 さて、小沢には時間がない。今党を割るといえば、100に近い議員が行動を共にするであろう。一方で、二回目の起訴相当という判断が検察審査会で出てしまえば、小沢と行動を共にすることにリスクが伴う。そのために、多くても30人程度しか離党しないであろう。当然に検察審査会の結果ということ、そして予算、予算関連法案という話で身の振り方を考えなければならない。今の菅政権、もっと言えば仙谷官房長官は、鈴木宗男でわかるとおりに刑事被告人に非常に冷たい。当然に小沢の起訴や逮捕に対しては冷たいであろう。要するに、官房長官である仙谷が、小沢の生殺与奪の権利を持っているようなものだ。逆に、飛び出して、野党連合を組んだ方が、小沢にとってはよい選択かもしれない。
 野党自民党やみんなの党がどんなにやっても追い込めなかった小沢を、仙谷と菅が簡単に、組閣という手段を使って追い込んでしまった。あの田中角栄でさえ、起訴後、竹下登の分離に歯止めを聞かせることができなかった。そのことを考えれば、小沢に残された時間は短い。
 小沢が政治生命をかけるのは今なのかもしれない。菅執行部、そして野党各党は、そのことを考えながら、恩後の戦略を練らなければならないであろう。

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チャンネル桜「討論」民主党代表選挙とこれからの日本Part2

チャンネル桜「討論」民主党代表選挙とこれからの日本Part2

 3週連続になる、チャンネル桜の討論出演だ。昨日9月16日の午後、討論番組を収録した。今回のパネリストは
パネリスト:(50音順敬称略)
宇田川敬介(国会新聞社編集次長・ジャーナリスト)
塚本三郎(元衆議院議員・元民社党委員長)
土屋たかゆき(東京都議会議員)
西尾幹二(評論家)
山田 宏(日本創新党代表)
山村明義(ジャーナリスト)
山本峯章(政治評論家)

司 会:
水島 総(日本文化チャンネル桜 代表

となっている。
 さて、今回は、なかなか面白かったので、皆さんにもぜひ見てもらいたい。実際に、ここのブログでも出した民主党の代表選挙、その結果が出たのちの内容がここに入れられている。民主党執行部人事、小沢の今後、尖閣諸島問題、そしてこれからの日本という感じで話が進んだ。その内容に関しては、実際に見てもらいたい。

 と、これで終わってしまっては、話にならない。そこで、今日は多少の禁を犯して内容についてほんの少しだけ踏みこんでみよう。とはいえ動画配信サイトYouTubeにでない三時間目の内容を記載してみたい。
 この討論番組は、3時間番組で構成されている。その3時間番組のうち、初めの2時間はインターネット動画サイトで公開されており、にこにこ動画などでも見ることができる。しかし、三時間目になると、これは申し込んだ人しか見ることができない。しかし、実際討論番組を三時間見たことのある人にとっては、三時間目が結論めいた内容を言い、そして、中身の濃いものになる。実際、討論番組といっても、事前に打ち合わせがあるわけではない。もちろん台本があるわけではない。地上波の討論番組では台本や時間配分などが決まっていることがほとんどであるが、そのようなものも何もない。そのために、討論その物の話の行く場所がどこかに行ってしまうのだ。逆にそこが面白いが、それでも、初めのうちは遠慮がある。そこで、どうしても話がまとまった、矮小化した話題になってしまうのだ。しかし、実際三時間も話をしていると、だんだんと打ち解けてくる。自分の専門と照らし合わせ、年の上下ではなく、自分に足りないものは分かっているのだから、その自分にわからない情報や自分では持てない視点などを、しっかりと見ることによって、そして、その視点を得ることによって、討論が成立するのだ。
 その意味では、三時間目は最も本音が出る討論となる。
 その三時間目で今回は「安倍内閣復活待望論」がでた。安倍内閣とは言わずと知れた安倍晋三内閣である。安倍内閣復活待望論が出たのは、元民主党委員長の塚本三郎氏と水島聡チャンネル桜代表である。一方、これに反対したのは土屋敬之都議会議員であった。
 この議論はなかなか見ごたえのあるものであった。
 期待できない人の批判は、靖国不参拝、日中歴史共通認識協議開始など、靖国に対する敬意と歴史認識が欠けているということを言う。一方で、待望論を出す人は「他に現実問題として誰がいるのか」という話になる。もちろん、この番組に出演中の山田宏創新党党首は期待できる人に入るとして、他に、というと「平沼赳夫(たちあがれ日本共同代表)」の名前が出てくる。
 現実問題として平沼赳夫議員に総理の芽があるのかといえば、それはない。少なくとも7月の参議院選挙でのたちあがれ日本の戦い方と、惨敗の仕方、そもそも非礼の候補の立て方や、与謝野馨共同代表との確執などを見ている限り、残念ながら難しい立場であるということは間違いがない。一方安倍晋三元首相に関して言えば、当然に、前回の実績や辞め方が悪いというものである。その批判があるが、実質的にいえば、野党第一党であり参議院でも多数を持っている。やり方によっては与党に最も近い存在である。
 このような「ポスト民主党政権」の話をするときに、現在の谷垣禎一自民つ総裁の名前が全く出てこない、これが現在の自民党の姿を現している。谷垣氏には失点はない。しかし、逆に加点もない。単純にいえば、民主党の敵失で参議院選挙に勝ったという感じだ。しかし、菅直人政権であっても、谷垣総裁であっても、国民は「失点がない」ことよりも「危機に向かって何か行動を起こしてくれる」ということを期待している。マスコミと国民の意思はことなる。しかし、双方ともに非常にマスコミ的な対応の上手な党代表を持ってしまっているのだ。それでは話にならない。
 現在のマスコミは「減点法」である。至極単純にいえば、何かをした人に対して批判を行うというものである。逆にいえば、何もしない人をマスコミはあまり批判していない。「目立つ人」「何かをした人」「失敗した人」をまさに鬼の首を獲ったように徹底的に貶めるのがマスコミである。その時の発言に、誹謗中傷に、批判に、まったく責任感がない。その批判が間違えていても謝らない。反省しない。何か事件になれば、せいぜい担当者を左遷する程度である。この「減点法」でしかない人の評価法は、公務員も、大会社も皆同じだ。逆に「何かやる」ということに関しては、「やって当然」という評価しかない。誰かの戸籍を簡単に忘れ、欠点だけをあげつらう批判は、結局に兄も生み出さない日本を作ってしまった。菅直人は非難されているが、それでも経済政策に関して「見守る」ということで何もしないことを肯定しているのである。
 減点法の評価基準に従って行われた誹謗中傷に乗って批判をすることは簡単だ。しかし、「ではどうするの?」という疑問にしっかりと答えられる人は少ない。それどころか、「それは誰かが決める」と、まったく責任を他者に転嫁してしまう。野党時代の民主党と全く同じだ。
 さて、安倍晋三元首相に関して言えば、減点法にかかる材料は少なくない。しかし、では現実問題として菅直人首相でよいのかという話になると、少なくともチャンネル桜の討論に出席しているパネリストではそう思っている人はいなかった。政治家を選ぶということは「よりましな方」を選ぶというものである。自分の思い通りの人を見つけるためには、自分が立候補する以外にはない。その中で、「他に誰がいるのか?」という疑問が出た時に、マイナス面ばかりを口にしているようでは、次の手ができない、というよりは、今のまま最悪の方向に向かってしまう。その結果が現在の民主党政権ということではないのか。
 今回の討論で考えられることは、基本的には日本の教育、道徳など戦後の日本が戦前の日本のよいところを失ったということが、今の政治の結果になっている。その打破には、「よりましな方」を選びながらよいことをしなければならない。
 山田宏創新党党首が最後に言っていた。「反日ではない」ということで保守が大同団結をすべき。まさに、その象徴が必要なのではないか。

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今後を占う菅新内閣人事 ~小沢離党はあるか~

今後を占う菅新内閣人事 ~小沢離党はあるか~

 もうすでにご存じのとおり、菅直人首相の続投が決定した。
 私は、久しぶりに平日の休みを取った。8月の終わりに、心臓の発作により救急車で搬送されICUという場所で気がついた。気を失って顔から転んだようで、顔の傷や口の中の口内炎はかなりひどいものである。しかし、仕事が詰まっていたので、早々に退院し、そのまま仕事に復帰した。しかし、どうも体調がよくない。体が本調子に戻らない。心臓の病気とはこんなものかとどうしても考えてしまう。暑さとか、そういうのもあると思うが、昨年の入院以来、なかなか体が本調子にならないのは仕方がないことかもしれない。それでも、昨日の民主党の代表選挙までは、なんとなく騙し騙し体を動かしていたが、さすがに今日は休みをもらうことにした。
 政界では、15日は菅直人が旧民主党代表を訪問し今後の運営方針について話し合った。自民党時代でも新首相、新総裁は必ず先人の意見を聞くということをやってきていた。その踏襲というか、ある意味常識的な訪問である。そのために、本日はゆっくりできる日とも言える。
 昨日15日の報道の多くは「小沢派そんなに惨敗したわけではない」という話ばかりだ。総得票数とか、そういう話をすれば、昨年の総選挙も自民党が惨敗したわけではない。しかし、残念ながらマスコミは「自民惨敗」を大きく報道した。今回は「選挙制度の問題で差がついたように見えるだけ」という報道を繰り返し報道した。この報道によって「小沢派はいまだに権力を維持できる」という論調を作り出している。
 しかし、政権争いの場合、政権を奪取できた人が勝ち、落選した人が負け。高校野球ではないのだから「惜敗」などというものはない。政治の世界は「大人の世界」であり、「負け」「勝ち」という結果があるだけだ。勝った側に権力が集中し、負けた側には「冷や飯」が待っている。それがなぜか、そのような報道になっていないのに強い違和感を覚えた。小沢も権力を保持しているということで、菅直人に小沢の処遇を考え、そして民主党分裂を避ける狙いがあるのか?という感じも考えられる。また、それを一般に地上波で放送することは当然に、一般国民に「小沢惜敗」を印象付けることになっている。それは、小沢支持層に民主党支持を辞めさせないという効果があるものと考えられる。
 しかし、バカな視聴者は別にして、多少政治を知っている人は、当然にそれらの報道が「虚空」のものでしかないということはわかる。それは、今後の権力や政策に関する問題、具体的には「人事権」の問題だ。原口総務大臣が出ずっぱりで擁護していたが、実際、菅直人がどのような人事に関する考え方を持っているか、全く言わなかった。それが権力者とそうでない人の差である。
 その人事に関することが下記のものだ。

菅首相続投、官房長官は留任…17日に内閣改造

 民主党は14日、東京・芝公園の「ザ・プリンスパークタワー東京」で臨時党大会を開き、代表選の投開票を行った結果、菅直人代表(首相)(63)が小沢一郎前幹事長(68)を大差で破り、再選された。
 菅氏は15日にも党役員人事の概要を固め、17日に内閣改造人事を行う方向だ。内閣の要である仙谷官房長官は留任させる。参院選敗北の責任が問われ、辞意を漏らしている枝野幹事長の後任には、岡田外相ら閣僚の起用が取りざたされている。菅氏が今後、小沢氏を支持した勢力を抱え、挙党態勢を築けるかどうかが焦点だ。菅氏の代表任期は2012年9月まで。
 代表選は、菅氏の代表の任期満了に伴うもので、投票結果をポイントに換算して争われた。総計1222ポイントのうち、菅氏が721ポイント、小沢氏が491ポイントだった。投票権を持つ411人の国会議員票(1票は2ポイント)は、菅氏が412ポイント(206人)で、小沢氏の400ポイント(200人)を小差で上回った。地方議員票でも菅氏が20ポイント勝り、党員・サポーター票では菅氏が約5倍のポイント差をつけ小沢氏を圧倒した。
 国会議員票のうち無効の3票は白紙。横路衆院議長、西岡参院議長は欠席した。
 菅氏は再選を決めた直後、「ノーサイドで、党全員が力をフルに発揮できる挙党態勢のために協力をお願いする」と訴えた。
 代表選は党を二分する激戦となった。菅氏に対して「首相を短期間で代えるべきではない」という声が追い風となる一方、小沢氏には「政治とカネ」の問題に対する批判が逆風となった。
 菅氏は15日に小沢氏など党代表経験者らと会い、党役員・内閣改造人事について協議する。ただ、菅氏を支持した議員の間では、「脱小沢」路線を継承するべきだとの声が多く、党内融和は難しいとの見方も出ている。
 枝野幹事長は14日夕、「参院選で多くの有為な仲間が残念な結果になったことは責任を感じている」と都内で記者団に語り、辞意を示唆した。枝野氏の後任には岡田氏のほか、川端文部科学相、前原国土交通相の名前が挙がっている。

(2010年9月15日03時01分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100914-OYT1T00657.htm

 単純に「挙党一致」か「脱小沢」かという人事である。もっと言えば、「党内融和」か「政策重視」であるかということだ。
 菅直人の考え方からいえば、あれだけ政策が違った小沢一郎と「挙党一致」を行うということは、それだけ菅直人の発表した政策を小沢の政策とすり合わせなければならないということだ。消費税の問題も普天間の問題も、いずれもあれだけ違った話になるということは、それだけ「挙党一致」のために、菅直人の政策を実現できないということになる。政策が一つの理論に結びつかなくなるということは、当然に政策ない、政権内矛盾を起こすことになり、政権政策の統一性というものがなくなってしまう。
 とはいえ、小沢の政策を全て飲むというのであれば、そもそも代表選挙などを多名う必要なかったということになる。その妥協点をうまく探せるかどうか、ということが最も重要であるが、民主党の中ではその雰囲気ではない。「一兵卒」という単語が小沢から出る。つまり、小沢の心根は菅直人の政策を進めてほしいというメッセージになる。しかし、逆な見方をすれば「政権運営に積極的な協力しない」ということを表明しているにすぎない。この時点で、菅直人側に「挙党一致」はあっても小沢一郎に挙党一致の考え方はないということは明らかである。
  小沢の積極的な協力を得られないということは、当然に、いくつかの「政権崩壊」「民主党分裂」の分岐点が今後出てくるであろう。それは、「小沢の検察審査会の結果とその対応」「予算関連法案」そして「小沢および小沢側近の人事」である。
 小沢の検察審策あの結果が二回目で起訴相当と出てしまえば、当然に小沢は強制起訴される。小沢の強制起訴の場合、菅直人政権がそれをどのようにするかということが一つの問題となる。小沢と親しい、鈴木宗男の最高裁での有罪確定の時、仙谷官房長官は「法律に従うべき」というコメントを出し、鈴木宗男を突き放した状態であった。その官房長官の留任が決まっている状況である。当然に小沢に関しても「法律に従うべき」という趣旨のコメントを発表し、その対応をすることが予想される。小沢は最低でも在宅起訴、場合によっては逮捕勾留されることになるのだ。その状況において、小沢が民主党に残るのか、もしくは小沢が離党するのかということは、非常に重要な話になる。
 そのように小沢との関係が険悪になれば、菅直人はいわゆる「党内野党」を抱えることになる。党内野党があれば、政策的に妥協しなければならない。「イラ菅」と異名をとる菅直人や、裏工作ばかりの策士仙谷由人にこの「党内野党」と「野党」を含めた「ねじれ民主党」「ねじれ国会」双方を対処することができるのかは非常に注目だ。来年度予算とその関連法案ですぐにその結果を出さなければならない状況であり、また尖閣諸島などもまさに切迫した状況だ。それを乗り切れるかどうか。
 そして、その時に考えられるのが「小沢側近」の人事に関係がある。単純にいえば、小沢がいなくなっても小沢の側近を取り込んでおくことができるのか、ということが一つの試金石になる。小沢側から見れば、そこで取り込まれ政権側に立つのか、冷や飯を食いながらも小沢に義理だてるのか。小沢側近といわれる人々のここの対応にも注目だ。
 その意味では、「閣僚」だけでなく「民主党執行部」人事は非常に注目だ。ここで菅直人の論功行賞人事が行われるようでは、先の政局はなかなか難航するであろう。
 最後に、野党。この民主党の混乱に乗じてしっかりと主張をしなければならない。そのことがしっかりとできているであろうか。もう一度検証する必要があるのかもしれない。

