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宇田川版憲法草案私案、新憲法の考え方 1 ゴールデンウィークの始まりは天長節

宇田川版憲法草案私案、新憲法の考え方
1 ゴールデンウィークの始まりは天長節

  今日から世の中はゴールデンウィークである。要するに大型連休であり、多くの人が憲法上の勤労の義務から逃れられる一週間である。私も、この連休は休みをいただきたいと考えている。また、連休というのは、政治等が動かないので、連休中にニュースなどが書けない部分はある。今年の場合は、震災などによって様々な動きや社会面的な記事は少なくないと思われるが、それらに関してもを同じような内容になってしまうので、あまり書きたいとは思わない。
  昔、と言っても江戸時代、多分元禄時代くらいからと考えられるが、「盆と暮れ」は奉公人の休みの代表格となった。この「盆と暮れ」は、丁稚奉公などの奉公人が御暇を出されて、田舎や実家に帰って墓参りまたは親孝行を行うという風習があった。普段の厳しい仕事の毎日と違い、久しぶりに見る親兄弟の顔、そして毎日休みがとれる喜びは格別のものであったろう。それによって休みは楽しいものという発想になったのである。喜ばしいことが訪れたときの表現として「盆と暮れが一緒に来たようだ」というような表現がされるときがあるが、まさに時間的な問題ではなく「喜び」の代名詞に世間的な大型休日に関する内容を入れたものだ。逆に言えば、「盆」、「暮れ」などの休みは、物事が動かない、。休みであって、休みの人が戻ってきても、休みを取る前と同じ状態にあると言うのが大前提に存在するのである。
  それがゴールデンウィークである。その意味で「盆」「暮れ」以外に「黄金週間」という休みの形態ができた。これは、特に中国のメーデーを模したものではない。たまたま日本の休日の体系がこの時期に重なったことによるものである。
  4月29日は昭和の時代は天皇誕生日である。今は昭和の日という休日になっている。戦前は、この休みのことを「天長節」といった。5月3日は憲法記念日である。これは憲法が施行された日を記念として休みにしている。なえ、5月3日が憲法記念日かと言えば、11月3日の文化の日、戦前は「明治節」と言われた明治天皇の誕生日に、日本国憲法が交付され、その日に昭和天皇による憲法発布の勅語が出されている。その半年後に思考されるとなっていたために、5月3日に新憲法が思考されたのである。5月5日は「こどもの日」となっているが、基本的には「端午の節句」要するに男の子のお祭りである。日本は当然に男系社会を形成していたので、戦前より男の子こそ家を残す系譜として存在が規定されていた。このために、男の子のことをそのまま「子供」とし、将来の家長の背長を祝うと言う意味に捉えていたのである。基本的に、戦後65年たった今、女の子の祭りである桃の節句、ひなまつりに当たる3月3日を休日にすべきと言う話はあまり大きな声で言われないのであるが、男女平等を声高に言う人は、この祭りの存在をどう考えているのであろうか。5月3日と5月5日の間、5月4日は、私の子供のころは休みではなかったが、大人になってから「国民の休日」として、働きすぎの日本人に連休を作らせる目的から、休日の間の平日は強引に休日になると言う法律ができたために、なぜか急に休みになった。まあ、休みが増えるのはよいことだから、あまりここで引っかかるのはやめておこう。
  さて、このゴールデンウィークという横文字で示された大型連休も、このように紐解いてみると、なんとも「皇室」とのつながりの強いことか。戦前は祝日と祭日がしっかりと別れていた。祝日とは建国や独立などの歴史的出来事に由来する休日のことを言う。当然に、国民が国家全体の発展と子々孫々までの発展を考えて、国民全体が「国家」の歴史的な出来事に対してお祝いをする日である。一方で祭日は慣習的に休日としていた宗教上または慣習上の休みの日のことを言う。「国家」と関係がる場合と関係がない場合があるが、国民の慣習で休みになる場合だ。
  日本の場合、祝日は国家もしくは皇室の記念日を国民全体で祝うべき日を祝日としている。その祝日そのものには必ず意味があり、その意味を考え合わせながら、日本という国を考える日である。祝日は戦前は四大節といっていた。「四方節」「紀元節」「天長節」「明治節」である。「四方節」とは、一年の初めの火に、その年のへ輪を祈り日本を守る四方の神々に祈りをささげる儀式を言う。今ではこれが元旦となっている。皇室では、現在でも元旦にはこの四方節を行っており、そのために、国民の象徴と憲法で決められていないがら1月2日に一般参賀を受けられるのである。逆に1月1日の元旦は、年の初めであったとしても、四方の神々への祈りをささげるのが最も重要であり、国民のためであるために、そちらを優先させるのである。
