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2011年12月

今日は大晦日 一年を振り返って

今日は大晦日 一年を振り返って

 今年一年、皆様には対への世話になりました。ありがとうございました。
このブログにお付き合いいただいておりますが、実際のところ、個オブログそのものが私の個人的な考えを書いているばかりでなく、私が文章を書く練習として続けているものです。今年は、やまと新聞やJAPANISMなど、実際の紙面上で皆様に私の文章を読んでいただく機会が増えました。これも多くの人のご理解のおかげと思っております。
 一方で、保守というものの統一性のなさが問われた一年ではなかったかとそのように感じるのです。
 そもそも「保守」とは何でしょうか。
 「保守」はあくまでも「日本の伝統と文化を保守する」ということと私は考えております。同時に、その日本の伝統と文化の継承を行うのは「天皇陛下」であり「皇族」であり、そして皇族より古来伝統や文化を継承することを命じられた旧華族の皆様ではないでしょうか。とはいえ、その守り方はさまざまでよいのではないでしょうか。「崇拝する」必要はないし、とはいえ「不敬」ではいけないのです。
 日本人は、このような中に「象徴性」ということをしっかりと中に入れて阿賀得ているわけであり、天皇陛下や皇族の継承に伝統や文化そして自分の祖先や血筋そして先祖崇拝を象徴としてみているのではないでしょうか。自分の祖先ということになれば、崇拝はしないが、お墓や仏壇に不敬に働くことはないでしょう。単純に「身近」に感じながら、敬意をもって接する。これが本来の崇敬の仕方ではないかと考えます。実際に、旧宮家の皆様や旧華族の皆様と話をさせていただき、たまには酒を飲み馬鹿話をし、または趣味の話をすれば、そのようなことは当然のこととして多くの人が受け入れられるものと思います。
 もちろん、そのような人と会うことそのものや、そのような方々の地位や名跡を利用しようとする人は少なくありません。そのようなことの問題は「誰のために彼らが動くか」ということでしかなく、自分のためとなった瞬間に不敬になるのです。
 しかし、そのように利用しようとする人は、はじめから「悪いことをしている」人なのです。しかし、もっともよくないのは、「自分の思い込みを相手に押し付ける」人ではないでしょうか。上記のように、旧宮家も旧華族も族片方では伝統や文化を継承する存在でありますが、一方で現代を生きている人であることは間違いがないのです。極端な例を挙げれば、「伝統を護るために、奈良時代と同じ自給自足で電気のない生活を送るべきだ」というような価値観を押し付けるようなものです。これは「無理をいう」ということと、同時に「相手の存在を自分の思い通りにする」というエゴでしかないことに、そろそろ保守の急進派の方々は気づくべきときなのではないでしょうか。
 日本人は保守であっても左翼であっても急進派(左翼の場合は過激派といいますが)の過激な言葉に引きずられる傾向にあります。問題は、その急進派の多くが「急進派でいること」がビジネスになってしまっているのです。その中には、自分だけが目立てばよいというエゴの強い人もいます。いずれにせよ、そのような急進派に引きずられない保守を確立する必要があるのではないでしょうか。
 今年は、震災があったために、多くの人が「本性」が出たような気がします。政治に関しては昨日までの中で書いたように、批判しかしてこなかった民主党が、批判しかできないで実際に危機管理や安全保障、国益、国民のための政治がまったくできないことが明らかになったと思います。同時に、どの企業が日本の国民のことを考えており、どの経済人が海外に実を売ったのかも明らかになったのではないでしょうか。企業だけではなく、たとえば放送局などもそうですし、番組も同じです。芸能人もまったく同じ。要するに、多くの存在が「タテマエ」を脱ぎ捨て「本性」をさらけ出してしまった、それが震災の効用ではなかったかと思います。このようなときにまったくブレなかったのは天皇陛下と自衛隊であり、利権に走った民主党議員や被災地選出でいまだに被災地に行かない議員など「国民のことを考えない」で「国民目線」「国民の生活が第一」などといっていた議員もいます。もっともその議員は刑事裁判に忙しいらしいですが。
 マスコミで言えば、復興のこの時期に韓流をごり押しするようなところもあった。もちろん私はあまり韓流には興味はない。編成権があり、ある程度韓流が流行しているのであれば仕方がないが、逆に自分でコンテンツを作る力のなくなったマスコミそのものの力不足は、まさに「役に立たない企業」のひとつとして、これからの混乱期、動乱期の世界の中で滅び行く運命にあるのかもしれない。それらは間違いなく自然に淘汰される存在であり、その内容は、何も保守派の過激なデモでつぶされるのではなく、多くの人が離れるということでその価値が失われてうくのである。
 さて、そして今年最も重要と思ったのがやはり他人とのつながりなのかもしれない。
 坂の上の雲がNHKでドラマになった。賛否両論あるが、私は良かったと思う。もちろん、日清日露の料戦争と、明治の文明開化期を、まずは司馬遼太郎という作家、そしてその作家の文章を基にしたNHKのスタッフという二つのフィルターを通して話ができている。乃木将軍の能力や日本海海戦の世界史における価値など、さまざまな部分で解釈の違いなどもあると思う。しかし、もっとも大事なこと、要するに坂の上の雲だけを見てまっすぐに走る姿は、しっかりと書かれていたのではなかったか。渡哲也演じる東郷平八郎と、本木雅弘演じる秋山真之の演技や、高橋英樹演じる児玉源太郎などは、ドラマとしてみれば、非常に良かったのでは仲。もちろん、小説の中には、彼らの死に際や後日談はまったく書かれていない。その辺の脚色は間違いなくNHKのやり方でしかない。しかし、特に反戦を色濃く出したわけでもないし、戦争継続の日比谷事件も描かれていたので、司馬遼太郎、そしてNHKという二重フィルターのかかったドラマとしてみれば、公平にかかれた「ほう」ではないかと思う。
 その中で書かれたのは、ひとつの目標に向かって走る彼らの姿と、そして、一方でそのための陸海軍の信頼関係ではなかったか。日露戦争は、戦争を行った人の優れた作戦力、そしてはじめから落としどころを決めた戦争の進め方。要するに拡大しすぎない自制心などを持っていた。その連携性を保った日本の戦争は、間違いなくしっかりとしていたに違いない。
 今かけているのは、まさにこの日本の目標意識と、そのための団結ではないのか。
 来年はこのことに少しこだわってみたいと思う。
 最後に、この連衡艦隊解散の辞をここに張って、今年の締めくくりにしたい。もちろん「勝って兜の緒を締めよ」ではない。今は負けている感じがする。しかし、そのフレーズの前に、われわれは学ばなければならない事がたくさん書かれている気がするのである。これを心に刻み、新たな良い年をお迎えください。

二十閲月の征戦已に往時と過ぎ、我が連合艦隊は今や其の隊務を結了して茲に解散する事となれり。 然れども我等海軍軍人の責務は決して之が為めに軽減せるものにあらず。此の戦役の収果を永遠に全くし、 尚益々国運の隆昌を扶持せんには、時の平戦を問はず、先づ外衝に立つべき海軍が常に其の武力を海洋に保全し、一朝緩急に応ずるの覚悟あるを要す。
而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。 近く我が海軍の勝利を得たる所以も、至尊の霊徳に頼る所多しと雖も、抑亦平素の練磨其の因を成し、 果を戦役に結びたるものして、若し既往を以て将来を推すときは、征戦息むと雖も安じて休憩す可らざるものあるを覚ゆ。
惟ふに武人の一生は連綿不断の戦争にして、時の平戦に由り其の責務に軽重あるの理無し。事有れば武力を発揮し、 事無ければ之を修養し、終始一貫其の本分を尽さんのみ。過去の一年有半、彼の風濤と戦ひ、寒暑に抗し、屡頑敵と対して生死の間に出入せしこと固より容易の業ならざりしも、観ずれば是れ亦長期の一大演習にして、 之に参加し幾多啓発するを得たる武人の幸福比するに物無し、豈之を征戦の労苦とするに足らんや。苟も武人にして治平に偸安せんか、兵備の外観巍然たるも宛も沙上の楼閣の如く暴風一過忽ち崩倒するに至らん、洵に戒むべきなり。
昔者神功皇后三韓を征服し給ひし以来、韓国は四百余年間我が統理の下にありしも、一たび海軍の廃頽するや忽ち之を失ひ、 又近世に入り徳川幕府治平に狃れて兵備を懈れば、挙国米艦数隻の応対に苦み、露艦亦千島樺太を覦覬するも之と抗争すること能はざるに至れり。 翻て之を西史に見るに、十九世紀の初めに当り、ナイル及トラファルガー等に勝ちたる英国海軍は、祖国を泰山の安きに置きたるのみならず、 爾来後進相襲で能く其の武力を保有し、世運の進歩に後れざりしかば、今に至る迄永く其の国利を擁護し、国権を伸張するを得たり。
蓋し此の如き古今東西の殷鑑は為政の然らしむるものありしと雖も、主として武人が治に居て乱を忘れざると否とに基ける自然の結果たらざるは無し。
我等戦後の軍人は深く此等の實例に鑒み、既有の練磨に加ふるに戦役の実験を以てし、更に将来の進歩を図りて時勢の発展に後れざるを期せざる可らず。 若し夫れ常に、聖諭を奉體して孜々奮励し、実力の満を持して放つべき時節を待たば、庶幾くば以て永遠に護国の大任を全うすることを得ん。
神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。
古人曰く勝て兜の緒を締めよと。
明治38年12月21日 連合艦隊司令長官 東郷平八郎

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日本国内平成23年10大ニュース

日本国内平成23年10大ニュース

 今年の国内の10大ニュースは、何を言っても震災とその関連であるといえる。しかし、その震災の一年であったニュースの中で、10大ニュースを得たんだ多くの人は、何とか希望の光を見つけようと明るいニュースを探したのではないか。
 まず何か言う前に、ランキングを見ていただきたい。できたら、その中に明るいニュースがいくつあるのか。その得票率がどれくらいなのか、見ながらニュースを見ていただきたい。なお、このランキングは読売新聞のアンケートによる記事を使わせていただいていることを、感謝をこめてあらかじめご報告する。

2011年国内10大ニュース

1 東日本大震災、死者・不明者約2万人
    ★得票率:98.79% ★得票数:11,075
2 サッカー「なでしこジャパン」世界一
    ★得票率:95.19% ★得票数:10,672
3 福島第一原発事故で深刻な被害
  ★得票率:92.27% ★得票数:10,344
4 大相撲で八百長発覚、春場所中止に
    ★得票率:67.60% ★得票数:7,579
5 新首相に野田佳彦氏
    ★得票率:63.76% ★得票数:7,148
6 スカイツリー「世界一」634メートルに到達
    ★得票率:58.58% ★得票数:6,567
7 大型台風上陸相次ぎ記録的被害
    ★得票率:47.17% ★得票数:5,288
8 大阪ダブル選、「都構想」で共闘の橋下氏が大阪市長、松井氏が府知事に初当選
    ★得票率:44.77% ★得票数:5,019
9 テレビ放送が地デジに移行
    ★得票率:44.28% ★得票数:4,964
10  節電の夏、37年ぶり電力使用制限令
    ★得票率:36.38% ★得票数:4,079
11 電力不足により1都8県で計画停電実施
    ★得票率:31.44% ★得票数:3,525
12 小笠原諸島と平泉が世界遺産に
    ★得票率:29.49% ★得票数:3,306
13  円相場が戦後最高値
    ★得票率:27.10% ★得票数:3,038
14  野田首相がTPP交渉参加を表明
    ★得票率:23.03% ★得票数:2,582
15  島田紳助さん引退、暴力団と交際で
    ★得票率:20.10% ★得票数:2,253
16  「タイガーマスク運動」広がる
    ★得票率:16.26% ★得票数:1,823
17  古川さんが宇宙に5か月半滞在
    ★得票率:14.02% ★得票数:1,572
18  プロ野球日本一にソフトバンク
    ★得票率:13.72% ★得票数:1,538
19  焼き肉店の生肉食中毒で5人死亡
    ★得票率:13.56% ★得票数:1,520
20  オウム真理教裁判が終結、死刑判決13人
    ★得票率:13.47% ★得票数:1,510

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/feature/2011news10/list_j.htm

 震災は、今年というか大げさに言えば今世紀のトピックのひとつとなることは間違いがないのではないか。しかし、震災と同時に発生した原子力発電所の事故と、それ以上に大きな問題となったのは、政治の不在だ。
 私は阪神大震災を経験している。大変申し訳ない言い方だが、地震そのものの揺れと建物や構造物、あるいは山などの当会や崩落、そして、今回の津波など自然災害そのもので亡くなられた方に関しては「運命」という感じで考えていただく以外にはないのではないかと考える。阪神大震災のときも、同じ環境にいながら、隣にいた人がなくなって自分は無傷という例はたくさん見聞きしている。隣で寝ていた人のところに物が落ちてきてなくなったなどということもある。同じ環境で威ながら、数センチの差での運命の差を、人為的に何かしようというのは不可能である。同じことは、津波でも言えるのではないか。インドネシアの北スマトラ大津波のとき、流されても生き残った人もいれば、地上でおぼれてなくなた方もいる。亡くなられた方には不謹慎かもしれないが、人が助けて上げられる範囲を超えているのではないか。逆に隣にいてショックを受けられた多くの人、親しい型をなくされた方にも、早く立ち直っていただきたいと思うものである。改めて謹んでお悔やみ申し上げると同時に、被災者の多くの方にお見舞いを申し上げたい。
 さて、逆に被災地において避難所で不自由な生活をされたり、あるいは、復旧、復興に時間がかかったり、被災地が長期間不便な生活を強いられたりということでは問題なのである。ましてや、被災後数日関係化しても物資不足で、持病の治療が受けられなかったり、あるいは自民党の森まさ子参議院議員によって国会で明らかになった餓死者などは、まさに「人災」であり、震災そのものの被害とは違う「二次被害」ということができるのではないか。これら二次被害の責任は、全て「政治」にあるといって過言ではないのである。
 その政治は、現在も責任を感じることなく、なんとなく続いている。そのこちに対する国民の怒りは非常に大きなものだ。現在の野田首相は、震災時の財務大臣。要するに、震災の復旧や復古の財源を作ることのできなかった「無能な」財務大臣であるといえる。もちろん、「無能」という単語には語弊があるが、一方で、復旧復興を待って被災地に暮らす人の立場に立てば理解できるのではないか。
 震災は、政治の不在と政治の信頼感を砕いてしまった。今年の感じが「絆」といわれているが、実際のところ政治と国民の間にある絆は帰って切られてしまったのではないかと考えている。逆に国民は政治以外のことで明るい話題を探した。その政治以外のところで探した明るいニュースがランクインしているのが特徴だ。
 「なでしこジャパンの世界一」(2位)「スカイツリーの世界一」(6位)「平泉・小川沢の世界遺産」(12位)いずれも、民間の力で、政治と関係のないことで「一位」になったことの現われだ。日本は世界一で満足するのではなく「オンリー1」でなければ満足できないような国になるべきではないか。なでしこジャパンでもはじめから2位や3位を狙ったのではない。優勝に向けて努力し、日々の鍛錬を怠らず、そしてここの才能と応援とそして運と、これらがあいまって世界一になったのである。昨年であったか「1位じゃなきゃダメですか」といった人が大臣になっていた、その大臣は今も返り咲いて大臣になっているが、その答えは「1位じゃなきゃダメ」なのである。その理由は1位を目指し、日々の鍛錬を怠らないから天佑がくるのである。はじめから2位や3位に甘んじていれば、現在の日本経済のように簡単に引き摺り下ろされてしまう。1位を目指すから運のないことを嘆き、2位になったときに次の優勝という目標をたてることができる。1位だから誰にもその席を譲らないという心と魂が現れる。そのときに真の人間の、そして日本人の力が発揮されるのであり、その魂をつぶすような閣僚がいるようでは、そして反省もなく再度の閣僚に任命しているようでは、とてもとても日本人が理解できる内閣にあるはずがない。逆に、日々の鍛錬を怠らない民間のパワーに、そして明るいニュースに日本人はどれくらい勇気付けられたであろうか。
 そのほかの社会のニュースは、いずれも事件ばかりか。政治に関する不満や政治に対する不信は、そのまま、民間の明るいニュースを目立たせるということにつながった。野田首相の就任などは、なでしこジャパンの陰に隠れてしまったのである。
 このランキングを見て、日本は世界の混乱というか、変わろうとする新しい潮流に完全に乗り遅れてしまっているのではないかと危惧するものだ。実際に、昨日ブログに上げた内容は、まさに新たな潮流を考えるものであった。しかし、日本では逆に政治不信が大きな問題になり民間の活力が上がってきている。実際に今のまま民主党がわけのわからない日本人の感覚を無視した内容を行うようであれば、アラブの春のような革命が起きるかもしれない。もちろんそれは極端であるが、民衆の政治不信はこのようなランキングを見ても明らかな通りである。来年は信頼のおける政治の復活を目指してもらいたいものである。

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2011年海外の10大ニュース

2011年海外の10大ニュース

 毎年恒例になったが、今年も様々なことが起きたその10大ニュースに関して、今年の内容を見てみたいと思う。
 2011年は激動の年ということができるのではないか。激動というのは、「人」「自然」「金融」といった様々なことが激動であった。
 さて、その中で二つのキーワードで世界ので物事を見てみたいと思う。一つ目は「政治・宗教・金融の各分野独裁の凋落」そしてもう一つが、「インターネットによるボーダレス元年」ということが言えるのではないか。
 「独裁の凋落」ということに関しては、「ウサマ・ビンラーディン殺害」(2位)「チュニジアで長期独裁政権が崩壊、エジプト、リビアにも「アラブの春」」(3位)「ユーロ危機深刻化、欧州各国に波及」(5位)「金正日総書記 死去」(11位)「スペースシャトルが最後の任務終了」(14位)「ニューヨークで格差是正求めデモ、若者ら700人逮捕」(18位)「米国債が初の格下げ」(20位」といったところがその中に入っているのではないか。政治的な独裁に関しては、あまり解説の必要はないのかもしれない。金正日総書記の死去以外は、まさに人為的に政治的な立場から退場させられたということに他ならないのである。これは、各国において世界の政治システムが独裁を許さない風土になったということなのかもしれないし、それだけではなく、その政治システムそのものが大きな問題になったということを意味している。それは金融の世界でも同じで、「ユーロ機器」「格差デモ」「米国債格下げ」というように、政治システムだけでなく、金融や経済のシステムも大きな転換期を迎えたということがいえるのではないか。
 問題は「今の政治・経済・金融」のシステムがよくないということは良くわかる。また、その不満に関してデモが起きているということはわかるのであるが、一方で、その次のシステムというのがまったく決まっていないし、展望がない。政治のシステムで言えば、ウサマ・ビンラーディン死去したといえども、アルジャジーラというイスラム原理組織はいなくなったわけではない。テロの頭目を失っただけである。組織があれば新たな頭目が生まれ、その頭目の指示に従って組織が維持される。もちろんテロが継続するかどうかもわからない。その頭目の政治低な判断しだい等ことが言えるのではないか。要するにウサマ・ビンラーディンという個人が死んだとはいえ、新たな政治システム、テロのない世界ができたわけではないのである。
 このことは金融でも経済でも同じだ。格差デモを行っても格差がなくなるわけではない。デモを行って金融システムが崩壊すれば「混沌(カオス)」が訪れるが、新たな秩序が生まれるわけではない。しかし、そのような「カオス」のほうが良いと思えるほど、現在のシステムの「制度疲労」が世界的に顕在化したといえるのではないか。そろそろ、世界のリーダーが集まって、新たな制度作りに着手しなければならないのかもしれない。そのためには、来年2012年は、多くの国が新たな指導者・為政者を迎えることになる。大きなチャンスが到来した年になるのかもしれない。来年そのようになるのであれば、飛躍の準備の年ということ、または世界の人々に新たなシステムの誕生の前の「生みの苦しみ」の年となるであろう。いずれにせよ、今年はそのような変革の年、というか、どちらかというと「旧来の秩序から一度カオスに向かう元年」ではないかと考えるのである。
 そのことは、自然の世界でも同じだ。「タイで洪水被害、日系企業も大打撃」(1位)「ニュージーランド地震で日本人28人を含む180人以上死亡」(4位)「トルコ東部の地震で600人以上死亡」(12位)というようなところが、まさに自然の猛威に人間がさらされたところである。日本の津波も含め、そして政治や金融システムを含め、地球と世界が双方同時に変わろうとしているのかもしれない。
 「インターネットによるボーダレス元年」に関しては、ランキングを見ていただいた後にしたい。


2011年海外10大ニュース


1 タイで洪水被害、日系企業も大打撃
    ★得票率:90.59% ★得票数:6,708
2 ウサマ・ビンラーディン殺害
    ★得票率:84.67% ★得票数:6,270
3 チュニジアで長期独裁政権が崩壊、エジプト、リビアにも「アラブの春」
    ★得票率:74.64% ★得票数:5,527
4 ニュージーランド地震で日本人28人を含む180人以上死亡
    ★得票率:71.94% ★得票数:5,327
5 ユーロ危機深刻化、欧州各国に波及
    ★得票率:71.76% ★得票数:5,314
6 中国高速鉄道で追突事故、40人死亡
  ★得票率:68.14% ★得票数:5,046
7 米アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死去
    ★得票率:56.34% ★得票数:4,172
8 世界人口が70億人突破
    ★得票率:55.19% ★得票数:4,087
9 中国が日本を抜き世界第2の経済大国に
    ★得票率:53.17% ★得票数:3,937
10  英ウィリアム王子が結婚
    ★得票率:52.79% ★得票数:3,909
11  金正日総書記 死去
12  トルコ東部の地震で600人以上死亡
13  ノルウェーで爆弾・銃乱射テロ、77人死亡
14  スペースシャトルが最後の任務終了
15  アフリカ・中東の3女性にノーベル平和賞
16  ソニーにサイバー攻撃、個人情報流出1億件超
17  ドイツ、イタリアなど欧州で脱原発加速
18  ニューヨークで格差是正求めデモ、若者ら700人逮捕
19  内部告発サイト「ウィキリークス」が米公電25万件を無修正で公開
20  米国債が初の格下げ

読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/feature/2011news10/list_w.htm

 「アラブの春」「ソニーサイバー攻撃」「ウィキリークス事件」いずれもインターネットの力なしではなしえなかった事件であろう。しかし、この三つの事件は同じ特徴をまったく違う形で使った事件である。その象徴が今後発生することになる。
 「アラブの春」は、上記の独裁ということに関しても、出てきた。実際に独裁をなくしたのはアルジェリアの「ジャスミン革命」ということであり、生活に困窮したジャスミンという人が焼身自殺をしたことが発端である。為政者、独裁者が裕福な生活をしながら、多くの民衆が生活に困窮するという「共通の苦悩」を持っている。その共通の苦悩に関して、多くの人が我慢してきている。しかし、我慢には何らかの限界がある。将来に対して明るい希望があれば、その希望実現のために我慢というものはできるものだ。しかし、希望もなく、我慢しかない状態であれば、必ずしもそのような状態にはならないのである。希望がなくなり我慢しかない状態、これは「希望が絶する」ということで「絶望」という。絶望も少しは我慢できるのであるが、これが頂点に達するときに、人間は宗教的な観念を持って決断を行う。自分の運命もしくは自分の信じる神を「恨む」という形になる。神や運命が亡くなった場合、人間は破壊活動を行う。このベクトルが自分自身に向かった場合は「自殺」になり、それが権力者に向かった場合は「革命」となる。
 まさに「アラブの春」は、「絶望」にさいなまれた若者が、ベクトルを自分に向けて自殺をした、その映像がインターネットで公開されると、共感した人が多く出てくる。この多くの「衆」は力となり、ベクトルが外に向かう。これが「革命」である。「アラブの春」の革命自体は、インターネットで行われたものではない。しかし、その革命の分子である「絶望に立たされた民衆」をつないだものは、インターネットであった。要するに絶望と絶望のボーダーを越えた、そのボーダレスが、ひとつの集団を作り力になったのである。要するに「個と個の結合をインターネットが行った例」なのである
 「ソニーサイバー攻撃」は、まさにこの逆である。「個」がソニーという組織を、インターネットで攻撃した例といえる。サイバー攻撃は、何も今年始まったものではない。しかし、このような大掛かりなサイバー攻撃が行われたのも珍しい。実際にソニーの問題に関してはそのゲーム機を買ってネットに接続した人が、気づかない間に情報を盗まれているという事件で特徴があったといえる。その情報に関して、「アラブの春」とは違いインターネット上で攻撃を仕掛け、情報というものを盗むことになったのである。まさに、インターネットが個人と企業組織の壁を越えた事例ということが言える。
 そして「ウィキリークス事件」これは、存在する情報をインターネットで公開したということである。サイバー攻撃のように攻撃し、情報を盗んだものではない。存在する情報を公開しただけだ。しかし、その公開が「全て」を公開してしまった。これはサイバー攻撃に誓いのであるが、実際は「機密の壁」を越えた事件ということがいえるのではないか。誰でも機密があり、その機密を公開されることには抵抗がある。以前も韓国で芸能人の性行為の動画を公開したものなどがある。それを「国家の機密」を出したということで、ウィキリークスは特筆すべき内容ではないか。
 このようにインターネットとコンピューターは、その道具としての利便性と匿名性、そしてボーダレスという機能で今後情報の世界では重要なツールとなる。アラブの春のように情報により「個と個のボーダレス」が力を発揮するようになれば、インターネットは政治的もしくは戦争の道具ということがいえるのかもしれない。
 そして、本来は、インターネットもコンピューターも文化的で楽しむものであった道具が、このように、「政治や経済の道具」賭して使われるようになった。そのような都市に、その道具を文化エンターテイメントでつかうことを提唱した巨星米「アップル社のスティーブ・ジョブズ会長が死去」(7位)は、偶然の一致ではあるが、何か時代の変化とインターネット・コンピューターの使われ方の大きな変化の象徴のような気がするのは、私だけであろうか。
 今年は、このように世界的において大きな変革の一年であった。しかし、世界という目で見れば「大きな秩序から新しい秩序へ向かう途中のカオスへの序章」に過ぎないのではないか。来年新たな指導者たちが生まれる。中国、ロシア、台湾、韓国、そしてアメリカも選挙だ。この指導者たちが、新しい秩序を作るのか、カオスを進化するのか。そしてその大きなうねりの中で日本はどうするのか。日本人は世界の中で情報を得て、新たな流れの中でしっかりとした選択をしなければならない。

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軍事的関係のない「戦略的互恵関係」に戸惑う中国

軍事的関係のない「戦略的互恵関係」に戸惑う中国

 年末になって、さまざまなところがあわただしくなってきた。「師走」とは言うが、まさに「先生」といわれる人々も走り出す忙しさである。昔は何が忙しいといっても、俗に言う三賀日はいっせいにどの店も休んでしまうということである。実際に店をオープンさせていたのは、初詣客のにぎわう門前町だけである。当然に「年賀」らしい商品は何でもあるのであるが、残念ながら、普段の店は何も開いていない。正月といえば「おせち」「もち」「ぞうに」の三点セットで三日を過ごすのである。元旦はそれでも待ち遠しい正月であったが、3日くらいになるとどんなにおいしいものでも飽きてくるというのが人情である。
 若い読者の方は信じられないであろうが、昔はコンビニエンスストアもなかったし、デパートの初売りも早くて三日から、通常は4日からである。福袋をやっているのは、門前町ばかりであり、三日間に洋食やケーキを食べるのはなかなか難しい環境にあったのである。子供の頃に、ケーキが食べたくて東京中走り回った思い出などもある。コンビニエンスストアが365日年中無休で営業し、大型スーパーが1月2日くらいから初売りを行うのは、まさにここ10年くらい。
 逆に言えば10年でずいぶん変わった。「正月用の品物」をかい出すという習慣がなくなった。当日買うということができるようになったからだ。またおせち料理なども食べなくなった。ほんらい「おせち」とは「御節」という文字を当てる。皇室行事である四方節の「節」に食べる祝い膳から真似て、万人が新しい一年を祝うという意味合いの食事だ。若者の便利な生活つとともに、そのような話もなくなった。「おせちもいいけどカレーもね」というCMはおせち料理しか食べないという習慣があるから成立するCMである。毎日コンビニエンスストアの弁当で過ごしている人は、このCMでもなんだかわからないであろう。
 10年で変わったといえば、政権がもっともおおきっ変わった。上記のように「御節」を大事にする保守勢力から、徐々に経済優先になり、そして最後には日の丸君が代も崇敬しない内閣が出来上がった。今年にいたっては天皇陛下主催の晩餐会を欠席して資金集めパーティーに出て軽口を叩くような不敬な大臣がいる。その大臣が新しい年を迎えようとしているのに、国民は大きな怒りの声も上げない。デモなどをするならば、一川や山岡といった不敬大臣の自宅前で辞任要求のでもデモすればよいのに、と思うこともある。
 その野田内閣が25日、ピストン外交を中国との間で行った。
 10年で変わったことのもう一つは「新米」から「親中」「東アジア重視」という外交路線の変更があげられるのではないか。しかし、日本の場合は、まったく軍事的な内容もそして外交的なセンスもないままに、国内の勢力争いと、国内の選挙事情、もっと言えば反自民というスローガンと誰が決めたかわからないマニフェストのために、急激に東アジア重視、防衛軽視に舵を切ったのである。そのひずみは外交のさまざまな場面で出てきているのである。


