« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »

2013年7月

またサッカーの国際試合で政治的な主張を繰り返す韓国

またサッカーの国際試合で政治的な主張を繰り返す韓国

 韓国がサッカーの東浅井アカップの決勝で「歴史を忘却した民族に未来はない」という横断幕をだし、また安重根の肖像を数百席分広げるという行為を行った。この行為に日本サッカー協会は東アジアサッカー協会に対して抗議文を提出している。
 昨年のオリンピックの時も、韓国のサッカー選手が「竹島は韓国の領土」などと書いたプラカードを掲げ、処分を受ける事件が発生しているが、しかし、それはあくまでも個人的なプラカードであるという評価であった。今回の横断幕は、選手個人によって行われるものではなく韓国のサッカーサポーターが組織的に行っているものであることは間違いがない。それでなければ、それだけの大きさを維持できないし掲載もできないのである。
 日本テレビのニュース番組を見ていると、韓国人のインタビューが流された「スポーツは親睦を図るようなものなのに、これでは喧嘩を売っているようなものだ」というような話が出ている。一方で、「当然のことを言っているだけだし、問題はない」というような答えもあった。しかし、「わざわざ、サッカーの場所で出す必要はない」というのが大方の意見のようである。
 ある程度日本のテレビ局のフィルターがかかっているにしても、そのような意見が出ていることは間違いがない。その中でなぜおこのような横断幕が、国際試合の中で掲げられるのか、その背景を見てみなければならないのではないか。
 といって、あまり深い検討を行うことはない。単純に、「韓国は、サッカーの試合などでしか自分の主張を世界各国に聞いてもらう手段がない」ということなのではないか。そのうえで「TPOやマナーなどをわきまえることのできない民族」であるということになる。この二つの特性から、国際s的なスポーツの場で、スポーツと全く関係ないことをこのようにだし、そして「恥ずかしい」ということをまったく感じないのである。

日本サッカー協会が抗議文 横断幕で - サッカー日本代表ニュース

 日本サッカー協会の大仁邦弥会長は29日、ソウルで28日に行われた東アジア杯男子日韓戦で、韓国の応援団が歴史問題で日本を非難する巨大な横断幕を掲げたことに対し、主催の東アジア連盟に抗議文を提出したことを明らかにした。
 横断幕には「歴史を忘却した民族に未来はない」と書かれ、応援時の政治的な主張を禁じる国際サッカー連盟(FIFA)の規定に違反する可能性がある。
 大仁会長は帰国した羽田空港で「今回はこういうことが起こらなければいいと思っていたが残念だ。東アジア連盟はしっかり調査し、対応してほしい」と述べた。
 昨年のロンドン五輪の男子日韓戦では、試合後に朴鍾佑選手が島根県・竹島(韓国名・独島)の韓国領有を主張するメッセージを掲げ、FIFAと国際オリンピック委員会(IOC)から処分を受けた。

nikkansports.com [2013年7月29日12時35分]
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/f-sc-tp2-20130729-1164934.html

韓国サポーターが「歴史」横断幕

ソウルで行われたサッカーの東アジアカップの日本対韓国の試合で、韓国のサポーターたちが「歴史を忘れた民族に未来はない」と書いた巨大な横断幕などを掲げ、試合で政治的な主張することを禁じたFIFA=国際サッカー連盟の規定に違反する可能性があります。
ソウルで28日に行われた日本対韓国の試合で、韓国のサポーターたちが観客席の中段に「歴史を忘れた民族に未来はない」と書いた巨大な横断幕を掲げました。
また、観客席の別の場所では、韓国の初代統監だった伊藤博文を暗殺した独立運動家アン・ジュングンの姿を描いた横断幕も掲げられました。
「歴史を忘れた民族に未来はない」と書かれた横断幕が、前半戦を終えたあとのハーフタイムに撤去されると、それを不満として多くの韓国人サポーターが応援をやめました。
サッカーの日韓戦では、去年8月にもロンドンオリンピックの男子3位決定戦のあとに、韓国の選手が島根県の竹島は韓国の領土だと主張するメッセージを掲げ、FIFAは、試合で政治的な主張をすることを禁じた規定に違反したとして処分を下しています。
今回の横断幕も、歴史認識問題をめぐる日本への強い反発を表したものとみられ、FIFAの規定に違反する可能性があります。
k10013361451000.html

NHKオンライン 2013年7月29日
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130729/k10013361451000.html

「韓国人にスポーツの素養なし」「史実ねつ造の民族にも未来なし」=東ア杯、横断幕騒動―中国版ツイッター

28日、サッカー東アジア杯2013は韓国・ソウルで男子日韓戦が行われた。この試合会場に「歴史を忘れた民族に未来はない」とハングルで書かれた横断幕が掲げられたが、これには中国からも批判の声が飛んでいる。
2013年7月28日、サッカー東アジア杯2013は韓国・ソウルで男子日韓戦を行い、2対1で勝利した日本の優勝で幕を閉じた。しかし、この試合会場に「歴史を忘れた民族に未来はない」とハングルで書かれた横断幕が掲げられたことで、日本にとっては残念な思いも残す結果となった。
これについては29日、菅義偉官房長官も記者会見で言及。「極めて遺憾だ」と述べ、現在は国際サッカー連盟(FIFA)などに事実関係を確認中だと明かした。同時に、「FIFAは試合応援時に、政治的主張を行うことを禁じている」として、日本政府としても今後、対応を検討する考えを示した。
韓国と同じく、日本との間に根深い歴史問題を抱える中国であるが、中国のサポーターもスポーツの場に政治問題をたびたび持ち込む韓国の姿勢にあきれているようだ。“中国版ツイッター”と呼ばれる簡易投稿サイトでもこの話題はしきりに取り上げられ、非難や揶揄の声が飛んでいる。以下はその代表的な意見。
「これはよろしくない。TOPが間違ってるだろ」
「韓国人にスポーツの素養なし」
「ハングルで書いた横断幕、日本人に読めるわけないだろうが」
「韓国人のルール違反はこれが初めてではないし、日本に対してだけではない」
「“未来のない民族”の代表チームは少なくともアウェイで韓国代表を下す実力があるということです」
「歴史を大げさにでっちあげる民族にも未来はないですよ」
「韓国人は本当にねちっこく器の小さい民族さ。もっと大らかになれよ。自分らが歴史を忘れずにいればそれでいいだろう。なぜ、それを日本に押し付ける?それに、日本は歴史を忘れたわけじゃない、忘れてはいないが言及したくないというだけさ。それでも、歴史の与えた教訓は日本人の中に刻まれているはず」(翻訳・編集/愛玉)

Record China 2013年07月29日18時10分
http://news.livedoor.com/article/detail/7904394/

 「恥」というのはどういうことであろうか。単純に「何が恥ずかしいことか」わかっていなければ「恥」の文化は生まれない。自分が気を付けていれば、当然にそれができるにもかかわらず、それができない。そしてその行為はだれでもができて当然であり、なおかつ、その行為を行うと自分の所属する集団がほかの集団からさげすんでみられるという場合だ。要するに「何が悪いことなのかわかっている」ということが、最大の問題であり、そのことがわかっていなければ「恥」の文化は育たない。
 韓国には、どうも「恥」の文化が育たない土壌があるようだ。これは「階級社会」であり「何をやっても自分は許される」というような特権階級意識があることの証拠でしかない。実際に、そのような特権階級がないのにそのような意識があるから「処分」されても何ともおまわないし、処分された選手がいるのにより大きな規模で繰り返しを行うのである。
 その恥の文化がないことが、そのまま「何を言っても許される」というような韓国の民族性をつくっている。この恥の文化がないことそのものは、ある意味で文化なのだから仕方がないことなのかもしれない。まさに、「泣き屋」という、悲しくもないのに、知り合いの葬式で大泣きをするような人がいる。感情をそのまま大げさに出すことが一つの価値観として根付いている人々は、これらの政治的な主張も「感情の表現」ということを一つとしか考えておらず、そのために、政治的な表現をしてはいけないということを言われtも、自分の主張が「政治的な主張」ではなく、「単純に感情の表現」としか考えず、その区別がつかない。
 そして、普段からその話を聞いてくれる場所があればスポーツの場では行わない「かもしれない」が、しかし、韓国人の話をまともに聞く国は少ない。アセアンやアフリカ、ヨーロッパでは韓国は「嫌われ者」でしかない。フィリピンなどでは「韓国人」というだけで、入店禁止の店があるほどであり、企業の契約もできなくなってしまう。韓国人にとっては、まともに話を聞いてくれるのは、自分がお金を払った時、あとは日本と中国とラオス、そしてアメリカくらいでしかなく、ほかの国は「一人前の国」として扱ってくれないのである。そのために「一人前で扱ってくれるサッカーの試合」で「一人前なのだから何を言ってもかまわない」という民族性が出てくる。そこにマナーや恥の文化は存在しないのである。
 もちろん、このようなことを書いているのは「韓国をまともに相手にしてあげろ」といっているのではない。また「韓国の不正」を許すことを推奨しているのではない。逆にFIFAなどに働きかけて、韓国の国際試合の出場停止を提案る程度のことを行い、韓国が恥ではなく実質的な不利益を被るようにしなければ、彼らがわかるものではない。
 韓国の国民は、もちろん例外がいるという前提で、一般的に、このようなことを行う人々は、「実質的な不利益」を受けなければわかることはないということだ、精神的な、または観念的な「道徳」の意識がなければ「恥」の文化は存在しない。しかし、その恥の文化が存在しない人々に対しては実質的な実利でわからせなければならない。これが韓国や中国に対する正しい対処方法である。
 日本人は「抗議デモ」など観念的な制裁や、「言って聞かせたから大丈夫」などという不思議な話をしてしまうのであるが、しかし、残念ながら、そのような日本の外交姿勢が、今回のような事件を助長していることは間違いがないのではないか。今後の韓国との外交姿勢をしっかりと考えるべきであると思われる。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

朝鮮戦争「休戦」60年の式典の意味するところ

朝鮮戦争「休戦」60年の式典の意味するところ

 朝鮮戦争は今から60年前に休戦した。このブログでは何度も言うが「終戦」したわけではない。あくまでも「休戦」でしかなく、現在も「戦争か継続中」なのである。本格的な武力衝突が60年間行われていないということに過ぎない。本来は朝鮮半島全体に「朝鮮」または「韓国」という国家があり、その国家に関して南北で「内戦」状態になっており、その内戦が60年間も全く解決できないでいるということかである。
 その休戦60年の式典に中国の李源潮副主席が招待されて参加し、また、日本からで許宗萬朝鮮総連議長や日本維新の会の参議院議員アントニオ猪木氏(現在は当選しただけで正式に就任したといえるかは微妙である)などが参加しているのである。
 ここでが軍事パレードなどが行われ、同時に北朝鮮の「世界各国」との友好関係を示す大きな内容になった。当然に全体主義国家特有のマスコミ招待と報道が行われるようになるのである。
 さて、二つのことが大きな問題になる。まず「なぜ休戦で式典が必要なのか」ということである。単純に戦争は全く終わっていない。平和の式典でもなんでもない。その時に「休戦」であるだけなのにその式典を行う。金正恩第一書記は「戦勝」を宣言したと伝えられているが、その意味するところは、多数集まった諸外国の人々に対して、「これだけ多くの同盟国が集まり、軍備もしっかりしているので、韓国と戦っても勝つに違いない」というものであり、その同盟国の中に「アントニオ猪木」も「朝鮮総連」も「中国」も含まれているということになる。
 より深く言えば南北朝鮮の内戦において南半分を挟むように、中国と日本から北朝鮮の同盟軍としてこの「戦争中の式典」に参加したということを意味する。これに対して韓国も同日式典を行っているのであるが、そこに日本を招待しないということが発生している。韓国は、この式典において南と北に自分から好んで敵を作ったということになるのである。韓国の世界戦略の欠如と、これに対する北朝鮮の「同盟国戦略」に関して、どのように考えるのか、このことをしっかりと考えるべきではないのか。

中国副主席 あす訪朝へ NHKニュース

中国の李源潮国家副主席が、朝鮮戦争の休戦60年にあわせて25日から北朝鮮を訪問することになり、停滞する核問題で北朝鮮の柔軟な姿勢を引き出せるか注目されます。
中国外務省によりますと、李源潮国家副主席を団長とする代表団は、北朝鮮側の招きに応じて朝鮮戦争の休戦60年の記念行事に出席するため、25日から28日まで北朝鮮を訪問する予定です。
また、北朝鮮の国営メディアも、最高人民会議常任委員会と内閣の招きで李副主席が北朝鮮を公式訪問すると伝えました。
朝鮮戦争は1953年7月27日に休戦協定が締結され、北朝鮮は60年の節目を迎える今月27日を記念日と位置づけて、ピョンヤン中心部の広場で大規模な軍事パレードを行う予定です。
李源潮国家副主席は習近平国家主席と李克強首相に次ぐ中国外交の責任者とされ、中国政府として朝鮮戦争をともに戦った北朝鮮との関係を重視した形です。
ただ、李副主席は7人からなる中国の最高指導部のメンバーではないことから、中国側には核開発を続ける北朝鮮に対する内外の厳しい世論に配慮する思惑もあるとみられます。
今回の訪問で、李副主席がキム・ジョンウン第1書記と会談し停滞する核問題で北朝鮮側から柔軟な姿勢を引き出せるか、注目されます。
k10013256151000.html

NHKオンライン 20130724
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130724/k10013256151000.html

北朝鮮、休戦60周年行事に総連100人参加 持参金も - MSN産経ニュース

 北朝鮮で27日に開かれる朝鮮戦争休戦60周年の記念行事に、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)関係者約100人が参加することが25日、分かった。朝鮮半島筋が明らかにした。訪問者は北朝鮮に対する持参金を用意しているとみられる。ただ、2月の北朝鮮の核実験などを受けた日本政府の制裁措置で許(ホ)宗萬(ジョンマン)議長を含めた総連最高幹部は日本への再入国禁止対象となっているため、渡航は見送る公算が大きいという。
 同筋によると、総連は幹部や商工人らを組織的に集め、27日の式典に間に合うように順次、北朝鮮に送っている。持参金は「1人当たり数十万円規模」で、金正恩第1書記に献納するとみられる。
 日本政府は、北朝鮮に対する制裁措置として、10万円を超える現金を北朝鮮に持ち出す際、税関に申告書を提出することを義務づけているが、逆にいえば申告さえすれば、いくらでも持ち出しが可能だ。
 また、北朝鮮は今年に入り、式典の軍事パレードで使う新しい軍用車両や、政府・軍幹部に配るプレゼントと生活用品を中国で大量に購入。式典を通じて国力を内外にアピールするほか、政府・軍部内での金第1書記の求心力を高める狙いがあるとみられる。
 北朝鮮はパレード実施や戦勝記念館建設のため最終的に計約150億円を投入する予定。すでにパレードの予行練習で消費された燃料費は2億5千万円相当に達している。
 北朝鮮は今年に入り、各国に対し行事参加を要請。日本政府は招待されなかったが、参院選で日本維新の会から当選した元プロレスラー、アントニオ猪木氏が式典などに参加する。朝鮮総連は記念行事に関する産経新聞の取材に対し「答えられない」としている。

MSN産経ニュース2013年7月26日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130726/kor13072601310000-n1.htm

韓国側、式典に日本政府招待せず

 【ソウル共同】朝鮮戦争の休戦協定締結から60年となった27日に韓国政府がソウルの戦争記念館で開く式典に、韓国側が日本政府関係者を招待しなかったことが同日までに分かった。韓国は国連軍に加わり韓国を支援するなどした26カ国を招待した。日本は国連軍に加わっていないが、有事の際は米韓軍の支援は日本国内の施設が担う形になっている。韓国の態度に日本側から強い不満が出ており、冷え切った関係が一層悪化しそうだ。

2013年7月27日(土)13時14分配信 共同通信
> http://news.nifty.com/cs/world/worldalldetail/kyodo-2013072701001515/1.htm

 この世界戦略の巧妙さは「金正恩外交」の一つの特徴ではないのか。ある意味で「敵も包含する」北朝鮮の巧妙さと、メンツにこだわって敵を増やす韓国との差があるのではないか。
 先週の金曜日も私のブログで、東アジアの盟主になりたい韓国の壮大な勘違いに関して岸藍s多。韓国は、片方で北朝鮮と「休戦中」であり、まだ戦争を継続しながら、韓国国内において東アジアの盟主として存在しようとしていることに大きな疑問を感じるのである。どうじにその中において参加している中国は、国家副主席が参加して、韓国の敵の式典に参加している。これに対して韓国の式典にはそのクラスが言っていない。韓国が単独で、「中国や北朝鮮との友好」で空回りしているということしか考えられていないのである。
 「敵である日本からの参加者までも包含する」北朝鮮の国威発揚と、「戦争で支援を受けた日本を敵対視する韓国」の差は、そのまま外交の優劣にも出てくることになる。そして、実際に別々に式典を行う、そこに中国などは格付けをして北朝鮮優先を打ち出しているのだ。これではなかなか東アジアの安定はないのではないか。
 単純に、韓国は反日で親中を打ち出しているがその中国は北朝鮮のほうを重視しているということになる。韓国の勘違いは、戦争中であるにもかかわらず、自分の同盟国とて気を見分ける能力もなくなっているということになってしまうのである。そして、そのような国が戦争中であるということが、まさに東アジアの安定を書いている最も大きな要因になる。
 もう一度言う。韓国と北朝鮮は、自分たちの国、同じ民族同じ言語の内戦を60年間異常か威喝することができない民族である。国際社会で「一人前」になるには、自らの内戦を自らの手で解決させなければならないのではないか。そのことを日本は冷静に見守る必要があるのではないかと考える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(154) 政治家の近くにいるだけで自分が権力者だと勘違いしてしまう人々

マスコミ批判に関する一考(154) 政治家の近くにいるだけで自分が権力者だと勘違いしてしまう人々

 マスコミ、特に政治部の中には、自分が政治家を動かしていると錯覚してしまう人が少なくない。このように言う私自身、そのように錯覚していた時期があることは間違いがない。ある意味において記者と政治家の関係は、間違いなく相互依存の関係になる。
 政治家は、マスコミに取り上げてもらうことによって、自分の政治活動を広く知ってもらうことが可能だ。特に政党に依存する比例、参議院の比例区選挙などは、まさにそのような感覚で広く国民全体に知名度を広げてもらうことそのものが重要である。これに対してマスコミは、政治家を取材することで生計を立てている。その政治家の活動や政治的な課題だけではなく、その政治家やその関係者から他の政治家の批判ネタやスキャンダル、政界の噂や今後の政治的な動き、人事などを聞くことによって、政治をネタにして記事を書くのである。
 いつの間にか、この関係は双方が「相手を動かしている」関係になってくるのである。そしてその感覚は、大きな新聞になればなるほどその立場が強くなってくるのだ。私のような弱小の場合は、それ以外のことで貢献しなければならず、その内容をいかに行うかということが別に必要になってくるのである。
 これらが態度に出てくることがある。もちろん、一般の人といっては失礼であるが、「永田町村」以外の人々と、「村の住人」の間でまったく異なる話が出ることは少なくない。そのようなご批判を受けることは少なくないのである。しかし、これは「知っている」ということと「知らない」ということ、単純に言えば、読者と執筆者という依存関係であり、一対一ではなく一対マス(多数)の関係であるという依存関係になっているはずである。しかし、政治家と新聞記者の間は「一対一」の関係であり、その依存関係は人間関係によって成立しているものである。
 そして、その関係が「マスコミ優位」もっとおいえば「マスコミのほうが政治家よりも偉い」と勘違いしている記者が少なくないということを指摘しているのである。そして、そのような事件が発生しネットで出てきてしまうのである。

「俺を誰様だと思ってる、朝日新聞の政治部の記者だぞ」 橋下市長が実名上げた記者はこんな発言したのか :

   日本維新の会の橋下徹共同代表と朝日新聞の争いがまたしてもぼっ発した。維新の街頭演説の際「俺を誰様だと思ってるんだ、朝日新聞の政治部の記者だぞ」と言い放った記者がいたと、橋下氏が暴露したのだ。
   2013年7月21日に投開票が行われた参院選では苦戦した維新だが、この問題については橋下氏を支持する声が多数上がっている。
「こんなことやってたらお前ら不利になるぞ」   橋下氏の暴露があったのは、13年7月20日にニコニコ生放送とUSTREAMで放送された「維新なチャンネル~橋下徹代表も出演~投票前夜スペシャル」でのことだ。
   いわゆる「従軍慰安婦」に関する発言問題について「騒いでるのは朝日新聞と毎日新聞。日本の国をとにかく悪く言おうとしている」という話の流れで、松井一郎大阪府知事が「報道の記者の皆さんもね、勘違いしてるところがいっぱいあると思う。昨日…」と切り出すと、橋下氏が「昨日!京都の市役所で!」と、乗っかった。
   橋下氏は7月19日、山内せいすけ候補の応援のため京都市役所で街頭演説を行ったが、その時のエピソードを興奮気味に明かした。
「右の方で何か、ちょっとざわざわっと揉めてたんですよ。やっぱり僕はこういう立場なんでね、反対言ってくる人がたまにいるから、それをおさえてたのかなと思ったら、朝日新聞の○○(実名)っていう政治部の記者だったんですよ。何で揉めてたのってことをスタッフに聞いたら、その○○、政治部の記者は、街宣車の横で見させろって言ってたらしいんですよ。でも僕の警備上の問題で一応こっから入らないでくださいねってエリアあるじゃないですか。だからそこから出てくださいねってことをスタッフが言ってたのに、この朝日新聞の○○政治部記者はですね、俺は安倍首相のときはもっと近くまで行ってたんだとかね、俺を誰様だと思ってる、朝日新聞の政治部の記者だぞと。こんなことやってたらお前ら不利になるぞ、こういうのをがんがん言うんですよ」
 映像を撮ろうとした瞬間「ものすごい丁寧な対応に」
   番組には問題の記者と揉めたというスタッフ本人も登場し、「お前ら落としたんぞとか、俺に逆らったらどうなるかわかってんのかってことは言われました」と暴露した。しかし演説の様子をビデオカメラで撮影していた別のスタッフが記者の映像を撮ろうとすると、その瞬間「ものすごい丁寧な対応になった」というのだ。
   橋下氏はそんな記者がいるとは信じられず、「なりすましかなと思ったんですよ。腕章を付けて、取材ゴロじゃないですけど、俺は朝日新聞の記者だってことを言って、わざと近付いてきてね、ホンマモンの朝日新聞の記者じゃないと思ったんですけど」というが、スタッフが確認したところ、京都総局に在籍する本物の政治部の記者だったという。京都総局に政治部はないため、政治部から転勤した記者ではないかと思われる。
「東京にしか政治部ってないんですよ。だから政治部の記者ってほんと勘違いしてる。国会議員とばっかり付き合ってるから、国会議員も政治部ってところには悪く書かれたら落とされるとかね、政治部にいいように書いてもらいたいとか思うんでしょうね。僕なんかこの5年間ね、こんだけメディアに叩かれて叩かれて叩かれまくってるから、メディアにいいように書いてもらおうなんか思わないからね。政治部の記者って言われてもだから何ですかって思うんですよ。それが朝日新聞の政治部とかいうことになると、俺は政治部様だぞってなるんですよ。維新の会は政治部の記者なんかにチョロチョロチョロチョロやられるような政党じゃないっつーんですよ。国会議員もだらしないですよ。政治部の記者か何かよくわかんないですけどそんなのにコロコロコロコロ転がされてね」と、憤りをあらわにした。
朝日新聞「記者が在籍しているのは事実」
  ニコニコ生放送では橋下氏の暴露に対し、「なんたる傲慢」「どんだけえらいねん」「そんな特権持ってると思っているんだw」「なんなんだよ朝日って」など、記者への非難コメントが大量に流れた。
   2ちゃんねるやツイッターでもこの発言は話題になり、「なんで、新聞社の記者ごときの名前を知ってなきゃなら無いんだ?」「感情で記事を書くって一番やってはいけないことなのに組織的にやってるのがばれてしまったね」「橋本徹、胡散臭くて好きになれないけど、これは痛快(原文ママ)」など、記者に対する批判や橋下氏支持の意見が多く書き込まれた。一方、「橋下の話がどこまで信憑性があるものかわからないからな」という指摘もある。
   朝日新聞社に橋下氏の暴露の内容が事実なのか問い合わせたところ、以下の回答が返ってきた。
「お尋ねの記者は、当社の京都総局に在籍しています。日本維新の会のスタッフとのやりとりについては、現在事実関係を確認中です。」

J-CASTニュース 2013年7月22日
http://www.j-cast.com/2013/07/22179920.html

 朝日新聞という新聞社の体質として、多くのネットユーザーが指摘しているようにある意味で中国共産党的な「全体主義」的な体質があるようである。その体質いおいては、「人民のための広報機関」のほうが多数決における意見を言う権利のある「一議員」よりも偉いという感覚がある。あえて付け加えるが、朝日新聞の記者がすべてそのような感覚を持っているのではない。しかし、朝日新聞の記者にそのような人がいること、そしてそのような人が目立ち、朝日新聞を代表しているかのようなことをしていることが少なくないのである。
 そのうえで、その政治部の記者が特権階級であるかのごときふり米を行い、「一議員」を単純に「ネタの元」としか考えていない、人権を強く新聞紙面で展開しながら政治家や公人の尊厳も人権も全くない「道具」であるかのような感覚を持っている性質があるのだ。
 今回の橋下維新の会代表と朝日新聞記者のやり取りの真相は不明だ。もちろん私がその場にいたわけではない。しかし、「朝日新聞の記者ならばこのようなことがあってもおかしくない」という感覚がある。
 あえて朝日新聞を擁護すつような書き方になってしまうかもしれないが、朝日新聞の人でも悪くない人もいる。問題は「朝日新聞」ならば、このようなことがあってもおかしくないという感覚を持たれてしまう朝日新聞の「普段の報道の歪み」が最大の問題なのである。このような事件が発生した時に、普段の報道の偏向や歪みがどのように影響するのか。そのようなことを考えるべきではないのか。
 その意味で、この記事の真偽ではなく、この記事そのものを書かれて、そのようなこともあり得ると考えられてしまう朝日新聞の不断の姿勢問題であるということになるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

保守的解釈による日本国憲法講義私案  第38回 「国防軍」守るものは何かという観点から自衛権を考える

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第38回 「国防軍」守るものは何かという観点から自衛権を考える

