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2012年8月

参議院で首相問責決議と今後の国会

参議院で首相問責決議と今後の国会

 29日、参議院で首相に対する問責決議が可決された。消費税のときの三党合意から考えれば、やっと与野党の対決姿勢が線目になったが、それでも公明党が採決から欠席するなど、とても理解できない内容であるといえる。
 三党合意は、私がやまと新聞で公開したように、その中には何も書いていない。単純に消費税増税法案とそれに伴う8法案を速やかに通すということ市か書いていないのである。あれだけにぎわした三党合意、基本的に文字に書いて合意したことは消費税増税法案を通すことだけでしかない。このことが谷垣執行部の信用を失墜させ、そして現在まで自民党の支持率を下げ続けた原因といえる。当然に、重要なことを書かないなどということもわかるが、それならば石原幹事長が軽々に解散権もないのに解散を口にすること事態が間違いではないのか。
 結局、衆議院通過後「近いうち」発言となる。しかし、よく考えていれば、マニフェストという国民との約束を反故にする人々、政党が、対立政党である自民党や公明党との約束などを護るはずがない。「公党が公党間で行った約束」などと自民党の執行部の皆様は言っているが、私は普段から、そして今年のお盆の連載でも書いたように、外交交渉において相手の情報や民俗性、性格、戦略などの情報をしっかりと持って交渉することが必要である。当然に政党間の交渉でも同じ。にもかかわらず、自民党は、国民との公約を破る人々の行動の意味を解釈することもなく、自己都合で物事を希望的観測し、それを公党であるにもかかわらず記者会見で発言するという「大愚」を犯した。これでは自民党の支持率が上がるはずがない。
 「谷垣さんはいい人なんです」と私に言った人がいるが、私はすかさず「永田町界隈では『いい人』というのは『役立たずのばか者』と一般の言葉で解釈される言葉ですよ」と返した。まさにそのものである。

首相問責決議、参院で可決…秋の解散観測強まる

 野田首相に対する問責決議は29日夜の参院本会議で、自民党や新党「国民の生活が第一」など野党の賛成多数で可決された。
 党は今後国会審議に原則応じない構えで、会期末(9月8日)を前に事実上の休会状態となる。政局の焦点は9月の民主党代表選、自民党総裁選に移る。
 過去に首相問責決議が可決されたのは、自民党の福田首相(2008年6月)、麻生首相(09年7月)の2人で、民主党政権では初めて。野党は秋の臨時国会でも審議拒否を続ける構えで、与野党対立が激しさを増す中、秋の衆院解散・総選挙の可能性が高いとの見方が強まっている。
 参院本会議では、「大阪都」構想実現の前提となる大都市地域特別区設置法など15法律が成立。その後、「生活」など中小野党7会派が29日、今月7日に提出した決議案を修正して再提出した問責決議について、採決の結果、賛成129、反対91で可決された。公明党は採決を棄権した。決議は消費税率引き上げ関連法を成立させた民主、自民、公明3党の合意を批判した上で、「国民の声に背く政治姿勢をとり続ける野田首相の責任は極めて重大」とした。決議に法的拘束力はない。

2012年08月30日00時33分提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6901167/

<首相問責可決>焦点、9月の党首選へ

 参院が29日、野田佳彦首相の問責を決議して国会は事実上の休会状態に入り、民主、自民両党で9月下旬の代表選・総裁選に向けた動きが本格化する。民主党内には内閣支持率の低迷を受け「このままでは衆院選を戦えない」との危機感も強く、「反野田」候補の一本化が焦点だ。自民党では、谷垣禎一総裁が目指した今国会での衆院解散が遠のいたことで安倍晋三元首相ら「ポスト谷垣」を目指す動きが活発化している。【佐藤丈一、小山由宇、高橋恵子】
 ◇民主「反野田」一本化が鍵
 「今度の代表選はこれから何が必要か、政策で合致できる人をグループとして応援したい」。民主党の赤松広隆元農相は29日朝、東京都内であった自らが代表を務めるグループの会合後、記者団に対抗馬擁立を明言した。
 赤松氏はすでに「原発ゼロ」などを盛り込んだ政策提言を党所属議員に配布。「赤松氏自身の政権公約だ」(中堅議員)と見られている。
 消費増税法に反対した山田正彦元農相らの「民主党復活会議」も山田氏や田中真紀子元外相の擁立を目指し、30日に設立総会を開く。前回代表選に出馬した馬淵澄夫元国土交通相も先週、推薦人の議員らと会合を開き対応を協議。「意欲も準備もあるが、まだ決めていない」と情勢を見極めている。
 ただ「反野田」勢力はまとまりを欠いている。「国民の生活が第一」の小沢一郎代表は党を離れ、鳩山由紀夫元首相は「野田降ろし」を広言するが、「離党含みの鳩山氏に担がれても未来がない」(党関係者)と影響力は限定的。小沢鋭仁元環境相は29日の東京都内の講演で「首相再選が有力視されている。『アンチ野田』が分かれていたら(代表交代は)難しい」と語った。
 一方、首相サイドは側近議員が政策作りに着手しており、政府が閣議決定した「日本再生戦略」を柱に景気浮揚策を打ち出す。将来の原発比率を決める「エネルギー・環境戦略」は代表選前に決定する。首相は「原発ゼロ」表明を視野に置いており、代表選の争点から外す狙いもある。
 ◇谷垣氏再選戦略に影
 自民党の谷垣禎一総裁は、今国会中の衆院解散を実現した上での総裁選再選を狙っていた。しかし、解散の見通しは立たないまま。谷垣氏が主導した税と社会保障の一体改革を巡る民主、自民、公明の3党合意を否定する問責決議に賛成するという矛盾にも陥った。総裁選の争点に次期衆院選後の枠組みが浮上しつつあり、「3党合意」路線を基本とする谷垣氏の再選戦略にも影響しそうだ。
 総裁選には、谷垣氏、安倍晋三元首相のほか、石原伸晃幹事長、石破茂前政調会長、町村信孝元官房長官、林芳正政調会長代理らの出馬が取りざたされる。
 安倍氏は29日、所属する町村派会長の町村氏と会談して、出馬の意向を伝えた。来週中に自らに近い議員らと数十人規模の勉強会を発足させる。一方、町村氏は会談後、東京都内での講演で「派閥内で(候補を)一本化できる時代ではない。(総裁選は)やってみないと分からない」と出馬に意欲を見せた。最大派閥の町村派は分裂状態に陥っている。
 次期衆院選では自民党が比較第1党になる可能性が高いが、公明党と組んでも過半数を得る確証はない。連携相手が重要となるが、「3党合意」路線を継続する方向の谷垣氏に対し、安倍氏は憲法改正など保守理念を共有できる「大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪市長)との連携を重視し、路線が割れる。
 谷垣氏は29日、党本部で記者団に「3党合意を進めるためには、解散して新しい体制を作らないといけない」と述べ、今後も3党合意路線を維持する考えを強調したが、苦しい立場になりそうだ。

毎日新聞 8月29日(水)21時43分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120829-00000083-mai-pol

 このような事態を招いた責任は野田首相執行部と自民党の谷垣総裁執行部にある。密室で談合し、三党合意を成し遂げ、その上で口約束であいまいな約束をして国民を惑わす結果になった。政治的空白を、尖閣竹島問題が大きくなり、また、特例公債法案などの重要法案が通っていない現状で、国会を空転させるのは国益に合わない話である。しかし、それでいて民主党の野田内閣の采配に任せるのは、同等かそれ以上に日本を危険にさらす状態である。要するに、三党合意などを通して、あいまいな約束によって解散総選挙、国民の信を問う機会を失った事は、責任の転嫁を行っている問題ではなく、双方ともに、政界、要するに国会議員としての資格を失うほどの万死に値する情況であることを自覚すべきでではないのか。 
 このような批判をしていてもまったく意味はない。とはいえ野田という権力欲でぶくぶくと太った豚は、これらの情況も見ることはできず、解散するどころか、そのまま政権に居座るつもりで、予算執行を止めるという話になっている。もちろん、最終的には国債のデフォルトという話になり、究極の行政改革が行われるであろうから、それで問題はないのかもしれないし、デフォルトのときの首相ということで、今後歴史上に民主党と松下政経塾という政界ニートの集団とで悪名を残すことになるであろう。
 そうなれば野党側から物事を仕掛けるしかない。あくまでも政策ではなく政局論だ。維新の会などの第三局への流出を止める意味でも、自民党の谷垣総裁は即刻辞任し、自民党の総裁選を行うべきではないのか。ここで居座り、なおかつ再選を果たすようであれば、健全でない野党自民党も解党のに立たされることになる。実際に民主党の執政で追い風であったものが執行部の判断ミス、そして「いい人」でここまでおかしくなるものである。
 要するに、国会の空転によって、結局損をするのは国民であり、そしてその原因を作ったのは不可解な三党合意で解散を振り回した与野党の代表者ということである。そしてそこに政策はかけらも見えない状態であり、また、昨年の菅直人首相のときも同じようなものであり、谷垣執行部はその学習能力がないということを露呈したものなのかもしれない。その上、民主党には、強硬に出れば谷垣自民党は「妥協」すると言うことを菅政権野田政権の二つのことで学習させてしまった。このことは非常に大きな問題で、この民主党の学習効果のために、三党合意がない状態で選挙制度改革と特例公債法案を衆議院で強引に通過させたことになるのだ。そして、「憲法違反を放置した」などと当然に行政の責任であるにもかかわらず、野党に責任転嫁する態度をし、自民党がそれにあわてるという、わけのわからない、三権分立を無視した構造が出来上がっているのである。
 「馬鹿な指揮官は軍を滅ぼす」という格言がイギリスにあるようだが、まさにそのような形にならないことを強く願う。そして、日本そのものが、そのようにならないように強く願う。
 その上で、政局ではなく政策に関して、しっかりとした議論を行うべきではないのか。今日は少し過激な意見で問責決議に関して解説してみた。

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中国でいまだに許される『愛国無罪』と丹羽大使の襲撃事件についての対応

中国でいまだに許される『愛国無罪』と丹羽大使の襲撃事件についての対応

 すでにニュースなどで皆さんもご存知のところと思うが、中国北京市内において日本国大使である丹羽宇一郎氏の車が襲撃され、国旗が強奪されるという不祥事が発生した。実際に、日本国の中において丹羽宇一郎氏の言動はあまりほめられたものではない。「企業家が大使などはできない」と揶揄され、尖閣諸島をめぐる発言では「売国大使」などといわれている。しかし、それは日本人が日本人の立場でやっゆすることが許されているものであって、外国人からそのようなことを言われてもあまりよいものではない。
 日本から見て売国大使というのは相手国にとっては「下僕」でしかない。逆にそのように「さげすんで見られている」ということが、今回の事件を生んだのかもしれない。毅然とした態度をとらない「配慮の外交」のは、相手が「配慮」がわかるときだけ通用するものであり、一般的に外交の場で活躍するものではない。そのように考えれば、当然に、配慮の外交そのものが破綻の原因であることは間違いがない。そもそも中国人に配慮の害k条が通用するのかしないのか、それくらいの中国でいまだに許される『愛国無罪』と丹羽大使の襲撃事件についての対応情報も、国情分析もしないで外交をしていたというものは、まさに野田首相の「失政」以外の何者でもないのである。
 この失政に関しては後日、野田首相の問責決議ということに関して、そして総選挙に関して物事を考えなければならないと思うのであるが、実際に、それらの内容に関して本人たちは「失政」と思っていないことの大きな疑問がある。
 さて、日本の政権ばかりの批判ではない。今回は中国そのものが全くわかっていない。実際に、外交官の自動車および在外公館は、当然に、外交官の特権が認められ、国際法上治外法権が認められる場所である。その治外法権の場において、今回のような襲撃が行われるということは、そのまま、中国という国家が、全く近代国家として国際社会の中に出てきていけない原始的な国家であり、原始的前近代的な野蛮な国家であるということを世界に知らしメタということになる。単純に在外公館に対するデモを行っているのと違い、そのような分法行為を行うということは、外国を侮辱することであり、同時にその内容は、国際法を守れない国中国ということをっしっかりと世の中に示したということに他ならないのである。
 そして、『その犯人がつかまらない』ということは、まさに「愛国無罪」がいまだに成立している法治国家としての機能を失った状態であるということが言えるのかもしれない。

丹羽大使の車、日の丸奪われる

 【北京共同】北京の日本大使館によると、丹羽宇一郎駐中国大使が乗った公用車が27日、北京市内で中国人とみられる男に襲われた。男は車両に立ててあった日の丸を奪って逃走した。丹羽大使にけがはなかった。沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる反日行動とみられる。日本大使館の堀之内秀久公使(次席)は中国外務省に抗議。羅照輝アジア局長は再発防止に全力を尽くしたい」と謝罪、法に基づいて対応すると回答した。

2012年8月27日(月)21時25分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2012082701002146/1.htm

丹羽大使車襲撃、中国「真剣に調査している」

【北京=大木聖馬】丹羽宇一郎中国大使の乗った車が27日、中国人と見られる男に襲撃され、国旗を奪われた事件で、中国国営新華社通信は27日深夜、「関連部門がこの件を真剣に調査している」とする中国外務省報道官室の談話を配信し、捜査開始を明らかにした。
 だが、尖閣諸島問題で中国国内の反日世論が高まる中、中国当局が容疑者摘発など、どこまで毅然(きぜん)とした措置を取れるか不透明な面もある。
 襲撃は27日午後、大使が外出先から大使館に戻る途中に起きた。市内の環状道路上で渋滞で徐行していたところ、ドイツ製高級車2台が後ろから蛇行して接近し、両側から幅寄せなどをした後、2台が大使の車の進路をふさいだため、停車を余儀なくされた。うち1台から現れた30歳代とみられる男が、大使の車の右前方に掲げてあった日本国旗を抜き、奇声を上げて車で立ち去った。在北京日本大使館によると、大使が公務で移動する際、原則として車に国旗を掲げる。公用車の国旗掲揚は世界の在外公館で共通の慣例という。

2012年08月28日14時10分 提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6895772/

野田首相、中国主席に親書=「大局的な関係発展」呼び掛けへ

 野田佳彦首相は28日、沖縄県の尖閣諸島をめぐり中国との対立が深まっていることを受け、さらなる関係悪化を避けるため胡錦濤国家主席宛てに親書を送ることを決めた。藤村修官房長官が同日午前の閣議後の記者会見で明らかにした。山口壮外務副大臣が同日中にも訪中、中国政府高官に手渡す。
 藤村長官は会見で、親書の内容について「大局的な観点から日中関係を安定的に発展させていくものだ」と説明。首相は今年が日中国交正常化40周年に当たることを踏まえ、戦略的互恵関係を進展させることを改めて確認するとともに、尖閣問題で冷静な対応を呼び掛ける。
 一方、玄葉光一郎外相は会見で、山口副大臣を中国に派遣する目的について「現下の日中の情勢、朝鮮半島を含めた地域全体の情勢を踏まえた意思疎通を図らないといけない」と述べた。 

2012年08月28日12時19分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6895287/

 では、このような状態の中において、なぜ中国は犯人を捕まえないのか?という疑問が生じる。そして、日本政府は本来どのような態度で接するべきかということ。この二つが存在するのである。
 一つ目の問題点である「犯人をなぜ捕まえないのか?」ということである。
 二つの可能性がある。いずれも、今回の事件が単純な『中国共産党の右翼』の犯罪ではないということを示唆している。そもそも、日本大使館の車に対して、車でカーチェイスを行えるほどの外国車を操れるということは、それなりの身分の人が資金もしくは自動車を提供しているということになる。もちろん盗難車の可能性もなくはないが、その場合ならば簡単に逮捕しているかそもそも犯行前に自動車の窃盗で捕まっているであろう。要するに、影に大きな黒幕が存在している可能性があるのだ。そしてその黒幕が、大物であった場合は、中国政府は、非常に困難な立場に追い込まれることになる。要するに、政治的な大物であれば、日中間の政治において、国際法にのっとった外交ができない人が政治的権力を持っているということになるし、また、政権に近い人間であるとすれば、10月の政権交代に関する派閥争いや、その不満などにおける「中国国内の政争」の一端が日本の大使館に対して及んだということも考えられるからである。要するに、黒幕説が濃厚であり、その黒幕の真意がわからない場合は、当然に、捜査は慎重にならざるを得ない。諸外国が批判する中で、今回の事件を解決しないわけにもいかないし、同時に今回の事件を野放しにするということは中国の事案が悪いということを広く国際的に流すことになってしまう。その上で、このような事件が発生した場合は、政治的な駆け引きやストーリー付け、そして、多くの場合政権に及ばないようにしっかりとした対応をするのが中国の市政だ。その上で政権交代に対して、何らかの関与までを考えているとすれば、事件の解決はそれらの処理がすむまで明らかにはならないであろう。
 当然に、日本政府はこれらのことをわかっていなければならない。中国政府として、これくらいのことをするであろうということは明らかであるから、そのようなときに外務副大臣が訪中し「親書」などを出すということ自体、ナンセンスのきわみ。本来は、これらに関して「治安が守られない可能性がある」として、訪中を控えるくらいの話にしなければ『毅然とした態度の外交』とはならないのではないか。それくらいの外交ができないから「弱腰外交」「配慮の外交の失敗」「失政」となり、東アジア諸国に馬鹿にされるのである。もちろん、野田政権にこれらのことを期待できないのはいうまでもない。期待できないから解散総選挙で内閣そのものを変えなければならないのではないか。そして、この『配慮の外交』に関しても国民の親を問うべきではないのか。
 今回の事件、中国が最もおかしいしいまだに愛国無罪のような機運が高まっているということは明らかである。そして、そのことによって中国国務院政府が世界的にメンツをつぶし、恥をかいたこと、そして中国がいまだに国際社会の中において全く一人前の国家ではないということを明らかにするのは十分である。これら派、当然に、日本は諸外国において記者発表を行い中国に端を書かせるのは必要なことであろう。
 しかし、この問題の処理でうまくいかないものであれば、それは中国以上に日本が恥をかくことになるのである。何をされても、治外法権が適用される外交官の車が襲撃されても何もできな国日本、そのような恥ずかしい外交を行うことは、我々国民が政府に許してはならないのである。

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政治とは何か 維新の会の掲げる文化事業への補助金カットと議員定数半減

政治とは何か 維新の会の掲げる文化事業への補助金カットと議員定数半減

 選挙が近くなってきて、選挙風が吹き荒れてくると、新規勢力や選挙の目玉というところがクローズアップされる。大手マスコミが注目するのは支持率と熱狂的な人気の演出であるが、私自身はその政策と実行力という二つのことに注目したい。実際に、明確な政策のない政治は、議員の過半数を握った時点で独裁となってしまう。独裁は、ある意味では政治が前に進むが、一方で反対する意見や少数意見への配慮が全くなくなってしまう、また個人の見方で物事を進めてしまうために、一面的なものの見方しかできないという欠点がある。何も独裁そのものが悪いわけではなく、独裁に対するこれらの欠点、もっと言えば「恣意的な政治」という感じの内容が回避できるかどうかということが、独裁という政治体制もしくは議会政治でありながら絶対多数を自由に操ることができる状態の政治体制に対する問題点となる。
 日本の場合、民主党政権で単独過半数になった。小泉政権ではありえない強行採決が一国会で10回というワースト記録が発生し、審議の途中や質問の途中に強行採決をする姿などが見られたのは記憶に新しいところである。それらの行為は完全に民主主義の破壊である。そのような民主主義の破壊は「反対は意見の人権の無視」ということであり、それは許されることはない。基本的に少数意見を尊重しながら(もちろん少数意見に傾けというのではない)、政治を行わなければならないのが民主主義の原則である。
 もちろん自民党はその『少数意見の尊重』をやりすぎて、左傾化した政党になってしまい、河野談話などを出すという不祥事(というよりは、新自由クラブにいて、反日談話を出す可能性のあ河野洋平を自民党に入れたという不祥事)をやらかしてしまう。少数意見の尊重と自分自身の軸がずれてしまうのは全く違う。それを第三者的にしっかりと監視しながら、民主主義を成立させるという高尚で難しいことをしなければならない。そのために、政治家は平安時代は貴族の仕事であったのだ。
 さて、今回の注目は「大阪維新の会」である。大阪維新の会は「仮の政策」である維新八策のカリのものが出ているが、確定版はまったく出ていない。また政党としての綱領がない状態である。綱領がないということは「軸がぶれたかどうかが見えにくい」ということであり、また政策がないということは、上記のように「独裁の危険がある」ということ、要するに恣意的な政治が行われる可能性があるということである。もちろん「必ず示威的など独裁が行われる」と入っていない。その可能性があるということであって、今後政策が出るのか、または、独裁にならない何らかの制度があるのかもしれない。
 その大阪維新の会の動きに関して、一つの提言をしたい。

橋下大阪市長ウォッチ 「衆院定数を240人に半減」「維新八策」に盛り込む方針

「大阪維新の会」を率いる橋下徹大阪市長は、次期衆院選のマニフェスト(政権公約)のベースとなる「維新八策」に、衆院の議員定数を現行の480人から240人に半減することを盛り込む方針を明らかにした。
2012年8月26日、愛媛県松山市内で開かれたシンポジウムで述べた。
「定数半減を言ったら、ほとんど去るのでは」
橋下市長は中村時広・愛媛県知事との公開対談で、道州制の導入などを前提に、国は権限と財源を地方に移譲することを主張。さらに、「国会議員の仕事を国全体に関係する仕事(外交や社会保障など)に絞り込めば、衆院議員は480人もいらない。維新として半減ということをしっかり出す」と述べた。
衆院の議員定数を「半減する」という数値目標を明確に掲げた。
今後、消費増税などの国民負担が増していこうとするなか、「身を切る」姿勢を強調することで、既存政党との違いを鮮明にする狙いがあるとみられる。
あわせて、国会議員の歳費と政党交付金についても「3割削減」を掲げる方向だ。
そのうえで維新の会との連携を模索する国会議員らと、9月上旬から意見交換会をもつ考えだが、「一緒にやろうと言う人は多いが、衆院定数を240にすると言えば、ほとんど消える」との見方を示した。
橋下市長は「維新八策」の施策を実現するため、「過半数を取れる勢力を皆さん(有権者)がつくってくれるかどうかだ」と、維新の会を中心に衆院の過半数を確保するため、支持を訴えた。
橋下市長の「狙い」どおりか?
一方、国会の会期末まで2週間を切るなか、民主党は8月27日午後にも、選挙制度に関する特別委員会で、違法状態になっている「一票の格差」を是正したうえで、議員定数を45議席削減する選挙制度改革法案の採決を行う方針。
しかし、野党はこれに反発していて、自民党は公明党とともに29日にも野田首相への問責決議案を参議院に提出する方針を確認しているとされる。
問責決議案は可決される公算が高く、自民党は可決後の国会審議に基本的には応じない構えで、衆院の即時解散の要求を強めることになりそうだ。
国会議員自らが「身を切る」議員定数の削減については、既存政党がどの程度本気で実現しようとしているのか、国民はよくわからない状態。そうしたなかで、「半減」という大胆な数値目標を掲げることで支持を広げたい、という橋下市長の狙いのようだ。

2012年08月27日15時16分  提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6893033/

橋下氏「非公開なら税投入できぬ」…文楽補助金

 文楽協会への補助金凍結問題を巡り、協会側が、大阪市の橋下徹市長との意見交換を非公開とするよう改めて要請したことについて、橋下市長は24日、市役所で報道陣に、「公開ヒアリングをしないなら、税の投入はできない」と述べ、今年度補正予算に計上した補助金3900万円を執行しない方針を明らかにした。
 橋下市長は、市長と協会の意見交換を公開で行うことを補助金支給の条件としていたが、協会側は23日、非公開とするよう市に申し入れていた。橋下市長は「文楽協会は税を使わずに自由にされたらいい。大阪市と付き合わない、ということなら歓迎すべきだ」と述べ、交渉打ち切りを示唆した。

2012年8月24日(金)13時31分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/governmentdetail/yomiuri-20120824-00590/1.htm

 そもそも政治の役割とは何か。政治は基本的に「民間企業」とは違う。私の毎週原則として月曜日に行っている『マスコミ批判に関する一考』で扱っているマスコミは、基本的には民間企業であり「営利を目的とした社団」出しかない。逆に言えば、民間企業は営利のために動く集団であり、国益のために動く集団でもないし、国益のために自らを犠牲にする集団でもない。マスコミが、韓国との間で揉め事があっても還流ブームにしたがって韓国の芸能人を使うのは、まさに「営利」目的であるからだ。
 一方政治は『営利目的』ではない。当然に財政そのものは非常に重要なことであるが、残念ながら営利を目的とすれば、上記の民主主義の原理と同じで「弱者」が保護されなくなってしまう。もちろん弱者を鍵括弧で囲んだのは、一般的な社会的弱者というのではない。基本的には、文化的、そして政治的な弱者ということではないだろうか。
 日本における文化、伝統、または民主主義における少数派というのは、当然に政治的な弱者である。しかし、政治的な弱者であるからといって保護しなくてよい、もしくは滅びてよいというものではない。中国の文化大革命で明らかなように、伝統や文化は一度壊してしまえば、それを元に戻すことは非常に困難、もしくは不可能である。伝統や文化というのは、現代の日本には関係がないかもしれないが、日本人の魂や心の問題として非常に重要なものであり、その内容をしっかりと考えなければならないのではないのか。
 しかし、「営利」「財政再建」ということを考えれば、それらの保護というのは全く入らない話になるし、多数派を握るということだけを考えれば、議員などというのは入らないという話になってしまう。
 議員定数の削減というのは、それだけ一議員あたりの有権者数が多くなるということ。要するに、有権者一人当たりの陳情や希望の反映される場所が少なくなるということである。もっと言えば直接民主制から遠のくということになる。直接民主制を掲げている政治集団が、議員定数の削減を言うというのは、それだけ有権者という視点がないということに他ならない。要するに、財政などの二次的な問題に目を奪われて、政治の根本、民主主義の根本のところを全くわかっていないということに他ならないのではないか。創ではないとすれば、財政だけを考えてしまっており、政治の本来の目的を見失っているということになる。
 一方、文楽教会などの補助金を失うということは、それだけ伝統や文化ということをなくすということである。伝統や文化を営利目的にするか、あるいは、伝統や文化を滅ぼしてしまうことになる。単純に言えば、日本の伝統や文化がなくなるということは、それだけ伝統や文化や歴史観を失うということであり、大げさな言い方かもしれないが日本人としてのアイデンティティを失うということになる。表面的に日本の保守的なことを政策で出しているとしても、その中心的な精神の中には、日本という伝統や文化やアイデンティティを守るという心が薄い、少なくとも金銭や財政関係のほうが、それらよりも重要であるという結うs年順位の低いところを持っているのではないか。
 政治的な弱者に対する対応が問題あるというのは、『選民主義』というようなナチスドイツ型の独裁と同じである。ヒトラーは独裁者だというが、実際のところは、議会政治の作り出したモンスターである。圧倒的な国民の支持を持って扇動した先導者であり、政治的な弱者を作り出す選民主義によってその独裁的な力を強めたのである。そして視の根本は、伝統的な心の部分の「作り変え」と、民主主義を独裁に変えてしまう「議会運営」そしてそれができなくなってからの「受任法の制定」である。そのようなことになってしまえば、日本は終わってしまう。
 「「過半数を取れる勢力を皆さん(有権者)がつくってくれるかどうかだ」と、維新の会を中心に衆院の過半数を確保するため、支持を訴えた。」(上記から抜粋)という話しは、まさに、それらの問題になる。政権を運営するのであれば連立与党でも何でもよいはずであり、また他の政党を納得させるだけの政策とその政策立案の骨子があるはずであるのに、そ自らの過半数にこだわるあたりが、なんとも。
 もちろん、上記のように香料も生s買うも発表されてない、まだ正当にもなっていない政治集団に関して、その内容を取り上げて批判するというのもおかしな話しであるし、安倍晋三元首相のように、そのようなところと連携をするとかしないとかで話題にしているのも情けない話しだ。このようなことを発表するのであれば、大阪維新の会は、しっかりとした綱領と政策を発表し、キャラクターではなく政策で勝負すべきではないのか。それができないのであれば、政治の世界から身を引くことである。それが日本のためだ。一刻も早い政策「維新八策」の発表が待たれる。

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陸上自衛隊総合火力演習で島嶼防衛想定

陸上自衛隊総合火力演習で島嶼防衛想定

 8月27日に自衛隊の総合火力演習を見に行った。
 私にとっては途中入場券をいただきながら心臓発作で倒れたこともあったので、3年ぶりの総合火力演習であった。
 いつも思うのであるが、日本の自衛隊の訓練はすばらしい。その練度の高さは、他のどの国にも及ばない世界最高クラスのものであると確信する。特火班(遠距離榴弾砲や迫撃砲による援護射撃班)による「曳火射撃『富士』」というものがある。これは、三年前も今年も拝見させたいただいたのである。これは、さまざまな遠距離射撃法が順次発射し、空中で弾を爆発させる。その煙が富士の形になるように発射するというものである。当然にリモコンでいっせいに爆発させるものではなく、設定によって『発射後XX秒で爆破』とされているものを、発射角と飛距離で調整し、藤の形になるようにする「精密射撃」である。これはなかなかできるものではないのではないか。もちろん、設定と角度がマニュアル化されていれば簡単なのかもしれないが、逆に「マニュアルどおり」にしっかりと行うことがどれほど難しいか。
 「神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直に之を褫ふ。 古人曰く勝て兜の緒を締めよと。」
 これは、日本海海戦で勝利した連合艦隊が明治38年12月21日に解散するときに、連合艦隊司令長官東郷平八郎による「連合艦隊解散の辞」の最後の一説である。東郷平八郎元帥は、世界中の誰もが日本側の敗北を予想した日本海海戦において、世界最強とうたわれたロシアバルチック艦隊を完膚なきまでに撃破し、日露戦争における日本海の海上交通権を確実なものにしたのである。どんなに日本軍が強くても、補給がままならなければ勝てない。近代火力戦争はその補給兵站が最も重要であることは、明治時代の偉人たちも知っていることだ。船上である大陸に日本本国から武器弾薬や食料などの物資を輸送するには、海上交通を確保しなければならない。そのために、日本は海軍を増強し、そして日本の周辺のロシア艦隊を排除する必要があった。
 しかし、ロシアの感染は世界最強とうたわれた艦隊であり、日本は「駆け出し」の海軍。その海軍がロシアに勝つためには、武器を増やすことはできないのであるから、後は訓練しかないのである。日本海軍連合艦隊は、当時鬱陵島で猛訓練を行い、バルチック艦隊に備えた。その訓練の重要性は、同じ連合艦隊解散の辞のこのような言葉にも表れている。
 「而して武力なるものは艦船兵器等のみにあらずして、之を活用する無形の実力にあり。 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得るを覚らば、我等軍人は主として武力を形而上に求めざるべからず。 」
 さて、いきなり海軍の話しをしたが、今回は、陸上自衛隊の総合火力演習。その総合火力演習に見る日本の陸上自衛隊の訓練の高さは、やはり「神明は唯平素の鍛練に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くる」というものを感じさせるのに十分なものではなかったのか。

防衛省、水陸両用車を初導入へ

 防衛省は水上航行と陸上走行が可能で、部隊の上陸時に用いる水陸両用車を初めて陸上自衛隊に導入する方針を固めた。2013年度予算の概算要求で4両分の調達経費として、計約30億円を盛り込む。複数の防衛省関係者が26日、明らかにした。海洋進出を続ける中国をにらみ、沖縄県の南西諸島防衛などで機動的に対処する「動的防衛力」を強化する狙いだ。尖閣、竹島問題を防衛力増強の追い風とする思惑もありそうだ。

2012年8月27日(月)2時0分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2012082601001842/1.htm

最新鋭の戦車も登場 陸自が富士総合火力演習 島嶼防衛の必要性反映 
2012.8.26 18:17 産経新聞
陸上自衛隊の富士総合火力演習でスラローム(蛇行)走行しながら射撃する10式戦車=26日午前、静岡・東富士演習場(酒巻俊介撮影)
 陸上自衛隊による国内最大規模の実弾射撃訓練「富士総合火力演習」が26日、東富士演習場(静岡県御殿場市など)で一般公開された。敵部隊の島嶼(とうしょ)部侵攻に対し、陸海空の3自衛隊が敵戦力を制圧し、奪還することを想定して訓練を実施。香港の活動家らによる沖縄県・尖閣諸島への上陸事件が起きるなか、島嶼防衛の必要性を強く反映する内容となった。
 今年は隊員約2400人、戦車や装甲車の戦闘車両約80両、機関銃などの火砲約80門、航空機約30機の陸自の主要装備品に加え、海自のP3C哨戒機と空自のF2戦闘機が参加した。
 訓練は編隊を組んだ最新鋭の10式戦車や90式戦車が1キロ以上離れた富士山麓の目標を次々と砲撃。轟音(ごうおん)と地響きとともに着弾地点から大きな炎が上がり、約3万1000人の観客を沸かせた。森本敏防衛相も視察に訪れた。

2012.8.26 18:17 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120826/plc12082621460011-n1.htm

