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マスコミ批判に関する一考(137) 凋落のフジテレビの「考え違い」

マスコミ批判に関する一考(137) 凋落のフジテレビの「考え違い」

 フジテレビの凋落ぶりが激しい。
 ドラマやバラエティの視聴率では3位に交代、以前長年1位を続けていたフジテレビはまったく姿を消してしまった。そもそも「フジテレビデモ」なども発生するほどのフジテレビバッシングに地上波デジタル放送になったことによって、番組表の端に追いやられたという事なども、フジテレビの視聴率の凋落の原因とされた。しかし、それは単純に「面白くない」番組の言い訳にしかならない。単純に、番組表の端であろうと、デモが発生しようと、「見たい」番組を作ればしっかりと見てもらえるはずだ。これらの「言い訳」は、実際に魅力のある番組を作ることができないということの現われでしかない。
 では、フジテレビはなぜ魅力乗る番組を作ることができなくなったのか。
 フジテレビデモに参加した人ならば「外国の資本に買収された」と言うことを言うであろう。もちろんそのことを否定するつもりはない。しかし、もっと根本的なところがあるのではないか。
 単純にいえば、その内容は二つ。ひとつは「視聴者の見たいものがわからなくなってしまった」ということ。もうひとつは、「資金がなくて良い番組が作れなくなってしまった」と言うことになるのである。まさに「マーケティング」と「デフレ不況」がフジテレビの凋落の大きな原因であると言うことが言える。同時にこの二つを間違えば、どんな企業であっても凋落してしまうのである。
 フジテレビは、まさにそのデフレ経済時代の凋落を、まさに多くの人に目に見える形で行ってくれた貴重な企業であり、世の中の企業の「悪い例」として存在しているのだ。 その上、その悪い例をまったく直そうともしない。
 今回もそのような事案が出てきた。この内容の何が問題なのか。まず記事を読んでいただくことにしよう。

フジテレビ初音ミク「ボカロ歌謡祭」のお粗末  タイトル誤記、CGしょぼすぎて「これ誰?」

 フジテレビが放送した「ボーカロイド歌謡祭2013(春)」が不評だ。歌謡祭とは名ばかりで人気ランキングが中心のうえ、メインタイトルの綴りを最後まで「VOCALOIDO」と誤って表記、登場したキャラのCGがしょぼいなど、「突っ込み所が満載だった」などとネットで非難されている。
 「ボーカロイド歌謡祭2013(春)~初音ミク から生まれた新たな音楽の世界~」はフジが2013年4月6日深夜に放送した1時間番組。
 「歌謡祭」なのに人気ランキングの発表が中心
 ボーカロイド(VOCALOID)とはヤマハが開発した音声合成技術で、パソコン用ソフトを起動して音符や歌詞や打ち込むとまるで人間が歌っているように表現できる仕組み。日本ではクリプトン・フューチャー・メディアが製品化し「初音ミク」などのバーチャルアイドルが誕生し、動画投稿サイト「ニコニコ動画」ではおびただしい数の楽曲やキャラを使ったアニメーションが発表されている。また、セガによって立体CG動画が制作され、この立体動画を使ったコンサートが日本だけでなく欧米やアジア諸国で開催され大人気を博している。
 今回の番組でフジは「地上波初のボーカロイド歌揺祭」を謳い、インターネットとテレビのコラボになるとPRしてきた。ただし、ネットでは、フジはネットを敵視してきたはずなのに「今更なに擦り寄ってきてんだ??」など声が挙がっていた。
 番組に登場したボカロキャラはミクのほか、神威がくぽ、IA、GUMIが登場、歌を披露したのだが、突っ込み所が満載の番組だった、として騒ぎになった。まず、番組名であるにもかかわらず、「VOCALOID」の表記を間違え最後まで「VOCALOIDO」と紹介していたこと。
 「歌謡祭」なのに歌が少なく、前半と後半に紹介した人気ランキングが突出して目立ってしまった、などが報告された。
 カルチャーを知らないスタッフが作った低予算番組?
 キャラが歌う様子の立体CG動画も、しょぼい作りだとして話題に。「首が落ちそうになっている」「キャラの足元に付けた影が、バックの人間ダンサーの影と方向が逆」などという指摘が。ミクのCGにも「これ誰?」という不満も出ていたが、なぜか番組の最後には、セガがコンサート用に制作したと思われる非常にクオリティーの高いミクが登場。「なぜ初めからこれを使わないのか」という不満の声が出ていた。
 こうなってしまったのは、ボーカロイドカルチャーに疎い製作スタッフが低予算で番組を作ったことが原因だろうという見方が大半だ。一方で、これだけ突っ込み所満載の番組だったため、非常に楽しむことができて「大満足だった」と皮肉な評価をする人もいた。

