« マスコミ批判に関する一考(431)もう滑稽として苦笑するしかないテレビ朝日報道番組コメンテーターの劣悪さ | トップページ | インドカシミール地方におけるインドパキスタン対立と大国の影 »

「決められない政治」といわれて久しいのにいまだに何の解決方法も出てこない旧民主党の「いつか来た道」

「決められない政治」といわれて久しいのにいまだに何の解決方法も出てこない旧民主党の「いつか来た道」
 野党再編といわれながら、結局うまくいかないというのが現在の野党のようである。現在の野党は、旧民主党で、少なくとも7年前まで政権を問ていた政党であった。しかし、その政権政党が、政権にいながら分裂し少数与党になった。それ以来一つにまとまったことはいまだにない。つまり、政権でいたときが「奇跡」であって、現状のように分裂してしまっている方が長いので、その分裂状態が「常態化」」しているということになるのではないか。
  まあ、民主党政権は、当時から「烏合の衆」「選挙互助会」といわれ、当然にその内容に関して何もできない状態にあるということになる。烏合の衆とか選挙互助会というのは、つまり、「政策によって一つになった集団ではない」ということである。
  もちろん、自民党であっても政策によって一つになったというものではない。当時小泉進次郎銀が「自由があるのが自民党、自由がないのが民主党」というようなことを言っていたが、まさにそのもので、民主党政権というのは、内部の事務局などで密室による政策決定をし、その政策決定のプロセスが、支持者を含めて全く見えないという状態になっていた。そのうえで、その決定事項に議員を拘束するというような状況になってしまっていた。つまり、民主郷議員で、執行部に入っていない議員たちは、安瀬そのような政策が出てきたのか誰もわからないというような状況になってしまい、そのうえで、その内容に本人が納得しなくても従わなければならないというような状況になっていたのである。
  まあ単純に言えば、「共産主義・社会主義国家的な密室決定プロセス」であり、なおかつ、その政策決定プロセスに民主的な内容や、内部の人が自由にものを発言できるプロセスがなかった。
  その「自由の不足」というのは、そのまま、内部に不満の蓄積が出てくることになる。
  その結果が現在の野党の分裂ということが言える。
国由合併に尻込む玉木雄一郎氏 「決められない政治」DNAは脈々?
 国民民主党の玉木雄一郎代表が自由党との合併構想に対する慎重姿勢を際立たせている。党内の合併消極派への配慮が理由だ。ただし、鳴り物入りで打ち出した構想が頓挫すれば「玉木氏の政治生命は終わり」(周辺)。土壇場で二の足を踏むリーダーに、党幹部らはいらだちを募らせている。
 玉木氏は27日、自由党との政策協議の手応えを記者会見で問われると、言葉を選びながらこう応じた。
 「おおむね方向性が一致してきた。逆に言うと完全には一致していないということだ。手続きは丁寧にやらなければならないので、もう少し時間もかかる」
 政策協議は、国民民主党の平野博文幹事長と自由党の小沢一郎代表の間で行われ、22日に大筋合意にこぎつけた。両氏による正式合意の会談さえ済ませれば、両党はそれぞれ合併に向けた党内手続きに入る。
 ところが、会談の日程はいまだに固まっていない。小沢氏は26日の記者会見で「今週やらなくてはならない。(日程の)連絡を待っている」と首をかしげた。
 背景には玉木氏の尻込みがあるようだ。複数の関係者によると、玉木氏は政策協議が大筋合意に至る前後から、合併交渉を急ぐことへの懸念を他の幹部らに漏らし始めた。27日のBS11番組の収録では「政策、理念がぶれることを心配している人が多い。丁寧にコミュニケーションをして、自由党に理解してもらっている最中だ」と強調した。
 党内では階猛憲法調査会長らが合併慎重論を強硬に唱えている。拙速さを印象づけないよう玉木氏が腐心するのは当然だが、毀誉褒貶が相半ばする小沢氏と組むことを決めた以上、ハレーションは想定できていたはずだ。玉木氏に近い幹部は「決断するときは血も流れる。八方美人で政治はできない」と不満を漏らす。
 やはり、旧民主党の「決められない政治」のDNAが脈々と受け継がれているのか。国民民主党の参院ベテランはため息をついた。
 「玉木氏は最後に聞いた話が頭に残ってしまう。だから、どんどん『上書き』されて意見が変わる。鳩山由紀夫元首相のようだ…」