 さて、前回まで二回分、この憲法9条の日本の自衛権に関して考えてきた。
  私自身、特に戦争が好きなわけではないし、当然に戦いそのものが良いと思っているものではない。
  もちろん、普通の男性と同じで、軍事関係の装備などに対する憧れは存在する。
  基本的に見て、タンカーや貨物船より軍艦のほうかかっこよく見えるし、戦争映画の戦闘シーンをみて、子供の頃に戻ってしまう部分があることは認める。
  しかし、現実問題として戦争映画が好きな人と戦争が好きな人はまったく違う。
  残念ながら、人権派の人々が、ないか猟奇的な殺人事件などが起きたときに、コンピューターゲームの影響などと声高に叫ぶような対象者と違い、戦争映画など作り物や物語と現実の区別はついているつもりだ。
  逆に、現実的であるからこそ、尖閣諸島問題や竹島問題、発哺領土問題などを契機に、他国が日本を占領する可能性がゼロでないことも良くわかっている。
  また、グローバル社会になった現在において、シーレーンをはじめとした日本の物資輸送に関しても、日本の領土と同じようにしっかりとした防衛状態が必要になってくる。
  そのことを見ていなければならないのに対して、日本の安全保障、国防、自江権に関する議論はあまりにも稚拙であり、残念ながら国際レベルに達していない。
  当然に、私自身、安全保障ということに冠してを含め、このことは危惧しており、何かと言うと憲法9条などと言っている「人権派」「平和主義」というわけのわからない人がいることに大いなる懸念を示している。
  そもそも「日本は憲法9条があるから平和でいられる」という議論がある。
  しかし、残念ながら「憲法9条」で拉致被害者も、また、アルジェリアの企業戦士も護ることはできなかった。
  「憲法9条」があることによって、軍人同士の譲歩の共有ができず、マラッカ海峡の海賊被害韋駄天の拉致事件もインドネシアやマレーシア政府に依頼しなければならなかった。
  また、イラクに三人が拉致されたときも、その情報を得たのはイギリスやアメリカの軍隊の情報機関であり、日本人を護ったのは、オランダ軍だ。
  イラク戦争が始まったときに、最後まで商業に没頭してバクダットに取り残された日本の商社マンはトルコの旅客機にアメリカの航空機を護衛につけて輸送された。
  本来はいずれも日本人が日本政府と日本の軍事力の責任範疇において、他国と連携して行うべきものであるが、残念ながら、「憲法9条」をいう人は、そのような時は口をつぐんでいる。
  外国の物資に頼み、害子君食糧まで依存している日本が、その日本人の外国における生命の安全を丸野に、外国の軍隊に全てオアかせしているということ自体、日本人として恥ずべきことではないのか。
  そのような例から、今回は、「憲法9条を改正する」という前提で、物事を考えてみたい。
  改正するためには、何が必要なのか。
  要するに、憲法9条の何がいけないのか。
  そして憲法9条において何が必要なのか。
  このことをしっかりと明記しなければならないのである。
  そこで、今回は、「日本国が武力をもってしても護るものは何か」と言うことに焦点を置いて考えてみたい。
  日本国に限らず、近代国家の構成要素は「主権」「国民」「領土」(順不同)となっている。
  あえて順不同と書いたのは、この内容でこだわりがある人がクレームをつけてくることがあるが、基本的にそこまで意識しているわけではない。
  同時に、本来構成要素であることから、そのひとつが欠けたり、または不完全であっても、近代国家とはいえないと言うことがあるのである。
  そのために、ここに記載した内容の順番でその優劣は関係がないのである。
  では「自衛権」と言った場合、何を護るのか。
  当然に「国家」を守ることは当然のことである。
  要するに、その構成要素を考えれば、「主権」「国民」「領土」を護るために、出動することは十分に可能なはずだ。
  そして、ここに記載したように「その一つでも欠けてしまえば」国家としては認められないのであるから、当然にその一つを護ることも自衛権の範囲になることは、当然の自衛権の行使と言うことができる。
  しかし、実際の「自衛隊」はそのようになっているのであろうか。
  たとえば、「主権」を守ると言うことになれば、主権を犯されて拉致された、横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者の救済のために、北朝鮮まで自衛隊が出動することは可能である。
  もちろん組織的な行動になってしまえば、戦争と言うことになるが、しかし、情報部員のようなものや、あるいは偵察衛星のような機器、またはサイバー情報のような内容であれば、当然に実働可能なはずである。
  しかし、残念ながらそのようなことは行われていない。
  実際にやっているのは公安調査庁や警察庁公安部であり、それも破壊活動防止法に基づいて行われているものがほとんどであって、憲法の自衛権をもとに行われているものではない。
  要するに「主権」を犯された「だけ」では自衛隊の出動はないと言うことになる。
  「国民」と言うことになればいかがか。
  たとえば、拉致被害者もそうであるが、なるべく違う例を出すとして、イラク戦争のときに、バクダットに取り残された商社マンを助けるのに、トルコが旅客機を提供した。
  イラクと同じムスリムと言うことで、力を貸してくれたのであるが、そのトルコ旅客機を豪英したのもアメリカやフランスの空軍である。
  日本は侵略国家ではないので、他国まで航続距離のある自衛隊機は存在しないから、他の国にしてもらわなければ国民を守れないそうだ。
  他国の民間機と空軍機に守れないという状態で、「国民を守る」と言うことができるのか。
  その後に人権派とされる三名がイラクで拉致された。
  「国民の命を守る」と言うことであれば、イラクに自衛隊が出動することが可能だ。
  特に、サマワに展開しているのであるから、その情報や捜査活動を行うことは、物理的にできるはずだ。
  しかし、実際にイラクでの拉致被害の場合は、オランダやイギリスが情報を提供し、結局オランダ軍が解放された被害者を救出する。
  その後学生が侵入し殺害されるが、そのことを持っても自衛隊が動くことはなかった。
  要するに、外国の地において、国民が長期間にわたって拉致または拘束されていても、その国民を守るために自衛隊が出動することはないのである。
  そして、「領土」である。
  これは解説はいらない。
  まさに、「尖閣諸島周辺海域」「竹島」「北方領土」を見れば、領土そのものだけが訃報に選挙または通過されても、そのことをもって自衛隊が出動することはない。
  要するに、自衛隊は、この三つの国家の要素が同時におかされる場合、要するに、敵国の軍隊が日本領土に攻め込んできて日本国領土および日本国民を占領した場合にのみ自衛権を発揮すると言うことになる。
  他の国はいかがであろうか。
  中国は、何もいうまでもなく、威力で他国の領土を侵犯している。
  これは尖閣諸島ばかりではなく、南シナ海もチベットもウイグルもモンゴルも、ベトナムもロシアもすべて被害者である。
  自衛ではなく、侵略のための道具として人民解放軍外力を発揮している。
  アメリカは、たとえば北朝鮮の中における事故死者が出ても、トップ会談を行い、その遺体を回収する。
  多少の政治的または経済的な妥協を行っても「国民」「主権」「領土」で妥協はしない。
  そのために、軍を動かすこともいとわないのがアメリカである。
  このことは、韓国でもまたヨーロッパでも同じだ。
  日本は中国の侵略が他の軍隊は別にしても、この「国民」「主権」「国家」を守るという意識において、残念ながら韓国よりも劣っている感覚しかないと言うことになってしまっているのである。
  本来は、上記のようにこの一つでもかけていれば、国家として成立しない。
  そのために、このひとつがおかしくなっても自衛権を発動することが可能なはずである。
  もちろん、なんでも軍隊を派遣すればよいと言うものではない。
  外交上の交渉で何とかなる場合、または警察の連携によって行われる国際犯罪集団の犯罪などに関しては、軍の出動はないであろう。
  しかし、たとえば当時のイラクのように、無政府状態の場合は、ある意味で日本の自衛隊だけでなく多国籍の軍の連携によってこれらを救出すると言うことが遭ってしかるべきではないのか。
  私は、自衛権とはこの国家の要素を守るため、およびその国家の要素を維持するためのすべての現象を守るために存在する権利であると考えている。
  日本政府が、そして日本と言う主権国家の持つ軍隊または自衛権と言う自然権が、その権利行使において、国民や領土や主権をひとつでも守れないということそのものが「異常事態」と言うことができるのではないか。
  このように、まず「自衛権」を語る前に、なんとなく暗黙の了解のように流れてる「自衛権」の範囲、そしてその意味と定義をしっかりと行う必要がある。
  まさに「知ったかぶり」で、後になって認識が違ったと言うことが最も恐ろしいことだ。
  そして、そのような「認識の違い」や「解釈の範囲」こそが、左翼が左翼的解釈を行う「温床」であり、それらが日教組によってゆがめられてしまう。
  そのように教育されないように、しっかりと、憲法の副読本のように、これらの定義を定着させる必要があるのではないか。
  まさに過不足なく、そのような定義や意味合いにコンセンサスを執ることそのものが、憲法には最も重要な作業なのではないかと考えているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

祝 イギリスキャサリン妃が男児を出産

祝 イギリスキャサリン妃が男児を出産

 今日は土曜日である。二週間ほど参議院選挙に関することばかりを行っていたので、なんとなく飽きてきたところで世界的なニュースが舞い込んできた。7月22日にイギリスのキャサリン妃が出産、元気な男の子を生んだとのことである。
 このしゅっサインに際し、まず今回のニュースに入れていないが、天皇皇后両陛下が祝賀のメッセージをお送りになったということが発表されている。
 まず、個人的にお祝い申し上げたい。
 このニュースなどにおいて様々なことが言われている。イギリスでは男女同権だから女性が生まれても王位継承順位3位になっていたとか、日本の天皇制子皇位継承順位がおかしいかのようなマスコミの報道が様々に行われたのであるが、それらは日本のマスコミの話であり、イギリス王室とキャサリン妃、そしてジョージ王子に関しては全く関係のない批判である。イギリスにはイギリスとしての国家の考え方があるわけであり、また、日本の皇室とイギリスの王室はその歴史も全く異なる。
 テレビでしか見ていないが、そのテレビのインタビューでもイギリス人の多くは「将来の王様になるのだから男の子でよかった」という。マスコミの日本の女系天皇の画策とは全く異なり、イギリス人も男の子であることを歓迎しいているのである。
 しかし、それも含めてイギリスの事情である。
 日本国の国民としては残念ながらイギリスの細かい事情や考え方まで精通しているわけではない。当然に、イギリス人のイギリス王室に対する感覚は、日本の日本人による皇室に対する経緯とどのように違うのか、同じなのかに関しては全く不明である。そのために、日本国民としては、少なくとも一般的に祝賀の意を表するにとどめるものである。

英キャサリン妃が男児を出産、王位継承順位は3位

[ロンドン 22日 ロイター] - 英王室は22日、王位継承順位2位のウィリアム王子の妻、キャサリン妃が第1子となる男児を出産したと発表した。
継承順位はウィリアム王子に続き3位となる。
出産した病院はロンドンのパディントンにある「セント・メアリー病院」。ダイアナ元妃は同病院で1982年にウィリアム王子を、84年にヘンリー王子を出産した。

ロイター 2013年07月23日04時52分
http://news.livedoor.com/article/detail/7883082/

英王子夫妻、長男を初披露 家族そろって帰宅

【AFP=時事】英国のウィリアム王子(Prince William)とキャサリン妃(Catherine, Duchess of Cambridge)夫妻は23日、前日に誕生したばかりの長男を世界に初披露した。
 詰め掛けた国内外のメディアに対し、キャサリン妃は「とても感動的な」体験だったと語った。王子は「ありがたいことに、母親似だ」と喜びを語った。息子の名前はまだ決めていないという。
 夫妻が長男をお披露目したロンドン(London)のセント・メアリー病院(St Mary's Hospital)前は、集まった大勢の人々の歓声で騒がしかったものの、小さな手を白い毛布の下からのぞかせた未来の英国王は、始終おとなしい様子だった。
 ウィリアム王子はその後、病院前に停められた車の後部座席に、長男を乗せたベビーシートを固定すると、自ら運転し、家族そろって自邸のケンジントン宮殿(Kensington Palace)への帰路に就いた。【翻訳編集】AFPBB News
※掲載されたすべての情報は、記事作成時点のものです

AFPBB News 2013年07月24日06時39分
http://news.livedoor.com/article/detail/7886764/

ロイヤルベビーはジョージ

 【ロンドン共同】英王室のウィリアム王子(31)とキャサリン妃(31)は24日、22日に生まれた男児の名前を「ジョージ」と決めた。英王室が同日発表した。「プリンス・ジョージ・オブ・ケンブリッジ」の称号が与えられ、ジョージ王子と呼ばれることになる。英王室では、複数のミドルネームを付けるのが慣例で、ジョージ王子のフルネームは「ジョージ・アレクサンダー・ルイ」。ジョージは歴代の英国王の代表的な名前の一つ。

2013年7月25日(木)3時21分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013072501000970/1.htm

ロイヤルベビー関連商品が活況=高島屋、三越など大手百貨店

 ウィリアム英王子夫妻に男児が誕生したのを受け、日本の百貨店でも23日、英ブランド品の予約が相次ぐなど、ロイヤルベビー誕生を記念した関連商品の販売が活発化している。
 高島屋日本橋店(東京)にある王室御用達の英老舗陶磁器メーカー「ロイヤルクラウンダービー」では、動物の形をした置物や皿、カップなど数量限定の記念商品9種類の予約受け付けを6月28日にスタート。既に8割の予約が埋まり、ロイヤルベビーの名前を焼き込む皿などの人気が高い。同メーカーの商品の7月1~22日の売上高は、予約分を除いても前年同期比2.6倍と好調だ。
 店頭で記念品の皿を予約した、さいたま市の会社顧問の男性(62)は「出張で訪ねて景観の美しさに魅せられて以来、英国には愛着を覚える。私にも今年2月に初孫が生まれ、記念して購入することにした」と顔をほころばせた。
 三越日本橋本店(東京)も、英老舗高級百貨店「ハロッズ」が製作した「ウィリアム王子夫妻の第1子」を意味する英語のロゴが入った数量限定の皿やマグカップの販売を今月中に始める予定だ。 

時事通信 2013年07月24日01時12分
http://news.livedoor.com/article/detail/7886636/

 さて、イギリス王室に関する内容は、単純に「出産をお祝いする」という感覚である。しかし、それ以上に歓迎すべきなのは、記事の一番下にある「王室ご用達グッズ」の販売である。ちょうどアベノミクスによる経済復帰消費上昇の中において、このような喜ばしいにゅーすで記念グッズが売れるようになる、特に、王室ご用達であり、良い商品、品質の良い商品が様々売れるようになるということは非常に大きなことである。そのことは、なかなか良いことであり宵傾向ではないかと考えているのである。
 イギリス王室の出産が日本のGDPに関連するということを言うつもりはないのであるが、しかし、そのような購買の切っ掛けとなるのは、良いことではないか。「義務的に金銭を払う」のではなく「喜ばしい中で喜んで消費を行う」ということは、投資でもなく、また投機的な出費でもなく、非常に良い傾向ではないかと考えるのである。消費不況の中において、このような記念で様々な話が出てくること自体、非常に大きな消費同期になり、経済効果が考えられるのではないか。
 特にウイリアム王子も、またキャサリン妃も、非常に感じが良く、また国民にも世界的にも(イギリスとの関係があまり良くない国は別かもしれないが)印象が悪くない。その王子夫婦の第一子ということは非常に世界が祝福し、そして明るいニュースになったのではないかと思う。
 本日は土曜日なので、相変わらず脈絡のない話で申し訳ありませんが、なんとなく、思ったところをそのまま記載させていただきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本はずしを狙い東アジアの中心になろうとした韓国の野望とその根本的な間違い~日本は憲法9条を改正しないと世界から孤立するというメッセージを出した東アジアの会議について~

日本はずしを狙い東アジアの中心になろうとした韓国の野望とその根本的な間違い~日本は憲法9条を改正しないと世界から孤立するというメッセージを出した東アジアの会議について~

 日本では7月4日から21日まで参議院選挙の話ばかりであった。当然に22日のニュースも参議院選挙によるところが少なくなく、今後の日本の政治に関することばかりが書かれていた。もちろん日本の国政に関して大きなトピックであるから、そのようになるのは当たり前のことなのかもしれない。
 しかし、本来そのような選挙で政治が停滞しているのは日本だけであり、その選挙の結果に各国は注目しながらも、その次の枠組に向けて様々な動きをしているのである。もちろんヨーロッパもアフリカもアセアンもその動きは日々行っており、その期間マスコミは選挙の報道ばかりで、海外の動きなどはほとんど報道を行う気配もなかった。実際に、それらの海外の報道も、選挙に関する世論誘導のようなものが多く、「原発反対」とか「アベノミクスは危険」などというような海外の「識者」と記載がある人々の談話などが載せられたりする。そのようなことよりも重要なことが裏で行われているにもかかわらず、その内容に関しては全く報道も行わない。その状況はあまりにも悲しい状況ではないのか。
 マスコミの批判というよりは、ほぼ呆れたそのような報道姿勢は別にして、その裏で行われた一つの内容が「米中韓安全保障会議」である。まさに北朝鮮に対する安全保障会議を22日からソウルで行うということを表明し、日本を外して韓国が中心になってアメリカと中国を呼び寄せるという、非常にメンツにかかわる行為を行ったのである。
 もちろん、「日本はずし」ということを書かれれば、日本人として少々感情的になるが、この報道がなぜ小さくしか行われなかったかを考えればすぐにわかる話である。米中韓でこれらの話を行うのは、この三か国はいずれも軍隊があり、なおかつ北朝鮮に対して出兵の意思が存在する国ばかりである。日本は、少なくとも本音の部分が「日本はずし」であったとしても、大義名分的に「北朝鮮を攻撃する場合の打ち合わせである」といわれてしまえば「自衛隊」しか存在せず、憲法9条などとわけのわからないことばかりを言って拉致被害者を見殺しにし、以前は「拉致はなかった」などといっている政治勢力の人々がいるので、北朝鮮の軍事的暴発やクーデターなどに対して介入するまたはその時に拉致被害者などを救出するなどということは全くうまくゆかない。
 要するに、この米中韓安全保障会議において「日本はずし」ということを記載することだけでは「安倍外交が東アジアでうまくいっていない」という印象付けになるが、一方で、その内容を突き詰めて考えれば、「憲法9条を改正し、日本も国防軍を持たない限り外交上相手にされない」ということを意味している。そのことに気付いたマスコミたちは、この内容の報道を選挙期間中にまったく行わなくしてしまったのである。
 このような報道を許していてよいのか。この内容が発表された7月19日の共同通信の内容も書きにコピーしてあるので、その辺を注意しながら読んでいただきたい。なお、この記事の後半は韓国の野望とその根本的な「壮大な勘違い」について解説したい。

米中韓で安保会議、22日開催へ 韓国「日本外し」で新枠組み

 【ソウル共同】韓国外務省報道官は19日、同国と米国、中国の3カ国の外交担当者と民間の研究者が22日にソウルで安全保障問題に関する会議を開くと明らかにした。
 朴槿恵大統領は北朝鮮政策をめぐり、従来の「日米韓」に代わり、「米中韓」で対処する新たな枠組みを追求。構想を本格化させるため、米中韓による「戦略対話」の設立を提唱しており、22日の会議をその第一歩と位置付けているもようだ。
 ただ、米国が同盟国日本に配慮する一方、中国は米国との2国間協議を重視しているとされ、米中が韓国側の思惑を支持するかどうかは未知数だ。

47NEWS(よんななニュース)2013年7月19日
http://www.47news.jp/CN/201307/CN2013071901001463.html

韓国主導、乗らぬ米国・中国 3カ国の戦略対話

 【ソウル=加藤達也】韓国は22日、米国、中国の政府関係者と専門家をソウルに招き、3カ国による「戦略対話」を行った。米中韓3カ国の枠組みは、朴槿恵政権が北朝鮮問題で韓国の主導権を何とか確保しようとの思惑から構想されたものだ。しかし米国と中国がそれぞれ日本、北朝鮮に配慮し消極的な姿勢で、結局、官民合同の形式にとどまり、朴大統領の狙い通りにはいかなかった。
 朴政権には、日本と対立する歴史認識でも米中韓3カ国の枠組みを通じて、日本に対し有利な外交環境をつくろうとする「日本外し」の思惑もあったと指摘されている。
 今回の戦略対話は2008年以来中断している、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議に代わり、韓国主導で実効的な枠組み構築を目指そうというもの。
 聯合ニュースは「これまで各国政府傘下の外交シンクタンクレベルで実施されてきた米中韓会合とは違い、今回は北朝鮮核問題の政府実務担当者が初めて出席した」と指摘。韓国外務省も「米中と戦略的な意思疎通を強化する第一歩となる」と意義を強調した。
 ただ、韓国政府は当初、出席者について、6カ国協議の各国代表級を想定していた。しかし実際の出席者は、各国シンクタンクの専門家が中心で、政府参加者も米国からは国務省のラプソン朝鮮部長、中国からは陳海・駐韓公使参事官と、韓国の“期待”を下回る陣容となった。韓国は6カ国協議次席代表の李度勲・外務省北朝鮮核外交企画団長が出席した。
 米中韓の枠組みを警戒する日本と北朝鮮に、米国、中国のそれぞれが配慮を見せたものとみられる。北朝鮮が“対話”姿勢を見せる中、米中両国にとって、韓国を交えて高レベルの戦略対話を行うことは北朝鮮を刺激する可能性がある。日米韓の枠組みを軸に対北包囲網を強化しようとする米国も、「日本外し」の動きには同調できない。
 韓国では過去にも親北・反日政策を志向した盧武鉉政権が「北東アジアのバランサー」論を展開。米国が韓国に不信感を抱き、強く反発した経緯がある。

MSN産経ニュース2013年7月22日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130722/kor13072223010005-n1.htm

 そもそも、今回の会議は朝鮮半島日買うかと北朝鮮の軍事的暴走を防ぐことが目的である。もともとは六か国協議として成立していた内容が、本年1月、4月の北朝鮮の核兵器開発疑惑によって、完全にトン財してしまったことによって、周辺関係各国は、今までのように北朝鮮が核兵器を開発しないように、という前提から「北朝鮮年はすでに核兵器を持っている」という前提で話を進めることになる。その意味では、北朝鮮との間において「抗戦関係」にある韓国が主導権をとっても特におかしな話ではないのである。同時に、韓国の立場は「朝鮮国の内戦関係」にあり、韓国そのものは「一人前の国家」ではないという評価をされているのである。
 また、同時に韓国は「北朝鮮」だけでなく「日本」とも意識的にそして韓国から主体的に対立を深めており、経済的な連携などを考えているアメリカや中国などは、韓国の一方的な対立主義には付き合えない状況といえる。その壮大な勘違いは、李承晩政権からというよりは、韓国が過去に宗主国を持たない真の独立国として存在した歴史がないという現実的な歴史観から言って、一人前に扱われることによって必要以上に自分たちが偉くなってしまったような気分になってオイルということの証左であり、韓国国内であっても、もともとも王朝一族などはそのようになっていないのであるが、一般の、特に仮想民衆の国民は「自分より弱いものを見つけて特権階級を仮想的に味わう」という習性があり、そのために、アメリカや中国やロシアから非常に警戒されている。
 そのことは、まさに今回の米中韓安全保障会議においても十分に発揮され、アメリカも中国も「適当に付き合う」という感覚に近いのではないかと考えられるのである。
 産経新聞の記事にはそのことが非常によく書かれており、同時に、そのことは韓国そのものもよく理解しているために、朝鮮日報などにおいても必要以上の宣伝を行うことはほとんどなかった(中には狂った社説をするものやインターネット上の書き込みを行うものもあったが、それらは少数であった)。
 このことによって、米中韓安全保障会議は「日本はずし」が、いつの間にか「日本が軍事的に強くならなければ外されてしまう」「日本は憲法を改正しなければ世界から孤立してしまう」という、韓国の意図したものとは逆の意思表示として出てきてしまったのである。
 韓国のように、あまり深い考えもなく、基本的にメンツや浅はかな考えで他人を批判し、そして能力もないのに上を望むとそのようになってしまうという良い教訓ではないか。日本は、すでに民主党政権というあまり世界に誇れない教訓を示してしまったのであるが、一方で、そのような教訓から学ぶこもができなかった、より優秀でない韓国を演出した一幕であったのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

完全に終わった「政権交代選挙」の主役小沢・菅・鳩山の時代は日本にとって何だったのか

完全に終わった「政権交代選挙」の主役小沢・菅・鳩山の時代は日本にとって何だったのか

 2009年8月、鳩山民主党代表は完全に勝利の美酒に酔っていた。麻生当時の首相は敗戦の苦杯を飲まされ、そして「一度やらせてみればよい」として民主党政権が誕生したのである。しかし、その後の3年半は、まさに日本にとってはどん底の闇の時代ではなかったか。政治は民主党が政権をとっているのに政治は常に迷走していた。もちろん、3・11などの天災もあったが、しかし、その天災もすぐに対処すればかえって政権への信頼は増したはずである。にもかかわらず、その時の対処は完全に国民をばかにしたものであり、復興はその影響でいまだに進んでいない。政権が変わったからといって簡単に復興できるわけでもない。
 事故などは対処が遅れれば遅れるほど復興は難しくなる。避難して土地を離れた人は新しい土地での生活ができてくるからだ。そのことをまったくわからない民主党政権は、そのとき、自らの責任と被災者の人権と言うことばかりに気をとられて、結局何もできなかった。この付けは、かなり大きなものではないのか。被災地に対して、そうではないという反論のある方は、三陸に行って、その目で現実を見てきてほしい。そして、震災発生直後の対応を、地元の人々に意見を聞いてきていただきたい。それができれば、被災地で民主党の政党名で立候補することの恐ろしさがわかるはずだ。
 今回は、記事の後ろで、なぜそのようになったのか、そのことを考えてみたいと思う。

外国人記者のキツイ言葉に小沢氏タジタジ

 かつて“剛腕”と恐れられた男が弱気な発言を連発した。厳しい選挙情勢が伝えられる「生活の党」の小沢一郎代表(71)は17日、都内の日本外国特派員協会での記者会見で、外国人記者からのキツ~い質問に表情を硬直させる一幕があった。
 6年前の参院選で小沢氏は、民主党代表として当時の安倍・自民党に果敢に挑み、与野党逆転の立役者となった。その後、政権交代を実現させ、権勢を振るってきたが、紆余曲折を経て小政党の代表に。ある外国人記者から「選挙戦では非自民勢力の結集を訴え続けているが、野党が分散した原因は、小沢さんのせいではないのか。民主党を離党して後悔してないか?」との厳しい質問が飛んだ。
 これに小沢氏は「私が民主党にいても(自公相手の選挙に)勝っていない。私は(離党は)後悔していません。問題は民主党の中に、基本的な考え方の違いが混在していたことです」と答えた。
 別の外国人記者は「韓国の政治専門家によると、小沢さんは政治家として抹殺されたと分析されています。(日本国内に)そういう政治勢力があると思うか?」とぶつけた。
「私につきましては、古い日本を壊さなければいけないと。ですから危険な思想になると思います。(政治家同士は)意見の違いがあってもいいが、意見の違いによって(自分を)封殺しようとするのは民主主義じゃない」と声を震わせて話す小沢氏に、かつての迫力は見られなかった。

東スポWeb - 東京スポーツ新聞社 20130720
http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/164227/

【参院選】民主王国の長崎、完全崩壊…「菅元首相が最悪だった」

 「4年前、民主党政権への期待が大きかった分、失望も大きかったし、その逆風をはね返す力が私になかった。しかし、暑い中、連日ご支援いただいた大勢の方々のご恩に応える責任が私にはあります」
 長崎選挙区(改選1)で落選した民主現職、大久保潔重氏(47)は長崎市内の選挙事務所でこう語り、深々と頭を下げた。
 この瞬間、民主党が衆参6議席を独占した「民主王国・長崎」は崩れ去った。
 「敗因はもちろん私の力不足ですが、長崎でも民主党に対する拒否感をはっきりと感じました。最大の理由は菅直人元首相でしょう。あの人が首相になったことが民主党にとって最悪だった…」
 大久保氏は21日、産経新聞の取材に応じ、吹っ切れたようにこう語った。
 「菅さんが首相就任直後に消費増税を言い出し、そのせいで22年の参院選に負けた。にもかかわらず首相に居座り、TPP参加など公約にもないことを何の根回しも何の党内議論もなく言い出し、混乱を招いた。さらに東日本大震災でもひどい対応で批判を浴びた。首相にすべきではなかった。心からそう思います」
 もう一つ、大久保氏が決して許せないのが国営諫早湾干拓事業の開門問題での菅氏の対応だ。22年12月、福岡高裁は潮受け堤防の開門調査を命じた。開門すれば農業被害が懸念される上、洪水の危険も増す。地元住民らは上告を求めたが、菅氏は一切耳を貸さず、判決を確定させた。
 「上告ぐらいはすると思っていましたが…。故西岡武夫前参院議長らと必死に抗議したけど暴走を止められなかった。あの人の勝手な判断で党は信頼を失ってしまったんです」
 諫早で生まれ育った大久保氏は市民の激しい怒りを一身で受け止めなければならなかった。今回の参院選は各種事前調査で比較的善戦していたこともあり、海江田万里代表と細野豪志幹事長らが次々に応援に駆けつけたが、逆風は予想以上に凄まじかった。
 「私を写したポスターをずっと張ってくださった支援者が、参院選前に民主党のロゴの入った新しいポスターに替えようとしたら『それならはがしてくれ』と言うんですよ。それほど厳しい戦いでした…」
 先の衆院選で長崎4選挙区はすべて自民党に議席を奪われ、比例復活できたのは一人だけ。もはや長崎では民主党の看板では戦えないようにも見える。大久保氏は今後の活動については言葉を濁した。
 「落選した私が政局を動かせるわけではないですが、何らかの動きはあるはず。自分なりにいろいろと考えてはいますが…」
 一方、元長崎副市長で自民新人の古賀友一郎氏(45)は「この国のよい流れを前に進めたい」と初当選の喜びを爆発させた。
 これで自民党は衆参6議席を独占。長崎でのオセロゲームはこれでピリオドを打つのか。それともまだまだ続くのか。(田中一世)

産経新聞 2013年07月22日00時02分
http://news.livedoor.com/article/detail/7879300/

 まず鳩山由紀夫氏である。もちろん彼は前回の総選挙に立候補しなかった時点で「終わって」いる。すでに引退しているのであるから、彼が今回の選挙で終わったと言うのは厳密に言ってうそになるかもしれない。しかし、彼が自分で作ったと自負している民主党からお払い箱にされてしまい、また、今回の参議院選挙の直前に中国に言って尖閣諸島は中国の者だと言うような発言を行い、その民主党から「認めない」と言う主張をされると言うことh、政党として自分の所属している政党の意向すらわからなくなったと言うことに他ならない。これは野中氏、古賀氏にも同じことが言える。
 そもそも「日本国の政治家」が「日本国」と言う基盤を否定した時点で、彼は為政者として失格であり、そのことを国民にわかりやすく彼は説明した。政治家として影響力もリーダーシップのなくなったが、彼の暴走発言は、現在も日本人に「わけのわからない人に一度政権を執らせて見ようなどといってやらせては大変な国益の損失になる」と言うことを良く知らしめる教訓になったのではないか。
 それ以上に完全におかしくなったのが菅直人氏である。そもそも彼がマスコミ上で人気が出とは「自・社・さ」政権の厚生大臣のときに、かいわれ大根のO-157疑惑の中でかいわれをテレビカメラの前で食べたことがきっかけである。単純にいえば、マスコミに作られた偶像の中に、イメージを重ね合わせ、その中において過激な言葉で自民党を攻撃すると言うことが彼の持ち味だあった。しかし、当初から「ブーメラン」と言われるように自分のことを棚に上げた発言が多く、そのために、信用もなかった。
 菅直人氏に関しては彼が首相になったこととその迷走振りから、批判しかできない人が首相になると、ゼロから政策を積み上げて作るような政治はできない。と言うことでしかない。建物も工作物も同じであるが、「壊す」のは「作る」事よりも簡単である。なぜならば出来上がりの美しさや、周囲との調整が必要ないからである。そのことは農作物でも同じで、農作物を丹精こめて作るのは二人間の手間隙をかけて行わなければならないが、その収穫物を無残に食い散らかすだけならば、冬眠前の熊や猿など動物でもできることである。民主党の政治、特に菅直人氏の自民党批判を絶賛してきた人は、まさに、丹精こめて作る農家の皆さんの苦労を知ることなく、熊や猿が大暴れしている姿を見て、爽快感を味わっているのに過ぎない。しかし、そのことは、自分たちの食べるべき農作物の不作を意味し、当然に自分の生活に跳ね返ってくるのである。そして、その熊や猿が農作物を作れない姿を見て「あんなにうまく壊していたのに作れないなんてサイテー」と言っているだけに過ぎないのである。これは、まさに民主党の菅直人政権の時代が実績として物語っているに過ぎない。後は鳩山・菅・野田と、熊か、猿か、鹿か、いずれにせよ「害獣」であって駆除しなければならない存在である。動物園にいる間はかわいくても、野生になって人間の生活に入り込んで物を壊すようになれば、射殺される運命にある。まさに彼らはそのような「害獣としての対象者」であることを認識されてしまったかのごとき状態になったのである。ようするに、もともと政権担当能力も、政治家としての能力も欠如していたと言うことに過ぎないのではないか。
 そして、小沢一郎である。これは単純に批判をしているばかりのほかの二人とはわけが違う。実際に彼の戦略で民主党は政権を奪取することができたわけであるし、また、たくさんいる小沢影響政治家も「小沢王国」と言われる岩手の組織も存在したはずだ。しかし、根気その小沢影響政治家の多くは生活という政党の旗を立てて討ち死にし、また、岩手県は、小沢王国が崩壊して裏切り者の平野達男が無所属で勝利する事態になった。小沢王国に何があったのか。
 ひとつは、小沢自身も「マスコミの作った偶像」でしかなかったということである。そのために、病気で倒れるまで刑事被告人になっても影響力を保持し続けた田中角栄とはまったく違う状態になったのであり、偶像で多くの人がだまされた形になってしまったのではないか。それだけでなく、そのようにして集まった人々もすべて彼の元を去り、小沢に反発して言った。渡辺恒三、藤井裕久、石井一いずれも自由党を一緒にやってきた人々であり自民経世会に一緒に所属した人々である。しかし、いずれも今では小沢に敵対し、そして小沢の人望のなさを謳っている。偶像であっても力があれば、その力を本物にするように努力すればよかったのであるが、小沢氏はそのようにすることもなく、その偶像が自分自身と思い込んで帰って他人を傷つけていったのである。
 そのことは、岩手県でも同じ。結局「小沢」と言う名前ではなく、小沢氏の離婚した和子夫人が最も力を発揮し、そしてそのために、結束力を固めていた。しかし、小沢氏は、そもそも民主党も分裂し、なおかつ家庭内も離婚をすることによって、本来ならば結束すれば大きな力にある集団を自らの手で分割してしまった。それが彼の政策ならばまだ理解できるが、彼の確たる信念ではなくその都度変わる彼のそのときの考えによってゅりまわされた結果である。その意味では、しっかりとしたイデオロギーがない政治家の末路ともいうことができるのかもしれないし、人望のない政治家の末路ともいえるのかもしれない。いずれにせよ、単純に批判、そして選挙のために組みたくない相手と組んで信念を曲げてきたことの付けが、自分の選挙にも影響をするようになっていった。そのことが政治家小沢一郎の終焉を迎えることになったのではないか。
 総合して、いずれも「巨大な敵」に立ち向かっているときは良いが、その対象に自分がなってしまったときに、その対処法がまったくわからない、本来万年野党的な考え方しかしていなかった彼らが、国民から見放されたと言うことに過ぎないのである。
 あえて、最後に一言言う。そのような政治家を支持していた多くの日本国民の皆さんは、政治に対して何を基準に今回投票したのでしょうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今回の参議院選挙でも証明された選挙の格言「悪名は無名に勝る」という真実

