« 東京医科大学の「女性限定原点問題」に関しあえて女性に対して意見をしてみたい | トップページ | 「女優に圧力をかけなければならないほど追い詰められた」習近平中国共産党の「一つの中国」 »

杉田水脈氏の「女性の生産性発言」にかんする「表現の自由」と「自民党の指導」と「社会への配慮」

杉田水脈氏の「女性の生産性発言」にかんする「表現の自由」と「自民党の指導」と「社会への配慮」
 昨日も女性に関する問題だったので、せっかくであるから、本日も女性に関する内容を書いてみよう。
 昨今話題になっている女性問題といえば、杉田水脈氏がAERAに掲載した文章の中の「LGBTは生産性がない」という発言である。
  さて、あえて言えばLGBTの問題は単純に「個人の権利の問題」か「子供を産むということに関する価値の問題」であるかということに他ならない。それ以外の「経済的生産性」はLGBTである内にかかわらず、何ら変わりはなく、逆に個人の権利を充足したことによる精神的な満足度から、上がる可能性もある。一方で、「少子化問題」や「高齢化」というような社会問題的な観点から言えば、何らかの形で個人の趣向ということや権利の問題と本人たちが折り合いをつけなければならないということになる。実際に「年金問題」ということであれば、自分たちの世代を自分たちの子供の世代が支えるということであり、その子供を産むということをしない(選択し無い)のであるから、逆に、年金などの問題に関して、積極的に関与し、解決方法を模索していただきたいと感がが得るものである。
  これが私のスタンスである。ちなみに、私自身は、毎週「土曜日のエロ」をやっていることでもある通り、LGBTに関してはあまり理解の深い方ではないので、その点はご理解願いたい。
  さて、まずは杉田氏において「生産性」という単語を使ったことはあまりよいことではない。上記のように、世代間の問題をより深刻化させるということは間違いがないことであり、そのことはAERAの他の記事で十分に語りつくされていると考えるが、少なくとも政治家であり、言葉で商売をしている人が、あまりにも象徴的に使えるような「兵庫的な表現」を使ったこと、そしてそのことを出上げ足を取られるということ、誤解される表現を使ったことに関しては、率直に問題があるということになろう。まあ、様々な意見があると思うが「誤解を与える表現」というのは表現者そのものの問題なのである。
杉田水脈氏に自民が「指導」 「配慮欠く」と異例の見解
 自民党の杉田水脈(みお)衆院議員(51)=比例中国、当選2回=が月刊誌への寄稿で、同性カップルを念頭に「子供を作らない、つまり『生産性』がない」などと主張した問題で、同党は2日、「問題への理解不足と関係者への配慮を欠いた表現がある」として、杉田氏を指導したとの党見解をホームページに掲載した。同党が一般議員の問題発言をめぐり、見解を公表するのは極めて異例だ。
 自民党は当初、「寄稿文は議員個人としてのもの」と静観する構えだった。しかし、7月27日に党本部前で大規模な抗議集会が開かれ、今週末にも各地で抗議活動が予定されるなか、党の責任を問う声が高まり、釈明に追い込まれた。
 見解では、2016年に設置した「性的指向・性自認に関する特命委員会」で党内議論を行い、「性的な多様性を受容する社会の実現」をめざし、「正しい理解の増進を目的とした議員立法の制定に取り組んでいます」と強調。16年参院選と17年衆院選の公約にも掲げていると指摘した。
 その上で杉田氏の寄稿について「個人的な意見」と留保しつつ、不適切な「表現」があると認め、「今後、十分に注意するよう指導した」と明かした。党規約に基づく処分ではない。
 寄稿は7月18日発売の月刊誌「新潮45」が掲載。SNSでは「優生思想だ」といった批判が広がったが、杉田氏は自身のツイッターで、党内の「大臣クラスを始め、先輩方」から「間違ったこと言ってないんだから、胸張ってればいいよ」「杉田さんはそのままでいいからね」と声をかけられたとし、「自民党の懐の深さを感じます」と投稿した(23日に削除)。