(松本学)
産経ニュース 20190227
https://www.sankei.com/politics/news/190227/plt1902270027-n1.html
 単純に、「国民民主党」と「自由党」「立憲民主党」というだけではなく、細野豪志議員のように自民党に入りたいといっているような人もいれば、鷲尾英一郎議員のように無所属でどこにも属さないというような議員もいる。つまり、単純に政党が分裂したとか、派閥の通りに分かれたというような問題ではなく、政策による政党の合一性がないということは、そのまま、「心が中心から離れて言っている」ということを意味しているのではなかろうか。
  まさにそのことが、今回の問題になっているような気がする。
  国民民主党は、祖も祖民主党が旧みんなの党の残党と一緒になって、「民進党」になり、その多くの議員が、小池百合子都知事が代表となった「都民ファーストの会」を中心にした国政政党「希望の党」の公認議員として立候補した。しかし、選挙期間中に小池都知事の人気が急落すると、さっさと希望の党を裏切ったり、あるいは希望の党の党名を隠して選挙に戦った、どのような出伊藤議員が多いところがうまくまとまるはずがない。国民民主党がなんとなく一人抜け二輪抜けというようになって、いつの間にか、その時小池百合子に排除された「立憲民主党」に合流していっているという現状である。もともと政策などに関しても、小池百合子や若狭勝、細野豪志などが中心に行っていたが、それらがすべて希望の党(現在の国民民主党)から離れてしまったために、「民主党から民進党、そして希望の党に点々流転した根無し草議員」というようなイメージになってしまい、その中で何をするかという政策もなく、ただ肩を寄せ合っているイメージになっている。
  一方国民党は、もともと自民党から新生党、新進党、自由党となり民主党政権の初期民主党幹事長であった小沢一郎の政党である。良くも悪くも小沢一郎の正当であり、そのイメージがこびりついているということになる。小沢と言えば傲慢とか剛腕というようになっていたが現在はさすがに「過去の人」感が強い。なんとなく細川護熙や、今一生懸命騒いでいる小泉純一郎元首相に近い感じしかしない。「今更感」が強いのである。
  そんな内容であるから、この二つが一緒になっても「弱者連合」でしかないという気がする。そのうえで、「数合わせ」であるということがなんとなく一般の人々にも見えてします。政策によって合一しているわけではないということが明らかなのである。
  つまり政策で一緒になっていないから、政治のプロセスも、政策も決められないのである。
  「政策、理念がぶれることを心配している人が多い。丁寧にコミュニケーションをして、自由党に理解してもらっている最中だ」<上記より抜粋>
  つまり、今までこのような政策や理念について話していないということが明らかであり、7月の参議院選挙のための「選挙互助会」でしかないことが明らかである。この人々の滑稽なところは、テレビで自分が発言していること賀「一般の人々にどのように理解されているか」ということを全くわかっていないことであり、それを自慢げに言って臆面もないところが笑えるのである。
  旧民主党の「決められない政治」のDNAが脈々と受け継がれているのか。国民民主党の参院ベテランはため息をついた。<上記より抜粋>
  まあ、玉木代表にはかわいそうだが、彼はまともな政治を見ていない。民主党型の姓字しか見たことがないのである。これでは話にならない。誰か、いまさらながら野党諸君に政治とは何か、政策とは何かを教えてあげてはいかがであろうか。

|

« マスコミ批判に関する一考(431)もう滑稽として苦笑するしかないテレビ朝日報道番組コメンテーターの劣悪さ | トップページ | インドカシミール地方におけるインドパキスタン対立と大国の影 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「決められない政治」といわれて久しいのにいまだに何の解決方法も出てこない旧民主党の「いつか来た道」:

« マスコミ批判に関する一考(431)もう滑稽として苦笑するしかないテレビ朝日報道番組コメンテーターの劣悪さ | トップページ | インドカシミール地方におけるインドパキスタン対立と大国の影 »