« <現代陰謀説>ヨーロッパで忌避され始めた「政治的影響力」を含めた「習近平の一帯一路」のコミンテルンの幻影 | トップページ | 【有料メルマガのご案内】 「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」 第21話 果てしなく民意から遠い日本の「野党」という「抵抗勢力」でしかない集団の研究 5 民主党による政権交代選挙の「功」と「罪」 »

【土曜日のエロ】 「寒いのに露出しすぎ」といわれても反論をする「ファッション性」から見る「エロのファッション性」

【土曜日のエロ】 「寒いのに露出しすぎ」といわれても反論をする「ファッション性」から見る「エロのファッション性」
 土曜日のエロの日である。まあ、なんというか、毎週このブログを書くことを非常に楽しみにしているものであり、その時のネタをどのように選ぶのかということが一つの大きな問題になっている。
  さて、今日のエロは女性の露出についてである。女性の露出は「どこまでがファッション」で「どこからがエロ」なのか、ということはかなり大きな問題になる。そもそも、ヌードという状態を「芸術」または「ファッション」と位置付ける人も少なくないわけであり、またちょっと露出しているだけでも「エロ」を感じる人もいる。ここで出す話ではないかもしれないが、イスラム教のかなり戒律に厳しいところでは、女性の体のラインが、服の上から見えれば当然のこと、髪が見えたりあるは目以外の場所の肌が見えるだけで「エロ」を感じるということになっている。エロを感じるので、当然に宗教の悟りに邪魔になる。そこで宗教的に戒律を守って、女性は肌と紙を隠さなければならないし、また、男性と女性が同じ部屋に二人でいることを禁じている。これは、エレベーターの中なども入るということから、かなり厳格な内容になっているのである。
  このように考えた場合「何がエロで何がエロくないのか」ということにかんして考えてしまうと、なかなか前に進まなくなる。究極的に「エロ」とは「エロを感じるかどうかの社会的通念とそれに基づく主観によって決められる」と考えた方がよく、本人がエロくないと思てちても、見る側の主観によってエロかエロでないかが勝手に評価されてしまうということになるのである。これが「イスラム教」などの場合は、ある程度社会通念になっているし、また、日本の場合は「性器を露出した場合」というように法律や判例で出ているので、ある程度客観的にできることがあるが、「官能表現」特に「社会通念上性的な興奮を与えると判断される」となると、「だれが判断するのか」「これくらいで性的な興奮を感じるのか」など、そもそも「社会通念とは何か」というように、様々に物事が出てきてしまい、そのために、なにが問題で何が問題ではないのか、客観的に知ることはできないということになるのである。
  私は何度もこの連載だけではなく、ブログ全体で言っているのであるが、「主観によって処分をするかしないかということを判断することの危険性」を訴えているのである。つまり、「主観が食い違った場合の判断をどのようにするのか」ということが全く不明であり、そのことが見えていないということになってしまうのである。
  その「朱間の食い違いが現れた」事例が今回の記事になるのではないだろうか。
「寒いのに露出しすぎ」と嘲笑された愛され女優の反論がまさに正論
 気候にそぐわない服装で公の場に登場したことで難癖をつけられた女優のジェニファー・ローレンスが反論。「確かに」と頷きたくなる彼女の意見とは?
寒空の下、露出度高め
 最高気温が10℃を下まわるイギリス・ロンドンの寒空の下で行われた新作映画『レッド・スパロー』のフォトコールに、露出度の高いドレスで登場したジェニファー。このことがキッカケで、世間の一部の人々から「寒いのに露出しすぎ」と嘲笑されてしまった。
 ほかの男性共演者や監督らがニットやウールのコートなどを着込んで寒さをしのぐなか、ジェニファーは、有名ブランド、ヴェルサーチ(Versace)の胸元がざっくりと開き、深いスリットから脚が露わになったセクシーな黒いドレスを着用。
 同イベントが風が吹きすさぶホテルの屋上で行われたことを考えると、確かにものすごく寒そう…。
  ジェニファーの反論
 普段はあまりSNS上で発言しない彼女だが、世間からの批判に相当立腹したのか、フェイスブックを通じてこの件に反論。
 ジェニファーは、彼女の服装のチョイスを嘲笑する人たちに対し、彼女らしいユーモアも交えつつ、こんな言葉を返した。
 ワオ、この『ジェニファー・ローレンス、寒い中露出しすぎ議論』に関しては、どこから始めたらいいかもわからないくらいね。この議論は完全に馬鹿げているし、気分を害されたわ。
 あのヴェルサーチのドレスは素晴らしい1着だった。あんなゴージャスなドレスを、私がコートやスカーフなんかで隠すと思う? 
 私が屋外にいたのはほんの5分くらい。でも、あのドレスのためだったら雪の中に立ったっていい。だって私はファッションを愛しているし、あれは私自身の選択だったんだから。
