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2010年11月

北朝鮮砲撃 中国の六カ国協議提案と外交駆け引き

北朝鮮砲撃 中国の六カ国協議提案と外交駆け引き

 戦争を行う場合、「情報戦」「外交戦」が重要であるということは良く言われる内容だ。情報がなければ軍隊をやみくもに動かしても意味はないし、かえって待ち伏せなどをくわえられて軍隊の全滅の危機も存在する。また、外交戦も重要であり、古くは中国の古代戦国時代における合従連衡の策や、三国時代の赤壁の戦いにおける呉蜀同盟など、様々な外交的な駆け引きが出てきている。敢えてここに中国ばかりを例に挙げたのは、今回も主役が「中国」であるからだ。
 中国は、非常に大きな国である。巨大で強いという意味のほかに、物理的に広い、もしくは人口が多いという単純な意味もある。巨大な土地は、中国という国土内部における流通経済の重要性とその流通に関する戦略性を意味し、同時に多民族であるために同じ国内における性質の違う民族による民族間外交が盛んに行われた。日本のように農耕民族が国内で流通を行っているのではなく、騎馬民族と農耕民族がいて、騎馬民族が流通の主要部分を担っていたと考えるべきではないだろうか。もちろん、このような民族の分け方そのものがナンセンスであるという説がある事も重々承知しているし、実際に、現代社会において「匈奴」とか「西夏」などと言ってもあまり意味がない。しかし、その民族の持っているDNAは変わらないのではないかと考える部分も少なくない。
 中国人は古くはシルクロードを通り「大秦」要するにローマ帝国まで足を延ばしていた。もちろん流通である。日本の高校までの世界史の授業は、地域ごとに年代をおってしまうので、地理的に離れているところの歴史をリンクして頭の中に入れることができない。たとえば、豊臣秀吉が太閤検地をおこなっているほぼ同時期にインドで検地をおこない、農産物収穫における税収の確定を行っている。要するに、その時期はインドから日本にかけて税収と人口の関係が酷似していたということを示している。しかし、このような内容はあまり日本の高校の教育では学ばない。グローバル教育とか言って、まったく「横軸」の対応ができていないのが日本の教育の教育内容に関する最も奇異なところだ。
 中国は、このような歴史から「物流・流通」が戦略的そして情報的に非常に重要であることを、歴史的に熟知しており、同時に、外交により戦争が有利に進むこと、そして外交に失敗して合従連衡が崩されたり、またはジンギスカンに占領されるという経験がある。
 そのような中国のDNAが、今回も非常に有効に動き始めた。それに対し中国との距離をおいている韓国が、その中国に反発している。韓国に外交や情報の知恵がないというのではない。韓国も立派な外交・情報先進国だ。しかし、中国のそれに従わなければならないというような国際的主従関係は中国と韓国の間にはない。とくに、今回の北朝鮮の砲撃に関する関係は韓国は「唯一の被害国」であり、同時に民間人の犠牲者を出した国であるから、最も意思表示を強く出してよいし、中国もそのことは尊重しなければならない。人命の尊重は、国際社会の要請だ。もちろん戦争中の軍人ということまでは言わないものの、平穏無事に生活をしている民間人の命に関する問題は、今回の砲撃だけでなく、テロなどに関しても非常に敏感な問題になっている。
 そこで、アメリカ・韓国という同盟関係と、中国・北朝鮮という二つの陣営の「外交戦」「情報戦」が繰り広げられているといえる。


中国、6か国提案で反転攻勢…北の孤立回避狙う

 【北京=佐伯聡士】北朝鮮による韓国砲撃事件、米韓合同軍事演習を受けて、中国の胡錦濤政権が朝鮮半島の緊張緩和に向け、胡錦濤国家主席に近い外交担当の実力者、戴秉国(たいへいこく)・国務委員(副首相級)の韓国派遣に続いて、28日には、北朝鮮の核問題をめぐる6か国協議の首席代表による緊急会合を提案するなど、外交攻勢を本格化させている。
 北朝鮮に影響力をもつ中国に対して、米国が北朝鮮への働きかけを強めるよう求めるなか、来年1月の胡主席の訪米を前に、中国も一定の外交努力をアピールする必要性に迫られているからだ。提案通り砲撃事件をきっかけに首席代表による緊急会合を開ければ、日米韓が反対している6か国協議の再開の流れにも弾みをつけられるとの計算もある。
 砲撃事件発生以降、日米韓が北朝鮮への圧力強化を訴え、北朝鮮を刺激したくない中国は守勢に回っていた。そこで、いったん、26日に予定されていた楊潔チ(ようけつち)外相訪韓を延期した上で、逆に27日には戴氏を特使として派遣、6か国協議の首席代表による緊急会合提案という反転攻勢に出た形だ。(「チ」は竹かんむりに「褫」のつくり)
 中国側は、事件をめぐる議論を6か国協議の枠内に持ち込むことで、北朝鮮が一方的に孤立するのを避けられる上、日米韓に対しては外交努力を強調することもできると判断している。

最終更新:11月29日(月)3時5分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101129-00000059-yom-int


中国 6者会談 首席代表会合 提案…大統領府 事実上 拒否

 中国外交部が28日午後5時30分、記者会見を行い 来月上旬 北京で6者会談首席代表協議を開催することを提案した。中国外交部はこの会合で6者会談再開条件を用意されることを期待すると明らかにした。しかし大統領府はこれを事実上 拒否した。
 中国側6者会談首席代表である武大偉韓半島事務特別代表はこの日、外交部庁舎で緊急記者会見を行い「現在の韓半島問題解決のための議論次元でこういう協議を提案する」と明らかにした。武大偉特別代表は「現在の韓半島情勢と関連して去る2005年9・19共同声明を土台に中国は12月上旬に北京で6者会談首席代表会談を提案し、その席でそれぞれの側の関心と重大問題に対し意見を交換しよう」と発表した。
 彼は引き続き「国際社会が6者会談再開可否に関心を持っており、会談再開を通じ韓半島の平和と安定を守り、東北アジア安定に貢献することができると強調する」と明らかにした。合わせて「6者会談はそれぞれの側の間に疎通を増進し韓半島非核化を進展させる重要な作用をしながら、早期に6者会談を再開しようということが中国の一貫した立場」と付け加えた。
 中国外交部は先立って内・外信記者らに緊急公示形式で午後5時30分‘重大情報’を発表すると予告した。毎週火・木曜日午後3時に行われている定例記者会見の他に中国外交部が緊急記者会見を行うのは非常に珍しいケースだ。
 中国の6者会談首席代表会合提案に大統領府は事実上 拒否の立場を明らかにした。ホン・サンピョ大統領府広報首席は「6者会談と関連して中国側の言及があったが、比重を持っては議論されなかった」とし「今は議論する時ではないという点を明確にした」と伝えた。外交部関係者は「北韓が濃縮ウラニウム施設を公開したのに続き、延坪島を攻撃したというのに、これに対する明白な解明や措置なしに我々が何事もなかったように対話に出ることはできない」と話した。
 中国の‘重大発表’は中国外交の最高位級要人である戴秉国国務委員が電撃訪韓し李明博大統領を長時間にわたり礼訪した後に出てきた。韓国、北韓間の緊張緩和のための中国の解決法と見える。戴秉国国務委員は最近、訪韓計画を取り消したヤンジェツ外交部長より高位級要人であり、金正日北韓国防委員長とも親しく北韓に実質的な影響力を行使できる人物として知られている。
 大統領府は戴秉国国務委員が事実上、胡錦濤主席の特使資格で訪韓したと明らかにした。ホン首席はこの日の面談内容を発表しながら、戴秉国国務委員がイ大統領に胡錦濤主席と温家宝総理の命を受けて訪韓したと明らかにしたので、事実上の特使と説明した。ホン首席は戴秉国国務委員が中国最高指導部の口頭メッセージを伝達したとも明らかにした。
 この日、イ大統領と戴秉国国務委員との出会いは異例の2時間15分という長い時間にわたりなされた。この席でイ大統領は6.25戦争以後、北韓の絶え間ない挑発を継続忍耐してきたが、今回北韓が追加で挑発してくるならば強力に対応するという点を明らかにしたとホン首席が明らかにした。イ大統領はまた、北韓の高濃縮ウラニウム プログラム公開に続き、民間人に対する無差別攻撃は重大な事態の変化であることを指摘し、中国側がより一層公正で責任ある姿勢を持ち韓半島平和に寄与してくれることを要請したとホン首席は伝えた。
 中国がイ大統領の要請に態度を変えた様子はない。この日のホン首席の発表を見れば、中国は‘延坪島挑発’というわが政府の表現の代わりに‘延坪島事態’という単語を使った。また、延坪島事態と関連して、戴秉国国務委員がイ大統領に明らかにしたという内容も‘延坪島事態による韓国側の犠牲に哀悼と慰労を表わし、南北間平和のために状況が悪化しないよう努力する’という原則的な水準に過ぎない。
 イ大統領は29日午前10時、大統領府で北韓の延坪島砲撃に対する対国民特別談話を発表する。イ大統領は談話で北韓の延坪島砲撃は大韓民国に対する明白な軍事的挑発であり民間人まで攻撃した非人道的行為と規定し、北韓が追加挑発する場合、断固たる報復を加えるという立場を繰り返し明らかにすると発表した。 29日の定例ラジオ演説は特別談話に代替される。

2010年11月28日19時00分 / 提供:ハンギョレ新聞
原文: http://www.hani.co.kr/arti/international/china/451019.html 訳J.S
http://news.livedoor.com/article/detail/5170293/

 今回の状況を「おもしろい」と表現しては、非常に不謹慎であることは承知している。しかし、積年の関係が今回の一件で一気に決着がつく可能性があるとすれば、非常に興味深い状況になるのではないか。
 まず、この二つの陣営に関し「アメリカ陣営」「中国陣営」とすると、対立の根本が非常によくわかる。「アメリカ陣営」は人命の尊重、殊に民間人の安全ということと、民主主義の維持という観点で攻め立てている。一方で「中国陣営」は、国体・メンツの尊重と国家の規律ということを重視している。考え方の基本と人命に対する考え方が全く違うのであるから、その考え方の溝は非常に大きい。当然に食べ物などの資源とそれに比例する人口がまったく異なる環境にあるので、その考え方の根本を改めるということは、お互いに(アメリカが直す必要はないと思うが)難しい。
 その中において、六カ国協議を提案した中国。当然にその提案の中には、「協議のテーブルにつかないので、北朝鮮が今後も暴発する」という中国の言い訳も含めた「やるべきことはやった」という内容になる。これは中国にしてみれば、国連安全保障理事会などの北朝鮮に不利な決議や、制裁が行われないようにしなければならないということと、その決議を取らせないために拒否権を使えば中国が国際的に孤立するという計算も成り立っている。中国の立場からすれば、尖閣問題やレアアース問題で、すでに国際的に非難を浴びながら、人命や軍事行動で非難をこれ以上浴びることはあまり得策ではないと考えているのだ。中国は、「北朝鮮の六カ国協議を了解させた」ということと、それを拒否した場合は、その責任はアメリカや韓国にあるという両建てのストーリーを出したことになっている。
 一方、アメリカからすれば「前回の六か国協議の決議事項が守られていない」ということ、要するに核の廃棄などの約束が守られていないために、次の協議を行う必要そのものがないという立場だ。もっと言えば「会議を開く前提が整っていない」そのうえで「協議を行う前提を作るのは、中国が北朝鮮に指導的な立場を使う以外にはない」ということを言っている。それ以上に、今回の砲撃問題などにおいて、北朝鮮の態度の硬化を中国が和らげるべきだとし、それができないのであれば、現在行われている軍事力で強制的に「各施設の廃棄」を推進するという圧力をかけている。
 本来、このような状況では、拉致被害者も出している日本がしっかりとその協議や駆け引きの中に入っていなければならない。しかし、現在の菅政権は国際的な信用がないばかりか、このような駆け引きそのものがまったくできないと思われている。そればかりか、APECの警備体制の機密流出などから、それら機密事項も渡せない「情報危険国」と認識されているのだ。これでは、日本には情報も入ってこない。そもそも、北朝鮮の砲撃問題で、「六カ国協議」と言いながら中国は日本には上級政務委員を派遣していない。ロシア・北朝鮮・韓国・アメリカにはしっかりとした協議をしているのに、日本とは協議をしていないのは、日本の扱いが「その程度」まで下落していることを示している。
 日本が指導的立場になるためには、そして、北朝鮮との間では拉致問題などを主導的に解決するためには、今の菅政権の退陣と民主党政権を引きづり下す以外にないのではないか。

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マスコミ批判に対する一考(21) そもそも規制と言論表現の自由の境界線は

マスコミ批判に対する一考(21) そもそも規制と言論表現の自由の境界線は

 それにしても今週は色々あった。柳田法務大臣の事実上の更迭に北朝鮮と韓国の砲撃戦、そのうえ遅々として進まぬ国会と補正予算審議の行方。一方で仕分けの底が割れて民主党政権の化けの皮が完全にはがれるという感じである。東郷神社名誉宮司の松橋輝男氏は、現在の政治に対して「民主党のような理念のない大衆迎合活動家に政治ができるはずがない」と言っているが、まさに、そのものズバリの表現で素晴らしいと思っている。私も、これくらい歯に衣着せず、本質をついた表現を一言でできるようにならなければならないと思うが、昭和一桁生まれで戦争を体験している人と、私のような平和な時代の人間とでは、基本的な「人間の違い」を感じてしまうものである。
 マスコミ批判に関する一考も、政治に関するものばかりであったような気がする。実際にマスコミ批判のうち、いくつかはマスコミが批判を甘んじて受けなければならない状況であり、一方で、いくつかはそのネタ元、今でいえば政府や民主党が問題である場合がある。また、批判しているわれわれ読者側の勉強不足もあるというのが現状ではないだろうか。マスコミはあくまでも「営利活動会社」である株式会社組織になっており、同時に、「読者もしくは視聴者が求めている」ということが一つの大きな足かせになっている。われわれの間では「真のジャーナリストは飯が食えない」という格言があるが、実際には真のジャーナリストであれば、スポンサーに対しても批判をしなければならない部分も少なくないので、当然に「飯が食えない」という状況が生まれてきてしまうのだ。私のように、生活ができているのでは、とても「真のジャーナリスト」とはいえないのではないかと自問自答する場合も少なくない。
 さて、今回は、このような中珍しく「立法(規制)」と「国民」の双方が考えなければならない状況である記事を選んだ。

青少年課長も「前と言っていることは変わらない」と認める『新・健全育成条例改定案』の中身

 先週から一部のマスコミが報じていた東京都青少年健全育成条例改定案の全文が11月22日、明らかになった。「非実在青少年」の言葉を削除され一見、大幅に内容を改めたように見えるため、"賛成に回る都議も増えるのではないか"と出版界からは懸念の声が挙がっている。
 今回の条例案でまず注目すべきは、規制対象とされる「基準」の部分だ。今回の条例案では「非実在青少年」などの描写を削除し、次のように記す。
    漫画、アニメーション、その他の画像(実写を除く。)で、刑罰法規に触れる性交若しくは性交類似行為又は婚姻を禁止されている近親者間における性交若しくは性交類似行為等を、不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を妨げ、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの。
 現状の「不健全図書」指定制度に加えて、新たなものを付け加える必要の是非は、ひとまず置いておいて、よく分からないのは、どうしたら「不当に賛美し又は誇張するように、描写し又は表現する」ものだと判断されるのだろうか?
「あくまで、不健全図書にあたるかを決めるのは青少年健全育成審議会ですが、子どもとヤってイッてしまう描写などが、不当に賛美するものにあたると考えています」
 と、話すのは東京都の櫻井美香青少年課課長。 櫻井氏は、不当な描写に当たるか否かは「作品の全体を見て判断するもの」だと話す。
 作品全体を見て判断するというのであれば、作品の文脈にまで踏み込んで規制することになるのではないか。
 ところが、櫻井氏はあくまでも「内容の規制ではなく描写の規制です」と説明する。
 たとえば、漫画で書かれたキャラクターが、18歳未満のキャラクターであるか、性交している男女が近親にあたるかは、セリフやナレーションなどの文字を読んでいかなければ分からない。
 だが、櫻井氏の見解では「描写=画像+セリフ」であり、内容規制ではないのだという。
 それでは、古典文学の名作『源氏物語』はどうだろう。よく知られているとおり、現在では触法するような性描写を数多く含んでいるし、幾度も漫画化されているのだが......。
「それも描写の内容によります。『源氏物語』の原作には、葵の上とヤッたとか明確に書かれているわけではない。それを、もし性器が露出していないにしても、微に入り細に入り描写したとすれば、それは単に『源氏物語』の呈を借りているだけのものと、判断されるでしょう。もちろん、個別の作品を読んでみなければわかりませんが......」(櫻井課長)
 櫻井課長は今回の条例案は「非実在青少年」問題で紛糾した前回と「言っていることは変わらない」ものだとも話す。
「前回の条例案は年齢などが描いてあるものの、どういった行為が当てはまるのか明確ではなかった。そこで今回の条例案では、施行規則で定める予定だったものを含めた形になっているんです」(櫻井課長)
 ようやく明らかになった条例案だが、前回は反対に回った民主党の足並みが揃っていないという。
「(前回、反対に回った)民主党の都議は"エロ議員"と呼ばれて批判されているという話もある」(事情通)
 民主党内部で、反対に回ることを恐れさせている原因は、来年の都知事選にまで問題がもつれ込むこと。一部の議員は候補者が批判される材料になると懸念を抱いているのだという。
 今回の条例案には、前回と変わらず漫画やアニメに影響を及ぼす可能性のある部分以外でも、さまざまな問題点が見て取れる。賛否をめぐって熱くなる前に、まずは冷静に条文に目を通していくべきであろう。
(取材・文=昼間たかし)

2010年11月23日11時20分 / 提供:日刊サイゾー
http://news.livedoor.com/article/detail/5158677/

 表現の自由や規制と、それを読んだ国民ことに青少年の教育という問題である。
 私は、「なぜ法律で規制しなければならないのか」ということが最大の疑問であり、本来は、法律で規制するようなものではなかったと考えられる。基本的には江戸時代に「春画」といわれるものがあり、それらに関しても、丁稚小僧などが簡単に見ることができた。しかし、そのことで春画の世界(フィクション)と現実の世界を混同し、犯罪を犯すような人はいなかったと思う。
 このような法律ができること(まだできていないが)は、単純に、教育の責任転嫁ではないかと思う。
 逆に、責任転嫁をしなければならないほど民間および学校などの教育機関で教育ができないのであれば、法律による規制もいたしかたないものと考えられるし、一方で、教育がしっかりとできるのであれば、法律による強制力は必要がないと考えられる。要するに、公権力による規制は、最後の手段であり、その手段に訴える前にやるべきことはたくさんあるはずだ。それを語ることができないのは、ただ単に責任転嫁以外の何物でもない。教育の現場(あるいは、大人になってからもあるが)で、性犯罪などがあれば、すぐに責任転嫁が始まる。その責任転嫁の行きつく場所は東京都もしくは教育委員会ということになろう。また、行政がしっかりしていなかったという、安易な行政批判も存在する。批判された行政は、反論をとくに行うものではなく、安易に法律によって「犯罪の基」「犯罪の道具」になる行為の取り締まりを行う。要するに、法律を作ることによって行政から業者への責任転嫁が発生しているのである。法律ができてしまえば、あとは、簡単だ。その罰則の強化や、取り締まり範囲の増減で対応できる。秋葉原無差別殺人事件の後のだがーナイフの取り締まりも同じ論理構造であるように、また、オレオレ詐欺に対して、銀行のATMが現金の取り扱いや多額の取引をできなくしたように、批判が起これば、法律で規制され、なおかつ生活が徐々に規制の対象になってくる。不便になってくるのである。
 しかし、良く考えてもらいたい。そもそもの問題は、行政への責任転嫁ではないのか。元の犯罪者がおかしいのは当然として、その犯罪者を取り巻く環境や教育が間違えていたのではないのか。なぜそこで「反省」できないのであろうか。行政や立法ということまで行かなければならないのであろうか。そのことがまったく批判されていない。
 報道の間では、被告人保護に関する協定などもあり、報道がうまくいかないのも事実であるが、一方で、『何とかの一つ覚え』のように、個人の犯罪にまで責任を行政に持ってゆく風潮を批判しなければ、結局規制が多くなる。マスコミが煽って国民生活を窮屈にするという状況になってしまう。
 今回のマスコミ批判は、まさに、物事の原因行為は何なのか。そして、その原因行為にどのようにアクセスするのか。そしてその内容に関して、「行政が本当に悪いのか」ということをしっかりと判断して報道しなければならない。安易な報道がこの読者の皆さんの生活を不便にしているということをしっかりと認識すべきである。

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シリーズインターネットと政治と選挙(4) 政治におけるインターネットの可能性

政治におけるインターネットの可能性

 

  これまで3回にわたり、インターネット・政治・選挙に関する見解を見てきた。当然に、この文章くらいで語りつくせるものではない。私もこのような乱暴なまとめ方をすることは少ないといえる。しかし、その乱暴なことをしたのは、単純に「インターネット・政治・選挙」の関係を見たいからである。当然にこの三つを関連付ける特徴を大きく扱った。そのために、本来は重要であるというところを削るなどしている。インターネットでも、選挙でも、ここで語ったような単純なものではない。とくに政治など、数ページの原稿用紙で語れるくらいならば苦労はしない。そこで、敢えて今回のようなまとめ方をしてきた。
  各々の関係を見てきた状態で、次に、相互の関係を語ってゆこうと思う。しかし、選挙と政治の関係は、今回ここであらためて語るようなものではない。ここまでの三回で書いていきたように、代議員制度で民主主義を実現する以上、当然に選挙が出てくる。選挙は何も政治に関することばかりではない。しかし、団体の代表を決める際に行われる制度だ。それだけに、代表になりたい人がいれば、誠意のように権力がなくても選挙は苛烈に行われる。選挙が民主主義かと問われれば、なかなか難しいが、今のところ、民主主義の一つの形である事は間違いがない。
  選挙に関するインターネットは少し後にして、まず政治に関する内容を先に記載したいと考えている。
  さて、政治に関しては先にあげたように、その団体の将来の姿を指し示し、その姿に向かう方策を行うことである。では、その「将来の姿」はどのようにして決めるのか。ここに大きな問題がある。

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これぞ日本の技術力 リニア有料運転に言及

これぞ日本の技術力 リニア有料運転に言及

 今週は、暗い話題が多かった。
 本来ならば、今日も書かなければならないことは少なくない。民主党幹部といわれる人が、「北朝鮮の砲撃は神風」といった不謹慎発言のことも、北朝鮮砲撃に関する政府の不手際も、いずれも大きな問題であると認識している。また、この間に、次の首相に相応しい人として、民主党内および国民の間で「小沢待望論」が出てきていることも明らかになった。仙谷官房長官による「脱小沢」「殺小沢」が、菅政権の体たらくで、かえって小沢が脚光を浴びるという皮肉に、なかなか面白い運命を感じるものである。
 このように、以前は「書くネタがない」という状況であったが、今秋に限って言えば「ネタが多すぎる」という供給過剰状態に陥っている。まさにネタのインフレである。収入がこれくらいの勢いで降って湧いてくれればありがたいのであるが、世の中はそんなに甘いものではないらしい。
 しかし、出てくる話題がいずれも「暗い話題」というのも問題だ。小沢待望論は少し違うかもしれないが、総じて現在の政権が頼れない、頼りがいのない政権であるということは明らかであり、そのために、日本人が次に期待できるところを探して「迷走している」状況であるということが明らかになってきている。ニュースの半分は、「菅政権の不手際・失言」であり、半分は「ポスト菅政権」である。いずれにせよ、現政権では良くないということが、北朝鮮の砲撃など「有事における指導力の欠如」を露呈し、国際社会でも孤立化や頼りなさをより際立たせている。これでは話にならない。菅政権の支持率の急落と自民党支持率が民主党支持率を超えたというニュースも、自民党支持者にとっては喜ばしいニュースかもしれないが、基本的には菅政権の体たらくでしかなく、自民党が支持を伸ばした結果ではない。基本的に「消去法」でしかなく、固定のファンが増えたわけではないのだ。
 経済においても暗い話題が多い。コンビニやGMSの売り上げの減少がニュースに上がっている。景気が上向きなどとっているが、基本的には消費不況は相変わらず続いており、9月のタバコ特需の影響で、かえって消費が落ち込むという現象になっているのである。
 巷においては「日本の底力」というセミナーや雑誌の見出しが出てきているが、そもそも「底力」という単語を使うこと自体、「底力を認識しなければ二hンは経済の上でも存在感がない」ということを言っているにすぎない。昔、マイカルという会社が傾き始めたころ、年頭の朝礼でマイカルの会長が「マイカルはまだ含み益が…」と言われたとき、この会社はどうなっているのかというように感じたが、まったく同じことが、今の日本で感じてしまうのが悲しい現実である。
 とはいえ、理由もない楽観論でいられるほど世の中は甘くない。円高のメリットを言う人も少なくないが、実際に円高のメリットが強いのであれば、APECやG20の首脳会議で通貨安競争を規制するなどということが議題になるはずがない。各国の首脳がよほど無能ならば別だが、20カ国もの首脳が全て無能ということもないであろう。輸出産業においては当然に独自技術の開発とブランドというものがなければ、結局は商品競争力によって判断され、その時の為替リスクは、企業努力で包含できる範囲のものではないのであるから、その内容をどのようにメリットに変えてゆくのか、そして自国産業を育て発展させ、商品競争力をつけるのか。鎖国ではないのだから、その辺をしっかりと見ていった上で、具体的にリスクの排除とメリットの享受を解説しなければならない。
 さて、このような安易な楽観論ではなく、日本は技術力の国であると私は考えている。日本の技術は、最近では惑星探査衛星「はやぶさ」のカプセルからの微粒子の検出など、様々な内容があげられるのではないか。日本の技術力に関するニュースを聞くと、私も珍しく明るくなり、楽観論を考えるようになる。
 今週のそのようなニュースが出たので、その内容を見てみよう。

3年後?リニア有料試乗運行…JR東海

 JR東海の葛西敬之会長は24日、日本外国特派員協会で講演し、2027年に東京(品川)―名古屋間の開業を目指すリニア中央新幹線計画について、山梨県内のリニア実験線が延伸される13年度以降、希望者を対象に試乗のための有料運行を開始する考えを明らかにした。
 山田佳臣社長も同日の記者会見で同様の計画を発表した。
 有料運行は、20年前後を見込む神奈川県相模原市―山梨県甲府市周辺の先行開業に先駆けて実施するもので、リニアの運転実績をアピールして米国への売り込みを優位に進める狙いがある。
 実験線は現行の18・4キロ・メートルから、42・8キロ・メートルに延伸中で、工事完了と同時に営業仕様車両「L0系」を投入する。

2010年11月25日(木)0時57分配信 読売新聞 
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yomiuri-20101125-00051/1.htm

 正直、非常にミーハーな考えで「乗ってみたい」というのが初めの感想だ。それも2013年というから、そんなに遠くの話ではない。2027年といわれると、まだまだ先という感じがあるが、数年後に、私が子供のころにあこがれた「未来の乗り物」に乗ることができるのであれば、それも実験ではなく営業運転として乗れるのであれば、それはかなり嬉しい。
 子供のころの未来の絵は、様々なところにあった。非常に斬新なビルの形などがあったが、その中に印象に残っているのがガラスのチューブのような物の中を動く乗りものであった。リニアは少し違うかもしれないが、それでも未来に一歩近づいたということであろう。
 また、世界に先駆けて有料(営業)運転を実施し、その実用性をアピールするというのであれば、それはかなり素晴らしいことになる。当然に実用化ということになれば、外国からの発注も多く、リニアが日本の固有産業として機関産業になるかもしれない。敢えて言うが、公共工事もまた建築関係も、非常に増えるであろうし、場合によっては自動車などが減って環境にも良いかもしれない。それらの技術の中心、発信源に日本が名乗りを上げるということになる。
 やはり、このようなことは「1番でなければダメ」なのである。とくに技術は1番でなければ何の意味もない。技術が日進月歩であるということを考えれば、当然に、明日には、1番でなくなる可能性もあり、1ヶ月後には、過去の技術になってしまう可能性も少なくないのだ。これでは話にならない。1番であり続けることが、世界からの信頼と、そして技術に対するプレミアで日本の産業の発展がある。円高であっても、日本が経済大国であり続ける条件の必要条件であると考える。そして、関連する中小企業や事業者には、日本が経済大国でありうるための必要不可欠な一員として、誇りを持っていただきたいと切に願うものである。
 JRは民営化した。民営化したことによって、このような思い切ったことができるようになる。民主党政権化で国営化であったならば、リニアも事業仕分けに入っていたかもしれない。今後、道路公団や郵便制度の事業も「民営化」が期待されている。民営化そのものには批判も少なくないところであるが、批判を受けて、より日本国のためになる発展を期待できるようにしてゆかなければならないのではないか。
 批判と反対だけでは、今の日本のように停滞し、閉塞感が漂ってしまう。プラスの面に目を向けた思い切った政策が必要だ。政府がこれらの事業に理解を示すことを望みたい。
 最後にもう一度。「早く乗ってみたい」

