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2012年6月

今週はこれを書こうと思っていた、自民党のガンダム計画、個人的にはヤマトがいいのだが

今週はこれを書こうと思っていた、自民党のガンダム計画、個人的にはヤマトがいいのだが

 今週は消費税、そして政局とあり、なんだか疲れる一週間であった。金曜日にもさまざまな政局の動きがあり、民主党では「コップの中の嵐」が続いている。たまに、コップから水があふれ出てゆくものもあれば、次は沈没船から自分が出てゆくという発想の人もいる。このようなときに、もっともダメなのが、中途半端な奴だ。威勢よく反対とか言ったり、自分は小沢の後継者とかいいながら、棄権で終わっている議員(誰とはいわないが)など、とてもとても話になるようなものではないのである。
 私の場合、はっきり言って民主党と親しいわけではない。もちろん親しい議員もいる。たまたま誕生日が同じで親しくしている議員もいるが、残念ながら民主党という政党集団になった瞬間に、私としては背後に隠れる「左翼的思想」が見えてしまい、どうしてもダメなのである。よって、これら民主党の「コップの中の嵐」は、非常に私として取材が面白いものではないのである。
 というような愚痴はこの辺にして、わたしは、今週の土曜日はこれを囲うと決めていたのである。
 自民党がガンダム開発計画にネット仰天
 いやいや、実際にガンダムを作るという話はとにかく、私のように夢を語るべきであるという政治傍観者にとっては、このような「ばかげた妄想」こそ「重要な政治課題」であると考えるのである。ネットの人間たちは、これを「ふざけるな!」などといっているようであるが、私自身は大いに推進すべきという立場である。
 ばかげた妄想が重要というのは、たとえば、私が民主党の闇を書いたとき、ほとんどの人が「こんなことはありえない」といった。民主党は国民の期待で政権交代こそ日本をよくする唯一の手段であるかのごとき論調が主流であった。しかし、私は本を出版した。現在、その本の通りの状態に日本政府が堕ちいている。もちろん、具体的な内容、たとえば野田首相になっているなどのところは違っているかもしれない。しかし、全体として「批判しかできない政党には政権運営はできない」という内容は、まさに、そのとおりになっているではないか。そして、鳩山政権ができたとき、当初、支持率は77%であった。その中で、私は講演会のたびごとに(文章にすると問題があり防御策をとられてしまうので)民主党は早晩分裂するといっていたが、まさに現在そのようになっている。鳩山内閣初期に民主党分裂を言った人はいない。自民党の事務方の幹部と「マスコミでできた内閣はマスコミでつぶすことができる」と豪語したのも私だ。多くの人は「妄想」「希望的観測」といったが、実際にその通りになっているではないか。
 自慢話をしても仕方がないのでこの辺にするが、現在の社会的情勢ではなくある意味で必要性と必然性で夢を語っていれば、当然にその内容が出てくる。可能性がゼロでない内容に関しては、いつそれが起きても問題がないようにしていなければならない。その意味で、「ふざけるな!」という話をしっかりと検討することは必要なのではないか。

自民党が「ガンダム」開発計画 ネット仰天、「消費税を使うのか?」「ふざけるな!」

   自由民主党がアニメ「機動戦士ガンダム」のロボット(モビルスーツ)ガンダムの開発に本気になっているという。
   ネットでは、政局混乱の時期に「ふざけている!」「暇なのか?他に議論することがあるだろ!」などと怒号が飛び交っている。2012年6月26日には政権政党時代から目指していた消費税増税法案が衆議院を通過したこともあり、「まさかガンダムに税を使うつもりか!?」といった揶揄まで出ている。
「12時間ぶっ続け まるナマ自民党」で議論
   ガンダムといえば09年夏、東京お台場に全高18メートルの等身大ガンダムが建造され観光客が押し寄せた。自民党広報に話を聞くと、今回のガンダム開発計画は観光や娯楽が目的ではなく「あくまで政治的意味合いのものです」と説明している。
   「本気で考える自民党ガンダム開発計画」は、自民党と動画投稿サイト「ニコニコ動画」がコラボする「12時間ぶっ続け まるナマ自民党」の中で議論される。これは12年6月28日の11時30分から「ニコニコ動画」で、自民党関連の話題を12時間に渡り生放送するというもの。総理経験者の麻生太郎議員、安倍晋三議員や谷垣禎一総裁、小泉進次郎議員など総勢数十名の自民党議員が登場する。
   その中で20時から45分間議論されるのがガンダム開発計画。出演するのは平将明議員と丹羽秀樹議員。ゲストには作家で「亡国のイージス」「終戦のローレライ」著者の福井晴敏さんが登場する。自民党広報によれば両議員ともガンダムの熱狂的なファンだという。
   ネットではこのニュースに関して、冷笑と脱力感が広がっている。そもそもガンダムは宇宙戦争で活躍する「兵器」であり、現在の技術や法律では開発するのが絶対に無理で、議題に上ること自体が間違っている。しかも政局が混乱している中、消費税増税法案が衆議院を通り、これからどんな事態になるのか国民が不安になっているのに「ふざけている」というのだ。
総選挙の人気取りが失敗に終わると予想する人も
   ネット上には
「ヒマなのか? 」
「ガンダムは嫌いじゃないけど、増税の使い道がこれじゃ国民は納得せんよ!」
「重要な転換点になるかもしれない時期にこんなことやるの?もう呆れ果てて言葉もないわ・・・・・」
などといった意見が掲示板やブログに書き込まれている。また、来るべき衆院総選挙のための人気取りであり、若い有権者に擦り寄っているつもりなのはわかるが、これで自民党の票が増えるとは思えない、と予想している人もいる。
   では放送の当日はどのようなことが議論されるのか。自民党広報に話を聞いてみたところ、登場する議員の頑張り次第で深い内容まで踏み込むこともありえる、とし
「まず何のためにガンダムを作るのか、から始まって、作った場合の法規制などについても話し合う予定です。あくまで政治的見地からの議論となります」
ということだった。

2012年6月26日(火)18時24分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-137112/1.htm

 さて、その必要性についてまず。
 日本は専守防衛である。要するに、武器として、ガンダムもしくは宇宙戦艦ヤマトのような「超越した武器」を作ることは、「他国が日本を攻め込まない」という最大の抑止力になる。現在の核の抑止力を超える抑止力が存在すれば、核兵器廃絶になる。オバマ大統領の主張した核兵器の廃絶は、まさに、「すべての国が核兵器を持たない状況」ということが必要であり、それは、「テロリストを含めて、核兵器を持たないほど平和」になるか、あるいは、「核兵器そのものを凌駕するほどの武器ができる」か、あるいは「隔壁がまったく役に立たない100%の防御ができる」かの、三種類しか存在しないのである。その中で、「テロリストを含めて核を持たないほどの平和」というのは、基本的には不能な要求だ。では、「核を凌駕するほどの武器」そして「核では破れない防御」を作ることがもっとも良いのではないか。その意味で、武器の部分で、または防御の部分でガンダムは有効ではないのか。
 もちろん、科学技術力の結晶である。実際にガンダムに出てくる武器一つとってもよほどの科学力が必要である。そして開発には膨大な経費が必要であり、同時に、その経費は民間では話にならない。この開発の実現には当然に国家単位の科学技術力の保護と発展そして日本特性の技術力の終結が必要である。
 同時に、このような武器が海外で悪用されては意味がない。もっといえば、北朝鮮でガンダムが作られ、日本に攻めてこられては意味がない。その意味では「機密を保持する」という機能が国家に必要である。いわゆる「スパイ防止法」が必要になってくるであろう。その意味では、日本の防衛政策だけでなく情報製作そのものの問題が非常に大きな問題になり、その参画企業が中国の資本が入っていたりしてもだめになる。情報の開示基準なども重要になってくる。この開発を通して、中国寄りのわけのわからない売国奴と、本当に日本を思う人が国民の中でも出てくるのではないか。
 それだけでなく、できたガンダムを武器とする。当然に現在の法制では「自衛隊」に配置される。与那国島に配備されるか、尖閣諸島に持ってゆくか、沖縄に飾っておくかは別にして、その運用は、現在の日本のイージス艦や機関銃の使用方法と同じ。単純に考えれば、災害復旧が中心にガンダムを使うことになる。不謹慎を覚悟の上で言えば、もちろん、被災地の瓦礫処理などは、人や重機がやるよりも早いであろうし、人の手で行うような決めの細かい作業ができるのかもしれない。しかし、より不謹慎を覚悟の上で言えば、それだけではもったいない。やはり、その武器を抑止力として使う必要がある。そのためには、メンテナンス費用の予算化も必要であるし、何よりも運用を行うための自衛隊法の改正、場合によっては憲法の改正も必要になってくるのかもしれない。
 一方、ガンダムは宇宙に行く。ということは、ガンダムによる宇宙開発や宇宙研究も飛躍的に進むことが期待される。ということは、宇宙利用に関する内容が重要になってくるので、その内容をいかに使うのかということが必要になってくるのではないか。宇宙利用に関することも、ひとつ日本の先見性や技術力の独断場になる可能性もある。そのときには核兵器が廃絶されているので、大陸間弾道弾のような宇宙利用の武器使用の監視や衛星の修理監視もモビルスーツでできるようになるのだ。これも大きな飛躍ではないのか。
 このように考えると、漫画でも何でも「妄想を語る」そして「実現する」事は、非常に重要であり、その想定の範囲で物事を準備することが「将来に備えること」そして、それは現在の社会を見直すことにつながるのである。
 もちろん、建設的でない意見は意味がない。しかし、ここで繰り広げたような「可能性」を語ることは、そしてその可能性に関して周辺事情をすべて加味することは非常に重要だ。一転だけで議論すれば、批判しか出てこない。調整もできないと、まさに小宮山厚生労働大臣のタバコ税のときのような話になってしまう。そうではなく現実化するということに関して、その周辺環境を全て考えることは、それだけ重要なものなのである。
 昔、空を飛ぶことは。ダビンチの時代から夢であった。その時代に、人が空を飛べたら、と、準備する、環境を整える人がいたから、現在の社会がある。多少ばかばかしく、楽しく、そして勉強できる。まさにこのような議論こそが最も重要な内容なのかもしれない。

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純粋に「増税」を考えた時の消費税法案

純粋に「増税」を考えた時の消費税法案

 消費税法案に関して、衆議院本会議の造反73名から小沢新党に話題になっている。
 取材をしていると、この中にマスコミの巧妙な心理誘導があったことが明らかである。「小沢グループ反対」という報道は、まさに「反対は=小沢グループ」というレッテル貼りを行い、小沢グループ以外は賛成するようにもっていった観が否めない。中間派の取材をしていると、「賛成」票を投じた人々の中には「小沢グループと見られたくはない」という声が非常に多かった。逆に言えば、小沢グループ以外にも反対をしたかった議員は少なくないということになり、単純にいえば、「造反予備軍」は民主党議員の過半数に達していたと見るほうが良い。私の取材した感覚ではそのような感じになっているのである。
 では、その効果はどのようなものであろうか。
 本来であれば「マニフェスト違反」となる消費税増税法案を民主党の多くの議員が賛成するという「異常事態」が発生しているのである。私自身、小沢一郎の政治手法は好きになれない。しかし、小沢一郎の主張する今回の内容は一理ある。「マニフェストは国民との約束なんだから、やるといったことはやり、やらないといったことはやらない」というのは、実は「約束は守らなければならない」という当たり前の道徳律を言っただけのこと。このことを不満を言う人はいないのである。
 逆に言えば、現在の民主党の執行部は、「約束は守る」という当たり前のこともできないということになる。そのことを批判するつもりはない。しかし、ある意味でその当たり前のことを言っても否定しなければならない雰囲気を、小沢一郎は持っている、ある意味ですごい人である。
 しかし、実際の政治は、小沢一郎を否定する、しないの問題ではない。実際に増税が決まれば家計や企業活動に税金が課せられるのだ。そのことに関して、要するに、政局ではなく政策としての増税に関してもう少し話をして見てはいかがか。

サラリーマンを襲う増税地獄!年16万円の負担増

 消費税率が2014年4月に8%、15年10月に10%に上がることが決まったが、所得税や住民税の負担も増え、サラリーマン世帯は“増税地獄”を覚悟する必要がある。
 大和総研の試算(別表)では、夫婦の片方が働き子ども2人、年収500万円の世帯では、年間を通して税率が10%となる16年の消費税負担額は11年と比べて16万7000円も増える。年収300万円の世帯でも10万6700円、800万円の世帯では24万9200円の負担増となる。収入が少ない人ほど消費税の負担を重く感じる「逆進性」も顕著だ。
 消費税以外にも、東日本大震災の復興費用を賄う所得税の増税が13年1月から、個人住民税の増税も14年6月から始まる。デフレで給料が減るなかで、目立った減税措置もなく、増税ショックをまともに食らうことになる。
 当然ながら経済に与える悪影響も大きい。SMBC日興証券の試算では、消費税率が8%に上がる直前の13年度は、駆け込み需要の恩恵で実質GDP(国内総生産)を1・4%押し上げる効果があるが、14年度には住宅や自動車など耐久消費財の大幅反動減で1・8%の押し下げとなる。
 渡辺浩志エコノミストは「消費税増税は家計への負担が非常に大きく、景気の撹乱(かくらん)要因になる」と話している。

2012.06.27 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120627/dms1206271133010-n1.htm

「不況加速で日本オワタ…」「普通の生活できない」 消費増税可決でネット大荒れ

 2012年6月26日、衆議院本会議で消費税率引き上げ法案が可決された。
 メディアの世論調査で過半数以上が反対する中の成立ということもあり、インターネット上でも怒りと嘆きの声があふれている。
 可決したが、今後の政権運営は多難
 消費税率引き上げ法案は衆議院一体改革特別委員会で民主、自民、公明などの賛成多数で可決したのち、衆議院本会議に上程され可決された。
 法案は2014年4月に税率を5%から8%、15年10月に10%と段階的に引き上げるというものだ。6月9、10日に実施された産経新聞とFNNの世論調査では反対が56.1%、21日に実施されたフジテレビ系「新報道2001」の調査では反対が56.8%、22日から24日にかけて実施された日経の世論調査では「社会保障と税の一体改革法案についての3党合意」について「評価しない」が52%など、反対の声は根強かった。
 また、小沢一郎元民主党代表はマニフェスト違反などを理由に増税に反対しており、本会議でも民主党から57人が反対票を投じた。可決したはいいが、国民からは反感を買い、党内の連携も取れず、今後の政権運営はいばらの道となることが予想される。
 「政治家を贅沢させるために生きてるんじゃない!」
法案可決を嘆く声はインターネット上でも多くあがっている。2ちゃんねるには本会議での可決後すぐに速報スレッドが立てられ、
 「誰も買い物しなくなる。絶対 逆にヤフオクとか中古屋が潤いそう」
「期待していたほど税収が見込めず、かえって不況が加速 そしてオワタって流れか」
「最低限食って住んで服着てそれ以外は貯金もできない世の中になるよ …あれ、これってどこぞの赤い国じゃね?」
 などの書き込みが並んだ。「まだ案だからな 今回は組織票により可決されたが次がどうなるかはまだ分からん 造反が多いからまだひっくり返せるかもよ」と今後の逆転に期待する声もある。
 ツイッターでは、多くつぶやかれているワードを示す「トレンド」に「増税法案」、「反対票」、「57人」がランクインしている。また、「消費税」でリアルタイム検索すると1分たらずで20件のツイートが読み込まれるなど、ネットユーザーの関心はやはり高いようだ。
 「消費税」で検索したタイムラインには、
 「竹島を勝手に自分の領土とか言ってる韓国に5兆円経済支援するわ、故意に船でぶつかってきた中国人は釈放して中国に帰すわ、そのくせ自国の消費税倍増さすわ・・・・・。どう考えても暗殺されるレベルだろこれ」
 「衆議院議員の4/5が消費者の負担などお構いなしらしい。電気料金も値上げ、消費税も引き上げられ、その金でヤツらが潤う。オレらはあいつらを贅沢させるために生きてるのか!一生、金を吸い取られるために生まれて来たんじゃねえ!」
 「日本の消費税って、日用品や食品にまで全部同率で税金をかけるからおかしい。普通の生活が出来なくなる。出生率も下がる。高齢化はさらに加速して納税者は減る一方。そんな将来を子供に渡したくない」
 などと強い口調で批判しているツイートが多く見られる。ほとんど「反対一色」に近い状況だ。

2012年06月26日16時56分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6695675/

 単純に言って、財政再建の必要性は、誰もがよくわかっている。政府そのものが破綻してしまえば非常に大きな問題になるのである。しかし、そのkとがすぐに増税につながるのかということを考える。
 要するに、消費税増税法案は、実質は「税率引き上げ法案」であり、「税収増加法案」ではないのである。税収があがるのは、現在の経済規模で税率を上げるか、あるいは、税率を上げ図の経済規模をあげるかの二つになる。変動要素が「経済規模」と「税率」という二つの変数があり、その二つの変数をどのように変えるかということである。
 後は卵が先か鶏が先かと同じ。税率を上げて財政再建をすることが先か、あるいは、景気浮揚策が先かというだけの話だ。現在の消費税法案には景気条項が入っているので、その景気条項が満たされなければ消費税率の上昇にはつながらないことになっている。
 一方、増税派、消費税だけではない。
7月には電気料金が上がり、
10月には環境税
来年には住民税、所得税の増税に復興税が吹かされる。
 このような増税のラッシュで景気条項を満たせるはずがないのである。一方、野田政権になってから、韓国の国際スワップ購入やIMFなど、海外の支援のために支出している金額は、野田政権になってからだけ、要するに一年未満なのに「15兆円」くらい存在し、まだ追加購入をしているのである。この状況で社会保障を充実させて何の意味があるか。また財源がなくなるだけの話である。
 民主党の増税政策を考えれば、まさに「足し算引き算ができない小学生以下」としか考えられない。もちろん、自民党政権もしくはそれ以外の保守勢力の政権によって、これらの支出は見直されることを期待しているが、なかなか難しい。
 このように「支出から見る税率」ということ、そして、上記にある二つの変数から見た国家の税収ということを考えて、今回の法案が妥当かどうか考えるべきではないのか。
 増税を政争の道具とすることは簡単だ。しかし、その駆け引きの中に国民の生活ということが考えられているのか。このことをしっかりと見たほうがよいのではないのか。

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全体の奉仕者が生活保護を受けている現状の道徳律

全体の奉仕者が生活保護を受けている現状の道徳律

 消費税増税法案と俗に言っているが、実際には「税と社会保障のいったい改革法案」である。要するに、消費税増税だけではなく、社会保障も一緒に改革するはずであったが、残念ながら、民主党政権では社会保障を改革することはなう、消費税の増税だけを決めたので、多くの国民に消費税増税法案でしかないという感覚をもたれてしまっている。本来は社会保障を改革し、全体でどれくらいかかるか、その社会保障の無駄を削減し、支出をなるべく削ってから、収入、要するに増税や赤字国債(特例公債法案)を考えるべきであるはずだ。
 その「はずだ」という感覚は、各会社で経費節減やリストラを行っていることを考えれば当たり前の話である。湯水のような経費の使い方と放漫経営をしながら、売り上げを増やせ、銀行から金を借りて来いといわれても、困るのである。国家のことをK視野の経営と一緒にする必要はないが、わかりやすくたとえればそのようになるということになるのではないか。
 さて、その支出を削るという中には二つある。ひとつは経費を少なくするということ、そしてもうひとつは支出を少なくするということである。経費を少なくするとは、民主党政府では「事業仕分け」ということを行った。もちろんこれが不十分であったことはすでに南海も触れているとおりだ。そもそも二本濃く食うが経営破たんした原因である労働組合を保護している政党が、日本の政府の労働組合を無視して事業仕分けなどをできるはずがない。しかし、このことは今日の主題ではないので、この辺にする。もうひとつ、支出の削減ということはひ、現在支出しているところを見直し、支出しなくてよいところをカットするということである。要するに、「死んでいるのに年金を払い続けていた」という事件があれば、民生委員などの仕事を見直し、または法律を改正してそれらの調査を行うことができるようにしなければならない。また、生活保護でも年収5000万円を超えている芸能人が生活保護の需給を受けているようならば、それを中止しなければならない。そのようなきめの細かい調査と、民法にある扶養義務の内容をしっかりと充足させるということをしっかりとする。道徳的な規範を見る。そのことをしっかりと見なければならない。
 そのような中、政府がそのようなことを行うのではなく、マスコミから東大阪の市の職員が平均700万円の給与を画ながら、生活保護の需給を受けていたということが明らかになったのである。

東大阪市職員30人は甘いのか 親族の生活保護受給が論議に

   高給取りの吉本芸人に続いて、今度は、公務員に親族の生活保護受給が発覚した。平均年収700万円というが、なぜ親を支援できないのか。
   お笑いコンビ「キングコング」の梶原雄太さん(31)については、自衛官の長兄もいながら、母親が生活保護を受給していたことが国会で問題視された。
批判的な電話が100件以上相次ぐ
   今度は、この自衛官ばかりでなく、公務員に広く同様な問題があることが分かった。騒ぎを受けて、大阪府東大阪市が受給者の照会先を調べたところ、親族に扶養義務者の職員がいたケースが多数出てきたのだ。少なくとも職員30人が突き止められ、1人を除くと、いずれも仕送りも断っていた。
   30人の親族は、2親等内に当たる親や子、兄弟姉妹だった。市職員の平均年収は716万円あるが、30人は、市の照会に「扶養できない」と回答していた。
   市の生活福祉室によると、親族は親のケースが一番多く、高齢で年金をもらっている場合でも最低生活費に満たなかった。また、子どもの場合は、離婚して母子家庭になっている娘のケースなどがあった。兄弟姉妹は、病気で働けないなどの理由だった。
   30人が支援を断った理由としては、「子どもの養育費支出などでお金に余裕がない」「住宅ローンの返済に追われている」「親とは仲が悪い」などがあった。市は当時、こうした事情を職員らから聞き取って、親族の生活保護受給を認めていた。
   しかし、30人の親族受給が2012年6月25日に報じられると、市には、批判的な電話が相次いだ。「親の面倒を見ないのは、公務員としてどうか」「それだけ収入があって、扶養できないのはおかしい」といった意見だ。生活福祉室によると、この日だけで電話が60件ほどかかり、翌26日も夕方までにそれを上回る件数が来た。中には、「公務員だからって、保護を打ち切らない方がいい」との声もあったが、9割以上が批判的なものだったという。
「家族を前提にした制度が破綻」の声も
   親族受給を認めたことについて、東大阪市の生活福祉室では、「身内の職員を甘くみたということはなく、不正は確認できていません」と強調した。
「一方、公務員だからといって、親族を扶養すべきだとも言えません。厳しくもできないのが現実です。収入が多い民間人の方もおられますので、同じ基準で扱わないといけないと考えています」
   受給を認めるに当たっては、親などの場合は、厳しく見ているという。
「交流がない、仲が悪い、それだけで援助できないと言われても、理由にならないと考えています。認めるのは、虐待を受けたといった極端な例の場合です。収入面や生活状況から確認できないと、受給を認めないようにしています」
   職員30人については、自宅を訪問するなどして、本当に支援ができないのかどうか改めて確認したいとしている。
   産経新聞によると、大阪府では、大東、茨木などの5市でも、少なくとも職員計6人の親族が生活保護を受給していることが分かった。ほかでは、大阪市の橋下徹市長が2012年6月26日、市の職員を調査することを明かしたほか、松原、吹田両市も調査の指示を出したという。今後、公務員の親族受給実態が次々に明るみに出そうだ。
   親族受給について、ネット上では、見方が割れているようだ。「住宅ローンは生保でまかなえますってか」「これじゃ、がんばって親の面倒を見ている奴がバカみたいだ」「氷山の一角なんじゃね」といった声は根強い。
   一方で、「妻子がいて生活費も教育費もかかり家のローンも抱えていたら全然余裕ないだろう」「だって自分の老人ホームに入る金がなくなってしまうやん」「そもそも家族を前提にした制度が破綻している。生活保護にしろ年金にしろ個人単位に設計し直すべき」といった指摘も相次いでいる。

2012年6月26日(火)20時0分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-137130/1.htm

 今回も東大阪である。このような情報があがってくるのが大阪発が多い。もちろん、大阪だけがモラルが低下しているとかそのようなことではない。大阪は橋下徹による維新が行われており、その中において公務員の中に混乱が発生している。同時に、橋下氏が注目されていることから、マスコミが多く、ネタがないフリージャーナリストなどもさまざまなネタを求めてさまよっている。要するに、ネタを出すほうも大阪の役所の「タガ」が外れたために、さまざまなこぼれ情報を拾えるし、それを拾うマスコミも少なくないということになるのである。あとは、マスコミが何と結び付けてこれを報道するかということになる。
 要するに、改革を行う混乱が発生すれば、本来はこのようにどんどんとネタが出てくるはずだ。国家公務員でそのようなネタが出てこないのは、民主党の政権の改革がまったく進んでいないということに他ならない。まさに、国民有権者が既存政党ではなく橋下維新の会に期待するというのはこのようなところなのかもしれない。逆に、橋下維新の会は、このようなネタ、改革の結果が、橋下維新の会発の情報ではなかったことが最も悔やまれるところであろう。マスコミをしっかりと統制していれば、それらの内容もしっかりとできたはずであるが、残念ながら維新の会もある意味でパフォーマンスが過剰な部分があり、改革風は吹いているものの、それ以上でない実情があがっている。単純に言えば、芸能人の兼も、また東大阪市の職員に関してもなんらの対策を打ち出せていないということが、改革風だけで実態が伴わないということを示している。
 では、どのようにしたらよいのであろうか。古い時代は「生活保護」といえば、恥ずかしいことであった。しかし、いつの間にか生活保護を「受けなければ損する」という感覚になっている。もらえるものはもらって行かないと損する、という感覚は、たとえばスーパーマーケットの試食コーナーでもよく見受ける。昔は「ただほど高いものはない」といった感覚であるが、デフレが進めば、そのような「値ごろ感」が失われつつある。値ごろ感は、当然に存在する相場観や、生産者への感謝の気持ち(これが利益として計上されるのであるが)を示した価格というものが、完全に失われつつあるのだ。
 この傾向は義務感、責任感の喪失と権利意識の過剰なまでの充足、そして政府による保護がその一因であることは言うまでもない。まさに、このブログですでに何回も書いているように、義務感の喪失、責任感の欠如、権利意識の過剰なまでの充足、そして責任の転嫁の結晶がまさに民主党政権である。そして政府がそのような内容であれば、国民もそのようになってしまっている。そのような国民の意識に対して、国民自身もおかしいと思っており、そのおかしいと思う心が、民主党に対する反対立場的改革を望み、その象徴が橋下維新の会ということになるのかもしれない。その改革を支持するマスコミが多ければ、関西活のこのような事件が多くなるのもうなづけるはずである。
 では、維新の会も示すことのできなかったこの問題の改革はどうするか。ひとつは「恥じの文化」を教えることだ。一人前とはないか、自立とは何か。生活保護を受けながら平気で権利を主張するわけのわからない人々を廃止するのは、道徳規範しかない。道徳律の欠如がまさにそのような感覚になっているといえるのではないか。それを復活できるか、その道徳律はどのようなものになるのか。この辺を示すことができる人が、次の日本のリーダーといえるのかもしれない。

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消費税増税法案の衆議院通過とこれからの政局

消費税増税法案の衆議院通過とこれからの政局

 あえて「小沢離党の可能性」と書かず「これからの政局」と書いた。
 私は、普段は「政局よりも政策」ということを言っているつもりである。しかし、三年前の政権交代、要するに民主党政権になってからこの方、政局ばかりを書いている気がしてならない。はっきり言って不本意である。
 ではなぜ「政局ばかり書く」ことになるのか。理由は二つある。ひとつは、政策の決定プロセスがまったくわからない。政策で決めるならば、普通になぜその政策が出てきたのかがわかるはずだ。政策というのは「社会の変化もしくは現状の分析」を行って、法的な対処が必要な内容に関して、法律もしくは政治的に対処するというものである。しかし、民主党政権の場合は、そのような政策的な対処ができていない。その場限りのマスコミや連合、影響団体からの内容を、そのまま丸呑みする。自分の時価や、自分たちの政党での勉強会や部会がなく、その知識も社会を知る意欲もないから、ただ他人に言うままに政策を行う。彼らがやりたいのだ「政策」ではなく「利権の充足」でしかない。結局、政策を批判するものは、自分の利権に手を突っ込んでくるものとしか見えない。それだから、政策的な論争が行われることなく、政局論争しかできなくなってしまう。
 それは与野党間でも同じ。自民党がどうこう言う人もいるが、私がわが身を振り返って、やはり民主党側が政策の一貫性も何もないのだから、結局政局論争や、過去に言った言わない、マニフェストに書いた書かないというような政局論争しかできなくなってしまう。政策を出すのは政権の役目であり、その政権がしっかりとした政策目的を出して審議を行わない以上、政策論争などはできるはずがない。
 そのような中で出てきた消費税増税法案ならびに税と社会保障のいったい改革法案。社会保障の部分は、一年以内に行うというほとんどが棚上げ、その上、消費税だけはアップする。そもそも、「社会保障のために」といいながら「改革後にどのような支出でいくらかかるのか」がわからないのに、その財源だけをアップするというのであるから、それでは話にならないのではないか。その上、マニフェストでは行わないと書いている、下記の記事で高市議員が指摘しているように、そもそもは予算の組み換えで16.8兆円といっていたはずだ。
 そのような民主党の矛盾点を指摘して、造反が出てきた。特に、処分が除名や離党勧告にならないということになれば、選挙区の人によい顔を見せたい。反対票が57票、欠席や棄権をあわせれば73人の議員が処分対象になっているが、その処分が甘いならば、これくらいになるであろう。

<消費増税法案> 衆院通過 民主反対57人

  衆院本会議で税と社会保障制度改革推進法案に反対票を投じる小沢一郎元民主党代表=国会内で2012年6月26日午後2時41分、須賀川理撮影 消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連8法案は26日午後の衆院本会議で、民主、自民、公明3党と国民新党、たちあがれ日本などの賛成多数により可決され、参院に送られた。消費税率を14年4月に8%、15年10月に10%に引き上げる消費増税法案の採決結果は賛成363票、反対96票だった。民主党から小沢一郎元代表や鳩山由紀夫元首相ら57人が反対に回り、欠席・棄権を含む造反者は約70人となった。野田佳彦首相は法案の衆院通過を受けて26日夕、記者会見する。
 元代表は採決後、国会内で開いた小沢グループの会合で「本来の民主党に立ち戻るための努力をこれからもしていきたい」と当面、離党しない考えを示し、結束を呼びかけた。
 造反議員の多くは離党に否定的で、元代表が離党に踏み切っても、同調者は野田政権が衆院で少数与党に転落する54人には届かない見通し。輿石東幹事長は除籍(除名)などの厳しい処分は見送る姿勢を示しており、民主党関係者は「幹事長の発言で賛成から反対に変わった議員もいる」と話す。玄葉光一郎外相は26日の記者会見で「責任ある改革政党として脱皮していくためにも一定のけじめが必要だ」と述べ、厳しく処分すべきだとの認識を示した。
 8法案の内訳は民主、自民、公明3党の修正合意に基づき修正された消費増税法案など政府提出6法案と、3党が議員立法で提出した社会保障制度改革推進法案、認定こども園法改正案の2法案。政府提出の総合こども園法案は廃案となる。【田中成之、坂口裕彦】
◇消費増税法案
 消費税率を現行の5%から14年4月に8%、15年10月に10%に引き上げることが柱。実現すれば、税率が3%から5%に引き上げられた97年以来17年ぶりの増税となる。
 消費増税は、高齢化の進展で膨らんだ社会保障費の財源を確保しつつ、先進国で最悪レベルの財政悪化に歯止めをかけるのが狙い。政府は10%への引き上げで消費税収を年間13.5兆円増やし、すべて年金、医療、介護などの社会保障の財源に充てるとしている。
 しかし、内閣府の試算では、税率を10%に引き上げても、政策にかかる経費を新たな借金をせずにまかなえるかを示す指標「基礎的財政収支(プライマリーバランス)」を黒字化するには、20年度時点で約16.6兆円不足する。不足分をすべて消費税で補うと、さらに6~7%程度の引き上げが必要。財政健全化には社会保障費の抑制も求められる。

