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マスコミ批判に関する一考(352) 視聴者同様に俳優女優もドラマ離れしてゆく現在テレビの斜陽産業化

マスコミ批判に関する一考(352) 視聴者同様に俳優女優もドラマ離れしてゆく現在テレビの斜陽産業化
 テレビドラマの視聴率が徐々に下がってきている。まあ、ある意味で「ドラマそのものがつまらなくなってきている」ということであり、基本的に、ドラマそのものにまったく面白みを感じないということが一つである。
  下記の記事に書いてあるのかもしれないが、基本的にまずは「テレビ離れ」という状況がある。片方で「ユーチューバー」という職業が実際に活躍しており、ユーチューブ出身のタレントや作曲家なども出てきているというのが現状なのではないか。そのような状況において、テレビという存在が、一つの転換点に来ているということになる。
  ある意味において、コンテンツとして、テレビという物が、独占的な情報発信であったのに対して、ネット等別のコンテンツができたことによって、その地位を奪われ、そして、徐々に斜陽産業になってゆく、その過程で、さまざまな「協力者」が抜けてゆくというような感じになってきているのではないか。
  そのような「斜陽産業化」した産業において、まず存在するのが「過激化」「先鋭化」ということになる。単純に、物事がうまくゆかなくなった時に「コアなファン」を取りに行くことが普通なのであるが、その「コアなファン」の好みに合わせ、そしてそのコアなファンの気に入るような内容にするために、斜陽産業は「コアなファンの要望を超えたものを作り出すようになる」という現象が出てくるのである。単純に言えば「左翼」がコアなファンであるとすれば、その「左翼に偏向した内容」をおこない、そのうえで、その偏向報道をより過激化して、報道を行うということになる。これは「左翼」ではなく、「保守」でも同じであり、ネットが斜陽ではなくこれから勃興するというときに「保守」が過激化・先鋭化するということが「ネット右翼」というような状況になったのに対して「斜陽産業化したテレビにすがる斜陽左翼」なるものが出てくるのではないか。これも、テレビを見る世代の高齢化とともに、徐々に「一部の過激思想」の集団になってしまい、「中立性・公平性」などはなく、また一般には受け入れられない先鋭化したことを報道の場で出すために「ヤラセ」なども出てきてしまうということになるのである。
  一方、作り物、といっては失礼かもしれないが、ドラマなども、同様に大きな転換点を迎える。つまり、コンテンツとして面白くなくなったテレビメディアから、完全に若者が離れて行ってしまうということになる。そのことによって「年代が上の方の人間」に受けるようなドラマしか受けなくなってしまい、若者に受ける女優などが「その居場所がなくなる」ということになるのである。
長澤まさみも上野樹里も…視聴者同様に続々とドラマ離れ
 視聴者だけでなく、俳優のドラマ離れがいよいよ深刻になってきているという。
 亀山千広社長の退任が決まったフジテレビでは、長年続いた月9ドラマの枠が消えるかもしれないなどとささやかれているように、ドラマが高視聴率をバンバン記録することはもはや昔話のような状況だ。「今では2桁の視聴率が取れれば上出来。15%超えようものなら万々歳といったところです」(テレビ局関係者)というように、視聴者が離れているのが現状だ。
 キャスティングありきの安易なストーリーなど、作り手側にも問題があるだろうが、この低視聴率が続いていることで、俳優陣のキャスティングそのものが難しくなっている。
 ある芸能プロ関係者は「1桁の視聴率が出れば、やれコケただの、あの女優は終わっただのと叩かれますからね。出る側もドラマには嫌気が差しているんです。特に民放ドラマには二の足を踏みますね。主演クラスやヒロインクラスを任せたいと思うような名のある俳優、女優はこぞって映画とか舞台を優先的に選ぶ傾向にある」と解説する。
 かつて高視聴率男と呼ばれていた木村拓哉、福山雅治などは今年のドラマは予定されていない。
 ある芸能関係者は「キムタクなんかは報じられているように、10月の月9ドラマに当初予定されていましたが、それが1月に伸び、さらに4月へと移り、今ではキムタクに低い視聴率を取らせるわけにはいかないという判断で、キャスティングそのものが消滅という話すらある。福山だって、今年は映画に出演予定はありますが、今のところドラマは入っていません。ここまでのクラスはあえてドラマに入って視聴率でどうこう言われたくないという思惑もありますよ」。
