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2011年6月

怒号飛び交う両院議員総会で菅直人の民主党軽視が明らかに

怒号飛び交う両院議員総会で菅直人の民主党軽視が明らかに

 現在の日本の内閣総理大臣というのは、菅直人である。これは常識問題。そして、現在の与党は、これは民主党と国民新党だ。これも普通誰でもわかる。ではその与党の代表は誰か。これも菅直人と亀井静香である。
 なぜ、このような書き出しにしたのか。簡単なところ29日に面白い会合があったからに他ならない。単純に言えば、民主党の両院議員総会があったのであるが、総会そのものに議員政党である民主党の代表、要するに最高責任者が中座するというのである。それも、正式に外務省の要請のない韓国議員と会うため、与党民主党の議員は両院議員総会の会場に取り残されたのである。
 日本の憲法で言えば、日本は議院内閣制をとっている。議院内閣制とは、さまざまな解説があるが、平たく言えば内閣を構成するにいたり、直接民主制、要するに直接選挙に遺よってその首長である内閣総理大臣が選ばれるのではなく、国会という議会の中での多数派から内閣総理大臣が選ばれるということだ。いうなれば、民主党の議員とは菅直人という人物を内閣総理大臣という地位につけた人々である。逆な言い方をすれば、菅直人は民主党の議員がいなければ内閣総理大臣という地位にはつけなかったのである。
 にもかかわらず、その議員総会、ようするに自分を内閣総理大臣として投票してくれた人々を、韓国のそれも外務省が正式にアテンドしたわけでもない、ようするにプライベートな外国人との会合(公務ではないという意味)でその総会の意見を封じたのである。
 ちなみに、私のブログは非常に誤字が多いので有名であり、皆さんに迷惑をかけている。なかなか時間がないので、ゆっくりと原稿を読み返す時間もないのであるが、逆にこの誤字が、偶然にさまざま名事をあらわしてくれる。今日の場合、すでに上記で直したが「内閣総理大臣」が、なぜか「内閣お売り大臣」もしくは「内閣スリ大臣」と誤字が出てきてしまう。ついつい笑ってしまうが、日本の国会議員を無視し、プライベートな外国人との会合を優先する姿、または、嘘をつきながら権力の場を離れようとせず、みんなから文句を言われると解散風を吹かせて脅すようなやり口は、この「お売り大臣」や「スリ大臣」のほうがあっているのかもしれない。
 さてさて、そんな冗談はさておき、記事は下記のものである。

菅首相、質問求める怒声振り切り退席…両院総会

 菅首相は28日夕開かれた民主党両院議員総会で、エネルギー政策の見直しが「次期国政選挙でも最大の争点になると思っている」と述べた。
 さらに「原子力行政の方向性を示すことができればと考えている」と語った。
 また、第2次補正予算案、公債特例法案の成立などを取り上げて「残された時間を完全燃焼する覚悟で三つの課題に取り組む」と述べた。
 菅首相は総会開始から約55分後、質問を要求する出席者の怒声を振り切って途中退席した。

(2011年6月28日18時04分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20100806-849918/news/20110628-OYT1T00892.htm

「宿題は一定のめどついてから」 小学生が菅首相まねる「悪影響」

   民主党の両院議員総会で、退陣時期を明確にしない菅直人首相に批判の声が相次いだ。中には、小学生らが菅首相の発言の真似をして、「宿題は一定のめどがついてから」といってなかなか取りかからないという話を披露する議員もいた。
   総会は2011年6月28日夕に始まった。菅首相は、27日の記者会見で述べた通り、自ら退陣時期として示している「震災対応の一定のめど」について説明した。第2次補正予算案と特例公債法案、再生可能エネルギー法案のすべてが成立すれば「次の世代にバトンを譲って」いくと話した。
途中退席に「逃げるのか」
   しかし、具体的時期として、例えば「8月末までには」などの表現はなかったため、集まった議員らからは不満の声が続いた。
   阪口直人・衆院議員は、「一定のめど」という言葉だけで具体的時期を示そうとしない菅首相の態度について「国民は不条理を感じている」と述べ、いつ退陣するのか明確にするよう求めた。
   阪口議員は、小学生らの間で、宿題をやらない言い訳として「宿題は一定のめどがついたらする」という言い回しが広がっているとも指摘した。親から宿題をするように言われても、「一定のめど」云々でなかなか取り組まない子どもらが出ているようだ。阪口議員は、そんな悪影響が出ている、と言いたかったようだ。
   これらの意見に対し菅首相は、時期明確化については直接答えなかった。「菅個人としてでなく」、震災・原発事故対応の連続性や「(衆院任期切れとなる)これからの2年」で、国民の理解を民主党が取り戻す道筋をつけたいなどと述べた後、公務を理由に小1時間で途中退席した。やじが激しく飛び、「逃げるのか」との声も聞こえた。
「次期国政選挙では原発が最大の争点」
   また、菅首相は退席前、再生可能エネルギー法案への意気込みに絡み、原発事故を受け原発行政をどういう方向へもっていくのかが「次期国政選挙で最大の争点になる」とも述べていた。
   これを受け、菅首相の意中には「衆院解散・総選挙」があるのではないか、と首相の退席後に質問する議員もいた。岡田克也幹事長は「解散はあるはずない」と否定した。
   参加議員らからは不満の声が相次いだ形ではあるが、総会のインターネット中継をみていた利用者からは一応に追及不足、迫力不足を指摘する声が相次いでいた。
   議員の側も言いたいことがいえなかったようで、石井登志郎・衆院議員は、総会を今後、「クローズ」にすることを提案した。「テレビを意識して不必要な発言がされないように」と説明したが、テレビやネットの中継を議員が意識して「本音」の議論ができないという不満もあったようだ。
   菅首相の途中退席を含め、「ガス抜き」としては不十分だったようで、今後も菅首相の退陣時期をめぐる民主党内の不和、混乱は続きそうだ。

2011年6月28日(火)20時7分配信 J-CASTニュース 
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-99769/1.htm

 さて、この怒号である。
 この怒号は、菅首相が1時間で堆積することを知っていて怒号を出しているのであれば単なる茶番でしかない。一方で、本当に知らなかったとしたら、その情報がどこで止まっているかにもよるが、解釈の仕方によっては民主党と官邸の完全なる乖離、というか情報の齟齬があるということが間違いなく言えるのではないか。民主党議員は、菅直人が民主党であるのにかかわらず、民主党を無視した国会運営と、民主党を無視した政策の立案で、菅善意民主党という看板を使えなくなってしまったといえる。同時に、民主党議員はその看板で次の選挙を戦えないということだ。
 いずれにせよ、民主党の議員はそのような菅内閣を六月二日に信任したことは事実である。信任したのであるから、国民のこの政治の停滞に対する怒り、もしくは、震災復興の遅れに対する怒り、国会を延長したのに空転させている怒り(税金の無駄遣いでもある)、そして何よりも嘘をついて国政を空転させている怒りが民主党の議員に対して押し寄せているのである。
 しかし、逆に権力者から見れば、せっかく握った権力を民主党などのさまざまあ火地に遠慮をしたくはない。独裁をしたいのだ。菅直人首相は三権分立などは存在しないという、内閣による独裁を肯定する発言をNHKでしている。しかし、日本の社会はそのようなものではない。
 さて、このようなことでわかるのは、民主党全体が嘘つき、ペテン師で茶番を演じているのか、あるいは、民主党与党政権内で、すでに官邸、民主党の対立が生まれているのか。いずれにせよ、国民にとっては完全に無視され、そして国会を茶番のパフォーマンス会場にしてしまって、この震災復興の国難の時期に政治を空転させるのを傍観しなければならないという、非常に不幸な現実を受け入れなければならないのである。
 このようなことを見ていると、一刻も早く民主党政権を崩壊させなければならないのではないか。そのために、われわれはどのような行動を今すべきなのか、そこをゆっくり考える必要があるのではないか。

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自民党から引き抜いても脱小沢は変わらない

自民党から引き抜いても脱小沢は変わらない

 民主党政権になってから「脱小沢」「異例」という言葉が頻繁に新聞紙面をにぎわすようになった。もちろん、政権交代をしたので、今までの慣習や因習を踏襲しないというのはそれでよいのかもしれないが、それならばそれでしっかりと国民に説明する必要があるのではないか。日本は民主党の独裁を許した国ではない。それなりり慣習などがあり、司法の判断基準には慣習法の存在を認めている記述もあるのだ。にもかかわらず「成文法に記載がないから、何をやってもかまわない」というのであれば、それは、日本の法体系そのものを完全に壊してしまうような話である。民主つが法治国家を無視して、中国共産党や旧ソ連のような人治独裁国家を作ろうとしていると私が危惧しているのは、まさにそのことである。
 さてさて、今日は確かに法的な問題はないものの、確かに「道義的に」問題があるのではないかということが行われた。何しろ与党が野党の1年生議員を一本釣りし、総務政務官に起用したのである。それもいわゆるねじれ国会の中において、野党側(参議院与党側)から一本釣りで引きぬいて正常な国会運営ができると思っているのかは非常に疑問である。
 国会は国権の最高機関であり、総理大臣が最高権力者ではない。あえて「最高権力者」と書いたのは、命令すれば全てが従うと思っている菅直人首相に対する皮肉の意味をこめている。とにかく新聞記事で何があったのかを確認しよう。

菅首相、自民・浜田氏を強奪!総務政務官に起用

 菅直人首相(64)が27日、掟(おきて)破りの“一本釣り”に手を染めた。自民党の浜田和幸参院議員(58)=鳥取選挙区=を総務政務官に起用。参院で多数を占める野党の切り崩しが狙いだが、野党も与党も猛反発。首相の求心力はどん底まで落ちた。
 浜田氏は、26日に枝野幸男官房長官(47)から打診があったことを明かし、離党届を提出。民主党入りは否定したが、自民党では「こういうやり方をやる人々は許せない」(山本一太参院議員)との声が噴出、態度を硬化させた。
 首相は退陣時期を巡り党執行部からも見放され、孤立状態。今回の“引き抜き”の指南役は国民新党・亀井静香代表(74)だった。参院は民主・国民新合わせて109人で、過半数にはあと12人必要。ある自民党議員によると、亀井氏は10人以上に声をかけた。
 ところが応じたのは浜田氏のみ。丸山和也参院議員(65)も「『副大臣や政務官では何もできない』と伝えた」と、断ったことを明かした。亀井氏自身は、菅首相から副総理を要請されたが固辞し、首相補佐官に。副総理だと人事が突出し「ポスト狙い」と見られるため“裏方での振り付け”を選んだようだ。
 民主党・安住淳国対委員長(49)は「首相は国会の厳しさを分かっているのか。意図が分からない」と憤然。小沢一郎元代表(69)も都内で関係者に「政権は機能不全に陥っている」と語った。
 夜に会見した首相は浜田氏の起用について「(復興に貢献したい)判断が私のところに伝わってきた」と、「頼まれたから起用した」かのような説明。今後、野党の協力を取り付ける方法を聞かれても、明確な答えはなかった。28日の両院議員総会で早期退陣要求が噴出する可能性もある。

2011年06月28日08時05分 提供:スポーツ報知
.http://news.livedoor.com/article/detail/5666805/

安住氏「法案、責任持てない」…人事に党猛反発

 浜田和幸自民党参院議員を政務官に起用し、党側との調整も欠いた首相の人事に、27日午後の民主党役員会では批判が噴出した。
 口火を切ったのは、安住淳国会対策委員長だ。
 「こんなことでは、2011年度第2次補正予算案、特例公債法案、再生可能エネルギー特別措置法案なんか、責任は持てない」
 浜田氏起用に反発する安住氏の怒声に、羽田雄一郎参院国対委員長が「参院自民党は相当態度を硬化させている」と同調。仙谷由人代表代行(官房副長官)も、社会保障と税の一体改革の成案取りまとめが大詰めを迎えていることを挙げ、「積み上げてきたものが、すべてパーになりかねない」と声を荒らげた。
 岡田幹事長が「方向性が決まった話なので、それを前提に最善の努力をしていこう」と引き取ったが、幹部の怒りは収まらない。

(2011年6月28日08時57分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110628-OYT1T00186.htm?from=top

 まず、今回の内容はあまりにも異例である。しかし異例だということよりも、その『異例』でどのような影響があるのかということをしっかりと考えるべきである。
 まず、民主党。民主党はこれで二つの火種を抱えたということになる。ひとつは上記のように国会運営で参議院決議における調整がつかないということになるであろう。たぶん、菅直人首相にしてみれば、「法案を通さなければやめない」といっているので、参議院も自分のペースで法案を通すであろうと考えているに違いない。しかし、別に特例公債法案などは通さなくても、それは全て政府の責任である。浜田議員と同じ手法で、自民党議員を引き抜いて過半数にすればよいのであり、野党との審議も信頼関係も必要ないということである。もっと言えば「国会が一丸となって」とか「与野党協力して」という発言は全て嘘であったということが証明された。要するに、菅直人と民主党執行部は自分の権力のためならば平気で嘘をつく人たちであり、信頼に値する人物ではないということだ。当然に、これを支持している民主党議員も全て信用に値する内容ではない。単純に言って、これらの内容は完全に「日本人の慣習」とは違うし、価値観も違う。もちろん『嘘をついてはいけない』という法律はないのであるが、信用されるような内容ではないということだ。
 しかしもうひとつ民主党は火種を抱えた。要するに「野党からの人材を政務官にした」ということ。要するにいまだに「脱小沢」を継続しているということであろう。小沢一郎とその周辺の立場にしてみれば、このまま民主党にいてもはっきり言って芽が出ないということが明らかになったのである。ようするに小沢一郎は完全に民主党の中で殺されたということだ。それでよいのか。そのような小沢一郎に期待感が集まっているという現実も完全におかしな方向になっているのではないか。単純に言って菅直人の「挙党一致」というのも嘘であろう。外からの人材を閣僚(政務三役)にすえて、中からの人材を入れないというのであれば、まさにおかしな人事ということになる。あるいは小沢グループにはそれだけ人材がいないということなのか。
 さて、一方の自民党。完全に執行部に魅力がないということを1年生議員に言われてしまっている。なんとなく風だけで参議院選挙に勝ってねじれ国会に持ち込んだものの、その後菅直人の暴走を止めるわけでもなく、また、しっかりとした対決姿勢を取れるわけでもない。ただ時間の流れでずるずると与党に引きずられている野党などは、ねじれ国会に持ち込もうと何でも完全に野党としての役割を失っており、まったく存在意義を感じなくなってしまっている。妥協妥協で、政党の根本が崩れるようでは1年生議員に見限られても当然だ。野党である自民党は、一刻も早く「自分たちが政権と取ったら、日本はこうなる、日本をこうする」という国家のヴィジョンを出さなければ、ジリ貧で求心力が失われるであろう。しかし、今の谷垣執行部にその作業ができるのか、はなはだ疑問である。また、できるのであればここ2年のうちにとっくにやっていなければならないはずだ。
 最後に浜田議員。田村耕太郎前議員の代わりに出馬した。しかし、田村耕太郎前議員と同じ轍を踏むをのか。えらそうに菅を批判し、また中国の土地買収問題などをしていても、それを許す政権に入ってしまっては魂を売ったに等しい。震災対応ということを言っているが、そもそも日本は被災地だけではないし、同時に、震災の協力は閣外でもできる話だ。ようするに建前でなんか言っていてもそれ以外の何らかの力が働いているとしか思えない状態であるということだ。それは、田村前議員の「歴史」を学ぶ姿勢の欠如であり、そもそも歴史と伝統の国としての日本の国家観が欠如していたということに他ならないであろう。
 いずれにせよ、このようなことではとても今の国会に政治を任せることはできないのではないか。与野党ともに、国家のヴィジョンを早く示すべきである。

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東日本大震災復興構想会議が遅すぎる提言

東日本大震災復興構想会議が遅すぎる提言

 6月25日に東に本題震災復興構想会議が提言を発表した。「復興への提言~悲惨のなかの希望~」という書面が、なんと2回目の会議の後に提出されたのである。もちろん、各分科会などが存在しその内容を審議したものと思われるが、全体会議が二回目というおはいったいどういうことなのであろうか。
 この中に「高台移転への市街地移転」が記載されている。これに対して書き記事の300人アンケートでは32%しか高台移転希望がないということもわかっている。残りの67%は、少なくとも積極的に高台移転を希望していないということだ。ようするに、67%の人の意見を完全に無視し、政府の思っていることを、さも第三者機関が書いたかのように偽装し、地元の意見を反映せずに政府よりの意見書を出したに過ぎないということであろうか。産経新聞の記事の中には「4割以上の現地復興を望む声」とあるが、そもそも漁民そのものの職場として、職住接近を回避するのか。それが高齢化の進んだ漁業お待ちを壊すことにはならないのかなどの検討がまったくされていないのである。
 「田老は昭和三陸津波による被災後、当初は『高台移転』を模索して結局、防潮堤を建設して『原地復興』を選択したように地域住民のつながりが強い」というが、そのための開発に関して国民の声は層単純ではないハウであり、それが初回と2回目の会合で全てが提言できるほど甘いものではないであろう。
 私の手元に、福島県の防止の防災対策会議の議事録が存在する。3月11日から数えて6月10日分までの108回分の全ての議事録である。この議事録を見れば、私を含めて国会や国会議員、そしてこの復興対策会議がいかに机上の空論しかしていないのか、現地の意見を反映していないのかわかる。この提言の要旨も読ませていただいたが、空論過ぎて目も当てられない。民主党が批判しかできない正当であるということは私が上梓した「民主党の闇」で書いたことであるが、まさに、現地に行かず、意見を聞かず、結論ありきの会議をしているか、そしてそのようなことが国民生活を壊してゆくということをなぜいまだに持って菅内閣はわからないのか、腹立たしい限りである。
 とりあえず、新聞記事は下記のようなものである。

東日本大震災3カ月 「高台移転希望」32% 被災者300人アンケート

 死者、行方不明者が計2万3000人を超えた東日本大震災の被災地で、産経新聞社は大阪市立大学の協力を得て避難所で暮らす被災者300人にアンケートを実施した。被災した土地に「残りたい」と答えた人は45.5%で半数を切った。しかし、「離れたい」と答えた37.5%のうち9割近くが被災地近くの高台への移転を希望していることが判明。この希望者は全体の32.0%に上る。両者を合わせれば全体の8割近くが被災地に踏みとどまる意思があるといえ、今後、高台への住居移転の成否が復興の鍵になりそうだ。
 調査は、岩手県宮古市田老(たろう)地区と同県陸前高田市、仙台市若林・宮城野両区の避難所で実施した。
 アンケートで「離れたい」と答えた被災者のうち88.1%が「高台に移りたい」と回答。集団か個人のどちらで移るのが良いかを聞くと、地点別では田老地区で50.0%が「集団」と答え「個人」を上回った。これに対し、陸前高田と仙台は「個人」がそれぞれ73.5%、57.8%と「集団」を上回った。
 調査を監修する大阪市立大学の宮野道雄副学長は「田老は昭和三陸津波による被災後、当初は『高台移転』を模索していたが結局、防潮堤を建設して『原地復興』を選択したように地域住民のつながりが強い」と分析している。
 今後のまちづくり方策の一つに、津波被害を受けない高台移転がある。宮野副学長は「現実に被災者の3割近くが高台移転を志向している結果は重い。ただ、原地復興を考えている被災者も4割以上いるので、関係者の意見調整と、現実的に移転可能な高台をどう整備していくかなど、今後の課題は多い」としている。

産経新聞 6月11日(土)7時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110611-00000091-san-soci

<東日本大震災>「逃げる」基本に対策を 復興会議が提言

 政府の東日本大震災復興構想会議(五百旗頭真(いおきべまこと)議長)は25日、12回目の会合を首相官邸で開き、復興ビジョンをまとめた「復興への提言~悲惨のなかの希望~」を菅直人首相に提出した。提言は今後の災害対策を、被害を最小限に抑える「減災」の考え方を基本にすべきだと指摘。住居の高台移転や土地利用規制の緩和などによる復興プランを示した。地域・期間を限って規制緩和や税制優遇を認める「特区」活用も促した。復興財源は「復興債」で賄い、「基幹税」(所得税、消費税、法人税)を中心とした臨時増税で償還するよう求めた。
 同会議は復興基本法で首相への提言機関と正式に位置付けられ、提言を受け取った菅首相は「後世に残る重厚な提言をいただいた。最大限生かしてこれからの復興に当たりたい」と語った。政府は提言をもとに7月中にも復興の基本方針を定め、11年度第3次補正予算案に反映させる。
 提言は「大災害を完全に封ずることができるとの思想ではなく『減災』の考え方が重要」とし、「『逃げる』ことを基本とする防災教育徹底などソフト面の対策の重視」を提唱した。
 被災地を地形や津波被害などの状況に応じて、(1)平地の都市機能のほとんどが被災(2)平地の市街地が被災し、高台の市街地は被災を免れた(3)斜面が海岸に迫り平地の少ない市街地・集落(4)海岸平野部(5)内陸部や液状化被害地域--の5類型に分類。このうち(1)~(4)は復興のイメージを図でも示した。津波被災地は市街地の高台移転を基本とし、平野部を農地や工業用地とするなど利用形態の再編を提言している。
 復興財源は将来に負担を先送りしないため、臨時増税を「多角的に検討」するよう求めたが、与野党の批判や委員間の意見の違いを考慮して具体的な税目には触れなかった。
 復興の主体は「市町村が基本」とし、「特区」の活用などを提唱。産業再生では、漁港や平野部の農地の集約を提案した。
 福島第1原発事故では国に「一刻も早い事態の収束」を求めた。また、東北地方に再生可能エネルギーの関連産業を集積し、福島県を「先駆けの地」とするよう促した。再生可能エネルギー固定価格買い取り法案の早期成立も求めた。
 提言は当初「第1次」とされたが、五百旗頭議長は「先の展開を予知できない」と「1次」の位置付けを撤回。年内としてきた最終提言が行われない可能性を示唆した。背景には退陣を表明した首相の求心力が落ち、提言の実現性が不透明なことがある。【中井正裕】
 ◇「復興への提言」のポイント
・災害時の被害を最小化する「減災」の考え方が重要
・地形、産業が多様な被災地を5類型に分け、復興施策のポイントを提示
・区域・期間を限定し、規制・権限の特例などを設ける「特区」手法の活用
・復旧・復興財源は、次の世代に負担を先送りせず、臨時増税措置を基幹税を中心に多角的に検討
・国は一刻も早く原発事故を収束させ、原因究明と影響評価、事故対応の妥当性の検証を徹底的に行う
・再生可能エネルギー導入を加速。全量買い取り制度の早期成立、実施が不可欠

毎日新聞 6月25日(土)21時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110625-00000081-mai-pol

 そもそも2回目の会議で提言が6月25日というのはどういうことであろうか。
 単純に考えて国会の会期延長がなければ6月25日という日程は国会閉会後である。ようするに、復興会議の人々は、この提言を国会に間に合わせるという感覚がまったくなかったということに他ならない。もっと言えば国会の場を通じて、この提言を広く審議し、その内容を考えるつもりがまったくなかったということを意味している。
 もしも、輪だと遅くしている、国会の審議をしないつもりはないというのであれば「仕事が遅すぎる」としか言いようがない。このペースで仕事をしているのであれば、被災地などは10年先も瓦礫の山の中かもしれない。それほど遅い仕事でしかない。
 その絵で現地の意見がまったく集約されていない。少なくとも、私が現地に行って話を聞いたようなことは一切かかれていないし、増税に夜復興財源などというものも国民的コンセンサスが取られた内容ではないのでないか。
 ついでに言えば、なぜ「再生エネルギーの導入を加速」が入っているのか。再生エネルギーは復興とどのような関係があるのか。まったく不明確である。要するに菅直人が個人の諮問機関を貴重な税金を使って、第三者が検討し方のような偽装をしたとしか思えないという、上記の私の見通しがこの再生エネルギーの部分でも考えられるものである。
 復興はしなければならない。しかし、その復興そのものの問題は、このような机上の空論で行うのではなく現地に根を下ろし住民と一体となって行うべきではないのか。それは原子力発電所に関することも同じだ。このような提言のために、会議をつくり、税金を使うのであれば、1円であっても「無駄」でしかないのではないか。
 国民はもっとこの結果に興らなければならないのではないか。それは内容だけでなく6月25日という日程も含めしっかりと批判すべきところは批判しなければ、結局被災地の住民が困ることになるのである。

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マスコミ批判に関する一考(50) 言っていることとやっていることの不一致

マスコミ批判に関する一考(50) 言っていることとやっていることの不一致

 このマスコミ批判に関する一考も50回目になった。
 マスコミの批判の中心は「偏向報道」であるが、その本質は「偏向報道」そのものではなく「中立報道を装っての偏向報道」であるということであることは50回のこの連載を通してわかっていただいていると思う。以前に例を挙げたとおり「赤旗新聞」が「共産党ひいきの記事」を書いても、誰もその報道を「偏向報道」として批判する人はいないのである。それは、すでに「赤旗新聞」が「共産党の機関紙」であることを誰もが認識しているからである。逆に「赤旗新聞」が共産党批判をすれば、それはかえって注目を得ることになるであろうし、一般のマスコミでもニュース価値が存在することになるのである。
 「赤旗新聞」を例に挙げさせていただいたが、自民党の機関紙「自由民主」でも同じである。ある意味であえて機関紙であるから激励の意味を含めて批判をすることはあっても、完全に非難や否定をすることはない。そして読者側の意識が、そのような新聞であるという認識をしているから、別に各機関紙がそのような「偏向報道」(敢えて鍵かっこです)をしても、そのことは問題にならないのである。
 逆にいえば、上記の偏向報道に関する批判の最も大きな問題は「中立報道を装って」という部分であろう。要するに、情報をあまり持たない一般の国民を中立を装って中に入り込み、そして、そのうえで偏向報道を行うという手法が最も良くないと思っているのです。このことに関しては、多分、私のこの連載の読者であれあほぼ共通認識ではないでしょうか。
 本来は、中立ならば全ての意見を出さなければならない。しかし、全ての意見というのは難しい。そこで一つの意見と代表的な反対意見を言わなければならないのではないか。そのバランスが崩れてしまえば、完全に偏向報道になってしまう。ましてやそのうえでコメンテーターという不思議な職業の人(でもおいしそうなので、やってみたいとも思うが)およびニュースキャスターが、自分個人の意見をさしはさめば、そこで、大衆を誘導することになる。本来は、誘導する報道は全て罰則があってしかるべきであるのに、それができない。本来ならば「このテレビ局(番組)は、民主党に贔屓した報道をします」などとしっかりと立場を表明すればよいのであるが、あくまでも中立ということを言っているのが実に不自然だ。
 もっと根本的なことを言えば、まさに「言行不一致」が問題だ。「中立」といいながら「中立でない」ことが、日本人の道徳から考えて非道徳的な感じになるのである。それもその「非道徳的な行為」によって大きく社会や政権が代わってしまうということ、そしてその結果があまりにもひどい政治であるということそのものが、国民の怒りに火をつけているといえる。
 「言行不一致」は、もうひとつの側面で「無責任」ということもある。
 この無責任に関しては記事の後ろを見てみたい。今回は、普段あまり見ない「日刊ゲンダイ」からの記事だ。


番組で節電を呼びかけながら 従来通り真夏に長時間番組を放送する日テレとフジの矛盾

 放送するかどうか論議を呼んでいた恒例の長時間番組は今年も従来通り放送されるが、「これでいいのか」という声が上がっている。
 日本テレビの「24時間テレビ」は震災後の4月に概要を発表、フジテレビの「27時間テレビ」は昨日発表された。
 日テレは3月で退社した羽鳥慎一、関ジャニ∞を起用し、名物の24時間マラソンは70歳の徳光和夫が走る。一方のフジは総合司会にSMAP中居正広、ナインティナインを起用し、ナイナイ矢部浩之が100キロマラソンに挑戦する。
「24時間」はチャリティーと銘打ち、どちらも被災地支援などをテーマにするのはいいとして、だからといって従来通りは、節電などが叫ばれる世の中の流れに逆行しているとしか思えない。放送が週末とはいえ、電力需要がピークにハネ上がる午後帯もバカ騒ぎするわけで、視聴者の反発は必至である。
 そもそも4月には総務省が放送各局に25%の節電を要請し、これを受けて、「とくダネ!」(フジ)の小倉智昭が「テレビ局(の節電)はどうなんだという話が絶対出てきます」とコメントしたほど。長時間番組ではそれなりの節電はやるだろうが、いずれにせよ真夏にバカ騒ぎするのは矛盾している。
 放送事情に詳しいコラムニストの金沢誠氏がこういう。
「番組の中で節電を呼びかけながら、もっとも節電をやっていないのがテレビ局です。産業界が節電対策を発表し、放送局の中ではNHKも5月に早々と電力対策を発表しました。例えば、NHKはメガソーラーを導入し、今年と来年の節電目標を提示しました。ところが、民放はいまだに何ら対策がない。それで昼も夜も大量に電力を使い続ける長時間番組をやるのは変だし、せめてポーズでもいいから目標値を示すべきです」
●少し頭を冷やせ
 電力需要が上がっても電力はパンクしないという見方もあるが、だいたい一日中、番組を放送する必要があるのか。今年はやめてもいいし、チャリティーであってももっと時間を短縮して放送していいはずだ。
 放送まで時間があるから、日テレとフジは頭を冷やせ。

