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【土曜日のエロ】 市営のヌード専用エリアを作る「芸術の都」パリの変態性と開放性

【土曜日のエロ】 市営のヌード専用エリアを作る「芸術の都」パリの変態性と開放性
 毎週おなじみの土曜日のエロである。今日は「ヌード」ということに関して考えてみたい。単純に「ヌード」「裸」というと「いやらしい」「エロ」ということを考える人も少なくないが、一方で「秘密を持った人を裸にする」など「公開する」という意味にも使えるし「たくましい裸」というように「健康的」というような感覚もある。一方で「解放感」などということを言う人も少なくない。単純に、本来「エロ」とはシチュエーションやそのほかのムード・雰囲気というところを加味して判断されるが、単純に「ヌード」という単語を聞いただけですぐに「エロ」というように結びつけるのは、「そのように発想する人おの者がエロ」なのではないか、という気がしてならない。基本的に「同じ単語からん兄を発想するか」ということは、そのままその人の人格によって決定されるものである。
  では「裸の人間を見た時はどうか」ということになろうとどうであろうか
  これもまたシチュエーションによる。例えば「ミロのヴィーナス」を見てエロティシイズムを感じる人よりも芸術性を感じる人の方が多いというのは、普通の話ではないか。単純にエロティシズムと芸術ということに関してはどのような関係性にあるのかはよくわからないが、いずれにせよ、「ヌード」という語感とは違って、「見る」というのは「視覚」であって、言葉からのイメージ以上にほかの内容が出てくるということになる。当然に、自分かあみて異性の裸がそこにあった場合は、語感以上に目が行ってしまうしイメージが膨らんでしまうことになる。
  人間というのは、感覚において「五感」が存在し、その五感のなるべく多くの感覚が伝わると、イメージが徐々に固まってくるということになる。そのイメージから妄想が膨らむということになるのであり、その妄想の動きは、基本的には自分では止められない部分がある。妄想というのは「意識」とは違う事件で始まる者であって、「自動」で動かされるものであるから、そのことを抑えるのはかなり難しい。そのために、「見る」という「視覚」に基づくイメージが出てきた場合は、基本的には「見ない」という方向、つまり目をつぶるとか目をそらすというような形に動いてゆくことになるのである。
  さて、そのような状況の場所が「公園」にあった場合はどのようになるのであろうか。その「壮大な実験」をパリは行うというのである。
パリの公園に「ヌード専用ゾーン」 市が実験的にオープン
フランスのパリ市が、市営公園「ボワ・ド・ヴァンセンヌ」の一部を実験的に「ヌーディストエリア」として開放した。CNNなどが伝えた。
10日15日まで、公園内のサッカー場ほどの広さの専用スペースで裸になることが許されるが、パリ市は「露出狂や覗き見などは禁止する」としている。
BBCによると、パリ副市長は「これは、パリ市民の公共の場を、前向きでオープンに活用していくためのビジョンの一部です」と語った。
敷地には、「ヌーディストやナチュラリストのための場所です」と書いた看板が置かれる。周辺に生息する野鳥の保護などに配慮し、8時から19時半までオープンするという。
フランス国内には元々、海外から200万人が訪れるヌーディストビーチがあり、パリ市内にもヌーディスト用の場所を設けるべきだという議論が以前から続いていた。
BBCによると、自然主義者にとっては前向きな朗報である一方で、批判的な意見もあると指摘している。
2016年9月にこの計画の実施が最初に発表された際には、中道派の政治家から「狂ってる」という発言もあったという。
HuffPost Japan - Athena2 - Smartnews 20170901
http://www.huffingtonpost.jp/2017/09/01/paris-public-park-opens-experimental-nudist-zone_a_23193134/
 基本的んくだらない記事であると思う。まあ、シチュエーションとしては、「日比谷公園のど真ん中にヌーディストやナチュラリストのための場所ができた」ということになる。まあ、そのことをもってパリの市長がヌードになってそこに座るということはないであろう。日比谷公園で同じものができて小池百合子東京都知事がヌードになってそこに寝ていたとしても、あまり見たいとは思わないのは私だけであろうか。
  まあ、そのような個別の話は別にして、この記事で興味があるんオは二つである。
  先ず「露出狂や覗き見などは禁止する」という禁止事項。よくよく考えて「のぞき見の禁止」は何となくわかる気がする。しかし、「露出狂の禁止」というのはいったいどのようになるのであろうか。
  単純に「ヌーディスト」と「露出狂」の差はいったい何なのか、この辺が全く分からないということになるのではないか。基本的に、街中で裸になるというのは露出であり、それを「許可されたところ」で行うのが「ヌード」であるというような定義である場合、その公園内でヌードになった場合は「露出狂」とはならないはずである。逆に、その露出狂であっても、おとなしくその中でヌードになっているのであれば、何の問題もないということになる。もっと単純に言えば「女性の裸を見ることが目当て」で来る人が最も問題なのであり、なおかつ「盗撮」のように公園内で写真などを取られることは、公園としても最も困るはずであろう。逆に、「普通に来た人が露出狂かどうか」ということはわからな。その見分けもつかない状態において「露出狂禁止」を出すこと自体が何の問題なのかということになるのではないか。単純に「露出狂」という人々の何らかリストでもあるのかということが最も気になるところである。
  一方、もう一つのところは中道派の政治家から「狂ってる」という発言<上記より抜粋>であろう。
  普段、人権とばかり言っている人々が、いつの間にか、「自然愛好家」や「ヌード主義」の人の人権を批判するというのも面白い話だ。人権を重視しながら、なぜこれがいけないのか。まったくわからない。この話の最も面白いところではないか。中道左派、つまり、左翼主義者は当然に人権派であるにも関わらず、ヌーディストが合法的にヌードになるということを反対しているという「矛盾した政治主張」はなかなか興味深い、フランスの左翼主義者も「何でも反対する」のか、あるいは「別な理由」があるのか、この記事だけでは不明であるが、なかなか興味深いところである。
  最後に「日本でこれを行ったらどうなるか」ということを考えてみたい。日本の場合「ヌーディストコーナー」などはなくても、「混浴風呂」という素晴らしいところがあり、そこをもっと活用してはいかがか。昼に混浴風呂に入るというのはなかなか良いのではないか。フランスのパリに行って、日本の混浴温泉の宣伝をすれば、かなりヌーディストが集まるし、観光収入もあるのではないか?ちょっとそんなことを考えてしまうの。

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