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2010年12月

平成22年を振り返って

平成22年を振り返って

 今日は大みそかである。昔の人は、月を見て暦を作っていた。だから「1月」というように「月」が一つの区切りになている。ちなみに太陽が昇って、その太陽が沈むと「1日」が終わる。だから「日」が出ている時間を人単位にしているから「1日」になっているのだ。
 日本はもともと「月」に関連する時間を表す単語が少なくない。1日を「ついたち」と読むのは、「月が立つ」ようするに「月立ち」がなまったものといわれている。また、十五夜とは、月がったのち15日目の夜で、月が最も明るい満月のことをさす。まさに、「十五夜」はそのまま満月である。16日になると、その月を見るのが少し待たなければならない。それを立って待っていられるので「たちまち」要するに「立ち待ち」という。
 月とい言うものが一つの流れになっており、そののちに30日まで来ると、「みそか」という。さすがに月が見えなくなってから、時間がたつのである。そのために、30日くらいになると、「月」という言葉がなくなる。そこで「30日」ということで三十日という。
 今日は「大晦日」である。要するに月の終わりでありながら、1年の終わりでもある。明日は元旦であり、一年の始まりだ。「大一日」とは言わない。何事も始まりに関しては特別の単語を入れるのであるが、終わりは、特別でありながら通常の単語に少し名前を変えてものを言うのがふつうである。

 さて、そんな能書きは、いつものごとくであるが、さすがに私も今日と明日は感慨深いものがある。今年は、私の場合昨日の30日まで打ち合わせも会議もあった。原稿の締め切りも昨日であったために、どうしてもなかなか大晦日という気分にはならないが、それでも今日は大晦日である。一年を振り返ってみたい。
 一年を振り返って、と言っても世の中のニュースでは昨日までに10大ニュースを書いてしまったので、何もない。そこで今日は私個人のことについて書いてみたい。

 今年は、様々あった。何といっても参議院選挙だ。昨年の政権交代は、非常に大きな政治では出来事であった。しばらくの間は私は「民主党の闇」などという本を書いてしまったので、なかなか相手にされなかった。マスコミでは「民主党を悪く書いてもねえ」とよく言われたものである。しかし、今年になって民主党鳩山政権のまさに体たらくはひどいものであった。政権担当能力がないということと、危機管理能力が完全に欠如しているということ。それと私は鳩山政権の「視野の狭さ」が非常に大きな問題と思っていた。本来はこれだけのグローバル社会。政府はしっかりとした世界戦略を持ち、その世界戦略の中で日本はどのように立ち回るべきかということをしっかりと考えて動かなければならない状態であったはずだ。しかし、鳩山政権はそれができなかった。マニフェストと現実ということに完全に板挟みになった感じだ。初めのうちは何となくうまくいっていたが、高速道路やガソリン暫定税率の部分がうまくいかなくなってから、最終的には普天間基地移転問題で、結局は「自分の言葉」に足をすくわれた感じだ。
 そのあとを受けた菅政権もひどいものであった。結局、菅直人は、「鳩山がひどい」のではなく「民主党がひどい」ということを国民に気づかせた首相であったと言って過言ではない。それでも、自民党の支持が戻らない中、参議院選挙があった。
 私自身は複数名の参議院選挙候補を手伝った。「民主党の闇」という本を書いた都合、民主党候補者からはだれも誘いがなかった。自民党候補を複数名お手伝いしたが、中でもある一人はなかなかとんでもない人物であった。まあ、様々なところで小出しにしているが、まあサイン議員選挙の候補でありながら、選挙期間中に「選挙以上に大切なものができる」人はまずいないのではないか。今年の私の経験の中で最も驚いたエピソードである。今後は、様々なところで使わせていただこうと思う。そのほかにも話題になる話をしっかりとした選挙であった。
 選挙のある年は、やはり面白い。選挙の年はやはり世の中というか社会が動く年だ。選挙とは、今の日本の社会において数少ない「戦争」である。しっかりと「戦争」といえるンは裁判と選挙くらいしかないのではないか。戦争に勝つためには様々な手段を使う。今年はネット選挙というものが話題になった。まさに「インターネット」を以下に選挙に使うのかということが最大の問題のようになっていた。しかし、そのインターネットというのがあまり実態の票に結びつかないというのが、今の国会議員の間での定説である。結局のところ、インターネットとマスコミの違いがその辺にある。インターネットはやはりまだ普及はしていないばかりか、なかなか使い方にも注意が必要だ。一度批判が来るととめどもなく来るというのがまさに大きな問題になる。
 インターネットに関してはネガティブキャンペーンに使えるというよりも、その使い方が最も楽である。まあほめすぎれば褒め殺しになってしまう。その辺のところが微妙な問題があるのだ。今年は、選挙を通じて様々なノウハウが身についたと思う。
 それ以外にも、今年は様々な出会いが多くあった年だ。来年はこれらを非常にうまく役立てていきたい。ちなみに役立つというのは「日本のために」ということが最も大きな基軸になるのではないだろうか。
 来年は、まず本を共著か編著で書こうと思っている。そのほかに少し団体なども立ち上げてみると面白いかもしれない。
 そのほかい今年は救急車で運ばれての入院がなかなか大きな出来事であったか。心臓の発作で急に意識を失って倒れた。健康というのはなかなかあるようでないものだということが気づいたのである。来年はその辺も気をつけてみようと思う。
 来年の抱負は、また来年に語ろうと思う。来年のことを話すと鬼が笑うという。鬼を笑い死にさせないように。特に、私のように病気のキャリアを持っている人は、なおさらだ。後一日といえども慎重に考えるように心がけようと思う。

 今年は皆さんには大変お世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
 来年もどうぞよろしくお願いします。
 皆さん、良いお年をお迎えください。

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毎年恒例、今年の10大ニュース 国内編

毎年恒例、今年の10大ニュース 国内編

 10大ぬース国内編だ。毎年毎年さまざまなニュースがある。ニュースもそんなに明るい。
 われわれがニュースをニュースにするということは、その事件が「非日常である」ということと「公益性がある」ということ、その上で「読者が望む」ということがひとつのニュースの基準になる。それでも、新聞などを見ていると、そればかりではない。さまざまなニュースが毎日出てくる。化学の発展の話も、新たな開発の話、地域発展や新商品の発売、地域町おこしの成功など、日本全体での公益性が疑われるものもあれば、ほほえましいものもある。われわれは報道の立場にいながら、そのようなほほえましいニュースや明るいニュースに元気付けられ、そして、活力を得ている。
 しかし、実際のところよく読まれるのは「不幸なニュース」「痛ましい事件」などであり、また、政治に関する批判や非難ということになろう。このような現象から、日本人は根本的に、毎日の生活に不満があり将来に漠然とした不安を持ちながらも、それでも、あまり根拠のない安心感と生活の安定を得られているということになるのではないだろうか。毎日の生活が逼迫していれば、まさに一条の光に寄せられるように希望を見出し、また、そのニュースが大きな話題になるはずだ。反語的な表現なのかもしれないが、不幸なニュースや現状への不満が大きな話題になるということは、それだけ、社会が安定している証拠なのかもしれない。
 このブログで何度か記載したが、私は阪神大震災で被災している。そのときの神戸新聞の記事やほかの新聞の号外などには、「悲惨だ」「何もない」というものではなく、「XX時間ぶりに救出」など希望を見出せるニュースが一面を飾ったのを覚えている。ひどい状況であったのは、読者の皆さんもテレビ画面などを通じて知っていると思う。しかし、地元の人がパニックも暴動も起こさずに、しっかりとした避難生活を遅れたのは、そのような「希望」を見出すニュースの効用ではなかったか。あのときの報道を見ていると、少なくとも現代の生活状況は、阪神大震災の非難状況に比べてはるかによいものであることは間違いがない。
 そのような目で見ていると、今年の国内のニュースもなかなか興味深いものがある。今回は20位まで表示した。

日本の出来事 集計結果一覧

1.      尖閣諸島沖で中国漁船が海保巡視船と衝突、海上保安官が撮影ビデオを流出

 尖閣諸島沖で9月7日、違法操業していた中国漁船が、哨戒中の海上保安庁の巡視船2隻と衝突した。同庁は8日、中国人船長を公務執行妨害容疑で逮捕したが、那覇地検は25日、日中関係への配慮などを理由に、処分保留のまま釈放した。
      ★得票率:87.70% ★得票数:9,554

2.      ノーベル化学賞に根岸氏、鈴木氏

 スウェーデン王立科学アカデミーは10月6日、2010年のノーベル化学賞を、米パデュー大の根岸英一特別教授、北海道大の鈴木章名誉教授ら3人に贈ると発表した。日本人の化学賞受賞は、08年の米ボストン大の下村脩名誉教授以来2年ぶりで計7人となった。日本の化学研究の水準の高さを世界に示した。
      ★得票率:74.97% ★得票数:8,167

3.      宮崎で「口蹄疫」発生

 宮崎県都農(つの)町で4月20日、家畜伝染病「口蹄疫(こうていえき)」の発生が確認された。国内では2000年に同県と北海道で起きて以来、10年ぶりの発生だった。
      ★得票率:73.91% ★得票数:8,052

4.      113年間で最も暑い夏、気象庁発表

 気象庁は9月1日、今夏(6~8月)が観測史上、最も暑い夏だったと発表した。全国17地点を選び、1898年以降の113年間のデータと比較したところ、今夏が最も高い気温だった。
      ★得票率:64.98% ★得票数:7,079

5.      鳩山首相退陣、後継に菅副総理・財務相

 鳩山首相は6月2日、沖縄県の米軍普天間飛行場移設を巡る迷走で、社民党の連立政権離脱を招いたことなどの責任を取り、退陣を表明した。自民党から民主党への政権交代で誕生した鳩山内閣は、8か月余りで終止符が打たれた。鳩山氏と同じく「政治とカネ」の問題を抱える小沢幹事長も辞任した。
      ★得票率:58.53% ★得票数:6,376

6.      小惑星探査機「はやぶさ」帰還

 宇宙航空研究開発機構の小惑星探査機「はやぶさ」が6月13日、7年に及ぶ宇宙の旅を終えて帰還した。
      ★得票率:54.22% ★得票数:5,907

7.      参院選で民主大敗

 第22回参院選は7月11日に投開票された。昨年9月に民主党が政権を獲得して以降、初めてとなる全国規模の国政選で、同党は改選54議席を下回る44議席で大敗した。
      ★得票率:43.01% ★得票数:4,685

8.      野球賭博関与で琴光喜ら解雇

 日本相撲協会は7月4日、野球賭博に深く関与したとして、大関琴光喜と大嶽(おおたけ)親方を解雇した。 【詳細へ】
      ★得票率:40.37% ★得票数:4,398

9.      郵便不正事件の押収証拠改ざんで大阪地検特捜検事を逮捕、村木元局長の無罪確定

 最高検は9月21日、郵便不正事件で押収した証拠を改ざんしたとして、大阪地検特捜部主任検事を証拠隠滅容疑で逮捕した。10月1日には、改ざんを組織的に隠蔽したとして、元上司の前特捜部長、前副部長を犯人隠避容疑で逮捕した。
      ★得票率:38.42% ★得票数:4,185

10.      サッカーW杯、日本は決勝T進出

 サッカーのワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で日本は6月24日、デンマークに3―1で快勝し、通算2勝1敗として2大会ぶり2度目の決勝トーナメント進出を決めた。 【詳細へ】
      ★得票率:37.73% ★得票数:4,110

11.      所在不明の「100歳以上」相次ぐ
12.      「高さ日本一」スカイツリー
13.      日航が会社更生法の適用を申請、過去最大の破綻
14.      イチロー選手が10年連続200安打、自らの大リーグ記録更新
15.      白鵬の連勝63でストップ
16.      足利事件再審、菅家さんに無罪判決
17.      朝青龍が現役引退、泥酔暴行問題で引責
18.      バンクーバー五輪、日本は銀3銅2
19.      野口さんと山崎さんが宇宙で対面
20.      「子ども手当」支給開始

 今年は、信用、信頼、そして期待が裏切られた年ではなかったか。ニュースはそのような感じで捉えられるものが少なくない。昨年の1位はいわずと知れた政権交代であった。その政権交代に関して言えば、1年(今の時点では1年半)経過して、完全に期待が裏切られたという感が強い。その国民感情が、まさに沸騰しているが、その不満の行き先がまったく定まらないということになっているのではないか。まさに、選挙で言うところの「不満票の受け皿」ができていない状態が如実表れているといわざるを得ない。
 信用が裏切られたのは検察警察をはじめとする政府機関や昔の「3公社5現業」といわれる期間も同じだ。郵便制度不正事件、海保の情報、戸籍制度という意味では所在不明高齢者も同じ、また元号では日光の経営破たんなどもまさにそのものではないのだろうか。足利事件の冤罪に関しても大きな話題になった。
 このように見てみると、「政府・政府関連機関の信用、信頼が裏切られた」というのはまさにそのもので当てはまっているのかもしれない。政局そのものもまさにそうで、マニフェスト選挙で政権交代を果たしたのにかかわらず、そのマニフェストが守られない、守らないのを「現実路線」ということ自体が大きな問題だ。逆な言い方をすれば「現実からかけ離れた絵空事で国民をだました」という話になっても仕方がない。だましていないというのであれば、もう一度選挙をし、今度は現実に実行可能なマニフェストで、再度民意を図るべきではないのか。そのようなこともできず、ただ漫然と政権の座にありついて利権をむさぼっている政治に対して、その期待感も消えうせたというのが現在の政治状況であろう。そのピークが鳩山退陣であった。新たな首相である菅直人に一時は66%の高支持率を持って迎えたが、年末の今になれば「不支持率」が66%になっている。この現実を踏まえてもまだ民意に沿っているといえるのであろうか。
 私が今回20位まで載せたのは、不信感や信頼の裏切りばかりではなく、明るいニュースが多くあるからだ。特にスポーツに多いが白鵬の記録への挑戦やアメリカ大リーグでのイチローの前人未到の大記録などは、日本のニュースというよりも世界のニュースなのかもしれないと思う。また、はやぶさの期間や宇宙における大発見は、民主党の事業仕分けの波にもまれ、宇宙での困難も克服しての帰還であり、地球レベルでの大きな偉業ということもできる。
 明るいニュースが多いということは、やはり日本人はことに、生活とはなれたスポーツや科学技術の分野で「一条の光」を求めているのかもしれない。ある意味、不信感もニュースになっているうちが華で、それが日常的になってしまっては終わりである。しかし、やはり国民が祝福できる明るいニュースが来年こそほしいと思うものだ。

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毎年恒例、今年の10大ニュース 海外編

毎年恒例、今年の10大ニュース 海外編

 もうこの記事を書く時期かと思ってしまう。度しても、毎年なんとなく忙しいので、身とし言っていることであるが、年の瀬ということを感じない。昔は、といっても20年以上前の話であるが、学生時代は冬休みというありがたい制度があり、年末や夏休みに関しては、非常にメリハリのついた、というよりもどちらかというと緩みきった正月を迎えていた。しかし、残念ながら社会人になると、単純に仕事が主で休みなどはなくなってしまう。このために、休みがあれば何をしてよいかわからなくなってしまうのであるが、一方で年の瀬や新年、盆暮れといった暦の感覚がまったく沸かなくなってしまう。
 今回は海外なので、海外に関して少し言及すれば、海外では、この年末年始に休むという感覚も少ない。年中休みの用でもありまた年末年始を迎えることに関する価値観が違う。そもそも、「新年」がいつから始まるのかという感覚がまったく異なるのだ。
 暦をよく見てもらうとわかると思うが、今年(もうすぐ今年ではなくなるが)2010年である。その前に「西暦」という漢字を見ることはあまり少なくなったが、それでも、気の利いたカレンダーなどを見るとしっかりと書いている。これは西洋の暦を使っているという意味であり、基本的に、日本の固有の暦ではない。日本は江戸時代まで独自の暦を使っていたが、明治初期に暦を改変し西暦を採用するようになったのである。
 中国や韓国は、まったく異なり太陰暦を使用している。そのために新年は「春節」といわれる小正月からであり、毎年西洋暦では暦が変わる。春節休みは日本と同じに10日くらい続く。中国や韓国の用心を会うのは、この正月休み、要するに春節休みを利用し、その休みの前後に訪問するのが最も効果的である。また、タイでは、西暦で4月のはじめが休日だ。ソンクァンという俗に「水掛祭り」といい、町を歩いていると白いしるし(小麦粉や片栗粉を水でといたようなもの)を体にも車にも塗られてしまい、また、ところかまわず水をかけられる。それで起こってはいけない。それこそ神の祝福であり、また新年を祝う行事なのだ。私の感覚では、南方の国はなんとなく働かないというか、よく言えば人生を楽しんでいるという感じがする。基本的に「衣食住」が何もしないでも最低限であれば手に入る環境というのが、そのようにしているのかもしれない。かなり不謹慎な言い方ではあるが、基本的に外で野宿していても投資するなど生命の危険はない(マラリアなどは別ないみです)また、食べ物の、森に入れば食べれるものはたくさんある。雪や氷で閉ざされた世界ではない。その分開放的な気分になるのは、日本人の偏見であろうか。
 そのように環境も何もすべて地が海外のニュースは、今年もさまざまなものがあった。その中から読売新聞の投票により発表された10大ニュース海外版が下記のものである。

海外の出来事集計結果一覧

1.      チリ鉱山落盤事故、33人「奇跡の救出」

 南米チリ北部コピアポ近郊のサンホセ鉱山で8月5日、落盤事故が起き、作業員33人が地下約700メートルの坑内に閉じ込められた。同月22日、救助隊が、地下から引き上げた掘削ドリルの先に「33人全員が元気」と記されたメモがはさまれているのを発見し、17日ぶりに生存が確認された。 【詳細へ】
      ★得票率:95.55% ★得票数:7,114

2.
      北朝鮮が韓国を砲撃、韓国側で民間人含む死者4人

 北朝鮮軍は、金正日(キムジョンイル)総書記の後継に決まった三男、金正恩(キムジョンウン)氏が公の場に姿を見せてから間もない11月23日、黄海の北方限界線(NLL)に近い韓国・延坪島(ヨンピョンド)(人口約1400人)を突如砲撃した。砲弾約170発を発射し、民間人と軍人各2人の計4人が死亡、数十人が負傷。民間人集落の一部が爆発や火災で壊滅状態となった。 【詳細へ】
      ★得票率:92.91% ★得票数:6,917

3.      上海万博開幕、7300万人入場

 「より良い都市 より良い生活」をテーマに、上海万博が5月1日から10月31日まで、上海市中心部の328ヘクタールを会場に開催。過去最多の246か国・国際機関が参加した。入場者数も史上最多の大阪万博(約6422万人)を上回る7308万人を達成し、待ち時間の最長記録は12・5時間に及んだ。 【詳細へ】
      ★得票率:81.91% ★得票数:6,098

4.      ハイチでM7.0地震、23万人死亡

 カリブ海の島国ハイチで1月12日、マグニチュード(M)7・0の地震が発生した。首都ポルトープランスは壊滅状態となり、同国政府と国連の推計で約23万人が死亡、約130万人が家屋を失った。 【詳細へ】
      ★得票率:80.51% ★得票数:5,994

5.      メキシコ湾で原油流出、米史上最悪の海洋汚染事故

 米南部ルイジアナ州沖のメキシコ湾の深海油田で4月20日、英石油大手BPの掘削施設が爆発し、9月19日までの5か月間にわたり原油が流出し続けた。流出量は累計78万キロ・リットルに達し、米史上最悪の海洋汚染事故となった。 【詳細へ】
      ★得票率:70.45% ★得票数:5,245

6.      金正恩氏が後継に確定

 北朝鮮で9月28日、朝鮮労働党代表者会などの主要な党行事が開かれ、金正日(キムジョンイル)総書記(68)の三男、金正恩(キムジョンウン)氏(27)が、党中央軍事委員会副委員長などの指導部ポストに選出された。 【詳細へ】
      ★得票率:68.69% ★得票数:5,114

7.      ノーベル平和賞に中国民主活動家の劉氏

 ノルウェーのノーベル賞委員会は10月8日、中国で服役中の民主活動家・劉暁波(りゅうぎょうは)氏(54)にノーベル平和賞を贈ると発表した。 【詳細へ】
      ★得票率:58.76% ★得票数:4,375

8.      韓国哨戒艦沈没、「北の魚雷攻撃で」

 黄海の韓国・ペクリョンド沖では3月26日、演習中の韓国海軍哨戒艦が沈没した。米英などの専門家も加わった韓国軍・民間合同調査団は5月20日、「北朝鮮潜水艦による魚雷攻撃」が原因と断定した。 【詳細へ】
      ★得票率:55.03% ★得票数:4,097

9.      ミャンマーで20年ぶり総選挙、スー・チーさん解放

 軍事政権下のミャンマーで11月7日、20年ぶりとなる総選挙が行われ、軍政側が議席の8割以上を獲得し圧勝した。 【詳細へ】
      ★得票率:49.51% ★得票数:3,686

10.      アイスランド火山噴火、欧州全域で航空機飛行禁止措置

 4月14日、アイスランド南部の氷河の火山が噴火し、火山灰が風に乗って、欧州や北米大陸まで到達した。 【詳細へ】
      ★得票率:46.42% ★得票数:3,456

 今年は、思ったよりも自然災害が少ない一年であったのか、あるいは、自然災害よりも、別なニュースのほうが大きく報道されたのか、その真意はわからないが、いずれにせよ、自然最愛が少ない。それでもハイチの大地震のニュースとアイスランドの火山噴火は、日本にも大きな影響を与えた。ハイチは、自衛隊派遣問題で日本でもゆれた。民主党政権になってはじめての自衛隊の海外派遣は、その準備などでも永田町では話題になったのだ。何しろ、この時期から半年後には官房長官の口から「暴力装置」と揶揄される自衛隊組織。この組織の平和利用をまともにできるのかということは非常に話題になったものだ。
 一方アイスランドの噴火に関しては、物流が滞るという思いがけない影響があった。母の日(と記憶しているが)のカーネーションを積んだ航空機希が飛べないということで、空輸や日本の輸送体制に対する問題が経済的に提起されたものである。カーネーションという、一般の人にとっては、一種の装飾品であるから大きな問題にはならなかった。それでも北欧産のサーモンなども問題になったのだ。輸入に頼る日本の物流体制の脆弱さが、このようなところで明らかになるとは思わなかった。
 朝鮮半島情勢も多くランキングされた。延坪島の砲撃や金正日主席の後継者問題、それに哨戒艦の爆沈事件、いずれも朝鮮半島有事に発展するのではないかと日本を不安いさせる要素となった。私もブログでかなり取り上げたのであるから、そのことに関してはここではあまり多くを語るまい。
 長くなるので、ランキング1位のことについて少し触れたいと思う。
 1位は、ある意味で感動的な救出劇であった。朝の番組はこぞって救出劇を中継し、小さな檻のようなカプセルから出てくるチリの作業員の姿に感動したものだ。しかし、このような危機的状況は、ある意味で人間の隠れた一面も出してくる。作業員の中の一人が不倫をしていて、愛人と本妻の間で訴訟などが起きてしまったのである。まさに日本のワイドショーが大好きなシチュエーションにテレビは救出劇と同様に話題性を確保したのである。その後、その作業員は愛人宅に帰宅するというおまけつき。なかなかうまくいかないものである。
 いずれにせよ、奇跡の救出劇は、作業員のリーダーや救出チームとの努力によって、さまざまな要因がかみ合わさった内容である。このようなめでたいニュースと「人の命を助ける」または「全員が必ず行き地上に戻る」という人と人との結びつきの起こした奇跡ではないか。このようなニュースが1位に選ばれたことは、大変喜ばしいことといえるのではないだろうか。

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日本の技術力の今 技術大国日本の崩壊を止めろ

日本の技術力の今 技術大国日本の崩壊を止めろ

 年末になってもなかなか寒くならない、異常気象としわれている。その異常気象の中、なかなか「寒い」話題が飛び込んできた。日本の具術力が今までは世界一であり、最先端技術に関しては、そのシェアも日本がトップを独占していた。しかし、そうではないということが昨今わかったというものである。
 今回は、充電池で多用されるリチウムイオン電池の世界シェアが、日本が首位から陥落したというものである。変わりにトップになったのは韓国のサムスングループである。商売のシェアというのは、
 1 品質などの商品の固有の性能、
 2 消耗財なのか設備なのかという商品そのものの性質、
 3 会社の営業の上手下手、またはそこに付随する価格
 4 会社や国の信用、将来性
という部分で決まってくるものである。
 その意味では、これらの内容の総合力が韓国企業や中国企業のほうが日本よりも勝っているということを意味しているといえる。要するにリチウム電池に関して言えば、商品の性質において、よほどの長期間使うものではないために、そこで甘受できるだけの性能を韓国企業は保有しているということになる。逆に、必要不可欠な電池という部分の性能がしっかりしていれば、特に大きな問題はないはずだ。その上で、価格は手ごろであり、なおかつ勧告という国の信用やサムスンという会社の将来性が担保されているということであり、首位から陥落した三洋電機よりもその総合力は勝っていたということになるのである。負け惜しみで言えば、決して三洋電機よりも品質の優れた灰スペックのものを作ったというものではない。しかし、「リチウム電池」としての商品として必要なスペックのうちに、それ以上の付帯価値を必要としないで価格とのバランスを考えた場合、三洋電機よりもサムスンのほうが勝っていたということである。
 その内容に関しては下記の通りだ。

リチウム電池も日本勢陥落 トップはまた韓国サムスン

 電気自動車(EV)などのエコカーや携帯電話の基幹部品となるリチウムイオン電池の2010年世界シェアで、これまで首位だった三洋電機が韓国サムスングループに抜かれ、2位に陥落する見通しとなったことが19日、分かった。かつては日本企業が計9割以上のシェアを占めたが、液晶パネルなどと同様、またもや韓国企業に首位を奪われることになる。
 ▼かつてシェア9割
 調査機関インフォメーションテクノロジー総合研究所によると、今年の出荷個数シェアはサムスングループのサムスンSDIが20・1%で、三洋は19・9%とわずかに下回る。日本企業全体のシェアも10年前の約94%から約42%まで下落する見通し。韓国勢は約35%で、10年前の約2%から激しく追い上げている。
 現在のリチウムイオン電池はノートパソコンや携帯電話向けが中心だが、EV販売が本格化すれば状況は一変するとみられる。5年後の市場規模が現在の4倍以上の約3兆6千億円となり、このうち自動車向けの割合が現状の数%から4割近くまで伸びるという試算もある。
 韓国企業はエコカー時代を見据えて大規模投資を行い、供給先を拡大。韓国政府も後押しし、7月にはリチウムイオン電池を「次世代の基幹産業」と位置付けて専門大学院を新設し、人材を養成することなどを盛り込んだ長期計画をまとめた。リチウム確保の資源外交にも力を入れている。
 日本企業は技術力で韓国企業より先行しているとみられるが、「多くのメーカーが狭い国内市場で競争している間に韓国勢が世界で力をつけていた」(大手電機幹部)と指摘される。
 ▼液晶パネルに続き
 日本企業は液晶パネルでも韓国企業に首位の座を奪われ、薄型テレビではサムスン電子とLG電子の韓国2社が1、2位を独占。このほか日本企業の独壇場だった太陽電池では、韓国と同様に攻勢を強める中国系企業が世界を席巻する。
 リチウムイオン電池は国際的な規格が標準化されておらず巻き返しの余地があるが、官民連携で韓国に対抗できなければ、液晶パネルなどと「同じパターンに陥りかねない」(業界関係者)と懸念されている。

産経新聞 12月20日(月)7時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101220-00000071-san-bus_all

太陽電池“落日”危機 日本勢がトップ5陥落へ、中国など躍進

 日本の“お家芸”だった太陽電池パネルの世界市場で、2005年に生産量トップ5のうち4社を独占していた国内メーカーが、10年にすべて姿を消す見通しであることが、独調査会社の調べで分かった。世界的な太陽光発電ブームを受け、米独のほか、中国など新興国のメーカーが、積極投資で生産能力を増強し攻勢をかけているためだ。
 各国とも太陽電池などの環境分野を成長産業と位置づけ、官民一体の取り組みを強化している。国内勢のシェア低下は、日本の産業競争力の低下を招き、将来の雇用喪失にもつながりかねない。
 独フォトン・インターナショナルが各国メーカーの10年の生産計画を調査。その結果、1位には中国のサンテックパワーが前年の2位から浮上。中国勢は、インリーソーラーが3位、JAソーラーも4位に入り、米独勢も5位内を維持する。逆に前年3位のシャープは6位に後退する見通しで、日本勢4社が名を連ねた05年から一変する。
 日本勢は、1970年代の2度のオイルショックを契機に太陽電池の事業化に向け、地道な研究開発を続け、産業として開花させた。しかし、製造技術の普及に加え、地球温暖化問題で太陽光が次世代エネルギーとして脚光を浴びる中、新興勢が続々と参入し、シェア低下が続いている。
 日本勢も「トップ3に入らないと量産効果が発揮できず、利益が出ない」(大手)と危機感を強め、能力増強を急ぐ構えだ。
 シャープは、今年3月に100万キロワットの生産能力を持つ堺工場の稼働を始めたほか、年内に英国工場の生産能力を倍増させ、イタリアで合弁工場も立ち上げる。京セラは、7月に米国の新工場を稼働させるなどで、前年度に比べ生産量を50%増やす計画だ。
 ただ、安い労働力を武器にした大量生産で価格競争をしかける中国勢には太刀打ちできないでいる。
 太陽電池は13年に市場規模が08年の約3・5倍の2280万キロワットまで拡大するとの予測もある成長産業。日本を含め各国が、環境産業を育成し雇用を創出する政策を打ち出している。
 日本メーカーの凋落は、政府が今年6月に決めた環境など4分野で500万人の雇用創出を目指す新成長戦略にも影を落とす。
 コスト競争力でかなわない日本勢が生き残るには、「発電効率や耐久性など品質で対抗するしかない」(大手メーカー)。各社が研究開発体制の強化を急ぐと同時に、政府も投資減税などで後押しすることが急務だ。

