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2012年4月

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(6) 民主党政権の目指す原始共産主義理念に基づく「格差是正」

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(6)
民主党政権の目指す原始共産主義理念に基づく「格差是正」

  民主党の経済政策ということである。昨日は、バブル崩壊と橋本政権と自由競争経済について書いた。もちろん、本来であれば資本主義経済、自由競争経済が最もよいのであろう。しかし、自由主義を完遂してしまうと、完全に敗者ができてしまう。
  小泉内閣時代も資本主義自由競争経済を行った。特に、バブル崩壊後の不動産自由主義ではなく、完全な金融資本主義経済が大きくなってきたといえよう。その旗振り役が竹中平蔵経済企画庁長官であった。しかし、間違えていけないのは、自由競争という理念が間違えているわけではないということである。自由競争の理念は、資本主義である以上は当たり前の話であると考えられる。しかし、それでは、現代社会において生活の糧を失ってしまうということがあげられるために、法律で保護をするということになる。そもそも独占禁止法が「自由競争」に対する害悪が寡占状態であるということから、経済界から寡占状態を排除するということが言えるのではないだろうか。
  そのような法制度があることは、当然に資本主義経済において、自由競争はある程度認められるべき理念である。しかし、行過ぎた競争社会は、社会全体のバランスを崩すということがいえる。同時に、敗者に対する配慮もなくなってしまう。社会からのドロップアウトは、現代社会においては生存の危機につながる可能性がある。基本的に、昔はむら社会や大家族制といったところで、集団による保護体制ができていた。現在の法律制度の半分、民事法ができた環境は明治時代の法律である。民法などは中江兆民が「民法出でて忠孝滅ぶ」という言葉を吐いたように、その時代にフランス民法を基に作ったのが現代の民法だ。家族法の部分が戦後に改正になったが、それ以外の基本的な部分は明治時代のままである。現在の民事法は、その民法が基本法となってできているのである。要するに、民事法のほとんどは、明治時代の環境でできているといえる。法律というのは、できたときの社会環境化慣習、そして政治状況や国際関係などが元になってできる。要するに、民法は、明治時代の日本社会が色濃く反映された内容になっているのである。
  日本の民事法のほとんどが明治時代の社会を基に作られているということは、当然に、明治時代の社会習慣、要するに大家族制や日本的村社会という事が基に作られているのである。当然に何回も改正されているが、その根本の法の精神の部分は大家族制、村社会でできている。口角と古臭く考えるかもしれないが、地域コミュニティの存在と「恥じ」の文化をしっかりと存在するものとしているということが特徴である。政治家が法律違反を犯して、その疑いをかけられているのに、自ら潔白を証明できないなどという不祥事は存在しないことが前提になっているのである。
  さて、大家族制や地域コミュニティがないということは、核家族化が進み、なおかつ個人主義が進んでしまっているということに成る。しかし、その内容は社会システムや法律の制度として、地域コミュニティや大家族制があることが存在する。社会的な敗者になって、その上に自殺などをしてしまったら、大家族制の場合は家族の恥と言う気分になる。家族に端を書かせたく名はないと考える人が多ければ、自分の力で復活するようになる。うつ病とか引き子守などというのは存在するはずがない。それに対して、核家族社会や個人主義が進んでしまえば、そのような恥じの文化がない。自分の家や先祖、将来の子孫などのため、あるいは、自分の大事な人に対して「恥」をかかせてはいけないという抑止力がなくなってしまうの。そのために、大家族制や村社会が存在しない場合は、それらに変わる「自殺や精神病に対する抑止力」を作らなければならない。自民党がそこまで考えていたかどうかは別にして、安倍内閣では「セーフティーネット」そして「再チャレンジ」の法律を推進したのである。
  資本主義、自由競争経済がその中心であることは、まさに経済における自己責任の原則であるとしかいいようがない。しかし、それを補綴する性y録がある。再チャレンジできない人を「かわいそう」といって大騒ぎする人々である。その集大成が「派遣村」であり、その派遣村を訪問して「雇用を確保する」との賜ったのが、菅前首相である。しかし、そのようなことをいっても、政府が雇用する以外には、雇用する会社を育てなければならない。当然にその言葉が真実ならば、「会社や企業に対しての雇用の助成金」が存在することになる。しかし、まったくそうならなかった。この「雇用を確保する」は、まさに民主党の「批判のための批判」のひとつでしかなく、その内容をいかに追求してもB層と同じように責任転嫁をして終わってしまう。逆に言えば、一般受けするために発言しただけで、具体的な政策も雇用のシステムも、企業がどうやって人を雇用するのかという原則も、要するに現実を何も知らないで発言していたに過ぎないのである。
  その民主党の経済政策は、まさに「バラマキ」である。そして、その言葉にあるものは、今年のメーデー(4月28日)に行われた連合の古賀会長の挨拶にも会ったが、「格差の是正」である。
  しかし、自由競争社会であれば、勝者と敗者の間で格差があって当然だ。オリンピックで最も買った人が金メダルをもらい、負けた人が何ももらえなくて「格差だ」と騒ぐ人はいない。それは、その協議が勝負であるからに他ならない。そして勝者がいるから敗者があり、その敗者は、勝者を超えることにモティベーションがあり、次の大会までより切磋琢磨して鍛えるのだ。そして、その切磋琢磨が、全体の力の底上げにつながるのである。
  特に保守の人々の中では、日教組批判の中で、「幼稚園で競争をさせない」という批判を言う人がいる。勝者と敗者が出るといじめにつながるからだそうだ。しかし、実際の社会では勝者と敗者がしっかりと別れる。にもかかわらず、そのようなことをいっているようでは、学校は社会の予行演習ができない。要するに日教組の競争批判は、単純に「社会不適合者」の製造工場の問題になってしまっている。単純にいえばいじめにつながるといういいわけ自体、いじめを起こさせないという教育者の当然の義務の責任転嫁に過ぎない。そのような日教組批判する人が、経済社会における自由競争経済を批判するのはいささか犯しなきもする。
  格差はあって当然だ。その格差を是正するというのは、自由競争に国家や法律、政治権力がその自由競争経済に介入するということに他ならない。それは、最終的には、競争のない社会を作るということになる。資本主義、要するにブルジョワジーを批判し、政府がバラマキで国民を養うという社会。どこかで聞いたことがある。そう、要するに原始共産主義を実現するということに他ならないのである。
  民主党の選択した「格差是正」「バラマキ」は、まさに資本主義自由競争経済の否定と共産主義経済の実現ということになる。要するに「自民党のお灸をすえてやれ」といって民主党に投票した保守派は、資本主義経済、自由競争経済を否定し、努力をしても報われない、何もしないでも金が入ってくる国営企業ばかりの原始共産主義経済推進に主権を投じてしまったということになるのである。民主党に投票した保守派が存在しないと、私が対談や討論で簡単に言うのはこのような背景によるものである。民主党の中に保守派がいるなどといっていても意味がない。「格差是正」と「明治以降の大家族制法制を現実の個人主義社会にあわせたセーフティーネットを作る」ということを混同してしまい、共産主義を是としている人、もっと言えばそれくらいの簡単な政治がわからない人々に、保守などとは名乗ってほしくはないのである。
  そして、その証明が最近になって出てきている。事故を起こした東京電力を「国営化」だそうだ。経済産業大臣は、枝野幸男。左翼過激派である核マル派からの献金をもらっていた人物である。まさに、国営化は枝野大臣がごり押しした感がある。補助金などを出すだけで経営は自主性を持たせるということができたはず。にもかかわらず国営化にこだわるというのは、ひとつには福島原子力発電所事件の問題で隠し事が多いということ、もうひとつは、左翼による国営化、国営企業、人民公社を推進するということを考えているに違いない。そのようなことを考えれば日本航空も、政治主導で再建が行われている。日本の大手企業でインフラ企業の経営に、共産主義経済の種がまかれているとしか言いようがない状態になっているのである。
  閉塞感というが、ひとつの閉塞感はバブル崩壊以降、政治が安定していないことによって、自由競争経済と現実の社会のギャップに戸惑いがあること。もうひとつには、その「戸惑い」の間隙を縫って政権交代が行われ、原始共産主義を推進する政権が樹立してしまい、独裁的にその理念を進めているということである。そのために経済も政治も停滞してしまうということである。そしてこれらの経済の問題は、本来政治の問題であるのにかかわらず、経済の問題として国民に直接の影響力を持つようになってしまうということになるのである。もっといえば、その財源、要するに共産主義政府が、共産主義経済を行うこと、もっといえば、すべてを国営企業化するために必要な資金を集めるために消費税増税が行われようとしているのである。そして、この連載の主役であるB層は、それをマスコミの先導に合わせて大騒ぎし、その共産主義経済を推進してしまったということになるのである。いや、B層のすばらしいところは、上記のような内容があるのにかかわらず、まったくそれに気づいていないばかりか、素人しない、気づこうとしないということに他ならない。要するにB層は、単純に大きな問題として無責任な権利主著しかしない人々なのである。そのために、自分たちが選んだ民主党政権が、自分たちの思い通りにならずにそのままになってしまえば、自分たちの投票でできたにもかかわらず他人事のように平気で批判し、自己反省がない点である。そればかりか、どのようになっても不満しか言わないということに他ならないのではないか。
  では、そのB層について、もう少し深く見てゆくことにしよう。

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【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(5) バブル崩壊とその後のデフレ経済を選択したのはB層である

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(5)
バブル崩壊とその後のデフレ経済を選択したのはB層である

 そもそも、現在の閉塞感は、自民党と民主党の政治の停滞に由来しているところが大きい。何も民主党だけが悪いわけではないと思うし、同時に民主党がよく言う「ジミンガー」などという話をしても何の意味もない。尖閣諸島にしても、竹島にしても、あるいはリーマンショックにしても、それらの問題をそのときに行わずに先延ばし、先送りにしてきた日本人の体質そのものである。そして、その体質を行わせる意思表示の中にB層が非常に大きく作用している。
  しかし、その本題にはいつ前に、「平成の閉塞感」とはいったい何のか。そのことについて少し触れてみよう。閉塞感というのは、何も経済的なことばかりとは限らない。実際に、経済的には1990年代のバブル崩壊以降、基本的に閉塞感が存在する。インフレ政策に対応して北日本の官僚および政治家には、90年代以降のデフレ経済に対して対処することはできなかった。このバブルの崩壊は当然に複合的な要因によって行われている。その中の代表的なものを上げてみよう。
一つ目には、「湾岸戦争をはじめとした中東情勢の変化による原油の高騰」。
二つ目には、「橋本龍太郎政権における金融ビックバンによる金融の自由化」。
三つ目には、「不動産投機による価格の上昇と、利益確定売りによる価格の急激な下落」。
四つ目には「円高による日本の輸出産業の崩壊」。
五つ目には、「輸出製造業の崩壊による大企業工場の海外進出と日本国内の雇用の減少」。そして六つ目には「雇用の減少による内需の減少」である。
 これらの中で、中東情勢や円高などは、政府の力でどうにかなるものではなかった。しかし、金融ビックバンによる金融の自由化は、その考え方のよしあしではなく、周囲との調整ができない状態において、金融だけを自由化しても問題である。また、不動産価格に関しても大企業の問題や雇用の問題などは、政策的に何とかなったのではないか。
  同じことが、リーマンショックに関するときも言える。麻生内閣が補正予算を行い景気浮揚策を行ったにもかかわらず、政権交代後、バラマキ政策を行うために、景気を悪くしてしまった。バラマキに関しても、バラマキがよいか、それとも景気浮揚がよいかという選択肢の中において国民に選択を迫ったのではない。ただ単に新聞・テレビ・そして民主党が自民党を否定するということの中に、そのバラマキが含まれてしまったのである。
  要するに、政治的な対立もしくは政治的な課題の摘出が、実は深く経済的な閉塞感にかかわりがあることになってしまっているのである。政治が安定することそのものが求められるのはこのことである。政策的にどのようなことをしたらよいのかということが、最も重要な内容である。政治と経済は別である、しかし政策と経済は深くかかわりがある。そして政治そのものの選択は、いつの間にかテレビやマスコミに左右されてしまう。それがB層に左右されている政治の実態である。
  もう少し経済の政策に関してみてみよう。
  橋本龍太郎の「金融自由化」というのはいったいなんであったのか。その後小泉・竹中における「経済自由化」とはいったいなんであったのか。そのことをしっかりと考えてみよう。
  そもそも資本主義は資本そのものを集め、その資本によって事業をなすことが資本主義の要点である。しかし、完全に資本主義で自由競争になるのであれば、事業での敗者は復活できないくらいの大きな痛手になる。そして、資本主義で自由競争になる以上、資本が大きいほうが勝つ確率が高くなる。そのために、中小企業にとっては初めから不公平な戦いになってしまう。その不公平感をなくすために「独占禁止法」などの法律ができるようになったのである。
  しかし、行過ぎた競争の制限は逆に資本主義の自由な成長を妨げることになる。日本はバブルまでの機関そのような状態になっていた。そのために、ある意味で日本国内の相場で不動産価格も低く抑えられ、なおかつその競争も大きな競争にならないようになっていたのである。これは、日本人が日本人的な社会的な常識で企業運営を行ってきたことによって成立していた。単純にいえば、「親方日の丸」の経営がしっかりとできていたために、政府と民間が暗黙の了解があって、その中において微妙なバランスが保たれていた。
  そもそも日本は、戦後焦土と化しており、その焦土から奇跡的な復活を行われてきた。その中には、さまざまな要因がある。ひとつにはこの日本的な企業系画風土があったというKと尾が上げられる。また東西冷戦があったために、西側諸国の極東の橋頭堡として、西側諸国、ことにアメリカの保護的な貿易がしっかりとされていたといえる。日本製品は、ある意味で日本の企業でありながら、その先端技術の多くはアメリカの軍事技術に多く使われているのである。一方で、軍事技術に使われている技術も日本の企業の「平和利用」という中で日本の企業の発展と日本人の生活の向上に寄与してきたといえる。
  少々の予断になるが、その「軍事技術の平和利用」の名残といえるものが福島原子力発電所であるといえる。アメリカはある意味でそれらの実験的な役割をにほんにさせていながら、東西冷戦が軍事衝突になったときに、その先端である日本における軍事製品の供給を可能にしたのである。
  そのような東西冷戦が終了する。アメリカは当然にアメリカの国益で日本を利用する。東西冷戦が終われば、当然に日本に対して東西冷戦中ほどの経済および技術的な計通をする必要がなくなった。いや、それまでの期間傾注してきた資本の回収を行うという政策が行われることになるであろう。アメリカはさまざまな形で圧力をかけて、日本の「日本的経営」というものの破壊を行うようになる。それが先日なくなった三重野日銀総裁の手で行われた。問題は、これがアメリカのものではなく「平成の鬼平」といわれ、物価高をなくすという不思議なスローガンでマスコミがあおったことにある。そのマスコミのあおりにしたがって、この連載の中心であるB層は、まさにもろ手を挙げて、現在のデフレ経済を歓迎したのである。ご丁寧にインフレに反対する番組まで作り、そして、それに違反する企業を「悪代官」であるかのごとき報道を行い、そして金融や資本の自由化を「財テクのチャンス」として扱ったのである。
  日本は、このようにして自らの手で「デフレ経済」「不景気」「貧困の中の平等」に舵を大きく切った。しかし、ここには、もうひとつ自由競争ということがあげられる。金融ビックバンは、何もデフレ経済の誘引だけを行ったものではない。そのために、大きな問題が出てきたのである。急激な不動産の下落は、不動産を担保としている金融資本の担保価値を下げるということが出てくる。金融の自由競争は金融機関の担保価値の時価会計ということと、金融機関の自己資本比率の問題として挙げられるようになる。それは、多くの企業にとって担保割れを起こすことになり、そのために新規の事業投資などができなくなったのである。リゾートなどの開発はほとんど失われ、リゾートなどに手を出した企業の多くが倒産することになったのである。そして、何よりも大きな問題は、金融機関が問うS難したことだ。北海道拓殖銀行や山一證券の倒産廃業は、まさに日本の金融神話を完全に打ち砕いたのである。デフレ経済だけでここまでの不景気になるはずはない。実際にそこに自由競争や時価会計という大きな変更があったことによって、そしてその変更がすべて「国際基準」「グローバル化」のなのもとで行われたことで、日本的な経営は完全に失われていったのである。
  このような流れが、まさにアメリカの陰謀説を引き起こすのである。もちろんその側面はまったく否定するものではない。しかし、上記のように、日本は民主主義の国家である。三重野総裁を当時はやっていた「鬼平犯科帳」(私も非常に好きな番組であるが)に倣って「平成の鬼平」として、もてはやしたのは、まさに日本国民である。アメリカがもてはやしたわけでもなんでもない。そして、このようになる結果をまったく予想もせず、国民が総出で「物価が安くなる」ということを、自分たちの雇用が減ること物何も気にせずに、深く考えることもなくマスコミのいうことにしたがっているのである。そして、結果が出てから評論家のように「アメリカの陰謀」「マスコミが悪い」「橋本の政策がよくなかった」などと言い出すのである。まさに一億総「無責任な評論家」でしかなくなってしまった結果が、バブル崩壊の大きな要因であり、そして最大の牽引力であったことは言うまでもない。
  そして、その経験がまったく活かされなかったのが、民主党による政権交代選挙である。橋本政権を見れば、もちろん、政策が非常に重要であり、なおかつその政策によって大きく経済が左右されることはわかる。そして、同時に橋本政権以降自民党政権が、何回も連立を繰り返しながらも、デフレ経済の脱却を行えなかったことも理解できる。もちろん、橋本内閣の後を受けた小渕内閣は公共事業を多く行い、景気回復を行う兆しが見られたが、その後は自由競争内閣が続くことになるのである。その意味で自民党を批判する人はある意味で理解できる。
  しかし、当時連立内閣で「自社さ」「自自公」などといわれた経済政策を行ってきたメンバーが別な政党で「民主党」と名乗っただけで、マスコミがあおり、もてはやし、そして政権交代を行ったのは、まさに結果を予想せずに、またいっていることやっていることをまったく見もしないで、「無責任な評論家」のような「馬鹿な国民」であるB層が大きな役割を担っている。
  そのB層が、現在最も民主党政権を批判しているのは、かなり滑稽としか言いようがない。正直な話をすれば、自分自身の選択がこのような結果を招いてきている。民主主義とは政権選択だけではなく法律の選択も経済政策の責任も「すべて国民が負う」というシステムである。しかし、そのシステムそのものも理解せずに、テレビのコメンテーターのような無責任な発言を繰り返す国民は、話を聞いていて私自身笑ってしまうこともある。
  そして、現在バブル崩壊以上の閉塞感が漂っているのである。そしてそれはバブル崩壊ということだけではなく、それ以上の原因がある。それは、まさに、「B層による民主主義システムの理解のない、無責任な発言」による混乱といえるのではないか。そして、そのB層の選択が、東西冷戦で消滅したはずの原始共産主義に向かおうとしている。これが閉塞感の招待ではないのか。
  明日は、民主党の経済政策の中心を見ながらB層が何を選択してきたかについて見てみたい。

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【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(4) 野田内閣が否定するものと小沢一郎が否定するもの

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(4)
野田内閣が否定するものと小沢一郎が否定するもの

 実は、この短期連載は中国出張のために記事が更新できないことを見越して連載を始めた。実際にはノープランの連載である。その連載を今後どのようにするのか、かなり悩ましいところである。
  26日に中国から無事に帰国した。しかし、そのままゴールデンウィークに突入する。最大本日から9連休ということで、まさに日本人にとっては『民族大移動』であることは間違いがない。その間、私自身は特に予定もないのであるが、中国出張中にいわゆる陸山会事件の判決が出て、小沢一郎民主党元代表が無罪となった。もちろん確定判決ではないが、ひと段落着いたというところであろうか。このような大きな動きが出た場合、本来ならばすぐに何かが起きるのであろうが、そこはゴールデンウィーク。小沢氏は、ゴールデンウィーク期間中に組織の引き締めやさまざまな仕掛けをするのではないかと思う。要するに、目に見えるところでの動きは、少なくとも小沢グループには見えないであろう。一方、野田内閣や自民党には、さまざまな動きがあるものの、全て「付け焼刃」でしかない。もともと無罪になったときの準備があるとも思えないからである。よって、政治の世界では、少なくとも連休中に大きく動くことはないとかなえるのだ。
  ということで、私の帰国にかかわらず、この連載を続けることにする。というか、実際にこのくだりの文章だけを、帰国後付け加えただけである。ここから下の文章は、以前にすでに入れてあるので、今から変更するのが面倒であるということのほうが正しい言い方かもしれない。ということで、残り9日間、連載にお付き合いください。
 
  昨日の内容では、鳩山と菅の二つの内閣の動きを見てきた。実際に、政策とか事件への対処というものではなく、その本質ということでしっかりと解説したものは非常に少ない。「否定のための否定」「批判のための批判」がまさに民主党の原動力になっている。現象や政策一つ一つではなく、トータルで政治を見るとどのようになるのかということが最も重要である。一つ一つはよいことを言っていても、トータルとしておかしな方向に言っていては何の意味もない。逆に、ひとつくらいおかしなことがあっても、それが致命傷でなければ、そして全体が良い方向に向かっていれば、政治としてはベストではなくてもベターなのである。
  では、現在の野田内閣はどのようなものなのであろうか。野田内閣は、実際に菅内閣の後を受けた内閣である。実際に東日本震災の復興など、「仕掛かり案件」が少なくないので、具体的な政策としてはなかなか変えようがない。実際に菅内閣が何もしないで終わってしまったために、その内容を修正、そして信仰させなければならないはずである。しかし、野田内閣は復興が喫緊の課題といいながらも「TPP」「消費税増税」とまったく異なることを行い、いずれも中途半端な形になっている。
  では、野田内閣はどのような基本スタンスなのか。
  本来、「自公政権の否定」ということで鳩山政権が行ってきた。その次に菅内閣は「党内保守派の否定」として「脱小沢」を推進してきた。脱小沢は、昨日甘利詳しく書かなかったかもしれないが、民主党とは違う「自由党」という政党の否定でしかない。もともとは藤井裕久、渡辺恒三という自由党の大物を切り離した。しかし、小沢幹事長時代に小沢チルドレンが多数排出されたことによって、小沢に対抗し得ない「民主党内B層」がたくさん生まれてしまったのである。その「民主党内B層」が、最終的に小沢グループに名前を連ねてしまっている。菅・仙谷は、その首領である小沢を否定し、小沢グループを完全に日干しにすることによって、アメとムチでコントロールしようとしたのである。しかし、そのようなコントロールは、民主党が次の選挙でも政権をとり、次の選挙でも勝てるということが大前提である。要するに、国民・有権者の支持がない状態において、残り数年の政治家生命を担保にコントロールを行うということ自体がナンセンスでしかない。しかし、そのことがまったくわかっていない菅・仙谷は、「脱小沢」を強めることによって国民の支持を得られると思っていた。実際には官僚および司法を人事権で支配し、そのことで政策および政局を支配するという非常に姑息な手段を使った。しかし、そのように奢った政治をしていては、すぐに足元がすくわれる。尖閣諸島問題で仙谷官房長官の司法への介入が明らかになり、そして、震災前後から菅内閣閣僚の外国人献金が話題になり(これはまだ解決していない)、そして、政策ができない菅内閣に官僚が政策的に支配することが出てくる。
  官僚の支配というのは「独善的」かつ「責任転嫁型」である。震災以降の菅内閣の対応などは、会議体を20以上作り責任を分散させることで政治をおおなったのである。当然に責任をとらない政治は時間がかかる。手続きも非常に煩雑になる。まさにその内容が震災復興がまったく進まないという現象につながるのである。責任を取らない人ばかりで、緊急時に物事が進むはずがない。しかし官僚は責任を取る体制にはない。そもそも憲法の中に「官僚」は出てこない。内閣の一員として「官吏」という単語が出てくるだけである。要するに、官僚は憲法上の存在ではないのだ。その人々に政策提案を任せることはできても、その意図人に責任を持って国民と対峙させることは不可能である。しかし、はじめから「否定する」事で政権を執った民主党は、責任を持って何かを行うというものではない。そもそも責任を取れるような内容の批判をしていれば、しっかりとした政治ができるはずだ。
  そのような内容ができないのは、まさに「否定のための否定」でしかなく、責任を持った発言ではなかったということを意味している。そして、そのことは度重なる閣内不一致によって明らかである。内閣としての連帯した責任で政務を執るということがまったく考えないのであるから、当然に大臣という肩書きから自分がその分野において独裁者にでもなったかのような発言が続く。それは他の分野から見れば到底看過できる話ではない。それが、民主党の閣内不一致のないようである。
  さて、このような内容は、野田内閣でも継続して行われている。野田内閣発足当時の小宮山大臣のタバコ税値上げ発言などは、まさに、無責任な否定のための否定でしかない。なお、ここで言う「無責任」は、当然に大臣として発言をする以上、関係諸官庁などとしっかりとした調整を行い、発言を実行することが「責任」である。自分の個人的な思いで発言してみたり、調整もしないで発言し、社会を混乱させることそのものが「無責任」なのである。そして、そのような社会の混乱を招く「無責任」な行動は、完全に大臣としての資質を欠いていると判断できるないようである。
  野田内閣は、まさに「本来生まれるべきではなかった内閣」といえる。要するに、「すでに否定・批判するものがなくなってしまった」のである。野田内閣は、ひとつには菅内閣の政策を継承しなければならない。しかし、すでに「脱小沢」では物事が進まない状況であることを十分に承知している。いや、「脱小沢」どころか、参議院のことを考えれば「自公政権」も否定はできなくなってしまっているのである。要するに、鳩山・菅内閣で否定してきた集団を据えて取り込まなければならない状態にあるのだ。しかし、政策としては「脱自公政権」「脱小沢」で進んできた路線を継承しなければならない。要するに、現実の国会運営と政策ですでに矛盾が生まれているのである。
  野田首相は、その中において「過去にかかわる政策」の切捨てを行い、「新たな政策出の求心力の模索」を考えたのである。要するに、復興や事業仕分けを切り捨て、国民が望もうと望まなかろうと「TPP」や「消費税増税」を行うのである。逆にそれを行い、新たな否定勢力を作らなければ、民主党としての求心力がなくなってしまっているのである。新たな否定するものづくりに、新たな論点を出す。そしてその矛盾を民主党外部に持ってくるという、民主党という政党から見た「排外主義」が求心力となったのである。
  要するに今までの民主党という枠組みでは存在しない政権であるということがいえるのだ。そして、その政策的な主導は、まさに「財務官僚」が担っているのである。すでに、このブログでも書いたと思うが、財務官僚は、まさに省益を漢がる集団であり国家全体のことを考えていない。また、菅内閣でも財務省主導であることが言えるのであるから政策の継続性ということからも財務省主導の政策にならざるを得ない。
  いずれにせよ、野田内閣は「否定する相手」がいないことによって、政策そのものが注目されてしまい、そのことによって民主党そのものに政党内的なコンセンサスがないことを露呈した。それは民主党内の対立を鮮明化し、菅・仙谷が行った「脱小沢」をより一層デフォルメしてしまう結果になるのである。また、政策による対立によって否定勢力をあぶりだす方法は、まさに、政策そのものの注目度を増す。当然に閣僚における政策推進力が重要になる。しかし、残念なことに、民主党には政策をしっかりとできる閣僚候補がいないのが現状である。そのことは、野田内閣の中における閣僚の不適正な発言や知識の欠如を露呈する結果になる。特に、民主党が不得手とする「防衛」「外交」「安全保障」「領土」「国家」に関するところが完全におかしなことになるのだ。一川保夫、田中直紀という二代連続での防衛大臣の門摂家次は、まさにその民主党の姿を現しており、同時に、その代わりがいないということは、民主党の中における人材不足をも露呈してしまったのである。対立点を作り出す前に、そもそも政権の問題点の顕在化が進んだ。まさに野田内閣の挫折のひとつであるといえる。
  一方、脱小沢のヒール役に選ばれた「小沢グループ」は新たな否定の存在を作り出した。まさに菅政権および野田政権の政策的な中心である「財務官僚」もっと言えば「官僚機構」をいかに敵対勢力として形作るかということが挙げられるのである。野田内閣が「官僚支配」とし、「官僚支配は民主主義の敵」という位置づけにし、国民の「民意」を背景に求心力を高めるということになる。
  小沢グループの官僚改革は、まさに行政改革となり現在の橋下大阪市長やみんなの党の渡辺代表などと共通する言葉になっている。しかし、実際に「官僚改革」という敵対的、否定的な感覚をいかに持ってくるかということが最大の問題になる。問題は、彼らが言っている「官僚改革」が同一かどうかということである。もっと言えば、「改革後の日本の姿」がどれも見えていないということがあげられるのではないか。もともと小沢一郎氏は、民主党幹事長としてB層相手の先導的選挙を行った。小泉劇場型選挙の再来とも言える「政権交代劇場型選挙」である。問題は、B層も二回同じ日と同じ手段には引っかからないということである。要するに、小泉純一郎の劇場は二度目はなかったのと同じで、小沢一郎が他の劇場も二度目はないと思われるのである。そのためには「劇場」を変えるのか、あるいは、「人(役者)」を変えるのかということになる。小沢グループによる橋下維新の会との連携などはまさに「人を変える」ところではないのか。
  いずれにせよ、「政策」で物事を図るのではなく、手っ取り早く誰かを否定することでB層をひきつけるという選挙手法は、民主党のお家芸である。しかし、そのお家芸は、その後の迷走ということで完全に行き詰まってしまっている。否定することではなく、しっかり説いた政策がなければ政権運営はできない。そのことがわかっていなければ、選挙などはできないはずなのに、選挙が行われる。その中ではB層の取り込みということが「他者の否定」で行われ、B層は、その否定を喜ぶという構図を理解しなければならない。そしてその構図の中には、日本の国益という観点はまったく入っていないことに気づかなければならないのである。

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【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(3)否定する相手を探していた鳩山・菅内閣の実像