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小・菅対決決着、菅直人政権継続へ

小・菅対決決着、菅直人政権継続へ

 今から400年以上前。慶長5年、西暦でいうと1600年9月14日、美濃の国今の岐阜県大垣市にある大垣城前に布陣した徳川家康が、石田三成の居城佐和山城(現在の滋賀県長浜市)をうかがうがごとく軍を西に動かした。その数、一説によると八万。一方、深夜になりその動きを察知した石田三成率いる西軍は、大垣城を出て岐阜県関ケ原に布陣した。その軍一説によると八万五千。翌日9月15日(旧暦)が、かの有名な天下分け目の合戦である関ヶ原の合戦である。
 9月14日は、夕方から翌15日未明にかけて東西軍ともに大垣から関ヶ原への移動に費やし、全軍の布陣を敷いた日である。この関ヶ原の結果は、多くの日本人が知っての通りに、東軍徳川家康の勝利になった。明治維新後、日本は陸軍をドイツに模範を求めた。騎馬隊だけフランス軍の騎馬隊を真似たが、陸軍の基本は現在のドイツ陸軍を模範としたのである。そのドイツの陸軍教官が、関ヶ原の布陣図を見て、すぐに「この戦いは西軍が勝ったはずだ」といった話は有名。それほど戦いは西軍に有利な陣形であった。しかし、実際は、小早川秀秋などが西軍を裏切り、また毛利・吉川・が動かず、西軍の思惑通りにはならなかった。優れた人系ではなく、人の和と人望・人徳、将来性などが勝ったため、党軍は勝利を収めた形になったのである
 その辺のところは、関ヶ原の戦いに関する小説はたくさん出ている。また、かなり古いが30年くらい前に、TBSのドラマで司馬遼太郎原作の小説「関ヶ原」をドラマ化した内容が出ている。森重久弥の徳川家康と三国連太郎の本多佐渡守正信の演技は、「タヌキ」と言われた徳川家康主従をうまくあらわしていたし、加藤剛の石田三成と三船敏郎の島左近勝猛も、うまく書けていた。私が小学生のころのドラマであるから、なかなか昔のものであるが、記憶に残るドラマであった。私の小学校では、関ヶ原がブームになったのを覚えている。私が歴史に興味を持ったいくつかのドラマのうちの一つであることは間違いがない。友情によって軍を起こし、負けることを覚悟で、すでにこの世にない太閤秀吉の義に奉じた大谷行部吉継に、当時人気が集まったように記憶している。
 関ヶ原の合戦は、言うまでもないが、豊臣秀吉の治世から、内大臣であった徳川家康が、天下取りに挑んだ戦いである。その戦いにおいて、多くの大名、殊に豊臣秀吉恩顧の大名を調略し従えて戦った、徳川家康と、豊臣秀吉が征服した大名を従えた石田三成の戦いであった。しかし、その人望や権謀術数の数々は百戦錬磨の徳川家康の方が勝っており、そのために、9月15日の午前中は押し気味であった西軍に対し、松尾山から裏切って一気に西軍に槍をつきいれた小早川秀秋他の大名によって、西軍は総崩れし、夕方には関ヶ原の合戦は党軍の勝利で幕を閉じた。この決定的な勝利は、本来ここまでの転嫁の入れ替えがあれあ、また日本各地において群雄割拠になると思われたが、その予想に反し完全に徳川の治世に変わっていったのである。この関ヶ原の合戦の三年後、徳川家康は武家の棟梁である征夷大将軍に任命され、またその後、家康は自分の子供である秀忠に征夷大将軍の座を譲った。要するに豊臣に政権を譲ることなく、徳川家で征夷大将軍を世襲する意思を示したのである。
 さて、そのような「天下分け目の合戦」の後、400年を超えて、物理的な合戦というのはなくなったが、政治的な「合戦」は発生した。民主党の代表選挙である。
 9月14日、まさに昨日、民主党代表の選挙が起き、それは日本の与党第一党の代表、つまり内閣総理大臣を決める戦いになった。昨年の総選挙で、民主党大躍進そして政権交代の屋台骨を支えた小沢一郎と、民主党結党以来の幹部菅直人の二人の争いが行われ、そして、現在の内閣総理大臣の菅直人が勝利した。その記事が下記のものである。

民主代表に菅氏再選 党員・サポーター票で小沢氏に大差

 民主党代表選は14日午後、東京・芝公園のホテルで投開票され、菅直人首相(63)が小沢一郎前幹事長(68)を破り、再選を果たした。菅首相は、ただちに党役員人事と内閣改造に着手する。7月の参院選での敗北でつまずいた政権運営を立て直し、衆参各院で多数派の異なる「ねじれ国会」に臨む態勢を整えることが急務となる。
 代表選では、「脱小沢」路線を掲げる菅首相と、党内融和を重視する小沢氏の党運営への姿勢に違いが際立った。
 財源論や外交・安保などの政策でも激しい論争が交わされ、全体の約3分の2を占める国会議員票の奪い合いなどで両陣営の運動は過熱した。
 このため、党内外で代表選後のしこりを懸念する声が上がっている。菅首相がこれからも「脱小沢」の姿勢を貫けば巨大な「党内野党」勢力を抱えることになり、今後の人事で小沢氏やその周辺の議員をどこまで登用するかが注目される。

     ◇

■民主党代表選の結果(敬称略。単位はポイント)

菅 直人721(国会議員票412、地方議員票60、党員・サポーター票249)

小沢一郎491(国会議員票400、地方議員票40、党員・サポーター票 51)

朝日新聞 2010年9月14日15時38分
http://www.asahi.com/politics/update/0914/TKY201009140397.html

 今回は、朝日新聞の速報記事をそのまま利用した。朝日新聞の記事が、「国会議員」「地方議員」「サポーター」の票数の内訳が書かれているので、この朝日新聞の記事を利用した。このような選挙に関する記事は、勝ち負け、そして票数に関しては変わりようがない。また、解説などに関しても速報版はそんなに大きな差はない。
 さて、この数字を見てわかることは、小沢一郎が「国会議員」「地方議員」「サポーター」全ての部門で小沢一郎が敗北したのである。ことに、民主党最大派閥を誇る小沢一郎の一新会と、鳩山派がいるのにかかわらず、それらの組織が崩れ国会議員で負けたのである。
 国会議員に関しては、複数回当選している人と、1回生議員とは全く異なる。1回生議員の多くは小沢一郎が幹事長の時に公認した議員である。いうなれば小沢一郎に恩がある議員ばかりである。それにもかかわらず、小沢一郎を「裏切って」菅直人に雪崩を打って言ったのである。それは松尾山から西軍に雪崩を打って攻めていった小早川秀秋のように、完全に小沢一郎の息の根を止めるかの如く襲いかかったのである。
 地方議員票やサポーターは、マスコミによる思惑や、小沢の疑惑、そして終盤に出てきた不倫スキャンダルなどで、小沢離れに歯止めがかからなかった。ことに、地方議員のりはんは、来年の4月の統一地方選挙で「小沢一郎では勝てない」という明確な意思表示であろう。しかし、一方で国会議員は恩義があっても関係なく、小沢一郎を裏切っていった。田中角栄や金丸信の時と違い、国会議員にそれだけの義理や縁故を感じる人がいなかったということだ。
 逆い言えば、民主党のそのような義理を感じない風潮を小沢一郎が作ったといえる。そもそも小沢一郎自身が政党を壊し、そして政党を作り、裏切ってきた。そのうえ、自分と一緒にやってきた議員たちを切り捨ててきた。渡部恒三、藤井裕久、石井一、自由民主党田中派から一緒に変遷をたどってきた仲間たちが皆小沢のもとを離れて行った。彼らは小沢一郎の戦略を知り、そして、その戦略を逆手にとって今回の戦いを主導していた。まさに「豊臣恩顧の大名」が関ヶ原の東軍の主力であったように、まさに一緒に戦ってきて、その戦術も戦略もわかった人間たちが、小沢の敵に回ったのである。
 これでは小沢は勝てるはずがない。まさに、石田三成のように、当初は優勢であったにもかかわらず、完全に破れてしまったのだ。小早川秀秋とともに裏切った朽木、赤座などの大名のように、最後まで態度を保留していた国会議員の多くが菅直人側に雪崩をうって流れて行った。
 小沢一郎の内容は、こんな感じだ。ただし、問題は菅直人は徳川家康とは違う。徳川家康のように人徳はなく、また、徳川家康のように国家運営に関して戦略もない。本多佐渡守正信のような、稀代の名軍師がいるわけではない。いるのは、弱腰外交で、国家観のない仙谷官房長官くらいだ。徳川家康のように国家を任せてよいと国民が思っていない。もともと小沢と菅の代表選挙においても、どちらがやってもよくない。「よりましな方」がないという戦いであった。上記のように「戦略的」「人望的」な欠陥で勝敗が決したが、政策的な論争はほとんど行われていなかった。そのことは、すぐに市場の反応で円高が進んだことでもわかる。
 今後は、「党内野党」としての小沢一派がどのようになるのか。小沢支持の人々がどのように処遇されるのか。小沢一郎自身の役職はどのようになるのか。など人事的な課題は少なくない。それ明りか政策はどのようになるのかによって、小沢一郎が代表になる以上の転落を民主党は味わうことになる。小沢一郎の今後の動きも気になるところだ。
 今回のような差のついた、そして小沢自身も予想しなかった国会議員票での敗北は、今後の政局に大きな影を落とすことになるであろう。

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9・11事件から9年、テロを宗教戦争にするな!

9・11事件から9年、テロを宗教戦争にするな!

 9年前の9月11日。世界中に衝撃的な映像が流れた。まさに9・11事件である。ニューヨークの象徴の一つともいえた世界貿易センタービルツインタワーに、旅客機が各1機体当たりをした。その後、ビル全体が火災となり、そして、爆発の衝撃と火災による躯体の弱体化によってビル全体が倒壊したのである。ビルの倒壊は、全世界に中継され、今でも、その映像は非常に衝撃的な映像の一つとなっている。
 その9・11事件の地位と牛木が、当然に9月11日にニューヨークで行われた。そのことを伝える記事が、下記の門である。なお、追悼式は今年に限った話ではない。毎年ニューヨークでは、いやニューヨークに限ることなく、全米で、世界で追悼の式典が行われる。基本的に、ニューヨークという都市が世界各国の人々が集まるのであるから、その犠牲者も様々な国籍の人が集まっているのだ。その人々が犠牲になり、また、その事故の衝撃は忘れられないほどの、大きな事件であったし、映像であったと思う。
 その記事が下記のものだ。

同時テロから9年 NYなどで追悼式典

 ニューヨーク(CNN)
 米同時多発テロから9年を迎えた11日、ニューヨークの世界貿易センタービル跡地などで追悼式典が開かれた。同センター跡地付近では、モスク(イスラム教礼拝所)建設計画をめぐって激しい論争が起きている。
 跡地近くの公園で行われた式典では、例年通り犠牲者2752人の名前が読み上げられ、ブルームバーグ・ニューヨーク市長が「私たちの街をこれほど深く傷つけた悲劇はなく、これほど思いやりと愛、連帯感に満ちた場所はない」と述べた。
 世界貿易センターの北棟、南棟にハイジャック機が突入した時刻にそれぞれ黙とうが捧げられ、バイデン副大統領による詩の朗読に続き、遺族代表が犠牲者らの思い出を語った。
 式典後には、警察が警戒態勢を強化するなか、モスク建設への賛成派と反対派がそれぞれデモを展開した。
 もうひとつの突入現場となったワシントンの国防総省でも、オバマ大統領らが出席して追悼式典が開催された。大統領は、テロ犯の狙いに反して「われわれが米国人らしさを守り、共通の目標を掲げ続けること」が、犠牲者らに払える最高の敬意となり、対テロ戦での最強の武器となると強調した。
 さらに別のハイジャック機が墜落したペンシルベニア州シャンクスビルの現場では、ミシェル・オバマ大統領夫人とローラ・ブッシュ前大統領夫人が式典に出席し、機内でテロを阻止しようとした乗客らの勇気をたたえた。 最終更新:9月12日(日)9時42分

CNN.co.jp 9月12日(日)9時42分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100912-00000000-cnn-int

 本来、今日は民主党の代表選挙の日だ。本日の午後、日本の与党民主党の代表選挙の結果が出る。本日は、本来そのことを書いてもよいと思ったのであるが、実際、結果が出てから新代表(菅直人首相の場合は継続であるが)について書かなければならないし、また、その新内閣(菅直人首相の場合でも内閣改造が伝えられている)について、評論を行う必要はある。新しい内閣総理大臣に関して、次の日本がどのようになるのかを予想することは非常に重要である。
 とくに、現在の景気対策ということをどのようにするのか、具体的にいえば、市場介入をするのか、株式に対して買い支えをするのかということを明確にしなければならない。そのなかにおいて、企業に対するしえんでけいきたいさくをおこなうのか、相変わらず国民個人に対してバラマキを行うのか、そのことをしっかりと見てゆかなければならない。
 それだけではなく、新首相・新内閣で、日本の外交や安全保障をどうしたらよいのかということを関あげなければならない。そのことは、中国や韓国という東アジア情勢ということ、北朝鮮の拉致問題などの懸案問題という今まで言っている問題だけではなく、実際のところ、自民党時代から言われている「シーレーン防衛」、中央アジア・中東における石油・地下資源に関して「資源外交」「石油外交」を負うするのかということも必要になる。当然に、その中には東シナ海の天然ガスの問題も出てくるのである。
 その外交の部分で、民主党政権は完全に世界の多くの国から後れを取っている。それだけでなく、日本の多くの他の政党とも相容れない内容になっている。私の見るところ、民主党政権に関して言えば、海外の情報が入っていないようだ。いや、入っているのかもしれないが、民主党の政権がそれを使いこなすことができていないのかもしれない。そもそも、それらの情報を入れてくるのは官僚であるし、過去の内容と現在の新しい情報を分析するのも官僚である。その状況であるにもかかわらず、国内のそれも選挙事情だけで「政治主導」を言い始めたので、結局経験も何も分からない一年生議員などがそれらの分析を行うということになってしまっている。「政治主導」とは聞こえはいいかもしれないが、結局のところ、素人集団でしかない。その素人が、自分の選挙対策を重視して、外交をしていても、それは国益に結びつくものではない。そのような外交が行われているのが最も日本にとって良くないことなのだ。
 今回の、9・11の件とそれに合わせたイスラム教徒アメリカの対立に関してもそうだ。その意味で、この事件からは様々なことが言える。少し強引に民主党から9・11に話を変えてみたい。
 今回モスク建設に反対し、アメリカの牧師の一人がイスラム教の経典であるコーランを燃やすと宣言する事件も起きた。この牧師の行為を思いとどまらせるために、クリントン国務大臣までコメントを発表するほどだ。
 実際、イスラム教徒の中にテロリストは、存在した。今回はイスラムのテロリストが、9・11の事件を起こした。しかし、だからと言って、イスラム教全てがテロリストではない。しかし、そこをイスラムが全てテロリストだとしてしまうと、結局今回のような宗教批判になってしまう。宗教が人を救うものとしても、それでは歴史上十字軍のような宗教を挙げた排他的戦争が発生してしまう。その土壌は、テロリストに対する宗教全体への一般化によって行われてくるのである。
 しかし、実際イスラム教の中にもテロリストに反対する人はいる。というよりは、イスラム教のほとんどはテロに反対している。しかし、そのことが宗教ということで差別を受けることになる。その差別は「憎しみ」を産み、そして新たな対立を発生させてしまうのである。
 9・11はアメリカにとって非常に大きな問題だ。何しろ史上初、アメリカ本土に被害を受けたのだ。そして、その反動でイラク戦争が行われた。その根拠は非常に希薄だったことは戦争終了が、フセイン大統領の死刑執行後明らかにされた。しかし、その中にイスラム教敵対説が出てしまっていることも確かだ。
 さて、このような情勢を持って、日本は何の反応もしていない。おりしも民主党の代表選挙で、なにも反応できる状態でないもの確かだ。しかし、このイスラムとの付き合い方や、アメリカの態度に対する評価、これをどうするかは、全く決まっていない。とくに民主党政権になってから、中途半端な状況が続いているのだ。
 外交を行うのは、ただ単に誠意と交渉でなく、イスラムやキリスト教といった宗教や民族、そして歴史をしっかりと認識し、そのうえで、地理や風土、そして現在の経済を考えながら行わなければならない。しかし、自民党も十分な内容ではないが、民主党はもっとひどいがいこうをくりひろげている。そのセンスがないことは、インド洋の給油停止で世界に示してしまった。
 自国の歴史に関してもまともに主張することができない現在の日本の政府が、まともな外交をできるはずがない。それができるような新内閣を期待するが、なかなか難しいのではないだろうか。

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日本の「領土争い」勃発か? 日本の外交姿勢が問われる尖閣諸島問題

日本の「領土争い」勃発か? 日本の外交姿勢が問われる尖閣諸島問題

 本来は、月曜日は「マスコミ批判に関する一考」を続けて書こうと思っていた。しかし、「マスコミ批判に関する一考」よりも書かなければならない内容が発生した。この件に関して書かなければ、やはり日本人としてまずいのではないか。私自身そう思ってしまったので、今回はそのことについて書こうと思っている。
 9月7日、日本においては珍しい「領土争い」が、尖閣諸島で行われた。中国の漁船30隻程度が、大挙して尖閣諸島周辺に現れ、日本の領海内で操業を行ったのである。これに対し海上保安庁の巡視船「よなくに」などは、警告を行ったうえでこれを追尾。30隻のうち1隻が、「よなくに」に対して体当たりなどを繰り返し、もう一隻の巡視船(申し訳ない名前が出てこない)にも体当たりをし、逃亡を図った。これに対し巡視船二隻は、当該漁船を拿捕し、船長を公務執行妨害によって逮捕した。
 公務執行妨害は、当然に日本領海内で日本の海上保安庁の公務を、漁船によって故意に体当たりをしたことによって、公務を妨害したということが構成要件になる。その逮捕に関し、中国が日本に、また日本は中国に対していずれも抗議を行うという異常な事態になった。
 そのいきさつに関する記事が下記のものである。敢えて、社説的な意見の出ていない記事を選択させていただいたことをここに注記する。

