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2013年5月

橋下「慰安婦問題」発言に関する影響とその問題点

橋下「慰安婦問題」発言に関する影響とその問題点

 あえて、今までこの問題に関してブログに書くことはしなかった。フェイスブックには一回だけ書いたし、その内容は渡井sが知り合いとの間で話した内容であって、私個人の意見ではない。この問題に関しては、思うところがたくさんあるので様々なことを書かなければならないと思うのであるが、今まであえてやめてきた。
 個人的な意見を言わせていただければ、ある意味で共感できるところもあるし、非難したいと思うところもある。その原因はいったい何なのか。そのことの整理をしっかりつけたいと思っていたからである。
 さて、まずこの問題、いくつかの問題点があり、その問題点に関していつものマスコミのごとくごちゃごちゃにして伝えられている。
 「慰安婦という制度はあったのか」
 「旧日本軍に限らず軍隊において性の処理をどうするのか」
 「日本だけが従軍慰安婦として非難されるのはなぜか」
 「現在の沖縄などにおける米軍のレイプなどの犯罪に関してどのように考えるのか」
 「朝日新聞や毎日新聞は誤報をしたのか」
 「自民党は二枚舌なのか」
 これらの問題がすべて混ぜて批判されている状態であり、それでは話にならない。逆に言えば、これだけの「議題」を5月13日の会見のあの言葉だけで作り出したということはある意味ですごいが、逆に、それを分類し、そして収集するだけのその後の話ができていない。それどころか、話しているうちにいつの間にか論点が増えてしまい、そしてその論点に関して、「自分の意志とちがう」などとして相手を攻撃する状況が出来上がっているのである。これでは話にならない。
 ある意味で、問題点の指摘というのはだれでもできる。政治家である以上は問題点を指摘したうえで、それをわかりやすく「誤解のないように」国民や関係者に説明し、そのうえで、その内容をある一定の方向、通常は「国益につながるように解決」の方向性をつけなければならないということになるのであるが、今回の件で橋下氏は、そのような動きになっていないということが言えるのである。少なくとも「誤解の無いように」ということと「国益につながる解決」はできておらず、他(マスコミや自民党や政府など)を批判することによって、その非難が新たな論点となって問題が拡大するという状況が生まれたのである。

橋下氏、慰安婦発言で重ねて釈明 声明文公表

 日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長は26日、日本外国特派員協会の記者会見で27日に読み上げる予定の、旧日本軍の従軍慰安婦などをめぐる自身の発言に関する見解文書を公表した。慰安婦発言は「誤報」との釈明を繰り返した。「私の認識と見解」と題し、日本語版、英語版の計12ページ。慰安婦発言をめぐる報道に関し、冒頭で「本来の私の理念や価値観と正反対の人物像・政治家像が流布しているのがこの上なく残念」と指摘。

共同通信 2013年05月26日21時31分
http://news.livedoor.com/article/detail/7708945/

維新、大失速…橋下発言、近畿も「NO」 参院選投票先、民主以下 産経・FNN合同

 産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が25、26両日に実施した合同世論調査で、日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の慰安婦制度に関する発言について、75・4%が「不適切」と回答した。一連の橋下氏の発言で維新の支持を急落。今夏の参院選の比例代表の投票先としても前回調査(4月20、21両日)から4・4ポイント減の6・4%となり、民主党(8・8%)に抜かれて3位に転落した。今夏の参院選に大きな影響を与えそうだ。
 慰安婦制度に関する発言で、「適切」は16・8%だった。橋下氏が在日米軍に風俗業の活用を進言したことについても80・7%が不適切と答え、適切は12・2%にとどまった。
 それぞれの質問で不適切と回答した人を地域別でみると、慰安婦制度、米軍の風俗業活用ともに東京が80%台でトップ。近畿も高く、慰安婦制度が73・6%、米軍の風俗業活用も84%が不適切と回答した。不適切とする回答は都市部で高い傾向にある。
 年齢別では、慰安婦制度は男女とも40、50歳代が高く、とくに女性の50歳代の92%が不適切と答えた。男性も50歳代の78・7%がトップ。米軍の風俗業活用も女性の50歳代の93・3%、40歳代の91・5%が不適切とした。
 このほか、橋下氏の発言を受け、みんなの党が維新との参院選での協力を解消したことには60・1%が妥当と回答。維新に対するイメージでは、40・9%が悪くなったとした。
 参院選後に自民党が組む連立相手の政党としても、維新は前回(20・7%)からほぼ半減の10・7%となり、公明党の20・5%(前回比2・2ポイント増)に抜かれた。

2013.05.27 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130527/plt1305271237004-n1.htm

橋下氏発言、女性の8割が反発 産経・FNN世論調査

   日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長の慰安婦発言について、女性の79.3%が「不適切だ」と回答したと、産経新聞とフジテレビ系ニュース「FNN」が、2013年5月25、26両日に行った合同世論調査の結果を明らかにした。

   それによると、米軍に風俗業を活用するよう求め、その後撤回した発言については、女性の82.4%が嫌悪感を示しており、女性の支持離れが顕著になっている。

2013年5月29日(水)14時53分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-176111/1.htm

 さて、まずこの問題は、以前にフェイスブックでも指摘したように「従軍慰安婦」という単語である。そもそも、政府もしくは軍隊またはその後進である自衛隊において「従軍慰安婦」という正式な単語はない。もちろん記録に残さなかっただけなどということはあるが、「挺身婦人隊」というものはあるが、これは、銃後の守りから軍服などの工場において男性が兵隊にとられてしまうために、女性が働かなければならない状態で、女性が徴用され、労働力として使われた。もちろん性的な労働ではない。そしてその女性も低年齢化し、「挺身少女隊」が組まれることになる。まさに男性における「学徒動員」と同じ状況であるが、女性の進学率が少なかったこともあって、女性の場合は「学徒動員」とは言われなかったのである。
 何が言いたいのか。要するに「従軍慰安婦」という単語は単純に戦後の日本のマスコミの造語でしかなく、そのために、様々な訳語が使われることになってしまうのである。橋下氏は、マスコミを批判しながら、マスコミの造語を使ってしまうということである。
 この造語を使ったこと自体で、そもそも完全な勉強不足である。ある、維新の会の国会議員がはっきり言っていたが「橋下氏は素晴らしい突破力があるが、しかし、若いので勉強不足で、なおかつ自分の言ったことの影響が全く分からないで軽々に発言をしてしまう。特に国際的な影響をまったく意識しないで発言してしまうことは、政治家としては問題である」として、その議員のエピソードを交えて教えてくれている。
 まさにこのことが問題である。橋下氏が単純に芸能人で弁護士でしかないのであれば、今回の発言で大きな問題になることはなかったのではないか。しかし、地方行政とはいえ、首長であり、そして国会議員を50名以上擁する政党の共同代表である。それだけの公的立場があるのにかかわらず、軽軽な発言で政治を混乱させるのは、とても問題であり政治家としての資質が大きな問題とされる事案ではないのか。本来は、上記のような論点を整理し、一つ一つ誤解の無いように、そして、国際感覚ということであれば、英語に翻訳されてどのように影響されるかといういことをしっかりと考えるべきではないのか。その点は石原共同代表のほうは心得たもので、「売春婦が多数存在したことは事実」として誤解の無い日本語を使っている。にもかかわらず、橋下氏は、あえて「慰安婦」という単語を使い続けたことが石原氏との感覚の違いであり、また、維新の会を除名になった西村議員の「売春婦が多数」という発言も、的を得た事実ではないか。誤解を与えない内容でしっかりと発言しているからこの二人にはあまり批判が来ない。誤解を与える発言をし、論点が拡散するから、様々なところから批判が来るようになる。
 最終的に、政府見解を言うにとどめた外国人記者会の会見では、当然に、その点が全く見えず、論点の着目具合によって橋下氏の評価が変わる。これは、橋下氏がばらまいたさまざまな論点にすべてこたえていなかったという評価になる。当然に、そのような評価であれば批判され、そしてこの問題に終止符を打つことはできないのではないか。
 従軍慰安婦といわれる内容に関して、私自身の考えを書く前にまた紙面の最後になってしまった。大東亜戦争に関する様々な論点に関して、いつか私の個人的な意見を一度まとめて書いてみたいと思う。

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中国が海洋経済発展報告を発表したが日本の海洋部門は衰退の一途

中国が海洋経済発展報告を発表したが日本の海洋部門は衰退の一途

 ここ数日間様々な勉強会に顔を出している。勉強会の多くは日中・日韓関係にかかるものばかりであり、そしていずれも二中、日韓関係にかにsて悲観的な未来を指し示すだけで画期的な打開策は測れない状態になっている。もちろん、その中において、例えば尖閣諸島へ自衛隊の駐屯を進言するものから海洋開発に関する船の強化などを考えるところもある。
 しかし、人口ということに関しては中国の10分の1しかない。数の勝負になって中国との問題は解決しないどころか、物量や人口勝負になった瞬間に、日本は、中国に対して一方的に不利な状態いあるということを考えなければならない。
 中国人が嫌い、韓国は良くない国というのは良いが、そもそも中国の弱点はなんなのか、日本の強みは何か、なにで勝負すれば日本は中国に勝てるのか、そして領土や国民や主権を守れるのか。そのことを考えなければならない。
 中国は残念ながら、その点のことは非常によくわかっている。中国は技術力と団結力注いて海洋開発という点で日本に劣っていることを自覚している、技術力は「産業スパイ」で。団結力は「マスコミの買収」と「情報戦(宣伝戦・心理戦)」で日本を崩している。
 そして、海洋に関しては一つは軍事力の強化、そしてもう一つは漁民など「海洋の仕事の従事者の増加」ということで、その強化を行っているのである。
 海は中国にとって新たなフロンティアであり、その生涯は日本であり、俗にいう第二列島線といわれるところが中国の海洋進出を阻んでいるのである。その中国の海洋進出を阻むところが、日本であるということが中国の日本バッシングの大きな要因の一つであろう。
 これに対して、日本は抵抗するどころか、中国の言いなりになって「琉球独立」などを叫ぶ社民党売国奴議員がいるくらいである。日本語を使い、日本の助成金などをもらいながら琉球独立などという位ならば、戦争直後に戻して、アメリカに琉球を返還したらどうであろうか。そんなに日本が嫌ならば、沖縄返還前に戻すというのも一つのやり方なのかもしれない。もちろん、これが極論であることはじかくし、講義があればお詫び申し上げるが、私の考えでは琉球独立し中国に飲み込まれるよりは、そのほうが良いのかもしれないと考える。
 さて、その海洋経済発展報告について、日本のことを考えてみたいと思う。

中国が海洋経済発展報告を発表…今後20年にわたって成長

  中国海洋局の海洋発展戦略研究所はこのほど、「中国海洋経済発展報告(02013)」を発表した。同報告書は中国の海洋経済の発展プロセスや成果を記録し、専門的に評価した初めての報告書として、多くの注目を集めている。中国国際放送局が報じた。
  報告によれば、中国の海洋経済は今後20年にわたって成長し、経済への貢献も安定した伸びを見せ、2030年以降に成熟期に入る見込みだ。
  また、予測によれば、2015年における中国の海洋産業の総生産額はは5兆1000億元~5兆9000億元(約84兆円~92兆円)に達し、30年には20~24兆元(約314兆円~377兆円)に達する見込みだ。(編集担当:村山健二)

サーチナ 2013/05/22(水) 10:15 
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0522&f=politics_0522_001.shtml

海洋経済は2030年から成熟期に

 国家海洋局海洋発展戦略研究所が20日に発表した「中国海洋経済発展報告(2013年版)」によると、中国の海洋経済は2030年までは成長期にあり、30年以降は成熟期に突入するという。新華網が伝えた。
 同報告によると、12年の中国の海洋経済生産額は5兆元の大台を突破し、同年の国民経済全体に占める割合は9.6%に達した。現在、中国海洋経済は安定的で急速な伸びを維持しており、海洋における生産規模、海洋をめぐる産業構造、海洋関連の雇用がいずれも著しい成果を上げ、海洋経済の空間配置は基本的に完成したといえる。
 また同報告によると、15年から30年にかけて、中国海洋経済は成長期にあり、未成熟から徐々に成熟に向かい、成長モデルは粗放型から集約型への過渡期を経る。海洋資源の利用効率は大幅に向上し、国民経済に対する海洋経済の貢献度が緩やかに上昇することが予想されるという。
 同報告は次のように予測する。一般的な基準に基づけば、30年の中国海洋生産額は20兆元を超え、国内総生産(GDP)に占める海洋生産額は15%を超える。
 また同報告によれば、今後10年から20年の間に、戦略的新興海洋産業が海洋経済の持続的で健全な発展を牽引することになる。海洋科学技術は海洋経済発展の重要な推進力であり、海洋ハイテク産業の拠点が海洋経済の発展をもたらす重要な措置になるという。
 同報告は次のように問題提起する。沖合の開発を重視し、深海や遠海の利用を軽視する。資源の開発を重視し、海洋環境の生態効率や産業構造の類似を軽視するといった問題にどのように効果的に対処するか、グリーン成長をどのように実現させるかが、現在とこれからの海洋経済が直面する重大な課題になる。(編集KS)

 「人民網日本語版」2013年5月21日
http://j.people.com.cn/94476/8252672.html

 さて、中国がこういうような計画とか、中国が日本を狙っているという話はすでに何回もしている。では、日本はその対策はどうなっているのか。
 二つの観点から物事を見なければならないのではないか。一つは政府しかできない対策。もう一つは、我々ができる民間の対策である。中国の問題などを方sると、すぐに「政府が」「自衛隊が」「海上保安庁が」「マスコミが」となる。しかし、例えば漁民という話になれば、我々でもできる話であるはずだ。
 例えば日本の海洋関係の大学は次々と統合されてしまっている。商船大学と水産大学が統合したということはそれだけ海洋に関する専門家の育成数が少なくなったということである。中国が千隻以上の漁船を連ねているときに、海洋の専門家を育成する大学が少なくなっているのは、まさに、中国の防衛予算が増加しているのに日本の防衛予算が削られているのと同じである。対馬に関しても同じ、数字でいえば、対馬に本土から観光に行く人は年間4000人、これに対して韓国からの観光客は15万人を超えている。この状態で対馬の経済などを無視して、「韓国観光客を廃絶しろ」などと叫んでも、その代わりになる州にゅもなにも負ければ、結局対馬そのものに人が住めない(産業がない)ということになってしまい、結局人口の減少をすることになって、韓国に乗っ取られていしまう。極端な言い方かもしれないが、人が済まなくなった土地を韓国人や中国人が買いあさるということは通常にありうる話である。
 尖閣諸島に関しても同じで、山田吉彦教授の勉強会で話された数字をこのまま引用すれば、昭和57年、日本の水産業の最盛期で石垣島周辺の漁獲高は15億円、最近では4億円前後ということになっている。尖閣に出向する漁船は10隻程度。これに対して、中国漁船の漁獲は年間6000万円。そして1000隻である。ということなので、尖閣諸島自体が、日本人に使われない島になってしまっているのである。
 もちろん、このような内容だから中国や韓国にとられても仕方がないなどといっているのではない。そのような話ではなく、「中国は悪い国」という以前に、「日本人が民間絵でできることは何か」を提言すべきではないのか。そのうえで、例えば漁船が中国公船におわれるなどの問題が出てきた時に初めて「政府」である。安全な経済活動を守る義務が政府にはあるのである。何もしない、利用しないところで権利だ桶を主張するのではなく、日本人が日本人として何をしなければならないのかということを具体的に考えなければならないのではないか。
 何度も言うが、私はそれだから中国がとって構わないとかではない。しかし、中国が漁船などの民間力を使っているのだから、日本もそのようにすべきであり、そして政府がそれを守る、そして大きくなれば日米安全保障条約となるように考えるべきなのではないか。
 このほかにも、上記に中国の情報ということも挙げたが、中国のじょじゅ法を得る、中国の体制を知るなどのこともある。日本のために何ができるのか、そのことを考える必要があるのではないか。

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「笑う門には福来る」アベノミクスで町の賑わいが戻ったことをなぜ正当に評価しないのか

「笑う門には福来る」アベノミクスで町の賑わいが戻ったことをなぜ正当に評価しないのか

 24日に株価が暴落し、その後株価が乱高下している。ある意味で調整局面が来ているということも言える。昨年の10月以降、株価は上昇一局面である。まさにアダム・スミスの「神の見えざる手」によって、当然に調整される。当然に同じものが、そして売られるもの(消費財ではない)というものに関して言えば、当然に安くなれば買われ、高くなれば売られる。そうやって資金化することによって、利益を確定させる人が出てくることになるのである。
 さて、この辺は難しい株価や投資の話になってしまう。そのために、基本的にその専門の人々に任せればよいのではないか。このブログでは、あまり難しい専門的なことを言う必要はないと思っているし、そのようなことをここで考える必要は全くないと思う。それよりももっと身近な部分で経済を感じることができるのかということが重要ではないのか。
 先週の金曜日、ある会合があって私は久しぶりに終電帰りであった。その時に驚いたのが、JRの池袋の駅構内で3人も寝ている人がいたのだ。もちろん「ホームレスがそこに住んでいる」という意味ではない。いい気持に酔っぱらって、そのまま酔いつぶれて寝ているという光景である。そしてその人をよけて歩く人の波がまさにたくさんの人であった。
 さて、ある意味で普通の情景だったかもしれないが、いわゆる「アベノミクス」といわれる経済効果が出る前は、このような話はほとんど見なかった。終電は確かに混んでいたが、酒に酔っている人は少なく、多くが残業がえりであった。「残業がえり」と「酔って寝ている」という状態が半年でこれまで異なるというのはなかなかないことではなかったか。ある意味で、景気が良くなったという感覚そのものが、一般のサラリーマンに「飲んで帰る」というゆとりをもたらしたことは間違いがないことなのではないか。
 このほかにもタクシーが夜つかまらなくなったなど、景気回復を感じることは非常に素晴らしいことではないのか。

夜の街にアベノミクス効果 株高と交際費復活 潤う高級店

 高級腕時計や宝飾品などの高額品消費を呼び込んでいる安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」の効果が、東京・銀座など夜の歓楽街にも波及してきた。老舗すし店や高級クラブに客足が戻り、タクシーチケットも復活の兆しがみえる。ただ、足元で乱高下する株価と同様、安定した回復局面とまではいえず、大多数の飲食店は、かつてのにぎわいとはほど遠く、依然厳しい実情も垣間見える。
 「シャンパン、ありがとうございます!」。ホステスの声とともに、店内に拍手が鳴り響いた。東京・銀座7丁目の高級クラブ「クラブ 稲葉」。3人のホステスに囲まれた男性の席に、1本8万5千円のボトルが運び込まれた。
 ママの白坂亜紀さんは「ワンランク上のボトル注文に、躊躇(ちゅうちょ)しないお客さまが増えた」と風向きの変化を感じとる。昨年までは2次会需要が売り上げの柱だったが、今年は午後11時を過ぎてからの3次会需要も復活。「他のクラブに『いってらっしゃい』と送り出す回数も増えました」と話す。
 酒類販売大手カクヤスが構える銀座のワインセラーには、周辺のクラブから5万円超の高級ワイン「シャトー・ムートン」の注文が相次ぐ。首都圏営業部の橘内秀朗課長は「最近は深夜0時過ぎでもオーダーが入る。はしご酒が増えている証拠」と手応えを語る。
 景況に左右されないといわれる高級料理店にも恩恵が及ぶ。著名人の多くも足を運ぶ老舗すし店「銀座 久兵衛」は、午後6時すぎには予約客で席が埋まる。今田洋輔社長は「景気で大きく変わった実感はない」と話すが、厨房(ちゅうぼう)の一角につるされたカレンダーには、3月、4月と進むにつれ、目標数値を大きく上回る日販額が記されている。
 今期の本業のもうけを示す営業利益が6年ぶりの高水準を見込むトヨタ自動車のおひざ元・名古屋。系列企業が接待に使う「錦3丁目」は3月以降、「週末のタクシー乗り場に、乗車待ちの車列がなくなる回数が増えた」(名古屋市内のタクシー運転手)。タクシーチケットの利用客も増加傾向にあるという。
 歓楽街が潤う背景には、アベノミクスによる株高で恩恵を受けた個人投資家の需要と一部企業の交際費復活がある。「昨年まで領収書を切るのは、主にITベンチャー企業の社長だったが、最近は大企業も戻ってきた」。銀座のダイニングバー「水響亭」の佐々井朗店長は口元を緩める。ジェーシービー(JCB)によると、銀座の1~3月の法人カード決済額(高級飲食店や接客業)は前年同期比27・7%増で、4月は41・6%増と大幅に伸びた。
 交際費の復活は企業側の景況感の改善が大きい。SMBC日興証券の集計で、東京証券取引所1部に上場する平成25年3月期決算の企業全体の最終利益は、前期比24・1%増。今期も同48・4%増の大幅な増益が見込まれる。
 中小企業にも追い風が吹く。従来は交際費の上限額は年間600万円で、税金のかからない損金として認められるのは90%までだった。しかし25年度税制改正で上限額が年間800万円に引き上げられた上、全額を損金算入できるようになった。下村昇治税理士は「仕事をとるために営業を活発化させる企業にとって改正は追い風」と話す。もっとも、国内の個人金融資産に占める有価証券の比率は約13%にすぎず、今のところ株高の恩恵を受ける飲食店は、一部の高級店などにとどまる。
 大阪を代表する繁華街・北新地(大阪市北区)の老舗バー「ダナ」。創業40年の歴史を誇る趣あふれる店内は、平日でも客足が絶えない。だが、北新地の情報提供サービスを行う「キック」の今井利充社長(65)は「人通りは倍増しているが、客足は安い居酒屋に流れている」と危機感を口にする。上客としてならしたパナソニックやシャープなどが軒並み業績を落とし、「交際費が増えることはない」(家電大手)。
 設備関連の企業を経営する男性(65)は「大阪全体に効果が波及するのは1~2年後。自分だって、会社や社員がもうかってから接待する」と、静かにグラスを傾けた。

産経新聞 5月26日(日)7時55分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130526-00000068-san-bus_all

 「アベノミクス」といえば、当然に日銀の「異次元の金融緩和」ということがあげられている。しかし、それ以外にも「接待交際費の損金算入」など、細かい部分での改革が大きく、その部分でも景況感を感じることができる。接待交際費の改革に関しては、当然にその分接待交際費が使えるようになるということであり、同時にその内容は新たな仕事ができるようになったり営業活動が活発化するということを意味しているのである。
 私は、著書「民主党の闇」のなかで「民主党不況とマスコミ不況」ということを記載しているのであるが、贈収賄につながるような接待は別にして、例えば居酒屋タクシーなどは、タクシーで帰るお客さんに、缶酎ハイと「運転手の利益の中から」出しているだけのことであり、贈収賄にあたるほどのことではない。現在らな100円前後、そのときであってもそんなに多額なものではないはずだが、それが民主党の長妻議員の国会での指摘とマスコミによって大きな問題にされたのである。この結果、各省庁は「終電までに帰る」ということになり、タクシーなどは基本的に新たな売り上げをとることが困難になった。電車での通勤は定期券で行うことを考えれば、付加して交通費になるタクシーの利用が少なくなるということは、単純にGDPがそれだけ低くなるということである。
 接待交際費ということに関しても同じで、結局、「妬み」と「不要な指摘」が経済を緊縮化させてしまい、どんどんと経済が悪化するようになる。このような状況を作り出したのは、まさに、「マスコミ」と「民主党」であり、その二つの勢力が政権の中枢に来た時に、経済は完全におかしくなる、と私の著書には書いてあるのだ。
 さて、現在に戻って、株価が下がっただけでアベノミクスを批判している。批判をするのはじゃなリストにとって重要であるが、その批判の結果がどのようなことに結びつくのかをしっかりと考えるべきではないか。結局、マスコミはこれらの経済悪化を、広告宣伝費の各社のカットということで最も影響を受け、自分で自分の首を絞めることになってしまったといえる。そのうえで、海外からのスポンサードを得ることによってマスコミが徐々に韓国化・中国化し、そのような報道ばかりになってしまっているのである。そして、日本人の視聴者が離れてしまい、また収益が減る、その負のスパイラルの中心は、民主党と一緒になって妬みの報道を行い経済を悪化させたことにあるのではないか。
 経済政策は、政策を行ってから効果が出るまでに少し時間がかかる。それよりも景気が良くなったというような話が出てこないことそのものがマスコミとして問題になるのではないか。
 古来、日本では「笑う門には福きたる」という。くだらない笑いではなく、景気が良くなったという笑える報道を行うのが本来の姿であり、そのような報道をしなければ福は来ないのではないか。

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他人事ではないインド国内の対中外交見直し論

他人事ではないインド国内の対中外交見直し論

 5月19日から中国の李克強首相がインドを訪問した。しかし、その訪問に関して、中国国内においては、そもそも外交そのものを受け入れているインドの首脳に対して一斉に批判が噴出している。
 そもそも中国とインドの間には国境線をめぐる問題がある。中印国境は、常に不安泰な状態でありネパールやブータンなどと同様、中国の不法な国境侵略に悩まされている。この問題に関して、インドは非常に中国に対して怒っているといって過言ではない。また、この国境侵犯に関してはすでに何十年もの間行われているものであり、インドと中国の間の国交関係、国民感情は最悪といっても過言ではない。
 私が経験したインドと中国の関係悪化のエピソードをひとつ紹介しよう。今から十数年前の話、私が確か香港か上海の空港で入国をしようとしたときである。私の三人前にインド人が並んでいた。特に問題があるとは思っていないが、その人がインド人とわかった瞬間にイミグレーションで20分も審査されたのである。空港で止められるというのは、通常の場合、要するにその人が犯罪者であるとか入国禁止の処分になった人以外は、基本的には止められることはない。基本的にとめられることが多いのは税関の方であって、旅券の入国審査をするイミグレーションで止められることは、基本的にはないのである。
 この人は基本的には何の問題もない人であった。その人が単純にパスポートを見られ、そしてまず偽造ではないかと疑われ、そのうえで、単に嫌がらせで時間をとらせたのである。
 もう一つ、あえて固有名詞を避けるが、私が大連にいた時の話。大連に新たな世界ブランドのホテルができた。そのホテルに、トルコのイスタンブールで総支配人をしていた優秀な人が総支配人についた。しかし、そのホテルはオープンから3か月まったく業績を上げることができなかった。それどころか、レストランやコーヒーショップ、そして宴会は3か月間、ホテル主催のオープニングパーティー以外全くなかったのである。「なぜか」という疑問が出たときに、うちのスイスホテルの北京の総支配人が「簡単だよ、優秀だが、個々の総支配人はインド人なんだ」といった。インド人が総支配人であるから、海外からの宿泊客はとることができても中国人の需要は全くない。まさに、レストランやコーヒーショップ、宴会の需要は全くインド人の総支配人であるということで、大連の人が集まらないのである。
 大連は、今までに反日デモが一回もなかったほど外国の感覚に近い年である。その大連で会ってもインド人が総支配人というだけで、このような対応になるのである。この対応には驚きである。
 そのインドで中国に対する外交が強硬でないということで批判が出ているのである。

インド政府の対中外交に批判続出

 中国の李克強首相(57)が今月19~22日、インドを訪問した。
 首相就任後の初の外遊先にインドを選び、新興5カ国(BRICS)のメンバー国としての結束と友好を示したが、最近カシミール地方では中国人民解放軍による越境・駐留事件が起きたばかりで、インド・メディアや識者の中には、中国への警戒心をあらわにし、対中外交の見直しを迫る論調が目立った。インドは伝統的に非同盟外交を基本にしてきたが、かつて戦火を交えた隣国、中国への不信感は容易には払拭できそうにない。
 インドのシンクタンク、オブザーバー研究財団のC・ラジャ・モーハン研究員は20日付のインディアン・エクスプレス紙への寄稿で、「李首相の訪印は、インドの対中政策に非常に必要な現実主義を注入する良い機会だ。2期目の与党連合は、観念的な理想主義的傾向を許容し、中国をどう扱うかで常識的考えを押しつぶしてきた」と論じた。
 中国は日本やベトナム、フィリピンに対し、領土的野心を向きだしにしてきた。モーハン氏は、「インド政府は中国が現在、東で領土問題に手一杯になっていることは、インドにとってよいことだと納得しようとしている。こうした考えは、中国政府の力に対する考えを大きく読み違えていることに根ざしている。インドを含めたあらゆる地域で長期間、領土への主張を続けていることを是とする中国新政権の決意を恐ろしく過小評価するものだ」とインド政府を批判している。
 さらに、「与党連合は非同盟のレトリックを再び考案し、米国との関係を弱めることで、国境交渉で中国を説得できるだろうと思っている。これは、中国の米国への意識に対する大いなる誤解だ。中国は米国との力の均衡を変えるためにインドを味方に付ける必要があるとは思っていない」と述べた。
 そのうえで、インドが現実に即すには中国との不均衡を正す必要があるという。それは、(1)カシミール地方で越境を許した軍事力(2)インドは対中封じ込め戦略にくみしていないのに、中国はパキスタンに軍事協力を拡大していること(3)インドがチベットの中国への帰属を認めているのに、中国はカシミール地方でインドにより敵対的になっていること(4)インドの対中赤字が拡大していること-の4点だ。
 こうした不均衡を解消するには、「インド政府は現在の対中外交を捨て去るべきだ」と断じ、従来の全方位外交の見直しを迫った。
 インドのシンクタンク、防衛研究所の所長で元国家安全保障評議会員のアルビンド・グプタ氏は、カシミール地方での中国軍の越境、駐留により「不確実性の暗雲が両国間に今後、長い間垂れ込めるだろう」と推測している。
 インド側は、中国が首相の初訪印の直前という時期にこうした事態を引き起こした真意を測りかねているが、グプタ氏は、今回を侵入を「中国の圧力外交の一環だ」と指摘。「中国は明らかに状況の管理で運転席に座ろうとしていた」とし、「行動は計算されたもの」で、「まず問題を起こし、適当な時期に解決することで、インドを受け身に回らせることに成功した」と分析した。また、「中国には、国境問題で妥協するつもりはないとのメッセージを首相訪印前に送るという強い判断があったのだろう」としている。
 元インド駐パキスタン大使の外交評論家、G・パーササラティー氏は20日付のインディア・トゥデー誌への寄稿で、「中国はインドが今、経済の下降と軍の近代化の遅れに直面していることを知っている。カシミール地方での侵入は、中国の提案通りの実効支配線での戦力凍結をインドにのませるために使える手だと明白に考えていた」と分析し、「中国の自己主張により、インドは対中外交の全領域での見直しが求められている」と指摘した。そのためには、軍事力の強化と近代化、実効支配線での通信網の改良が必要で、こうした要件は「特に米国、日本、そしてベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)の協力国との創意に富む外交によって強化されなければならないだろう」としている。
(いわた・ともお ニューデリー支局)

産経新聞2013年05月26日15時19分
http://news.livedoor.com/article/detail/7708505/

 中国の李克強首相は、ここで何度か書いているが非常にクレバーな型である。それだけに、その国民感情などもすべて理解したうえでインドに行っている。ある意味において、インドの国民感情が悪化すればインドの現政府がおかしくなるし、インドとの間でうまくいけば、安倍首相も提唱している中国包囲網を分けることができる。
 外交ということに関しては、その外交で「会うこと」「会談の議題」「会談の内容」「会談の結果」「その後の対応」とこれだけの主たる問題があり、それ以外にも「歓待の方法」「それ以外にだれと会ったか」などの付帯したことで外交の成否が判断される。少なくともその主たる問題の一つでもしくじれば、国内外で非常に問題にされ、その政権の評判は落ちてしまう。
 インドの場合は、そもそも李克強と会うこと自体がおかしいということになっている。「インド政府は現在の対中外交を捨て去るべきだ」というような「全方位外交」への批判が出るということ自体に、非常に大きな問題になる。
 では翻って日本はどうであろうか。民主党の時は、そもそも外交などというものではない。「日本は日本人だけのものではない」とかいう人が首相になっていれば、とても話などがまともにできるはずがないし、条約で戦後賠償が終わっていながらも自分で謝罪して相手の下に位置するようになってしまう。
 ここにインドとの外交批判にあるように「まず問題を起こし、適当な時期に解決することで、インドを受け身に回らせることに成功した」となっており、これらの論文に書いてあることを日本は経験しているのである。そして、これらに関して、「特に米国、日本、そしてベトナムなど東南アジア諸国連合(ASEAN)の協力国との創意に富む外交によって強化されなければならないだろう」とある。
 単純にこれと同じことは日本も同じである。そのことができる人が外交を担当しているのか、そのことをもう一度考えなければならない。まさに、インドのふりを見て、日本の中国対応をもう一度考えなければならないのである。

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マスコミ批判に関する一考(142) 韓国紙の自爆と視野の狭いポピュリズムに関する原因を探る

マスコミ批判に関する一考(142) 韓国紙の自爆と視野の狭いポピュリズムに関する原因を探る

 さて、この「原爆投下は神の罰」という中央日報の論説記事に関しては、さまざまなメディアが取り上げているので、あまりその内容に関して取り上げたいと思わない。はっきり言って、このような記事を扱うこと自体が「ばかばかしい」としか言いようがない。このような妄言をはく韓国人に関して、さまざまな論評を加えてもあまり意味がないし、そのことをヘイト・スピーチしても、特に何か問題が解決するわけはない。
 それらの上で、この報道を見ていた「言って良いよいことと悪いことがある」などと言う前置きをするテレビのアナウンサーなどははっきり言って何も考えていないとしか言いようがない。このような報道で「こんな論説がありました」として、広島や長崎に出向き、原爆被害者遺族にインタビューすると言う、ありきたりな取材は、そもそも何を言うかということの「予定調和的な」報道が行われる。その上、ひどいものに関しては橋下発言になり「どっちが先に言い出したのか」などというコメンテーターが出てきて、最後には安倍政権の「右傾化」と言う話になるのである。(TBSの日曜日の朝の番組より)
 しかし、よく考えてもらいたい。私はそれらの報道を見ていて非常に「違和感」を感じるのである。
 予定調和の報道までは、単純につまらない報道と言うことでしかない。しかし、その後のコメンテーターの言葉は容易に受け入れられるできるものではない。そもそも「日韓関係」の悪化は、何から起きているのか、そして、竹島問題の根源は李承晩ラインではないのか、そして、韓国へのヘイトスピーチは、竹島問題に端を発しているのではないか。単純にそれらの歴史問題を安部製権能経過と言うことで報道することそのものに大きな問題があるのではないか。
 これだから、あまり歴史を知らないコメンテーターに関しては困ったものとしか言いようがないのである。そもそもの歴史の根源をまったく知らないのであり、これらの狭小的な視野による政権批判が、安定した政治を妨げるものであり、そしてそれに悪く影響された人が、同様の、もっと言えば保守派に対するヘイト・スピーチそのものになってしまうのである。
 とはいえ、いまさらTBSの番組やそのほかのマスコミに何かをいう気はしない。はっきり言っていつものこととしか言いようがない。そもそも「在日韓国人は出てゆけ」というものがヘイト・スピーチならば「在日米軍は出てゆけ」「オスプレイは出てゆけ」というデモはヘイト・スピーチにあたらないと言う基準がまったく理解できない。この番組をはじめとし、多くのマスコミはこれらに関して触れもせずに、保守派がデモを起こしたときだけ大騒ぎをする。この状況は「反日マスコミ」とまでは言わないにしても、公平性を持った報道とは言いがたいとしか言いようがない。
 さて、現在のマスコミの違和感はこれで十分に伝わったであろう。そして、私がここまで現在の日本のマスコミを非難するのは、単純に、「なぜ、韓国の新聞や言論界は、このような日本に対する不敬で不謹慎な言論を行うのか」と言う根本的な現状に関してまったく報道しないし、掘り下げもしないのである。
 そこで、今回はマスコミそのものの非難ではなく、私がこれらの番組に変わって、なぜ韓国の言論界が今回のような言論を行うのかということを、新聞記事の後にご披露したい。なお、これは私の個人的な意見であり、同時にこの意見はあるひとつの可能性でしかなく、この論拠に限ったものでもないし、ひとつの重要な内容を指摘しているに過ぎないことをあらかじめここでお伝えすることにする。同時に、これくらいの議論ができない番組などは、公平性、中立性がないばかりでなく、歴史認識も事実を解き明かす力も何もない番組であるとして、私がここで疲労することによって「存在意義がない」と言うことにしたいと考えている。

