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マスコミ批判に関する一考(309) 何があっても安倍首相を批判しなければ気が済まない「正当な評価もできなければ国司的な恥も感じない」

マスコミ批判に関する一考(309) 何があっても安倍首相を批判しなければ気が済まない「正当な評価もできなければ国司的な恥も感じない」

 あまりリオデジャネイロのオリンピックを引きずるつもりはなかったので、まあ、はっきり言ってあまり興味がなかった。私の体型などを知っている人は、当然に私があまり運動に興味がないことは、説明しないでもよくお分かりのことと思う。そもそもデブ・短足・腹が出ている・偏平足、そのうえ目が悪く毛が抜け始めているとなれば、基本的に運動とあは縁がない生活を送っていることは間違いがいない。まあ毛が抜けているのは関係はないのであるが、隠しているといわれるのはなんとなく腹立たしいので、関係はないけれどもついでに書いておいた。
  しかし、特に偏平足。この偏平足というのはかなり面倒な状況で偏平足ではない人は、まったくわからないらしいが、基本的に2時間以上立っていると足の甲から順番に上に登ってくる感じで足が痛くなってしまう。ついでに、その足の感覚がなくなり、いつの間にか転んでいたリ、躓きやすくなったりしてしまうのである。だからすぐに休める運動ならばよいが、ずっと立っていなければならないもの、まあ、簡単に言えば長距離走など、なんだかさっぱりわからない。マラソンを「市民ランナー」で出る人がいるが、残念ながら、金メダルレベルでも2時間を超えて走っているなどというのは信じられない。
  ちなみに、スニーカーなどでマラソンシューズというのがある。土踏まずのところが盛り上がっているあれだ。なぜあのようなものを開発したのであろうか。偏平足の私にとっては、はいた瞬間「痛い」のである。
  まあ余分な話は良い。
  そのような状況で、基本的にはオリンピックにはあまり興味がなかった。そのために、基本的にはニュースでなんとなくみているというのが普通の対応でしかなかったのであるが、しかし、たまたま、NHKを何気なく見ていたら、小池百合子都知事が着物で雨の中であったていたのである。ああ、閉会式か。そう思った。そして、「そういえば安倍首相も言っていたはずだがいないなあ。観客席で見ているのかなあ」というような感覚で見ていた。すると、出てきたのである。土管の中から。
  まあ、確かにサプライズだ。ソチオリンピックでも、北京オリンピックでも、プーチン大統領や胡錦濤(当時)国家主席が、会場の真ん中に出てくるなどということは全くなかった。みなSPに守られて、会場のVIP席で見ていた。それが、最も注目を集め最も狙われ易い会場の真ん中に一人で立って出てきたのである。ある意味で「サプライズ」だし、ある意味で「面白い興味深い演出」であるが同時に「最も狙撃されやすい危険な状況」であるという感じは否めない。まあ、そこまで心配する必要はないのであろうが、ギャングが平気で銃を持っているブラジルではかなり勇気のある行為ではないか。まずそこまでして「オリンピック」これはリオの閉会式と4年後の東京の開催を盛り上げる安倍首相の心意気に、敬意を表する。
  そのうえで、この行為に関する批判をする馬鹿なマスコミに関して考えてみたい。

安倍マリオを「原発事故」呼ばわり 東京新聞記者が「メルトスルーを想起」

 安倍晋三首相がマリオに扮して現れたリオ五輪での演出について、東京新聞の男性記者が原発事故のある現象を想起したとツイートし、物議を醸している。
 ドラえもんが4次元ポケットから出した土管を通って、東京からリオへワープ、そして会場にある緑の巨大な土管から安倍マリオが現れる。
 「リオ・シンドローム!」
 2020年の東京五輪に向けて16年8月21日(現地時間)の閉会式で行われたサプライズ演出は、ネット上で話題を呼び、好意的な声も多かった。日本のポップカルチャーを代表する人気キャラを次々に紹介したことも、海外のファンらの注目を集めた。
 そんな中、東京新聞の男性記者は、22日のツイートで一風変わった見方を披露した。「東京からリオへワープ」というシナリオについて、この記者は、「メルトスルーを想起した」というのだ。メルトスルーとは、核燃料がメルトダウンして原子炉の底を突き破ってしまう現象を指す。
 そして、記者は、次のようにツイートを続けた。
 「原発事故で高温の核燃料が地中にのめりこみ、地球の裏側へ...リオ・シンドローム!」
 リオ・シンドロームとは、1979年に公開されて話題になった米映画「チャイナ・シンドローム」をかけた表現のようだ。映画では、メルトスルーした核燃料が地中にめり込んで、アメリカから地球の裏側にある中国にまで到達してしまうというブラックジョーク的な意味で題名の言葉が使われていた。
 東京新聞の記者は、政府の原発政策をツイッターで度々批判しており、ネット上では、今回も安倍マリオを揶揄してつぶやいていると受け止められた。1000件以上もリツイートされ、疑問や批判が次々に寄せられて炎上している。
 共感もあるが、ネット上では発言への批判が相次ぐ
 「何でメルトスルーに話が飛躍しちゃっているわけ?」
 「福島県民の気持ちを全く考えてませんね」
 「さすがに笑いを通り越して心が冷え切るな...」
 もっとも、「本人は笑える冗談のつもりなんでしょう」といった指摘はあり、音楽評論家の高橋健太郎さんは、ツイッターで「これ思ったなあ」と共感を示した。安倍マリオが手にしていた赤い球体についても、「地球の裏側まで抜け落ちた高温デブリ」を連想させるとした。
 不謹慎だとする批判については、「お祭りなんだから、イメージも開放しないと」と反論している。
 一方、米大手紙のニューヨーク・タイムズは、電子版の8月22日付記事で、安倍マリオのサプライズ演出を取り上げ、日本のツイッター上の反応の1つとして東京新聞記者の発言を紹介した。欧米メディアには、安倍マリオを揶揄するような報道もある。

