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2017年8月

【夏休みのエロ特別版】芸能人がテレビで言う「夜の営み」の重要性とそのテレビでの表現の自由を求める

【夏休みのエロ特別版】芸能人がテレビで言う「夜の営み」の重要性とそのテレビでの表現の自由を求める
 今日の内容は「記事」としては別に面白くもなんともないが、やはり「夜の営み」が重要であるということを改めてテレビなどで言うということがどれほど重要かということを書きたので、あえてどうでもよい記事を選んだ。
  記事の内容は、マツコ・デラックスがまちのなかを徘徊する番組の中で、新婚の夫婦に会い「夜の営みは大切」といったことを書いたものである。まあ、このマツコ・デラックスという芸能人はなかなか他の人が言いにくい内容をいとも簡単にいえる「奇特なキャラクター」である。昔、私は、このブログや他の記事の中で、その時代に政治に関して何でも言える人、何を言ってもあまり非難されない人を三人あげたことがある。一人は石原慎太郎、当時は都知事で排気ガス規制で、記者にタールを振りかけたことで有名になった。まあ、もともとは小説家であり、そのうえ、過激な発言で有名になっていたので、別に過激な発言に関する非難離れていたしまた小説家らしい言葉で適当に喜捨を煙にくことができた。もう一人が田中真紀子。当時は民主党の議員であったが、やはり歯に衣着せぬ物言いであった。避難などもかなり来たと思うが、やはりもっと強烈であった父田中角栄の影響と、外務大臣をやったときの印象から、逆に何か過激なことを言ってくれるものと多くの人が期待していた。そして北野武、いやビートたけしといった方がよいかもしれない。この人も、政治に関してだけではなく、さまざまないいにくいことを平気で言い、そのうえでうまく笑いでごまかすという技術があった人だ。
  石原慎太郎と、田中真紀子があまりテレビで見なくなって、その中で「おかま」ということをうまく使った「物言い」で人気を博しているのがマツコ・デラックスではないかと思う。基本的に「他人の言いにくいことを、いかに笑いを交えて本音で語ることができるか」ということであり、なかなか面白い。
  さて、「夜の営みが大切」というのは、至極当たり前のことであり、夫婦であれば、何らかの事情がない限り普通のことである。しかし、そのことを夫婦に言う人は少ない。「子は鎹」とか「早く子供を」などということを言う人はいるが、直接的にその行為そのものに言及することはほとんどないのではないか。その意味において「おかまだから」ではなく、「テレビの中でいえる」ということがどれほど大事であるかということを気づかせてくれた瞬間なのではないか。
マツコ、新婚夫婦に「絶やしちゃだめよ!」夜の営みの重要性を説く
 マツコ・デラックスが、毎回あてもなく気ままに夜の街を徘徊し、そこで出会った人々と交流をする『夜の巷を徘徊する』(テレビ朝日系列24:15~ ※一部地域で異なる)。3月30日の放送では、世田谷区の松陰神社前を徘徊。出会った新婚夫婦に、初対面にも関わらず?夜の営みの重要性を説く”一幕があった。
 今回マツコは、いつも?暴言”を吐いている世田谷区の街歩きに対してドキドキしていたらしく、通りかかった「ビストロ サイクル」というお店にふらりと入り、景気付けにビールを一気。その飲みっぷりに店主から「本当に一気なんですね!」とツッコまれていたが、マツコも「なかなかの一気なのよ、私!」と。ネット上では「一杯目のビールを当たり前かのように一気飲みするのがかなり好き!」「美味しそうにビール飲んでる」「マツコの飲みっぷり好き!」というコメントがあがっていた。
 それから徘徊を再開。お肉屋さんの前で、昨年10月に結婚したばかりという新婚夫婦と出会うと「新婚さんよ、おめでとう!」と。話を聞くところ、8年間同棲した後に結婚したようで、マツコは「なかなか結婚にまで辿り着けないカップルが多い中でね……」と言いながら、「やっぱり、夫婦の秘訣は”絶やさないこと”らしいわよ。月1でもいいから、し続ける! 絶やしちゃだめよ」とアドバイス。すかさず、視聴者からは「夫婦の秘訣は絶やさないことw」「マツコ良いこと言うな」「初対面で夜の営みの重要性を説く(笑)」といった反応があり、盛り上がりを見せていた。
 その後、お肉屋オススメの“松陰コロッケ”と“特製めんちかつ”、そしてその新婚夫婦が絶讃していた“唐揚げ”を注文。あまりの美味しさに「美味しい! ここ、全部美味しいかも」と感激しながら、次々と食べまくっていた。その後は、老夫婦が営むYシャツのオーダーメイド店に興味津々で入店。40年以上の歴史があるそのお店で、マツコは生地を選んでマネージャーのYシャツを仕立ててもらうことに。一通り寸法も終わり、マツコは「こんなオーダーで服を頼んだのなんて、人生で初めてかも」と語っていた。
2017年3月31日 5時30分 テレビドガッチ
http://news.livedoor.com/article/detail/12870962/
 視聴者からは「夫婦の秘訣は絶やさないことw」「マツコ良いこと言うな」「初対面で夜の営みの重要性を説く(笑)」といった反応があり、盛り上がりを見せていた。<上記より抜粋>
  まさに、この視聴者の反応は普通のことであり、多くの人がそのことをわかっているのである。しかし、なぜか最近テレビでは「青少年に影響」とか「女性差別」などといってそのことを言わない。そもそも「ヌード」がなぜ「女性差別」なのかよくわからないし、また「青少年」などといっているが、我々が小さいころは禁止されていたものの、町の中ん「エロ本」が氾濫していて、基本的にはどこでも見ることができた。それでも性犯罪などというものは今よりも少なかったかほぼ同じであったはずであるし、また、ゆがんだ大人になったという人は少ない。逆に「青少年保護」などといっているほうが、青少年がかえっておかしくなっている状況であるし、また、免疫がないことがかえってアレルギー反応になり、過剰に反応したり、あるいは猟奇的な状況になってしまったりということが少なくないのではないか。
  何度も同じことを書いているが、「見せたうえでしっかりと教育する」ということが重要なのであり、「見せない」というのは、教育にはなっていない。その意味においてテレビなどで過剰に規制することはおかしいと思のである。
  女性差別に関しても同じで、「女性差別」ではなく「女性と男性は生まれてずっと違うもの」なのである。その魅力があるから「夜の営み」があるわけであるし、また、結婚も恋愛もあるのである。そのことがわかっていない人が少なくない。女性のヌードやそのような営みのシーンに過剰に反応する「女性保護主義者」を見ると「よほど相手にされていないかわいそうな人」なのではないかという気がしてならないのである。まあ、もっと言えば「不細工な女性の男性に相手にされない嫉妬」でしかなく、そのようなことを相手にして、また嫉妬をもとに番組などを作るからつまらなくなるのである。
  さて、そのようなことを考えているとマツコ・デラックスの言葉は、そのような過剰な反応に対するアンチテーゼ的な発想がありなかなか面白いということになるのである。まあ、もっと自由にそのようなよるのいとなみのひょうげんをしてもらいたいものだ。

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【夏休みのエロ特別版】 性産業のお値段ということが話題になる「需要と供給」と社会における「必要性」の議論

【夏休みのエロ特別版】 性産業のお値段ということが話題になる「需要と供給」と社会における「必要性」の議論
 性犯罪があるということは、当然に性産業が存在する。一説によれば、世界で最も古くからある職業は「売春」であるという。食欲というものや睡眠欲というものは、だれで行える状況にあるということになるし、年齢や性別に関係なく誰でも出てくる欲である。要するにその欲を満たすということは、「ある一定の集団」においては、重要なことであり、その食料や寝る時間の分配ということは非常に重要な内容になってくるということになる。
  しかし、「性欲」ということに関しては「年齢や性別」によってその内容が異なるものであるし、また、「相手」によって異なるものであるといえる。私のような男性であれば「好みの女性」と「そうではない女性」とでは当然に「性欲の出方」は異なるということになる。一方、だれでもよいというような人もいるであろうし、だれが来ても嫌だというような人もるであろう。同性愛などもあれば小児性愛などもある。要するに「性欲」は「食欲」や「睡眠」と違って「個人差が激しい」ということになるのである。
  そして「犯罪」を行いたいほどに欲求がたまるということは、逆に「金で済むならば犯罪をしない」という選択肢が出てくることになる。
  では「犯罪」になるほどん「欲求」を抑えるための「値段」というのは、いったいどのような値段がかかるのであろうか。
  実際に「性産業」の値段というのは、私の場合どうしても男性目線で書いてしまうのであるが、基本的に「女性」は「恥」もしくは「肉体」を使うということで、その金額が決まってくると同時に「その男性に買われた時間」というものの対価でもある。要するに「精神的」「消費時間」「体力」によるものであり、その「精神的」な部分が非常に大きいということになるのではないだろうか。
  一方、男性側から売れば「払うう金額」というのは「自分の欲望」と「可処分所得」というものに関係があり、その中において「我慢できない欲望」に対して「犯罪をするよりも良い」という選択肢の中で「自分がその欲望にかけてもよい」としている金額をかける問うことになるのである。
  そのように「エロ」とか「性産業」というようなものであっても、このように「可処分」と「付加価値」という観点から考えて冷静に考えるとなかなか興味深い。
“性産業”で働く人々の月収はいくら? 愛人クラブ社員、AVの女性エキストラ…
 光あれば影あり。ちょっとヤバめでリスクも高そうなアンダーグラウンドなお仕事は、さぞや稼げるに違いない。一体、どんな贅沢な生活をしているのやら……と、さまざまな「アングラな職業」を調査してみたところ、まったくもってピンキリな実態が見えてきた。
◆明暗がハッキリ分かれる性産業で働く人々の月収
 性産業にもさまざまな職業があるが、グレーな業界の給与明細とは!? まずはパパ活ブームに沸く、愛人クラブの正社員だ。
「株式会社なので福利厚生は一般企業とほぼ同じ。そこまで厳密にはやっていませんが」
 と苦笑するのは、業界大手A社で働く田代仁さん(仮名・37歳)。
 主な仕事は男女の入会面接、写真撮影、登録作業。手取りは月30万円前後、ボーナスもあるが……。
「男性会員は社長や医者などの金持ちばかり。一回で数十万円入るので、入会申し込みがあれば深夜だろうが駆けつけます。だから明確な残業時間なんてナシ。女性会員がセックスを断れば、激怒する客に『自由恋愛ですから』とクレーム処理に駆け回ります」
 また、グレーな仕事ゆえの心労もつきまとう。
「売春斡旋で捕まる可能性もゼロではないから、日々軽く怯えています。あと、女性会員の入会応募が多すぎて、ちょっと女性不信になりますね(笑)」
 続いてはAV業界の女性エキストラ。主演女優やお相手の男優といった“スター”ではなく、ドラマものに登場するちょい役だ。
「主演女優の添え物なので、人妻ものならばママ友役、ナンパものならばメイン女優の友達役です。出演料は露出度や内容によって変動します。ただのエキストラなら一作で5000~1万円。軽いパンチラやブラチラがあれば2万円、失禁・放尿ならば3万円ほどもらえます」(Bさん・32歳)
 Bさんはプロダクションに所属しないフリー。その身軽さがウケるのか、月30の現場をこなし、月収が30万円を超えることもあるという。
「AVのドラマシーンなんて大体5~6分なので、撮影自体も1時間程度で終わる。一日2~3現場はこなせます。ただ営業活動が大事なので、業界の飲み会に顔を出すのが少々面倒です」
 また、後ろ盾のないフリーゆえ、職場での立場は最下層に近い。
「前に放尿の現場で、なかなかオシッコが出ず『使えねぇな!』と罵られたこともあります。また、監督からの枕営業の誘いも多い。あの人たちが事務所の女のコに手を出せば土下座ものですが、私はフリーなので甘んじて受け入れるしかなくて……」
 給料は悪くないが、肉体を含めた人間関係はキツそうだ。
 また、同じ業種でも大きく給料に差が出るのが乱交パーティの主催。主催歴15年の田邉浩二さん(仮名・45歳)は、主催者にもアマとプロが存在すると話す。
「風俗嬢を雇い、単独の男性客を相手にさせる商業目的の主催者はプロ。素人のカップル・夫婦交換をさせるパーティの主催はアマです」
 田邉さんを含むアマの乱交パーティは身内限定。
紹介でしか入れず、面接アリと厳重だ。
「情報漏えいが怖いので、単独男性客も5~6人が限度。カップル参加料は5000円程度だし、会場のホテルやハプニングバーを借りるのにも20万~30万円かかります。儲けはほぼゼロ」
 一方、プロ側は日当5万円ほどで複数の風俗嬢を集め、男性客からは入場料2万円を徴収する。
「ホテル代など雑費を引いても、一日50万円ほどの売り上げになるそうです。ただ、不特定多数を招き入れるから、それだけ逮捕のリスクも高い。そのため、日当5万円ほどで、ひとまず身代わりとなって逮捕されるバイトの受付係を雇っているそうです」
 シビアな世界だが、それが儲けに直結するのだ。
<愛人クラブ社員>
月収30万円
勤務時間:10時~深夜
平均労働時間:14時間/日
労働日数:24日/月
特記:売春斡旋で逮捕リスクあり
<女性AVエキストラ>
月収30万円程度
勤務時間帯:朝~深夜まで
平均労働時間:1~3時間/日
労働日数:25日/月
特記:脱ぐほどギャラが上がる
<乱交パーティ主催者>
月収10万円程度
勤務時間帯:12~24時
平均労働時間:12時間/日
労働日数:1/月
特記:参加者が少ない場合は儲けナシ
― [アングラ職業]の給与明細 ―
2017年07月02日 15時53分 SPA!
https://news.nifty.com/article/magazine/12193-20170702-1344766/
 さて、「付加価値」ということになれば、もう一つの観点が存在する。まさに「リスク」である。これは、いくつかのリスクが存在する。女性からすれば「性産業に従事している」ということは、ある意味で近所や知り合いなどの間では「社会的評価が落ちる」というようなリスクになるのであり、一方で、俺を事業としている経営者は「売春などの違法行為をすれば逮捕される」というようなリスクが存在することになる。一方で、男性からすれば、「女性が好みではない」とか「顔は好みでも身体の相性が悪い」など、やってみなければわからないというような内容のものも少なくないのであるが、一方で、客として行けば、そのような安行であれば当然に「暴力団」などのアンダーグラウンドの勢力が付きまとうことになり、「ぼられる」などのリスクも存在することになるのではないか。
  要するに「お互いがリスクを持っている」という点において「それなりのリスクを考えた値段相場」になっているのではないかということになるのである。
  これ等の産業は「必要ない」といえばそれまでであるが「欲望に対する対価」という観点になれば、当然に、その考え方になるし、また、欲望であるから「隙間産業的に存在する需要と供給」という社会の「影」の部分に存在するという面白さが存在する。
  何しろ人間の欲望にはきりがないのであり、その欲望をそのまま産業にしているのであるから、なかなか解説もできなければ、取材もできない問うことになる。
  さて、上記には三つの「隙間産業」があるのだが、「愛人クラブ」「AV女優エキストラ」「乱交パーティ主催」とどれをとっても「普段目にする職業」ではない。しかし、これ等の職業が厳然と存在しているということがなかなか面白いところである。世の中には様々な商売があり、その中で生活している人がいる。同時に「業が存在する」ということは、「需要と供給」の原則から「需要」があるということなのである。
  まじめな顔をしながら、このような産業を必要としている人が少なくないということもなかなか社会そのものを示している一つの指標なのではないかと思う。

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【夏休みのエロ特別版】 性犯罪でわかる子組性から見た韓国という国のゆがみ