韓国紙「原爆投下は神の罰」、記事で無差別爆撃を支持 日本大使館抗議

 【ソウル=加藤達也】韓国の中央日報が日本への原爆投下を「(神の)懲罰だ」とする記事を掲載し、在韓国日本大使館は22日、同紙に抗議した。
 問題の記事は20日付で、安倍晋三首相が東日本大震災の被災地視察で航空自衛隊松島基地を訪問した際、操縦席に座った空自機の番号が「731」だったことを取り上げ、細菌兵器を研究したとされる旧日本陸軍の部隊名称と同一だとして非難し、日本の反省が足りないと主張する内容だ。
 さらに、大規模空襲や原爆投下を神による「過酷な刑罰」としたうえで、第二次大戦末期のドイツ・ドレスデンへの空襲を「ユダヤ人の復讐(ふくしゅう)だ」、広島、長崎への原爆投下については「日本軍国主義へのアジア人の復讐だった」と主張。非戦闘員への無警告、無差別の大規模殺傷という事実も「国家を改造して歴史を変えた」と支持している。
 記事は、「日本に対する火雷(爆撃)が足りないと判断するのも神の自由だ」と日本への軍事攻撃を肯定する主張で締めくくられている。
 執筆した同紙の金(キム)●(ジン)論説委員(53)は過去に「大韓言論賞」の受賞歴もあり、韓国では優れたジャーナリストの一人とされている。
※●=王へんに「進」

2013.5.22 22:07 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130522/kor13052222170008-n1.htm

「原爆は神罰」は個人的見解

 【ソウル共同】韓国紙、中央日報が広島、長崎への原爆投下を「神の懲罰」と主張するコラムを掲載した問題で、同紙の広報担当者は24日、共同通信に対し「コラムは執筆した論説委員の個人的な視角と主張に基づくもので、中央日報の立場ではない」と述べた。23日に同紙ウェブサイトの日本語版からコラムの翻訳を削除し、韓国語版ではこうした同社の見解をコラムに付け加えたと説明した。

2013年5月24日(金)12時59分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/kyodo-2013052401001855/1.htm

 上記にも書いたが、あくまでもひとつの議論であり、これから挙げる内容がすべてではないし、同時に、その内容が必ずしもあっているというものではない。この文章を読んで多くの人が考えていただきたいし、そのような考えることもなく「コメンテーター」などとして政権批判を行うだけの番組を批判するのがこの文章の目的であると言うことを考えていただきたい。
 その上で、韓国の政治そのものが「反共」と「財閥」という二つの機軸で構成されている。「反共」とは、まさに対北朝鮮といういまだに休戦中で結末が見えていない朝鮮戦争の問題である。この問題は、単純に「反共産主義」として来た長背に対して強攻策を執るのか、あるいは、「民族統一」を言って北朝鮮と仲良くするのかと言うことになる。また、北朝鮮と仲良くするために、どの勢力と敵対するのかと言うこともひとつの機軸になる。もちろん、北朝鮮と「対話路線」や「明贈答いつ」を言い始めた瞬間に、その政権は反日に大きく振れるということになる。ひどい場合は「反米」になることもあり、そのためにソウルしないの米軍基地は出てゆかなければならないと言う状態になるのである。
 もうひとつは、「財閥」である。戦争に勝つためには、当然に国力を挙げなければならないのであるが、その国力の向上に、財閥の力を遣うのか、あるいは財閥を規制して中小企業の力を育成するのかと言うことである。単純に財閥と言えども政府の直接金融を受けて肥大化した企業グループでしかなく、そのために、他の国の企業と国際競争力の部分で劣るところも少なくない。そのために、韓国の過去の政権では無理に国際化を行い、そして金融でバブルを起こして、最終的に金融危機を引き起こした実績があるのだ。
 さて、この二つの韓国政治の機軸を考えたときに、韓国の経済的な状況からその国際的競争力を示す市場は中国であり、中国に最も受け入れられやすい「合言葉」が「抗日」であることは間違いがない。単純に言えば、中小企業は韓国国内に財閥があり、そこに対して対抗しなければならないので、幅広く国際的な企業と付き合わなければならないのに対して、財閥は自分の地位を維持するために国際市場の確保が重要である。そのために、政治的な発言をし、時には政治に介入しながらも、収益と市場の確保に努める。そのような経済構造そのものが非常に大きな問題であり、それを中国と韓国で共謀して抗日と言うことを言い始めるのである。そのことは、韓国の抗日的な物言いが、今回の原爆に関することも含めて「東アジア全体の」と言うような中国を含んだ言い方になっており、同時に、反米的、または離米的な内容が含まれるパターンも少なくなくなってきている。今年の4月も、北朝鮮の威嚇に対して米韓軍事演習をしている期間中に「対話路線」を打ち出すなど、行っていることがあまりにもアメリカを意識しない内容が多くなってきているのである。
 さて、このようになるのも、そもそも、韓国は終戦直前に日本の敗戦を見越していた朝鮮の活動家たち、呂運亨、李承晩、金日成、朴憲永、金九、曺晩植などが名を連ねて朝鮮独立委員会を設置、1945年9月6日に朝鮮人民共和国の成立を宣言した。しかし、戦勝国である連合国は信託統治の方法を決めており、朝鮮半島に関してもドイツと同じように。終戦時に参戦したソ連の参戦に配慮し、朝鮮半島に関して38度線より北をソ連が、南をアメリカが統治することになる。要するに、南北の建国の根にあるものは「抗日」であって、反共でも連合国でも何もない。そもそも、日韓併合時における韓国の親日派は、ほとんどが戦地で終戦を迎えるか戦死しているのである。金日成も李承晩も、戦前の徴兵を逃れ反日運動を行っていた同志でしかない。このことを考えれば「反共」と言うことが崩れ「民族統一」を行う場合は、当然に、中国共産党と連携し、そして旧コミンテルンよろしく(この辺は連休中の連載をお読みください)、日本国内の共産主義および「新左翼」勢力と結びつくと言うことになるのである。
 逆に、日本のこれらの共産主義者と結託する韓国メディアは、日本国内も左翼低な言論空間が支配しているものと誤解し、今回のような発言になってしまうのである。
 以上のことから、一面、韓国政治の「反共」と「財閥」という機軸から考えれば、韓国財閥の市場確保と北朝鮮との統一派による共産主義革命の宣伝戦の一環として、もっと言えば、彼らが考える「人民統一戦線」という世界共産主義革命理論にのっとり、日本と中国が呼応し、同様の反日キャンペーンを同時に行うということになるのである。
 これが韓国国内でポピュリズム化し、いかにも韓国全般で抗日活動を行っているかのごとき内容になり、同時に日本の共産主義的な報道機関はそれを報道し、日本が右傾化したと大騒ぎをるする構造である。そして、このあたりの根本的な部分をまったく歩道で着ないのが日本のマスコミの真の姿なのである。当然に「朝日新聞が捏造」とか「毎日新聞がおかしな報道している」とか、あるいは「TBSのコメンテーターが偏った発言をしている」と言うのは、まさに、このことが根本的な原因のひとつになっているのである。
 もう一度言う。これはひとつの可能性であり、当然に韓国の中央日報は確信犯的にこの論説を出している。韓国国内で、この論説に対する問題視が、日本政府から公式に抗議が出るまで行われなかったのも、日本のメディアがそのような誤った情報を提供し続けていることに端を発するものである。
 韓国の戦後政治史、そして、日中韓の歪んだ反日的報道の歴史をしっかりと紐解き、そのときの政権権力との関係を見てみれば最もよくわかるのではないか。一人ほくそ笑んでいるのは、金正恩かもしれない。

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保守的解釈による日本国憲法講義私案  第30回 当時の実態に合わせた「象徴天皇」の本来の意味は「国体としての元首」ではないのか

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第30回 当時の実態に合わせた「象徴天皇」の本来の意味は「国体としての元首」ではないのか

 前回から日本国憲法本文の解釈に入ったはずなのであるが、前回はなぜか日本国憲法の章立てに関する内容しか触れずに終わってしまったようである。
  そこで今回からしっかりと条文に入ってゆきたいと思う。
 
  第一条【天皇の地位・国民主権】
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 まず日本国憲第一条である。
  今回からは、一文ずつ解釈を行うというものでもないし、一条ずつでもないと思っている。
  そのようなことを言いながら、まず第一条はしっかりと解釈したい。
  日本国憲法の第一条を読んで、当時この憲法の起草にかかわった日本人の苦労が感じられるのではないか。
  当時GHQから、天皇主権の排除を求められていたことは容易に想像がつく。
  GHQにすれば、主権者が天皇であるならば、戦争責任は当然に天皇一人に帰属することになるのである。
  しかし、GHQは天皇主権というそれまでの憲法の規定と、戦争に至る経緯、そして戦争の時の実質的な指揮命令系統が「異なる」ということがあげられるのではないか。
  また、日本において「国体維持」ということを叫ぶ国民に対して、天皇そのものを廃止したり天皇自身に罪を着せるということは「不可能」ということを考えていたのではないか。
  要するに、GHQも、天皇を戦犯にすることはしたくなかったし、そのことが実体とあっていないということを感じていたに違いない。
  同時に、天皇陛下は、様々な記録に残っていることから考えて、GHQに対して自分が戦争責任を負うことを表明していたに違いないし、同時に、国民に害を与えないように要望していたようである。
  同時に、昭和天皇陛下は、GHQが想像していた人とは異なり、戦争の現況ではなく、どちらかといえば、平和を愛する人物であったということ、要するに、GHQは責任を負うと表明した天皇陛下その人が最も反戦派であったという事実にも驚いたはずなのだ。
  そのことから考えれば、GHQは、天皇を当時(戦中および戦前)の実態に合わせた天皇の地位にすることを憲法において明言化し、同時に、その内容を成分にしようと考えたものであろう。
  同時に、この文章にかかわった日本人たちは、「国体護持」ということを行いながら、天皇陛下を先般にしないという至上命題を行い、なおかつ、天皇陛下の国民からの尊崇の念をいかに維持するかということが最大の問題であったはずなのである。
  そのことを表現するために第一条の「天皇の地位を」を書くことにもかかわらず、その地位を「一言で書けない」という状態になってしまっているのである。
  本来は「天皇は日本国の元首とする」と書いてしまえば、一言で済むことである。
  しかし、天皇を主権者とすることは基本的に当時のGHQの事情からそれはできあかったのではないか。
  そのように考え、上記のことを考えて「象徴」という単語を使用したのに違いない。
  「象徴」とは辞書を引くと
①直接的に知覚できない概念・意味・価値などを,それを連想させる具体的事物や感覚的形象によって間接的に表現すること。また,その表現に用いられたもの。例えば,ハトで平和を,王冠で王位を,白で純潔を表現する類。シンボル。
② 記号のうち,特に表示される対象と直接的な対応関係や類似性をもたないものをいう。
③ 芸術において,直接的に表しにくい観念や内容を想像力を媒介にして暗示的に表現する手法。 「 -詩」 「 -絵画」 〔フランス語 symbole の訳語。中江兆民訳「維氏美学」(1883~84年)に用いたことによる〕 → 比喩
<大辞泉>
 となっている。
  要するに、「日本国の象徴」ということは、辞書の定義をそのまま使えば、日本国を具体的事物や感覚的形象によって間接的に表現する状態が天皇ということになる。
  このことがまさに、GHQがその当時考えていた「国体」における天皇の感覚なのではないか。
  同時に、日本国民が老若男女すべてが「国体護持」を叫んでいる状態から考えれば、国民のすべての意識の中心が「国体である天皇」であったはずであり、まさにそのことを「日本国民統合の象徴」という言い方になったのではないか。
  この「日本国の象徴」であり「日本国民の統合の象徴」ということが、まさに、「国体」ということと、少なくともこの憲法を作らせたGHQは感じていたし、そのことが実態に合った内容であると考えられたのであろう。
  同時に、当時の日本人は、「権威はあれど君臨せず」ということと、また、このような「統合の象徴」ということを記載すれば、天皇主権であること、天皇が元首であることと実質的に同じことになると考えていたのではないか。
  よく考えていただきたい。
  「日本国民の統合の象徴」ということはどういうことなのであろうか。
  日本国民は、主権者なのである。
  要するに「主権者の統合」の「象徴」が「天皇」であるということになる。
  辞書の置き方を考えれば「主権者の統合」の「具体的事物や感覚的形象によって間接的に表現」が天皇ということになる。
  まさに、天皇の行動や存在は「日本の主権者の行動や存在の間接的表現方法」ということになるはずだ。
  要するに、主権者そのもの象徴であるということが言え、それは、元首と同様に主権者を代表しての行動を行うことができるということになる。
  しかし、その文章だけでは将来誤解する人がいるかもしれない。
  そのために、天皇が実質的主権者であり元首であるということを示すために、「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という文章をその後ろに入れたのである。
  要するに、この憲法上に記載され、同時に、日本国憲法発布の詔によって天皇陛下自身がうたった「国民主権」に関し、その主権者である国民の総意で「象徴」でいていただくことを望んだということになる。
  法律上の攻勢でいえば、まず天皇そのものは「国家」としての象徴であり、同時に「主権者の統合」の象徴であり、そのことを「主権者が全員」で望んだ(依頼した)ということになるのである。
  ようするに、「国家」という集団と「国民が全員」で主権者としての表現を依頼したことになり、ある意味で、不謹慎な言い方であるが「代理」であるといえる。
  考えるに、大日本帝国憲法においても、第一回帝国議会が開かれたのちは、このような状態になっているのではないか。
  特に大正デモクラシー以降、原敬「平民宰相」が出てきて、大正天皇があまり政治に口を出さなくなられたので、国会における政治の主導権が強くなった。
  もちろん明治時代も、最終的には天皇陛下のご英断を仰いで日清日露の戦争を行ったのであるが、大正・昭和になってからはまさに、国家と国民の決定を表現することが天皇であったのかもしれない。
  もちろん、国民は、天皇陛下の権威がありその天皇陛下の認証があるということになるので、その首相のいうことを「日本国の政体」として尊重したのであるが、その生態そのものは、内閣として、政体を代表した動きを行っているのではないか。
  その実態をしっかりと合わせながら、その文章を書いたのではないか。
  逆に言えば、この文章で「実質的に元首」という読み方もできないではない。
  現在も政体と国体が異なるということに関しては間違いがない事実であろう。
  では「国家元首」とは、「国体の主」なのか「政体の主」なのか、そのことをしっかりと考えなければならないのではないか。
  本来、この部分に関しては、私は「国家元首は国体の主」であるという感じがしてならない。政体の主は、実質的に権力を持つもので会い、元首は権威を持つものではないのか。
  ちなみに「権力」の「権」とは、もともと「仮の」という意味である。
  神社などで「権宮司」といえば、「宮司の代理」とか「宮司がいない場合の仮の宮司」という意味である。
  まさに、「権力」とは、「仮の力」である。
  内閣総理大臣は「権力者」であり、それは国体の主である天皇の「仮の力」ではないのか。
  そのことまで考えれば、この第一条は、実質的に「国体の主としての元首」として君臨することを、主権者である国民が総意で天皇にそのように決めたということではないのか。
  もちろん、国民が決めることなのか、あるいは「日本の国体ではそうあることが本来の姿」であったのかもしれない。
  本来の姿だから「基づく」という単語だけで「決めた」などというものではないという記載になっていないのである。
  憲法を改正することがあるならば、この辺ははっきりと記載すべきであろう。
  私が起草するのであれば「天皇は日本国国体における元首とする」としっかりと記載し、その後別な条文かもしれないが、政体との関係を記載するべきであると考える。
  この辺は意見の分かれるところかもしれない。
  しかし、実際に現状とそして国体と政体という関係(この連載のはじめのほう)に基づいてしっかりと誤解の無いような文言にすべきであろう。

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本当に空を飛ぶ宇宙戦艦ヤマトの研究をする大学教授に賛辞を、という私の個人的な意見

本当に空を飛ぶ宇宙戦艦ヤマトの研究をする大学教授に賛辞を、という私の個人的な意見

 土曜日である。今週は、どうしても難しい話題が多くなってしまった。今回は、なんとなく他に書いてある文章の絡みもあって、非常に難しい文章表現になってしまったようで、知り合いからは「今回は難しかった」などという声もいただいてしまったのである。
 そこで土曜日は、中国とも韓国とも、政治とも経済とも関係のないわぢあをしようと心に決めていた。そこで、「宇宙戦艦ヤマト」である。以前にも宇宙戦艦ヤマトに関しては、何回過去のブログに書いたことがある。私が幼稚園のときに、そのときの友達から「すごいんだぜ、船が空飛ぶんだぜ」といって見たそのヤマトの画像はかなり目に焼きついている。その後何階か再放送をしているために、食い入るように見ていた。その時の鮮烈な記憶はまったく消えていない。少なくとも、私が「自称」軍艦マニアであり同時に歴史マニアであるという、その根底にあるものはまさに宇宙戦艦ヤマトであるといって過言ではない。
 その後、本物の日本帝国海軍戦艦大和に興味を持ち、同系艦に武蔵と言う船があったことを知った私は、逆になぜ日本が戦争に負けたのかまったく理解できなかったのを覚えている。世界でもっとも強い戦艦を二隻も擁していながら、日本が負けるなどと言うことはまったく考えなかった。しかし、その答えを教えてくれたのも宇宙戦艦ヤマトである。ヤマトの中で古代進が私と同じ発想をする。そうすると真田技師長が「ゾウは強いし大きい。たいていの相手を踏みつけてしまう。しかし、ハエとかすばしっこく小さいものはかえって踏めなくて攻撃を喰らってしまう。そこで艦載機(ブラックタイガー)が必要なのだ」という言葉がアニメーションでゾウとハエの絵を見せながら(と記憶しているが)解説してくれて、日本の戦艦大和も「ハエのような」アメリカ軍艦載機に沈められてしまうことを知るのである。
 その後、世界史と日本史の有名な軍人や武将が大和に出てくることが理解でき、それが私の世界史の木曽となっている。デスラー=ヒトラー、バルゼー=ハルゼー、ドメル=ロンメルと言った具合だ。大和の乗組員も先に出た「真田」に「徳川」「南部」「沖田」と戦国武将と新撰組の混合チームだ。何しろヒロイン「森」で、織田信長の稚児「森蘭丸」に通じるとわかったときに、私の頭は大きく戦国時代に飛んでゆくのである。
 さて、もちろんこれはアニメの世界の話である。しかし、私の夢は、いつか本物の大和が空を飛ばないかと考える。機械ばかりではなく、人間の血の通った戦艦と言うのは、ある意味で「守る」と言うことに関してさまざまなことを教えてくれたと思うのである。しかし、その本物の大和を飛ばすのは、理数系の人々にがんばってもらわなければならない。当然に私には想像もつかないはなしだ。しかし、そのことが鹿児島で行われているというのである。なんと魅力的な話なのか。

平成「ヤマト」リアル追求…大学教授が科学考証

 テレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」のリメーク版最新作「宇宙戦艦ヤマト2199」(日曜午後5時、TBS系)の科学考証を、鹿児島大理学部の半田利弘教授(54)が担当している。
 電波天文学が専門で、中学時代からヤマトを見て育ったという半田教授は「天文学を志すきっかけになったアニメ。参加できてとても光栄」と話している。
 宇宙戦艦ヤマトは1974年に放映が始まり、今も根強いファンを持つ。リメーク版は、謎の星間国家「ガミラス」の攻撃で大気を汚染された地球が存亡の危機に立つ2199年が舞台だ。
 人類滅亡が迫る中、国連宇宙軍士官の古代進らはヤマトに乗り込み、地球を再生させる浄化システムを持つ謎の惑星「イスカンダル」を目指す。2012年からDVDや劇場で先行公開され、テレビでの放映は33年ぶりに4月から始まった。
 半田教授が関わることになったきっかけは約5年前。製作委員会が「忠実に事実に基づいて作った方が、より楽しめる」と国立天文台に協力を依頼したところ、専門家の間で“アニメ好き”として知られる半田教授に白羽の矢が立った。
 以後、出渕(いづぶち)裕総監督やアニメーターらとアニメの設定や映像について討議を重ねた。総監督らからは「2199年1月の惑星の位置関係は」「天の川銀河から出る時、大マゼラン銀河はどのように見えるか」といった細かい質問があり、半田教授はCGで天体を映し出して位置関係などを説明する講義も行った。
 半田教授自身も宇宙戦艦ヤマトの熱心なファン。「科学的な観点に執着するあまり、ストーリーや世界観を壊したら意味がなく、ある程度の脚色はアニメには必要。ただ、旧作に比べて天文学の見地が多く取り入れられ、より現実に近い作品になった」と語る。
 製作委員会は半田教授との議論を踏まえ、旧作で「大マゼラン星雲」や「銀河系」だった呼称を「大マゼラン銀河」「天の川銀河」と専門家が使う語句に改称したり、地球から大マゼラン銀河への距離を学説に基づいて14万8000光年から16万8000光年に変更したりした。作品中に出てくる「波動エンジン」の取り扱い説明書の文言を提案するなど、細かい演出にも協力した。製作委員会のスタッフからは今もアニメ版の絵コンテが届き、気になる点があればメールで意見を述べる。完成した作品を見るたびに、表現のうまさに感心することが多いという。
 半田教授は中学、高校の頃、ヤマトに描かれる宇宙を見て、未知の世界に憧れた。「私がそうであったように、この作品が、若い人が宇宙や天文学に興味を持つきっかけになればうれしい」と期待を込めている。(峰啓)

読売新聞 5月11日(土)14時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130511-00000712-yom-sci

 アニメーションの設定に専門家が加わることは基本的に珍しくなくなった。もちろん、アニメーションのストーリーや元の設定などに大きく影響するようでは話にならないのであるが、現代の人々は、幼稚園から小学校間での私と違い、かなり本物志向が強く、またインターネット上で現実とのぎゃぷをして記するなどの話が大きくなってきている。
 昨年、まだ自民党が野党であった頃、自民党のネットテレビで「ガンダム」を作ると言うことで議員が話し合ったと思う。そのときもネット上では「何をやっているか」というような否定の意見から、「夢があってたまには良い」と言うような意見までたくさんあったという記事を掲載した。基本的に私自身は、このような、悪い言い方をすれば「ばかばかしいこと」がもっとも夢があって新たな物事を生み出す原動力になると考えている。現実ばかりを見ていては実は前に進まないものも、yメガあって目標をしっかりと見据えていれば、その方向になんとなく進むものである。
 同じ考えいかたからすれば、「坊の崎沖で沈んだ戦艦大和が空を飛ぶ」という発想は、そもそも船が空を飛ぶという発想そのものだけでなく、沈んでいる大和ということもふくめて現実離れしていているはなしである。
 しかし、それが「大和」でなくても「宇宙を自由に飛び回る戦艦」という発想があるだけでまったく異なるであろうし、そのような夢があるから実現しようと考えて何かを研究するのである。「必要は発明の母」というが、実際のところ「夢」こそ「発明の母」であり、現代の常識では考えられないことそのものが「次の時代の常識」になるのである。
 昔の政治家は「遊ばなければならない」とか「二号さん(愛人)ももてないのは甲斐性がない」などといわれたものであるが、現在はそのような発言自体がはばかられる状態である。余裕がないところに斬新なアイデアはない。もちろん女遊びや愛人ばかりではなく、夢やばかばかしいことそのものがすべての話の中心になり、子供たちが目指す先になるのである。
 このように考えると、教育も、世の中も、そして政治も経済も、いずれも「余裕がなくなった」「ばかばかしいことをしなくなった」ことの影響であると言う感覚があるのではないか。もちろん、ばかばかしいことしかしないのではだめであるが、ばかばかしいことを真剣に行う人がいても良いのかもしれない。
 今日は土曜日である。ゆっくりと夢を見て、日本の将来や宇宙のことなどを妄想して見ようかと思う。

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中国人民解放軍のハッカー部隊の活動開始と日本の「サイバー」防衛体制

中国人民解放軍のハッカー部隊の活動開始と日本の「サイバー」防衛体制

 現在は「情報戦」の時代である。このように書くと、何か時代が変わったかのような感覚を持つようになるが、実際には、情報戦は日本もその分野においては非常に長けていた部分であることは間違いがない。
 正確な情報を持つことが戦争における戦勝の最も近道である。そのことがあるからこそ、「孫子の兵法」では、第13編『用間』という一編をついやして、諜報活動に関して特別に長く、そして詳細な解説を加えている。その辺の最初には「スパイ活動を通して敵情を知ることによって、先手を打って敵よりも有利な立場に立つことができるようになり、そうなれば戦争を早く終わらせられます。それにもかかわらず、わずかなスパイ活動のための費用をけちって、それをしようとしないなら、それはひどいとしか言いようがありません。そのような人は、全軍をあずかる将軍としての資格もありませんし、君主の補佐役としての資格もありませんし、勝利をもたらす者としての資格もありません。
 ですから、賢明な君主や優秀な将軍が、行動を起こせば必ず勝つことができ、人なみすぐれた成功をおさめることができるのは、前もって敵情を知っているからなのです。前もって敵情を知ろうとするにあたり、神様のお告げに頼ったり、似たものから類推したり、占ったりするのはいけません。必ずスパイを使ってこそ、前もって敵情を知ることができます。」と記載があり、スパイを使えることが軍を率いるものの最低条件であるかのごとき内容になっている。
 古今東西、日本だけでなく世界各国において、諜報活動、情報戦が長じているほうが戦争に勝っている。情報を軽視した場合は、思いがけない大敗を喫する場合も存在するのである。
 織田信長は情報網をしっかりと構築していたために田楽狭間で休憩している今川義元を撃つことが可能であった。情報がなければ清洲城を枕に討ち死にしていたであろう。少数の軍が大群に勝つには奇襲などの戦法の妙もあるが、同時にその的確な動きをすることのできるだけの情報量が必要になる。そのために、戦国大名の多くは忍者(呼称はさまざまであるが)を使っていたし、商人からの情報を得ていた。
 情報の内容は、軍の動かし方だけではなく兵站や国情にいたるまでさまざまである。三国志で有名な官渡の戦いでは、曹操が敵軍の兵糧庫とそこを守る守将の正確を聞き出し、酒を貢いで守将が酔ったところで奇襲するということで大将を収めている。一方、大東亜戦争における太平洋上のミッドウェイ会戦では、重巡洋艦利根の偵察機がカタパルトの故障で飛ぶことができず、その索敵範囲にあった空母機動部隊に日本の機動部隊が沈められると言うことになるのである。
 このように情報を軽視した(もちろん、帝国海軍の場合は軽視したのではなく、故障が原因なのであるが)場合、大軍が大敗を喫すると言うことが十分にありうるのである。

中国軍ハッカー部隊、活動再開=別技術で米標的に―NYタイムズ

 【ニューヨーク時事】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は20日、中国人民解放軍のサイバー部隊(61398部隊)が従来とは別の技術を使い、米国を標的としたハッカー活動を再開したようだと報じた。具体的な攻撃先や被害状況は明らかでない。
 米コンピューターセキュリティー会社は今年2月、米企業・政府機関への相次ぐハッカー攻撃について、その多くが上海郊外にある61398部隊の拠点ビル近辺から発せられたと報告。この問題は米中間の重要懸案に発展した。同部隊はこれを受けて活動を停止し、関連機器をビルから撤去していた。
 しかし同紙によれば、部隊は以前と同じ標的に対する攻撃に段階的に着手。発信元を探知されることなくデータを収集できる機器を設置し、活動レベルは従来の60~70%に戻したという。 

時事通信 5月20日(月)14時40分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130520-00000044-jij-n_ame&pos=2

「サイバー防衛隊」準備室を設置…防衛省

 防衛省は16日、陸海空自衛隊の運用を担当する統合幕僚監部に、「サイバー防衛隊(仮称)」の新設に向けた準備室を設置した。
 サイバー防衛隊は、自衛隊に対するサイバー攻撃に一元的に対処する約90人の部隊。同省は13年度末までに新設する。小野寺防衛相は同日、記者団に対し、「しっかりサイバー攻撃に耐えうる態勢をとっていきたい」と述べた。
 同省によると、サイバー防衛隊は、〈1〉自衛隊のネットワークを24時間態勢で監視〈2〉ウイルスなどの分析〈3〉世界の事例の収集――などを担当。準備室では、部内規則の整備や詳しい任務の内容について検討を進めるという。

2013年5月17日(金)0時13分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/domestic/societydetail/yomiuri-20130516-01176/1.htm

米紙、中国軍がサイバー攻撃再開 新サーバー利用と

 【ニューヨーク共同】米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は20日、中国人民解放軍のサイバー部隊が、新たなサーバーを使用するなどして米国を標的とした攻撃を再開したと報じた。今年2月、米企業マンディアントが上海にある中国軍の「61398部隊」がサイバー攻撃の発信源だとする報告書を公表。その後、同部隊は活動を停止していたが、同じ標的に対する攻撃を段階的に再開したという。

共同通信 2013年05月20日19時26分
http://news.livedoor.com/article/detail/7691101/

 中国は伝統的に「人民戦争」を行う風習があり、その中には、ゲリラ戦を中心にした「少数軍が大国を相手に戦う」ということが基本になっている。中国が少数軍と言うのはなんとなく違和感を感じる人がいるかもしれない。中国の場合は「国民皆兵」ではない。そもそも人口をまともに把握していない中国で、そのような国家的精度を組めるはずがないのである。このために、志願兵による「人民解放軍」と、町や村の自警団に近い「郷団」と二つの軍隊になっており、自警団は人民解放軍に属さずに、独自に戦う風習がある。このために、町や村によっては中国を平気で裏切ってしまい、敵国の先鋒を勤めるようなところもある。また、軍隊そのものに関しては、漢の高宗劉邦の時代から、まともに平時の能臣を行うことのできない「荒くれ者」や「やくざ」がその中心に入っているために、あまり質の良い軍隊ではないのである。そのことを考えれば、「少数軍」でなおかつ「長い時間戦いたくない」というのが軍隊の本音である。厭戦気分が軍隊に蔓延すれば、軍の反乱も起こしかねないからである。
 このことから、孫子の時代から現在まで情報戦を重視する風潮があると言って過言ではない。そして、その内容ははじめは軍隊の動かし方や指揮官の性格などであったが、現在では武器や兵器の性能、工業技術などの盗用、マスコミに対する工作などまで行う。軍隊や兵器もアナログからコンピューター制御になっているので、そこにハッキングすることによって大体のことが類推できてしまうのである。日露戦争時代の東郷元帥のような、「 百発百中の一砲能く百発一中の敵砲百門に対抗し得る」とはならないのである。
 さて、この問題点、あえてこの無駄に長い文章を最後まで読んでいただいた方に申し上げる。日本における「集団的自衛権」は、現行の自衛隊法においてハッカー戦争に適用されるのかと言うことである。答えは「NO」である。日本で言う自衛権は、相手国または国家に類する場所(北朝鮮などは国家ではなく内戦中の片方の勢力、要するに地域団体でしかない)の実態的な武力行使に対抗する力というように定義されている。要するに、国家や地域による権力(主体)によって、侵略の意図を持って(故意)、日本を武力(実行行為)によって侵略してきたものに対して、その侵略行為を中止させ、国家を守る行為が「自衛権」である。よって、そもそもハッカー集団が「国家や地域の権力」によって行われたのか、具体的な行為に関して把握が困難であること、また、ハッカーは侵略と定義されるのか、そして、何よりも「武力」ではない。コンピューターキーボードを叩く指は、武器を使っているのではないのである。よって、当然に、日本の場合はこのハッカーに対して自衛権の発動と言うことはできない。
 上記の新聞記事の中において、自衛隊がサイバー防衛隊を作ったと書いてあるが、その記事をよく読んでいただければ「国家」ようするに、軍需産業やその工場など民間企業は当然のことながら、国会をはじめとするほかの省庁や地方自治体などもその防衛対象になっていない。あくまでも防衛賞の管轄内だけがその対象になっているのである。防衛省のサイバー防衛隊が有能であっても、国家を挙げて民間人も五毛族のように盗用している中国の人間に対抗できるはずがない。単純に、二十人の捜査するコンピューターのハッキング行為を一人がどんなに優秀でも防ぐことはできない。それは物理的な問題である。ましてや、防衛産業などがまったくサイバー防衛をしていない状態では、兵器などの開発情報が漏れてしまっており、そこに国家の自衛権を使うことができない。なぜならば、それは民間であるからだ。
 相手が国家と特定できない場合はあくまでも「テロ」と言うことになる。そうなれば相手は軍隊の情報行為であるにもかかわらず、日本は警察が情報の窃盗罪で捜査することになると言うかなりこっけいな対応しかできないのである。武力でいえば軍隊のミサイルや戦車に、警察の拳銃で対抗するようなものでしかない。また、犯人を特定しても、その逮捕権限は当然に存在しないのである。
 このように考えると、中国のサイバー攻撃と言う記事を見るよりも、基本的に日本はその自衛権と言うことの定義から、サイバー攻撃に対する国家の姿勢、そして日本の安全保障に関する(もちろん産業スパイも含まれて当然であるが、今回は話の流れで防衛に関することとして)情報の管理と保護と言うことを真剣に考えなければならないのではないか。
 このようなニュースに関して、何をどのように考えなければならないのか、アメリカが攻撃されているから日本は大丈夫とか言っているのではなく、日本はどのようにすべきか、あるいは日本はすでにやられていると考えるべきなのか。そのことをしっかりと考えなければならないのではないか。

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不安定な日韓関係につけこむ北朝鮮の狡猾な外交と中国の反応