産経新聞20100814
http://www.sankeibiz.jp/business/news/100814/bsb1008142333002-n2.htm

 個人として、「日本が負ける」ということああまりうれしいことではない。しかし、日本のお家芸が外国に奪われるというのは、スポーツの世界では珍しいことではない。柔道もそうであるし、国技の相撲などは、日本人の横綱が出なくなっている。しかし、スポーツと経済は違う。感情的に割り切れない部分よりも実害浅生汁内容になってしまっている。
 韓国経済が崩壊するという論調の本が出ていたり、ネットの中で有名になった人がいるが、実際にそれ以前に日本経済のほうが崩壊しそうな勢いだ。その辺のところを「どのようにするのか」ということは、個人、企業、国という各レベルで考えなければならない。今回はその中で企業だ。
 日本の場合、太平洋戦争時代の船の建造でもわかるとおりに、徹底した一品豪華主義を貫く。そのために「松型」といわれる駆逐艦以外、大量生産ができないでいる。ひとつの船は非常に優秀であり武装もすばらしいし、何よりも乗組員の指揮の高さや規律の正しさは、現在の自衛隊に引き継がれ、儀仗隊のすばらしさは世界各国でも群を抜いている。各国の駐在武官や将軍葉日本の儀仗隊の整列を見たいという声は少なくない。
 逆に、その勤勉さや個人の技術力の高さは、人件費の高騰を招き、また職人技を尊重する風土になってしまい、大量生産に向かない生産体制が生まれてしまうのである。そのことは、経済そのものの日本の最大の弱点になってしまっている。その弱点を「大企業」はいかに克服し、世界における価格競争に結びつけるのか、もっと言えば価格戦略を立ててゆくのかということを考えなえればならない。その部分の考えが、日本の場合まだまだ足りていない。職人尊重や、細かい部分へのこだわりは、わかる人にはわかるというレベルでしかなく、上記「リチウム電池」として一般の人が望むスペックをはるかに超越してしまい「無駄なコスト」になってしまう。
 もちろん、そのような超過スペックが「社会的に無駄」といっているのではない。そのようなところから、すばらしい発明や新規の発見が生まれていることは周知の事実である。しかし、それは学術研究の分野であり、経済合理性や価格競争の場面で必要なものではない。学術研究は大企業の研究部門や国家政府の資金の援助によって行われるべきではないのか。
 簡単に、このように分類できないし、「経済合理性」ばかりの追求はよくないことも承知しているが、視点を変えた場合は、このような結論が出てくることも確かだ。場面、立場などによって、これらを使い分けないといけない。
 日本は、経済復興の目はたくさんある。リーマンショックを言い訳にしているが、実際のところ、リーマンショックは勧告も影響があったのだ。その同じ土俵で日本が首位陥落した。「一位じゃなきゃだめですか」というものではない。一位でないから税収も減るし、雇用も生まれないのだ。その経済復興のために、経済や会社の構造そのものを変えてもかまわないというような「荒療治」が必要なのではないか。
 簡単なきじであまり騒がれてないないが、これは来年の大きな課題であると確信している。

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マスコミ批判に対する一考(26) 今年最後くらいはマスコミを誉めてみよう

マスコミ批判に対する一考(26) 今年最後くらいはマスコミを誉めてみよう

 マスコミをほめるというのも。でも、今年最後くらいは「よくやった」と言ってみたい。個人的には、私も新聞社の人間であり、マスコミを批判できる立場ではないのかもしれない。それはジャーナリストと名乗る全ての人がそうだ。私を含め全てのジャーナリストが「完全に中立に報道をしたか」といえば、必ずしもそうではない。マスコミは民主党寄りという言い方もできるが、批判している人々が「反民主」に偏っていないかどうかということは、考えなければならない。批判しているから反民主に「偏ってよい」というものではないのだ。
 しかし、自分と同じ意見だとどうしても称賛してしまう。その意見が多少偏っていても自分の主観と適合していればそれが中心だ利政党と思ってしまうのが不思議なところだ。しかし、それでは手放しで称賛はできない。称賛するためには何らかの正当性がなければならない。
 今回は読売新聞がそれを行った。

借金頼み限界予算…一般会計92兆4116億円

 政府は24日夕の臨時閣議で2011年度予算案を決定した。国の予算規模を示す一般会計の総額は、10年度当初予算比0・1%増の92兆4116億円に上り、当初予算としては3年連続で過去最大となった。
 新規国債の発行額は、過去最悪だった前年度並みの44兆2980億円で、当初予算としては2年連続で借金が税収を上回る異常事態だ。借金と「埋蔵金」などの税外収入に頼った国の財政運営が限界に達していることが浮き彫りになった。
 政府は、赤字国債の発行に必要な特例公債法案などの予算関連法案を年明けの通常国会に提出するが、参院で与党が過半数割れしている「ねじれ国会」の下で、成立のめどが立っていない。子ども手当は現行法が10年度限りのため、新たな法案が成立しないと支給できなくなる。

(2010年12月25日05時58分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20101224-OYT1T00900.htm


家計は楽になりそうもない?11年度予算案

 2011年度予算案で暮らしはどう変わるのか。
 3歳未満の子どもを対象に子ども手当の上積みが行われるものの、高所得層を中心にした増税メニューもあり、負担が減る世帯は限られそうだ。
 ◆生活支援
 子ども手当は、来年4月以降、3歳未満に限り1人あたり月2万円に増え、6月支給分から反映される。3歳から中学生までは月1万3000円で変わらない。
 平均的な所得以下の世帯の子どもが私立幼稚園に通う場合は入園料などの補助金が増額され、第1子では年3200円増える。今年度始まった高校授業料の実質無償化は継続する。
 世帯の負担には影響がないが、小学校では、11年度から1年生のクラスの児童数の上限が35人になり、「35人学級」が増える。
 雇用面では、11年10月から求職者支援制度がスタートする。雇用保険の給付が得られない人でも、無料の職業訓練を受けながら生活支援として月10万円が支給される。
 医療では、40~60歳では5歳ごとに大腸がんの無料検診が受けられるようになる。不妊治療の助成回数も1年目については年2回から3回に増える。
 高速道路の無料化は、実質的に10年度並みの予算となり、路線はあまり拡大されない可能性が高い。家電エコポイントは11年3月末、住宅エコポイントは11年12月末に予定通り終了する見通しだ。
 ◆負担増
 一方、負担が増えるメニューは目白押しだ。10年度税制改正で決まった15歳以下の年少扶養控除の廃止と16~18歳の特定扶養控除の縮小により、対象となる世帯は、所得税が11年1月から、住民税は12年6月から、それぞれ増税になる。これらは、子ども手当や高校授業料の実質無償化と引き換えに家計に負担増を求めたものだ。
 11年度税制改正では、サラリーマンの必要経費を見積もって収入から差し引く給与所得控除が年収1500万円超で頭打ちとなる。サラリーマンのうち1・2%にあたる高所得層約50万人が、控除額の縮小により負担増となる。
 大和総研の試算によると、所得税・住民税の増税や、子ども手当、厚生年金を含む社会保険料の見直しなどを勘案すると、「夫が年収500万円のサラリーマン、妻が専業主婦、6歳以上の子どもが1人いる世帯」では、14年時点の手取り収入は09年に比べて年3万2900円減る。「夫の年収が700万円で、妻が専業主婦、23歳以上の子ども1人を扶養している世帯」は、年17万2300円の減になるという。(経済部 戸塚光彦)
(2010年12月24日20時23分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20101224-OYT1T00972.htm


新聞発行部数23年ぶり5000万部割れ

  新聞協会加盟社の2010年の新聞発行部数(朝夕刊セットで1部と計算、10月段階)は5000万部を割り、1987年以来 23年ぶりに4000万部台となった。2010年12月24日までに同協会が公表した。10年前の2000年は約5370万部だった。2010年だけで、前年より一気に100万部以上減って約4932万部となっている。

2010年12月24日(金)14時54分配信 J-CASTニュース 
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-84370/1.htm

 民主党が政権交代をしたのとまったく同じ手法で、民主党の予算に関して批判をした。民主党の予算組に関して、それが史上最大の予算であり、そして、それが「生活者第一」と言っていた内容の結果であるということをした。
 今まで民主党批判といえば「国家観」「外交」というように、国民の生活ということと関係なくもっと大きな視点での姿勢がおかしいということで、これでは国家が崩壊するという内容での批判がほとんどであった。
 しかし、それでは、同じ土俵でのものではないということになる。もっと言えば安全保所など関係ない「狭い世界」で生きている人にとっては、または「それはわかるけど国家なんて大げさな」というような意見の国民も少なくなく、そのために、結局のところ「民主党の方が内政は良い」という話になってしまう。
 しかし今回は、来年度予算に関して「家計にどれだけ影響があるか」という「生活者目線」で批判を繰り広げ、「「夫の年収が700万円で、妻が専業主婦、23歳以上の子ども1人を扶養している世帯」は、年17万2300円の減になるという。」という実際の「財布の損失」で話をしているのである。
 今までマスコミは、そのような比較は行わなかった。これにより、国家観や外交などにおいて問題があるという将来の漠然とした不安と、民主党のバラ色な生活とのギャップでマスコミの報道になんとなく不安感や不信感が生まれていた。その結果、5000万部割れという最後に掲載した記事になるのであるが、まさにマスコミも「民主党離れ」が出てきたのかもしれない。
 マスコミは少し遅きに失したようなきらいはあるが、それでも、批判され続けている損時から少し変わってきたのではないか。自浄作用のあるという意味で、今年最後のマスコミ批判は「よくやった」という感想で終わりたいと思う。
 来年もマスコミ批判を続けようと思う。

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インターネットと政治と選挙(7) ユーザーのネットに関する意識

インターネットと政治と選挙(7) ユーザーのネットに関する意識

 インターネットと政治と選挙に関して毎週記事を書いている。基本的に、これらの内容に関していろいろと書いてきた。年末ということもあり、ネットに関する意識調査ということを少し書いてみても面白いのかもしれない。
 何よりも、インターネットを国民、有権者が使っているという前提がなければ話にならない。簡単に言ってしまえば、以下に便利で革命的なシステムであっても、誰も使っていないならば意味がない。インターネットは、基本的には誰もが気軽に使えるメディアでなければ、政治とは関係ない。政治は国民主権のものであるために、国民がその意思を表示できなければ意味がないのだ。
 その意味では、インターネットそのものの政治利用ということは、それで十分なのかという議論がある。日本におけるインターネットユーザーはそんなに多くはないのではないかという疑問がある。実際のところ、インターネット普及率は、そんなに高いものではないのだ。しかし、そのインターネットが話題になるのは、基本的には一世帯にひとつのインターネット環境があるという統計になっているからだ。ひとつの家庭にひとつのインターネット環境があれば、少なくとも電話と同じで、その普及率は非常に広く国民を網羅しているだろうということになる。
 では、本当にそうであろうか。私の周辺は、昭和一桁や対象生まれの人が少なくない。両院記者会という組織はそのような組織だ。伝統に息づいているといえば格好はよいが、現実はそのようなものではないのだ。国会の中の生き字引のような人が多いが、別に言えば養老院のような部分もある。あえて「養老院」という書き方をしたのは、諸先輩方を馬鹿にしているわけではない。日本の「老人」と勝て五らい図される人々に関しては、基本的に機械に弱いというのが通り相場である。両院記者会も同じであり、今の記者会にしては珍しく、コンピューターがないしインターネット接続環境も存在しないというのが両院記者会の姿だ。おかげで、私に合った人はわかると思うが、毎日コンピューターを持ち歩き、またインターネットの接続端末も持っている。
 一方、日本の場合は携帯電話の所有率は非常に高い。インターネットに比べて携帯電話はかなり高い確率で普及しているといえる。しかし、携帯電話を通してのインターネット接続もまったくできないようである。メールも携帯電話を情報端末として使うこともできていないということになる。私の場合、「これをインターネットで調べて」とか「これを(タイピングで)打って」というような話をよく言われる。
 基本的に高齢者にわれわれの使っているキーボードはなかなか馴染み。がないようである。ことに、日本の高齢者にとっては「アルファベット」が並んでいるボタンにはなかなかなじめない原因である。1990年代、家電メーカーがビデオ(これも徐々に死語になりつつある)デッキを売るのに、機能を拡充させていた。しかし、以外にもビデオデッキが売れたのは、機能を制限し、再生と録画しかできないが、その代わり老人にもわかりやすく、英語などの文字が少なくそしてボタンの大きなビデオデッキであった。わかりやすいという事がひとつの大きな流れに成る。要するに日本の高齢者にとっては、案でもできることよりもわかりやすく楽してできるということが最も重要な容易なってくる。
 これに対して、アメリカの高齢者にとってはそれが違うようだ。そのことが下記の新聞記事に書いてある。

高齢者もネット世代に、SNS参加者急増 米調査

(CNN) 高齢者はインターネットが苦手――こうした従来のイメージを覆す調査結果が発表された。このほど米調査団体ピュー・リサーチ・センターが発表した2010年度全米インターネット利用動向の世代別調査結果によると、高齢者も若者並みにインターネットを使いこなしつつあるという。
 同調査によれば、インターネット使用した活動内容はどの世代でもほぼ共通している。主な活動内容は、電子メール、検索、健康関連やニュースなどの情報入手、物品の購入(旅行予約など含む)、オンライン・バンキング、レビューやランキングの投稿、寄付、ポッドキャストの利用などだ。
 34歳以上の年齢グループは33歳以下と比べた場合、政府や金融機関など公的機関が提供するインターネット情報をより積極的に活用しているという。
 また、74歳以上のネットユーザーの間ではソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の参加者が急増。2008年にはこの年代SNS参加者はわずか4%だったのが、今年度は16%と4倍に増えているという。
 モバイルユーザーも、もはや若者世代限定ではない。同調査によれば、携帯電話などのモバイル機器でインターネットアクセスしているのは、46~55歳の年齢グループでは55%、56~64歳では46%、65~73歳では33%との結果になっている。

CNN.co.jp 12月19日(日)11時12分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101219-00000008-cnn-int

 高齢者といえども当然に有権者である。日本の場合は、文字数が26000を超えるために、なかなかタイプライターが発達しなかった。そのために、基本的に手書きが基本的な筆記方法であったと思う。ワープロが普及したのは、十数年のうちのことである。それまでは和文対応ライターというかなり難しい操作方法のものがありたくさんの文字の彫られた印字体を紙に打ち付けるタイプのものであった。当然に難しく、かなり専門的な内容伝ければ使えないものであったのだ。
 これに対して、アメリカの場合は26文字のアルファベットであったために、古くからタイプライターが発展していた。当然に、その事は現在のコンピューターよりはそこに存在する『キーボードで文字を打つ』ということの簡単さや身近さがあるのだ。そのことも手伝って、アメリカの場合は、高齢者のインターネットの普及が非常に高いということになる。インターネットの普及は、そのままインターネットによる政治や経済への介入ということにつながる。日本とはその典でインターネットに対する認識が異なる。
 まず、この記事を読んで思うのは、日本は、日本としてインターネットをどの世に高齢者に普及させるかということがもっとも必要なのではないか。インターネットが普及しなければ、実はインターネットによる意思表示ということはなかなかうまくいかないのである。それは政治に関しても同じだ。今まで政治や選挙という事で見てきた内容は、あくまでもインターネットが普及しているという前提である。しかし、今回の記事でわかるように、その前提が覆されてしまえば、もんだいはもうすこしふくざつになる。もっと言えば「インターネット」を高齢者に普及させるという方策を考えなければならない。
 その方策に関して何か腹案があるわけではない。基本的に、インターネットをもっと手軽なものにするように技術開発をしなければならない。私には理数系ではないので、それは難しいのであるが。
 今年最後ということで、今回は少し脱線して、インターネットと高齢者ということを書いてみた。しかしそれは非常に大きな内容であることは間違いがない。そのことも今後ゆっくりと時間を割いてみたいと思う。

今回はメルマガから全文をそのまま引用しました。

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チャンネル桜討論「どうなる!?民主党と日本の行方」

チャンネル桜討論「どうなる!?民主党と日本の行方」

 今年も気がつけばあと一週間もない。先日正月だったと思ったが、いつの間にか来年が近づいてきている。そろそろ今年を総括しなければならないとしかと思い、なかなか困った事態になってきている。心の準備がまったくできていないのだ。なんとなく、通常の日であり、年末年始という感覚はまったくない。最近年をとったのか、一日とか一年がやたらと早く感じる。つい先日のことがいつの間にか遠い昔になっていたり、いつの間にか去年のことになっていたりする。
 そんなことを実感させてくれたのが、23日収録25日(今日)放映されるチャンネル桜の「闘論!倒論!討論!2010 日本よ、今...」 である。3時間目(動画配信はないのであるが)の最後に「今年最後の闘論!倒論!討論!になります」といわれて、改めてそうなのかと感じた。年賀状を準備したりしているが、毎年このブログで恒例の10大ニュースや来年の予想は今のところまったく考えていない。さてどうしたものか。
 そんなことよりも、まず国会新聞社なのであるから今年の政治状況を振り返りましょうということを一われかねない。それにしても、恒例の年であれば、この時期は来期の予算を組み、大臣折衝・復活折衝などが行われ、どの省庁に何の予算が通ったかということに注目し、その予算に関して来年の政策を占うことができるものであった。しかし、昨年の政権交代とそれに伴って発動された「政治主導」という、今までの慣習を打ち破る行為は、それらの「年末の風物詩」を完全に飛ばしてしまったのである。
 そればかりか、12月3日の臨時国会閉会後、なぜか突然に与党内から与党の議員である小沢一郎に対する政治とカネに関する政治倫理審査会の出席を求めるという、これも慣例を破る皇位で、与党が勝手に政局を作っている状態である。この年末に政局というのは、基本的にはまずない。麻生内閣のときに選挙風が吹いた(実際は8月選挙であったが)し、それより前は福田内閣における大連立騒ぎが発生した。しかし、クリスマスである12月の終わりになって、積み残しの政局課題(決して政策ではない)があるというのも珍しい。それも、過去政倫審の出席や証人喚問というのは野党が突き上げて与党が応じるというものであったために、来年度予算に向けての重要な年末の時期はそのような政局の動きは封鎖もしくは自粛したものであろう。今回の小沢一郎に関する政局は与党が与党内で行っているものであり、その与党民主党は1月13日に党大会があるので、その党大会での党員サポーターという人々の反応を気にする菅直人執行部には「正月」「予算」「国家」よりも優先されるべきものなのであろう。
 そんなことを念頭に置きながら、
チャンネル桜の討論が下記要領で収録された。

番組名:
「闘論!倒論!討論!2010 日本よ、今...」

テーマ:
「どうなる!?民主党と日本の行方」(仮)

収録日時:
平成22年12月23日(木曜日)14:30~18:00
(番組は3時間番組です。途中休憩が入ります)
※10分程前までにお越しいただければ幸いです。

放送予定日:
平成22年12月25日(土曜日)20:00-23:00
日本文化チャンネル桜(スカパー!217チャンネル)
インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/

収録場所:
弊社Aスタジオ(渋谷)

パネリスト:(50音順敬称略)
宇田川敬介 (ジャーナリスト・国会新聞社編集次長)
片桐勇治 (元国民新党広報部長・ジャーナリスト)
土屋たかゆき (東京都議会議員)
花岡信昭 (政治ジャーナリスト・拓殖大学大学院教授)
福冨健一 (自由民主党政務調査会専門員)
山村明義 (ジャーナリスト・作家)
山本峯章 (政治評論家)
       
司 会:
水島 総(日本文化チャンネル桜 代表)

 今回は1時間目は民主党政権が以下にひどいかということ。2時間目は、小沢一郎の政局と自民党の野党としての問題点。政権をとるためにはどうしたらよいかということ。3時間目はこれからの日本についてということで、討論が行われた。もちろん事前の打ち合わせなどはまったくないばかりか、初対面の方もいらっしゃる。撮影の数分間前に名刺交換をするという感じだ。
 民主党がひどいという話は、いまさらここで繰り返すことはない。ただ、年末でもあるので単語に気をつけるよりも簡単にわかりやすく表現することを心がけた
 今回の問題は、「自民党の再生」である。
 自民党の再生は、自民党の政権云々ということではなく、現在の状況下において「強い野党」という存在は絶対に必要なことであろう。強い野党とは、今までの民主党のような批判政党ではなく「基礎のしっかりした」「いつでも政権交代可能な」野党である必要がある。日本には残念ながら日本共産党しかその余蘊存在はない。それも最近では「確かな野党」などといって「なんにでも反対することを旨とする」正当に成り下がってしまった。私は、共産主義ということに関して賛成はしないが、共産党の人々の一貫した共産主義もしくは社会主義国家へのイデオロギー的な基礎と、その基礎に常に立ち返る精神そしてその政策は、一定の評価をしているつもりだ。その結果というか、そもそもの共産主義が私には合わないので、賛同はしない。しかし、その内容はすばらしい。一方で、民主党は単位批判しかししていないということになるのであるから、当然に、正しいことも批判してしまう。それでは話にならない。正しいこと(党是や当の設立趣旨にしたがってという意味であるが)も否定してしまう政党では何の意味もない。「イデオロギーカメレオン政党」では、国民はいつ政府政党が態度を変えてしまうか不安になるので、一貫した共産主義よりも危険なのである。
 政権に関して「その言っていることが信用できない」ということ、要するに支持者が政治不信を起こすということが最も罪深いと考えている。国民が政治から遠ざかるという選択がもっともよくない。主権者が無責任になるということだ。そのような状態を許していては国が滅ぶ。
 自民党、強い野党でいつでも政権交代可能な野党は、まさにそうあってはならない。要するに「何でも反対すればよい」というものではない。そもそも根本原理をしっかりとしなければならないし、そのための行動を起こさなければならない。もっと言えば強いリーダーシップを発揮し、反対する人を置き去りにしても、国のためにまい進しなければならないであろう。
 番組内では情報の扱いの稚拙さ、または党職員の官僚化、党全体の国家観の喪失などさまざまなことを言っているが、実際のところ、そのような感じで根本の部分、少し大げさに言えば「魂」の部分がかけているのではないか。そしてそれは「安易に流れることを抑え、しっかりと考えなければならない」のではないだろうか。それでなければ、日本の行方は危ない。もっと言えば民主党を批判しても始まらないのである。
 詳細は番組を見ていただければありがたい。

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祝 天長節 天皇陛下喜寿の祝い

祝 天長節 天皇陛下喜寿の祝い

 12月23日(今日というかこれを読まれているみなさんは昨日ですが)は天長節。現代の祝日の呼び名では「天皇誕生日」という祝日である。天長節は日本の四大節の一つであり、皆で日本の天皇陛下の誕生日を祝うというものである。
 日本の場合、「天長節」という休みであった。そのことについてウィキペディアをそのまま転用しよう。

国家の祝日として表舞台に舞い戻るのは、明治元年9月22日(1868年11月6日)に天長節として祝ったときである(同年8月26日には太政官布告で「九月二十二日ハ聖上ノ御誕辰相当ニ付毎年此辰ヲ以テ群臣ニ?宴ヲ賜ヒ天長節御執行相成天下ノ刑戮被差停候偏ニ衆庶ト御慶福ヲ共ニ被遊候思召ニ候間於庶民モ一同嘉節ヲ奉祝候様被仰出候事」と布達された)。明治2年9月には各国公使を延遼館に呼び寄せ、酒饌を賜い、明治3年9月には諸官員、非職員、華族などの拝賀があって、勅任官は禁中で、奏任官以下は各官省で?宴を賜い、諸軍艦で祝砲が撃たれた。天長節の儀礼が整ったのは明治5年で、同年の天長節の勅語で
『 茲ニ朕カ誕辰ニ方リ群臣ヲ会同シ?宴ヲ張リ舞楽ヲ奏セシム汝群臣朕カ偕ニ楽シムノ意ヲ体シ其ノ能ク歓ヲ尽セヨ 』
と宣した。ついで奏任官以上の総代として太政大臣三条実美が、華族総代として従一位中山忠能がそれぞれ奉答した。明治6年(1873年)の太陽暦採用後、11月3日に変更。明治6年10月14日の太政官布告によって国家の祝日と規定された。その後、即位した天皇の誕生日にあわせて天長節が定められた。戦前は新年・紀元節・明治節ともに四大節の一つとして、盛大に奉祝されていた。

 ウィキぺディアないでは「新年」となっているが、基本的には四方の神々に一年の安康を祈る「四方節」という。日本の四方には朱雀・青龍・白虎・玄亀の四種類の守り神がいて、各法学に守り神がいる。その神々に祈りをささげ、各神々に日本を護ってもらうように祈る儀式だ。その祈りの存在である天皇陛下がこの世にお出ましになられたことを、国民みんなが感謝する日である。基本的にお祭り騒ぎをするものではない。
 日本人は「休日」「祝日」の区別がついていない人が少なくない。「休日」は自分の休みだ。好きに使っても良い。しかし、「祝日」は仕事や日常を離れて、その祝日の対象に対し、身を清めて感謝をする日である。特に四大節はまさに「国」「日本」そして「日本を護ってくれる人や神々」に感謝する日である。最近では祝日を移動して連休にするという法案を言っているが、これらの歴史的な意味や祝日の意味を全く分かっていないのではないかと思ってしまうのである。
 その中の一つ天長節は、上記にもあるように、毎日そして大きな祭りではより一層神々に日本の事を祈り、神々との間で会話をし、国体を護持している天皇陛下に感謝するとともに、そのような天皇陛下をよに授けてくださった万世一系の皇室の祖先先祖全てに、現在の国民が感謝をする日である。
 同時に、天皇陛下は国家の象徴であり国民統合の象徴であることから、天皇陛下と皇室ご一家を通して、国民一人一人が我が身を省みて、現在の家族、先祖など一族に関して今ある自分の姿に対して感謝し、それと同時に、自分を含む社会そのものと社会の歴史と伝統に感謝をする日である。
 その天皇陛下に関する記事が下記のものである。

天皇陛下、77歳に「健康気遣ってくれて感謝」

 天皇陛下は23日、77歳、喜寿の誕生日を迎えられた。
 これに先立ち皇居・宮殿で開かれた記者会見では、この1年を振り返る中で、高齢者の所在不明問題について、「思いも掛けなかったことで驚きました」「生死が分からない人々がいることは、非常に残念なことでした」と率直な思いを語り、「人々の老後が安らかに送れるようになっていくことを切に願っています」と述べられた。
 多くの高齢者が熱中症で亡くなったことや、宮崎県で発生した口蹄疫(こうていえき)での人々の労苦にも思いを寄せられた。

 ◆クニマス「奇跡の魚」◆
 「晴れやかなニュース」としては、日本人2人のノーベル化学賞受賞や、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還を挙げられた。魚類分類学者らしく、絶滅種とされていた淡水魚クニマスが山梨県の西湖で発見されたことを「奇跡の魚(うお)」と喜び、中坊徹次・京大教授や、東京海洋大客員准教授でタレントの「さかなクン」の名前を挙げてその貢献をたたえられた。
 また、自身の健康に関し、沿道から最近「お大事に」と声を掛けられるというエピソードを披露。「人々が健康を気遣ってくれることに深く感謝しています」と語り、「耳がやや遠くなり、周囲の人には少し大きな声で話してくれるよう頼んでいます」と明かされた。

2010年12月23日(木)5時3分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20101223-00125/1.htm

 いやいや、上記では、天長節に関することを書いた。お祝い祝日なので、感謝の意を表しながら少し柔らかくしてみよう。
 まず高齢者に関する気の使い方。天皇陛下が口蹄疫や高齢者の熱中症に関して気を使われ、また、高齢者の生死もわからない話に関して「非常に残念なこと」と表現され「人々の老後が安らかに送れるようになっていくことを切に願っています」とお言葉を出されたことは、非常に重い。現政府も国民も皆、今の高齢者政策が「不十分」であることを考えなければならない。年金とかそういうことではない。高齢者に関することといより「道徳」の乱れをご指摘になられたのではないのか。熱中症や口蹄疫という自然災害ではなく、高齢者の所在不明問題に関しては明らかに人災である。そして社会の道徳の乱れであると考えられるのだ。そのことに心を痛めていらっしゃるということに非常に強い懸念を抱かざるをえない。
 昨年の小沢不敬発言後の天長節は、まさにそのような話にならなかったが、今年は、現政権における政策の不備とその政策の不備による道徳の乱れが大きな課題ということが言えるのではないか。
 一方もう一つ驚いたのが、「さかなクン」である。自然科学に非常に興味を持たれている天皇陛下が、クニマスの発見とともに「さかなクン」の名前を挙げて、その貢献をたたえられたのは、ある意味椿事であるが非常にめでたいことと思う。タレント、またはコメディアンそのほかテレビの出演の人々にも興味を示されていると同時に、身分や肩書に関係なく、その功績に対しては率直に評価される天皇陛下の姿勢、お人柄には改めて敬意を表する。しかし、天皇陛下から「さかなクン」という名前が出てくるとは思わなかった。「さかなクン」はこれにより、本名よりも「さかなクン」で生涯通すことになるのであろう。もちろん、NHKの時に話題になった「さかなクンさんというべき」という不思議な抗議も天皇陛下のこのお言葉によって収束するであろう。そのようなことではなく、やはり率直に功績を認め、その功績に対して評価するという姿勢を、われわれは学ばなければならない。
 いずれにせよ、天皇陛下のお言葉には、いつも驚かされ、われわれに強い示唆をくださっていると思う。

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研究開発の世界でも日本が完全に抜かれてしまう現実

研究開発の世界でも日本が完全に抜かれてしまう現実

 日本は強い国だ、そんなに心配しないでもよい、という話はネットの世界でよく聞く。経済理論などで、そのようなことを言う人がいる。ちょうど最近ネットの掲示板でそのようなやり取りをしたところなので、その部分(一部関係のないところを削除します)を抜き出してみよう。
<以下掲示板より抜粋>
21 名前:愛国日本人[] 投稿日:2010/12/21(火) 15:27:23
 三橋氏の国家観や経済政策の考え方については、概ね 賛成なのでしょうか?
 また どうしても考え方が合わない点、又は 宇田川様の主張として言っておきたい事があれば 教えていただけますでしょうか?

