« 【土曜日のエロ】 元新聞記者の知っている「色仕掛け取材」の実態とマスコミの実態 | トップページ | 毎年恒例ですが、本日は誕生日のため、ブログはお休みです »

マスコミ批判に関する一考(391) 政治だけではなくスポーツの世界でも出入り禁止になる刺し新聞の「捏造癖」

マスコミ批判に関する一考(391) 政治だけではなくスポーツの世界でも出入り禁止になる刺し新聞の「捏造癖」
 マスコミ批判において、私が政治記者出身であることから、どうしても政治に関することが中心になってしまうということになる。もちろん、政治に関する報道は、その報道によって有権者の自由意志が形成され、それによって民主主義が形成されることになる。よって、自由意志の前提となる情報に関しては、当然に高度な公平性と中立性が求められることになるのである。その意味で、政治の報道が変更または捏造報道である場合は、そもそもの民主主義に大きく抵触することになり、そのことに関しての社会的罪、つまり、民主主義の破壊という意味でのマスコミの罪は重いということになるのである。それだけに、マスコミに対する監視の目は厳しいし、また、この連載においても、当然にその内容に関して厳しく話をすることになるのではないか。
  しかし、一方でマスコミが、すべて「作り物」や「偏った意見」をしてはいけないというつもりは全くない。まずはドラマやアニメなどは、基本的には作り物であり、また、その作り物であれば、何らかのメッセージ性があっておかしくはない。私も現在では歴史小説作家になっているが、実際に考えることは、その小説を書きながら、中には、資料にないところを「捏造」というか「創作」しながら書くのは、ある意味で普通だ。もっと言えばファンタジーなどのアニメなどに関しては、すべてが創作であるから、当然に、「創作・捏造」であったとしても、そこに大きな問題はない。また、偏ったという意味で言えば、スポーツ観戦などは、当然に、「偏った」報道になる。サッカーの日本代表の試合などは「頑張れ日本」と言って、日本に偏った応援をした放送をしても、少なくとも日本の放送局がそれを行ったところで、誰も文句は言わない。敵国であっても「日本のマスコミが日本びいきであって当然」と思うものである。まあ、勝敗によって受け取る感想が違うが、しかし、別に許せないほどのことではないはずだ。このほかにもバラエティ、特に、漫才やコントの番組などにおいては、多少風刺の部分があったとしても、そのことに関してあまりクレームがつくものではない。
  では、スポーツ選手のプライベートの部分はどうなのか。スポーツ選手ではなくても、芸能人や政治家なども含め、その人のプライバシーに関していえば、「捏造」などをしてはいけないのではないか。
  しかし、それをしてしまったところが朝日新聞なのである。
朝日新聞、「張本智和」誤報で協会出禁に 〈水谷隼と握手せず〉
 日本男子でナンバーワンといっても、まだ14歳の少年である。大新聞に礼儀を知らない奴だと書かれては張本智和選手も立場がないだろう。怒った日本卓球協会が朝日新聞を記者会見から締め出した一幕とは。
 ***
 桜も満開を迎えた3月30日の夕方、日本卓球協会では、平野美宇選手のエリートアカデミー修了とプロ宣言を発表した。が、記者たちの関心を引いたのは会見のペーパーにあった一文である。
〈朝日新聞デジタルの取材及び本件報道はご遠慮申し上げます〉
 いったい、何をやらかしたのか。運動部のデスクが言う。
「卓球協会が問題にしたのは、ニュースサイト『朝日新聞デジタル』に掲載された3月10日の記事です」
 その記事は、すでに訂正されているが、当初はこう書かれていた。
握手していた
〈日本卓球協会の宮崎義仁・強化本部長は10日、「日本代表の選手らに対し、試合時のマナーについて注意喚起をした」と明らかにした〉
 そこで実際の例として、
〈1月の全日本選手権の男子シングルス決勝では、優勝した張本智和(エリートアカデミー)が、試合終了後に対戦相手の水谷隼(木下グループ)と握手せずに、ベンチに駆け寄った。この点について、協会は張本を注意した〉
 これにすぐ反応したのがSNSである。そこでは「張本批判」が相次いだという。
〈相手を馬鹿にするようにでかい声出したりとか卓球の偉い人から注意されて当然だよ お前のそーいうところが水谷選手と違うところなんだよ〉
 折しも記事が出た当日は、カタール・オープンのシングルス準々決勝で、張本はライバルのカルデラノに0―4で惨敗。試合後、本人は泣きに泣いて悔しがっていたという。
翌日に「書き換え」
 ところが、朝日の記事は誤報だった。試合(1月21日)では、優勝の瞬間、張本はコーチの父親に駆け寄ったものの、すぐに水谷と握手を交わしている。
 張本選手の母・凌さんも言うのだ。
「親としてはこんな記事は見たくありません。智和は水谷選手とちゃんと握手していますよ」
 記事に登場する宮崎強化本部長によると、
「あの記事は、張本が握手しなかったと卓球協会がレクチャーしたかのように読めるので、我々まで批判されたのです」
 卓球協会の抗議に、朝日は翌日「握手」があったと訂正したが、記者会見からの締め出しは、そのペナルティというわけである。
 そこで、朝日新聞社に聞くと、なぜか間違ったわけではないと言わんばかり。
「弊社の担当記者は日本卓球協会の説明に即して記事を書きました。その後、同協会などから指摘があり、記事と見出しを一部修正・加筆しました」(広報部)
「書き換え」で済ませられるのなら、財務省もこんなピンチにならなかったのに。
「週刊新潮」2018年4月12日号 掲載
2018年4月16日 5時58分 デイリー新潮
http://news.livedoor.com/article/detail/14584031/
 マスコミに関していえば、上記のようにスポーツなどにおいて偏向した、というか、日本人が日本人の選手を応戦することに関して、ある程度許容されている。その内容は、日本人選手を日本が応援するのは当たり前であるという、基本帝に世界共通のコンセンサスがあるということになる。
  コンセンサスに関していえば、例えばドラマやアニメーションが「創作」であるということもある程度のコンセンサスがあり、露骨な思想誘導などがない限りにおいては、あまり批判は存在しないであろう。しかし、スポーツ選手などのプライベート(広い意味で、試合そのものではないという意味にとっていただきたい。今回の件は、試合後の握手の有無が問題になっているが、その握手そのものも狭義では試合、またはルールの部分ではないということから、あえてプライベートいう言い方にしている)においては、当然に、選手個人の権利と人権の範囲であり、その評判などは、当然に個人の評価になる。その部分は「一般に知らないことを報道する」ということであるから、当然に報道であり、なおかつ、基本的には公平で中立的、そして事実でなければならないということになるのではないか。例えば、外国の選手に対し、当然に、試合中は日本の選手を応援するのであるが、一方で、試合が終われば、その選手に対して敬意を払い、また、何か問題があれば中立的に話をしなければならないのではないか。もちろん、日本の報道機関の場合は、日本の常識に照らして報道してしまうために、外国において問題がないことを日本の常識では批判してしまう場合があるが、それはある程度許されることではないか。
  さて今回の場合は、そのようなものではない。日本の選手に対して「捏造で批判的に報道した」のである。
  〈相手を馬鹿にするようにでかい声出したりとか卓球の偉い人から注意されて当然だよ お前のそーいうところが水谷選手と違うところなんだよ〉<中略>ところが、朝日の記事は誤報だった。試合(1月21日)では、優勝の瞬間、張本はコーチの父親に駆け寄ったものの、すぐに水谷と握手を交わしている。<上記より抜粋>
  さて、これを捏造と言わずしてなんというのであろうか。このことによって、卓球協会の抗議に、朝日は翌日「握手」があったと訂正したが、記者会見からの締め出しは、そのペナルティというわけである。<上記より抜粋>
  ということになっている。
  朝日新聞の問題は、そのような捏造癖だけではない。その捏造癖で自らの嘘を認めることなく他人に責任転嫁をし、そのうえで、開き直るということである。まさに言論の無責任以外の何物でもない。上記の記事においてもそのことが指摘されている。
  朝日新聞社に聞くと、なぜか間違ったわけではないと言わんばかり。
「弊社の担当記者は日本卓球協会の説明に即して記事を書きました。その後、同協会などから指摘があり、記事と見出しを一部修正・加筆しました」(広報部)<上記より抜粋>
 このような言論の無責任があってよいのだろうか。
  これが朝日新聞の本性である、。このような新聞を読んで事実を知ったような気になっている読者自身が、まずは事実を知るべきではないのか。