不安定な日韓関係につけこむ北朝鮮の狡猾な外交と中国の反応

 飯島勲内閣官房参与が突然の訪朝を行い、日本国民だけでなく世界各国の関係者が驚愕の目でテレビ画面を見ていた。北朝鮮は、北京~平壌便の飛行機のタラップを一人で荷物を持って降りてくる飯島勲内閣官房参与を報道し、対日担当局副局長を出迎えに出させた。大歓迎の上にカメラを受けられて驚いた表情の飯島参与も、そのときになっては遅すぎるし、北朝鮮国内でどのような抵抗をしても無駄なものである。
 さて、今回の訪朝に関しては
「なぜ緊急で飯島参与は訪朝したのか」
「なぜ日本側は機密にしたのに、北朝鮮側は公開したのか」
「なぜ飯島参与帰国後すぐに短距離ミサイルの発射を行った北朝鮮の意図は何なのか」
ということも大きな問題点である。
 マスコミは本来この三点をしっかりと分けて、なおかつ国民にわかりやすく報道しなければならない義務がある。しかし、日本のマスコミの多くは、この三つの問題点を分類することなく、最もわかりにくい報道方法を行っているのである。このマスコミの歩道体制に関しても非常に問題点があるのではないかと考えられるのである。
 さて、「なぜ緊急で飯島参与は訪朝したのか」に関しては、当然に拉致問題解決が第一義である。そのことはすでに「拉致が動かなければ他は動かない」と伝えたと報道してきている内容の通りである。日本は、このことを機密にした。これは拉致問題は日本が独自に解決しなければならないという覚悟が態度で現れたものに他ならない。当然に、なぜ緊急なのかということになれば、北朝鮮が対話に応じる態度になり、そして交渉が進展するタイミングを逃せば、次にいつそのようなタイミングになるのか全く分からない。そのために少ないチャンスを逃すわけにはいかないのである。
 ではなぜ他の国に通知ちなかったのか。それは六か国協議の中に理由がある。単純に六カ国協議で拉致問題がひとつの話題にもならず、六カ国協議の場で米国や中国は拉致問題の解決に関して協力はするものの、そのことを持って協議の議題にはしないことになったのである。この時点で、拉致問題は、日本が主体的に、そして独自に行動を起こさなければ解決の方向に向かないと言うことになっている。そもそも日本のマスコミは六カ国協議そのものが朝鮮半島の非核化を目的にした会議であると言うことを報道していないのであり、拉致問題そのものが「かわいそう」という扇情的な報道しかしていないので、今回のような政府の行動を行ったときに、六か国協議ではなく、日本が独自に主体的に動かなければ拉致問題は解決しないということを報道できないのである。
 さて、ではなぜ北朝鮮はこのことを明らかにしたのであろうか。それは記事の後ろとする。

北朝鮮は日米韓分断意図=飯島氏訪問で―米特別代表

 米国のデービース北朝鮮担当特別代表は18日、最近の北朝鮮の動向について、「挑発を続けた後、(日本、米国、韓国などの)立場の違いに付け込んで分断しようと戦略を変えることは分かっていた」と述べ、飯島勲内閣官房参与の訪朝で、北朝鮮が日米韓の連携を乱そうとしているとの見方を示唆した。帰国に先立ち、成田空港で記者団の取材に応じた。
 一方で、デービース氏は、一連の日本政府高官との会談で、北朝鮮の非核化に向けた関係国の結束の重要性を改めて確認したと強調した。ただ、飯島氏訪朝の事前連絡がなかったことに対し「情報不足に苦しんでいる」と重ねて不満を示し、「(今後の情報共有を)期待している」と述べた。 

時事通信 5月18日(土)18時57分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130518-00000107-jij-n_ame

北がミサイル3発を日本海へ発射…短距離弾か

 【ソウル=門間順平】韓国国防省報道官は18日、緊急記者会見し、北朝鮮が同日、東部の日本海沿岸部から北東方向の海上にミサイル3発を発射したと明らかにした。
 日本海側に一時展開されていた移動式の中距離弾道弾「ムスダン」ではなく、短距離ミサイルとみられる。
 同省によると、発射は午前中に2発、午後に1発で、いずれも日本海に落下した。同省関係者は、旧ソ連製のミサイルを改良した短距離弾「KN―02」(射程120キロ・メートル)か、新型の地対艦ミサイルだった可能性を指摘している。
 北朝鮮は米韓合同軍事演習期間中の3月にも、日本海に向けてKN―02を発射している。聯合ニュースは韓国軍関係者の話として、今回の発射を「試験発射か訓練とみられる」と伝えた。同省は更なるミサイル発射に備えて警戒を強めている。

読売新聞 2013年05月18日20時14分
http://news.livedoor.com/article/detail/7686547/

飯島参与の訪朝後、北が初めて日本に言及

 北朝鮮は、飯島内閣官房参与が北朝鮮を訪問してから初めて日本について言及し、「過去の植民地支配に対する賠償を行うべきだ」と主張した。
 朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」は20日付の紙面で「日本は、植民地支配で莫大(ばくだい)な被害を与えた我が国とアジア全ての諸国に徹底的な謝罪と賠償を行うべきだ」と述べ、過去の清算を迫った。飯島参与の訪朝後、北朝鮮メディアが日本について言及するのは初めてのこと。北朝鮮が日本に賠償を要求するのは従来通りで、飯島参与に対してもこうした主張をした可能性がある。
 また、労働新聞は安倍首相が国会で、「侵略の定義は国際的に定まっていない」と述べたことについて「不当な発言」と批判した。ただ、安倍首相については名指しを避け、関係改善に含みを持たせている。

日テレNEWS24 2013年05月20日15時44分
http://news.livedoor.com/article/detail/7690516/

 「なぜ日本側は機密にしたのに、北朝鮮側は公開したのか」ということが一つの疑問になる。アメリカのデービース北朝鮮担当特別代表が指摘するように、米韓と日本を別扱いにするということで、その関係を分断する狙いがあると考えられる。しかし、北朝鮮も研究はしているであろうから、日本がそれなりにこれらの結果を韓国やアメリカに報告することは分かっているであろう。
 過去にイラン・イラク戦争が発生した時に、西側諸国の中で日本だけがイランと国交と石油の取引があった。このために、イランは日本だけを優遇し西側諸国を分断する工作を行ったのであるが、日本はその内容を逆手にとってアメリカとの交渉の窓口役を務めることで、西側諸国の意向をイランに橋渡ししたのである。軍隊のない国というのが唯一歴史上役に立った瞬間ともいえるのかもしれない。
 もちろん、北朝鮮はそのことをわかっているであろう。また、今回の飯島参与訪朝を公表すれば、拉致問題に関する内容を北朝鮮は触れなければならない状態になり、その解決を数歩進めなければならないという背水の陣におかれることになる。拉致問題と米韓の軍事的な締め付け、要するに核の放棄を天秤にかけて、人を出せば金になるという選択肢で、北朝鮮が日本との「身代金」交渉を行うことを考えているということになる。このことは、逆に朝鮮総連本部の競売や朝鮮高校の無償化除外などで、北朝鮮が外貨獲得がかなり難しくなっており、同時に中国の銀行が北朝鮮の資産を凍結していることから、外貨獲得手段がほとんどなくなってしまっているという北朝鮮の事情で、そのうえでの拉致問題の外交カード化を選択したということ、そして、そのことによって北朝鮮国民に対して「日本がお金を持ってきてくれる」という希望的な報道をせざるを得ない状態になっているという状態であると予想される。
 当然に、北朝鮮に支援している国々、例えばイランやパキスタンなども同様のアナウンス効果があり、より一層の支援要求につながるというものである。まさに、アユ釣りの時の「友鮎」というか、一時話題になった芸能人によるステルスマーケティング的な使われ方を日本がしたということのほうが大きいのではないか。
 さて、最後に「なぜ飯島参与帰国後すぐに短距離ミサイルの発射を行った北朝鮮の意図は何なのか」ということである。これは、明らかに、ステルスマーケティング各紙であり、同時に米韓に対する圧力ということに他ならない。このミサイル演習は、北朝鮮の領海内に着水しているということであり、実際に北朝鮮を非難するのはかなり難しい。警戒は示すものの北朝鮮に対する抗議決議などの国連の動きがないのは、北朝鮮が領海内で行っていることが要因である。
 しかし、タイミングがまさにそのものである。まさにデービース北朝鮮担当特別代表が指摘する分断工作は、このミサイルによって行われたということが言えるのではないか。まさに短距離ミサイルということは、当然に、韓国に対しては38度線を越えて陸上攻撃に使えるということを意味しており、同時にアメリカに対しては上陸作戦を行う艦船攻撃に対して、有効に作用することになる。今回のミサイルが誘導弾なのかどうかはわからないし、またその成否は不明である。しかし、日本のように軍隊のない国家であり、北朝鮮に対して軍事的上陸の可能性がない国家といえる。よく考えれば射程範囲内に中国もロシアも入っていることから、当然に六か国協議の参加国家の中で、当事者の北朝鮮を除いて短距離ミサイルと関係がないのは日本だけなのである。中距離ミサイル「ムスダン」を5月7日に撤去し、その後短距離ミサイルを行う。このことは、まさに中間に対する威嚇を行うということと同時に、「ミサイルで火の海にする」と発言した以上、そのことを実現できるようにしなければならない。そのためにミサイルを飛ばさなければならないという事情もある。貧乏な北朝鮮はそんなに何回もミサイルを飛ばすことはできないということから、短距離ミサイルと実験的に行う以外にはないのではないか。
 このような感覚で今回の飯島参与訪朝に関しては分析される。日本としては対話を中心にした解決を模索する以外に、現在の憲法で方法はないのである。ほかに批判されても不快感を示されても、日本政府が日本独自に解決を模索する以外にはない。韓国に不快感を示されても、韓国が拉致問題を解決してくれるわけではないので、まったく関係はないのである。そのことなどを気にせずにしっかりとした交渉を行うべきではないのか。

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日本との関係を切れない経済と日本と対立構造にある政治の狭間で墜落する韓国経済

日本との関係を切れない経済と日本と対立構造にある政治の狭間で墜落する韓国経済

 韓国の経済は低迷している。低迷の理由は簡単である。そもそも本来は韓国の経済が躍進する要素がないのに、韓国政府の傾斜生産方式的財閥優遇政策、特に財閥に対する金融優遇と富の集中によって、国家を上げて国際競争力をつけてきているためだ。そのために何とかなっているものの、しかし、企業発展の中心である、「新規技術」「サービス」「ブランドの信用力」という三本柱がしっかりしていないので、話になるはずがないのである。政府の金融優遇政策は、主に国際競争力ということにつぎ込まれてしまって、企業発展の基礎となる部分に傾注されなかったことが問題である。
 ではなぜ韓国企業は、企業発展の基礎になる部分に傾注しないでも経済発展をなすことができたのか。韓国国内の事情ではなく企業別の内容に関してみてみよう。「新規技術」は、隣の国日本から購入または技術提携、または不正に入手することによって入手していたので、特に自ら新規技術を開発する必要はない。「サービス」は、それが必要ないほどの廉価で販売するという、国際競争力、とくに価格競争力ということだけで代替していた。そして、「ブランドの信用力」は、耐久商品、特に家電製品や精密機械などの製品に関して、消耗品化することによってブランドの信用力を必要としないビジネスモデルを行っていたのである。まさに価格競争力で代替するということですべてのことを代替していた形である。耐久財や精密機械を消耗品化するのは、まさに、世界各国が不景気であること、そして不景気でない中国人がもともと耐久財という考え方がなく、単純にすべての物事を消耗品化する文化性しかないことによって、そのビジネスモデルがうまくいくようになっている。
 しかし、本来耐久財であり本来精密機械である。各国とも本来は消耗品化するものではないことはわかっている崖、景気が戻れば廉価版ではなくしっかりとした商品をほしくなるのは当然のものであり、その時ブランド力がほしくなってしまうのである。しかし、そのような消耗品化が可能であった最大の要因は、日本の不景気とデフレ経済である。デフレ経済であることから空洞経済になってしまい、日本の生産工場が海外に進出することになり、韓国の不正技術入手を行いやすくなってしまったということになるのである。
 まさに、これらの韓国のビジネスモデルを最大限後押ししたのは、日本の不景気であったといえる。

GDP急伸 景気低迷の韓国、大手紙コラム本音「安倍政権がうらやましい」

 韓国の景気低迷が深刻化しつつある。
 通貨ウォン安が是正され、輸出が鈍化しているためだ。北朝鮮よりも安倍晋三政権の「アベノミクス」を警戒する韓国だが、現地紙には『安倍政権がうらやましい』というコラムが掲載され、本音もチラリ。「ウォン安」と「サムスン電子」の“看板”だけで成長してきた韓国経済が今、曲がり角を迎えている。
 コラムは、韓国の大手紙、中央日報(日本語版)に掲載された『妄言を繰り返すも安倍政権がうらやましい』(電子版タイトル)。アベノミクスによる日本銀行の異次元緩和は「円高」の流れを一気に「円安」に変え、1ドル=100円を突破した。
 急速な円安は、2008年以降、サムスン電子やLG電子、現代自動車など輸出産業がウォン安で隆盛をきわめていた韓国経済の状況を一変させた。
 韓国のメディアがアベノミクスを危険視、警戒する記事を一斉に掲載する中、中央日報のコラムは、“本音”をさらけだしただけに、その反響は大きい。
 執筆者はキム・ヨンウク論説委員。経済専門の記者で、アジア開発銀行研究所の朴在夏(パク・ジェハ)副所長の「日本は最近どうか」という質問に対する答えから始まる。
 《「以前の日本とは確実に変わった。すべて一度やってみようという雰囲気だ。日本がよみがえるようだ」》
 半信半疑だった日本国民も、大胆かつ果敢に政策を実践する安倍政権に対する期待が生まれたとする。その上で、韓国の現状をこう厳しく分析する。
 《韓国は逆のようだ。もともとこうした“活気”は私たちのものだった。しかし今は違う。国全体が意識を失いかけているようだ》
 韓国企業は、円やドルに対するウォン高という逆風で、価格競争力が低下し、業績は急速に悪化しつつある。
 こうした厳しい状況下、韓国銀行は7カ月ぶりの利下げを決めたが、関係者の間では「再び08年頃のようなウォン安にふれることは当面ないだろう」(証券アナリスト)という声が大勢を占めている。
 韓国にとって、物価上昇率2%という明確な目標を打ち立て、それにむけて前に進む日本の安倍政権が「うらやましい」のかもしれない。
 《目標を立てるなら鮮明にすべきだ》
 《自分たちもよく分からない創造経済(※朴政権が掲げる経済政策)は後回しにする。そうしてこそ国民が信頼してついてくる。妄言に妄言を繰り返す安倍政権にも及ばないとは…》
 コラムは、お約束ともいうべき日本に対する“上から目線”で締めくくられている。それでも、日本がうらやましく、脅威に映るというのが、韓国の本音であるのは間違いない。(島田耕)

産経新聞 2013年05月16日15時37分
http://news.livedoor.com/article/detail/7680487/

 韓国経済の問題点は、このように日本に依存していながら、政治的には日本との間に問題を抱えていることである。単純に言えば韓国側から一方的に外交問題を作ってしまっているという言い方にしかならないのであるが、歴史認識、慰安婦問題そして竹島問題と、様々な問題を抱えていながら、衛材的に依存しなければならないということが最大の問題になってしまっているのである。
 このことを冷静に考えれば、韓国側がかなりおかしいのは当たり前のことである。最悪な考え方をすれば、技術を不正に入手し、経済的に支援を受け、そのうえで日本の不景気に付け込んで経済発展を遂げてきたにもかかわらず、韓国の経済界はその事実を認識していないという状態になってしまうのである。
 韓国でビジネスをしている日本人が、よく、「韓国人は特にそんなに半日ではない」という発言をすることがある。実際には、韓国の経済や政治の上層部である、ほんの一握りの人々に関しては、日本に対する韓国経済、政治、軍事に関する依存関係をわかっているために、日本に対する感情は別にして、日本と仲良くしなければならないという義務感を持っているのである。そのことから、日本に対してそんなに悪い感情を持っていないという印象を受けることは少なくないのである。しかし、一般の韓国人、特に一部の保守派に関しては、本来敵対していはずの北朝鮮に対する感情よりも悪い感情を日本に対して持っているということになる。韓国でいう「知日派」には二つの解釈があり、日本を知っているということと日本との関係を知っているということの二つになる。この二つの「知日派」の言い方の違いがまさに韓国の日本に対する国情を物語っている問うことができるのではないか。まさに、産業スパイは日本を知っている「知日派」ではあるが、日本との関係を熟知している「知日派」ではないのである。
 この韓国経済の悪化は、まさに、韓国そのものの体質が現れ、そのまま政治的な意向が強くなてしまい、そのために、韓国人の保守派、それも日本との関係を知らない人々が、韓国の自分の国の経済を悪化しているということになる。そのために日本が本来の姿を取り戻し、そして行き過ぎたデフレ経済を是正し、そして、本来の競争力と取り戻し、ブランド力もある日本の経済が復活すれば、当然に韓国の経済は日本の経済に太刀打ちできなくなってしまうのである。
 このことから、韓国経済は、「アベノミクス」に対する警戒感が非常に強く、そして、また本来の競争力を取り戻した日本の経済遺体して苦々しく思いながらも羨望のまなざしを送っているのである。
 さて、では韓国経済はどのようになるのか。韓国の国民性に関しえては別の機関でレポートを書いているので、そのレポートをお目にかける機会があれば詳細を解説することになるかもしれないが、実際のところ、韓国は他人に対する責任転嫁が非常に大きくなってしまうために、このような事態になっても、日本人に対する憎悪だけになってしまう。まさにそれが韓国人なのである。
 そしてそのような韓国人とどのように付き合うのか。もちろん付き合わないという選択肢もあるが、現在の国際社会、特に日米関係と米韓関係を見たところ、そのような短絡的な選択肢があまり建設的でないことは明らかである。では、日本は、日本の独自の強さと日本人としての誇りと日本の主権の独立を持って、毅然とした態度で対応する必要がある。このような韓国経済にしてしまったのも、そして日本との関係に目を背けさせたのも民主党による「配慮の外交」と「属国的隷従外交」に他ならない。そのような外交態度こそ、日本だけでなく他国をも不幸にする元凶であるということを、日本人は学ぶべきではないのか。元慰安婦とかいうジン太を呼んでいるのではなく、しっかりと条約などに基づいた対応を行うことなどを心がければ、正常な日韓関係が築けるはずではないのか。

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海・空に進出する中国の仮想敵国アメリカと中国の太平洋進出の野望

海・空に進出する中国の仮想敵国アメリカと中国の太平洋進出の野望

 各国家ともに、各国家の国益のために動き、そのために、各国家の動向を見守らなければならない。これがそもそもの大原則である。
 ちゅうごくが太平洋進出を狙っている。習近平国家主席の時代になってから、その動きがかなり強くなっている。そもそも、今までは、中国は「アメリカと大戦を行っても勝てると言う勝算がないために、アメリカとの間で戦争になりそうな場合は中国側が引く」と言うことがいわれてきていた。実際に、胡錦涛執行部の時代は、まさにそのようなことが多く、アメリカと中の国の微妙なバランスの中において日本がどのように動くのかと言うことを重要視してきていればよかったので亜r。
 しかし、残念ながら習近平執行部になってから、そのような「方程式」が徐々に通用しなくなってきている。この違いは一体何なのか。音階はそのことを考えてみたい
 中国は、最近になって明らかに「対米軍対策」という軍隊行動を行っている。下記の記事にあるが、中国の原子力潜水艦がアメリカの空母を追尾すると言うこともひとつであるし、中国のロケとが、実はアメリカの衛星を破壊するためのミサイルであったと言うことも言える。
 そもそも、日本でも話題になった中国の「妄言」である「琉球王国独立」も、よく考えれば、沖縄から米軍基地を追い出すことが前提となっていなければ、中国にとっては意味のないことになってしまうのである。要するに、現在日本の南西諸島によって繰り広げられている「局地的中国人民解放軍の情報戦」は、完全にひとつの目的を持って連携していると言うように考えられるべきであり、そのような考えにいたらずに、漫然と「琉球独立学会」などとわけのわからないことを行っているのは、さすがに政治センスがまったくない人の妄言としか言いようがない。このようなわかりやすい、中国の行動に対して、日本人があまり反応せず、韓国の狂信的反日報道にばかり目が向いているのは、かなり危険な兆候ではないのか。中国の真の狙いは尖閣諸島だけではなく、琉球の独立を含めた中国軍による隊へ要の進出、そして公海上の資源の乱獲と覇権主義であると考えられるのである。

中国原潜、接続水域に 沖縄近海 米空母を追尾か 「海上警備行動を準備」

 防衛省は13日、沖縄県・久米島南方の日本の接続水域内(領海の外側約22キロ)を12日深夜から13日朝にかけ、他国の潜水艦が潜航したまま通過したと発表した。潜水艦は12日深夜に接続水域内を東進し、13日朝に同海域の接続水域外を南東へ航行。同省は公式には潜水艦を「国籍不明」としているが、中国の原子力潜水艦と断定した。
 小野寺五典(いつのり)防衛相は13日、記者団に「領海に入れば海上警備行動を発令する予定だった」と述べた。
 同省は2日夜にも国籍不明の潜水艦が鹿児島県・奄美大島の西の海域で接続水域内を潜航したことも公表。12~13日の潜水艦とは別の中国原潜とみている。
 政府は2隻の中国原潜は、13日に韓国で始まった米韓合同海上訓練に参加するため釜山に向かっていた米原子力空母「ニミッツ」を追尾・威嚇するために投入されたと分析している。
 国連海洋法条約は潜水艦が他国の領海内を航行する際は浮上し国旗を掲げることを義務づけているが、接続水域内の潜航は条約に抵触しない。
 平成16年11月に中国潜水艦が沖縄県・石垣島周辺の領海内を潜航した際、政府は海上警備行動を発令した。

【用語解説】海上警備行動
 海上保安庁だけで対応できない場合に、自衛隊が出動して海上での人命・財産保護や治安維持に当たる行為。自衛隊法に基づき、首相の承認を得て防衛相が発令する。武器使用は正当防衛などに限られるが、停船命令に応じない船への射撃などは可能。過去に平成11年の能登半島沖不審船事件、16年の中国潜水艦の領海潜航、21年のソマリア沖海賊対処の3回発令された。

産経新聞 5月14日(火)7時55分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130514-00000092-san-pol

対衛星で新型ミサイルか 中国「観測ロケット」

 13日に中国各地で目撃された「未確認飛行物体」の写真を掲載した15日付の中国紙。「謎の物体」は四川省の西昌衛星発射センターで打ち上げられたロケットとみられている(共同) 【ワシントン共同】米国防総省は15日、中国が13日に観測目的としてロケットを打ち上げ、高度3万6千キロの静止軌道に近づく飛行ルートをたどったとの分析を明らかにした。日本政府当局者は16日、「衛星攻撃兵器(ASAT)開発のための事実上のミサイル実験だ」と述べ、新型の弾道ミサイルが使用されたとの見方を示した。静止軌道上には、弾道ミサイル発射を探知する米軍の早期警戒衛星や一部の偵察衛星がある。

共同通信 2013年05月16日20時31分
http://news.livedoor.com/article/detail/7681381/

 記事を呼んでいただいてわかるように、それにしても中国の太平洋進出計画があまりにも請求過ぎるような気がする。これは一体何を示しているのか。
 現在の中国の経済状況は、年間のGDP成長率を8%割れしてしまい、成長が止まってしまっているt状態であるといっても過言ではない状態になってしまっている。中国はあくまでも共産主義経済を目指している国家であり、そのために社会主義、全体主義を標榜し、共産党による一党独裁を行っているのである。もちろん、私個人の見立てで申し訳ないが、中国の国民の多くはその共産党の支配に対して無関心と言う感じがしてならない。どちらかと言えば「生活ができれば誰が上に立っていても同じ」と言う感覚があり、そして支配階級上層部と下層生活者との関係は、まったく別世界の住人と言うことで、不正蓄財などに関しても、わざわざ日本人がマイクを向けてアンケートをとればそれなりにコメントをするが、そうでなければあまり無関心であり、自分の生活に入ってきてほしくないというのが前提になっているのである。
 さて、中国はそのようにして国民の平穏な生活を見なければならない。まさにナチスドイツの「アーリア人至上主義」と同じで、「漢民族至上主義」をひゅう棒しているものと同じであると考えられ、その配給と国家社会主義の完遂のための原資をどこかから稼がなければならない。
 改革開放経済以来、海外の投資と輸出によって、分配原資の調達と国家の発展を行ってきて板のであるが、胡政権の最終、特に日本との尖閣諸島問題に伴って貿易の信頼性を失ったことを契機に、世界的に中国との取引、要するに直接投資および貿易を控える、または生産拠点を他国に移すようになっていった。もちろん、そこには貿易の信用の既存だけではなく、当然に景気の向上とともに訪れる人件費の上昇や土地代などのインフラ費用の値上がりなどによって、中国の生産拠点が採算があわないとなっていたところ、日本との関係で貿易の信用が既存したことを契機に潮が引くように投資が減ったと言うこと意なる。まさに中国が「世界の工場」と言われていたのは、世界の向上都市tのインフラと経費面の適合性があったからであり、改革開放経済以前の人件費抑制性作為よるものであったと考えられるが、そのポイントがずれてしまうと、一気に中国としての魅力がなくなるということになってしまうのである。
 この状態で政権を引き継いだ習近平国家主席は、まさに経済の建て直しというよりは経済構造の再構築が求められ、そのために太平洋進出と海洋開発はまさに「至上命題」であり、アメリカとの対抗や郡の問題ではないのである。まさに、アメリカと戦争をして敗戦によって中国共産党がつぶれるのか、あるいは、国内で経済的な不況で反乱が起きて暴動は反政府運動が発生し、そのために共産党が国内で妥当されるのかと言うことの選択肢である。習近平国家主席は、どうも、「国内で追い落とされると復活はないが、海外との戦争で堕ちた場合は、悲劇のヒーローと言うことになる」と言うような感覚が出てきたのではないか。それでも無計画にアメリカと戦争することはできないので、日本を脅し、琉球を独立させて、太平洋に進出し太平洋の真ん中くらいでアメリカと対峙する。そのために、衛星の破壊や琉球独立と言うことをいわざるを得ないし、昨日のブログになるが大学教育などで「7つの禁句」などで教育の部分から共産党一党独裁というよりは、自分の政権に対する忠誠を誓わせる形にしているのではないか。
 日本の場合、日本を取り囲む日本海側、南西諸島側、そして太平洋側に中国が進出すると言うことは、生みの拠点によって日本が包囲されることになる。海運と輸出入によって生計を立てている日本にとっては、完全に死活問題出るし、太平洋側に中国の拠点ができてしまうということは、アメリカとの安全保障条約上、アメリカが中国を超えなければ日本のことを護れなくなってしまうということを意味しており、日本の安全保障もありえなくなってしまう。まさに、「日米同盟」を継続する前提において、中国の太平洋進出は絶対に避けなければ、日本政府は日本国民の主権と生活をも護ることはできなくなってしまうのである。
 まさに、中国のあせりは、中国の経済状況の不安定と、それに伴う政治的な基盤の不安定につながるものであるが、同時に、その不安定の仮称の動きは日本の主権国家としての存立を脅かす問題になるのである。
 このことに注目しながら、そして、この中国の動きに呼応して売国的動きを行う人々に警戒しながら、ニュースを読んではいかがであろうか。

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マスコミ批判に関する一考(141) 中韓の言論統制と「反日病」と政治的不安定の関係性

マスコミ批判に関する一考(141) 中韓の言論統制と「反日病」と政治的不安定の関係性

 言論統制を行うのは、共産主義的社会主義国家の特徴である。基本的にその中において広く公に知られては困ることも少なくないので、言論やマスコミの論調を統制しなければならない。
 私のブログの中には、たまに「排外主義」という言葉が出てくることがある。排外主義とは「自分たちが属している集団の内的一体性を前提として,他の集団・民族・国家に対してとる排斥的,敵対的,攻撃的な態度,行動,イデオロギー,政策などを広く指す。ショービニズムともいう。 排外主義の原形は,どの集団にも多少とも見いだされるエスノセントリズム(自集団中心主義)にかかわりがある。伝統社会においては,集団への帰属と依存の意識が強まって,親密な〈内〉の心情つまり〈内集団〉感情が形成されるとき,同時に,他の集団については異質の標識が強調されて〈外集団〉として識別される。 」(世界大百科より)ということで、国内に矛盾があったり、国内に集団的一体性がないときに、集団の内的一体性を前提とする行動を行うことによって、その集団の一体性を強固なものにするということが言えるのである。
 日本は、戦後長期間にわたって中国と韓国の排外主義の対象として扱われてきている。実際に「歴史認識」「大虐殺」「戦争席に」「慰安婦」いずれも中韓の排外主義の道具として使われたものであり、日本国内に、その中間の思惑に呼応して大騒ぎする人々及びマスコミがいることが、日本の問題を複雑化しているものである。特に今回安倍内閣が目指している憲法改正も、また、靖国問題も、ほかの国では当たり前のことでありなおかつ日本国内の内政の剣であるにもかかわらず、その内容を「東アジアに配慮」という不思議な論理でマスコミが大騒ぎするということになる。
 いまや、そのマスコミの体制は中国や韓国のマスコミや政府の意向と「相乗関係」にある状態であり、基本的に中国や韓国の国益のためのマスコミにあってしまっていて、日本国の国益のためのマスコミではなくなっているのである。
 その内容を見るときに、当然に、中国や韓国の言論空間がどのようになっているかを見なければならないということになる。今回は、日本国内のマスコミの性格を知るために、あえて韓国や中国の言論空間を見る初歩を見てみたいと思う。

韓国メディア、これはもう「反日病」だ でっち上げ“安倍たたき”

 安倍晋三首相が先日、被災地視察で宮城県の航空自衛隊松島基地を訪れた際、地上でアクロバット飛行の飛行機の座席に座った写真が韓国で大騒ぎになっている。
 飛行機の機体に「731」という番号が出ているのがケシカランというのだ。新聞は1面トップなど特筆大書で社説まで動員し連日のように“安倍たたき”に熱を上げている。
 はて、このナゾ解きは? 報道によるとこの数字は戦前、旧満州に駐屯していた日本軍の細菌部隊の番号と同じというのだ。この部隊は生体実験などをやっていたとして“悪名”高く中国や韓国でよく反日宣伝に使われてきた。日本では森村誠一氏のベストセラー「悪魔の飽食」で知られる。
 「731」という機体番号が付いた飛行機に乗っているから「極右・安倍の軍国主義復活の証拠だ」というのだ。冗談ではない。全マスコミがみんな大まじめなのだ。「幽霊の正体見たり枯れ尾花」あるいは「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」か。これはもう一種の“反日病”だろう。
 周りで写真を見て数字から細菌部隊を連想する人などいない。マスコミがそれを大々的な反日報道に仕立てて安倍非難を展開しているのだ。30年以上、デッチ上げや歪曲など無数の反日報道に付き合ってきたが今回の発想はすごい。そこまでやるか! (黒田勝弘)

産経新聞 2013年05月18日11時33分
http://news.livedoor.com/article/detail/7686030/

「7禁句」、大学に伝達=言論・思想統制を強化―中国

 【香港時事】11日付の香港各紙によると、中国当局はこのほど、北京、上海などの大学に対し、自由・人権などを意味する「普遍的価値」をはじめとする「七つの禁句」を授業で使わないよう指示した。関係者の間では、習近平国家主席率いる新指導部が言論・思想統制を強化し始めたと受け止められている。
 この指示は多くの中国の大学関係者が各紙に明らかにした。「普遍的価値」のほかに、「報道の自由」「公民社会」「公民の権利」「(共産)党の歴史的誤り」「権貴資本主義」「司法の独立」が禁句とされた。
 「権貴資本主義」は権力と資本が癒着した資本主義のことで、一党独裁下の市場経済化で不正・腐敗がまん延する中国の現状を批判的に解説する際に使われている。「公民社会」と「公民の権利」は政治的に自由な市民の社会・権利を指すとして警戒されているようだ。 

時事通信 5月11日(土)16時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130511-00000063-jij-cn

 日本国内で主マスコミのネタはある。実際に、維新の会の橋下代表による慰安婦発言に関しては、マスコミとの間でもかなり大きな問題になるであろうし、同時に、日米関係や日韓間家、日中関係においても基本的にあまり良い関係は生まないような内容である。政治の場合は真実でも言ってよいことと言っては良くないことがあり、同時に言うにしても良いタイミングと悪いタイミングがある。また、使ってよい単語とつかっては良くない単語、そしてその言語が外国語によって翻訳されることを見越して、国際的な感覚で物事を見なければならないのであるが、その件は別途、言及することもあるのではないか。
 さて、中国はこの記事のように「自由・人権などを意味する「普遍的価値」をはじめとする「七つの禁句」を授業で使わないよう指示」している。そもそも中国は、理数系でも大学の入学試験の強化の中に「政治」という科目があり、その点が悪ければ大学に入学できない、いわゆる必須科目の中に共産主義を学ぶ項目がある。日本の理数系の学生のように、公民も歴史も学ばないで大学教育を受けるような国は少ない。自国の歴史や、ある意味で地政学的なものがあり、理数系といえども、国家のために貢献すべきというのが当然の義務として学生に貸されているのである。中国の場合、中国で学びながら、その技術を反共産主義のために使うようなことは認めないというスタンスになっている。
 このような言論統制は当然のことながら日本以外のほぼすべての国家で行われているといってよいし、また政府が統制していなくてもある意味で常識として、ある意味でマスコミ自身の自主規制として行われている内容である。裏返して言えば、「言論の自由」「思想の自由」などとわけのわからない理屈を言っ、自分の所属する国家や集団の反国家的な思想を恥ずかしげもなく発表するのは、日本だけといってよいし、そのようなゆがんだ国を作った左翼活動家たちが固まった集団となっているのがマスコミの姿といえる。
 そして、その「国益のための言論統制」が、排外主義と結びついたのが韓国の言論空間である。
 安倍首相が乗った飛行機に731と書いてあるだけで、731部隊を想起させる極右というレッテル貼りを行う。あまりにも幼稚であまりにもばかばかしいこれらの内容はさすがに呆れてしまう。そしてこの言論に大真面目なのだから困る。
 しかし、このことを逆に考えてみるべきではないか。
 要するに韓国の言論の報道の中には、このようなことを平気に行う言論空間にあるということが言えるのではないだろうか。要するに、このようなことを平気で行うことが韓国の言論空間の中にあり、テレビや新聞で使う写真の中に、正確な使い方ではないかもしれないがサブリミナル的に、何かほかのことや真に主張したい内容などを入れ込むことが往々にして行われているということを意味するものである。日本の場合は、報道機関の中において、なぜか韓国や中国の報道には「性善説」で行なっており、そのうえ、中韓の国益のために日本の国益を無視することが多いので、あまり詳細にそれらの写真や映像を検証することは少ないのであるが、実際にそれらを検証していれば、サブリミナル的な反日報道は少なくないのではないか。特に韓流ブームなどのドラマではまさにそのような状態になっているということが強く類推されるのである。
 このように、中国や韓国の批判は、逆に彼らが普段どのようなことを行っているのか、そしてどのような報道姿勢を持っているかを知るうえで重要な史料であるといえる。ヘイトスピーチ的に中韓を排外するのではなく、そのようにしていての手段を知る、研究するということも必要なのではないか。

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保守的解釈による日本国憲法講義私案 第29回 国民主権の日本国憲法の第一章はなぜ「天皇」なのか

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第29回 国民主権の日本国憲法の第一章はなぜ「天皇」なのか