野田首相、日中友好演出に躍起 首脳会談で尖閣触れず  

 【北京=加納宏幸】野田佳彦首相は26日、中国の胡錦濤国家主席と北京の人民大会堂で会談し、北朝鮮の金正日総書記死去後の朝鮮半島の平和と安定が重要だとの認識で一致、胡主席は核問題に関する6カ国協議再開への意欲を表明した。総書記死去後に中国の最高指導者が北朝鮮政策で公式見解を明らかにするのは初めて。両首脳は戦略的互恵関係を深めていくことでも一致し、来年の中国首脳の訪日も合意した。首相は呉邦国・全国人民代表大会常務委員長(国会議長)とも会談。同日午後、政府専用機で帰国した。
 首相「北朝鮮に大きな影響力を有する中国の役割は極めて重要だ。拉致問題解決に向けて中国の理解と協力を要請する」
 胡主席「関係国が冷静さを維持しながら引き続き努力することにより6カ国協議を再開し、朝鮮半島情勢の長期的安定を図る」
 一連の首脳会談で中国側は山盛りのクリスマスプレゼントを用意した。6カ国協議再開に加え、日中高級事務レベル海洋協議創設やジャイアントパンダ貸与への協力も約束。「自分は日中交流の申し子」と言ってはばからない首相を、米国による中国包囲網の突破口に選んだようにみえる。
 首相も友好ムード演出に必死となり、会談で、沖縄県・尖閣諸島の領有権を主張するどころか、東シナ海での中国海軍の権益拡大など安全保障上の懸案には一切触れなかった。
 「海についてはいろいろなことがこれまであったが、多層的・重層的に対話して解決するチャンネルを作るという意味で成果があった」
首相は25日夜、同行記者団にこう自賛した。
 確かに外務省次官級をトップとする海洋当局間の海洋協議、日中海上捜索・救助(SAR)協定締結合意など両国の海洋協力に関する枠組みづくりには前進があったともいえる。
 とはいえ、昨年9月の尖閣諸島沖の漁船衝突事件を受け、中国が一方的に中断を通告した東シナ海ガス田の共同開発交渉に関し、胡主席は日本にも責任があると言わんばかりに「交渉再開に向けて意思疎通を図っていきたい」と述べただけ。これに首相が異議を申し立てた形跡はない。
 そもそも首相が年内訪中にこだわったのは、日中両国の首脳が毎年交互に行き来する「シャトル外交」を維持させたかったからにすぎない。中国は権力移行期を迎えており、来秋の共産党大会では習近平副主席が党総書記に選出される予定だ。こういう時期こそ懸案を一気に処理する好機だといえるが、このような戦略的な外交を描いているようには見えない。
 しかも中国側の厚遇の裏には、日米韓3カ国の連携による「中国包囲網」にくさびを打ち込みたいという思惑が透けてみえる。薄っぺらの友好演出に乗せられ、主権に関わる案件を棚上げするようでは、米国との溝はますます広がり、東アジアでの安全保障上の日本のプレゼンスはさらに後退しかねない。

2011.12.26 23:13 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111226/plc11122623150014-n2.htm

 外交は、双方の国の国益の調整である。
 まず新聞記事を見てみよう。「人民大会堂で会談」というところで、すでに日本軽視が見て取れる。実際中国人は親しい人は「釣魚台」もしくは「中南海」で会談となる。もちろん、人民大会堂で会談ということもあるが、人民大会堂は日本で言う国会であるから「公開された交渉」を行う場所。つまり建前の外交でしかなく、本音の外交は行わないのが通例である。もちろん通例とは関係ない外交をするほど親しいこともあるかもしれない。しかし、産経新聞に記載されているように、「人民大会堂で」と書かれてしまうことそのものが「建前外交しかしていません」という中国のメッセージであると見ても良いのかもしれない。釣魚台は迎賓館であり中南海は彼閣僚の宿舎だ。要するにプライベートの領域に入り込まないということの象徴が人民大会堂だ。過去、自民党でそのような対応を受けたのは小泉純一郎内閣であり、それ以後、たとえば福田内閣などは人民大会堂で会談を行った後に、中南海などで食事会と称する本音の外交を行っていた。
 次に「中国側の厚遇の裏には、日米韓3カ国の連携による「中国包囲網」にくさびを打ち込みたいという思惑」(上記新聞記事より抜粋)があるがその中において「戦略的互恵関係」という単語を使ったのでる。平和ボケしている日本人はまったくわかっていないかもしれないが、「戦略的」というのが「軍事的」「資源外交的」ということを含む。日本が言うような経済的もしくは文化的などというものを含むのであれば「経済的互恵関係」もしくは「総合的互恵関係」といえばすむのである。「戦略」という軍事擁護を、軍隊を持つ国に対して使うのは、はっきり言ってあまり頭の良い外交とは思えない。要するん、「中国包囲網」に対して「日本という軍事的抜け道」を作るということを、日本は日本側から申し出たことになる。
 ちなみに、安倍晋三氏が自民党の幹事長得あったときに、インドネシアのアルウィ・シハブ元外務大臣でユドヨノ政権の大統領補佐官(当時)との怪談に陪席したことがある。安倍氏が自分で英語で「ストラジテック・パートナーズ」(戦略的互恵関係)という単語を使ったときに、アルウィ氏は「ウィズアウト・アーミーズ」(軍隊を除く)という確認をしたのである。アルウィ氏は私も個人的な付き合いがあり、お子様のクリスマスプレゼント(イスラムなのにクリスマスは祝うのである)を送ったりという関係である。常々、「日本は軍隊がないのに軍隊や戦争用語を使う」ということを言っていたが、まさに安倍幹事長(当時)との会談でもそのような話が出たので、その部分の意思を確認したのである。これを正式にインドネシアが受ければ、自衛隊の駐屯基地や寄港地をインドネシア国内に作るということになる。しかし、日本はそのようなことは言わない。タダ単に「中長期の総合的」というような意味でしかないのである。
 では、今回の中国はどうか。今まで自民党の外交で「戦略的互恵関係」ということを言ったとしても、その内容はあくまでも「中長期経済的」というような意味で翻訳をしていた。われわれのような気の利いたジャーナリストは、中国における報道や場合によっては国務院の役人と話をしても、日本は憲法上の制約があることから、「戦略的」という単語に「軍事的な意味は含まれない」という話をするのが習慣である。しかし、民主党内閣になってからそれが通用しなくなった。まず、従来の外交パイプが完全に崩壊した。これは民主党が「政権交代」という国内的パフォーマンスから、自民党の使っていた外交パイプを全てカットしてしまった。独自の外交を行うといっているのであるが、実際い外交パイプがないことは、中国側がインタユーで答えているとおりである。
 第二に民主党内閣は「政権交代した」という事を外交的に高らかに宣言した。仙谷という当時の国家戦略担当大臣は「革命的」というような単語を使ったのである。「革命的政権交代」というのは、まさに、それまでの日本の政治システムをすべて廃棄したという意味である。要するに、彼らが盲目的に崇拝している「憲法9条」も「破棄した」ということを高らかに宣言したのである。国内的な勢力争いのために、ずいぶんと思い切ったことを話したものである。要するに、それまで自民党の閣僚が「戦略的」という単語を使っても「軍事的な意味は含まれない」という方程式も壊した。新しい革命的政権は、それまでの日本と違うシステムで「戦略的互恵関係」を結ぶということになったのである。
 要するに、政権交代とともに、それまでのすべての外交常識を捨てたにもかかわらず、そのレールの上に乗っている気分で、軍事用語を使った外交をしてきたということである。
 そして民主党は良く行うのであるが、「外交的な約束は守らなければならない」という当たり前のことを、民主党政権はまったく行わない。「個人的な思い」などという単語は外交の場では通用しないのである。それだけ民主党の外交で日本の信用失われるということだ。
 野田首相がいったとおりにすれば、「日米関係を清算し、中国と軍事を含む互恵関係を結ぶ」要するに、日米関係には言及していないものの「沖縄に中国人民解放軍の駐屯基地を作ることを了承した」というのに等しい外交をしてきたのである。同じ単語を使っても、自民党時代と民主党「革命的政権交代政権」との違いは、すでに述べたとおりである。そして、その約束を守らなければ、「日本の信用が失われる」ということになるのだ。はっきり言ってフジテレビのデモなどをやっている場合ではないのである。
 このような前提で、日中関係は完全に民主党外交のおかげで冷え切ったものになっている。もちろん、中国が日本にとって短期経済的にはメリットがあるものの、国益としていかがなものかということはある。とはいえ、すぐに戦争すればよいというものではないし、排除すればよいというものではない。中国と貿易しなくても良いなどという経済評論家は、まったく実情の経済を知らないということであろう。しかし、一方で、短期経済的なメリットだけで、媚中に走る必要もない。日本は日本の国益のために何をすべきか。まさに中長期の「総合的」に、そして自衛隊の配備や憲法9条の改正を含めた「戦略的」にそのことを考えなければならないのである。民主党内閣ではそのようなことは難しいのかもしれない。

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八ツ場ダム再開に見る民主党マニフェスト崩壊の報道

八ツ場ダム再開に見る民主党マニフェスト崩壊の報道

 八ツ場ダムの工事に関しては民主党のマニフェストの目玉政策であった。実際に、鳩山政権になってすぐ、前原国土交通大臣は、「マニフェストに書いてある」ということを理由にして工事を中止した。その工事の中止は、選挙があったとはいえ、甘利にも唐突であり、同時に工事やその工事の中止で影響をするすべての関係者との調整をまったくしなかったという音から、中止そのものの反対と同時に、中止に至る経緯や手段、手続きに対する反対も多く出た。民主党の政治のあまりにもも乱暴なその手法が批判にさらされた結果という事が言えるのではないか。
 その八ツ場ダムの工事の再開が決まった。これも、民主党の政府が決めたことだ。要するに、この時点で民主党の総選挙におけるマニフェスト、要するに政権公約は完全に破綻した。もちろん、私は今まで民主党は自分で作ったマニフェストを遵守してきたとはまったく認められないのである。予算の組み換えで財源の捻出ということもできていなければ、子供手当ても高速道路の無償化もまったくできていないのである。しかし、これらは「これから行うこと」もしくは「一部は行ったこと」である。要するに「やろうとして挫折した」ことである。しかし、今回の八ツ場ダムの工事再開はまったく意味合いが違う。まさに、一度止めたことを再開したのであるから、完全に自分の決定を反故にしたことになる。政治家として自分たちの主張を、何の説明もなく180度転換するという甘利にもわけのわからないことを行ったのであるから、その内容は、今までのマニフェスト違反とはまったく違う意味がある。
 要するに、民主党政権は自分で自分の政策をつぶしたのだ。
 政権公約の目玉政策でありながら、このようなわけのわからない決定を、それも民主党の党内で反対があるにもかかわらず押し通すというのはいかがなものか。このブログを読んでいる人は、すでに誰も信用しているとは思えないが、改めて民主党および民主党の政治化が放った言葉の空虚さそしてその中身のなさ、ご都合主義を身にしみるのと同時に、そのような政治家が為政者として政権にいることにおける日本の不幸を考えざるを得ない。
 その内容に関して下記のように読売新聞と産経新聞から記事を読んでいただいた上で、後半には前原政調会長に関して、少し雑感を記しておきたい。

八ッ場ダム、来年度予算案に計上…前原氏は容認

 政府・民主党は23日、野田首相、輿石幹事長らが出席して「政府・民主三役会議」を首相公邸で開き、2012年度予算案に八ッ場ダム(群馬県長野原町)の本体工事費用を計上することを決めた。
 前原政調会長は建設継続に反対していたが、「党は予算計上に反対するが、最終判断は政府にゆだねる」として容認した。
 同会議では12年度予算案を了承。政府は24日午前に予算案を閣議決定する。
 一般会計の総額は90兆3339億円。基礎年金の国庫負担の不足分を一般会計に計上しない交付国債で賄うことで先送りする。このため当初段階での一般会計総額は6年ぶりに前年度を下回る。ただ、交付国債と復興費を加えると、実質的には過去最大規模となる。

2011年12月24日(土)3時6分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yomiuri-20111223-00644/1.htm


前原氏の哀しい一人芝居 「承服せず」も7億円計上 

 野田佳彦首相は23日、首相公邸で政府・民主三役会議を開き、凍結していた八ツ場(やんば)ダム(群馬県)の建設再開を正式決定した。平成24年度予算案に本体工事事業費として7億円を計上する。建設中止は民主党の平成21年の衆院選マニフェスト(政権公約)の柱の一つ。子ども手当や高速道路無料化などとともに主要公約は総崩れとなり、政府・民主党の亀裂はますます広がった。(加納宏幸)
 「党として承服できない。国交省予算の閣議決定は認められない!」
 23日の政府・民主三役会議で、前原誠司政調会長は最後の抵抗を試みた。輿石東幹事長も「政調会長一人に責任を負わせるわけにはいかない。党全体としては反対だ」と肩を持ち、1時間以上も堂々めぐりが続いた。首相はずっと無言のまま。最後は輿石氏が狙いすましたように議論を引き取った。
 「最終決断は政府に委ねる」
 首相と輿石氏の「出来レース」とは断定できないが、22日も「閣議決定させない」と息巻いた前原氏の政治的敗北は明らか。会議後、「政権交代の理念が骨抜きになった。極めて残念だ」と語ったが、政調会長辞任については「キャッチャーとして野田政権を支えることに変わりはない」ときっぱり否定した。もはや「言うだけ番長」と揶揄(やゆ)されても反論できまい。
 振り返ればこの騒ぎは初めから前原氏の一人芝居だった。
 党国土交通部門会議は建設再開の是非をまとめきれず両論を併記した。建設中止は前原氏が国交相当時に打ち出しただけに引くに引けなかったようだが、援護射撃したのは鳩山由紀夫元首相くらい。輿石氏らは前原氏の“暴走”を冷ややかに見つめるだけだった。
 まず、藤村修官房長官と3回も直談判したこと自体が交渉術として間違っている。自民党政権では、政調会長のカウンターパートはつねに首相であり、官房長官に用事があるときは党本部に呼びつけていた。
 仙谷由人元官房長官のような実力派ならともかく、調整能力も決断力も乏しい藤村氏と話してもらちがあかない。案の上、藤村氏は「官邸が判断することではない」と逃げ回った。
 そもそも首相は14日以降、一度も前原氏と会おうとしていない。ここで「おかしい」と気付かない方がおかしい。
 首相と前原氏はともに松下政経塾出身で二人三脚で政界を歩んできたが、8月の代表選で入った亀裂は大きい。首相は前原氏の支持を期待して出馬表明したが、前原氏が後を追うように出馬したことにより、首相は一時「圏外」と言われるほど厳しい立場に追い込まれたからだ。
 それでも首相は党内融和を優先させ、前原氏を政調会長に起用した。法案、予算、条約の国会提出について「政調会長の了承を原則とする」という前原氏の要求も一度はのんだ。
 すると前原氏は、訪米先で政府より先に自衛隊の武器使用基準緩和や武器輸出三原則見直しを明言。閣僚とすりあわせもせずに政策に次々と口を挟んだ。首相が快く思うはずがない。
 首相と輿石氏は9月12日の党役員会で政府・民主三役会議を政策の最終決定機関とする仕組みを決めた。事実上の「前原封じ」だったが、その後も前原氏は政権運営を混乱させた。
 公務員制度改革法案の扱いをめぐって独断で野党に国会延長を打診。平成24年度予算関連法案成立に向け、やっとの思いで作った自民、公明との3党協議の枠組みも決裂させてしまった。首相が不退転の決意を示す社会保障と税の一体改革素案取りまとめも先送りを示唆した。こんなキャッチャーとはバッテリーは組めない。来年の「3月危機」がささやかれるだけに、首相は「ポスト野田を狙ってわざと足を引っ張っているのか」と疑念を持ったに違いない。
 政府・民主三役会議後、首相は公邸に全閣僚を招き、東日本大震災からの復旧・復興の勉強会を開いた。首相がダム建設再開を説明すると全閣僚が静かにうなずき、異論はなかった。
 「足元のことを一つずつしっかりやっていこう!」
 こう呼びかけた首相の視界には、もう前原氏は入っていないのかもしれない。それならば前原氏は潔く職を辞すべきではないか。でなければ首相を狙う資格はない。

2011.12.24 00:15 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111224/stt11122400180000-n3.htm

 来年(といっても残り数日であるが)の1月には民主党の党大会がある。また、9月には、民主党の代表選挙がある。また、民主党政権になって3年目、折り返し地点を過ぎた政権運営が国民の目にさらされている。この状態において、民主党執行部のあまりにも稚拙な政権運営に国民は疑問の目を持っているのである。
 その象徴的な人物が菅直人前首相と前原誠司政調会長であるといっても過言ではない。鳩山由紀夫元首相に関しては、民主党の象徴というよりは、そもそも日本人としていかがなものかという個人的、人格的な問題が先に出てきてしまうし、そもそも政権交代の占拠での民主党の代表であるから、国民の多くがだまされたと思っている人も少なくないのかもしれない。しかし、その後国政選挙を経ないでできた二つの内閣のキーマン二人、菅前首相と前原政調会長に関しては、現在の民主党がそのような人物を執行部もしくは殊勝にしてしまったということで、民主党凋落の象徴的な存在ということができるのではないか。
 今回の件で言えば「党として承服できない。国交省予算の閣議決定は認められない!」といいながら「最終決断は政府に委ねる」となったのである(上記より)。その前原氏に対して、民主党に厳しい批判を出している産経新聞とはいえ「首相と輿石氏の「出来レース」とは断定できないが、22日も「閣議決定させない」と息巻いた前原氏の政治的敗北は明らか。会議後、「政権交代の理念が骨抜きになった。極めて残念だ」と語ったが、政調会長辞任については「キャッチャーとして野田政権を支えることに変わりはない」ときっぱり否定した。もはや「言うだけ番長」と揶揄(やゆ)されても反論できまい。振り返ればこの騒ぎは初めから前原氏の一人芝居だった。」(上記より抜粋ただし改行を削除)と断じられて、特に文句もないし、国民の多くもそのことを感じているに過ぎない。
 逆に言えば、国民の多くは前原氏のこのような「責任感のないことを発言するだけ」「実行力の欠如」「政策の意識の欠如」ということを考えている。同時に、その同じ事は民主党のマニフェストそのものにもいえることであり、マニフェストそのものの考え方、マニフェストに記載した事項の反故ということでも「言ったこと(マニフェストに記載したこと)をやらない」「書いたこと、国民との約束の義務感の欠如」「選挙公約の変更に関する説明責任の欠如」ということにつながる。まさに、国民そのもに対する欠如そのものが非常に大きなものになってしまっているのである。
 まさに民主党内における「責任感の欠如」「口だけ立派で実行力がない」という人の間での「責任のなすりあい」が八ツ場ダムの今回の民主党政権の判断につながっているのである。なんと情けない。年末にこのようなことが出てくるとは重いもしなかった。
あなたは、この状態でも、来年(または再来年)の選挙で民主党に投票しますか?

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マスコミ批判に関する一考(75) 何でも「お笑い」で済むと思っているメディア

マスコミ批判に関する一考(75) 何でも「お笑い」で済むと思っているメディア

 2011年の「マスコミ批判に関する一考」も今日で最後である。一年の最後くらいは、マスコミをほめて終わりにしようと思っていた。実際のところ、私自身新聞や雑誌の編集をしているので、新聞などの紙媒体が何を考えているかはなんとなくわかる立場にある。実際に偏向報道といっても、その偏向報道になっている理由もちゃんと存在するのである。何しろマスコミそのものに対する批判があろうと、彼らは株式会社でしかない。要するに営利のためならば何でもするのである。
 しかし、一方でマスコミそのものの影響力や、その情報が成果をめぐることによって、あまりひどい放送をすれば世界各国から恥となる。
 まだ映画そのものを見ていないが、天長節である12月23日に「山本五十六」という映画が封切された。もちろん、太平洋戦争(海軍の戦争を言うときは太平洋戦争という呼称で問題が内容である)開戦時の連合艦隊司令長官の山本五十六元帥に関する映画である。このブログではすでに何回か書いているので、お分かりの方は多いと思うが、山本五十六、米内光正、井上成美の三名は地米はであり対米戦争反対派であった。実際に、陸軍の日中衝突に引きずられるような感じで日米開戦に踏み切りざるを得ない状態も会ったと思うが、国力の差や戦争の質の違いなどを考えれば、石原莞爾の「世界最終戦争論」のように、陸軍においてもあまり戦争そのものの推進を考えなかった人も少なくない。
 この山本五十六の映画の中でもうひとつの主題で書かれているが、映画の中で「東京日報」という新聞社の名前で書かれている新聞社、要するに当時のマスコミの動きである。当時のマスコミは、まさに「真珠湾大勝利」「打倒鬼畜英米」を言いながら「欲しがりません勝つまでは」を標語に同じ報道をした。結果的に真実を伝えなかったこのマスコミの報道はだれもとがめはしなかったが、現在でも「大本営発表」というとお手盛りの偏向報道であるという意味でつかわれてしまう。マスコミ諸氏は、当時のマスコミは検閲などがあって報道の自由がなかったと言っていたが果たしてそうであったのか。実際に、日露戦争のときは上村彦之丞率いる第二艦隊がロシアのウラジオストックを砲撃するも、砲撃が湾内に届かず、「これでロシアの感染に勝てるのか」ということを掲載している。同時に帝国陸軍第三軍にある弟の安否を気遣った与謝野晶子の「君死にたもうこと無かれ」は、反戦の歌として非常に有名である。
 マスコミの人々は、日露戦争時の自由な報道と、一方で太平洋戦争時の偏向報道「大本営発表」との間を見て、おかしいとしていたのであるが、その間の20年間の間の報道は、全て戦争に向かうように国民を無用に鼓舞し続けたのは、まさに、日本のマスコミであり、軍部の検閲などは大政翼賛会以後の話である。歴史をしっかりと見れば、日本のマスコミが国民を扇動し、戦争に持ち込んだ。その国民の意気を勝って大政翼賛会ができたのであり、何も軍隊や権力が一方的にマスコミの言論を弾圧したのではない。国民的な熱狂があり、その国民的熱狂を冷静でなく新聞を売るために煽ったマスコミは、戦後自分たちには責任がないとして天皇陛下と軍隊に全ての責任を押し付けたのである。
 このようなことは、冷静な判断力の欠如と、世界に向けた目がないことが原因である。
 さて、戦争ではないが現在、全く同じように「売れればよい」「面白ければよい」として、世界に恥をさらしたテレビがある。


明石家さんまがメッシに「間抜け」な質問 日テレのインタビューが海外でも「酷評」

   サッカー・トヨタ・クラブワールドカップ(W杯)で優勝したバルセロナ(スペイン)のリオネル・メッシ選手(24)に対して、テレビ局が行ったインタビューが「ひどい」と話題になっている。
   2011年12月18日、W杯決勝が横浜国際競技場で行われ、欧州代表のバルセロナが南米代表のサントス(ブラジル)を4対0で下して優勝した。
「引退後はどうするんですか?」
   そんな中、決勝で2点入れる大活躍をしたエース、メッシ選手に対して、試合を放送した日本テレビが手際の悪い対応をしてしまった。
   優勝セレモニーでチームメイトが歓喜に浸る中、メッシ選手一人だけを特設スタジオに呼び出し、インタビューを行った。
   サッカー女子日本代表の澤穂希選手や、お笑い芸人の明石家さんまさんら、出演者みな拍手で歓迎したのだが、メッシ選手は少し困ったような顔をしている。さんまさんが、後ろからコートをかけようとしても、首を横に振って断ってしまう。
   そして、通訳が「一問一答です。もう時間ないんで」と伝え、さんまさんが「どうもありがとうございます。サッカーの質問はみんな聞いてるやろうから、老後はどうしはるんですかと」と質問する。
   すると、メッシ選手は通訳を通して「まだ引退まで時間があるので、それが終わったら考えます」と返答し、すぐ後ろを向いてチームメイトのもとに行ってしまった。少し後味の悪い感じだ。
「メッシ全然笑ってないな」「真剣に戦う選手に失礼」
   さんまさんらは「そんな時間がなかったんだ」「一瞬でも来てくれただけでも貴重」などと笑顔で話していたが、この一連の流れがネットで話題になり、
    「メッシ全然笑ってないな」「さんまの質問は完全に間抜け」
    「セレモニー中に無理矢理連れてきて引退後の質問とか日本最低だな」
    「サッカーにくだらないお笑いとか全く必要ない。真剣に戦う選手に失礼」
といった書き込みが寄せられた。もっとも、メッシ選手は質問前から怪訝な顔をしているので、質問だけでなく、セレモニー中に呼び出したということ自体が余り良くなかったのだろう。日テレの段取りの悪さを指摘するものもあった。
   さらに、このインタビュー動画がYouTubeにアップされ、海外から「日本人はバカだ」「コメディが失敗したみたいだな」といったコメントが寄せられている。スウェーデンのウェブメディアでも紹介され、「日本のテレビ局は、スタジアム内にスタジオを設置して、メッシの独占インタビューを行ったが、失敗に終わった」と書かれていた。

2011年12月19日(月)13時6分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/jcast-116832/1.htm

 明石屋さんまを責める気はない。そもそも、そのような芸人をインタビュアーにするということ自体が、テレビ局の制作者の認識が全く異なる。そもそもTPOをわきまえないテレビの非常識さがあるのではないか。
 テレビというのは、まさに人と違ったことをすればよいということもあり、またスポンサーがつけば何でもしてしまうという危険なところがある。とくに、相手の立場も考えずに視聴者にも白くさせればよいなどという話になったのである。
 まさに製作者側がまったく何も知らないで、世界の常識も何もないということを完全に表してしまったのではないか。そのことが講じれば大東亜戦争のような敗戦を招くことになる。何も物理的な戦いばかりではない。経済戦争や外交戦争もすべて戦争である。とくに資源外交や金融外交は完全な戦闘であり、国益を賭けた舌戦であることは間違いがない。にもかかわらず、それを冷静の報じることができないマスコミが、世界の常識も世界から見られている自覚もなくこのような報道をしているようであれば、マスコミそのものの存在意義が問われる事態になるのではないか。
 このようなことによってサッカーの一流選手が日本に来なくなったら、彼らはどのような責任を負う気なのか。新で済むような話ではない。まさに日本の信用を棄損したのである。また明石屋さんまという芸人一人に責任を押し付けて済ますつもりなのであろうか。
 以前から言っているように、マスコミの報道には報道の責任者をしっかりと報道すべきである。アナウンサーなどテレビ画面に出ている人だけではなく、それらの政策をしっかりとしていた人を、画面の中に出し、民衆の疑問に答えさせるべきではないのか。そこまでの責任感の欠如そのものが、マスコミの非常識な報道(偏向報道を含めて)になっているのである。
 来年こそそのような認識違いの報道がなくなることを祈る。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(40) 大連の開業式典の一部始終と舞台裏(1)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(40)
大連の開業式典の一部始終と舞台裏(1)

 1998年9月17日。マイカルの大連の商業複合施設のオープニングが始まった。オープニングセレモニーは17日と18日の二日間にわたって行われた。
  ここであらためて、復習しておこう。大連のマイカルは4層構造になっている。まず所業施設。これは日本のサティというマイカルの店舗に近い形になっていた。「近い」というのはなかなか微妙な言い方であるが、そこはおいおいお話をするとする。
  そして次にホテルのショッピングモールである。ホテルのショッピングモールはサティなどと違って高級なブランドショップ名が並ぶ。われわれが参考にしたのは香港のペニンシュラホテルのショッピングモール。そう、バブル期に香港買い物旅行に多くの人が行ったあのホテルである。大連という場所で「北の香港」を実現する。そのステータスシンボルともなるホテルショッピングモールを赤字覚悟で運営したのである。「マジア大連」という名前にしたそのショッピングモール。イタリアのアルタガンマ製造ブランド組合と提携し、アルタガンマ組合の専門モールとした。
  ちなみに「アルタガンマ」というのはあまり日本では知られていない。しかし、ブランド商売を行っているヨーロッパ人で知らない人がいればそれが「モグリ」である。イタリアのブランドのほとんどすべてが加盟している組合である。日本はブランドそのものの名前をしているものの、そのブランドが所属している組合などを知らない。要するに、ブランドがブランドとして認知され、ブランドとして存続する仕組みを知らないのである。これは、完全にマスコミや日本の商業戦略に乗せられている証拠である。ブランドはただ単に聞かざるだけであり、買ってくれさえすれば何でもよいというのが日本の商習慣だ。しかし、本来はブランドの歴史やブランドの持った特徴、こだわりなどをしっかりと知って使うべきなのである。アルタガンマは、まさにそのようなブランドの魂の部分をしっかりと持った組合である。アルタガンマを知らないでイタリアのブランドを語っても、ヨーロッパ人は一流とは認めてくれないのである。なぜならば、ただ着飾っているだけで成金でしかないからである。成金が軽蔑されるのは日本もイタリアも同じである。成金的な人は、ただお金を絞り取られるだけで、人間として認めてくれない。そのことは、作家芥川龍之介の『杜子春』(とししゅん)と同じだ。ただ、かなしいことに日本人の多くは、その状態になってしまっている。現在になっても金を絞り取られるだけ絞り取られる外交の日本。その日本外交の基本は、まさに、日本のバブル期の成金的な世界旅行にあるのではないか。そのように考えてしまうのである。

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労働者が減って生活保護受給者が増える社会構造を作ったのは民主党

