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オウム真理教事件とは何だったのか(上) 現代にも潜む狂気の縮図と人間の弱さ

オウム真理教事件とは何だったのか(上) 現代にも潜む狂気の縮図と人間の弱さ
 いつものブログと雰囲気を変えて、少し過去に戻ってみよう。
  7月6日、1995年に発生した地下鉄サリン事件のほか、一連のオウム真理教関連事件の首謀者である麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚を含む7名の死刑囚の死刑執行が行われた。
  さて、今の若い人はこの「オウム真理教事件」を知らないという人が少なくない。まあ、ある意味で1995年の事件である23年も前の話、十代の若者は生まれていないのであるから仕方がないのかもしれない。
  さて、地下鉄サリン事件は1995年3月20日に発生した。朝、通勤時間の東京の地下鉄、丸ノ内線と日比谷線を中心にした、霞ヶ関駅付近の電車において、地下鉄内でサリンをまいて無差別殺人を行ったのである。ある意味で、「無差別殺人テロ」であり、そのようなことが許されるのかというような感じであったと思う。
  この事件の直前の1月17日に、私も体験した阪神大震災があり、そして、「新世紀エヴァンゲリオン」、「Windows95」、「次世代ゲーム機」、「プリント倶楽部」などが発売されたのである。1995年の流行語は「無党派」、「NOMO」(野茂英雄)、「がんばろうKOBE」でわかるように、村山富市内閣において様々な問題が生じ、「無党派」を賞する人が出てくる。その人々がいつの間にか、「民主党」になってゆくのであり、まあなんだかよくわからない政局になる。あとは野茂英雄氏が近鉄kらロスアンゼルスドジャースに入り、三振を小気味よくとっていった。また阪神大震災の後、オリックスブルーウェーブ(当時)が襟に「がんばろうKOBE」をつけたことが話題になった。一郎が活躍したのもこの年であったか、前年であったか。
  音楽は小黒ファミリー全盛期で、TRFや安室奈美恵が、毎日のように歌番組に出ていた。アムラーといわれるっ女性が一気に増え、それ以外は渋谷に「コギャル」という人々が出てきたのである。
  さてこのような世相の中で、「オウム真理教事件」つまり「地下鉄サリン事件が起きた」のである。
「死んでおわび」=古参幹部「建設大臣」-坂本一家殺害で指揮・早川死刑囚
 早川紀代秀死刑囚(68)は「建設大臣」を務めた古参幹部で、坂本堤弁護士一家事件では実行役を指揮する中心的な役割を担った。
 兵庫県出身で、大阪府立大大学院修了後、ゼネコン勤務などを経て1986年に教団前身の「オウム神仙の会」に入り、87年に出家した。
 坂本事件では、元代表松本智津夫死刑囚(63)から「一家殺害」の指示を電話で受けてほかの実行役に伝え、自身は妻都子さん=当時(29)=の首を絞めた。サリン生成プラントや教団道場の建設に当たったほか、ロシアで武器を購入するなど武装化にも関与した。
 一審東京地裁の公判では、「絶対服従の習慣が正常な判断力を奪い取った」「殺害相手の救済目的だったのであらがえなかった」と弁明。「人間として存在していることに恥ずかしい気持ちでいっぱい」と謝罪する一方、プラント建設など一部事件で無罪を主張した。
 2000年に東京地裁で死刑判決を受け、09年に確定。上告中に出版した著書では「幼い子供も含め一家3人を殺害し、身の毛もよだつようなことを行って疲れ果てていた」と当時の心境をつづり、「死刑が確定すれば死んでおわびいたします」と記した。拘置所では瞑想(めいそう)をしたり、知人と面会したりして過ごした。(2018/07/06-16:15)
時事通信社 (2018/07/06-16:15)
https://web.smartnews.com/articles/2RdFXqnpfVD
 さてこのような世相の中で発生したのが、オウム真理教事件である。オウム真理教は麻原彰晃がもともとはヨガ教室を行っていたが、その中で瞑想を行う中、いつのまにか宗教に変化していった。
  ちょうど1999年の「ノストラダムスの大予言」による終末思想または、2000年のミレニアムによる「世紀末現象」と重なって、「何か漠然とした不安」が日本の中にあり、上記の流行を見てわかるように、政治も混乱し、無党派というような状況で安定感を欠いていた時代であった。この数年前に自民党が下野し、細川内閣が発足、その細川内閣がほとんど成果もなく、「ファッション的な内閣」として終わってしまい、その後の内閣が、小沢一郎のやり方に反発した社会党の離脱によって少数与党になった羽田孜内閣。その後発足したのが村山内閣であり、国民の中には、「自民党も他の野党もダメ」というような「倦怠感」が蔓延していた。
  経済に書煮ても、1993年に始まった「就職氷河期」において就職できなかった大学生が多くなり、大学を出た風俗嬢が増え、またニート、フリーアルバイターが大量に発生する状態になったのだ。まさに、「バブル崩壊が徐々に庶民にまで浸透した」状態であり、その内容が、終末思想や世紀末思想をより一層強固なものにした。
  この震災・経済と政治の不安定・庶民への生活の影響などが大きく出てくることになったのである。このような状態の時に、庶民が「何か頼るところ」として、さまざまな宗教などに帰依するのは何となく理解する。同時に、「神も仏もいない」というような状況になってしまい、ある意味で自暴自棄的な状況になっている。その状態で頼ったものがオウム真理教であったということになろう。
  さて、このオウム真理教は片方で「ヨガ」をやっているということは、基本的には自力救済的に自己救済措置を求めるものとなる。この行為が「自分たちの手で政治改革」として「真理党」という政党を作って立候補し、それができなかった場合には、テロ、つまり、地下鉄サリン事件や松本サリン事件を行ったということになるのである。一方で、宗教ということ出「洗脳」が発生し「カルト的な先鋭宗教」である以上、何らかの過激な行為を行い、またその内容を秘密裏に行うために、坂本弁護士一家殺人事件などが発生するということになる。つまり「先鋭性による洗脳」と「自力救済」が、今回の事件の引き金であった。そこに、カルト的集金術と、日本における宗教常人の優遇が、そのまま今回の事件を生んだ。
  しかしその歪な正体も、日本全体のゆがみ、社会の不安定、と、終末思想や世紀末思想、そして、そこから生まれる倦怠感と退廃的な雰囲気が、そのまま、その歪で先鋭化した集団の正体を放置したことになるのである。
  改めて社会の安定が必要ということではないか。
  明日のブログでもう少し深く掘り下げてみる。

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