« 国家百年の計で教育を見直すということが教育の現場から行われないのは、教員の質が悪いからではないのか | トップページ | 日本国全体の国防を決める条約批准よりも沖縄県の県民感情を優先しろという「一部の民意」とそれに同調するマスコミと一部政党のいう「衆愚制」と「違憲状態」 »

改革開放経済による権利意識の高まりからくる「身勝手」な振る舞いが横行する中国人

改革開放経済による権利意識の高まりからくる「身勝手」な振る舞いが横行する中国人
 ここ数十年で中国のイメージは一変した。今更ながら「中国を知っていますか?」といわれたときに、その中国のイメージが、日本人によってさまざまに違うということに築かされる事がある。
  昨今、突然反原発で左翼化したのではないかと言って話題になった坂本龍一氏が名前を挙げたテクノバンド「YMO」といえば、当初1970年代に「人民服」と「シンセサイザー」で有名になった。この服装によって「無国籍性」と「未来感」を表現していたが、それが世界でも受け入れられ、日本の音楽が世界に通用することを示したものではなかった。「YMO」の功績はとにかく、その時の「人民服」といって、今、わかる人がいるだろうか。毛沢東の肖像画や写真などで見ることのできる緑色の服の事である。私もかなり最近まで中国といえば「人民服」と「自転車」と「太極拳」のイメージでしかなかった。
  しかし、改革開放経済以降、中国のイメージは一変する。日本企業などにさまざまに取り入って、技術や法律、制度などをさまざまに学ぶ中国人が多かった。これは改革開放だから1990年代くらいであろうか、中国といえば、「投資対象国」というようなイメージであり、故邱永漢氏が、「今こそ中国に投資すべき」などとして大手企業がさまざまに投資を行った。ヤオハンやマイカルが投資し、中国に進出した時期はこの時期であるし、この前はキャノンやパナソニック、そして、マイカルの直後がトヨタである。この時は反日的な態度もなく、中国は日本と友好でなんでも日本の言う事を聞くような国であった。もちろん、発展途上国特有のわいろなども横行していたが、実際にそのようなものも簡単にクリアできるほどの利益が見込めたのも、この時期の事である。
  しかし、時代は変わって、2001年以降、胡錦濤の時代になると、政治権力と経済力が癒着し、そのことによって、中国人が「制度的に富を集中させる」ようになったのである。この時の中国人のイメージは、開襟シャツで札束を持って闊歩する不動産成金やIT成金のようなイメージになった。やたら大型のが告者を乗り回し、大声で話マナーがないというイメージである。同時に、日本に対して「反日」を声高に叫び、そして「ゆすり・たかり」のように、日本の企業が「カモ」にされたのである。カントリーリスクなどといいながら、にほんじんは、ひとつ前の中国のイメージで投資を続け、最近まで直接投資金額が5兆円に届くほどのものになった。
  さて、日中関係は別な機会に譲るとして、この中国人の変化を、さまざまにみると「共産主義の中における権利意識の高揚」とみることが出来る。もともと「唯物主義」の中国人は、マナーや儀礼などの「相手にどう思われるか」ということは全く考えない。そのことは、まさに、「権利意識」要するに「法律に違反しないことは何をやってもよい」というような、無法者の集まりになってしまうのである。
“性の革命”が進行する中国、保守的観念と開放のはざまで―米紙
 2015年3月16日、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは記事「中国で展開中の“性の革命”」を掲載した。18日付で環球時報が伝えた。
 著名な性研究者・李銀河(リー・インホー)氏の調査によると、1989年時点で「婚前性交渉の経験がある」との回答はわずか15%にすぎなかった。今やこの数字は71%に達している。作家の張麗佳(ジャン・リージア)氏は、中国人が性についてますます大胆になっていると認めた。ほんの数十年前には中国人女性といえば恥ずかしげに人民服のボタンを外していたものだが、今やミニスカで闊歩(かっぽ)している。バスの中でのキスといった欧米の映画でしかなかった世界が中国でも当たり前となった。
 もっともすべてが開放されたわけではない。あるテレビドラマはヒロインの衣装の胸元が大きく開いているとの理由で修正を余儀なくされた。成人用品で一番人気の商品の一つは処女膜修復製品だ。保守的な観念がいまだに幅を利かせている分野も少なくないが、中国人女性たちは平等を要求し急速に前進している。離婚率の急上昇、高級下着の人気などはその現れとも言える。ある専門家は共産主義が中国女性の権利擁護を助けていると指摘した。「インドや中東の女性と比べれば、中国の女性は地位も権力も持っています」と。(翻訳・編集/増田聡太郎)
2015年3月20日 23時49分 Record China
http://news.livedoor.com/article/detail/9913851/
中国で偽乞食続出 北京市内でマンション2部屋所有する者も
 中国では両脚が悪く歩けないふりをして、人々の同情を誘い、金銭をだまし取る「偽乞食」が横行している。偽乞食のなかには、1か月に6000元(約12万円)も稼ぎ、北京市内中心部にマンションを2つも所有し、乞食の現場に毎日地下鉄で通う者もいるという。中国国営中央テレビ局(電子版)が報じた。
 ことの発端は、30代の男が毎朝同じ時間に、同じ地下鉄駅に現れ、トイレでボロボロの衣服に着替えをして、地下鉄駅構内で、さも脚が悪そうにして、腹ばいになって動き回って、金をせびっていることに地下鉄駅を巡邏中の警官が気づいたこと。
 構内の防犯ビデオをチェックすると、毎朝、駅構内に入った男は夕方に再びトイレに入って着替えをして、歩いて駅を出ていることが分かった。このため、数日後、警官が駅構内にいた乞食を警棒で追い払おうとすると、この男は驚いて、慌てて立ち上がると、そのまま走って逃げてしまったという。