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(3)
否定する相手を探していた鳩山・菅内閣の実像

 昨日は、民主党内閣のことを書こうと思ったがさきにB層のことを書いてしまった。私の編み出した「水戸黄門現象」これは私の部ログを読んでいただいている方にはおなじみかもしれないが、まさにその現象に喜んでいる一般の人々がB層なのである。
 ではそのB層が作り出した民主党内閣とはどんな内閣であったのか。
 一応簡単に見てみよう。
 鳩山内閣は、基本的には自公政権の日手を行った。否定をすることが自分たちの役目であるかのごとき内容を行った。しかし、問題は自公政権の行ってきたことは、日本の国益にかなうことを行ってきた部分である。もちろん国内的な部分は取り返しも尽くし変更も可能だ。それに対して外交や長期間の経済政策に関していえば、一度舵を切ってしまえば、その方向で進み続けてしまうことになる。
 民主党内閣は、基本的に大きな政府を推進することをマニフェストに記載した。しかし、その内容は以前にここで記したように、統一の理念によって作られたものではなかったのである。自公政権の否定を文字にしたものがマニフェストである。その中には右から左から、さまざまな部分から批判を行っていたために、統一の理念などはまったくない。
 そもそも自公政権もそんなに小さな政府や夜警国家としての理念を推進したのではない。経済政策でも自由競争経済のなのに、安倍内閣の時代ではセーフティーネットを作った。独占禁止法などの権限も強化され、財閥の解体も行われた。北朝鮮はわからないが、中国や韓国よりもはるかに共産主義経済に近い経済政策が、自公政権では繰り広げられていたといえる。しかし、その自公政権の内容よりも「市民政府」を目指し、「権利の拡張」を目指したのである。基本的にはこれらの政策のことを「バラマキ」という単語で表現する。
 しかし、政府というものが民主主義の場合は、国民と切り離すことができない存在であるということを、民主党の人々は気づいていない。もちろん、日本国の政府は日本人のものである。ということは「バラマキ」を行うときには、その財源となるものを用意しなければならない。財源は、当然に政府の資金であり、政府の支出である。政府の支出は、当然に歳入の裏づけがなければならない。単純にいえば、バラマキを行うために、その財源を作らなければならないのである。
 民主党は、その内容を表現するためにマニフェストの中では「予算の組み換えと無駄の削減で16.8兆円捻出」としていた。その象徴が「無駄削減」の中心である事業仕分けであった。事業仕分けは二つの方法で行われた。一つは事業仕分けという穂ひとつのパフォーマンスである。「一位じゃなきゃだめですか」で一躍有名になったその内容は、ひとつには自公政権時代の無駄を削減するというパフォーマンスと、もうひとつにはバラマキの財源を作るという役目を担っていたのである。それだけに削れる予算はほとんどすべて削った。いや、削ってもあまり文句が言われないと思ったものはほとんど削減されたのではないか。しかし、研究開発費用の削減は、日教組から大きな問題にされ、公共工事の削減は、小沢グループからの抵抗にあう。削減したほとんどは、労働組合が強く、なおかつ今まで社会党や民主党などの野党が提案してできたものであったのは皮肉というほかはない。唯一といってよいくらい、そのようなカラミのない予算は、伝統文化の保護とスーパー堤防くらいか。しかし、伝統文化の予算は、民主党から保守離れを起こした。これは小沢一郎幹事長による習近平中国次期主席予定者の天皇陛下謁見とあいまって、民主党は保守派の敵である印象をつけた。また、スーパー堤防などに関しては、まさにその後の東日本震災で非常に大きな問題を作ることになる。
 このように民主党といえどもその影響団体の力があるために労働組合予算などは削れるものではない。要するに、今年もできなかったが公務員給与20%削減などは、マニフェストに書いてあってもできるものではないのである。その姿こそ民主党の新の姿である。
 鳩山内閣は、自公政権の批判をそのままにしながら、その自公政権の否定しきれない部分の壁に当たって崩壊した。要するに安全保障と外交である。自公政権といえども日米関係を機軸にS他外交関係に関しては、しっかりとした外交を行っていた。しかし、鳩山首相は自らの信念であった「東アジア共同体」の推進と、一方で、沖縄の意見を聞いて自公政権を批判するという、やはり国家観と国益観のまったくない政策から、普天間基地移転先を「少なくとも県外」とし、その交渉を行った。しかし、すでに辺野古周辺で決まっていた外交上の約束を日本側が一方的に「日本国内の政権交代」を理由に排除してきたのである。日本は信用できない国となってしまい、日米関係は完全に壊れてしまったといえる。外交と安全保障は、まさに民主党の弱点であったといえる。その民主党の弱点は、自公政権の否定という国内の民主党の存在意義と完全に適合しないものであった。そのために、日米関係のハザマに落ちるように鳩山内閣は瓦解したのである。しかし、この時点でまだ民主党の否定のための否定、批判のための批判体質はなくなったわけではない。まさに「アメリカに対する否定」をしなくなったに過ぎないのである。
 それはその次の菅内閣で明確に現れた。菅内閣は、参議院選挙での敗北後の9月に日米関係を修繕し、それまで「少なくとも県外」で進めてきた普天間基地の移転を、あっさりと日米関係重視ということに変更してしまった。民主党政権の「発言の無責任」さには誰もがあきれたに違いない。しかし、そのように菅首相が決定したとしても、一度おかしくなった日米関係は元に戻らない。長年培った信用は一瞬で崩れるが、それが基戻るのは以上に難しいのである。結局菅政権は外交上はどっちつかずの外交を行うことになった。いわゆる「先送り」である。
 鳩山内閣が、自公政権の否定を行った。自公政権の否定によって、日米関係の悪化と普天間基地の瞑想が生まれてしまった。実に三年たった現在も普天間はそのままであり、夫も最悪な結果が現在できてしまっているといえるのである。そのために、その後を受けた菅内閣は、簡単に事項政権を否定することができなくなってしまったのである。結局、民主党自身が、自公政権が良かったという結論を態度で示すことになってしまったのは、皮肉というしかない。結局、菅内閣は何かほかの何かを否定しなければならなくなった。
  ここで、簡単に復習してみよう。菅内閣は鳩山内閣が5月末に瓦解したために6月のはじめに成立した内閣である。突然の鳩山由紀夫民主党代表と小沢一郎幹事長のコンビの辞職は、世間に衝撃を与えた。その上で、民主党、国民新党、社民党の三党連立が譜閻魔の県内移設が明らかになったことによって社民党の離脱ということを招いたのである。そのために、与党としての枠が少なくなった状態で、民主党は代表選挙を行い樽床伸二氏と菅直人氏の立候補で漢内閣が発足したのである。注目は、菅内閣の組閣であった。もっと言えば、今まで民主党の陣頭指揮を執っていた鳩山由紀夫のグループや小沢一郎のグループをどのように処遇するかということ、そしてマニフェストをどのようにするのかということの二つが大きな問題となったのである。
  しかし、菅内閣はその答えを保留した。答えの保留というのも変な話であるが、6月に川田首相であるが、7月初旬に行われる参議院選挙の投開票まで、鳩山内閣の閣僚をそのまま引き継ぐことにしたのだ。自分が行っていた財務大臣ポストだけは穴が開いてしまうので、副大臣であった野田佳彦副大臣(現首相)の繰上げを行ったが、それ以外はそのままの閣僚としたのである。
  しかし、その参議院選挙は民主党が惨敗する。このことによって国会は「ねじれ国会」になってしまい、国会の停滞を招く。問題はその民主党惨敗の原因だ。これには二つの派閥が出てくることになった。ひとつは、マニフェストそのものがおかしいので、国民に見放されたというものである。もちろん、この見方はある意味で妥当だ。何しろ、八ツ場ダムを中止にするといってもそのほかの関係と調整ができるわけでもなく、高速道路無償化もとてもとてもできるものではない。ガソリン暫定税率もおかしなものであったし、そもそも鳩山内閣が総辞職しなければならなかった普天間基地の問題も、外交を無視したマニフェストが原因とするないようだ。一方、菅直人首相による参議院選挙中の消費税増税発言が問題とする見方も出てきた。菅首相は、マニフェストでは消費税増税はしないと断言しているにもかかわらず、政権交代後一年しないうちにその内容を反故にし、消費税増税を選挙中に発言したのである。これは、さすがに多くの人が驚いた。参議院選挙は漢首相の発言を元に、民主党内で分裂選挙の体となり、惨敗したのだというものだ。漢首相にすれば「バラマキ」を行うための財源として、消費税増税は避けては通れないものであるという考えもあるし、財務大臣として財務省の官僚に言いくるめられたという考えも存在する。しかし、その内容は、選挙中に行うものでもないし民主党内のコンセンサスもとらないで行うような内容ではないはずであった。
  その内容は、まさにその年の九月に再度代表選挙で小沢元代表と菅首相という選択が行われた。その結果は見ての通りである。
  この菅内閣は、これらの流れから、「民主党低迷の諸悪の根源は小沢一郎である」とし、仙谷官房長官を中心に「脱小沢」を行ったのである。
  少し長くなったが、お分かりであろうか。自公政権の否定を行えなくなった、または自公政権の否定で追い詰められた鳩山内閣の代わりの菅内閣は、政策の路線対立とマニフェスト否定ということから、「脱小沢」ということを行ったのである。単純に言えば、何かを否定することでしか求心力をもてない民主党は、民主党内の小沢元代表を否定批判することで残りの部分の求心力を強めようと図ったのである。しかし、そのようなことを小沢一郎元代表は許せるはずがない。そのために「脱小沢」と「親小沢」の対立の構図が生まれることになったのである。
  はっきり言って、おかしいとしか言いようがない。もちろん、同じ政党内における対立が自民党政権内になかったとは言わない。党に郵政選挙における小泉純一郎内閣といわゆる抵抗勢力はかなり有名であり、「小泉劇場型選挙」ということで、小泉首相のキャラクターもあいまって、小泉人気が高まった例はある。しかし、選挙という国民の選択の機会がない状態において、党内対立を作り出すという選択肢はいかがなものであったのか。しかし、逆に菅内閣としては、それ以外に「否定するものがなくなった」という状態であり、その内容は、政策的な対立や個人的な好き嫌いも含めて、「小沢一郎とそのグループ」を否定批判することになった。その否定批判は、まさに民主党が行ってきたマニフェストの否定であり、そして、自公政権移譲の官僚癒着型の政治になったのである。
  漢内閣に関してはこれ以上は続けない。実際に、菅内閣はひどい政治であったことは、まだ記憶に新しいであろう。菅直人氏のすごいところは、まさに、首相を辞めてからも否定が非常に大きいし、やむことがないということである。尖閣問題も震災対応も福島原発も、いずれも菅内閣の執政としか言いようがない。西田昌司参議院銀をして「BKD」要するに「売国奴」という命名がまさにぴったり来るのである。
  その後を受けた野田内閣。しかし、野田内閣はすでに否定するものが亡くなってしまった。日米関係はこれ以上悪化するところはできない。また、自公政権はいまさら言っても仕方がないどころか、菅内閣によって「民主党は自民党よりもひどい」という批評が定着してしまった。よって、いまさら自公政権などといっても何の意味もないのである。そして、脱小沢もさすがにうまく行かない。ねじれ国会において民主党内の結束がなければ法案一つ通すことはできないのである。
  そもそも、鳩山、菅という二つの内閣がその姿勢でおかしくしてしまった上に、本来は否定することによって求心力を得ていた政党が、すでに否定するものがなくなった状態での内閣の編成である。結局は何もできない状態になってしまっているのが現状である。その上、野田氏が財務大臣になったのは、まさに菅首相が首相になったことの繰り上がりであり、棚ボタ式の財務大臣であった。それが本来首相になるはずが内情地で首相になってしまったのであるから、これでは話にならないのである。
  野田内閣になって、菅内閣のときよりもより一層閉塞感があるように見えるのは、まさに否定するもののなくなった民主党の瞑想ということができるのではないか。

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【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(2) 時代劇のヒーローと同じ目線のB層の民主党政権作り

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(2)
時代劇のヒーローと同じ目線のB層の民主党政権作り

 昨日は、批判しかできない政党がなぜ政権をとることができたのかということを見てきた。批判をするということがB層のインテリ思考にぴったりとマッチしたということであろう。何も考えずに、ただ単に人をいじめている。
 自分たちに近い存在が強い権力者に対抗するというのは、江戸時代から日本人の最も好きな構図だ。まさに、日本人はこの構図に憧れこの構図を愛してきた。一心太助と大久保彦左衛門などもそうであるし、遠山金四郎も同じだ。庶民の中にいながら正義を貫き権力にはむかうという構図は、庶民の憧れであった。その対象は、はじめのうちは絶対的権力者に向けられていた。町の有力者というところから、悪代官など、地元での絶対的権力者に向けられたのである。それがねずみ小僧になってくると、悪代官から地元の資本化など商人に向けられるようになる。悪人の象徴が権力で人を虐げるものから、いつの間にか経済的な問題になったということであろう。白波五人男や石川五右衛門のようなところが大きく取り上げられるようになるのである。
 そして、徳川体制という政治体制そのものにメスを入れたヒーローと、政治体制が作り出したヒーローの二種類が出てくる。前者は、真田幸村と真田十勇士であろう。まさに徳川家康という徳川幕府の神君を追い詰めたヒーローとして、そして山里曲輪で結局戦うことなく自刃して果てた豊臣秀頼という、過去のヒーローの残像の情けないトップの下で死を覚悟して突進を繰り返し、神君を追い詰めたヒーローである。もちろん、ただ普通に追い詰めたのではなく、霧隠才蔵や猿飛佐助などの忍者が活躍するのは、非常に痛快であるといえる。
 一方幕府側の差し向けた庶民の味方が「水戸黄門」であり「柳生十兵衛」である。権力の座をうまく隠し庶民の中にいながら、最終的には幕府の権力を使って小悪を懲らしめる構造は、勧善懲悪の模範である。悪人は幕府の作った枠組みのまさに「法律違反者」であり「政治権力者」であるものが、より大きな権力者によって排除される。もちろん、政治権力者であるから万人に悪人なのではない。自分の身内には非常によいことを行い、一般を虐げるという小悪人がまさにその内容である。この構図は、代官というものでなければ遠山金四郎や大岡越前、そして池波正太郎の記した「鬼平」こと長谷川平蔵などもその中に入ってくるのではないか。しかし、代官から大名まで権力者(今で言う中間管理職から子会社の社長)までも排除してしまうのは水戸黄門格である。
 もちろんこの構造は日本人が江戸時代になって突如好きになった構造ではない。庶民に近い姿の権力者が、正しいことを行うという姿は日本人の魂に最もよく影響する。能の舞台にある「鉢木」などはまさにその構造であろう。
 「鉢木」とは雪の降り敷く寒い日に、僧侶に扮した時頼が落ちぶれた武士(佐野常世)の家に一夜の宿を借りると、常世は粟飯を差し出し、大事にしていた鉢の木を焚いてもてなす。そして今は落ちぶれてはいるが、武士の意地を忘れてはいない、いざ鎌倉というときには、老体に鞭打って一番駆けをするという。鎌倉に戻った時頼は、諸国の大名小名に鎌倉参集を命ずる。すると常世は破れた具足を身につけ、老いぼれた馬にまたがって真っ先に鎌倉に駆けつける、それを見た時頼は、常世をまことの武士とたたえ、所領を安堵するという筋書きだ。
 日本人は、この「逆転の発想」が大好きだ。いや日本人だけでなく、世界中個の構造がすきなのは言うまでもない。「マッチ売りの少女」や「フランダースの犬」のようにいじめられ、虐げられた人が、死んで天国に迎えられるという構造はキリスト教の中にもある。しかし、日本の場合は、宗教的に天国と地獄という発想がなかったので、間違いなく逆転の発想は現実の社会の中で起こる。これがまさにヒーローを生む原動力になったといえる。
 どうも現代社会の中にはそのような内容はまったく存在しない。時代劇がなくなり、漫画を原作としたドラマか、あるいは、恋愛を中心にしたトレンディドラマばかりである。ひとつにはヒーローが求められていない事項像なのかもしれないが、もう一方では、関心事が「権力と生活」ではなく、「生活はできるから身の回りのコミュニケーション」ということに変わってきたのかもしれない。
 社会的な分析はこの辺にして、基本的に、この時代劇形のヒーローの作り方にぴったりマッチしたのが民主党政権である。たぶん、これを作り出したマスコミの報道局は、時代劇の勧善懲悪を作っているのとまったく同じ感覚であったに違いない。ドラマはドラマである。実際に作り物でしかない。報道番組がそのようになってしまっていては話にならない。たとえば、水戸黄門などは、実際に諸国漫遊はしていない。実際に本人がいったことがあるのは伊勢参り一回でしかなく、あとは水戸と江戸の往復がほとんどである。そのようなことをしっかりと検証してしまってはドラマにはならないのである。実際にドラマは「作り物である」という合意の中で、娯楽のひとつとして楽しむのである。だから、背景で飛行機が飛んでいても、地面に自動車のタイヤ痕があっても、別に関係ないのである。なぜならばそれは作り物だからなのである。
 しかし、報道はその中ではいけないはずである。しかし、「視聴率をとるため」「視聴者が求めているから」という論理を行えば、当然にそのような「単純勧善懲悪型」の報道番組ができてしまう。この内容こそもっとも報道の中ではいけない。当然に水戸黄門も悪いことは行うことであるし、間違いも存在する。また悪代官もよい人の部分があるかもしれない。まさに芥川龍之介の作品「くもの糸」のように、100%の悪人はいないし100%の前任はいない。くもの糸をたらした展開の住人は、地獄から彼らを引き上げてどうするつもりであったのか。そのような「いたずら心」がある以上、単純勧善懲悪は存在せず、当然にB層の求めるヒーローなどは実在しないのである。しかし、マスメディアはそれを作り出す。そのような実在が存在するかのごとき内容を、報道と意事実を伝えなければならない場面で繰り広げるのである。
 私のように、仮にもマスコミに籍をおいている人間からすれば、報道の内容が以下に空虚で作り物であるのか、ということが良くわかっている。そのような場面に出くわすことは少なくないのだ。
 さて、このように考えると、マスコミの情報をさも「何でも知っているか」のごときに自慢げに話、テレビのアンケートなどでマスコミの論調と同じことを鸚鵡返しに話している「一般人」とされる人々のなんと馬鹿なことか。実際に政治のこと、たとえば消費税のことや社会保障のこと、尖閣諸島のことなどはすべて自分のみに跳ね返ってくることである。尖閣諸島が中国の手に落ちれば台湾海峡の安全がなくなる、そのときは日本の海上輸送は根本から違った観点で見直さなければならない。たとえば台湾海峡を通らない航路で日本に輸送するとなれば、外洋を通ることになり、それだけ危険な海上輸送をしなければならない。その部分は保険や危険手当などですべて日本人の生活に跳ね返ってくるものなのである。しかし、尖閣諸島そのものの問題が、自分の身の回りの生活の問題として考えることができない。要するに自分で調べもせずただ単純に思考力なく、そのままマスコミの論調を一般人の代表であるかのごとき話をする人意図が多いということが、日本の政治というよりは民主主義そのもののもっとも不幸なところなのではないだろうか。何も尖閣諸島のことを小学校のころから教えろとはいわない。台湾海峡から海上輸送のことまでうsべえを小学生に詰め込んでも仕方がないのかもしれない。しかし、日本には海上輸送でさまzマナ物が輸入されているということと、領土問題が非常に日本にとって重要であるということは学んでいてもよいのではないか。それらを結びつけるのは、高等教育になってからでもかまわないのである。
 さて、それらB層が、民主党政権を作り出しだ。上記のように、自分の不満に対して庶民の見方のヒーローを生み出したのごとき内容で民主党への政権交代を国民が選択したのである。しかし、その民主党の政治が批判のための批判でしかないということは、昨日の部ログですでに言ったとおりである。しかし、その批判のための批判、過去の否定しかできない民主党が政権をとってしまったのである。しかし、批判のための批判しかできない人々の集団に大きな政治ができるはずがない。国家のことを考えたゼロからの九美上や、ほかのこととの調整ができるはずもないのである。
 そのことはすぐに露呈する。そして露呈した時点で鳩山内閣は崩壊したのである。きょうは、本来鳩山内閣の崩壊から野田内閣はできるはずがなかったということを書くつもりであったが、実際にB層の話のほうが大きくなってしまった。B層の話は、この連載の広範にもう一度しっかりと書いてみたい。そして彼らが何も考えないでマスコミの論調に組していることこそ、日本の閉塞感の原因であり、同時に、その内容こそ日本の病巣であるといえるのである。

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【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(1) 序章としての民主党内閣ができた理由

【短期連載】 野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体(1)
序章としての民主党内閣ができた理由

 本日は4月25日であると思う。日程をしっかりと書いておかないとならない。なぜならば、これを書いているのはそれより前だからである。通常、このブログは、前日に記載してアップすることにしている。一応「C級」といいながらも「ニュース解説」であるから、まったく「ニュー」でない記事を書くわけには行かないのである。しかし、渡井sの出張や病気などさまざまな理由でブログをアップできない状態も考えられる。そのために、そのとき要の文章をしっかりと前もって書いておかなければならない。特に海外出張の場合などは、その国のインターネットの接続環境がどのようになっているかということが最も大きく影響する。外国語ができず、なおかつコンピューターにも詳しくない私にとって、海外でインターネットに接続することは至難の業である。韓国などは、安いビジネスホテルに泊まり、日本と同じようにLANケーブルをつなぐことで何とかなているが、それでも不安なものは不安である。特に今回の出張は中国であるから、非常に心配である。
 中国は、昨日のブログでも書いたと思うが、現在の政争の真っ只中に入ることになっている。失脚したと日本で報道されている薄重慶市前書記と会ってこようというのであるなかなか大変というほかはない。今回は、以前大連市での関係などが認められたことと、私の友人が国務院の中で偉くなっていること、また、私自身が薄前書記だけでなく谷開来弁護士とも知り合いであるということなどが評価され、特別に許可されたものである。ちなみに開来弁護士は、マイカルが大連に出店したときの顧問弁護士であり、私が法務部であったので、その関係は正当な関係であることが証明できるのである。
 そのような状態で中国の政争の真ん中に行くことになるのであるが、実際に、そのような中に入るときに、ホテルでインターネットなどをしていると、ひどい目にあう可能性は高い。なるべくおとなしく、なおかつ静かにしており、同時に外、特に日本との連絡を緊急時以外は行わないという状態にしなければならないのではないか。実際に中国のネット事情はかなり危ない。そのために、基本的には全て検閲されていると思って間違いはない。
ということで、少々長くなったが、今日は23日までに書いたこの記事で短期連載を行うこととする。非常に大きなニュースがあった場合は、帰国後にその解説を行うことにしよう。

 さて、とはいえこのような文章を書くときに最も困るのは「いつまで、何回連載するか」ということである。今回は幸いというか不幸というかは別にして、そのままゴールデンウィークに突入する。最大で13日も連載が続けられる環境にあるのだ。ゴールデンウィークは基本的に政治は動かない。中国はメーデー休みでやはり何も動かない。そのために、この時期に何を書くのかというのはもっとも大きな問題になる。新聞各紙もこの間の紙面の作成はかなり苦心する。週刊誌などは「ゴールデンウィーク合併号」などとして休刊にしてしまうのである。
 個人のブログをここまで考えなくても良いのであるが、逆に、毎日やっているのでなんとなく毎日の流れで流されて欠けないことや個人的な意見を書く場として最も良い場所ではないかと考えているのである。
 さて、これだけ長々と前置きをして、今回は、「野田内閣考、平成の閉塞感のB層による衆愚の正体」として、普段かけないこと、または書いていながらも、その内容を中心に書くことのない事を書いてみたいと思う。

 まず第一回は「野田内閣」についてである。
 野田内閣の評価などはそんなにここで書く必要はない。実際に民主党の内閣に関して言えば、いまさら私がここで書くまでもなく、ダメであることは当然にわかりきっていることなのである。そもそも、綿医者「民主党の闇」という本で、「批判しかできな人は、ゼロから物を作ることはできない」という論理の本を上梓している。そもそも、彼らが行っていることは、55年体制以降続いてきた「自民党政治」というものの否定でしかなく、その否定することが最も重要な仕事であり彼らの政治の中心であった。批判すること、否定することは簡単である。物事をゼロから作るということは、当然に、今まで既存の存在との齟齬を直さなければならないし、新たな体制に合わせて予算も人員も配置しなければならない。何よりも、「変える」事に対して、「全体のバランス」を考えて「結果に責任を持つ」ということが必要である。
 これに対して「否定」するのは簡単である。全体の中のひとつの事象は物事の観点を示し、不公平感を協調すればよい。その発言は全体のバランスを著しく欠いていてもかまわず、また全体のバランスや国益などを考えなくてもまったく関係がない。その上で、いかにも国家のことを考えているか、国民のことを考えているかのように装い、なおかつ、批判している相手が以下に国家国民のことを考えていない集団であるかのごとき振舞うのは、そんなに難しいことではない。もちろん、その中心は「一観点から見た不公平感」であり、不公平を生み出すことそのものが非常に大きな害悪であるとすれば良いのである。特に、その不公平感いよる犠牲者を「弱者」としてしまえば、国民の多くの同情を買うことができる。その内容は、あくまでも「全体のことを考えていない」ということが中心であるからできる。
 このことは、民主党政権ができてからすぐに露呈する。民主党内閣はすぐに「事項税権の全否定」を行うのである。もちろん、それまでの否定が、ひとつの理論に基づいた内容であるならば、全否定してもなんら問題がない。資本主義経済、自由主義、民主主義社会を、全否定し、全てを共産主義経済、社会主義全体主義一党独裁社会に返還するというのであれば、それは非常にすっきりする。しかし、民主党政権の場合は、そのような統一した論理やイデオロギーに論拠した批判はまったく行わなかった。あるときは左翼的な観点から、あるときは右翼的な観点から否定をした。その統一的な論拠は完全にばらばらであったのである。要するに「否定のための否定」「批判のための批判」であって、建設的な国家国民のための批判を行ったものではないのである。
 否定しかしていない人々に、国家のことをゼロから考えられるはずがない。そのことは、上記の論理から自明のことである。単純に言えば、「全体のことを考えている」人と「一観点から見た不公平感」しか考えていない人では、根本が違うからだ。それでも国民はあまり大きな衝撃を持ってそのことを受け止めなかった。彼らはすべてをひていするいがいにはなかったが、そのことが、憲法や法律に違反することになることなどはまったく理解しなかった。ただ「パンとサーカス」のたとえのとおりに、既存のシステムを壊すことに喝采を浴びせたのである。
 ここでB層といわれる集団が登場する。
 このB層について、例によってウィキペディアの記載をここに転用する。

<以下ウィキペディアより抜粋>
 B層(―そう)とは、郵政民営化の広報企画にあたって小泉政権の主な支持基盤として想定された、「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」のこと。
 2005年、小泉内閣の進める郵政民営化政策に関する宣伝企画の立案を内閣府から受注した広告会社「スリード」が、小泉政権の主な支持基盤として想定した概念である。
 スリード社の企画書では国民を「構造改革に肯定的か否か」を横軸、「IQ軸(EQ、ITQを含む独自の概念とされる)」を縦軸として分類し、「IQ」が比較的低くかつ構造改革に中立ないし肯定的な層を「B層」とした。主に主婦や教育レベルの低い若年層、高齢者層を指すものとされる。
 上記の企画書がネット等を通じて公に流布されたため、資料中に使用された「IQ」という知能指数を示す語や露骨なマーケティング戦略が物議を醸すところとなり、国会でも取り上げられた
 スリード社の企画書は、国民を「B層」を含む以下の4層に分類している。
 「A層」
 エコノミストを始めとして、基本的に民営化の必要性は感じているが、これまで、特に道路公団民営化の結末からの類推上、結果について悲観的な観測を持っており、批判的立場を形成している。「IQ」が比較的高く、構造改革に肯定的。
構成
財界勝ち組企業、大学教授、マスメディア(テレビ)、都市部ホワイトカラーなど
 「B層」
 郵政の現状サービスへの満足度が極めて高いため、道路などへの公共事業批判ほどたやすく支持は得られない。郵政民営化への支持を取り付けるために、より深いレベルでの合意形成が不可欠。「IQ」が比較的低く、構造改革に中立的ないし肯定的。
構成
主婦層、若年層、シルバー(高齢者)層など。具体的なことは分からないが小泉総理のキャラクター・内閣閣僚を支持する。
 「C層」
 構造改革抵抗守旧派。「IQ」が比較的高く、構造改革に否定的。
構成
上記以上の分析はない。
 D層?(命名なし)
 「IQ」が比較的低く、構造改革に否定的。
構成
既に失業などの痛みにより、構造改革に恐怖を覚えている層。
<以上ウィキペディアから抜粋>

 要するに、広義には政策よりもイメージで投票を行う層を指し、ポピュリズム政治に騙されやすい層を意味する。
 インターネット上では政治に疎く感情で動く層を揶揄する目的で使われている。同時に、マスコミなど雰囲気に流されやすい人という意味であろうか。いずれにせよあまり自分でものを考えない層ということで「B層」ということを使うのである。
 このB層が、単純に批判する人々を非常にかっこいいと思っているのである。このB層は、まさにテレビと同じ事を言っていれば自分もインテリジェンスの仲間入りをしたかのごとき錯覚を行い、その錯覚がまさに間違えた選択を誘発するのである。自分で考える施行がない人々はどうしてもそのようになってしまう。
 麻生内閣の補正予算の執行中止などは、まさに法廷根拠はまったくない。予算に関する権限が国会にしかないのに、そのことを記載した憲法に反する内容を、拍手で迎えるというナンセンスなB層は、まさに現在の民主党政権の中心手金支持層であったのである。
 また、事業仕分けなどというわけのわからない人が、官僚を「いじめている」姿を絶賛するわけのわからない風習は、それまでのテレビの影響である官僚悪人説の象徴であるということしかいえないのである。そのB層に、迎合するわけではないが、完了の改革が必要という別な流れとあいまって、官僚否定そのものが中心になってくるのである。
 しかし、そのような否定と批判から出てきた政権はいつか終わりが来る。
 鳩山内閣は1年持たずして崩壊し、その後の菅内閣は、批判しかできなかった民主党の姿を国民にさらけ出した。この菅内閣に対する評価こそ、民主党の正当な評価ではないのか。
 いつもは、政治は政治だけ、トピックはトピックだけで話をしているが、今回の連載は、民主党内閣と日本の閉塞感を横串的に見てみたいと思う。