【夏休みのエロ特別版】 性犯罪でわかる子組性から見た韓国という国のゆがみ
 なぜエロを扱うのか?と聞かれたことがある。まあ、難しいようでそんなに難しくはない質問だ。実際に「エロ」は「必要」である。あえて「必要悪」とは書かない。なぜならば「必ずしも悪」ではないからである。エロがなければ子供は生まれないし、また少子化になって困ってしまう。完全になくなってしまえば、そのまま子孫が途絶え絶滅してしまうのだから、絶対に必要なのである。しかし、一方で、「エロ」は日本の場合は「秘め事」とされており、それを扱ったり話したり書いたりすることがタブー視されることが少なくない。しかし、一方で「人間の本能」に根差した内容であるだけに「本音」で語られる場合が少なくないので、その内容はなかなか面白いということになる。
  そもそも、人間は「社会」で生きている以上「本音と建前」が共存している。本音を抑制してしまえば、当然に社会性は増すものの、欲求不満が募ってくるであろうし、また本絵を出し過ぎれば社会の中で生きてゆけなくなってしまうと言うことになってしまうのである。
  そのために「本音」である「エロ」を中心に書くことは、その内容があまりにも下品にならない程度において、なかなか面白い題材であるし、また人間の本音が浮き彫りになるということになるのである。実際に、各国の「性犯罪」を見ていると、その背景には「民族性」や「男女の考え方」や「文化の違い」、そして何よりも「その国の男女の本音」が現れていてなかなか面白いのである。
  さて、その意味において、数日前には「イギリスで一日に二回レイプされた」という話を書いた。この場合は「あえて男性のレイプ犯目線」で「女性への注意点」を書いたつもりであるが、今度は「韓国の場合」ということを考えてみようと思う。
  イギリスの犯罪の場合は、「あくまでも偶然」であり、なお克「ゆきずり」つまり「一過性」である。これに対して、昨日の「ISのヤジディ教徒に対する性奴隷」は「組織的かつ長期的」であり、なおかつ「商業として人身売買をしている」ということになる。窯業として行うということは「どうしても欲求が溜まって」とか「あまりにも美しくて我を失った」などというのではなく「確信犯的に嬌声売春を業としている」ということであり、より悪質性を感じる。当然に「復讐」として「戦士になる」ということが理解できるのである。
  では、それが「ヌーディストペンションができてしまうような国」である「韓国」ではどうなるのか。その犯罪を見てみよう。
監禁・売春強要されたタイ人女性を救出 /釜山
 今年5月16日午前4時20分ごろ、釜山市釜田洞のスーパーマーケットを外国人女性5人が訪れた。数カ月前から周期的に未明に来店し、即席麺やトイレットペーパーなどを購入するなじみの客だった。この日はうち1人が先にレジに来て、店員に代金を差し出したが、その間に手のひらほどの紙きれが挟まっていた。英語、韓国語、タイ語で書かれており、英語は「私はビルの4階に捕らえられている」という内容だった。韓国語はたどたどしい文体で「警察を呼んでほしい。私は建物の4階に捕まっている。私はだまされた。彼は私を違法に働かせる。私はタイにいた。知らせてほしい。助けを求める」と訴える内容だった。
 店員は女性が監禁されており、助けを求めていることを察知。そのメモに英語で「112(警察)に通報し、あなたを助ける」と書いた。
 しかし、タイ人女性は首を横に振り、すぐに商品を手に一行と店を出ていった。店外では30代とみられる韓国人男性が待っていた。店員は「すぐに通報すれば報復されると思ったのではないか」と感じた。店員は勤務を終え、午前8時半ごろに釜山鎮警察署を訪れ、メモを届け出た。外国人女性が商品購入時にポイントを貯めるために残した携帯電話番号も伝えた。
 警察がその番号を追跡したところ、類似する性風俗店を摘発されたことがある男(38)が浮上した。警察はスーパー周辺の聞き込みを行い、ビルの4階に廃業した占い店を発見した。鉄の扉で施錠されており、出入りする人はいないようだった。
 2日後の5月18日、京畿南部警察庁から連絡があった。京畿道烏山市の外国人支援センターから女性がソーシャルメディアに「釜山でマッサージをしながら売春をしている。4階全体がマッサージ店で、占い店の看板を出している。監視カメラで内外を監視している」と書き込んだとの情報提供があったということだった。
 警察は占い店が違法風俗店だと確信。同日午後9時ごろ、警察官十数人が店内を捜索し、店を摘発した。男は今年3月から店内にタイ人女性5人を閉じ込め、1回9万-16万ウォン(約8900-1万5800円)で売春をあっせんしていた。男はインターネット上に広告を出し、客から連絡があれば、地下鉄駅で出迎えていた。客か私服警官かを見分けるために身分証や給与明細書などの提示を求めていたという。
 警察は男のほか、タイ人女性を紹介したブローカー(40)、風俗店の従業員を検挙した。男はタイで現地人女性に「韓国のタイマッサージ店で働かないか」と持ちかけ、観光ビザで入国させていた。ブローカーはタイ人女性1人を韓国に連れてくる費用として、300万-500万ウォンを受け取っていた。
 男は女性たちの旅券を取り上げ、店の入り口を鉄の扉で封鎖し、監視カメラを取り付けた。メモをスーパー店員に渡したタイ人女性は「逃げようと考えることもできなかった。客から習った韓国語でメモを書いた」と警察に語った。
 釜山地方警察庁国際犯罪捜査隊は、問題の違法風俗店を利用した男性53人も在宅のまま立件した。また、同店を利用した疑いがある約350人も調べる計画だ。
 警察はまた、2007年9月から09年4月にかけ、韓国人男性と偽装結婚させる手口でタイ人女性8人を韓国に入国させ、マッサージ店に紹介し、手数料6600万ウォンを受け取った疑いでブローカーの男(59)を逮捕した。
「朝鮮日報日本語版」 20170705
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/07/05/2017070500914.html
  さて、韓国のこの場合、「韓国のタイマッサージ店で働かないか」と持ちかけ、観光ビザで入国させ、女性たちの旅券を取り上げ、店の入り口を鉄の扉で封鎖し、監視カメラを取り付けた。<上記より抜粋>というような手段である。
  さてよく言われていることであるが、韓国は「売春婦を最も多く輩出している国」であるが、同時に「売春婦を最も買っている国」でもある。基本的に「売春」そのものが、韓国のお家芸ともいえるほど韓国の売春に関する内容は非常に大きな「産業」になっているのであり、その産業が国内のGDPを押し上げるほどの無いようになっているというのであるから驚きである。
  そもそも、韓国は「売春婦」といっては失礼かもしれないが、朝鮮王朝のころは、「接待婦」として「国家公務員」であったのであり、また、最前線にそのような売春を行う人員が言って国境警備の士気を上げるということをしていた国であるから、現代になってそのようなことが突然になくなるはずがないのである。それなのにこの国の場合、2004ねんに「性売買禁止法」という、日本でいうところの売春防止法に当たる法律ができてしまったために、なかなか大きな問題になっている。
  そもそも国民性や道教的な道徳観という国民の感覚から、国際関係とか外圧ということで無理やり外国に合わせて法律をつくてしまったために、その分のゆがみが出てきてしまう。そのために、韓国国内では売春がしにくくなった売春婦たちが、外国に行くようになり、一方で、売春婦が足りなくなった韓国人男性たちが外国から売春婦の代わりを連れてくるという構図になる。
  基本的にこのような性的犯罪に書煮ては、その犯罪の内容に関して「国民性」とか「文化性」ということが大きな問題になってくる。何度も言っているように、エロは「必要」であり、同時に「そのことをもとに女性も金を稼ぐ」ということができる場合がある。もちろん、そのことが良いかどうかという道徳的な問題は別にしても、その内容に関して現実問題として「需要と供給」が成り立っているということは間違いがないのだ。
  当然に日本に限らず、また韓国に限らず、このような事件は存在する。では韓国の特徴は何か。まさに「女性の監禁」であり「旅券を取り上げてしまう」ということが最大の問題である。自由があれば「自由意思による売春」であり、売春のあっせんでしかないということになるが、しかし、監禁して強制的に売春をあせたとなってはかなり暴力的ということになる。この辺も「韓国の国民性」つまり、数日前にやったが、「騎馬民族性」「半島人気質」というところが出てきているのではないか。
  その辺のところが出てくるし、特徴的になるのが、まさに、このような「性犯罪」の累計であるということが言えるのではないだろうか。

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【夏休みのエロ特別版】 「元性奴隷」を怒らせると怖いというISへの「エロの復習を遂げる女戦士」

【夏休みのエロ特別版】 「元性奴隷」を怒らせると怖いというISへの「エロの復習を遂げる女戦士」
 『臥薪嘗胆』という言葉がある。中国の春秋戦国時代の逸話で復讐を成功するために苦労に耐えるという意味を持つ、中国の故事成語である。『史記』によると、紀元前6世紀末、戦に敗れた呉王闔閭の後継者の夫差は「三年以内に必ず恨みを晴らす」として自らは薪の上で寝ることの痛みでその屈辱を思い出した。まもなく夫差は越に攻め込み、越王勾践の軍を破った。勾践は部下の進言に従って降伏した。勾践は許されて越に帰国した後も民衆と共に富国強兵に励み、その一方で苦い胆を嘗めることで屈辱を忘れないようにした。そして呉に敗れて20年後、越王勾践は満を持して呉に攻め込み、夫差の軍を大破した。
  さて、人の恨みとはかくも深いものであるが、それを忘れないで生きるということはなかなか大変なことである。
  これは二本や中国に限ったことではなく、当然に中東においても同じことである。特に「IS」によって、「邪教」とされ、村人の多くを惨殺され、そのうえで、生き残った若い女性はすべて「性奴隷」として屈辱を味合わされた場合はなおさらのことであろう。
  ISの首都とされているラッカ奪還の軍の中に、かつて市奴隷となっていた女性が兵士となって加わっていることが話題になっている。
  さて、私の個人的な感想であるが、恨みというのはどうも女性の方が強いような気がする。実際は「男性の嫉妬」ほど怖いものはないのであるが、どうも幽霊の話、特に、恨みなどの怨霊となっているのは、ほとんど「女性」ではないか。そのように考えてみると、例えば、日本の三大怨霊といえば「平将門」「崇徳上皇」「菅原道真」と男性であるが、民間の中のお化け話の二大巨頭といえば「番町皿屋敷のお菊」と「四谷怪談のお岩」といずれも女性である。円山応挙の書いた幽霊画も女性であれば、「雪女」「山姥」「化け猫」などもすべて女性である。日本だけと思えば、例えば「聊斎志異」の中のお化けをもとにした「牡丹灯籠」何かも女性であるし、「魔女狩りの魔女」も女性なのである。このように考えると「世界的に民間伝承の幽霊」はじょせいのほうがおおい。これは、ある意味で「女性の方が情が深い」というような「男性的感覚及び願望」があり、そのことが語り継がれる社会の中で「女性の方が情念が強い」というような感じになっているのではないかという気がしてならない。
  その意味においては「男性の復讐心」がないわけではないし、上記に挙げた臥薪嘗胆も男性の話であるが、それ以上に怖いのは女性の恨みなのかもしれない。
元IS性奴隷の女性戦闘員、「復讐のため」ラッカ奪還作戦に参加
 【AFP=時事】イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が「首都」と位置づけるシリア北部ラッカ(Raqa)の奪還作戦に、かつてISの性奴隷として同地に拘束されていたイラクの少数派ヤジディー(Yazidi)教徒の女性が戦闘員として加わっている。自身と数千人の同胞の身に降りかかった恐怖に復讐(ふくしゅう)するため、やっとの思いで逃げ出した場所に戻って来たのだ。
 ラッカでISと戦うことが、トラウマ(心の傷)の解消につながっているとヘザさんは言う。「戦闘に身を投じたとき、心の中の不安がいくらか薄れた」
「でも、すべての女性たちを解放するまでは、あふれんばかりの復讐心が消えることはない」
 ヘザさんは2014年、ISがイラク北部シンジャル(Sinjar)地区を制圧した際、2人の姉妹と共に拉致された。このとき、クルド語を話すヤジディー教徒の女性や少女ら数千人が連れ去られ、ISが「カリフ制国家」と称するシリアとイラクの支配地域で売り買いされた。ヘザさんの姉妹1人を含む約3000人が、今も捕らわれたままとみられる。
 国連(UN)は、ISがシンジャル襲撃時に行ったヤジディー教徒の虐殺を「ジェノサイド(大量虐殺)」と認定している。ISはヤジディーの家族らを男女でえり分け、女性と少女たちだけをラッカに連れ去った。
 ラッカ東部メシュレブ(Al-Meshleb)地区でヤジディー女性部隊の戦友たちに囲まれながらAFPの取材に応じたヘザさんは、同地区の激しく損傷した家々を指さして言った。「奴ら(IS)は、私たちをヒツジのように扱った。まさにこの街で、私たちを追いまわして屈辱を与えた」
 メシュレブ地区は米軍の支援を受けたクルド人とアラブ人の合同部隊「シリア民主軍(SDF)」が、1か月にわたるラッカ奪還作戦で最初に制圧した地区だ。SDFによると6月のラッカ突入後、これまでに10歳の少女を含むヤジディー教徒の女性数人を救出したという。
■ラッカ再訪の「痛みと喜び」
 へザさんはラッカで拘束されていた10か月間に、5人のIS戦闘員に買われた。当時受けた虐待については詳しく話したくないと言う声は緊張していたが、茶色い目の鋭い輝きは変わらず、何度か自殺を試みたことを告白した。
 脱出に成功したのは、2015年5月。またもや市場に売られる直前、へザさんは捕らわれていた家から逃げ出し、そこで出会ったクルド系シリア人一家によってひそかにラッカから連れ出してもらった。それから、戦争で荒廃したシリア北東部を抜け、約400キロの旅をしてイラクに帰り着くと、シンジャルのクルド語名シェンガル(Shengal)を冠したSDF傘下の部隊「シェンガル女性部隊(YPS)」に加わった。
 集中的な訓練を受けたへザさんは、2016年にSDFがラッカ奪還作戦の開始を宣言したときには、仲間の女性たちと共に戦う準備ができていた。「作戦が始まったときに参加しようと思った。ここ(ラッカ)で売買されたヤジディーの女性や少女みんなのために」とへザさんは話した。「私の目的は彼女たちを解放し、奴ら(IS)に復讐すること」
 数か月かけてラッカ包囲網を狭めたSDFは、今年6月に市内に突入した。数週間後、YPSはメシュレブ地区でSDFの先陣を担うことになった。へザさんがラッカに戻ったのは、脱出以来これが初めてだった。
「ラッカ入りしたとき、言葉では言い表せない奇妙な気分になった。たくさんの痛みを抱えながら、喜びを感じていた」とへザさんは語った。
 YPSには、はるばるドイツから参加した女性戦闘員もいる。トルコ系ヤジディー教徒のメルカンさん(20)と姉のアリンさん(24)だ。2014年のISによるシンジャル襲撃のニュースに激怒したアリンさんは同年末に、メルカンさんは翌15年初頭にYPSに加わった。
 メルカンさんはメシュレブ地区でYPSが拠点としている民家の壁に、ISがシンジャルを襲撃した日付を添えてクルド語で次のように記していた。「力と奮闘により、われわれヤジディーの女性戦闘員たちはラッカに来た。8月3日の虐殺に復讐するために」
【翻訳編集】AFPBB News
2017年7月24日 18時32分 AFPBB News
http://news.livedoor.com/article/detail/13380247/
 当然に「女性の恨み」といえば、「死んだあと」「幽霊になってから」だけではなく「生きている間」も同じである。その「女性の恨み」と書いた状況において「生死」「人間か幽霊か」の区別はない。
  さて、ISは、まさに「臥薪嘗胆」のような状況での復讐の対象となっている。特に「邪教」とされたヤジディ教の信者の女性たちは、「性奴隷」として売り買いされているばかりか、戦場の最前線に連れていかれ兵士たちの慰み者にされているのである。上記の記事によれば、「ヘザさんの姉妹1人を含む約3000人が、今も捕らわれたままとみられる」<上記より抜粋>とあるように、その内容は現在進行形であることがわかる。
  そしてその女性たちを中心にしたのが、シンジャルのクルド語名シェンガル(Shengal)を冠したSDF傘下の部隊「シェンガル女性部隊(YPS)」<上記より抜粋>ということになる。
  さて、日本では「戦争反対」とか「攻めて来たら死ねばよい」などといっているバカなことを言う人も少なくないのであるが、本来、このような「女性であっても復讐をする」というのが普通であり、そのように考えるのが通常の人間であろう。ましてや、この記事に書かれている女性は、現在も姉妹が囚われたままになっているのであるから、戦って開放するということを目標にするのは当然のことである。戦わないという選択肢は、彼女たちには存在し無い、そもそもISのようなことがなければあ戦わなくて良いものが、彼女たちをった回に駆り立てるのであり、その気持ちがわからないような「戦争反対」論者は、基本的に彼女たちと話が合うことはない、つまり「性奴隷を肯定するようなことになる」ということになってしまうのだ。単純に「殺される」のではなく「屈辱を与えられる」ということがどれほどつらいことだかわからない日本人が「左翼主義者」になっているのであり、そのような考え方の人々は「YPS」が戦う理由を説明はできないであろう。
  「でも、すべての女性たちを解放するまでは、あふれんばかりの復讐心が消えることはない」
  「作戦が始まったときに参加しようと思った。ここ(ラッカ)で売買されたヤジディーの女性や少女みんなのために」とへザさんは話した。「私の目的は彼女たちを解放し、奴ら(IS)に復讐すること」
  <いずれも上記より抜粋>
  まあ、戦争反対とか言って国会の前で大騒ぎしている人にはわからないだろうな、と思う。エロそのものは「快楽」であると同時に「その快楽を強要された人にとっては屈辱」であり「復讐の対象」となるのである。エロはそれだけ注意しなければならない。欲望はもう一つの欲望を作り出す道具であるのだ。
  しかし、その状況は「ラッカ入りしたとき、言葉では言い表せない奇妙な気分になった。たくさんの痛みを抱えながら、喜びを感じていた」<上記より抜粋>という感覚の源でもある。
  さて、もしも日本が、中国や韓国に占領されたら、これと同じことが起きるのではないか。その時に、「戦争反対」などといって、若い女性を差し出し、自分だけが生き残るような卑劣な大人がどれくらいいるであろうか。そのことを「エロ」の合間に考えてもらいたい。