労働者が減って生活保護受給者が増える社会構造を作ったのは民主党

 本日は、クリスマスイブである。基本的にクリスマスを祝う風習は、日本においてキリスト教が認められるようになってから、要するに、明治以降である。しかし、通常は宗教的な儀式であるのだから、お祭り騒ぎをするなどのことはまったくない。本来はキリストの生誕を祝うのであるから、デートの日和になったり恩つり騒ぎをしないのが普通だ。どちらかといえば、本来は家族で神に祝うということが必要なのではないか。しかし、日本の場合は、キリスト教の進行が薄いのか、あるいはそれ以上に商業的な宣伝が多いのかわからないが、商業の祭典になってしまっている。
 キリスト教のお祭りは祝いながら、日本の伝統的な儀式を祝うことはないのは、基本的には二つの理由がある。一つ目の理由は、日本の儀式はあまりマスコミなどが祝わないということである。もちろんそのことだけをとれば、マスコミが変更報道をしているなどの話になるのである。しかし、もうひとつの理由は、明治時代に、日本の儀式は、由来から、何ををしなければならないか、禁忌は何かということがしっかりとわかっていた。何かはずれることをすれば、当然に古老などから不謹慎として怒られることになり、それなりの儀式にしたがって行わなければならなかった。そのために、外れたことや派手なことなどをする事や報道をすること自体、不謹慎なのかもしれない。そのようにして、なかなかマスコミも報道しにくいし、あるいはキリスト教のお祭り騒ぎのような、本来の関係とはまったく関係のないデートの日和などにしにくいという部分もあるのである。
 その分、外国のお祭りや、今まで由来のわからなかった内容などは、好き勝手に行うことができるのである。自由度が高く、好きなようになるのであれば、そのほうが報道をしやすいし、好きなことを報道してもかまわない。そもそも、これまでの慣習や禁忌がわからないのであるから、自分で作ることもできてしまうのである。そのようにすれば、バレンタインデーのチョコレートなど、日本独自のわけのわからない風習ができてしまうのである。日本のクリスマスも同じで、別にキリスト教でもなんでもない人が、タダ単にイベントとしてすごすのである。
 逆に昨日の、天皇誕生日、要するに天長節をクリスマスやバレンタインデーのイベントのように行えば、当然に不謹慎、不敬という話が出てくる。「天皇誕生日デート」「天皇誕生日ケーキ」などというのはいかがなものかという話が出てくるのではないか。
 ひとつで「日本の伝統の儀式をお祭り騒ぎにするのは不謹慎」といいながら片方で「他のお祭りを祝うのはおかし。日本の祭りを祝うべきだい」という。一見同じ事を言っているようで、なかなかうまくいかない話になる。
 同じことが労働者の減少、労働組合員数の減少と一方で生活保護受給者の増加ということが挙げられるのでる。


労働組合員数、1000万人割れ=47年ぶり―厚労省

 厚生労働省が22日発表した2011年の労働組合基礎調査(6月末時点)によると、全国の組合員数は前年比9万3033人減の996万591人と2年連続マイナスだった。1000万人を下回るのは組合員数が増加途上だった高度経済成長期の1964年以来、47年ぶり。東日本大震災の影響に加え、近年の「労組離れ」が背景にあるとみられる。
 組合員数はピークだった94年の1269万8847人から2割以上も減少したことになる。また、労働組合数も2001年から毎年減少し、11年は2万6051組合となった。
 厚労省は「製造業から非製造業への産業構造の転換や、フルタイム労働からパートタイムなどへの移行がある」と指摘。非製造業や非正規労働者は組合の組織率が低いことが、減少の要因とみている。 

時事通信 12月22日(木)18時15分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000142-jij-soci


<生活保護受給者>9月は206万5896人 過去最多に

 厚生労働省は22日、9月時点の全国の生活保護受給者は206万5896人となり、過去最多を更新したと発表した。8月時点から6025人増え、初めて206万人を突破。60年ぶりに過去最多となった7月以降、連続して過去最多を更新している。高齢化や不況で増加傾向は今後も続きそうだ。
 受給世帯も過去最多を更新し、149万7329世帯。世帯類型別では、高齢者世帯が63万3393世帯で最多。傷病者世帯は32万1230世帯。働ける年齢層を含むその他の世帯は25万3932世帯だった。東日本大震災の被災地での失業給付が切れる来年1月以降は、さらに増える可能性がある。【石川隆宣】

毎日新聞 12月22日(木)12時11分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111222-00000052-mai-soci

 労働組合員数の減少はいくつかの理由がある。ひとつは、労働組合そのものが役に立たないという部分が出てくる。ひとつには労働組合と経団連が同じ政党を支持しているのであるから、その調整がまったくできなくなってしまう。権力への抵抗を行うために、組合を作り団体交渉を行うのである。それが本来の労働組合の姿である。しかし、経団連と組合が同じ政党を支持しているということになれば、それでは、政党の政策を不満でも政治に文句が言えない。マスコミの報道の内容は、政府の問題ばかりである。当然に政府にものをいえないまたは経団連に文句が言えない労働組合などは存在価値がゼロに近い。
 しかし、それだけではない。そもそも日本は不景気で働く場所がない。要するに、労働者数そのものが少なくなってしまうのである。労働者数が少ないということは、労働組合に入る人の総数が少なくなってるということになる。これは景気が悪くなったことによる。
 景気が悪い
 ↓
 雇用者数が少なくなる
 ↓
 労働組合員数が少ない
 ↓
 少ない雇用者で源泉税などの税収を支える。
 ↓
 財政がおかしくなり税率を上げる(増税)
 ↓
 会社の景気がより悪化する(または大企業は海外に移転する)
 ↓
 より景気が悪くなる

 このような状態で、負のスパイラルが発生しどんどんと労働組合員数が少なくなり、一方で生活保護受給者が増えることになる。これはすでに、労働組合もそしてその支持を受ける政党も、そして日本の社会の仕組み事態がおかしくなってしまっているということを意味しているのではないか。
 古い因習を引きずっているのは、何も55年体制だけではない。労働組合や生活保護システムなども全て考えなければならないのではないか。クリスマスイブの土曜日に、このようなことを言うのは、まさにクリスマスそのものの日本でのイベント性がキリスト教の儀式とあったく違うことになってしまっている。まさに労働組合も生活保護システムも、日本の旧来のシステムとまったく異なる話になってしまうのではないか。本来と違い、平和な組織がそのまま続いてしまうと、組織そのもののための組織になってしまい、本来の状態からかけ離れてしまう。その本来の目的を見失った集団は、時代から取り残されてしまう。今のままでは日本そのものが時代から取り残されてしまうのである。そのようにならないために、新たに何かを考えなければならないのではないか。

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祝賀 今上天皇陛下78回目の誕生日と天長節の意味

祝賀 今上天皇陛下78回目の誕生日と天長節の意味

 12月23日は、現在の今上陛下の誕生日である。戦前はこの日のことを天長節という。もともと一年の中に節目節目があり、その節目のはじめごとにお祝いをするというのが慣わしである。
 ここで改めて天長節の説明をする必要はあるまい。天長節は「天長地久」という慣わしに従い遣唐使が持ってきたところから光明天皇が日本でははじめたという説がもっとも有力である。宮中行事において「四方節」「紀元節」「明治節」に並んで天長節が言われていた。なお元旦は「四方節」といわれ、四方向の神々に平穏長久を祈るという儀式をされる。そこで、天皇陛下の一般参賀は1月2日要するに四方節の翌日になるのである。
 なぜ、これらの内容を「節」というのであろうか。特に天長節に関しては、天皇陛下の御世が変われば、日にちが変わるのである。要するに一年の季節の流れの変化ではなく、そのときの天皇陛下の固有の事情による祝日である。これは、そもそも天皇家がアマテラスオオミカミの子孫である問うことに由来するものである。天照大神はご存知の通り伊勢神宮に祭られているご祭神であるが、この「天照」という言葉の通りに、天上天下を照らす太陽の神様である。
 太陽そのものをご祭神としているのは、世界各国に少なくない。そもそも太陽と土は、植物お含め食べ物などを「産む」「育てる」性格を持っている。大地はその根付きを行い、太陽は天からその力を降り注ぐ。よって恵みの神であり五穀豊穣を願う対象である。太陽が悪ければ要するに日照時間が短くても、また日照時間が長すぎて水不足であっても、植物は育たず、農耕民族である日本の国民はその生活に支障をきたすのである。ちなみに土に関しては「やはり何もないところからモノを生む」というところから、女性、要するに母という存在と同等に見られ、世界中に「地母神信仰」が存在する。日本でも土偶などがその省庁ではないかということが言われている。
 さて、しかし、太陽というのはタダ単に恵みの神というものだけではない。太陽はその日照時間から「季節」が変わってくる。ようするに「時間」「暦」を司る神ということもいえる。天皇家は、太陽を祭る神「天照大神」の「恵み」と「暦」のうち暦、要するに時間を司る神として現在に存在する神の存在なのである。
 保守、右翼を名乗る人は少なくない。そのときに「尊皇」を言う人も少なくないのであるが、その天皇陛下が「暦」を司る神の存在であるということをしっかりと説明できる人は少ない。暦はその暦が悪いと、悪いことがおきる。大災害が起きたり大きな戦争が起きると、昔(平安時代など)は、天皇陛下は暦要するに元号を変えてしまったのである。新しい時代に新しいことがおき、古く悪かった時代を捨てるという意味があった。明治天皇以来、その一世一元号を行うようになったので、これは暦そのものの革命であるということがいえる。そのために明治天皇の天長節、要するに明治節はそのまま祝日として、宮中行事の中に入っているのだ。
 さて、このように天皇陛下はその存在が「暦を司る神」である。そこで、暦を変える力がある。その力に経緯を表し、暦の中において、天皇陛下がご誕生されて新たな力を得るに当たり、暦そのものの力を与え「節」として国民の祝日となり、そして国民が「新たな暦の神の年」を祝うのである。
 なお、天長節に対して、「天長地久」から来ているというが「地久節」は皇后陛下の担当日ということになっている。しかし、男系皇統の日本においては地久説は祝日になった歴史はない。
 天長節は、宮中では、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀が行なわれる。伊勢神宮などの神社では天長祭が行なわれる。また、霞会などでは、天長節のお祝いとしてパーティーが催される。
 さて、今日12月24日のクリスマスばかりがクローズアップされている。しかし天長節そのものの意味という者をこのように知り、天皇陛下の存在とその意味そして暦に関する意識をしっかりと考えることにより、西洋の祀り(またはキリスト教の祀り)ではなく、日本の祭りをしっかりと考えるのはいかがであろうか。
 今年は天皇陛下にとってもさまざまなことがあった。しかし、本日はそのようなことは言わず、天皇陛下の誕生日を祝いたいと思う。
 お祝いの記帳に行かなければならないので、今日は短めであるが、この辺で。

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野田内閣に関する中国高官インタビュー

野田内閣に関する中国高官インタビュー

 本日はやまと新聞のホームページに掲載してあるとおりに、昨日のよる四條家と霞会で晩さん会をしましたので、そのために時間があまり取れません。そこで、昨日に夕刊フジで私が掲載した記事をまず読んでいただき、そのうえで、その関連の記事を掲載します。

【永田町黒革の手帖】金総書記、もっと前に死んでいた!中国発“衝撃情報”の中身

2011.12.21
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20日、北朝鮮のテレビが放映した金正日総書記の遺体の写真=平壌市内の錦繍山記念宮殿(ロイター)【拡大】

 北朝鮮の金正日総書記の死去で、野田佳彦政権が醜態をさらした今週、中国共産党の幹部数人がひそかに日本を訪れていた。外務省も正確な動向をつかんでいないという幹部に、旧知という政治ジャーナリストの宇田川敬介氏が接触した。幹部は金総書記死去の衝撃情報を明かしたうえで、野田佳彦政権について「ここまで、ひどいとは」「なぜ、日本国民は怒らないのか」と突き放したという。宇田川氏が緊急リポートする。

 この幹部の名前を明かすことはできない。中国共産主義青年団(共青団)出身の大物に同行したA氏だ。まず、金総書記死去について聞いた。

 「近く死亡発表があるのは分かっていた。北朝鮮筋の情報から24日以降だと思っていた。われわれは金総書記が17日に死んだと思っていない。(17日以前には死亡しており)19日に発表の準備ができたのだろう。まあ、そのおかげで野田政権の対応を間近で観察することができた」
 今回の来日中、A氏は民主党関係者とも意見交換している。金総書記死去における野田政権の対応をどう見たのか。
 「ここまでひどいとは思わなかった。金総書記の死期が近いことは分かっていたのに、情報収集はまともにしておらず、死亡発表前後の混乱もお粗末だ。野田首相や山岡賢次国家公安委員長はあんな対応でいいのか? 北朝鮮が混乱した場合に備えて、株価や為替、脱北者対策などをしているのか? 中国の指導者があれでは、中国は崩壊している。日本国民が怒らないのが不思議だ」
 「中国共産党は現在、『日本の民主党政権とどのように付き合うか』を議論している。9月に就任した野田首相にも興味を持ってきた。米国と同盟関係を持ちながら、民主党幹部がわが国にも『戦略的互恵関係を』という真意も探ってきた。私は今回、『まともに相手をすれば中国が世界中から笑われる』『この政権と同盟を結んでいるオバマ米政権がかわいそうだ』と感じた。帰国後に党に報告する」
 ところで、A氏らが来日した目的は何か。初めはA氏は「日本企業の中国への誘致」などと話していたが、最終的には「日韓首脳会談の情報収集」「日本の次期主力戦闘機F35に関する情報収集」「野田首相の訪中(25、26日)前の情報収集」と明かした。
 金総書記の死去は、野田政権の外交力や情報収集力、分析力などを示す絶好のチャンスだったが、結果は散々なものだったようだ。
 ■宇田川敬介(うだがわ・けいすけ) 1969年生まれ。株式会社マイカル勤務を経て、現在、両院記者会所属。国会新聞社編集次長に就任。幅広い人脈を生かした取材力と独自の切り口での解説には定評がある。著書に「民主党の闇」(成甲書房)など。


http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20111221/frn1112211142002-n1.htm

 12月19日は東アジアにとって大きな動きのあった日であった。前日には日韓首脳会議が行われ、また、あまり知られていないが中国の政府高官も来日していた。
 表向き、中国高官は19日に行われた横路衆議院議長が公邸で開いた中国の情報交換会への参加を目的にしていたようである。実際に横路衆議院議長は、公邸内において中国の交換や中国関係のジャーナリストを前いて条項交換会をしている。中国高官によれば、民主党政権にな手から弾にそのようなことをしているようである。また、警察庁に話を聞くと、「公邸内は、私有地なので公安のSPがいない。そのために、どのような話をしているかということに関して、警察のSPなどが介在しない。要するに、秘密に話をし日本国内に情報を取らせないようにするためには、公邸内が最も良い」ということだ。横路周銀議長は日本の国会の長でありながら、外国のジャーナリストや高官を招いて、日本人に公開できない話をしていたということになる。
 その中国人高官と接触した。
 まず中国人の交換に何の目的で来日したか聞いてみた。初めのうちは「日本企業の中国への誘致」などといっていたが、最終的には三つの目的を言っていた。「日韓首脳会談の情報収集」「F-35導入に関する情報収集」「野田首相訪中の前の情報収集」であるという。そして、もうひとつは昨年12月24日に北朝鮮の金正日総書記が倒れた情報があったが、そろそろ、日本は何らかの動きをするはずである。その内容に関して日韓首脳会談でも話し合われるのではないかということもあった。日本がどれほどの情報を持っているかということを気にしているというのである。
 横路衆議院議長は中国人のこれらの質問をすべて答えたという。その内容を詳しく聞くことはできなかったが、少なくとも彼らが満足する会話がなされたことは容易に想像できたのである。そのうえで、「日本は、戦略的互恵関係といいながら軍事面ではアメリカに頼り、フィリピン・ベトナム・台湾・シンガポールとして中国を包囲している。これはどういうことはいまだによくわからない」というのである。日本の政治家が、「戦略的互恵関係」という言葉を使えば当然に、日中間の軍事を含めた互恵関係を持つものである。しかし、日本はその約束を全く守らない。そしてそのことを質問すれば、以前に中国に来た現場外務大臣も横路議長も、いずれも「軍事は関係ない」「日本は平和憲法だから」とわけのわからないことを言う。民主党の内閣は自分で「戦略的」と軍事用語を使いながら、中国が確認すると「平和憲法」といって煙に巻くので理解できないし信用できないというのである。わたしからすれば、すべて中国が満足する回答を出したという危機管理や国家機密の意識が欠けた民主党政権ということもおかしいし、また戦略的互恵関係という単語の使い方もおかしい。ただ単に経済関係だけであるならば、「EPA」「FTA」で十分なはずである。そもそも、このような会話をしている内容、特にF-35のような軍事機密を、肯定の中、要するに第三者の介入がない場所でひそかに行うということ自体、非常に大きな問題であり、日米関係に重大な亀裂を入れ、なおかつ中国とも信頼関係が築けない状態にしてしまっているのである。
 その民主党の外交に関して、中国の交換は「鳩山・菅・野田、どの内閣も中国とまともなパイプを持っていないし、中国との交渉に際して重要なこと話をしていない。自分勝手に言いたいことを言って、調整するということも知らない。これでは外交ではない。誰も聞いていないカラオケと同じだ。そんな外交を評価することはできない」という。
 その上で、今回の金正日死去の話を聞いてみた。19日の夜に行われた横路議長との話でもその内容が出たらしい。しかし、中国高官は呆れてこのように言ったのである。「はっきり言って、日本の政府がここまで何も知らないとは思っていなかった。また、金正日が死ぬということは分かっていたはずだ。金正日総書記は当然に人間だし、昨年倒れているのだから近い将来死ぬことは既定の事実だ。そのことを知っていながら情報も入れていない、死んだ時のことも予想していない、そしてその対策もすぐできない。死んだという知らせがあれば、すぐに対処しなければならないことがたくさんあるはずなのに、そのことも行っていない。われわれ中国人に嘘をついているのではなく、たとえば送金の停止や脱北者の警戒など、すぐにしなければならないことをしていないのであるから、このような政府で国民が怒らないのが疑問だ」という。
 そのうえで、「外交も知らない、外交上の言葉づかいもしらない、そして、情報も持っていない、対策も立てていない。わかっていることもしないで権力の座にいてう不思議に思わない。中国の指導者がそうであれば、中国はとっくに崩壊しているはずだ。日本が崩壊しないのがおかしい。中国共では、今日本の民主党政権とどのように付き合うかを議論している。とくに今回変わった野田内閣に関して非常に興味を持っていたが、今回の金正日死去のあとの政府の混乱や株価や為替の対策も、脱北者の対策もしない政府を見れば、まともに相手をしていれば中国が世界から笑われてしまう。わからないように接待し、あまりその言葉を信用しないという対応が必要ではないか。そしてこれは、鳩山・菅・野田と民主党内閣全体の話として私たちは帰国後に報告を行おうと思っている。」というのである。「もともと、中国は日本よりも韓国と親しい。日本の民主党内閣であれば、当然に日本は信頼できず、経済的な恩恵を与えることもできない。大統領が不在でもしっかりとした対応を行うことのできる韓国との連携を深めることになるであろう」というのである。そして「この内閣をまともに相手をしているオバマ大統領がかわいそうだ」ともいうのである。
 今回の金正日の死去は、野田内閣の外交の実力や情報力、情報の分析力など危機管理能力を示す絶好のチャンスであった。しかし、結果は、完全にその逆になってしまった。野田内閣、いや日本が東アジアの各国から孤立する外交の大きな引き金を野田内閣は引いてしまったのではないか。

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金正日死去の報道と、民主党政府の情報収集力の欠如

金正日死去の報道と、民主党政府の情報収集力の欠如

 情報というモノは、「知っている」と「知らない」でまったく違うものだ。情報を持っていることと、情報を持っていないことでは、当然に想定することに関する判断材料を多く持つというkとだ。判断材料を多く持つということは、単純にブラックボックスが少なくなるということに他ならない。物事を判断するに当たって、結論に持ってゆくための岐路においてブラックボックスが少ないことが最も重要である。もちろんブラックボックスが少なくても、致命的な部分で違う選択をしてしまえば、誤った結論を出してしまう可能性はある。しかし、ブラックボックスが少ないということは、それだけ、誤った結論を出す確立が少なくなるということになるのである。
 もちろん、情報は「知っている」というだけでは何の役にも立たない。「知っている」「情報を持っている」ということを自慢する人がいるが、情報は、上記のように、その情報を使って自分たちにゆりな結論を出し、行動を行う指針とすることが最も重要であり、持っているだけで自慢にしか使わない人は、はっきり言ってどうしようもない。たぶん知らない人よりも始末に終えない人だろう。知っていて正しい行動をしない人は、知らない人よりも罪が深い。そのような人はいないほうがマシである。特に、その内容が国家に関すること、国家の将来を左右することであれば、情報を明らかにし行動を起こすことこそ必要なことである。マスコミはそのことができない、というよりは意識してしないようにしているので国民から非難されるのである。
 さて、では逆に、国家の指導者の立場でありながら情報を持っていないというのはどうであろうか。正直に言って、政府が情報収集能力や情報の分析能力がないのは、おかしい。当然に情報がある国家の指導者と、情報のない国家の指導者の差は、非常に大きいし、そのことを見た外国のメディアは、その国の能力を知ることになる。今後の損国との対応を決める指針となるのである。
 19日の昼、北朝鮮の金正日総書記が死んだ。この視に関してはさまざまな内容がある。事前にしんでいたと考える事もあるし、言葉通りだったとしても51時間の空白の時間に何があったのか。など、今回の市とその視の報道のタイミングのずれに関してはさまざまな憶測が流れている。
 このブログでは、少なくとも今日はそのことを書くつもりはまったくない。そんなことではなく、当然に金正日総書記は人間だからいつかは死ぬ。その上、昨年の12月24日に脳梗塞で倒れているのだから、当然に死は近いものであると考えられた。問題は、いつ死んだかということと、死んだときのリスクをしっかりと対処できているか。そのときの情報や国家観の情報の連携は取れているのか、このことが最も重要である。いつかは起こることが確実である「人の死」について、その死に対するリスク管理はできていなければ「想定外」では済まされないのである。

北朝鮮情報の収集に全力…政府が安保会議

 北朝鮮の金正日総書記の死去報道を受け、政府は19日午後1時、首相官邸で野田首相と関係閣僚が出席して安全保障会議(議長・首相)を約10分間開いた。
 政府は情報収集に全力をあげるとともに、北朝鮮の後継体制の行方や核開発を含めた軍部の動きなどについて、米国や韓国などと連携を取りながら注視していく方針だ。
 首相は19日昼、報道を受けて〈1〉北朝鮮の今後の動向について情報収集態勢を強化する〈2〉米国、韓国、中国など関係国と緊密に情報共有する〈3〉不測の事態に備え、万全の体制を取る――の3点を各省庁に指示した。首相官邸危機管理センターには官邸対策室を設置した。

2011年12月19日(月)14時35分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20111219-00663/1.htm

<金総書記死去>発表まで51時間半…指導層の動揺鎮める?

 【ソウル西脇真一】北朝鮮の報道によると、金正日(キム・ジョンイル)総書記(69)が17日午前8時半に死去してから19日正午の発表までに51時間半かかった。94年7月に死去した父、金日成(キム・イルソン)主席のときの約1.5倍の時間だ。今回の発表で、北朝鮮はこれまで金主席と金総書記にしか使わなかった「領導者(指導者)」という言葉を後継者の三男、正恩氏に初めて使用。「死去から発表までの間にも最後の権力固めが続き、時間も必要だった」との見方も出ている。
 ラヂオプレスによると、金主席は94年7月8日午前2時に82歳で死去し、翌9日正午に「訃告」の特別放送で発表された。発表まで34時間だった。
 当時は「国家葬儀委員会」の名簿や「心筋梗塞(こうそく)」だとする病理解剖検査に基づく「医学的結論書」などが発表された。「発表内容の構成は今回とほぼ同じ」(ラヂオプレス)
 しかし、17時間半の差がついた。金主席は北朝鮮中部の景勝地、妙香山で死去したとされるが、金総書記は「現地指導の途上」とだけ明かされ場所は不明だ。
 このため、遺体の搬送に時間を要したことも考えられるが、ソウルのある外交筋は「死後の権力闘争や、指導階層の動揺を鎮める作業に時間がかかった可能性もある」と指摘する。
 後継者に指名されてから20年の歳月をかけてトップに就いた金総書記と違い、正恩氏は若く対外デビューも昨年で、権力基盤はまだ弱いとみられる。
 また、ラヂオプレスによると今回初めて「わが党と軍隊と人民の卓越した領導者」と正恩氏を紹介。領導者は最高首脳を表し、この外交筋は「こうした用語の使用をめぐっても議論が続いたかもしれない」と言う。
 死去の報道があったこの日のうちに、朝鮮中央通信は「金正恩同志の領導に従う」という平壌市民らの言葉も伝えており「正恩氏をもり立てる準備にも時間が必要だった可能性がある」(ラヂオプレス)。

毎日新聞 12月19日(月)21時6分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111219-00000083-mai-int

「逃げるな!」野田首相の街頭演説中止で新橋駅前は騒然

 演説中止を告げる近藤洋介議員と「ごめんなさい」と手を合わせる蓮舫議員 野田佳彦首相は2011年12月19日、東京・新橋駅前で就任後初めて街頭演説を行う予定だったが、北朝鮮の金正日総書記の死去により「外交上の重要な事案が発生した」として急きょ取りやめた。
 取りやめが発表されると、新橋駅前に集まっていた会社員らから「逃げるな」などといった怒声が飛び交ったほか、福島第1原発の冷温停止宣言を疑問視するグループらがシュプレヒコールをあげるなどし、現場は一時騒然となった。
 野田首相はこの日、正午過ぎから新橋駅前で演説を行う予定で、新橋駅前には多数の報道陣と会社員らが集まっていた。首相は民主党・蓮舫議員の演説のあと壇上に立つ予定で、蓮舫議員が話し終わった直後から、駅前に集まった会社員らから「解散しろ」コールが起こっていた。そのさなかに演説取りやめが発表されると、さらに「逃げるな」といった声があちこちから飛んだ。
◇関連サイト
・[ニコニコ生放送]野田首相の街頭演説中止発表から視聴 - 会員登録が必要

http://live.nicovideo.jp/watch/lv74787667?po=newslivedoor&ref=news#39:11
・[ニコニコ生放送]蓮舫行政刷新相の街頭演説から視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv74787667?po=newslivedoor&ref=news#17:11
(土井大輔)

2011年12月19日12時37分 提供:ニコニコニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6130050/

 さて、日本の政府の情報力の欠如は明らかである。これに対して、韓国は大統領が訪日中でありながら、既定の方針として渡航や送金の禁止を冷静に行い軍隊を動かした韓国尾は大違いである。上記のニコニコニュースのように、野田首相はまったくそれらの情報は入っていないし、そこまで確実出ないにせよ、何らかの情報を持っていたとしても(19日早朝に北朝鮮がすう初のミサイルを発射しており、そのミサイルの調査にかでな基地から偵察機と戦闘機が出ている)その情報を活かすことができなければもっていないのと同じである。いや、日本国の首相であれば、どんな小さな情報であってもしっかりと分析しその文責を活かした行動を執らなければならない。世界情勢に明るくなければならない。もちろん地理的に遠ければ情報が入りにくいのかもしれないが、北朝鮮であり、拉致問題や核兵器の開発など日本は直接に安全保障も日本の主権も問題となっているところである。それくらいの分析ができないで首相とか政権とか、わけのわからないことを言われても困る。
 もちろん、19日の昼に死亡の報道がされるとは予想されなくても良い。しかし、人間がいつか死ぬのであるから、当然に「金正日が死んだ場合はこのように対処する」ということがしっかりと決められ、その対処方法を各省庁で共有されていなければならない。もちろん、民主党はそれができていない。だから、野田首相は街頭演説を中止して官邸に戻る始末であるし山岡国家公安委員長兼拉致問題担当大臣という、北朝鮮とは記っても切れない閣僚が安全保障会議に欠席し、代理の出席もなかったという不始末が出てくる。その上、その大慌てで開いた安全保障会議の結論は、〈1〉北朝鮮の今後の動向について情報収集態勢を強化する〈2〉米国、韓国、中国など関係国と緊密に情報共有する〈3〉不測の事態に備え、万全の体制を取る――ようするに、これから情報を取るというものであり、刻々と動いている情勢の変化にまったくついてゆけるものではないのである。
 ましてや読売新聞の報道によると「首相は19日昼、報道を受けて」(上記より抜粋)とある。昨年の延坪島の砲撃のときも同じであったが、結局マスコミ報道しか情報源がないというあまりにも哀れな情報欠如体質は、所外奥からの笑いの種でしかない。それどころか昨年の延坪島の教訓が何も活かされていないということである。自分たちで失敗した内容をいまだに反省も何もしないで他に責任転嫁しようとしている。これでは話になるものではないのである。これで政権などと長年取らせていては。日本そのものの諸外国からの信用にかかわるのである。
 情報がないということが、特に外国の情報がないということがここまで哀れになるのか。もちろん哀れで情けないのは、野田首相や野田政権、民主党ではない。もっとも哀れなのは、日本の国民である。その反省を活かすことができるかどうかは次の選挙にかかっているといえる。

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日韓首脳会談の従軍慰安婦問題に関して韓国高官にインタビュー

日韓首脳会談の従軍慰安婦問題に関して韓国高官にインタビュー

 「ビジネスマンですから」
 出し抜けに、このようなことを書いた。18日の日曜日に、京都において日韓首脳会議が開催された。このブログをお読みの皆様はすでにお気づきのことと思うが、私は韓国の大統領府には、輪からな事を電話で聞ける相手がいる。その人に、日韓首脳会議に関する内容を聞いたとき、韓国首脳の李明博大統領の評価である。
 すでにさまざまな報道機関で報道されているように、日韓首脳会談の中心的な内容は14日に韓国の公道上、それも日本大使館前に韓国の市民団体が設置した従軍慰安婦の像の撤去の問題になった。李明博大統領は、ある意味で親日家でもあるし日本に関する理解が深い大統領である。もちろん、「親日家」という言葉には違和感を覚える方も少なくないのかもしれないが、実際「親日的」というのは、中国や他の国と比べた相対評価であり、韓国の大統領が自国韓国の国益を無視してまで日本よりの判断をするという事はありえない。要するに「親日的」という言葉の中には「韓国の国益のためには日本と敵対することもやむなし」という意味が入っている。日本人の多くはそのことをまったく無視してしまっているので、私がこのようなことを書いたときに「韓国人が親日的なはずはない」という話をするが、それは間違いである。
 さて、その従軍慰安婦の像。私が質問したのは「なぜそのような像の設置を許したのか」「李明博大統領は、なぜ第二第三の像ができると日本を脅迫するのか」「この問題の解決方法は何か」の三点である。私の友人は韓国にいる(李大統領の随行で日本にきていることはない)ということだから、国際電話が長くなると料金が高いので、この三点に絞って話をした。
 その前に、その前提となる日韓首脳会談について、今日は産経新聞の記事から。産経新聞は、このようなときに解説記事などをせずに、要旨だけを載せた記事もしくは会話の文字お越しを掲載していただけるので、非常にありがたく思っているのである。