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人気取りパフォーマンスにも限界 事業仕分けにも与党内で限界論

人気取りパフォーマンスにも限界 事業仕分けにも与党内で限界論

 事業仕分けの「第三弾」が終了した。とくに成果がなかったというか、今回になると国民も事業仕分けを冷静に見る目を持ち合わせていきた。昨年11月に始まった事業仕分けも、これで三回目となり、事業仕分けをすることがなくなってきた。あれだけ「大口をたたいてきた」特別会計部分に関しても、特別な成果があったわけでもなく、第三弾の後半は民主党政権で行った事業の仕分けを行うにいたった。要するに、過去の自民党の事業に関してはこれ以上仕分けを行うことができなかったということになる。
 「ムダの削減と予算の組み替えで財源16.8兆円捻出」は昨年の総選挙での民主党マニフェストの第一であった。事業仕分けは、まさにこの「ムダの削減」のシンボル的な内容として民主党政策の目玉政策として行っていたのである。しかし、結局無駄削減で16.8兆円は夢のまた夢。これを期待していた政権は、迷走を続けている。財源の不足は、民主党の目玉政策といわれる政策のほとんどが行き詰まっている。
 目玉政策の一つである子供手当では、それまであった扶養控除をなくし、実質的に増税になっているだけでなく、最近では子供手当に課税や所得制限という案が新聞紙上をにぎやかにしている。農家戸別補償に関して言えば、どの農家にどれだけ戸別補償を行うのか、結局掛け声だけでなにも進んでいないばかりか、この事業仕分け第3弾で、酪農農家の重要な牛乳促進の補助金も仕分け対象にされ、また農業補償対策が出ていないにもかかわらずTPP参加の表明など、昨年のマニフェストの掛け声とは完全に逆行する政策が出てきている。
 そもそも事業仕分けそのものは一体何なのか。そのことに関して見直さなければいけない。そのことに関し指摘している記事が下記のものである。


事業仕分け 限界も… 政府・与党の足並みも乱れ

 09年11月に鳴り物入りで始まった「事業仕分け」は18日、一連の作業に区切りを付けた。第3弾まで続いた仕分けは「無駄の温床」や「天下りの構造」を明らかにした意義はあったものの、国民が期待した財源捻出(ねんしゅつ)効果は乏しかった。判定結果に各省の政務三役が反発するなど、政府・与党内の足並みの乱れも目立ち、民主党政権の「改革力」の限界が浮き彫りとなった。【谷川貴史、青木純、三沢耕平】
【事業仕分けの結果は】第3弾終了、27事業「廃止」
 「仕分けに政府方針を決める権限はない。農水省への提案だ」
 仕分けの難しさは、18日も所管事業で「廃止」判定が相次いだ後の筒井信隆副農相の発言に集約される。第3弾では民主党政権が行った予算要求に、同党の仕分け議員が注文を付ける構図が鮮明になった。政務三役の中には、仕分けに反発する姿も見受けられた。
 菅直人首相は9日の行政刷新会議で「再仕分けは各省が(予算の)要求官庁から査定官庁へ意識を変える重要なステップ」と強調。しかし、仕分け結果の反映を各省に義務付ける仕組みはない。刷新会議の設置根拠も閣議決定のままで、法的に位置づける「政治主導確立法案」は成立の見通しすら立っていないのが実情だ。
 第3弾の後半日程で予算の削減を求めた金額も2100億円超にすぎず、無駄削減の「切り札」としての限界を露呈。仕分け人の枝野幸男・民主党幹事長代理は「(政府内での)認識のズレも含め国民に見てもらい、どちらが正しいか判断してもらう」と公開の意義を強調するが、刷新会議の存在意義も揺らいでいる。
 例えば枝野氏が担当相として主導し、独立行政法人などの事業に切り込んだ今春の第2弾。民主党は昨年の衆院選マニフェスト(政権公約)で「独法の全廃を含め抜本的に見直す」とうたったが、仕分け後に抜本的な改革案は示されないままだ。
 ◇マニフェストの「虚構」を裏付け
 「無駄遣いの根絶や埋蔵金などで16.8兆円の財源を見いだせる」。民主党の鳩山由紀夫代表(当時)は衆院選マニフェストで予算の全面組み替えを宣言した。
 新規施策に必要な財源のうち9.1兆円を無駄削減で捻出するとしたが、仕分けなどを通じて10年度予算で削減できたのは多く見積もっても2.3兆円。第3弾も財源面で「不発」に終わり、民主党のマニフェストが「虚構」のうえに成り立っていたことが裏付けられた。
 菅首相は国会審議などで「マニフェストを最大限実現するよう取り組む」と繰り返し、財源の裏付けがないまま新規施策の「空手形」を切り続けている。政権の求心力が低下する中、予算の全面組み替えを実現する道のりは険しそうだ。

毎日新聞 11月18日(木)23時18分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101118-00000050-maip-pol

 この記事の中にもあるが『民主党のマニフェストが「虚構」のうえに成り立っていたことが裏付けられた。』(上記記事より抜粋)。結局パフォーマンスが過ぎれば、その内側にある真実が見えてしまう。しかし、もともと基本というか中身のない民主党政権においては、「虚構」の上に「事業仕分け」というパフォーマンスをしてきたのであるから、完全な「砂上の楼閣状態」になっていた。
 その「砂上の楼閣」が国民にばれていたが、民主党の人々、枝野幹事長代理や蓮舫行政改革担当大臣などは、自分たちの論拠が砂上の楼閣になってしまっていること、もしくは国民に砂上の楼閣でしかないと知れてしまったことを、まだ気づいていないかのごときふるまいを続けている。
 そのような「砂上の楼閣を豪華に見せるパフォーマンス」を継続しているということは、要するに、根本的なマニフェスト政策を見のあるものにする努力をすでに放棄しているということでもあり、また、国民を騙すということをそのまま継続しているということに他ならない。国民をだます政党が政権をとっていて良いのか。まさに、政治というものや政治権力を自分たちの都合でもてあそんでいる事に他ならない。そもそも、このような批判を受けないようにするのであれば、公約通りに「無駄削減で16.8兆円」を実現すればよいことである。それができないのであれば、それができない理由を、自分たちの政権としての責任として明確に国民に説明し、同時に、その政策的な責任をしっかりと国民に対して負えばよいことである。適当な言い訳をし、適当な状況で、自分たちの都合良くパフォーマンスだけを続けるのであれば、事業仕分けそのものに意味がないし、かえって国民を騙しているという罪だけが残る結果になる。公約を実現できなかった責任をだれが負うのか、そのことを民主党は決めるべきではないのか。
 そもそも、民主党が自分で行った政策を仕分けするのであれば、初めから民主党という政党で調整して、予算編成を行えばよいことである。なぜわざわざ国費を使ってこのようなパフォーマンスをするのであろうか。そのパフォーマンス自体が無駄ではないのか。
 事業仕分けの最大の問題点は、事業仕分けそのものが法的に、そして政府の機能としてオフィシャルな内容ではないこと。事業仕分けで仕分けしていた「重複機能」でしかない。マスコミが注目しているから話題性もあるが、何もなければ、ただ無駄な会合でしかない。だから、事業仕分けの結論そのものが行政において強制力がないただの「諮問機関」でしかな買うなってしまっている。それだけではなく、看板の付け替えなどで事業がそのまま復活しているということになっているのである。これでは何の意味もない。
 要するに、事業仕分けそのものが民主党の中でも政府の中でも「中途半端」な位置づけでしかないということだ。これでは事業仕分けの存在そのものが問題であり無駄である。
 今回の仕分けが終わったのちに、仕分け人といわれる人々が会議を行い、その意義について語り合ったという。しかし、そのような話を、内輪のメンバーでするのではなく、効果が客観的に何があったのかをしっかりと認識すべきではないだろうか。要するに「何もなかった」という空虚なものに、国民が熱狂していた。まさに「民主党バブル」の象徴がこの事業仕分けで出がなかったのか。
 このような「経済」と「政治」のバブルに熱狂していては、経済だけでなく政治の場面でも「失われた10年」となってしまう。そうならないように、しっかりと政治を監視しなければならないのではないか。

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北朝鮮瀬戸際外交と核開発、問われる日本の対応と情報力

北朝鮮瀬戸際外交と核開発、問われる日本の対応と情報力

 北朝鮮情勢がまたあわただしくなってきた。
 この兆候は9月の末くらいからあらわれていたが、ここにきて実証が出てきたこと、そして日本の場合は、アメリカやイギリスが騒ぎ始めたこと。韓国が報道を多く行うようになったことによって、初めてマスコミが大騒ぎするようになる。その日本のマスコミ、およびマスコミに限らず政府も含めての情報の脆弱性は、覆いがたい事実であり、日本の新の弱さではないかと考える。
 9月の末に金正日の実質的な後継者指名が行われた。このことによって、北朝鮮国内の政争は一時収まったかのような形になっている。逆に、北朝鮮とすると、このような後継者が決まった場合などには「花火」を打ち上げる風習がある。金正日総書記が就任した時は大韓航空機爆破事件が発生した。彼らは、新しい指導者が発生した場合には、自由主義国、殊に、現在も「休戦中」となっている韓国に対して、戦時敵対国であるのだから、その国に対して「攻撃」をするということで、「花火」としているかのような部分があるのだ。威示行為という単語が最も良い表現と思うが、そのような内容が行われる。
 その中において、北朝鮮が核の実験を行うというのだ。現在のところ核関連施設、ことに遠心分離機2000機以上を擁し、それをアメリカの原子力の専門家などに公開したというのである。その内容が下記のものである。


北、ウラン濃縮施設公開 中国 調停困難、米朝対話望み

 ■6カ国協議再開へ協力求める
 【北京=伊藤正】北朝鮮が寧辺(ニョンビョン)のウラン濃縮施設を米国の専門家に公開したことについて、中国政府は重大な関心を持ち、その狙いを分析しているとみられる。北朝鮮が3回目の核実験を準備中との情報もあり、中国としては、23日に訪中する米国のボズワース北朝鮮担当特別代表に、米朝対話を強く促し、核問題の6カ国協議再開への協力を求める見通しだ。
 中国では、国営新華社通信の英文記事が21日、米紙報道を紹介する形で、事実を伝えただけで、当局の反応などは出ていない。中国の専門家筋は、北朝鮮がひそかにウラン濃縮技術の開発を進めているとみていたが、今年、北朝鮮の金正日総書記が2回訪中し、「伝統的友好」を確認した中国指導部にとって、困惑する事態にほかならない。
 中国の胡錦濤国家主席は、8月の金総書記との首脳会談で、金氏の三男、正恩(ジョンウン)氏への権力世襲を含め、北朝鮮への支援を表明した。その際、核問題の解決のため、6カ国協議への早期復帰を促し、同意を得たといわれる。北朝鮮の核は、中国の安全保障上も脅威であり、国際社会と協調し、平和的解決を図るのが中国の基本方針だった。
 中国は金総書記の8月訪中に先立ち、武大偉朝鮮半島問題特別代表を関係国に派遣。しかし北朝鮮が望む米朝対話を先行させる協議再開案は、北朝鮮の核放棄意思表明が前提とする米日韓が拒絶、その後の各国との協議も進展が見られていない。
 今回のウラン濃縮施設公開は、北朝鮮の核保有への決意を示したといえ、中国の調停作業はさらに困難になったと外交筋はみる。その一方で、経済困難に陥っている北朝鮮が食糧やエネルギー支援を獲得するための、米朝対話開始に向けた脅迫ではないか、という見方もある。
 朝鮮問題に詳しい中国筋は「中国の北朝鮮への影響力は限定的であり、6カ国協議以外に当面、北朝鮮の暴走を食い止める手段はない。このまま放置すれば、北朝鮮が3回目の核実験を強行する可能性もある」と指摘したが、それは北朝鮮擁護戦略をとる中国の立場でもある。
 ボズワース氏は北京で、中国側に北朝鮮への影響力行使を求めるとの見方がある中、中国では逆に、武大偉特別代表がボズワース氏に対し米朝対話を促すとみられている。北の脅迫戦術にどう対応するか、ボールは米日韓に投げられたというのが中国側の考えだ。

2010年11月23日(火)8時0分配信 産経新聞 
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/sankei-snk20101123093/1.htm


ウラン濃縮施設公開 北“瀬戸際外交” 経済破綻…「焦り」の証明

 【ソウル=加藤達也】北朝鮮が米国の核専門家に大規模ウラン濃縮施設を公開し、新たな“核カード”を切った。中国との経済関係の強化を軸に「開放」に力を入れているかに見えた北朝鮮だが、実際には統制強化に逆戻りしているとも伝えられる。背景には、権力の3代世襲を祝う一大イベントの年である2012年を目前に、破綻(はたん)した経済を何とか立て直そうと躍起になる北朝鮮指導部の焦りが垣間見える。
 韓国の李明博(イミョンバク)大統領は22日、北朝鮮のウラン濃縮施設について、「高濃縮ウランはプルトニウムよりも破壊力のある核兵器を造ることができる」と強い懸念を表明した。公明党の山口那津男代表との会談で明らかにした。韓国ではこうした懸念とともに、北朝鮮の一貫性のない政策へのとまどいも広がっている。
 北朝鮮は、金日成生誕100周年と金正日総書記生誕70周年が重なる12年を「強盛大国の大門を開く年」として極めて重視し、それまでの経済再建を最優先課題に掲げている。参考の一つにしているとみられるのが中国の改革開放政策だ。8月下旬、中国東北部を訪問した金総書記は「東北地域との交流や協力を強化し、中国のやり方や経験を真剣に研究しなければならない」と指示。9月には北朝鮮の経済特区、羅先市を加工基地として開発する計画を公表し、「開放」への道筋を強調している。
 しかしその一方で、経済と市民生活の統制を強化しているとの情報が今月に入り明らかになった。「人民経済計画法」などの法律を改正したほか、平壌市民に市民証の常時携帯を義務づけ、同市への出入りの監視を強化しているという。
 そして今回、北朝鮮が取ったのは、これまで何度も繰り返してきた核の“瀬戸際外交”である。米国との直接対話再開を求めるのが狙いとみられるが、そのことは経済の破綻状態から脱却するめどが立っていない苦境を浮き彫りにしている。経済発展がなければ後継体制の安泰も望めない。開放、統制、瀬戸際戦術-。北朝鮮の一連の政策は焦りの証明ともいえそうだ。

2010年11月23日(火)8時0分配信 産経新聞 
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/sankei-snk20101123091/1.htm

 北朝鮮に関する情報は意外と多くの場所にある。日本は「スパイ王国」といわれる。注意していれば、というよりもスパイと同等の興味と情報の分析能力を持ち合わせれば、日本において世界中の情報が手に配する可能性があるということを意味している。スパイ王国はスパイにだけ情報を流すわけではなく、一般に情報が流されているといえる。情報を精査し、そしてその情報を分析する力さえあれば、日本人であってもスパイ以上の情報を得ることができるはずだ。
 しかし、上記のように日本では「ウラ」をとらないと話をしないような状況になってしまっている。しかし、スパイは情報源という人に帰属して情報を精査している。その裏などという証拠を求めたりしない。問題はその情報の信憑性であるが、そこは信用以外には何もあるまい。信用しかない人に帰属した情報を「不確定情報」という。
 さて、不確定情報で言えば、今回の北朝鮮の核に関する情報は9月末には入っていた。そして核の実験の準備中であるということは、私のところに10月22日の段階でもたらさえれていた。この情報は、中国経由で日本にもたらされたものであり、10月末の段階では、誰も北朝鮮の核に関する話をしている人は日本にはいなかった。その約1ヶ月後、上記のような報道がされていた。この1カ月のタイムラグが、北朝鮮やアメリカ、中国など6カ国協議に参加した国々をはじめとした、世界の各国に残した影響は非常に大きい。
 北朝鮮の核の精製能力は年内要するに2カ月弱で核ミサイルを2機作れるだけの能力を有している。もちろん、ミサイルにするためには、核弾頭部分だけではなく、ミサイルそのものの部分とまた核弾頭部分でもしっかりと起爆するだけの技術力がなければならない。逆にそれだけの技術力があったら、日本はその国土全土が北朝鮮の核の被害を被るおそれにおびえなければならない。この1カ月(もちろんそれまでの期間もあるが)の空費は、それだけ日本人の安全に関数る状況を悪化させた内容ではないかと考えられる。ましてや、それを護る自衛隊を「暴力装置」などと言っている官房長官がいるようでは、とても日本を核の脅威から守ることはできないであろう。
 日本の情報の弱体化は軍隊の解散など軍事情報の拒否から始まっている。憲法9条に触れないはずの情報に関する内容くらいは、日本でしっかりと確立すべきではないだろうか。今後の北朝鮮の核に関する情報は、予断を許さない状態である。

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北朝鮮が韓国の『陸上』に砲撃、朝鮮戦争以来初の異常事態

北朝鮮が韓国の『陸上』に砲撃、朝鮮戦争以来初の異常事態

 北朝鮮の周囲が騒がしくなっている。
 昨日23日午後、ヨンピョン島付近での韓国軍の演習に対して、島の陸上部の住民の居住区を砲撃したのである。いままでも、ミサイルの実験や演習も数多くあったし、同時に、韓国軍に対する攻撃というものは非常に多くあった。とくに、38度線西側の海域では、今年3月の哨戒艦天安の爆沈事件をはじめとして、軍艦や軍隊同士の戦闘はあったものの、諸島部とはいえ一般国民に対するあるいは町に対する攻撃が行われたのは初めてのことである。
 さて、この目的であるが、いくつか言われている。六カ国協議にアメリカを出したいなどの話であるが、それにしても一般の区民に被害者(3名負傷)を出した以上、アメリカは、なかなかその要求に応じられないであろう。しかし、一方でアメリカは新たな朝鮮戦争を起こすことには非常に慎重である。一つには、朝鮮戦争による被害の拡大と、米中の直接戦争への発展ということ、それだけでなく、台湾問題やフィリピン問題など、中国と太平洋の間にある列島線に関する中国の派遣ということに関して、米中間ではかなり多くの懸案が横たわっている。そのために、朝鮮半島の問題だけで短絡的に戦争を起こすことはアメリカは選択肢にはない。そのために、アメリカは六カ国協議に出ないということしか選択肢がない。北朝鮮はアメリカが戦争をしないということ、韓国も戦争をしないということに自信を持って、より一層の過激な軍事的な挑発行為を行うことになる。
 要するに「チキンレース」である。北朝鮮は何もしないと思ってどんどんと過激な挑発を行い、一方で、アメリカと韓国はどこまで国内世論の爆発を抑えて、我慢をできるかということである。その動きは中国の説得と判断に任されているということも大きな内容である。
 そのような挑発行為の内容と各国の対応が下記の記事である。


北砲撃による韓国兵死亡者2人に、16人が重軽傷

【ソウル23日聯合ニュース】北朝鮮による黄海上の北方限界線(NLL)に近い仁川・延坪島一帯に向けた砲撃で、韓国軍兵士の死亡者は2人となった。 
 海兵隊関係者によると、当初は重傷4人、軽傷10人と伝えられていた。病院に搬送中、重傷者4人のうち2人が死亡した。現在、兵士16人が重軽傷の状態だという。

2010年11月23日(火)18時4分配信 聯合ニュース 
http://news.nifty.com/cs/world/koreadetail/yonhap-20101123-77190/1.htm

北砲撃に青瓦台が声明「追加挑発に断固対応」

【ソウル23日聯合ニュース】青瓦台(大統領府)の洪相杓(ホン・サンピョ)弘報(公報)首席秘書官は23日、北朝鮮による黄海上の軍事境界線と位置付けられる北方限界線(NLL)に近い仁川・延坪島付近に向けた砲撃に対し、声明を発表。「わが軍はこうした挑発に交戦守則に基づき即刻対応した。追加挑発時には断固対応する」と述べた。
 李明博(イ・ミョンバク)大統領が主宰した外交安保閣僚会議の終了後、公式発表を行った。北朝鮮の延坪島砲撃は「韓国に対する明白な武力挑発」だと強く非難し、民間人にも無差別な砲撃を加えたことは許し難い行為だと強調した。
 北朝鮮側の被害状況については未確認だとした。北朝鮮当局は今回の事態について、相応の責任を取るべきだと述べた。

2010年11月23日(火)18時4分配信 聯合ニュース 
http://news.nifty.com/cs/world/koreadetail/yonhap-20101123-77189/1.htm

北朝鮮軍最高司令部「南が侵犯すれば軍事的打撃継続」

【ソウル23日聯合ニュース】北朝鮮の朝鮮人民軍最高司令部は23日午後7時に「報道」を発表し、「われわれ革命武力は南朝鮮(韓国)のかいらいが祖国の領海を0.001ミリでも侵犯すれば、ためらうことなく無慈悲な軍事的対応打撃を継続する」と述べた。朝鮮中央通信が平壌発で報じた。
 北朝鮮は同日、黄海上の北方限界線(NLL)に近い韓国の延坪島一帯に向け砲撃を加えたことについて、韓国側がまず軍事的挑発を行ったため、軍事的対応措置を取ったものだと主張した。韓国は北朝鮮側の度重なる警告にもかかわらず、23日午後1時から延坪島一帯の北朝鮮側領海に砲撃を加える軍事的挑発を強行したと非難。北朝鮮はそうした挑発に、強力な物理的打撃で対応する、断固とした軍事的措置を取ったと述べ、責任を韓国側に転嫁した。

2010年11月23日(火)19時5分配信 聯合ニュース 
http://news.nifty.com/cs/world/koreadetail/yonhap-20101123-77195/1.htm

北朝鮮の韓国砲撃、ホワイトハウスが非難声明

【ワシントン23日聯合ニュース】米ホワイトハウスは23日、北朝鮮が黄海上の軍事境界線と位置付けられる北方限界線(NLL)に近い仁川・延坪島に海岸砲を発射したことに対し、「強く糾弾する」との声明を発表した。
 ギブス報道官は声明を通じ、北朝鮮の砲撃行為を強く非難し、好戦的行動を中断するよう求めた。米国は韓国の安保と地域の平和・安定を維持することに確固たる立場を堅持しているとし、今回の事態と関連し、韓国政府と持続かつ緊密に連携していると明らかにした。

2010年11月23日(火)19時4分配信 聯合ニュース 
http://news.nifty.com/cs/world/koreadetail/yonhap-20101123-77196/1.htm

 北朝鮮からすれば、中国の軍事力を背景にした挑発行為以外にはない。イランやイラクのように独立の国家で中国のような後ろ盾がなければ、とっくに朝鮮半島の問題は解決しているであろう。
 一方、中国は、この問題に関しては天安爆沈事件と同様に慎重な姿勢を崩していない。国連はすぐに非難決議を出している。しかし、今の日本の民主党が外交の基軸としている国連も、このような状況においては非難決議以外の有効な方策がない。結局「会議で軍事力を統制することはできない」し、「言論で相手の国の軍事行為を止めることはできない」のである。憲法9条があるからと言って、北朝鮮の武力行為がおさまるものではないのだ。
 この問題において、日本の情報の脆弱性に関しては、明日、北朝鮮の核開発の内容から見てみたいと思う。逆に、核ミサイルが飛んでくる事は、よほどのことがない限り、北朝鮮といえども正当化することができないのであるから、気軽に核攻撃を行えるものではない。武力紛争の多くは、今回のような通常兵器による攻撃であるといえる。しかし、これに対して、現在韓国に滞在している日本人は約三万人、観光客も約三万人で、日本人だけでも朝鮮有事の際は、六万人の避難を行わなければならない。これに対して、日本政府は、少なくとも私の取材において、何の対応もしていないことをあらかにしている。これでは、日本政府は、危険な国に対して日本人の保護もできないということになるのではないだろうか。それで政府と言えるのか。
 六カ国協議のうちで、冷静に状況を判断できるのはロシアと日本だ。本来は日本は指導的な立場を行わなければならない。ましてや、韓国の一般国民の被害が出ているとなれば、忌忌しき事態だ。このようなときに、何もできないのでは、日本政府は何の役割も期待できないのではないか。
 朝鮮半島は、このままの状況ではいつ戦争になってもおかしくない状態にある。その戦争は直接には北朝鮮と韓国、そしてその二つの国に大きな影響を与えているアメリカと中国によって行われるであろう。しかし、日本も完全な無関係ではない。日本がどのような対応をとるのか。韓国やアメリカと、中国とどのような連携をとるのか。日本も、対応が迫られる事態になっている。

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事前説明も事前調整もない、柳田法務大臣の辞任

事前説明も事前調整もない、柳田法務大臣の辞任

 柳田法務大臣が辞任した。鳩山内閣以降民主党内閣において、「失言」によって大臣の辞任に追い込まれたのはこれが初めてだ。それにしてもお粗末だ。
 柳田法務大臣のことはここでこれ以上書くことはしないでおく。すでにブログで書いているからだ。実際に、このような問題は過去の自民党政権でもあった。記憶に新しいところでは柳沢大臣の「産む機械」発言や、赤城大臣の問題などがあった。野党は、これらの「失言」問題に関して、基本的には、優先される法案の審議を条件に、第zんの辞任を受け入れるという感じだ。失言した大臣をスケープゴートに、重要法案の審議を行うといった感じであった。その都度、議事運営委員会や国会対策担当者会議、要するに与野党協議会が開かれ、そのような取引がされていた。自民党政権においては、そのようにして重要法案の審議に応じない野党と折衝してきていた。少なくとも安倍政権以降の「ねじれ国会」では、そのような与野党協議会の回数は非常に頻繁に行われていた。
 このような内容は、政権政党であるとはいえ独裁を信任されているというのではないということを、当時の与党自民党は認識していたということになる。だから、野党に対して配慮し、そして、野党との国会審議を重視してきていた。それだけに、鳩山政権下の審議時間3時間とか、質問中の採決など、国会の審議を軽視した内容は少なかった。逆にそれだけに「自民党は左傾化して国会の調整をした」というような批判を受けるようになってきた。
 そのようなことはおいて、今回の柳田法務大臣の辞任に関するドタバタ「喜劇」を、報道記事で見てみよう。


柳田法相、事実上更迭「その場で辞表を書いた」

 柳田稔法相(56)は22日朝、首相官邸で菅首相と約20分間会談し、自らの「国会軽視」と取れる発言の責任を取って辞表を提出、受理された。
 首相が柳田氏を首相官邸に呼び、国会審議を優先する考えを伝えたもので、事実上の更迭といえる。自民党は22日中に法相の問責決議案を参院に提出する構えを見せていた。9月に発足した菅改造内閣での閣僚辞任は初めて。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などへの対応で内閣支持率が落ち込む中、菅政権にとっては大きな打撃となる。野党は首相の任命責任の追及に加え、仙谷官房長官や馬淵国土交通相らの問責決議案を提出する構えを崩しておらず、首相は一段と厳しい政権運営を強いられる。
 政府は22日午前の持ち回り閣議で柳田氏の辞任を決めた。後任の法相は、仙谷官房長官が当面兼務する。
 仙谷氏は記者会見で、首相が柳田氏に「2010年度補正予算案の議決をお願いしないと国民生活に大きな影響が及ぶ。一日も早く補正が執行できる環境をつくることを真剣に考えないといけない」と述べたことを明らかにした。
 柳田氏は午前10時過ぎから法務省内で記者会見し、「私の不用意な発言がいろいろな所に影響し、補正予算案(成立)に障害になってきたことを考え、身を引かせていただいた」と述べ、首相と会った際、その場で辞表を書いたと説明した。
 首相らは当初、柳田氏を続投させる方針を示していた。だが、野党側は柳田氏の辞任、罷免を強く要求し、自民党は応じなければ問責決議案を提出する方針を決定。野党が過半数を上回る参院で問責決議案が可決されるのは確実で、補正予算案の成立をはじめとする国会運営への影響を避けるには、柳田氏の辞任で事態を収拾するしかないとの判断に至った。
 政府・与党は12月3日までの今国会会期内での補正予算案と関連法案などの成立に全力を挙げる方針だ。民主党の鉢呂吉雄国会対策委員長は22日午前、都内で自民党の逢沢一郎国対委員長らと会談し、法相の辞任を伝え、補正予算案の早期成立への協力を求めた。
 自民党は柳田氏の辞任を受け、22日に予定していた参院への柳田氏の問責決議案、衆院への不信任決議案の提出をそれぞれ見送る見通しだ。ただ、仙谷、馬淵両氏らへの問責決議案の提出を引き続き検討するなど、対決姿勢を強める方針だ。

