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関東大震災の慰霊の日に朝鮮人の追悼を求める動きについての個人的一考

関東大震災の慰霊の日に朝鮮人の追悼を求める動きについての個人的一考
 今週はこのことも書かなければならないのかと思っている。まあ、日本の「人権」ということに関しても何を考えているのか全く分からなくなってきている。人権といえばウソでも何でも誤ればよいというような話ではない。政府が何をすべきか、政府というものはいったい何なのか、そのことからしっかりと関上げなおすべき出会って、そのことも何もわかっていない、単なる「土下座外交」ならぬ「土下座政治」を繰り返すことを強要することは、いい加減に避けるべきではないかという気がしなければならない。
 さて、この問題に関しては「朝鮮人だから」というようなことを抜きにして次の話を考えてみる。
 まずは「地震時のデマ」ということであろう。次に「虐殺」ということ、そして「現在の政府が謝罪をするということの是非」ということである。
 まず、前半のところでは、「地震時のデマ」ということを考えてみよう。私自身、阪神大震災を西宮で経験している。あの時の思い出から考えれば、まず「混乱状態」においては基本的にデマが流れる。まず「デマ」といううのは最も問題なのは「デマを流した本人が出間であるとは思っていない」ということが大きな問題であり、そのことが誤解や何らかの内容として問題が出てきている露いうことになる。阪神大清さの時も、「大阪に核ミサイルが落ちた」とか、「近くの工場でがすばくはつがおきた」などのデマが簡単に流れたのを思い出す。人間はある一定以上の想定外事項にあり、なおかつ正確な情報が存在し無い状況において、「それらしい想像の話を真実と思いこむ」習性があるのだ。実際に刃「真実と思いこむことで安心する」とか「思い込む人を仲間として仲間づくりをすることで安心する」というような習性があるのだ。その習性がある以上「混乱期のデマ」は必ず存在する。そのデマの責任は存在し無いのであり、それは日本人だからとか、朝鮮人の差別があるからというものではない。そのようなことを言っていても意味がないのである。実際に韓国人や中国人が、混乱状態の時に出間などを流さなかったのか、あるいは、デマで日本人を殺さなかったのかということもあり得ない。戦後の混乱期に、混乱に乗じて殺された日本人が何人いたであろうか。その謝罪や追悼文などはついぞ聞いたことがない。
 つまり、人間が人間である以上、混乱期には、必ずデマというか根拠のない話があり、それをもとによりどころとするものである。
 では、なぜ「朝鮮人が毒を入れる」などの、デマが流れるのか。これは単純にそれまでに当時の朝鮮人が地元の人との間に問題があったということになる。差別があるとすれば、自身の時の問題ではなくそれ以前の問題である。
関東大震災「慰霊の日」、騒然 朝鮮人ら追悼式典と疑義を唱える慰霊祭
 関東大震災の犠牲者を悼む東京都慰霊協会主催の大法要が1日に営まれた東京都立横網町公園(墨田区)。公園内では同じ時間帯に、震災時に「虐殺」されたとする朝鮮人らを追悼する式典や、その犠牲者数に疑義を唱える団体の慰霊祭も行われた。警察官や都庁職員らが厳重警戒する中、小競り合いが散発し、「慰霊の日」の公園内は騒然とした空気に包まれた。
 日朝協会など複数の団体で構成される実行委員会主催の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」では、関東大震災で犠牲となったとされる朝鮮人らに鎮魂の舞や、黙祷(もくとう)がささげられた。
 追悼式をめぐっては、これまでの歴代都知事が追悼文を送っていたのに対し、小池百合子都知事や山本亨墨田区長が今年から追悼文の送付を取りやめた経緯がある。小池氏は「今回は全ての方々への法要を行っていきたいという意味から、特別な形での追悼文提出は控えさせていただいた」と説明している。
 式典のあいさつや哀悼の辞では、小池氏らの追悼文送付取りやめに対し、「到底容認できない。流言飛語で命を奪われた犠牲者や遺族に寄り添う姿勢がまったく見受けられない」として批判の言葉が述べられた。
 実行委員長の宮川泰彦氏は式典後に会見し、小池氏が追悼文の送付を取りやめたことについて「知事の姿勢としていかがなものか。非常に残念」と語った。
 一方、公園内の数十メートル離れた場所では、女性団体「そよ風」が慰霊祭を初めて開催した。慰霊祭で鈴木由喜子代表は、震災の犠牲者を慰霊するとともに、「生き残った人々は虐殺の加害者とされ誹謗(ひぼう)中傷を受けた。父祖の名誉回復に努める」と趣旨を説明。読経や焼香、黙祷が行われた。
 小池氏の追悼文送付取りやめに対しては、「追悼文を送れば、(追悼式典側が主張している)6000人の虐殺を公の機関が認めることになる。ありがたく思っている」と評価した。
 公園内は警視庁の警察官や都職員らが厳重警戒。慰霊祭の開始前には、主張が異なる男性らと警察官がもみ合いになる騒ぎが起きるなど、会場が騒然となる場面もあった。
産経ニュース 20170901
http://www.sankei.com/life/news/170901/lif1709010035-n1.html
 さて残りの二つの話を見てみよう。まずは「虐殺」ということである。「虐殺」とは、「むごたらしい方法で殺すこと」というような定義になっている。では、実際に「震災の混乱で死んだ場合」は、「むごたらしい」といえるのだろうか。実際に、震災後に虐殺されるというのは、それ以前に何らかの行動をしてるはずである。単純に言えば、震災後または震災後の混乱期に、「略奪」などをしていれば、当然に、制裁されるしまた、普段からそのような行為をしていれば、当然に隔離されるということになる。普段ならば許せることであっても、震災後の混乱期、というよりは物資がないところでは、水一杯、おにぎり一つでもけんかになる。その中で「自分のことしか考えない」というような行為をすれば、いったいどうなるのであろうか。それこそ「虐殺」ではなく「制裁」されて当然なのである。それは「行為」に対して行われるものであり、朝鮮人であるからといってされるものではないということになる。
 基本的にこれらは混乱期では当然のことであり、あってはならないことであはあるが、しかし、逆に相手が日本人であっても魂胆気に起こりうる話であるといえる。
 そして最後に「現在の行政が謝罪の必要があるか」ということである。
 単純に、そもそも「混乱期の犯罪」それも「個人の犯罪行為」に対して、行政が謝罪をするということはありうるであろうか。「哀悼の意を表す」くらいはある。例えば、大韓航空機の墜落やアシアナ航空機の墜落事故について、あくまでも爆破事故ではなく墜落の方で、その事件が起きて何年も経ってからいまだに追悼の言葉を出すような国があるだろうか。基本的には存在し無い。日本はいつまでそのようなことをするのであろうか。基本的に「組織的な虐殺があった」というような証拠もないのである。何をいまさら言っているのかよくわからない。
 このように考えると、「なぜ100年以上たった今追悼文が必要なのか」ということもわからないのである。一つにはいまだに「謝罪」から「賠償金」という賠償金ビジネスをしているということ、そしてもう一つは「甘粕事件」というように、この混乱期に大杉栄など左翼主義者が殺されており、その左翼主義者も「被害者」としていられることがこれら『同法被害者意識』と作らせているのである。このような「左翼と朝鮮人」ということが結びつくことにな照ってきているということが最も興味深いのではないか。

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