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【夏休みのエロ特別版】 「裸体主義」から「ヌードペンション」を作ってしまう韓国人の「忖度や思いやりが理解できない権利意識の塊」

【夏休みのエロ特別版】 「裸体主義」から「ヌードペンション」を作ってしまう韓国人の「忖度や思いやりが理解できない権利意識の塊」
 良い意味でも悪い意味でも、日本人と中国人や韓国人との間隔は異なる。どちらが優れているとか、そういう問題ではなく、基本的に「大陸人気質」と「半島人気質」と「島国人気質」とは、その気質の中で全く異なる。また「商業民族」と「騎馬民族」と「農耕民族」では全く異なるし、「年中革命をしている国」と「隣国に気を使ってきた国」と「安定して一つの王朝が継続した国」でもその内容は異なるということになる。この辺の「気質」や「民族性」に関しての違いは、そのうち有料メルマガの「宇田川敬介の日本の裏側の見えない世界の話」(http://www.mag2.com/m/0001647155.html)で書くことになると思うし、今までも断片的にではあるが書いてきていたのである。
  さて、今日はその民族性や文化史絵の違いを書く場所ではない。あくまでも「夏休みのエロ特別版」である。そのために、急激にそっちの方に話を持ってゆきたい、というよりは、「エロ」こそ、「民族性」や「気質」によって左右されるというような状況になってくるのである。それはある意味で当然であり、エロということは、ある意味で人類皆同じことを言うが、しかし、それより前の状態、つまりその雰囲気を作り出す内容に関しては、各文化によって左右されることになる。
  たとえば、未開の地の人間で服を着る文化のない人々に関して言えば当然に、「裸である」ということはセックスアピールにはならない。何しろ年中裸なのであるから、それがセックスアピールにつながるという発想自体がないのである。しかし、日本のように「服を着る」特に「服で隠すことに意味がある」という概念があると「見えそうで見えない」というような「チラリズム」であっても、色気を感じるし、また「うなじ」など、普通に見ることができる場所であっても、そこに色気を感じることができるようになるのである。
  ある意味で「しぐさ」や「体の場所」における「象徴性」であって、それが宗教や文化やそのほかの習慣や場合によっては映画や漫画などの影響から、そのようなパーツやしぐさに色気を感じるような状況になる場合もあるのだ。
  逆に、その象徴性を感じないようにするというような状況もあれば、他の目的で裸になる」というような場合もある。
  さて、その中で韓国では「ヌーディスト」が集う「ヌードペンション」ができて話題になっているらしい。
農村にヌードペンション出現、住民猛反発 /堤川
 忠清北道堤川市の山あいの集落に「裸体主義」を掲げる同好会メンバーらが「ヌードペンション」を建て、住民たちが反発している。
 このペンションは集落からわずか100-200メートルしか離れておらず、住民の話では、週末になると同好会メンバーが裸でペンション周辺を歩き回っているという。
 最近になって住民は、集落のあちこちにペンションの撤去を求める横断幕を設置したり集会を申し入れたりするなどの対応に出ている。住民は「ヌードペンション」が農村の雰囲気にそぐわない上、農村のイメージにも悪影響を与えると主張している。
 しかし、同好会のメンバーらは、裸体主義は個人の趣向であるため尊重されるべきで、私有地で生活しているため全く問題がないと反論している。
 警察や地方自治体も、ペンションが個人所有であり違法行為もみられないことから、介入は困難との立場だ。
 一部のネットユーザーらは「自由とわがままは区別すべき」「自由を主張したいなら他人に迷惑をかけるべきではない」「厳然たる風紀の乱れなのに、私有地という理由で何の処罰もできないなんておかしな話だ」などとヌードペンションの同好会を批判している。
 
「朝鮮日報日本語版」 20170730
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/07/27/2017072703356.html
 さてさて、韓国の国民性とはいったい何か。基本的に半島系の人々は長い歴史の中において「騎馬民族性」をもち、なおかつ「長期間にわたる大国への遠慮」と同時に「権利意識が強くなった場合に義務や周囲を気にしないわがまま勝手」という部分がある。もちろん、気質の問題であって、すべての韓国人がそうであるというものでもないし、日本にもそのような人間は少なくない。騎馬民族というのは、基本的に「その場にあるものを力づくで手に入れる」ということから「天高く馬肥える秋」というような、農耕民族からすればせっかく育った工作物を横取りに来るという警戒の「秋」が来るということを言っているのである。また「横の大国に遠慮する」ということは、逆に「大国のお墨付きを得れば何でも好き勝手にする」ということになる。単純に「虎の威を借りる狐」ということであるが、まさに現在の世の中では「権利意識」ということが強くなり「主権在民」で自分たちが主権者と思い、なおかつ「憲法で人権が保障されている」となれば、その範囲内で「わがまま勝手に何でも行う」ということになる。
  一見悪口のように見えるかもしれないが、それが気質ということであり、日本の文化から見れば『悪口』に見えるが、逆にそれが標準形になっている場合はそのままの状況になっているということになるのである。
  さて、上記の記事において「裸体主義は個人の趣向であるため尊重されるべきで、私有地で生活しているため全く問題がない」<上記より抜粋>と「農村の雰囲気にそぐわない上、農村のイメージにも悪影響を与える」<上記より抜粋>という二つの意見対立こそ、まさに、この「騎馬民族性」と「権利意識」の表れである。農村からすれば、まさに「雰囲気」という内容になってくるの出るが、ヌーディストからすれば「個人の人権」であるというわがままけってが出てくる。基本的には「ヌーディストは見えないように囲ってしまえ」ということになるのが日本であろうと思われるが、残念ながら韓国の場合は「権利意識」が強いから「誰がその費用を払うのか」というような対立になるのである。
  さて、もう一つが「農耕民族性」ではないだけではなく「島国性」ではないというところだ。つまり「和を壊す」ということに関して、韓国人の社会の中においても、その傾向が強く表れており、「話し合って歩み寄る」ということができない。まさに、そのことが「新聞のネタ」になるあたりが面白いのである。
  日本の場合は「猥褻物陳列罪」または「強制わいせつ」によって処罰されるが、残念ながらそのようなことができない。なぜならば、それが「民族性」に基づいて「法律」ができていることから「私有地」ということで「他人から見られる」ということに勘案して法律が予定していないということになるからである。まさに、そこに韓国の限界というものがあるのではななかろうか。
  まあ、私個人としては「若いきれいな女性ならば歓迎だが、他は・・・」という感じであるし、見たくなければ見なければよいし、また、どうしてもというならば「蚊」や「蜂」を大量にその近くで花てばよいのではないかと思うが、まあ、権利意識が強い民族で義務や責任、他人を思いやるような習慣のない国々はこのようなことになるのであり、「忖度」や「思いやり」「空気を読む」ことの重要性を改めてこのようなニュースで感じることが日本人には大切なのではないかと思う。

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【夏休みのエロ特別版】 なんと一晩に2回レイプされる少女の不幸を避けるためにこのエロブログは必要だ

【夏休みのエロ特別版】 なんと一晩に2回レイプされる少女の不幸を避けるためにこのエロブログは必要だ
 夏休みのエロである。エロといっても基本的には、性犯罪などに関しても感が手笑みたいと思うが、しかし、単純に「かわいそう」というようなものではなく、もう少し奥を深くえぐった内容の解説を加えてみたいと思っている。基本t根気に、こうは日曜日のはずで、なおかつ夏休みの真ん中であるということを考えれば、その時期に全くそぐわない内容ではないかという気がしてならない。その「全くそぐわない」エロの内容を延々と書いてみるのも、基本的には「面白い」だけではなく「考える」ということの練習になるからである。
  勿論、「考える」練習ならば憲法や経済などでも全く問題はないし、その方が「高級」「インテリ」であるかのように感じられるかもしれない。しかし、実際に「政治」も「経済」も人間が行っていることであることには間違いがないし、また、人間がいなければ成立しないものなのである。ではその「人間が生まれる」ということは何なのか、かなり哲学的であったり宗教的なことを考えるようにしなければならないのではないか。その方は「エロ」ではあるけれども、より「奥の深い」思考になるはずなのである。
  さて、その中で「性犯罪」ということに関して言えば、「女性」に対して「男性」が「合意の無い状態」で「無理やりに性行為をする」ことを言う。基本的には、「レイプ」などはそうであるが、まあ、最近では「女性が男性に対して」とか「同性同士」の場合も少なくない。
  その「性行為」に関して言えば「合意がない」ということが大きな問題である。。上記に書いたように「合意」の形態は「恋愛」などの心因的によるものと「売春」などの金銭的なもの、および、「枕営業」などの権力的なものなどさまざまである。しかし、これ等がない場合は、当然に「レイプ」ということになるのである。
  そのうえで、「レイプ」に関して言えば、「好みの女性」というよりは「ストライクゾーンの女性」であるということと「女性側に弱さ(体力的または酔っているなどの精神的なスキ)」があるということが条件になり、そのうえで、暴力的に性行為に及ぶということになるのである。
15歳少女、一夜に2度レイプされる 別の男に 英国
 イングランド・バーミンガムの警察は29日までに、駅内などで15歳少女が一夜に2度、違う男に性的暴行を受ける悲惨な事件があったと報告した。
 大規模捜査に着手し、容疑者の割り出しや追跡に努めているが、両事件の実行犯はいずれも20代前半のアジア系の男と見ている。
 地元警察などによると、最初の被害は現地時間の25日午後7時と26日午前2時の間、少女が友人1人と共にウイットン駅へ向かって歩いている際に発生。男1人が近寄ってきて少女を駅のひとけのない場所へ連れこみ、暴行したという。
 少女は被害を受けた後、通過する車1台に合図をして停車させ、助けを要請。この車に乗り込んだ後、再度暴行を受けたとみられる。少女は帰宅後、被害を警察に届け出ていた。
 地元警察などは犯行現場や周辺に設置されている全ての監視カメラの画像や映像を分析し容疑者の絞り込みを進めると共に、犯行時に現場にいた住民らが名乗り出て情報を提供するよう呼び掛けている。
CNN.co.jp 20170730
https://www.cnn.co.jp/world/35104989.html
 さて、このイギリスの事件に関して言えば、まあ、この15歳の女の子がかわいそうであるし、レイプ犯罪は絶対に許せないというのは、普通のコメントであろう。基本的に犯罪というのは犯罪者が悪いのであって、それ以外のことではない。それは大前提であって私は「レイプ犯肯定」ではないということを先に表明しておく。このように書いておかないと「宇田川はレイプを推奨している」などといって炎上しかねないからである。まあ、ネットというのはその辺のこともわからない人が多いので、まずは一応書き込まなければなるまい。
  そのうえで、この「レイプ」に関して言えば、上記のように「犯罪者目線」で見てみた場合「好みの女性である」ということと同時に「女性側にレイプしやすい要素」があるということになる。男性というのは、基本的に「社会性がある」と私は信じているが、一方で、昔からん御格言で「下半身に人格無し」といわれている輔とであり、基本的に「性欲」が勝った場合には社会性も規範性もすべて失ってその欲望の達成のために猛進する場合がある。もちろん、このような性質があることから、戦争などにおいて危険を顧みない英雄が生まれるのであるが、その「英雄性」がそのママ方向性を間違えてしまうと「レイプ犯罪」になってしまう。
  例えば、「最強の武闘家」を相手にレイプをしようとするだろうか。もちろん、それだけではなく、常にきりっとしている女性に対してその隙も見せない相手に仕掛けるであろうか。
  さて上記の記事の場合、「女性が一人しかいないでやるかやらないかの選択し」であった場合は、男性側の欲求の問題であると考えるが、この事件の場合、崔遺書のレイプの時には「最初の被害は現地時間の25日午後7時と26日午前2時の間、少女が友人1人と共にウイットン駅へ向かって歩いている際に発生」<上記より抜粋>とあり、基本的には女性が二人いたということになる。なぜこの被害女性だけがレイプされたのか、そして、もう一人の女性はなぜすぐに通報しなかったのかということが気になるところである。もちろん、その犯罪現場の内容から逃げた女性を非難することはできないと思う。しかし、同時に男性はなぜ二人のうちこの女性を狙ったのかということに興味が出てくる。
  そしてもう一つは「被害を受けた後、通過する車1台に合図をして停車させ、助けを要請。この車に乗り込んだ後、再度暴行を受けたとみられる。」とある。基本的に、この時女性は「助けを求めた」とあるが、実際に「その時になぜ通報してもらわなかったのか」ということも考えられる。逆に言えば「無防備に、敗れた服で自動車の中に乗り込んできた女性」が「魅力的で無防備」に見えたということになるのではないか。
  まあ、さまざまな妄想が膨らむ内容であることは間違いがない。
  いずれにせよ、何度も言うがレイプ犯罪は良くないし非難されるべきものである。しかし、同時に、このレイプ犯罪から「女性側がもう少し気を付けることができなかったのか」もっと言えば「女性はもう少し男性の欲望に漢詩て学んでいた方がよいのではないか」ということも考えられるものである。
  まあ、その意味においても、エロのブログは必要なのではないかと自画自賛をするのである。

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【夏休みのエロ特別版】 うらやましいアイドルの売春の噂と相場の噂

【夏休みのエロ特別版】 うらやましいアイドルの売春の噂と相場の噂
 さて、皆さんも夏休みであると思う。当然に、「ニュース解説」などといっても全くニュースがないということになってしまう。そのために、基本的に、「ニュース」解説のこのブログそのものが、宙に浮いてしまうということになっているのである。しかし、なんといっても「毎日続ける」ということと、なんといっても、これくらいのボリュームの文章を毎日作るという「練習」であることから、夏休みなどはない。何しろ作家やジャーナリストに休みはないのである。
  実際にこれを皆さんが読んでいるころ、私は次のよう摂の作品について何かしているということになっており、たぶん書き始めているのではないかと思う。実際に、月末くらいまでには本を二冊書こうと思っているので、なかなかハードなスケジュールになっているのである。
  さて、そこで、夏休みくらいは「軽い」読み物にし酔うと思っている。その中において、最も良いのは「エロ」である。
  そこで、今回は、「夏休みのエロ特別版」として、書いてゆこうと思う。
  しかし「何が特別なのか」といわれるので、あえて答えておくと「一週間ぶっ続けでエロブログ」ということが「特別」なのである。何人いるかわからないが「エロ」が好きな人、是非お読みください。
  ということで、今日はまず「現役アイドルの売春とその相場」ということにしている。もちろん、このブログは「ニュース解説」であって、元に何らかのニュース記事があり、その記事を解説する形で進めているのである。よって、「アイドルの売春」と言えども、元ネタの記事があるということになる。たまに、私がこのブログでこのように書いていると、「宇田川さんはアイドルと寝ているらしい」などという噂が立つのであるが、まあ、それはない。なお「そのような機会」があった場合には、遠慮なく……。
現役アイドルの売春&美人局が発覚?その”お値段”の知られざる相場
 芸能界の暗部を証拠づけるニュースが飛び込んだ。8月4日発売のフライデーが、現役女性アイドルの売春&美人局疑惑を生々しい写真つきで報じた。
 記事では実名は伏せられているが、このアイドルはGカップのバストを売りに写真集を数冊出版し、テレビドラマや映画にも出演経験がある売れっ子。IT企業を経営する男性と1回30万円で行為に及んだだけでなく、その様子を動画で撮影。後日、このアイドルの代理人の芸能プロダクション社長の男が男性をゆすり、1000万円以上を受け取ったと報道している。
 フライデーの記事には、動画を切り取った複数の写真が掲載。女性の豊満なバストを露わにして、臨場感たっぷりに一連の顛末を伝えている。
「フライデーの報道では、アイドルが行為の前に、芸能プロの社長に『電気つけたままする?』と電話を入れています。アイドルも美人局を認識して行為に及んだ可能性がうかがえます」(週刊誌記者)
 今後の捜査が見ものだが、今回の騒動は、芸能界の売春ビジネスのほんの一端を示しただけだ。
■キムタクと共演クラスで1000万円
 出版関係者が暴露する。
「一部の女性アイドルは、最近流行している交際クラブを通じて売春ビジネスに手を出すケースもあります。国民的アイドルグループの底辺クラスで50万円。先ごろAV女優に転身したお騒がせ者や、小悪魔キャラで一世を風靡したタレントで200万円。木村拓哉(44)とドラマで共演した人気タレントに至っては、1000万円と言われています」
 売春だけでなく、美人局も業界内ではびこっている。記憶に新しいのが、俳優の小出恵介(33)。17歳少女と関係を持ち、後日に週刊誌に暴露され、示談金として1000万円を支払ったと伝えられる。
「アイドルやその卵たちは、裏人脈とつながっている可能性が高い。ブラックの住人たちは、子飼いのタレントに売春をさせつつ、行為の相手が金を持っていると分かれば恐喝に打ってでます。こうした場合、脅された側はひそかに支払いに応じて口止めさせるしか手立てはありません。今回の件は、氷山の一角と言えます」(スポーツ紙記者)
 ファンを熱狂させる美貌と身体を、夜ごとカネに換えるアイドルたち。闇の深さは計り知れない。
文・鈴木雄二(すずき・ゆうじ)※1977年、神奈川県出身。全国紙社会部に在籍し、警察・検察などの事件取材や、ブラック業界、芸能界などの分野を幅広く取材している。主な著書に「警察のすべて」(宝島社刊・共著)がある。
2017年08月06日 19時00分 デイリーニュースオンライン
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12216-1341101/
 さて、まず「アイドルと寝る」ということは、何が良いのであろうか。
  何ともつまらない話から考えてみよう。もちろんそのアイドルのことを好きならば、それなりに良いと思う。しかし、別に好きでも好みでもない女であれば、別段、興味もないし、はっきり言ってどうでもよいというのが本心ではないかという気がしてならない。エロというと、男性が好むということもあるが、実際のところ、私くらいの「中年後半」になってくると、「体力は使うし、腰は痛いし、そのうえ金を使うなんて」というような感覚になってしまう。
  要するに「アイドルと寝る」「アイドル売春」というのは「アイドルである」ということが事前にテレビなどで顔などを見ているということになり、その人間を自分の思いのままにできるというプレミア感が良いのであろうが、それでも、自分の好みの女ではなければあまり興味がわかないのではないか。
  一方、このようなニュースは、いわゆる「銀幕のスター」であっても、その女性を自分のものにできる可能性があるという「前向き」な話と、一方で、「そのような美味しいhな足には裏がある」的な話が存在する。もちろん、アイドルといえども人間であり恋もすれば「エロいこと」もするのであるから、その相手問うのは必ずいるものであり、その相手に対して、「金で買う」ということも十分にありうる話なのである。
  そのうえで、「一部の女性アイドルは、最近流行している交際クラブを通じて売春ビジネスに手を出すケースもあります。」<上記より抜粋>と思いながらも「アイドルやその卵たちは、裏人脈とつながっている可能性が高い。ブラックの住人たちは、子飼いのタレントに売春をさせつつ、行為の相手が金を持っていると分かれば恐喝に打ってでます。」<上記より抜粋>というような感じではないか。
  まあ、金持ちの遊びとしては良いのであるし、「きれいな女には何かある」というようなものではないかという気がする。
  単純に名誉欲や支配欲、「高嶺の花」をどのようにするかということでしかないのであり、残念ながら「私には興味があるが、実際はそうではない」という気がしてならない。まあ、「高嶺の花が高いところで何をしていてもふもとの人間にはわからない」という感じであろうか。
  まあ、エロといえども「自分の身の丈に合ったエロ」を追求すべきということなのであろう。