中国漁船が海保巡視船に衝突=尖閣付近海上、警告に逃走図る―けが人なし

 海上保安庁に入った連絡によると、7日午前10時15分ごろ、尖閣諸島の久場島の北北西約12キロの日本の領海の東シナ海で、第11管区海上保安本部の巡視船「よなくに」(1349トン、全長約89メートル)が中国のトロール漁船「※(※=門ガマエに虫)晋漁5179」と接触した。
 漁船は逃走し、約40分後には同島の北西約15キロの海上で、同本部の別の巡視船「みずき」(197トン、全長46メートル)と衝突した。けが人はいないという。
 漁船はさらに逃走を続けたが、同島の北西約27キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内で午後0時55分ごろ、みずきなどから海上保安官12人が乗船し停船させた。海保は漁業法違反(立ち入り検査忌避)の疑いで捜査している。
 同庁によると、よなくにが、久場島付近で操業していたトロール漁船を発見。領海外に退去するよう警告したが、漁船が網を上げ終えて逃走する際、漁船の左舷船首が、よなくにの左舷船尾に接触した。
 よなくには船体後尾の甲板上の手すり1本が折れた。漁船は逃走し、みずきなどが追跡。みずきが漁船の左舷前方約70メートルで停船命令を繰り返していたところ、漁船が急に左に旋回し、みずきの右舷と接触した。
 みずきの右舷中央が長さ約3メートル、高さ約1メートルにわたってへこんだ。また、右舷中央から後方にかけ手すり5、6本が曲がった。 

2010年9月7日(火)13時53分配信 時事通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jiji-07X685/1.htm

海保巡視船と漁船接触、中国が日本に抗議

 【北京=大木聖馬】中国外務省の姜瑜(きょうゆ)副報道局長は7日の定例記者会見で、中国漁船と海上保安庁の巡視船が同日午前に尖閣諸島(中国名・釣魚島)近海で接触した問題について、「重大な関心を持っており、日本側に厳正な申し入れを行った」と述べ、抗議したことを明らかにした。
 姜副局長は「釣魚島は昔から中国の領土で、日本の巡視船が周辺海域でいわゆる主権保護活動をしないよう要求する」と述べ、中国漁船の行動に問題がなかったとの認識を示した。
 また、新華社通信によると、中国外務省は同日、丹羽宇一郎・駐中国大使を呼び出し、「違法に(中国漁船の)行動を阻む行為をやめるよう要求する」と抗議した。

2010年9月7日(火)23時51分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/yomiuri-20100907-00852/1.htm

海保巡視船と漁船接触、日本も中国に抗議

 外務省の斎木昭隆アジア大洋州局長は7日夜、東シナ海の尖閣諸島近くの領海内で中国漁船が違法操業後に逃走して海上保安庁の巡視船に接触したことを受け、中国の程永華駐日大使に電話で「違法操業は遺憾だ」と抗議した。
 「日本の国内法にのっとって粛々と手続きを進める。ただ、日中関係全体に悪影響を及ぼさないようにしないといけない」とも伝えた。程大使は「尖閣諸島は日本の領土ではなく、違法操業にあたらない」とする見解を示して反論したという。

2010年9月8日(水)0時23分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20100907-00943/1.htm

 さて、論点の所在は簡単である。「尖閣諸島の領有が日本にあるのか、中国にあるのか」ということである。私は敢えて「論点」としたのは、私は、このことに関して問題視していない。単純に尖閣諸島は日本固有の領土であると考えている。そこを、昨今海底に天然ガスが出ることが分かり、中国が不法に侵犯してきているにすぎない。私の解釈は、「日本が弱気外交しかしていないから、このように徐々に柵を狭められるような不法侵犯をされている」としか考えていない。
 だから、普段はこのことをあまり問題にする気がない。日本がしっかりしていれば」済む話ではないのかと考えているのである。残念ながら、民主党に限らず自民党時代もこれらに関しては非常に弱腰の外交を継続しているのであり、日本における政府の役割を十分に果たしているとは思えないのである。
 そもそも、政府は、国を運営する機関である。では、「国」とは何か。単純に「領土」「国民」「主権」の三要素からなるとされている。私は、ここに「権益」という単語を入れないとグローバル社会の中においては、国際流通権益や国際金融権益がなければ、一国の経済も国民の生活も成立しない。そもそも、太平洋戦争も「南部仏印」の資源地帯の争いがあったのであるから、「権益争いの大戦」であったということは明らかである。政府の役目は、この「国」を運営し、その安全を守ることが重大な仕事である。何も年金がどこに行ったかとか、官僚の誹謗中傷をするのが彼らの仕事ではない。
 よって、今回「領土」と「主権」と「権益」を不法におかされたのであるから、政府は全力を挙げてこれを排除し、日本国を守る義務があるのだ。どうも今の国会議員は「主権」は「人権」であり「選挙権」でしかないと履き違えている部分があるが、国家としての主権を守らなければ、国民の主権も存在しないということに気づかなければならないのではないか。
 よって、「外交」「安全保障」に関しては、この国の主権を守るという観点で、最も重要な論点である。そして、一歩も外国に譲ってはならない。「軒下貸して母屋とられる」ではないが、少しでも中に入れてしまえば、外国は(中国に限ったことではない)何をするかわからない。それでも、日米安全保障条約のようにしっかりと条約に基ずいて咀嚼しているのであれば、問題は少ないが、実際、今回のように「根拠もなく不当に」侵犯してくるものは、排除しなければならない。
 ただし、私は「簡単に戦争する」と言っているのではない。日本は、なぜか、この領土問題に関してて国連に提訴したり、または日米安全保障条約に頼ることをしない。なぜか、孤立して何とかしようとしている。領土問題は国家固有の問題であるが、日本の場合、その地理的な特徴から、周辺国、というよりは海に面している国全てにおいて共通の問題である。林子平の「海国兵談」ではないが、海に接しているということは、陸続きで不法に外国が入ってくることはないが、逆に、海を通していつ何時どの国が、来るかわからないということもあるのだ。当然に、海において他国と国境を接している国であれば、その諸島部の領有管理に関しては同様の問題を持っている。その国などを交えて、しっかりとした交渉を行うべきではないのか。
 憲法9条は戦争をしないとは言っているが、そのことを持って領土を割譲するとか、言われたままに頭を下げるなどとは書いていない。戦争をしないことによって、日本の主権を維持するということを書いており、主権・領土・国民を憲法の文言の下に犠牲にすることは、日本国憲法も全く予定していない状況である。
 この期に及んでも「ただ、日中関係全体に悪影響を及ぼさないようにしないといけない」などという外務省の局長は、まさに「仕分けされなければならない霞が関の象徴」であり、行政府がやらなければならない仕事、「全体の奉仕者」としての役割を果たしていないのではないか
 ついでに言えば、「日本が領有を主張している」などと、しっかりと日本の領土と書かない、朝日新聞などは、猛省を促したい。日本を解体したいのであれば、まずそのことをしっかりと明確に「朝日新聞は反日新聞で、中国や韓国の主張をしっかりと書きます」と宣言してから発行すべきではないのか
 最後に、政府。これらの大きな国家の主権を揺るがす事件が起きているにもかかわらず、代表選挙に明け暮れ、その代表選挙で、このような外交、安全保障などに全く論点が出ない、彼らの政府としての自覚のなさ、政権担当能力の欠如は、菅直人・小沢一郎両候補も含め、民主当然議員及び職員が全く「国家の仕事」を理解していない。これならば、朝日新聞と同じ「中国の言いなりになる政府を作ります」と宣言して、国民に信を問えばよい。本来であれば、代表選挙を延期、中止しても解決しなければならない問題である。これが、尖閣諸島ではなく、たとえば九州であれば、どうなったのか。中国が突然「九州は中国の領土」と主張し、関サバなどをトロール操業を始めたら、どのようなことになるのか。「領土」という意味では全く同じではないか。
 この自覚のない、官僚と新聞と民主党。これを何とかしないと本当に国が滅んでしまうのではないか。私のような小さい存在が憂慮しても無力なのかもしれないが、どうしても、声をあげずにはいられない。今後もこの事件に関しては、しっかりと注視してゆきたいと思う。

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シリーズ日本の小売業 売れない時に売る技術~付加価値による価値づけ~

シリーズ日本の小売業 売れない時に売る技術~付加価値による価値づけ~

<メルマガからの抜粋です>


  マーケティング、ことに自分の予定顧客を相手にした「ターゲット」に対するターゲットマーケティングを行ったのちに、
そのマーケティングの結果を活かして、「売れないものを売れる」状況を作らなければならない。

  マーケティングのデータは、「売れないものを売るための情報」の入手である。

  では「売れない」のはなぜか。
 それは先述したように、「すでに物があるから」「買いたいものがないから」ということになるのだ。
 しかし、本当に「物がある」のか、あるいは「買いたいものがないのか」という疑問は常にある。
 本当ならばほしいのに「代用品で済ましてしまっている」または「買いたいものが探せない」「買いたいものが分からない」ということも考えられる。
 もしも、そのように何かのきっかけで買いたいものができる場合は、少しの工夫で商品は売れるようになるのである。

  では、人が商品を買うのはどういう状況であろうか。

<中略>

この付加価値の考え方そのものが、選挙などにも使える。
 ただ単に小売業の話をしているわけでもない。
 選挙の技術として、この内容が応用できる。
 選挙技術に関してはこのブログ、もしくはメルマガで書く気はないので、この中から読み取ってほしい。
 そうすれば、私が2010年の参議院選挙で「政治コスプレパーティー」を企画したのか。
 インターネット選挙でどのような戦略を考えていたのか、よくわかるはずだ。
 候補であった人が「私が企画したものではない」とかいって、その本質がわからなかった。
 それが敗因の一つであることは否めない事実だ。
 当然に彼に関しては他にも敗因がある。
 しかし、選挙に勝つための戦略が全く理解できていない。
 これは致命傷のうちのひとつであろう(一つということは他にもあるということだ)。
 そして、その理解できないということを批判の受け答えで使う。
 自分の責任として認められず、他に責任転嫁して逃げる。
 そのような話では、有権者の心をつかむことは不可能だ。
 選挙での戦略は、これらマーケティングとプロモーションからエッセンスを導き出すことが可能だ。
 理解できない人が候補にいて、それを行うのであれば、ついてくる人もいない。

 まあ、選挙の話はやめよう。
 小売業における東京ディズニーランドの強さと、そのプロモーションの素晴らしさに関しては、次回。
 

<真ん中の略した部分はメルマガでお読みください>

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鈴木宗男逮捕、失職、収監が与える政界への影響

鈴木宗男逮捕、失職、収監が与える政界への影響

 鈴木宗男議員の上告が棄却された。鈴木宗男議員は政治資金規正法や収賄事件において、8年間法廷闘争を行ってきたのであるが、この最高裁に対する上告が棄却されたのだ。最終的に、鈴木宗男側の弁護士が、最高裁の決定に対して異議の申し立てを行い、その異議申し立てが却下されれば、鈴木宗男刑事被告人の有罪が確定する。鈴木宗男議員は、その時点で議員資格がはく奪され、収監されることになる。
 鈴木宗男議員の事件に関しては、特にここで開設を行うつもりはない。そのことを起因として鈴木宗男議員と対立した外務大臣であった田中真紀子議員が自民党を利用し、鈴木宗男議員は北海道で新党大地を結党、民主党と統一会派を作った。田中真紀子議員は、鈴木宗男議員との対立とその関係が良くないということで、自民党を離党した。しばらくは無所属議員として活躍していたが、小沢一郎が民主党の代表院なってから急接近をし、民主党に入党している。結局「呉越同舟」ではないが、鈴木宗男と田中真紀子は小沢一郎を介して統一会派にいることになるのである。
 その一方の鈴木宗男が、その時の事件で立件起訴され、そのうえで、裁判をたたかてきた。地裁、高裁ともに有罪となり、上告していたが、その上告が棄却されたのである。実質的に有罪が確定し、鈴木宗男は懲役に伏することになる。景気は2年。その後選挙に出ることができない公民権停止5年となるのである。
 その関連の記事が下記のものである。

鈴木宗男氏「いかなることあっても検察と闘う」

 あっせん収賄罪など四つの罪に問われ、最高裁が上告を棄却する決定をし、懲役2年の実刑などが確定することになった鈴木宗男衆院議員が8日夕、東京都内で記者会見した。
 鈴木氏は「私自身わいろをもらったという認識はない。密室の取り調べで作られた調書で誘導された犯罪であることを、最高裁は明らかにして欲しかった」と改めて無罪を主張した。
 また、「いかなることがあっても検察権力と闘っていく。与えられた環境のなかで、何が真実で、公正、公平かを発信していきたい。国民の皆さんに対しては、お騒がせしたことをおわびしたい」と述べた。
 自らが代表を務める新党大地については、「リージョナルパーティー(地域政党)として、エントリーしている者はいるし、志を受け継ぐ者もいる。(歌手の)松山千春さんとも相談して、今後のことをゆっくり考えることになっている」と説明した。
 鈴木氏は「(娘が)犯罪者の子といわれるのが親としてつらい。娘は私を非常に励ましてくれたので、親として申し訳ない思いだ」と目を潤ませた。
 最高裁の決定は7日付。懲役2年、追徴金1100万円とした1、2審判決が確定する。鈴木氏は公職選挙法と国会法の規定により失職し、近く収監される。

(2010年9月8日17時34分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100908-OYT1T00903.htm

「常任委員長」鈴木宗男氏の収監に衝撃と困惑

 新党大地代表の鈴木宗男・衆院外務委員長(比例北海道ブロック)の実刑が確定することになり、与野党双方に8日、衝撃と戸惑いが広がった。
 現職の常任委員長が議員を失職、収監されるのは、前例がないためだ。野党は、与党などの責任を厳しく追及する構えだ。
 仙谷官房長官は8日の記者会見で、「国会議員に対する国民の信頼はどういうものかと、それぞれの議員が自らの胸に問わなければならない」と述べた。
 民主党の枝野幹事長は神戸市内で記者団に、「ある面で大変優れた力を発揮してきた政治家、先輩なので、過去の良かった部分を打ち消すことにならないような行動、対応を期待したい」と述べ、司法判断に従うべきだとの考えを示した。
 自民、公明、共産の3党は、「刑事被告人が委員長になった例はない」として、鈴木氏の委員長就任に反対した。自民党の大島幹事長は8日の記者会見で「国会の権威を守るためにも、横路氏の責任を厳しく問わなければならない」と述べ、野党の反対を押し切って、鈴木氏を委員長に指名した衆院本会議を開いた横路衆院議長を名指しで批判した。
 公明党の山口代表は国会内で記者団に、「こういう結果は十分予想できた。民主党が分かっていて、(鈴木氏の委員長就任に)賛成したとすれば、国民を愚弄(ぐろう)する行いだ」と語り、民主党などを酷評した。
 鈴木氏の実刑判決が確定し、失職した場合、公職選挙法により、昨年の衆院選で新党大地の北海道ブロック名簿3位だった新人の浅野貴博氏(32)が繰り上げ当選する。同名簿2位の八代英太・元郵政相は今年3月に離党して民主党に移っている。

(2010年9月8日22時39分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100908-OYT1T01116.htm?from=top