 今回から、やっと条文に入る。
  すでにこの連載も29回目になっており、それまで「国体の解説」や「前文の解釈」を行ってきたので、すっかり長くなってしまった。
  正確に言えば、前回までが「前段」「まえがき」にあたる部分であり、今回からの内容が本題である。
  しかし長くなってしまった。
  基本的に、ここまで長くなったものの、その内容は事情に重要であったと思う。
  もちろん、それまでの内容がかなり長かったし、繰り返しなども多く「くどい」部分もあったのではないかと考えられるが、しかし、そこが重要な部分なのではなかったかと考えるのである。
  なぜならば、「国体」という感覚は、現在日本人の中で「共通認識」になっているものではない。
  しかし、この日本国憲法が出てきた時点で、これらのない湯は日本人の共通認識の中にあったはずだ。
  日本人は、大東亜戦争に際して、敗戦が濃厚になった終盤では「国体護持」を標榜していたはずである。
  そして、「国体護持」の精神は、この憲法の起草においてGHQと丁丁発止を続けた人々であっても、そののちに売国的な決断と言われながらも、日本国憲法に「国体護持」の感覚を入れたはずである。
  敗戦の責任を一手に引き受けさせられた鈴木貫太郎首相であっても、元連合艦隊司令長官であり、日清日露で水雷艇の艇長として活躍している軍人である。
  その人々が敗戦に際し、自らの育てた軍隊の戦果を棚に上げて売国的態度に走るはずがない。
  もちろん、人によってその程度やその考え方、または手段は違ったかもしれない。
  そもそも、首都東京の真ん中にGHQがいる段階で、どのような手段で国体護持を行うかということに関しては、かなり意見に差があったはずだ。
  意見が分かれていて、その渦中にいれば、その先のことなどはなく目の前の課題をかたずけるしかない。
  その中において、選択肢をどのように行うのか、そのことを後世の人が避難できるはずはないのである。
  ある意味でGHQに利用される危険もありまた、戦後左翼に利用される可能性もありながら、その中でその時の環境で最善と思われる選択肢を行わなければならないのではないか。
  当然に「前文」に関しても同じだ。
  その内容は、現在は左翼教育の犠牲になって、完全に「日本を骨抜きにした平和憲法の象徴」のように言われているが、実際に主語や述語をしっかりと解釈してゆけば、その中に様々な意思が含まれており、左翼教育は、その中で最も左傾化した解釈のみを「日本国憲法の特徴」として教育しているのである。
  その内容は、まさに日本の戦後教育の左翼化、そしてアナーキズム的非国家論、要するに日本のイデオロギー無き新左翼思想につながるのである。
 
  そのようなことから、「まえがき」にあたる部分は非常に長くなってしまった。
  そのうえで、まず第一章「天皇」について考えてみたい。
  そもそも、なぜ第一章に「天皇」という章立てが存在するのか。
  単純に「改正」前の主権者である天皇を、それとは異なる内容として規定するからに他ならない。
  単純に、民主主義ということが前提であれば、そもそも「国民」ということが第一に規定されてしかるべきである。
  この日本国憲法は「国民主権」と言いながら、その「国民」の定義が存在せず、そのために現代になってから「在日外国人参政権」などの話が出てきてしまっているのである。
  単純に考えれば、本来国民主権の「主権者」の定義がなければならず、主権者と主権者以外の権利の分配も存在するはずだ。
  しかし、日本国憲法の場合、それまでの主権者である天皇が、GHQから見て最も巨大な権力者であり、その権力者の権力を制御することがこの憲法の一つの目的であったことがよくわかる内容である。
  とはいえ、主権者であった天皇を「国民」と同じというようにはできない。
  この時に11宮家が宮家剥奪され、また家族がすべて家族制度の廃止になったが、しかし、それでも天皇を排斥することができなかった。
  日本人の「国体護持」に関する意識は非常に強かったと考える。
  そのためにGHQといえども簡単に天皇の権威に手を付けることはできなかったはずである。
  その妥協の産物がこの第一章の内容であるといえる。
  まさに、戦後に天皇の大権を制限する内容であり、日本国における天皇主権がなくなったもの、もっと言えば敗戦の象徴としてGHQの意向を強く反映したものであるということができる一方、天皇の大権を制限しようとしたGHQに対して日本国民がその相違で「国体を護持」した姿ともいえるのではないか。
  そのことが、第一章に天皇を置いた理由であると考えられる。
  そうでなければ「象徴」としての天皇を第一章に持ってくる必要はないのではないか。
  そして、このことこそ、当時の日本人がすべて「国体護持」を目指した、それを目的にして、最悪の場合はGHQと一線を交える気概を持っていたのではないか。
  単純に、一度占領した占領軍が、死を覚悟した国民兵、いわゆる「死兵」を相手にするのは怖いのである。
  国民がすべて、敗戦で意気消沈しながらも日本国民としてのプライドを捨てず、なおかつ、死兵になる覚悟でGHQを包囲しながら、国体護持という覚悟を示していれば、GHQもそれに対処しなければならなかったのではないか。
  それこそ、実はこの憲法においては重要な内容ではないか。
  このように「文字に書いていない」しかし、第一章という位置に天皇の章があるということも、頭に入れながらこの条文を解釈しなければならないのではないか。

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海外で食べる和食の「非マッチング」と「意外性」から考える日本文化

海外で食べる和食の「非マッチング」と「意外性」から考える日本文化

 今週は政治のネタが多かった。どうしても政治のネタを書くと、批判などが多くなってしまう。もちろん、批判をするというのは、少しでも良くなってほしいと思うからである。もちろんその政治家が良くなってほしいというものではなく、政治家の発言や行動によって日本の国益を損ねないでほしいというものもある。政治家自身によくなってほしいと思うのであれば、政治家だけに言えばよく、何もブログに書く必要はないし、また、その政治家だけで影響がないならば、笑い話として書けばよいだけで、どうでもよいならば無視してしまえばよいのである。ブログに書くというのは、そのことの問題意識を共有して、日本が良くなってもらいたいと思うからである。
 しかし、そのようなことばかりではさすがに堅苦しくなってしまう。たまたまであるが、昨日二つの原稿を書き上げた。一つは日本の文化論に関する内容と、もう一つは現在の韓国の経済と政治の状況と日韓関係に関して、少々難しい論文を書いた。そのおかげで今日はさすがにこのブログで同じテイストで硬いネタを書く気力が存在しない。労働ならぬ「脳内労働」で少々疲労気味である。
 疲労した時は、何かおいしいものを食べて、楽しいことをして、というのが最も良いのである。そのおいしいものを探していたら、面白い記事が出てきたので、今日は土曜日ということもあり、その記事を扱ってみたいと思う。
 世界的に「寿司」がブームなのは、今に始まったことではない。寿司は私の大好物である。酢飯とネタの絶妙なバランス、そしてその単純な構造であるがゆえに、板前の技術によって味が変わる。この奥の深さが世界の美食家を魅了する理由ではないかと思う。
 しかし、この寿司を魅了しているのは何も世界的な美食家ばかりではない。そして、ご当地の「ネタ」を乗せた、日本人の感覚では考えられない「非常識な寿司」が出来上がる場合がある。そのことを文章にしようと思っていたところ、産経新聞が良い記事を書いてくれたので、今回はその記事で土曜日の「軽い話題」にしてみたい。

イチゴ、ナッツ、クジラ… 海外すしブームの裏に必ずある“珍ネタ”

 まるでケーキのような巻きすし アメリカや欧州、ロシアなどから遅れること3年、今、ノルウェーではすしブームが花を開きつつある。
  日本人同様、ノルウェー人にとっても魚を食べることは身近だ。しかし、日本と同様、子供の「魚離れ」は深刻化しており、「ノルウェー水産物審議会(NSC)」などは「すし」に目をつけ、いろいろなPRを行うことで魚の消費を上げようと躍起になっている。
  ノルウェーのすし事情を見せてくれるというので、ノルウェー首都オスロから飛行機で2時間ほどの港街トロムソのすしレストラン「Ra Sushi & Bar(http://www.raasushi.no/)」を訪ねた。出迎えてくれたのは大阪・ウェスティン内のすし店で修行したというスペイン人シェフ。日本での厳しい修行話を聞きながら、すし飯、ネタの下ごしらえなど、おなじみの作業を見守る。ところが「おなじみ」ではなかったのが、目の前のネタの箱の中身だった。日本では見慣れないマンゴー、イチゴ、揚げたナッツが用意されている。一体何に使うのか、注目していると、クリームチーズとマンゴーをのせ巻き始めた。
 「えーっ!」日本ではお目にかかれない巻き寿司に、一緒にいた日本人も大騒ぎだ。どよめきを尻目に、次に準備されたのは揚げたナッツ。裏巻きの上にサーモンが巻かれ、クリームチーズと生のイチゴがトッピングされると、もう驚きを通り越して目が点になってしまう。
 この“世にも不思議な”すしをホントに食べるの…?と眺めていると、隣に座っていたノルウェー人女性が解説してくれた。「ノルウェー人は魚を食べるとは言っても、生魚を食べる習慣はないから苦手なの。これはイチゴのつぶつぶの食感と、後に残る甘さが生の食感と独特の臭いを消してくれる」。
 なるほど。そこまでして食べたいものなのかと、やや疑問を残しつつ、「これが(この店で)1番人気」と勧められると食べずにはいられない。恐々ほおばってみた。と、これは意外!揚げたナッツのサクサクッとした食感が楽しめて、悪くない。次にサーモンとイチゴの相性のよさに驚いた。すしに使われているサーモンは、NSCの徹底管理下で養殖され、運搬にも厳しい温度設定で空輸するため「生サーモン」で懸念される寄生虫の心配は必要ない。ややこってり感があるサーモンだが、イチゴのつぶつぶ感と酸味で後味もさっぱりとしたものだった。
 日本人にウケたと分かったのか、次に「鯨」の刺身と唐揚げが登場した。ノルウェーも日本同様に捕鯨国だが、鯨肉がスーパーで売られることはほとんどない。魚専門の小売で購入することは可能だが、手に入らないこともある。一般的に鯨を食べるのか聞いてみると、「これまで食べたことがない」とノルウェー人女性。ノルウェーに住む日本人にも聞いてみたが、「積極的に食べないし、買わない」という。日本より鯨を食べることが身近ではないようだ。
 そんなノルウェーの鯨の味はどうなのだろう。刺身の味、食感はともに肉に近く、ローストビーフを食べているような感じだった。この鯨の肉を使って軍艦巻きとしても提供してくれるという。唐揚げは、日本で食べたことのあるものとは少し違ったが、しょうがとガーリックが効いて日本人好みの味だった。ノルウェー女性に勧めたところ、最初はおそるおそる食べていたが、店を後にするときには「お持ち帰り」用のボックスを持っていた。
 「ノルウェーですしはこれからもっと人気になるだろう」とシェフは自信満々で語る。首都オスロ、今回訪れたトロムソなど、ノルウェー各地ですしレストランは増えているという。今後の“珍すし”登場にも期待できそうだ。

産経新聞 2013年05月13日10時20分
http://news.livedoor.com/article/detail/7669112/

 産経新聞の記事はノルウェーの寿司である。ノルウェーは当然に漁業大国であるから日本と同じように寿司があるとk難が得ていたところ、現地では生魚を食べる習慣がないので、その習慣を考えれば、日本人の感覚の寿司とはかけ離れたものが出てくる。
 この経験は何もノルウェーなどに行かなくてもどこでも体験できる。先日韓国に行ったときに、韓国のロッテ百貨店の地下にある回転寿司を見学してきたが、日本でもたまに見かけるエビフライは当然のこと、軍艦巻きにキムチが乗っていたりもする。まあ、キムチが韓国人の漬物と考えれば、日本の沢庵巻きと同じようなものであるが、しかし、日本人には違和感を感じる。最も違和感を感じたのは軍艦巻きの上に生クリームとチョコレート。まさにアイスクリームのトッピングのようになって回っている。見た目は超小型のバースデーケーキの海苔巻。「?」となるのが普通であろう。酢飯とクリームが合うのかはわからないが(さすがに食べる気にはなれない)、そこにいる食事客は皆おいしそうに食べているのである。
 中国では、はっきり言って何が食べているかわからない。生を食べる習慣がないのではなく、中国人は食べ物を信用できないので生のものを食べたくないのである。先日も日本のマスコミで羊の肉とネズミの肉を偽装して売っていた話が出てきているが、その肉などを生で食べるなどはとても許されるものではない。
 一番奇妙だったのは、インドネシア。戒律の都合で豚肉などが使えないために、ソーセージやハムが牛肉でできていて、ラードを使わないので心なしかパサパサである。それが乗っている感じだ。しかしそれ以上に奇妙なのは軍艦巻きに「虫」。何かの蛹のような感じであるが見た目もグロテスクでとても良いものではない。
 さて、このように気持ちの悪い寿司を紹介するだけでブログを終わらせる気はない。そもそも寿司、そしてサンドウィッチ(バーガー)は、ファーストフードであって、基本的にオフィシャルな食事の形態ではない。主菜と主食を一緒に食べるというのは、かなりイレギュラーなものである。寿司は和食の代表のような感があるが、実際には懐石料理が日本食の正式なものであって、主食とおかずを一緒に食べる寿司や丼物などは正式な日本料理ではない。当然に、そのことを考えれば世界各国で日本の「酢飯」という主食と現地で食べているものを組み合わせれば、それで「ご当地寿司」ができてしまう。そのご当地寿司に違和感があるのは、日本人が日本人であり、日本の寿司が寿司であるという認識があるからであって、現地のものを食べてまずいと感じるのは、舌が日本人の味覚に慣れているからに他ならないのである。どちらかというと、半分「軍艦巻き」という形式で日本食の形式になっていることが最も違和感の中心なのかもしれない。
 このような記事で「おかしい」と思う心、そのような心こそ「文化」であり、その文化は日本人が日本人であることの証明である。その心を中心を生かして、日本人としての感覚を考え直すのに、このような海外の文化、特に食文化は最も有用なのかもしれない。

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中国の沖縄侵略が本格化する背景と中国政治基盤の不安定時の排外主義

中国の沖縄侵略が本格化する背景と中国政治基盤の不安定時の排外主義

 5月8日付、日本では連休の余韻がまだ残っていることに中国の人民日報で、尖閣諸島は台湾に帰属するとした論文を掲載、その中にそもそも日清戦争によって琉球は日本に奪われたものであるから、ポツダム宣言受託によって沖縄は中国に返還されるべきという論文を掲載したのである。
 この件に関して 菅義偉官房長官は「まったく筋違い」と反論を行い、また阿部首相は日本の領土に関する内容を今後国際的にしっかりと発信すべきというようなことを発言している。当然に沖縄に基地を持っているアメリカは「米国は沖縄における日本の主権を承認している」とし、不快感を表明している。
 さてこのようになったのは、三つの要因がある。
 一つは、沖縄に日本の左翼集団が非常に多く集合しているということである。70年代、あさま山荘事件によって政治的に敗北した左翼活動家の多くが、返還後の混乱した沖縄に移住しているという記録がある。実際に、彼らにすれば返還後であり日本の戸籍制度などにアメリカから移転したばかりで混乱している沖縄は、身を隠すには非常に好都合であったこと、また歴史的に利用しやすい部分があり、一時的に左翼の中心が沖縄に移転することになる。このことによって、沖縄県内は本土との対立、そして琉球王国独立論を主張する人が多く、その琉球王国独立のために中華人民共和国に協力を仰ぐような勢力が台頭、その言論思想空間が現在の沖縄の言論空間に発展しており、まともな保守的な情報が通用しない状態になっている。日常的にも、同じ日本であるのに「沖縄は違うんだ」という理論で通用してしまうところがあるのは、非常に残念なことなのである。
 二つめは、中国の海洋戦略である。中国の海洋戦略は、80年代後半から台頭し、インドやロシアとの国境画定に動き、そして、改革開放経済で海運が非常に重要視されるようになってから、海洋進出、特に広大な公開を要する太平洋進出を画策するようになるのだ。そのために、台湾併合、そして琉球独立(属国化)を目指し、その領海から太平洋への進出やアセアンの支配を狙ったのである。このことは非常に大きな問題であり、東アジアだけでなく世界の安全保証を揺るがすほどの大きな問題なのである。特に中国は核保有国であり、その核保有国が太平洋海中から様々な国に対して核ミサイルを発射可能になるということは、ある意味において非常に大きな脅威になるのである。また、現在の中国人の消費性向で海洋資源を取りつくしたら、地球の環境汚染は非常に大きなものになり、地球が人間も住めなくなる星になる可能性もある。この辺の可能性の議論は、あくまでも架空の話であるが、現在PM2.5などの問題などを見てみれば、あながちでたらめな空想話とも思えないのではないか。
 しかし、これらの話はすでに数十年の時間がたっている話である。では、なぜ今なのか、そのことを記事の後ろで検証してみたい。

人民日報、沖縄帰属は「未解決」

   中国共産党機関紙の人民日報は2013年5月8日付けの紙面で、沖縄県の尖閣諸島に関連して「歴史的な件案で未解決の琉球(沖縄)問題を再び議論できる時が来た」と主張する論文を掲載した。論文では、尖閣諸島は台湾に付属する島だと主張。論文では、清は日清戦争後の下関条約で、台湾や尖閣諸島、澎湖諸島、沖縄を日本に奪われたとしており、日本がポツダム宣言を受諾した以上、台湾や尖閣諸島を返還するのみならず、沖縄の帰属についても議論すべきだとした。
   菅義偉官房長官は、5月8日の会見で「全く筋違い」と不快感を示した。

2013年5月9日(木)15時46分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-174716/1.htm

沖縄の「日本の主権承認」=人民日報の論文受け―米

 【ワシントン時事】米国務省のベントレル副報道官代理は9日の会見で、8日付の中国共産党機関紙、人民日報が沖縄の領有権は中国にあるとの立場を示唆する論文を掲載したことを受け「米国は沖縄における日本の主権を承認している」と明言した。
 ベントレル氏はこの中で「米国は沖縄県・尖閣諸島の主権問題については、立場を取らない」とも指摘。沖縄をめぐる人民日報の主張と日中が争う尖閣問題を区別する考えを明確にした。 

時事通信 5月10日(金)6時44分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130510-00000023-jij-n_ame

新たな対立の火種に 沖縄帰属めぐる人民日報論文 

 【北京=矢板明夫】中国共産党機関紙、人民日報が8日、沖縄県の帰属は「歴史上の懸案であり、未解決の問題だ」などとする論文を掲載した問題で、菅義偉官房長官は9日、「(論文が)中国政府の立場であるならば断固として受け入れられない」と抗議したことを明らかにした。中国外務省の華春瑩報道官は同日、「申し入れや抗議を受け入れられない」と反発、日中間の新たな対立の火種となりつつある。
 論文掲載は、習近平指導部の意向によるものである可能性が高い。尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐる日本との対立が長期化するなか、膠(こう)着(ちゃく)状態の打破に向けて新たな揺さぶりをかける狙いがあるとみられる。
 習近平指導部は尖閣諸島に関し、日本に「国有化前の状態に戻すこと」「領土問題の存在を認めること」の2点を関係回復の前提条件として突きつけた。しかし、安倍晋三政権が要求を無視したため、対日外交は袋小路に陥っている。
 共産党筋によれば、汪洋副首相に代表される党内の改革派からは「対日関係を改善すべき」との意見が高まりつつある一方、軍や保守派からも「日本に対し何もしないのか」といった批判が上がっている。
 中国政府系シンクタンクの研究者によると、「沖縄地位未定論」を主張する中国の歴史研究者は90年代から台頭。最近は影響力を拡大しているが、研究者の間ではいまでも傍流だと認識されている。
 こうしたなか、人民日報が論文を掲載したのは、在日米軍基地移転問題で日本政府に不満がある沖縄の一部住民の間から、「琉球独立」の主張が出たことを意識した可能性もある。この動きに支持を示唆して日本政府に圧力を加え、尖閣問題で譲歩を引き出すという計算だ。習政権の主な支持基盤である国内の保守派に対日強硬姿勢を誇示する狙いもあったとみられる。
 論文は沖縄の帰属が「未解決」としているだけなのに、多くの中国人が「沖縄は中国領」だとあおり立て、インターネット上には「沖縄奪還」を求める意見が殺到している。

2013.5.10 07:18 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130510/plc13051007190003-n2.htm

 さて、産経新聞の中に面白いことが書かれている。
 「 習近平指導部は尖閣諸島に関し、日本に「国有化前の状態に戻すこと」「領土問題の存在を認めること」の2点を関係回復の前提条件として突きつけた。しかし、安倍晋三政権が要求を無視したため、対日外交は袋小路に陥っている。
 共産党筋によれば、汪洋副首相に代表される党内の改革派からは「対日関係を改善すべき」との意見が高まりつつある一方、軍や保守派からも「日本に対し何もしないのか」といった批判が上がっている。」
 まさに、中国は習近平新体制がいまだに足場が固まっていない状態であり、その政権基盤は王洋などの改革派と、一方で軍を基軸にする保守派との対立で習近平はその矛盾をどのようにするのかということになっている。特に汚職腐敗の撲滅は、習近平そのものの支持基盤である保守派や軍隊の権限を制限することになり、改革派は、その矛盾を排外する教に日本や南沙諸島に向けている状態である。その長髪が今回の内容である。
 「ピンチの中にチャンスあり」という言い方は不謹慎なのであろうか。しかし、実際に中国が対日強硬に出てくる、特にアメリカ軍がいるにもかかわらず、沖縄に対して強硬に出てくるのは、まさに中国国内の不安定さを露呈しているものとしか言いようがないのではないか。そのことが明らかになれば、今回の対処として何をしなければならないかはわかるはずだ。
 そもそも、上記のように沖縄に左翼が固まり、琉球独立などと言っていることそのものが一番大きな問題なのである。中国がこのように三戦で揺さぶりながら、国内の不安定な政治基盤で身動きが取れない間に、日本でできることは何か。日本国内でその不穏の目を積む必要があるのではないか。

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見えてきたアベノミクスの成長戦略とその可能性

見えてきたアベノミクスの成長戦略とその可能性

 実は先週の記事なのであるが、エネルギーなどに興味がある人々には非常に興味のある内容がニュースで流れた。一つは、日本のエネルギーの期z国石炭発電を基軸に据え、そしてその石炭発言の高い技術性を、国を挙げて海外に販売してゆくというものである。もう一つは、いわゆる「異次元の量的緩和」によって懸念される金利の上昇、特に長期債券の金利上昇が懸念されていることに関して、急激な上昇は想定していない、と発表し、同時に、日銀による国債の買い取りを示唆していることも非常に大きな内容になっているのである。
 さて、このニュース大きく上げられないのは、いわゆる「橋下慰安婦容認発言」による報道の乱れであり、私のように斜めからしかものを見ない人間にとっては、これら有効と思われる成長戦略をマスコミで発表させないために、橋下氏はわざと物議を醸すような発言をしているのではないかと考えてしまうくらいである。アベノミクスによる日本景気の浮揚と閉塞感の打破によって、徐々に存在感がなくなってきた維新の会橋下氏は、先週くらいから物議を醸す発言が非常に多くなってきている。「年内に維新の会が消滅することもあり得る」と11日に発言、そして慰安婦問題、その内容に関してはそのうちふれるかっも知れないしすでにフェイスブックで少し書いたが、その真意よりもなぜこの時期にこれだけ物議を醸す発言を連発するのかということに、非常に違和感を感じるものである。
 さて、橋下氏は今回の内容とは全く異なる部分なので話を切り離して、アベノミクスの成長戦略を見てみたい。アベノミクスの成長戦略は、このブログでは以前から何度も触れているが、自由主義経済において、政府や公権力が民間企業と全く異なる人格で自由な裁量権のある企業に対して、どれだけ指導力を発揮できるかということである。ある意味において法律の範囲内で、金融の緩和などを行うことは可能であるが、その金融緩和で得た資金を、雇用に回すのか、設備投資にするのか、あるいは内部留保にするのか、または借金の返済にするのかに関しては、各企業の自由なのである。要するに、金融緩和と成長戦略は直接結びつかないものであり、その中において六月にどのような成長戦略が発表するのかが非常に大きな興味の的になっている。その一部が見えてきたのではないか。

黒田総裁、緩和による長期金利の急上昇を否定

 【エイルズベリー=中沢謙介】日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁はG7会議後の記者会見で、「量的・質的金融緩和」に伴って長期金利上昇の懸念が出ていることについて、「長期金利がはねる(急上昇する)ことは予想していない」と述べた。
 黒田総裁は「経済が成長し、物価が上がっていく中で、金利が若干上がっていくのは自然な形だ」と説明した。
 日銀は国債を大量に買うことによって、金利を引き下げようとしている。この結果、国債を大量に買っていた生命保険会社などの機関投資家が、低金利を嫌って資金を国債以外に振り向け、国債の需給が緩んで国債価格が下落(長期金利が上昇)するとの懸念が広がりつつある。

2013年5月12日(日)10時18分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/yomiuri-20130511-01177/1.htm

「石炭発電」成長戦略の切り札に 政府、海外に売り込む方針決める 最新技術で効率アップ

 政府は8日、インフラ輸出の柱として、少ない石炭で効率よく発電できる最新の石炭火力発電技術を海外に売り込む方針を決めた。インフラ輸出拡大を支援する政府の「経協インフラ戦略会議」で打ち出し、6月に策定する成長戦略に盛り込む。国内の発電プラント産業の育成とともに、これまでの石炭火力よりも二酸化炭素(CO2)排出量を抑えた最新技術を世界に広げ、途上国との関係を強化する狙いがある。
 政府が石炭火力の最新技術として注目しているのは電源開発(Jパワー)の磯子火力発電所(横浜市)。従来の石炭火力は、液化天然ガス(LNG)や石油を燃料とする火力発電に比べ発電コストは安いが、温暖化の原因となるCO2排出量の多さが問題視されていた。磯子の石炭火力は、従来の石炭発電よりも熱効率が2割高く、燃料消費とCO2排出量はそれぞれ約2割抑えられた。
 4月3日に磯子火力発電所を視察した茂木敏充経済産業相は「成長戦略ではインフラ輸出が大きな柱になる」とした上で、石炭火力発電について「インフラ輸出の重要な位置を占める」と強調した。政府が4月26日にまとめた燃料調達コスト引き下げアクションプランにも「インフラ輸出において非常に有望で推進する」と明記された。
 石炭は、世界各地の豊富な埋蔵量を背景に安定供給が図れる上、世界の発電量の約4割は石炭火力がカバーしている。特に中国は発電量の約8割、インドは約7割が石炭火力であり、再生可能エネルギーの普及が進むドイツやデンマークも約半分が石炭火力だ。
 経産省幹部は「老朽化した石炭火力の切り替えや新設を検討している国に照準を合わせ、官民で発電コストや環境負荷の少ない点を売り込んでいく」と強調する。
 経産省はこのほか、中国電力やJパワーと共同で、広島県の大崎発電所内に、酸素を使って石炭をガスにしてCO2排出を抑える火力発電所の建設を進めている。磯子の石炭火力とともに大崎の技術も売り込む考えだ。
     ◇
 ■安倍政権の成長戦略 安倍晋三首相が掲げる経済政策「アベノミクス」の三本の矢の3つ目。「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」に続き、民間投資を喚起する目的で構造改革や規制緩和を進める。首相は4月19日、第1弾として、米国の国立衛生研究所(NIH)をモデルにした「日本版NIH」創設など医療・雇用・女性の各分野の成長戦略を発表。6月中旬までに正式決定する。

2013.5.9 17:03 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130509/plc13050917040012-n2.htm

 金融緩和が大きく問題になるのは、長期金利の金利の上昇である。実際に、大企業の多くは長期の金融借入とその金利の支払いで企業運営をしている。実際にその金利の支払いが大きくなれば、企業の負担が大きくなることを意味しているのである。もちろん、金融緩和をして現在のままの金利ということはありえないが、逆に金融が思惑だけで円安や株高になるように、思惑だけで実体経済を反映せずに金利だけが大きく跳ね上がることになれば、非常に大きな問題になるのではないか。
 一方、エネルギーコストも非常に大きな問題になる。エネルギーは現在原子力発電所がほとんど再稼働しておらず、そのうえで福島第一原発の賠償金が非常に大きな負担になっている。実際に原子力発電所がなくても大丈夫というような論調はあるが、将来にわたってエネルギーをどのようにするのかということが非常に大きな問題になる。これは生活という問題ではなく、産業用、要するに製造業に使う非常に大きなエネルギーをどのように確保するかということになるし、一方で、そのためのエネルギーコストは企業の間接コストとして非常に大きくなる。
 これらに対して、一つは金利の跳ね上がりを否定し、また、エネルギーに関しては、その技術を売ることによって独自な収入を得ることができるようにする。ちなみに石炭発電は現在熱効率が80%近くあり、原子力などの熱効率30%前後のものとは非常に大きく違うのである。ぎゃくんいいえば、原子力発電には熱効率を上げることによってより一層大きなエネルギーの確保が見込めるわけであり、その部分の研究などが国際的に待たれるものである。その熱効率の部分において、日本は世界でもトップクラスの技術を持っているものであり、その部分の販売というのはかなり期待ができるのではないか。
 さて、このような個別ではなく、アベノミクスの成長戦略として見えるものは何か。単純にいって「日本の製造業における間接コストの低減」ということが見えてきているはずである。消費税に関しては上げるということになっているようだが、それ以外の間接コスト、例えば、金利払い、あるいはエネルギーコストといったものの低減を政府でできることが行うということである。この部分を廉価で販売すれば、国際競争力が上がり、その部分で日本の輸出量が増えて景気が良くなるということになるし、また一方で今までのままで売り上げを計上すれば、当然に企業内利益がおおっくなることによって雇用の拡大や賃上げが期待できる。そのようにして海外との競争力をつけながら政府が我慢して企業にもうけさせるということになるのである。そのことが最高の成長戦略であり、またそれ以上のことなどを行うことは自由経済ではできないのである。
 日本における間接コストはほかにもたくさんある。これらに関して、どこまで「削減」というか「我慢」できるのか。そこが今後の成長戦略のカギであり、同時に、その成長戦略の成否のカギとなるであろう。

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民主党「大反省会」は相変わらず「ジミンガー」の大合唱

民主党「大反省会」は相変わらず「ジミンガー」の大合唱

 11日に民主党が予告までして行った大反省会を行った。
 さて、まずここで不思議なのは、この「大反省会」に関して、民主党のホームページには、この文章を作成時点(5月14日)で何の報告もしていないことである。非常に面白いことに、大反省会の評価などは民主党内で行われていないのである。
 この反省会、そもそも、民主党は政権を下野して5か月しなければ行わなかった。また、反省会と銘打って行ったのは今回だけで、今後継続的に行われる計画は現時点では聞けていない。これに対して、自民党が下野した時は、1か月後に「声を聴かせて」というキャンペーンを行い、インターネットや電話などで陳情苦情要望を受け付ける内容を継続的に行っていた。お客さんを集めて「反省会」のようなイベントは行わなかったものの、気がついたときに気が付いた形で話聞けるようにした。また当時の谷垣総裁は全国お詫び行脚を行い、全国の有権者から話を聞くということを行ったのである。この違いはいったい何なのか。
 次に、この日前首相の野田佳彦氏はこの反省会に参加していない。野田氏はこの時間に格闘家(プロレスラー)の小橋健太の引退試合の観戦をSP二人連れて行っており、有権者との間で話などをしていないし、反省の弁を繰り返すことはなかったのである。この有権者との距離感が、まさに民主党そのものの体質である。
 それでも元首相の菅直人氏、そして元官房長官の枝野幸男氏が参加した。逆にそれ以外の人はどうしたのかということが言いたいかもしれない。しかし、鳩山由紀夫元首相はすでに政界を引退しており「民主党」の枠で物事を話すとは思えない。また、そのほかの閣僚でも、すでに前回の総選挙で落選し現在国会議員として活動していない人も少なくない。元官房長官の仙谷由人氏や藤村修氏や、李春光スパイ事件で問題になった鹿野道彦氏などは現在国会議員ではないのである。そのほかでも既に民主党を離党している人も少なくないために、現在の民主党の議員として出席できる人が非常に少ないということになる。
 それでも、その時の状況や統括できる人が出るのであれば、それでよいのかもしれない。しかし、内容もそのようになっていなかったのではないか。

反省会でも批判に力点=自民・官僚に「責任転嫁」―民主

 民主党は11日、菅直人元首相や閣僚経験者が出席して、政権を担当した3年3カ月間を総括する「公開大反省会」を都内で開いた。しかし、菅氏らは「自民党は衆院解散優先の姿勢だった」「官僚に非協力的な動きがあった」などと、野党だった自民党や官僚組織への批判に力点を置いた。参院選を前に反省の意を示して支持回復につなげる思惑があったが、反省どころか言い訳や責任転嫁をするかのような姿勢を印象付けた。
 菅氏は、東京電力福島第1原発事故対応で情報開示が後手に回ったと批判されたことについて「申し訳なかった」と陳謝。長妻昭元厚生労働相も、2009年衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた政策に財源の裏付けが乏しかったことを「結果的に大風呂敷になった」と認めた。
 しかし、多くの時間を割いたのは自民党や官僚への批判。菅氏は東日本大震災に関し「あれだけのことが起きれば政治休戦をしなければならないのに、なかなかそうならなかった」と自民党を非難。枝野幸男元官房長官は子ども手当の満額支給や高速道路無料化などの公約が不履行に終わった理由を「自民が反対、民主が賛成のものが目玉だから、国会で野党の抵抗に遭う」と釈明した。
 菅氏は政治主導の政権運営が行き詰まったことについても「官僚個人は優秀でも、組織となると(権益を)死守する」と官僚の抵抗の強さを訴え、長妻氏は「官僚とその裏にいる団体が一つになって変化を拒む」と恨み節を展開した。
 反省会では、一般の参加者は携帯メールで司会者を介さなければ質問できず、菅氏らに直接疑問や批判をぶつける機会は与えられなかった。 

時事通信 5月11日(土)20時7分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130511-00000101-jij-pol

 4月20日の私のブログに
「民主党ダメ出し討論会参加規模者が殺到?ダメなものに何を言ってもダメなのに…」(http://udaxyz.cocolog-nifty.com/udaxyz/2013/04/post-1bcc.html)というものを掲載した。その中で私は、
「 もちろん彼らの中においては、彼らなりの理論が一貫しているが、その中において、彼らの中における立っている思想的基盤や、世界情勢の問題、そして考えるポイントとなる機軸が全く違うのであるから、これでは話にならないのである。
 そのような人に、個別擬態的な政策や尖閣諸島問題、そして原発対処や震災の対応について質問をしたところで、何の効果も無いであろう。はっきり言って生で「ジミンガー」というのを聞けるだけしか意味の無いことである。」
 と記載している。
 まさに、ここに書いたような状態になったようだ。時事通信の記事または私が個人的に参加者に話を聞いた(取材などというものではない。愚痴を聞いたに過ぎない)ところによると、まさに「ジミンガー」「カンリョウガー」を繰りかえり、祖手も反省というようなものではなかったというのである。
 新左翼ニューウエイブの会を立ち上げたメンバーそのものが、新左翼的な理論で物事を運営しようとし。、日本の官僚組織などもその考え方に共鳴する部分はあったものの大多数の保守派(無党派保守)が、新左翼的思考に対する違和感による拒否反応を示した。民主党そのものは政権をとるために、まさに何でも取り込んだために極右や保守派で自民党から追い出された勢力までも取り込んだために、新左翼的な考え方や理論で物事を強引に進めれば、そのことによって、民主党そのものが内部分裂をする。当然に、理論的に反駁できなくても、感覚的に何かがおかしいという違和感があり、その違和感を放置することができないからだ。
 私からすれば、政治家になる人がなぜ理論的に新左翼の思想に対して反駁ができないのか、その実態などに関して勉強不足であるとしか考えていない。そのために、民主党に在籍しながら「保守派」を戦勝する人々に対して、新社屋を追い出すほどの勢いのある人は除き、それ以外しぶしぶでも新左翼敵視思想の配下に甘んじている人々に関しては、あまり政治家としての気概を感じない。単純にイデオロギー的な整合性が取れない自己矛盾の存在の人々に対して、国民の代表者として意見をまとめられることはないからだ。
 この状態において、今回の反省会が、民主党の思想イデオロギー的な部分まで明らかに国民の前にさらし、そのイデオロギーや思想や政治哲学が日本の風土や国民性、国益と適合しないというのであれば、当然に、意味があるものと考えられる。しかし、携帯電話からのメールの質問でそのようなことまで質問できるはずもなく、また、都合の悪い質問に関しては、スルーしてしまうことになるのであるから話になるはずがないのである。
 このような状態で反省会などを行っても意味がないとは思っていたが、実際にそのような状態になっておりまたマスコミの評価も大体において「責任転嫁しかしていない状態」というような評価でしかなかった。
 ようするに、これが民主党の実力である。あえていう。これでも民主党を支持しますか?