|

« 【土曜日のエロ】 元新聞記者の知っている「色仕掛け取材」の実態とマスコミの実態 | トップページ | 毎年恒例ですが、本日は誕生日のため、ブログはお休みです »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事読んで、恨みたくなるような記事を思い出した。
まずはサンスポによる特定のクラブを貶めるような記事である。元国会議員のツイートが原因でとか根拠のない記事でまさに貶めている。
次は「ぶちくらせ」だ。「Jリーグ百年構想パートーナーの朝日新聞」が突然この言葉に異論記事を出し、それがヤフーに飛び火し、クラブを混乱に陥らせたのだ。おかけでサポーターグループは一方的にクラブから出禁処分される事態となり今はJ3で過去の栄光はまるで消えてしまったのだ。
以上の事から大手新聞社のスポーツ新聞記事は信用できず一切読まないことにしている。

投稿: にしんかい | 2018年4月30日 (月) 17時55分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/115684/66660234

この記事へのトラックバック一覧です: マスコミ批判に関する一考(391) 政治だけではなくスポーツの世界でも出入り禁止になる刺し新聞の「捏造癖」:

« 【土曜日のエロ】 元新聞記者の知っている「色仕掛け取材」の実態とマスコミの実態 | トップページ | 毎年恒例ですが、本日は誕生日のため、ブログはお休みです »