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マスコミ批判に関する一考(307) ヤラセがなくなると番組が作れなくなってしまう現在のテレビ局というのはいったい何なのだ

マスコミ批判に関する一考(307) ヤラセがなくなると番組が作れなくなってしまう現在のテレビ局というのはいったい何なのだ
 月曜日はマスコミ批判である。
  今週は、オリンピックの解説について、ちょうどよい記事があったのでそれを行おうかと思っていたのであるが、しかし、まあオリンピック真っ最中にわざわざ書かなくてもよいかもしれないと思い、オリンピックの記事は少し後に行うことにした。
  まあ、「解説者が…」という記事なので、先週の選挙の記事と同じになってしまう。それでは、読者の皆さんも同じような記事ばかりになって退屈ではないかという気がしてしまう。それならば、少々毛色の変わった記事を出した方が皆さんもお喜びになるのではないかというような気がしたのである。
  ということで、今回は、ちょうど皆さんも夏休みであろうし、その期間、普段は見ないテレビを見ている人も少なくないのではないかと思い、バラエティ番組に関しての「ヤラセ」を扱ってみることにした。
  そもそも「バラエティ」は、「フィクション」である。
  よって、ドラマと同様に「演出過多」があっても許されるような状況であると思われる。しかし、最近のバラエティ番組は、ある意味で「情報番組」との垣根がだんだんと消えてきてしまっている。というよりは、テレビ局は、基本的にすべての番組に関して「ボーダレス」になってしまっているような気がしてならない。
  「報道番組」とか「情報番組」とか「バラエティ」というのが無くなってしまい、いつのまにかすべてが「ワイドショー」になってしまっている。かろうじて「歌番組」と「旅番組」と「ドラマ」がほかの番組と別れているようである。しかし、最近ではワイドショーや情報番組の中に旅番組特に、日帰り旅行のようなものが少なくなくなってきてしまっており、徐々に浸食されているような気がする。
  バラエティならば、「多少の過剰な演出」があってもなんともないような気がする。例えば、リアクション芸人が、熱くない「熱湯風呂」や「おでん」で大袈裟に熱いといって騒いでみたり、面白くない芸に対して大袈裟に笑ったりしても、基本的には許される範囲である。というよりはその「大袈裟」が「バラエティ」の「笑い」につながるのではないかというような気がしてならない。
  しかし、徐々にこれが情報番組になってしまった場合は、それではダメな場合が少なくないのである。しかし、このダメという言葉、わざと曖昧な表現を使ったのであるが、その内容に関しては後半でお伝えすることにする。
『モニタリング』、視聴率1ケタ転落は「ヤラセがなくなったから」!? 業界の“ねつ造遺伝子”とは
 木曜夜の人気番組『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』(TBS系)に不穏なウワサが立ち上ったのは今年5月。制作を手がけるプロダクション「HI‐STANDARD(ハイ・スタンダード)」の社長であり、番組の総合演出を務めるA氏が、法人税法違反容疑で東京地検に告発されていたことがわかったのだ。
 同社長は2014年12月期までの2年間に、架空の制作費を計上することによって約2億7,900万円の所得を隠し、法人税約7,100万円を脱税したという。
「この告発を受け、A氏は税理士を通じて『当局の指導に従い、不足していた税額を納めるなど是正に努めております』とコメント。事態は収拾したかに見えましたが、企業コンプライアンスが問われるこの時代、甘くはありませんでしたね」(業界関係者)
 A氏の名前、さらにはプロダクションの名前が、いつの間にか番組のエンディングで流れるスタッフロールから外されていたのだ。12年、深夜の30分枠でひっそりと始まった『モニタリング』。その開始当初から制作を主導していた、いわば功労者は、自ら招いた失態で、番組を去ることになった。
「SNSの時代、こういった悪評が流れるスピードが格段に速くなりました。あっという間に全国を駆け巡りますからね。その影響でしょうか、7月14日のオンエア分は8.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と、1ケタに転落。今まで11~12%が当たり前だった同番組では異常ともいえる事態です。代わってここ1年ほどレギュラー回では2ケタになることがなかった裏番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)が久しぶりに10.6%という好成績。少し潮目が変わってきたのもかしれません」(芸能ライター)
 脱税問題の裏では、フジテレビの追い上げも始まっていたようだ。しかし、この一件は意外と根深いと語るのは、テレビ局のディレクターだ。