2011年6月25日(土)10時0分配信 日刊ゲンダイ 
(日刊ゲンダイ2011年6月22日掲載)
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/gendai-000148175/1.htm

 要するに、「テレビが自分で他人(視聴者)に強要しながら、自分たちは例外・特権的な扱いをしている」ということである。まさに他人に強要していることを自分ではできないということである。まさにどうしようもない。
 このことは震災後すぐから言われている話である。調整停電をして、電車が止まったり停電されたりしているのにかかわらず、テレビは毎日同じ映像を流し、公共広告機構の同じコマーシャルばかりを流していた。その津波が町を飲み込む映像は、見る人を不快にし、そしてある意味ではPTSDなどを引き起こした。そのうえ、自衛隊の活躍などはまったく流さず、また安否情報もおざなりであった。このブログでも「サンドイッチマン」という二人組の芸人の「怒り」を取り上げたが、あまりにも何も考えていない報道にはさすがに璧壁としたものである。それも、どのテレビ局でも同じものを流している。それならば、民放を一つにしてしまい他の局は調整停電をしていればよいのではないか。電気と電波の無駄遣いをしているのではないかといわれていた。
 最近になってドラマやバラエティを流しているが、本当に民放は必要なのかという声があることは事実だ。とくに最近ではテレビを見ないという人も少なくない。インターネットで代用できるというのである。いらない情報そして偏向報道を行っているので見ないという積極的に見ない人も少なくない。
 そして何よりも、テレビメディアの最大の問題は「無責任」なところである。ただマッチポンプ的に事件を大きくし、自分で事件を作り、限度を知らずに意思を持って社会をかき回し、一部の正義感を全体化のような錯覚を起こさせ、社会を不安定にする。そしてそのことに関して責任を追うことはない。自民党政権時代に「漢字が読めない」など麻生元首相をこきおろし、民主党政権誕生に力を貸したコメントをしたコメンテーターが、菅首相を批判している姿は、その無責任を最もよくあらわしている。このような民主党の体制を見て、震災の対応を見て、国民に「間違った情報を流しました」と謝罪したメディアがあったであろうか。要するに無責任の極みだ。
 この件もそうだ。節電を吹聴しながら自分たちは24時間テレビを行う。チャリティが目的だからな度と言い訳をしているが、実際、24時間放送しなくてもチャリティはできる。にもかかわらずそのようなわけのわからない言い訳で責任を回避する。この放送中に、電気が許容量をオーバーした場合、テレビ局は「誰かに責任転嫁」するのか、あるいは自分たちの問題として、少なくとも東京電力管内のすべての家庭に何らかの補償をするのであろうか。もしも、停電が原因で、医療機器が止まり、そのために人の命が失われた場合、そこまで補償をする気構えと準備があるのか。
 まさに無責任。これがマスコミ批判の最も大きなものであり、そしてそれを許している日本の国民性も大きな問題である。このような問題はもっと声を大きくし、問題があると思う人は、当該テレビ局だけでなく全てのマスコミに抗議をすべきではないのか。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(18) 中国での契約と中国人の性質(4) 失敗に学んだ契約交渉

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(18)
中国での契約と中国人の性質(4) 失敗に学んだ契約交渉

 先週はメンツのはざまということで区切った。
  何しろ「日本人側が中国人を無視してメンツをつぶした」のだから始末に負えない。それも、ただ無視しているのであればよいが、合弁契約に違反しているというのだから問題だ。先週の記述で「建物や契約が全部できた後に、契約違反で合弁解消されれば、没収だ。建物を建てて没収されるほど頭の悪いことはない。」という記述に質問があった。少し解説をしておく。
  中国は、日本のような資本主義国家ではない。そのために、日本の間隔でものを離してはいけないのである。そもそも中国は私有財産を認めていない。そのため固定資産に関しては、本来は共産党政府のものである。土地などに関しては国家からの定期借地権を得ているものであって、所有権があるわけではない。建物も、土地がないのであるから、土地を政府に接収されてしまえば、すぐに撤去しなければならないのである。その接収の用件であるが、実際のところさまざまなところで接収を行うことを狙っている。要するに、共産党はほしい物を手に入れるのであるが、その手段は「相手のミスにつけ込む」ということです。
  日本人は、口約束などをすぐに信じてしまい、また、酒の席の話などはそのまま受け流すことが多い。しかし、中国人にその日本人的な慣習は通用しない。中国人は、酒の席で日本人が気が大きくなることを知っている。そこで日本人を酔わせ、日本の本社の弱点やよくない部分を言わせる。このことはそんなに難しいことではない。日本人に関しては、中国のようにかしこまらなくても、酒を飲ませれば愚痴を言うのは日常の行為だ。その愚痴の中において、相手の会社の対立やあるいは体質のよしあしを簡単に聞き出すことが可能になる。これは普通に考えられることである。

<この文章は、メルマガからの抜粋です。本文全体はメルマガでお楽しみください>

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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モラルを問う一罰百戒とその限度の問題

モラルを問う一罰百戒とその限度の問題

 毎週土曜日は軽めの話題を行うことにしている。毎日政治では、さすがに疲れてしまうし、このブログそのものの、「C級」という言葉がないてしまう。過去に何度か書いたと思うが、基本的には、ニュースの解説は、ニュースをまじめに取り上げてわかりやすく解説するものである。しかし、「C級」とつけると、少し「ひねり」を加えないとならない。そのために、いくつかの手法が必要だ。くだらないニュースを大真面目で解説するというのも手法であるし、逆に深刻なニュースを茶化した解説を加えるというものもある。しかし、深刻なニュースをあまり茶化すと「不謹慎」といわれてしまう。そこで、安全な「くだらないニュース」を探さなければならない。しかし、くだらないニュースといってもくだらない中にもなにかひかるものがないとならないし、一般の人が呼んで教訓になるモノを入れなければならない。その意味では、ニュースを選ぶのもなかなか難しい。
 通常は、男女関係などを入れてみると面白いのであるが、なかなかそればかりというわけにはいかないのも事実だ。男女関係にもした形で政治やイデオロギーの一貫性ということを書くのが面白いのであるが、やはりそればかりでは飽きてしまう。「飽きてしまう」のは、読者ばかりではない。当然に、書いている私も飽きてしまうのである。そこで、目先の変わった面白いニュースを探すのになかなか苦労する。よくよく考えれば、自民党政権のときは政権運営がまともだったので、少しでも目先の変わったニュースを書けば何とかなったのであるが、民主党政権になってから、政治のパフォーマンスと、あまりの失政振りが怒りを通り越して落語の「野次喜多道中」のような様相を呈しているので、よほど目を引くニュースを見なければならないのである。
 その意味では、今週はなかなか面白いニュースを見つけた。

ダムに男が放尿したせいで水が総入替えに!.

 写真拡大米オレゴン州ポートランド。この地に住む、たった一人の男の放尿のせいで、ダムの水がすべて捨てられるという事態に発展した。
 男の名前はジョシュア・シーター(21歳)。彼は仲間とお酒を飲んだあと、深夜までダム湖の近くで騒いでいた。しばらくして尿意を感じた彼は、突然、ダム湖に向かって豪快に放尿。ここは市民50万人の水源でもある。
 この一連の様子をダムの監視カメラがとらえており、事態を重くみた管理人はこのダムの水を全て捨てる措置をとったのだ。廃棄された水の量は約3000万リットル。東京ドーム4分の1杯に相当する量だ。そして、この処分は額にして3万6000ドル(約30万円)の負担となったとのこと。もちろんこれは市民が負担することとなる。
 水源ダムへの放尿は水を入れ替えるほどまずいことなのか?
 専門家によると、この程度の放尿が害を与えることは絶対にないそうだ。成人の場合、膀胱の容量が250~600ミリリットルであることを考えても、1リットルにも満たない尿を3000万リットルのダム湖に放ったところで、十分に薄まるとのことだ。
 しかし、地元の水道局でダムを管理するデーヴィッド・シャフ氏は、「この件については、やりすぎだ、という声もありますが、私はそうは思いません」と語っている。
 「ここで大切なのは、気持ちの問題なのです。多くの市民が、『今朝、あの水飲んじゃった……』といって気分悪くするのが想像できますよね。やはり誰だって小便は飲みたくないですよ」と、自らの決定が正しかったと主張している。
 一方、放尿したシーターさんは逮捕されてはいないものの、おそらく罰金刑になる見通し。そして、公の場で自らの放尿を謝罪した。「マヌケなことをしてしまいました。水源だとは思っておらず、下水処理場だと思っていました。罰金は仕方ないと思うのですが、現在仕事がないので、地元の奉仕活動に参加します」と、しきりに反省している様子だ。
 ところで、この水道局の判断。みなさんは、どう思われるだろうか?
 例えば、もし他人のオシッコが入ったコップがあって、それをどんなにキレイに洗い流しても、再び使いたいかと問われたら、絶対にキレイだと頭でわかっていても使いたくないかもしれない。やはり、理屈より気持ちが支配することもあるだろう。そう考えると、今回の判断を「気持ちの問題」だと言い切った水道局には一理あるかもしれない。
 しかし、野ざらしのこのダムにはおそらく、ネズミやゴキブリなどの死体や汚物が流れ込んでいる可能性も十分にある。そういった可能性には無頓着で、カメラがとらえた現象にだけ対応するのは、いかがなものだろう。貴重な水資源や費用を考えても、やはり判断ミスだったのではないだろうか。

2011年06月23日03時00分 提供:ロケットニュース24
http://news.livedoor.com/article/detail/5655000/

 飲料水用のダムに放尿し、その映像が公開されたことによって、ダムの水を総入れ替えするという話。他人事のようで他人事で済まされない話ではないのか。
 われわれの間には「自分ひとりくらいがやっても問題ないだろう」「これくらいしても怒られないだろう」という、根拠のない安心感がある。たとえば、電車の中のシルバーシートの近くの携帯電話である。ペースメーカーの誤動作の可能性があるので、電源を切るように注意されているが、基本的に電源を切る人はいない。先日など電車の中で電源を切れといわれた主婦が逆ギレしている光景に出くわしたが、「何で私だけ注意されなければならないのか」といって携帯電話でゲームをしている姿は、まさに、このニュースの「放尿男」とあまり変わらない状態である。同じことは、飛行機の中の携帯電話など、さまざまな場面で見受けることができる。
 そのようなときに、今回のような処分をされると、さすがに驚く。それも「ここで大切なのは、気持ちの問題なのです。多くの市民が、『今朝、あの水飲んじゃった……』といって気分悪くするのが想像できますよね。やはり誰だって小便は飲みたくないですよ」という、利用者の心理面で物事を言われては、反論の余地はない。シルバーシートで言われれば、心臓にペースメーカーを入れている人の不安感という心理状態を言われれば反論の余地がないということである。
 この「放尿男」はさぞかし驚いたことであろう。当然に「これくらいは許される」と思ったことが通らなかったのだから当然だ。しかし、道義的な問題も、また規則の問題も、実はこれくらいシビアな問題であるということを人間は便利な生活の穴かでどうしても忘れてしまうのである。しかし、それが大量になれば、多くの人に迷惑をかける実態になる。では「どこまでがよくてどこまでが悪いのか」という議論になるが、そのために規則や法律がある尾であり、また人間の動議的な判断力が発揮される場面ではないのか。そして、その中には多くの人の知恵や歴史が詰まっているのであり、また多くの人の心理状態が寄与するものである。
 心理状態がわからない、というのでは菅直人首相とあまり変わらない。このような状態では、人心が離れ、公共のものに対する信用がなくなってしまう。水道局はここまでやる必要はないのかもしれないが、利用者の多くの人tの心理状態を考えれば当然の事なのかもしれない。そのようなことをしてまでも、一見、無駄ということ、そこまでしなくてもよいのではないかということをしてまでも、公共の信用というものは維持しなければならないということの教訓であるし、その社会に生きる人は、公共や社会を重視し、それぞ身勝手な自分ひとりの考えで汚してはならないということの現われではないのだろうか。
 私は、ニュースの記載の人とは違い、水道局の判断は正しいと思う。もちろん、そのことによって断水など街に影響があるという状況がなければという前提である。公共の信用はそこまでして守らなければならないのではないか。

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熱中症で人が死んでいる現実を見た政治判断をすべき

熱中症で人が死んでいる現実を見た政治判断をすべき

 一昨年の9月、鳩山首相は国連の国際会議において、マイナス25%というあまりにも現実離れした目標を、国際公約として出していた。何のことか忘れている方のためにあえてここで言うと、地球温暖化防止のために温室効果ガスの削減を、1990年比マイナス25%という公約を掲げたのである。日本は、それまでもさまざまな削減努力を行ってきており、研究機関などは一桁のマイナス以上はできないということを言っていたのである。特に、産業界では温室ガスの排出というよりはエネルギーとしての燃料の燃焼は、科学技術の発展や経済の発展、物品の製造のためにはどうしても必要なものであるし、また、交通関係者に関しては、日本のモータリゼーションは田中角栄首相の日本列島改造論以降飛躍的に広がり、そのために、日本の発展ができてきたといえる。最近になって人のいないところに高速道路ができているなどの指摘が行われているものの、そのような発展があったために、日本の経済の発展と経済成長があったのであり、無駄とか高速道路の建設制限、箱物行政批判などが出てきた後に、日本の経済が国際金融や海外の政治、経済状況に左右される形で低迷していることは、間違いのない事実だ。
 そのような産業の発展・経済の成長と密接にかかわる内容であるのにかかわらず、業界や経済界、または、その経済が発展しないことによってより一層悪化する雇用を考えれば国民全体のコンセンサスを執らなければならないのにかかわらず、鳩山首相は自らの思い込みと、大衆迎合型政治家にありがちな「極端な数字の提示」というエキセントリックな手法によって公約を掲げたのである。
 その結果、日本は「脱火力発電」を推進し、また、ガスの燃焼などを極力抑え、オール電化の住宅の推進を行ったのである。特に超高層住宅などにおいては、火災の危険などが少ないという意味も含め、オール電化の家庭が非常に多くなり、その宣伝も非常に多く出していたのである。鳩山首相のボーンヘッドが、仕方なく国際公約を守るための手法を考えるようになり、当然に個別の燃焼を少なくし、また原子力発電を推進することによって火力発電の割を異を落とし、温暖化ガスの排出を最小限に止める豊作が行われたのである。3月11日以降問題になる福島大一元白く発電所は、当初廃炉が決まっていたが、この鳩山氏の無謀なマイナス25%の公約により10年間延長営業を行うことが決定されたのである。
 しかし、3月11日以降その状態は一変する。震災の被害により火力発電所は壊滅的な打撃を受け、また原子力発電所は福島原発の事故を受けてほとんどが再稼動できない状態になっているのである。その状態は、まさに電気という現代社会では必要不可欠なエネルギーの欠如を意味している。細かいことは言わないが、菅政権は、ただ闇雲にというか、代替政策なしに、この猛暑に向けて電力のマイナス15%削減という不思議な目標を立て、クールビスを推進し、国民にその政策を押し付けたのである。そのような政策の中で、一昨日、日本中が猛暑日となった。本当はこの記事も昨日書く予定であったが、昨日のブログはどうしても国会の延長を書くべきであると思ったので、この記事を今日に回したことをご理解願いたい。

熱中症で搬送、すでに685人…沖縄では死者も

 熱中症で救急搬送された人は19日までの3週間に全国で685人にのぼり、うち沖縄県の女性1人が死亡したことが、総務省消防庁の調査(速報値)でわかった。
 九州・山口地方の今夏の気温は平年並みか、平年より高くなる見込み。節電のためエアコンの使用を控える家庭も多くなりそうで、関係者はこまめな水分補給などを呼びかけている。
 都道府県別の搬送者数は沖縄の67人が最多。愛知64人、大阪37人と続いた。このほか、福岡19人、大分12人、山口4人などとなっている。沖縄は昨年6月の1か月間(37人)を上回った。年齢層別で見ると、65歳以上が40・3%を占めた。
 死亡した沖縄県うるま市の女性は70歳代。沖縄地方が梅雨明けし、真夏日となった9日の夕方、自宅で就寝中に家族が異変に気づいた。救急隊員が駆けつけた際、室内は高温多湿の状態で、女性の体温は40度近く、汗をかいていなかった。

.最終更新:6月22日(水)15時30分
読売新聞 6月22日(水)15時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110622-00000720-yom-soci

東電の電力需要、猛暑で震災後初4千万kw超

 東京都心部が真夏日となった22日、東京電力管内の最大電力需要は冷房の使用が広がったため、東日本大震災の発生後では初めて4000万キロ・ワットを超え、ピークの午後4時台には4129万キロ・ワットに上昇した。
 同日の東電の電力供給力は最大4730万キロ・ワットで、約13%の供給余力を確保したものの、本格的な猛暑が到来すれば電力需給は一段と厳しくなる恐れもある。
 22日は東北電管内でも仙台市などで真夏日となり、管内の電力需要は午後2時台に震災後で最大の1064万キロ・ワットに達した。この日の東北電の供給力は1180万キロ・ワットで、供給余力は10%を下回った。
 最大需要は東電が22日午前8時半に発表した予想(3990万キロ・ワット)を大きく上回った。23日の予想は4150万キロ・ワットと22日を上回り、供給力(4780万キロ・ワット)に対する余力は22日と同程度となる見通しだ。

(2011年6月23日01時58分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110622-OYT1T00970.htm

 菅政権のもっとも大きな問題点、というよりは、民主党政権の大きな問題点は「掛け声」「目標の設定」「命令」「行政指導」、何でもよいが政府が何らかのアクションを行い、国民の生活が制限される主張において、その代替策を提示しないことであろう。本来、たとえば上記にあげた二酸化炭素、温室効果ガスのマイナス25%を主張するのであれば、そのために行政気や掲載効果がなくなる部分に対して何らかの手当てをしなければならない。オール電化を推進するのであれば、そのオール電化の住宅に補助金をつけるとか、マイナス25%の取り組みを行ったところに、営業の保証を出すなどが必要であるし、また、代替エネルギーをしっかりと提示し、その内容で国民の生活や経済活動が、影響が出ないように、影響が出たとしてもその影響が最小限になるように勤める義務があるのではないか。ただ単に口で言うのであれば誰でもできる。政治家でなくても、子供でもできる。根拠もないのに、受験生が「東大に受かってみせる」などといきまいているのとかわらない。それほど無責任な発言はない。この無責任というのは、まさに国民に付けが回ってくるということを意味しており、その内容は、経済活動の制限というのとともに、不景気風という風評や自粛ムードという社会風潮で二重・三重に国民生活を圧迫することになるのである。
 今回の節電に関しても同じだ。節電はある意味では仕方がない。これに対しては代替策があるとは思えない。何しろ発電施設そのものが壊れてしまっているのであるから、どこから電機を買う以外には穂法はない。しかし、上記新聞記事のように節電を行うことによって熱中症の危険があり、国民の生命の危険が迫っているのである。そのことに対してはしっかりと対処する必要があるのではないか。ある意味で、避暑地を町の中に作るとか、氷を配布するなど、電気を使わない政策・方法もいくらでもあるのではないかと考えられるのである。しかし、今の民主党政権はそのような代替政策は一切提示をしない。要するに命令や目標の設置に関して無責任なのである。
 では、あえて聞く。この節電を遠因とした熱中症で亡くなられた方は、誰に責任があるのか?
 東京電力ですか?地震や津波だから誰も責任を負わなくてよいのでしょうか?あるいは亡くなられた方が寿命だったとか?または熱中症対策を怠った本人の問題なのでしょうか?
 私は、しっかりとした代替政策を示さない無責任な政府の責任であると考えられる。もちろん、政府の責任は第一義的であって、他に派生するが、しかし、しっかりとした代替策を出さないという無責任な目標の設定や節電の呼びかけは、はっきり言って国民の負担が非常に大きく、政府の無責任が際立っていると考えられるのである。
 今後、これ以上被害者を出さないために、政府は一刻も早く節電に対する代替策を明示すべきであり、それができないのであればできる人に政権を譲るべきである。政局争いをしている暇があるならば、国民のことを考えろ!私はそういいたい。

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ペテン師嘘つき与党と腑抜けな野党の結果

ペテン師嘘つき与党と腑抜けな野党の結果

 今日は少し衝撃的な単語を表題につけてみた。
 私の民主党批判に関しては非常にさまざまなところで見ることができると思う。「民主党は何がだめって、全部にきまってるじゃないですか」という昨年5月のチャンネル桜の討論番組での発言は、「3時間の討論番組を1回目の発言で終わらせた宇田川敬介氏」http://www.nicovideo.jp/watch/sm10969300として動画などで紹介されている。実際のところ、そんなに意識した発言ではないのであるが、今になってさまざまなところで言われる。先日もある講演会で挨拶をさせていただく時間をいただいたのですが、そのときに「宇田川さんの3分で終わらせた内容は、いつ見ても痛快で最もわかりやすく民主党を表現したものと思っております」などと激励の言葉をいただいたりもした。実際、1年も前の発言なので、そんなに記憶に残るほどのものかとも思うのだが、あそこまではっきりという人はなかなかいなかったのかと思う。なお、この場をお借りして、編集された方、要するに私の発言にドリフターズの8時だよ全員集合の音楽を重ねて編集された方、一度ご挨拶をしたいと思っておりますので、ぜひお時間をいただければと思っております。
 また、これと一緒に「菅政權の違法・憲法違反が野放し?態・左翼の本質見ろ【宇田川敬介】」という動画http://www.nicovideo.jp/watch/sm14777172をおつくりいただいた方もあり、なかなか、皆さんご活躍と思っております。この場を借りてお礼申し上げます。なお、「《show-k / "菅察日記" intro by 宇田川 敬介, 西村 幸祐 》【菅直人Disソング】 」http://www.youtube.com/watch?v=s9iYqkvYmOoをおつくりになられたshow-kさんにも、なかなか面白い企画ありがとうございます。
 さて、いきなりこのようなことを書き始めたのは、世の中で私は「民主党攻撃」の中の一人と思われている。もちろん、民主党は日本の政権を任せるにあたって頼りになる政党であるとは思えない。万年野党でよい人々が政権を執るとここまでひどい音になるとは、いくら私でも予想をはるかに超えたものである。しかし、実際にその民主党の問題は、ある意味でそれを追求しきれない野党の問題でもある。雇う自民党が、一回の総選挙で敗北したとはいえ、その体質を変えることなく、自民党としてしっかりとした思想的、イデオロギー的基盤を作ることができないのであれば、それは民主党がだめであっても、他に頼るところがないということになってしまう。政治とはよりよいもの、よりましな者を選ぶ選挙であるが、同程度に悪いのであれば、結局今と同じということになってしまう。ある民主党議員が「今、野党が谷垣自民でよかった。これが立派な党首を掲げた自民党であったならば、民主党政権はとっくの昔に瓦解していただろう」ということを言った。民主党議員は、民主党がだめであることはわかっている。しかし、自民党もだめだから長生きできると思っているのではないか。そのような意味合いが色濃く出た一言ではないのか。
 いまの不幸は、民主党が現況である。そのようなことは誰でもわかっている。また、マスコミもよろしくない。なんだかわからないが、嘘つき・ペテン師を報道し正当化するその行為は国賊・非国民の集団といっても過言ではないのかもしれない。大本営発表を繰り返して戦争に負けたその歴史的教訓を今のメディアは学ぼうとしない。自ら死を選んだかのごとく、自分たちの体制や、国民の要望にこたえるという感覚が欠如している。
 しかし、それだけではない、実は野党側がしっかりと追求していないところも非常に大きな問題があるのだ。よく、マスコミが報道しないなどという。もちろんその部分もある。しかし、マスコミが報道してくれないからといって、信念を曲げたり、政策を曲げたり、あるいは民主党の嘘やでまかせを許してよいものではないのだ。しっかりとそれを追求し許さない態度こそ、しばらくは批判があったとしても、最も重要な行為ではないのか。マスコミが補導してくれない、有権者から理解得られないなど「信念を曲げるための言い訳」を先にしても意味はないのだ。それよりも、雇うとして、そして次の責任政党として何をしなければならないのか。民主党のような批判だけで、理念もない正当でないということを見せなければならないのではないか。
 それができないために、結局菅直人の嘘とペテン師的な行為に引きずられてしまったのである。その結果が、昨日の国会の会期延長である。

衆院、国会会期70日間延長議決…与党賛成多数

 衆院は22日午後の本会議で、同日までの今通常国会の会期を8月31日まで70日間延長することを与党などの賛成多数で議決した。
 自民、公明両党などは反対した。
 会期延長は、国会法の規定で、衆参両院の議決が異なった場合、衆院の議決が優先される。

(2011年6月22日16時47分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110622-OYT1T00787.htm?from=top


国会70日延長、議決へ…与野党対立は必至

 民主党は22日午前の与野党幹事長会談で、赤字国債の発行を認める特例公債法案と2011年度第2次補正予算案などを処理するため、22日までの今通常国会の会期を8月31日まで70日間延長することを提案した。
 自民、公明両党は反対しているが、民主党は22日午後の衆院本会議で70日間のまま延長を議決する。会期延長問題はひとまず決着するが、菅首相の退陣時期をめぐる混乱は続いており、延長後も与野党対立が続くのは必至の情勢だ。
 与野党幹事長会談では、民主党の岡田幹事長が「特例公債法案や(電力会社に自然エネルギー買い取りを義務づけた)再生可能エネルギー特別措置法案があるので、会期に余裕を持たせたい」として、70日間の延長方針を提示。東日本大震災の本格復興のための第3次補正予算案については、「十分準備するため、会期をいったん閉じる」と述べ、延長国会の閉会後に編成する考えを示した。そのうえで、「会期延長と首相の代わる時期は別の問題だ」と強調し、野党側の理解を求めた。
 これに対し、自民、公明両党などは賛成できないと主張。自民党は逢沢一郎国会対策委員長が記者団に反対を明言。公明党は山口代表が党会合で反対する方針を表明した。大幅延長に慎重な姿勢だった社民党などは賛成した。与党側は会談後、横路衆院議長に70日間の延長を申し入れた。

(2011年6月22日15時44分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110622-OYT1T00620.htm

 まず、民主党にとって言えることは、民主党議員全員が「ペテン師」であるということだ。内閣不信任否決のときの民主党議員の言葉は何だ。「菅さんが辞めるといったから否決した」あるいは、「鳩山さんが換算の辞任を確認したので野党の内閣不信任案に乗らなかった」という声がほとんどだ。しかし、その後、菅直人首相はやめないと言い出し、結局今回の会期延長も「やめる時期」は一向に構わないといった感じだ。本来、民主党議員の「辞めるといったから不信任を否決した」というのであれば、「やめる時期を明示しない国会会期延長」も許されるはずがない。そもそも、そのような自己都合の嘘を吐く首相の存在を、理性的な国会議員ならば許せるはずがないのである。
 これは、自分が次に民主党として当選することができないと思っている議員が少なくない。要するに解散されてしまえば、その議員は議員としての地位を失うことになる。その意味では菅直人首相が辞めないのと同じ自己都合による内容でしかなかったのである。国家のことや正義・大儀などとは程遠い私利私欲による利害関係の一致でしかない。逆に言えば、菅首相を追い込んで、正論を言えば、落ちてしまう議員から恨まれるし、自分も落選するかの性があるのだ。それほど選挙という国民の意見を聞くことができない議員になってしまったのである。
 そのために、なんとなく菅直人がペテン師といわれれば、そのムードに乗って動き、また、マスコミが「被災地をほっておいて政局ばかり」といわれれば、「一致団結」などとわけのわからないことをいう。その際たるものが原口一博議員であるが、民主党議員がみなその素質があり、大なり小なり「原口議員的素質」であるということは間違いがない。
 結局、これで民主党議員は「菅首相が辞めるといったから否決した」とかいう陳腐な言い訳はまったく通用しない。まさに「菅直人を信任した」し、「菅直人の首相継続を支持した」のが民主党議員である。また、自分の政党の党首をやめさせることもできない、国民の意見を聞くことも、それを反映させるようなこともない正当であるこが、今回の「賛成多数」という記事で明らかになったのである。
 一方、そのような民主党の悪事を報道までさせながら、しっかりと追及ができないのが自民党である。自民党はもっとしっかりしなければ、とてもではないが国民の信を得て政権に返り咲くことはできない。国民の希望は別にし、結局小沢一郎議員の提唱の通り二大政党制になってしまう。そして、それはアメリカなどの諸外国のような政策による二大政党ではなく、ポピュリズムによる低値安定の世界最低の二大政党制ができてしまうであろう。これでは話にならない。
 今回の国会会期延長は「数の論理」であったかもしれない。しかし、しっかりと審議をする、そしてしっかりと国民の前で新年を通す国会議員がいないといいことを明らかにし、そして、首相の嘘を許す国会議員が多いということをまさに白日の下にさらしたひどい結果ではないのか。逆に、これを逆転してよい国会にするには、延長国会の中において、自民党がしっかりとした与党追求を行い、そして何がよくないのか、何をしなければならないのかをしっかりとし、そして、民主党の何が悪いのかをしっかりと追及し、審議を尽くすべきではないのか。それは政策に関しても、しっかりと行う必要がある。
 野党がしっかりしていない国会は、国会として審議が尽くされない。それこそ国民にとってもっとも不幸なことであるということを、国会議員は自覚すべきである。

