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そろそろ一回書いておこうと思ったので日馬富士の問題野私の個人的な意見を書いてみようと思う

そろそろ一回書いておこうと思ったので日馬富士の問題野私の個人的な意見を書いてみようと思う
 今日のブログは個人的な意見なので、反論などもあると思うが、まあ何となく考えてもらいたい。
  事件としては、すでに連日、北朝鮮のミサイル報道よりも湯煎して報道されているくらいなので、皆さんもご存じと思うが、大相撲の鳥取巡業において、その前日モンゴル人力士だけが集まり、その中で日馬富士が貴ノ岩に対して某録を振るったという事件。カラオケのリモコンなどでたたいたことによって、傷害罪として捜査されているという事件である。
  この事件に二はさまざまなオプションがついていて、貴乃花親方と八角理事長の確執や相撲協会の内部の改革など様々なことが取りざたされている。特に貴乃花親方の「相撲の前日にモンゴル人が集まって八百長をしていると思われる」というような話が伝わってきているが、その辺のところはよくわからない。
  さて、「本気で戦う」ことと「前日に親しく食事をすること」とは、別段関係がないというか、そのような仲であるから本気で戦えるということもあるし、また戦う前にお互いに敬意を表するということもある。実際に、日米が戦争をしているときに、硫黄島の決戦の前日、実は日米の司令官がp互いは銃を突き付けている真ん中の浜辺で会食しているという写真が残っている。実際の戦場では、当然に本気で戦っているわけ八百長などというものはない。よって前日に親しく食事をしているからといって八百長があるというような考え方そのものがおかしいのではないか。その辺は貴乃花親方の主張はもう少し研究が必要であると考える。
  さて、その相撲協会の改革案などとは全くかかわらず、今回の事件は「傷害事件」でしかない。このように考えた場合は、片方では「警察の管轄」であるということは間違いがないが、同時に「相撲協会」という組織の問題、そして「モンゴル人」という文化の違いの問題の三つの問題を考えなければならないのではないだろうか。
  つまり「事件」ということ、そして「相撲をどのように考えるか」ということ、そして「文化の違う人が日本に来て関取として戦っていることと、モンゴル人の生活の中での問題」を別々に考え、その中での、最も良い結論を考えるべきであると思う。テレビや新聞などを見ていると、どれもその中の一つの争点のどちらかの立場を代弁しているだけで、全体を俯瞰した意見がないように見える。
日馬富士「礼儀、直すのが先輩の義務だと」 引退会見
 大相撲の秋巡業中にあった暴行問題で、日本相撲協会に引退届を出し受理された横綱日馬富士(33)=伊勢ケ浜部屋=が29日午後、九州場所の宿舎がある福岡県太宰府市で記者会見した。日馬富士は「世間を騒がせ、支えてくださった皆さんに迷惑をかけて本当に申し訳ない」などと語った。
 会見の冒頭、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が日馬富士の引退について、うつむき加減で文面を読み上げた。「本日、横綱の引退届を提出しました」。伊勢ケ浜親方は肩をふるわせ、その声は時折、上ずった。横に座った日馬富士は正面を見詰め、涙を見せることはなかった。
 日馬富士は10月25日、鳥取市内の飲食店で同じモンゴル出身の幕内貴ノ岩(27)に暴行を加えたとされる。「貴ノ岩関にけがを負わせたことに対し、横綱としての責任を感じ、本日をもって引退をさせて頂きます」と日馬富士。師匠とともに30秒近く、頭を下げ続けた。
 暴行に至った経緯を問われると、「先輩横綱として、礼儀と礼節がなっていないと思い、直すのが先輩の義務だと思っている。しかったことが、彼(貴ノ岩)を傷つけ、世間を騒がし、ファンや協会に迷惑をかけることになった」と説明。「これからのことを思ってしかったが、行きすぎたことになった」と後悔ものぞかせた。
 暴行は宴席で行われたとされる。日馬富士は酒癖について問われると、「お酒を飲んで人を傷つけたり暴れたり、酒癖悪いといわれたことは一度もない」と断言。酒との向き合い方を問われ「酒飲んだからこその事件じゃないので、これは」と語気を強める場面もあった。