「脱税容疑をかけられたA氏が、もともと在籍していたテレビ制作会社は、日本テレワークです。ここはかつて、『発掘!あるある大事典』(フジテレビ系)の『ねつ造』事件を起こしたことで知られる、ブラックプロダクション。納豆のダイエット効果をでっちあげたことで、総務省が調査に乗り出し、結果的に放送打ち切りまで発展しました。番組を制作した関西テレビ放送はスポンサーに逃げられ、視聴者から苦情が殺到、社員の処分を余儀なくされるなど、当時大問題となったキッカケを作った会社なんです」
 この騒動が勃発した07年、同A氏は自ら代表を務める「HI‐STANDARD」を立ち上げている。
「たびたびヤラセ疑惑がささやかれてきた『モニタリング』ですが、業界内には『そもそも総合演出を手がけていたA氏の中に、“ねつ造遺伝子”が組み込まれていたのかもしれないね』なんて言う人もいますよ」(前出・ディレクター)
 現在は先述の通り、A氏もくだんの制作会社の名前も外され、一掃されたかに見える『モニタリング』だが、新たに生まれ変わったところで数字は厳しいだろう。裏番組『みなさんのおかげでした』との視聴率対決の戦況がどう変わるのか、注目していきたいところだ。
サイゾーウーマン / 2016年7月31日 12時45分
http://news.infoseek.co.jp/article/cyzowoman_20160731_5631712013/
 さて「バラエティ」はなぜ「大袈裟なヤラセ」が許されるのか。それは「大袈裟なヤラセ」そのものが「笑いの対象」であるからに他ならない。要するに、バラエティは、「笑いをとる」ことがその目的であることを視聴者も合意の上で番組が作られているということになる。もちろん、いちいちその合意がしっかりと撮れているわけではないし、アンケートなどを実施しているわけでもない。しかし、「バラエティ」というのはそういうものであるというような「暗黙の合意」が実は存在するのではないか。
  しかし、最近の「情報番組」ということになれば、それは違う。「情報番組」といううカテゴリーは視聴者に情報を提供する番組であるということになるのであるから、その情報番組の扱う情報は「正確さ」を要求される。
  情報と関係のない所に関しては多少の演出は許されるとしても、肝心の情報そのものに関しては「正確さ」が重要な番組選択の要素となるのである。
  さて、「バラエティ」が「情報番組」に進化してしまった状況において、その内容は基本的には、「正確な情報」が期待されているということになる。
  当然に、何かを行えば「専門家の意見」が重要になり、また、その専門家の解説や理論的な説明が必要になってくるということになるのである。
  さて、上記記事に挙げた「モニタリング」という番組は、まさに「バラエティ」から「情報番組」の垣根のちょうど間くらいを行き来している感じの番組である。
  「人間観察バラエティ」と銘打っている番組であるが、その「人間観察」は、何らかのテーマがあり、そのテーマ性の中の心理状態やリアクションを見て楽しむということになる。
  「楽しむ」だけならば当然に「バラエティ」である。
  しかし「観察」となってしまうと、その内容は急激に「情報番組」となってしまう。
  そのために「通常の日本人ではありえないリアクションや反応」をしてしまえば、「面白い」けれども「情報性」が失われ、観察というような形にならなくなってしまうのである。
  「たびたびヤラセ疑惑がささやかれてきた『モニタリング』ですが、業界内には『そもそも総合演出を手がけていたA氏の中に、“ねつ造遺伝子”が組み込まれていたのかもしれないね』なんて言う人もいますよ」(前出・ディレクター)<上記記事より抜粋>
  このようなうわさが出てしまうと、基本的には「やはり面白さは作られたもの」ということになり「情報性」が失われ「情報性を求めてチャンネルを合わせていた人がすべてサル」というような結果になってしまうのである。
 さて、あえて言うが、「バラエティ」出「ヤラセや過剰な演出」があっても良いのではないか。では何がいけないのかといえば、当然に「情報番組」にしてしまったり、あるいはバラエティを「アカデミック」にしてしまい、その伴雲のカテゴリーをボーダレス化してしまったことに最大の問題がある。実際に視聴率をとるために、番組をいじって、結局番組を面白くなくしているというのが現状ではないか。本来「面白い番組」ならば視聴率は取れるし、また「正確な情報」であれば「情報を欲しい人は必ず見る」のである。しかし、いつのまにか「面白いバラエティ」ではなく「視聴率が取れるバラエティ」になり、また、「正確な情報番組」ではなく「スポンサーが喜ぶ過剰な演出をする偽情報番組」に変わってしまっており、それを見破る視聴者がテレビ離れをしているという状態ではないのか。
  まさに「視聴率至上主義」がおかしくしているというような気がしてならない。そしてその状況が「番組の不正」を作り出しているのではないかというような気がしてならないのである。
  テレビ局は、何か根本的なところを変えなければならないのではないか。そのような気がしてならない。

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