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財源がないのに改革を叫ぶ愚政府

財源がないのに改革を叫ぶ愚政府

 2年前、民主党はさまざまな公約を国民に投げかけていた。「私たちならばこうする」というような話はさまざまなマスコミで報道され、さまざまなところで話題になっていた。その中には年金改革もあった。当時「ミスター年金」といわれた長妻昭議員が安倍内閣のときから自民党に追及し、そもそも年金の一元化を叫んで改革に取り組んでいた。しかし、そもそも国民年金と厚生年金の違いも明確にせず、政策論ではなく政局論で物事を語る追求は、基本的にはスキャンダルの追求のようになっていた。
 実際に当時の政府自民党・公明党は、この根拠のない改革に対して批判を強めた。【自民党ネットCM】プロポーズ篇 http://www.youtube.com/watch?v=kZpSfahQ--0では、
男:「ボクの方がキミを幸せにできる。ボクに交代してみないか?バラ色の人生が待っているよ。出産や子育ての費用も教育費も、老後の生活費も介護の費用も、ボクに任せれば全部OKさ!高速道路も乗り放題だよ!」
女:「お金は大丈夫?」
男:「細かいことは結婚してから考えるよ!」
女:「えぇぇぇ???」
 というアニメCMを作った。今になって考えれば、まさにこのとおりであり、2年前の総選挙の前に、現在のようになることは予想されていたことになるのである。
 この財源問題に関しては、民主党は「予算の組み換えと無駄の削減で16.8兆円の捻出」という主張をし、マニフェストにもそのようなことを掲載した。また、このときに4年間消費税は上げないということをしっかりと公約していた。それにもかかわらず、鳩山政権になってから、公約はなし崩しになり、いつの間にか消費税率アップ前提の話をしているのである。すでに完全に公約に違反し、民主党の主張はすでに崩壊しているのにかかわらず、本件における改革案だけは、「震災復興」とは別に行われているのである。

民主、一体改革案紛糾「100日考えさせて」

 消費税率を2015年度までに10%に引き上げることを柱とする「社会保障と税の一体改革案」は20日に予定していた正式決定を先送りした。
 退陣表明した菅首相のもとで増税方針を決定することへの反発や選挙への影響を懸念する声は予想以上に強く、首相の求心力低下を改めて浮き彫りにした。
 ◆根強い反発◆
 「最初から消費税しかないというシナリオだ。民主党をつぶしたくなければ最低100日考えさせて」
 「きょう決めるのなら、民主党に民主主義はない。選挙に負ける」
 民主党の「社会保障と税の抜本改革調査会」(会長・仙谷由人党代表代行)が、20日午後5時から国会内で開いた会合は、最終案として提示された一体改革案への反対論が渦巻いた。
 結局、議論は2時間以上も紛糾し、意見集約は困難とみた小沢鋭仁会長代理が、「意見が相当過熱している。きょう政府で決めるのはやめてもらう」と、先送りを宣言。政府側は「反対論が出てもガス抜きで終わり、最後は何とかまとまるだろう」と楽観し、午後7時から改革案を正式決定する政府・与党の検討本部の会合を予定していたが、中止せざるを得なかった。
 民主党の反対論の背景には、昨年の参院選敗北の一因となった消費増税への拒否感に加え、退陣表明した首相への反発も強くあるようだ。
 実際、「政権交代があろうとなかろうと、社会保障の強固な基盤を作るために税制改革は必要不可欠だ」と了承を求める仙谷氏に対し、松野頼久元官房副長官は「菅内閣は一体、いつまで続くのか」と仙谷氏を名指しして問いかけた。
 山田正彦前農相も「菅さんは総理を辞めるとはっきり言った。今ここに座っている執行部も、総理が代われば代わる。そういう執行部でこんな大事なことを決めていいとは思わない」と追及した。
 改革案に盛り込まれた「消費税率10%」は、首相が昨年6月の就任直後に表明して以来、「政治生命をかけて決める」としてこだわってきたテーマだ。
 加えて、首相自身が「20日決定」を繰り返し明言してきただけに、野党からは「党首である首相が決めたことを、党が了承しないというのでは政党の体をなしていない」(自民党幹部)との批判が出ている。
 民主党執行部の一部には、一体改革と復興基本法を決着させることで、首相退陣に向けた「花道」としたいとの思惑もあった。執行部は21日にも改めて会合を開き、了承を取り付けたい考えだが、最終的には反対を押し切る形で決めざるを得ないとの見方も強い。
 ◆公約反映せず不満◆
 民主党側の反発が強いのは、09年の衆院選政権公約(マニフェスト)を反映していないとの不満が強いことも一因だ。
 今回の社会保障改革案は、パートの若者に対する厚生年金と健康保険の適用拡大や子育て支援の強化を打ち出し、これまでの高齢者中心の制度から「全世代対応型」への転換を図った。
 その一方で財源を節約するため、70~74歳の医療費の窓口負担割合引き上げや、高所得高齢者の基礎年金の減額、年金支給開始年齢の引き上げなどを打ち出した。こうした内容はマニフェストに記載がなく、与謝野経済財政相の強い意向で盛り込まれたとされている。

(2011年6月21日09時05分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110621-OYT1T00163.htm?from=top

 記事の中にもあるが、結局公約を守ることはないということだ。公約を守らないということは、単純に国民を裏切っているということであり、その内容に関してしっかりと「公約違反」であることをしっかりと出さなければならない。
 また、財源がいないことは、政権をとる前から指摘されてきたこと。そのときに同じ国会議員でありながら、認識も甘く勉強もしていないということである。これらに関しては、政治家としての能力の問題であり、その能力の欠如は、まさに現在の国難の原因のひとつになっているということである。
 財源のない改革は、まさに罰則のない刑法と一緒。結局何の拘束力もなければ、何の力もない。まさに欠け後だけのパフォーマンスである。そのことを考えれば、そこまでのことを考えずに民主党に政権をとらせた日本国民の民度というものに関して非常に大きな問題を感じるものである。しかし、同時にその内容は、国民の生活の問題に直結する。結局、政策を守るために増税を行い、また無理な国債を発行してパフォーマンスを続ける。その内閣が、まだ延長して延命するといっているのであるから、「菅さんは総理を辞めるとはっきり言った。今ここに座っている執行部も、総理が代われば代わる。そういう執行部でこんな大事なことを決めていいとは思わない」と山田前農林大臣が言っている通りである。そして、政権として国民に対する責任感の欠如が顕著であるから、退陣表明後に次々と新しいことをいい、そしてそれを押し通そうとする。それでは火事場泥棒と同じでまさに国民の権利と将来を奪うものである。
 何度も書いているが、このような政権には早く退陣して、国民の信を問てもらいたいものである。

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原発政策迷走と日本のエネルギー政策の行方

原発政策迷走と日本のエネルギー政策の行方

 菅直人首相の対人がひとつの焦点になっている。6月2日の内閣不信任のときは「震災復興に一定のメドがついたら」といっていたのに、最近では「再生可能エネルギー法案」など、震災復興とはまったく関係のない話までしている。関係があるとすれば原子力発電所に関するものであるが、これは、事故対応ではなく、将来の日本のエネルギー政策に関することであり、少なくとも本人の弁で「一定のメド」といっておきながら将来の件まで口を出すのは完全におかしいとしか思えない。テレビメディアなどがそこをまったく無視しているのは、はっきり言って政治家の発する言葉を軽くしか見ていない証拠でもあるのであるが、それでも「意欲」などという単語を使われると面白くない。その上、最近では「なぜ菅首相が辞めなければならないのかはっきりしない」などといっているテレビコメンテーターもいるくらいで、これでは偏向報道といわれても仕方がない。復興基本法が6月20日に成立する予定であるが、そもそもこの時点で震災から102日たっているのである。102日もしなければ復興に関する基本的な考え方もできないというのは、あまりにも遅すぎるし、政治的にはおかしいといわざるを得ない。正確な統計がないが、この間、体育館などの避難所でなくなられた方が何人いるのか、その人々の無念な思いはいかばかりか、考えると胸が痛くなる。
 その復興以外の部分に関して「自然エネルギー推進庁」を作るというのはすでに一度触れたと思うのであるが、それではエネルギーを開発するまでの期間、日本はエネルギーの安定的な供給ができなくなってしまうということになる。それは単純に日本の経済が完全におかしなことになってしまう。開発するだけではなく、単純にそのエネルギーが安価なものでなければならないのではないか。エネルギーが安価でなければ、製造魚は日本でその生産活動を行うことはでいなくなってしまうのであり、その場合は日本の雇用が少なくなることを意味する。「一に雇用、二に雇用」などといっていた昨年の民主党代表選挙のスローガンを信じるほど、私も子供ではないが、民主党政権のあまりの嘘、でまかせの多さは、政治不信を招くなどというものではなく、彼らの人格そのものの問題ではないのか。そのような政治を選んだ国民の民度の問題ともいえるのである。彼らへの批判は、私たち国民に完全に振り返ってくるものである。
 さて、その自然エネルギーの課初されるまでの旗艦の問題が一定の見解を示した。その内容が下記のものである。

<原発>菅首相「安全性が確認されたものは稼働」

 菅直人首相は19日、停止中の原発の再稼働を地元自治体に要請する方針を海江田万里経済産業相が表明したことについて「私もまったく同じだ。すべての原発を停止するとは言ってない。(政府が停止要請した中部電力)浜岡(原発)は例外的で特別な事情があるが、他の安全性が確認されたものは稼働していく」と述べた。インターネットを通じた国民との自然エネルギーに関する「オープン対話」の際に語った。【高橋恵子】

毎日新聞 6月19日(日)19時29分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110619-00000027-mai-soci

原発:海江田経産相「再稼働を」 立地道県知事、批判噴出

 海江田万里経済産業相が18日、原発再稼働の要請方針を示したことに対し、毎日新聞が原発立地道県の知事に姿勢を尋ねたところ、「適切」とした安全対策への疑問の声が噴出、現時点での受け入れを表明する知事はいなかった。原発の運転に関して知事に法的権限は無いが、電力会社と道県などの協定もあり、知事の同意無しの稼働は困難とみられる。経産相は近く福井県と九州を訪問する方針だが、慎重姿勢を見せる知事の説得など、各地で紛糾するのは必至の情勢だ。
 取材に応じなかった福井県知事と連絡が付かなかった茨城、鹿児島両県知事を除く10道県知事が取材に応じた。現在、国内の商業用原発54基のうち37基が停止中(調整運転を含む)。運転中のうち5基が8月末までに定期検査に入る予定で電力需給の逼迫(ひっぱく)が懸念されている。海江田経産相は同日の会見で、シビアアクシデント(過酷事故)対策に関し、適切との評価結果を公表した。
 適切と判断した根拠の説明を求める知事は多く、溝口善兵衛島根県知事は「国が指示し、電力会社が実施する安全対策で十分かチェックする必要がある」と国の方針をうのみにできないとの姿勢を堅持。新潟県の泉田裕彦知事は「安全性について論評に値する内容が無い」とコメント。「本県の技術委員会の質問に国は回答していない」と不快感も示した。
 原発事故の現場となった福島県の佐藤雄平知事は「再稼働はあり得ない」と従来通り断言。菅直人首相判断で運転停止となった静岡県の浜岡原発は、今回の経産相方針でも対象外とみられ、川勝平太知事は「再開のさの字も出る状況ではない」と現状を語った。
 浜岡原発と他の原発との違いについて説明を求める知事も複数いた。福井県は、県幹部が「原発の高経年化対策や、浜岡原発のみに停止を命じた判断根拠などが示されなければ、定期検査中の原発の再稼働は了解できない」と慎重な姿勢を示した。
 原発の建設や運転の許認可権は国にあるが、道県と市町村、電力会社は安全協定を結び、施設増設などは地元の了解を取る▽自治体の安全措置要求の受け入れ--などを約束している。経産相の発言を巡っては橋下徹大阪府知事も「時期尚早。経産相や経産省のみなさんが原発周辺に住めばよい」と話している。【まとめ・石川淳一、柳澤一男、関東晋慈】
 ■道県知事のコメント
◇北海道 高橋はるみ知事
過酷事故対策が適切と評価した根拠も含め、国は責任ある説明が必要。説明を踏まえ対応を検討したい
◇青森県 三村申吾知事
県原子力安全対策検証委員会での検証結果、県議会での議論などを踏まえ、慎重に、かつ厳しく対処していく
◇宮城県 村井嘉浩知事
一定の理解は示すが、不安の声があるのも事実で安全対策を万全にしてほしい。女川原発にはコメントできない
◇福島県 佐藤雄平知事
原発が立地している県の知事は安全確認の証左がなければと言っている。(福島第2原発の)再稼働はあり得ない
◇新潟県 泉田裕彦知事
本県の技術委員会の質問に国は回答していない。原発の安全性について論評に値する内容を何も含んでいない
◇石川県 谷本正憲知事
経産相の判断は一つの考え方だが、浜岡原発と他の原発の違いを十分説明していただかないと判断は難しい
◇静岡県 川勝平太知事
(浜岡原発が含まれないのは)当然だ。完全な対策だと確認できない限り、再開のさの字も出る状況ではない
◇島根県 溝口善兵衛知事
国の指示内容が、福島原発事故の原因を踏まえた安全対策として十分かチェックしていく必要がある
◇愛媛県 中村時広知事
再稼働の必要性に理解を求めたのだろうが詳細は分からない。伊方原発の稼働は白紙であることに変わりはない
◇佐賀県 古川康知事
再起動への国の意思が明確に示されたと受け止める。玄海原発の再起動は、県議会での議論も踏まえ判断したい

毎日新聞 2011年6月18日 21時28分(最終更新 6月19日 1時42分)
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110619k0000m010074000c.html?inb=yt

 浜岡原発の停止要請(行政指導)で、完全に法律を無視した行政を行ったことになる。法律を無視した行政を行ったことは、その時点で完全に内閣による行政権の僭越を示すものであり三権分立の趣旨に完全に違反するものである。憲法上の問題で言えば、そもそもその憲法の精神に違反した内閣ということができ、民主党と国民新党、要するに与党に組する議員全てがその共犯であるといって過言ではない。何しろ彼らは、そのような違法違憲内閣を信任したのであるから、一緒に地獄に落ちてもらいたいものだ。
 その浜岡原発がなぜ止めなければならないのか、しっかりとした科学的根拠もなく、他の原子力発電所は安全ですといわれても、誰が信用するのかまったくわからない。彼らは違法違憲内閣であり、共産主義国家の独裁政権かあるいはカルト教団の教祖様のように、自分が命令すればなんでも奴隷のように国民は言うことを聞くとでも思っているのか。完全に彼らの感覚はおかしいとしか言いようがない。
 浜岡原発を止めた「理由」で福島原発は自身の確率は0%になっていた。その0%の中において、これだけの被害があったのは、そもそもその理由を示す書面の信憑性に大きな問題があるということだ。逆に言えば浜岡原発は東海地震の危険があるといわれているものの、その危険の確立が84%であるのかどうか、再度しっかりと検証が必要なはずであるし、その検証の結果をしっかりと国民に公表しなければならない。
 同時に、他の原発が安全だという海江田大臣や菅首相の発言は、そのままどうして安全と確認されたのかという基準とその基準に関する各施設の説明がなされていない。要するに、3月15日、メルトダウンという状態になっているのにかかわらず「安全ですといい続けた枝野官房長官と同じく、何の根拠もない状態になっているのである。
 政治は命令と権限だけではない。当然にその中における根拠と、法律とそれに基づく責任が付帯して動くものである。責任を取らない内閣が何を言っても無駄であるが、同時に、その命令や行政指導に関しても、発言にしても、何一つ「根拠と責任」が明確になっていないのである。
 このような政権を擁護するテレビコメンテーターの質を疑うと同時に、そのようなコメンテーターの出演を許している国民視聴者の認識は、再度の国民的選択のときに大きな過ちをするのではないかと危惧するものである。

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マスコミ批判に関する一考(49) だましのテクニックで飯を食う朝日新聞

マスコミ批判に関する一考(49) だましのテクニックで飯を食う朝日新聞

 面白い報道があった。このような報道を普通の新聞やテレビが行わないし、また、定例の記者会見の模様をテレビが放映しないのも非常に違和感がある。ここにいつも書いているように、マスコミには報道しない自由が存在する。これは偏向報道というものや曲解報道というものよりももっとたちが悪い。本来であれば国民が知らなければならないこと、国民が知っていて当然なことを、しっかりと報道することそのものがジャーナリズムであり、自分たちの思想や応援している候補・政党の思想や心情・政策を押し付けるのがマスコミ・ジャーナリズムではない。
 以前より批判している、最近としになって出てこなくなったT氏などは「批判精神こそジャーナリズムだ」などといっているが、実際に民主党政権になってからの批判精神などはまったくなく、建前と言葉遊びで報道をしていたことが明らかになってしまう。はっきり言って、彼ら自民党時代のジャーナリストや、政治評論家のほとんどは、自民党の下野と一緒に職を失うべきではなかったのか。そこまで過激な言いようをしなくても、実際に自分たちが賛辞した民主党政権のこの体たらくを見て、この失政と被災地の現状を報道して、自分たちの過去の発言に責任を負わない態度はまさにマスコミ不信の現況となっているのではないか。
 自分の言葉に責任を持たないというのは、まさに今の民主党とマスコミの特徴であるといってよい。よくよく考えてみれば、マニフェストとかさまざまなことをいっても、結局約束などは守っていない。菅直人の不信任の後の答弁から見れば「紙に書いていない」から「辞めない」らしい。しかし、民主党は、そもそも民主党・社民党・国民新党での三党連立内閣であった。しかし、その三党の連立協議書に書かれた「沖縄からの米軍基地の撤退」を守ることなく、結局社民党が連立からはずれ、また、郵政民営化の廃止を約束している国民新党との間も何もできていない。結局、紙に書いていないから市内のではなく、紙に書いていたって、協議で決めていたって、結局守らないのが民主党の特徴であり、その責任を負わないのが民主党の国会議員である。
 同じことがマスコミでもよく使われる。誤報でも一切謝罪もしないし、その責任の明確かも行わない。これが朝日新聞などはまさにそのものである。
 6月9日の事件の概要は下記のような記事に記されている。

谷垣氏も苦笑 「一部報道によれば」表現の是非

 6月9日に行われた自民党・谷垣禎一総裁の定例記者会見で、『朝日新聞』の記者が「一部報道では大連立の可能性とありますが、谷垣総裁はどうお考えでしょう?」と質問したところ、谷垣氏は「一部報道って、どこのふざけた報道ですかそれは? 私、知りません」と回答。この「一部報道」の出所は『週刊朝日』であることを質問した記者が明かすと、谷垣氏は「あぁ、御社が出しておられる週刊誌」と苦笑し、会場は笑いに包まれたという一件があった。
 この話題は2ちゃんねるのまとめサイト「痛いニュース」でも取り上げられるなど、大きな話題をネット上にもたらした。この「一部報道によれば」という表現は、メディアが何かを報道する際、その事実および根拠を自社で確認できないことを暗に示すときに使われる言い回し。
 この件について、フリージャーナリストの上杉隆氏は以前より違和感を表明している。
 2010年1月18日のツイートで、同氏は
「朝ズバにて。みのもんた『一部報道によると小沢氏の土地…』。一部報道という報道機関はこの世に存在しません。そんなソースすら明かせないの、と嘆いてみる。米国の放送局ならば即時FCCからの処分ものですね」(編集部註:FCC=連邦通信委員会)
とバッサリ。
 また、上杉氏は『ジャーナリズム崩壊』(2008年・幻冬舎新書)で新聞が引用元を明確に明記しないことを「カンニング」と指摘した。そして、「カンニング」が横行していることを示す、ひとつの象徴的な表現が「一部週刊誌」という言葉だと指摘しており、こうも述べている。
「情報源を明示しない悪癖を許して来た結果が、日本のジャーナリズム全体を貶めているのだ。それは単に面子の問題ではなく、読者へのサービス低下にも繋がっている。仮にクレジットを示していれば、より詳細な情報を知りたいと思う読者は、当該週刊誌を手にするという選択肢を得ることになる」
 今回、谷垣氏の切り返しにより注目が集まった「一部報道」問題だが、上杉氏の指摘はマスメディアには耳の痛いものであることは確か。小誌も含め、自戒すべき問題かもしれない。

(R25編集部)
2011年6月15日(水)11時0分配信 R25 

http://news.nifty.com/cs/technology/techalldetail/r25-00020383/1.htm

 情報源の秘匿ということにかんしては、日本の場合裁判所での判例があり、マスコミには秘匿の権利が存在する。また、その中において秘匿する必要性がある場合も記載されている。特に刑事事件や巨悪に立ち向かうような疑獄事件の場合は、相手が権力者や暴力団などの場合もあり、正義のためにわが身を犠牲にしなければならない状態が出てきてしまうのである。権力者であれば、社会的な地位や収入が犠牲になり、暴力団などの場合は自分の命や身体の安全が十分に保護されない。それらが保護されないことによる支配関係の成立は、社会的な巨悪の解決や正義の実現ができないことを意味し、それは社会的な損失である。よって、その場合の情報源の秘匿は、ある意味で社会的な要請であるし、認められてしかるべきであると考えられる。
 しかし、逆に情報源の秘匿はマスコミ全体に全ての場合において認められているというのはいかがなものか。たとえば、政治的なこれらの報道に関する取材の場合「一部報道」という単語は、われわれもよく使うが、朝日新聞のように自社の雑誌を「一部報道」と使うことはない(国会新聞社はそんなに大きな新聞社ではないので、雑誌を発行しているわけではない)。本来ならば「当社の雑誌の報道で、XXXXが取材した結果によると」という質問になるはずが、いつの間にか「一部報道」というあいまいで責任感のない質問方法になってしまうのだ。
 上杉隆氏は、上記の記事によると(これは上記記事をさしているので一部報道ではない)これらは読者サービスの低下につながるということになるのであるが、では、それを解決するためにはどうしたらよいのか。
 まさに発言や報道に対する責任制がしっかりとしていないから無責任な取材と無責任な情報の垂れ流しが横行するのではないか。「自由」と「責任」は、本来は一対の価値観であるが、日本の場合「自由」はイコールで「勝手」であり同義語で「無責任」でよいと思っている。そのあまりにも大きな思い違いが、まさに、このようなことになっている。責任を負うことは「報道、言論の自由の侵害になる」などという発言こそ、まさに無責任の象徴である。それらに関しては、私も含めて自戒しなければならない部分ではないのか。
 このようなことを書いている、そして読んでいるこの時間の後ろでも、朝日新聞は「一部報道では」といって取材をしているのである。まさに、報道していないことでも、あるいは自社の報道でもそのように表現し、相手をだまし、無責任情報を垂れ流しているのではないか。そのような情報を信じているから、菅政権のような失政続きの内閣を生んでしまうのである。まさに今の失政の多くはマスコミに責任があるといって過言ではない。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(14) 中国での契約と中国人の性質(3) 中国的合弁契約の特徴

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(14)
中国での契約と中国人の性質(3) 中国的合弁契約の特徴

 マイカルの中国法人「大連国際商貿大厦」は、日本のマイカル70%、中国の大連商場有限公司30%の合弁会社であった。合弁契約では、7:3の株式比率でも日本側ですべてができるという規定はない。何事も中国側、日本側の双方が協議して決めることになっている。当然に、事業計画やホテルなどの重要な契約相手などを協議して決めることになっている。それは中国の会社法の要請ではなく合弁契約による要請だ。当然に合弁契約であるからそれを守る義務は双方にある。この要請は、一つには中国の合弁会社の許認可などの内容の審査の意味も入っているのである。
  これに関して、マイカルの中国開発室は、日本の株式比率的な感覚しかなかった。70%も株を持っていれば、何をやっても自由にできると思っている。結局、中国を無視して事業を進めるようになるのである。マイカルの大連の事業は、当時の大蓮市長も公認の大連市の一大プロジェクトである。そのプロジェクトにおいて、日本人は完全に中国人を無視していたことになる。中国で行う事業で中国人を無視するという状態とても話にならないのである。
  日本人は、基本的に中国で事業を行う時に、日本人は日本人の慣習を持ちこんでしまう。日本の慣習を持ちこんで、日本のやり方や方法を持ちこんでしまう。もちろん、中国人もをれを学ぶ。日本人は喜んで日本特有の経営慣習や経営手法、ノウハウを持っていってしまう。しかし、日本人はその間、日本的なやり方を入れる。ここで大きな二つの勘違いをする。一つ目は教えてあげているから自分の方が偉いというものである。もうひとつは、日本と同じ感覚で経営をするということだ。

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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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何が差別で何が名誉既存かわからない状態になった現代

何が差別で何が名誉既存かわからない状態になった現代

 土曜日は少し軽めの記事を書こうと思っている。
 今日扱う記事は、「米国では「努力しないと一生マクドナルド店員」は差別でない」というもので、基本的には職業に貴賎なしという建前と、実際に夜会で通用している本音の部分がまったく違うという話であろう。
 私は東京生まれの東京育ちであるが、マイカル勤務時代大阪に努めならに住んでいたことがある。どんなに忙しくても週休があるのがサラリーマンのよいところだ(今の私は休みがあるのかないのかわからない状態ですが)。もうひとつは、休んでいても給料がもらえるということだ。私たちの場合は取材を怠ればねたはなくなるし、毎日文章を書いていなければ実質的には文章が欠けなくなってしまう。要するに、結局土曜も日曜もなく、舞一文章を書く練習をしていかなければならないし、毎日ネタを探してうろうろとしていなければならない。ちょっとしたことに鵜の目鷹の目で寄り付く姿は、物乞いというよりも、スリに近いのではないかと思うこともある。もちろん、このブログもある意味で言えば、私の毎日の文章の練習でしかないのかもしれないし、皆さんにはそれに付き合っていただいているのかもしれない。
 その大阪時代、まだ独身であったころ、時間もあったのでショッピングセンターのフードコートで時間をつぶしていた。一日家にいてもいいのであるが、私は今でも、喫茶店や
フードコートでこれらブログを書くことが多い。周りの雑音や会話が適度に耳に入り、また、親子の会話などがなにかのヒントになったりする。実際には、世相がわかるといえばもっともよいのかもしれない。そのときも、なんとなく本を読んでいたところ、子供がふざけて走ってきて、私に体当たりをした。「どうもすみません」お母さんと見られる女性が私に謝った後の言葉だ。「そんなに落ち着きがないと、吉本に入れるぞ!」関西で吉本といえば当然に吉本興業のこと。要するに日本のお笑い文化の中心的大企業である。しかし、シチュエーションから言えば、間違いなく今回の御題である「職業に貴賎なし」とは逆。吉本興業に入るということは子供たちにとってはあまり名誉なことではなく、同時に、その内容は実にひどいものであるということを言っているのに他ならない。
 現在で言えば芸人ブームであり、同時にお笑い芸人はもてる職業である。しかし、今から10年位前は、その萌芽はあったものの、まだまだお笑い芸人は「笑われる職業」でしかなかったのではないか。職業の貴賎も、次代によって変わるものである。記事を読んでいただいた後は、価値観の違いについて少し述べてみたい。

米国では「努力しないと一生マクドナルド店員」は差別でない.