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日本人のマナーとそのマナー向上を促す行動という「日本人らしい暗黙の了解」

日本人のマナーとそのマナー向上を促す行動という「日本人らしい暗黙の了解」
 最近のニュースを見ていると、いつから日本人はこんなになってしまったのか、と、がっかりすることが多い。もちろん、その猟奇的犯罪や、あるいは親子や人のつながりを無視した犯罪などが多い。何かというと他人を攻撃し、そのうえ、自分が何かできるかというとそうでもない。ネットで騒ぐことなどはまさにそのもので、自分は安全な場所で匿名で大騒ぎしているだけであり、当事者のことなどは全く関係ない。適当に理想論を自分勝手に並べて他人を批判することによって、モラルも何もなくなってしまっている
  何よりも「他人を思いやる」という気持ちが無くなってしまっているのではないか。
  ネットの中では「日本人ではない」などというような書き込みの内容も少なくないが、私からすれば「そのように書き込むこと」もそもそも日本人らしくないのではないかと考える部分もある。
  さて、そのような状況の中において「マナー」に関して、一ついい記事があったので、そのことを書いてみようと思う。
  先日日本産大花火祭りの一つといわれている新潟県長岡市の花火大会において、その花火大会の会場に、終わった後ゴミがほとんどなかったというニュースがあった。いやいや、日本もまだまだ捨てたものではないなあと、そのように感じるものである。
  さて、このニュースの中において「若者のマナーが」などということがあるが、一方で「マナーが良くてもそのマナーを守れない環境がある」ということも事実なのかもしれない。そのことを考えさせられることが、このニュースの中に書かれている。
  さて、今日は「山の日」ということであるので、政治的な問題とか経済的な問題ではなく、少しマナーとか文化の話をしてみたい。
「ごみがほとんど落ちてない!」 長岡花火大会「マナー」に大反響
 終わった後に会場にごみがほとんど落ちてなかった――。日本三大花火大会の1つとして知られる「長岡まつり大花火大会」は、ツイッターでこんな状況を示す写真が次々に投稿され、反響を呼んでいる。
 「ごみは持って帰ってくんねろか」。アニメの戦隊シリーズにあやかったようなヒーローが看板に描かれ、ヒーローがごみの持ち帰りをこう呼びかけている。
 2日間で約103万人の人出があったが...
 これは、新潟大学附属長岡中学校の生徒らが作って、花火大会の会場内に設置したものだ。
 長岡まつり大花火大会は、2017年8月2、3両日に新潟県長岡市内の信濃川河川敷で開かれた。好天の中で計2万発が打ち上げられ、主催者の長岡花火財団によると、約103万人の人出があった。
 この花火大会は、1879年に始まったが、戦争中に中断され、1947年に復活した。長岡空襲犠牲者の慰霊などを込めて打ち上げられており、今回は、復活70年を記念した特別なスターマインなどが夜空を彩った。
 その壮麗な花火の数々がツイッター上などにアップされる一方、会場に残されるごみの少なさにも注目が集まった。長岡中学校の生徒らが作った看板も、そんな中で紹介された。
 投稿写真を見ると、写っている範囲の鑑賞場所には、ごみがほとんど見当たらない。ツイッター上では、この状況に驚きの声が上がっている。
 長岡まつり大花火大会会場、ゴミ一つ無い美しい撤収。 pic.twitter.com/mmkQgVCNPP
- Fire丸山 (@fireroadster) 2017年8月2日
 長岡花火の終了後の様子。周りを見渡しても、ゴミを置いて帰る人は見当たらず、みんなきれいにして指定のゴミ捨て場に捨ててました。マナーも日本一の花火大会です。#長岡花火 pic.twitter.com/bTQp1ZXKDV
- くろはす@NGT垢 (@NekoGT48) 2017年8月3日
 花火はもちろん最高だったけど、終わったあとのゴミひとつ落ちていない会場に感動した。日本一の花火。日本一のマナー目指すだけあるわ。 #長岡花火 pic.twitter.com/NJy2im5oCC
- 綾瀬 (@ayaseyuta805) 2017年8月2日
   「ごみを捨てやすいところに置き場」
 ただ、やはりごみが所々にはあったとの報告がツイッター上であり、「その他のごみ」と書かれた置き場にごみが山盛りになっているとの指摘もあった。
 一方で、花火大会後には、長岡市内の小中学生や地元企業の社員らが参加して「早朝清掃ボランティア活動」が行われていることも写真付きで紹介されていた。その中には、プロバスケットボールチーム「新潟アルビレックスBB」の選手らの姿もあった。
 長岡花火財団の担当者は8月4日、Jタウンネットの取材に対し、ごみが観賞場所に捨てられていないことはないとしながらも、ほかの花火大会よりも少ないのではないかとの見方を示した。
 「まず、ごみを捨てやすいところに置き場を作っています。堤防の上まで持ってきてほしいと呼びかけ、誰もが必ず通るゲートを出たところに設置してあります。また、ごみ置き場は、『瓶缶ペットボトル』と2つしか分別していないのですが、これは分別を細かくすればするほどメチャクチャになるからです。新潟大学附属長岡中学校の生徒たちが作った看板を見て、ごみをポイ捨てする人も躊躇しているようで、昨年よりも観賞場所のごみは少なくなっていますね」
 早朝清掃ボランティアには、2日間で4000人以上が参加したというが、「ごみがなさ過ぎて、拾うものがないと苦情が入るほどです」と笑う。新潟アルビレックスの選手らは、ボランティアの一体感を高めるのに役立っているといい、「憧れの選手が来ると、子供たちも喜んで参加します。選手らにも、ファンの存在は励みになっているようですね」。
2017年08月04日 20時00分 Jタウンネット
https://news.nifty.com/article/item/neta/12150-247148/
 テレビでは忖度をすることを攻めているようなニュースが多い。森友とか加計とか、すべて「忖度が悪い」というような話になっており、何となく疑問を感じる。実際に日本の場合は「会議の場」ではうまく回るように「根回し」というように、事前にそのプロジェクトなどを説明し、また、その内容を熟知してもらってゆっくり時間をかけて説明する習慣がある。それでも「鶴の一声」でおかしくなることがあるが、まあそれは例外的な内容になる。
  何となく違和感があっても「空気を読む」ということができることによって「その場は丸く収める」ことによって表面的な敵対関係を作らないというような文化関係が存在し、そのことにyって対立を避けるような状況になっているのである。
  その一連の流れの中に「相手を思いやる」ということができることが必要であるにもかかわらず「忖度」となると、突然ダメになる。「思いやり」と「忖度」の違いをしっかりと説明できる日本人がどれくらいいるのかということが、まったくわからない状態であるのに、そのことなどはお構いなしになってしまうのである。
  結局「モリ・カケ」というような報道から破壊された「思いやりの心」が、今の日本の象徴的な文化破壊になっている。
  さて、それに対して上記の記事は何であろうか。「まず、ごみを捨てやすいところに置き場を作っています。堤防の上まで持ってきてほしいと呼びかけ、誰もが必ず通るゲートを出たところに設置してあります。」<上記より抜粋>
  人の心というのは、「綺麗なものを一番初めに汚す」ことはできないような心のカギができる。日本人の中には「権利」よりも「みんなで公共ものを守る」というような考え方がある。民放の中には「誰が使ってもよいが独り占めしてはダメ」という意味で「入会権」という権利が明記されており、日本人の心の美しさを示しているのではないかという気がしてならない。実際に、中国人に「入会権」などという権利は全く理解されないし、そのようなことをすればその入会地は完全に破壊され、なおかつ五味為になってしまう。公共や社会に対して「自分は何をやってもよい」という「権利」で近づけばそのようになってしまうし「みんなで守る」というような「義務」や「責任」で物事を考えれば、当然に「綺麗になる」ということになる。
  日本人は、というよりはマスコミ報道と野党の主張は「義務」よりも「権利」を強調するために「公共の場で何をしてもかまわない」というような状況になる。責任や義務を感じる人をお意向という汚い心にしてしまうのである。
  はっきり言って、そのような日本にしたのは「権利意識」であり、「公共や社会に対する責任」を全く追求しない状況ではないか。
  今回の長岡市のやり方は「綺麗にしましょう」ではなく「綺麗にすることが当たり前」というよりは「ごみを捨てることが恥ずかしい」というような状況にうまく持って行った。逆に言えば「その場の管理者がそのように持っていけば日本人の心はまだまだなんとかなる」というものである。
  さて皆さんはこの記事を読んでどのように思うのであろうか。「権利」ばかりを主張する人々を恥ずかしく、そして心の貧しい人と思いはしないだろうか。

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吉田証言の嘘とそれを広めた朝日新聞の罪を訴えることこそ日韓関係改善の第一歩であるという奥茂治氏の主張に強く賛同する

吉田証言の嘘とそれを広めた朝日新聞の罪を訴えることこそ日韓関係改善の第一歩であるという奥茂治氏の主張に強く賛同する
 嘘を言って平気な人がいる。もちろん、「嘘ではないと思って信じ込んでいる」場合も少なくないので、一概に「事実と違う」ということがそのまま嘘であるというつもりはない。しかし、一方で「謝罪」までしながら、いまだにその責任を取らないということはいったいどういうことなのであろうか。特に、その内容が社会的な問題になり、なおかつ、その問題が国際関係で大きく取り上げられ、そのうえ、そのない湯で国家観が険悪なムードになってしまっていたとしても、何の責任感も持たず、その嘘を否定するでもなく、罪悪感一つ感じないというのは、「人間として最低な行為」ではないだろうか。
  日本人にそのような「最低な人間がいる」とは思いくないが、一方で、そのようなものがいるということが非常に大きな問題になっている。
  もちろん、私も嘘をついたことがないなどということを言うつもりはない。嘘の中には「人を助ける嘘」っもあれば、「自分では嘘だと思っていないで信じている」というものもある。しかし、その後、社会的な内容が大きくなって来れば、その罪悪感は大きく感じるということになる。全体の影響というものを感じるのが普通である。もちろん、例えば病気の人に告知をしないなどというのは当然に、ない話ではないその場合は、本人に、少なくとも本人のためであっても、葬式などの時に嘘を謝罪するものである。
  残念ながら、そのような罪悪感を感じない「恥ずかしい日本人」がいる。それが「朝日新聞」である。
  勿論、彼らの中には「本当に慰安婦がいた」とか「吉田証言は本当であった」とカルト宗教的に信じている人も少なくないのかもしれない。しかし、少なくとも2012年に、朝日新聞が謝罪会見を行った後は、その訂正と影響の鎮静化に努めなければならないのではないか。全く罪悪感も責任感もない。まさに「言論の無責任」ということを行って恥も外聞もないのが朝日新聞なのである。
  その行為を否定するのが奥茂治氏である。
  奥茂治氏についてはもちろん様々あるし、評判も賛否もある。しかし、少なくとも今回の行動に関しては私は支持する。
  そしてそれは「嘘の上に築かれた外交関係は真の外交関係にはならない」ということであり、その嘘の部分を否定しに行ったのである。勿論私個人は慰安婦などというような話はないし、すでに解決も終わっているということを主張したいが、そこまでではなく少なくとも嘘を嘘であるということを行動するのは当然のことではないのではないか。
  そのあたりまえができない新聞社とあたりまえのことをしようといている奥茂治氏個人。その個人の行動をたたえること、応援することに何の問題があろうか
  なお、「奥茂治氏を支援する会」において、私も及ばずながら参加しているので、その内容に関してはホームページを参照してほしい。
  https://ouen-okushigeharu.jimdo.com/
【歴史戦】「裁判で吉田証言の嘘訴えたい」 韓国出国禁止40日超、謝罪碑書き換えの奥茂治氏が会見
 【ソウル=桜井紀雄】朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した故吉田清治氏の謝罪碑を無断で書き換えたとして韓国警察に6月に一時拘束された元自衛官、奥茂治氏(69)が4日、ソウルで日本人記者らと会見した。出国禁止措置が40日以上にわたっているが、奥氏は略式処分ではなく、公判の場で行為の経緯と発端となった吉田証言の嘘を訴えたいと主張した。
 「私が韓国に行けば、銃殺されてもおかしくない」
 奥氏によると、取り調べの最中、謝罪碑の撤去を奥氏に委任した吉田氏の長男に警察が国際電話をかけたところ、長男はこう口にした。それほど、父親の嘘が日韓関係に悪影響を与えたとの“罪の重さ”を表したものだ。だからこそ、嘘の碑文を消すために別の石板の貼り付けに踏み切った。
 奥氏が問われているのは中部、天安の国立墓地に建てた碑という「国が管理する公共物を損壊した」容疑だ。奥氏は吉田氏が私財で建立したものであり、土地の使用料も支払われているとし、所有権は相続した長男にあると強調。「所有権者の依頼であり、刑事罰を受ける必要はないはずだ」ともし、「韓国のものになったのなら、経緯を説明してほしい」と訴えている。
 一般に容疑を認めれば、略式起訴され、罰金で済む事案だが、奥氏は無罪を主張し、あくまで公判に臨む構えだ。奥氏が貼った石板は墓地の管理者側によって剥がされており、奥氏は民事訴訟で謝罪碑の完全撤去を求める意向も示した。
 
産経ニュース 20170804
http://www.sankei.com/world/news/170804/wor1708040023-n1.html
 では以下、奥茂治氏を励ます会の「檄文」をご披露する。
  もしお時間のある方がいらっしゃったら8月22日の市谷グランドヒルにおける会合に来ていただきたい。少々参加は高いが、奥茂治氏への支援金を含むものである。
  <檄文>
 