今回の参議院選挙でも証明された選挙の格言「悪名は無名に勝る」という真実

 選挙の格言の中に「悪名は無名に勝る」と言うものはある。どのような悪口、悪口雑言であっても、誹謗中傷であっても、誰の話題にも上らないよりは、誰かにうわさをしてもらったほうが良いと言う意味である。
 とにかく選挙というのは「目立つ」事が重要である。どのようなことであっても、泥臭くても、目立ち、顔と名前を覚えてもらわなければならない。皆さんも投票所にいったことがある人(一般の成人ならばいったことがあると言うよりは行かなければならないのですが、一応インターネットですので未成年の方も、外国人の方も見ますので)ならば、すでにわかるとおりに、投票所には無機質な名前の一覧表と政党の一覧表しかない。今回の参議院選挙ではひれ息の場合も全員の名前が書いてあるだけで、それだけでは、どのような主張なのか、どのような内容を言っているのか、どのような人柄なのかまったくわからない状態である。そのために、まず「見てもらう」次に「聞いてもらう」そして「知ってもらう」というプロセスが必要であり、興味も何もない状態であれば、どんなによいことを言っても誰も聞いてくれないのだ。
 私はこの状態を説明するのに、何年も前から「有権者は壊れたラジオと同じ」と言う表現をしている。何も有権者を卑下したりさげすんでいるわけではない。有権者は有権者として政治だけではなく毎日生活し、日々の自分の楽しみを見つけている。当然にさまざまな興味を持っており、その興味に従った内容を話しているのである。問題は、経験が少なければ少ないほど、要するに、若年層になればなるほど、自分の興味があることしか耳を傾けなくなってしまう。他のことは自分とは関係がないという感覚を持ってしまうのである。
 要するに、その受信者である有権者の「興味のあること」である周波数を送らなければ、候補者がどんなに良いことを話していても、そのことに興味を示すことはないのである。興味のあること意外を受け付けない、目の前で話していても素通りしてしまう。この現象を、ラジオに見立てて、一定の周波数、要するに有権者の興味のあることに関連付けて話をしなければ、「興味」を持ってくれない。そもそも音声として認識することなく、ラジオの周波数が合っていないかのように雑音にしかならないのである。
 その意味で、タレント候補と言うのは、非常に得をしている。少なくとも「知ってもらう」と言うのが、テレビなどのほかの媒体で行っているものであり、同時に、何を話しているのか、どのような話をするのかに関して、政治的な主張とは別に興味を持ってもらえるのである。そして、その内容が選挙の時期になって「悪名」であっても、すでに有名であれば十分に有利な選挙活動が可能になるのである。
 今回も多数のタレント、著名人候補が輩出された。あまりにも多数の著名人候補が出たので、その中に当落が出てきた。しかし、その中でも「過激」な主張をする人が、テレビなどのマスメディアで取り上げられるようになる。まさに「有名」だけでなく「より一層悪名」が出ることによって、かえってより有名になるのである。
 今回の参議院選挙でその代表格がワタミの創業者である渡辺美樹(自民党)議員とタレントの山本太郎(無所属)議員であろう。

ワタミ創業の渡辺氏、未明に当選「逆風…みんなのおかげ」

 「本当にみんなのおかげです」「心から感謝しています」。22日未明になって、当選を決めた自民新人の外食大手ワタミ創業者、渡辺美樹さん(53)は、東京都大田区の選挙事務所で、支持者を前に何度もこう繰り返した。
 平成23年の東京都知事選に無所属で立候補したが落選。今回の参院選では、公示前にワタミの会長を辞任して、全国を駆け回った。選挙戦では、経営実績を生かして幅広い層に経済政策を訴えたが、ワタミの運営などを批判されることもあった。「思った以上に逆風だった」と語る。
 「当選確実」の一報を伝えられたのは、22日の午前3時半過ぎ。「(選挙戦終盤で)まずいかなという気持ちはあった。受かる受からないは天命だろうと…」と心境を明かした。

産経新聞 7月22日(月)7時48分配信
.http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130722-00000545-san-soci

「完全無所属」山本太郎氏、当確にガッツポーズ

 参院選は21日、投開票され、東京選挙区(改選定数5)では、無所属で「脱原発」などを訴えた新人の山本太郎さん(38)が、インターネットをフル活用した選挙戦で初当選を果たし、主要政党の一角を崩した。
 山本さんは午後8時過ぎから杉並区高円寺北の事務所で、ボランティアのスタッフらと開票速報を見守った。約1時間後、当選確実の報が流れると、一斉に歓声が上がり、「太郎」コールが湧き起こった。
 支持者らと抱き合い、街頭演説で使ったビールケースの上でガッツポーズ。「この国は泥船。どうにか岸に着けたい。エネルギーは足りている。原発はいらない」と言い切った。
 売れっ子俳優だった山本さんが脱原発の姿勢を強めたのは、東京電力福島第一原発の事故直後。「子供たちに悲惨な未来を引き継ぐことになるかと思うと黙っていられない」と、昨年12月の衆院選に挑んだ。公示直前に東京8区(杉並区)から出馬を表明し、落選したものの、石原環境相に次ぐ7万票余りを獲得した。
 2度目の戦いとなった今回、複数の政党から公認や推薦の打診を受けたが、「しがらみのない国会議員でなければならない」と「完全無所属」にこだわった。選挙戦では、ツイッターなどインターネットを駆使。全国から集まったボランティアは延べ1200人を超えた。

(2013年7月22日12時34分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2013/news/20130722-OYT1T00700.htm?from=main8

 渡辺議員に関しては、少なくとも渡辺議員の経営する「ワタミ」やそのグループの労働環境で過労死者が出たと言うこと、そしてその後のケアに関して問題があり、労働環境上「ブラック企業」と言うレッテルを貼られた。この内容はうわさに関しては、私自身が取材しているわけではないので良くわからない。しかし、実際に、このようなうわさが、「ブラック企業」と言うレッテルを貼ることによって、かえってマスコミの注目を集め、下手なタレント候補よりもはるかにテレビ出演が多くなった。
 特に、このようなことをここに書くには不謹慎なのかもしれないが、過労死をした労働者の遺族が自民党に押しかけたり、あるいはマスコミに対して記者会見を行うなどの行動をしたが、これらはユースとして取り上げられるために、他の候補者よりもニュースや報道番組で取り上げられる回数を増やし、結果的に渡辺候補の「悪名」という「有名度合い」を上げると言う結果になった。要するに彼らの反対運動そのものが、渡辺候補の選挙活動の手伝いになってしまったと言う非常に皮肉な結果になったのではないか。
 おかげで、夕刊紙やスポーツ紙などは、連日「ブラック企業」と言うことを記載して、ネガティブキャンペーンと言う名の応援を行ってしまった。このことによって同じ自民党でも若狭勝氏や佐竹雅昭氏など他の著名人候補を押しのけて、渡辺議員が当選すると言うことになったのである。
 一方、山本太郎議員に関しても同じ。保守派の間でインターネットの中で山本太郎議員と左翼過激派の関係を疑う(または確信的に連携を主張する)書き込みが多く行われた。このことによって、東京選挙区ではかえって反原発としての争点を明確に行い、なおかつ反保守、反自民の旗色が鮮明になった。
 東京選挙区では本来反自民をいうはずの民主党が候補者の一本化に失敗し、民主党の公認候補では鈴木候補となったが、しかし、反原発などを主張した大河原候補は、無所属で立候補を行うばかりか、その無所属費公認候補を元首相である菅直人議員が応援すると言うことになった。しかし、この菅元首相、反原発派の間でも評判が悪く、過去に何度も行われている反原発デモに参加していても彼が演説するときだけはブーイングが怒ると言うものである。要するに反自民、民主党系候補の中で、民主党の公認候補としては鈴木候補、民主党との組織的つながりが強く反原発を主導している人は大河原候補と言うように得票が割れてしまった。
 その中で反自民、反原発、そして何よりもタレント候補としての著名人候補の特性とインターネットを活かした活動で山本太郎候補が浮き出た感じになった。まさに東京における反自民反原発の受け皿になってしまい、その上で、インターネット上のうわさでは、左翼過激派の組織などが後押ししたと言う形になっているのである。
 連日テレビ報道などによる選挙の報道から、このような注目候補、特に、その中におけるタレント性を重視した内容を多く見ることができる。しかし、その中において「悪名」であっても、そのような報道を行ってもらったほうがどれだけ良いか。そのことを今回「悪名」ばかりであったこの二人の候補が証明したのではないか。
 逆に、この二人の候補は、ある意味において「一過性の悪名」であり6年後にどのようになるかの保証はない。まさにこれからしっかりとした政治活動をしなければ、もともと悪名で議席を確保しただけに、非常に難しい状態になるのである。そして悪名に勝る著名性を出さなければ、または政策や政治活動で目立たなければ何もできないのではないか。
 そしてもうひとついえることは、「著名」だから当選するのではなく、そん「著名」を選挙時期に高めて利用できる候補が当選すると言うことになるのではないか。他の著名人候補との違いは、悪名であっても何であってもこの選挙時期に大きく取り上げられたことではないか。そしてそれが6年続くものではないと言うことをしっかりと彼らが考えるべきではないかと思う。また、そのような一過性のブームで投票を行ってよいのか。この投票結果はまさに民度の問題なのかもしれない。
 いずれにせよ、考えさせられる結果ではなかったか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

参議院選挙自民党躍進民主党壊滅の裏側にあるもの

参議院選挙自民党躍進民主党壊滅の裏側にあるもの

 参議院選挙が7月21日投開票されている。この文章を書いているときは、まだ比例の議席に関して議席数は決まっていても最終の議員名が決まっていない状態であるために、個別の議員に関することを今回はコメントをするのはやめたい。
 各党の獲得議席は、自民党65、民主党17、公明党11、みんなの党8、共産党8、日本維新の会8、社民党1、生活の党0、みどりの風0、諸派・無所属3。
 ちなみに、私の事前の予想で、ビジネスジャーナルに掲載したもの及び先週の土曜日のブログに掲載したものは双方ともに数字を変えていないのであるが、自民党64議席、民主党17議席としているために、ほぼ当たっている。インターネットの予想などを見ていると自民党が単独で70議席を超えているものもあり、その辺の「風」の読み方と、一方で確実に投票に行く層の考え方をどのようにするのかということを考えなければならないのではないか。インターネット選挙が始まったということからインターネットそのの世論や検索数の内容をいかに四煮込むかということが非常に大きな問題になったのではないか。
 その意味において、今回は自民党と民主党の間に大きな違いが出てきたのではないか。そのことをしっかりと分析していかなければならないのではないかと考えられるのである。
 インターネット選挙は別にして、今回は争点そのものよりも、自民党と民主党の差は「民主党政権3年半の実績」VS「自民党安倍政権のアベノミクスの実績」の勝負であったのではないか。国民は、様々な争点をマスコミに設定されていると考えられるのであるが、残念ながら国民はそのようなことで動いてはいなかった。そのことをわかっていた自民党は「実感」という単語を使って国民に訴えたのに対して、民主党は単純に他人を批判するだけで建設的な内容を打ち出すことができなかった。もともとの「批判政党」でしかなく、彼らに政権や政治を託せないということをわかった国民は「民主党」という単語だけで拒否反応を示したのではないか。そのような選挙結果になっている。

石破氏「浮かれたら…」、細野氏「責任は私に」

 【2013参院選開票ドキュメント】
 ◆21日

 午後7時39分 安倍首相が自民党本部に到着。記者団の問い掛けに、「はい、どうも」とリラックスした表情で応じる。
 8時10分 公明党の山口代表が、党本部で記者団に、「政治の安定を求める有権者の意思があらわれた」と勝利宣言。「(国民には)公明党らしい持ち味を生かし、政権運営に反映してもらいたいという気持ちがある」と安倍政権のブレーキ役を強調。
 8時21分 自民党の石破幹事長がTBSラジオで、「舞い上がったり、浮かれたり、傲慢が見えたら、あっという間に求心力が失われる」と党内の緩みにくぎを刺す。
 8時22分 比例選で当選確実となった共産党の小池晃副委員長が党本部で記者会見し、「ここ数年間ではなかった手応えを感じながら戦った」と満足げな表情。
 8時45分 日本維新の会の橋下共同代表が大阪市内の開票センターで記者会見し、「誇れる結果ではない。民間企業で言えばトップの責任が問われるような話」と述べる。進退に関しては「執行役員会で話し合う」と繰り返す。
 9時11分 民主党の細野幹事長がテレビ東京の番組で、「選挙全体に対しての責任が私にある。私なりに思うところはあるが、代表などとしっかり話した上で考えていきたい」と進退に言及。
 9時24分 みどりの風の谷岡代表が、名古屋市内の開票センターで記者会見し、「みどりの風ということで浸透する時間がなかった」と述べた。
 9時31分 首相が自民党本部に設置された開票速報会場に登場し、石破幹事長らと笑顔で握手。候補者ボードに当選のバラを付けると、会場から歓声があがる。
 10時2分 維新の会の石原共同代表がNHKの番組で、「国会レベルでは憲法問題は改正という形で進めていく可能性がはっきり出てきた。憲法を変えることは私自身の悲願。絶対に安倍政権の手で実現してもらいたい」と強調。
 10時33分 民主党の海江田代表がNHK番組で、「民主党が国民の信頼を得るための努力はまだ道半ばなので、その努力を続けたい」と続投の意向を表明。
 10時35分 生活の党の小沢代表が記者会見で、「やはり民主党政権の失敗。私も責任逃れをするつもりはないが、それが一番大きかった」と敗因を分析。
 10時48分 首相がフェイスブック更新。党本部で待機する写真を公開し、「国民の大きな期待を肌で感じた。これからも全力で前に進んでいく」とコメント。
 10時50分 みんなの党の渡辺代表が記者会見で、維新の会が秋波を送っていることについて、「(維新の会内部で)憲法観や歴史認識が違っており、『一緒になろう』と言われても相当困難。ご自身の再編を先にやったらどうか」と一蹴。
 ◆22日
 午前0時50分 社民党の福島党首が記者会見で、「敗因は発信力、行動力。反省すべき点はあった」と敗戦の弁を述べると、足早に会場を去った。

2013年7月22日(月)7時36分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20130722-00656/1.htm

民主、1人区全員落選…結党以来最少17議席に

 民主党は、改選44議席から大幅減の17議席にとどまり、1998年の結党以来、最少の獲得議席となった。
 昨年の衆院選、6月の東京都議選に続く惨敗となり、党勢の凋落ちょうらくに歯止めをかけることはできなかった。
 細野幹事長は21日夜、テレビ東京の番組で自らの進退について「選挙の全ての責任は私にある。私なりに思うところはある」と述べた。海江田代表は同夜、NHKの番組で「3年3か月の政権運営の中で国民の失望を招き、その不信感がまだ、ぬぐわれていないことが大きな原因だ。民主党全体を力強くしていかなければいけない」と語った。
 「党の存亡をかけた戦い」と位置づけて臨んだ今回の参院選で、民主党が31ある1人区(改選定数1)のうち候補者を擁立できたのは、19選挙区にとどまった。候補者選定から苦境に立たされた結果、過去3回の参院選で勝利した三重、滋賀、奈良なども含め、1人区全てで議席を得られなかった。
 複数区では前回、原則として2人擁立の方針で臨んだが、今回は党勢が厳しい中、16の複数区全てで公認を1人に絞り込んだ。「守りの選挙」に徹したことで、北海道(改選定数2)、愛知(同3)、長野(同2)などの選挙区では議席を守った。一方、当初、現職2人を公認していた東京(同5)では、公示直前に1人の公認を取り消す「苦渋の決断」(海江田氏)をしたが議席を失い、大阪(改選定数4)、埼玉(同3)、宮城(同2)でも敗れた。比例選でも票が伸び悩み、苦しい戦いとなった。

2013年7月22日(月)7時44分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20130722-00549/1.htm

 民主党は、基本的に復活することは難しいのではないか。今回尾の参議院選挙はそれを思わせた戦いではなかったか。自民党は政権から下野してもその結束を固め、政権をとった時のことを考えてしっかりとした政権運営の準備をしていたのに対して、民主党にはそのような流れは全くなかったということが言える。もともと批判とマスコミの援助で政権をとった政党でしかない民主党にとって、政権を運営すること、そして国民を指導する為政者としての内容を行うことはできないということが明らかになった。
 実は今回の参議院選挙は、「民主党が政権をとったらこのようになります」「日本の姿はこうだ」ということをしっかりと訴える最大のチャンスであった【終わってからいうとこが私らしい】。その道の途中で政権を追われたという訴えをし、そのために「国民の痛み」「国民の負担」そして「守るべきもの」は何かをしっかりと取捨選択をし、その中において、行動を行うべきではなかったのか。
 これに対して、民主党は自民党の発した政策、例えば経済政策や改正憲法案などに対してその設定した論点の中で批判、反対的な立場をしていただけである。しかし、反対的な立場をするだけであれば、現実的な経済背作、実績のある経済政策や外交や安全保障の観点から作った改正憲法を批判することになり、「それ以上の実績を作る対案」または「憲法改正以外の現実的な尖閣所長の中国艦船や竹島の韓国軍の排除」を提示しなければならない。はっきり言って単純な「反対のための反対」以外で、「現実的な政策として現実の実績を否定するのは困難」なのである。そのことがまさに、参議院選挙の結果として出てきた。もっと言えば民主党の一人区全敗という結果になったのである。
 民主党が反省するとは思えない。もともと権利意識と義務感の欠如と反対だけで政権をとった成功体験を持っている。その成功体験にとらわれている間は、基本的に民主党の復活はない。もちろん、批判だけで実行力の無い正当に復活してほしいとも思っていないのが現状なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(152) マスコミが使う日本語が汚くなったのは、伝統と文化を軽んじたマスコミと教育の責任である。

マスコミ批判に関する一考(152) マスコミが使う日本語が汚くなったのは、伝統と文化を軽んじたマスコミと教育の責任である。

 今日は、昨日の参議院選挙の報道に関して語るべきなのかもしれない。しかし、すべてのテレビ局などを見ているわけではないし、また話題になっているものとそうではない部分との違いなどもあって、なかなか難しい。参議院選挙速報の問題に関しては、来週以降にその話を行うことにしよう。
 さて、今日の内容は日本語の問題である。今日に関しては、私自身の反省も含めて、ある程度自分のことを棚に上げて、皆さんに開設するものの、自分の身につまされるつもりで物事を書いていきたいと思います。その点、「お前が最も日本語が汚い」というご批判は、甘んじて受けるつもりでありますし、そのことは自覚しているつもりですので、そうではなく、あくまでも一般論として第三者的に自分のことを棚に上げてお話ししたいと思います。
 さて、日本語というのは当然に変わってゆくものである。現在奈良時代や平安時代の文語体の文章を日常的に使っている人はいないし、それどころか百年前の明治時代の片仮名交じりの法律文章を読みにくいと思っている人も少なくないのである。私の場合もともと法学部であるために、これらの文語体の明治時代の文章をよく読む機会(法律文章だけでなく大審院判例なども読んでいたので)があったので、少し慣れているものの、現在このブログを含めて当時のような文章を書くことはまずない。もちろん、当時の文章を引用する場合には、その文章を記載することになるのであるが、それでもブログではなく記事などの場合は、その口語訳や解説を付け加えなければならない場合も少なくないのである。
 当然に、「日本語は生活様式によって変わってゆく」ということは当然のことである。当然に、その時代時代によって「正しい日本語」というものは変わってくることになる。しかし、それでもなかなか変えたくない内容も少なくないのではないか。私の文章の誤字脱字誤変換もかなりの問題であるが、より影響力のあるテレビなどで崩れた日本語を使うというのはいかがなものであろうか。それも、討論度で激高したりあるいは感情的になった場合にそのような内容を口頭で発言するのは当たり前のことかもしれないが、しかし通常の話をする場合に、日本語をどのように使うのかということに関しては、非常に注意すべきものではないのか。

NHKアナが「普通においしい」とコメント OKか否か?

 言葉は時代とともに変わっていくものだが、脚本家の内館牧子氏と元NHKアナウンサーで、フリーキャスターの堀尾正明氏は、それでも最近の言葉の使われ方には怒りを感じるという。
*  *  *
内舘:私が「週刊朝日」のエッセーで、ヘンな日本語について書くと、驚くほど反響があるんです。
堀尾:それは「わかる、わかる」という同意の反響ですか?
内館:賛同と反論ともにありますが、圧倒的に多いのが「私も気になっていた。よく言ってくれた」という声です。なかには、「ヒトラー並みのプロパガンダだ」という反対意見もありましたが。(笑い)
堀尾:私も、最近の言葉の使われ方には怒っているんです。私の「怒り」もこの本(『カネを積まれても使いたくない日本語』著:内館牧子)にたくさん書かれていました。うれしかったなー。
内館:本を書くにあたって朝日新聞読者に言葉に関するアンケートを取ってもらったのですが、「アナウンサーにはきちんとした日本語を使ってほしい」という意見が多く、特に「NHKは最後のとりで」と書く人が多くいました。元NHKのアナウンサーとしていかがですか?
堀尾:とても名誉なことだと思います。言葉は時代とともに変わっていくものですが、アナウンサーはそのとりでを守る最後尾にいる集団で、常に保守的な存在なんです。今でもそうだと思うのですが、NHKではアナウンサーも、まず全国に54ある各放送局に配属されて、各地域でニュースを読まなければならない。何よりもニュースがしっかりと伝えられないと、仕事ができないわけです。ですから、まず正確で美しい日本語の発声ができるように徹底的に勉強します。
内館:私も「NHKは最後のとりで」という意識があるのですが、最近はその「とりで」が崩れてきている気もします。
堀尾:内館さんも、とうとうそう思い始めてしまったんですか。
内館:NHKの番組で女性アナウンサーが試食をしたんです。そのときに言ったセリフが「あ、普通においしい」。これには本当に驚きました。
堀尾:え!? アナウンサーがですか?
内舘:そうです。私も聞き間違いかと思い、後で周囲の人にも確認しましたが、確かに言っていました。
堀尾:NHK時代に私の後輩が使ったら、厳しく説教しますよ。(笑い)
内舘:そうでしょう!
堀尾:「普通においしい」って意味がわからない。「非常においしい」の反語ですか? 「普通に」「特別に」「非常に」と3段階あって、「普通に」の段階でおいしいということですか?  伝えたい内容がわかりませんよね。
内舘:今の若者は「普通に寝てた」とか言うんです。「標準的に」という意味と「非常に」という意味と両方あって、若者でも判断するのが難しい言葉だとか。(笑い)
堀尾:今は時代が変わって、タレントが司会をやり、記者がキャスターをやるようになりました。アナウンサーの職能として残っているのは、スポーツ実況だけかもしれません。だけど、そのスポーツ実況でさえも、アナウンサーが、サッカー中継で「選手が一人倒れました。選手がいたんでいます」などと言う。
内舘:選手がいたむ?
堀尾:肉が腐ったみたいな言い方でしょう。どんな言葉を使うべきで、何を使うべきではないか、それを判断できるのは、最終的には自分の感覚しかありません。

※週刊朝日  2013年7月26日号

dot.(ドット)2013年07月19日16時00分
http://news.livedoor.com/article/detail/7873820/

 内館さんと堀尾さんの週刊朝日に掲載されたとしている対談文章である。私自身はNHKのアナウンサーが日本語の最後の砦であるとは思っていない。そもそも、学校教育でしっかりとした日本語を教えていない。そのことが問題であるが、そのことを指摘している人がいないことが問題なのではないか。
 日本語というのは、上記に私が記載したように日本の歴史と同時に歩んできている。日本の文化日本の伝統を歩んで、またその技術改新や、海外からの新たな文化の流入によって、様々な違いが出てきているのである。
 当然に、しっかりとした歴史とその日本の歴史の歩みそして伝統の重みがなければ、それを受けて現在と時間と日本人の心を表現する日本語も崩れてしまうのである。日教組という組織ばかりが悪いとは言わない。日本の家庭における親子教育なども含めて、また、高度経済成長時のテレビや言論空間などもすべて含めて、そのような歴史の歩み、伝統の重みを軽く見てきた、そしてそのことを反省して来なかった日本人の戦後が、このような日本語の乱れを作り出しているのではないか。その歴史や教育や伝統に対する真摯に向き合う姿勢がなければ、登園に日本語も「美しくない、薄っぺらな」日本語になってしまうのではないか。
 内館さんなど言語で生計を立てている人にとって、日本語の美しい表現が伝統や文化から育まれていることはよくわかっているはず。その中で伝統や文化を無視する教育や報道をしているということがどのようなことなのか。まず、このような対談でNHKを攻めるだけでなく、その文化や伝統と日本語との関係をしっかりと考えるべきである。
 なお、この対談を、週刊朝日という媒体で行うということも、一つの興味である。最も伝統と文化を中国内図させ日本を軽視した報道グループでこの内容が報道されたということの意味をしっかりと考えるべきではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 投票日です

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 投票日です

本日は投票日です。
皆さん参議院選挙に行きましょう。
日本の将来を決める選挙です。
特に憲法改正という将来を決める選挙になります。
また現在の経済発展をどのように評価するかの選挙です。

今日はブログをこれだけにします。
選挙に行きましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 選挙後の政界再編と安定政権

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 選挙後の政界再編と安定政権

 今回の参議院選挙で最も重要な内容は「安定政権を望むか」ということである。
  ということは、ねじれ国会のままで政治が停滞していてよいのか、そうではないのかということである。
  参議院は定数が242議席であるから、122議席が過半数、各委員会のすべての安定多数で126議席である。
  そこで今回の参議院結果の予測を、明日日曜日の投開票の一日前に見てみよう。
  実は7月3日にビジネスジャーナルでその予想を行っているので、その記事をそのままここに数字を転載する。
  なお元の記事を読みたい方は、「参院選結果で、憲法改正を軸に政界大再編!?民主分裂をさぐる自民の思惑」http://biz-journal.jp/2013/07/post_2445_2.htmlであるので、ぜひ、ご覧いただきたい。
  さて、数字であるが、

民主党   今回当選17  非改選議席 42  トータル議席 59
自由民主党 今回当選64  非改選議席 50  トータル議席 114
公明党   今回当選11  非改選議席 9   トータル議席 20
生活の党  今回当選1  非改選議席 2  トータル議席 3
みどりの風 今回当選0  非改選議席 0  トータル議席 0
みんなの党 今回当選4  非改選議席 10  トータル議席 14
日本共産党 今回当選4  非改選議席 3  トータル議席 7
社会民主党 今回当選1  非改選議席 2  トータル議席 3
日本維新の会今回当選3  非改選議席 1  トータル議席 4
諸派・無所属今回当選1  非改選議席 1  トータル議席 2
 としている。
  要するに自民党は単独で過半数にはならないものであるが、自公で安定多数になるという感覚である。
  あとは、政治が停滞しても、ねじれ国会のほうが論議がされてよいのか、あるいは、そのようなことをすれば「反対のための反対」「党利党略で重要法案が通らない」ということを招くので、安定多数を目指すべきであるとするのか。
  これは6年前の第一次安倍政権以降の日本が発展していたと感じるか、あるいは、日本の高度経済成長のほうが経済的に発展していたかということである。
  または、経済的な発展はなかったものの、それでもしっかりと審議された政治になっていたと思うか、あるいは高度経済成長の日本は自民党の独裁的であって政治的によくなかったと評価するかである。
 
  そして、参議院選挙の後は、当然に政界再編と内閣改造が行われる。
  政界再編は憲法改正に向けた3分の2を超える議員数の問題になる。
  ある意味で、与野党というものや政党を超えて、憲法改正賛成派と反対派という枠組みで銀が再編されることが予想される。
  一方で、内閣改造も行われるであろう。
  内閣は、ある意味で選挙管理内閣のような形いなっていた。
  論功行賞などを行うとは思えないが、適材適所で別な活躍場所がある人に対してそのような場所への移動が行われることが予想される。
 
  異常のことを踏まえて、皆さん自分で考えて投票に行っていただきたいと思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し エネルギーと原発の再稼動

