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自分たちの比例は全く感じず相手が「きらいだ」というと暴力沙汰にする中国人の「唯物主義的国民性」と「21世紀のサラエボ事件」

自分たちの比例は全く感じず相手が「きらいだ」というと暴力沙汰にする中国人の「唯物主義的国民性」と「21世紀のサラエボ事件」

 イギリスで大事件が起きたことはご存じだろうか。
  中国人留学生がバッキンガム宮殿に侵入し、「エリザベス女王を刺すつもりだった」と供述しているのである。日本で言えば、中国人が皇居に侵入し天皇陛下を殺そうと思った、と言っているのと同じだ。
  もちろん、「そんな事件はないだろう」などと思って侵入を許したイギリス王室の警備体制は批判されるべきところであろう。しかし、それ以上にそもそもエリザベス女王の「あの人たちは失礼で下」という発言に対して、「失礼な行為をした習近平」ではなく、「失礼と論評したエリザベス女王」を逆恨みするというのが実に中国人らしい国民性であると思って、非常に興味深く思う。
  さて、尖閣諸島問題に突然「例」として書いてみよう。
  そもそも中国は清から中華民国に至るまで、長期間にわたり、台湾ですら「領有」という感覚がなく、「化外の地」として認識していたのである。もちろん、日本もその雰囲気がなかったわけではない。日本から見れば、文化の最先端が渡ってくるのは中国からであり、半島から九州という最も海の移動の距離が短いところで移動をしてくることになる。豊臣秀吉が攻め上るのも、当然に「朝鮮出兵」であって台湾出兵ではなかったのである。中国でも同じだ。
  その内容が一気に変わるのは中国では阿片戦争であり日本は黒船である。そのうえで、日本は先に手を打っている。もちろん尖閣諸島まで認識していたかどうかは別にしても、日本は常に先に海に関しては動いている。それを後から入ってきて、勝手に自分の論理を打ち立て、こちらがそれを批判すると「居直る」という。自分たちの行為に「起因性」を全く考えずに他人を批判する以外には全くしない。それを他人に責任を転嫁して自分の正当性を訴える「盗人猛々しい」とはまさにこのような状況であるといえる。
  さて、「中国」というところは、その「盗人猛々しい」のは、「日本人にだけ」とまではいわないが、しかし、「自分より弱いものにだけ」だと思っていた。これは大きな考え違いなのか、あるいは、そうではなくそのままなのか。この考え方がイギリスと中国の関係をものがったているというような気がする。要するに、EU離脱後のイギリスが中国に対してどのような感覚を持つかということが気になるところである。

中国人留学生が英女王刺そうと宮殿に侵入し逮捕

   中国人留学生が英で大騒動
 ロンドンに留学中だった中国人学生がバッキンガム宮殿に侵入し、逮捕された。中国人留学生は警察の取り調べに対して、刃物を所持しており、「エリザベス女王を刺すつもりだった」などと供述しているという。
 女王は今年5月に行なわれた園遊会の席上、中国の習近平国家主席らが昨年公式訪問した際の行状について、「あの人たちはとても失礼でした」などと公然と批判。留学生は、その報復のために宮殿に侵入したとの見方も出ている。
 この留学生はシェフィールド大学に留学中の張航容疑者(25)。張は8月12日午後2時45分ごろ、宮殿の正門を乗り越えて、宮殿内に侵入したところを警備中の警察官に逮捕された。張容疑者は刃物を携行しており、取り調べで「中国のスパイに後をつけられている」などとの意味不明の供述を繰り返しているという。
 さらに、宮殿に侵入した目的について、「エリザベス女王を刺すつもりだった」などとも話しており、警察では精神に障害がある可能性もあるとみて、精神鑑定を行う用意もあるという。
 シェフィールド大学の広報担当者は「本学の留学生が起こした事案については留意している。しかし、現在公判中であることにも鑑みて、現段階では論評を避けたい」とのコメントを発表している。
 しかし、ネット上では、張容疑者を知っているとする中国人留学生が「張はエリザベス女王が昨年秋に英国を訪問した習近平国家主席らの代表団について、『あの人たちは失礼でした』などと批判したことについて、『女王こそ、非常に失礼だ』などと怒っていた」などとの意見を書き込んでおり、張容疑者が女王に復讐するつもりだったとの疑いが浮上している。
 しかし、張容疑者が宮殿に侵入した際、女王は公務で出かけており、宮殿にはいなかったことが分かっている。
 これについて、英BBCは「張容疑者は刃物を持っていたが、それ以外の拳銃など攻撃力が強い武器は携帯していなかった。また、女王が不在だったことなどからも、計画的犯行とはいえず、たんなる思い付きだったとも考えられる。本当に女王を襲おうと思っていたかどうかは疑問だ」などと報じている。
 また、張容疑者が精神的に問題がある可能性も否定できないことから、警察当局は慎重に捜査を進める方針だ。
 だが、中国のネット上では「いずれにしても、女王は中国人を侮辱しており、何らかの代償を支払うべきだった」などとの書き込みもあった。