2012年06月26日15時28分 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6695330/

自民・高市早苗氏、ダメ民主をバッサリ!政権政党の体なさず

 消費税増税法案の採決(26日)前に、野田佳彦首相とは松下政経塾の後輩で、小沢一郎元代表が立ち上げた新進党に在籍経験もある、自民党の高市早苗衆院議員が、民主党政局について語った。
 「野田首相はマニフェストに書いていないことに『政治生命を懸ける』と言い、小沢氏は(ほぼ崩壊した)『マニフェストを守る』と言っている。2人は政策の方向が全然違うから折り合えるはずがない」
 双方をよく知る高市氏はこう分析し、続けた。
 「混乱の原因は、民主党の中で意見が分かれた場合の処理システムができていないこと。普通は与党が内閣を作り、政権を支えていく。そのために自民党なら、閣議にかける前に党内で審議し、部会、政調、総務会など多くの議員が関与・修正できる場を作る」
 要するに、民主党は政権政党の体をなしていない、ということだ。
 さらに、高市氏は、小沢氏について「本気で新党を作るつもりだとは到底思えない」という。
 「小沢氏は花火を上げるだけの人。マニフェストにこだわるのはいいけど、『16・8兆円ある』と言っていた“埋蔵金”は結局出てこなかった。それで、『増税の前にやるべきことがある』と言えるのか。そもそも、昨年6月の菅直人首相(当時)の不信任決議の際も、小沢氏は煽るだけ煽って、結局は本会議を欠席した」
 このような民主党政治では、国民の政治不信は深まるばかりだ。(安積明子)

2012年06月26日17時12分 提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
http://news.livedoor.com/article/detail/6695683/

 さて、消費税法案は衆議院の可決を持って参議院に装置される。では参議院ですぐに可決できるだろうか。
 衆議院の54人、要するに過半数の話はどの報道でもしているからもう皆さんご存知だろう。そんなことははっきり言ってどうでもよい。26日の投票で、小沢一郎とすべての投票を同じに行ったのは、44名しかいない。残り10名は、鳩山由紀夫などと同じで、消費税には反対だが小沢とは行動をともにしないというものである。しかし、この割合で、参議院で同じようなことがあればどのようなことになるであろうか。参議院に関して言えば、半分は来年の7月に選挙があることは確実だ。来年の選挙に向けて、なんらか国民、有権者の意見を聞かなければならない。特に、全国比例区の候補者は、独自性を打ち出し、無責任なマスコミや民主党政権の論調に乗らないために何をしなければならないかを考えなければならない。
 この状態が、まさに「参議院での消費税法案の政局」の発展する。
 要するに「参議院において、民主党の絶対多数出ない状態での小沢グループの造反は抑えられるのか」ということがいえる。もうひとつは、自民党や公明党の対応である。三頭合意といえども、「政党が協力して」とあるのだが、その民主党が協力体制がない状態になったのである。「小沢だからしょうがない」ではなく「野党を説得する前に、民主党の中をしっかりとしなさい」ということになる。小沢が分裂含みの反対票を投じたことによって、自民党や公明党が、消費税法案に賛成したことで批判をうけることになる。談合などという割れることになるのだから、これではたまったものではない。当然に、民主党の結束が当てにならないということが理由で、自民党公明党も簡単に審議に応じないことになるであろう。そうなれば、参議院ではもともと「ねじれ国会」という感じであるが、うまくいかなくなる可能性が出る。輿石幹事長が抑えているとはいえ、実際に民主党の参議院議員すべてを抑えているとは限らない。参議院では少数与党の民主党のため、一人でも造反議員が出れば大変なことになる。特に、現在の参議院議員は、小沢幹事長、鳩山代表が公認を出した人が多いだけに、その辺の管理ができているかどうかは不以上に問題だ。参議院で否決された場合、衆議院での3分の2は不可能であるから、当然に、消費税法案は否決されることになる。
 参議院でそのようにならないためには、参議院の採決までに、小沢一郎をはじめとした造反議員の処分をしなければならない。しかし、それをしてしまえば、衆議院でも少数与党になる民主党。
 はっきり言って政局はこれから始まるのであるといって過言ではない。

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民主党政権中枢の人々の「お前が言うな」という人の発言を楽しむ

民主党政権中枢の人々の「お前が言うな」という人の発言を楽しむ

 実は本日、出張をしており朝ブログに関していろいろと作業をできない可能性が高い。そのために、今日のブログは、数日前に書いたものであることをあらかじめご了解願いたい。実際に、これだけ政局が動いていると、さまざまな事を行わなければならない。特に、いろいろな人に話を聞けばよい部分もあるし、自分の足で稼いだ情報でなければ信用できない場合も少なくない。自分の足で稼いだ情報が必要な場合は、やはり自分でいかなければならない。情報は生き物である。その情報が新鮮なうちに手にしなければ、生鮮食品以上に足が速く陳腐化してしまう。そして、その一つ一つの内容がなんとなく、さまざまに結びついている。今、または直接的に関係がなくても、政治家はさまざまな分野にアンテナを張っているし、気になるところも違うわけであるから、当然に、すべての政治家がすべての分野において詳しいわけではない。そのために、私たちも、次の政局や次の政策、課題に向けて、次の取材をしながら、現在の取材と結び付けていかなければならない。取材は、時間軸の過去・未来、そして横具串的に、そして、政治家の個性や政治家の趣向なども考え合わせ、そして背景の圧力団体や講演会なども頭に入れながら、政治に関する情報というのはしっかりと考えなければならない。
 さて、そのような能書きはとにかく、このように政局がゆれているときには非常にありがたいことに、何をかいてもさまになる。基本的にネタを探さなくてよいというのは非常にありがたいことだ。新聞と名前がついているが、実際にこのように毎日記事を書くというのは非常に難しい。文章を書くことそのものよりも、文章を書くことのネタを探すことが難しいのである。しかし、現在のような場合は、少なくとも1週間くらいは何もしなくてもネタが入ってくる。
 「治世の能臣・乱世の姦雄」とは、三国志で若き将校であった曹操を評して出た言葉だが、実際に乱世は何でもさまざまな話しが出る。平時ではまったく考えられないような本音が聞ける。乱世の常識は平治の非常識。まさに非常事態は非常識がまかり通るのである。
 現在は、まさにそのものである。
 新聞などを書いていても、長期的な展望などは賭けはしない。たとえば、小沢一郎氏一人の肩書きを記載するにしても「民主党元代表」なのか「新党代表」なのか、そのひとつすらわからない。小沢氏などはまだ造反することが明らかであるが、どうだかわからない中間派の人々に関しては、そもそも当日怒鳴るのかどうかもわからない。あまり報道では書かないのであるが、民主党では当日の午前中に急に態度が変わったりする。昨年の6月菅直人首相の不信任案のときも、直前まで成立するはずであったのに、当日の午前中まさに採決の2時間前に、鳩山由紀夫元首相(当時は前首相)に裏切られたことにより、不信任案が空中分解した。反対票を投じ除名処分になったのは松木兼公議員一人であり、残りの小沢グループの議員は欠席もしくは棄権。このことによって党員資格停止処分になっただけであった。要するに腰砕けでしかなかったのである。
 そのことを考えて、小沢氏は今回は事前に離党届を預かり、準備をしているようである。しかし、この例でわかるように「勝負は下駄を履くまでわからない」というが、そのような状態である。
 このような乱世になると、その状況を見渡せない人々の発言が面白い。今日はその先行きではなくその面白い発言に関して書いて見たいと思う。

「小沢氏は個利個略。目を覚まして」 菅前首相が批判

民主党の菅直人前首相
 民主党の菅直人前首相は23日付の自身のブログで、小沢一郎元代表が社会保障と税の一体改革関連法案への反対を表明したことに関し「小沢氏の個利個略のために駒として利用されないよう、目を覚ましてほしい。小沢氏の呪縛から離れ、自らの判断で行動してほい」と小沢系議員に呼びかけた。
 菅氏は、小沢氏が昨年の菅政権時代、野党提出の内閣不信任決議案に同調する動きを見せたことを振り返り「思う通りにならない私を引きずり下ろすため(だった)。今回もテーマは違うが目的は全く同じ。過去に何度も同じことをやってきた」と指摘。「小沢グループの議員が駒として使われる構造は変わらない」と強調した。
 一方、岡田克也副総理は兵庫県伊丹市で講演し、行政改革の遅れを理由に増税に反対する小沢氏を「増税の前にすることがあると言うなら自分で実現しないといけない。先送りと言うのは与党議員として許されない」と語った。

2012.6.23 22:24 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120623/plc12062322260009-n1.htm

岡田氏、谷垣氏らに「足引っ張り合い、悲しい」

 岡田副総理は23日、自民党の谷垣総裁ら同党幹部が、社会保障・税一体改革関連法案への対応を巡って民主党の分裂をあおる発言をしていることについて、「(公明党を含めて)3党合意に至っているので、足の引っ張り合いのようなことはすべきではない。お互い敬意を持って接するべきで、ちょっと悲しい」と反発した。兵庫県伊丹市内で記者団に答えた。
 谷垣氏は23日、京都市内の講演でも「民主党が分裂の瀬戸際にひんしていることは間違いない」などと述べた。

2012年6月24日(日)0時20分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120623-00797/1.htm

小沢グループと呼ばれている皆さんへの呼びかけ

1年前、私に対する不信任案に小沢氏は賛成すると言って、造反しようとした。目的は小沢氏の思う通りにならない私(総理)を引きずり下ろすため。今回もテーマは違うが目的は全く同じ。
  過去において小沢氏は何度も同じことをやってきた。その都度大半の「小沢グループ」の顔ぶれは変わっている。しかし、新たに取り込まれた「小沢グループ」の議員が小沢氏個人の駒として使われているという構造は変わらない。
  小沢グループと呼ばれている皆さん、ぜひ目を覚ましてほしい。小沢氏の個利個略のために、駒として利用されることがないように、目を覚ましてほしい。そして小沢氏の呪縛から離れて、自らの判断で、行動してほしい。

菅直人オフォシャルブログ「今日の一言」6月23日
http://ameblo.jp/n-kan-blog/

 二人の人の発言を出した。
 そもそも小沢一郎氏自体「あなたが幹事長だったときに、しっかりとやることをやったのか」という声はある。もちろん、私は強行採決などに反対していた論調を掲載しているのであるから、そのようなことはされなくてよかったのであるが、もちろん「今になって小沢に、そんなことを言われても」というような論調は少なくないのである。
 まあ、ある意味小沢氏に同情をするとすれば、鳩山由紀夫元首相が「少なくとも県外」といった沖縄普天間基地移転問題を辺野古に決めた。このことによって社民党が連立から離脱し、そして政権を維持できなくなった。このことによって平成22年5月末に、鳩山由紀夫元首相に道連れ辞任させられたのである。小沢氏にしてみれば、鳩山という「シャッポ」を変えただけで、自分の思い通りの政策を行いたかったであろうが、世の中はそれを許さなかった。その後は「脱小沢」である。そもそも与党にいながら政権には参加していないのである。その意味で1年に満たない期間で小沢がやったことが彼の民主党としての政治のすべてだ。後は、小沢氏の得意技の「アンチ政権」を繰り広げていただけである。小沢氏のアンチに関しては、日曜日のブログを見ていただきたい。
 さて、今日は二人の発言。
 一人目は菅直人。
 はっきり言うが、そもそも小沢と菅という二人の相容れないものが一緒の政党にいることがおかしいし、そもそも民主党の支持率を下げ、その上何もできていないのでは話にならないのである。そもそも鳩山・菅という二人が「しっかり」などという前に、自分が政権与党のときに何があったのか考えるべきである。そもそも、民主党の存在そのものが個利個略である。政策重視であるならば、自民党や公明党案を丸呑みにする必要はないし、自民党に対して与野党会議を呼びかけないでも、国会の審議でしっかりとやればよいことであろう。それができないということは、野田首相の「政治生命をかけた個利個略」でしかない。逆に大儀があるならば、しっかりと小沢グループも国民に対しても、説明をすればよいし説得できるはずだ。何も説明しない間に「政治生命をかける」として、こだわることそのものにおかしさを感じる。根本が狂っている人に、「目を覚まして欲しい」などといわれても、何を言っているのだかと思う。
 はっきりここでいえることは、小沢グループもしくは鳩山グループや中間派で、賛成した人は、菅直人のこの呼びかけに賛同した人ということになる。言い換えれば、原子力発電所で人災を引き起こし、事故処理をしないでソフトバンクと手を結び、私利私欲に走った菅直人の仲間として永久にさげすまれることになるであろう。
 一方岡田克也。
 この人もどうかしている。そもそも、民主党が野党時代に何をしたのか。自民党を批判する前に民主党が野党時代の総括を行うべきではないのか。「3党合意に至っているので、足の引っ張り合いのようなことはすべきではない。お互い敬意を持って接するべきで、ちょっと悲しい」というが、野党時代の民主党は、3党合意にも至らず、その話し合いにも応じなかった。3党合意に至っているだけ、自民党や公明党のほうが「大人の対応」をしているといえるのではないか。その上で、そのような対応の仕方をしている人が立場が変わって「お互い敬意をもって」などといっても何の意味もない。自分たちがされたことを自分たちの反省がないままに意趣返しをされている。それだけのこと。その記憶がしっかりと国民に残っているときにこのようなことを言っても何もならない。ついでに言えば、次の総選挙後、民主党は下野することになるが、岡田氏はこの発言のように、野党になって政権与党に敬意をもって接するのであろうか。とても信じられるものではない。その場限りの民主党の人々の発言に、国民はしらけきっているといわざるを得ない。はっきり言って、このような発言をすること自体が「民主党が自分の置かれた立場や国民の考え、意思を理解していない証拠」でしかないのである。
 はっきり言って「お前が言うな」という感じのことばかり。単純に言えば、「言えば言うほどおかしくなる」としか言いようがない。そして民主党の執行部はそこまで追い詰められているということになるのではないか。

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マスコミ批判に関する一考(100) 小沢の離縁状を報道しないテレビ局

マスコミ批判に関する一考(100) 小沢の離縁状を報道しないテレビ局

 このマスコミ批判に関する一考も100回になった。
 もともと、この特集は「変更報道をしているマスコミ」ということを題材にあげながらも、その「マスコミを批判するネットの論調」にも疑問を呈するところが少なくなかったからだ。何しろ、マスゴミなどと本を書いている評論家が、「テレビに出ました」などといってブログなどで報告をしている姿を見ると、「自己都合でマスコミを批判している利己主義的な姿」が映し出されるような気がしてならない。私は、マスコミに出ることそのものを否定するつもりはないが、否定していた存在に出演して喜んでいるような「言行不一致」は、まさに、信用を失う行為ではないのか。
 話はそれたが、マスコミの批判に限らず、批判を行うにはある基準がありその基準に従って「法的」「道義的」「原則に照らして」「前言に立ち返って」など、その基準は客観的、主観的、あるいはそのほかの内容から、基準ができ、その基準を恣意的に変えることによって、ゆがみが出る。そのゆがみこそが批判の対象である。
 存在自体を批判しても仕方がない。そんなことをしても利権もあればその内容を利用して恩恵を受けている人もいる。そのように考えるのではなく、「あるべき姿」といえばおこがましいかもしれないが、本来の姿に「近づける」ことが必要な飲んではないか。
 ではそのために何をしなければならないか。
 それは、本来あるマスコミのあるべき姿と、それと同時に現在のマスコミのあるべき姿をしっかりと認識しなければならない。知りもしないで批判だけしていても何の意味もないどころか、相手はマスコミのプロであるから、業界の中のことを知っている。それを外部の人がいくら批判をしても「知らない人が何を言っても仕方がない」などということになってしまう。層ではなく、建設的な批判をするのであれば、相手を知ることが最も重要であり、その上で、直せるところを直してゆく。そのことがどうしても必要になってくるのではないか。
 もちろん、上記に記載したような「自己都合でマスコミを批判している利己主義的な姿」でマスコミ批判をしている人には、そのようなことは関係なく、ムードに載って無責任に自己都合で批判だけしていればよいのかもしれないが。
 さて、今日の内容は、そのあるべき姿のことに関して、小沢一郎の妻からの離縁状を、テレビがどこも取り上げないということに関して「小沢一郎再度から圧力があったのではないか」という記事に関して、話をして見たい。

小沢氏妻の「離縁状」をテレビ「黙殺」 「小沢系議員から圧力?」という指摘も

2012年06月19日19時35分提供:J-CASTニュース
 民主党の小沢一郎元代表の妻、和子さん(57)が支持者にあてて書いたとみられる、小沢氏との「離縁状」が週刊文春誌上で公開されたが、大手紙・テレビの大半は相変わらず「黙殺状態」を続けている。
 新聞のコラムでは「小沢系の議員から圧力がかかったらしい」と指摘する声も出ている。海外メディアからは、このコラムを引用する形で、「小沢氏に関する取材が不可能になることを懸念しているため」といった憶測も出ている。
 猪瀬副知事が「新報道2001」で指摘
 「離縁状」では、愛人問題以外に、「小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げ出しました」と、東日本大震災後の小沢氏の行動を批判する内容も含まれている(小沢事務所は否定)。仮にこの内容が事実であれば、政治家としての資質も問われかねないが、2012年6月14日に掲載号が発売されてから、6月19日時点でも、産経新聞以外の大手メディアでは、ほとんど取り上げられていない。
 例えば、ここ1週間で週刊文春を扱った番組は、少なきともTBS「Nスタ!」、フジテレビ「スーパーニュース」「とくダネ!」「知りたがり!」「ノンストップ」、読売テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」が確認できるが、扱っている話題は元AKB48の指原莉乃さん(19)=現・HKT48=の過去の恋愛スキャンダル。唯一小沢氏の話題で文春が取り上げられたのが、6月17日朝放送の「新報道2001」(フジテレビ)だ。
 東京都の猪瀬直樹副知事が、民主党の小沢鋭仁元環境相や桜井充政調会長代理を前に唐突に、
 「週刊文春に、小沢一郎さんが3.11の後『放射能が怖いから地元を離れた』っていう、手紙が載ってましたね?僕は、よく分からないんですよ。民主党でどういう風に、その問題について話しているのか」
 「(菅直人首相が知っていたという)『最悪のシナリオ』という情報を、小沢一郎さんは何か知って、そして、岩手から離れないといけないと判断したのか」
と、放射能問題にしぼって切り出したのだ。だが、両議員は
 「僕も読みましたけど、『まぁ、こんなことがあるのかな』という思いでは読みましたけど、党内で議論してとか、そういう話はないもんですから、ちょっと分かりません」(小沢鋭仁氏)
 「すみません、僕は社会保障と税のとりまとめと、TPPの責任者をやっているものですから、そっちの方が忙しくて…。すみません、これは個人の問題であって…」(桜井氏)
と、面食らった様子。
 ただ、質問をした猪瀬氏が、
 「小沢一郎さんをめぐって、増税の問題をどうするかっていうのは、つまり野田首相と、自民党で話しあっていて、民主党の中でどういう話が行われているのか見えてこない」
と半ば話を引き取ってしまったため、この話題は途切れてしまった。なお、猪瀬氏は、ツイッターで
 「テレビでは避けているが、あえて視聴者を代弁するつもりで民主党議員に質問しました。そうでないと討論番組としては不自然ですから」
と、発言の狙いを説明している。
 毎日新聞編集委員が「小沢系の国会議員からプレッシャー」
 このテレビの「黙殺ぶり」の背景を説明したのが、毎日新聞の6月18日朝刊2面のコラム「風知草」だ。山田孝男編集委員の署名入りで、
 「調べてみると、小沢系の国会議員からプレッシャーがかかったらしいことが分かった。『取り上げるなら、もうオタクの番組には出ませんよ』と」
 と指摘しているのだ。ただ、コラムには他人事のように書かれているが、毎日新聞のデータベースを調べる限りでは、週刊文春の記事に言及しているのは、このコラムだけだ。政治面から「黙殺」されていることには変わりない。産経新聞以外の大手紙・ブロック紙も同様で、雑誌『創』の篠田博之編集長が中国新聞の6月18日のコラム「週刊誌を読む」で言及しているぐらいだ。
 このような状況を、韓国の朝鮮日報は6月19日、
 「小沢一郎氏夫人の暴露の手紙、日本のテレビ局は報じず」
 と題して報じている。記事では、前出の毎日新聞のコラムを紹介した上で、
 「朝日新聞や読売新聞などはまだ、この問題について報じていない。これは、政界の大物である小沢氏に関する取材が不可能になることを懸念しているためだ、と指摘する声が出ている」
 と論評している。

2012年06月19日19時35分提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6673725/

 実際、私はこれを調べたわけではないので、実際に圧力があったのかどうかは不明だ。もちろん、巷の小沢一郎のイメージを考えれば、そのような圧力をかけたとしてもおかしくはない。イメージというのはなかなか大変なものである。
 さて、小沢一郎とその周辺の人が圧力をかけたとかかけないとかそのようなことをここで問題にするというつもりはない。小沢一郎に限らず、自分に都合の悪い記事を書かれた場合、その記事を抑えようとしたり、あるいは、拡散しないようにするということで、有形無形の圧力をかけることは少なくないのである。それは小沢という人物に限ったことではなく、社会的ステータスのある人ならば、政治かでなくても芸能人でも何でもまったく変わらない。私はそのような現場に何度も付き合っているのでわかっているが、そのようなときの「有名人(芸能人も政治家も会社の社長も含む)」は、そのときの社会的なイメージとはまったく異なる本性をむき出しにしてくる。それまでのイメージとまったく違うので、こちらが驚くことがあるほどだ。逆に、小沢のようにイメージが作られていて、そのイメージどおりにやってくるほうが、こちらとしても対処しやすい。
 問題はそのことではない。ここはマスコミ批判に関する一考だ。「圧力があれば、それは真実であるということだからよりいっそう真実に自身を持て」というのが、マスコミの格言だ。圧力をかけてきたということは、まさに、小沢にとって都合が悪いものであり、なおかつ真実なのであろう。以前、ある小沢系の秘書の記事を出した時に、その関係者が圧力をかけてきたことがある。私が「都合が悪いですか」と聞いたところ「宇田川さんの信用が傷つけられたらよくないので」と急にごまかした。「私はそんなことは関係ありませんから、取材していったことはすべて出します。逆に先生も何かありましたらいつでもお越しください」といなしたら、かなりいやな顔で逃げていった。実際、圧力などというのは、そのようなものである。そして、それに負けるようならばはじめから報道などはしなければよいことだ。要するに、圧力をかけられた後のマスコミの対応そのものの問題であろう。事実を報道するのに、何の躊躇があるか。それを「政治的」「次の取材」などといっているようでは話にならないのである。
 きわどい記事になれば圧力はかかって当然。逆に圧力のないきわどい記事は「がせねた」でしかない。そのことを考え、圧力の対策までしておくのが報道に従事するものの心得である。

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小沢新党に対する国民の期待度は?

小沢新党に対する国民の期待度は?

 今日は日曜日であるから、本来ならば「宇田川敬介東アジア放蕩覚書」を出すところである。しかし、さすがにこの政局で政治以外のことを書くわけにもいかないし、また、最も注目されている「小沢新党」に関して書かないわけにもいかない。要するに、私なりの「小沢新党」にいたる経緯と「小沢一郎」という政治家に関する考え方を、ここで見てゆきたい。
 まず、小沢一郎という政治家である。
 小沢一郎氏は、基本的に政治家というよりは政局家ということができるのかもしれない。実際に、政策に関して言えば、「構造改革をいなければならない」「抜本的改革」などということを述べている。もちろん、そのことを正面から否定できる人は少ない。それは「発言の確信がわからない」からである。要するに、現状に不満がある以上、いや現状に満足していない人はすべて「現状の否定」を行う。これは不満というだけではなく「向上心」をもつ人も同じだ。もしも、現状に不満を持たない人がいれば、その意識を変えるのは簡単だ。平凡な人がたいした能力もないのに贅沢な生活をしたり、特権を持ったようなことをすればよい。簡単に言えば、「特権階級」「上層部」に対する嫉妬の感情は、それが解消されない場合に、大きく現状否定や社会否定に動く。社会の構造が悪い、だから自分はうまく行かないという責任転嫁体質は、自己否定をできない現代人、権利意識だけの日本人には、最も適合された感情であるといえる。
 小沢一郎という政治家は、「現状否定の天才」ということができる。もっと言えば、「国民の嫉妬の感情を操るカリスマ」といっても過言ではない。
 彼が自民党幹事長になった以降の行動を見ていれば、「権力者」または「政府上層部」への否定で満ちている。幹事長時代の海部首相に対する「シャッポは軽いほうが」という発言などは、まさに、政権権力者の軽視とも執られる発言だ。
 この傾向は、何も小沢一郎氏だけに行われたものではない。単純に言えば、社会全体、田原総一郎などが、「ジャーナリズムとは権力の監視機関」など自らが特権階級のような発言をしていたが、その意識そのものが、国民の感情に転化された。これはスキャンダルというものによって、まず身近な「先生」といわれる商売が、全てこき下ろされた。このこき下ろしの手口は、簡単だ。
1 ひとつはワイドショーで、「先生」という名前の職業がたいした事をしていないというような報道を行う。
2 その次に、「先生」という人の特権を言う。これにより嫉妬の感情を煽り立てる。
3 それをドラマ化し、庶民と変わらないのに、悪役などをさせる。
4 そして、ドラマのねたを元に、お笑い芸人に酷評させる。
5 最後に先生といっている人々の権利が迫害されたということを主張する
 この手口によって、明治時代以降「先生」といわれた多くの職業が「庶民以下」の評価を受けるようになる。まずは官僚、そして学校の教師、宗教家、医者、弁護士、そして政治家。いずれも、権威があり尊敬できる職であったにもかかわらず、社会の嫉妬の感情で地に落とされた職業であるといえる。もちろん、その背景には、このブログで根本的に問題にしている「義務感と責任感の欠如と権利意識の過剰なまでの高揚」が上げられるといえる。義務感や責任感があれば、義務や責任に比例して権利があるということがあげられるのであるが、日本の教育は、そのようなことはお構いなしで、権利、人権ばかりが主張される。その権利、人権ということで言えば「人間は平等なのに、彼ら先生といわれる人だけ権利が拡充されているのはおかしい」という結論になる。そのことは、まさに、義務感や責任感の議論がされていない主張だ。
 そしてこのような嫉妬の政治の中心は、戦後、というか戦前から原始共産主義、要するに暴動と人権派といわれる人々の専売特許のようなものであった。要するに、権利というものから社会をアクセスすれば、公に対する義務というものは存在せず、権利が均分的に平等であるということが、最も重要なことになる。その均分的な平等の権利が、まさに原始共産主義の基本である。責任や義務がないのであるから、要するに、社長と平社員が同じ権利でなければおかしい。その経営の責任や会社の経営を通しての社会的責任は関係がないということになる。これは義務に比例した配分的平等を否定する「原始共産主義」の思想そのものだからである。
 しかし、昭和後期に出現した小沢一郎という政治家は、その妬みの感情、要するに社会の現状否定を保守派である自民党に取り入れようとした。もちろん、そのためには「保守を分断し、政権を否定するアンチ勢力を結集する」という政治手法になる。そして、その手法は「常にアンチを言い続ける小沢一郎」というイメージができ、同時に、アンチの力が強ければ、「壊し屋」という、政権破壊のイメージが強くなるのである。逆ない方をすれば「アンチ」をいい続ける事が小沢一郎という政治家の権力の源ということができるであろう。
 では、「アンチを言い続けるため」には何をすればよいのか。まずは否定、そして否定の先にある改革案である。しかし、改革案を言ってその通りにしながら現状が変わらなかった場合には、小沢グループは急速にその求心力を失うことになる。そのために、小沢が行うことは、「抜本的」「構造の改革」ということを言う。要するに、ある程度の改革をしても、その改革者自体が社会的に権力を持ってしまうことになるために、結局のとこを派「構造的改革」は「改革者がいなくても無限に改革ができるシステム」にならなければその目的を達することができない。要するに、ある意味で「無間地獄」的な改革の繰り返しを必要とすることになってしまい、具体的に実現が不能となる。
 小沢一郎という政治家は、そのようなことを気づかれないように「いい加減なところで止める」技術を持ち合わせた「構造改革論者」であることが、現状の権力と現状の権力者に対する強烈なアンチになるという構図である。
 このように考えると、小沢一郎が自由党でありながら左翼と目される社民党の福島瑞穂と手を組んで鳩山内閣の舵取りをしたり、93年の細川内閣のときにも社会党と組んで仕事ができた理由がわかる。上記のように、構造改革以前に現状への不満をその原動力とし、その不満アンチを言う勢力と組むわけであるから、保守が政権を執っているときには、どうしても左翼系と手を組まざるを得ない。同時に、左翼系が政権を執ったときも、結局は既存の権力機構に入ることなく、その左翼政権に対して強烈なアンチを繰り広げるのであるから、「脱小沢」というようなイメージになることもある意味でうなづける話である。
 要するに、小沢の政治とは、現状への不満(それは向上心に基づくものでも、迫害されたものでも双方含めて)を集約した政権へのアンチの集合体である。逆にアンチの集合体であるから、小沢が政権側に入っても、アンチを行うというクセは抜け切らない。それだけでなく、もともとアンチしかしていないのであるから、政権運営をしっかりとできるはずがない。そして、アンチは右からも左からもできるのであるから、アンチの対象がなくなったときに、「アンチ勢力同士」での「同士討ち」が始まることになる。細川内閣のときもそうなり、結局「自社さ」による村山内閣で小沢が下野することになり、また、「自自公」の場合は小沢が弾き飛ばされ、民主党では「脱小沢」である。
 それでも、小沢は国民からの人気がある。一定の支持がある。これは、ひとへに「小沢のアンチによる求心力が尽きていない」ということだ。これは、まさに現状への不満が尽きていないこと、そして、小沢が今まで閣僚に成ったことがないことから「やっていないものに対する期待値」が存在することに他ならないのである。
 さて、このように見てきたところで、今回の民主党の分裂(といわれている)小沢新党に関する期待値を見てみよう。
 この期待値は「現状への不満」「アンチ層の原理」そして「閣僚未経験者に対する期待値の度合い」の三種類に分類して研究できる。
 まず現状への不満である。
 「現状への不満」は、自民党の国益派や上げ潮派といわれる人々、また民主党でも若手といわれる人々が出している通りに、デフレ経済であり不景気のままである。もちろん、その不景気の原因は複数の要因があると考えられる。しかし、その複数の要因がある上にTPP、消費税値上げなど景気対策とは逆行する政策をすれば、政党のとりきめまたは党議拘束などで賛成票を投じる人にとっても、実は反対したい内容であることは少なくない。当然に、その考え方をしている人の選挙区では、増税反対や景気対策優先という考え方が浸透している。そこに「党の執行部」の意向に従わずに、主張を行う人がいれば「自分たちの現状の不満を体現する集団」としての期待感が高まる。
 問題は、小沢が過去2回その期待を裏切っていることだ。細川内閣そして民主党内閣と、二回の政権与党に身をおいた場合も、それらの期待感から体現できなかった状態になっている。ひとつに期待感がありひとつに「ダメ」だった実績がある。当然威「現状不満」を受ける受け皿が他にあれば、そちらに大きな氷河流れてしまう可能性があるのだ。みんなの党の渡辺代表が、参議院における野田首相に対する問責決議案を出したが、まさに、民主党・自民党・公明党の三党合意の三党以外で、なおかつ小沢以外での「現状否定の受け皿」に名乗りを上げたという行動と見ることができるのではないか。
 「アンチ層の原理」である。
 これは、まさに「アンチ」が「主流派になったときの行動規範」である。細川内閣のときはなかった。そのために細川内閣はすぐに瓦解した。一方民主党の場合はマニフェストという者を作った。よく読んでみれば、当然に、実現などは不可能なものだ。そもそも、マニフェストを全て実現するためには憲法を改正しなければならないが、その憲法改正に対しては否定的な見解である。マニフェストはそのな海洋的に矛盾した内容であるといえる。しかし、マニフェストがあったことによって、「アンチ」が「タダのアンチ」に見られることなく、現状否定をした後に民主党がどのようなことを行うかの指針らしきもの(われわれから見ればとてもお粗末なものであるが)があった。そのアンチの原理をまさに実現するかしないか、そのことが現在野田内閣と小沢のグループの間で問われているということになるのではないか。
 では、新しい小沢新党は、新たなマニフェストを作ることができるのか。それはまだ未知数である。現在のところ、民主党のマニフェストの実行を掲げているが、精査してやり遂げることのできる具体案が出てくるのか、消費税増税しないで景気回復を行う政策があるのか、あるいは、消費税増税を行う場合も何を実現したら財政再建ができるのか、そのような客観的な基準を示すことができるのか。そしてその新たなマニフェスト、客観的な基準が実現可能なものなのか。そのことをしっかりと考えなければならないのではないか。
 最後に「期待値」である。
 この期待値は、「今までやっていないから小沢にやらせてみたい」という期待値がある。一方で「小沢と一緒にやってきたが、小沢だけはダメだ」という「アンチ勢力小沢に対する強烈なアンチ」が今日までに民主党・自民党の中に形作られているといえる。要するに、自民党執行部および民主党執行部は「アンチであるはずの小沢」に対する「アンチ」での「異イデオロギー連合」または「アンチ小沢による保守・革新連合」ができようとしている。これを「小沢抜きの大連立」と表現するのは簡単であるが、所詮「対小沢」といえども「アンチ勢力の結集」であることは間違いがなく、そのために、小沢が今まで歩んできた道と同じようなリスクを包含することになる。そして、そのリスクを丹念についてゆけば、要するに自民党・菅・野田左翼政権の連合という「野合」を指摘すれば小沢への期待値は嫌でも増すことになる。特に民主党と自民党の連合は、小沢グループ抜きでも、圧倒的な多数になり、そのために批判売る部分は非常に大きくなることになるのではないか。
 期待値は、逆に今までどおりアンチを繰り広げることによって生成されるといって過言ではない。
 このように考えると、小沢グループの離党と新党結成は、まさに、小沢が今までどおりにアンチになるのかそれとも小沢が独自にマニフェストを精査して新たな指針を作り出すことができるのかということにかかっている。もちろん、どのような新政策や指針を作っても、今までの小沢一郎という政治家のイメージを払拭することはできないが、逆に、そのことをどのように受け取るのか。そしてその小沢に対して民主党・自民党がどのような対処をするのか。
 アンチというものの考え方から、政治をもて見る必要があるのではないか。