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し エネルギーと原発の再稼動

 今回の争点としてもうひとつ挙げられるのがエネルギー政策である。
  特にエネルギー政策の赤で注目さえているのが原子力発電所の是非であろう。
  二年前の東日本大震災における津波の影響で、福島原子力発電所が放射能漏洩事故を起こし、現在も「フクシマ」は世界各国の懸念事項になっていることは明らかである。
  しかし、同時に、2006年をピークに世界の石油はその埋蔵量と産出量がピークアウト(要するに徐々に生産量が下降線をたどっていると言うこと)になっていることは明らかである。
  また、化石燃料の燃焼エネルギーに頼ることは、この福島原子力発電所の事故が発生する前の京都議定書で問題視視されている、温室効果ガス排出の件で非常に大きな問題になる。
  この二つの自称だけを考えれば、当然に、「経済発展」または「便利な生活」と一方で「将来の子供たちに対する地球環境」ということで、化石燃料の利用の是非を問うことになっていた。
  民主党政権は、現在一生懸命反原発を主張している菅直人財務大臣(当時)も、当時は原子力発煙所の推進を主張しその予算を計上し、そのうえで温室効果ガス削減計画を国内で発表する前に国際公約をしたのである。
  先に国際公約を行い、そののちに国民に発表する。
  最も重要な日本国民は、海外の人々よりも後で、それもマスコミの報道でしかわからないという状況に、国民は失望した。
  これが民主党政権への支持が失われた一つの理由であることは間違いがない。
  実際に民主党政権は、原子力発電所を推進していた。
  しかし、3・11が発生したのちに、すぐにその方向を転換する。
  国民の多くがあっけにとられたのは「私はもともと原子力発電には反対だった」という菅直人首相(当時)の言葉ではないか。
  要するに、二酸化炭素お問題があった時には、意気揚々と原子力発電を推進し、国民に相談もなく国際公約をしながら、一つ事故があれば、一気に180度転換して「もともと反対鵜だった」といって、何もしない。
  事故を政治利用する態度に対して国民の怒りは頂点に達していたのである。
  このことは単純に民主党に対しる批判というものではない。
  実際に、三年間で日本のエネルギー政策そのものが180度転換したということを意味しているのである。
  そのことは、日本のエネルギー政策が安定していないことを示しており、また、もと首相である菅直人氏が自分の政策であったはずの原子力発電所を転換したということで、日本のエネルギーの基本的な考え方は全く決まっていないということになる。
  現在も原子力発電に対する反対は大きい。
  しかし、それに対して、エネルギー、単純に電力がなければ生活ができない。
  人工呼吸器などで治療をしている人にとってはまさに電気が切れた命がなくなってしまうのであり、単純に原子力発電そのものの反対という話とは別に「すぐそこにある自分の命の問題」として電力の問題を考えなければならない。
  この問題の中で「再生可能エネルギー」という考え方がある。
  しかし、例えばドイツのソーラー発電会社は倒産しており、また、日本の場合は山岳部の面積が多く、平地が少ない中で人口密度が高いということで、ソーラーなどはなかなかうまくいかない。
  また風力ということになれば、瞬間風速40メートルになる台風に耐えられるだけの説武備を作らなければならず、ヨーロッパ、オランダの風車とは環境が全く違うということになる。
  そこで日本に地下資源秋田のシェールガスということと海中のメタンハイドレードということになる。
  しかし、これはシェールガスではアメリカでも破たんしていることと、その環境がかなり荒れることなどからあまりすすめられないし、メタンハイドレードはまだまだ実用化には程遠い。
  要するに、日本のエネルギー政策、特に次の選挙までという3年間の感覚でいえば、原子力をどうするか、それとも火力に戻すかということが一つの選択肢になる。
  これは、要するに「原子力技術を保有する国」として原子力の平和利用の先進国になるのか、あるいは、それを放棄し、中東などの石油の影響下に甘んじるのか。
  答えは双方の併用ということしかないと思うのであるが、ではその貿易の安全はどうか、そして、石油などの化石燃料を買う資金を、日本は景気対策で準備できるのかということになる。
  要するに「原子力を放棄」ということはそれだけ化石燃料に対する依存度が強くなるということであり、それは現在のエジプトやイラン・イラクの政情不安や平和に帰することをしなければ、貿易を維持することができないということになるのである。
  当然にその内容は、石油に頼りながら、石油ができなに本が輸入に頼るにあたって、その商船【タンカー】を安全に運航し日本に届けるためにだれがその船を守るのか、ということになるのである。
  ソマリア沖の海賊の問題やテロ対策特別措置法(民主党が廃止した)のインド洋の給油やインド洋における掃海艇の派遣などは、そのまま海の安全を日本が維持うすることによって、日本に運んでくる日本の商船が最も重要な内容ということになるのである。
  ということは、「原子力反対」イコール「日本の自衛隊の海外派遣是認」であり、そして「集団的自衛権推進」でなければ、日本のエネルギーの安定供給を維持できないということになる。
  しかし、なぜか日本の原子力反対派は、そのような論理構造になっていない。
  まさに、原子力反対派は、エネルギーの安定供給をまったく考えていないということを意味している。
  もっと言えば、人工呼吸器などで電力によって命をつないでいる人々の命を無視するということを意味しているのである。
  もちろん、逆は真ではない。
  「原子力推進」だから「終端的自衛権否定」とはならない。
  原子力反対ならば、火力に依存しなければならないために、その安全の保障が、通常よりもよりいつ用になるということを意味しており、そのことが矛盾することを主張することは政治になっていないということを記載しているのに過ぎないのである。
  一見、原子力と安全保障は全く関係がないかのように見えるが、その反対派の法の論理で、このように深く連携している内容になるのである。
  このような連携した矛盾をしっかりとみるべきではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 憲法改正と外交と国民の生活の安定

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 憲法改正と外交と国民の生活の安定

 今回の参議院総選挙の最大の問題であり日本の課題は憲法の改正である。
  この内容にはまず論点の分岐がいくつか存在する。
  第一の分岐は「憲法の改正をするべきかしないべきか」ということ。
  第二の分岐は「憲法を改正する場合に、どこをどのように変えるのか」ということである。
  憲法を変えないという選択肢は、現行の憲法で問題がないと言うことを意味しており、憲法を変えると言う話は、将来の日本をどのように変えるのかと言うことを意味している。
  いずれにせよ将来の日本のヴィジョンがここに書かれるはずで、そのヴィジョンのない人々はこの憲法改正という論点に関しては、個別の者意外は口をつぐむしかない。
  しかし、個別の論点だけでさまざまいう人がいるのも政治の世界だ。
  わかっていないくせにわかったような口で話をしている政治家などは少なくない。
  どの正当がどれなのかは皆さん亜判断していただくのと同時に、読者の皆さんが憲法の中で重要と思っている部分にもかかわりが出てくることなので、必ずしも一致する部分ではない。
  要するに、憲法を時間軸を含めたマクロの社会で話をするべきか、あるいは、ミクロの近視眼低な政治課題に矮小化して話をしてしまうのか、その部分は主張する側と解釈する側で物事が決まるものではないのか。

 この上で、社民党などは「平和憲法を変えるべきではない」としている
  一方自民党も維新の会もみんなの党も憲法改正派である。
  その上で、「憲法全体を変えるべき」「自主的な主権国家としての憲法にすべき」という自民党の主張に対して、「道州制・地方分権を憲法で記載すべし」という維新の会とは、上記の分類で言う第二の分岐でまったく違う方向に向かっている。
  要するに、憲法改正という「同床」にいながら中央集権と地方分権という「異夢」を見ているということになるのかもしれない。
  ここの違いが、まさに憲法改正の大きな争点になってくるのではないか。
 
  さて、今回はおのおのの内容ではなく、それらが及ぼすほかの選挙の争点との関連性を書くことにしている。
  そのために、憲法に関する是非とそれ以外の争点との関連性を書かなければならないのであるが、困ったことに憲法と言うのは国家の姿を書くものであるから、当然に国家全体の政治に関すること全てにかかわりが出てしまうのでる。
  そこで、各内容を行った場合にどのようなことがおきるかと言うことを中心に書いてみたいと思う。
  そもそも「平和憲法を変えるものではない」という主張に関しては、そもそも「何が平和なのか」と言うことの定義がしっかりしていない。
  はっきりいって、軍船の改造公船を日本国の領土に出し、国家観の条約を無視して、地下資源を掘り出し、その上で不法占拠に近い海上ガス田を作る行為は「平和」なのか。
  交渉も何もなく「李承晩ライン」を決めて、一方的に領土の主張を行い、その領土の主張において日本国民(漁民)を何人も拉致、換金、逮捕場合によっては射殺する行為は、平和とは言えるのか。
  そして、それらの平和といえない行為に対して何の抵抗も行わないのが「平和」なのか。
  日本国が日本国であることは、日本国の政府が領土・国民・主権を護ってはじめて国家であると成立するものではないのか。
  要するに「現在の憲法」と言われる条文を「現在の解釈」のまま運用すると言う選択肢は、現在のまま両国の横暴を揺るうと言うことになる。
  そのことは、先日の日曜日の連載と同じ繰り返しになるが、国連憲章における平和維持と他国への武力そして威圧の禁止と言う国際秩序を破り、威圧に屈すると言うことで、日本は中国や韓国が国際秩序を破り国連憲章を無視する「幇助」を行ったことになってしまうのである。
  国益を失い、領土を失い、なおかつ国際秩序を破る「国際的犯罪者」の共犯になると言う道を、日本国民は選ぶのか、と言うことになるのである。
  一方この内容に関して「日本の孤立化」と言うことを言う人がいる。しかし、そもそもTPP交渉において中国と韓国はまったくはいっていないのである。
  このことは、「日本が東アジアの二カ国とのみ付き合う」のかあるいはTPPのような酷最低な枠組みの中に入るのかということの内容になるのではないか。
  もちろんTPPに入る、入らないと言うことに関しては、議論が分かれる部分があるのだが、今回の論点からこの交渉の成り行きを見れば、そのような形にしかならないのは事実である。
  要するに、憲法の改正の是非は、「日本国が主権国家となるかならないか」とか「右傾化」と言う問題ではなく、日本国が国際社会の中の一人として、武力による威圧や国際法にのっとらない不法占拠に対して、しっかりと対処をできるか、と言うことに他ならない。
  要するに、国際秩序を護る正当かどうかが、この憲法の論戦の中には含まれていると言うことになる。
  この内容の差は、まさに、「視野が全世界に向いているか」「中国と韓国しか見ていない狭い視野で政治や外交を語っているか」と言うことの現れであり、その内容が見えれば、この憲法の問題は簡単なのかもしれない。
  ではもうひとつの分岐である「どのように変えるのか」と言うことである。
  国防軍を設置すると言うことは、実質的には自衛隊の組織改変でしかない。
  もちろん、実務的にはそのような簡単なものではないのはわかるが、憲法の改正と言う観点だけで語るので、ご容赦願いたい。
  その上で、「国防」と言うことは「国家」を意識しており、国家そのものをひとつの単位として扱うということに他ならない。
  これに対して「道州制・地方分権」とは、まさに、「地方単位」と言うことで「国家そのものを一つとは捕らえない」と言うことを意味している。
  もちろん、アメリカ合衆国やソビエト連邦のように、合衆国・連邦制型の国家構造遠いう解釈も成立するが、しかし、国防以外のところで、法律も何も各州によって異なると言うことが日本において成立するのか。
  そのようなことをすれば、中国などの移民が多くなり、日本の地方は「自治」でなく「独立」に傾くのではないかという懸念が存在することも事実だ。
  要するに、日本と言う国家を考える単位が「国家」なのか「地方」なのかということが分岐になる。
  要するに「日本はひとつ」と言う概念が「当たり前でなくなる社会」を望むか望まないか、と言うことになる。
  これは、そのまま経済格差や雇用の不均等、または社会保障などの地方格差、または法や制度の違いを「正当化」し、所属国家が同じであると言う認識を変えることが可能なのかということに他ならない。
  要するに、戦前どころか、奈良時代や大和朝廷の時代から「当たり前」であった概念を否定するのか否か、または日本国の文化や伝統を尊重するのか否定するのかと言うことにつながる。
  たとえば、大阪という都市だけ特化して特別区を乱発し、他の地域の発展を無視しても良いのか。
  逆に、大阪だけ特権が多いから、琵琶湖の水利権などを大阪府民から徴収することは可能か。
  このような議論になってしまうことを、日本人は望むのかどうか。
  大阪と言う土地は電気も水も大阪府という地方だけで成立しているのか、国家が行っているのか。
  単純にいえば、幕藩体制のように隣接した都道府県で対立や利害の調整を行わなければ生活できない国家が良いのか、と言うことになる。
  日本は日本国民において制度化や法整備などしなくても足す敬愛を行う美しい国民性があり、他人の権利をすべて奪わないと言う当たり前の感覚があるはずだが、それを都道府県と言うまたは地方と言う人工の仕切りで区別してしまっていいのか、と言うことになるのである。
  まさに日本の姿に関しての議論が尽くされる。
  このような分断した国家が良いと思っている人もいるし、国家はまとまっているべきであると考える人もいる。
  この辺を良く考えて政策を見るべきではないかと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 経済とアベノミクス日本の国民性

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 経済とアベノミクス日本の国民性

 今回の選挙の最大の争点は「アベノミクス」と言われる経済政策の評価であろう。
  前回の総選挙においても、このアベノミクスの内容に関していわれていた。実際に、以前に書いたが、昨年野田首相が党首討論での「解散」を表明したところから、アブかは150%に増加している。要するに、日本の企業資産は先の都議選までの期間で1.5倍になっていると言うことである。
  これは何もしないで景気が回復したことを意味しており、その評価は一定の者があると言わざるを得ない。
  よって「現在のままの経済政策を支持する」のか「現在のままではリスクがある」とするのか、または「現在は成功しているが、この経済政策事態が失敗である」という評価を行うのか、そのことが今回の争点になる。
  自民党・公明党は「アベノミクス推進」で「現在までの経済効果も良好」である。
  民主党は「アベノミクス中止」で「現在までの効果も否定」である。
  まさにこのアベノミクスを「バブル」と評価しており、そのバブル経済によって日本は多大な損失を受けているというのが主張である。
  特に、今回までの経済効果はバブルの一環であると言う内容の主張は、なかなか受け入れられるものではない。
  しかし、原口元総務大臣などは「円高に戻す」などとインターネットで公言したと話題になた事もあり、また、民主党の根本的な政策で自民党への対決姿勢という戦略を狙う以上、このような感覚を捨てることはできないのではないか。
  一方日本維新の会の橋下代表は、「現在までの景気は評価」するものの、「将来アベノミクスは失敗する」ということを表明している。
  前回の慰安婦発言で、橋下代表の発言が日本維新の会全体のコンセンサスの取れた政党としての主張であるのかないのかはかなり疑問が残るが、しかし、一応共同代表としての発言であるから、尊重すべきなのかもしれない。
  しかし、失敗の時期、そして失敗した結果どのようになるのかと言うことが具体的に示されていないのが、日本維新の会の特徴になっており、そのために、その主張そのものが継続性のある主張と言うことになっていない。
  実際に「景気がよくなった」少なくとも、消費者の感覚は別にして「株価が上がった」「会社の業績が良くなった」と言うことは事実であり、その「実績」に対して「将来の予想」でどのように対抗するのか。
  経済政策は「実績」VS「理屈」という形になっており、特に民主党に関しては「民主党政権3年間の実績」をそれに加味して主張しなければならないと言うことになっている。
 
  その上で、まず、この経済に関しては、TPPと言う問題と載れ系を考えなければならない。
  安倍首相は党首討論の中において「第三の成長戦略が重要」とし、「その成長戦略でTPPは重要なう役割を持つ」と言うことを主張している。
  実際に、安部政権の成長戦略に関しては、「国際競争力」と「生産性の向上」が重要ポイントとなっており、「国際競争力」と言う面では「規制緩和」「TPP」という部分、「生産性向上」と言う面では「エネルギー維持」「女性の登用」と言うことをあげている。
  これらの総合力によって「景気回復」を行うのであるが、「民間活力の爆発」という表現で政府外粉得る限界も示していることは事実である。
  要するに、政府が行うことを行った、彼らの考えの中で「手は尽くした」状態になっても、民間活力が「爆発」少なくとも活性化しなければアベノミクスは失敗すると言うことになり、それはそのまま国民に対しての訴えと言うことにつながるのである。
  同時に、この内容に関しては、「長期的なヴィジョン」が必要になってくる。
  しかし、マスコミ各社は「7月は値上げの夏」などといい、短期、要するに安部政権になってから1年もたたないうちの結果が出ないと言うことで批判を強めており、その論調に乗った野党各党の主張が見受けられる。
  過去に書いたことの焼き直しになるが、基本的に自由主義経済でありなおかつ資本主義の国家である。
  統制経済であるわけでもないので、物価や給与などは、民間が決める。
  民間企業は、そのときのコスト、そして他の物価、商品の需給バランス、そして濃きゃ宇野「値ごろ感」、もっと言えば「顧客の可処分所得」に対して、その商品の価値に自己の適正利益と付加価値を乗せて販売価格が決定される。
  居間までのデフレ経済は、片方で「物価コスト」が下がり、一方で「可処分所得に対する評価が下がる」ということになって試合、そのために「値ごろ感」全体が低く評価されるようになってしまう現象である。
  付加価値そのものが評価されなくなってしまい、物価がほぼコストに対する横並び現象になれば、政府やインフラ企業による物価統制が簡単になり、政府の影響力が増すことになる。
  そもそも「アベノミクス」が「民間活力」を標榜しなければならないのは、逆に、「失われた20年」や「民主党デフレ円高株安経済」によって、付加価値そのものが評価されなくなってしまい、そのことによって「民間活力が失われた」現象に対するアンチテーゼである。
  この現象は、そのまま「生活保護受給者の増加(過去最高)」と、「その税金負担の増加」が問題になっていると言うことにつながるものである。
  景気がよく、民間活力があれば、働いて莫大な金銭を稼ぎ出すほうが、生活保護で生活するよりも良くなるのだ。
  その「勤労意欲」による資本提供、労働力に対する金銭評価が「資本主義」の原点であり、それが否定されつつある状態がデフレ経済であると考えられる。
  もちろん、デフレ経済の現象の一側面に過ぎず、詳しいことは経済学者が論じればよいのであるが、政治的イデオロギーと経済政策の主張がリンクすれば、このような解釈になるのである。
  ここから考えれば、当然に、「アベノミクス否定」は、「大きな政府」を標榜しているはずであり、そのまま「世界市民」全体に対する「生活保供給」、もっと言えば、原資共産主義低分配配給社会と均分的平等を主張する集団に近いと言うことが予想される。
  果たしてそのようになっているのかは、他の政治首長とあわせて考えてみていただければよいのではないか。
  一方、一定の評価はするもののアベノミクスは失敗すると言う「将来的失敗論」は、二つの可能性を示唆する。
  ひとつは、「このまま経済上昇が継続した場合のバブル発生とその崩壊」である。
  しかし、バブルの発生は、そもそもバブル経済になるだけの資金投入が必要であり、同時にその実体経済に伴わないと言う状況が必要である。
  単純にデフレ経済における「付加価値の正当評価」と「実体のない経済上昇」を混同している場合は、それは実体経済に対する評価、もっと言えば適正利益に対する付加価値の資金価値評価が理解できていない場合に発生する。
  「このままだと日本の経済はバブルになって…」という経済学者がいるが、それは、実体経済に関する価格のつけ方や付加価値のあり方がまったくわかっていないと言うことになるのではないか。
  もちろん学者であるから、実態の価格の実務はご存じないのかもしれないし、そのような下世話な経験はしないのかもしれないが、私たち国民はその中で生きているのである。
  その国民の感覚を完全に失った経済学者の理論は、国民に到底受け入れられるものではなく、その主張を行っても、政治的な得票にはつながらないことが考えられる。
  単純にいえば、「反アベノミクス」の漠然とした不安に対して、がk素矢が学者としての立場と知名度で裏づけする程度であり、その内容を理解して共感を得られるレベルではないと言うことになる。
  それでは、アベノミクスは手放しで支持できるのか。
  それは違う。
  将来的に「失敗する」としたもうひとつの形態がある。
  それは「異次元の金融緩和」「莫大な財政出動」には限りがあると言うことである。
  要するに、それらの終焉のときに何が起きるのかと言うことを予測しなければならない。
  「金融緩和」によって「円安」になったと言うことは紛れもない事実であり、当然に金融間泡が終われば、「円安傾向」は薄まる。
  少なくとも金融緩和後も「円安基調になる」とは考えにくい。
  特にそれまでに日本の経済が復活していれば、当然に日本経済の強さから縁の安心感と信用が増えて円高に触れる可能性がある。
  急激な円高は、日本経済の崩壊を意味する。
  単純にそれまでの期間に、その円高に備えた経済政策が執られているのかと言うことが重要になる。
  また財政出動は、TPPとあわせて、国債資本によって公共工事が取られてしまうことも考えなければならない。
  要するに、財政出動の資金が日本の市場ではなく海外に流出すると言うことを意味しており、それは日本経済の復活に寄与しなくなってしまう。
  政治的にその調整ができているのか。
  その調整がTPP加盟までに間に合うのか、またその政策が貿易障壁として評価され排除させられることになるのではないか。
  その場合に、日本は海外に資金を提供するだけの国になってしまう。
  これらの現象が起きてしまえば、アベノミクスは完全に失敗と言うことになる。
  要するに「アベノミクスの三本の矢の着地点」がいつ見えるようになるのかということが最大の焦点であり、その蓋然性が高くなければ「失敗論」は就いて回ることになってしまう。
  そして、アベノミクスと正解平和、要するに、貿易の安全と集団的自衛権、そしてそれに基づく武器輸出三原則撤廃問題もここに絡むことになる。
  日本が軍需産業を再び興すことができるか、そして、その景気刺激によって憲法改正と集団的自衛権解釈を国民的なコンセンサスを取ることができるのか。
  単純に憲法改正、国防軍創設ではなく、その内容から貿易の安全と軍需産業の創設、そして、日本の経済的な安定と発展と国民の安全保障をあわせて論じる必要がある。
  それらが論じられない状態で、個別に話す内容ばかりでは、なかなか前に進まないのではないか。
  今回の争点は、その辺のところまであわせて「矛盾」がないか、各党の政策を診るべきではないかと考えるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 今回の選挙争点解説のテーマ

2013年夏 参議院選挙の争点の解説と見通し 今回の選挙争点解説のテーマ

 選挙毎に行っている選挙の争点。今回は参議院選挙の争点である。
  この「選挙の争点」に関しては、ちょうど今回が改選期になる6年前の参議院選挙から行っているものであり、その中では、当時の自民党が参議院選挙で30議席台まで落ち込むと唯一予想したブログであった。
  当時は、「40台前半になるのではないか」と言う意見がス流で、「負けるにしても30台はありえない」と科ありいわれたものだ。
  第一次安倍政権は、それだけ小泉人気から引っ張った自民党人気がまだあって「余力がある」と覆われていたのである。
  しかし。ふたを開けてみれば民主党大勝で、自民党は30議席台、いわゆる「ねじれ国会」が幕開けした状態になったのである。
  衆議院において小選挙区制を採用し、参議院選挙において都道府県別定数制を行っているものの、定数の関係で1人区が多く、実質都道府県別小選挙区制と同じ状態になってしまっていた。
  その選挙制度は現在も変わらないのであるが、しかし、その内容によって、出された結論は、そこから5年間、民主党政治の3年間のうち政権交代を行った8月31日、正確には鳩山首相が誕生した9月17日から、翌年の7月11日の菅直人首相による参議院の敗北までの期間、民主党が安定政権を行い、その間、強行採決を13も行うという戦後憲政史上ワースト記録を出しながら、安定した政権を行っただけであった。
  今回も昨年の12月以降ねじれ国会が続いているものの、自民党安倍政権に対する国民の期待は大きく、その内容によって、今回の選挙に対して自民党・公明党による勝利は確実視されている。
  しかし、国民は民主党政権が誕生したときと同様、白紙で安倍氏にまたは自民党に政権を委任したわけではない。
  そのために、常に国民の目にさらされていると言うことが最も重要であり、単純に批判しかできなかったり、あるいは、選挙のために政策を無視して連携すると言うことに関して、今回の選挙は、国民は目はかなり冷たいと感じている。
  その事を意識して考えなければならないと思う。
 
  さて、今回の連載とはあまり関係ないかもしれないが、この連載でも選挙のときに「2013年」と言うように西暦を使っている。
  前回の総選挙のときにそのことに関してご指摘をいただいたので、あえてここで記載しておく。
  日本人ならば「平成25年」と元号を使うべきであると言うことを主張していただいた方が少なくない。
  私自身もそのように思う。
  しかし、このブログおよび、皆さんのコメントやブログなどもそうであるが、インターネットそのものに関しては、当然に全世界で見ることができる、のである。
  特に、今回はわからないが、私の選挙争点分析が海外のメディアや政治の場で取り上げられる場合がある。
  前回の参議院選挙(2010年)の場合は、その文章を元にアセアンの国から正式に質問状が着たり、あるいは、引用をされると言うことがあった。
  このときに、元号であると海外の人々が非常にわかりづらいと言う指摘があったことも事実である。
  さて、私の個人の勝手な内容でしかないこのブログであるが、ある意味で海外のメディアであれ、海外の政治家であれ、参照していただくのは自由である。
  また、私は普段の自分のブログで情報の大切さを考えており、また真実を知っていただくということ、逆に日本が世界の真実を知ると言うことに関して非常に重要であると思う。
  たとえば、いわゆる「従軍慰安婦問題」も「南京大虐殺問題」も、日本人が日本人の立場を、主張を、証拠をあわせてしっかりと知ってもらうと言うことは非常に重要ではないか。
  日本国内において日本国内の人々だけが「あれはなかった」と言ってもあまり意味はない。
  当然に、中国や韓国が「嘘つき」であることをしっかりと世界に伝えること、情報を発信することが日本人にとっての責務であり、同時に八紘一宇のために戦った英霊へのわれわれの義務であると考える。
  そのためには、海外を排除するのではなく、海外に対して正確な情報を発信し、その情報を伝え、共感を呼び、そして、日本の考え方に理解を示して中国や韓国に反論を出してくれるようにしなければならない。
  世界は「正しければわかってくれる」などというような甘いものではない。
  そのために、私は、自分の主張で元号を使うのではなく、海外の人にわかりやすいように、あえて西暦を使うようにしている。
  これはあくまでも、海外の人が元号表記によって、その部分で躓かないで最後まで文章を読んでもらい、そして日本のことを理解してもらう工夫であり、このブログが日本国内限定の者ではないということも意味している。
  もちろん、これだけの文章を全て外国語で表記できるほど私が語学力があるわけではない。
  そのために、海外の心ある人々がこれを翻訳し、その論評を伝えてもらうことになる。
  その場合も、「平成25年」と書くと、必ず「この表記は日本の元号で、西暦では2013年、つまり今年に当たる」と言うような解説をつけられてしまうのである。
  それでは、正しい主張も伝わらなかったり、あるいは、翻訳をしてもらうこともできない場合がある。
  そのようにならないために、今回も西暦の表示をしているので、その部分に関してはご理解をいただきたい。
 
  さて、明日から、このブログは参議院選挙まで争点を記載する。
  今回はあまり争点が多くないので、争点そのものに関して格闘がどのように主張しているかではなく、その内容に関しての「主観的解説」と「他の争点との関連性」と言うことをっテーマに、横串的に解説をつけてみたい。
  よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(151) 勉強不足のマスコミは誤報以外でまともな批判ができない

マスコミ批判に関する一考(151) 勉強不足のマスコミは誤報以外でまともな批判ができない

 選挙期間通であり、最後の追い込みの時期であるこの時期に、政治に関連することを書くのはいかがかとも思う。しかし、昨今、マスコミに関する語法とか、編集により正反対の意思を勝手に流すマスコミがあまりにも多いので、「正確な情報を伝える義務」を忘れて「マスコミの幹部が望んでいる歩行に世論誘導をしている姿」が目立つようになってしまっている。特に、この参議院選挙の期間およびその直前に関しては、そのような傾向が非常に強く報道を見るたびに、ある意味でこ滑稽に思えてくるものである。
 あえて「滑稽」と言う単語を使ったのは、一昔前なら、マスコミに左右される人が非常に多くマスコミ、特に「読売・朝日・毎日・産経・日経」の俗に「五大紙」と言われる新聞とその系列メディアに関しては、特段の信用とその信用における報道内容の価値が存在していたものである。そのために、数年前ならば「おもいっきりテレビ」などで報道されていた内容が真実であろうとなかろうと、その報道を見て買い物客が一気に増加し、そのために、商品の在庫がなくなるというような状況で話題になっていたのである。
 しかし、それらのバラエティ番組ですら、何の根拠もなかったりあるいはデーターの誇張表現や一方的な内容が多くあったことなどもあり、テレビそのものの信用性は全くなくなってしまった。リテラシーという言葉が出てきたのもこのころではなかったかと記憶している。
 この辺のところは、政治の分野においてはより顕著に表れたのである。何しろ、マスコミが総出で応援した「政権交代」と「民主党政権」はものの見事にその期待を歌ギルド頃か国民の多くの期待を裏切り、完全に自らの利己主義と党利党略のるつぼとなってしまい、多くの公約は放置され何もしないか、またはおざなりに形だけ行ったものの何の効果もない結果になった。この段になって国民の多くはマスコミの報道というものに関して非常に大きな疑問を感じることになった。
 その状態でも民主党政権を応援し「政権に関する批判」などという目は全く持たなくなったマスコミ各社とそこに出演しているコメンテーターの生活者をまったく無視した発言は、いつしか政治家への怒りではなく、その報道を行うマスコミへの不信感と、マスコミへの憎悪という形で現れたのである。
 国民のマスコミ離れは、濁流のようにすべてを飲み込んでいった。まさに、バラエティ番組でのリテラシーや政治家に関することばかりではなく、単純に商品の説明から韓流ブームまで、様々なものがテレビやマスコミが扱うという理由で反対運動の餌食になった。最も餌食にされるような報道の仕方をマスコミが行ったというほうが正しいのかもしれない。
 このことによって、様々なデモが行われたのと同時に、多くの人がテレビなどのマスメディアからインターネットという媒体にその情報源を変えることになる。当然にこの情報の流れは、今回の参議院選挙でも発揮されているようで、マスコミは、自分たちの信用性が欠けた報道が原因で、国民を惑わせ、選択を誤らせるということに対して、何らの考えもなくまた対策もなく、単純に今までと変わらない報道を繰り返しているのである。
 今回の記事はそのような内容が書かれた面白記事なのでぜひ読んでいただきたい。

朝日新聞「アベノミクスが新たなリスク」誤報?=為替王

Q: 海外では「アベノミクスは世界経済の新たなリスクだ」と言われているそうですね。
A: ドイツや韓国など、日本と同じ輸出産業を主力とする一部の国からは嫉妬の類は聞かれますが、主要な国際機関や有識者から、アベノミクスそのものをリスクと見なす批判的見解は聞いたことがありません。
Q: 朝日新聞の報道によれば、IMF(国際通貨基金)の要人が「アベノミクスが世界経済の新たなリスクだ」と指摘し、これまでアベノミクスを支持してきたIMFがリスクと指摘するのは初めてだと書いてありますけど?
A: そのような発言はありません。事実とは正反対の内容を報じていると思われます。
Q: アベノミクスについて、実際には何と言われたのですか?
A: 正確に言いましょう。IMFの主任エコノミストは今月9日、アベノミクスにより、日本の経済成長率は今まで想定していたよりも高くなると評価し、実際に予想成長率率を上方修正しました。IMFは今までと変わらずアベノミクスを支持し、政策が実行されることを期待しています。
Q: なぜ朝日新聞は正反対の内容を報じたのですか?
A: IMFは「アベノミクス(による構造改革など)が実現できなかった場合、投資家の期待が失墜して、それが世界経済の(足を引っ張る)リスクになり得る」と指摘しました。
Q: IMFは「アベノミクスを実現できない場合、それが世界経済のリスクになり得る」と言っているのに、朝日新聞は「アベノミクスが世界経済のリスク」と報道したのですね?
A: そういうことです。IMFは特に「アベノミクスの3本目の矢である改革をしっかりやれ」と、「そうでないとアベノミクスの期待が高いだけに反動で世界経済のリスクになるぞ」という主旨のことを言ったわけです。
Q: 朝日新聞の報道は、誤報では?
A: 参議院選挙が近いこともあり、政権批判をしたいがために冷静さを欠いていると見られても仕方ないかもしれません。事情はどうあれ、結果的に日本では事実と正反対のニュースが流れている現状は残念に思われます。(執筆者:為替王)

2013/07/11(木) 08:05:23 [サーチナ]
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0711&f=business_0711_009.shtml

「権力監視」捨てた大メディアの自民党政権擦り寄りが加速中 ?