 およそ30分に及んだ会見。最後の質問は、横綱白鵬(32)=宮城野部屋=が九州場所千秋楽の優勝インタビューで「日馬富士関と貴ノ岩関を再び土俵に上げてあげたい」と発言したことへの感想だった。日馬富士は「その気持ちはうれしかったです」と淡々と述べると、師匠とともに再度、頭を下げて会場を後にした。
2017年11月29日14時51分 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASKCY4SDKKCYUTQP01H.html
 争点を考えてみる。
  一つ目の「刑事事件」に関しては、ある意味で何も考える必要はない。日本の司法に合わせて考えればよいことである。ただし、この「動機」に関しては、何も日本人的な感覚だけではなく、モンゴル人の中の文化を考えるべきではないかと考える。三つめの論点のことをここに混ぜ込むことになるが「モンゴルの文化」では「騎馬遊牧民」である子tから「リーダーの主張に従わなければ体罰で制裁される」のは当然である。そのようにしなければ、つまりツンドラ地帯の遊牧において一人で別高度王を射たりあるいは序列を守らなければ、本人が命の危険になるばかりか、部族全体が危険にさらされることが十分に考えられることになる。そのようなことにならないように、常に部族長など指揮命令権がしっかりしているのが遊牧民の特徴である。日馬富士の会見の中で「先輩横綱として、礼儀と礼節がなっていないと思い、直すのが先輩の義務だと思っている。」<上記より抜粋>とあるが、これは、日本の教育機関においては「体罰」として強く戒められることであるが、モンゴルの社会では「当然のこと」であるということになる。
  そのうえで、この飲み会が「モンゴル人力士会」であったということであろう。つまり、日馬富士にせよ貴ノ岩にせよ、白鵬にせよ、皆モンゴル人としてモンゴル語を話して楽しんでいたに違いない。まさに彼らは、その空間だけは場所は鳥取県であっても、部屋の仲はモンゴル人であったはずだ。その文化の違いを加味すべきではあると思う。もちろん、暴力を肯定しているのではないし、また、そのような区別がつかなくなるのであれば、モンゴル人会などはやめるべきではないかと思うが、実際に、それまでに禁止していることでもないので、その点は考慮されるべきであると思われる。そのうえで、「情状酌量」をしたうえでの「日本の司法に基づいた処分」を行うべきであり、それが日本の司法であると考える。
  一方、「相撲」ということになる。ネット上を散見するのは、「外国人力士を辞めさせろ」というような意見がある。実際に「日本の国技」であるのに「モンゴルの力士が横綱にいるのはおかしい」というような話がある。しかし、それはそれでよいのではないか。モンゴル人の力士であってもウクライナであっても、そこは問題がなく、実際には「日本の国技としての品格と神事」を意識して行えばよい。もちろん、他の宗教を捨てろというのではない。しかし、土俵の上では、日本人の力士として行うべきではないかと思う。織田信長は、黒人の「弥助」に相撲を取らせ、それを楽しんでいた。その例から考えれば、相撲そのものを外国人が取り組みを行うということは全く問題がなく、すでに安土桃山時代にはできているということになる。そのように考えれば、外国人の力士がいることに関しては問題はないし、それに勝つことが「格闘技」だ。
  皆さんお気づきかどうかわからないが、相撲ほど、格闘技として完成されたものはない。柔道やレスリングなどがあるが、「体重別ハンディキャップ」がある。しかし、相撲だけは、昔小錦と舞の海が戦ったように、体重によるクラス分けなどは関係ない。実際の「いくさ」であっても、相手が体が大きいからといって戦いを拒否できるものではなく、スポーツとしての競技ではなく、戦いとして、または神事として洗練されたものである。当然に、その内容は、「外国人という差別もない」ということであり「八百万の神の楽しみ」ではないのか。そのように考えれば、相撲そのものが「誰が戦っても勝てるように稽古すること」が最も重要なのである。
  最後にモンゴルの文化の違いである。勿論外国からの力士が増えれば、モンゴル人として集まる。日本人などは、どの国に行っても日本人会があり、そしてその中に世話役というような人物がいる。そのように考えれば、「国籍や文化を慕って集まる」という人の心を無視することはできない。そのようなコミュニケーションを制限するのではなく、そのようにしたうえで八百長などがないように親方がしっかりと稽古をつけることが重要であり、そのことを制度として行うこと自体が滑稽でしかない。