2010年11月22日(月)12時28分配信 読売新聞 
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20101122-00190/1.htm


柳田法相問題で野党、首相の任命責任追及へ

 野党は、柳田法相の更迭を受け、菅首相の任命責任追及などで引き続き政府・与党を揺さぶる構えだ。
 自民党は参院で仙谷官房長官や馬淵国土交通相の問責決議案提出も検討している。ただ、公明党には仙谷氏らに対する問責提出に消極論もあり、自民党は時期などを慎重に判断する方針だ。
 自民党は22日昼、谷垣総裁ら党幹部が国会内で今後の対応などを協議した。石原幹事長は協議に先立ち、国会内で記者団に「(柳田氏の)辞任は当然だ。任命したのは誰か。菅首相だ」と述べ、首相に任命責任があると批判した。仙谷氏らへの問責決議案については「私たちの態度を明確にする意味がある」として、提出に改めて意欲を示した。
 自民党の逢沢一郎国会対策委員長は22日午前、柳田氏の更迭を受け、民主党の鉢呂吉雄国対委員長と都内で会談し、〈1〉中国漁船衝突事件の流出映像の国会提出〈2〉小沢一郎民主党元代表の証人喚問〈3〉政治的発言をする部外者を自衛隊関連行事に呼ばないよう求めた防衛次官通達の撤回――を改めて求めた。

読売新聞 11月22日(月)16時49分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101122-00000790-yom-pol

 自民党が保守政権であるとして(その内容自体に反論があることは承知している)、多数決における少数意見の尊重を行うとなれば、保守と反対側の意見、要するに革新系の意見や左翼系の意見を受け入れて法案を修正するという内容が必要になってきていた。その調整の方法が、次々と左傾化して、なおかつ、安易に妥協しその軸がぶれてしまってきていた。そのために、自民党自体が、保守系ではないかのような政党になってきてしまっていたのではないか。
 そのような、自民党の評価は別にし、また、現在の民主党政権の評価は別にして、過去の自民党の「与野党協議を頻繁に行った」ということが今回の中心だ。民主党は、小沢代表時代に「ねじれ国会」を経験した。その時に、参議院で野党側が過半数をとっていることによって、法案の審議などに野党である民主党の合意がなければ何も決まらないということを態度で示してきた。与野党協議なども拒否し、日銀総裁が欠員になるという異常事態を出し、国際的に恥をかきながらも、政局に終始して国会同意人事に反対するなど、国民から見ても異常な反対が多かった。その時の成功体験が、現在の民主党にとっての「逆ねじれ国会」において、「与野党協議に応じないであろう」という話になるのだ。
 ましてや、民主党政権の初めは70%を超える支持率で、何をしても騒がれていた「お祭り」雰囲気であり、野党との調整はおろか、国会審議を中心に何もしない状況があった。補正予算の執行中止や事業仕分けなど、国会の審議を経ないでそれまでの仕組みを変えている状況が非常に多くあったのだ。そのために、ろくに「国会審議」も「与野党調整」もなく、独裁者のごとく「好き勝手になんでも行うことができる」というような感じを民主党は持っていたに違いない。逆に言えば、それができないから、今回の内容も、また先日の枝野幹事長代理の「うかつ発言」にも出てくるような内容になているのではないか。
 柳田法務大臣の「辞任」はいつでもできることだ。自民党は、与野党協議の受け入れを考え、わざと土日を開けて月曜日の問責決議案の提出を表明していた。
 しかし、民主党はそれどころではない。そもそも大臣の「失言引責辞任」は初めてであるし、辞任させた後の公認も適任者がいない。また、この問題で引責辞任をしてしまえば、閣僚の自由な発言もできなくなるし、そもそも馬渕国交大臣や仙谷官房長官の問責決議案も駆け引き材料になってしまう。また、「党内野党」の小沢・鳩山連合も気になるところだ。この状況では「与野党調整」どころではない。そもそも「与野党調整の前に、党内野党の調整」が必要であるし、そもそも「辞任しないとした柳田氏をどのように説得するか」が問題となっている。民主党の菅政権執行部では、「ねじれ国会」を意識した現実派と、いまだに政権独裁幻想派との間で意見が割れていた。
 このことによって、上記の記事のように、法務大臣辞任は事前に調整されたものではなく、その場で辞表を書いたという内容であり、また、事前の調整もないので、仙谷官房長官などの問責もすぐに話題に上がるようになった。
 要するに「今まで国会を軽視した民主党」のそのものの内容であり、同時に、政治主導の破たんでもあったといえる。また、民主党が野党時代に、どれほど国政を混乱させたかということが、自分で自分の首を絞めた形になったのである。
 野党は、ここでしっかりと攻めきれなければ、国民の信を失うであろう。そうならないように、しっかりとした国会対応が与野党ともに求められる事態になった。

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マスコミ批判に対する一考(20) 社会主義的言論統制に抗議の意思なし

マスコミ批判に対する一考(20) 社会主義的言論統制に抗議の意思なし

 マスコミの主たる仕事は何であろうか。
 色々な役目があると思うが、本質的に、言論をして真実を報道するところであろう。最近になって(最近でもないが)「言論」という部分が映像や電波・ネット動画・音声と媒体は変わったが、その本質は変わらないのではないか。そしてこの本質は、「政治部」「経済部」「社会部」「スポーツ」も全てにおいて共通である。
 その「事実の報道」にプラスして「評価」「評論」を行うために、その中において変更や印象の捜査ということが出てくる。マスコミの批判ということは、この「評価」「評論」が恣意的に変えることが原因となっている。ことに、日本語は同じ現象であっても、表現の一つで印象が大きく変わる。たとえば、野球の試合で負けたチームがあるとする。「惨敗」と書くのと「惜敗」と書くのでは、まったく印象が違う。この印象の違いが「偏向」といわれる内容の根源となっている。逆に言えば、「評論」「評価」ではなく、「事実」の報道は、誰も批判しているものではない。
 ということは、当然に、「事実を言うこと」と、「評論」「評価」に関して正当で公平な内容を行うことは、マスコミの重要な内容である。その件に関しては、当然に憲法で言論の自由が保障されており、政治的な内容でも何でも言論の自由が保障されている。当然に政治権力といえども、それを制限することはできない。
 しかし、その制限を行う動きが出てきている。


「政治的発言する人、行事に招くな」防衛省、幹部に通達

 防衛省が中江公人事務次官名で、政治的な発言をする団体に防衛省や自衛隊がかかわる行事への参加を控えてもらうよう指示する通達を、同省幹部や陸海空の幕僚長に出していたことがわかった。
 通達は10日付。「隊員の政治的中立性の確保について」と題し、同省や自衛隊が主催したり、関連施設で行われたりする行事に部外の団体が参加する場合(1)政治的行為をしているとの誤解を招くようなことを行わないよう要請する(2)誤解を招く恐れがあるときは、団体の参加を控えてもらう――の2点を指示している。
 きっかけとなったのは、今月3日に埼玉県狭山市の航空自衛隊入間基地で行われた航空祭。同基地を支援する民間団体「入間航友会」の会長が式典で、尖閣諸島沖での中国漁船の衝突事件の対応を取り上げ「一刻も早く菅内閣をぶっつぶして」「民主党政権では国が持たない」とあいさつした。これに民主党議員の一部が強く反発したため、防衛省の政務三役が通達を出すよう指示したという。

朝日新聞2010年11月17日11時36分
http://www.asahi.com/politics/update/1117/TKY201011170152.html


仙谷氏「暴力装置」発言 謝罪・撤回したものの…社会主義夢見た過去

 仙谷由人官房長官は18日の参院予算委員会で、自衛隊を「暴力装置」と表現した。直後に撤回し「実力組織」と言い換えた上で「法律上の用語としては不適当だった。自衛隊の皆さんには謝罪する」と陳謝した。菅直人首相も午後の参院予算委で「自衛隊の皆さんのプライドを傷つけることになり、おわびする」と述べた。首相は18日夜、仙谷氏を執務室に呼び「今後、気を付けるように」と強く注意した。特異な言葉がとっさに飛び出す背景には、かつて学生運動に身を投じた仙谷氏独特の思想・信条があり、民主党政権の自衛隊観を反映したともいえそうだ。(阿比留瑠比)
 「昔の左翼時代のDNAが、図らずも明らかになっちゃった」
 みんなの党の渡辺喜美代表は18日、仙谷氏の発言について端的に指摘した。
 「暴力装置」はもともとドイツの社会学者のマックス・ウェーバーが警察や軍隊を指して用い「政治は暴力装置を独占する権力」などと表現した言葉だ。それをロシアの革命家、レーニンが「国家権力の本質は暴力装置」などと、暴力革命の理論付けに使用したため、全共闘運動華やかなりしころには、主に左翼用語として流通した。
 現在では、自衛隊を「暴力装置」といわれると違和感がある。だが、旧社会党出身で、東大時代は日韓基本条約反対デモに参加し、「フロント」と呼ばれる社会主義学生運動組織で活動していた仙谷氏にとっては、なじみ深い言葉なのだろう。
 国会議事録で「暴力装置」との表現を探しても、「青春をかけて闘った学生を、自らの手で国家権力の暴力装置に委ね…」(昭和44年の衆院法務委員会、社会党の猪俣浩三氏)、「権力の暴力装置ともいうべき警察」(48年の衆院法務委、共産党の正森成二氏)-などと主に革新勢力が使用していた。
 18日の国会での反応をみても、自民党の丸川珠代参院議員は「自衛隊の方々に失礼極まりない」と批判したが、共産党の穀田恵二国対委員長は「いわば学術用語として、そういうこと(暴力装置との表現)は当然あったんでしょう」と理解を示した。
 民主党の岡田克也幹事長は「人間誰でも言い間違いはある。本来、実力組織というべきだったかもしれない」と言葉少なに語った。
 仙谷氏は著書の中で、「若かりし頃(ころ)、社会主義を夢見た」と明かし、その理由としてこう書いている。
 「社会主義社会には個人の完全な自由がもたらされ、その能力は全面的に開花し、正義が完全に貫徹しているというア・プリオリな思いからであった」
 仙谷氏は後に現実主義に「転向」し、今では「全共闘のときの麗しい『連帯を求めて孤立を恐れず』を政治の場でやるとすってんてんの少数派になる。政治をやる以上は多数派形成をやる」(7月7日の講演)と述べている。とはいえ、なかなか若いころの思考形態から抜け出せないようだ。
 「ちょっと言葉が走った。ウェーバーを読み直し、改めて勉強したい」
 18日午後の記者会見で、仙谷氏はいつになく謙虚にこう語った。
 (注)「ア・プリオリ」は「先験的」の意味

産経新聞 11月18日(木)22時43分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101118-00000660-san-pol

 一つは、自衛隊の内部とはいえ政治権力が言論の自由を制限するものである。二つ目は、社会主義思想的に、自衛隊を「暴力装置」というものである。そもそも自衛隊が「合憲か違憲か」ということで、大きな問題になる。ここでは、敢えてその発言の問題は記載しない。というよりも、マスコミの批判として、必要な部分で触れることにする。
 さて、マスコミは、今の民主党政権寄りの偏向しているという論調が多くあるが、今回の自衛隊に関する二つの発言ままさにその真骨頂ではないだろうか。
 まず、マスコミが自分の生命線である「言論の自由」を制限する内容を報道しない、もしくは攻撃しない。マスコミは「柳田法務大臣」の箸にも棒にも引っかからない発言ばかりで、民主党政権の危険性の最も重要な部分をまったく取り上げない。そしてその取り上げないということがまさに大きな問題だ。それも、その本質は「マスコミの命」とも言える言論の自由に関することであるし、もうひとつは、戦後65年というか、自衛隊という防衛力が「憲法違反なのか」という問題である。当然に仙谷官房長官が「自衛隊は違憲である」といえば、政権への信用失墜は大きなものになるであろうし、民主党が擁立してきた自衛隊出身者をどのように解釈するのか、民主党自身が苦境に立たされることになるであろう。一方、合憲とすれば、民主党を支持している極左勢力、たとえば、話題になった「革マル派」や「社会主義青年同盟」などはどのように反応するのか。それでも民主党政権を支持するのかは、外野として見ものだ。
 これらの発言の問題の所在は、記載したように憲法にかかわる問題だ。自衛隊の存在と言論の自由の問題だ。これについて「事実」要するに、仙谷官房長官がこのような発言をしたということは当然に報道された。上記のようなものだ。しかし、「評価」「評論」が記載されていないことに気づくであろうか。本来であれば、言論の自由の制限はマスコミの死活問題であり、全ての言論人(一応私も含まれると思うが)の、そして国民の知る権利の問題だ。それを看過するようでは「ジャーナリズムの監視能力」などということは二度といわないことだ。
 第二に憲法問題となる自衛隊の存在。そもそも仙谷をはじめとする旧日本社会党が今まで自衛隊に何を言ってきたのか。その象徴性として「暴力装置」という単語は、今政権で使って許されるのか。そして、その社会党出身の仙谷が「合憲」というのであれば、今こそ憲法改正の契機ではないのか。政権に就くものが、憲法をそのままにしながら、自衛隊を批判するというのはいかにも不自然だ。
 野党各党は、柳田法務大臣の発言も重要であるが、この仙石官房長官の発言をよりいっそう重視し、そして、国会とマスコミの間で大きくキャンペーンを張らなければならない、そのことができないのであれば、民主党政権が終焉を見ても、次の政権の担い手がいないということになる。マスコミは、そのことをしっかりと報道しても良い。いずれにせよ、上記の記事くらいで放置することが信じられない。
 これら発言の一つ一つが、日本の根幹にかかわる問題であり、一つ間違えば、政治権力がわれわれ一人一人の発言を制限するような話になりかねない。テレビも、「政治的な発言をする」として、電波を強制されたり、政治やニュース番組をなくされてしまうのではないか。まさに北朝鮮と同じような状況になってしまう。これを報道しないということは、北朝鮮のような情報の統制された国を理想としているといわれても仕方がないことである。
 マスコミ批判、これははすなわち国民の知る権利の完遂であり、同時に、政治システムの正常な監視システムとしての報道の在り方を考えることである。批判が当たらない部分もあると思うが、このように、マスコミ全てが態度を改めなければならないこともあるのではないか。

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インターネット環境と政治と選挙(3) 次は、選挙について考える

インターネット環境と政治と選挙(3) 次は、選挙について考える
<メルマガより一部抜粋>

 (1)ではインターネットに関して、私なりにまとめてみた。基本的に2週間たって、様々な方と話をしたが、彼らにおいても、同じような認識であった。というよりは、インターネットをしている方々は、明確なインターネットの特徴を、言葉にして持っていなかったというべきなのかもしない。これは、ネットユーザーをバカにしているのではなくて、ネットというものが彼らにとってあまりにも身近にあるものであるから、その特徴に関して、客観的に分析できていないということではないだろうか。水や空気、住居と同じで、毎日利用しそして慣れ親しんでいるものに関して、その特徴を、使っていない人に言葉で(図や写真や体験というツールを使わずに)説明するというのは、非常に難しいことなのかもしれない。それだけに、彼らが、それらを私がこのメルマガで行ったように、客観的に言葉で示すのは、かえって難しいことなのかもしれないと思う。
  (2)では、政治に関して私なりにまとめてみた。なお、この(2)はかなり私なりに手抜きをしており「今の論点ハンドブック」という書籍のまえがきを利用させてもらった。とはいえ、「今の論点ハンドブック」そのものも私が書いている本なので(さりげなく宣伝している)誰かの著作権を侵害したというものではない。基本的には、私の頭の中にある政治のイメージを、以前本でまとめたものを参考にして記載したのである。ただし、時代に合わせた部分や、現在の内容、そしてインターネット環境に関する文章において、その内容をしっかりと偏向している。私の政治に対する嗜好は、やはり、まず政治を昔に戻して、考えるということであり、そもそも「政治」が「まつりごと」といわれる歴史がある。ヨーロッパでも「ポリス」として認識していたようだ。その内容から、万国共通で、政治に関しては「神事」として認識されていたようである。「神事」であるから、政治家に対しては「公人」ということ以上に清廉潔白さや聖人君主を求める部分もある。同じ公人(プライベートが狭くしか認められない人)であっても、芸能人やタレントなどと異なって、より一層清潔さを求められるようになる。政治という人々をある方向に導き、そして、指導するには、「人々:民衆」という集団よりも超越している必要があるのではないか。単なる人気商売とは異なる。それが政治家であると考えられる。
  では、今回はもうひとつ、この文章の論文である「選挙」について考えてみたい。なお、相変わらず、この文章は私個人の意見であり、反論や、ご意見はあると思うので、それはいつでもお話しいただければ幸いである。ここに記載している内容が全てでも、政界でもないと考えられる。それだけに、皆さんのご意見は非常に重要であると思う。

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祝 ウィリアムイギリス王子が婚約

祝 ウィリアムイギリス王子が婚約

 昨日は「不倫」に関する内容を記載した。とくにタイの不倫に関して、その過激な対処方法はなかなか大変なものである。
 俗説にすぎないが「女性は南方の女性の方が情が深い」という。俗説なのでなんとも言いようはないが、なんとなくそのようなエピソードは多いような気がする。私個人の推測にすぎないが、南方は家がなくても何とか過ごせる(なくても良いというのではない)ので、男性も夜な夜な外に出ることが多いのではないか。雪国とかだと、気軽に外に出てしまうということもないし、よって道端で寝ていればそのまま凍死してしまうのであるから、うかうかと酒に酔うこともできない。当然に、男性が夜にいなくなる確率は南方の方が高くなるのだから、女性は情が深くなり、また同時に激しくたくましくなってゆくのかもしれない。まあ、推測であるから何とも言えないし、個人差も当然にあるだろうから一概にそうだということもない。
 さて、不倫というと、今一つ良いイメージはない。そもそも「不倫」とは「倫(みち)ならぬ恋」から発生した用語で、昭和に作られた造語である。以前ラジオで聞いたのであるが、「不倫の歌」として有名な「恋に落ちて」という歌がある。私は昭和の名曲の一つであり、時代を反映する歌の一つであると思うが、その作詞をした湯川れい子さんが、ラジオで「歌詞の中で『♪ダイヤル、回して、手を止めた』と、手を止めているのだから、あれは不倫の歌ではなく、不倫を思いとどまった女性の歌だ」と言っている。そのような微妙な心理状態がうまく表現されているだけに、時代を表現されたのではないか。
 逆に、時代を表現した歌ということで言えば、「不倫」というものそのものが言われるようになったことそのものが時代であろう。女性の社会進出や貞操観念の変化ということは、それの善し悪しは別にし、そのよううに時代が変化していることは事実だ。逆に「不倫」ではなく「男の甲斐性」というような表現をされていた時代もあった。男女同権などから、そのような関係も男女同権的な表現に変わったという意味では、時代なのかなと思う。
 「男女関係で開かれた」といえばイギリス王室の婚約も、違う意味で「開かれた王室」になったのではないか。不倫の後ろに、英国王室の内容では「不謹慎」という意識もあるが、「時代の流れ」ということで言えば、やはり一つの大きな事件と思うので、不倫と関係なく、もう少し気がきいた言い方をすれば不倫などとは縁がないように願いを込めて、イギリス王室の話をしてみたい。その記事は下記のものである。


ウィリアム英王子が婚約、ダイアナ元妃の指輪をミドルトンさんへ

 ロンドン(CNN) ウィリアム英王子(28)は16日、婚約を発表したケイト・ミドルトンさん(28)とともに記者会見し、母である故ダイアナ元妃の指輪をミドルトンさんに贈ったことなどを明らかにした。
 大きなサファイアの周りをダイヤモンドで飾った指輪で、先月ケニアでプロポーズした際に渡したという。ウィリアム王子は「母の婚約指輪はもちろん私にとって特別な物で、ケイトは私の特別な人。その2つを一緒にするのは自然なことだった」と話した。
 この指輪が最後に人々の目に触れたのは、チャールズ皇太子とダイアナ元妃の離婚会見の場だったとされる。ウィリアム王子は一方で、ケイトさんが元妃をまねる必要はないと強調した。2人は会見中、互いをからかって笑わせるなど、終始くつろいだ楽しげな表情だった。
 チャールズ皇太子は、2人が長い交際の末婚約に至ったことを「とてもうれしく思う」と述べた。ケイトさんの両親も「2人は素晴らしいカップルで、一緒にいてとても楽しい」「ウィリアム王子のことはよく存じている。大変素晴らしい方だと好意を持っている」と語った。
 ウィリアム王子に婚約を促したともいわれるエリザベス女王とフィリップ殿下はバッキンガム宮殿を通し、「大変喜んでいる」とコメント。ウィリアム王子の弟ヘンリー王子は「義姉ができるのがうれしい」と話した。キャメロン英首相は「国民がそろって祝うことのできる良い知らせだ」と歓迎し、ウィリアム王子に早速祝意を伝えたことを明らかにした。
 ウィリアム王子とケイトさんは2002年に大学で知り合い、翌年から交際。07年4月にいったん破局が伝えられたが、その後も数回、2人で公の場に現れ、同年末までに交際を再開した。12年に予定されるロンドン五輪やエリザベス女王の即位60周年を前に、11年7~8月ごろ結婚式を挙げるとみられる

CNN.co.jp 11月17日(水)10時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101117-00000001-cnn-int

 日本でも、「平民」から皇室に入られた方がいる。現在の皇后美智子皇后陛下である。美智子皇后陛下に関しては言うまでもないが、一応ここに簡単に振り返ってみたい。
 美智子皇后陛下は1957年(昭和32年)聖心女子大学文学部外国語外国文学科(英文学)を首席で卒業。在学中はプレジデント(全学自治会会長)としても活動していた。同年8月、軽井沢会テニスコートで開催されたテニスのトーナメント大会にて当時皇太子だった明仁親王と出会う。「テニスコートの出会い」として知られる。その後もテニスを通して交際を深めたといわれる。1958年(昭和33年)、ベルギーにて開催された「聖心世界同窓会」第1回世界会議の日本代表として出席し、欧米各国に訪問旅行。同年11月27日、結婚が皇室会議において満場一致で可決された。同日記者会見にて、記者から明仁親王の魅力について問われ「とてもご誠実で、ご立派で、心からご信頼申し上げ、ご尊敬申し上げて行かれる方だというところに魅力を感じ致しました」と回答。これは流行語にもなった。また第一印象について「ご清潔な方」とした。清楚で知的な美貌を持った美智子の姿は絶大な人気を集め、明仁親王と美智子の巨大な写真がデパートに飾られる・「美智子さまぬりえ」が発売される等のミッチー・ブームが起こる。テレビの受信台数も急増した。1959年(昭和34年)4月10日、皇太子明仁親王と結婚、明治以降初めての民間出身の皇太子妃となる。同日の成婚パレードには、沿道に53万人もの市民が集まり、皇太子および同妃を熱烈に祝福した。(以上ウィキペディアより抜粋)
 ちょうどこの時、政治的には、60年安保で国会の周りを毎日学生デモ隊が取り囲んでいた。岸信介首相の「声なき声」という話が出て、安全保障条約の交信が決まり、そのデモ隊との衝突で樺美智子さんが犠牲になった。この樺美智子さんの犠牲と美智子妃殿下(現在の皇后陛下)の御結婚の祝賀ムードで安保騒動といわれるものは終焉したといわれる。このことを表現して、当時は「二人の美智子で安保騒動が終わった」と言われている。
 さて、話を戻して、現在のイギリスはどうであろうか。公務員改革と国立大学改革によって国公立の生徒の負担金が20%増額するということで、日々デモが拡大し、一部暴徒化している。また、不景気によって、国民の閉塞感はイギリス国内においてひろまっているところだ。あまり明るいニュースも存在しないのが今のイギリスであり、日本でイギリスの良いことはあまり聞かなかった。王室に関してもスキャンダルが非常に多く報道され、故ダイアナ妃の不仲に端を発したパパラッチによるタブロイド紙の攻撃はあまりにも苛烈で、王室の権威を貶めたのである。
 そのような中において、今回の祝賀ニュースは非常に大きい。そのうえ、王子が「母であるダイアナ妃」の指輪を婚約指輪として出したことにより、一気に王室と、不仲になったダイアナ妃の評価が上がった。この感覚は、素晴らしいとしか言いようがない。それまでの閉塞感ではなく、あたかも、雲が一気に晴れて太陽が世の中を照らすがごとき、一気に祝賀ムードにかわってゆくのである。
 また、そこに一層力を注いでいるのが、御婚約相手のケイト・ミドルトンさん。非常に美しいとかそういうことは横において、その出自がイギリス王室の伝統を破り、平民出身ということが良いのではないか。イギリス王室は私の調べが確かならば350年間貴族間の婚姻しか行われておらず、その帰属における階級で王妃などの格を見ていた風習がある。そこに、応じ本人の意思とはいえ平民出身のケイト・ミドルトンさんが出たのであり、また、その仲睦まじい雰囲気や幸せそうな表情は、「貴族の世界の出来事」ではなく「イギリスの平民を含めた全体の祝い事」という感覚をより一層大きくさせている。
 今後のことはわからないが、古今東西の過去の事例から見て、閉塞感の打破はこのような(王室・皇室とかかわらなくても)「良いニュース」による国民の力の結集が打破するものと思う。抽象的でしかないが、なんとなく「リスクの排除」の雰囲気の強い日本が、いつまでもバブル崩壊を背負っているという現象の一つの答えなのではないかと、別に根拠はないがそのように思ってしまう。今後のイギリスは、経済に限ったことではなく、良いニュースの力によって、「プラスの力が結集」し復調、発展をしてゆくのではないか。そのように思ってしまう。その意味では、今回のニュースは、イギリスに限ることではなく、ヨーロッパ全体もしくは世界全体にとって良いニュースであるし、また、良いニュースとして受け取りプラスの力を出してゆかなければならないのではないだろうか。
 いずれにせよ、イギリスのウィリアム王子の御婚約に、祝賀の意を表したい。

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男女の修羅場、国の事情と時代の変化

男女の修羅場、国の事情と時代の変化

 今回は、少し柔らかい記事にしてみよう。このブログの名前の通り、「C級」が、本来はメインだ。しかし、最近政治のネタばかり行っている。もちろん、その解説そのものの、私の個人の感想にすぎないのであるから「C級」であるが、扱っている内容は「一級品」である。なかなか大変なものだ。
 しかし、私自身、そんなにまじめな性格ではない。あまり真面目な記事ばかり書いていると、ストレスがたまる。たまには、そうではない記事でとんでもない解説をしてみたいと思う。私は法学部出身だ。法律というと、どうしても固いイメージがある。しかし、必ずしも法律は「固い」ものではない。阿蘇山大噴火という芸能人がいる。裁判の傍聴した内容を面白おかしく伝えているのが芸風だ。仕事がないので、「入場無料の」裁判所に出入りして膨張していたという。その内容が面白いので、問題にならないように、裁判の面白さを伝える芸をしている。私自身、裁判所に行くとたまに阿蘇山大噴火を見かけることがある。かなり真剣に傍聴しメモをとっているので見ているこっちも面白い。所詮、法律などということは、人間社会でのルールでしかない。スポーツと同じでルールに違反していないからと言って「道義に悖る」ことをしては社会的に制裁を受ける。スポーツの政界ではファンが減るなどの制裁を受けることになるし、社会では信用がなくなるということになる。
 信用がなくなるということに関しては、私には耐えられないことである。そのような「道義に悖る」行為は意外と少なくない。「約束を守らない」「一度言ったことをすぐに変えてしまう」「自分の行為に関して説明をしない」「他人からの疑問や議論から逃げる」などということは、「法律に違反」はしていない(内容によっては法的責任追及をされる場合がある)かもしれないが、確実に信用は失ってしまう。「法律にさえ違反してなければ何をしても良い」というものではない。それ以上に大きな問題が「浮気」である。
 昔は「姦通罪」という法律的な罪が刑法上に存在した。しかし、現在は戦後の男女平等改革によって廃止されている。しかし、民法上は民法第752条では「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない」とあり、夫婦は「同居、協力、扶助」の三つの義務を履行しなくてはならないことになっている。三つの義務を正当な理由なく故意に履行しないことを、「悪意の遺棄」と言う。例えば、置去りにして住居を飛出す行為、相手方を追出す行為、病気にかかった配偶者を長期間放置する行為、家に生活費を入れない行為などが「悪意の遺棄」に該当する可能性がある。この場合、当然に損害賠償(慰謝料)と、子供がいる場合の養育費というものを「裁判所」で請求できることになる。
 こお「姦通罪」に関しては、韓国やイスラム諸国では、非常に厳しい罪になるし、中国では「姦通」行為そのものではなく、そのことによって子供ができてしまった場合を想定し「一人っ子政策に重大な違反をした」とされる。日本人が、中国で逮捕されるという話が非常に多くあるが、多くはこの「一人っ子政策違反」要するに「買春」行為によるものが多い。
 その「夫婦間の道義的な問題」に関する内容が下記の記事である。