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日本人の対中感情悪化と当たり前のこと

日本人の対中感情悪化と当たり前のこと

 日中の相互の感情が悪化しているということが報道された。
 第8回日中共同世論調査(言論NPOと中国日報社が実施)で、報道によると、4月から5月にかけて行われ、日本は全国の18歳以上1000人、中国は北京、上海、成都、瀋陽、西安の5都市の18歳以上1627人から回答を得た、ということである。この調査に立ち会ったわけでもなければ、この調査の結果がすべてとも思っていないのだが、このような数字で「傾向」が出ることは、その数字の内容は別にしても「基調」はそのような内容なのであろうと考えられる。
 まず「中国人の対日感情」が悪いのは当然である。今まで、当然に対日感情は悪かったのであるが、それでも経済的に、日本に対して憧れもあれば、見習わなければならないこともあった。しかし、昨年来GDPが日本を越えて世界第2位となったので、すでに日本を越えた。自分よりも下層の人間と対等に扱われる事を最も嫌うのが、中国人だ。今までは日本のほうが経済的にも安定しており、なおかつ上であったから「仕方なく」付き合っていたのに過ぎないのであるが、それが亡くなった以上、今度は「差を広げる」要するに、「日本をバッシングして再度追い越されないようにする」事がもっとも重要な中国人のミッションだ。もちろん、中国人による反日教育など、その内容は当然に大きな影響を与えているものと推測されるが、それ以上に、これら経済的な影響と、そしてその影響に基づく中国人の性質ということに大きく寄与することが上げられるのではないか。
 一方、日本人である。日本のほうは、それまで経済的な観点から「中国の関係は重要である」というようなことが言われており、「なんとなく納得行かなくても中国人と我慢して付き合う」という感覚が少なくなかった。しかし、民主党政権になって、鳩山由紀夫元首相が「東アジア共同体」なるわけのわからない概念を国民に押し付け、その影響として普天間基地の迷走そして日米関係の悪化を招いた。その上、その鳩山元首相の後を受けた菅前首相のときは、尖閣諸島問題が発生、不必要に中国に媚び諂う仙谷元官房長官のあまりにも卑屈な態度は、日本人のナショナリズムを大きく刺激した。尖閣諸島に関するデモは、学生運動華やかなころの安保デモ以来の規模を誇る大掛かりなデモ行進になったのであるが、中国に遠慮してそれを報道しないマスコミに対して、より大きな不信感を得ることになった。震災復興に手を貸すと思えば、パンダを高額な値段で貸し付けようとする。とてもとても、日本人の常識では考えられない行動が多いのだ。
 野田内閣の時代になったら、名古屋の領事館問題に新潟の領事館問題である。その上、農水省が絡んだ中国での見本市の不正なカネの流れ、そして、上記の調査期間以降ではあるが中国大使館の一等書記官李春光によるスパイ事件。まさに、日本人としてはとても許されるべきことではないことのオンパレードである。
 これらの事件が発生して、対中感情が良いはずがない。今まで「我慢して」経済のために付き合っていたのに、その我慢するべき「楔」がなくなった瞬間、双方の国民感情は爆発寸前といえるのではないか。

日本人の対中観悪化…「印象よくない」84%

 日中の相互意識を探る第8回日中共同世論調査(言論NPOと中国日報社が実施)の結果が20日、公表された。
 日本人で中国に「良くない印象を持つ」(「どちらかと言えば良くない」を含む)と答えた人は84%(昨年78%)と、2005年の調査開始以来最悪だった。中国側は65%(同66%)とほぼ横ばいで、日本の対中観の悪化が際立った。
 調査は4月から5月にかけて行われ、日本は全国の18歳以上1000人、中国は北京、上海、成都、瀋陽、西安の5都市の18歳以上1627人から回答を得た。
 相手国に良くない印象を持つ理由(複数回答)では、日本側は「資源やエネルギーの確保で自己中心的に見える」が54%と最も多く、中国側は「過去に日本と戦争をしたことがある」が79%で最多だった。一方、印象の悪さとは裏腹に、日中関係が「重要」と答えた人は、日本側が80%、中国側も78%にのぼった。

2012年6月20日(水)18時22分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120620-00944/1.htm

日本の森買い漁る中国 水資源確保が中国の異民族支配の手法2012.06.19

 本誌6月15日号の「中国が極秘に領事館建設用地として新潟で5000坪の土地を購入していた」という記事は大反響を呼んだ。だが、本誌が報じたのは中国による日本領土購入の氷山の一角にすぎない。
 その一方で東京都による尖閣諸島購入について、丹羽宇一郎・在中国大使が、英紙インタビューで、「日中間に重大な危機をもたらす」と発言。そこには、領土が国の根幹をなすものとの意識は全く感じられない。そして、そこに付け込むように、中国は日本の領土に侵食してきているのだ。
 先月には、衝撃的なデータが明らかになった。国土交通省と農林水産省との合同調査によれば、昨年1年間の外国資本による森林買収は157ヘクタール。これは、前年の約4倍で、東京ドーム33個分あまりの大きさだ。このうち半分以上(87ヘクタール)が、中国企業によって買われているのだ。
 だがこの数字すら表面上のもので、実際の買収面積は1000ヘクタールを超えるという指摘もある。中国資本は、日本で登記したダミー会社による買収や、ファンド会社を通じての買収などを駆使しているとみられる。民主党の浜田和幸参院議員はその意図をこう推測する。
 「中国の水不足、水質汚染は深刻です。水源地や地下水脈上の土地を購入すれば、地下水や良質の木材も手に入る。中国が将来を見据えて日本の山林を買い漁っている可能性が高い」
 実際、中国人を現地の山林に案内した札幌の不動産業者が証言する。
 「私のところに来た中国人は実に熱心に現地訪問にこだわりました。日本人ならば交通の便や街までの距離を聞いてきますが、中国人は沢の位置の確認を求める。『地下水目当てだな』というのは、私たち業者の間でも話題になっていました」
 事ここに至り、ようやく行政も動き出した。北海道庁は、外国人による水源地購入を危惧し、今年4月に「水資源保全条例」を施行した。北海道総合政策部・土地水対策課は条例制定の理由をこう説明する。
 「外国人の土地購入対策として制定しましたが、地方自治体が外国人に限って、その行動を制限する条例を制定することはできません。そこでこの条例は、日本人、外国人を問わず、水源地の適正利用を義務づけるものになっています」
 この動きは、他の自治体にも広がりを見せ、埼玉県でも同様の条例が施行された。山形や群馬など4県も条例を検討中という。だが、前出の不動産業者はいう。
 「条例による影響が出るかも知れないが、いざとなればダミー会社を挟めばいい。我々も愛国心で会社を潰すわけにはいきませんから」
 中国の水資源獲得には、危険な野望も見え隠れする。元仙台市長で、国際教養大学東アジア調査研究センター教授の梅原克彦氏によれば、中国は、異民族の土地を支配する際、まず、水資源の確保に動くのだという。
 「中国がウイグル人の土地だった今の新疆ウイグル自治区を併合する際、まず、最初に手がけたのは水資源を押さえることでした。これが、中国の異民族支配の手法なのです」
 単に水、とはいえぬ事態が進行しているかもしれないのだ。

 ※週刊ポスト2012年6月29日号
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120619/dms1206191601018-n1.htm

 さて、記事の前には、「日中の基本的な国民感情」を記載した。しかし、タダ単にそれだけだろうか。相変わらず、私には中国人の友人はいるし、中国での仕事の経験もある。しかし、そのような個人的関係と中国という国家とはまったく違う。彼らは公人と私人を使い分けているので、その公人の部分で付き合うのは非常に大変だ。私人として了解したことも、公人として平気で覆すのは中国人の常套手段だ。人として信用できる、できないという話ではなく、彼ら自身その場で態度を変えているといったほうが良い。それを日本人は「根回し」の文化で何とかなると思っている。双方の文化や歴史の違いがこのようなところで出てくる。
 要するに、「歴史、慣習、言語、主教、民族、イデオロギーが違えば、当然に人間の対応も何も違う」ということがいえるのではないか。その上で、中国人も日本人も、相手の国家の人間に対して「自分たちの国の常識を押し付けて理解できなくなっている」ということがいえるのではないかと思う。もちろん、私も日本人であるから日本の常識から見て中国人などは完全におかしな人であるということになるのであるが、一方で、中国人から見たら日本人がおかしく見えることも多々あるのであろう。それは慣習の違いであり、国境線はそれらの違いを全て出しているといえる。逆に言えば、尖閣諸島も何も、そのような領土の問題があれば、その領土を「中国の慣習に染めてよいのか」ということになる。新潟の領事館の問題も同じだ。そのような観点がなく、非常に日本人的に、日本人が所有するかのごとき間隔で売却を決定したのであれば、それは新潟市の担当者が甘利にも国債音痴であり馬鹿であるとしか言いようがなく、そのような市長を選んだ新潟市民全体が売国奴の片棒を担いでいるといえるのではないか。
 そもそも「外国人」とは「日本人とは違う」という感覚を持って付き合わなければならない。しかし、日本人はどうしてもその感覚がない。バブル期に、腰にウエストバックをして、買い物ツアーをしたときと同じ感覚で、時代も何も変わっているのに、中国人と付き合おうとしているから、おかしなことになるのだ。
 その嫌いな中国の古い言葉で「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」という言葉がある。有名な孫子の言葉だ。そもそも己も敵も知らない、両国の国民同士。別に必要以上に仲良く使用とは思わないが、少なくとも、中国に進出する人、または中国と取引を行う人は、それくらいのことはわかっていなければならないのではないか。それは尖閣諸島に関することも、そして、新潟の領事館も同じだ。
 そして、そのような敵と己を最もわかっていないのが日本の外務省、そして民主党という政権与党ではないのか。そのようなわけのわからない政治を見ながら、日本人のナショナリズムは、徐々に大きくなっていることを感じる数字である。

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綱領もなければ党内意思決定のプロセスもないご都合主義の民主党

綱領もなければ党内意思決定のプロセスもないご都合主義の民主党

 私が民主党に関することを書くと、どうしても悪口になってしまう。ジャーナリストとしてなるべく客観的に、そして公平に書かなければならないのは、当たり前のことであると肝に銘じているのであるが、残念ながら、客観的に書けば書くほど批判、非難になってしまう。
 この原因を考えてみれば、ひとつには私が個人的に民主党という政党が嫌いだということが挙げられる。ジャーナリストも人間である。当然に、その仕事以前に人間としての感情を持ち合わせている。「喜怒哀楽、好き嫌い」は、なるべく抑えて書くようにしているが、それでも人間である以上は、どこかにそのような感情が入るのは仕方がないことである。
 ちなみに、取材やそのほかの行動を通して、私でも民主党の議員で親しい人は少なくない。民主党・自民党という枠組みを超えて、この人ならば応援しようという人はいないことはない。しかし、残念ながら、集団として民主党という政党になると「嫌い」なのである。この「嫌い」という感覚に理由などはない。私が嫌いだと思っている部分に関して、他の人は魅力を感じるかもしれない。これは、少なくとも私が育ってきた経験と感情によって支配されているものであるから、どうしようもないのだ。
 しかし、「好き嫌い」だけで批判するのならば、馬鹿でもできる。馬鹿というのではないが、サラリーマンの酔っ払いが酒に酔った勢いで上司や会社の悪口を言うのとあまりかわらない状態になってしまう。そのようなものは仕事としてのジャーナリズムではないのだ。では、どうして批判するのか。これは「民主党が、従来の政党としての当たり前の概念ができていない」からである。私はこのブログの中で「選挙のための烏合の衆」という言い方をしているが、まさにそのもの。連合という、自動集金・集票システムに選挙を手伝ってもらいたいから、その連合の威のままに動き、なおかつ、自分として、そして自分に投票してくれた人々の意思を無視して、マニフェスト詐欺は働く、中国に身売りする、国土を売る、まさにやりたい放題ではないか。
 従来の政党は、自民党でなくても、もっといえば「民社党」「社会党」であっても、国家のために動いていた。社会党が国家のために動いていたというと「違う」という人がいるかもしれない。しかし、実際に今の民主党のような体たらくはなかった。国家のためにおおなうことは、自民党や保守の考えるものと路線は違ったが、それなりに国家のことを考えていたように思う。違うと思う人は、「マドンナでないマドンナブーム」からの社会党だけを見てはいないだろうか。浅沼稲次郎委員長などは、社会主義ということを基軸にしながら固化のことを考えていた代表格ではないのか。社会主義が良いのかどうかは別にして、国家をどうするかということを基軸にしていたような気がする。
 では今の民主党はどうか。そもそも、政党として党の意思決定すらまともにできない。昨日のブログで「一任」ということの危険性を記載したが、まさに、その事が繰り返し議員総会で行われたのである。

<一体改革> 民主党内手続き二転三転 意思決定システム未熟

  民主党政権の政策決定システム 税と社会保障の一体改革関連法案の修正合意をめぐる民主党の党内了承手続きは20日の正式決定の直前まで対応が二転三転した。背景には意思決定システムがコロコロ変わる民主党の未熟さがある。自民、公明両党からは「政権与党の体をなしていない」とあきれる声も出ている。
 昨年9月に発足した野田政権は、党政策調査会(政調)に法案の「事前承認権」を持たせた。政調を廃止した鳩山政権や、政調を「提言機関」にとどめた菅政権で「党の意見が政策に反映されない」との不満が強かったためだ。これを背景に前原誠司政調会長は19日夜の党一体改革調査会などの合同会議では「(政調会長への)一任取り付け」を宣言した。
 だが、首相が代わるごとに決定手続きが変わってきた民主党では「政調会長一任」にも権威がない。中間派内からは「打ち切り方が正常ではない」(旧民社グループの田中慶秋党副代表)などと反発が広がった。このため20日の政府・民主三役会議では「反対意見はあるが政府民主に(議題として)上げることを任された」(樽床伸二幹事長代行)と「一任」の解釈を修正したうえで、正式決定した。
 20日に開かれた両院議員懇談会は非公式の会合だが、ある党幹部は「両院懇終了で党内手続きが終わる」と話すなど、党幹部でさえ手続きへの理解はあいまいだ。20日に輿石東幹事長から説明を受けた鳩山由紀夫元首相も「(党内手続きの)意味が分からない」と記者団に漏らした。
 こうした民主党のいいかげんさに野党も振り回されている。
 自公両党は19日、21日採決を前提に「19日夜に修正案を提出し、20日に質疑を」と要求。民主党国対幹部はいったん、19日の合同会議の了承後に提出すると自公側に伝えた。このため、自民党は衆院事務局にも19日深夜までの待機を要請していた。
 ところが、民主党は19日夜になって「20日の三役会議が終わらないと出せない」と撤回した。
 公明党の漆原良夫国対委員長は20日の与野党国対委員長会談で、「党内事情を理由に他党を待たせるのは礼を失している」と民主党の城島光力国対委員長に苦言を呈した。自民党の谷垣禎一総裁も20日の党会合で「ガバナビリティー(統治能力)欠如は相当だ。物事を決めて遂行する能力がほとんどない」と批判した。【田中成之、坂口裕彦】

2012年06月20日21時54分 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6677961/

“一体改革”法案、首相と輿石氏に「一任」

 消費税増税法案など一体改革関連法案の扱いについて、民主党は20日夜の両院議員懇談会で、野田首相と輿石幹事長に対応を一任した。これを受け、民主・自民・公明3党は21日、幹事長・政調会長会談を開き、法案の採決日程について協議する。
 民主党の両院議員懇談会には野田首相も出席し、法案への理解を求めた。
 小山展弘議員「もし(党が)分裂するということがあれば、(野田首相には)辞任していただきたい。その覚悟で党をまとめていただきたい」
 野田首相「(党を)分裂させたいと(の気持ち)は毛頭ない。一致結束して対応する民主党を目指す、今もその気持ちは変わりありません」
 出席議員からは「執行部は真摯(しんし)に意見を聞いて、丁寧な手続きを踏んでいる」という声が出る一方、不満の声も上がった。
 山田元農水相「打ち切られるような形では、絶対納得できないと思います。私はこのままだと(採決で)反対します」
 約3時間にわたる議論の結果、法案の扱いについては、党の代表である野田首相と幹事長に一任された。また、関係者によると、野田首相は20日、自民党・谷垣総裁に電話し、21日までの衆議院採決ができないことをわびたという。これを受け、民主・自民・公明3党は21日午前、幹事長・政調会長会談を開き、法案の採決日程などについて協議することにしている。採決の日程について、民主党は水面下で「26日の採決」を提案しているが、自民党は22日までの採決を求めており、調整はついていない。
 自民党・石原幹事長「21日の会談で明確な日付を示していただかない限り、その先には進めないと」
 こうした中、民主党・小沢元代表に近い議員約20人が20日夜も集まった。出席者からは「50人以上が反対する」との強気の声も上がっており、採決をきっかけに党が分裂する可能性もある。

2012年06月21日01時14分 提供:日テレNEWS24
http://news.livedoor.com/article/detail/6678298/

 議員総会の「隠し撮り」なる音声が日本テレビのニュースで流された。はっきり言って日本の国権の最高機関の、それも衆議院で過半数を占める与党の会議とは思えない。ヤクザか何かの会合のほうがまだマシなような気がする。私はあのような会議に参加したことがある。マイカル時代の株主総会がそれだ。ちょうど総会屋といわれる人々が乱入してきてしまい、その総会屋の質疑などはまさに今回の隠し撮りの音声と似たようなものであった。脅したり、途中で笑いをとったり。それでいて会議の進行が遅れるだけで何も決まらない。そのような不毛な会議を行ったところで何の意味があるだろうか。
 一八日に自民党の議員総会もあった。自民党は「腐っても鯛」である。そのような音声が流れることもなければ、しっかりと建設的な意見を出していた。もちろん、その会議が反対派のガス抜きでしかないことを反対派もみな心得ている。しかし、その心得た中でも、しっかりと主張すべきことは主張し言質をとっている。一方民主党のそれは、そもそも反対派と賛成派のメンバーは固定化されている。そのメンバーがまったく変わらないのであるから、いくら会議を行っても同じだ。しかし、議決を取ることはできない。なぜならば分裂を目の当たりに見ることが怖いからだ。そのために、お互いの非難批判合戦で終始する。批判からは何も生まれない。これは私が「民主党の闇」というほんのもっとも基本的なキーワードとして使った一言だ。まさにその批判合戦が民主党という政党内で行われ、その内戦状態は、完全に政党としての一体感も統一性もなくなっている。
 ではなぜそのようになってしまうのか。簡単である。意思決定のルールがないからだ。もともと鳩山内閣のときは幹事長がすべての陳情を受けるようになっていた。しかし、現在野田内閣になった後は、幹事長、政調会長、首相の「政府与党三役会議」なるものが意思決定機関になっている。首相が変わるたびにその意思決定機関が変わってゆく。まさに「ご都合主義で意思決定のルールも変わってしまう」のが民主党の状態である。意思決定のルールも変わってしまうのでは、とても民主主義とはいえない。まさに昨日書いたようにナチスドイツの独裁前夜と同じである。数が多ければどんな横暴も許される。最終的には憲法ですら反故にして良いなどという法律を作ったナチス。その意思決定機関とまったく変わらないのでは話にならない。
 そして、そのようなご都合主義の意思決定でわれわれ国民の生活も変わってしまうのだ。そのようなことが許されて良いはずがない。マスコミも、そのような根本的なことをまったく報じず、離党とか分裂とか、そのような話に終始する。なぜそのようになるのか。どうして自民党も民主党も増税反対派がいるのに、その意思決定で分裂の危機とそうではないところの差ができるのか。そこが、両政党の政党としての成熟度、そして国家を見ているかどうかの考え方の差ではないのか。
 民主党を書くときはどうしても厳しくなってしまう。その部分を割り引いて読んでいただいてかまわないのであるが、しかし、意思決定のプロセスがご都合主義で変わるような政党に対して厳しくなってしまうのは、政治に関する仕事をしていれば当たり前の義憤ではないかと私自身感じているところである。

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「一任」という名の独裁は、ナチスドイツの「全権委任法」につながる

「一任」という名の独裁は、ナチスドイツの「全権委任法」につながる

 突然ナチスドイツを出したのである。
 では、まずわからない単語が出てきたと思うので、例のごとく「全権委任法」をウィキペディアで出して見る。

 全権委任法(ぜんけんいにんほう、独: Ermachtigungsgesetz)は、非常事態に立法府が行政府に立法権を委譲する法律。一般に、1933年のドイツでヒトラー政権に立法権を委譲した法律を指す。授権法とも訳される。正式名称は「民族および国家の危難を除去するための法律」(Gesetz zur Behebung der Not von Volk und Reich)。
 3月23日「民族および国家の危難を除去するための法律案」(いわゆる全権委任法)の国会審議を求め、急速に反対勢力の排除に突き進んだ。法律案はナチ党と国家人民党の共同提出の形がとられた。
 この法律は5条の法律案であるが、内容は議会から立法権を政府に移譲し、ナチ政府の制定した法律は国会・第二院(ライヒスラート)や大統領権限を除けば憲法に背反しても有効とする法律案である。つまり、非常事態を理由にして、為政者の権力濫用を拘束し国民の人権を保証する憲法を骨抜きにし、ナチスに逆らう者に「公益を害する者」というレッテルを貼り、人権を剥奪して弾圧するようなナチ立法を(憲法に反していても)有効とし、選挙を経ていないナチ行政府公務員に立法権まで与える法律案であった。
 注目すべきは国民主権簒奪と自由民主主義社会から全体主義社会への移行が、国民の歓呼のなかで選挙で選ばれたナチ党国会議員によって、(議院運営規則変更など、限りなく非合法に近い手段を使いつつも)表向きは合法的に成し遂げられた事であろう。しかしその結果、ナチスは反対者やユダヤ人の人権を自由自在に剥奪できるようになり、誰もナチ党を止められなくなった。
 <以上、ウィキペディアより抜粋、途中略あり>

 ナチスドイツは、国家社会主義であり、ある意味で「社会主義政党」である。日本で言うところは左翼であろうか。ナチスの正式名称は「国家社会主義ドイツ労働者党」であることを考えればプロレタリアート社会主義政党、要するに日本の現在で言うところの左翼であることは間違いがない。
 その政党が「ワイマール憲法」という共和制を採択したドイツ国内において、国会の過半数を握り、その上で、ヒトラーの独裁というところまで行き着くにはいくつかの段階がある。その段階の中において、いくつかの分岐点があるのであるが、この全権委任法、私が以前雑誌「WILL」で「小沢とヒトラー」という特集を書いた時には「受権法」という名前にしたのであるが、その法律の採択と、その後のナチスドイツによるヒトラーの独裁は、まさに、独裁社会への最終段階であった。
 「一任」という言葉は、まさに「白紙委任」もっと言えば「全権委任法」と同じである。そのことが民主党の成長会の議論の中で行われた。その記事が下記のものである。

<一体改革>民主、分裂含みの展開 「一任」宣言に怒声

 税と社会保障の一体改革関連法案を巡り、民主党が19日開いた税制調査会などの合同会議は、前原誠司政調会長が「一任」を宣言し、議論を打ち切った。野田佳彦首相が目指す21日の衆院採決に向け、自民、公明両党との合意を優先した。しかし、民主党内では小沢一郎元代表のグループを中心に反発が強まり、党分裂含みの展開になっている。【中井正裕、鈴木美穂】
 「台風も来ている。人道的なことを考えてこのあたりにしよう」
 合同会議の開始後4時間半たった午後10時すぎ、中間派の中山義活衆院議員がこう発言した。これを受け、前原氏は「もともと今日で終わる予定だった」と打ち切りを宣言。会場は「前原解任だ」「認められない」などの怒声に包まれ、前原氏は党職員に守られながら会場を後にした。
 小沢グループの山田正彦元農相は終了後、「ありえないやり方。採決では私は反対する」と明言。川内博史衆院議員も「誰一人一任とは思っていない」と語った。主流派の議員は「党分裂が近づいた感じがする」ともらした。
 合同会議に先立ち、前原氏は19日、自民党の茂木敏充政調会長に電話で「今日中にまとめる」との方針を告げていた。もともと小沢グループとは距離があり、会議終了後の会見では反対派について「絶対反対、もともとの議論の蒸し返しは非常に残念だ」と批判した。
 民主党の輿石東幹事長は19日夜、合同会議の結果について「20日の両院議員懇談会の開催を目指すが、延期するかもしれない」と述べるにとどめた。党分裂回避を優先する輿石氏にとって、党内対立の激化は最悪のシナリオだ。衆院(定数480、欠員1)のうち、民主党の勢力は289。造反が50人を超え、全員を除名処分にすると、党単独で過半数を維持できなくなる。
 一方、自民、公明両党からも民主党の混乱に懸念が広がった。自民党幹部は前原氏が議論を打ち切ったことについて「逆に民主党の反対派が反発して勢いづきかねない」と、21日の衆院採決に不安をもらした。
 公明党幹部も「手続きに瑕疵(かし)があるとして、今後の民主党内の手続きが円滑にいかなくなる」と懸念を示す。民主党内の対立が強まるなか、主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席していた野田首相は20日早朝、帰国する。

毎日新聞 6月20日(水)0時51分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120620-00000003-mai-pol

 「一任」というのは、委任する側と委任される側の双方の信頼関係が前提にある。今回の民主党のように「双方に信頼関係がない状態」での「一任」などは成立するはずがない。本来ならば、「多数決」などで行えばよいはずだが、それをあえて一任取り付けで議論を打ち切った、決議を取らなかったというところが今回の民主党の政調会の弱点である。
 要するに、現在議決を取ってしまえば「造反組み」の顔がわかってしまう。現段階、用数rに消費税法案の国会での採決前に像アン組の色分けをしてしまえば、その時点で説得工作が終わってしまう。説得工作はぎりぎりまで行うのが常である国会の中において、早めに議決を取って、説得の機会を失わせるような馬鹿なまねはしないのである。
 しかし、この選択は諸刃の剣である。強引に信頼関係のない状態の「一任取り付け」は、まさに反対派の強い反発を招く。そして中間派、まだ結論を出していない勢力の不信感を招くことになる。まさに「反対が怖くて早めに結論を出したのではないか」「反対派と議論をしたら、正統性がないから負けてしまうのではないか」ということである。
 今回の消費税に関する内容に関しても、まさにそのものの対応になっているところが面白い。マスコミの報道などを見ていると「マニフェストに書いていない消費税増税を行い、マニフェストに書いてある社会保障は棚上げする」という公約違反を声高に主張する解説者は少なくない。まさに小沢グループの主張を鸚鵡返しにするようなものであるが、その内容は、現在の野田内閣の論理的な矛盾と弱点をしっかりと突いた内容になっている。まさに今まで数の論理といっていた小沢グループが、野田内閣に数の論理を押し切られ、議論を主張していた野田首相が論理矛盾を犯してしまうという、双方ともに得意技を相手に取られたカッコウの民主党の内紛は、見所のないうちに議論が打ち切られた。
 さて、この内容は、まさに国民不在で行われている。まさに「一任」という名の「独裁」で、国民の前で議論を行うことなく、恣意的に政策を決める土壌を民主党が作り出した。左翼的独裁を、国家社会主義的独裁を許すかどうかということになる。今週の習慣ポストが「小沢は嫌いだが、消費税増税反対は正しい」という特集を組んでいるが、まさに、そのような国民は少なくないのかもしれない。小沢一郎の好き嫌いと、今回の民主党の暴走を二つ並べて見る政治評論家は少なくないが、果たしてどうなのであろうか。
 さて、民主党という正当に関して「国家社会主義政党(ナチス)的な全権委任法に近い任で決議をしたことにしてしまう」ような、危険な政党であるということが明らかになった。国民の皆さんはこれでも民主党を支持するのか。そして、自民党や公明党の皆さんは、このような危険な政党と手を組むのか。今後の政治を大きく左右する内容ではないのか。

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民主党が単独で選挙制度改革関連法案を提出の裏側

民主党が単独で選挙制度改革関連法案を提出の裏側

 民主党は18日の夕方、単独で「0増5減 比例40減 ブロック制廃止」案を衆議院事務局に提出した。
 この案の成否もしくはこの案の内容のよしあしに関しては、今日は語らないことにする。今日は「民主党の輿石幹事長がこのタイミングで民主党単独の法案を出した」という事実関係に関して、その裏側を考えてみたい。
 今日は先に、この内容のポイントを考えてみたい。
 ・ 「民主党単独提出」の意味
 ・ 一部連用制と公明党との関係
 ・ 「消費税増税法案の3党合意後、党内調整前に提出したタイミング」
 の3点である。
 まず、今日は早いが、この時点で新聞記事を出してみたい。なかなか理解が難しい連用制について最も詳しく書いていた産経新聞から。

衆院比例40削減法案 民主が単独提出 

 民主党は18日、衆院比例代表定数を40削減し、比例代表連用制を一部導入する選挙制度改革関連法案を衆院に単独で提出した。これに先立つ与野党幹事長会談で自民党などは同法案に反対したが、民主党の輿石東幹事長は「政権与党の責任で提出する」と通告し、与野党協議を打ち切る考えを示した。公明党は法案提出を容認した。
 関連法案は「一票の格差」是正のため、現行の300小選挙区を「0増5減」とし、比例定数180を40減らす。あわせて定数は45削減となる。比例代表は11ブロック制を廃止し、全国単一制に変更。比例代表の新定数140のうち、105を現行の並立制、35を連用制とした。
 付則には、次々回の衆院選で定数をさらに35削減し、最終的に総定数400を目指すことを明記した。
 輿石氏は法案修正に柔軟な姿勢を示したが、自民党の石原伸晃幹事長は「誰も理解できない連用制を数の力で押し切るのは議会制民主主義の崩壊を意味する」と批判した。連用制導入を求めていた公明党の井上義久幹事長は「一定程度評価できる」と述べた上で、記者団には「賛否はこれから検討する」と語った。

2012.6.18 23:54  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120618/stt12061823550009-n1.htm

