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ネトウヨ若者急増中、というが実際に「なぜそうなったのか」を肯定的に検証してみると、日教組教師の不勉強が目につく、これは教師の横暴ではないのか

ネトウヨ若者急増中、というが実際に「なぜそうなったのか」を肯定的に検証してみると、日教組教師の不勉強が目につく、これは教師の横暴ではないのか
 今日は土曜日なので、毎回のようにかなり望遠を吐いてみようと思う。
 法務省が「ヘイトスピーチ」を禁止しようという動きを出しているが、一方で辺野古では暴力的なヘイトスピーチが横行している。NHKは、なぜか在日韓国人に関するヘイトスピーチばかりを批判するが、実際に、左翼系の人間たちの方がよほどヘイトスピーチをしているのである。騙されたふりをしてヘイトスピーチの防止法を作り、真っ先に辺野古周辺で「アメリカ人出て行け」といった人々を一網打尽にするのは、かなり痛快なのではないか。ヘイトスピーチといった左翼主義者たちの「大型ブーメラン」が再度炸裂する姿はなかなか見ものである。
 さて、そのヘイトスピーチの取り締まりの話ではなく、今回は「なぜヘイトスピーチが生まれたのか」ということを考えてみよう。
  さて、あえてここで取り上げる内容を、いちいち双方に気を遣うのが嫌なので、「在日韓国人に対するヘイトスピーチ」のみに限って使うものにする。実際のところ、私の定義は「ヘイトスピーチ」は在日韓国人に対するものだけでなく、上記のように左翼主義者によるアメリカ人出てゆけとかオスプレイ反対というものも含まれるという解釈であり、在日韓国人に対するものだけを取り上げることには反対の立場である。しかし、ここで、あえて、このように断るのは、いちいち「在日韓国人に対する場合」「左翼の場合」と二種類書くのは、文字を書く手間がかかるので、あえて、そのようにしてみようと思う。またなぜ在日韓国人に対するものだけというと、それは歴史的に在日韓国人に対するものの方が最近であり、そして、その背景をこの読者が多く共有しているものと考えられるからであり、そのために、言葉を少なく説明できるからである。左翼の事情を書く場合、場合によってはマルクスやレーニンを書かなければならないし、また、そうでなくてもコミンテルンなどの外国人組織や共産主義共同戦線を書き、そのうえ、日本国内における内ゲバなどの事件に触れなければならず、それだけでかなりの文字数を必よとするから、私の個人的な「面倒くさい」という理由で、在日韓国人に対するものを題材として取り上げる。折に触れ左翼側にも触れようと思う。
  さて、今日は、記事が短いのでもう少し記事の前に話しをしてみよう。
  日本人は非常にバランス感覚の優れた民族である。明日のブログの中にも委細するのであるが、日本人ほど優秀な「被支配民族」は存在しない。あえて「被支配民族」と書いたが、実質的には「自主的にトップに立たない共同体の主役」でしかないのであり、古代や中世の西欧や現代までつながる中国のウイグルやチベットに対する支配と違い、「支配と隷従」の関係に存在しない。日本の場合は、「豪族連合の組合長」的な感じのヒエラルヒであり、その上下間の差がかなり近しいものであると考えられるのである。
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  さて、そのような「国民性」であるために、実際に「盲目的に従う」ということが非常に少なく、自分の判断によりバランス感覚的に調整をとるということができている。朱熹ではないが、日本人は極端を嫌い「中庸」を珍重する。これは日本人特有の「バランス感覚」に基づくものであり、そのバランス感覚をどのように扱うかということが最大の問題なのである。
  そのような中において、日本は大きな事件が発生した時に、価値観を大きくシャッフルする。その価値観のシャッフルのうち、天皇が主催したものが「新」ということがつく。「大化の改新」「建武の新政」「明治維新」である。これに対して、それ以外の者はほとんど「戦争」によって変わってゆくのである。源平合戦、戦国時代、関ケ原の合戦、そして大東亜戦争である。
  このシャッフルした価値観は、当然に強制的に一つの方向性を向き、しばらくその方向性、要するにシャッフルをした時は以前とは反対方向に急伸して、その後、徐々に調整してゆくという形式をとるのが通常である。