上昇する・浮気・の慰謝料相場

 不貞・浮気・不倫の慰謝料請求は、婚約者や夫や妻、そして夫や妻の不倫相手に対して行うことができる。一般的には離婚の際に問題になると思われているが、離婚しなくても慰謝料の請求は可能。慰謝料の金額は法律で定められている訳ではなく、過去のデータや司法統計などをもとに算定される。どれだけの金額を請求するかは、それが認められるかどうか別にして、原則として非常識な額でなければ自由だ。
 過去の判例では、不貞を理由とした慰謝料は300万~400万円程度の事例が多かったが、最近では精神的苦痛についての金銭的評価が上昇傾向にある。相場は一律に決まっているものではなく、あくまでも浮気の頻度や経緯、相手の経済力や有責度により算出される。婚姻期間が長いほど金額が高くなる傾向があり、1000万円を超過するケースもざら。この場合、もちろん経済力の高い人ほど要注意だ。
 ある調査事務所は、以下のような宣伝文句を謳っている。「浮気慰謝料の支払いや、ご主人との交際禁止を和解契約書で約束し、浮気相手から謝罪の言葉を受け取ることができました。この一件が終わってからのご主人は、見違えるように家族サービスをするようになりました。当事務所としては決して、むやみに不倫の慰謝料請求を勧めるわけではありませんが、お子様を含め皆さんが幸せになるのであれば、精一杯の力になろうと思います」。興信所や探偵はもちろんその道のプロ。くれぐれもご覚悟の上で。

2010年11月8日(月)11時50分配信 ゆかしメディア 
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yucasee-20101108-5348/1.htm


朝帰りを続ける夫にキレた妻、ショットガンで銃撃

 9日正午頃、タイ南部クラビー県ラムタッブ郡の住宅で、朝帰りした男性を怒った妻がショットガンで男性を撃ち、重傷を負わせる事件が起きた。 
 タイ地元紙によると、妻(39)に銃撃された夫(49)は、重傷を負ったため、県内のクラビー病院に搬送された。妻は事件後、警察に自首している。
 この夫は、前日も朝帰りしていたことから、我慢の限界に達した妻がカッとなりショットガンで夫を撃ったものと見られている。

2010年11月10日(水)15時32分配信 タイランド通信
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/thai-20101110-5349/1.htm

 国が違えば、女性の激しさも違う。数年前も、タイで日本人が浮気し、女性を捨てて日本に帰国しようとしたところ、最後の夜に女性に殺されて自宅に埋められてしまったという事件があった。タイ・バンコクの日本人会ではかなり有名な事件だ。しばらくの間、多くの日本人が帰国したものと考えていたので、殺害や死体遺棄(埋められている事実)に気づかなかったという。この日本人の感覚が、なかなか曲者である。
 そもそも男性の感覚から「買春」「浮気」は全く違う。日本の場合、昭和33年まで「遊郭があったくらいであるから、男女関係に関してはかなり緩やかであったと考えられる。ことに、民俗学上の「マレビト」の考え方をしっかりと踏襲すると、村単位で女性が共有されていたかの如く考えられる。欧米的な個人主義と貞操観がかなり現代の男女に蔓延しており、日本的な考え方は非常に影が薄くなった。どちらが良いというものではない。
 政治家に関しても同じだ。ほんの数十年前までは「二号さん(今でいう愛人?)も持てないような甲斐性では、大物の政治家になれない」ということを平気で言っていた。われわれの間においても、下半身のスキャンダルで政治家を責めるのは御法度とされていた。それだけに、政治家の女性関係などは非常に多くあった。われわれは政治家本人に取材をするのではなく「二号さん」に取材をする。二号さんも心得たもので、あらかじめ流してよい話と流してはいけない話などをしっかりと認識しており、さながら政治家の分身もしくは広報担当のごとく振る舞い、自分でマスコミを引き付けて安全に政治家を店の外に出したということも少なくない。「二号さん」は、ある意味で、そのような社会と政治家の間の潤滑油的な客あしらいをしていたしできていた。ただ単に、男女の関係にある、今の愛人というのとは異なる。そもそも愛人関係におぼれるような政治家は、二号さんの方から相手にしなかった。そんな政治家についている女性も社会から非難されたのだ。「XX政治家の件はXXの女将に聞け」などというのは、昔のマスコミの常識であるし、また、「XXの二号さんは、まったくだめだから、XXという政治家は次の選挙では通らないよ」などというのも良く言われた話だ。政治家の方も女を見る目がなければ人を使えないということであろうか。
 宇野首相の事件以降と思う。最近では浮気がばれれば女性票が取れないなど、時代は変わったものだと考えられる。一つには、政治家は完全にストレス解消の道具として女性と単に「夜の関係」だけを求め、少なくとも昔の二号さんのような役割を女性がすることはなくなった。また、そのような女性を「秘書」として雇っても、結局政治家も女性も、完全な愛人関係になってしまい、国政という国家の大事を置き去りにしてしまう。「政界失楽園」などと言って不倫を表に出してしまう人もいれば、選挙中にダブル不倫をして後援会組織を完全に崩壊させたような人もいるのだ。大きな違いは、「国家のため」「みんなのため」という帰属意識があり、本当にプライベートの時間にだけ楽しむという「けじめ」がつけられるかどうかであり、行き過ぎた個人主義がそのような「けじめ」を完全に崩してしまい、いつの間にか「法理に違反しなければ浮気(不倫)をしてもかまわない」という間違った価値観を持つようになる。その姿を見る後援者などのことを全く考えない「身勝手」な考え方をさらしてしまう。そして、そのような指摘を受けると「隠す」「逃げる」という、より一層醜態をさらすことになってしまうのだ。このようになってしまうと、問題や重大局面で逃げる、事実を隠す、そして「けじめ」がつかないというように、完全に政治家として、公人としての資質に欠けるということになってしまうのではないだろうか。
 昔の「二号さん」というような内容が良い、今のような「清廉潔白」が良い。どちらの考え方も正しいのではないかといえる。いずれにせよ現代には現代の価値観にあった内容を行わなければならない。また、その内容において、「公人」と「私人」のけじめをしっかりとつけなければならない。それができないようでは、現代でも、以前でも社会的な信用を失うということになってしまう。
 その時代の流れが、まさに、「慰謝料の変化」というような形にもなるし、また、地域が変われば「姦通罪」という犯罪になったり、または、ショットガンで撃たれたりするのである。また、それをしっかりと告白もせず、真実を認めず、逃げていては社会的な信用が完全に失われてしまうのだ。それは公人としてのことばかりではない。誰でもが同じである。
 いずれにせよ、周囲の環境、時代の流れ、そして相手の気持ちなどを考えないで「個人主義」を貫いても、社会はそれを認めない。そのようなことになってきているのではないか。

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国会軽視の民主党の実態・柳田法務大臣のトンデモ発言

国会軽視の民主党の実態・柳田法務大臣のトンデモ発言

 昨日のブログは、枝野幹事長代理の発言について「政治主導」どころか、民主党のマニフェスト自体が、「国民をだます道具」でしかないことを指摘した。その証拠に、枝野幹事長代理の発言にあった「政治主導なんてうかつなこと」という発言だけではなく、マニフェストに記載しながら何もできていない民主党政権の実態を少しでも記載したつもりだ。実際に、民主党政権そのものの「いいかげん」な部分に関しては、政治運営から、公約違反まで全ての部分で明らかになってきている。
 枝野幹事長代理は、その辺の部分を持って「うかつなこと」という発言をした。しかし「うかつ(迂闊)」とは辞書で調べれば
[名・形動]
1 うっかりしていて心の行き届かないこと。また、そのさま。「そんな大事なことを見落とすとは―だった」「―にも口を滑らす」
2 回り遠くて実情にそぐわないこと。実際の役に立たないこと。また、そのさま。
[派生]うかつさ[名]
<大辞泉より>
 となり、「心が行き届かなかった」「実情にそぐわないことを言った」という意味になる。ようするに、政権運営が簡単にできると思っており、その実情も知らずに、行き届かないことを言ったということだ。ただ、それを政権与党である民主党の幹事長代理であり、数か月前まで幹事長であった人が発言するとなると、なかなか大きな問題になるのではないか。ようするに、国民は「実情にそぐわない公約」で自分の主権を民主党に託してしまったということだ。そうとわかっていれば民主党に任せなかった、という人も少なくない。そのことが、最近の支持率の急落などで明らかになってきているのではないか。
 そんな折に、民主党のもう一つの特徴である「国会軽視」に関する発言が明らかになった。その記事が下記のものだ。


柳田法相が国会軽視発言に「心から反省」と謝罪 参院予算委

 柳田稔法相は17日の参院予算委員会で、国会軽視と取れる自らの発言について、「思慮が足りなかったと心から反省している。昨日の衆院法務委員会でも撤回し、陳謝した。今後とも、国会の答弁には、真摯(しんし)な姿勢で臨みたいと考えている。心から、おわび申しあげる」と陳謝した。
 仙谷由人官房長官は、この日正午に、柳田氏を官房長官室に呼び、事実関係を問いただしたことを明かした上で、「大変、大きな誤解を生む発言だ。今後とも、気をつけて、国会論議や職務に精励するようにという意味を込めて、私から厳重注意した」と説明した。
 民主党の中谷智司氏の質問に答えた。

産経新聞 11月17日(水)13時47分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101117-00000553-san-pol


【ワイドショー通信簿】柳田法相「スチャラカ発言」開き直ったり謝ったり

    「ひどい話ですよ」
  政治記者歴20年の川戸恵子が呆れたのは16日(2010年11月)の衆院法務委員会で紛糾した柳田稔法相の軽口というか贅言。スタジオでも批判が噴出した。
菅首相の任命責任
  問題となった柳田法相発言は、14日行われた地元・広島市での大臣就任披露パーティーであった。番組がその発言をVTRの映像で流した。
  「法務大臣はいいですよ。2つ覚えておけばいいんですから。『個別の事案についてはお答えを差し控えます』 これはいい文句ですよ。分からなかったらこれを言う。あとは『法と証拠に基づいて適切にやっております』この2つなんですよ。まぁ何回使ったことか」
これに自民党議員が噛み付いた。
  「これは国会軽視ですよ。この発言について謝罪と撤回を求めます」
これに柳田法相は「証拠はどうなのかといろいろ聞かれますと、その際にこの言葉を使うしかない。私は間違って言ったとは思っていない。仲間内でのお話だっただけに、少し茶化したかもしれませんが…」といったんは開き直ったが、最後には陳謝した。
 川戸「これは議論以前の話。自分の意見などどこにあるんだと言いたい」
  さらに、元朝日新聞政治部記者の早野透も「なんとなく具合悪いなという感じがしていたんですけど、素っ頓狂でミスキャストですね。これで結構しのいでいる国会審議もいかがなものか」
 一方、任命責任を問われた菅首相。ぶら下がり会見で「直接(本人から)聞かないなかでコメントを控えたい」と、いつもの逃げセリフ。この菅首相の発言に、司会のみのもんたの怒り爆発。
  「これが決まり文句ですよ。直接聞いていないとか、そういう問題ではないでしょう」
 自信のなさから『詭弁』と『決まり文句』が目立つ民主党政権の執行部。急坂を転げ落ちるように支持率の急落が始まった。

2010年11月17日12時56分 / 提供:J-CASTテレビウォッチ
http://news.livedoor.com/article/detail/5146099/

 正直なところ、何かコメントする気にもなれない。そもそも、この低レベルな発言に「まともにとりあう」こと自体が恥ずかしい気がしてしまう。要するに、この法う大臣は大臣として適格がなく、菅直人首相の任命責任が大きいということだ。理由はここで色々言う必要はないと思う。このようにしてしまえば、このブログも楽なのであろう。しかし、それではいくら「C級」といえども、ニュース解説にならなくなってしまうので、いささか「嫌気」を感じながら、少しだけ解説しよう。
 私はウィルという雑誌の1月号で「小沢はヒトラーと同じだ」という論文を掲載しているが、本件に関しては、まさにそのものである。公開される国会での審議では『個別の事案についてはお答えを差し控えます』『法と証拠に基づいて適切にやっております』の二つの答弁以外はいらないということだ。ようするに、「国会の審議において、事実や審議に関する内容、行政の対応などの詳細な内容を、国会を通して国民に知らせることをする必要がない」ということを、行政府の大臣が直接表現したものである。これは、国会の行政の監視機能を著しく低下させ、行政の暴走を許すばかりではなく、国民の知る権利も完全に無視している。そもそも、これが法務大臣ということは、憲法の解釈も最終的にはここで行われるわけであるし、検察の指揮権も「国会を冒涜した」発言と答弁しかしない大臣が持っているということになる。それは、国民に対する捜査権限も、逆に犯罪者に対する犯罪抑止力も何もないというものであるし、そのことに関し国会で審議をすること、情報を公開すること、内容を国民に知らせることを完全に無視したものであるといわざるを得ない。
 これを、国会の冒涜といわずして何という、同時に、国民の主権を不当に犯す行為と言わずして何という。枝野幹事長代理の「うかつ」発言は、マニフェストという政権公約とはいえ、選挙ツールにおける公約違反のことである。実際に行政をしていれば、想定外のことも少なくないであろうから、批判もするが一定の理解はできる。しかし、今回のこの発言は行政府の大臣が国会の審議を不当に拒絶しているというものであるから、当然に看過できない問題だ。
 同時に、このような大臣を任命した任命責任は非常に大きい。多少叱責したとか、そのような問題ではない。そもそも菅直人首相は、鳩山首相の時代に副首相として「日本国憲法には三権分立は存在しない」といって、民主党の「国会軽視」体質を公共の電波や国会内で発言した人だ。そのような考え方そのものが、内閣の閣僚の中において蔓延しており、そのために、不用意に「本音」が出てしまったのではないかと勘繰る部分もあるくらいだ。そうなるとすれば、国会を無視し、選挙を無視し、民意を無視し、民主党の独裁政治を行う『さきがけ』となってしまうのであるから、当然にドイツ第三帝国の総統であるヒトラーと同じ轍を踏むことになるであろう。そのようになってしまえば、日本国民や日本国における損失は計り知れない。
 決して大げさなことではない。外交の次々と明らかになる失政や、相手によって異なる法運営、事業仕分けなど国民のオフィシャルな手続きを経ないで行政機構や国民へのサービス、将来へ投資を解体してゆく手法は、まさに「行政の暴走」ということが言え、憲法上で「三権分立」とされている国会の審議による抑止力が利かなくなってしまう可能性があるということになるのだ。
 菅直人民主党政権が、この問題をどのように処理するかにより、民主党のベールに隠された「独裁へのプログラム」の一端を見ることになるのかもしれない。そのような独裁が行われれば、日本は暗黒の時代に突入するであろう。

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マニフェストを守る気のない民主党の無責任な発言

マニフェストを守る気のない民主党の無責任な発言

 今日は、さすがに驚いた、という内容のブログだ。
 13日、さいたま市内で講演会を行った枝野幸男幹事長代理は、「与党がこんなに忙しいと思わなかった。政治主導なんてうかつなことを言ったから大変なことになった。何より欲しいのは、ゆっくり考える時間と、ゆっくり相談する時間だ」と発言したというのだ。さすがに呆れてものも言えない。批判するとか、そういうレベルをとうに超えているほどのふがいなさである。
 そもそも考えてほしい。マニフェストのうちどれが実行できたか。せっかくだから検証してみよう。マニフェストの細かい部分は細かくここで取り上げない。以前にもそれを取り上げたと思うので、そこを参照してほしい。大きな柱、というよりは、マスコミを通じて話題になり国民・有権者の間で有名なものは

「予算組み替えで16.8兆円財源捻出」…事業仕分けで対応
「官僚主導から政治主導」…事務次官会議廃止したが、結局官僚の言いなり
「高速道路無料化」…一部で社会実験
「ガソリン税撤廃」…ガソリン暫定税はなくなったが、わけわからない名目で同率の課税
「子供手当」…半額配布したが来年以降の財源が不明
「衆議院比例定数削減」…動きなし
「公務員人件費2割削減」…動きなし
「企業団体献金の禁止」…先日撤回
「東アジア共同体」…それどころか尖閣問題などで混乱
「農家戸別補償」…動きなし
「ひも付き補助金の禁止」…動きなし
「八場ダムの中止」…先日撤回
「普天間国外、少なくとも県外」…大混乱の末、日米関係を損なって辺野古移転

 右側に、民主党政権になってからの対応を記してみた。マスコミの間で、このようにマニフェストを検証し一覧表でわかりやすくしてくれる新聞やメディアが存在しないのは非常に残念だ。これを行うことによって、「政権交代」の意義は何だったのか、しっかりと国民が認識できるようになると思われる。民主党政権は、結局何をしたのか。そのことが明らかになるのに、それを行わない。もちろん、「やらない」ことを偏向報道という気はない。今まで自民党政権の時も、基本的には公約の実行度合いに関して何もしなかったのであるから、その点では民主党の時だけやらなかったという批判は当たらないものと考えている。
 しかし、あれだけ「政権交代」と大騒ぎし、自民党政権をこきおろし、そして民主党政権を持ち上げ、将来がバラ色であるかのごとき宣伝をしていたマスコミが、自分の報道に関してその報道の責任とまでは言わないまでも、その政権交代によって何が行われたのか、という検証は行うべきではないだろうか。そのような「反省」「復習」「考察」ができないから日本のメディアは「お子様」と言われてしまう。日本のジャーナリズムが、世界各国から批判的であり、なおかつ「成熟していない」と判断されるのは、そのような客観的な事実を報道できる体制が整っていないことによるものと考えられる。
 そのうえで、今回の枝野氏の発言だ。その内容をまず見てみよう。


「政治主導なんてうかつなこと言った…」枝野氏

 民主党の枝野幸男幹事長代理は14日、さいたま市内で講演し、菅内閣の支持率急落に対し、「おわび申し上げたい。政権が国民の意識、感覚とずれていると思われる部分が多々ある。かなり深刻な状況だ」と述べ、危機感をあらわにした。
 その上で、枝野氏は民主党政権の掲げた「政治主導」が機能していないとの批判に関連し、「与党がこんなに忙しいと思わなかった。政治主導なんてうかつなことを言ったから大変なことになった。何より欲しいのは、ゆっくり考える時間と、ゆっくり相談する時間だ」と釈明した。
 枝野氏は子ども手当を巡り、高額所得者への給付を抑制する所得制限案が浮上していることについて、「『支持率が下がっているから所得制限をつけちゃえ』という一種のポピュリズムになる」と述べ、否定的な考えを示した。

(2010年11月14日19時38分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101114-OYT1T00509.htm?from=top

 この扱いの小ささは一体何なのか。ただ、小さいからと言ってインパクトが小さいわけではない。要するにこの記事に関する評論などが全くないというのが異様に映るだけである。
 マスコミの批判はとにかく、まず民主党の体質。「何より欲しいのは、ゆっくり考える時間と、ゆっくり相談する時間だ」という。そんなのは野党の間にしっかりやっておくべきであったものではないのか。昨年の総選挙で「政権交代準備完了」というポスターの標語は「嘘」であったのか。そもそも「釈明」ではなく、「謝罪」だ。謝罪に言い訳などは必要がない。その原因をしっかりと突き止めれば、講演会で言う話ではなく、自己責任の内容でしかないことは明らかではないのか。
 最近、「自己責任」がしっかりできない人がいる。私の面倒を見た参議院の候補者も、敗戦に対し、いまだに(もう何か月もたつのに)責任転嫁しかせず、責任転嫁の本まで書いている。そもそも「私の力不足で」「不徳の致すところ」というのが、有権者に対する謝罪の第一歩であろう。自己責任を追及できない人物に、他人の「代議」などできるはずがない。あくまでも「他人に責任がある」かのごとき話は、とても話にならない。
 民主党はまさに責任転嫁の体質である。長い期間批判しかしていなかったのであるから、そして、具体的な政策を行うことも、政策実行能力も試すことなく、ただ単純に批判をしてブームで政権をとってしまい大きな責任を背負い込んだのだから大変であることは容易に理解切る。しかし、政治家としてやってきている以上、そして、政権を野党時代批判してきた以上、そして、マニフェストで国民と公約した以上、その責任を負うのは当然であり、その責任が負えないならばそもそも国会議員を辞職すべきだ。
 とくに、福田、小沢大連立の時に、小沢は「政権を担える政党ではない」ということを理由に大連立を行うことを考えていた。それを強硬に反対したのが今の政権中枢、殊に、その急先鋒は枝野幹事長代理本人である。結局、その時の小沢の言葉を、政権をとって、責任を負うようになってから反芻しているにすぎない枝野幹事長代理の発言は、政治家として必要な、自己分析能力や先見性、政治に対する姿勢、そして国民に対する責任という最も重要な部分が欠落しているといわれても仕方がない部分であろう。気軽に他人のことを批判するのであれば誰でもできるが、実際に行うことはできない。そして、その点で国民をだまし投票をしてもらって、悪気もなく、そのまま政権に居座り続け、国民の真意を伝え、推し測ることをしない。これぞ「ミスター民主党」である。
 今日のブログは、なんとなくただ単に批判というよりは誹謗中傷に近いものでしかないようになってしまった。しかし、この民主党(枝野個人ではない)の無責任体質は、まさに国民にとっての害悪であるといえる。
 はやく、解散総選挙で国民の「民意」に従うことを、民主党自身が選択すべきであると考える。

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存在感のない日本 APEC外交の果てに待つものは

存在感のない日本 APEC外交の果てに待つものは

 13日14日と横浜でAPECの会議が行われた。まずAPECについて、どのようなものなのか知ることにしよう。とはいえ、適当なものがないので「ウィキペディア」からそのまま該当個所を引用する。
<以下ウィキペディアから抜粋引用>
 APECとはアジア太平洋経済協力(アジアたいへいようけいざいきょうりょく、Asia-Pacific Economic Cooperation、略称:APEC)は、環太平洋地域における多国間経済協力を進めるための非公式なフォーラムである。APECは、開かれた地域協力によって経済のブロック化を抑え、域内の貿易・投資の自由化を通じて、世界貿易機関(WTO)のもとでの多角的自由貿易体制を維持・発展することを目的としてきたが、近年のWTOの新ラウンドの停滞や自由貿易協定締結の動きの活発化などによって、その存在意義が問われている。
 なお、APECには、多くの国から国家として承認されていない台湾や、中国の特別行政区である香港が参加しているため、参加国・地域を指す場合には、「国」ではなく「エコノミー」という語が用いられる。また、国旗や国歌の使用は禁止されている。さらに、条約等に基づいて設立された組織ではない非公式なフォーラムであるため、「加盟」等の語も用いられない。
<以上ウィキペディアから抜粋引用>
 前文でなく、会議内容が分かればよいと思うので、内容を抜粋して引用した。このように、APECは各国の首脳が集まるが国家としてではなく「経済圏」としての緩やかな共同体である。逆に言えば、本来は財務大臣や経済産業大臣などの管轄であるが、それでは、決まらないことも多い。政治と経済が密接につながっていればなおさらのこと。また、税制とくに関税や外資導入でも税制などは、財務大臣など担当大臣の一存では決められるものではないことが一般的である。そのために、最終的には首脳が集まって、首脳による宣言の採択などが行われることになる。
 当然に、そのために首脳が集まる会議隊になる。APECの会議そのものでは外交の課題は話しあわれないものの、それ以外に個別の外交の舞台として首脳が話し合う場になる。また、各国の首脳が集まるので、その中において、様々な接待接遇、それに夫人(ファーストレディといった方が良いか)へのアプローチなどが試され、その国の外交の質や接遇環境などが、各国のメディアにみられ、報道されることになる。そのために、菅政権では菅政権の威信とメンツをかけた会議隊というよりは集合体担っていたはずである。その時に個別の懸案のある外交を含め下記のような記事が出てきている。

【日中・日露会談】柳腰外交、またも通用せず 「譲歩」の末、念願の会談はわずか22分 
2010.11.14 00:17 産経新聞

 菅直人首相「心から歓迎します」
 胡錦濤・中国国家主席「お招きいただきありがとうございます。今回の会議にあたって周到な準備をされました。成功できると信じています」
 横浜市内の国際会議場で急遽(きゅうきょ)実現した日中首脳会談。両首脳はぎこちない表情で社交辞令を交わした。
 9月7日に沖縄・尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きて以来、首相は国際会議に出席するたびに中国に振り回された。
 ブリュッセルでのアジア欧州会議(ASEM)の際は廊下で約25分間の「懇談」。ハノイでの東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議では、予定の会談をドタキャンされたあげく、控室で約10分間の「立ち話」…。
 そして念願の正式会談は22分間。ブリュッセルの「廊下懇談」よりも短いが、首相には通訳を伴い「座って話す」ことが何より重要だった。
 会談に漕ぎ着けるまで日本政府は中国側への「配慮」と「譲歩」を重ねてきた。
 衝突事件で逮捕した中国人船長は勾(こう)留(りゅう)期限前に釈放。中国漁船の故意性を証明するビデオ映像が極力国民の目に触れないように努力した。映像がインターネット上に流出してもあえて「由々しき事件」として扱うことで中国側の理解を得ようとした。
 「日中の関係改善に向けて大きな一歩を踏み出した」
 首脳会談に同席した福山哲郎官房副長官は胸を張ったが、「配慮」はなお続いた。
 記者「尖閣に関し『日本の確固たる立場』を伝えたそうだが、具体的にどういう発言したのか」
 福山氏「外交上のやりとりなので詳細は控える。外交文書も30年ルールがある」
 首相は8日の衆院予算委員会で、胡主席との会談が実現すれば「尖閣諸島がわが国固有の領土であり、この地域に領土問題は存在しないと必ず申し上げる」と明言した。どんな「確固たる立場」を伝えたのか、説明責任があるはずだが、周辺は口をつぐむ。
 しかも中国外務省は最終的に正式な会談ではなく「交談」(懇談の意)と発表。首相の努力は水泡に帰した。
 ロシアのメドベージェフ大統領との会談も実現したが、これもやはり「配慮」と「譲歩」のたまものだった。
 最近になって前原誠司外相が「不法占拠」という言葉を口にしなくなった。「北方領土は日本固有の領土であり、ロシアの不法占拠が続いている」という政府の基本スタンスは変わっていないはずだが、首相も首脳会談でこの言葉を封印した。「日本固有の領土」とさえ言わなかった。
 だが、メドベージェフ大統領は「クリール諸島は将来もロシア領だ」と断言。仙谷由人官房長官が主導する「しなやかでしたたかな柳腰外交」はまたもや通用しなかった。
 この2カ月余りで首相はいろいろなものを失った。
 一部世論調査では、内閣支持率は政権運営の「危険水域」とされる20%台に落ち込んだ。国民からの信頼は急速に失われつつある。
 もっと深刻なのは、国際社会の評価だ。
 APEC首脳会議の全体会合冒頭で象徴的な場面があった。各国首脳のほぼ全員と親しげに握手を交わす韓国の李明博大統領。その様子を着席したまま見つめる菅首相。「どっちが議長国なのか分からないな…」。外国人記者からこんな失笑が漏れた。
 「つくづく外交というものは難しい。言いたくても言えないことがある」
 前原氏は12日の記者会見でこう愚痴をこぼしたが、政権が言うべき言葉を失えば、見放されても仕方あるまい。(船津寛)

2010.11.14 00:17 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101114/plc1011140028001-n1.htm