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中国政治戦争の中間報告

中国政治戦争の中間報告

 実は、本日より私は中国に出張することになっている。
 中国出張の目的は、せっかく行くのであるから日本で懸案にな手いるさまざまな話をすることになると思うのであるが、もっとも大きなものは薄熙来関連である。
 私のメールマガジンを呼んでいただいている方ならわかると思うが、私は昔マイカルという小売業に勤めていた。マイカルでは法務部に勤務をしており、多くの法律事案を担当してきた。法律事案と一口に言ってもさまざまなものが法律事案である。契約交渉、契約作成、契約の履行、トラブルのときの裁判。その上、それらにならないように事前の行政との折衝や法律に関する情報の収集など、さまざまな内容が法律事案として存在するのである。日本は法治国家である以上、何をするのも法律である。電車に切符を買って乗るのも法律で保護されており、無賃乗車をするとつかまってしまう。これも法律で保護されているからである。もっと言えば、道路を歩いていても法律の問題である。転んで怪我をしたとなれば、転んだ原因によっては訴訟になる。道路がぼろぼろで躓いたなどは、まさに行政訴訟の第一歩ということになるのだ。
 法務部の仕事は矮小化すれば訴訟だけということが言えるし、広げれば法治国家である以上どこにでもなんにでも首を突っ込むことができる。これが法務部の実態なのである。
 そのような中で大連のプロジェクトに参加した。そのときの大連市長が薄熙来であった。当時よりなかなかの美男子で、また、出世頭でも会った薄熙来は、中国の中でも期待の星であった。当時の私の印象では非常にクリーンな政治家であり、また、イギリスなどの外国との関係を重視する開明派であったと思う。薄熙来氏とは、それ以来の付き合いである。マイカル退職後も、大連や瀋陽、北京などで食事をすることもあったし、東京に来たときに帝国ホテルんかれの部屋で深夜までさまざまなことを語ったこともある。実際に、日本ではそのときの権力者や有名人ばかりが注目される。しかし、私たちにしてみれば、最もトップに言った人は、今後下がってゆくしかない。要するに私の将来において、私がさまざまなことをするときには、すでにいなくなっている人々である。外国の場合はいつ政変が起きるかわからないし、日本のマスコミは有名人しか扱わない偏向した報道しかしないので、基本的に自分で情報を集めなければならない。その情報の中で薄熙来氏は私にとっては非常に重要な人物であったといえよう。

「ミニ毛沢東」薄熙来の失脚は必然だった

 永久保存処理を施され、中国・北京中心部の霊廟に安置されている毛沢東の遺体は、今も多くの人々が拝観に訪れる。最高指導者として毛の跡を継いだ鄧小平は、遺灰を海に撒かせた。その後の中国指導者たちはさらに控え目だった。
 だが、毛沢東に対するのと同様の個人崇拝を現代中国に蘇らせることが可能だと考えた政治家がいた。「太子党」(党高級幹部の子息)の一人で重慶市の党委員会書記を務めていた薄熙来(ボー・シーライ)だ。結局、彼の考えは間違いだったようだ。
 薄は数カ月前まで、今秋の党大会で最高指導部・政治局常務委員会に入ると目されていた人物。中国政界の新星だった。彼の攻撃的な政治手法は、重慶市民には人気だった。開発を促進し、貧困層に優しい政策を推進したからだ。同時に、毛沢東を想起させる革命歌や銅像やスローガンを使ったりしていた。
 すると2月に、薄の部下である王立軍(ワン・リーチュン)副市長・前公安局長が米総領事館に駆け込む騒ぎが発生。事件の影響を受け、薄は3月に重慶市トップの共産党委員会書記の職を解かれた。
復帰の可能性も排除できないが
 そして4月10日、薄は党政治局員と中央委員の職務を停止された。一方妻の谷開来(クー・カイライ)は、昨年11月に重慶のホテルで死亡した英国人ビジネスマン、ニール・ヘイウッドの殺害容疑で身柄を拘束された。
 地元警察はヘイウッドの死因を「アルコールの過剰摂取」と断定し、検死もせずに遺体を火葬した。しかしイギリス外務省が中国政府に詳しい調査を要請していた。ヘイウッドは簿の妻子と知り合いで、谷とは仕事上対立していたという話もある。
 数々の疑惑の立証は困難だが、政治的には失脚は当然のなりゆきだろう。薄はあまりにも物議を醸し過ぎた。彼の処分が軽過ぎれば、共産党指導部が一枚岩でないことの証左と映っただろう。党の分裂状態が明らかになって、国民の間に経済的・社会的な不和が広まることを恐れる指導部は、団結を示す必要に迫られていた。
 薄の失脚が最終的に、中国の改革政策にとってどんな意味を持つかはまだわからない。おそらくはっきりと知ることはできないだろう。薄の運命すらどうなるか分からない。彼の政治生命は終わったとの見方が大半だが、復帰の可能性もあるという見方もある。
 どちらにしても、中国の野心的な政治家たちは薄の経験から学ぶだろう。目立つことを避け、家族や仲間の行動にもっと注意を払い、どんな悪事も完璧に隠蔽して否定できるようにしておくべきだ、と。
 共産党が求めているのは、言わば「非個人崇拝」とも言うべきもの。細心の注意で成長の舵を取っていく上で必要なのは、顔のない官僚組織。決して簿のような「ミニ毛沢東」ではない。党幹部やその家族が、権力や人脈を濫用するのはある程度仕方がない。ただし、バレることは許されない。

2012年04月11日20時22分 提供:ニューズウィーク日本版
http://news.livedoor.com/article/detail/6459320/

薄熙来事件の余波で市公共プロジェクトが中止に=負債は全国最悪レベルに―重慶市

 20日、台湾紙・聯合報は薄熙来(ボー・シーライ)事件の余波を受け、重慶市では次々と公共プロジェクトが中止に追い込まれていると報じた。写真は重慶市地下鉄1号線。2012年4月20日、台湾紙・聯合報は薄熙来(ボー・シーライ)事件の余波を受け、重慶市では次々と公共プロジェクトが中止に追い込まれていると報じた。
 先日、薄熙来・前重慶市委書記が「重大な紀律違反」容疑で更迭された。重慶市での業績にを否定するものではないとアナウンスされているが、実際には薄前書記が推進したプロジェクトが次々と中止や再検討の対象になっているという。
 地下鉄座席にヒーター設置、イチョウ並木にLED灯設置、100万人大植樹運動、長江沿岸200キロ花壇などが中止・再検討の対象だという。薄前書記は毎年数十億ドルもの巨費を都市整備に費やし、重慶市を中国で一番成長した都市にすることに成功した。その一方で負債が全国最悪レベルに達しているという。(翻訳・編集/KT)

2012年04月22日19時54 提供:Record China
http://news.livedoor.com/article/detail/6493070/

 もちろん、中国国内における内容では「太子党」「青年同盟」などというグループ化されている。しかし、私からすれば、太子党などといっても、「二世議員」「世襲」という感覚しかない。では、人口が中国の10分の1の日本で「太子党」はどうであろうか。小沢一郎、鳩山由紀夫、田中真紀子、麻生太郎、安倍晋三、福田康夫、いずれも「太子党」であるが、その政治に対する考え方はまったく違う。単純に言えば「二世」というだけでそれ以上の話は何もないのだ。鳩山由紀夫と鳩山邦夫などは、同じ二世(三世?)であり兄弟でありながらその感覚は異なるではないか。そのような状態であるにもかかわらず、人口が10倍ある中国で「世襲かそうではないか」ということで分類するのは、私自身そんなに単純化できる話ではない。
 ただ、この「太子党」が有効に作用するのは人民解放軍の部分である。人民解放軍は中国共産党と並んで唯二つの中国全土への展開を許された組織である。当然に軍人は上下関係がしっかりしたピラミッド型の組織だ。その組織を把握しているかしていないかは、確かに非常に大きなファクターになる。しかし、それだけで何とかなるものではない。
 その「何とかなるものではない」というのが、今回の薄熙来をめぐる政治闘争であるといえる。政治闘争は当然にさまざまな形で発生し、小さなことでも非常に大きな内容として海外に報道される。特に、中国のように、共産党一党独裁で情報が制限されている国家においては、その内容はかなり大きな問題になるのである。
 さて、今回の出張では薄熙来前重慶書記と会ってこようと思っている。それなりに話もできる環境を整えたので、体調やそのほかの仕事などを無視し、関係者には申し訳ないが、最優先で中国への出張を行うこととした。
 明日以降もブログは交信しますが、今日現在書いてあるもので対応します。よろしくお願いします。

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マスコミ批判に関する一考(92)  事故事例ですべてを禁止してしまうことの是非

マスコミ批判に関する一考(92)  事故事例ですべてを禁止してしまうことの是非

 今日は、「あえて」議論をする意味でこの文章を書く。ある意味で、内心思っている人も少なくないのではないか。ただ、犠牲になった方やその遺族の方々には非常に苦々しい意見なのかもしれないので、このようなことを書く人は少ないのかもしれない。あえて、私はその部分を書いてみたいと思う。
 日本という国家は、ひとつの事故が発生するとその事故に関して過剰に反応する。特にマスコミ、それもテレビのワイドショーは、さも自分だけが知っているかのごとき体で、大げさに、そしてセンセーショナルに取り扱うのである。はっきりいってテレビを見ている側は「そこまでしなくてもよいのではないか」という感覚が持つことは少なくない。実際に、そのような批判が出てくることも少なくないのである。
 この内容に関して、テレビの貴社は「画になるかどうか」ということが大きな問題である。単純にいえば、被害者の方のことも加害者やその遺族の方のことも、社会のことも何も関係なくそのような報道を行うのだ。テレビというものはそういうものである。しかし、その内容は社会には大きな問題として出てくることになる。社会的には「マスコミで扱った」ということが非常に大きな問題として取り上げられ、すぐに立法につながる。その立法は、行政に力がないために、すぐに「全面禁止」となる。
 今回はてんかん患者の自動車運転免許ということになるのであるが、今までも、「オレオレ詐欺」から「銀行のATMの振込み制限」が挙げられ、振込みなどの手続きでは非常に不便になった。また、一昨年の焼肉店の低価格ユッケの食中毒事件では、ユッケだけでなく今年の6月からはレバ刺しまですべてが発売禁止になる。秋葉原の通り魔事件のあとではバタフライナイフの販売が全面禁止になる。
 法律で流通を禁止するということは、その禁止された商品を扱っている関係者の雇用を奪うことだ。景気の悪い時期にそのようなことをしてよいのか。たとえばユッケやレバ刺しに関しては、なぜ河豚のような免許制にならないのか。銀行の振込みの制限に関しては、なぜ銀行が声をかけるなどの接客サービスとならないのか。接客サービスを行うようになればその接客サービスから雇用が発生知るばかりではなく徒歩圏内の顧客との間に地域のコミュニティが生まれることになり、地域全体の犯罪抑止にもつながるはずである。そのようなコミュニケーションと許可制を組み合わせた行政対応は、なぜ行われないのか。それは単純に行政に手間がかかるからであるとしか言いようがない。その行政に手間がかかるからといって、それを放置し、行政と一緒になっててんかん患者をいじめたり、生肉の流通業者の仕事を奪ったりしてよいのか。そうではない。彼らも納税者であるのだから、当然にそれらの内容をしっかりとしなければならないのではないか。行政の不手際と、その禁止範囲の行き過ぎ、そこから出てくる経済の失速や雇用の現象ということに関して、しっかりとしたシュミレーションができたいない。それをただセンセーショナルに視聴率のためだけに報道を行うのは、よいことなのであろうか。

てんかん無申告 波紋

 祇園で起きた19人死傷事故で、暴走した軽ワゴン車を運転していた呉服店社員・藤崎晋吾容疑者(30)(死亡)が、持病のてんかんを申告せずに運転免許を更新していたことが波紋を広げている。病気と事故との因果関係ははっきりしないが、病気や患者そのものを中傷する電話が患者団体に相次いでいるという。一方、「無申告」については法改正の動きも出てきた。
■「正しい理解を」
 12日の事故発生後、てんかんの患者や家族など約200人の会員でつくる日本てんかん協会府支部(京都市上京区)に、一般の患者や病気そのものを非難する内容の心ない電話が何本も入った。同協会(東京)のホームページにはアクセスが殺到し、その後、閉鎖された。
 同支部関係者は、藤崎容疑者が先月に運転免許を更新した際、持病を申告していなかったことに「他の患者に迷惑がかかるのがわからんのか」と怒りが収まらない。「病気を隠して免許を得ていた」という事実が一人歩きし、「てんかん患者の運転は危険」との偏見につながっているからだ。藤崎容疑者は同支部には加盟していなかったという。
 道交法施行令では、2年間発作がなく、今後も一定期間に発作が起こる恐れがないなどの診断を受ければ免許の取得・更新が可能。
 同支部では、患者が運転免許の取得や更新を行う際は、正しく申告することなどを訴えるポスターを府内の病院に掲示しているほか、専門医を招いて治療法や運転の注意を促す講演会などを開催しており、国に対しても、交通運賃の減免制度や、患者の雇用を促す制度の整備などを求める街頭署名も積極的に行っている。
 日本てんかん協会(東京都)は事故翌日の13日、「てんかん患者が社会的責任を果たさなかったことは極めて遺憾。無申告での運転免許取得は絶対しないよう強く訴える。法律を守る患者への偏見が助長されないことを心から願う」との声明を出し、同支部関係者も「大半の患者は法を守り、会員も免許取得には非常に慎重だ。実態を知らない中傷に心が痛む」と嘆いている。
■有識者会議設置へ
 祇園の事故から1週間を迎えた19日、警察庁は、持病がある人が起こす重大事故が相次いでいることを受け、免許の取得・更新時に持病を申告しなくても罰則がない現在の道交法を改正することも視野に入れた有識者会議を設置する方針を明らかにした。
 この動きの発端となっているのは、昨年4月、栃木県鹿沼市で、てんかんの持病がある男(服役中)が運転するクレーン車が小学生の列に突っ込み、6人が死亡した事故で、男は、てんかんを申告せずに免許を取得し、事故時は発作で意識を失っていたとされる。
 鹿沼市の事故では、宇都宮地検が危険運転致死傷罪(最高懲役20年)の適用を「条文上の危険運転にはあたらない」と見送って自動車運転過失致死罪(同7年)で起訴し、宇都宮地裁で懲役7年の実刑判決が確定した。これに対し、遺族らは祇園の事故が起きる3日前の今月9日、てんかんの持病を申告せずに免許を取得して起こした事故などに危険運転致死傷罪の適用を可能とする刑法改正などを求め、法相らに約17万人の署名を提出した。
 事故で次男卓馬君(当時11歳)を亡くした大森早折さん(36)は祇園の事故も踏まえ、取材に「患者さんも加害者になってからでは遅い。国は早急に法整備をすべきだ」と強調する。
 一方、9日の要請について同協会は、「てんかんだけを対象に厳罰化を求める内容で、病名による差別を助長されかねない」との懸念を表明している。
■てんかん 大脳の神経が一時的に過剰に活動する発作を繰り返す病気。発作の際、10分の1秒程度から数分間、意識障害が起きるが、その程度には個人差があり、完全に意識を失うケースのほか、話は聞こえても認識ができないなどのケースもある。患者は全国で約100万人と推定され、適切な治療で大部分の発作はコントロールできる。(林華代)

読売新聞(ヨミドクター) 4月21日(土)17時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120421-00000304-yomidr-soci

 あえてここで繰り返す。この犠牲者の感情を考えればこのようなことをいえないし、犠牲者の遺族のことを考えれば、てんかん患者すべてが悪人に見えるのかもしれない。中には自動車が悪く見える人もいないではないであろう。ご冥福をお祈りするとともに、それらの考えを否定するものでもないし、当然にそれらの感情は理解するものである。
 しかし、社会の制度として、何かひとつの事件や事故が来た場合に、「すべての禁止」がよいのかどうかということが問題なのである。すべての禁止をするかどうかということは、その禁止後のしっかりとしたシュミレーションがなければならない。てんかん患者の運転免許を取り上げることは、ある意味事故の防止という観点で問題はないのかもしれない。しかし、その場合、そのてんかん患者も日本国民であり、なおかつ生活者である。同時に、病気であるのだから、本人の過失や故意でどうにかなっているものではないのだ。要するにてんかん患者も被害者なのである。その被害者に対して、すべて禁止するというだけで、その後のフォローをしないということはどういうことなのか。もっといえば、車を使う仕事をしていれば、その仕事をやめさせなければならない。そうすれば解雇の危険がある。今回の京都の事件の加害者もそのような感覚を持っていたに違いないと推測する。仕事がなくなれば、景気が悪いのであるから次の仕事が得られるかどうかわからない。それらのことまですべてフォローをする法律をしなければならないのではないか。
 日本の場合、以前にも書いているが「水戸黄門現象」というものがある。これは私が作った造語であるが、要するに水戸黄門のように、過去やその人の背景を無視し悪代官は完全ある悪代官であるかのごとき内容を報道してしまい、社会悪にしてしまう。そして、マスコミもしくは被害者がさもヒーローであるかのごとき報道を行い、社会的な背景を無視して「単純な勧善懲悪」の構造を作り出して、その構造の内容で報道を行ってしまう。しかし、悪代官の配下のものも、悪代官のために水戸黄門に刃向かって切られてゆくのである。とうぜんに悪代官は以下のものにも家族がいる、生活がある。しかしそのようなことなどはまったく関係がなく、水戸黄門は笑ってその地を去って行くのである。
 マスコミはまさにそのものの状態になっており、それを手をたたいて、テレビの中のこととしてドラマ化作り物を見ているかのごとき出、他人事の井戸端会議をしている。おばさんたちの井戸端会議もネット上の掲示板も同じような状態になっている。責任を持ったしっかりとした議論、または、関係のすべてをしっかりと見ることのできる建設的な意見が出てこない。ただ、被害者感情の向くままに、すべてを禁止して終わってしまう。
 それでよいのか。そうならないためのマスコミではないのか。
 そのような水戸黄門現象による「単純な勧善懲悪」無責任な井戸端会議が作った政権が、問責決議をされる大臣が6名もいて、なおかつ、政治が停滞し震災の復興も1年たっても何もない。
 このマスコミの「水戸黄門現象」を、終わらせなくてはならない。マスコミはそのことを自覚すべきではないのか。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(54) 中国における訴訟の勝ち方(6)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(54)
中国における訴訟の勝ち方(6)

 訴訟というのは法廷で戦うものであるが、実際には法廷の内容はほんの少しだ。いきなり何を言っているのかといわれてしまうようなことを書いた。実際のところ、中国だけでなく、どの国の法廷でもそうである。事前の調査や論理の組み立て、法律的なアプローチ、書面や資料の整理や作成などが最も重要である。そのことは中国でも一緒だ。問題は中国でそれらの作業を行うときに、中国人のメンツが大きく影響するということではないのか。今日は、その事前の会議について少し書いてみたい。
 中国において訴訟をされるということはあまり大きな問題ではない。訴訟をされることは問題ではないが、訴訟に負けるということはメンツを損なうことである。そのためにそのメンツをいかに維持するか、負けるにしてもメンツを失わない負け方をする。実際に、100%負けるという訴訟もないわけではない。しかし、その場合も・・・・・・・・・・・。

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問責決議後に「職責を果たす」って、日本語も憲法もわかっていない民主党

問責決議後に「職責を果たす」って、日本語も憲法もわかっていない民主党

 20日午前、前田国土交通大臣と田中防衛大臣が相次いで、参議院本会議において問責決議か可決した。問責を辞書で引くと、

もん‐せき【問責】
[名](スル)問いただすこと。責任を問うこと。「担当者を―する」
 
 とある。これに対し、田中大臣、前田大臣だけでなく、藤村官房長官、野田総理大臣まで「辞任をしないで、職責を果たしてほしい」といっている。
 はっきり言って「馬鹿」ではないか。バカでないとするならば「日本語がわからない」のかもしれない。上記のように問責とは「責任を問うこと」要するに、責任を問われなければならない状態であるということ、要するに「職責が果たせていない」ということである。今まで、1月以降大臣に就任していながら、その職責が果たせていない大臣に対して「引き続き職責を果たしてほしい」ということは、今までの仕事ぶりでよいということを言っているということだ、要するに、田中大臣のように、まったく無知で勉強もせず、予算委員会の間にコーヒーを飲みに行ってしまうようなことで、「職責が果たしていた」ということなのであろう。要するに、野田内閣の閣僚の責任というのは、その程度で責任を追うような仕事をするということなのではないだろうか。また、前田大臣のように、公職選挙法に違反し、大臣の地位を利用して民主党候補に投票するように影響団体など、国土交通大臣が建設業者に対して「命令」するような「法律違反」をすることが、職責を果たすということなのか。
 要するに、野田内閣の閣僚というのは、国会の審議を軽視してどこかに消えてしまい、閣僚の所管業務に関してほとんど無関心でも国民の税金で秘書官を雇い、車を持ち、大臣室を持ち、特別な手当てをもらう。その上、日本の危機に際して無関心で連絡もなく、または法律違反をしてもなんとも思わないような人々が、なんと閣僚で職責を果たしているというのである。
 まさに、民主党の内閣、閣僚の状態がこれに象徴されている。考えてみれば、過去にもFTAや乗数効果がわからないでも財務大臣になってい他人もいるし、その次の財務大臣は異常な円高に際しても「見守る」というだけで何もしなかった。その双方が首相になっている。その前の首相は、「トラスト・ミー」といいながらも、まったくトラストできず「ルーピー」といわれていた。
 また、他の閣僚もどうかしているのが多い。「法務大臣は二言覚えておけばよい」というものもいるし、目の前で原子力発電所の建屋が爆発していながらも、「安全です」といっていた経済産業大臣もいるくらいだ。その前の経済産業だ人は「放射能つけた」などと遊んで何日かでいなくなってしまった。あまりにも幼稚で、言葉に信頼性がない。こんなことでよいのか。はっきり行ってこんなのが大臣というのは国民が馬鹿にされ手いるということに他ならないのではないか。

田中、前田氏の問責可決

 自民党などが提出した田中防衛相と前田国交相に対する問責決議は20日の参院本会議で、それぞれ野党の賛成多数により可決された。決議に法的拘束力はなく、野田首相は2人の更迭を拒否する構え。一方、自民党は2人の辞任を求め衆参両院で全面的な審議拒否に入っており、攻防は激しさを増す。消費税増税関連法案などの審議にも影響が出るのは必至だ。問責可決後、田中、前田両氏は続投の決意を強調。

2012年4月20日(金)11時12分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2012042001001456/1.htm

【2閣僚問責】前田国交相と田中防衛相が続投を表明「責任を果たしたい」

 前田武志国土交通相と田中直紀防衛相は20日、自らに対する問責決議可決後、記者会見などで続投する意向を表明した。
 前田氏は会見で「結果は真(しん)摯(し)に受け止め、大臣としての責任を果たしたい」と述べた。田中氏は「いろいろと(野党から)指摘があった。肝に銘じて、新たなスタートとして防衛相の責任を果たしていきたい」と記者団に語った。

2012年04月20日12時01分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6487126/

自公、2閣僚の更迭要求=民主「しっかり支える」

 自民党の谷垣禎一総裁は20日午前、党本部で開いた会合であいさつし、前田武志国土交通相と田中直紀防衛相について「2人の閣僚が資質に乏しく、極めて不適切な行動を取ったことは間違いない」と批判した。その上で、野田佳彦首相に対し「命を懸けて税と社会保障の一体改革に取り組もうというのであれば、きちんと整理しなければならない」と述べ、更迭を求めた。
 公明党の山口那津男代表も参院議員総会で「野田首相に覚悟があるのならば、しっかりと問責決議の重みを受け止めてほしい」と同調した。
 一方、民主党の輿石東幹事長は参院議員総会で「私たちは2大臣をしっかり支え、政権与党として責任を果たす」と強調。「最近は守りに徹しているが、反転攻勢、自信を持って今までの実績をアピールしていく必要がある」と語った。 

2012年04月20日12時00分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6487145/

 さて、もうひとつ問責というのは、国権の最高機関である国会(立法府)が、その立法府の多数派から選出された内閣(行政府)の行為に対して、その結果および行為に対して責任をという構造である。その構造は、日本において三権分立によってしっかりとした相互監視の体制が担保されており、その決議は当然に何らかの効果を生むものである。
 要するに、問責決議とは法律への記載の有無は別にして、立法府の意思として「責任を問うべきである」としているのである。それは今までの行為に対して責任を問うべきということであるから、当然に「辞任もしくは今までの行為に対いて反省しその内容を表明する」ということが必要である。「引き続き職責」ではない。まさに「今までの引き続き」であるということは、「国権の最高機関であり、国民の意思を代表している代議員の決定を無視する」要するに「民主主義が破られ、国民の意思が無視された」ということである。国民はそれでも怒らないのはなぜか。国民の中にテレビなどで「審議拒否するのがわからない」などといっているバカがいるのは、まったく理解が不能だ。単純に、「責任を問われた大臣がいるのに、そのまま責任も明確にせず審議を継続する」事を是とするわけのわからない世論があることに、日本の平和ボケ、日本の意思決定としての政治に対する国民の意識の欠如に「亡国の兆」が見えてくるのである。
 バカが国を滅ぼす。まさにそのものである。それが現在の日本である。自覚せよ日本人。

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これで6人目になる民主党内閣の問責決議

これで6人目になる民主党内閣の問責決議

 前田国土交通相と田中防衛相に対する問責決議案が18日夕方に参議院に提出された。野党各党の会議によって、自民、みんなの党、新党改革、公明、共産、社民、たちあがれ日本の各党の賛成多数で可決される見通しとなった。この問責決議は20日、要するに本日の参議院本会議で採決が行われることになる。
 野田首相は、問責決議が可決されても、当該2閣僚を当面罷免しない方向で調整している。すでに、民主党の中において、閣僚になるだけの人材がいない状態になっているのではないかという推察も出てきているのである。
 この問責決議案で、菅内閣における仙谷官房長官、馬渕国土交通大臣、野田内閣における山岡国家公安委員長兼消費者担当大臣と一川防衛大臣、そして、今回の二人。実に民主党の性格がよく出ている問責決議であるとお気づきではないだろうか。民主党は、政権交代前から外交と安全保障兄が手とされてきていた。その二つがウィークポイントといて認識されている。まさに国内において批判と反対しかしてこなかった人々は、そもそも国家観が存在しないことによって、国際的な常識や軍事、そして情報に関して疎い人ばかりが集まってしまっている。もちろん、それが得意な人がいないわけではないが、小沢グループだったり当選回数が少ないなどで、野田首相の民主党執行部としては、閣僚に不適当な人ばかりである。そのような事情から「適材適所」もいい加減になってしまい、防衛大臣が二代連続で問責決議を出されるという始末。
 特にその防衛大臣に関しては、二代連続で「無知・無能」を絵に描いたような典型的な「不適当人事」であることは明らかである。国民の批評も何もそうなっている。予算委員会の最中にコーヒーを飲みに言ってしまうほどの人物であり、北朝鮮のミサイルが飛んでも対処できない人である。前にもこのブログで書いたが、このような防衛大臣で日本国民の安全が護れるはずがない、と確信を持てるほどの人選だ。国民の多くも田中大臣に関してはあきれている状態である。その問責決議が出るのである。

防衛相と国交相の問責決議案提出…自民など3党

 自民、みんなの党、新党改革3党は18日夕、前田国土交通相と田中防衛相に対する問責決議案を参院に提出した。
 両決議案は20日の参院本会議で採決され、公明、共産、社民各党などの賛成で可決の見通しだ。野党側は2閣僚の辞任を要求しているが、野田首相は更迭を否定している。
 3党の問責決議案では、前田氏について、岐阜県下呂市長選で特定の立候補予定者への支援を要請する文書に署名したことが公職選挙法の「事前運動の禁止」と「公務員の地位を利用した選挙運動の禁止」に抵触すると断じ、「いまだその地位に恋々としている」と批判した。田中氏については、北朝鮮の弾道ミサイル発射への対応や国会答弁の迷走を問題とし、「防衛相が素人であることは許されない」とした。

2012年04月18日20時58分 提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6480599/

田中防衛相、前田国交相の問責きょう提出 審議拒否めぐり自公共闘に乱れも

 自民党は18日夕、北朝鮮の長距離弾道ミサイル発射対応や資質が問題視される田中直紀防衛相と、岐阜県下呂市長選で特定候補の支援依頼のサイン入り文書を建設業者らに郵送し、公職選挙法抵触が指摘されている前田武志国土交通相の2閣僚に対する問責決議案を参院に提出する。参院で多数を握る野党各党の賛成により、早ければ19日の参院本会議で可決される公算が大きい。
 自民党は18日午後の参院予算委員会の集中審議終了後に問責決議案を提出する見通し。決議に法的拘束力はないものの、2閣僚が続投すれば自民党は一部委員会を除き衆参両院で全面的に審議に応じない構えをみせている。一方、公明党は審議拒否を田中、前田両氏が関係する委員会に限定すべきだと主張しており、「自公共闘」に乱れが生じる可能性がある。
 決議案提出に先立ち、自民党の石原伸晃幹事長は公明党の井上義久幹事長らと都内のホテルで会談し、18日夕に参院へ提出する方針を伝えた。公明党は反対せず、採決で賛成する意向を示した。ただ、意見が分かれる決議案可決後の両党の対応に関しては、政府側の対応を見て検討することを確認した。
 一方、野田佳彦首相は18日午前の衆院予算委員会で、前田氏の進退に関して「軽率だったことは否定できないが、今後緊張感をもって職務に遂行していただきたい」と答弁、続投させる考えを示した。首相は田中氏についても続投させる方針だ。