 今年の総合火力演習には二つの特徴があった。一つ目は「10式戦車」という新型車量が出たことである。ネットワークで各隊をつなぎ情報を共有できるというその戦車は、制御がしっかりとしていることから、スラローム射撃や交代射撃などを行うことができた。スラローム射撃などは、アニメや映画などでは見たことがあるが、実際に演習などで見たことはなかなかない。そもそも止まっているときに止まっている相手を撃つのだってなかなか大変な話である。それを自分も動きながら射撃をするというのは、それなりの練習と、同時に、機械の性能も必要である。
 日本は人命を大事にする国でありながら、軍備に関することは全く無頓着であるといってよい。本来、相手の弾をよけながら、着実に相手を制圧するということが必要なはずだ。そのためには兵器を開発し、性能がよく、防御が格段に高い武器を作らなければならない。何しろ自衛隊員も「日本人」である。自衛隊であるから親でよいなどという論理は存在しない。我々を守るために戦ってくれる人には、しっかりとした最高の設備(ぜいたく品というのではない)を提供する義務が、我々守られる側にはあるのではないか。どうも日本にいる戦争反対と叫んでいる人々は、そのような感覚に全く疎いのである。片方で「10式」戦車、要するに2010年正式採用(配備は2011年)の戦車がありながら、片方で「74式戦車」要するに1974年正式採用と40年前の戦車を大事に使っているという状態である。40年間で日本に攻めてくる敵もさまざまな武器の改良を行っている。しかし、74式戦車はいまだに現役で戦わなければならない状態なのである。
 もうひとつの特徴は「島嶼防衛」を想定した演習であったということである。演習では、敵国が「島嶼」に攻め寄せ、そして島嶼の高台を占領し武装をしたものに対する奪還攻撃というのを想定しているのである。これは竹島や尖閣諸島という日本の周辺事情に関して即応した訓練であるといえる。演習中「演習地の都合上海はありませんが」という放送が入ったが、それでも、長距離ミサイルなどが出てきたり、あるいは海上自衛隊との連携を思わせる内容を見たりということで、しっかりとした訓練であったといえる。
 演習はショーではない。しかし、我々見ている側は、「ショー」として見てしまう。私自身、不謹慎であるが、実際にこの内容を「一つのショー」として見てしまっている自分がいることは否めない事実である。しかし、その中においてしっかりとした訓練を行うこと、そしてその訓練が我々を守ってくれるという話しにつながっているのではないか。
 「守りたい人がいる」
 陸上自衛隊のキャッチフレーズである。参議院議員の佐藤正久氏は「これは、守りたくない人もいるということです」といって笑いを取るネタになっているのであるが、実際に自衛隊は東日本震災のときも、人に対してわけ隔てなく多くの人を助けた実績がある。もちろん、敵兵を助けて一緒に日本を攻めるというのではない。しかし、それらを最低限にするため異は、本来これらの訓練をしっかり行い、そして抑止力をしっかりつけて、他国が日本にせめてこれないように、そして紛争を起こさないように周囲の国が考えるような国に成らなければならないのかもしれない。それらの「力」そして「強さ」をしっかりと認識した政治を行わなければならない。そして、民主党政権にはその気外がなかったということが明らかになったのではないか。
 選挙。そのときに、このような「国を守る」ということもしっかりと想定に入れた投票をしなければならないのではないか。

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マスコミ批判に関する一考(107) 日本でしか報道されない反日デモ

マスコミ批判に関する一考(107) 日本でしか報道されない反日デモ

 ちょうど先週になる。8月19日に日本人の地方議員および活動家と報道されているが、取手市の小嶋市議や東京都荒川区の小坂区議などと、がんばれ日本行動委員会の水島聡幹事長(チャンネル桜代表)をはじめとする10名が洋上慰霊祭の船上から泳いで尖閣諸島に渡り上陸した。この行動に関してはすでにブログで書いたのでここでは事実関係だけにとどめるものとする。
 さて、この報道に関して、日本では「中国20都市以上での反日デモ」の様子とあわせて大きく取り上げられた。報道の印象は各社微妙に違うものの、彼らの行動を賞賛する解説は少なく、どちらかというと、「上陸した人々が中国の反日デモを誘発した」かのような報道に終始したのだ。
 テレビの報道では「一部でも隊が暴徒化し、日本車が破壊された」と報道したが、そこに打ちしだされたのは、「公安」と書かれた警察車両がひっくり返される映像である。また、「日本食レストランが破壊された」と報道されたが、調べによると「その日本食レストランのオーナーも店長も中国人」というオチがついている。このように、そもそもこの反日デモは「反日デモの名前を借りた反政府デモではないのか」ということを少々思っていたところがある。そして、私は、この反日デモに関する中国の報道に注目したのである。案の定、中国では、これら反日デモに関しては、あまり肯定的な報道はなく、自制を求めるような論調が大きくなった。それと同時に、反日デモを抑止するような中国共産党の方針が出され、その内容がいつの間にか大きくなってきたのである。
 当然にこれrなおも陽はウォールストリートジャーナルなどでも報道されたのであるが、残念ながら、野田首相の外交ということで、韓国の竹島問題と合わせたものであり、日本だけが過敏に「反日デモ」を特集するという異常な事態に陥ったのである。

反日デモ、25都市に拡大=深センで暴徒化、日本料理店被害―尖閣めぐり抗議・中国

 【深セン、上海時事】沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)に上陸した香港の活動家が逮捕されたことを受け、中国の領有権を主張する反日デモや抗議行動が19日、中国の少なくとも25都市で起きた。広東省深セン市のデモ参加者は4000人以上に拡大し、一部は日本車を破壊し、日本料理店の窓ガラスを割り、日の丸を燃やすなど暴徒化した。
 中国の各日本総領事館や日本大使館によると、上海、遼寧省瀋陽、山東省青島、広東省広州の各領事館や北京の日本大使館の前で抗議行動が起こった。日本人がデモなどに巻き込まれたとの情報はない。青島や広州の総領事館前ではそれぞれ約450人、約300人が参加した。中国で大規模な反日デモが一斉に発生したのは漁船衝突事件時の2010年秋以来。
 イトーヨーカ堂や伊勢丹が出店する四川省成都市では広場に数千人が集結したが、警官隊が解散させた。新華社電(英文)やミニブログ「微博」(中国版ツイッター)によれば、杭州(浙江省)や温州(同)、長沙(湖南省)、ハルビン(黒竜江省)などでも反日デモ・抗議が起こったが、大きな混乱は伝えられていない。
 インターネット上では19日に10都市以上で反日デモに参加するよう呼び掛けがあった。当局は活動家らの強制送還後、書き込みを削除するなど規制を強めたが、公安当局は集結した若者らに対してデモを容認した。デモ拡大の背景には、19日午前に日本人10人が尖閣諸島に上陸したとのニュースが中国のテレビやネットで大きく伝えられたことも関係しているとの見方がある。 

時事通信 8月20日(月)0時22分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120820-00000004-jij-int

<中華ボイス>安っぽい怒りの反日運動はダメ!―TV局ディレクター

 日本と中国は領土や歴史などで未だにわだかまりがあり、中国では度々反日デモが行われている。そのたびに中国に住む日本人のみならず、過激な運動を恐れて、外出を控える現地中国人も少なくない。写真は19日、広東省広州市で行われた反日デモ。日本と中国は領土や歴史などで未だにわだかまりがあり、中国では度々反日デモが行われている。そのたびに在中国の日本人のみならず、過激な運動を恐れて、外出を控える現地中国人も少なくない。今月19日には、先般尖閣諸島に上陸した香港の活動家たちに影響され、中国各地で反日デモが行われた。過激なデモで日本関連の飲食店や日本製車両のパトカーなどが被害を受け、日本製品の不買運動が呼びかけられた。
 2012年8月20日、国営テレビ・中国中央電視台(CCTV)ディレクターの許文広(シュー・ウェングアン)氏は反日デモについて、「反日運動をする人たちは、日本製品の不買運動呼びかけや、同胞の財産である所有物を破壊している。しかし彼らは日本が中国に輸出した最も多いものが、自動車やテレビましてや漫画・アニメではなく、言葉の単語だということを知らない」と自身のマイクロブログに意見を掲載した。
 また、許氏は「現代中国語の社会科学単語の70%が日本語に由来する。たとえば、“経済”や“哲学”、“環境”、“芸術”、“医学”、“法律”、“人権”、そして“抗議”も日本語に由来する外来語である。自分の国を愛しているのなら、祖国が他国から尊敬や畏敬の念を抱かせるように努力すべきであり、安っぽい怒りで自分の無知でちっぽけな考えを訴えるべきではない」とやみくもに抗議運動をする人たちを諭すような意見を続けて掲載した。(翻訳・編集/内山)

2012年08月20日11時23分 提供:Record China
http://news.livedoor.com/article/detail/6869558/

中国各紙に報道規制?反日デモほとんど伝えず

 【北京=大木聖馬】中国各地で19日に起きた反日デモを巡り、中国各紙は20日、デモの発生をほとんど伝えず、日本人10人が19日に沖縄県の尖閣諸島・魚釣島に一時上陸したことを中心に報じた。
 19日のデモは25か所以上に拡大し、広東省深センなど一部で暴徒化。胡錦濤(フージンタオ)政権はデモが社会の不安定化につながらないよう、報道規制をかけている模様だ。
 共産党機関紙「人民日報」は20日、日本人の魚釣島上陸の経緯をまとめた短い記事と中国外務省の抗議談話のみを掲載し、19日のデモ発生には触れなかった。中国紙「中国青年報」は、1面に掲載した評論記事でデモについて触れたが、深センなどで暴徒化したことを念頭に「同胞の日本車を破壊したり市民の私有財産に損害を与えたりすることは愚かなことで、社会秩序を壊し、中国のイメージにも影響を与える」と戒めた。

2012年08月20日17時39分 提供:読売新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6871040/

 中国において反日デモは最も許可を得られやすいでも形態のひとつである。実際に中国共産党は、反政府デモ以外のデモは大きく取り締まらない状態になっている。そして、この尖閣諸島問題に関しては、私の著書「2014年中国は崩壊する」の中にもあるように、ある一定の外交問題として敗北しているという認識が強い。そのために、中国共産党や人民解放軍という中央政府の意向で、尖閣諸島を現在解決する意識はないといえるのではないか。
 その中における反日デモ、特に尖閣諸島に関する反日デモは、そもそも反政府で物色を意を強く出しているといわざるを得ない。中国の過激なナショナリストの中には、当然に、中国政府の尖閣諸島に対する弱腰外交を揶揄する部分が多く、そのために、警察車両への暴徒や警察官への暴行がデモとして成立するのである。
 中国は、そのことをよくわかっている。そして、それを自制するように呼びかけている。しかし、なぜか日本のマスコミは、日本の中の活動家や愛国支援を破壊するためだけの報道を行うから、これら中国国内の事情や中国の中の問題点を報道することなく、現象としてデモが発生したのは日本の保守派の活動によるものだという刷り込みを行うことになる。そして、それは、そもそも国益を考えた報道を行うという日本人としての当然の義務を全く無視した報道であることは否めない事実だ。同時に、中国の報道をしながら中国の内部事情も全くわかっていないということに他ならないのである。このような状態で中国の報道を垂れ流していること事態に大きな疑問を感じるのである。
 報道とは、そもそも、しっかりとした事実関係の認識や、あるいは園は池に潜む事情をしっかりと取材して、その内容をわかりやすく、そしてなるべく公平に伝えるのがその基本姿勢でなければならない。単純にナショナリズムをなくすとか、政権を批判するというのは「政治活動」であって「報道」ではないのである。そのことを日本の報道機関はもっとよく認識すべきであると考える。逆に、日本の報道機関がそのようになっていないということを、しっかりと国民は任視すべきである。
 よく、政治家などを取材すると、日本のテレビ番組に関して、お笑い番組やドラマばかりだと揶揄する声を聞く。しかし、くだらない「政治活動」を垂れ流し、取材不足のこれらの報道をしているようならば、そして、中国国内で警察車両に対する攻撃が行われたのにかかわらず、「日本車に対する攻撃」などとわけもわからなく報道をしている、一種の「政治活動」しかできないのであれば、いっそのこと、報道番組という名の「政治活動」を一切なくし、ドラマやお笑いばかりを垂れ流せばよい。かえって政治活動的な報道番組をしないほうが、「日本国民」は健全な選択ができるのではないか。取材不足、そして背景の環境の調査不足、そして凝り固まった批判精神と反政府、反日報道の偏向は、見ていて不快である。
 そのような報道よりは、はっきりいって、中国のデモの自制の報道のほうがはるかにまともなのではないか。日本の報道機関は中国の報道機関以下の能力しかない。まさに、そのものである。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(66) 私の中国における訴訟実績(10)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(66)
私の中国における訴訟実績(10)

 訴訟日、イタリア人の証人尋問が始まった。
  中国の尋問は、基本的に裁判官がまずメインで尋問を行い、その後足りない部分を原告、被告の弁護士が行うという形になる。日本の場合は、原告側、被告側の順番で尋問が行われるのが普通で、裁判官が補足的に行うのが普通であるから、中国の裁判の方法は、日本の裁判になれている人にとっては多少の違和感がある。しかし、大体の場合、日本人であっても裁判の経験、特に証人尋問で呼び出されたことのある人が少ないのであるから、そのような細かな部分の違いが気になる人は、少ないのかもしれない。
  中国の弁護士に、この違いについて聞いてみた。中国人の弁護士は明確に答えてくれた。
  「中国においては、このような裁判が行われること自体が、最近になってから行われたことであって、尋問などは基本的に余りなれていないんです。それに、中国は民主主義、自由主義の国と違って、共産党の順位のように階級がありますから・・・・・・・・・。

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異例尽くめのデモ隊の首相面会とその対応

異例尽くめのデモ隊の首相面会とその対応

 デモ隊が首相官邸に入り直接対話を行う。
 そんな話はまったく存在しないものと思っていた。そもそも、そのような話は、民主主義の原則に違反するものであり、そのような意思伝達をしたいのであれば、選挙や国民投票などによって決めればよいことである。日本国憲法は、そのようなことになっている。安保騒動のとき、国会をとりまいた運動家デモ隊は30万人といわれている。今と違い、三角形の敷地であった国会は、今よりも周囲は短いものの、それでも広大な敷地を取り巻くには、数十万人の人海戦術が必要である。
 両院記者会の事務局をしていただいている小林さんは、昭和19年貴族院入社し、現在両院記者会でお勤めいただいている状態を含めて国会に70年通い続けていただいている。当然に安保騒動のときも、衆議院警務課にお勤めであり、そのときの模様は今でも記憶にあるそうだ。小林さんによると、昭和20年の空襲のときも出なかった「帰宅禁止命令」が出たそうである。帰宅禁止命令とは、国会から出てしまうとデモ隊に巻き込まれて危険であるから国会の中に宿泊するように命令されたというのである。空襲のときは国会の中にいたことによって助かった小林さん、デモ隊に関しても同じものであるという。そのような命令がなくても、基本的に外に出られる状態ではなく、現在ある衆議院議員面会所はさながら野戦病院化のように警察官も、そしてデモ隊も、双方ともにけが人が収容され、衆議院の警務課や事務の人々が総出で介抱したという。
 それほどのデモのときも、時の首相岸信介氏はデモ隊との面会を全て拒否し、国会答弁では「ここに集っていない声なき声に耳を傾ける」という発言をしている。確かに、当時の人口が1億、そして有権者数が6千万人として、30万人のデモ隊は200分の1、要するに1%に満たない発言力しかないのである。民主主義は、常に多数決の多数の側の意思に従うものであり、行動を起こしたもの、もしくは声の大きいものの方に流されるシステムではない。デモを行うものではなく、実際には有権者に訴え、そして、デモの主張を行う内容を浸透させる、それが必要である。
 逆に、デモ隊の代表と会い、そして国家の意思決定を覆すというのは、まさに、民主主義の原則に反するものではないのか。そのようになっているのであれば、当然に、そもそもデモ隊の代表と面会すること自体が、民主主義の要請に反する内容である。
 しかし、その「民主主義の要請に反する」ことを野田内閣は行ったのだ。

野田、突然“原発ゼロ”画策!選挙対策か!民主党内に戸惑いの声

 ★鈴木哲夫の核心リポート

 野田佳彦政権が「原発ゼロ」をひそかに画策している。野田首相は22日、反原発を掲げる市民団体メンバーと官邸で面会し、関西電力大飯原発(福井県)の即時停止要求を拒絶したが、その裏では古川元久国家戦略担当相が「原発ゼロを目指したい」と党内を説得しているのだ。エネルギー戦略は、国民生活や日本経済の先行きを見据えて慎重に判断すべきものだが、次期衆院選での惨敗予測におびえて、ポピュリズム体質が浮かび上がってきたのか。政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏が、あきれ果てる実態に迫った。
 お盆が明けて、国会議員が永田町に戻ってきた今週初め、政府のエネルギー・環境会議議長でもある古川氏が、民主党1年生議員のもとを次々と訪ねて回った。
 「わざわざ何だろうと思ったら、古川氏は『私は原発依存度をゼロにしたいと思っている。協力してほしい』と言いました。突然といえる政府方針の変更なので驚きました」(1年生議員)
 野田首相が8月末までにまとめるとしているエネルギー基本計画の見直し。古川氏は「原発ゼロを明記したい」と、党内のコンセンサスを図っていたのだ。野田政権が「脱原発」の世論にも耳を傾けるようになったとすれば、それはそれで結構なこと。しかし、どうもうさん臭いのである。
 思い出してほしい。野田首相は今年6月に、反対論も多かった大飯原発を再稼働させたとき、「豊かで人間らしい暮らしを送るために、安価で安定した電気の存在は欠かせない。国民の生活を守るために再起動すべきというのが私の判断」「人々の日常の暮らしを守るという責務を放棄することはできない」と言い切ったではないか。
 現に、日本経団連は、原発を止めて電気料金が高騰すれば、輸出企業などが成り立たなくなり、「失業者が200万人増える」と試算している。他の政権幹部も「(原発を止めたら)日本経済がダメになる」と断言していた。
 古川氏の言動は「何をいまさら」といった印象が拭えないのである。
 原発を所管する経産省官僚は「明らかに選挙対策だ」といい、こう解説した。
 「そもそも、経産省としては、原発の依存度を下げるにしても、あくまでも併用していくという考えに変わりはない。急に『ゼロにしろ』といわれても、電力コストの問題などもあって無理な話。近々まとめるエネルギー基本計画で、『原発ゼロ』の絵(=文書)など描けない」
 経産省に対して、古川氏は「(エネルギー基本計画は)国家戦略室で文書をまとめればいい」と話しているが、実は、そこがくせ者だ。
 永田町や霞が関に精通する官僚OBは「国家戦略相には権限がない。民主党は政権交代前、『国家戦略相や行政刷新相を、法的にもきちんと位置付ける』『予算編成など政治主導でやる』と主張していたが、これらの法案整備を放置して、官僚ベッタリになっている。つまり、国家戦略相は単なる内閣府の特命大臣に過ぎない」といい、古川氏が訴える「原発ゼロ」の問題点を、次のように指摘した。
 「法的裏付けがないので、政権交代すれば国家戦略室などは消えてなくなる。古川氏がいくら『原発ゼロ』の文書をまとめても、一気に空文化して、経産省はいくらでもひっくり返せる。『どうせ何十年も先のことだから、ここはゼロとしておこう』という意図が透けてみえる」
 古川氏は21日、閣議後の会見で「原発ゼロを目指したい。原発に依存しない社会を作りたい」と発言した。野田首相は翌22日午後、「脱原発」を求める市民団体メンバーと官邸で面会して、その様子をマスコミにフルオープンにしてみせた。
 自民党ベテラン議員は「明らかな選挙パフォーマンスだ。首相がいちいち市民団体と面談するなら、『では、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)反対は?』『他の政策課題は?』ということになる。支持回復のために『原発ゼロ』カードを使う布石ではないか」と話す。
 野田首相や古川氏らの本気度を測るには、一体どこを見ればいいのか。別の現役官僚はこういう。
 「要は法律を作るかどうか。『原発ゼロ』決定の効力を発揮するのは法律を作るしかない。しかし、政府内で『法案を検討しろ』という指示も動きも一切ない」
 民主党政調幹部も「議員立法で『原発ゼロ』法案を作ろうという話など党内ではない」という。
 法律がなければ「原発ゼロ宣言」など信用できない。国民の原発事故や放射能への不安に便乗して、国の浮沈にかかわるエネルギー戦略を政争の具に使うというなら、野田政権は厳しく断罪されるべきではないか。

 ■すずき・てつお 1958年生まれ。早大卒。テレビ西日本報道部、フジテレビ政治部などを経て、現在、日本BS放送報道局長。著書に「政党が操る選挙報道」(集英社新書)、「汚れ役」(講談社)など。

2012.08.23 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20120823/plt1208231810009-n1.htm

 夕刊フジの鈴木哲夫さんの記事をそのまま掲載した。実際に、民主主義の原則に違反してまでなぜ面会したのか、その理由が良くわかる。「面会した」という事実は、その解釈によって、いかようにも解釈が可能だ。その解釈の内容が、まさに、大きな問題になる。そして、それがここに書いてあるように「政党の党利党略のため」ということであれば、それは、政治権力の私物化であり、同時に権力イデオロギーの私利用に過ぎない。そのようなことが行われるのであれば、それはかなり危険なことである。
 そもそも民主党政権は、発足当初から菅直人副首相(当時)が、NHKで「日本国憲法には三権分立は存在しない」などと、日本の崇高な理念を否定するところから味まり、日米関係の毀損など、さまざまな部分で日本を破壊してきた。実際に、それらに関して、彼らに破壊の意思があるないではなく、彼らは共産主義的、社会主義政治システムのように、独裁者になったかのごとき感覚を持っているということを私はこのブログで再三書いている。その中には、民主党議員の「政権を執ったのであるあら、4年間国民は白紙委任したのと同じだ」という民主党の感覚、それが、まさにナチスドイツ第三帝国のヒトラーや現代の北朝鮮の独裁訂正のような、国家社会主義的中央集権型独裁を引き起こしているということを考えているのである。
 そのことは、基本的に民主主義の否定を行うことになり、そして、その民主主義の否定は、デモ隊という「少数派」との交流ということで、国家の意思決定を曲げるという話をしてくるのである。本来は国家の意思決定は国権の最高機関である国会が担うものであるにもかかわらず、行政がそのようなことをして良いというように考えているかのごときだ。
 多くの人は、このことを簡単に受け止めているかもしれない。しかし、このことから野田首相本人も、そしてそれを実現させた、辻元清美、そして菅直人いずれの議員も、民主主義の否定者であるということを世に知らしめたのである。それは扱っている主題、原発やそのような問題ではなく、国家の意思決定やその意思決定のプロセスの問題であり、同時に一事が万事ということにつながるのである。
 そのようなことをしっかりと認識して次の選挙では正しい選択をしてもらいたい。

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なぜ今商店街活性化で全国行脚なのか 民主党の公私混同選挙の一例ではないか

なぜ今商店街活性化で全国行脚なのか 民主党の公私混同選挙の一例ではないか

 全国の商店街が、いわゆる「シャッター通り」になってしまっている。
 商店街という一つの日本の風習が、大型店舗に完全に吸い込まれてしまい、経営として成り立たなくなってしまっているということがいえるのかもしれない。商店街のもさまざまなものがある。
 日本は、もともと「都市計画」という計画が存在しない。大阪維新の会は都市計画のインターンシップを行うというが、日本の場合は「都市計画がない」ことが都市計画である。日本の都市の成り立ちなどを全くわかっていない人々が、政治の世界でもいるのだと思った瞬間である。
 西洋の都市は、城もしくは教会、あるいは尊重などの有力者の家があり、そしてその前または近くに広場が存在する。この「広場」が都市計画の象徴である。気の利いたところでは広場に噴水などがあって、そこが市民の憩いの場になっていた。そして、その城と広場を中心に、放射状と環状に都市計画を作るのである。基本的に商店街という存在もあるが、実際に歴史的に見れば、広場に集まる露天商のようなものが商店の発端である。大きな都市になれば意来るもの広場が連携し、その広場の中に中心が存在する。露天商だけで足りないときは「広場と広場をつなぐ道路」に面して商店街が存在するのである。その商店街も、ほとんどが「製造直販業」であり、その場で作ったものを販売するという文化である。八百屋や魚屋のような生鮮品は、「市場」という広場で売られるのが通常で、通路商店街の中には存在しないのが「通常」であり「中世以降の都市計画のヨーロッパ都市計画」の基本である。
 一方、日本の場合は、「都市」という概念が存在しない。基本的には街道脇の露天商からスタートする。だから日本の古い都市に「広場」という設定はない。何もしないで、通路沿いに常設店が並び、そこの道路に露天商が、そして行商が並ぶからである。後は神社や寺の境内などが一つの広場の役目をするが、ある意味教会の中のような場所であるから、「憩いの場」というような広場ではない。通路そのものが広場の役目もしそして生活をになう市場の役目もする。落語など江戸時代の名残を感じさせる文章や記録、そして口承伝承を聞けば、「路地裏の店」というものが存在するが、その存在こそが日本の都市の最大の特徴である。その路地裏の店も、製造販売業ではない。基本的には、小間物屋など、行商の基地であったり仕入れの基地であるという状態なのである。
 その商店街がなくなりつつある。実際に、日本の都市生活者の生活形態が、自動車という文化の産物によって、「徒歩で散歩をする」という形態ではなく一箇所の目的地を目指して行動するという形態に変わったといえるのではないか。そのことまで踏まえて「自動車の往来を考えた都市計画」ということであれば、ある意味で正しい話しなのかもしれない。しかし、実際に自動車免許証や自動車を持っていない人もいるし、また、自動車を利用しない人もいる。日本型都市計画を考えるときに、ある意味で商店街の復興というのは、日本の風物市場一つの大きな課題であることは確かである。

経産省幹部が商店街活性化で全国行脚 まず長野市に枝野経産相

 枝野幸男経済産業相は21日の閣議後の記者会見で、政務三役や同省幹部が各地の商店街などを視察する「中心市街地の商店街キャラバン」を行うと発表した。地方の商店街などの活性化策を充実させる狙いで、今後1カ月で全国20都市を訪問するのが目標だ。
 第1弾として、枝野経産相が8月25日に長野市の権堂商店街や長野県佐久市の岩村田本町商店街を視察する。商店街関係者らと意見交換する予定だ。
 経産省は「地域の人々と直接対話し、課題や対策を考えていきたい」としている。

2012.8.21 13:05 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120821/plc12082113090011-n1.htm

地域商店街活性化法について (経済産業省ホームページより)

商店街活性化事業計画 
地域商店街活性化法の概要

( 1 ) 法律の目的
地域商店街活性化法は、商店街が「地域コミュニティの担い手」として行う地域住民の生活の利便を高める取組を支援することにより、地域と一体となったコミュニティづくりを促進し、商店街の活性化や、商店街を担う人材対策の強化を推進するための法律です。

( 2 ) 法律の特徴
商店街が、地域住民の生活利便の向上や住民間の交流などの地域住民のニーズを踏まえて実施するソフト事業も含めた事業に対して、法律の認定に基づき各種支援が行われます。商店街振興組合等は事業計画を作成して法認定を受けると、補助金(中小商業活力向上補助金)等による支援措置が講じられます。※法認定とは別に、補助金を申請する必要があります。

( 3 ) 法律の具体的内容
①法律の趣旨
・ソフト事業も含めた商店街活動への支援を強化
・地域のニーズに沿った空き店舗利用を支援
・商店街の意欲ある人材を育成・確保
・関係省庁・地方公共団体と連携した支援
②基本方針の策定
経済産業大臣が、商店街活性化事業の促進の意義や基本的な方向等を示した方針を策定します。
③商店街活性化事業計画の作成及び支援制度の創設
経済産業大臣が、都道府県及び市町村に意見を聴いた上で商店街活性化事業に関する計画を認定します。認定を受けた商店街振興組合等やその構成員である商店主などが行う商店街活性化事業に対し、④の支援措置を講じます。
④支援策の内容
・認定事業に対する補助金の補助率 ( 中小商業活力向上補助金 ) を最大で1 / 2から2 / 3に引き上げる ※法認定とは別に、補助金を申請する必要があります。
・認定事業を行う商店街等に土地を譲渡した者に対して、1500万円を上限に譲渡所得の特別控除を行う。
・小規模企業等設備導入資金等助成法の特例により、認定事業を行う小規模企業者(商業・サービス業:従業員5人以下)に対し、設備資金貸付(無利子)の貸付割合の引き上げ(1 / 2以内→2 / 3以内)を行う。
<詳細はこちらから>   中小企業庁

http://www.syoutengai-shien.com/project-guide/19-kasseika.html

 さて、しかし、なぜ今なのか。
 商店街というものを復興させるという考え方はわかる。しかし、日本の場合は商店街が「都市型」(上記で言えば路地裏どおり商店街)
「門前型」(前項自前商店街や巣鴨商店街のように寺の参道を使ったもの)
「通路型」(参道ではないが、観光地の前の商店街のように、大型施設の前や工場などの前に並んだもの)
「街道型」(従来型の街道の途中に存在する商店街。もともとは水戸黄門に出てくる峠の茶屋のような存在からできたとされる)
「自然観光地型」(まさに、街道のものではなく富士山の語米のような観光地にお土産店が並ぶもの)
とさまざまだ。
 そのすべての商店街を現状どおりの越すというのは非常に難しい。たとえば「通路型」の商店街があったとしても、その発展の基盤である工場などが閉鎖されれば、どんなに補助金をつぎ込んでも全く商店街は難しい。そもそもその顧客の誘引ができないのであるから、商店街存続の基盤である顧客誘引ができないからだ。
 最近ではパナソニックの大規模リストラや、シャープの工場の売却、そして、少し前では日産工場の工場閉鎖などがさまざま存在する。そのような製造業の復活や観光業の復活、要するに全体の経済の底上げがなく商店街だけが大店法とのからみでおかしくなるということはないのである。もちろんそのような視点もある。自動車文化という話しや駐車場や道路の問題で商店街で発展しづらいとか、インターネット文化の中において、コミュニケーションが苦手な人が通販ばかりで商店街に買い物に行かないということも十分に考えられるのである。
 そのように考えれば、その商店街がおかしくなった理由というものをしっかりと間あげなければならないはずだ。しかし、通産省は「補助金」のバラマキのために、全国行脚をする。根本の経済政策も何もしないで、ただバラマキ行脚を行うというのである。それでは、困ったものだ。要するに、ただ単純にバラマキを目的にしているというのであるが、それはこの時期にはじめたというのは、まさに、「選挙が近くなったから」とかんぐられてもおかしくないというものである。
 民主党政権になってから、基本的にはバラマキで選挙を行い政治権力を使った内容で、バラマキを行うようになった。そして「民主党を支持しなければ補助金を出さない」とイワンがばかりの官僚の行脚が続くのである。これは明らかに行政権の選挙介入でしかない。逆にそうでないならばしっかりとしたこれらの分類やあるいは、しっかりとした補助金の対照をしなければならないが、実際にそのような補助金を出すよりは消費税の増税の問題や経済政策をしたほうがはるかに効果があるのだ。そして、そのような根本の政策でなく、まさにバラマキ行脚を経済産業省の幹部が行うこと、それこそ「政治主導」の民主党の政治というよりも選挙の特徴ではないのか。
 根本的な問題解決力がないのに、目の前ににんじんをぶら下げて選挙に影響させる。このようなことを許してよいのか。そして、そのような選挙に乗ってしまってよいのか。このようなことに疑問を持ってニュースを見なければ、国民はすぐにだまされてしまう。

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シリアで日本人ジャーナリスト殉職の知らせを受けて

シリアで日本人ジャーナリスト殉職の知らせを受けて

 大きなニュースがたくさん入っている。
 シリアでは日本人ジャーナリストの「殉職」があり、テレビなどのトップニュースになっている。山本美香さんという方だそうで、私はお会いしたことがないのですが、仕事に殉じたとはいえ、非常に痛ましい話であると思います。ご冥福をお祈りしたいと思います。このような言い方はよくないのかもしれませんが、戦場ジャーナリストというのは非常に危険な仕事であり、特に内戦状態におけるジャーナリズムは、内戦の陣営がわからないことや、双方の宣伝戦の問題があるので非常に危ない立場が出てくるのではないでしょうか。そのような危険な仕事をしている方がいるから、我々は真実を知ることができる。真実を知ることがでkルカらさまざまな判断ができるのです。イメージとか戦争反対とかではなく、今そこにある事実、そしてその日がいとうものを直視して、そのことを伝えるという仕事をされた方には敬意を表するとともに、非常に残念な結果になってしまったことに哀悼の意をささげたいと思います。私のジャーナリズムなどは安全な国会の中にいるだけですから(たまに中国に行ったりしてきわどい話しをすることがありますが)、なくなられた山本さんの仕事に比べれば、なんでもない仕事です。それでも事実を伝えるということは非常に難しいところです。事実も伝えずに、選考報道をしてイメージだけで要らない情報を垂れ流している人々には、非常に怒りを覚えます。しかし、私たちはそのような人々に、事実を伝えることで答えを出してゆかなければならないと思っています。

 さて、上記のような状態で、私は意識してシリアの内戦の情勢をあまり触れませんでした。内情がわからないし事実がわからないので、私も評論の仕様がないということです。報道によればというところはたくさんありますが、その報道が正しいかどうかの検証ができない状態です。そのような解説を期待されえいる方がいらっしゃるとすれば、この場でお詫び申し上げます。私の力不足です。

内戦の最激戦地アレッポ メディアも「標的」

 【カイロ支局】日本人ジャーナリスト、山本美香さん(45)が銃撃を受けて死亡したシリア北部の最大都市アレッポ周辺は、内戦の最激戦地となっている。アサド政権が査証(ビザ)発給をごく少数に絞っているため、反体制派の協力でトルコからひそかに越境して取材に当たる欧米やアラブのジャーナリストも少なくないといわれ、山本さんらもこのルートを使ってアレッポ入りし、悲劇に遭ったとみられる。
 トルコ政府の庇護下にある反体制派武装組織「自由シリア軍」は、拠点があるトルコ南部とアレッポ周辺に補給ルートを構築してゲリラ戦を展開している。メディアの取材活動にも協力的で、アサド政権側が厳しい情報統制を敷く中、メディアを通じて現地の状況を世界にアピールする「宣伝戦」の意味合いがある。
 しかし、政権側はアレッポでの戦闘に戦車や戦闘機、ヘリコプターを使用し、反体制派が多いサラーヘッディン地区やスレイマン・ハラビ地区などを攻撃。連日、市民らに多数の死傷者が出ている。
 戦闘では火力に勝る政権側がなおも優位に立っているほか、政権側がメディアを狙うケースもあるとされ、アレッポ近郊では最近も政府軍の空爆で外国人記者が利用する取材拠点が狙われたとの情報もある。
 アレッポでは、自由シリア軍が7月20日、「アサド政権からの解放」(反体制派幹部)に向けた攻勢を開始。掃討作戦を展開する政権側は今月上旬以降、2万人以上の兵士を動員し反体制派拠点地区の制圧を進めていた。
 政権側は正規軍のほか、アサド大統領の出身宗派でシリアの支配層を形成するイスラム教アラウィ派の民兵集団「シャッビーハ」を掃討作戦に利用しているとみられている。反体制派の主流派であるスンニ派との宗派間の対立感情も強まっており、双方による拷問や処刑などの残忍行為も報告されている。
 在外人権団体によると、シリア全土では20日、戦闘などにより少なくとも101人が死亡、昨年3月の反政府デモ発生以降の死者数は2万3千人以上に達している。

2012.8.21 21:32 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120821/mds12082121330008-n2.htm