【選挙制度改革】民意歪める「中小政党枠」 投票価値の平等に反する

 民主党が国会に提出した比例代表の「一部連用制」は、選挙区の議席数が35未満の政党のみが連用制の議席配分の権利を有しており、事実上の「中小政党増加枠」に他ならない。今後の政権運営で公明党の協力を取り付けるため、同党に配慮した結果、複雑で矛盾をはらんだ制度となった。得票数に応じて議席を配分する比例代表制の趣旨にそぐわないだけでなく、「投票価値の平等」に大きく反している。(小田博士、水内茂幸)
 「公明党のこれまでの獲得議席数を踏まえ、さまざまなシミュレーションをした」
 民主党幹部は「連用制」を一部導入した法案について、「公明党対策」で練り上げたことを認めた。
 同法案では各政党が選挙区で得た議席分だけ比例代表の議席が減る。民主、自民の二大政党はどちらが大敗しようと選挙区の議席数が35を下回ることは考えられず、連用制の議席は得られない。有権者が投じた比例代表票が民主、自民両党だった場合は、並立制で1回カウントされるだけだが公明党以下の中小政党に投票すると、並立制と連用制で2回カウントされる。
 過去3回の総選挙の結果から試算すると、公明党は比例代表だけで安定して約30議席を獲得できる。比例代表の総定数を40削減しても、公明党の議席数が自動的に増加するように工夫したというわけだ。
 連用制導入で公明党は安定した議席数を確保できるため、これまでのように自民党と選挙協力をしなくてよくなる。民主党にとっては今後の政権運営での協力が期待できるほか、選挙協力を基盤とした自公連携にくさびを打ち込める利点がある。
 法案の単独提出に踏み切ったのも、公明党さえ賛成すれば成立するとの計算に基づいている。
 また、比例代表選の全国11ブロックを廃止し、全国比例に移行するとしたことで、特定地域で影響力を持つ地域政党は現行制度より不利になる。次期総選挙で国政に進出した場合、躍進が指摘されている大阪維新の会をはじめとした地域政党の議席を少しでも減らしたいという魂胆も垣間見える。
 並立制は比例代表の議席を得票数に応じてほぼ均等に配分しており、一定の合理性がある。公明党などが求めるように「民意の反映」を重視する選挙制度に変えたいのであれば、(1)選挙区の割合を削減し比例代表の割合を増加させる現行制度の定数是正(2)比例代表制(3)中選挙区制-の3つしか合理的な選択肢は見当たらない。
 民主党の輿石東幹事長は幹事長会談で「今後は公の場所で議論していただき私どもの案をつぶすなり成立させるなり、修正するなりやっていただければいい」と語った。出席者の一人はこの輿石氏の姿勢を痛烈に批判した。
 「第一党がこんな無責任な態度で法案を出すなんてあきれてしまう。20年議員をやっているがこんなの初めてだ」

2012.6.18 23:55 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120618/elc12061823570000-n2.htm

 まず「民主党単独」ということ
 これには二つの意味がある。税と社会保障の一体改革、要するに消費税増税法案意義は自民党や公明党との連携をした法案提出は行わないという意思表示だ。そんなことhあ「民主党単独」ということでよくわかる。町村官房長官などは「大連立」に言及しているが、民主党側は消費税だけをうまく通せば、それ以外の法案で自民党や公明党との連携や与野党会議を行うつもりなどは毛頭ない。逆に、自民党は、与野党会議に手を貸し、野田内閣の存続に手を貸し、その上で、利用されるだけ利用されてポイ捨てされてしまったかのような状態になる「可能性」も存在するのである。
 しかし、そのように「軽視」されているのは、何も自民党だけではない。民主党という単語の中には民主党の執行部ということに他ならない。要するに、小沢グループという反執行部は、一切この中に入っていないのである。
 要するに、「自民党・小沢G双方不要論」が民主党執行部の意思表示である。これでも3党合意にしたがって社会保障を使い捨て票のようにし、「自民党に乗せられました」というような言い訳で国民の自民党悪人論を作り出すつもりなのだろうか。この内容は、今後の社会保障の一体化法案の採決にも影響する大きな問題であると考える。
 いや、採決だけでなく、自民党の総裁選や谷垣執行部に対する自民党内の反発ということに関しても非常に大きな問題になるであろう。18日朝に行われた議員総会、単純に言えば「ガス抜き」は、まさにそのものでしかないという状態になるのである。別に誰も谷垣氏の手腕に期待していないのが、総会の雰囲気から見て取れる。それどころか、政権に擦り寄る谷垣総裁の態度に飽き飽きしており、その総裁を押しとどめる若手議員という感覚が非常に強かった。この状態で谷垣執行部体制(石原総裁になったとしても同じ)であったとしても、自民党そのものが分裂するようになってしまう。3党合意で消費税採決を早め、民主党を野田・仙谷グループと小沢・鳩山グループに分割したとしても、自民党も同じように「谷垣グループ」と「増税反対派」で分裂してしまう可能性が非常に強い。その辺の読みもできないようでは、自民党はかなり末期症状であるといえる。
 次に一部連用制と公明党との関係
 これは、「公明党」だけは何とかするということと同時に新しい中小正当に有利な内容。要するに、「橋下維新の会」へ擦り寄ったと見るべきである。単純にいえば、小沢と自民党を切った後、国会の多数派を維持するためには公明党と橋下を味方につけなければならない。その思惑通りに行くかどうかはわからないが、次回躍進するであろう、そして大阪市議会で連携しているこの二つの政党をうまく取り込むことが彼らの目的であることは明らかである。なお、石原新党に関しては、まったく形が見えていないので民主党執行部としても対処の仕様がないのであろう。
 逆に言えば、民主党は基本的には自民党と連携するつもりはないが、「人気者」のは死した通るとの連携は十分に考えているということ、また、公明党はその資金力および票数に非常に魅力を感じているということである。
 選挙対策的にいえば、「浮動票の橋下」「固定票の創価学会」という二つを追って、連用制を「言われるままに」作ったということに他ならない。そのような状態では、当然に「国民の権利」が護られるはずがない。単純にいえば中小政党に投票した人の権利は、大政党支持者よりも強くなるということである。
 もう少しうがった見方をすれば、消費税増税法案採決で民主党が完全に小政党ばかりに分裂したとなれば、この連用制の恩恵を受けるのは現在の民主党議員と言うことになる。これでは話にならない。輿石幹事長は、民主党が粉々に砕けながらも小政党の連合体として左翼政権が続くと思っているのだろうか。そうであるとすれば、これは「悪魔の選挙制度」なのかもしれない。
 最後にこのタイミング。
 これは、まさに税と社会保障の一体改革ができない場合は「解散する」というメッセージである。同時に、「一応出した」というだけでなく、「反対した政党は違憲状態を是としている」という言い訳にもなる。その上で3党合意しているのだから、消費税法案は通るであろうということを見越しての演出だ。民主党のほうが自民党の谷垣・石原執行部に比べて役者が上ということである。また、法案でしかないということは、いつでも取り下げられる。その辺はうまく国会の制度を使っているといわざるを得ない。
 ひとつの法案、それも審議時間のない、このようなタイミングでの法案の提出は、さまざまな意味がある。報道では「法案の解説」と「出した」ということしか報道しない、いや、報道するだけ良くて、どうせ通らない法案などは一切報道もしない、という報道姿勢が強い。しかし、その報道に関しては「政治の裏側がまったくわかっていない」という評価しかない。政治は「無駄な動き」こそ意味がある。その意味が見えないようでは、政治などを報道する資格はないのだ。
 この動きに関し、自民党・公明党がどのように動くのか。数日間は注目である。

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左傾化する世界と民主主義の終焉の始まり

左傾化する世界と民主主義の終焉の始まり

 「左翼」という単語を使うとき、日本人の場合は、一般的に共産主義経済および社会主義全体主義的国家体制のことを念頭においている。もともとは、フランスの議会において共産主義派が議長から見て左側に座ったことに端を発するといわれているが、私はその語源の真相については良くわからない。以前私の高校時代の世界史の先生が言っていたことであるので、完全な「耳学問」である。間違っていたら申し訳ない。もちろん語源がわからなくても、上記にあるようにその意味に関してコンセンサスが取れていれば良い。たぶん「左翼」という言葉を、日本人は感覚的に捕らえていると考える。もちろん、上記の定義といっても、さまざま違いがあるでろうが、全体(日本全体)から「左翼」という大まかな定義づけを行ったら、上記のようなものでよいのではないか。
 さて、その左翼に関してもう少し分類してみよう。「左翼」は「独裁」ではない。基本的には、「左翼国家」の多くは「民主主義」であり、「共和国」である。もちろん、共和国であるということは、封建君主的な王族が存在するわけではない。その左翼国家の頂点は「民主主義『的』な選挙」によって選ばれるのである。問題は、そこに書いた『的』である。みんしゅしゅぎというのは、各個人の自由意志、そして自由意志を形成するだけの情報の公開性が必要だが、残念ながら左翼政権は「情報の統制」を行い、「自由意志」が構成されるのを拒むような状態になっているのである。この構造は、「金王朝」と揶揄される北朝鮮も、共産党一党独裁が続く中国も、旧ソ連も同じだ。国家主席や書記長は施主ではなく、互選で選ばれるシステムになっている。しかし、その選挙は全て情報統制下の意思で形成されたものであり、自由主義国家の言う自由意志とはかけ離れたものであるとされる。
 では、左翼はどうして「自由意志」を拒むような「情報統制」ができるのか。それは「革命思想」によるものである。要するに、「全世界を理想郷にする」ということがあり、そのためには「ブルジョワジーが専制支配する帝国制政治」から脱却するために、常に戦い続けている。すでに「専制支配」が行われているからそれに抵抗する「革命」が行われている。これを革命思想というらしい(左翼の専門家からすると語弊があるようだが、私にはわからない)。この革命思想は、当然に「闘争」であるから戦争状態である。要するに政治体制も何もかもすべてが「戦争」であり、「軍事機密」に属する。要するに「革命」を成功させるために、「情報戦争」も勝たなければならない。そのことは、まさに、「情報を統制する」ことによって維持される。戦争ならば軍事機密が保持され統制されても当たり前なのだ。
 今の中国が「革命途上」であるといわれても、あまりそのような認識をする人は少ないのであるが、残念ながら中華人民共和国憲法には、「不断の革命」ということが書かれている。
 要は新聞記事が短いので、少々長めに前置きを作った。最近ネットなどの中で気軽に「左翼」という単語を使う風潮があるが、残念ながらその左翼の定義は、私が冒頭に示した程度のものでしかなく、不断の革命思想まで昇華されたような「気合の入った左翼」はあまり見受けられない。特に日本は、その「左翼」といわれる人たちが政権を執っているので、革命的なことを良く行うようである。仙谷由人政調会長代行などは、政権交代のときに「これは革命だ」などといていたが、実際に経団連など「ブルジョワジー」や「意思」などの特権階級を作り出し、なお駆る「労働貴族」といわれる連合と癒着していることから、「不断の革命思想」による「統制情報」にならない。それは、まさに「利権の収奪」でしかなく「国民のための革命(政治)」になっていない。それが見破られて、民主党の支持率はどんどん下がっている。
 日本は先進国である。そのために、民主主義の欠点と利点を良くわかっており、急激な左傾化(民主党政権)がよくないということを世界に示した。世界は、すでに「資本主義経済、自由主義政治体制下の左翼政権の信頼性がないこと」をわかっており、日本は世界各国から相手にされなくなってきている。しかし、「先進国」なのである。なぜならば、その日本に追従するように、フランスで、そして韓国で左翼政権が萌芽しつつあるのである。そのことに関する記事が下記である。

左派与党が大勝=オランド政権に安定基盤―仏総選挙

 【パリ時事】フランス国民議会(下院、定数577)は17日、決選投票が行われ、即日開票の結果、オランド政権を支える左派与党・社会党が友党を含め過半数(289議席)を獲得して勝利を収めた。単独で300議席を超えると予想される上、社会党と連立を組む環境保護政党「緑の党・欧州エコロジー(EELV)」も勢力を伸ばした。
 左派は昨年9月の上院選でも過半数を獲得。上下両院で安定勢力を確保したことで、オランド政権は経済成長と財政赤字削減の両立を目指す欧州危機対策、雇用改善など主要課題に本腰を入れて取り組むことになる。
 仏世論調査各社の獲得議席予想によると、社会党は改選前の195議席から308~320議席に躍進。単独で過半数を占め、1981年の285議席を上回る過去最高の議席を実現する見通し。EELVも約20議席を得ると予想される。 

時事通信 6月18日(月)6時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120618-00000015-jij-int

最大野党の文在寅氏が出馬=韓国大統領選―盧武鉉氏側近

 【ソウル時事】韓国最大野党、民主統合党の文在寅・常任顧問(59)は17日、ソウルで記者会見し、12月の大統領選とそれに先立つ党予備選への出馬を表明した。盧武鉉前大統領の側近だった文氏は、党内の大統領候補では支持率1位だが、混戦模様。独自色をアピールし、金大中元大統領系など中道派の支持をいかにつかむかが課題だ。
 文氏は釜山出身。弁護士として盧前大統領と長年行動を共にし、盧政権では大統領秘書室長を務めた。文氏は「普通の人々が共に機会を得られる公平で正しい国」を造るとして、財閥に依存した経済構造の改革を政策課題に掲げた。 

時事通信 6月17日(日)17時59分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120617-00000059-jij-int

 なぜ今「左翼政権」なのか。これは単純に「ブルジョワジー」要するに資本家が、上層部に固定してしまい、下層部が固定化されてきた。資本主義は資本をもつものが投資をすることによって設けるシステムであり、はじめに「持っているか持っていないか」が大きな分岐店になる。その「資本を保有している」ということは、まさに「世襲」的な要素があり、その要素がないものは下層部に固定化してしまうのである。
 この貧富の格差をなくすためには「セーフティーネット」などさまざまな内容を行わなければならない。しかし、これらは「格差の是正」要するに「資本主義的な自由競争の制限」であり「共産主義、社会主義、全体主義的な経済政策」であることは間違いがない。それでも、身分の固定化よりは良いという「機会均等」の法則と平等主義から、このような政策が採られるようになるのだ。もちろん、その中には「資本主義を阻害しない」という最低限の原則があるのだ。
 さてフランスと韓国、いずれも経済政策で失敗している国である。フランスはギリシア危機という、フランス国民や企業に帰責事由のない状況で「通貨危機」になっている。要するに、帰責事由のないギリシアの保護は、まさに国家を超えた「通貨共産主義」(私の造語である)といえるのかもしれない。「金持ちから取り上げ、遊んで暮らしている困った人に分配する」というのは、原始共産主義の均分的平等とまったく同じであるということがいえる。この場合、金持ち側は「義務の偏重」という自体になり、「権利の拡充」ができなくなってしまう。共産主義左翼の特徴は権利の拡充である。「人権」を必要以上にいい義務を言わないのは日本でもヨーロッパでも同じだ。そのことはまさに、「金持ちの権利をどのように護るか」ということに帰結する。フランスの場合はギリシアという国家隊国家の話。フランスという国家の権利をユーロという共通通貨の仲で強く主張するのは、まさに、左翼政権のほうが強いということになるのだ。
 一方、経済的に成功しているのかしていないのか良くわからないのが韓国。李明博大統領の施政下で、何とか韓国経済は持ち直したが、その後米韓FTAなどを行い、行過ぎた自由競争が展開されている。そうなると韓国国内の下層民衆は大きな痛手を食うことになる。今回の左翼政権へむけた動きは、明らかにこの流れに従ったものであろうと思われる。
 このように見てゆくと「自由主義」という発想「民主主義」という政治システムが問題なのではなく、「資本主義」における権利と義務のバランスの問題で左翼政権が出てきている。しかし、経済問題が政治に与える影響は非常に大きい。中世の「封建制・または絶対王政から民主主義への流れの中の左翼の萌芽」ではなく、「資本主義の崩壊による左翼思想的権利の充実」を図る政治体制が大きくなってきているということが言え、その中に、政治が大きく巻き込まれてしまう可能性があるのではないか。
 世界の動きなのでなんともいえないが、昨年の中東ジャスミン革命を含め、なんとなくそのような大きなうねり、要するに「資本主義の崩壊による民主主義政治体制の終焉」が見えてきたのではないかと危惧している。

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マスコミ批判に関する一考(99) 下品な元議員に政治を語らせることについて

マスコミ批判に関する一考(99) 下品な元議員に政治を語らせることについて

 杉村太蔵元議員がテレビで発言していることが話題になっている。
 元議員が、バラエティ番組に出ることそのものは特に珍しいことではない。最近では現職の議員もさまざまあなテレビに出ているし、ついでに言えば、次の選挙に立候補する候補者から「何でもいいからマスコミに出たい」ということをいって私に依頼してくる人も少なくない。
 しかし、マスコミというのは毒にもなる。編集という作業が入るために、その議員や候補者の思うとおりに何とかなるものでもない。にも課かわらず、政治家とか候補というものはプラス思考といえば聞こえはいいが、わがままであるために、自分のプラスに報道されるとしか考えないらしい。マスコミに出演してから、がっかりするというも親、支援者から苦情が来ることで落胆する人も少なくないのである。
 さて、そのようななかで、異質なのが杉村元議員である。もともと杉村氏は「タイゾー」といわれ、議員になってからの無責任発言振りは、自民党惨敗、政権交代のひとつの原因とも言われた。小泉チルドレンとして注目されたが、「料亭に行きたい」などの発言は、物議をかもし、当時の武部幹事長から何度も厳重注意されているのである。
 そのキャラクターがあることから、話題になっている。しかし、その話題になっていることそのものは、元衆議院議員というものではなく、そのわけのわからない政治からしからぬ言動と、その政治からしからぬ行動、そして下品な物言が「笑いを誘う」ということになる。そのことが受けていると錯覚している。
 そのような人を「元衆議院議員」として出演させるのはいかがなものか。

「小池百合子も蓮舫もパンチラが凄い」 杉村太蔵の余りにひどい下劣発言

 元、自民党衆院議員の杉村太蔵さん(32)が、テレビで議員時代のとんでもない「秘話」を披露した。女性議員の実名を挙げ、「パンチラが凄い」「それしか印象ない」と発言したもので、あまりの下品な内容に批判の声が挙がっている。
 元衆院議員という経歴を生かし、近年は「薄口政治評論家」という肩書きで頻繁にテレビに登場、2012年5月30日放送の、バラエティ「タカトシの時間ですよ!」(TBS系)にも出演した。
 「佐藤ゆかり、片山さつき、蓮舫、野田聖子、全員ミニスカート」
今回は「芸能界ぶっちゃけ症候群」という企画で、太蔵さんは「トークのストッパーが効かない人々」として、元光GENJIの諸星和己さんや元TBSアナウンサーの小島慶子さんと一緒に登場した。
 2005年の郵政解散を受けての総選挙で当選、小泉チルドレンと呼ばれる。まず恩人ともいえる小泉純一郎元首相について「私が知る限りこの人ほど女好きはいない」と暴露する。
 小泉氏は女性の国会議員や閣僚らと会う時間が長いのだそうで、特に、小池百合子議員と会っているときが長かったという。そして、小池議員について「パンチラしか印象ない。脚は素晴らしい」と語る。
 他の女性議員についても、「蓮舫も負けじとパンチラが凄い。凄いタイトミニなんですよ」と話す。太蔵さんは女性の国会議員のミニスカートがやたら気になったようで、「佐藤ゆかり、片山さつき、蓮舫、野田聖子、全員ミニスカート。おそらく党の重鎮をあれで殺してるんじゃないかと思う」。
 「ホントみっともないな」「政治家を貶めたいんだろ」
 元衆院議員の、あけすけな発言はネット上でも話題になり、2ちゃんねるには、
「タイゾーは生活がかかっているとはいえホントみっともないな」
「政治家を貶めたいんだろ」「いい加減全方位から怒られるぞ」
「なんでこんな不快な人間をメディアは追放しないの?」
といった批判の声が挙がった。議員になった直後に「料亭行ってみたい」などと発言して謝罪したことがあるが、余りの成長のなさに呆れる人が多い。
 太蔵さんはお笑いコンビ、河本準一さんの母親生活保護問題を追及する片山議員を「個人攻撃はおかしい」と批判していたが、「タイゾーよ!実名を挙げてのパンチラ批評は、オマエが擁護するナマポ河本の際の『個人攻撃』には該当しないのか?この発言は名誉毀損もんだぜ!」というものもある。
 太蔵さんはまだ政界に未練があるようで、番組では占い師に「政界復帰の可能性はあるか」と質問。「6年後と8年後に出馬したら上手くいく」と言われ喜んでいた。

2012年06月11日19時28分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6647751/

 適当な肩書きと、適当な物言い、そして過激な話。この三つはマスコミのおいしい餌である。そして、出演者はそのような話しをして自分がうけていることそのものが「自分自身の支持がある」と錯覚してしまうことが少なくないのである。これに対して、視聴者の目は冷ややかである。選挙などにおいて「マスコミを使った空中戦」が、期待通りの力にならないのはまさにそのような状態に由来するのではないか。
 しかし、この杉村氏が国民に馬鹿にされて次の選挙でどうなろうと私自身は知ったことではない。
 問題は、このことによって政治家と政治そのものが軽く見られることだ。政治家が軽く見られる大洋は二つのことが考えられる。ひとつは、杉村のような品性が下劣な人間でも、政治家になれるというもの、もうひとつは、杉村の発言によって、真剣に政治を行っている人々が軽く見られるということである。
 杉村のような品性が下劣な人間でも政治家になることができるというのは、数年前からというよりは、小選挙区比例併用制選挙が実施された後、現在まで永遠と存在する問題のひとつであると認識される。要するに本人が政治家として研鑽されていなくても、当選してしまうシステムである。要するに、もう片方の候補の「アンチ」が集まればそれでよいという話になってしまうのであるから、これでは「アンチ」のための政治ができてしまうのである。アンチの政治であれば、馬鹿が不満だけを言っていても、あるいは本人が研鑽を積んでいなくても正当がしっかりと台本を与えていれば、それで『政治家というお仕事』は成立してしまう。まさに、「国民の負託を受けた代表」ではなく「政党のためのロボット」ができてしまう。そのようなロボットが政治を扱うことは望ましくないが、当然に、それだけが政治ではないことをしっかりと報道しなければならない。
 一方、上記新聞記事にあるような
小池議員について「パンチラしか印象ない。脚は素晴らしい」と語る。
 他の女性議員についても、「蓮舫も負けじとパンチラが凄い。凄いタイトミニなんですよ」と話す。太蔵さんは女性の国会議員のミニスカートがやたら気になったようで、「佐藤ゆかり、片山さつき、蓮舫、野田聖子、全員ミニスカート。おそらく党の重鎮をあれで殺してるんじゃないかと思う」。
(上記記事より抜粋)
 というような話では、とてもとても。要するに杉村氏自身が政治家として政治の職務を果たしていなかったということを示しているのではないか。そのことを報道しているだけなのに、政治の印象悪くする要になってしまう。
 特に杉村氏が自民党であったという過去を振り返れば、自民党そのものの印象を悪くする、自民党の政治活動を悪くするという印象操作のひとつのこまに使われているということも考えられるのだ。韓流ブームよりもずっと身近な印象操作報道ではないのか。このようなことを許していて良いのか。
 実際に、職務にはある程度の品格が存在する。もちろん、政治家といえども人間であるから、政治家としての品格を捨ててプライベートな話をするときも少なくないし、そのようにリラックスするときがもっとも人間味を帯びていて魅力がある場合もある。しかし、それらの事を無視して、タダ笑いの種にだけ使うというマスコミの姿勢、まさに、「面白ければ何でもかまわない」というでは、政治不信を助長するだけのものになってしまうのである。そして、政治不信を煽りながら、マスコミは一切その責任を取らない。その責任を取らない状態が、まさにマスコミの無責任体質のひとつではないのか。そして最も批判されるべきマスコミの態度であるといえるのではないか。
 なお、ネット一部で声があがっているようであるが、韓流のときのように、品性のない無責任体質に対する声を、国民が上げるべきではないのかと考える。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(59) 私の中国における訴訟実績(3)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(59)
私の中国における訴訟実績(3)

 一つ目の訴訟の判決の日になった。
  一つ目の訴訟は、イタリアのブランドショップ、要するに同じマイカルでも別法人であるブランドショップに対して、偽者を売ったという損害賠償訴訟だ。しかし、マイカルの本体に訴えが着たので、マイカルの本体としては、訴訟の相手ではないということになった。要するに、訴える相手が違うということである。
  このような訴訟では、基本的に相手方が取り下げることを裁判所は勧めるのであるが、それに従わない場合は当然に訴訟としての結論、判決が出る。
  この一回目の訴訟では、裁判所はそのとおりに行ったのであるが、原告側は取り下げを拒否した。そのことによって、訴訟そのものは判決を出すことになった。その判決文に関して、裁判所の判事がマイカル側が書いてよいということをいったのは、先週の最後の文面である。
  今日は、その判決の日の模様をご報告したい。
  判決の日。当然に原告と被告双方が法廷に姿を現した。しかし、その中に異様に移ったのは、数多くのテレビカメラである。私は部下に「君が呼んだのか」というと「いや、勝手に来るんです」とのこと。何でも、中国は法廷内にマスコミの出入りが自由なので、注目の裁判であれば、その中に勝手に入ってくるという。しかし、その中にテレビカメラも入ってkるうというのは、やはり、日本人には異様な光景である。
  傍聴席には、テレビカメラ四台と記者が20名ほど入っていた。当事者・・・・・。

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どうなってるの?民主党国会議員の下半身

どうなってるの?民主党国会議員の下半身

 民主党の国会議員の下半身が話題だ。
 昨日のブログは小沢一郎議員の離縁状に関して、皆さんへの私からの謝罪を含めながら言及した。しかし、その離縁状の中にも愛人とか隠し事か真実かどうかはわからないがそのような単語が出てきていた。
 しかし、それは小沢い離党議員の特殊な事情ではなく、「性のモラル」がないのは民主党の国会議員全体のことではないのか。
 この土曜日の「軽い話題のネタ」と月曜日の「マスコミ批判に関する一考」は一週間でネタを探しているのであるが、今週のように下半身ネタが3つも出てきてしまうと、「少しは小出しにして欲しい」とこちらが思うほどだ。逆に、これらがニュースになったのは特殊事情がついているからであって、民主党国会議員の下半身ネタ「性のモラル」がないのは、日常でニュースにもならないのかもしれない。
 仙谷元官房長官には、女性記者に対してセクハラ発言を行い、その週刊誌報道をめぐり裁判をしたものの、敗訴。名誉既存訴訟をしながら敗訴するという政治家にとっては「恥の上塗り」がまさに大きな問題になっている。その恥の上塗りの部分が「日常ではない」ということなのかもしれない。
 田中美恵子議員に関しては、以前風俗ライターであったとか映画でヌードをさらしていたという話はよいが、今回は国交省のキャリアと不倫、その上国交相のキャリアが更迭されるという「日常ではない部分」が存在する。風俗ライターであるから、そのような行為は慣れているのかもしれないが、このような話では「政治主導」ならぬ「性事主導」になってしまうのではないか。田中議員には、ぜひ昔の仕事を思い出してこの国交省のキャリアとの情事をレポートしてもらいたいものである。
 そして「ぶってぶって姫」こと悲鳴由美子議員(誤字ではなくパロディです。就任当初から元高校教諭との不倫スキャンダルが報じられ、「彼女はかなりのMで『ぶって、ぶって』とよくせがまれた」などと性生活を暴露されてしまった。この姫井議員を、岡山の県連が来年の参議院で公認しないことを決めた。この公認をしないことが「日常でないこと」となるのであろう。
 要するに、ただ不倫とか変体趣味とかそのようなものではなく、「日常でないこと」が合わさったものしか報道されていないということである。逆に言えば「不倫とか変体趣味とか隠し子とか」は「日常であってニュースの価値はない」集団というのが民主党議員の素性なのかもしれない。記事の後は、なぜこうなるか、簡単に見て見たいと思う。

仙谷氏「セクハラ」発言認める=週刊誌報道めぐり敗訴―東京地裁

 女性新聞記者にセクハラ行為をしたように週刊誌2誌で報じられ、名誉を傷つけられたとして、民主党の仙谷由人政調会長代行が、発行元の新潮社と文芸春秋を相手に各1000万円の損害賠償などを求めた訴訟で、東京地裁(宮坂昌利裁判長)は12日、記事の重要部分は真実と認定し、請求を棄却した。
 判決によると、週刊新潮と週刊文春はいずれも昨年1月13日号で、官房長官だった仙谷氏が年末に首相官邸で開かれた懇親会で、女性記者に自身の男性機能に関するセクハラ発言を繰り返したとの記事を掲載した。
 仙谷氏は当初発言を否定したが、女性記者の証言を受けて一転して認めていた。宮坂裁判長は「セクハラと受け取られかねない言動があったのは事実だ」と判断した。 

2012年6月12日(火)16時3分配信 時事通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jiji-12X568/1.htm

田中美絵子代議士、今度は不倫騒動 「お相手」キャリア官僚は更迭

   お騒がせ民主党議員の田中美絵子氏(36)に、今度は不倫疑惑が浮上した。
   お相手は国土交通省のキャリア官僚と報じられており、すでに更迭の処分を受けている。衆院選で森喜朗氏を引きずり下ろそうとした田中議員だが、愛する男性を失脚させてしまったようだ。
駅構内で堂々キス、そのままシティホテルへ…
   2012年6月14日発売の週刊新潮には、「折も折『田中美絵子代議士』と『国交省キャリア』の駅中不倫キッス」というタイトルの特集記事が掲載されている。
   記事によると、6月5日22時過ぎ、田中議員はJR大崎駅で中年男性と待ち合わせした。構内の通路で長々とキスをし、シティホテルに向かってそのまま宿泊したという。
   この中年男性は中部地方整備局副局長を務める55歳の国交省キャリア官僚で、妻と大学生の娘を東京に残して名古屋に単身赴任中だったらしい。2人が関係を持つきっかけとなったのは10年3月、民主党内に立ち上がった「港湾振興議連」に田中議員と男性が参加したことだった。男性は毎回のように議連の会合に顔を出し、省内のデスクには田中議員グッズの顔写真入りメモ帳を置き、「メールアドレスを交換してもらった」とはしゃいでいたというのだ。11年初頭には田中議員の部屋まで資料を持って行き、秘書がいない時にイチャイチャしていたという噂も立ったという。3月には、赤坂のコーヒーショップで落ち合い、相合傘で赤坂の町に消えていく姿を目撃されていた。
   新潮の取材班が田中議員に取材を申し込むと、秘書から「事実無根です」、証拠写真についても「私じゃないと言っています」と否定された。男性も「会ってません。東京に行くときには自宅に泊まりますので……。そもそも田中先生とは転勤になって以来、お会いしてない」と答えられたそうだ。
   田中議員は09年の衆議院議員総選挙で、森喜朗議員の「刺客」として石川2区から民主党公認で出馬した。小選挙区では惜しくも敗れたが比例で復活当選し、「小沢ガールズ」として話題になった。
   しかし当選直後、「コスプレ風俗ライター」、「ホラー映画にヌード出演」という経歴を報じられた。また、10年8月にはスタッフが高速道路を50キロオーバーで走っていたことが明らかになっている。すっかり「お騒がせ議員」というイメージが付いてしまっていた。
「現職にとどめておくのが適切ではないと判断した」
   国土交通省は12年6月13日付で、中部地方整備局副局長を大臣官房付に異動することを発表した。事実上の更迭だ。
   国交省に問い合わせたところ、13日に副局長の私的な関係を報道されるという情報が入り、現在の職にとどめておくのが適切ではないという判断で人事異動を行ったという。ただし報道が事実かどうかは現在確認中とのことだ。
   週刊新潮には「もしも、副局長が一泊したホテル代を公費に請求していればアウトになるらしい」という記述があったが、「出張は日帰り扱いなので、公費を請求していることはないだろう」と話す。さらなる処分をするかなどについては事実関係を調査していくなかで決めていくという。

2012年6月14日(木)17時49分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-135672/1.htm