 今回の事件の問題点は、二点である。一つの点は、新聞記事いあるように鈴木宗男被告を、今回のように途中で失職する可能性があるのにかかわらず外務委員長にしたということだ。衆議院外務委員長が在職中に失職するというのは、前代未聞の話。法律違反者を立法府の常任委員長にするという政治センスの欠如は、日本の政治、国会の権威その物を傷つけることである。
 もうひとつは、この事件がこのタイミングで行われることによる、民主党代表選挙など政局に与える影響だ。小沢一郎も、政治とカネの問題で、「脛に傷を持つ」みである。その小沢が内閣総理大臣になる可能性が出てきた民主党の代表選挙に立候補するということは、まさにそのことを示している。その状態に関する道義的な問題と、国会や行政への不信感の問題である。
 第一の問題点から考えよう。昨年鳩山政権が発足した時点では鈴木宗男の今回の可能性は認識されていたはずである。それにもかかわらず鈴木宗男は外務委員会の常任委員長に就任した。本件に関し、そこには、「検察と戦う」という明確な民主党の意思があったはずだ。そもそもその「検察と戦う」という話自体、何かがおかしい。「愛国無罪」という言葉があるが、日本は法治国家なのに、政治家であるからと言って全ての罪が許されるものではない。彼らは「選挙で支持されたのであるから、罪は問われない」という不思議な意見を持っていた。裁判後の選挙で支持されたのであるから、選挙結果が優先するという理論だ。しかし、そのようなことは「法の下の平等」という原則に完全に反する内容である。そのうえ、「検察審査会のような素人が法律を判断する制度はおかしい」という。選挙で支持されれば無罪で、その後の国民による「検察審査会」はおかしいという論理矛盾は、彼らの頭の中で醸成され、主張されている。しかし、このように二つのことを並べて書くと、都合のよい国民の判断は認めるが、都合の悪いものはおかしいと批判する。民主党のご都合主義がこのようなところで出てくるということになるのだ。そもそも、鈴木宗男が、自民党にいたころに鈴木宗男を起訴すべき、議員辞職をすべきというのは、民主党、社民党、共産党である。その民主党が「鈴木宗男の逮捕有罪確定がおかしい」と司法制度を批判するのは、さすがに自己矛盾もはなはだしい。そして、それを指摘しない大マスコミも、少し報道の在り方を考えるべきなのではないか。
 第二の問題点は、まさに、このご都合主義からくる。要するに、そのご都合主義主張している小沢一郎が、自身似たような問題になっているのである。これは現在の民主党代表選においては、完全に小沢のデメリットにつながるものである。しかし、そもそもその可能性があったのであるから、法務大臣の指揮権を発動する、もしくは逆に早めに行っておくなど、何らかの手を打てたはずだ。国策捜査だの、陰謀だの言う前に、それらの指揮権を持っているのは民主党自身であるから、陰謀というのであれば現政権、民主党、小沢が言うの出れば、せいぜい菅直人執行部を疑うべきであり、それ以上の話にはならない。
 このようにタイミングが悪く、出てくるといつも、陰謀論が出てくるが、そもそも「その原因行為」がなければよい。原因行為とは、もともとの贈収賄もそうであるが、控訴、上告といった裁判手続きも自分の行動であるのだから早めに刑に服してしまうという選択肢もあったはずだ。ちょうえき2ねんこうみんけんていし5ねんであれば、逮捕から8年たっている現在、すでに公民権が復帰し、今から政界で活躍が期待されたであろう。それができないのは、「自らの選択」であったことを忘れてはならない。
 それだけでなく、現在の小沢の事件に関し、その事件の対応などは鈴木宗男が引き受けていた。小沢は刑事事件に関し相談相手を失ったことを意味する。今後の刑事事件に関する対応がしっかりとできなくなるということなのだ。これでは、政務にも身が入らないであろう。
 いずれにせよ、政治家といえども、法を犯せばその摘むを償わなければならない。それは刑事事件が経済事件でも同じことだ。その司法の判断は、恣意的な内容が入らないように三審制が日本では取られており、慎重に判断された結果だ。ことに立法府の代議員という、法律に関しては模範を示さなければならない立場である。そのことを自覚しなければならない、民主党のご都合主義に合わせて、政治家としての道義やモラルを破れば、政治不信という国民からの信頼を失うことがおきてしまう。そうならないように政治家は襟を正さなければならない。

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景気対策が必要な時に「予算がなくなった」で景気対策前倒し終了の可否

景気対策が必要な時に「予算がなくなった」で景気対策前倒し終了の可否

 今は円高株安という、不景気である。現在の日本の景気に対しては、どうしても政府主導の景気刺激策が必要な時期である。当然に、民主党の代表選においても、小沢一郎、菅直人の双方から、景気対策に関する考え方やその具体的方策、そしてその景気対策財源をどのようにするのかということに関して、それが一つの争点になっているのである。
 先日のブログでは、外交、安全保障という国の形を決める部分が全く語られていないということを指摘したが、逆に景気対s化うに関しては言われている。その言われている内容と、その景気対策の末路がしっかりと報道されているのである。

予算編成で批判応酬、「役所任せ」「現実見ぬ酷評」

 民主党代表選(14日投開票)は中盤戦に入り、菅首相、小沢一郎前幹事長の両陣営による舌戦が激しさを増してきた。
 小沢氏は6日、高知県内での街頭演説で、菅氏の雇用対策や消費税関連発言などを厳しく批判した。これに対し、仙谷官房長官は同日夕の記者会見で、小沢氏が2011年度予算編成を「官僚主導」と断じていることに強く反論した。
 小沢氏は高知市など3か所で街頭演説し、菅政権の11年度予算編成について、「一律10%削ると決まったが、これでは自民党と変わりない」と指摘。「役所任せの予算編成だ。『財源がないから消費税を上げる』という趣旨の発言が首相の口から出た。納得は得られない」と述べ、参院選前に消費税増税に言及した菅氏を批判した。また、首相になった場合は、「政治生命どころか、自分の命を懸けて政権運営にあたる」と訴えた。
 小沢氏は同日夕、当選1回の衆院議員らと国会内で懇談。出席者によると、ねじれ国会への対応について、「自分には自信があるが、(菅政権では)予算関連法案は絶対に通らない。来年3月には行き詰まる」との見通しを示したという。
 一方、予算編成をめぐる小沢氏の批判に対し、仙谷官房長官は記者会見で、「現実を踏まえなすぎる酷評だ。予算の総枠の決定は政治主導で行った」と反論した。さらに、「社会保障費などを全く異なる手法で大胆に切れるというなら、具体的に言わないと説得力がない」と切り返した。

(2010年9月6日21時32分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100906-OYT1T01019.htm

エコカー補助金、締め切り大幅前倒しへ

 経済産業省は7日、一定の燃費基準を満たした新車の購入者に対する政府のエコカー補助金制度の残り予算が、6日時点で約102億円となったと発表した。
 9月末予定の制度終了を前に駆け込み申請が殺到しており、一両日中にも予算総額(5837億円)に達する見通しで、当初予定を大幅に前倒しして受け付けが終了する。
 補助金の申請には、運輸支局への登録が必要だが、購入から登録まで通常なら10日~2週間かかる。このため、8日以降、購入する人は、補助金が受けられないことは確実だ。8月下旬以降に購入済みでも、登録が間に合わず、補助金を受けられない場合もある。
 これまでの1日あたりの申請受理額は平均30億~40億円前後だったが、3日には約62億円、週明けの6日には約116億円に上った。申請額が予算を超えると、その日の申請分は交付対象から外れることから、7日分の申請額が残額の102億円を超えた場合、7日申請分の補助金は交付されず、制度終了となる。

(2010年9月7日21時13分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100907-OYT1T00925.htm

 そもそも、彼らは何のために何を対象に景気対策をするのか、全く分からない。
 景気対策は、景気を良くするものである。この景気を良くする中において、二つの考え方がある。「内需拡大」「輸出重視」という二つの考え方。要するに、日本で製造した最終製品の市場が日本国内なのか、海外なのかということ。もうひとつは、その補助の対象が「個人」なのか「企業」なのかということである。
 自民党は、長く「輸出重視」「企業への支援」を中心に行っていた。しかし、民主党は、当初「内需拡大」政策で「個人消費重視」を打ち出した。このことは、公共投資や公共工事の中止を行い、同時に、官営事業や文化事業などの多くを「事業仕分け」によって、次々と削っていった。その中には科学技術予算なども削ってしまい、「一位じゃなきゃだめなんですか」という不思議な発言で話題になったり、ノーベル賞受賞学者による抗議の記者会見が繰り返されるという一面も出てきた。この学者や、宇宙開発における毛利衛氏の事業仕分けの効果や将来の日本に対する不安が、事業仕分け人気を一気に下げて行った。民主党の改革人気の支持率常用起爆剤が国民から見放された、というよりは、どちらかというとその正体がばれてしまったという感が強い。まさに「馬脚を現した」という感じであろう。
 話は少しそれるが「科学技術で一位でないもの」ほど意味のないものはない。科学技術に対する投資は、当然に、世界で一番でなければ意味がない。一番を目指さない研究投資こそ「事業仕分け」されるべき無駄なものであり、蓮舫議員が何を考えているか全く分からない状況である。JAXAの予算に関しても、まさにそのものであり、民主党の科学技術や世界や人類の科学の向上、そして、教育というものに対する考え方が、まったく不勉強で、そして現状を全く考えていないものであるということが良くわかる。挙句の果てに、その批判の言葉で本を出版するという「ナンセンス」は、さすがに驚きの空気の読めない部分である。
 話を景気対策に戻そう。
 現在、エコカー補助金をなくしたらどのようになるのか。単純に自動車は耐久財であることから、新車が売れなくなってしまう。そのことはこのエコカー補助金に近い政策を行った多くの国が同じ結果になっている。最もひどいのがイギリスである。その後イギリスの自動車業界は、ほとんど売れなくなるという状況になってしまうのである。
 消費者個人の消費傾向が少なくなるということであれば、一つの消費支出がなくなるだけである。しかし、企業の景気が悪くなり、売り上げが落ちるということは、単に一家庭の消費が下がるのとは異なる。自動車産業が下がるということは、当然に、その自動車ディーラーが売り上げと利益が下がる。その下請け企業や部品メーカーもそのあおりで不景気になる。それだけでなく、各企業の従業員も、給与が減るとか賞与がなくなるなど、不景気になってしまうのである。この従業員の給与の減少や、各企業の利益の減少は、当然に一家庭の消費の減少に比べて大きなものになり、内需産業、具体的には小売業や中間卸売業などに関しても、また、賞与などを使って行く遊技場や旅行産業なども、一部風俗営業などもみな不景気になってしまう。
 私は、昨年上掲した「民主党の闇」の中で、多分初めて「民主党不況」という単語を使った。その後「鳩山不況」という言葉を週刊誌は使ったが、まさに民主党不況が、事業仕分けや、経済無策、そして、今回のようなエコカー補助金などの景気刺激策に対する考え方から、企業の利益の減少や雇用環境の悪化という事態を引き起こし、需要喚起ができなくなってしまうということになるのである。
 予備費を使って、別な景気刺激策を出すというのであれば、今すでに効果のあるエコカー補助金やエコ家電補助金を継続すべきであり、そのために予備費を使えばよい。このように効果のあるものをなくしてしまい、一度辞めて景気が冷え切ってから次の対策を小出しにするのは最も良くない。戦争などでもそうだが、兵を小出しにするのは、完全に「負けるための戦略」であり、最も指揮官には今聖められるものである。歴史上そのような兵の出し方をして負けた例は少なくない。今の景気対策はまさにそのような状況である。では、なぜそのようなことをするのか。答えは簡単である。彼ら民主党にとって、景気対策も選挙対策の一つでしかないということだ。自分でオリジナルの景気対策をしなければ、評価されない。今のままエコカー補助金で景気が回復したとしても、「麻生政権」が評価されるだけで、民主党政権は全く評価されない。それ以上の景気対策ができないという味方をされるだけである。
 小沢一郎も、「大きく金を出すべき」までは行っているものの、その具体的な景気対策は何も言っていない。それどころか、マニフェストを実行と言っている。要するに内需拡大策で子供手当を出す。そのうえ、公共工事の中止をするということだ。これでは話にならない。
 効果のある景気対策を中止するというのは「まさに景気の自殺行為」でしかない。外交安全保障でも、民主党は何もなかったが、景気対策においても、やはり日本国民のことを全く考えていないということが明らかになってしまったのではないか。そのような中でお祭り騒ぎをし、ろくな政策も出さない、国民のことを省みない権力争いに何の意味があるのであろうか。

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チャンネル桜討論「民主党代表選挙後の日本」

チャンネル桜討論「民主党代表選挙後の日本」

 今週もチャンネル桜の討論番組の収録を本日行ってきた。今日の討論内容は、民主党代表選挙に関する内容と保守の再興である。
 教の内容の前に、コメントをいただいたのでその関連について、今日のうち出しておきたい。

宇多川さま
初めまして
エントリーに無関係の事で申し訳ありませんが、図々しくもお願いがあるのです。
小生、CH桜の視聴者なのですが土曜日の討論番組で何度か宇多川さんを拝見致しております。
何時も御意見を伺い眼の醒める思いとともに感服しています。
そこで大変恐縮なお願いなのですが、宇多川さんの製作された民主党議員の正体を現すテレビ向けのフリップがあったと思います。先週にも2度目ですが拝見しました。政治資金の流れなどから作られたと云う例の相関関係図のようなフリップです。
あの資料がどうしても欲しいのですが、譲って頂くことは出来ないものでしょうか?
水島社長の掲げたテレビの絵では小さくてさっぱり見えませんし分からないのです。あの図だけで1時間の番組を作って欲しい程です。
無理でしたら何とか、こちらであの相関図をA4のコピー用紙2枚までに入るくらいの大きさに、ブログかホームページ上にアップして頂ければ大変嬉しいのですが、無理でしょうか?
何卒、何卒、よろしくお願い申し上げます。
久保慶訓

KOKKAI PRESS宇田川的ニュースのC級解説
ずさんな党員管理の投票と外国人の投票で内閣総理大臣が決まってしまう危機
投稿: 久保慶訓 | 2010年9月 7日 (火) 16時27分
http://udaxyz.cocolog-nifty.com/udaxyz/2010/09/post-03b9.html#comments

 私はコメント欄の内容をコメント欄で返信するのはあまりよいとは思っていない。実際、コメント欄は色々な人がコメントを出すことができる。中には私の名前を語って、私の意に反することを言う人も出てくるかもしれない。実際、ネット世界に信憑性というのが問題になており、ネットの世界で他人を根も葉もないことで誹謗中傷することをする人がいる。ネット世界の有名人がそのようなことをするので、ネットは信用できないということで政界で話題になっている。今回の参議院選挙で「ネット選挙解禁」がかなり言われていたが、実際、今になって「ネット選挙解禁」が全く言われなくなった。ネット選挙ということで、注目されたが、実際に「ネガティブキャンペーン」以外に使い道がないと見られており、同時に、個人の特定ができないということになる。ネットの人は、自分で自分たちの市民権を失うように動いているということだ。
 また、もうひとつはネット世界に「自浄作用」がない。どのような業界であっても、道具があり悪意のある人がいれば、犯罪がおきることは考えられる。問題は、犯罪行為が行われたのちに、業界もしくはその利用者の間から自浄作用が出るかどうかということだ。ネット選挙解禁で有名人がネットの中での誹謗中傷などを行っても、なぜかヒーロー扱いされたり、そのままになったりしている。このようになっては、結局のことろ自浄作用どころか、カルト宗教に近くなってしまうのだ。これではネットその物を選挙ツールとして使うことそのものが大きな問題になってしまう。そのようなことの内容に、しっかりと自分の行うことを自分で責任を持って行うべきである。できないのであれば、ネット世界からも退場するしかない。そもそも、そのような人が政界に関与すること自体が大きな問題だ。ネットを利用する人も匿名性に甘えることなく、自分の行動や言動、表現に責任を持つべきであろう。
 以前、私がメディア・パトロール・ジャパンで口蹄疫に関しマスコミを非難することをその物を批判した時、たくさんの批判が来た。しかし、批判にもならない誹謗中傷も出てきた。ところが、私の前に来て批判をした人間は誰もいない。彼らは、正義と悪という二極論を展開し、悪は全てが悪というように、まるで水戸黄門の悪役のような批判の仕方をする。ネット世界ではいまだにそうである。相手を批判している間は、解決策は見つかるはずがない。不毛な誹謗中傷論が継続するだけだ。要するに、ただ単に誹謗中傷を繰り返す存在が増えるだけだ。それでは話にならない。そして誹謗中傷を行っているだけでは口蹄疫禍も解決できないのである。メディア・パトロール・ジャパンの時だけではない。その後も私自身あらぬうわさを流されて迷惑しているし、その犯人もだいたい分かっている。問題は、それがばれていないと思っていること、そして自浄作用が全くないこと、そのうえ、自分がばれて立場がおかしくなっていることそのものも自分でわかっていないこと。オウム真理教の麻原教祖とほとんど変わらない存在とその集団が、ネット世界に生まれたことを意味する。
 話はそれたが、そのような理由によって、私はコメントに対する回答を本文で行うようにしている。