 高支持率をキープする安倍晋三政権の長期安定化を確信したのか、大マスコミのなりふり構わぬ政権擦り寄りが目に余る。それは参院選での自民勝利を経て、より加速するだろう。ジャーナリスト・田村建雄氏が指摘する。
 * * *
 自民党総裁に返り咲いた直後の昨年10月、朝日新聞は他紙を出し抜いて安倍氏の単独インタビューに成功した。NHKの番組改編問題を巡り、長きに渡って犬猿の仲だった両者が手打ちに至ったのは、朝日側が安倍氏に詫びを入れたからと見られている。
 その後も、朝日は安倍氏のヨイショ記事を次々と掲載した。顕著な例は1月24日付の同紙・脇阪紀行論説委員によるコラムだ。脇阪氏は、アルジェリア人質事件でお蔵入りとなったインドネシアでの安倍演説を抜粋し、「首相のメッセージは新鮮だった」「私は演説に落第点をつける気にはならない」と誉めちぎった。
 さらに4月5日付の社説は「政権100日 難所はこれからだ」と題し、「最大の懸案だった経済再生に集中的に取り組んできた姿勢は評価できる」「高支持率を維持しているのも経済に明るい兆しが出てきた反映だろう」とアベノミクスを賞賛している。 朝日の方針転換について、全国紙幹部はこう語る。
「2006年の第1次安倍政権発足後、安倍氏と敵対関係にあった朝日は政権情報過疎に陥った。たとえば、事務所費問題で辞任した佐田玄一郎行革担当相の後任として渡辺喜美氏が起用された際も、他社に抜かれる特落ちで恥をかいた。
 朝日が変節した背景には『同じ轍を踏みたくない』という思いとともに、消費税増税に向けた深謀遠慮もあった。2011年7月に日本新聞協会会長に就任した朝日の秋山耿太郎会長は、新聞の軽減税率適用を訴えるために請願環境を整えたかったのだろう」
 安倍政権への擦り寄りは朝日だけではない。全国紙幹部が続ける。
「人気絶頂にある安倍叩きは読者離れに直結する。その上、増税で新聞が値上がりすれば部数減は必至だ。そうなれば政権から蚊帳の外に置かれ、ますます情報を得られなくなる。政権批判は慎重にならざるを得ない」
 振り返れば、支持率歴代トップの小泉純一郎政権でも似たような現象が起きた。元・在京キー局報道部幹部がこう述懐する。
「小泉氏の初訪朝時、訪朝団が北からマツタケを贈られたことを某局がスクープ。すると、官邸サイドから『次の訪朝時は同行取材させない』と強い圧力がかけられた。記者クラブ全体で抗議し”取材外し”は回避されたが、不都合な報道への圧力は確実にある。
 また、小泉政権批判をテーマに動いていた別の局は、『批判番組をやるなら国政選挙用の総理インタビューはさせない』と言われた。現実問題として高支持率の強い政権は叩けない」
 かつて自民党・霞が関・大マスコミが一体となった「伏魔殿」の記者クラブ制度は、民主党政権下で一旦は弱体化したものの、再び三位一体で復活した。 鳩山政権では、小沢一郎氏や亀井静香氏の方針でフリーの記者にも会見がオープンにされた。大マスコミがそれに猛反発したことはよく知られている。そして自民復活により、旧来の閉鎖的な会見体制も巧妙に復活しつつあるのだ。
「各記者クラブは最近、フリーが入れないぶら下がりや記者懇談会をフル稼働させている。旧来の慣れ合い仲良し路線で、政権無批判とバーターの閉鎖的な情報独占が強化されつつある。自民の完全復活でその傾向はいよいよ強まるだろう」(霞が関中堅幹部)
 御身大切で腰砕けになった大マスコミは、単なる政権の広報機関に過ぎない。

※SAPIO2013年7月号
http://getnews.jp/archives/375508

 政権批判というものはすればよいというものではないし、また、政権批判を行うために正反対の意図の内容を報道するという態度もどうかしているといわざるを得ない。そもそも日本のマスコミ環境は新聞がテレビやら字をを持つという系列型であって、一つの意思が形を変えて三種類以上(インターネットや雑誌など)の形で報道される形態である。その内容で一つの方向性を持って意図的に報道されれば、その報道の多様性も真実性も無視されてしまい、実質的に朝日新聞とか読売新聞という新聞社による意思で情報がコントロールされてしまうことになるのである。
<上記から抜粋>
Q: 朝日新聞の報道によれば、IMF(国際通貨基金)の要人が「アベノミクスが世界経済の新たなリスクだ」と指摘し、これまでアベノミクスを支持してきたIMFがリスクと指摘するのは初めてだと書いてありますけど?
A: そのような発言はありません。事実とは正反対の内容を報じていると思われます。
Q: アベノミクスについて、実際には何と言われたのですか?
A: 正確に言いましょう。IMFの主任エコノミストは今月9日、アベノミクスにより、日本の経済成長率は今まで想定していたよりも高くなると評価し、実際に予想成長率率を上方修正しました。IMFは今までと変わらずアベノミクスを支持し、政策が実行されることを期待しています。
<以上・上記から抜粋>
 というような正反対の報道を行っているようでは、これではすでにジャーナリズムでもなんでもなく「おとぎ話」や「ファンタジー」の世界であり、朝日新聞が朝日新聞の主張を事実をゆがめて伝えているに過ぎない。このようなことが許されるのかということに関してはかなり大きな問題であるといえる。そしてこれを規制したり指摘すると「言論の自由」などといって抵抗するのであるが、そもそも嘘や正反対の報道を行うことが「自由」といえるのか。それは「嘘」であってまさに「名誉棄損の自由」「うそつきの自由」でしかなく、完全にその応報を読んだ国民の判断力を失わせ国民の真実を知る権利を迫害したものでしかなく、憲法の知る権利、報道を読む自由を奪う憲法違反の行為であることは間違いがない。
 そればかりでなく、「御身大切で腰砕けになった大マスコミは、単なる政権の広報機関に過ぎない」(上記より抜粋)とあるが、実際に批判すべきでないことを批判しても仕方がない。政党にメリットとデメリットを公平に扱い、その内容を国民に考えさせるということであれば、それはそれで報道として価値があるのかもしれないが、何でも宵から批判をするという従来のマスコミそのものが民主党政権と同時に批判にさらされ没落したのではないか。
 今回の選挙報道で、そのような報道が目につく。間接的に政策を批判したり正反対のことや極端な事例を挙げて危機ををる手法である。問題は、同じ不動のやり方で国民がまただまされるのか。その国民の選択に注目したい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

保守的解釈による日本国憲法講義私案  第37回 憲法には書かれていないが日本には不完全な自衛権しか存在していないという事実

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第37回 憲法には書かれていないが日本には不完全な自衛権しか存在していないという事実

 参議院選挙中であるので、あまり政策に関連するこを書き隊とは思っていない。
  しかし、実際にその内容の触れなければこの文章を書くことができない。
  そのために最低限触れることと、なるべく触れなくてもよい話題で今回の文章にしたいと思う。
 
  そこで今回は、憲法から少し離れて「自衛権」ということに関して考えてみよう。
 
  そもそも「自衛権」とはなんなのか。れいによって『ウィキペディア』からその内容を抜粋してみる。
  <以下ウィキペディアから抜粋>
  自衛権(じえいけん)とは、急迫不正の侵害を排除するために、武力をもって必要な行為を行う国際法上の権利であり、自己保存の本能を基礎に置く合理的な権利である。
  国内法上の正当防衛権に対比されることもあるが、社会的条件の違いから国内法上の正当防衛権と自衛権が完全に対応しているわけでもない。
  他国に対する侵害を排除するための行為を行う権利を集団的自衛権といい、自国に対する侵害を排除するための行為を行う権利である個別的自衛権と区別する。
  <以上ウィキペディアから抜粋>
  まさに「急迫不正の侵害を排除するため」に「武力を持って必要な行為」を行う権利である。
  これは国際法上当然の権利であると理解されており、その内容は「基本的人権」と同様に各国の国民が等しく自分を守る権利として当然に有する内容である。
  基本的人権と同様というよりは、基本的人権を守るために、各人は自分の生命と身体を安全に保つことが権利として有しているわけであり、また主体的に生活を行うことを認められている。
  その「基本的人権」を保有する人の集団である国家において、その国家が安全を守るということは、当然のことであり、「自衛権」の存在しない「基本的人権」は存在しないはずである。
  要するに「基本的人権」を主張しながら「非武装」を主張することそのものが大きな矛盾をはらんでいることになり、そのことを「平和主義」とか「憲法9条」という言葉でごまかしているに過ぎない。
  まさに「奴隷の平和」よりも「戦いの中の主権」を選ぶ権利があり、誰かの支配にさらされ、主権も主体もない世の中において略奪されながら暮らす世の中を望む人は少ないはずではないか。
  さて、ではその自衛権といわれるものは何か。
  具体的には
  1 敵勢力が領国領海内に不法に侵入した場合にそれを排除駆逐する「自衛力」
  2 敵勢力が安易に領国領海内に不法に侵入を企画しないようにするための「抑止力」
  3 敵勢力が二度と訃報に攻めてこないようにする敵根拠地の「打撃力」
  の三つの戦闘力が国防の範囲とされている。
  日本の場合、この「自衛力」は自衛隊によって保有されているものの、「抑止力」と「打撃力」は日米安全保障条約によってアメリカに依存していることになる。
  このことから考えれば、ある意味において日米安全保障条約の発動要件は、「自衛力」の日本国独自の発動によって、「打撃力」が発動されるものである。
  もちろん「抑止力」に関しては沖縄をはじめとして米軍基地が存在することによって、発動しているはずなのであるが、しかし、そのことをもってしても尖閣諸島周辺の中国公船の不法侵入は防げていない。
  基本的に「敵勢力」という書き方をしているが、国連の定義によって考えれば、これらは民間船(漁船または客船など)と非武装公船(警備船または漁船監視船など)は含まない。
  また、軍艦家の船であっても許可がある場合や船舶の故障または天候の不順により危機回避行動の場合は含まれないものとなっている。
  要するに、戦闘態勢の整った軍船の領海侵犯ということが要件になっており、その意味においては今年1月の中国軍戦のロックオンや潜水艦の潜水航行などは、自衛力の発動要件を整えているということができるのである。
  しかし、それでも日米安全保障条約が発動しないのは、日本が防衛活動を行わないことによるものであり、日米安全保障条約は日本が主体でアメリカ軍が従という形の発動の要件しかないことになる。
  この件を持って現在日米間では「日本は本当に戦うのか」「アメリカは日本がsン等状態になった時に安保出動を行うのか」という疑心暗鬼が来ている。
  日本の必要以上の平和主義と軍隊アレルギーが作った「自発的自衛権の放棄」はそのような状態を出してしまっているのである。
  そのうえで、日本は自衛力を考えなければならない。
  では日本が守るものは何か。
  国家の要素というものは「国民」「領土」「主権」の三要素ということができる。
  では「国民」に特化しているとした場合、拉致問題で拉致された被害者を救出するために、自衛隊を北朝鮮に出動させることができるのか。
  答えは「NO」である。
  では「領土」を守ることだけに特化して出動できるのか。
  単純に北方領土や竹島、尖閣諸島に対して自衛隊で領土奪還作戦(尖閣の場合は防衛)作戦を単独で行うことが可能かということである。
  残念ながら、現在の自衛隊法では「NO」である。
  よって、日本の自衛隊の自営範囲は「国民」「領土」「主権」の三つが三種類ともに侵される危険がある場合、単純に言えば、現行の日本領土とされるところに外国の軍隊が侵入し、そのまま領有の意思を持って占領した場合にそれを排除することができるということに過ぎない。
  アメリカのように、人質救出作戦に軍やデルタフォースが出動するということは日本の場合には期待できない。
  イラクの人質事件や、マラッカ海峡のタグボート韋駄天海賊被害事件など、近年ではアルジェリア石油施設占領事件など、それら日本人の人命が危機にさらされ、被害が出ているときでも日本の自衛隊がその国家の許可を得て出動することはないのである。
  日本においては、これで不完全な自衛権を保有しているに過ぎないのである。
  憲法改正ということを考えることはある意味で当然である。
  しかし、その前に現実の問題としてこの憲法の示す内容を検討する、要するに自衛権において日本がどこまで保有するのかということを考えるべきではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

参議院選挙期間中なので、日本のリーダーについて考える

参議院選挙期間中なので、日本のリーダーについて考える

 参議院選挙期間中の土曜日。特に今週は三連休であることから、多くの候補が投票のお願いに町の中を歩くことになる。この暑いときに身に行く人、応援する人も十分に気を付けていただきたいと思う。もちろん、候補者も充分に熱中症対策には気を付けていただいた抱かなければ、今倒れて議員になってからいきなり病欠では話にならないのである。
 さて、参議院選挙は日本の国会議員を選ぶ選挙である。民主党政権の時には何も言わなかったマスコミが、今頃になって「参議院は必要か」など間接的な安倍政権批判を行っているのはかなり滑稽に感じる部分が少なくない。その内容は、見ていてあまり面白いものではないのである。そもそも「参議院は必要か」などということを言いながら「憲法改正反対」などといっていれば、それは単純に矛盾している人でしないわけであり、その矛盾を隠して放送しているということ自体がかなりおかしなものではないのか。このような矛盾した言論で国民を誘導しても『真に今の時代に必要なリーダー』は出てこないのである。
 では、その時代に必要なリーダーはどのような人なのか。
 産経新聞の大和ハウス工業東京支社で開かれた対談で、「日本史上のリーダー論」をその道の専門家が展開している。
 この記事の中にあるとおりに、リーダーに言及される人で最も多かったのが織田信長。織田信長に関しては私も様々に言いたいことがある。
 実際に、織田信長は、それまでの因習を無くし、自分の考え方を通した。その中には基本的にしっかりとした考え方があり、すべてが合理的な内容で考えられている。
 因習や習慣、伝統が合理的でないというものではない。実際に因習や習慣というものは、基本的に「前例」であって、その前例は、前の時代の合理的な理論から導き出されているものである。しかし、その前の時代の合理的な内容が現代の合理的と同じかどうかということは必ずしも正しいものではないものである。
 もちろん、伝統を守らなければならない部分は少なくない。しかし、戦国時代のように、実力主義の中において生存をかけているときは、その伝統や因習にとらわれるのではなく、合理的な内容を推し進めなければならないのではないか。
 ある意味で、織田信長は「合理性」を追求した人物ということが言えるのかもしれないし、それを「やり通す」力があったといえる。能力主義の人事や楽市楽座などは、現代の中においても「能力主義」「既得権益打破」など政治家の言葉だけの公約でよく聞く単語である。しかし、それをやり遂げれば織田信長のような既得権益、例えば比叡山や本願寺など、または足利義明のような旧幕府勢力から織田信長包囲網などの反発を受けることになる。当然に周囲や近辺からも反発や異論が相次ぐことになるのであるが、それを排除して合理性を突き詰められるのか。それをやり通すことができるのか。
 現代人は、そのような反発を受けながらもしっかりと物事をやり通す人がいない。またそのようなことをできる人も少ないのである。自分ではできないことを過去の織田信長は行っていた。できないという感覚と憧れとが入り混じった感覚が、そのまま織田信長へのリーダーシップ論としての無い様に入っているのではないか。

源頼朝、織田信長…渡部昇一氏や黒鉄ヒロシ氏らが「日本史上のリーダー論」

  源頼朝、織田信長、西郷隆盛…。日本史上に名を残したすぐれたリーダーたちに、現代人として何を学ぶべきかをテーマにした討論会「石橋信夫記念館文化フォーラム」(大和ハウス工業主催)が6日、東京都千代田区の大和ハウス工業東京支社で開かれた。
  作家の半藤一利さん(83)が司会を務め、パネリストとして英語学者で上智大名誉教授の渡部昇一さん(82)、漫画家の黒鉄(くろがね)ヒロシさん(67)、女優の富司純子(ふじ・すみこ)さん(67)が登壇。まず半藤さんが「リーダーシップとはもともと軍事用語で、戦後になって知られるようになった言葉」と、日本でのリーダーシップ論の歴史が浅いことを指摘。その上で、日本史の中でのリーダーのあり方を探る議論が行われた。
  平清盛や源頼朝といった中世の武将から、乃木希典(まれすけ)や東郷平八郎ら近代の軍人まで、多くの人物の名前が挙がる中で、複数のパネリストが理想のリーダー像として言及したのが織田信長。日本史に関する著作も多い渡部さんは「時代の常識を超えて、人に見えないものを見通すことができた。秀吉、家康と比べても一番分かりやすいリーダーの資質がある」と高く評価した。
  話題はリーダーを作る教育にもおよび、NHK大河ドラマ「天地人」での豊臣秀吉正室の北政所(きたのまんどころ)役など、歴史上の女性を多数演じてきた富司さんは「子供に愛情を込めて接し、物事の善しあしを教え、父親を立てる教育が必要」と説いた。また、『坂本龍馬』など歴史漫画を多く手掛ける黒鉄さんはリーダーの条件として「物事に優先順位を付け、決断を下し、その責任を取る」ことを挙げ、「決断は正確な予測に裏付けられなければならず、そのためには教育が必要」と、幕末の薩摩と会津の武士階級の充実した青少年教育を称賛した。
  現代に近づくほど、理想として挙がるリーダーの名前は少なくなった。半藤さんは「現代の日本でリーダーが出にくいのは、官僚的システムが重なって、決断したことに対しきちんと責任を取るシステムになっていないからではないか」と問題提起。新しいリーダーを出すためにまず古いシステムを壊すことを訴え、討論会を締めくくった。性急な英雄待望論ではなく、無責任体制の土壌を改善していこうという提言は、一見遠回りなようだが堅実に思えた。(磨井慎吾)

MSN産経ニュース 2013年7月10日
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130710/art13071013370002-n1.htm

 この記事の中において注目するのは「現代に近づくほど、理想として挙がるリーダーの名前は少なくなった。半藤さんは「現代の日本でリーダーが出にくいのは、官僚的システムが重なって、決断したことに対しきちんと責任を取るシステムになっていないからではないか」と問題提起。」(上記から抜粋)
 まさに、官僚制というものは責任の分散システムである。私が就職するかしないかの頃であるが「スペシャリスト志向」が強くなった。基本的にはゼネラリストはいないということを就職活動のセミナーなどでは言われたことを記憶する。しかし、その内容は「総合的な物事を判断する内容を放棄せよ」ということに等しい。その直後「縦割り行政批判」がでてくる。スペシャリストである以上、その部門のトップにはなれるものの、その組織全体のトップにはなりえない状態ではないのか。それはリーダーではなく、技術者のトップでしかない。戦国時代に騎馬隊しか指揮できなければ、長篠の戦で負けてしまう。鉄砲隊しかできなければ、雨の日に負けてしまうのである。その長所やその時の環境、天気、風向きなどをしっかりと考えながら総合的に判断する人が必要である。一人で判断できないならば軍師がいればよい話だ。
 それらのスペシャリストを使いこなすことができるということが、リーダーの要点である。最近ではスペシャリストに使われてしまっているリーダーなどは存在しないのである。そのことが全く分かっていない状態の政権は、危機に瀕して会議ばかりを行い、責任の分散をしているので会うr。以前のドラマ化映画であったが「事件は会議室で起こっているのではない」のであるが、そのことがわかっていない人々が会議ばかりで何をしているのか全く分かりはしないのである。
 官僚化、スペシャリスト化は、その会議を開かなければ意思の疎通もできなくなってしまうということと、責任の回避かが行われてしまうことが最大の問題である。そのようなことを排除して、多くの人をけん引できるリーダーの出現を、今だけでなく、日本は常に望んでいるのではないか。
 参議院選挙はそのような人物を選んでもらったらいかがか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戦時徴用で企業に賠償を求める「世論重視」「国際条約無視」の韓国司法の「理論展開」

戦時徴用で企業に賠償を求める「世論重視」「国際条約無視」の韓国司法の「理論展開」

 韓国の裁判で、またも政治的に偏重し、また日韓基本条約を無視したと考えられる裁判結果が出てきた。基本的に、これらの内容に関して日本の保守派は当然い許容することなどはできないし、日本国政府は、下記の新聞記事のように「到底許容できない」ということが可能である。
 この判決を見て、まず感情的になって思うところは、「韓国人は条約も約束も守らない国」というヘイト的な鑑賞だけである。当然にそのように考えて反韓国人デモなどが発生することは十分に考えられる。また、朴大統領のコメントは「歴史認識」とか「過去の傷」などというようなことばかりであり、一方で「未来志向」といいながらも隻院や賠償を求めてくる姿勢には矛盾を感じることしかない。
 しかし、残念ながら、今回のこのような韓国の判決に関して、日本のマスコミ各社を含め、海外のメディアなども、また海外の政府も一切韓国政府の抗議または不信感のコメントを行わないのである。3年前の尖閣諸島問題、菅首相と仙谷官房長官の漁船衝突事件の時の温家宝首相の対応で、戦時的な影響による正当な理由なきレアメタル輸出禁止の時は、ヨーロッパなど各国から中国に終えkる政治的な経済や貿易の信用棄損のリスクを主張する国が多く、結果的にヨーロッパやアメリカなどの企業が、尖閣諸島問題を契機に中国への直接投資から方向転換を行った。それだけでなく、中国との貿易もその割合を減らし、東南アジアなどにシフトしていることになってしまったのである。現在の中国のシャドーバンキングによる資金ショートへの懸念や中国バブル崩壊という感じの経済危機説は、すべてこの直接投資の転換と貿易の割合削減が問題であり、そのために中国派の新政権はその出だしから危機を迎えることになってしまっているのである。もちろん、メンツの国中国は、このことから「意地」でも尖閣諸島は中国の固有の領土であるとし、その貿易の信用を失った部分を日本に責任転嫁することを中心に考えている。単純に、太平洋の公海上の利権というよりは、失われた貿易の信用を取り戻すために尖閣諸島という島にこだわらざるを得なくなった。これに対してアメリカなどはしたたかな外交交渉を行っており、片方で領有権問題に介入しないということを言いながらも、片方で安全保障条約の範囲内として中国からの有利な条件を引き出す交渉を行っているのである。
 これに対して、何もしないでサムスンの株価暴落を招いた韓国は、特に竹島問題などを問題視するわけでもなく、単純に、「何らかの因縁をつけて」日本を敵対視しているに過ぎない。基本的に「宗主国」中国がそのようにしてるものをまねて「虎の威を借る狐」というよりは「親のまねをするガキ」という感じで、抗日を行っているように見える。しかし、その韓国があまりにも違法なことをしていれば、全世界で対中国のものと同じように反サムスン・反韓国経済というような状況になるはずだが、現在そのようになっていない。そのために、今回のこの企業賠償問題は、何かほかの感覚があると考えるべきではないのか。

新日鉄住金に賠償命令=戦時徴用で初―韓国差し戻し審

 【ソウル時事】第2次大戦中に日本に徴用された韓国人労働者が新日鉄住金(旧日本製鉄)に損害賠償などを求めた訴訟の差し戻し控訴審が10日、ソウル高裁で開かれた。裁判長は、原告の請求を棄却した一審判決を変更し、新日鉄住金に対し、韓国人の元徴用者4人に1人当たり1億ウォン(約880万円)の賠償を命じる判決を言い渡した。
 戦後補償をめぐる韓国の裁判で、日本企業に徴用者への賠償を命じる判決は初めて。韓国で進む同様の訴訟にも影響するとみられ、提訴の動きが広がる可能性もある。
 新日鉄住金は「徴用工などの問題を完全かつ最終的に解決した国家間の正式な合意である1965年の日韓請求権協定を否定する不当な判決で、誠に遺憾」とコメント、上告する考えを表明した。
 判決は「原告は日本製鉄の支配下で危険な労働に従事し、賃金も満足に受け取れなかった」と指摘。被告が時効などを理由に責任を否定するのは、韓国憲法だけでなく、世界の文明国家や日本憲法に照らしても容認できないと強調した。
 仮に原告勝訴の判決が確定し、新日鉄住金が賠償金の支払いを拒否した場合、韓国内に所有する財産などが差し押さえられる可能性がある。 

時事通信 7月10日(水)16時3分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130710-00000080-jij-kr

朴大統領、日本は「韓国の傷に触り続けている」

 【ソウル=豊浦潤一】韓国の朴槿恵(パククネ)大統領は10日、韓国報道機関の論説委員らを大統領府に招いた席上、「今も日本は独島(島根県・竹島の韓国名)や慰安婦問題で韓国国民の傷に触り続けている」と日本を批判し、日韓首脳会談開催に慎重姿勢を示した。
 朴氏は、日韓首脳会談について「(いずれ)しなくてはならない。排除するのではない」としつつも、「会談直後に独島、慰安婦問題が再燃するようなことになれば関係が余計悪化しかねない」と述べた。
 日韓両国は、安倍、朴両政権発足後初めての外相会談を1日、ブルネイで実施したが、日本側の歴史認識などに対し、韓国側が依然、不満を持っていることが浮き彫りになった。
 朴氏はまた、6月末に訪中して会談した李克強(リークォーチャン)首相が、「北朝鮮の核実験後、(中朝国境を流れる)鴨緑江の水質検査をしたら悪化していた」と述べたことを明かした。北朝鮮が3度目の核実験を実施した今年2月、中国内では環境汚染を懸念する声が一部市民からあがっていたが、中国指導部の懸念を示す発言が伝えられるのは初めて。

最終更新:7月11日(木)7時19分 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130710-00000988-yom-int

菅長官、対日請求権「容認できぬ」…韓国で判決
 菅官房長官は10日の記者会見で、ソウル高裁の判決について、「日韓間の財産請求権の問題は、(1965年の)日韓請求権協定により、完全に最終的に解決済みというのが日本の立場だ。日本の立場に相いれない判決であれば、容認することはできない」と語った。
 今後の対応については、「新日鉄(住金)と連携を取りながら適切に対応していきたい。外交ルートを通じて日本の立場をしっかり韓国に主張していくことに尽きる」と強調した。

(2013年7月10日21時43分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20130710-OYT1T00959.htm

 さて、記事が長くなったので、この辺からスタートである。
 以前も少し書いたが「ホロコースト」という単語が今回の問題である。アメリカではホロコーストという人種殲滅、人種差別があった場合には、それは戦後賠償などとは独立して永久に賠償を求めることができるという法律と裁判判例が散見される。おもにドイツに対するユダヤ人迫害に対する賠償を、どのように解釈するかということで、ドイツは永久的にユダヤ人に対して賠償の支払い義務を負うものであり、それは戦争犯罪とは別に行われるということになる。
 さて、韓国や中国は、このホロコーストの理論を日本に適用しようとしている。その根拠は村山談話であり、その談話の戦争責任によって、「民族」という言葉が入っていることをもって「日本の戦争は民族掃討作戦であったので、ホロコーストにあたる」とし、そのホロコースト事案に関する賠償は、無期限で日韓平和条約にある戦後賠償とは別という理論になっているのである。これは、韓国の慰安婦問題や、731部隊、そして南京大虐殺といわれる内容すべてにおいてその理論が適用されており、その内容に関して、賠償を帰属しているものである。
 日本人はそもそもホロコーストという概念があまり持っていない。当然い、日本人は民族解放のために戦ったのであり、そのような意識が存在しないのであるから仕方がない。しかし、そのことを持って、相手側の理論を理解しなくてよいというものではないのである。
 そのうえでホロコーストを行った国に対する賠償であるから、常に(政権が変わるたびに)その政権に謝罪を求め、ホロコーストにおける問題を世界にロビー活動で広めているのである。今回の東京オリンピック招致に関する反対署名なども「ホロコースト(民族掃討)を行う国でオリンピック(平和の祭典)を行うことが適当か」ということがその根底にあり、また、企業賠償も「戦時徴用は民族差別による徴用であって、奴隷的酷使が前提である」ということから「ホロコーストの一端を担った企業に対して賠償は成立する」というものである。
 この理論を適用されていることをまず日本人は広く認識すべきであり、その認識が大きな間違いであることを広く世界に宣伝すべきではないのか。日韓併合時のほうが人口も増え教育も施しており、その生活は豊かになっている。現在のヘッテ・クラウンという韓国のお菓子メーカーは日本軍の小麦粉をお菓子にして売ったことから、現在の企業に成長している。それは「お菓子で子供にお菓子を与えられるほど豊かな暮らしであった」ということを意味しており、その豊かさが現在の財閥の基礎になっているということである。そのような「事実」をしっかりと伝えることが日本人はなぜできないのか。日本のマスコミはなぜかそのような日本国を辱めることばかりをして、そのようなホロコースト理論に加担しているのは奇怪な感じしか持たない。
 ドイツのユダヤ人虐殺と違い、日本の場合はホロコーストに対抗するのは真実を伝えればよいだけである。そのことをしっかりと伝えることが、何よりも大事なのではないか。それでなければ、お互いが理解できずに結局戦争(経済戦争)になるまで進んでしまい、中国が喜ぶだけの結果になってしまうのではないかと強く危惧するものである。
 近代法治国家の艇をなしていない韓国に対して事実を淡々と伝えることがどれほど重要なのか。そのことを日本がマスコミ浮くめて一丸になって行うことがなぜできないのか。日本人はまずそのことから考えるべきではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

中国の経済成長と中国の環境破壊とその破壊された環境で作られた食材を食べる日本人

中国の経済成長と中国の環境破壊とその破壊された環境で作られた食材を食べる日本人

 中国の食材が危険だと言う話は良く出ている話だ。また、すでに都市伝説化されているが、中国人の高級幹部や金持ちなどは、日本で有機栽培や農薬名がしっかり管理さえ田「安全な」食材を買って食べ、日本には中国で化学薬品まみれになった食材を輸出いているということである。実際にそのような傾向もあるし、一方で必ずしもそうではないという向きも存在する。もともと日本の中においても、地産池消などと言う単語があるものの、実際にはそのような単語とはまったく関係がなく、最も良いものは「高く売るため」に東京に売られている。震災の前に三陸にいたときに「三陸わかめはブランドになってるのだからそれを生かして産業にすればよいのではないか」と言うことをいっていたが、実際には漁協が全てを買い上げてしまい、その漁協が大量に築地に卸してしまう。そのために地元にはわかめでも良くないもの、築地で売れない商品にならないわかめを食べていると言うことになっている。
 現在は違うと思うが、牡蠣や烏賊なども同じような状態になっている。このような「金のあるところに良い商品が流れる」という仕組みは現在も変わらないのであるが、中国の場合はそれだけではないようだ。
 今の話から考えられるのは、「中国の下層民衆」である。中国の金持ちは、日本からの食材を購入して食べている。一方、日本人は中国の作った商品を食べている。それでは中国の下層民衆は、「日本人に輸出することもない三流以下の商品」がまわってくることになる。それだけではなく、日本人が食材への異物混入がもっとも大きな問題としていることから、農薬や科学薬品、または着色料などを大量に使って製造、場合によっては加工することから、それらの有害物質だけが中国に残ることになる。日本人も中国の被害者であると同時に、その商品の残りを食べている大量の中国の下層民衆はより一層ひどい生活をしているのである。
 なお、あえてここで書いておくが、このような経済構造そのものに対する問題意識は存在するが、残念ながら、人権派の人々のようにこれらの中国の下層民衆に対して何かを使用とか人道的な援助をしようという気はまったくない。そのようなkとは、中国共産党の存在する階層社会を解消し、偏重している富を平準化すればよいことであり、外国である日本は、まず日本人の安全を護ることが必要であって、他国の下層民衆、特に日本と貿易をしており、日本に依存しながら日本に敵対している国の人民に対して人道的な援助を行うつもりはない。
 さて、その前提で今日はCNNの記事を見てみよう。