2012年04月18日14時00分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6480019/

 単純に言って、人名を守る防衛大臣や国家公安委員長、そして領土と海を護る国土交通大臣が不適当な人材であるというのは、内閣として国家観のないものとしか言いようがない。野党各党は、なぜその点を指摘しないのか不思議である。「適材適所」「史上最強」と自画自賛した内閣は、まさに国民の安全と財産を護るところか完全に欠けた「国家観のない内閣である」ということに他ならない。
 そのように考えると、菅内閣のときの問責決議も官房長官と国土交通大臣。まさに、民主党の真骨頂といえるのではないか。また、そのような人物ばかりが閣僚になるというのも面白い。
 民主党の場合は、民主党の事務局や内閣官邸の調査員などが政策を作りを補佐している。もちろんそのこと自体はまったく問題があるものではない。いくらでも補佐してくれてかまわない。もちろん、補佐することで「日本の国益にかなうならば」という条件は変わらない。しかし、もともと民主党が国家観のない政策ばかりであり、いや、政策ではなく、昨日のブログの通りに「反対ということ」が自分たちの役目とばかりに「批判精神」などといって、大きな視点で日本の国益に関して考えていないことから、国家観を必要とす政策作を補佐できる人もいないのである。そのことは、田中大臣のときの「千手観音」といわれた複数の官僚の助言体制で明らかなように、官僚の力を借りなければ国家観のある政策はできないし、領土の問題も何も前に進まないのである。その専門性のなさというか、根本的な国家観、国家戦略の欠如がまさに仙谷官房長官以降の問責6名の共通項ではないのか。
 最後にマスコミでこのことをしっかりと指摘する人がいない。もちろん、マスコミは人事異動があるために継続的な話はなかなかしない。しかし、過去やそれらを勉強しながら書かなければならないのではないか。正常な指摘が正常な政治を生む。国民がこれらを監視しなければならないのかもしれない。

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大飯原発再稼動と「反対という職業」のジレンマ

大飯原発再稼動と「反対という職業」のジレンマ

 民主党の左翼たちが、困っている姿を見るのは痛快だ。
 連日テレビで放映される大飯原発に関する再稼動問題で、今まで原子力や軍備に反対しかしてこなかった仙谷氏や枝野大臣の苦悩の表情は、最近私にとってひとつの清涼剤になっている。もちろん、私の性格がひねくれていて、人が困っている姿を見るのは非常に面白いという部分もある。特に、私はサディストであるから「人の不幸は蜜の味」であることを否定はしない。そのことをいくら批判をされても、実際にそのような癖があるのだからどうにもならないし、誤るか開き直るしかない。
 しかし、今回の「清涼剤」はそれだけではない。結局「反対という職業」の人が、国家全体のことや国益をまったく考えていないということの証拠を、彼らの表情が物語ってくれているのである。実に、彼らは職業的に反対しかしなかった。その反対は、単純に「日本の国益」や「公共の福祉」を考えるものではなく、日本人の原子力アレルギーを煽り立てて政治運動をしていた「プロ市民」の代表なのである。しかし、そのような「国益にかなわない行動」や「自分たちのことしか考えない扇動」は、そのまま自分たちに跳ね返ってくる。まさに、「因果応報」がそのまま彼らに降りかかってくる。「因果応報」などという言葉を使うよりも、民主党には最も良い「ブーメラン」というわかりやすい言葉があるのであるが、本当に「後先を考えないバカ」は見ていて痛快である。
 今まで、彼らの「権利しか言わない行動」がどれくらい日本の国益を損ねてきたか、どれくらいまともな日本人の権利を侵害してきたか。そして、「声を出さない多くの日本人の生活を護ることに対する責任がどれくらい重いことなのか」ということの重圧は、まだまだ彼ら民主党の左翼どもの感覚には届いていないのかもしれない。何しろ責任転嫁をすることでしか、自分たちの行動を規定できない人々である。このような人々が、「国益を考えない」政府を作り、まさに日本を壊そうとしている。通常は外交や安全保障のところで使う言葉なのであるが、今回はエネルギー政策というところでそれが表面化しているのである。

<大飯再稼働> 仙谷氏説明に民主議員から異論相次ぐ

 関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働問題で、民主党は17日、党内向けに政府の判断内容を説明する会合を国会内で開いた。再稼働を「妥当」と判断した関係閣僚会合にオブザーバー参加していた仙谷由人政調会長代行が出席して経緯を説明したが、慎重派の議員から「政府は再稼働を急ぎすぎている」などの異論が相次いだ。
 説明会は、党の経済産業部門会議、エネルギープロジェクトチーム(PT)、原発事故収束対策PTの合同会議として開催。エネルギーPTの大畠章宏座長が「PTでは夏の電力需給を検討し、安全性の確認された原発は政府の責任で稼働させるべきだ、との結論に至った」とあいさつした。しかしその直後に、原発事故PTの荒井聡座長が「原発PTでは、再稼働は『時期尚早』という結論を出した。津波対策さえすればシビアアクシデント(過酷事故)が生じない、というのは『第二の安全神話』だ」とあいさつ。冒頭から党内対立が表面化した。
 会議では、仙谷氏が政府の取り組み内容や安全対策などを説明した上で、「再稼働は行政執行の問題だ。対応は一任されている」と述べ、再稼働判断は党の事前審査の対象ではないと強調した。
 その後の質疑では「信用できない原子力安全・保安院が作った基準で再稼働させるのはとても納得できない。今年の8月を(原発ゼロで)乗り越えたら『原発はいらない』となるのを恐れて再稼働を急いでいるのではないか」と指摘する発言や、「政府の会議に入っていた仙谷氏が党の意見を代表しているわけではない」との反発が続出。「政府と国会の両事故調査委員会の原因究明を待つべきだ」と求める声もあった。
 1時間半たっても発言が途切れなかったため説明会を「第1回」として次回会合を開くことで打ち切った。【小倉祥徳、木下訓明】

2012年04月17日22時29分 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6478106/

<大飯再稼働>枝野経産相、信条と板ばさみの日々

 原発の再稼働を巡る枝野幸男経済産業相の発言が揺れ続けている。二転三転する発言の裏には、民主党の仙谷由人政調会長代行の関与を指摘する関係者が多い。仙谷氏は枝野氏にとってはいわば「政治の師」だが、夏の電力不足への危機感から関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を主導している。「脱原発」を説く枝野氏にとっては自身の信条との板ばさみに苦悩しているというわけだ。
【枝野経産相】「一瞬ゼロ」発言を陳謝
 ◇「一貫して原発に慎重な立場」
 枝野氏は17日の閣議後会見で、北海道電力泊原発3号機が来月5日に停止することで国内で動く原発が「一瞬ゼロになる」と語った講演での発言について、「『少なくともいったんはゼロになる』と言うべきだった」と陳謝した。発言が大飯3、4号機の再稼働を前提にしていると受け取られたからだ。
 さらに枝野氏は「各方面から(発言が)ぶれていると指摘をいただいている。国民に分かるように伝える責任が果たせていないことはおわびしたい」と反省し、「私は一貫して原子力発電に慎重な立場」と強調した。
 ◇自身が「ぶれ」認める
 枝野氏自身が「ぶれ」の一つに挙げたのは、14日に西川一誠福井県知事と会談した際の発言だ。枝野氏は席上、「安全性確保と信頼性向上を大前提に、引き続き重要な電源として活用することが重要」と大飯再稼働への協力を要請。しかし会談後には記者団に「政府は原発依存からの脱却を掲げている」と立場を一転させ、西川知事が不快感を示す場面があった。
 枝野氏に対しては省内でも「極めて常識人」(幹部)と評価する声がある。一方、仙谷氏に近い民主党関係者は「気をつけていないと、電気料金は上げさせない、再稼働は認めない、と本気で言いかねない」と枝野氏の独走に警戒感を示す。
 ◇脱原発「独走」に警戒感も
 枝野氏は17日の会見で「中長期の話と短期の話の位置づけが必ずしも整理されていなかった」と釈明した。政権として「脱原発」を掲げながらそこへ至る具体的な道筋を示さないまま、電力不足が懸念される夏を前に、泥縄式の政策対応を迫られる姿を、枝野氏の発言が映し出している。【丸山進】

毎日新聞 4月17日(火)22時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120417-00000118-mai-pol

 仙谷氏と枝野大臣。この二人の対照的な対応が非常に面白い。今日は、原発再稼動の是非には触れず、「民主党の左翼ども」のジレンマだけを焦点に書いてゆくので、原発再稼動の是非について期待しているかたがたは、後日そのことを記載する機会もあると思うので、そのときにゆっくりとご意見を賜りたいと思う。
 まず、仙谷氏。本当に左翼の中の左翼である。ここまで左翼に染まった人は、どうにもならないのではないか。何しろ自分の行動や発言に一切責任がない。今まで原子力発電所など原子力行政に反対してきた人が、立場が変わればその信念も何もなくそれら自分の過去を隠蔽し、なおかつ、そのことを指摘する人々に対して責任転嫁をする。なおかつ、議論があっても打ち切る。まさに北朝鮮の将軍様そのものである。「仙谷将軍様」にでもなったつもりであろうか。
 しかし、そのようなことを言っても実際に日本は民主主義の国家であるし、言論を封じることはできない。情報をコントロールすることもある程度しか出来ないのである。頭が悪いとしか言いようがない。まさに、このような「原則論に従わない行動」「国益にかなわない行動」は因果応報で仙谷将軍様にも降りかかることになるであろう。もっとも、菅直人前首相のように、ブーメランが何本刺さっても感じないで四国霊場めぐりをするようなつわものもいるので、彼らの神経はまったく理解できない。同じ日本人と思うほうが間違えているのかもしれない。
 一方、枝野大臣である。なかなかがんばっているようであるが、実際に、自分の行動に反省しなければならない部分が少なくない。枝野氏は、政治主導などに関しても「とんでもないことを言った」といっている。実際に仙谷氏のような左翼特有の責任転嫁体質にはなっていないが、実際に「責任の取り方」がわかっていない。まさに「自分は悪くない」と思っているから反省がないのである。このような感覚は、左翼の人々だけでなく、われわれも注意しなければならないは、外部から見ると非常に良くわかってしまう。表面上は困っているようでも、根本の部分で自己弁護からスタートしている。その神経の根本は「義務感の欠如」と「権利意識の誇大妄想」でしかない。その二つの内容はどうしようもないというのが現状である。
 そのような二つの大きな考え違いがあるので、枝野氏は「困る」だけでそれよりも前に進まないのである。
 この左翼どもの政治による「責任転嫁と権利意識による政治の停滞」は、やとうがわるいのではなく、彼ら左翼政権の体質の問題であるといえる。その体質がある限り、復興は進まないし、東京都が買わなければ領土も危うくなってしまう。何しろ政治家が責任感や義務感がないのであるから、まさに政権として不適格としか言いようがない。
 そのような政権に対して、国民はどのような態度をとらなければならないか。そんなことはここで書くまでもないであろう。

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政府が何やらないから東京都知事が尖閣を守るに政府は何もしないの不思議

政府が何やらないから東京都知事が尖閣を守るに政府は何もしないの不思議

 尖閣諸島問題は、さまざまな日本国の問題点や矛盾点を明らかにした。日本人は、そもそも日本を護るという当たり前のことに関して、「日本人」全体としてコンセンサスが取れて威兄ということである。あえて「日本人」とカギカッコつきで書いた。これは、単純に日本国籍でありながら、日本人でない人、たとえば帰化国籍取得のひとも日本人であるからだ。日本人が日本人ではないかもしれない。そして、そのような人に囲まれていると、いつの間にか日本人であっても日本人的な思想や日本人の魂がなくなってしまうという、怖いことがおきてしまうのである。
 尖閣諸島問題が発生したときに「尖閣諸島くらい上げてしまえば良い」などという人もいれば、そもそも、日本の固有の領土に尖閣諸島が入っていること事態を知らない人も少なくないのである。領土そのものの場所もわからない場合に、領土を護ることなどもできるはずがないのである。しかし、一昨年尖閣諸島沖の中国漁船衝突問題がありながら、民主党政権はそれらの教育や国民の意識啓蒙の政策はまったく行わないどころか、まさに「尖閣諸島くらい上げてしまえばよい」という状況になっているのである。
 島や領土を護るには、「日本固有の領土」などといっていれば良いものではない。実行行為として護るものは護らなければならない。しかし、意識啓蒙ができないだけでなく日本の現在の民主党政府は何もしないのである。もちろん、中国が気になるとか台湾が動向というものである。しかし、国を護るということは、まさに他の国との摩擦があっても守り抜かなければならない。当然にそこには「固有の領土」などということを言うのであれば、それ以上の覚悟が必要なのではないか。

石原知事「東京が尖閣守る、文句ありますか」

 【ワシントン=中島健太郎】東京都の石原慎太郎知事は16日午後(日本時間17日未明)、米ワシントンで講演し、日本の固有の領土で中国や台湾が領有権を主張する尖閣諸島(沖縄県石垣市)の一部を都が買い取る意向を表明した。
 すでに島を所有する埼玉県の男性の同意を得ており、今年中の取得を目指すという。
 都が買い取りを検討しているのは、尖閣諸島で最大の魚釣島と北小島、南小島の3島で、将来的には男性の親族が所有する久場(くば)島の取得も目指す。
 知事は講演で、「尖閣諸島は日本の固有の領土で、沖縄返還の時に帰ってきた。(中国が)俺たちのものだと言い出した。とんでもない話だ」と中国側の領有権主張をけん制した。
 その上で「本当は国が買い上げたらいいが、びくびくしてやらない」とし、「東京が尖閣諸島を守る。どこの国が嫌がろうと、日本人が日本の国土を守るため島を取得するのに何か文句がありますか」と語った。
 石原知事は講演後、報道陣に、沖縄県や石垣市に共同管理を提案する考えも示した。買い取り額については「言えない。そんなに高くはない」と述べるにとどめた。石原知事はワシントンで開かれている全米桜祭りの主催団体から招待を受け、訪米中。

(2012年4月17日14時34分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120417-OYT1T00134.htm?from=popin

尖閣購入「都議会通るとは思えない」外務省幹部

 石原慎太郎都知事が表明した尖閣諸島の一部を都が買い取る構想について、政府は静観している。
 藤村官房長官は17日午前の閣議後の記者会見で、「政府は所有者とは様々な機会を捉えて連絡は取っている。ただ、(都の構想に関して)事実関係を承知していない。相談(するか)は今後の展開だ」と語った。玄葉外相も「今の時点で答えは差し控えたい」と述べるにとどめた。
 政府内には、尖閣諸島の領有権を主張する中国の反発を警戒する声もある。外務省幹部は「都政の目的と相いれないのではないかという根本的な疑問がぬぐえない。都議会を通るとは思えない」と語った。
 一方、自民党の石原幹事長は17日午前の記者会見で、「(尖閣諸島は)自然が手つかずで世界遺産に値するとは聞いていた。関心があるので機会があれば聞きたい」と述べた。

(2012年4月17日13時41分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120417-OYT1T00489.htm?from=popin

石原知事の尖閣諸島購入発言は「でたらめの極み」=中国メディア

 東京都の石原慎太郎知事が尖閣諸島(中国名・釣魚島)を購入すると発言したことについて、中国各メディアも17日に報じた。財訊網は、「中国の主権領土であり、日本が一方的に売買するのはでたらめの極み」と反発している。
 財訊は、東京都が尖閣諸島の購入を検討しており、すでに「土地所有者」の同意を得て年内に売買契約を結ぶ予定だと石原知事が16日に述べた、と伝えた。
 記事は石原知事を「前科累々の極右分子」と呼び、「放言が大好き」で、「有名な言説は南京大虐殺は虚構だったというもの」と紹介した。
 しかし「釣魚島の購入は石原の独創ではない」と指摘。2011年の「夕刊フジ」の報道として、「中国側が40億(※原文に単位なし)で釣魚島の購入を持ちかけたが、“所有者”が国家の利益を考えて拒絶した。報道によれば、その島主は埼玉県の実業家で、周辺海域の資源が注目されるようになって中国が釣魚島に野心を示し、価格が跳ね上がっていったと話した」とも伝えた。
 知事の購入発言は「重要な概念が混乱している」とし、「釣魚島は個人の所有ではなく、中国の主権領土である。日本が一方的に売買するのはでたらめの極み」と批判した。「売買してもせいぜい国内資源を循環させるだけ。東京都がそんな大損をしても平気なら、全く根拠のないその金を支払えばいい」
 「たとえ日本が一方的に売買したとしても、国際法上は何の効力もない。夢の中のたわごとにすぎない」と述べ、最後に「釣魚島は永遠に中国の領土である。日本はいかなる形でも占有などというでたらめを考えないことだ」と締めくくった。(編集担当:阪本佳代)

2012年04月17日17時02分 提供:サーチナ
http://news.livedoor.com/article/detail/6476992/

 石原都知事の戦略性には、久しぶりにしびれた。今回のこの発表をアメリカで行うということがすばらしい。
 石原都知事は、そもそも、日本を出国するときに「新党構想」をしっかりと否定した。当然にこのときには、尖閣諸島の所有者との交渉をある程度進めており、なおかつ東京都による所有ということに関して、今回の発表に関することも決めていたに違いない。ということは、この発表そのものが新党構想とまったく違うところで行う話であるということを証明した。もっと言えば、同じ保守派とみなされている「たちあがれ日本」の平沼赳夫代表や「国民新党」の亀井静香代表などとは一線を隠した。それどころか、国会議員すべてを完全に無視し、「地方自治体が国を護る」という話を作ったのである。これは、石原都知事の会見の「東京都が尖閣を守ります」という発言につながるものである。
 なおかつ場所がアメリカで行ったというところもすばらしい。アメリカは、尖閣問題があったときに尖閣諸島を日米安全保障条約の範囲内であると表明している。弱腰の日本の民主党政府に比べて実行行為を伴った行為力で護ることができる。その場所で世界に情報を発信するということになるのである。これは、東京都による尖閣諸島の買取をアメリカ政府が認めたということを暗に示したものであり、同時に、今までのアメリカの日米安全保障条約の考え方からすれば、東京都の所有であったとしても、中国人などの不法侵入や軍事力の行使に関しては、アメリカ軍の介入と安全保障の範囲内ということを示しているのである。
 このような国債条約上の内容があるにもかかわらず、なおかつ一昨年の事件以降民主党政権が何もしなかったにもかかわらず、外務省は「都政の目的と相いれないのではないかという根本的な疑問がぬぐえない。都議会を通るとは思えない」(上記より抜粋)といっているのであり、相変わらず藤村官房長官も玄葉外務大臣も「見守る」と、いまだに危機感を感じることのない発言しかできないのである。
 石原都知事と、今の民主党内閣のどちらが国を護るという観点で頼りになるかは、ここで何かを言う必要はない。もちろん、国政は国を護ることだけではない。しかし、国土を護れない人、外交のできない人々に、日本の政府が勤まるはずがない。国民はそのことを叱りと感じるべきではないのか。

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東京で開催される「東アジア低炭素成長パートナーシップ対話」

東京で開催される「東アジア低炭素成長パートナーシップ対話」

 しばらく原子力発電所のことと放射能が話題になってる。しかし、その前は京都議定書と地球温暖化が非常に話題になっていた。放射能が話題になったのは、何よりも福島原子力発電所の事故の影響が大きい。あのような事故が起きると、世論がぱっと変わってしまうという非常に良い例が出てきた。世論というものほど無責任で、流されてしまうものはない。福島原発事故前までは「地球温暖化阻止」といっていた人が、今では「原発反対」といっている姿を見ると、その人々は「反対」ということだけを騒いでいれば、内容などは何でもかまわないと思っているのではないか、と考えてしまう。もちろん、日本全体のことなどは考えていないであろう。
 そのようなデモや市民運動家の人々の話は少しおいておくとして、福島原発の事故が発生したからといって、地球温暖化がとまったわけではない。今年も豪雪で何人も日本では命を落としてしまうというような異常気象が続いており、地球そのものが壊れていることは間違いがない。一方で、日本の場合は福島原発の事故の影響で原子力発電所そのものの稼動がされなくなってしまっている。しかし、現代社会において電力やエネルギーを使わずに生活ができるわけではない。特に人工呼吸器や病院の手術器具など、電気があるから命を維持している人々も少なくないのである。その人々にとってはエネルギーは非常に重要な「命綱」である。よって、発電する電力量は確保しなければならない。要するに、福島原発の事故以降、火力発電所が日本の各地で復活している。
 これは特に、日本が再生可能エネルギーを無視しているというのでもなく、また水力発電などを無視しているのでもない。現在ある施設の中で使えるものが火力発電しかないということである。要するに、再生可能エネルギーなどと口で言うのは簡単であるが、一方で電力そのものは必要であるということは間違いがない。原子力発電をなくすことは良いが、そのことによって電力量が少なくなるということは許されないのである。
 しかし、火力発電の復活は、一方で温室効果ガスの排出を意味する。今まで原子力でまかなっていた電力量、日本全体の36%の発電に対して、温室効果ガスの排出を増やすという選択を迫られている。もっと言えば、それだけ地球を壊しているということになるのである。
 京都議定書以来、日本はある意味で地球温暖化に関しては先進国であった。また、鳩山内閣時代には、温室効果ガス90年比25%削減を国際公約しているが、上記のようにかえってふやしているということになる。そのような意味もあって、地球温暖化対策会議が日本、それも東京で開かれたのである。

低炭素成長の新モデルを 18カ国で温暖化対策会議

 東アジアサミット参加18カ国が、地球温暖化対策について話し合う「東アジア低炭素成長パートナーシップ対話」が15日、都内で開かれ、野田佳彦首相が冒頭「知見や経験を共有することで低炭素成長は必ず前進する。世界に新たなモデルを示すべく、活発な議論を期待する」とあいさつした。
 会合には、温室効果ガスの主要排出国である中国、米国、インド、ロシアや東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国と、関係する国際機関などが参加。参加国の温室効果ガス排出量は世界の6割以上を占めるという。
 対話は、野田首相が昨年11月の東アジアサミットで提唱して実現。省エネ、環境技術の普及や新たな市場メカニズム構築の可能性、地域間の協力の在り方などについて、参加各国の閣僚らが意見交換する。

2012.4.15 11:31 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120415/erp12041511340004-n1.htm

首相「震災後も持続可能な社会に貢献」 低炭素成長実現に意欲

 野田佳彦首相は15日、東アジアでの温室効果ガス削減を目指す国際会議「東アジア低炭素成長パートナーシップ対話」であいさつし、「地域全体の低炭素成長は必ず前進する。東日本大震災大震災後も持続可能な社会の実現に向けて貢献するわが国の積極的な姿勢は不変だ」と述べた。
 会議には18カ国と9国際機関が参加。首相が昨年11月の東アジア首脳会議(EAS)で提唱した「東アジア低炭素成長パートナーシップ構想」の具体化を図り、資金支援やネットワーク構築について11月にカンボジアで開かれるEASで報告する。

2012.4.15 20:26 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120415/plc12041520280009-n1.htm

 もうひとつ、国際会議が日本で開かれるのは、昨年多くの国際会議が日本で開催されるよう低であったのに、震災と放射能の影響からその多くが中止されたという実績の穴埋めもある。国際会議そのものによって日本の復興を手助けしようというのが、ある意味で世界の学会の常識になっている。ちなみに、スポーツの世界でも何でも日本の震災復興を手助けするという動きが多くサッカーの女子ワールドカップなども日本で開催されるのである。
 そのような会議の薀蓄は別にして、この会議の中で野田首相は「地域全体の低炭素成長は必ず前進する。東日本大震災大震災後も持続可能な社会の実現に向けて貢献するわが国の積極的な姿勢は不変だ」(上記より抜粋)という発言をしている。しかしこれはどうなのであろうか。ひとつには大飯原発再稼動問題で地元どころか関係の地方自治体を説得できないでいる。そもそも、福島原発で嘘をつき続けてきた枝野経済産業大臣を担当にし、その言葉で説得しようとしているのであるからナンセンス極まりない。震災後の非常時はいざ知らず、平時になってからもそれらの発言の点検もせず、他人(原子力安全委員会や東京電力など)に責任を転嫁し続ける大臣の姿に、国民ははっきりとNOを突きつけているのではないか。
 また、野田首相の挨拶そのものにも非常に大きな不信感がある。まさにこの人の発言で実行されたことはないということである。まず野田首相の声から『震災』という言葉はずいぶん久しぶりに聞いたのではないか。最近では消費税に「命がけ」であって、復興が喫緊の課題という単語は何もない。復興などは3・11の1周年記念式典で忘却のかなたに行ってしまっている。震災後、これから開発をしなければならないときに『低炭素成長』などということで物事が進むのか、そうではないのか。そもそも「成長」の前に「復旧復興」ではないのか。この人の言っていることはまったくわからない。
 そして、最終的に野田内閣のエネルギー基本計画はどうなっているのか。菅内閣のときにエネルギー基本計画は白紙に戻されている。しかし、その菅内閣の白紙に戻した後の日本のエネルギー政策がどのように成るのか、ということに関してはまったく考えられていない。全体の基本計画がないのに、ポピュリズム的に原発反対の動きに乗り、一方で、原発がなければエネルギーがうまくいかないという現実問題に直面し、何もできないまま、漫然と時間を空費している。そもそも、エネルギーの基本計画がないのに、このような会議に出ること自体がナンセンス極まりないのである。
 野田内閣は、本来やらなければならないことがたくさんあるはずだ。そもそも復興をしなければならないし、今年度の予算の歳入部分もまったく目途がついていない(特例公債法案は法案そのものが提出されていない)。そのようなときに、不安定な政府の内容を発表して、国際社会で物事を言うこと自体が非常に大きな問題ではないのか。民主党の外交姿勢は甘利にも無責任であり、国民コンセンサスが取れない中での独裁的、独前提な者が多い。これはしっかりと批判されるべきものではないのか。

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マスコミ批判に関する一考(91) マスコミに出るインテリ

マスコミ批判に関する一考(91) マスコミに出るインテリ

 このマスコミ批判ももう91回目になった。初めのうちは不定期であったが、最近では毎週月曜日ということになっている。そのためにもう2年近くやっているということになる。その間、マスコミに関しておかしいと思うことや、その内容に関する批判をかなりたくさんしたと思う。もちろん、たまにはマスコミを褒めることもある。しかし、「批判」と銘打っている以上、やはり批判が多いのは仕方がないことだ。
 批判というにはそれだけ示唆に富んだものではければあらない。ただ単純に非難したり誹謗中傷したりというのは、あまり良いものではない。単純に、そのようなものであれば「マスコミを信じなければよい」という結論である。しかし、その結論では意味がない。少なくとも取材力などはマスコミに法がある。「ネットほうがよい」といっても、そのネットの情報の大本が新聞の情報を使っているということは、それだけネットもマスコミの取材力に頼っているところは少なくない。逆に、マスコミをいかに正常化するかということが最も重要なことなのではないだろうか。
 その意味で、この連載は継続して行っているのである。それだけ、マスコミの影響力は大きい意。何よりもテレビの影響力は非常に大きい。何しろほしくない情報もサブリミナル的に音声として耳に入ってくるのであるから、その効果は絶大だ。特にそのようにして無意識の中にそのような音声が入ってくると、なかなかその記憶を消すことは難しい。その部分でマスコミに対する批判は大きなものになってしまうのである。
 しかし、その批判は「マスコミ」というものだけではなく、マスコミに出てくるコメンテーターといわれる人に対しても向けられる。ひとつにはマスコミの責任がある。これは、専門でもなんでもないコメンテーターなどをつけて、さも一般人の代表であるかのごときコメントをさせて、それがサブリミナル的に視聴者の記憶の中に入ってしまう。これは、ただ単純にオウム真理教とあまり変わらない洗脳でしかない。このような内容はとても許されるものではない。もちろん、ある事業に対してその専門家が専門的な見地からできる限りわかりやすく物事を説明するということは非常に重要だ。しかし、逆に専門家が専門外の話をするのは、基本的に一般人のその感覚とまったく異なるものであり、あまり良いものではないのではないか。基本的にマスコミのキャスティング力であるが、そのキャスティングによって大きな差が出るということがあげられる。
 しかし、それだけでなくコメンテーターとして出る人にもその理性が求められる。専門家だから、あるいは一般人の代表だから何を言ってもかまわないというものではない。そのことを指摘した内容が記事になっていたのでその内容を見てみたい。

中国に媚びればナンボの安藤忠雄―日本やっつければインテリか!?