事なかれ主義露呈?日韓首脳、前夜に異例の懇談

 来日早々、在日本大韓民国民団(民団)の会合で元慰安婦をめぐる問題の解決を日本側に求めた韓国の李明博大統領。18日の野田佳彦首相との会談でも大統領は同問題を取り上げるとみられるが、野田外交の基軸が問われそうだ。
 民団会合での発言を知ってか知らずか、首相は京都迎賓館で大統領を笑顔で出迎え、懇談に臨んだ。
 正式な首脳会談があるにもかかわらず、前日に懇談を行うのは珍しい。懇談は16日に突如設定され、両首脳の通訳だけが同席を許される事実上「一対一」のひざ詰めの場となった。
 異例の懇談は「未来志向の日韓関係」に影を落とす事態が次々と起きていることの裏返しでもある。
 韓国側は賠償請求問題を蒸し返し、反日団体は14日にソウルの在韓日本大使館前に「慰安婦の碑」を設置。日本固有の領土の竹島をめぐっては11月上旬に管理事務所建設計画が判明し、韓国国会議員主催のコンサートまで開かれた。
 いずれも首相が就任後初の外遊として10月中旬に訪韓した後の話で、日本政府の中止要請はことごとく「無視」された。それだけに、懇談を行うことで「首脳間の信頼関係を築く」(外務省幹部)必要があったようだ。
 慰安婦問題をめぐり民主党内には何らかの対応を求める意見もある。大統領発言を受け前原誠司政調会長は「お互いに知恵を絞り合い、問題を一歩一歩乗り越えていくことが大事だ」と語った。ただ、首相が「事なかれ主義」に陥った外交を行えば、将来に禍根を残すのは間違いない。(坂井広志)

配信元:産経新聞 2011/12/18 01:10更新
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/538852/

李大統領「第2、第3の像が建立される」

 【慰安婦問題】
 李明博大統領 日韓関係の障害となっている。この問題を優先的に解決する真の勇気を持つ必要がある。大きな見地からの政治的決断を期待している。
 野田佳彦首相 日本の法的立場は決まっている。決着済みだ。これからも人道的な見地から知恵を絞っていきたい。日韓関係全体に悪影響を及ぼさないように大局的な見地からともに努力することが大事だ。
 【慰安婦の碑】
 首相 在韓日本大使館前に慰安婦の碑ができたことは誠に残念だ。早期に撤去を求める。
 大統領 日本政府がもう少し関心を示してくれれば起きなかった。誠意ある措置がなければ(元慰安婦の)おばあさんが亡くなるごとに第2、第3の像が建立される。
 【竹島】
 首相 日本側が提起している困難な問題もある。
 【歴史研究】
 大統領 日韓歴史共同研究などを基に「共同教科書」を作ることができるよう期待する。
 両首脳 第3期の歴史共同研究開始で一致。
 【北朝鮮問題】
 首相 日韓米3カ国の連携が重要だ。非核化実現のために、北朝鮮の具体的な対応を求めたい。拉致被害者の一日も早い帰国が最も重要だ。
 大統領  拉致問題について協力を惜しまない。日本の立場に非常に共感している。
 【経済連携】
 首相 日中韓自由貿易協定(FTA)の共同研究完了を歓迎する。3カ国の投資協定妥結が重要だ。
 【安全保障協力】
 両首脳 日韓軍事情報の交換促進について協議。

2011.12.18 22:07 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111218/plc11121822090010-n2.htm

 さて、ここまで読んでいただいて、上記の私と韓国交換の会話の「要旨」をここでご紹介したい。
宇田川 「なぜそのような像の設置を許したのか」
韓国高官 設置の許可はしていないと思う。少なくともソウル市までは調べたが許可はされていない。最小行政区の設置許可もしくは口頭の黙認があった場合はわからない。ただし、許可をしていないということは、それだけ簡単に撤去ができるということである。日本がわの毅然とした撤去要求があれば、韓国はすぐにでも撤去できる。そのときに撤去の理由で李明博政権が倒閣されないように、あらかじめ許可を出さず、いつでも正当に法律に従って撤去できるようにしているのである。

宇田川 「李明博大統領は、なぜ第二第三の像ができると日本を脅迫するのか」
韓国高官 李大統領はビジネスマンだから、自分の所属するところがどのようにしたら儲かるかを知っている。韓国という国家は、現在非常に資金的に乏しい。特に中国に対して投資してしまったり、北朝鮮に送金したりとわけのわからない資金の海外流出があるから非常に大きな問題だ。至急にその穴埋めを行わなければならない。そのときに中国やアメリカと交渉するよりも、日本の政治家と交渉したほうがすぐに資金が調達できる。特に、民主党政権の中には、従軍慰安婦の代理人をしている法律家がいる(仙谷由人のことと推定される)。日韓基本条約があっても、そのような活動をしている人が政権の中枢にあるのだから、首相一人が何を言っても甘利意味がない。そのような人が政権中枢にいるということは、ひとつで脅迫しながら片方で情に訴えれば、いくらでも金が出てくることを意味する。それも借りるのではなく、返さなくて良いカネが来る。元従軍慰安婦個人に払ったとしても、税金でとることができるのだから、楽な話だ。民主党が政権の間に、「アメとムチ」を使って圧力をかければ、資金も財宝も領土も主権も何でも差し出してきてしまう。韓国が期待しないものまで勝手に帰ってくる。民主党の政権のように何もわからず、国を売る人が政権の座にいる間に、韓国は自国の国益を実現しなければならない。逆に言えば、日本はそれだけ韓国に出しても国がつぶれないほど発展しているという、うらやましいことでもあるのかもしれない。

宇田川 「この問題の解決方法は何か」
韓国高官 宇田川さんの意向では、当然に日本が日本の国益を実現するためにはどうしたらよいかということ。当然に、今回のことで、日本国内では反韓国のデモや主張が強くなると思う。しかし、韓国側の認識は、外交交渉の常識の範囲で少し強く出れば、過剰に反応して金を持ってくる、領土も差し出してくるのが日本の現在の政権である。土肥隆一という議員は韓国まで来て「独島(竹島)は韓国のものだ」という書面にサインをした。そのような領土を他国に渡す行為をしても、いまだに国会議員でいられる。韓国ならば殺されているであろう。このほかにも、岡崎トミ子という人は韓国まで来て日の丸を汚し、日本の悪口を言って帰った。その人が大臣をしている。日本人は、韓国が悪いというが、実際は日本の中にいる日本人が最も日本を馬鹿にしているではないか。韓国においても、当然に過激なことをすれば処罰をされるが、日本は処罰をするどころか、日本を悪く言った人が議員になり大臣になれる。韓国で反日の活動をしている人も、日本人が先頭に立ってやっているのだから、それも日本の国会議員がやっているのだから、字豚地は正しいことをしているということで勇気付けられる。どんどんと過激なほうになる。そして国論を形成してゆく。日本は、本当に国益を追求するならば、日本の中にいるこのような議員たちを追放または処罰すべきであり、そのような人が大臣になれないようなシステムを作るべきである。そうでなければ、韓国と中国は永久に韓国や中国の国益のために日本に圧力をかけることになるだろう。忘れてはいけないのは、その韓国や中国の国論の形成を日本人の国会議員が主導しているということ、そしてその人が政権にいるということだ。姦奥は彼らが政権にいるあいだ、「政権になる前に韓国に対して言ったことを実現しろ」と要求することになる。彼らを政権につかせたこと自体が、日本の国益にはならないし、韓国であれば本当に暗殺されることだ。日本では満足なデモも何も起きない。次の選挙で彼らが当選するようであれば、日本は永久にこの問題を解決する手段を失うであろう。

 いかがであろうか。もちろん、私は反論をしたが、しかし、日本国民の中の問題を指摘されれば、大きな問題である。韓国の高官ははっきりと最後にこういったのである。「世界で最も反日なのは日本である」まさにその通りである。これ以上の意見はここではやめておく。以後何かあるときに、またこの文章を引用することもあると思う。言いたいことはたくさんあるが、まあ、この辺で。
 今日のブログを見て考えさせられると思った方は、ご意見をいただければありがたいと思います。なお、このブログは、転載自由ですので、皆様のブログなどに貼り付けていただいてかまいません。

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マスコミ批判に関する一考(74) マスコミは仙谷由人発の大本営発表機関か!

マスコミ批判に関する一考(74) マスコミは仙谷由人発の大本営発表機関か!

 今週、というか先週報道されたことや発生した事象でマスコミの批判をしたいところ、評論をしたいところはたくさんある。
 ひとつはNHKのハングル流行という不思議な報道である。「日本放送協会」の略がNHKのはずであるが、なぜか韓国とか中国ばかりで日本のための報道を行わないのは不思議だ。フジテレビのときもそうであるが、このような報道を行うから、テレビメディアはまったく信用されないのである。参議院において片山さつき議員がNHKの副局長に質問したことで脚光を浴びた問題。
 では、なぜそのような「外国はすばらしい」という報道を行うのであろうか。いくつかの理由がある。ひとつには、自虐史観である。まったく戦後年々たったら自虐史観から脱却できるのか、まったくわからない。それどころか日教組教育によって教育を受けた人が多いために、より一層純粋化した自虐史観が多いのが気になる。もうひとつは、自虐史観から発生した外国賛美である。高度経済成長のときは「アメリカ イズ No1」という価値観があった。これはトヨタが世界の自動車市場を席巻し、電気製品のトップブランドが日本のメーカーになり、アメリカも中国も日本の化粧品会社の化粧を最も高く扱っていても、いまだに日本のもの粗悪品であるという感覚が捨てきれない人が少なくないのである。しかし、ここに「反米親中」という発想がくると、アメリカ賛辞ができない。ヨーロッパは遠すぎる。そこで、韓国や中国を賛美する報道が意識的に行われることになるのだ。このほかにも、制作会社が外国人ばっかりだったり、外国からお金をもらって運営しているなどというものもある。そのような話であれば、そもそも「日本放送協会」ではなく「中国(または韓国)宣伝協会」と名前をしっかりと変えればよいのではないか。
 中国もしくは韓国宣伝協会というのは別にして、この大元となっている「自虐史観」「外国が日本よりも優れている」という発想そのものはまさに、日本の放送に携わる人がまったく勉強をしていない、もしくは知識がないということをさらけ出している。もっと言えば、放送メディアの人間は「馬鹿」「無学」であるということに他ならない。要するにレベルが低いのである。
 このことは、以前から指摘されている。二年前の小沢一郎幹事長(当時)の天皇陛下不敬発言に関して、中国のトップでもない人との謁見を「国事行為」とした発言に一切誰も反論できなかった。その場の雰囲気もあると思うが、憲法に記載のある国事行為以外を国事行為として記者会見を行う政治家に対して反論ができないのは、マスコミとしてレベルが低いとしか言いようがない。憲法そのものも読んだことがないレベルの人が多いということである。
 まったく同じようなことが今回発生した。参議院の問責決議に対して「統帥権干犯問題」といった人がいるのである。その人が「統帥権干犯問題」とその背景などを知っているのかいないのか。また、その統帥権干犯問題に関して質問できないマスコミばかり。それどころか歩道もままならない状態だ。まず、同じ記事を二つ並べているので、その内容に関して吟味してもらいたい。

仙谷氏 問責可決連発は「統帥権干犯」 野党対応を批判

 民主党の仙谷由人政調会長代行は14日、都内で行われたシンポジウムで、野党が参院で一川保夫防衛相ら2閣僚の問責決議を可決したことについて「毎年その戦術を行使するのは統帥権干犯と同じで、政党政治に大きな禍根を残す」と述べた。
 昭和5年のロンドン海軍軍縮条約に関し、当時の野党が「天皇の統帥権干犯」を理由に政府を批判した歴史になぞらえて自民党などの対応を批判した格好だ。仙谷氏は官房長官だった昨年11月、沖縄・尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件への対応をめぐり問責決議が可決され、1月の内閣改造で退任。その恨み節が炸裂(さくれつ)したようだ。
 また「解散がない参院が内閣に重いパンチを打ち込んでいく制度ははなはだ奇妙で、野党が(問責閣僚が出席する)国会審議に出ないと公言することが常態化すると政治は止まる」と述べ、二院制のあり方や参院改革の必要性を訴えた。

2011.12.14 13:18 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111214/stt11121413200000-n1.htm


問責連発「政党政治に禍根」=参院改革が必要―民主・仙谷氏

 民主党の仙谷由人政調会長代行は14日、都内で講演し、参院で閣僚への問責決議可決が相次いでいることについて「(問責を)毎年行使することを戦略、戦術とするのは(ロンドン海軍軍縮条約の際の)統帥権干犯問題と同じだ。民主主義、議会、政党政治に大きな禍根を残す」と述べ、自民、公明両党など野党の対応を批判した。
 その上で「解散されない参院が、一人一人(閣僚の)首をとることのできる制度は奇妙だ。参院の役割、機能の再定義が必要だ」と述べ、参院の制度改革の必要性を強調した。
 1930年のロンドン海軍軍縮条約調印をめぐっては、当時の野党が政府攻撃の手段として、天皇の統帥権を犯して兵力量を決定したと主張。結果的に軍部の力が強まり、政党政治の崩壊を招いた。 

2011年12月14日17時40分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6117978/

 産経新聞の見出しは『仙谷氏 問責可決連発は「統帥権干犯」 野党対応を批判』、時事通信の見出しは『問責連発「政党政治に禍根」=参院改革が必要―民主・仙谷氏』と、時事通信からは「統帥権干犯」の文字が消えていることに注目してもらいたい。
 では、その「統帥権干犯問題」とはどのような問題であろうか。一応日本近現代史の復習をしてみよう。大日本帝国憲法下において、そもそも主権は天皇陛下にあり、国会は天皇の諮問機関とされていた。そしてあくまでも諮問機関であるために、帝国陸海軍は独立した団体として主権者である天皇陛下が直接の統帥権を持っていた。まずこれが大前提である。その上で、ロンドン、そしてワシントンの軍縮会議において加藤友三郎大臣(日本海海戦時の連合艦隊参謀長)が、英米日の戦艦保有比率を5:5:3と決めてきたことに対して、軍部が天皇陛下の統帥権をそもそもの諮問機関としての枠を超えて干犯したのではないかということを主張したのである。これにより、軍部と国会の対立が深まり、5・15事件によって犬養毅首相が暗殺され軍部政治が行われるようになるのである。そして、当時は国会の上に、枢密院という最上級諮問機関や御前会議があり、その中において国会以上の諮問が行われていたという状態付記しておく。
 さて、現在の日本国憲法下では、主権者はそもそも国民である。その国民の代表として国会が存在し、国権の最高機関として位置づけられている。要するに、まず国会のおかれた立場が、統帥権干犯問題とまったく違う。要するに主権者、そして国会以上の諮問機関である枢密院アドがあったという前提と、国会そのものが最高機関であるという前提ではまったく異なるのである。このことは、国会において仙谷氏の言うように、しっかりとした審議もなく内閣が勝手に行う独裁体制を許していても、それを止める手段がないということを意味している。戦前は、どんなに軍部が独走しても、天皇陛下が裁可を下せば、戦争の終結もできたのであるが、今の民主党の売国暴走を止めるのは、国会しかないという意味で前提がまったく異なるのである。
 第二に、そもそも対象となった軍部と国会という組織の関係性がまったく異なる。主権者が完全に違うのであるから、軍部と国会とは対等の関係にあった。天皇陛下の下において対等の関係にある二つの組織の一つが、もうひとつの組織の内容を決めたということである。要するに、現在で言えば、参議院が衆議院のシステムなどを勝手に決めたとなれば、統帥権干犯問題と同じといえるかもしれないが、与野党間の同じ国会内部の話、それも国会の活動として認められた内容を『統帥権干犯問題』などと、他人の大権を課したかのごときたとえを使うこと自体がどうかしているといえる。
 第三に、その『大権』である。戦前、大日本帝国憲法下における天皇は唯一の主権者であった。同時にその大権は平民臣下が犯すべからざる大権である。その大権に対して天皇陛下の裁可の有無ということは、非常に重要である。一方で、現在の内閣は、そもそも三権分立が規定されており、国会は内閣に対して不信任決議もしくは問責決議によって行政の暴走を行わないようにすることがあらかじめ予定されえいるのである。要するに、内閣および行政権に対しては、戦前の天皇陛下の大権のような絶対権限はないのである。その予定された内容に対して、予定された権限の範囲内で、国権の最高期間である国会が行政機関である内閣に対して問責決議そのものを出すことは、まったく持って批判されることではない。逆に言えば、内閣そのものが問責決議を出されないように、襟を正して政務にまい進すればよいことであり、また適切な人事において閣僚を指名すればよいことではないか。
 要するに最後のポイントは、統帥権干犯問題の場合は、まさに天皇陛下もまた軍部も何の落ち度もない。そもそも明治以来の富国強兵および、日清戦争から日露戦争の間の臥薪嘗胆の心意気で、日本の地位を向上させようとする国家の方針の問題である。その方針が国会と軍部とで違っただけであり、どちらかが過失があったものではない。何度かブログで書いたと思うが、加藤友三郎全権大使およびその流れを汲む海軍知米派三羽烏といわれた、米内光政・山本五十六・井上茂美は、外交と軍事のバランスによる安全保障を考えていたのに対し、陸軍および海軍の拡大派は郡の絶対的な強さによる安定を目指していた。日本はこの手の論争を行って国内が混乱することが多く、征韓論による西南戦争なども同じ様な状態であると考えられる。その軍拡の権利を天皇陛下の統帥権と絡めたという話になるのではないか。一方で、現代の問責決議は、そもそも国家の路線の問題ではない。すでに行ったことの責任を追求しているのである。要するに、昨年の尖閣問題であれば、尖閣諸島に不法に侵入し、その上海上保安庁の船に体当たりした中国漁船の船長に対して、その情報を公開しなかったことと、その船長を法的根拠もなく解放したことが最大の問題である。また、今年の問責決議に関しては、消費者担当大臣が取り締まる対象の企業と癒着をしているという現実および、一川大臣に関しては、防衛に関する失言および閣僚就任後の勉強不足そして、部下(沖縄防衛局長)の管理不行き届きである。統帥権干犯問題はこれからのことに対して、問責決議はすでにしてしまった行為への問責であり、また、その問題に関しては国家の場で弁明の機会が与えられているのにかかわらず、その弁明ができない状態にあったということになるのである。
 さて、これだけの歴史の違いそして現状おかれた環境および条件の違いがありながら、マスコミは批判をしない。特に時事通信にいたっては、報道しても参議院のあり方などという書き方しかできず、歴史認識がまったく足りない状態にある。その内容は、仙谷由人と同じ程度またはそれ以下の歴史認識しかないということが上げられると同じに、内閣に天皇陛下の統帥権のような大権があるような民主党幹部の認識に対して何の意見も言わないということ自体がおかしいといわざるを得ない。このような考え方そのものが大きな問題であるし、また民主党が国家国民および憲法の規定にある三権分立を無視して独裁しようとしていることの証拠であり、それを報道しないマスコミは、それを後押ししているに過ぎない。ジャーナリストが権力に対する監視機関などといいながら、そのジャーナリズムそのものが勉強不足であり、歴史認識に完全に不足している状態であり、なおかつ、独裁を助長するような報道しかできないのであれば、それは大きな問題であるといえる。要するにマスコミそのものが民主党の仙谷氏の発する内容における「大本営発表」のような状態担ってしまっているという評価を下さざるを得ないのではないか。
 このようなマスコミに非難が集中するのは当然のことであるといえる。もちろん、言われない批判に対しては慎むべきであるが、マスコミそのもののあり方、そして、マスコミの歴史認識の浅い状態は、より一層大きな声で批判し、糾弾されるべきではないのか。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(39) 大連の開業日決定とそのいきさつ

本日はコンピューターの不調により配信が遅れましたことをお詫び申し上げます。

***************************** みなさんこんにちは 宇田川です  ご感想・情報もお待ちしております。  連絡先は、このページの最後に記載してあります。  よろしくお願いします。  それでは、メールマガジンをお楽しみください。 ***************************** 宇田川敬介東アジア放蕩覚書(39) 大連の開業日決定とそのいきさつ  さて、開店準備が整った。  もちろんここに書いていない内容も山のようにやらなければならないことがあった。  しかし、それらに関して、全て書いてもあまり面白くないであろう。  マイカルのコンピューターシステムを持って言った。  当然にレジシステムを持ってゆかなければならない。  当時、日本では当然と言えるPOSシステムであったが、中国では珍しいものであったらしい。  そもそも「バーコードで値段がわかる」ということが中国人にはわからないのである。  そのシステムを全てわからせるのに非常に苦労したのが覚えている。  このように書くと、日本のシステムを簡単に中国に持ってゆくこと自体がおかしいということを言う人もいる。  しかし、マイカルの場合は当時でもに世代前のPOSレジを持って行ったのである。  それでも「線がたくさん書いてあるバーコード」でなぜ値段や商品情報をわかるのかは全く彼らにとってなぞであった。  いかに中国の小売業が遅れていたかがわかる。 このような状態でも中国人は「知らない」とは基本的には言わない。  そもそも自分たちが教えてくれるということが許せない。  今の日本と中国の外交もそのようになってしまっているのではないか。  中国人はそのようなメンツとプライドだけで動いているのである。  その内容は基本的に「中身がまったくない」のである。  そのことは、このPOSレジの一件を見ても明らかである。  知りもしないのに、「知っている」と平気でうそをつき、他人に頭を下げることはしない。  それで、結果的にできないと他人に責任転嫁する。  そして「自分たちが分かるように説明しなかった」などとわけのわからないことを言う。  これがまさに中国人の姿なのである。  日本人は、このような中国人の性質をしっかりとわかりながらやらなければならない。  逆に言えば、事業を進めるためには、「中国人に分かる程度」の知識しか与えないこと。  また「中国人に責任を持たせて、ダメならば平気で解雇する」ということが重要である。  責任を持った仕事のできない人を徴用してしまえば、その組織は滅びる。偉そうに言ったり、メンツとプライドが高くても、実行力のない人がいれば話にならない。  そのような組織が中国人の組織の中にはあるということがしっかりと認識しなければならない。

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売春合法化で台湾の経済は発展する、のか

売春合法化で台湾の経済は発展する、のか

 土曜日のネタはどうしても性風俗系列になってしまう。もちろん、私がそういうものを好きだというのもあると思う。しかし、実際には、政治と性風俗はなんとなく密接につながっているような気がする。政治というのはどうしても建前の世界である。品行方正な聖人君主などは、そうはたくさんいないものである。また、そのような聖人君主ばかりが、日本の場合700名以上もいたら、はっきり言って永田町などは窮屈でしょうがないし、また、政治も人間味がまったくなくなってしまうのではないか。政治家の魅力は、もちろん顔が良いとか政策が良いとか、カリスマ性があるとか、いろいろとあると思うが、やはり最も重要なのは人間としての「人間味」があることである。その人間味が建前の世界の中からところどころに垣間見られるとき、その政治家の魅力は増すのではないだろうか。
 では、最も人間味が出るのはどういうときであろうか。単純に言って、人間が動物に戻るときともいえる。人間問うのは複雑な生き物であり、半分は理性の中で生きているものである。しかし、残りの半分では動物の部分を残して生きているといえる。理性的なものばかりであれば、当然にコンピューター化何かで機械化されたところでも居心地は良いはずだ。人間味があるから解釈にも幅ができるし、お目こぼしなどの内容も出てくることになる。そのような判断ができない人を「杓子定規」といって陰口をきいたり「ハラがない」などと批判する人もすくなくないのである。では、その機械化された杓子定規の反対に位置しているものは何か。単純に言って「情」であり「動物」の部分ではないのか。そしてそのバランスがうまく取れている人、そのバランスで建前、理性の部分しか表で見せないでいられ、それだけの理性の強さを持っている人が「聖人君主」賭して政治家としていられるのではないか。公然のところで「政界失楽園」などといわれてみたり、あるいは選挙中に女を作って選挙運動をしなかったり、ウグイス嬢にセクハラしたりというのは、まさにその辺の理性がかけている人、要するに、「公でものを考えられない人」「公人としての資格を放棄した人」とも言えるのかもしれない。
 さて、前置きがかなり長くなったが、そのような状態で動物の部分がクローズアップされてくると、当然に、そのような場所を提供する商売が出てくる。また、そのような「動物の部分を共有した人」が「絆の強い仲間」ということになる。まさにアウトローの世界で言う「杯を交わす」とか「義兄弟」という話ではないのか。
 日本では、そのような場所は、昭和33年3月31日に売春防止法が翌日施行されるため、全て無くなった。国会新聞社は売春防止法のキャンペーンを最も早く行った新聞であるので、その方針は間違えていないものと思う。現在は国連の人権委員会で、これら売春を「人身売買」として、日本ではいまだにその風俗が抜けていないと評価されている。アジアにおいて「義兄弟」のような考え方がある限り、そのようなところはまったく亡くならないと思うのであるが、女性団体というのは、なぜか女性の保護という非常に「男性蔑視」的な考え方を行うものであり、それが世界共通であるという感覚が少なくない。
 アジア全体において売春の防止というのが多く言われるようになった。これは性風俗の西洋化と強い人権意識、そしてその人権意識の中にあるアメリカ的個人主義の価値観の蔓延がその原因であるといえる。良くも悪くも、アメリカの東アジアにおける影響はそれだけ大きなものであるといえるのではないか。逆にアメリカの影響のないところは、いまだに違う論理をしている。イスラム教では一夫多妻制をいまだに行っているし、中国は売春防止法があるものの、その理由は女性の権利の維持ではなく人口増加防止、要するに一人っ子政策の延長ということになるのである。よって売春防止法がありながら一方で人権の弾圧を行うということ(チベットやウイグルなど)が公然と行われているのである。
 さて、このような中で、10年間禁止していた売春の防止を取りやめる国が出てきた。台湾である。その記事をここに紹介しよう。


台湾「売春合法化」で識者「日本人観光客は間違いなく増加」

 1980年代に日本人男性が海外買春ツアーを組んで押し寄せていた台湾が、約10年ぶりの「売春合法化」に舵を切った。
 11月4日、台湾の立法院(国会に相当)は売春について規定している社会秩序保護法の改正案を可決し、即日施行。これにより、自治体が希望すれば「売春特区」(正式名称は「性工作専区」)を設けることができるようになった。いわゆる赤線地帯の復活である。
 もともと台湾では、日本統治下の公娼制度を受け継ぎ、戦後も台北の「華西街」などの巨大赤線地帯が繁栄、全土で数千人の公娼が働いていた。ところが、元人権派弁護士の陳水扁(のちの台湾総統)が1994年に台北市長に就任し、台北市の浄化運動を展開。
 2001年に台北市の赤線地帯が消滅し、全国にも波及した。現在、内政部(内務省)の許可を受けた売春宿は台湾全土で11軒、計49人の公娼がいるだけだった。
 台湾研究フォーラム会長の永山英樹氏が解説する。
「台湾では性産業の存在に肯定的な声が多く、娼婦に対する理解もある。今回の法改正は馬英九政権の票集めパフォーマンスともとれますが、いずれにせよ台湾を訪れる日本人観光客は間違いなく増えるでしょう」

※週刊ポスト2011年12月23日号
2011年12月12日(月)16時0分配信 NEWSポストセブン
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/postseven-20111212-75115/1.htm


 以前に石川県の山中温泉のソープランド誘致か廃止かもめているという記事を紹介したことがある。要するに、地域として「性風俗産業」という産業認めているかどうかである。
 さて、性風俗に従事している人には三つのタイプがある。ひとつは、経営者としての存在である。これは他人を使って儲けているのであるから、他の経営者と違う。ある意味で人材派遣業(関係者から怒られるかもしれないが)などと近いのかもしれない。後は従業員である。この中には、他の仕事に従事したいが仕事がないという人と、この性風俗に従事することがすきという人がいる。そんなことはないというかもしれないが、実際に日本におけるAV嬢のアンケートでそのような結果が出ているのである。他に仕事がないので、仕方なく風俗を行っている人のほうが少ないというのもなかなか興味深い。どうもわれわれの世代と感覚はかなり違うようである。
 片方でわいせつなどといわれながら、片方では需要があるというのも事実であろう。そして需要があれば供給があり、その中において産業が発展する仕組みである。それは他の産業も性風俗も同じだ。特に、その世界といえども、単に風俗をしていればよいというのとは違う。その行為の前には話しもしなければならないし、どんな人から話題を振られても、その話題についてゆかなければならない。それだけの知識と教養がなければ、業界のNo1にはなれないのである。これは、江戸時代の吉原など花柳界の「花魁」と同じである。顔容姿ではなく、振る舞いやマナー、教養といったところがなければ、「花魁」にはなれなかった花柳界は、それなりにすごかったであろう。また、客のほうもそれなりの人でなければ、相手にされなかったというのもわかるような気がする。
 なんでも禁止するのではなく、許容した上で制限をつけるという方策がなければならない。台湾は、性風俗に関してその方向に大きく舵を切った。もちろん、批判もあると思う。特に、来年の1月の総統選挙、現在の馬総統の対抗馬は蔡英文女史である。女性の候補に対して、非常に大きな政略的なにおいの感じる政策ではある。とても、現在の民主党政権、特に今の女性閣僚ではまねできないであろう。
 しかし、その中において、「公娼」制度の復活や、許可制などしっかりした政策があれば、かえって、非合法で行うものよりもはるかに良いはずである。そして暴力団などの食い物にされることもなく、そして、産業として発展し、税収も増えるのであれば言うことはない。特に、ここであるように「日本人」という外国人が退去して金を落としてくれるのであれば、台湾としても経済発展のひとつの大きなきっかけになる。もちろん、日本人としては、あまり面白くはないが、良く考えたモノであると思う。
 今悪いとされているものの中には、ここに書いてあるような歴史や、そして東洋的な価値観と西洋的な個人主義、人権主義との境目で埋もれてしまった内容もたくさんある。そしてそれを全て非合法とすることによって、アウトローの人々の資金源になってしまっているところもたくさんある。行政などたくさん改革しなければならない部分はあるが、同時に、このようなところでもメスを入れないとならない部分は少なくないのではないか。