  女優陣も同じだ。昨年、大河ドラマに出演していた長澤まさみや昨年「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)でブームを作った新垣結衣なども、ドラマへのキャスティングは困難を極めるという。
 「7月にガッキーは『コード・ブルー‐ドクターヘリ緊急救命‐』に出演しますが、これも出演者全員が仲がいいというのが背景にあってOKしたもので、シリーズもの以外ではなかなか難しいといわれてます。長澤に至ってはもう民放ドラマには出たくないと事務所に訴えていると言われている状態。上野樹里なんかも、今のクールの日テレドラマを断ったって話が一時出回りましたが、数字、数字といわれる今のドラマ界に嫌気が差した一人とも言われてます」(ある民放関係者)
 名のある俳優陣が出演しなければ、新しい人を持ってこなければ成り立たなくなるのだが「視聴率が上がればいいのですが、上がらないとその俳優が、女優がという話になる。これが続くから、余計出なくなるという図式の繰り返しです」(前出の民放関係者)。
「視聴率が低い」=「面白くない」というわけではないのだが、視聴率がモノをいう近年の風潮から、ドラマのあり方が変わっていくのかもしれない。
2017年6月17日 16時30分 東スポWeb
http://news.livedoor.com/article/detail/13215924/
 では「作り物」の代表である「ドラマ」はどのようになっているのであろうか。まあ、よほどのことが会い限り、ドラマに関しては「つくりもの」でしかないので、基本的には、「公平性」などの政治的な思想やイデオロギーなどに関しては、少なくとも報道よりも緩くできているし、また、その内容に関しても、「作り物」であるから、基本的にはフィクションで構わない。そもそも「ドラマ」なのであるから「フィクション」であり、なおかつ「やらせ」であることは間違いがないので、その件に関して問題になることはないのである。
  では、何が面白くないのか。
  「今では2桁の視聴率が取れれば上出来。15%超えようものなら万々歳といったところです」(テレビ局関係者)というように、視聴者が離れているのが現状だ。<上記より抜粋>
  というように、基本的にはドラマそのものから視聴者が離れてしまっている。
  ある芸能プロ関係者は「1桁の視聴率が出れば、やれコケただの、あの女優は終わっただのと叩かれますからね。出る側もドラマには嫌気が差しているんです。特に民放ドラマには二の足を踏みますね。主演クラスやヒロインクラスを任せたいと思うような名のある俳優、女優はこぞって映画とか舞台を優先的に選ぶ傾向にある」と解説する。<上記より抜粋>
  まさに、業界の「制度疲労」というような感じであり、ここにも「テレビの斜陽産業化」が出てきている。ではあなぜ「視聴率が出ないのか」といえば、たんじゅんに「つまらないから」ということに他ならない。ではなぜつまらないのか。これは、佳子に何回か書いているが「アニメや漫画の実写化」が現在の潮流である。単純に「すでにストーリーを知っており、なおかつ視聴者がそのストーリーにおいて様々なイメージを持っているところに、そのイメージを上書きするかのように女優や俳優が演じる」ということを視聴者が拒否しているからに他ならない。基本的に「一次元」つまり「文章による小説」であれば、そこにある映像や実像は、必ずしも一致していないが、その一致できない漫画の主人公などを、女優が演じても、そのイメージとは異なる問うことになる。
  つまり、ドラマなどのつくりっものの場合は、その「原作となる物の情報は少ない方が作りやすいし、共感を得やすい」のであるが、一方で、「人気のあるものをドラマ化する」というときには「活字離れで文章の小説が少ない」という現実になる。
  本来このような場合には、マスコミの人々が自分で「本当の意味でよいものを探す」のであるが、しかし、テレビ局の人々はそのようなことは全くしないので、そのために。「良いもの」を探す映画や舞台に良い女優や俳優が流れてしまう。その宣伝のために、バラエティには出ても、それ以外は出ないというようになるのである。
  まあ、ある意味でドラマの世界にも「テレビメディアの斜陽化」が襲っており、それはテレビの制作者が「努力をしない」ことによるものではないのか。

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