「ウェークアップ! ぷらす」(日本テレビ)2012年3月31日8時~
 ゲストの建築家、安藤忠雄の発言に違和感があった。確かに高卒で独学して有名建築家になり、東大教授にまで出世した彼のキャリアは立派であるが、近頃少々鼻につく場面に出くわす。この日もわが日本国についてボロクソにけなした。曰く「日本はパスされている」「アジアから見ると日本には何も期待しない」「日本人は緊張感がない」「中国に世界の関心は向いている、金があるから」云々。
 筆者もよくヨーロッパに行くが、確かに日本人の関心はドメスティックに向き過ぎているが、それでも筆者は世界第2の経済大国・中国の方が上だとは決して思わない。レストランで人が食べている横で、鼻水をチーンと飛ばす無神経。パクリ商品を作りまくってテンとして恥じない無神経。トイレの汚さ、マナーの悪さ、筆者の住む街にゾロゾロいる留学生(恐らく留学生は一定レベル以上の選ばれた人間のはず)たちは、バスの通る道路の横幅一杯に広がって歩く。車が来ても決して縦隊列では歩かない。どんな教育をされてきたのか、デハートで下品な色彩の一団が大声で喋っていれば間違いなく中国人だ。要するに金は儲けても人間として品性下劣である。
 安藤忠雄は儲けさせてもらっている国に媚びているだけだ。そのくせ日本海に海洋牧場を作って蛋白源を確保する的な、壮大な計画のプロパガンダに邁進する。彼は本当のインテリではないので、インテリの批判的立ち位置が高級なのだと錯覚しているだけである。

2012年04月06日17時00分 提供:J-CASTテレビウォッチ
http://news.livedoor.com/article/detail/6444156/

 日本の番組は「謙譲」と「単なる卑下」とが区別がつかなくなってしまう。謙譲の精神で物事を言うのは、謙譲の精神の元となる行為や誰からも賞賛されるだけの実績が存在し、その実績に対する評価があったときに、その話題のときに限って『一歩引いて』話を聞くということが謙譲の精神である。なんでもないときに自分の所属する団体や会社、国家をさげすむのは単なる『卑下』であり、謙譲でもなんでもない。
 実際に私はこの番組を見ていないので、どのようなシチュエーションでこのような半紙をしたのか良くわからない。また同時に、そのような部分だけを編集して番組を放送している可能性も少なくない。それだけに、この記事だけで安藤忠雄氏を非難するのはいかがかとも思うのであるが、ここではマスコミの一般論の題材としてその内容を考えてもらいたい。
 まず安藤忠雄氏をコメンテーターとして使うのは、建築やそのほか建物などのことに限られるはずだ。もちろん開発などの行政などについても話をすることはできるかもしれないが、安藤氏が国際関係などの話をしても何の意味もないのである。逆に安藤忠雄氏もコメンテーターを職業としているわけではないので、当然に現在の建築や安藤氏のスポンサーなどを傷つける発言はない。当然に現在建築などを行うのは、不景気な日本よりも好景気でバブルの中国のほうが多い。当然に安藤氏は中国よりの発言が大きくなるであろう。当然にそのようなコメントが少なくなくなることはマスコミも想像できたはずである。
 その中において、コメントを求められれば、一般論としながらも自分の職業に従った内容の話になる。もちろん、限られた時間の中で安藤忠雄氏のそのような背景を放送することはできない。当然にそれらを紹介することも難しいであろう。ということはキャスティングで、中国を非難する人を入れるもしくは、そのような発言に対してはアナウンサーなどが否定するというような構成が必要なのではないか。
 逆にそのような配慮がなければ、当然に「意図的に日本を卑下し、中国を褒め称えた番組」と番組そのものがそのような印象になり、安藤忠雄氏自身がそのような印象になる以上に番組やテレビ局そのものの大きなマイナスになるのではないか。
 もちろん、これらのことをどのように考えるかはマスコミ自身である。安藤氏の個人の考えを変えてもらうのではなく、そもそもの『キャスティング』でこのようなものをしっかりと換えてゆく、番組を中性に持ち込むという話をするべきではないのか。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(53) 中国における訴訟の勝ち方(5)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(53)
中国における訴訟の勝ち方(5)

 先週は、中国の訴訟における事前の法務委員との話を書いた。いや先々週でしたね。
 実際の裁判に関し、あまり日本でも裁判をしない人が多いでしょうから、少し触れてみよう。
 訴訟というのは、まず訴状が来る。訴状は基本的に相手の好き勝手なことが記載されている。その上で、そこに書かれた事実に基づいて法律にあわせた書き方をする。その法律の何に違反しているのかが書かれている。そして法律に違反したから損害賠償で金を払えという。この訴訟の方法は世界各国すべて同じだ。世に言う従軍慰安婦裁判なども同じ内容の訴訟手続きが行われているのである。 
 中国も例外はなくその手続きで行われることになる。訴えられたほう、これを法律用語で被告というのであるが、被告は訴状に対する回答を行う。原告の書いた訴状の事実を・・・・・・・・。

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國會新聞編集次長の未掲載記事とニュース解説
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発行 宇田川敬介(國會新聞社 編集次長)

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配信中止はこちら http://www.mag2.com/m/0000207352.html
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北朝鮮ミサイル発射とその失敗

北朝鮮ミサイル発射とその失敗

 4月12日に、民主党の東祥三衆議院議員と会食した。私が民主党の議員と会食というと、意外に思うかもしれない。しかし、私はどの党を相手であろうと当然に親しい人はいる。親しい人がいるから情報も入るのである。しかし、実際はそのようなものではない。それだけに、私と一緒に国会の中にいる、たとえばやまと新聞の松原記者などは、はじめのうちはkなあり面食らっていたようである。インターネットの世界やチャンネル桜の討論などで、あれだけ民主党をこき下ろしていながら、民主党議員と仲良く談笑している私の姿は、確かに「奇異」に見えるのかもしれない。しかし相手を知らなければ批判などできるはずがない。知っているからこそもっとも嫌な部分が見えてくる。そしてそれを批判することによって、直れば日本の国家のためになるであろう(私の意見で日本が良くなるかどうかは別にして、幅広い意見を入れるという意味で執ってもらいたい)し、また直らなくてもなんらか相手の心に刺さるものである。政治家の格言の中に「批判は笑顔で聞け、お追従は警戒せよ」というものがる。民主党の中でもそれができる政治家は少ない。しかし、逆にできる政治家はおたがいの意見を交換し、その意見を戦わせることによって尾他愛を理解できる。最終的な結論が違ったとしても、理解をしているからお互いのリスクがわかる。リスクを声高に言うことによってリスクを回避できるし、間違ったと思えば別な路線に変更ができるのである。
 というような、偉そうなことではなく、実は東祥三議員と私とは誕生日は同じである。そのために、東祥三議員はどうかはわからないが、私は一方的に親近感を感じているのである。また、上記のような「批判を笑顔で聞く」「意見を戦わせることができる」数少ない(本当はそれではいけないのであるが)民主党の議員なのではないか。
 その東祥三議員との会食の中で北朝鮮のミサイルの事に触れた。私に意見を求められたので、「11日から燃料注入しているというマスコミ報道があれば、現在の北朝鮮の電力やポンプの性能から考えて燃料注入にかかる日数は三日。要するに燃料注入官僚は13日になる。13日の夕方であれば夜間発射の装置がなければ飛ばないでしょうから、確率が高いのは14日でしょう。13日のうちに無理して飛ばしてしまえば、北朝鮮のミサイルは失敗します」という意見を出した。マスコミから得られる情報(過去の者も含め)で電力や、映像に写った機会などの種類を見て、液化燃料であるということまで判断すれば、当然にそのような帰結になるのである。
 そして13日にミサイルがとんだ。そして失敗した。

北朝鮮ミサイル発射失敗か

 【ソウル、ワシントン共同】韓国国防省は13日、北朝鮮が衛星と称する長距離弾道ミサイルを同日午前7時39分ごろ発射したが、数分後に幾つかの破片に分離しながら墜落し、発射は失敗したと推定されると発表した。米CNNテレビも米政府高官の話として発射は失敗したと伝えた。発射されたのは短距離ミサイルとの情報もある。藤村官房長官も会見し、13日午前7時40分ごろ、北朝鮮から何らかの飛翔体が発射されたと発表した。

2012年4月13日(金)8時4分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2012041301001114/1.htm

北ミサイル、1分以上飛行し4個に分解…防衛省

 北朝鮮が発射予告をしていた長距離弾道ミサイルについて、田中防衛相は13日午前8時24分ごろ、防衛省内で記者会見し、「7時40分ごろ、北朝鮮から何らかの飛翔体が発射されたとの情報を得た。飛翔体は1分以上飛行し、洋上に落下した模様であります。我が国領域への影響は一切ありません」と話した。
 また防衛省幹部は「失敗ではないか」と語った。
 防衛省などによると、ミサイルは北朝鮮北西部の東倉里(トンチャンリ)から南方向に発射された後、1分以上飛行して、4個に分かれ、朝鮮半島西側の黄海に落ちたとみられる。上空120キロ・メートルまで上昇した。米軍の早期警戒衛星や自衛隊のレーダーなどの情報をもとに、日本政府が発表した。発射したミサイルの数は不明。

2012年4月13日(金)9時10分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20120413-00166/1.htm

「明らかな失敗、ロケット1段目燃焼中に不具合か」軍事技術専門家 北ミサイル発射

 北朝鮮の「人工衛星」と称する長距離弾道ミサイルの発射について、元海将補で軍事技術専門家の田口勉氏は「北朝鮮が予告した飛行ルートを飛ばずに落下しており、明らかな失敗だ」との見解を示した。
 田口氏は発射された長距離弾道ミサイルは、3年前に発射された「テポドン2号」の性能向上型との見方を示した上で、「3段ロケットの1段目が燃焼中に何らかの不具合があった可能性が高い。6千キロメートル級の『テポドン2』の技術確立の目的は得られなかったといっていい」と話した。

2012年04月13日09時11分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6464054/

 北朝鮮のミサイルが飛び、なおかつ失敗した。それを少なくとも前日に当てていたのは、なんとなく競馬で万馬券を当てた気分だ。宝くじなどではないのは、一応それなりに競馬新聞程度の情報は増す小見などで基礎知識があったと思う。その意味で宝くじとは違う。一応、競馬新聞の読み解き方のように自分なりの努力はある。しかし、競馬と一緒で、馬に意見が聞けないように、北朝鮮の内情も現状は良くわからない。ある程度のデータで予想し、それが当たるという感じ。今日は土曜日なので、あえてこのような例で少し軽めの発言にしてみた。
 さて、ミサイルがとんだ。問題はこの後の対応である。当日の朝の事を見てわかるとおり、野田内閣よりも情報の入手はマスコミのほうが早い。野田内閣に情報を任せていては話にならないのが現状である。その野田内閣が今後の対応を行う。ひとつは酷な低直人。要するに北朝鮮がミサイルを飛ばすという前提に立った防衛計画をやりなおさなければならない。一方で、国際的な部分、特に六カ国協議参加国との連携と北朝鮮封じ込めの外交ができるのか。はっきり言ってはなはだ不安な内容である。北朝鮮同様に各国の情報のない野田内閣に何かができるとは思えない。
 情報は、「入手」「取捨選択と裏取り」「分析・活用」の三段階ではなしをしなければならない。情報入手のエージェントだけではなく、確認班や分析官などを持って、その意見から日本国の政策や国益のためにどのように活用するかを考えなければならないのである。その活用の中のひとつが外交である。しかし野田内閣には残念ながら入手そのものも満足にできない。その少ない情報で何とかやっているが、さすがに遅すぎる。これでは国際社会の中で取り残されてしまう。そして、情報の扱いの下手なのは、軍事に関する意識、安全保障の意識の欠如があったことが原因である。軍事や安全保障は、初動でつぶしておかなければならない。犯罪捜査も自然災害も被害が大きくなってからでは手がつけられなくなってしまう。福島原発の事故などはまさにその良い例だ。この内閣に何をさせなければならないか。できないならば早く退陣してもらうしかないが、その代わりは誰が適当なのか。「日本版NSC」という構想をやっていたことが最も良かったのではないかと思うのである。

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韓国総選挙の評論とその結果

韓国総選挙の評論とその結果

 現在日本で韓国の総選挙の結果に神経を尖らせている人は少ないのではないか。しかし、私は非常に注目している選挙である。選挙には、世間に注目されていないけれども実は大きな意味のある選挙お言うものがいくつかある。もちろん、重大な選挙は世間から注目されるのであるし、その中でも象徴的な選挙区は、非常に注目される。しかし、その象徴的な選曲であっても、実は『象徴的』でしかなく、結果が後に大きく影響数rことがない部分もあるのだ。逆に、注目されていないにしても後に十分影響のある選挙もあるのだ。日本の国内の場合は、市長選挙などが存在する。市長選挙などはたいていの場合公認候補ではなく、推薦候補である。推薦は新聞などで表示されないために、「無所属」と表示されてしまい、無所属と無所属の争いになってしまうのである。しかし、そのような場合でも推薦があるために、後の影響は非常に大きなものがある。マスコミでも非常にベテランの間ではその構図などで注目されるところもあるのだが、なかなか一般でそれに注目する人は少ない。
 注目の点は、「勝敗」だけでなく、「得票差」や「投票率」「各候補の公約」なども皆ければならず、それらの中から次の国政選挙を見ることがあるのである。
 さて、この選挙で物事を決めるのは何も日本だけではない。もちろん、成果移住に選挙はあり、その選挙で物事を決めてゆく。その国際的な選挙の中でも注目とそうではなく注目されなくても重要なものがあるのだ。アメリカの大統領選挙などは、当然に注目される選挙であるといえる。もちろん日本に対する影響も少なくない。一方、選挙はなくても、中国の政権交代は非常に大きな影響があるので、今回のような薄熙来前重慶書記の失脚などは、日本だけでなく中国の影響の強い国々の多くの関心を引くものになる。しかし、それは興味はあるものの、しかし、中国の時期国家主席は決まっているので、当然に、大きな永久は少ないということになる。
 そのような中で、韓国の総選挙はあまり注目はされていないものの、非常に大きな影響があるといっても過言ではないのではないだろうか。

焦点:韓国総選挙、ツイッター世代の後押しで野党勝利の可能性も

[ソウル 9日 ロイター] 韓国で11日投開票される総選挙は、世論調査では与野党が接戦を繰り広げているとされる。しかし蓋を開けてみれば、40歳代未満の若者やソーシャルメディアの後押しを受けた野党の左派勢力が、予想外の勝利を収める可能性がある。
従来の世論調査は固定電話所有者の意見を反映しているが、韓国で有権者人口の37%を占める20歳代と30歳代で固定電話を使っている人はごくわずかだ。
固定電話よりもサムスンの「ギャラクシー」や米アップルの「iPhone(アイフォーン)」といったスマートフォン(多機能携帯電話)を使うような若い世代は、総じてリベラル思考で、スマートフォンを通じてインターネットで意見を表明したり、広めることが多い。
政権与党で保守勢力のセヌリ党(旧ハンナラ党)がネットでの不人気を挽回するために起用したコンピューター専門家のLee Jun-seokさん(27歳)は「ネットで表明される意見では、われわれに好意的なのが約2割で、残り8割は反対派。何かセヌリ党を擁護する発言をすれば、すぐに叩かれるような状況だ」と話した。
短文投稿サイトのツイッターにおいて、人気政治家ベスト5は左派が独占。ウェブサイトのコリアンツイーターズ・コムによると、保守勢力で最有力の次期大統領候補である朴槿恵氏の人気は第8位にとどまっている。
3月26日─30日に行われた従来の方法に基づく世論調査によると、与党支持が39.8%だったのに対して、最大野党の民主統合党支持が30.5%、同党と連立を組む統合進歩党が8.1%となった。
こうした世論調査では、昨年末に野党より支持率が低かった与党が勢力を盛り返したことがうかがえるが、それは誤りだと専門家は主張する。
調査機関コリア・ソサエティ・オピニオン・インスティテュートのYoon Hee-woong氏は「無作為抽出方式による固定電話での調査は、若者や帰宅が遅い勤労者、固定電話回線のない世帯を対象外にしている」と述べた。
一方、韓国は中国に次ぐ世界第2位のブログ大国であり、シンガポール経営大学の調査では、ツイッターの使用頻度は世界平均の2倍に達している。そして韓国政府は現在、ソーシャルメディアによる選挙運動を解禁しているので、ツイッターなどのソーシャルメディアは大きな影響力を持っている。
ツイッターにおける左派の有力発信者グループの1人で、約29万人のフォロワーを抱えるコメディアン、金美花(キム・ミファ)さん(47歳)は「ツイッターではわれわれは会話の花を咲かせているが、これは規制できない類のことだ」と語る。
昨年行われた首都ソウルの市長選においては、無所属の朴元淳(パク・ウォンスン)氏が保守勢力の牙城を突き崩して当選したが、キムさんなどの有力発信者が勝利に貢献した。
<主流メディアへの対抗勢力>
  ソーシャルメディアは、韓国経済を牛耳るいくつかの巨大複合企業にほぼ支配されている主流メディアへの対抗勢力という役割も果たしている。
このソーシャルメディアが、所得格差拡大などの問題を懸念している若い有権者を、米韓自由貿易協定への反対や大企業への規制を標榜する民主統合党の下に結集させる可能性がある。
野党側がソウル市長選で若い有権者を動かすことに成功したのを目の当たりにして動揺した与党は、ソーシャルメディアに適応する資質を高めようという対抗策を打ち出したが、苦戦をなめている。
その与党に起用されたコンピューター専門家のLeeさんは、ツイッターがこれほど利用されている理由の一つとして、投稿文字数140字という制限が、英語よりもいろいろ書き込める韓国語に合っている点を挙げた。
Leeさんは「英語では基本的に、(投稿動画サイトの)ユーチューブをチェックしてと誰かに伝えることしかできないが、韓国語なら投稿内容だけでなく、感想まで書くこともできる」と指摘した。
<影響力は増大の一途>
今回の総選挙は、12月に予定される大統領選挙の実質的な予行演習と言える。本番の大統領選では、ツイッターを利用する左派がネット空間から実際の政治権力の場へとつながる鍵を開けることができるかどうかが試されるだろう。
朴元淳ソウル市長の側近で、現在は市長の新たなメディア戦略について助言を行っているYu Chang-ju氏は、12月の大統領選挙までにツイッター利用者は倍増して約1000万人と、全人口のほぼ5分の1に達すると予想している。
嶺南大学のHuh Chang-deog教授(社会学)は「ツイッターは多くの穏健な韓国人にとって、富裕層や現政権、与党に対して怒りの矛先を向けるための一つの手段だ。今年の選挙は、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の利用者と、それ以外の人々の対決になるだろう」と述べた。
コメディアンの金美花さんは、ツイッターには政治家の評判を一瞬にして高めたり、逆にがた落ちさせる力があると主張する。
金さんは「政治家はSNSにより大きな恐れを抱くようになり、発言や行動に注意するだろう」と語った上で、昨年の「アラブの春」をもたらす役割を果たしたチュニジアにおける抗議行動に触れて「わたしが希望しているのは、ツイッターを通じて『ジャスミン革命』のような大きな社会変革が起きることだ」と話している。

(Jack Kim、Ju-min Park 記者)

ロイター 4月10日(火)14時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120410-00000071-reut-int

(朝鮮日報日本語版) 韓国総選挙:与党セヌリ党が単独過半数維持

 12月の大統領選挙の前哨戦として注目された韓国総選挙(定数300、小選挙区246、比例代表54)は11日、投開票され、当初劣勢が伝えられた与党セヌリ党が小選挙区127議席、比例代表24議席の計152議席を確保し、単独過半数を維持した。一方、野党勢力の結集を訴えた民主統合党と統合進歩党は、各種世論調査で合計での過半数確保が予想されていたが、それぞれ127議席(小選挙区106議席、比例代表21議席)、13議席(小選挙区7議席、比例代表6議席)にとどまり、敗北を喫した。

朝鮮日報日本語版 4月12日(木)6時25分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120412-00000587-chosun-kr

 韓国では、大統領選挙ばかりが大きく上げられる。基本的に大統領制を行っている国家においては、その国家のトップも直接選挙で選ばれるので、行政の責任者であり、国家の代表が誰になるかが気になるところである。しかし、その大統領が大きく変わるときがある。政策の大きな変更などは、議会などがとおらないときに行われる。それでもアメリカの大統領などは拒否権を持っているので、まだよいのであるが、拒否権のない大統領は議会との調整で何とかしなければならない。要するに実際の行政では非常に大きな影響が出てくることになるのである。
 韓国で議会の選挙があった。今年の12月にある大統領選挙の前哨戦である。保守派の李明博大統領は、その後任の候補となっている朴槿恵氏にうまく引き継ぐために、この議会選挙は勝たなければならない選挙であった。しかし、事前の下馬評では野党側が非常に強く、与党惨敗が伝えられていたのである。私などは現在の与党側と近しい人が友人にいるのであるが、基本的に現在あまり電話などをしないようにしていたほどである。
 また、その支持率に敏感な大統領は、対日本政策を強攻策を採り、野田内閣はまったく歯が立たない外交を行ったのだ。しかし米韓FTAなど、話題になった政策も少なくない。韓国は、経済に関しては中国とアメリカの双方向、そして政治と軍事はアメリカに一辺倒にし、北朝鮮と敵対、日本を歴史問題で虐げるという「韓国の保守派が喜ぶ政策」を行ったのである。
 そこに追い風になったのが北朝鮮のミサイルだ。あまりここで解説する必要がないが、韓国の保守派が盛り上がるのは目に見えてわかる。北朝鮮はそこまで考えていないだろうが、北朝鮮の国威発揚は韓国の保守はナショナリズムの高揚を呼ぶ。
 それらはインターネットのほうが敏感であり、そのとおりの結果になった。以下に固定電話での支持率調査がいい加減かということも今回韓国で実証された形になった。
 この選挙の影響はどのようになるのか。今後韓国の政策でなんとなく簡単に見てゆきたいと思う。近々韓国に行って取材するので、そのときに詳細は報告する。今回は韓国の総選挙は注目度合いよりも重要であるということで。

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北朝鮮のロケットと北朝鮮国内の事情

北朝鮮のロケットと北朝鮮国内の事情

 まず、今日は私の態度を明らかにしておこう。もちろん、北朝鮮のミサイル発射についてだ。題名ではかなりさまざまな尾頃に出回ることを考えて「ロケット」と書いたが、本文中は、しっかりと「ミサイル」と書かせてもらう。
 基本的に北朝鮮において核ミサイルおよび大陸間弾道弾ができることは、東アジアのバランスが大きく崩れることになり、当然に私個人としては、発射実験ではな核開発そのものを、武力を使ってでも阻止すべきであると考えている。しかし、日本の平和憲法でもあるまいし、そのようなことを願ったり、日本国内で発言したからといって何の役にもたたない。国際社会に訴えるなどといっているが、今までミサイルを何回飛ばし、国連での非難決議を何回行ったかわからない。そのような中においても、いまだに開発が続いているのであるから、「国際社会に訴える」とか「平和を希望する」とか「日本には憲法9条がある」などといっても何の意味もない。実際に頭の悪い左翼どもは適当に話していれば良いが、目障りなので、北朝鮮に言って直接きたの労働党や軍の幹部、とりわけ金正恩氏に直接言ってくるべきであり、日本でそのような役に立たない声を上げるのは迷惑この上ない。逆に、そのようなことを行うのであれば、日本でも核開発を行うべきという声を上げ、アメリカと中国を震撼させた上で、北朝鮮がやめたら中止するというように、他の国において北朝鮮の核開発を中止させしめるべく考えるべきではないのか。北朝鮮が、「のびのびと」核開発ができるのは、どの国も本気で北朝鮮を攻めようとしていないし、同時に二音をはじめとした周辺国家が及び腰であるということに他ならない。要するに、その部分において、日本が軍隊を持つもしくは核開発を行うということを行い、中国などが本腰を入れて北朝鮮を抑止にかかれば、基本的には大きな話になるし、実行力があると考える。
 さて、このような基本的な私の個人の考えがある上で、今日はあえて、北朝鮮の国内の事情、もっと言えば「なぜミサイル実験を行わなければならないのか」を、あえて北朝鮮の立場に立って考えてみたいと思う。

北朝鮮がロケット発射準備完了「予定通り打ち上げ」

【ソウル聯合ニュース】北朝鮮の科学担当官僚は10日の外信記者向けの会見で、長距離弾道ミサイル発射とみられる衛星「光明星3号」の打ち上げについて、今週中の発射に向け全ての準備が完了したと明らかにした。平壌発のAP通信が報じた。
 報道によると担当官僚らは、故金日成(キム・イルソン)主席の生誕100周年(4月15日)を記念する行事の一環として予定通りロケットを打ち上げると話した。
 また、中国国営通信・新華社は「北朝鮮の朝鮮宇宙空間技術委員会の関係者が衛星打ち上げは地域と近隣国家に害を及ぼすことはないと話した」と報じた。

聯合ニュース 4月10日(火)16時23分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120410-00000020-yonh-kr

北朝鮮の「衛星」打ち上げ阻止、中国の本気度は

[北京 10日 ロイター] 北朝鮮が今週にも「衛星」の打ち上げを行うと表明する中、同国の最大の支援国である中国は、難しい対応を迫られている。中国政府に近い関係筋やある西側の外交官は、中国が北朝鮮に対してほとんど影響力がなく、打ち上げを阻止できる立場にないと指摘している。
 今回の打ち上げが、北朝鮮に弾道ミサイル技術をテストするための機会を与えることになると警戒する米国は、中国に対し打ち上げを阻止すべく影響力を行使するよう求めている。
 中国政府に近い関係筋はロイターに対し、北朝鮮の打ち上げが地域情勢の変化をもたらし、アジアに関与する口実を米国に与えかねないとして、中国は北朝鮮に打ち上げをやめるよう圧力をかけていると語る。
 しかし、北朝鮮の最大の支援国である中国なら、さらに強い圧力を加えることができるとの見方もある。米国務省のヌランド報道官は9日、北朝鮮が3回目の核実験の準備も進めている可能性があるとし、「極めて挑発的であり、地域の安全に脅威を与えるものだ」とコメント。また、朝鮮半島の非核化に向けて「中国がより効果的に行動するよう引き続き呼びかける」と述べた。
 中国が北朝鮮に対して影響力がないとするのは、双方の国にとって都合がいいのかもしれない。
<もはや「唇亡びて歯寒し」の関係にあらず>
 専門家らは、今回の打ち上げも北朝鮮の新しい指導者としての金正恩氏の権力固めの一環だとみている。中国も正恩氏による体制が弱体化することで、北朝鮮が不安定化することは望んでいない。
 しかし問題は、中国が影響力を行使する能力があるかということよりも、行使する気があるかということだろう。韓国の政治コメンテーター、Shim Jae Hoon氏は「問題は、中国が北朝鮮に圧力をかける力があるかどうかではない。圧力をかける意志があるかどうかだ」と指摘する。
 また中国は、米韓軍事同盟に対する緩衝材としての価値を北朝鮮に見いだしており、Shim氏は「中国にとって最悪のシナリオは、韓国が朝鮮半島を統一することだ。そうなれば、米軍のプレゼンスが中国との国境付近まで拡大すると考えるだろう」との見方を示した。
 中国は身動きの取れない状況に陥っているようだ。
 前出の中国政府に近い関係筋は「北朝鮮はコントロールしづらい」とし、食糧などの支援で締め付けを行えば、北朝鮮からの難民が中国に押し寄せることになり、結局は支援するしか選択の余地がないと語る。
 中国はわずか30年の改革で経済大国になったことに大いに自負があり、自国民に十分な食糧を与えることのできない北朝鮮に対して忍耐力を失いつつあるとみる向きもある。
 別の関係筋は、中国の慣用句「唇亡びて歯寒し(唇が歯を保護していることから、互いに助け合うものの一方が亡びると他方も危うくなることのたとえ)」を引用し、中国と北朝鮮はもはやこの関係ではないと指摘。「今では、歯が唇をかみ続け、傷ついている」と述べた。

ロイター 4月10日(火)19時25分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120410-00000107-reut-int

 さて、上記のように北朝鮮は近所で迷惑がられている「狂犬」のように、みんなが危険であると思いながらも、誰も自分が怪我をしたくないので、手を出さないでいるという三すくみの状態になっているのである。飼い主と目されている中国もほとほと手を焼いており、本物の狂犬ならば保健所に持ってゆき安楽死処分をしてもらえばよいのであるが、北朝鮮という国家となるとそうは行かないのが大きな問題なのである。
 その上で、北朝鮮の国内を考えてみよう。金正日が死んで金正恩体制になった。金正恩はそれなりに自分なりの政治と指導力の発揮を試みているが、それまでの守旧派との摩擦がありなかなかうまくいかないのではないか。その上で、国内の多くの人民に対して、金正恩体制になってからのかりすあをし召さなければならない。カリスマを示すということは米中という大国と肩を並べることである。先軍主義の北朝鮮において経済力などではなく、肩を並べるものは軍事力に他ならない。その軍事力の内容をいかに示すかは、あくまでも核の開発と直接攻撃の手段でしかない。もちろん中国とは戦うつもりも名が、太平洋を挟んだアメリカには直接的に先頭を行える体制が必要であり、その上で対等な交渉を行うということが最も重要なファクターである。
 一方守旧派は、金正恩の体制ではなく集団管理体制で自分たちの自由にしたい。そのためには、実際の力を見せた上で金正恩を傀儡にしなければならない。北朝鮮国内には、反金政権体制を考えているものもあり、金政権の中にも正男派などもいる。その中において金正恩を傀儡とするということは、それなりに「国威発揚」を行い、他の派閥を抑えてからしかできないことなのである。
 単純に、そのことを考えれば、結局北朝鮮の国内事情から、ひとつは正男派などの抑止のために、もうひとつは金正恩がアメリカなどと対等であることを示すために、他国から干渉されればされるほど、向きになってミサイル発射を強行することになる。
 さて、このように書いていて、アメリカも中国もこれくらいのことはわかっている。それだけに両国とも東シナ海に艦隊を派遣し、監視体制を行っているし、嘉手納基地からの観察機の発信も増えている。一方で、日本は、陸上自衛隊のPAC3で満足しているが、それすらもおぼつかない。日本の防衛体制の不備がこれで明らかになってしまうのである。
 そろそろ「北朝鮮が核を持った場合」の防衛体制をしっかりと課が得るべきでないのか。現在の北朝鮮のこれ蔵の文できも情報も入らない政府では、先行きがおぼつかないものの、実際に国際社会は動いているのであるから、そのことをしっかりと考えて、日本国民をどのようにしたら護れるのかを考えるべきではないのか。

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やはり利用されるだけで終わった「鳩山二元外交」

やはり利用されるだけで終わった「鳩山二元外交」

 先日、このブログで鳩山由紀夫氏のイラン訪問に関して
「 鳩山外交特別顧問様は、アフマディネジャド大統領と話しをするという。しかし、アメリカの対イラン制裁と核開発に関してどんな会話をするのかは非常に興味深い。何が興味深いかといってもアフマディネジャド大統領の対応だ。当然にイランにも「日本のハトヤマという人物はルーピーである」という感覚は伝わっている。そのことは、当然に、アメリカから嫌われたもの同士という仲間意識を生むであろう。しかし、同時に、端にも棒にもかからない鳩山元首相をまともに相手にすることもできない。アフマディネジャド大統領は、中東の切れ者である。その中においてハトヤマを自分の「スピーカー」としてどのように使いこなすのか。そのことは注目に値する。」
 というように書いた。まさに、この危惧するとおりにしっかりと鳩山由紀夫氏はアフマディネジャド大統領に「使われた」格好になった。
 しかし、アメリカを批判するのではなくまさかIAEAごと批判するとは思わなかった。私も見通しが甘いというか、アフマディネジャド大統領が切れ者であるということはわかっていても、国際団体を攻撃しなおかつ「二重基準」ということを言うとは、予想はしなかったのである。基本的にはアメリカの金融制裁などがその批判の矛先であろうということは考えていたのであるし、その内容は間違いがない。しかし、イランにしてみれば、アメリカがそのような金融制裁を行う背景にはIAEAという国際機関がイランの核開発に関してNOを突きつけているということがもっとも大きな内容であると考え、そのアメリカの金融制裁の「根拠」となる国際団体ごと批判をしたのである。
 それにしても鳩山氏の外交力の欠如はあまりにもひどすぎる。そもそも外交力の欠如は、今に始まったことではない。外交とは国益と国益の衝突を交渉力で解決する、言語の戦争である。その言語の戦争は、戦争である以上、自分の実力と相手の実力を見比べ、その上で、交渉の結果を見通し、その見通しの範囲内で物事を済ませるというタフな交渉力を必要とするものである。そのようにしなければ当然に「言語の戦争」である外交は完全に敗北してしまう。
 鳩山氏の場合は、今回の内容を見てみれば「相手の実力」も「自分の実力」も見ることができない。それどころか、「交渉の見通し」もなければ「その後の影響に関する考え」もないのである。孫子の兵法の中に「敵を知り己を知れば百戦危うからず」という言葉があるが、実際に敵も己も知らないし見通しもない戦争で「百戦敗北」の憂き目にあい、そのような結果しか残せないにもかかわらず、アメリカの大統領に向かって「トラスト・ミー」といい、結局、自分の放った言葉は何一つ実現することができず、そのアメリカから「ルーピー」といわれ、日本の立場を危うくした。しかし、その中においても、元首相ということで、世界は注目しているが、その世界の注目においてまたも「相手に利用されるだけの猿回しのサル」を演じたのである。
 はっきり言って、日本人は、これから恥ずかしくて国際社会に出ることはできないのではないか。

イラン「鳩山氏がIAEAは不公平だと語った」

 【テヘラン=五十嵐弘一】イランを訪問した民主党の鳩山由紀夫元首相は8日、テヘランの大統領府でアフマディネジャド大統領と会談した。
 大統領府は、鳩山氏が会談の中で、「国際原子力機関(IAEA)がイランを含む特定の国に二重基準的な対応をとっていることは不公平だ」と語った、と発表した。発言が実際にあったかどうかは不明だが、鳩山氏の訪問をIAEA批判や核開発活動の正当化に利用しようとするイラン側の意図をのぞかせた。
 鳩山氏や大統領府によると、核問題をめぐるイランと国連安全保障理事会常任理事国にドイツを加えた6か国との協議について、鳩山氏が「国際社会の信頼を得るような結果を出す努力」を求めたのに対し、大統領は「現実的な提案がある」と語った。「提案」の内容は明らかにされていない。

2012年04月09日15時38分 提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6449831/

IAEA批判発言「完全に捏造だ」と鳩山元首相

 鳩山元首相は9日、イランのアフマディネジャド大統領と8日に会談した際、国際原子力機関(IAEA)を批判する発言をしたとイラン大統領府が発表したことについて「完全に捏造(ねつぞう)記事であり、大変遺憾だ」と述べ、訂正を申し入れる考えを示した。
 国会内で記者団に語った。
 鳩山氏は大統領らとの会談で核開発の疑念を払拭するための努力を求めたと説明し、「非常に有意義な議論ができた」と強調した。また、「二元外交」との批判を念頭に、「政府の考え方を逸脱する発言は一切していない」と語った。
 鳩山氏は6日からの日程でイランを訪問した。
 イラン大統領府は、鳩山氏が「国際原子力機関(IAEA)がイランを含む特定の国に二重基準的な対応をとっていることは不公平だ」と語ったと発表した。.