戦地報道に奔走=イラクでは隣室に砲弾―取材現場の葛藤も・山本さん

 山本美香さん(45)は、戦乱のシリア国内でも特に激しい戦闘が続くアレッポで取材中に、非業の死を遂げた。小型ビデオカメラを片手に世界中の戦地を飛び回り、タリバン支配下のアフガニスタンやイラク戦争などの実情を伝え続けた気鋭のジャーナリストだった。
 所属する通信社「ジャパンプレス」のウェブサイトによると、山本さんは山梨県出身。CS放送局の記者を経てジャパンプレスに移り、イラクやアフガンのほか、コソボやボスニアなど紛争のさなかにある地域を数多く取材した。ドキュメンタリー番組などの制作を手掛け、ニュース番組のキャスターを務めたこともある。
 2003年4月、イラク戦争で各国のジャーナリストが滞在したバグダッドのホテルが米軍戦車の砲撃を受けた際、直撃した部屋の隣室にいた山本さん。直後に時事通信の電話取材を受け、何人ものカメラマンやスタッフが死傷した室内の悲惨な状況と自ら率先して救助に当たった様子を語った。
 「ジャーナリストとしては、片手でカメラを撮影しながら、もう一方の手で助けたい。しかし、それはなかなか難しい行為だと改めて知った」と葛藤する思いを吐露。ホテルを砲撃した米軍には「決して許されることではない」と話していた。
 03年度には、優れた報道で国際理解に貢献したジャーナリストに贈られる「ボーン・上田記念国際記者賞」特別賞に選ばれた。 

2012年08月21日11時19分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6872389/

 では、しっかりとした事実とは何なのか。
 内戦の場合は、一つには内戦ということの原因、そして内戦を行わなければならなかった事情、そして、内戦の年(国や地域)における住民たちとその生活である。将来の予想や将来の政治情勢などは、後付で何とでも評論できる。しかし、実際に今起きていることを否定することは誰もできないのである。
 このような状態が出てきたときに「戦争がなければ死ななかった」という人がいる。それも事実である。しかし、一方で「戦争がなければ、虐げられる人々がいる」これも事実である。このような事件が起きて、実際にもっとも大きな問題は、「戦争が悪なのか、戦争を起こさなければならなくなった政治が悪なのか」という議論がなされなければならない。それにもかかわらず、「戦争があるから」と武力衝突そのものに関しての否定論が日本では蔓延するということである。実際に話し合いですむのであればそれに越したことはない。内戦などという同じ国の人々が、昨日まで隣近所で仲良く暮らしていた人々が殺しあうなどという現実は、本来は、日本人が外野で騒がなくても、本人たちが最も嫌がって避けたい事実であろう。しかし、その道しか「選択できなかった」事情というものを理解しなければならない。私は事実をあまり知らないのでわからないが、「反乱(内戦)を起こさなければ、主権を虐げられて奴隷のような生活か、あるいは死ぬしかない」という状態であれば、戦争そのものの否定ではなくそのような政治に対して原因があることになる。そこには富の偏重があり、そして不公平がある。そして、その不公平は、自分の大事な人を守れないほどの大きなものなのかもしれない。そうなれば反乱や内戦も仕方がないということになるのかもしれない。
 「いかなる場合にも武力衝突は避けなければならない」という原則はわかるが、しかし、一方で「命を賭してでも守らなければならないものがある」という魂も理解が可能だ。この二つが衝突した場合に、その事実を知らない「平和主義者」が何を言っても意味がない。言葉で説得すればよい、話し合いで解決すればよいなどという話しは、そのような話し合いができるという環境と信頼関係があって初めて成立するものであって、その環境を整えられない状態、もしくは話し合いで決まったことを遵守するという信頼関係が既存している環境内においてはそのような名は試合は行われないのである。
 今回の問題で、尊い犠牲があった。それは、シリアの人々にとっては内戦が始まってから日常になってしまっている。日本人は、初めて身近な問題であり、そして日本人の中にもそのような犠牲が出てくるということがある。しかし、そのような危険を犯してでも、事実を伝え、そして多くの人に知ってもらうということが非常に重要であり、なおかつその重要なことに、命をかける人がいる。
 国民は、このような報道に接したときに、亡くなられた山本さんの「意思」を、本当に伝えたかったことをしっかりと汲み取るようにしなければならない。戦争反対とかそのようなものではなく、実際に内戦が起きているという事実、そして内戦という内容でなければ解決できなかったさまざまなシリア国内の問題、そして、内戦の中でもシリアの人々が生活しているという事実、そして忘れてはならないのがそのような事実を命がけで伝えようという高い志で報道をする人々がいるということ。そして、変にイデオロギーや平和主義にかぶれることなく、事実をしっかりと受け止め、そして事実を解釈しなければならないのではないか。
 このような意味でも偏向報道や、政治的に偏った報道を行うことを慎まなければならないし、そのような報道に対して、我々国民は一人ひとりが糾弾しなければならないのではないか。

 改めてご冥福をお祈りいたします。

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究極のポピュリズム占拠を目指す地方首長と民主落選濃厚議員たち

究極のポピュリズム占拠を目指す地方首長と民主落選濃厚議員たち

 橋下徹大阪市長が人気だ。
 時期衆議院選挙での投票先でも、与党民主党を上回る支持率を獲得している。実際に、国政の場で何の実績もない政党(現在は政治集団)がここまで話題になるのは異例といって過言ではないのではないか。確かに、それだけ橋下市長の物言いや日教組や労働組合に対する施策は小気味いいものがある。
 しかし、「維新八策」といわれる基本政策も「発表する」といいながら延期が続いており、いつの間にか国政に関しては批判だけの人になってしまっている間が否めない。もちろん、橋下市長に国政の行政権は存在しない。あくまでも市政の部分でしか見ることはできないのであるから、批判だけというのもある意味ではうなづけないものではないのであるが、一方で、「批判をしたならば、その代わりに政策をきっちりというべき」という代替案の提示が全くなされていないのは、残念ながら政治家としての評価を落とす部分であることは間違いがない。
 もう一つ、橋下市長は、いつの間にか選挙の「パンダ」になりつつある。松野頼久元官房副長官や自民党の松波健太議員などの名前が挙がっている。しかし、そもそも今まで自民党と民主党で政策的にも敵対していた二つの政党が、いつの間にか橋下市長という「人気者」の人気にあやかるように集まってくる。このような状態にはさすがにおかしなものではないのかと考えられるのである。単純に言えば、政策も何も関係なく、また国政としての実績もない「人気者」に、実績がある(?)政治家が寄ってくるという状態は、さながら夜の街灯に蛾が寄ってくるようなものではないか。しかし、それだけ人気があるということでもあるし、逆に国政の場にそれだけ国民に期待感を与える政治家がいないということである。
 

橋下大阪市長ウォッチ 「橋下新党」に鳩山元首相のグループが合流? 週刊現代が特集で触れる

「週刊現代」2012年9月1日号(首都圏では8月20日発売)が、「これが『橋下新党』の全貌だ!」と題した20ページにわたる大特集を組んでいる。
特集によると、いわゆる「橋下新党」から擁立される候補者は、大阪市の橋下徹市長が率いる「大阪維新の会」の「政治塾」塾生から絞り込まれたメンバーと、民主党などから離党してくるメンバーで構成される見通しだ。
豊富な資金力を背景に、鳩山由紀夫元首相のグループが合流してくる可能性も指摘されているが、維新の会と政策面で一致しない面も多く、実現可能性は未知数だ。
なお、鳩山氏は、この特集内の「民主党議員『落選危険度』リスト」の、「落選危険度C」にランクインしている。鳩山氏については、週刊朝日8月17・24日号でも落選すると予測されているほか、週刊文春の8月16日・23日号に掲載された「あなたが落選させたい議員は誰ですか?」というアンケートでは、ダントツの1位にランクインしている。
なお、「週刊現代」のリストで最も落選の可能性が高いとされる「落選危険度A」には、海江田万里元経産相(東京1区)、長妻昭元厚労相(東京7区)、原口一博元総務相(佐賀1区)らが名を連ねており、閣僚経験者でも当選がおぼつかない民主党の惨状が浮き彫りになっている。

2012年08月20日19時49分  提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6871499/

中田・前横浜市長の政治団体、維新八策の勉強会

 橋下徹大阪市長が代表を務める地域政党「大阪維新の会」の有力ブレーンで、前横浜市長の中田宏・大阪市特別顧問が、維新との連携を視野に、近く自身が率いる政治団体「北極星の会」を本格的に始動させることが18日、分かった。
 今月1日に総務省に設立を届け出ており、27日に横浜市中区で第1回の政策勉強会を行う。中田氏は維新の会の次期衆院選公約となる「維新八策」について講演を行う予定だ。
 北極星の会では、いずれも前神奈川県議の石川輝久氏が代表、北井宏昭氏が幹事を務めている。
 読売新聞社が今月11~12日に行った全国世論調査では、次期衆院比例選の投票先で維新の会が民主党を上回り、南関東ブロックでも維新の会が15%と民主党(10%)を抜き、自民党(21%)に迫った。
 国会が解散含みの緊迫した展開となる中での中田氏の動きに対し、各党からは「神奈川県内で維新の会系の候補を擁立する『拠点』にするつもりではないか」(民主党幹部)などとの警戒感が強まっている。
 神奈川県内での維新の会を巡る動きとしては、中田氏の元秘書で県議の飯田満氏が維新の会が開いた「維新政治塾」を受講しており、要請があれば同会から次期衆院選に出馬する考えを示している。

(2012年8月19日13時41分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120819-OYT1T00348.htm

“中京維新の会”顧問に東国原英夫氏

 愛知県の大村秀章知事は20日午前の記者会見で、次期衆院選での候補擁立を目指して設立した政治団体「中京維新の会」の顧問兼応援団長に、前宮崎県知事の東国原英夫氏が就任することを明らかにした。
 東国原氏は、大村氏の政治塾「東海大志塾」や、橋下徹大阪市長率いる「大阪維新の会」の政治塾に講師として招かれている。大村氏は衆院選に向けた大阪維新の会との政策協議の場に、東国原氏にも参加してもらい、連携の弾みとしたい考えだ。
 大村氏は東国原氏について「知事としての実績があり、地方分権への熱い思いもある心強い存在だ」と述べた。
 橋下氏は「中京維新の会」の名称について「選挙目当てとなればちょっと勘弁してよと思う」と不快感を示しているが、東国原氏起用でどう変化するか。

2012年8月20日(月)17時0分配信 夕刊フジ
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/fuji-zak20120820011/1.htm

 政治家というのは、それまでの政治実績でその人の政策に関する思想や、国民や国家に対する姿勢が評価される。間違えていけないのは、この政策に関する実績は、「政治家になってから」の発言などではなく、少なくとも数年間、下手をするとその人の生涯や生い立ちまでもすべてが評価の対象となるのである。もちろん、途中で大きな事件があったり、何かに強い感銘を受けた場合、大きく思想が変わることがあるが、それであれば、その感銘をうけた事件の後の問題に関する内容が大きく言われる。
 もちろん、当然に日々さまざまなことがあるのだから、思想や政策は少しずつ変わることがある。しかし、日常のことで根本から変わるほど大きく変わってしまうようでは、政治家として大きな問題になる。極端な話しであるが毎日「民主主義」と「独裁者」が入れ替わるようでは、国民は安心して生活できないのである。
 そのようなことがないために、ある程度の近未来までの政策を発表し、同時に、その政策に関して、国民は期待するのである。同時に、その政策が大きく変わらないように、自民党は綱領をしっかりとつくり、そしてその綱領の範囲内で個別具体的な政策を言うようにしているのである。
 さて、大阪維新の会に関してはそれらが存在しない。政策も綱領も存在しないのであれば、橋下市長の発言でしか物事をはかれない。橋下市長以外の議員たちの発言もしっかりと見る必要があるが、残念ながらそれらが伝わることはない。マスコミの変更報道の効果は、このような国民の重要な意思決定のところでおかしなことになってしまうのである。
 一方、その集団の中に、上記のように鳩山由紀夫、海江田万里、松野頼久といった民主旧鳩山グループの人々、または中田前横浜市長をはじめとした創新党の人々、そして、河村名古屋市長や大村愛知県知事といった減税日本や中共維新の会という人々が寄っている。結局政策がしっかりしないから「人気」だけで、イデオロギーも政策も何もかも違う人々が寄ってきて、いつの間にか「闇鍋」のごときポリシーの統一性のない集団になってしまうのではないか。
 一方で安倍晋三元首相との連携を模索するなど、政策を重視した行動には見えないところが大きな問題である。
 民主党政権になってから、私自身も政局に関する記述が多くなった。これは政治のほうが政策重視ではなく政局重視になってしまったからである。何しろ、マニフェストが全く守られないという状態では政策の批判も何もできるものではない。このような状態で政策重視の解説などはできないのではないか。政局重視になってしまうと、「批判」だけで、いつの間にか選挙をしていたりあるいは政策をいっているような気になってしまう。しかし、実際には批判からは何も生まない。そのkとは国民は民主党でわかっているはずなのに、そのようになってしまう。
 政治家も批判でしか政治を見ていないために、政策を樹脂しないで「人気者の人気」にあやかろうとする動きが出てきてしまうのである。まさに今回の鳩山グループや創新党の動きは、自らの政治的なポリシーを見失った行動ということができるのではないか。逆に、政策十時の政治家であるならば、大阪維新の会が「維新八策」を発表し、それを吟味した後にしっかりとした意思表示をするはずである。それができないような政治家は、もやは政治家ではないのである。
 維新の会は、早く政策と綱領を発表すべきである。橋下市長のキャラクターに頼っているようではダメだ。一方、政策も発表していない政治集団に選挙目当てで近づく政治家、これははっきり言って何にもならない。日本の役に立たない人々であると認識される。そしてそのような人が首相や官房にいたということが、現在の政治状況を物語っているのではないか。
 国民よ、しっかりとした選択をすべきではないのか。

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尖閣諸島に日本人10名が上陸

尖閣諸島に日本人10名が上陸

 8月19日、日本人10名が尖閣諸島魚釣島に上陸した。それまで、疎開船の犠牲者の慰霊祭を行うということで、領土議連やがんばれ日本行動委員会などの150名21隻の漁船が尖閣諸島沖に行き慰霊祭を行った。その後漁業を行うのに妻子、その中の10名が泳いで魚釣島に渡り日の丸を掲げたものである。
 この内容に関して、賛否両論があるようであるが、私個人の意見としては「気持ちはわかる」というものである。
 今日は、この行為に関して、この行為の是非などを述べることではなく、この行為を基にした、今後の外交と政局について考えて見たい。
 少し早いが事実関係などを新聞がどのように報じているのか。その内容に関してまずネットから拾った記事を。

<尖閣諸島>日本人10人上陸…都議ら、政府の許可得ず

 19日午前8時前、沖縄県石垣市の尖閣諸島・魚釣島に日本人10人が上陸したのを第11管区海上保安本部(11管、那覇市)の巡視船が確認した。中国では尖閣諸島の領有権を主張する反日デモが拡大し、日中関係は緊迫している。日中両政府が事態をどう沈静化させるかが焦点となる。
 上陸者のうち5人は、東京都議らの地方議員で残る5人は民間人。いずれも上陸に必要な政府の許可を得ておらず、禁止された区域に立ち入った疑いもあるとみて県警は20日に軽犯罪法違反容疑で事情聴取する。
 11管や県警などによると、10人は19日午前8時前、3隻の船から泳いで島に上陸し、日の丸を掲げた。11管が退去を求めたところ、午前9時半ごろにそれぞれの船に乗船した。
 10人は、戦時中に遭難した疎開船の犠牲者を弔うため、魚釣島近くの洋上であった慰霊祭の参加者。慰霊祭は超党派の議員で構成する「日本の領土を守るため行動する議員連盟」(会長=山谷えり子・自民党参院議員)などの開催で、上陸を政府に申請していたが、政府は許可しなかった。約150人が21隻の船で18日夜に石垣港などを出発していた。国会議員は上陸しなかった。
 魚釣島など尖閣諸島への上陸には、島を管理している政府の許可が必要だが、政府は政府関係者の上陸しか認めていない。尖閣諸島を巡っては、石垣市議らが今年1、7月に魚釣島と北小島に上陸し、県警が軽犯罪法違反容疑で聴取した。
 ◇中国側が抗議
 一方、北京の日本大使館は19日、尖閣諸島(中国名・釣魚島)に日本人10人が上陸したことを受け、丹羽宇一郎駐中国大使と中国外務省の傅瑩(ふえい)次官が電話協議したことを明らかにした。
 大使館によると、協議は午後1時半過ぎに中国側からの要請で行われた。傅次官は尖閣諸島に関する中国の立場を表明し、日本人の上陸に抗議。丹羽大使は「尖閣諸島が日本固有の領土であることは歴史的にも国際法的にも疑いなく、現に有効に支配している」と反論した。
 また、外務省の佐々江賢一郎次官は19日夕方、程永華駐日中国大使と電話で協議した。協議は程大使からの求めで行われ、程大使は日本人の尖閣諸島上陸について「中国の主権を違法に侵した」と主張。佐々江氏は「申し入れは全く受け入れられない」と反論した。【井本義親、北京・井出晋平】

毎日新聞 8月19日(日)21時38分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120819-00000048-mai-pol

尖閣、日本人上陸に苦慮=早期収拾の思惑外れる―政府

 沖縄県・尖閣諸島周辺海域での慰霊祭に参加した日本人が19日、魚釣島に上陸し、政府は対応に苦慮している。同島に上陸した中国籍の活動家らを、早期収拾を狙って17日に強制送還した直後だからだ。中国各地では反日デモの動きが拡大しており、事態の混迷が長期化する様相になってきた。
 政府は、一般人の尖閣上陸を原則認めていない。超党派議連の事前申請に対しても、「尖閣の平穏かつ安定的な維持管理」を揺るがすとして許可しなかったが、慰霊祭に参加した東京都議ら10人が上陸を強行した。
 外務省幹部は「好ましくない。事を荒立てない方が得策なのに」と不快感を隠さない。尖閣諸島は日本が実効支配しているにもかかわらず、「日中間に領土問題が存在するように見えてしまう」ためだ。 

時事通信 8月19日(日)19時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120819-00000071-jij-pol

魚釣島上陸は都議・県議ら…泳ぎ渡り国旗掲げる

 19日午前8時頃、尖閣諸島・魚釣島(沖縄県石垣市)に東京都議や兵庫県議ら10人が上陸した。
 沖縄県警によると、10人は同島沖で船から海に飛び込み、約20メートル泳いで同島に渡ったという。島の灯台に日本国旗を掲げるなど約1時間半の滞在後、船に戻った。
 同島を管理する政府の上陸許可がないため軽犯罪法違反の疑いがあるが、県警では過去にも立件した例はないとして、今回も処分などは行わない方針。
 同島沖ではこの日、太平洋戦争末期の疎開船遭難事件の「洋上慰霊祭」が行われていた。超党派の国会議員でつくる「日本の領土を守るため行動する議員連盟」が中心となり、民主、自民の国会議員ら約140人が21隻に分乗して参加した。
 同議連は今月上旬、政府に上陸許可を申請したが、認められなかった。地方議員らの上陸は予定外の行動で、同議連会長の山谷えり子自民党参院議員は「正当化できないが、気持ちは分かる」と語った。
読売新聞 8月19日(日)20時49分配信 最終更新:8月20日(月)1時9分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120819-00000546-yom-soci

 さて、領土問題などに関しては非常に敏感な問題である。イギリスはフォークランド紛争ではイギリスの総力を上げて戦った。サッチャー首相の「人命に代えてでも我が英国領土を守らなければならない。なぜなら、国際法が力の行使に打ち勝たなければならないからだ。 」という言葉は、サッチャー首相の名言の一つであるといえる。
 さて、領土問題は非常に大きな問題であるが、日中関係は領土問題だけではない。領土問題を抱えるということは、このフォークランドのような状態ではなく、日本と中国は国境を接している「隣国」である。そのために、領土問題以外の問題もさまざま存在しており、また連携(経済関係など)もかなり存在する。領土問題を抱えているから、国交を断絶するということを簡単にう人もいる。しかし、現在のような「二国間関係」ではなく「多国間連携」になっている場合は、残念ながら簡単にそのような状態にはならないようである。このようなことを言うと「弱腰」と私も揶揄されるのであるが、たとえば、中国の経済崩壊が日本の引き金によって起これば、中国の経済を当てにしたさまざまな国家、たとえばアフリカなどの国家の不景気を招くことになる。基本的にそれらの景気悪化二監視、日本に対しての矛先が向かないようにしなければならない。
 要するに「二国間の問題を解決しなければならないときに、多国間の連携を必要とする」時代になったのだ。子供の喧嘩ではないので、二人が争ったときに、その二人をそのまま喧嘩させるのではなく、さまざまな国が自分の国益のために動き、そして、その国益のためにどちらかの国に肩入れをする。
 このようなことを行うために、しっかりとした外交戦略と日本国のアイデンティティを持たなければならない。残念ながら先の大戦で敗北した日本は、作られた歴史の中で侵略戦争を行う主体として見られている。そのために、日本そのものが日本のアイデンティティを持つと軍国主義であるかのごとき内容を言う人もいる。しかし、実際に国家としてのアイデンティティを持った人が少ないことが、戦後65年以上たった日本のもっとも弱い部分であり、同時に日本の信用されない部分である。
 その中において、今回の上陸した10人は、日本国の軽犯罪法に違反しているとはいえ、それらの問題に対して「気づかせる」効果を持ったものである。もちろん、このことに反発して中国国内では反日デモが発生するが、反日デモの内容は、一方で、中華人民共和国国務院政府に対する反体制デモでもあるのだ。その本質をしっかりと見なければあらない。反日デモの映像を見れば、なぜか「日本車」に対するといいながら「公安」と書かれたパトカーに対する講義であったことが見て取れる。
 日本政府は、これらの内容をしっかり見て外交を行うべきであり、同時に、外交は行政権の範囲であるから、外交がしっかりと行えない場合は、解散総選挙で内閣の主体を変えなければならない。野党はそこまでの感覚を持っているのであろうか。それができないのであれば、野党各党も、自民党も発揮入り言って国家としてのアイデンティティのない政治家たちであるということが言えるのではないか。
 今回の問題は、大きな波紋を投げかける。実際にこのことによって大きな政局になり沿いs手安全保障と領土問題が大きな政治の課題となり、そして総選挙の課題となることを示唆できるのではないか。そのような捕らえ方をしっかりとしてもらいたい。
 

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マスコミ批判に関する一考(106) オリンピック閉会式中継で思うアナウンサーお仕事

マスコミ批判に関する一考(106) オリンピック閉会式中継で思うアナウンサーお仕事

 昨日まで竹島の問題の連載をした。その連載の間に尖閣諸島への香港中国人上陸なども行われた。はっきりいって日本の政府がなめられているということは、国民の多くが考えていることと思う。
 しかし、非常に個人的なことではあるが、このようなことばかりを書いていると、私も疲れる。もちろん仕事でもあるし、意見を持っているということもある。しかし、私も人間であって、当然に、息抜きの時間もあるし、365日24時間休憩もなく、一心不乱に政治を語っているわけではない。そのような思想をめぐらせているわけでもない。食事もするし、酒も飲む(体調によりますが)。もちろん、テレビも見るし漫画も読む。それは私のような仕事をしている人であっても何でも同じであるし、同時に、趣味を持つな、スポーツを見るなということを強制されるものでもない。
 ということで、今回は政治の席を離れてオリンピックについて考えてみたい。
 今年はロンドンでオリンピックが開催した。そもそも事業仕分けで「一位じゃなきゃダメですか」という発言もあったことから、金メダルの数は減らしながら、メダルの数は38と日本のオリンピック史上最多のメダル獲得数になる。実際に、銀メダル、銅メダルの数は非常に増えた。日本国内では「メダル獲得数」が最多であったということでお祭り騒ぎをしているのであるが、一方で金メダルが減ったということはIOCの会長や五輪の団長が残念であるということをコメントしている。もちろん、オリンピックに関しては「一位じゃなきゃダメ」と、私も思っていない。しかし、やはり多くの人、そして選手は「金メダルを目指して」練習し全力を尽くすから「メダル」が獲得されるわけであり、はじめから「金メダルを目指さない練習」などというのはありえないのである。その辺を民主党の政権の人はまったくわかっていないし、実際にオリンピック強化予算も減らされている。
 それでも、選手はがんばったと思う。その中継を見るために、寝不足になる人も少なくなかった。私自身、なでしこジャパンのサッカーや女子のレスリングなどを見てしまい、ついつい寝不足になったことは否めない事実である。
 また、私は個人的に、金メダルを取った選手が日の丸を見上げ、君が世の中涙を流している。その後充実感を持った笑顔を見せるのが好きである。好き嫌いに理由などはない。実際に、アメリカや中国の国旗を見たら、悔しいと思う。まさにそのようなものである。ある意味で、多くの人が日の丸を振って応援している。なんと美しい姿なのか。
 そのオリンピックが閉幕した。その閉会式について、ネットで話題になっている。オリンピックの内容とは異なり、その報道施政について後半は見てみよう。

「大物歌手の歌がきこえない」「解説うるさすぎ」 五輪閉会式のNHK中継に批判の声

 ロンドン五輪の閉会式が日本時間で2012年8月12日朝行われた。世界的な大物歌手が次々と登場する感動的なセレモニーだったのだが、生中継していたNHKの解説に対し「歌の邪魔をするな」などと批判の声が出ている。
 閉会式は5時からスタート。当初の2時間の枠をオーバーして、3時間以上にわたってNHK総合で生中継された。
 歌手が歌っているのに五輪を振り返り始める
 ポール・マッカートニーさんが「ヘイ・ジュード」を歌うなど、開会式もかなり豪華なものだったが、閉会式にも、ザ・フーやクイーン、ジョージ・マイケルさんら英国を代表するスーパースターが大勢出演した。
 前半部分では、アナウンサーがステージの状況を説明しながら「マッドネスです。1980年代から活躍しているイギリスのロックバンドです」などと歌手を紹介。歌がメインという感じだ。
 しかし、選手団が入場して、カメラが日本や各国の選手を映し出すようになると、ステージで歌手が歌っている中、「このショーはもうしばらく続くんですけど、選手たちの言葉でオリンピックを振り返っていきます」「世界のスーパースターといえばやっぱりジャマイカのウサイン・ボルト選手じゃないでしょうか」と五輪について話し出した。
 シンガー・ソングライターのエド・シーランさんと、ピンクフロイドのドラマー、ニック・メイスンさんが、ピンクフロイドの名曲「Wish You Are Here(あなたがここにいてほしい)」を演奏しているのに、解説の五輪思い出語りでよく聴こえない。その後、世界的人気歌手が次々と出てきても、解説が歌に被さるシーンが何度かあった。
 「ピーター・バラカンに解説して欲しかった」
 視聴者の中には音楽を楽しみにしていた人も結構いたようで、ツイッターには「イギリスって国がどんだけ、音楽を大事にしているのか気づけよ」「解説うるさすぎ。歌ってるときくらい黙っとけ」「せっかくの音楽がきこえないよ。雰囲気ぶち壊しだよ」といった呟きがたくさん出た。「アナウンサー黙れ」というハッシュタグまで登場した。
 また中継では、ロックバンド、Muzeがオリンピック公式ソングを歌っているのに解説で言及がなかったほか、コメディ・グループ、モンティ・パイソンのエリック・アイドルさんが出てきても、ただ「アーティスト」と紹介されて終わりだった。こうした点についても「英国文化の予習が足りない」といった声もあった。
 「あなたがここにいてほしい」をもじって「あなたが実況席にいてほしい」とし、音楽評論家の小林克也さんやピーター・バラカンさんに解説をして欲しかった、という書き込みもある。
 ただ、NHK広報によると、閉会式の解説に関して、視聴者からは特に問い合わせの電話等はなかったという。
 ツイッターなどでは「田舎のおじいちゃんおばあちゃんにも分かるようにやってるんだから、しょうがないだろう。第一義ではロックファンのための中継ではない」「せっかく地デジになったんだから解説なしの現地音声も選択できるようにすればよかったのに」という見方もあった。

2012年08月13日19時17分 提供:J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/6852198/

 開会式と閉会式は、実際に「イベント」であって「スポーツ競技」ではない。イベントは、イベントとしてイベントとしての構成を見なければならない。スポーツの競技の中継アナウンサーと一方でイベントの実況アナウンサーはまったく異なる。しかし、そのアナウンサーの仕事は、中継実況アナウンサーはまさに、一挙手一投足を全て言葉で伝えなければならない。スポーツは片方でショーではあってもあくまでも競技でしかないからである。競技は、ある意味で観客がいるが、競技最中は観客んどを気にしているものではない。また観客を気にしているような競技では、真剣な試合ではない。真剣な試合、力と力のぶつかり合いを見たいのだ。世界トップレベルのアスリートの力を見たいのだ。だから、競技最中は、観客がいても(入場料を払ったとしても)観客のサービスではなく競技をしっかりとすることが、観客を喜ばせることだ。だから競技中は観客に対するサービスを行わないのである。そのために、実況アナウンサーはsべてを話さなければならない。
 一方、イベントはイベントとして、イベントそのものが観客を喜ばせるためのものである。よってショーはショートして楽しむものでアナウンサーが実況を挟むものではない。もっと単純にいえば、幕間などに解説を挟むのは十分良いし、英語などの言語的な問題のときに字幕を入れたり、ショーの進行を妨げないように知恵を使わなければならない。
 残念ながら今回のNHKアナウンサーはそのような「プロ意識」が欠けているといわざるを得ない。はっきりいって「閉会式」というオリンピックのイベントを、他の言葉でさえぎるというのは、見ている人にとっても不快であるし、一方で、閉会式を行っている演者や企画者、そしてイギリスという国に対して失礼である。しかし、それが現在のNHKの実力である。現在のマスコミの質の低下はこのようなところにも現れている。場面場面によって気を使ったりあるいは、その場面の中身で話すことを変えたり、機転を利かせたりということはまったく関係がない。自分はなしたいこと、あるいは放送作家が作った厚生を行うだけの、まさに「自己満足」でしかないのである。
 報道しているものが何なのか、その内容に関して、内容を変えるべき。一方で、取材に関しても同じ、刑事被告人に対するものと政治家に対するものと外国の国家の元首に対して行う取材は違うし、その前の事前の勉強も違う。その辺もまったくできていないというのが、この閉会式の内容でよくわかる。相手に対して失礼という感覚のない報道は、単なる害悪でしかない。その画面しか見ることのできない、そして閉会式というショーを見たい人に対して、取り返しのつかないことをしたのである。
 このような閉会式の中でも、そのようなことがある。まさにマスコミの劣化が、NHKでも顕著であるということ、それも政治の場面ばかりではなく、ショーやスポーツ競技の部分でもそのようなことがわからない人が現場に立っているという現実を、われわれ視聴者は認識しなければならないのではないか。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」 (8終) 日本人たちよ、領土を守る覚悟はできているか、そして行動を起こせるか?

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(8終) 日本人たちよ、領土を守る覚悟はできているか、そして行動を起こせるか?

 昨日まで、さまざまな提言をしてきた。
  改めて、書く提言をここにまとめてみる。
 
 8月12日
  アナキストなどを排除し、国家団結を行う。なお、アナキストの排除は「反国家罪体系」の適用を行うことによって、現行法による執行を行う。
 
  8月13日
  皇室直属の情報機関を作り、独立して情報活動および諜報工作活動を行う。
 
  8月14日
  外交官、外務省官僚に日本史のテストや論文を行い、日本を知っていること、そして日本と外国との違いを認識でいる人意外を外務省から排除する。その上で、外交を展開する。
 
  8月15日
  多国間の反韓国連合をつくり、その連合によって抑止力を作り上げる。
 
  8月16日
  竹島が日本領であることから、日米安全保障条約の範囲内で、「日本領土からの他国の排除」を目的とした「自衛権」を発動する。これによって自衛隊を竹島に進出させる。
 
  8月17日
  経済界を掌握し、勧告への投資もしくは韓国との貿易を自己責任とした上で、経済制裁を行う。同時に、韓国民団からの献金を受けた政治家を国会議員辞任に追い込む。
 
  さて、これらの政策において、初日の前提の通りに、多少の法律の変更はあっても、憲法の改正のような大それた事を行う必要はないし、同時に、憲法改正を待つまでもなくここまでのことが「理論的に」可能なのだ。片方で保守派が憲法改正を声高に叫び、また、その声に押される感じで、事なかれ主義の外務官僚が「憲法改正まではバラマキ土下座外交でよい」と甘えていること自体が、現在の日本の外交をここまでおかしくしたのである。もちろん、民主党政権になる以前からそのような体質はあった。しかし、民主党政権になってから、無責任、義務感の欠如、国家観の喪失が日常化し、逆にそれらを持って生後とに望むことが「損」であるかのような動きになってしまっているのである。そして、数多く行われる憲法改正論もしくは憲法廃止論が、現行憲法を遂行している現在のままでは、何もしなくて良いという「言い訳」を与えていることに、保守派も気づくべきではないのか。
  私は、官僚や政治家を取材し、また、官僚が政治家に説明に来ている会議室でオブーバーとして同席させていただく(発言は許されていない)事があり、それらのために、これらの本質を感じてきた。このことを考えるにいたり、あえて、憲法改正や大規模な基本法の改正を行うことなく、現在の条文から理論的そして解釈的に無理のない範囲で、最も国益に近い、そして保守的な内容を行うためにはどのようにしたら良いのかということを考えたつもりである。同時に提言という形にしたのは、そのことによって、行動ができればよいと思うが、実現が不可能なものも考えられる。ある意味で、私が見えていない外交の現場なども存在するし、そのほかの密約なども存在するであろうから、その内容は私の提言では、私が知らないのであるから当然に省かれている。そのために、「こうすべき」ではなく、提言という形で出させていただいた。弱腰に感じるかもしれないが、逆に私のような外交の素人であっても、このような法解釈、条文解釈でさまざまな国益にかなった行動を提起できるということを示したつもりだ。
  民主党政権がまったく役に立たないということはすでに見てきたとおりである。しかし、それだけでなく、韓国民団からの献金など、今こそそのような過去の事案をしっかりと見据えて、民主党に抗議すべきではないのか。予算委員会で、わかったときにだけ、そのようなことをするのではなく、韓国民団からの献金が、実際にどれくらい日本の国益を損ねているのか、世に示さなければならない。
  『事なかれ主義』『外国人献金』この二つがなければ、日本の外交はもっと良くなる。それを排除するための言い訳を憲法などで作らせてはならない。現行憲法で、現行法で、できることまでする。国民はそれを求める。その姿勢が国民からも案料からも、政治家からも、与党からも、野党からも感じられないのである。この「感じられない」ということが、すでに憲法、そしてGHQに対する「責任転嫁」であり、そして日本が飛躍的発展や国家のアイデンティティをもてない最大の問題ではないのか。保守の皆さんも、私は憲法改正に反対ではないし、憲法は記の理論も一応理解しているが、現行憲法の間は何もしないでよいなどというばかげた論理、言い訳を許しているということを恥ずべき出はないのか。
  今できることをする。これが外交の、そしてすべてのことの原則ではないのか。デモやそんなことばかりではない。法解釈そして、現行法でできることを、差別などをせずに冷静にしっかりと勉強し知ることが最も重要である。その上で、現在のだめな民主党アナキスト集団に変わる愛国者政権を樹立すべきである。
 
  今年の夏の連載は、当初予定していた教育論ではなく、緊急に「現行法、現行憲法の解釈範囲内で行う領土を守る」ということで連載を行いました。この件に関してはご意見をお待ちしています。遠慮なく、下記にメールを公開しますので、メールをいただければ幸いです。またフェイスブックなどでもできる限り返答などに対応したいと思っております。
  また、いつもの事ながら、他の仕事や選挙事務などを行いながら、そして、体調を崩してのことですので、相変わらず、いや、いつも以上に誤字が多かったことに関して、この場をお借りしてお詫び申し上げます。
 
  最後に、日本人の皆さん、領土を守る覚悟はできていますか?何も銃を持って戦うのではなく、みんなができることをできる範囲の少し先まで、行うことができますか?
 