23 名前:Udagawa[sage] 投稿日:2010/12/21(火) 16:08:50
>>21
次に、三橋氏の経済政策ですが、
私自身は経済政策の専門家ではないので、批判などもあると思いますが私個人の意見を述べさせていただきます。
基本的に国債の増刷とそれによる公共工事ということと思います。
実際経済には短期・中期・長期という単位があり、また経済効果の範囲も小規模・中規模・大規模(国家全体)という分類があります。また、業界別な内容も存在すると考えられます。公共工事は、工事業者およびその関連企業において、短期的にまた、その工事規模に応じて小規模または中規模に効果があります。しかし、その公共工事の乱発による国債の増刷は、国家という大規模単位における長期の出費を強いることになります。
そう考えれば、景気の起爆剤にはなるが、長期・国家全体の経済政策としては不完全といわざるを得ません。国債の乱発による公共工事の姿は、まさに現在の中国における富の偏在という形になって実例があります。国家全体やGDPということを考えれば、それでよいのかもしれませんが、現在の中国のように格差があり貧富の格差が拡大し、持つものと持たざるものでの身分制度のような乖離が発生し、そして、大学卒業の就職率が公表67%という現実(実質はもっと低い)を、国民は望むでしょうか。
国債発行と公共工事の組み合わせは、悪いとは思いません。
しかし、それでバラ色の将来や国家の発展や、多くの人の経済発展があるとも思えません。結局は、それだけではなく、根本的な経済構造の変化や新経済システムの構築新規技術の開発や研究開発が必要でしょう。しかし、彼の意見にそれらが集約されたものを見受けることはありません。
結局のところ、一部ではよいと思いますし、ある意味では賛成しますが逆にそれでよいとも思いません。片手落ちではないでしょうか?
彼は、最近は韓国などのことを言いませんが、近隣諸国にさまざまな実例があります。私は新年に韓国・中国を回り経済・政治・外交に関して取材をしてくるつもりですが、そのような実地見聞による実証と日本における検証がなされ開ければ、簡単にことが済むとも思えません。

<以上・文脈と関係のないところを削除しました。また、文脈に合わせて改行を変更しております>

 この経済の意見には賛同、批判さまざまあると思います。ただ、実際に経済は生き物でありそのときそのときに応じてしっかりとした考え方に基づいて政策を出さなければならないということだけは確かではないでしょうか。短期・中期・長期、そして小規模・中規模・大規模このように分けて経済をしっかりと論ずることが最も重要です。
 私の文章内にあるように、「長期的、将来的」と考えれば、産業の構造および新たな技術の開発や研究が不可欠です。その内容は、当然に経済政策として国家を挙げて行うのと同時に、各企業が企業の研究開発費で研究開発や新規技術を開発しなければならない。現在の利益も重要だが、一方で、日本の、そして企業の将来に関しても非常に重要であると考えられる。その研究開発費に関して非常に興味深い記事があったので紹介したい。

研究開発費、中国が来年に日本抜き2位浮上へ

 【ワシントン=岡田章裕】中国の研究開発費が2011年に購買力平価ベースで1537億ドル(約12兆9000億円)に達し、1441億ドルの日本を追い越し、世界2位に浮上する見通しとなったことが分かった。
 米政府からの委託調査などを手がける「米バトル記念研究所」が報告書を公表した。10年は中国が1414億ドル、日本が1420億ドルと予測している。
 報告書によると、08年秋の金融危機を受け、各国の研究開発費の伸びが鈍化するなか、中国は毎年10%程度の伸びを保っているという。トップは米国で10年が3958億ドル、11年が4053億ドルと2位以下を大きく引き離している。
 日本は国内総生産(GDP)比の研究開発費の割合は3・3%(10年)で、米国(2・8%)、中国(1・4%)、ドイツ(2・4%)を上回り、主要国で最も高い水準にある。

(2010年12月21日20時28分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20101221-OYT1T00923.htm

 日本が次々と中国に抜かれている。
 GDPでも中国が日本を抜いて2位になったというニュースが、日本に衝撃を与えた。今度は研究開発費の問題である。GDPということは現在の国力(経済力)ということを意味する。それに対して研究開発費は「将来の両国の発展」ということを意味している。それだけの技術力と研究開発、そしてその施設や優秀な人材(人的資源)を、中国は重視しているということになる。日本が世界で経済および技術大国であるという地位を、今もそして将来も完全に隣国中国に抜かれてしまうということを意味しているのだ。
 私が中国にあえて「隣国」とつけたのには意味がある。まさに、地理的な条件も一つの重要な内容になるという認識からだ。日本と中国は、非常に近い「隣国」関係にある。その二つの国で、同じような科学技術を行えば、情報を共有していれば、有力な協力者になるが、競争者としては、あまりよい関係にはならない。それどころか、中国のほうが今回のニュースのように上位にあるということは、近隣諸国がすべて日本から離れ中国に移管するということを意味しているのである。日本とアメリカ、日本とヨーロッパのように地理的に離れていれば、「近所の手軽なほうへ」という話もできるが、甲まで地理的に近ければ、そのような判断もしづらい。
 ということは、日本の「斜陽」が、近隣国で「上位に立つ国がある」ということで、より一層掃加速度的に落ちてゆく可能性があるのだ。これでは日本の衰退は近いという悲観的な感覚にしかならない。
 本来はこれらは、国を挙げて支援をすべきである。当然に将来的な研究は一企業がすべてを負担するには大きすぎる。経済活動における技術の発展は企業でもよいが、まったく別分野、たとえば環境などの新分野において企業がおおなうといっても不可能であろう。当然に、それら一企業や企業の集合体を超える部分に関しては、政府の補助が必要ということになる。しかし、現在の民主党政権は、事業仕分けを行い科学技術に関する理解や教育に関する理解がまったくない。それどころか、「一位じゃなきゃだめですか」という表現で代表されるように、日本における競争力の阻害をしようとしているぐらいだ。
 経済政策に関しても無策のきわみである。8月の円高危機に関しても「慎重に推移を『見守る』」ということだ。ようするに「見守る」とは「何もしない」ということを意味しており、そのことによって企業の資産や日本国家の競争力は完全に失われているのである。そのときの影響から、現在も経済の復興は見られず、日本国民における不景気感は、わざわざマスコミの調査やインタビューを待つまでもなく、国民のほとんどが同じ感情を共有しているところであろう。
 今回のこの記事は、その記事事態は小さい生地であったかもしれない。しかし、日本のそして日本経済の、しいて言えば日本国民の一人ひとりの生活に大きく影響する記事の内容であろうと考える。

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朝鮮半島の年末情勢 軍事行動と日本の国防

朝鮮半島の年末情勢 軍事行動と日本の国防

 週末の休みの間に、朝鮮半島情勢はかなり動いたようだ。韓国は、21日までの延坪島近海での砲撃訓練を表明し、中国・ロシアがその演習に対して懸念を表明していた。一方、アメリカは国連の安全保障理事会を招集し、北朝鮮に対する非難決銀k準備にかかった。日本でも中国でも陰謀論の好きな人々は、すぐに韓国の軍事演習とアメリカの国連での行動は何らかのつながりがあるという主張をする。もちろん、そのような裏があるとも考えられるが、そうであれば、日本は、完全にその会議からはずされた「悲しい国」ということを認めるべきであろう。現在の菅直人政権では、とてもとても国際社会、それも軍事行動を絡めた国際関係に関して、信用される立場にもないし、その交渉を行えるだけの能力があるとは諸外国から考えられていないのは、事実のようだ。
 朝鮮半島情勢は、今年になって混迷を深めた。3月の哨戒艦天安爆沈事件、その後の韓国人観光客射殺事件や北朝鮮による核実験、原子力発電所の再稼動は、世界低に衝撃を与えた。11月23日の延坪島に対する砲撃は、戦争(朝鮮半島の場合すでに戦争中であるので、実際のところは軍事行動)勃発を予感させるに十分である。
 これらの内容に関して、日本はどのように考えるのかということは、日本国土そのものの防衛、安全保障の観点からかなり重要なものであると考えられる。しかし、現在の日本の政府はそのような観点は持ち合わせていない。私がチャンネル桜の中で紹介したが、憲法9条に書いてあるから日本は安全と思っている人が少なくない。本当に安全ならば、北朝鮮から日本を飛び越えるミサイルが飛ぶはずはない。そのような現実を目の当たりにしても、日本国内で「9条神話」がまかり通るのは、さすがにおかしいといわざるを得ないのではないか。
 そのような中で、今回の朝鮮半島情勢である。新聞記事は、3種類。

北朝鮮が準備態勢格上げか 韓国は実施を最確認

 【ソウル=加藤達也】韓国の聯合ニュースは19日、延坪(ヨンピョン)島周辺の黄海で韓国軍が計画している海上射撃訓練に関連して、北朝鮮が、延坪島の砲撃に参加した砲兵部隊に対し、準備態勢指針の格上げを指示したと報じた。韓国政府筋が明らかにしたという。
 この政府筋は、北朝鮮砲兵部隊が保有するロケット砲などの前線配置など具体的な動きについては「未確認」としながらも、「(黄海沿岸の)一部の北朝鮮空軍基地では、戦闘機の一部が格納庫から地上に出て待機中である」と指摘した。
 一方、韓国軍は訓練について「先月23日の砲撃で中断した通常訓練の再開だ」との立場を変えておらず、「韓国をめぐる外交環境などは考慮していない」としており、「気象条件が良好ならば、予定通り、20日か21日のいずれか1日に必ず実施する」という。
 延坪島周辺での訓練は、通信や衛生関連の演習に参加する米軍兵士約20人のほか、軍事休戦委員会、在韓国連軍司令部の関係代表らも視察する予定。

産経新聞 12月19日(日)23時17分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101219-00000581-san-int

北朝鮮非難めぐり難航=砲撃事件の声明交渉―安保理

 【ニューヨーク時事】国連安全保障理事会は19日、緊急会合を開き、北朝鮮による韓国・延坪島砲撃事件後、緊迫化する朝鮮半島情勢について協議した。声明で北朝鮮を名指し非難するかをめぐり、日米などと中国の溝は深く、交渉は難航している。
 安保理筋は「(日米など)大多数の国が北朝鮮の行為を非難する言葉を入れなければならないと考えている」と指摘。一方、中国は砲撃事件への明確な言及に反対しているという。
 会合開催を要請したロシアは、目下の緊張緩和に焦点を当て、韓国、北朝鮮双方に最大限の自制を求める声明案を提示。これに対し、英国が北朝鮮を非難する表現を盛り込んだ声明案を示し、関係国が妥協点を模索している。ロシアは北朝鮮に対する厳しい文言を受け入れる方向で態度を軟化しているもようだ。 

時事通信 12月20日(月)5時44分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101220-00000010-jij-int

<韓国>射撃訓練、きょうにも実施の構え 北朝鮮警告に強硬姿勢

 【ソウル西脇真一】韓国軍は20日にも黄海の延坪島(ヨンピョンド)周辺で海上射撃訓練を実施する。北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は19日、訓練が実施された場合は「どのような事態になるかは明白だ」と警告する論評を掲載した。しかし、韓国国防省は「北の脅迫と強引な主張にいちいち対応する必要はない」と予定通り実施する方針で、朝鮮半島は再び緊張が高まっている。
 韓国軍は先に18~21日のいずれかに気象条件などが良い1日を選んで訓練を実施すると発表したが、18、19日は悪天候を理由に見送った。合同参謀本部によると、20日にも実施される訓練で、延坪島の海兵隊は島の南西に設定した海域に向けてK9自走砲などを発射する計画。また在韓米軍約20人が参加して通信、医療の支援にあたるほか、在韓国連軍代表も参観する予定だ。
 北朝鮮は99年に黄海上の南北境界「北方限界線」(NLL)の無効を主張し、NLLの南方に海上軍事境界線を独自に設定。訓練海域はこの境界線内に含まれるため、北朝鮮は「領海内」であることを理由に訓練の中止を要求。「強行した場合は2次、3次の予想できない打撃が加えられる」と警告する通知文を17日、韓国側に送付した。
 11月23日の延坪島に対する北朝鮮の砲撃の際は、直前まで韓国の海兵隊が海上に向けた射撃訓練を実施。同日朝には、北朝鮮が韓国に中止要請文を送っていた。
 砲撃事件では、海兵隊員2人と海兵隊官舎を建設中の作業員2人の計4人が死亡。軍施設のほか島の多数の住宅が砲弾の直撃を受け、炎上するなどの被害が出た。
 事件を受けた国民向けの談話で、李明博(イミョンバク)大統領は「今後の挑発に対しては、必ず応分の対価を支払わせる」と警告。韓国軍は攻撃起点の空爆も辞さない構えを見せている。

毎日新聞 12月20日(月)8時21分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101220-00000003-maiall-kr

 韓国は、自国防衛のために、また北朝鮮も防衛のために、そして挑発に対する警告として戦闘行為の準備をしていることは明白である。しかし、その状況に関して関係国は、朝鮮半島において戦争をすることを望んでいないことは安全保障理事会の記事で脇らかな通りだ。しかし、それらの「自制を求める」ことしかできないのが国連である。国連はあくまでも今回の件でも他の案件(たとえばイラクやイラン・イスラエルなど)でも、国際世論の形成とその声明の発表はできるものの、直接該当国に対する執行権限がない。何よりも国連は国連独自の軍隊が存在しない。湾岸戦争のときも多国籍軍を編成したが、国連軍は編成できていないのである。また、多国籍軍も各国の利害の上に成り立つために、完全な平和維持を目的としているかどうかは難しい。小沢一郎氏をはじめとする国連信奉者は、残念ながら朝鮮半島有事の危機において国連の「無力」を感じる必要があるのかもしれない。
 国連が無力である以上、残念ながら隣国の軍事行為をとめる手段はない。日本は軍隊がないのだから、それらの先頭くいに組することもできないのだ。それどころか、条約などがないために、有事の際の邦人保護に自衛隊を上陸させることもできないのである。これでは困ったものだ。
 韓国と北朝鮮の問題は、戦闘行為というものだけではなく北朝鮮の核兵器の使用やミサイルの無差別攻撃ということも視野に置かなければならない。このような情報が完全に国際社会から封鎖され、日本はまったく入ってこない。これは菅政権の怠慢としか言いようがないし、そのわずかに入ってくる情報も大きく取り扱う人が少ない。このような状態においてなお、正月休みに韓国旅行を楽しもうと申し込む人が数万人いるのだ。
 「XXXXは死ななきゃ治らない」という。実際に、日本は国際社会に関する中でそのような状態になってしまったのであろうか。私はそんなことはないと信じるが、今のままでは国際社会にそのような目で見られることも十分に想定される。
 無理なのかもしれないが、国内や党内力学ばかりの民主党政権に、国際社会の中の日本ということを考えてもらいたいものだ。
 朝鮮半島の件に関しては、もう少し突っ込んだ視点で今後も見てゆきたい。

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民主党の亀裂深まる 小沢と官の直接対談決裂

民主党の亀裂深まる 小沢と官の直接対談決裂

 17日金曜日に岡田克也幹事長と小沢一郎元代表が会談した。内容は、小沢一郎元代表における「政治とカネ」疑惑に関する、小沢一郎の国会招致に関してである。
 菅直人執行部は、執行部として現在の政治の低迷とその政治低迷における国民の支持率の低下は、「政治とカネ」の疑惑、それも小沢一郎による政治とカネの疑惑によって、党全体のイメージが損なわれていると考えているのだ。一方、以前のブログで書いたように小沢はそのように考えていない。小沢はどちらかといえば、菅執行部がマニフェストに書いた政策を実行しないことや、外交での失政が支持率低下の問題と思っている。いずれにせよその内容は完全に食い違っていると言ってかまわない。
 なぜ今頃証人喚問とか、政治倫理審査会かとい言えば、今のうちにやらなければ、通常国会での予算審議に間に合わない。もっと言えば、その後4月に控える統一地方選挙やその後の総選挙や三年後の参議院選挙を乗り切れないということになる。選挙で強いということが民主党の強みである。我が身を省みない攻撃性と、支持率の高さが民主党の強みであったのに、その強みを失って今や以前の自民党よりもひどい「ばらばら」状態になっているのである。
 そのような仮名での菅直人民主党代表と、小沢一郎元代表の話し合いが20日に行われた。17日の岡田幹事長との会談で決着がつかなかったというために、菅直人氏が自ら出てきたのである。


【菅ぶらさがり】「小沢氏の問題は国会運営や選挙にマイナス」(20日午後)

 菅直人首相は20日午後、民主党の小沢一郎元代表との会談後、首相官邸で記者団に「小沢氏の政治とカネの問題は国会運営や選挙にマイナスの影響がある」と語った。

 詳細なやりとりは以下の通り。

 --小沢元代表との会談の内容は

 「はい。小沢元代表と会談いたしました。私の方からは『衆院政治倫理審査会に自ら出るように』と要請をいたしました。まあ、しかし、小沢元代表は先日、岡田克也幹事長に出されたペーパーも用意されて、同じ物ですが、その理由で出る必要はない、出ないということを言われました。私は、いわゆる起訴議決が決まって発表された10月4日ですか、その後に、小沢さんが記者会見で、10月7日ですが、『国会が決めれば私はいつでも出る』ということを言われていたので、『手続きを取れば出るということなのか』と、重ねて聞きました。しかし、小沢さんは『出る必要性がないんだ』ということで、議決があっても出ないという姿勢を示されました。まあ、私としては、『それでは何らかの、党としてのそうした方向に対して物事を決めなければならなくなります』ということも申し上げ、まあ、そのことを、そういうやりとりの中で会談が終わりました。以上です」

 --党の決定というのは速やかに行う方針か

 「まず今日午後、役員会、岡田幹事長がこの間の経緯の中で、政倫審の扱い等について一任を受けておられますので、まずは役員会で、今の私の、私と小沢さんとの会談の報告もしていただく中で、今後の方向性についてしっかりと見いだしていくと。そういうことになろうかと思ってます。以上です」

 --党の決定に従わなかった場合には、離党勧告などの処分に踏み込む考えはあるか

 「今日の会談そのもので、そういった話題は一切、出しておりませんし、出ませんでした」

 --小沢氏から首相に、党運営について注文は付いたか

 「まあ、注文というよりも、今のいろいろな国会運営、あるいは選挙の状況について、つまりは『政治とカネの問題も影響はあるかもしれないが、それ以外の影響の方が大きいのではないか』というような趣旨のことは話がありました。ですから私も、いずれがどの程度の影響かは別として、小沢さんの政治とカネの問題も国会運営や選挙にマイナスの影響が、少なくとも、どの程度の幅かは別としてあるわけで、まずはそうした問題を取り除くためにも、ぜひ全党的な立場から協力をしてほしいということを申し上げました。以上です」

産経新聞 2010.12.20 15:42
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101220/plc1012201543010-n1.htm


菅首相、小沢氏強制起訴後に離党勧告を検討
 
 小沢氏の政倫審招致問題について、民主党の枝野幸男幹事長代理は19日のNHKの番組で「代表や岡田幹事長はいろいろ考えているかもしれない」と小沢氏への離党勧告に含みを残した。
 首相らが強い姿勢で臨むのは、1月召集の通常国会で野党が追及を強めることが確実だからだ。小沢氏は1月にも強制起訴される見通しで、民主党としても「政治とカネ」の問題への姿勢を示し、「小沢切り」で政権浮揚を図る狙いもあるとみられる。ただ、処分に踏み切れば小沢氏支持勢力の反発で、党内の混乱が深まるのは必至だ。
 民主党の倫理規則は、政治資金規正法違反や党の重要決定への違背があれば、党常任幹事会の判断で処分するとしている。首相は政倫審への出席拒否と強制起訴を理由に処分は可能と見る一方、「小沢氏の離党に同調する議員は少ない」と読んでいるようだ。

2010年12月20日(月)3時6分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20101219-00735/1.htm

 まず感じるのは、民主党執行部の指導力のなさである。以前も書いたが、民主党の中の「一兵卒」議員に対して、幹事長と代表が二人掛かりで説得しても、国会の多数議決をとったという仮定(与党であれば当然に議決は取れるのであるが)で、政治倫理審査会の出席を認めさせることができないということだ。単純に言えば、「国会の議決に従わせることができない、政党執行部」ということが浮き彫りになった。そのうえ、今までは「影の総理」などと言われた仙谷由人は、子の説得にまったく出てこない。「口だけで、実際の行動を起こせないで、批判ばかりをしている」まさに、野党時代の無責任民主党の象徴のような行動を仙谷氏はいまだに取っている。もちろん、仙谷氏が説得しなければならない役職的なものは何もない。しかし、外交交渉ですら菅直人首相にくっついて行き、「保護者同伴」などと揶揄されているのに、民主党分裂の危機であって、その場には出てこないという「逃げの一手」では話にならない。危機管理ができないことは尖閣諸島問題でも朝鮮有事でもわかったが、国内の、というよりは民主党党内の問題ですら「危機管理」ができない状態では、意味がない。
 さて、今後のことになるが、民主党執行部は「政倫審議決」「証人喚問議決」「離党勧告」「除名」の手のどれかをしなければならない。振り上げたコブシはどこかに下ろさなければならない。しかし、ここまで来てしまっては中途半端な解決方法はできない。国民に納得できる解決方法をしなければならず、また論理的に説明が付けられるようにならなければ意味がない。適当に国民をだませたのは、野党の間だけだ。また、今回の件は、民主党内部の問題である。当然に自民党やそのほかの野党に責任を転嫁することもできない。結局のところ、このようになるという予想もせず、その場限りの状況やムード、国民支持率しか見ていない思いつきでこのようなことをするので、どうしようもない状況に自ら追い込まれてゆく。いずれの解決手段をとるにしても、国民の支持を失い、党内の亀裂が完全に深まることになる。党内野党が強くなるのか、小沢一派が離党するのか。そのような状況になってしまうのである。
 政治も、この小沢の一軒のように、思いつきで行っている民主党。そのうえ、民主党内の人も説得できない政治力、指導力の欠如は、完全に国民に見限られてしまっているのだ。
 菅直人政権は、早く退陣し、解散総選挙で国民の意思を確認した方が良いのではないか。小沢一郎も、そのような結論になるように、民意の基の姓ぞを志し、そのような結論になるように行動してもらいたい。

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マスコミ批判に関する一考(24) 都合が悪いときのマスコミ批判の民主党

マスコミ批判に関する一考(24) 都合が悪いときのマスコミ批判の民主党

 マスコミ批判に関する一考も24回目になった。かなり続いているという感覚である。実際、「マスコミ批判」ということに関してだけ基準を作って、こんなに書くことがあるのかと、改めて驚いている。基本的には数回の連載のつもりであったがなかなかそうはいかない状況である。マスコミに関しては、なかなか根の深い病巣があるのだ。わかっていたが「ここまで深いとは思わなかった」という感じがする。
 今までは、保守、主に自民党側から「マスコミが報道してくれない」「偏向報道である」という苦情がほとんどであった。これは二つあり、ひとつには長らく政権の座にあった自民党は「政権批判」=「自民党批判」になってしまっていることが少なくない状況であったといえる。一方で、戦後の全共闘世代といわれる団塊の世代が、会社、ことに言論界の重鎮として、もしくは、新聞の編集委員としてそのほかマスコミの主流として、マスコミ業界の中心にいるということもひとつの問題である。昨今の小沢批判の内容や尖閣諸島問題における媚中的報道の一環などは、すべてこの構造に端を発しているしているのではないかと考えられるのである。
 マスコミ批判の中心は、24回続けてきて、その二つの問題と、そこにおける責任感の欠如が最大の問題であると最近では思っている。そのうちこれで本を書こうかと思うが、なかなか書かせてくれる出版者がないので、もう少しここで続けようかと思っているところである。
 さて、その内容、要するにマスコミの集中砲火を浴びているのは、実は自民党ではなくて小沢一郎であろう。小沢一郎は、反自民を標榜し政権交代を掲げて参議院選挙を戦ったとき(安部内閣のとき)は、まさに、マスコミを味方につけて「反自民報道」を行ったものと考えられる。それは、政権与党が自民党であったこと。その自民党が保守本流とされていたことによるものと考えられる。上記マスコミの性格にしっかりと適合している。もちろん無責任という内容は、民主党政権になった後のことなどはまったく考えていない歩道ぶりや、民主党の政策で日本がどのようになるのかの検証をしていない内容で明らかであった。
 それに対して、現在は自民党などはまったく相手になっていない。そもそも「野党」である。それでは話にならない。そこで、当然に与党内の保守派がその標的になってしまう。その標的が「小沢一郎」であるということだ。その小沢一郎の発言でマスコミの偏向報道に関する内容記事が出ている。

小沢氏「つくられた世論だけが表に」と報道批判

 民主党の小沢一郎元代表は15日、都内で開いた自身の政治資金パーティーで、自らの政治とカネの問題をめぐる一連の報道について、「大きな新聞、テレビが主導し、つくられた世論だけが表に出てくる。それを打破する動きを国民がしないと、民主政治は前進しない」と述べた。
 読売新聞などの世論調査では「小沢氏は国会で説明すべきだ」と答えた人が8割を超えており、こうしたことが報じられることへの不満を示したものとみられる。
 一方で、小沢氏はネットメディアへの期待をにじませた

読売新聞 12月16日(木)9時15分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101216-00000061-yom-pol

【世論調査】小沢氏招致「実現すべき」8割弱、仙谷氏「交代すべき」5割強 内閣支持率は低迷の2割台

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が11、12両日に実施した合同世論調査で、焦点になっている民主党の小沢一郎元代表の国会招致問題について聞いたところ「早期に小沢氏の国会招致を実現すべきだ」としたのは70・5%と7割を超えた。衆院の政治倫理審査会で、小沢氏招致の議決がされた場合の対応で「小沢氏は招致に応じるべきだ」としたのは、85・9%に達した。小沢氏に国会での説明を求める世論は強いようだ。
 菅直人内閣の支持率は前回調査(11月20、21日実施)の21・8%から1・8ポイント微増したが、23・6%と依然として20%前半の低水準で回復しなかった。不支持率は0・2ポイント微減の59・6%で不支持が支持を大きく上回った。政党支持率は民主党が18・6%で0・2ポイント減らしたのに対し、自民党は1・7ポイント増の23・6%で差が広がった。
 来年の通常国会前までの政治の動きについては、51・0%が政策ごとの部分連合に「期待」を表明した。取り沙汰されている民主党と自民党との大連立については、66・4%が「期待しない」と否定的で、大連立に期待するとの回答は22・5%にとどまった。政界再編による既存の枠組みでない政権の樹立はほぼ半数の47・9%が「期待」を示したが、小沢氏と中心とする政界再編に期待感を表明したのは13・5%で、「期待しない」が80・8%と8割を超えた。
 民主党と自民党との比較では、「政策がいい」「政治姿勢に好感が持てる」でいずれも民主党が2~7ポイント上回ったが、外交安全保障で信頼できるのが自民党と答えた人は60・8%で民主党より48・2ポイントも上回った。次の衆院選で勝たせたいのは自民党の39・2%に対し民主党は28・9%で、47・4%が次の衆院選を「できるだけ早い時期に行うべきだ」と回答した。
 問責決議を受けた仙谷由人官房長官は「交代すべきだ」と回答したのは53・4%。同じく問責決議を受けた馬淵澄夫国交相は38・7%で、通常国会までの内閣改造を53・6%が「すべきだ」とした。

産経新聞 20101213
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101213/stt1012131157005-n1.htm