 「嘘」は人と人の間の対立関係を作る。
 その「嘘」が亡くならなければ、真の友情は生まれない。
 「嘘」をつくって対立させたものは、その対立から得た利益で丸々と太り、嘘によって対立させられた人は、互いのことを非難しいらぬ対立を拡大させてしまう。
 現在の日韓関係は、まさにそのような関係になっているのではなかろうか。
 「慰安婦問題」「歴史問題」といわれる問題が、日韓の間に言われていて久しい。しかし、これ等の問題は、吉田清治という人間の一つの嘘と、それを広めた朝日新聞社の、対立による購読者の拡大からスタートしている。吉田清治氏の死後、その遺族から、嘘であったことが明らかにされ、朝日新聞社も2014年9月11日、朝日新聞社社長・木村伊量や取締役編集担当(いずれも当時)らが過去の記事の訂正に関して謝罪会見を行った。しかし、一回謝罪会見を行っただけで、朝日新聞による慰安婦強制連行記事は吉田が自著を捏造と認めた後も長らく訂正されることがなく、国際社会においては、「嘘」の情報で外交関係をより悪化させている状態である。
 この状態から、奥茂治氏は、この「真実」をもって韓国に単身乗り込み、その真実を広めんがために、自らの身体を盾に戦っている。
 では我々にできることは何であろうか
 本来は、朝日新聞社が積極的に自らの報道が嘘であったことを国際的に宣伝しなければならない。しかし、朝日新聞社は全くそのようなことを行わない。我々は、奥茂治氏と一緒に「嘘」と戦い、その「嘘」を排除し、真実による国際関係を構築するために、そして、そのうえでの真実による友好関係を築くために、一緒に戦おうではありませんか。
 
 今回、その「嘘を正す」ことをためらわず、そして、奥茂治氏を応援し、真実を広めることに賛同する人々の集会を行います。是非、「嘘」を正す必要がある良識ある皆さんの参加をお待ちしております。

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このブログで警告したように、すでに西インド洋での中国の侵略が始まった。手遅れにならないように早めに手を打たねば

このブログで警告したように、すでに西インド洋での中国の侵略が始まった。手遅れにならないように早めに手を打たねば
 「西インド洋」といって、どれくらいの人が「どんな国があるか」ということを考えるであろうか。実際に、中国や韓国の横暴や慰安婦問題などを言う人はいるが、しかしそれは日本国内や中国や韓国の国内の派内であって、その影響が西インド洋の周辺になっていることなどはあまり知られていないのではないか。
  実際に、資源輸入国である日本の場合、インド洋の安全ということに関しては、本来であれ場、非常に強い関心があってよいのではないかという気がしてならない。そもそも、このコンピューターを動かしている電気そのものも、石炭や石油で発電しているのであるし、また、物流の多くはトラック運輸であることを考えれば、日本においてエネルギーと物流の多くは地下資源化石燃料に頼っている。その物流が無くなってしまっては、二歩の経済が留まるばかりか、その機能はほとんどが停止してしまい、そのうえで、我々の生活すらおぼつかない状態になるのである。
  しかし、その石油や石炭が、どこからきてどのように日本に入ってきているか知っている人は少ない。
  中国はインド洋を狙っている。実際に、来年就航するといわれている中国初の国産空母「山東」は、インド洋に派遣される見通しであるし海賊対策という名目でなぜか潜水艦が16隻もジプチに言っているのである。ではこれらの船が、横暴に日本の貨物船やタンカーをすべて臨検するようになったらどのようになるのか。日本は、このインド洋の時点で資源を止められてしまう。資源だけではない。東アフリカの各国で栽培され輸入されている野菜などもすべて止まってしまうことになる。
  中曽根内閣のころから「シーレーン防衛」ということが言われるようになってきているが残念ながら、日本の場合は自衛隊を海外に派遣することも「国内の反対で」できないでいる。シーレーンが防衛できない状態において、どのようにして日本の資源を守れるんか。そして威厳が入ってこない日本で国民の生活や安全を守ることができるのか。
  西インド洋での中国の横暴は「日本の生殺与奪の権利を中国に与える」ということにつながるのである。
日中、ジブチで「軍事摩擦」 中国紙、海自艦を非難「潜水員が違法に接近、警告し追い払った」
 【北京=西見由章】中国最高人民検察院(最高検)の機関紙、検察日報は2日までに、人民解放軍が初の海外基地を創設したアフリカ東部ジブチで、停泊していた中国海軍の軍艦に海上自衛隊の潜水員が「違法」に接近し、警告を与えて追い払ったと報じた。自衛隊も拠点を置くジブチで日中間の軍事的摩擦が伝えられるのは初めて。
 同紙などによると、ジブチに停泊していたのは昨年12月から今年7月までソマリア沖アデン湾で海賊対処活動などにあたった中国海軍のミサイルフリゲート艦「衡陽」と「玉林」、総合補給艦「洪湖」。付近に停泊していた日本の「軍艦(海自艦)」が潜水員を派遣し、中国艦の近くまで接近したと報じた。
 現場では法律顧問として乗艦していた検察官が「国際法で認められていない危険な行為」として「自衛権の行使も含めた必要な措置」を講じることが可能だと判断。光の照射や音声の警告によって海自の潜水員を追い払ったとしている。時期は示されていない。
 同紙は「関連の証拠を収集してジブチ側に伝え、第三国の港での日本側の不当な行為について明るみに出した」と主張した。
 中国国防省は昨年2月に補給基地の建設を公表。先月11日には基地の創設を宣言して駐留部隊が出発し、今月1日に駐留開始の式典が現地で行われた。 
 ジブチは紅海の入り口にある戦略的要衝で、米国や旧宗主国フランスの基地のほか、アデン湾で海賊対処活動を行う自衛隊が拠点を置いている。中国側も同活動やアフリカでの国連平和維持活動(PKO)部隊への補給任務に基地を利用するとしているが、欧米諸国などでは中国が中東周辺で軍事プレゼンスを拡大する足がかりとして利用するとの懸念も高まっている。
 
産経ニュース 20170803
http://www.sankei.com/world/news/170803/wor1708030009-n1.html
 今回の事件は「日本の自衛隊員が潜水したところに中国のフリゲート艦がいた」ということである。
  さて、まずはこれが事実であるかどうかということになる。逆にいえっば「嘘をついて戦争に持ち込む」ということが十分に可能な状態であるということが言える。実際に「相手方を許せない」とか「相手側から撃ってきた」などといってネパール・インドなどにおいて国境を得一教師占領している野は中国側である。日本の報道は「紛争」と書いているが、国会答弁の自衛隊日報の「戦闘」の定義ではないが、実際に「紛争」ではなく露語句が行っているのは「戦争」であって、そのうえ国境を違法に色毛ているということは明らかであるにもかかわらず、日本のマスコミは全くこれらのことを報道しない。よほど中国に恩義でもあるのか、中国の悪事を世に知らしめない日本の報道に関してはあまりにも驚くことが少なくない。
  さて、今回のように「中国側から軍事的な行動」をとることをされるということになれば、日本の自衛隊はすぐに「土下座外交の外務省」との間の省庁間対立になり、日本国内の国益の問題ではなくなってしまう。その間に中国の西インド洋の支配が継続してゆくということになってしまうのである。
  中国側も同活動やアフリカでの国連平和維持活動(PKO)部隊への補給任務に基地を利用するとしているが、欧米諸国などでは中国が中東周辺で軍事プレゼンスを拡大する足がかりとして利用するとの懸念も高まっている。<上記より抜粋>
  このように各国が献円している中で、洋上覇権主義を実行し「中国の支配における一帯一路」つまり「忠後k儒ユーラシアブロック経済」を推進しようとしている。もちろん、そのことに関して、日本ではあまりにも関心が薄すぎて、何か起きてからでは遅いということを全く分かっていない。
  憲法改正や自衛隊の会が活動に反対している人々は、いったい何をしているのか。インド洋の給油活動を無理やりに終わらせてしまったのは、民主党相格の岡田外務大臣である。この結果中国の支配を歯止めする日本の行動ができなくなっている。
  パキスタンにある中国の「海軍軍事基地」を足掛かりにしたアラビア湾の支配など、中国における西インド洋の内容は非常の大きくなっている。
  後援等を通じてこれを大きく訴えてゆきたいと思っているのだが、日本の内部には全く興味を示さない人が少なくない。はっきり言って「このような無関心のバカ」を助けなければいけないのか?という疑問にもぶち当たるのである。

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いわゆる「事なかれ主義」「寄らば大樹」という病巣に中心部をやられた民進党と細野豪志の離党と新党結成の動きに対する反応

いわゆる「事なかれ主義」「寄らば大樹」という病巣に中心部をやられた民進党と細野豪志の離党と新党結成の動きに対する反応
 民進党の何がいけないのか、ということを聞かれる。まあ、私の場合「全部」と答えるのであるが、それでは会話が成立するはずもないので、あえて答えておくことにすると、基本的に「政策が出ない」ということが最大の問題なのである。
  ではなぜ政策が出ないのか。政治家であるならば、普通自分なりに何らかの政治的に目指す将来の国の姿問うものがあり、その理想に対して家庭として政策の積み重ねができるはずである。単純に反対するだけ、たしゃあを批判するだけで政治だと思っているような優秀でない人も、どうも民進党の中にはいいるようであるが、そのような人には、政治家になってほしくないし、そのような議員候補に投票する人々は、政治そのものがわかっていないということで、民主主義を完全に破壊しているということになる。
  さて、何らかの自分の理想があり、その理想の実現のために現政権を批判するということならば、十分に理解できるということになる。勿論、その政策に賛成するか反対するかは個人の自由であるし、思想信条の自由である。批判することは政治ではないので、基本的には自由ではないし、当然に批判の内容は名誉棄損などの内容が適用されるが、政治的な内容であれば、制作の比較論ということになる。
  その理想が近い人が集まって政党や政策集団を作ることになる。
  しかし、「民進党」は、残念ながら「反自民」という批判、つまり政治ではないところからスタートしてしまっており、そのために、全身の民主党の時代から、政党綱領すら満足に存在し無い。他人を批判することを中心にしているから、そもそも政策で党内における中心線ができないということになるのである。要するに「民進党」は「週刊誌的なスキャンダル発掘及び批判のための批判の集団」であって「政策集団ではない」ということになる。
  そのために「政策を持った」議員や「理想を持った」人から順番に抜けてゆく。しかし、そこの同調者が出ない。その謎を解明してゆこう。
「大将なんだから」と自重求める声を振り切り… 細野豪志元環境相が離党&新党結成表明 「加藤の乱」ばりの断末魔に同調者なく
 民進党の細野豪志元環境相が4日、離党する意向を表明した。新党結成を表向きの理由とするが、盟友の前原誠司元外相のもとを離れ、蓮舫執行部からも逃げ出した「身勝手路線」が反発を受け、党内で居場所がなくなったのが真相といえる。今後は野党再編を主導するというが、「たった一人の反乱」への同調者は現時点で見当たらず、実現性には疑問符がつく。(豊田真由美)
 「大将なんだから仲間のことも考えてほしい」「党が厳しいときだからこそ踏ん張るべきだ」
 細野氏が立ち上げた党内グループ「自誓会」の4日の会合では、平成12年に自民党の加藤紘一元幹事長が起こした「加藤の乱」の断末魔ばりに、細野氏に自重を求める声が相次いだ。
 しかし、細野氏は「2年ほど前から党のあり方に思うところがあった」などと訴え、考えを曲げなかった。会合で追随を表明した議員は一人もおらず、むしろ離党を後押しするような突き放した意見も出たという。
 前原氏もこの会合直前に細野氏に電話し、離党を思いとどまるよう説得したが、翻意させられなかった。前原氏はその後、出馬表明した党代表選(21日告示、9月1日投開票)を引き合いに「新代表のもとで党の結束をもう一度確認したい」と厳しい表情で語った。
 細野氏は12年の衆院選以来、選挙区で6回連続当選した実力者だ。旧民主党では前原、小沢一郎両代表(当時)下で役員室長を担い、菅直人、野田佳彦両内閣で原発事故担当相や環境相、24年に党幹事長を務めた。将来への期待も高く、26年に細野氏を首相候補に押し上げるために自誓会が結成された。
 今の党内で細野氏への視線は冷ややかだ。細野氏は27年の旧民主党代表選に、前原氏らの支援を受けて出馬した。しかし前原氏が挑戦した昨年の代表選は対抗馬の蓮舫氏を支持し、選挙後は代表代行として執行部入りした。
 蓮舫体制での党勢回復が難しくなると、今年4月に「憲法改正の考え方が違う」などとして代表代行を辞任した。党幹部は「物事を簡単に投げ出す無責任な人間についていくやつはいない」と批判する。
 一方、混迷する民進党で離党を検討している議員が複数いるのも事実だ。4月に長島昭久衆院議員、7月に藤末健三参院議員がそれぞれ離党届を提出した。知名度の高い細野氏の追い打ちをかけるような動きを「党が分裂する序章」(閣僚経験者)とみる向きもある。
 関係者によると、細野氏は小池百合子都知事が事実上率いる「都民ファーストの会」との連携を模索する東京選出議員らと水面下で協議を重ねてきたという。野党第一党として安倍晋三内閣の窮地は党勢拡大のチャンスだが、好機を横目に民進党の混迷が一層深まったのは間違いない。
 
産経ニュース 20170804
http://www.sankei.com/politics/news/170804/plt1708040084-n1.html
 さて、私も友人や取材先は少なくない。イデオロギーや政治に対する考え方が違っても個人的な友人というのは少なくないものである。実際に、このブログを読んでいて、思想はわかっていただけると思うが、中国人や韓国人に多数の友人がいて、向こうに行っても友人たちが多数やってくる言うような状態なのである。にわかに信じられないかもしれないが、民進党の現職の議員とも友人が少なくない。
  その中で、話をしていると「岡田(忘れかけている)・蓮舫体制」において、民進党の党勢が完全に失われているということが明らかであるときに、「これではだめだ」「政策を出さなければならない」などということを口々に言っている人は少なくない。みんな「個人」になれば、様々言う。その考え方が正しいかどうかは別にして、少なくともさまざまな意見を持っていることは事実だ。しかしそのことが「民進党」という集団になると全く発揮されないどころか、その発言すらしないのがなかなか興味深い。
  さてこれは何なのであろうか?
  単純に、二つのことが見て取れる。一つは「組織側か見た」ときに「言論の自由がない」ということである。民主主義のこの時代に、「言論の自由がない人々が政党を作っている」という恐ろしいことが、日本国内で起きているということだる。もちろん、制度的にそのようなことになっているのではないと思うが、少なくとも「雰囲気的に多くの人が自由に発言することができない」ということに変わりはないようである。
  上記の記事の中でに「憲法改正の考え方が違う」として代表代行を辞任していると書いてあるが、実際ン、「考え方が違うのであれば議論をすればよい」のであり、「議論ができないから事人以外にはない」ということになるのである。
  そしてもう一つは、「事なかれ主義」である。基本的に日本全体の病巣が「事なかれ主義」であり、そのことは霞が関官僚の「減点法型給与査定」に問題があると考えるのであるが、問題は民進党に「官僚出身が多い」ということである。つまり、野党である民進党でありながら、「政策」集団ではなく、「誰かに言われてその通り動く操り人形型」「指示待ち型」が多く、そのうえ、「事なかれ主義」が蔓延しているということになる。このために一部の「ノイジーマイノリティ」によって支配され、そのうえ議論ができないような不自由な政党になってしまうし、多くの議員が意見があってもその意見を言い出すことができないというような状況になってしまうのである。
  細野氏は「2年ほど前から党のあり方に思うところがあった」などと訴え、考えを曲げなかった<上記より抜粋>とあるが、もちろん、これを細野氏のわがままといえば、それでよいし民進党執行部側の者の味方であるが、一方で、そのことが評価されないし、2年もの間誰もそのことを聞かなかったということになれば、それは「波風を立てない」というようないやな不調が蔓延いていることになる。その結果、「大将なんだから仲間のことも考えてほしい」「党が厳しいときだからこそ踏ん張るべきだ」<上記より抜粋>となってしまい、結局「寄らば大樹」というような、精魂が卑しい集団になってしまうのである。
  そのうえ、このことが細野氏の特異性であるならば、まあ、これほどのことではないのかもしれないが、本文によれば「混迷する民進党で離党を検討している議員が複数いるのも事実だ。4月に長島昭久衆院議員、7月に藤末健三参院議員がそれぞれ離党届を提出した。知名度の高い細野氏の追い打ちをかけるような動きを「党が分裂する序章」(閣僚経験者)とみる向きもある」<上記より抜粋>というような感じ、つまり、細野氏のように不満をもっている人が少なくないということになるのである。
  まあ野党第一党といえどもこの状況では話にならない。まさにこれこそ、今の野党の実態ではないかと考える。これでも支持者がいるところに日本の政治の衆愚を感じる。

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マスコミ批判に関する一考(356) 海外にも呆れられっる「くだらないニュースを延々と垂れ流す」日本のマスコミの中心的病巣

