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国連で採決された「核兵器禁止条約」は「理念」は素晴らしいが「実効性」はどうなのか

国連で採決された「核兵器禁止条約」は「理念」は素晴らしいが「実効性」はどうなのか
 日本の被爆者の会や核や原子力に反対している人は、ある意味で純粋であり、同時に「純粋であるがゆえに悪意に満ちている」という矛盾した状況に陥っているのではないか。あえて「批判」が来るということを覚悟のうえで、このことを先ず第一に書いておく。他の国とて同じであるが、まあ「理念」「建前」と「実際」は全く異なる。
  さて、オバマ大統領が2009年、プラハにおいて核兵器廃絶を訴えた。しかし、オバマ大統領の為政時代に、そのことは全く実現されなかった。結局そのことはアメリカの弱体化を招き、そのことは、中国のミサイル装備が充実し、イランでも核開発が噂され、なおかつ北朝鮮も核を開発した。つまり、アメリカが核兵器廃絶を主張した瞬間に、核兵器が世界各国に拡散し、世界に核兵器の脅威が広がっているのである。
  「核廃絶」と「核拡散」という二つの相反する行為に関して、なぜそのようになるのかということが疑問かもしれない。そこであえて簡単な例を挙げて、その一例を示してみることにしよう。ここに挙げたものは、一例でしかなく、それだけが問題ではないということをあえて付記しておく。
  オバマ大統領が宣言した通り、当時核兵器を廃絶したとする。もちろん、核ミサイルというのは様々あるが8~10年に一度メンテナンスをしないと、基本的には兵器として役に立ったない。つまり、その維持コストを考えれば、廃絶をした方がアメリカとしても財政的に非常に助かるということになるし、そのことは、他の核保有国としても同じであるから、同様の判断があったと考える。そうなった場合は、この地球上から核兵器が無くなるということになる。しかし、「核兵器を作る技術」というのは存在する。その技術そのものがなくなるのであれば、何とかなるが、しかし、核兵器を作る技術とその資材が存在する中で、大国が核兵器を排除したところで、実際のところ、核は「大国以外でも作ることができてしまう」ということになる。この場合、例えばISが核兵器を一つ持ったところで、そこに、対抗する手段がなくなってしまうということになり基本的には「無法者」(核兵器廃絶を守らなかった人という意味)に世界が支配されてしまうということになるのである。
  さて、もちろん「無法者」は「核廃絶の条約」を知っているが、そもそも「罰則の無い条約」においては罰せられることもなく、また、核兵器廃絶を守らなあったという制裁に対して核兵器で応酬することができる。そのために、結局「暴力に屈する」ということになるのではないか。
  さて、ここに買いいたのは一例であるが、では、その時に「対話」などということを言うようになるであろう。しかし、「対話」が役に立たないのは、すでに北朝鮮やイランで実証済みではないか。
  結局「強い兵器」に対しては「無力化」か「資材の欠乏」という対抗策しかなく、それがなければ、「同党の強い兵器での牽制」以外にはないのである。
「大きな一歩」 核兵器禁止条約、歓迎の一方、「実効性に疑問」の声 
 米ニューヨークの国連本部で開催中の核兵器禁止条約交渉会議は7日、核兵器の開発、保有、使用などを禁止する条約案を賛成多数で採択した。
 米国による原爆投下から72年。広島、長崎の被爆者は8日、「大きな一歩」と評価した。ただ、核抑止によって平和と安定が保たれる現実を無視しているとして核保有国が参加しておらず、専門家は「実効性に疑念が残る」と批判的だ。
 広島では、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の代表理事、箕牧(みまき)智之さん(75)=広島県北広島町=が「被爆者として感激している」と歓迎。条約交渉を取りまとめたホワイト議長(コスタリカ)に約300万人分の国際署名の目録を渡したことを振り返り、「被爆者が生きている間に核兵器が地球上からなくなってほしい」と訴えた。
