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「反対だけならサルでもできる」にもかかわらず批判しかできない民進党という「希望無き野党」は「サル以下」ではないか

「反対だけならサルでもできる」にもかかわらず批判しかできない民進党という「希望無き野党」は「サル以下」ではないか
  民進党というのは、本当に「批判しかできない」ということが明らかになった。本当になんとも、批判しかしないし、スキャンダル以外には全く出てこないし、対案一つ話すことができない。何とも言いようがない「虚しさ」しかない政党である。
  実際に、政治であるから「政策」の主張を行わなければならないのであるが、残念ながら、彼らから「批判」以外の政策の主張がされたことはほとんどないのではないか。「民主党」ではなく「民進党」となってから、その傾向があまりにも強すぎる。民主党政権ができる前には、それでも「批判をする人は、何かできる腹案があるから批判をする」と有権者の多くは信じていたと思う。民主党政権において、その期待は完全に裏切られた形だ。はっきり言って「中途半端」であり、「ウケを狙ってスベリまくっているド下手な芸人」という感じに近い。芸人は、それでも「スベリ芸」というものがあるし、また、笑いに関して言えば、そこで滑ってしまったところで、特に罪はない。もともとお笑いなのである。そんなに固く考える必要はない。
  しかし、政治はそういうものではない。単純に「国家」の「将来」について語っているものであり、その内容は現在だけで終わるものではなく、我々の子供や孫の世代まで未来永劫影響するのである。その意味において「その場限りの批判」だけで政治の場にいることは、本来は恥であり、そのことを認識してくれなければ困るのであるが、残念ながら、民進党の皆さんには、そのような感覚は全くなく「政策」よりも「政局」ばかりを気にしているような気がしてならない。
  まあ、「何かに反対する」というのは、はっきり言って「サルでもできる」のである。こいつ嫌いと思った人からは、餌を出されても食べないなどという知恵は、サルでも持っている。要するに「反対するだけ」であれば、本当にサルでもできる。人間が、それも将来をかけた政治の世界で行うべきものではないのである。
  さて、国家において外交というのは「国を挙げて行う」ものであり、その内容が、「国家の中で意思の統一がなされていない」ということになると、実におかしな話になる。単純に言えば国家の意思表示が二分することになるので、外国において、うまく利用されることになり、そのことは、完全に「国益に反する」行為であるということになる。もちろん、だからといってすべてを肯定するべきものではない。しかし、外交に関して批判する場合は、「敵国・外国に利するものではないような細心の注意をもって批判」すべきであり、単なるっ誹謗中傷や外国に利するようなことをしてはならないのは「最低限の原則」ということが言える。
  しかし、「サルでもできることしかできない民進党」には、そのことすらわからないようである。
「安倍首相はスネ夫」=米入国禁止への沈黙を批判-民進・野田氏
 「日本はスネ夫になるか、のび太になるか。今回、完全にスネ夫になったのではないか」。トランプ米大統領が出したイスラム圏7カ国出身者の入国禁止令への論評を避け続けている安倍晋三首相について、民進党の野田佳彦幹事長は13日の記者会見で、人気アニメ「ドラえもん」でガキ大将のジャイアンにこびへつらうスネ夫に例えて痛烈に批判した。
 首相はトランプ氏との共同記者会見で見解を問われた際も「内政問題なので、コメントは差し控える」と述べた。野田氏は「のび太はびびりながらも物を言うことがある」として、首相は沈黙を続けるべきではないとの考えを示した。英国のメイ、ドイツのメルケルの両女性首相が入国禁止令を批判したこともドラえもんになぞらえ、「(同級生女子の)静香ちゃんは毅然(きぜん)と物を言っている」と語った。 
 
時事通信社(2017/02/13-20:11)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017021301097&g=pol
「トランプ氏に近づこうとすると『こびる』とか言う。なぜこんな表現になるのか」…有本香氏「フェアでない」 建国記念・高知県民のつどい
 高知市内では「建国記念の日をお祝いする高知県民のつどい」が行われ、ジャーナリストの有本香氏が「流動する世界、日本の立ち位置」をテーマに講演した。
 「日本と郷土を愛する高知県民の会」の主催で、県神社庁、日本会議高知などが協賛。地元の国会議員ら約250人が参加した。
 有本氏は日中関係をはじめ、国内外のさまざまな問題について取材・執筆活動を続けており、テレビなどのメディアでも活躍している。
 講演で有本氏は、アメリカのトランプ大統領に対する大半の報道姿勢について「彼に近づこうとすると、『こびる』とか言う。国同士が理解し合うための行為が、なぜこんな表現になるのか」「『入国禁止令』についても賛否両論あるにもかかわらず、反対が圧倒的のように報道される。正確な事実を伝えず、フェアではない」などとした上で「メディアによる操作は恐ろしい」とした。
 さらに「トランプ大統領はまともなことを言って嫌われた。それは安倍首相も似ている」「自分たちにとって都合の悪い人が出たからといって、ゆがんだレッテルをはるのはどういうことなのか」と疑問を呈した。また、日本における歴史認識のあり方ついて「それぞれの考え方に違いがあったとしても議論すればいいだけの話。しかし、さまざまな価値観を認めるはずの『リベラル』と呼ばれる人ほど、相手の話をきかない」などと指摘した。
 