おぐにあやこ氏は1966年大阪生まれ。元毎日新聞記者。夫の転勤を機に退社し、2007年夏より夫、小学生の息子と共にワシントンDC郊外に在住。著者に『ベイビーパッカーでいこう!』や週刊ポスト連載をまとめた『アメリカなう。』などがある。おぐに氏が、アメリカの「職業意識」を解説する。

 * * *
 息子がある日、いった。
「中学の理科の先生がね、『しっかり勉強しないと、大学に行けないわよ。そしたらアンタたち、一生、マクドナルドでハンバーグを焼き続けるか、スクールバスの運転手になるしかないんだからね』って、クラスの皆に説教したんだよ」
 私は、びっくり仰天! それって「職業差別」じゃないのよっ。
 だいたい、特定の企業を名指しするなんて失礼千万だし、教育者がスクールバスの運転手を生徒の前で見下していいの? そんなことだから、スクールバスの運転手をバカにし、反抗的な態度を取る中学生が後を絶たないんじゃないの。今回ばかりは、捨ててはおけないわ……。
 そんなわけで「先生、子供には『職業に貴賤なし』と教えてください!」と、学校に手紙を書きかけた。途中で「日米で職業差別に対する考え方が違うのかも」とチラリと思ったのと、そもそもビミョーな話題について上手に抗議できるほど、英語力に自信がなかったもんで、結局あきらめちゃったんだけどね。
 後日、アメリカで公立校の教師をしている日本人の友人に聞いてみた。「どう思う? こんな発言ありえないわよねーっ!」と。
 ところが彼女は平然というのだ。「スクールバスの運転手、ってのは初耳だけど、『勉強しないと、マクドナルドでハンバーガーを焼くだけの一生よ』ってのはもう決まり文句よ。私は使わないけど、教師仲間でも平気で使う人、結構いるわよ」。
 そ、そうなのっ? 少なくともタテマエでは、日本なんかよりずっと人種差別に厳しい国なのに、どうして、職業差別はOKなわけ?
 友人が説明してくれた。「どんな仕事を得るかも、年収をいくら稼げるかも、本人の努力の結果、と考える国だからね。『一生涯、ファストフードの店員』なのは本人の責任であって、彼らを見下しても差別とは見なされないのよ。だいたい『職業に貴賤なし』なんて、アメリカじゃ誰も信じてないかも……」。
 うーん、確かに、高卒より大卒、大卒より大学院卒のほうが年収が高いこの国の現実を「学位偏重社会」と批判する人なんて見たことないもんな~。努力し、自己投資した者が得る当然の結果ってことなんだろう。

2011年06月16日07時00分 提供:NEWSポストセブン
※週刊ポスト2011年6月24日号
(「ニッポン あ・ちゃ・ちゃ」第149回から抜粋)

http://news.livedoor.com/article/detail/5637688/

 時代、場所、シチュエーション、これらによって人間の価値観は変わる。この価値観があまりにも近い感覚で変わると。これを最近では「ブレル」と表現して忌み嫌われる。政治で言えばポピュリズムとか、デマゴーグといわれるような状況に陥ってしまう。いずれにせよ、本人は「時流に乗っている」つもりでも、周囲から見れば信用できない裏切り者でしかなくなってしまうのである。
 政治の世界において、二つの事例がある。
 ひとつは、ある自民党の公認候補が、最近になって鳩山由紀夫民主党前代表の私的諮問機関に入り、分科会の副会長になったというものである。あえて公人以外の固有名詞は避けるが、昨年の参議院選挙での公認候補であり、演説の中で鳩山由紀夫前首相を「ルーピー」と表現していた人、その政策が亡国につながるといいながら、その舌の根も乾かぬうちにその前代表の私的諮問機関の副会長になったと発表し、その主催の会合で司会を務めると、自身の支持者に対して告知をするというものである。
 本人が心変わりをするというのは、まあ個人の自由であろう。しかし、上記のように時間的に1年も経ずして主義主張を買え、批判していた前首相でありその主張の整合性も少ない部分から言えば、信念も何もない状態で、自己都合で価値観が変わったとしか言いようがない。これは忌み嫌われるものであり、信用できない裏切り者ということになる。しかし、問題はそればかりではない。自民党公認候補の支持者は、当然に自民党の公認候補の支持者であり、民主党の支持者とは相容れないものである。それを、しっかりとした説明もなく、また、また本人は「独立系シンクタンク」などといって、自民党の支持層を民主党鳩山由紀夫前代表の勉強会に誘うということの意味は、あまりにも大きなものではないのか。もちろん、鳩山由紀夫元代表が、民主党を離党し、新政党を作り自民党と連立を模索とか言うのであれば、それはそれで話になるのかもしれない。しかし、雇う公認候補から華麗に与党の元代表の陣営に鞍替えし、その上で、その支持者を誘うなどという行為は、まさに公認をくれた自民党に対する背任行為であり、裏切りでしかないのである。もちろん、そのような行為は非難されるものであろう。
 人間の価値観はこうまで代わるものかというよい例である。もちろん、その鳩山由紀夫前代表も、六月二日の内閣不信任案決議では、華麗なる裏切りを見せており、そのことによって民主党党内においてはまったく人望が亡くなってしまっている。もともと大所帯であった鳩山グループは、樽床グループの独立だけでなく、そのほかも「鳩山離れ」の状態を示している。それらの状況から見れば、自民党公認候補からわざわざ鳩山由紀夫前代表の私的諮問機関シンクタンクに鞍替えした彼に関しては、「ポピュリズム」という大衆の意見をよく聞く耳もないのかもしれない。
 さて、その民主党であるが、私が内閣不信任案否決後、ちょうど今週くらいに民主党の若手議員を複数周りインタビューをした。そのほとんどが「菅首相がやめるといったから否決に回った」という間抜けな言い訳が聞かれたのは、民主党のモラルと憲法知識の欠如を十分に示すものであろう。そこで、その多くの議員との会話をそのままここに書いてみよう。
私 「あなたの選挙区で、あなたの写真を使ってチラシを配りたい」
議員「宇田川さん、ありがとうございます。菅首相のおかげで民主党議員は選挙区で人気がないんですよ。宇田川さんに手伝っていただけると心強いです」
私 「では、写真に『この人は菅首相を信任した人です』とかいて、ついでに憲法69条の解説を小さくつけて配ろうと思うのですが」
議員「ちょっと待ってくださいよ。それじゃあ、選挙の手伝いどころか妨害じゃないですか。」
私 「でも事実でしょ」
議員「不信任には反対しましたが、信任したわけではないんですよ」
私 「憲法上はそんな議論は通じないと思いますが」
議員「そんな事いったって、実際の社会は違うでしょ。そんなことをしたら名誉毀損で訴えなければならなくなります」
私 「それはそれは、先生と法廷で見えるのはあまりうれしいことではありませんが、逆に一般論として、民主党の議員が民主党の代表であり内閣総理大臣を信任したということが、どのような理論で民主党議員の名誉を毀損するということになるのか、その法的理論と法律構成をとくと拝聴したいですね。後日のため、今のうちにご厚誼願えませんか。何なら大々的にマスコミ発表か何かで、私を訴えていただくと、世の中の物議をかもすことになるし、いきなり憲法裁判になりますが」
議員「そうじゃなくて」
私 「でも、菅首相を支持する、信任するということは名誉が毀損されるということでしょ」
議員「現実に、それでは選挙が」
私 「それなら、民主党を割るとか、菅首相をやめさせるとか、もう一度民主党から不信任を出すとか、何か考えたらいかがですか」
議員「そうなんですが、実際に民主党の中もぐちゃぐちゃで・・・」
 こういったことである。一昨年、総選挙のときは、民主党というだけでひとつのブームになった。しかし、鳩山政権と菅政権の失政の『失われた二年』で「民主党賛辞」は「民主党惨事」になりいまや「民主党大惨事」になっているのである。現実には、この民主党議員のことはよくわかる。しかし、それならばしっかりと支持者に説明し、その上で自分の行動や身分にけじめをつけなければならないのではないか。もちろん、時代の流れで変わるものもある。しかし、民主党の場合は1年半という短い期間で、それを有耶無耶にしながら、ただ漫然と主義主張を気づかぬように変えてゆく、価値観や信念を曲げてゆくという行為は、まさに日本人をだます行為である。
 そのような政党も、議員も、個人も、結局信頼を失ってゆくのではないか。地位や金は、すぐに元に戻せるが、失った信頼を元に戻すのは大変だ。彼らはそのことをしっかりと味わい反省すべきなのではないか。

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足元の財務大臣が逃げ出す菅内閣

足元の財務大臣が逃げ出す菅内閣

 今日はまず、宣伝から。
 私は、あまり自分が何かしたりするのをブログで出さないほうであるが、今回はぜひブログで紹介してほしいというので、あえて。
 本日下記のような場所で、来賓としてご挨拶させていただくようです。何をはなすか現段階で決めていないのですが、沖縄の件と日本の政局について話してほしいということですから、なんとなく雰囲気で話そうと思っております。会場で見かけた方は声をかけてください。

沖縄返還協定締結四十周年記念「日本を守り抜く!」国民集会「日本を守り抜く!国民集会」実行委員会(実行委員長 惠 隆之介)
〈日時・場所〉
2011年6月17日(金)13:30~16:10
日比谷野外音楽堂

 さて、本日の御題です。
 連日誰かと話せば「菅はいつやめるのですか」と聞かれる。私は「基本的にはわからない」というようにしている。そもそも、何度もいているが民主党は信任したのに菅おろしをするという憲法、国会軽視の状態を行っているので、とてもとても「憲法の規定」で話ができる状態ではないのである。同時に、菅が自分で辞めるというニュアンスで言いながら、結局、つめてゆけば長くやりたいという権力欲丸出しの話をしているのであるから、どうにもならない。日本国憲法で言えば、菅は行政府である内閣の長であるから、罷免するのは内閣不信任案しか存在しないのである。にもかかわらず、内閣不信任を否決してしまったので、外部から強制的に罷免することはできないのである。もちろん、任命したのは天皇陛下であるから、合理的な考え方をすれば、憲法に規定がなくても天皇陛下が任命を取り消す、もしくは罷免の権限があるという理論も成立するが、残念ながら日本国権ぽうはそのような規定にはなっていない。このようなことがあれば、結局憲法を貝瀬氏なければならないという声が上がってしかるべきであるが、菅直人という人物の異常性場仮が報道されてシステム的な問題点がまったく指摘されず、ただ雰囲気で流されていることが非常におかしな話になっているのである。
 もちろん、「常識的な」話をする人にとっては耐えられない状態であろう。内閣は「連帯して国民に責任を負う」と規定されているのであるから、基本的に行政の不手際は菅直人という一人の異常性ではなく、内閣全体の問題になるのである。
 そのことを察知している大臣がいた。そのことが下記のものである。

来週にも内閣改造 野田財務相、特例公債法案との引き換え辞任を明言

 菅直人首相は15日、来週中にも内閣改造する意向を固めた。復興基本法案が20日に成立する見通しとなったことを受け、法案に盛り込まれた復興担当相を置くことを理由に、挙党態勢構築を目指す。与党内に広がる早期退陣論を抑え込む狙いもある。
 首相は15日夜、国民新党の亀井静香代表と首相公邸で会談した。亀井氏は挙党態勢構築に向け内閣改造を強く進言し、首相も前向きな姿勢を示した。週末にも再会談を予定しており、そこで人事構想を固める公算が大きい。
 また、政府・与党は6月22日の会期末を控え、会期を9月30日までの100日間延長する方向で調整に入った。23年度第2次補正予算案を7月中旬までに国会に提出し、7月中に成立させる構え。さらに8月初旬までに23年度第3次補正予算案の骨格をまとめ、お盆明けの8月下旬に国会に提出し、9月初旬の成立を目指している。
 9月末までの大幅延長に傾いたのは、中学生までの子供1人当たりに月額1万3千円を支給する子ども手当制度を4月から半年間延長した「つなぎ法」の期限が9月末に切れることが大きい。与野党協議を通じて10月以降の制度について法整備を図る方針。
 一方、野田佳彦財務相は15日の衆院財務金融委員会で、平成23年度予算執行に伴う国債発行に不可欠な特例公債法案について「もし私が首を差し出してそれが成るなら、そうしてもいい」と述べ、成立と引き換えに辞任を辞さない考えを表明した。「ポスト菅」の有力候補である野田氏が辞任する事態になれば政権への打撃は計り知れない。
 民主党の岡田克也幹事長は15日、川崎市で「東日本大震災の中で国会が夏休みを取ることはあり得ない。会期延長と、どこかの段階で首相が交代することは全然矛盾しない」と語った。

産経新聞 6月15日(水)23時12分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110615-00000623-san-pol

 そもそも、菅直人の行政の問題は、財源がないのに予算を連発しているところにある。財源がないのは、本来は、財務大臣の問題だ。過去に財源がないのに予算を出した内閣など存在しない。本予算の財源も確定していない状態で、補正予算を組むような「架空」の上に「架空」を塗り重ねるような内閣などは存在しない。
 憲法66条には、「内閣は連帯して国会に対して責任を負う」とある。当然に菅直人の失政は、菅直人一人の責任ではなく、内閣全体の問題である。要するに、枝野官房長官も、鹿野農水大臣も、そして野田財務大臣も、当然に1月14日の内閣改造以降の責任を全てを負うことになるのだ。架空の予算を組んだことも、また、予算を組んでもその予算を実行できなかったことも全て内閣の連帯責任である。
 「ポスト菅」の最有力候補といわれる野田財務大臣は「特例公債法案と引き換えに辞任」といっていると記事には書いてある。要するに自分の責任の範疇である「財源」を確保したら、これ以上自分の経歴に傷がつかないうちに辞任するという。要するに、「沈没船から真っ先に逃げるねずみ」のごとく、これ以上連帯して責任を負うことのできない菅内閣から逃げ出すということだ。もちろん、そのことによって「ポスト菅」の地位を確実なものにしようということであろう。
 逆に、それでよいのであろうか。
 まずわかるのは、内閣が内側から見ても崩壊状況にあり、同時に、連帯して責任を終えない状態になっているということである。一方で、ポスト菅争いがまさに激しくなっているという民主党内の事情もわかる。これによって、与党民主党と菅内閣の距離感もわかるのではないか。このような距離感でまだ「やる気」がある菅直人自身が信じられない。
 このエピソードを持って大きな意味のあるものとしてみなければならないのではないか。ただ単に辞意表明というのではなく、その一つ一つの行動の意味を見ていかなければ、複雑で、常識はずれで史上初のワースト記録を持つ菅内閣を分析することはできないのではないか。

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国防無策、尖閣諸島放置の菅内閣は売国の徒か

国防無策、尖閣諸島放置の菅内閣は売国の徒か

 3月11日の震災から3ヶ月たつ。一向に震災対応が進まない。今度は1.5次補正だそうだ。二回目の補正は第2次補正というのであるが、菅直人氏は日本語もろくにわからないらしい。「言葉遊び」で国民をだます性格は、民主党特有のものであるが、その体質が政権を取ってからも続くようでは話にならない。このような政権に対して、民主党内においても菅降ろしが出る。
 民主党議員数名に昨日話を聞いた。銀の全てが「代議士会で辞めるといったから内閣不信任案を否決に回った。辞める人に追い打ちをかける必要はないから。しかし、あそこまで辞めると明言しながら、内閣不信任が否決されたら関係ないというのでは、通常の神経では考えられない。国民の感覚にも合わない」という。そしてその全ての議員が「内閣不信任に賛成票を投じるべきであった」という。しかし、彼ら民主党議員が、そのような菅内閣を信任したという事実は変わらないのです。
 さて、民主党の特徴を、今上記で『「言葉遊び」で国民をだます性格』と表現した。今回の退陣劇も、不信任案に関する内容も、完全に言葉遊びで国民をだましたものである。この「言葉遊び」で「国民を」「だます」という性格は、まさにこのものである。民主党政権は「ロジック」や「理論」ではなく「言葉遊び」でしかない。今回の者も「若い人に責任を」とは言ったが「退陣」とは言っていないという。政治家として言葉に信頼が置けない内容をするようであれば、まさに政治不信になってしまうのではないか。しかし、政治全体が不振になっても、痔う部んたちの権力が維持できればそれでよいという考え方は非常に危険である。最後は、国民に対して責任を負うことがないということであるから、独裁につながる発想でしかないのである。
 「国民を」ということは、まさに、日本国民が対象であって外国人は「騙す」対象にはなっていない。韓国人に対しては重要文化財の返還を「いつまで」とは約束していないはずであるが、すぐに実行する。日本国民に対しては「いつまで」と言っていないから退陣はしない。外国に忠誠を誓い、国民は騙すという菅直人民主党の性格は、日本人としてとても許せるものではないのである。
 そして、「だます」ということだ。騙すというのは、まさに、自己の利益のために嘘をつく行為だ。騙される対象の中には震災の被災者もいる。また、騙すということは、当然に初めから嘘なのだから発言には責任などは全く取らないという前提である。ぎゃくに、言ったことではないということをやるということでもある。要するに、主権者である国民に対してまったくどのような行政を行うかもわからず、うそをつき、発言に責任を取らないという状態である。
 その状態が外交においても行われるのである。


中国が尖閣40億円で買収計画 菅の外交無策…領土が危ない

 日本固有の領土である沖縄・尖閣諸島を、中国関係者がさまざまなルートを通じて購入しようとしていることが、国会関係者の話で分かった。所有者である埼玉県の企業家は国益を考えて突き返しているが、「40億円での買収」を提示したケースもあったという。沖縄は今週17日、返還調印40周年を迎えるが、中国海軍は沖縄近海での示威的活動を活発化させ、一部の華人系団体が尖閣接近を計画しているとの情報もある。日本の領土が危ない。
 関係者によると、中国側の怪しい動きが始まったのは約10年前から。3、4年前から特に顕著になった。
 手口は極めて巧妙。不動産業者を通したものだけではなく、国会議員や政治団体関係者などが「日本の領土を守りたい」「私が力になろう」などと接触してきた。その背後に、中国側の存在をうかがわせるものが多々あったという。
 尖閣諸島は1895年、日本がどの国にも属していないことを確認して領有を宣言した。1919年に中国漁船が尖閣・魚釣島に漂着座礁した際、船長ら31人は島民らに救助されて無事に帰国した。翌年、中国(中華民国)から日本の島民らに「感謝状」が送られている。
 ところが、国連が71年に、尖閣付近の海底に石油や天然ガスなどが埋まっている可能性を指摘すると、中国は「自分の領土だ」と言い始めた。
 現在の所有者は70年ごろ、同諸島を開拓した福岡県の実業家、古賀辰四郎氏の子孫から「日本のために使ってほしい」と託され、4つの島を譲り受けた。これらは国が借りて管理しているが、中国側があの手この手で「わが物にしよう」と画策しても不思議ではない。
 最近、中国人は金の力にものを言わせて、北海道をはじめ、全国の山林や原野を買いあさっているが、尖閣についても「所有者側に、40億円での買収を提示したこともあったようだ」(国会関係者)という。
 ちなみに、自民党政権時代に、尖閣諸島の国家買収が検討されたことがあるが、「数億円だった」(党関係者)。中国が領土的野心を高め、付近の海底資源が注目される中、その価値はさらに上がっているとみるべきだ。
 こうした動きに危機感を持った民間人による「日本の国土を守る国民の会」の設立総会が来月開かれる。
 代表世話人である中森ふくよ氏は「諸外国との友好を維持しながら、国民の生命と財産を守っていくことが国家の使命。現状を放置すれば、日本の国土は、国民の意思に関係なく、他国の思惑のままになっても不思議ではない」と警鐘を鳴らし、尖閣諸島に気象・地震観測基地など国際的平和施設を建設するよう提案している。
 政府の対応は急務だ。

2011年06月14日17時00分 提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
http://news.livedoor.com/article/detail/5633586/

 中国が尖閣諸島を40億円で買いに来たという。
 要するに中国は尖閣諸島の所有権が日本にあるということを認識しているということに他ならない。所有している人に対してしか処分権はないのであるから「売ってほしい」ということを言うはずがないのである。要するに、中国は尖閣諸島が日本のものであるということを認めており、そこに領土争ういは存在しないということだ。
 では、昨年尖閣諸島問題が発生した時に、なぜこの事実を菅政権は公表しなかったのか。そして、なぜ、国民にそのようなことを知らせなかったのか。そして「領土問題は存在しない」とか「温家宝と会えば解決する」などといって、何の進展もなく、いまだに尖閣諸島の実効支配の問題が中国との間で話題になるのか。国民を騙す暇があるならば、しっかりとした外交をすればよい。その一つの外交カードとして40億で買いに来た話そのものが使えるはずではないのか。
 国民は騙せても中国人を相手に事実を持って外交交渉を行うことができないということである。そのような政権は国民を不幸に陥れ、そのうち値段が良ければ、あるいはうがった見方をすれば自分の利益になるのであれば、領土を割譲してしまう可能性もある。まさに売国政権である。その可能性を、今回のニュース、要するに昨年の尖閣問題の時に買いに来たという事実を隠し、国民をだました状態で放置したことから言えるのではないか。

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無責任な東電叩き、反原発デモ、その原因と結果

無責任な東電叩き、反原発デモ、その原因と結果

 まず私の原子力発電所に関するスタンスを明らかにしておこう。私は一言で言えば消極的推進派とでも言おうか。将来、それも遠い将来、科学技術が進歩して安定的かつ常態的に再生可能エネルギーで日本の必要エネルギー以上の生産ができるようになるのが望ましいと考える。「以上」というのは、その時点から先の科学技術の発展を目指して、エネルギーというのは常に現状維持ではいけないということを意味している。
 国家が国民生活の恒常的な発展と資産の安定、安全を提供するものであるとすれば、エネルギーインフラの恒常的、常態的、安定的な供給は必ず必要なものであろう。その意味においては、現在の段階で恒常的、常態的、安定的なエネルギーの供給という要求に対して再生可能エネルギーは、その要求を満たすものではない。そうなれば、エネルギーを他のものから調達しなければならない。現在その主力となっているものが水力、火力(石炭・石油・天然ガス)、そして原子力である。
 現在原子力発電の日本国内における発電量は全治の30%に近い数字になっている。原子力に関してはさまざまな思いがあるものと考えられるが、実際に、水力はダム開発のコストに対して発電電力が少ないということが上げられ、火力に関しては、その資源をほとんど輸入に頼らなければならないということが上げられるのだ。単純に言えば、輸入といっても安定的なものではないので、相場や国際情勢によって価格は左右される海峡港の封鎖などが仮に起きた場合、海賊や内戦などによる会場の治安の悪化が発生した場合には、輸入が止まる可能性もある。そうなった場合には、日本は電力がなくなるという可能性を秘めているのである。その部分において、原子力という、いちど燃料を入れたなら長期間発電が可能な施設を行ったものである。
 しかし、今回その原子力が事故を起こした。原子力に関しては、火力の場合と違い目に見えない恐怖が存在する。もちろん、私自身もその事故に関してさまざまなことをいえるわけでもないし、一方で、今回の事故の人体に対する影響がどうなっているのか、将来的な不安を取り除くだけの根拠や知識は存在しない。当然に原子力発電における今回のような危機の対処が甘かったことは間違いないであろうし、また、福島第一原発に限って言えば、それだけの技術や設備が整っていなかったということになるのではないだろうか。
 しかし、では、その分のエネルギーをなくしてよいのかというと層ではない。必死に電力の15%節電などということを言っているが、全体の30%の発電量を抱える原子力を止めておきながら、15%の節電といい、それも実現の可能性が難しいという、あるいは実現すれば、日本経済の多くの部分が停滞、衰亡するという試算をしっかりと出すべきではないのか。実際に帝国データバンクの発表では、1年10ヶ月ぶりに倒産件数が増加しているというが、その倒産件数の増加は、経済の衰退が原因ではないのか。
 その様な状態では、そもそも「国民生活の恒常的な発展と資産の安定、安全を提供する」はずの政府が、無計画に原子力発電を止めてしまい、無計画に東京電力を避難し、無計画に国民を不安に陥れたために、国民生活を壊してゆくのは、大きな問題であるといわざるを得ない。その意味では、再生可能エネルギーを開発する技術の進歩と同時に、原子力の事故制御や安全確保に関する技術を推進し、現状のエネルギー開発を行うべきではないのか。基本的には費用対効果であると思うが、再生可能エネルギーを現在の状況から開発するのと、原子力における安全性を確保するのとどちらがコストがかからないのか、あるいは、再生可能エネルギーが不安定である(風力発電の無風状態や、太陽光発電の夜間など)以上、その併用がもっとも望ましいのではないかと考えるのである。
 しかし、このような冷静な議論が行われることもなく、日本人の場合はただ扇情的、アレルギー的に反対運動を行い、毎日電気を使いながら無責任に東京電力という会社を非難する。東電を避難するくらいならば「電力の不買運動」くらいすればよいのに、そこまでの勇気も、覚悟もなく、ただ漫然と無責任に非難を繰り返す。発言と行動の無責任性は、今の菅内閣とあまり変わらないのではないか。
 今回は、その無責任な国民の対応に対する一定の回答が出たという新聞記事。

全原発停止なら…家庭の電気代1千円アップと試算

 経済産業省所管の日本エネルギー経済研究所は13日、すべての原子力発電所が運転停止し、火力発電所で発電を代行した場合、液化天然ガス(LNG)や石炭など燃料調達費が増えるため、2012年度の毎月の標準家庭の電気料金が平均で1049円上昇し、6812円になるとの試算を発表した。
 試算は、燃料の単価や為替の変動に応じて電気料金を上下する燃料費調整制度を考慮せず、電力会社が料金の抜本改定を実施しないことを前提としている。世界的に燃料の需給が逼迫(ひっぱく)したりすれば、電気料金が更に上昇する可能性もある。
 今年4月のLNGの輸入価格などを基にすると、12年度の火力発電の燃料調達費は10年度より3兆4730億円増加するという。電気料金に転嫁すると、1キロ・ワット時あたり3・7円の値上げになる。

(2011年6月13日22時06分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20110613-OYT1T00849.htm

<東電>賠償10兆円なら来年度、料金16%上げ…政府試算

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償を巡り、政府の東電支援策の前提となった同社の財務試算が13日、毎日新聞が入手した内部資料で明らかになった。賠償総額を10兆円と仮定し、原発から火力発電に切り替える燃料費の増加分を電気料金に上乗せ、12年度から約16%(一般家庭の場合月額1000円程度)値上げして東電に収益を確保させる。東電はこの収益を原発事故の賠償に回す仕組みで、事故による負担増を利用者に転嫁する構図となっている。
 政府は14日、東電の賠償支払いを、原子力事業者からの負担金や交付国債の発行で支援する「原子力損害賠償支援機構法案」を閣議決定する方針。試算は支援策を固めるにあたっての「検討用資料」として経済産業省などが作成し、今後10年分の財務諸表などを盛り込んでいる。
 試算によると、東電は支援機構の支援を得て、12年3月期から年2兆円の賠償費用を5年間計上。廃炉費用も2年間で1兆円を計上する。柏崎刈羽原発(新潟県)の運転停止が継続する場合、年約9000億~1兆円の燃料費が上乗せされ、14年3月期まで4期連続で最終赤字となる。
 燃料費の増加分は、12年春に電気料金を約16%値上げして吸収する。電気料収入は約4.6兆円(12年3月期)から約5.8兆円(15年3月期)に増加。東電は15年3月期に1735億円の最終黒字を確保するシナリオだ。
 11、12年度には機構を引受先に優先株を発行し、計2兆円を資本注入。賠償支払いに備えた巨額の引当金で財務が悪化するのに備え、支援機構からの資金支援を前提に引当金と同額を「機構宛て請求権」として資産計上し、債務超過を回避するとしている。また、16年3月期に金融市場での社債発行を再開し、5年間で計4.2兆円を調達する出口戦略も描く。金融機関や社債権者への支払利息は据え置き、株主配当も19年3月期の再開を見込む。【三沢耕平】
◇課題棚上げ急ごしらえ
 東京電力の財務試算には、原発事故に対する東電本体や株主、社債保有者らの責任を棚上げにしたまま、電気料金を引き上げるシナリオが描かれている。この試算を参考にまとめられた賠償支援策は、東電や同社に融資する金融機関の「(5月発表の)11年3月期の決算を円滑に行うことが目的」(政府幹部)でもあり、急ごしらえの内容となった。支援策を裏付ける法案が野党が多数を占めるねじれ国会で理解を得るのは、簡単ではなさそうだ。
 支援策の枠組み作りの過程で、経済産業省と東電が電気料金の値上げを前提にした案を提示したのに対し、首相官邸や民主党内からは反発が相次ぎ、4月末を目指していた決定が一時、延期された。しかし、電気料金の値上げを避ければ、東電の経営が立ち行かなくなるか、公的資金の投入で国民の痛みを求めざるをえない。結局、電気料金の値上げを前提に支援策はまとまったものの「あくまで世を忍ぶ仮の姿」(政府高官)ともいえる。
 今回の財務試算を「机上の空論」と指摘する声は政府内にも強い。「社債発行が可能な格付けを長期的に維持すること」を前提としていることが、その一例だ。震災前に日本国債と同格だった東電の社債は信用力が落ち続け、市場では「信用リスクが極めて高い」と判断される「C格」に転落する可能性もささやかれている。東電に全額賠償させる枠組み自体が、東電の信用リスクを高める結果にもつながっている。
 同社は「徹底的にリストラを進める」(清水正孝社長)と説明してきたが、試算に記された資産処分は3000億円程度だった。甘いリストラ策を批判された東電はその後、資産処分を6000億円に上積みした上で、人件費削減などで年間5000億円のコストを削減し、料金転嫁をできるだけ圧縮すると発表した。ただ、今回の試算からは、経産省OBが天下る公益法人への拠出金や財界活動費など「政治的な発言力を担保する資金」(経産省OB)の削減をどこまで進めるかは浮かび上がってこない。
 今後は同社の経営実態を調査する第三者委員会「経営・財務調査委員会」による資産査定が東電の「聖域」にどこまで切り込むかが注目される。査定を通じてリストラなど一層の責任負担が求められれば、東電を電力事業部門と債務を引き継ぐ部門に切り分ける「新旧分離」や「発送電分離」など、事実上の東電解体論にも発展しそうだ。【三沢耕平】