読売新聞 4月9日(月)20時53分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120409-00000921-yom-pol

 たぶん、イランは、鳩山氏が否定することも考えていたであろう。そもそも、はじめから「嵌める」つもりで交渉を行っており、なおかつ、そのプロジェクトの中で、もっともバカで、最も自信家で、もっともイランにとって使いやすい人選を行い、その上で鳩山由紀夫に白羽の矢を立てたのであるから、多少否定したところで、なんとも思っていない。というか、そもそも鳩山由紀夫が何か他の行動を起こせば、まさに蜘蛛の巣にかかった虫のように、行動を起こせば起こすほどイランの術中に嵌まるような仕組みになっている。実際に、先進国G8の参加国である日本の元首相、その元首相も与党の外交顧問であり、なおかつ現在も国会議員である。元首相といっても2年前の話でしかなく、辞めてから今日までの期間も短い。なおかつアメリカに嫌われており、反米の発言をしても国際社会が意外性を感じない、そして、イランの術に嵌まりやすいほどバカである。これほど適任はいない。元首相や元大統領で、このようなバカで使いやすい人物は他にいないであろう。案の定、一人でのこのこやってきて、イランに利用される。アフマディネジャド大統領は、まったくアメリカなどのメディアの前に姿を現すことなく、鳩山の口を使って「スピーカー」を出すことになり、なおかつ、その否定会見などで帰ってそのことを協調できる状態になるのである。
 さて、この内容の影響であるが、そもそも野田民主党執行部はこのことを予想していたに違いない。少なくとも、イランに行って普通に帰ってこれるとは思っていない。当然に、その内容は民主党執行部が知るところだ。本気で政府政権とまったく異なる内容になるのであれば、民主党を除名すればよいし、国会で証人喚問などを行ったらよい。最終的には国会で辞職勧告決議を行えばよい。しかし、民主党はそのようなことはやらない。なぜならば、民主党がその内容を図ったからに他ならない。
 ではなぜ野田執行部はそのようなことを行ったのか。単純に、鳩山由紀夫の利用価値をを下げるためである。鳩山由紀夫氏は、反執行部であり小沢一郎に近いという感覚を持っている。このことによって、鳩山と小沢という政権交代字の代表と幹事長が組んで反執行部の狼煙を上げれば、それは大きなものになる。マニフェスト至上主義者やマニフェストを信じて民主党に投票した多くの油研社を民主党は敵に回すことになるのである。
 それを避けるためには、簡単に鳩山内閣が退陣に追い込まれた状態を再現するのが最も良い。鳩山内閣の退陣は、ご存知のように普天間基地移転問題の迷走である。しかしその迷走の原因は、反米的な政治姿勢が根底にあることは間違いがない。そのときの鳩山への国民的批判は、内閣支持率を急落させ、菅内閣を起こし、脱小沢を実現した。その動きを行うためには、鳩山氏が、再度「反米的な動き」を行うということがもっとも重要である。イランはその舞台として最適であり、タイミングも最も良い。 
 逆に言えば、野田内閣、民主党の執行部は、外交という取り返しのつかない場所で民主党の党内の派閥争いの道具を作り出し、その道具の結果を期待して鳩山氏をイランに行かせた。まさに「党内理論」で「国益を損ねる」動きをしたのが民主党の野田内閣ということになるのである。鳩山氏には1ヶ月前にがんばってくださいといい、その行動の証人を与えながら、マスコミに叩かれた瞬間に止めるという矛盾した動きは、このように解釈すれば、はっきりわかる。党内の派閥争いで術に嵌まる鳩山由紀夫を演出したのであるから、政府としては切り離さなければならない。民主党の代表としては応援し、政府としては否定する。まさに野田内閣というよりは左翼らしい政治手法である。民主党政権は、これを否定するためには、イランに対し国政をあげて否定し、なおかつ、鳩山氏を名誉回復までの期間除名し、その上で、イランとの原油取引を自主的に停止するくらいをしなければ国際的な信用は得られない。しかし、そのようなことをすれば、日本の経済が破綻してしまう。結局、民主党は民主党政権の力を持って鳩山を政治的に殺さなければならない。もちろんそのようなことはしないと思う。
 このような党内事情で外交を道具として国益を損ねていては日本がつぶれてしまう。幸い、鳩山という日本の政治史上この上のないバカである元首相であったために、アメリカも国際社会も「誰も相手にしない」ということで、何とかなっている。しかし、そもそも、このような政治や国会、外交の場を党内の勢力争いで使うという「政治野外子を使った内ゲバ」を止めなければ、そして、そのような癖のある民主党政権をおろさなければ、日本に未来はない。

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空転する復興庁と進まない復興

空転する復興庁と進まない復興

 3月11日を前に、ラジオなどに出演し訴えたことがある。それは1周年で東に本題震災を忘れてほしくないということである。テレビや新聞などは、はっきり言ってしまうと1周年まではなんとなく3・11といって盛り上がるのであるが、実際にそれ以降まったく盛り上がらないような状態になってしまう。
 私の場合は阪神大震災がそうであったという経験がある。「がんばろう神戸」も、翌年の1・17を過ぎてしまえばその標語自体がマスコミに出ることはなかったのである。しかし、1年たっても復興したわけではない。マスコミが1周年を期にまったく報道しなくなってしまったために、ほかの地域からはすでに復興が終わってしまい震災前と同じ幹事で持ってしまうのである。
 マスコミの影響が大きなことと、一方で、復興が終わっていないということがもっとも大きな問題ではないだろうか。
 もちろん、あれだけの被害があるので1年で完全な復興ができるとは思っていない。しかし、少なくとも日々進んでいなければならないし、また復興に向けて希望が被災地になければならないのではないか。しかし、少なくとも私の見る限り、復興はほとんど進んでいないのである。もうじき13ヶ月。要するに1年と1ヶ月。この1ヶ月で被災地のことはほとんど誰も報道しなくなってしまい、被災地は完全にはしごをはずされた形だ。自分たちでは何もできない。それどころか、政府から出てくる情報は、次の地震や津波の恐怖をあおる情報ばかりである。これでは復興などが進むはずがない。
 そんな記事が出ていたのですこち注目してみた。

避難場所見直し進まず=7市町村のみ暫定対策―被災3県で326カ所浸水

 東日本大震災の大津波で浸水した指定避難場所について、変更や追加をした自治体は岩手、宮城、福島3県で7市町村にとどまることが分かった。3県で326カ所の指定避難場所が浸水したことも判明。震災から1年を過ぎても見直しは進んでいない。
 3県沿岸部のうち、東京電力福島第1原発事故で居住制限がある福島の5町を除く32市町村に取材した。津波の指定避難場所は震災時に計2032カ所あり、16%が浸水した。しかし、見直しを終えた自治体はなく、暫定的な対策を取ったのも7市町村だけだ。
 場所を変えたのは岩手県釜石市で、21カ所を指定から外し、高台の広場や施設を追加。昨年12月に公表した。
 福島県新地町は浸水した2カ所を指定から外す方針で、先行して高台に避難用プレハブを建てたり、別の場所への避難を指導したりしている。
 11カ所中8カ所が被災した宮城県多賀城市は、マンションやオフィスビルなど7カ所を加えた。高台がなく避難ビルとして使うためで、今年3月に民間と協定を結んだ。
 石巻市は浸水した施設のうち緊急避難に使える建物は当面活用するとし、暫定リストを3月に作成。仙台市は海岸近くを走る高速道路の5カ所に階段を取り付けた。岩手県田野畑村と大槌町は計8カ所を指定から外した。
 一方、指定避難場所の浸水がゼロの久慈市など3市町は変更の予定がない。残る22市町村は暫定対策も取っておらず、理由として、県と市町村の防災計画改定の遅れや、まちづくり計画との連動の必要性を挙げた。
 また、宮城県南三陸町は「浸水地域に居住者はいない」、岩手県大船渡市は「緊急時は高台に避難を呼び掛ける」と説明。福島県南相馬市は「原発事故の対応に追われ余裕がない」とした。

時事通信 4月8日(日)2時26分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120408-00000011-jij-soci

復興庁発足2カ月 交付金 自治体ニーズと差 緊急性重視

 東日本大震災の被災地復興の司令塔として発足後、10日で2カ月を迎える復興庁が早くもつまずいている。被災自治体への「復興交付金」の事業計画をめぐり、査定する復興庁と申請する自治体の溝が深まっているためだ。すでに独自に事業を進める自治体も出る中、復興庁が自治体に歩みよる姿勢も見せており、今月4日に締め切られた2回目の事業計画の採否に注目が集まっている。
 ■「満画館」は独自予算
 津波で壊滅した宮城県石巻市中心部に残る「石ノ森萬画館」をめぐり、先月26日の市議会で約7億5千万円の改修予算案が可決された。県出身の漫画家、石ノ森章太郎さんにちなみ平成13年に開館したが、震災後1年経ても休館している。
 市は萬画館の改修費を復興交付金事業に申請しようとしたが、「復興庁から対象事業ではないと言われた」(市商工観光課)。市は復興交付金をあきらめ、文部科学省の補助などを使い、独自で予算化した。
 先月2日に復興庁が発表した1回目の交付金配分ではこうしたケースが続出。担当者は「自治体から提出された事業計画を見て驚いた」と振り返る。ゴルフ場の整備、温泉施設の建設…。一見すると復興とは関係が薄いスポーツやレジャー施設が交じっていた。明らかに過大な経費が計上された事業もあった。
 復興庁は東京の本庁と被災地に密着する復興局などの出先機関からなる復興政策の司令塔。同庁が手掛ける復興交付金は「基本的に壊れたところを復旧する制度」(平野達男復興相)としており、被災者34万人がいまなお避難生活を送る中、1回目の交付金は沿岸部の集団移転や、災害公営住宅事業に手厚く配分された。
 ■要望額から4割削減
 緊急性が低いと判断された事業は削られ、全自治体の要望額から4割が削減。19市町は配分がなく、自治体の反発が相次いだ。
 石巻市の担当者は「住宅ばかりできても復興にはならない。萬画館は観光業を活性化させ、復興につなげるために必要」と話す。岩手県の担当者は「災害公営住宅の整備などは25年度予算分もついたが、道路整備など本当に必要な事業が削られている」と訴える。
 ただ、当初は自治体の事業計画について「熟度が低い、十分に計画が練られていないものもある」と話していた平野復興相も、先月25日に宮城県庁で行われた県との意見交換会で「発足したばかりで職員も慣れていなかった。コミュニケーション不足があった」と弁明。今後は柔軟に事業を認める姿勢を示した。
 被災自治体から「復興庁の査定が長引くことで事業開始がずれ込み、復興が遅れてしまう」との危惧も出る中、2回目の交付金配分は今月末にも発表される。
 ●復興交付金 被災自治体が計画する復旧復興の事業費を国が全額負担する制度。集団移転など40事業が対象で、事業計画を復興庁に提出し認可を受ける。1回目の交付金は7県59市町村に約2509億円が配分され要望総額約3899億円から4割が削られた。

産経新聞 4月8日(日)11時40分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120408-00000508-san-soci

 各自治体の避難所の問題と、もうひとつは復興交付金の話である。いずれも「進んでいない」という話である。
 ではなぜ進んでいないのか。いくつかの理由がある。ひとつは政府が現場をまったく理解していないということである。現場を理解しない上司がいる会社はあまり仕事が前に進まない。経費や数字で人を管理するなどということを言う人がいるが、実際に、動いているのもそれを受けるもの人である。人は感情で動く部分もあり当然に数字では把握しきれない。しかし、それを現場がわからない人は数字で判断するということになる。もちろん会社の場合は、金銭の内容が大きな問題になるのである。しかし、復興など予算などと関係なく、人道的で重要な内容は、当然に数字だけで管理されるものではない。しかし、現場を知らない復興長にはそのことがわかっていないということである。
 もうひとつは、責任のたらいまわしだ。不思議な言い方をしたが、あえて責任転嫁ということを言いたくなかった。責任転嫁は、しっかりと転嫁する場所があるということに他ならない。しかし、民主党政権の場合は、復興に関しては責任を転嫁する場所もなく。責任をたらいまわしにし、うやむやにしてしまうということになるのではないか。責任のない仕事は何も生まない。ただ単に資金が滞留し、多くの人が『あれがあればよかったのに』という残念なk何条を残し、それが怨嗟に変わるだけのことである。
 避難所の変更や追加に関しても、交付金に関しても同じ。地図や数字で管理しているからまったく前に進まない。そのことが大きな問題ではないのか。
 要するに民主党政権というものがいかに現場や現状を知らずに、机上の空論だけで適当な政治をしていたのかということである。そのことを木塚去るためには東日本大震災はあまりにも大きな代償であった。しかし、それだけでなく、日本の復興をしっかりとするために、机上の空論で物事を進める人には早く退場してもらわなければならない。

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マスコミ批判に関する一考(90) 原子力報道におかる『水戸黄門現象』

マスコミ批判に関する一考(90) 原子力報道におかる『水戸黄門現象』

 3月11日に法相された報道ステーションでの古館キャスターの発言が問題視されている。はっきり言って、私は報道ステーションという番組の印象操作にはあまりよい感覚を持っていないので、「またか」という感じしかない。そもそもこの『報道ステーション』前進の「ニュースステーション」の時代から、ワイドショーなのか報道番組なのかもわからない番組であり、このような番組が視聴者に人気があるということや、あるいは、何期も続いているということ自体が、テレビ朝日の報道に対する姿勢を疑うものである。
 ちなみに、私にはテレビ朝日の中に友人は多数いる。しかし、その人々にも同様の話は直接にしているので、特に大きな問題がある発言とは思っていない。もちろん上層部ではない。しかし、テレビ朝日の記者たちも、私と同様の疑問を持っているのである。しかし、その同様の疑問に対して、彼らは「それでも視聴率が取れるから仕方がないんですよね」という。もちろんテレビ朝日というものが株式会社であり、同時に、営利を目的としている企業である以上、ある意味で「視聴率至上主義」になってしまうのは仕方がない。同時に、自民党政権に対して考えれば、自民党の政権批判というのは、日本人の多くが抱えている『現状不満』そして「他力本願の向上心」によって、「もっとよくなるはず」という個別論点の「あるべき論」は受け入れられるし、賞賛を浴びるものである。そのような番組を面白おかしく伝えるということは視聴率を取れるひとつの要因であろう。
 しかし、そればかりではいけないということは、報道の現場にいる人間たちは大体わかっているのだ。その現場にいる人たちがわかっているという状態が、ほかの会社や政府と同様に、現場の声が上層部に上がらず、同時に、番組作りに反映されないという悲しむべきことがあるのは、まさに、現在のマスコミ全体の問題点であると考えられる。
 しかし、今回の内容はそのようなものではない。古館氏は、別に現場の人間ではない。実際に現場に取材に行っているわけでもなければ、その内容をすべて把握しているわけではない。そのような人間が「原子力村という村がある」などと、なぜ断言できるのか。この問題は原子力に関する報道ということ以前に古館氏の「事実を伝える、報道に携わるものとしての資格」という意味で大きな問題があるということを如実に表したのではないか。
 その古館氏のような人物をキャスターとして使っていること事態に大きな問題があるのである。その内容がテレビ朝日が、椿事件以降まったく変わらない偏向報道の最も中心的な牙城であるかのごとき言われようをしてしまうのである。
 しかし、今回は、そのテレビ朝日の偏向報道に脚光を浴びせるのではなく、今回は、その原子力報道に関する内容に関して少し後半は言及して見たい。

古舘氏徹底的に原発追及 報ステで表明記事を印刷する

      テレビ朝日系「報道ステーション」の古舘伊知郎キャスター(57)が11日放送の特別番組の中で、原発報道への強い決意を示した。古舘氏は、昨年末の同番組が、福島第1原発が津波で壊れたのではなく地震によってどこかが損壊していたのではないかと追及したことを紹介。その上で「今回このスペシャル番組で、その追及をすることはできませんでした」と語った。さらに、日本には原子力村という村が存在し、産業がない地域が積極的に原発を誘致したと、指摘した。古舘氏は「その根本を徹底的に議論しなくてはいけない。私は日々の報道ステーションの中でそれを追及していく。もし圧力がかかって番組をきられてもそれは本望です」などと語った。テレビ朝日広報部は「原子力村、圧力という言葉から誤解されたかもしれませんが、圧力がかかって放送しなかったのではありません。今後の原発報道への強い決意を示した発言です」とコメントした。

 [2012年3月12日6時57分 紙面から]日刊スポーツ
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20120312-916122.html

「圧力なかった」 古舘キャスター発言でテレ朝社長

 テレビ朝日の早河洋社長は27日の定例会見で、3月11日に放送された「報道ステーション」の特別番組で古舘伊知郎キャスター(57)が原発問題で同番組に圧力があったことをほのめかす発言をしたことに関し、「圧力はないし、考えられない」と述べ、否定した。
 報道ステーションは昨年12月28日の特番で、東京電力福島第1原子力発電所が津波の前の地震ですでに一部損壊していた可能性を指摘。3月11日の特番の終盤、古舘氏は「今回このスペシャル番組でその追及をすることはできませんでした」「原子力村という村が存在します」と続けた。
 そして、産業がない地域が積極的に原発を誘致したと指摘し、「その根本を徹底的に議論しなくてはいけないのではないでしょうか。私は日々の報道ステーションの中でそれを追及していきます。もし圧力がかかって番組を切られても、私はそれはそれで本望です」などと述べていた。
 早河社長は古舘氏の発言について、「住民が生活の場を奪われたり、放射能の不安の中で厳しい生活を余儀なくされている苛酷な現場を取材した結果として、非常に気持ちが高揚して、ああいう表現になったのではないかと思います」とコメント。
 その上で、「圧力がかかったことはありませんし、今の状況では考えられない。『今後も問題意識をもって原発報道に取り組む』という意思表示と受け止めております」と述べ、“原子力村”からの圧力を否定した。

産経新聞 3月27日(火)18時54分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120327-00000594-san-soci

 報道の原点に「かわいそう」というものがある。戦争などの写真展を行うと、必ずあるのが逃げてきた服も破れてしまい、呆然とたたずむ子供たちの画像だ。私は個人的に、そのような構図の写真は「飽き飽きしている」状態である。
 戦争が悲惨である、戦争が人と人の殺し合いであり、その戦争被害者、戦争に関係のない被害者たちの悲惨な姿は確かに心を打つ。実際に戦争のない平和な世界が訪れることは最もよいことなのかもしれない。しかし、そのようなことは絶対にない。資源、食料などが限りがあるものである以上、そして人間が仏教の煩悩ではないが、向上心がある以上、今よりもよい生活をするために、資源や食料を必要とする以上、戦争はなくならない。そして「戦争に関係のない被害者」というが、実際に、カンボジアの内戦などのようなものではない限り、いや、あの内戦でもそうかもしれないが、そのような政府を選んだのはその国の国民なのである。よって「間接的にもまったく関係がない」という、通り魔のような戦争に巻きもまれた被害者というのも、実は少ないということになる。
 では、原子力の報道に関して考えて見よう。実際に、住み慣れたふるさとを追われ、換えれないという状態に関して言えば、『かわいそう』であるし、原子力発電所の運営や管理そのものの問題を考えて見なければならない。戦争と同じように「必要悪」のような形で「なくなればよい」と端的に考えるほうが、日本人の報道に対する受け入れとしては受け入れやすいのではないか。
 しかし、マスコミ各社は、なぜ原子力発電所周辺の補助金の合計金額を報道しないのか。莫大な保障費が支払われ、それが国民の税金や電気料金に上乗せされているということをなぜ報道しないのか。また、原子力発電所反対ということを続けてきたために、古い原発が作られる、実際に計画から何年たって着工し、その中に新しい技術が含まれないということをなぜ報道しないのか。
 何度もここに書いているが「水戸黄門現象」というものが日本人の中には存在する。これは、本来であればほかに何でも評価できるものがあるのに、ひとつの事案で「勧善懲悪」を作り上げ、悪代官は何をしても悪なのである。しかし、悪代官にも何らかの情や過去のすばらしいことがあったから、代官になったのであろうし、当然に、悪代官のために何人もが助さん角さんに着られてしまうのである。しかし、水戸黄門の番組の中では、そのような悪代官の過去すばらしかったことなどはまったく触れられない。部下やその部下の家族とのつながりなどはまったく見えない。そもそも、悪代官の葬式などを移す水戸黄門はまったく見たことがない。でも、悪代官にも家族があり部下がいる。その評価を無視して「勧善懲悪」で、すばらしいというのが日本人の美意識なのである。
 その勧善懲悪の範囲を作り出したのはテレビ局であり、その枠組みの中において報道番組なども単純な勧善懲悪の枠で行われる。過去に自民党や倒産した会社の社長など、さまざまな人が「悪代官」に仕立て上げられ、今回は、それが原子力発電所と東京電力になっているのだ。
 しかし、その原子力発電を推進したのは民主党の鳩山内閣であり、安全性の予算を削ったのは枝野幸男率いる事業仕分けである。なぜそのことは報道されないのか。
 今回の古館キャスターの発言の問題点は、その問題点の奥に偏向報道ということと、その偏向報道に含まれた『水戸黄門現象』ということが如実に現れたものではないかと考えるのである。

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李登輝元総統のインタビューより 今回は宣伝です

李登輝元総統のインタビューより 今回は宣伝です

 いつもは、「宇田川敬介東アジア放蕩覚書」ですが、今日は宣伝を。
 4月11日に、BS11「インサイドアウト」という番組で、李登輝元総統のインタビューの模様を放送します。もちろん、インタビューを行ったのは私です。今回はそのことを宣伝したいと思います。
 普段は、私はあまり自分の出演したものや、私が書いた文章について宣伝は好まないのです。よく、ブログやメールなどで自分の本や自分のテレビを宣伝している人がいます。中には、メール本文が3行くらいしかないのに、本などの宣伝が山ほどある人も少なくありません。また、ブログに過去に書いた本を写真で載せて、クリックすると販売サイトにつながる人もいます。もちろん、自分の書いた本ですから、宣伝したいしたくさん売りたいでしょう。また、テレビもたくさんの人に見てもらいたいのでしょう。しかし、そのページを見る人はどうなんでしょう。「なんだ、また宣伝か」と思って、あまり良い印象はないのではないでしょうか。その上アフィリエイトで商売などをいていては、自分の主張をしたいのか、金儲けなのかわかりません。生活がかかっている人もいるでしょうし、他に金銭が必要な人もいるでしょう。しかし、商売は商売、主張は主張ではないでしょうか。
 私の場合、普段、マスコミによる扇動的な動きに対してあまり良い印象を持っていません。そのことはこのブログの中でもよくわかっていただけると思います。主張は主張ですし、商売は商売。商業上のルートに乗せてしまえば、売れたほうが勝ち。そのようになれば、逆に「売れるために過激なことを言う」人も出てきてしまいます。そのような動きこそ、最も扇動的なのではないでしょうか。マスコミを批判している人が、マスメディアに出ることをブログで宣伝と化している。それは単純ん「自己矛盾」であり、批判は自分が儲からなかったことの愚痴でしかなかったということになります。それではあまり良いものではないのです。
 私の場合、新聞の出身です。新聞屋は、さまざまいわれますが、基本的に新聞記事は無記名です。要するに「没固有名詞」の中で情報を伝えることを旨としています。もちろん、最近では毎日新聞や産経新聞のように記名で書いているところもありますが、実際に書いたからといって収入が変わるものではありません。新聞の場合は、名前を出すということは、その記事の責任の明確性です。逆に言えば、新聞社そのものが責任を負わない、または社内のマイナス評価の場合に名前を使うということです。名前が出ないほうが良いといえばそれまでですが、新聞の場合は編集部責任体制です。にもかかわらず偏向報道が問題になっているのです。
 これに対して、個人の出版は、当然にその人の考えに偏っていることが前提になります。それだけに、個人の出版の場合は、その人の主義主張や主張が代わらないと言う前提が必要なのです。しかし、宣伝が重視されてしまうと商業ベースの話になってしまうので、売れるということが前提になってしまうのではないか。もちろん、はじめのうちはうれしくて出したなどもあると思います。しかし、ある程度名前が売れた人が商業ベースで宣伝を行うことはあまり好ましく思わないのです。
 その証拠に、名前が売れた人で、そのようにブログなどで必死に宣伝している人は、主張が二転三転している例があります。すべてとは言いませんが、そのような人は、マスコミに良いように遊ばれて消えてゆく運命ですね。
 さて、普段はそのように考えているのですが、今回は、しっかりと「宣伝」します。私は、それだけに、今回のように宣伝をする場合は「宣伝」と宣言するようにしています。そうでなければ、呼んでいただいている方々に失礼であると思うからです。
 で、宣伝です。
 まず、なぜ今回宣伝するのか。それは、単純に、台湾の李登輝元総統の言葉一つ一つが、日本にとって重要であると思うからです。李登輝元総統をご存じない読者はいないと思います。台湾の「民主化の父」であり、偉大な政治家であります。同時に大の親日家であり、日本人よりも日本人らしい方であると思います。その李登輝元総統が、3・11以降の日本を憂い、話をしてくれる。もちろん、私がインタビューしたということもありますが、そうでなくても必見であることは言うまでもありません。
 今回は、私の宣伝というよりも、李登輝元総統の生の声をテレビで聞くことができるということです。その内容は、
・震災復興へのエール、
・日本の戦後のリーダー論、
・日本の消費税や日銀法といった経済政策から、日中経済関係
 まで多岐にわたります。しかし、これらの質問にかんして、非常に丁寧に答えていただいたのです。その言葉の一つひとつには、今の日本の閉塞感をどうしたらよいのかのヒントが隠されています。その内容は番組を見てもらいたいと思います。
 そして、せっかく宣伝の場ですが、ここでは、番組でカットされてしまったところを、少し。
 まず、私の李登輝元総統の印象です。
 私も数々の政治家と会ってきました。話もしましたし、酒も飲んだことがあります。しかし、李登輝元総統ほど政治家としての凛とした雰囲気を持った政治かは日本にはいない。私は、日本の政治家の前で緊張したことはほとんどありません。私が4歳のころ、父に連れられてあった田中角栄首相よりもすごかった。中学三年のときに会った中曽根首相よりもはるかに緊張したのである。残念ながらこの仕事になってから、李登輝元総統ほど緊張した政治家はいない。もちろん、李登輝元総統が怖いわけではない。自然と背筋が伸びるという感じだ。
 それと、数々の修羅場をくぐってきたという感覚を李登輝元総統は持っている。もちろん、自伝などを読ませていただけば、修羅場の数は普通ではない。日本軍人であり、その後戒厳令下での台湾での民主化運動の修羅場はいかばかりか。その内容は、すごいものであろう。数え年で90歳になる李登輝元総統の歴史は、その雰囲気に言葉にならずとも現れているのだ。
 その経験と慧眼から来る言葉の重みは、画面で伝わる以上のすごいものではなかったか。今でも、しっかりと覚えているものはある。
 最近では、動画を執るとか写真に収めるとか、音声を録音するというのに一生懸命の人がいる。しかし、実際にその人のその場にいる人に対する「刺さる言葉」には、そのようなもの入らないのだということを改めて思う。言葉は「言霊」と一緒に心に訴えるものである。決して機械的に残されるものではない。
 今回の番組で、私の緊張した恥ずかしい姿が映されると思う。しかし、その緊張から、そのような李登輝元総統の「オーラ」を感じてくれればよいのかもしれない。画面を通じては伝わらないものが、その態度から読み取ってもらえれば幸いである。
 改めて、今回の番組だけは見てほしいともう。
 4月11日、BS11のインサイドアウトである。
 よろしくお願いします。