「がんの村」があぶりだす中国の環境破壊の実態 経済成長のしわ寄せ

  「がんの村」があぶり出す中国の環境破壊
 中国・塢里村(CNN) 中国東部・浙江省にある塢里村。かつては緑あふれる丘と肥沃(ひよく)な大地で知られた村だが、今では村人は自分たちのふるさとをこう呼ぶ。「がんの村」と。
 村人の1人、フェン・シャオフェンさんは家にあった夫と息子の遺影を取材班に示しながら、「ここには住みたくないし、ここで夜、眠りたくない」と訴える。「夫は一家の大黒柱でした。夫が死んだとき、家の柱が折れたようでした。そして、息子も死にました」
1990年代、政府の役人がやってきて、裕福になれると約束したという。しかし、年配の女性は「地元の役人が懐を潤しただけだ」と憤る。
 その後、村にはいくつもの繊維会社がやってきて町中に工場を建設した。村人たちは、工場ががんの原因だと考えている。
 「がんの村」と言われ始めたのは数年前だ。当時、中国人のジャーナリストや活動家が中国各地に、がんの発症率が不自然に高い場所があることを発見した。その多くは工業化された農村地帯だった。
 当時香港の雑誌を中心に動いていた活動家のデン・フェイ氏は農村地帯の水質汚染の影響に注目した。
  「がんの村」があぶり出す中国の環境破壊
 デン氏は「水は人々にとって非常に重要であるため、汚染は健康により多くの影響を及ぼす」と指摘。「中国は適切ではない経済成長パターンの負の影響をこうむっている。中国は将来も重い環境汚染による高い代償を支払うことになるだろう」と危惧する。
 世論の突き上げもあり、中国政府は今年に入って、「がんの村」の存在を認めた。当局は声明で「中国では毒性のある化学製品が製造され、利用されている。飲み水に対する深刻な状況を経験している場所も多く、汚染が、がんの村の発生といった深刻な社会問題の発生を引き起こしている」と述べた。
 デン氏は「非常に重要な一歩だ」と政府ががんの村の存在を認めたことを評価する。「実際にこの問題に対処するには、問題の存在を認めるしかない」と付け加えた。
しかし、塢里村で活動するウェイ・ドンインさんにとっては、存在を認められただけでは不十分だ。
 ウェイさんは居間の床に地図を広げ、写真を指し示しながら、「ここには死んだ魚が打ち上げられた」「ここの運河が赤く染まった」と説明する。ウェイさんは10年以上にわたり、水質汚染が広がる様子を地図に記してきた。
 ウェイさんは2002年にがんの発症が疑われた。その後、腫瘍(しょうよう)は除去されたが、このことがきっかけで活動を始めたという。
  「がんの村」があぶり出す中国の環境破壊
 申し立てや請願を行ったことで、ウェイさんは地元政府の頭痛の種となった。ウェイさんによれば、いやがらせや脅迫を受けているという。CNNが取材を行った日も、保安員とみられる人物が取材の様子をこっそりと写真に収めていた。
 ウェイさんは一部の染物工場や繊維工場によって、がんが引き起こされていると確信している。しかし、水を処理しているかいないかにかかわらず全ての工場が同じ河川に排水しているため、汚染している工場としていない工場を区別することはほとんど不可能にちかい。
 国際環境団体グリーンピースは、説明責任の欠如が「完璧な煙幕」になっていると指摘する。同団体がさきごろ発表した報告書によれば、この地域の水を調査した結果、少なくとも10種類以上の毒性のある化学物質が発見されたという。
 匿名を条件に語った地元当局者は「状況については認識しているし、問題に対処すべく最大限の取り組みを続けている」としたものの、詳細については言及しなかった。
ウェイさんは「私が望むのは、きれいな空気を吸い、安全な水を飲み、汚染されていない土を使うことだけ。私が望むのはそれだけだけど、高望みをしすぎているのかも」と語った。

CNN Japan 20130708
http://www.cnn.co.jp/world/35033311.html

 環境破壊、公害病と言うのは日本も高度経済成長時代に経験した。水俣病などの公害病に関しては最近まで裁判が続いており、その内容に関しては、情報公開とその責任の明確さで物事が決まってゆくものである。
 日本もアメリカも、旧西側諸国は全てこれらが民間の企業と政府との二重の責任と被害者保護で行った。この中には当然に、「基本的人権の尊重」と言う話があり、公害病によって人権が侵害された場合は直接の加害者である企業と、同時に、その企業の存在を許した社会的な責任から国家や地方政府が補助を行うというシステムになっていた。そのために公害病の訴訟も政府相手に行われるものもあり、その判決に関してはさまざまな意見があるところもある。
 ある意味で経済優先と環境保護という二律背反の二つの現象をどのように調整するかと言うことがあげられる。これは片方で資本主義という形でありながら、片方で人権尊重とかまたは企業は社会的な存在であると言うその存在を大きく得るものではないのか。
 さて、注目なのは西側諸国は民主主義であり、その被害者も加害者も「主権者」であると言うことである。当然に被害者の声は政治的に国家の中央に届けられ、その支援を行うものも、また加害者のほうも合わせて国家の主権者である。
 しかし、中国など旧東側諸国、要するに、社会主義国家において基本的人権も国民主権もない国家における「公害病」はどのように考えられるのか。そしてどのように処理されるのか。被害者には悪く、不謹慎かも入れないが、非常に興味のあるところではないのか。今までも、民主化デモに対するそりやあるいは四川省に地震に対する被災者救済など、さまざまな部分で資本主義、自由主義、民主主義国家とはまったく違う対応を行って北中国だけにその対応は非常に注目されるものである。
 この記事からは「説明責任の欠如が「完璧な煙幕」になっていると指摘」(上記記事から抜粋)とあるが、実際に、中国の新幹線の脱線事故においても、基本的には、事件の隠蔽とはやめの責任者処分による幕引きを行い、被害者の保護などがしっかりと行われているのかは疑問である。中国は、「対外的なメンツ」を主張するだけで、国内の下層民衆に対して「人権」がないことから、そのものたちの被害に関してはあまり興味がないかのような状況になっている。人間個別に価値が違うと言う状況を持っているのである。そのような中で、貧困層が多い農村地帯での有毒物質による被害は、その処理およびその有毒物質の今後の使用に関しては非常に大きな問題になる。
 もうひとつ日本にとって大きな問題なのは、「農村部」と言うことである。要するに、そこでできた食材は、加工されて日本に輸出されている可能性を否定できないのである。有毒物質を放流した川の水でできた農作物、PM2.5を大量に含んだ空気で育った農作物を、そのまま加工して、その上でまた科学薬品を使って発色させ、化学調味料で味付けられた食品を輸入して食べているに品人の健康は非常に問題視しなければならないことではないのか。この「ガンの村」が、なぜ日本で報道されないのか、CNNの記事を引用しなければならないのか。それは、日本のマスコミが日本人の口にはいる食材に関して危機感を感じていないと言うことなのか、あるいは、このような報道が海外でされているにもかかわらず、まったく気づいていないと言うことなのかは非常に疑問である。知っていながら報道しない、知らせないと言うのは、消極的に共犯的な問題になるのではないか。そのことをわかりながら、日本に発がん物質の入った食材の販売をグルメ番組などで奨励しているとすれば、法律低には無理でも同義的にはかなり悪質であると言うことを言わざるを得ない。
 単純に食材が悪いと言うこと危険だと言うことだけではなく、「その食材を作る環境」を気にすると言うことがなければ日本人の健康を護ることはできない。この記事にあるような病気、または食材の汚染を真剣に考えなければならないし、そのような内容に対する企業の自主的な情報開示が求められるところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

中国のシャドーバンキングによる中国企業の資金的な疲弊と日本企業への依存

中国のシャドーバンキングによる中国企業の資金的な疲弊と日本企業への依存

 中国は景気がいいと思っている人が少なくないのではないか。
 実際に、中国の冬季金額が日本の中小企業などを買収し、現在経済的に疲弊している日本の経済状況から考えると、数段経済的に景気が良いように見える。しかし、その景気が単なるバブルであるということが明らかになってしまうと、本当に景気が良いのかどうかはかなり難しいところではないのか。ごく短期、要するに今年いっぱいくらいならばよい部分もあるのかもしれないが、中長期の投資や資金面ではかなり大きな不安が残るのではないか。この中国という国の経済を「今だけ」で見るのか「中長期」でもるのかということに関してはかなり大きく分かれる部分である。
 ところで、最近インターネット上では「シャドーバンキング」ということが話題になっている。「影の銀行」という直訳になるので、日本人の言葉の印象からはかなり悪い感覚を得るが、実際はそのようなものではない。中国はすべての事業が許認可制である。しかし、実際に資金融資をするのは銀行ばかりとは限らない。中国で会ってもカードバンキングなどはあるし、それ以外の投資や株式会社なども存在する。それらの企業がタイ企業向けいや海外の金融商品に投資をするという方法で資金を得ることがある。これらは、日本では「ノンバンク」と以前バブル時代には呼ばれており、その中で住宅専用の融資期間を「住専」と呼ばれていた時代があったが、これと同じで、銀行としての許認可を持っていない投資企業による資金融資を、「許可を得ていない」という意味で「シャドーバンキング」という単語を使っているのである。
 だから、厳密に言えば中国の場合は、違法になるのかもしれないが、しかし、実際に生活や日常の金融になじんでいる資金融資先ということが言えるのではないか。
 日本のバブル崩壊の時もこの「住専」問題が非常に大きく、そのノンバンクの破たんが日本の失われた20年の最大の問題になった。また、アメリカのリーマンショックも、いわゆるサブプライムローンそのものが高利回りの金融商品であり、その金融商品の返還がデフォルトされたことによって、リーマンブラザーズが倒産し、そのほかの金融が流れなくなるということで発生した世界金融危機のことを言うのである。
 中国の「シャドーバンキング」問題も日本御「住専」や「アメリカのサブプライムローン」問題と同じような経路をたどるのではないか。そのことを考えるのである。

中国造船大手 資金難 政府に支援要請

 【北京=共同】中国造船大手、中国熔盛重工集団は5日、資金繰りの悪化を受け、政府に支援を求めていることを明らかにした。景気減速のほか、ノンバンクなど「影の銀行(シャドーバンキング)」対策の金融引き締めの影響で、資金調達が困難になったとみられる。同社は民間の造船企業では中国最大規模。
 熔盛重工が香港証券取引所に提出した報告によると、資金難から従業員への賃金支払いが滞り、江蘇省の造船所で今月2日、大規模なストライキが発生。8日まで生産停止することを決めた。
 業績悪化への懸念から香港市場で同社の株価は急落。同社は資金難を乗り切るため、複数の金融機関と融資の交渉をしているほか、政府や株主に支援を求めていることを報告で明らかにした。同社は報告で「世界の造船市場の需要が下落している。中国の造船業はかつてない試練に直面している」と窮状を訴えた。

MSN産経ニュース2013年7月6日
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130706/biz13070611230006-n1.htm

中国熔盛重工集団(1101:HKG)が資金繰り困難に陥った

 ウォールストリート・ジャーナルによると中国第三位の造船会社、中国熔盛重工集団(China Rongsheng Heavy Industries Group、コード番号1101:HKG )が資金繰り困難に陥っています。同社株は金曜日の立ち合いで-16%の急落を演じました。
 「銀行やその他金融機関が造船業に対して貸し渋りしている」と同社は開示しています。
 このため同社は既に従業員の40%をレイオフし、出入りの下請け業者に対する支払も滞っているそうです。
 これまで世界の他の国々の船主が造船の注文をキャンセルすると、中国の造船会社がそれを水面下で引き継ぎ、造りかけの船を完成させるということが横行していました。バルチック・ドライ指数が低迷して久しいにも関わらず、傭船料がなかなか改善しなかった理由は、この「キャンセルしても、キャンセルしても、どんどん船が完成する」という奇怪な現象が原因です。
 折から中国政府はシャドー・バンキングを抑制するために引き締め政策を行っています。今回の中国熔盛重工集団の資金繰り困難は、そうした金融セクター全般の資金ひっ迫を背景にしたものだという風にも説明できます。
 中国政府が同社に救済の手を差し伸べるかどうかが注目されます。また同社が破綻した場合、それがバルチック・ドライ指数底入れのきっかけになるかも知れません。
 引き続き注目したいと思います。

Market Hack 2013年7月5日
http://markethack.net/archives/51882728.html

投機買いでプーアル茶高騰 不動産暴落で資金の行き所なく、偽物も出回る始末

 プーアル茶はコレステロールや中性脂肪の低下、消化促進などの効果があるとされ、日本でも愛好者が増えているが、その価格がこの春以降、高騰している。特に樹齢100年以上の古樹(老木)から採取されたプーアル茶は、投機家の格好の対象となっており、産地での買い付け価格が高いものではキロ8000元(約12万7500円)に。昨年のほぼ倍の値段だ。プーアル茶は、いまや贅沢(ぜいたく)品に変わってしまったといえよう。
 プーアル茶は2007年にも投機家の参入によって価格が高騰したことがある。ところがこの時の高騰は長く続かず、08年には価格が暴落し、倒産するお茶会社も続出した。その後は、価格も安定していた。
 ところがここにきて不動産価格は低迷し、金価格も暴落するなど、投機的な資金の行き所がなくなっている。そこで再び、投機家がプーアル茶に目を付け始めた。
 前回の高騰時と違うのは、今回は投機家が古樹に的を絞っていることだ。普通のプーアル茶は今年も生産量が多く、昨年よりも10%程度増えている。ところが古樹は、乱獲などにより本数が減っている。しかも経済発展によって富裕層が増えるに伴って、高級茶への需要も拡大している。こうした需給の逼迫(ひっぱく)に投機家が目をつけ、大量の資金を投入してきた。
中国人民銀行は余剰資金の回収に努めてはいるが
 古樹から取れたお茶は、すぐに売らずに置いておくと熟成し、香りがよくなる。こうした特性もあり、投機家が入り込みやすい。多くの投機家が直接、雲南省などの産地に出掛けていき、大量に買い付けている。このため、古樹の産地での買い付け価格は高騰し、すでに07年の高騰時を抜いてしまった。中には偽物も出回る始末だ。生産量が増えているはずの普通のプーアル茶まで値上がりしている。
 08年秋に発生したリーマン・ショック後、中国政府は成長率維持のために財政・金融面から巨額の資金を市中に放出した。余剰資金は不動産、為替などの市場だけでなく、商品市場にも乱入してきた。10年にはニンニクが投機家のターゲットとなり高騰、ほかにも緑豆、綿花、甘藷(かんしょ)、トウガラシ、大豆など様々な農産物が投機対象となった。
 中国人民銀行は余剰資金の回収に努めてはいるが、そう簡単には減らない。あまりに巨額の資金をばらまいてしまったツケが、今回はたまたまプーアル茶の価格高騰となって現れたということだろうか。(フジサンケイビジネスアイ) 拓殖大学国際学部教授・藤村幸義)

MSN産経ニュース2013年7月2日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130703/chn13070308320002-n1.htm

 さて、資金というのは何かに投資して、その投資が、時間の経過に伴って価値が上がり、その価値の差額分を売ることによって設けるということで利益を生じることになっている。常に値上がりしているものがあれば、それは投資事業として永続的に成立するのであるが、しかし、実際に物事が値上がりしてしまうと、アダム・スミスの経済学にある「神の見えざる手」などという理論を使わなくても、価値が下落をする。ある意味で現在の価値は将来上昇する価値の見込値を含んで記載しているものであり、その見込値がなくなってしまうと、それだけで価格は目減りすることになる。
 では、まず中国の場合は国内に投資し、その投資を得られるものがあった。海外の投資を受け入れることと中国が海外にダンピング販売を行うことによって、得られる利益が配当原資となっていた。しかし、その中国そのものの海外販売が貿易の信用の失墜によって見えなくなれば、その時点で目減りしてしまう。その目減りした見込値が大きければ大きいほど、その架空の金額が大きかったことに気付かされ、真実の価値での取引を望む海外の金融機関が値下げをする。そのようになれば、取引価格そのものが低くなってしまうので、結局、全体が下がってゆくこと言なる。これでは金融商品が成立しないので海外からの投資もなくなってしまい、また、国内の投資家の資金も海外に流出する。
 中国ファンドによる日本の株式などの買収は、この流れによるものも少なくない。基本的に日本のマンションの部屋などを買っているのは、まさにこの流れの投資に他ならないのではないか。
 さて、当然にこのような内容が日本との間で大きな軋轢を生む。日本は、当然にこれらの投資の受け入れ先であると同時にその中国に最も投資していた国の一つであるが、その投資が滞れば、当然に中国の経済は崩壊するのである。それが政治や外交に反映されているのであるが、どうじに、その流れが悪循環で経済的な内容にも大きく影響が出ており、それでも中国に進出しようとする大企業とは全く異なる動きを中小企業や新興企業が行っているのは注目に値する。
 当然に中国経済が崩壊したら日本経済に問題が波及する。ギリシアの崩壊とは影響力が大きく違うことは地理的な条件から当然であろう。しかし、その内容は、このような現状を無視して、日本のぢア企業がいまだに中国依存を続けているということにも一端の責任があるのでhな哀歌。現在の情報をしっかりと分析して、中国との付き合い方を考えなければならないのではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(150) 自民党のTBS取材拒否と、本当に国民の知る権利を侵害しているのはテレビメディアであることにいい加減気付けよ!

マスコミ批判に関する一考(150) 自民党のTBS取材拒否と、本当に国民の知る権利を侵害しているのはテレビメディアであることにいい加減気付けよ!

 さてさて、選挙期間中なので、あまり政治のことは書くつもりがない。今回の選挙ははっきり言って与党側が勝つのではないかという予想である。私からすれば「与党の勝利と野党の自殺」が混在した結果になるとしか言いようがないのであるが、その辺は結果が出てからお話しすることにしよう。
 さて、政治の話をしなつもりであったのであるが、これだけは書いておきたいと思い、今回はイレギュラーでありながら、火曜日に昨日に引き続き「マスコミ批判に関する一考」を書きたい。そこで、今日はちょうど150回でもあるし、マスコミについて書いてみたい。
 さて、自民党がTBSの偏向報道に関して抗議し、選挙期間中にかかわらず取材拒否と番組への自民党議員及び候補者の出演拒否を発表した。この対応はかなり異例である。本来は候補者が少しでも長くマスコミに顔を出したいというところでありながら、それを政党側のほうで断るということになるのであるから、異例中の異例といって過言ではないのではないか。
 しかし、物事は考えようである。本来選挙報道は本来、というよりも法律の要請ですべての政党、すべての候補者を公平に扱わなければならない。その建前を完全に守るという前提であれば、自民党が取材拒否をした時点で、公平に扱うことができないのであるから、そもそも選挙報道そのものができなくなるということになる。
 この自民党の対応に関して、「知りたい人はどうしたらよいのか」というような声を上げる人がいるが、はっきり言って、現実問題として、日本は多数の民放放送局がありTBS一つのテレビ局が選挙報道をしなくても全く影響はない。却ってよいかもしれないというような話も出てくるのである。
 しかし、そのような状態にあってもこの報道のようになってしまうのである。

自民党のTBS出演拒否、菅長官「党としての抗議」妥当との認識 - MSN産経ニュース

 菅義偉官房長官は5日午前の記者会見で、自民党がTBSの報道内容は「公正さを欠く」として当面、同社の取材や出演要請を拒否するとした対応について、「選挙という極めて大事な時期に客観的事実と違った報道をされた。その中で党として抗議した」と述べ、妥当との認識を示した。
 「番組に出演して反論すべきでは」との指摘には、「(党の主張を)限られた時間の中で理解してもらうのは難しい」と強調。同時に「客観的事実を報道してもらい、国民の審判を受けるのが民主主義の基本だ」と注文をつけた。

MSN産経ニュース7月5日
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130705/plc13070513150007-n1.htm

自民党のTBS取材拒否に細野豪志氏「腹いせ」松田公太氏「逆切れ」と批判、自民党の言論統制を懸念する声も【動向まとめ】

 自民党は4日、TBSの報道が公平性を欠いたとして、党幹部に対する取材や番組出演を拒否すると発表した。参院選期間中に報道機関の取材を拒否するのは異例だ。
 時事通信は、自民党がTBSの取材を拒否と発表した文書について、次のように報じている。
 文書は、国会が閉幕した6月26日に電気事業法改正案などの重要法案が廃案になったことを報じたTBSの番組に「廃案の責任が全て与党側にあると視聴者が誤解するような内容があった」と主張。「わが党へのマイナスイメージを巧妙に浮き立たせたとしか受け止められず、看過できない」と非難している。
 (時事通信「自民、TBSの取材拒否」より。2013/07/04-23:51)これに対し、TBS側は「自民党から抗議を受けたことは残念。引き続き、理解を得られるよう努力していく」とのコメントを発表している。
 一連の報道を受けて、インターネットユーザーの間では、賛否両論が上がっている。
 一週間前に東京都選挙管理委員会に電話してTBSの自民党批判放送は選挙妨害にならないのですか?とたずねました。回答は表現の自由があり各マスコミに内規がありTBSも内規に従った放送をするべきですねと・・選挙管理委員会もマスコミ報道には呆れているような感じがしました!
 ? うな (日本を取り戻す) (@unauna711) July 4, 2013マスメディアへの露骨な圧力。この事実も「正しい選択」のために、しっかりと記憶しておこう。 【朝日7/5】自民、TBS取材や出演を拒否 党幹部級、報道内容受け http://t.co/AIwOb86k5J
 ? 飯田哲也(いいだてつなり) (@iidatetsunari) July 4, 2013自民党:報道関係に圧力をかけるのは自民党の常套手段:4日共同「自民党は4日夜、TBSの報道内容公平欠如と党幹部取材や番組出演を当面拒否と発表、TBSの報道番組「NEWS23」関連」、報道機関みんなで一緒に頑張らないと次々撃沈される
 ? 孫崎 享 (@magosaki_ukeru) July 4, 2013自民党のTBSへの取材拒否を大きく報じたのは毎日だけ。記事の中で江川紹子氏が「参院選挙のさなかで各党の主張を知ろうとする有権者が多いはずで、取材拒否は常軌を逸した対応だ」と批判しているが、だからこそ政党の主張や国会での事実をを正しく報道しなければおかしいのではないのか?
 ? 早見雄二郎(株式評論家) (@hayamiy) July 4, 2013また、政治家からも多数の意見が出ている。
 民主党の細野豪志幹事長は、自民党に対して「腹いせ」とツイート。
 自民党が、自らの演出を見抜かれた腹いせをしている。選挙中の与党の取材拒否は報道機関にとっては致命傷になる。衆参で権力を持てば、報道機関への圧力をさらに強めるであろう。RT @47news: 自民、TBS取材拒否 報道内容に抗議 http://t.co/H9c6QaSVDS
? 細野豪志 (@hosono_54) July 4, 2013みんなの党の松田公太氏は「逆切れ」と書いた。
事実を報道されると逆ギレをする。自民党に危険な兆候が現れています。先日ブログに書いた件です → http://t.co/INqmp3PJSB RT @47news: 「自民、TBS取材拒否 報道内容に抗議」 http://t.co/mpNIqusVFJ
 ? 松田公太 (@matsudakouta) July 4, 2013細野氏は先月、安倍首相がFacebookで田中均氏のことを「外交を語る資格がない」と書いたことに対して、「最高権力者は自制を」と反論している。今回のニュースに対しても、「表現の自由に対する圧力」を懸念している。
 表現の自由に対する圧力はネットにも及ぶ可能性があります。ここは徹底的に戦わなければなりません。RT @korokoromikiey: @hosono_54@47news いいんじゃない?もう既存報道機関だけが情報発信組織ではないので。大手マスコミ無しで確度の高い情報を得てま…
 ? 細野豪志 (@hosono_54) July 4, 2013政権与党の言論規制については、下記のような意見もある。
 政権与党(国家権力)が報道の内容を不服として取材拒否ができるなら、報道機関は政権批判をできなくなる。少なくとも萎縮する。そうなったら、言論の自由は事実上制限され、民主主義は成り立たない。政権与党には取材拒否をする権利はない。
 ? 想田和弘 (@KazuhiroSoda) July 4, 2013今回の自民党は、TBSに取材拒否までする必要があったのか。これは言論規制にあたるのか。 あなたはどう思いますか?

The Huffington PostJul 04, 2013
http://www.huffingtonpost.jp/2013/07/04/fdp_n_3548167.html

 後半のハフィントンポストに出てくる人々の「反自民」の人ばかり良く並べたこと。そもそもこのような状態そのものが「偏向報道」であるといっているのであるが、このような偏向報道に関する報道でも変更した情報の提供をやめようとしないマスコミの田戸はいかがなものであろうか。もちろんハフィントンポストをマスコミとみるかどうかは難しいというところもあるのだが…。
 さて、ここに出てくる人々の論理を総合すれば「知る権利」と「表現の自由」の制限であるというものである。
 しかし、よく考えてもらいたい。マスコミが、片方に偏った意見だけを放送するということそのものが「知る権利」を著しく制限している行為ではないのか。本来であれば、これらの内容でっても国民全体の意向を受けて、その割合に従って意見を出さなければならない。少なくとも公平に双方の意見を記載すべきではないのか。それを、片方の意見ばかりが主流であるかのような「誤った意見誘導」を行うことは、そのほかの意見や内容があるということを「知る」機会を奪ったマスコミのエゴでしかなく、それは国民の公平な情報を知る権利を奪ったものである。
 ここに出てくる飯田哲也・孫崎享・細野豪志・松田公太・想田和弘の各高名なる言論人たちは、マスコミの偏向報道そのものが「言論の自由」であるといいながら、その変更した報道によって公平な情報を「知る権利」を侵害しているということを無視している「偏向情報を肯定する人々」ということになるのであろうか。これはあまりにもおかしな話である。
 本来TBSが公平に知る権利を侵害したことによって、「抗議」の意味で「取材拒否」を行い、その内容に対して「本来公平な情報を知る権利」を戻すことを恐れるということは、公平な情報を行っては自分の主張が通らない、要するに、理解されないような内容しか主張していないということにつながるのではないか。
 現在の日本のマスコミや言論は、なぜか、一つの起きた現象に対して、その最終の結果に対してのみ論評を加える癖がある。本来は、その現象になったいきさつや原因を追究し、その問題点を解決することによってのみ根本的な解決が得られるということをまったく考えていない。戦争が敗戦したということで武装をしないということを平和主義といっているが、そもそも戦争を行わなければ日本はどのようになっていたか、ブロック経済で植民地ばかりの東南アジアでシーレーンが成立したのかなど、まったく検証することがなく、その中において、戦争反対ということだけを訴えるのと同じ。なぜ戦争になったのか、なぜ戦争をしなければならなかったのか。そこにほかの選択肢を選ぶ余地はなかったのか。など、その内容をしっかりと考えなければならないが、その内容を考えないで最終の現象を論評することだけで、解説したつもりになっているに過ぎない。
 しかし、それでは物事が根本的な解決にならない。それだけに、「抜本改革」などといいながら抜本的に解決する政策が全くマスコミからは出てこず政権批判しか出てこない。そのマスコミの批評に慣れてしまう人々は、完全に、思考をしない生活になってしまい、その内容を「正しい」と誤解してしまう。
 今回の問題も戦争の原因と同じ。最終の取材拒否ではなく、取材拒否に至るまでの偏向報道を非難すべきではないのか。このような偏向報道を許容し知る権利とか言論の自由といっていることそのものが、最も危険な著効であり、日本の政治を腐らせた言論の酷寒であるということを知るべきではないのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(149) 取材のためならば犯罪も行う共同通信と朝日新聞の倫理観

マスコミ批判に関する一考(149) 取材のためならば犯罪も行う共同通信と朝日新聞の倫理観

 参議院選挙である。
 公示日以降投開票までの期間はあまり政治化に関して書くことができなくなってしまう。その為に、このマスコミ批判に関する一考も少々古い事件から引き出してその内容を記載するようにしたいと思う。特に、今回は「ネット選挙解禁」であるために、ネットでさまざまな論評を繰り返してしまうのはあまりよくない。そこで、ここ二週間は、選挙に関しては各政党の公約の比較。そして、当落予想(政党別)くらいにしておいて、そのほかの内容を行うことにする。実際に「ネット選挙」が解禁されたことによって、われわれのネットでの言論も「選挙活動」となる可能性を秘めているわけであり、誹謗中傷などと執られるものはあまりよいものとは考えないのである。今までのような「あまり考えなしに批判する」のは控えなければならない。
 このマスコミ批判に関しても、政治に関する内容は少々控えることにする。
 そこで、今回は少々古い事件であるが6月24日に書類送検された共同通信と朝日新聞について、その内容を記載してみたいと思う。
 マスコミは取材をすることによって、記事にするねたを集め、その記事を構成することによって表現を行う。要するに「取材」「構成」「表現」で掲載内容を決め「掲載」「配置」で読者に読ませると言う形式をとるのである。
 しかし、その中の取材は、時に相手に嫌がることを離させなければならないし、またその話をさせる内容に関しては「強制力」が存在しないことになる。しかし、逆に「買収」などは「取材協力費」ということで計上することができるなど、別な部分でその内容を取材することが可能だ。そしてその取材の結果がもっとも重要な生地の中心になるのである。
 当然に、取材そのものが及ばなければ生地などは構成することができないし、また、取材そのものができないということ出れば紀伊にならない。他者に比べて取材が及ばなかったと言うことになれば、当然に記事は他よりも劣るものになり、取材の結果と違うことを書けば「捏造記事」になってしまう。
 その為に取材は、ある意味で「法律違反ぎりぎり」を行うことになる。よくテレビなどでレポーターが「実際にやって見ましょう」などということは、その体験を語る上では重要である。これがジェットコースターなどならば、何の問題もないが、犯罪を「実際にやって見ましょう」となれば、かなり大きな問題になるはずだ。