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経済政策なしに雇用を義務化する共産主義的企業環境創出

経済政策なしに雇用を義務化する共産主義的企業環境創出

 小宮山洋子厚生労働大臣に関しては、その思想の左傾化が非常に大きく話題になっている。しかし、それ以上に「何が偉いのかまったくわからない」リーダーシップの欠如状態が話題になっている。民主党の議員にありがちな話であるが、大臣もしくは副大臣や政務官という肩書きがつくと、自分がえらくなってしまったような錯覚をする人が多いようだ。偉くてもかまわないのであるが、偉くなった分しっかりと日本国に貢献すればよい。自分の信念を貫いたり、わがまま勝手に振舞って許されると思っているようではまったくの間違いである。
 そもそも大臣といえば、「内閣」の一員である。内閣の一員というのは、すなわち、行政府を統括し、その責任を負う場所である。行政府の構成は公務員である。要するに、ない買うを構成する大臣は「全体の奉仕者」と国家公務員法によって規定されている官僚たちのトップであり、官僚と対立するものでもなければ官僚に取り込まれるものでもない。官僚を使い、そして政策を実現するのであるが、国民に対しては、全体の奉仕者として謙虚であり、国民の意見を組み入れた行政を行わなければならないはずである。
 このように考えれば、民主党の大臣の何が間違えているかがすぐわかる。要するに、彼らには「全体の奉仕者」としての謙虚さや、国民が主権でありその国民の意見を聞くという真摯な姿勢がまったく欠如しているのである。それだけでなく、大臣ではなく「お大臣」のように、わがまま勝手に振る舞い、周囲の省庁との調整や、日本国全体を統括したバランスの取れた政策を行うのではなく、勝手な自分の信念や勝手な思い込みによる政策を打ち出し、国会や国民に対する開かれた議論を行うことなく、それを推し進めようとする。そして、その進行や結果の報告もなく、いつの間にか沙汰止みになってしまう。これでは政治そのものの信頼性が完全に薄れてしまうではないか。
 小宮山大臣に関しては、就任早々のタバコ税増税騒ぎで、その印象がすっかりと国民に定着したといって過言ではないであろう。そのほかにも社会保険一元化など、言われてはいたが、国民的コンセンサスのない話をする人である。もちろん小宮山厚生労働大臣だけではない。安住財務大臣による消費税値上げ国際公約や、あまり言われていないが、細野環境大臣のCOP17の国債調整もない日本の勝手な意見(日本国内ではほとんど議論されていない)などは、国際的にも非難の的である。彼ら(民主党という意味で)には、もともと、「全体の奉仕者の代表」としての心構えや資質に大きな問題があるのではないか。その部分では、すべての閣僚が問責決議に値するとも考えられる。
 さて、その小宮山大臣がまたやってくれた。
 65歳までの希望者を全て雇用するように企業に対して義務を課すというのである。まずその内容を新聞記事で見てみたい。

65歳まで再雇用義務付け…厚労省方針

 厚生年金の支給開始年齢の引き上げに伴い、加入者が無収入となる期間をなくすため、厚生労働省は企業に対し、希望者全員を65歳まで再雇用するよう義務付ける方針を固めた。
 また、契約社員などについては、勤続年数が一定期間となった場合、現在は原則3年を上限に区切られている契約期間を無期限に転換させる制度の導入も目指す。労働政策審議会で提案し、同省は来年の通常国会での法改正を目指すが、経営者側は強く反発している。
 厚生年金の定額部分は2001年から支給開始年齢が引き上げられており、13年4月には報酬比例部分については60歳から61歳になるほか、その後、段階的に65歳まで引き上げられる。多くの企業は定年を60歳としているため、13年度には60歳以降も希望者全員が働けるようにしないと、年金も収入もない人が出る可能性がある。

最終更新:12月14日(水)14時16分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111214-00000491-yom-soci

再雇用、経団連は慎重=連合は義務化要求

 年金支給開始年齢の引き上げに合わせて、65歳まで希望者全員の再雇用を企業に義務付ける問題をめぐり、経団連の米倉弘昌会長は14日午前、「一律の雇用義務化ではなく、会社側と話しながら働く場をつくるのがいい」と述べ、法制化に慎重な考えを示した。「健康は高齢になればなるほど個人差が出てくる」との認識を踏まえたものだ。
 一方、連合の古賀伸明会長は「希望すれば誰もが65歳まで働ける環境整備を一貫して求めていく」と強調。「『希望すれば誰もが』というわれわれの主張を、経団連は全て是認しているわけではない」と対抗姿勢を鮮明にした。  .

時事通信 12月14日(水)11時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111214-00000045-jij-pol

 民主党の閣僚は、完全に奉仕者としての立場をわかっていない。そのことは「雇用義務化」という言葉でわかる。法律で義務を課せば第三者が従うと思っている。しかし、実際はどうであろうか。要するに企業の自主性や経済の原資そのものがまったくわかっていない。
 景気がよくなれば、すなわち、事業拡大を行う。そのときに法人税やインフラなどの面で優遇されれば、当然に海外の企業も日本に工場や企業をおくことになるであろう。事業拡大や海外企業の日本進出があれば、自由競争も行われるかもしれないが、全体の仕事も増える。海外から人が繰るのではなく、そのような場合には日本で当然に雇用が発生することになる。雇用者が増加し、収入が増加すれば、当然にその収入を使う場所が増えて内需が拡大する。これが経済の循環である。
 しかし、経済の拡大がなく、タダ単に企業に対する義務を増やせば、企業そのものは「日本にいなければならない義務」はないのであるから、当然に海外に出てしまう。海外に出てしまえば、当然に、企業の規模やGDPも縮小しそして雇用も少なくなる。雇用が少なくなるということはお金を使う人が少なくなるということであるから、当然に内需も縮小する。まさに負ののスパイラルがおきる。この負のスパイラルの中において増税など企業負担を増やせば、企業はますます日本に存在できなくなるし、同時に、日本そのもののステータスも堕ちてしまう。
 このように負のスパイラルを加速させれば、経済の縮小だけでなく、若者の新規雇用も少なくなるということになる。新規雇用の減少は、まさに、若者の日本の大学離れを引き起こし教育の荒廃を招くことになる。優秀な研究者(理系文系にかかわらず)は日本を離れてしまい、また、若年層とその保護者の若い夫婦の日本離れを引き起こす。同時に研究者が少なくなるということは日本の技術力が低下し、そのために、日本そのものの荒廃が進んでしまうのである。
 要するに、雇用の義務化というのは、そもそも雇用そのものが企業にとっては人件費ということで「経費」になっており、負担であるということ、そして、その人件費そのものの内容は、まさに、仕事がなければ必要ない経費でしかないということがまったくわかっていない。そしてそのようにして発生した経済の縮小は、税収の悪化を招き、国家財政の危機を招く結果になるのである。
 上記に、民主党の大臣は「独りよがりで勝手な政策を全体の調整もなく行う」と書いた。このような雇用の問題を行うのに、雇用そのものを行う企業に対する経済政策や支援策がなぜ行われないのか。増税を語りながら、片方で、雇用を義務化するということは、まさに、企業にとっては二重の経費増ということになるのであるから、企業そのものの存亡がかかってくる問題になる。中小企業はバタバタと倒産してゆき、倒産による失業者が増えることになるのであろう。そのようなことをするのであれば全て民主党という政党で雇用をしたら良いのではないか。経済や財政との調整がまったく行われていないこのような政策は、実現できるはずがない。仕事がないのに雇用される側も困ったものだ。毎日座敷蝋に入れられるようになってしまうことになる。また、長期雇用によって人材が多くなれば、当然に新規の雇用がなくなり、学生にとっては深刻な問題のはずである。しかし、インターネットを含めて、この政策に対する反対や批判が出てこないのは、学生もこの政策の本当の意味、要するに現状の労働者だけを保護し、新規の学生や将来の日本を考えるという発想がまったくない政策、ということをまったくわかっていないのではないか。
 民主党に関して将来の国家像や国家観がないと書き続けてきた。今回のこの政策そのものは、結局経費増で倒産する企業を国有化し、自分たちに味方するところだけを従業員を込みで保護するという全体主義政策につながるのではないかと懸念している。義務を課すという法律は、最終的にそのようになってしまう可能性を秘めている。そしてその世になれば、夫婦別姓などを含め中国と同じになってしまうのではないか。
 あまり大きく報道されていないこの政策に関する内容は、実は日本の将来を大きく分ける問題ではないのかと思う。

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野田支持率急落とその影響

野田支持率急落とその影響

 野田内閣の支持率が急落し、さまざまな波紋を呼んでいる。
 支持率急落の原因は「TPP」「消費税税増税」「年金」「景気対策」「復興無策」「原子力無策」「弱腰外交」「閣僚の相次ぐ失言や虚偽答弁疑惑」「一川・山岡問責」など、ぱっと思いつくだけでもこれだけの内容が出てくる。それだけでなく、小沢一郎議員の刑事裁判などもありまた、マニフェストからかけ離れた官僚支配政治といわれるような批判も存在する。いずれにせよ、野田内閣の支持率の下落は、鳩山・菅という民主党政権になってからの首相のときよりもはるかに速いペースで進んでいるのである。
 特に鳩山内閣のときと違い、党内において異論が噴出し、民主党内がまとまっていないイメージが強い。マスコミに出れば民主党議員および閣僚は、相変わらず「ジミンガー」といっているが、政権交代して2年たっているのにいまだに自民党のときのことをいい、その改革もできないということは、何年たっても改革はおろか、自分たちの政治を行うことはできないといっているに等しく、話になるものではない。そのような「ジミンガー」といっているのは、それだけ自分たちに政治を行うことができないということでもあり、同時に自民党がそれだけ大きな力を発揮していたということの証左でもある。彼ら自身は適当な言い訳を誰かに責任転嫁しているように感じているかもしれないが、そのようなことを言う政治家がいること自体「主体性がない民主党」として、完全に社会から取り残されることになるのである。
 そのような「無責任」「責任転嫁」「義務感の欠如」は特に、被災地において顕著である。これから冬に向かって被災地では寒冷地対策がまったくできていないことは明らかである。一度行った仮設住宅などに、あえて再度寒冷地仕様の工事を施す二重投資を行うのはさすがにどうかしている。
 また、それだけではなく、そもそも「復興」「復旧」「雇用」などといっていた言葉は、単に耳障りの良い標語でしかなく、具体性のまったくない、要するに実行力のまったくない民主党政権という者を完全に演出してしまったということができるのではないだろうか。

支持率急落 そして小沢氏が気にするのは…

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査では、野田佳彦首相の増税路線と「問責閣僚」死守の姿勢に厳しい評価が下された。「正心誠意」をモットーとする首相に対する失望が顕著になるとともに、自民党を含む既成政党離れも加速。それと反比例するように新勢力の橋下徹・次期大阪市長への期待が高まる。永田町が混迷を深める中、早期の衆院解散・総選挙や政界再編を望む声がにわかに強まっている。(斉藤太郎)
 「首相は進軍ラッパらしきものは吹いているが、国民との契約違反だ」
 民主党の小沢一郎元代表は11日の記者会見で、首相の消費税増税路線をあからさまに批判した。
 自らの復権をにらむ政局的な思惑があるにせよ、2年前の政権交代の立役者がこう言うのだから、世論の55・3%が「消費税増税=公約違反」とするのも無理もない。増税自体には56・8%の理解があるのに、関連法成立前の衆院解散を求める声が計65・3%に上るのも、この「約束破り」に世論が敏感に反応しているからにほかならない。
    ■  ■
 それでも首相は、消費税増税を柱とした社会保障と税の一体改革の素案を年内に取りまとめる方針を崩さない。藤村修官房長官は記者会見で「8月の党代表選挙で、首相は他の候補者と違って一体改革を強調した。不退転の決意だ」と増税反対派を牽制(けんせい)した。
 だが、今回の調査で消費税率引き上げを「適切」とした回答を支持政党別に分析すると、民主党(69・4%)と自民党(61・9%)が突出して多い。次期衆院選は「民主と自民が増税容認の票を食い合って大負けし、みんなの党と共産党、国政進出した場合の『大阪維新の会』の増税反対勢力が大勝する」(政務三役)との見方がもっぱらだ。
   ■  ■
 民主党と自民党の政党支持率は、野田政権発足直後の9月に22・4%と22・7%だったが、今回は18・0%と19・7%に漸減した。
 二大政党が低迷する中、大阪維新の会代表、橋下氏の人気は高まる。共産党と社民党を除くすべての政党支持者の間では「橋下氏の国政進出に期待」との回答が半数を超える。
 閉塞(へいそく)状態の打破を模索し、自民党の森喜朗元首相は12日の同党議員の会合で「民主党が左の思想の議員を切れば、大きな再編ができる」と言及。民主党の前原誠司政調会長は講演で「解散・総選挙を求める野党が真摯な議論に応じなければ、最終的には首相が判断する。日本の政治は大きく変わる可能性がある」と解散風を吹かせた。
 忍び寄る解散の足音におびえ、離党に活路を見いだそうとする民主党議員もいるという。しかし、小沢氏は12日に面会した若手議員を「早まったことはするな」と制すると、中堅議員との夜会合では大阪維新の会の動向に目を光らせ、こうつぶやいた。
 「あの動きというのは、非常に注目していく必要があるな…」

2011.12.12 23:56 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111212/stt11121223570013-n2.htm

厳しさ増す政権運営=世論の支持・不支持が逆転

 報道各社が毎月行っている世論調査で、野田内閣の不支持率が支持率を上回り始めた。首相周辺は「最初が高過ぎただけ」と平静を装うが、下落傾向を止めるすべは見当たらない。「危険水域」とされる2割台に近づく調査結果も出ており、野田佳彦首相の政権運営は厳しさを増している。
 野田内閣は9月の発足当初こそ65%(読売)、53%(朝日)と、半数以上の支持を得ていた。しかし、その後は下落が続き、11月の時事通信調査で支持(35.5%)と不支持(36.0%)が初めて逆転。臨時国会が閉幕した9日以降に調査したNHK、朝日、読売などでも不支持が上回った。特に朝日では支持率が31%と、2割台が目前に迫っている。
 支持率低迷は、復興増税で新たな国民負担を求める一方、国会議員自ら身を切る定数削減や国家公務員給与削減は先送りしたことが響いたとみられる。野党は「首相のリーダーシップに期待できないのが一番の理由。あらゆる問題について明確に意見を述べず、スローガンしか語らない」(自民党の石破茂前政調会長)と、早期の衆院解散に追い込もうと勢いづいている。

2011年12月13日19時43分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6115166/

 義務感の欠如と責任転嫁体質は、まさに政策にも現れている。増税というのはまさにその際たるものだ。増税以外にどのような方法があり、その上で、歳費の削減や国会議員定数削減などとセットで、さまざまなことを行い、支出を最小限にした後に、それでも足りあい分の財源を増税というならばわかる。またその増税も、直接税の増税が良いのか、間接税の増税が良いのか、あるいは何か他の手段があるのかそれらの検証もしっかりと発表する必要があるのではないか。
 国民はそれらの情報を与えた上で「自分で判断」し主権を行使する。しかし、その情報があいまいであれば判断を誤り、まさに現在のような状況になってしまうのである。その部分の反省の反動がまさに支持率の急落といえよう。
 単純に言えば「民主党の言うことは信用できない」ということでしかない。野田さんは人柄がよさそうという支持理由を上げた人は、野田さんの何を知っているのか?という話と同じ、結局増税を不退転の決意でやり、それ以外の情報公開を行わない独りよがりの約束破りが民主党であるということになる。それでよいのか。
 いつまでも「ジミンガー」といって国民をだませるものではない。国民はすでに民主党にだまされたということを知ってる。では、そのようなときに何をしなければならないか。政治家の政治家としての決断が迫られている。野田首相よりも小沢元代表が咲きに動き、追い込まれる結果になるのではないか。今回の記事はそのことを示唆するのに十分なものである。
 今後も、小沢グループの動きに注目をしたいと思う。

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中国の漁船の凶暴性と隣国の海上警備

中国の漁船の凶暴性と隣国の海上警備

 韓国と中国の間で大きな問題があった。韓国側の領海内に侵入した中国の漁船を拿捕した韓国警察選の海洋警察員が、抵抗した中国の漁船の船長や船員に刺殺されるという事件である。この事件をめぐり韓国は重大な決断を迫られている。
 韓国の決断を考える前に、まず日本の尖閣諸島問題に関して考えてみよう。日本の尖閣諸島問題でも、ネット上の噂(ネット上の噂という単語は、最近では根拠のない話という意味でつかわれることが多い)では、海上保安庁の保安院が中国人船長に殺されたとか、海に落とされたなどの話が大きく流れた。実際にはそのような事件はなかったのであるが、現場海域はそのような危険な現場であることは、その後一色正春氏など海上保安庁に詳しい人々の講演などで言われている。
 では、中国はなぜこのように領海侵犯を行うのであろうか。単純にいくつかの理由がある。一つ目の理由は、完全なる過失である。要するに、どこまでが領海であるのか、両に必死でわからなくなるというものである。とくに魚群を追っていれば、魚群探知機しか見ないことも多いし、すこしくらい境界線を越えても、魚群をとらえた方が収入になる。そのことを考えれば、当然に領海侵犯を行っても良いと思っている。しかし、果たしてそれだけであろうか。それだけであるならば、逃げる行為はしても相手を殺すほどの抵抗はしないはずだ。過失であるならば、当然に自分が悪いことをしたという認識があるはずだ。
 抵抗をし相手を殺すということは、ある意味で、日本や韓国に対する対策を事前に計画的に持っているということである。これは、過失ではなく故意に領海侵犯をしているということになる。ではなぜ協会があるのにそれを「故意に」侵犯するのであろうか。
 ここには二つの理由がある。一つは中国人に共産主義の感覚が強くあり、そのために私有財産制をまったく信じていない人がいるということがあげられる。要するに、自分の家や、場合によっては自分の身体や命さえも共有財産の中に投じられる社会環境の中で育った彼らが、他人【他国】の財産などを認めるはずがない。まさに、「他人の物も、他国の物も、いずれも中国共産党の物」と考えている可能性がある。とくに教育に対して純粋な生粋の漁民であれば、そのようなことを信じてしまう人は少なくないであろう。
 そのような思い込みが他確信犯もまだかわいいものだ。しかし、それよりももっと怖いのは、中国の領土を広げるために、既得権的に領海を広げようとしている人々だ。そのような中国人の意図も見え隠れする。日本の尖閣諸島問題も、そのようにして実効支配をしようとしているということが考えられる。
 この韓国の海洋警察員の殺害事件は、実は全く対岸の火事ではない。実際は日本人に起きる可能性がたかい、身近な事件なのである。それでは韓国政府はどのように対処するのか。その前に関連の記事を読んでいただきたい。

過激化する中国漁船=集団で武装、手を焼く韓国

 【ソウル時事】黄海の韓国排他的経済水域(EEZ)で12日、同国海洋警察の係官が違法操業中の中国漁船員にガラス片で切り付けられ、1人が死亡、1人が負傷した。韓国EEZではこれまでも中国漁船員が、取り締まり中の係官を襲う事件が頻発。最近は中国漁船の組織化、武装化が進んでおり、韓国側は手を焼いている。
 黄海の韓国EEZはワタリガニやイシモチの良好な漁場で、これまでも中国漁船の違法操業が多かった。2001年に漁業協定が結ばれ、今年は1700隻に限り操業が許可されている。
 しかし、周辺海域で活動する中国漁船は1万隻を超えるとみられる。中国側海域での漁獲量が減っていることから違法操業が後を絶たないもようだ。
 ここ数年、中国漁船が船団を組み、組織的に違法操業する例が目立つ。船員は鉄パイプやつるはし、おのなどで武装し、取り締まりに当たる韓国係官を迎え撃つ。韓国側の負傷者はこの5年間で30人以上に上る。
 昨年12月には中国漁船が海洋警察の警備艇に体当たりし、中国側の2人が死亡・不明となったほか、韓国側の4人が負傷する事件が発生。これを機に両国は、違法操業などをした悪質な漁船は3年間入漁資格を取り消すことで合意した。
 しかし、その後も違法操業や暴力行為は続いている。最近は、海洋警察のボートが近づけないよう互いにロープでつなぎ集団航行したり、金網と鉄製の「やり」で武装したりする漁船も現れた。海洋警察庁当局者は「国際問題になるため、銃の使用などの強力な取り締まりは難しい。違法操業がなくなるよう中国政府に徹底してもらうほか解決策はない」と語った。 

時事通信 12月12日(月)23時50分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111212-00000121-jij-int


海洋警察官殺傷事件、中国漁船取締り強化 韓国大統領指示 船長らに逮捕状請求

 【ソウル=加藤達也】黄海の韓国領海内で違法操業の取締りにあたっていた韓国海洋警察官2人が中国漁船乗組員に殺傷された事件で、海洋警察当局は13日、2人を殺傷した船長ら9人について殺人容疑などで逮捕状を請求した。一方、韓国政府は同日、違法操業取締りを強め、人員や装備面などで海洋警察力を強化する方針を決めた。
 青瓦台(韓国大統領府)報道官によると、李明博大統領はこの日の閣議で「関係官庁が協議のうえ根本対策を講じるべきだ」とし、外交的なものは外交的に、海洋警察の問題は海洋警察で実質的に対策を講じるよう指示。外交問題と刑事責任を整理し、事態に臨む姿勢を強調した。
 また、外交通商省報道官は会見で、中国政府に対し(1)漁業従事者に対する啓蒙(けいもう)(2)自国の違法漁獲活動に対する取締り強化-の2点を求めたことを明らかにした。ただ報道官は、中国政府に謝罪を要求するなど強硬な外交姿勢は取らず、再発防止に向け今後とも中国側と協議していく姿勢を示した。
 一方、海洋警察当局は同日、海洋警察官2人を殺傷した凶器が刃物だったことを明らかにした。

産経新聞 12月13日(火)19時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111213-00000577-san-int

 韓国は貿易の最大の相手国が中国である。逆に言えば、中国との関係が悪化すれば韓国の経済はあまりよくならない状態になる。しかし、経済を優先して、領土をなくしてしまえば、一時的な経済関係はよくなっても、一方で長期的な国益を失うことになる。国益を失ってまで、または国家としてのアイデンティティを失ってまで経済優先にする理由がどこにあるのだろうか。
 しかし、逆にそのことは、敢えて軍にまたは武力に訴える必要はない。国家としてきぜんとした態度を執りながら、その内容をしっかりと相手に呑ませるということが必要になる。
 「中国政府に対し(1)漁業従事者に対する啓蒙(けいもう)(2)自国の違法漁獲活動に対する取締り強化-の2点を求めたことを明らかにした。ただ報道官は、中国政府に謝罪を要求するなど強硬な外交姿勢は取らず、再発防止に向け今後とも中国側と協議していく姿勢を示した。」(上記記事より抜粋)は、かなり重要な部分であり、尖閣諸島問題の時の日本政府、特に仙谷由人官房長官には全くできなかった政策であろう。このことは、単純に日韓関係における竹島の処理や、国宝級の文書の問題などで民主党政権の軟弱朝貢外交と韓国の強気でありながらむやみに武力に訴えない外交の差がはっきりしたのではないか。それでも、韓国国内では、軟弱な対応にデモが発生しソウル市内は混乱しているという。
 日本はこの問題に対して韓国と共同歩調を執って尖閣諸島問題を一気に国際世論で封じ込める必要があるのではないか。民主党内閣はなぜそれを行おうとしないのか、まったく理解が不能である。中国という国家の性質をしっかりとわかって、竹島問題で対立している韓国とでも共通の敵に対して手を組む姿勢があってよいのでないか。そのような、毅然とした多王ができない日本政府と、武力に訴えないまでも謝罪を要求する韓国政府との外交力の差が歴然としたのかもしれない。

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問責決議の山岡大臣は拉致問題でも問責をすべきではないのか

問責決議の山岡大臣は拉致問題でも問責をすべきではないのか

 12月9日の問責決議が出た山岡賢次消費者担当大臣は、実は国家公安委員長とそして拉致担当問題担当大臣も兼務しているのである。このことは、普通に知られている事実だ。しかし、この拉致担当問題に関して、非常に大きな問題がいくつも発生しているのだ。
 山岡大臣が就任した時に、松原仁国土交通副大臣を拉致担当大臣として兼務させた。しかし、この兼務に関して天皇陛下の認証をしていないということが明らかになったのである。参議院の拉致特別委員会で「松原国土交通副大臣」と委員長が呼んだことによって、それが明らかになった。本来、副大臣は当然に大臣に準じる内容であり、当然に政務三役は内閣といしての職務を行うために、天皇陛下からの認証を受けることになる。そもそも、なぜ天皇陛下の認証が必要なのかといえば、彼らは本来「立法府の代議員でしかない」からであり、それが議院内閣制によって、特に議員の中で指名されること、そしてその首相から指定されることによって「内閣」を構成することになる。これは一人の人が立法府の代議員と内閣の大臣もしくは政務三役を兼務することになるのであるから、そのために、特に天皇陛下の任命認証を必要とするとし、三権分立のうちの二つの権能を持ち合わせることを特別に許可しているのである。そうでないならば、大臣などの政務三役は自らの行った行政の採決権を放棄しなければならないであろう。先日の12月9日の問責決議に関し、彼ら閣僚も投票権が認められているのは、二つの権能の兼務を憲法によ手認められ、なおかつその個人がその兼務に適応するという任命を天皇陛下によって特に認められた存在でなければならない。
 しかし、松原副大臣の場合は、国土交通副大臣としての認証は受けているものの、拉致担当副大臣としての認証は受けていないということである。本来は拉致担当の担当部署である総務省の副大臣を兼務しなければならないのであるが、すでに総務省の副大臣は定員になっているのであるからそれは不可能だ。11月の初旬になって、松原副大臣が拉致担当を「辞任」するということが起きた。私があえてここに鍵かっこをつけたのは、そもそも「辞任」という行為自体がおかしいからである。認証されていないということは正式に任命されていない、つまり就任していないのである。だから辞任などができるはずがないのである。どちらかといえば、役に立っていた、または的確な対応をしていたとしても身分を超えた越権行為をしていたことになるのであるから、謝罪を行うべきではないのか。
 このようなことが発生するのは、まさに山岡賢次大臣は拉致にあまり興味ながないということに他ならないからではないのか。
 9月に発足した野田内閣は、発足後すぐに拉致の会合があった。その会合では、横田めぐみさんはじめ失踪者に対する調査を行うという北朝鮮が全くそれを行っていないということに対して、経済制裁を政府に求めるというものである。しかし、そのことを目的とした会合の冒頭にあいさつした山岡大臣は、拉致の失踪した年と自らの初当選の年が同じであるというまったく関係のない話をして、会場を失望させ、そのうえ拉致に関する問題の提起やあるいはそこにいる支援者の黒などに対するねぎらいの言葉もなく、最後には「政府として経済制裁を行うつもりは全くない」と会合そのものの目的を否定する発言を行ったのである。
 12月9日の問責決議は、あくまでもネットワークビジネスと消費者担当大臣ということであった。しかし、本来はこれら拉致担当問題に関しても山岡大臣の不適任であることの態度は続く。

首相「職務遂行に全力を」2閣僚続投させる考え

 野田首相は9日夕、臨時国会閉会を受け記者会見し、一川防衛相と山岡消費者相への問責決議が可決されたことについて、「大変残念だが厳粛に受け止めなければならない」とした上で、「懸案事項は山積している。襟を正し、職務遂行に全力をあげてほしい」と述べ、改めて続投させる考えを示した。
 一方、臨時国会で国家公務員給与削減法案や郵政改革法案、労働者派遣法改正案が継続審議になったことについて、「じくじたる思いだ。次期通常国会で出来るだけ早期に成立を期したい」と述べた。
最終更新:12月9日(金)17時38分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111209-00000880-yom-pol