  少しそのことを意識して、次の記事を読んでいただきたい。中学生が「正論」を言うと、「ネトウヨ」扱いされるという記事である。
地理テストで「支那」「南朝鮮」と回答、「君が代」唱和を要求……教員を悩ます“ネトウヨ中学生”が増加中!?
 昨年12月、県立高校に通う男子生徒が、地理の試験で「中国」を「支那」と書いたら不正解になったとTwitterで公表。ネット上で物議を醸した。
 この生徒は、支那ソバや支那竹、東シナ海といった表記が一般に使用されており、中国は英語表記でも「China」であることなどから、採点者の教員に抗議。しかし教員は、「『支那』は差別用語に当たる」として、採点を訂正しなかったようだ。
  しかし、さらに若い世代にも同様の主張を展開する者たちがいる。神奈川県の公立中学校で、社会科を教える男子教員(44歳)は話す。
「中学校2年生のクラスで行った社会科地理のテストで、『中国』と答えるべき設問にやはり『支那』と回答していた生徒がいたのは昨年末のこと。採点済みの答案用紙を返すと、彼は『中国とは中華民国のこと』と教室で持論を展開し始めた。といっても、確信犯のようで、採点を訂正するようには求めてこず、『公立校は日教組支配だから仕方ないですよね』と、皮肉を言うだけだった。彼は以前にも、『韓国』と答えるべきところを『南朝鮮』と回答し、同じような行動をとっていたので、私も驚きませんでした」
 保守というべきか、ネトウヨ的というべきか、こうした主張を繰り広げる生徒は、彼だけではないという。
「彼にはほかのクラスに、同じような思想を持つ仲の良い友人が2人ほどいるのですが、連名で『保守研究会』なる放課後クラブの設立を申請してきたことがあった。それは却下されたんですが、その後も、『毎朝の朝礼時に、なぜ『君が代』を歌わないのですか?』などといった質問をたびたび投げかけてきて、困惑している教員もいる」(同)
 この教員によると、保守的な思想を押し出す生徒は以前から存在したという。しかし、違いが見られるのは思想の背景だ。
「これまでも、保守的なスタンスを持つ保護者の影響で、偏った政治的言動をするという生徒がまれにいた。しかし、彼らを見ていると、自らネット上で情報収集したり、生徒同士で互いに感化し合って思想を形成しているよう。彼らのうちのひとりを受け持つクラス担任の教員は、保護者から『親としても困っているので、どうにかしてほしい』などといった相談を受けたそうです。ただ、彼らはみんな、どちらかといえば地味な生徒で、普段の素行には問題なく、教員とはいえ思想に口を出すわけにもいかないので、どうしようもない」(同) 
 自民党より右寄りに立つ次世代の党は、昨年の衆院選で惨敗を喫したが、現在の中学生が選挙権を得る5~6年後には大躍進するかもしれない!?
2015年1月14日 19時0分 日刊サイゾー
http://news.livedoor.com/article/detail/9673952/
 私の中学高校時代は、左翼日教組の教諭が何人かいたと記憶している。その人々に対し、私たちは「正論」として、「なぜ君が代を歌わないのか」ということを言った。その教諭は「君が代は戦争の象徴である」といったので「誰がそのように決めたのか」と聞いたところ、「みんながそう思っている」という。では「みんなとは誰か」と聞くと「日本人や中国人や韓国人」と答えた。「私たちは日本人だが不快ではない」といったところ「思想信条の自由」といった。ではなぜ、「校歌を歌わせるのか」といった「学校にも良い思いなどがない場合校歌を歌わせるのは思想信条の自由に反する」としたのである。教諭はそこで詰まった。
  「歌え」というコールが教室に響き、ほぼ強引にうたわせた。次は、黒板一面に日の丸を書いて、「消すのか」と迫った。最後は、全員で軍歌を歌った。翌年、その教諭は私の学校からいなくなった。徐々にそのようにして日教組教諭がいなくなったのである。
  さて、お分かりであろうか「みんな」などというきれいごとを並べるが、結局は「自分たちの主観の押し付け」でしかないのである。その問題を彼ら自身が気づかずに、「みんな」と思っている。そのような教諭に教えられることこそ不幸でしかない。中学生・高校生において、偏った個人的な主観を押し付けられ、その主観に従わなければ成績に反映させるなど党ことをされること自体が間違いなのである。
  さて、記事に戻ろう。