<PC操作>朝日、共同記者書類送検へ サーバーに侵入容疑

 パソコン(PC)の遠隔操作事件で、警視庁は24日、片山祐輔被告(31)=ハイジャック防止法違反の罪などで起訴=が弁護士らに犯行声明を送るために使ったとされるメールのサーバーに侵入したとして、朝日新聞社と共同通信社の複数の記者を不正アクセス禁止法違反容疑で書類送検する方針を固めた。
 捜査関係者によると、記者は昨年10~11月ごろ、片山被告が使っていたとみられるIDやパスワードを入力して、メールのサーバーに複数回にわたり、無断でアクセスしたとしている。パスワードなどは犯行声明の内容をヒントにアクセスしたという。
 両社の記者はサーバーに侵入した後、取材目的でメールの内容や送受信記録などを確認していたとみられる。

毎日新聞 6月25日(火)2時37分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130625-00000010-mai-soci

取材なら「不正アクセス」許されるのか 共同・朝日記者送検でネットに疑問の声

   パソコン遠隔操作事件で、共同通信と朝日新聞の記者らが不正アクセスをしていたとして書類送検された。両社は正当な取材行為だったとする一方、ネット上では異論が出ており、認識に違いが見られる。
   「不正アクセス」は、共同通信記者のケースで2013年4月11日にまず発覚した。共同は社内調査で分かったと報じたが、ログイン履歴とされるものがネット上で暴露されており、いずれ判明する事態だったとみられる。
共同は「行き過ぎ」からコメント変える
   報道によると、共同の2人と朝日の3人は、12年10~11月にそれぞれ、片山祐輔被告(31)が犯行声明を弁護士らに送るために使ったとされるフリーメールサイトのサーバーに1~3回ほど侵入したとして、不正アクセス禁止法違反の疑いがかけられている。記者らは、アクセスに当たって、片山被告が使っていたとみられるパスワードを入力していた。
   パスワードは当初、犯行声明メールの内容から類推したとされていた。そして、真犯人が使ったとみられる別のフリーメールのパスワードが、12年10月9日の犯行声明メールに書かれていたと報じられていたことから、共同の記者は、このパスワードを使って「不正アクセス」したとの見方がネット上で出ている。
   共同は当初、「真犯人に近づく目的だったが、取材上、行き過ぎがあった。厳正に指導する」との編集局長のコメントを出していた。しかし、今回は、行き過ぎとは言っておらず、「形の上では法律に抵触する可能性がありますが、事件の真相に迫るための取材行為だったことを捜査当局に説明し、理解してもらえたと思います」との社会部長コメントをマスコミ取材に出している。
   その理由は明らかにしていないが、フリーメールのパスワードが同じであることはメールから読み取れるとして、「形の上」だけでの違法の可能性に触れたとも言えそうだ。
朝日は「法律上も報道倫理上も問題ない」
   一方、朝日新聞は、社会部長のコメントとして、「正当な取材の一環で、法律上も報道倫理上も問題ないと考えます」と違法の可能性まで否定した。そのうえで、「手続き上、書類送検されることになりますが、本社は弁護士を通じ、正当な業務だったとの見解を警視庁に伝えています」と言っている。
   さらに、「朝日新聞記者の不正アクセス容疑について」という広報部の署名記事で、会社の見解として違法でない根拠を説明した。そこでは、2012年10月9日の犯行声明メールにパスワードが記載されていたし、真犯人とみられるパスワードの利用権者がアクセスを承諾していたのは明らかだと踏み込んだ主張をしている。
   とはいえ、ネット上では、「正当化するとはびっくり」「人のアカウントで勝手にログインするのがどうやったら正当な業務なのか全く解らない」「報道のための犯罪は合法ですかへー」といった疑問の声が依然多い。
   なお、日経の記事によると、警視庁幹部は、「結果的に捜査上の支障はなく、取材が目的で悪質性が高いとはいえないが、行為としては不正アクセス禁止法違反の疑いがあり、書類送検の必要があると判断した」との見解を示したとしている。

2013年6月25日(火)19時46分配信 J-CASTニュース
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/jcast-178017/1.htm

 その犯罪行為を行ったのが、今回の事件では共同通信と朝日新聞である。当然に、これらに関して、当然に記者の個人の判断で行うものであるが「行き過ぎ」の行為も十分にありうる。そのことで問題になるのは、新聞社では良くあることだ。何も法律違反ばかりではなく、倫理的、道義的に問題になることもあり、その内容は謝罪を行うことになる。
 共同は当初、「真犯人に近づく目的だったが、取材上、行き過ぎがあった。厳正に指導する」との編集局長のコメントを出していた。しかし、今回は、行き過ぎとは言っておらず、「形の上では法律に抵触する可能性がありますが、事件の真相に迫るための取材行為だったことを捜査当局に説明し、理解してもらえたと思います」との社会部長コメントをマスコミ取材に出している。(上記より抜粋)ということであり、基本的に行き過ぎであり法律違反の可能性はあるものの、社内での処分は行わないというものであろう。まさに、この犯罪は「不正であることの認識」が必要であり、取材行為そのものの体験が「不正」の認識を伴っていたかどうかは主観の問題と言うことである。そしてその内容は記者個人の判断であり会社としては「可能性に言及」しただけで済ましていると言うことになる。
 一方朝日新聞は「正当な取材の一環で、法律上も報道倫理上も問題ないと考えます」と違法の可能性まで否定した。そのうえで、「手続き上、書類送検されることになりますが、本社は弁護士を通じ、正当な業務だったとの見解を警視庁に伝えています」と言っている。(上記より抜粋)とある。これは「マスコミが取材のためならば、法律を違反してもかまわない。というものであり、まさに、「愛国無罪マスコミ版」を体現したコメントを発表したのである。
 果たして会社の姿勢としてこれは正しいのであろうか。報道の自由、表現の自由はあっても取材の自由は規定されていないし、また憲法上規定されていたとしても、その内容はしっかりと吟味され違法性のない範囲で行わなければならないはずだが、左翼新聞といわれている朝日新聞は、全体主義を標榜しているのか「愛国無罪」を主張していると言うことになるのである。
 この姿勢こそが問題である。まさに「違法」の手段によって表現されたものが「憲法の人権」の範疇であると言う不思議な解釈が、彼らの中にある限り、取材行為からの違法性は排除されない。上記のように取材はある意味で競争の原理が働いており、その中で違法取材を許すような風潮があれば、それは取材そのものが大きな社会問題であり反社会行為になる可能性も存在するのである。
 このようなことを許してよいのか。選挙も大事だが、このような行為を許すか許さないかと言うことも十分に必要な内容である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

保守的解釈による日本国憲法講義私案 第36回 日本国憲法の精神にある世界秩序の維持

保守的解釈による日本国憲法講義私案
第36回 日本国憲法の精神にある世界秩序の維持

 この文章は日本国憲法の文章である。
  当然に、このことは「日本国」の国家と国民のために書かれたものであり、その国益と利益に資するものが原則として存在する。
  そもそも「国家が必要ない」というような思想の人は、このような思想を言う人は日の丸君が代に反発したりするのであるが、そのような人種の人々は、「日本国憲法」に「日本国」と書かれている意味が分かっていない。
  要するに日本国憲法の名称の意味すら分かっていないということが言えるのではないか。
  それくらいのことがわからない人が「世界市民」などといって政権を担うと国家としての国益を大きく損ない、そのうえ、国民の生活は困窮し、周辺国は調子に乗って法律や常識では考えられない要求を行うようになる。
  また、「それくらいのことがわからない人」の政権は、そのような理不尽で国際秩序の無い要求に応えることが「世界平和」であると考えているために、理不尽な国際秩序破壊の要求に簡単に応じてしまう。
  それどころか、日本国のほうから正当に入手した国宝や領土、領海を放棄し相手国に差し出してしまう。
  国連憲章第2条第4項には
  「すべての加盟国は、その国際関係において、武力よる威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない。」
  とある。
  しかし、日本国の政府が、日本国の国益を無視し、国家の重要な資産や領土の保全を放棄してしまえば、どうにもならない。
  そのようなことを行うために、中国は「三戦」という概念を持ってきているものであるが、日本国の一時の政権は、そのような「三戦」をするまでもなく、日本の領土や主権を差し出してしまう勢いであったのは事実である。
  そのような政権が日本国にできたために、日本国民は「誰がやっても政治は同じ」などという甘えた概念がなくなった。
  もちろん、健全な方向になったのであるが、しかし、その次の政権において「正当な方向」に向かっているものを「右傾化」という表現を行うようになる。
  そもそも、今まで「理不尽」で「国際法を無視した」要求を通し続け国益を無償でどころか土下座で朝貢していた政権に比べれば、相対的に右傾化していることは間違いがない。
  それは「正常化」がイコールで「右傾化」であるということになるのである。
  そしてそのような錯覚をアメリカなどにもさせてしまうのは、中国や韓国など日本の隣国にロビー活動と、日本の間違った国益の解釈によるものではないのか。
  さて、この文章は憲法の話をしている。
  過去に何度か繰り返しになるが、この文章は、現行憲法が憲法として存在する以上、その憲法を尊重しなければならない。
  「悪法といえど法なり」は、近代以降の法治国家の格言である。
  法律は変えればよいのであるが、しかしその法律が存在する以上は社会秩序の観点、そして法の下の平等の精神から、その法律は守らなければならない。
  法に従って法律を変えるまでは、その法律を法律として尊重すべきであるというのが現状である。
  その中において、現行憲法をそのまま憲法として存在する場合に、それを尊重するものとし、そのうえで、最も保守的に解釈した場合にはどのようになるのかということを考える連載を行っている。
  実際に、現在は憲法改正の機運が高まっており、現在扱っている憲法がなくなってしまう可能性があるが、それまではこの解釈論を続けようと思っている。
  もちろん、「現行憲法を破棄」という考え方も理解するし、「憲法改正」を否定するものではない。
  たぶん私自身は改憲派であり、現行憲法に対して不満は存在する。
  特にこの9条や、前回までの「天皇」に関する部分などは到底受け入れられない部分があり、この連載であっても改正すべきというような論調で書いてしまったこともある。
  しかし、一応は解釈論として、その内容をしっかりと考えるべきではないのか。
  その中で思考の片隅に入れなければならないのは、現在の憲法解釈が日教組をはじめとした左翼的な解釈になってしまっているということであり、その内容は必要以上に左翼的、反国家的、非国益的に解釈されているものである。
  そのために、必要以上に日本国憲法が、本来の解釈以上に左翼的な憲法として言われているのではないか。
  左翼的な解釈をされてしまっているというのは、まさに、この9条を中心とする「平和主義」そして憲法の特徴である「基本的人権の尊重」そして、「国民主権」の部分が最もひどいのではないかと解釈しているのである。
  実際に前回までの内容で、完全に儀式用の操り人形と化した天皇の存在は、唯一絶対の主権者としての地位を捨てただけであるのに、日本国民に認められる当然の意思表示や基本的人権、例えば参政権や財産権までも否定されるということになるのである。
  逆に触れてしまうと、解釈で最悪の方向に行ってしまう。
  天皇陛下が人格者であるために、そして真に国家を思う方であるために、その状態で我慢しておられるが、通常ではおかしいと思うのが普通ではないか。
  そのような当たり前の感覚で、この憲法を解釈する必要があるのではないか。
  その意味でこの憲法9条の改正議論が現在出ているのは、まさに、この憲法改正に関する外交的な問題があるからにほかならず、それが左翼的に解釈していた「主人公たちの政権」によって明らかになった。
  日本人は中国人や韓国人のために毎日働いているのではない。
  日本人は自分たち日本人のため、そして将来の子孫の発展のために現在努力しているのである。
  そのために正しいことをするのに何の躊躇がいるのか。
  それが、この憲法9条の改正論の「当然の契機」であると考える。
  そして、その当然の契機が、まさに尖閣諸島問題であり、そして竹島問題であり、そして、北方領土であり、そして、民主党の土下座外交(彼らは配慮の外交といっているようであるが)であった。
  そして、それらの他国の理不尽な、国際秩序を破壊する行為から、日本国と世界秩序を守る義務が存在するはずだ。
  この憲法を起草したGHQも、日本国の先人たちも、そして詔を発した昭和天皇陛下も、中国の横暴を、韓国の不遜を許すつもりで、この憲法を起草・発布したのではない。
  その観点でしっかりと「自衛権」を考えるべきではないのか。
  次回から、その観点で、憲法の条文にはないかもしれないが、当然の権利としてそれを考えてみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

参議院選挙中なのであえて芸能人のネタからスピーチ力について

参議院選挙中なのであえて芸能人のネタからスピーチ力について

 参議院選挙中なので、なるべく政治家のことは書かないつもりである。特に土曜日なので、まじめな話題などは全く書きたくない。しかし、4日の公示日から報道も選挙一色になってしまっている。こうなるとまた選挙と全く関係のないことも書きにくいものである。そこで、本日は選挙と関係があるような内容な、かなり微妙なラインを見てみようと思う。
 少し古い話であるが、AKB48の総選挙というものがあった。「総選挙」という名の人気投票は選挙関係者なども面白がってみてみるほどなかなか面白い。残念ながら一人一人の話などはあまり私にはわからないし、誰かを応援するというにしても、今一つよくわからない。昔は80年代アイドル全盛期で、ラジオなどを通じて様々な話を聞いていたので、朝のNHKのドラマで話題の「あまちゃん」に出ている小泉今日子などは「きょんきょん」などといって非常に親しみがあるし、昔(数十年前)はアイドルのイベントにもよく行ったものであるのだが、さすがに世代が違うとよくわからない。
 それだけに、話題になったりそのような現象には理解は示すものの、一人一人の内容まですべてわかるような感じではないし、またそれを素人もあまり思っていない。そもそも顔と名前がすべて一致するほど記憶力もよくないのが難点なのである。
 その中でも、一応最後の法の内容は見た。なんというか話題になった時に多少はついていけるようにしているつもりである。
 その中で、今回の総選挙の各アイドルたちのスピーチが話題である。あまり選挙が好きでなかったとか、あるいは説く全引退宣言をしたり、演出、またはサプライズの発表としての舞台選びはなかなか面白いのではないか。またそれに測ったようなカメラワークは、普段批判しているバラエティの真骨頂であり、すぐに泣いているメンバーのほうにカットを向けるなどの演出はなかなか面白い。
 そして、その中で2位になった大島優子(とここに書いていて顔が思い浮かばないのであるが)さんのスピーチが話題になったので少しそのことについて書いてみよう。

テリー伊藤絶賛 AKB48総選挙での大島優子のスピーチ力分析

 指原莉乃(20才)が1位となり盛り上がりを見せた第5回AKB48選抜総選挙。毎回、メンバーのスピーチも話題になるが、今回の総選挙で目立ったのは惜しくも2位となった大島優子(24才)のスピーチだ。「涙のひとつも出てこない、この感覚」との言葉から始め「(指原は)私の壁をするっとぬけていった」「(指原センターで)どんなコミカルグループになるのか」と次々と繰り出す巧みな表現で、会場を笑いに包んだ。テリー伊藤も「芸能人としての“身体能力”は抜群」と絶賛したほど。大島のスピーチ力を、スピーチトレーナーで大阪工業大学客員教授の高津和彦さんが分析した。
 * * *
 自分が予期していなかった結果が出たときに、その事実をどうとらえてどう表現するのかというのはたいへん難しく、スピーチ力が問われる場面です。
 大島さんは、“涙のひとつも出てこない、この感覚”という第一声でファンの心をとらえましたよね。一般的には皮肉になるような内容ですが、1位になった指原さんが“いじられキャラ”ということから見事な“つかみ”になっています。
 今回のように、勝負に敗れた場合、負けた人のスピーチは大きくふたつに分けられます。ひとつは素直に結果を認めて“おめでとう”と勝者を祝福する。もうひとつは祝福はせずに“おかしい”“納得できない”と、その結果に反発するケースです。
 2位になった大島さんのケースはどうでしょうか。先ほどあげた“涙のひとつも出てこない”というコメントや“おなか抱えて笑ってしまう”というのは、後者のケースと言えます。指原さんに“おめでとう”とはひと言も言っていません。そして、反発の気持ちを最初から最後まで、嫌みに聞こえないように笑顔のまま表現し続けているところが、絶妙です。しかも、笑いをとりながら、というのはなかなかできることではありません。
 スピーチをするときにもっとも重要な落ち着きというポイントも、彼女にはありました。“壁をするっと抜けていった”というのは、準備して出てきたコメントではないでしょうから、表現力の巧みさや彼女の頭の回転の速さを感じられます。これはそもそも心が落ち着いていないと出てこない言葉です。しかも、コメントとコメントの間にしっかりと“間”を置いて話しているので、聞いているほうも聞きやすく、その結果笑いも起こった。
 自信をもって話すということもスピーチではすごく大事です。彼女は自分の結果について“偉業”という言葉を使っています。2回目は言い直したわけですが、負けた人がなかなか自分に対して偉業とは言えません。普通は“自分はよくやったと思う”“一生懸命がんばった”というありきたりの表現になってしまいますが、それを“偉業”というピンポイントの漢語をもって言い切ったのは、自分に自信があるからでしょう。
 勝者を祝福するスピーチに比べて、反発の気持ちを表現するスピーチは、なかなか難しいものです。ウソであっても、“よくやった”“おめでとう”という言葉で勝者を讃えがちですが、彼女は終始、落ち着いて、しかも指原さんのキャラクターを生かして笑いも取りながら、反発の気持ちを最後まで表現し切り、会場の注目を一気に集めた。まさに100点のスピーチをしたと言えるでしょう。

2013年6月15日 夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20130615/enn1306151431004-n1.htm

 少々古い記事なので、思い出していただければよいかもしれない。この夕刊フジの記事はスピーチの内容は非常によく分析されている。
 しかし、その分析に関してまず、「場の雰囲気」というものを考えてみよう。単純に、大島さんは、下馬評では1位になると目されており、それがダークホース(といっても中間発表で1位だったらしいが)の指原さんに1位を奪われた形である。実際にその内容が納得行くものであれば、要するに実力が伯仲していての結果であれば違うスピーチであったであろう。その内容をいかにスピーチで示すか、という観点からのこの分析は非常に優れている。
 しかし、それ以上にこの大島さんがすごかったのは、場の雰囲気のつかみ方であろう。意外な結果がだた場合、本人だけでなくそのほかの人も納得できないはずである。その中には非常に「緊張」が走るものであり、同時に、本人たちのどのような声をかけるかということは悩ましい。その場で泣かれたりしたら、それはそれでよいのかもしれないが、それでは周囲を困惑させる。
 メンバー全体および会場全体の雰囲気を考えれば、簡単に感情をお面に出すわけにはいかないのではないか。その雰囲気を崩すのは「笑い」である。その笑いは最も悔しい思いをしている本人が笑い、そして共感を得るということをしなければならない。その一定の法則を彼女は知っていたのではないか。「涙の一つも出てこない」「おなかを抱えて笑ってしまう」と笑顔でいうと、その悔しさや残念さは非常によく伝わり、新聞の記事の分析にあるように結果に反発しながらも、その緊張感を解きほぐし、会場を一体化して笑いで包むスピーチであった。
 選挙などにおいて「笑い声」と「拍手」は、いかなるスピーカーの音量よりも人の耳目を集める。選挙活動というと、どうしても「自分の政策を伝える」「名前を憶えてもらう」というような感覚になりがちであるが、残念ながら、例えば街頭演説会でその会場全体を一体化し、包み込み、笑いを得て共感を呼ぶような候補者のスピーチは残念ながら存在しない。その笑いや一体感は会場(聴衆)と候補者本人の共感を生むことになり、そのシンパシーが投票行動につながるのであり、政策などを「押し付ける」のでは、逆に反発を食らってしまうのである。
 そのために会場の雰囲気をつかみ、そのうえで、会場の雰囲気を味方につけるような感覚にならなければ話にならないのではないか。
 芸能だから、AKBだから政治とは関係ないというものではない。その場の雰囲気やその内容の会場の雰囲気のつかみ方などは、かなり、勉強になるところが多い。逆に共感を得られないスピーチはどのようなものであったのか、など「自分を表現する」という感覚においてはかなり興味深い内容になっているのかもしれない。
 今回の選挙でこのような内容も少しは参考にしてみたらいかがであろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エジプトのクーデターが日本に及ぼす経済と産業と政治に対する重大な影響とは

エジプトのクーデターが日本に及ぼす経済と産業と政治に対する重大な影響とは

 昨日7月21日投開票をする参議院選挙の公示が行われた。各党、各候補者には、選挙戦を戦ってしっかりと主張していただきたいし、また、有権者の皆さんにはしっかりと日本の将来を考えていただきたいと思う。
 今回は、ネット選挙が解禁になったということと、思ったほど多くの争点がない。いずれも昨年の総選挙でいわれているものであり、その内容の「焼き直し」が多いので、今回はその内容を繰り返すのはいかがかと考えている。そこで、今回は、毎回恒例の選挙の争点は、来週の後半で行うものとして、それまでは政治とは基本的に関係のない内容を記載しようと思う。
 そのうえで今回は、エジプトの話をしてみよう。
 エジプトは、昨年いわゆる「アラブの春」といわれる民主化運動によりムバラク政権が妥当された。その後、ムバラク元大統領の処罰が決定し、そのうえで暫定政権は選挙によりモルシ大統領が就任していた。
 しかし、そのモルシ大統領はムバラク大統領同様の強権政治を行い、国民の反感を得ていた。就任後すぐに反政府デモが発生し、その後、断続的にデモが発生したのであるが、今回大規模なデモが発生した。世界の目がシリア情勢に向いていた時点でのこのエジプトのデモは、なかなか大きな衝撃になり、世界の耳目を集めた部分で、エジプト軍が現地時間の3日に軍がデモ隊に介入しクーデターを起こした。もちろん、モルシ大統領は、その強権政治に関して軍の支持も失っており、そのためにシリアのような国軍と反政府軍という構造にはならなかった。もともとのムバラク大統領が軍も掌握しておりデモ隊と軍の衝突があり欧米各国から非難があったことと、今回のモルシ大統領は軍の支持で起きた政権でなく民衆の投票でできた政権でしかなかった。そのうえ、その時の投票率は40%程度の投票率でしかなく、国民の総意でできた政権ではなかったという事情がある。その中において軍が反政府側に動いたことによって、モルシ大統領は、反政府デモに対して抵抗する手段を失い、そして失職するのである。

エジプト軍が事実上のクーデター、大統領は失職

 【カイロ=久保健一】エジプトのシシ国防相は3日夜(日本時間4日未明)、テレビ演説し、憲法を停止した上で、最高憲法裁判所長官を暫定政府のトップに任命したと発表した。
 これによりモルシ大統領は失職した。
 民衆蜂起「アラブの春」によるムバラク独裁政権の崩壊後初の大統領選で当選したイスラム主義者のモルシ大統領は就任から1年で、軍による事実上のクーデターで地位を追われることになった。
 シシ国防相はまた、大統領選実施を主任務とする「実務者内閣」を樹立し、モルシ政権下で成立した憲法の改正を検討する委員会を発足させる方針を示した。
 演説会場には、世俗・リベラル派統一勢力「救国戦線」幹部のエルバラダイ前国際原子力機関(IAEA)事務局長や、イスラム教、キリスト教の宗教指導者などが顏をそろえた。
.
読売新聞 7月4日(木)5時2分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130704-00000193-yom-int

NY原油1年2カ月ぶり高

 【ニューヨーク共同】3日のニューヨーク・マーカンタイル取引所の原油先物相場は、エジプト情勢の緊迫化を受けて3日連続で上昇し、指標となる米国産標準油種8月渡しが前日比1・64ドル高の1バレル=101・24ドルで取引を終えた。終値としては2012年5月以来、約1年2カ月ぶりの高値水準。エジプトの政情不安が続き、スエズ運河やパイプラインを通じた原油供給に支障が出るとの懸念が広がり、買い注文が膨らんだ。

2013年7月4日(木)6時25分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/kyodo-2013070401000732/1.htm

エジプト軍の介入迫る

 【カイロ共同】エジプトは3日午後5時(日本時間4日午前0時)、モルシ大統領の退陣を求める反政府勢力の大規模デモを受けて、軍が介入を警告して事態打開を求めた最後通告の期限を迎えた。中東の衛星テレビ、アルアラビーヤによると、モルシ氏の与党、自由公正党の報道官は、軍事クーデターが進行中で、軍が道路に戦車を展開していると述べた。第三者による確認はされていない。

2013年7月4日(木)0時15分配信 共同通信
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2013070301002170/1.htm

 さて、世界の歴史でこのような場合にどのようになるか考えてみよう。独裁者(ムバラク)がいて、その独裁者が民衆のクーデターによって落とされた。民衆のリーダー(モルシ)がそのトップになるが、しかし、それは「反独裁者」のリーダーでしかなく為政者ではない。そのために、国力は衰退し生活者は「こんなはずではなかった」という感覚になる。そしてもともとの独裁者(ムバラク)の支持者と相まって「反独裁者のリーダー(モルシ)に対する揺り戻しのデモ」が発生する。これによって再度独裁者が生まれる場合もあれば、そうではなく民主政治が発生する場合もある。いずれにせよ、独裁者が生まれてしまう国家風土や文化の中にはそのような内容になる。
 例えば、先日映画で有名であった「レ・ミゼラブル」の舞台、フランス革命も、独裁者ルイ16世(ブルボン王朝)に対して、民衆がデモを発生させる。しかし、そのデモのリーダーロべス・ピエールは、政治家ではなかったために、国民に対して恐怖政治を施すことによって国民は、怒り再度デモを起こす。特にこの場合に軍の先導をお子遇ってピエールを打ち破る。その中心的司令官がナポレオンということになるのである。
 中国でも、もともとの漢王朝から民衆のデモ黄巾の乱が発生し、その鎮圧軍として董卓が専横を行う。その董卓を打倒した後、結局三国分立になってしまい晋が統一王朝を作るまでの期間中国はずっと内乱状態になってしまうのである。
 さて、このような政情不安は、昔ならば一国の中にあるのであるが、しかし、現在はそうはいかないエジプトが接している海によって、海運が阻害され、その航海の安全が図られないことや石油などの貿易が安定しないことによって、ニューヨークの石油相場が上がり、その石油相場に対して、日本などの物価が上がることになる。
 要するに、エジプトの政情不安は、そのまま日本の経済状況を直撃する大問題になるのである。そもそも「平和でなければ貿易は成立しない」のであるが、その平和は、「日本一国の平和」ではなく、「日本が貿易する国家すべて」として「その国家との間におけるシーレーンで接しているすべての国」の平和がなければ、日本は貿易が成立せず、その貿易が成立しないことによって、日本の経済は悪化の一途をたどることになる。
 この部分を解消するために「集団的自衛権」ということを行うのであるが、しかし、それは「旗色を鮮明にする」ということを意味し、その部分のリスクを負うことになる。しかし、本来であれば、日本は「平和を愛する諸国民」の先頭に立つことを日本国憲法の前文でうたっているのであり、それは、日本一国が平和であればよいという独りよがり、自己中心的な平和主義ではないはずである。
 その憲法と集団的自衛権が、日本の経済と結びついているということになるのである。ここから先の考え方は、そもそもその内容がリンクして考えられているか、政策化しているかが大きな問題になるのであり、その内容をしっかりと考えなければならない。
 しかし、それ以上に日本のマスコミや日本の国民は、エジプトという海外の事情、日本と名慣れた国家の国内政治不安が日本の経済や産業に非常に大きな影響があり、関連しているということを認識し、そのうえで、その内容をしっかりと検討すべきではないか。その認識がないこと自体が非常に大きな問題であるということを考えるべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

野党共闘を言う人々の「政界で過去の人」になってしまったという特徴と「反自民」という標語にまただまされる人はいるのか?

野党共闘を言う人々の「政界で過去の人」になってしまったという特徴と「反自民」という標語にまただまされる人はいるのか?