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民主党最高顧問「様」のイラン電撃訪問

民主党最高顧問「様」のイラン電撃訪問

 鳩山由紀夫民主党外交担当最高顧問がイラン訪問を行うという。このブログの文章が公開されたころには隊だっているのではないか。しかし、この時期にイランに行くというのはいったい何なのか。
 現在イランの置かれた状況は、イランの核開発とアフマディネジャド大統領による反米政策によって、アメリカが対イランの制裁とイランとの取引を行っている国々への金融制裁を行っている。日本はイランからの原油の輸入を行っており、本来ならば原油輸入に関して制裁の対象となるのであるが、現在の日本の状況から見れば原子力発電も使えず現在原油の禁輸をされれば、日本の産業どころか、日常生活もままならないほどのエネルギー状態になってしまうのだ。そのために、日本はその状態をアメリカに説明し、当面の間アメリカの制裁の対象外としてもらうことで合意を取り付けた。
 しかし、その状態を知ってかしらずか、というよりは、その状態を知って、自らが立ち上がらなければならないという使命感に燃えて、「民主党の外交担当の最高顧問」である鳩山由紀夫は、「平和の使者」としてイランに行くのだそうだ。
 本日は土曜日。
 毎週土曜日は、よほど深刻なことがない限りにおいて、かなり軽いタッチで文章を書くつもりであるが、はっきり言って、日米関係を完全に破壊し、その信用関係を踏みにじり、アメリカの新聞社の論説で「ルーピー」とまで言われた人物が、アメリカの制裁に危機感を感じて平和の使者となるとは、、これほど皮肉でお笑いなことはないのではないか。その上、そもそもそのような人物を外交の特別顧問にし、与党として「政府との二元外交」を繰り広げる環境を整えながら、その自分で作り出した環境に呪縛され、日米関係を機軸にした日本の外交を完全に聞きにさらしている。そんな民主党という政党自体もかなり面白い。
 要するに、不適格な人物を不適格なポストにすえてしまい、その呪縛にかかって何もできなくなってきてしまっている。そのような状態で、二元外交を行うのであるから、始末に終えないのではないか。

こんな時期、鳩山氏がイラン訪問へ…外相不快感

 民主党の鳩山元首相は6日から4日間の日程で、イランを訪問する。
 アフマディネジャド大統領と会談する方向で調整しており、国際的に批判の強いイランの核開発問題について意見交換する予定だ。中東情勢に詳しい同党の大野元裕参院議員が同行する。
 イランに対しては、米国が制裁を科すなど圧力を強め、日本も原油の輸入を大幅に削減。玄葉外相は4日の記者会見で「今日知った。政府の要請に基づくものではない。個人の行動だ」と不快感を示した。

2012年4月5日(木)8時17分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120404-00891/1.htm

鳩山氏、予定通りイランを訪問する考え示す

 6日からイランへの訪問を予定している民主党・鳩山元首相は5日、記者団に対し、「二元外交になる」との批判に反論した上で、予定通り訪問する考えを示した。
 鳩山元首相「二元外交という話もあるが、議員外交というのはできなくなる。政府しか外交ができないということでは、この国は持ちません」
 鳩山元首相は5日、玄葉外相と話し合ったことを明らかにし、「議員外交として行くことは理解してくれている」と述べ、イラン訪問の予定は変更しない考えを示した。
 自民党・小泉進次郎議員「(Q二元外交が心配されていて批判もあるが?)今さら驚きませんね、何をやっても。なにせ、民主党の外交顧問ですから、民主党の外交を担われているんじゃないですか。(Q外交関係に与える影響は?)極力、ダメージがないことを祈ります」
 鳩山元首相のイラン訪問をめぐっては、野田首相も5日、「我が国の国際協調の立場と整合的でなければいけない」と述べ、懸念を示している

2012年04月06日01時17分 提供:日テレNEWS24
http://news.livedoor.com/article/detail/6441703/

鳩山元首相イラン行きに「悲鳴」 「羽交い締めにしてでも止めて」の声

   鳩山由紀夫元首相が、イラン大統領との現地会談を予定している。イランの核開発問題をめぐる原油供給への影響に注目が集まる微妙な時期に、普天間問題を迷走させた鳩山氏が首を突っ込むことに、国会では「羽交い締めにしてでも止めて」と悲鳴にも似た指摘が出た。
   政権内でも頭を抱えている。野田佳彦首相や玄葉光一郎外相が、二元外交にならないよう、イラン訪問の中止要請をする可能性も示した。
鳩山氏は民主党の「外交担当最高顧問」
   野田首相は2012年4月5日、参院予算委員会で、鳩山氏のイラン訪問予定について懸念を示した。国の立場と「整合的でなくてはいけない」として、意志疎通を図ると述べた。
   鳩山氏は4月6日からイランを訪れ、アフマディネジャド大統領との会談を予定している。鳩山氏は民主党の「外交担当最高顧問」に起用されているが、「訪問は政府、党の要請ではない」(野田首相)。個人の活動というわけだ。
   同じ予算委で、玄葉外相は、鳩山氏への訪問中止要請について、「そういう働きかけを全くしていないわけではない」と認めた。さらに「二元外交にならないよう、慎重な対応を促したい」と不快感を示した。
   質問に立った自民党の山本一太議員は、「絶対ろくなことにならない。羽交い締めにしてでも止めて下さい。日本の国益のために」と主張した。
   ネットのツイッターでは、平将明衆院議員(自民党)が、山本氏の発言に賛同し、「百害あって一利なし」と鳩山氏の訪問を批判した。軍事アナリストの小川和久氏は、鳩山氏のイラン行きの「最も大きなリスク」を質問され、「鳩山さんが行くこと自体です」と回答した。
   逢沢一郎衆院議員(自民)は、イラン訪問に懸念を示しつつ、そもそも鳩山氏を「外交担当」に起用したことをツイッターで問題視した。「こんなポストにつけるのが、どうかしている。(イラン訪問のような事態になるのは)そりゃそうでしょう。民主党何考えているんだろう」。
   ほかにも、「誰か(鳩山氏を)止めろよ」とあきれた様子の声が多い。「鳩山いらん」「イランことするな」とだじゃれを交えたつぶやきもある。
   一部には、「こういうしたたかさが必要だ」といった擁護論も見受けられた。
「(鳩山元首相は)常に他人ごと」
   鳩山氏は、4月2日放送の「ビートたけしのTVタックル」スペシャル版(テレビ朝日系)の録画インタビューに登場した。評論活動から引退すると発表した政治評論家の三宅久之氏(82)らが鳩山氏に質問する形だった。
   鳩山氏は普天間問題の迷走で日米関係がぎくしゃくしたことについて、官僚が、秘密事項を「翌日の新聞に漏らしていた」といった状況を振り返った。
   インタビュー映像を終えた後、スタジオ内の三宅氏は、鳩山氏について「隣人としてはいい人だと思う」としつつ、政治家としては「常に他人ごと。総理は最大の当事者である、という感じがない。あの人は」と批判した。
   イランの核開発問題をめぐっては、米国が圧力を強めるため、イランの原油輸出を制限する制裁法の発動を承認するなど緊張が高まっている。イランはホルムズ海峡を封鎖する構えも見せている。
   一方で、米国とイランは1979年のイスラム革命までは緊密な関係を保っていた。両国間では、一筋縄ではいかない外交が展開されている可能性もある。
   2012年2月から東京国立近代美術館で始まった、米国の画家で、イラン国内に「最高傑作がある」というジャクソン・ポロックの生誕100年を記念した回顧展では、文化交流の分野ではあるが、「特別助成アメリカ大使館」「後援イラン大使館」と肩を並べる一面も見せている。
   「当事者という感じがない」鳩山氏は、イラン大統領とどんな話をするのだろうか。日本は現在、米国の要請を受け、イラン原油の輸入を大幅に減らしている。

2012年4月5日(木)19時34分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-127949/1.htm

 鳩山外交特別顧問様は、アフマディネジャド大統領と話しをするという。しかし、アメリカの対イラン制裁と核開発に関してどんな会話をするのかは非常に興味深い。何が興味深いかといってもアフマディネジャド大統領の対応だ。当然にイランにも「日本のハトヤマという人物はルーピーである」という感覚は伝わっている。そのことは、当然に、アメリカから嫌われたもの同士という仲間意識を生むであろう。しかし、同時に、端にも棒にもかからない鳩山元首相をまともに相手にすることもできない。アフマディネジャド大統領は、中東の切れ者である。その中においてハトヤマを自分の「スピーカー」としてどのように使いこなすのか。そのことは注目に値する。
 一方日本政府は、やっとの思い出エネルギーを確保し、イランからの原油輸入を確保できながら、その内容で、アメリカに大して抗議などを鳩山氏にされてしまったら、それはかなり困ったことになる。日本の外交とエネルギー政策の根幹が、政府の一員でもない人物に壊されることになる。そのような状態で、外務省が「私が頼んだことではない』などという言い訳をアメリカや国際社会が認めるはずがない。とはいえ、鳩山氏が、しっかりとした外交を行い、イランの核開発を中止させられることはない。上記のようにイラン側に使われてしまい、核開発を理解するようなコメントを方々で繰り返すことは容易に予想できる。日本の信用は完全になくなる。しかし、国会開会中の議員の外遊は、当然に衆議院議長および政府の許可があるはずだから、その許可を出したということは当然にイラン訪問の理由などもすべて出ているはずだ。玄葉大臣のように『知らなかった』などという答弁で許されるはずもないし、そのような答弁で納得する自民党もおかしい。
 要するに、このような人物を首相にした日本、このような人物を外交の最高顧問に迎えた民主党もおかしい。当然に、この時期に外遊の許可を出した横路議長もどうかしている。要するに日本そのものが完全に狂っているのである。そのような狂った政府にしてしまったのが日本国民である。
 昨日6日のテレビを見ていれば、これを問題視しているニュースは少なかった。そんなに楽観的でよいのか。よく考えてもらいたい。

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当事者意識のない官僚たちの「ばら撒き改革」崩壊

当事者意識のない官僚たちの「ばら撒き改革」崩壊

 子供手当て、農家戸別保証、高速道路無償化、高校無償化の4つのバラマキ政策を「バラマキ4K」という。その上で、生活保障の充実や年金制度改革など、日本国民はおろか日本に住む人の「権利の充実」が民主党のマニフェストであった。何しろ間イフェストには、それらの財源に関して「予算の組み換えと無駄の削減で財源16.8兆円捻出」ということが書いてあったのだ。その上で「消費税増税の話は一切しません」などということをいっていた。要するに「国民の三大義務」のうち「納税」の負担を増大させることなく「権利の充実」が図れるのであるから民主党政権は期待が膨らみ、政権交代が実現した。
 しかし、それが完全なる嘘であった。刑事事件で言う「詐欺師」は、金銭や財産を持ってゆく。もちろん取り返しのつかないものもあるが、金銭であれば、また稼げばなんとなかる。しかし、民主党の詐欺は「主権」と「(次の選挙までの)時間」を嘘で奪った。要するに国民の期待感という「心」と取り返すことのできない「時間」を奪ったのであるから、その罪は金銭を騙し取った詐欺師よりも重い。
 このようなことを書くと、必ず「自民党も同じであった」などという人がいる。しかし、必ずしもそうではない。もちろん自民党がすばらしかったというつもりはまったくない。そもそも自民党がしっかりとしていれば、民主党に政権交代されることはなかったといえる。しかし、自民党のときは、とりあえず官僚ががんばっていた。もちろん官僚が謝意していたなどと否定的な見方をする人も少なくない。しかし、官僚は同じ仕事を何年も継続して行っているスペシャリストであることは間違いがない。スペシャリストの全幅の権限を与えてしまえば、それは自分のスペシャリストとしての満足のために動く。そこに利己主義が働けば犯罪につながる。一部には、そのような官僚がいたことは否定はしない。しかし、予算と政治的な調整、そして国民の奉仕者としての自覚がある、犯罪者とその予備軍以外の多くの官僚たちがいたおかげで、日本の行政は立法府の代議員たちが選挙対策でまったく役立たずであっても何とか動いていた。自民党時代は、まさにそのものであったと思う。基本的に、癒着と全体の奉仕者としての自覚、そして、そのチェック体制がしっかりしていれば、いくつかの例外を除いて何とかなるのではないか。後は、全体の奉仕者のクセに、労働組合などを作り、権利ばかり主張している馬鹿どもを排除すれば、かなり良い行政になったはずだ。
 それに対して、民主党は、その「奉仕者のクセに労働組合などを作り権利ばかり主張しているバカども」の主張を全面的に受け入れ、その上で、国民を「政治主導」の名の下に支配しようとした。
 政治主導とは、立法府の代議員が官僚を主導するという。しかし、専門家でもスペシャリストでもない数年に一度選挙でいなくなってしまう人の主導で行政が動くはずがない。これはスペシャリストにとっては、「働かない理由」をわざわざ作ってもらったに過ぎない。何もしなくても「政治主導ですから、大臣からの指示がないので何もしませんでした」といえば、それで終わってしまう。民主党は、政治主導を掲げてしまったために、官僚に一挙手一投足すべてを指示しなければ動かない仕組みを作ってしまった。これが行政の停滞の下であり、同時に、すべての行政業務を政務三役が主体的に責任を取らなければならないことになるということである。自民党政権であれば田中大臣のような状態でも、「官僚に任せてあります」といえば何とかなるが、政治主導の掛け声の中では、それはできない。
 一方、その政治主導の上に「組合重視」をうちだしてしまえば、当然に、官僚たちが奉仕者であることを忘れ、権利の主張をする。要するに、組合重視で権利主張をするということは、まさに働かない権利を与えたことになる。まさに「働かないで給料をもらうこと」が彼らの権利である。そしてその給料は国民の税金なのである。
 そのモラルハザードが如実に現れたのが「税と社会保障の一体改革」の「社会保障」の部分である。そもそも、冒頭に言ったように「社会保障の充実」は民主党の目玉政策であったが、その目玉政策が他の民主党の目玉政策である政治主導によって「責任者不在」「モラルハザード」「行政の停滞」の犠牲になっているのである。そのことを書いたのが下記の記事である。

クモの子散らす“厚年基金”…逃げるが勝ち?

  厚生年金基金からの脱退が拡大している。AIJ問題で被害を受けていない企業も加盟する基金の将来を危ぶみ始めた。深刻な積み立て不足を補うための負担は将来、いくらになるのか-。不安にかられ多額の支払金を負担してでも脱退を急ごうとしている。「逃げるが勝ち」の構図だ。
■悪循環
 「経営への打撃は大きかったが、脱退を先送りしたら負担が膨らむだけだと判断した」
 こう打ち明けるのは、昨年9月に基金を脱退した都内の中堅専門商社の担当者だ。年間営業利益の23%に当たる1億6000万円を自社の積立不足分として支払った。
 年金コンサルタント会社、オーヴァル・リスクマネジメント・サービシーズ(東京)が開く基金脱退に関する説明会。参加する企業は2月まで毎月3社程度だったが、3月は東京、大阪合わせて三十数社に急増した。AIJに委託していない基金の加盟企業も多い。
 高齢化による給付の増大や運用実績の低迷などで、財政難に陥る基金は後を絶たない。積立金の額が、将来の給付に必要な水準から極端に不足し、厚生年金の一部を国から預かって運用する「代行部分」より、少なくなっているケースさえある。「代行割れ」とされる状態で、基金全体の4割に上るという。
 オーヴァルの宮原英臣代表は「多くの基金は存続するほど『代行割れ』が拡大し、企業の追加負担が膨らむ悪循環に陥っている」と分析する。
■モラル低下
 脱退すれば、将来的な追加負担は避けられるが、現役の加入者が受け取るはずだった企業独自の上乗せ部分には影響が出る。上乗せ部分に充当する原資が、脱退によってこれまでの積み立て分のみになるためだ。この部分は一時金として加入者に支払われる。これ以上の給付はない。
 一方、年金受給中のOBは公的年金、企業独自の上乗せ支給分ともに受け取ることができる。脱退に際し、企業が代行部分と企業独自の上乗せ分の不足額を、一括して基金に支払い、穴埋めするからだ。
 しかし必要な資金を工面するのは簡単ではない。中小・零細企業が多い「総合型」の厚年基金で、多額の負担を賄えるのは体力のある一部の企業だけだ。資金を用意できても、脱退申請を代議員会で否決されたり、基金と支払額の算出に関する考え方が違ったりして、基金と企業の訴訟になったケースもある。
 「偽装倒産で負担そのものを逃れようとする企業がある」。こう指摘するのは神奈川県にある厚年基金の幹部。脱退の難しさが、モラルの低下を招いていると説明する。
■「地獄で綱引き」
 厚年基金制度は、景気低迷などで運用環境が悪化する中、脱退を模索する動きが続いてきた。2000年前後から、資金力のある大企業の多くが代行部分を国に返上、企業単独やグループでつくっていた基金を解散するケースが目立った。そうした中で生き残ってきた基金からも、脱退に必要な資金を出せる体力のある企業が逃げ出そうとしている。
 体力がない企業はどうするか。無理して脱退資金を準備するか。それができないなら基金にとどまるしかない。しかしその場合は、運用難が続き、積立金を食いつぶしていく基金と運命をともにする恐れも否定できない。加盟する基金の運用難に悩んでいる新潟県の建設会社社長は「どちらを取っても経営が行き詰まる。地獄で綱引きをしているようなもの」と、うつむいた。

2012.04.04 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120404/dms1204041227010-n1.htm

在日外国人の“生活保護”急増!なんかスッキリしないぞ

 全国の生活保護受給者が急増している。昨年7月時点で、戦後混乱期で過去最多だった1951年度(月平均)を突破して、約205万人という過去最多となったのだ。こうしたなか、在日外国人への支給率や増加率がひそかに注目されている。国や地方自治体の財政を圧迫する問題に、自民党の片山さつき参院議員が切り込んだ。
 「生活保護費は2010年度で3・3兆円。このうち仮試算で1200億円弱も外国人に払っている。保護率は日本人の2、3倍。3分の2が朝鮮半島出身の方だ」
 3月16日の参院予算委員会で行われた片山氏の質問が、動画投稿サイト「ユーチューブ」等で延べ十数万回以上も再生され、話題になっている。
 生活保護は、憲法第25条により国民に保障される権利だが、特別在留資格を有する外国人や中国残留孤児の親族なども人道上認められている。
 だが、その構成を見ると歪さは否定できない。片山氏が説明する。
 「昨年12月の速報値によると、全生活保護受給者数は208万7092人で、外国人の生活保護受給者数は7万3493人。日本の人口は約1億2000万人、受給資格を有する在日外国人数は137万人なので、全体に占める割合は1・6%と5・5%になる」
 つまり、在日外国人への支給が、日本人の3倍以上なのだ。さらに最近、在日外国人の生活保護受給の伸びが著しいという。片山氏は続ける。
 「全生活保護受給者に占める外国人の割合が増えている。05年度には3・18%だったが、11年の速報値では3・52%まで上昇した」
 厚労省の「世帯主が日本国籍を有さない生活保護受給世帯に属する人員数及び受給者数全体に占める割合」という資料によると、08年度まで3・2%台だったが、09年度に3・4%に急増し、その後も増え続けている。09年といえば、民主党が政権交代を果たした年でもある。
 片山氏は「外国人の保護は、本来はその国の領事館がやるべきことだ。例えば、韓国では日本人は生活保護を受けられない。受給できるのは、韓国人と結婚して未成年の子どもを養育する場合に限られる」と、在日外国人への生活保護支給が国際法上の“相互主義”に反する可能性を指摘して、こう語った。
 「日本人が生活保護を受ける場合、本人の経済状態や扶養できる親戚がいるかどうかなど、綿密な調査が行われる。しかし、外国人については、領事館に『本国に親戚がいるかどうか』を問い合わせるだけ。事実上、外国人の方が簡単に生活保護を受けられる仕組みになっている」
 国や地方の財政が厳しい現在、生活保護の制度や運用方法を抜本的に見直すべき時期に来ているのかもしれない。(ジャーナリスト・安積明子)

2012.04.04 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120404/plt1204041543005-n1.htm

 これら新聞記事でも「モラルハザード」と書いているが、そのモラルハザードが、この文章にあるように「組合重視による奉仕者としての自覚の喪失」と「政治主導による責任感の欠如」であることを指摘する向きはない。要するに、民主党はその政治の根幹から行政を腐らせ、モラルハザードを起こし、まじめな納税者の税金を自分たちとその影響科の懐にしまうことを考え、そして、その恩恵を外国人にばら撒き、日本のアイデンティティを破壊しようとしているのに他ならないのである。
 私は以前、といっても政権交代直後であるが、このブログで「政権交代はプロレタリアート革命」であるということを書いた。実際にプロレタリアート革命は、プロレタリアートとしての権利の充実を図る革命であり、他の国民に対する義務の履行を促進するものではない。要するに「ずるがしこく立ち回ったものが得をするシステム」である。そのために、大戦後の東側諸国はいずれも経済的に破綻の危機にあり、同時に、国民の多くは貧困にあえいでいた。これは、市場経済という努力をした人が報われる制度になかったからであり、同時に、貧困の平等分配、国民総貧困という共産主義理念の中、働かないことを美徳にする収奪の世界で、物事を決めてきたことに由来する。その上で、それらが旧ソ連のゴルバチョフ書記長によって行われたペレストロイカ、そして中国の鄧小平によって行われた改革開放経済(社会主義的市場経済)の導入によって、少し歪ではあるものの、市場経済の導入で、貧困から脱出するのだ。
 一方、日本の左翼政権はそのような歴史を学ぶこともせず、ただ単にわけのわからない批判精神で国民をだまし、そのような「国民総貧困」の世界ですでに崩壊しつつある価値観の中に、日本を埋没させようとしているのである。
 その行政の制度が、まさにこの社会保障で行われている。
 「税と社会保障の一体改革」などといっているが、そもそも「改革」といったその行く先が必ずしも「国民にとって良い方向」に行くとは限らない。彼らの言う「改革」とは、まさに破壊でしかなく、残りは彼らの懐の中の利権の充実でしかない。国民のことなどはまったく何も考えていない。なぜならば組合重視、権利の主著重視であるからだ。そのような政権を今でも支持している人の気が知れない。あなたの税金がこのように使われているのである。
 国民よ、自覚せよ。

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「コンクリートから人へ」と「デマゴーグ」と復興

「コンクリートから人へ」と「デマゴーグ」と復興

 藤井聡教授により産経新聞の論文が掲載された。この論文の中身は、ある意味で民主とうせいぞの空虚さと、何も考えていない日本国民により、無能な政権がうまれ、そのことによって多くの命が失われた。私から言わせれば「デマゴーグが拡大した東日本大震災被害」という感覚もないわけではない。もちろん、この場でさまざまなデータをあげて説明するのも、基本的にはブログの中のことなのでそこまでのことは行わないものの、基本的に「無駄削減」という「デマゴーグ」によって、「必要な整備」までが削られ、多くの命が失われたということは間違いがない。そのような政権を作ったのは、被害者を含めた日本国民であるということは間違いのない事実なのである。
 「コンクリートから人へ」という標語に関しては、すでにこのブログで行っているし、事業仕分けに関する苦言も、2009年10月か11月くらいに「パンとサーカス」という感覚でここに挙げたものである。しかし、鳩山政権のときは、事業仕分けという「画期的な」制度で国民とマスコミは大騒ぎをし、その初日の女性の勉強施設などは、問答無用で廃止がけ呈されるなど、そのやり方はあまりにもなんだかわからない状態であった。しかし、まさにいじめっ子が明だ出いじめられっこをいじめているのを楽しむかのように、テレビでは連日これらの内容を報道し、中継し、そしていかに「自民党政権の作ったシステムが無駄であったのか」を検証した。しかし、実際それでできた資金は数千億円程度。それも、JAXAなど必要とか夢を与える予算、そして皇族や伝統文化に関する予算を削っての数字だ。日本人は日本人のこことを事業仕分けという名の下に捨て去ってしまうのではないかという話になり、事業仕分けは急激にしぼんでしまう。
 その事業仕分けの中で、最後まで生き残ったのが公共工事悪玉論である。しかし、その公共工事悪玉論が公共工事を廃止し、さまざまな場所でひずみを起こした。群馬県の八ツ場ダムでは、突然の工事中止により影響下の都県から抗議があり、同時に、工事業者などに関しても多くの失業者を出した。そして、藤井教授の指摘するスーパー堤防は、津波の被害を拡大し、また、政府が「津波なんか起きない」というお墨付きの上に工事を無駄と判断したことによって、多くの沿岸住民は「津波の危険性がなくなった」という用に誤解し、また、現在の堤防で大丈夫であるという根拠のない安心感を与え、自身の跡に自宅にも土手被害に遭われた方多数出した。工事そのものだけでなく工事を無駄と判断したことによる国民の認識の差は、まさに現在の「事業仕分け詐欺政府による殺人」ではないかと革新しているものである

京都大学大学院教授・藤井聡 「コンクリートから人へ」の幻想

 平成22年10月、東日本大震災の約5カ月前、次のような件(くだり)が記載された書籍が出版されていた。
 「東北地域においては、三陸沖北部地震、宮城県沖地震がそれぞれ予想されている。ここに、三陸沖北部地震の30年以内の発生確率は90%、そして、宮城県沖地震に至っては99%で発生することが予想されている」

 ≪仕分けで耐震化予算削られる≫
 この記述の後では、平成22年度に、その年に誕生した民主党政府の「事業仕分け」により小中学校の耐震補強予算が3分の1程度にまで削減され、インフラの耐震化が取りやめになったことが紹介され、次のように続けられている。
 「いうまでもなく、こうした民主党政権の判断は、『コンクリートから人へ』の考え方を踏まえてのものである。しかし、皮肉にも『コンクリートから人へ』の転換によって、ほぼ間違いなくいつかどこかで生ずるであろう巨大地震によって失われる『人』の命の数を、増加させてしまうことは避けられない」
 以上は、僭越(せんえつ)ながら、筆者の著書、『公共事業が日本を救う』の一節からの引用である。
 大震災から1年-。われわれは日本の全ての国力を結集して、救援、復旧、復興を進めてきたといえるだろうか。そして、われわれ日本国民は、その発災以前に、一体何をすべきであったかを反省し尽くしたといえるのだろうか。
 筆者のみならず、大方の読者はこの問いかけに「否」としか答えられないのではないかと思う。
 例えば、多くの読者は、次のようなことをご存じないと思う。
 東北沿岸部で長く建設業を営んでこられた方に伺った話である。具体的な場所を明らかにはできないが、震災前、その方は堤防工事に携わっていたそうである。受注したその堤防工事は、当初計画よりも数メートル低いもので、それは、途中で公共事業の政府財源が削減されたことが理由だったという。

 ≪当初計画の堤防なら命守れた≫
 彼は発注された仕様書に基づいて堤防を造った。堤防はこの度の大津波に乗り越えられ、小学生を含む多数の方々がその地で犠牲になった。彼は後日、現場を訪れたとき、当初計画の高さで堤防を築いてさえいれば、被害は防げたであろうことを理解したという。
 こうした「コンクリート」の重要性を示す事例は、よほどのことがない限り、明るみに出ない。もちろん、岩手県普代村で造られていた15メートル堤防によって、近隣の村が壊滅した中で普代村だけが救われた事例や、大堤防によって釜石市の被害が大きく軽減されたことが事後分析から判明した事例は、一般にも知られてはきている。
 しかし、「このコンクリートのおかげで救われた」という話とは逆方向の、「このコンクリートがなかったので民が殺(あや)められた」という事例が明らかになれば、賠償すら伴うような明確な「責任」がそこに発生してしまう以上、そうした事例はめったなことでは表面化しないのである。だから、そうした事例は、前述の関係者証言ぐらいからしか暗示され得ない(そうした問題意識から、筆者は今、現場の人々の発言でしか把握できない質的事実を解釈学的に捉える人文学的研究を進めている)。
 いずれにしても、この関係者証言は、「このコンクリートがなかったので…」といった状況が、広大な被災地の中には少なくなかったであろうことを暗示している。
 事実、この方に、「もし、これまでに公共事業の財源が削られることがなければ、2万人近くに上るといわれる犠牲者はどうなっていたと想像されますか?」と尋ねたところ、「そうですねぇ…半分くらいの方は助かったのではないでしょうか…」との答えが返ってきた。この数値を額面通りに受け取ることはできないとしても、過激な公共事業の予算削減さえなければ、助かった命が数多くあったであろうことは想像できよう。