毎日新聞 6月14日(火)2時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110614-00000006-mai-pol

 東京電力は、このブログで以前にですでに述べたように「株式会社」である。当然に株式会社はマスコミ批判でもおなじみであるが、「利益を追求する社団」であり、組織である。
 よって、利益が出なければ破産し、廃業することになる。その時点で、最悪の場合には東京電力管区ない全ての電気が止まる。当然に破産しているのであるから、そのときにどのようなことを言っても責任を負う人はいない。単純に言えば、そのときの責任は政府が負わなければならないが、しかし、いくらインフラを行っている会社だからといっても、上場会社の最終的な処理の責任を政府が行うというのは、法的にも無理がある。そこで国有化という議論が存在するのであるが、必ずしもそのような状況になるわけでもないのである。
 当然に東電が賠償すべきだということは、逆に言えば東電の利用者の料金に跳ね返ってくるということを意味するし、原子力発電所を廃止す米ということになれば、新たな火力発電や水食発電用のダムの建設費や燃料輸入代金が電気代として上乗せされる。現実的に言えば、インフラのない生活はありえないのであるから、当然に電気の値上げは実質増税と変わらない。電気代の1000円あるいは16%の値上げということに関して、それを要求しているのは、原子力反対派であり、あるいは東電が賠償すべきという無責任な国民のバッシングであり、そのツケがしっかりと回ってくるということを意味している。そのときに1000円で半減視力という安全を買ったと解釈できるか。単純に言えば、電車やショッピングセンター、全ての生産物の製造コストが上がり、国際競争力が下がるということを意味しており、1000円ですまなくなるばかりか、固定費が増加した企業は生き残りのために雇用調整を尾kなうということを意味しているのであり、更なる景気の悪化、失業者の増加を生む一因となりうるのである。「遠因」ということを言えば、反原発派のデモが、雇用不安と日本経済の悪化を、製造コストの増大を、そして国民生活の困窮を招いているのだ。
 では反対してはいけないのかというと、私は層は考えていない。そのような言論や思想の統制をしているのではない。私がここで指摘しているのは「無責任な批判」である。よって、原子力発電を反対する、あるいは東電に賠償を求めるのであれば、原子力のない環境やエネルギー政策や、東電の賠償の原資をしっかりと指摘し、その上で「そのような提案を受け入れないのがおかしい」とすべきではないのか。無責任な動きは、結局国民に付けが回ってくるのだ。同じことが自民党批判、民主党賛辞という状況を生み出すのである。まさに「民主党賛辞」が「民主党惨事」に変わり、最近では「民主党大惨事」に日本が見舞われているのであるが、その二の舞を東電と原子力発電所反対運動で繰り返してはならないのである。

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本人は日本を壊す気満々の菅直人首相

本人は日本を壊す気満々の菅直人首相

 六月二日の内閣不信任案否決以降、菅直人首相の退陣時期がひとつの大きな話題になっている。
 私からすれば「おかしい」話でしかない。民主党の議員(菅直人以外)は狂ったとしか言いようがないのではないか。まあ、「狂った」は別にしても、あまりにも憲法など日本の法律や政治システムに関して不勉強に過ぎる。
 内閣総理大臣は三権分立のひとつの統治機構の長であり、同時に、天皇陛下から直接任命された勅任官である。その勅任官を辞めさせる手続きは、日本国憲法に記載されているもの以外にはない。基本的には、「内閣不信任案の決議」しかないのである。それ以外は本人の意思による総辞職もしくは、あまりよい例ではないが本人の死亡による辞任以外にはない。基本的に戦後では、大平正芳首相・小渕恵三首相の二人が任期途中で亡くなられている、。
 その内閣不信任案を否決した後に、「菅おろし」をするというのだから、民主党議員の見識を疑う以外にはない。はっきり言って民主党議員は小学校6年生の社会科で習う事すら理解できない人たちなのか、あるいは、生来法律や憲法といった規定を守るということがまったく認識しない、人治国家か独裁国家の出身の方ばかりなのではないかと疑ってしまう。
 信任したのであれば、最後まで菅首相でがんばればよいこと。立法府の議員として行動すればよい。一方、今頃「菅おろし」をするのであれば、つい10日前のこと。不信任案に賛成していればよい。この政治的な決断、態度のあまりにもけじめのなさは、実に頭が悪いとしか言いようがないのではないか。
 では、その「菅おろし」の主役、菅直人首相はといえば、自然エネルギー庁の創設に意欲を燃やし、その上でエネルギーとは関係のない芸能人、音楽プロデューサー、企業家などを集めて座談会を開いている。実に国民受けするようなパフォーマンスでしかないが、結局、双方の意見を入れた専門家の意見や自然エネルギー(政府では再生可能エネルギーと定義しているはずであるが)に関する内容、デメリットを正確に分析できる人がいなければ意味がないのである。不確定なエネルギーを推進するための、予算をかけるくらいであれば、現状のエネルギーの安全性や震災の復興、原発事故の処理をしっかりと行えばよい。何が大事で何が問題であるのか、今何をしなければならないのかの優先順位をまったくつけることができないということではないのだろうか。このような内容がパフォーマンス内閣といわれてしまう由縁である。

岡ちゃんが菅首相に脱原発を提言.

 元サッカー日本代表監督の岡田武史氏(54)が12日、首相官邸で開かれた自然エネルギー普及に関する有識者懇談会で、菅直人首相(64)に対し、脱原発&循環エネルギー導入を提言した。
 約35年間、環境活動に取り組んできた岡田氏は「サッカーをやってた中年のオッサンの意見」として「原発は循環しないから反対。循環エネルギーの研究を今から始めるべきだ」。8月をめどに退陣する意向の菅首相を前に「(次期首相を)誰がやろうと、ずっとつながるものを残してほしい」と物申した。
 ソフトバンクの孫正義社長(53)、音楽プロデューサーの小林武史氏(52)ら「脱原発色」の強い参加者が激論。孫氏は「畑を耕したりパンを焼くようにあらゆる国民が電気を起こす。志ある人が発電事業にどんどん参入すべきで、そのためには制度が必要だ」と電力の固定価格買い取り制度の早期導入を求めた。
 菅首相は「自然エネルギー推進庁」構想を披露するなど、太陽光や風力発電などの促進に取り組む決意を強調した。

2011年06月13日08時05分 提供:スポーツ報知
.http://news.livedoor.com/article/detail/5629132/

小沢鋭氏「やるときはやる」=樽床氏、出馬意欲にじませる―民主代表選

 民主党の小沢鋭仁前環境相は12日午前のフジテレビの番組で、菅直人首相退陣後の党代表選に関し、「(出馬を明言しないのは首相への)礼節の観点だけだ。やるときはやる」と述べ、退陣時期が明示された段階で立候補を表明する考えを示唆した。
 同じ番組で、出馬の可能性を問われた同党の樽床伸二元国対委員長は、時期尚早としつつも「東日本大震災を節目に新しいエネルギー政策を短期、中期、長期で立て、それを中心に日本が世界を引っ張っていく(べきだ)」と意欲をにじませた。
 小沢、樽床両氏は、震災対応で自民党との大連立の必要性に言及した。 

時事通信 6月12日(日)12時12分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110612-00000028-jij-pol

菅首相、月内にも退陣=両院総会が「一つの節目」―仙谷氏が認識

 仙谷由人官房副長官は12日午後、菅直人首相が月内にも退陣するとの認識を仙台市内で記者団に示した。これに先立つフジテレビの番組では「(民主党が今週中にも開く両院議員総会が)一つの節目になるだろう」と述べ、首相が両院総会で退陣時期を明確にすることに期待を示した。
 仙谷氏は、首相の退陣時期に関して記者団から「6月いっぱいがめどか」と問われたのに対し、「その辺で収れんしていくのかなと感じている」と語った。
 また、2011年度第2次補正予算案について「与野党の広い枠組みで共同作業でやっていく。菅首相が骨組みを提示し、(次の首相が)しっかり引き継いでいくのがいい」と述べ、編成作業は首相退陣後が望ましいとの考えを示した。 

時事通信社 2011年06月12日19時17分
http://news.livedoor.com/article/detail/5628035/

 仙谷氏も小沢氏も、その他のポスト菅候補の人々も、そもそも菅直人が辞めなければどうするのかまったく議論されていない。
 はっきり言う。不信任案の直前に開かれた代議士会で、鳩山由紀夫にまでペテン師といわれた菅首相の言葉をいまだにみんなで信じる、というよりはその菅が何も退陣に言及していないのにかかわらず、ポスト菅を語ること自体、民主党を挙げた壮大なパフォーマンスでしかない。世の中のマスコミは、その茶番劇を報道して一喜一憂しているようであるが、そもそもペテン師の言葉や文書を信用することができないのに、そのペテン師ですら何も言っていないことを、予想して先に代表選挙などを言うというのもあまりにもこっけいである。この人たちは、菅にだまされているというよりは、菅と一緒になって国民をだまし続けてるとしか言いようがないし、そのだまされた内容に関して、国民は、民主党議員に対してしっかりと責任をとうべきではないのか。
 今、民主党の議員がどんなにがんばっても、民主党議員が内閣不信任案を提出し可決しない限りにおいて、菅直人を強制的に首相の座から引き摺り下ろす手段はない。その手段は民主党議員が自分たちの手でつぶしてしまったのである。後は憲法を変えるか、あるいは、本人に辞職させるか、何らかの事で本人が志望するしかない。
 「来年の話をすると鬼が笑う」という。不確定な話をしても、そんなのは何の役にも立たないということの意味である。では、今のポスト菅の動きを鬼たちはどうやってみているのであろうか。閻魔大王も大笑いで日本の崩壊を待っているのかもしれない。

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マスコミ批判に関する一考(47) 情報があっても正しい情報を伝えることのできないマスコミ

マスコミ批判に関する一考(47) 情報があっても正しい情報を伝えることのできないマスコミ

 今日は、引用部分だけでも長いので、読まれる方には申し訳ない。しかし、非常に重要なことなので、あえて引用部分を長くさせていただいている。このマスコミ批判に関する一考のシリーズも47回目になっている。基本的に(はじめのうちは違うときもあったが)週1回、毎週月曜日にマスコミ批判をしている。中にはマスコミにエールを送ることもあるが大体の場合はマスコミの体質などをここに記載している。
 マスコミ批判の構造は、このシリーズを呼んでいただいている皆様にはお分かりと思うが、ひとつにはマスコミ利用者のマスコミに対する過度な信頼感もしくは期待感がある。このように書くと期待感がないという反論をする人もいるかもしれないが、当初からマスコミの報道を国民全員が気体も信頼もしていないのであれば、もっと言えばマスコミそのものが正しい情報を流さないという共通認識があれば、マスコミがどのようなことを報道しようと、ガセネタを流そうと関係がないのである。マスコミに対する批判があるということは、この文章の読者の認識とは違って、マスコミそのものの信頼度が高いということと、一般国民に対する影響力が大きいということを意味しているのだ。
 逆に、あえて「期待感」ということを記載したが、それはマスコミが信頼に足る情報を持ち、なおかつ、報道するマスコミそのものが専門的見地、一般よりも高度な知識に基づいて報道を行っているということが期待されている。もちろん、マスコミに出てくる大学の教授などがその範疇に入り、それらの威光を笠に来てマスコミの信頼を上げているに違いないのであるが、実際のところ、そのような範疇は存在しない。はっきり言えば3月15日前後の状態で、メルトダウンの可能性を言った『原子力の専門家』は、少なくともメディアに出ていなかった。実際にメルトダウンの報道を見て、彼らがどのような言い訳をするのか、そのところは非常に興味がある。本来であれば「公開されえいる情報が正しければ」などの条件をつけて言うべきだったが、マスコミと政府の意向に沿って物事を発言してしまうために、間違えた情報を与え、『専門家』が『一般人』をだます構図になってしまう。同時に、マスコミの言い訳に使われてしまうのである。その際たるものが、マスコミとは関係がないかもしれないが、菅直人首相と斑目春樹原子力安全委員長の関係ではないのか。
 あえて、一般国民のマスコミの期待感ということを書いた。それは、マスコミが期待に添えるだけの実力も、そして信頼に足るべき知識もなく報道をしているという事に関するちょうどよい資料が入ったからである。冒頭に引用が長くなると申し上げたが、今回はIAEAが出した調査団の報告書(6月1日提出の暫定版・最終版は6月20日になる)と、その内容を報じた新聞の記事をここに掲載する。あまり長くなるので、一応読売と毎日をここに掲載した。

福島第1原発:津波の危険を過小評価 IAEA報告書素案

 福島第1原発事故の原因解明に向け来日中の国際原子力機関(IAEA)の調査団がまとめた報告書の素案が31日、明らかになった。津波の危険性を過小評価していたと指摘したほか、規制当局の経済産業省原子力安全・保安院の独立性などを求めている。
 調査団は6月1日に官邸を訪れ、日本政府に手渡す。
 IAEA関係者によると、素案は「津波の危険性は明らかに過小評価されていた」として「原発の設計者や運営者は、天災のリスクの評価手法を最新の基準に更新し、きちんと評価すべきだ」と注文をつけた。
 保安院について「定期的な審査も含めて、深刻な事故に適切に対処し、取り締まりの独立性が保たれるべきだ」と言及。IAEAが過去にも指摘したのに引き続き、保安院の独立性を確立するよう求めた。
 緊急時の対応について、初期段階の重要性を強調。「重大事故に対応できるように、初期対策をしっかりと策定しておくべきだ」とした。
 1、3号機の爆発の原因となった水素について、発生と爆発の危険性を詳細に評価し、危険を低減する取り組みが必要だとした。
 一方で「特殊な環境下でも、献身的に覚悟を持って働く熟練作業員たちの対応は模範とすべきだ」と称賛。原発周辺での住民の避難を含めた日本政府の対応を「素晴らしく、よく組織化されている」としている。
 東電が作成した事故収束への工程表について「新たな状況が発生した場合は修正が必要。国際協力による援助も考えられる」とした。
 素案は、福島原発の事故を、原子力安全の教訓とするよう国際社会に呼び掛けた。

毎日新聞 2011年6月1日 2時00分(最終更新 6月1日 2時50分)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110601k0000m040166000c.html


津波の想定「過小評価」…IAEA報告書概要

 東京電力福島第一原子力発電所の事故調査で来日中の国際原子力機関(IAEA)の調査団は1日、調査報告書の概要版を日本政府に提出した。
 報告書は「津波の想定は過小評価だった」と指摘し、「安全対策の多重性確保」を強く求めた。事故の収束を目指す工程表については、避難住民が元の居住地で生活を再建することまで視野に入れ、より広範な計画に組み込むべきだと注文をつけた。
 米英露などの専門家ら約20人からなる調査団は先月24日から、同原発の現地視察や政府、東電関係者からの聞き取り調査などを行い、報告書の概要版をまとめた。今月20日からウィーンで開催されるIAEA閣僚級会合で正式に報告し、原発の国際的な安全基準に反映させる方針だ。

(2011年6月1日13時54分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110601-OYT1T00493.htm


【要旨全訳】1日発表のIAEA調査団先行報告書

国際原子力機関(IAEA)は1日、日本に調査団を派遣していた、福島第一原子力発電所、同第二原発、東海原発に関する調査報告書の概要を先行発表した。正式な報告書は、今月20日から24日までIAEA本部(ウィーン)で開かれる閣僚級の原子力安全会議で報告される。
IAEAは、12カ国の専門家18人からなる調査団を日本に派遣し、先月24日から調査を行っていた。今回の調査概要はすでに1日、日本政府に報告済み。
約2ページにわたる前置きでは、各原発の地震対応の装置は問題なく機能したものの、津波の想定が過小評価されていたことを指摘。作業員らの勇気ある努力にもかかわらず、燃料に深刻なダメージが加えられ、一連の爆発で危険が増し、周辺環境への放射能汚染につながった「国際原子力事象評価尺度」(INES)最大レベルの深刻な事故となったと述べた。
「今回の事故による放射線被ばくによって健康を害した報告例はまだない」、としながらも、今回の事故の教訓を世界の原発の安全に生かすため、1)外部からの危険要因、2)深刻な事故の管理、3)緊急事態への備え、の3点について、重点的に調査したという。
以下、「調査により判明した主な内容と教訓」として、箇条書きにされた要旨の全訳。同報告書の全文はこちら(英語・PDF書類)。

    1 日本政府と原子力規制当局、運営当事者は、今回の事故を教訓として世界の原子力の安全性向上を目的とする調査団に対し、きわめてオープンに情報を公開し、多くの質問に答えた。
    2 極度に困難な状況下で、断固として勇気ある作業に専念した専門スタッフの行動は模範的であり、(今回のような)異常な状況下で安全を確保するための最善のアプローチであった。これは、現場の作業員たちの対応拠点となったJヴィレッジの高度に専門的な支援活動により、大いに助けられた。
    3 日本政府による、一般市民の安全保護(避難を含む)への長期的な措置は、見事かつ非常にうまく組織だっていた。今後は、一般市民と作業員への適切かつタイムリーな、被ばくと健康状態に関するモニター追跡調査を行うことが望ましい。
    4 (日本政府により)発表された原発事故収束に関するロードマップ(工程表)は、重要かつ定評はあるものの、新たな状況が判明したりする場合は修正が必要であり、国際的な協力が必要となる場合も出てくるだろう。これは、放射性物質の放出により避難を強いられた周辺住民が、普段の生活を再開するために、同地域を再生するためのより幅広いプランの一環としてとらえられるべきである。そうすれば、今回のような極端な原子力事故が起きた際、どのようなことが達成できるのか、世界に示すことができる。
    5 (日本)各地の原発では、津波被害が過小評価されている。原発の設計者及び運営者は、全ての自然災害に対するリスクを適切に評価し、防護措置をとりいれるべき。また、最新の情報、経験、知識に基づいた評価及び評価方法を、定期的に点検すべきである。
    6 極端な外部からの事象、特に過度な洪水など、一般的に推測できる事象に関しては、徹底的かつ物理的に切り離して、多様かつ詳細すぎるほどの必要条件を設けるべきである。
    7 原子力規制当局は、定期的な審査を含め、極端な事象に適切に取り組むべきであり、IAEA安全基準に基づいて、規制当局の独立性とその役割を明白にするべきである。
    8 深刻で長期にわたる複数の事象については、設計の段階から、運営、資源の供給、緊急時の準備に至るまで、適切に検討されるべきである。
    9 今回の日本での事故により、現場での適切なコミュニケーションと、各原発の実質的な限度、管理状況、(人的・物的)資源を規定した、(あらゆる事象に対応できる)現場での緊急対応センター(ERC)の価値が認識された。これらは、深刻な事故を前提に、全ての主要原子力施設に設置されるべきである。さらに、深刻な事故状況下で、即時に必要な安全機能が回復できるように、シンプルで効果的かつ強力な装置についても、入手可能にすべきである。
    10 水素のリスクについては、必要な緩和装置が提供されているかなど、詳細な査定の対象とするべきである。
    11 特に初期段階における緊急対応措置については、深刻な事故に対して力強く対応できるような設計であるべき。
(翻訳・文/福山万里子)

http://wstreetnews.com/2011/06/01/%E3%80%90%E8%A6%81%E6%97%A8%E5%85%A8%E8%A8%B3%E3%80%91%EF%BC%91%E6%97%A5%E7%99%BA%E8%A1%A8%E3%81%AEiaea%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%9B%A3%E5%85%88%E8%A1%8C%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8/

 全文翻訳でわかるとおり、まずこの文書の主語が「日本政府」(官邸)「原子力規制当局」(保安員・安全委員会)「運営当事者」(東京電力)「専門スタッフ」(福島第一原発従業員)「原発の設計者」(アメリカ企業)と分かれていることに気がつくであろう。日本語の文書の場合、主語がはっきりしない文書がすくなくないが、外国の文書、特に英語の文書の場合は、必ず主語がしっかりしている。しかし、その主語のさをあまり考えずに翻訳してもまた報道を行ってもあまり意味がないのである。
 1では、まず情報公開がしっかりされていたことがわかる。しかし、逆に言えば、同じレベルの情報が日本人に公開されていなかったということが問題になる文章であるということも言える。このようなことを、上記の毎日新聞でも読売新聞でも報道していない。
 2 では、福島第一原発従業員を褒め称えている。このことは、すでに日本人の間で知れ渡っていることであるが、それでも吉田所長を処分するような話が出てきているのであるから、日本の組織はある意味で狂っているとしか言えないのかもしれない。その部分にIAEAがしっかりと触れているということも報道されていない。
 3 では日本政府の避難措置に関して問題がなかったということを指摘している。ただしチェルノブイリの場合は発生後1週間以上周囲の住民華が発生していたかわからなかったなどの問題があり、それに比較した部分もあると考えられる。それよりも、「被ばくと健康状態に関するモニター追跡調査を行うことが望ましい」とあるのは、逆に、住民の件く状態に対する被爆調査が必要であるのに政府は行っていないということを指定したものである。IAEAは住民の健康状態に関して政府があまり行っていないが、それが必要であると指摘しているのであるが、その健康状態の部分も報道されていない。最も国民にとって重要な部分が報道されていないのである。
4 では、日本政府が工程評を作ったことに対しては、一定の評価をしたがしかし、「新たな状況が判明したりする場合は修正が必要であり、国際的な協力が必要」とあり、柔軟な対応の必要性を見ている。首相の座にしがみつく菅首相にはもっとも耳の痛い言葉かもしれない。逆に言えば、これが指摘されているということは日本政府は、新たな状況の判明にしたがった柔軟な対応ができていないということである。
5・6 ここからは主語が違う事が注目される。「原発の設計者や運営者は」、という主語に変わっているのであるから、当然にアメリカのGEの責任を指摘しているのである。逆に言えば、日本政府が設計者であるアメリカの責任を指摘しないことを言っている。このことは、しっかりと歩道されなければならない問題ではないのか。しかし、いままで「東電が悪い」といい続けてきたマスコミは、その方針転換ができない状態だ。毎日新聞はまだ「設計者が」と原文のまま記載したが、読売新聞は主語を抜いて『報告書は「津波の想定は過小評価だった」と指摘し、「安全対策の多重性確保」を強く求めた。』というように、あくまでも東電に責任を追及するかのような、ごまかし、変更報道を行っているのである。
7 では、原子力規制当局の独立性ということを言っている。これは報道しているが、逆に言えば民主党の提唱する「政治主導」がIAEAによって「機能していない」ということを指摘されてしまったのである。IAEAはそのような民主党の主張までは何も言わないが、今の組織のあり方、政府のあり方を指摘されるということは、菅政権にとって恥ずかしいことである。しかし、毎日新聞も読売新聞もそのような報道になっていないのは、やはりネットなどによって『偏向報道』といわれてしまう原因のひとつではないのか。
8 では、この内容にkんして「長期的に検討されるべき」という指摘を受けている。三月の震災、福島原発事故当初、枝野官房長官は連日「当面の間」という単語で安全性を強調した。しかし、その対応は間違いであり、長期的にさまざまなことを考えるべきであるということを指摘している。もちろん、一般論としても長期にと思うべきかも知れないが、一方で、今の政府がそのような長期的なビジョンが存在しないということを指摘されている。深く読めば、今の政府では長期的に大きな影響が出るかの正がある重大な事象を見逃し、国民や環境に深刻な問題が出るということを言われているのである。そのことも国民に重要であり、こんな時に内閣不信任を出すのはおかしいというのではなく、このように長期的に重要な内容で対処することのできない内閣であるから、早く退陣すべきという報道をしなければならないのかもしれない。
9 設計が深刻な事故を想定されていなかったというアメリカの責任を追及したものだ。同時に、その後の事故状況下で、「シンプルで効果的かつ強力な装置」を導入すべきといっている。専門家に言わせれば、これこそベント弁のことであるといわれている。電気がない状態でもベントを開けるようにすべきであるとの指摘である。
10・11では、水素の発生や緊急対応における設計に関する内容である。やはり、日本政府がアメリカに対してしっかりと請求すべきであるとすべきだ。にもかかわらず、そのような報道がされていないのである。
 このように、文章をしっかりと読みそして専門家に解説を得られれば、ちゃんとした報道ができるはずだ。しかし、毎日新聞も読売新聞もそのような報道ができていない、というよりはその報道はひどいものである。一方で、この報告書が出されたことにより、世界各国における日本バッシングは少なくなった。アメリカの設計による部分が少なくないという世界世論も、本来であれば報道されなければならない事象であろう。そもそも、この全文掲載はウォルストリートジャーナルであるが、日本の新聞でIAEAの暫定報告書全文を読めるものがないのは、日本のマスコミがいかに当事者能力が欠けているか、あるいは、いかに偏向報道をしているかの証明でしかない。
 日本の報道機関は、「勉強不足」であり「認識不足」であり、なおかつ「正しい報道ができない」という三重苦に悩まされているのである。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(14) 中国での契約と中国人の性質(2)中国人のメンツのはざま

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(14)
中国での契約と中国人の性質(2)中国人のメンツのはざま

 華夏スイスホテルとの合意ができた。しかし、それだけで中国の仕事が終わるわけではなかった。
  まず、前提として、中国において当時、「小売業」というのは情報産業である。情報産業ということは、「商業」ではなく、情報の提供を糧にしているという枠組みだ。この枠組みは、われわれ日本人も、アメリカ人も誰でもが認識している。しかし、その一面がありながら、商業であると思っている。結局は情報はサービスでしかなく、物品を売ることによって対価を得ているからである。考えてみれば、小売業というのは最新の流行などの情報発信をしている。ショッピングセンターなどで「情報発信」ということを売り文句にしているところは少ない。雑誌などとコラボ企画で商品を売っている店も少なくないのが現状であろう。しかし、日本人は、当然に小売業は商業施設であると思っているから、その情報も販売促進の一部としか考えない。

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芸能人のイベント「総選挙」が、本物の政治よりも興味を持たれている現実

芸能人のイベント「総選挙」が、本物の政治よりも興味を持たれている現実

 今日は土曜日なので、相変わらず軽い話題。
 とっても、私がAKB48の話題をするとなれば、驚く方も少なくないであろう。そもそも、残念ながらAKBのメンバーを私は誰も知らない。世の中のおじさんの仲間入りをしている私にとっては、顔と名前が一致しない。
 私が若かりし頃、アイドル歌手が非常にはやっていた。ちょうど小泉今日子や松田聖子が全盛期であった。(彼女たちもおばさんになったなあ)その頃私の親などは「みんな同じに見える」と言っていた。当時、大人はなぜわからないのであろうかというように、その感覚を不思議に思っていたが、残念ながら、今の私はそのようになってしまったようだ。まさに「おじさん」である。
 そのわからない人たちが「総選挙」をするという。これもこれでなかなか面白いのである。
 私にとっては、非常に大きな皮肉だ。本物の選挙もこの芸能イベントの選挙も、いずれも「人気投票」でしかないという話でしかない。本来は政治の選挙は、本来は政策や主張、イデオロギーで投票を行うものである。本来は、政策は一つしか選べない。片方の政策をしたら、もう片方の政策は選ぶことができない。消費税を上げるか、維持するかという話であれば、あげる理由や維持するための国家歳入の原資など他の要因から考えて、取りらかしか選べないのである。
 しかし、ファン投票ならばそうではない。菅直人と谷垣禎一双方が好きといっても問題がないのである。(そのような人は少ないかもしれないが)。ただ単純に好き嫌いで選ぶのであれば、双方が成り立つ。
 テレビなどの報道によると、AKBの選挙はCDを買うと投票券が来るそうだ。一人が何枚もCDを買っても良いということだ。要するに「人気投票」なので、一人が複数の人に福薄票投票してもよい。政策などはないのであるから、それでよい。その件が下記の内容だ。