 さらにジェニファーは、自分が何を着るかということよりも、もっと話題にすべきことがあるとしながら、こう呼びかけ。
 こんな議論は性差別的だわ。馬鹿げてるし、フェミニズムとは呼べない。
 私の服装のチョイスについても然り、誰かの言動や行動に、いちいち波風を立てて、さして問題ではないことを大袈裟に騒ぎ立てることは、私たちの社会にとって進歩とは呼べないはず。こんな議論は、本当に話し合わなくてはいけない問題に集中する邪魔になってる。
 しっかりして、みんな。私が着ている物はすべて、自分の意思で選んでるの。寒かろうとなんだろうと、全部、私自身の選択よ! 
 フロントロウが確認したところ、記念撮影の合間に確かに寒そうな仕草を見せていたジェニファー。それでも、上着を羽織らず、お気に入りのドレスでカメラ前に立ち続けた彼女のオシャレ魂には感服。
フロントロウ 20180222
http://front-row.jp/_ct/17149279
 「露出が多い」ということと「エロ」ということは必ずしも一致するものではない。単純に女性のビキニの水着がエロいのかといわれれば、ミスコンテストのすべてがエロくなってしまうことになる。そのように考えれば、「自分の意思かどうか」ということと、「それをもともと性的興奮を得る目的でそのような形にしたかどうか」ということが大きな問題になるのである。
  さて、上記の記事、実際に、記事を見ていただければわかる通り、確かに周囲の男性はコートなどを羽織っているにもかかわらず、ジェニファー自身は露出の多い服を着ている。逆に、周囲が厚着をしているだけに、その露出の多い服は目立つし、また、その服のファンしょん性が光るというもので絵あることは間違いがない。
  しかし、実際のところ「寒そう」に見えることも事実であろう。
  さて、この服装に対sて「寒いのに露出が多すぎる」と批判が出たそうだ。まあ、私個人としては「美しい女性が露出が多いというのは歓迎すべきこと」であるし、また、現在でもそうであるが「若い」という意味であれば、小学生など「子供は風の子」などといって、真冬に半ズボンをはかせているような学校が存在する。小学生ならば半ズボンやスカートというような露出が多くて、元気がいいと判断され、大人の女性になったらファッションで露出の多い服を着ていると、おかしいといわれるのは、何とも不自然な話ではないか。
  このように考えると、多くの人が「彼女は美しいから露出の多い服を着て見せつけているに違いない」という嫉妬の感情が見え隠れする。当然に、これらの「主観的判断」の多くの問題は「嫉妬」であると断言してかまわないであろう。特に「自分の意思で服を選んでいる場合」に対して、「批判している人はどうしても露出の多い服を着ることができないような体型であるか、または、体型を維持していても、寒い中で露出の多い服を着て出てゆくだけの自分のファッションセンスに自身がない」ということで、彼女に嫉妬の目が向けられているだけにすぎないのではないか。つまり「あの娘だけ目立って悔しい」というような、嫉妬の感情になっているのではないか。
  何度も言うが、私は男性であり、同時に、女性が冬であっても露出の多い服を着ることは大賛成で歓迎すべきであると思っている。それを妨害するものに「抵抗勢力」というような感覚を持つのはおかしなことではない。
  もちろん、第三者に「強制的に制服のように露出の多い服を着せられている」という状態とは違う。これも「ファッション」の一つであるということになる。
  「エロ」とは、このように「本人が芸術またはファッションと思っている状態」を第三社が勝手にそこに性的興奮を受けて作り出してしまうものではないのか。
  そのように思うのである。

|

« <現代陰謀説>ヨーロッパで忌避され始めた「政治的影響力」を含めた「習近平の一帯一路」のコミンテルンの幻影 | トップページ | 【有料メルマガのご案内】 「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」 第21話 果てしなく民意から遠い日本の「野党」という「抵抗勢力」でしかない集団の研究 5 民主党による政権交代選挙の「功」と「罪」 »

「文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/115684/66443092

この記事へのトラックバック一覧です: 【土曜日のエロ】 「寒いのに露出しすぎ」といわれても反論をする「ファッション性」から見る「エロのファッション性」:

« <現代陰謀説>ヨーロッパで忌避され始めた「政治的影響力」を含めた「習近平の一帯一路」のコミンテルンの幻影 | トップページ | 【有料メルマガのご案内】 「宇田川敬介の日本の裏側の見えない話」 第21話 果てしなく民意から遠い日本の「野党」という「抵抗勢力」でしかない集団の研究 5 民主党による政権交代選挙の「功」と「罪」 »