  それこそ開かれた角界なのではないかと思う。
  アクアも私個人の考え方である。

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【土曜日のエロ】 医師が性的な暴行をしてしまうというアメリカ女子体操五輪チームのモラル

【土曜日のエロ】 医師が性的な暴行をしてしまうというアメリカ女子体操五輪チームのモラル
 土曜日のエロである。まあ、このエロの文章だけは、普段は「モラルとか秩序」とか「社会性」を書いているのであるが、週に一度だけは「エゴとエロ」を中心に文章を構成する。同じ事件を見ていても、基本的に、その視点を変えるだけで全く違う文章になるというのがなかなか面白いのではないか。エゴとエロを中心にしてしまった場合には、その視点が大きく変わることになる。もちろん、「社会性」を無視して「エゴ」の論理になるのであるが、一方で「泥棒にも三分の理」ではないが、基本的には、ある程度理解できないところもない理論が出来上がっているということになる。そこに、国家や地域による文化性の違いということを考えてゆくと、なかなか興味深いことが出てくるのである。
  もう一つは「エロ」は間違いなく個人的な欲求で行われている。問題は、そのエロに関して、「社会性がない」ということを本人たちも当然に認識しており、そのうえで「やってしまってから社会性を持った言い訳を始める」ということがなかなか興味深い。
  その「社会性を持った言い訳」こそ、「その国の文化や価値観にあった内容を言う」のであり、本人が「これならば社会が納得するであろうと想定した内容」ということになるのである。
  まさに「エロとエゴ」を行う人の「エロとエゴを行った人から見た社会の風景」が見えるということになる。それがある意味におて、文化であり、社会であるということになる。まあ、ある意味で「各国の文化や価値観の違い」がその言い訳の中に隠されているということになる。その意味において「性犯罪」というのは、ある意味で文化的な側面が出てくることになるので、なかなか興味深い。
  特にその中で、注目の国が「アメリカ」「インド」「イスラム」「フランス」といったところである。中国と韓国は、言い訳そのものよりも、あまりにも「エゴとその手法が派手すぎる」ので文化の違いの問題ではなくなってしまうのである。価値観の話は、やはりこのへんが面白い。
  その中で、今回はアメリカの内容を見てみようと思う。
米女子体操五輪チームの元医師、選手の性的暴行で有罪認める
 女子体操選手など女性7人を性的に暴行した罪で起訴された米女子体操五輪チームの元スポーツ医師が22日、ミシガン州の裁判所で有罪を認めた。
 ラリー・ナッサー被告(54)は、五輪代表チームとミシガン州立大学のスポーツ医師として働いていた1998年~2015年の間に、未成年の体操選手を含む女性7人にわいせつ行為を働いたと認めた。有罪を認めた司法取引によって減刑されるものの、少なくとも禁錮25年が言い渡される可能性がある。
 ミシガン州インガム郡地裁で開かれた罪状認否の審理の前には、五輪代表で金メダリストのギャビー・ダグラス選手が、被告による性的加害行為があったと名乗りを上げていた。五輪出場の米女子体操選手が同被告による被害を明らかにするのは3人目。
被告はすでに、連邦裁判所で児童ポルノ関連の罪状について有罪を認めており、終身刑が科せられる可能性もある。
 量刑言い渡しは1月12日の予定。
 ナッサー被告は22日の審理で、「コミュニティーが前進し、痛み苦しむのを止めるため」有罪を認めるのだと説明した。「マッチ1本が山火事になるみたいに、手が付けられないほど燃え広がってしまった。本当に申し訳ない」と被告は陳述した。
 「みんなの傷が癒えてほしい。このコミュニティーが癒えてほしい。誰にも悪感情を抱いていない。自分はただ癒しがほしいだけ。その時が来た」と被告は述べた。
 ローズマリー・アクイリナ裁判長は、「あなたは信頼される立場にいて、その立場をとことんおぞましい形で悪用し、子供を虐待した」、「何者にも危害を加えないという医師の誓いを破り、危害を加えた。自分勝手に」と被告を批判。性的虐待は全国的に「蔓延(まんえん)」している問題だと述べた。