山岡拉致担当相そそくさと退出 政府主催シンポ、会場からため息

 政府主催の拉致問題シンポジウムが11日、東京都内で開かれ、約500人が参加した。講演や中学生による合唱などがあったが、遅々として問題を進展させない政府に対し、拉致被害者の家族からは「なぜ助けられないのか。口で言うだけでなく実行に移してほしい」といらだつ声も上がった。
 冒頭、山岡賢次拉致問題担当相は「国の責任において拉致問題の解決に取り組み、全力を尽くしているところ。いまだに問題を解決できないことに大変申し訳なく思っている」とあいさつ。自身への問責決議が参院で可決されたことには触れず、あいさつが終わるとすぐに退出したため、会場からはため息が漏れた。
 続いて、家族会代表の飯塚繁雄さん(73)は「今年もまたシンポジウムを開かざるを得ない状況になった。つまり、解決の糸口が見えない状況が続いている。絶対にこの問題をあきらめない。解決まで頑張って参る」と決意を新たにした。
 シンポジウムでは、脱北者の康仁徳・聖学院大学客員教授と、米民間調査機関「北朝鮮人権委員会」のチャック・ダウンズ前事務局長が講演。康氏は「北との交渉は戦いです。中心には拉致問題があるという原則を忘れてはだめだ」。ダウンズ氏は米国の男子学生も北により拉致された疑いを指摘した上で、「各国の情報機関が協力し、国際連携を」と訴えた。
 最後に拉致被害者の家族16人が登壇。横田めぐみさんの母、早紀江さん(75)は「すぐ近くの国にいるのに取り返すことができない。こんな残酷なことはどこの国にもあってはならない。一刻も早くめぐみと話ができる時間を与えていただきたい」と話した。

2011年12月11日16時31分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6108716/

 拉致被害者、またはそのご家族は、非常に大きな苦労をしていると思う。そのことはここで私が軽々しく語れるものではない。私が弾に出演しているら辞を時事対談の後に、毎週土曜日の早朝2時40分くらいから「めぐみへの手紙」というコーナーがある。これは横田早紀江さんが北朝鮮に拉致された我が娘横田めぐみさんに対する思い出話とそして今のめぐみさんへの思いを語るという番組だ。これを収録するたびに早紀江さんは、「つらい」といって放送の中止をいうのだという。
 山岡大臣にこの思いは分からないであろう。自分の息子を世襲禁止の民主党の公約の中で立候補させ、自分さへ良ければ他人はどうでもよいという態度は、あまりにもおかしなものである。既にネットワーク業界からも見放されている山岡大臣に関して、誰も彼を信用していないのではないかと考える。そんななかで拉致担当大臣という外国、アメリカも中国もロシアも韓国も巻き込まなければならない大きな問題の解決ができようはずがない。視力を尽くしてもできない内容なのに、本人がここにあるようにやる気がないのであれば、野田首相の言う「適材適所」は一体何なのかまったくわからない。
 これらに対してもしっかりと問責決議を行うべきである。野党各党は何をしているのか。拉致被害者やその家族の声が聞こえないのか。そしてそれを支援するアメリカや各国の声が聞こえないのか。拉致担当大臣をこのような人物にさせていること自体、野党も含めて事件解決から背を向けている同罪ではないのか。

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マスコミ批判に関する一考(74) マスコミ批判もこれではかわいそう

マスコミ批判に関する一考(74) マスコミ批判もこれではかわいそう

 先日(というか先週ですが)の土曜日は、土曜日なのにしっかりとした鳩山由紀夫元首相の記事を書いてしまった。このために、なんとなく土日に疲れが残ってしまった。疲れというのは、何度かここで書いているのであるが、頭の中にモヤの塊のようなものが残ってしまう状況を言う。いつもはこれを国会の中で払拭するのであるが、残念ながら今日からはモヤを払拭するための国会が閉会してしまう。国会の閉会が私にもっとも影響を及ぼすのは、単純に、「頭のモヤが払拭できないこと」と「国会内のすし屋が閉まってしまうこと」の二つである。これは残念ながら私のような何をしているかわからないが国会にいることがひとつの居場所のような人にとっては地獄の日々だ。何よりも、モヤがかかった頭で毎日何かねたを探さなければならないのだ。これを拷問といわずして何というのか。
 ということで国会の閉会を記念して、今日は特別にマスコミを擁護してみよう。
 といってもマスコミが偏向報道をしていないとか、韓流はすばらしいなんて書く気はない。韓流の好き嫌いは趣味の問題であるから、私がどうこう言う問題ではない。好きな人はスキで良いし、嫌いな人はキライでよいのではないか。ただ、そんなに人気がないのに「今、流行っている」というテレビの「韓流押し」は違和感しか感じない。偏向報道に関しては、より一層それを感じる。
 特に、政治関係の偏向報道は、実際の永田町にいる人間にとっては、皆さん以上に偏向報道を感じる部分もあるし、一方で事実であるのに、世の中の人が「そんなのありえない」などといって大騒ぎしている事案もある。知っている人と、妄想の世界で戦っている人の問題は、まさに正常な判断力をなくしてしまうきっかけになるのだ。
 しかし、だからといってこんなところまでマスコミの責任にされては少しかわいそうではないか。
 世の中には「カルト男子」というのがいるらしい。よく読んでみると、この傾向がある人もいるのであるが、まさに、これがマスコミの責任というインターネットの記事があったので、これはこれで面白いので、軽い漢字で書いてみようと思う。

マスコミ不信で急増中?「カルト男子」5つの特徴

 マスコミや政府に対して不信感を募らせ、ネット上でトンデモ論を吹聴する『カルト男子』が急増しているようです。恋や仕事に大忙しのアラサー女子にとって『カルト男子』と絡むのは百害あって一利無し?そんな『カルト男子』の特徴と、撃退法をご紹介いたしましょう。
『カルト男子』は妄言ばかり?
「マスゴミは逝ってよし」
「悪いのは全て中国」
「何もかもフリーメイソンの陰謀」
……もう聞き飽きましたよ、その手の話題。
 情報飽和と言っても過言ではない昨今、正直、何を信じていいのかはわからない世の中ではあります。しかし、よりによって“カルト”を信じなくても良いじゃないですか。
 たしかに、最近のマスコミは過剰報道と感じるかもしれません。しかし、どのメディアも一長一短があるもの。それを理解した上で情報を取捨選択するのが大人のマナーなのではないでしょうか。それなのに『カルト男子』ときたら、小さな情報をもとに妄言ばかり。そんな彼らの特徴とは?

『カルト男子』5つの特徴
『カルト男子』は下記の特徴で簡単に見分けることが出来ます。身近にいないかどうか、チェックしてみて下さい。
●その1:すべてを陰謀論に結びつける
 不景気も地震も戦争も紳介も、『カルト男子』にかかると中国やフリーメイソンの陰謀に早変わり。いかにも真実らしく語っていますが、ネットで都合の良い情報だけを収集して持論にこじつけているだけです。
 中国もフリーメイソンも、そこまで暇じゃないと思いますよ。
●その2:なにかと予言したがる
 『カルト男子』は三度の飯より終末的な予言が大好き。UFO出現、地震の発生を予言し、親切にも避難の催促までしてくれます。
 彼らは社会にうまく対応できないストレスから、それを破壊してくれる何かを求めているだけです。
●その3:ネットではずいぶんと気が大きい
 ネット上には『カルト男子』仲間がたくさんいるため強気になります。時にはトンデモ論同士で激しく議論をします。しかし、実際に合うとまともな会話ひとつできない“ネット弁慶”ばかり。トンデモ論が通用するのはネット上だけだからです。
●その4:女性に対して聡明ぶる
 『カルト男子』は「みんなが知らない真実を俺は知っている」という優越感を根拠に、知的ぶって女子にモテようとします。しかし、彼らに甘い口説き文句など囁けるはずもなく、頼みのトンデモ論も「はっ?」のひと言で強制終了。実際にモテることはありません。
●その5:偉そうなことを言うが、ニートである
 いつだって上から目線、なにもかもを達観したような態度の『カルト男子』ですが、実際はニート。ありあまる時間と社会に対するコンプレックスが、彼らの“カルト狂い”に拍車をかけるのです。

『カルト男子』を撃退するには
 以上のように、『カルト男子』は社会に順応できないため、おとぎ話に依存傾向があるのです。そんな『カルト男子』の撃退法をご紹介いたしましょう。
【カルト男子を撃退する三ヶ条】
●一、リア充トークで撃退
 『カルト男子』は基本引きこもりのため、リア充トークに対応できません。「新しくできた渋谷の○○がさ」「結婚観とかどう考えてる?」「そろそろ将来設計たてなきゃいけない年齢よね~」などを話題にして黙らせましょう。
●二、信仰上の理由で撃退
 リア充トークが効かない時はこれ。「あ、お祈りの時間だわ、東はどっち?」「わたし、いいお札持ってるのよ」「それは信仰が足りないせいね」などと、 “かたくなに何かを崇拝している女”を演出してください。目には目を、歯には歯を、そしてカルトにはカルトを、です。
●三、ギャル語で撃退
 カルト攻撃も効かない場合は最終手段の“ギャル語”を行使。「中国って超ウケるんですけど~!」「陰謀論とりま、あげぽよ!」「メイソンまじフリーだし」などと対応し、「この女には理屈は通用しない」と戦意喪失させるのです。
『カルト男子』にご用心を
『カルト男子』のトンデモ論は一見、人々に有益な情報を提供しているように見えることもあります。しかし、その実態はただいたずらに不安を煽り、無駄に注目を集め、何とか自尊心を満たしたいと思っているだけなことが多いのです。筆者には予知能力なんてありませんが、『カルト男子』に将来性がないことくらいは予想できます。現実と折り合いをつけられない人が、まともに働けるわけではないのですから。女性の皆さま、『カルト男子』にご用心ください。
Written by つん子 Photo by vramak

2011年12月03日18時00分 提供:Gow!Magazine(ガウ!マガジン)
http://news.livedoor.com/article/detail/6086479/

 いやはや、「カルト男子」とは良く名づけたものだ。この記事を読んですぐに思い当たる人がいるところがまた面白いものだ。あの人とかあの人とか。TPPを全て陰謀としてみたり、どっかの国が崩壊するとかしないとか予言してみたり、ネットでは偉そうでも、実際は逃げ回ってみたり、そういえば昔そんなことで出演を依頼された後取り消されたことがあったかな。あるいは、原稿を頼んでもまた出てこなくて、出てくれば誰かの真似ばかりのジャーナリストもいたな、とか。
 まあ、そのような思い当たる人に関しては、何か別なところでやるとして、そういう内容は、何もマスコミという「魔物」によって作られたのではない。もちろん、ここで言う「カルト男子」のカリスマといわれる人の多くはマスコミ批判をしている。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(38) 中国での開店準備(7) 中国のホテルはどんなところなのか

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(38)
中国での開店準備(7) 中国のホテルはどんなところなのか

 開店準備は、何も店ばかりではない。ホテルも開店準備を行った。しかし、そのホテルでの開店準備も日本とまったく異なる部分が少なくないのである。今回は中国のホテルがどうなっているのかを少し見てみたいと思う。
 まず、中国語におけるホテルは「酒店」もしくは「飯店」と訳される。昔は中国のおける旅そのものがそんなに一般的でなかったことを示しているようだ。逆に、現在人からすれば、単なるレストランなのか、あるいはホテルなのか、文字だけでは判断できない。あまり効率的でない状態になってしまっている。
 ホテルそのものは、日本でいうラブホテル用のなものはない。よってすべてが普通のホテルということが建前である。しかし、そうでもないものも少なくない。しかし、日本のラブホテルのようにムードを盛り上げるようなものはないのである。同時に、時間が氏のようなシステムもない。通常のシティホテルのデイサービスは認められている。
 さて、中国は共産主義であり、全体主義である。要するに私有財産制は認められていない。このことは、単純に、ホテルの中にも言えることである。私有財産制が認められていないということは、単純に、プライバシーも認められていないということである。全体の治安のためには、個人のプライバシーは関係ないというのが建前だ。これが社会主義であり全体主義の特徴である。当然に中国のホテルには、プライバシーを護るような設備はない。
 この全体主義の建前から、ホテル営業では次のような法律がある。
 「ホテル客室内の治安を護るために、ホテル事業者は客室内を把握する装置を設置しなければならない」

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恥も外聞もない宇宙人がドジョウを批判して大爆笑

恥も外聞もない宇宙人がドジョウを批判して大爆笑

 土曜日なので、軽い話題をしたい。軽い話題というとどうしても、個人的な趣味によって男女関係や女性の話になってしまう。今回も、この記事にするかもうひとつ候補の記事が合った。R-25の記事で「最近女性のブラジャーのAカップがすくなくEカップが多くなった」という記事である。実際に興味津々。男性からすれば女性の身体は永遠の憧れであり永遠のなぞである。それだけでなく、女性の身体に限らず、常に隠れている部分を「垣間見る」という行為は人間は大好きなのである。ちなみに、今年の冬に公開される(らしい)源氏物語のなかに光源氏が紫上を「垣間見る」場面があるが、やはり非常に楽しそうではないか。男性というのは、本当に変態な生き物である。ちなみに、女性に関しては身体だけではなく、ものの考え方なども全て違う。そのために、女性を意識した商品厚生や選挙戦術、イメージ戦略などもさまざま存在するのである。
 さて、ところが、今週はそのようなことよりももっと興味深い「イキモノ」を発見した。何を隠そう鳩山由紀夫氏である。
 鳩山由紀夫氏といえば、菅直人首相の前の首相であり、民主党政権の最初の首相である。政権交代後すぐに70%を越える支持率があったものの、小沢一郎氏の疑惑、本人の秘書の政治資金問題いわゆる「高額子供手当て」、そして「故人献金」事件と、周囲にさまざまな金銭スキャンダルが上がり、また政策に関してもガソリン税はなくならない、高速道路は無償化しない(一部のみ実験的無償化)、麻生内閣の行った補正予算は勝手に執行停止する。強行採決、関係者逮捕ともに戦後ワースト記録を樹立した実に歴史に残る首相だ。
 その上、日米関係を完全におかしくした張本人であり、選挙中に「普天間基地の移転は国外へ、少なくとも県外」といいながら、就任翌年の五月に「辺野古キャンプシュワブ周辺」に移転を決定する。それに反対していた社民党福島瑞穂代表を閣僚から罷免し、社民党との連立を解消した。なおちなみに、もうひとつの連立内閣である国民新党と約束した郵政民営見直し法案はいまだに法案すら国会に上程されていない。
 これらを評してアメリカの新聞では「ルーピー」というあだ名がだされ、また、鳩山本首相の細君は金星に行ったことがあるとか宇宙人と更新できる「特殊能力」をお持ちだそうで、日本では「宇宙人」といわれる。
 要するに地球人的な恥の文化が彼の中には存在しない、独自の価値観をお持ちの様子である。これほど面白い人が、マスコミ的に注目されないはずがない。政治の場面でなければ、明石屋さんまやビートたけし、ダウンタウンなどよりもっと人気者の芸人になれたはずだ。桂米朝師匠のような人間国宝に収まらず、何しろ宇宙人なのだから「世界遺産」に認定されるほど面白い存在である。鳩山由紀夫氏の問題は、それほど面白い「宇宙人」が日本国の政治化になってしまったことである。

「お前が言うな」「万死に値する」 鳩山元首相「辺野古以外」発言に大反発

 鳩山元首相に「オバマ大統領からの手紙」が届いたそうだが…。
 民主党の鳩山由紀夫元首相の「辺野古以外」発言に対し、「お前が言うな」とばかりにインターネット上などで大合唱が起きている。
 首相時代の鳩山氏の「沖縄県外移設」発言で大きく迷走した米軍普天間飛行場移設問題に関して、鳩山氏はここに来てまたもや「辺野古以外」を主張したのだ。
「この言動だけは許せない」
 鳩山発言に対しては、ネットの一般利用者のみならず、テレビ・コメンテーター、政界、元外交官らからも強い反発が起きている。辺野古移設の是非はともかく、「鳩山元首相には語る資格なし」ということのようだ。
 鳩山元首相は2011年12月5日に東京都内で行った講演で、「辺野古以外の所があるかどうか。私はないとは思っていない」「官邸で主導して探す努力を続けるべきだ」と述べた。
 鳩山発言に対し、「政治家として万死に値する」と語気を強めたのは、翌6日朝放送の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」(TBS系)に出演した杉尾秀哉・TBS解説委員室長だ。
 「(鳩山氏が首相のとき)沖縄の人をどれだけ傷付けたか、どこまで理解しているんでしょうか」と首をひねった。
 陸上自衛隊出身の佐藤正久参院議員(自民)は、6日のツイッターで、「鳩山氏がそれを言うか!と沖縄の方は怒ると思う」と指摘、議員自身も「朝から怒りが」と腹を立てている。
 これまでは鳩山氏について「憎めないところがある」と思っていたという元外務官僚の天木直人氏も「この言動だけは許せない」と憤っている。駐レバノン大使も務めた天木氏は、6日のブログで「どうしようもない政治家」と断じた。
 仮に鳩山氏が首相当時、「退陣はするが『県外、国外移転』の自身の考えは貫く」と訴えて辞めていれば、辺野古移転の見直し検討はその後も続いた可能性があった。しかし、鳩山氏は「『日米合意を守る』と言って辞めたのだ」。何を今さら、というわけだ。
 藤村官房長官も困惑気味
 ネットの2ちゃんねるやツイッターをみると、「どの面下げて言ってんだろな」「日本中の『お前が言うな』が聞こえる」「『お前が言うな大賞』決定」などと、怒ったりあきれたりしているコメントが相次いでいる。
 鳩山氏は、2009年の「政権交代衆院選」の直前、自民党を皮肉るように「首相まできわめた人がその後、影響力を行使することが政治の混乱を招いている」と批判し、自分はそうはならないと訴えた。
 そして10年6月の首相退陣の際にも「総理たるもの、その影響力をその後行使しては、行使し過ぎてはいけない」「従って私は次の総選挙には出馬は致しません」とテレビカメラの前で力強く語った。
 しかし、その後軌道修正を続け、同年12月には「(次期選挙での)政界引退」を撤回し、批判を浴びた。
 今回の鳩山発言に関する質問を受け、藤村修官房長官は12月6日の参院外交防衛委員会で、「どういうことか真意を聞きたい」と答弁した。「さまざまに模索し、既に探し尽くした」との見解も示し、困惑ぶりを露わにした。
 まさに鳩山氏のかつての発言通り、首相経験者の発言が「政治の混乱を招いている」典型例のようだ。
 もっとも、辺野古への移設について、「米国側も実は、辺野古は困難とみてグアム移転への変更を模索している」などの指摘が出ているのも事実だ。民主党の川内博史衆院議員は6日のツイッターで、同様の指摘を行い、鳩山発言を擁護している。
 しかし、「辺野古以外」の模索については、「鳩山氏抜き」で議論した方が実りがありそうな情勢だ。

2011年12月06日18時29分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6094920/

 宇宙人の感覚には、一度自分の口から発言することを撤回し、正反対のことを行うことを恥ずかしいと思う感覚はないらしい。
 加藤紘一氏の秘書が政治資金で問題になったとき「秘書が逮捕されたなら、私ならばバッチをはずします(国会議員を辞めます)」と発言していた。しかし、鳩山由紀夫自身の秘書が逮捕されても、国会議員はおろか首相の職も辞める気配はなく、臆面もなくそのまま続けた。
 首相を辞任したら誠意に介入せずに国会議員を辞めるべきだ、という発言もしている。しかし、自身首相辞任後、次回の衆議院選挙の不出馬を撤回し、次も議院を続けるそうだ。(もちろん、当選すればという条件付である)
 そして、今回の問題になっている普天間基地の辺野古移転も、自民党がそれ以前にアメリカとの間で決定していたものではあるが、それを鳩山由紀夫が白紙に戻し、その上で昨年2010年の五月下旬に、自身で社民党との連立を解消しながらも決めたものである。それを、「辺野古以外にすべき」と臆面もあく発言するのであるから、笑うしかない。
 民主党政権になったとき、要するに鳩山政権下で鳩山のシンクタンクといわれるものもたくさんできた。その中に属している人も少なくないのであるが、彼らは、これらの発言に対してどのように思っているのであろうか。そもそも統一の考え方ができない人のシンクタンクなどやっている人も「恥ずかしい」のかあるいは「恥を知らない」のか。そのような人がテレビなどに出ていると、バラエティというものの本質、ようするに、「専門家を嗤う」という本質がわかるのではないか。
 そんなところはとにかく、この発言に関して鳩山由紀夫氏に対する反発は強まっている永田町でも、鳩山にあきれてしまった小沢鋭仁氏は、馬淵澄夫氏と組んで勉強会を起こすなど、民主党議員の「鳩山離れ」が大きくなってきている。鳩山が持ってくる金よりも、その不名誉な発言の仲間と思われるほうが「損が大きい」ということだ(この辺まで呼んでいただかないと、今日のブログの趣旨はわからないのであるが)。そして、これが来年以降の政界再編のひとつの遠因になるのではないか。
 このような人が日本の首相であったということ、そして、政権交代選挙で、こんな人に政権を執らせた日本国民も恥ずかしいが、それ以上に、その反省を踏まえて、次の政界再編が日本の安定政権の元にならなければならないのではないか。

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野田内閣全方位土下座外交の核、中国朝貢外交で日本の地位が壊される

野田内閣全方位土下座外交の核、中国朝貢外交で日本の地位が壊される

 外交日程の延期を行う場合はいくつかのパターンがある。
 一つ目のパターンは、お互いが納得できる内容の自称が発生し、そのために外交日程がずれるパターンである。納得できる事象とは公的なもの、不可抗力的なもの、そして個人的なものの三種類が存在する。近年の例でいくつか例を挙げれば、天皇陛下がご病気でブータン国王との晩餐会を欠席された。これはブータン国王も納得している事象であるが、病気という「個人」(かぎ括弧にしたのは天皇陛下に個人という言葉での表現が適当かどうかと悩んだため)の事象で天皇陛下のご予定が偏向された。このほかに、東日本震災において国際会議が偏向されたり延期されたパターンは不可抗力的なもの、また、衆議院の解散や内戦の勃発などは、不可抗力でもなければ個人的でもない、一応公的なものといえるであろう。
 もうひとつのパターンは、より大きな力によるものである。「力」というと非常に違和感を感じるが、実際はその外交を包含する会議があればそれでよいのである。同じ日程で予定していて国連やアセアンなどの会議に両国が参加する場合は、その会議の時間外に個別外交をするということで外交日程が組みなおされることになる。これは特にアセアンのときにあるのであるが、ASEAN+2などとプラスが突いたときに日中外交お行うなどのパターンがそれである。
 そして最後のパターンは片方の勝手な事象で外交日程がずれてゆくパターンである。これは、菅首相が尖閣諸島問題の後に温家宝首相に会談を申し込んで何回も断られ、廊下で立ち話をした話などがこれにあたる。このパターンの場合は、基本的には、両国間が対立している場合におこなわっるのである。何も民主党ばかりではない。靖国参拝後の小泉内閣もアジアアフリカ会議における謝罪会見からはじめたものがある。また、日本以外では、イギリスがイランとの間で外交官の引き上げなどを行うという形になる。このパターンの場合は、日本のように土下座をするか、イギリスのように戦争や国交断絶を覚悟で対応するかの二つになる。日本の場合は完全に土下座外交だ。しかし、このパターンの場合は、常に何か原因行為がある。小泉内閣の場合は靖国参拝であるし、韓内閣の場合は尖閣諸島問題である。毅然とした態度をとらなかったなどのことがあっても、実際に原因行為を見て、世界的な評価がどうなるかということは判断の対象になる。鳩山内閣におけるアメリカとの関係も普天間基地移転問題があるはずだ。イギリスとイランの関係は、そもそも宗教対立がある上に資源外交対立があり、その上で直接的な引き金でイランの学生によるイギリス大使館襲撃事件があった。
 しかし、そのような原因行為がまったくないのに土下座外交をしている首相がいる。あの、菅首相ですら、原因行為があったにもかかわらず(韓国の文書返還には何の原因行為もなかったが、日中関係においては尖閣問題があったということです)、何もないのに全方位土下座外交をしている、日本の世界的な地位と品位を下げる国恥内閣がいることをご存知であろうか。
 まさに野田内閣のことである。

<野田首相>訪中延期へ…中国側から打診 反日感情考慮か

 日中両政府は12、13両日で調整していた野田佳彦首相の就任後初の中国訪問を延期する方針を決めた。中国側が6日、日本政府側に「内政上の都合」(外務省幹部)による延期を打診し、日本側が受け入れた。両国政府は年内の訪中実現に向け、日程を再協議する。
 政府関係者によると、中国政府が6日午後、丹羽宇一郎駐中国大使を呼び、延期を要請した。中国側は代わりに年末の日程を提示したが、28日前後に首相のインド訪問が予定されているため、さらに調整している。
 延期要請の理由について日本政府内では「13日が旧日本軍の南京占領から74年にあたるので、インターネット上などで高まっている反日感情に中国側が配慮したため」との見方が出ている。また、中国共産党と政府の最高指導部が出席して、経済運営方針を話しあう年に1度の「中央経済工作会議」が同時期に開催される方向となっていることが影響した可能性もある。
 両国は毎年首脳の相互訪問を行っており今年は日本が訪れる番。【西田進一郎、横田愛】

毎日新聞 12月6日(火)23時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111206-00000106-mai-pol

野田首相訪中「年内で再調整中」 藤村官房長官

 藤村修官房長官は7日午前の記者会見で、今月12、13両日の予定から延期された野田佳彦首相の中国訪問について「再度、調整中だ。年内で両国は一致している」と述べ、年内の実現を目指して中国側と再調整していることを明らかにした。
 時期については、首相が27日から29日までの間で調整しているインド訪問より前になるとの見通しを示した。
 藤村氏は「首相の訪中は中国側も大変、重要視しており、よい雰囲気の中で成功させたい」と述べた。中国側が延期を求めてきた理由に関しては「内政上の事情を理由に再調整してもらいたいという要請があった」と述べるにとどめた。

2011.12.7 13:56 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111207/plc11120713580011-n1.htm

政府、中国に誓約文書…「脱北者保護せず」

 日本政府が今年初め、中国政府の求めに応じ、北朝鮮からの脱出住民(脱北者)の保護について「中国の国内法を尊重し、脱北者を公館外から公館に連れ込まない」と誓約する文書を提出していたことが7日、分かった。
 複数の日本政府関係者が明らかにした。北朝鮮に配慮する中国の圧力に譲歩し、中国での脱北者保護を事実上断念したものだ。
 政府関係者によると、同文書は、中国遼寧省瀋陽の日本総領事館で2008~09年にかけて保護された脱北者5人の日本移送をめぐる交渉で提出された。脱北者を「不法な越境者」とする中国側が出国を認めず、足止めが約2年~2年8か月と長期化。日本側は事態打開のため昨年末、「脱北者を保護すべきでない」とする中国側の主張に「留意する」と口頭で伝えた。
 中国外務省は軟化したが、公安当局が難色を示し、「これまでに脱北者が日本に渡ることを認めた中国側の対応を評価する。今後は公館外からは連れ込まない」との趣旨を文書化するよう迫られた。提出後、保護されていた5人は、5月までに日本への出国が認められた。

(2011年12月8日03時02分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111208-OYT1T00063.htm?from=top

 中国側の事情、それが南京大虐殺に関係している(そもそもその事件事態がでっち上げであるが)とするならば、なおさら、その日に日本が中国に行って日本の威勢を見せなければならない。外交とは、もっとも相手の国民に対して訴求力があるときに行うものであり、そのことで反対が増えても、しっかりとした考え方を世界に発信すればよいのである。自民党の三人の議員は、韓国政府の制止も、自民党の制止も全て無視し、韓国国民が問題視している中にいながらも鬱陵島視察を強行した。結果として空港で足止めされて戻ってきたが、それでも言ったという事実そして韓国国民の中に、そこまでして日本の国会議員を足止めしなければならないのかという意見が出たことは間違いがない。もっと言えば、そのことで韓国の異常性が世界に知られたことになる。
 しかし、野田内閣は、なぜか中国から言われるとなんとなく終わってしまう。相手がアメリカでも同じ、韓国にはお土産をつけて国宝クラスの文化財を渡してしまう。そしてその原因行為がまったくないのである。こんな異常な外交をしていることが許されるであろうか。
 先日ミャンマーの高官が日本に来ていた。その人と会っていたが「民主党の閣僚や政治かは、どれとあってもまったくダメだ。国家を意識しての話ができず、民主党という政党の国内の力関係と自分の選挙の話しかしない。これでは日本には期待が集まらなくなる。それで苦情を言えば金を持ってきて謝罪する。こんな外交でよく日本人は黙っていると思う。ミャンマーだったら政府関係者が殺されているだろう」といっていた。まさにそのものである。
 単に日中関係、日米関係、日韓関係だけの話ではない。その内容を諸外国が見て日本と中国、日本と韓国、日本とアメリカの力関係をしっかりと見ているのである。そのことを忘れ、まさに、ミャンマーの交換の言うとおりに、国内のまたは民主党内の狭い視野でしかモノを考えられないような外交ならばやらないほうがマシだ。
 民主党内閣の外交では、日本の品位が下げられてしまう。世界の目をもっと見るべきであるし、マスコミもそれらをしっかりと国民に伝えるべきではないのか。