いまだ尾を引く「ぶってぶって」 公認上申見送りの姫井議員

 民主党岡山県総支部連合会が、次期参議院選挙で現職の姫井由美子議員(53)を公認候補として党本部に申請しないことを決めた。
 姫井議員は「相談もできなかった」「一方的な発表」として決定を批判している。過去のスキャンダルなどで崩れた、有権者や県連との信頼関係は回復できないのだろうか。
 不倫スキャンダルで「信頼回復にはまだ非常に大きな壁」
 岡山県連は2012年6月10日の常任幹事会で、姫井議員を13年夏の参議院選挙で党本部に公認を上申しない方針を決めた。姫井議員の不倫をめぐる週刊誌報道などを受けたもので、姫井議員を除く常任幹事会のメンバーの全員一致で決まったという。柚木道義代表は「残念ながら、この参議院の1議席における県民の皆さんの信頼回復には、非常に大きな大きなまだ壁があって、乗り越えることができなかった」と話した。
 姫井議員は1999年、民主党公認候補として岡山県議会議員選挙に出馬し当選した。その後2007年の参議院議員通常選挙で、「姫の虎退治」をキャッチフレーズに選挙活動し、見事自民党の片山虎之助氏を破り初当選を果たした。
 しかし07年8月、元高校教諭との不倫スキャンダルが報じられる。姫井議員は既婚で一男一女の母だが、元教諭と頻繁にラブホテルで密会し、「彼女はかなりのMで『ぶって、ぶって』とよくせがまれた」などと性生活を暴露されてしまった。それ以来「ぶって姫」と呼ばれるようになるほど、このスキャンダルは大きなインパクトを与えた。
 しかしこのスキャンダルのイメージが強すぎるためか、インターネット上では「まだ議員だったことに驚き」「何か仕事してんの?ぶってぶっての件以降見かけねーぞ」などと言われている。現職の議員ということもあまり知られていない寂しい状況だったようだ。
 「希望は捨てていない。変わらず政治活動頑張る」
 姫井議員は県連の決定について自身のブログで説明している。県連が4月29日に「次期選挙は姫井以外で行く」と話し合っていた。それを受けて6月3日に常任幹事会で決定したいと代表から言われたが、姫井議員は6月2~3日で東日本大震災復興応援ツアーを企画していたため、不在の中での決定は避けてほしい、今後の政治家としての進退に関わる重大な問題であるため支援者に相談する時間がほしいと要望したという。
 しかし6月10日に上申見送りの発表があり、「一方的であり、私自身も困惑しているところ」と主張する。「私は、現役の民主党国会議員であり、今まで同様これからも政治家として岡山県の皆様のために頑張っていく決意に変わりはありません。『政治は生活』『国民の生活が第一』をモットーにこれからも頑張ってまいりますので、何とぞ、ご理解よろしくお願いいたします」との考えを述べた。
 とは言え公認が得られぬまま出馬しても、厳しい戦いが待っている。姫井議員はどんな心境なのか、県連の発表に対する岡山事務所での説明を終えた議員に話を聞いた。
 姫井議員は公認上申見送りの理由について、県連から「支持率が低く、参院選で勝てる可能性が低い。当選後に色々なことがあり、信頼回復ができていない」と説明されたという。しかし県連はまだ新たな候補者を見つけておらず、党本部も了承したわけではないので希望は捨てていないという。支持率を増やすべく、岡山を中心に変わらず政治活動を続けていくと話した。

2012年06月11日20時25分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6647920/

 さて、このブログで何度も見てきているように、民主党議員は日本国憲法に記載されている三権分立も守れない、それどころか憲法の規定に三権分立の規定もないというくらいに、独裁趣向が強い。
 単純に政権交代という「風」が吹いただけで、政権交代を行ったものの、その議員の個人が何らかの政治家としての功績や日本国への貢献があったわけではない。単純に、人気投票で人気があっただけで、政治家としての実績があるわけではない。
 しかし、投票を受けて選挙に勝った瞬間に、彼らは地位を得てしまう。それは「政策」に対する支持であるのに、いつの間にか自分が偉くなってしまう。法律も無視し、憲法も無視し、自分たちの自由に成ると考えている。そのことは政策や法律や予算のこと、要するに国会と内閣に関する立法と行政に関することに関してだけでなく、プライベートの部分も自分の自由になると考えてしまうのである。
 その自分の自由に成ると考える中においては、最も日本人にとって「秘め事」である性の部分も解放的そして独裁的になるような感覚になるのではないだろうか。
 この内容は、まさに政治や彼らの活動から見て取れるが、いつの間にか「えらくもないのにえらくなってしまった」民主党の銀のスキャンダルが続くのである。まさに、戦争で勝った兵隊たちの略奪のように、金銀財宝から貞操まで、すべてを略奪し続ける。これが民主党の議員の新の姿ではないのか。

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一組の夫婦の離縁状報道の与える政局への影響

一組の夫婦の離縁状報道の与える政局への影響

 普段、「マスコミ批判に関する一考」では、芸能人の離婚や二股、不倫などのワイドショーによる過剰報道に関して、非常に強く批判している。私の頭の中では、日本人1億2千万人(芸能人の場合は国籍が定かでない人も国際結婚もあるので、実際はそれより多いかもしれないが)の、プライベートなどを覗き見て、楽しむような下賎なことをしてほしくはないし、そのことよりももっと重要なことがあるということを考えていた。その内容は、誰かが何かを言うようなものではなく、プライベートなところはプライベートなところで処理すればよい問題であり、あまり公にさらす必要性を感じないというのが、その論拠の大きな一つである。そのような話をしても何の意味もないし、日本国の大きな影響はない。そのような音よりももっと十よなことを重要な観点ら、国家観を持って報道すべきである、としてきたのである。
 しかし、ここでこのブログの読者を含み、多くのhとの前言を翻さなければならない状態が出てきた。素直に、謝罪したい。私は、一組の夫婦の「離縁状」なる報道に関して、その報道が与える政局、政策への影響を大きく考えなければならないということになったのである。
 まさに、昨日発売6月21日号の週刊文春に掲載された「小沢一郎夫人が支援者に「離婚しました」「愛人」「隠し子」も綴られた便箋11枚の衝撃」という内容は、この時期的な問題も含め、少なくとも政局にそして消費税増税法案という政策決定にも大きく影響する内容である。特にその中につづられた内容が、「放射能が怖いから被災地に支援に行かなかった」などと書かれていては、無視することもできないのではないか。
 とりあえず、その記事をインターネットから拾ってみる。もちろん、週刊誌は購入し、熟読させていただいた。

小沢一郎夫人が支援者に「離婚しました」
「愛人」「隠し子」も綴られた便箋11枚の衝撃

和子夫人が支援者に送った手紙の一部
 民主党の小沢一郎元代表(70)の和子夫人(67)が、昨年11月に地元・岩手県の複数の支援者に、「離婚しました」という内容を綴った手紙を送っていたことがわかった。
 便箋11枚にも及ぶ長い手紙の中で、和子夫人は、昨年3月の東日本大震災後の小沢元代表の言動について触れ、「このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ち上がらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げだしました。岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に見捨てて逃げだした小沢を見て、岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました」と書いている。
 手紙では、小沢元代表の愛人や隠し子の存在についても触れている。8年前に隠し子の存在がわかったとき、小沢元代表は和子夫人に謝るどころか、「いつでも離婚してやる」と言い放ち、和子夫人は一時は自殺まで考えたとも記している。
 そして、このように綴っている。
「それでも離婚しなかったのは、小沢が政治家としていざという時には、郷里と日本の為に役立つかもしれないのに、私が水を差すようなことをしていいのかという思いがあり、私自身が我慢すればと、ずっと耐えてきました。
 ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました」
「国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです」
 こうした大震災後の小沢元代表の言動がきっかけとなり、和子夫人は昨年7月に家を出て別居を始めたという。その後も現在まで別居は続いているが、小沢事務所は「離婚の事実はない」としている。
 和子夫人はこうも綴っている。
「かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく自分の保身の為に国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています」
 現在、消費税増税法案の採決をめぐって、小沢元代表は造反をちらつかせて野田政権を揺さぶっているが、和子夫人の手紙はそうした政治情勢にも大きな影響を与えそうだ。

2012.06.13 18:03 週刊文春
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1442

小沢氏に行き詰まり感 週刊誌には「夫人の離婚伝える手紙」 

 社会保障・税一体改革関連法案への対応をめぐり、民主党内の親小沢派でも反小沢派でもない中間派を巻き込む戦略を描く小沢一郎元代表。だが、その小沢氏にも行き詰まり感が漂う。
 「修正協議はどうなるんだろうなあ。こんなことでまとまったらいかん!」
 小沢氏は13日、都内の個人事務所で自らに近い議員にこう語り、民主党マニフェスト(政権公約)に掲げた最低保障年金創設などを棚上げしようとしている野田佳彦首相らを批判した。
 民主、自民、公明3党の修正協議は不調に終わり、採決できない。採決しても大量造反で否決され、内閣総辞職-。小沢氏は周囲にこうした見立てを繰り返し、グループの求心力維持に腐心している。
 小沢氏が期待を寄せる中間派による両院議員総会開催を求める署名集めも本格化した。14日には超党派による増税反対の「国民集会」を予定しており、自民党の反増税派にも触手を伸ばそうとしている。
 とはいえ、首相が採決に突き進めば、阻止する手だてはない。造反し、除籍されれば新党結成に走るしかないが、除籍覚悟で小沢氏と行動を共にする議員は「30人もいない」(若手)との見方は少なくない。
 新党も視野に入れる小沢氏に早くも水を差す情報が13日、党内を駆け巡った。14日発売の「週刊文春」に小沢氏の妻、和子さんが支援者宛てにつづった離婚を伝える手紙が掲載されることが判明したのだ。
 手紙には東日本大震災発生直後、小沢氏が放射能が怖くて東京から逃げ出そうとしたことも書かれている。小沢事務所は「夫婦のことはプライベートなので答える立場にない」とコメントしたが、逃げ出そうとしたとの記述については「そんな事実はない」と否定した。
 手紙の与える影響を懸念する声もあるが、それでも小沢氏はもはや強気を貫くしかない。13日夜、都内で開かれた青木愛衆院議員の後援会会合でこう訴えた。
 「皆さまに訴えた肝心要の新年金制度が捨て去られようとしている。国民には理解されない。初心を思い起こそう。原点に返ろう!」(山本雄史)

2012.6.14 01:21  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120614/stt12061401220000-n2.htm

 あえて繰り返す。今まで「マスコミ批判に関する一考」で離婚などを過剰に騒ぐ風潮を批判してきたが、私自身、今回の小沢夫妻のことに関しては、過剰に反応せざるを得ない。今までの批判に関し、前言を翻し、その内容を批評することについて、素直に謝罪します。
 ところで、われわれ政治記者に関していえば、「下半身に人格なし」などという格言がある。下半身ネタで大騒ぎをするのは自重する風潮があった。政治家ははっきり言って政策で勝負するものであり、その分過重なストレスが係る。特に地方から東京に出てきている議員に関しては、家族を地元においてきている可能性もあるので、その部分に関しては、多めに見るという風習があったのだ。小沢氏の場合は少し違う。実際に地元には、家族はなく世田谷の自宅に家族で住んでいるはずである。あえて「はず」というのは、上記のような記事が出て、いつから「別居」になっているかはまったくわからないからである。正直なところ、小沢一郎氏のプライベートにはそんなに詳しくはないし、そのようなことはあまり興味がなかったので、なんともいえない。
 その上で、この記事に関していえば、「なぜこの時期なのか」「この内容は本当か」という二つの疑問と、その政局に関する影響が非常に大きなものだということを考えなければならない。
 実は、私のところにこの第一報が入ったのは、一三日、要するに週刊文春発売前日の昼頃。それまで週刊文春は、よほどのトクダネが入るということで、緘口令が引かれていた。今回に限ってガードが固いということで、すでに週の初めから話題になっており、その内容が水曜日になって明らかになった。
 「これで小沢は完全に終わった」というのは、マスコミ各社の内容。まさに14日は、小沢派が反消費税増税の総決起集会を行う日でもあり、その集まりにも非常に大きな打撃が出ることは確かである。一方寛仁親王殿下の「斂葬の儀」があり、民主党執行部の多くが入る閣僚は、国会の地にいないというタイミングでのこの記事の発売は、あまりにもできすぎたタイミングであることは否めない。文春の編集者はなかなか凄腕である。剛腕小沢一郎を追い込む剛腕の編集であるともいえよう。
 一方この内容は本当かということは、和子夫人との不仲に関しては、まさに真実であるようである。問題は、「ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました」
「国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです」
 こうした大震災後の小沢元代表の言動がきっかけとなり、和子夫人は昨年7月に家を出て別居を始めたという。」(上記記事より抜粋)が、真実なのかどうかというところの一転に尽きる。家族が崩壊状態な政治家などは山ほどいるし人格が破綻した人も少なくない。しかし、国民を見捨てて地元を見捨てて逃げ出すという状態が本当ならば、同時に、その現象が、地元にいかなかった小沢一郎という政治家の政治姿勢にリンクするならば、まさにそれは非常に大きな問題になるのではないか。国民を見捨てる政治家ならば、そのような政治家は必要ないし、そうでないならば、和子夫人の思い過ごしということになるであろう。まさに「あばたもえくぼ」ではなく、嫌いになった夫婦などは「えくぼもあばた」に見える状態だ。しかし、これらはあくまでも憶測に過ぎない。
 この件に関しては、あくまでもプライベートとはいえ、政治家が地元を見捨てたという部分に関して、それが身内から出た内容ということであれば、それを打ち消す必要が小沢一郎氏にはあるのではないか。その打ち消す言動が国民を納得させられるならば、それは完全に打ち消すことができるだろうし、そうでないならばそれまでの政治家であったということだ。口先だけならば何でもいえる。危機に瀕してしっかりと行動できる政治家でなければ意味がない。もちろん、放射能が怖くなくても、原子力発電所の事故に際して現場にヘリコプターで出向いていって怒鳴り散らして帰ってくるような人よりははるかに良いのかもしれない。いずれにせよ、民主党には「ちょうど良い」政治家がいないということになるのかもしれない。
 最期に、小沢氏に関してはいわなければならないことがある。「家庭を治められない人が国を治められるか」ということである。長年連れ添った夫婦関係といえども、それはさまざま存在する。特に、新潟のゼネコン「福田組」の社長の娘であり、現社長の兄弟である和子夫人にとって、福田組と小沢という政治化との関係でもさまざまあるといううわさを聞くことがある。これらも含め、しっかりとした家庭を治められないければならない。小さな人間関係を治められないのに、大きな国家観の関係を治めることなどはできないという考え方もある。これらに関して小沢氏自身はどのように答えるのか。
 私は、今までプライベートに関する報道は控えるべきという立場であったために、このような問題点の列記あできるが、これ以上の取材の手段を知らない。実際、プライベートや内心のことなどは本人がしっかりと答えなければならないことではないのか。そのことができ、国民にしっかりと納得させられることのできる政治家であるのかないのか。小沢一郎という政治家と、それを支持する人々自信が、自分たち自身の手で、他者に責任転嫁をせずに解決しなければならない問題なのである。

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指揮権発動という内閣の一大事を認識しない首相の無責任

指揮権発動という内閣の一大事を認識しない首相の無責任

 4日に退任した小川法務大臣。この法務大臣に関しては、なぜ内閣改造で変えられたのか、さまざまな憶測が流れた。弁護士報酬と政治家としての報酬の垣根が薄いことや、予算委員会質で自分の所有する競馬馬の情報を見ていたこと、そもそも競馬馬を所有することができるほどの報酬をどのようにして得ていたのかということから考えて、国民の感情やマスコミの「次の標的」として狙われていたのである。
 その退任会見の中で、小沢一郎元代表の政治資金問題に関する虚偽報告問題で指揮権の発動を首相に相談していたことを明らかにした。民主党の元代表の話題の問題いに対して、それも小川法務大臣の就任はその捜査段階ではなく検察審査会の決定によって司法の場である裁判所において審理が進んでいる状態であるにもかかわらず、その途中で捜査に対して指揮権を発動するということになれば、三権分立を決めている日本国憲法内において、司法権に対する行政権からの大きな侵害になる。
 捜査段階ではなく司法での訴訟段階において指揮権の発動が許されるのか。その問題は非常に大きな問題になる。憲法の議論にもなるであろう内容に対して、行政の内部で非公式に非公開に相談が行われていたというのである。もちろん、このような相談がすべて公開されることはない。しかし、これらの内容が退任会見で表に出てしまう、それも退任する大臣の発言で明らかになってしまうのである。この辺が民主党政権のおかしなところである。
 しかし、民主党政権のおかしさは、それよりももっと大きなところ、要するに、その指揮権発動の相談に関して野田首相が「記憶にない」と、国会の委員会で答弁しているところである。
 国会の委員会は、最近ではインターネットにおいて動画配信などがあり、それらに関して話題になるが、国会で答弁するということに関しては、国立国会図書館などで保管される議事録に保存されるということ。民主党政権は、その場限りで国民向けのパフォーマンスを国会で繰り広げるが、それらはすべて議事録として残るのである。小川法務大臣の激白が、相談された側の首相が記憶にないという公式記録。これっていったい何なのでしょうか。とりあえず、その新聞記事は下記から。

<小川前法相>指揮権発動を首相に相談 「虚偽」捜査報告で

 小川敏夫前法相は4日午後、法務省内での退任記者会見で、小沢一郎・民主党元代表の陸山会事件に絡んで東京地検特捜部(当時)の田代政弘検事が「虚偽」の捜査報告書を作成したとされる問題について「指揮権の発動を決意したが、総理の了承を得られなかった」と発言した。法相が指揮権を発動しようとしたことを明らかにするのは極めて異例。
 会見で小川氏は、大阪地検特捜部の証拠改ざん事件にも触れ「検察への信頼が損なわれている時に、検察が適当な形で幕引きをしてしまうことがあれば、信頼は回復されない」と発言。先月初旬、検察当局が田代検事らを不起訴とする方針と報じられた後、官邸を訪れて野田佳彦首相に指揮権の発動を相談したことを明かした。
 また、「50年(余)前に国民に不評を買う指揮権が(造船疑獄で)発動されて以降は抑制的だったと思うが、検察が内部の事件で消極的なら、積極ならしめるのが法相の本来の姿だ」と、発動に肯定的な見方を示した。
 野田首相との詳しいやり取りや具体的な指揮内容については明言を避け、再任されなかったこととの関係についても「推測で言うわけにはいかない」と述べるにとどめた。【伊藤一郎】

 ◇法相の指揮権
 検察庁法は法相の一般的な指揮権を認める一方、個々の事件については「検事総長のみを指揮することができる」と定め、権限を事実上制限している。個別事件で不当な政治介入を防ぐためとされ、1954年に犬養健法相(当時)が造船疑獄事件で指揮権を発動して佐藤栄作自由党幹事長(当時)に対する捜査を打ち切らせた際には強い批判を浴び、犬養法相は辞任した。以後、指揮権を行使した法相はいない。

毎日新聞 6月4日(月)14時45分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120604-00000046-mai-pol

<指揮権発動>首相は小川前法相からの相談を否定

 小川敏夫前法相が「指揮権の発動を決意したが、総理の了承を得られなかった」と発言したことについて、野田佳彦首相は12日の衆院予算委員会で、「明確に個別の事案について指揮権の話をされた記憶はない」と相談を受けたことを否定した。
 小川前法相は4日の退任会見で、小沢一郎・民主党元代表の陸山会事件に絡んで東京地検特捜部(当時)の田代政弘検事が「虚偽」の捜査報告書を作成したとされる問題について指揮権発動を検討したことを明らかにしており、稲田朋美委員(自民)が質問した。
 野田首相は「小川(前)大臣が特に国民の不信が残念ながら強まっている検察行政の在り方について、大変問題意識を持っているという話はあったが、指揮権という言葉は出てきていない」と答弁。「小川前法相がうそをついているのか」との問いに対しては「私の記憶では、指揮権のやり取りを打ち消したり、止めたという認識もない」と述べた。
 野田首相の発言を受け、小川前法相は毎日新聞の取材に「指揮権という言葉を出して話はしたが、さらっと話したので、(首相の)印象に残らず、忘れられたのではないか」と話した。【伊藤一郎】

毎日新聞 6月12日(火)19時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120612-00000071-mai-soci

 野田首相が事実を隠すということであるならば、「首相官邸内での相談事項について公開するつもりはない。相談があったかなかったかもすべてここで発言はしない」という態度で臨めばよい。しかし、そのような回答ではない。小川大臣の発言があったにもかかわらず、「認識がない」要するに覚えていないというのである。
 さて、あえて言う。
 閣僚から重要事項の相談を受けたことを認識できない首相に、日本の舵取りを任せられるだろうか。そんな人に日本の将来を、いや今を任せられるだろうか。私は「不可」である。
 これが指揮権だからこれでよいかもしれない。しかし、法務大臣が指揮権という単語を使って相談をした場合はかなりの重要事項である。逆に言えば、防衛大臣が戦争もしくは防衛出動という単語を使ったとしても、この野田という首相は「認識しない」ということであろう。はっきりいって、何も聞こえないのか、あるいは何も認識しないのか。とにかく話にならない。
 単純にいって政治家としての適性を著しく欠く。相手の発言の真相や単語の意味もわからない。民団からの献金を受け、民団の言葉はわかっても、政治の言葉は認識しないのか。鳩山元首相が「選挙の洗礼を受けていない」といったが、まさに、そのような内閣に婦人になっている。
 さて、そのような民主党と政策合意に向けて自民党、公明党が話を進めているのであるが、その話もこのように認識されているのかどうかわからない。要するに相手の相談を認識しない首相を信用して政治を進めることができないではないか。逆に言えば、それほど、森羅万象を司らなければならない、日本の行政の長は、無責任でいい加減な政治をしているということに他ならないではないか。
 この発言を受けて、内閣をまだ支持している人は、その支持している言葉も心も認識されていない「片思い」であることを強く認識しなければならないのではないか。指揮権そのものよりも、この首相の対応のほうが大きな問題である。

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国会で石原節炸裂 尖閣諸島の買取は「お門違い、でもしょうがない」は名言

国会で石原節炸裂 尖閣諸島の買取は「お門違い、でもしょうがない」は名言

 国会で石原節炸裂。不甲斐ない民主党政府に喝!
 と書けば、大体書きたいことはわかっていただけるのではないか。単純に、石原知事の発言用紙は、下記の産経新聞の者の通りである。最近のマスコミは、そのときの石原氏の表情やその内容に関しての観察をまた区間が得ていないので、そのときの石原知事の心の動きなどを察知しながら書くことはできない。その代わり「事実」として発言した内容を忠実の文字にする、コンピューター的な仕事はできる記者が多いので、文字にする作業は手間が省けてわれわれにとってはありがたい限りである。
 本利政治記者というものは、その言葉の行間や表情の裏に隠された背景などをしっかりと観察し、それを文字にして将来を予想しながら発言の布石を見てゆくものだ。そのような取材ができなければ、そもそも新聞記者として「一人前」にはなれない。今回の石原知事の発言も、動画が公開されているので、、どの室温の答えが事前に用意された発言で、どれがそうではないのか。自身がある発言、ない発言、大体それらを見ることはできる。
 石原知事は、厳しく見えるが、非常の人の良い好好爺である。そのことを考えれば、たとえば「丹羽大使を更迭すべき」と発言したところでは、右手をポケットに入れながらの発言であった。もちろん、他の人がやれば国会内で不謹慎という批判もありえるが、石原知事ならば許される。もちろん、それらの「許される」条件は、一つには発言そのものが論理的にそして問題として、潔くなおかつ筋が通った話であるということ、もう一方では、石原知事のキャラクターによってそれらの行為が、国会を軽視または蔑視したものではないということが明らかであるからだろう。逆に言えば、これらの一挙手一投足が、全て石原知事の表現の一つであり、それを全て解析しなければ新聞の記事などは書けるはずがない。
 では、産経新聞はどのように表現しているであろうか。

「国会もしっかりしてもらいたい」衆院参考人招致での石原知事発言要旨

 国会での石原慎太郎東京都知事の発言要旨
 【意見陳述】
 「シナにとって国境の版図は政権で変わる。人民日報は『尖閣は核心的利益で、日本の実効支配を破壊するために機材も準備する』と宣言した。強盗に入るぞ、ということだ」
 「尖閣諸島購入を東京がやるのは筋違いだが、やらざるをえない。強盗に入ると言われて、戸締まりしない国がどこにあるか。購入に向けての寄付金も11億円を超えた。日本人も捨てたものじゃない。漁船衝突事件でも船長を即時釈放した。その判断をしたのは当然、外務省。こんなばかなことはない。あなた方(国会)の責任だ。しっかりしてもらいたい。頼りにしてますよ」
 【質疑】
 民主・森岡洋一郎氏「尖閣は国有化されるべきだが、都の管理計画案は」
 石原氏「沖ノ鳥島でも魚礁を構築し、日本の漁民が出航するようになった。そのおかげで他国の漁船が姿を消した。東京はできる限りのことはやる」
 民主・吉田統彦氏「中国が尖閣の領有権を主張したのは、石油埋蔵の可能性が出てきてから。当時の政府の責任は重大だと思う。尖閣問題は与野党挙国一致で対応すべきだが」
 石原氏「同感。そういう若い政治家が民主党にいるのは心強い」
 吉田氏「国が保有した方がいいと考えるか」
 石原氏「遅すぎるが、やらないよりやった方がいい。都以上のことをやってもらいたい」
 吉田氏「戦時中に起きた遭難事件の遺族は上陸が許されていない。都所有になった場合の上陸は」
 石原氏「もともと日本の領土。誰が弔うか、禁じるいわれはないと思うし、人の道にもとる」
 自民・木村太郎氏「無人島政策を転換して島の有人利用、海の有効活用を促進することが大切だが、都が購入する場合の有効活用については」
 石原氏「ヤギの駆除や魚礁の創設、新種の発見など。飛行場や港については国がやること」
 木村氏「丹羽宇一郎駐中国大使の発言には」
 石原氏「政府の責任で大使を更迭すべきだ」
 自民・下村博文氏「尖閣など国の問題解決に向け国政に戻るつもりは」
 石原氏「それは秘中の秘。ただ、国は尖閣を買うか買わないかは別としても、国策として国費を投じて何を作るか考えていただきたい」
 下村氏「取得や国への売却の時期はどう考えておられるか」
 石原氏「来年3月まで国と地権者の賃借契約があるが、東京が年度途中でも購入できるようにみなさん応援してください」
 公明・赤松正雄氏「外務省の弱腰はどこから来ると思うか」
 石原氏「官僚にシナなどに対する過剰な意識があるとは思わない。河野洋平(元衆院議長)君の慰安婦問題での談話のような軽率で余計な発言が肥大化させてきた」

2012.6.12 00:16 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120612/plc12061200190002-n2.htm

尖閣購入「本当は国がやるべきだ」 石原都知事が国会で意見表明

 衆院決算行政監視委員会(新藤義孝委員長)は11日、沖縄県石垣市の尖閣諸島の保全をめぐり、東京都による尖閣購入を表明している石原慎太郎知事や石垣市の中山義隆市長らを参考人招致した。石原氏は今年度内の購入に意欲を示した上で、「本当は国がやるべきだ。東京がやるのは筋違いだが、やらざるを得ない状況だ」と強調した。
 石原氏は尖閣購入を目指す理由について「自分たちの家に強盗が『入るぞ』と宣言しているのに戸締まりをしない国がどこにあるのか」と述べた。
 また、国が同委員会の上陸調査への協力を拒んでいるとも指摘し、「都の船をいくらでも提供する。国会議員は行ってくださいよ」と促した。
 都による尖閣購入をめぐっては、丹羽宇一郎駐中国大使が「日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」との見解を英紙のインタビューで示しているが、石原氏は「(藤村修)官房長官が『(丹羽氏の発言は)政府の意向でない』と言った。政府の意向と違う大事な発言をする大使は速やかに更迭すべきだ」と述べた。
 一方、中山氏は都の尖閣購入について「賛意をもってともに行動したい」と表明。国に上陸許可や漁船向けの避難港整備を求めた。国による購入に関しては「(政府関係者以外の上陸を認めない)今と同じような管理の状況が続くようなら意味がない」と述べた。
 同委員会には、山田吉彦東海大教授と横畑泰志富山大准教授も出席した。

2012.6.11 23:54 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120612/plc12061200030000-n1.htm

 さて発言の一つ一つに知打てすでに仮説はいらないだろう。フジテレビのように、この石原氏の発言を茶化しながら報道するようなところは、そもそも日本国の報道機関であるのかということを疑問視するという別な問題が発生するが、ここではそのことを発言しないものとし、この内容に関して、何か大きな問題があるとは思わない。日本人ならば当然のことを発言しているのであり、この尖閣諸島購入計画が発表されたときに、「東京都がやるのはおかしい」などといっていたコメンテーターや町の人々は、この石原知事の発言で何を重い、そしてそれを批判したことをどのように思うのか。そもそも、国家がやらないことを地方自治体がやる。これは当たり前のことであり、国会が不甲斐ないからこのような結果になる。もっとも大きな責任は国家にあるのにかかわらず、国家はそのようなことをしない。これでは話にならない。
 ましてや、丹羽大使のように、わけのわからない発言をするようでは話にならない。片方で東京都という、地方自治体でがんばっているのに、片方で、日本を代表する特命全権大使なのに、中国に国家を売るような発言をし、国を護ろうという人に対して「重大なことが起きる」などといって脅すこと自体が、大きな問題である。そしてそれを更迭の必要がないなどとした外務省は、あるいは外務大臣は、まさにそのような認識しか持っていないということを意味しているのに過ぎないのである。これは、当然に外務省の責任問題であり外務大臣の大きな失点であるといえる。
 さて、発言内容に関して、そして、上記のように行間や表情、身振りでその真意を読み解くことは、私がブログで提案したとおり。現在のマスコミは、発言の言葉尻を捉えてどうこう言うことしかできないから、何の意味もない。しかし、その真意を見ることのできる人は、石原知事の発言を歓迎し、同時にその真意に賛同する。その賛同すつ人の数が、11億円以上の献金が集まるという意思表示として集まっているのではないか。姿の見えない11億円分の國士たちは、今回の石原知事の国会での発言にどれくらい勇気付けられたか。そしてこのような態度こそが、国民の望んでいたものではないのか。
 選挙が近いといわれるが、国会議員の皆さん、これについてどのように考えるのでしょうか。

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大飯原発再稼動にいたる民主党の原発事故責任論

大飯原発再稼動にいたる民主党の原発事故責任論

 先週末の大きなニュースといえば、三笠宮家寛仁親王殿下の薨去とお舟入の儀、内閣改造と消費税増税の与野党会議、消費税増税に対して、鳩山元首相が造反と離党を示唆したこと、そして大飯原発の再稼動に向けて、野田首相が会見したことであろうか。
 寛仁親王殿下の薨去に関しては、他にも書きたいことはたくさんあるが、さまざまな事情があってここで報告ができない。また、消費税の問題に関しては、現在進行形なので、今書かなければならないというものではない。
 そのような意味で、今日は大飯原発に関することを書いてみようと思う。
 原子力発電所に関しては、昨年の東日本大震災の津波が原因で発生した福島原子力発電所放射能漏洩事故に関連して、非常に大きな問題になるような形になったのである。時の首相菅直人が、原子力発電所に関してあまり好ましくないと思っていたこと、自分の知識以上のことが出てきてしまったのに、必要以上に記入したことなどは、現在国会の事故調査委員会で言われている。その中において、当時の内閣官邸が統一の指揮系統や意思で魚いていたのではなく、官邸の中でも、首相、枝野官房長官、海江田経済産業大臣と全員ばらばらに動いていたということ、それだけではなく官邸と原子力保安院、原子力安全委員会、東京電力、福島県、そして避難地域に指定された市町村と、まったく統一性のない動きをしていたことが明らかになってきている。
 危機管理というか、緊急事態への対応として、意思統一というのは当たり前のことである。それは地震でも家事でも、戦争でも同じこと。関が原の合戦のとき、石田三成が合戦前に、大垣城を基点に、方々に兵を割いた。丹後に小野木公郷を、前田の抑えに、丹羽長重を、そして本陣に毛利輝元の主力と豊臣の主力を置き、おのおのが動いてしまった。何よりも西軍で最も強い上杉佐竹軍は、関東に釘付けであり動けない状態。これでは、主力が結集できない。この状態を見て、歴戦の勇士薩摩の島津義弘は「石田は戦を知らぬ」といったと伝えられている。兵力を集中し、統一の意思表示で戦わなければ、天下人豊臣といえども退廃を喫する。「各個撃破」を狙う相手にはもっとも弱い周知をさらしてしまう。そうでなくても、相手が事故や自然災害でも、相手の津波から逃げるときは「てんでんこ」でよくても、復興は力を合わせなければならない。そのことがまったくわかっていないのが、菅直人政権であったということが、徐々に明らかになってきている。
 そのような中での、民主党政権による原子力発電所再稼動であるため、ある意味で非常に注目されたものである。

野田首相「国民生活守るために再稼働必要」

 野田首相は8日、記者会見を開き、大飯原発(福井・おおい町)3・4号機について、「国民の生活を守るために再稼働が必要だ」との認識を示した上で、福井県などの地元の理解を得たい考えを強調した。
 野田首相「慎重には慎重を重ねて積み上げ、安全性を確認した結果であります。豊かで人間らしい暮らしを送るために安価で安定した電気の存在は欠かせません。国民の生活を守るために大飯発電所3・4号機を再起動すべきというのが私の判断です。その上で、特に立地自治体のご理解を改めてお願い申し上げたい。国政を預かる者として、人々の日常の暮らし守るという責務を放棄することはできません」
 野田首相は、再稼働の必要性を判断した理由について、安全性が確認されていること、突発的な停電などによる混乱を避ける必要があることを挙げた。
 野田首相はまた、「夏限定の再稼働では国民の生活は守れない」と強調した上で、他の原発の再稼働については「スケジュールありきでなく、個別に安全性を判断する」と述べた。
 野田首相は同じ記者会見で、「社会保障と税の一体改革」の修正協議に関して、「中長期に関わる問題をどうするかという議論も当然あると思いますが、国民会議の問題もそこに含まれると思いますけど、そういうものも含めて結論が得られるような議論を期待したい」と述べ、自民党側が提案している「国民会議の設置」について一定の理解を示した。
 また、修正協議については、15日までに結論が出ることに期待感を示した。