マスコミ批判に関する一考(356) 海外にも呆れられっる「くだらないニュースを延々と垂れ流す」日本のマスコミの中心的病巣
 マスコミというと、しっかりと「社会の役に立つ情報」を流し、なおかつ「報道」するものと考えられてる。何も報道ばかりではない。バラエティであっても「社会の緊張感の緩和」などの目的を「こじつける」ことができるし、また「ドラマ」であっても、そのすとーろーでフィクションを書いていることは間違いがない者の、その内容を見ながら、「社会を風刺・描写する」ことができ、そのことから、描写の内容から、さまざまなことを学ぶということがある。単純に「娯楽」と言えども、何らかの緊張感の緩和や、趣味の広さによる人間の教養または生活の豊かさの実現ということが言えるのである。
  さて、これに対して、長年行われている「ワイドショー」というのは、いったい、どのような社会的な役割を持っているのであろうか。もちろん、社会的役割などはなくてもよいというような考え方もある。民放各社は民間企業であるから「そのような社会的役割などは考えなくても営利目的でよい」というようなことも考えられる。しかし、一方で「公共の電波を使っているのであるから、当然に公共性の高いものを報道すべき」ということも言える。これは新聞や雑誌でも同じで、「公共の売店」などを使っているのであるから、社会的な内容を考えるべきというような感じ担うのであるが、テレビなどに比べれば、はるかに公共性の縛りや要求は少ないのではないか。
  少なくとも「社会的な害悪」や「多くの人が不快な思いしか残らない」内容に関しては、放送は控えるべきであるし、「くだらないだけで何の関係もない」ような内容はなおさら考えなければならないのではないか。
  さて、このようになった場合に「芸能人のスキャンダル」や「政治家のスキャンダル」ばかりを行っている「ワイドショー」というカテゴリーは「いったい社会の何の役に立っているのか?」問うような感覚になってしまう。個人のスキャンダルは「のぞき見的興味」はあるにせよ、そのことによって社会的に何かが得するわけでもないし、また、そのことによって社会が円滑に動き物でもない。まあ営利目的といわれればわからないではないし、他の何かがあった場合に、その陽動作戦的に世間の目をそらすためというような裏の目的があればよいが、それ以外は「スキャンダル」というのが「本来行わなければならないこととは全く異なる」内容であり「社会的害悪でしかない」問う結論になる。
上西小百合議員のツイートに海外メディア幹部が驚いた2つのこと 「日本ではこんな話題がまかり通っているのか…」
 上西小百合議員のツイートが、炎上商法ではないかと疑念を向けられ、世間から大きなひんしゅくを買っている。サッカーJ1リーグ、浦和レッズのサポーターと激しい火花を散らし合ったわけだが、海外メディアの幹部はこの事態をどのように見ているのか。 [臼北信行,ITmedia]
 浪速のエリカ様の暴走が“炎上商法”と疑念を向けられ、世間から大きなひんしゅくを買っている。自身のTwitterを通じてサッカーJ1リーグ・浦和レッズのサポーターと激しい火花を散らし合った上西小百合衆院議員のことだ。
 事の発端は7月15日。浦和レッズが埼玉スタジアムで行われたドイツ・ブンデスリーガのボルシア・ドルトムントとの親善試合で2ー3と逆転負けを喫した後に「浦和酷い負けかた。親善試合は遊びなのかな」と突然ツイート。だがこれが浦和レッズのサポーターを筆頭としたサッカーファンたちの怒りを買い、ネット上で猛烈なバッシングを受けた。 ところが上西議員は謝罪するどころか、その直後に「何かブーブー言ってる」「(浦和の次の試合は)調べたら次はヤンマースタジアムだった。埼玉スタジアムならゴール裏行くのに」などと逆に浦和サポーターを挑発するような行動に出た。
 さらには「サッカーの応援しているだけのくせに、なんかやった気になってるのムカつく。他人に自分の人生乗っけてんじゃねえよ」と議員らしからぬ荒々しい暴言をまじえ、サポーターを小バカにするようなツイートまで展開。これに怒りを募らせた浦和サポーターと見られる人物から殺害予告が届き、19日には上西議員側が警視庁麹町署に被害届を提出する騒ぎにまで発展した。
 そして22日には自称、浦和ファンの人物が大阪府吹田市にある上西議員の事務所に乱入。その後、上西議員が激怒して「くたばれレッズ」と再びツイートで挑発を重ねて大炎上し、今日に至っている。
 ちなみにこの騒動の最中、上西議員の事務所側は騒動の鎮静化を図ろうと浦和のクラブ側に面会を申し入れていたが、先方からやんわりと断られている。これに対しても上西議員はTwitterで「日本を代表するビッグクラブの対応だとすれば、お粗末と思います」「話をしないというのは怠慢です」「百年構想が五十年で実現するかもしれないビッグクラブなのに、フロントがそれなら百年かかりますね」などと批判のオンパレードを並べていた。
          海外メディアはどう報じたのか
 複数の報道によれば、上西議員の事務所側は今後のスタジアム突撃などの行為は見送り、騒動の幕引きを図る方針だという。今後は浦和レッズ関連の新たなTwitter投稿も控えていくつもりのようだ。だが、この騒動撤退が明らかになった24日の翌日にも上西議員は公設第二秘書を引き連れ、TBSテレビの『ビビット』に生出演。あくまでも一連の騒動は炎上商法ではなかったことを改めて強調し、大ひんしゅくを買って世間を騒がせたことに謝罪の言葉もなく自身のツイートの正当性を延々と訴えていた。
 個人的なことを言わせてもらうと、この騒動は本当に腹立たしくばかばかしい。上西議員のような立場のある人間は、いい意味でも悪い意味でも発信力がある。それを分かっていなかったとしたら、上西議員は政治家として失格だ。しかもこれだけ政治家の失言に対して世の中が神経をとがらせている時期に、このような暴言を口にするなど言語道断。しかも「ムカつく」「人生乗っけてんじゃねえよ」「くたばれ」などと、とても公人とは思えぬような下品極まりない言葉を連発させていた。いますぐバッジを外していただきたい。
 さて、このばかばかしい騒動は海の向こうでも驚きを持って受け止められている。中でも米スポーツ専門局『ESPN』の幹部に上西議員の暴言騒動を伝えると「日本では、こんなクレージーな話題がまかり通っているのか」と目を白黒させ、こう続けた。
 「この騒動には2つの驚きがある。1つは言うまでもなく、議員という選ばれし立場にある人間が公然とスポーツチームの批判を繰り返していた点だ。一般のファンがファンとして批判的なことをツイートすることは程度にもよるが、別に問題はないだろう。だが、それが議員となれば許されるべきことではない。
 米国では国民がスポーツに対してリスペクトする向きが強い。その流れに逆らえば、どういう末路を進むことになるか。米国の上院議員がNFLのスーパーボウルで負けたチームや、MLBのワールドシリーズ制覇を逃した球団に突然暴言を吐いたら大変なことになるのは、まともな思考力の持ち主ならば誰だって想像がつく。
 そして、そのチームのファンとバトルを繰り広げれば、有権者への裏切り行為にもつながりかねない。もう議員としてファイヤー(クビ)だろうね」
        もう1つの驚きとは
 では「2つの驚き」のうち、もう1つは何だろう。
 「日本のメディアの姿勢だ。これだけチープな話題を何度も繰り返すことは報道全体の品位を大きく低下させることにつながる。この議員がサッカーのクラブチームに暴言を浴びせ、ファンの反感を買ったところまでは現象面として報道してもいい。だが、この議員がツイートで注目を集めようとしている疑惑が出た時点で、各メディアは一斉に無視するべきだろう。
 この議員を中心にスポットライトを当てて報じ続けていけば彼女にのみ主張の場を与えることになり、反感を覚えるファンの意見はほとんど反映されないので、完全な偏向報道になってしまう。この騒動に関する日本のメディアの報道姿勢は非常に不可解だ」
 筆者も同感だ。今回の騒動によって浦和レッズのサポーターの方々はとても嫌な気持ちになったはず。いや、それ以外のスポーツをこよなく愛する人々もプレー以外の部分において何も生まれることのないバトルを見せ付けられたことできっと虚無感にさいなまれたと思う。
 日本の大手メディアも、ただ面白おかしいからと先々を考えずやみくもに何でも話題を取り上げるのではなく、『ESPN』の幹部が指摘したように、有益な結論に結びつくかどうかを常に念頭に置きながら取捨選択することが必要だ(今後、筆者もこの問題については触れない)。そして、立場のある人間は炎上商法にスポーツを利用してはいけない。利用されて傷つくのはファンであり、当事者の選手たちだからだ。
2017.7.29 19:26 産経新聞
http://www.sankei.com/politics/print/170729/plt1707290040-c.html
 さて、まさに害悪である・
  「日本のメディアの姿勢だ。これだけチープな話題を何度も繰り返すことは報道全体の品位を大きく低下させることにつながる。この議員がサッカーのクラブチームに暴言を浴びせ、ファンの反感を買ったところまでは現象面として報道してもいい。だが、この議員がツイートで注目を集めようとしている疑惑が出た時点で、各メディアは一斉に無視するべきだろう。
 この議員を中心にスポットライトを当てて報じ続けていけば彼女にのみ主張の場を与えることになり、反感を覚えるファンの意見はほとんど反映されないので、完全な偏向報道になってしまう。この騒動に関する日本のメディアの報道姿勢は非常に不可解だ」<上記より抜粋>
  さて、いつもいつも「産経新聞」といえば「保守系」とかなんとか言われているが、はっきり言って、この産経新聞が上西小百合議員を擁護する必要性は全くない。これが安倍内閣とかであれば、そのようなうがった見方ができるので、あえて私もここに記事はしなかったと思うが、基本的に上西議員はどうでもよいという感じでしかないであろう。。
  その産経新聞の取材の中で、外国人のメディアが「チープな話題」としていることは、なかなか興味深い。上西議員を擁護する必要がない状態で、このような批判があるということは、まさに「日本のメディアの腐敗」というような感じがしないでもないのである。
  特に「彼女にのみ主張の場を与えることになり、反感を覚えるファンの意見はほとんど反映されない」という部分は異常に重要であり、日本のメディアが「浩平通率のつもりで、片方の主張ばかりを報道している」ということになり、日本の偏向報道そのものの潜在的な内容がここに指摘されている問うことになるのである。そのような内容が海外から指摘されながら、多くの国民がこれを見て大喜びをしているというのは、あまりにもおかしい。
  それでも、この事件から数週間たって何らかの「結果が出ている」ならばよいが、単に印象の悪い不快感があるだけで、何も社会的に影響があったり、あるいは何か役に立つことがない、まさに公共の電波の「無駄遣い」でしかない。
  「公平性がない」「潜在的な偏向報道」であり、なおかつ「社会的な役に立たない」では、日本のマスコミの問題点が完全夷浮き彫りん位されてしまっているような気がする。まさにそのことが今の「病巣」の中心部であり、なおかつ、日本のマスコミに対イて、多くの視聴者が「くだらない」「信用できない」といっている中心的な原因であるという気がしてならない。
  マスコミは根本的に何か考え直さなければならないのではないか。

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【有料メルマガのご案内】 「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」 第17話 テロ報道に見る地域独立紛争と近代国民国家の限界 6 商業民族ではないアジアのイスラム教徒における独立テロと宗教テロの融合

「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」
第17話 テロ報道に見る地域独立紛争と近代国民国家の限界
6 商業民族ではないアジアのイスラム教徒における独立テロと宗教テロの融合
 地域独立テロと宗教テロ、それも特にすべて「IS」となってしまうということに関して考えてきています。
  前回はボコハラムに関して考えてみました。
  さて今回はフィリピンのミンダナオ島南部のテロに関して、それを例に挙げて考えてみましょう。
  フィリピンの場合は、そもそも「キャラバン」ではないということから「商業民族的な性格が少ない」ということが言えます。
  もう一つは、イスラム教に関しても、「アジア・スンニ」といわれるように、アラビアや中東のスンニ派の考え方とは全く異なるイスラム教であるということが言えるのです。
  この二つの特徴がありながらも「IS」といわれてしまうということに関して、「違い」と「同一性」に関して考えてみようと思います。
  さて、まずはアジアのこれらのイスラムテロを考えるためには、「アジア・スンニ」に関して知らなければなりません。
  日本での、イスラム教の解説というのは、どうもいい加減で「日本人が全く知らない」という前提で「10のうち2~3知っている」だけで、専門家扱いされてしまうということになります。
  もちろん、それが悪いわけではありませんし、私自身もそのことを批判できるほど知っているわけではありません。
  逆に言えば、それだけ日本国民は、イスラム教に関して知らないことが多いということになるのではないでしょうか。
  そこで、簡単に「アラビア・スンニ」と「アジア・スンニ」、もう少しわかりやすく言えば、中東のイスラム教とアジア、特にマレーシアとインドネシアを中心にした当たりのイスラム教の違いを、簡単にわかりやすく説明しましょう。
  そもそも、イスラム教はアラビアというか中東でできた宗教です。
  その精神は、・・・・・・・
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【土曜日のエロ】 「エロ」こそ長寿の秘訣ということを真剣に考えている共産主義の偉人たち

【土曜日のエロ】 「エロ」こそ長寿の秘訣ということを真剣に考えている共産主義の偉人たち
 また土曜日になってしまった。エロを書くのは本当に楽しい。とにかくエロをまじめに語るということが、どうも日本人にはなかなかできないらしい。とにかく、「エロ」ということを語るのは難しくなった。これは何も最近の女性団体がどうとか人権団体ということだけではなく、やはり、根本的にエロを語るのは難しいということになるのではないか。
  そもそもなぜエロは難しいのか。「エロ」でやることは、「基本的には同じ」である。あえてカギかっこで囲ったのは意味がある。「基本的」に同じであるにもかかわらず、その細かい詳細に関しては、人それぞれ違う。性癖の違いもあれば趣向の違いもある。何に興奮するかも違うし、それが相手のコンディションや相手の趣向や環境にも左右される。「蓼食う虫も好き好き」とはよく言ったもので、異性の好みも人それぞれ違うし、またその異性の愛し方も違う。
  ただし、一つ言えることは、少なくともそれらの行為が「完全に嫌い」という人はいない問うことである。もちろん、相手の違いなどもあるし、また宗教関係者などでそれらの欲望を絶っている人もいるが、しかし、内心「好き」なのであるし「欲」と思っているから、宗教的に立たなければならないということになるのである。
  逆に言えば「好きなことをやっていれば、当然に精神衛生上は悪くない」ということになる。
  もちろん、現世利益で位人臣を極めた場合、人間が欲望に走るのは、基本的には「性欲」ということになろう。食欲は、当然に旺盛にあるとは思うが、しかし、食欲など肉体に関係する欲望に関しては、基本的には肉体に限界があるので、完全に何んとなかるというものではない。しかし、一方で性欲の場合は、一つには「性行為」という肉体的な欲であるが、一方で「美しいものを愛でる」という精神的な欲望にもつながり、また、他の人がほしい人を独占するという独占欲や支配欲というような「精神的な欲望」びにもつながることになるのである。
  そのように考えた場合は、「エロ」は、他の欲望に比べて「複数の欲望の複合体」になっていることから、当然に、尽きることがないということになるのである。
  それは、通常「独裁者」においては当然にそのようになるのであるが、現代で言えば、社会主義国家という全体主義の相手に対してもそのようになってくるのである。特に現代の独裁者はそのような感じになるのではないか。
晩年の毛沢東 長命持続のための女性との仰天方法
 絶対的権力と富を手に入れた独裁者が、最後に求めるのが不老不死の肉体だ。己の命のためなら手段を選ばない。毛沢東の「生への執着」はどんなものだったのか。
 日中戦争後の1945年、中国共産党中央委員会主席に就任した毛沢東。その後、毛沢東は反対勢力を粛清し、わずか数年で2000万人以上もの餓死者を出した「大躍進政策」をはじめ、40万人の犠牲者を出した「文化大革命」などの独裁政治を行った。
 晩年の毛沢東は主治医に長命持続の方法を探すことを厳命しており、そのひとつとして「処女とのセックス」が提案されたと言われている。これは歴代の中国皇帝たちが信奉していた「道教」に基づく房中術(性生活の技法)で、“陽の気”を持つ男と“陰の気”を持つ若い女が適度なセックスをすれば、「エネルギーを交換して心身のバランスがとれる」という教えに基づくものだ。
 神話上の初代皇帝であり、漢民族の始祖とされる「黄帝」は1000人の処女とセックスして不老長寿になったという伝説もある。また歴代の中国皇帝も同様に、後宮に多くの女性を囲っていた。
 毛沢東も歴代皇帝にならい、中南海や人民大会堂に集められた娘たちに、道教の性の手引き書である『素女経』を読むよう命じていたそうだ。そして、毛沢東の専任医師だった人物が書いた『毛沢東の私生活』によれば、毛沢東は年老いるごとに性の対象が若くなっていったという。
 毛沢東は82歳で鬼籍に入った。現在、その遺体は天安門広場の毛主席紀念堂に安置され永久保存されている。
NEWSポストセブン 20170729
※SAPIO2017年8月号
https://www.news-postseven.com/archives/20170729_581155.html
 現在の独裁者といえば、北朝鮮の金正恩が「絶対君主」のような状況になっていると思う。しかし、少々前といえばやはり「ソ連のスターリン」と「中国共産党の毛沢東」が二大巨頭ではないか。もちろん、アフリカなどの発展上告の中には、まだまだ様々なところがあるが、しかし、近代国家でなおかつ「G20」に入るような国家であれば、この二人がダントツに「絶対君主」であると考えられる。
  その「毛沢東」はどんなことをしていたのか、ということが最も面白いのではないか。
  その毛沢東に関しての記事が上記の物である。「処女とのセックス」がそのものである。
  “陽の気”を持つ男と“陰の気”を持つ若い女が適度なセックスをすれば、「エネルギーを交換して心身のバランスがとれる」という教えに基づく<上記より抜粋>
  日本でも、「貧困の調査」といって、若い女にお小遣いを渡していた教育関連の官僚がいたが、そのようなものよりもはるかに上手である。何しろ中国古来の同郷の教えに基づくもので「心身双方のバランスがとれる」という。それも「陰陽のバランス」ということになるのであるから、なかなか素晴らしいものである。ある意味で「道教」という宗教の話であるから、昔「セックス教団」といわれた宗教団体があったが、それに近いことを中国共産党は国家を上げて行っていたというのである。そのうえ、その内容は「中国はこらから行っている」と自己肯定をしたうえで、神話上の初代皇帝であり、漢民族の始祖とされる「黄帝」は1000人の処女とセックスして不老長寿になったという伝説もある。<上記より抜粋>というように、伝説の世界を入れて、肯定するのであるからなかなか恐れ入ったものである。何と「唯物史観」の共産主義者が、「自分の長寿」「性欲」に関しては当然のことのように神話を持ち出すことになるのであるから、なかなか面白いのである。ある意味で、そのようにして肯定しなければならないほど、「後ろめたい」のかもしれない。
  まあ、中国共産党の人間たちからすれば、毛沢東がないをしていても文句は言えない。ということは「後ろめたい」のは自分の妻や家族に対してということになるのかもしれない。まあ、中国共産党版の「喜び組」で、それはすべて「処女でできていた」というのであから、なかなか良い話である。
  さてこの話を「馬鹿な」というのではなく「私も権力者になればたくさんの処女とセックスができる」というように考えたい。今の若者は、常識にとらわれ過ぎていて、全く面白くない。何か突飛な考えをして、そのことを実現するかのように考えてもらいたいものだ。毛沢東ももしかしたら「処女とセックスがしたい」として共産主義革命をしたのかもしれない。もちろん、そのような毛沢東の内心は、本人のみぞ知るということになる。しかし、エロは、国家を一つ変えてしまうほどの大きな「モティベーション」になりうるということなのかもしれない。