前田敦子が号泣、首位に返り咲き! ソロデビューを果たした板野は8位転落

 AKB48選抜総選挙は結果が発表され、予想通り前田敦子と大島優子の一騎打ちで、前田が昨年のリベンジを果たした。
 柏木は昨年の9位から3位へ、AKBソロで初の冠レギュラー番組を持った指原が19位から9位へ大躍進した。ソロデビューを果たした板野が昨年の4位から8位に転落し、「神セブン」から外れる結果となった。
選抜メンバー<メディア選抜>
1位:前田敦子(AKB48/チームA)
2位:大島優子(AKB48/チームK)
3位:柏木由紀(AKB48/チームB)
4位:篠田麻里子(AKB48/チームA)
5位:渡辺麻友(AKB48/チームB)
6位:小嶋陽菜(AKB48/チームA)
7位:高橋みなみ(AKB48/チームA)
8位:板野友美(AKB48/チームK)
9位:指原莉乃(AKB48/チームA)
10位:松井玲奈(SKE48)
11位:宮澤佐江(AKB48/チームK)
12位:高城亜樹(AKB48/チームA)

2011年6月9日(木)21時30分配信 ハリウッドチャンネル 
http://news.nifty.com/cs/entame/moviedetail/hwch-20110609-20110609_2101/1.htm


大島優子、2位でもホンキの笑顔!「AKBの顔はあっちゃんだと思います」

 9日、東京・日本武道館にて、「AKB48 22ndシングル選抜総選挙『今年もガチです』」の開票イベントが行われ、大島優子が3位に圧倒的な大差をつけた2位になった。笑顔で登壇した大島は、「票数は、皆さんからもらう愛です」と1位を前田にゆずった悔しさよりもファンからここまで支持してもらったうれしさが勝っているようだった。
 選挙前から前田敦子と大島優子の激戦が予想されたが、結果は前田が大島に1万差以上付けての貫禄勝ち。先月25日の速報では僅差(きんさ)で1位となっていただけに悔しくなかったはずはないが、大島は笑顔で登壇。そうして最初に口にしたのは「第三者はいろいろなことを言います」と意外にも連日のようにファンの熱狂ぶりを報じているメディアについてだった。
 ミリオンセラーを記録する一方で、同じCDを異なる特典で何バージョンもリリースする手法は「AKB48商法」と揶揄(やゆ)されることもある。とりわけ、先日リリースされたばかりの「Everyday, カチューシャ」は今回の総選挙の投票権が封入されているということもあり、複数枚購入するファンが続出。選挙のゆくえと共に連日マスコミを賑わせていた。
 大島は、こみ上げてくる涙を抑えるようにゆっくりと言葉を継ぎながら「(総選挙の)票数は、皆さんからもらう愛です」と宣言。メディアにさまざまな形で報じられながらも、支えてくれるファンに感謝していた。すると、とうとう押さえられなくなってしまったのか、目を涙でうるませながら、「『ヘビーローテーション』はセンターで歌わせていただいた大切な曲です。次は2位ですが、しゃかりきで歌っていきたい」とこれからのさらなる躍進を誓った。
  1位を前田に譲ったものの、今回の票数は12万2,843と1位に輝いた前回の総選挙の3倍以上。約14万票を得た前田と共に、ダントツのワンツーフィニッシュとなった。その前田から「この1年間、みんなを引っ張ってくれたのは優子だと思います」と感謝を述べられると、大島も「AKB48の顔はあっちゃんだと思います」とお互いの健闘をたたえ合い、最後には涙ながら抱き合っていた。(編集部・福田麗)

2011年6月9日(木)22時45分配信 シネマトゥデイ 
http://news.nifty.com/cs/entame/moviedetail/cnmtoday-N0032905/1.htm

 どのようなことであれ、注目を浴びることは重要だ。しかし、政治の選挙がこれらの芸能人のニュースの下になってしまうのでは困ったものだ。ファン投票と政策による選挙は違う。しかし、簡単にマニフェストを見直したり、政策を曲げて大連立を組むようでは、これら芸能人の人気投票とまったく変わらない。同じ人気投票ならば、いい加減で何を言っているかわからないおじさんの集団よりも(女性もいますが)、若い女の子の集団の方がテレビの画的に良いのではないか。
 しかし、本来はそれでは困るのだ。民主主義選挙が、まさに衆愚政治になってしまっているから、芸能人の選挙よりも下になってしまう。これをマスコミ批判をする人もいるが、私は敢えて、政治の劣化を指摘したい。敢えてAKBの選挙があったという状態において、ほぼ同時期に内閣不信任の話があったこの状態において、芸能人の方が大きな扱いを受けることに、政治の関係者(与野党関係ない)は危機感を感じるべきではないのか。

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菅政権一年 日本は政治的に「失われた一年」となる

菅政権一年 日本は政治的に「失われた一年」となる

 まず、ご報告
 6月4日のチャンネル桜の討論をごらんになった方。私は、番組の中において出しました「菅政権業務上過失傷害の構図」という文章を、討論番組内で出しました。この文章に関しまして、関係各所と調整の結果、「やまと新聞」にダウンロードできる形で掲載していただけるようになりましたので、その文章がほしい方は、やまと新聞のホームページからダウンロードしてください。なお、ここでお伝えしておきますが、基本的には自由に配布していただいてかまいません。しかし、「改竄」だけはしないようにしていただければ幸いです。なお、この文章は国会議員の間でも有名であり、民主党の現在の菅執行部などでは、非常に警戒しているようです。私も数名の代議士に言われて事情説明を求められておりますが、基本的にはなんらお咎めがなく現在に至っております。何しろ、自分に都合が悪いと、法律に関係なく国家権力を振りかざすのが民主党ですから、その点はお気をつけください。

 それでは、本日の話題です。
 6月8日で菅政権が発足してから一年になる。
 さて、この一年間どのようになっていたであろうか。一年間を振り返ってみると菅政権の功績、そして失政、性格がわかってくるのではないか。そのように重い、菅政権一年ということで今日はまとめてみたい。
 とはいえ、菅政権の一年は何をしたのかまったく記憶がない。
 そもそも、鳩山政権が沖縄普天間基地移転問題で、社民党との連立解消に至り、連立協議そのものの約束を反故にした。その国民的な不人気と支持率の低下を受けて、鳩山由紀夫が退任する。そのときに小沢一郎幹事長を道連れにしたなど、さまざまな話ができた
その後、議員総会とその投票で菅直人政権が誕生する。週末をまたいでいたので、選出された日程と菅直人が首相に任命された日程は少しずれてしまう。代表選挙は樽床議員との一騎打ちで行われ、菅直人が圧勝するにいたったのである。菅直人は、仙石由人国家戦略担当大臣を官房長官に起用し玄葉氏をその穴に埋めたこと、枝野幸男事業仕分け担当を幹事長に起用した以外、大幅な内閣改造を行うことなく、菅政権は発足したのである。
 菅政権発足後、すぐにあったのが参議院選挙であった。しかし、参議院選挙戦冒頭に自民党の打ち上げた消費税10%を「お借りして」などと発言し、総選挙における公約であった「民主党政権の間は消費税を上げません」という内容を簡単に反故にしたのである。政党の代表が進んで公約に違反する国政選挙など、戦えるはずがない。その上、民主党は候補者の多くが小沢一郎幹事長時代に選ばれたもの。その選挙活動最中において幹事長も代表も変わってしまい、なおかつ、選挙戦略も公約も変わってしまうのだから、民主党の参議院が勝てるはずがない。当然の結果として惨敗する。
 その後、小沢一郎元代表との代表選挙、小沢一郎元代表の強制起訴、尖閣諸島問題、柳田法相の舌禍、仙谷官房長官、馬渕国土交通大臣の問責決議、内閣改造、前原外務大臣の外国人政治献金事件による辞任、土肥隆一議員による竹島韓国領を認める文書署名、そして菅直人自身の外国人献金問題と次々スキャンダルは発生した。しかし、これといった功績はなく、事業仕分けも難解も行い、規制仕分けなどもおこなったが、結局政治的な全身は何一つなかった。その権威関する記事が下記のものだ。


菅政権1年、日米関係など成果強調…枝野長官

 菅内閣は8日、発足から1年を迎えた。
 退陣を表明した菅首相は、在職日数では小泉政権の後で最も長かった安倍元首相の366日に並んだ。
 枝野官房長官は7日の記者会見で、菅政権の成果について、「日米関係は大きく改善した。(『ひも付き補助金』の一括交付金化などの)地域主権や防衛大綱も前進した」と語った。懸案と位置づける情報公開法改正案、国家公務員制度改革関連法案についても、枝野氏は「審議をお願いするところまで持ってくることができたのは、一定の前進だ」と強調したが、いずれも国会提出後、審議入りさえできないのが実情だ。
 一方、沖縄県の米軍普天間飛行場移設に関しては、「1年という時間の経過に比べて十分な前進が見られない課題だ。沖縄の皆さんに申し訳ない」と陳謝した。

(2011年6月8日07時52分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110608-OYT1T00013.htm


菅内閣1年の歩み

【6月】
8日    菅連立内閣発足。菅氏が第94代首相に正式就任
25~26日カナダ・ムスコカでのサミット(主要国首脳会議)出席。
27日   カナダ・トロントで日米首脳会談。
【7月】
11日   参院選投開票。民主党大敗で与党過半数割れ
【9月】
7日    尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突
14日   民主党代表選で菅氏が小沢元代表を破り再選
17日   菅改造内閣発足
25日   那覇地検が海保により逮捕された中国人船長を処分保留で釈放
【10月】
4日    東京第5検察審査会が小沢氏の起訴議決を公表
24日   衆院北海道5区補選で民主党公認候補が敗北
【11月】
13~14日横浜市でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議
22日   柳田法相が失言で辞任
26~27日仙谷官房長官と馬淵国土交通相の問責決議が可決
【1月】
14日   菅再改造内閣発足
31日   小沢氏が政治資金規正法違反罪で強制起訴
【2月】
17日   小沢氏に近い衆院議員16人が会派離脱願を提出
【3月】
6日    前原外相が外国人献金で引責辞任
11日   東日本大震災発生、初の原子力緊急事態を宣言
【4月】
10・24日統一地方選で民主党敗北
【5月】
6日    首相が中部電力浜岡原発の全面停止を要請
26~27日フランス・ドービルでのサミット出席
【6月】
2日    菅内閣不信任決議案が否決
8日    菅内閣発足1年
(注)肩書は当時(2011/06/07-19:11)

時事通信 2011 06 07
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011060700815

 こうしてみてくると、枝野官房長官の「1年という時間の経過に比べて十分な前進が見られない」(上記より抜粋)という言葉に尽きる。ようするに政権担当能力も、政策立案能力もない、ただ漫然と首相の座にいながら空白の時を過ごした。まさに「失われた空白の一年」だ。
 それならば早く辞任すればよい。にもかかわらず、いまだに首相を続けるという。残念ながら、日本国民にとっては迷惑この上ない。「意欲」があることは認めるが、政治は「意欲」だけではどうにもならないのである。そして、一人の認識不足が、国家全体の不利益になってしまうのである。
 こんなに何もない、というよりは政局に明け暮れた一年を送った政権もないであろう。そして、政治が空白であったということは、国民が不幸であったことだ。特にリーマンショック以降経済対策など、政治がリーダーシップをとってさまざまなことを行わなければならない時期に、政治を停滞させた罪は重い。特に、官房長官がそのようなことを認識しているということは、自覚がありながら政治を停滞させたのである。それは「罪」でしかない。
 そのことを考えながら、次の選挙に備えなければならない。

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政権の座にしがみつく民主党の本音が明らかになる「公約見直し」

政権の座にしがみつく民主党の本音が明らかになる「公約見直し」

 私は民主党のマニフェストが正しいという感覚はまったくない。民主党のマニフェスト、政権公約は日本を壊してしまうものであり、非常に危険であるということを考えている。しかし、そのマニフェストがあるので民主党という亡国政権が「何をしようとしているのか」ということがよくわかるようになっている。民主党がどのような政治を行い、どのような日本人の主権を壊し、どのような日本の歴史を否定し、どのような方法で、家族や生活を壊してゆくのか。その道筋がよくわかるのである。隠したいことは小さな字で書いてあるし、あるいは書かなかったり「行間を読み取る」ということでその内容が出てくるのである。
 マニフェスト政治をなくすということは、ある意味で賛成できる話だ。どうせ守りもしない公約などは、詐欺師の道具に過ぎないのであるから、そのようなものは必要ない。また、マニフェストというものがどのような家庭、どのような思想で、どんな人たちが作っているのかすらわからないのであるから、その内容に関して信用することはできない。しかし、それを見ることでこの政党が何を考えているかはよくわかるのである。
 マニフェストは、ようするに政権公約であり、その政権公約は国民との公約であり政治信条だ。それを偏向するということになれば、当然にその内容はかなり大きな問題だ。政権公約を捨てるということは政権の座から降りる、改めて国民の信を問うということである。
 逆に、マニフェストがないほうが恐ろしいのかもしれない。マニフェストがなければ、結局は左翼思想、亡国思想がある人が政権の座に、何も知られることなくそのまま存在することになってしまうのである。たとえば、土肥隆一という衆議院議員がいる。彼はもちろん日本の国会議員で有り日本にいながら、日本の領土を勝手に韓国のものという書面に署名をし、韓国で舞台の上に立ちイベントでスピーチをしている。しかし、彼が選挙で竹島は韓国領と認めるという公約を出して戦ったわけではない。アジア共同、日韓友好など建前的な話で議員に当選している。だまされた人が馬鹿なのか、あるいは、彼に投票した人は日本の領土を各上司、日本人の生活を困窮に導いてよいと思っているのか、あるいは韓国において上層部を狙っているのかわからないが、いずれにせよ土肥という議員が次に当選するかどうかはこれらの行動で明らかになるはずだ。
 その政権公約を見直すことが代表選挙の争点であるという。新聞記事は下記のものである。

.<大連立>ポスト菅 公約見直し姿勢焦点に

 菅直人首相の退陣後をにらみ、大連立に向けた与野党の動きが活発化している。参院で野党が多数を占めるねじれ国会で菅首相が追い詰められたことから、民主党のポスト菅選びは「与野党協力ができる候補かどうか」がポイントで、野党が求める民主党マニフェスト(政権公約)見直しへの態度などが焦点になる。ただ、野党の協力を得て13年の参院選まで大連立を継続させたい民主党と、期限付きで早期の衆院解散・総選挙を求める自民党との間の溝が広がっている。【野口武則、念佛明奈】
 次期民主党代表選は、大連立を含め、自民、公明両党との協力関係のあり方が争点となる。同党内は自公両党が求めるマニフェスト修正への賛否で二分されているからだ。
 岡田克也幹事長は6日のNHKの番組で「マニフェストをそのままでいくかぎり大連立や与野党協力はあり得ない」と語った。すでに修正論議の前倒しを指示しており、全議員による政策懇談会や両院議員総会で議論を進める意向だ。岡田氏に近い安住淳国対委員長も「マニフェストをただ守れではなく現実を直視して、真剣に議論すべきだ」と述べ、代表選の争点にすべきだとの考えを示した。
 修正でほぼまとまる主流派内で有力視されているのが前原誠司前外相だが、外国人から献金を受け外相を辞任した痛手が残る。岡田氏については、側近も「菅内閣の退陣に責任がある幹事長だから次は出ないのは普通だ」と指摘する。仙谷由人官房副長官は自民党の大島理森副総裁ら野党とのパイプがあり、「暫定ならば仙谷さんでいい」(閣僚)と推す声があるが、65歳で、首相が言及した「若い人」からは外れる。
 野田佳彦財務相の名前も挙がるが、税と社会保障の一体改革や財政再建など難題を抱え、グループ幹部は「簡単に手を挙げられる状況にない」という。
 仙谷氏と石井一副代表は6日、東京都内のホテルで「ポスト菅」を巡って情報交換した。後継首相を決めないと自民党との大連立の話も進まないとの認識で一致し、「谷垣(禎一)副総理」案も出た。仙谷氏は前原氏ら複数の名を挙げたが、石井氏がそれぞれ問題点を指摘したという。
 これに対し、小沢一郎元代表のグループはマニフェスト堅持派がほとんど。原口一博前総務相の名が挙がるが、内閣不信任決議案への賛否が二転三転したため、同グループ内からも「失格」との声が出る。このため、小沢色が薄く、自民党にも抵抗が少ないとみられる鹿野道彦農相をかつぐ案も浮上している。
 ただ、マニフェスト堅持では自公両党との連携シナリオを描けない。小沢グループ幹部は「挙党一致内閣を作るべき時に、誰かを排除するのはおかしい」と述べ、民主党執行部が自公両党と組み「小沢外し」に動くことを警戒している。
 ◇期間巡り溝深く 民主・総選挙は先延ばし 自民・期限区切り解散を
 「期限を切って連立して衆院解散しろなんて、のめるわけがない」。民主党の岡田克也幹事長は6日、国会内で面会した同党の旧民社党グループの議員らに明言した。岡田氏と自民党の石原伸晃幹事長は5日、大連立にそろって前向きな考えを表明したが、思い描く道筋にはなお隔たりが大きい。
 石原氏は、首相退陣を受けて大連立する場合も最長半年程度の期限付きとし、衆院選ができる環境が整った時点で信を問うよう主張する。山本一太・同党参院政審会長も6日の記者会見で「次の総選挙の日程をきちっと約束することが前提条件だ」と指摘した。
 自民党が解散日程にこだわるのは、大連立がなし崩しで長期化した場合、次期衆院選で再選を目指す前衆院議員らから不満が噴出し、執行部の足元が揺らぎかねないためだ。
 日程を巡るせめぎ合いを有利に進めようと、大島理森副総裁は4日の仙谷由人官房副長官との会談で、「復興基本法案が成立すれば首相は退陣すべきだ。それを受けて新しい代表を選び、どういう協力ができるかだ」と首相の早期退陣を要求。自民党国対幹部は6日、「復興基本法案は17日にも参院で可決、成立する」との見通しを示し、自民ペースで退陣、解散日程を決めていく構えを強調した。
 だが、民主党執行部は、劣勢が予想される衆院選をできるだけ先延ばししつつ、当面の野党の協力を取り付けたいのが本音。自民党が「民主党の首相のもとで大連立しても、来年初めごろの衆院選を約束するか疑わしい。谷垣(禎一)首相が望ましい」(山本氏)と期待するのに対し、菅首相は4日、首相公邸で石井氏と会談した際、「(谷垣首相は)解散権を握られるのであり得ない」と語った。

毎日新聞 6月6日(月)21時34分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110606-00000123-mai-pol

 自民党との政治的な強力は、何も連立内閣とばかりは限らない。「是は是、非は非」という考え方で閣外協力もありうる話であろう。逆に大連立ということを考えるのであれば、政策的な一致が必要である。では、政策はどうするのか。もともとまったく逆の政策を持っているのであるから、その政策に関してすり合わせが必要である。
 そもそも大連立そのものに関しては震災復興が大きな目標であるから、震災復興における協議や政策はすぐに一致するであろう。震災復興を遅らせるもしくはしないという選択肢はないのである。一方で、日本は被災地だけではない。そのために震災復興を行う以外の政策項目に関してどのように合意するかが焦点となる。
 現在の執行部はマニフェストの見直しという話をしている。逆に見直して勝手に帰ることができるような公約しかしていないということだ。もっと言えば、政権をとるたのお『方便』でしかなく、結局のところ、どうでもよいという話である。要するに「政治信条を曲げても政権の座に居座り続けたい」ということだ。それが民主党政権の本音であるということが、この一連の大連立騒ぎで明らかになった。震災復興よりも、国民の生活よりも、自分たちの権力とその肩書き、それが最も重要であるということだ。
 はっきり言う。日本人はよくもまあ、こんな人たちを政権与党の座に座らせたものだ。国際社会から嘲笑されても仕方がないのではないか。自分たち国民のことを考えない、政権担当能力のない政権であったことも明らかになったし、同時に、その政党は憲法もろくに理解していないということもわかった。その上で、そんな正当を政権の座に座らせた国民が、もっとも大きな加害者であり被害者になっているのである。
 今回のことで民主党政権、あるいは左翼政権というものを学習したはずだ。公約を見直すくらいならば民主党は解散して国民に信を問うべきであるが、それができない。権力の座を手放すのが怖いからだ。そしてそのような民主党の本音をしっかりと報道できるマスメディアがない。本来はそのような本音をしっかりと報道しなければならない。民主党政権の醜い本章を国民の前にさらけ出さなければならない。日々、明らかになる権力志向を国民はどのように見るのか。そのような態度で復興ができるのか。景気がよくなるのか。
 国民は、ニュースから読み取れるこれらの本音を、わけのわからないコメンテーターの話しを鵜呑みにすることなく、しっかりとまとめなければならないのではないか。
 

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民主・自民が菅退陣後の大連立を模索か?

民主・自民が菅退陣後の大連立を模索か?

 先週の内閣不信任案は、様々なハレーションを起こした。
 まずは、鳩山由紀夫が「ペテン師」として菅直人を酷評したこと、翌日6月3日の参議院予算委員会で退陣に関して追及が行われた。西田昌司議員は、3月11日に戻って外国人献金に関する内容を徹底的に追求し、自民党は、参議院による問責決議案の提出を目指した。民主党の中では「不信任に賛成すればよかった」という声が公然と聞かれるようになり、鳩山由紀夫本人も、菅降ろしを公言するようになった。両院議員総会開催に向けた署名活動を行った。
 これらの自民党、民主党の動きを受けて、枝野官房長官、岡田幹事長ともに菅首相の退陣を示唆するようになった。本人は相変わらず口が重かったものの、岡田幹事長などは長く居座るつもりはない、枝野官房長官も8月までの退陣を示唆するにいたったのである。結局、菅首相の退陣は決定的な者になった。小手先の出まかせで政治ができるはずがないし、そもそも、与党の代表でありながら内閣不信任案を出され、議員総会で弁明をしなければならないほどの人望・指導力では、内閣不信任案を否決したとしても、結局のところ何も良いことはないということになってしまう。
 結果として、簡単なペテンに騙され、国政を混乱させた鳩山由紀夫前首相、内閣不信に何の採決ではあれだけ反対するとし、70名以上の議員の集めながら、結局敵前逃亡し採決を欠席。民主党内での処分は逃れたものの、結局のところ国民の人望は完全に失ってしまった小沢一郎元代表、そして、結局嘘とペテンでしか政治を維持することができない菅直人首相、いずれも政治生命がなくなったと言って過言ではないであろう。それだけではなく、原口一博元総務大臣も、結局のところ、何回も自分で発した自分の行動(内閣不信任案での賛否)ですら何度も発言がぶれてしまい、結局のところ、国民の信を失い、んっ途上では批判のあらしにまみれた。
 内閣不信任案のハレーションは、結局代表経験者三名、鳩山、菅、小沢と候補者といわれた原口の国民の信用を失墜させ、あるいはその本性を国民の前にさらけ出してしまい、そして、政治生命として殺してしまったとも言えるのではないだろうか。もちろん、今後の政治的な展開で復活がないともいえないことはない。しかし、国民感情的には、周りに止められても賛成票を投じ、議員としての良心を貫いた(当初の自分の表明した通りの行動を起こした)松木兼公の方が、はるかに支持を集めたのではないか。
 さて、そのようなハレーションの中、自民党、民主党ともに、ポスト菅に関して動き始めている。


民主と自民がもくろむ 理念なき「大連立」

菅首相はいつ決断するのか。
   「大連立」という名の「菅降ろし」が急加速してきた。菅直人首相の早期辞任を前提とし、民主党と自民党が大連立を組み協力するというシナリオだ。政策の違いが大きいのに、はたして実現できるのか。
   2011年6月6日、枝野幸男・官房長官は、「菅首相の早期退陣後の大連立」の動きについて、震災対応に「スピード感」が必要なため、「国会で幅広く協力頂ける態勢が望ましい」と前向きな姿勢を示した。
岡田幹事長「期限とテーマ決めて」
   6 月5日には、民主・岡田克也、自民・石原伸晃の両幹事長が、NHK番組でともに大連立をめざす意向を示した。岡田氏は「期限とテーマを決めて」、石原氏は「閣内、閣外、いろんな協力がある」「(6)月内に(菅首相は)辞めて新代表と話を」と述べた。一方、公明党の井上義久幹事長は、「(大連立は)言うは易し、行うは難しだ」と慎重姿勢を示した。
   菅首相が2012年1月ごろまでの居座りを示唆した、との受け止めが広がる中、「早急に6月退陣を」と迫る声は、民主党内で鳩山由紀夫・前首相を筆頭に激しさを増している。自民が「大連立」を掲げ「6月退陣」を要求することは、民主党内の菅降ろしの背中を強く押す形となる。
   「大連立」は、連立政権の形の中でも特に、第1党と第2党が組むことをさす。政策協定を結ぶのが一般的だ。「現代用語の基礎知識」(自由国民社)などによると、大連立に限らず連立の組み方には(第2党以下が大臣を出す)閣内協力と(大臣を出さない)閣外協力がある。
   理屈の上では「閣外協力の大連立」もあり得るわけだが、大連立の「語感」としては、閣内協力を連想させるようで、石原幹事長は別の番組で「大連立と閣外協力のふたつが(選択肢として)ある」とも述べている。
首相の座、自民に譲ってでも実行?
   最近では、ドイツが2009年まで約4年間、大連立政権だった。国内では、現在と同様衆参ねじれ状態だった07年秋、当時の福田康夫首相(自民)と小沢一郎・民主党代表の間で「大連立」の合意が成立したとされたものの、民主党内の大反発を小沢氏がまとめ切れず、ご破算になった経緯がある。
   民主と自民の「大連立」構想は、どんな状態が考えられているのか。震災復興政策のみに限定するのか。
   石原幹事長は6月5日のNHK番組で「復興だけでなく、景気の問題もある」として、電力不足による経済への影響なども含めて「全力であたれるよう、1日も早く新体制を」と菅首相交代を要求した。必ずしも「復興限定」とは考えていないようだ。
   「大連立」の具体的な期間の長さについてははっきりしないが、石原幹事長は、解散・総選挙の時期、すなわち「大連立が終わる」期限を明確化する必要性を訴えている。
   また、大連立の際に首相を民主から出すのか自民から迎えるのか、も注目される点だ。民主党内には「首相を自民に譲ってでも良いから大連立実現を」との指摘が出る一方、衆院選挙の時期を決める解散権を自民の首相に握られることになるため、「何としても首相の座は渡すべきではない」との声も根強い。
民主と自民では政策が「真逆」
   ところで、肝心の政策協定は本当に結ぶことができるのか。民主と自民では「真逆」の主張をしてきた政策も少なくない。
   結局はその後の協議は進まなかったものの、4月には民主、自民、公明が「3党合意」に至っていた。民主が子ども手当などのマニフェスト(選挙公約)を見直すことを前提に、公債発行を認める法案成立などへの「真摯な検討」を行うとするものだ。今後、「大連立」協議が具体化する際には、この合意がたたき台になる可能性もある。
   大連立が現実味を帯びる中、菅首相は退陣時期についてどんな決断を下すのか。岡田幹事長は「辞めるべき時期が来ても辞めないときには、『辞めてください』と言うのが幹事長の仕事だ」と6月5日、記者団に話している。

2011年06月06日18時46分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/5613941/

 自民党と民主党の大連立は、福田内閣の時に民主党小沢代表と行うことを画策した。その時に反対し、小沢一路を代表の座から引きずり下ろしたのは、枝野幸男現官房長官である。革マル派からの献金をもらっている程のイデオロギーは、自民党との連立等ということは考えなかったのではないか。一方、岡田幹事長など、元自民党の民主党執行部は当然に大連立にそんなに抵抗はない。
 自民党も民主党も、双方ともにねじれ国会の問題点を体験しており、そのための打開策は、大連立以外にはない。しかし、完全に政策が違う二つの政党が行うということは、起源と政策を限定するしかないと考えられる。
 さて、自民党は6月末までの菅直人退陣と政策協議が条件としているようだ。それに対して民主党は8月末までの期間問うことになる。
 よく考えてみれば、これだけ震災発生から立っているにもかかわらず「一定のめど」すら後三カ月もたたなければたたないようであれば、とても政治権力を持っている、またh政治的指導力があるとは思えない。要するに、菅直人の一定のめどが長くなれば長くなるほど、民主党の指導力、政権担当能力は低いということになる。自民党はそのことを主張し、民主党に早く決断させる必要がある。大連立後は、当然に、決められたこと以外はしないということが必要である。また、何によりも重要なのは、やることが終わったらもしくは期限が来たら解散総選挙で国民の信を問わなければならない。当然に、大連立は国民の審判を仰がなければならない。そのための選挙は絶対に必要である。
 民主党はこれらに難色を示している。実際のところ、次の代表の任期もしくは天下は、単純に数カ月しかないということだ。そのような代表になりたいのか。それも首相でない可能性もあるのだから、求心力は完全に落ちてしまうであろう。もちろん、菅直人が悪いのであるし、そのような代表を選んだ民主党そのものの問題である。しかし、責任転嫁をするであろう。自民党は当然に責任転嫁をされるという観点で連立を組まなければならない。まさに「呉越同舟」である。
 私は個人的には大連立は行うものではないと思う。しかし、震災復興を必要とするときにはある意味では流れなのかもしれない。もちろん、民主党があるいは与党、政府が、しっかりと反対を受けないような政策を行えばよいのであるが、そもそもそのような政策立案ができない、政権担当能力がまったくない政府であったということの証左なのかもしれない。