 
  平成24年(2012年)8月19日
  宇田川敬介
  メール CQA14363@nifty.com
  (年号表記は、外国で外国人が見る場合もあるので、元号と西暦を併記いたしました)

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」 (7) 民団政治家を辞職に追い込み、経済界を黙らせて「経済制裁」による打撃を

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(7) 民団政治家を辞職に追い込み、経済界を黙らせて「経済制裁」による打撃を

 昨日は、自衛権の行使として竹島に自衛隊を派遣するということを提言した。もちろん、「匹夫の勇」ではなく、はじめから『解決に対する模索』を考えた上での自衛隊の派遣である。だから私は「竹島に対する派遣」ということは提言しているが、「韓国侵攻」ということ、または自衛隊による抑止力や韓国の根拠地の打撃ということはまったくいていない。もちろんそれらがなければ、サイド侵攻してくることも考えられる。これに対しては、多国間連合による抑止力ということを提言しているのである。特にアメリカにおける安全保障条約をうまく日本側が日本の国益として使うということが必要であるということを主張している。
  アメリカからすれば、日本側が日米安全保障条約を使ってアメリカを日本の国益のために使うということを想定はしていない。しかし、日米安全保障条約があることにって、日本の左翼と呼ばれる人々がのびのびと「反対というお仕事」をすることができるわけであるし、日教組による反日教育がいつまでも可能なのである。同時に、日本は平和ボケの国家としてわけのわからない政治を繰り返し、時の政権を批判するだけでマスコミに持ち上げられて、たいしたヴィジョンもないのに人気政治家といて注目を集めることが可能だ。細川、民主党、橋下、いずれもそのような「批判だけの政治家」として、日本の恥の歴史に名前を残すことになるであろう。これらは、全てアメリカの庇護の下で、日本という国家を国家観なしに政治を語ることが可能な環境を作ってしまったことによって、日本は「国内で日本国を否定しても政治化になることが可能な国」ということになり、この連載の初日に記載したとおりに「世界の危険思想のアナキスト」が「世界市民」などという単語を使って、国会どころか、内閣の一員になることが可能なのである。本来、これらのことに関してGHQの政策ということをいう人がいるが、実際は現在の日米安全保障条約における「日本の温室政治」「危機感欠如の政治家」がこのような環境を作り出していることは間違いがない。
  国家観や安全保障の概念がないから「改革」「行政改革」「地方自治」というだけで、国家観がないのにもてはやされ、政治の中心におかれる。それを報道するマスコミも国家観がないので、そのことに違和感を感じない。それどころかマスコミの中にも「アナキスト」がいて、竹島を実効支配されていても、「日韓関係が平和に」などというとぼけたことをいい始めるのである。
  では、昨日はこのような感じで自衛隊の派遣に関して提言した。改めていうが、竹島は日本の領土であり、その領土を護るための自衛隊の派遣は、「自衛権の行使」でしかない。そのことは憲法9条に抵触するものではない。しかし、国防の概念からはかなり不十分である。「抑止力」「打撃力」がない部分を、何らかの形で補わなければならない。抑止力に関しては、すでに「外交力による多国間反韓国同盟」をるくることを提言している。多国間監視、特に東南アジアや中東の資源国において韓国に対する反発を強めれば、当然に韓国は孤立化を深める。
  さて、問題は「打撃力」である。
  いくら日米安全保障条約があったとしても、日本との条約と同様に米韓の軍事同盟は緊密である。韓国が竹島周辺に軍事基地を作ることは、アメリカとしても国益にかなわないばかりか、北朝鮮やロシアとの関係において、あまり良い影響を与えない。そのために、竹島の部分で日本に肩入れをしたとしても、アメリカが韓国に対して軍事基地の打撃を行うとは考えにくい。そのようなことをすれば膨張主義の中国にとっては、東アジアの膨張抑止がなくなってしまうことになり、日本が矢面にたたされることになるが、日本は、単純に自衛隊でしかないので、話になるものではない。当然にアメリカはアフガニスタンやイラクと同じように、対北朝鮮、対中国という意味で、かなり大きな負担を強いられることになる。これが、韓国や朝鮮半島にしっかりと資源か何かがあれば、その部分をアメリカが摂取するということが可能である。しかし、低カロリーの石炭しかない朝鮮半島において、アメリカが何らかの触手を伸ばすとは思えない。それならば韓国を大事にして、北朝鮮のウランやニッケル、チタンを狙ったほうが、アメリカの国益にはかなっていると考えるべきではないのか。私の見るところ、アメリカは日米安全保障条約をアメリカの国益のために行っているのであり、別に日本の国民を守る義務を感じているとは全く思っていないのである。特に、アメリカの権益である(アメリカ人がそのように思っている)太平洋の権益を守るために、中国などユーラシア大陸からの共産主義者の進出を食い止める防波堤として、冷戦時代からしっかりとした戦略性を持ってアメリカの国益を守っていると見るべきである。
  よって、「日米安全保障条約」は、「打撃力」として当てにならない。これは、今まで見てきたように二つの意味でそうだ。まとめると第一に、韓国と組んで北朝鮮の資源を得たほうがよい、また韓国と組んで中国を黄海で抑えて阿呆がよいという「韓国と組むことのメリット」。第二に、「日韓で戦う」ことがあってそこに介入をしても、アメリカの国益にはかなわないという「アメリカの国益による安保条約」であること。単純に言えば、日本の戦う相手が韓国でなくても、アメリカの国益にならないならば、日本を守ることはしないであろうと言う予想である。もちろん、その「国益」の中には、アメリカが条約を守る国であるというイメージも含むものと解釈すべきではある。しかし、そのように広く行ったとしても、アメリカと同盟のある国と日本の間での紛争解決能力は、アメリカの公平性は期待できないということになるのである。
  では、日本の安全保障というよりも国防という意味において、何が「打撃力」となりうるのかということを考えないとならない。「打撃力」は、当然に、二つのことが要請される。一つ目は、そもそもの打撃力の定義の説明にあったように、今回で言えば韓国軍が次に日本国領土内に侵攻できないように、その軍隊の稼動や駐機の維持をできないようにするということが要請されるべきである。第二に、抑止力も含めて、日本に侵攻すれば被害が国内に出るということを考えなければならない。もちろん、打撃力の場合は韓国の基地が破壊されるということになる。そのことは、本来の打撃が行われれば、基地が破壊されている映像が流れ世界各国に宣伝される。当然に、というか、本来はあっていないことであるが「基地だけをピンポイントで」破壊することは現在の技術では不可能であろう。当然に民間人にも死傷者が出る。攻撃側は、民間人に死傷者が出ることを極力少なくする義務を、国際法上負っているが、残念ながら完全に「ゼロ」ということは少ない。逆にそのことが非常に大きく宣伝されることになり、かえって抑止力だけでなく、戦争の継続に対しての意思を砕くことにつながるのである。被害者が多ければ恨みが大きくなるが、被害者が少ない場合には、自分お大事な者を護るという守備本能が働き、戦争の積極的拡大を防ぐことができる。もちろん、一時的にナショナリズムが大きくなるということもあるし、一方で国際的批判を受けるということもありうる。しかし、それ以上に、戦争は「長く続けない」ということが戦争当事国のすべての鉄則であるのだ。
  さて、しかし、日本の場合はこれらの「打撃力」を使うことはできない。そのために、何か他の方法で打撃力に変わる何らかの方策を採らなければならないのではないか。
  私は個人的に「経済制裁」がそれに当たるものと考えている。日本人の場合、経済制裁を行うというのは、基本的に北朝鮮に対するものしかしない。たとえば湾岸戦争(第一次)のときにも石油欲しさにイラクと取引(実際はイラクに占領されたクウェート)との取引を継続しているし、現在もイランの経済制裁に対して日本だけは例外を申し出ている。アフガニスタンの時も、なぜか日本は現地にJAICAがはいっていて人道支援の名の下に食糧援助や産業復興をお粉手いる。それらがゲリラの資金源になっているにもかかわらず、日本は基本的に経済制裁を行わない国として世界で有名になっている。経済制裁を行っているのは拉致問題に関連した北朝鮮だけであり、それも拉致問題に関連して経済制裁をするように国民が求めているのと同時に、影響団体である経団連が北朝鮮には投資を行っていないので、その投資資産を護る必要がないということに他ならない。逆に、世界が経済制裁をしているのに、日本だけが経済制裁をしていない国、イラン、イラク、アフガニスタンなどは全て日本の商社もしくは日本のゼネコンが投資をしている国であり、その投資している企業が国家の意思に反して経済活動を休止しないことが大きな問題になっているのである。
  実際に、イラク戦争のときに最後まで残ったのは日本の商社(あえて会社名は出さないが)の人々であり、結局民間人として危険地帯に残された。日本政府はそれまでの再三の退去勧告を出したにもかかわらず、競合商社が撤退した中での独占利益を追求し、逃げ遅れた。このときは、イラクと同じイスラム教のトルコが旅客機を提供したことによって何とか脱出できたのであるが、この事件は、「最後まで仕事をした」という賞賛よりも、「戦争の実態を知らない平和ボケの日本の商社マン」という国際的な非難を浴びることになる。
  自分の命や、自分の危険を顧みずに、会社の利益のためい尽くす日本の商社マンを、『ジャパニーズ・ビジネスマン』といって多くの国は賞賛していたが、このイラク撤収遅延事件は、各国の日本のビジネスマンの評価を一気に下げ、そして、日本のビジネスマンに対する信用を失わせるのに十分であったと同時に、日本政府が、日本の経済界を制御しきれていないというイメージを作り出したのである。このことをきっかけに、日本のODAに対する批判がインドネシアをはじめとする多くの国々、特に、イスラム教の国々の間で問題になった。
  さて、今回領土を守るということで考えれば、日本の隣国の問題となる。ヨーロッパの国々や中東の国々では「領土を守る」ということにはつながらないからである。日本の領土を接している国々ということではどうであろうか。当然にロシア、中国、台湾そして韓国いずれも領土を接しておりなおかつ日本の経済界が多額の投資をしている国々である。この経済界の要請によって、「経済制裁」はできない状態になっている。韓国も中国もそのことはしっかりと認識し「日本は経済制裁などできない国」ということで、強気に出てきている。逆に、経済制裁ができるようになれば、日本国は、それだけ強い力で外交をできるようになるはずだ。しかし、ジェトロの統計を見てみれば、2011年に過酷の対日輸出額は39、680百万ドル(約3兆5千億円兆円)、対日輸入額は68、320百万ドル(約6兆円)、直接投資の受け入れは、13、674百万ドル(約1兆円)となっている。これらの数字を日本企業が失うことができるのかということがひとつの重要な課題なってくるのである。
  戦前の日本であるならば、まさに、このような場合の損失も「義勇公に奉じ」企業がしっかりと吸収していたに違いない。しかし、GHQの影響をもろに受けて高度経済成長を果たし、右肩上がりの業績を求められ、なおかつ、株主総会という「民主主義の疑似体験」で社長になった、基盤の弱いサラリーマン社長では、それらの行動はできない。また、それを行ったところで、韓国贔屓のマスコミから袋叩きにされるばかりか、最後に残って世界の顰蹙を買いながら独占的利益を求める商社マンたちには、そのような決断ができるはずはないし、また、その支援を受けている政治家は、俺に変わる保証をしない限りにおいて、簡単に経済制裁に踏み切れない。
  このことは、現在保守派の間で行われているパチンコ反対デモも同じ。結局、日本国内における在日韓国人の資産の凍結もしくは、送金の停止、事業の中止をした場合、当然に韓国における日本人の資産の凍結、送金停止だけでなく、韓国にいる日本人の収容所監禁なども出てくることになる。日本の場合、自分の自己責任でこれらの危険を察知しているはずなのに、それらの勧告を無視して、被害が出れば政府に責任を求める「馬鹿」が多すぎる。責任も義務も果たさず、勧告も聞かず、利益があれば自分の懐に、被害があれば国家や政府が保証などという都合の良いことを考えている企業が多すぎるのである。その企業環境と「親方日の丸」の甘えた経営姿勢が、まさに日本の領土問題を複雑化しているといって過言ではない。
  逆に、各企業を呼び、そして勧告を数回行ったうえで、経済制裁を強行すべきである。逆に、政府にはそれくらいの政治力がなければならないし、それは経団連だけでなく連合がいおうが、民団の幹部が脅迫してこようがかまわずに国益のためにすべきではないのか。ましてや、韓国人の芸能人の起用などはもってのほかではないのか。
 
  そろそろ提言である。
  まず、政府は、韓国民団から献金を受けている国会議員を全て辞職に追い込むことが必要である。そもそも韓国民団にカネで買収された政治家が日本の国益のために役に立つはずがない。残念ながら、現在の日本は野田首相自ら韓国民団からの献金を受けている。当然に、このような首相では日本の国益、領土、国民、主権を守れるはずがない。野党各党は、協調して、野田首相、前原政調会長をはじめとする韓国民団からの献金政治家の議員辞職を求めるべきではないのか。
  次に、そのようにして政治家の韓国との資金関係をきれいにした後に、経済界に対してしっかりとしたリーダーシップを発揮する。そして、経済制裁の可能性に言及し、自己責任における投資を取り付けることが必要ではないのか。もちろん自由経済であり、なおかつ、資本主義であるから、戦時中であっても自由に勧告と経済交流をすればよいのであるが、政府方針に逆らって行うということは当然に、それだけのリスクを承知で行う必要がある。要するに、送金などに関しても、当然に政府機関や保証を使うことはできないであろうし、そもそも、経済制裁や最終的になんらかの危険があっても、その危険に対して自己責任で政府に責任を求めることをせずに行うべきである。これは在韓邦人に関しても同じである。
  その上で、韓国に対する経済制裁を発動すべきである。もちろん、国交の断絶などは現実的ではない。しかし、経済支援の停止、対韓国貿易の制裁関税の付加、送金の停止、円借款の即時返金など、その方法はさまざまである。また、この部分に関しては、戦略的に一気に制裁を行わなくても、順次行うことで足りると考える。
  同時に、在日韓国人の資産の凍結、送金の停止は重要である。私が韓国に行って調査をすれば財壱韓国人、とりわけパチンコ店の資金がさまざまな政治資金や対日(反日)工作資金に使われているのである。日本人の資金で反日運動を行うなどはもってのほか。これらに対する経済制裁はしっかりと行う必要があるのではないか。また、パチンコの換金システム(ライター石などで換金)である三点間換金を全て刑法の「賭場開帳罪」で逮捕検挙するということも可能だ。これは、もっとも大きな内容になるのではないか。
  その上で、これらの経済制裁に、他の国にも協調するようにしっかりとした、外交を行うことが必要である。もちろん、韓国もはじめのうちは激しい抵抗をすると考えられるが、激しい抵抗をするということは、それだけ、苦しいということ。それくらいを行わなければ、戦争の「打撃力」に変わる国防はできないのではないか。同時に、経済制裁を行うことによっ、韓国の国家の総合力は低下し、そして竹島の維持(軍事部隊の展開)ができなくなってくる。戦争継続能力や侵攻能力を奪うという意味では、経済制裁が現在の日本においてもっとも有効な手段であり、同時に、現行法の些少な変更(制裁関税の設置など)で足りる有効な手段であると考える。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」  (6) 竹島への自衛隊派遣と日本の領土了解に対する「自衛権」の行使

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(6) 竹島への自衛隊派遣と日本の領土了解に対する「自衛権」の行使

 このブログのとおりに行っているとすれば、憲法改正をすることなく、日本は叱りとした情報組織を持ち、そして多国間で反韓国連盟を着く地ながら、外交交渉をしっかりと行うことがでいていると思う。これができていないのは、一つには担当者の能力が不足していることであろう。担当者の能力不足は、単純に言えば「国家観のない官僚」と「国家観のない大臣」の集大成による「国家観のない外交」が行われていることである。そもそも外交の手段において、全くそのことに関する「国家の意思」を感じない。それは個人の資質というよりも日本の教育に関連があるものと考えられる。これは教育の問題なので、一朝一夕に何とかなるものではない。。もちろん、現在の教育基本法、特に安倍晋三内閣が制定した教育基本法改正に基づいて行われれば、このような教育の関係にはならないはずなのである。問題は、「法律を変えなければならない」とか「憲法を改正しなければならない」のではなく、「法律どおり運用できない現在の状況」をしっかりと監視しなければならないのではないか。そのことを無視して、憲法とか立法とか言っているのではなく、現在の法律をいかに変えてゆかなければならないのか、現在の人をどのように「頬率どおりに行動する人」にするのかということを考えなければならない。
  同じことは自衛隊法にも言える。ここは憲法にもかかわるものであるから慎重に議論をしたい。
  まずなぜここで自衛隊のことを言わなければならないのか。外交のもう一つの内容として、よく外務省の官僚などの間で言われるのが「軍隊のない国の外交は無理」という言葉である。もちろん、彼らは「無理」というのであれば官僚をやめればよい。できない人間に外交を任せておくことそのものが大きな問題である。特に外交のことということになれば、当然に、その内容は直接的に国益を損ねる内容になってしまうのである。しかし、ここが批判されないのは、彼らが言うことにも一つの「理」があるからだ。能力のない外交官は、外交官として最終的に第三者に責任を転嫁しなければ話にならない。しかし、そのためには強力な軍事力を背景にし、相手が何らかの発言をしたときに「脅し」をしなければ交渉ができない。要するにそれだけ日本の外交官は、交渉の質がよくないというか、背景や基本的な部分をしっかりと持っていないということになるが、それを批判できないのは日本国民の大半が同様のことに問題を抱えているからに過ぎない。同じ国民性からは同じレベルの外交官しか生まれない。なぜならば教育の環境が同じであるから、そのような内容や資質を持ち合わせているといえる。
  しかし、日本の教育というのは不思議である。「平和」というキーワードは、世界各国同じものを持っているといえる。しかし、その「平和」は「原始共産主義的な無戦闘状態」を意味しているのか、あるいは「強いものが弱いものを守る」そして「自分自身は自分自陣で守る」という、当たり前のことを意味しているのか、その意味で全く違うニュアンスを持っているといえる。日本の場合は、「当たり前のこと」を「当たり前のこととしない」教育をしているのである。これでは話にならない。もっと言えば「自衛のための戦い」というものをどのように評価するのか。「平和を守るために戦う」という、当たり前のことを、平和という言葉を「無武力衝突」「無抵抗」「バラマキ」と思っているために、「平和を守るために」「戦う」ということが矛盾しているかのような話になってしまうのである。そのことを言っている人々が、「闘争」という言葉を使ってデモをしたり、火炎瓶を投げているのだから始末に終えない。
  ここで、日本の左翼と呼ばれる人々のことを繰り返しても意味がないので、この辺にしておく。さて、では、あえて同じ質問をする。
  「竹島をめぐる日本海の平和を守るために戦うことは是か?非か?」
  日本の教育においては、いかなることがあっても自衛隊の出動は憲法9条に違反する行為として存在する。しかし、そもそも憲法前文にある「平和を愛する諸国民」という前文の前提を崩し、外国が日本国に侵略をしてきた場合、その侵略を防ぐ行為は「武力衝突」ではあっても、「平和を乱す行為」なのか。もしもそのように答える人があるならば、その方の自宅の住所と名前をぜひ公開していただきたい。誰かが侵略してきて、強盗に来た場合にどのような行動をとるのか、そして、抵抗をしないのか、ぜひ見に行って見たい。ついでに、私自身が強盗に返信する可能性もあるので(笑い)。もちろん冗談である。しかし、日本ということを自分の家に置き換えて、家族を脅され、大事なものを奪われる理不尽の中で無抵抗、武力衝突回避などできるのか、そのようなことを考えるべきではないのか。
  さて、少々過激な物言いになるかもしれないが、「竹島が日本領土ならば、竹島に対して韓国が軍隊を持って占領しているものに対して、自衛隊が戦闘し排除することは、憲法の自衛権に該当するのか」という問題が出てくる。単純にいえば、「竹島という日本領土を自衛隊が『自衛』することが可能か」ということである。
  法理論上は、「自衛隊」が合憲である理由として、各国の自衛権は固有の権利であって、憲法によって排除されたものではないとする、解釈が存在する。その解釈に従って「自衛隊」は自衛の範囲で存在するのである。通常、国防は「自衛」「抑止」「打撃」の三つの構成によって行われる。
  「自衛」とは、侵略してきた敵国を排除し、日本領土から押し返す行為。
  「抑止」とは、そもそも日本という国家が強くなって、攻めてくることを抑止するという行為。
  「打撃」とは、敵国の基地や根拠地を打撃し、敵国が背得てこれなくする行為。
  この三つの力を持っているのであるが、日本の場合は敵国に直接的な打撃もしくは心理的な影響を与える「抑止力」と「打撃力」を放棄し、「自衛力」のみを持っている。そのために、「打撃力」に必要な長距離の航続力や、あるいは航空母艦のような外地根拠地に関してまったく何もできていなかった。ソマリアの海賊対策で初めて海外根拠地を持ったのが自衛隊である。それまで65年間、自衛隊は、この健保9条のおかげで海外根拠地を持つことはなかったのである。それだけ、海外との間にまったく力の差ができて島手いる。もちろん、自衛隊は、海外との交流や武器演習は行っている。しかし、それらがどんなにあったとしても、実践や海外に直接根拠地を持った交流がなければ、完全に机上演習だけになってしまう。もちろん、今の自衛隊が弱いといっているのではない。現在の憲法の範囲内では、できる範囲で何でもしていると思うし、その制限や国民、特に左翼といわれる人々の反対を押し切りながら、かなりのレベルまで対応していると考えるのである。しかし、実際に憲法の制限のない軍隊や、ナショナリズムを持った国々、何よりもしっかりと徴兵制を持って、国民皆兵で演習を行い、そのような意識を持った韓国と比べて、人員や心理面でしっかりとした対応ができるのかは、かなり大きな疑問である。
  では、これを逆転するためにはどうしたらよいのか。単純に、竹島は日本の領土だということをいい、反韓国の意識を持った多くの国々の連合で韓国を追い出すということしかない。単純にいえば、国際世論を「抑止力」とすることが最も重要であるといえる。実際に、咲くいつのブログで多国間の反韓国連合を作ることを私は提起している。当然に、武力衝突を避けることが最も良いに決まっている。武力衝突があれば、憲法よりも日本人の犠牲者が出るということがもっとも大きなものであろう。日本人は、左翼と呼ばれる人々のおかげで、命そのものに対する重要性を増した個人主義教育が行われたために、国家ということを無視した命重視の価値観が生まれてしまう。そもそも、主権がなく奴隷でしかなくて命を永らえることに価値があるとは思えないのであるが、残念ながら左翼と呼ばれる人々はそのようなことは考えていない。しかし、一方で保守といわれる威勢の良い人々は、自分のことを棚に上げて、威勢のよいことばかりを言う。しかし、いうのは匿名でしかなく、同時に、しっかりとした根拠も、また他の国との関係などの影響などもまったく考えない状態になってしまっているのである。戦前の大政翼賛会と国粋主義をあわせたような発想で、外国人排斥を声高に叫ぶことを「保守」と勘違いしてしまっている人も少なくないのである。これでは何の解決にもならない。なぜ中間でとまる現実的な対応ができる人がいないのか、不思議になってしまうのである。
  では、現実的な対応としてどうなのか。単純にいえば、「自衛隊の派遣」はなるべく避けえたほうが良い。しかし、逆に韓国もそのように考えているので、自衛隊の戦闘機などによって上空を飛んだ場合に、直ちに攻撃を仕掛けてくるとは思えない。複数回になれば、攻撃を仕掛けてくると考えるが、北朝鮮を含め、背腹に敵を抱えた戦争を韓国が行うとは限らないのである。にもかかわらず今回、李明博大統領がこのように強硬姿勢をしたのはどういうことか。二年前の延坪島の砲撃の直後に、竹島などのことを言うはずはなかった。このことを考え合わせれば、今回の竹島強硬訪問、および、天皇の謝罪発言に従軍慰安婦の問題の言明などは、全てあわせて、「北朝鮮側のスパイによる情報操作の結果」と見ることも可能ではないのか。
  基本的に、国家の元首たる大統領が、国民を護るというときに、背腹に敵を抱えるという選択肢は存在しない。その中において、現在の北朝鮮の政変(金正恩体制の未確立)や北朝鮮内の金正日の時代のスパイや軍幹部の粛清を見ていれば、新体制において金正恩体制は、親中、新米に傾いていると漢が手問題はない。そのときに言語も同じで近づきやすいのが韓国であり、そして、統一教会である。その上で、日本国内において武力行使も式は威圧を非とする世論を作れば、それは韓国の独壇場となる。自衛隊の派遣は、ポーズだけであったとしても、それらの裏側が全て明らかになるきっかけとなる。単純に、韓国側がみている日本の対応と異なる対応を行えば、新たな局面が見える。当然にそのときには、日米安全保障条約の本当の姿や、あるいは、アメリカがどのように日本を考えているのか、もっといえば民主党政権におけるアメリカとの亀裂の深さや日米関係の悪化の過程が大体見えてくるのではないか。
  同時に、その内容は、「日本国憲法」に抵触するものではない。たとえば東京の真ん中に韓国軍が来て「ここは韓国領だ」といい、そして軍隊を派遣する。そのときに自衛隊が排除することをなんら問題がないはずであるし、国際世論は当然にその内容を見ているはずだ。東京で大丈夫なものは、日本領土である尖閣諸島であっても竹島であっても簡単なはずだ。そのことを考えれば、日本国憲法への定職は一切関係がないといえる。
  最後に自衛隊派遣に関しては、国際世論の問題、特に日米安全保障条約の問題である。日米安全保障で、アメリカがなんと言うか、そしてそれを説得するだけの外交を政府ができるのか。残念ながら野田内閣では不可能である。そのことを考えれば、現在の民主党内閣の排除というのは、領土を護るという点では最も重要なファクターであることは間違いがない。その上で、自衛隊の派遣ということをしっかりと考えたほうが良いのではないかと考えるのである。このことによって、日本の外交力および自衛隊の派遣による「自衛権の行使」が可能となるのではないか。そして、このことには自衛隊法の改正が一部必要なだけで、基本的に現行憲法の中においての範囲で領土を護ることは可能なのである。後は、そのときの政府の「外交力」と「不屈の精神」だけである。
 
  それでは、本日の提言である。
  領土を護るときには、憲法に記載されていないにせよ、国家の固有の権利である「自衛権」を行使し、「自衛隊」を進出させ、敵国または侵入者を排除する必要がある。しかし、それは、ただ単に「匹夫の勇」を競うものではなく、自衛隊を派遣するという行為において、韓国がこのようになった裏側、または北朝鮮や中国の陰謀、そしてアメリカの日米安全保障条約に対する意識などをしっかりと認識し、その上で『外交と自衛隊』をあわせた国益の追求、または領土の保全という行為を企画するべきではないのか。
  そのためには、外交と防衛という二つを連携し、しっかりとした国家観を持って行う必要があるのではないか。そのことを考えて、しっかりとした内容を見るべきであり、そうでなければ、自衛隊が犬死になってしまう。国家の政体が武力を行使するときには、それなりの決断と覚悟が必要であり、それができる政権を国民は選ぶ必要がある。そして、その政権に対する信望を得たうえで、自衛隊が、そして義勇兵が敵国を排除する。当然に、外交上の終戦の努力、解決の糸口を探しながら、武力要と津を最小限にするということが最も重要ではないのか。そのようなことができない政権であるならば、現在の野田内閣や民主党政権のように、完全になめられてしまい、そして、日本はどんどんと侵食される結果になってしまう。そうならないように、自衛隊の派遣ということをしっかりと考えるべきではないのか。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」  (5) 多国間反韓国協調を作って対抗せよ