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ミサイルを撃ってくる「敵国」の思想を植え付けその資金を援助することが義務であるといい国交のない政府主催の学校の無償化を言う大阪地裁の「人権」

ミサイルを撃ってくる「敵国」の思想を植え付けその資金を援助することが義務であるといい国交のない政府主催の学校の無償化を言う大阪地裁の「人権」
 大阪地裁で、信じられない判決が出てきた。朝鮮学校に対して、の無償化は「教育の機会均等の確保」ということになり、そのことは、「外交とは無関係」であり、なおかつ、それは義務であるという。
  そこでまずは「教育の義務」というものを考えてみよう。
  まずは、その教育の義務を規定している憲法26条を見てみよう。
  <憲法26条>
 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする。
  さて、この大阪地裁の人々が何を感がているのかもよくわからないし、また、その後の法律に関しても何を感がて言えるのかよくわからない。まず日本語を正確に読めば「すべての国民は」とある。つまりは、「在日といえども外国人に対してはその中に含まれない」ということにり、当然に北朝鮮人に限らず、外国人に対して義務教育を受けさせることもなければ、それを支援しなければならない義務は日本国民にも日本政府にも存在し無い。少なくとも、そのような義務は憲法上には書かれていないのである。
  そのうえ、「義務教育」とは何か。教育基本法法第4条によれば、
  第4条 (義務教育)
第4条 (義務教育) 国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
2 国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない
 とあり、当然にこの中においても「国民は」とあるだけではなく、「9年間」つまり小学校6年と中学校3年間が「義務教育」であって、高等学校は「高等教育」であって、当然に「義務教育」ではないのである。
  このように、完全に法律において全く義務が存在し無いものを大阪地裁は「政治的な配慮」と思われる判決を行ったのである。
  はっきり言って、このようなことをやっていれば司法の独立が危ぶまれる。
【朝鮮学校無償化判決】北独裁礼賛は「教育」 朝鮮学校側の主張追認の判断 議論は必至
 朝鮮学校を高校授業料無償化の対象外としたのは違法だとして、国に処分取り消しを命じた28日の大阪地裁判決(西田隆裕裁判長)は、北朝鮮の独裁体制を礼賛するような歴史教育が行われていても、本国による「不当な支配」(教育基本法16条1項)には当たらず、学校の「自主性」は保たれているとして朝鮮学校側の主張を追認した。北朝鮮や在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の強い影響下にあるとした先の広島地裁判決とは正反対の内容で、拉致問題が解決を見ない中での今回の司法判断は議論を呼びそうだ。
 高校無償化はもともと、民主党政権が発足した平成21年、鳩山由紀夫首相(当時)が所信表明演説で表明したものだ。その友愛的な政治姿勢もあって「外国人学校については外交上の配慮ではなく、教育上の観点から客観的に判断する」ことが政府統一見解とされ、立法化を経て22年4月に制度が導入された。
 ただ朝鮮学校を無償化に含めることには民主党内でも異論があり、北朝鮮による韓国・延坪島(ヨンピョンド)砲撃を受けて審査を凍結。野党だった自民党は当初から「朝鮮学校は北朝鮮の体制を支えるための思想教育機関だ」と国庫補助に反発し、自公政権となった25年2月に文部科学省令を改正して朝鮮学校を除外した経緯がある。
 ただ、友愛精神を背景に「教育の機会均等の確保」を掲げた無償化法そのものは存続した。このため28日の大阪地裁判決は法の趣旨を前面に押し出し「教育とは無関係な外交的、政治的判断で省令を改正した」として、除外規定は違法と認定した。
 そのうえで判決は、朝鮮学校が適正に運営されているかどうかを検討。朝鮮総連とのつながりについてはマイナスにとらえず「民族教育の維持発展を目的とした協力関係」とむしろ積極的に評価した。また、本国との関係でも「北朝鮮の指導者や国家理念を肯定的に評価することも、朝鮮学校の教育目的に沿うものだ」と学校側が主張した「民族教育」の意義を追認した。
 先に無償化除外を適法とした広島地裁判決は、整理回収機構(RCC)が過去に広島朝鮮学園(広島市)を相手取って起こした貸金返還訴訟で、学園が朝鮮総連の強力な指導下にあったと認定された点を重視。学園の資産が朝鮮総連側に流用された過去の経緯から「無償化資金が授業料に充てられない懸念がある」と判断していた。
 この点についても大阪地裁判決は「全国の朝鮮学校の運営は学校法人ごとに個別に行われている」として、訴訟の原告となった大阪朝鮮学園との関係では一切、問題視しなかった。
 
産経ニュース 20170728
http://www.sankei.com/west/news/170728/wst1707280100-n1.html
 友愛精神を背景に「教育の機会均等の確保」を掲げた無償化法そのものは存続した。このため28日の大阪地裁判決は法の趣旨を前面に押し出し「教育とは無関係な外交的、政治的判断で省令を改正した」として、除外規定は違法<上記より抜粋>
  「民族教育の維持発展を目的とした協力関係」とむしろ積極的に評価した。また、本国との関係でも「北朝鮮の指導者や国家理念を肯定的に評価することも、朝鮮学校の教育目的に沿うものだ」と学校側が主張した「民族教育」の意義を追認<上記より抜粋>
  この「外交的なことは無関係」ということ自体がおかしい。そもそも上記のように憲法にも教育基本法にも「国民は」と書いている。国際的に標準的な教育などというのは存在せず、また、思想的なものやイデオロギー的なものを学ぶことになる。当然に「日本国の目指す方向」と「北朝鮮の目指す方向」は全く異なる方向性であり、その国家の運営も基本とするイデオロギーも異なる。そもそも、民主主義と社会主義で物事の考え方は全く異なるはずであり、そのうえで、政治屋外交と教育が関係ないということができるのであろうか。
  欲「政経分離」などという建前の論理を言う人がいるが、基本的には「経済」つまり「生産技術」が武器を生み、経済格差が戦争を産むのである。ソニーのカメラが、北朝鮮の無人機の中から見つかったということがあるが、実際に経済交流をしていれば、当然にそのものが武器に転用されることはすく穴からずあるのだ。食料であっても、その食料が「軍の兵糧」になる可能性を否定できないはずである。
  そのうえ「北朝鮮の指導者や国家理念を肯定的に評価する」つまりは、「国際的に非難されている核開発を肯定的に評価する」ということであり、世界の内容に完全夷逆行することを判決では歌っている。はkk李行って「北朝鮮の回し者が大阪地裁で判事をやっている」といっても過言ではないし、そのような非難を受けても全く反論できない状態であはないか。
  単純に、「北朝鮮関連の施設」がなぜ「整理回収機構に入っているのか」といえば、当然に本国への献金である。その本国の献金は北朝鮮によって核開発に使われ、そして、日本に向かって撃たれるミサイルへと変化する。つまり、この大阪地裁の判事の判決文をもとに、日本人の多くが北朝鮮の格の脅威にさらされ、そして、死んでゆくのである。
  まさに、大阪地裁の判事は「戦争を引き起こした戦犯」であり「殺人者」であるといわれても、仕方がないのではないか。もちろん、直接的な因果関係があるわけではないが、法律が「国民は」と書いてあるのに、そのことを無視し、なおかつ、北朝鮮に日本の税金から金銭を送付し、それがミサイルに代わってゆくということ、このことをしっかりとマスコミは、判事の思想的な背景を含めて報道してゆかなければならないのではないか。

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この時期に「反日国」に行って仕事をするという「リスク」とそれでも日本企業が投資を続けるという愚行

この時期に「反日国」に行って仕事をするという「リスク」とそれでも日本企業が投資を続けるという愚行
 中国において日本人が多数拘束されている。ここ数年スパイ容疑で逮捕拘束され、すでに5人が起訴されているのである。
  なぜかこのことは日本のマスコミにおいてほとんど報道されていない。しかし、実際にはかなり大変な話である。マスコミの多くは「憲法9条」ということを言っている。当然に、日本の国内においては、少なくとも憲法上、自衛隊運用のための情報機関や、政府における情報機関は全く存在し無い。もちろん一部外務省がその国の情報を入手したり、あるいは、犯罪の捜査などにおいて、外国に逃げた犯人を追跡するために海外に行くというようなことは存在している。実際に、公安調査庁などは、破壊活動防止法によって警戒団体として指定された団体に対して、その団体の活動を事前に察知するということが目的であり、その察知ができる範囲でしか行っていない。そもそも「破壊活動防止法指定団体」として、外国に調査に行かなければならないということは、当然に、日本の犯罪である破壊活動防止法に深くその外国が関与しているということになるのである。その調査官をスパイとされても、そもそもその以前に、その外国が日本に対して破壊活動防止法違反の行為をしているのでありその首謀者は日本にとって犯罪者ということになるのである。
  当然に情報部などが存在していて、その人がスパイとして潜入し、そのまま拘束されたのであれば、スパイを利用している部署が存在しているということになるし、日本において、憲法を盾にとって軍備をさせないというのであれば、今まで通り日本にはスパイなどはいないはずである。日本のマスコミは「日本に軍隊はない」と言いつつ「日本にスパイはある」ということを主張しているのである。
  何かがおかしい。
  さて、この日本のマスコミの「中国様が言うとすべてその通りになってしまう」という行為は、そのまま「どこの国の報道機関なのか」という疑問が生まれてくる。日本の報道機関でありながら日本のことを報道せず、外国に対して抗議もしなという状況は、さすがに驚きである。
  まあ、そのような報道の「不徹底」によって、日本人が数十人拘束され、5人がスパイでも何でもないのに起訴されている状況に対して、少し考えてみる。
中国、“外交カード”として利用も… 拘束の4邦人帰国も残る2人は「スパイ容疑」と地元紙
 菅義偉官房長官は27日の記者会見で、中国の山東省と海南省で3月に拘束された日本人男性6人のうち4人が帰国したことを明らかにした。山東省で拘束された2人については中国当局に解放されたことが26日に判明していた。
 菅氏は4人の帰国の経緯などについて「中国当局とは必要な連絡を取っているが、まだ拘束されている方がいるので詳細についてのコメントは控えたい」と述べた。「政府として邦人保護は最重要の責務だ。拘束されている方の支援をしていきたい」とも語った。
 一方、千葉県船橋市の地質調査会社「日本地下探査」は27日、同日までに同社社員3人が解放され、帰国したことを確認した。全員健康状態は良好という。
 同社によると、外務省から26日夜に山東省で拘束された2人の解放、27日午前に海南省の1人が解放されたとの連絡があった。
 同社の担当者は「3人が解放されて安心したが、まだ1人が帰ってきていないので、外務省を通じて社員の解放をお願いしていきたい。全員が早く無事に帰国してほしい」と話した。
 同社の社員4人は、中国の温泉開発会社の依頼で、3月下旬から現地で専用の測定機器を使用した地質調査を行っていた。入国から数日後に連絡が取れなくなり、中国当局が「違法活動に関わった疑いがある」として4人と別の会社の社員2人の計6人を拘束していた。
 ■「スパイ容疑」と中国紙報道
 【北京=藤本欣也】中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(電子版)は27日、中国当局が拘束を続けている2人の日本人について、中国の国家機密を盗んだ重大な容疑があり、国家安全法と反スパイ法違反の疑いで取り調べを受けていると報じた。
 報道によると、2人は千葉県船橋市の「日本地下探査」と、中国遼寧省大連市の「大連和源温泉開発公司」の各責任者。「2人のノートパソコンやUSBメモリーなどから約80点の地図を含む大量の機密資料が見つかった」「過去10年間で30回以上、不法な測量活動に従事している」などと報じられた。
 中国当局は山東省と海南省で3人ずつ拘束していたが、両責任者のみ拘束を解かなかったことになる。
 今回の事件と類似性が指摘されていたのが、2010年9月、準大手ゼネコン「フジタ」(東京都渋谷区)の社員4人が河北省石家荘市で拘束された事件だ。4人は軍事管理区域に許可なく立ち入ったとして拘束された。
 このうち3人は10日後に解放されたが、もう1人は「なお取り調べが必要」(中国外務省報道官)として拘束が継続され、それから9日後に解放された。
 その際、「人質」を残すことで、先に解放された3人の口封じを狙ったとの見方も取り沙汰された。
 今回は、2人の容疑が「国家安全法と反スパイ法違反」であると初めて明らかにされ、拘束が長期化する可能性も出てきた。
 中国では2人を含め少なくとも8人の日本人がスパイ行為の疑いなどで拘束されたままだ。
 中国側が民間人拘束を“外交カード”として利用する恐れもあり、北京の日本大使館は在留邦人に「軍事施設の撮影や無許可での測量、地質調査」に関し注意を促している。
 
zakzak 20170729
http://www.zakzak.co.jp/soc/news/170728/soc1707280018-n1.html
 さて、まずはこの記事に書かれている事件に関して書いておこう。
 報道によると、2人は千葉県船橋市の「日本地下探査」と、中国遼寧省大連市の「大連和源温泉開発公司」の各責任者。「2人のノートパソコンやUSBメモリーなどから約80点の地図を含む大量の機密資料が見つかった」「過去10年間で30回以上、不法な測量活動に従事している」などと報じられた。<上記より抜粋>
  さて、共産圏の軍隊の特徴として地下に多くの施設を作る。北朝鮮の平壌なども見てわかる通りに、地下に巨大な空間があり、その空間の中に戦闘機の基地やミサイルの格納庫が存在する場合が少なくない。日本においても戦中は同じであり、現在も残っている施設としては、長野県松代市に、日本が一億層特攻になった場合の戦闘指揮所と仮皇居が存在し、それは巨大な地下壕になっていて現在でも観光客が一部を見ることができるようになっている。共産圏というよりは大陸のこれらの軍事基地に地下施設が多いのは、基本的には空襲に耐えられるということと同時に、自身が少ないということが言える。それと、「掘削する人件費が少ない」ということであり、当然に「人民解放軍」という人件費のかからない大量人員の組織が存在する共産圏にそれらの施設が多いということになる。
  さて、温泉調査となれば、当然に「水脈」を見つけなければならないので、当然に、多数の地図と、その地図から推測される水脈、そしてその水脈における掘りやすい場所ということが重要になる。これは石油の油田の掘削と同じだ。その掘削作業のための掘削地点の確認が必要なのであるが、そのためには、地価調査が必要。つまり、大量の地図と地下の調査票があったが、その中に軍事基地が含まれているということになる。
  中国の民間人が依頼しながら、このように、掘削の地価調査で人が逮捕される。これでは話にならない。その正当性を訴えるはずの日本のマスコミも役に立たず、中国様の言うことを無条件の報道しているだけなのである。
  さて、これ等が「政治カード」になると、新聞では指摘されている。逆に、そのように、言われているのであれば、「中国の投資をすべてやめる」といえばどうなるであろうか。もちろん、「中国様の言う通りスパイ行為をさせないために、日本人が中国において業務及び技術を持ち込むことを全て禁止する」と日本で法律を作ればよい。このようにすれば、焦るのは中国の方である。実際に、そのように少々過激ではあるが行うべきであり、中国に対して「中国の意向に沿う形で問題にする」ということが最も重要なのである。中国は政治的に法律を変える国であるから、そのようにすれば、中国は困りながらも日本人を開放するであろう。
  それでよいのである。
  そのような「したたかな外交」と「それをにおわせる報道」がほしいものである。