 いまさら何を言っているのかという感じを持つのは自民党支持者である。そのマスコミの偏向報道で何とか政権交代を行ったのであって、政策的に優れていたわけでもなければ、民主党がすばらしい政治をしたわけでもない。もっといえば、政権交代後の鳩山政権、菅政権の実績がすべてを物語っているといえよう。要するに政権交代そのものは「政策」によって行われたのではない。マスコミのほとんどが報じている「本格的政権交代」の「本格的」な内容は、政策論争で行われた政権交代の事を指すものであり、実現不能な絵空事で国民をだました政治権力者に対して使う言葉ではないはずだ。
 一方、小沢周辺は「マニフェストを守れないのは菅直人が悪い」というスタンスを貫いている。そして、「菅執行部だから国民に対する公約やぶりの形になっている」のであって、その「真実」を「マスコミが正確に伝えない」ということを言いたいのであろう。
 このような「都合の良いマスコミ悪者論」は、必ずその背景に「陰謀論」が付きまとう。要するに「故意に小沢を陥れようとする勢力」なるものがあり、その勢力が「マスコミと結託して」もしくは「マスコミを利用して」小沢一郎とってマイナスの報道を行うというものである。
 基本的にそのような陰謀はない。マスコミが明確な意思を持っていることはあるが、そこまで大掛かりな陰謀を持っていると、その陰謀をほかのマスコミが必ず報道する。このブログでも記載したが、渡辺恒夫読売新聞主筆の大連立に関する動きなどは、すべて他社が報道している。よほど大きな力がなければ、そのような結託はできないし、そのようなマスコミ操作ができるのであれば、このような事態になる前にとっくの昔にできているはずだ。日本人は陰謀論が非常に好きだ。しかし、それは平安時代に天変地異がおきたのは菅原道真の怨霊として天満宮を作るのと同じで、あまり根拠のあるものではない。
 われわれは、今回小沢周辺から陰謀論が出た時点で「小沢には情報がない」ということを見抜かなければならない。小沢は、その陰謀論を元に「一方で、小沢氏はネットメディアへの期待をにじませた」(上記抜粋)とあるが、まさに既存マスコミに対する陰謀論と陰謀に毒されていないネットという不思議な対立軸を作っているようにしか見えない。ましてや事件に関する報道は、当然に誰でもが行えるべきであり、逆にその歩道を行わないほうが「陰謀」であるかのごとき感覚になるのだ。
 マスコミ批判は、まさに都合が悪いときに行われる。しかし、その内容に関して言えば、必ずしも当てはまるものばかりではない。刑事被告人が「俺のことを理解してくれないのはマスコミがおかしいからだ」というのは、理論的におかしいのである。
 このようにマスコミ批判の中には、世論風潮にあるマスコミ批判を利用するという政治家がいるということを忘れてはならい。エキセントリックな正邪二元論的な批判は、本当の巨悪に利用される隙を作ることになる。慎まなければならないことのひとつであろう。

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インターネットと政治と選挙(7) インターネットと選挙

インターネットと政治と選挙(7) インターネットと選挙

 前回までは政治に関するインターネット利用に関して書いてみた。基本的に、まだまだ語り足りない部分はあるが、政治に関するインターネット利用のイメージは出たのではないか。基本的に、政治とはある意味でコミュニケーションである。それと同時に、コミュニケーションの内容を実行するということになる。片方が権力者であり、片方が主権者である。その主権者の選んだ政治家が、社会の発展として行動を起こす。敢えて社会の発展と書いたのは、当然に地域なのか、選挙区なのか、国全体なのか。いずれにせよ国民、有権者に対して社会の発展により生活の向上を目指す。もしくは、将来の地域の発展に貢献するということになってくるのである。政治に関しては、当然に政治そのものの使命がそのようなものであるから、そこに帰結する。この内容に関して、不正が存在する場合もある。社会の発展のために権力を使うのであるが、そこに恣意的な力が加われば、不正になる。その不正を暴く作業も、インターネットでできる。内部告発なども、インターネットの「匿名性」を利用して行われることが多い。逆にその匿名性を使うことによって、どうしてもデマや、恣意的な情報操作をネットの中で行う場合が少なくないのである。
  政治に関してはこのような感じで、出てくる。いずれもいままでではできない部分もあるし、今までできる内容がより手軽にできるようになったというものもあるのである。たとえば、内部告発などは、いままで「紙爆弾」といわれる内容があった。匿名の紙を使ってスキャンダルや誹謗中傷を記載し、ポスティングをするなどの内容だ。現在も使用したりする。今年一月の石川知裕の元秘書金沢敬氏の誹謗中傷などが、自民党に流れたのも、この「紙爆弾」である。内容は書かないが、非常にひどいものであった。「紙爆弾」はそれを流すことによってメリットを受ける人が流す。当然に金沢敬氏の信用を棄損して得するのは誰か。そのことを考え、そして「紙爆弾」でしか対処できない状況をみれば、流した人の品性も良くわかるというものだ。そのことは、「匿名性」を利用した誹謗中傷メールなども同じ。結局、そのような情報を流した側が損をする仕組みになっている。
  政治に関してはそのような内容になるのかもしれない。そろそろインターネットと選挙に関して書いてみよう。

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カジノに向けての動き カジノガラパゴス日本のとりくみ

カジノに向けての動き カジノガラパゴス日本のとりくみ

 土曜日なので、また少し砕けた話題を。来週はたぶん政局で忙しくなるので、このような内容を書けるのもいあのうちか、あるいは年末年始であると思う。
 年末年始といえば、年末年始のこのブログの更新をいかがするかということに関して考えている。お盆の時も戦争について短期連載したので、そのようなテーマで何か考えてみようと思う。正月は、基本的には「読む人がいない」はずだし、ニュースも基本的にはないので、毎年恒例の「年初放談」までは、オプションで何か書いてみようと思う。
 さて、カジノに関して、日本では何もできていない。だから私は「カジノ・ガラパゴス」であると日本のことを呼称している。日本には、日本独自の賭け事の文化がある。そもそも、古くから「男の遊び」といえば「飲む・打つ・買う」と相場が決まっている。最近の若い人はこの意味がわからないので、あえて解説すれする。
 「飲む」は酒を飲むということだ。酒を飲むだけではなく、酒を飲んで仲間とさまざまな話をするというのも入る。これが「遊び」に入るのは、昔から「酒の席」は「無礼講」であり、その間は上司や組織に対する不満を言ってもかまわない(許される)というものである。何か失敗しても「酒の席の上ですから」といえば、言い訳ができるのが日本の文化のおおらかなところだ。これは酒だから許されるのであって、「甘党」とはまったく関係がないところがなかなか面白いことになっている。甘党の話は別にして、いずれにせよ酒を飲むというのは、酒を飲むだけではなく、そのときに話す内容、上司や組織、社会に対する不満を言うということが、普段の仕事と異なり、ひとつの良い「息抜き」になっている。また、これは酒を飲むだけでできるので、「手軽」なレジャーであったと考えられるのではないか。だから「飲む・打つ・買う」の、最初に来ているのである。
 次が「打つ」である。これは「博打を打つ」ということからきており、当然に「賭け事」のひとつである。賭け事は、江戸時代から非合法である。しかし、そう言ってもなかなかとめられない。「賭場」といわれるところ、時代劇などで見る丁半博打をする場所は、かなり大きな賭け事の場所として見られているが、民間でちょっと賭け事をすること、今で言えば「ゴルフで握る」「麻雀で少しかける」くらいは、昔からお目こぼしがあった。その意味では、「打つ」も手軽なレジャーであったといえる。というか、賭場にまで行かない程度に手軽であるという認識が最も良い。あくまでも「遊び」であり、そこにはまるということはまったく想定されていないので、そのことは皆さんもご理解いただきたい。ちなみに、江戸時代であっても宝くじのようなものはあった。「富籤」というものである。これは神社における神託と、みんなでお金を持ち寄る「講」が一緒になった感じであろうか。今で言う宝くじの前身ともいえる。
 その意味では「買う」という内容もまったく同じだ。「買う」というのは、今で言えば「男女差別」になるかもしれないが、当然に「女を買う」ということである。今で言えば風俗営業ということになるのであるが、昔は、遊郭というのがあり、そこで遊ぶことはそれなりに金がかかるものであった。現代の風俗営業とは違い、基本的には、酒席、その後遊び、そして気に入った女の子と酒を酌み交わして、別室で一夜を過ごすということだ。当然に日暮れ時から翌朝まで時間も金もかかる遊びである。「飲む・打つ・買う」ではもっとも大掛かりであるし、時間も資本もかかる。また、遊びなれていないとどうしてもはまってしまう可能性がある。その意味では人生を狂わせる可能性も高い危険な遊びであったといえる。しかし、現在の風俗営業とはまったく異なり、一晩じっくり時間をかけて、また、夜の営みだけでなく、それ間でのプロセスをすべていくのであるから、それはそれで、現代よりも風流であったと考えられる。
 ちなみに、日本では遊郭は昭和33年3月31日に法律(売春防止法)によって禁止された。私の個人的な趣味や思考は別にし、国会新聞社は、当時遊郭を廃止する方向のキャンペーンの最先端であった。売春防止法は国会新聞社のキャンペーンと自由民主党とその女性表で成立したと考えてよい。もちろん私は生まれていない。これが社会の役に立った内容であるのか、そうではなかったかは別にし、その時点で遊郭から発展した「赤線」はなくなり、売春が組織的にそして号法廷に行われることはなくなったのである。
 いずれにせよ、「飲む・打つ・買う」は、男の遊びとして有名なものである。そしていずれにせよ「はまる」と人生後と狂うことになる。酒におぼれて、アルコール中毒になた人もいるし、賭け事にはまって、財産をすべてなくした人もいる。女性におぼれて、人生を台無しにした人の例などは枚挙に暇がない。あくまでも「遊び」は「遊び」程度で行わなければならないし、それを「遊び」でとどめて自生できる精神力が、ひとつの「甲斐性」であるといえるのではないだろうか。
 政治家といえば、当然に「二号さん」くらいいないとと言われていたが、逆に言えば「二号さん」を「二号さん」としておいておき、自分の家庭はしっかりと守れるだけの甲斐性がなければ、もっと言えば、それくらいの公人と私人の使い分けができないようでは、とてもとても国家の舵取りなどはできるものではないのである。
 遊びにおぼれる人は別にし、「飲む・打つ・買う」の「打つ」は二番目、女を買うよりも手軽な男の遊びだった。昔は花札、さいころ博打などさまざまあったが、博打というのは単純で誰でもがわかりやすく、そして勝ち負けがはっきりするものである。そして、一生懸命考えることによって、世の中の普段のこと、浮世のことを一瞬忘れることのできるきっかけである。これで、一度頭の中をリセットすることによって、そして、勝敗がはっきりすることによって「闘争心」を掻き立てることによって、適度な遊びはある意味で推奨されていたのである。おぼれてしまう人が多いので規制されるが、現在の刑法でも「第百八十五条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する。ただし、一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるときは、この限りでない。」と、但書以降すべての娯楽の賭け事を禁止したものではないことは明らかである。
 このことから、日本でも特区(カジノ特区)を設けて、カジノを解禁すべきではないのかということを主張する人がいる。その内容が下記のものである。

カジノ議連、通常国会に合法化法案提出へ 橋下知事ら熱心にカジノ誘致

 カジノ合法化による複合エンターテインメント施設設置を目指す超党派の「国際観光産業振興議員連盟」(カジノ議連、古賀一成会長)は16日、国会内で会合を開き、来年の通常国会にカジノを合法化する法案を議員立法で提出し、成立を目指す方針を決めた。
 会合には、大阪府の橋下徹、神奈川県の松沢成文の両知事らを招き、意見を聴取。橋下氏はカジノ合法化について「地域経済活性化を超えて国の成長戦略として位置づける必要がある」と高く評価した上で「国の方針が示されれば、大阪はいつでも現場の声を届ける」と述べ、関西へのカジノ誘致を求めた。
 松沢氏も「神奈川県は都市、レジャーの観点から魅力をもっており、カジノを誘致するのにふさわしい地域だ」と強調、「できるだけ早く結果を出してほしい」と求めた。古賀会長は「来年の通常国会で必ず結果を出していきたい」と強い意欲を示した。

産経新聞 2010.12.16 22:14
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101216/stt1012162215016-n1.htm

 日本では賭け事は「競馬」などの公営賭博と、三点方式で現金化しているパチンコという独自の文化がある。ちなみにパチンコは日本独自であり、スマートボールが発展したものであるが土地の高い日本においてそのスマートボールを耐え形にして発展したのがパチンコといわれている。
 しかし、これらでは海外のカジノ客は誘致できない。カジノには機械による博打と人による博打があるが、機械によるものの最も世界的にポピュラーなものは「スロットマシン」であって「パチンコ」ではない。しかし、日本は、独自性を強めるために、スロットマシン(パチスロ)の発展はあまりしていない。これが「カジノ・ガラパゴス」といわれる所以である。
 一方、人によるカジノは、ディーラーという人がしっかりしていなければならない。しかし、その人の狂句プログラムは日本には当然に存在しないので、それらの修行をしなければならない。このように考えると、カジノを行うにも、行政で考えているほど簡単なものではなく、かなり莫大な資本や準備期間を必要とすることがわかるのである。
 同時に、ラスベガスなどを除き、カジノで有名な都市の多くは「赤字」であることを知っていなければならない。日本でもたまにカジノを有するマカオや韓国のホテルの売却話が流れることがある。しかし、カジノの都市で栄えている場所は、カジノそのもので栄えているのではなく、カジノに付帯するショーや女性や子供の遊べるアトラクションで人を呼んでいるから全体として利益が上がっているのであって、決してカジノで大もうけできるものではない。韓国のソウルなどでは、そのことに着目し、わざわざカジノで男性の遊びの町というイメージをなくすために「アミューズメント担当」の「大統領顧問」「大統領補佐官」が存在するのである。都市においてカジノで設けるということは、当然に、まける客が多いということになるし、客が多いということは逆にカジノは儲けが少なくなっているということだ。ラスベガスなどは、当然に、女性や子供、賭け事をしない人も楽しめるアトラクション都市であり、アミューズメント都市であるから栄えているのであり、それこそ「飲む・打つ・買う」だけでは成り立たないことをわかっていたのだ。
 日本は、上記の記事でわかる通り、そこまでの頭が回っていない。実際にカジノ特区をやる人は「パチンコ屋の開店」ではないので、それなりの準備をしなければならない。もっといエア「カジノ特区」ではなく「総合アミューズメント特区」を目指さなければならないのではないか。
 日本国内において、一部カジノ機器メーカー以外、そこまでの考えに及んでいる人はいない。カジノ特区と大騒ぎする前に、そのような意見もしっかりと聴取すべきではないのか。

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年末小沢政局で民主党はどうなるのか

年末小沢政局で民主党はどうなるのか

 小沢一郎民主党元代表の政治倫理審査招致知に関しては、連日マスコミが「シブシブ」報道している。12月3日に臨時国会が閉会してから、政治のネタがなく、また、政治に関する民主党の失策ばかりが目立つ政治ニュースにおいて、どうにもならないので仕方がなく報道している姿がありあり見える。「しかたがなく」というのは、まさに「なぜこのようになっているのか」「どうして民主党はこんなにもめているのか」「この問題によって野党はどのように反応しているのか」「この問題によって国民はどのようなメリット・デメリットがあるのか」など、本来政治は国民のためのものであるのにかかわらず、そこに関するアクセスがまったくない、「永田町島」という独立の島か何かがあって、「対岸の火事」であるかのごとき報道し貸していない。実際に「日本国の政権政党」の問題であるのにかかわらず、その元代表の国会招致に関して時間を割かないテレビメディアにはさすがにうんざりする。これでは、マスコミ批判が非常に強く出てくるのは仕方がないことであろう。
 逆に、民主党指示の人にとっては、何でそんなにこだわるのかという疑問もあるだろう。しかし、この内容にはそれなりの論点がある。別に刑事事件は政治とは関係がないなどといっている人もいる。しかし、単純に考えて民主党の執行部の変わり方、今までは「推定無罪」といいながら、支持率が低下したら急に「政治倫理審査会招致」になる。この大衆迎合が他の変わり身の早さで、一度言ったこと、主張したことに対する信頼性の欠如は、政治家として民主党全体を信用できるのかという問題だ。
 その指針となる記事が下記のものである。

小沢元代表 招致めぐり駆け引き持久戦

 菅直人首相は14日、小沢一郎元代表の衆院政治倫理審査会(政倫審)への招致を巡り、岡田克也幹事長に対応を一任した党役員会決定について「党の意思として出席を要請することは大変大きな意味を持っている」と述べ、招致実現に強い意欲を表明した。首相や岡田氏は来年の通常国会で野党との協議を実現するにあたっての障害を取り除くため招致を急ぐ意向。一方、小沢氏は岡田氏の会談要請に無言を貫いており、党内の駆け引きは一段と激しくなりそうだ。
 首相は小沢氏について「代表選でも『国会が決めれば出て行って説明する』と国民との約束という形でおっしゃった。そうされることがご本人にも民主党にとっても良い」と説明責任を求める考えを強調した。
 党役員会決定に対しては、小沢氏に近い勢力の間に「招致の議決までは一任していない」との解釈も出ている。しかし、首相は「一任は一任だ」と述べ、小沢氏が応じなければ政倫審での議決に踏み切る構えの岡田氏を支持する姿勢を明確にした。訪問先の硫黄島(東京都小笠原村)で記者団に語った。
 岡田氏も視察先の新潟県胎内市で「疑惑を持たれたら国会で説明する、基本はそういうことだ」と指摘した。「政治とカネ」への世論の批判に応えるため安易に引かない決意を強調し、小沢氏との会談を急ぐ考えを示した。帰京後、夕方には首相官邸を訪ね、菅首相と対応を協議した。
 ただ、本人の申し出がなく議決によって政倫審を開く場合、開催までに複数回の審査会・幹事会を開く手続きが必要。来年1月開会の通常国会をにらめば年内決着を目指したいところだが、残された時間は少ない。
 ◇自宅に新人招き食事
 小沢氏は14日、個人事務所で側近との面会を続けながら、会談要請には回答しなかった。党関係者が「即答する話ではない。少し時間がかかる」と代弁するなど、会談のめどは立っていない。
 小沢氏支持の「一新会」は国会内で会合を開き、「『一任』にも解釈の違いがある。本当はどうだったのか」(松崎哲久衆院議員)などと執行部をけん制した。両院議員総会の開催要求を視野に、反執行部の議員が進める署名集めへの協力を確認するなど、今後の展開によっては徹底抗戦の構えだ。
 党内には「出席を要請し、その先は小沢氏の判断に委ねるべきだ」(北沢俊美防衛相)など、混乱を懸念する声も出ている。しかし、当の小沢氏は14日夜、東京都世田谷区深沢の自宅に衆院の新人議員十数人を招き、食事をふるまった。異例のことだが、新人を囲い込み、執行部をけん制する狙いとみられる。これに先立ち小沢氏は、都内の飲食店であった小沢氏支持の新人議員グループの秘書らの会合にも出席し「次の選挙で当選することが1回生議員の最大の使命だ」とあいさつした。【影山哲也、青木純】

毎日新聞 12月14日(火)22時16分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101214-00000040-maip-pol

小沢氏招致への民主対応「弱腰」批判強める野党

 小沢一郎元民主党代表の国会招致を巡る民主党の対応について、野党各党は「自浄能力が恐ろしく希薄だ」(谷垣自民党総裁)と批判を強めている。
 小沢氏の国会招致を決定できなかったのは、民主党執行部が「弱腰」のためだとして、出席を強制できる証人喚問の実現を改めて求め、民主党を揺さぶる構えだ。
 「経済、外交で大事な時期なのに、民主党は内部の権力闘争に時を費やしている」
 自民党の谷垣総裁は13日、党本部で記者団に、来年度の予算編成がヤマ場にさしかかった段階での民主党の動きをこう切り捨てた。谷垣氏はさらに、「(民主党が)今の時期を乗り切る覚悟も、力量もないなら、一刻も早く衆院解散・総選挙を求める」と強調した。
 野党は、小沢氏の国会招致に関する対応を岡田幹事長に一任した民主党役員会の決定について、「これまでの状況とどこが変わったのか、判然としない」(山口公明党代表)と不信感を強めている。
 岡田氏は今後、小沢氏に衆院政治倫理審査会への出席を直接、働きかけるとみられるが、野党は「政倫審でお茶を濁すことがあってはならない」(水野賢一みんなの党幹事長代理)との認識でほぼ一致しており、来年の通常国会では、証人喚問の実現を訴える方針だ。
 共産党も13日、「小沢氏の巨額の政治資金の原資は何なのか、その解明のため、拘束力を持ち、偽証罪が適用される証人喚問が不可欠」との談話を発表した。たちあがれ日本の平沼代表は13日の記者会見で、小沢氏が政倫審に出席した場合、「野党サイドに国会審議はやってもいいという雰囲気が出てくるのではないか」と述べた。
 野党各党は小沢氏の招致問題で、民主党内の抗争や亀裂がどこまで深刻化するか、見極めていく方針だ。

(2010年12月14日10時50分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20101214-OYT1T00164.htm

 今回は、小沢一郎の身になって考えてみよう。上記のように民主党の批判や民主党の言行不一致、民主党執行部のうそつきは、さすがに飽きてきた。結果は同じになるかもしれないが、小沢の身になって考えるという手法で、今回の民主党菅・仙谷執行部の矛盾点を見てみよう。上記に掲げた問題点は、忘れたわけではないが、こう毎日民主党の体たらくを批判していると、たまには違った形で批判をしてみたいという個人的な欲求もあることをご理解いただきたい。
 小沢にしてみれば、現在の民主党政権は自分で作ったという感覚が強い。自由党・民主党の合併がなければまず民主党政権はない。その上小沢による強引な選挙至上主義意よって民主党は躍進した。しかし、小沢は民主党の中で強引に行ったことにより反感も買った。しかし、民主党という政党は、功労もなければ核マル派から右翼までいるのだから思想・イデオロギーで一致することはない。反自民政権という旗頭があるだけで、それ以外の統一性はないのだ。その反自民ということを明確に打ち出し、イデオロギーや政策を二の次にした選挙至上主義によって政権奪取をした。その手法に反対する人間たちがいた。今の仙谷グループである。
 強引なやり方には当然に無理がくる。小沢の場合は選挙という金がかかる内容を行ったために、当然にその部分に無理が来た。「政治とカネ」のスキャンダルは、あるいみ「政権交代」のための「功罪」でしかなかった。「愛国無罪」のような考え方でしかなかったと思う。もちろん、ほかにそのようなことをする人はいなかった。仙谷や枝野などは批判はしても政権固体のための準備を行わなかった。それどころか、内部分裂の芽を作ったのだ。
 小沢はそれでも、政権交代を成し遂げた。小沢自身にすれば「自己犠牲」の精神で「日本のために」政権交代を果たしたであろう。途中秘書の逮捕ということで自分が総理になれなかったかもしれないが、目的は果たしたのである。
 しかし、その代わりの総理にあった鳩山が悪すぎた。そこで、もう一人の創立者である菅直人に変えた。この間が、分裂の芽を作っていた仙谷と結んで「脱小沢」をやったのだ。それまで目をつぶって政権交代、政権運営のためにまい進した。その無視していた「思想対立」「党内対立」を彼ら仙谷は行ったのだ。
 当然に岡田幹事長の言うとおりもしくは民主党の役員会の決定に関係なく、自分の作った飲酒等政権が「反対派にのっとられた」漢字であろう。しかし、自分の健康や年齢を考えれば、次はラストチャンスだ。慎重に行わなければならない。気の小さい小沢からすれば、鈴木宗男の収監を目の前で見ていて、その不名誉な政治生命の終焉の仕方は耐えられないだろう。そのために、「確実に」菅・仙谷から政権を奪還しなければならないのだ。そのためには、野党の批判なども含めて、そして大連立などを含めて、自分の立場を安定させなければならない。民主党の矛盾という最も大きな民主党の欠点も自分が一番よく知っているのだから。
 このように考えれば、小沢の次の行動は見えてくる。
 上記のように、24日までに身の振り方を決めるという。小沢がどのような結論を出すのか楽しみだ。

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子供の教育と今後の日本の課題

子供の教育と今後の日本の課題

 そろそろ小沢一郎を中心とした政局について書こうと思う。しかし、なかなか政局が落ち着かない。落ち着かないと、書いてもあまり面白い書き方にならない。「書かないことに対する責任」ということを、この部ログで書いておきながら、知っていることを書かない自分にもどかしい思いもある。これは「もっと機が熟してから発表したい」というものもあるのだが、実際にマスコミの中にはこのような立場で、書こう書こうということで逆に書く機会を逸してしまった場合盛る。「出し惜しみ型」の書かない内容になるので、声はこれで大きな問題だ。この場合でも「書かないこと」に関する責任は生じると思うが、故意に書かなかった場合と出し惜しみ型で書かなかった場合は、少し責任の太陽も違うのかもしれない。
 私が小沢に関する政局論を書かないのは、マスコミの間で24日までに小沢が離党するかしないかはっきりとするといううわさがあることだ。逆に言えば24日までは、いつでも書けるという安心感がある。だから、もう少し後でもよいのではないかと思ったりもする。この部ログを呼んでいる民主党関係者の人々は、「早く書け」と思っているかもしれないが、実際、私に直接話を聞きに来る人は少なくないので、そのような話も広まっているのかもしれない。
 さて、今日は、それよりももう少しスケールの大きな問題を。中曽根康弘大勲位殿に言わせれば、「教育は国家百年の大計」という。教育がおかしければ、国家の根幹が崩れることになる。実際に今の日本の危機的状況は、まさにその部分にあるのではないかと考える部分もないわけではない。無責任体質や物事の優先順位を考えられない「刹那的」な若者が多いのは、まさに戦後教育の「賜物」ではないか。私がこの部ログを通じてもっとも批判している「無責任体質」「責任転嫁体質」は、まさにこの状況に他ならない。責任ある決断をすれば、それには当然に反対意見もあるし、場合によっては間違いも生じる。それを「結果論」で後からいろいろ言うのも批判をすることもできる。しかし、「決断のとき」や、その前段階で責任ある行動をとった人と、終わってから無責任な発言をする人とはまったく違う。無責任に基地を「少なくとも県外」などといって、大変なことになっているが、それこそもっとも大きな問題ではないのか。国家のために何が重要なのか。民主党政権はそのように国民をだまし、その責任を負うこともなく「甘受すべき」(後に撤回)などといって偉そうににしていること自体、ここで批判される内容そのものである。
 発言には責任が伴う。逆に責任を負いたくなければ、集団にまぎれ、個人での意思表示をしなくなる。しかし、不満がたまりキレ易くなる。最近の犯罪や若者の傾向そのものではないのか。その教育、子供の傾向を示した新聞記事が舞い位置新聞に掲載されていた。
 

周囲気にする子どもたち:1人で昼食「難しい」/「遊び」減り、意思疎通下手に?