  さて「中国」を「支那」、「韓国」を「南朝鮮」と書くことはなぜ悪いのか。この記事によると「支那」という言葉は「差別用語」だそうだ。然しウィキペディアによると「支那という言葉の語源は諸説あるが、明朝時代末期にこの地域にいたイタリア人イエズス会宣教師衛匡国(Martino Martini)による著作”Nuvus Atlas Sinensis”では、中原初の統一王朝秦に由来するとされる。」とあり、なおかつ「酒井信彦は「シナ蔑称説は、意図的に作り上げられた神話・妄説に過ぎ」ずむしろ「中国あるいは中華と言う表現こそ、シナ人の他民族に対する侵略行為を正当化する用語である」と主張している」とある。要するに、この記事に出てくる日教組教師は、これらの単語の歴史も調べることなく、またなぜ英語で「China」というかも、その語源などを調べることも何もなく、勝手な思い込みと自分たちの主観、故人の思想信条によって「支那」は「差別用語」とのたまわっておられるのである。そのうえでその勝手な思い込みによって「採点をしない」と権力を使い、そのうえ、その説明も行っていない(説明できないからいまだに差別用語などと言っている)のである。はっきり言って、「不勉強な教師が不完全な知識で生徒に対して不利益な扱いをしている」例であり、これが日教組の教師の最悪な「差別」なのである。誰だかはわからぬが、このような思い込みと自分の主観を押し付ける教師は、教師としていかがなものかと思う。
  同様に「韓国」を「南朝鮮」といっても何ら問題はない。そもそも「大韓民国」という国は存在するのか、ということを考えてみればよい。いまだに統一国家は存在せず「朝鮮民主主義人民共和国」と名乗る「北半分の朝鮮半島国家」と「大韓民国」を名乗る「南半分の朝鮮半島国家」である」。おのずと、それらは地域でしかありえない。
  では、そもそも「なぜ朝鮮半島」と呼称しながら「韓国」と呼称させるのか。それも全く理解不能だ。韓国であり韓国を主張するのであれば、あの半島は「韓半島」であるはずだ。ちなみに韓国の地図は「韓半島」となっているし、「韓国」と「北韓」という地図言なっている。一方北朝鮮の地図は、中国の東北部で入手が可能であるが「朝鮮半島」となり「朝鮮民主主義人民共和国」と「南朝鮮」となっている。地域と主義主張によって呼称が異なるのは「戦争中」の国家の特徴であり内戦状態であるためにその立場が変われば、名称も変わる。その事を認識させずに、単純に「採点しない」などとすること自体、教師そのものが「不勉強」なのである。
  歴史的背景などそれらを学ぶことなく、また真実を知ることもなく、単純に「ネトウヨ」扱いする、この風潮自体が「おかしい」のでありこのような記事の主張自体が「くっるっている」といわざるを得ないのである。その事に気づいていないこと自体がおかしい。
  さて、これらをもし不正解とするならば、その不正解とする「正当な根拠」を出さなければならない。誰か、不正解の根拠をしっかりと示していただきたい。なお、「指導要領」などということではなく、当然に歴史的な内容からしっかりと説明してほしいものだ。指導要領自体が「間違えている」可能性もあるのだから。
  その様に「説明しなければ」うまくゆかない。それは、日本人が日本人でありバランス感覚を持っているということであり、この記事の「論調」でわかるとおりに、「これがネトウヨ」というような逆差別を行っていること自体に社会的問題があり、その風潮に対して若い世代が「バランス感覚を持っている」ということに過ぎないのである。
  教諭もマスコミも、もう少し、「歴史」や「語源」を勉強し、しっかりとした反論をしていただきたいものである。

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コメント

この著者はバカ??38℃戦争を知らなあの??朝鮮戦争あとに、大韓民国に、改名したんだろが。

改名前の名前(南朝鮮)でもいいって事?
じゃー日本は第日本帝国のままでいいじゃん。

投稿: バカは死んでも治らない | 2015年8月13日 (木) 01時53分

最近はネトウヨな教師も増えましたね
日本史の授業 特に近世はこんな歴史は間違ってるこんなの覚えるなとかわめき散らして
まともな授業をしない歴史の先生もいます
結局、生徒からしたら迷惑なだけです

投稿: 高校生 | 2017年2月 4日 (土) 20時48分

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