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(5) 多国間反韓国協調を作って対抗せよ

 昨日は外交というよりも、外務省の完了のあり方について書いてしまった。実際に、日本の政治家および外務省の官僚たちのあまりの質の悪さにはあきれてものも言えない状態である。このような状態において、しっかりとした領土を守ることができるのかというのは非常に大きな疑問であり、同時に、そのことをしっかりと考えるべきではないのか。
  改めてここに書くことにするが、国家の要素というのは、俗に「主権」「国民」「領土」といわれる。私はこれに「権益」ということをつけなければならないと考えている。たぶん、中世などは国家の要素は「主権」「国民」「領土」の三要素でよかったのであろうと思う。しかし、残念ながら、現代社会は、交通機関やインフラの発達、そして通信手段の発達、文化文明情報の共有化、そして、経済や産業の国際化ということから、一つの国が鎖国して物事に対処できるというような時代ではなくなってしまったといえる。要するに、「主権」「国民」「領土」を守るためには、資源や経済、金融ということや政治や安全保障などにおいて確かに国際化しているということは認めざるを得ない。少し籍船トリック名経済評論家は「鎖国しても問題はない」かのごときわけのわからないことを言うときもあるが、もう少し冷静に、物事見ればそれが極論であって、そのような話しをしていても、何の解決策にもならない。かえって、日本が国際社会から孤立化してしまうことによって、かえって、日本の周辺のわけのわからない国に日本を植民地化する口実を与えるに過ぎないのである。
  日本は、冷静に見て、現在は、国際社会の中の一つの国家として成立している。その中においては軍隊を持たない国家として特異性があり、少々平和ボケでまともな外交のできる外務官僚もいないのである。しかし、そのような、他の国であるならば絶望的な外交環境の中において、経済発展を遂げ、そして、経済大国として世界でもっとも裕福な国という状態になっているのである。
  では、なぜ、外交的に絶望的でありながら、日本という国家は、他国がうらやむほどの発展を遂げることができたのであろうか。それは、単純に国際社会の中における国際協調の中において、日本の強みを発揮することができたからに他ならない。もちろん、そのためにはしっかりとした国際関係や、日本の持っている運もよかったということが言える。他にも日本国内の国民が経済の発展や豊かな暮らしのために、非常にまとまって、努力をした。そのことがなかったといっているのではなく、今回は外交ということでこのことを書いているのであるから、当然に外交を中心に論点を進めてゆきたい。
  その上で、考えれば、当然に日本は、外交的な関係を巧みに使い、そしてその発展した富を世界に投資する(バラマキとは違う)ことによって、よりいっそう日本の強みを生かしてゆくようになったのである。ある意味で、日本は戦前、戦中において実現することができなかった「八紘一宇」を、戦後高度経済成長の中において金銭と、ジャパニーズビジネスマンの忠誠心によって、実現したのではないかと考えてもよいのかもしれない。
  もう少し詳しく見て見よう。
  大東亜戦争後、当然に日本だけではなく、韓国、そして中国そして東南アジアの各国も焦土と貸した。実際に朝鮮半島は朝鮮戦争が勃発し、日本が全く破壊も何もしないどころか、日本が日本国の費用でソウル大学を作り、鉄道を作り、ダムを作りそして産業を残してきたのにかかわらず、朝鮮人は朝鮮人同士の内戦によってそれらのインフラを自分たちで壊してしまったのである。この内戦は、現在も続いている。よく私が言っているのであるが、俗に言う南北朝鮮の区分をしている「38度線」はあくまでも「休戦ライン」であって「国境」ではない。要するに韓国は北朝鮮との間においていまだに戦争を行っている国家である。現在竹島などのことで韓国のナショナリズムが「反日」ということでまとまるようになったのは、逆な見方をすれば北朝鮮がすでに敵としてみなさなくなったということに他ならない。いわゆる休戦ラインが国境線と思ってしまい、60年も武力衝突がないと、同盟を組める相手との間に敵対行動をし、本来の敵と戦う気がなくなってしまう「平和ボケ」が韓国国民の中にも芽生えてきたということに他ならない。
  一方、戦後の中国は、文字通り上海も破壊され、そして南京も破壊され、東北参照は一度ロシアに蹂躙されてしまっている。しかし、中国も国境戦争そして文化大革命という二つの革命によって、日本人が残したさまざまなインフラがありながらも、それらを活用することができなかった。私が毎週日曜日の連載で行っている大連の記述にたまに出てくる「旧大和ホテル」現在の「大連賓館」は、意安打にホテルとしての機能を備えているし、また、大連駅も上野駅と同じ建物になっている。、しかし、それらを生かして経済発展を遂げることができなかったのは、まさに、中国の国内事情、主に共産党の指導の失敗と餓死者を出すほどの文化大革命の失敗が、その影響を大きくしているのではないか。
  一方、戦争で序盤には非常に激しい戦闘があったものの、終盤には日本軍の残兵が目立った東南アジアは、各国が独立運動を行うようになり、インドネシア、マレーシア、カンボジア、ベトナム、ミャンマー、インド、などさまざまな国家が成立するようになるのである。もともとどの国が占領していたかによってなんとなく色分けされたのは、植民地時代の文化や生活習慣が違うために、同じ民族や同じ宗教であっても、同じ国家として成立しなかったところがある。しかし、そのためにさまざまな国家が独立戦争を行った。このことによって、大東亜戦争の終戦ともに、世界から「植民地の時代」が終わったのである。
  いずれにせよ、これらの独立戦争やイデオロギーによる主導権戦争によって、実は戦後日本以外の東アジア、そして東南アジアの各国も焦土となったのである。
  要するに、日本は他の国が独立戦争を行う中において、日本は東アジアにおいて「最初に敗戦にいたった国」であり、他の国々よりも先んじていた。たとえば朝鮮戦争を行った朝鮮半島は、その戦争が休戦したのは日本が完全に焦土と貸した後約10年後のことである。そのことを考えれば、10年前に復興を行っていた日本が、鹿k李とした外交を行うことによって、東アジアや東南アジアの各国と協調して発展を遂げた。その国々の中において、日米安全保障条約があり、経済に特化した発展をしてきたという面は、日本人として否定したい気分もあるが、実際の歴史として直視しなければならない。もちろん、このことがあるために日本は経済的に大きく発展し、同時に、このことがあるために平和ボケになってしまい、個人主義が進み、そして愛国者が減り、平和ボケになったのである。
  このようなことをくどくど書いたのは、まさに、日本が国際関係の中で反転を遂げ、そして国際関係の中において現在の日本があるという事実である。理想を同のように考えても過去の事実、そして歴史を否定することはできない。歴史を否定するのは韓国人だけで十分である。
  では、このような中において、韓国はどう見られているのか?、そして日韓関係はどのように見られているのか。個別具体的な例で見た場合に、煮詰まってくれば視点を変えるという作業は必要である。そのような作業ができないと、問題の解決はできない。
  韓国は発展途上国であり、そして最近になって新興国である。韓国もそして中国も発展途上国であり新興国である国の特徴は「物真似」と「傲慢」である。そして、後から発展を遂げるということは秩序を無視し、そして、自らの権利を主張する。逆に言えば先進国の秩序に和って入らなければ彼らは発展はしないのである。同時に、そのような傲慢な態度は、そのほかの発展途上国に対して「搾取」ということが行われることになる。そのことはまさに、旧植民地の国々に、昔を思い起こさせる非常に大きな問題になるのである。
  このような状態の中においては、韓国は、当然に今回の竹島問題でも同じような態度で接している。
  一つには、竹島の領有、一つには、その実効支配の太陽、一つには、ロンドンオリンピックにおける選手の政治メッセージの掲示でオリンピック憲章の違反、一つには、必要以上の反日による盛り上がり、そしてその主張の態度が全く秩序を無視している党ことに他ならない。
  まさに、このような韓国の態度にあまりよくない感情を持っている国は少なくない。そもそも、今回の竹島の問題も、オリンピックやそのほかの国際会議においてアピールする必要はないし、また、そのような問題を持ち込んで欲しいとは思っていない。それだけでなく、その主張の異常さは、多くの人々が嫌がっているのである。
  逆に、日本の外務省はこのような各国の感情を情報として持っていれば、簡単に反韓国同盟を作ることは可能である。サムソンの営業方針にしてもそうであるし、現代の営業方針アドに関しても同じ内容で韓国は嫌われている。まさにそのようなことが全く歩道も去れず、そして情報として日本の一般の人々のところに入らないということが最大の問題である。
  さて、竹島問題について。単純に、「国内のコンセンサス」「情報」「外交官の整備」
といってきたが、その次は、これだけ前置きしたのだからわかると思うが、「外交の方法として多国間協調」ということを考えるべきである。要するに、竹島に関することをアピールしなければならない。そして、韓国がいかにおかしな国であるか、そして竹島に関して日本が正当な領有権を持っていることをしっかりと見なければならないのではないか。エキセントリックな韓国国民の選挙の事情で、竹島を手放すわけには行かないし、そのために手段もなく手をこまねいているような状態では日本政府は外交ができなくなってしまうことになる。それよりも、しっかりとした外交を繰り広げ、多国間の反韓国強調を作り出し、多国間で圧力をかけるべきである。
 このようなことを書くと、日本はすぐに「親米派」「親中派」という話になるのであるが、なぜ東南アジアを無視するのか、私には理解できない。台湾、フィリピン、そして東南アジアの各国が反韓国になれば、単純に韓国向けの海運は完全になくなるのであるから、韓国は竹島どころではなくなる。営業もできなくなる。日本人は、韓国というと韓国のことしか見ない。重箱の隅をつつくような瑣末な批判を繰り返し、地球は丸いのに、物事をまるい地球の上のこととして全く考えることができないのである。そして、手詰まりになってネットの中で匿名で騒ぎ倒すだけ。これでは何の解決にもならない。それよりも実効性のある外交圧力を、どのようにして書けて、問題を解決に導くか。そのための必要な資源や資金、そして行動を行ったほうがよいのではないか。その中には「親米派」「親中派」ではなく、「反韓国」「親韓国」に分類されるだけのことである。その中心は竹島問題なのだから、当然に日本が行うべきことであり中心になることなのである。
  後は、日本がしっかりとした国力を保持していれば、そして韓国よりも日本のほうがよい国であるという自身があるのであれば、日本に味方する国家は少なくないはずだ。このような「日本側への支持」を取り付けることが、最大のポイントであり、そして外交の基本である。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」  (4) 外交の基本は他国との違いを認識することにある

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(4) 外交の基本は他国との違いを認識することにある

 まず何よりも本日は終戦記念日である。私の場合は「敗戦記念日」であると思い、また私の友人の保守の人は「国恥記念日」という言い方をしていた。実際に、敗戦という結果を見ながら「平和が訪れた日」というのは、いかがなものか。「平和への願い」は高尚な理念であるが、しかし、同時に「平和は自分たちで造り、守るものである」という感覚を忘れてはならないのではないか。
  そのようなことは現代の人々に対して考えることであり、今から67年前に日本を守るために、自らの命を犠牲にした英霊への感謝の念と慰霊の年を忘れてはならないのではないかと思う。8月15日、本来は「招魂社」である「靖国神社」に天皇陛下がお参りできる環境を整えるのが我々の役目ではないかと考える。そしてその環境を整えるようにするのが、政府の役目ではないのか。そのような役目を放棄した政府の対応には、内心不信感を感じるのはいたし方がないことではないのか。もちろん、A級戦犯問題があることは承知しているが、では、戦犯はそもそも戦犯なのか。そのことをしっかりと考えなければならないのではないか。
  さて、8月15日のことを書いていると、それだけで今日の分量がすべて使い果たしてしまうので、そろそろ本題に入ろうと思う。しかし、この8月15日、この日について、日本と諸外国ではどのように考えられているのであろうか。

  <ウィキペディアから抜粋>
  第二次世界大戦終結の日なので、多くの関係国で記念日になっている。ただし、日本が降伏文書に調印した9月2日前後としている国も多い。 終戦の日・戦没者を追悼し平和を祈念する日( 日本) 日本で、1945年8月15日の正午に、天皇による終戦の詔書のラジオ放送(玉音放送)が行われ、国民にポツダム宣言受諾が伝えられた。1963年以降、毎年この日に「全国戦没者追悼式」が行われる。
  対日戦勝記念日( イギリス)
  光復節(韓国)・解放記念日(北朝鮮)日本がポツダム宣言を受諾したことにより朝鮮が日本の統治から解放されたことから。
  独立記念日(インド)1947年のこの日、前日のパキスタンに続いてインドがイギリスから独立した。
  独立記念日(コンゴ共和国)1960年のこの日、コンゴ共和国がフランスから独立。
<以上、ウィキペディアから抜粋>

 なお、架空社会では、機動戦士ガンダムのジオン公国の建国記念日も8月15日だそうだ。同じ8月15日という日程でも、国や地域によって全く異なる感覚を持っている。もちろん戦争をしていた国家では勝ち負けでその感覚は違うであろう。戦勝記念日と敗戦記念日では全く違う。そして、戦争に参加していないにかかわらず独立したということで、独立記念日というような感覚を持っている国も少なくない。大東亜戦争によって植民地が世界からなくなり、各国が独立を果たした。インドやコンゴはまさにちょうど8月15日に独立記念日がある。どうも日本のマスコミではこのようなことは報道しないようで、日本における「全国戦没者追悼式」だけがクローズアップされてしまうのである。
  さて、この感覚の違いが、まさに外交の「キモ」ではないのか。
  外交に限らずコミュニケーションとは「違う」相手に対して「違う」ことを伝えるから公証になるのである。全く違わないのであれば、そもそもコミュニケーションの必要性はない。しかし、日本の場合は、「相手と違わない」ということを宗利、自己主張をしない外交官が少なくないのである。本来ならば、「怒り」は「怒り」として表せばよい。そしてそれを態度で表すことが最も重要なのである。
  それができないということを、二つの新聞記事で示して見たい。
 
 
  日韓の金融協力は維持 竹島上陸でも、政府方針

 政府は13日、これまでに韓国と合意した金融協力を変更せず、維持する方針を明らかにした。李明博大統領が島根県・竹島に上陸したことで日韓間の緊張が高まっているが、両国経済の相互依存が深まっていることを配慮し、国際的な合意を順守することが関係改善にも重要と判断した。
 日本と韓国は緊急時にドルなど外貨を融通し合う通貨交換(スワップ)協定の大幅拡充や、日本によるウォン建て韓国国債の購入で合意している。
 昨年10月に合意したスワップ協定では、韓国への資金支援枠は従来の5倍以上に増え、総額700億ドル(約5兆5千億円)とした。韓国経済の安定は日本の利益にもつながるためだ。

2012.8.13 18:11  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/120813/fnc12081318150009-n1.htm

李明博大統領、15日の記念式典で日本に謝罪要求演説か 韓国紙報道

 【ソウル=加藤達也】韓国紙、文化日報は13日、李明博(イミョンバク)大統領が日本統治からの解放を祝う15日の記念式典で、歴史問題について日本側に「謝罪の最後の機会だ」として謝罪を迫る演説を予定していると報じた。青瓦台(大統領府)高官の話としている。
 報道によると謝罪の対象には(1)日本統治時代の慰安婦問題(2)日本の教科書の歴史歪曲(わいきょく)-などが含まれ、日本に対する総括的な謝罪要求となるとみられる。
 李大統領は昨年8月15日の演説では謝罪要求はせず、今年3月の反日抗議運動記念日の演説で、元慰安婦への賠償を求めた。しかし歴史認識全般に踏み込んで日本に謝罪を要求するのは初めて。演説が実際に行われれば竹島上陸で冷え込んだ日韓関係がさらに悪化することは避けられない。
 また報道によると李大統領は10日の竹島上陸の際にも日本の歴史認識に言及し、「悪い戦争を起こして真摯(しんし)に謝るべきなのに、日本が謝罪しないから問題が解決しない」と日本を強く批判。青瓦台高官は同紙に対し、大統領が竹島に上陸したのは「日本にはこれ以上何も期待しないという心情からのことだった」と述べたという。

産経新聞 8月13日(月)19時8分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120813-00000548-san-int

 そもそも日韓基本条約があるのにかかわらず、李明博大統領にこのような発言をされ、なおかつ、そのようなことを言われているにもかかわらず金融支援策は継続するという。要するに、いじめっ子が何を言われても金をむしりとられ続けているということでしかない。このような話では、日韓関係がしっかりとした対等の関係になるとは到底考えられないのである。
  領土を不法に占拠されながら、金融支援を続けるなどということは外交上ありえない。他国が冷静に見たら、日本は口頭で何か言っていたとしても、韓国の竹島の不法占拠を認めているとしか言いようがない。そもそも竹島を不法に占拠している軍隊の資金は、この金融支援の金ではないのか。なぜこの金融支援の凍結ということができないのか。そして左翼といわれる人々は、なぜ、竹島に展開している軍隊に向かって「平和」をしゅちょうできないのか。日本にいるアナキストは、なぜ、「韓国という国家があるから領土問題が発生する」として、韓国の国家解体を目指さないのか。全く理解できない。
  さて、このようなことを言っていても意味がないので、もう少し現実的に考えてみよう。今日当たりは靖国神社で「韓国人」に対する反対や威勢のよい発言を叫んでいる人が少なくないと思う。その気持ちはわからないではないが、日本国内で何かを叫んでいてもあまり変わりはないのである。そのことよりもしっかりとした外交、そして自衛策、そして政治を立て直すことが、この問題の解決にもっとも正しいことである。たとえば、金融支援の凍結を考えるのであれば、石巻の安住財務大臣の選挙区で、次に当選しないように運動すべきであるし、野田首相の選挙区である船橋市に行って、野田首相が以下にうそつきの政治家で、日本のことを考えずに韓国のための政治をしている売国的首相であるかを訴え、その選挙区の有権者の意識を変えるべきではないのか。
  そのような批判は一つの手段であり、売国的な政治家を排除することは別にし、外交を主体的に行っている外務省の外交官に関しては何か別なことをしなければならない。
  先週、キャノングローバル戦略研究所で湯原先生の話を聞いた。その中で、北方領土に関することを、三人の元外交官の意見を聴取したところ、その三人の元外交官【あえてここで名前は出さないが】はすべて意見が異なったという。まさに、現在の外務省の官僚の姿勢がそのままよく現れているエピソードだ。外交官は外交官試験という試験で採用される。一般の官僚とは異なるものであるが、その外交官が外務省という中において統一の意思によって動いていないということが明らかになったのである。本来外交は国家という背景を持って、その国家の意思を代弁するのが外交官の役目である。しかし、その外交官が意見が異なるということは、外交官が個人によって、日本という国家の意思が全く異なるということになるのである。
  このことは強いて押しなべて考えれば、外務省は、「日本という国家の意思を反映した外交を行っていない」ということである。これでは相手の国に迎合する以外に他の方法がないということになるのであろうか。本来は、国会議員が国民という主権者の意思を外務省に伝え、その意思に従って外務省が日本の国益のために動かなければならない。しかし、日本には、この連載の初回から問題視しているように、国会議員の中にアナキストが入ってしまっているために、日本の国会議員が、日本国民の有権者に選ばれているはずなのに、日本の国益を体現する存在ではなくなってしまっているのである。そのようなことがにわかには信じられないのであるが、福島瑞穂の例や土肥隆一の例などその例に関しては枚挙に暇がない。
  しかし、本来は、当然に隣国であれば、国益が重なり、そして対立する場面がある。そのときに、お互いがお互いの立場をしっかりと主張し、お互いの立場の主張の中からしっかりとした解決策を出すことがもっとも友好である。片方が妥協し続け、そして迎合し続ける中において、お互いの自立した外交は期待できない。当然にそのような外交などは存在せず、いつの間にか日本は中後伽韓国などの属国となるような形にしかならないのである。そのようなことを望む日本国民は存在しない。
  しかし、在日韓国人や在日中国人は、まさにそのようなことを望んでいるかもしれない。日本人ではないのだから、何を本音で考えているかわからない。日本人ですらアナキスト的なことを考えているのに、外国人が何を考えているかは、育った環境が違うのだから信用ができない。もちろん、彼らに日本人と同じことを望んでもしたがない。そもそも同じでなければならないという価値観そのものがおかしい。お互いが違い、お互いが違ったところを尊重しあう、または違うというkと尾をわかること、そしてそのことを指摘することによって、理解が深まり、そして公証が成立する要素があるのだ。違うということを言うことができない人は、基本的にコミュニケーション障害でしかなく、そのような人が日本人の外交を代表して行えるはずがないのである。
  そして、そのような違いを指摘することができない、そしてその上で解決する交渉ができない人が外交官をやっているということは、まさに、日本が外交的に危機感を感じていないということに他ならないのである。
  外交の基本は相手国と日本が違うということをしっかりと認識すること、そして、その違いを指摘することによってお互いが理解を深めることでああって、決して迎合したり、土下座外交を続けることでもないのだ。そして、違いを指摘することは、そもそも「日本」という国家と「日本という国家の意思」がしっかりとわかっていなければならない。
  日本には「外国通」と「外国かぶれ」の二つの単語がある。外国通というのは、まさに日本という国家がわかり、そして日本との比較において外国がどのように違うのか、そして違うということの歴史、宗教、民族などの背景を知った上で、上手に付き合える人のことを言う。そのために、外国通の人は、外国人に日本のことを聞かれて、体外のことはしっかりと答えられるのである。これに対して外国かぶれは、日本を否定し日本のことをあ。まりわかることなく、外国に迎合している人のことを言う。いたずらに外国ばかりを持ち上げ、外国を賛美し、日本を卑下し、そして外国の真似をする。要するに日本という国民としてのアイデンティティがないから、そのようになってしまうのである。
  日本の外務省には、まさに、この日本人としてのアイデンティティがない人が少なくない。そのために、日本の国益をしっかりと説明できないのである。外国かぶればかりでは、日本の国益を実現できるはずがないのである。
 
  さて、今日の提言。簡単に言えば、外務省、外交の代表から、「外国かぶれ」を排除することだ。簡単にいえば、外務省の職員全員に日本史の試験と論文を行わせ、その中において、日本のことを知らない職員を配置転換もしくは、解雇するという事が最も早い。
  そのようにして厳選された外務省職員と外交官の中で、再度、日本の国家の意思というう者をしっかりと体現できるようにするということが重要である。そのためには、まず、日本の国家の意思がどのようなものなのか、外務省のコンセンサスを求めること、そして、それができない人は再度落としてしまうということである。外務省が各国の基本政策、特に日本の領土や主権にかかる国益に関することを、発表するということが必要なのではないか。それで、ダメだった場合には、外務省が罷免されるなどのことが必要なのかもしれない。
  それら外務省の官僚を厳選した後に、日本としての外交を展開することが必要である。外交の基本は、「相手との違い」「違いの修正」「違った中での合意」である。それらができないようであるならば、外務省などは必要がなくなってしまう。当然に、報道もそのようなことをしっかりとすべきであるし、昨日のブログのように、情報や諜報交錯をしっかりとしながら基本的な政策を実現すべきではないのか。
  今の日本の外交は、情報も、そして、日本という国家の知識も、そして、交渉の手段も全くできていない。それらを変えなければ、日本は今回のような領土問題や主権の問題を外交力で解決することはできないのではないか。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」 (3) 外交を行う前の情報と諜報工作のために

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(3) 外交を行う前の情報と諜報工作のために

 通常のお盆休みの場合は、事前に何らかの文章を作って降りて、それをアップするようにしている。しかし、今回は八月一〇日の勧告の李明博大統領による竹島訪問に関することを緊急で提言しようとしたのである。そのために、夏休みにかかわらず、毎日パソコンに向かって文章をつくら名書ければならない状態になってしまっている。予定通りに教育論を行えばよかったかもしれないが、しかし、今回のことは看過できないことではないのかと考えているのである。その休みがないという意味を含めて、「緊急提言」としている。
  そのために、今回はかなりあわてて文章を作っている。にもかかわらず、昨日のブログはアナキストに関して書いてしまったために、ついつい長くなってしまった。一応妥協のないような形で文章を作ってゆこうと思っているのである。実際に、昨日のアナキストに関することに関しても、それだけで一週間くらいの文章を作ることができるのである。
  さて、そのような私の事情は少々おいておいて、日本の領土を守る問うことを、現行の憲法、現行の法制度において、現在の国会、現在の日本でできることを考えて実行するということを目的に考えている。憲法改正とか軍隊の創設とか、威勢のよいことを言うのは簡単であるが、実際にそれらが機能するようになるまでに、日本は領土がなくなってしまう。他人を最前線に送って、私は無責任に発言しているだけ、などということは考えていない。もちろん役割分担を考えなければならないので、前線で戦うことばかりが日本への貢献であるとは思っていない。前線で戦っていなくても、日露戦争時に戦費を調達した高橋是清や、外交交渉を担当した小村寿太郎は、やはり日本においてしっかりと戦っていたと考えるのである。
  さて、昨日はアナキズムのことを書きながら「日本国内の体制が整っていない」ということに言及した。世の中の保守系の論調は、「マスコミが」「左翼が」というようなことを言っているのであるが、実際に数十年経過した彼らの日教組教育に抵抗もなく洗脳され、また先王された日本人を解明することができないでいるのである。いたずらに精神論や保守論を叫ぶだけで、実行力の少ない内容しかできていない。そのことよりも現行の法律を生かしながら保守が活動を行うにはどのようにしたらよいのか、そのことを考えなければならないのである。そのなかで、「アナキズム(無政府主義)を処罰する」という法的論理を、刑法の「内乱罪」「外患罪」(双方合わせて「反国家罪体系」という)の構成要件の範囲として、その内容を構成するようにすればよい。もちろん、言うだけならば人権問題であるが、そのような主張の基に国土や主権を脅かす行為を行ったとなれば、立派な内乱罪である。そして、内乱罪に関してはその思想を持っていることや文書を発表することを持って、未遂を規定することが可能なのではないかと考えられるのである。
  では、そのようなことをしても、日本において左翼と呼ばれる人々の抵抗は地下組織などにおいて行うであろうし、外国特に竹島門ダインであるならば、その対象国である勧告と通じて、何らかの行動を起こすことになるであろう。まさに外患罪ということになる。 しかし、これを国内で処罰ばかりしていても仕方がない。国内における過激な保守系は、それで満足するかもしれないが、それでは日韓関係の国際問題における解決の一助にもならないのが現状であろう。日露戦争を例にとって見れば、戦争に向けた国内の雰囲気作りが完了し、「臥薪嘗胆」として国内の意思が徹底したことは喜ばしいことである。しかし、実際に戦争を起こすことと、国内の準備、意思を統一することとは異なるのである。
  そこで、次の部分では「外交」に関することを考えるべきではないかと考えられるのである。
  国際問題である以上は、必ず外交ということになる。
  外交で失敗すれば、当然に大東亜戦争のように世界の多くを敵にまわすようなか立ち居なってしまう。ちなみに、大東亜戦争は、左翼と呼ばれている人々の言うように「日本が侵略戦争をしたから負けた」「日本が悪いことをしたから負けた」のではなく、「日本が弱いから負けた」のである。戦争というものはそういうもので、日独伊三国同盟においてイタリアファシズム政権のムッソリーニが一番初めに脱落し、ナチスドイツと日本とが孤立する形になった。そして、その二国の総合力と、そのほかの国々の総合力、要するに、ソ連、中国、アメリカ、イギリス、フランス、オランダなどの国々の総合力をあわせたものとで、連合国側が勝っていたということである。歴史は勝者が作る。そのために、勝者である連合国は、敗者である枢軸国が「悪者」として、歴史を作り、そして、その歴史で「悪者の国の国民」を教育するということが行われた。しかし、侵略戦争などは、連合国が主体的に行い、全世界に植民地を作っていたのであり、同時に、日本の大東亜戦争によって、それらの国々が独立を果たしたのである。その理念は、理念としても、そして敗戦となった戦争の結果としても、正しかったといえるのではないか。
  さて、「正しいこと」を行い、その主張や理念を通すためには「強く」なければならない。現代戦争の場合は「強さ」は「総合力」であり、単純に軍隊の精鋭さを競うものではない。そのために、総合力を高めるためには、当然に同盟国や理解者を増やすまたは、対立した国に親しい国があったとしても不介入にするように外交的に行わなければならないのである。
  では、外交の基本とは一体なんであろうか。当然に「情報」である。現行法制において情報の収集を規制する法律はない。もちろん外交官のアルバイトを禁じるような条約は多数存在するが、実際に条約の規定は、ほとんどが外交官の行動の自由や身分の保証をうたったものばかりである。当然に外交官はその国の国益のために動くことになり、各国の情報を収集し、そしてその情報を精査し、国益にかかわることを厳選し、分析し国益のために役立てることになる。
  そこで、情報をどのようにして収集するかということが最も重要なものとなる。外交は、交渉そのものを重視するのではなく、交渉を行う前段階の情報の収集や各国の関係た対立感情などをしっかりとつかんで交渉を行うことで、外交交渉は成立するのである。要するに、「相撲は土俵に上がったときにはすでに決まっている」という状態にするのが最も重要な外交のポイントである。このような状態であるから、表舞台のきれいなところしか見ていない日本の外交、特に民主党外交には全く期待できないのである。
  情報のことなのであまり詳しくはかけないが、簡単に書くことにしよう。
  情報とは「収集」「取捨選択(がせねたの排除)」「分析」「活用」という四種類の鼓動が必要である。一方、相手方を捜査するということで「諜報工作」という活動が存在する。この諜報工作は、情報活動の中の「活用」の中の一つとして行われるものである。要するに相手方を偽情報や偏向情報によって操作するということを目的とした活動である。この諜報工作の中には、「分析結果と本国国益のすり合わせ」「偽情報などの作成」「情報頒布のシュミレーション」「シュミレーション結果の検証」「偽情報などの再構築」「偽情報などの頒布」「効果の測定」「効果判定後の情報分析」というようなことが基本的な活動になる。これは、日本に限ったことではなく、一般の情報操作というのはこのように行うというものである。通常は情報に関してはそれぞれの専門官が存在し、各チームでこれらの内容を行うものである。もちろんこの仕事だけの専業の人もいれば、スパイ映画に出てくる情報屋のように、他の仕事をしながら兼業で情報を出すような職業もあるようだ。実際に、日本で問題になった中国人のスパイに関して言えば、中国大使館の書記官に関しては、職業であると考えてもかまわないが、その協力者たちは日本の中華料理店や、あるいは在日団体の理事、気功師など、さまざまな職業になっている。もちろん、上海の領事の自殺事件のときに活躍したのは、「カラオケのホステス」であり、別な職業をしながらスパイをしているのである。
  さて、世界の大使館や領事館などの在外公館の有罪武官というのは、基本的には情報活動を行っている。そもそも在外公館というのは、その国の情報を収集するのが仕事である。単純に「情報活動」はその職務の中に入っているのであるから、単純に外交官という言葉のように外交を行う人と思っている日本人はよほどの「御人好し」としか言いようがない。逆に在外公館にいながらまともな情報活動を行っていないのは、日本の外交官だけであろう。そして、そこと基点に情報活動と諜報工作の双方の工作を行うのが通常である。しかし、日本の場合は、それらに対して全く何の手当てもしていないのである。
  本来は、これらの情報組織をしっかり作り、そしてその情報組織に関して、しっかりと政権中枢に情報が蓄積されなければならない。当然に、その情報は、政権の交代によって途切れることなく、情報の継続として、しっかりとした組織と継承を維持しなければならないはずである。しかし日本にはそのような話はない。
  日本は、憲法9条によって軍隊を失った。しかし、本来ならばそれ以外のことを失ってはいないはずなのである。しかし、日本は、なぜか情報や外交もすべてを軍隊と一緒に自ら放棄してしまったのである。中国で言ういわゆる三戦「世論戦」「心理戦」「法律戦」は、「戦」という漢字がついていながらも、そのことを放棄しないでもよいはずなのである。しかし、日本の左翼と呼ばれる人々は、これらの行為も「戦争につながる行為」として忌み嫌い、そのような情報を行うことを拒否するように政府に迫る。なぜか左翼と呼ばれる人々の意見も取り入れてきた日本の自民党政権は、徐々に左傾化し、本来必要な内容をも失ってしまうのである。
  本来ならば、軍隊がなければその分、情報戦と外交で有利に自らをおかなければならない。日本はそのような外交を余儀なくされているはずなのに、それらを全くすべて無視し、情報戦をも行わないという選択肢をとってきている。そのために、日本は土下座外交と金銭による買収的補償、いわゆるバラマキ以外に外交の手段がなくなってしまうのである。現在の民主党野田内閣がバラマキばかりを主なっているという批判はそのとおりであるが、実際に、情報戦もなく外交力のない民主党政権では、金をばら撒く以外には外交手段が全くない。要するにそれだけ民主党政権には「情報力」「外交力」「交渉力」が存在しないということであり、その内容は政権担当能力、特に日本国の政府としての外交力の完全なる欠如を意味しているのである。
 
  さて、そろそろ長くなったので、結論と提言を行うことを考えている。
  今日の提言は「外交」以前の問題として「情報」をしっかりと蓄積すること、そして組織を行うことだ。これに関しては、基本的に憲法の解釈などは全く関係がない。憲法でも情報を得ること、情報を収集することに関しては禁止していない。そのために、情報をしっかりと持つこと、それがひつようである。
  「情報力」に関しては、はっきり一手現在の外務省や外交官にそれを期待するのは無理であろう。「情報のいろは」もわかっていない人々に、そのようなことを言っても意味がない。それよりも、他国と同様に駐在武官などに情報力をつけさせるほうが早いのではないか。もちろん「五十歩百歩」ではないかと思うが、現在の「事なかれ主義」の外交官官僚よりははるかにましではないかと考えられる。
  もう一つは、各国における日本人、特に商社マンなどの名簿の作成、そして情報の収集や情報に関するルートの整理などをしておく必要がある。このようなこというと「すでにできている」という反論を必ずいただくので、あえて言っておくと、「できているならば、このような提言は出てこない」のである。結果として在外公館が全く役に立たず、日本人化に渡渉する「飲み会」が存在するだけで、海外の情報は全く在外公館から生えられない。おこれは私の経験である。たまたまではなく、すでに中国や韓国、インドネシア、タイ、マレーシアなど東アジア、東南アジアの各国において複数回行っていることから、確信のある内容である。
  在外公館が当てにならないので、実際は日本の政府の中または独立した組織として情報組織を叱りと作るべきではないのか。現在の組織において「情報」は扱えても「諜報工作」は全く不可能である。そもそもそのようなことができる人はいない。日本国内において韓流ブームを作るくらいが関の山。基本的にそれ以上の話などはできるはずがないのである。その程度では、韓流にだまされる程度のオバサンしかだませないであろう。
  実際に、そのようなものでブームを作っても「民主党の政権」のように、実際に実力のないものを送り出しては、数年後に逆効果になる。日本のマスコミは「工作」はできるかもしれないが、実際にその中身の実力を判断することもできなければ、その内容を作り出したり、または未熟な部分をフォローすることもできない。ただブームを作り、そしてブームを報道するだけの、つまらない存在である。そのような中でもてはやされている大阪維新の会も実際の実力はどの程度であるか。マスコミは、もしもそのようなことをするのであれば、マスコミ自身の信用をかけて行うべきであるし、大阪維新の会がダメならば、マスコミの解説者の信用は完全に地に落ちるし、逆効果になるということになるのではないか。
  そこで、政府直属の情報組織を作るということがあるが、実際にその中に入れる人の人選ということも非常に大きな問題ではないのか。その辺をうまくやりながら「諜報工作」組織をしっかりと作る必要がある。そのために、しっかりとした、愛国教育を施した人を入れなければならないのではないか。
  個人的な提案として、この情報組織は皇室直属とすることが私の提案である。政府は左翼と呼ばれる人やアナキストに占領されてしまう可能性もある。そのために、そうならないように、絶対で日本国として変わらないもの、要するに、皇室の直属として行うべきではないかと考えているのである。
  今回は情報という問題での提言となった。明日は、その情報を使った外交に関して提言をして見たい。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」 (2) 日本におけるアナキストの排除と日本国の意思の統一のために行う事

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(2) 日本におけるアナキストの排除と日本国の意思の統一のために行う事