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真珠湾攻撃から70年 この日に思うこと

真珠湾攻撃から70年 この日に思うこと

 今日は真珠湾攻撃から70年。今年は天皇誕生日の12月23日に「山本五十六」という映画が公開される。この映画に関しては、「天皇誕生日にこのような映画の公開をあわせる必要はない」などの話も良く聞かれるが、一方で、70年の平成23年に山本五十六の映画を行っておかなければならないという部分があることも事実であろう。本来はそのような映画は12月8日「開戦記念日」にやるべきであろう。奉天大会戦が陸軍記念日、そして日本海海戦が海軍記念日である。多分、大東亜戦争に勝利していれば「空軍記念日」もしくは「海軍航空隊記念日」となっていたのではないか。ちなみに、私の仲間の間では、「トラ・トラ記念日」といっている。日本がアメリカよりも優位に立った歴史的にも珍しい日である。それは一瞬であろうが何であろうが、当時の日本帝国海軍は、そして日本は、アメリカを凌駕する力を持っていたということは事実である。
 戦争を禁忌視する人がいる。私自身、戦争をすることは愚かであると思う。何かというと戦うとか、軍隊を向けるとか、自衛隊を派遣すると叫ぶ人がいるが、果たしてそうであったろうか。やはり戦争は人と人の殺し合いでしかない。一方で、その戦争が国と国、国益と国益という事を考えれば、戦争という方法も必要になる可能性があるのである。その時の論点は、今生きている人の命か、あるいは将来の国益かということで価値観そのものの差がある。しかし、一つ同じことが言えるのは、その時の判断をするのはその時代の人である。
 大東亜戦争は、それまで日中戦争をしていた日本が、それ以上の戦争の継続とそのための日本の資源の確保を巡って東南アジアの資源地帯の領有をめぐる戦いであった。しかし、その東南アジアの資源地帯を護る「防衛線の構築」のために、太平洋の広い部分を護らなければならず、そのためには物量と技術が必要であった。物量の劣る日本は徐々にアメリカに追い込まれてゆく。この戦争は、戦争が戦術という一極致の戦闘の戦いで決まるものではなく、国力の総合力の戦いになった。この戦争の差が日清・日露戦闘と大東亜戦争の最も大きな違いではないのか。片方で中国、インドでの戦いを行いながら、片方でアメリカとの航空戦を行うならば、日本はその双方と同じ国力を持っていなければならない。当然そんなに大きな敵を、多くの敵をどのように戦うのか。日独伊三国同盟のうち、日本が最後まで戦ったのである。その戦いは、国力が劣る日本が精神力で劣った国力をカバーし、そしてその高い技術力が様々な兵器を開発したということにある。
 しかし、そもそも戦争をしないでも大丈夫な湯おな交渉力も、一つの「国力」である。国会の追い込まれ解散のような、戦争以外の選択肢がない状態を作り出すのは、国力のうち「外交力」がなくなってしまっているということになるのではないか。
 さて、当時の日本に比べ、現在は日本は情報力、技術力もすべてスバラサ言い。GDPも昨年中国に抜かれたものの、成果第三位といえる。しかし、その国力の強さを実感することはない。これは、日本人が上記に私が書いた「精神力」を完全に失ってしまったこと、そして日本国民が日本国民としての精神的な統一を失ってしまったために、国力の実力がなくなったのである。
 その国民としての統一は、今回の東日本大震災の東北で、そしてその東北を支援する日本全体がそのような日本国民としての統一を見せたのである。世界中の称賛がマスコミを飾った。しかし、その中において日本国のその時の政府、要するに民主党政府だけが、その統一の流れを阻んでいる。復興の前に、増税をしたり第三の開国というキャッチフレーズで復興以外のことを行おうとしているのである。
 日本は統一と、その目的を持った時の精神力は素晴らしい。そのことは昭和史をしっかりと学べばわかる。世界最貧国というような状態であった日本が、日清、日露戦争に勝利し、そして世界の列強になった。米英に続く世界第三の海軍国になった日本は、すべてを敵に回して1300日以上戦った。その戦争に追い込んだのはアメリカであるなど、様々な陰謀説がある。しかし、私自身は戦争しか選択肢がなくなったそれ以前日本の国力や外交力ということも考えるべきではないのか。もちろん、アメリカが良いとか、アメリカは何もないというような話ではない。戦争は見方がいて相手がある話。双方に双方の事情がある。一方的な先制攻撃(昨年の延坪島砲撃のようなもの)でない限り、戦争は双方に原因がある。その原因を開戦時ではなく、それ以前の歴史を見ていくつものキロを間違えてしまう。その時の選択肢をどのように考えるか。これが歴史を作ってゆくのである。
 日本は、近年「一度やらせてみればよい」といって民主党に政権を取らせた。その二年後、現在のような状態である。この状態を「自民党が悪いから」「官僚が悪いから」などというのではなく、国民の選択が間違えたということは否めない事実だ。そして民主党に政権交代して政権を担当する能力がなかったことも、事実である。その内容を見てみれば、あのときの選択が「遠因」となっているというところは、今の政治でも、戦争でも、敗戦でも様々なところで見られるのではないか。
 そのようなところをしっかりと学ばなければならない。歴史は様々なことを教えてくれる。
 今日は、その昭和史の重要性を説いてくれる毎日新聞のオピニオンから記事を抽出し、それを読んでいただきたいと思う。なお、今日は、記事が長いので記事の下に私の意見は容れていないので、予めご了承ください。


ニュース争論:真珠湾攻撃70年 半藤一利氏/松尾文夫氏

 真珠湾攻撃(41年12月8日)から70年。先の大戦が遠い過去の出来事になりつつある中、パールハーバーの記憶は両国に今も複雑な影を落としている。少年時代に共に日米開戦を体験した作家の半藤一利さんと首脳の相互献花外交を訴えるジャーナリストの松尾文夫さんが、「真珠湾の日」を語り合う。【立会人・岸俊光編集委員、写真・武市公孝撮影】
 ◆米国を知らず誤解の開戦--作家・半藤一利氏
 ◆首脳献花で戦争にけじめ--ジャーナリスト・松尾文夫氏
 ◇快哉叫んだ大人たち
 立会人 日米開戦の時、半藤さんは11歳だったそうですね。
 半藤 東京の向島にあった国民学校の5年生でした。12月8日は月曜日で学校へ行かなきゃいけないので、7時ごろには起きていました。薄氷が張るぐらいの本当に寒い朝でしたね。午前7時にラジオの臨時ニュースが流れ、「帝国陸海軍は本8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」と。普段通りにラジオ体操も放送されましたが、臨時ニュースは何べんも繰り返されました。学校に行くと先生たちが興奮していましてね。1時間目に1年生から6年生まで校庭に集められ、校長の訓示がありました。「大変な時代になる。しっかり勉強せい」という、下町の悪がきには迷惑千万な話でしたが、学校中が緊張していたことを明瞭に覚えています。
 うちに帰ったら、父親が「これでこの国も駄目になった」と言ってましたよ。私が「始めたら勝たなきゃいけねえじゃないか」と反発したら「勝つと思うのか、バカ」なんて言われてね。
 松尾 すごいお父さんですね。何をされていたんですか。
 半藤 区会議員をやっていました。そういう変なおやじでしたので、他の子供よりは目覚めていましたけどね。
 日中戦争が泥沼化したあたりから、日本人には頭に重い物が載っているような感じがありました。アメリカとイギリスが後ろにいるから日中戦争がうまくいかないことは、子供でも知っていた。いつか討たなきゃいけないと、世間ではかなり言われていたと思います。それがいっぺんに晴れた感じが大人たちにはあったんじゃないでしょうか。「〔真珠湾〕の日」という本にも書きましたけど、当時のインテリがみんな快哉(かいさい)を叫んでいますからね。
 松尾 私は半藤さんより3歳下の2年生なんです。今の新宿区百人町に住んでいました。父は軍人で中国に出征していました。母がみるみる緊張したことが記憶にあります。学校では、先生が高揚して「南洋からゴムがいっぱい届くので道路がゴム敷きになる」と話されていたのを覚えています。
 半藤 結局戦争は石油が原因なんだけど、当時はあまり言わなかったね。
 松尾 私の場合は、4カ月後の42年4月18日にアメリカのドーリットル爆撃機が真珠湾攻撃の報復に東京を初空襲した時、国民学校の校庭で副操縦士の顔を目撃したことの方が強烈な出会いでした。2005年にアメリカまで彼を訪ねていったんです。94歳で今も元気。時々電話してきます。毎年4月18日に乗員の同窓会を開いています。隊員80人のうち5人が生き残っています。いまだに空軍の愛国行事です。
 ◇野球と映画とジャズ
 立会人 アメリカと戦争するのは特別だったんでしょうか。当時の言い方は「米英」ですか、「英米」ですか。
 半藤 米英ですね。後で調べた話ですが、1939(昭和14)年ぐらいまでは英米なんです。アメリカが日本との通商航海条約を破棄し、40年に失効した。それからなんですよ、アメリカが上に出てきたのは。日本はアメリカを意識しているから日中戦争も戦争にしない。あくまで事変なんです。アメリカは、中立法で戦争当事国には石油を送らないと言っていました。中国もアメリカに借金をしているから日本に宣戦布告しない。そもそもそれが国民にはよく分からない話でした。
 松尾 アメリカがでかい国だということを意識したのは、日米の子供が綱引きをしている絵を描いた5年生の時でした。その後、福井でB29の爆撃を生き延び、今もアメリカを追い続けています。当時、日本はアメリカをどの程度知っていましたかね。
 半藤 いやあ、知らなかったね。知っているのは野球と映画ぐらい。
 松尾 ジャズもあったと思いますが、基本的にはすれ違いでしたね。
 半藤 12月8日は新宿の昭和館で「スミス都へ行く」を上映していたんです。作家の野口冨士男がアメリカ民主主義を描いたこの映画を見に行った様子を書いています。山本五十六はアメリカを知っていた方ですが、向こうに3年もいたのに友人がいない。太平洋戦争は誤解の戦争です。アメリカ人も日本人はみんな近眼で飛行機の操縦なんかできないと思っていたんだから。
 ◇若者に昭和の歴史を
 立会人 戦後、日本人は真珠湾攻撃をどう受け止めてきたのでしょうか。
 半藤 若い人は12月8日に日米戦争が始まったことを多分よく知らないんじゃないですか。20年ほど前に、ある女子大で学生50人にアンケートをしたことがあります。第二次大戦で日本と戦争をしなかった国はアメリカ、ドイツ、オーストラリア、ソ連のうちどれかと尋ねた時、13人がアメリカと答えました。どっちが勝ったんですかと聞いた学生もいました。ひっくり返るほど驚いて、若い人たちに昭和の歴史を教えるのが大事だと思いました。
 松尾 そこが、あの戦争にけじめをつけていないという問題と絡んできます。300万人の犠牲を出した責任を日本は自ら裁いていない。5年ほど前に必修科目の世界史を履修していない高校が明るみに出ましたが、当時の駐日ドイツ大使は大変驚いていました。
 立会人 アメリカ人の捉え方は?
 松尾 第二次大戦後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラク戦争を戦い、今もアフガニスタン戦争の渦中にあります。アメリカ人にとって、戦争は身近な経験ですよ。戦後の日本とは対照的です。ですからアメリカをはじめ、あの戦争の当事国との和解の儀式が必要です。大統領の広島、首相のハワイ真珠湾アリゾナ記念館での相互献花はいまだに実現していません。中国の南京でも首相に献花をしてほしい。これは国際社会で生き残るためにも必要です。ドイツは完全に済ませています。
 半藤 今では太平洋戦争や昭和史を書く若い人が多くなってきましたが、私がのめり込んだ昭和30年代は、文芸春秋にも他には誰もいませんでした。一人で元提督や元将軍に会いにいったものだから、半藤という名前から「あいつは反動分子だ」と言われたりしてね(笑い)。墨塗り教科書もよく占領軍の指令だと間違われますが、日本が自主的にやったことでした。それぐらい歴史から離れようとしたんです。
 松尾 日本はそのしっぺ返しを今静かに受けていると思いますね。
 ■聞いて一言
 ◇子供の鋭い時代観察 体験者の提言を心に
 資料の公開を待って歴史の決定版を書くのもいいが、体験者にしか語れない時代の息吹がある。その大切さをお二人に教えられた。真珠湾攻撃がアメリカの日曜日とは知っていたが、日本では学校の始まる月曜日の朝だったことまで思い及ばなかった。子供から見た大人社会の鋭い観察だと思う。米スミソニアン航空宇宙博物館別館を訪れた時、展示されている広島原爆投下のB29エノラ・ゲイの説明板が犠牲者に何も触れていないことに驚いた覚えがある。日米の認識の違いはなお大きいだけに貴重な提言をかみしめたい。(岸)
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 ■人物略歴
 ◇はんどう・かずとし
 30年生まれ。東京大文学部卒。文芸春秋に入社し「文芸春秋」編集長、取締役を歴任。著書に「日本のいちばん長い日」「山本五十六」など。
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 ■人物略歴
 ◇まつお・ふみお
 33年生まれ。学習院大政経学部卒。共同通信に入り、ワシントン支局長などを務めた。著書に「オバマ大統領がヒロシマに献花する日」など。

毎日新聞 2011年12月5日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/opinion/souron/news/20111205ddm004070002000c.html

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ロシア下院議員の結果は旧体制「共産党」への回帰か?

ロシア下院議員の結果は旧体制「共産党」への回帰か?

 日本の政局不安が大きな問題になっている。しかし、政局が不安なのは、何も日本だけではないようである。
 4日に投開票が行われたロシアの下院議員選挙において、政権与党の「統一ロシア」が得票率を減らし、代わりに共産党が得票を伸ばした。前回64%であった統一ロシアが50%を割ってしまい、共産党が二桁に伸ばすという状態になったのである。これは何が起きたのであるか。
 ロシアの場合は、二つのことを考えなければならない。ひとつの観点は、旧ソ連と今のロシアとの関係である。もうひとつは、現在のプーチン政権の長期化ということである。
 旧ソ連はロシア帝国崩壊後共産党が連邦制にした。このソ連がゴルバチョフ書記長のときに改革を行った。情報の開示と資本主義化はペレストロイカといわれ、これによりソビエト連邦は崩壊し、ロシアやカザフスタンなどとなる。この旧ソ連の崩壊が、もたらした影響は大きい。何よりも、戦後発生した東西冷戦が終わった。社会主義と民主主義の対立が終わったかというとそうではない。しかし、東西冷戦といわれる枠組みは完全に終わったといえるのではないか。そのことは、世界全体のパワーバランスを完全に変えたといってよい。一つは、東西冷戦に伴い東西の軍拡競争はそれで終了した。私が常に主張しているのは、この東西冷戦の終結で、米ソの間に挟まれた位置にいる西側の橋頭堡である日本の矢植わりが大きく変わったということになったのではないか。もちろん、この役割などに関する内容はさまざまな見方がある。しかし、少なくともこのソ連からロシアになったこと、その後エリツィン政権、プーチン政権によって資本主義化と国会の原油などによる発展ができたといえるのではないか。しかし、旧東側諸国は、ある意味で独裁的な支配体制に国民が慣れてしまっている。そのために、資本主義化、資源による国富かが行われているにもかかわらず、片方で貧富の差が激しく富の偏重が日常化してしまっている。日常化だけではなく、偏重そのものが制度化されつつあるのである。これがプーチン首相の次期大統領就任ということに象徴されているのではないか。
 一方、プーチン政権の長期化は、資本主義化、ソ連の崩壊、東西冷戦の崩壊を経験してもあまり貧富の差が変わらないという感覚を生み出してしまっている。このことは、単純に、じょうきんる貧富の差の制度化を招くばかりではなく、資本主義の中における格差社会の特権階級化を招くことになる。資本家が政治権力を持てるという上体がその内容になるのであるが、これは共産主義から急激に資本主義化をした国家特有の問題で、そこにバブル経済や政治の腐敗が連続し、その事によって経済の破綻を招くことが出てくるのだ。
 ロシアそのものも、原油や天然ガスの発掘現場における独立戦争や民族戦争が起きている。中国のウイグルやチベットとまったく変わらない状態に経済的なガスや油田の問題が発生しているということが言えるのではないか。
 そのような制度不満がそのまま選挙に出てきたのではないかといえる。

下院選、与党が得票大幅減…長期政権に不満

 【モスクワ=寺口亮一】4日に投票が行われたロシア下院選(定数450、任期5年)は即日開票された。
 中央選管の中間集計(開票率93・2%)によると、プーチン首相(59)が党首を務める政権与党「統一ロシア」が前回2007年の下院選から10ポイント以上も得票率を減らし、長期政権への有権者の不満を示す結果となった。最大野党の共産党が政権批判票の受け皿となり、躍進した。
 「統一」は前回、憲法改正が可能な定数の3分の2を上回る315議席を獲得していた。今回は辛うじて過半数を維持する見通しだが、来年3月の大統領選への出馬を表明しているプーチン氏には打撃となる。
 中間集計によると、前回64・3%だった「統一」の得票率は49・7%にとどまっている。共産党が19・1%、左派系の公正ロシアが13・1%、極右の自由民主党が11・6%で続いている。公正ロシアと自民党は与党寄りとされる。改革派政党「ヤブロコ」など3党は議席が配分される5%に届かない見通し。投票率は前回の63・8%とほぼ同じ60%前後になる見込みだ。
 タス通信は、改選後の議席について「統一」237、共産党94、公正ロシア61、自民党58と予想している。

2011年12月5日(月)13時15分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/yomiuri-20111205-00309/1.htm


ロシア下院選 陰りうかがえるプーチン支配

 ロシアの実権を長年にわたり握り続けるプーチン首相に対し、不満が高まっていることを浮き彫りにした選挙結果だ。
 ロシア下院選で、プーチン氏の率いる与党「統一ロシア」が、議席を大きく減らした。
 定数450議席のうち、憲法改正に必要な3分の2の議席を占めていた「現状維持」の目標達成には及ばず、過半数を維持するにとどまった。
 所得格差拡大を批判し、富の公正な分配を求めた最大野党の共産党が、選挙前の57議席から、30以上も議席を増やした。政権に対する不満の受け皿となった形だ。
 来年の大統領選で当選が確実視されているプーチン氏も、その人気に陰りがうかがえる。
 今回の下院選は、選挙制度改革で比例選だけになってから2度目の選挙で、強固な全国組織を持つ与党にきわめて有利と見られていた。地方支部が少ない政治団体は政党として認められず、選挙に参加できないからだ。
 にもかかわらず、与党が不振だったことについて、プーチン氏は「今のロシアの現実を反映する」とコメントした。思わぬ誤算だったのかもしれないが、重く受け止めざるを得ないだろう。
 プーチン氏は、2000年から大統領職を2期8年間務め、08年に大統領職をメドベージェフ氏に委ねたのち、首相の座にとどまって実権を握ってきた。
 メドベージェフ大統領は、法治主義の確立と先端産業育成を旗印に掲げたが、十分な成果をあげないまま、来春、任期を終える。
 プーチン氏には、来年3月の大統領選で有力な対抗馬がいない。いまだに国民多数の根強い支持を得ていることも事実だ。しかし、長期政権の維持を目指すにしても、課題は山積している。
 官僚組織の末端にまで及ぶ汚職の蔓延(まんえん)は、いっこうに改善されていない。「統一ロシア」は官僚とつながり、利権を独占していると見られている。国民の強い不満が、与党不振の一因にもなった。
 経済は、エネルギー資源に依存する体質から脱却できず、原油価格の変動で国家の歳入は大きく左右される。最大の貿易相手の欧州が債務危機に苦しむのを見て、ロシアにも影響が及ぶのではないかと国民は不安を感じている。
 ロシアが、政治、経済、社会の各分野で、改革を必要としているのは明らかだ。プーチン氏は、こうした積年の課題に正面から取り組み、成果を出していかなければならない。

2011年12月6日(火)1時11分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20111205-01214/1.htm


反プーチン集会に数千人

 【モスクワ共同】プーチン首相の与党「統一ロシア」が過半数を維持したロシア下院選で政権側の不正が行われたと主張する野党勢力の抗議集会が5日夜、モスクワ市内で開かれ、警察発表で約2千人が参加。「プーチンのいないロシアを」などと叫び、インタファクス通信によると約300人が警官隊に拘束された。AP通信は参加者数を5千~1万人と推定、近年で最も大規模な野党側集会と伝えた。

2011年12月6日(火)6時7分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/kyodo-2011120601001066/1.htm

 ロシアの場合は、ひとつには貧富の格差があるということもいえるし、特権階級の制度化ということもいえてしまっているのである。
 問題はその反対票の受け皿である。要するに共産党という存在である。改革の反動はそのまあ守旧に動くのが普通だ。これは単純に言えば、旧ソ連の体制に戻るということがひとつの選択肢にある。今の資本主義で地下資源で潤っているロシアという国家ではなく、東側諸国の盟主としての共産党独裁体制に戻るということだ。もっと言えばプーチンという選択肢ではなく共産党という集団の独裁体制度も同じではないかと考える人も少なくないということになる。
 ある意味で危険な傾向でありある。ある意味で、また東西冷戦のような対立を引き起こすような状態にならないとも限らない状態である。ではそれを打破するためにはどうしたらよいのか。完全な民主主義は、どう考えても不可能だ。それはペレストロイカ以前に生きていた人が多すぎるからだ。その教育を受けた人がいればなかなか旧ソ連の体質を抜け出せないのである。その得の選択肢は、やはり革命思想に近いものが出るのではないか。その内容が早速デモということで出てきてしまっているのである。
 今後メドベージェフ、プーチン体制がどのようにするのかということが大きい。官僚の腐敗やロシア国内の東西問題、地下資源に頼らない産業作りなどもひとつの大きな問題であろう。今後来年四月の大統領選挙までの期間、何ができるのか。プーチン首相の秦の力が示されるのか、あるいは今のまま長期政権不信になるのか。隣国ロシアの大きな岐路になるであろう。

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政治家の責任の取り方、発言の責任と任命責任について

政治家の責任の取り方、発言の責任と任命責任について

 5日月曜日、自衛隊第三師団師団長の番匠幸一郎氏と久しぶりにお話をする機会を得た。以前市ヶ谷で防衛部長を拝命されていた時は、ネクタイを締めて官僚的な格好で会ったのですが、今回はしっかりと軍服で、心なしか明るい表情になっていた。「やはり現場が一番です」という番匠師団長の言葉にウソはない。市ヶ谷で偉そうにしているよりも、現場で和解隊員たちと一緒に汗を流す方が良いという番匠師団長の感覚は、私はまねできないが頭では十分に理解できる。
 5日の月曜日である。当然に、永田町の予算委員会の話になった。「現場では関係がないので、テレビも見ていません」という。まさにそんなものだ。逆に現場の人には見てほしくないやり取りが5日の予算委員会では繰り広げられた。まさに自衛隊トップ一川保夫防衛大臣の罷免もしくは辞任が取りざたされたのである。
 そもそもは沖縄防衛局長のオフレコ発言から問題は端を発している。実際にオフレコ発言に関して言えば、昨日のブログで「オフレコを報道した琉球新聞に問題はないのか」ということが最大の問題になっているのである。しかし、その内容の問題になっている一川防衛大臣は沖縄婦女暴行事件に関してまったく国会で答えられなかったということが最大の問題になっているのである。そのうえ、その状態で沖縄県に謝罪に言ったが、10分の予定でありながら沖縄県知事側から8分で切り上げられるという状態になったのである。実際に、沖縄県民の多くは沖縄県庁に集合し、一川防衛大臣に対して罵声を浴びせた。これは「少なくとも県外」といって沖縄県民を期待させ、そのうえで結局普天間基地の辺野古移転を決めた鳩山首相とまったく同じ対応であったとってよい。ちなみに鳩山首相はその後一カ月以内に辞任している。
 この問題をもう一度整理してみよう。一川防衛大臣に関しては、二つの責任がある。一つは取りざたされているように、自分の不勉強によって沖縄のことをしっかりと答えることができなかったということである。まさに「私は素人だからシビリアンコントロール」などといっていた就任会見の内容が完全に裏目に出た感じである。もうひとつは沖縄防衛局長のオフレコ発言に関する管理責任である。当然に組織のトップであれば、自分の管理する人員の管理責任が問われるのは当然である。それは人気が短いとか、あるいは素人であるということは全く関係がない。
 そして、野田首相は、その責任をとれない一川大臣の任命責任がある。


一川防衛相「職責全う」

 一川防衛相は5日午前の衆院予算委員会集中審議で、自らの進退について「信頼回復は大変だと思うが私なりに一生懸命、職責を全うしたい」と述べ、辞任の考えがないことを強調した。野田首相も「これまで以上に襟を正して職責を果たしてほしい」と強調、更迭を否定した。だが、自民党は一川氏の問題点を指摘し辞任を要求。国民新党幹事長は防衛相問責決議案が提出されれば反対は困難と述べ、与党内では辞任論が一層拡大した。

2011年12月5日(月)10時53分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2011120501001166/1.htm


一川防衛相:進退問題 首相が更迭拒否 本人も辞任否定--衆院予算委

 ◇国民新・下地氏が罷免要求
 野田佳彦首相は5日午前、衆院予算委員会の集中審議で、一川保夫防衛相の進退問題について「これまで以上に襟をただして職責を果たしてほしい」と述べ、続投させる考えを示した。一川氏も「職務を全うしたい」と辞任を否定した。だが、与党・国民新党の下地幹郎幹事長は同日、一川氏の罷免を要求。自民、公明両党が一川氏の問責決議案を参院に提出する構えを見せる中、与党内からも早期辞任を求める声が一層強まっている。【佐藤丈一、笈田直樹、木下訓明】
 首相は、前沖縄防衛局長の不適切発言について「沖縄県民の感情を傷つけて申し訳ない」と陳謝した。95年の沖縄少女暴行事件を一川氏が「詳細には知らない」と国会答弁したことに関しては「詳細を(公の場で)語ることが適切ではないとの判断があったのでは」と擁護。任命責任については「ゼネラリストとしての政治家の資質を考えて適材適所で選んだ」と釈明した。
 また、一川氏は「我々の思いが沖縄の出先の局長に十分浸透しきってなかった責任はある」と不適切発言に関する監督責任を認めた。
 同時に「(閣僚)給与の返納も含めてしっかり対応したい。(前沖縄防衛局長)本人の処分についても早急に結果を出したい」と述べ、辞任せずに収拾させたい考えを示した。
 一方、下地氏は同委で、「沖縄との信頼関係をリセットしたいなら、一川氏を罷免した方がいい」と指摘した。首相は「職責を果たしてほしい」と繰り返し、罷免要求を拒んだ。下地氏はこれに先立ち、記者団に「国民新党が(問責決議案の)否決に回るのは国民に認められない」と述べ、決議案の採決で、棄権・欠席や賛成に回る可能性を示唆した。
 民主党は5日午後、政府・民主三役会議を開き、一川氏の問題や国会会期について協議する。ただ、藤村修官房長官は5日午前の記者会見で「首相は問責決議案の採決前に進退を判断しないのか」との問いに、「そういう理解につながる」と述べ、採決前に首相は判断しないとの見方を示した。
 これに対し、野党側は「首相の擁護発言に強い疑問を感じる」(岸田文雄・自民党国対委員長)として、首相の任命責任を追及する構えだ。

毎日新聞 2011年12月5日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20111205dde001010005000c.html


防衛相の進退で協議

 野田佳彦首相、民主党の輿石東幹事長らは5日夕、政府・民主三役会議を官邸で開いた。前沖縄防衛局長の不適切発言を受けた一川保夫防衛相の進退問題や、9日に会期末を迎える今国会延長の是非をめぐり協議する。首相は一川氏を続投させる方針だが、公明党の山口那津男代表が参院での問責決議案可決前の自発的辞任を求めるなど、首相への圧力は強まった。

2011年12月5日(月)18時54分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2011120501001916/1.htm

 冒頭にご紹介した番匠幸一郎師団長は、第三師団師団長になった時に「現場の人が最も偉い。後方司令部はそれをいかに支えるかが仕事である。組織は三角形ではなく逆三角形であるべきだ」ということを教えてくれた。そのうえで、「リーダーシップというのは、私にはないんです。私にあるのは、何かあった時の決断力と、そしてその決断に対する責任をとること。後は、隊員たちがやるんです」という。今の政治家、民主党の閣僚に最も欠けているものではないのか。能力がない、防衛を知らない、または、自衛隊にいたことがないなどということは問題がない。しかし、防衛大臣になったならば、その職務を遂行するために必要な知識を勉強し、そしてその職務遂行のための様々な課題を決断し、そしてその決断に対して責任の負うのが仕事だ。一川大臣が「素人である」というのであれば、その分勉強をし知識を増やすことが必要であった。ブータンの国王が来訪しているときの宮中晩さん会を欠席して同僚のパーティーに行って軽口を叩いている暇があるならば、しっかりと儀式には参加して大臣としての職責を果たし、それ以外の時間は勉強すべきではないのか。
 そして、そのような勉強ができない人を「適材適所」などということを主張している野田首相は、完全に人を見る目がない、リーダーシップを執ることを知らない、それどこをか、自分自身、番匠師団長の言う「決断すること、そしてその責任を執ること」というリーダーシップの条件ができていないのではないか。
 責任をとることのできない人が組織の長にいる。このことは最も大きな問題である。もう、さすがに民主党の内閣に期待している人はいないのではないか。リーダーシップのない首相を三人も輩出しては、さすがに民主党も何もない。自衛隊も、国会中継を見ていないのがうなづける。今からでも遅くはない、責任を執る気があるならばはやく行うべきではないのか。

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マスコミ日批判に関する一考(72) オフレコを報道すること

マスコミ日批判に関する一考(72) オフレコを報道すること

 田中聡沖縄防衛局長が「犯しますよ」発言で更迭された。この発言とその後に一川防衛大臣のあまりにも勉強不足でありかつ認識不足の発言、国会答弁に関してはさすがに呆れるものである。一川防衛大臣は、石川県議から国会議員になった国会議員で、1996年、奥田敬和の推挽により石川県議を辞職し、第41回衆議院議員総選挙に石川県第2区から新進党公認で初当選した保守派の代議士とされている。しかし、在日外国人参政権を求める議員連盟や民主分権の会などに所属し、本当に保守派なのかということは言われていた。実際に民主党の保守派とされる小沢一郎でも中国に媚びたり、韓国に行って天皇騎馬民族説を披露したり、天皇陛下を軽視する発言を臆面もなくするなど、民主党の人々の「保守」の定義は、自分たちよりも左がいるというだけの「相対的な保守」でしかないこともその通りである。
 この発言に関しては、沖縄の県民感情からすれば耐えられない内容であろうと言うことは容易に想像できる。そしてその沖縄の県民感情が激化すれば、米軍基地の問題や自衛隊基地問題など政治的な問題は非常に大きなものになるであろう。防衛局長はすぐに更迭された。しかし、そのことだけではなく、防衛大臣の無学、無意識、素人を気取るにもほどがある話し方は非常に不快になるものである。
 しかし、なぜ、防衛局長はこのような話をしてしまったのであろうか。