 さて、久保慶訓三に対する回答である。
 本日チャンネル桜の水島社長と話をしたところ、「民主党議員の正体を現すテレビ向けのフリップ」については、水島社長が何らかの形で出すという結論になっています。本件に関し、近々、チャンネル桜の方で新聞もしくは雑誌などを出す計画がありその中に掲載する予定とのことです。
 本件文書については、様々な人から希望が来ております。しかし、同時にネットでダウンロードするような感じにする気はないのです。本来出れば、どのような人がどのような目的でこの文書をほしいのか、そのことが最も私にとって知りたいのですが久保様も、残念ながら「欲しい」というだけで、「どうして欲しいのか」が全く分からない状態です。
 今回の討論でも、JR総連などから民主党への献金リストを出しましたが、それに関しても同じようにしようと思っております。
 ちなみに、6月にも尾安フリップを出しましたが、どうして欲しいのか、利湯を言って私のところに来ていただいた方にはオリジナルのコピーを差し上げております。一方で、ただ欲しいという要求だけの人は、基本的には対応しないようにしています。上記のような「ネット世界の自浄作用の欠如」や「無責任発言」が、最大のネット活用の障害になている状況において、このような文章の交付一つにしても、顔の見れない、そして用途もわからない人々に頒布することはあまりよいこととは思っておりません。ダウンロードできるようにするのは、残念ながら、希望に沿うつもりはありません。これが、ネット世界の現実であると思います。もっといえば、欲しいという人が保守系の人であるという保証は全くないのですから。
 
 さて、先にもあげたように、日本の保守の再生が本日の討論の主題であった。結局は、保守の再生も何も、「正確な情報の伝達」をどのように確保するのかということが最も重要であると考える。
 その伝達の重要な手段になる「ネット」が、このような匿名性に甘え無責任発言の温床になているようでは話にならない。そのこと自体が、自分で自分の首を絞めている自殺行為になていることが分からない。本日集まった論客の先生がたは、みんなそれをわかっていた。その中で、保守の再生と日本が滅びの道から復興するためには何をしなければならないのか、それを話し合った。今回の討論では、どうしても途中でそのことが頭をよぎった。民主党そのものと、ネット世界。双方の伝達情報社会の「ヴァーチャル性」もっと言えば、小沢の醸し出すカルト宗教的、菅・仙谷の作りだす新左翼の非現実性は、どう違うのか。しっかりと考えなければならない課題だ。
 私は、ここのブログでも、国民がしっかりしなければ政治が変わることはないと書いてきた。それは今回民主党に投票した人ばかりではない。ネット保守の人々も、自分たちの自浄作用を発揮し、そして、情報伝達の正確さをしっかりと担保すべきではないのか。正しい情報がないことでマスコミを批判するのであれば、ネットの中でもそのようにすべきである。
 日本の将来は、一人一人の意識改革にかかっている。私も含めた保守系の人々にとっても例外ではないのだ。

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気になる半島情勢、北朝鮮後継者問題

気になる半島情勢、北朝鮮後継者問題

 日本では、民主党の代表選挙で、国民は浮かれている。実際のところ、菅直人、小沢の口から外交や安全保障政策が全くと言っていいほど出てこないのは、非常に困ったものだ。国の代表は財政や税制は非常に大事であるが、屋あり内閣総理大臣は、当然に国を代表して外交の主体となるのであるから、外交、安全保障、国防といったところはしっかりと示してほしい。内政は、同じ日本国民のことであるので、当然にその内容はゆっくりと話をすることができる。しかし、外交でミスすれば、完全に日本そのものがおかしくなってしまう。取り返しのつかない状況になる前に、今の内閣総理大臣候補がどのような外交政策をとるのか、しっかりと考えなければならない。 
 その中で、重要な内容の一つが、日米関係と日中関係の二つの大国との関係である。昔は「東西冷戦」ということと、そのとうざいれいせんにおけるイデオロギーの違いがあった。しかしベルリンの壁と一緒に東西冷戦が終わってから、日本そのもののイデオロギー体制は変わってきている。しかし、世界では、その関係はアダ終わっていない。米ソ冷戦から米中冷戦に代わっただけであるということが言えるのではないか。共産主義・社会主義、全体主義という単語に関しては、ソ連がなくなりロシアなどに代わっても、実際中国においてその傾向は出来上がっている。しかし中国が改革開放政策以来、日本そのものが中国に進出し「日本以上に資本主義的だ」と、中国の大都市部ことに改革開放政策を行っている開放都市において感想を持つことがある。しかし、中国を隅々まで回っていれば、まだまだ共産主義であるということがしっかりとわかるのである。そもそも「資本主義」と思っている経済も「計画経済」という経済になっており、その内容がいつの間にか、資本主義の概観を備えているにすぎないのである。
 もうひとつ、大国間の日本というだけではなく、エネルギーや資源外交の中の日本という観点がある。日本の資源をどのようにするのかということは非常に大きな問題だ。日本は非常に多く石炭を保有しているが、その多くは閉山しており、実際のところあまり使える状態にはない。あとは日本の地下資源といえば金や銀といった貴金属である。実際、それ以上のものはない。エネルギーは新潟の一部などで石油が微量に出る。あた、日本のいたるところで天然ガスが出るが、残念ながら日本の天然ガスは揮発性メタンガスであり、それを集めて利用ガスにするには、非常にコストがかかる。ライターのガスのようにするには、ブタンガスを混ぜなければならないが、残念ながらブタンそのものは輸入になる。当然に日本のエネルギーや資源をしっかりと安定的に入手するには、それなりの「エネルギー外交」とその輸送路である「シーレーン」の安全が確保されなければならないが、今の民主党政権はその辺の安z年保障や国防、生活に関するエネルギー外交ができているとは考えられない。そもそも、シーレーンの要であるマラッカ海峡や台湾海峡などに隣接する国の歴訪をしていないのではないか。そのようなことで日本人の生活の安定を図ることができるのか、「机上の空論」で何をやってもだめだ
 そして、外交安全保障の最も大きな課題は、朝鮮半島情勢である。朝鮮半島は、現在朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国との間において、北緯38度線で休戦状態にある。休戦状態とは、いつ戦闘行為や武力行使が行われてもおかしくない状態が継続しているということである。実際のところ、その休戦が60年以上継続しているために、すでに多くの日本人は北朝鮮と韓国という二つの国があると思う人もいるのかもしれないが、残念ながら二つの国があるのか、あるいは、日本が日韓迎合する前にあった「李氏朝鮮」がない線をしているだけなのかは全く分からない状態である。いつ二つの独立国となるのか、あるいは東西ドイツのように統一されるのか、先行きは不明である。
 しかし、そのような理屈ではなく、半島には北朝鮮というう「政府」と、韓国という「政府」の二つの政府が存在し、北朝鮮は「中国」の影響を受け、また韓国は「アメリカ」の影響を受けていた。しかし、この中国とアメリカが、東西冷戦終了後、双方が仮想敵国としながら経済的に依存している状態にあるというアンダーグラウンド冷戦になっているものの、表面的には手を結ぶ形になっているので、北朝鮮と韓国というのは、両国の代理対立的な状況になっている。
 その一方の主役である北朝鮮の後継者問題に関していくつかの記事が出ている。

金正男氏、マカオで優雅な生活…香港紙報じる

 【香港=槙野健】北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記の後継問題が注目を集める中、5日付香港英字紙サンデー・モーニングポストは、総書記の長男、金正男(キムジョンナム)氏(39)のマカオでの優雅な生活ぶりを報じた。
 同紙によると、正男氏は現在、妻と14歳の息子、10歳の娘とマカオの高級別荘地で暮らす。普段は護衛をつけず、バスやタクシーを使って高級ホテルのブランド品店やナイトクラブに出没。カジノで一般客に交じり、数千ドルをかけて遊ぶこともある。地元在住の韓国人を含め、交際範囲は広いようだという。
 同紙は、インターナショナルスクールに通う子どもたちの教育費など、生活費は年間50万ドル(約4200万円)以上かかるはずだとしている。

(2010年9月5日19時11分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100905-OYT1T00495.htm

北の党機関紙「伝統は継承してこそ光り輝く」

 【ソウル=仲川高志】朝鮮労働党機関紙・労働新聞は6日、同党が44年ぶりに開催する党代表者会に関する論文で、「伝統は継承してこそ光り輝く」と強調した。
 また、金正日(キムジョンイル)総書記の三男、金ジョンウン氏(27)が進めているとされる工業分野での技術革新をたたえた。
 ジョンウン氏が党の要職に就き、後継者として登場するかが代表者会の焦点となる中、同紙の記述は、権力継承を示唆している可能性もある。
 一方、平壌発の新華社電は5日、台風の影響で小雨がぱらつく中、市民らが党代表者会と9月9日の建国62周年記念行事のリハーサルに励んでいると伝えた。

(2010年9月6日20時53分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20100906-OYT1T00996.htm

 金正日総書記に関しては、俗に三人、未確認のところでは、四人の息子がいるとしている。この息子たちだけでなく、妹婿の張成沢なども、後継者の中に名前を出してきている。そんな中、金正日総書記が8月末に駐豪の長春に行き、そして胡錦涛主席と会談をしたというニュースが伝わった。
 私たちの情報では、その中で子供たちなどの後継者の承諾と、食料、エネルギー、武器、工業製品の供与を求めたという。中国は「共産主義」であり「人民共和国」であるのに、金一族による総書記の世襲は認めない方向であったが、それでも「人民の総意であるならば」という条件をつけたという。これに対し、金正日総書記は、すぐに人民代表者会議の準備を行うとともに、その内容をいかに国の内外に示すかということを出してきたようである。
 そもそも、四人(このブログでは四人の説を採用)の息子の中で後継者の順位を定め、そして一説には胡錦涛主席の前に四人の息子がそろったというのだ。北朝鮮の首都ピョンヤンにも四人そろうことはまれであるというのに、中国の主席の前に四人そろえ、後継者を決め、そして食品、武器、エネルギーの供与支援を求めるということは、何か重大な決断が下されることも関あげられる。
 要するに、「朝鮮有事」が近いのではないかということを予想する向きが非常に少なくない。金正日総書記の戦争犯罪人都市との処罰まで考えているかどうかは不明あるが、実際のところ、戦死などは関あげられることである。アメリカのイラク戦争とその時のフセイン元大統領の追い詰め方、そして逮捕、そして死刑執行まで情報を得ていれば、当然に戦争、それもアメリカとの戦争になれば、後継者問題なども考えなければならない状況になっているはずだ。
 今回の内容は、北朝鮮の洪水被害によるものとしているが、実際のところは、軍事行動の準備ではないかということ、そして、そのために後継者選びを急ぎ、そして後継者の四人の候補を別々に遊ばせているのではないか。その情報を敢えて外信にさらしているように見えて仕方がない。
 それでは、時期である。
 北朝鮮の場合、何かが決まった場合に、「お祭り」的にミサイルを発射したり軍事行動を起こすことが少なくない。要するに、今言われている金正雲氏の執行部もしくは後継者指名が行われた場合、その記念に軍事行動を起こすことも考えられる。しかし、中国という「宗主国」に気を使う北朝鮮としては中国の一大イベントである「上海万博」に傷をつけるわけにはいかない。そうなれば、10月あたりが最も危険ではないかと予想されている。
 冒頭にあげたように、日本は民主党の代表選挙で目いっぱいだ。それどころか、民主党政権は全くそれらに関して何も考えていない。憲法9条があるから隣国で戦争しないなどと信じているのか。そもそも、難民が来た場合どうするのか、難民でなくても、韓国に在留する外国人の受け入れはどうするのか、それらの方策を「万一のため」何かを考えることもせず、マニフェストとか景気対策だけを叫んでいる「内閣総理大臣選挙」が本当に日本のためになるのか、非常に疑問である。
 早く、「正常な日本」を取り戻さなければならない。そのためには、早期の解散総選挙と民主党政権の陥落を強く望まずに入れない。それもこれも、代表選挙でしっかりとした外交や安全保障が語られない、両候補のふがいなさと、それを疑問に思わない、そのような声も上がらない民主党の頼りない政権が、日本の先行きを暗くしているためであると考えるのだ。

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ずさんな党員管理の投票と外国人の投票で内閣総理大臣が決まってしまう危機

ずさんな党員管理の投票と外国人の投票で内閣総理大臣が決まってしまう危機

 民主党の代表選挙が、徐々に大きな話になってきている。もちろん、投票日が近いことと、民主党の代表選挙が与党第一党ということで、日本の内閣総理大臣を決めるということから、どうしても国民の関心は大きくなる。国民の関心が大きくなれば、われわれもどうしてもそこに触れないわけにはいかないということになる。
 その報道の姿勢に関しては非常に問題になるところであるが、一応「国政選挙ではない」ということから、そこまで厳密な内容ではない。しかし、選挙である以上、少なくとも有権者(今回の場合は国民全部というものではなく、民主党の党員・サポーターということになるのですが)の民意がしっかりと反映されなければならない除去うになっていると考える。
 私のつたない記憶をたどれば、1993年細川内閣発足後、民主党が鳩山兄弟と菅直人によって政党が結成された。その結党以来現在までの期間で党員サポーターを巻き込んだ代表選挙はこれが初めてであるはずだ。記憶違いであればお詫び申し上げるが、今まで議員総会で決めたことはあっても党員サポーターが代表を決めたことはないのではないか。そのような「不慣れ」な部分はどうしても出てきてしまう。
 それと同時に、今回の代表選挙が初めてということで、当然に民主党代表選挙制度そのものの矛盾点が出てきてしまう。この部分は本来しっかりと報道されなければならない部分であるが、残念ながら、報道の枠が小さく、そして国民的な問題意識の高揚にならない部分が存在する。そこで、今回はその部分をここのあげてみたいと思う。

外国人の投票資格、小沢氏「党の問題だろう」

 民主党の小沢一郎前幹事長は5日、党代表選で在日外国人にも党員・サポーター投票の資格を認めていることについて「党の問題だろう。僕が決める話ではない。党の規則で『いい』ということであればそうなっているだろうし、僕に聞かれても分からない」と述べた。
 大阪市で記者団の質問に答えた。

(2010年9月5日23時23分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100905-OYT1T00750.htm

サポーター2重登録…民主関係者「ノルマある」

 取手の50歳代男性に届いた民主党代表選の投票用紙 14日に投開票される民主党代表選で党と縁もゆかりもない茨城県取手市の50歳代男性らに党員・サポーター用の投票用紙が送られてきた問題で、同市ではほかにも、60歳代の男性がサポーターとして2重登録されていたことがわかった。
 同党の党員・サポーター登録のずさんさが問題となりそうだ。
 登録は毎年5月末に締め切られ、登録者には翌6月、菅代表の顔写真入りの「礼状」が送られる。男性に礼状が2通届いたことから、2重登録が判明した。
 同市を含む衆院茨城3区の民主党関係者は「登録にノルマがある」と打ち明ける。党本部組織委員会も「地方議員が知人に『登録に名前を貸してほしい』と頼むことや、自分で登録する際、無断で配偶者を登録することがある」と認める。
 礼状が届いた時点で無断登録と気づき、登録取り消しを求める人も毎年、全国で何人かいるという。

(2010年9月4日17時59分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100806-849918/news/20100904-OYT1T00033.htm

 問題点を整理しよう。まずは外国人参政権の問題。民主党の代表といえども、その代表は実質的に日本の内閣総理大臣を決めるものである。同時に、そのサポーター資格は民主党への党費の支払いが要件になっている。要するに、外国人であっても誰であっても年間2000円払えば、民主党の代表選挙の投票権を得ることが可能になるということになる。
 要するに「外国人」が「日本の政党の代表」を選ぶことができるということになっているのである。その「外国人」も、金を出して「選挙権を買う」ということになるのである。
・ そもそも選挙権は金で買えるものなのか
・ 外国人が日本の首相を選んでよいのか
・ ずさんな有権者投票の内容で首相が決まって、それを国民が拒否できないのか
 という三つの疑問に当たることになるのである。

 まず第一の疑問。選挙権は金で買えるものか。このことは、単純に「税金を払っているから外国人にも選挙権を与えるべき」という論理につながるものである。
 考えてほしい。では逆に、日本人が「選挙権いらないから税金を少なくしてほしい」ということができるのか。または犯罪で公民権を停止された人が「税金を払うから選挙権(被選挙権)を復活してほしい」ということが可能かということである。たとえば小沢一郎の元秘書である石川知裕が、金さえ払えば、有罪確定後も帯広で立候補できるまたは議員を辞任しないでよいということになるのか。
 もっと言えば、そのように金を払えば法律を曲げてよいということであれば、殺人や他の犯罪でも金さえ払えば、刑務所に行かなくてよいということになるのか。これは議論が極端なのかもしれないが、法律を曲げるということでは、そのような極端な例まで出てくるということも考えられるのである。
 そもそも選挙権は金で買えるものではない。日本は国民主権であり、人権に関しては貧富の差なく平等なはずである。もちろん、国民の固有の権利は当然に国民に共有の権利である。というよりは、そもそも日本国憲法で書かれているものは日本という国家と日本人の間の取り決めであり、外国人に適用されるものではない。日本の憲法で決められているからといって、天安門事件を日本の憲法違反として裁判をできるものではない。逆な言い方をすれば、金で買えるならば、「一人がいくつも選挙権を持つことができる」ということになる。それで「主権の実現」というものではない。選挙権は、株主総会の株ではないのだ。
 その辺を履き違えている法理論が多すぎる。ということで、当然に、金で買えるものではない。では、民主党の代表選の選挙権は「党員」もしくは「サポーター」としての資格に付与されるものであって、その資格の「要件の一つ」として、2000円の党費の支払いがあるだけと解釈すべきである。
 この辺の議論がしっかりできていない、そればかりか、ずさんな管理で一人にいくつも投票用紙が送られたり、党員でない人にも選挙権があるというのは、あまりにも、政権政党としての自覚が欠如しているといわざるを得ない。