 接遇の責任者は当然に議長国だ。要するに今回の横浜で行われたAPECの接遇も会議の進行もすべて菅直人政権によって仕切られている状況である。その菅政権、本文にあるとおりに存在感が全くない。会場の近くに設置されたプレスセンターは、今まで日本で行われた首脳会議の中で最も「世界各国のメディア」が集まらなかったセンターではないか。部屋の中は閑散としており、活気も何もない。また、メディアに対する菅政権からの心配りもない。もちろん、心配りといっても「物」「金」の差し入れのことではない。メディアは、各国の情報などを必要としており、その情報がまったく来ない。メディアセンターに来たのは、いずれも韓国やアメリカの首脳側近などで、日本からは議長国なのに何の説明もないという不始末。これでは各国のメディアが良い印象を持つはずはない。
 同じような不手際は、会議でも行われている。上記『APEC首脳会議の全体会合冒頭で象徴的な場面があった。各国首脳のほぼ全員と親しげに握手を交わす韓国の李明博大統領。その様子を着席したまま見つめる菅首相。「どっちが議長国なのか分からないな…」。外国人記者からこんな失笑が漏れた。』のような内容は、そのまま各国のメディアを通じて、参加国の国民にダイレクトに「日本の印象」として出てきてしまう。その不利益を被るのは、外国で活躍している一般の日本人であり、政治家ではない。また、そこで経済活動がうまくいかなければ、生活物資が高くなったり雇用がなくなって困る。これも日本人だ。このブログでは何度も言っているが、菅直人の失政や外交の失敗、そして、このような会議での存在感のなさ、まさに「柳腰外交」では、損失を被るのは日本人一人一人である。
 同じことが領土外交、要するにロシアと中国との間でも行われている。「会った」といって、「主張した」といくら日本国内で強弁しても、所詮外交は相手側を納得させて、そのうえで「日本の主張をのませる」ことをしなければならない。日本国内の国会の野党の批判でもあるまいし、無責任な「会った」「言った」「主張した」ではなく、「合意した」「相手が納得した」「調印した」という話でなければ何もならない。そのような無責任な主張では、主張が合わなくなったときに、ひどければ戦争になる場合もあるし、日本人が菅首相の、政府の主張を真に受けて外国で主張すれば立場が悪くなる場合も考えられるのだ。そのような「日本人を窮地に追い込む」ような主張ならばしないでほしい。菅直人、もしくは民主党政権の自己保身のための会見や報告などは、日本人はもう聞きたくないのだ。
 政権そのものの担当能力の問題である。外交が間違えば国が滅び危険もある。そのような自覚を持った対応を菅政権はすべきであるし、できないのであれば、即刻総辞職もしくは解散総選挙をして国民に信を問うべきではないか。

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マスコミ批判に対する一考(19) 軍事独裁ミャンマーと同等にまでまで落ちたNHK

マスコミ批判に対する一考(19) 軍事独裁ミャンマーと同等にまでまで落ちたNHK

 二つの政治権力弾圧からの解放を求めて、二つの国で動きがあった。その動きに対して、日本では報道に差が出てきている。
 先週、軍事独裁におけるミャンマーという国家において総選挙が行われた。私は中国にいた経験があるが、その中国にいた時に、「ミャンマー」という国家の名前が通じないことに衝撃を受けたことがある。私の場合、中国でドイツ人とカナダ人と香港人と中国人が一緒に仕事をしていたが、日本人以外はいずれも「ビルマ」という単語を使う。日本人だけが何の疑問も持たずに「ミャンマー」という国名を使うのである。これはどういうことか。非常に面白いことに、現在日本が「ミャンマー」と呼称している国家において、軍事クーデターが発生し、その軍事クーデター政府の呼称が「ミャンマー」という。一方、スーチーさん他、元の軍事クーデターに反対している「国家」を「ビルマ」と呼んでいる。彼らは「軍事クーデターが正式なものでないので、前の国名で読んでいるが、日本は軍事クーデターを認めたのか」という疑問を突き付けられ、回答に窮したことがあるのだ。
 私自身、ミャンマー(このブログでは日本の標準的な呼称である「ミャンマー」を使って話を進める)に関して詳しくはない。とくにその近現代史についてはほとんどムチに等しい。学校の世界地理で習ったり、ニュースで呼称している「ミャンマー」という呼称を何気なく、当たり前のように使っているが、その呼称一つにしても、それだけの意味合いを持って、外国人は考えている。彼らにしてみれば(彼らの認識が正しいかどうかもわからないが)ミャンマーという呼称を使っている人は、今の軍事クーデターを認めている人だという。私はそのようなつもりもなく何気なく使っていたが、そのように指摘され「知らない」ということについて、非常に恥ずかしい思いをしたことがある。
 そのミャンマーの民主化運動の指導者は、マスコミでも有名なアウン・サン・スーチー女史である。彼女が軍事政権において軟禁状態で、政治活動なども自由に行えない状態であることは、ニュースなどマスコミのないようで知っている程度だ。もちろん、直接あったことはない。
 そのスーチーさんは、民主化運動ということで、軍事政府という政権が「正しくない」とし、「正義」のために戦っている闘士である。
 この「正義」はだれが決めたのか。ミャンマー政府にしてみれば、法律を作りその法律に従わない人は犯罪者である。しかし、その法律そのものが成立および法律の有効性、国家国民の意思などをまったく無視したものである場合、その法律の「正義」は主張できないのではないか。そのために「法律に違反すること」は、「正義の追及」ということになる。
 少し難しいが、ミャンマー軍事政権の「正義」とスーチーさんのいう「正義」の定義が違うのではないか。われわれは、この問題に関してわれわれの正義感を持って感じればよい。どちらが「絶対的に正しい」というのではなく、その価値観や思想は自由であることが日本国憲法では保障されているのである。
 しかし、その「正義」がぶれてはいけないのではないか。


行動制限には従わぬ、とスー・チーさん弁護士

 【バンコク=深沢淳一】ミャンマーの民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさん(65)の弁護士は10日、本紙の取材に対し、近く自宅軟禁から解放される見通しのスー・チーさんが、軍政から解放後の行動を制限されても、この命令に従わないとの見解を示した。
 スー・チーさんは2002年に自宅軟禁から解放された際、最大都市ヤンゴンから外へ出ないよう軍政に命じられたが、これを無視して地方遊説を繰り返し、翌03年に拘束された。弁護士のニャン・ウィン氏は、再び制限を課されても「スー・チーさんは受け入れないだろう」と述べた。
 スー・チーさんが率いた民主派政党「国民民主連盟」(NLD)は5月に解党しており、現在は「非合法」の存在だ。スー・チーさんが政治活動を再開すれば、軍政が再び拘束に踏み切る恐れもある。

(2010年11月10日23時42分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20101110-OYT1T01143.htm

「尖閣映像流出問題」=ことの本質と気になるNHKの報道スタンス

【PJニュース 2010年11月11日】10日午前、尖閣諸島沖の漁船衝突事件をめぐる映像流出問題で、論争を巻き起こした「sengoku38」を名乗る投稿者の正体が明らかになった。
 NNN(読売テレビ)の伝えるところによれば、第5管区海上保安本部(神戸)所属の海上保安官が、映像の流出に関与したことを認めることがわかった。海上保安官は取材に対し「誰にも相談せず一人でやった。映像は元々、国民が知るべきものであり、国民全体の倫理に反するものであれば甘んじて罰を受ける」との主張という。NNN山川友基記者のスクープである。
 同日開かれていた衆院予算委員会の席上、自民党の中谷元議員や小泉進次郎議員らの質問に対する仙谷由人官房長官の答弁もさることながら、それ以上に気になったのが「ネット社会の危うさ」を連日伝え続けるNHKの報道姿勢にある。
 今年7月6日、大相撲野球賭博問題で警視庁が捜索中、NHK報道部の男性記者が「家宅捜索情報」を当事者の時津風親方にメールを送った出来事こそ、「ネット社会の危うさ」を端的に表現した事件ではなかったか。「厳重に処分する」と明言したNHKの福地茂雄会長は、今年8月まで横綱審議委員会の委員、双方の役職からみて「機密漏洩事件」を阻止せねばならない立場にあったのだ。
 しかしその後、問題を起こした記者を停職3ヶ月の懲戒処分、福地会長以下関係役員4人と男性記者の上司ら5人を減俸処分にすると発表。記者は局内転職を余儀なくされたが、ことの重大さに比し軽微な処分で決着をみた。今回の「映像流出問題」と比し、明らかに言行不一致である。
 気にかけてNHKをご覧頂きたい。連日のニュースのトップ記事はすべて「尖閣映像の不法な流出を指弾」する内容で構成されている。仙石由人官房長官の立場を担保するスタンスなのである。しかし、執拗ともいえる報道内容からみて、政府筋からの圧力があったとは想像しがたい。つまりは「有料公共放送」であるNHKの自己保身、ユーチューブに代表される映像ネットメディアへの営業上の恐怖、あるいは映像メディア間の主導権争いと見ていいのではないか。
 ことの本質は、中国漁船の「領海侵犯事件」「不法漁労事件」であり、さらには「暴力行為と器物破損事件」なのである。一部には「海上保安官に対する暴行があった」とする報道もある。国家公務員が犯した機密漏洩事件ではないのだ。
 流出を告白した43歳の海上保安官は「家族の話になったら目に涙が浮かんでいた」とNNN山川記者は伝えた。取材する側と取材される側は同年輩、働き盛りの健全な日本人である。トラブルの傍らで嘆き悲しむ家族の姿が思い浮かぶ。実質的に無罪放免となった中国人船長との「バランスを考慮しないと国民感情は納得しない」とするネット上の意見は多い。罰せられるべきは中国人船長である。義憤を覚えた日本人公務員を犯罪人扱いすべきではない。
 普天間、尖閣、北方領土と発展した国益に関する課題の数々は菅直人政権の責任だ。鈴木久泰海上保安庁長官の引責処分で終わるべき事案ではない。また、異様な報道スタンスを維持するNHKには、猛省を促したい。ことの本質を、決して曲げてはならないのである。

2010年11月11日08時41分 / 提供:PJオピニオン
http://news.livedoor.com/article/detail/5131775/

 同じような「正義」の定義の違いが、日本でも発生している。まさに今話題の尖閣諸島ビデオ公開問題である。海保職員が「法律違反」であったとしても、これもスーチーさんと同じで、そもそも「機密」にするという基準や決める手続きがおかしかった場合に、「正義」を持って対処することが可能かどうかといううことである。まさに民主党政権の作った基準が間違えていて、国民の知る権利まさに憲法上の基本的人権の方が優位性があるという場合、本来は政府が間違えているのだから、海保職員は、「正義」の行動であるといえる。一方仙谷官房長官の会見の通りに「法律違反」というのであれば、海保職員は犯罪者ということになるであろう。
 しかし、その検討は、正義ということの価値観の問題であり、マスコミがどちらかによった報道をすべきではない。殊に、この文章を書いている時点、あるいは、上記記事の11月11日時点では、海保職員は、逮捕もされていない「被疑者」でしかなく、「容疑者」でもない。ましてや「刑事被告人」でもないのである。そのような人を捕まえて、まさに犯罪者扱いをするような報道は、「正義」の観念がまったく国民の感情からずれてしまっていると言わざるを得ない。
 しかし、上記の「ミャンマー」という国家の呼称と同じで、何気なくテレビなどをつけてみていると、そのようなものなのだというような感覚に無意識のうちに慣れてしまうことになる。要するに、上記のNHKのように『連日のニュースのトップ記事はすべて「尖閣映像の不法な流出を指弾」する内容で構成』(上記記事より引用)してしまえば、あまり知識のない一般の視聴者の中には、そのようなものだと思ってしまう人も少なくないのではないか。このような「未知の分野に対するインプリンティング」はマスコミが最も行ってはいけない内容ではないか。まさに、ミャンマーの国営放送がスーチーさんを「犯罪者」「危険人物」としているのと同じで、何か特別な価値観の中に支配されている報道をしているということに他ならないのではないか。これはとても公平な報道ということはできない。
 まさにNHKは国営放送であり、放送の公平性のない政府寄りの政府の広報機関のような状況になってしまっている。それは、まさに、ミャンマーの国営放送と同じような状況でしかなくなってしまっている。このような価値観の操作の影響で民主党政権ができてしまい、日本が崩壊に向かっているということは多くの人が気づいているが、それを、NHKの視聴者にも知らせなければならないのではないか。
 スーチーさんと海保職員。国家が変わるだけで、これだけ扱いを変える日本のマスコミは、十分に注意しなければならない。

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インターネットと政治と選挙(2) ネットについて考えたので、次は政治について考える

ネットについて考えたので、次は政治について考える

 前回は、インターネットについて考えた。次は、政治いついて考えてみたい。
 この二つがどのようにかかわるのか、そして、そこにある選挙を考えるのにどのように考えるのかをみるためには、
対象となる「政治」についてしっかりと見ておかなければならない。
 次は、当然に選挙について考えてみなければならない。その三つの事象を考え、その関係性をしっかりと認識することが重要だ。
  では、その政治について考察を加えてみよう。

 「政治」と聞いて、今の人は何を考えるのであろうか。
  三省堂の大辞林 第二版より引用すると、
(1)統治者・為政者が民に施す施策。まつりごと。
(2)国家およびその権力作用にかかわる人間の諸活動。
 広義には、諸権力・諸集団の間に生じる利害の対立などを調整・統合することにもいう。
「―にたずさわる」
とある。
 英語では「Politics」という。
 古代ヨーロッパ、ギリシア時代に、一つ一つの村組織を「ポリス(Polis)」という。
 小高い丘の上に作られた「アクロポリス(Acropolis)」を中心に作られた城塞都市や都市国家のことをいう。
 「都市国家」というだけに、当然に、小さいながらもその村一つ一つにおいて上下関係が成立し、政治がおこなわれていた。
 生活から流通、そして支配組織や統治組織、軍政なども行われていたのである。
 この「ポリスで行われたいたこと」が「政治」である。
 都市国家、一つ一つにおいて、統治者・為政者が、その都市国家の民に施す統治政策が「政治」である。

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国会内で盗撮 仙谷官房長官の日本を壊す情報統制

国会内で盗撮 仙谷官房長官の日本を壊す情報統制

 こきあいないで「盗撮」となると、何が起きたのかと思ってしまう。「盗撮」というと、最近ではなかなか「政治面」では見れない言葉だ。この単語が最近見ることができるのは社会面。大概は「スカートの中を盗撮」「トイレで盗撮」など「わいせつ罪」に関する内容ではないだろうか。それ以外に「盗撮」という単語はなかなか見ることができない。そのような先入観は、『仙谷官房長官「盗撮された」』という新聞のタイトルを見て、思わず「?」となってしまう。
 最近は、どうしても尖閣諸島問題、殊にビデオ流出問題に関してばかりが報道される。そのために似たような記事ばかりであり、自然と見出しで記事の内容を類型化してしまう。そこで、上記のように「盗撮」というと「わいせつ」という単語が浮かんでしまうのだ。
 しかしその対象が「仙谷官房長官」というと話は違う。そもそも「仙谷官房長官」相手に「わいせつ」はないのではないか。いわれのない誹謗中傷になるので、冗談として読んでもらいたいが、「仙谷官房長官の盗撮」というのは、「よほど変わった趣味」でなければありえないと考えてしまう。もちろん、そのような趣味の人もいるかもしれないが、まあ、仙谷官房長官でなくてもいくらでもいるのではないか。
 と、あまりにもあり得ない誤解をしたということを、正直に皆さんにお話をして、この記事を読んだときは「興味津津」に読んだ。しかし「盗撮」の対象は「仙谷官房長官」ではなく「仙谷官房長官の持参資料」であったことが分かると、やっと納得したのである。
 その記事と、その後日談が書きのものである。


[仙谷官房長官]「盗撮された」持参資料の新聞掲載を批判

 9日開かれた衆院予算委員会で、仙谷由人官房長官が審議に持参した資料が撮影され同日付読売新聞夕刊に掲載されたことを挙げて「盗撮」と批判する場面があった。
 同紙に掲載されたのは、仙谷氏が同日の審議の最中に菅直人首相に示した沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像の一般公開の可否を検討するための資料。「厳秘」と記され、国会提出済みの映像や動画投稿サイト「ユーチューブ」に流出した映像などがそれぞれ公開された場合のメリット・デメリットなどが記載されていた。仙谷氏は写真記者席付近を指して「あらゆる場面を頭の中に入れて、私的なメモを作っているがあのへんからどうも望遠レンズで盗撮されたようだ」と語った。

2010年11月09日22時22分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5128487/


厳秘パチリで仙谷長官「国会写真取材を見直す」

 仙谷官房長官は12日午前の衆院内閣委員会で、中国漁船衝突事件の映像に関する「厳秘」資料を委員会室で自ら広げているところを記者に撮影されたことを受けて、国会内の写真取材のあり方を見直す考えを示唆した。
 仙谷氏はこの資料の撮影を当初は「盗撮」と表現していたが、この点については「撤回する」とした。そのうえで、「国会内の写真撮影の許可の趣旨は、カメラが今のように非常に細かいものまで拡大して望遠レンズで撮影できる時代の許可ではなかった」と強調。「時代とともに撮影の在り方をもう一度考え直す必要がある」と述べた。
 国会の委員会室内では、委員長の撮影許可を得れば撮影を禁じられるものはない。

(2010年11月12日12時32分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101112-OYT1T00555.htm

 国会内の写真撮影は、当然に許可制になっている。許可は議事運営委員会であり、提出は「記者クラブ」である。国会での取材は、様々な制約の中で行われている。そもそも「取材」を行うことによって「議事の進行」を妨げてはならない。本会議開会のベルが鳴っているのにかかわらず、取材を廊下で行うなどということは許されない。この場合「国民の知る権利」よりも、「国権の最高機関としての業務」が優先される。国民の知る権利は、別に「業務以外の時間」で十分に取材ができるはずだ。
 国会は国会議事堂と議員会館でわかれている。議員会館はある程度良いことになっているが、議事堂内は基本的には写真撮影禁止だ。写真撮影は事前に記者クラブで許可をとていなければならない。そのために、記者クラブと議事運営委員会、そして両院の警務課は頻繁に取り決めを行っているのである。また、この記者クラブが、記者クラブに入っていない記者の締め出しもしくは外部記者が取材をする場合の「ルールの説明を行う役目」をするのである。
 最近、「記者クラブ批判」を繰り返している上杉隆氏は、このようなルールを守らないことで有名だ。しかし、このようなルールを守ることが、国会の議事の運営を妨げないということをしっかりと認識しなければならないであろう。
 同時に、その記者クラブに所属している人は、その制約の中で、できることをしっかりと行う。国会の委員会室の裏の廊下などに行けば、望遠レンズをつけたカメラマンのカメラを容易に見ることができる。国会見学などに行かれた方は、そのような場面を見てみることも面白いのではないか。これらの取決めの中には、「写真撮影スペースから望遠レンズを使ってはいけない」などの制約はない。要するに、仙谷官房長官は、正当な取材の中で「盗撮」されたのである。もちろん、後に「盗撮」ということは撤回したが、撮影などを規制するのは、今度こそ「国民の知る権利の制限」ということになる。
 これまでは、当然に自分の持っている資料などに関して、自分の責任の範囲内において、しっかりと、管理しなければならない。大臣や官房長官の立場であれば、そのメモや資料は当然に、機密に属するものも少なくない。しかし、それらを委員会や本会議場などに持ち込むことは、当然に大臣や官房長官の責任の範囲内において行われるべきである。それを「正当な取材」で「盗撮」されたとしても、それを批判できるものではない。大臣や官房長官の管理不行き届きということになるのではないだろうか。その「自己責任」を棚上げして『「国会内の写真撮影の許可の趣旨は、カメラが今のように非常に細かいものまで拡大して望遠レンズで撮影できる時代の許可ではなかった」と強調。「時代とともに撮影の在り方をもう一度考え直す必要がある」と述べた。』などということは、あまりにも不見識であるし、国民の知る権利を完全に無視した発言と言わざるを得ない。
 見方を変えて、「言論統制」ということで言えば、最近の尖閣諸島漁船衝突ビデオなどに関しても、まさに同じ状況になっている。仙谷官房長官の報道や情報の公開に関する考え方が、これらの「盗撮事件」に関する考え方にも表れている。このままでは、われわれ一般国民に関する情報統制なども行われるようになるであろう。それは、まさに「自由主義の国」ではなくなってしまう。まず、国民に政権に都合の良い情報しか流さなくなる、そのことそのものが「異常」であり、北朝鮮のようになってしまう。それでは「日本が壊れる」ということが現実になってしまうのではないか。
 このようなニュースから、今の政権の危険なところを考えるべきだ。麻生政権の時のように、ホテルのバーを使い、漢字を読み間違えても、「日本が壊れる」危険はないが、今の菅・仙谷政権では日本が壊れてしまう。読者の皆さんはどちらが良いか?改めて良く考えるべきではないだろうか。

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尖閣ビデオ投稿「犯」取り調べについて思うこと

尖閣ビデオ投稿「犯」取り調べについて思うこと

 昨日(一昨日か)10日から、尖閣伊bで尾に関してはかなり大きな動きが出た。海上保安庁が警視庁に刑事告訴を行い、それに伴ってアクセス記録などを調べた結果、神戸のネットカフェから投稿されたことが明らかになった。そのことを持って、神戸海上保安庁の保安官が「自分が流出させた」ということを認めた。
 その海上保安官が、事前に日本テレビ系の報道番組のインタビューに答えていたというのである。この事件の動きを受け、政府内ではすでに責任の問題が言及されるようになってきている。その記事が下記のとおりである。


海上保安官拘束前にテレビで激白「国民には知る権利」…尖閣ビデオ問題

 尖閣諸島付近の中国漁船衝突の映像流出事件で、神戸海上保安部に所属し、巡視艇うらなみで主任航海士を務める海上保安官(43)が、上司の船長に「自分が流出させた」と関与を認めたことが10日、分かった。
 関与を認めた神戸海上保安部の保安官を、大阪・読売テレビの報道局記者が直撃スクープしていた。この日夕に放送された日テレ系「news every.」によると、この保安官は、警視庁による任意の取り調べに応じた神戸海上保安部の保安官と同一人物だとし、“身柄拘束”前に行われたインタビューの様子を同番組のトップで報じた。
 同番組によると、映像がユーチューブに投稿された後、「sengoku38」を名乗る人物がいるという情報が同局に寄せられ、報道局の記者・山川友基デスクが神戸市内で直接対面。保安官はがっしりした体形の浅黒い43歳の男性で、海上保安官の身分証明書を提示したという。
 投稿の動機について「あれ(映像)を隠していいのか。おそらく私が公開しなければ、闇から闇に葬られて跡形もなくなってしまうのではないか」と説明。映像は1日に国会議員だけに開示されたとはいえ「国民には見る権利がある」と訴えた。内閣批判の意味合いは全くないという一方で、入手ルートについては、10月18日に国交省が厳重管理を指令するまでは「パソコンでパスワードを入力すれば、ほぼすべての海上保安官が見られる状態にあった。さして国家機密的な扱いをされていなかった」と管理の甘さを指摘した。
 ネット上で論議を呼んだ「sengoku38」の投稿者名の意味についても「仙谷官房長官でもあるし、戦国時代でもある。今の日本を取り囲む状況が戦国時代さながら。そういう意味にもとれるんじゃないでしょうか」と第三者的な物言いで言及。家族に話が及ぶと「多くの同僚や上司に迷惑をかけて申し訳ない」と涙を浮かべながらも「職を失う覚悟。甘んじて罰を受ける」と力強く語ったという。
 同番組に出演した山川デスクは「2時間ほど直接向き合ったが、落ち着いた様子だった。次第に信用に足る印象を深めていった」と振り返った。保安官はこの日の午前9時30分ごろにも同局に「上司に会いに行きます。明石海峡付近を航行中で30分後に神戸港に着きます」と電話で予告。神戸港で捜査官とみられる男性に連れられる様子も同局がスクープ撮影した。

2010年11月11日08時07分 / 提供:スポーツ報知
http://news.livedoor.com/article/detail/5131739/


[尖閣映像流出]海保長官辞任は不可避の見方…政府・与党

 仙谷由人官房長官は10日の記者会見で、中国漁船衝突事件のビデオ映像の流出問題に関し、「強制力を持った執行部門は、政治からの影響力を排除する相対的な独立性がある。独立性、自立性に応じた責任は当然出てくる。強い権限がある代わりに強く重い責任を負う」と述べ、鈴木久泰海上保安庁長官の責任は免れないとの考えを示した。政府・与党内には鈴木長官の引責辞任は避けられないとの見方が広がっている。
 菅直人首相も10日の衆院予算委員会で「流出させたのが公務員だった場合は、最終的責任は私にも当然あろうと思う。直接的には、監督する立場にあるそれぞれの部局にそれなりの責任がある」と述べ、自身の最終責任に触れつつ、鈴木長官の責任問題に言及した。
 一方、海保を所管する馬淵澄夫国土交通相ら閣僚の責任について仙谷氏は「政治職と執行職のトップは責任のあり方が違う。事案の内容に基づいて考えねばならない」と述べ、責任論の波及に予防線を張った。菅首相も衆院予算委で「責任の問題は、もう少し捜査の結果がはっきりした段階で検討、議論する必要がある」と述べるにとどめ、処分内容などへの言及は避けた。【野口武則、野原大輔】

2010年11月10日22時55分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5131129/

 この問題何かがおかしくないか。
 そもそも、中国漁船衝突事件において、その主役である中国人船長は処分保留のまま釈放されている。ということは、そもそもこの事件そのものが「司法事件」「刑事事件」ではないことを意味する。ビデオを予算委員会で流したのも、そのような中でである。それも6分に短縮した内容のものであった。では、なぜ「刑事事件でない」事件のビデオを公開できないのか。検察に提出されたものは捜査資料であるから、刑事訴訟法などによって保護されるということはわかる。しかし、事件でないものの資料に関してなぜその情報を「秘匿」もしくは「機密」にしなければならないのか。その理由は明らかにされていない。
 要するに、まずこのビデオが「本当に機密にする必要があるのか」ということが重要な内容になる。機密にする必要がある場合は「その理由」を明らかにしなければならない。当然に資料を保存するにも「機密」とそうでない通常の保存では、「経費」が異なる。その経費も「仕分け」の対象にすべきであることは明らかである。まったく機密にする必要のないものを機密にするということは、それだけ「ムダ」を増やすことになる。
 機密事項の開示は民主党が野党時代に要求してきたことだ。官房機密費も、インド洋の給油に関しても、「機密にすることが悪」であるかのごとき追及をしてきた。それが自分たちが政権をとった瞬間に完全に主張と逆行している。菅直人首相が野党時代に「ミスター・ブーメラン」と言われていたが、まさに「ブーメラン政党・民主党」である。
 さて、「機密」に話を戻そう。「機密にする必要があるかどうか」ということがそもそもの問題になる。ということは、この「ビデオ投稿(流出という単語は使いたくない)事件」は、そもそもの原因事件の解釈に戻らなければ、この事件の問題人はらなない。元の中国人船長が「処分保留」で、その内容を投降した人が「刑事罰」では、あまりにもおかしい話になるし、日本の司法制度そのものが政治的・人治的に結論を左右する。要するに日本が法治国家、近代国家でなくなってしまったということになってしまう。現代社会で言えば、北朝鮮などとほぼ同じだ。
 次に、機密でない場合は、当然に国民の知る権利をどのように実現するかということだ。とくに、領土など国民の主権にかかわる内容が絡んでいる重要な外交問題資料であり、どうじに、その内容に関して国家の機密事項は含まれていない。25年前の大韓航空機撃墜事件に関し、その傍受テープを公開した時(後藤田正晴官房長官と安倍晋太郎外務大臣によるのであるが)は、日本の防衛省の暗号などが含まれていた。自衛隊の暗号その者を公開してしまうという機密事項を公開しながらも、真実を明らかにした。真実ほど強いものはない。その真実を、ありのまま伝えることにより、日本の国際的な信用は高まった。
 今回は、そのような措置ではない。刑事事件にかかっており、事件の資料であるから、もしくは訴訟の資料であるから、という理由で公開しないのであれば、法律の要請である。訴訟を公平に進行させるために、必要な措置だ。しかし、「処分保留」となった場合は、そのような法的な要請もない。法的要請のない状況における機密指定は、一体何なのか。
 法律に違反している場合は、当然に罰せられなけれなければならない。「愛国無罪」という考え方は、私は好きではない。日本は法治国家であり、法律を護る事は重要だ。しかし、今回のように「原因行為が、不純な場合や、法律と関係のない権利の濫用に関してどのように対処するのか」ということが、最も重要である。権力が権力の濫用を行った場合、本来はジャーナリズムがそのような監視を行うとしていたが、民主党寄りのマスコミばかりで、まったく役に立たない。そもそも「流出」犯人で、「原因事件」に関して言及しないなどということをマスコミが続けていれば「言論の自然死」も近いといわざるを得ない。
 この事件に関しては、そもそも9月7日に戻って、全てを、それは中国人の逮捕から、領海侵犯から、そして、処分保留の釈放、編集され場ビデオの予算委員会だけの公開、外交の失政、これらをすべて考え直し、その現象の中からビデオ投稿という行為が行われたということになる。これらの原因があるから、上記の新聞記事によるように「国民が真実を知ること」に対する重要性を書いているのである。この保安官がそのように考えたのは、これらの経緯の中に、「説明できない」「必要性のない」機密性の指定ということである。
 今回の事件は、至極単純な保安官の事件というのではなく、その事件を通して、国家機密に機密性という問題と、民主党政権による権限の濫用をどのように抑えるかということ。もっと言えば、民主党政権が、権限を乱用し、見えない部分で国民に不利益なことをする可能性のある政権であるということを、改めて国民が知り、そして、考える機会になったのではないか。
 民主党政権はそれだけ危険な政権であるということだ。

