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【土曜日の下ネタ】ロックフェスト出会いの場にしているとツイッターに書き込む理解できない精神

【土曜日の下ネタ】ロックフェスト出会いの場にしているとツイッターに書き込む理解できない精神
 ある意味で昔に戻ったのか、と思うようなニュースがあったので、その内容に関して少々お話し。今日は土曜日なのでなんとなく下ネタの日なのであり、その内容に関してなんとなく真面目に考えてみようというような話をしてみようと思う。
  今回の内容、下記に挙げた記事の題名を先にここで見てみよう「音楽フェスで「3日で5人とSEX」した女性 大胆告白にネット騒然」というものである。
  今回のブログは、まず道徳倫理的に「そのような場所でよいのか」ということ。もう一つは「なぜそのようなことをネットに書くのか」ということである。
  まずは「ンそのような場所でよいのか」ということ。
  そもそも「祭り」は、「無礼講」である。民俗学のフィールドワークなどをやっていると、実際に、祭りの時に浮気をしたなどという告白は、かなり年老いたお婆さんから聞くことがある。もともと日本には、一夫一婦制の制度はなく、基本的には女性上位の通い婚制度であった。逆に言えば、女性が受け入れれば、あとは男性が重ならなければ、女性の方は浮気ができたということになる。明日スカイパーフェクトTVのファミリー劇場で放送される「緊急検証!日本の怪々村」(http://www.fami-geki.com/kinkyu/13/)の中では様々な話をしているが、その中でも「村で子供を共有する」というような感覚があったところを話している。
  昔は、田植えも稲刈りも村単位で行っていた。そのために、子供は「家」というよりは「村」の財産でありまた宝でもあった。また子供がいない家庭があると、当然に、その家の田畑が大名などに取り上げられてしまうので、村を挙げて田畑を守った。子供は村で管理し、村で育て、そして、村の中で子供を養子縁組させるなどのことがあったのだ。その意味で、村の祭りは「村人同士が相互に浮気をする場所」というような意味合いもあったのである。その「浮気」も「村の人の中ならば許される」というようなところがあった。ようするに、「不特定多数」との子作りは禁止されていたのである。村の中の遺伝子の継承という方が正しかったかもしれえない。
  さて、このロックふぇすの女性。もちろん「フェスティバル」は「祭り」であるから、先祖返りして、そこまでの知識があって、「フリーセックス」をしているのならば、なかなか面白い。しかし、その場合は村などの限定ではなく「ロックを聞きに来ている」というだけの共通項であり、まさに「不特定多数」というのに近い状態である。要するに「セックスをしたいから」という個人の欲求によるものであり、まあ、何とも言えないところであろう。
  そのうえで、やはり「フェスティバル」であるから、ある程度開放的になり無礼講のようなところがあったのかもしれない。問題は「カッコイイ」などの意見が出ている点だ。要するに、ある程度、そのような考え方が受け入れられており、その上で、機会があったりある言って甥の条件が整ったら、同じようにしたいと思っている人が少なくともSNS上には数多くいるということである。
  これは、逆に、普段お生活でそれだけ性行為に対する垣根が高いか、あるいは、それだけの魅力のある人がいないのかということになるのではないか。「性行為」の相手を「趣味の世界で探す」というのは、まあ、それでもよいのではあるが、実際に、その人の普段の生活がどのようになっているのか、そのようなことが気になるのである。まさに、職場や普段出会いの中で、そのような魅力を持った人がいなかったり、あるいは、そのような趣味を語れる人がいない。そのような「現在の社会環境のアンチテーゼ」が、「ロックフェス」の中にはあるのかもしれない。
  このような異常事態の中では、「異常事態から見る平時の対応」を検証する必要があるのだ。
音楽フェスで「3日で5人とSEX」した女性 大胆告白にネット騒然
 フジロック3日間で5人とSEXした――ある女性の告白がネット上で話題を集めている。夏は人気アーティスト、バンドの出演する音楽フェスが目白押しだ。
セカオワ、ラルク、フェスで両ファン衝突
 テントを張って会場に宿泊する参加者が多いフェスもあり、ネット上では以前からこうした場が「出会いに最適」などと噂されていた。女性の告白は噂を地で行く体験談とも言えるが、反応は「羨ましい」「音楽を聴きにこい」と賛否両論だ。
■「テントでSEXして...いい夏の思い出になりました」
 2015年のフジロックフェスティバルは7月24日から26日まで、例年通り苗場スキー場(新潟県)で開催され、大盛況のうちに幕を閉じた。会場周辺は緑豊かな大自然の中にあり、テントを張って宿泊する参加者も多い。森林浴やキャンプなど、演奏以外の楽しみ方も用意されているのが特長だ。
 フジロックフェスは1日券から購入でき、ツイートによると女性は25日には会場入りしていたらしく、お気に入りの出演アーティストの演奏風景や、会場から見える青空、会場近くの川で参加者が水浴びをする様子を写真で投稿している。
 しかし、最終日の26日、
  「お酒飲みまくって、はしゃぎまくって、食べまくって、ナンパされてテントでSEXして... いい夏の思い出になりました。笑」
  「てかフジロック3日間で5人とSEXって、私ビッチみたいですね… フェスティバルだから許してください。笑」」
とフェス中に性行為をしていたと突然告白。
 これに