J-CASTニュース 2013年04月07日18時14分
http://news.livedoor.com/article/detail/7571726/

 私自身、ボーカロイドのファンでもなんでもない。しかし、ある程度は社会的な減少として知っていると言う程度である。それだけに、この製作スタッフの考え方は「人間が出るわけではないので、ギャラの分が安くなる」ということが中心になって企画したものであることは容易に想像がつく。要するに「低予算」ありきの番組であると言うことがいえるのである。そのことは、この記事に書かれている通りに、最後にオリジナルキャラクターが出てきていて、それまでが「まねた」キャラクターが出てきたところからも簡単に伺える。著作権版権の問題からオリジナルを使えばかなり高くなるし、セガに依頼すれば制作費も高くなるのである。
 ここで考えてもらいたいのが、フジテレビにはこの「二次元キャラクターの扱いが悪い」と言うことである。このブログでも過去に「黒子のバスケ」のイベントの問題などさまざまな「作家」が怒ってフジテレビがトラブルを起こしていることを書いているが、事際にこれは「作品」に対する考え方が、フジテレビの中の「予算」中心になっていると言うことに他ならない。膨大な制作費はどこに行ってしまっているのか。そのことがわからない状態では見えない部分があるが、実際にフジテレビの台所事情が良くわかる部分があり、それを明らかにしないでキャラクター番組を作ること自体が「予算の低減化」と言うことを目指して作っていると言うことに他ならないのである。しかし、作家にいてみればデザインと言うもの(キャラクターイメージ)は、そこに命を吹き込んだものであり、自分の作品に思い入れやプライドがあれば、自分自身よりも重要な内容として考えなければならないものである。その状態でありながら、安易に「経費節減のため」人間よりも安いと言う観点で使われては、腹立たしいと言うものであろう。
 まさに「デフレ不況」と言う観点で語ればこのようになってしまう。また、もうひとつの凋落の原因である「見たいものを作ることができない」と言うことに関していえば、「歌謡祭なのにランキング中心」と言うところに現れている。
 この観点で語れば、実際にテレビ局や製作者が、この番組の制作に当たってマーケティングをしていないということに他ならないのである。マーケティングをしていないというのは二種類ある。良くあるのは、芸能事務所や版権の権利者との関係において、その意向が強い場合である。その意向が強い場合は、当然にその意向がなければ番組が成立しないので、それはマーケティングそのものよりもその意向を中心にするということがある。基本的に漫画などの実写版のドラマ化または映画化などの場合の配役などに、これらの事情が重なると、ファンのイメージとまったく違う配役になってしまうことがある。しかし、今回はこの事情によるものではないと強く想像される。まさに、上記のように、セガの作成したキャラクターが出てきていないので、その番組の構成もセガの意向が少ないと見るべきである。と言うことは、単純にフジテレビがマーケティングを行わなかったということである。これは「何かが欠けている」からである。その「何か」とは「マーケティング調査費」なのか、あるいは「時間」なのか、または「政策にかかわる人数」なのか、または「マーケティングの能力」のどれかである。いずれにせよ、この欠けている「何か」は、テレビ局が最も欠けてはいけないものばかりであり、そしてその内容が欠けているから「見たいものが作れない」という状態が出てくるのである。
 質の良い番組を作る、今回は報道と言うものではないが、まさに娯楽番組であってもバラエティであっても同じであるが、安易な考えと十分でない経費と言うことでは、基本的にはうまく行かない。特に原因のひとつである「デフレ不況」は、まさに、テレビ局が政情の不安を演出して作り出したものであり、その結果として民主党政権ができたのである。その経緯に関しては私がもう4年前に上梓した「民主党の闇」に紹介したとおりである。しかし、それだけでなく、実際に各マスコミは自分の報道によって招いたデフレ布教により優秀な人材の流出を招き、または、ゆとりのある人材の育成を怠るっけ課になり、結局テレビそのものの魅力を失わせているのである。
 まさに「テレビの自業自得」が今回の内容ではないのか。その自業自得と言うことを認識しない限り、フジテレビデモのようなデモは続き、また、テレビ局尾凋落、視聴者のテレビ離れが進んでゆくのではないだろうか。

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