産経ニュース 20170213
http://www.sankei.com/west/news/170213/wst1702130010-n1.html
 さて、何が悪いのであろうか。
  まず、「内政干渉」という点がある。単純に「スネ夫」という表現は、当然にドラえもんの中のキャラクターであり、まあ「虎の威を借る狐」という意味であることは容易に想像ができる。では、逆に、日本がアメリカの「外国人入国禁止措置に関して何等か介入するべき立場にあるのか」ということを考えてみよう。そのように考えた場合に、実際に、「アメリカの政治を、日本の首相が批判した」となれば、社会的、国際的な影響力が大きく、また、そのことに関して言及できるアメリカ国民の意識や、あるいは犯罪乙系などの資料もそろっているわけではない。もちろん、野田民進党幹事長がそれらの内容をすべて検討したうえで、批判をしたわけではないのである。それだけの資料がないにもかかわらず、つまり「根拠がなく、マスコミ報道の印象だけで、他国の政策を批判できる立場に日本はあるのか」という、根本的な内容が、まったく検討されずに、このような批判が行われている。
  まあ、民進党の「サルでもできる反対しかできない」ということを考えた場合には、まさに今回の野田幹事長の批判は、「民進党らしい」というしかない。「内政干渉の原則禁止」や「根拠のない批判における国際的な影響力」などは全く考えず、国内の政局力学鹿考えないで安易な批判をするということにほかならず、そのような状況において、政治を行っているという「民進党の政治姿勢」が実によく笑われているということになるのである。
  首相はトランプ氏との共同記者会見で見解を問われた際も「内政問題なので、コメントは差し控える」と述べた。野田氏は「のび太はびびりながらも物を言うことがある」として、首相は沈黙を続けるべきではないとの考えを示した<上記より抜粋>
  まあ、要するにこのような印象操作しかできないということだ。そのうえで英国のメイ、ドイツのメルケルの両女性首相が入国禁止令を批判したこともドラえもんになぞらえ、「(同級生女子の)静香ちゃんは毅然(きぜん)と物を言っている」と語った。<上記より抜粋>となっている。
  さて「イギリスのメイ首相とドイツの関係」と「日米関係」を単純に比較しているという外交センスもおかしなものである。イギリスとドイツの関係は、まさに昨年6月のブレグジット以来、戦争はしていないものの、EUという組織の考え方について、双方が対立していることは明らかであり、そのような状況にあるということになる。一方、日米に関しては安全保障条約などで同盟関係と評される関係だ。この二つの関係を「単純比較する」ということは、「日米同盟を離脱させる」というようなことにほかならず、まさに「外交関係をおかしくするということを意図した発言である」といえる。このような政党に将来を任せることはできないのは言うまでもない。基本的に、「鳩山首相の『トラストミー』と変わらない外交センス」ということになるのである。
  一方、アメリカのトランプ大統領に対する大半の報道姿勢について「彼に近づこうとすると、『こびる』とか言う。国同士が理解し合うための行為が、なぜこんな表現になるのか」「『入国禁止令』についても賛否両論あるにもかかわらず、反対が圧倒的のように報道される。正確な事実を伝えず、フェアではない」などとした上で「メディアによる操作は恐ろしい」<上記より抜粋>も、、まさにそのものである。
  野田幹事長の内容に関して、簡単に考えてもこのような内容になるにもかかわらず、そのような検証もなく「スネ夫」という表現を「印象操作そのものにして報道している」ということはあまりにもおかしな話ではないか。まさに「サル」に媚びる「マスコミ」のような存在がよくわかる。
  まさに、マスコミが「サルが相手ならば勝手に血を吸わせてもらえるが人間が相手ならば駆除されてしまうシラミやノミのようなもの」ということになるのではないか。
  このような「サル」と「シラミやノミ」に言論が支配されていては、まともな政治は期待できない。早く、論理的に、なおかつ政策を出して政権を批判できる野党が出てこないかと思うものである。

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