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マスコミ批判に関する一考(369) 新内閣の顔ぶれも紹介しない朝日新聞の「非常識

マスコミ批判に関する一考(369) 新内閣の顔ぶれも紹介しない朝日新聞の「非常識」
 「毎回恒例である」ということが、そのまま継続しなければならないということではない。そのために、悪しき因習などは、すべて排除しなければならないのではないという人は少なくない。しかし、その「恒例」というのは、基本的には、「何らかの必要性」があったり、あるいは「継続すること」の意義が存在するものである。これ等の内容というのは、ある一面から見れば、不要とか邪魔でしかない因習でも、他の角度から見れば必要出るというようなものも少なくない。日本のマスコミや野党は、その「一面からしか見ないで物事を批判する」ことしかできない場合が少なくなく、全体を見ながらしっかりと全体のバランスをとって物事を見ることができない人々が少なくない。
  その最たるものが朝日新聞である。
  そもそも、政治に「感情」を挟むこと自体がおかしい。感情的に許せに合ことであっても、政治、または国益にかなっているのであれば、そのことに賛同の意を表するべきである。特に個人的な好き嫌いなどは関係なく、本来であれば政策でしっかりと判断しなければならないことが少なくないのではないか。また、新聞などの報道の立場にいるものは、そのような、政策重視の考え方を広めなければならないのであって、政局中心であったり、あるいは、個人的なスキ嫌いなどを語る場面を公共の紙面で使うべきではないのではないか。
  しかし、残念ながら朝日新聞・毎日新聞・東京新聞・中日新聞はそれらができない新聞のようである。「安倍政治を許さない」というような話があるが、では「安倍政治」とは何か、または、「その政治による必要性と不溶性の検証ができているのか」と意ことになる。基本的に「そのようなもの」というような曖昧な内容しかできないのであって、しっかりと知っ定義ができるわけではない。
  さて、「しっかりとした政策的な批判」を行うということは、記者や会社そのものにかなりの取材力と勉強が必要なのである。ネットで取材している「つもり」になってしまい、結局自分で足を動かさないということ、また、失礼な質問しかしないで関係者とのコミュニケーションができず、そのことで、事実を知ることもできない人々が記者などやっても意味がないのである。
  さて、その取材のできない朝日新聞は、とうとう「新内閣の顔ぶれ」までやめてしまったのである。
恒例「新内閣の顔ぶれ」朝日新聞だけ...? 1日夕刊、他紙とある「違い」が
 第4次安倍内閣の正式発足を直前に控えて大手紙各紙の夕刊が、内閣の顔ぶれを写真付きで報じた。朝日新聞を除いて――
 新内閣が発足する際の新聞お決まりの「内閣の顔写真付き一覧」。新内閣は、直前の第3次安倍・第3次改造内閣の全閣僚が再任するため、新味はない。とはいえ、「主要メンバーの表すらないのは珍しい」(大手紙編集幹部OB)という声も出ている。
   読売と日経は1面トップで
 2017年11月1日、大手紙の各夕刊(東京最終版、以下同)は、同日夜に第4次安倍内閣が、前内閣の全閣僚を再任して発足すると報じた。特別国会の会期についても、合わせて記事や見出しにしている。
 読売新聞は、1面トップで伝え、顔ぶれ表も「2列4段」で載せた。日経新聞も1面トップで、表は「2列8段」と、1面を大きく占める大きさで掲載。毎日新聞の表は、1面カタ(第2項目)の位置で、「1列8段」だった。産経新聞は、東京本社版では夕刊は発行していない。
 一方、朝日新聞1面には、顔ぶれ表は載っていない。社会面も2面(総合面)も含め、(1日付朝刊にも)掲載はなかった。特別国会の会期の話と新内閣発足の記事は1面の第3項目扱いで、内閣記事の見出しは「第4次安倍内閣発足へ 全閣僚再任方針」と、3段だった。
 全閣僚再任のため、新しい顔ぶれもなく、また正式発足前の段階でもあり、朝日新聞が顔ぶれ表を夕刊段階で掲載する必要がないと判断したとしても不思議ではなさそうだが、J-CASTニュース編集部の1日の取材に対し、ある大手紙編集幹部OBは「主要メンバーの顔つき表すら載せないのは珍しい」と話した。
 朝日新聞と安倍首相をめぐっては、たとえば産経新聞(ネット版)が「『安倍大嫌い』と延々と書く朝日新聞」(10月30日)というコラム記事を配信するなど、特別な関係とみる向きもある。
 朝日新聞の11月1日夕刊には他に、トップでニューヨークでのテロ事件、カタ(第2項目)で座間9遺体事件の続報を報じていた。
2017年11月1日 19時56分 J-CASTニュース
http://news.livedoor.com/article/detail/13833120/
 さて、そもそも「新大臣の顔ぶれ」はなぜ掲載が必要なのであろうか。
  基本的に、大臣というのは「行政府の各分野のトップ」である。もちろん、行政府の長は内閣総理大臣ではあるものの、その内閣総理大臣が一人ですべての仕事をこなせるわけではない。そこで、各分野に分けてそこに担当大臣を置き、内陣による会議、つまり閣議によって、行政の行う方向性などを決めるということになるのである。
  要するに「新大臣の顔ぶれ」は、三権分立の中の「行政府の主要メンバー」の掲載であり、日本国憲法の三権分立の中において行政府がどのような構成になっているかということを示すものであるといえる。この行政府が政治を行いそしてその政治に対して責任を負う。ちなみに、大臣は、日本国憲法において規定されている通りに、「日本国民」に足してではなく「国会」に対して責任を負うことになってるのであり、一部マスコミの「知る権利」などと騒いだり、あるいは「政治家とマスコミがガチンコでぶつかる」などというような、不勉強な新聞記者がいるが、本来「国民」や「マスコミ」に対して責任を負う存在ではないのであり、そのような「ぶつかる」こと自体がおかしいのである。それならば国会議員に対して、国会にどのような責任を負わせるのかを聞いたほうがはるかに「憲法を守る姿勢」になっているはずである。「護憲」をいっている人ほど、「憲法の規定を無視して、勝手な解釈を行う」傾向が強い日本のマスコミにおいては、本当に取材姿勢や取材先などまったく不勉強で会いr少し誰かに反論をされれば、まったく話にならなくなってしまうのである。
 新内閣が発足する際の新聞お決まりの「内閣の顔写真付き一覧」。新内閣は、直前の第3次安倍・第3次改造内閣の全閣僚が再任するため、新味はない。とはいえ、「主要メンバーの表すらないのは珍しい」(大手紙編集幹部OB)という声も出ている。<上記より抜粋>
  珍しいというよりは、少なくとも三権分立の行政府のメンバーを国民に知らせる「報道機関としての義務」を完全に、無視したのが朝日新聞である。
  このような内容が「新聞」といえるだろうか。

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