2016年08月23日 19時37分 J-CASTニュース
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12144-275900/

 さて、そもそも地球を貫いて登場した土管の演出。
  この演出で私が不満があるのは次の三点である。
  1 安倍首相がマリオのひげをつけていない~できればつけひげを昔の怪人二十一面相のようにとってほしかった
  2 マリオの着ぐるみを脱ぐのが早かった。~マリオの姿をリオの人にもっと見てもらいたかった
  3 せっかくだからジャンプをしてほしかった~マリオはジャンプだよ。安倍主将は忙しいのはわかるが、この格好で出てくるならば、せめてマリオのゲームで遊んでから来てほしかった
  まあ、その程度である。あの演出を見て「政治利用」とか「メルトダウン」とかはっきり言って「馬鹿」ではないかと思う。そもそも、その演出を考えたのは、安倍首相ではない。要するに、演出を考えた人が「政治利用」や「メルトダウン」の意思があったのかということが本来問題にすべきであって、安倍首相に対する批判そのものに「すり替える」ということは、マスコミは、「現場の取材もせず、また主事力もない」ということに過ぎない。逆に、知っていてなおかつそのような批判をしているのであれば、「偏向報道」でしかなくはっきり言って「事実を全く伝えていない」ということになる。そのうえ、そのような状況で批判をしているのであるから、日本のマスコミは馬鹿にされる。「事実を伝えるマスコミではない」という国際的な評価になる。上記のように「サプライズ演出を揶揄する」というのもあるが、その揶揄する内容を見れば「日本のモノとは全く違う質の批判」であることは間違いがない。そのレベルの差には、日本のマスコミのレベルの低さを思ってしまうのである。
  そもそも、そんなくだらない政治利用をして「自分をテロリストの的になる場所に置く」のであろうか。日本のマスコミは平和ボケしすぎて、人前に一人で立つということ、それも治安の悪い都市におけるスタジアムの真ん中に一人で立つことのリスクを全く考えていないのである。そのようなところまで「平和」を考えもしない「平和ボケ主義者」であるから、ピントがずれた批判しかできない。どうせするならばきっちりと的を得た批判をしてもらいたいものである。私は「どうせ出るならば演出の内容であるマリオになり切って、日本のソフト産業をもっとアピールしてもらいたい」と思うところで指摘した。
  同時に、日本が国を挙げてオリンピックを承知した。そのオリンピックにおいて、国家の首相がその場に立ったところで何が悪いのか。逆に「政治利用」というならば、公の目立つ場に立つのは「すべて政治利用」なのか。ほかの状況と今回のオリンピックの「政治利用と言われるか言われないかの客観的な基準」をしっかりと示すべきであり、単なる感情論でそのような批判を言っても何の意味もない。単純に「基準もなく政権を批判しているだけ」であり「個人的」「感情的」「恣意的」な政治的意見を認める「偏った意見」でしかないのである。あえて言うが批判してはいけないといっているのではない。批判をするならば客観的な基準に基づいてしっかりと根拠を持った批判をすべきであるといっている。馬鹿な批判は、少なくともマスコミが行うべきではない。
  もう一つ言えば、全く関係のない「原発」と「オリンピック」を結び付けるということ自体が不謹慎である。批判すべきところは批判し、良いところは良いというようにしっかりとめりはりをつけて批判しなければ、「案山子」と同じで、「どうせまた言っている」というような感じになってしまう。東京新聞そのものがどうなってもかまわないが、マスコミや言論全体がそのようになってしまうこと自体が「言論を不自由にする」というような状況になる。権力ではなく、彼ら「馬鹿なマスコミ」が言論の信憑性を失わせるということに関して、非常に迷惑であり、基準もなくまともな批判もできないマスコミは引っ込んでろと言いたい。
  まあ、今回の内容で「的外れな批判」をしていること自体が許されていること自体が「言論の自由」を最も脅かしている存在なのだ。

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コメント

宇田川先生、大変です。

自民党員のフリをしたやつが、
「愛国を考えるブログ 自民党ネットサポーターズクラブ会員として愛国という視点から自らの意見を論理的に述べるブログ」なるものを立ち上げ、

「重度障害者を死なせることは決して悪いことではない」などと、わざと暴言を書きまくって、その自作自演記事を仲間内で広めて、卑劣な自民党のネガティブキャンペーンをやっています。
http://sinnnoaikokuhosyu.seesaa.net/article/440452137.html

非常に悪質ですから、発信元と発信者を突き止めて、自民党として告訴したほうがいいのではないでしょうか。誰がこんな卑劣な工作をしているのか、満天下に正体を明らかにしたほうがいいと思います。

投稿: やまだ | 2016年8月29日 (月) 07時44分

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