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川口委員長解任と「国会は何のためにあるのか」という議論と反対のための反対しかできないことが良くわかった野党の対応

川口委員長解任と「国会は何のためにあるのか」という議論と反対のための反対しかできないことが良くわかった野党の対応

 今日は題名が長くなってしまった。
 先週、川口参議院環境委員長が参議院本会議において解任された。参議院においては野党のほうが多いので、解任の動議になれば、当然に野党多数党の賛成多数でどのような動議でも通ってしまう状態になっている。
 そもそも問題になったのは、国会開会期間中に中国を訪問、その予定日の次の日に楊前外務大臣との会談日程が実現可能となったことによって、川口委員長は滞在延長をすることとなった。先に記載したように参議院では野党のほうが多いので、自民は川口氏の滞在延長を求めたが、野党側が拒否。国会が認めないまま延長強行となった。
 野党は自分で認めないという判断をし、その決定を覆して面会を強行した川口委員長を解任したと言うことである。解任の理由は、国会の許可を得ずに滞在を1日延長したのは「国会軽視」、と言うことであり、一方川口委員長は、現在の日中関係を鑑みて、中国要人との面会を優先させたのは国益を考えての行動、と言うように、この行動に関しては真っ向から対立することになったのである。
 さて、そもそもこのようになるのは参議院において政府側との逆転現象、いわゆる「ねじれ国会」が起きているからに他ならない。このことは、政府または議会外交などにおいて外交の権限のない野党側が参議院において滞在許可などの決定権を持っているからに他ならず、そして議会そのものの外交権限を著しく制限し、その上で、自分で物事を仕掛けながら自分で人事権を握ると言う社会主義一党独裁的な議会政治を行うことを可能にしてしまう状態になっており、国会や議会そのものよりも、物事の重要性を判断して自体に対応する「良識の府」としての参議院の地位を著しく貶める恥ずかしい行為といわざるを得ない。
 そして、このことこそ、まさに批判のための批判、反対のための反対しかできない民主党中心の野党の対応そのものであり、そして日本国民が民主党政権にもっとも嫌気が指し敬遠した部分である。もっといえば、何が大切なのか、今の日本という国家についてにとって重要なことの優先順位をつけることができずに、自分たちの政党のエゴとその小さな論理だけで物事を判断し、それがいかにも社会全般の重要問題であるかのように大げさに表現し扇動すると言う手法を行えいることが明らかになったのである。

野党の「参院川口委員長解任」に批判 主要メディアや評論家「首をかしげざるを得ない」

「国会軽視」か「国益優先」か
 参院環境委員会の川口順子委員長(自民)が解任された。中国を訪問中、国会の許可を得ずに滞在を1日延長したのは「国会軽視」として、野党が参院本会議で解任決議案を提出、賛成多数で可決されたのだ。
 だが、野党の国会戦術には批判もある。主要メディアや評論家のなかには、日中関係が冷え込むなか、川口氏が中国要人との面会を優先させたのは国益を考えての行動だったと理解を示すところも少なくない。
■維新・橋下共同代表「外交は政府の責任。議員外交とは違う」
 川口氏の環境委員長解任は、常任委員長として初めて。2013年5月9日の参院本会議で、民主党やみんなの党など野党全党が解任決議案に賛成した。
 問題となったのは、川口氏が4月23、24日の日程で中国を訪問したところ、25日に楊潔チ国務委員との面会が実現することになったため、急きょ滞在を1日延長、予定されていた環境委員会が開けなくなった。自民は川口氏の滞在延長を求めたが、野党側が拒否。国会が認めないまま延長強行となった。
 5月8日放送のBS朝日の番組で、川口氏は楊氏と、尖閣諸島を巡る両国の主張をぶつけ合ったと説明した。当初予定の2時間を3時間に延ばして、徹底的に議論したという。外相経験者の川口氏は、「(その場に)日本人は自分しかいなかった…私がいなければ日本の国益を守ることができなかったと自負している」と、滞在を延長して挙げた成果を強調した。
 これに対して野党側は「前代未聞の国会軽視」「私的な外遊を優先して、自ら設定した環境委員会を流会にしたことを許してよいのか」と非難。日本維新の会の共同代表で、大阪市の橋下徹市長は8日、報道陣に対して「川口さんは政府の一任を取り付けているんですか。外交は政府の責任。議員外交と内閣の責任ある外交とは全く違う。区別しなければならない」と厳しく指摘した。
 だが各種報道を見ると、今回の解任が広く支持を得ているとはいえなさそうだ。朝日、読売、産経の3紙は5月9日付の朝刊社説でこの件を取り上げたが、いずれも野党の動きを疑問視している。読売は、日中間の直接対話がほぼ途絶えている現状で、川口氏と楊氏の会談は「一定の意義があっただろう」と評価。野党について「重要法案に関する不手際でもないのに解任とは行き過ぎだろう」とした。朝日も「解任するほどのことだったのか。首をかしげざるを得ない」と読売と歩調を合わせる。閣僚級の対話チャンネルが事実上途切れているなかで、「尖閣や靖国問題で日本側の立場を伝えるのは国益上必要だという川口氏の言い分にも、聞くべき点はある」と理解をみせている。
野党は川口氏の滞在延長をなぜ許可しなかったのか
 川口氏が面会した楊氏は、日本の尖閣国有化により中国で反日が激化した2012年当時に外相を務めていた。現在は外交担当の国務委員で、言わば副首相級の大物だ。5月9日放送の「やじうまテレビ」(テレビ朝日系)に出演した前高知県知事の橋本大二郎氏は、楊氏との話し合いについて「十分意味があった」と述べた。現状では中国の要人は、日本からの訪問者と1対1では会わない。今回も複数人を交えてだったようだが、川口氏が楊氏と議論できたのは、情報収集のうえで貴重な機会だったというのだ。
 さらに橋本氏は、野党が川口氏の滞在延長を「認めてもよかったと思う」と話す。「国民にとって、今何が重要かを考える必要がある」との指摘だ。
 朝日新聞論説委員の恵村順一郎氏は、5月8日放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)で、川口氏が環境委員会を中止したのはよくないとした。国会開会中は常任委員長の海外出張を自粛するという申し合わせがあり、さらに1日延長で自ら委員長を務める委員会が取りやめとなったのは事実だからだ。
 一方で、「議員外交の機会をみすみす逃すのはもったいない」とも話した。1回だけの会談で日中関係が好転するわけではないだろうが、対話のパイプをつないでおく点で意義があるという。野党側の対応については「議員外交のルールを整備するといった前向きな方向に、どうして進めないのか」と苦言を呈した。
 ウォールストリートジャーナル電子版(日本語)では5月8日、川口氏解任の賛否を読者に投げかけた。9日夕方の時点で270件ほどのコメントが寄せられ、「解任反対」が多数派を占めた。「国益を第一に考えるべき」という意見が強く、野党側に対して川口氏の滞在延長申請をなぜ許可しなかったか理由を問う声も少なくない。ただ、委員会中止となった事実を踏まえて「解任規定に当てはまるなら処分やむなし」との主張も出た。また、楊氏との会談の内容を明らかにしてほしいとの要望も上がっていた。

J-CASTニュース 5月9日(木)19時24分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130509-00000005-jct-soci&p=2

 さすがのマスコミも、今回はあまり大きく野党民主党に同意しなかったようだ。上記の記事でわかるように、朝日新聞やテレビ朝日ですら、今回の野党各党の対応に疑問を呈している。それでも現在まで一回も政権与党についたことのない、みんなの党(渡辺代表など数人は別ですが)や維新の会(やはり例外はいます)などは、外交そのものの困難さなどがわからないから、杓子定規に国会の規定だけを護ると言うことに一定の理解を示す部分もある。単純にいえば、彼らにとっては、「国政の場」がすべてであり、国益や外交の場などもうひとつ二つ大きなレベルでの話をすることができないということになるのである。そしてそれは経験に基づくものであるから、本来は「口を出すべきではない」もっといえば、「巧妙な民主党の扇動にだまされた人々」と言う感覚に他ならないのである。もちろん、だまされたことで許されるものではない。逆に左翼的ポピュリズムの扇動家に簡単にだまされる人々ばかりで、真に国益がわかっているのか疑問、と言う意味で、政治家としての資質が問われるのではないかと考えるのである。
 一方、民主党は数ヶ月前まで政権与党にいた人々である。今回の問題で、中国との外交上の問題点は、閣僚級の対話チャンネルが事実上途切れていることである。もっと単純にいえば、肝胆相照らして本音を語ることのできる外交パイプがないことである。たとえはよくないかもしれないが、中曽根元首相とレーガン元大統領のように「ロン」「ヤス」と軽く言い合える相手がいれば、賛否両論はあるし、だまされると言うような批判はあっても、少なくともあいての本音を聞く音ができるのではないか。
 逆に、民主党はその本音を聞くことすらできないどころか、尖閣諸島沖で漁船と海上保安庁の艦船が衝突したときには、日本国の首相であっても、相手の首相と会うことすらできなかった。そのことを考えれば、国会の委員長であっても「相手と会える」と言うだけでどれほどの価値があるのか、わかるはずだ。
 単純にいえば「課題があるのに中国の首脳に会えなかった」政権を担った政党が、「大きく直近の課題がなくても外交のパイプを確立することのできる国会の委員長」を解任したと言うものであり、単純に自民党政権で外交がうまくいってもらっては、自分たちの存在感がないと言うほどの幼稚な内容でしかないのではないか。
 そもそも、国会とは日本国の国権の最高機関である。そして「国権」は、国家国民の国益のために使うものであって、一政党のエゴで左右してはならない。このように考えれば国会は、国会内部規定やそのほかの内容よりも、まず国益を優先して行うべきであり、本来か解任すべきは、川口委員長の滞在延長申請を握りつぶした参議院議長、要するに明酢等選出の参議院議員ということになるのである。そして、その人々は、そもそも国益のあり方、国会の存在意義そのものを理解していないと言うことに他ならないのではないか。
 何のために、何があるのか。目の前の感情や幼稚な考えではわからない部分があるのが政治である。最近幼稚な考えの動きが多くなった。その代表的なものが、今回の解任劇ではなかったか。嘆かわしい事件である。

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マスコミ批判に関する一考(140) 記者会見の場で空気を読むべきか。TBS記者のプーチン大統領への「予習不足」の質問

マスコミ批判に関する一考(140) 記者会見の場で空気を読むべきか。TBS記者のプーチン大統領への「予習不足」の質問

 連休中のことであるが、安倍首相とプーチン大統領の会談で北方領土に関する協議再開の合意がなされた後に、両者における共同記者会見が行われた。この中において、下記の記事からそのまま抜粋するがTBSの記者による質問がなされ、プーチン大統領が不快感を示す場面があった。
 <抜粋>
 記者:「ロシア政府は今後も同じような政策を北方領土に対して継続する考えか。そしてその場合、日本との領土交渉への影響については、どのように考えるか」
 プーチン大統領:「私が今、注目したのは、記者の方が、この質問を紙から読み上げていたこと。この質問を、多分ほかの人からもらったと思うが、その人に対して、次のことを伝えていただきたいと思う」
 <以上抜粋>
 さて、この質問の問題点は何であろうか。
 記者の間では、「同じような質問をすると思う」ということを言う人もいるが果たしてそれがよいことなのか。
 日本の記者は「言論の自由」「国民の知る権利」ということを盾にとって、物事のきわどい質問を行い、物事の本音を聞きだすということを「是」とする風潮が存在する。しかし、これらに関しては、当然のことながら「国益」や「正義」「人命尊重」に従った自主規制が存在することは当たり前である。現在も誘拐事件などによって警察が報道規制を行うことがあるが、これらに関して国民の知る権利を主張して無視するとことは無い。これは長い報道の歴史の中で、報道を見て誘拐の被害者の命が奪われた事件が二件も損座していることによる。知る権利という単純に「興味」と、取り返しのつかない人命とでは比較にならないのである。
 これと同時に、「防衛」に関することも、防衛上の秘密や兵器の詳細な性能、または作戦などを詳細の報道されてしまっては敵に知られてしまう。日本はそのような感覚は無いが、基本的に利害の対立する相手があること、特に軍事に関しては報道などは制限されるというのは、アメリカを始め日本以外の国では当たり前の話である。外国において軍関係施設では観光客であっても写真などの撮影が制限されることも少なくない。
 外交も同じである。相手のあることであり、その外交によって今後のことがわかるのであるからある程度制限されるのではないか。ここに「本音を引き出す知る権利」と「国益」や「人命」との関係で、当然に報道は自主的に控えられるべきものであると考えられ、それがわからない人々は、空気が読めないという批判が来る。記事はまさにそのものであろう。

TBS記者のプーチン大統領への質問 ネットでは批判する声が大半だが…

安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領がモスクワのクレムリンで会談し、経済協力を拡大する中で領土問題をめぐる交渉を加速させることで一致した。会談後に行われた共同会見で、日本側の記者がプーチン大統領をいらだたせる一幕があった。
ネット上では「バカ記者のせいで雰囲気悪くなってる」といった記者批判の声が相次いだが、逆に「直截に質問したことを評価すべき」との声もある。
  両国記者が2問ずつ代表質問
共同会見は2013年4月29日の22時過ぎから約50分にわたって行われ、その模様は国内でもNHKで生中継された。冒頭、プーチン大統領と安倍首相が10分ずつ発言。安倍首相は、
「今回の訪問が、今後の日ロ関係の発展に新たな弾みと、長期的な方向性を与えるものになったと確信する」
 と訪ロの成果を強調した。冒頭発言後、ロシア側記者から2問、日本側から2問の代表質問が行われた。4問目の日本側(TBS)の質問にプーチン大統領が反発。ネット上で記者に対する批判が広がった。
 1~3問目は、
 「経済協力の促進が、平和条約締結に向けた交渉にどのような影響を与えるか」
 「北方領土交渉を、どのようなスピード感を持って進めたいと考えているか」
 といった、会談の内容を比較的肯定的にとらえたものだったが、4問目の質問は、かなり角度が違うものだった。質問では、北方領土のインフラ整備が進んでいることなど、ロシアによる実効支配が強まっていることを指摘した上で、
 「日本にとっては、受け入れ難いような状況になっていると思うが、安倍総理はどのような認識をお持ちか」
 と安倍首相の見解を質した。プーチン大統領に対しても、
 「ロシア政府は今後も同じような政策を北方領土に対して継続する考えか。そしてその場合、日本との領土交渉への影響については、どのように考えるか」
 と見解を求めた。 
 安倍首相は、 
 「今回の共同声明において、『双方の立場の隔たりを克服し』とあるように、重要なことは、そのような問題を根本的に解消するために北方領土問題を解決するしかないということ」
 と無難な返答だったが、プーチン大統領は明らかにいらだった様子で、
 「私が今、注目したのは、記者の方が、この質問を紙から読み上げていたこと。この質問を、多分ほかの人からもらったと思うが、その人に対して、次のことを伝えていただきたいと思う」
 と記者が紙を見ながら質問していたことを皮肉った。会場からは笑い声も起こった。
 プーチン大統領は、問題解決には両国間の信頼関係の醸成が必要だとした上で、
 「もし、この(領土問題解決の)プロセスにおいて、妨げを起こしたいならば、それも可能。 そのためには、激しくて直接な問題、直接な質問をして、同様に激しくて直接な回答をもらうことができると思う」
 と述べた。
 TBSキャスター「私もあの場にいたら、同じ質問をしたと思う」
 一連のやり取りは「NAVERまとめ」などで拡散し、「まとめ」の中で紹介された声は、
 「空気が読めない」
 「生産的でない」
 「バカ記者のせいで雰囲気悪くなってる」
 といった記者を批判する声が大半だ。 
今回のプーチン大統領の会見に限らず、首脳による共同会見では質問数が各国ごとに1~2問に制限されるのが一般的だ。このため、限られた機会で効率的に答えを引き出すために、記者の間で事前に代表質問の内容を調整することは珍しくない。今回も、この慣例にのっとったとみられる。
 質問を擁護する声もある。ジャーナリストの竹田圭吾さんは、ツイッターで、
 「記者が会見で空気読んでどうするんですか。ローマで日本の財務大臣が明らかに酔った様子で表れたときにそのことについて何も質問しなかったのが偉いのか。ロシアの不法占拠に憤っている人は記者が直截に質問したことを評価すべきでは」
と指摘している。
 TBSも一連のやりとりを4月30日の夕方のニュース番組「Nスタ」で紹介し、竹内明キャスターが、
 「記者は当然の質問をぶつけただけ」
 「私もあの場にいたら、同じ質問をしたと思う」
 と論評した。

J-CASTニュース 2013年04月30日18時14分
http://news.livedoor.com/article/detail/7638339/

 さて、私はこのTBS記者の質問には反対派である。しかし、相手がプーチン大統領だから(要するに相手が地位の高い人だから)とか、雰囲気が悪くなるからというつもりは全く無い。それでも聞かなければならないことは聞かなければならないのである。
 しかし、記者の質問というのは、物事を正確に伝えることが重要な仕事である。「知る権利」とか「言論の自由」は、そもそも正確に物事を伝える前提として、その前提条件を妨げる権力などに対して使う言葉である。
 では、今回の記者会見は何であろうか。
 単純に「北方領土」の「返還協議の再開」を決めたのであり、その実質的な条件などはこれから話し合われるということである。その中に、この記者の発言した条件など、要するに現在実効支配している内容はインフラの整備などが挙げられるものである。当然に日本側からそのことが議題として上げられるものであり、それに対して今後交渉の場で決まってゆくものであろう。では、その質問をする時期は「今」なのか。まさに本ラインあれば交渉の途中またはその結果が出たときに、その内容の話し合いがなされたかどうかを確認するためのものであって、それ以外の内容ではないのである。要するにこの質問の時点で、それらが話し合われていないのに、それらの内容を質問すること自体、記者自身がそのときの記者会見の趣旨を全く理解していないということになるのである。
 この記者の非難されるべきは「雰囲気を悪くした」ことではなく、「この記者会見の趣旨をよく理解せず、また、その記者会見のその後の展開(交渉の内容や交渉の結果など)を予想することなく、結論を聴きに言ったという、予習不足、そして理解不足であるということに他ならない。その意味において安倍首相の「な問題を根本的に解消するために北方領土問題を解決するしかない」というはなしは、なんとなくその内容を知らしめたものであり、記者としてはこの回答を聞いて「予習不足」を痛感すべきではないのか。
 そして、日本のマスコミ全体は、そのような「予習不足」「理解不足」の記者を、首脳の共同記者会見に出すという「記者の劣化」を恥じるべきではないのか。そしてこの記者に同意するような風潮のある日本のマスコミ界に対して、「予習不足の人間が、雰囲気で質問すること」要するに「専門性」「知識の欠如」に関するあまりにも恥ずかしいという感覚すらもなくなってしまっているということに、非常に日本のマスコミの危機感を感じるのである。
 この予習不足という意味において、反論がある方は、ご意見をいただきたいと思う。

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保守的解釈による日本国憲法講義私案 第28回 憲法前文の最後の一文をもって、左翼解釈による歪んだ解釈を再認識する

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第28回 憲法前文の最後の一文をもって、左翼解釈による歪んだ解釈を再認識する

 今回で、日本国憲法の解釈でやっと前文が終わる。
 
  と言うことを言う前に、まず皆様にゴールデンウィークによって二週間間が開いてしまったことのお詫びを申し上げなければならない。
  カレンダーにしたがってゴールデンウィーク期間は、10日間左翼に関することを記載してきたのである。
  この「左翼」関する考え方に関しても、なかなか難しいものである。
  何しろ、簡単に「左翼」と言う単語を使いながら、その実態はあまりわかっていないと言うもののひとつであり、一人ひとりでイメージしているものが異なると言うものではなかったか。
  特に日本国内においては、「コミンテルン」のような国際的な共産主義組織、その後日本独自に発展した共産党と社会党、そして非合法の革命思考組織や過激派といわれる人々、そして、いわゆる新左翼と言われる段階で大きく分かれるものであった。
  その考え方は、同じようでありながら時代の変遷と大きな時代の流れによって変わってきてしまっていたことが、今回の連載でわかっていただけたのではないか。
  単純に言って、はじめのうちは共産主義という理想とイデオロギーの組織であったものが、スターリンによる虐殺で大きく路線変更し、そして戦後、中国の改革開放経済と、旧ソ連の崩壊によって、日本の「左翼」はイデオロギーを失った「反体制集団」になってしまったのではないか。
  「抵抗のための抵抗勢力」と言うことが、彼らの中のひとつのないようであり、「体制を壊すこと」が目的となった集団であった。
  まさに、同床異夢と言うのが民主党の多くの支持者や、候補者、そして議員の間にあるひとつの内容ではなかったのか。
  民主党政権になってから「こんなはずではなかった」というこれはさまざまに聞かれたものである。
  ちなみに、私の場合このことをなぜか民主党の政権交代選挙以前に予想しており、そして「民主党の闇」という本を上梓しているのだが、選挙前はなかなか売れなかったものの、現在その本を読んだという読者は、「あたりましたねえ」と占い師のような感じで私に声をかけてくれるのである。
 
  さて、もちろんこの連載の読者の皆様には、連載をこのような事情であってもお詫び申し上げなければならない。
  どのような事情であれ、当然に連載を休止すると言うのは良くないことである。
  しかし、私一人で療法を継続するのはかなり難しい内容であり、皆様にはぜひご理解を願いたいと思うものである。
  なお、ここでその連載のまとめを行ったのは、この「左翼的思想」が日本の憲法解釈を大きくゆがめているということに他ならないからであり、この連載にも大きく影響しているのである。
  連載を「細かく」、できれば行間まで読んでいただいた方ならば(そのような方がいらっしゃるかどうかは不明であるが)、わかると思うが、日本の左翼思想は、その攻撃対象を長い間に変えているのである。
  日本の左翼の場合、はじめのうちは「帝政打破」をうたっていた。
  そもそも、コミンテルンの中心であったソ連が、日露戦争における明石元次郎大佐の活躍によって支援されているにもかかわらず、その日本の帝政と軍政を否定すると言うことを中心にしているのである。
  それも、日露戦争終結からたった17年後のことである。
  いかに、コミンテルンの人々が、何も知らないのかあるいは自己都合でしか動かないかの証明でしかない。
  共産主義者は、何しろ「公に対する義務」よりも、「個人一人の権利」から物事をスタートさせるものである。
  その「個人一人の権利」の主張を、いかに、「公の社会正義であるかのごとき正当化」をおこなうかが、共産党理論の特徴である。
  現在、保守派の中にもそのような理論を入れる人がいるが、基本的に政治やそのほかお琴に感情を入れ込むこと自体が間違えていると言うこと、そしてその間違いが権利意識の肥大化と義務意識の欠如を生むのである。
  そのことが、単純に、大きくなったものが日本の、そして世界の左翼であり、旧ソ連も共産主義鎖国時代の中国も、現在の北朝鮮も、いずれも経済発展をすることなく貧しいのは、まさに全体の発展を考えることなく一人ひとりの権利、要するにエゴで、少ない資源を奪い合う行為によって政治を成立させていることが理由である。
  そして、そのことを周囲に、特に収奪する対象の人々にばれてしまわないように、巧妙な理論を、何度も、まさに猟奇的な表現と回数を繰り返すことによって、他の考えをさせないと言う状況を作り出すのである。
  これこそ、共産主義左翼の特徴であると言えるし、またそのことを行うことを「洗脳」というのである。
  ちなみに、お詫びと言いながら、言い訳を繰り返し正当化している私自身の今日のブログそのものが、もっとも身近な例なのかもしれない。
  申し訳ありません。
 
  さて、本日のお題は、憲法前文の最終文である。
 
  「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」
 
  今回の主語は、「日本国民は」になっている。
  まさに、「われわれは」となっていた文章との違いで、日本国民全体にかけた文章であることが明らかである。
  平和を愛する諸国民全般に言ったことではないのだ。
 
  では「日本国民は」何をするのかと言うと「誓う」のである。
  これも、以前に記載したように「努力目標」の強いものであり、同時に、日本人であれば「誓う」と言う単語だけで、その行為に向かって真摯に努力を行う行為を行うというように読むことができる。
  もちろん、「達成」「完遂」できないことそのものは、この場合「違憲状態」となはらない。
  何しろ「誓う」と言う行為規定であって、その結果までを保証する憲法前文ではないのである。
  「誓う」と言う行為規定は、日本国民の「方向性」を考えることであって、あくまでもその「到達点」に関して規定しているのではない。
  そこで、その達成途中の過程上の点であっても違憲状態にはならないと言うことで「誓う」と言う単語になっている。
  なお、ここで「なっている」と断言しているのは、まさに、法律をやっている人、特に海外との契約交渉を行った人にとっては当たり前の話であり、世界各国法律の解釈はそのように行われているものである。
 
  では、何を誓うのか。
  「この崇高な理想と目的を達成すること」を誓う、要するに、その方向性で日本国は憲法で規定すると言うことになる。
  そして、それを「全力をあげて」、「国家の名誉にかけ」て誓うのである。
 
  では、あえて言うと、「崇高な理想と目的」とは、国民主権と集団的自衛権の行使であり、その方向に向かわない人は違憲状態にあると言うことになる。
  あえて、完全な保守的解釈で言えば、集団的自衛権を認めず、世界各国の紛争や自由を抑圧する人々を見てみぬふりをし、日本だけが憲法9条で護られており、世界の中の一カ国だけの日本的エゴの詰まった平和主義などを振りかざす人は、平和を愛する諸国民との連携ができていないということになり、まさに「違憲状態の存在」でしかないと言えるのではないか。
  このように考えると、日本が独自に侵略戦争を行うことそのものは、まったくもってこの憲法にも国際法上も違反することは明らかである。
  しかし、世界の平和のために寄与する、そのために、平和を愛する諸国民のための集団的自衛権を行使することは、「国家の名誉にかけて」「日本国民が全力をあげて」おこなう「誓い」の中のひとつではないのか。
  世界の平和があり、平和を愛する諸国民のために日本人が力を尽くし、全力を挙げて努力を行うことはなぜ良くないのか。
  そのような解釈が行われなかったのは、上記の私のエゴによる言い訳の中にあるが、左翼的思想における「個人権利の偏重」であり、また、エゴの正当化の社会主義的な特徴ではないのか。
  そのような発想は、狭い範囲の中の「平和」であって、日本だけのエゴになってしまう。
  そのような日本は「国家の名誉をかけて」護るものなのか、世界に通用する価値観なのかはかなり疑問でしかない。
  この日本国憲法前文は、しっかりとした内容で書かれているが、一方で、その解釈を行った左翼主義者による偏向的解釈を行われ、まったくもとの意味が伝わらなくなってしまっていると言うこともすぐにわかる内容になっているのではないか。
  このことに気づいたので、私はこの連載を始めたのである。
  この趣旨に基づいて、前文の解釈を終わり、次回から本文の条文に入りたいと思う。

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長嶋茂雄氏、松井秀喜氏に国民栄誉賞

長嶋茂雄氏、松井秀喜氏に国民栄誉賞

 今週はすっかりと連休中のニュースのレビューになってしまった。
 もちろんすべてのニュースのレビューができるわけではないので、私の中でなんとなく書きたくなったニュースを優先的に選ばせてもらった。安倍外交に関すること、そして憲法改正に関すること、そして、昨日は中国の尖閣諸島問題に関することである。本来は北朝鮮がミサイルを発射しなかったことなども書きたかったのであるが、そのことに関しては他の媒体で原稿を依頼されているので、そちらで読んでいただけるとありがたいと思う。
 さて、では今週の最後、そして土曜日の軽い話題として政治や経済に関係のないニュースでの最も連休中に大きく取り上げられたニュースはなんだったか。もちろん、私自身が巨人ファンであると言うことを考慮したうえで、何のニュースがもっとも良かったかと言えば、当然にミスタープロ野球長嶋茂雄氏と、平成のゴジラ松井秀喜氏の国民栄誉賞授与式ではなかったか。もちろん個人的な感想であり、単純にファン丸出しのブログ文章となるので、大変申し訳ないが、巨人ファンでない方あるいは私のこの感覚についてこれない読者の皆様にはあらかじめお詫び申し上げておきます。ごめんなさい。まあ、連休ボケの一環としてご容赦ください。
 さて、長嶋茂雄氏に関しては、実際にある意味において無冠の帝王であったと思う。「記録よりも記憶に残る男」とはよく言ったものであり、確かに、授与式に参加した王氏のように世界のホームラン王になったわけでもないし、また、衣笠氏のように鉄人を発揮して連続試合出場の世界記録を作ったわけでもない。しかし、高度経済成長期の日本において、最も日常的に明るい希望、そして阪神などのほかのチームのファンにとっては「打倒巨人」と言うひとつの目標として、存在し続けたのではないか。
 ある意味において、「太陽」のように、毎日存在し、そしてその恩恵を受けていながら、ありがたい存在と重いながらも、そのことを改めて問われると存外つかみどころがないと言う存在なのかもしれない。そのような人はまさに記憶に残る人として存在し、何かがあったときは超越した存在として、存在するだけで頼りになるのであるが、一方で改めて何かを表彰すると言うと意外と抜け落ちてしまうものなのである。
 まさに長島氏はそのような人なのではないだろうか。

長嶋氏・松井氏に国民栄誉賞表彰…東京ドームで

 プロ野球読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏(77)と、巨人と米大リーグ・ヤンキースなどで活躍し、昨年末に引退表明した松井秀喜氏(38)の国民栄誉賞表彰式が5日、東京ドームで行われた。
 国民栄誉賞の表彰式が首相官邸以外の場所で行われるのは初めて。表彰式に先立って松井氏の引退セレモニーも行われ、「これからも僕の心の中には、ジャイアンツが存在し続けます。いつか皆さまにお会いできることを夢見て、新たに出発します」と語った。
 表彰式は巨人―広島戦の試合前に行われ、賞状を授与した安倍首相は「文句なしの国民栄誉賞。2人の明るさこそが私たちの求めているもの」と祝辞を述べた。
 長嶋氏は、2004年に脳梗塞で倒れてから初めて球場のファンの前に立ち、「ファンの皆様、本当にありがとうございます」とあいさつ。松井氏は「日米の素晴らしいチームで、素晴らしい指導者、チームメート、ファンに恵まれた。全ての方々に感謝します」と語った。
 表彰式後、2人はユニホームに着替え、長嶋氏は背番号「3」、松井氏は「55」を付けて登場。松井氏が投手、長嶋氏が打者の始球式が行われた。捕手は原監督、審判は安倍首相が務め、長嶋氏がバットを振ると、スタンドからは惜しみない拍手が送られた。式典後、松井氏と都内で記者会見に臨んだ長嶋氏は始球式を「うれしかった」と振り返って笑顔を見せ、「ファンの皆さまは野球に対して情熱を持っている」と野球界の発展に期待を寄せた。
 国民栄誉賞の受賞は、大相撲の元横綱大鵬の納谷幸喜さん(享年72歳)に次いで22、23例目。長嶋氏は最優秀選手(MVP)を5回獲得するなど、「ミスター・プロ野球」として球界の発展に大きく貢献。松井氏は巨人の4番打者として活躍し、02年にフリーエージェント宣言してヤンキースに移籍。09年のワールドシリーズで、日本人初のMVPを獲得した。

2013年5月6日(月)3時1分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/yomiuri-20130505-00315/1.htm

長嶋さん「本当にありがとうございます」

<国民栄誉賞表彰式>◇5日◇東京ドーム
 元巨人監督の長嶋茂雄氏(77)が、2004年に脳梗塞で倒れて以降、初めて球場でファンに向けてスピーチした。
 「ファンの皆さま、本当にありがとうございます。厚く御礼申し上げます」とあいさつすると大きな拍手に包まれた。
 始球式では背番号「3」のユニホームの上着と帽子を着用し、マウンドに上がった松井氏と師弟対決。左手だけでバットを力強く振り、大歓声を浴びた。

2013年5月5日(日)16時50分配信 日刊スポーツ
http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/nikkansp-20130505-05050089/1.htm

 さて今回の国民栄誉賞の受賞に関しては、意外と賛否両論ある。否定論や安倍首相の背番号96ということに関しても、憲法改正へのあてつけなど、さまざまな意見が存在し、マスコミをにぎわしている。なぜ、単純に「おめでとう」といえないのか。もちろん、批判精神で見るのはかまわないが、安倍首相の背番号など、この内容とはまったく異なるものではないのか。また、国民栄誉賞の政治利用と言うことに関しても、実際に野田首相がなでしこジャパンに送った国民栄誉賞もそのように言われている。じっさいに、国民栄誉賞自体が、その選定基準がまったく決まっていないのであるから、なぜ「長島氏」「松井氏」なのかといわれても、「雰囲気」としか言いようがない。単純にいえば、自分の嫌いな人、自分の納得できない相手である場合、それが表彰する側であってもされる側であっても、その場合に批判が飛び出し、そうでない場合は賛辞が生まれるのである。そのようなものであると思っていただければよい。過去の野田首相のときに私も酷評した記憶があるが、今回は、序記に「ファン丸出し」と宣言しているように、残念ながら酷評をするつもりも批判をするつもりもない。もちろん、否定論の理論も一応は筋は通っているし、菊に値するものであるとは考えるが、残念ながらそれらに関して、私が強く賛同することはない。なぜならば、巨人ファンであるからだ。
 私が、初めてテレビ中継で見た(と記憶に残っている)巨人戦が、長島の引退試合だ。今から比べればあまり写りの良くないカラーテレビで、なぜ長島が「永久に不滅」といい、そして、大人たちがないているのか良くわからなかった記憶がある。私の住んでいた家の隣に、長島が引退した翌年から入ってくるジョンソンという大リーガーの通訳をした田沼一郎氏の家(実家)があったので、巨人戦に関しては良く見に行った記憶がある。また、ファン感謝デーなどもかなり連れて行ってもらった。しかし、残念ながら長島氏と話したことはない。田沼氏に聞くと「非常にすばらしい人」と言うイメージばかりである。
 松井氏に関しても、残念ながらあったことはない。しかし、同じ年代(かなり無理しているが渡し個人はかなり年上でも松井と同年代と思っている)の人として、巨人の四番打者という地位を捨てて、単身大リーグにわたり、そして活躍すると言う偉業を成し遂げた、ある意味において巨人と言うブランドを捨ててまで行ったということ、そしてその批判に対しても一切文句を見せずに「結果」で跳ね返したと言うところが非常にすばらしい。内心忸怩たる思いのときもさまざまあったのではないかと思うが、そのような部分を出すことなく、国民栄誉賞と一緒に行われた引退セレモニーでは、「常に心の中に巨人軍」という非常にうれしい一言を語っていた。何よりも、「三歩下がって師の影を踏まず」ではないが、病気で身体がうまく動かない長島氏を、同じ国民栄誉賞の受賞者でありながらそっと手を差し伸べ、手が届く範囲でフォローに徹する。そのある意味で最も目立つ控えめな態度には、非常に感動した。
 私を含め、自分ばかりが目立ち、自分本位で考える世の中において、松井氏のような行動を見ていると、ある意味自分が恥ずかしくなる思いであり、自分の行動を振り返って、大きな根底の部分の違いを築かせてくれた授与式である。まさに、「国民の栄誉」とは、そのようなところなのかもしれないとも思うのである。
 まさに、私自身の個人的な半紙と趣味のブログになってしまって申し訳ない。しかし、なんとなく、一回このような文章を書いておかなければならないような気がしていたので、ここまでの文章にお付き合いいただいた皆さんにお礼を申し上げて、今日のブログをしめさせていただきたいと思う。
 あらためて、私のようなものから、そしてブログの中から、長島氏と松井氏に賛辞を送りたい。「感度をありがとう」。