< 2012年6月8日 23:12 > 日テレ24
http://www.news24.jp/articles/2012/06/08/04207266.html

橋下氏「停電リスクに怖気づいた」と再稼働容認

 大阪市の橋下徹市長は8日の記者会見で、関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働を容認した理由について、「停電のリスクにおじけづいたところはある」と説明した。
計画停電が実施された場合の市民生活への影響を担当部局に検討させたことを明らかにしたうえで、「病院はどうなるのか、高齢者の熱中症対策はできるか。そう考えると、原発事故の危険性より、目の前のリスクに腰が引けた」と述べた。
 大飯原発の再稼働に反対してきた橋下氏は5月末に「事実上の容認」に転じ、「負けたと思われても仕方がない」と発言。再稼働を巡って「民主党政権を倒す」としていた「倒閣宣言」も撤回した。
 一方、野田首相が大飯原発の再稼働の必要性を強調したことに関して、橋下氏は8日、市役所で記者団に対し、「夏を乗り切ればいったん(原発を)止めて、きちんとした安全基準による判断が必要だ。期間を限定しない稼働は、国民生活ではなく電力会社の利益を守ろうとしているだけだ」と述べ、再稼働は電力需要が増大する夏季に限定すべきだとの考えを示した。

読売新聞 6月8日(金)21時34分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120608-00001134-yom-pol

夏の節電対策、白熱電球の販売自粛を…政府方針

 今夏の節電対策のため、政府は家電量販店やメーカーに対し、電力消費の多い白熱電球の販売・生産の自粛を求める方針を固めた。
 近く枝野経済産業相と細野環境相名の要請文を業界団体に出す。業界側も受け入れる意向を示している。電力消費の少ない発光ダイオード(LED)照明などへの切り替えを促し、電力需要を減らす狙いだ。
 国が具体的な製品の販売・生産自粛を求めるのは極めて異例。大手の家電量販店やメーカーなどでつくる業界団体「省エネあかりフォーラム」に、両大臣が来週中にも自粛を要請する。
 LED電球の消費電力は白熱電球の約2割で、寿命は約40倍。価格は高いが長期的には割安になる。LED電球より安い電球型蛍光灯でも同等の節電効果がある。ただ寿命はLED電球より短い。白熱電球は東芝がすでに製造をやめるなど、メーカーもLED電球の生産に力を入れている。
 日本エネルギー経済研究所は、現在使用されている白熱電球と蛍光灯をすべてLEDに替えた場合、日本の年間総消費電力量の9%が節電でき、原発13基分に相当するとの試算をまとめている。

2012年6月9日(土)14時47分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20120609-00495/1.htm

 原子力に関しては安全性と電力の必要性ということを二つ平均に考えなければならない。どちらかに偏っても良い議論にはならないのである。そのことを最も良くあらわしたのが橋下大阪市長の「停電リスクに怖気づいた」ということであろう。「病院はどうなるのか、高齢者の熱中症対策はできるか。そう考えると、原発事故の危険性より、目の前のリスクに腰が引けた」という発言は、まさに重要な発言であるが、逆いい絵羽、あれだけパフォーマンスとも取れる再稼動反対派、停電の危険を帰りみづそれらのシュミレーションもまったくなく、現実を見ないでほえていたということであろうか。はっきりいって、現実を見ていないで相手に対して文句を言う、反対を言う。そのことは、日本とまではいわなくても、少なくとも大阪市長が大阪市民のことを本当に考えていないということを示すのではないか。このような行動は、ポピュリズム政治と揶揄される存在であったとしても、国民から見放されるひとつの問題になってしまうのではないか。
 一方、野田首相の話はどうか。以前からこのブログで主張しているが、そもそも日本のエネルギー政策をどういているのか、そのエネルギーをどうするのか、まったくわかっていない。たとえば、アメリカで新しいエネルギーとして注目されているシェールガス。この天然ガスは八来るオスとが2ドル。アメリカが海外にガスを輸出するときは8ドル。しかし、日本が原子力がないとして長期契約した天然ガスは、16ドルと、海外のガスの輸入コストの倍だ。これでは日本の産業は立ち行かなくなる。しかし、昨年の緊急事態と、日本のエネルギー政策がまったくできていないということの二つの話しは、まさにこのような高い燃料を買わされる外交を容認せざるを得なくなってしまうのだ。これでは話にならない。
 それではなぜそのような高い買い物をさせられているのか。単純に威って事故の原因がはっきりしないことによる原子力発電の取り扱いが将来的に不明なこと、そして、そのことからエネルギー基本政策がまったくできていないことの二点だ。それをまったく無視して、多い原発だけを再稼動させても、何の解決にもならない。今は昨年菅政権によって見えなくなったエネルギー基本計画を考え、日本の今後をしっかりと考えねければならない。それは消費税増税よりもはるかに大事なことではないのか。

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マスコミ批判に関する一考(98) AKB48総選挙狂想曲

マスコミ批判に関する一考(98) AKB48総選挙狂想曲

 AKB48の総選挙が6日に行われた。と、言うことをあの馬鹿騒ぎで知った。
 さて、大前提として、私は、AKB48についてまったく何も知らない。残念ながら、何人いるかも知らないし、顔と名前が一致しない。最近では、私の専門の政治家でも、議員会館内ですれ違って「あれ、だれだっけ?」と思うくらい。AKB48などというのが何人いて誰なのか、まったくわからないのである。最近では、それどころか、それに似たような名前のグループが、若い女性を消耗品のように使い、使い捨てさながらに出ては消えている。はっきり言って、それらを覚えるのは、私にとっては苦痛である。
 私の性格を知っている人ならば、このような書き方をしてもまったく違和感がないのかもしれない。私を良く知る人は、AKBに限らず、私が美術品や理数系、映画に関してまったく興味がなく、それらの基本的なことを私に伝えても、わからないことを良く知っている。ある意味で笑い話のねたになるほどのこともある。昨年「日伊レジェンドマッチ」の実行委員を拝命されたが、残念ながらサッカー選手の名前も何もまったくわかっていない。サッカー選手本人に「あなた有名?」と聞いて怒らせる始末だ。基本的にそれくらいまったく何もわからない。わからないから何も言わない。自分の専門の話でなんとなくその場を盛り上げることに終始するのである。
 さて、話をAKBに戻そう。とにかく、わからないことであれだけ騒がれていて、それでいて「そのことを知ろう」という欲がない。その人々が「選挙」をするというのであるから、なかなか大きな話題になったのかもしれない。しかし、ここまで騒ぐ問題なのか?少々の疑問がある。そんなことを考えていたら、批判する記事から迎合する記事までさまざま。私のアンテナに引っかかった記事を少し読んでいただいて、一考察してみたい。

AKB総選挙に「騒ぎすぎ」「違和感」 もっと大事なニュースがある!の声

 騒ぎすぎなのかフジテレビの生中継も入ったアイドルユニット「AKB48」の総選挙について、識者らから様々な苦言が出ている。もちろん、社会を活性化させていると好意的な見方も多いが、その大騒ぎぶりに違和感も覚えるらしい。
 有名人の中でも、総選挙に熱狂する向きは多い。
 有名人も熱狂ぶりを公言しているが…
 AKB好きを公言している漫画家の小林よしのりさん(58)は、2012年6月6日の総選挙後にブログでこう叫んだ。「大島優子が世代交代を阻んだ! これでいいんだ」。柏木由紀さんに気が移っていたものの、もともと好きな優子さんが負けるのではと思い、こちらに大量に票を入れたのだそうだ。
 同じ漫画家の倉田真由美さん(40)は、開票イベントを観戦までして好きなAKBを応援した。メンバーが次々に泣き出す姿を見て、「何度ももらい泣きしちゃいました」とサンスポの寄稿に書いている。
 一方で、騒ぎを冷ややかに見る人もいる。
 サンスポの記事によると、漫画家のやくみつるさん(53)は、熱心に練習に励むAKBメンバー1人1人は好きだとしながらも、「総選挙の"狂騒"ぶりは好きではない」と疑問を呈した。仕事のこともあって、総選挙ではなくプロ野球を見ていたと明かした。
 また、キャスターの小倉智昭さん(65)は7日、フジテレビ系「とくダネ!」の中で、「大の大人がこうやって大騒ぎしている」と辛口のコメントをした。総選挙の様子は時々見ていたとしながらも、主にTBS系放送の男子バレーボール対中国戦を見ていたという。
 ネット上でも、メンバーの順位を巡って悲喜こもごもの声が出る一方で、「私は裏番組のナビスコカップ見てました」「何がいいのかさっぱりわからない」といった告白も相次いでいる。
 AKB商法や過剰な報道にも疑問相次ぐ
 総選挙のトピックを巡っても、ツイッターなどで議論になっているようだ。
 まずは、千枚以上もCDを買うファンがいたとされる、そのイベントのあり方だ。
 CDを買って初めて投票できる手法は「AKB商法」と呼ばれ、今回も疑問の声が続出した。1人でCDを何枚も買って投票券だけ抜き取って捨てるケースもあったとされ、「そんなのAKBのメンバーやCD業者、純粋にAKBが好きな子に失礼だと思う」とツイッターで指摘が出た。一方で、縮小が続いている音楽ソフト市場の現状を挙げて、「AKBは数少ない『頼みの綱』であって、少なくともプレス屋、印刷屋の飯の種になっている」とするツイートもあった。
 また、メディアの過剰な取り扱いについて疑問の声も強かった。
 CD販売を巡って、「子どもたちの『好き』という気持ちを食い物にするようなビジネスモデルに自らお墨付きを与えている」といった指摘だ。公共放送のNHKがニュースで大きく取り上げたことに違和感を持つ人も多かったらしい。「AKBの総選挙の裏側ってあるけどNHKまでそんなもん放送するなんて日本は終わってる。もっと大事なニュースあるだろ」といったツイートが次々に出ていた。
 もっとも、メディアが取り上げる意義を説く声もある。陸上選手の為末大さん(34)は、総選挙のプラス面を強調して、「人は影響し合っているのは間違いないのだけれど、それが実感できない為に自信を失う人が多い。そういう社会の虚しさをAKBは埋めてくれているのではないかと僕は思う」と持論をぶった。

2012年06月07日19時44分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6636691/

AKB総選挙「血が騒ぎます」前原氏、触発されて解散前のめり?

 前原誠司政調会長 「AKB総選挙が終わりました。総選挙と聞くと、血が騒ぎます」
 民主党の前原誠司政調会長は7日、自らが率いるグループ会合で、人気グループ・AKB48の「第4回選抜総選挙」の話題を持ち出し、笑いを誘った。
 新曲を歌うメンバーをCD購入者らの人気投票で選ぶ選抜総選挙は6日夜に日本武道館で開催。投票総数が138万票、テレビの生中継の視聴率が18%を超える国民的行事となった。
 前原氏は6日のBS朝日番組で「(参院との)ダブル選挙になったら民主党は衆参とも壊滅的になる。まず衆院で信を問うことが大事だ」と言及したばかり。AKB48に触発され、「本物の総選挙」にますます前のめりのようだ。
 選抜総選挙は、大島優子さんが「この景色がもう一度見たかった」と語って2年ぶりに1位のイスに座ったが、民主党が政権のイスに座り続ける自信はある?(酒井充)

2012年06月07日22時03分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6637038/

 さて、芸能人というのは、昔は高嶺の花であった。銀幕のスターといえば、憧れのまとである。そもそも「アイドル」とは「偶像」である。私の若い頃は80年代アイドル全盛期であり、私もそのアイドルにはまったときがあったが、やはり偶像であった。アイドルは、ある意味神聖化し、トイレに行かないのではないかなどという都市伝説もあったくらいである。
 このアイドルが、庶民は二なり「クラスの一番かわいい子の集合体」になったのは私の記憶が正しければ「おにゃんこクラブ」からであろうか。私の高校時代はそのブームであったが、どうも「身近なアイドル」というコンセプトが馴染めなかった。ブラウン管の中が「遠い存在」という認識の人間には、それが近くに来るというのはまったく逆の発想である。
 しかし、その爆発的な人気は「一緒に」というコンセプトに近い。まさに「視聴者参加型アイドル」ということができる。参加型であるから、多数の競馬馬に多くの人が期待して馬券を買うように、銀幕のスターや都市伝説の中の偶像とはちがい、「これから育てる期待感」というものが売買されていたのではないか。
 その集大成が、まさに「競馬」ではなく「総選挙」になったのではないか。CDの売り上げや、イベントの乱造により、身近であることのプロモーションを大きくし、その中において投票権を投票するという方式は、まさに「期待感を金で買う」という宝くじや競馬と同じ心理に近い「麻薬的集金法」といえるのかもしれない。もちろん、批判ではなく、そのような方式で商売ができるのであるから、なかなかすばらしいと考えている。
 さて、しかし、その内容があまりにも派手に報道されすぎてはいないか。はっきり言って、韓流ブームのときは、国籍の違いというものがあるにせよ、その偏重的ブーム作りに多くの人が反発を覚えたのにたいし、AKBについてはそのような批判が起きない。これは、ある意味で、AKBのファン層がネット層と重なっているためにマスメディア以外の場所で批判がおきにくいのではないかと考えられる。同時にその批判が起きないことを理由に、マスメディアも「視聴率が取れる」「批判が起きない」ことを理由に、先導的な報道をしてしまう。もちろん、してはいけないというのではないが、あまりにも異常な効用であり同時に他の重要なニュース、たとえば三笠宮家寛仁殿下の薨去などの「本来トップで扱われなければならないニュース」を、まったく流さない馬鹿騒ぎは、見ていて「亡国の臭い」まさにローマ帝国の「パンとサーカス」の「サーカス」を思わせるものである。人気があればいいのか、ネットで批判されなければ良いのか、本来大事なことは何なのか、そもそもそのことが国民から問われなければならないマスメディアが、このような芸能人の閑話休題的芸能話をトップにし、皇室皇族のニュースや消費税などの政策のニュースをまったく無視してしまうというのはいかがなものであろうか。相変わらず、何が大事かまったくわかっていない日本のマスメディアの馬鹿騒ぎといわれても、仕方がない部分があるのではないか。もちろん、マスメディアも民間企業であるから営利に走ることは仕方がないことと思うが、一方で、マスメディアの公共性から考えれば、営利だけでよいのかということをしっかりと考えなければならない。それは韓流という国籍の問題だけではなく、しっかりとした、ニュースの報道などにおいて、しっかりとした内容を取捨選択、優先順位をつけた内容をすべきではないのかという考えにつながるのである。
 今回もまた、マスメディアの批判である。しかし、たぶん最も重要なことであり、また韓流で批判していた多くの人に対しても、同様に、その批判の中身である報道の優先順位ということをしっかりと考えなければならないのではないかと思うものである。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(58) 私の中国における訴訟実績(2)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(58)
私の中国における訴訟実績(2)

 中国の法廷は、日本の法廷とは違う。まず判事が座る席の後ろに中国の国旗が飾られている。日本の法廷はなぜか日の丸が飾られていいのだが、このようなところに、国家間が現れるのであろうか。それ以外の机などの配置は、日本のほう手と大体同じである。被告席と原告席が向かい合うようになっており、判事の席と向かい合うように傍聴人席が存在するのである。
  その机やいすなどは、非常に古いものである。基本的に小学校の机といすが並んでいるような感じである。今の日本の裁判所の傍聴席などは、多少とはいえクッションの効いたいすがあるのであるが、完全に板だけの椅子。長時間座っていることのできないような感じだ。原告や被告の机も、田舎の公民館にありそうな感じの机である。判事の席もどちらかというと、映画三丁目の夕日に出てきそうな学校の教壇といった感じ。要するに、古いというよりは、一言で言えば「ぼろい」のが中国の裁判所である。
  日本の裁判所の場合は、判事と被告人や原告が廊下などで会わないように、入り口などが別である。判事席や書記官席の入り口は反事跡の後ろで、そのほかは、基本的には部屋の横からわれわれは入るようになっている。傍聴人も被告人や原告と同じで、注目の裁判の場合、傍聴人は荷物検査などを先に行うことになる。日本の場合は、裁判の結果に対して余計な雑念や判断が入らず、公正な判決を行うために、そのような措置がされているのである。
  しかし、中国にそのような配慮はない。同じ廊下、同じ扉から判事が入ってくる。うまく行けば判事と裁判直前に何かを話すことも可能だ。廊下などを共有しているために、さすがに裁判の内容の話ははばかれるが、世間話などをしている人も少なくないのである。まさに公正性や公平性などということはあまり関係のない常態が、中国の裁判である。
  日本の裁判所でのマナーの違いも注目すべき点だ。日本の場合、・・・・・

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領土を明け渡すことを進言する特命全権大使を指名した民主党政権の愚

領土を明け渡すことを進言する特命全権大使を指名した民主党政権の愚

 丹羽宇一郎駐中日本国全権大使の発言が話題になっている。基本的に民主党政権において話題になっているというときは「馬鹿」「亡国」「無知」三種類なのであるが、それにしても、石原慎太郎知事が表明した尖閣諸島の購入計画について「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらすことになる」とする発言に関しては、看過できないものである。といえば、良いのであるが、はっきり言って「看過できない」を通り越して「情けなくて嗤うしかない」という状態になっている。
 この発言を元に、昨日(8日)海外の記者に話を聞いてみた。一様に「大使」が「領土問題」について発言すること事態が異例中の異例、その上で「領土の割譲」を申し出るというのは、「よくまあ、そんな人を大使に任命していますね。私の国だったらその大使の罷免どころか、反政府運動が沸き起こっています」というのが普通の反応であった。特に、このインタビューに答えたフィナンシャル・タイムズのあるイギリス人記者は、「イギリスは例え一歩でも領土を譲れば亡国につながるとして、フォークランド紛争を起こした。しかし、今の日本の政府は、東京を占領されてもわからないのかもしれません」という。その上で「領土を差別はできません。尖閣諸島のような離島も、東京の真ん中も同じ日本の領土です。大使が尖閣だから良いなどという日本国内の差別を行うのでは、非常に大きな問題ではないのでしょうか。日本人はそれくらいもまったくわかっていない人が政治外交の中心にいるということ。それは外国にとって別な意味で信じられない、恐ろしいことです。何をするかわからないのですから。日本を信用できなくなります」とのことである。
 このような問題で海外のメディアに話を聞くと、どうしても日本批判になってしまう。しかし、日本政府の批判は、まさにその政権をれらんだ日本批判であり、日本人はわざわざこのような亡国発言をする人を大使に選ぶ政権を、三年前に選択したのである。ある意味、私もこれらの批判は同意できることがあり、なんとなく日本人を批判されて面白くはないのであるが、一方で、批判点を改善できなければ、日本そのものが崩壊してしまう可能性があるということで、非常な危機感を持つ。タダ単に日本批判だからといって退けるのではなく、その中のエッセンスで自省することも重要ではないのか。
 その原因となった発言と、その発言をめぐる反応の記事は下記の通りである。

尖閣購入なら「重大危機」 丹羽駐中国大使が反対明言

 丹羽宇一郎駐中国大使は7日までの英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューで、東京都の石原慎太郎知事が表明した尖閣諸島の購入計画について「実行されれば日中関係に重大な危機をもたらすことになる」と述べた。
 日本政府関係者の中で明確に反対を表明したのは初めてで、波紋を広げそうだ。(共同)

2012.6.7 12:16 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120607/chn12060712170001-n1.htm

官房長官、中国大使発言は個人的見解=「職権超えている」と前原氏

 藤村修官房長官は7日午後の記者会見で、丹羽宇一郎駐中国大使が英紙のインタビューに対し、東京都による尖閣諸島購入計画を「日中関係に極めて深刻な危機をもたらす」と批判したことについて、「個人的見解を述べたということで、政府の立場を表明したものでは全くない」と語った。藤村長官は「外務省から注意したと報告を受けている」と説明した。
 民主党の前原誠司政調会長は記者会見で「大使がそのような発言をするのは職権を超えている。適切な発言ではない。(丹羽氏の)見識が問われる」と批判した。 

時事通信 6月7日(木)18時59分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120607-00000133-jij-pol

丹羽大使、尖閣購入支持「おかしい」 外交軽視の実害 与党からも批判

 「知らない。言わせておけばいい」
 東京都による沖縄・尖閣諸島の購入を批判した丹羽宇一郎駐中国大使の発言に対し、石原慎太郎知事は7日、不快感を隠さなかった。都内で産経新聞の取材に答えた。
 藤村修官房長官は記者会見で、丹羽氏の発言を「政府の立場を表明したものでは全くない」と否定した。民主党の前原誠司政調会長は「大使の職権を超えており、適切な発言ではない」と強く批判し、「私は東京都よりも国が買うべきだと考える」と述べた。
 丹羽氏をめぐっては今回の英紙インタビューに先立つ5月4日にも、訪中した横路孝弘衆院議長と習近平国家副主席との会談に同席し問題発言をしていたことが7日、分かった。
 丹羽氏は習氏に対し、日本国内で石原氏による沖縄・尖閣諸島の購入表明を支持する意見が多数を占めることについて、「日本の国民感情はおかしい」と述べていた。複数の横路氏同行筋が明かした。
 丹羽氏はこの際、「日本は変わった国なんですよ」とも語っていたという。
 横路氏同行筋の一人はこう振り返る。
 「あの人は中国べったり。外交官じゃなくて商社マンだ。重視しているのは国益か社益か分からない」
 だが、丹羽氏が「中国最強商社」を自任し、対中ビジネスを重視してきた伊藤忠商事の社長経験者であることは、就任前から懸念されていたことだ。
 その丹羽氏を「政治主導」の象徴として、民間から初の中国大使に起用したのは民主党政権だ。野党からは当然、「その大使の言動について民主党の責任は免れない」(自民党の世耕弘成参院議員)と任命責任を問う声が出ている。
 外交・安全保障の門外漢であり、出身会社を「人質」にとられた形の丹羽氏の起用は、「日本は領土問題を含む政治的課題よりも経済関係を重視する」というメッセージとして中国に受け止められていた可能性すらある。
 実際、丹羽氏はすでに役割を終えた対中政府開発援助(ODA)を日中関係改善のため「続けるべきだ」と主張するなど、中国側の意向に配慮を示す例が目立つ。こうした不規則発言の連続に、これまで丹羽氏を守ってきた外務省内からも「伊藤忠が中国にモノを言えるわけがない」(幹部)と冷めた声が聞こえる。
 丹羽氏起用を主導した岡田克也副総理も今では丹羽氏が大使として機能していないことを暗に認め、周囲に「政権交代のコストだ」と漏らしているという。
 結局、外交の重要性をわきまえない民主党政権のあり方が、専門家でも何でもない民間人の駐中国大使起用というパフォーマンスを生み、今や深刻な実害を招いている。(阿比留瑠比)

2012.6.8 01:27 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120608/plc12060801300001-n3.htm

 さて、丹羽氏に関して、今回その人格を否定するつもりはない。伊藤忠というよう社の社長として無給でその業績を立て直した「経済人」としての手腕は、高く評価する。しかし、経済人の評価と政治家としての評価は一致するものではない。先日森本防衛大臣に関して、「民間人で政治責任が取れるのか」ということをブログで記載したばかりであるが、まさに民間人出身ということ箱のような事件を起こしてしまうのではないか。
 根本的に価値観が違う。
 たとえば、日本国内の施設や工場を閉鎖し、人件費の安い外国(あえて中国とは書かないが)に製造拠点を移すとする。日本国内において、人件費の高いブルーカラーをリストラし、安い賃金の人件費で日本の技術を導入して製造や運営を行う。これにより価格の自由競争に勝ち残り企業が再生する。このようなシナリオを考えてみよう。
 企業人ならば、経済効率優先ということで、その経営手腕を非常に高く評価されることになり、経営者としては、会社の建て直し、会社の収益の改善ということで、その手腕を見込まれることになる。なぜならば、他の環境の事を考えずに企業人としてその企業の収益と存続を考えればよいからである。一方、政治家としてはどうか。政治家は一企業の収益ではなく、国家全体のことを考えなければならない。要するに、政治家としてこのことを推奨したとすれば、日本国の雇用を失い、海外に技術や企業機密を流したということになり、相対的に日本の技術力や国力を下げ、工場を作った国の国力を無償で上げてしまい、国家としては雇用がなくなった分、雇用が失われるということになるのだ。要するに、政治家としてこのような企業の海外移転を推進するのは、この例を取り上げれば、政治センスはまったく政治家として失格ということになる。
 要するに、企業人としての価値観と国家を背負う政治家としての感覚はまったく異なる。企業経営が良かろうと、その経営手腕が良くても、国家としての国益や国家全体の感覚のない人にとって、その人が政治をとる、政治に携わることは非常に危険であるということが明らかになるのだ。
 これは民間人の閣僚起用でも同じ。要するに、政権がそのようなことをしっかりと気に欠けて「適材適所」で人を配置しなければならない。今回のような危険があるならば、あらかじめコミュニケーションを三つにとるなどしっかりとした対応をしなければならない。そうでなければ人間は成功体験で自分が最もとく意図するところで勝負をする。要するに、丹羽大使は、国家という土俵ではなく企業経営者としての国家観のない感覚で外交を行ってしまう危険があり、そのことを内閣政権は事前に防ぐことができなかったということを意味しているのである。
 現在の野田内閣に限らず、民主党のな改革が、党内論理や党内政局を優先して、適材適所に人材を配置していないことはすでに指摘のとおりである。そのことは、単なる発言の問題ではなく、このような問題のときに、その発言を建てにとって日中外交全般が禍根を残すことになる。そして知れは丹羽大使個人の問題ではなく政権与党全般の問題として認識されなければならず、そのことを解決できないで他の政策で連携などをとるような話ではない。国家観の問題であると考えられるのである。
 この問題に関して「政府の見解と違う」などということではなく、丹羽大使の罷免ということが野田内閣でできるのか。国民は注目すべきではないのか。

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三笠宮家寛仁親王殿下薨去

三笠宮家寛仁親王殿下薨去

 一日遅れであるが、寛仁親王殿下の薨去されたことを、このブログでもご報告させていただきたい。
 寛仁親王殿下は、「ひげの殿下」の愛称で、広く国民に親しまれたかたである。また、そのような呼称をされても笑顔でお応えされる心の広い殿下であったと認識している。私の場合東久邇家、四條家など旧皇族旧華族とのお付き合いがあるため、寛仁親王殿下の話題が出ることも少なくない。特に、現在ご病気で療養中の四條隆元卿などは、寛仁親王殿下と学習院でのご学友であり、なおかつ同級であったために、公式の席と私的な席、そして酒席ではおのおの寛仁親王殿下に対する呼称が変わっていた。公式の席では、「三笠宮寛仁親王殿下」と申し上げた後「通常は『ひげの殿下』といわれていますが」などといっていた。しかし、私的な席では「ともさん」という呼称を、そして酒席では「ひげが」という呼称を使っていた。一度四條卿に「そのような呼称で問題ではありませんか」と聞いたところ「本人がそう呼んでほしいといっているんだから、本人の意思に従うほうがいいだろう。ともさんは、皇族といわれるのが非常に堅苦しくて嫌いだから、本人の前でもともさんと愛称で呼んだほうが喜ぶんだよ」といっていた。
 後日、実際にお目にかかる光栄があったとき、恐れ多くもこのことを殿下ご本人に聞いてみた。すると「あなたも殿下とか言わないで、ともさんと呼んでくれた頬がいいのになあ」とおっしゃられていたものである。不敬を覚悟で「それでは、ともさん」と切り返したところ、笑顔で「多くの人がいる前では殿下でいいが、そうでないときはそのほうが良い」といわれたのである。
 寛仁親王殿下に関しては、そのような気さくなお人柄のエピソードが非常多く残されている。その一端を、新聞記事の抜粋から。

闘病20年以上…最期見守る家族「お父様」


 20年以上にわたり、がんとの壮絶な闘いの日々を送った三笠宮家の寛仁(ともひと)さまが6日午後、66年の生涯を閉じられた。
 障害者福祉やスポーツ振興など様々な分野で活躍され、東日本大震災では被災地入りして激励にあたられた「ひげの殿下」。自由闊達で型破りなお人柄は終生、国民に親しまれ続けた。
 「お父様」。長女の彬子(あきこ)さま(30)と次女の瑶子(ようこ)さま(28)は病床のそばでこう呼び掛けられていたという。
 寛仁さまが息を引き取られたのは午後3時35分。死因は多臓器不全。1991年1月に最初のがんがわかって以来の、長い闘いに幕が下ろされた。
 宮内庁で午後6時から始まった記者会見で、日野西(ひのにし)光忠・宮務(きゅうむ)主管と、杏雲堂(きょううんどう)病院(東京・千代田区)の海老原敏・名誉院長が、ご逝去の様子を発表した。
 日野西主管によると、病室には、母親の百合子さま(89)、姉の近衛寧子(このえやすこ)さん(68)ら親族が付き添い、最期を見守られた。彬子さま、瑶子さまは、涙を流しながら、海老原名誉院長に「長いこと、お世話になりました」と静かに述べられた。

(2012年6月7日08時07分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120606-OYT1T01555.htm?from=main2

禁煙です…「ごめんごめん」、気さくな寛仁さま

 福祉にスポーツに、様々な方面で交流の輪を広げられた三笠宮家の寛仁さま。ゆかりの人々は、自由を愛され、情に厚かったその人柄をしのんだ。

 ◆一緒に春スキー

 スキーを通じて交流を続けてきた冒険家の三浦雄一郎さん(79)は、「気取ったところがなく、気さくな方だった」と振り返る。
 私的な場では、「ともさん」「雄ちゃん」と呼び合う仲。40年以上前から、毎年、青森県の八甲田山で共に春スキーを楽しんだり、自宅にお招きしたりしてきた。次男でプロスキーヤーの豪太さん(42)がまだ小学生だった頃、たばこを取り出した寛仁さまに豪太さんが「うちは禁煙です」と注意すると、寛仁さまが「ごめんごめん」と謝られ、食卓は笑いに包まれたという。
 2005年頃に千葉県のゴルフ場で一緒にコースを回ったのが最後になった。「20年でも30年でも長生きしていただき、また山にご一緒したかった」と早すぎる逝去を悼んだ。

 ◆礼服も自分好み

 寛仁さまはおしゃれなことでも知られた。テーラー「金(きん)洋服店」(東京都渋谷区)店主の服部晋(すすむ)さん(82)は、寛仁さまが成人された46年前、成年式で着るための礼服を仕立てた。この時、寛仁さまから「(米国東部の大学で流行していた)アイビールックで礼服、できるかい?」と尋ねられたという。それまで、皇族方から個人の好みで礼服を注文されたことはなく、「形にとらわれない方だな」と驚いたという。
 一方で、何度も寛仁さまのこまやかな心配りを実感した。01年に妻を亡くした際には「気を落とさず頑張って」とお見舞いにメモを添えられたという。「あの時、年上の私に『お前さんが死んだ時には、お悔やみの花をあげるよ』と冗談めかして励ましてくださったのに、逆になってしまった」と悲しそうに話した。

(2012年6月7日09時04分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120607-OYT1T00203.htm?from=top

首相が謹話「痛惜の思い」…寛仁殿下ご逝去

 野田首相は6日、三笠宮家の寛仁親王殿下のご逝去について、「国民と共に、謹んで心から哀悼の意を表します」との謹話を発表した。
 謹話は「国民と飾ることなく親しく接せられる殿下に、引き続き積極的なご活動を望んでいたところ、思いもむなしく薨去(こうきょ)されましたことは、誠に痛惜の思いに堪えません」としている。
 (薨去とは、皇族がお亡くなりになること)

(2012年6月6日21時00分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120606-OYT1T01035.htm