 紙面の都合で新聞紙面は抜き出さなかったが、生活の党の代表である小沢一郎氏が、今回の参議院議員で野党共闘を提唱し「反自民」というキーワードで野党共闘を提唱したのは、かなり前のことである。実際に小沢氏がそのことを提唱した時には日本維新の会は、まだ橋下代表の慰安婦発言がなく、民主党も都議会議員選挙でみるほどの悪化は露呈していなかったのである。そのために小沢一郎氏の提唱は黙殺され、そのような提唱を無視された小沢氏は「野党の間でも意見が通らない」「小沢は完全に終わった」といわれたのである。
 しかし、その小沢の提唱から数か月たって、都議会議員選挙は野党の惨敗で終わった。そもそも、都議会議員選挙は小選挙区制ではないのにかかわらず、公明党は立候補者全員が当選するという過去にない大勝利を収めることになる。逆な言い方をすれば、それを許してしまうほど野党はふがいない結果になったということが言えるであろう。
 参議院選挙も小選挙区制ではないが、しかし、一人区の選挙区も少なくない。オスなれば野党共闘、少なくとも選挙区調整をお粉wな開ければ勝てる可能性は非常に少ないということが言える。そもそも、支持率調査で、自民党が40%台であるのに対して、野党はすべて足し算しても30%に満たない。このことを考えれば、現在の野党への支持というものは、非常に薄いものであるということが言える。
 小沢一郎氏の政策などすべてに共感しているわけはないが、小沢一郎氏は、「政局眼」はかなり確かなものを持っているのではないか。例えば、彼が民主党の代表であり、福田康夫氏が首相だったころ、民主党と自民党が大連立を果たそうとしていた。しかし、民主党内部の理解を得られることができなかった。実際に「与党の経験がなければ。政権をとってから国民の理解を得られる政治ができない」という小沢氏の主張に対して、枝野・仙谷といった小沢反対派は「自民党と対立軸をしっかりしないと民主党が埋没する」といわれた。小沢氏はこのことで代表を辞任する結果になる。しかし、その小沢氏の主張通りに、経験不足と民主党の政策に関する不一致から、民主党は政権を奪取したのちに、すぐにその指示を失い、昨年の総選挙までに(正確には鳩山首相のるーぴー発言や菅直人首相の地震対応などで)指示を完全に失い、そのために、低迷しているというのが現在の状態である。このいきさつはまさに小沢氏の数年前の予言通りになったということではないか。もちろん、その政策などではなく、政局に対する見識はかなり正しいところを見ている。
 その小沢氏の提唱した「野党共闘」を、最近、維新の会の橋下代表や民主党が主張し始めているのである。きっかけは都議会議員選挙の敗北である。

民主、意味のない野党共闘 国会運営の主導権握られ 政権担当能力のなささらけ出し

 これも東京都議選惨敗の影響か-。安倍晋三首相に対する問責決議の採決をめぐり、民主党は26日、電気事業法改正案や生活保護法改正案など「国民生活に影響のある法案」(海江田万里代表)を捨てて、野党共闘を選択した。しかも、国会運営の主導権を他の野党に握られ、行き当たりばったりの対応だった。国会での野党共闘が参院選で役立つ保証はなく、都議選で信任された安倍政権を否定した民主党は政権担当能力のなさをさらけ出した。
 参院の議院運営委員会は朝から首相問責決議案の対応で混乱した。
 みんなの党「ただちに問責を採決すべきだ」
 民主党「会期末処理も残っている。問責の扱いは再協議したい」
 自民党「問責は本会議に上程すべきでないが、甘んじて受ける」
 民主党「想定外だ」
 それから約1時間後。議院運営委員会で、問責決議案を本会議に上程し、採決することが決まった。
 民主党は25日の段階で、26日の本会議では、まず平田健二議長の不信任決議案を処理し、休憩をはさんで、電事法改正案などの採決をしてから問責決議案を採決するシナリオを描いていた。安倍政権は信任できないが、重要法案を成立させれば実績としてアピールできるとみていた。
 ところが、都議選で善戦したみんなの党だけでなく、一議席も獲得できなかった生活の党なども、参院選に向けて野党として存在感を発揮しようと安倍政権との対決色を強め、法案よりも問責案の採決を先に行うよう主張。民主党は「問責案を先に採決しないと、議長不信任案の採決で賛成に回るぞ」と同党出身の平田議長の進退を他党から揺さぶられた。
 海江田氏とともに記者会見に臨んだ細野豪志幹事長は「与党に法案を仕上げる熱意がまったくなかった。政府・与党が成立を阻止したんだ」と述べ、法案の廃案は与党に非があると強弁した。しかし、賛成すべき法案より問責案の採決を優先した事実は消せない。民主党は「最悪のシナリオ」に突き進んだ。
 首相は、予算委員会出席をかたくなに拒否し、問責決議の口実を与えた。出席に応じなかったのは経済政策「アベノミクス」への追及から逃れたいことも一因だが、26日夕の記者会見では問責決議を受けても意気軒高だった。
 「問責決議により、残念ながら電力改革のための法案など重要法案が廃案になった。景気回復を加速させるためにも、ねじれを解消しなければいけない」
 さらに、民主党が国会運営で主体性をみせなかったことを念頭に「決められない政治、迷走する政治。これがねじれだ」と同党を当てこする余裕も見せた。(大谷次郎、加納宏幸)

MSN産経ニュース2013.6.26 23:16
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130626/plc13062623210025-n1.htm

橋下氏「対自民へ野党合流を」選挙後の再編意欲

 日本維新の会の橋下共同代表は1日、大阪市内で読売新聞などのインタビューに応じ、参院選(4日公示、21日投開票)後の政界再編について、「自民党がしっかりした組織を持っている以上は、野党も少々考え方の幅があるにせよ、なるべくまとまっていく作業が必要になる」と述べた。
 自民党に対抗する勢力として、野党の合流が必要との認識を示したものだ。
 橋下氏は、多数の野党が乱立する現状について、「(有権者の)受け皿になれていない。緊張感のある2大政党制でないとだめだ」と指摘し、野党再編に意欲を示した。ただ、どの政党との合流を目指すかなどの再編の道筋については「参院選後の話は終わってからだ」と明言を避けた。
 参院選の目標は、「与党の過半数阻止」を掲げた。「現有(の3議席)以上の議席でも負けは負け。4でも5でも勝ちにはならない」と述べたが、「(勝敗)ラインをどうするかは僕が口にすることではない」とも語った。

2013年7月1日(月)23時4分配信 読売新聞
http://news.nifty.com/cs/headline/detail/yomiuri-20130701-01169/1.htm

 さて、5年前に小沢氏が大連立を主張した時と、現在の野党きゅとうとは全く環境が異なる。一つには自民党に対する国民の評価だ。あのときは、すでにねじれ国会であり与党自民党に対する期待感は全くなく、民主党の主張が受け入れられていた時代である。政権準備という意味では「反自民」といいながらも連立与党にして問題がない状態であったはずだ。
 では現在はどうかというと、一度民主党の政権を行い、国民の期待感を裏切った民主党や、そのほかの野党に対する国民お目は冷たい。それだけでなく、アベノミクスといわれる経済政策(政策というよりも現象であるが)により、国民が活気づいている時代である。実際に野党は「落ち目」であり、また、その落ち目である理由も何もわかっていない。特に民主党は自分たちの敗戦の総括もできておらず、5月に行われた大反省会などはひどいものであった。これらにより、より一層支持を失っている現状に気付いていない状態は驚きである。
 そのうえで「政策」ではなく「反自民」という批判のための選挙対策を行うという。これはまさに国民の支持を完全に裏切るものであり、どうにもならないものである。特に、橋下氏と民主党、いずれも以前は国民の熱狂的な支持を受けながら、自らの行為(または発言)によって、その支持を失ったのである。世数るにそれまでは「主張は受け入れれら他」または「面白く思われた」がそれらが実行に移った時または、それらの内容や真意が明らかになった時に、国民が離れていったということに過ぎないのである。うまく隠せていた時や、うまく批判だけをマスコミに報道されたときは支持を得られたが、自分の主張をs多ときには支持が離れたということである。要するに「最大公約数」を主張しているときは表現方法などでもてはやされても、その基本の部分は国民に受け入れられるものではなく、そのために、「野党共闘」は「敗者連合」「嫌われ者同盟」になりかねない状態になってしまっているのではないか。
 そろそろ「反自民」という標語を捨てて、自らの政策とイデオロギーで仕事をしなければ、国民は完全に政治を見限ってしまうのではないか。政治を見限るということは、それだけ野党は立ち位置がなくなるということに過ぎない。批判しかできない、キャッチなコピーしか言えない、過激な物言いでタレントのようなことをする政治家はいらない。それがわからない人々が「野党共闘」を主張している。そのように解釈することが正しいのではないか。これは自民党政権を支持する、しないという話ではなく、野党そのものの在り方の問題ではないかと考えるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「値上げの夏」「大企業中心」といわれているが「アベノミクス」は失敗したといえるのか?日本のマスコミはアベノミクスを失敗したと報道したいマスコミに対する解説

「値上げの夏」「大企業中心」といわれているが「アベノミクス」は失敗したといえるのか?日本のマスコミはアベノミクスを失敗したと報道したいマスコミに対する解説

 一昨日7月1日から小麦などが一斉に値上げした。このことを何の疑問もなく報道しているに恩のマスコミに対して、私のような企業法務を行っていた人間から見ると「公正取引委員会」の「価格カルテル」の疑いを報じないのはなぜかと思ってしまう。もちろん急激な円安で価格の値上げが必要なのはわかるが、同日に一斉に値上げというのはなんあrかあのカルテルがあるのではないか。そのように考える人がいないのは、マスコミが問題視しないで気づかない人が多いからではないだろうか。
 このように「アベノミクス」は失敗したというような報道を行うのが非常に多いのである。例えば今日取り上げる記事の中で日銀短観が発表された。「1年9カ月ぶりプラス=大企業製造業、円安効果」という記事なのであるが、単純に円安の効果があるのは輸出企業である。このことから考えれば、「輸出企業」か「輸入企業」か「国内企業」かということを基軸に考えなければならないはずだ。これをなぜか「大企業」「中小企業」という枠組みで考えることのほうがおかしいのではないか。もちろん大きぎょのほうが大きな企業なのであるから国内に治まることが少なく、海外との取引も確率的に大きなものではないか。しかし、そのようなことは一切なく「大企業中心の経済政策」というような報道がされるのは、日本のマスコミが経済、特に為替の構造をまったくわかっていないとしか言いようがない。
 一つの数字を見てみよう。
 昨年11月14日(野田・安倍党首会談で野田首相が解散を表明した日)
 日経平均株価  8664円
 東証一部全銘柄時価総額 約254兆円
 為替相場  1ドル=79円90銭
 今年6月24日(東京都議会選挙翌日)
 日経平均株価  1万3062円 (昨年11月14日比 150.7%)
 東証一部全銘柄時価総額 約383兆円 (昨年11月14日比 150.7%)
 為替相場  1ドル=98円32銭 (昨年11月14日比 123%円安)
 このように、数字で比較すれば、民主党政権時から考えれば景気が良くなっていることは明らかなのである。なぜこれが批判されるのか。単純に、安倍批判だけなのか。自民党批判だけなのか。そのことを検証してみたい。

スーパー、コンビニとも減少=節約志向、低気温で―5月売上高

 日本チェーンストア協会が20日発表した5月のスーパー売上高(既存店ベース)は、前年同月比1.2%減の1兆492億円と、2カ月連続で減少した。消費者の節約志向が根強いことに加え、野菜の相場安が響いた。月前半が低温だったため、クールビズ関連の衣料品も不調だった。
 顧客1人当たりの買い上げ額は0.7%減。客数は0.4%増。母の日や大型連休の行楽需要で、すしや総菜は好調だった。
 商品別の内訳は、全体の約6割を占める食料品が0.7%減だったほか、衣料品が5.2%減など。チェーン協の井上淳専務理事は「アベノミクスが日常の消費の現場に波及するには時間がかかるが、(大幅なマイナスだった)一時の暗さからは脱しつつある」と指摘した。
 一方、日本フランチャイズチェーン協会が同日発表した5月のコンビニ売上高(既存店ベース)は、たばこ購入者の減少が続き、1.2%減の7130億円と12カ月連続で前年を下回った。 

時事通信社  2013年06月20日17時05分
http://news.livedoor.com/article/detail/7785262/

月の全国百貨店売上は2.6%増で2ヵ月ぶりのプラス、高額品や催事企画商品が好調=日本百貨店協会調査

 【6月19日、さくらフィナンシャルニュース=東京】 日本百貨店協会(東京都中央区)が19日に発表した全国百貨店売上高概況によると、5月の全国百貨店の売上高総額は前年同月比2.6%増の4847億円余で、2ヵ月ぶりのプラスとなった。
 5月は、上旬には低気温が続いて衣料品の動きが鈍かったものの、中旬以降の気温上昇に伴い、クールビズを含む主力の初夏物ファッション商材が勢いを取り戻した。また、年初から高い伸びを示している宝飾品・高級時計やラグジュアリーブランドなどの高額品も、引き続き好調であった。好天に恵まれたゴールデンウィークには各店の催事企画が好評でファミリー客を中心に賑わいを見せたほか、母の日商戦のギフト需要も活況であったことなどから、増勢気運を回復することができた。
 特徴的な動向としては、増床・改装効果のある東京や大阪など大都市(10都市:4.3%増)が5ヵ月連続で前年をクリアしたほか、住宅需要の活況を背景に家具(4.6%増)が4ヵ月連続でプラスとなった。訪日外国人は、タイなど東南アジアの急伸と円安効果によって拡大基調が続いており、2009年1月の統計開始以来過去最高の売上高を記録した前月(約38億6000万円)に次ぐ売上高(約33億2000万円/全国44店免税売上ベース)を記録した。【了】

2013年6月19日(水)16時24分配信 Sakura Financial News
http://news.nifty.com/cs/economy/economyalldetail/sfn-20130619-20130619_9/1.htm

景況感、1年9カ月ぶりプラス=大企業製造業、円安効果で―日銀6月短観

 日銀が1日発表した6月の企業短期経済観測調査(短観)によると、企業の景況感を示す業況判断指数(DI、「良い」と答えた割合から「悪い」の割合を差し引いた値)は、大企業製造業でプラス4と、前回3月調査(マイナス8)から改善した。2四半期連続の改善で、2011年9月調査以来1年9カ月(7四半期)ぶりにプラス圏に浮上した。
 DI改善幅(12)は10年6月調査(15)以来、3年ぶりの大きさ。3カ月後の先行き見通しは、プラス10となった。
 安倍政権の経済政策「アベノミクス」への期待感が続く中、日銀による新たな量的金融緩和を受け、円安・株高が前回調査時点より一段と進行。円安による収益改善期待から、輸出関連企業を中心に幅広い業種で景況感が上向いた。
 業況判断DIを業種別に見ると、輸出が好調な自動車がプラス16(前回調査プラス10)と2四半期連続で改善。電機はマイナス4(同マイナス17)、鉄鋼はマイナス2(同マイナス38)といずれも大幅に改善した。 

時事通信社 2013年07月01日11時32分
http://news.livedoor.com/article/detail/7815331/

 今日取り上げた記事は、小売業界の明暗が分かれたことを示す内容であり、同じ6月21日の記事である。百貨店は高級腕時計などが販売できたために好調な数字がつけられているのに対して、デフレ時代の日本の主役であったチェーンストアとコンビニエンスストアは、いずれもマイナスになっているということである。
 ならべてみれば「消費」は百貨店が上がりスーパーマーケットが下がっただけで、消費そのものの成功は変わっていないことになる。もちろん高級品を買う人と買わない人の差があり一家庭当たりの平均支出は下がることになるが、小売りに関しては問題はないということになる。
 では何が変わるのか。消費性向が「脱日常」を示しているものであり、そのインフレ、好景気時代の品ぞろえにスーパーマーケットやコンビニエンスストアが対応できていないのではないか。そのように考えるべきである。それだけでなくスーパーマーケットやコンビニエンスストアは「高級品を買う」という店舗ブランドに育っていないということになる。それ以上に、日用品をインターネット販売などにしてしまう人もいる。
 このような景気変動時は、市場が二極化するものであり、高級ブランド化と、一方で廉価日用品販売の二つの二極化で、高級ブランドが百貨店、廉価日用品販売がスーパーマーケットとすみわけができたと分析すべきであろう。
 このような分析を二つの同日のニュースを見れば明らかであるはずだ。その明らかな内容を見ることができないで、「値上がり」「大企業中心」と報道しているのは、まさに「経済が全く分かっていない」のかあるいは「わかっていながらアベノミクス批判のためにあえて悪い面だけを報道している」ということになるのである。
 ニュースは注意深く見なければならない。久しぶりにニュースの解説らしい解説の記事を書いてしまったが、実際にこのような冷静な分析による報道を期待するものである。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

「中共・韓国経済斜陽同盟」首脳会談とその意味する内容とは

「中共・韓国経済斜陽同盟」首脳会談とその意味する内容とは

 中国の習国家主席と、韓国の朴大統領が6月27日に会談した。
 韓国大統領は、慣例で就任後アメリカに行き、その後に日本に来ることが慣例であったが、朴大統領は、その慣例を破って中国を早紀に訪問した。歴史を否定すると言う部分は韓国や中国にはよくある話であるが、戦後史そのものを否定するような内容はなかなか珍しい、と書きたいところであるが、残念ながら3年前に鳩山首相を日本国民が誕生させてしまったときも、アメリカよりも中国へ早紀に歴訪すると言う愚行をし、その評価はアメリカにおいて「ルーピー」と称された。
 さて、この二カ国の共通点とは一体なんであろうか。日本の保守派はある意味でアレルギーになっているかもしれないが「TPPに呼ばれていない」という共通点がある。もちろん韓国はそれ以前に米韓FTAを敢行しているが、残念なあら環太平洋の経済同盟に参加する資格どころか、その参加検討の交渉リストにも入っていないのである。中国は、先日習国家主席が訪米したときにTPPに対する興味を示したものの、交渉参加などは認められていない。そしてTPPだけでなく、この両国は同じ経済圏を持っている。要するに、中国国内における内需に依存しながら発展途上国に廉価販売や偽者販売を行っているという特徴を有しているのである。
 そして、もうひとつは日本の経済政策である「アベノミクス」の直接的な影響を受けており、また、経済に関して「ダンピング販売」「他国技術の無断盗用による開発技術の遅れ」「悪化した国家ブランド」「日米の製造業の回帰」そして「両国の財政の悪化」と言うことで、負のスパイラルに入りかけている国家であると言うことが言えるのではないか。
 要するに「太平洋経済圏に入ることのできない中国経済圏の没落を象徴する負組連合」と言うことができる。少々いいすぎかもしれないが、その二カ国の首脳会談が行われたということは注目に値するが、それ以上に韓国から大量の経済人が、小沢訪中のときの民主党議員のごとく就いていっていると言うことにも注目したい。

中韓首脳会談、朝鮮半島の非核化を確認 国際ニュース : AFPBB News

【6月28日 AFP】韓国の朴槿恵(パク・クネ、Park Geun-Hye)大統領は27日、訪問先の中国・北京(Beijing)で習近平(Xi Jinping)国家主席と会談した。会談を終えた両首脳は、両国は協力して北朝鮮による核開発の中止に向け努力を続けていくとの共同声明を発表した。北朝鮮にとっては、友好関係にある中国と主要敵国の1つである韓国との会談となった。
 共同記者会見で習主席は、「いかなる状況においても、北朝鮮の核(兵器)保有は容認できないとの点で両国は一致した」と述べ、朝鮮半島の非核化はともに関心のある事案だと付け加えた。
 習国家主席は、北朝鮮を名指しすることは避けながら「中韓両国は、朝鮮半島の非核化の実現に向けて努力を続け、同半島における平和と安定を強く維持していくことで合意した」と語った。習主席は朴大統領を「中国の古くからの友人」と称した。
 儀仗兵らの栄誉礼を受けた朴大統領は、習国家主席とともに貿易など各協定の合意文書に署名した。(c)AFP

国際ニュース : AFPBB News 6月28日
http://www.afpbb.com/article/politics/2953029/10973013

朴大統領「歴史・安保で対立と不信」 日本念頭に演説 - MSN産経ニュース

 中国訪問中の韓国の朴槿恵大統領は29日、北京の清華大で中国語を交えながら演説し、北東アジアの国家間に「歴史と安全保障問題を取り巻く対立と不信」があり、政治分野などの協力が進んでいないと指摘した。日本を名指しはしなかったが、日本と中韓の歴史、領土問題や北朝鮮問題を念頭に置いた発言。
 核開発を進める北朝鮮に対しては「核保有を認めないとの国際社会の一致した声に耳を傾けなければならない」とあらためて核放棄を要求した。
 朴氏は「朝鮮半島を含む北東アジアの情勢は非常に不安定」と表明。域内各国の経済的な相互依存が深まっているにもかかわらず、歴史問題などでの対立により協力が進んでいないと主張した。 こうした状況を解消するため、朴氏は持論の「北東アジア平和協力構想」の推進をアピールした。(共同)

MSN産経ニュース 6月29日
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130629/kor13062912560004-n1.htm

朴大統領が西安入り 韓国企業の進出後押し - MSN産経ニュース

 中国訪問中の韓国の朴槿恵大統領は29日、北京から陝西省西安へ空路移動した。現地に進出した韓国企業の工場建設現場を30日に視察する予定で、中韓の経済交流拡大に努力する姿勢をアピールする。
 朴氏は27日の習近平国家主席との首脳会談で、中韓両国の企業が相手国の市場への進出を拡大できるよう努力することなどで合意。現在2100億ドル(約20兆8千億円)規模の両国の交易を2015年までに3千億ドル規模に増やす目標も確認していた。
 韓国大統領府は、訪問先に西安を選んだ理由について、既に多くの韓国企業が進出、今後も増加が見込まれ、「中韓間の協力の潜在力が大きい」ことを挙げている。(共同)

MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130629/kor13062917570007-n1.htm

 このようなニュースに接すると、どうしても「中国は嘘つき」「韓国嫌い」としてしまい、また、その政治的または「慰安婦」「南京虐殺」「歴史問題」などのキーワードに踊らされてしまっていると言う状態が出てきてしまう。しかし、本来政治はその内容意外にもしっかりと内容があり、その内容を隠すために「反日」の報道を行ってしまう。逆に、日本のマスコミは、政治のことばかりであり物事の真相をしっかりと伝えることのできない人々の集団であるから、この両国の経済状態や、その経済の連携、そしてその矛盾を排外するための「反日報道」と言う内容をいかに考えるかということをしっかりと見るべきではないのか。どうしても、その辺「不器用な日本の保守」はうまくない。
 昔の戦略家は「攻撃は最善の防御」と言いながら「攻撃のときにスキができるのでそこを狙え」と言っていた。まさに反日という中韓の主張は、相手にとっては「最善の防御」として、経済や財政、そして国内の矛盾を日本などに知られないための道具であり、同時にそのことによって日本からの投資を誘引する、反日的な日本の経営者や企業からの誘致を狙うものであり、同時に「攻撃のときのスキ」は、その本音の部分を隠してしまっているためのどうしても過激なことを行い、かえって政治的な悪化につながると言うものである。
 今回の主題は、中韓の経済連携であり、同時にその二カ国が共同いて日本を蝕むと言う密談だ。そのために「反日」で連携し「安重根の碑」を中国に建てるという。これは何の意味があるのか良くわからない。まだ双方とも「慰安婦」とかいっているほうがわかりやすい。このことは単純に韓国が改めて中国の属国になると言うことを意味しておりその記念碑を建てるということに過ぎない。そして、その本音は、西安で朴大統領が話したように中韓の経済交流拡大、中韓両国の企業が相手国の市場への進出を拡大できるよう努力することである。これで、韓国財閥は中国資本にのっとられると言うことを意味している。
 これに先立ち、アメリカ上院では中国に対する尖閣諸島進出やその威嚇的な外交に対する非難決議が出ており、韓国大統領がそのことに関して言及しなかったと言うことは、米韓関係も悪化する兆しがあると言うことを意味している。サムスンの株価の下落などはまさにその内容であり欧米の投資家が今年四月の北朝鮮のミサイル騒動を契機に韓国企業を離れ、戻らなくなったと言うことを意味しているのである。これは、韓国企業が中国に依存しており、その中国が経済危機を直前にしているという常態から、世界の金融機関が中国依存企業からの撤退を行っているということに過ぎない。そのことがわかっていないどころか、政治・安全保障上、日本と組むことのできない韓国と中国は、世界資本からの負組連合を行い、経済連携を強める「ブロック経済化」することになる。
 中国は「ハートランド」の進出と支配を画一にするためにチベットやウイグルへの支配を強め、ウイグルでは人権を無視した内容が行われるために、国連から注目され自治独立を求める声が大きくなることになる。間s内「もがけばもがくほどはまってゆく」状態になっているのではないか。
 首脳会談は、その結果が出るのに、少々時間がかかる。その間に中国の金融危機などさまざまな内容がある。日本はその間に参議院選挙などがあり政治的に空白の旗艦ができてしまう。その為に、しばらくは東アジア情勢は注目すべきである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マスコミ批判に関する一考(148) 報道ステーションでコメンテーターに指示することによって行われる「イメージの偏向」

マスコミ批判に関する一考(148) 報道ステーションでコメンテーターに指示することによって行われる「イメージの偏向」

 テレビを見ていると、基本的にその内容を話しているコメンテーターなどが偏った意見を流布しているような印象になる。しかし、実際にその人々がそのようになっているのであろうか。
 実際に本人に会ってみると、テレビでいっていたような意見ではなかったり、中には、そのような知識も、コメントを出せるような取材も、または政治的な知識もなかったりと、あまりにもそのコメンテーターのテレビでのイメージとかけ離れていることに驚くことがある。以前、夜のニュース番組でレギュラーコメンテーターをしていた某氏などは、政局どころか政治に関する知識も政局に関する知識も「ほぼ皆無」であったことに驚くことがある。また、選挙アドバイザーなどで、雑誌やテレビによく出演する選挙の「プロ」を称するあるコメンテーターは、ほとんどその分析ができておらず、他人と話をすることによってその内容をメモして次の評論の時に生かすという方法で解説を行っている。対談番組などで一生懸命にメモを取っている姿は、ある意味において「勉強熱心だな」という感覚を持つが、逆に「専門家としてはどうか」という疑問も見ている側に出てきてしまう。
 このような感覚が最も顕著に表れてしまうのが、テレビである。しかしテレビはなかなかそのことを自覚していないで、勝手に様々な印象を操作しようとするのである。そしてそれが意識されていないことによって、その内容が表に出てしまうことがある。
 インターネットで今話題になっているのは、「報道ステーション」で古館伊知郎キャスターが、カンニングペーパーでゲストの時事通信田崎四郎氏に演出上の支持や発言内容の支持を行っていたことが明らかになってしまったのである。その内容の解釈には様々あるし、そもそも古館キャスターがそれを明らかにしてしまったことそのものも『演出』の一つなのかもしれない。しかし、そもそもそのようなことを行っていることそのものがいかがなものかという「そもそも論」が十分に出てくるのではないか。

「報ステ」スタッフが「みんなの党擁護して」の指示? 古館氏の「生暴露」にネット騒然

 「今『指示』が入ったんですけどね。こういうコメントをいただけないかと、スタッフの指示が」   「報道ステーション」(テレビ朝日系)で生放送中、スタッフからコメンテーターへの「指示」の内容を、キャスターの古舘伊知郎氏が自ら暴露するという一幕があり、ネットが騒然となっている。しかもその内容が特定の政党を擁護するような内容だっただけに、「偏向」と局批判を叫ぶ人もいる。
 「田崎さんに、みんなの党はゴタゴタしてない、と…」   2013年6月24日放映の同番組では、23日投開票が行われた東京都議選の結果が特集され、ゲストコメンテーターとして時事通信社解説委員の田崎史郎氏が出演していた。特集も後半に差し掛かり、古舘氏が田崎氏に何事か質問しようとしたとき、不意にスタッフからのメモが。いぶかしげな表情で受け取った古館氏は、それを一読して田崎氏に差し出した。
 「今、こういう指示が入ったんですけどね。田崎さんにこういうコメントをいただけないかと、スタッフの指示が」   メモを覗き込んだ田崎氏は、「維新もみんなもゴタゴタ、発言を……?」。意味を解しかねた様子で、いったんは維新とみんなのこれまでの「内紛」について語り始めた。特にみんなに対しては、「渡辺(喜美)さんの発言に対して党内に批判があったりする」と辛口の論評だった。古館氏はそれを一通り聞いてから、
 「で、(スタッフが言ってきたのは)『みんなの党は今はゴタゴタしていない』、というフォローをしてもらいたい、というような感じで」   このやりとりからするに、問題のメモには、田崎氏に対して「みんなの党をフォローする発言をしてくれ」という趣旨の「指示」が書いてあったらしい。田崎氏も、「あー、なるほど」とようやく納得した様子でうなずく。
 共産党ばかりほめすぎたのが原因?   テレビでのコメンテーターによる発言は、事前にある程度「打ち合わせ」がされているのが普通だ。しかし、生番組中にそうした内幕が透けて見えることは少ない。今回のようにキャスターが途中で、スタッフの「指示」を、意図的にバラすのはもちろん異例。疑問を感じた視聴者も多かったようで、ネットではたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎに。これこそテレビ局による特定の政党への「偏向」の決定的瞬間、BPOに通報だ――といった調子だ。
   確かに放送法では「政治的に公平であること」(第4条)を定めており、特定の政党を意図的に持ち上げたとすれば批判は免れ得ない。もっとも、前後の流れを通して見ると、むしろこのメモは番組全体としての「バランス」を取るためのものだったようだ。
   実は田崎さんはその直前に、都議選での共産党の「健闘」を高く評価し、こう解説していた。
 「非自民に投票したいという方は必ずいますが、民主は(政権当時の)失望を引きずっていますし、第3極の維新・みんなに対しても、『なんかおかしいな、内輪もめばっかりしていて』と見ている。そうなると、やっぱり共産党に投票するほかなくなってくる」   ほかにも番組中では共産党以外の野党に対し、朝日新聞論説委員の恵村順一郎さんからも「自民の補完勢力になるか、あるいは溶けて消えてしまいます」と辛口の注文が出た。
   しかし都議選では惨敗の民主、維新はともかく、みんなの党は7議席と、むしろ躍進を遂げている。だが田崎さんらの口ぶりでは、みんなの党もほかと一緒くたに聞こえる。実際、みんな・松田公太参院議員からも、
「いま移動中に一瞬見た報道ステーション。みんなの党も躍進した都議選だったのに、曲げられた政局の話ばかりをして、あたかも負け組のような扱い」と不満のツイートが上がっている。こうした反応に、スタッフが番組の途中で気を回しての「フォロー要請」だった可能性はきわめて高い。
 古館氏、わざとバラした?   もっとも、そんなメモを古館氏はなぜわざわざバラしたのか。直後の発言からは、古館氏がその内容に不満だった様子がうかがえる。
 「まあだから、(スタッフはみんなの内紛について)過去形と見てるのかもしれませんね。この指示が来たということは。ただ、不協和音もあったということで、広義的に見ると、いろいろあったということになるんですね」   いかにも皮肉っぽく笑う古館氏を、田崎氏は、「やっぱり7議席取ったわけですから、みんなの党もがんばったということですねえ」ととりなしたが、その後はみんなを含む「改憲」勢力の参院選での伸張に疑問を呈すなど、懐疑的な発言は続いた。
   なおテレビ朝日はJ-CASTニュースの取材に、「放送中に出演者にメモが渡されることは、この番組に限らず珍しいことではなく、特にコメントすることはありません」としている。

J-CASTニュース 20130625
http://www.j-cast.com/2013/06/25178007.html

 この内容の問題点は二つの問題点がある。
 一つは「カンペによる指示」の存在である。そしてもう一つは、「コメンテーターの発言」ということであろう。
 「カンペによる指示」は存在する。しかし、例えば「あと5分」など時間などの支持がほとんどであり、話す内容に関しては事前の打ち合わせと台本で賄うのがふつうである。しかし、その台本と事前の打ち合わせがうまくいかなかった場合に、プロデューサーなどが支持を出すというのである。これは「指示を出せば、その通りに発言してくれる」ということであり、田崎氏がテレビ朝日の支配下において、その指示通りに発現する「操り人形」であるかのごとき使い方をしている、少なくともそのように制作側、テレビ局側が意識しているということになるのである。
 それだけ田崎氏がテレビ局に従った発言しかしていない。逆に言えば、テレビ局は自分の意に沿った発言を行う人しか呼ばないということになっているのである。そのことを今回のカンペ事件は明らかにしてしまった。このことによって「テレビに出るコメンテーター」と「テレビ局」の意識が明らかになったということになる。
 同時に、「コメンテーターに発現させる」ということ自体が、その内容を、第三者的な発言としてるように『演出』していることであり、完全に両親やコメンテーターの口を借りた演出でしかないということが明らかになってしまうのである。要するにコメンテーターは量子にゃ専門的見地ではなく、テレビ局が自由の意発言をコントロールしながら、自己責任にせずなおかつ、視聴者には専門家がそのように言っているように見せる「道具」でしかないということが言えるのである。
 このようなことで「公平中立」な報道といえるのか。その発言の真意などは別にして、コメンテーターに発現させるという制度自体の問題があるのではないか。そのことを考えるべきなのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年6月 | トップページ | 2013年8月 »