 同じ内容が第二の問題点である、外国人が日本の内閣総理大臣を選出してよいのかということにつながる。
 要するに、政権与党第一党の代表とは通常内閣総理大臣に就任するというももである。このことは、日本記者クラブにおける菅直人・小沢一郎、代表選挙立候補者二人による共同記者会見で小沢一郎が発言した内容である。要するに、与党第一党の代表は内閣総理大臣に就任するということは、彼ら民主党の立候補者も、同時に、その党員も支持者も認識しているものである。
 その認識下において、外国人が代表選挙の選挙権を持っているということは憲法違反ではないかという可能性がある。もちろん、民主党サイドは「政党の代表」であって「内閣総理大臣の選挙でない」という言い訳をするであろう。また、内閣総理大臣は国会で決めるものであるから問題はないということも言うと思われる。
 しかし、上記のように自分たちはその認識をしており、同時に、民主党代表になる資格も国会議員であるということから、当然に内閣総理大臣になることのできる資格と同じであるおいうことを加味すれば、実質的に「内閣総理大臣を選出する選挙」であることは否めない事実であり、また、民主党の代表を内閣総理大臣にしないという選択を行うことが実質的に不可能である中において、外国人の選挙権をどのように考えるのかということの認識は必要である。
 同時に、その外国人からの2000円は公職選挙法における外国人の献金に当たるのではないかということが、最も法律違反の状況になるのではないか。そのことは、私も含め、訴訟をしてはっきりさせることを企画しているところである。

 最後に、このようなずさんな選挙結果で決まった内閣総理大臣を、民主党と関係のない人が拒否する集団はないのかということである。
 結局、これは「ない」ということになる。やはり国民が「一度やらせてみよう」という感覚で民主党政権を実現してしまった、そのことが最も大きな問題である。日本国憲法には、その状況におけるリコール請求など、そのような規定は存在しない。
 今後そのような制度を含め、憲法改正を考えなければならないのではないか。
 いずれにせよ、今回の民主党の代表選挙は、ことに党員・サポーターの選挙のずさんさに関しては、非常に大きな問題である。それは政権政党として全く準備もできていなければ、その資格もないということを意味しているのではないか。そのような問題を、昨年の総選挙前にもわかっていたにもかかわらず注目しなかった報道の問題もあるが、同時に、国民もそのような勉強をせず、安易に投票したり、投票する人を説得できなかったことを、次の選挙に活かさなければならない。

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マスコミ批判に対する一考(9) なんだかおかしい民主党代表選報道

マスコミ批判に対する一考(9) なんだかおかしい民主党代表選報道

 久しぶりに、マスコミに関する内容を書いてみよう。
 7月12日より、要するに7月の参議院選挙に大敗してから、今日まで、菅直人とその執行部の責任論と、小沢出馬に関する話が非常に多くなってきていた。
 マスコミは「大衆が望むものを報じる」という役目であれば、その内容は非常にわかりやすい内容になっていた。今回の民主党代表選挙は事前に日程が決まっていたものの、あまりにもタイミングが「おもしろすぎる」状態で来たものである。これもめぐりあわせだ。
・ 参議院大敗、ねじれ国会
・ 執行部責任論噴出
・ 落選議員の大臣継続の可否
・ 議員総会と執行部続行(内閣もそのまま)
・ 反主流派、民主党代表選対抗馬の噂
・ 検察審査会事情聴取を代表選後にすることを表明
・ 小沢一郎出馬の意向を漏らす
・ 鳩山前首相仲介
・ 鳩山前首相の仲介失敗(1回目)
・ 小沢出馬表明
・ 鳩山前首相再度仲介(2回目)
・ 鳩山、菅のツーショット会見とトロイカ体制提案
・ 小沢、菅会談決裂
・ 代表選挙に二人の立候補者
 7月の参議院選挙からの流れはこんなものだ。
 この政局の陰に「1ドル84円台」という異常な円高と「日経平均9000円割れ目前」という株安が来ている。このことは、政治のニュースと並んで経済のトップニュースとして常に流れている。実際のところ、この不景気は政府の無策が非常に大きな問題である。
 さて、マスコミとしては、確かに次の内閣総理大臣になる人を決める与党第一党の党首選挙であるし、その党首選挙も党員、サポーターを交えた投票になるのであるから、国民の関心事になるであろう。とくに政治の安定が経済の安定につながることをここ数年で、肌身に感じた日本国民は、次の内閣総理大臣に対しては非常に興味があるであろう。
 しかし、違和感はないのか?
 考えてほしい、まず、菅直人と小沢一郎、二人の人なりを「メリット・デメリット」双方をしっかりと交えて報じるべきではないのか。
 次に、「民主党党員を含めた」という部分に関して、その「民主党党員」の中に「外国人がいる」ということの意味をしっかりとすべきではないのか。
 本来のそれらの報じるべき内容を報じないということに違和感を感じる人は少なくない。そのうえで、政府は政府の仕事をすべき。もっと言えば内閣総理大臣である菅野とが選挙戦をしているのであれば、他の大臣はしっかりと政務をこなさなければならないのではないか。政治主導であるにかかわらず、政治家が、全て民主党内の選挙に出てしまっては非常に大きな問題になるのである。

 まず、内閣総理大臣を選ぶ選挙であれば、二人の政策の違いと、その政策の違いから将来(金未来)の日本がどのようになるのかということを考えなければならない。もちろん、選挙に関しては選挙報道で「どちらが勝つか」「その勝ち方はどんなものか」ということが一つの大きな内容になる。しかし、政治に関する内容は、その後、日本国と日本国民の生活がどのようになるのかということをしっかりと考えなければならないのではないか。そのことをまったく報道せず、ただ二人の選挙手法や、票の数、誰が誰に投票するのかということばかりに気を取られてはならない。
 政策で言えば、小沢はマニフェスト信奉者だ。このことは、マニフェストにかかる膨大な財源をどのようにするのかということを政策でしっかりとしなければならない。しかし、マスコミはその部分の報道が非常に短い。一部「何とかなる」「無利子国債」など言う報道があるばかりである。それでは、財源が安定するのかしないのかということが全く疑問のままになってしまうのである。
 一方菅直人、現在の円高株安を見れば実績として政策実行力がないということが明らかになってしまっている。そのうえで、韓国の戦争被害者や従軍慰安婦に対する個人保証を国家が行うとすれば、その分歳出が増えることになる。当然に、その分の歳出に関して言えば、日本国民の税金でしかない。その税金が韓国に、中国に多額に払われてゆくということを推進し、そのうえ謝罪をしているのである。景気が悪く、日本国内の景気も悪く、日本国内の生活が危ないときに、海外に個人保証をするなどと言われては国民の生活は全く成り立たない。その分の財源として消費税の値上げでは、「韓国人に個人保証をするために消費税を値上げする」という話になってしまう。増税分のサービスを国民は受けられない政権をそのまま継続してしまうことになる。
 いずれも、「政府の代表としての内閣総理大臣」としては失格ではないのか。そして、そのうえで、小沢に関しては就任後起訴される可能性があるのだ。日本の場合明治憲法制定以後、内閣総理大臣が在職中に起訴されたことはない。小沢派「その基礎を受ける」という。起訴されるような疑いをもたれた人を内閣総理大臣にしてよいのか、そのことの国民的なコンセンサスがとられれているのか、そのコンセンサスを獲るための報道がされているのかはは非常に大きな問題である。
 二人の人となりや政策に関する考え方、実績はこんな感じである。しかし、そのことが国民に十分に伝わっているかといえばそうではない。
 マスコミの場合、上記に「大衆が欲する内容を報じる」という大原則を記載した。しかし、これが高じると報道しなければならないことが報道できず、また、報道そのものも「ドラマ的」になってしまうということを意味する。人間は単に事務的なニュースは非常に聞きづらいし、大衆が欲するものではない。たとえば交通事故のニュース。度のニュースでもあるが、淡々と読み上げるテレビアナウンサーの内容をしっかりと覚えていることは非常に少ない。どちらかといえば、衝撃的な映像、たとえば飛び散った血痕や完全につぶれてしまった自動車が記憶に残る。これを興味を持たせるためには、「遺族」の話や被害者の人間性や夢など、その人のドラマ性をどうしても付け加える必要がある。そのことによって、人間は、感情で物事を記憶するようになる。感情で記憶することによって、記憶は受信者において映像化し、その映像化の中において生き生きと記憶に残るようになる。歴史の教科書では記憶できないことが大河ドラマでは記憶に残るというのがそれである。
 ニュース番組も、どうしても「視聴率」が必要になる。そうなれば、当然にニュース、報道番組もどうしても「ドラマ化」して報じてしまうのだ。ドラマの中では、誰かがストーリーを作らなければならない。逆にストーリーに適合しない内容に関しては、排除されてしまう。
 今回の民主党の代表選挙の報道もまさに、「ドラマ化した報道」に徹したマスコミの餌食になってしまっている。立候補した本人はそれでよいのかもしれないが、残念ながらそれで影響が出てくるのは、国民の生活だ。マスコミが国民の影響を関あげず、自分たちの視聴率の都合で偏向報道を行う、という話は、まさに報道番組のドラマ化に起因するところが多い。逆に言えば、ドラマ化することにって、プロデューサーが考えたストーリーなどに適合しない内容であれば、「報道しない自由」を主張するし、また、ドラマ化に必要であれば、「誇大表現」「印象操作」を平然と行う。自分たちが望んだように、「正義の味方」と「悪役」を作り出してしまうのである。また、この「ドラマ化した報道」は時間がかかる。当然に、その時間のために他に報道しなければならない部分が非常に少なくなってしまう。
 たとえば、二人の選挙戦や票読み、そして小沢の話と官の話が非常に多く印象操作されているが、そもそも、民主党はそれでよいのか、外国人サポーターが総理大臣を決めてよいのか、党員の投票用紙の配布などが非常にずさんで、それで日本の政治を左右する結果を出してよいのか。そのような「民主党そのもの」や「今回の民主党代表選挙」への疑問や適格は、残念ながら報道されることは非常にまれである。
 このような「ドラマ化した報道番組」が、偏向報道の一つの要因であることは間違いがない。しかし、逆にそのようなドラマ化した報道番組が受け入れられていることも事実だ。それは、国民が、先にあげたように報道番組を忌避してしまっていること、そして、自分でニュースになることを勉強するなどせず、わかりやすく、面白いことをしていればそれで生活ができていたという話になってきてしまっているのである。この原因を「アメリカの愚民政策」「中国工作員の工作」などといって陰謀論を展開することは簡単であるが、実際に、自分自身が本を読まないこと、新聞を読まないこと、勉強をしないこと、そのことは「工作」なのか?自分自身の態度や習慣に照らし合わせて陰謀論を考えてみなければならない。ましてや、この時期に、行列を作ってブランドバックをもらう人々を見ていれば、必ずしも「工作」ばかりとは言えないのではないか。
 マスコミを育てるのは国民である。国民がこのような報道姿勢、「ドラマ化した報道番組」に、明確に「NO」を突きつけるか、あるいは、しっかりとその内容を監視しなければ、日本は完全におかしくなってしまうのではないだろうか。

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売れない時代に売る技術~ターゲットマーケティング~

売れない時代に売る技術~ターゲットマーケティング~

<メルマガ、シリーズ日本の小売業より抜粋です>


 マーケティングとは、その商品およびその商売、
事業がその場やその地域の商売として受け入れられるかということをのものを調査し、その調査結果を事業に結びつけるものである。

  マーケティングは、単純に「事業」「店舗」「商品」「イベント」という4項目について行うのが一般的である。
 日本は、高度経済成長、そしてその後のバブルの崩壊後、20年にわたり「物が売れない」時代になった。
 その中で、物を売らなければならない状況になった企業にとって「物を売るための資料」として、これらのマーケティングを行うようにしたのである。
 要するにマーケティングは「何をしたら売れるか」「何をしたら受け一られるか」の調査である。
 要するに、その地域(広範囲または狭い範囲に限らず)のニーズを探り出し、
そのニーズに合わせて事業などを「売れる形に変えられるところを変える」という作業を行うための資料を作る作業である。

  外国の人から見ると、このマーケティングという作業が非常に奇異に映るようである。
 実際に、何回か外国人と一緒にマーケティングをしたことがある。
 韓国人、中国人、フランス人、ドイツ人、アメリカ人などだ。
 いずれも、残念ながらそのマーケティングはひどいものである。
 マーケティングを行うには、当然に、「現状を冷静に分析する」という真摯な態度が必要であるが、
彼らには自分や自社、商品、営業力に自信があるためか、そのマーケティングに「期待値」や「ブランド力」を角に入れ込んでしまう。
 そもそも、「ブランド力」は、商品やブランドの知名度がカギになっているにもかかわらず、
自国や繁盛店におけるブランド力を入れ込んでしまうために、どうしても正確に数字になりえない場合が少なくないのである。

 では、日本の場合どのようにしているのであろうか。

<続きはメルマガでお楽しみください>

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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こんなに楽しい共産主義!?

こんなに楽しい共産主義!?

 今日は珍しい感じのタイトルをつけてみた。単純に昨日(9月2日)収録で、9月4日放映のチャンネル桜の「討論」の題材である。このように書いたということは、当然に、私が出演しているということを意味している。
 内容に関して、詳細をここで書いてしまうと、番組を見る人にとって「ネタばれ」になってしまうので、それでは、申し訳ない。この番組は、チャンネル桜で、会員になれば全部を、そうでなければ一部をユーチューブで見ることができるが、いずれにせよ、楽しみにしている人にとって内容をここで書いたる事は申し訳ない。
 もちろん、討論番組であるから推理小説とは全く異なる。よって、ストーリーがあるわけではないし、先生がたの話をそのニュアンスを含めて聞いていただくのと、私がここで適当に語るのでは全く異なるのであるが、それでも「先入観」を持たずに番組を見ていただくことこそ、最も面白いのではないかと思うのである。
 さて、では、今日はなぜ「こんなに楽しい共産主義!?」というタイトルにしたのか?という疑問が生まれてくる。普段と同じように、新聞の解説を行っていればよい。もちろん、チャンネル桜も、報道番組であり、討論会も政治に関する内容をしているのであるから、ここでその解説を行うことは別段悪いことでもないし、このブログの趣旨から外れたものでもない。しかし、「自分が出演した討論番組を、自分で開設するのはどうか」「報道、ニュースとは客観的な事実を伝えるものであるから、討論番組を題材にすることはおかしい」というご意見もあるであろう。なおかつ、討論番組そのものの内容をここに書かずに、「解説」という名の個人の意見表明があるのだから、これでは大きな問題になるのかもしれない。
 でも、よく考えていただきたい。ここは、私の個人のブログであり、なんとなく自由に行っているので、今回は、ニュースの基礎知識になる内容ということでご勘弁願いたい。
 
 ということで、まず、私は共産主義という単語は「経済用語」であると思っている。私が師事した高校時代の教師、昔ここで出てきたこともある玉井教諭(世界史)は、そのように私は教えられた記憶がある。共産主義経済であり、政治は社会主義である。これが玉井教諭の口癖であった。そのうえで「最近の新聞は、その辺の単語の定義もできず全くなってない」という感じである。
 共産主義とは、
きょうさん‐しゅぎ【共産主義】
 1 財産の私有を否定し、生産手段・生産物などすべての財産を共有することによって貧富の差のない社会を実現しようとする思想・運動。古くはプラトンなどにもみられるが、現代では主としてマルクス・エンゲルスによって体系づけられたマルクス主義思想をさす。
 2 マルクス主義で、プロレタリア革命によって実現される人類史の発展の最終段階としての社会体制。そこでは階級は消滅し、生産力が高度に発達して、各人は能力に応じて働き、必要に応じて分配を受けるとされる。
<デジタル大辞泉>

 社会主義政治体制とは
しゃかい‐しゅぎ〔シヤクワイ‐〕【社会主義】
《 socialism 》
 1 生産手段の社会的共有・管理によって平等な社会を実現しようとする思想・運動。空想的社会主義・共産主義・社会民主主義など。
 2 マルクス主義で、資本主義から共産主義へと続く第一段階としての社会体制。各人は能力に応じて働き、働きに応じて分配を受けるとされる。1917年のロシア革命により、22年に世界初の社会主義国家としてソビエト社会主義共和国連邦が成立したが、硬直化した官僚体制への不満などから91年に崩壊した。
<デジタル大辞泉>