 非常におしゃれで気さく、それでいて真の強い肩であった。いや、基本がしっかりした強い肩であったので、外見や呼称にまったくこだわらず、ありがたいエピソードの多い殿下であったのかもしれない。もちろん、その基本の強さは国民のため、国家のためという思いが強かったのだと思う。障害者支援の活動をされているときに、皇統離脱を口にするなど、その信念の強さは一貫されていた。皇族であることよりも、多くの人のため、自分の信念のために何ができるか、真剣に考える方であった。
 ラジオ番組などに出演されるときは、数週間前から一字一句間違えない原稿を用意し、アナウンサーの質問も全て台本に記載されるかたであった。その上で、数日前に「これでいいかな。こんなことを言って番組の視聴者はどう思うかな。視聴者の皆さんに失礼はないかなあ」と口にされ、何度も赤で修正、赤で見えなくなれば青で修正を入れてくる念の入れようであった。「ちゃんと練習してこないとならないから」と笑顔でおっしゃられる話と、ラジオなどでご出演されている凛とした発言とは、まったく異なる。そのギャップに魅せられたものである。
 最後に、記事の中に野田首相の言葉を入れた。野田首相は、大変申し訳ないが「つきなみ」な内容しか書かれていない。自分の政権下で女系天皇などといってご心労をおかけしたことも何もまったく考えていない。そのような状況であるから、エピソードも何も入らないコメント(あえてコメントと書く)しか出てこない。なんとも悲しいものである。
 このようにエピソードを書いているといつまでも終わらない。しかし、「ともさん」の愛称にこめられた「思い」は、われわれがどのように汲み取るべきなのであろうか。私は「尊敬・畏敬の存在でありながら、親しみやすい」というこの感覚を忘れないようにしたいと思う。皆さんはどのように思われるであろうか。

合掌

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なぜだ!?復興需要があるのに景気の低迷の謎

なぜだ!?復興需要があるのに景気の低迷の謎

 一応私も国会新聞社の記者であり編集次長であるために、基本的には政策や政局、法案、一部外交に関する内容を中心に活動している。しかし、このブログを読んでいただいている方ならばすでにご存知の通り、大学卒業後すぐに政治に携わったわけではないのである。大学卒業後、まずは当時のニチイ、その後マイカルとなって2001年に倒産した会社の総務本部法務担当にいた。そのときの業務内容やあるいは、大連に行ってさまざまな話しをしたときには、日本では体験できない経験を数多くした。そのことは、メールマガジンのほうで「宇田川敬介東アジア放蕩覚書」として連載している。
 さて、いきなり私の経歴を書いたのは、このような政治にびったりの生活をしている私に対して、企業人や経済人が自分の会社の相談などを持ちかけてくることがある。もちろん純粋にマスコミであったわけではないことは上記の通りであり、企業経験もサラリーマン経験もしっかりとしているのであるから、純粋なマスコミの人よりも話しやすかったり、状況を共有することはできるのかもしれない。しかし、それでも政治の記者であるということは、その世界の現状をしっかりと認識していない、業界の人のような人脈がないなどのマイナス点もあるのだ。もちろんその辺は相談をしてくる側も心得たものであろう。逆に、政治や法案の話など、相談に来る方々の知らない話や、見えてない見方などを進言することはできるのである。
 ところで彼らから良く「景気はどうやったらよくなるのか」と、聞かれることがある。はっきり言って私はそのようなことはわからない。というよりは、日本の経済評論家といわれる人は、ほとんどわかっていないのではないか。単純に言えば、経済と政治は完全に連携している部分もあり、また完全に独立している部分もある。その双方をしっかりと熟知していなければ、それらの疑問にはしっかりと答えることができないのである。それらの前提の上で、私が必ず答えることがある。それは「民主党政権の間は景気は回復する兆しは見えないのではないか」ということである。
 今回選んだ新聞記事は、まさにその内容をしっかりと示してくれているのである。

「このままいけばじり貧」のゼネコン業界 ハザマと安藤建設合併で生き残り目指す

 準大手ゼネコンのハザマと安藤建設が、2013年4月1日に合併し、新会社「安藤・間(はざま)」として再出発する。建設業界は現在、東日本大震災の復旧・復興需要が拡大し、リーマン・ショック以降厳しさを増していた業績を支えている。
 しかし、復興需要が一巡した後は新たな需要増は期待できない「お先真っ暗」ともいえる状況。ハザマ、安藤建設の合併を機に、業界再編がさらに進む可能性をもある。
合併で業界8位の規模に浮上
 5月24日の発表によると、ハザマが安藤建設を吸収合併する形で存続会社となり、安藤建設の普通株式1株に対し、ハザマの0.53株を割り当てる。東京証券取引所に上場している安藤建設の株式は2013年3月27日で上場廃止になる見通し。新会社の社長には安藤建設の野村俊明社長、会長にはハザマの小野俊雄社長がそれぞれ就任する予定だ。
 両社の売上高は単純合計で計約3500億円になり、ゼネコン大手などに続き、業界8位の規模に浮上する。記者会見で野村社長は「建築に強みを持つ安藤と、土木に定評のあるハザマは(互いに)ベストパートナーだ」と指摘。合併によって経営の合理化と効率化を進めると同時に、事業規模の拡大を図ることで、需要増が見込めるアジア各国などでの受注力もつけられるとの考えを強調した。
 両社は2003年5月、資本業務提携を締結、安藤建設がハザマの発行済み株式10%を取得し、人材交流などを進めてきた。規模では上回るハザマの経営不振を、安藤建設が支援する色合いが強かった。
 復興関連事業が一巡すれば厳しい時代が来る
 そんな両社が合併にまで踏み切った最大の要因は、将来的に国内の建設需要の伸びは期待できず、「このままいけばじり貧」(業界筋)という業界のおかれた状況への危機感からだ。
 国土交通省の調査によると、国内の建設投資額は1990年前後のバブル崩壊以降、減少傾向が続いている。1996年ごろまでは年間80兆円前後で推移していたが、2010年には半分の41兆円にまで落ち込んだ。この1年ぐらいは東日本大震災の復興需要で何とか息をつないでいるのが実情だ。ハザマの小野社長は記者会見で、「いずれ復興関連事業が一巡すれば厳しい時代が来る」と厳しい表情で語り、合併はやむを得ない選択だったとの考えをにじませた。
 その被災地の復興需要についても、膨らんでいるとはいえ、「大手ゼネコンの受注は好調だが、下位になればなるほど厳しい。大手と準大手以下の差がいっそう開いている」(中堅ゼネコン関係者)との声もある。規模の小さいゼネコンほど、合併や経営統合など思い切った対応で生き残りの道を模索せざるを得ないのが現状だ。ハザマ、安藤建設の合併に影響され、今後、建設業界にさまざまな合従連衡の動きが生まれる事態もあり得る。

2012年06月04日10時03分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6623205/

自工会の豊田会長が会見「急激な円高、放置すれば日本の製造業は崩壊」と危機感

 日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は4日記者会見し、1ドル=78円台前半まで円高が進行していることについて、「自動車業界を含めて日本のモノ作りを維持していくうえで危惧している。放置すれば、日本の製造業の崩壊が始まる」と危機感をあらわにした。
 豊田会長は、「外貨を稼ぎ、雇用を支えるという意味で、自動車産業などの製造業の位置づけは非常に大きい。その重要な産業を守る点で、超円高が続いていることは非常に厳しく、大変心配している」と強調した。

2012年06月04日13時30分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6623951/

 準大手ゼネコンのハザマが「このままいけばじり貧」といい、世界企業と自らを言っていたトヨタが「日本の製造業は崩壊」といっている。これhまさに日本の企業の完全なる死活問題を言っている。そしてその内容は、主に、復興需要の停滞ということと、もうひとつは円高ということ、まさに政治が中心となった需要喚起ができていないということに他ならないのである。
 復興は、策縁の東日本大震災からの復興である。この復興がうまくいかなければ、東北の被災地だけでなく日本人全体が停滞してしまう。阪神大震災のときは、12ヵ月後は復興はしていなかったが、それでも復興の兆しは見えていた。何もかもが1年間復興のためにまい進し、そのために日本が一丸となって震災被害と戦っていたと思う。しかし、民主党政権はどうだ。復興などはそっちのけ、いつの間にか社会保障と消費税増税、最終的には小沢グループだの何だの、民主党の党内事情になってしまっている。食品でも何でも、福祉まで放射能の風評被害がある中、スパイと組んで中国に大量の食品を輸出し、全て廃棄されている。このようなことで、何が復興なのか。単純に言って、阪神のときの復興のために一丸となったような雰囲気は民主党政権からは感じないのである。
 豊田会長の言う円高放置はもっと申告だ。昨年、一昨年のときから円高に関しては、かなり日本の景気に関して深刻な問題であると考えている。もちろん、円高がすべての経済界において問題があるとは思えない。実際に、バブル期の日本の為替はずっと円高基調であったのだ。それでも日本はバブル経済を維持してきている。問題は、円高基調であるということを企業がしっかりと認識し、その基準で物事を推移していないということに他ならない。為替であるから、輸出産業が損をしていれば輸入産業が利益を上げている。それらの情報開示と調整が民主党にはまったくできてない。要するに経済音痴である。
 そのような毛財御地の中において、調整能力もまったくない「政治主導」の中において、消費税、要するに間接税だけが上がろうとしている。日本のように、中間下請け企業が多い製造業の構造の場合、下請け会社が部品を作って、その部品を大手に納入するだけで、そこに消費税がかかる。すべての部品に下請け、中請け、帳合などの間接税がかかるようになってしまうのであるから、その内容に関しては、単純に製造物に関して10%の税がかかるのではなく、その製造コスト全般に間接税の負担がかかるということになる。もっと言えば、輸送コストや倉庫にもそれだけの間接税負担がかかることになるのだから、その部分を減らすようにする。その企業努力は、まさに、中小企業をきる「中抜き」や、製造調整ということになる。
 何度も言うが、そのようなことのシュミレーションがある中において、民主党の中では小沢が、とか反対派賛成派とやっているのである。民主党内閣では鳩山も、菅も、野田もどれであっても景気がよくなるはずがないのである。
 そしてもっとも大きなことは、この政権にそのような経済的な危機があるということが見えていないことである。まさに「危機を危機と思わないことの危機」が最大の問題なのだ。
 ゼネコンは合従連衡が進み、トヨタなどは為替差損を嫌って、海外に進出する。このことはまさに、日本人の雇用が少なくなるということを示しているのに過ぎない。これら新聞の記事にはそのようなことは書いていないのであるが、日本人のための日本の製造業はいつの間にか、日本人の首を切るための製造業になってしまい、また、それを危機と感じない政権がより威一層景気を悪化させ、負のスパイラルを作り出している。
 国民よ、そろそろ気づいても良いのではないか。

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中国による土地購入と資本主義自由主義経済との板挟み

中国による土地購入と資本主義自由主義経済との板挟み

 中国および愛知における中国の総領事館の土地購入がかなり話題になっている。新潟の場合は、約5000坪という国会議事堂よりも広い土地の広さにおいて、総領事館が建設されようとしているのである。
 この問題、中国といえば、当然尖閣諸島沖漁船衝突問題だけでなく商標権の不正侵害や中国国内における登録、または、繰り返される中国国内における反日デモに、日本国内における中国人による犯罪急増など、日本国内における治安維持の面でも非常に大きな問題を抱えている。たぶん、この総領事館の内容がアメリカやイギリスといったところであれば、そんなに大きな騒ぎにはならなかったのではないか。しかし、それが中国・韓国などその本国において反日デモを多数行っている国々では、そのような大規模な土地の購入に関して、市民からの強い反発が予想されることになるのである。
 それだけではなく、このように日中関係において懸念しているのは、何も日本だけではない。5月下旬に鳩山由紀夫元首相が、なぜか訪中し李克強副首相と非公式に会談したときに、日中関係のさまざまな懸案事項があることについて「さざなみ」と表現したことは、非常に注目されており、中国国内においてもさまざまな問題が提起されているのである。木の鳩山元首相の訪中に関しては、さまざまな疑問があり、なんの役に立ったのか、外交上どのような日本の国益になったのかはまったくわからないのであるが、少なくとも、この「さざなみ」発言によって、中国側も日中関係において「さざなみ」どころではない障害があることを認識しているということになるのである。
 そのような中で領事館を建設するということは、日本国内において治外法権の中国領を作るのと同じである。特に広い面積の土地ということになれば、さまざまな憶測を呼ぶことは間違いがない。もちろん現在建築どころか完全に売却したわけではないので、なんとも言いようがないのであるが、建築されてしまえば、どのようなことが発生するのかまったくわからない状態になるのは明らかである。日本国内に日本の法律や日本の官憲が入れない土地が5000坪もできてしまうのである。日本の左翼の人々は、アメリカの基地に関しては反対するのになぜ中国の領事館では反対しないのか。
 この問題に関する記事が出ているので、その内容をまず読んでみて、その後、日本の経済システムである自由主義経済との兼ね合いについて考えてみたい。

中国が新潟市で5000坪土地購入 日本国内の“中国領”を意味

 中国の在外公館をめぐって、書記官のスパイ活動疑惑より深刻かつ不気味な事態が進行している。舞台は新潟市。国会議事堂より広い5000坪もの広大な土地が中国に買われ、そこに総領事館が移設されようとしているのだ。
 新潟に中国総領事館が設置されたのは、2010年6月のこと。現在、中国は新潟市内に4階建て敷地面積424坪の商業ビルを借りて、総領事館として使っている。しかし、中国側は当初から自前の総領事館を建てたいと、新潟市に土地の紹介を要請していた。
 この要請を受け、新潟市は候補地として数か所を紹介。中でも最有力として浮上したのが、市の中心部にある万代小学校跡地だった。
 2010年8月、新潟市の篠田昭市長は、中国の総領事館建設計画を歓迎し、住民への説明を十分に行なわないまま、中国への土地売却を前提に測量を開始した。
 しかし、これに地元住民が反発。折しも、9月に尖閣諸島周辺海域における、中国漁船による海上保安庁の巡視船への衝突事件が起こったことから、住民の間に不安の声が高まったのだ。
「『万代小学校跡地を中国に売却しないでほしい』という請願が3件、市議会に提出され、昨年3月に市議会で採択された。これを市が重視し、中国への土地売却を断念した」(前出・新潟市役所経済・国際部国際課)
 万代小学校跡地の広さは約5000坪。そして、中国が買った信濃川沿いの土地も5000坪。現在の総領事館の10倍以上にも及ぶ。東京・南麻布の中国大使館でも3333坪である。なぜ中国は総領事館の用地として、5000坪もの広大な土地にこだわるのか。
 中国側は利用目的について、新潟市にこう説明しているという。
「職員は17人程度だが、コックや運転手などを含めるとかなりの数になるので、それらの方々とその家族を住まわせる宿舎を敷地内に入れたい。また、総領事公邸や事務棟、新潟市民とも交流ができる広い庭も作りたいという話だった」(新潟市役所経済・国際部国際課)
 しかし、この説明を鵜呑みにすることはできない。本来、地方の総領事館がやることといえば、職員の人数からもわかるように主たる業務はビザの発行くらい。通商問題の処理等もあるものの、こんなに広大な土地を取得する必要性はまったくないのだ。
 ではなぜ、中国は広大な総領事館、しかも新潟にこだわるのか。
 中国出身で、中国の内情に詳しい石平・拓殖大学客員教授は中国の国家戦略をもとにこう語る。
「中国は2005年に北朝鮮の羅津港を租借し、悲願だった日本海進出の拠点を確保した。そこから新潟までは一直線で、今後、新潟は中国にとって戦略上の重要な拠点となる可能性が十分にある」
 自民党の参院議員で元陸上自衛官の佐藤正久氏は、中国が2年前に制定した「国防動員法」との関連を懸念する。国防動員法とは、中国が他国と戦争状態になった際には、中国国民はすべて動員され、戦争に協力しなければならないとする法律である。その対象は中国国内にいる国民だけでなく、海外に住む中国人も含まれる。
「中国の国防動員法では、有事などの際に、人民解放軍が自国民保護のために他国に上陸することも可能だとしている。日中関係が緊迫した時に、新潟の総領事館はその拠点として、軍事要塞化されるのではないかという不安の声もあるが、我々は許しません。さらにいえば、新潟は北朝鮮による拉致の拠点にもなっていた。中国は北朝鮮の後ろ楯ですから、北朝鮮の工作員なども総領事館に逃げ込む可能性がある」
 問題は、中国が取得した土地にいったん公館が建てられれば、そこに日本の公権力が及ばなくなることだ。
 ウィーン条約は22条1項で次のように規定している。
<使節団の公館は、不可侵とする。接受国の官吏は、使節団の長が同意した場合を除くほか、公館に立ち入ることができない>
 軍事ジャーナリストの井上和彦氏がいう。
「仮に中国が取得した土地に総領事館が建てば、そこは治外法権になってしまう。外交官が普段から使っている車の中も治外法権になる。そうなれば、中国が総領事館の中で、爆弾を作ろうが何をしようが一切手出しはできない。まさに日本国内に“中国の領土”ができるのに等しいのです」
 外務省に問い合わせると、
「本年1月、在京中国大使館からの連絡によれば、中国側は当該民有地取得のための売買契約を締結済みであると承知しています」
 と回答をした。しかし、この問題を追及する自民党の小野寺五典衆院議員は、新潟の土地売却を阻止するチャンスはまだゼロではないと話す。
「日本には外国人土地法という、土地取得に制限をかける法律があります。しかし、この法律に基づいた政令が規定されていないため宙ぶらりんになっているのです。政令で定めれば中国による土地取得を阻止できるのですから、一刻も早く法整備すべきでしょう」

※週刊ポスト2012年6月15日号
2012年06月04日07時00分 提供:NEWSポストセブン
http://news.livedoor.com/article/detail/6622637/

 さて、領事館や大使館という名の建物を広大にして、その中に軍隊を入れておくことは、実際に国際社会の中では普通に行われている。もちろんそのような軍隊を派遣できる国力がなければできないので、そのようなことを行う国は、数カ国しかないということになるのであるが、そうでなくても在外公館に関しては、危機管理のために必ず駐在武官をおくのは、日清日露戦争の時代から至極当たり前のことである。要するに、今回の5000坪の広大な領事館は、戦車などは置けないにしても歩兵2000人規模の基地として有効な場所になる当ことが言える。もちろん、地下や建物の建て方によっては地上、そして建物の上にヘリポートなどを作ることによって、要塞化も可能だ。しかし、それらに関して在外領事館であれば、上記のように「治外法権」であることから日本は日本国内法の法律違反を持って違法建築などの申し入れができないことになってしまっているのである。
 一方、法律で取りの取得を制限すべきという意見がある。しかし、資本主義国家においては、誰でもが自由に土地を購入することができるということが大前提である。法律によって経済を規制することは、まさに「統制経済」でありそれは日本が資本主義経済、自由主義経済を捨てることに他ならない。以前、中国人が水源地を広大に購入し、日本の水が危ないということで、話題になったことがある。自民党の高市早苗議員などは、この問題に取り組んでいた。私もその相談を受けた一人であるが、そのような検討の中において土地の取得を制限するのではなく土地の上にある樹木の伐採や、土地にたどり着くまでの道路の建設などを制限するという提案を行った。その法案は修正の後に法律として成立しており、その法律が成立したことによって、水源地の保護はできるようになった。しかし、先日利根川水系に化学薬品の混入が認められ、千葉県や茨城県で水がストップするという自体が発生した。中国人が、自分の土地の中において毒物をばら撒けばどのようなことになるのか。樹木の伐採などの制限を加えたが、それでも、日本の水の危機はなくなったわけではない。しかし、日本が資本主義という大前提と中国との関係、そして水源地の保護ということを両立することによって、そのような制限ができているのである。
 さて今回の問題も非常に大きな問題だ。在外公館の面積を決めているような条約はない。また、二位あたし、要するに売り手がそのような契約を是としている以上、第三者がその内容を問題視することは不可能である。そのために、この問題は資本主義、自由主義経済における諸条約において、日本は売買契約を公定しなければならない立場にある。しかし、一方で、日中関係の危険は非常に大きなものであるということは明らかである。その内容は、中国側も鳩山本首相の「さざなみ」発言に反応したことでも明らかだ。この二つの懸念をしっかりと両立することを考えなければならない。
 単純に言えば、新潟市をはじめとする首長やその地方公務員において、「国益にかなわない決定をする人」を選ばないという手段がもっとも有効である。日本人は、反政府などという狭い了見で、平気で国益を損なう決定をしてしまう。そのような狭い了見しかもてない人々を、政治の場から追放しなければならないのではないか。
 この問題に関して、最終的にどのような内容になるのか、あるいは、どのような状態になるのか、まだ阻止ができるのかできないのか、は不明である。しかし、いずれにせよ、日本国民として日本の国益にかなった行動を行うことこそ大事なのではないか。

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深刻な人材不足を露呈した新内閣の民間人防衛大臣の政治責任は?

深刻な人材不足を露呈した新内閣の民間人防衛大臣の政治責任は?

 6月4日、野田首相は内閣を改造した。
 防衛大臣   田中直紀  → 森本敏
 国土交通大臣 前田武志  → 羽田雄一郎
 法務大臣   小川敏夫  → 滝実
 農林水産大臣 鹿野道彦  → 郡司彰
 金融郵政大臣 自見庄三郎 → 松下忠洋
 と、この5閣僚を交代したのである。
 まず、交代させられたほうの事情を考えて見よう。田中防衛大臣と前田国土交通大臣は、参議院により問責決議が出されたのである。そもそも問責決議g出たのが4月20日前後であったと思うので、1ケ月半も放置していたことになる。この間、参議院の審議がほとんどストップしていたという現実はあまり知られていない。しかし、憲法という土台に戻って考えて見れば、国権の最高機関において問責決議があったにもかかわらず、三権分立のひとつの行政府である内閣が、その問責を無視する状態が一ヵ月半も続いているというのは以上としか言いようがない。
 小川法務大臣に関しては、自身の弁護士報酬の話や競馬馬所有の話など、資金に関することが非常に大きな問題としてかかっていた。今後その内容に関して野党側から突き上げが来るところであったと考えられる。
 野党側から質問が集中するといえば、鹿野農水大臣も同じだ。先日明らかになった中国人大使館書記官の李春光氏の、スパイ疑惑。そのスパイ疑惑は現在の野田内閣において、野田首相も昨年の12月25日の訪中の際に見学に言っているほどのものであり、また、筒井信隆農水副大臣が深く関与した中国での生鮮食品見本市に深く関係するものである。そればかりか、F-35を含む防衛に関する機密なども中国にわたったのではないかという疑惑がある。これらの基軸になるのは、まさに筒井副大臣である。
 自見大臣に関しては、特に大きな話はないが亀井静香前国民新党代表との確執などがあって、やはり大きな問題になる。
 これらの事情でありながら、ねじれ国会の中で消費税増税法案を通そうと思えば、どうしても雇うとの協調が必要である。それは、まさにこれらの野党からの追及される内容をなくさなければならない。
 国会期日を今月半ばに控えながら、この時期での内閣改造はそのような事情からである。

「最強の布陣」わずか5か月、異例の内閣改造

 野田首相は4日、国会会期中としては異例の内閣改造を断行する。
 消費税率引き上げ関連法案をめぐる、自民党など野党との修正協議の環境整備が目的だが、前回の改造からわずか5か月で再改造に追い込まれたことで、首相の人事の失敗を指摘する声も強まりそうだ。
 首相は4日午後1時25分をメドに、首相官邸で記者会見し、内閣改造の狙いなどを説明する。
 過去の内閣改造は、閣僚の交代が法案審議に影響を与える可能性があるため国会閉会中に行われることが多かった。
 国会会期中の改造は、2005年10月31日に、特別国会の会期中に第3次小泉改造内閣が発足した時以来となる。当時の小泉首相は悲願とした郵政民営化関連法を成立させたことを受け、「小泉改革の総仕上げ」を目的に改造に踏み切った。
 一方、野田首相は、国会閉会中の今年1月13日に行った内閣改造について、社会保障・税一体改革の実現に向け、「最善かつ最強の布陣」と強調していた。しかし、田中防衛相と前田国土交通相が参院で問責決議を受け、交代を余儀なくされた。

2012年06月04日10時12分 提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6623196/

新防衛相、「政治家より期待」の一方で不安も…

 野田再改造内閣で初の民間出身の防衛相に就任する森本敏・拓殖大教授は、防衛問題のエキスパートだ。
 田中防衛相は迷走発言を繰り返し、その前任の一川前防衛相も「素人大臣」の烙印(らくいん)を押され交代しただけに、防衛省内からは「政治家より期待できる」との声が上がったが、民間人が国の防衛をつかさどることへの不安ものぞいた。
 「防衛、外交の双方に知見があり、米国とのパイプもある。相手の話をよく聞いて物事を判断するタイプで、人柄は申し分ない」。ある自衛官は、自衛隊出身の森本氏に親近感と期待感をにじませた。別の自衛官も「防衛問題に不慣れな人が大臣になって混乱したので政治家よりよっぽど期待できる」と話した。
 ただ、民間人が国の防衛トップに就くことには、歓迎の声ばかりではなかった。ある自衛隊幹部は「国民の負託を受けていない民間人が、万が一の時に、自衛官を命の危険がある現場に行けと命令できるだろうか」と首をかしげる。

2012年6月4日(月)16時41分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120604-00622/1.htm

「意気込みなんて全然ない」防衛相起用の森本氏

 防衛相に起用された森本敏・拓殖大教授は4日午後、首相官邸で野田首相と面会後、記者団の取材に応じた。
 民間からの初登用に意気込みを尋ねられると、「意気込みなんて全然ありません。国会議員ではないというハンディーをずっと負いながら防衛の仕事に専念しようと考えている」と話した。
 森本氏は「自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣、そういう意味で指揮監督権はきちっとしている。予算審議も国会を通じやっている。全く心配はなく、ご自分の信念でお答えくださいと(首相が)おっしゃっていた」と、述べた。
 沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題については、「基地の返還を実現することは日米両政府の約束事だ。全力を尽くしたい」と語った。

2012年6月4日(月)16時14分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120604-00744/1.htm

 さて、この中で驚いたのは、まさに森本敏拓殖大学教授による防衛大臣就任である。防衛庁長官時代から含めてはじめての民間人防衛閣僚の輩出である。
 民主党の事情から考えれば、防衛に関する人材不足ということがあげられる。まさに、民主党の現在の執行部は「自衛隊は意見だ」などといっている人がいたくらいである。そのような状態においては、防衛や安全保障の専門家など入るはずがない。その内容は田中大臣やその前の一川大臣を見ても明らかである。もちろん、民主党の中では渡辺周防衛副大臣の格上げや、長島昭久首相補佐官の就任なども取りざたされていたが、実際にそれらが行われることはなかった。まさに、渡辺氏にしても流しましにしても、現在の普天間基地移転問題に関しては、鳩山・菅・野田の産内閣によって、アメリカとの合意および沖縄県民の感情を双方ともに調整つけられる人はいないのである。鳩山元首相の「少なくとも県外」という発言は、まさにそれくらいの内容になっている。これから解散総選挙がいつあるかわからない衆議院において、これらの問題を抱えてしまっては、まったく選挙に役立たないどころか、普天間基地の問題でヒール役を押し付けられてしまい、議席を減らす結果になることは明らかである。とはいえ、小沢グループを閣僚にしてしまえば、今後のさまざまな法案において内閣における意思の疎通がしにくくなる。まさに閣内不一致で政府提案の法案がまったくできなくなってしまうことになるのだ。そのために、民主党の感覚から言えば、できれば野党から、仕方がないので民間人で行うということになる。
 さて、国民から考えれば、森本氏は安全保障の専門家ダリ保守派であるという感覚はある。しかし、最大の問題は、憲法で定められた「内閣」という名の行政府の一員であるということである。
 要するに、「閣僚としての政治的責任を負うことができるのか」ということが最大の問題である。
 このことに関して森本大臣は「自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣、そういう意味で指揮監督権はきちっとしている。予算審議も国会を通じやっている。全く心配はなく、ご自分の信念でお答えくださいと(首相が)おっしゃっていた」(上記新聞記事からの抜粋)と発言している。ようするに「内閣の一員として、行政の一端を負っている」ということはまったく考えておらず、大学教授が大学教授のように、まさに簡単にそのことだけを考えている、端的にいえば、いわれるままに閣議においてサインだけをしていればよいという感覚になっているのである。内閣は「連帯して国会に対して責任を負う」要するに、内閣の行政責任は、基本的に全閣僚が分掌にかかわらず連帯して責任を負うものである。しかし、森本大臣にその意識はない。これで政治的な責任を負えるのかは非常に疑問である。この政治的な責任を負えないということは、まさに安全保障や防衛に関しても同じことが言える。何かあったときに、政治的なことを考えずにできるのか。
 もちろん、これらが取り越し苦労であるということを望む。しかし、実際にそれらもできて、なおかつ防衛、安全保障の専門家もいない。それこそ、まさに現在の民主党の閣僚人事の問題点である。そしてこのような人材不足の政党を、日本人は政権与党にしてしまったのである。

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マスコミ批判に関する一考(97) NHKとフジテレビの凋落

マスコミ批判に関する一考(97) NHKとフジテレビの凋落

 マスコミ批判に関する一考も、数えてみれば97回目ということだ。100回目から、少し今までのまとめをしてみても面白いかもしれない。このマスコミ批判のシリーズは、政治の内容をおおなっているときに日曜日になるとネタが無くなるので、それにあわせて少し古いネタでも扱ってみようと表いるのである。以前は新聞社の中の組織などをしっかりと書いてみたりして板が、最近は現象に対する内容ばかりである。
 最近のマスコミのヒットは、やはり読売新聞である。読売新聞の「中国人スパイ問題」に関するスクープ記事は、はっきりいいって賞賛を送らなければならない。実は、今年の1月に有田芳生参議院議員がツイッターで民主党の中のスキャンダルとして、中国における農産物輸出の問題に関してつぶやいた。そのことから、筒井信隆農水副大臣と、樋口議員の政策秘書である田中公男氏が理事長を勤める財団法人の間で、不透明な資金集めや資金の中国への送金がんされたことが話題になった。この問題は、稲田朋美議員や山本一太議員などが予算委員会で追求を行った問題である。マスコミは、一時はこの問題に食いついたが、朝日・毎日の両新聞は「疑惑がない」(当時の毎日新聞の社会部記者による発言)ということで、この問題自体を追いかけるのを辞めてしまった。また日経新聞は、社会部の中の警視庁担当が一部資料を残したのと、産業部がこの関連銘柄に関する注意をしている時点で終わってしまった。産経新聞でさえ、この問題に関して無関心になってしまったのである。
 しかし、読売新聞は、1月からこの農水省スキャンダル問題に関して調査チームを維持し、しっかりと調査・取材を続けた。この間、警視庁および警察庁公安部は内定を続けいていた。
 賞賛していながら貶めるようでおかしいのであるが、これは読売新聞が本来すごいわけではない。なぜ、農水の筒井副大臣が、なぜ樋口議員の秘書田中公男氏が、中国と結びついたのか。至極当たり前の疑問読売新聞は保有し続けただけである。そしてその祇園に対して徹底的な調査と取材を行った。その先に中国人スパイ問題があったのだ。要するに、田中氏や筒井副大臣がそのような疑惑をもたれるような存在になる以前に、その前の中国とのパイプということをしっかりと考えればよい。逆に言えば、それだけのパイプがありながら、尖閣諸島問題や昨年の野田首相の訪中で日本の国益にならなかったのはなぜかということを考えれば、意識的に中国側の意思に従った情報操作が行われたことは容易に想像がつく。そして、その情報操作に積極的に加担してきた民主党の副大臣や政策秘書といった人々の動きを見て行けば、実際に法律的な犯罪でなくても、政治的にまたは国益的に大きな損失を招くことを民主党の人々が深く関与し積極的んっ加担していたことが明らかになるのである。
 それで、読売新聞はある意味で当たり前のことを当たり前に行っただけである。日本の新聞として、法律で裁けないかもしれないが国益的に大きな問題になるであろうことを、国民に啓蒙し、そしてスパイという身近な部分の危機を明らかにし、また、そのような企画に多くの食品が意思や薬品会社、健康職員会社が「自社の利益のため」に参加していた実態があるということを知らしめた。これこそジャーナリズムの真の姿である。そして当たり前のことであるといえるのであるが、逆に言えば、朝日毎日といった新聞は、その当たり前のことが当たり前にできない新聞であるということが明らかになったのである。
 当たり前のことが当たり前にできない、とどのようになるのか。
 そのことは、次の記事とフジテレビやNHKの問題でも明らかである。