2016年08月27日 07時00分 NEWSポストセブン
https://news.nifty.com/article/world/worldall/12180-440159/

 さて、エリザベス女王のいるバッキンガム宮殿に中国人留学生がエリザベス女王の殺害、少なくとも傷害目的で侵入した。日本の法律がそのまま適用されるわけではないが、基本的には「住居不法侵入」と「殺人未遂」または「傷害未遂」という罪になる。問題は「そのような気がふれた人」が存在するというようなことそのものではなく、その後の中国人の問題であろう。
  そもそもエリザベス女王の指摘において「真摯に反省する」ような国であれば、まったく関係はない。自分たちは一切悪くなく、批判するイギリスが不敬だというような国家である、そのような国とイギリス国民もっと言えば「コモンウェル」の多くの人々と国家が中国に対してどのようなことを考えるかということになる。もちろん、その内容に関して、「気がふれた人がいる」ということまでは良い。しかし、上記の記事にはもっと大きな問題がある。
  中国のネット上では「いずれにしても、女王は中国人を侮辱しており、何らかの代償を支払うべきだった」などとの書き込みもあった。<上記より抜粋>
  要するに、今回の犯罪者がおかしいのではなく中国人の根本的な中に、「女王を殺す」まではいかなくても「何らかの代償を払わせる」という感覚が存在するということになるのである。
  そのような状況を中国がイギリスに対していうのか。
  これは単純に言って「中国がだれに何を言ってのかまわない」というような「他人を全く気にしない」というようなところにあるのか、あるいは「イギリスは日本やベトナムと同じように齢国」と思っているのかということなのか、というような感覚である。たぶんイギリスはキャメロン首相時代の「弱腰」で完全に中国に「舐められた」のではないかと思う。実際に「イギリスと中国が戦うのか」というような感覚になるが、それ以上に「イギリスは中国との間において強弱関係を考えるのか」ということが最大の問題になる。
  しかし、中国は、アフリカや中東への覇権主義を唱えるようになってきて、それに対して旧宗主国という立場からイギリスはすべての物事に関して中国の進出を阻んでいる。しかしEUにいる間は中国もEU全体を敵に回すようなことはしなかったであろう。しかし、EU離脱に従って、中国はイギリスを下に見始めた。この「中国人のイギリスに対する見方の変化」が、そのままこのような問題になってきているのではないか。
  中国の動きがそのまま大きな影響を及ぼす。しかし、このようなモラルのない状況、そして「女王陛下への経緯」という「唯物主義では到底考えられない国民感情」が理解できない中国人は、徐々に敵を増やしてゆくことになるのではないか。その時のこの大きな問題が「将来の戦争」につながるような気がする。
  単純に言って「第一次世界大戦の原因となったサラエボ事件」つまり、914年6月28日、オーストリア=ハンガリー帝国皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の世継、フランツ・フェルディナント大公が、共同統治国ボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボで「青年ボスニア(Mlada Bosna, ムラダ・ボスナ)」のボスニア系セルビア人で民族主義者のガヴリロ・プリンツィプにより暗殺された事件のような感じになるのではないか。
  そのような未来がなんとなく垣間見える状況になった気がするのである。

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