 被告に対しては130人以上の女性が被害を訴えている。中には、2012年夏季五輪で団体と個人総合で金メダルを獲得し、2016年にも団体で金メダルのダグラス選手、2012年と2016年五輪で団体と個人で金メダルを得たアリー・レイズマン選手、2012五輪で金メダル(団体)を得たマケイラ・マローニー選手も含まれる。
 ダグラス選手はインスタグラムで被告について、「これまで自分の経験や色々なことを公表してこなかった。それは何年もの間、何も言わないように訓練されていたのと、中には本当につらいことがあったので」と書いた。
 レイズマン選手は公判中にツイッターで、すでに医師免許をはく奪されている被告が法廷で「医師」と呼ばれていることについて、「本当に気持ち悪い。とても残念。(医師と呼ばれる)資格なんかない。ラリーは最悪に気持ちが悪い。ラリーは化け物、医者じゃない」と強い調子で非難していた(太文字は原文で大文字強調)。
 ナッサー被告の事件が原因で、今年3月には米体操協会のスティーブ・ペニー会長が辞任に追い込まれている。ペニー氏は、被告による性的加害行為について速やかに司法当局に報告しなかったと非難されていた。
 被告が司法取引に同意したと発表された後、五輪代表チームを決定する体操協会は、元医師に危害を加えられた選手がいたことを「非常に遺憾に思う」とコメントした。
(英語記事 USA gymnastics doctor Larry Nassar pleads guilty to sex charges)
BBC News2017年11月23日
http://www.bbc.com/japanese/42090830
 医者が医者であるという信用を使ってエロを行うという犯罪。まあ、今回の内容は「立場を利用したエロ」ということであり、基本的に本人同士の合意がなかったことは明らかであるから「性犯罪」ということになるのは明らかなところであろう。話題になっているのは、その中に、2012年夏季五輪で団体と個人総合で金メダルを獲得し、2016年にも団体で金メダルのダグラス選手、2012年と2016年五輪で団体と個人で金メダルを得たアリー・レイズマン選手、2012五輪で金メダル(団体)を得たマケイラ・マローニー選手も含まれる。<上記より抜粋>
  さて、この医師の言い訳を聞いてみよう。
  「コミュニティーが前進し、痛み苦しむのを止めるため」有罪を認めるのだと説明した。「マッチ1本が山火事になるみたいに、手が付けられないほど燃え広がってしまった。本当に申し訳ない」と被告は陳述した。<上記より抜粋>
  なかなか興味深い。社会性も何もなく「手が付けられないほど燃え上がってしまった」という「自分の欲望が抑えられなかった」ということを主張しているのである。これはこれである意味で「潔い」のであるが、社会性そのものの検証にはならない。しかし注目の点は、なぜこのような人物がアメリカの体操の選手それも金メダリストを診ることになったのであろうか。要するに、それなりに有名でなおかつアメリカの体操協会などが推薦したということになる。
  今年3月には米体操協会のスティーブ・ペニー会長が辞任に追い込まれている。ペニー氏は、被告による性的加害行為について速やかに司法当局に報告しなかったと非難されていた。<上記より抜粋>
  そのうえでダグラス選手はインスタグラムで被告について、「これまで自分の経験や色々なことを公表してこなかった。それは何年もの間、何も言わないように訓練されていたのと、中には本当につらいことがあったので」と書いた。<上記より抜粋>
  とある。つまり、この事件を隠ぺいしたことによって事件が拡大したということになっている。この辺が興味深い。
  「事なかれ主義」と「隠ぺい工作」というのは、どの国でも存在するし、そのことによって責任問題仁発展するのであるが、その内容において「結局は辞任に追い込まれる」と意ことが、社会性になってしまっているのである。同時に「それ以上の社会的な調整は行われない」と意ことが、アメリカの法的な限界でもあるのだ。
  中国やロシアなどでは、これによってオリンピックを担当している大臣そのものの更迭に発展するなどの問題になるが、アメリカはそこまではいかないのである。
  このような性犯罪に関する比較というのは、なかなか興味深いのであり、その内容をいかに考えるのかということを研究するのも面白いのかもしれない

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プロ野球で新記録楽天イーグルス田中投手の21連勝

プロ野球で新記録楽天イーグルス田中投手の21連勝