  「羨ましいです!! 本当に!! 」
  「かっこいいと思います」
という肯定的な意見だけでなく
  「自分が楽しむことばかりでなく周りを見て欲しい」
  「わざわざすべきことではございません」
と否定的な意見も集まり、賛否両論の議論となった。その他「音楽ききにこいよ」といった批判も見られ、フェスは純粋に音楽を楽しむ空間だという認識も一定数に共有されているようだ。
 だが、女性はこうした意見にツイッターで「私も純粋に音楽を楽しみに行ったわけで、たまたまそこにSEXが加わっただけ」と反論、コラムニストの能町みね子さんも27日、「基本的に音楽と酒とナンパとセックスを楽しむものだと思ってる」と女性を擁護したとも取れる意見をツイートした。こうしたやり取りがまとめサイトなどに転載され、SNSや掲示板で話題を呼んでいる。
運営側「参加者の自己管理にお任せしています」
 同年代の人が多数訪れる音楽フェスは「出会いの場」に最適で、男女は初対面でもライブの一体感や音楽の趣味を通じて親密な関係に発展できる。そんな趣旨の噂は以前からネット上に流れていた。マイナビウーマンも15年7月1日に「実は出会いの穴場!?  実録・夏フェスでの恋物語」というタイトルの記事を公開し、他メディアも同様の趣旨の記事を配信している。性行為に至らないまでも、ナンパや、恋人との出会いにまつわる体験談はネット上に多く見られる。
 フェスの運営側は参加者同士のナンパや性行為についてどのような認識を持っているのか。フジロックフェスティバルを運営するスマッシュ(東京都港区)はJ-CASTニュースの取材に対し、「(禁止と)明記しているわけでなく、参加者の皆様の自己管理にお任せしています」と答えた。大きなトラブルに繋がったという事例は、今まで運営側には届いていない。
 ただ、会場にはスタッフが常駐する女性専用の宿泊スペースも用意されており、会場全体でも犯罪につながる行為や他の参加者に迷惑が及ぶ行為を見つけた場合はスタッフが対応する、と話している。
J-CASTニュース 7月30日(木)20時11分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150730-00000006-jct-soci&p=2
 さて、もう一つの内容である「なぜこれをネットに書き込むのか」ということである。
 単純に言って「知られたくないこと」をネットに書き込むことではない。要するに、この書き込んだ人にとって「ロックフェスでセックスした」ということは「知られたくないこと」ではないのである。性行為が秘め事であったということは、現代の価値観でもなければ、ロックフェスのようなハレの日の価値観でもないということになる。湯尾するにその逆、ある意味で「自慢をするような出来事」ということが今回の内容で明らかである。
 ではなぜ「自慢」になるのか。
  これは記事の中で書いてある。コラムニストの能町みね子さんも27日、「基本的に音楽と酒とナンパとセックスを楽しむものだと思ってる」(上記より抜粋)ということは、まさに、この書き込んだ内容は「フェスティバルを満喫した」ということであり同時に、それだけ多くの人にナンパされたということ、裏返せば「自分は多くの人に魅力的と思ってもらえるほどの女性(男性)なのである」ということを書いているのに他ならない。もちろん、「ほかの人の倍以上満喫した」ということもあるであろうし、また、そこまでの意識をしていないのかもしれない。しかし、その内容は、「満喫した」ということと「自分が魅力的である」ということの双方を兼ね備えたことが「ネットでの公開」ということ繋がるのである。要するに「恥ずかしいこと」というような価値観がないということになる。
  それで、「自慢」というのは「普段の生活の中のアンチまたは願望の実現」であるということを考えれば、当然に、この人は「普段はナンパされるような人ではない」または「ナンパされても性行為に及ぶような人ではない」ということを意味しているのであり、そのうえで、「普段ナンパされたいけれどもされない」または「性行為をしたいが相手がいない」というようなところではないかと考えられるのである。
  もちろん、この辺は妄想の範囲ではあるが、女性がある意味で最も女性らしくいる状況でありなおかつ男性から求愛されているところが、女性そのものの自尊心においても満足させられることである。しかし、普段からそのような人は、何も「ロックフェス」などというところでそのような自尊心を満足させる必要はなく、普段の街中でも、また夏でなくてもよいのではないかというような感覚を持つのだ。
  しかし、そうではない、普段とは違う「ハレの日」の行動をとった人は、それなりに自分自身に満足がありなおかつ自分の自尊心を充足し、その満足感の共有とじまんをするためにSNSに書き込むという構造になるのだ。
  さて最後に、このような行為をどのように思うか。私自身は「勝手にしてください」という感じである。同様のことは記事の中にも書いてある。「(禁止と)明記しているわけでなく、参加者の皆様の自己管理にお任せしています」(上記より抜粋)まさに、そのような行為を見えないところでしていても迷惑をかけるわけではないし、そのことでトラブルになるのでもない。もちろん、強姦などの犯罪になれば別であるが、この書き込みのように自由意思に基づいているのであれば「自己責任と自己管理のもとで行っていればよい」のではないか。ただ、このようなことがネットで話題になると、その背景の普段の社会情勢が気になるのである。

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