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中国を仮想敵国とする国々の国防白書と警戒される中国の「三戦」力

中国を仮想敵国とする国々の国防白書と警戒される中国の「三戦」力

 中国は、尖閣諸島を「中国の領土主権に関わる問題だ。当然、中国の核心的利益に属する」と明言した。しかし、サイト上では「中国国務院(政府)新聞弁公室が2011年9月に発表した『中国の平和発展』白書は、中国は断固として国家主権、国家の安全、領土の保全などの国家の核心的利益を守ると明確に示している」とした上で、同諸島をめぐる問題は「中国の領土主権に関わる」と述べるに留めている。
 これが、本日お伝えする4月28日付の産経新聞の記事の内容である。さて、いままで、温家宝首相ですら尖閣諸島を核心的利益という表現をしていたが、なぜ、今回このように事実上の修正を行わなければならなかったのか。本日のブログによる解説は、「なぜ中国が公式な内容を修正したのか」ということを中心に見てゆきたいと思う。
 実際に、中国人がそのメンツに掛けて発言したことを、相手や第三者を悪人にしない状態で修正すると言うことはまずありえない。毛沢東の大躍進政策も数千万人の餓死者を出しながらも大成功と宣伝しているし、また、鄧小平による改革開放政策も、そのことを持って共産主義革命の放棄とは認めていない。実際に中華人民共和国共産党とその教案等政権下における国務院政府は、メンツにかけて、過去に行った内容を間違いであったと認めることはなく、間違いが発生した場合は一昨年の新幹線の事故のように、鉄道局長を更迭したように責任と更迭と言う形を持って中国の人民に対して見せしめ的に行うのである。
 しかし、今回、いや今回に限ったことはないが、習近平国家主席になってから、発言の修正が非常に多くなってきている。ある意味において中国版のペレストロイカが行われつつあるのかもしれないが、一方で、それだけ習近平国家主席の体制が、不安定であり、人民に対して情報を統制するだけの力が失われていると言うこともいえるのではないか。では、今回の尖閣諸島に関する内容について、そのように判断される内容は何か。それは中国が国家の維新をかけて行っている三戦、いわゆる「世論戦」「法律戦」「宣伝戦」の相手国国民工作情報戦争がうまく機能しなくなってきてしまっており、そのために、各国の国防白書の仮想敵国が、いつの間にか中国になってきていると言うことを意味しているのである。
 とりあえず、そのことに関して、その内容を記載してみようと思う。

「尖閣は核心的利益」発言をあいまいに修正 中国報道官会見の公式サイト

 【北京=川越一】中国外務省は28日までに、同省の華春瑩報道官が尖閣諸島(沖縄県石垣市)について「中国の領土主権に関わる問題だ。当然、中国の核心的利益に属する」と明言した26日の定例記者会見の内容を、あいまいな表現に改ざんして公式サイト上に掲載した。
 サイト上では「中国国務院(政府)新聞弁公室が2011年9月に発表した『中国の平和発展』白書は、中国は断固として国家主権、国家の安全、領土の保全などの国家の核心的利益を守ると明確に示している」とした上で、同諸島をめぐる問題は「中国の領土主権に関わる」と述べるに留めている。
 形式上、発言を修正した形だが、文脈からは同諸島が「核心的利益」に属するとも取れる。中国政府内の見解を曲げることなく、日本側の反発に備えるために、あいまいな表現を用いたとみられる。同省はしばしば、都合の悪い会見内容をサイトに掲載しないことがある。

産経新聞 2013年04月28日20時47分
http://news.livedoor.com/article/detail/7634113/

中国海洋進出に抑止力、豪が潜水艦12隻建造へ

 【ジャカルタ=梁田真樹子】オーストラリア政府は3日、「国防白書」を発表した。
 太平洋海域で米中の角逐が深まる中、中国の挑発行為などに対する抑止力を高めるため、新型または改良型の潜水艦12隻の建造を目指す方針を示した。
 国防白書の発表は2009年以来。当初は14年の発表を予定していたが、中国が海洋進出を強め、同盟国である米国がアジア太平洋重視の姿勢を鮮明にするなど、地域の戦略環境が変化していることを受け、発表を1年前倒しした。
 白書では、インドから東南アジア、北東アジアにかけてのインド洋から太平洋にまたがる地域を、豪州にとって戦略的な「焦点」と位置づけた。潜水艦建造に加え、電子戦機「EA―18Gグラウラー」12機の購入計画も盛り込んだ。

2013年5月3日(金)20時41分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/yomiuri-20130503-00591/1.htm

戦争の予兆を示す中国のシグナル=4段階の警告を読み解く―米報告書

 2013年4月28日、米軍事ウェブニュースサイト、ディフェンスニュースは記事「紛争に関する中国のシグナル:前兆のパターン」を掲載した。5月3日、環球網が伝えた。
 先日、米国防大学国立戦略研究研究所中国軍事研究センターは、報告書「中国の忍耐には限度がある:中国の脅威と報復のシグナル、米中軍事衝突の予兆」を発表した。同報告書によると、中国は軍事衝突を起こす前に明らかなシグナルを発するという。
 第一のシグナルは政府高官による強硬な発言。「中国を脅威とみる相手について警告する」ことが目的だ。
 第二の段階は中国国内に向けて軍事力行使の正統性を表明する。中国の安全と利益が深刻な脅威にさらされており、相手がそうした行動を止めない限り、中国も軍事力を行使しないわけにはいかないと伝えられる。
 第三に中国は武力を使うことは好まないが、警告を無視するならばやむを得ないとの声明。高まる緊張の中、中国が道徳的に正しいことを表明する。
 そして最後に中国の抑制を軟弱とみてはならない。中国は必要ならば軍事力を行使するとの声明が登場する。(翻訳・編集/KT)

Record China 5月6日(月)22時20分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130506-00000027-rcdc-cn

 さて、中国は情報戦をおこなっている。その内容は、「日本は悪人」とするものであり、そして「尖閣諸島は中国の核心的利益」とするものである。そのような内容によって情報戦を展開し、強行に公船を尖閣諸島周辺に派遣することによって、なし崩し的に中国の領土と化すことを画策している。尖閣諸島に住民がいれば、チベットやウイグルのように婚姻や中国人化、そして地方独立と住民による主張で強引に日本からの支配権を失うような工作を行うのであろうが、尖閣諸島のような無人島ではそのようなことが行えない。結局のところ国際世論を味方につけて、中国領かしなければならないのであるが、中国にとっては残念なことにその情報戦はかなり失敗しているようである。
 まさに、アメリカの国防白書もオーストラリアの国防白書も中国に対する抑止力、ようするに、中国の太平洋進出や南沙諸島、尖閣諸島問題などに対する対抗策として軍備を増強し、また中国研究を行っているレポートが次々と発表されたのである。
 オーストラリアは、中国のスパイによって国家そのものがのっとられそうになるほどの被害があり、その被害を元にスパイ防止法がしっかりと作られた国家である。またアメリカは中国の太平洋進出を最も嫌っている子かであり、中国とアメリカは潜在的仮想敵国としてにらみ合っている国家だ。もちろん、あくまでも潜在的であることから、表面上またはどこかのレベルではつながっているものの、その何らかのパイプもある意味でだましあいのツールのひとつであると言うことがいえるのではないか。
 では、なぜ中国はここまで情報戦が失敗したのか。ここからはひとつの可能性に過ぎないが、まずは中国のスパイ技術が簡単にばれるようになってしまったということではないのか。中国はすでに経済大国であり、その経済大国が小国や発展途上国の皮をかぶって工作をしても、どうしても金の使い方などで目立ってしまう。そのために、今までの中国と異なり、他の発展途上国から注目され、それらの国々から情報を収集するアメリカやオーストラリアなどは、十分にその脅威を見せ付けられていると言うことになるのだ。ましてや、企業買収、それも情報産業や軍事産業、エネルギー産業などばかりの記号や技術買収を見ていれば、当然にそれらの内容を考え合わせて、中国の脅威に結びつけることはかなり簡単であると言える。
 中国そのものが、現在「発展途上国が上級軍事国に対抗する人民戦争戦術」から、「大国が周辺諸国を併呑する戦略」に変わりつつある状態であり、その変革の端境期で混乱している部分もある。それと同時に、改革開放経済による拝金主義的な中国人の国民性から、国家や共産党への忠誠心が崩れてしまい、自らの権利の主張や目の前の収入に「転ぶ」人が多くなってきたと言うことになるのである。要するに、中国が大国となりまた自由競争の格差社会が出てきたことによって共産党そのものがイデオロギー的に迷走したことによって、情報の組織力にもほころびが出てきた。そのために、新執行部は、今までのように単純な情報戦争を基にした戦略や外交をお粉的手低手失敗を繰り返してきていると言うことになる。
 近未来的にはこれで十分なのかもしれないが、中長期的には中国共産党も馬鹿ではないのですぐに修正をしてくるであろう。また、そこまでほころびが出てきているスパイ組織の李春光に簡単にスパイを許してしまう日本は、とても安心して手をこまねいているわけ伊にはいかない。単純にこれらの中国の「スキ」を突いて、日本の情報耐性と情報の防御を固めるべきではないのか。そのための、このような「なぜ、中国の情報戦争は失敗したのか」と言うような観点での検証も必要なのである。

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憲法記念日における日本国憲法改憲へのコメント

憲法記念日における日本国憲法改憲へのコメント

 ゴールデンウィーク中のニュースのレビューを続ける。ゴールデンウィークはもともと端午の節句である「こどもの日」そしてもともと昭和の天長節である「昭和の日」その間に土日が重なることによって休日が長く取れるというものである。しかし、その二つではうまくいかない。ゴールデンウィークになるのは5月3日に憲法記念日があり、最近では休日にはさまれた5月4日を「国民の休日」として祝日にしていることから長期休暇が可能な状態になっているのである。
 天長節と端午の節句は、日本古来からの休日だ。節句は日本の国民が皆で祝う日で節句そのものはこのほかにも存在する。季節の変わり目で、日本のように士気がある国では重要な儀式の中の一つである。また、天長節は江戸時代などの武士の世の中には行われていなかったかもしれないし、国民的な休日ではなかったかもしれないが、やはり古代日本より祝われる宮中儀式である。明治時代以降は明治天皇の天長節が11月3日に行われ、明治天皇崩御後は「明治節」として祝われるようになった。実際に、現在も11月3日は明治天皇が開国し文明開化をして二音を近代化させたことを記念して「文化の日」として祝日に指定されている。
 では、5月3日は一体何なのか。
 これは戦後、日本国憲法が施行された日である。日本国憲法は、戦後GHQの指導により、それまでの大日本国憲法を改正する形で行われたものであり、明治節である11月3日にその内容を発布し、その半年後の5月3日に施行された。この歴史は、単純に言えば、日本のある意味で屈辱の歴史であり敗戦の影響で外国の圧力によって日本の法律の根幹である憲法そのものを改正せざるを得なかった記念日である。しかし、実際に日本はその憲法下ですでに70年近い歴史を刻んでいることも事実であり、現在の日本の指導者の多くはそのときのことを知らない人ばかりになってしまっているのである。
 その憲法に関することが各政党そして最高裁判所からコメントが出されているのでそれを見て見たい。

自民「形式的護憲通じず」、民主「要件先行は本末転倒」 各党が談話

 7月の参院選で憲法改正が争点となることが確実な中で迎えた「憲法記念日」の3日、各党は談話を発表し、それぞれの憲法観を明らかにした。具体的には、改正の発議要件を定めた96条の緩和が争点となりそうだが、各党の姿勢には大きな隔たりがある。
 自民党と日本維新の会は、衆参両院の「3分の2以上の賛成」とした現行96条の発議要件を「過半数の賛成」まで緩和することを主張。みんなの党も要件緩和に賛成、新党改革も緩和を否定していない。一方、自民と連立を組む公明党は96条改正に慎重な立場を示している。
 民主党は要件緩和を先行させるのは「本末転倒だ」と主張。生活の党、みどりの風も改正に異を唱えている。社民、共産両党も護憲を訴え、96条改正に反対だ。
 各党の談話の要旨は以下の通り。

 【自民】憲法を一言たりとも変えさせないという形式的護憲はもはや国民の支持を得られない。国民主権、平和主義、基本的人権の尊重の3原則を堅持したうえで、どう改正するかという段階に入った。自民は一貫して自主憲法制定を党是とし、改正草案を発表した。参院選でも真摯(しんし)に訴え国民と議論を進める。

 【民主】憲法に改める点があれば改めることは当然だが、3原則を順守しなければならない。自民や一部政党は国民に責務を課し、表現の自由を制限するなどの改正を声高に叫んでおり、その手段として96条改正を検討している。国民的な議論と合意抜きで要件を緩和するのは本末転倒だ。

 【維新】現行憲法は占領国に強制されたもので、わが国の歴史と伝統を踏まえていない。安全保障体制を立て直すとともに抜本的な統治機構改革を成し遂げるため、憲法問題に果敢に取り組み、国民的議論を活発にしていきたい。

 【公明】3原則を堅持しつつ、環境権など新たな理念を加える「加憲」が最も現実的で妥当だ。9条は戦争放棄、戦力不保持を定めた1、2項を堅持したうえで、自衛隊の存在や国際貢献のあり方を「加憲」の対象にするか検討を進めている。96条の「先行改正」論に対しては、慎重に扱うべきだ。改正要件も含め全体観に立った論議が必要だ。

 【みんな】みんなの党は一院制、首相公選制、地域主権型道州制など国家の統治に関わる改憲を掲げている。改正手続きの簡略化も重要な課題だ。改憲を目指すが、戦時体制を賛美し復古調のレトリックを駆使する勢力とは異なる。

 【共産】9条をはじめ憲法を守り抜くため全力をあげる。首相は96条改定を争点にすると言い出しているが、その狙いが9条改定へハードルを低くしたいことにあるのは明らかだ。

 【生活】改正手続きを先行させるのではなく、どういう理念で作ろうとしているのかを明らかにすべきだ。96条は現状を維持すべきで、その上で一部見直し、加憲が必要だ。

 【社民】戦後、私たちの尊厳や生命や暮らしは憲法に守られてきた。憲法の理念を社会の隅々に生かしていく努力が必要だ。

 【みどり】国民議論不在の96条改正には反対だ。脱原発、尊厳死などに関する国民投票を重ねることで主権者が憲法を身近なものとし育むことを目指す。

 【改革】国民とともに憲法改正に取り組んでいく。

2013.5.3 00:01 産経新聞
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130503/stt13050300020000-n3.htm

改憲「国民的に議論を」

 3日の憲法記念日を前に最高裁の竹崎博允長官が記者会見し、憲法改正について「改正すべきかどうかは国民的な議論に委ねられる問題だ。憲法は国の形をどうするかを定めたものであり、国民全てが国の将来のあるべき姿について真剣に検討し、結論を出すべき事柄だ」と述べた。安倍政権が意欲を示す改憲の発議要件の緩和などについては「最高裁長官として改正手続きや改正の是非について意見を述べることは相当ではない」とした。

2013年5月2日(木)18時19分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013050201001564/1.htm

 憲法改正が次の参議院選挙の争点の一つである。
 実際に、憲法そのものは、96条に「改正」ということが書いてあり、その規定に従って改正されることが前提になっているのである。要するに「護憲」という人々は、憲法そのものの鬼才に改正という条文があるにもかかわらず、そのことを全く考えていないということになるのであろうか。都合のよい護憲主張はすでに使い古されているといわざるを得ない。
 私自身、毎週日曜日の連載で現在の憲法を解釈によってどこまで保守的にできるのかということを考えている。実際に、当時GHQと渡り合った偉人たちが、完全にアメリカの「犬」になってしまったとは思えない。日本の国体を護持しながら日本国をどのように発展させるのかということをしっかりと考え、英語と日本語のニュアンスの違いを考え名ながらさまざまな内容を記載したのではないか。しかし現時あの憲法がそのようにおも和r手江いないのは、その後の日本国の教育などが完全に左翼的な解釈し貸していないことが問題ではないあkと考えているのである。ある程度の範囲の保守的な解釈ならば解釈改憲でできる。しかし、誤解を招かないようにそして時代に適合したように条文を帰る必要があるのではないか。
 時代と条文のギャップを埋めることがどのようなことになるのか。実際にそもそもの内容を解釈だけでなく考え、日本国憲法に関してしっかりとした議論を行うべきではないのか。私はそもそも96条だけの改憲ではなく、全面的に憲法を新たにすべきであると考えている。もちろんは気などという話もあるが、それはいささか乱暴に過ぎるような期がするのである。
 憲法に関しては、私の意見であり、実際に何が正解とというものではない。憲法そのものの議論が現代でどのようになっていても50年後にはまた同じような議論がある。又そのように時代に合わせて変わってゆくものではないかと考えるのである。

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日露首脳会談によ北方領土会談と中国・韓国への大きなプレッシャー

日露首脳会談によ北方領土会談と中国・韓国への大きなプレッシャー

 日本が領土に関する外交問題を抱えているのは、三つの問題がある。
 一つ目がロシアとの間における北方領土問題、二つ目が韓国との間における竹島問題、三つ目が中国との間における尖閣諸島問題である。日本の立場はいずれも日本の領土であり、いずれも(尖閣諸島は違うが)各国が不法占拠または不法に自国の領土を主張しているのに過ぎず、国際法上日本の領土であることは明らかであるというものである。実際に、韓国との間における竹島問題などに関して言えば、日本側が国際機関への提訴を持ちかけても韓国側はそれをうけることはない。どのような意図かは測りかねるが、ある意味において、提訴に耐えられるだけの自国の領土であるということを示す資料が存在しないということも考えられるのである。
 さて、上記に北方領土・竹島・尖閣諸島と並べたが、この並び方は外交問題が発生した順番に並べたつもりである。ロシアに関しては、その全身である旧ソ連が戦中に日ソ不可侵条約を一方的に破棄して樺太や北方領土に対して侵攻を行い、日本人の民間人の多くが被害にあっている。これらの記録映画や再現映画に関してもいくつか存在するが見たことある人はいるであろうか。
 そのような中においてある意味のいて日本が憲法9条などによって軍備または自分での解決能力が無いことによるものであるという、安全保障上の問題からこれらの解決が延びているという問題もある。本来は、自国の領土に他国の船が入った場合は、文句無く射撃をしてよいのが国際法の常識であるのに対して、日本は、それらの武器使用も憲法上(要するに自分の国の自己規制として)全く認められていない状態なのである。同時に、他国の軍隊が自国の領土の領海または領空内に、許可や条約無く進入知った場合は、宣戦布告とみなすことが国連でも確認されている。尖閣諸島問題においても、中国が「漁業監視船」しか向けてこないのは、日本との戦争、要するに宣戦布告の無い日米安全保障条約における中国とアメリカの全面戦争を避けるということによるものである。
 もちろん、沖縄をはじめとする南西諸島における中国軍船の通過は、一般的に囲繞地通行権といって、袋小路の国が公の部分に出るために通行が認められる権利に基づいてのものであり、日本の民法にも210条に「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。」という条文が存在するのである。
 さて、中国・韓国との関係派相変わらずこじれたままであるのに対して、安倍内閣はロシアとの間において外交問題の課題を解決する内容に変わってきた。
 

日露首脳が北方領土交渉再開で合意、2国間貿易も活性化

[モスクワ 29日 ロイター] ロシアを公式訪問している安倍晋三首相はプーチン大統領と会談し、2国間貿易を活性化させるとともに、停滞している北方領土交渉を再開し、平和条約締結に向けた努力を加速させることで合意した。
プーチン大統領は安倍首相との共同記者会見で、「(北方領土に関する)交渉を再開することで合意した」と述べた。
安倍首相は、北方領土問題の解決に向けた道のりは長いとの認識を示しながらも、国交は回復したものの平和条約が結ばれていない状況に終止符を打つために、両国の外務相に協議再開を指示したことは重要な一歩となると述べた。
日露首脳会談は、2003年にプーチン氏と当時の小泉純一郎首相が会談して以来、10年ぶり。安倍首相は前回の首脳会談以来、日露間の貿易は8倍に増加したものの、両国間の協力の可能性は十分に模索されてこなかったと指摘した。
実際、今回の安倍首相の訪問中、約20件の経済協力案件が調印されたものの、エネルギー分野での主だった協力案件は合意されていない。
ただ安倍首相は、両国間の貿易関係をより緊密化させることで、地域全体、ひいては全 世界の安定と繁栄に貢献することができるとの立場を示した。
平和条約の締結の妨げとなっている北方領土問題について安倍首相は、非常に複雑な問題で、一気に解決に持ち込める秘策はないとし、じっくりと腰を据えて協議する必要があるとの見解を示した。

ロイター 2013年04月30日06時09分
http://news.livedoor.com/article/detail/7636083/

露大統領が安倍首相に冷や水…中国紙が酷評

 【北京=牧野田亨】4月29日の日露首脳会談について、30日付の中国主要紙は具体的な成果がなかったとして、「プーチン大統領が安倍首相に冷や水を浴びせた」などと酷評する新華社電を掲載した。
 習近平(シージンピン)国家主席が3月末、主席就任後初の外遊で訪露した後とあって、対抗心をあらわにした形だ。
 記事は、日露首脳が北方領土問題を巡る交渉の加速化で合意したことは伝えたが、欧米メディアの論評を引用する形で、「安倍氏が言う『大きな成果』は具体性がなく、共同声明は問題解決に向けた政治的意欲と外交姿勢を示しただけだ」と指摘。プーチン氏が共同記者会見で、領土問題について「明日にでも解決するという意味ではない」と述べ、慎重姿勢を崩さなかったことを強調した。

読売新聞 2013年05月01日07時40分
http://news.livedoor.com/article/detail/7638359/

対日問題で意見交換も=朴・オバマ会談で―韓国高官

 【ソウル時事】韓国の金奎顕外務次官は6日の国会答弁で、朴槿恵大統領とオバマ米大統領がワシントンで7日に行う首脳会談で、「東北アジア情勢も話し合うと聞いている」と述べ、冷え込んだ日韓関係についても意見交換するとの見通しを示した。
 金次官は「日本の時代錯誤な言動に米国も困っており、(日本に)助言もしていると聞く」と指摘。「ただ、米国の国益から見ると、日本の軍事的役割が増大することは望ましいという部分があり、難しい面がある」と述べた。
 その上で、「日本が『普通の国』になる前に、心から過去を悔やみ、新たに出発することを確実にしなければ、周辺国の懸念が残る」という点を米国に説明したいと語った。 

時事通信 5月6日(月)18時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130506-00000062-jij-kr

 日本とロシアとの間においてはエリツィン大統領のときの91年に、北方領土を日本が買い取るかという話しがあった。実際に、ソ連は崩壊直後でロシアは財政的に逼迫しており、このときならば安寧に日本が北方領土を「買う」ことができた。しかし、日本国内の議論において「日本の領土を日本が買うのは本末転倒である」という風潮がおき、そのために、日本はその後北方領土に関する内容が全く話し合うこともできなくなってしまった。プーチン大統領の時代になりサハリンガス田が開発され、実際には永久に北方領土の解決は難しいのではないかという話しになっていた。
 日本国内における意見も統一されておらず、返還に関しては「4島一括」「2島優先」「2島プラスアルファ」など、さまざまな意見が出されているものの、そもそもロシアとの間に対話が無い状態では話にならない。外交問題は相手のある問題であるから、その相手の問題に関して、相手との対話の場も無くそのことを語っていても意味が無いのである。
 その意味において安倍首相外遊におけるロシア路の「北方領土返還に関する話し合いの開始」は大きな一歩ということができる。これで公式にロシアがどのように北方領土を考えているかもわかるし、またこのような話し合いの場を持つということは、当然に、返還の意思が条件次第ではあるということを示しているものと強く類推されるのである。
 さて、この問題で最も問題視しているのが中国と韓国である。日露二国間の解説は多くのマスコミがしてくれているので、そちらに譲ることとして、いくつかの記事を組み合わせることのできるこのブログでは、中国・韓国の感覚をしっかりと見て見よう。
 中国は、先月の内に習近平国家主席がプーチン大統領と首脳会談をしている。首脳会談は、天然ガスの供給契約という形であり、尖閣諸島問題における協力を取り付けるはずが、天然ガス契約になってしまい中国国内においては酷評された外交になってしまっている。その中国は日本との間でロシアが領土に関する外交問題を進められては、尖閣諸島に関するロシアの協力を得ることは難しくなる。そうなったので「安倍氏が言う『大きな成果』は具体性がなく、共同声明は問題解決に向けた政治的意欲と外交姿勢を示しただけだ」(上記から抜粋)という以外には方法がなくなってしまっているのである。中国は表立ってロシアを否定することはできない。アメリカを仮想敵国と慰している中国にとって、ロシアも敵に回すというのはあまりにも無謀としか言いようが無いのである。しかし、放置してロシアと日本がよい関係になるのはあまりにもよくない。結局マスコミなどを使って非公式に日本を批判する以外に打つ手が無いということになるのである。
 一方韓国は、不法占拠をしているということに関してはロシアと同じ立場であり、その解決方法によっては竹島問題に関してもあまりにも大きな影響を受けることになる。まさにロシアが不法占拠を認めそのうえで返還の手続きになれば、日本との交渉も同じ方法で進むことになる。
 しかし、根拠の無い韓国は、結局、日本の歴史認識、単純に言えば日韓併合を「占領」とし、日本を悪者にする以外にはないのである。しかし物事の資料は併合時代の朝鮮半島のほうが発展していたのであり、同時に、日刊の間に条約があるためにこれ以上の内容しかない。結局「情緒的」な反抗しかできず、後は従軍慰安婦のような個別の問題にしかならない。しかし個別の問題があることを持って竹島の不法領有を認めるというものでもないのが国際法の常識である。そのために、結局、歴史認識以外には対抗手段が無く、そこに頼る話しかできないのが現状である。結局、「日本が『普通の国』になる前に、心から過去を悔やみ、新たに出発することを確実にしなければ、周辺国の懸念が残る」(上記から抜粋)としかいえない、まさに「懸念」という単語だけで不法占拠を正当化するということになるのである。そしてそれを理解者であるアメリカに訴えること以外にはできない。今後従軍慰安婦事件などを寄り焦点化し、竹島の正統性を言うことになる。これはそのようにしたことによって日本の民主党政権が認めそうな状態であったことによるものであり、日本に対する韓国の見解であろう。
 日本にとってはこれらの問題から、当然に、ロシアとの祝集とした外交問題の解決、そしてそれを模範に中国・韓国との問題の解決を図る必要があるのではないか。
 その意味では日露首脳会談は単純に北方領土の問題というだけでなく、日本における隣国との外交問題の解決において、大きな一歩ということができるのかもしれない。この評価は、今後の日露の話し合いの進め方によって大きく異なるので、現在のところは、大きな一歩になる可能性があるというにとどめておくことにする。

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マスコミ批判に関する一考(139) 芸能人の間でもささやかれるテレビの劣化

マスコミ批判に関する一考(139) 芸能人の間でもささやかれるテレビの劣化

 昨日まではゴールデンウィークの連載を行った。実際に、このような連載を私個人が行わなければならないというのはいかがなものであろうか。本来ならば、このようなれkしいや思想史などに関しても、中立的な立場を維持して事実だけをしっかりとマスコミが伝えるべきである。
 保守系を名乗る新聞であっても、また、インターネットの中であっても、また小さな新聞社であっても、靖国神社や天皇陛下や皇室皇族を掲載しているが、その敵対勢力ともいえる左翼の考え方や思想史などをしっかりと書ける人は少ないのではないか。私自身、昨日までの連載がすべてであるとは全く思っていないし、それで完全な内容をすべて記載してあるとも思っていない。しかし、実際に日本を「左翼思想」が変えようとしており、アメリカの陰謀などさまざまなことが言われているものの、その内容をしっかりと認識している人は少ないのかもしれない。連載の中にも記載したが、自民党の銀でも左翼思想やその左翼というもの、または過激派の持っている思想的な内容などをしっかりといえるものは少ない。「左翼はよくない」ということはよく言う。しかし、左翼がどうしていけないのか、左翼の思想はなぜそのようなことを行っているのか。左翼が暴力的なのはなぜか、左翼が民主党になりそして政権を取ったのはなぜか、そしてその左翼の政権であった民主党がなぜ途中で崩壊したのか。
 このように書くとその答えのすべてを私が連載の中で表現できたとはおもっていない。しかし、その一端は表現できたのではないかと考えているのである。しかし、残念ながら、そのようなことをなぜ私がブログの中でしなければならないのか。簡単に学校では教えてくれないしマスコミもそのような放送は行わないからの他ならないのである。
 要するに、マスコミそのものが全くためになる内容を行わなくなってしまったということではないか。そして単純にバラエティでも何でも安易な番組しか作っていないのではないか。本当に我々が知りたいことは全く報せてくれない、マスコミはそのような存在になってしまったのである。そのことを、桂文枝が雑誌の中で表現しているのである。

桂文枝氏 TVの芸人暴露話合戦やテロップ多発に質低下と苦言

 落語という芸は極めてシンプルであり、それゆえに演者は大事なことを伝える真のコミュニケーション能力を、観客はそれを受け取る想像力を求められる。
 だが、最近の日本人はそれらコミュニケーション能力や想像力を欠いているのではないか。様々な悲惨な事件が起きる背景にはそうした日本人の劣化があるのではないか──。六代桂文枝師匠はそう危惧している。

──近年起こっている事件を見ると日本人は情を忘れてしまったようだ。特に若い世代はコミュニケーション能力が低下していると言われる。

文枝:だいぶ前からキレやすい若者が増えたと言われますし、ネットの掲示板では、激しい言葉で他人を攻撃したり中傷したりするのが当たり前になっています。
 それに対応することだと思いますが、テレビの笑いの質が劣化しています。今は芸人同士が「コイツはこんなアホな失敗をした」とか、「アイツにはこんなひどい欠点がある」といったことを暴露し合い、それを聞いたスタジオにいる出演者が笑うということが多い。つまり、他人をバカにして笑いを取るのです。
 ボキャブラリーも貧困で、「アホか、お前は」とバカにするだけ。しかも、バカにされた方も、イジられることが人気の証しと思っているかのように、喜んだり得意気になったりしている。
 テレビがそうした安易な笑いを毎日流していると、それを見た子供たちが真似をする。しかし、芸人と違い、子供たちの中には傷つく子もいる。イジメられたと感じ、追い詰められる子もいるでしょう。

──昔の笑いは違った。

文枝:落語に限らず、昔の漫才やコントは計算し尽くされた芸で笑いを取っていました。そこにはユーモアもあれば、ペーソスもあれば、知性もあった。そして、何より情がありました。人をバカにした笑いは見る人、聞く人に後味の悪さが残りますが、情のある笑いは心を温かくします。

──むしろ日本人は退化しているのかと悲しくなる。

文枝:そうかもしれませんね。例えば、今のテレビは人間の想像力を削ぐような作り方をする傾向が強まっています。
 わかりやすく伝えるためなのかもしれませんが、ドキュメンタリーでもバラエティでも再現ドラマを多用し、しかもすべてを説明しようとするようにテロップをやたらとつける。そこには視聴者が想像力を働かせる余地が全くありません。いわゆる行間を読む必要がないのです。しかし、説明が過剰になることによって、大事なことがこぼれ落ちていくのです。
 そういう環境に慣れてしまった視聴者は、わかりやすいものばかりを求め、想像力を働かせないと理解できないものを避けるようになります。しかし、他人の気持ちに想像力を働かせ、それを思いやるのが情です。
 最近の日本人が情を失いつつあるのは当然かもしれません。もっと落語のように「間」のある演芸、余韻のある演芸を楽しむ余裕を持つべきではないでしょうか。

※SAPIO2013年5月号
2013年4月28日(日)16時0分配信 NEWSポストセブン
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/postseven-20130428-182738/1.htm

 桂文枝は、落語家である。笑いということを中心に物事を放しているが、実際に、ここに記載されているように、笑いが劣化している。もちろん劣化しているのは笑いだけではない。マスコミ全体が安易であることを望んでしまっている。
 桂文枝は、その内容の中心的根幹を「今のテレビは人間の想像力を削ぐような作り方をする傾向が強まっています」という。そのように考えれば、実際に活字離れといわれる現在の傾向なども含めて、日本人のほとんどがここで指摘されている「想像力」がなくなった状態になってしまっており、「わかりやすいものばかりを求め、想像力を働かせないと理解できないものを避けるようになります。しかし、他人の気持ちに想像力を働かせ、それを思いやるのが情です。」ということであるから、当然に情がなくなった世界になってしまっている。インターネット上の誹謗中傷や炎上なども同じ構造になっているのではないか。
 本当に報道しなければならないものは何か。安倍内閣になった今でもマスコミは全く変わらない状態にいる。そのことは読者の稲産もよくわかっているのではないか。今後は、その内容をどのように変えてゆくのか。そのことを考える順番になっているのではないか。経済の復興と同時に、マスコミの中立化、公正化を考えるべきではないのか。

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」 第10回 民主党政権と中国とこれからの日本の左翼

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」
第10回 民主党政権と中国とこれからの日本の左翼

 4月27日から連載を続けてきた、平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」も協で最終日である。
  もちろん、今日でゴールデンウィークが終わるのである。
  しばらくはゴールデンウィークボケが私の中にも入ってくるのであろう。
  徐々にペースを戻さなければならないのではないかと考えているが、急激な変化は、まさに、左翼的な「革命」を自分の中に起こさなければならないので、それはどうも私の体質には合わないようである。
 
  また、この間「保守的解釈による日本国憲法講義私案」もお休みさせていただいた。
  一方、この10日間、メルマガではこの文章をすべて掲載し、ブログにアクセスしないでお子の文章を見ることができるようにした。
  基本的に、このような連載をメルマガですべて流すのは初めてであり、なかなか手間がかかったが、それでもなかなか面白いものであった。
 