 まず領土を守るということは、日本の領土がどこか、そしてどれくらい大事なものであるかということを国民が認識することが必要である。国民に「領土意識」を持たせることはそんなに難しいことではないはずだ。そもそも「日本国」そして「国家」ということをしっかりと教え、その内容をしっかりと考えさせればよい話である。
  しかし、日本の場合はそのことがしっかりと確立していない人が少なくない。そもそも今の日本の政権の中枢をになっている「日教組」が、「竹島は韓国の領土」など問い言う「日の丸君が代は、侵略戦争の象徴」などということを平気で言っているのである。
  ちなみに日本の左翼は「共産主義者」ではない。現在の連合と財務省が主導の民主党政権でそのことは明らかである。その民主党政権に対しても反原発や反オスプレイでデモを行う。そのデモの内容は、あまりにも稚拙であり論理も何お合ったものではない。では彼らはなぜそのようなデモを行うのか。
  簡単である、日本の左翼は、実態として共産主義者ではなく、「アナキズム」なのである。要するに「無政府主義」といえる。
  この「アナキズム」について、いつものごとくウィキペディアからそのまま引用しよう。
<ウィキペディアから引用>
  アナキズムまたはアナーキズム (英語: Anarchism) は、政治思想の1つであり、国家や権威の存在を望ましくない、必要でない、有害であると考え、その代わりに国家のない社会またはアナーキーな社会を推進する思想のことである。
 アナキズムは社会主義や共産主義の流れを汲むもの、保守主義の流れを汲むもの、個人主義や自由主義の流れを汲むものなど、時として相互に衝突する多数の潮流の総称である。日本語では通常は無政府主義と訳されるが、必ずしも「政府を廃止して無政府状態にすべき」という思想ではない。
<以上ウィキペディアより>
 このことは、社民党の福島瑞穂議員が、鳩山内閣のときに消費者担当大臣のときに完全に姿を現した。「国旗・国歌というものがあるから国が生まれ、国同士で対立する。そもそも国旗や国家がなければ国がなくなり、戦争がなくなる」という見解を出したのである。「戦争」というものの定義が「国家同士の武力闘争」という定義であれば、「国家」がなくなれば「戦争」はなくなる。しかし、人間はジョン・ロックが著書の中で「人間は権利を主張するに当たり、万人の万人による闘争状態になる」ということを主張している。要するに、「国家間」の武力闘争はなくなっても、「人間」が「権利の主体」として存在する以上、権利と権利のぶつかり合いは、必ずその解決手段を持たなければならない。当然に、話し合いによる内容であれば良いが、実際には武力による闘争解決にならざるを得ない。要するに「人間と人間の間の武力闘争」は国家をなくすことによっても無くならないのである。闘争状態が無くなるということは、人間が権利を失うことである。人間に欲がある以上、その欲望の帰結に「他人を支配する」もしくは「他人の物を欲する」という事があれば、それで闘争は存在するのである。
  単に、「共産主義」または「社会主義」という場合は、にわかに信じられない可能性があるが「愛国者」であることが可能である。共産主義や社会主義という選択肢における愛国論は、日本国内においては基本的に存在しないが、他国においは十分に成立する要素を持っている。欲望の塊のような専制独裁者があり、その独裁者が国家を破壊する場合は、ある意味で、「共産主義的愛国論」というものが存在する。要するに、国家の政治システムとして「社会主義」という選択をするのであるから、その思想は「反国家」でも「愛国」でも双方存在することができる。一方、日本の左翼の皆さんが言っていることは、「国家という概念の否定」であるから、そもそも「愛国」という国家を機軸にした思想を相容れないのである。そもそも国家を否定しているのであるから、日本とか中国とか韓国とかアメリカというような事ではなく、そもそも国家そのものの存在を否定しているのである。
  さて、このように日本の左翼といわれる人々(実際には左翼ではなくアナキスト)のことをこのように書いたのはほかでもない、彼らが今回の事でも非常に大きな問題の原因のひとつであるといえるからである。
  アナキストは、日本以外の国では「危険思想」である。当然である。国家そのものを否定する人が国家の一員としているということは、国家が内部から崩壊させるということを意味する。人の思考は、ある人から伝播する。ある人が強く否定されれば、その思想の是非でなく、その思想が弾圧される姿を見て、半眼びいき敵に支援者が出てしまう。支援してしまうと、その仲間とみなされてしまい、いつの兄か思想が伝播して行くのである。この思想の伝播法則を知っている人は、危険思想は広くならないうちにその『芽』を摘む。
  しかし、日本はGHQによって占領憲法が出された。この憲法の中には「思想信条の自由」『表現の自由』が憲法の中に記載された。もちろん、本来このような条文は当然にどの国においても存在する。しかし、日本の憲法の場合は、それ以外の「義務」が存在しないので、その権利だけが大きくクローズアップされてしまうのである。通常の国においては、「国を護る義務」や「社会を維持する義務」(社会を維持するというのは、社会主義国家に多いのであるが)が存在し、権利よりも義務が優先することが通常だ。当然に国家破壊や国家否定という思想は「国を護る義務」に違反することになる。そのような思想を持つことそのものは「思想信条の自由」ではなく、反国家罪の系列の罪になるものとされている。そもそも、このアナキストが共産主義思想の一形態であるということを考えると、共産主義を禁止する国家も少なくないのである。
  さて、日本の場合は憲法上に基本的に『国を護る義務』が明記されていないために、このような危険思想であっても、弾圧されずに社会生活が送れる要になっている。逆な言い方をすれば、そのような希少な国は、日本だけであるので、ある意味で世界中のアナキストが日本に集まるような仕組みになっているといえるのである。当然にアナキストが集まり、その主導権争いを行ってきた。1970年代に行われた「内ゲバ」はある意味でそのような共産主義思想の主導権争いということができる。共産主義が主導した国家では必ずこのようなことが行われているのであるが、日本は共産主義が政権側にいなかったから「内ゲバ」といわれ、共産主義者が政権側にいる場合は「粛清」という単語を使うようになっている。
  彼らは、共産主義者の中における主導権争いが終わり、その中において社会と適合しながら共産主義を実践する形に姿を変えるようになった。旧ソ連では「ペレストロイカ」、中国では「改革開放経済」、そして日本では「民主党政権」がまさにその姿になったのである。しかし、旧ソ連は、旧ソ連という連邦国家を破壊したものの、ロシアという国家の中においてしっかりとした護国義務を行っているのである。中国は、国を護る義務どころか、国が拡大しており、中国と関係のない場所まででも占領してしまうほどの勢いである。そしてその占領の場所にまで中国人としての義務と、その義務を果たさない人に対しては、大学教育を受けさせないとか、就職がうまくいかないなど、生活的、経済的な不利益をこうむるようになり、その不利益の是正を求めると反政府行為として弾圧されるようになってるのである。しかし、民主党政権は、そのようなことをすることはなく、自分たちで起こした反原発デモや反米軍デモで自らの作った政権が聞き煮立たされているのである。
  このアナキストは、もっとも身近な国家である「自分の所属する国家」を攻撃し、国家で無くなるように仕向けるのである。まずは、日本という国家の否定、そして日本の歴史の否定、日本の場合は日本の国体の否定として天皇家や皇室皇族の否定、および皇室皇族の買いたいなどが第一段階として行われる。これらの頒布のために「平等」「インターナショナル」「グローバル」という単語を使って、一般の人に訴えかける。まさに、平等やグローバルという、一般の人保守系の人々が否定しにくい単語を巧みに使って自分たちの行うことをするのである。今回の消費税増税法案のように、建前で、全般的なことをいい、本音の部分だけを先行して法律化し、残りの部分を棚上げして逃げてしまう。言葉は「基本的人権」であり、その発する言葉に対しては義務も責任もないので、都合の良い部部bんだけを通して終わってしまう。これが左翼といわれる人々の常套手段である。
  その次に、行われるのが「軍隊の否定」である。軍隊の否定を「アナキストだから」ではなく、「平和」という言葉をたくみに使い、「世界平和」「人類平和」ということを主張する。そして、左翼と呼ばれる人々の常套手段は、「子供と女性」である。まさに社会低な弱者といわれる人を「保護する」ということを言うのである。実際に「かわいそう」という単語は、ある意味で弱者に対する差別であるが、その差別を差別されている左翼と呼ばれる人々がたくみに使うことによって、多くの反論を封じるのである。
  そして、領土の否定である。日教組、特に北海道日教組や山梨日教組などは「領土の否定」を明確に打ち出しており、竹島は韓国の領土、尖閣諸島は中国の領土などと、日本国内で発言を行うようになるのである。
  さて、片方で「アナキストは危険思想」とし、国家における思想の制限を「国家を護るため」として、制限している国家が、そのような制限をしていない国家である日本に退治するときに、日本国内において、「アナキストが発言していること」を取り上げて、その発言を「日本人が自ら竹島の韓国領土を認めている」ということを主張するのである。特に、民主党政権においては、そのような発言をしている人々が政権与党の中にいるのである。最近言われなくなったが土肥隆一などという議員は、わざわざ韓国に行き、韓国の民族衣装を着て舞台に立ち、日本を代表して「竹島は韓国の領土である」として文書にサインをしているのである。そのような議員が、そのまま与党にいながら、今回の韓国大統領の上陸を抗議しても何の意味もないのである。
 
  では、どのようなことをすればよいのか。単純に、刑法における「反国家罪体系」の法律をしっかりと適用すべきではないのか。私は共産主義や社会主義を全て否定するというものではない。しかし、アナキスト特に国家否定者はすくなくとも公職に就けないなどの発想を持たなければ、国益を保てるものではない。実際に刑法を適用する場合は、当然に構成要件該当性と、違法性と、責任を持たなければならない。主張は権利ではあるが、同時に発言に対して責任を求めることは特に憲法上の人権に違反するものではないはずである。そのために、アナキズム発言にはそれなりの責任を取ってもらうということを考えるべきではないのか。
  要するに、政権与党にいる「世界市民」などといっている人や、土肥隆一のような領土の放棄を韓国にまで行って主張するような人の公職追放、または、日本国からの追放、そしてそれらの拒否に対しては刑法における「反国家罪体系」の適用による処罰(死刑)を考えるべきではないのか。
  ここまで過激な意見を言うのは、彼らが公職にあることによって、その迷惑を受ける人々は非常に多い、そして国益を損ねる行為は反国家低な行為であり、日本国というものの秩序が維持できないということになっるのである。そのために、これらの法律の適用を行うものではないのか。これは、当然にマスコミなどにも適用されるものであると考えるのである。
  まず領土争いを行うにあたり、まずは国内における反発分子の排除というのがもっとも当然に行われることである。外国と対峙するに当たり、日本国がまとまっていなければ勝てる戦いもできない。古来、城を外から攻め滅ぼすのは、圧倒的な力の差がない限りにおいてはかなり難しいし、そのような力攻めを行っても双方に大きな被害を出してしまい、勝者が無くなるのが慣わしである。これに対して、多くの城は、中に内応者がいてその内応者が外部の敵を引き入れたり、あるいは城の中の繊維を喪失させて、混乱させてしまうことによって、内部から瓦解するのである。豊臣秀吉による小田原の北条攻めでも同じであるが、内部からの裏切りで武田信玄も上杉謙信も落とせなかった難攻不落の巨城が、あっけなく落城するのである。
  このような例を見るまでもなく、結局、日本国内において、しっかりと日本国内をまとめる、そのために憲法を変えるのではなく、今ある刑法などを柔軟に適用するということを考えるべきではないのか。

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【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」  (1) 8月10日李明博大統領竹島上陸を受けて

【緊急提言】韓国大統領の竹島上陸に見る「領土を守るということ」
(1) 8月10日李明博大統領竹島上陸を受けて

 今日は、夏休みデモ有り多くの人がお盆休みでもある。そのために例年であれば何らかの特集や小連載を行うのである。今年は「宇田川敬介教育論」を行い、いじめの問題などを語るつもりで準備していた。しかし、これに関しては、次の休みもしくは何らかの時期に行うものとして、今回の夏休みの内容は、少々私の個人的な趣味や趣向を含めて、ある程度暴論的に国土を守るということを考えてみたい。
 もちろん、ある意味において本来は議論をしなけレバならない部分である。そして、これに関しては最終的には「武力による決着」ということを考えなければならないということになるのである。そのためには憲法論ということが言われるのであるが、「安易な憲法改正議論」などを行うつもりはここにはない。中に一日分を含めて、憲法改正論者もしくは憲法無効論者に対して、苦言を呈するつもりである。もちろん、簡単に憲法を変えられるのであれば憲法を改正すればよい。しかし、憲法の改正が困難であるということは、それだけ、憲法の改正ということは難しい。ではなぜ難しいのか。簡単に言えば憲法改正に関するコンセンサスが日本人の間に存在しないということである。同時に、そのコンセンサスが同じ方向に向いていないのである。一部憲法無効論のような暴論もある。ここではあえて暴論ということとするが、これについても反論を行うつもりだ。
  では、逆に憲法を変えないでどうやってこの問題をクリアにするのか。そして日本の国益にかなった解決を行うのか。そのことは、じっくり近い手行きたいと思う。
  さてもう一つは、なぜ、このような連載をするのか。基本的には、領土を守るということに関して、国民のコンセンサスと覚悟が必要であると考えるのである。そのコンセンサスと覚悟というのは、まさに、そのような感覚を日本人が持つことであると考えられる。そして、憲法改正論者、憲法無効論者ではなく、現行憲法のまま、ある程度の法律の改正は必要であると思うが、なるべく当てにならない国会議員たちを考えないで日本を守るということを考えるべきではないのか。
  今回は、そのように考えて、内容を見て見ようと思っている。
  要するに「現行法制・原稿憲法解釈・自衛隊(国防軍など軍隊ではない)・外交・政治家(さすがにこれは民主党政権から変えるという前提)」で、国民運動と国民意識でどこまでできるか、そのことを考えて見たいと思うのである。
  少々退屈でなおかつ遠回り名議論であるが、逆に、そのことがもっとも近道で現実的な議論ではないのかと考えているのである。
  以下、この連載のきっかけとなる新聞記事を掲載し、明日につなげたい。

韓国大統領が竹島訪問=史上初、「命懸けで守る」―任期終盤、対日強硬姿勢に

 【ソウル時事】韓国の李明博大統領は10日、日本と韓国が領有権をめぐり対立する竹島(韓国名・独島)を訪問した。大統領の竹島訪問は史上初めてで、実効支配している「韓国固有の領土」であると内外にアピールするとともに、一歩も譲歩しない断固たる姿勢を示すのが狙い。日本は激しく反発しており、両国関係の冷却化は必至だ。
 大統領は竹島に近い鬱陵島を訪れた後、ヘリコプターで移動し、竹島に上陸。1時間10分滞在し、警備隊の報告を受けて激励。「独島は真のわが国の領土であり、命を懸けて守らなければならない価値がある。誇りを持って守ろう」と述べた。
 李大統領は2008年2月に就任してから当初は、「実利外交」を掲げて対日関係でも抑制した対応に努め、一時は良好な関係を築いた。しかし、任期終盤を迎え、レームダック(死に体)化する中で姿勢を転換。歴代政権以上の対日強硬措置に踏み切った。
 また、韓国政府関係者は大統領の竹島訪問について「日本への事前通告はしていない」と語った。固有の領土への訪問であり、外交的な配慮をする必要はないとの立場を示したものだ。 

2012年08月10日19時50分提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6843841/

「疑いなく韓国領土」竹島上陸の李大統領

 【ソウル=宇恵一郎】韓国の李明博(イミョンバク)大統領は10日、日本政府の中止要請を無視し、領有権をめぐり日韓で対立が続く島根県・竹島への日帰り上陸を強行した。
 韓国大統領の竹島訪問は初めて。日本政府はこれに強く抗議し、同日、武藤正敏・駐韓大使を一時帰国させた。北朝鮮の核開発問題など、日韓が共同対処すべき懸案が山積する中で、両国の深刻な外交対立は長期化が避けられない見通しだ。
 野田首相は10日夜、首相官邸での記者会見で「竹島が歴史的にも国際法上も我が国の固有の領土であるという我が国の立場と相いれず、到底受け入れることができない。極めて遺憾だ」と非難した。玄葉外相は同日、韓国の申●秀(シンガクス)駐日大使を外務省に呼び、同様の抗議を行った。(●は王ヘンに玉)
 韓国大統領府によると、李大統領は10日午前9時半、空軍機でソウルを出発。日本海側の江陵(カンヌン)市の空軍基地でヘリコプターに乗り換え、韓国領の鬱陵島(ウルルンド)を経由して、同日午後に竹島のヘリポートに到着した。大統領は、同島に駐屯する独島(トクト)(竹島の韓国名)警備隊から島の警備状況の報告を受けた後、同日夕、ソウルに戻った。
 劉栄淑(ユヨンスク)環境相と崔光植(チェグァンシク)文化体育観光相が随行し、小説家2人と韓国メディアの記者、カメラマンら数人が同行した。同行記者団によると、李大統領は竹島で「独島はまさしく韓国の領土であり、命をかけて守るべき所だ。誇りを持って守り抜こう」と警備隊を督励したという。

2012年8月10日(金)20時43分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/yomiuri-20120810-01124/1.htm

韓国大統領竹島訪問に森本防衛相、「コメント控えるべき」発言を陳謝

 森本敏防衛相は10日、参院外交防衛委員会の理事懇談会に出席し、韓国の李明博大統領の竹島上陸をめぐる自身の発言について「(竹島が)わが国の領土であるということは間違いない事実だ。誤解を招いたとしたら申し訳ない」と陳謝した。「日本の領土に他国の大統領が訪問することは非常に遺憾だ」とも述べた。
 森本氏は同日の記者会見で「韓国の内政上の要請によるものだとの印象を持つ。他の国の内政に他の国がとやかくコメントすることは控えるべきだ」と発言。自民党など野党側は猛反発している。

2012年08月10日16時27分提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6844419/

森本防衛相の「竹島上陸は内政問題」 韓国に付け込まれかねない「失言」だ

   韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領が2012年8月10日午後、竹島(韓国名・独島)に上陸し、約1時間半にわたって滞在した。日韓双方が領有権を主張し、韓国側が占拠している竹島をめぐっては、08年に当時の韓昇洙(ハン・スンス)首相が上陸したことがあるが、大統領が上陸するのは初めて。
   日本政府は武藤正敏駐韓大使を即日帰国させることを決めるなど、従来よりも強い姿勢で臨んでいるものの、今回の竹島訪問は野田政権の弱体化が背景にあるとの指摘もある。閣僚間に発言のばらつきも見られ、韓国から足をすくわれかねない状況だ。

2012年8月10日(金)18時12分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-142616/1.htm

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民主党・自民党ともに造反がとまらないという政局

民主党・自民党ともに造反がとまらないという政局

 9日夕方、長崎からとんぼ返りした野田首相を含め、野党6党で共同提出した内閣不信任案を民主党の反対多数で否決した。賛成86票、反対246票である。自民党と公明との大半は欠席棄権。その中において民主党では小林興起、小泉俊明両議員が賛成に回り、また、自民党は中川秀直、菅義偉、塩崎恭久、河井克行、柴山昌彦、松浪健太、小泉進次郎の7議員が賛成に回った。また鳩山由紀夫、川内博史、中川治、辻恵行は欠席したのである。
 さて、このように内閣不信任案をめぐり、民主、自民ともに造反がとまらない。これが何を意味するのかということに絞って、今日は見て見たいと思う。
 前半が短めだが、とりあえず、9日の内閣不信任案の報道を。

消費増税法案、10日成立=内閣不信任案を否決

 衆院は9日夜の本会議で、新党「国民の生活が第一」など野党6党が消費増税関連法案の成立を阻止するため共同提出した内閣不信任決議案を民主党などの反対多数で否決した。自民、公明両党は棄権した。野田佳彦首相が「政治生命を懸ける」とした消費増税法案は、10日に参院で採決され、成立する。
 内閣不信任案は生活のほか、共産、新党きづな、社民、みんな、新党日本が提出。採決は記名投票で行われ、賛成86票、反対246票だった。自民、公明両党は8日の首相との党首会談で増税法案の早期成立で合意したため、不信任案には同調しなかったが、「野田内閣を信任できない」との理由で採決前に退席した。
 ただ、自民党からは中川秀直元幹事長ら7人が党の方針に反して賛成票を投じた。また、消費増税法案の衆院採決で反対した民主党議員のうち、9日に離党届を提出した小林興起、小泉俊明両氏が賛成。鳩山由紀夫元首相らが欠席した。
 野党第1党を除く形で少数野党が不信任案を提出したのは1982年以来。このときは公明、共産両党が鈴木善幸内閣に対して出した不信任案に最大野党だった社会党が加わらなかった。
 一方、参院は9日午後の社会保障と税の一体改革特別委員会理事懇談会と議院運営委員会理事会で、増税法案を10日昼すぎの特別委とその後の本会議で採決することを決めた。与党と自民、公明両党などの賛成多数で可決、成立する運びだ。 

時事通信 8月9日(木)19時50分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120809-00000082-jij-pol

<内閣不信任案否決>民主、止まらぬ造反

 9日の衆院本会議での内閣不信任決議案の採決では、6月の消費増税法案採決で反対した鳩山由紀夫元首相ら「造反組」から再び造反が出た。小林興起、小泉俊明両氏が離党届を提出した上で賛成し、鳩山氏ら欠席した5人(病気欠席の羽田孜氏を除く)のうち4人が6月に続く再度の造反。「造反ドミノ」に歯止めがかからない状況が続いている。【木下訓明】
 「夏風邪がはやっていますね」
 増税法案に反対した民主党議員が中心の勉強会「消費税研究会」が9日に国会内で開いた会合では、出席者同士がこんな会話を交わす場面があった。
 研究会出席者のうち鳩山、川内博史、中川治、辻恵の4氏は約2時間後の本会議を欠席。川内氏を除く3人は9日夜には東京都内のホテルでの研究会の会食に顔を出した。
 4人はいずれも事前に「体調不良」を理由に党国対に欠席を届け出ていたが、処分を避けるために示し合わせた行動とみられる。鳩山氏らと連携する「国民の生活が第一」の小沢一郎代表らが提出した消費増税反対を理由とする不信任案に反対しないことで「反消費増税」を通した形だ。
 ただ鳩山氏らにも展望があるわけではない。消費増税法案の10日成立は確実な情勢だ。消費増税法案の衆院採決で造反した当選1回の議員らが中心の「真実の会」の15人は不信任案の採決前に会合を開き、全員が不信任案反対に回った。
 一方、執行部側も「造反ドミノ」に戦々恐々としている。小林、小泉両氏が離党すれば、与党は13人以上の造反で過半数を失う状況になる。消費増税法案の参院採決を控え、これ以上離党者が増えるのはなんとしても避けたい。見え透いた鳩山氏らの「欠席届」にも「体調不良なら仕方ない」(国対幹部)として処分はしない見通しだ。
 参院でも民主党は第2会派の自民党に、あと1人差にまで詰め寄られている。参院議員会長を兼ねる輿石東幹事長は10日の参院本会議での増税法案採決の際の造反防止に躍起になっている。当選回数別の参院議員との懇談会を連日開いており、8日は民主、自民、公明の3党党首会談に出席せずに懇談会に出席。9日夜にも約10人と会食し、結束を求めた。
 しかし、党の亀裂は深く、代表交代を求める声も相次ぐ。本会議前の代議士会では、増税法案に反対票を投じ党員資格停止中の階猛氏が「新しいリーダーを選んで総選挙を戦う態勢を築くべきだ」と発言。同じく増税法案で反対した山田正彦元農相は記者団に「野田佳彦首相では衆院選を戦えない。代表選で民主党を変えたい」と語った。

毎日新聞 8月10日(金)0時44分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120810-00000002-mai-pol

中川秀、小泉進氏ら自民で7人造反=不信任採決、民主は鳩山氏ら欠席

 9日の衆院本会議での新党「国民の生活が第一」など野党6党提出の内閣不信任決議案の採決で、自民党の中川秀直元幹事長や小泉進次郎青年局長ら7人が、党の方針に反して賛成票を投じ、造反した。自民党は採決前に退席する方針を決めて本会議に臨んでいた。
 造反者の扱いについて、谷垣禎一総裁は同日のBS番組で「なかなか処分はしにくい。(党方針に)納得できないのは全く分からないわけではない」と述べ、処分はしない考えを示した。
 ほかに造反したのは、菅義偉組織運動本部長、塩崎恭久元官房長官、河井克行元法務副大臣、柴山昌彦元外務政務官、松浪健太元内閣府政務官。
 中川氏は本会議後、造反の理由について記者団に「多くの国民の皆さんも野田内閣を信用していない。国民の声なき声を考えて行動した」と語った。小泉氏は「民主党政権には任せられないという思いが乗った賛成票だ。これ以外の選択肢はあり得ない」と強調した。
 一方、民主党は、消費増税関連法案の衆院採決で反対した造反組のうち、鳩山由紀夫元首相と川内博史、辻恵、中川治各氏が「体調不良」を理由に本会議を欠席した。鳩山氏らについて、民主党幹部は「体調が理由なので処分は検討しない」としている。 

時事通信 8月9日(木)20時11分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120809-00000136-jij-pol

 今日は土曜日、それも多くの人は夏休みの初日であり、基本的にあまり難しい話を好まないものと思われる。そのために、政局の話しをここでくどくどとするつもりはない。では何がよくないのか。このことを一般の社会に置き換えて話ができるようにして、「野田」「谷垣」という話しではない話で見て見たいと思う。
 敵対する競合の会社が二つあるとする。もちろん、津省を含めると業界にはもっと多くの会社があり、また大阪のほうでは同じ業界で新たな地域限定のチェーン店が中央に進出することを計画しているという情報もある。
 その中において、今まで対立し切磋琢磨(?)してきた二つの大きな競合が、急に二社が談合をし同じ共同歩調を行うということをし始めたのである。会社であればその市場占有率は90%を超える。要するに、独占禁止法に違反する状態になるということを意味しているのである。
 その状態の密室談合を行い、市場の寡占化をねらえば、大多数の国民は、あまりよい気分はしない。単純に言えば、業界団体での過半数を取るために、国民の意思を無視し、切磋琢磨などを拒否するということになる。この状態においては、業界全体の地盤沈下が発生してしまうことになるのである。
 国民が望んでいるのは、対立する二台巨頭が、いたずらに対立するのではなく、生産的な対立をすることを望み、その対立の争点や対立の内容がハッキリとかしかできること(公開の場で議論を行うこと)が望みである。これに対して、業界団体としては、団体内部でのあまりにも激しい対立を望まないために、対立をしないように働きかけてしまうのである。
 もちろん上記の切磋琢磨(?)と書いたが、その切磋琢磨がなぜ(?)がつくのかといえば、現在の業界団体のトップはある意味で詐欺的商法でトップにのし上がったものであり、内部の人々が徐々に離れているという段階である。そのように会社内部が崩壊す筒ある詐欺的商法会社と密室での話をし、対立、そして正常な業界の発展を無視してしまうのでは話にならないのである。
 このような状態での市場の寡占化を望まない人々は、双方の政党の中にいる。双方の政党の中において、「造反」といわれる人々が出てくる、特に追い上げているほうからも造反組が出てくるということそのものにかなりの違和感があるのだ。それは追い上げる側は本来そのままでいればトップになれるのであるから、あえて造反をする必要はない。多少の矛盾をはらんでいてもトップになってから改革すればよいのである。それがこの発展途上の段階で造反が出るというのは、双方の会社のトップ「野田」「谷垣」の求心力不足二起因する。この求心力不足は、二つの方向から成立しており、一つは、国民の意思を無視した談合、そして正常な切磋琢磨の拒否の二つだ。本来の「あるべき姿」からかけ離れた状態は、まさに大きな問題ということになるのではないだろうか。
 あえて会社と業界団体という単語で現在の政局を解説したが、このような書き方をすれば、少々身近に感じていただけるのではないか。
 最後に、あえて「現在の」と書いた。これはお盆休み中にさまざまなことが変わってくることを意味している。しかし、この政局を踏まえてお盆明けに大きく政治が動くのではないか、そのように感じているのである。

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約束を守らない人々の約束で解散先延し、野田政権を「信任する」谷垣総裁

約束を守らない人々の約束で解散先延し、野田政権を「信任する」谷垣総裁

 今回の兼で谷垣総裁に限界を感じた人が多くいるのではないか。消費税増税が「是」ならば、解散総選挙の跡に消費税増税法案を改めて社会保障などをあわせt出せばよいことではないのか。何で「野田政権の間に消費税増税」にこだわるのか。そして、本来ならばそのような原のうちは見えないようにすればよいのであるが、全部見破られた上で、このような『茶番劇』を行っている。自民党を信じられないような人が多いのではないか。
 「近い将来」と「近いうち」何がどう違うのかわからない。要するに議論に弱い谷垣総裁が野田に丸め込まれたというだけの話しだ。
 それで、今日はこの状態になった、各勢力の考え方をここで見て見たい。
 まず、民主党。
 民主党の執行部は、単純に延命したいだけであるといえる。はっきり言って、野田首相、実は消費税増税をしなければ「何の功績もない内閣」ということで、史上空前の「無実績時間空費内閣」ということが言える。もちろん、消費税増税をしたら功績になるのかということは議論が多い。しかし、野田首相の場合は「内閣として」は、何もしなかったですむが、民主党代表としては「民主党を解党した」としか言われない。それこそ大きな問題なのである。このようなイメージでは今後の政治家としての人生はない。そのことを危惧して何とか功績を上げること、そして功績を挙げるまでは何とかしたいと思っている。そのために自民党にスリより、なんでもありの政治をしているのである。武器は、「言語明瞭意味不明」な討論技術だけだ。
 しかし、今回は野党7党が不信任案を出した。このために自民党と公明党が不信任案に反対するように仕向ける。要するに「自民党と公明党は野田内閣を信任した」ということを世間に言うことができるのである。野田内閣としてはそのことが完全に「一手先んじた」ということがいえる。谷垣総裁は、この結果「野田内閣を野党第一党が信任する結果になる」ということをわかっているのだろうか・
 一方、民主党反執行部は、本来は、小沢グループなどと合流すればよい。しかし、小沢一郎氏はすでに離島し、頭がいない状態になってしまっている。反対をしたくても「生活」にはいまさら行くことができないし、鳩山を担いではなかなか動きにくい、小沢鋭仁や細野豪士では軽すぎる。まさに求心力不足になって散発的な状態になってしまっているのである。
 その中で次の選挙のことを考えなければならない。当然に民主党の議員に「国益」など党言う観点はない。次の選挙と私利私欲しかないのであるから、このような民主党執行部に自分の政治生命をかけたり立場をかけて民主党執行部の反論をするはずがないのである。後任が欲しい、選挙で連合の支援が欲しいなど、全く観点の違うことしか考えていないのである。

<野田首相> 「近いうちに解散」民自公、党首会談で合意

 野田佳彦首相は8日夜、自民党の谷垣禎一総裁と国会内で約40分間会談し、消費増税を柱とする税と社会保障の一体改革関連法案について「(民主、自民、公明の)3党合意を踏まえて早期に成立を期す。成立した暁には近いうちに国民に信を問う」ことで合意した。自民党は法案成立の条件として衆院解散・総選挙の確約を求めていたが、谷垣氏がこの合意を受け入れ、首相が政治生命を懸ける消費増税法案は10日に参院で可決、成立する見通しとなった。
 首相と谷垣氏の党首会談には後から公明党の山口那津男代表も加わり、3党首で約10分間会談した。民主党の樽床伸二幹事長代行、自民党の石原伸晃、公明党の井上義久両幹事長が同席した。
 この合意を受け、自民党は内閣不信任決議案と首相問責決議案の提出をやめ、野党6党が提出した不信任案の否決に協力する。山口氏も会談後、「否決の姿勢で臨みたい」と記者団に述べた。3党は9日の衆院本会議で不信任案を否決し、参院の野党7会派が提出した首相問責決議案は採決しない方針。消費増税法案など一体改革関連法案については、10日午前の参院特別委員会で可決し、同日午後の参院本会議で成立させる日程で調整する。
 首相は会談後、記者団に合意内容を説明し、解散時期については「そういうやり取りはしていない。首相として解散時期を明示することは控えなければならない」と語った。民主党の輿石東幹事長は8日夜、東京都内で記者団に対し、赤字国債の発行に必要な特例公債法案と衆院の「1票の格差」を是正する選挙制度改革関連法案が成立していないことを挙げ「解散できる状況ではない」と早期解散を否定した。
 党勢の低迷する民主党内には解散回避を求める声が強く、「近いうちに」との表現には不安も広がる。
 党首会談に先立つ8日夕、国会内で開かれた民主党両院議員総会で首相は「首相の専権事項、大権として、解散の時期を明示することはどんな事情があってもできない。先例もないし、あってはならない」と明言。「国民に信を問うような政局に絡む話を公党間で協議し、確認する文書をつくることもふさわしくない」と合意文書の作成も否定し、事前に党内の理解を求めた。出席者から党首会談を行うことへの異論は出なかったが、「解散だけは一致団結して阻止すべきだ」などけん制する発言もあった。
 一方、自民党側は首相が早期解散を確約したと受け止めており、今後、解散時期をめぐる認識の差が表面化する可能性もある。
 自民党側は7日の幹部協議で、8日午前中に首相側から解散確約に関する回答がなければ不信任案と首相問責決議案を提出する方針を確認した。8日午前、3党の国対委員長会談が開かれ、民主党の城島光力国対委員長は、3党党首会談で首相が「法案が成立した暁には、近い将来、信を問う」と表明する案を提示。自民党側は「この内容ではとても応じられない」(谷垣氏)と反発し、同日夕まで首相側の再回答を待った。
 ◇3党首会談の合意内容
・税と社会保障の一体改革関連法案については早期に成立を期す
・関連法案が成立した暁には近いうちに国民に信を問う

2012年08月08日20時47分 提供:毎日新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6837445/

首相の危うい判断 「近いうち」解釈ズレ…政局の火種に

「選挙制度改革は?特例公債法案は?」今国会解散 輿石幹事長は一蹴
 野田佳彦首相が8日の自民党の谷垣禎一総裁らとの党首会談で、衆院解散の時期について述べた「近いうちに」という表現が、社会保障・税一体改革関連法案成立後の、政局の大きな“火種”となりそうだ。
 「解散できる状況ではないでしょ? だって、衆院選挙制度改革はどうなるの? 違憲状態で解散をやるの? 特例公債法案はどうするの?」
 民主党の輿石東(こしいし・あずま)幹事長は党首会談後、記者団に対し、今国会での衆院解散を一蹴し、「『近いうち』にこだわる必要はない」と強調した。
 衆院選挙制度改革関連法案をめぐっては、小選挙区定数の「0増5減」を先行実施する自民党案と、比例代表の定数削減や連用制の一部導入も求める民主党案が提出されている。
 喫緊の課題は「一票の格差」是正だ。仮に、内容が簡素な自民党案を今国会中に成立させても、その後は政府の「衆院選挙区画定審議会」(区割り審)の審査と勧告、さらには有権者への周知期間を考えれば、衆院選は最低でも半年間不可能だとみられている。
 来年夏の参院選との同日選を主張する輿石氏は「一票の格差」を是正しないまま衆院選を行うと無効判決を受けるという論理で、年内の次期衆院選も事実上不可能だと指摘したのだ。
 これに対し、谷垣氏は党首会談後、今国会での「一票の格差」是正について「当然やらなければならないことだ」と述べた。自民党幹部も「自民党案を今国会中に成立させれば、衆院選は行える」という。
 区割り審の勧告が間に合わないので現行制度での衆院選となるが、「最高裁は『国会は見直しの努力をした』と評価して違憲判決を出さないだろう」というのが自民党の見方だ。
 赤字国債発行を可能にする特例公債法案についても、首相が今国会中の成立を求めているのに対し、自民党は、成立は秋の臨時国会でも間に合うと主張している。
 谷垣氏は党首会談後、衆院選挙制度改革と特例公債法案について「今日は何ら確認していない」と述べたが、与野党間の思惑の違いによる「近いうち」の解釈のずれが、今後の政局の大きな火種になるのは間違いないようだ。

2012.8.9 07:38 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120809/plc12080907380006-n2.htm

 谷垣総裁は、まず「河野洋平氏のように首相になれない総裁にはなりたくない」ということがもっとも大きな問題になっている。そのために、なんとしても総理になるまで総裁であり続けなければならない。基本的に自民党の総裁といえども、国益のことを考えたり、民主党政権をつぶすということで考えたりはしないのである。
 その上で「自分は首相になる」予定なのであるから、そのときに政治をやりやすくするということが考えている。いずれにせよ、「谷垣氏の個人の感覚と欲」で話をしているに過ぎない。これでは話にならない。正常な野党が、これだけ「実績がない」「党内でも分離している」「公約を守らない」内閣を「信任する」などということはありえない。その上、谷垣氏は「公約を守らない政党の内閣を信任する」のであるから、「自分とした約束も守られなくても全く文句を言う筋合いではない」ということになる。しかし、「欲に目がくらんだ」権力者崩れには、そのようなことがわからない。まさに、昨日のブログの「サンクコスト」と同じ。
 このような状態で自民党の中が落ち着いているのも不思議な話であるが、実際には、谷垣氏一任、そして、党首討論というだけでこの結論はわかっていなければならないことなのである。
 では、自民党では次の総裁選でどのように動くのか、そのことしかない。
 結局9月にある民主党の代表選挙と自民党の総裁選までは何も動かない、もっと言えば「野田・谷垣ライン」では、今の密室の三党合意政治以外はできない。自民党は民主党の不人気に乗っかって、どんどんと政党支持率を下げ、そして既存政党が政治不信という批判の的になる。その中心はもはや民主党ではなく自民党になるのである。
 要するに「能力のない総裁」「戦う姿勢のない総裁」が「個人の欲望」で政治をすると、追い風の選挙戦も完全におかしくなってしまうということ。
 まさにそのものが今回である。
 10日の消費税増税採決後、誰が得をするのか。