「NHKのフジテレビ化」がフジテレビ凋落の原因と女性作家指摘

 フジテレビの凋落が止まらない。かつて年間視聴率3冠の座に君臨していた輝かしき民放局は、いったいなぜ、人気ナンバーワンの座から滑り落ちてしまったのか。そのヒントは、2009年に始まったNHKとフジテレビとの積極的コラボレーションにあると、作家で『五感のチカラ』著者の山下柚実氏は指摘する。以下は、山下氏の視点である。
 * * *
 フジテレビの危機が叫ばれています。オダギリジョー主演のドラマ「家族のうた」が低視聴率で打ち切り。エースと呼ばれる伊藤利尋アナが、当て逃げ。フジテレビ社員の暴行・器物損壊容疑、飲酒運転で追突事故の疑いと、逮捕報道も続いています。
  だいじょうぶ? フジテレビ。
 かつては7年間も年間視聴率3冠(全日、ゴールデン、プライム)の座に君臨していた輝かしき民放局。それが、日テレに負けて首位陥落で巻き返しもままならない中、視聴率低下に次々のスキャンダル。焦りも大きいはず。
   いったいなぜ、人気ナンバーワンの局が一気に凋落してしまったのでしょうか? その原因の一つとして指摘されているのが、地デジ化。「8チャンネル」がラテ欄で一番右の端になったことが、視聴率低下の要因の一つとして語られています。
 視聴者の目に留まりにくくなり、リモコンボタンでも後の方になってしまったことが、視聴率に影響したのではないか、というのです。
 しかし、原因はそれだけではないはず。もしかしたら、「フジテレビの凋落」は、「NHKのフジテレビ化」と関係があるとは言えないでしょうか?
 NHKがフジテレビと積極的にコラボレーションを始めたのは2009年。ともに開局50周年を迎えたことがきっかけで、番組作りでも協力関係が促進されていったもようです。
  NHKも、「視聴率」を高めようと躍起になっていた時期。両局は番組出演者の相互出演や、同時生放送、グッズ開発などで「コラボレーション」を深めていきました。
 ご存じのように、NHKはタレントやバラエティに強い民放の手法を吸収することで、若者の関心をひこうとし、番組内容も変化していきました。
  何人ものタレントを束にしてスタジオにズラリと並べる。お笑い芸人とタレントがクイズに答えるといった番組作り。ジャニーズやAKBの集客力に依存するパターンも目立つように。NHKのアナウンサーがニュース番組の中で意味無く甲高い声を出してはしゃぐ、女子アナ化……。
「わいわいがやがや、お笑い芸人とタレントばかりでウルサイ!」。と頭にきてチャンネルを替えたら、それがNHKの番組だったことに気付く、なんてことも今や珍しくありません。民放の旅番組の静けさに癒されるという逆転現象も生まれています。
 NHKが、「視聴率アップ」に奔走したその結果、「NHKのフジテレビ化」はみごとに進んだ。しかし、フジテレビは二局はいらない。1チャンネルでバラエティ番組を堪能したら、もう8チャンネルにあわせなくても十分。
 そんな「NHKのフジテレビ化」によって、もしフジを見る人が減ったのだとしたら……。ブラックジョークとしか言いようがないですね。
  お笑い番組、バラエティ番組を重視しているNHKの姿勢には、国会議員からさえ苦言が呈される時代。今後、1チャンネルと8チャンネルの内容は、どこへ向かうのか。両局の変化に注目です。

2012.05.26 16:00   ポストセブン
http://www.news-postseven.com/archives/20120526_110713.html

 強引に読売新聞の中国人スパイの問題からNHKとフジテレビに話をうつした。そのまま読売新聞の賞賛の続けてもよいのであるが、実は、まだこの問題は操作中で利調査や取材も進行形である。そのために、あまり多くを語ってそれらの取材を邪魔することは、かえって私自身のこのブログが国益を損ねる結果になるということも考えられるので、これ以上書くことは、読者の皆さんには申し訳ないが、控えさせていただく。なお、このブログの今日の表題は読売新聞に関してはまったく書いていないのも、そのようにして目立たせないことが目的ですので、ご了解願いたい。
 早々に敵に見方の手の内をさらしてしまう行為は、かえって相手を喜ばせるだけだ。戦争で、「私はこのような陣形だから」などといって軍事機密や戦略戦術を敵にばらしたりマスメディアに流したりするのは「バカ」でしかない。機密は外に出た瞬間に機密ではなくなってしまうのである。それもわからないで、政治活動と称しているひとも少なくない。しかし、はっきり言って彼らの行動自体が、物事を悪化させ、国益を損ねているということをまったく感じないようでは話にならない。そのような愚を犯さないためにも、読売新聞の中国真スパイ問題はこの辺にしておく。
 といっても、もう残された文字数がなくなてきたので、簡単にNHKとフジテレビの問題を書いてみたい。
 双方の共通点は「お笑い重視」「芸能人の潜在視聴率頼み」「現状社会批判」の三本である。
 「お笑い」というのは笑いさえ取れれば何をしてもかまわないというモラルハザードのことを言う。簡単に「モラルハザード」と書いたが「モラルハザード」と「パロディ」はまったく違う。この違いに関しては、一度ゆっくりしなければならないが、簡単に言えば「リスペクト(尊敬)」の有無ということができる。NHKとフジテレビのお笑いは、笑いさえとれば何でも良いという「モラルハザード」である。よす売るに誰かをさげすんで笑いをとるということが壁で行われている。もともとお笑い芸人は「自虐」という形で自分自身を低く見せて、その中において一般観客に優越感と馬鹿なことをしているということからの笑いを執るのであるが、いつの間にかさげすむ対象を「日本」「政治家」「天皇」「歴史」という、ぜったに犯してはならないところに向けている。もちろん、他の局ではそこまで行わないし、外国のお笑い番組でもしてない「フロンティア」であることは間違いがない。しかし、それは「できない」のではなく「他の局はモラルがあるからやらない」ということを積極的に繰り広げているに過ぎないのである。これは、日本人が日本を見ていてあまり気分の良いものではない。
 次に「芸能人の潜在視聴率頼み」であるが、まさに大河ドラマなどがそのものである。本来ならば、ドラマならばストーリーや描写が最も有名にならなければならない。その描写がしっかりとするのであれば、演技が下手なアイドル(念のため申し上げるが、アイドル全般が演技が下手というのではない)を使う余地はないはずだ。しかし、台本の棒読みのような演技が途中に入ると、ドラマの中に入り込んでいる自分自身が、急に現実に引き戻されてしまう。しかし、アイドルや芸人は、その実力とは違う形で潜在視聴率がある。その辺を見極める力が政策側に存在しなければ話にならないのである。
 そして、「現状社会批判」これは、上記のお笑い重視と似ているのであるが、特にNHKスペシャルなど、歴史やドキュメントでも同じ手法が行われている。まさに、「ジャーナリズムは批判精神」などということを言っていた馬鹿なジャーナリストもどき、これらの影響を受けて、解決策も何もなく、タダ批判だけをしていればよいと考えている。国民の多くは批判しかできなかった民主党政権がどのような結果になっているかを、痛みを持って認識しているのに、自分たちは国民から視聴料を取ったり、あるいは、スポンサーから金を取っているので、まったくそのようなことはお構いなしである。そして現状を批判する。単純に言えば視聴者のいる社会をそのまま批判し、自己否定の番組を作っているのに他ならない。もちろん解決策や代替案が示されればよいが、それもなく、具体的ない方策もなくそのような番組を垂れ流されても誰も見る気がしない。
 さて、このように書いても解決策がないと私が言われてしまう。しかし、これか解決策がある。簡単に言えば、この三本柱をしっかりと廃棄し、国益、国家観のある番組を作ればよい。簡単に言えば、他の民放がやらないくらいの愛国番組を作ってみればよい。もちろん街宣右翼の真似をすればよいといっているのではない。しっかりとした構成で、しっかりとした番組を作ればよい。その中に今こだわっている三本柱を排除すれば、国民が何を望んでいるかがわかるはずだ。少数の左翼の意見に振り回されているから、コアな左翼のための番組になってしまう。それが最大の問題であることに気づくべきである。
 今回は読売新聞とテレビの凋落について、平行で語ってみた。双方に存在するのは「なぜ」という疑問をしっかりと調査取材した中身である。読売新聞には、アイドルもいなければお笑いもない。それでもあの記事に対してはあれだけの支持があった。逆にお笑いがありアイドルも出ているのにかかわらず凋落しているテレビ。これが現在のマスコミ社会を打ちしだした現実である。

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拙著 「2014年、中国は崩壊する」が6月1日発売になりました。

拙著 「2014年、中国は崩壊する」が6月1日発売になりました。

 本来ならば「宇田川敬介東アジア放蕩覚書」をお届けするのであるが、今日は宣伝。

 6月1日、拙著 「2014年、中国は崩壊する」が6月1日発売になりました。これは、私の中国における内容や今までの東アジア放蕩覚書の中に記載した内容をなんとなく、まとめたものです。そしてそれらまとめを見ると、なんと、最短で2014年に中国は崩壊するというフラグが立っているのが見えるのです。
 この内容は、この本を読んでいただけばわかるのであるが、実際に、尖閣諸島問題の処理、そして中国の予想以上の発展、そして、メンツ社会によるゆがみなどさまざまな内容がある。今回は尖閣諸島問題における外交、情報、経済の敗北、そしてメンツ社会による中国人社会のゆがみとそのメンツ社会によって下層民衆社会が生まれてしまったという実態。そして、その中における中国経済における秘密、特に共産主義社会における通貨発行というわけのわからない内容などを見てみれば、中国は非常に危険な状況にあるのです。
 実態として、すぐに崩壊してもおかしくはないのですが、逆に、メンツがあるために習近平体制になってからしばらくの間は持たせる。無理して持たせると、それだけゆがみは大きくなる。当然に、ゆがみが大きくなれば、それだけ崩壊が大きくなる。
 その辺のシュミレーションをしっかりとした上で、現在日本がどのようにしなければならないのかをしっかりと書いたつもりです。もちろん、書けば枚挙に暇がないのですが、ところどころでエッセンスだけを書いているつもりです。
 さて、中国の崩壊を望む日本人は少なくないような気がします。しかし、その具体的な方法をしっかりと示した人も少ないのではないでしょうか。今回はその中のひとつをここに示しています。当然にその中のひとつというのは、すべてを書いてしまえば中国はその方法に対する対策を先手で打ってしまいます。当然にその方法に対する対策をされてしまえば、私の本の予言はすべて外れるわけです。そこで、中国の崩壊の方法はひとつのシュミレーションしか書いていません。
 2014年中国崩壊などはありえないと思っている人。では実際に20年前、GDPで日本を中国が越えるなどといっていた人はいたでしょうか。実際に何が起きるかわからない現在の中において、この内容はひとつの参考と、そして中国の実態を知るひとつの手がかりとして読んでいただきたいと思います。

 

内容紹介

■中国の拡大主義は限界が近く、
■すでに自壊の徴候が現れている。
■習金平新体制への移行後、
■2014年に中国バブルの破裂から
■一党独裁体制は崩壊する!
■衝撃のシミュレーションを公開

中国はチベットや新疆ウイグルはもちろん、わが国の領土である尖閣諸島をも侵略せんとしている。
「なぜ中国は拡大主義を取るのか?」という疑問について、「それは中国だから」という以外に答えはあるのだろうか。
筆者はこの問いについて「通貨制度の異質さ」を挙げる。中国は「資産そのものが通貨発行の基準」であるため、
常に国家資産を増やさなければ通貨が発行できないと言うのだ。つまり、共産党の保有している資産が多くなれば、
その限度まで通貨を発行できるが、逆に言えば、通貨発行が限度に達すると、どこかの資産を奪い取らねば通貨を発行できなくなる。
これが尖閣の資源を狙う最大の理由だと指摘している。中国バブルを継続させるには、紙幣を刷って経済を循環させる必要がある。
しかし、尖閣の奪取に失敗し、8%成長を下方修正するなど、中国の拡大主義は限界に近づいている。そんな国情にもかかわらず、
権力闘争に明け暮れる指導部はどんな国をつくろうとしているのか? 習近平新体制は中国をマシな国にできるのか?
答えはもちろん「否」である。中国はすでに自壊しつつある。日本人はこの現状をどう受け止めるべきなのか、本書で詳らかにする。

■本書の構成
第1章 尖閣諸島で敗北した中国
第2章 日本人が知らないメンツ社会
第3章 中国経済の問題
第4章 中国崩壊とその後

■本書より
経済成長が鈍化し、下層民衆の不満が爆発したときに中国は崩壊の危機にさらされる。
実際のところ、現在の中国において下層民衆、人民全体の反乱によって一党独裁が覆る可能性はどれくらいあるのだろうか。
世界は13億人を超える中国の欲望に応えられるほど寛容ではない。現在の拡大主義を続けるのであれば、
世界中を敵に回して孤立するだけだろう。中国政府がそれを自制したところで、人民が欲望に駆られて動くことを止めることはできない。
筆者はこれらの理由から、下層民衆が中心となって中国共産党政府と対立し、欲望のままに拡大主義を自主的に進めると予測している。
その結果、チベットや内モンゴルなどの地方自治区の反乱、人民解放軍による内乱、あるいは、下層民衆をはじめとする中国人民によるあらゆる手段を使った
政府転覆の企てによって、共産党体制は倒されるだろう。その分岐点は習金平体制が発足してから1年経過後の2014年だ。温家宝首相が発表した8%を下回る
経済成長が続き、有効な経済政策を打てないままに、バブル経済が破裂した場合、中国人民の生活レベルは一気に下がる。
そうなれば、2014年に、まさに本書のタイトルのように中国は崩壊に向かうだろう。

著者について

1969年、東京都生まれ。1994年、中央大学法学部を卒業後、マイカルに入社。法務部にて企業交渉を担当。
合弁会社ワーナー・マイカルの運営、1995年に経営破綻した京都厚生会の買収、1998年に初の海外店舗「マイカル大連」出店、
1999年に開業したショッピングセンター小樽ベイシティ(現ウイングベイ小樽)の開発などに携わる。
マイカル破綻後に国会新聞社に入社、現在は編集次長。著書に『今の論点ハンドブック』『民主党の闇』がある。
ジャーナリストの傍ら地方から国政まで選挙コンサルタントとしても活躍している。

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飲酒による事件の多発で自宅以外の飲酒禁止令と人権をたてに取る共産党

飲酒による事件の多発で自宅以外の飲酒禁止令と人権をたてに取る共産党

 福岡市で飲酒による事件が多発したことを受けて、高島宗一郎市長は、職員全員を対象に外出先での飲酒を禁止した。直接の引き金は酒に酔った職員が暴行傷害事件を起こして逮捕されたことであるらしいが、それ以外にも福岡市職員ではさまざまな飲酒にまつわる不祥事が発生している。
 不祥事をここでいちいちあげるつもりはない。今日の目的は、その対策である。「外出先」での飲酒の禁止というもの。自宅内における飲酒は認めており、飲酒そのものを禁止していないというのがなかなか面白い。実際に飲酒による不祥事をなくすには飲酒そのものを禁止するのが最もよいのは当たり前のこと。しかし、自宅での飲酒まですべてを禁止することはせず、外出先、要するに飲酒後外を歩いて帰らなければならないという状態を禁止しているということである。飲酒後そのまま就寝するというシチュエーションでは事故が起きるはずがないのである。
 なかなか考えられたこの措置は、ある意味で話題を呼んだ。私のブログでも、過去にナイフによる事故が起きればナイフの販売をやめ、振り込めさぎが増えれば振り込み金額に上限を求めるなど、犯罪者がいることで全体に不便をかけるということを批判してきたが、今回は、全福岡市民に対してではなく福岡市職員にそのような措置を行ったこと、そして、「批判を覚悟して飲酒が絡んだ不祥事の連鎖を止めるために決断した。これまでのやり方で変わらないなら私自身がリーダーシップを発揮することが大事と思う」(下記新聞記事から抜粋)という言い方で、ほかの方法(対象職員への厳罰化など)でもそれがとまらないことから、そのような方法になったということも挙げられる。
 ほんらいよい方法ではないのかもしれない。しかし、ある意味手を尽くしてだめであれば、このような方法しかないのかもしれない。飲食店などは打撃は大きいようであるが、しかし、それ以上煮塩が発生し取り返しのつかない事故が起きたほうが問題なのだ。

禁酒令:福岡市職員に1カ月 不祥事対策「自宅以外ダメ」

 福岡市の高島宗一郎市長は21日、市役所で臨時幹部会を開き、全職員を対象に外出先での禁酒を要請した。市職員2人が酒に酔った末に暴行や傷害容疑で相次ぎ逮捕されたのを受けた措置で、期間は同日から来月20日までの1カ月間。市教委も同様の対応を取る方針で、高島市長は「意識改革のためのショック療法。飲酒に関する長年のあしき風土を変え、生まれ変わった市役所になって市民の信頼を取り戻したい」と話した。
 市によると、正規職員9600人を対象に、公私を問わず飲食店や知人宅など外出先での飲酒を控えるよう求めた。
 仕事などでやむを得ず参加する酒席でもノンアルコールでの対応となる。自宅での飲酒は認める。
 この他、懲戒基準についても6月末までに厳罰化。不祥事防止策として、市民への奉仕などを誓う「服務の宣誓」を朝礼などで唱和するほか、市職員の共通理念を示す「市職員憲章」は8月末までに策定する。市長や副市長による直接指導の場も設定する。
 市では2月に市消防局職員が酒に酔って車を盗んだとして逮捕され、4月には市立小学校教頭が酒気帯び運転容疑で検挙されるなど酒が絡んだ事件が続発している。【木下武】

毎日新聞 2012年05月21日 13時02分(最終更新 05月21日 13時23分)
http://mainichi.jp/select/news/20120521k0000e040224000c.html

福岡市:市議会共産市議団、「禁酒令」撤回を市長に申し入れ /福岡

 福岡市議会の共産党市議団は28日、全職員に1カ月の自宅外禁酒を要請した「禁酒令」を撤回するよう高島宗一郎市長に申し入れた。申し入れ書は「憲法が保障した幸福追求権やプライバシー権を侵害する可能性がある」と批判した上で「行政のトップとして責任を明確にし、科学的で誰もが納得のいく再発防止策を講じることを要請する」としている。
〔福岡都市圏版〕

毎日新聞 2012年05月29日 地方版
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20120529ddlk40010421000c.html?inb=yt

<福岡市禁酒令>世論と共鳴 職員の多く「仕方ない」

 福岡市の全職員に対し、高島宗一郎市長(37)が公私を問わず外出先での1カ月禁酒を要請した「禁酒令」。飲酒絡みの不祥事が相次いだことを受けての策だが、「強権的」「私生活への介入」などの批判もある。異例の通知の詳細、また発令者・高島市長の人柄は?【木下武、関東晋慈】
【禁酒令】福岡市職員に1カ月 不祥事対策「自宅以外ダメ」
 「批判を覚悟して飲酒が絡んだ不祥事の連鎖を止めるために決断した。これまでのやり方で変わらないなら私自身がリーダーシップを発揮することが大事と思う」。29日の定例記者会見で、高島市長は自らが21日に発した「禁酒令」についてそう語った。
 「禁酒令」は、職務命令でなく高島市長名の通知だ。期間は今月21日~6月20日。違反しても直ちに処分対象にはならないが、教育・指導が行われる。この間に飲酒して不祥事を起こせば、通常より処分が重くなる。結婚式や親類との付き合いでも原則禁酒で、ソフトドリンクでの対応を求められる。結婚式での新郎新婦の三三九度などは例外だ。
 今のところ職員約1万6300人(教員含む)の多くは“容認派”らしく、港湾局のある職員は「仕方がない。お酒の誘いは断り、自宅で飲むのもやめる」。同僚への傷害容疑で1人が逮捕されたこども未来局は「禁酒令」の7月末までの延長を決めた。
 禁酒令の背景には、06年の市職員(当時)の飲酒運転による3児死亡事故があり、以降も飲酒絡みの不祥事が絶えないだけに一定の評価を得ているようだ。
 だが、1万人以上の市職員が外出時に禁酒する影響は大きい。福岡名物の屋台は市役所周辺にも多く、屋台店主(62)は「売り上げは3、4割落ちた」と椅子に座り込んだ。
 高島市長は大分市出身。独協大から97年にKBC九州朝日放送入社。アナウンサーとして朝の情報番組のキャスターも務めた。10年11月の市長選に「福岡をアジアのリーダー都市に」と訴えて立ち、同市長としては最年少の若さで初当選した。
 「発信力」強化を訴えテレビ出演やツイッターなどを駆使してお茶の間に浸透。最大の懸案だった市立こども病院移転問題では、反対派も入れた調査委員会をネット中継などで公開、世論をまとめて移転を決定した。就任半年の記者会見では「自己採点は120点」と胸を張った。
 市幹部によると市長はほとんど酒を飲まない。飲酒した港湾局職員ら2人が暴行容疑などで逮捕された翌19日には「公務員の飲み会は激しい印象がある。数もめちゃくちゃ多い。酒の飲み方という部分で風土に問題がある可能性がある」と語った。
 テレビ出身者だけに「禁酒令」も世論の風を読んだ巧妙な一手と言えそうだ。職員への「入れ墨調査」を断行して議論を呼んでいる橋下徹・大阪市長との共通点を指摘する声もある。高島市長の側近は「問題提起して議論を巻き起こし、スピード感を持って政策を実現する橋下さんに(高島市長は)関心を持っている」と話す。
 一方、ある市議は「市職員の不祥事なのに、トップとしての責任をどう取るつもりなのか。感情のまま怒鳴り散らし、『禁酒令』で職員に連帯責任を取らせるだけでいいのか」と憤る。
 地方自治に詳しい新藤宗幸・東京都市研究所常務理事は「組織のトップと世論が変な共鳴をしている点が橋下市長と似ている。しかし、勤務時間外まで首長が口を挟む権利はない。(禁酒令を認めれば)私生活への介入は当然という風潮を招きかねない」と警鐘を鳴らしている。

毎日新聞 5月31日(木)12時27分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120531-00000032-mai-soci

 ユニークな内容として、このニュースをあげている。しかしもっとユニークなのはこの新聞記事の中になんとなく入れた共産党市議団である。
 「憲法が保障した幸福追求権やプライバシー権を侵害する可能性がある」と批判した上で「行政のトップとして責任を明確にし、科学的で誰もが納得のいく再発防止策を講じることを要請する」(上記新聞記事より抜粋)
 この物言いの仕方が面白い。要するに事故を起こ佐内ということに関して何の言及もしていない。本来は全体の奉仕者(国家公務員法より)であるにもかかわらず、飲酒をして事件を起こすなどはもってのほかだ。飲酒そのものが悪いわけではないが、飲酒によって事件を起こすこと、そしてそれを相互監視によってとめることができないということは、単純に福岡市触診全体において問題があるとしか言いようがない。2006年には、3児志望の自動車事故も発生している。あの事件からすでに6年。あれほど悲惨な事件が起きても、市職員の中で飲酒事故がなくならないというのは非常に大きな問題ではないのか。
 これは市職員全般のモラルの問題である。要するに市職員が市職員としての市民全体への奉仕者としての義務を行えなくなったということだ。にもかかわらず、この申し入れには「人権」などということをいう。
 「義務を履行せずに人権を言う」
 最も共産党らしい申し入れ書は、さすがに面白いとしか言いようがない。特に今回の措置は期間限定である。にもかかわらずこのような申し入れを行うことそのものが、事件そのものや市職員による飲酒事件そのものを容認する形になりはしないのか。
 もちろん、このような全体に対する措置というのはあまりよいことではない。しかし、手を尽くしてだめな場合は強硬手段もありうる。それに対して、根本の事件防止を努力提言せずに、防止策そのものに講義する共産党、それも人権だそうだ。
 市民は市長の措置に賛否両論である。この措置に関して、皆さんはどのように考えるのであろうか。

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中国人書記官スパイが証明したスパイ天国民主党政権日本

中国人書記官スパイが証明したスパイ天国民主党政権日本

 この中国大使館書記官のスパイ事件に関しては、民主党政権における農水省の中国輸出事業などに非常に関連があることが明らかになっている。すでに筒井信隆農水省副大臣などの疑惑や民主党議員の政策秘書が輸出斡旋の財団法人の理事次長を兼務していることなどを問題視されている。このことは衆参両院の予算委員会で自民党の稲田朋美議員や西田昌司議員によって質問がされている。
 今日のブログは、そこまで言ってしまうと長文になってしまうので、その農水問題まで広げずに、日本におけるスパイ活動ということに関してどのように考えるのか、ということに絞ってみたい。あえてこのような始まりにしたのは、農水問題に関して私が知らないわけでもないし、軽視しているわけでもない。はっきりいって中国大使館のスパイと民主党の議員が癒着している事実は、より大きな問題であるとも考えられ、そのためにしっかりと扱いたいと考えているからである。
 さて、この事件唐突に行われたかのように見られている。しかし、昨年12月に農水問題が発生したときに、当然に公安部は情報を収集していたのである。その結果、今回のスパイ事件だけでなくそれ以外の話も結構明らかになっている。
 私は、昨日インターネットの書き込みで表明しているが、実際に日本国に対してこのような情報収集もしくはこのような行為を行うこと自体、よいこととは思っていない。当然に不快である。しかし、立場を逆に考えてみれば、中国の政府関係者が中国の国益のために日本国内で活動を行うのは、ある意味で当たり前である。その行動が合法的であるかどうかということであり、今回のものはウィーン条約や日本の入国管理法などの数々の法律に違反しているということが大きな問題である。それ以上に、スパイのくせに、このようにばれてしまうということ自体、ドジで稚拙なスパイであり、優秀なスパイが入らないということで日本もなめられたものであると思う。
 それよりも大きな問題は、日本側にそれに協力したもしくは見破ったりチェックしたりする機能がまったくないということ。特に松下政経塾などは、支持かを排出する塾でありながら、国益にかなわないこのような人物をインターンとして囲っており、政界の人脈作りに信用を化しているのであるから、はっきり言って「松下政経塾がスパイの片棒を担いだ」と評価されても仕方がないのではないか。
 そしてもっとも大きな問題は、そのスパイ活動に手を貸していた民主党の議員たち。政権与党の議員が中国のスパイと一緒になって活動し、中国に日本の物品を輸出し、その金で中国に投資をしているなどとてもとても考えられるものではない。中国では流通業も情報産業と考えられているが、実際にそのような意識もまったくなく、中国に魂まで売ってしまう与党議員、それも副大臣などがいるようでは話にならない。そしてそのような議員を輩出した選挙区の有権者たちは、本当に日本人の魂があるのか、疑問に思うものである。

中国書記官、日本国内でスパイ活動か 身分隠し口座開設 警視庁の出頭要請拒否し帰国

 在日中国大使館の1等書記官(45)が、外国人登録証明書を不正に使って銀行口座を開設するなどし、ウィーン条約で禁じられた商業活動をした疑いが強まり、警視庁公安部が外務省を通じて今月中旬、中国大使館に書記官の出頭を要請していたことが捜査関係者への取材でわかった。中国大使館は拒否し、書記官は一時帰国した。
 条約では罰則は科せないが、公安部は、国内法の公正証書原本不実記載や外国人登録法違反(虚偽申告)容疑などで書類送検を視野に捜査しているもようだ。書記官は中国人民解放軍総参謀部の情報部門「第2部」出身とみられ、外交官となる前から何度も入国して政財界要人とも交流していたことなどから、公安部は、日本国内で諜報活動をしていたとみている。
 捜査関係者によると、書記官は平成20年初め、外交官として赴任する前に取得した外国人登録証を使い、外交官の身分を隠して銀行口座を開設。同年4月には東大研究員などと偽り、虚偽の住所などを記した申請書を東京都の葛飾区役所に提出、外国人登録証を更新した疑いが持たれている。
 口座には、都内の健康食品販売会社から「顧問料」として、毎月10万円前後程度が振り込まれていたという。この会社は当時、中国への進出を目指しており、書記官は、香港に設立された関連会社の役員として、報酬を受け取ったとみられる形跡があるという。
 ウィーン条約では、外交官が赴任先で個人的な利益を目的にした職業活動や商業活動を禁じており、事実ならば、日本側は中国側に通告し、帰国させることができる。公安部は顧問料などの収入が工作活動に使われた可能性もあるとみている。また、外国人登録法など日本の国内法に違反する疑いもあるため、引き続き外務省を通じ、出頭要請手続きを進めるとみられる。
     ◇
 ■外交関係に関するウィーン条約 外交使節団の特権や免除などについて定めた条約。外交官は円滑な任務の遂行を確保するため、派遣国の刑法に違反したとしても逮捕されることはない。代わりに受け入れ国は、「好ましくない人物」(ペルソナ・ノン・グラータ)として、本国へ帰国させることができる。1961(昭和36)年に採択され、日本は3年後に批准。中国は1975年に加盟している。

2012.5.29 10:14 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120529/crm12052910160004-n2.htm

松下政経塾に在籍 5回の来日歴で人脈広げる

 警視庁公安部から出頭を要請された在日中国大使館の1等書記官は、中国人民解放軍総参謀部の出身とみられ、これまでに5回の入国が日本当局に確認されている。国内の研究機関にも所属し、日本通の研究者として知られていたほか、多くの政治家を輩出した松下政経塾に在籍した経歴もあった。
 書記官は、公的には中国・河南大学出身とされているが、1989(平成元)年に人民解放軍傘下の語学学校を卒業後、総参謀部に所属した疑いがあり、警視庁公安部で事実確認を進めている。
 捜査関係者らによると、平成5年、河南省洛陽市の職員を名乗り、同市と友好都市の関係にある福島県須賀川市に「福島県須賀川市日中友好協会」の国際交流員として来日した。7~9年には福島大学大学院で学び、日中関係に関する論文も執筆していたという。
 その後帰国し、総参謀部との関係が指摘される調査研究機関「中国社会科学院」で日本研究所副主任を務めた後、11年4月に再び来日。松下政経塾の特別塾生となっている。
 以降も帰国と来日を繰り返し、東京大学東洋文化研究所など、日本の研究機関にも研究員として所属。日本語もうまく、日本文化や制度にも通じていたという。19年には、それまでとは異なり、外交官という立場で在日中国大使館に赴任していた。

2012.5.29 11:14 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120529/crm12052911180008-n1.htm

 さてさて、いまさら民主党議員が売国議員であるなどといっても、はっきり言って皆さんには聞き飽きた内容ではないのか。西田昌司議員の言葉を借りれば「BKD」要するに「売国奴」だそうだ。このBKDの後ろに民主党の議員の数を入れれば、ことさらに人気アイドルのAKBと同じ様な内容になるのではないか。少し面白い。
 さて、上記に私は甘利中国人を攻める気はないと表明している。中国人の政府が中国に対して国益のために動くのは当たり前のことだ。問題は日本国内において、そのような活動を許容してしまうような土壌があり、スパイ防止法や情報活動の防止法、そしてカウンター機関としての情報機関、たとえば安倍元首相が提唱した日本版NSCなどの設置が急がれるという議論が起きてよいはずだ。しかし、そのような議論が今回の問題でまったく出てこない。自民党からも出てこないのは、はっきりいって残念極まりない。
 もともとスパイ防止法に関しては「人権」というわけのわからない話を持ち出してその話をつぶしてしまった。まるで多くの日本人やジャーナリストもスパイであるかのごとき扱いをし、人権をたてにとって反対してきた「人権派」といわれる活動家は、このような中国人のスパイに対して、どのように考えるのか。どちらかというと中国人の側に立って日本の破壊に一役買っている人々、もしくはスパイの力を借りて日本を破壊することを中心的に行っている人々ではないかとも考えられるのである。そのような話であれば、スパイ防止法よりも先に、彼らを処分することのほうが先だ。ようするに「レッド・パージ」を再度行う必要がある。
 一方日本版の情報機関を作ることに関しては、国際問題たとえば拉致問題やミャンマーの問題などにおいてまず先に必要なものではないのか。日本は情報がただだと思っているのであるから、そのような人々においては、今回の情報スパイの問題が何が問題なのかもわかっていないはずである。
 そもそも「諜報」と「工作」はまったくちがう。どのような政治決断を行うのも、情報がなければうまく行くはずがない。しかし、その情報はすべてが発表されるものでもないし、マスコミで公開されるものでもない。真実は常に闇の中である。その闇の中に光を照らし真実をわかることこそ、最も重要な内容であり、それが真の情報である。しかし、日本人はそのような情報に関することをまったくわかっていないのである。そしてその情報を使って何らかの意図を持ってその意図の指し示すほうに他人を動かすことを工作という。工作を行うにも、情報が必要なのである。当然に、工作を避けるためにも、防御するためにも情報は必要である。今の日本は人権派という人々のおかげで、これら工作や他国の諜報活動を防ぐための情報すら持ち合わせていないのである。はっきりいって「スパイ天国」なのだ。
 民主党政権には期待できない。中国のスパイと一緒になって喜んでいるようでは、スパイ防止などはできるはずがない。早く民主党政権を倒し、情報に関する法整備をしなければならないのではないか。
 後日この具体的な例として農水問題と中国大使館スパイに関して記載したい。

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