マルクス主義
マルクスとその協力者エンゲルスの思想にもとづいた理論や実践活動を意味する。近代の思想は自由で民主的な社会を求めてきた。しかし、産業革命以降に現れたのは、極度の貧富の格差と植民地争奪戦という過酷な現実だった。マルクスとエンゲルスは、この問題の原因を、資本の自立的な運動に見た。資本は絶えず拡大しようとし、その運動が社会を作り上げていく。これは人間の意志を離れた勝手な運動であり、人々を本来の労働のあり方から疎外する。マルクスとエンゲルスは、資本の自立的な運動が促進される背景には私的所有と市場経済があり、これらを廃止して経済を自らのコントロールのもとに置くことで、人々が互いに協力し合う自由で対等な社会が実現する、という大きな社会変革の見取り図を描いた。この思想は人々に大きな希望を与え、19世紀後半から20世紀を通じて資本主義批判と社会変革の可能性を担ってきた。しかし、戦後旧ソ連でのスターリニズムの問題が明らかになると、マルクス主義は厳しい批判にさらされることになる。だが、こうした批判の一方で、フランスのアルチュセールらによるマルクスの読み直しも行われた。マルクスは、社会意識や法や国家の制度(上部構造)は経済構造(下部構造)に規定されると考えた。それに対し、アルチュセールは「国家のイデオロギー装置」という概念で、イデオロギー(上部構造)は、経済構造に従属する虚偽の意識や観念ではなく、学校や家族や政治制度のなかで絶えず再生産され、見えにくいかたちで人間を調教する装置となっていると主張した。
( 石川伸晃京都精華大学講師 )
<知恵蔵2010>

 日本の場合、「保守」という単語が存在する。保守とは「何が保守」なのかということを考えてほしい。これを、専門的にしてしまうと、それだけで、一冊の本が書けるようなことになってしまう。そこで、あえて簡単に「保守」とは「日本の伝統文化、日本らしさを守ること」と言って過言ではないのではないと思う。もちろん、伝統文化だからと言って、日本全土を景観保護地区のように開発制限するというのではないし、日本らしさを守るといって、今から士農工商を富津させるなどということを言うつもりもない。そのような極端な、頭の悪い事例を挙げて、センセーショナルに言う人は少なくない。しかし、希少稀有な例をあげて大騒ぎすることにより、大多数の大きな話で穴があいていては意味がない。しかし、このようなことを言っているよりも、単純にいえば「日本の伝統文化」といえば当然に「家族、地域社会を中心にした社会」「言わなくてもわかる、日本人の蓮体制」「天皇制を中心にした伝統、文化、自然を愛でる心」「神社崇拝などにある日本の精神性」「日本人の異文化の吸収力やその応用力を中心にした産業力・経済力」など、「日本人のよいところ」と「その基礎になる精神性、文化性」を守ることといえるのではないか。しかし、この精神性は、当然にここに入るものであり、同時に、集団性、団体性を否定するものではない。
 この最小単位は「家族」であり「個人」ではない。逆に「個人」を重視するといえども「個人」そのものの集合体である血縁、地縁の集団を否定するものではない。その集団の中においては「指導的立場にある人」「非支配者層」の上下、場合によっては段階的ヒエラルヒができる。その家族の長が「家長」である。日本では「父」もしくは「祖父」に当たる人がその立場になる可能性がある。
 一方「上記のような共産主義(社会主義)」に菅にして言えば「平等」ということを言う。そのために、この集団における「段階的階層」または「ヒエラルヒ的階層」を否定する。その最も大きな改装が天皇制ということが言える。
 ただ、「共産主義」といえども「愛国」であることそのものとは共有できない概念ではない。戦前のように皇室が国体であるという考え方をすると、愛国と共産主義は共存できない価値観になるが、現在のように国民主権であれば、「愛国」と「共産主義」が共存できない価値観ではない。そのために彼らは、天皇制を廃止した愛国者という一見矛盾した内容を打ち出すようになる。その価値観を総称して「革新」と言っていたと思う。
 もちろん、ごかいのないようにいうが、私はこの革新の考え方には反対だ。ただ、理論的にこれらは理論的に考えられる内容であるという解説をしているにすぎない。そしてこの解説は、現在の民主党、要するに「非国家主義者」ようするに「国民主権の国家ですらその枠組みを否定する」という「新左翼運動」が支配しているということにつながる。昔の共産主義は、日本は重要な国家であるが、その国家の形態が「共産主義」出ないといけないと言っていた。しかし、最近の民主党は「国家という存在そのものを否定する」という、国家そのものの在り方を否定する立場になっているのである。
 同じ「共産主義」「左翼」という単語でも、実はこんなに違うのか。
 今回のチャンネル桜の討論は、その考え方を受け入れる、受け入れないということは抜きにして非常に勉強になったという感じがするのである。

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概算要求過去最大。歳出を抑えられない民主党

概算要求過去最大。歳出を抑えられない民主党

 民主党の代表選挙が毎日花形のようにニュース番組のトップを飾っている。
 昨日はこのほかに元横綱初代若乃花逝去の報道があった。私の姉が東京都杉並区の光塩女子学園に高校まで通学していたのであるが、その幼稚園(幼稚園は共学であったようだ)に通っていた花田兄弟、要するに後の若貴兄弟が来ており、運動会ではそのお父さん、初代貴乃花と、昨日逝去した初代若乃花が見に来ていたことを思い出すくらい。いずれにせよ、その子供の世代が同じであり、当然に今回逝去された初代若乃花が活躍した時代などは知らない。昭和の英雄がまた一人星になったという感じではあるが、それ以上の感慨がないのはやはり現役世代ではないからではないだろうか。
 そんな中、「えっ」という話が出てきた。とてもとても民主党の代表選挙などをしている場合ではない。そもそも「日本」の問題であるということが誰も言えないのはなぜだろうか。そのニュースが以下のものである。

11年度予算の概算要求、過去最大96・7兆円

 財務省は1日、2011年度一般会計予算の概算要求の総額が、10年度当初予算に比べて4兆4473億円多い96兆7465億円になったと発表した。
 概算要求段階でも10年度(95兆380億円)を上回り、過去最大になった。概算要求のうち、成長戦略などを実行するために設けた「元気な日本復活特別枠」への要望は2兆9445億円に上った。
 概算要求額が膨らんだのは、国債の元金返済や利払いに充てる国債費と、高齢化に伴い年金や医療費が大きく増えたためだ。
 国債費は10年度当初予算と比べ3兆4831億円増の24兆1321億円。国債の残高が増えたことに加え、想定金利を10年度当初予算より0・4%高い2・4%としたため利払い費が増えた。
 年金や医療費は、自然増を全額認めたため、1兆2359億円増の27兆5012億円となった。地方自治体などに配分する地方交付税交付金はほぼ前年度並みの17兆5497億円だった。
 政府は7月末に決めた概算要求基準で、農家の戸別所得補償制度などの例外を除き、政策的経費を10年度予算比で一律1割削減する方針を示した。各府省が1割を超えて減らせば特別枠により多くの予算を要望できる仕組みも取り入れ、自主削減努力を促した。結果的に1割を超える削減をしたのは、全13府省のうち7省にとどまり、1割を超えた削減額の合計は2135億円だった。
 政府は、今秋の「政策コンテスト」で特別枠を絞り込むなどして、最終的に国債費などを除いた歳出を10年度当初予算並みの71兆円以下に抑える方針だ。

(2010年9月1日20時54分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100901-OYT1T00977.htm

 昨年より民主党政権になり、その民主党政権において二年連続で過去最大の概算要求になっているという事実はどういうことなのであろうか。
 そもそも、民主党政権は「公務員改革」と「予算組み替え」でマニフェスト財源16兆8千億円を捻出するといってきた。昨年は「努力はしたが間に合わなかった」という言い訳をしていた。国民は、昨年の5月、小沢代表辞任後に就任した鳩山由紀夫民主党代表が「われわれならば1割くらい、20兆円くらいの財源はすぐに捻出します」といった発言を信じ、そしてその発言において総選挙で戦ったはずである。その結果政権を獲った。しかし、その政権奪取後、民主党は次々と公約を違反し、国民を裏切り続けている。
 今回の概算要求に関しても同じ。結局、公務員改革はできない。事業仕分けで予算削減も「絵空事」で終わり。机上の空論で人を惑わし、そのうえで、権力だけ握って公約を踏みにじる。そんな政治が続いていることに国民は怒りを覚えないのであろうか。
 過去最大の概算要求。逆に、経済政策無策で税収は減ることが予想される。円高株安は、完全に会社経営を疲弊させてしまい、中小企業は体力的に難しい。この状態を夏休み、そして民主党の代表選挙と自分たちの都合で政策を引き延ばし景気を悪化させてしまっている。そのうえで歳出を増やし、それに見合った増税を打ち上げる。菅首相の参議院選挙での「消費税増税」は、まさに、この状態が予想されており、そのうえで、法人税などの直接税を景気の悪化で取ることができないことによる間接税への歳入財源の移譲でしかない。直接税が改正(減税)されないのであるから、国民にとってはまさに「二重取り」で「純粋増税」でしかないのだ。
 文句ばっかり言っても仕方がない。このような政権を選択し、民主党に一度やらせるように投票したのは、ここの読者を含む「国民」なのである。増税されようと、生活に困窮しようとそのような政権を選んだのは「国民」である。私は違うというものではないし、マスコミがどうこうというものでもない。結局、その被害をこうむるのは国民である。これで民主党の代表選挙というバカ騒ぎしか報道しないこと、そして、概算要求が過去最大になっていることを報道しないマスコミ、また、知ろう、そして知らない人に広めようとしない国民が最も良くない。
 そのうえで、実際どうすべきか。その具体策を考えてみよう。脳死状態の民主党では何も考えが出ないであろうからだ。
 まず、公務員改革。公務員そのものの改革は、どうしても必要であろう。単純に「解雇」「減給」というのではなく、そもそも全体の奉仕者としての意識改革などが必要であると思うし、給与の評価基準なども変えなければならない。結果的に人件費を下げるというのではなく、そもそも公務員の意識や身分に関すること、役割、民間人との違いを整理することをしなければならない。ただ単に「官僚は敵だ」とわけわからないことを言っても仕方がないのだ。もっと言えば、官僚を失業させただけでも、結局は失業者が増加し、景気が悪くなるだけだ。天下りをなくしても、50過ぎ60前の公務員出身の失業者が増えるだけだ。そもそも彼らには失業保険がないのであるから、65歳の年金受給までは彼らは務収入である。その状態がどうにかならない限り、天下りはなくならないであろう。彼らの生活の問題がかかっているからである。失業保険がないという単純な事実一つをとっても、民間企業との違いがあり、その違いを知らずに「官僚敵視」政策をしても、何も得られるものはない。
 そのうえで、事業の精査と無駄の削減。これは必要だ。しかし、今の事業仕分けのように、収益性や経済合理性で行うのではなく、その事業がどうして行われたのか、発足当初の理念や考え方、環境、そのほかから考えなければならない。経済合理性で行うから、そもそも「予算削減ありき」「財源づくりありき」でやるから民主党の事業仕分けはおかしいのだ。理由や考え方、事業理念、環境、それらが変化し、役割が終わったと考えられるもの、または環境の変化に対応しきれていないものを削除してゆくべきではないのか。それも、なるべく影響が少ない形で行うのが景気対策である。景気刺激の財源捻出のために、かえって景気が悪くなるのでは意味がない。ましてや、予算の問題で文化や伝統が壊されるのであれば、それは政府としての政治力の問題だ。
 そのうえで、為替の協調介入など国際的な問題がある。これだけ国際社会になっていて、経済もグローバル化している時点で、日本だけで景気対策をやって何の意味があるのか。そもそもその経済の仕組みが現在の政府にはわかっておらず、その「経済不信感」が株安の原因だ。ということは、「今の経済不信感の払しょく」もっと言えば「現在の政権政党の交代」が最も景気対策になるのではないか。
 毎年のように政策(マニフェスト)と予算の問題が出てくる。そんな茶番劇はいい加減に終止符を打ってもらわなければならない。日本の経済破綻は、円高や株安で行われるのではなく、政治によって発生するのだ。それを何としても避けなければ、われわれ日本人の生活もおかしくなってしまう。
 

★★★宇田川敬介のつぶやき★★★

埼玉県上田知事の、民主党代表選挙に対する「ダメな人とダメそうな人の戦い」というひところに対するひと言

民主党ってダメな人とダメそうな人と宇宙人でできているの?まともな日本人はいないの?

★★★以上
 

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雇用促進制度へ段位認定。主観の満足に対して基準はどうやって作るのか?

雇用促進制度へ段位認定。主観の満足に対して基準はどうやって作るのか?

 小沢一郎と菅直人の民主党代表選が9月1日に立候補の届け出が出された。基本的に、両陣営ともに、選挙対策本部を行い、今後、選挙戦を戦う。私は、8月27日深夜の「ラジオ時事対談」にゲスト出演をしたときに、発言しているが、私自身は民主党のサポーターではない。よって、この選挙戦において私自身は全く「投票権がない」状態である。自民党の総裁選の時もそうであるが、実際に政権与党の代表選挙は政党の話である。しかし、実質的にその政権与党の代表が内閣総理大臣になるのであるから、なかなか重要な選挙である。にもかかわらず、有権者であり日本国民、日本国籍を持った成人男子である私がその投票権がないのは、何となく違和感を感じる。
 それでも、自民党の総裁選のように、政策で論争をしてくれるのであれば、なんとなくわかる。直前まで「トロイカ体制」「挙党一致」などと言っていながら、「人事での話し合いが決裂したため」に対決するというのであれば、一体「誰のための何の選挙」なのか全く分からない。
 昨日は、その点の矛盾をマスコミが報じないということに関して、少し記載してみた。ツイッターでは「戦後ジャーナリズムが生きていた時代があるのか」ということを言ってくる人もいる。実際に、戦後の政治報道は、基本的には政策重視であった。スキャンダル報道といっても、疑獄事件ばかりで女性スキャンダルなどは報道をしなかった。ほうどうをしなかったのではなく、戦後から行動経済成長までの政治家は、皆、今でいう女性スキャンダルがあったので、それは事件として報道できなかったというべきかもしれない。逆に「二号さん」と呼ばれる女性がいて、その人に聞けば、政治家本人に聞くよりもよく知っているということが良くあった。「二号さんも持てない甲斐性無しでは大臣になれない」などという言葉も残っている。そのような時代は、しっかりとジャーナリズムも政治を報道していた。しかし今は、女性スキャンダルばかりではなく、イメージを落とす話ばかりで「前向き」「プラス思考」の話が出てこない。そのことを疑問に思わず、足を引っ張る報道しかしない。単なる誹謗中傷とスキャンダル合戦を「批判精神」と混同しているジャーナリズムの発想は、ジャーナリスト・マスコミに近い私でも「ジャーナリズムは死んだ」と思わせるものである。
 本来であれば、政治家は、政治家としての能力をしっかりとし、政策論争をしっかりし、国家国民を正しい方向に位置びくべき仕事であり、スキャンダルも、あまりひどいもの、非人間的なものでなければ大きく問題にすべきではないのかもしれない。昔は「政治家を下半身で攻撃してはならない」という不文律があった。それを崩したのは「神楽坂芸者三本指事件」である。誰のことか敢えて言わない。女性の権利伸長と同時に、「男の甲斐性」というものも、否定されてきてしまい、そのうち「男女平等」となる。最近では「草食系男子」だそうだ。この先日本はどうなるやら。
 そのような「文化」「教育」を含め今回の民主党代表選もしっかりと政策論争をしてもらいたいと思う。その中でも、喫緊の課題は経済対策と雇用対策である。
 その雇用対策に関して、一つ小さな記事ではあったが掲載されていたので、それを紹介したい。なお、新聞では報道されたが、残念ながら民主党の代表になろうとしている「小沢一郎陣営」「菅直人陣営」から、このことを含め、雇用政策の関して、少なくとも現在(9月1日午後3時)まで何も言及がないことは、今後日本の内閣総理大臣として行政を司る立場になる人とその支援者たる政治家が、それについて何も言わないのは、非常に残念であり、また、彼らの政治家としての資質を疑うものであることは、あえてここに書かせてもらう。
 それでは、読売新聞の記事から。

介護の技量に「段位」、雇用促進へ認定制度検討

 政府は介護や環境、観光など将来の成長が見込まれる分野で、職業の習熟度や知識を客観的に示す「段位」認定制度の本格的な検討に着手した。
 一企業だけでなく、多くの企業・産業に通用する専門家を育て、雇用・転職の促進や高い技術を持つ人の収入増につなげるのが狙いだ。まず「介護・ライフケア」「環境・エネルギー」「食・観光」を対象に、能力評価基準やカリキュラムを検討し、2011年度末までに体制を整備。5年間で他の成長分野にも対象を広げる方針だ。
 段位制度は政府が6月にまとめた新成長戦略で提唱した。内閣府で31日開かれた「実践キャリアアップ戦略推進チーム」の有識者会議では、今後、段位の数や具体的な評価方法、既存の資格・検定制度との関係などを検討し、年内をメドに基本方針を取りまとめることを確認した。制度導入により、企業は求職者を評価しやすくなり、求職者も就職に必要な能力を見極めやすくなるとみられる。