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「サンクコストの呪縛」にかかった野田首相の末路

「サンクコストの呪縛」にかかった野田首相の末路

 なぜか、政治が停滞している。
 8月7日に自民党公明党を除く野党7党の連合で内閣不信任案を提出した。これを記載しているのは8日の午後の早い時間であるが、現時点出においては自民党はその不信任案に乗るとも乗らないともわからない状態になっており、必要であれば独自に不信任案を提出するということになっているのである。
 まず、このことに関して、なぜ自民党が不信任案を「改めて」出すのかということを少し解説しなければならない。簡単に言えば、7党の不信任案は「民主党は消費税増税を行わないという公約をして政権に就いたにもかかわらず、その国民との公約を破り、消費税増税を行った(衆議院において採決した)。このことは、国民主権の中において、国民の意思表示である選挙制度を悪用したものであり、その採決の時点を持って衆議院として、公約を破ったことを不信任とするのが妥当である」というものである。もちろん、これは民主党の政党としての施政と、総選挙における公約をどのように考えるのかという問題にな手いるのである。しかし、自民党と公明党の場合は、そもそも「消費税増税」は選挙公約をしており(参議院選挙におけるものを含む)、同時に、民主党における消費税増税においては、三党合意を行って、民主とが消費税増税することを認めていた、しいて言えば、民主党がマニフェストに違反し、公約を無視し、国民の意思を踏みにじるように仕向けたともいえ、そのことを三党合意で掲示しているのである。そのために、自民党と公明党は、この7党の不信任案の不信任理由において「乗ることができない」というのが現状である。
 そのために、自民党は不信任の案を別途提出し「消費税増税は是であるが、他の部分で不信任とする」ということをしっかりとしなければならない。このようになると、今まで谷垣執行部が民主党と共同歩調をとってきた戦略がかえって邪魔になってくる。できれば、自民党内においても谷垣総裁が責任を取り、辞任し、新総裁の下で不信任を戦うべきではないかと考えるのである。
 しかし、自民党の場合は、自分たちの公約に民主党(政権側)が擦り寄ってきたということに他ならない。民主党は、この公約違反および、不信任においてなぜ「マニフェストどおりに行う」という選択肢にならないのであろうか。
 不信任を出して、本来ならばその政局を見なければならないのであるが、9日である今日は長崎の原爆記念日で一日休戦状態である。そのために、政局は水面下でさまざまな動きを行うのであるが、水面下のことをこのブログで各期はしない。そこで、違った観点から、野田民主党政権の動きについてみてみたい。

なぜ失敗しそうな事業から撤退できないのか

 運動不足が気になって、スポーツクラブに入会したとしよう。入会金に5万円を払い、会費は毎月2万円かかる。最初の1、2カ月こそ熱心に通っていたが、仕事が忙しくて足が遠のき早1年。「通わないのならさっさとやめればいいのに」と周りは言うが、本人は退会する気になれない。
 なぜか? 「サンクコストの呪縛」にかかっているからである。
 サンクコストとは埋没(サンク)した費用、つまり、すでに支払って、今後も回収できない費用を指す経済用語だ。この例でいえば、入会金と1年分の会費を合わせた29万円がサンクコストにあたる。今後、奮起して運動を再開する意欲もないのに、すでに払った29万円にとらわれて、ずるずると会費を支払い続ける。その結果、無駄な出費がますます嵩む。サンクコストの呪縛により、合理的な判断ができないのだ。
 サンクコストの概念は、時間を例に取るとわかりやすい。5年間付きあった彼女はどうやら結婚する気がないらしい。別れるべきか、否か。経済学的には、未来へ続く合理的な判断のために、「サンクコストはきっぱり忘れる」が鉄則である。したがって、この場合の正解は、今の彼女とは別れ、新しい出会いを求めること、となる。失われた5年間はサンクコストとしてきっぱり諦めるべきなのだ。
 企業が「失敗しそうな事業を継続する」のは、個人と同様、まさにこの「サンクコストの呪縛」に陥っているからといえるだろう。
 たとえば、3億円をかけて開発した新商品がまったく売れなかったとする。社内から販売中止を求める声が挙がったとしても、それまでにかけたお金にとらわれて販売中止に踏み切れない。投資の額が大きければ大きいほど、当然、心理的負担も大きい。開発に費やした時間も足枷になって、ますます損切りができない。
■最も怖いのは名誉やプライド
 念頭におきたいのは、投資がすべてサンクコストになるわけではないという点だ。そもそも商品やサービスの生産に関わるコストは、大きく二つに分けられる。一つは工場の建設や機械の購入など、生産量に関係なくかかる「固定費用」、もう一つは、原材料や燃料費など生産量に応じた「変動費用」だ。
 このうち、すでに支払った変動費用は回収することはできないが、固定費用は工場や機械を売却するといった方法で回収できることもある。その回収できる金額を差し引いたものが、サンクコストとなる。つまり、500万円で買った機械を200万円で売却すれば、300万円がサンクコストになる。
 ここで大切なのは、この300万円をはじめとする過去の投資を、一切、頭から消去すること。そのうえで、今後、発生する追加費用にも着目しながら、撤退か継続かを決める。過去のお金や時間の投資にとらわれていると、経済合理性に則った冷静な判断はできない。繰り返しになるが、「サンクコストは忘れること」とくれぐれも肝に銘じておくといい。
 もっとも、撤退を決めればさらなる損失は避けられるものの、会計上の問題が浮上したり、それまでの投資が減収益に影響して、株価を左右することもあるだろう。また、ひょんなことから、売れなかったその商品なりサービスが突然ヒットする可能性だって否定できない。現実の経営判断の難しさは実に複合的な要素が絡んでいる。
 さらに言えば、たとえサンクコストの呪縛やもろもろの懸念材料から解放されたとしても、組織では、また別の呪縛に陥ることも考えられる。それは、名誉やプライドである。誰々さんが始めたプロジェクトだから、自分の沽券に関わるから、と社内の人間関係や周囲の評価を気にして、赤字事業に固執してしまう。案外、こちらの呪縛のほうが闇が深いのではないだろうか。
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経済学者・関西大学大学院特別任用教授
吉本佳生
よしもと・よしお●1963年、三重県生まれ。専門は、生活経済学、国際金融論。2009年1月から、NHK『出社が楽しい経済学』を監修・出演。消費者目線で語る行動経済学者として注目を集める。著書多数。
上島寿子=構成

プレジデント 2012/8/6
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120806-00010000-president-nb

 プレジデントの記事から、この記事を見つけた。もちろん「プレジデント」という雑誌は経済雑誌であり、同時に特に経営者に対する経営雑誌であるといえる。しかし、経営者というものはなんとなく、政治家、特に内閣総理大臣と似ている。この内閣総理大臣の発想は、何も日本を経営しているとかそういう意味ではない。しかし、組織のトップに立つものが同様に持つ心理的状態などは、似ているといっても過言ではない。あえて繰り返すが、何も日本の総理大臣が営利主義に走っているというものではないということを付言しておく。
 その上で、今回の「サンクコストの呪縛」というのは、なかなか良くできた解説である。
「サンクコストの概念は、時間を例に取るとわかりやすい。5年間付きあった彼女はどうやら結婚する気がないらしい。別れるべきか、否か。経済学的には、未来へ続く合理的な判断のために、「サンクコストはきっぱり忘れる」が鉄則である。したがって、この場合の正解は、今の彼女とは別れ、新しい出会いを求めること、となる。失われた5年間はサンクコストとしてきっぱり諦めるべきなのだ。
 企業が「失敗しそうな事業を継続する」のは、個人と同様、まさにこの「サンクコストの呪縛」に陥っているからといえるだろう。」
「たとえサンクコストの呪縛やもろもろの懸念材料から解放されたとしても、組織では、また別の呪縛に陥ることも考えられる。それは、名誉やプライドである。誰々さんが始めたプロジェクトだから、自分の沽券に関わるから、と社内の人間関係や周囲の評価を気にして、赤字事業に固執してしまう。案外、こちらの呪縛のほうが闇が深いのではないだろうか。」
(双方ともに、上記から抜粋)
 これを今の政治に当てはめると非常にわかりやすい。
 『消費税増税を「政治生命をかける」といってしまったため、民主党の党内力学や有権者の感情から考えれば、未来へ続く合理的な判断のために「消費税増税からはきっぱりと分かれる」が鉄則である』
『たとえサンクコストの呪縛やもろもろの懸念材料から開放されたとして尾、民主党内において別な呪縛(小沢や新たな離党者)に陥る事も考えられる。それは名誉やプライドである。野田首相が『政治生命をかける』とはじめた法案だから、自分の沽券にかかわるからと、三党合意や財務省内の人間関係や周囲の評価を気にして、消費税増税に固執してしまう」
 上記の文章を使って、今の野田首相に入れ替えたのだが、なんとなく納まりの良い文章になっているのではないだろうか。
 これらの内容は、まさに、プライドなどの問題が最大の問題であり、同時に、そのプライドを気にしなければならないのは、出発点やその法案審議の過程に無理があるからそのような話になってきてしまうのである。実際にそれらを原則論に戻れば、香料などのない烏合の衆の政党は簡単に崩れてしまうのである。この議論を原則論に戻って内閣不信任案を出す、政党別に事前の公約などを精査して考えれば、複雑に見える政局も簡単に見えるのではないか。
 さて、自民党は、このような民主党と組むのか。谷垣総裁も「サンクコストの呪縛」にかかっているのではないか。われわれ個人のレベルと考え合わせながら政局を見ると面白いかもしれない。

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東京電力が画像公開をいまさら行う問題解決のセンス

東京電力が画像公開をいまさら行う問題解決のセンス

 東京電力の福島原子力発電所当時の映像が公開された。実際に今まで公開されなかった我々の見えない部分が見えてきたということに関しては、なかなか興味深い。そもそも、「原子力発電所は安全」という感覚があり、また、一方で原子力に関しては事故が発生した場合は、大きな問題になる(死傷者が多数出る、もしくは広島や長崎の原子爆弾のような被害が想定される)ということを考えており、多くの被害者に「実態を知らせる」ということになかなかつながらないということになるのではないか。
 例によって思うのは、一つには「原発反対派」といわれる人のエキセントリックで宗教的な「原子力は危険だと言う神話」である。日本の場合、この原子力が危険という感覚は唯一の原爆被爆国であるということから、その部分は非常に大きく言われるようになったのである。このこことによって、新規の玄力発電所を作るときに反対派が何年も妨害を行う。要するに建築が始まるころには、最新の技術ではなく二昔くらい前の技術のものが出来上がる。その二昔前の技術が40年間稼動するのであるから、それだけ事故の確率が高くなるのである。誰も言わないからあえてここで言うが『反対』することによって計画を遅らせ、古い技術で事故を悪化させた責任の一端は、反対派といわれるエキセントリックな集団にあるといえるのである。
 一方、その反対派といわれる人々に気を使いすぎ、また金で解決するために「嘘をつき続けてきた」東京電力他政府側の人々も、非常に大きな問題であるといえる。
 日本の政治の場面においては、少数意見に対してあまりにも気をつきすぎる嫌いがある。反日左翼などの話をいちいち聞いて『少数意見の尊重』などということを言っていてもあまり意味がないのは言うまでもない。実際には民主主義なのである。しかし、日本の政治は事あるごとに、左翼といわれる声の大きなエキセントリックな手段の話しを尊重し、左傾化することによって円満な解決を図ろうとしてきたのである。このことは何も原子力発電所にかかることばかりではない。普天間基地がクローズアップされているが、実際には、米軍や自衛隊の兼など日本にとって必要なものに対して、左傾化しその意見を入れることによって、なんとなく円満に済ませるということをした。対立を好まない文化は、このようなところにおいて中道左派の意見を最も重視する政治体制になってしまったのである。
 この政治体制そのものが、「無責任で権利意識のみの発言を主導化する政治」になってしまうのである。
 そのような中において、今回の原発の事故が発生し、中道左派や反日左翼原発反対派の意見を非常に重視するような中にある。一方民主党はそのような反対派の権化であったにもかかわらず、政権与党になればそのようなことを言って入られない状態になる。そのために、徐々に政権与党と反対側、要するに右傾化した政治が行われるようになってきているのである。そしてその中における原子力発電所の事故の解決は、結局、反足していた左翼たちに自己の解決能力があるのかということを広く世界に問いかけたのである。

「イラ菅、とにかく怒る」=東電幹部が不満、民主批判も

 「イラ菅が、とにかく怒る」。東京電力が公開したテレビ会議の映像には、同社の武黒一郎フェロー(当時)が本社に戻った際、菅直人首相(同)について不満を述べる場面があった。
 この場面は、東電側が公開を9月7日までに限定し、録音・録画を禁じた映像に含まれていた。事前に登録した報道関係者だけが、東電本社内のパソコンで閲覧できる。
 福島第1原発では昨年3月12日午後3時36分、1号機原子炉建屋で水素爆発が起きた。官邸との連絡役を務めていた武黒フェローは同日夜に官邸で同原発の状態を報告した。
 その後、本社に戻った武黒フェローは「『イラ菅』という言葉があるけど、とにかくよく怒るんだね」などと述べた。
 また、民主党政権についても「非常に優秀な人たちだとは思いますけれども、十分な奥行きとか、どうかなというのが正直なところ」と話していた。

2012年08月06日22時11分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6829938/

ダメ菅が激高、水素爆発で緊迫…東電映像に問題部分の音声なし

 水素爆発に右往左往する職員。東京電力本店に乗り込み、職員を怒鳴り散らす菅直人首相(当時)-。東電が6日、公開した社内のテレビ会議映像からは、事故直後の緊迫した状況が浮かび上がった。しかし、東電の全面撤退問題や海水注入をめぐる経緯など、事故検証で問題視されている部分の映像は音声がなく、真相は謎のままとなった。(原子力取材班)
 昨年3月14日午前11時1分。福島第1原発の免震重要棟に置かれた緊急時対策本部の映像が激しく揺れる。席から立ち上がり右往左往する職員。
 「本店、本店、大変です、大変です。爆発がいま起こりました」
 口早に状況を報告する第1原発の吉田昌郎所長(当時)。本店からは次々と指示が飛ぶ。「現場の人の退避!」「緊急に関係箇所に連絡して!」
 テレビ会議映像には、3号機が水素爆発した際、対応に追われる現場の混乱した状況が残されていた。
 一方で、東電の全面撤退問題や海水注入問題に関わる部分は音声がなかった。
 全面撤退を阻止するため、菅首相が東電本店を訪れたのは15日午前5時半ごろ。テレビ会議映像にはマイクを手に、東電幹部を指さしながら話をする菅首相の姿があった。
 音声はないが、東電側によると、このとき菅首相は「逃げてみたって逃げ切れないぞ」「60になる幹部は死んだっていいんだ」などと発言したとされている。国会事故調の聴取に対し、「叱責というつもりはない。夫婦げんかよりは小さな声でしゃべった」と説明していたが、前のめりになって話す様子からは、冷静さを欠いた状況が読み取れる。
 菅首相のこのときの行動が「日本を救った」と美化する向きもあるが、東電本店を訪れてから立ち去るまでの約20分間、第1原発などでは職員の動きはほとんどなく、復旧作業に支障を来した可能性もある。
 海水注入をめぐっては、菅首相に配慮して中断を指示した本店に背き、吉田所長が独断で海水注入を続けたが、この時、本店を欺くために行った吉田所長の“芝居”も残されていた。
 12日午後7時25分。吉田所長は海水中断を指示するが、その直後に席を立ち、注水の担当者に耳打ちをしていた。この時、海水注入を続けるよう、こっそり指示していたとみられる。ただ、この映像も音声はなく、検証には不十分な内容だった。

2012.08.06 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120806/dms1208062255013-n1.htm

 さて、この問題において、今回当時の映像が公開されるにいたった。
 しかし、なぜこの時期なのか。
 一つには、各事故調査委員会の報告書が出たこと、そして、原発反対派がさまざまなデモを繰り返していることなどの社会現象が大きな問題であるといえる。そして、何よりも『人災』と発表されたことにおける東京電力株式会社の組織防衛が非常に大きく働いているといえるのではないか。逆に、なぜ今までこの映像が公開されなかったのか。公開されなかったということは、それだけ秘密にしていたということである。今回の映像も非常にさまざまな部分でぼかしたり録音が消されていたりする状態である。このような状態で公開したといえるのかといえば、実際にはないよりもましということにしかならない。いずれにせよ、組織防衛と責任回避のためであり、同時に官首相などの非行がよくわかる内容になっているのではないか。
 もう一つは、この映像から、東京電力が土曜しているという事実である。
 要するに、上記に私が「反対派のために嘘をつき続けた」ということ、そのものが悲報に大きな問題になっているのだ。完全に言えば、反対派に気を使うがために、「事故が絶対に起きない」などという「安全神話」を生み出してしまった。それが嘘であることは今回の事故で明らかなとおりなのであるが、実際に、その安全神話は反対派を説得させるための道具であったはずなのにかかわらず、そのことを言い続けて行くうちに、「自分たちも安全神話を信じ込んでゆくようになった」のである。まさにナチスドイツの宣伝大臣ゲッペルスの「嘘も100回言えば真実になる」という状態を、自分たちで引っかかって意待ったと言うことである。東京電力側で安全神話を信じているようでは、物事の真実をつかめるはずがない。真実は、そのような神話ではなく絶対的なものである。それをしっかりと見据えた上で対処を考えなければならないのに、「自己なんておきるはずがない」「安全だ」という感覚が『慢心』を生み出し、事故が大きくなるという状態になったのではないか。
 この映像は、不十分である。特に菅直人に人災の責任を追いかける人、またはこの映像そのもので原子力反対ののろしを上げようとする人々にとっては不十分であろう。しかし、このことから「慢心は事故を拡大させる」ということ、まさに「油断大敵」ということがよくわかるのではないか。そしてそのことが日本の政治において最も重要な内容であるということも、考えなければならないのかもしれない。

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一時代を作った浜田幸一元衆議院予算委員長死去

一時代を作った浜田幸一元衆議院予算委員長死去

 「ハマコー」の愛称で親しまれた浜田幸一議員の死去の知らせが突然届いた。実際に車椅子での生活になってしまっていたことや、認知賞などもあったという尾kとであり、あまりテレビなどで見なくなったと思っていたが、まさか突然死去の知らせが出るとは思わなかったので、少しショックである。
 今日は、今日書こうと思っていたことを明日に回して浜田議員の訃報について少し書いて見たい。
 「ハマコー」といえば、やはり暴れん坊、そして歯に衣着せぬ奔放な物言いという印象がある。もう一つは「自分は頭が悪い」「自分は悪党」というような自虐的な話題での笑いを取っていた。「利口じゃない」という発言は、ある意味で「本音で話しをしている」という意味ではないのか。実際に「ハマコー」と触れた人は、ある意味でその人間味のある人柄の暖かさに驚いた人も少なくないのではないか。「憎めない人柄」とはまさにそのようなものなのかもしれない。
 実際に、自分の恥ずかしいことも含め本音で物事を話すことができる。そのこと自体は、実際は難しいことではない。しかし、その本音で物事を話すということは、自分の弱い部分もさらけ出さなければならないということに他ならない。また、自分の所属する組織や自分の関係する人々の反応などを気にしてしまい、ついつい、本音の話ができなくなってしまうkと尾がある。ハマコーはそのようなものをすべて振り切って話すことのできる、数少ない政治家ではなかったか。そして、それだけの話のできる強さのあった政治家であったと思う。
 同時に「利口でない」ということを言えるのは、「利口だから」。「悪党」といえるのは「悪党ではないから」ということが言える。頭がよくなければ「頭がよくないということがわからないほど頭がよくない」はずだ。まさに、現在の民主党の政治化などはそのものずばり、自分がエリート、自分がえらく、自分が頭がよいと思っていながら、日本をよい方向に導くことができない。それどころか、日本という国家やその国家の成り立ち、そして国益すらわかっていない。わからないのに利口なフリをする。これが最も罪なことだ。菅直人前首相の原子力発電の人災判定の調査報告書のときにも書いたが、生半可な知識で、自分は専門家だというようなことをいい、全体を混乱させる。そのことはまさに、今の民主党がハマコーのような自分の限界を知らないということに由来しているのではないか。まさに、論語の言う「無知の知」を知っている人ということになる。
 同じことが『悪党』という単語にも入っている。悪党はまさに悪党なのである。しかし、よく考えて見ると、悪党というのはある意味で社会の矛盾を指摘し自分に正直に生きた人の証なのかもしれない。自分に正直に生きれば、どうしても社会やh他人との軋轢が出てくる。しかし、どうしても譲れない部分というのがあり、その部分を出してゆけば、どうしても「悪党」にならざるを得ない。それを『社会のため』『将来の日本のため』などという嘘をいい、偽善に走る。この『偽善に走る』ことを拒否すると、そのことが『悪党』という表現になるのかもしれない。これも原発デモの人々など「将来のため」などといって本当に将来のためなのか、そうではないのか、全くわからない状態であるといえる。本音の部分で『自分を悪党』と言い切れることが、実は本当の善人なのかもしれない。
 少々、禅問答のようになってしまっているが、実際に、少々ほめすぎかもしれないが、これでよいのであろう。最後に、ハマコーはこれらが許された「キャラクター」であったといえる。何でも笑いに変えてしまい、そして本気で怒ることができる。そして、それが許されたキャラクターであった。ある意味で、英雄ではないが、組織には必要な人物ではないか。
 そんな人物が少なくなった。建前ばかりを気にしてしまい、そして、自分の本音を隠し、いつもどこかに不満を感じている。このような話しでは意味がない。本音で話しをできるために、自分が『無知』であることを知っている、そのことをわかっていなければ話にはならないのである。
 今後このような人物が出るのか。日本には必要な存在ではなかったのか。少々ほめすぎかもしれないが。
 改めて、浜田幸一元衆議院議員、元衆議院予算委員長の冥福をお祈りしたい。
 

「国会の暴れん坊」 「ハマコー」こと浜田幸一氏が死去

 「政界の暴れん坊」と呼ばれ、「ハマコー」の愛称で親しまれた元自民党衆院議員の浜田幸一氏が5日午前、千葉県富津市の自宅で死去したことが分かった。83歳。死因や通夜、葬儀・告別式の日程は不明。
 町議、県議を経て、昭和44年に衆院議員に初当選。55年に米ラスベガスでの賭博行為が発覚し、議員辞職。58年に返り咲いた後も、共産党の宮本顕治議長を「殺人者」と呼び、委員長を辞任するなど奔放な言動で物議をかもした。
 衆院議員を7期務め、平成5年に政界を引退。その後はテレビのバラエティー番組などで活躍していた。22年には借金の担保に差し出した約2億2千万円相当の株券を無断で売却したとして、千葉県警に背任容疑で逮捕された。

2012.8.5 12:07 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120805/stt12080512070001-n1.htm

「一時代つくった」 続々と地元から悼む声

 元自民党衆院議員の浜田幸一氏(83)の訃報が伝わった5日、千葉県内でも「ハマコー」の死を悼む声があがった。国会議員当時、数々の舌禍問題や乱闘事件などで物議を醸したが、東京湾アクアライン建設への尽力などを踏まえ「良い悪いの評価はあるが、一つの時代をつくった希有(けう)な政治家」などと惜しんだ。
 浜田氏の行動について地元の自民関係者は「(浜田氏から)離反する人もいた」として、必ずしも全面的な支持だったわけではないと振り返る。
 それでも田んぼで農作業中の有権者のそばまで革靴のまま近づいてあいさつしたり、ランニングに短パン姿で病院にいる有権者のもとを訪れたりした。「人情味があって市民感覚の分かる人だった」との声が示すように、こうしたキャラクターは基本的には受け入れられていた。
 多額の国家予算が投入されたアクアラインの完成後は、当初の予想より通行量が少なく赤字続きだったため、批判を浴びた。しかし、浜田氏は「あと100年したら、必ずこの事業の意義が分かるときがくる」と訴え続けた。赤字は消えたわけではないが、東日本大震災時、アクアラインは不通となった内陸ルートの代替道路として利用された。東京、神奈川方面から房総半島への観光の呼び水になっている。
 アクアラインが通る木更津市の水越勇雄市長は「(浜田氏は)地元の声を国政に反映した。それは今日の南房総をはじめ、千葉県の高いポテンシャルにつながっている」とコメントした。
 浜田氏について「利益誘導政治」との批判の声は多い。しかし、富津市選出の吉本充県議は「しっかりと有権者を見て意識して行動していた。いろいろな世代から愛されており、今後はなかなか現れないような得難い政治家」と悼んだ。

2012.8.5 22:30 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120805/chb12080522480005-n1.htm

憎めない一匹おおかみ 情と錬金術の行動派

 名前を略して呼ばれる政治家がまた一人去った。こうした人物はたいがい愛嬌(あいきょう)がある。こわもてでも会ってみると憎めないタイプだ。5日に鬼籍に入った「ハマコー」こと、浜田幸一氏はその代表格だった。
 国会では「殺人者」発言や乱闘騒ぎで強烈なイメージを残す。乱暴者を預かることができたのは当時の実力者、金丸信元副総理。そのつながりで自民党幹事長室で門番のようににらみを利かせることが日課だったころもある。
 「諸君、本日も平穏かな」
 新聞記者の労はねぎらってくれたが、孤独な存在を意識していたのかもしれない。一匹おおかみの限界で、大臣の座は回ってこなかった。
 千葉県富津市が地盤。気性が荒い漁師町で戦後の混乱期とあって、若いころはけんか早かった。昭和38年に県議に出て44年の総選挙では旧3区から初当選する。
 東京湾岸に工場が多数進出し、開発で房総半島に巨額の金が流れ込んだ時期と重なる。選挙も金次第で「5当4落」と言われた。5億円使えば当選、4億円なら落選という意味だ。
 56年には川上紀一知事が業者から5千万円を受領して念書を書いた事件で辞任する。その政変を追った「五千万円念書の深層」(湯浅博著)にはこうある。
 「土地ブームに乗った“錬金術”を駆使して、バッジをもぎ取った」
 当時、自らはラスベガス賭博事件で衆院議員を辞職した身でありながら川上氏に辞任を勧告した。
 浜田氏と親交があった伊藤和男県議は「行動力があって情熱家だった。徳だとか仁義だとかが大事だ、ということを行動で教えてもらった」と惜しむ。
 晩年は「返せると思っていた金」(関係者)が返せなくて裁判にかけられた。情に訴えて済む時代はとっくに終わっていた。そこに気がつかないとしたら、まさに一昔前の政治家だった。

2012.8.5 22:49 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/region/news/120805/chb12080522500006-n1.htm

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マスコミ批判に関する一考(105) 何でも笑いにすればよいという文化の悪癖

マスコミ批判に関する一考(105) 何でも笑いにすればよいという文化の悪癖

 橋下市長のコスプレ不倫が話題になっている。この話題に関しては、後日談があるようで、今後のニュースの展開が注目だ。そもそも橋下市長の奥様は、敬虔なクリスチャンであり、その家庭事情からいえば、「浮気」などはとんでもない『神への冒涜』であると考えられているのである。そして、マスコミ各社がまったく伝えないのであるが、この浮気の時期だ。浮気の時期は、まさに、橋下市長の奥様が子供がおなかの中にいる身重で、それにもかかわらず乳飲み子を抱えて子育てに奮闘しているときである。もちろん、世の男性の中に同じようなことをした人もいると思うが、基本的に「公人」と「私人」は違う。このように負い目があるならば、当初から立候補をしなければ良いことである。
 実際に、そのようなことがあって立候補を取りやめた候補は少なくない。立候補を取りやめているので名前は出さないが、そのことが理由であるということはしっかりとしている。逆に、それでもあえて立候補した以上は、そのことを指摘されても仕方がないということが政治家の心得である。
 一方で、そのような状態であるのに「子沢山」を演出し、さも家庭的な人物であるかのような売出しをし、選挙戦を戦ったのも罪としては大きい。そのことで橋下市長を支持した人は、逆に、今回の一件で、完全に橋下不支持に回ることになるであろう。そのことは、単純に言って、支持率調査などに現れない、「橋下氏への不信感」というよりは「不快感」を演出することになる。家庭的でない人が家庭的な事を演出する。選挙ではよくあることだが、演出で使った以上はそのイメージを壊すことは絶対に許されない。それも今回のようなことで演出を壊すのは最悪の内容であるといえる。
 それでも、マスコミは橋下をなぜか応援している。本来であれば、今回の内容は非難されてしかるべきである。自民党といえども、現在の谷垣総裁が中国人女の売春をしたことをいまだに党内で言う人もいるし、そもそも山崎拓元副総裁は、女性の問題を次々に言われ、その内容を指摘されることによって『女性の敵』とみなされることになって、議席を失ったのである。また、そのような事情で議席を失ったことに関して、政治家であって政策ではないことでの非難であるにもかかわらず、同情論が少ないのもひとつの特徴だ。山崎氏に関しては「ねたみ」と通り越して、「あきれ」という感情が渦巻いてしまい、その内容は完全におかしなものになってしまっているのではないか。
 では、その橋下市長のコスプレ不倫に関して、そのような分析が行われず、漫然と「橋下市長だから許される」などの調査に基づかない報道を垂れ流しているのである。

爆笑問題 禁断の橋下市長ネタ連発「“機長”ってメールしたら返信なし」

 お笑いコンビ・爆笑問題が27日、大阪・なんばグランド花月(NGK)に初出演した。吉本興業100周年企画の特別ゲストとして登場し、この日のために前日に夜を徹して作った新ネタを披露。太田光(47)が、コスプレ不倫騒動渦中で親交の深い橋下徹大阪市長(43)を「ペナルティーで、チン○ンに『不倫』と入れ墨を入れるらしいですよ」といじり倒すなど、“大阪仕様”で暴れ回って満員の客席を沸かせた。
 太田の暴走は“笑いの聖地”でも変わらなかった。十数年ぶりという大阪での漫才で、ネタのトップに持ってきたのは橋下市長の騒動。6年前のクラブホステスとのラブホテルコスプレ不倫報道をいじり倒した。
 田中「橋下さん、奥さんからのペナルティーがあるみたいですね」
 太田「どうもね、チン○ンに“不倫”って入れ墨を入れるらしいよ」
 田中「あれだけ入れ墨にうるさいのに!?」
 太田「あとね、職員の入れ墨を調査したら、みんな“橋下命”って入れ墨を入れてたみたいで、言うに言えなくなっちゃったみたいですよ」
 爆笑問題はNGK初出演。前日から構想を練り、本番直前にやっと完成したというネタで大きな笑いを生んだ。
 本番に続いて出番後の会見でも、太田の毒舌は橋下氏に向けられた。
 「いつもメールを送る時は“市長”と書くんですが、スチュワーデスのコスプレをしてたみたいなので“機長”って送ったら、それ以降返信がありません」
 橋下市長のタレント時代、太田の妻が社長を務める爆笑問題の所属事務所・タイタンが活動をバックアップしていた。現在も親交の続く“身内”を、あえて遠慮なく斬りまくった。「久々に大阪でネタをするし、橋下市長のネタだけは入れたかった」。太田の思い描いた?“なにわ仕様”での暴走は、客席を大いに喜ばせた。

2012年07月28日09時03分 提供:デイリースポーツ
http://news.livedoor.com/article/detail/6800142/

 実際に、マスコミの多くは橋下市長の人気を自分で作ったものでありながら、その自分で作った『虚像』をもてあましてしまい『虚像』に振り回されてしまっているといって過言ではない。大阪に何度か出張しているが、その大阪の雰囲気と、報道、マスコミの中の橋下徹像とは全く異なるものであることは、大阪の人が最もよく知っている。坊週刊誌の「橋下維新の会200議席」とか「橋下維新の会支持率86%」などというのは、ある意味マスコミが虚像の上に虚像を積み重ねた結果ではないかと考えられる。
 では、なぜマスコミは虚像を作り出してしまうのか。基本的には虚像というよりはマスコミはテレビ的そしてドラマ的な演出を好む。ここではあえて双方を総合してテレビ的演出遠い右端後を使うことにする。そのテレビ的な演出の中には、基本的にテレビプロデューサーは、ある程度過激で、そして非日常的であり、なおかつ極端でわかりやすい構図を選ぶ。短いニュースの時間で強烈な印象をつけ、そのうえで、対立の構図を作るというのはまさにそのような状態になってしまうのである。そして、そのことは、私がここで言う「水戸黄門現象」を生み出すのである。
 水戸黄門現象というのは、水戸黄門がすべてよいわけではないし、悪代官がすべて枠ではない。完全に100%の善人もいないし、100%の悪人もいないのが現実の日本社会なのである。しかし、日本人は、非常に複雑な社会を短う純化して楽しむところがある。そのために、勧善懲悪のようなことを好み100%の悪人を作り出し、100%の善人との対立の構図を作り出してしまう。
 橋下市長も同じで、国家権力というものが「100%の悪」という設定で、それを変えようとする「改革者」という善人を演じさせられている。当然に、そのようなことはないし、ありえないのに、そのようなことを考える。多くの国民は「自分の思い通りになるような改革をしてくれる」ヒーローに祭り上げるが、現実は全く異なるということに気づかないようにマスコミがそれを助長するのである。ある意味で虚像のヒーローを作り出しながらそのヒーローが苦労して改革を成し遂げる『サクセスストーリー』を望んでおり、その中における「スポーツ根性漫画(巨人の星のような)」の主人公を演じさせているような感じである。
 さて、今日の主題であるが、そのような水戸黄門現象は完全なるフィクションである。このようなマスコミの思い通りになってしまえば、政治そのものがフィクションとなってしまうのである。そしてそのフィクションをより助長するのが、「お笑い」である。
 日本人は何でもお笑いにしてしまえばそれでよいような感じになる。もちろん苦境を「笑い飛ばす」というのは悪いことではない。しかし、何でもかんでも笑いにすればよいというものではない。笑いにするということは、そのことで多くの人の心の中のしこりを取り除くという形になるのであるが、逆に、その内容は、マスコミの『極端化』という形と全く同じ内容になってしまい、それを助長する。単純に言えば笑うことによって「問題意識を拡散し、少なく感じさせてしまう」ということになり、同時に、問題を見せないことによって間接的に応援する手段となるのである。
 このように見てくると結局は『マスコミによるテレビ的演出」がもっとも大きな問題のような気がする。しかし、実際に最もよくないのはそのようなテレビ的演出に気づくことなく、それを面白いとして単純に自分で考えることを居して多くの有権者であるということができるのではないか。マスコミも、そのようなテレビ的演出が通用しなければしっかりとした番組作りをする。何もスポンサーだ何だというものではない。実際には、そのような番組が多くの人に見られているから、そのような番組ができてしまうのである。
 作る側と受け入れる側、双方がそのような意識で『お互いに能力を下げあっている』状態であり、まさにろーまじだいの「パンとサーカス」を演出している。そのような演出はただ単に国家権力に対して遠吠えをしているもしくは批判しているものをヒーローとし、そのようなヒーローの無条件応援、そして扇動へとつながるのである。
 マスコミとして最もいけないことが、往々として行われている。マスコミ亡国の真骨頂はこの中にあるのではないか。