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北朝鮮が「ICBM」の実験を行った結果今後どのようになるのかというような大きな問題

北朝鮮が「ICBM」の実験を行った結果今後どのようになるのかというような大きな問題
 7月29日未明というか28日深夜というか、まあかなり微妙な時間帯に、北朝鮮がミサイルをうった。まあ、夜にミサイル発射を行うというのはかなり異例中の異例、そのうえ、今回のミサイルは移動式で、明細の車両に、道路にょこの公園のようなところから簡単に発射した感じである。日本人からすると、種子島のロケット発射センターのような、ミサイル発射台を作り、その横に三段式のロケットのようなミサイルを立てて、そして打ち上げるというようなことを予想していたかもしれないが、意外と簡単なトラックのようなものからのミサイル発射に、「あんなもんか」というような感想を持った人もいるかもしれない。
  基本的に、あの大きさで大陸間弾道弾、ICBMとして発射されるということは、つまり、それだけ核弾頭が小型化されているということであると想像される。基本的に、ミサイルの飛距離が伸びるということは、当然に、それだけ燃料が乗っているということになる。その燃料の分を差し引いて、なおかつ燃料や核弾頭の重量が重ければ、燃料をそれだけ多く必要とするということになるのであるから、燃料の分を差し引いて、映像からどれくらいの重さが乗るのかということを逆算しなければならない。そのうえで、通常爆薬で大陸間弾道弾にしても意味はないし、そのようなことを国際的に宣伝しても仕方がない。そのように考えれば、「核弾頭」が「小型化」しているということになる。
  単純に、オバマ=習近平という体制が、北朝鮮に対して直接的及び効果的な制裁ができなかったこと、そして、その間にヨーロッパやイスラム社会を中心に、北朝鮮に技術や資源を渡し続けたこと、これ等によって「小型化した核弾道ミサイルと大陸間弾道弾」ができたということになる。
  まあ、「日本は何をしていたか」といわれても、そもそも憲法9条のことがあり、そのうえ狂信的な9条信者が多数いるのだから、基本的には「そもそも防禦のための軍備を整える」というだけで、国会運営ができなくなってしまうほどである。実際に、安倍首相が憲法改正を主張した瞬間にマスコミそろってのスキャンダル報道はあまりにも気持ちが悪い。
  それだけ、日本という国の軍備はあまり好かれていないということになるのであろう。そのような中でのミサイルの発射なのである。
北朝鮮:ミサイル高度3500キロ超の「ICBM級」
「ロフテッド軌道」で発射
 政府は29日未明、北朝鮮から弾道ミサイルが日本海へ発射されたと発表した。ミサイルは28日午後11時42分ごろに同国中部から発射され、45分程度飛行し、北海道西方沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。北朝鮮が深夜にミサイルを発射するのは異例。航空機や船舶などの被害は確認されていない。
 稲田朋美前防衛相の辞任に伴い防衛相を兼務する岸田文雄外相は防衛省で記者団に「ICBM(大陸間弾道ミサイル)級」と説明。弾道ミサイルは高度3500キロを大きく超え、通常より高い高度に打ち上げる「ロフテッド軌道」で発射されたとの認識を示した。約1000キロ飛行し、北海道積丹半島の西約200キロ、奥尻島の北西約150キロのEEZ内に落下したことを明らかにした。
 北朝鮮が7月4日に発射し日米などが大陸間弾道ミサイル(ICBM)とみているミサイルは約40分間飛んだ。ロフテッド軌道で高度2500キロを大きく上回り、飛距離は約900キロだったと分析されている。今回は前回を上回る性能だった可能性がある。
 政府は29日未明、国家安全保障会議(NSC)閣僚会合を首相官邸で開き、対応を協議した。安倍晋三首相は、情報収集と分析に全力を挙げ、国民に迅速・的確な情報提供を行う▽航空機、船舶などの安全確認を徹底する▽不測の事態に備え万全の態勢を取る--の3点を政府内に指示した。
 安倍首相は首相官邸で記者団に「国際社会の強い抗議と警告を無視して、北朝鮮がまたも弾道ミサイル発射を強行し、わが国のEEZ内に着弾させた。先般のICBM級ミサイル発射に続き、わが国の安全に対する脅威が重大かつ現実のものとなったことを明確に示すものだ」と語った。
 政府は直ちに外交ルートを通じて北朝鮮に抗議した。首相は「北朝鮮に対し厳重に抗議し、最も強い言葉で非難する。北朝鮮がこのような挑発行動を続ける限り、米国、韓国をはじめ中国、ロシアなど国際社会と緊密に連携し、さらに圧力を強化していくほかない。さらなる北朝鮮による挑発行為の可能性も十分に考えられる。強固な日米同盟のもと、高度な警戒態勢を維持し、国民の安全確保に万全を期す」と述べた。
 ミサイルが複数発射されたとの情報もある。緊急に記者会見した菅義偉官房長官は「さまざまな情報を専門的に分析する必要がある。引き続き米国や韓国と緊密に連携し、情報の収集・分析に努める」と語った。【木下訓明】
 
毎日新聞 20170729
https://mainichi.jp/articles/20170729/k00/00m/010/174000c
 さて、まずお決まりの言葉を出してゆくことにしよう。日本の左翼は「戦争反対」「原発反対」と言いながら、なぜ北朝鮮に対しては抗議をしないのであろうか。同時に、なぜ、そのことに関して日本のマスコミは全く報道をしないのであろうか。東京にある朝鮮総連の前や、各地にある朝鮮高校の前に行って、「戦争反対」「ミサイル配備反対」「原子力反対」の講義を行わないのは、あまりにも不自然である。安倍首相が日本国内で平和利用のために原子力発電所を運営することは反対し、明らかにというか、北朝鮮も公共放送において核ミサイルであるということを公言いているのに、それには反対をしないのはなぜなのか。日本のこれらの人々、つまり「戦争反対を主張している人々」「原発反対を主張している人々」「軍備反対を主張している人々」の主張の「二重基準」には、さすがに呆れてしまう。この矛盾をなぜ、だれも何も言わないのであろうか。ネットの中で散見するくらいで、マスコミなどでは全く言わない。これらの日本の「二重基準左翼」の存在が、世界平和を著しく損なっていることはわからないのであろうか。
  そもそも「二重基準」であるということは、「法律や分配の執行も二重基準で行われる」ということであり、単純に「平和的平等」は存在し無いということを体現しているのであるから、その時点でおかしいということになるのである。
  さて、これだけ書いたうえで喜多町円のミサイルに対して、ここまで来てしまうと「戦って亡ぼすしかない」ということになる。問題は「誰が」「いつ」ということになる。そして、もう一つは「北朝鮮の見方をするのは誰か」ということになる。韓国の文在寅は、この状態においてまだ北朝鮮を庇って対話を重視する姿勢を示すのか、また中国は、トランプ大統領と習近平の首脳会談で約束したにもかかわらず、結局、何もできなかったということなのか、ということになるのである。
  このような中、アメリカは爆撃機を派遣し、イギリスは南シナ海に空母を派遣することを決めた。まさに、英米を中心にした北朝鮮制圧軍ができたということになるのである。
  後はいつということであるが、それはさすがに今ではわからない。結局外交関係に注目することと、日本にそれだけの情報を取り仕切る部署がないということに非常に強い危機感を感じるのである。
 

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女性進出というけれど政治の世界では女性の辞任が大きく報じられるということはなぜ起きているのか

女性進出というけれど政治の世界では女性の辞任が大きく報じられるということはなぜ起きているのか
 男女平等ということが我て久しい。しかし、何度聞いても「男女は平等ではない」と思ってしまうことが少なくない。本来「男女」というのは、「違うことを認め合う」ことが筆意用であって、「平等な扱いをすること」が良いこととは思わないのであるがいかがであろうか。
  さて、政治の世界では、一つの要望として「日本を背負える人」つまり「有能な人材」が政治恩世界で活躍してほしいということが、国民の願いであって、そのことに関して「男性だから」「女性だから」というような性別は一切関係ないのではないかというような気がしてならない。勿論、「性別に関係すること」が必要な大臣などであれば、女性特有の意見を聞かなければならないと異様なことがあるのかもしれない。しかし、大体の場合、政治が国民に対して平等であるという以上、制作に関しても、そのほとんどは男女という性別には関係がないというのが本来の姿ではないのか。
  子宮頸がんワクチンに関しては、確かに女性だけかなというような気がしないでもないが、しかし、そもそも少子化という政策課題であれば、男性も女性も双方がいなければ子供はできないし、また、子供を育てるのも男親と女親が必要ではないか。そのように考えれば「共同で行う」という「家族の姿」をしっかりと作り出すことが重要なのである。
  何も女性を差別するというのでは名k、「男性と女性は違う」ということをしっかりと人間全体が認識するということが必要なのではないかという気がしてならないのである。
  それにもかかわらず、政治の世界では、なぜか、「女性の議員の割合」とか「女性の大臣の割合」というようなことがいわれ、安倍内閣になってからは「女性大臣枠」というものがあるかのように言われているのである。
  もう一度言う。国民は、「有能ではないが女性」と「適性を持った男性」では、当然に適性を持った男性の起用を望んでいるのである。しかし、「女性の登用が少ない」などのことを言うマスコミがあり、単純に性別で大臣の割合などを分ける。そのこと自体がナンセンスである。
  その結果が、これである。
  先週、民進党の蓮舫代表、そして稲田朋美防衛大臣、双方女性の政治家がその役職を辞任した。まあ、ある意味で「女性枠」という感じで上がったり、「女性だから人気がある」というような感じではないか。そのことで本質が見てしまっての終わり方であったかのように見える。
【蓮舫代表辞意】「なぜ今か」「投げ出した印象…」 関西の民進党関係者、嘆きと憤り
 民進党の蓮舫代表が27日午後の記者会見で、代表を辞任する意向を表明した。
 「いったん引いて新しい執行部に率いてもらうのが最善だと考えた。東京都議選を通じて自身の足らざる部分に気付いた。統率する力が私には不足していた」。蓮舫氏は辞任の理由についてこう述べたが、突然の辞意表明に、関西の同党関係者からは嘆きや憤りの声が漏れた。
 「与党がこれだけ追い込まれている状況で『なぜ今なのか』という気持ちはある」。民進党大阪府連の木畑匡(きばた・ただし)幹事長は、党トップの辞意表明に対する受け止めを語るとともに、「蓮舫さんは特攻隊長として切り込む強さはあったが、党運営に深く関わってきた人ではなく、その点で苦戦されたのでは」と分析した。
 30日には大阪市内で大阪府連の定期大会が開かれ、蓮舫氏も出席する予定になっている。「まさに寝耳に水。どうなっているのか」。別の府連幹部は驚きを隠さず、「体制を一新すると思っていただけに、投げ出したような印象を与えかねない」と嘆いた。
 自民党と日本維新の会がにらみ合う大阪で、民進党は前身の民主党として臨んだ平成26年の衆院選で5人しか候補を擁立できず、小選挙区での勝利は1人。昨夏の参院選でも現職が落選するなど党勢の落ち込みが激しい。
 「大阪が全国で一番厳しい状況であることに変わりはない」。木畑氏は、新執行部に対して「日々汗をかいている地方議員が戦いやすい環境をつくってもらいたい」と注文をつけた。
 一方、民進党京都府連の隠塚(おんづか)功幹事長は「党内外から『解党的出直しを』との指摘もあった中で、執行部刷新だけでは収まりきらなかったのだろう」と推察。ただ、この時期の辞任については「加計(学園)問題など重大な問題が山積し、攻めている状況の中で足元が揺らいでいるのはどうか」と苦言を呈した。
 また、民進党兵庫県連の向山(むこやま)好一幹事長も「政権の支持率が急落している中で党勢を強めていかなければならないときに、党本部がバタバタしてもらっては困る」と憤った。
 
2017年7月27日 21時17分 産経新聞
http://news.livedoor.com/article/detail/13395664/
「辞任は当然」「遅い」=稲田防衛相に厳しい声
 稲田朋美防衛相の突然の辞意が伝えられた27日夜。JR新宿駅(東京都新宿区)近くでは、「辞任は当然」との声が上がった。帰宅途中の会社員栗村悟さん(53)は「都議選の応援演説や森友問題での失言などトラブル続きで信用を失っていた。辞任は遅いぐらいだ」と強調。「これだけ批判が出ているにもかかわらず、内閣として早めに手を打たなかったことが支持率低下に表れているのでは」と突き放した。
 会社員小杉夏美さん(39)は「発言内容が変わったりして、大臣の責任を感じられない。辞めるのは仕方がない」。女性活躍を掲げる安倍内閣の看板大臣の辞意に、「女性政治家全体のイメージまで下がらないといいが」と不安を口にした。
 仕事を終えたサラリーマンらでにぎわうJR新橋駅(同港区)前では、稲田氏の辞意を知らせる新聞の号外が配られた。
 知人と待ち合わせをしていた千葉市の男性会社員(34)は「メディアに出る姿がうそくさかった」と厳しいコメント。台東区に住む寺門邦次さん(75)は、都議選での失言を念頭に「法律を守ることが原則なのに、基本的なことが欠けている」とあきれた様子だった。 
2017年07月27日 22時18分 時事通信
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12145-2017072701318/
 順番に行こう。そもそも稲田防衛大臣に関しては、大臣という職務と稲田議員の徳分野が合致しているのかということが大きな問題だ。稲田大臣は、「一言居士」的に物事をズバズバ話し、そのうえで、自民党が野党の時の「攻撃力」には定評がある。野党から与党に対して門を言う場合には「あるべキ論」つまり「理想論」を話せばよいのであって、基本的に「妥協論」や「調整論」はいらない。しかし大臣というのはいろいろな考え方をする、官僚という名の部下が必要なのであり、その意味において「理想論」だけで物事を進めることはできないのである。特に防衛大臣のように「制服組」と「背広組」があり、その調整役も兼務しなければならない大臣職の場合に「理想論での攻撃型」大臣ではうまくゆくはずがない。特に、稲田大臣は、「防御」と「マネジメント」は不得意である。そのことは、当然に、理想論が頭の中にあり攻撃型である人の特徴であるといえる。そのような人物が大臣では、さまざまな不協和音が出てきてしまうのではないか。
  蓮舫も同様である。勿論、蓮舫の場合は「野党の代表」であることから、当然に、「理想論」「攻撃型」でも問題はない。しかし「攻撃型」であるとしても党内のマネジメントは必要であるし、また、理想を調整しなければならないということになる。もっと単純に言えば、「攻撃」にも様々あり「戦略型」「将軍型」「切り込み隊長型」とあるが、その中で「切り込み隊長型」が、戦闘にたってしまってはついてゆけない人がたくさん出てきてしまう。そのように考えれば、当然に現在の党内がうまく進むはずがない。多少切り込み隊長として目立っても、それが大将になれる器ではないということが十分に言えるのである。
  ではなぜこのような人選ができてしまったのか。一つには「テレビ的な人選」つまり、「メディアで目立つこと」が重要視されてしまう。その場合は切り込み隊長のように、まっすぐあるべき論で物事を話す人が、最も注目されてしまい、その人のマネジメント能力などが全く無視されてしまうということになるのである。そのうえで、メディアが持ち上げてしまうので、多くの国民も「他の能力があるかのように錯覚する」ということになる。場合によっては「多くの国民」だけではなく「本人」も錯覚してしまう可能性があるのである。これでは話にならない。
  そのうえで「女性」ということを強調し、「女性初の」などというような話をさまざまに出してくれば、このような状況になってしまうのである。結局メディア酔って踊らされて、そのまま「飽きたから切られる」というような状況になってしまっている。
  さて、今回あえて言いたいのは「このようなメディアに乗せられている間は、女性のトップはあり得ない」つまり、「女性と男性が平等にはならない」ということではないか。女性だからということではなく、是非大臣や代表の地位を男女関係なく実力で勝ち取ってもらいたいものである。そもそも「女性枠」などといわれまたは「女性初」などといわれて喜んでいるようではだめで、女性初といわれて「女性扱いをするな」と怒るような人でなければうまくゆかないのではないか。
  社会や、会社の政界ではなく、あえて政治の世界では、国民の生活が懸かっているだけに、「国民の負託にこたえられる人」を人選してもらいたいものである。

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