(2010年9月1日02時15分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100901-OYT1T00030.htm?from=main3

 今は検定ブームである。しかし、ここに言う「介護・ライフケア」「環境・エネルギー」「食・観光」という対象の「専門家」は、どのようにして評価され、どのような試験によって検定されるのであろうか。
 そもそも「介護・ライフケア」という分野で言えば、「介護」技術の段位とは何で決まるのか。何で差別化されるのかが問題である。一つは、医学的、介護時技術的な知識であろう。しかし、知識を持っていることと、実践できることは全く違う。大学の学位などなくても山で育った人の方が、食べれるキノコと食べれない毒キノコを見分ける力があるのは、そのためだ。はっきり言って「知識が経験よりも勝る」ことはたくさんある。そして知識があることが、介護を受ける人にとって満足を与えられるものでもない。とくに「介護」「ライフケア」もそうであるし、「食」に関しても同種のものが言えるが、利用者の習慣に基づく判断基準があり、その習慣に対する判断を客観的に段位制度を作ることそのものがナンセンスと言わざるを得ない。
 とくに「食」に関しては、そのことが顕著である。味の好みは十人十色である。誰かがおいしいといったところで、自分の味の好みにあったことなどはなかなか少ない。紹介者の前で「おいしいですね」といったところで、本当においしいとは限らない。自分のおいしいラーメン屋に行列ができてなく、おいしくないと思っている店に行列ができていることなどは日常茶飯事だ。
 また、食に関する知識といってもあまり意味がない。たとえば「明太子」。そもそも九州福岡の名物「明太子」といえどもその原材料であるたらは、福岡の産地ではない。トウガラシといえども、九州産かどうかは難しい。しかし、実際福岡名物は「明太子」なのである。「地産地消」といえども、実際その名物が「地産」になっているとは限らない例は少なくない。もっと言えば、中国産やアフリカ産が非常に多く出回っており、その原材料を使っていないとも限らない。だいたい、回る鮨屋のどれくらいが、海外産で、魚の名前が一致するのか。
 私の知り合いに四條隆彦氏という方がいる。知る人ぞ知る華族の家柄だ。正式な肩書は四條中納言山蔭嫡流四條司家第四十一代当代という。まさに千三百年日本の料理の儀式を取り仕切り守ってきた家柄だ。今、食行くなどと言われているが、彼の知識が使われていないことそのものが非常に大きな問題ではなかろうか。四條流包丁儀式を方々でしているが衣冠束帯で包丁儀式をできる人は彼一人である。その四條隆彦氏の講演など誰も聞いたことがなのではないか。「食の伝統」「食の文化」「和食と日本食の違い」など様々な話があるが、そのような予算を事業仕分けで削っておきながら、このような文化や主観に関する産業を段位化するというのは、その基準を作ることそのものが最も難しいのではないか。それを、先に期限を決めて検討もせずに決めるということ、そしてそれを雇用促進という内容でまとめていることに違和感を感じる。
 私は段位や検定を行うことそのものに反対しているわけではない。そうではなく、その基準を誰が決め、その検定を誰が行うのかという根本的な問題も決めずに、安易に「利用者の主観」に基づく話を、公的機関や政府が検定や段位を出すと「安易に」決めるべきではない。ましてや、事業仕分けで予算を削った後にそのようなことを提言を出して政府そのものが矛盾しているということを言っているのだ。
 本来「主観に基づく」内容は、段位などではなく、利用者の話であり、同時に文化の問題だ。文化、伝統を大事にする心を育て、その伝統を重んじる教育をすること。文化を保護することにしっかりと予算をつけること。心の豊かさをしっかりとつけること。そのうえで、「心の豊かさのため」の雇用を創設することということが、最も重要なのではないか。文化や伝統を雇用の道具に使うのではなく、文化や伝統を守り、そして伝えるという仕事をしっかりとすべきだと主張してる。それこそ、日本人の最も重要な「産業」になるのではないか。そして、日本の良いところ、他国がうらやむ伝統や文化を世界に示すことができるのではないか。
 そのような発想ができないこと、そのものが現在の事業仕分けや、雇用政策、経済政策に現れており、同時に、代表選挙のドタバタ喜劇にも表れているのではないか。日本人は本当に今の政権に飽きれているのである。

★お知らせ★
 9月になりました。このブログを毎日更新にして3カ月になります(まだかな)
 そこで、本文とは異なり、一つのコーナーを作ろうと思います。名付けて「宇田川敬介のつぶやき」。最近ツイッターもはやっているので、このブログの中で、私が自由にひと言(文字制限なし)でつぶやこうと思っております。だいたい、最後に入れるつもりですので、つらい長文ですが最後まで読んでください。

★★★宇田川敬介のつぶやき★★★

 民主党議員の「宇宙語しか話せない伝書鳩はだめだ」に対するひと言
 
 一度辞めるといった伝書鳩に任せていた君たち民主党議員は、宇宙語しか話せない伝書鳩以下の存在です! 

★★★以上
 

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「トロイカ体制宣言」から一転、小沢・菅一騎打ちの代表選挙

「トロイカ体制宣言」から一転、小沢・菅一騎打ちの代表選挙

 鳩山由紀夫全首長の仲介は、立候補受け付けの前日である8月31日まで続いていた。30日の版、鳩山前首相と菅現首相の世にも珍しいツーショット記者会見があり、それもその要職にある人が、民主党の話をしていた。
 彼らには公人として立場をわきまえた発言ができない。「今何が大切か」ということに関して、民主党の「党利党略」と「自分の立場」が大事で、国民や政策などは二の次であるということが明らかになった。その、上で、今日の菅・小沢直接会談になった。その直接会談までの間に、鳩山はかなり暗躍していたが、結局鳩山の調整は何の役にも立たず、小沢一郎は代表選挙に出馬表明をした。
 その小沢、菅各々の出馬会見(質疑応答は抜粋)は下記のとおりである。

小沢氏の代表選出馬表明の記者会見(全文)

 あすから始まる代表選挙については、申し上げた通りのことでございまして、不肖の身でありますが、代表選挙にみなさんからのご推挙をいただいて出させていただきたいという決意をいたしましたと申し上げたわけでございます。
 その後、皆さんご存じの通りの経過でありまして、特に鳩山前首相が、この時にやはり挙党一致の態勢を取って力を合わせて、今日の危機的な状況、特に経済の不透明な状況を乗り越えて克服して行かなくてはならない考えのもとに、再三にわたって菅首相と話をなさったわけでございます。
 あすに告示を控えまして今日も鳩山前首相と輿石(東参院議員)会長と私と、昨夜の菅首相との会談の経過をお聞きしました。
 昨晩は、鳩山前首相の提案に対して、大変自分もそのように思うということで話し合いを持つことに積極的であったということでございましたが、本日、一晩明けてから、ちょっと話し合いを持つことは、密室批判を受けかねないのでそういうことは、やめたいと、やりたくないという趣旨の話だったと(いうことだった)。
 挙党一致の全員野球をするためには、民由合併以来、私にとりましては、鳩山、菅両先生、輿石先生と力を合わせて今日まで頑張ってきて、政権も国民から負託された今日でございますので、原点に立ち返って話し合いをしましょうというのが、鳩山先生、輿石先生のご趣旨だったと思います。
 今日も3人の会合の場で、菅首相にこもごも鳩山先生と輿石先生から話をなさいましたが、やはり話し合いをして挙党一致の態勢を作るというような形は、取るべきではないというお感じであったようでございます。
 私は直接そばにいましたけども、話をしていないが、菅首相から、小沢と2人で話をしたいという、こういうことが鳩山前首相を通じて話がありました。
 そのお話に従いまして、先程来、今まで話をして参りました。
 合併以来のことやら、首相としての激務についてのいろんなお話やら、私もサミットやら若いときに垣間見てきたので大変でしょうと話したが、その中でまず菅首相の方から、合併以来、お互い力を合わせてきたという話をいただいて、今後も協力してほしいということでした。
 もちろん私は、協力しないなどということは菅内閣が成立して以来、一度も言ったことはないし、どんなことでも協力してまいりたいし、今後もお互いが力を合わせてせっかく政権交代したんだから、協力していかないといけないという気持ちに変わりはないということを申し上げました。
 今回の代表選は、党規約に定められた任期満了による民主的ルールにのっとった代表選なので、正々とお互いに頑張って、また今後ともいかなる場合でも力を合わせて頑張りましょうということで今、終えてきたところです。
 いずれあす、記者会見があるということなので、その時に自分の主張やら、政策やら、申し上げるつもりでございますし、十分な時間を取ってあるようでございますので、今日は今までの経過と、先般申し上げました通り、自分自身、ずいぶん決断をするまでに自分に問いかけながら、熟慮した結果でありますけども、大勢の仲間のみなさんに支援をいただいて、代表選挙に出馬するという決意をしたところでございます。
 本当に非力の不肖の身だが、仲間のみなさんのお力添えをいただきながら、報道のみなさんにもご指導いただきながら、きちんと正々と選挙戦に臨んで参りたい。
 私の出馬の決意を改めてお伝え申し上げてごあいさつに代えたい。
(2010年8月31日18時30分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100831-OYT1T00855.htm

「人事・条件とか一切ない」首相、小沢氏会談で

 菅首相が31日に党本部で記者団に語った発言は次の通り。
 今、小沢前幹事長と2人で話をいたしました。お互いにこの間協力してこの党を政権にこぎ着けた中で、私も(発足後)3か月の政権をしっかりこれからもやっていきたいということを申し上げました。「これからも協力し合ってやっていこう」と申し上げたら、小沢前幹事長も「それはもちろんだ。どういう立場にあろうとも、お互いに協力してやっていこう」(と言った)。選挙は選挙としてお互いにしっかり戦って、しかし、終わった後にはかつてと同じように協力していこうということで、お話を終えることができました。
 本当に多くの人に心配をおかけしましたけれども、いよいよ明日から代表選が始まる前に小沢さんと直接お話ができて、今後この選挙の結果いかんにかかわらず、協力をし合ってやっていくという基本において一致ができたことは大変よかったかなと思っております。
 私としてはこれから今の政権を日本の本当の改革に向けて本格稼働させる、そのために代表選もありますが、その間も首相という仕事については優先して、同時に代表選にも臨んでいきたいと考えております。
<記事より抜粋>
(2010年8月31日19時05分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100831-OYT1T00881.htm

 いかがであろうか。まず、双方の出馬の記者会見で「政策」がほとんど(全く)書かれていない状況である。彼らは「何に」成るつもりなのか。単純に政党の代表背あり、政権与党の代表である。その地位はすぐに「内閣総理大臣」という日本国の行政府の長になるのだ。その自覚が全くないのではないか。行政府の長は、日本を政策で日本を指導する立場であるにもかかわらず、自らの権力欲むき出しにし、そのまま選挙戦に入った形だ。

 さて、今回小沢に関して言えば、政治とカネの事件に関する二回目の検察審査会があった。その取り調べが9月14日以降にあり、10月には二回目の審査会の結果が出される。「起訴相当」という判断が下される確率が高いといわれ、そのために、何らかの手を打たなければならない状況になっている。憲法上、大臣は内閣総理大臣の許可がなければ逮捕起訴できないのであり、実質的に操作が不可能だ。小沢は、自らが総理大臣もしくは自分に対して操作の許可を出さない内閣総理大臣と組まざるを得ない状況にある。当然に、政権における権限や権力を欲する立場だ。
 一方、菅直人は、参議院選挙で国民に「NO」とつきつけられた執行部だ。しかし、その結果が出たのにかかわらず、執行部では誰も責任を負うことなく、選挙で落選した議員にそのまま大臣を継続させている。
 どちらも「けじめ」がつけられない候補である。単純にいえば、3か月前に辞めた「小鳩政権」に、個人の事件の捜査拒否のために戻そうとしている小沢一郎と、直近の民意を全く意に介していない菅直人の一騎打ちである。当然に二人のエゴのぶつかり合いにおいて、国民や国民の生活、経済政策は不在だ。それどころではなく、経済政策や政府の機能を「私物化」するような状況が見受けられるのだ。

 今回は、小沢や菅のことはこの辺にして、なぜマスコミはこのことを報じないのかということである。今まで続けてきた(少し休止中)の「マスコミ批判に対する一考」にも書くつもりなので、重なるかもしれないが、このことは書いておかなければならない。
 まず、小泉、安倍、福田、麻生と変わった時に、あれだけ「ころころ首相が変わるのは」と言ってきたマスコミが、その論調が控えめであること。また、小沢一郎に関して三か月前に「民主党をクリーンな政党に戻す」といって辞めた人だ。そのことを完全に無視して、小沢待望論を平気でか書いている。このマスコミの態度は全く分からない。1年で3回も首相を交代し、そのうえで、起訴相当と少なくとも1回判断された人物を首相に仰ぐなどということは「道徳」に悖るのではないか。
 第二に、ここまで、1年間の民主党政権の実績が何も報道されないことだ。一体何だ。
 あの強行採決、国民がこぞって反対した在日外国人地方参政権付与。これによって、日本の国会のイメージはどれだけ落ちたのか。
 郵政民営化の戻す戻さないの迷走で、郵便行政はどのようになったのか。将来はどのようになるのか。最も迷惑なのは、その利用者であることを忘れているのか。
 パフォーマンスと化した事業仕分けは結局何を残したのか。そのために、文化や科学時技術の予算を削られ、どれだけの「心の豊かさ」や「将来の日本のための技術」の芽が摘まれてしまったのか。
 普天間の迷走で、どれだけ日米関係を損なったのか。そのためにトヨタやホンダなどの自動車産業をはじめとした日米経済摩擦で日本がどれだけ信用を失ったのか。
 普天間の迷走の陰で、中国が我が物顔で東シナ海を席巻してくる。その海底資源で日本はどれくらい損をしているのか。その分を金銭に直せばどのようになるのか。
 竹島も一緒だ。しっかりとした交渉がなぜできないのか。そのための海洋資源の問題や漁業権の問題はどのように解決するつもりなのか。日本の国民にただただ損をするように強制するつもりなのか。
 その国々にいつまで謝罪を続けるのか。日本のために戦って死んだ人、日本を守ろうとした尊い命を祭る靖国に閣僚が誰もいかないということで、日本の道徳を「殺した」責任をどのように取るつもりなのか。
 天皇家、皇室の権威を傷つけ、ただの政治の道具にした愚を、国民のだれもが忘れることはない。そもそも、天皇の国事行為もわからずに、首相になろうとしているなどいい加減なことをさせるわけにはいかない。
 そもそも、「政治主導」はどこに行ったのか。次々と官僚の天下りを登用させ、天下りを立候補させ、何が「政治主導」なのか、わけがわからない。そのことで、日本の「行政府」がやる気をなくしたことは、誰がどのように責任を獲るのか。そもそも、選挙という人気投票でなにが「政治」なのか。「人気投票」で選ばれた「政策なきお調子者」が好き勝手に国民を惑わす手法を「政治主導」というのであろうか。
 このほかにも、批判される政策はたくさんある。決着はついていないが、財源問題も子供手当も農家声つ補償も全く解決していないし、八ツ場ダムなども何も決まっていない。革マル派から献金を受けた枝野の追及はどうなったのか。そもそも小沢のその後の事件の報道はなぜ行われないのか。菅の女性スキャンダルはどこに行ってしまったのか。
 その中において政策論争なき権力抗争を行うという「愚」をもてはやす、一大選挙戦のような票読みまでしている不思議なマスコミたちはいったい何を報道しているのであろうか。「政治」を「人気投票」とし、「政策論争」や「道徳」「モラル」を訴えず、わけわからずに大騒ぎする。まさにアメリカGHQが行った「愚民政策」そのものではないか。その「愚民政策」の象徴が、今のマスコミになっている。そのマスコミを取り上げ子供たちに「愚民教育」を施している日教組が民主党を支持しているのだ。日教組から出た小林千代美全議員の問題も、九州の後藤英友全銀の事件もテレビで映ることはない。そもそも輿石参議院会長の農地転用問題はどこに行ってしまったのか。なぜ誰も追求しないのか。
 このマスコミの「民主党に甘い」報道手法は、ぜったいに「おかしい」という話になる。日刊ゲンダイなどはその最たるものだ。民主党それも小沢一派の機関誌を駅で販売し金を出させるナンセンスは、「モラル」の欠如以外の何物でもない。
 政治そのものの腐敗は、国民の腐敗である。国民の閉そく感は、指導者の倫理観の欠如である。そして、それをつなぐマスコミ・ジャーナリストの役割は、消して小さなものではない。そのマスコミがz自らの発言に対して「道義的」責任を負うことをしない限りにおいて、日本の愚民政策は終わらないのかもしれない。

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