« 波乱の予感!イランを嫌いなアメリカ国防チームとイランを敵視しているイスラエル系とミサイル実験を行ったイラン | トップページ | 「アパホテル抗議デモ」があまり大きく伝えられなかった理由とその背景にある日本の藩保守主義の実態 »

一度考えなければならない「開かれた皇室」という名の「思惑報道」と「芸能的な軽い報道」

一度考えなければならない「開かれた皇室」という名の「思惑報道」と「芸能的な軽い報道」
 さて、今日は少し皆さんに考えていただこうと思う。考えるというのは、「私なりの結論が私も今の段階では存在しない」ということに考ええいただければよいのではないか。そのような感じで、今日のブログを書くことを、先にご了解願いたい。
  さて、「皇室報道」というものがある。もちろん、戦前ほど、今の世の中は「固い」ものではなく、「多少の不敬」や「飛ばし気味の報道」も許されるというものではないかという気がしている。そのことは、昭和天皇の時代、それも戦後の時代から、現在の今上陛下におけるまで、一環いて「開かれた皇室」という考え方から、陛下の「国民に親しみやすい皇室」ということを中心に展開されており、その根底には陛下の「国民とともにある」という大御心の下に、寛大に許されているところが少なくないのではないか。
  問題は、「報道する側」及び「それを読む読者や見る視聴者」がその考え方、つまり、陛下の大御心を理解しているんかということである。実際に、秋篠宮佳子様の報道など、あまりにも「芸能人的な報道」が多すぎると感じたし、また、それ以前の「雅子皇太子妃殿下」の報道に関しても、あまりにもひどいものが少なくなかったのではないかという気がしてならない。
  しかし、その中において、最もひどいものが、昨年の夏からくる陛下の「譲位」問題ではないかと考える。まあ、陛下の譲位に関して「憲法重視の考え方」から、「譲位に反対する」という考え方があるのは理解できる。「立憲君主制」という考え方が確立していないし、また、必要以上い「戦後レジーム」から脱却できていない日本人の多くの人は、そのような考え方がうまくゆかない人は少なくないのかもしれない。
  しかし、今年になってからの報道はいったい何であろうか。「来年の1月1日に譲位」とか「新しい年号は○○」というような報道が少なくない。実際に「陛下の生前」であり、なおかつ「譲位を希望されたとはいえ、譲位すると決まったわけではない」状態において、その「譲位の時期」から「次の年号」まで勝手に報道してしまうのは「報道の自由」とか「開かれた皇室」というのとは全く異なるのではないか。何かが違う気がしてならないのである。
小出しにされる皇室関連報道 政権側の思惑絡みが多い
 1月23日に公表された論点整理を基に、議論が大詰めを迎えている天皇陛下の生前退位。陛下が皇室典範改正も含めた恒久的な制度設計を望まれている一方で、安倍晋三首相を中心とした官邸側は「1代限り」の方向で議論をリードしている。
 生前退位の方針が決まる特例法案の国会提出は5月上旬の見込みだ。猶予はわずか3か月弱。陛下の悲願は瀬戸際にある…。
 陛下、ひいては皇室と、安倍首相の相容れない関係は今に始まったことではない。安倍首相が初めて内閣総理大臣の席に座ったのは2006年9月のこと。だが、相克の源流はそこからさらに1年さかのぼる。
「当時、小泉純一郎政権下では、女性・女系天皇容認の議論が進められ、法案化寸前でした。長らく男子が誕生しなかった皇室において、安定的な皇位継承の幅が広がるもので両陛下の期待もあった。ところが、当時の官房長官だった安倍さんの主義主張とは違うもの。結局、首相就任直前に悠仁さまが誕生されたのを契機に議論が潰されてしまった」(政治記者)
 2012年10月には当時の民主党・野田佳彦政権下で「女性宮家創設」論議が高まりを見せ、皇室典範改正に向けた論点整理が発表された。ところがそれからたった2か月後、返り咲きを果たした安倍首相は女性宮家が女系天皇への呼び水となるとし、《皇位継承は男系男子という私の方針は変わらない。野田政権でやったことは白紙にする》と表明した。
 だが、両者の相克は皇統の問題に限ったことではない。2013年12月の誕生日会見で、陛下は次のように述べられた。
「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」
 憲法の重要性に改めて言及された理由には、イラク戦争初期の2003年に始まった特措法による自衛隊のイラク派遣、その延長上にあった「9条問題」「憲法改正」への牽制もあったことだろう。だが、安倍政権は2015年5月、安保法制を成立させ、「いわゆる駆け付け警護」の任務を付与された自衛隊施設部隊が昨年12月から南スーダンに派遣されている。
 陛下のご学友で皇室ジャーナリストの橋本明さんは憤る。
「平和憲法を骨抜きにする姿勢を示したことは、安倍首相が陛下をないがしろにしているということだと思います」
 さらに安倍首相は1月20日の施政方針演説で「(改正)案を国民に提示するため、憲法審議会で具体的な議論を深めようではありませんか」と述べ、憲法改正へまい進している。
 ついには昨年9月26日、4年4か月にわたって宮内庁長官を務めた風岡典之氏が職を退いた。風岡氏は、9月15日に70才の誕生日を迎えたばかりだった。
「70才の節目に勇退するのが宮内庁長官の慣例。ですが、誕生日から10日ほどでの退任は異例で、異動時期である年度末までは長官の職を全うするとばかり思っていました」(宮内庁関係者)