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尖閣諸島ばかりではな買う、食文化から中国と日本を比較する

尖閣諸島ばかりではな買う、食文化から中国と日本を比較する

 一時期前、グリーンピースの抗議船が、日本の捕鯨船に体当たりをしたことや、反捕鯨の映画の公開を巡って話題になったことがある。捕鯨は日本の文化である。私からすれば、クジラの減少は、アメリカの産業の発展のために「鯨油」を絞ったことによる乱獲が原因であり、日本の捕鯨とくに食用捕鯨とは、少なくとも深い因果関係はないと考えている。「白鯨」という小説がある。エイハブ船長という妖怪白鯨「モービーディック」に恨みを持つ船長の船に乗り込んだ乗組員の話である。グレゴリー・ペックが主演で映画になっている。この映画の中に、「鯨油」を絞るための捕鯨のシーンが出ており、鯨油を絞った後、クジラを海洋に投棄することが言われている。アメリカも盛んに捕鯨をしていたという事実が、このような文学作品や映画で残っているのはなかなか興味深いところである。が、そのアメリカを本拠に「グリーンピース」が日本や北欧の捕鯨に反対している姿は、自国の歴史の否定をどのようにとらえているか疑問になることがある。
 日本の捕鯨の歴史は古い。昔は、現代のような鉄船もなく、ボートに銛を持った漁師が和歌山や三陸沖などで、クジラに「漕ぎ寄り」そして銛を突き立てる。当然にクジラは抵抗するので、海に投げ出されたり、その銛が外れたりで、死亡した人も少なくないだろう。クジラと人間の戦いであった。それだけに、クジラに対する感謝や自然に対する畏敬の念は忘れないものと考える。そこで、日本の捕鯨は、少なくとも以前はクジラを余さず使っていた。ひげはゼンマイに、皮はわさびおろしに、そして骨は加工して芸術品にしたり、畑の肥料にしたりというように、クジラ一頭で捨てる部分がほとんどないくらいに使っていた。最近では、必ずしもそうではないようである。ゼンマイなどは見なくなっているが、まさにそのものであろう。
 クジラの骨で作った芸術品やクジラのひげのゼンマイで作った「からくり人形」などを見ると、日本人の技術や文化の奥行きの深さを感じることがある。
 食と文化は一体のものである。日本では、調査捕鯨を続けているものの、ナガスクジラを解体できる設備やえい航できる船がないそうだ。二万トンクラスの捕鯨船もなく、捕鯨禁止の世界的潮流から、新しい捕鯨船の建造などもできていないようである。逆に、現在南氷洋のクジラは、餌となるオキアミが少なくなったために、クジラそのものが餓死しているという。クジラは海の食物連鎖の頂点であるために、保護して多くしてしまうと海洋の生物が少なくなる。まさに「捕鯨をおこなうこと」も「保護すること」もいずれも生態系を崩すことになりかねない。そのことをしっかりと研究しなければならない。
 さて、捕鯨のことをここで書きたいわけではない。捕鯨ではなく、哺乳類を食べるという意味では「牛」「馬」「豚」などの食用をどのように考えるのかということも、しっかりと関あげなければならない。そんなときに面白い記事を見つけた。


「犬食」は野蛮な習慣なのか?動物愛護団体の抗議に「排外主義」と反論―広東省開平市

 2010年11月4日、中国・広東省開平市の世界遺産「開平望楼と村落」で犬肉を食べる習慣が物議を醸している。香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが伝えた。
 「開平望楼と村落」は2007年に世界遺産に登録された。1920~30年代に建てられた「望楼」は当時のヨーロッパの雰囲気を色濃く映し出すと同時に中国伝統の建築様式もふんだんに取り入れられ、「中国と西洋が見事に融合した建築芸術群」との高い評価を得ている。
 “犬肉騒動”の発端は、英国・アイルランド王立アジア協会が会員400人を開平観光に招待したこと。その招待状に「犬肉料理を無理やり食べさせられることはありませんが、現地ではほぼすべてのレストランに犬肉料理があります。殺されるのを待っている子犬を目にすることも多いでしょう。不快に感じられる方は参加されませんように」との注意書きが添えられていた。
 これを知った動物保護団体は激怒し、「犬肉レストランをボイコットし、現地の悪しき習慣を変えよう」と呼び掛けた。だが、協会側は「それは排外的愛国主義に他ならない」と反論。「よそ様の土地に行って、『あなたたちの文化はひどい』とは言えないだろう。これは2000年前から続く現地の伝統だ。鶏肉を食べることと何ら違いはない」と主張している。(翻訳・編集/NN)

2010年11月9日(火)8時57分配信 Record China 
http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20101109006/1.htm

 クジラではなく「犬」である。ちなみに、犬を食べるのは中国だけでなく、北朝鮮や韓国などで食べる。私が中国にいた時分は、食堂の二階にいた犬が、ある日、いなくなって食べられていたなどの話は日常である。
 そもそも、中国では「机以外の四足は何でも食べる」といわれるほど、なんでも食べる。私が食べただけでも、「ウサギ」「カエル」「トカゲ」「へび」などは、まだましな方。「モグラ」「さそり」「アヒルの頭」「山鳩」「イタチ」など、本当になんでも食べる。私は食べなかったが、「セミ」「コオロギ」「タガメ」なども平気に食卓に上った。いずれも濃い味のソースやたれなどがあり、あまり味は気にならないが、そのまま出てくるので「見た目」で無視が出てしまう。とてもとても食べられるものではない。中国で食事をする場合御鉄則は、飲み込むまで「これ何ですか」と聞かないことである。聞けば、食べることはできなくなってしまう。ちなみに、私は食べる事ができない場合が少なくなかったので、中国に行くたびに「柿ピー」を持っていて、それが非常食になっていた。そのほかに「マグカップでできるカップラーメン」などもかなり重宝した。
 さて、そんな料理の話をしても仕方がない。そのような話を、日本料理の大家である四條隆彦卿にお話ししたところ「海外で、まずいものを食べた時にまずいと感じる力が文化です」というお話をいただいた。なるほど。要するに、日本人は日本の食文化に慣れているから、それらが「まずい」「そんなものを食べるのはおかしい」と感じるのである。逆に、その社会の中にいて、毎日そのような食生活の中にいれば、犬やウサギや蛇を食べるのは、普通なのである。日本人が感じるような違和感は全く感じないはずである。
 逆にいえば、上記のような「犬を食べることの物議」そのものが、「良い迷惑」であり、中国の文化の否定であるといえる。
 私は、敢えて、このことを言う前に、捕鯨の話をした。捕鯨そのものを文化の否定であるということで反対している人は、逆に、中国の「犬食」に関しての否定もできないはずである。
 逆に日本人に限らず、アイルランド人も、「自分の文化を尺度にして、他国の文化を否定する」ということが言えるのかもしれない。日本は、「買い物ツアー」など世界の文化を否定し、日本と同一化していった。それは、まったく国際人でない態度であるが、一方で、他国同士の、文化の否定は奇異に感じる。
 中国の肯定ではないが、中国の文化まで否定する必要はない。政治や領土の主張を否定することは良くても、文化や生活を否定することは、あまり好ましい行為とは思わない。それは捕鯨の件で日本は経験しているはずだ。他国の文化を「奇異」という事は良くても「否定」するべきではない。私はそう思う。
 この記事のように、他国同士でやっている文化の否定を、敢えて記事にいてみると、面白い。「他人のふり見てわがふり直せ」である。

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外交だけでなく景気対策でも無策な菅内閣、景気悪化と倒産増加

外交だけでなく景気対策でも無策な菅内閣、景気悪化と倒産増加

 日本の景気は、政府の対策などが行われてから数カ月のちになって表れるものである。ちょうど太陽と気温の関係と同じだ。対策を行って、数ヵ月後にその効果が表れてくる。当然に「今」何もしなければ数ヵ月後の年末年始や年度末が「経済無策」の影響が出ることになる。もちろん、何もしないことが良い場合もある。しかし、現在の「円高・株安」という歪な経済状況は、何らかの政治的な経済政策が必要ではないかと考えられるのである。
 考えてみれば、この8月、ドル安円高が激しくなってきたとき、まさに1ドル100円割れし90円にまで急上昇した。それと同時に株も今年の最安値(当時)を記録するなど、の減少があった時、民主党政権は「民主党代表選挙」に明け暮れており、当時の野田財務大臣は「慎重に見守る」ということで代表選挙が終わるまでの期間、要するに9月14日まで、円高に対する為替介入を全く行わなかったのである。
 円高に関しては、「円高になれば景気が良くなる」という経済評論家もいる。日本は輸出依存国家ではないと叫んでいるような人もいるし、そのような書き込みをネットでお粉ている人も少なくない。今回のような状況でも、「円高だから内需が拡大する」ということを言っている人もいるが、実際、日本経済(日本に限ったことではないが)は、そんなに簡単なものではない。「円の高い・安い」の二元論で、全てが決まるのであればその通りなのかもしれないが、日本の場合、「資源」産出国ではないので、輸入をして加工して輸出をするということや、海外に投資をしてその海外投資における金融資産を利益に結び付けているという、半分は加工製造業で半分は禁輸資本になっているために、円高そのものは、そんなに歓迎すべきことではない。
 実際、「円高で景気が良くなる」というものではないことは下記の記事で「数字」で表れてしまっている。


10月の街角景況感、3カ月連続で悪化 円高など響く

 内閣府は9日、全国の商店主やタクシー運転手らに街角の景況感を尋ねた10月の景気ウオッチャー調査を発表した。足もとの景気実感を示す現状判断指数は前月より1.0ポイント低下して40.2となり、3カ月連続で悪化した。エコカー補助金終了やたばこ増税などによる個人消費の落ち込みや、円高などが響いた。
 内閣府は基調判断を前月の「景気は、これまで緩やかに持ち直してきたが、このところ弱い動きがみられる」に据え置いた。
 10月は指数を構成している家計、企業、雇用の3大項目のすべての数値が低下した。特にエコカー補助金終了による自動車販売台数の激減や、自動車メーカーの生産調整に伴う関連企業の受注減といった現状を伝える声が多く寄せられた。
 2~3カ月先の先行き判断指数は前月より0.3ポイント低下して41.1となり、2カ月ぶりに悪化。円高で輸出環境の改善が見込めない、などと懸念する声が多かった。

2010年11月9日20時42分 朝日新聞
http://www.asahi.com/business/update/1109/TKY201011090399.html


10月倒産、負債総額79%増 大型倒産多発響く

 東京商工リサーチが9日発表した10月の企業倒産(負債額1000万円以上)件数は、前年同月比9・9%減の1136件で15カ月連続で前年を下回った。負債総額は、79・1%増の2903億円と、大きく膨らみ、今年3番目の規模になった。
 負債500億円超の大型倒産が中小企業保証機構、JPエクスプレス、大和システムの3件もあったことが響いた。上場企業の倒産も、大和システムのほか、ラ・パルレ、TCBホールディングスの3社あった。ラ・パレルと中小企業保証機構は、経営破綻した日本振興銀行の取引先だった。
 倒産理由では、販売不振を中心とした不況型が、83・8%を占め、過去3番目の高水準となった。
 1~10月の累計では円高による倒産が前年同期比3倍の58件に達した。業種別では、運輸業が15カ月ぶりに、不動産も10カ月ぶりに件数が減少した。

産経新聞 11月9日(火)14時21分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101109-00000569-san-bus_all

 「景気ウオッチャー調査」というものがどのようなものかは分からない。具体的にどのようい聞いているのかは不明だ。しかし、私自身タクシーに乗るたびに、必ずと言っていいほど「景気はよいですか」と聞いている。昨年の今頃は「良くなった」などという人もたまにいたが、最近では「景気は悪い」という人ばかりである。景気が良い時は、タクシーの運転手が「政治」の話をする。ようするに、景気が良いので、「実車」が多いという。景気が悪い時は、運転していても同じなので、「外で休む」「車を止めて寝る」ということが多いために、ラジオを聴くことは、かえって少なくなるという。そのために「政治」や「ラジオで言っているような話」が運転手から出るときは、景気が上向きの時だ。タクシーの運転手も、お客さんとの話題などに終始する場合が少なくない。
 中小企業や商店街などは、そのたたずまいや町の清掃の行く届き方でわかる。人々の心の中にゆとりがあるので、清掃や飾るということができるようになるからだ。そのような「接待」に関することが最も初めに削られてしまうので、お客さんをもてなす部分や外見に余裕がないときは、景気が悪い時である。
 中小企業が景気が悪い時は、当然に大企業も悪くなっている。そうなれば、大型倒産も少なくない。当然に倒産の負債総額も増加することになるのである。
 これらの「不景気」の原因は「エコカー補助金終了やたばこ増税などによる個人消費の落ち込みや、円高など」(上記記事より引用)と朝日新聞は分析している。しかし、「エコカー補助金」は政策によるものであるし、「たばこ増税」も、不景気の時にする必要はな方ということであれば、やはり政治の責任である。要するに、朝日新聞では「個人消費の落ち込みは政治の無策、というよりは失政による」という分できである。それと同時に「円高」が要因になっているが、円高に関しては、上記にあげたように8月の円高の初期に民主党代表選挙を行っていたために、その対応、要するに為替介入が遅れたということになる。株をやっている人、もしくは経験のある人ならばお分かりと思うが、これら相場に関しては、「一瞬のミス」が命取りになる場合が少なくない。ましてや、何週間も放置をしてしまえば、相場の動きによって戻っている場合もあるが、そのような偶然がない限りにおいては、傷を広げ致命傷になってしまうことも少なくないのである。
 今の日本企業と景気指標、そして10月の倒産に関しては、まさにその状況にあるのではないか。そしてこれは、ひとえに「経済無策」と言われた菅政権の責任においてなされているものである。
 自己都合で、為替介入もせず、景気対策を行わなかった。景気無策で何もしない。外交も満足にできない。そのうえ、TPPへの参加など、国内の産業殊に農業などに対して対策を立てることなく「体面だけ」で条約などを批准しては何の意味もない。補正予算などもそれらの対策になっていない。
 何度も、このブログで書いているが、そのような「民主党政権」を選んだのは、国民である。その「痛み:「しっぺ返し」が今、国民の経済に直撃しているといえる。
 民主党だけではない。円高で景気が良くなるとか内需が良くなるといっていた人々は、これだけの倒産件数を抱え、倒産負債総額を抱えて、個人の雇用や将来の不安もあって、どのように個人消費や「内需」が増えるのか、是非解説をすべきなのではないか。無責任な発言をするのでは、民主党と同じである。

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世論調査から菅政権のマスコミ批判を解く

世論調査から菅政権のマスコミ批判を解く

 世論調査には賛否両論ある。マスコミを批判する人々は、その調査方法など「平日で、固定電話に電話をしたところで、主婦層しか意見が取れない」「数千人の調査で物事が分かるはずがない」など、さまざまな批判を聞く。ひどいものでは「数字は作っているに違いない」「恣意的な力が働いている」などの批判も少なくないのである。
 批判は批判として受け入れるとして、それこそ大阪地検特捜部のように客観的な数字を改竄しない限りにおいて、そのような数値が出たこと自体は間違いがない。その意味では批判の内容をしっかりと加味しながら、同時にそのような数字が出たことを真摯に受け止めて対策を考える態度が必要だ。逆に、数字に関して言えば、そのような批判をしている人ほど「数字の改ざん」「恣意的な数字の使用」をする人が少なくないことも事実だ。誰とは言わないが、マスコミを批判しながらマスコミのソースを追い求める人や、中国を批判しながら中国国務院政府の発表の数字を真実として物事を語るような人が少なくない。そのようなことをするならば、初めから他人の批判をしなければ良いのに「言行不一致」になってしまうし、その「言行不一致」の行為に対して全く説明もしないことが少なくないのである。他人・他者を批判するというのはそれなりに難しいことであるし、自分の態度をしっかりと「律する」ことのできる人でなければならないのに、そうでない人が跋扈するのは、あまりここ落ち良いこととは思わない。
 さて、その意味でいうと、民主党の政権が今まさにその状況に陥っている。昔は「偏向報道」「マスコミ批判」は保守層、殊に自民党支持層の専売特許であった観がある。しかし、最近になると、どうも旗色が変わってきたようである。いまだに、自民党や保守のいけんは、昔自民党が政権をとっていたことに、野党のコメントなどがかなり多用されたのに対し、今の民主党政権に対して野党のコメントが少ないことに関して、保守層は不満があるようであるが、それでも、民主党政権への風当たりは「強い」と言わざるを得ない。殊に、仙谷官房長官への批判はかなり手厳しい。
 批判に関しては「批判をすることがおかしい」というような主張をたまに見受けることがある。しかし、経済や会社などでは「苦情こそ重要な財産」といって成功した外食チェーンなどは少なくないのに、政治に関しては「批判を嫌う」という風潮があるのは、「経済一流・政治三流」といわれる所以の一つかもしれない。批判をまともに受け、そのうえで、それに応えることができなければ、政治などは不信感しかなくなってしまう。「イエスマンだけではうまくいかない」という言葉があるが、批判を嫌う政治家や政党の態度は、まさにイエスマンしかいらないという滅びの法則に近いのではないか。
 その批判にこたえていない状況になると、どうなるのか。それが下記の記事である。


菅内閣支持率急落35%、尖閣・経済など響く

 読売新聞社が5~7日に実施した全国世論調査(電話方式)で、菅内閣の支持率は35%となり、前回調査(10月1~3日実施)の53%から急落した。
 参院選直後調査(7月12~13日実施)の38%をも下回り、発足以来最低となった。不支持率は55%(前回37%)で、支持率を逆転した。
 尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件や円高・デフレの経済情勢、小沢一郎・民主党元代表の「政治とカネ」の問題への対応などで不満が高まり、内閣支持率を一気に引き下げた。菅首相は厳しい政権運営を強いられることになりそうだ。
 政党支持率では民主は28%(前回36%)に落ち込み、自民は23%(同16%)に上がった。
 民主党政権の外交・安全保障政策については、不安を感じるという人が91%(同84%)に上昇した。
 具体的に聞くと、中国漁船衝突事件を巡る菅内閣の一連の対応を「評価しない」との回答は82%だった。事件の模様を撮影したビデオ映像がインターネット上に流出したが、政府は事件のビデオを国民に公開すべきだと思う人は83%に上った。公開を避けてきたことへの強い不満が示された。
 ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の国後島を訪問したことを「問題だ」と思う人は68%だった。政府は駐ロシア大使を一時帰国させたが、「さらに対抗措置をとるべきだ」と思う人は48%で、「この程度でよい」26%、「その必要はない」15%となった。
 菅内閣が今の経済情勢に適切に対応していると思う人は12%で、「そうは思わない」が79%を占めた。
 小沢氏の「政治とカネ」について聞くと、民主党の対応は不適切だと思う人が84%を占めた。小沢氏が国会で説明すべきだと思う人は84%に上っている。
 小沢氏が、検察審査会の議決により、強制起訴されることになったのを受け、どう対応すべきか聞くと、「衆院議員を辞職する」が55%、「議員は辞職しないで民主党を離党する」21%、「辞職も離党もする必要はない」19%だった。

(2010年11月8日01時45分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101107-OYT1T00640.htm?from=main1


「中国信頼せず」87%、対日不信は79%

 読売新聞社と中国・新華社通信発行の週刊誌「瞭望東方週刊」が実施した日中共同世論調査(電話方式)で、日本では現在の日中関係を「悪い」と思う人は90%、中国を「信頼できない」は87%に達した。
 中国側でも日中関係が「悪い」は81%、日本を「信頼できない」は79%に上った。
 日本側では昨年、日中関係について「良い」45%と「悪い」47%が拮抗(きっこう)していた。過去の日本側調査は面接方式のため単純比較はできないが、対中意識の急激な悪化は明らかだ。2007年からの共同調査で「悪い」の最高は08年の57%で、今回は極めて高い水準だ。中国側は昨年は「良い50%―悪い43%」だった。
 互いの国を「信頼できない」は、昨年も両国で多数を占めたが、日本は69%、中国は63%だった。
 日本だけで行った質問についてみると、沖縄・尖閣諸島問題が、今後も日中関係の大きな障害になると思う人は80%に上った。中国が経済・軍事力を背景に、他国への外交圧力を強めるという不安を感じる人は89%を占めた。軍事的な脅威を感じている国(複数回答)では79%が中国を挙げ、トップの北朝鮮81%に迫った。調査は日本側が10月22~24日(回答は1040人)、中国側が同19~26日(同1045人)に実施した。

読売新聞 11月7日(日)3時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101106-00000896-yom-int

 読売新聞に「中国に関する調査結果」もあったので、今回は読売新聞の記事を引用したが、他の調査もすべて1か月前の10月初旬に比べ20%に近い下落率を見せている。いずれも「外交・安全保障に不安がある」というのが理由である。それだけでなく、ない生命んでも特筆すべき功績は何もない。功績なく傷だらけの政権では、何の信用もあるはずがない。
 そればかりか、「マスコミが悪い」「報道が良くない」など他者に責任転嫁しかしていないようでは、話にならない。政治の世界では責任転嫁は自己満足に過ぎない。そのことが分からないようでは政治に携わる資格はない。にもかかわらず、責任転嫁ばかりしているようでは、話にならない。
 この数字の結果は、「自民党政権から政権交代に期待したが、民主党政権は頼むに足りない」という人の集合体であり、一方35%の支持者の中には「それでも自民党よりも良い」とか「他に任せても一緒」という消極的な支持層も少なくないのではないか。もちろん「菅直人の顔が好き」など、政治と関係ない部分での支持者も少なくないのかもしれないが、その辺はこのブログでは触れるのはやめておこう。個人の主観、それも顔の好みまで論ずるブログではない。
 責任転嫁をする政治家は少なくない。しかし、責任転嫁をして成功した政治家はいない。一般の人には「責任転嫁」と「負け犬の遠吠え」は同じだ。結局のところ、他者に責任を転嫁しても、政治の世界は政治家自身に戻ってくる。最終は責任転嫁をした行為さえ、マイナスとして国民に受け取られる。それは外交でも同じ。「中国が分かってくれなかった」などの言い訳をしたところで、「中国が分かってくれない国であるというくらいの常識もない官房長官だ」という解釈になって、国民の間を駆け巡る。そして、その言い訳一つで「外交の常識も、外国の情報も、交渉の技術も何もない政権」という印象しか残らない。今回の尖閣の問題や北方領土の問題は、それくらいのインパクトのある問題であったと考えられるのではないか。
 菅直人や仙谷由人が、この数字を「真摯に受け止めて改心する」のか、あるいは「この数字に対しても批判し、責任転嫁をして今まで通り政治不信を募らせるのか」ということが注目である。その意味では、彼ら民主党政権の今後の「御活躍」に期待するところである。

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マスコミ批判に対する一考(18) マスコミの論調と自己都合

マスコミ批判に対する一考(18) マスコミの論調と自己都合

 尖閣のビデオがネットで出てきたのはさすがに驚いた。下記の記事の通り、確かに、マスコミは血眼で捜していたビデオだ。仙谷官房長官があれだけ「隠す」とは、何か特別なことが映っているに違いない、と誰もがそう思っていた。海に落ちた海上保安官を銛でついたなど、ネット上では、様々な「憶測」が流れたが、そのネットの上に、ビデオ本隊がアップされたのだ。さすがにマスコミ各社「やられた」という感じである。
 ネットの時代に新しい流れであると考える。この事態を持って「マスコミ不要論」をぶち上げる人もいるが、その人々は、上記にある「海上保安官を銛でついた」というう「デマ」に関する評価が全くできていないということになろう。ネットはネット、マスコミはマスコミという棲み分けができない人は、残念ながら少なくない。ネットの有名人という人々の中にそれが多いのが気になるところである。
 ただ、今回のネタに関しては、確かにマスコミが探していたビデオがネット上にアップされたのだから、ネタ取り競争は完全にネットが優位に立ったといえる。
 さて、このネタのアップにおいて、マスコミが考えることというのは「次の展開の予想」である。まずは「何が映っているのか」ということ。「銛でついた」は極端な例としても、ネット上では様々なうわさが出ていた。ネット情報の信憑性が薄い、ネットそのものの情報は「玉石混合」というのがまさにぴったりであり、そのためにネット上の内容は、よほど慎重に裏をとらないといけない場合が少なくない。しかし、マスコミも「見ていない」場合は、当然に何も言うことはできない。そこで、まず「何が映っているのか」が問題だ。
 次に「衆議院予算委員会の6分のビデオと何が違うのか」ということだ。これは、当然に「ビデオが何種類あるのか」ということにつながる。違う角度からの映像であるならば、ビデオそのものが複数種類あるということになるのだから、当然に、出所も何も大きな問題になる。
 次に、「なぜ仙谷は隠したのか」ということだ。それはとりもなおさず「これがアップされたことによる日中関係はどのようになるのか」ということになる。そもそも「日中関係がおかしくなる」ということでビデオが非公開とされたのだ。大韓航空機撃墜事件の時の後藤田官房長官や安倍外務大臣との対応が比較されたものであるが、その内容に関して「隠さなければならないような事実があるのか」ということも必要になってくる。
 その上で「政府の今後の展開はどのようになるのか」ということになる。当然に、「外交」「内政」の二点で話題になるものと考えられる。
 あとは、ネタ取りで負けた分、その内容を以下に「他者と違う角度から」書くかということがまさにマスコミの仕事になる。その内容に関しての批判が下記の記事である。


 YouTubeに特ダネを抜かれたマスコミ、尖閣映像告発者は犯罪者ではない

【PJニュース 2010年11月6日】日本領の尖閣諸島沖で領海侵犯・不法操業していた中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突してきた映像が動画サイト「YouTube」で公開されたことで、国民の知る権利を負託して事件の真実を伝えた勇気ある告発者を日本のマスコミはあたかも犯罪者のように扱いはじめた。少なくとも、告発者を擁護するような言論は見当たらない。
 仮に、どこそこかのマスコミがこの映像を独占入手し、報道していたならば、そのマスコミは胸を張って「特ダネ」だと騒いだろう。事実、マスコミは一部議員に公開された映像の内容について取材をしてニュースとして流していたし、この原映像が特ダネになることはもちろん承知で、血眼になって探していた。
 それが、突如として匿名で「YouTube」に流された。これはマスコミ記者にとって、「YouTube」というメディアに特ダネを抜かれたに等しい。マスコミ自らが問題映像を独占的に報道したらジャーナリズム上の「特ダネ」で、それを告発者自身が公開すれば犯罪者扱いになってしまう。
 つまり、同じ告発映像でもマスコミが公開すれば「正義」で、告発者が公開すれば「悪」という構図を、マスコミが作りだしているのだ。この映像は日本国の主権者である日本国民が事件のあらましを知る上で、極めて重要な事実である。国民の知る権利と自らに降りかかる危険を天秤にかけて告発者は映像を公開したはずだ。
 公の正義を守るはずの日本のマスコミがこの告発者を擁護せず、犯罪者として扱いはじめるとは、あまりに狭量で嫉妬深い。情報源の秘匿原則をこの映像告発者に援用することさえ考えられないらしい。この傾向は昔からある。似た構図と言えば、通称「西山事件」である。毎日新聞の西山太吉記者が外務省の密約を暴いたのだが、その情報が外務省女性職員との情を通じて入手した。密約よりも男女の関係がマスコミによってクローズアップされ、密約という国家的大事件そのものがうやむやになってしまった。
 尖閣列島の中国漁船問題は映像告発者にあるのではない。れに従って国内法に則り、粛々と中国漁船船長を逮捕・起訴すると同時に、即座にありのままの映像を公開しなかった菅直人・民主党政権にある。それがいま、菅政権が自身の責任を映像告発者に転嫁しようとしている。
 「声なき人々の声を伝える」。これはマスコミのくちぐせだ。これは「声なき人は声を上げてはいけない」ということなのかも知れない。【了】