 他人の目を気にしすぎる子が増えているようだ。昼食を1人で食べている姿を周囲に見られたくない大学生がトイレで食事しているという話題が報じられたが、「気持ちが分かる」という中高生も多い。なぜなのか。子どもたちと教育・福祉に携わる大人の話から、背景を考えてみた。【中村美奈子】
 東京都渋谷区の児童総合施設「こどもの城」で今月、子どもたちが身近なテーマについて語り合うイベントがあった。首都圏の中高生約40人が集まり、喫茶店のように数人ごとにテーブルを囲む。
 「まわりの目が気になりますか?~ひとりごはんできる?」をテーマにしたテーブルをのぞくと、学校で昼食時間をどう過ごしているかが話題になっていた。学生食堂で好きな物を食べている私立中3年男子(15)は「食堂ではどこに座るかも自由だけれど、必ず友達と食べる」という。他の子に「1人で食べることはないの?」と聞かれると「やりにくい。だって誰もしてないから」。
 私立高3年の女子(17)も「1人だけで何かをするのは嫌。人にどう見られているかが気になってしまう」と自信なさげだ。その理由を尋ねても「なんとなく……」としか返ってこない。うまく言葉にできない、漠然とした不安があるようだ。
 いじめに遭い10月に自殺した群馬県の桐生市立小6年、上村明子さん(当時12歳)のクラスの話も出た。好きな人同士がグループを作って給食を食べる中、明子さんは独りぼっちで食べていたという。公立中2年の男子(14)は「1人で給食を食べさせるなんてやってはいけない。強制的でもいいから席をくっつけるべきだった」ときっぱり。高3女子は「でも話しづらいかも。そもそも仲良くないんだから」と疑問を投げかけた。
 話題はその後、「クラスで多数決を採る時、自分が少数派になりそうだったらどうするか」になった。私立中1年男子(12)は「自分がまじめな意見だと思ったら、人に合わせなくてもいいんじゃない」と言ったが、私立高3年女子は「9割方決まっている時、(多数派意見を)違うと思っても言い出せない」。中2男子が言葉をつないだ。「それは(少数意見の方が採用されて)失敗したら、責任を人になすりつける人がいるから」
 子どもたちの世界は、周囲を過剰に気にせざるを得ない窮屈さで満ちているようだ。
   *
 人の目を気にして周囲と同じ行動を取ろうとするのは、何歳ごろからなのだろう。
 東京都台東区にある寿児童館の水野かおり館長は「男の子は比較的1人で行動しても平気だが、女の子は小学3年生のころには4、5人の固定した仲間で一緒に動くようになる」と話す。
 ある遊びを始める時、ボス的な女の子が「嫌だ」と言い出したことがあった。その時は他の子も「そうだよね」と同調して遊ばなかったが、ボスがいない時に残りの子たちでその遊びをした。後になってボスにそのことがばれ、残りの子たちは必死にごまかした。
 「人の目を気にする子はこの10年間で増えた感じがする。周囲への合わせ方がうまくなってきた」と水野さん。小学生向けファッション雑誌を見て、同じグループで同じブランドの服を着ている女の子たちもいる。
 背景は何か。「かつて子どもは遊びを通して相手の気持ちを察し、コミュニケーションの土台を培った。そんな『遊びの場』が消え、意思疎通の能力が乏しくなったため、仲間内でない子と関わるのが面倒なのではないか」。確かに、街の公園には「球技禁止」など遊びを規制する立て札が立ち、子どもたちは習いごとや塾で遊ぶ時間もない。
 さらに「今の子は失敗や間違いをすごく怖がる」と指摘する。やったことのないゲームや遊びに手を出さない子も増えたという。
 教育雑誌の編集人を務める名古屋市立桃山小の岡崎勝教諭(58)は「遠足などで弁当を食べるとき、『仲間に入れて』と言いたいのに『断られたらどうしよう』と言い出せず、1人で食べる子が近ごろはクラスに1、2人はいる」と話す。
 岡崎さんは「子どもが携帯電話などの情報ツールを使いこなすようになって以来、クラス内で孤立する子が顕在化した」とみる。給食を1人で食べている子を自分のグループに招き入れた子が、後で他の子たちに「なんで連れてきたの」「ウザイ」とメールで責められた例もあるという。
 「子どもたちは自分も排除されはしないかとおびえ、周囲との関係を必死で保とうとしている。人を排除するのは卑しいことだと、教師がはっきり教えなければ。僕は高学年の子には『1人で結構、1人が一番』と言っている。周りの大人が自立や独立心の大切さを繰り返し伝えることが重要なのです」

http://mainichi.jp/life/edu/news/20101214ddm013100113000c.html

 この記事を読んで気づくことはないだろうか。最後に携帯電話などの情報ツールとある。途中にも遊び場がない、塾や習い事といった感じ。まさに、この記事そして、この取材に答えた人そのものが「責任転嫁」体質であることがいえる。
 はっきり言って、子供のコミュニケーション不足は否めない事実だ。しかし、そのコミュニケーション不足そのものは、教育によって出されている。教育機関と入っていない。たとえば習い事が多いという事実ひとつとっても、その親も戦後教育の人々であることは間違いがない。「新人類」「モラトリアム人間」などといわれた時代の学生が親になっている状態である。その「新人類二世」がどのように育ってきているのか。まさにその現象が今回の記事だ。これは過剰な競争しない教育の子供たちが、競争しない状況で自分だけが抜け出すことを嫌ってしまった結果でもあるし、一方で、言葉や行動に責任を取れない状況になって島手いる。権利と義務、個人であるからそこまで大きなものではないと「ギブ・アンド・テイク」が物品以外、心の問題でうまくいかなくなってしまっている結果としか言いようがない。
 そして、もっと言えば、これは子供に限ったことではない。大人であっても、そのようなコミュニケーション障害の人は少なくない。何かを手伝ってもらっても「感謝の気持ちがない」。自分のために動いてもらっていても、その間に自分の快楽に興じているなど、そのような人間としてどうかと思う人もいるのだ。自分で発した言葉がまったく守れなかったり、追求に対して逃げ回って答えないで、そのまま過ぎ去るのを待っているような人もいる。
 まさに政権中枢にいた鳩山由紀夫前総理もその一人であるし、今まで沖縄の基地反対をしていた社会党出身で「甘受」などといった仙谷官房長官もその一人だ。そのような無責任体質の人が、まさに政権になっているのであるから始末に終えない。
 これらを一口で言えば「道徳教育の欠如」などというが、そんな問題ではない。まさに戦後教育、その教育をやっていた日教組の責任は思い。無責任体質という批判を受けて侵害と思うのでれば(一部そのような苦情を私に対して言う人がいるので)、この戦後教育の責任をいかに自分たちが取るのかを大々的に日教組は発表するべきであろう。
 教育の失敗は「国家百年の大計の失敗」。行政も政党もなくすべての日本人が自分のこととして、考えるべきではないのか。

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危険水域 仮免許内閣で日本沈没か

危険水域 仮免許内閣で日本沈没か

 今日はあえて衝撃的な題名にしてみた。
 国会開催中は、頼りないとはいえ、それでもまだ民主党の執行部、菅内閣には緊張感があった。しかし、臨時国会の終了後、その「たが」が外れたのごとくあまりにもひどい政権運営と失言の数々、ただただ目を覆うばかりである。実際に民主党支持者の間でも「ひどすぎる」という声が聞かれる。民主党を応援していたマスコミ(どこかということはあえて言いませんが)でも「自民党もどうかと思うけど、もっとひどいのは菅内閣。これでは日本がつぶれてしまう」という。「君らが民主党を応援したからではないのか」というと、「こんなにひどいとは思わなかった。少なくとも自民とよりよいと思っていた。われわれもだまされた」とのこと。民主党に好意的であった、というよりは自民党に否定的なマスコミで裏この状況である。
 その内容は、支持率ということで現れており、また、支持率低下の中における政権運営に関して大連立などということが取りざたされていることは、すでに既報のとおりである。
 では、その菅首相自身はこのことをどのように考えているのであろうか。
 12月12日、まさに来年の統一地方選挙もしくはこれからの選挙を占う茨城県県議会選挙が行われた日。菅首相は、明治記念館において自らの後援会メンバーを850人も集めパーティーを開いた。実際に、この時期に政治家のパーティーを開くのは普通であるが、一方で地方とはいえ選挙の当日にパーティーを開催する政党代表などは前代未聞だ。それこそ「一兵卒」であれば問題ないが、それだけの立場にある人であれば、当然に開催日なども考えなければならない。
 そもそも、その時点で「民主党代表」もしくは「首相」としての自覚がない問い非難されても仕方がないところであるが、実際はその中における発言である。
 菅首相は「今までは仮免でこれからが本番」と言い放ったのである。柳田前法務大臣を髣髴とさせる無責任発言。さすがに失笑するしかない状況である。今日の新聞記事は、その内容に対する各党の批判である。

菅首相の「仮免」発言を批判=野党

 自民党の小坂憲次参院幹事長は12日夜、菅直人首相が「これまでは仮免許だった」と発言したことについて、「仮免許で政権を運営されてはかなわない。一日も早く政権を明け渡すべきだ」と批判した。
 公明党の山口那津男代表は「むしろ鳩山内閣時代の副総理の期間が仮免許だったのではないか」と述べた上で、「仮免許で国益がどんどん損なわれたのであれば、即刻免許を返上すべきだ」と強調した。また、みんなの党幹部も首相発言について「失笑してしまう。語るに落ちた話だ」と指摘した。 

時事通信 12月13日(月)0時48分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101213-00000003-jij-pol

本社・FNN合同世論調査 民自の大連立 66%「期待せず」

 ■新たな枠組み 決め手欠く
 産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)による11、12両日実施の世論調査で、民主、自民の二大政党間でささやかれる「大連立」構想の是非について、「期待しない」との回答が6割に達し、連立組み替えへの期待度も3割にとどまった。政権交代を後押しした世論が、民主党政権に失望する一方、望ましい政権の枠組みを探しあぐねている状況が透けてみえた。(岡田浩明)
 菅政権が来年の通常国会で政策実現を推進するには、衆参で与野党勢力が逆転する「ねじれ国会」克服が不可欠だ。
 打開策として浮上しているのが「民主、自民両党による大連立構想」だが、世論調査では66・4%が「期待しない」と拒否。民主、自民両党の支持層別でみても、65%前後が期待しないと回答した。
 特に大連立は男性に拒否反応が強く、男性50代では79・7%と8割近くが「期待しない」と答えた。
 新党構想がささやかれる民主党の小沢一郎元代表だが、小沢氏中心の政界再編への期待はさらに低く13・5%しかなかった。期待しないは8割に達した。
 小沢氏は8日、鳩山由紀夫前首相、無所属の鳩山邦夫元総務相、新党改革の舛添要一代表と会談したが、世論は小沢氏へのアレルギーが強く、民主、自民両党支持層でみても、8割前後が期待しないと回答した。
 では菅政権のままで、連立政権を組み替えるのはどうか-。だが、この連立組み替えへの期待も33・9%と低かった。
 政権の枠組みで期待度が高かったのは「部分連合」の51・0%だった。
 菅政権は、参院で否決された法案を衆院で再議決できる「3分の2」の勢力確保を念頭に、社民党との連携強化に乗り出している。だが、今回の世論調査でも社民党との連携強化には否定的な声が強い。外交・安保政策で両党の主張には隔たりがあるため、世論も手放しで支持していないようだ。
 「政界再編後の既存の枠組みによらない政権の樹立」は47・9%と期待度が高かった。
 現在の政治枠組みに飽き足らない世論が新たなものを求めているようだが、民主党支持層ですら58・1%と6割近くが政界再編を期待するという回答になっているのが、現在の混乱を象徴している。

産経新聞 12月14日(火)7時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101214-00000113-san-pol

 支持率は、かなり下がっている。支持率の低下は、支持率調査という調査そのものの数字よりも付帯して質問される質問の内容が「世相」を反映しているといってよい。よく支持率調査そのものに関しての反対意見を聞くことがあるが、われわれはその数字の信憑性よりも、それ以外の項目の質問に注目することが多い。数字は、あくまでも参考程度でしかない。
 今回は、上記のように大連立の是非が聞かれ、その大連立にはほとんどの人が「賛同いていない」状況であるというこがわかった。もっといえば、政治家国会議員の数合わせを誰も期待していないで、再度自分の主権の発動を考えている。主権の発動とは、要するに「解散総選挙」だ。『「政界再編後の既存の枠組みによらない政権の樹立」は47・9%と期待度が高かった。現在の政治枠組みに飽き足らない世論が新たなものを求めているようだが、民主党支持層ですら58・1%と6割近くが政界再編を期待するという回答になっているのが、現在の混乱を象徴している。』(上記記事より抜粋)という内容は、まさにそのことを示している。民主とはこれら国民の声を聞いて党利党略や自らの利権のためでなく、国家国民のために「解散総選挙」に踏み切ることができるのか。
 その指針となるのが、菅直人首相の考え方であるが、あまりにも国民を馬鹿にしているとしか言いようがない。「仮免」に付き合わされる国民のことを彼は考えてるのであろうか。そもそも「仮免」の段階で政権の座につくこと自体、不謹慎ではないのか。要するに「自分でうまく政権運営ができていない」という自覚があるということだ。そのような自覚があるならば、日本のため、国民のため速やかに退陣すべきだ。それは謙虚な精神などでそのように思っているのではなく、自他共に認める『能無し内閣』であるということは、選挙結果などでも明らかなのである。現に、この発言を行った日に行われた茨城県の嫌疑占拠では惨敗している。選挙での惨敗は、当然に国民信任を失っているということである。少なくとも、民主党の代議士は、自分たちが野党の時代にそのようなことを自分で言っていたのだ。自分で言っていたことができないのは、民主党の特徴になりつつあるが、それは「特徴」ではなく「悪癖」まさに、できないことを口をついて出てくるのでは「うそつき」「詐欺師」でしかない。
 柳田前法務大臣は、その発言における「国会軽視」が問題となって更迭に近い形で辞任に追いやられた。では、このように「政権軽視」「国民軽視」「国家軽視」の発言をした菅直人は、なぜ辞任しないでよいのか。
 国民も、そして国会議員も、そして上記のように「自分自身ですら」能力がなく稚拙な政権運営をしたことを認めており、そして、自分に政権運営の能力がないことを認めているのだ。速やかに解散総選挙をすべきである。この発言を持って、そのような話をしない野党にも不信感がつのるような問題である。そのようにして政治不信にならないように、与野党ともに国家国民のために行動すべきではないのか。

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来年の景気を占う福袋に異変

来年の景気を占う福袋に異変

 今日は、本当ならば、さまざま書くことはたくさんある。まずは選手の日曜日(12日)にあった茨城県の県議選である。小沢一郎元民主党代表は、このことに事前に言及し、惨敗ならば執行部の責任問題になるということを予想していた。その惨敗という結果が出た。現有の6議席でとどまり、自民党の33議席に遠く及ばない結果は、政権与党としてあるまじき状況であるといえる。
 一地方選挙といっても、その結果は、非常に大きなものだ。昨年の7月10日に麻生内閣政権下において行われた東京と議会選挙では、自民党の惨敗という結果に終わり、自民党の東京と連の幹部が落選するということも上げられた。自民党は「あくまでも都議会議員選挙」としたものの、国政への影響はすくなからず存在し、その後総選挙で政権交代にいたったのは記憶に新しいことだ。基本的に、茨城県という一地方であっても、同じ有権者であることは代わりがない。当然に国政の有権者でもあり、その内容は選挙の争点にも夜が、国政への不満や民主党という政党への不満ということで出てくる可能性おあるのだ。当然にこれら内容に関しては政局に発展する。それもひとつ二や与野党尾対立ということになるのであるが、一方では民主党党内での執行部対反執行部、具体的にいえば、菅・仙谷という執行部の打ち出した政策および「脱小沢路線」対、小沢集団の反執行部という対立の構図が今後の争点になることを意味している。
 その執行部対反執行部という民主党内の争いは、13日に行われた民主党役員会においても繰り広げられた。小沢一郎元代表における政治と金の問題は、今年の10月に二回目の検察審査会の議決により強制起訴されることが明らかいなった。その強制起訴は、検察に変わり弁護士が指定され、その検察の代わりの業務を行うのである。その弁護士が年明けの起訴になる見通しを明らかにした。その起訴に関する法的な手続きとは異なり、国会の中において「政治倫理審査会」を開催し、小沢一郎を招致するということを民主党が行ったのだ。
 役員会の内容は、岡田幹事長に対する一任ということでできたと思うが、背景には、現在の民主党執行部における「脱小沢路線」と、敗北続きの選挙、そして下落続きの支持率の責任をすべて小沢一郎元代表に転嫁するというやり方が見え隠れする。実際に、そうでなくてもそのように見えてしまうのが、政治の面白いところだ。
 そのような状況の中、街角のアンケートでは、政治に期待することとして「景気対策」がトップに出てきている。もちろんテレビなどで出ている内容であるから、その信憑性は図りかねるし、それが日本国民の総意かどうかはわからない。しかし、実際に政治と金の問題の解決などではなく景気対策がトップに来るのはおかしくない状況である。
 12月は「師走(しわす)」という。師走とは、普段威厳のある先生(師)でも走らねばならないほどあわただしいという意味だ。なぜ走らなければならないのか。要するに「今年のことは今年のうちに」という話がある。要するに、今年の借金は故つぃのうちに片付けなければならないし、今年のマイナスの部分hすべて清算して新たな年を迎えるということを日本人は良とした。
 暦が変わるということは、それだけ大きな意味を持っていた。新年を祝うということは、以前ここでも書いたと思うが、天皇陛下が「四方節」ですべての方角に対しその鎮守に祈りおささげ、新たな都市の平穏無事と五穀豊穣を祈ることによって行われるその「四方節」の民間版が「初詣」であろう。そして、今年の汚れをすべてきれいにし、心機一転新しい年を迎える。まさに年末の大掃除などがその習慣になっている。逆にそれだけ、「年末の金策やけじめ」は非常に忙しい。関西落語で「かけとり」というものがある。「かけとり」とはまさに「掛取り」要するに「掛売りで販売したものの借金を回収して回る」人々のことを言う。最近では個人に対して掛売りなどはあまりないし、カードなどで販売してしまうので、掛取りのような優雅な取立ては少ない。しかし、それでもなかなかの攻防であったようで、それを「笑い」に変える関西人のパワーを感じる。私は、人間国宝の桂米朝師匠の「かけとり」をこの時期になるとカセットテープ(これも死語になりつつある)で聞いて、師走の忙しさを笑い飛ばすのであるが、実際の忙しさはなかなかなものである。
 それだけ、師走と経済は完全にリンクしているといっても過言ではない。逆にその辺の感覚がないのは日本人なのかと思うこともある。その師走の経済、ことに小売の姿に非常に変わった状況が出てきているという。

「福袋」ニーズ様変わり 年内販売型登場

 トレンドや世相を取り入れたり、豪華な商品を詰め合わせたりした福袋。新春のお楽しみの一つだが、最近では早く手にしたいというニーズから年内に販売される福袋も登場している。とはいえ、大部分は年が明けてからの販売。福袋事情に詳しい専門家は「安全に購入したい人は普段買い慣れているお店で買った方がよい」とアドバイスする。(森本昌彦)
 「はや得福袋」と題して事前予約型福袋を145種類、約4100個用意したのは東武百貨店池袋店(東京都豊島区)。衣類から食品までさまざまなジャンルの福袋で、11月11日からインターネット、18日からは店頭での予約受け付けを始めた。
 並ばずに福袋を購入したいという傾向が強まっているといい、ネット予約できる福袋は昨年、前年比1・5倍の売れ行きという。今年は昨年に比べ、3割増やした。さらに、年内に手に入れられる福袋を昨年の28種類から54種類に増加。おせち福袋」(5千円)や「フランスボルドー赤ワイン 年越し福袋」(1万円)などがある。
 高島屋(大阪市中央区)も今月8日から、年内に購入できる福袋を販売。コートと雑貨を組み合わせた「2011タカシマヤコート福袋 COAT PLUS!」(1万~3万円)で、早く商品を手にしたいという要望に応え、今年から始めた。予約型、年内販売型が登場しているとはいえ、福袋の本番はやはり、年が明けてから。のちのち後悔しないためのコツは何なのか。
 さまざまな福袋情報を掲載しているウェブサイト「福袋研究会」を運営するフリーライター、恩田ひさとしさんは「安全に福袋を買いたければ、通い慣れたデパートやスーパーがよい」と話す。どこに何があるのか、どんな商品を売っているのか見当がつくからだ。
 逆に普段行かないお店での購入は、新しい出合いにつながり、冒険したい人向け。食品の入った福袋は外れがなく、失敗しないようだ。衣料品の福袋はモノが良くても、好みに個人差があり、人によっては気に入らないことがあるという。
 購入当日の行動に関しては、「できれば家族や友人と一緒に行ったほうがよい」と恩田さん。複数の福袋を購入しようという場合、1人ですべてを購入するのが難しいからだ。誰がどの福袋を担当するか、集合場所をどこにするかを事前に決めておくことをアドバイスする。
 失敗しない購入方法だけでなく、体にも気を配りたい。防寒対策はもちろんのこと、足元にも注意が必要となる。恩田さんは「外でずっと待ったり、移動することを考え、はき慣れた運動しやすい靴がよい」と話している。

産経新聞 12月10日(金)7時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101210-00000130-san-soci

 福袋とは、暦が変わって、初売りなどで「在庫一掃」を狙い、さまざまなものを袋の中に入れて販売する形態である。元旦のおみくじと同様「初売り」、消費者からすれば「初買い」の内容であり、その中に自分のほしいものやよいものが入っていれば、運がよいということになる。
 しかし、もともとは「在庫一掃」が目的である。それを「初売り」で出すことは、上記にあるように「不良在庫を新年に積み残ししない」ということと「松の内は起こらない」という日本人的な風習から、安売りとして在庫一掃をしたのがはじめだ。当然にまともに店に並べていたのでは売れない商品が入っているのだから、なかなかよいものが入っていない。よいものが入っていたとすれば、ちょうど「茶柱」の感覚で、よいことがおきるということを考えるのが風習である。
 しかし、この福袋がよく売れる。もちろん「おみくじ感覚」もあるし、「正月に財布の紐が緩む」という現象も手伝う。なんとなく、「買い物が楽しい」という感覚にもなるのだ。売れるものを用意するのは小売業の基本。結局「福袋用の目玉商品」を仕入れるようになる。昔は、いくつもある袋の中にあたりが入っているという方式であったが、最近では無駄をなくすという感化kのほうが強く名手いるようである。その上、小売業も「師走」である。年末に売り上げがほしい。それこそ「売れる商品の前倒し」要するに「福袋の年末販売」を行うようになったのである。
 もちろん、「売れない時代」だからこそ、このようなことになる。政治に無理やり結びつければ、景気対策がうまくいっていないということにもなるのであろうし、一方で、新年とか師走といった暦の感覚が現代人から失われてしまい「初売り」などの風習もまったくなくなってしまった。伝統や文化を経済が悪いということが言い訳で完全に無視してしまっているかのごとく現代人の感覚がおかしくなってしまったかのような錯覚もある。
 このような伝統や文化、暦への冒涜が「休日、祝日をずらす」とか「地域ごとに変える」という不思議な法案が言われるようになったことになるのであるが、これでは、時間や伝統に関するありがたみがなくなってしまうのではないか。
 たかが福袋の販売、されど、その中にある伝統や文化は守ってほしい。もちろん法律や政治で規制する内容ではない。しかし、そのようなことをもてはやす新聞記事ではなく、しっかりと文化や伝統を守るという観点で物事を見てもらいたいとも思う。
 私は、個人的に「福袋の前倒し販売」は反対である。少し古い人間のであろうか?

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マスコミ批判に関する一考(23) マスコミに告ぐ、報道しない自由、報道の自由に責任を付帯させよ!

マスコミ批判に関する一考(23) マスコミに告ぐ、報道しない自由、報道の自由に責任を付帯させよ!

この文章は、激論ムック1月号に掲載される「報道しないマスコミ」の特集の中の記事です。正式版は激論ムックでお読みください。

 菅直人内閣の支持率が急落の一途をたどっている。もちろん、失政続き、とくに国家観なき弱腰外交での失敗は、将来の大きな禍根を残した。このことは、昨年の総選挙で「政権交代」を鵜呑みにして民主党に投票した多くの日本国民を失望させ、民主党離れを起こさせた結果だ。このことは「激論ムック」の読者のみなさんならば、ここに書かなくてもすでにご存じのことと思う。しかし、敢えてこれを繰り返したのには理由がある。
 今回は、マスコミ批判ということだ。私は、私自身新聞社にいることもあり、世の中の安易なマスコミ批判には同調しない。とはいえ、今のマスコミの報道体制、ことにテレビ報道の印象操作や番組編成には非常に強い不満と、デマゴーグに陥る危険性をはらんだものであるということに危惧している一人でもある。新聞社にいる私にとって言えることは、「報道の自由」「報道しない自由」は報道機関の裁量として存在するものと思う。しかし、「自由」には必ず「責任」が伴う。マスコミは「報道しない自由」を主張する以上「報道しなかったことによる責任」を負う義務もあるのだ。現在のマスコミに決定的に欠けているのは、この「責任」の部分である。まさに、マスコミ各社は「自由」と「勝手」を履き違えており、「勝手に報道しない」「報道しなかったことの影響に責任を負わない」というような傲慢さを持っている。これが最大の問題なのだと思う。私自身、新聞社としてこの責任を全うできているかといえば、そうではないかもしれない。しかし、その責任を意識していることによって、少しでも良い記事を目指そうとするのが国民と国家への義務ではないのだろうか。
 さて、ではマスコミは何をを「報道しなかった」のか。私の知る限り、マスコミのほとんどは、現在の事態を予想していた。現在の事態とは、まさしく民主党に失政続きで外交で失敗し、そして政治が迷走することをさす。では、いつごろどうしてそれが分かったのか。民主党の幹部たちは「公約を守る体質にない」民主党議員の性質を知っているのである。
 ある新聞社のデスクは語る。「私たちは、民主党の幹部、とくに今首相の菅直人の『言葉』が信用できないものであることは、十分に報道してきましたよ。それでも民主党に投票したのは国民ですから」と、国民にその責任を転嫁している。ではその「十分な報道」とは何を指すのか。新聞社のデスクはこう続ける。「だって、菅直人のことをネットで『ミスターブーメラン』って言うじゃないですか。あれって、要するに菅直人は自分のことを棚に上げて無責任な言葉でしか話せないということを言っているのでしょ。そのことを知っていても、民主党が政権をとったんですよ」とのこと。
 私は、この新聞社のデスクに「では、菅直人の三権分立否定はなぜ報道しなかったのか」ということを言うと、初めて新聞社デスクは言葉が止まった。
 昨年九月一七日、NHKのクローズアップ現代という番組に出演した菅直人副首相(当時)は、「日本国憲法には三権分立の規定はないんですね」といった。この時NHKのアナウンサーは、何の反応も示さずにそのままほちしてしまったのである。しかし、与党第一党で副首相である人物が、日本国憲法の理念を根本から覆す発言をしたのであるから、その発言は話題になってしかるべきであった。ここで批判を受けなかった菅直人副首相は、その後之通常国会の参議院でも「日本国憲法では三権分立は存在しない」という持論を展開。その理由として「議員改革制は内閣胡国会が一体であるから」という理由が出てきている。
 当然にこのような主張が通るはずがない。しかし、このような主張をもとに民主党の国会軽視が横行するようになる。麻生内閣の補正予算の「執行停止」は、本来国会で決議された予算を、国会の審議もなく予算執行を行わないということを意味し、当然にマスコミによって、そして国民によって非難されるべき行為である。しかし、マスコミはまったくそれを行わなかった。話題になった事業仕分けも同じ内容だ。事業仕分けは、国会で審議された独立行政法人の予算の使い方を一政党にすぎない民主党と民間の仕分け人という、何の基準で集められたかわからない人々が、国会で決められた予算と行政組織を「いじめ」のごとく批判し、国民の意思も国会の決議もなくその執行を停止するものだ。これらを総称して「政治主導」などと言っているが、結局のところ、三権分立による権力構造を専横して、独裁に近い形で好き勝手に国の形を壊していったにすぎない。正当なことをやるのであれば、しっかりとした国会審議を行えばよいのに、密室で議論し、国会審議を数時間しか行わずに強行採決してゆく。このような民主党の国会運営は、国民の批判の的になった。
 この国会運営の方法は、「革命」を標榜する菅直人・仙谷由人の執行部になってからより一層鮮明に国民生活を蹂躙するようになる。殊に、尖閣諸島問題における仙谷官房長官による「司法への介入」、要するに逮捕した中国人衝突船長の政治介入と中国との密約によるいわれなき釈放は、まさに三権分立の最後の砦であり、良識を護るべき司法の場まで政治権力が侵犯した非常に危険な兆候である。明治時代、日露戦争直前にロシア皇太子(当時)ニコライ二世を襲撃した津田三蔵巡査を、法律に従い、政治的な圧力に負けず無期懲役にし、日本の司法の独立を世界に示し、日本を近代国家として知らしめた大審院の時代以前に、仙谷官房長官は戻してしまったのだ。このような民主党の雰囲気が、柳田稔法務大臣の国会軽視発言などにつながり、国民の政治不信を増大にしているのである。
 あの時「菅直人、もしくは民主党が三権分立を否定しているのは、日本国において危機である」という報道をなぜしなかったのか。先出の新聞社のデスクにさらに問い詰めた。デスク曰く「いや、そんなことを言っても国民は興味ないでしょう」これが答えだ。私がさらに「君が報道しないことによって、日本の政治において空白の時間や失政が相次ぎ、日本国が国際的な信用を失い、そして国民の生活が悪くなるとは思わなかったのか」と聞くと、「そこまでの責任を負って報道などできないでしょ」というのが答えだ。「報道なんで、嘘を書いてはいけないと思う。しかし、書かなかったことの責任まで言われても困るんだよね」これがマスコミの正体だ。
 通常のマスコミ批判は「報道しない自由がおかしい」という。しかし、森羅万象全てを報道することはできないのだ。だから当然に様々な現象に対し、限られた紙面もしくは時間の中で取捨選択をしなければならない。これがマスコミの実態だ。しかし、その選択する権利と自由を持っているということはそこに責任が付帯されているということを彼らはどうしても忘れてしまう。結局「大衆が望むもの」という言い訳で「わかりやすい、簡単な構図の記事」を書いてしまい、最も重要な最も安易な記事に流れてしまう。根本や原理には触れたがらない。しかし、その最も重要なところが問われている。そのことに関し、上記デスクのような「無責任」な報道を流しているようでは、国民は選択を誤ってしまうのだ。その無責任な報道に乗った政権が今の無責任内閣になっている。
 敢えて言う。報道しない自由、報道の自由に責任を付帯させよ!