「知る権利」優先 本紙、オフレコ懇談報道

 米軍普天間飛行場の移設問題に関する田中聡沖縄防衛局長の県民を侮辱した問題発言は28日夜、那覇市内で開かれた報道陣との非公式の懇談会であった。関係者の発言内容について記録、報道しないことを前提とした「オフレコ」形式の懇談だったが、琉球新報は読者に伝える責任があると判断して報道に踏み切った。識者はオフレコの原則よりも「国民の知る権利が優先される」と指摘する。
 懇談会は各社負担する会費制で、県内外の9社の記者が参加した。午後8時ごろから始まった懇談は、テーブル中央に座った田中局長を記者が取り囲み、飲食を伴いながら、基地問題について意見を交わした。
 政府が年内提出を予定する環境影響評価(アセス)の評価書提出問題に話題が移った時、本紙記者が「政府はなぜ『年内提出する』と明言しないのか」と問いただした。すると、田中局長は女性を乱暴することに例えて「これから犯す前に『犯しますよ』と言いますか」と応じた。田中局長は、1995年の少女乱暴事件後に、「レンタカーを借りる金があれば女が買えた」と発言し更迭されたマッキー米太平洋軍司令官(当時)の発言を自ら話題にし、肯定する言いぶりもあった。
 公表を前提としないオフレコ内容を報道したことについて、沖縄防衛局報道室は「(懇談は)オフレコだ。発言は否定せざる得ない」とした上で、「(公表すれば)琉球新報を出入り禁止することになる」と警告してきた。
 専修大学の山田健太准教授(言論法)は「メディアはオフレコを守る信義則はあるが、国民の知る権利はそれに優先される」と指摘。「全ての取材は報道する目的で取材するのが原則だ。公人がメディアに対する時、その後ろにいる国民に対して説明責任を果たす認識が必要だ。公共・公益性があると判断した場合、メディアは報道する原則に戻るのが大前提となる」と話している。

2011年11月30日10時16分 提供:琉球新報
http://news.livedoor.com/article/detail/6074696/


沖縄防衛局長を更迭=防衛相「弁解余地ない」-地元は政府不信強める・女性侮辱発言

 一川保夫防衛相は29日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設先の環境影響評価書の提出時期に絡んで女性を侮辱する発言をした田中聡沖縄防衛局長を同日付で更迭し、官房付にした。当面、及川博之沖縄防衛局次長が局長事務代理を務める。政府は普天間の名護市辺野古移設の前提となる環境影響評価書を年内に沖縄県に提出する方針だが、県外移設を唱える沖縄側は政府への不信を一段と強めており、評価書の手続きに影響を与える可能性もある。
 防衛相は29日夜、防衛省で記者会見し、更迭の理由について「弁解の余地はない。引き続き沖縄の業務を担当させるわけにいかないと判断した」と説明した。防衛相自身の監督責任に関しては「防衛省のいろんな懸案事項を責任を持って実行することが私に与えられた当面の仕事だ。それに全力投球したい」と述べ、辞任を否定した。
 防衛相は「沖縄県民の皆さまに心からおわび申し上げたい」と陳謝。その上で、普天間移設の評価書について「今年中に提出できる準備を進める方針は変わっていない」と強調した。
 これに対し、名護市の稲嶺進市長は記者団に「ごり押ししようとすると、(政府と県民の)信頼関係は地に落ちる」と述べ、評価書の提出断念を求めた。 
 防衛省は30日に中江公人事務次官を沖縄県に派遣。午後に仲井真弘多知事と会談し、田中氏の発言を謝罪する。
 防衛相と中江次官らは29日午後、田中氏を防衛省に呼び、発言の真意をただした。田中氏は「少なくとも『犯す』というような言葉を使った記憶はないが、今にして思えば、そのように解釈されかねない状況、雰囲気だった」と説明した。
 防衛相は記者会見に先立ち、首相官邸で藤村修官房長官と会い、発言問題の経緯と処分内容を報告した。
 田中氏は28日夜、記者団との非公式な懇談の場で、防衛相が評価書の提出時期を明言しないことに関して「(女性を)犯すときに『これから犯しますよ』と言うか」と発言した。

(2011/11/29-23:52)時事通信
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201111/2011112900969&rel=y&g=pol

 それなりの地位のある人は、公式の場とそうでない場の二つの場を使い分ける。いわゆる「公人」と「私人」の使い分けである。そしてその公人の部分を報道するのがマスコミにであるる。私人の部分まで暴き立てる必要はない。昔のマスコミは女性スキャンダルなどに関しても「下半身人格なし」といって報道しなかったばかりか、二号さん(愛人)がいないのは甲斐性なしとして、政治家として一人前ではないということを言っていたものである。では、マスコミの人と私人の付き合いをするのかしないのかということである。それは単純に「申し合わせ」も飲んだいだ。そこで「オフレコ記者懇談会」という場が設けられることになる。とくに完全オフレコということになれば、メモも録音も一切なしで私的な会話をすることになる。
 オフレコの記者懇談会というのは、当然にマスコミと立場のある公人の間における信頼関係が前提となっている。しかし、近年このオフレコ懇談会の内容が流出することが非常に多くある。とくに今回の物は、完全オフレコ懇談会の私的な発言を琉球新聞が「マスコミの信用を完全に無視、棄損」して、そのまま出したことになる。
 はっきり言う。私のような新聞を行っている立場からすれば、このようにマスコミ全体の信用を棄損する行為は非常に好ましくない。立場のある人間が何も言わなくなる、本音で話さなくなる、もっと言えば建前だけで政治を行い、その先の真相をつかみにくくするのである。ではなぜそのようなことをするのか。非常に簡単な話で、それだけ政治的な配慮があるということだ。
 要するに、オフレコ発言が出てくるということは、それだけ、マスコミが偏向報道し、政治的な配慮でオフレコ発言の中身を報道するかしないかを決めているということになるのだ。
 以前オフレコ発言の報道を行った新聞、漆間補佐官の時の朝日新聞と、今回の琉球新聞、いずれも偏向報道を行っているのではないかということで、保守系から突き上げがある報道機関である。これらが、このようなマスコミが増えれば、まさにマスコミの信頼は読者からも、また、立場のある公人からも崩れてしまうことになるのではないか。そして、記事が掲載されるまでの経緯を見れば、それらは完全に組織ぐるみである。全社的とはいえないまでも、それなりの大きな組織が「偏向報道」を行っていることになるのではないか。
 公人と私人の区別があったとしても、沖縄の中でそのような発言をするというのはどうかと思う。しかし、一方で、公人と私人の区別をつけている場で、私人の人間のわかりやすく、その場を盛り上げるために行った発言を政治的意図を持った偏向報道で利用するのは、もっと卑劣な行為ではないのか。

 

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(37) 中国での開店準備(6) 役所関係者のテナント

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(37)
中国での開店準備(6) 役所関係者のテナント

 中国で日本と違ってお粉分ければならないこと。、それは行政との関係の構築である。中国は基本的に全てが許可制である。登録制のような日本のような行政の関係はほとんどない。たとえば、会社を作る時も、日本の場合は登記という申請だけである。登記の場合は、書式や要件などの震災はあるが中身の審査は全くない。資本金と、本店所在地と、取締役がそろっていれば、基本的には会社ができるのである。これに対して中国の場合は基本的には許可制である。会社を作るときは、まず、会社の目的やその目的の遂行までの内容を書かなければならない。資本主義経済の国の中で言うFSがそれに当たる。中国では「可行性報告研究書」という事業計画の具体的な中身を書く。それが認可された後に資本金の払い込みなどが行われる。それらの内容が決まった後に、初めて「営業許可証」が発行される。この営業許可証が登記簿の代わりとしているが、基本的に、登記という単語と許可証という単語は全く異なる。許可は、あくまでも市政府や国務院が「許可」しているのである。この違いは、日本の場合は登記の営業目的以外のことをやっても問題にはならない。しかし、中国の場合は許可された営業の目的以外のことを行えば、それは許可違反ということになるのである。

<中略>

このことは、中国人のメンツの心理をうまく使えば、役所との関係はうまくいくことを示している。それだけでなく、日本人の知恵が、中国人の知恵を上回り、損をしない状態になることが分かったのである。

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日本と中国の間の「ウィンウィンの関係」って何?

日本と中国の間の「ウィンウィンの関係」って何?

 毎週土曜日は軽い話題と思っている。さすがに一週間いつも硬い話題をしていると、もともとあまりまじめな性格でない私が、かなり疲れてしまう。疲れるのは、身体ではなく頭だ。頭が疲れると、どうしてもマスコミの意見や他の人の意見によって威s枚、自分の頭で考えなくなってしまうのである。しかし、そのようなことを言っていても、重要な事件があった場合はそのようなことを言っていられる時間的な余裕はないのである。
 そこで、今回は玄葉外務大臣の発言について少し考えてみたいと思う。もちろん、「日中関係」のことである。
 まず日中関係を整理してみたいと思う。日中関係は、日本人が好むとも好まざるとにかかわらず、地理的に隣国であることに変わりはない。隣国は韓国だとか北朝鮮だとかいう人もいるが実際に、「隣国」とは国境を接している国のことを言うのであるから、当然に、海の国境を接している台湾・中国・北朝鮮・韓国・ロシアが日本の隣国ということになる。なおアメリカに関しては解釈が分かれる。公海を挟んでの隣国を隣国というのか言わないのかということである。一般的には「海を挟んだとなりのアメリカ」などと注釈をつける場合が少なくない。
 さて、隣国との関係というのは非常に難しいものだ。当然に国益と国益が国教という線を境にぶつかるのであるから、その国益をどのように扱うのか、あるいはどこで妥協をするのか、このことは非常に大きな問題である。ここで「妥協」というと、保守もしくは右翼の人は非常に不快な感じを持つと思うが、実際、たとえば排他的経済水域(200カイリ)の円がぶつかるところは、その中間に線を引いている。本来であれば中国や韓国の領海内であっても排他的経済水域が重なっていれば、日本側の主張をすべて飲ませることも可能である。しかし、そのようなことをすれば国際的な非難も大きなものになるし、また、後世に禍根を残すことになる。そのために、本来ならば200カイリ先まで行けるところを、真ん中できっている部分は少なくないのである。これは「妥協」である。この妥協をすでにしているのである。
 領土に代表されるが、それ以外のところでも、非常に多くの国益のぶつかり合いがある。たとえば、エチゼンクラゲなどもそのものだし、海を汚す環境破壊や黄砂、核実験における放射性物質の降下などに関しては、非常に大きなものではないのか。特核実験の放射性廃棄物の日本への飛来は、現在福島原発の件が大きな問題になっているにかかわらず、それ以上の放射性物質が飛来している場合がある。とくに黄砂などと一緒に待ってくることもあるのであるから、日本の反原発のデモや、反核組織が、なぜ中国に行ってそのようなことを言わないのか、なぜ日本だけで反原発をことさら大きな声で言っているのかは意味不明である。
 日本が戦時中に行った「風船爆弾」は9000発が飛ばされ、そのうち600発がアメリカ本土に到達、6名を風船爆弾で殺している。突然このことを言っているのは、偏西風がしっかりと地球を回っているということだ。つまり日本の放射性廃棄物が中国に行くことはなくても、中国の風下にある日本は中国の放射性物質を受けてしまうことになる。それは黄砂に飛来。このようなことも隣国ならではの問題であると言える。
 その隣国の中国が動き出しているのに、玄葉外務大臣はまったく無関心なのである。

「野田政権は日中関係重視」と玄葉外相 

 玄葉光一郎外相は29日、都内のホテルで行われた日中関係シンポジウム(主催・世界平和研究所など)の歓迎レセプションであいさつし、「野田政権は日中関係を重視し、戦略的互恵関係、ウィンウィンの関係を深化をさせ、具体的な協力を進めていく」と述べ、日中関係を重視する考えを強調した。その上で「さらに大切なのは長期的かつ安定的な日中関係をどう築いていくかということではないか」と指摘した。
 また、中曽根康弘元首は今後の日中関係について「大国双方の摩擦を解消して、善隣友好の実績を築くために双方で苦心し、世界政治の貢献に向かって努力しなければならない段階に至った」と強調。「双方の友好と努力によって、日中関係をいかに切り開き、アジアの発展と世界の安定をいかにもたらすか、ともに努力しあうことを確認したい」と述べた。

2011.11.29 20:38 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111129/stt11112920390018-n1.htm


中国初の空母、大連出港…性能や設備検査か

 【大連(中国遼寧省)=比嘉清太】中国初の空母「ワリャーグ」が29日、試験航行のため遼寧省の大連港から出港した。
 今年8月10~14日に行われた初の試験航行に続き2度目。中国国防省は「科学研究やテストを行う」と説明しており、船体の基本性能や設備の作動状況の検査を行うとみられる。
 目撃者によると、ワリャーグは29日午前、艦載機を載せないでタグボートにえい航されて出港。地元関係者によると、近海では船舶の航行禁止区域が設定されておらず、艦載機の発着訓練は行われないとの見方が強い。搭載兵器の作動確認などを行うとみられる。
 米国がオーストラリア北部での米海兵隊員の常駐方針を打ち出すなど、国際社会が中国軍の海洋進出をけん制する動きを強める中、試験航行は中国にとって、海洋権益確保に向けた強い姿勢を示す狙いもありそうだ。

(2011年11月29日23時20分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20111129-OYT1T01050.htm?from=main3

 中国の空母が大連港から出港した。大連港からの出向は当然に、日本海への展開ということになる。このことは航空母艦が日本海で動くということ、それは中国の戦略的に太平洋までの通行と、日本への威嚇を意味していると言える。そして日本に基地のあるアメリカへの威示行為ということが言えるのではないだろうか。
 これらの中国の行為は隣国でなければ何の関係もないが、隣国であるから故、非常に脅威になり、その国益が非常に大きく問題視されることになる。そのために、中国の空母とその艦隊からの防衛を日本や沖縄周辺に展開しなければならないのではないか。
 そのような関係があるのにかかわらず「ウィンウィン」の関係だそうだ。
 そもそも「ウィン」要するに「勝つ」ということは「ルーズ」要するに負ける人がいるということだ、勝ち組の同盟国にいるということは当然に誰かが負けるということを意味するのである。では玄葉外務大臣が発言した日中の「ウィンウィンの関係」の敗者は誰中のか。中国が日本海と太平洋を目指している以上、当然に、日本国民(日本政府は中国とウィンウィンの関係だそうだから、国民だけが被害者のような気がする)とアメリカということになる。ある意味で台湾もその中に入っているのかもしれないが、そのようなことまではよくわからない。
 なぜ「ルーズ」を考えなければならないか。神が何かを授けた、もしくは地下資源どによって得られるものに関しては「ウィンウィン」の関係が成立するであろう。しかし、そうでない場合、上記に書いたと思うが国境線を越えての利害が対利するつ場合。一歩出れば中国になるのに、その状態でここは日本だと主張した場合、「ウィンウィンの関係」というのはありえないとしか言いようがない。それくらいの当たり前のことが分からないで、中国まで、他の報道であるが1200万円もかけたチャーター機に乗ってくだらないことを言いに行ったのである。
 民主党は言葉遊びが激しい。しかし、このような言葉遊びは国際関係の場では通用しない。なぜならば相手国の中においても国益が問題になっているからである。国益の問題を考えずに安易に国家観のんない口先遊びをしているとすれば、それは「何も知らないからシビリアンコントロール」などといっている防衛大臣(このことは月曜日に書きます)よりもはるかにひどい「国益放棄の売国外交」ということが言えるのではないか。
 そのような外務大臣がいることが日本の不幸である。

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民主党政権の悪政に追及できない、不作為共犯の自民党

民主党政権の悪政に追及できない、不作為共犯の自民党

 11月30日に国会で党首討論が行われた。党首討論とは与党の党首、要するに首相と野党各党の党首が直接討論を行うものだ。
 昨日12月1日にこの記事を書くべきであったと思うが、11月30日は秋篠宮殿下の御生誕の日であるということもあり、その日に由来した内容を優先したことをここにお詫びする。そのために一日遅れでの党首討論の記事である。
 さて、二日連続でご皇室に関することをブログに書いた。しかし、今年ご皇室のすばらしさにくらべ、菅直人、野田佳彦の双方の政権に関してあまりよいことは全く効かない。国体がしっかりしているのに政体が全く腐っているという状態である。しかし、その状態を作り出している正体は、実は自民党ではないのかということを考えてしまうような場面が、党首討論では多数あったのである。
 今回の党首討論は、まずは何と言っても復興、外交、増税、経済の論点である。このほかに次々現れる民主党政治家のモラルハザードがあげられる。野田首相自身、外国人との深いつながりが報道されており、民団の会合で登壇して挨拶する、また選挙での協力のお礼を言っているなど、公職選挙法に違反している内容の演説が挙げられているのにかかわらず、その内容を追及できない自民党谷垣総裁に歯がゆい思いをした人は少なくないのではないか。結局谷垣総裁の持ち時間の35分間は野田首相の引き立て役でしかなかった。
 野党がしっかりしなければ政権と与党はしっかりした政策ができない。政策だけではなく政権運営全体が完全に崩れてしまう。しっかりした反対がなければ、独裁の手法がまかり通ってしまう。健全な議論は健全な与野党があって初めて成立する。その健全な野党は、しっかりとした政策がなければならない。その政策のない自民党、政策が固まっていない自民党で、党首討論などをしても何の意味もないのだ。


野田首相、消費増税協議呼び掛け=谷垣氏、衆院解散迫る―党首討論

 野田佳彦首相と自民党の谷垣禎一総裁、公明党の山口那津男代表による党首討論が30日午後、国会内で行われた。首相は消費増税が柱となる社会保障と税の一体改革について「安定財源の確保は避けて通れない。年内をめどに結論を出したい」と表明するとともに、自民、公明両党に協議を呼び掛けた。これに対し谷垣総裁は、消費増税は民主党の政権公約(マニフェスト)違反と批判。「もう一度信を問うべきだ」として早期の衆院解散・総選挙を迫った。
 党首討論は野田政権発足後、初めて。首相は一体改革について「どの政権でも先送りできない問題だ」と指摘。自民党が前回参院選のマニフェストに消費税 10%を盛り込んだことを挙げ、「(政府・与党が)素案をまとめたら協議に入ることをこの場で約束してもらいたい」と協力を求めた。しかし、谷垣総裁は「成案を閣議決定してもらいたい」として、政府案決定まで協議には応じない方針を示した。
 山口代表も自民党と歩調を合わせ、「社会保障や消費税がどうなるか全体像をここで示すことが重要だ」と述べた。 

時事通信 11月30日(水)18時13分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111130-00000076-jij-pol


甘い谷垣氏 不適切発言追及わずか7分 “ドジョウ”スルリ

 野田佳彦首相(民主党代表)にとって初めての国家基本政策委員会合同審査会(党首討論)が30日開かれた。本来ならば、米軍普天間飛行場移設問題をめぐる前沖縄防衛局長の不適切発言などで窮地に立たされるはずだったが、自民党の谷垣禎一総裁は一川保夫防衛相の任命責任さえ問わず、甘い追及に終始。首相は、責任までも官僚に「丸投げ」してうまく逃げおおせた。(加納宏幸)
 首相「中江公人防衛事務次官が沖縄に飛び、説明と謝罪をしている。私自身(の沖縄訪問)は適切な時期を選びたい」
 谷垣氏「今度の発言で普天間問題の解決は民主党政権では不可能になった。そのことを申し上げ、次の問題に移ります…」
 谷垣氏の不適切発言に関する追及は35分のうち冒頭7分だけ。後はマニフェスト問題などに話題を転じてしまった。首相には拍子抜けだったはずだ。
 30日朝、首相は官邸玄関で「更迭は当然の措置だった。沖縄県民の皆様に大変ご迷惑をおかけし、心からおわび申し上げたい」と記者団に陳謝した。外遊や視察時を除き、記者団の「声かけ」に応じたのは11月7日の散髪後に「さっぱりしました」と語って以来。党首討論に向け、予防線を張ったに違いない。
 不適切発言に普天間移設問題はますます進展が難しくなったが、官僚任せなのは首相だけではない。藤村修官房長官は30日の記者会見で「政治的案件というよりは『事務方の不祥事』ととらえている」と人ごとのように語った。
 この内閣の無責任体質は追及されてしかるべきだが、谷垣氏相手では予防線を張る必要もなかった。
 ディベートに自信のある首相は11月25日夜の民主党参院幹部との懇談で「党首討論は丁々発止なので一度やりたかった」と自信満々。ひそかに谷垣氏の過去の言動を調べ上げ、初の討論も原稿を持たずに臨んだ。
 対して、谷垣氏は分厚い想定問答集に目を落とすことがしばしば。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加問題では、参加への積極論から慎重論に転じた理由を首相に問われ、目を白黒させた。
 あまりの谷垣氏のダメぶりに自民党の脇雅史参院国対委員長はこう嘆いた。
 「谷垣氏は議論すればいいのに演説しちゃうからダメだ。毒にも薬にもならないことを言って過ごすなら党首討論はいらない…」

2011.12.1 00:21 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111201/plc11120100260000-n2.htm

 はっきり言う。これで「谷垣降ろし」もしくは「谷垣執行部批判」が起きないようでは、自民党は終わりである。何を追及しなければならないのか。しっかりとした国家観、しっかりとした政策があれば、誰でもできるはずだ。それができないのは谷垣執行部が自民党内の意見を集約できていない証拠にすぎない。それだけでなく、ただ漫然と世間とマスコミの民主党批判の上に胡坐をかいており、的の失策で数字の上では勝利を挙げてきたつけが、この勝負の時に現れてしまったということであろう。要するに谷垣執行部は政治をしていないという評価にしかならない。どちらかといえば、マスコミの社会部のように、事件やスキャンダルを探して批判しているだけなのか、あるいは、それを評論しているにすぎない。誰も野党の党首の評論や演説などは聞いていない。そんなものを望むのではなく、しっかりと追及し、与党を攻撃する野党の姿が見たいのである。
 スキャンダルがいけないというのではない。政策があり、政策を批判し、政策のゆがみの原因に政治家の人間的なゆがみや成り立ちの問題、そして癒着などによって曲げられた国家観や政策を追求しなければならないのではないか。ただ単に週刊誌や社会部の喜ぶネタ探しをして印象を悪くしているだけならば、「民主党の闇」に書いた民主党と同じである。
 無用の批判をするのではなく、政策に直結した批判を行うのでなければならない。たとえば、上記にあげた「野田首相の民団との癒着」は、そのまま外国人参政権の問題と直結する。外国人に対する生活保障を湯水のように出しながら、財政再建を言うという矛盾した内容を政策に掲げる野田首相の根本がそのような内容になっているのではないか。そのように追及してゆかなければならないし、また、そのようにしなければ政治にはならない。しかし、ただ単に個別の質問になっている想定問答を出しているようでは話にならないのではないか。
 民主党に対する批判は、政治に対する批判と受け止め、自民党も襟を正す。これは政策や国家観という意味では同じ問題である。谷垣総裁、谷垣執行部、自民党にはしっかりしていただかなければならない。そうでなければ、、、これ以上はここに書かないでもわかるのではないか。

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慶賀 秋篠宮殿下誕生日 皇室のあり方を考える提言を行う

慶賀 秋篠宮殿下誕生日 皇室のあり方を考える提言を行う

 11月30日は、様々なことのあった日だ。東京電力の記者発表に、野田内閣になって初めての党首討論。政治記者の立場からすれば書きたい内容はさまざまである。菅内閣の時に一度書いたkと尾があるが、大変不謹慎ながら、現在の政治状況はそのお陰さまを持ってわれわれジャーナリスト、特に政治ジャーナリストや政治評論家については、この政治の状況がわれわれの仕事を助けてくれている。政治が完全に善政をしいてしまい、批判する場所が一点もない場合、私たちは政治評論の意味がなくなってしまう。しかし、実際に政治がまったく機能していない、それどころいか3月に発生した震災の復興も9ヶ月たって何もできない状態の政府に対しては、「しっかりしろ」ということを何度でも言えるのだ。そのおかげで、ずいぶん楽をさせてもらっている。基本的に真相の部分をまったく取材しなくても、新聞記事や論評を書くことができてしまうのである。
 さて、そのような状態でネタには困らない状態であるのであるが、しかし、それでも、「今日しか書けない記事」というのはたくさんあるものだ。今日書くのは、そのような政治のネタではなく秋篠宮殿下の誕生日に対する慶賀の意を表する記事である。
 秋篠宮殿下は、当然に現在の皇太子殿下の弟君であり、現在のままであれば、要するに皇太子殿下に男のお子様が生まれない状態であれば、皇太子殿下の次に天皇に即位あそばされる方である。あた、その次の天皇陛下になられるであろう悠仁親王の父君であられる。
 記者会見では、まず祝辞を受けた後に、様々なに要が話された。しかし、今年は異例であるが、皇室に関する天皇陛下の定年制と天皇の公務の負担に関すること、そして皇族の少なくなった内容ということの二つの話をされたのである。

皇族は一定数必要・天皇定年制も…秋篠宮さま

 秋篠宮さまは30日、46歳の誕生日を迎えられた。
 これに先だち22日に開かれた記者会見で、「皇室を維持していくためには、一定の数(の皇族)は当然必要」との考えを示されたほか、天皇陛下の公務の負担に関連して「(天皇の定年制も)必要になると思う」と述べられた。
 また、皇室典範の見直しは国会の議論に委ねられるとした上で、「今後の皇室の在り方を考えるときには、私、もしくは皇太子殿下の意見を聞いてもらうことがあってよいと思います」と述べられた。
 皇族の確保、次世代の皇族の意見反映についての発言は、天皇陛下のお考えとも合致している。政府は25日、皇族女子が結婚後も皇室にとどまることを可能にする「女性宮家」の創設に向け検討することを明らかにしている。長女、眞子(まこ)さま(20)、次女、佳子(かこ)さま(16)、長男で皇位継承順位3位の悠仁(ひさひと)さま(5)の父、秋篠宮さまが自ら一定数の皇族確保の必要性に言及されたことで、政府の検討が加速する可能性がある。
 秋篠宮さまは、陛下の健康状態と公務についての問いに、今年は東日本大震災のお見舞いなどで公務が特別に多かったと指摘、両陛下とも77歳の喜寿を迎えており、宮内庁と医師が連携し健康を維持できる柔軟な対応が必要と訴えられた。
 この発言に関連し、会見の場で「天皇の定年制を設けたらどうかとの意見もあるが」と問われると、「必要になってくると思う。一定の年齢を過ぎれば、人間はいろんなことをするのが難しくなっていきますので、一つの考えだと思うが、(年齢で区切るかどうかなどを)議論しないといけない」と答えられた。

2011年11月30日(水)7時25分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20111129-01293/1.htm


秋篠宮さま:会見録1 東北の被害の大きさ実感
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040156000c.html

秋篠宮さま:会見録2 紀子さま「被災地見守る」
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040157000c.html

秋篠宮さま:会見録3 被災地に携わりながら…
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040158000c.html

秋篠宮さま:会見録4 眞子さま成人 二人で外出、印象に
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040159000c.html

秋篠宮さま:会見録5 結婚、あくまでも本人次第
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040160000c.html

秋篠宮さま:会見録6 悠仁さま、木にすたすた登って…
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040166000c.html

秋篠宮さま:会見録7 愛子さまと4人でにぎやか
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040168000c.html

秋篠宮さま:会見録8 皇族、一定の数は必要
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040170000c.html

秋篠宮さま:会見録9 両陛下のお務め、非常に多かった
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040171000c.html

秋篠宮さま:会見録10 悠仁さまと陛下、一緒に昆虫観察
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040172000c.html

秋篠宮さま:会見録11止 定年制、やはり必要に
http://mainichi.jp/select/wadai/koushitsu/news/20111130k0000m040173000c.html

 今回は、文章な親、リンクだけを張ることによって、毎日新聞が掲載した(インターネットであるが)秋篠宮殿下のインタビューの会見録を掲載した。何か問題があると思う方はこれを読んでいただいたらいかがであろうか。
 実際にこの内容を読めば、秋篠宮殿下が何を考えているのかはわかる。何よりも天皇陛下の御健康を考慮してのこと、そして公務の多忙さを心配してのことであることはわかる。しかし、天皇陛下の定年制というのはいかがなものか。それならば上皇や摂政、関白の制度を復活させたら良いのではないかと考える。もちろん、慶賀の日にこれらのお考えに意見するつもりはない。当然に秋篠宮殿下が天皇陛下のご健康やご体調を考えることは当然のことであるし、また、われわれが考える以上に御心配されていることはわかる。何よりも、われわれ一般の人よりも身近で見ているわけであり、ちょっとした表情やしぐさで陛下のご心労やご体調が分かるのではないかとも思う。また、当然に「親子」(高質家でこういう言葉を使ってよいのかと思い鍵かっこにした)であるから、その心配は普通以上であろう。そのようなことを考え、また悠仁様のことなども考えて、熟慮の上でのお言葉と考えられる。
 いずれにせよ、昨日のブログでもあったが、ご皇室のあり方、また皇族のあり方ということに関しては、また、旧華族の考え方、そして伝統や日本の文化の保護の仕方ということを考えなければならないし、そのことを考えるきっかけとして秋篠宮殿下の御言葉はご示唆に満ちたものではないのか。先日の羽毛田宮内庁長官や官房長官の女性宮家の創設の話に呼応し、秋篠宮殿下は政府の考えの至らない部分を指摘したのかもしれない。
 このことをもとに、皇室のあり方と日本の文化に関して熟慮をするようにしなければならないのではないか。秋篠宮殿下も、そのことを望んでいるものと考えられる。

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