 宮内庁は「内閣府に置かれる機関」である。そのため、政権の意向とは切っても切れない関係にある。
「風岡氏は、両陛下のお気持ちを第一に優先してきました。ですが、それが政権側からは“両陛下や皇族方に寄り添いすぎる”と映っていた。退任が早まったのは、風岡氏の存在を疎んじた政権側からの何らかの働きかけがあったからでしょう。さらに、ナンバー2である宮内庁次長に西村泰彦氏が就任。西村氏の前歴は内閣危機管理監、つまり、直前まで安倍首相の手元にいた人物です。宮内庁内部に目を光らせると同時に、安倍首相が描く方向にコントロールしやすくなります」(前出・宮内庁関係者)
 陛下の周りには、いつしか“包囲網”が張り巡らされていった。そして迎えた2017年。正月から皇室関連報道が連日世間を賑わせては、宮内庁側が否定するということが相次いでいる。
「出元は大抵が政権側。情報を小出しにする理由は、世論がどの程度まで生前退位後の皇室の在り方を許容するか見定める観測気球のような意味合いがある。一方で“秋篠宮さまを皇太子待遇にする”といった、以前から議論されてきた課題の解決法を示すことには、“いろいろと改善するから、とりあえず今回は1代限りでいいじゃないか”と宮内庁側の懐柔という狙いもある」(前出・政治記者)
 陛下の望まれる未来か、安倍首相の描く青写真か――決着の時は近づいている。
撮影■雑誌協会代表取材
女性セブン2017年2月16日号(NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20170204_490240.html
 「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」<上記より抜粋>
  「平和憲法を骨抜きにする姿勢を示したことは、安倍首相が陛下をないがしろにしているということだと思います」<上記より抜粋>
  この二つの内容は、実際に「陛下の譲位の意志」と「憲法9条」を絡めたきわめて「下劣」な陛下の政治利用であり、あまりにもおかしなものである。そもそも「平和憲法」と「陛下の譲位」が関係があるというような考え方をそのままこのようなところで、それも陛下自信がそのような発言のなさったならばいざ知らず、ご学友という全く関係ない他人が、そのようなことを主張すること自体に非常に強い違和感を感じる。このような政治利用をそのまま週刊誌とはいえ、マスコミが取り扱うこと自体「政治利用」であるといわざるを得ない。
  一方「出元は大抵が政権側。情報を小出しにする理由は、世論がどの程度まで生前退位後の皇室の在り方を許容するか見定める観測気球のような意味合いがある。一方で“秋篠宮さまを皇太子待遇にする”といった、以前から議論されてきた課題の解決法を示すことには、“いろいろと改善するから、とりあえず今回は1代限りでいいじゃないか”と宮内庁側の懐柔という狙いもある」(前出・政治記者)<上記より抜粋>
  この内容に関しては、逆に政府が「政治利用をしている」というよりは「国民の意思確認や国民の忖度を誘発させている」ものであり、これもおかしな話である。まあ、実際に「政権側がネタ元である」というのは「1月1日譲位」とい話が出た瞬間に、そのことはすぐわかる。元旦は、宮中では「四方拝」があり、1月1日に譲位などということは現実的に、「1年の中で最も譲位などありえない日」としか言いようがない。つまり、「皇室・宮内庁関係者」からの情報の流出ではないことを物語っているのである。
  その内容から、「すぐにわかる」ことであるが、そのようにして国民の言いを探り名が出なければ政権は、物事を決められないのであれば、そもそも「憲法改正が必要かどうかを天皇に諮る」ということをした方が良いのではないか。そもそも「憲法第一章の天皇という章」を変更することは、「政治に対して介入すること」なのであろうか。単純に、「天皇」が「天皇の章」を変えること、特に「天皇という政治に介入してはならないと決められた人がその譲位に関して決めること」は、「政治に介入」になるのかということまで議論しなければならない。
  実際、この問題は、「戦後70年以上、ただ何となく、漫然と習慣として行ってきて、誰も根本の部分から考えたことがない」ということであり、憲法に関して「根本の部分を考えない」ということが70年以上も許されてきたという異常事態を考え、そろそろ根本のぶ部分から考えなければならないのではないか。
  結論がないので、これ以上話しても意味はない。先日詳しい人と話をしたが、その件に関しては、誘いがあれば個別に話すことにする。
  今日はここまで。

|

« 波乱の予感!イランを嫌いなアメリカ国防チームとイランを敵視しているイスラエル系とミサイル実験を行ったイラン | トップページ | 「アパホテル抗議デモ」があまり大きく伝えられなかった理由とその背景にある日本の藩保守主義の実態 »

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/115684/64864844

この記事へのトラックバック一覧です: 一度考えなければならない「開かれた皇室」という名の「思惑報道」と「芸能的な軽い報道」:

« 波乱の予感!イランを嫌いなアメリカ国防チームとイランを敵視しているイスラエル系とミサイル実験を行ったイラン | トップページ | 「アパホテル抗議デモ」があまり大きく伝えられなかった理由とその背景にある日本の藩保守主義の実態 »