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シリーズ、インターネットと政治と選挙(6) 政治の現場からインターネットを使う

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みなさんこんにちは
宇田川です

 ご感想・情報もお待ちしております。
 連絡先は、このページの最後に記載してあります。
 よろしくお願いします。

 それでは、メールマガジンをお楽しみください。

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政治の現場からインターネットを使う


 今までは有権者がどのようにインターネットを使うかということを考えてみた。
 直接民主性というのは極端な例かもしれないが、その極端なことの可能性を話せるようになった。
 そのような、昔から見れば「夢のツール」ができたのであると思う。
 一方で、直接民主制を行うには、その民主制の意思表示の確実性がなければならない。
 一人がに票投票してしまっては意味がない。
 また、わけのわからないデマゴーグが流行しても意味がない。
 そのためのキーワードが「匿名性」ということになることは間違いがないのかもしれない。

  インターネットの犯罪とは、いくつかの形式がある。
 そのうちの大きな一つが「匿名性」を利用した名誉棄損である。
 インターネット上はヴァーチャルといわれるように、別人格であるかのような錯覚を起こす。
 その中においては英雄でも、実際の人物像が全く話にならない人も少なくない。
 ネットの中でだけ完全に完結しているのであれば問題はない。
 しかし、実際の社会に息づく現象や人物に対し、「匿名性」を利用して名誉棄損を行ったり、デマによる名誉棄損を行うことは許されることではない。

  日本人は、「自由」と「勝手」を履き違えることが非常に多い。
 「自由」には責任が付帯する。瀬尾の責任まで考えて「自由を謳歌」する人は少ない。
 日本人は、どうしても何かに支配、命令されて、抑圧されて生活し仕事をしている。
 何もないつもりでも「常識」「社会の目」「世間体」などを気にしてしまうのだ。
 その「抑圧の主体」から匿名性によって解放された。
 その時に人間は完全に「責任」からも解放されてしまうのである。
 しかし実際の社会の中においての一員であるインターネットの主体者は、その「勝手」な行動に対する責任を取らされることになってしまう。
 これが、匿名性による名誉棄損の原因というよりは、ネットにおける根拠のないデマの流布のパターンの一つだ。

<以下はメルマガでお楽しみください>

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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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政治が国民の不信感を煽り地域経済も破壊する例としての仙谷

政治が国民の不信感を煽り地域経済も破壊する例としての仙谷

 土曜日なので明るい話題にしようかと思った。選手は宇宙戦艦ヤマトでなんとかしたが、年末になっても良い話題がない。毎年京都の名刹清水寺で行われている今年の漢字は「暑」という漢字であった。これもあまりよいものではない。物事ほどほどが最も良いのであるが、その「ほどほど」を飛び越えた暑さは、まさに猛暑ということで異常気象の部類に入ってしまっている。この猛暑は、人の命を危うくさせ、今年の夏は脱水症状で危なくなることも少なくなかった。私自身脱水症状ではないかと疑われる症状に悩まされた。
 その暑い夏は、野菜や魚などの収穫にも大きな影を落とした。今年は葉物野菜が高騰し、また貝類がほとんど死んでしまってキノコ鍋以外の鍋がなかなか高級品になってしまっている。また、冬になっても残念ながら寒くならず、12月も半ばなのにスキー場はどこもクローズのままだ。
 この「暑」状態は、政治にも同じ状況をもたらした。要するに不安定な内容である。暑さは魚の流れを変え、尖閣諸島に中国船を新湯させた。このことによって日本人と中国人が「暑」関係になってしまってる。政治に対する関心はその分「冷え切った」不信感で覆われており、経済に対する期待感や日本人の将来に関してもいまの暑さに反比例して「寒い」状況になってしまっている。
 そのような中、政治が経済に非常に強い影響を及ぼしている問い内容の面白い記事が出てきた。

こりゃ酷い…仙谷批判、地元・徳島県産品の不買運動に発展

“仙谷問題”が阿波踊りにまで波及!?
★「辞職か落選まで阿波踊り観光には行かない」
 尖閣問題の対応などで猛批判を受けた仙谷由人官房長官(64)の地元・徳島県に対し、県産品の不買などを訴える動きがネットを中心に起きている。仙谷氏を選出した徳島県民を批判する通告文が商工会に送りつけられるケースもあり、地元経済界は戦々恐々だ。
 地元紙などによると、尖閣事件の映像が流出した先月以降、ネットの掲示板などで《仙谷官房長官の地元・徳島県産品の不買運動を広げよう》といった書き込みが増えた。地元の商工会や農協などの連絡先が記された文書も同時に広まり、一部のネットユーザーがこの動きに同調しているという。
 地元のある団体に対しては、「仙谷さんがいる間、徳島県の物は買わん。調子に乗ったらあかんで」と言い放つ若い男性など複数の抗議電話が寄せられた。県庁にも数十件の“不買宣言”メールが寄せられ、《徳島県の有権者にはそれなりの責任がある》といった通告文を送りつけられた団体もあったという。
 いまのところ“実害”の報告はなく、一時は沈静化しつつあったが、仙谷氏が参院で問責決議を受けたのを機に、不買運動の一件を地元紙が報じたことから騒動が再燃。現在までに、ネット上には賛否両論合わせて6000件以上の意見が飛び交っている。
 中には《仙谷氏が議員辞職するか落選するまで、阿波踊り観光には行かないようにしよう》という声まであり、徳島の経済界は、ただただ面食らうばかり。徳島商工会議所の担当者も「何も手の打ちようがない。静観するしかない」と話している。

ZAKZAK(夕刊フジ)2010年12月10日17時00分
http://news.livedoor.com/article/detail/5199933/


この素人め! 大勲位、菅を一刀両断「意識が足りない」

 中曽根康弘元首相が、11日早朝に放送されるラジオ日本「細川珠生のモーニングトーク」(午前7時5分~)の800回記念番組に特別ゲストとして収録で出演し、菅直人首相について「国家を背負う意識が足りない」「まだ素人だと思った」などと、厳しく評価したことが分かった。「戦後政治の総決算」を掲げ、約5年間の長期政権を続けた中曽根氏としては、やはり「空き菅首相」は物足りない?!
 92歳ながら、かくしゃくとした中曽根氏。まず、総理大臣の役割として「国の主権、国家の主軸を守る大きな仕事がある」といい、菅政権の限界が指摘された沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件について、こう語った。
 「あの事件を見ると、主権を守るという意味で、菅首相はすぐに反応し、毅然と対応しなければならなかった。その辺でグズグズしていた。『まだ素人だ』『新米で国家を背負う意識が足りない』と思いましたよ」
 さらに、ロシアのメドベージェフ大統領の北方領土・国後島訪問についても、「菅首相は即座に『北方領土は日本固有の領土だ』と主張し、『大統領訪問は絶対にイカン』『我々は認めない』と言うべきだった。そうすれば、国民は首相を支持した」と話した。
 ただ、昨年の政権交代については好意的で、「自民党政権が長すぎた。政権交代は意味がある。変わらないと、日本の新しいエネルギーは生まれない」といい、菅首相に対しても、「まだ試運転で、これから本格運転に入るところ。これまでを反省し、国民の期待がどこにあるのか総点検してみるべき。自分の路線を自分で決めるべきだ」とエールを送った。
 番組では、約15分間にわたり、大勲位・中曽根節が堪能できそうだ。

ZAKZAK(夕刊フジ)2010年12月09日17時00分
http://news.livedoor.com/article/detail/5197152/

 さて、二つの記事を並べた。
 一つ目の記事は徳島に対する不買運動である。今までにも逆のケースは多々あった。最近記憶にあるのは東国原知事が「観光大使」のようにテレビに出演し宮崎の観光や物産を紹介したために宮崎の分散が非常に売れた例がある。「どげんかせんとあかん」という言葉は流行した。宮崎県のように政治家の活躍がプラスに働くことがあると思う。そのようなものは話題性や宮崎ブームなどで非常に大きな経済効果をもたらすと思う。しかし、そのようなプラスの影響があれば、当然にマイナスの影響もあるのだ。今回の徳島仙谷官房長官の内容はまさにマイナスの方に触れた内容といえる。
 本文にあるように、仙谷官房長官のような政治家を選んだのはまさに徳島県民である。それは選挙区で当選しているのだから当然のことといえる。そのために、徳島の商品を買わないとか徳島を支持しないということが出てくるのは、宮崎県の内容とは全く逆であり得ない話ではない。当然に、国民にそのようにされる仙谷官房長官は、よほど国民に嫌われているということが言えるのかもしれない。
 その嫌われている理由は、まさにもう一つの新聞記事。中曽根大勲位が言い得て妙なことをおっしゃっている。私がいつも出演させていただいているラジオ時事対談のプロぢゅーサーである有泉さんが、「細川珠生のモーニングトーク」(午前7時5分~)の収録も担当しており、中曽根大勲位の言葉を生で聞いて感動したと言っていた。まさに「国家を背負う意識が足りない」とは、国民が皆感じていて菅政権に最も足りないものである。それをさすがに元総理大臣だけあって、ひと言でよく言い表した、という表現をしていた。私もそのように思う。要するに、まだまだ彼らに政権運営は無理だったということだ。国民が一度やらせてみようとして、政権交代をして、その結果が間違いだったということである。
 国民全体の生活に影響があるとか、支持率が下がったということではなく、このように直接的な形で地域経済、それも仙谷官房長官の地元で不買行動が起きるというのも、なかなか興味深い話だ。

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政界のフィクサーと自称する渡辺恒夫氏の暗躍と大連立の可能性

政界のフィクサーと自称する渡辺恒夫氏の暗躍と大連立の可能性

 12月3日に国会が終了した。これからは年明けの通常国会までの期間、国会はない。通常は、財務省が来年度予算を機安氏、各省庁とこれから調整を行うというのが年中行事だ。その結果を持って通常国会が開催され、その通常国会の中だ来年度予算が審議される。国会の中でも予算に関する審議は特別だ。そのほかの立法に関するものと違い、予算に関しては、年度内に決めなければならない。これこそ三権分立の一つの権力関し構造で、国会という立法府が行政をつかさどる内閣の予算を審議し、決定するということになっているのである。
 予算の決定に関しては、逆に言うとそれが決まらなければ行政が動くことができない。政治的な空白というよりは、国内のける行政や許可、住民サービスが全てストップしてしまう。そのために何としても年度内に決めなければならないのが国会の要請だ。その国会の要請を援助するように、予算に関しては衆議院の優位性が他の立法審議とは異なって決められている(憲法60条)。要するに衆議院と参議院で決議が異なったばあは、予算に関する審議に限っては、衆議院の決議を優先するというものである。
 逆に言うと、予算以外の審議は全て衆参双方の審議が必要になる。それがなければ、衆議院で3分の2以上の賛成を必要とするようになるのだ。これではなかなか審議が動かなくなるし、三銀における審議拒否や国民における国会軽視の批判を免れることはできないであろう。そのために、国会で衆参のねじれ現象が起きると、何とか多数派工作を行うようになるのである。
 年末は通常は、これら政局の動きはなく、来年度予算と政策そして内閣閣僚の外遊などによって年の瀬を迎える。しかし、自公政権のねじれ国会の時と、今年に限ってはそうではないようだ。予算審議の前に何とか多数派工作をすることを執行部側は望む。これは、予算は予算の審議だけでは済まされないという事情がある。予算を審議するにあたって、行政の組織を変更したり、もしくは国債の発行などを行わなければならない。しかし、これらは「予算」ではなく「立法」であることから、当然に衆参双方の決議が必要になってくるのだ。衆参の決議がそろわなければ、国債の発行などができないので、当然に歳入が確定できないという事態が発生するのである。
 そこで、予算を拡充させるために、もっと具体的に言えば付帯決議事項を円滑に進めるために、通常国会の前に多数派工作が行われるのである。そのような動きの一連のものが下記の記事である。


「民主と大連立を」 読売・渡辺会長 谷垣総裁に打診

 自民党の谷垣禎一総裁は8日、党本部で渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長と会談した。谷垣氏に近い自民党関係者によると、渡辺氏は「税制で後れを取るわけにはいかない。(民主党政権と)一緒にやれないのか」などと語り、消費税など政策課題に取り組むため、民主党との大連立を打診したという。谷垣氏は「現政権のめざすところがわからない。菅(直人)首相を信用できない」と拒否したとされる。
 渡辺氏は7日夜に民主党の鳩山由紀夫前首相とも会談。鳩山氏に対しては「最初から大連立は無理だとわかっている」と語り、政策ごとの部分連合の必要性を指摘した。
 渡辺氏は福田政権下の平成19年に自民党と民主党の「大連立」に向け、仲介役を果たしたとされることもあって、会談の内容には与野党の関心が集まっている。

2010年12月9日(木)8時0分配信 産経新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/sankei-snk20101209123/1.htm」


内閣改造の可能性に含み 社民党との再連立視野に協議

 菅直人首相は6日夕、首相官邸で臨時国会閉幕を受けて記者会見し、仙谷由人官房長官が兼務している法相の人事について「法務行政の重要性はよく理解しているが、全体の内閣のあり方、来年の通常国会に向かういろいろなことを考えながら検討したい」と述べ、年明けの大幅な内閣改造に含みを持たせた。首相は民主、国民新両党が社民党と再び連立を組むことも視野に、3党の協力関係を強化する考えも表明した。
 与党内には、参院で問責決議が可決した仙谷長官が職にとどまった場合、通常国会の運営が行き詰まるとの懸念がある。首相は会見で仙谷氏を「期待以上の活躍をしている」と評価し、強制力のない問責決議と、憲法の規定で衆院解散か内閣総辞職を迫られる内閣不信任決議案の可決は、法的拘束力が違うと指摘した。
 さらに「改造うんぬんではなく、政権運営をしっかり進める態勢をつくれるよう全力を挙げたい」と述べたが、その上で法相ポストだけでなく、幅広く人心一新を図る可能性に触れた。
 首相は通常国会に向けた菅政権の態勢強化に関しては「来年の国会が始まる段階ではしっかりと政策実現、政権運営ができる形をつくるため全力を挙げる。社民、国民新両党との関係をより緊密かつ戦略的にとらえて協働する」と語り、平成23年度予算案編成を通じて、与党である民主、国民新両党に、今年5月に連立離脱した社民党を加えた3党の枠組みを優先すると強調した。
 自民党との大連立については「国民がやむを得ないと思う前提条件がなければ難しい」と否定的な見解を示した。
 民主党の小沢一郎元代表の国会招致問題では「本人が国会で説明することが必要だ」と述べた。

産経新聞 12月7日(火)0時8分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101207-00000501-san-pol


鳩山兄弟、小沢・舛添氏会談…政界再編も話題に

 民主党の鳩山前首相、小沢一郎元代表、前首相の弟の鳩山邦夫元総務相(無所属)、新党改革の舛添代表の4氏が8日夜、東京都内のすし屋で会談した。
 出席者によると、前首相と小沢氏は「菅政権は我々を切って政権を浮揚させようとしている。協力しようがない」との見方で一致した。連立政権の枠組みを増やすことや、政界再編も話題となった。会談は前首相が呼びかけた。

2010年12月8日(水)22時33分配信 読売新聞 
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20101208-01026/1.htm

 しかし、読売新聞の渡辺恒雄氏は良く出てくる。前回の福田内閣における小沢一郎との大連立に関しても渡辺恒雄氏と与謝野馨衆議院議員の暗躍が取りざたされた。ここには記事を挙げなかったが、数週間前に与謝野馨議員が菅直人首相と会談をしたという記事があったが、その時に当然にこのようになると予想した。まったくそのとおりになったというのが率直な感想だ。
 しかし、渡辺恒雄氏の考えることはわかるが、現実として、そのようなことが行われると思っているのであろうか。そこまで指導力や影響力があるのであれば、そもそも前回のねじれ国会の時に、民主党にあのような審議拒否や同意人事の反対をさせなければ名よかったのではないか。真剣に国家のことを思うのであれば、このような事態になってから動くのではなく、このような事態にならないように事前に調整し、予防的な措置や円満解決の方策を考えるべきである。このような状況になった時に動くのは「単なる偽善」「眼立ちたがり屋」としか考えられないといわれても仕方がない。この行動自体、考えていることは理解はするがなぜこの時期にしなければならないのか。どういう考えで行動を一にするのか、その辺が全く考えられていないのだ。
 もっと言えば「国家のために」というのであれば「大連立」ではなく、「菅・仙石の退陣」を迫るべきであり、その次の執行部との大連立を模索しなければ、仙谷と馬渕両閣僚への問責決議に対する国民の説明が野党各党できなくなってしまう。
 言論人は言論やその行動に自由がある。これが日本国憲法だ。しかし、その「自由」は無責任で無尽蔵であるとは限らない。実際に行動や発言には責任が伴う。渡辺氏のそれも、そしてそれを受ける菅民主党や谷垣自民党にもその前の行動との整合性や、国民に対する責任を持ってもらわなければならない。
 安易な大連立や安易な多数派工作は、かえって政治不信を国民に煽ることになり、そして、国家のためにならない。渡辺氏が国士ならば、現在の内閣の退陣と解散総選挙を迫るべきであろう。そうしなかったのは、私には理解できない。もちろん、渡辺氏ほどの経験があるわけではないので、私以上の深い考えがあるかもしれないが、少なくともその考えは思いつかない。
 政局といえども、国民不在の政局は存在しない。そのようなことを求めても、政治は良くならない。言論人はそのことを肝に銘じ、その行動や言論に席んを持つべきではないのか。

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世界の学力についての調査結果 中国がトップになった現状と教育の責任

世界の学力についての調査結果 中国がトップになった現状と教育の責任

 中国を批判する声はネット上に非常に多い。しかし、一方で、世界中とどこに行っても中国の人がいる。それも研究員や大学教授など、最前線のところに中国人がいることが少なくない。これを国策だから仕方がないというように片づけてしまうのは簡単であるが、少し日本の「大学教育」に関して考えてみてはいかがだろうか。
 中国の良くないところをあげつらえば数限りなくある。そのことは良くわかる。良くないところという表現が良くないならば日本人の「常識」で判断できない部分、理解できない部分で日本人が日本人の主観に基づいて日本の方が優れていると判断する部分というように言い換えてもかまわない。しかし、その習慣で満足していても良くない。実際に中国の方が優れている部分も少なくないし、歴史的、環境的、風土的に全く違う考え方をすることは、日中の違いだけでなく、世界各国どこと比べてもそのような違いがあることは認識しなければならない。
 そのような、国際的な内容を理解したうえで、その内容を比較するということになった。OECDが65カ国・地域で約47万人の15歳男女(日本では高校1年)が参加した国際学力テスト「学習到達度調査」(PISA)の09年実施結果を発表した。この結果、全ての分野で上海が一位になったのである。これは、日本の「嫌中」という考え方などを超越し第三者的に日本よりも、少なくとも上海の方が優れているということを発表されてしまったのである。その記事が下記のものである。


<国際学力テスト>日本、読解力改善 上海が全分野でトップ

 経済協力開発機構(OECD)は7日、65カ国・地域で約47万人の15歳男女(日本では高校1年)が参加した国際学力テスト「学習到達度調査」(PISA)の09年実施結果を発表した。読解力、数学的リテラシー(活用力)、科学的リテラシー(同)の3分野の調査で、日本は読解力では前回(06年、57カ国・地域参加)の15位から8位と順位を上げた。数学は10位から9位、科学は6位から5位とわずかに上昇。一方で初参加の上海が3分野すべてで1位となったほか韓国、香港、シンガポールも全分野で上位を占め、アジア勢の台頭が目立つ結果になった。
 調査には、上海のほかシンガポール、ドバイなど8カ国・地域が新たに参加。日本では無作為に抽出された約6000人が、3分野のテストと学習環境などのアンケートに回答した。中国、インドは「言語が多様なことなどから全国一斉テストの実施は難しい」とOECDの参加要請を断った。上海、香港などは自主参加だった。上海がトップを独占したことについて、OECDは「中国で最も教育改革が進んでおり、同国全体の平均を表しているわけではない」とコメントした。
 日本の調査結果の変遷は、読解力が00年8位、03年14位、06年15位で、今回調査で00年レベルに改善。数学は00年1位、03年6位、06年10位。科学は00年2位、03年2位、06年6位で今回調査でいずれも下げ止まりの兆候が見えた。だが、得点によってレベル1未満(最下位)~レベル6(最上位)までに区分された階層のうち、文部科学省が「社会生活に支障が出る」と判断するレベル1以下の生徒が、読解力13.6%、数学12.5%、科学10.7%に達するなど、学力格差は依然解消していない。
 読解力では上海、韓国、香港、シンガポールが上位5位に、数学ではこれに台湾も入りトップ5を独占。日本を上回る結果で、教育先進圏の位置づけが明確になった。これまで各分野で1、2位を占めて話題になったフィンランドは、数学で6位に後退した。
 学習環境に関するアンケートでは、社会経済文化的背景として(1)自分の部屋(2)インターネット回線(3)DVDプレーヤーなど7項目を所有しているかどうかを質問。所有比率が高いほど得点も高く、親の経済状況が子供の学力に影響を与えている可能性も示した。【篠原成行】
 <読解力>
 09年調査             00年 03年 06年
(1)上海※        556点  --  --  --
(2)韓国         539点  6位  2位  1位
(3)フィンランド     536点  1位  1位  2位
(4)香港※        533点  --  10位 3位
(5)シンガポール※    526点  --  --  --
(6)カナダ        524点  2位  3位  4位
(7)ニュージーランド   521点  3位  6位  5位
(8)日本         520点  8位 14位 15位
(9)オーストラリア    515点  4位  4位  7位
(10)オランダ      508点  --  9位 11位
 <数学的リテラシー>
(1)上海※        600点  --  --  --
(2)シンガポール※    562点  --  --  --
(3)香港※        555点  --  1位  3位
(4)韓国         546点  2位  3位  4位
(5)台湾※        543点  --  --  1位
(6)フィンランド     541点  4位  2位  2位
(7)リヒテンシュタイン※ 536点 14位  5位  9位
(8)スイス        534点  7位 10位  6位
(9)日本         529点  1位  6位 10位
(10)カナダ       527点  6位  7位  7位
 <科学的リテラシー>
(1)上海※        575点  --  --  --
(2)フィンランド     554点  3位  1位  1位
(3)香港※        549点  --  3位  2位
(4)シンガポール※    542点  --  --  --
(5)日本         539点  2位  2位  6位
(6)韓国         538点  1位  4位 11位
(7)ニュージーランド   532点  6位 10位  7位
(8)カナダ        529点  5位 11位  3位
(9)エストニア      528点  --  --  5位
(10)オーストラリア   527点  7位  6位  8位
注)--は不参加など。※は非OECD加盟国・地域

毎日新聞 12月7日(火)19時16分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101207-00000071-mai-soci

 中国の人が、どの国に行っても研究者からトップクラス、大学で言えば教授クラスまで入っていることはすでに述べた。それは最近では理数系の内容が宇宙工学に関する内容が非常に大きい。しかし、大学などの教育機関においては、各国の才能のある人がその才能において競争しその地位を勝ち取ってゆくのであるから、多少のコネクションなどはあったとしてもしっかりとした競争の原理が働いていると考える。逆に、その競争の原理において日本は素直に中国に負けたと認めなければならない部分は少なくない。スーパーコンピューターなどでも演算速度の一位は今年は中国であった。これでは、とてもとても日本を「技術立国」などと言っていることはできなくなってしまう。日本の将来を考えると、この教育に関する分野だけでも暗澹たる気分になるものである。
 その違いは何か。良くオリンピックなどに関して言えば、国家の報奨金や練習施設の国営化など金のかけ方ということをいう。もちろんそれもあるであろう。最新の施設などで研究をしたり練習をすれば、上達は早いに違いない。しかし、実際に「金さえかければ世界一になれるのか」といえば、教育や研究の世界もしくはスポーツの世界ではそうではないのではないか。サッカーにおけるブラジルやアルゼンチンは、そんなに素晴らしく金を賭けているとも思えないし、女子サッカーで強い北朝鮮は世界でも最貧国のひとつであることは間違いがない。
 金のかけ方という部分も認めないわけではないが、では、実際に何があるのか。要するに「向学心」「向上心」といった「動機」の問題ではないかと思う。以前、発行青色ダイオードの研究者の訴訟に関して、このブログでコメントしたことがある。実際に、日本の風習にあうのかどうかということを書いたと思うが、逆に、現状のようになってしまうと、素晴らしい成果を遂げた人に対する「報償」制度がなければ、なかなか人は動かないのではないか。人間は楽な方に行ってしまう。ストイックに研究に没頭する、もしくは三度の飯よりも研究が好きという人もいるが、そのような人はわずかにすぎない。多くの才能を持った人がいて、才能を持った人が切磋琢磨することによってより良いものが生まれる。教育の社会は「動機づけ」と「向上心」であり、そして成果に対する報償もしくは正当な評価(金銭的なものばかりではない)のセットがなければなかなかうまくいかない。
 日本は、「競争をしない」ということが日教組の教育によって幼少のころから植え付けられた内容である。しかし、その結果がこれだ。教育の現場がおかしいので日本は世界から取り残される形になってしまったといっても過言ではない。そしてその件を話題にすれば、予算や政府に責任を押し付ける責任転嫁がまた始まるのだ。その「大人の事情」ではなく、真剣に国家のことを考え、そしてこの結果を真摯に受け止め、しっかりと国際競争に勝てる人材を育成しないと、日本の将来はないものと思う。同時に、日教組という組織は、その組織だけの責任ではないものと思うが、このような結果が出たことに対する自分たちの行ってきた「非競争教育」の反省と責任を明確に出すべきではないのか。政治団体として氏絵時活動をする余地も、教職員の組合はしっかりとした教育を行うことをまず専念すべきであると考える。そして、できないのであれば、そのような不要な組合はすぐに解散すべきであろう。

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日米密約暴露の民主党が日中密約暴露で窮地に、の笑えない笑い

日米密約暴露の民主党が日中密約暴露で窮地に、笑えないお笑い

 岡田克也外務大臣(当時)が日米の密約を開示するときに、さすがに、これはどうかと思った。国家と国家の間の国益というものがあり、その国益において、明かしてはならない内容もある。機密は「機密」であるから価値があるのだ。外交はきれいごとばかりでは済まされない。外交に限らず、政治ことに国政においては、利害の対立を調整することが非常に大きいので、どちらかの立場で全てを解決すれば、差別もしくは反乱暴動が起きる。
 結局その調整能力が最も重要であり、その調整に関して『妥協した』または『少数意見を尊重しない』として反対意見を出すことは異常に楽な作業なのであろう。その部分が官僚が支配しているなどと世迷言を言って「政治主導」ということを前面に出し、民主党政権が崩壊の一途をたどっていることは周知のとおり。
 その中の大きな事件として今回の尖閣の問題があると考えるべき。
 いまさらといっては不謹慎だが、中国人船長を今から再度逮捕して収監するということは不可能に近い。この件に関して、外交上もしくは政府の不信感という意味では意味があるものの、衝突事件そのものその事件固有の解決はできないということになる。
 その事件の解決にかわり、今の政府でよいのか。今の政府の外交姿勢は良いのか。そして、海保職員のビデオ投稿に基づき、政府情報の管理はどうなっているのかということを考えると、なかなか大きな問題になっており、同時に、その一軒に関して「問責決議」が可決しているのにかかわらず閣僚に居座り続ける「モラルハザード」「民意の無視」はひどいものがあります。
 今回は、その「モラルハザード」外交の一端を毎日新聞が独占で報じたものです。
 最近毎日新聞の記事は民主党のスキャンダルや暗部に光を照らす記事が多く、非常に興味深く見ております。


読む政治:その1 仙谷長官、中国に事前通報 尖閣衝突「今日、船長釈放」

 ◇政治判断、国会混迷招く

 「今日、釈放されます」。臨時国会召集を1週間後に控えた9月24日午前、仙谷由人官房長官から在日中国大使館の孔鉉佑公使に電話で連絡が入った。沖縄県・尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に衝突した中国漁船の船長釈放を那覇地検が発表したのは同日午後2時半。釈放決定は首相官邸中枢から中国側に事前通報されていた。
 当時の政府の説明では、仙谷氏は官邸で柳田稔法相(当時)と協議中の午後0時半、法務省から連絡を受けた滝野欣弥官房副長官から検察の釈放判断を知らされたことになっていた。官邸は「検察判断」を強調していたが、実際には周到に仕組まれた政治判断だったことが、複数の関係者の証言から次第に明らかになってきた。
 事件が起きた9月7日、海保を所管する前原誠司国土交通相(当時、現外相)は海保が15分ほどに編集した衝突時のビデオ映像を見て「ただちに逮捕、ただちにビデオも公開すべきだ」と官邸に報告した。中国の反発を警戒する仙谷氏は逮捕に否定的だったが、菅直人首相は前原氏に同調。石垣海上保安部(沖縄県)が8日未明に船長を逮捕した。ビデオについては仙谷氏が「(刑事訴訟法に基づく)証拠品だ」と主張し非公開と決めた。
 転機は19日、那覇地検が請求し、石垣簡裁が認める決定をした船長の10日間の勾留延長だった。検察当局は国内法に基づいて粛々と対応し、仙谷氏もその「建前」を通したが、官邸関係者は「仙谷氏はその瞬間から釈放に動き始めた」と明かす。
 仙谷氏は20日、菅首相と公邸で約3時間協議。内閣改造で外相に横滑りした前原氏、外相から民主党幹事長となった岡田克也氏も約30分間加わった。対中関係の悪化にいら立つ首相は「一刻も早く対応してくれ」と言い残し、国連総会出席のため22日にニューヨークへ出発。しかし、23日には中国からのレアアース(希土類)の対日輸出がストップし、建設会社の邦人4人の身柄が中国河北省で拘束されたことが発覚。状況は緊迫した。
 日本時間の23日深夜、前原氏はニューヨークでクリントン米国務長官と会談し「日米安全保障条約は尖閣諸島に適用される」との発言を引き出した。仙谷氏は首相、前原氏と電話協議し、釈放の環境が整ったと判断。24日未明「近々、釈放する」と少数の関係者に伝えた。首相も日本時間の24日朝、オバマ米大統領との会談で「冷静にやっている。近く解決する見通しだ」と釈放を示唆した。25日未明に処分保留で釈放された船長を中国政府がチャーター機で石垣空港に出迎えた素早い対応の背景には、仙谷氏から中国大使館への事前連絡があった。
 このころ、菅首相は11月に横浜市で開くアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議をいかに成功させるかを強く意識していた。日中外交関係者は「中国側から仙谷氏には『APECに胡錦濤国家主席が来ても、このままでは菅首相との首脳会談はできない』と伝えていた。これが殺し文句だったと聞いた」と振り返る。
 結果として、このタイミングでの釈放判断が「中国の圧力に屈した弱腰外交」との批判を浴び、首相や仙谷氏が「検察の判断」として責任を回避するような発言を繰り返したことが政権批判に拍車をかけた。
 菅首相は臨時国会初日の10月1日の所信表明演説で「政策の国会」「熟議の国会」を掲げ、政策論争を通じて与野党の接点を探ろうとした。しかし、これ以前に菅政権の国会戦略は崩壊への道を転がり始めていた。
 国会は尖閣問題が最大の焦点となり、最後は仙谷氏と、ビデオ流出時の馬淵澄夫国交相の問責決議可決という、予期せぬ展開で今月3日に閉幕した。尖閣事件の政治判断が混迷を招き、菅政権失速の引き金となった。

http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2010/12/06/20101206ddm001010147000c2.html
毎日新聞 2010年12月6日 東京朝刊