2010年11月06日08時15分 / 提供:PJオピニオン
http://news.livedoor.com/article/detail/5120826/

 この記事の指摘はまさにあたっているといえる。しかし、マスコミそのものの発想方法は上記で記載のとおりであるために、当然に今回の事件では「海上保安庁に調査の中止やビデオ公開の称賛の声が寄せられている」という記事を、どの新聞も掲載しているところだ。新聞は、新聞なりに「苦労をしているのだな」ということを考えざるを得ない。
 多分、この記事の筆者に限らず、日本人の特性ということが非常に大きく左右する問題になるのではないかと考えられる。まさに、日本人は政治家や指導者には聖人君主を求め、そして、湯名人には品行方正を求める。しかし、現実の社会では「当たり前のことをして入れば、当たり前の情報しか入ってこない」というのは常識だ。そこで、いかに人間関係やそのほかの手段を弄して情報を入手するかがカギになる。そして、その情報と新たに出たこのビデオのような大きなネタを組み合わせて、一つの記事に仕立て上げる。ネタが大きければ大きいほど、同じ論調の記事になってしまう。それを避けるために、様々な情報を入れるという作業が必要になる。
 民主党などの政党が、マスコミに付け入る「スキ」はここにあるのだ。新たな情報を入れるために、政府関係者にインタビューをとれば、軒並み「情報提供者は犯罪者」という。そういわなければ政府が持たないからだ。その政府が持たない状況を、そのまま書けば他者とかぶってしまう。そこで、「少し違った観点」のつもりで、皆が同じ「情報提供者犯罪者説」を流してしまい、激励の声があることを報道して中和しているという構成であろう。しかし、政府によって一定の方向に報道が矯正されたことは間違いがない。
 この手法が正しいかどうかは別として、本来であれば、上記にあげた「なぜ公開しなかったのか」「今後の外交はどうなるのか」ということを真剣に議論しなければならない。しかし、残念ながら、マスコミにそのよう場「王道をゆく」報道ができないのも事実だ。そこまでの論説をできる人はマスコミにいないし、それを行って政府にいじめられるのが恐ろしいようでは、マスコミを名乗る資格はない、ということを気づいていない人は少なくないのだ。
 今回のビデオをアップした人は別にして、民主党の言う政治主導は完全に崩壊しているといえる。官僚を管理できない、情報を管理できないで政治主導などはあり得ない。とはいえ、今回の事件に関し「情報漏えいを称賛する報道ができるか」といえば、それはNOだ。警視庁の公安の情報流出事件や昨年にあったイージス艦の情報漏えいと、今回の漏えいとは、情報の質が違うだけで「情報を漏えいした事実」は変わらないこともまた事実なのである。
 結局、今回の事件は「政府がまったく機能していない」という報道以外にはないのではないか。情報漏えいを称賛する声は情報の質がこの内容だからであるということを肝に銘じなければならない。当然に、「情報の質」によって行為を差別してはならないのも事実なのである。そのことをしっかりと解説するマスコミもなければならないのではないか。
 結局「暗黙の了解」に甘えているマスコミが批判をされるのは仕方がないことではないか。そもそも、「マスコミ」がこのような情報を入手すべきではないのか。取材力の低下が様々なマスコミ批判を産むのと同時に、ネットに対する対策とすみわけをしっかりと議論しなければならないのではないだろうか。

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新シリーズ「ネットと選挙と政治」(1)ネット選挙を語る前にインターネットの特徴を分析しよう<メルマガより>

新シリーズ「ネットと選挙と政治」(1)ネット選挙を語る前にインターネットの特徴を分析しよう<メルマガより>

 シリーズ日本の小売業も少し飽きてきました。
 そんな時、ネットを使った機密漏えい(もしくは投稿)事件が発生しました。私が以前に手伝った候補者がネット選挙の本(内容はねっととかまったく関係なく、選挙落選のいいわけ本のようにしか見えませんでしたが)をだしました。売れ行きなどは全く分かりませんが、まあまあ、選挙に関して候補者本人が本を出すというのは、なかなかレアケースであり同時に、その評価なども含めて「ネット」と「選挙」と「政治」の三種類を混ぜて考えてみようと思うきっかけにはなったと思います。
 改めて、「ネットと政治」に関して、そして「ネットと選挙」に関して、シリーズ化して書いてみようと思います。
 場合によっては、前回の参議院選挙に関する内容も触れる場合があると思いますので、配信先が分かるメルマガで掲載したいと思いますので、よろしくご理解くださいますようお願い申し上げます。
 なお、「シリーズ日本の小売業」は、継続して出してゆきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 1 インターネットの特徴の分析

 インターネットを選挙に使えるということから、さも新しいことのように思える。
 しかし、治あっしはインターネットの利用は単なるコミュニケーション手段の一つとして「追加」されたにすぎない。
 そもそも「インターネット選挙」という呼称そのものが、おかしいといわざるを得ず、インターネットによって万能に全てができるというものではない。
 そこで、まずはインターネットを利用することによってできることとできないこそ、その選挙道具の特徴をまとめておくことにする。
 なお、本書面は本書面発行日時点の認識であり、日進月歩を進めるインターネット技術の革新は、 ここで想定されているものを変えてしまう可能性があるので、その時は、逐次これを修正する。
 ただし、本書において平成22年度参議院選挙(7月投開票)においては、多分高い確率で、現段階のままであると考えられる。

l  双方向メディアである

 これまでのマスコミなどと異なり、インターネットはその使用方法によって双方向メディアとなりうる。
 今までのマスコミ利用においては、情報は発信者側からの一方通行であり受信者側からの意見が反映されることは非常に少ないといえる。
 このことは新聞などにおいても全く同じ内容であるといっても過言ではない。
 マスコミの情報発信プロセスは、マスコミ側が、取材、資料の募集を行い、そこにマスコミ (主に編集長やチーフプロデューサーであるが)側のフィルターを掛けてその内容を編集して、それをマス(不特定多数集団)に発信する。
 この手段において、受信者であるマスの参加介在する状況は少ない。
  この状況は、マスコミが特定の人が発信するメディアになってしまっていることから、本件の内容になってしまう。
 一方インターネットの場合は、マスコミと異なり、全ての人が発信者足りうる状況にある。
 また、ブログなどのコメント欄の利用を想定すれば、一次情報(発信者が発信した内容)に対して、マス(不特定受信者)の介在する内容が存在しないものの、 その一次情報に対して、コメントとして、同規模の発信情報を出すことが可能になるのである。

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尖閣ビデオ流出。現政権の情報管理と外交に不安

尖閣ビデオ流出。現政権の情報管理と外交に不安

 4日は、少し体調が悪かったので、早めに寝ることにした。昨日(5日)朝、起床後なんとなくテレビを見ていると、なんと、尖閣のビデオがテレビで放映されているではないか。それまでの眠気は一気に覚めて、テレビのニュースを見ていた。
 われわれの間では「公安の情報流出」がある以上「尖閣ビデオの流出」は当然にありうるものであると考えていた。仙谷官房長官がいくら抑えたところで、国民の「知りたい」という欲求と、海上保安庁もしくはその関係者の「知らせたい」「真実を知ってもらいたい」という欲求はそんなに抑えられるものではない。しかし、このような形で出るとは全く予想外であった。まず、尖閣ビデオの第一報を見てみよう。

尖閣ビデオ、ネット流出?海保「本物の可能性」

 尖閣諸島沖の漁船衝突事件の状況を海上保安庁が記録したものとみられるビデオ映像が、インターネットの動画サイト「ユーチューブ」に流出した可能性が高いことが5日、わかった。
 海保で映像の真偽を確認しているが、海保幹部は、映っている中国漁船らしき船の船名や衝突時の状況などから「本物である可能性が高い」としている。
 映像は「本当の尖閣 海上保安庁」と題し、計44分23秒の動画が分割されたもので、漁船らしき船が海保の巡視船らしき船に2回衝突する内容が記録されている。映像では、サイレンが鳴り響く中、「おーい止まれ」などと日本語で叫ぶ声が収録されており、巡視船らしき船の右舷に衝突するなどした。その後、「巡視船みずきに衝突してきた」と状況を報告する声も記録されている。

2010年11月5日(金)3時4分配信 読売新聞 
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20101105-00143/1.htm

 このビデオを見れば、誰でもが「中国側が故意に衝突した」ということは明らかである。その辺は、私自身は、船酔いがひどいので、船はあまり詳しくない(昔マイカルマリンという会社を見ていたが、ヨットな管理官吏は分かっても操船技術は私は詳しくないのである)。船の衝突の内容や衝突に関する技術的、操船的な問題は専門家にお願いしたい。
 さて、この件での問題は二点の大きな問題と一点の小さな問題が内在しているといってよい。一つの小さな問題は「日中関係」であり、二つの大きな問題とは「日本政府の機密情報の取り扱い」ということ、そして、もうひとつが「情報による外交上の処理」である。
 一転の小さな問題は、まさに日中関係である。しかし、日中関係に関しては、そんなに大きなことを言わなくても、平和的解決の方向に国務院が動いているといった方が良い。ただし、中国国務院政府は、いつまでもほとぼりの冷めない日本の対応に非常にいら立っているその関係は、いまだに菅直人が「廊下外交」しかできないという現実的な対応で明らかな通りだ。今回のビデオ流出によって、日中関係の今までの「外交的な発言」は全て否定されることになる。そして、ビデオ流出が、「政府の指示か完全な民間の者なのか」ということによって、解釈が大きく変わってくることになるであろう。その内容は、まさに、日中外交の中心に「澱」のように入ってしまうことになる。逆に、中国は中国として、日本の隠してほしい情報を次々と「民間」で流出させるような泥仕合が始まることが予想される。民主党といえども、そのような外交を望んでいるわけではあるまい。
 では、日中関係をどのようにするのか。この問題はAPECの開催ということと、一方で国会の運営ということの二つの内容から完全に相反する力に挟まれる形で対応を迫られるであろう。今まで「あれは那覇地検が勝手にやった」「健忘症」などの言い訳に終始していた政府は、責任を持った対応を中国と国会の双方から求められることになるのである。一方で、その内容は、中国に強硬にするのか、あるいは中国に迎合するのか、いずれにせよ「Show The Flag」よろしく旗色を鮮明にしなければならない。もともと理念のない民主党政権にとっては、最も不得意な分野に突入してしまったということになる。また、その旗色を鮮明にする事は民主党内部における分裂の危機も包含していることになり、「烏合の衆政党」には非常に厳しい内容になる。
 もちろん、民主党は、この内容に関して他人に責任転嫁をすることを予定していると考えられる。しかし、そもそもは今まで理念やしっかりとした国家観を示さなかった民主党自身に非常に大きな問題があること、そして、適当にその場だけを取り繕い、国民をだまし、国民の知る権利を無視したということ。これらの根本的な民主党の問題に関して、他者に責任転嫁をすることはできないであろうし、その責任転嫁を行っても、国民をもう騙せないであろう。
 なお、仙谷官房長官には、日中関係と同時に、なぜ「公開できなかったのか」なぜ「編集しなければならなかったのか」とうう二つの疑問に答える必要がある。自民党はこれらに関し、「憲法違反」を理由に証人喚問、もしくは政治倫理審査会を行い、仙谷官房長官の内心を国民にさらす必要があるのではないか。それくらいできなければ、自民党の野党としての信用も失墜するものと考えられる。
 さて、では大きな問題の方を検討しよう。まずは、「情報管理」である。そもそも、情報の漏えいはこのことだけではない。警視庁公安部の情報漏えいも同じである。情報に関して言えば、そもそも情報の管理者に関し「責任」が伴っていない。責任の所在がはっきりしていないものに関して、当然に、責任を追及することはできない。そもそも「機密漏洩」の最高責任者は、主体が政府である以上内閣総理大臣である。しかし、さすがにこの事件一件だけ(すでに二件なので話は違うが)で内閣総理大臣の総辞職を求めることはできないであろう。しかし、本来であれば、機密情報を漏えいしたということの管理者は一時的には大臣であり、警視庁もしくは海上保安庁の所管大臣(長官ではない)が行政の責任をとって辞任もしくは内閣総理大臣による罷免をされるべきである。しかし、今回の場合は、「那覇地検」や「ビデオ編集業者」などもこのビデオを保有している。ということは、法務大臣や官房長官なども「責任処罰対象」となる。先にもあげたが責任転嫁体質のある民主党政権にそれらができるのかは疑問である。しかし、民主党政権は「政治主導」を掲げており、その政治主導である以上は、担当の政治家が責任を負って「詰め腹を切る」のは当たり前のことである。都合の悪い時だけ「官僚」に押し付けるようなことをしても話にならないであろう。政治主導ということは、行政における政治家責任ということもセットで行われなければならない。権限と責任は常にセットで回るものだ。
 さて、その責任論をしっかりとしたうえで、機密情報の管理をどのようにするのかをはっきりしなければならない。犯人捜しよりも、まず、再発防止策を出すべきであり、それらに関してはまったく話題に上がっていないとことが、日本のおかしなところであり、民主党政権の違和感に通じるのである。
 では、情報の管理をどのようにしたら良いのか。ネット時代にはネットそのものの情報の管理方法があるはずだ。少なくとも官庁はそのような体制になっていない。資料の一元管理なども行われていないであろう。民主党政権は「密約」などを表に晒す前に、やらなければならないことをしていなかった。それも、「政治主導」を掲げながら「政治主導の情報管理」ができていないということである。これでは「情報は出してください」と言っているようなものだ。
 ここで二つ目の話になる。このように「情報」がすぐに表に出てしまったり民間でネット上に「外国の前にも」流出してしまう国を、誰が信用するか。当然に、責任者や実行犯の処罰は必要である者の、そもそもこのビデオが「機密指定」になっていたのかどうかということも疑わしい。編集の支持もどこから出たのか。何しろ「秘密主義」であることから、話にならない。仙谷官房長官の社会主義的政治体制の情報機密主義は、逆に全ての権限が官邸に集まるが、全ての責任も官邸に集中することを意味している。外交は、その官邸を信用できなければ「日本そのものを信用しなくなる」ということになる。しかし、この「日本そのものを信用しない」ということは、一方で、通商、関税などの民業にも影響を及ぼす。要するに、日本政府の外交の失敗は、そのまま民業の圧迫に通じるものになるのである。そしてそれは、対中国だけではなく、世界全体に対してそのような話になってしまうのだ。
 同時に、中央政府の言うことを、末端が聞かないということも言えるのではないか。考えてほしい。官房長官と国会の予算委員会が「限定で公開する」とした内容が、このように表に出る。これが民間の撮影したビデオであれば仕方がないで済ませるが、海上保安庁という省庁、要するに政府機関が撮影したビデオである。それが流出するということは、どのような理由であれ、末端の政府機関が首相や官房長官の言うことを聞かない、その内容に従わないということを意味しているのである。要するに、今の政府には「海上保安庁」を管理できないほどの政権担当能力しかない。これは「警視庁」でも同じことだ。官僚を使いこなせず、情報を管理もできない政府に何ができるか。そして、そのような政府と外交ができるか。諸外国の対応が非常に興味が出てくる。その内容はすぐにAPECで明らかになるであろう。いずれにしても良い印象ではないはずだ。
 この事件を「大歓迎」と言いながらも「大丈夫」としているネット上の書き込みを多く見かけるが、実際に「大丈夫ではない」というのが正直なところであろう。しかし、そのような政権を選んだのは国民である。日中関係などという矮小な話ではなく、日本と外国全体との外交という大きな観点で見れば「機密」とする情報を、政府が公開しないとした内容が、このような形で出てしまう。そして「国家の大事」であるのにかかわらず、大臣閣僚クラスが責任を負うことがない。これでは、国家として成立していない無責任社会になってしまう。民主党政権のままでは、そのような社会になる。政治が見本を示せなければ、当然に社会全体が「無責任社会」「機密漏洩社会」になってしまうのは、火を見るより明らかだ。そのようなモラルハザードを起こさないためにも、この問題は真摯に受け止め、そのうえで、民主党として、辞任や罷免を含み責任を明確化する必要がある。

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弱腰外交の産物・日本の領土の侵食が始まる

弱腰外交の産物・日本の領土の侵食が始まる

 ロシアのメドベージェフ大統領が北方四島に訪問した。戦後歴代の指導者で初めての行為である。今後、国後島だけでなく、歯舞諸島、色丹島にも上陸するという話をしている。
 さて、「なぜこの時期に」ということが言われている。
 一説には「国内向けのパフォーマンス」という。しかし、それなら「今」でなくても良い。そのことは、微妙な外交関係の機微にあったそれなりのロシア独自の利湯があるはずだ。
 ただ、中国と微妙に関係があるのは、「鳩山由紀夫前首相」が訪問した国が全て日本との間でおかしくなっている。この間会え方は、記事の前だけで終わるが、鳩山氏に関しては、評価が様々出てくると思う。まず、事前に緊張関係があることを察知してそれらの国にいたというのであれば、それなりに、素晴らしいといえる。しかし、鳩山氏の過去の実績や、行ったとき、帰国後のコメントなどを見ているとそのように感じられない。そもそも、それらをしっかり察知できるのであれば、尖閣問題も北方領土問題も全くなく、事前に危険や議論になる行為を排除しているであろう。逆に、鳩山氏が日本の弱点を向こうで「気付かぬうちに」さらしていいているのではないかと心配してしまう。そのような「前首相」が個人的に外交を行うようでは、今後、非常に日本は危険な立場に立たされるのではないかと危惧してしまうのである。
 さて、鳩山氏のことはこれで終わることにする。まず北方領土に関する記事を読んでみよう。


露大統領、国後島に到着 実効支配を誇示 日本外交が重大局面

 【モスクワ=遠藤良介】インタファクス通信によると、ロシアのメドベージェフ大統領が1日午前、空路で北方領土の国後島に入った。旧ソ連・ロシアの国家指導者が日本の北方領土を訪問するのは初めて。第二次大戦での日本降伏後に旧ソ連が北方領土を占拠した行為を正当化、ロシアによる実効支配を強く誇示する狙いがある。領土返還を求めてきた日本の対露外交は重大な局面を迎えた。
 大統領は9月末、北方領土について「わが国のたいへん重要な地域だ」とし、「近く必ず訪れる」と言明。日本政府は「両国関係に重大な支障が生じる」と計画中止を要請したものの、ロシアは「大統領は自国領内の出張ルートを自主的に決める」(外交筋)などと日本側の警告を完全に無視する姿勢を鮮明にしていた。
 メドベージェフ大統領は、今月中旬に横浜で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に参加するために訪日する予定。尖閣諸島近海の漁船衝突事件で日中関係が悪化している状況もとらえ、領土問題をめぐる対日圧力を強めて日本の出方を探る構えだ。
 大統領は1日朝、訪問先のベトナムから極東サハリン(樺太)のユジノサハリンスクに到着。小型の政府機に乗り換えて国後島に向かった。国後島・古釜布の当局者によると、大統領は現地で地熱発電所や水産加工場、建設中の幼稚園や港湾施設を視察し、インフラ(社会基盤)整備の状況を確認する。
 北方四島では政府による巨額の資金投下でインフラが急速に発展しており、ロシアは実効支配の強化に自信を深めている。今年夏には択捉島で大規模軍事演習を実施したほか、日本が第二次大戦の降伏文書に署名した9月2日を事実上の「対日戦勝記念日」に制定するなど対日牽制(けんせい)を強めていた。

産経新聞 11月1日(月)10時31分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101101-00000527-san-int


「歯舞・色丹島訪問も計画」=大統領が表明―ロシア外相・領土交渉に根本的変更も

 【モスクワ時事】ロシアのラブロフ外相は2日、訪問先のオスロで記者会見し、メドベージェフ大統領が北方領土の歯舞群島と色丹島への訪問を計画していることを明らかにした。ロシア大統領が両島を訪問すれば、平和条約締結後の歯舞・色丹の2島引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言の立場を踏み越え、日ロ領土交渉に根本的な変更を迫る可能性もある。
 同外相は「けさ電話で大統領と話したが、国後島訪問に満足の意を表明し、クリール(千島)諸島のマールイグリャディ(歯舞群島と色丹島で構成)への訪問を計画していると言っていた」と述べた。
 インタファクス通信によると、プリホチコ大統領補佐官も同日、「地域が直面する問題や課題を詳細に知るため、ロシア大統領が他のクリール諸島を訪れる可能性がある」と述べた。

時事通信 11月2日(火)21時37分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101102-00000127-jij-int


駐ロシア大使を一時帰国へ…北方領訪問に対抗

 政府は2日、ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土の国後島を訪問したことに対し、河野雅治・駐ロシア大使を一時帰国させることを決めた。
 前原外相が同日の記者会見で「ロシアの事情を聞くため」として発表した。帰国期間は未定で、事実上の対抗措置として抗議の意思を示す狙いもあるとみられる。河野大使は3日午後にも帰国し、菅首相や外相らに訪問の経過などを報告する予定だ。
 菅首相は2日午前、首相官邸で仙谷官房長官、外相らと対応を協議し、河野大使の一時帰国を指示した。首相は同日夜、首相官邸で記者団に、一時帰国から大使の召還に移行するなどのより強硬な措置を取るかどうか問われ、「まずは話を聞きたいということだから、一時帰国だ」と述べ、ロシア側の反応を見極める考えを示した。

最終更新:11月3日(水)1時35分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101102-00000748-yom-pol

 なぜ「今」北方領土訪問なのか。それを検証してみたい。
 まず「日本の対応のまずさ」である。ロシアは当然に日本の情報を全て入れている。昔の(今も?)KGBがしっかりとした情報網を作っているといえる。日本はスパイ天国だ。どう考えても日本の中にそれなりの情報を得ることは可能である。それも、日本人は何が秘密で何が秘密ではないのかの区別がつかないという、決定的に能天気な国民性を持っている。要するに「機密事項を持てない民族」である。そのために、日本における情報をそのものの官吏や、情報の取り扱いはかなりずさんとしか言いようがない。そのために、日本はスパイ天国となている。当然に、日本がスパイ天国というには、当然に日本に入ってくる外国の情報や経済情報は筒抜けである。しかし、それ以上に、日本における日本の政治状況や政治家の個人情報なども、かなり多くこれら情報機関に流れているとみて間違いはないであろう。
 その中において、今回の尖閣諸島問題などに関して、日本の「弱腰外交」はかなり出ている。また、国会でそれを追求しきれない野党各党の問題もすでに入手されているものと考えられる。これはロシアに限ったものではなく、中国や韓国も同じだ。とくにマスコミの情報は、全世界に流れているといって過言ではない。菅直人や仙谷由人の性格や外交能力はほぼ正確に判断されており、その内容によって外交の対応が決められる。ロシアも例外ではない。当然に「北方領土に大統領が上陸した場合どのようになるのか」というシュミレーションが行われ、それを検討されたうえで今回の対応になっている。
 要するに「民主党政権の対応のまずさ」「民主党政権の外交能力」が、まさに「欠陥品」であるということを見抜き、そのうえで、「今のうちに先例を作るように」ということで、このタイミングであったと考えられる。
 それだけではない。日本は、今はAPECの準備に追われており、その会議を成功に収めるために、大概の事は「大目に見る」「大人の対応をする」ということをわかっているはずだ。そのことは仙谷と丸山参議院議員のやり取りで明らかな内容だ。そして、その対応として「都合が悪くなれば健忘症になる」「都合の悪いことはしっかりと対応せずに逃げる」ということも明らかだ。
 豊臣秀吉の死後、内大臣徳川家康が家臣を連れて大阪城を二の丸からすべて見学する。それを何人もが止めたが「責任持ったものが止めに来なかった」「しっかりした対応ができなかった」ということで、結局大坂の陣の前に徳川の家臣団に大阪城内をすべて見られてしまうという事件がある。まさに、この時に大阪城と同じまずい対応である。同時に、そのまずい対応をした豊臣秀頼と淀の方が、数年後に滅びたことは日本人ならばだれでも知っていることであろう。日本を同じ運命にするつもりか。
 日本はAPECの会議の成功という「その場のメンツ」で、長期間の外交ということを平気で崩してしまう政権出るということだ。当然に、「尖閣諸島問題が落ち着いた」あとであり、そして「APEC会議開催」の前でなければならない。その意味では、ロシア大統領の北方領土の訪問はまさにベストタイミング(ロシアにとって)である。
 同時に、その後のロシアの大統領の対応も素晴らしい。自ら自動車を運転する。新聞に「ロシアにもこんな美しい景色があるのか」というコメントの発表。いずれも、大統領のできる最も有効な「自国領アピール」である。
 それ以上にすごいのが「インフラ整備提案」である。ここで、ロシアがインフラを整えれば、当然に「ロシアがロシア領」に投資した」形になる。にほんにむけてこのじょうほうをはっしんすることによって、それを「国家事業」として行うことは、まさに「北方領土を返還しない」という意思表示につながるし、それをそのままにしてしまえば、日本は「北方領土がロシアのものである」と認めたことになる。逆に、それを認めないとして日本が投資すれば、ロシア国内で「日本に投資させた」として、メドベージェフ大統領の株が上がる。同時に、日本が「ロシアが提案するまでインフラなど島の整備を怠っていたことを認めた」という形になるので、ロシアの日本への貢献度や北方領土への影響力が増す。
 要するに、北方領土のインフラ整備提案だけで、当然に、「王手・飛車取り」をしかけてきた。自民党政権ならば、そのようなことをしないようにしてきたに違いない。事前に察知してきたであろうが、それができない状況で、「王手・飛車取り」をしかけた。その対応が、菅直人政権ではしっかりとできないということも見極めたうえだ。
 そのうえ、ロシアと北方領土と日本を結んできた「鈴木宗男の失職」のタイミングが重なった。ロシアは、この時しかないということで北方領土の「完全領土化」を狙った。
 まさに「菅直人の外交能力の欠如」「民主党政権の政治能力の欠如」を完全に見透かした北方領土の対応である。今後、まさに日本の領土問題や外交に関して、今の民主党政権では危機が続くものと考えられる。日本人は、いつまでその対応に我慢しなければならないのであろうか。

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「性文化祭」を開催する中国の人口事情

「性文化祭」を開催する中国の人口事情

 昨日は、日本では文化の日である。
 文化の日は、戦前は「明治節」といい、日本の四大節の一つである。四大節とは「四方節」「紀元節」「天長節」「明治節」の四種類の日本国民の祝日のことを言う。「四方節」とは、元旦のことだ。陛下は、元旦に四方の神々に祈りをささげる。そのために「四方節」という。紀元節は2月11日。これは日本の初代の天皇とされる神武天皇が即位した日とされている。そして「天長節」は、天皇誕生日だ。昭和の「天長節」は4月29日である。昭和生まれの人は「天皇誕生日」最近では「昭和の日」としてなじみのある日である。そして、明治節。子では明治維新を起こし天皇親政を復活させた明治天皇の誕生日である。当然に明治時代は「天長節」がこの日であり大正以降が「明治節」になっているのだ。
 その11月3日は、現在は「文化の日」として、国民の祝日になっている。もともと、誕生日に合わせた明治憲法の交付日になっており、そして、その明治憲法を改正した(手続き上はそうされている)日本国憲法の交付日もこの11月3日である。その半年後5月3日に、日本国憲法が発効する。その5月3日が憲法記念日となって、現在のゴールデンウィークの一つになっている。
 さて、今日は、そんな日本の祝日について言うつもりではない。日本では、この時期「芸術の秋」として、休日なども充実している。今年は温暖化の影響であまり良くないとはいえ、それでも悪になると様々感じるところがあるものだ。
 それに対して、中国では、とんでもない「文化祭」が行われている。
 今日は、真面目ではない部類の「C級解説」そのもののノリで、この記事を取り上げてみたい。

広州・性文化祭、来場者鈴なり「撮影禁止」なんのその

 9日付中国新聞社電によると、広東省広州市で同日始まった第6回全国(広州)性文化祭に、多くの来場者が訪れた。主催者は場内を「撮影禁止」としたが、モデルによる下着ショーなどでは、デジタルカメラやカメラ付き携帯電話のシャッターがひっきりなしに押されたという。
 会場では、各種薬品、人形など、性に関するさまざまな用具、薬品が展示展示された。昨年の第5回ではリモートコントロールによる性愛装置や「宇宙ベッド」などハイテクを駆使した出展品が目立ったが、今回はやや「伝統回帰」の傾向があるという。
 来場者の人気を特に集めたのは下着ショーで、ステージ周辺は「鈴なり状態」。撮影禁止にもかかわらず、カメラを向ける人が多かった。(編集担当:如月隼人)

Y! 【社会ニュース】 2008/11/10(月) 18:33
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=1110&f=national_1110_016.shtml


性文化祭:相変わらず「押すな押すな」の大入り満員=広東・広州

広東省広州市で10月29日から31日まで開催された中国(広州)性文化祭は、前回同様の大盛況だった。
 広東省広州市で10月29日から31日まで開催された中国(広州)性文化祭は、前回同様の大盛況だった。中国新聞社が報じた。
 同文化祭は第8回。「人と性」をテーマに開催され、毎回が大盛況だ。特にモデルが出演するパフォーマンスは黒山の人だかりだ。皆が食い入るようにみつめ、次々にシャッターをきる。
 会場では恒例の、性関連グッズ即売会も行われた。(編集担当:如月隼人)