  さて、今回の連載は「サヨク」とネットやそのほかの場面でよく耳にする。
  しかし、実際に「サヨク」とは一体何なのか。
  まさに左翼政権であった飲酒等政権が終わり、保守政権である安倍内閣が発足した現在、過去を振り返って整理してみるのが良いのではないかと考えるものであった。
  その考えの中において、そもそも「サヨク」の歴史は何か。そもそも「サヨク」の中心理論はマルクス・エンゲルス・レーニンではなかったのか。
  日本の左翼政党の政権はなぜ革命的な行動を行わないのか。
  これらについて政党でできるだけ客観的な評価をすべきと考えたのである。
  また、内ゲバを繰り返していた左翼勢力が、なぜ民主党の元で結集することができたのか。
  同時に、その路線対立はどのようになったのか、この事をしっかりと踏まえておかなければ、これからの政治を見誤ることになる。
  もちろん、「左翼」に相対する概念で「右翼」があるが、この連載期間中にも記載したとおりに、対角線上にある概念低な相違ではなく、あくまでも相対論として左翼・右翼という単語が使われるのである。
 
  現在の政治記者の中でも、このようなことをしっかりと答えられる人は少ない。
  また、私が確認したわけではないが、自民党の党職員に聞いたところ、保守政党である自民党の国会議員の中にもこれらのことや共産主義、社会主義の理論を知っている人が少ないという。
  まさに、谷垣総裁時代の自民党は、党大会の中に「リベラル」と言う単語を使ったのでる。
  まさに、この連載中に記載したように、「リベラル」と言う単語はロシア革命以降スターリンの大粛清に反発し、共産主義者が新自由主義として使用した単語であり、西欧的な労働社会主義を示す単語である。
  いつの間にか左傾化した自民党は、とうとう西欧的社会主義政党になってしまったのかと落胆したものである。
 
  そのように左傾化しなければならなかったのは、まさに社会の中が完全に「サヨク化」したことに尽きる。
  あえてカタカナで書いているのは新左翼とも違う、新たな左翼勢力、まさに「新・新左翼」が形成され、その勢力と無党派層の雰囲気によって民主党政権ができたことによるものである。
 
  では、その民主党政権について、実はその功績やダメな結果をここで繰り返すつもりはない。
  しかし、なぜ民主党はダメだったのか。
  そのことをしっかりと書かなければならないと思う。
  民主党がダメだった理由は、まさに、統一したマルクス主義のようなイデオロギーと政治哲学・理念を失い、単純に反自民党政権という「批判と反対」に特化した集団になったことである。
  他人の反対、他人の批判を行うのは簡単である。
  そのような動きはネットの中において顕著に見られるが、実際に他人を批判している人が、その批判の対象者よりももっとひどい状態であることなどは、良くあることだ。
  そのような批判を通例化したのは、マスコミの偏向報道とネット社会の匿名化によるものである。
  そして、その潮流で批判をしていて、うまく自民党政権の信用を落とすことには成功したものの、一方自分たちの中身が伴わなかったために、日本国民の批判の矛先が、まさに「倍返し」になったのである。
 
  では、なぜ「批判と反対」だけになってしまったのか。
  それは、まさに日本の共産主義、そして左翼の歴史を見てわかるとおりに、日本における左翼の理論が完全に崩壊したことによるものである。
 
  日本における左翼理論は、昨日まで見てきたとおりに、当初はコミンテルンとの結びつきによって行われた。
  まさに、ロシア革命が終わった後に、ソ連の改革を見ながら国際的協調に基づく「革命」を行うことを目的としていたのである。
  しかし、革命主義者の常として、基本的に彼らは階級闘争を企画し、同時に暴力的革命を企画した。
  彼らの発想の中には、常に「非合法武装集団」としてのテロリストがあり、その左翼思想は一般の民衆に受け入れられるものではなかったのである。
  これは、現在のイスラム社会における過激派の見方と似ている。
  イスラム教そのものが悪いわけでもイスラム教に帰依している人がすべてテロリストなわけでもない。
  実際に、一部の過激な武装集団テロリストが、イスラム教の教義を中心に集まっていると言うだけであり、イスラム教的な宗教観を否定できるものではないのである。
  しかし、日本では「イスラム過激派」という単語を使ってしまうマスコミが少なくない。
  日本人も同じで、一部の共産主義過激派が活発な活動を行い、その活動に組したくない、一緒にされたくない左翼思想主義者も少なくないのである。
  しかし、過激派が主導権をとることによって、基本的には、左翼離れが起きてしまう。
  ここがイスラム教のような宗教と単なるイデオロギーとの違いであろう。
 
  しかし、彼らは、このイデオロギーを浸透させるために、社会不安を煽り、その不安の主たる原因を政権批判に持っていった。
  戦前・戦中は天皇制、そして華族制度があったためにそこに対する打倒と言うことで一応形式的には階級闘争のような形になっていたが、戦後は平等化社会が現実化したために、すでに階級化社会はなくなってしまった。
  本来は、この時点で革命は成功したと言うことになるはずである。
 
  しかし、共産主義者はアメリカ軍の存在、そしてその後はアメリカ軍の庇護の下にある自民党政権を、55年体制以降その攻撃対象としたのである。
  それまでの流れから、政権批判ということはわからないでもない。
  しかし、実際には「政権」は「政策実行のための手段」でしかなく、「政権」が目的ではない。
  そのことがわかっていれば「何でも政権を批判すればよい」というものではないことは明らかであるはずだ。
  しかし、残念ながら、左翼の人々にはそのことはわからなかったようだ。
  そのことは、単純に「批判のための批判」を生む。
  批判のための批判になってしまうということは、その批判の中身を実現する可能性を持たなければならないということがあげられるのである。
  しかし、残念ながら日本医大一時共産党ができてから現在まで、彼ら左翼の人々は、一つは合法的でありながら政権運営をしたことが無く、また、そのほとんどの活動は非合法の活動であったために、合法的に日本の国民を指導するということはできない状態になっているのである。
 
  まさに、55年体制以降の左翼は、アメリカと日本の関係の中におきながら、コミンテルンとの関係も何も無く、理論的にも崩壊してしまった人々である。
  世界的なy逗留から考えれば、中国的な共産主義とソ連的な社会主義、そして西欧的社会主義の算出意の左翼が形作られ、それぞれに理論が異なる。
  そもそも「共産主義」「社会主義」「共和主義」というように使われる単語も異なるようになってしまうのだから、日本の共産主義がどのような理論になるのかも分裂することはいたし方が無い。
  日本の左翼は、その中で「独自性」を追求しながらも、結局中途半端な理論になってしまい、昭和40年代の武装闘争的過激派場仮が、単純に生き残ってしまったといえる。
  もちろんその手段がいつまでも爆弾テロのようなものでなくても、基本的には統一のイデオロギーが無い状態で政府に反抗するということが主たる目的になってしまったということになっているのである。
 
  特に1990年代、まさにソ連崩壊、ベルリンの壁が崩壊したとき、そして中国の改革開放経済によって中国が資本主義化した状態になったときに、すでに世界の左翼はほとんどなくなったといっても過言ではない。
  現在存在するのは中国の覇権主義と、北朝鮮の社会主義、そして日本の新左翼だけなのである。
  もちろん、フランスなどの左翼主義者が大統領になることはあっても、国全体が社会主義になることはほとんど無い。
 
  そのような国際情勢の中において、日本の左翼は思想の柱を失った。
  単純に「革命」「闘争」という単語に酔っているだけの人々になってしまっている。
  同時に、いつまでも反抗期のように政府に抵抗することを目的とし、その後に自分たちが権力を握ることしか考えなくなってしまっているのである。
  その状態が、まさに民主党政権であり、結局三年間日本を停滞させたのである。
  そして、自分たちの思想の中心である中国との関係を構築し、または北朝鮮によしみを通じて、日本の運営をしようとしていたのである。
  その内容は戦中戦後に中国が日本の共産主義化の中心であったことから、そこに影響された部分が少なくないということになるのではないか。
 
  では、今後日本の左翼はどうなるのであろうか。
 
  実際に、左翼的思想が滅びることは無い。
  思想の自由は基本的に犯されるべきではないし、また、口頭で何を言っていても共産主義的思想を頭の中で構築してしまうことそのものを規制することができないのである。
  脳波か何かで規制する以外、基本的に思考そのものまでの規制は難しいであろう。
  では、逆に日本において共産主義または左翼政権がまたできる可能性はあるのか。
  これは、遠い将来はわからないが近未来においてそのことは難しいのではないかと考える。
  実際に、できたとしても根本的な理念や哲学・イデオロギーが無い政治において、その政治が長期間国民を納得させることはできないのではないか。
  結局、理論が構築されるまでの期間、単純に、批判勢力でしかなくなってしまうということである。
  その意味で、小沢一郎はここでも民主党、そして新左翼を完全につぶしてしまった「壊し屋」であることを証明したということになるのである。
 
  では、安心していてよいのか。
  それはそうではない。上記のように、共産主義、左翼は、基本的に無党派層の不満を集約することによって政権を狙う。
  不満を集合する力が、まさにロシア革命から始まって彼らの社会主義革命の中心である。
  要するに、保守側もしっかりと不満が最小限で済むようにする努力を行わなければならないということなのである。
  そのような政治ができないから、もちろん日本ではなく、中世以降のすべての国が、権力者の驕りが出て国民に不満が出ることから、左翼に隙を見せることになってしまうのである。
  我々はそのようなことの無いように、善政を期待するばかりである。
 
  これで、今回の連載を終了する。
  表現などで綱意部分もあるが、あくまでも私の個人のブログであり、私個人の考えなので、皆さんの考える参照にしてくれればよいと思って書かせてもらいました。
  同時に、この内容は、平成25年のゴールデンウィーク時点のものですので、今後さまざまな環境の変化や私の知識の増加などによって考え方が変わる可能性もありますので、その点は十分にご理解いただけますようお願いいたします。

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」  第9回 安保闘争から現在までの混沌のなかの新左翼の系譜

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」
第9回 安保闘争から現在までの混沌のなかの新左翼の系譜

 60年安保闘争以降、新左翼がその路線対立の中で分裂する。
  いわゆる中核派と(革命的共産主義者同盟全国委員会)と革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)である。
  また、65年には日本社会党で主に急進的な左派によって形成される青年組織が、社会主義青年同盟(社青同)が武装闘争派として独立し、「解放派」となる。
  これは後に革命的労働者協会(革労協)を結成する。
 
  この路線対立は、中核派と革労協が、大衆運動および実力行使を重視し、政治家の輩出などを行っていたのに対し、革マル派は組織形成と理論・党建設を重視するなど武装は歌劇集団としての組織化が行われていた。
  このようにこの二つ左翼の主張する方法は、同じ共産主義であってもその手段としての路線が対極をなしていた。
  革マル派は、組織を拡充させるために「他党派の解体が自派の拡大、ひいては革命運動の前進につながる」という論理をもった。
  まさに、保守的な人物や右翼を攻撃するのではなく、同じ左翼主義者を路線転向させることによって、手段の変更そして革命的な行動をとらせることを企画したのでる。
  この論理に基づいて、書くマル派の論理を否定する他党派の活動家を襲撃し、それに対して他党派も革マル派に対して報復したため、次第に「内ゲバ」が激しくなった。
 
  日本では、左翼思想形がこのように内ゲバで対立を深めていった。
  しかし、その内容は共産主義主義革命を行う「手段」の対立に過ぎず、共産主義論理などに関する内容とはまったく異なったものであった。
  共産主義の中心的な思想として「天皇制の破壊」「アメリカ支配への抵抗」「管理抑圧への抵抗」と言うことが中心になってくる。
  1970年代になると、一〇年交信の安全保障条約更新、または72年の沖縄返還で、まさにこの三つの抵抗勢力が表に立つような内容になった。
  しかし、左翼の中心部は相変わらず内ゲバを繰り返していることになり、共産主義の学生が中心になって運動を展開するようになるのである。
 
  全学共闘会議(全共闘)はノンセクト・ラジカル(急進的無党派)色の強い運動として始まったものであった。
  しかし、ここに内ゲバに疲れた、あるいは内ゲバの中で新たな戦力をほしがった新左翼の各団体が強く影響を及ぼすようになったのである。
  そして、各党派に対する主導権争いが行われるようになるのである。
 
  また、年代は前後するかもしれないが同時期に、ベトナム戦争などによってアメリカの中においても「反戦」「平等」を主張するような内容が増えてくる。
  アメリカは常に「強い」と言うことによって多民族国家の求心力を持っている国家であり、同時にそのアメリカはその力によって「正義を護る」と言うことを主張する国家である。
  しかし、朝鮮戦争はアメリカの介入がありながらも勝利を収めることができずに、途中で休戦となった。この休戦に関しては現在も継続しているところである。
 
  一方、ベトナム戦争は、アメリカが敗北した戦争である。
  公式に敗北したと言うことを認めるようなことは少ないのかもしれないが、民主主義と自由主義を求めるベトナム内戦に介入し共産主義社会主義国家を建設し、シアヌーク国王を庇護できなかったと言う意味においては完全な敗北である。
  このベトナム戦争は、アメリカと日本、そして社会主義国家においてさまざまな軋轢を生むことになる。
 
  日本では、戦争そのものの悲惨さを大きく宣伝する左翼主義者によって反戦ムードが大きくなり、その上で、アメリカの絶対的な強さに対して疑問視をする人間たちが出てくる。
  もちろん、このことによって、新左翼は「単純な反戦」から「米軍基地反対」という方向性を大きく打ち出し、アメリカによる戦争を否定するようになるのである。
  この風潮は、現在の新左翼の人々の中にも十分に息づいている内容であり、人口よりも多い沖縄基地反対運動やオスプレイの馬鹿騒ぎなどは、通常の日本国民の中においても違和感を感じている人は少なくない。
  また、この同時期に田中角栄首相による日中国交回復が行われる。
  このことによって、日本のマスコミは日中新聞報道協定を締結し、情報統制下の中国の中で「中国に不利な報道を行わない」という協定書にサインをしているのである。
  実際にマスコミが報道の中心的な内容を完全に失い、中国の情報統制下に日本のマスコミが入ってしまった瞬間である。
  日本は、この時点で戦前の共産主義者の求めていた「言論の自由」を中国によって放棄した形になったのである。
 
  一方、民間では「反戦フォーク」なるものが流行し、新宿駅の地価などに若者が集まって歌で反戦を謳えるような集団が大きくなる。
  日本の場合流行歌に乗せて政治的な手法を行うのはかなりメジャーであり、古くは戦国時代の「二条川原の落書き」から、有名な床尾では川上音二郎の「おっぺけペー節」など、がそれに当たる。
  この反戦フォークは、フォークソングで政治以外を歌うのは軟弱であると言う不文律が生まれ、70年代半ばまでフォークソングで恋愛ソングがなかったのである。なお、このときに活躍したフォーク歌手が現在も「大御所」としてテレビなどに出演しているのは、時代の流れであろうか。
 
  一方、アメリカにおいては「ベトナム帰り」という言葉がはやった。
  基本的にベトナムは「戦勝」と言う栄誉に預かることができなかったために、英雄が生まれない戦争であった。
  アメリカの兵士の間で、初めて「敗北」を刻み付けた内容であり、その敗北による精神的ショックや戦死に対する恐怖など、そしてそれから逃れるための麻薬中毒などによって問題を起こすケースが少なくなかった。
  アメリカ本土は戦争そのものの被害がなかったのであるが、一方で、ベトナム帰りの兵士による社会問題は、非常に大きくなった。
  特に映画などの中でそのことは強く訴えられることになり、「プラトーン」などはその代表的な作品になった。
  意外と思うかもしれないが、シルベスタ・スタローンの人気シリーズ「ランボー」もその初作は、ベトナム帰りの特殊部隊が、街で受け入れられずにその街に対して一人で復習すると言うストーリーであり、山間部で食料を調達し軍隊を相手に戦うのは、ベトナム戦争そのものと同じものをイメージしてるらしい。
  もちろん、第二作以降は、そのランボーが一人で軍隊を相手に戦うと言う娯楽対策になっているし、ランボーの初作も、そのような部分を考えなくても十分に楽しめる内容になっているのである。
 
  一方、社会主義国家はアメリカのベトナム戦争の敗戦に対して「アメリカと闘うことが可能」という感覚になった。
  特に中国は、アメリカによる敗戦よりも、その後のアメリカ国内における反戦運動の高まりを注目し、アメリカと言う強大な軍事国家との戦いに対して、アメリカの国内世論が必ずしも一枚岩ではないと言うことを学んだ。
  このことによって、中国は「三戦」、いわゆる法律戦・宣伝戦・世論戦の強化とスパイ活動を中心に行うようになる。
  反日スパイのはじめの中心人物は周恩来であると言うような記録もあることなどから、片方で友好ムードを盛り上げながら、片方で三戦によって相手の国家内部からの弱体化を図ると言う情報戦を繰り広げると言う戦争を行うようになるのである。
  日本はその格好の餌食になってしまい、「スパイ天国」という、ありがたくない冠をいただくことになったのである。
 
 さて、ベトナム戦争に前後して、アナキストも増えていた。アナキストは戦後は日本アナキスト連盟が存在したが、広報以外にさしたる活動もしておらず、個々の活動家やグループが各地に活動組織を形成していた。
  アナキストに多い小結社志向を越えて、1969年にのアナキスト革命連合(ARF)を結成し、対権力活動などを行うようになったのである。アナキストは、これ以降、反政府組織として精力的な組織的活動を展開するようになったのである。
 
 1972年以降、内ゲバは激しくなり、最後にはあさま山荘事件を起こす。そのため一般学生の運動離れが決定的となる。
  学生は、ある意味で一種の反抗期のように社旗に対して自分の力を試したかった明けであり、あさま山荘事件のような状態の中に「そこまでやる必要はない」と言う容易なってくるのである。
  特に、テレビのワイドショーにyるあさま山荘事件の連日の報道の影響は非常に大きく、若者の左翼離れはこのテレビの影響によって決定低になっていったのである。
  なお、上記の反戦フォークが恋愛フォークソングに変わるのも一種のテレビの影響であり、テレビメディアの普及、特にカラーテレビの普及は、左翼に限らず、大きく政治の様相を変えたことになる。
  そのテレビによる地下に潜った一部の黒ヘルの過激グループは、東アジア反日武装戦線を結成し、道節重工爆破事件などのような爆弾テロを計画、一部を実行し多数の死傷者をだした。
 
 学生自治の伝統のある大学では、1990年代半ばまで新左翼が一定の影響力を残したが、近年では学生があまり活躍しなくなった。
  背景には、大学などによる規制もあるが、一方で、現在の若者の無気力や政治離れという部分も大きく出てきている。
  特に1990年代にソ連などの社会主義国家が崩壊し、また、中国が改革開放を行った後に、「理想郷」中国が実は日本よりも資本主義化した格差社会であると言う現実を突きつけられて、日本の左翼たちは「単なる自民党政権への抵抗勢力」と言う部分でしか存在意義がなくなってしまったといえる。
  単純にいえば、共産主義や社会主義の離村そのものがなくなり、ポピュリズム的に反政権集団になってしまったと言うことがいえるのである。
  新左翼諸派はさらなる孤立化を防ぎ、若手の獲得のため非合法活動を控え、ソフトな合法活動に力を入れているのが最近のすう勢である。
  若手獲得・組織拡大の具体的方法には、セクト色を隠し労働組合や市民運動を通しての組織拡大、地方議会への進出、青年組織を再建しその拡大に重点を置くといった方法がある。
 
  このような中で、この新左翼が結集し、一部自民党からもこの内容に参加してできた政権が民主党政権であったと言える。
  左翼的側面から考えれば、当初はコミンテルンの影響を大きく受け天皇制に反対し、そして反政府革命組織を名乗っていた集団が、さまざまな内ゲバ事件で社会から見放され、その中で孤立化を防ぎ、そして徐々に集合した集団がある。
  労働組合は、いつの間にか連合に統一され、本来は理論も手法もまったく異なる集団となった。
  その統一集団は、まさに反自民という内容だけであり、政策も理論もまったく統一性がなかったことが明らかになったと言える。
 
  その内容に関しては、明日、この連載の最終日に「民主党政権と中国とこれからの日本の左翼」と題して、私の個人的な考えを見てゆきたいと思う。
 
  なお、下記に日本の新左翼の集団を、インターネットのウィキペディアから抜粋して掲載する。何かあれば参考にしてもらいたい。
 
  <以下、ウィキペディアから抜粋>
主な新左翼党派

1960年代は「5流13派」、それ以降は無数の党派が生まれた。
5流とは、革共同系、共産同系、社青同(革労協)系、構改派系(ソ連派も含まれる)、中国派系。
1973年の警察白書では「極左暴力集団」は「5流22派」のセクトとノンセクトの小人数グループである黒ヘル集団としたが、1974年の警察白書では中核派、革マル派、反帝学評系など主要セクトの列挙となり、従来の「何流何派」等の表現は無くなった。

革共同系 [編集]
 日本トロッキスト聯盟(1957-1957) - 革命的共産主義者同盟(1957-、革共同) - (マルクス主義学生同盟(マル学同))
 革命的共産主義者同盟全国委員会(1962-、中核派、2007- 中核派(中央派・前進派・安田派)) 革命的共産主義者同盟再建協議会(2007-、中核派(関西派・革共同通信派・塩川派))

日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(1962-、革マル派)
日本革命的共産主義者同盟(第四インターナショナル日本支部)(第四インターナショナル統一書記局派) 第四インターナショナル日本支部 (ボルシェビキ・レーニン主義派) (1967-)

日本革命的共産主義者同盟 (JRCL)(1991-、かけはし)

国際主義労働者全国協議会(1991-、労働者の力)

第4インターナショナル日本支部再建準備グループ(MELT)

共産同系
 共産主義者同盟(1958-1960、1966-1970、共産同、ブント) 共産主義者同盟マルクス・レーニン主義派(1960-、ML派) - マルクス主義青年同盟(1973-)
 共産主義者同盟赤軍派(1969-、赤軍派) - (よど号グループ) 連合赤軍(1971-1972、赤軍派と日本共産党(革命左派)神奈川県委員会が合流)
 日本赤軍(1971-2001) ムーブメント連帯(2001-)

共産主義者同盟叛旗派(1971-1977、叛旗派)
共産主義者同盟戦旗派(1973-、戦旗派 / いわゆる「西田戦旗派」)
共産主義者同盟(全国委員会)(1970年代-、蜂火派)
共産主義者同盟(統一委員会)(2004-、戦旗派と蜂火派が結成)

共産主義者同盟 (赫旗派)(1981-、赫旗派) - 労働者共産党(1999-)
社会主義労働者党(1984-) - マルクス主義同志会(2002-)
戦旗・共産主義者同盟(戦旗派 / いわゆる「日向戦旗派」) - ブント(BUND)(1997-2001) - アクティオ・ネットワーク(2008-)

社青同(革労協)系
 日本社会主義青年同盟(1960-、社青同)
  社青同解放派(1960年代前半-、解放派) - (革命的労働者協会、革労協) 革命的労働者党建設をめざす解放派全国協議会(1981-、解放派全協、労対派、滝口派)
  革命的労働者協会(社会党社青同解放派)(主流派、狭間派、現代社) 革命的労働者協会(解放派)(1999-、木元派、山茂派、赤砦社)

構改派系 [編集]
 共産主義労働者党(1966-1971、共労党)
  社会主義革新運動(1961-) - フロント[社会主義同盟](1962-、フロント)
  統一共産同盟 (1961-)
  日本共産党(日本のこえ) (1964-)
  民主主義的社会主義運動(2000-、MDS)

親中共派系 [編集]
 毛沢東思想研究会
 毛沢東思想学院
 日本共産党(左派)(日共左派)
 はぐるま座
 日本共産党(マルクス・レーニン主義)(日共ML派)
 日本共産党(行動派)(日本人民戦線)
 日本労働党
 緑の党 (三橋派)
 市民の党(旧「MPD・平和と民主運動」)
 労働者共産党

親朝鮮労働党系 [編集]
 日本キムイルソン主義研究会(自主の会)

アナ革連(ARF)系 [編集]
 ナキスト革命連合
 アナキスト社会革命戦線
  無政府共産主義者同盟

その他 [編集]
東アジア反日武装戦線
国際共産主義潮流
京大政経研グループ

<以上ウィキペディアからの抜粋>

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」  第8回 既成左翼から新左翼が分裂する日本の左翼

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」
第8回 既成左翼から新左翼が分裂する日本の左翼

 1945年8月15日、大東亜戦争敗戦後、日本共産党は徳田球一を書記長として合法政党として再建された。
  1946年の第22回総選挙では5議席を獲得し、初めて帝国議会に議席を得た。
  日本共産党をはじめとした左翼政党が「合法政党」になったというのは、戦争に負け、連合軍の進駐軍によって、思想の自由などの権利が保証されたことによる。
  また、治安維持法なども実質的に失効したことによって、それまでの大政翼賛会によって規制されていた政党の活動が自由になったことによるものである。
 
  本来は、昭和22年5月3日に大日本帝国憲法から日本国憲法が施行されるにいたって、初めて現行憲法の特徴である基本的人権の記載された内容が有効になることによって初めて、彼らの政治主張は意見ではなくなるはずなのである。
 
  そもそも、治安維持法は終戦後もそのまま運用されていた。
  敗戦と同時に左翼活動家がすぐに活動を行い、終戦の混乱に乗じて治安が急激に悪化することを避けるためである。
  終戦後昭和20年10月3日に東久邇内閣の山崎巌内務大臣は、イギリス人記者に対し「思想取締の秘密警察は現在なほ活動を続けてをり、反皇室的宣伝を行ふ共産主義者は容赦なく逮捕する」と主張した。
  この山崎内務大臣の発言は、東久邇内閣において治安維持法を維持するということを意味しており、共産主義活動家の取り締まりは敗戦とは関係が無いということを表明したものである。
  さらに、岩田宙造司法大臣は、主に共産主義者や左翼活動家を中心にした政治犯や思想犯の釈放を否定した。
  この山崎内務大臣の発言を受けて、翌日である10月4日にはGHQによる人権指令「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去に関する司令部覚書」により廃止と山崎の罷免を要求したのである。
  しかし、日本国内の治安の維持と犯行質宣伝を行う人々を許しては日本の秩序がなくなるということを危惧した東久邇内閣は、GHQの要求である「人権指令」と「山崎内務大臣の罷免」の双方を拒絶し総辞職する。
  東久邇内閣の後を受けた幣原内閣によって10月15日『「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ基ク治安維持法廃止等(昭和20年勅令第575号)』により、治安維持法は廃止され、政治犯の釈放がなされるのである。
  また、日本国内の政治犯や思想犯の取締りの中心であった特別高等警察も解散を命じられた。
  逆に言えば、昭和20年10月15日までは、日本共産党を初めとした左翼政党は非合法政党であり処罰対象であったということになる。
 
  このようにして連合軍に解放された左翼政党は、急激にその勢力を増していった。
  各地域や職場・学校では党員による「支部」が組織され、学生運動や労働運動を活発に展開した。
  大東亜戦争敗戦翌年の1946年、「働けるだけ喰わせろ」をスローガンに掲げ、全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集まって、11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれた。
  このときには、左翼政党の指導によって集められたため天皇陛下に対する不敬なプラカード意が上げられたが、戦後であったこともあり、「不敬罪」の適用が無く、「名誉毀損」にしかならなかったことが、日本の左翼運動家の間では話題になったのである。
  1947年には、階級闘争の高揚の中で「吉田内閣打倒」を掲げる二・一ゼネストと呼ばれる大規模なゼネラル・ストライキが計画されていたが、あまりにも高揚する急激な左傾化に関してGHQが逆に危機感を覚え、前日マッカーサーによって中止命令が出される。
  これにより全官公庁共同闘争委員会の伊井弥四郎議長が同日夜、ゼネラル・ストライキ中止指令をラジオ放送を通じて発し、これによって二・一ストは敗北することになる。
  日本の労働運動は、急激な左傾化を引き起こしたために、その部分で問題視されるようになったのである。
 
  アメリカ合衆国による日本占領が続く中、1948年の朝鮮半島で分断国家である大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の成立、1945年の中国での国共内戦に勝利した中国共産党による中華人民共和国の成立などで、東アジアの緊張が高まった。
  それまで日本の支配下にあって平和であった朝鮮半島において、日本の支配がなくなった瞬間に、それまでの王統派、アメリカ的民主主義派、そして共産主義派と分かれて内戦が勃発するのである。
  実際に、ソ連が介入したコミンテルンやその後進のコミンフォルムは、東アジア全体の共産主義化、社会主義国家の建設を企画し、すべての国と地域を自らの支配影響下にするkと尾を企画していたのである。
  このときに、コミンテルンの考えるようにしていた場合は、日本も東ヨーロッパの国々のような貧しい国になっていた可能性が強い。
  これらの動きに関しても、日本の抑止があったために、あまり大きな問題にならなかったという部分もあり、日本に統治されていたほうが平和であったという事実はあるのだ。
  しかし、共産主義者の扇動によって、日本国内と日本の外部からも日本の「戦争侵略」を大きく宣伝したために、本来ならば平和を打ち破った共産主義者が社会主義国家を建設してのさばっているのだ。
 
  同じことは中国においても言える。
 
  中国は、国共内戦で共産党が勝利し、その共産党により「中華人民共和国」が建国する。
  これによって、東アジアの共産主義国家が建国された。日本の左翼はこの中華人民共和国とも連携し、共産主義的な天皇制の解体や、共産主義国家の建設を行うのである。
  まさに外患罪の厚生と同じように、思想を北朝鮮や中国、そしてコミンフォルムと連携させることによって、日本の体制を変えようとしたのである。
 
  しかし、彼欄本の共産主義者も、アメリカの支配に対しては対抗ができないと思っていたようだ。
  当時の日本共産党の野坂参三らの「占領下での革命」論(平和革命論)を展開し、アメリカの占領軍の管理下における革命を主張し始めたのである。
  これに対してスターリンが指導するコミンフォルムは、機関紙で論文「日本の情勢について」を掲載し、この日本の平和革命論を批判した。
  コミンフォルムは、まず共産主義、社会主義の反対派であるアメリカの占領軍撤退を最優先にすべきであり、アメリカ軍と共存する平和革命などはありえないということで、日本の共産主義者を批判したのである。
  これをうけて、徳田球一らは論文「“日本の情勢について”に関する所感」を発表して反論したが、宮本顕治らはスターリンや毛沢東による国際批判の受け入れを表明し、日本共産党が事実上分裂することになる。
 
  これらの動きを問題視したGHQは、共産主義陣営による日本侵略の恐れを警告し、それに協力しているとして日本共産党の非合法化を検討しているとの声明を出し、その後、共産党の国会議員など24人の公職追放・政治活動の禁止(レッドパージ)を指令した。
  もともと、コミンフォルムの支持によって中国共産党と統一行動をとっていた日本の共産主義者の中心人物は、レッドパージをうけた後に、中国に亡命して「北京機関」とよばれる機関を設立、中国から支持をだして、日本における共産主義革命を行うことを企画したのである。
  もちろんこのような内容から、日本の戦前、戦中、そして戦後直後の共産主義思想やそのほかの左翼思想は、コミンテルン、コミンフォルムそして中国共産党の強い影響をうけていたことがよくわかる。
  この後に、昭和40年代になると、中国ではなく北朝鮮や、テロということだけでいうと、中東などに行くようになる。
  日本赤軍による「よど号ハイジャック事件」などは、まさに、そのような中の事件で有名なものといえるのではないか。
 
 さて、その後の日本の左翼はどうなったのであろうか。
 
  日本の左翼政党の中心は、日本共産党から社会党に変化するようになる。
  あえて「社会党」という書き方をしたのは、戦後当初社会党右派と社会等左派に分裂していたことによる。
  いわゆる55年体制の中で、この社会党左派と社会党右派が合併して日本社会党が結党する。
 
  しかし、上記に書いたように日本赤軍のような非合法左翼活動家たちは、日本共産党の崩壊のときに分裂し、さまざまな内容で分裂してゆくことになるのである。
  この流れを日本の「新左翼」といわれるようになるのである。
 
  新左翼の用語を説明しよう。
  上記で見てきたように、1960年代以降に欧米などの先進国と同様に、日本でも従来の日本共産党や日本社会党などを「既成左翼」と呼んで批判し、完全に合法的そして革命などの力を失った勢力として、左翼の急進派の人々は左翼の批判の意味をこめて蔑称したのである。
  彼ら急進的な勢力は、より急進的な革命や暴力革命を掲げて、直接行動や実力闘争を重視した「革命」運動を展開した。
  特に大学生などを中心したこの勢力は、各地で「闘争」といってデモや破壊活動を行うことになったのである。
  特に安保闘争やベトナム反戦運動などに大きな影響を与えたが、70年安保以降は内部の内ゲバや爆弾闘争などのテロリズムもあり、影響力は低下した。
 
  1956年ソ連共産党第20回大会において、全ソ労評議長としてスターリンに仕えたフルシチョフ党第1書記が、スターリンの独裁・個人崇拝・粛清を暴露し(スターリン批判)、国際共産主義運動の中心からスターリン主義を追放したのである。
  日本の新左翼の言う「既成左翼」はこのソ連の動きに無反応で、日本における政治活動に専念していた。
  これに対して各国共産党内のとりわけ青年・学生部分は重大事と受け止め、この後におけるハンガリーの動乱に関する対応なども受けて、急進的な学生などの活動家はコミンテルン方脱退をするようになっていった。
 
  同時期である1955年に日本共産党は第6回全国協議会(六全協)を開催し、中国革命に影響を受けた「農村から都市を包囲する」式の武装闘争路線を正式に放棄した。
  日本共産党は、この時期に中国の影響を排除し、日本国内における日本国内に向けた共産主義政党を行うようになるのである。
  ちょうど、第二次共産党の合法組織が日本労働農民等を支持したように、まさに合法的な国会活動を行うようにしたのである。
  ある意味において、中国の影響を排除するというのは、健全な流れであるとも言えるし、また中国共産党の指示や協力は、まさに現在の中国人と同じように非合法でマナーなどを全く無視した身勝手なものが多かったのかもしれない。
  革命主義などといいながら富が偏重するやり方も、まさに居巣安主義ではなかったという感じではなかったのだろうか。
 
  これに不満を持つ学生党員は、1958年に共産主義者同盟(ブント)を結成し、「暴力革命」路線を掲げた。
  当然に、「暴力」をうたっている以上戦前の共産党が掲げていた「反戦・平和主義」ではなく、共産主義革命を中心にした暴力的革命集団ができたのである。
  もちろん現在の法律の中でも非合法的手段を中心にする内容である。
  このほかにも、1957年に日本トロツキスト連盟(58年に革命的共産主義者同盟に改組)が結成された。
  しかし、トロツキスト連盟組織内部において、トロツキズムを受容し国際組織第四インターナショナルに加盟することを主張するグループと、「トロツキズムを乗り越えた新しい体系=反スターリン主義による前衛党建設」を主張するグループ(革命的共産主義者同盟全国委員会派)に分裂していく。
  このような思想分裂が、後に排他的思想分裂を引き起こし、「内ゲバ」へと発展してゆくのである。
 
  1959年、岸信介内閣が日米安全保障条約の永続化を目指すと、普段は政治と接点のない一般国民の間からも激しい反発の声が上がった。
  このような自民党政権への反発に対して、左翼はなぜか結束する。共通の敵ができたときに結束してことに当たるのは左翼集団の特徴なのであろうか。
  日本社会党・日本共産党が、突出した闘争で支持者が離れることを恐れて請願デモしか行わない中、共産主義者同盟(ブント)に結集した全日本学生自治会総連合は、国会突入などの実力行使で一部の国民から喝采を浴びた。いわゆる60年安保闘争である。
  「闘わない既成左翼、闘う新左翼」とは、この頃新左翼の側から発生した表現である。
 