 今週の月曜日の「マスコミ批判に関する一考」では「報道しないことに対する自由」ということと「報道しないことに対する責任」ということを対比で論じてみた。自由には必ず責任が伴う。しかし、その内容に関して日本人は「自由」というと責任を感じずに何でもして良いということを考えてしまう。ひと言でいえば「自由と勝手を間違えている人が多い」のが現状だ。
 その中において、今回は国会開催中にこの記事を出さなかったことは別にして、何カ月もたってから記事を出したものでもないので、理解ができる内容ではないか。それも、菅内閣の支持率急落の原因はこれだという感覚で、書いていて、その特集の中に新しい事実関係を入れたのであるから、なかなか面白い内容になっている。
 さて、記事の性質そのものは別にし、上記のように、尖閣の問題は民主党政権そのものに「国家観の欠如」「弱腰(柳腰?)外交」「情報管理の欠如」ということで、様々な政権の欠陥が浮き彫りになった。その政権の欠陥は、そのまま国民の意識を無視し、そして日本国そのものの存亡が問題となるような問題になっているのである。ただ単にAPECの会議のメンツとかそういう問題ではない、もっと大きな日本国としての根本的な問題がここに隠れていることがあった。
 そのことを意識してか、仙谷官房長官は、中国人船長の釈放に関しては「地検が勝手にやった」といっていた。しかし、今回の記事ではそうではないということが明らかになったのである。
 このことで「民主党政権は平気で司法手続きに政治介入をする政権である」ということと「平気で国会において嘘の答弁をする国会議員を官房長官に据えている」ということになる。これは「三権分立の否定」と「国会軽視」ということで非常に大きな問題だ。まさに菅仙石による独裁への道を標榜しているかのごとき大きな問題であり、彼らの政治が「民主主義を否定する」という大きな話であるということを国民は認識しなければならない。また、日本人は、先の総選挙で平気で民主主義を自分たちから捨ててしまったということであろう。民主主義をしてる選択を「政権交代」「自民党はだめだ」の一言でしてしまっているのである。何と恐ろしいことであろうか。国民にそこまでの認識がないというかもしれないが、逆に、そのことは分かっていたにもかかわらずそれでも民主党に投票したことに関する国民の責任は非常に重いのである。
 民主党による三権分立の否定は、あまりにもひどいし、そのことによって外交なども完全におかしなものになっている問いことはかなり大きな問題だ。しかし、これが継続すれば日本が立ち直れない状況にまでなって、完全に国家としてのていをなさなくなってしまう。
 そのようなことになる前に、各マスコミはしっかりとした政権批判を根本原理の部分から行うべきではないのだろうか。

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風雲急を告げる民主党内部対立

風雲急を告げる民主党内部対立

 今日は最近の取材の成果を少し書いてみたい。私もこのような取材をしているということをたまには見せないと、新聞社を名乗っていても正体不明になってしまう。
 さて、最近内閣支持率の急落は非常に大きな問題になっている。もちろん民主党内である。野党各党とマスコミは「予想の範囲」でしかない。しかし、民主党ことに一年生議員などの年次の低い議員は、理想と現実のはざまで苦しんでいる。
 民主党の年次の低い議員の中には、小沢に誘われ、「将来を嘱望」されて国会議員になった人が多い。しかし、実際に議員になったのちに「脱小沢」といわれ、自分たちはいきなり「冷や飯」を食わされた形だ。それでも民主党代表選挙、殊に、今年の夏の代表選挙では票の取り合いになったので一年生議員といえども非常に丁重に扱われた。しかし、その選挙中であっても、選挙区と永田町の間に挟まれて苦悩していた。そのうえ菅直人を支持した人は、当然に現在の支持率の低下の責任の一端や、尖閣問題などの外交の失策などの非難を選挙区で有権者から浴びる結果になってしまっている。小沢を支持した人は、完全に干されて冷や飯を食わされる。なんで民主党の政策はこのように頼りないのか、マニフェストは守らないのか。執行部からの説明はまったくないのに、そのことで選挙区や有権者から説明を求められ、批判される。
 このような状況では、菅直人執行部の指導力や求心力が完全になくなってしまっている。逆に「9月に小沢にしておけばよかった」という後悔の念が出てくる。その前の6月の樽床議員に関しては、そのような待望説が出ないのがなかなか面白いところであるが、実際に小沢待望論は菅首相への失望に反比例して高まってきているのだ。
 しかし、菅首相や仙谷官房長官が素直に「脱小沢」の路線変更をするはずもなく、また、自分たちの政策が悪い、指導力がないと思っていないので、基本的に総辞職も期待できない状態だ。そのような中において、小沢待望論は、逆に民主党破壊(小沢による民主党離党)論になってゆくという感覚がある。またそのようなことを言う永田町の民主党関係者が少なくない。その代表格の内容をまとめたのが、少々長文ではあるが夕刊フジの下記の記事だ。


起訴前「小沢新党」の大勝負 猛女・真紀子も促した!

 大荒れとなった臨時国会は3日で閉幕だが、民主党の小沢一郎元代表(68)が、新党を旗揚げするとの観測が、永田町で急浮上してきた。落ち目の菅直人首相(64)に見切りをつけて国民新党や自民党の一部などと連携し、「保守勢力の結集」を合言葉にキャスチングボートを握ろうというのだ。小沢氏は年明けにも自らの資金管理団体「陸山会」に絡む政治資金規正法違反事件で起訴される可能性が高い。その前にも政治生命をかけた大勝負へと打って出るのか。
 「12月にも小沢氏がグループを率いて新党を結成し、亀井静香国民新党代表(74)や平沼赳夫たちあがれ日本代表(71)、安倍晋三(56)、麻生太郎(70)両元首相らと救国政権を立ち上げる可能性がある」
 「影の宰相」と言われる仙谷由人官房長官らの問責問題で、国会が紛糾していた11月下旬。国民新党の下地幹郎幹事長(49)が自民党の石原伸晃幹事長らに対し、こんな驚きの観測を小声で漏らした。
 小沢氏は最近、中堅・若手の小沢系議員と頻繁に夜会合を重ねている。1日夜には支持グループ「一新会」のメンバー36人と会食。各テーブルに酒をついで回り、「鳩山政権のときも内閣支持率は落ちたが、党の支持率は自民党よりよかった。それが今では自民党よりも悪い」と菅内閣の体たらくを厳しく批判。そのうえで、「党大会が行われる来年1月13日がポイントだ」と意味深な指摘を行った。
 また、「せっかく政権をとったんだ。国民の期待に応えなきゃ。党を割るのはダメだ」と即座の離党や新党は否定したものの、同席した田中真紀子元外相(66)は「小沢先生のような経験豊富な方をもっと活用して、日本のこれからあるべき姿をみんなが力を合わせ築くべきだ」と述べ、小沢氏中心の新勢力の結集を促したのだ。
 実際、小沢氏の新党結成情報については菅政権もピリピリムードでウオッチしており、官邸有力筋の1人は「追い詰められた小沢氏は何をするか分からない。十分に注意しなければいけない」と打ち明ける。
 その小沢新党旗揚げのタイミングとして永田町で指摘されているのは、(1)臨時国会閉会直後の今月中(2)年明けの通常国会召集直前(3)来年3月、2011年度予算案攻防が煮詰まった頃-など。
 小沢氏は9月の党代表選でも、当初「出馬しない」と散々公言しながら、周囲の待望論を受けて出馬を決断するような演出をした。今回も「菅政権の低迷ぶりを口実に周囲の決起論を高め、新党に正当性を持たせる下ごしらえをしている」(永田町事情通)との見方もある。
 ある民主党小沢系議員も「小沢氏が政治生命をつなぐには新党しかない」と指摘する。「菅首相が内閣浮揚策として小沢氏を国会に突き出した上で、起訴と同時に離党勧告に踏み切る可能性がある」とみるからだ。
 確かに、菅首相は2日、小沢氏が「陸山会」を通じ、昨夏の衆院選で小沢系議員ら91人に総額4億4900万円を配ったことに「小沢氏にも、国民に理解できるような説明をしていただきたい」と表明。
 先に小沢氏の政治倫理審査会(政倫審)出席について、議決決着も辞さない構えを示唆していた岡田克也幹事長も同日、小沢氏の資金提供は不適切との認識を示し、小沢包囲網を着々と敷いている。
 菅執行部が具体的な行動に出る前に、一気に政界の主導権を握る。世論が菅政権にレッドカードを突きつけていることを奇貨として、大勝負に出ても不思議ではない。
 菅政権に「郵政改革法案を臨時国会で成立させる」という約束をほごにされた国民新党にとっても、小沢氏中心の新党は渡りに船。平沼氏も、菅首相に媚びる与謝野馨・たちあがれ日本共同代表と離別し、菅首相よりは保守的な小沢一派と協力した方がすっきりする。
 「同党の衆院議員3人が新党に合流すれば、小沢氏が昨夏資金提供した民主党議員のうち、70人前後の参加で、衆院では菅内閣不信任案が可決できる」(民主党中堅)との見方もあるほどだ。
 ただし、小沢新党へのハードルは相当高いのも事実だ。刑事被告人となる可能性が高い小沢氏が前面に出れば、世論はそう簡単についてこない。下地氏が名前を出した安倍氏は周囲に「小沢氏と組むことはない」と断言している。
 自民党内も、「政治とカネ」の問題を抱える小沢氏の政治姿勢や、子ども手当など、小沢氏主導のバラマキ政策に対する拒否感は強い。今は「小沢の力を借りなくとも与党を衆院解散・総選挙に追い込み、真正面から政権交代を目指すべきだ」(自民党幹部)との声が大勢だ。
 菅首相が小沢氏排除の大連立を模索する中、その判断やいかに。

2010年12月03日17時00分 / 提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
http://news.livedoor.com/article/detail/5183261/

 小沢周辺では、すでに「選挙」体制に向けて準備を進めている。この文章を素直に読めば「総選挙が近いと小沢が見ている」ということになる。しかし、必ずしもそうではない。敢えて選挙という単語を鍵カッコでくくったのは、総選挙でない選挙もありうるからだ。要するに、菅直人が総辞職をして民主党代表選挙が再度行われるという可能性だ。小沢にとっては、どちらも選挙であることは間違いがない。
 現在の執行部が支持率が上がった時、それは過去に二回ある。一回は鳩山から後退した時。組閣において樽床議員を国会対策委員長に使ったものの、それ以外の小沢親派を全て閣僚からはずした時だ。「脱小沢」ともてはやされた。二回目は、やはり9月の代表選挙の後、大方の予想では対立候補だから小沢を要職につけるであろうと予想したが「脱小沢」を貫き、やはり一新会から閣僚を出さなかったとき。いずれも「脱小沢」で支持率を回復している。その後の支持率の急落も、考え方、見方によっては、失政ではなく「起訴相当」判断があるのに小沢を放置したために支持率が急落したという見方もできる。そうなれば、小沢事件を表にして、小沢を国会招致、証人喚問に招致する形でスケープゴートにして、支持率の浮揚を考える向きもある。
 小沢側も、当然にそのことを考えている。そうなれば、自分から民主党を離党するか、さもなくば、離党勧告もしくは除名されるのを座して待つかしかない。いずれにせよ、民主党という枠組みで小沢政権はないと考える。そうなれば、小沢は党を割る。
 問題は党を割るときの人数だ。多ければ菅政権は崩壊し、小沢がキャスティングボードを握ることになる。すくなければ小沢の政治的な死を意味する。小沢がそこまでのかけに踏み切れるかははなはだ疑わしい。小沢は元来気の小さい人であるから、政治生命をかける行動を起こすことはまずない。
 そのような動きから、安倍、平沼などの九号と保守新党ということを言うが、今まで小沢のしてきたことを考えれば、それはかなり確率が低い。せいぜい国民新党と与謝野馨がついてくる程度であろう。
 夕刊フジはこのような記事を書いた。実際、民主党でこれらのことが言われていることも事実だ。しかし、このようにならないので、夕刊フジ以外の新聞は掲載しないのである。夕刊紙のタブロイドならではの記事といえよう。
 では、私の取材の成果は。
 小沢はいまだに総理大臣の座を狙っている。ということだ。これはほぼ間違いがない。小沢の狙いを読み取って、周辺を取材すればこのような記事になるであろう。しかし、小沢自身からその言葉を聞くことは難しい。そこで、周辺の取材ということになる。
 この記事は、そのような苦労がにじみ出ている記事だなと理解する。

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マスコミ批判に関する一考(22) 山岡民主党副代表を巡る報道のタイミング

マスコミ批判に関する一考(22) 山岡民主党副代表を巡る報道のタイミング

 マスコミ批判としてこの内容を扱おうと思う。事件は、民主党の副代表である山岡賢次議員の選挙違反の疑惑に関する内容である。事件の詳細は下記の新聞記事を読んでもらえばよいので敢えてここでは繰り返さないが、昨年の総選挙で栃木県真岡市の選挙運動員に対して規定外の運動報酬を支払ったというもの。その支払いも、違法性を認識していたために、敢えて3カ月遅れで支払うというような偽装工作も行っていたのである。法定内の人件費などは認められているものの、公職選挙法では、法定以下の報酬での選挙活動を義務付けられている。法律の是非に関しては賛否両論ある者の、一応、法律上の要請は「貧乏人でも優秀な人は国政に出る権利がある」ということと、「その選挙活動が貧富の差を持って主張の差がついてはいけない」というものである。もともと共産主義、社会主義政党から提案されたものであて、貧富の差がそのまま階級又は職業の差になるのは憲法の職業選択の自由に抵触するという考え方である。個人的には、しっかりした主張の人にはしっかりとした支援者がつくので、極端に貧富の差は起きないと考えているので、この法律自体がおかしいとも思う(その理由だけではないが、公職選挙法によって、かえって優秀な人材が政界を目指さなくなっている例を知っているので)が、一応国会で決めた法律であるのだから、国民はそれを順守する義務があり、必要があれば国会で審議してそれを改める手続きをしなければならない。「悪法といえど法なり」だ。
 もちろん、国会議員は立法府の代議員であるから、当然に「法律の専門家」でなければならない。ましてや公職選挙法や政治資金規正法など政治家に関する固有の法律は、当然に自分の職種に関する法律であるから、一般人よりも熟知してなければならない。その意味でこの山岡賢次議員の選挙違反に関しては厳正に対処されなければならないし、法律によって判断されなければならない。少なくとも「過失」とか「秘書がやった」と言って言い逃れできるものとは違う性質のものである
 その事件に関する記事が下記のものである。マスコミに関する内容は記事の下に記載する。

[山岡・民主副代表]陣営買収疑惑 運動員、領収書にため息

 「ボランティアです」。そう言い張る運動員の主張を崩したのは、選挙運動費用収支報告書に添付された領収書だった。昨年8月の衆院選を巡る山岡賢次・民主党副代表陣営の買収疑惑。当初報酬の授受を否定していた運動員たちは、領収書を前にため息をつきながら受領を認めた。政権交代を実現させた歴史的な国政選挙の裏で、陣営幹部は法の枠を超えてしまったのか。【小林直、太田誠一、渡辺暢】
 陣営が昨年12月1日に提出した第3回報告書。人件費の欄に11人の名前が記載されていた。報酬の受領時に11人が署名、押印したとみられる領収書のコピーも添付されており、これらを手がかりに取材班は、運動員の自宅を訪ねた。
 8月19日、栃木県の民家。女性(Aさん)はけげんそうな表情で、選挙運動への関与を認める一方、報酬の存在を否定した。記者が領収書を差し出すと10秒ほどの沈黙が。そして「言っていいんだか悪いんだか……。(領収書が)出ているんだからそう(報酬)なんでしょうね」と苦笑した。「(仕事は)事務所で電話して……」と続けた。
 翌日、別の民家を訪ねた。女性(Bさん)は「仕事は電話作戦ですか」との質問にうなずいたが「お給料なんて出ません」。「ではこれは誰が書いたんでしょうか」。領収書を示すと動きが止まり、やがて「ああ」とため息を漏らして受領を認めた。
 Aさんは9月の再取材を拒否。しかし10月21日「1日200軒くらいかけた。朝早くから午後8時まで。そりゃー疲れたわ」と初めて電話作戦の概要を明らかにした。栃木県真岡市の選挙事務所の2階に電話約20台があり、約10人が電話作戦をしていたという。
 Bさんは9月15日、再取材に応じた。電話作戦の場所はAさんと同じだが、電話の台数は「10台はあった」。事務所側が作った後援会名簿を使って電話をかけ「山岡先生をお願いします」と繰り返したという。「最初は報酬の約束はなくボランティアのつもりだった。(3カ月後に報酬を受領した際は)最後に出たから『まあうれしいわ』と思った」という。
 2人は報酬を提供した人物の名前について「言えない」と繰り返した。しかし11月4日、Bさん宅を再訪すると、ついに実名を挙げ「秘書。真岡の事務所で受け取った。領収書は秘書に『書いてくれ』と言われた」と明かした。
 山岡氏は小選挙区制が導入された96年以降、4回連続で自民党の佐藤勉氏に敗れ苦杯をなめた(うち3回は比例で復活当選)。国対委員長として臨んだ昨年の衆院選で、佐藤氏を約3万票上回り、初めて栃木4区を制した。
 ◇報酬支払いは3カ月後、摘発逃れか
 疑惑の核心は、山岡氏の陣営が運動員に報酬を支払ったのが、選挙から3カ月もたった時期だったという点にある。警察が選挙違反事件の内偵や捜査を終える時期とほぼ一致しており、「摘発逃れの工作ではないか」との指摘も出ている。
 選挙の対価として金品を授受する買収罪は「選挙に関する贈収賄罪」とも呼ばれ、公選法上最も悪質な実質犯と位置付けられる。電話作戦従事者への報酬の支払いが違法であることは選挙関係者にとっては「イロハのイ」。
 名古屋高裁は73年9月の判決で、1日平均約250人に電話をかけた主婦4人について「多数の有権者に特定の候補者名を告げ直接投票を勧誘するのは選挙運動」と認定し、対価として金品を支払った被告を有罪とした。しかし、法を逸脱した激しい選挙戦が各地で展開され、摘発も相次いでいる。
 衆院選は昨年8月30日に投開票されたが、山岡氏側が運動員に報酬を支払ったのは11月28、29日。他の党主要幹部では、例えば仙谷由人官房長官が公選法上認められる報酬について8月31日、菅直人首相は9月28日までに払っており、山岡氏側はかなり遅い。
 選挙から3カ月が経過すると、各都道府県警は「選挙違反取締本部」の看板を下ろし検挙状況をまとめ警察庁などに報告する。元検察首脳は「それ以降は特別な事情がないと選挙違反は捜査しない。摘発逃れの疑いがあるのではないか」と指摘する。捜査態勢の変化と奇妙に符合する3カ月という支払い遅れについて山岡氏側は説明していない。
 支払われた24万円も少額ではない。最高裁は84年11月、運動員から靴下2足(計2000円相当)を受け取った女性について翌日夫が返したにもかかわらず有罪と判断、罰金刑が確定した。警視庁は今夏の参院選に絡み女性に7万円を渡した疑いで民主党前議員の運動員を逮捕している。
 山岡氏は当時、民主党国対委員長という要職にあり、現在も党副代表を務める。「クリーンな政治」を掲げる菅政権は新たな火種を抱えた形だ。【小林直、太田誠一】
 ◇ことば・選挙運動費用収支報告書
 選挙運動にかかった事務所費、人件費、通信費などの支出、選挙資金として受領した個人、団体、政党からの寄付などの収入を記載した文書。支出を裏付ける領収書のコピーなどを添えて、選挙管理委員会に提出する。有権者側が法定限度額以下で選挙運動を行ったかどうかなどを事後チェックするための制度だが、情報公開請求しなければ閲覧もコピー入手もできない。虚偽記載には禁錮3年以下または罰金50万円以下の罰則がある。投票日から15日以内に1回目の報告書を出し、追加すべき点があれば、2、3回目……と順次報告書を提出する。

2010年12月04日02時44分 / 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/5184225/

 山岡賢次の問題の報道、それも毎日新聞の記事に大きな瑕疵や批判すべき内容はない。私がここで取り上げたのは、この記事からは読み取れない内容である。
 山岡は、一昨年の10月にマスコミをにぎやかにさせた「ネットワークビジネス議員連盟」の会長を行っていた。とくにネットワークビジネスそのものが違法というものではない。そのネットワークビジネスの社会的地位の向上をするということで、議員連盟をつくっていたが、いざマスコミで問題になると、「自分は関係ない」として議員連盟との関係を断るようになったのだ。献金を受け、票をもらっているのにかかわらず、自分の保身になったらそれらの恩を全て無視して反対に動き始める。山岡に関してはそのような不義理な印象しかない。基本的には、ネットワークからも信用を失い、また地元でもあまり人気がなくなったという話を聞く。その人気のなくなった状況は、地元の栃木県真岡市の市長選挙において、前市長が会見を開くという事態になり、その時に、今回のような「選挙違反疑惑」が前市長の口から話されていたのである。しかし、その時は週刊誌の一部が取り上げただけであまり深くその記事を掘り下げなかった。私がマスコミ各社に聞いたところ「所詮栃木県の田舎町の小さな対立で、書く価値がない」という。「山岡議員のことで国政にかかわることのはずだ」と反論すると「政権交代で風に乗っているので、今書くのはどうか」という。これが新聞各社の大きな問題点だ。
 ネットワークビジネス議員連盟に関しては前田雄吉衆議院議員が議員辞職をするといことで幕引きになり、その後に起きた真岡市長選挙に関しては、「地方の問題」として片付けてしまった。その結果毎日新聞の記事にあるとおりに政権交代が行われ、鳩山首相そして菅首相と、民主党政権の外交の施策によって日本は世界中に恥をさらしているのである。もしもこの時に、真岡市長選挙の時に今回のような問題が大きく取り上げられたらどうだったか。政権交代はされたかもしれないが、民主党議員も襟を正したのではないか。少なくともここまで政治とカネや選挙違反に関するスキャンダルはなかったのかもしれない。
 マスコミは、自分のマスコミの独占を狙い、そのことによって「最も効果的な時期に記事を出す」ということを辞めない。もちろんマスコミが株式会社であり営利企業である以上、それは仕方がない部分もある。しかし、その「報道をしなかったこと」によって、ここまで日本の国益が失われるということに関しては、マスコミそのものの考えをしっかりと正さなければならないであろう。今回毎日新聞の記事を挙げたのは、その取材や記事の記載に携わった記者の名前が記載されている。真岡市の取材の時に知り合った毎日新聞の記者がここに名前がないのは、一つ気になるところである。当然に「大金星」を失ったのであり、他の記者に取られた形になるのだから、彼は非常に大きな問題となるであろう。同時に、彼が書かなかったこと、そして「今書くのはどうか」という判断が、日本を大きく狂わせてしまった一因であるという自覚を持つべきではないのか。
 マスコミに「報道しない自由」があることは認める。しかし、日本人は「自由」や「権利」には「責任」や「義務」が付帯していることを忘れがちである。戦後教育では憲法の授業などで「権利」ばかりで「義務」「責任」に関する内容がまったく教育されない。せいぜい「金論」「教育」「納税」の義務という単語がインプットされるだけだ。そのような教育を受けた日本国憲法世代が、「報道しない自由」「言論の自由」を振りかざしても、「報道しなかったことに対する責任」「言論に対する責任」を全うしようとはしない。その部分はマスコミは大きく非難されて仕方がない部分であり、日本の報道体制に最も欠けている部分であると考えられる。
 今回は、マスコミの批判といっても、一つの記事ではなく、昔の記事もしくは取材の現場から、このような読み方もできる、または関連付けて読むことができるという、記事の関連付けからマスコミの批判であった。

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シリーズインターネットと政治と選挙(5) インターネットによる直接の政治参加について一考

シリーズインターネットと政治と選挙(5) インターネットによる直接の政治参加について一考


 前回は直接民主制に関する可能性に関して言及した。
 しかし、その内容はなかなか難しいといわざるを得ない。
 可能性への言及は、インターネットをコミュニケーション手段としてとらえているということだ。
 実際にインターネットはコミュニケーションツールの一つでしかない。
 ネットがひとりでに何かをするというものではない。
 結局は、政治もインターネットも人間が基軸になる。
 人間が完成していなければ、いかにネット上で人気があっても選挙に当選しない。
 また、コミュニケーションがうまくできない人はインターネットを使いこなせない。
 結局のところ、今までの政治と何も変わらないのかもしれない。
 少なくとも政治家といわれる側は、インターネットで業務のファクターが変わるわけではない。
 ツールが変わるのだから、その集団が少し変わるだけということになるのではないだろうか。

 しかし、今までは考えもしなかった直接民主制に関して言及できるようになった。
 これは大きな進歩である。
 今までであれば、直接民主制は、かなり小さな集団でなければならなかった。
 国政ではなく、たとえば学級委員や生徒会長といった小集団でなければならない。
 要するに投票権者が個別に認識でき、不正ができない環境でなければならないと考えられる。
 それに対して、ツールが変わるということは、当然に方法が変わるということだ。
 今までのように紙で投票し、その紙を集計するという方法であれば、できなかったことが、新しいツールでは可能になる可能性がある。
 今までは考えることができなかったことが、できるようになるのが技術の進歩だ。

 では、なぜそれを語ることが可能になったのか。
 インターネットをツールとして考えるのは、誰でもが発信できるということだ。
 要するに「個人」が特定できなくても、少なくとも機械が特定できる。
 機械の起動に個人が特定できれば、当然に個人を特定することが可能だ。
 その個人の特定方法も指紋や手の静脈など、現在でも銀行のATMなどで使われているのである。

 後はその信ぴょう性である。新たな投資をするということは、今まで紙で行っているものよりも進歩していなければならない。
 今までは住所と住民票を基軸に行っていた。

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この時期に中国大使館員とゴルフをする「売国民主党」の外交感

この時期に中国大使館員とゴルフをする「売国民主党」の外交感覚

 現在、中国と日本は非常に微妙な関係だ。
 もともと、日中関係はあまり良好とは言えなかったかもしれない。しかし、鄧小平による改革開放政策以来、日本からの中国投資が順調に伸び、日中の経済連携は非常に強固なものになっていた。しかし、実際に経済の連携の強化と反比例して、政治的には非常に微妙な内容になっている。もともとは、靖国参拝や南京大虐殺といわれる事件を巡る事件(かなり微妙な言いまわしだが、私は南京大虐殺はないと思っているが、それがあったとすることそのものが事件として扱っている)などもある。また、最近では、北朝鮮をめぐる情勢に関する国際対立や、尖閣諸島問題など、政治的には対立が発生しているのである。
 経済で連携が強く、政治で対立しているという『いびつ』な関係が継続している。しかし、政治が悪くなれば、当然に経済にも影響が出てくる。日本では政治と経済が完全に分離しているかのような感覚がうかがえる。しかし、中国は共産主義国家であり、また、中国の企業は全て許可制である。自由な経済活動は基本的にはない。日本であっても「親方日の丸」という単語があるとおりに、政治と経済は連携している。今年の事件の中である中国のレアアースの禁輸やG20首脳会議やAPEC首脳会議で話題になった通貨安競争など、政治と経済は現代社会においては密接に関係がしている。とくに、国際的な取引によって、貿易や金融の関係があればなおさらであるし、禁輸政策や財務政策など特に通貨発行量や国債の発行を考えたり、公共工事投資などを考えれ、経済の世界での政治との関係の強まる内容は非常に強いといわざるを得ない。
 現在このようい政治が緊迫した状態である一方で、経済もその政治の影響を受けて日中関係は混乱している。それだけではなく、交差やエチゼンクラゲなど環境問題も非常に大きな内容になっている。しかし、そのようなときに、中国大使館のメンバーとゴルフをし、そのうえ代金を払わせていたことが明らかになった。それも民主党議員がである。その件に関する記事が下記のものだ。


