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マスコミ批判に関する一考(138) 中国での虚報と政治的意義を伝えない日本の報道

マスコミ批判に関する一考(138) 中国での虚報と政治的意義を伝えない日本の報道

 マスコミ批判に関する一行の連載を始めてきているが、実際に害故国のマスコミに関する内容もしばらく遠ざかっていたようである。今回は、日本のマスコミではなく中国のマスコミというものを見て見よう。
 中国に、そもそも本当の意味でマスコミが存在するのかということは、はなはだ疑問である。実際に民主主義の無いところで自由意志や報道の自由、言論の自由というものが存在するはずが無いのである。共産党一党独裁という自然でない政治体系の中で、その政治体系を維持するためには、何らかの形で情報を操作統制しなければならないのである。マスコミがその情報の捜査や統制に加担しなければならない状態になることは間違いが無い。私が行っていたころの中国は、マスコミだけでなく、小売業であっても情報省の管理下に入っており、各地方行政組織の中にも情報強が存在し、その情報局の権限でさまざまな情報が統制されたのである。小売業も情報相の範囲内ということは、販売する商品についているメッセージや商標などにおいても情報の範囲内ということになったのである。たとえば、毛沢東の顔に大きく罰を書いたシャツを売ることができるか、ということになれば、当然に情報相の範囲内で規制がかかることになるのである。
 そのような中での報道ということになれば、当然にその内容は情報相の管理下、要するに政府の管理下の中にあるものと考えられる。
 しかし、その内容は徐々に緩和されているのではないか。実際に、改革開放経済以降、共産党の政策も徐々に改革開放されてきているような気がする。実際に「気がする」だけではなく、改革開放経済が始まった年に脅威訓戒各会報も行われている。李克強など、今回の執行部の多くはその改革開放教育を受けた世代であり、その人々が情報を管理するということになれば、自らも改革解放で海外の留学経験などもあり、情報に関する考え方が異なるということもあるので、当然にその内容が緩和されることになる。
 そのように考えれば一昨年くらいから挙げられるマスコミの情報緩和に関しても、一概にインターネットに関する内容ばかりとは考えられない部分がある。実際に、一昨年の中国新幹線の脱線事故などは、一度埋めたものを掘り起こすということになっているのである。そのようなことを行うということ自体が、今までの「情報統制」の中では基本的には考えられないことなのではないか。
 そのような中において、今回、そのマスコミが「虚報」、いわゆる「ヤラセ」であったということが明らかになった。その記事を見て見よう。

