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【土曜日のエロ】紳士の国イギリスに先駆けてオーストラリアで客も全員「全裸」のレストランオープン

【土曜日のエロ】紳士の国イギリスに先駆けてオーストラリアで客も全員「全裸」のレストランオープン
 土曜日のエロなので、「エロ妄想全快」でスタートしてみようと思う。人間の三大欲求は「食欲」「睡眠欲」「性欲」である。各宗教は、この三大欲求を抑制するということから始まる。仏教などは、これ以外のすべての欲求を「煩悩」といい、108の煩悩から「解脱」することを目指すというのである。当然に「欲求」がそのまま「理性を崩す」ということが一つの大きな問題になり「理性を崩す」ことが、そのまま「秩序を乱す」ことになる。食べたいという欲求があるから、必要以上の領土をほしいと思うし、またきれいな女性をほしいと思うから、あるいはイケメンをほしいと思うから、ほしいが「独占」に代わり、ほかを排除する。その排除が、嫉妬になり、殺人や場合によっては戦争につながるのである。
  では、逆に、秩序が保てれば、欲求はそのまま解放してもよいのかということが大きな問題になる。
 要するに「食べ放題食べてもなくならないだけの食料がある」とか、「いくら寝ていても、ほかに影響がない」ということになるのではないか。その中において「全員が裸でいても、性風俗が乱れない」のであれば「裸でいてよいのか」ということが最大の問題になる。
 さて、この「全裸レストラン」は、そこまでの意識があるのか、要するに「人間の煩悩と人間の秩序への挑戦」というような、壮大な目的があるわけではないと思う。しかし、それでも「全裸でレストランをやるのは面白いのではないか」という発想であることは、あまり奇異な部分を感じない。
 さて、いきなり「煩悩」から入ったので、エロの癖に高尚になった、と思っている人は少なくないのかもしれない。実際に文化的には、白人、欧米人というのは、にほんじんとちがって、裸になること自体にそんなに抵抗を示さない。もちろん、何の理由もなく全裸になるということはないが、しかし、日本にはまず存在しない「ヌーディストビーチ」や「トップレスビーチ」などは、やはり欧米人の発想である。
 北欧での経験だが、サウナに行って、欧米のスパなので、みなサウナの上着を着ている。ちなみに欧米のスパは、風呂も水着であり、まあ、温泉の温度のプールであると思っていただいた方がわかりやすいかもしれない。当然にサウナにおいてもそのような状況なのであるが、しかし、サウナから出て、北欧であるから雪の世界であったのだが、水風呂の代わりに雪の中に入ると、それまで来ていた水着を全てとってしまうのである。
 「裸になって体を冷やすのか」
 そう聞いたところ、「いや、そうではなく、せっかく外に出て太陽の光を海老ることができるのだから、少しでも多くの日の光を浴びるのだ」といったのである。
 北欧は、太陽が小さく、また少ない。そのために、太陽が出ている時間が少ないのdえ、っ陽の光を浴びるときはなるべき日の光を浴びたいと思う。それだけではなく、水着で隠している部分ですら「もったいない」とおもい、その部分まで火の光を浴びたいと思うようである。その「太陽の光」への欲求が優先であり、全裸を人前で晒して恥ずかしいというような感覚は、その欲求よりもはるかに小さいのである。
 では、オーストラリアの全裸レストランはいったいどうなのであろうか。
一足お先に“全裸レストラン”、客は全員裸&バーテンは裸エプロンに。
  先日、英国で初めて“全裸レストラン”がオープンすることがわかり、その知らせはすぐさま全世界に拡散された。多くの人たちの羨望の声が聞こえる中、オーストラリアがイギリスよりも早く“全裸レストラン”をオープンさせ話題を呼んでいる。
 すでに肌寒い夜を迎えている南半球のメルボルン。“全裸レストラン”のニュースを聞いてすぐに、地元のラジオ局は同様のイベントを企画、実現へと動いた。最も懸念されたのは、お客が本当に来るのかどうかだったが、驚くことにSNSや電子メールを通じて、参加希望とこの企画への賛同が多数寄せられたという。
 そして先日“全裸レストラン”の夢は叶った。白いローブを身に纏った多数の参加者に裸エプロン(※男性)のバーテンがウェルカムドリンクを提供。その後、全員を客席に案内する。英国の“全裸レストラン”は衝立てや仕切りなどでプライベートな雰囲気を保とうとするものだったが、このお店は大胆かつ豪快、堂々と皆全裸で飲み食いを始める。
 参加者の中には当初、加齢や病気などで自分が裸であることを気にしている人もいたというが、すぐにその懸念は取り払われ、「全てが受け入れられている」と肯定的な気分を感じたとのこと。食事の最後には全員裸で語り合い、写真を撮影するなど、得がたい経験を楽しんだそうだ。
 ネットでは「そこが楽園か!」「意外に楽しそう。行ってみたくなってきた」「うちの街でもやってくれないかな」「あらためて思うが不衛生だろう…」「愚かさに恐怖を覚えるね」と賛否両論の意見があるようだが、“全裸レストラン”は世界的流行への兆しを見せているようだ。
2016年5月30日 15時59分 ナリナリドットコム
http://news.livedoor.com/article/detail/11581348/
 参加者の中には当初、加齢や病気などで自分が裸であることを気にしている人もいたというが、すぐにその懸念は取り払われ、「全てが受け入れられている」と肯定的な気分を感じたとのこと。食事の最後には全員裸で語り合い、写真を撮影するなど、得がたい経験を楽しんだそうだ。<上記より抜粋>
 さて、日本のネットの中には、よく、「芸能人のすっぴん」に注目があり、SNSにそれらが出てくると、その内容がなんとなく話題になる。もちろん、賛否両論あり、すっぴんの方が綺麗という人もいれば、とてもとても見ることができないような人も少なくない。まあ、誰が、というのもあるが、基本的に「外見」の世界で「本音」と「建て前」がまるっきり違うということになる。
 今回のこの「全裸レストラン」は、まさに、そのものであろう。単純に「ドレスコード:全裸」である。そして全裸であることは、例えば、良い服を着ているとか、あるいは、高いネックレスや腕時計をしているという「世俗」の関係から解放された内容ということになる。「はじめのうちは恥ずかしい」というのは、そのようなもので「守られている」自分しか存在しないとにことになる。
 しかし、最後には、全員が「楽しんだ」のであるから、当然に、「守られていない自分」に自信が持てるのではないか。ようするに「全裸」であるということは、そのまま自分自身の「中身」と「全裸において見える外見」つまり「肌のつや」などが重要になる。そして、全員が「全裸」であれば、「裸であること」が日常化してしまい、そのために、恥ずかしさはなく、「中身」出勝負することになろう。
 日本でも「裸の付き合い」という単語がある。もちろん、日本の場合は比喩的な表現で使うことの方が圧倒的に多いのであるが、しかし、中には「一緒に風呂に入った」などということもある。そのようなときに「恥ずかしい」とか「地位」とか関係なく、当然に「本物の自分の本音」だけで語ることになる。本物の自分の中身に自信があったり、なくてもさまざまな経験者の話を聞くことができるという意味で、その内容はかなり大きなものになってくるはずだ。お互いがしかkりと「中身」で付き合うことができる。そうなれば「楽しい」「貴重な経験」となるであろう。
 「全裸」といえばエロというような話である。当然に、そのようなエロい心ではいてくる人もいるかもしれない。しかし、本当に恥ずかしいのは「中身の本物の時分」を出せないということではないか。そのように思えてならない。

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