 二階俊博幹事長は24日の記者会見で「人それぞれ政治的立場、色んな人生観もある」と述べ、党として問題視しない考えを示した。しかし、石破茂・元幹事長や小泉進次郎・筆頭副幹事長が相次ぎ批判するなど、波紋が広がっていた。
 杉田氏は12年衆院選で日本維新の会の公認で初当選。14年には次世代の党から立候補したが落選した。以前から今回と同様の主張を公然と繰り返していたが、自民党は昨年の衆院選で公認。比例中国ブロックで比例単独候補の最上位とされ、当選した。(二階堂友紀)
朝日新聞デジタル 20180803
https://www.asahi.com/articles/ASL823F2SL82UTFK007.html
 さて、まずはLGBTに対して、どのような評価をするかということを含め、その内容を考えた場合に、どのように考えるか、そのことは自由である。残念ながら、日本においてマイノリティの人々は、自分たちの気に食わないことがあるとすべて「差別」ということを言うが、少なくともマイノリティであるという自覚と、また多数派が何を考えているかということに関しては、当然にそのことを受け入れるべきである。実際にLGBTの場合は、障碍者などと違いできないことはないので、あくまでも性的な志向の問題であり、そのことは、通常の健常者と同じでなんでもできるということ意味している。よって、その性的な志向について、マイノリティであるということを自覚し、そのうえで、他の人の表現の自由を認めるべきであると考える。よって、杉田氏自身がどのようい考えようとも、そのことは、杉田氏の自由であり他の人が騒ぐ問題ではない。それこそ杉田氏の表現の自由と思想の自由を制限することはあまりよいことではない。
  その次に、「自民党の指導」である。このことに関しては、当然い「誤解のある表現を使った」ということに関してさまざまに指導しなければならない。残念ながら過激な発言をする人も保守派には少なくないのであり、そのことを考えた場合に、過激な発言をお粉wな愛などの指導は歩いて度当然のことである。自民党という集団で活動する際に、一人の発言によってぜんたいがあしをひっぱられるようなことをしてはよろしくないのである。そのことに関して指導をするのは当然だ。
  もう一つ指導をするとすれば、今回の媒体である。そもそも「朝日新聞系列のAERAに掲載する」という子ことは、当然に、「揚げ足を取られるような発言に気を付けなければならない」ということに他ならない。それくらいのことは、考えなければならない。自分たちに攻撃的な媒体に出るときは、そのことを十分に配慮し、なおかつ、掲載される前に、記事に関して感計画書に相談をするなど、そのような配慮も必要であると考える。まさに「敵に攻撃の材料と武器を与えたようなもの」であり、あまり感心できることではない。
  そしてこれらのことをするのが配慮である。まあ、このことを政治的なデモなどの使い政局的な動きをするバカな人が少なくない。実際に、このことで政局にするということ自体がナンセンスであり、本来LGBTの人々は、それを政局に使っている人々こそ、自分たちを利用しバカにしていると感じるべきではないのだろうか。
  相手の自由を認め、なおかつ相手のことを考える。双方がそのようなスタンスになることが最も重要であるのだが、なぜかこれらマイノリティ問題になると、それができず、なおかつそれをあおるマスコミがいて、そして政局に使うバカな政治団体が出てくる。このような現象そのものが日本の社会的未成熟を感じるものである。

|

« 東京医科大学の「女性限定原点問題」に関しあえて女性に対して意見をしてみたい | トップページ | 「女優に圧力をかけなければならないほど追い詰められた」習近平中国共産党の「一つの中国」 »

「経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/115684/67027849

この記事へのトラックバック一覧です: 杉田水脈氏の「女性の生産性発言」にかんする「表現の自由」と「自民党の指導」と「社会への配慮」:

« 東京医科大学の「女性限定原点問題」に関しあえて女性に対して意見をしてみたい | トップページ | 「女優に圧力をかけなければならないほど追い詰められた」習近平中国共産党の「一つの中国」 »