「民主議員、中国側にゴルフ代立て替えさせた」 週刊新潮報道は本当なのか

「『中国大使館』にゴルフ代を立て替えさせた 4人の民主党代議士」――こんな見出しで週刊誌が4人の実名を出して報じた。日中間で尖閣諸島問題などの懸案が浮上する中、もし与党議員が中国側から「ゴルフ代をおごってもらった」とすれば、その見識が疑われそうだが、果たして真相はどうなのか。記事に登場する4議員に質問してみた。
   この記事を掲載したのは、首都圏などでは2010年12月2日発売の週刊新潮(12月9日号)だ。民主党の山岡賢次・党副代表と笠浩史・文部科学政務官、長島昭久・衆院外務委員会筆頭理事、太田和美衆院議員の4人の名前を見出しにもとって報じている。
「約24万円を中国大使館秘書官が一括支払い」
   新潮記事の前半の概要はこうだ。11月28日、栃木県内の老舗ゴルフクラブで、上記4議員と駐日中国大使館の程永華大使らが3組に分かれゴルフをした。その後、クラブハウスで懇親会が開催されお開きになった。計9人分のプレー代や飲食費は「合計約24万円」で、この料金を中国大使館の秘書官が一括して支払った――
   記事の前文では、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件などで日本人の対中感情は悪化する一方だと指摘した上で、「そんな折、中国大使館の甘い誘いに易々と乗り、和気藹藹とゴルフに興じる民主党議員がいた」と批判した。「さらに、プレー代も中国側に立て替え払いさせる始末」とも書き、「危機意識の欠如、もはや政権与党失格である」と切り捨てている。
   民主党4議員が中国大使館関係者とゴルフや懇親会をしたこと自体は、記事中では「ここまでは問題なかろう。最近冷え切っている日中関係修復を目的とした大義名分もある」と容認している。一方、「中国側による一括支払い」については、「各自が個別精算するのが一般的で、一括精算は稀」と指摘し、「奢られたのでないとすれば、中国大使館がまとめて支払ったことは不可解としか言いようがない」と疑問を呈している。
   記事後段では、尖閣問題などで揺れる今の時期に中国大使とゴルフすること自体を問題視する識者コメントや山岡議員ら3議員の回答も載っている。中国側が当日一括で払ったことは認めた上で、山岡議員は「当日(11月)28日のうちに、各議員は個人のプレー代を精算しました」、笠議員と長島議員は、翌29日午前に「山岡事務所に」約2万2800円を払ったと答えている。しかし、新潮記事は、支払日に関する証言に「食い違い」のあることや、山岡事務所が中国大使館に支払いをしたのかどうかは「不明のまま」と指摘している。
2議員は「29日午前に払った」、2議員は無回答・ノーコメント
   さらに、「新潮社から取材されたため、慌てて山岡さんがお金を集めた、と疑われても仕方ありませんね」という政治ジャーナリストの見解を紹介し、「結局、手練手管の中国の掌でいいように転がされているだけである」と結んでいる。
   記事に出てくる民主4議員と駐日中国大使館へ新潮記事は事実なのか、質問のファクスを送った。
   山岡議員からは回答期限までに回答がなかった。
   笠議員は文書で答えた。支払いについては、「2万2880円、(プレー翌日の)29日午前に山岡事務所を通じて中国大使館に支払う」。また、「今回、ご案内を頂いた時から『プレー代は自己負担とし、中国大使館が一括支払い後に請求される』ことになっていた。接待ゴルフということではない」とも説明した。
  長島議員は電話で、ゴルフ会は中国側の主催で山岡議員を通じて話があったと説明し、料金支払いについては「29日の午前、プレーフィーとして2万2880円を山岡議員に直接渡した」と話した。中国側が一旦一括で支払い、その後プレー代を払うことは「はじめからそういう段取りだった」。新潮側から取材を受けたのは、29日午後だったという。懇親会については、軽いアルコールやおつまみ程度だったとしている。新潮記事については、「見出しがミスリーディングだ。非常に遺憾だ」との見方を示した。
   太田議員の事務所は「議員本人の意向を踏まえ、コメントは差し控えたい」と回答した。
   駐日中国大使館には午前中から電話を何度もかけたが担当者が出ず、16時すぎにようやく電話が通じた。質問ファクスを送ったが、19時現在で回答は来ていない。結局、「窓口役」の山岡議員側と大使館側との間で、プレー代の受け渡しがあったのかどうかはよく分からなかった。
   ちなみにゴルフ代などの金額が新潮記事のように「約24万円」で、懇親会参加者もゴルフプレー者と同じ9人と仮定すると、単純計算した1人分の料金は約2万6670円になる。ただ、懇親会には9人以外の関係者も参加した可能性がある。

2010年12月02日20時41分 / 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5181074/

 本日(4日土曜日)放送の、チャンネル桜の討論の中で、ジャーナリストの山村明義氏がこの件に関して取り上げている。「緊迫する東アジア軍事情勢、どうする日本」という内容の討論に私も出演させていただいたのであるが、その冒頭で山村氏が、「自覚のない行為」として、この内容を発表している。
 実際に、この討論会の中では、長島昭久議員が「自覚のない行為」として反省していたということであり、討論会の中では「自覚がないと気付いただけでも他の三人の議員より良いのではないか」ということになっている。しかし、そもそもこの微妙な時期に、全てプレーフィーを自分で払っていたとしても、疑われる状態であるのにかかわらず「後から払うようにしていた」などと言っても疑惑は深まるばかりだ。
 そもそも、民主党の議員には「自分が公人である」という自覚はないのかと思ってしまう。これでは話にならない。今週は中井前国家公安委員長の秋篠宮殿下に対する暴言もあったが、いずれも「国民の模範となる」とか「公人であるということの自覚」がまったくないといわざるを得ない。当然に中国側は、これを行うことによって、何らかの事をしてくるであろうし、「山岡はこういった」「長島はゴルフの時にこのような発言をした」などの事を言う場合も考えられる。それでも、反論できる余地はないのだ。中国人のしたたかさと、民主党議員の公人としての自覚の欠如や、話にならないほどの外交センスの欠如は、日本を不幸のどん底に落とすのではないか。
 同じ討論会で私は「どうする日本」と言われたときに「このままでは『あきらめる』しかない」と発言している。まさに、そんな感じではないか。今や「菅」「仙谷」「小沢」というのではなく、民主党全体が日本の癌になっている。手遅れにならないうちに取り除かなければならない存在ではないのか。

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チャンネル桜討論 ラジオ日本ラジオ時事対談が同じテーマ

チャンネル桜討論 ラジオ日本ラジオ時事対談が同じテーマ

 昨日は、チャンネル桜のとラジオ日本のラジオ時事対談の両方収録があった。いずれも緊迫する東アジア情勢ということでの討論であった。


 進行フォーマット  第58回目

T M   CI   ~    BGM
タイト  「ラジオ時事対談」この番組は ~ の提供でお送り致します。
前CM   CI   ~    FO
有 泉   みなさんこんばんは。有泉孝です。
川崎谷   みなさんこんばんは。川崎谷桐子です。
今日は「朝鮮半島の情勢」についてお送りしていきます。
お話しは、国会新聞社 編集次長の宇田川敬介さん、司会進行、有泉孝でお送りします。
有 泉   宇田川さんよろしくお願いします。
1.    北朝鮮による韓国 延坪島(ヨンピョン)への砲撃事件について
今回の砲撃事件のあらましについて
北朝鮮の情勢について
韓国の動きについて
米国の動きについて
中国の動きについて
日本の動きについて
国連の動きについて
川崎谷   ここで、CMとコーナーが入ります。
2.    北朝鮮はどのような国か
テロ支援国家
金王朝について
後継者について
北朝鮮は崩壊する可能性があるのか
3.    日本政府の対応について
朝鮮有事が起こった場合について
日本はどのような対応をしなければなならないか
川崎谷   今日はゲストに、国会新聞社 編集次長の宇田川敬介さんと一緒に番組をお送りいたしました。
有 泉   宇田川さんありがとうございました。


番組名:
「闘論!倒論!討論!2010 日本よ、今...」
テーマ:「緊迫する東アジア軍事情勢!どうする日本」
収録日時:平成22年12月2日(木曜日)14:30~18:00
(番組は3時間番組です。途中休憩が入ります)
※10分程前までにお越しいただければ幸いです。
放送予定日:
平成22年12月4日(土曜日)20:00-23:00
日本文化チャンネル桜(スカパー!217チャンネル)
インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/)

パネリスト:(50音順敬称略)
潮 匡人(評論家)
宇田川敬介(国会新聞社編集次長・ジャーナリスト)
高 永喆(拓殖大学国際開発研究所客員研究員)
佐藤 守(元空将)
富坂 聰(ジャーナリスト)
福山 隆(元陸将)
山村明義(ジャーナリスト)
渡邉哲也(作家・経済評論家)
司 会:
水島 総(日本文化チャンネル桜 代表)

 このようなラジオの進行表をそのまま出してしまうことはないと思うが、まあまあ、番組の宣伝も兼ねて出してしまおう。なお、ラジオの番組に関して、この信仰とは全く関係のない、違う信仰いなっているので、興味のある人はぜひ聴いていただきたい。ラジオ日本で12月3日深夜1時よりの放送である。
 一方下に入れたのは、チャンネル桜の討論の出演依頼票である。12月4日の午後8時からスカイパーフェクトTVもしくはSo-TVで放送予定である。

 いずれも現在の緊迫する東アジア情勢についての話が出てきている。まさに「緊迫している」状況であることは間違いがない。しかし、この文章を作っている表参道のマクドナルドでは、隣国で一触即発の戦争の危機にあることや、東アジア全体が、危機的な状況にあるとは思えない「平和」な状況にあると思う。
 昨日のテレビでも、ワイドショーのトップニュースでは「市川海老蔵の暴行事件」であり、夕刊タブロイド紙の内容もすべてその状況にある。これでは大きな問題だ。「海老蔵の暴行事件」も大きなニュースであるし平時であれば、面白いニュースなのかもしれない。しかし緊迫する情勢で日本も被害があるかもしれない状況において、芸能ネタがトップニュースというのはいかがなものであろうか。マスコミの見識が疑われる。
 逆に緊迫する東アジア情勢について、しっかりと討論する番組が少ないのには驚きだ。今回は討論内容は別にして、この東アジア情勢に関して、と思ったが、それよりもチャンネル桜の討論の題名の後ろ「どうする日本」の部分をここに書いておきたい。上記の切り抜きが思った以上に長かったので、少しも字数の調整の意味で簡単な方をここに書いておく。
 「どうする日本」で私は討論番組の中では「あきらめろ日本」と発言している。基本的に、日本人を護るはずの日本政府が何もしないのでは、自己責任しかない。しかし、日本国と日本人の信用が民主党政権の外交の失敗で失墜していては、諸外国で日本人が守ってもらえるという期待は薄い。結局のところ、在外邦人に関しては自分で自分の身を守るしかない。
 では、日本政府は何をするべきか。各国と仲良くして情報をもらわなければならない。しかし、どうやれば各国と仲良くしてもらえるのか。
 日本は日本の立場を十分に主張しそして相手を理解し尊重することが最も外交の場では尊重される。現在民主党政権が外交で完全に失政で嫌われているのだから、それをすればよい。まず日本としての立場を主張するには、日本で国家観を持たなければならない。日本の国家観と将来像がしっかりしていれば、その内容に合わせて、必要十分の政策を主張する。そして、他国と権益がぶつかるところでも自分の国の主著があり、他国の主張を理解することによって、はじめて真の解決ができる。ただおもねったり売国的な態度を外交で示しても、相手からの信用を得ることはない。
 要するに、日本は「謙譲の精神」とかではなく、自己主張をしっかりとしなければならない。そのためには、まず「国家像」「将来像」をしっかりと得ること。次に、それを国際社会で具体的に主張すること。そして、相手の主張を聞いて調整すること。その背景にある各国の事情を知ること。自分を知り、そして相手を知った上で恒久的に不満の残らない調整をしなければならない。逆に日本が我慢ばかりしなければならない状態になれば、日本国民が暴発し、結局外国から警戒される。それくらいの将来の予想がなくて、外交などをしても相手にされるはずがない。
 民主党は、基本的に国家像もなく、同時に、自己主張ができることもない。私の「民主党の闇」という本で「批判政党」と書いているが、まさに誰かがしたことを批判するしかできない。それが、政権奪取後も「自民党が…」と言っていた。いまだにその内容が変わらない。これでは外交がしっかりと行くはずもないし、東アジアの緊迫した状態で信用して情報が入ってくることもない。
 国家を背負っている。1億2千万人の命と運命を握っているという自覚がなく、党利党略もしくは私利私欲で政治をもてあそぶならば、すぐに政権を降りるべきであろう。逆にそのような政党が政権を握っている間は「あきらめる」しかない。

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宇宙戦艦ヤマトに関する雑感

宇宙戦艦ヤマトに関する雑感

 毎日政治に関するネタを行っていると、どうしてもたまに政治ではないネタをしたくなる。アクセス数もその日は格段に落ちてゆくから面白い。皆さんが私の政治に関する文章を期待していることもそのサクセス数から良くわかるのであるが、残念ながら、私はそこまでまじめな人間ではない。週に1回くらいは、何か違うネタをしたくなってしまう。今までは経済のネタでなんとなくごまかしていたが、自分に嘘をつくというのは難しい。私の場合、どうしても砕けた方向に行ってしまうのだ。
 その中で、製作発表があった時から、このネタは12月1日になったらやろうと決めていたネタが「宇宙戦艦ヤマト」である。国会における天皇陛下への暴言や不敬で一日ずれてしまったが、それでも、要するにタイミングを外しても宇宙戦艦ヤマトに関して書きたい。
 私とと宇宙戦艦大和との出会いは、幼稚園の頃、当時の親友(今どうしているかなあ?)I君が「宇宙戦艦ヤマトって知っている。すごいんだぜ。船が空飛ぶんだぜ」といった。あまりの衝撃で、幼稚園の休み時間に砂場で船をつくっていたが、それを空に飛ばそうとして砂が手からこぼれたのを思い出す。
 その日、当然ヤマトを見た。その日が初回であった。I君は、前の番組の「来週から…」という予告を見たに違いない。衝撃的だった。水がなくなった赤くなった地球は、幼稚園の子供にもかなり衝撃であった。そして、(初回ではなかったかもしれないが)実際の日本の戦艦大和の沈没シーン。漁船に乗った親子が多分瀬戸内海でヤマトを見送るシーン。「良く見ておけ、あれが男の船だ」というセリフは、幼稚園の頃の私の中に響いた。その後、数多くの艦載機に攻撃されて戦艦大和が沈む。その時に環境にいる司令官が、自分の体が浮かないように火事に自分の体をくくりつけて船と一緒に沈んでゆく。それまで、仮面ライダーやゴレンジャー、あとはヤッターマン(タイムボカンだったかな)を見ていた私は、食い入るように見た。その初回で私は宇宙戦艦ヤマトと本物の戦艦大和に魅入られたのである。
 今から考えると、私の歴史好き、そして、私の「右寄り思考」の原点は、宇宙戦艦大和かもしれない。私は父に「ヤマトって本当にあったの」と聞いた。父は「空飛ぶヤマトはなかったけど、昔世界で最も強い戦艦大和はあった」といって、そのまま大和のプラモデルを買いに行った。今から考えると、この宇宙戦艦ヤマト「男の船だ」のひと言が、私の右寄り思想の原点なのかもしれない。何しろ幼稚園の頃だ。思想とかイデオロギーとか全く関係ない。とにかく漁民を(これが平和に暮らす日本国民の象徴であったのだと思う)守るために、世界最強の戦艦大和が命を賭けて沈んでゆく。この姿に日本とか国家とか、そのようなことは全く関係なく、ただ単純に「カッコイイ」と感じていたのだと思う。
 その後は、元来凝り性であった私は、「ヤマト」を見ながら「大和」について学んでいた。当時は、小学生でもわかるような太平洋戦争の軍艦の写真を載せた本がまだあった。漢字の読めない小学生であった私は、いつの間にか形で船を覚えていった。
 そんな感慨深い「宇宙戦艦ヤマト」が実写版で行われるという。


木村拓哉、巨大ヤマトと“再会”果たし感無量!「気持ちが高ぶっている」

 木村拓哉が28日、東京・赤坂サカスで行われた主演映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』の公開カウントダウンイベントにサプライズ登場し、会場に集まったファン8,500人を熱狂させた。木村は、同所に展示されている全長15メートルの巨大ヤマトと“再会”を果たし、「やっぱりものすごい迫力ですね」と大興奮だった。
 全長100メートルのレッドカーペットを颯爽(さっそう)と歩き、ステージに登壇した木村は「スタート時点からすごい作品に参加しているんだと感じていたが、今は改めて気持ちが高ぶっている。早く皆さんに観ていただきたくて、しょうがないですね。ぜひヤマトに乗船してほしい」と感無量の面持ち。前日放送された特別番組で、本作に感動した少年が泣きながら「ヤマトに乗りたい」と訴える姿を見たといい「本当にやって良かった」と感動した表情だった。木村自身も子どものころ、初めて観た映画が「宇宙戦艦ヤマト」の劇場版だっただけに、感慨もひとしおだったのではないだろうか。
 イベントに同席した山崎貴監督も「公開まであと3日。本当にドキドキしますね」と猛アピール。自身が手掛けたVFX映像には「かっこいいです」と胸を張った。
 現在、赤坂サカスには映画の設定では全長533メートル60センチの「ヤマト」を、全長15メートルの大きさで再現。映画のCGデータを元に、映画の中とまったく同じデザインのヤマトが展示中だ(12月4日まで)。この日はアニメ版の主題歌を歌うささきいさおのスペシャルライブも行われ、間近に迫った実写版「ヤマト」の船出を盛り上げた。
 『SPACE BATTLESHIP ヤマト』は宇宙からやって来た敵・ガミラスの襲来によって、人類の大半が死滅し、地球が放射能で汚染された22世紀末を舞台に、古代進(木村)ら宇宙戦艦ヤマトの乗組員たちが、地球からはるか彼方のイスカンダル星を目指す冒険と戦いを壮大なスケールで描く。

映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』は12月1日から全国公開

2010年11月28日(日)15時29分配信 シネマトゥデイ
http://news.nifty.com/cs/entame/moviedetail/cnmtoday-N0028643/1.htm

 今は渋い俳優として名をはせている伊武雅刀さんのデスラー総統の「フフフフフフ、ヤマトの諸君」というセリフは、なかなか印象に残る。なぜ突然デスラー総統を出したか。デスラーと古代進は、最終的には好敵手としてお互いを理解しながらお互いに戦うことになる。なぜ、この二人は「好敵手」たりえたのか。単純に「愛国心(愛星心)」があったからではないのか。双方とも、自分の国(星)のために戦い、自分が生き残るために全力を尽くして死闘を演じた。その根本には、様々な思いがあったと思う。しかし、二人とも「自分の星を護りたい」という心がその行動を突き動かしたのではなかったか。
 先日、中国のさる指導者に電話で尖閣諸島問題を取材した時に「愛国は売国より強い」という言葉を聞いたが、まさにお互いに「自分の国を護る」という純粋な心がある者通しならば、敵としても、わかりあえる部分があるということを私はこの「好敵手」という単語とデスラーと古代の描写から学んだ。戦った後、荒廃し焼け野原になった「ガミラス星」をみて、古代は「われわれがしなければならなかった事は、戦うことではなく、愛し合うことだった」というセリフを言う。お互いに、自分の星の人々を、愛する人々を護ろうと死闘を繰り広げた相手であるから、その言葉はグッと来るものがある。騙し打ちをしたり、裏切ったり、売国行為をしたりという「正々堂々とした戦い方をしなかった」人にはわからない内容ではないか。また、そのような心があるから、生き残った者は「死んだ人の分まで精いっぱい立派に生きよう」と考えるし、より一層「星(国)のため」と思うのではないだろうか。
 今の日本の政治家は、まず宇宙戦艦ヤマトを見て感想文でも書いてもらいたい気分だ。このような感覚や好敵手という感覚があるならば、民主党のように、公約を破っても平気、その場限りの発言、見栄と利権だけの政治、相手を理解しない振る舞い、そして昨日ブログで書いた不敬またはモラルハザードなどはないと考える。幼稚園や小学生であった私が理解できたことが、還暦を過ぎた彼らが分からない、または恥ずかしいとは思わないということ自体、政治家としての資質、指導者としての資格を完全に喪失しているのかもしれない。首相や官房長官といった国家の指導者が、今から30年前の小学生以下の感覚しか持ち合わせていないというのは、日本人にとって不幸なことなのかもしれない。
 ヤマトについては、まだまだ言いたいことはたくさんある。四〇過ぎたオッサンがこんなことをいうのも奇異なことかもしれないが、私の思想の原点は、このような幼児体験にあるのかもしれない。逆に教育の重要性も色々と考える部分もある。アニメの方は非常に古い絵でかもしれないが、しかし、やはり世界で初めて船を空に飛ばしたアニメであり、その日本の発想力は素晴らしいといえるし、また、上記のようなセリフ一つ一つが、今から考えても、様々な感慨や愛国心ということを考えさせてくれる。たかがアニメされどアニメだ。そして、日本が誇る文化なのかもしれない。もちろん、子供用のギャグ漫画なども楽しい。最近では「萌えキャラ」のアニメも流行しているようだ。しかし、何か教訓をしっかりと学べるような、自然にそのようなことを感じるような、そんなアニメを、日本はもっと強く発信してゆくべきと思うし、そのような文化発信を通して、教育や愛国心、道徳のあり方から、「戦争」や「平和」などをしっかりと学べるようにしてもらいたい。悲惨さだけでなく、古代とデスラーのように「戦いを通して生まれる友情」もあるのだから。

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議会開設120年記念式典と国会議員のモラル

議会開設120年記念式典と国会議員のモラル

 29日、参議院本会議場にて、天皇皇后両陛下、秋篠宮殿下妃殿下をお迎えし、議会開設120年記念式典が午前11時より開催された。各国の大使を含む外交官も迎え、また、衆参両議員が参集し、儀式かが執り行われた。
 今日は、前に様々な能書きを書くよりも、まず、記事を読んでいただこう。


議会開設120年記念式典 両陛下ご臨席

 明治23年の帝国議会開設から120年を迎えた29日午前、衆参両院は、天皇、皇后両陛下と秋篠宮ご夫妻をお迎えして、参院本会議場で「議会開設120年記念式典」を開いた。
 天皇陛下は「現下の内外の諸情勢に思いを致すとき、国会が、国権の最高機関として、国の繁栄と世界の平和のため果たすべき責務は、いよいよ重きを加えていると思います。ここに、関係者一同が、先人の努力をしのぶとともに、決意を新たにして、国民の信頼と期待にこたえることを切に希望します」と、お言葉を述べられた。
 式典では国歌が吹奏された。衆院の横路孝弘、参院の西岡武夫の両議長と菅直人首相、竹崎博允最高裁長官の三権の長も出席。横路、西岡の両議長は式辞で「わが国の繁栄と世界平和の実現に努め、国民の信頼と期待に応える」などと決意を強調した。首相は「民主主義政治は、議会政治の発展に導かれて確立された。先輩各位の献身に、深甚なる敬意と心からの謝意を表する」と祝辞を述べた。
 第1回帝国議会の開院式は、明治23年11月29日に開催された。共産党は「帝国議会と国会の歴史を厳格に区別していない」として式典を欠席した。
 ■天皇陛下のお言葉
 議会開設120年記念式典に臨み、皆さんと一堂に会することを誠に喜ばしく思います。
 わが国の議会は、明治23年、大日本帝国憲法の下で開会された第1回帝国議会に始まり、中断されることなく、戦後は、日本国憲法により設立された国会に引き継がれ、今日に至っています。この間、昭和21年に実施された帝国議会最後の総選挙において、初めて女性議員が選出され、また、新しい国会の開設に当たり、貴族院は廃され、参議院が設立されました。今や、第1回国会の召集以来63年がたち、国会の時代は、57年にわたった帝国議会の時代を超えるものとなりました。さまざまな時代を経たこの長い歳月を顧みるとき、議会が、わが国における議会政治の確立に努め、国の発展と国民生活の安定向上に力を尽くしてきたことに深い感慨を覚えます。
 現下の内外の諸情勢に思いを致すとき、国会が、国権の最高機関として、国の繁栄と世界の平和のため果たすべき責務は、いよいよ重きを加えていると思います。
 ここに、関係者一同が、先人の努力をしのぶとともに、決意を新たにして、国民の信頼と期待にこたえることを切に希望します。

産経新聞 11月29日(月)12時3分配信
http://headlines.yahoo.両陛下ご臨席の式典で携帯の着信音 自民の逢沢氏失態


両陛下ご臨席の式典で携帯の着信音 自民の逢沢氏失態

 天皇皇后両陛下ご臨席のもと、参院本会議場で厳粛に進んでいた29日午前、議会開設120年記念式典の最中、自民党の逢沢一郎国会対策委員長(56)の携帯電話の着信音が鳴り響く失態があった。
 着信音が鳴ったのは、竹崎博允最高裁長官が式辞を読み上げていたときだった。逢沢氏は国会内で、式典の直前まで取材に応じていたが、議場に入る際に携帯電話の電源を切り忘れた。
 式典に出席したある民主党参院幹部は「自民党の議員が『どこの党だか知らないが、携帯が鳴ったやつは登院停止だ』と怒っていたが、まさか逢沢さんだったとは…」とあきれた様子。別の民主党女性議員は「逢沢さんは、お疲れになっているのかしら」と皮肉った。

産経新聞 11月29日(月)17時46分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101129-00000583-san-polco.jp/hl?a=20101129-00000539-san-soci


非礼の極み 民主・中井前国家公安委員長が秋篠宮ご夫妻に不平…「早く座れよ」 議会開設120年記念式典

 11月29日の議会開設120年記念式典で、民主党の中井洽前国家公安委員長が、来賓の秋篠宮ご夫妻が天皇、皇后両陛下のご入場まで起立されたのを見て「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と不平を漏らしていたことが30日、分かった。自民党は「懲罰の対象になりうる著しく品を欠く発言だ」と問題視している。西岡武夫参院議長も事実関係を調査する意向を示した。
 複数の国会議員によると、秋篠宮ご夫妻は式典会場の参院本会議場に入られ、天皇、皇后両陛下のご入場まで約5分間起立して待たれた。国会議員も立っていたところ、中井氏は1分半ほどで「早く座れよ」などとぼやき始めた。それほど大声ではなかったが、議場は静まっており、周囲に響き渡ったという。
 みんなの党の桜内文城参院議員は30日にブログで「想像を絶することが起こった。これでは国会崩壊だ。1人の国民として今回の野次は決して許すことはできない」と批判した。
 中井氏は30日、産経新聞の取材に「『早く座らないとだれも座れないよ』と言ったかもしれないが、秋篠宮さまに向けて言うはずがない。副議長らに言った」と釈明した。

2010.11.30 21:09 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101130/plc1011302110030-n1.htm

 まず、逢沢一郎議員。申し訳ないが不敬であるという批判を免れることはできないであろう。私が民主党に同調することは少ないが、この新聞記事における民主党議員の批判はある意味で理解できる。携帯電話というのは、どこでも・いつでも連絡の取れる非常に便利な機械である。しかし、この「どこでも・いつでも」というのが曲者だ。今回のように、携帯電話の取り扱いに関するマナーというのは、使用者が十分に考えなければならない。ましてや儀式のときなどは非常に注意しなければならないのではないか。ましてや、天皇陛下のご臨席の儀式において携帯電話が鳴りだすというのは、さすがに「不注意」では済まされない。もちろん戦前ならば不敬罪ということになる。逢沢議員には「戦後でよかったですね」という皮肉が最も多くいってしまう。しかし、これは逢沢議員に限った問題ではなく、他の国会議員にも言える子どえ、本会議中にあるいは委員会審議中に携帯電話で遊んでいたり、民主党原口前総務大臣がツイッターの書き込みで審議に遅れるという事件もあった。これら、議会運営や儀式と個人のモラルの問題というのが当然のところであろう。
 もっとひどいのが中井前国家公安委員長。逢沢議員の場合は、まだ「過失」で済むかもしれない。しかし、野次を飛ばすという行為は「故意」意外に考えられない。「秋篠宮さまに向け得言うはずがない」というような言い訳が通用するわけではない。そもそも天皇陛下皇后陛下、そして秋篠宮殿下妃殿下を迎えた「儀式」で野次を飛ばす行為自体がモラルのなさを物語っている。審議や会議ではない。「儀式」だ。通常の国会ではない。その中には、各国の大使など外交官も含まれている。中井前国家公安委員長は、全世界に「儀式で野次を飛ばす前大臣」として、日本の信用とモラルを完全に貶めた。もしも逢沢議員が不敬罪であるならば、中井前国家公安委員長は「国恥罪」である。完全に国会の威信を貶めた。もちろん「不敬時」であることにまったく変わりはない。単純に不敬を働いたというだけではなく、国をおかしくしたということである。民主党は、このような人を閣僚にした政党である。菅直人の日の丸への不敬や君が代斉唱をしなかったことも、なんとなくこのような閣僚がいるということから想像がつく。
 このほかにも、天皇家の前で赤い服の議員が複数いたことも、問題だとする意見がある。前に書いたが、両院記者会には昭和一桁の人が少なくない。戦後の「レッドパージ」や戦前の「共産党弾圧」をリアルタイムで知っている人が少なくない。今回の儀式でも「この天皇陛下が生まれた時のちょうちん行列を思い出す」とか、「今言っていた帝国議会の最終回も通常国会の第一回もここで体験した」などの話を聞く。その人々が「天皇の前に、日の丸の赤以外のを身につけている人がいるとは…」といっている。赤が表す意味などを考えれば、ファッションという単語で済まされる問題ではない。儀式は、当然に歴した伝統から行われるものである。当然に赤という色の象徴性や、天皇家の歴史、国会の歴史をしっかりを学んでから「何が不失礼(不敬)当たるか」というマナーを学ぶ最低限のことが必要ではないのか。
 国会議員という、国家の指導者的立場の人がこれだけ不敬である。失礼である。マナーがない。国家そのものが「モラルハザード」になってしまっているのではないか。国会の儀式に参加した外交官がどのような報告を本国にしているのか。国家を売れいているのは私だけだろうか。

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