 ≪「公共事業悪玉論」は先入観≫
 被災地では今、少しずつ復興事業が始められつつある。しかし、これだけの未曽有の被害を経てもなお、「土建国家の再来を警戒せよ」という通り一遍の論調がさまざまなメディアに表れている。
 われわれ日本国民は、そうした論調こそが公共事業反対ムードをつくり、それが公共事業予算を過激に削減させ、その結果、巨大地震の被害を拡大させて人々を苦しめ、多くの人々を殺め続けているという実態を、もういい加減、理解すべきときではなかろうか。
 首都直下地震、東海・東南海・南海の三連動地震の危機が迫りつつある今、われわれは「公共事業はとにかく悪」という先入観を、それを「とにかく善」と見なす先入観とともにうち捨て、冷静かつ合理的に、なすべき強靱(きょうじん)化対策を考えねばならぬときにきている。さもなければ、政府が再び「巨大な不作為の罪」を重ねてしまうことは火を見るよりも明らかだ。
 「人」が死ぬことを防ぐ「コンクリート」は不要なのか-。この重い問いかけに、われわれはメディア関係者も含め、真摯(しんし)に向き合わなければならないのである。(ふじい さとし)

2012.4.2 03:15 [正論] 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120402/dst12040203150000-n1.htm

 地震だけではない。少々忘れられつつあるが、新潟県と福島県の集中豪雨の水害も、全て「コンクリートから人へ」の被害者である。新潟県の下倉のやな漁などは、完全にその施設を破壊され(もちろん木で組んであるのですぐに復活はできたようであるが)てしまうなどの被害が出ている。また、その「コンクリートから人へ」は、奈良県の水害を誘発し、道路などが流されて十津川村が孤立するなどの問題が発生している。
 人縁は自然と共存するに当たり、その自然の恩恵を得ながら生活をしているが、一方で、自然の驚異から「コンクリート」でその実を守っている。実際に「東京のような都会」で「公共工事悪玉論」を言えば、それはまさに交通渋滞を引き起こす無用な道路の掘り返しを思い浮かべるであろうが、一方で、田舎にとってはまだまだ公共工事に経済もそして人の命も依存している。しかし、その人口やそこから選ばれる国会議員の数などによって、少数の意見である田舎の主張がかき消され、「デマゴーグ」が横行するのである。しかし、政治とはそのようなものではない。多数決が原則であっても、少数の意見の重要な者を取り入れなければ結局国民を傷つけることになる。
 さて、この事業仕分けの責任者は、まさに枝野幸男「行政改革担当大臣」である。もう一人目立った人がいたが、それは別にして、その枝野大臣は、震災発生時に官房長官として福島原発の事故の情報を握りつぶし、安全です、直ちに被害はないなどといって福島原発の事故の拡大を傍観し、そして現在は経済産業大臣として、東京電力を国有化しようと画策し、なおかつ、これから夏の電気が必要な時期にエネルギー基本計画も出さずに、日本国民を危機にさらしているのである。このような人が鳩山・菅・野田と三代の内閣で閣僚を歴任していることを国民はどう思うのか。
 今回の「コンクリートから人へ」という擁護でのデマゴーグ。同じことが被災地の瓦礫引き受けでも起きている。そしてその問題を払拭できない人物が内閣にいる。重要閣僚に存在している。この状態をいつまでも放置しておくことは、まさに日本の破壊につながるのではないか。

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世論に敏感な団体が、民主党から離れてゆく

世論に敏感な団体が、民主党から離れてゆく

 2009年の政権交代選挙のとき、最も初めに自民党を離れた団体は日本歯科医師会と日本医師会であった。特に日本医師会に関しては、会長選挙ということがあり、民主党師事の原中会長が就任するという象徴的なことが起きた。
 医師会や歯科医師会は、患者からの話を聞くことが多いので、その分世相に近い話をする。われわれの話の中で、選挙の応援などに行くときに、老人の世相を見るのは、地元の病院にいくのが最も簡単だ。整形外科、特にリハビリのある整形外科にいるのがもっとも世相見ることの早道である。それほど病院の待合室の世相の話は面白い。私などは何もなくても病院にいさせてもらうことがある。近所の老人の話から、昔話、そして昔はよかったから現在の不満、そして現在の不満から政治の不満になる。特にテレビなどの意見をそのっまあ言う人と、それに反対する人という感じの会話は、隣で聞いていてなかなかためになることが少なくない。特に「昔こんなことがあって」みたいな話は、かなり面白いといわざるを得ない。
 逆にそれらの話を毎日聞いている医者や歯医者は、それらの話を聞いているので、もっとも老人の話す世相に近い話になってくる。
 そのような医師会の会長選挙は、なかなか示唆に富んだものであることがある。もちろん、その内容は、テレビ主導のものもの少なくない。しかし、日本の老人はさすがにテレビ主導といっても、マスコミが言うとおりにいかない。野田首相に関しても『あまりいい顔をしていない』などという話しをいきなりし始める。もっとひどいのは「谷垣さんは、うちの娘婿に似ているのだが、娘とけんかして離婚したから自民党は嫌い」などというような意見もある。私自身火曜日は病院の日なので、そのような会話を聞きながら医師会の会長選挙のニュースに接したのである。

「民主寄り」のイメージ裏目?日医会長選で敗北

 任期満了に伴い1日に行われた日本医師会(日医)の会長選で、茨城県医師会の原中勝征氏(71)は、現副会長で福岡県医師会の横倉義武氏(67)に敗れ、再選を逃した。
 都内のホテルで同日開かれた結果報告会で原中氏は、「一生懸命やったが評価されずに残念」と振り返った。
 県医師会は、2009年の衆院選で民主党躍進の原動力となった原中氏を支持し、診療報酬2回連続プラス改定などの実績を他県の医師会にもアピールしてきた。斎藤浩会長は「我々の主張が浸透していなかったのが残念。『民主党寄り』というイメージが強かったことが裏目に出たかもしれない」と、無念さをにじませた。
 一方、原中氏の落選の報は、県内の民主党関係者にも衝撃を与えた。前回衆院選で「医療対決」として注目を浴び、6区で元厚相の丹羽雄哉氏(自民)を破った大泉博子議員は、「(診療報酬の改定など)大きな成果を上げたのに本当に残念」と語った。
 民主党県連の長谷川修平幹事長も、「民主党がもっとしっかりやっていれば違った結果になったかもしれない」と話した。

(2012年4月2日11時44分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120402-OYT1T00141.htm

日本医師会も“小沢切り”!追い詰められる“剛腕”

 永田町内外で、民主党の小沢一郎元代表を“排除”する動きが広がっている。自民党の石原伸晃幹事長が、消費税増税法案に賛成する条件として「小沢切り」を提示しただけでなく、日本医師会の会長選でも、小沢氏に近かった現職の原中勝征会長が敗れたのだ。
 石原氏は1日、奈良市での講演で、「野田佳彦首相が『小沢氏を切るので協力してくれ』と言い、輿石東幹事長が『民主党内をこの線でまとめる』と約束すれば、自民党が(増税)法案に賛成して成立するという、前に進む芽が出てくるのではないか」と指摘した。
 また、1日に行われた日本医師会の会長選は「政治との距離」を争点に展開。再選を目指した原中氏は小沢氏と関係良好で、2年前の選挙では「親民主党路線」を掲げて当選し、同年9月の民主党代表選では水面下で小沢氏を支持した。今回の選挙結果は、日本医師会の「親民主」「親小沢」路線からの大転換となりそうだ。
 世論調査も、小沢氏には厳しい。毎日新聞が2日報じた調査では、増税法案の採決に反対する構えの小沢氏らの姿勢について、65%が「理解できない」と答えた。

2012.04.02 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120402/plt1204021538003-n1.htm

自民とパイプ、日医新会長に民主困惑

 日本医師会(日医)の新会長に、自民党とのパイプを持つ福岡県医師会の横倉義武氏(67)が就任したことで、政府・民主党内に困惑が広がっている。
 民主党の輿石幹事長は2日の記者会見で「新会長とどういうスタンスで対応できるか、今後の課題としてやっていけばいい」と述べるにとどめた。
 原中勝征・前会長が「民主党寄り」とされ、2010年7月の参院選では、原中氏の地元の茨城選挙区で民主党候補を推薦するなど、民主党への選挙支援を推し進めた。これに対し、横倉氏は自民党の古賀誠元幹事長の地元後援会長を務め、「民主党だけでなく、野党の自民党とも良好な関係を築くべきだ」と主張している。
 12年度の診療報酬改定で、日医が求めた開業医の再診料の引き上げは実現されなかった。開業医が多い日医内では民主党政権への不満がくすぶっており、民主党内からは「横倉氏の就任で、選挙での、日医の『民主離れ』が進むのではないか」との見方が出ている。

(2012年4月3日08時26分  読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120403-OYT1T00122.htm

 歯科医師会が民主党についたときは「自民党の凋落」ということでニュースなども皆ではやし立てた。医師会の原中会長の落選は、そこまでの話はない。これはマスコミが民主党びいきなのではなく、民主党を支持していた時期が少なかったということである。浮気をしてすぐにもとの鞘に収まったというような話であるから、やはり浮気相手はあまりよいものではなかったということになるのである。
 しかし、そのような流れが政権交代の原動力になったということは、一方で、次の選挙で民主党が勝利するということはまったくなくなったということでほぼ間違いはないのではないか。日本医師会だけではなく、そこに通っている老人たちの民主党離れはかなり深刻であるということができる。もちろんそうであって問題はない。政権交代で期待を集めたが、実際にその期待にこたえられなかったのであるから仕方がないとしか言いようがない。それどころか、消費税増税など、公約になかったことをし、公約にあることは何もしない民主党政権に対して国民の目は冷たい。
 それは少々医療報酬を上げたことがあっても、そのこと以上に、医師が民主党を支持することによる患者離れのほうが大きい。それだけではなく、医師報酬という金のバラマキではなく、医師会の現場の意見をまったく政策的に、予算的に反映されていないということに他ならないのである。結局「ばら撒き政策」はほかができていて初めて有効なものであり、基本ができていないバラマキは、ただの無駄遣いでしかない。
 要するに事業仕分けをしなければならないのは民主党とその公約であり、実際にできもしない内容を公約しながら、政権の座に居座る議員自体が「仕分けの対象」であるといえるのではないか。
 今回の医師会の選挙はまさにそのことを如実に表した。憶測などではなく、「民主党がもっとしっかりやっていれば違った結果になったかもしれない」(上記より抜粋)という言葉はまさにそのものである。その『しっかり』がどういう意味なのか。自民党も民主党もしっかりと考えなければならないのではないか。

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消費税をめぐる民主党内紛と狂った自民党

消費税をめぐる民主党内紛と狂った自民党

 消費税増税法案が30日に閣議を通過した。この閣議決定に関しては国民新党の中で内紛が起きている。亀井静香国民新党代表は、消費税増税に関して国民の理解を得られないとして反対の意向を示し、連立解消を主張している。その中において出てくるのが石原新党の4月中結党ということである。これに関してはたちあがれ日本の平沼赳夫代表もひていしていないじょうたいであるが、肝心の石原慎太郎都知事は、都議会が忙しいということもあって、何も言及していない状態である。
 国民新党の分裂は、まさに現在の政治の状況を物語っている。政党が小さい分その内容がわかりやすくてよい。
 1 政府は財政再建が必要な状態である。財政再建のための財源は消費税増税しかない
 2 一方、総選挙で消費税増税はしないということを公約している
 この二つの課題をどのように解決するかということでしかない。要するに、消費税増税以外の財政再建策があるかということであり、その内容は、
 対策1 景気回復による税収の増加ということを掲げ、そのための国債発行を急務とする考え方、
 対策2 消費税増税により財政を再建し、政府主導による経済対策を行う
 対策3 国債発行も消費税増税も良いが、まず何よりも行政改革を行い、政府の無駄を削減し、その無駄削減を徹底した堕ちにどちらかの対策を採る
 という三案がある。民主党はそもそも、対策3を選択し、政権交代を行った。もちろん対策3だけが目玉であったわけではなく、子供手当てなどのバラマキとセットの公約であった。民主党政権は、はじめのうちは鳴り物入りで「事業仕分け」などを行っていたが実際に効果はない。当然に財務省主導で行っていれば今までの自民党の政権でも同じ事をしていたのであるから、いくつかのパフォーマンスはできても結局政策に必要な財源は出てこなかった。その中で鳩山内閣の瓦解、菅内閣の無能ということで現在に至っている。
 民主党内部では「対策3」要するに無駄削減での財源捻出が不可能ということまできた。それはそうだ。官公労などの労働組合が支持勢力では公務員や独立行政法人の解雇などができるはずがない。公務員の人件費削減もマニフェストでは20%削減になっていたが8%がやっとである。
 この状態で、消費税論議をしているのである。

小沢Gから20人超す役職辞任も…執行部は慰留

 民主党の小沢一郎元代表グループの政務三役らが消費税率引き上げ関連法案の閣議決定に反発して辞表を提出したことを巡り、政府・執行部側と小沢グループの間で31日も駆け引きが続いた。
 小沢グループの若手議員から20人以上が党の役職を辞任するとの見方も出ている。党執行部は辞表を受理したり、辞任を認めたりせず、慰留を続ける方針だ。
 岡田副総理は31日、仙台市での講演で「小沢元代表は反対と言うが、究極の反対ではない。(細川政権が掲げた)国民福祉税7%など、もっと上げると言ってきた」と述べ、元代表との接点を探る考えを示した。
 これより前には、青森市で記者団に、元代表に近い黄川田徹総務副大臣、牧義夫厚生労働副大臣、森裕子文部科学副大臣、主浜了総務政務官が提出した辞表について「まだ受理されておらず、(辞任と)決まったわけではない。基本的には戻って、しっかり仕事をしてほしい」と述べ、慰留する考えを示した。

2012年3月31日(土)22時14分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120331-00707/1.htm

社会保障法案、年金抜本改革など後回し

 社会保障と税の一体改革で、消費税増税関連法案とともに年金改革と子育て支援の関連法案が30日、それぞれ閣議決定された。ただ、民主党のマニフェスト施策である後期高齢者医療制度廃止や年金抜本改革などの関連法案の国会提出は後回しにされ、増税先行の印象は否めない。消費税増税をめぐる激しい党内対立の陰に、社会保障の抜本改革はかすんでしまった格好だ。(桑原雄尚)
 野田佳彦首相は同日の衆院予算委員会で、高齢者医療改革法案などの国会提出が遅れていることについて「制度改革のイメージは示しているので、議論に支障は出ない」と強調。社会保障分野の法案が未提出でも、消費税増税関連法案の審議に影響はないとの見方を示した。
 民主党執行部は、消費税増税関連法案を集中的に審議できるよう衆院に特別委員会を設置する方針で、社会保障分野の法案も特別委で審議する方向で調整している。一体改革担当の岡田克也副総理ら関係閣僚が特別委の審議に長時間拘束されるのは確実で、特別委と並行して開かれる厚生労働委員会などの審議に出席するのは難しいからだ。
 ただ、2月に閣議決定された社会保障・税一体改革大綱の中で今国会への法案提出が明記されている高齢者医療改革法案は、負担増となる地方自治体との調整が難航。公務員らが加入する共済年金独自の年金上乗せ制度である「職域加算」の見直しについては、民主党内の官公労組系議員の根強い抵抗で先送りムードが漂っている。
 さらに、最低保障年金の創設を柱とする年金抜本改革に至っては、2月の財政試算公表後、本格的な制度設計に向けた党作業チームの議論はほとんど進んでいない。最新の将来人口推計などを基にした再試算の公表めども立っておらず、一体改革大綱で約束している来年の法案提出に早くも黄信号が点灯している。
 こうした民主党の社会保障制度改革の先送り姿勢に野党側は反発を強めており、与野党協議はおろか、提出済みの関連法案の審議入りの見通しさえも立っていない。公明党の山口那津男代表は同日、「社会保障を置き去りにした増税先行法案だ」と強く批判した。
 計8日にわたった民主党の消費税増税関連法案に関する事前審査でも、社会保障に関する質疑はほとんどなく、野田政権は議論を怠ったツケを払わされることになりそうだ。

産経新聞 3月31日(土)3時52分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120331-00000505-san-pol

消費税法案、衆院で修正と岡田氏=自民「小沢切りなら賛成も」

 岡田克也副総理は1日のNHKの番組で、政府が国会に提出した消費増税関連法案の成立に野党の協力を要請、衆院での採決前に法案修正に積極的に応じる考えを示した。これに対し、自民党の谷垣禎一総裁は、法案の内容は不十分だとして現段階では反対する方針を明言。同党の石原伸晃幹事長は、野田佳彦首相が消費増税に反対する民主党の小沢一郎元代表を排除して、衆院解散時期を明確にすれば賛成もあり得ると表明した。
 岡田氏は法案について「野党、特に自民党の賛成がなければ参院で通らない。衆院段階で、野党の意見も入れて合意形成していくことが非常に重要だ」と強調。「いろんな形で野党に協力のお願いをしていかなければいけない」と、首相との党首会談を含め、野党側に協議を呼び掛けていく考えを示した。
 一方、谷垣氏は「低所得者対策の中身がしっかり出来上がっていない。財政再建もどう進めていくのか」と法案の問題点を指摘。「本当に生煮えの案だ。今このままでは賛成するという選択肢はあり得ない」と述べた。同時に「国民に信を問う、解散して方向を決めていく覚悟があるのかを首相に問いたい」と、早期の衆院解散を改めて求めた。
 法案の審議入りに当たっては、衆院小選挙区の1票の格差是正や、郵政民営化法改正案の処理を優先すべきだと主張した。

時事通信 4月1日(日)20時6分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120401-00000051-jij-pol

 そもそも論で言えば、前半のような論点になっている。しかし、実際に財政再建も必要なものである。財政再建が前提ということがあれば、当然にその内容は消費税増税しかない。そのことは党首討論で谷垣総裁も野田首相の前で明言した通りなのかもしれない。もちろん、景気対策先行というものがあるが、景気対策の効果は他の要因、特に国際情勢なども大きく影響する。残念ながら現在の民主党の外交力や情報力では、国際情勢を冷静に分析し、それを景気対策に生かせるようなことを行うのは不可能だ。もちろん「不可能」では済まされないのであるが、実際に経団連も含めて「不可能」な政権を選んでいるのだからどうしようもない。
 国民新党と同じように民主党内も完全に分裂している。この場合は、大所帯であることと小沢一郎という政治家がいることによって複雑に見える。しかし、実際にマニフェストに従うのか、あるいは一度清算するのかという選択肢を迫っているだけであるから、そんなに複雑に見る必要はない。
 問題は自民党だ。公約で約束した立場は、約束を守るか、そうではないかということになる。しかし、自民党石原幹事長は「消費増税に反対する民主党の小沢一郎元代表を排除して、衆院解散時期を明確にすれば賛成もあり得る」と表明した(上記記事より)という。はっきり言ってこれらの論点が読めていないとしか言いようがない。自民党の支持率が上がらない原因はまさにこれであると断定してもかまわない。単純に言えば、「公約を守るか守らないか」を、「小沢一郎の人的な問題」に摩り替えてしまい、なおかつ左翼政権と組んでも良いという村山内閣と同じ轍を踏もうとしているのである。はっきり言って、現在の自民党の執行部には期待できないのではないか。馬鹿としか言いようがない。政局も国民の意見も見る目がない。宙にういた大臣病の集団としか見られない。このようなことでは早晩自民党内にも分裂の動きが出るのではないか。
 政治はあくまでも国民との対話である。その国民の考えが完全に乖離してしまった人々は、与党であれ、野党であれ政治家としての存在を疑うものである。特に、野党として戦わなければならない自民党執行部がこのような体たらくでは、国民は何を信頼したらよいのかわからない。実際に橋下人気や石原新党への期待感が高まるのは、まさにこの状態が和えられ、それを敏感に察知した小沢や亀井静香といったところが、現在の既存正当枠組みから離脱しようとしている。
 「4月政変」もしくは「消費税政変」は実際にある可能性が濃くなってきたような気がする。

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マスコミ批判に関する一考(88) 思惑報道に固執する産経新聞

マスコミ批判に関する一考(88) 思惑報道に固執する産経新聞

 3月29日に「国家経営志士議員連盟」が発足した。
 私自身、この母体となる企業経営者勉強会の「志士経営者クラブ」の幹部に名前を連ねている都合上、この議連の内容に関しては非常に詳しい。というよりは、この議員連盟を作ろうと言い出したのは私自身であり、その内幕やどうしてこのメンバーになったのかを知っている人も数名いるのである。
 この議員連盟は、経営者の総長勉強会をやっている。今までは火曜日の総長に行っていた。残念ながら、火曜日は私の心臓の病院の通院日であるために、なかなか参加できなかったのであるが、この志士経営者クラブの政治に関する会合には基本的な内容には顔を出していた。実際に、その目的は国家を経営するという視点での政治である。実際に、官僚たちがまったく民間の感覚を理解していないから、「財政再建」というものに対して「増税」ということを行おうとしている。資本主義であるために、財政再建にはある程度の税収が必要なのであるが、一方で、一般の会社であれば財政再建のために管理を強め内部経費を増やしてしまえば、企業全体の営業の活性化が見られなくなってしまい、会社ごと倒産してしまう。完了には「日本という国家ごと倒産してしまう」という感覚と、「売り上げをとるために営業を行わなければならない」という二つの感覚が、徹底的に欠如している。命令を出せば税金が入ってくるのに、売り上げを作るのに毎日しのぎを削り、頭を下げ、額に汗して営業をしている会社員の気持ちがわかるはずがない。また、日本という国家が倒産するという感覚がなければ、売り上げや資本の関係などがわかるはずがない。内部からの収奪という感覚だけを持っている官僚たちにはまったくわからないであろう。
 もちろん官僚がすべて悪いといっているのではない。しかし、数日前にこのブログで明らかにしたように、今回の消費税増税も何も、財務省の目入れに近い洗脳で野田内閣が動いているのである。財務省という省庁がひとつの政府を支配している構造に対して、官僚全体を否定するのはいかがかとも思うが、一方で、官僚組織の内部から改革の非を挙げるものがいない以上、官僚そのものは同じ感覚を大なり小なり持っているのではないかということを考えざるを得ない。
 そのような勉強をしている状態において、これらを実現するためには、政治家も勉強しなければならないし、一方で法律などによって改革をしなければならないという感覚を持っている。そのことが議員連盟につながったのである。
 そのようなところをまったく取材もせずに、「思惑」で報道をした産経新聞が、発足の前後にどのようなことを書いたか、改めてみてみよう。

平沼氏ら、超党派議連 29日発足、石原新党への布石

 たちあがれ日本の平沼赳夫代表が超党派の「国家経営志士議員連盟」を発足させることが23日、分かった。海江田万里元経済産業相ら民主、自民、みんなの党などの首都圏選出議員らが設立呼びかけ人に名を連ね、29日に国会内で設立総会を開く。平沼氏が東京都の石原慎太郎知事とともに進める新党構想への布石とみられ、消費税増税にからむ野田佳彦政権の迷走を受け、与野党を巻き込んで動きが加速する公算が大きい。
 設立趣意書では、「戦後日本社会で伝統文化は軽んじられ、領土問題、拉致問題等の国家的課題を解決する気概が失われつつある。このままでは日本人の美徳は失われ、戦後追求してきた経済発展も水泡に帰す」と国難を強調。「国家をより強く機能的に経営する」を理念に掲げ、憲法、歴史、教育問題への果敢な取り組みに加え、統治機構改革や財政・経済再建を訴えている。
 設立呼びかけ人は代表発起人の平沼氏を含め計17人で、民主党から海江田氏、長島昭久首相補佐官ら6人、自民党から下村博文元官房副長官、馳浩国対副委員長ら4人が名を連ねる。たちあがれ日本やみんなの党、国民新党の衆参議員も参画する。
 議連代表は平沼氏が務め、事務局は民主党の鷲尾英一郎衆院議員が務める見通し。28日にも都内で役員会を開き、当面の運営方針を固める方針。
 29日の設立総会では、役員の選任や規約の採択を行った上で、岡崎久彦元駐タイ大使が記念講演を行う予定だ。
 すでに活動方針案もまとめており、憲法、歴史、教育問題で見解をまとめるほか、選挙制度見直しや通年国会実現、公務員制度改革などの統治機構改革、国家会計への複式簿記導入による財政再建、経済成長戦略などもテーマに掲げる。
 国家経営志士議連設立呼びかけ人(敬称略)【民主党】海江田万里、長島昭久、笠浩史、北神圭朗、鷲尾英一郎、金子洋一【自民党】下村博文、馳浩、加藤勝信、長島忠美【みんなの党】柿沢未途、桜内文城【国民新党】森田高【たちあがれ日本】平沼赳夫、園田博之、藤井孝男【無所属】城内実

産経新聞 3月24日(土)7時55分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120324-00000079-san-pol

平沼氏の超党派議連発足 政界再編の受け皿か 平沼氏は全否定

 たちあがれ日本の平沼赳夫代表らが29日、超党派の「国家経営志士議員連盟」を発足させた。保守国家への転換を目指す議連の設立総会には、民主、自民、みんなの党などの衆参国会議員約30人が出席した。平沼氏は東京都の石原慎太郎知事らと結成を目指す新党と議連との関係を否定しているが、今後の政界再編を見据え、保守系議員結集の「受け皿」との見方は広がっている。(小島優)
 参院議員会館で開かれたこの日の設立総会では、「敗戦後、放置され続けた」とする憲法、歴史、教育問題への見解をまとめることを確認。二院制のあり方や選挙制度の見直し、通年国会の実現、財政再建や経済成長戦略に取り組むとする活動方針を了承した。当面は毎月1回程度のペースで勉強会を行うとした。
 議連会長に就任した平沼氏は設立総会後の記者会見で「新しい政党をつくるとか、政局とは全く関係ない。そういう面は慎しみ、この国のために立派な活動をしていきたい」と述べた。設立総会への参加を呼びかけた文書でも「政策研究が目的」「新党などの他意はない」と強調した。
 平沼氏が新党との関係を否定したのは、消費税増税関連法案の衆院採決をめぐり、衆院解散・総選挙もささやかれる中で、参加者たちが新党問題に神経質になっているためだ。
 設立呼びかけ人に名を連ねていた17人のうち民主、自民党議員の計3人の名前が消えた。同議連が「新党の布石」との見方が広がり、辞退したものとみられる。民主党の海江田万里元経済産業相は呼びかけ人に残っているが、初会合には現れなかった。
 ただ、議連の活動方針に盛り込まれた憲法問題への取り組みは平沼氏の持論である自主憲法制定と符合する。二院制や選挙制度の見直し、経済成長戦略は平沼氏や石原氏が進める新党の基本政策に沿った格好だ。
 29日の議連設立総会出席者の中には、首都圏選出で支持基盤の弱い議員も目立つ。「石原新党結成に向けた動きとの臆測が広がったことで、参加を希望した議員もいる」(関係者)という。
 議連幹部も「石原新党と別の枠組みを模索する意味もある。このメンバーがごっそり新党に来るとは考えていないが、いろいろ可能性はある」として、平沼氏が目指す新党との関係を否定しなかった。

2012.3.29 23:06 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120329/stt12032923090017-n3.htm

 産経新聞が、私のところに取材に着ていれば、このような報道はしなかっただろう。少なくとも石原新党への布石などということは見出しに書くようなことではない。実際に、上記のような考え方で企業の勉強会主催で議員連盟を作った。たまたま、時期や会長が平沼議員であるということなどが一致しただけである。そもそも平沼さんにしようということも、企業側が考えたシナリオであり、その中に石原慎太郎氏の名前が入っていないのであるから、この報道が完全に思惑でしかないということは明らかである。にもかかわらず、どうしても石原新党と結び付けたいのか。発足会議では「完全に関係はない」と平沼氏は明言しているにもかかわらず、産経新聞の中では「平沼氏が目指す新党との関係を否定しなかった」と書いている。
 まさに、小沢裁判における検察の非難と同じで、産経新聞が独自にストーリーを作り、そのストーリーに無理やりあわせて、本人たちが否定しているにもかかわらず、それを文字にして書いてしまう。ストーリーを作るのはよいが、そのために「民主、自民党議員の計3人の名前が消えた」という影響が出ている。このことに関して産経新聞はどのように責任を取るつもりなのであろうか。
 しっかりとした取材をすれば、このような報道にはならないはず。少なくとも勉強会に関係のある人に産経新聞はまったく取材をしていないのである。取材をしないでよくもここまで思惑記事がかけるとももう。正直なところ、これはジャーナリズムではなくファンタジーの世界。そこまで行うのであれば、自分たちで石原新党のための議員連盟を産経新聞取材で作ればよい。他人のふんどしで相撲を取ろうと思っても、結局自らの取材不足を露呈するだけである。
 マスコミの報道は、このように時にファンタジーになる。これは、新聞の貴重が保守であろうと核心であろうと関係なく、ジャーナリズムとして最も恥ずべきことである。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(52) 中国における訴訟の勝ち方(4)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(52)
中国における訴訟の勝ち方(4)

 先週は中国の共産党の法務委員との話しをした。もう少し続ける。
  先週の話の中では中国に安いワインを持っていってそのワインで接待しお土産を持たせたと書いた。実際に、当時はそのようなやり方で何とかなったのであるが、現在はさすがに無理かもしれない。中国も金持ちになってしまって、ワインのよしあしや値段を調べるようになったからである。ワインの味ははわからなくても、値段が高いほうが高級であるということはわかる。それが中国人だ。はじめのうちは「ワイン」というだけで、十分であった。しかし、そのうちに中国人のコミュニティの中でもワインの良し悪しを判断する人が出てくる。その中で、話をしなければならないので、困ったものである。
  ここで、真っ先に「味がわからなくても」と書いた。何度もこのメルマガで書いているように、中国人は完全にメンツの社会なのだ。中国人のメンツは、数字で表して、高いほう、高級のなほうがメンツがたつ。ついでに言うと・・・・・・・・・・・。

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