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アンドロイドが落語の高座に!? 文化と科学の融合か!!

アンドロイドが落語の高座に!? 文化と科学の融合か!!

 先週・今週はなんとなく中国の薄氏に関することであわただしい二週間であった。そのために、なんとなくあわただしくて、方々に御迷惑をおかけしている。
 このようなときこそ、心に余裕を持たなければならないのであるが、やはり様々な部分で忙殺されてしまう部分が少なくない。このために、なんとなく行き違いなどもあり、なかなか大変な部分が存在するのである。実際に、このブログでも報告したように、私に直接インタビューもしないで勝手な推測や妄想を書く人が少なくないのも事実。嘘だとかねつ造だとか言っていただいてありがたいことであるが、実際に「根拠がないから嘘」と言うその言葉にそもそも「根拠がない」のであるから、いったい何の基準なのかとも思う。
 単純に考えて、彼らの頭の中の妄想の範囲を超えた場合は、すべてがウソになってしまう。しかし、日本のことわざには「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、実社会においてはわれわれの想像をはるかに上回る、妄想の世界をはるかに超えた「想定外」が少なくない。もちろん犯罪や危機管理など政治に関しては「想定外」はその存在自体が「不作為の作為」として非難されるが、実社会における「妄想を超える想定外」は、実は日常の中にたくさん潜んでいるのではないか。とくに「うれしい誤算」と言うのは、非難されることもなく、日常にいつでも存在するものである。
 私にとって「妄想を超えた想定外」のニュースが飛び込んできた。もちろん「想定外」が許されるうれしいニュースである。意外と私について知らない人が多いので、予めここで断わっておくと、私はそれほど重度ではないが「落語好き」であり、特に人間国宝の「桂米朝師匠」の大ファンである。もちろん大ファンであるといっても、実際に会ってお話ししたことやインタビューなどをしたことはない。しかし、マイカル時代は関西に住んでいたので、毎年サンケイホールで正月に行われた「桂米朝一門会」などは欠かさず足を運んだ。最近ではなくなったカセットテープの桂米朝落語全集は、擦り切れるまで聞いたほどである。
 東京生まれの東京育ちの私にとって、マイカル(当時はニチイ)に就職し、関西の本社に転勤になった時、この桂米朝師匠の優雅で高貴な関西弁がどれほど私のことを支えてくれたのかわからない。しかし、この米朝師匠の噺(落語の場合は口に新しいと書く「はなし」)を、東京でも気軽に聞くことができないか、何か悩んだときや困った時に米朝師匠の落語を聞きながら、いつも思うことであった。
 その夢が「アンドロイド」でかなうという。とりあえず、少々興奮気味であるが、その産経新聞の記事を見てもらいたい。

米朝さんそっくりのロボットが高座再現も 米寿記念の行事発表

 今年11月、87歳を迎える落語家で人間国宝、桂米朝さんの数え年での米寿を祝う行事「米朝一門夏祭り」と「桂米朝展」の概要が21日、発表された。米朝さんそっくりの精巧なロボットが米朝さんの高座を再現するユニークな試みも予定されている。
 会場は大阪市北区のサンケイホールブリーゼで、夏祭りは8月1~3日と9日の4公演。米朝展は1~9日。夏祭り初日は「淀の鯉」「一文笛」など米朝作品、2日目は米朝十八番「地獄八景亡者戯(もうじゃのたわむれ)」のリレー落語。3日目は枝雀さんら一門の故人の高座を映像で再現、最終日は永六輔さんや小沢昭一さんらがトーク企画に駆けつける。
 劇作家、平田オリザさんと共同でロボットと人との演劇公演を行うなど世界的なロボット研究の権威、大阪大学の石黒浩教授の協力で、現在、米朝さんそっくりのロボットを制作中。米朝展で展示される。チケット発売は26日から。問い合わせはブリーゼチケットセンター((電)06・6341・8888)へ。

2012.5.21 22:30  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/120521/ent12052122310014-n1.htm

 ふだん伝統文化と言うと皇室や貴族、華族のことばかりを言っている。今日は、土曜日で軽い話題の日なので、その辺の難しい話は少し失礼させていただいて、落語について語ってみたい。
 落語なども重要な日本の文化だ。とくに米朝師匠の「地獄八景亡者戯(もうじゃのたわむれ)」は、絶品。実際に学生時代に聞いたことがある。何しろ1時間にわたる長丁場の落語。お囃子なども様々取り入れられた実にすばらしい。「落語」という「大衆文化」ではなく、これは一種の芸術品に近いものではないか。いや、大衆文化がある意味で芸術に変化する瞬間がこの落語の中に隠されているような気がする。もちろん、異論はある。そんなことはファンにとってはどうでもよいことだ。最近では長く高座であまりやられなくなったこの題目を、一度見てみればだれでもわかる話であると思う。
 落語は、儀式ではない。逆に、大衆文化出るからそれだけ良いことがある。時流を取り入れ、またその時に流行した内容をいくらでも出すことが可能だ。大衆と言うものはそのようなものだ。基本的な流れの中に、風刺や流行を取り入れて、その時その時に形を変えてゆく。しかし、基本的な形は変えない。それが落語の「オチ」の部分だ。決めどころは変えず、笑いを執りながら興味を引き付けてゆく。まさにこの技法こそ、今の政治にも経済にもすべてに必要なものではないのか。今の政治やマスコミは、この「基本の部分」までぐらついてしまうか、あるいは全てを基本通りにまじめに再現してしまって、風刺や流行からかけ離れてしまう。そのために両極端に進んでしまい、どうしてもその双方の良さを両立することができない部分が少なくない。桂米朝師匠のこの落語は、まさに、その良さをしっかりと体現する内容になっているのではないか。
 私にとっては、その米朝師匠の落語がアンドロイドであっても再現できるという。なんと素晴らしいことであろう。私の頭の中では妄想だにしていなかった「うれしい想定外」である。もちろん「想定外」であっても批判する対象ではない。逆に大歓迎である。これこそ科学が日本の伝統や文化を守るという話なのではないか。
 ふだん、どうしても政治や文化や伝統と言うと難しく考えてしまう。しかし、少しブレイクして笑いと政治、そしてその中から我々が何を学ぶことができるのか。そのような話をしっかりと考えてみるのも良いのではないか。
 なんとか、チケットを手に入れて「地獄八景亡者戯(もうじゃのたわむれ)」を見たいと、予定の調整などを考えているところである。

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コメント

円と元の直接取引きが可能になると言うニュース
を見ました。
ドル介入の手数料が不要に成るので良い話なのだと解説して居た。

素人判断ですが、マスごみが良いと言う程
怪しい。
国防なし、愛国なし、売国政府の薦める
経済など信じられるものか!

日本の全てを貢ぎ、盗みとられる様な気がして
ならない。

投稿: allco | 2012年5月26日 (土) 21時51分

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