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日本にある文化財が法律や条約に従わない形で「返還」

日本にある文化財が法律や条約に従わない形で「返還」

 内閣不信任案の解説において、私はいかに菅直人民主党政権が「順法精神のない」内閣であるのかをさまざまな場所で置いているつもりである。なにぶん力不足であるので、十分に国民に伝わっていない部分は存在する。しかし、実際に憲法、法律、条約などさまざまな取り決めやルールに従った内容で生きてゆかなければならない。
 ジャン・ジャック・ルソーの提唱する「社会契約説」は、近代法治国家の根本原理という事で考えられている。法学部の学生であれば至極当然であり、常識的な内容でしかない。
 人間が人間を支配する権力の根源は何かということである。もともとは王は神に授けられた力があるとされていた。古代以来シャーマニズムによって、神の意向が民衆を率いてきたのである。神は、自然現象を操り、そして人間の運命をつかさどる絶対的な存在である。その神がいちいち人間の世界だけにかかわることができない。そこで、神は自分の意思を伝える「人間」を人間界に使わせるということになる。それがシャーマニズムである。そのうち、神とつながっている人ということで彼が王になる。この考え方が「王権神授説」である。
 しかし、フランス革命以降民衆が民衆を率いるという話になる。君主制が残ったイギリスでは「立憲君主制」となり、憲法に縛られた王権ということになる。イギリスの場合は「君臨すれど統治せず」というような単語が出るほど、王権そのものが政治や統治機構に関係のない内容になってしまう。フランスにいたっては民衆が「神から授かった王権」を持っているはずの皇帝を処刑してしまうのである。ルイ16世とその王妃マリーアントワネットの処刑は、歴史的にも有名であるが、日本では歌劇「ベルサイユの薔薇」などで広く親しまれているのである。なお、注釈を付け加えると「ベルサイユの薔薇」は史実を基にしたフィクションであるので、あのような登場人物が歴史的に実在していたわけではないようである。
 さて、民衆が民衆を支配する。そのためには、民衆が王のようにならないためにさまざまな工夫が必要である。単純に言えば、あらかじめ取り決めを行い、その取り決めによって統治が行われ、またその取り決めが守れないようであるならば、統治機構を民衆が壊すことができるというシステムが必要である。日本国憲法の場合、そのような民衆が直接行政府のトップである内閣を壊すこともできず、同時に、民衆がそのようなことを起こせば刑法で内乱罪を問われる結果になるのである。憲法の場合は民衆に選ばれた代議員が構成する立法府がその中から議院内閣制で選ばれた内閣をチェックする機能を持ち、その機能が先日行われた内閣不信任決議案の審議である。
 当然に内閣不信任案の決議そのものは、マスコミなどで「一時不再議」ということを言う。私はこれは慣習でしかなく規定として存在しないので問題はないということを考えているのであるが、世のマスコミはそのようなことは勉強していないようだ。一時不再議が完全な法律であるならば、もしも私が首相であった場合、首相就任後すぐに与党から内閣不信任案を提出し、すぐに否決させ、独裁を行うことも可能だ。「一時不再議」を主張している人たちは、それくらいのこともわからない、想定できない人々なのであろう。
 さて、今日の主題は、延々と菅内閣の違法性とその当地根拠についていってきたのであるが、菅内閣の違法、条約無視によって日本の文化財がなくなって行くという話しである。

日本にある朝鮮ゆかり文化財 根こそぎ持っていかれる可能性

韓国に引き渡される「朝鮮王朝儀軌」
 お人好し国家の面目躍如か。植民地時代に日本へ渡った朝鮮半島由来の図書1205冊を韓国へ引き渡す日韓図書協定が、5月27日の参院本会議で可決・承認された。発端は昨年8月、菅直人首相が日韓併合100年の談話で、韓国に図書を「お渡ししたい」と述べたことだった。特に目玉とされているのが、朝鮮王朝時代の祭礼や主要行事を絵や文で記録した「朝鮮王朝儀軌」167冊である。
 これらは現在、宮内庁が所蔵しているが、本誌は5月19日に同庁を訪れ直に閲覧した自民党の参議院議員・浜田和幸氏より、貴重な図書の写真を入手した。浜田氏が解説する。
「文化財を他国に引き渡すことは、たとえばフランスが19世紀に韓国を侵攻したときに略奪した王室文書について、フランス側は返還ではなく『貸与』という形にしたほどデリケートなもの。まして日本は、1965年の日韓基本条約で韓国と財産請求権の放棄を合意しているにもかかわらず、菅首相は国会での審議も経ずに日韓関係改善のために引き渡しを約束してしまったのです。
 しかも、宮内庁の説明では朝鮮王朝儀軌のうち4冊は、旧宮内省が大正時代に東京・神田の古書店から購入したもので、それまで無条件に引き渡すのは明らかにおかしい」
 図書は、協定成立後6か月以内の引き渡しとなっているため、今年中にも朝鮮王朝儀軌は韓国へ引き渡されることになる。だが、韓国文化財庁傘下の国立文化財研究所は昨年、「日本へ流出した文化財は6万1409点」という数字を発表している。これを皮切りに、日本にある朝鮮ゆかりの文化財が、根こそぎ持っていかれる可能性もあるのだ。
 折しも5月24日には、竹島の実効支配強化を目指す韓国の国会議員らが北方領土の国後島を訪問。さらに竹島ではヘリポート改修工事が震災後の3月中旬から行なわれ、竹島近海の海洋科学基地も3月12日に建設工事の入札が開始されるなど、日本の震災後の混乱に乗じたかのような韓国の“揺さぶり”が続いている。
 菅政権はこれらの動きに形式的な抗議しかしていないが、まさか図書だけでなく、竹島まで韓国に引き渡すなんてことはあるまいか。
写真提供■浜田和幸
※週刊ポスト2011年6月10日号

2011年06月05日16時00分 提供:NEWSポストセブン
http://news.livedoor.com/article/detail/5611382/

 そもそも、菅政権は「所有権」「私的所有」という概念がない。共産主義者は全ての物品が共有なのであるから私的所有権を否定する政策しかできていない。要するに所有権とその所有権に基づく所文献の大きさ、その権利の執行について何も知らないし勉強もしていないということだ。たとえば文化財、日本に流出したといっても、実際は韓国から贈呈されたものもあるし、日本が買ったものもある。東学党の乱の鎮圧を当時の朝鮮王朝が日本に頼んだとき、日本に対してさまざまな交易品を贈呈してその内容をらいしている。それらも、この記事の中にある6万点以上の文化財の中に入ってくる。日本は朝鮮からの物品というとすぐに「略奪」「戦利品」ということを想定する。もちろんその想定をしてもよいのであるが、それを「所有」しているにもかかわらず「返還」するという発想がまったくわからない。歴史そのものはその所有権を日本に渡したものであり、日本の所有に帰するものである。
 所有が戦争によるものであろうとそうでなかろうと、正当な理由によって所有が成立するのであれば、所有そのものは、合法である。しかし、合法に所有したものを条約などにかかわらず勝手に返還するというのはいかがなものか。要するに菅政権は法律を守る意思がないということである。この守護が「菅政権が」なのか「民主党が」なのかは、わからない。逆に、しっかりとした理論がなければ、日本という国家は何も理由がなくても、事故の所有物、領土や主権も含め勝手に譲渡してしまうという国家になってしまう。要するに近代自主独立国家ではなくなってしまうということだ。
 今回の事件は、ただ単に文化財というものの問題ではなく、日本の大きな問題である。

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マスコミ批判に関する一考(46) 重大なる二つの誤報

マスコミ批判に関する一考(46) 重大なる二つの誤報

 内閣不信任案否決という結果が出た。
 しかし、この内容に関しては、マスコミが二つの誤報をしている。6月1日の夕方自民党、公明党、たちあがれ日本の三党より内閣不信任案が提出された。基本として、議院内閣制の中においては、与党から内閣が選ばれるという原則があるために、野党側から提出された内閣不信任案に関して、成立の見込みがないのが普通だ。ということは、野党各党が内閣不信任案を出したということは、何らかの戦略もしくは時間稼ぎに使うか、あるいは、与党側から造反議員が見込まれる状況でなければ内閣不信任案の提出ということは成立しないのである。
 このうち、時間稼ぎに使う場合は、会期末に何らかの与野党で主張の違う法案の採決が行われる場合がほとんどだ。否決されることを前提にしているが、そのような内容ではなく、野党が輪は「時間が経過すること」そのものが重要である。そのために内閣不信任案だけではなく、そのほかの大臣の不信任などあまり全体の進行と関係のない不信任決議出す場合がある。それでも時間の経過が少ないときは「牛歩戦術」という古典的な状態が行われる。「牛歩戦術」とは、これらの採決は一人ひとり札を持って投票を行うのであるが、その札を出すまでの間、まるで牛の歩みのように、かなりゆっくりと時間をかけて投票を行う方法である。ひとつの法案の採決に夜通し行うということは珍しくなく、丸一日書けるようなこともあるのだ。また、参議院では電子投票が行われているために、牛歩戦術が見られるのは衆議院のほうが圧倒的に多いのである。
 さて、その時間稼ぎが今回の内容でないことは間違いがない。そのために、マスコミは、不信任案が可決するのかどうかということが非常に大きな焦点になった。つまり、与党側からの造反議員がどれくらい出るのか、そして、その造反議員はどのような処分になるのか、信徒ができるのかそして国民が望む政界再編は存在するのかお言うとである。逆に言えば、与党民主党の中に、それだけ多くの執行部や内閣に対する不満分子がいたということであり、その不満分子の「どれくらいが本当に離党、新党結成を覚悟で造反するのか」ということに取材された。
 その結果、二つの誤報が相次いで出された。ひとつは、「不信任案成立の公算」というもの、もうひとつは、否決のきっかけとなる「菅直退陣表明」である。そして、この誤報に関して言えば、鳩山と菅の問題ということもあるが、マスコミそのものが過去の菅首相のしたたかさやその場限りの嘘と、鳩山のアメリカから「ルーピー」とまで言われた頭の悪さ、を冷静に判断できなかったことに由来するのである。それは私自身もみ誤っていた部分もあり、または今回はそのようなことがないという希望的観測、要するに私自身の希望的観測を交えてしまったということに関する、反省の弁を含めて、そこに誤報の原因があるというものである。


不信任案可決の公算 党分裂含み、小鳩新党構想

 民主党の小沢一郎元代表と鳩山由紀夫前首相がついに内閣不信任案賛成への態度を正式に決めた。小沢氏は周辺議員に党を除名された場合、「新党をつくる」と述べるなど不退転の決意を示した。離党者を対象に小沢氏、鳩山氏のほか新党改革の舛添要一代表、鳩山邦夫元総務相らを加えた新党構想も浮上している。小沢、鳩山両氏は、かつて「トロイカ体制」を組み、ともに民主党を政権交代に導いた菅直人首相に最終決戦を挑もうとしている。
 ◆「一緒に行こう」
 「皆さんが決断したことに敬意を表する。今の政権は必ずしも政治家が責任を取る態勢を取っていない。国民のための生活を実現する決意で行動する」
 小沢氏は1日夜、都内のホテルに集まった「同志」を前にこう宣言した。自ら上気した表情で拳を振り上げ、「頑張ろう!」と呼びかけた。出席者の「頑張ろう」の三唱が会場に響き渡り、意気は上がった。
 党執行部が除籍(除名)処分や衆院解散をちらつかせ、樽床伸二元国対委員長ら中間派が不信任案反対にかじを切ろうとする中、小沢氏は自身のグループを固めることで可決の流れを作り、政権崩壊の引き金を内部から引こうと決意した。集まった71人のうち、「ほぼ全員が事前に賛成の意思を示した上で集まっている」(小沢氏側近)という。
 これに先立ち、小沢氏は羽田孜元首相を議員会館の事務所に訪ねた。
 「鳩山さんが菅さんと話をし努力したがダメだった。今は非常事態だから、同調してもらえないか。一緒に行こう」
 盟友の羽田氏の手を取って訴える小沢氏。2人は自民党の最大派閥だった旧竹下派の分裂、平成5年の宮沢内閣への不信任決議の際も行動をともにするなど、何度も厳しい政局を乗り切ってきた。
 「あいつらも副大臣や政務官を辞める覚悟でやってくれているからな。あいつらの気持ちは尊いよ」
 小沢氏は自身の事務所で側近議員と会って、首相にあてて辞表を提出した小沢グループの政務三役5人の決断をたたえた。
 小沢氏を支持する衆院中堅・若手議員でつくる「一新会」(約40人)と衆院1年生による「北辰会」(約50人)だけで、造反に必要な82人は超える。この「数の力」が小沢氏にとり最大の武器だ。
 ただ、党執行部の執拗(しつよう)な切り崩しや、造反後の党除籍や衆院解散の可能性をちらつかされて足踏みをする議員も多かった。内部を固め切れていなかったが、土壇場になってついにその力を見せつけた。
 ◆「クリスマスまで」
 これまで態度を明確にしてこなかった鳩山氏も不信任案賛成に踏み切った。同日夜には側近議員との会合で協力を求めた。この日、大畠章宏国土交通相や中山義活経済産業政務官らが断続的に訪れ、思いとどまるよう説得を続けたが、鳩山氏の意志は固かった。
 鳩山氏が小沢氏への同調を決断したのは31日夜だった。鳩山氏は首相と公邸で会談。「党が分裂してはいけない。挙党態勢を作るために協力してほしい」と不信任案提出前の自発的辞任を首相に求めた。「辞任しなければ、同調に回る」と暗に示したメッセージだったが、首相は「震災復興に全力を挙げる」とにべもなかった。
 東京電力福島第1原発事故の政府の対応を批判し、小沢氏とともに菅政権への対決姿勢を強めてきた鳩山氏にとって、首相の態度は決定打となった。
 グループ内には「鳩山さんが『同調』の号令を出しても従わない」と息巻く若手議員もおり、亀裂は走ったが、不信任案可決を目指す「反菅」勢力に追い風となるのは確実だ。
 こうした党内情勢に対しこれまで不信任案には欠席でも「厳重処分」と締め付けを強化しムチをふるってきた首相だが、この日はアメで籠絡する作戦に出た。
 「必要ならクリスマスごろまで国会を開く」
 不信任案反対の「大義名分」のため今国会の会期延長を求めてきた民主党の中堅・若手議員に、首相は通年国会の実現を約束した。
 強気だった執行部も不信任案への賛同者の広がりに焦っている。「欠席でも除名」を明言してきた安住淳国対委員長だが、記者団から改めて対応を聞かれると言葉を濁した。
 「同じかどうかわからないが、とにかく厳正に対処する」
 不信任案可決で党の分裂という事態を招くのか、それとも自発的に辞任するのか-。首相は決断の時を迎えている。(小島優、坂井広志)

産経新聞 6月2日(木)7時55分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110602-00000085-san-pol


首相が辞意「震災対応に一定のめどつけば」

 菅直人首相は2日午後、野党提出の内閣不信任決議案をめぐり、衆院本会議の採決を前に開かれた党代議士会で、民主党からの大量造反で党分裂となることを回避するため、震災対応に一定のめどがついた段階で、自発的に退陣する考えを表明した。
 平成23年度第2次補正予算案の成立などを契機に退陣する意向とみられる。
 首相は代議士会の冒頭、「私に不十分なところがあった。みなさまにも大変ご迷惑をかけ、改めておわびしたい」とした上で、震災対応に「一定のめどがついた段階で、若い世代に責任を引き継いでいきたい」と述べて、退陣する意向を表明した。
 具体的な退陣時期について、菅首相自身は明言しなかったが、代議士会では鳩山由紀夫前首相が「さきほど菅首相と会談した。2次補正予算にめどをつけた段階で身を捨ててもらいたいと伝え、首相と私の2人で合意した」と述べて、2次補正予算の成立と引き換えに退陣するとの考えを表明した。
 鳩山氏は1日は不信任案に対して賛成する意向を示していたが、この日の代議士会では、「不信任案への対応については、一致団結して行動してほしい」と述べて、不信任案を否決するよう呼びかけた。
 不信任案をめぐっては、同日午前に、菅首相は国民新党の亀井静香代表とも会談。亀井氏は「断腸の思いだが退陣してほしい。東日本大震災、東京電力福島第1原発事故対応が済んだら辞任してほしい」と退陣表明を求めていた。
 不信任案については、野党以外から82人以上の同調者が出れば可決する状況で、民主党の小沢一郎元代表らが意向を表明するなど、大量造反で党分裂の危険性が高まっていた。
 民主党執行部は2日午前に、造反組に対し「首相は党代議士会で、期限を区切って辞めると表明する」と伝え、造反を思いとどまるよう説得を続けていた。

2011.6.2 12:47  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110602/stt11060212480010-n1.htm

 今日は、記事が長くなって申し訳ない。
 逆に、正直に今回の内閣不信任の否決で、ここまで大差が出た、要するに、民主党が党利党略だけの選挙互助会でしかなく、国家国民のために働かない議員しかいないということを、知っていたし、観てきたはずなのに、この不信任の騒動の「風」に呑まれて、見あや誤っていたということに非常に反省するものである。私自身は、「ぎりぎり」であるという主張をしてきたが、実際、ぎりぎりではなく大差である。この見立ての違いは、まさに私の問題だ。
 同時に、民主党議員の両親や保守派といわれる人々に期待した部分も少なくなかったと思う。そもそも民主党は保守派も左翼もなく、やはり「民主党」でしかなかったということではないのか。反自民のアンチ勢力でしかなく、行政を自分で行うことのできない人々の集団、もっと言えば、反自民の旗を掲げたら、国政も国民もなく結集する烏合の衆でしかないということだ。そのことは「民主党の闇」という本で叱りと分析し、歴史から紐解いて書いてきているのであるが、残念ながら、今回はそのようにならないのではないか、要するに保守が保守として機能するのではないかと思ってしまったのである。
 そのことは、まさに、上記に記事を出した新聞も同じだ。今回は、あえて保守派といわれる産経新聞の記事をあげたが、わざと間違えるということでもないし、この誤報によって世論や国会議員を誘導しようというものではない、と予想される。しかし、私の上記の「言い訳の弁」をsんじてもらえるならば、希望的観測や個人的な思い込み、そして、人の本質を見誤り、今回だけはまともに動くであろうという読み違い、これらをしてしまえば、そのような下心がなくても、または、偏向報道のつもりがなくても、誤報を書いてしまうのである。
 そして本来は、これらの語法を出してしまった場合は、すぐに謝罪をすべきであろう。しかし、残念ながらそのような新聞はない。鳩山が悪い、菅がペテン師だというだけで、自分たちの報道に個人的な主観が入ったのではないか、あるいは鳩山は調整能力がなく、結局、最も悪い方向にしか進めた実績がないという歴史に学ぶこともなく、または左翼の菅直人や枝野などは、その場限りの嘘を平気で口にする卑しい人間であるということ、まさにそれらの性質がわかっていれば、誤報のはずはないし、逆に注意を促すはずだ。にもかかわらず、それができなかったのは、明らかにマスコミのミスであろう。
 マスコミの報道は、やはり記者やライターの個人的な感情が入り込んでしまうものだし、そのような『読み物』でしかないということを認識しながら読者は情報を読み取ってもらいたいと思う。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(13) 中国での契約と中国人の性質「共産主義」という名の「階級社会」

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(13)
中国での契約と中国人の性質「共産主義」という名の「階級社会」

 契約交渉は、胃袋と肝臓のおかげで順調に進んだ。何しろ会食が終わった瞬間は空腹の状態だ。空腹の状態なのに、強いアルコールを体内に入れて終わるのだから、かなり大変である。その私の胃袋と肝臓を少しでも役に立ったのが「レトルト味噌汁」であった。ホテルというのは、必ずポットがある。お湯さえあればインスタントコーヒーなどを作ることができる。会食が終わった後にレトルトのみそ汁をマグカップで食べる、これがプライベートの区切りとなった。もちろん、会食が終わってから、レストランに言って何か食べることもある。しかし、やはり、部屋の中で一人で味噌汁というのは、なかなかやめられない。国内の出張ではないが、今でも海外に出張するときは結構な確率で味噌汁を持っている。
  さて、そろそろ話を進めたい。
  このような状況になって、やっと契約交渉が成立した。契約交渉にかかった時間は三か月。以前に書いたように、双方ともに利害関係は一致していた。そのために、契約交渉は、そんなに大きな問題はなかった。

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内閣不信任案否決と民主党議員の性質

内閣不信任案否決と民主党議員の性質

 内閣不信任案の否決は、さまざまな側面が見られたと思う。
 まず、何よりも野党側に関して先に書いておこう。自民党は、勝算もなくまたは目的もなく内閣不信任案を出したというような馬鹿な政党ではないであろう。ということは、当然に、何らかのパイプで民主党側の造反議員と気脈を通じていたということになる。しかし、その気脈を通じた相手をコントロールできるまでになっていあ勝ったということになる。結果的には惨敗を喫する。もちろん、戦略的に「王手・飛車取り」のように、菅直人か小沢一郎を消すつもりであったかもしれない。しかし、気脈を通じた相手が、しっかりと裏切りができないということは、当然にその制御もできないし、また戦争には負けたということだ。もっと言えば、最終の目標は菅直人の退陣、あるいは解散総選挙による政権の奪回である、としている自民党において、その目的のための一戦に敗北したならば、責任を負わなければならないであろう。もちろん、今回の内容で、完全に小沢一郎は民主党内での人望がなくなったことを意味しており、同時に、鳩山由紀夫は全国民的に「いい加減な対応をする人」という印象がついた。もっと言えば、こんな三人の指導者に率いられている民主党は、次の選挙において絶対に勝てないであろう。しかし、自民党の戦略のミスによって、そのような政権を長続きさせてしあった罪は大きい。その分の責任をどのように負うのか。はっきり言えば谷垣総裁か石原幹事長が辞任するのか、あるいはそのほかの何らかの国民が納得できる責任の負い方があるのか。自民党は、ここで責任を取ることができなければ、民主党に責任を負わせることができるのか、はなはだ疑問であり、自民党の国民的な支持は、責任の取り方によっては得られないことになってしまう。
 しかし、それでも敗北覚悟で内閣不信任を出し、国民に問題を提起したことは評価できる。その結果に関しては下記のとおりである。


菅内閣不信任案が否決=首相退陣時期、後継が焦点―小沢氏ら17人造反・民主

 自民、公明、たちあがれ日本の野党3党が共同提出した菅内閣に対する不信任決議は2日午後の衆院本会議で、民主、国民新両党などの反対多数で否決された。菅直人首相が東日本大震災や福島第1原発事故の対応にめどがついた段階での辞任を表明したことで、民主党から大量の造反者が出て党が分裂する事態は回避された。しかし、2011年度第2次補正予算案や重要法案を菅内閣が成立させるのは困難な情勢で、政局の焦点は首相の退陣時期に移った。首相の後継をめぐる動きも活発化しそうだ。
 首相は同日夜、首相官邸で記者会見し、自身の進退について見解を明らかにする。
 不信任案の採決は記名投票で行われ、反対293票、賛成152票だった。共同提出した3党のほか、みんなの党が賛成。共産、社民両党は棄権した。民主党からは小沢一郎元代表が欠席するなど15人が棄権。小沢氏を支持する松木謙公前農林水産政務官と、離党の意向を示している横粂勝仁氏は賛成した。党執行部は造反者に「厳正に対処する」としており、同日夜の党役員会で対応を協議した。
 首相は2日午後の臨時閣議で「引き続き被災地の視点に立って震災対応をしっかりやっていきたい」と述べた。しかし、鳩山由紀夫前首相は菅首相の退陣時期について「2次補正の成立までではなく、早期編成のめどがついたときだ。6月中にめどがつく」と早期退陣を要求した。 

2011年06月02日20時17分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/5605129/


「信任したわけでは…」 復興そっちのけ、歯切れ悪く

 「被災者のため」と異口同音に言いながら、被災者そっちのけで政争を繰り広げる永田町。「党派を超えて団結すべきだ」と口をそろえる被災地選出の議員ですら、不信任案への思いや対応はバラバラだ。菅直人首相は2日、辞意を口にしたが、退陣は当面ないとみられ、政局の迷走とドタバタは必至。被災地からは「いいかげんにしてくれ!」と怒りの声が上がった。
   東北選出議員
 「被災地からは『何をやってるんだ!』といつも言われている。今日で終わったんだから、速やかに震災復興法案を通して、被災地の皆さんに安心感と希望を与えなくてはいけない」
 津波で母と長男が犠牲になり、妻と父の行方が今も分からない民主党の黄川田(きかわだ)徹議員=岩手3区=は、不信任案の否決後につぶやいた。言葉からは、ゴタゴタと決別し、早く震災対策をという気持ちがにじむ。
 不信任案に賛成の意向を示していた小沢一郎元代表が強い影響力を持つ岩手県選出。迷った末に、多くの民主党議員らと同じ「反対」を投じた。だが本音は「与野党、衆参一体となって復興に関わる姿勢を示すべきだ。(混乱ではなく)もっと別の展開があったと思う」と、ドタバタ騒動そのものに批判的だ。
 民主党の“造反組”の一人、階猛(しな・たけし)議員=岩手1区=は直前までの「賛成」方針を覆し「反対」に転じた。「昨日の流れでいくものだと思っていたが、(採決直前に開かれた)代議士会で鳩山由紀夫さんも原口一博さんも昨日とは違う感じだったので…」。菅首相については「『辞める』と言った人が長くやるのは混乱のもと。復興の遅れにもつながる」と突き放した。
 水没した仙台市若林区などを選挙区に持つ斎藤恭紀(やすのり)議員=宮城2区=は「船頭(リーダー)を一新すべきだ」と考えながらも、不信任案には「反対」した。「首相の震災対応は確かに不十分だったと思うが、被災地の99・9%は『何をやってるんだ』という声。今は政治空白を生むべきでない」と、首相を信任したから不信任に反対したわけではないと説明した。
 仙台市出身の郡和子議員=宮城1区=は、「野党がこんな時期に不信任案を出してくるのは信じられない思い」。党内でも同調する動きがあったことに、「情けない。被災地の方に申し訳ない」と、同じ「反対」でも小沢氏に近い議員とは異なる考えだ。
 自民党の小野寺五典議員=宮城6区=は、辞任を口にしながら、首相の地位にとどまる菅首相にいらだちを隠せない。「辞めると公言したリーダーにまともな復興ができるのか。国民に政治家のバカさかげんを見せてしまった。とんだ茶番だ」と言葉を強める。
 ただ、自民党にありながら、賛否は前日まで悩んだという。「復興特区の話し合いが進む中、なぜこの時期の不信任案提出なのか忸怩(じくじ)たる思いだった」
   小沢チルドレン
 被災地の議員だけでなく「小沢チルドレン」と呼ばれた民主党の衆院1回生も、「賛成」「反対」各勢力の草刈り場となるなど、翻弄された。
 小沢ガールズの一人、福田衣里子議員=長崎2区=は「菅首相を信任しているわけでないので、賛成してもよかったが、自民党に乗っかって辞めさせるというやり方に疑問を感じた」と反対票。「前日夜まで『賛成』に回ってほしいという電話がすごく、胃が痛くなる思いだった」と話した。
 早川久美子議員=比例=は反対票を投じたが「菅さんを信任するということではない」ときっぱり。
 民主党離党の意向を示して賛成票を投じた元チルドレンの横粂勝仁議員(比例)は「政治不信はますます高まるのではないか」と述べた。

2011.6.3 08:36  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110603/stt11060308390002-n3.htm


辞めるとはひと言も書いていない「鳩菅覚書」
民主党
 菅首相と鳩山前首相が交わした覚書の確認事項は次の通り

 ▽民主党を壊さないこと
 ▽自民党政権に逆戻りさせないこと
 ▽大震災の復興並びに被災者の救済に責任を持つこと
 〈1〉復興基本法案の成立
 〈2〉第2次補正予算の早期編成のめどをつけること

(2011年6月2日14時03分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20110602-OYT1T00623.htm

 民主党は、今回の内閣不信任に関しては何とか通り過ぎた。しかし、国民の不信感は頂点に達していると思う。マスコミは一生懸命菅政権の方を持った偏向報道を続けている。はっきり言って「震災復興時期なのに内閣不信任はおかしい」という理論そのものがおかしい。単純に考えて、震災から80日間も何もしていないという行政、そして、行政の「不作為の作為」によって日々悪化し、そして情報を隠していて国民を危険にさらした、もしくは被爆させた罪は、まさに業務上過失傷害に近い可能性もある。単純に考えれば、政府がまったく何もしていないので、国民が傷つき、東電社員などは被爆してしまっているのである。また検査をしていないだけで福島県民の多くが被爆している可能性もある。
 そのうえ、今回の茶番だ。確認書「鳩菅覚書」では、民主党を壊さないことが第一項である。震災復興は第三項目でしかなく、そのうえ、退陣などとは一言も書いていない。それでも議員総会で「退陣」をほのめかし、退陣するからと言って不信任案を否決した。後日、「ペテン師」と言われても、不信任を否決したことは間違いがない。というよりはその「ペテン師の政治」を信任したのであるから、国民に対する罪は重い。民主党議員が菅に騙されたのではなく、民主党議員全員に国民が騙されたのである。この状況に関して、国民の怒りは大きい。民主党に対する不信感、菅政権に関する不信感は決して小さなものではない。
 そもそも内閣不信任案は、立法府の行政府に対するチェック機能だ。しかし、民主党議員は自民党、民主党という立法府の中の政党の争いに矮小化してしまったのである。その罪は決して小さなものではない。要するに、政党別の動きが行政府のチェック機能を無にしてしまったのである。これでは憲法の精神も全くなく、立法府の代議員であるはずの国会議員が、まったく法律の趣旨をわかっていないということだ。そのような人が日本の立法と行政を行っていることは日本の悲劇でしかない。
 本日、チャンネル桜の討論において、その辺はかなり強く私も発言している。しかし、どんなに発言しても、国会議員や国民が動かなければ意味がない。国民は一刻も早く今の民主党政治の異常性に気付き、倒閣に動かなければならないのではないか。

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来るべき総選挙でも争点になるであろう原子力発電に関する意見

来るべき総選挙でも争点になるであろう原子力発電に関する意見

 内閣不信任案が提出される。あえて断定で書かないのは、この記事を書いているは6月1日の朝九時くらいであるから、今のところまだ見込みでしかかけない。
 内閣不信任案が提出された場合に問題になるのは、否決されれば今の菅政権が任期満了まで続くということである。残念なgら被災地の復興はあまり期待できないであろうし、民主党主導の復興であるから日本そのものは壊されてしまう可能性が非常に高いのではないか。風光明媚な土地や日本的な文化は、いつの間にか外国に売却されているかもしれない。私の取材した学者(たくさん取材しているので、誰が言ったのかすぐには思い出せない)は、今のまま、来年まで体育館の避難所が続いた場合、被災地三県で一万人が死ぬということを言っている人もいる。すでに「餓死者」が出ているという報道もあり、また、被災地避難所のストレスによる衰弱死も報告されている。左翼政権からすれば、人が死んだ跡の再開発は非常にやりやすい。特に死ぬのは戦前派、保守派の多い老人が先に死ぬし、人が死んだ後の「ストックホルム症候群的な盲目的服従」は、レーニンや毛沢東が行ったのと同じ革命的な日本変造に役にたつことであろう。「過去の否定」「歴史の破壊」は人類的、民族低な荒廃をまねく。われわれ日本人はそのようなことを許してはならない。
 さて、今の菅政権がそこまでの意識を持って『革命』を行おうとしているのかどうかは不明だ。しかし、原子力発電その放射能漏洩事件や、うずたかく積まれた瓦礫の山から発する異臭、被災地における感染症の危険など、「進行形である被害」は、処置が遅れるという状態が続けば被害が拡大する。震災は三月十一日で終わったわけではなく、その被害は現在も進行形であり、時間との勝負である。しかし、それを遅らせるということは明らかな人災でしかない。
 特に原子力発電所に関しては、その様相を呈してきている。今回の原子力発電所の事件に関する内容は、情報の隠蔽体質、政府の指導力の欠如、事故に対する無策、根拠のない行政指導、そして調整も行わないで菅直人独裁的な国際公約と、あまりにもひどい「失政」が続いている。
 その原子力発電について、「事故」そのものではなく、最近の記事をピックアップしてみた。原子力発電のぜひ問うよりは、原子力発電を受け入れる政府と国民ということの問題として指摘してみたい。

「原発依存は日本の現実」と米紙 補助金頼りの構造指摘.