“庶民派”習近平主席のタクシー事件、「虚偽報道」を疑問視する声も―中国版ツイッター

 2013年4月18日、中国共産党寄りの左派新聞とされる香港紙・大公報は、「習近平(シー・ジンピン)中国国家主席と北京市内のタクシー運転手との間で交わされたやりとり」を紹介したが、同日内にこれを「虚偽の内容だった」として一転、謝罪を行った。
 この記事は、習氏が国家主席に就任する直前の3月1日、北京市内で付き人1人を伴ってタクシーに乗車し、その際に中国共産党や政治についてどう思うか、運転手から庶民の一意見を聞きだしたという内容。中国国営メディアの新華社通信も当初は「北京市交通当局に事実確認がとれた」と、この内容を支持したが、夕方になると一転して「大公報の記事は虚偽」と伝え、大公報も自社サイトで記事が虚偽であったことを報告し、謝罪に転じた。
 “官製メディアによる誤報”という珍しい事態。一般人の意見表明の場として広く普及している“中国版ツイッター”にも多くの意見が投じられることが予想されたが、翌19日午前現在、関連の投稿は削除措置や投稿禁止の措置がとられている様子だ。それでも、一部の関連投稿を拾うことができた。単純な誤報事件とはとらえていない意見も少なくない。以下、寄せられた意見。
 「これは好ましくないすう勢だ。公共のメディアまでがまるで個人発信のソーシャルメディアのようにスピードばかりを重視して、裏もとらずに事実に反した情報を流すとは。読者のメディア不信がより一層進むだろう」
 「どれが本当でどれが嘘か、実のところは誰にもわからない」
 「事実かそうでないかなんてどうでもいい、重要なのは読者がどう思うかだ」
 「タクシー運転手が口封じされないことを祈るよ」  
 「官製メディアは信用できない!」
 「今後は何を信じたものか。人民日報でも信じろって?」(※人民日報は中国共産党機関紙)
 「香港の大公報は中国でいう人民日報みたいなもの。誰も読まないよ」
 「香港人は大公報と文匯報は地元新聞とみなしていません。共産党機関紙と認識しています」
 「大公報って読んだことはないけれど、まさか国家指導者に関する虚偽情報をトップ記事にするような媒体ではないだろうよ」
 「大公報のような共産党系の新聞が、国営メディアに『虚偽報道』と指摘されるのは一大事。しかも、最初は事実と認められていたのに」
 「謝罪すべきは大公報ではなく、裏で芝居を組んだ人たちじゃないかな」 
「こういう記事って発行前の審査は厳しいはずじゃないの?それとも報道規制が緩和されたとでも?」
 「この何十年もの間、中国は政治的な必要性があって、ねつ造されたニュースが横行してきた。南京大虐殺の件だって、今回の事件と大差ないさ。どんな報道も真に受けるおバカさんには分かる訳もないかな」
 「今後はきっと厳しい世論統制が始まるぞ」 (翻訳・編集/愛玉)

2013年4月19日(金)14時6分配信 Record China
http://news.nifty.com/cs/world/chinadetail/rcdc-20130419015/1.htm

 今回の事件は、“官製メディアによる誤報”という珍しい事態であり、左派新聞とされる香港紙・大公報が自ら虚偽であるということを認めたという内容になっているのである。このことは、日本のインターネットメディアばかりではなく、たとえば読売新聞などでも報道されているが、あまり大きく報道されていないのはなかなか面白い。日本のメディアは、中国の左派官製新聞が自ら認めた内容であってもなかなか記事にしないというのが一つの方向性になっているのであろうか。
 もちろん、日本のメディアであっても「やらせ」は存在するし、寝たそのものを作ってしまうこともある。実際に、先日韓国に行ってきた。四月16日であるから、日本のメディアではボストンのマラソンの爆破テロ事件以前であり「韓国は緊迫した状態」都報道しているところであったが、実際に言ってみればソウルしないで兵士の姿を見ることは無く、軍隊の車を見ることも無い。町の中は、平穏であった。それどころか軍事境界線に近い38度の町バジュであっても、北朝鮮から2キロしか離れていないところで「お花見」をしているほどののどかな風景である。日本の報道ではいつ戦争が始まってもおかしくないとか、保存食が売り切れているなどといっているが、一体どこの国の話しなのか、全くわかりはしない。この韓国の「大誤報」をしている日本のマスメディアが、今回の中国の虚報を攻められるはずも無く、扱いがちいないのかもしれない。
 その上で、実際に今回の件も大公報が自ら虚偽であると認めなければ習近平の美談はそのまま残されたままになっていた。実際に、このように認めるところが、だいぶ改革開放になってきたところではないのか。この内容に関してのインターネットの反応はなかなか興味深い。というよりは、実際にインターネット上の内容は、メディアの信用性そのものが無いという感覚のものが多く、マスコミそのものが陳腐化してしまっている中国の現状が見て取れるのである。まさにこの現象こそ、共産党一党独裁による情報統制の結果であり、そしてそのことが中国の政治システムである共産党一党独裁ということそのものが、信用がなくなってしまうということにつながってくるのである。これでは、情報統制をしてしまって、かえって、信用を失うということになってきてしまっている。
 中国は、まさに情報統制とその改革開放そのものの問題が最大の問題になっている。マスメディアが自分でさまざまな情報を操作しているつもりで、いつの間にか自らの情報の信憑性全体を失っているという構造である。これこそ、まさに今の日本のマスメディアも考えなければならないことではないのか。

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