2010年11月02日15時42分 / 提供:サーチナ
http://news.livedoor.com/article/detail/5113053/

 いきなり「性文化祭」とは、さすがに驚きだ。上の記事が過去の「第6回」の記事で、今回が「第8回」である。要するに、すでに8回も行われている文化祭である。ちなみに、私はこれを生で見たことはない。中国に所属していたのは、11年前の話であるから、毎年1回としても、私の中国にいる間は行われていなかったということになる。もちろん、私が中国にいた間にこのような「文化祭」が行われていれば、当然に行っていたと思う。
 さて、少し真面目な話にする。中国は、人口の爆発的な増加をなくすために、片方で「一人っ子政策」を行っている。この一人っ子政策は、ある意味で、中国の人口の抑制につながったといえる。しかし、一方で一人っ子政策の功罪として、若年労働者の減少と、若年新卒者の就職口の現象という二つの現象を作り出してしまった。このことは、「一人っ子政策」によって、中国の税収が減るということを意味する。
 中国の税制は、間接税が中心であるが、直接税もかけられている。しかし、直接税は都市生活者によって、おさめられており、全体の3割の都市生活者が、残りの農民および低所得者、人民解放軍などの税金を負担しているといっても過言ではない。中国は、世界経済危機の時に、大規模な財政出動を行って経済危機を乗り切った。しかし、そのひずみは、直接税を納めるはずの都市生活者を直撃することになる。財政出動を行うことによって、一部の投資家と情報を持っている人が信じられないくらいの資産家になり、そのほかの多くの都市生活者が貧困にあえぐようになる。実際は「民間経済組織」があるために、日本のようなひどい状況にはならないが、それでも、その格差は日本の国民以上に大きい。
 この収入格差と、急激な富裕化は、都市生活者における晩婚化と少子化を生む。「少子化」は願ったりかな足りというのが中国政府の方針であるが、しかし、少子化と同時に訪れる「労働者の高年齢化」は、中国も頭を抱える問題になっている。そのために、適度の少子化と適度の弱年齢化が必要といえる。もっと端的にいえば、中国で余っているのは「都市生活の高齢者層」「退役公務員」であると断言してもかまわない。代わりに、若者の労働力は不足している程度だ。これが不足していることは、若年労働者の賃金の上昇を招くことになる。殊に、熟練若年労働者の賃金は跳ね上がってしまう。これが本年4月に起きた中国企業のストの実態だ。外国企業ばかり(日本ばかりではない。最も大きなストの被害は韓国のサムソンであった)で、大規模なストが発生したのは、まさに、これらの中国の事情に精通していないばかりか、中国進出の理由は「人件コストの低減」であったことから、本国本社の関係で、なかなか人件費を上げることはできず、結局ストを惹起させてしまうことになったのだ。
 ストの話は別にして、そのような状況に対し、すでに危機感を感じている中国は、若年層に「性」に対する知識と興味を持たせ、カア方で非合法に若年労働者の「製造」をさせようとしながら、一方で「一人っ子政策」という高尚な理念を貫こうとしているのである。そして、これが「政府公認」であることは、広州で「性文化祭」をしている横で、上海万博の閉幕祭典を大々的に行っているという、時期的な問題からわかるであろう。
 このような「下着撮影会」をしながら、「性玩具の販売会」を行っているということは、「性に対する興味を惹起させる」「その興味を性玩具で満足させる」という二つの異なった内容を「性文化祭」で実現しているのである。このことは、私が大連にいたころ、薬局の開店において「性玩具を全ショーケースの3分の1以上陳列されていなければ、営業の許可はしない」ということでも明らかだ。中国人は、「性」に対する欲求そのものを抑えるのではなく、「性」に対する欲求を「玩具」で我慢するように仕向けているのだ。そればかりか、そのことによって、性に対する考え方を惹起し、若年労働者を確保しながら、一方で一人っ子政策を維持するというおkとになる。この考え方によって、中国の女子大学生は「外国人の愛人」になることを是とする雰囲気が強まり、「愛人業」を行って金銭を稼ぐ人が少なくない。性玩具の奨励から、「貞操観念」の欠如は非常に大きなものであり、一方で、その「愛人業」を行う女性を使っての情報収集なども、活発に行われるようになる。問題は、「性玩具」を買うことのできない、都市生活者の低所得者層である。これらは、子供ができてしまうということも十分に考えられる状況になってしまい、「戸籍のない子供」が山ほどできてしまうのだ。非公式の統計では、これら「戸籍のない子供たち」が成人しているだけで二五〇〇万人いるという。信憑性はとにかく、これも「一人っ子政策」の大きな問題であると同時に、戸籍制度のない中国の大きな問題点である。
 「中国は情報統制の国であるから」「中国は一人っ子政策をしているから」という先入観がいかに危険かということが非常に良くわかる。中国は、まさに「日本人の常識」では考えられないことを平気で行う。それをできるのは「ダメだったらすぐに強制的に辞めさせることができる」という自信と、法律体系によって、ある程度のことに関して寛容になることが可能なのだ。同じようなことが、中国進出企業の許認可というレベルから、上海万博における日本人学制の招致まで、国家という単位で行われているのが中国だ。
 日本で「文化の日」として、文化勲章を授与している日の近く。日本人はある程度センチメンタルいなり、そして芸術の秋といわれる時期に、「性文化の秋」を満喫する中国人は、やはり日本人では理解できないのかもしれない。

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人気低調の事業仕分け、すでに民主党の底が見えてしまった

人気低調の事業仕分け、すでに民主党の底が見えてしまった


 まずお断りしておきます。本日の分までは、私の個人的な都合で入院していたために、入院前に記載したものです。少し、ネタが古いことに関しては、是非お許しくださいますようお願い申し上げます。あす以降は、また「なるべく新しいネタ」に関して取り扱って行こうと思いますので、その点に関して、是非ご理解ください。

 民主党主催の事業仕分け第三段が行われた。今回は「特別会計」を中心に行うということであり、マスコミ各社はこぞって、その内容を報道した。152兆円ともいわれる日本の特別会計は、まさに「霞が関の財布」と、民主党から批判を受けていた。また、鳩山前首相は、自身が民主党の代表になった時である昨年5月には、「特別会計を含め日本の歳入が200兆円あり、その1割くらいはすぐに捻出できる」と言っていた。昨年総選挙のマニフェストには、「無駄削減で16.8兆円」と、いささかトーンダウンしたものの、それに近い内容の財源を示しており、その財源をもとに様々な政策が出されていた。
 法律家の格言で「罰則のない刑法は、法律がないのと同じ」というものがある。政治の世界でも同じような考え方があるはずだ。まさに、その格言を作ってくれたのが民主党である。「財源のない政策はできない」まさに、そのものズバリの減少が今の日本国内で起きているのではないか。
 結局、20兆円などという金額などは出るはずがなく、今までもまったく期待外れの内容しか出てきていなかった。
 まず事業仕分けに関して言えることは。
 ・ 事業の目的と内容
 ・ 事業のによる社会的貢献度
 ・ 事業の効果と将来性
 ・ 事業における予算の妥当性
 の4点をしっかりと議論しなければならない。そのためには、事業主体の人と同等もしくはそれ以上の事業に関する知識や、予見性を持っていなければ事業仕分けなどはできるはずがない。事業仕分けを見ていると(私の場合はネットで見ているのであるが)、あまりにも素人の議論でしかなく、また、その場の受け答えの是非だけで決まってしまう。普段の実績や社会的貢献などはまったく判断基準にないかのごとき内容でしかない。そのことが如実に表れたのが、「1番じゃなきゃだめですか」という発言である。
 そもそも、科学技術に限らず、政府の行う事業は「民間での収益は見込めないものの社会的に必要である」というものや「将来の日本のためにはなくてはならないもの」という観点で、出されているものである。当然に、「将来への予見」と「事業の目的」「社会的貢献度」は非常に重要ということになる。それらを完全に無視してしまっては、残念ながら性うが事業を行う目的そのものがまったく達成されない。ましてや経済合理性や、経済効率で物事を図るのであれば、国公立の教育機関や研究機関は全て必要ないという「暴論」をも許してしまう可能性をひめているのである。
 もうひとつ、事業仕分けに必要なのは「客観的な尺度」である。どの事業を仕分けの対象にし、どれを対象にしないのか、そして、どのような基準で、どのような効果を出すのか。結局のとこを何も決まっていない。まさに、「合議制」「公開」のような感じでしているものの、その実は全て「仕分け人たちの主観の集合体」でしかないということである。要するに、仕分け人たちのお手盛りや、個人的な感覚によって結論が異なるということにある。これが「予算」に関することであるから、なおさら問題は深刻だ。要するに、素人の仕分け人といわれる、議員を中心とした集団が、国会で決めた予算に関し、客観的な基準もなく、物事や事業の廃止や予算の削減を「事実上」決めてゆく。これでは話にならないのではないか。
 そのような内容であるから、民主党の長妻大臣が行った内容ですら事業仕分けにかかってしまうということになるのである。その詳細は下記の通りだ。


長妻氏の肝いり事業、仕分けで「削減」判定

読売新聞 10月28日(木)21時31分配信
 政府の行政刷新会議が28日に行った事業仕分け第3弾(前半日程)では、厚生労働省所管の年金特別会計が対象となり、長妻昭・前厚労相の肝いり事業に仕分け人から予算縮減などの厳しい判定が下った。
 年金特別会計のうち、インターネット上で年金加入者らが各自の保険料納付状況などを確認できる「ねんきんネット」の事業は、予算額の25%程度を削減すべきだと判定された。
 特に問題視されたのは、パソコンに不慣れな高齢者らが郵便局で同ネットの画面を印刷してもらえるサービス。手数料が1件640円と高額なことに批判が集中。日本年金機構の幹部は「政治的な判断があった」と理解を求めたが、長妻氏の同僚であるはずの網屋信介衆院議員は、「納得できない」とにべもなかった。

最終更新:10月28日(木)21時31分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101028-00001000-yom-pol


事業仕分けに暗雲?人気低下

広告が集まらない?
 27日から始まった第3弾事業仕分けですが、今回新たな試みとして広告を募集しました。会場で傍聴者らに配る資料と事業仕分けのHPへの広告を募集したところ、1回目はなんと応募者はゼロでした。
 2度目の募集でようやく10社の枠に2社が応募しました。注目が高いはずの事業仕分けにしては散々な結果となりました。
経費削減は自ら
 事業仕分けは会場を設け、一般傍聴を可能にしたり、ネット配信をしたりしているので、開催するだけでも経費がかかります。
 昨年11月の第1弾で約3900万円、今年4~5月の第2弾で約4600万円の経費がかかりました。事業仕分けで各官庁の無駄を裁く前、事業仕分けそのものの経費削減を考えなければいけない状況です。
最初から広告を
 第 1弾、第2弾ともインターネット配信の視聴率も高く、世間の関心も非常に高かったため、広告効果が高いと踏んだはずなのですが、第3弾ともなると徐々に注目度も低くなってきたのでしょう。確かに第1弾のときのような新鮮味はなくなっています。そのため広告をいまさら募集したところで、手遅れだったのではないでしょうか。もはや他の面で経費削減に努めなければならない段階です。

2010年10月28日21時00分 / 提供:ネット選挙ドットコム
http://news.livedoor.com/article/detail/5103295/

 初めのうちは「事業仕分け」という単語は「無駄削減」ということ、そしてそれに伴ったマニフェストの「バラ色政策」があるために、非常に国民に歓迎された。しかし、第1回、第2回で国民は「何も変わらない」「好転するどころか、かえって、重税や不景気が押し寄せてきた」ということになってしまっている。そのうえ、少し抗議をすれば元に戻るし、そうでなくても復活していたりする。
 そもそも、基準のない主観的な事業仕分けなどは、ただ単にパフォーマンスか、あるいは、自己満足でしかない。その作業をいつまでももてはやしている国民は、そんなに長くはいないということだ。
 自民党の後処理・経済対策には効果が出るまで時間がかかる。そのような言い訳は、ある程度の効果が見えてきていたり、何をしているかが明らかなときにできる言い訳でしかない。密室で審議し、客観的な基準もなく、効果もなく、そして日本の将来の投資などもまったくできていない。それで言い訳をしても何の意味もないのである。
 事業仕分け、そのことがもてはやされたのは効果がでるとき。そして、国民が効果を実感できる時とは、公約通りに1割くらいの予算を作れた時である。当然にそれでは「増税」などの議論はできないであろう。「消費税」「自動車環境税」などが議論され、そして、エコカー補助金などが廃止される、子供手当で扶養控除がなくなるなど、実質的な増税が出てきているときに、効果のないパフォーマンスで国民をだますのは、限界である。
 今しなければならないのは、「マニフェスト」「民主党議員」そして「事業仕分けをはじめとした民主党パフォーマンス」の「仕分け」ではないか。民主党議員が他人に責任転嫁することなく、自分のことを律することができるようになるのはいつのことであろうか。

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民主党執行部の責任を負わされる小沢一郎

民主党執行部の責任を負わされる小沢一郎

 小沢一郎の国会招致がにわかに現実味を帯びてきた。非常に簡単な話だが、民主党の菅執行部は、小沢一郎と政治とカネスキャンダルに関して、そんなに真剣に考えていなかったのではないか。そう思わざるを得ない。10月24日に北海道5区で補欠選挙があった。菅直人改造内閣において初めての国政選挙に、日本中の注目が集まった。その補欠選挙で菅直人民主党は「惨敗」したのである。菅直人内閣は、その敗因を見つけるように動いた。その内容の一つが「政治とカネ」である。
 もともと北海道5区の小林千代美議員そのものも北海道教職員組合の政治とカネのスキャンダルによって、選挙対策本部の会計責任者が逮捕された。そのために連座制で責任を問われる可能性が出てきたので、辞職したのである。
 民主党から見れば北海道5区は、前回勝っている選挙区だけに、落とすことは完全な敗北になる。ましてや、対抗馬で出てきたのは、町村信孝元外務大臣。まさに、前回勝った相手である。その選挙区での選挙を敗北するということは、そのまま少なくとも昨年の総選挙よりも党勢を失っているということに他ならない。党勢が失速していることは、すでに鳩山内閣の時代から出てきている。というよりは、総選挙の時の「政権交代ブーム」そのものが最もおかしいのではないかと考えられるのであるが、民主党の執行部ではそのようにはならないであろう。
 今年6月に、禅譲に近い状態で菅直人執行部が発足した。当初は70%に近い支持率があったものの、参議院選挙では惨敗。
 その後、小沢一郎前幹事長と菅直人首相との間で民主党代表選挙が開催され、そのうえで、菅直人改造内閣が発足した。その菅直人改造内閣は「脱小沢」として、小沢一郎の影響力のある人物を閣僚に起用せず(副大臣などは除く)、民主党内において「執行部」「反執行部」という対立がしっかりと出てきた。今回の内容に関しては、小沢系の応援はほとんどなく、民主党執行部が丸抱えでお粉た選挙であったと考えられる。
 しかし、北海道5区はもともと、小沢系の強い選挙区である。北海道はもともと、鳩山由紀夫、松木兼公、三井弁雄といった小沢に近く、9月の代表選挙で小沢に投票した代議士の宝庫だ。もちろん反対派に投じることはないと考えるが、逆に、菅執行部にしt側なかったということも十分に考えられる内容である。
 その辺のことをわかっている菅執行部は、当然に、小沢を「徹底的につぶす」ことを考えなければならない。党内における対立で、党勢が失われていると解釈しているのであるからなおさらだ。
 一方、小沢周辺は、「菅直人執行部の失政によって党勢が失われている」と考えている。菅直人の失政はここで書き始めると止まらなくなるので、辞めておくが、小沢がそのようなことを言うこともわからないではない。とくに尖閣問題から北方領土問題、為替介入からG20まで、まったく考えられないような外交の失敗が少なくないのは事実だ。そのために、国民の不景気感はより一層大きくなり政治不信は非常に強くなった。言っていることが守られない、マニフェストが実行できないなどは、小沢一郎が菅執行部を批判しているとおりだ。
 そのような内容が、交錯して起きたのが「小沢国会招致」である。

小沢氏に政倫審要請へ=民主方針―自民は圧力強める

時事通信 10月25日(月)21時28分配信
 「政治とカネ」が主要な争点となった衆院北海道5区補選での敗北を受け、民主党は25日、政治資金の収支報告をめぐり強制起訴される小沢一郎元代表に対し、衆院政治倫理審査会への出席を要請する方針を固めた。補選勝利で勢いづく自民党などは、小沢氏の証人喚問を一層強く要求しており、2010年度補正予算案の審議への影響を回避するには、国会での説明を求めざるを得ないと判断した。近く岡田克也幹事長が小沢氏に会い、執行部の方針を伝える見通しだ。
 菅直人首相は25日夜、首相官邸で記者団に「幹事長、(鉢呂吉雄)国対委員長を中心にきっちりと対応してもらいたいと指示してある」と述べた。
 岡田氏は同日午後、国会内で輿石東参院議員会長と会談し、小沢氏の問題も含め国会対応について協議した。これに関連し、民主党幹部は「岡田氏が本人の考えを聞きに行くしかない」と述べ、岡田氏が小沢氏と近く会談することを示唆した。党執行部では、小沢氏に近い議員が招致に反対していることから、国会で説明を求める場合でも「証人喚問」ではなく、「政倫審」とすることで既に一致。渡辺周選対委員長は24日夜「自らの言葉でしっかり説明することが必要だ」との認識を明らかにしていた。 

最終更新:10月25日(月)22時57分 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101025-00000119-jij-pol


小沢氏の政倫審出席巡り、民主党内で綱引き

 民主党内で、検察審査会の議決で強制起訴される小沢一郎元代表への対応を巡り、岡田幹事長ら党執行部と小沢氏に近い議員との間で綱引きが続いている。
 岡田氏は小沢氏に衆院政治倫理審査会(政倫審)への出席を打診する構えだが、小沢氏側は反発している。
 民主党の中川正春衆院予算委員会筆頭理事は26日、国会内で自民党の武部勤同委筆頭理事と会談し、野党が求めている小沢氏の国会招致に関し、政倫審への出席で合意できないかと打診した。武部氏は、偽証罪に問うことが可能な証人喚問を要求し、譲らなかった。
 一方、小沢氏に近い民主党の川上義博参院議員は同日の党常任幹事会で、「譲歩したら、野党は次は『証人喚問が必要だ』と言ってくるに決まっている」と注文をつけた。岡田幹事長らは「小沢氏に政倫審への出席を要請すると決まったわけではない」などと釈明した。

(2010年10月26日21時08分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101026-OYT1T00990.htm


<小沢元代表>岡田さんでは鈴つけられぬ? 会談拒否

 民主党の小沢一郎元代表が岡田克也幹事長との会談を拒否している。政倫審出席に慎重なためだが、新進党解党時に小沢氏を面と向かって批判して以来の折り合いの悪さも背景にあり、小沢氏の側近議員は「小沢さんは格下の岡田さんになぜ会わなきゃいけないのかという気持ちだ。岡田さんでは鈴はつけられない」と説明する。

2010年10月31日21時44分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5108746/

 まさに、民主党と小沢という二つの存在が完全に対立していることが分かる。そもそも、岡田克也幹事長は、小沢の秘書逮捕の時に「推定無罪」をマスコミで発言いていたのではないか。
 「推定無罪」とし、小沢に疑いがないということ、小沢の事件に関しては「まったく問題がなく、世間やマスコミのねつ造である」という立場をとていた。しかし、「政治倫理審査会」もしくは「証人喚問」への招致ということを考えているのであれば、当然に、「何らかの疑いがある」ということを民主党が認識しているということである。ということは、「推定無罪」と「疑いがある」ということの二つの立場、それもまったく逆の立場を民主党は演じているということになる。
 そもそも、国民はこのような民主党執行部の「ご都合主義的な主張の変遷」がもっとも政治不信の原因としており、同時に、民主党への支持をやめるそのものの内容である。私自身は小沢に関しては、何らかの形で決着をつけなければならないと思うが、そのことは、訴訟の場と国会の場で行わなければならないと考える。「疑惑」は当然に払わなければならないであろう。その「疑惑」は、自らの行為によって発生し、そして、すでに西松建設迂回献金事件など、公判が始まり、一部判決で有罪が確定している(西松建設社長など)部分がある。それらのことを全てふたをするのは不可能であり「一事が万事」ではないが、それなりの疑惑があることは間違いがない。
 民主党はその内容を「無罪と信じる」としてきた。その態度を変えるのであれば、まずその態度を変える理由をしっかりと国民に示す必要があるであろう。「選挙に負けたから」というのであれば、「選挙さえ乗り切れば、疑惑を放置しても良い」ということになるであろう。それまで「推定無罪」といって捜査や国民の感情を惑わした責任は重いのではないか。政治は国民の代表として行動をしているのであるから、当然にその行動の一つ一つを国民に説明しなければならないであろう。ことに、この事件のように、国民の関心の高いもの、他の政治に影響がある場合(影響があるから北海道5区の選挙で結果が出たのであるが)はなおあらである。
 このような「民主党のご都合主義」を正すことが必要ではないか。小沢の国会招致よりも、まずは、民主党執行部自身の立場をしっかりとしなければならない。

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マスコミ批判に対する一考(17) ネタ元の情報にご用心

マスコミ批判に対する一考(17) ネタ元の情報にご用心

 まず、皆さんにこの場をお借りしてご報告させていただきたい。本日と明日は、持病のために、入院してしまうことになってしまった。そのために、11月3日までのブログの記事に関しては、事前に入れておくことにする。少し情報が古いもので構成することになりますが、ご容赦ください。入院中は、電波の発する危機が使えないばかりか、このコンピューターも使えないので、記事を書くことができません。ツイッターや、コメントへの返信も遅れてしまいますので、よろしくご容赦ください。

 さて、今回は恒例の「マスコミ批判に対する一考」である。
 マスコミ批判に対する一考は、マスコミの批判に関して考えるものである。そのマスコミは、基本的には、「ネタ」があって、その「ネタ」が不安定であっては、報道もおかしくなるのは当然のことである。
 マスコミの操作は意外と簡単であり、マスコミそのものの印象操作などもそのネタ元の信条が入っているということになる。今回紹介する尖閣ビデオ提出の件もそうであるが、その内容のビデオの公開を巡っての理由づけや、そのほかの印象などいおいて、「どのネタ元から情報を入れたか」ということが非常に重要になる。
 もちろん、マスコミが報道を行うときは、反対側の意見も聞くのであるが、検察で議論になていることと同様、ある程度「ストーリーを作って」その取材に臨んでしまうために、重要な内容を報道しないなどのことも少なくないのだ。
 そのストーリーを作るということに関しては、人間である以上どうしても「先入観」というものがあり、その先入観は私などでも当然のように入ってきてしまうのである。人間の行動に関して「意外性」であるとか「気まぐれ」というものを認めず、ある程度レッテルを張って報道や逮捕(検察の場合)を行ってしまうそれこそが最も非常に大きなものである。
 しかし、ビデオなどの客観的な証拠はうそをつかない。主観に関してはある程度のストーリーを作らなければ、巧妙な相手には騙されてしまうことが少なくない。それに対して、客観的な証拠は、その証拠を見てどのような解釈を行うのかということがもっとも重要な判断基準である。
 その証拠の改竄ということが、最近話題になっている。今回話題にしているのもその「改竄」である。仙谷官房長官は「編集」という単語を使っているが、その内容は国民の知る権利を完全に無視したい内容であることは疑いの余地がない。


尖閣ビデオ 民主、一般公開見送る方針

 政府は27日、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で、海上保安庁が撮影したビデオ映像を横路孝弘衆院議長に提出した。提出を求めていた衆院予算委員会(中井洽委員長)は同日の理事懇談会で、ビデオ映像の取り扱いを協議したが、結論は出なかった。
 政府・民主党は日中関係への配慮から国民や報道陣への一般公開は見送る方針だ。
 提出された映像はDVD1枚で約6分。理事懇で民主党は一部議員だけを対象とした限定公開を提案したが、これまで自民党は全面公開を求めており、物別れに終わった。限定公開なら国民の批判を浴びそうだ。
 一方、菅直人首相と仙谷由人官房長官はそれぞれ同日朝、ビデオを視聴した。仙谷氏は記者会見で、公開時期について「国会が決めることであり、意見を申し上げることは控える。これから議論していただけるのではないか」と語った。

2010年10月28日(木)8時0分配信 産経新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20101028086/1.htm


尖閣ビデオの編集意図不明=仙谷官房長官

 仙谷由人官房長官は28日午後の記者会見で、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件を撮影したビデオ映像が約7分間に編集されていたことについて「(撮影した)海上保安庁なり(衆院に提出した)那覇地検が意図的に編集したのかどうか全く分からない」と語った。
 自民党の谷垣禎一総裁が恣意(しい)的に編集された可能性を指摘したことに関しては、「総裁も法律家だから、いくら検察庁が(証拠改ざん)事件を起こしたといっても、あまりその種の議論をしない方がいい」とけん制した。 

2010年10月28日17時52分 / 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/5102852/


尖閣ビデオ「編集前のもの全面公開を」と自民

 政府が衆院予算委員会に提出した尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件のビデオを巡り、衆院予算委員会は28日の理事懇談会で、ビデオの公開方法について、与野党の意見が一致せず結論を持ち越した。
 自民党など野党は、一般への公開を求めるとともに、海上保安庁が撮影したビデオをすべて提出するよう主張した。民主党は、提出されたビデオ(DVD)を、予算委の理事ら限られた国会議員だけで視聴するよう訴え、平行線が続いている。
 自民党の谷垣総裁は28日の記者会見で、衆院予算委に提出されたビデオについて「全面公開して国民、国際社会に事実を周知徹底するべきだ」と述べ、一般への公開を求めた。提出されたビデオが約6分間に編集された要約版であることについても、「だれが責任を持って編集しているのかという問題がある」と指摘した。28日の衆院法務委員会理事懇談会では、自民党理事が、編集前のビデオの提出を政府に求めるよう主張した。

(2010年10月28日23時59分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101028-OYT1T01296.htm?from=main2

 どんなに優秀なマスコミでも、客観的な証拠を見ていない内容に関して報道を行うことはできない。このビデをそのものを見ている人に、色々と取材もしているが、しかし「もしも証言とビデオが違っていたらどうするか」という発想を捨てきれないのも事実である。
 インターネット上では「中国船の船長が海に落ちた海上保安庁の職員を銛でついていた」などの話も出ていたが、実際に6分間のビデオにそのような内容はなかったようである。
 では「なぜ編集されたのか」「編集で切り落とされた部分は何が映っていたのか」ということが大きな疑問になる。
 「なぜ編集されたのか」ということは、基本的には「何かを隠したいから」「見せてはいけないものがあるから」ということに他ならない。少なくともそのような解釈をされても仕方がないということになるのである。その解釈をされることを、現在の仙谷官房長官は全く危惧していない。国民に広くこの内容を知らせることを完全に無視している。このことは、民主党が自分に都合のよいことにマスコミを印象操作していること、そして、そのビデオの内容同様に、他の情報も「編集」している可能性を否定できない。
 民主党政権は、大阪地検特捜部に関しては「同じ前田検事が出てきているので、小沢の事件も改竄したに違いない」と言っているが、国民からすれば、民主党の政策や全ての発表も、今回のビデオ編集で編集し国民に隠しているのであるから、「秘密主義」「情報統制」そして「国民をだましている」ということになりはしないか。大阪地検でできた理論が、民主党では適用されないという話はあり得ない。そもそも、大阪地検には「民主党」が同一視の理論をして小沢無罪論を展開しているのだ。それに対して、自分たちの情報編集、客観的な証拠編集は不問に付すのはまったく納得のできる話ではない。
 「編集で切り落とされた部分」に関するマスコミによる取材も進めなければならない。実際に切り落とされているのであるから、そこに噂のようなシーンが映っている可能性も少なくない。「見ていない」ということは「全ての可能性を否定できない」ということである。同時に、今からすべてを出したとしても、それでも編集の可能性を否定できない。民主党の手中するものに近い内容であるならば、編集しなおしただけではないか、ということを疑うことも少なくないのだ。
 さて、この項は「マスコミ批判に対する一考」である。要するに、このようにネタ元が、ネタを出す時点である程度『悪意に満ちた印象操作」をしている場合は、その印象操作のままストーリーを作ってしまう。これは先入観というものが人間にある以上仕方がない。そのことを否定するのが「客観的証拠」であり、否定だけでなく、正しい方向に全てを導くものである。
 その客観的な証拠を完全に隠ぺいし、都合良く改竄し、そして、編集し、そして、印象操作をする場合は、どうしてもマスコミも書きようがない。この問題に関しては、ストーリーを作るマスコミも良くないのであるが、それい王の客観的な証拠を編集するネタ元に非常に大きな責任が存在するのではないか。マスコミは、そのようなネタ元による印象操作に左右されることなく、客観的な証拠で報道を行うべきではないのか。

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