 広島県被団協理事長の坪井直さん(92)=広島市西区=も、「儚(はかな)い夢と言われようと、核兵器を必要としない、争いごとのない世界の実現を心から願っています」とコメントした。
 松井一実広島市長は「あらゆる核兵器の廃絶に向けた新たな進展を意味する」と評価。核保有国と非保有国が協力する形での核廃絶を目指す日本政府の不参加方針を踏まえ、「条約を法的実効性を持つものへと育てるために、国際社会が総力を挙げて取り組んでいくことが必要だ」と話した。
 一方、長崎市の田上富久市長は「日本政府が関わっていないことが、被爆地として非常に残念だ」とコメント。長崎の被爆者、川副忠子さん(73)は「画期的な条約だ」と話した。
 日本国際問題研究所軍縮・不拡散促進センターの戸崎洋史主任研究員は「核軍縮の推進には、交渉に参加しなかった核保有国や『核の傘』の下にある国との議論、協力こそ欠かせない」と指摘。「両者の亀裂が拡大し、核拡散防止条約(NPT)の弱体化をもたらせば、核軍縮・不拡散を巡る状況を悪化させる可能性もある」と懸念している。(浜田英一郎)
2017年7月8日 19時52分 産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/13310590/
 さて、あえて前半に夢も希望もない話をした。当然に、このようなシミュレーションができれば「実効性に問題が残る」という判断になるであろう。
 広島県被団協理事長の坪井直さん(92)=広島市西区=も、「儚(はかな)い夢と言われようと、核兵器を必要としない、争いごとのない世界の実現を心から願っています」とコメントした。<上記より抜粋>
 ここでわかるように、本人たちには「はかない夢」であることはわかっているはずだ。しかし、このような動きそして「現実論」をいつの間にか「国内政治に持ち込む」という愚か者、つまりは「政争の具にする」という輩が必ず出てくる。
  長崎市の田上富久市長は「日本政府が関わっていないことが、被爆地として非常に残念だ」とコメント。<上記より抜粋>
  つまり、「日本がかかわるべき」というが、一方で、隣国北朝鮮で核開発があるにも関わらず、日本が積極的に「核の傘」を取り払い、北朝鮮の核兵器の脅威の下に晒せと言っているのである。
  日本は「世界唯一の被爆国」である。
  このことは揺るがしようのない歴史的事実である。そのことは「核兵器廃絶に努める」というはかない夢が必要であるとは思うが、同時に、「被爆者を地球上に作らない」ということも、日本に課せられた使命である。上記にも書いたように、「核兵器の廃絶」は「技術の消失」か「資材の欠乏」または、「核兵器の無力化」以外にはない。そうでなければ「核兵器を作る無法者の暴力の支配に屈する」結果になる。そのことは、「支配に屈しない人々を核兵器が襲う」つまり「新たな核兵器の犠牲者が出る」ということを意味する。ではその時に「この条約が有効か」ということよりは、「核兵器の無力化」を考えるべきではないのか。要するに「核を排除」するのではなく「核を研究し尽くして核を丸裸にする」ことこそ、最も重要なことであり、その「核から身を守るものを開発する」つまり「核兵器を無力化する」ということが重要なのではないだろうか。本来「核兵器の廃絶」は「科学技術の発展」の問題で、そのことを全く無視した「核兵器廃絶議論」そのものが「実効性の欠如」であり、「核を保有」または「核を実験している」北朝鮮のような無法者に味方する愚策ではないのであろうか。
  逆に、もしもこの条約を実効性のあるものにするのであれば、当然い「新たな核兵器開発に対して具体的な制裁」つまり「攻撃して排除する」ということを規定しなければ、まったく意味がないのである。その辺のことまで全く若からず、たんじゅんに「理念」そして「衆愚受けする政策」をすることに何の意味があるのであろうか。
  法学の格言に「罰則の無い刑法は規定がないことと同じである」という格言がある。今回そのようになってるのではないか。

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