  安保闘争は連日数十万人のデモが国会を包囲する未曾有の高揚を示したが、日米安全保障条約は成立。
  この時期に近状へいかが皇太子であったときに、現在の美智子皇后陛下との午精魂が発表される。
  また、安保闘争の中において警官隊とデモ隊が衝突する中で、樺美智子さんが圧死するという悲劇が起きた。
  この二つの事件で、安保闘争はすっかりと終わってしまう。
  この時期に「二人の美智子で安保は終わる」といわれたのである。安保闘争後、安保が成立した一方で岸内閣は総辞職する。
 
  共産主義者同盟(ブント)は「条約成立を阻止できなかった以上、運動は敗北であった」と総括し、岸内閣を総辞職に追い込んだことに関しては一切評価しなかった。
  この結果を受けて、新左翼の中においてもさらに四分五裂の分裂を開始することになる。
 
  このように、戦後の左翼は、「既成左翼」と「新左翼」という二つの勢力によって形成されるようになる。
  まさに、我々が現在使っている「左翼」という端午がまさに一つの意味ではなくなってしまうのである。
 
  この辺を、現代の民主党政権くらいまでつなげて見て見ようと思う。

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」  第7回 戦前・戦中の日本の共産主義

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」
第7回 戦前・戦中の日本の共産主義

 日本の共産主義の歴史は古い。
 
  1922年7月15日、堺利彦、山川均、荒畑寒村らを中心に日本共産党が設立された。
  この戦前の共産党およびこの時期から数ヵ月後に日本の共産党はコミンテルンに参加し、コミンテルン日本支部を名乗るようになるのであるが、その時期の共産党のことを一般には「第一次日本共産党」と称されている。
  第一次というのは、この後24年に一度治安維持法などによって共産党が解党することを受けて「第一時」とつけているのである。
  基本的に、この時期の日本共産党は、基本的に「違法」「違憲」の政党であり、非合法活動家の集団が第一次日本共産党なのである。
  設立時の幹部には野坂参三、徳田球一、佐野学、鍋山貞親、赤松克麿らがいる。
  コミンテルンで活動していた片山潜も協力に援助していたが、設立当初はコミンテルンに参加していない日本独自の共産主義政党であったことから、設立のメンバーには入っていないとされている。
 
  この年の11月にはコミンテルンに加盟する。
  日本共産党は、「コミンテルン日本支部・日本共産党」となった。
  この時、コミンテルンから「日本共産党綱領草案」が示されたが、日本での議論がまとまらず、結局草案のまま終わった。
 
  この「日本共産党綱領草案」は、基本的にコミンテルンからの提案である。
  その内容は、君主制の廃止、貴族院の廃止、18歳以上のすべての男女の普通選挙権、団結・出版・集会・ストライキの自由、当時の軍隊・警察・憲兵・秘密警察の廃止などを求めていた。
  大日本国憲法かにおいて君主制(天皇制)の廃止や貴族院の廃止を求めること自体が意見であることはいうまでもない。
  また、讒謗律や新聞紙条例などによって反政府民権運動を制限していた当時の日本政府に対して、出版、集会の自由は認められない内容であった。
  ストライキの自由は、そのまま日本経済の疲弊化を企画するものであり、また、軍隊だけでなく警察や憲兵の廃止を求めると言う、日本国内の治安維持も維持できない内容を求めると言うのは、コミンテルンの考えていることは日本を無法国家化しようとしていたのであろうか。
 
  経済面では、8時間労働制の実施、失業保険をふくむ社会保障の充実、最低賃金制の実施、大土地所有の没収と小作地の耕作農民への引き渡し、累進所得税などによる税制の民主化を求めた。
  この要求は、現在の社会主義者や連合、労働組合の内容と変わらない。
  あまりなじみがないのは小作農という単語だけで、これは戦後の進駐軍による改革指令によって廃止されたので、現在は自作農しかいないことに由来する。
  逆に言うと、共産主義者の労働者権利要求は、この結党の時期からまったく変わっておらず、その義務に関する規定をまったく謳わない状態が共産主義者の特徴になってしまっている。
  また、その内容が日本の経済発展を阻み、バブル経済以降の日本の企業発展を完全に阻害し、大企業による日本での産業ができなくなる。
  企業は生き残りをかけて海外に進出し製造業を行うことになるが、これらの組合や左翼主義者による行きすぎた権利意識が、日本の産業の空洞化を誘発し、そして返って日本の雇用を減らし、一億層貧困状態を作り出すのである。
  もちろん、経済分野で一億層貧困状態にすることによって「共産主義革命」なるものをやりやすくしようと思っているのかもしれないが、それは自分で自分の首を絞める行為に他ならない。
 
  そして外交面では、外国にたいするあらゆる干渉の中止、朝鮮、中国、台湾、樺太からの日本軍の完全撤退を求めた。
  まさにコミンテルンの中心がソ連であること、そして、昨日に見たように日本の共産主義化を進める中心が中国であるということを考えると、この要求はなんとなくすぐに見えてくることである。
  逆に、第一次世界大戦以降信託統治になっているサイパンなどに言及されていないことを見ると、コミンテルンに折る社会主義営力の中心地に対する日本の介入を止めるのが目的であったことがわかるのである。
  もちろん、ソ連や中国がその権益を得るためであり、日本そのものや日本国民のことを考えてのことではないことはいうまでもない。
 
  当然にこのようなことを要求していれば治安維持法などの治安立法によって弾圧される。
  要するに、早紀にも記載したように、日本の共産主義はすでにその始めから非合法であり違憲の存在である。
  非合法政党としての存在であり、合法化した政治活動を行うことを前提にしていないことがもっとも大きな問題になる。
  この人々が、戦後になると自衛隊は違憲などというのであるから困ったものだ。
  自分たちの全身が非合法集団または意見集団であったという事実はまったく無視しての政治主張は、まさに自分のことを棚にあげたブーメラン左翼政党の特長であろう。
 
  この「非合法」と言う存在では広く国民に訴えることはできないと考えた人の中には、共産党から離脱し合法的な社会民主主義政党、まさに西ヨーロッパが行っていたような犯スターリン主義的な立憲君主政党や社会民主主義政党を作る動きも出てきた。
  堺や山川らは共産主義運動から離れ、労農派政党の結成を目指した。
  赤松など国家社会主義等に転向する者も出てきたことにより1924年、共産党はいったん解散する。
  しかし、このように見ていてわかるとおりに、すでにその主張はコミンテルンによる影響を強く受けた思想集団になっており、また、中国や朝鮮からの撤退と言う中国との連携を思わせる主張が入っていることにも注目すべきではないのか。
 
  1926年、かつて解党に反対していた荒畑寒村が事後処理のために作った委員会(ビューロー)の手で共産党は再結党された。
  この共産党を「第二次日本共産党」という。
  福本和夫、市川正一、佐野学、徳田球一、渡辺政之輔らが幹部となった。
  1927年にコミンテルンと協議して「日本問題にかんする決議」、いわゆる1927年テーゼをつくった。
  「27年テーゼ」は、中国侵略と戦争準備に反対する闘争を党の緊切焦眉の義務と位置づけた。
  その一方で、社会民主主義との闘争を強調し、ファシズムと社会民主主義を同列に置く「社会ファシズム」論を採用した。
 
  1927年の第16回衆議院議員総選挙では徳田球一、山本懸蔵をはじめとする何人かの党員が労農党から立候補し、選挙戦のなかで「日本共産党」を名乗る印刷物を発行した。
  総選挙では労働農民党京都府連合会委員長の山本宣治が当選した。
  彼は非公式にではあるが共産党の推薦を受けており、初めての「日本共産党系の国会議員」が誕生した。
 
  当時の日本共産党は、このように、合法的活動の部門と非合法革命部門の二つの部門を盛ってか都度を行っていた。
  合法的活動部門は、もともと第一次共産党のメンバーで合法的活動に変更した労働農民等などを支援する形で、共産主義、社会主義建設を目指し、国会議員の排出を行った。
  これに対して非合法部門は、破壊活動やテロを主とした活動をしていた。
  田中清玄らが指導部に入り、1929年半ばから1930年にかけて川崎武装メーデー事件、東京市電争議における労組幹部宅襲撃や車庫の放火未遂などの暴発事件を起こした。
  そして、31年に「31年政治テーゼ草案」を出し、日本の革命を社会主義革命とするとしていたのである。
 
  特に、中国と連携を強めていた日本の共産主義者たちは、1931年8月1日の反戦デーにおいて非合法集会・デモ行進を組織した。
  1931年9月に発生した満州事変に際しては「奉天ならびに一切の占領地から、即時軍隊を撤退せよ」「帝国主義日本と中国反動の一切の軍事行動に反対せよ」とする声明を出した。
  このようにして、共産党の活動は主に反戦に傾斜し、反戦パンフレットを各地で配布するようになったのである。
  1932年には軍艦や兵営の中にも共産主義者組織をつくり、「兵士の友」や「聳ゆるマスト」などの陸海軍兵士にむけたパンフレットを発行した。
  このことによって兵士や下士官の軍隊からの離反と、政府への氾濫を行うように仕向けるのである。
  基本的に、下士官などは、現場指揮官として最も現場の兵士に信頼がありながらも、上官の指揮に不満を持っている場合が少なくない。
  このために、下士官などを共産主義化して、その共産主義革命の主力に使うことは、コミンテルンの常套手段である。
  そのように考えれば、リビアの革命指導者であるカダフィも大佐であるし、キューバの革命指導者であるカストロも大佐である。
  このように軍隊を一つのよりどころにし、下士官の現場レベルで共産主義革命を推進する。
  このようなコミンテルンによる工作を、日本共産党は当時の帝国陸軍の内部でも行っていたのである。
  もちろん多少の効果はあったと考えられるが、共産党の考えるような軍隊による革命は発生しなかったのである。
 
  1932年にはコミンテルンによって32年テーゼが決定された。
  このテーゼにおいては、満州事変以降における日本の支配構造を、絶対主義的天皇制を主柱とした地主的土地所有と独占資本主義という3つの要素の結合と規定した。
  そしてこの天皇制から共産主義に持ってゆくための革命を、第一段階でブルジョア民主主義革命をおこない、その後に打倒ブルジョワジーを主張する社会主義革命に至るとする二段階革命論の革命路線を確立したのである。
  民主主義革命の主要任務を、天皇制の打倒、寄生的土地所有の廃止、7時間労働制の実現と規定し、中心的スローガンを「帝国主義戦争および警察的天皇制反対の、米と土地と自由のため、労働者農民の政府のための人民革命」として、民主化という題目で体制の破壊を考えたのである。
 
  1936年のフランスやスペインで「人民戦線」とよばれる統一戦線政府が成立し、コミンテルン第7回大会(1935年)が人民戦線戦術を決議すると、野坂参三らは「日本の共産主義者へのてがみ」を発表して日本における人民戦線運動を呼び掛けたが、党組織は壊滅しており現実の運動とはならなかった。
  すでにこのときは、何度も変わった共産党の方針と、治安維持法を基にした共産主義の弾圧によって、実際に共産主義革命で動く人はいなくなっていたということではないのか。
  また、戦争に沸いて日本国内において、反戦を主張したり、あるいは満州国での石炭などの開発によって産業革命の恩恵をこうむっている日本国内において、中国や朝鮮からの撤退などという主張が受け入れられることはまず無かった。
  また、下手に街中で動けばすぐに治安維持法や治安警察法によって逮捕され憲兵によって拘束される状態であったのだ。
 
  戦中もその状態は継続し、共産党の幹部たちはばらばらになっていた。
  国外に亡命していた野坂参三は、延安で日本軍捕虜の教育活動をして、戦後の運動再建に備えていた。
  また宮本顕治は、裁判の中で日本において共産党の活動が生まれるのは必然的なものだと主張するなど、法廷や裁判で獄中闘争を続けていた。
 
  これが、戦前から戦中に関する日本の共産主義思想である。
  なんとなく、中国の影が、というよりはまだ国民党支配の中国というよりは、国共内戦を行っている気中国共産党とその指導をしていたコミンテルンが、戦前日本の左翼思想と天皇制打倒を仕組んでいたことが非常によくわかるのである。
 
  明日は、戦後「合法化された」日本の共産主義思想と左翼について考えて見たい。

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」 第6回 コミンテルンと国共内戦と日本

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」
第6回 コミンテルンと国共内戦と日本

 今まで見てきたように、マルクス主義が徐々に浸透し、ロシア革命によって世界初の社会主義国家であるソビエト連邦ができた。
  その影響はさまざまなところに出てきたとされる。しかし、「さまざまなところ」は、基本的にヨーロッパであり、特に東ヨーロッパにおいて社会主義国家が出てきた。
 
  しかし、思想やイデオロギーに国境があるわけではない。
  人がいればそこに思想が生まれるのである。
  当然にさまざまな地域で社会主義国家が生まれてきているのである。
  1919年にはハンガリー評議会共和国が成立したが、まもなく消滅した。
  1924年には中華民国から独立する形で、アジア最初の社会主義国としてモンゴル人民共和国が誕生した。
  東欧では、東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ブルガリア、ルーマニア、ハンガリー、アルバニアなどの多くの国々がソ連により「解放」された。
  その結果として社会主義国となり、ソ連を盟主とする軍事同盟のワルシャワ条約機構に加盟した。
  東アジアでは、日本の敗戦により、1948年に大韓民国樹立に対抗する形で朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が成立した。
  また中国では国共内戦が再開され、蒋介石率いる中国国民党が敗れ台湾に逃走した結果、1949年に中国共産党率いる中華人民共和国が成立した。
  東南アジアでは、終戦の混乱に乗じて1945年に旧仏領インドシナ地域が独立を宣言し、ベトナム民主共和国(北ベトナム)が成立し、また、周辺国のカンボジア、ラオスも社会主義国となった。
  中南米では、アメリカの半植民地状態であったキューバで、1959年にカストロ率いる革命政権が発足した。
  また1970年にチリの自由選挙においてサルバドール・アジェンデが大統領に選出される。
  しかしこのアジェンデ政権は、1973年にはCIAの後援を受けたピノチェト将軍らによるチリ軍事クーデターにより崩壊した。
 
  東南アジア、アフリカ、南米などの社会主義国は、資本主義が進化して社会主義へ進んだ。
  旧宗主国である西側諸国と対決して植民地や半植民地状態から独立し、ソ連などの援助を得て国家指導の近代化建設を推進する面が強くでたのである。
 
  このように、西ヨーロッパの中で、反マルクス主義が言われ、ベルンシュタインのように批判精神に満ちた修正主義が出てきていながら、これだけの社会主義国家ができたのはなぜなのであろうか。
  それは共産主義者の国際的な組織がしっかりし、その中において相互の連絡と情報の共有がなされていたためといえる。
 
  それは「コミンテルン」といわれる共産主義政党による国際組織である。
  そもそもコミンテルンは「第三インターナショナル」といわれる組織であり、その前進には第一インターナショナル、第二インターナショナルがある。
 
  第二インターナショナルは、第一次世界大戦の際、加盟する社会民主主義政党が「城内平和」を掲げそれぞれ自国の戦争を支持したために瓦解した。
  これに反対する諸派がスイスのツィンメルヴァルトで開いた国際会議がコミンテルンの源流である。
  十月革命後の1919年3月、ロシア共産党(ボリシェヴィキ)の呼びかけに応じてモスクワに19の組織またはグループの代表が集まり、創立を決めた。
  当初は世界革命の実現を目指す組織とされ、ソ連政府は資本主義諸国の政府と外交関係を結ぶがコミンテルンは各国の革命運動を支援する、という使い分けがなされた。
  しかし後になって、各国の共産党がソ連の外交政策を擁護するのが中心になっていった。
 
  1935年のコミンテルン第7回大会では反ファシズムを最優先課題として多様な勢力と協調しようとする人民戦線戦術を採択した。
  スペインやフランスで人民戦線政府が誕生したが、スペインではフランコによる反乱からの内戦で壊滅した。1935年の第7回の大会を開催した。
  第七回大会には65ヶ国の党と国際組織の代表が出席した。
  統一戦線はコミンテルンの根本政策とした決議の
第一には、コミンテルンはそれまでの諸団体との対立を清算し、反ファシズム、反戦思想を持つ者とファシズムに対抗する単一戦線の構築を進め、このために理想論を捨て各国の特殊事情にも考慮して現実的に対応し、気づかれることなく大衆を傘下に呼び込み、さらにファシズムあるいはブルジョワ機関への潜入を積極的に行って内部からそれを崩壊させること、
第二に共産主義化の攻撃目標を主として日本、ドイツ、ポーランドに選定し、この国々の打倒にはイギリス、フランス、アメリカの資本主義国とも提携して個々を撃破する戦略を用いること、
第三に日本を中心とする共産主義化のために中国を重用することが記されている。

  しかし、第三インタナショナルとしてのコミンテルンは、第二次世界大戦の勃発に伴い、ソ連がイギリスやフランスとともに連合国を形成したことによって名実ともに存在意義を失い、1943年5月に解散した。
 
  しかし、この後に第四インターナショナル、そしてコミンフォルムというように、さまざまな共産主義国際組織ができる。
  しかし、ロシア革命終了後のトロツキーの粛清などから、スターリン派とトロツキストの間で対立がおき、そのほかにもニュアンスなどの違いで各潮流が出てくることによって第四インターナショナルは崩壊するのである。
 
  しかし、第三インターナショナルから第四インターナショナル、そして各潮流によって分裂したさまざまな左翼の潮流は、西側諸国の国々とはいえ、その中に残ることになり、それらが反政府運動や共産主義革命、そしてアナキスト的な動きを行うようになってきたのである。
  特に、戦後急激な解体と個人主義を徹底した日本の国内においては、非常に大きな影響力を及ぼし、アメリカ進駐軍は一度解禁した共産主義を再度レッドパージによって追放しなければならないほどになったのである。
 
  もう一つ、東アジアで重要な動きをしたのが中国である。
 
  中国の共産党は、1921年7月に、コミンテルンの主導により、北京大学文科長の陳独秀や北京大学図書館長の李大釗、元北京大学図書館司書の毛沢東らが各地で結成していた共産主義組織を糾合する形で、上海にて中国共産党第1次全国代表大会(第1回党大会)を開催、結成されたとされる。
 
  結党当初は、コミンテルンの指導が強く、また、ソビエト連邦への留学生が「中国共産党」の中心勢力であった。
  そして広大な農村社会を抱える中国の特殊性を理解せずに大都市の労働者による武装蜂起を革命の基本路線と考えたコミンテルンの指導に忠実に従ったために、第一次国共合作に固執しすぎ、また、国共分裂後は、極左冒険主義に走りすぎるなどの路線の失敗を犯した。
 
  このような中で毛沢東は一農村に拠点を置いて活動していた。
  そうした農民を対象とした社会主義化の動きは、それまでのマルクス主義やレーニン主義のように労働者階級を中心とするものとは異なっていた。
  これは、当時の中国の人口の圧倒的多数を占めるのは農民であり、農民の支持なくして革命の実現はありえなかったためである。
  また、都市部が国民党に押さえられていたため、共産党の活動拠点は山奥の華中や華南の農山村地域にならざるをえなかった。
  1931年、毛沢東らは江西省瑞金において「中華ソビエト共和国臨時政府」を樹立した。
 
  共産党の毛沢東は、日中戦争の時に外部の力を借りて日本の影響力を排除しようとする国民党とは違い、コミンテルンの指導のとおりに「人民戦争」を行うようにした。
  しかし、実際には、毛沢東の共産党には農奴的な人物しかいなかったために、十分な訓練も無く、日本軍に対抗できるほどの力は無かった。
  もちろん、蒋介石の国民党軍も日本軍に対しては連戦連敗であり、1945年3月の時点でも、国民党軍は日本軍と戦争をして負けており、撤退を余儀なくされているのである。
  大東亜戦争は、主に太平洋におけるアメリカの物量作戦に負けたものである。
  実際に日本軍の戦死者の240万人の内、日中戦争の時期をを含め中国での戦死者は10年間で40万人でしかない。
  もちろん40万人という数字は非常に大きいが、全体の戦争のきっかけとなり、なおかつ満州事変などの動乱が多くありながら、全体の6分の1でしかないというのはかなり意外な数字である。
  なお、最も多く日本軍が戦死しているのはフィリピンであり、49万人が戦死しているのである。
 
  では、国民党軍と共産党群は何をしていたのか。
  国民党軍はそれでも必死に日本軍と戦っていた。
  戦っていたというよりは、防戦に勤めていたというほうが正しいのかもしれない。
  日本軍が無理な戦いをしなければ、戦死者が増えることは無かったということになるのである。
 
  その間、共産党はほとんど何もしていない。
  毛沢東は、国民党と内戦を行うことを予想していて力を温存していたという味方もできる。
  一部ゲリラ戦をしたというようなことを主張しているものの、ナポレオンとロシアの戦いのようなものではなく、散発的なものでしかなかったようである。
  日本軍の記録にも共産党が出てkる記述穂ほとんど皆無に等しい。
 
  しかし、そのようなことがその後の国共内戦においては非常に大きな力ができる。
  1945年に日本が大東亜戦争で敗北し、中国国内の日本軍隊が全面撤退する。
  中国国内では、それまでの中国国民党との妥協的態度から、毛沢東率いる中国共産党はソ連の後押しで国民政府打倒共産党政権設立に動いた。
  当然にそのような動きを許さない国民等との間で内戦が勃発する。
  内戦は、そもそも日本軍との戦いで主力の多くが傷ついている国民党軍と、農民が多く日本軍からも保護されていた共産党兵は、国民党軍との戦いには非常に大きく差があった。
  また、国民党は、そもそも清の王国の制度をそのまま引き継いでいるものであり、身分制も軍人の身分もそのままであった。
 
  中国の場合は、職業軍人と徴用兵とで間があり、肉体労働者である徴用兵は、主にヤクザやあぶれ者、下層民衆などの集合体である「遊民」といわれる人々であった。
  国民党の兵士は、戦って命を懸けても、基本的に国民党内部での出世の確率は低く、身分が低いままであった。
  これに対して共産党の唱える「平等化社会」では、このような「遊民」であっても、平等に扱われて、下層民衆となることが無いかのような幻想を抱かせたのである。
  そのために、軍の士気も異なるばかりか、国民党軍から共産党軍への遺跡も非常に多くなったのである。
 
  このことによって、国民党は不利な戦いを続けることになり、各地で劣勢となる。
  また、日本軍との戦いのように外国の力を頼ることができない。
  何しろ内戦であるのだから、内戦に他国を交えることはかなり難しいということになる。
  一方、コミンテルンの指導を受けていた毛沢東の共産党は、ソ連からの援助を受けることができた。
  特に中国の一部となっていた満州を占領したソ連の後押しで東北から南下して国民党軍を圧倒し、最終的には国民政府を倒して中華人民共和国を建国した。
  国民政府は台湾へ移動せざるを得なくなったのである。
 
  このような歴史から、現在も中国共産党とは一定の独立を持っている中国人民解放軍があり、人民解放軍の退役軍人によるデモは、強硬な鎮圧ができない状態になる。
  また、昨年の反日デモなどでは、毛沢東のプラカードをあげてデモを行う人が少なくなかったのは、このような事情によるところも少なくないのである。
 
  ここで、見てきたように、共産主義は、共産党として国際組織を作り、その国際組織を通じて、さまざまな国の内戦や内政にまで介入していた歴史がある。
  このような阻止基礎のものは第三インターナショナルでしか違算し、分裂したが、しかし、左翼によるこのような国際的な組織や世界革命的な思考は全く変わっていない。
  ここでもう一度第7回コミンテルンの内容を確認して見よう。上記の繰り返しになるが、我慢してもらいたい。
 
  第一には、コミンテルンはそれまでの諸団体との対立を清算し、反ファシズム、反戦思想を持つ者とファシズムに対抗する単一戦線の構築を進め、このために理想論を捨て各国の特殊事情にも考慮して現実的に対応し、気づかれることなく大衆を傘下に呼び込み、さらにファシズムあるいはブルジョワ機関への潜入を積極的に行って内部からそれを崩壊させること、
  第二に共産主義化の攻撃目標を主として日本、ドイツ、ポーランドに選定し、この国々の打倒にはイギリス、フランス、アメリカの資本主義国とも提携して個々を撃破する戦略を用いること、
  第三に日本を中心とする共産主義化のために中国を重用することが記されている。
 
  要するに、第一で「反ファシズム、反戦思想を持つ者とファシズムに対抗する単一戦線の構築を進め、このために理想論を捨て各国の特殊事情にも考慮して現実的に対応」ようするに、スパイ活動や扇動工作によって各国の事情を考慮して「単一戦線」の構築をするというのだ。
  要するに世界的共産主義革命を行うということを行っているのである。
 
  第二では、「攻撃目標を主として日本、ドイツ、ポーランド」とする。
 
  第三では、「日本を中心とする共産主義化のために中国を重用する」ようするに、日本は重点的に共産主義化され、その主導的な立場になるのは、中国共産党であるということである。このときのコミンテルンの考え方が、まさに現在の中国と日本の関係、そして日本国内の左翼思想に大きく影響を及ぼしているといえるのである。
 
  では、具体的に日本の左翼思想にどのように影響を与えたのか。そのことおは明日以降に見て見よう。

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平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」  第5回 マルクス主義と民主主義国家におけるマルクス主義の発展

平成25年GW連載「日本における左翼的考え方の系譜と中国の影」

 さて、本日はメーデーである。
 
  この連載の主軸である「労働者の祭典」だ。
  メーデーについては、この連載の初日にさまざま記載したとおりであるからここで繰り返すことはしない。
  同時に、今日は私の誕生日である。
  私は、いまだにこの日は世界中の労働者が私の誕生日を祝う日であると信じてるし主張している。
  もちろん、他の五月一日生まれの人を無視するわけではないが、そのようなばかばかしい主張を強く主張する人はあまりいないのかもしれない。
  本来は、今日は何もしないでいる予定なので、この文章もここで終わりのはずであるが、まあまあ連載なので続けることにしよう。
 
 昨日は、マルクス、エンゲルスの考え方について解説してみた。
  しかし、私でも現実との違いについていくつか指摘するくらいである。
  当然に、他の人々がそのようなことに気づかないはずがない。しかし、実際には社会的な雰囲気と言うのは怖いものである。
  気づいていてもものをいえる雰囲気ではない場合も少なくないし、また、勇気を出して発表しても封殺されてしまう可能性もあるのだ。
 
  当然にマルクス、エンゲルスが生存中は、そのような意見が中心になり、反マルクス主義はかなり面白くない立場に立たされていたに違いない。
  もちろん、それまでの絶対王政や封建制が、産業革命と同時にあまりうまく機能しなくなってしまったと言う部分が非常に大きいのと、神の領域に科学が入り込んでしまい、徐々に神の権威が下がってきたと言う部分もある。
  人間が知らなくて良いことを知りすぎたと言う部分があるのではないか。
  それでも純粋に信じる人と、信じないで科学万能主義を唱える人なども出てくる。
  マルクスなどは唯物史観を唱えると言うことは、そもそも神などの不確定要素を認めない、または人間における精神的、心因的な内容を認めないというような感覚になってしまうので、本人はどうかは別にして、その考え方に最も近い精神の者が集まることになるのである。
  そして、封建社会や絶対王政の否定を行う原動力は、王権神授説や神々の権威の否定、そして人が人としての権利を主張することになるのだから、その内容に関して、どのような考え方になるのか、と言うことがもっとも大きな問題になるのである。
 
  ロシア革命であっても、ボルシェビキが反対派を一掃するまでは、王政復古が言われてきた。
  当時のソ連の中には、当然に、神々の考え方が良いと思う人々、封建制や帝政ロシアに戻らなくても、社会主義は行き過ぎと思っている人もいたのではないか。
  いや、その湯女中道的な考え方のほうが主流であり、しかし、声なき声が封殺されて、先鋭的な社会主義国家が生まれたのではないかと想像するのである。
 
  フランス革命以後、ヨーロッパ全体が絶対王政を否定し、社会契約説に基づく共和制を唱え始めた。
  絶対王政否定の論理の最も急進的な考え方は、何度もいっているが、マルクス主義であったのだ。
  先に紹介した、トマス・ホッブスの「リバイアサン」の中の社会契約では、その時点において絶対王政を否定するものではないし、また、自然権の存在も完全なものではなかったのである。
  その不完全な自然権を、徐々に完全な自然権、そして基本的人権という感じで形成してゆくのであるが、逆に、自然権の考え方によって人の権利が同一であると言うことを証明すればするほど、逆に支配階級をうを作り出すことが難しくなってくるのである。
  同じ自然権の持ち主が、なぜこの人は統治機構に入り、こちらの人は統治される側なのか、その理論が確立できなくなってしまうのである。
  そして、その矛盾を「社会」というあいまいな単語を使って説明したのがマルクス・エンゲルスなのである。
 
  しかし、そのマルクス主義を貫いたレーニンは、自分たちの支配権を確立するために大粛清を行う。
  ニコライ二世を銃殺刑に処し、また革命の同志のほとんどを彼の配下にするかまたは粛清していったのである。
  いや、粛清しなければならなかったと言うべきなのかもしれない。
  要するに、粛清しなければ、自分が支配階級として存在する意義を、理論によって正当化することができない。
  そのために、レーニンが行ったことは、「大粛清」であった。
  要するに、自分に反対する人々、そして自分に変わる可能性がある人々をすべて粛清してしまうと言うことによって権力の安定を図ったのである。
  もちろん、名目として「権力の安定」ではなく「社会の安定」という形にするのであるが、外から見ていれば同じ内容になってしまうのである。
 
  そのレーニンの粛清を見ていたヨーロッパの人々は、マルクス主義そのものを実践化し社会主義国家を建設することの「危険性」を認知し、その内容に対する理論的な反抗を行うようになった。
  もちろん、それでもマルクス・エンゲルスが存命中はなかなか大きな勢力にはならなかった。
  しかし、1895年にエンゲルスが死去してまもなく、ドイツ社会民主党において正統派のマルクス主義者と見なされていたベルンシュタインが従来と異なる見解を党機関誌で発表しはじめたのである。
  なお、このマルクス・エンゲルスに対抗するものは西ヨーロッパによるところがおおきく動くことになる。
  もちろん、この動きが、戦後の西側と東側諸国にヨーロッパが分かれる内容になるのである。
  これはロシアのような環境での生活と、ドイツやフランスのような恵まれた環境での人の考え方が異なるところから、単純に封建制の否定と言うだけで社会主義国家を考えていた人々が、社会主義国家の危険性について認知するようになると言うことが、このきっかけになる。
  もちろんベルンシュタイン以外の学者も、共産主義や社会主義国家に関して危険性を主張していたと思うが、ベルンシュタインの場合は、「正統派のマルクス主義者」が異を唱えたということで大きく注目されることになるのだ。
 
  ベルンシュタインは1899年の著書『社会主義の諸前提と社会民主党の任務』でその見解をまとめた。
  プロレタリアートは非合法手段による国家権力の奪取ではなく議会制民主主義を通じた社会改良を目指すべきだ、というのが最大のポイントであった。そして批判のポイントは、権力獲得の問題にとどまらず、哲学や経済学の領域にまでわたる全面的なマルクス主義批判となったのである。
 
  ベルンシュタインの主張は激しい論争を巻き起こし、修正主義と呼ばれてカール・カウツキーらによって批判された。
  1903年の社会民主党ドレスデン大会は「階級闘争に基づくわれわれの戦術を、敵に打ち勝って政治権力を獲得するかわりに既存秩序に迎合する政策を採用するという意味で変更しようとする修正主義的企てには断固として反対する」と決議した。
  とはいえ、ベルンシュタインの見解は理論的に拒否されただけであり、実践的に拒否されたわけではなかった。
  ドイツ社会民主党は実際には議会制民主主義のもとで勢力を伸ばしており、「敵に打ち勝って政治権力を獲得する」戦略が具体的に実行されたことはなかった。
  なお、ドイツ社会民主党は第一次世界大戦まではマルクス主義運動の国際的な中心だったが、第二次世界大戦後の1959年に採択したゴーデスベルク綱領では公式にマルクス主義を放棄した。
 
  一方、レーニンによるロシア革命は、ソビエト経済を全体として発展させるという「新経済政策」(ネップ)を実行した。
  まさにマルクスの主張した社会による経済発展を実行に打ちしたのである。
  しかし、レーニンは、経済建設が端緒にとりかかったところで死去してしまったため、スターリンがその後をついでソ連を経営するにいたる。
  スターリンは、レーニン死後の権力闘争の過程で反対者を次々と弾圧する一方、苛烈な農業集団化や計画経済体制への移行を通じて、人類最初の社会主義国家建設に成功したと喧伝した。
  スターリンは、レーニンによって、マルクスの思想の唯一、真正な継承発展がなされたと主張し、マルクス・レーニン主義と呼んだ。
 
  1930年代に目覚ましい経済発展を遂げたと伝えられたこと、第二次世界大戦において強大なナチス・ドイツとの戦争に勝ち抜いたことなどで、ソビエト連邦及びスターリンの政治的威信は増大し、アジア・東欧・アフリカ・カリブ海域において、多くの「社会主義国」が生まれた。
 
  一方、ソ連型のマルクス主義(マルクス・レーニン主義、その後継としてのスターリン主義)に対して、西欧のマルクス主義者は異論や批判的立場を持つ者も少なくなかった。
  この動きには、当然にソ連型社会主義国家に反対する思想家が少なくなく、西欧は資本主義・自由経済の中でのマルクス主義の融合を考えていたということを示すのである。
 
  最初に西欧型のマルクス主義を提示したのは哲学者のルカーチとコルシュだった。
 
  その後、ドイツのフランクフルト学派と呼ばれるマルクス主義者たちは、アドルノやホルクハイマーを筆頭に、ソ連型マルクス主義のような権威主義に対する徹底した批判を展開した。
  まさに、ベルンシュタインの理論を基にしたドイツ的共産主義理論がここで集大成することになるのである。
  そしてその考え方は西欧のモダニズムと深く結びついた「批判理論」と呼ばれる新しいマルクス主義を展開し、学生運動やポストモダンとされる現代思想に対しても深い影響力を見せている。
 
  またルイ・アルチュセールのように構造主義的にマルクス主義をとらえ直す構造主義的マルクス主義、弁証法的唯物論のような哲学的な概念を前提とせず科学としての経済学に依拠して、資本主義を数理的に分析する分析的マルクス主義などもある。
  ドイツやイギリスなど西欧系の民主主義国家に「労働党」や「社会党」と言う名称がありながら政権を執っている政党が少なくないのは、このような背景によるものである。
  まさに、民主主義、事本主義刑事を否定しない構造主義的またはモダニズム的共産主義が横行するよう二なり、その政治的な考え方が、政党となって政権を執るようになるのである。
  そして、彼らの考え方によって「福祉国家」がうまれ、刻印の権利の重視を基幹とした政策が展開されることになる。
  ある意味において、日本の民主党政権などもこの流れを汲む「部分」があったことは事実であろう。
  もちろん、日本の民主党政権は「ごった煮」のようにさまざまな考え方の集合体であり、まったく統一性が執られていないので、ひとつの考え方や枠に入れること自体が難しいのである。
  逆に、ソ連型や中国型の権威主義的社会主義から、日本の右翼思想まですべての考え方を入れた統一性のない政党と言う烏合の衆が日本の民主党であったと考えれば、このような修正主義的マルキシズムが入っていてもおかしくはないのである。
 
  さて、このような流れから、中国共産党とコミンテルンを見てゆきたいと考えている。明日以降、その考え方を簡単に触れてみたい。

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