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掲揚が義務付けられている「自衛隊旗」を拒否する韓国の国際的非常識

掲揚が義務付けられている「自衛隊旗」を拒否する韓国の国際的非常識
 「海は広いな大きいな、月はのぼるし日は沈む 海にお船を浮かばせて 行ってみたいなよその国」
  童謡「海」である。江戸時代の思想家林子平の「海国兵談」の解説を待つまでもなく、海は世界各国ほとんどの国とつながっている。もちろん、モンゴルやネパールなどのように海につながっていない国もあるが、それは、言い方は少ないが少数派ということになり、基本的には海でつながっているのが普通だ。
  当然に、海に船を浮かべてよその国に浮くことができ、それは誰でも同じであるということになる。では、その船が「海賊や敵国の海軍ではない」という保証はどこにもない。そこで、近代になって、船の所属を明らかにするように、国史亜条約で船は基本的にはその船の諸zくする国旗を掲揚しなければならないし、また、軍艦に関しては「敵意がないこと」を示すために、軍艦旗の掲揚など国際法上さまざまな規制が存在するのである。
  さて日本国の国旗は、日の丸、いわゆる「日章旗」といわれるものである。
  この日本の国旗は、日本国の天皇の「先祖」といっては不敬かもしれないが、その始祖となる天照大御神が日本国を納めることを神々から認められたことに由来し、また第33代推古天皇の御代に摂政である聖徳太子が隋の煬帝に宛てて「日出国の天子」と木シアしたことから太陽と日本国のつながりは深まることになる。
  大化の改新以後、天皇が親政又は親政の軍を起こすときに太陽の軍をかたどった旗を使うようになり、文献としては、797年(延暦16年)の『続日本紀』の中にある文武天皇の701年(大宝元年)の朝賀の儀に関する記述において、正月元旦に儀式会場の飾りつけに「日像」の旗を掲げたとあり、これが日の丸の原型で最も古いものといわれているが、白地に赤丸ではなかったと見られている。
  その後日本と中国の間の貿易においても白地に赤の日の丸の旗が使われるようになり、安宅船などの貿易船でもさまざまに使われている。
  私の上梓した小説「庄内藩幕末秘話」で、佐幕派である奥羽越列藩同盟の庄内藩も、軍旗は日の丸である。これは「天皇に逆らうのではなく、天皇の近くに居る薩摩長州の君側の奸を倒す」ということで、自らは天皇側の軍であるということを示したものである。その意識があるために、薩長が錦の御旗を使ったときに、かなりのショックが走ったとされている。
「法令で義務、自衛艦旗掲げる」防衛相、韓国要請応じず
 韓国が10月に開く「国際観艦式」で、参加国に対し「自国の国旗と太極旗(韓国の国旗)だけの掲揚」を要請したことについて、小野寺五典防衛相は28日、「国内法令で義務づけられており、当然(自衛艦旗を)掲げることになる」と述べ、従来通り自衛艦旗を掲げる考えを示した。閣議後の記者会見で答えた。
 海上自衛隊は10月10~14日に韓国・済州島で開かれる観艦式への参加を予定している。観艦式に際し、韓国海軍は参加国に「自国の国旗と太極旗(韓国の国旗)だけを掲揚するのが原則」と通知。自衛艦旗の旭日(きょくじつ)旗を使わず日章旗(日の丸)を掲げるよう間接的に求めた。
 これに対し小野寺氏は「国内法令にのっとって対応する」と述べ、要請にかかわらず従来通り自衛艦旗を掲げる考えを強調した。
 韓国内には、旧日本軍が使った旭日旗への抵抗がある。ただ、小野寺氏は「すでにわが国としては定着したものと考えている」と述べた。
朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASL9X3W6LL9XUTFK00W.html
 もう少し日章旗の歴史を見てみよう。
  1870年2月27日(明治3年1月27日)制定の商船規則(明治3年太政官布告第57号)に「御國旗」として規定され、上述の幕府による「御国総標」を継承して日本船の目印として採用された。日本陸軍において、1870年6月13日(明治3年5月15日)制定の陸軍国旗章並諸旗章及兵部省幕提灯ノ印ヲ定ム(明治3年太政官布告第355号)に「陸軍御国旗(陸軍御國旗)」として旭日旗が定められた。日本海軍については、1870年10月27日(明治3年10月3日)制定の太政官布告「海軍御旗章国旗章並諸旗章ヲ定ム」(明治3年太政官布告第651号)において、各種の旗章の一つとして艦尾に掲揚する海軍御国旗として白布紅日章が定められ、幕末から使用されていた日の丸が引き続き使用された。また、幕末には「国印」と呼ばれるようになっていた日の丸は、同布告のとおり、国際法にもとづいて「国旗」と呼ばれるようになった。
  このように、日章旗・旭日旗は明治以前から使われていた旗であり、何も大東亜戦争によって慌てて尽きられたものではない。当然にナチスドイツの「ナチス政党旗」とは異なる。よって、占領されたなどといっている韓国の歴史認識がいかに近視眼的で浅いものであるかということがよくわかる。まあ、額がないというのはこのようなことであろうか。
  さて、日韓の関係を考えてみれば、韓国というか朝鮮半島にある王長は、王朝としては珍しく、常に外圧によって左右される国である。中国が常に内部の崩壊から王朝が易姓革命などによって変わってゆくのとは全く異なる。
  初めは神功皇后、次に天智天皇による白村江の戦いなどの朝鮮征伐、これ等によって古代の分裂型の朝鮮半島国家ではなくなり、新羅が半島を統一する。しかし、その新羅は、渤海や契丹族の影響によって滅び、また、頼みの日本も「国風文化」で全く助けてくれない状態になる。その後の高麗は、元と一緒に日本に攻めてきて神風にって滅ぼされ、いい気に弱体化し、朝鮮となる。その朝鮮は豊臣秀吉の朝鮮出兵によって李氏朝鮮に代わり、そしてその李氏朝鮮が1910年に日本に併合される。
  このように考えると、「頼りたい時に日本は来ないし日本との戦争(元寇を含む)によって王朝が倒れて交代する」ということになる。このように考えれば、日本の旗を見ることは「単に占領」ということではなく「王朝や支配体制の変更」を意味するものであり、現在の政府としては歴史を深く学んでいる場合はそれも困った話になるのであろう。
  しかし、そのようなことを言ってもそれは「歴史」の問題であり、また半島の王朝の人々の政治体制がそれだけ脆弱であったということにほかならず、それを日本に責任転嫁しても何の意味もないのである。まさに「現在」があるのは「良いことも悪いことも含めて歴史があるから」であり、祖の歴史が存在し無い状態では、現在の自分たちも否定されるのである。そのことも全く分かっていない。つまり「時間や未来に対して全く責任感を持たない」ということであり、現在の韓国政府の「脆弱な支配体制とご都合主義的な歴史解釈」これをそうして「事大主義」というのであるが、まさにそのことが見え隠れする。
  日本は何のそのような「韓国のご都合主義にお付き合い」する必要はない。小野寺防衛大臣がしっかりと対応しているが、まさにそれが「当然」のことであり、日本国の歴史とプライドをもって、接するべきである。

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