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宇田川版日本の歴史と日本の神々の「主人公」 第2回 源頼朝と天皇の権威とその権威に服する日本国民

宇田川版日本の歴史と日本の神々の「主人公」
第2回 源頼朝と天皇の権威とその権威に服する日本国民
 実質的に先週から始まった連載で、いまだに方向性は定まっていない。
  その内容で、まあ、日曜日だし、毎週月曜日にかなり気合を入れた有料メルマガも書いているから、なんとなく今のまま進めて、そのうち「あっ」というようなひらめきが出ればよいと思っている。
  ちなみに、将来的には、日本の神道の体系と皇室についてまとめてみたいと思うし、そのために今回の歴史の中の主人公についてさまざま見てゆきたいと思う。
  さて、今回の連載は「日本の神々の主人公」と題している。
  当然に、その神々の考え方は、日本の歴史の中においてしっかりとした内容になっているのである。
  そしてその歴史を踏まえて、文化や習慣が形成されるということになる。
  その文化が人を育て、そして新たな神々を考えるようになるのだ。
  そのように考えたら、人を見ることが神を見ることに近い。
  さて、そのように考えて、まず「人」に着目する。
  もちろん、この連載は、私の個人が行っているものだから、その順序などは私が自由に決めるのである。
  さて、その前提で物事を考えると、全会の卑弥呼について、今回は、一気に時代を飛び越えて「源頼朝」という人についてスポットライトを当ててみよう。
  なぜ源頼朝なのか。
  実は…というほどのことではない。
  1192年(建久3年)から1868年(明治元年)までの期間、日本は、途中の建武の新政を除き、日本の政治は「征夷大将軍」が行っていた。
  いわゆる700年継続する「武士の政治」である。
  その武士の政治の初代が「源頼朝」である。
  ここで問題になるのは、当時の日本人において天皇が神であるという意識がなかったのか、そして、その天皇の権威についてどのように考えていたのか、そして、・・・・・・・。
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