  これらの祝日や祭日が、日本では当然のことのように日本人の個性になって入ってくるのである。私は、これこそが「日本」であり「国体」であると考えている。別に単語や言葉にとらわれる必要はないのではないか。しかし、日本人は、国家そのものの起源と言うものに対してしっかりと祭りを行う民族であった。
  日本は、当初より恵まれた自然と、恵まれた環境にあるのではないか。その環境野中に合って、ひとつの民族(この日本人の単一民族というところには異を唱える人がいるが)であって統一されたひとつの王朝のした千年以上の歴史を持つ国である。現代の歴史化が数十年研究しようと、外国が何を言おうと、その事実を否定することはできない。そしてその千年以上の王朝において独立を維持し、王朝の打倒を受けていない国であることも確かだ。
  その日本においては、当然に千年前の歴史を受けているところと、その歴史において他国のよい部分を受け入れるところの二つが存在する。その二つのミックスされた文化が日本の文化であり、現代の文化であるといえる。そしてその文化の中において育った日本人は、その体質や民族性・国民性を完全に捨て去ることはできないのである。左翼の人々が日本の文化を否定しても、中国人を引き入れても、アメリカかぶれをしても、結局彼らは日本人でしかないのである。日本を否定することは、その文化を否定することであり、それは、否定している日本人自身がその人自身の育ってきた生を否定することである。そこまで否定している日本人はいないし、そのような人は日本人の多くの支持を受けて国会議員などになれるはずがないのである。
  さて、本日は、上記のような天長節である。神話の世界では、日本という国を生んだ神々の子孫が天皇陛下であるとされている。その神話を信じる信じないは別にし、日本は、「八百万神(ヤオヨロズノカミ)」をいまだ祀っている国家である。宗教的な一神教は大政翼賛会のときも行われていない。日本では「神々の共存」が認められており、そのことに違和感を感じる人はいない。その上で、その神々の優劣もつけない。どの神々も日本の国家の発展、人類の発展、そして日本の平和を祈願し、そのために力を貸してくれている。それが日本だけなのか、世界なのか宇宙なのかは、私にはわからない。少なくとも日本はその中に入っていることは間違いがない。災害なども、古くは、神々が日本国の国民が誤った方向に行く可能性があるときに、方向を修正させる大いなる力として認識されていた。それは古代だけではなく近世、江戸時代の浅間山の噴火でも「山ノ神の怒り」と表現されていたのである。神は、このほかにもたくさんいる。山にも川にも山ほどいる。神は人間の扱いがあれば、荒ぶる神として、もう少し小さければ妖怪として人に仕置きをする。逆な見方をすれば、日本人は、神々と共存して生きてきたのである。
  さて、このゴールデンウィークに当たって、天皇誕生日といわれる日であった日が始まりになっている。今日は散文のようになった。このようにうまく言えないのは、今の日本、特に民主党政権になってから「神々と共存している日本人」でなくなっているような気がする。石原都知事の「天罰発言」はもう少し気を使わなければならない発言である。しかし、今回の震災が天罰とは言わないまでも、今の日本人が科学やマスコミのデマゴーグに頼りすぎ、道を見失っていなかったか。石原都知事を批判するのも良いが、日本人は、自分の胸に手をああてて、少し日本全体として今までの行動を省みる必要があるのではないか。そのように考えるものである。
  では、その考える一つの内容として、今の日本に最も大きな課題、要するに憲法について、私の現段階の考え方を見てみようと思うものである。とはいえ、テクニカルな方角論をするのではなく、その考え方、私の基本姿勢のようなものをこの中に入れてみようと重。もちろん、現段階の憲法に関する考え方でしかなく、状況の変化によって少し変わるかもしれないが、基本の部分はあまり変わらないのではないか。そのように思うのである。
  では、明日から、憲法に関する私見をあげてみたいと思う。

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