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宇田川敬介東アジア放蕩覚書(65) 私の中国における訴訟実績(9)

宇田川敬介東アジア放蕩覚書(65)
私の中国における訴訟実績(9)

 証人尋問のためにイタリア人が大連に来た。
 やはり、イタリア人は、そもそも何が起きたかあまりよくわかっていない。そのために、今回も含めて、何をしなければならないのか、どうしてこのようなことになったのかをしっかりと説明しなければならない。
 まず、まず、イタリアのブランドの人間には今回の訴訟がなぜ発生したのかということに関して全く理解できないということから恥じます。そもそも「ブランド」の「看板」を掲げた店で、そのブランドの品物しか売っていない「ブランドショップ」で、偽物が売っているということを疑うこと自体が理解できないのである。
「なぜ原告は、この商品を偽物と判断したのか」
 イタリア人からのもっとも当たり前な質問が出てきた。
「訴状によると、『中国に、このブランドの商品を売っているはずがない』というのが理由だそうだ」
 と答えるしかないのである。
「なぜ、『中国に、このブランドの商品を売っているはずがない』とおもっているのに、その商品を買ったのか」
 これも至極当然の質問である。弁護士は、苦笑いするしかない。当たり前だ。偽であるとわかっていて偽物・・・・・・・・・・・・。

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世の女性を敵に回すかもしれないが、強姦罪の見直しと、私の卒論について

世の女性を敵に回すかもしれないが、強姦罪の見直しと、私の卒論について

 今日は土曜日なので、軽い話題を話そうと思っている。
 とはいえ、性格が悪いのか、なかなか軽い話題というのは難しい状態である。
 さて、8月1日に藤村官房長官が議長を勤める『男女共同参画会議』において性犯罪被害者の支援策の協議を行い、強姦罪を「親告罪」ではなく一定用件の場合に自動的に強姦罪になりうるという法改正の検討を行うことになった。
 一見、良いことのように思える。強姦罪の被害そのものに関して、泣き寝入りしている人が多いということを考え、また、そのような行為に及ぶときの女性の無防備な部分や心理的屈辱感などを考えれば(もちろん私の場合は想像の範囲でしかない)外的な用件が整った場合に強姦罪が成立し、立件されるということである。また、強姦致死、強姦致傷などの事件が多く、その事件が、たとえば仙台から東京に遊びに出てきたの看護師殺害事件などさまざまな事件の予防もしくは抑止効果が考えられるなど、さまざまな部分でこのようなことはいわれることになる。
 このようなことは、特に「かよわい」女性が、PTSDなどの問題が発生し、そのために精神的なショックが発生し訴えることができないなどの問題が発生するのである。また、取調べにおいて根掘り葉掘り聞かれる、思い出したくないなどの精神状態もあって、強姦罪そのものの立件件数が少ないということになるのである。この女性の精神状態的な問題の解決は法律の客観性と要件の客観背が必要だということなのであろう。
 と、前半は、あえてこの政府の行う法改正議論の理由説明のようなことをし、その上で、後半に反論を繰り広げたいと思う。

強姦罪の見直し検討=政府

 政府の男女共同参画会議(議長・藤村修官房長官)は1日夜、首相官邸で会合を開き、性犯罪被害者の支援策を協議した。現行制度では、強姦(ごうかん)罪の成立には被害者の告訴が必要で、泣き寝入りを強いられるケースも指摘されることから、法改正の是非を検討することになった。
 内閣府の「女性に対する暴力に関する専門調査会」は7月に報告書をまとめ、強姦罪の構成要件の見直しや、性犯罪被害者の心情に配慮した事情聴取の在り方を提言していた。これを踏まえ、1日の会合では、性犯罪に厳正に対処し、被害者支援を強化することも申し合わせた。 

2012年08月01日22時22分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6814712/

 さて、私は別に学歴を誇るわけでもなんでもないが、法学部出身である。一応自分なりにはそれなりにしっかりと法律を学んだという自負がある。そのために、マイカルという小売業に就職したときも、法務部という部署にうまく配属されたのである。もちろん、私の実力があったわけではないが、経歴として、法律に近い仕事をしていた期間が長いということはいえるのかもしれない。
 記事の中にある「構成要件」とは「罪となるための要件」のことをいう。そもそも刑法の罪となる内容は「構成要件該当性」「違法性」「責任」と三つの要素があり、その要素が全てそろわないと積荷と割れない仕組みになっている。違法性とは、その行為が違法であるかどうかである。正当防衛などのときにこのことがいえる。一方、責任とは、良く精神鑑定などをしているが、精神鑑定によって精神に以上がきたしていれば責任を問うことはできないという社会的な判断で罪にならないということになる。
 今回は「女性に対する暴力」ということで「構成要件」を検討するというのである。
 では、強姦罪の構成要件とは何か。
 まず、「男性が女性に」「暴行脅迫を用いるなど女性の抗拒不能な状態で」「性行為」を行うことである。
 私は、法学部の刑法のゼミの論文で「近代刑事法制における男女の不平等について」という論文を書いている。この論文を要約すると、
 現在は近代法制であり、男女平等がいわれている。(論文を書いた時代は、ちょうど男女雇用機会均等法などが叫ばれていた時代)しかし、そもそも男性が暴行行為を伴って性行為に及んだ場合は「強姦罪」で女性が、か弱い男性を強引に性行為に及んだ場合は「強制わいせつ罪」にしかならない。これは、刑法が男女そのものを根本的に差別したものである。女性は、これら法律の「手厚い保護」を受けながら自らの権利を主張することは、そのこと自体が「平等」ではなく「女性優位」社会を構成することになる。平等であるものは、そもそも客観的な価値判断を重視し、主観的な価値判断を排除したことによって行われるものであり、法律が主観的な価値判断を重視した内容に特化した場合は、法の下の平等は崩され、示威的な法律解釈が蔓延し、社会の混乱を招く結果になる。強姦罪だけでなく、痴漢犯罪などを含め、女性の主観的な価値判断に基づく法律運用は、根本的な男女平等を阻害するものであり、かえって男性差別社会を生むことになる。
 というものであった。
 その後「セクハラ」などが法制化し、セクハラ裁判が行われる。しかしこれらに関しても、同じで「好きな男性」にされたら喜んで、「嫌いな男性」にされたら「ハラスメント(嫌がらせ)」という、逆に女性の主観に基づく差別が発生することになるのである。
 では、強姦罪の構成要件をいじるとどうなるのであろうか。草食男子が増えているこのご時勢において、「男性が女性に」という部分でそもそもの「男女平等がない」状態になっている。そして「暴行脅迫など」は確かに犯罪であるが、そのような性癖(SMなど)も存在することであるから、客観的な価値判断でそれらのことを強姦罪とするのは非常に難しい。ましてや「性行為を行う」ということの構成要件は、このことを犯罪にしてしまうと「少子化」という社会現象を生むことになり、一方で「少子化解消」を言いながら、一方で「性行為を強姦罪の構成要件の一部に」ということになるので、政府そのものが矛盾をきたすことになる。
 よって、本来ならば構成要件をいじるのであれば「男女平等」になるように「男性が女性に対して」という部分を、双方に買えることが順当であろう。
 逆に、親告罪という部分に関しては、客観的な同じ行為が犯罪とならないケースをどのように扱うかということが大きな問題である。特に特殊性癖の持ち主の「権利」「人権」をどのように考えるかは、かなり大きな問題だ。逆に親告罪である党ことにしながら、女性ばかりの専門の窓口を作るとか、あるいは、取り調べも女性が行うなど、行政側の対応の問題で終わることではないのか。
 実際にこのような問題のときに、「男女平等」ということを言い出す人は少なくないのであるが、本来法律そのものが平等でない状態において、かえって女性の権利を制限する、阿他は保護を少なくするということを女性の権利を主張する団体が認めるのか。それができないのに権利ばかりを主張する、これがまさに問題の大きな間違いの元であり、社会混乱の元であることに、そろそろ気づかなければならない。

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原発事故「人災」の責任を追求する日本の司法

原発事故「人災」の責任を追求する日本の司法

 福島原発放射能漏洩事故の事故調査委員会の報告書が出揃った。民間・国会・内閣、いずれも原発事故の対応に関して、当時の内閣の対応がおかしいということを報告している。特に、国会事故調査委員会の報告書は、今回の事故に関して『人災』ということを強く主張して話題になった。
 この「人災」の範囲には、それまでの東京電力における防災対応ができていないことと、そもそも津波などを想定した設計ができていなかったことの譜たちの問題が指摘されている。そして、当然に、事故発生時の菅首相の福島のヘリコプター視察に、東電に乗り込んで大騒ぎをしたこと、そしてそれらによって東京電力が完全に当事者能力がなくなったことなどが指定されたのである。
 さて、この「人災」を少し整理してみよう。
 上記と順番は違うが、古い順番にあげれば「設計」が不完全というか津波などを想定したものになっていなかったということがあげられる。事故そのものの原因が津波によって全電源喪失状態になり、その中において原子力発電炉内の燃料棒がかねる、メルトダウンを起こしたということがあげられるのである。昨年2011年6月23日にはアメリカ合衆国ネブラスカ州において、大雨による洪水が発生し、日本の福島原子力発電所同様に原子力発電所が完全に水没した。もちろん、洪水であるから、津波のような破壊力はなかったものの、逆に水の中に埋まっていた時間はアメリカのほうがはるかに長かったのである。しかし、アメリカのネブラスカ州の発電所はまったく何もなく、今日も発電を続けている。設計は同じであっても、事故があったかなかったかということの違いは、まさに電源室の気密性の問題、要するに水没しても、電源版が使用できる状態になっているかどうかの問題である。アメリカは、福島の原発を見てこれらの工事を行ったのであるから、当然に数ヶ月で気密性を高めたという。要するに、防災の意識、津波が来る恐れがあると考えれば、数ヶ月でできる防災対策ができていなかったということになるのだ。
 これは自民党政権時代からも同じであるが、民主党政権になってから1年半たっているのであるから、当然に、民主党政権でも防げたはずである。しかし、民主党政権は「事業仕分け」を行い、そもそも津波に対するスーパー堤防も排除したくらいだ。このことは非常に大きな問題で、津波などの意識を予算的に削除したことを意味する。予算の削除は官僚社会においては確率がなくなったことと同じだ。まさに、そのこと自体が大きな問題になるのである。要するに、ひとつは東京電力をはじめとした原子力行政担当者の長年にわたる防災意識の欠如と、民主党政権の事業仕分けによる危機意識への備えの予算の削減がこのような心理状態を引き起こしたといって過言ではない。
 次に、「防災意識」について考えてみたい。まさに、今設計に関することを書いたとおり、予算的に完全になくなってしまった防災は、今度は、政府にも存在したことが言える。事業仕分けというと蓮舫参議院議員の事ばかりが目立つが、実際に鳩山政権下で行政改革担当の大臣をしていたのは枝野幸男氏である。要するに、震災発生時に官房長官であり、徹夜で記者会見を行い「安全です」「直ちに危険はない」といい続けたその人である。そして、現在は経済産業大臣であり、まさに原子力行政の中心なのである。そして、この人々に「危機意識」「防災意識」がまったくなかったということに関しては、「想定外」という単語にすべてが表されている。
 そもそも、危機に「想定内」があるはずがない。想定内であれば準備がでいているのであるから、すべて危機ではないのだ。想定内でありながら危機が発生するというのは、まさに「準備不足」か「嘘」でしかない。
 この危機に対する意識は、完全にすべてを狂わせた。それは、まさに避難指示やその手順などを狂わせ、結局多くの人を被爆の危機にさらしたのである。
 そして、菅直人の「人災」である。ここまでの「設計」と「防災意識」のじてんで十分に政府には罪がある。しかし、それだけでなく、かえって混乱させたということが大きな問題になるのである。

首相、脱原発の代表と面会へ 抗議行動拡大で危機感

 脱原発を訴え、キャンドルを手に国会議事堂(中央奥)前で抗議行動する参加者=7月29日 野田佳彦首相は、脱原発を求めて毎週金曜夕に官邸前で抗議行動を呼び掛けている「首都圏反原発連合」を代表するメンバーと会う意向を固めた。来週の方向で調整する。これまで面会には消極的だったが、「脱原発デモ」の広がりに危機感を強め姿勢の転換を余儀なくされた。ただ関西電力大飯原発3、4号機(福井県)の再稼働など原発政策の政府方針は変えず、理解を要請する考えだ。政府関係者が1日、明らかにした。

2012年08月02日02時21分 提供:共同通信
http://news.livedoor.com/article/detail/6814974/

原発事故で捜査開始=刑事告発を受理―検察当局

 東京電力福島第1原発事故をめぐり、検察当局は1日、東電幹部や政府関係者に刑事責任があるとした業務上過失致死傷容疑など計5件の告発を受理し、捜査を開始した。事故調査への影響を考慮して受理を保留していたが、先月23日に政府事故調が最終報告を発表したことを受けた。
 告発を受理したのは3地検で、今後、東京地検が中心となり、福島・金沢両地検と連携して関係者の事情聴取などを進めるが、立件は困難なケースが多いとみられる。
 東京地検が受理したのは、勝俣恒久・前東電会長や班目春樹・原子力安全委員会委員長ら26人について、地震・津波対策を怠って事故を発生させた結果、周辺病院の入院患者を死亡させ、住民を被ばくさせたとする業過致死傷容疑▽菅直人前首相ら政府関係者など6人について、1号機格納容器の「ベント」の応急措置をすぐに実施させず、水素爆発により作業員らに傷害を負わせたとする原子炉等規制法違反容疑と業過傷害容疑―の告発など計3件。
 福島地検は東電の旧経営陣らに対する業過致死傷容疑や公害犯罪処罰法違反容疑などの告発を、金沢地検は旧経営陣への業過致死傷容疑の告発を、それぞれ受理した。 

2012年08月01日20時53分 提供:時事通信社
http://news.livedoor.com/article/detail/6813585/

 菅直人前首相の人災に関しては、ここで改めてさまざまなことをいう必要はない。実際に、はっきり言って、邪魔でしかない。『生兵法は怪我の元』という言葉があるが、実際に原子力の事故が発生したときに、菅直人首相のように、「私は専門家だ」などと、生半可な知識しかないのに自分が仕切ろうとする人がもっとも多くの人を惑わせ、そして危機に追い込む。そのことは、専門家や実際に活動する人々の士気を下げ、当事者意識を失わせてしまうことにつながるのである。そのことは、すべての事故調査委員会の報告書に記載されている通りである。
 さて、これらの人災に関して、当然に「責任」を負わなければならない。ここに書いたようにこれらの人災はいずれも時の政権である民主党に負わされるべき責任であり、お得意の「ジミンガー」といって逃れられるものではない。菅直人前首相は『反原発』を唱えることが自分の責任と思っているようであるが、実際は、「人災」の事故を発生させながら「原発が存在することが事故の原因」といっている、究極の責任転嫁でしかない。まさに、居眠り運転か操縦ミスで自動車事故を起こした人が、罪を償うことなく「そもそも自動車が存在することが悪い」などとふざけたことを言っているのと同じである。はっきりいって責任転嫁だけでなく『馬鹿』である。
 そして、自ら責任を追うことのない、原発の存在そのものに責任転嫁しているこの人々に対して、司法がしっかりと動くことが決定されたのである。
 これら自然災害起因の人災に対して司法がどのようなことを判断するのかは非常に注目されるところである。しかし、それだけでなく、日本人的な恥の文化があるならば、菅前首相および枝野前官房長官などは、恥ずかしくて自ら責任を取るはずではないのか。その辺のところがまったく感じないこと、そのものが現在の民主党政権に最も欠けている、国民に対する責任感なのではないだろうか。そのようなことをしっかりと主張する、そして指摘する司法が必要である。

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防衛白書に書かれた中国の脅威、その実態と日本の国防

防衛白書に書かれた中国の脅威、その実態と日本の国防

 防衛白書が閣議に提出された。非常に皮肉なことに、または、必然として発生したのかもしれないが、「親中」というか「媚中」といわれる民主党政権が発生した後に、中国による太平洋進出が非常に大きく取り上げられるようになり、日本国内においては反中ナショナリズムが以前にまして大きくなってきている。防衛白書は、菅政権のときに一度作られており、今回また作られることになっているのであるが、防衛白書そのものと関係ないがその間に「北沢」「一川」「田中」「森本」と2年で4人も防衛だ寺院が変わっており、その中における防衛白書の策定ということを考えておかなければならないのではないだろうか。特に「一川」「田中」に関しては、白書どころか、基本的に防衛とか国家観ということにおいて評判の良い大臣ではなかった、というか、基本的には無知、常識はずれ、その上国会で追求されると頓珍漢な答えをし、コーヒーを飲みに逃げてしまうという感覚。その状態での「防衛白書」であった。これは大臣とは関係なく、防衛省の人々が課あり優秀であったということを意味しているのかもしれないが、一方で民主党政権の公約の「政治主導」では国防も安全保障もありえないということが明らかになったということであはないだろうか。
 さて、そのような中において、防衛白書は中国の脅威を明確に記載し、中国への警戒感を強める記載になっている。数ヶ月前、防衛研究所に友人を訪ねたところ、「中国に関して研究しているが、中国人や中国の実態についてしっかりと書かれた書物がない」といっていた。非常に手前味噌なのだが、私の著書「2014年、中国は崩壊する」を進呈したところ、「中国人の実態は非常に経験的に書かれている」と高い評価のリップサービスをいただいた(変な日本語ですみません)。もちろん「この通り崩壊するとは思えないが、その前段のメンツなどは非常に参考になった」とのこと。防衛白書を全文読んでいないので、なんともいえないが、わずか一行の部分でも参考にしていただけたのであればありがたい話である。
 その内容に関して、産経新聞の記事はこのように書かれている。

中国の「不透明性」に警戒感 見えぬ抑止力向上

 今回の防衛白書は中国の「不透明性」に警戒感を示したのが特徴だ。空母開発や海洋進出だけでなく、「党(政)軍関係」の変化も新たな要因として指摘し、東シナ海での挑発に警鐘を鳴らした。ただ、それへの備えとなると筆は鈍り、抑止力向上の目玉はゼロで、日本の対応の遅れを象徴する白書となった。
 対中脅威認識でまず強調したのが空母開発の加速だ。中国は国産空母を海洋戦略の中核と位置づけ、2015年までの保有を目指しているとされる。白書はワリヤーグの試験航行、J15艦載機開発、パイロット育成などの動きを挙げた。
 海軍艦艇の太平洋進出に加え、海軍以外の公船が沖縄・尖閣諸島付近で日本領海に相次ぎ侵入した事案も列挙。今年7月には漁業監視船3隻が侵入し、防衛省幹部は「3隻の侵入は初めてで、挑発をエスカレートさせている」と話す。
 白書は、人民解放軍の影響力の増大について「国家主権や海洋権益をめぐり軍が態度を表明する場面が近年増加」との見方を例示。自衛隊幹部は「党の統制が揺らげば、海軍の挑発や威嚇に歯止めが利かなくなる恐れがある」と指摘する。
 これらを踏まえれば抑止力と対処能力の強化が不可欠。自衛隊OBは「スキージャンプ台方式の中国の空母は早期警戒機を艦載できないため、『超低高度』攻撃能力を強化すれば無力化できる」と断言する。
 だが、白書は一昨年に策定した「防衛計画の大綱」のおさらいに終始。実効的な対抗策を講じていないと自供しているに等しい。
 日米安保体制でもお題目ばかり並べた。特に今年4月の日米共同発表で「動的防衛協力」を打ち出せたとアピールしたが、自衛隊の「南西防衛」と米軍の空・海戦力一体運用「統合エアシーバトル」を対中シフトでどう融合させるのか道筋を提示できていない。
 米海兵隊の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの沖縄配備も1ページに満たないコラムで触れただけ。「オスプレイ隠し」との批判は免れず、政権が1年近く抑止力の意義をいかに説明してこなかったかを如実に物語っている。(半沢尚久)

2012.7.31 23:14  産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120731/plc12073123150015-n2.htm

中国の党軍関係の変化「危機管理上の課題」

 今回の防衛白書は周辺各国の指導者分析に力点を置いている。指導者の交代ラッシュを受けたもので、政権基盤や軍への影響力は日本の安全保障に直結するだけに一定の意義はある。
 「軍事に依存する状況は継続する」。白書は北朝鮮の金正恩第1書記の新体制をそう分析し、依存の根拠として軍組織への視察頻度と軍重視の発言をあげた。
 ロシアについては支持基盤固めと政治手法に注目した。前回大統領時に比べ政権基盤が盤石とはいえないプーチン大統領は、求心力を高めるため領土問題や軍事挑発で日本に高圧的な姿勢を強めかねない。
 白書が最も踏み込んだ分析を試みたのは、共産党指導部のトップ交代人事を今秋に控える中国だ。
 かねて懸念を示してきた軍事力の透明性に関し「意思決定プロセス」でも透明性が欠如していると指摘。(1)共産党指導部と人民解放軍との関係が複雑化(2)対外政策決定での軍の影響力が変化-との見方も示した。
 実際、「党による軍隊の絶対指導」原則を揺るがす兆候もある。中国は装備の近代化や情報化に適した人材育成を重視し、合致しない軍人の大幅削減が想定される。退職金や再就職支援をめぐる不満もくすぶる。退役軍人の処遇問題は、党と軍の間に深刻な亀裂を生じさせかねないという。
 白書は、こうした中国の党軍関係の変化は「危機管理上の課題としても注目される」と結論づけた。日本にとって危機管理の対象として連想すべきは、東シナ海での事態だ。一昨年の沖縄・尖閣諸島沖の漁船衝突事件のような「偶発的」な衝突が、党の統制を無視して軍主導で「意図的」に引き起こされる危険性がある-。
 明記は避けつつ、そう警鐘を鳴らしていると読みとれる。(半沢尚久)

2012.7.31 11:23 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120731/plc12073111250008-n2.htm

 中国の脅威はしっかりといわれていた内容である。特に、中国の指導者(国家主席および首相など行政幹部、常任委員など)の混乱において、人民解放軍の統制が利かなくなる可能性が強い。実際に考えれば、現在というよりは鄧小平が改革開放経済を行い、共産主義経済を信奉し、共産主義革命を行いながら、一方で資本家を優遇するということをしている以上、基本的にイデオロギーが破綻している。それでも政治権力者は、権力に応じて資本家と組めばよい。実際に、許認可権限を資金化すればよいのだから、問題はないし、行政組織でいえば、地方政府のかなり下の階級のほうまで許認可権限もしくはその行政の執行権の部分で裕福な暮らしができる。しかし、改革開放経済の恩恵を最も受けていないのが、人民解放軍幹部であることは間違いがない。上級幹部は良いが、中間管理職要するに地方駐屯地の中隊長クラスとなれば、何の権限もないし部下はいるし、自分と動機の人間たちは地方で資本家と組んでヌクヌクと暮らしている状態なのを横目で見ながら、命をたてにして最前線で戦わなければならない。それも、戦っている相手はチベットやウイグルといった「中国人」と思っているデモ隊であり、国を護る戦いではないところが大きな問題になっているのである。そのモティベーションの下がり方は、かなり大きな問題になる。
 軍のモティベーションが下がるということは、一方で、行政的な支配権が届かなくなるということを意味している。要するに、軍の暴発や『意図的』な偶発事故が発生する可能性があるのだ。これは、中国共産党の支配において最も危惧されるべきことではないのか。
 もちろん資本家となりつつある地方公務員たちも、非常に大きな問題の種である。しかし、日本の防衛ということを考えれば、軍の暴走、特に人民解放軍の海軍の暴発による沖縄南西諸島の『意図的偶発事件』の発生が最も危惧される。
 さて、これらの問題に対して「警鐘を鳴らす」事は簡単にできるのであるが、一方で、日本は専守防衛を掲げている国である。よって、これら『意図的偶発事故』の抑止を事前に策謀することはできない。せいぜい、情報を入れることであるが、日本はすでにまともな情報機関もなくなってしまっているので、とてもとても、これらに対処するような情報の取り扱いができない状態である。要するに尖閣諸島も何も「実効支配」と「日米安全保障条約」の庇護以外、有効な手段がないことが大きな問題であるといえる。
 防衛白書そのものは提言をしないのかもしれないが、実際は防衛白書を作る前に、それら防衛の基本を考え直すことが必要なのではないか。その意味において「危機や脅威に対する警鐘を鳴らす」ということは重要であるが、一方で、その有効な対抗策が策定できないと、実際の防衛白書としての意味はなさないのである。そして、この停滞は、冒頭に書いた民主党の国家観の欠如と、「一川」「田中」という、かなり特殊な評判のよろしくなかった大臣の輩出ということで、考えなければならないのかもしれない。

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『脱原発』は争点になるのか?山口県知事選挙での結果を踏まえた議論

『脱原発』は争点になるのか?山口県知事選挙での結果を踏まえた議論

 山口県知事選挙が29日に投開票され、自民・公明の推薦した山本繁太郎氏が当選した。注目は民主党を離党して県知事選挙に出た高邑氏と、脱原発を訴えた橋下大阪維新の会のブレーン、飯田哲也氏の動向であったといえる。
 早くから山口県知事選挙に関しては「下馬評どおり」という観測が流れ山本氏の当選は間違いが無いだろうという見方であったが、実際に橋下氏の勢いがどのようになるのか、民主党離党組の選挙が、どの程度できるのかということをしっかりと見ておかなければならなかったのではないか。一方で大阪維新の会がどの程度の戦い方をするのか、その戦い方や浮動票の動きなどは非常に大きく参考になったといえる。
 結論から先に言えば、浮動票の中に、いくつかの塊があるということがわかったのではないか。俗に、選挙関係者からみると「浮動票」といえば、基本的に無党派でなおかつB層的なマスコミ先導型の動きを見せる集団ということであり、一般に『無党派層』といわれるものとリンクして、ほぼ同義語で使われることが多い。その無党派層が、マスコミの扇動に従って「既成政党不信」「反原発」「反消費税」「橋下人気」ということを追い風に戦った。もちろん、その流れにしっかりと乗った人も少なくない。そのことは飯田候補の得票からわかる。しかし、そればかりではない動きがあった。
 無党派層・浮動票にはいくつかの型がある。
・ マスコミと同じような単純で無責任な現状否定(B層浮動票)
・ まったく政治そのものに興味がない、または政治が嫌い(不参加浮動票)
・ 自分の政治信条があるが、自分にあった政党がない(不一致型浮動票)
・ 政治信条もあり、政党もあるが、人間関係で支持できない(派閥不一致型浮動票)
・ 政治信条的に現状破壊を目指す勢力(過激派型浮動票)
 当然にこれら全ての浮動票が「浮動票」としてカウントされる。当然に固定の支持政党がないからだ。しかし、これらをひとつの塊として「浮動票が」という主語でまとめて語っているのが現在の選挙の手法だ。しかし、それでよいのか。今回の山口県知事選挙でしっかりと見なければならないのではないか。

永田町に“山口ショック”!橋下ブレーンに無党派票が大量流入

 “山口ショック”が、永田町を震撼させている。29日投開票の山口県知事選は、保守王国を支える自民・公明両党が推薦した山本繁太郎氏(63)が、3新人を破って初当選したが、大阪市の橋下徹市長のブレーンで、「脱原発」を訴えた飯田哲也氏(53)に無党派層が大量に流れ、終盤で追い上げられたのだ。既成政党にとっては、次期衆院選での第3極躍進を予想させる結果となり、今後の政局にも影響しそうだ。
 山本氏は4期務めた二井関成知事の県政継承を訴え、自民、公明の両党組織票をまとめた。これに対し、飯田氏は中国電力が進める上関原発建設計画の白紙撤回を主張した。スローガンを「エネルギー維新」として、橋下氏率いる「大阪維新の会」との関係の近さをアピールし、名古屋市の河村たかし市長らを応援弁士に招き、「既成政党vs第3極」の構図を作り、7万票弱の差まで迫った。
 政党や報道機関が行った情勢調査では、山本、飯田両氏の差は「おおむね1カ月前の20ポイントから、告示日(12日)には10ポイント」(県政関係者)まで縮まった。投票率は45・32%で、過去最低だった前回を8・11ポイント上回り、選挙への関心も高まっていた。
 また、朝日新聞の出口調査では、無党派層に至っては、飯田氏53%、山本氏27%とダブルスコアだった。また、同じ調査で、70歳以上を除く女性票で山本氏と飯田氏が拮抗しており、女性の中で、既成政党不信、原発不信が広がっていることが浮き彫りになった。
 山口県は政権交代の嵐が吹いた前回衆院選でも、4つある選挙区のうち3つを自民党が勝利した保守王国だ。それだけに、今回の結果に既成政党は危機感を強めている。
 自民党の田瀬良太郎幹事長代行は、自主投票となった民主党に関して「不戦敗だ」と厳しく批判。一方で、「反原発、反消費税増税、反既成政党という逆風の中の選挙だったが(両党への)信頼感が表れた結果だ」と安堵しつつ、維新など「第3極」勢力への警戒感もにじませた。
 これに対し、みんなの党の渡辺喜美代表は29日、「新しい政治体制の始まりを意味している。次の衆院選の予兆が表れている」と述べ、第3極勢力への期待が高まっているとの認識を示した。
 来月半ばには「社会保障と税の一体改革」関連法案は成立する見込みだが、野田佳彦首相の解散・総選挙の時期をめぐる判断にも影響しそうだ。

2012年07月30日17時12分提供:ZAKZAK(夕刊フジ)
http://news.livedoor.com/article/detail/6805639/

「脱原発」を争点に 民主次期衆院選で菅氏

 民主党の菅直人前首相は30日、福井県敦賀市内で記者団に対し、次期衆院選について「『脱原発』が大きな争点になるだろうし、なるべきだ」と述べ、同党として「脱原発」を掲げるべきだとの考えを示した。平成37年度までに「原発ゼロ」にする「脱原発基本法」の制定を目指していることについては「次期衆院選で全国会議員、候補者に見解を問いただしたい」と強調した。党内での「脱原発」政策の取りまとめに関しては「内閣が決めるまで党が決めない必要はない」と述べ、政府に先行して行う可能性を指摘した。

2012年07月30日19時35分 提供:産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/6806225/

 俗に選挙関係者が言っている「浮動票」とは、まさに「B層型浮動票」のことである。確かにこの人々が非常に多い。ほとんどがワイドショーを見ているようなテレビ扇動に大騒ぎをする。しかし、その「B層型浮動票」の中に「過激派型浮動票」が多く含まれていることが多い。まさに「過激派型浮動票」は、隣の家の小さなスキャンダルであたり一面で噂話を売るオバサンの良心をつかみ、そして利用する。その大きな形が毎週行われている反原発デモである。実際の参加人数の20倍もの参加人数を彼らがいうのは、このB層の「潜在参加人数」を加算することによって大きく見せる「虚勢」でしかない。
 マスコミの調査で「無党派層」といわれるものは、無党派ということを自信を持っていっているのか、あるいはポリシーをもって無党派を主張しているのか、あるいは、支持政党がないということで消去法でいっているのかがまったくわからない。単純にいえば、無党派層の多くは「B層型」ではなく「不参加浮動票」であり、50%に迫る「無投票者」の中に入っているのである。実際に「B層」はそれほど多い数ではないが、逆に、投票に行く人の中では最も多き数字を出しているのかもしれない。
 浮動票の中でも、「不一致型浮動票」「派閥不一致型浮動票」は、単純に浮動票といえども、政治信条がしっかりしているので、基本的には批判型の候補者に投票を行うことはない。そのことは、事前の調査における「無党派層」が過半数を占める山口県において、飯田候補が当選しなかったことでもわかる。要するに「組織票」に「不一致型」「派閥不一致型」を足すと、「B層」を上回るということが実証されたといえる。
 では、この見方はどのようにして行えるのか。飯田候補の訴えた政策を見ればわかる。「反原発、反消費税増税、反既成政党という逆風の中の選挙だったが(両党への)信頼感が表れた結果だ」(上記記事から抜粋)としたが、まさに全て「反」をいっているだけで、だから自分はどうする、原発をなくして経済やエネルギーをどうするか、消費税増税をなくして財政再建や社会福祉の財源をどうするのか、既成政党をなくして『反』しかいわない人々に政治を任せられるのか、ということで、まさに「反対」はしても、対案が出ない人々の主張でしかない。その主張に乗る人々は、実際には「何も考えていない人」といえる。
 では「B層」はなぜ「何も考えない無責任な批判」ができるのか。それは「現状に満足している」からである。生活に困っていれば、「単純な批判」ではなく「対策」が必要になる。もちろん独裁者が人権を虐げていれば、そのような対策ではなく、政権の武力打倒が必要になり、ジャスミン革命やロシア革命のような革命が発生する。しかし、日本はそのようなことではない。命がけで戦わなければ、困窮し、政府の搾取で餓死するような国ではないのである。要するに、「現状の批判」はあるいみで「欲望」でしかない。その「欲望」は「変える」という言葉だけで「現状よりよくなる」という不思議な感覚を持つ。そのことがまさに「B層」の施行の中にある。自分の生活がかかっていないから「無責任」なのであり、その層に訴えるからマスコミも無責任な情報を提供する。その上で、スポンサーの都合でより一層「B層化」してゆくのである。
 このような状態出るから、しっかり説いた政策、そして将来像を言うこと、そしてその中で自分の政治信条を明らかにする人がいなければ、その人に政治を託すことはできない。山口県民の中には、まだ「B層」的な無責任な批判勢力がいるようであるが、それでも良心的な人が少なくなかったということがいえる。
 もちろん、山本新知事の政策全てが良いといっているのではない。そうではなく、「批判しかできない」「政策スローガンに『反』しかいえない」人々に政治を任せられない、その選択が行われたことを重く受け止め、次の選挙の参考にすべきではないのか。

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