 【ニューヨーク共同】5月31日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、福島第1原発事故で原発の安全性に深刻な懸念が生じた後も、日本で草の根の大規模な反対運動が起きないのは、政府や電気事業者から支出される補助金に依存する地域構造があるからだと分析する長文の記事を掲載した。
 「日本の原発依存」という見出しの記事は、補助金や雇用が日本の原発を「揺るぎない現実」にしていると報道。
 松江市の島根原発を取り上げ「40年以上前に立地の話が持ち上がった時は、地元の漁村が猛反対し、中国電力は計画断念寸前に追い込まれた」と指摘。しかしその約20年後には「漁協に押された地元議会が3号機の新規建設の請願を可決した」とし、背景に公共工事による立派な施設建設や潤沢な補助金があったと伝えた。

2011年06月01日08時17分 提供:共同通信
.http://news.livedoor.com/article/detail/5599826/

<菅首相>浜岡原発以外は運転再開認める 「安全性確認で」

 菅直人首相は31日、東京都内で開かれた全国知事会議に出席し、停止要請した中部電力浜岡原発以外の原発について「安全性が確認されているもの、今後確認されるものについては、稼働して電力供給にあたってもらうという基本的な態度で臨みたい」と述べ、定期点検などで停止中の原発の運転再開を認める考えを示した。浜岡原発については「(東海地震の危険性が高い)特別な場所という扱いで運転停止をお願いした」と強調した。
 東日本大震災で緊急停止した日本原子力発電東海第2原発のある茨城県の橋本昌知事が「『安全だから安全だ』では国民の理解は得られない」と、再稼働を認めるための具体的な安全基準を示すよう求めたのに答えた。ただ菅首相は、安全基準については「今回のことを踏まえて安全性をきちんとすることは必要だ」と述べるにとどめた。【中井正裕】

毎日新聞 5月31日(火)20時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110531-00000112-mai-pol

<菅首相>太陽光パネル発言で陳謝 「聞いてない」閣内不満

 菅直人首相がエネルギー政策の見直しに関し「約1000万戸の屋根に太陽光パネルを設置」と表明したことで、閣内に不満がくすぶっている。政府内の調整をほとんどせず発言したためで、担当の海江田万里経済産業相は27日の記者会見で「聞いていない」と困惑。31日の閣僚懇談会では中野寛成国家公安委員長に「重大な発言をされる時は事前に閣僚と情報や意識を共有して」とたしなめられ、首相は「今後は気をつけたい」と陳謝した。
 発言は25日、パリであった経済協力開発機構(OECD)設立50周年式典での演説で飛び出した。演説草稿には盛り込まれておらず、首相が急きょ付け加えたものだった。
 枝野幸男官房長官は26日の会見で「積み重ね型の議論でなく、首相の強いリーダーシップで方向性を打ち出すやり方も、重要な課題で方向性を変えるには重要だ」と擁護したが、中野氏は31日の会見で「説得力を欠けば国際社会が真に受けてくれない」と注文をつけた。【笈田直樹】

毎日新聞 5月31日(火)22時25分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110531-00000146-mai-pol

 日本は、世界で唯一の被爆国であり、被害国である。被爆国である以上、加害国よりもっと多くの発言権を核に対しては日本が有している。しかし、日本において存在するのは、「核アレルギー」でしかない。「非核三原則」は「作らず、持たず、持ち込ませず」というのがあるが、最近では日本の場合「議論せず」「研究せず」を含めた「非核五原則」なることが言われている。私から言わせれば「被害を受けた国こそが、その制御を学ぶべき」であって、そもそも議論も研究もしないようであれば、これは原則ではなく「病的なアレルギー」でしかない。
 しかし、その病的アレルギーを逆手にとって商売にしている人々がいる。研究者などは違うと思うが、「反対という商売」をしている人がいるのである。反対という商売を行うのは、日本人がアレルギーとして持っているものに対して行われる。核だけでな
く、軍事に関しても同じだ。
 反対問い商売をしている人の手口は「危険をあおる」「些少な異常を見つけ大げさに騒ぐ」「かわいそうと感情論に訴える」「被害者の『人権』を声高に叫ぶ」という一連の作業だ。私はこの一連の作業を行っている人そのものに対して「アレルギー」と「反対という商売」の存在を言うのである。私の主張に強硬に反対する人は少なくないが、同程度以上に、私の主張に賛同する人も少なくない。そして「商売にする」人は、そのような『人権』を保障の対象として国からカネをむしりとる。その国の財源が自分たちの税金であり、そのような保証のために経済政策などが後回しになってもお構いなし。要するに経済を停滞させ、自分たちの商売を行っているに過ぎないのである。
 私はこの「反対という商売」に対するアレルギーを持っている。これを観るだけで、不快な思いがする。私がここで書いているように『人権』というが、そもそも人権は、国家があって、国家が保証しているものである。国家が保証している権利なのに、その国家に対して人権を主張してカネをむしりとるという手法は、そもそも自己矛盾でしかない。あまりにも頭が悪いというよりは、国家観の欠如、全体を見る目がないということだ。
 もちろん、軍の基地にしても、原子力にしても、今回の事故に関してもその被害者を被害があったままでよいというのではない。しかし、支援者面をして煽り立てるマスコミと人権活動家という不思議な人種は、はっきり言っていかがわしい。このような人たちがいる間は、国家の発展がない。
 記事の中で指摘しているように、補助金というシステムで原子力が左右される。その補助金も含めれば原子力の発電コストは非常に大きくなるであろう。逆に危険であるといって補助金をもらっていた自治体や住民が、事故に関して被害者面をしているのも疑問だ(どのような名目で補助金が払われていたかにもよると思う)。
 原子力に関しては次の総選挙で必ず争点のひとつになるである。本来であれば原子力そのものではなく日本全体のエネルギー政策に関して争点にすべきなのに、日本人は物事を矮小化して小さな範囲でしか議論ができない。それでも議論をするのはよいほうで、議論もできない人が少なくないのである。そしてそのときには、これら補助金に関してもしっかりと俎上に載せて議論をすべきではないのか。汚い部分、都合を悪い部分を隠して建前だけの議論をするのはあまりにも違和感がある。そのことをしっかりと認識しなければならない。
 今回は、来るべき(といっても日程がはっきりしているわけではないが)選挙の争点の見方を、原子力を例にとって解説してみた。
 

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6月1日夕方野党3党内閣不信任案提出

6月1日夕方野党3党内閣不信任案提出

 6月1日に自民党、公明党、たちあがれ日本各党が内閣不信任案を提出した。
 この動きに際して、様々な話が出てきている。はっきり言って、現時点で取材を通して知っていることも少なくない。しかし、具体的な名前などを出してここですべてを明らかにするわけにはいかない。はっきり言ってしまって、政局の話はあまりしたくはない。6月1日の段階で、かなり多くの人からご連絡をいただき、そのすべてに「内閣不信任の可決に関しては、かなり微妙である」という。
 不信に何が通るということは、82人の造反者が出るということ。民主党からすれば執行部不信でそれだけの造反が出るということになる。内閣不信任が通るということは総辞職かもしくは解散であろう。しかし、総辞職をしても党内の分裂は明らかになってしまうのであることや、総辞職では執行部が自分で間違えていたことを認めることになる。とくに今まで脱小沢で行ってきた分、今度は菅、枝野、仙石、岡田といったところが「脱左翼」とばかりにパージされることになるのであり、完全に権力の座から遠ざかることになる。それならば「破れかぶれ解散」をした方が良いという選択肢になるであろう。過去4回内閣不信任が可決された時があるが、全て解散になっているのである。
 一方、もし否決された場合は、菅直人は「信任された」というようになる。不信任案提出後の樽床伸二議員の会見で「信任したわけではない」などと詭弁を言っていたが、そのようなことが通じる相手ではないことはいままでの内容でわかっていることである。ということは、賛成票を投じることは「信任する」ということ。要するに現在の震災対応や原発対応、サミットでの無謀な国際公約を肯定することになる。同時に、国民から「あの人は菅を支持した」というレッテルをはられることになる。はっきり言って、今年の統一地方選挙の結果を自分で受ける、要するに民主党の看板を背負って選挙を戦うことになり、菅直人の失政の連帯責任を負うことになる。同時に、造反議員を除名することになる。除名されるのは衆議院だけかもしれない。しかし、小沢一郎や鳩山由紀夫という領袖たちを除名すれば一緒に民主党を離党する参議院も多くなるということだ。単純にいえば、参議院での過半数は、期待できないことになり、菅政権ではほとんどの法案が通らなくなるということになるのである。
 その関連の記事が下記のものである。


<内閣不信任案>小沢元代表、鳩山氏賛成へ 造反拡大で緊迫


 自民、公明、たちあがれ日本の野党3党は1日夕、菅直人政権に対する内閣不信任決議案を衆院に共同提出した。2日午後の衆院本会議で採決される。民主党執行部は否決した上で、造反者には除籍(除名)などの厳しい処分で臨む方針だが、小沢一郎元代表と鳩山由紀夫前首相が不信任案に賛成する意向を固めた。小沢グループを中心に同党議員70人以上が造反する構えをみせている。小沢元代表らは新党結成も視野に入れており、民主党は分裂含みで不信任案の採決に突入する見通しとなった。
 ◇小沢グループ会合に71人
 1日夜、小沢グループが東京都内のホテルで開いた会合には田中真紀子元外相や原口一博前総務相を含む71人が出席した。終了後、小沢元代表は記者団を前に政府の原発事故対応を批判し「国民が支持してくれた民主党のあり方に戻さなくてはいけない。十分、我々の意思が国会において通るものと思っている」と不信任案の可決に自信をみせた。
 小沢グループは会合に集まった代理出席6人を含む77人の名簿を発表。同日夕には鈴木克昌総務、三井辨雄国土交通、東祥三内閣府の3副大臣と樋高剛環境、内山晃総務の2政務官が首相官邸に辞表を提出し、不信任案に賛成することを記者団に明言した。
 鳩山氏も同日夜、鳩山グループ約20人の会合で「賛成しか選択肢はない」と明言した。ただ、異論も強く、グループとしては自主投票と決めた。閣内にいる海江田万里経済産業相は反対を表明。鳩山氏は「自発的に首相にお辞めいただくようなことも党として決めないといけない。その努力はする」と述べ、2日の本会議前に開かれる党代議士会などで「菅降ろし」の動きも続ける考えを示した。
 民主党内の中間派は樽床伸二元国対委員長や旧民社党系のグループが反対する方針を決めている。
 野党側も一枚岩ではない。共産党の志位和夫委員長は1日夜、緊急に記者会見し、「自公両党の党略的な行動に手を貸すことはできない」として2日の採決を棄権することを明らかにした。共産党は賛成する方針だったが、不信任案が可決される可能性が出てきたとみて、混乱回避に動いたとみられる。社民党も棄権か反対する方向で党内調整をしている。
 衆院の民主党会派は305人で、国民新党、新党日本、与党系無所属を加えた313人から何人が賛成に回るかが焦点。共産、社民両党を合わせた15人が棄権すれば、不信任案の可決には与党系から82人以上の賛成が必要となり、社民党が反対なら85人以上にハードルが上がる。
 民主党執行部は造反人数を「最大80人」とみているのに対し、「小鳩」陣営も「80人は超える」と見積もっており、両陣営の多数派工作は80人前後の攻防となっている模様だ。菅首相は不信任案が可決されれば衆院解散・総選挙に踏み切る構え。解散は天皇の国事行為となるため、首相は可決の場合に備えて2日の天皇陛下の日程を調べるよう周辺に指示した。
 民主党の安住淳国対委員長は1日、「どなたであっても処分の対象にせざるを得ない」と記者団に語り、代表経験者の小沢元代表、鳩山氏も処分する方針を強調。小沢元代表は新党結成も辞さない考えを周辺に伝えており、民主党は不信任案の可決・否決にかかわらず、分裂する可能性が強まっている。【松尾良】

毎日新聞 6月1日(水)21時35分配信
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/politics/


共産棄権で、可決に必要な造反は「82人」に

 自民、公明、たちあがれ日本の3党が提出した内閣不信任決議案が可決されるには、民主党議員の大量造反が不可欠だ。1日夜になって社民党と共産党が、棄権の方向に傾いたため「可決ライン」微妙に動いている。
 衆院の定数は480。ここから、採決に加わらない横路孝弘議長と欠員1、さらに棄権を決めた共産党9人、社民党6人をひくと、投票総数は463で過半数は232となる。これをもとに不信任案を可決するには、賛成の野党側150人に加え、与党と与党系無所属から82人が賛成に回る必要がある。
 もし賛成と反対が同数となると、横路議長の判断で可決か否決のいずれかが決まる。衆院事務局によると、衆院では法案を含め可否同数や議長判断の先例はない。
2011.6.1 22:01  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110601/stt11060122020035-n1.htm


小沢氏、不信任可決に自信=会合に71人出席―民主

 民主党の小沢一郎元代表は1日夜、内閣不信任決議案への同調を呼び掛け、都内のホテルで会合を開いた。小沢氏を含む同党衆院議員の出席者は71人だった。この後、小沢氏は記者団に、内閣不信任案に賛成する意向を表明し、「十分われわれの意思が国会で通ると思っている」と不信任案可決に自信を示した。
 小沢氏はまた、菅政権の福島第1原発事故などへの対応を批判し、「危機のときこそ強力な政権と強力な指導者が必要とされる」と強調した。自民党との連携の可能性については言及を避けた。
 不信任案採決後の離党や新党結成の可能性については「民主党の掲げてきた理念と理想の旗を放棄したのはわれわれではない。われわれが本当の民主党所属議員だ」と否定的な見解を示した。 

2011年06月01日23時10分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/5603176/

 単純に言って、憲法では内閣不信任案は、立法府が行政府を審査つチェック機能である。要するに、行政の手法や結果で判断すべきであり、単純に民主党とか自民党というようなは足が出ること自体がおかしい。「自民党が提出した不信任案であるから同調できない」という樽床議員のような言いようは、憲法の規定をまったくわかっていない立法府の代議員としての資格を自分から放棄した者の言い訳でしかない。また、除名という手法でしか圧力をかけられない民主党執行部はひどいものだ。憲法をわかっていないだけでなく、国民の声も、なぜ内閣不信任案が出されたのかもわかっていない。そもそも、復興政策も「誰かが協力してくれない」「東電が情報をくれない」というような、他人への責任転嫁体質でしかなく、為政者であるにもかかわらず自分で責任を負うという感覚が全くない。
 今までに何度も書いたと思うが、責任転嫁と権限と義務感のバランスの悪さ。権利の主張だけで義務の履行がないのが左翼の特徴である。その特徴通りに民主党執行部の今回の対応と、憲法の趣旨のわかっていない立法府の代議員は、今回のごたごたを見ても、政権を任せられるものではないということがわかる。国民のために権限を使い、義務を果たすということがない。それどころか、協力がないと不満を言うようでは、話にならない。責任を負う気概もない。
 今回、というよりも、今日、その結果が出る。しかし、その結果にかかわらず、国民は民主党政権では日本が復興しないということも明らかになるし、民主党の分裂が発生することになるのではないか。

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震災対応不振で内閣不信任案提出へ

震災対応不振で内閣不信任案提出へ

 先週より内閣不信任案宮城県での提出が言われている。実際に現在の菅内閣の震災復興対応に対して不満のない人などはほんのわずかだ。もちろん、政府側は貴重な補正予算の割り当てを得た人は喜んでいるのかもしれない。しかし、たとえば仮設住宅の建築を受注した業者も、もともと建築費がぎりぎりであるばかりではなく「支払い時期が遅い」ということで、不満が出ている。人件費や材料費は先にはらわなければならない。にもかかわらずその分の経費も何も出ずに、全て出来上がった後の支払いとなってしまっては、とても工事などできるはずがない。ぎりぎりの予算で、借り入れをしなければ工事ができないのであれば借り入れの金利分だけ赤字である。そのような状態で工事ができるはずがない。工事ができなければ、いつまでたっても被災者の体育館生活が続く。
 今の政府対応は一事が万事。まさに何もしていないよりもひどい。復旧、復興は時間との勝負であるのに、復旧ができる前に復興会議を行い、生活の再建ができない人が少なくない。その上原子力発電所の事故の情報隠蔽体質。とてもではないが、国民の理解を得られるものではないのだ。
 このような国民の声に押される幹事で、野党自民党・公明党は内閣不信任案を提出するという事態になった。常識的に考えれば、内閣不信任案は衆議院で過半数を取った内閣において、または政権与党において成立する可能性はほとんどない状態である。しかし、二つの要請で、今回は成立する可能性も少なくないといわれる。ひとつは、脱小沢という現象から、小沢一郎とその周辺の議員に関し、長々と冷や飯を食わせ、党内野党のような扱いをした。しかし、小沢グループであっても反主流派であっても、「民主党」である以上、次の選挙は民主党の看板で戦わなければならない。単純に言えば、菅直人の失政の連帯責任を次の選挙で負わされることになるのだ。原子力発電事故の情報隠蔽体質も、また、被災地の復興の遅れも、サミットでの調整されていない思いつき発言公約も、全て民主党議員の連帯責任である。もちろん、被災者や、被災地にボランティアで行った人々、復興の支援者からの政府対応の稚拙さに対する不満は少なくない。ボランティアなど多くの人が被災地を見、そしてその悲惨な状況を見ている以上、その状況が震災発生から3ヶ月も放置されパフォーマンスに終始する菅政権に対しては、怒りを通り越して感情が無になる状況ではないのか。
 第二に、統一地方選挙での代惨敗がある。その後も地方選挙で次々と民主党候補の苦戦が伝えられる。民主党という看板を掲げれば、有権者から見向きもされない。私の友人の民主党から立候補した人は、「やっと目が合ったと思ったら空き缶を投げられた。『お前、空き缶がすきなんだろ。人なんか相手にするな』といわれてすごくショックだった。誰も製作を聞いてくれない。私の上に菅直人のお面をかぶせたような戦いだった」という。東京の足立区などでは、堂々と民主党の看板を下ろす行為が行われ、公認候補でも無所属を名乗るような状態になっているのだ。国政選挙といえども、政策上の論点は違うものの有権者は同じだ。自民党の麻生内閣のような誹謗中傷的なマスコミ報道がないのにかかわらず、これだけ不人気なのは、マスコミにだまされない有権者が多くなったというよりは、それだけ際立って失政が多いということ、パフォーマンスが目立ち中身が何もない政治が目立つということであろう。
 この不信任の状況に対して、野党は、上記二つの要請から民主党内から多数の造反組みが出ると観ている。不信任案に反対票を投じれば、菅直人を支持している問いことになる、要するに菅内閣の震災対応に「満足している」というように有権者から見られるということである。それでは次の選挙はとても戦えるものではない。現在の地方選挙を見れば、その結果は火を見るよりも明らかである。一方、民主党内からの締め付けも大きい。反対もしくは欠席は除名であるとしている。要するに民主党の公認を得ることができないということだ。その状況で戦えるのかということもひとつの判断基準になる。
 このような環境で内閣不信任案が近々提出されるのである。


菅内閣不信任「国民の声」と自民=民主、否決に全力

 与野党の国会対策責任者が29日午前、NHKの討論番組で、菅内閣に対する不信任決議案についての見解をそれぞれ示した。自民党の逢沢一郎国対委員長は「そう遠くない時に、国民の声を受けて提出する」と述べ、週内にも提出する方針を表明。民主党の安住淳国対委員長は「粛々と、憲政の常道に従って、否決する自信がある」と否決に全力を挙げる考えを強調した。
 逢沢氏は、菅内閣の東日本大震災や福島第1原発事故への対応を批判した上で、「菅直人首相に日本を託せない。与党内からも、菅さんでは国の未来を開けないとの声が上がっている」と述べ、民主党から不信任案への同調者が出ることに期待を示した。これに対し、安住氏は「わが党には(同調者は)いないと信じている」と語った。 
2011年05月29日20時18分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/5593745/


菅“厚顔”今さら小沢へ再接近 延命工作に「ふざけるな!」

 菅直人首相への退陣要求が過熱してきた。自民、公明両党の幹部は30日昼、近く提出予定の内閣不信任案について会談し、民主党の小沢一郎元代表を支持する議員グループ「一新会」も同日午後、対応を協議。一方、仏ドービル・サミットから帰国した菅首相は延命工作のため、小沢氏ら民主党代表経験者との会談に意欲を示している。
 「自己チューな菅首相らしい。自らの地位が危うくなると、あれだけ攻撃し、党員資格停止にまでした小沢氏にも再接近する。ふざけるな!」
 小沢氏に近い中堅議員はこう吐き捨てた。今週の永田町には「菅降ろし」の嵐が吹き荒れそうだ。
 激動の国会日程は、31日に菅首相が出席する衆院東日本大震災復興特別委員会の集中審議があり、6月1日に菅首相と自民党の谷垣禎一総裁が激突する党首討論、2日には衆院本会議でのサミット報告がある。
 谷垣氏は29日、「野党の責任を果たすため、勝負を挑まなければならない」と不信任案提出への意欲を重ねて示しており、現時点で「2日提出、3日採決」の可能性が高い。与野党激突の青森県知事選(5日投開票)を受け、6日提出という案もある。
 「反菅」勢力を勢いづかせているのは、菅内閣に対する国民世論の厳しい反応。フジテレビ系「新報道2001」が29日公表した世論調査では、菅内閣の支持率は危険水域の23・6%。海水注入中断をめぐるゴタゴタ劇が発覚した福島第1原発事故について、80・2%が「菅首相はリーダーシップを発揮していない」と酷評した。
 日経新聞は30日朝刊の調査で、菅首相の交代について、「できるだけ早く」(21%)と「震災・原発対応が一段落して」(49%)を合わせて70%になると報じた。
 注目の不信任案が可決されるには、衆院で過半数240人以上の賛成が必要。自民、公明両党に、賛成を表明している共産、みんな、たちあがれ日本の3党と野党系無所属らを合わせて159人。民主党から81人が造反すれば可決される。
 小沢グループの衆院議員は90人~100人とされ、「60人は賛成する」(小沢氏側近)。このため、菅首相と距離を置く鳩山由紀夫前首相のグループ(約30人)や樽床伸二元国対委員長のグループ(同25人)、中間派の動きが焦点となりそう。
 菅首相はサミットから帰国した29日、枝野幸男官房長官や福山哲郎官房副長官と公邸で情勢分析し、小沢、鳩山両氏など代表経験者との直接会談を模索。岡田克也幹事長は同日、「与党議員(の不信任案賛成)にどんな大義があるのか。到底理解されない」と強調し、造反者には「除籍」などの処分を示唆した。
 国難を乗り切るため、「反菅」勢力が捨て身の覚悟を決められるのか。議員バッジが惜しくて、現状に甘んじるのか…。

2011年05月30日17時00分 提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
http://news.livedoor.com/article/detail/5596208/

 本日6月1日、党首討論が行われる。党首討論では、当然に谷垣自民党総裁と菅首相の直接討論が出されるのである。その中において、震災対応や原子力発電所対応、パフォーマンス国際公約を追及することになるであろう。
 一方民主党執行部の締め付けもさすがに厳しくなる。しかし、「締め付けなければならないほど求心力を失った内閣」であることは間違いがない。岡田幹事長の「到底理解できない」な小戸とほえているようであるが、はっきり行って、この震災復興の時間的余裕がない時期に首相交代を言われなければならないほど、ひどい震災対応でしかないということである。そもそも、この時期に「不信任案が提出される」ということ自体、内閣の恥であり、その事態を重く見て内閣総辞職をしてもしかるべきではないのか。要するに『復興ができない』と国民から引導突きつけられて、なお権力に固執する菅内閣と民主党執行部の見苦しい態度はさすがに国民に嫌気がさすことになるであろう。
 一方、この不信任案が成立しなければどうなるのか。菅直人は「信任された」と喜ぶことになり、単純に言えば、菅直人が任期いっぱいまで首相を続けるということだ。単純に言えば、脱小沢もあと二年続くことになり、小沢一郎という政治家はその間に裁判の進行もあって完全に政治的に死んでしまうことになる。そればかりか、日本そのものの失政は続き、日本の経済も崩壊することになるであろう。小沢周辺の代議士は、そのことを考えながら、不信任案の議決に臨むのであろうか。
 この時期に、という言葉が出るが、逆にこの時期だからこそ、震災復興と危機管理・非常事態対応ができるリーダーに変えるべきであるという理論も成り立つ。完全にご都合主義、その場限り、パフォーマンスだけの政治に終止符が打てるか、あるいは民主党議員が菅直人と同じで、国のこと、震災復興のこと、国民のことを考えずに、自分の民主党の公認という身分の保全だけを考えて対応するのか。本当に国のためを思って政治に望んでいる国会議員を見分けるよいチャンスなのかもしれない。

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