 その後、中央テレビ局がこの話を聞き、男を探したところ、北京市内のある駅構内に出没していることが分かり、取材スタッフが男と交渉し、乞食をしている現場を撮影し、放送したところ、大きな反響があったという。
 視聴者のなかから「私も同じような偽乞食を知っている」などとの声がいくつも寄せられたことから、テレビ局サイドで個別に取材したところ、マンションを2つも所有しているとか、ある農民工(地方からの出稼ぎ農民)は「仕事がないときに乞食をして金を稼いでいる」と語っていたという。ほとんどの偽乞食はiPhoneをもっており、偽乞食家業で結構稼いでいたというから驚きだ。
 その後、YouTubeにも一般市民が撮影した偽乞食の映像が投稿されるなど、いまでは北京ばかりか、地方都市にも偽乞食が出没していることが分かっている。
「中国では時計から食品などありとあらゆるものニセ物が横行している。これは乞食も例外でないことを示している。要は騙されないことが肝心だ」というようなまともな反応がネット上に寄せられている。
2015年3月21日 7時0分 NEWSポストセブン
http://news.livedoor.com/article/detail/9914207/
 その無法者の集まりになったらどのようになるのか。
  対日関係でもなく、また「日本に来る観光客」ではなく、中国の中における中国人の感覚を見ている記事が二つ並んだ。
  まずは性の関係についてだ。
  1989年時点で「婚前性交渉の経験がある」との回答はわずか15%にすぎなかった。今やこの数字は71%に達している。(上記より抜粋)
  ほんの数十年前には中国人女性といえば恥ずかしげに人民服のボタンを外していたものだが、今やミニスカで闊歩(かっぽ)している。バスの中でのキスといった欧米の映画でしかなかった世界が中国でも当たり前(上記より抜粋)
  という特徴は、まさに、中国人に「恥」の概念が非常に乏しくなっているというような感覚に名ているのではないか。これは「裕福」になったからではなく「権利意識が強くなった」から、「個人主義」が横行し、また「唯物主義」の為に、周りの雰囲気を全く考えない状況が出てきたということにほからない。婚前交渉をしても法律で罰せられるわけではない(本当は一人っ子政策違反であるが、そこまでの個人の処罰はできていない)し、また、肌を見せることに関しても、「金で外国の文化を買う」というような中国人のやり方は、外国の映画のワンシーンをそのまま「金で買う」というような状況を生んでしまう。これは、まさに「歴史」や「独自文化」がなくなってしまった、そのような中国の民族の象徴であり、そのために、上記にあったような世代間の違いが、そのまま「若者の権利意識」として、過去の否定という形で表現されしまっているのである。
  もう一つの方は、もう少し悪質である。
  まさに「他人の善意をそのまま利用して生活している」というものである。「偽乞食」とは、まさに「かわいそう」というような感情をそのまま悪用するものである。もちろん、「金を払った側は、自分の生活に困らない範囲で金を投げているのだから関係がない」というような状況なのであるが、一方で、「乞食などして恥ずかしい」というような「恥の概念」が完全に欠如し、「金が稼げる」という「権利主義」で唯物主義的な状況を生み出しているということになるのである。
  さて、いずれも「恥」という言葉がキーワードであり、その「恥」という「社会的規範」を犯すことが「収入」につながるという状況になっているのである。本来「恥」という概念に関することは、本来「社会規範」であり「法規範」ではない。そのために、そのようなことをしても、法的な罰則はない。しかし、社会的に蔑む目で見られることになってしまう。まさにシェイクスピアの書いた「ユダヤの商人」の通りなのである。しかし、社会規範であるから、その社会規範を守らなければ社会が成立しない。現在の中国は「社会規範のない状況」になってしまっており、社会規範をどのように行うのか、ということが重要であり、それがマナーである。そして、それを多くの国民が行うことが国家としての品格につながるのである。
  しかし、中国人はそのような価値を認めない。共産主義は唯物主義なのだから、まさに、そのようなマナーや社会規範のような価値観は皆無なのである。その中において金だけでのし上がった、まさに「成金」が現在の中国のイメージなのではないだろうか。
  中国と付き合うということを考えるときに、日本人は良く、日本人と同じ土壌と思考形態を相手に投影して付き合うのであるが、このような文章を読んでいただくことによって、全く違うということを、よく認識しなければならない。
  政治的な交渉など、すべて「この中国人的な感覚」を忘れずに、日本人は交渉を行うべきではないのか。

« 国家百年の計で教育を見直すということが教育の現場から行われないのは、教員の質が悪いからではないのか | トップページ | 日本国全体の国防を決める条約批准よりも沖縄県の県民感情を優先しろという「一部の民意」とそれに同調するマスコミと一部政党のいう「衆愚制」と「違憲状態」 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

« 国家百年の計で教育を見直すということが教育の現場から行われないのは、教員の質が悪いからではないのか | トップページ | 日本国全体の国防を決める条約批准よりも沖縄県の県民感情を優先しろという「一部の民意」とそれに同調するマスコミと一部政党のいう「衆愚制」と「違憲状態」 »

2022年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のコメント

無料ブログはココログ