 珍しく夏休みをいただいた。15日にフェイスブックとツイッターに書き込んだ以外、基本的にコンピューターを開くことのない一週間を過ごした。なんと平和な日であろうか。珍しくあまり仕事のことを考えずに、今回の休みは歴史の本などを読んでいた。
 その間に様々なニュースが入ってきた。政治は安倍首相も夏休みであったために特に進むことはない。基本的に原爆記念日、そして68回目の終戦記念日という日本の慰霊の日がやってきた。今年はその「静かな慰霊の日」に韓国のあまり頭のよくない国会議員たちが日本まで出張してきて何かを叫んで帰ったようであるが、しかし、慰霊の日にそのようなことをすることの「非礼」をまったくわからない、理解しない韓国人のあまりに頭の悪い行動は、かえって世界各国から嫌われることになるのではないか。
 このほかにもエジプト情勢もかなり急をようする状態になってきてしまっている。エジプト情勢は、かなり複雑何尾であるが、そこに絡んだアメリカやあるいはイスラム教、そしてイスラエルの関係などを様々に考えるとなかなか大変なのではないか。
 このほかにも、政治面や経済面では何もなくても日本全体では様々なことが起きている。基本的にこれが本当の姿のである。今年は隅田川の花火大会も諏訪湖の花火大会も豪雨で中止になってしまい、また、鹿児島県の桜島が噴火している。自然現象も様々に起きている。これはお盆という日本の事情にはあまり関係なく起きてしまっているのである。
 そんな中、今日はまずスポーツの記事から、このお盆休み期間中に起きたことを見てみよう。サッカーのウルグアイ戦で日本が惜敗したことや高校野球の開幕もあるが、やはりスポーツのニュースといえば田中将大投手の前人未到21連勝ではないか。

マー君、プロ野球新21連勝!歴史的稲尾超え

 (パ・リーグ、西武1-3楽天、15回戦、7勝7敗1分、16日、西武ドーム)神の子が平成の神になった!! 楽天の田中将大投手(24)が16日、西武15回戦(西武ドーム)に先発。8回5安打10奪三振の1失点で自身の持つ開幕連勝のプロ野球記録を17に更新した。さらに、昨年8月からの連勝記録も21に伸ばし、自身と1950年代に松田清(巨人)、稲尾和久(西鉄)がマークしたプロ野球記録(20連勝)を塗り替えた。米大リーグにおける最近の記録(ロジャー・クレメンス=20連勝)をも凌駕する大記録の樹立。世界一の剛腕伝説はどこまで続くのか。
 野球の申し子が、ついに“平成の神”となった。田中が神様・稲尾らを超えて、プロ野球新記録となる21連勝を達成。イヌワシ党だけではない。レオ党からの拍手喝采を全身で受けた。
 「みんなの力です。全員で勝てたことがうれしい。いい緊張感の中で試合ができて幸せです。記録はシーズンを終わってから振り返りたいです」
 昨季まで西武には5勝13敗。サウナのような暑さと感じる西武ドームでの通算成績も3勝5敗で、最後の黒星を喫したのも西武だった。だが、今年の田中は違う。観衆2万9846人の前で、苦手のレオ打線から堂々の10奪三振。一回にいきなり無死二、三塁。四回にも一死三塁のピンチを招いたが、負けん気の強さに火がつく。ギアを上げると、そこから要所を締めて後続を寸断した。
 8回を106球、5安打1失点。1点リードの六回二死二塁から浅村に左前適時打を許し、2日の日本ハム戦(札幌ドーム)以来、20イニングぶりに失点した。「相手も向かってくる。相手より強い気持ちで向かっていくだけです」。気合を表に出す、闘将・星野監督の現役時代をほうふつさせる投球を見せた。
 “盟友”からの刺激もあった。1988年生まれの野球選手で結成する「88年会」の主要メンバー、坂本、沢村(いずれも巨人)、前田健(広島)と携帯端末の通話アプリ「LINE」で同時通話。開幕16連勝を達成した前回登板直後に「おめでとう」と祝福された。チームの枠を超えた友人から力をもらい、神様超えに挑んだ。
 闘将も田中へ惜しみない賛辞を贈る。力のある投手は体調が良ければ80%勝てるとした上で、「投手が好調を維持できるのは1カ月ぐらい。本当に優秀な投手でも、40日ぐらいで調子は落ちていく」と指摘する。開幕から快進撃を続ける田中に、「コンディションだけではない。打者を打ち取るためにはどうすればいいか。探求心があり、相手打者のことをものすごく研究している」と手放しでほめたたえた。
 内助の功も剛腕を支えた。タレントで夫人の里田まい(29)は、「ジュニア・アスリートフードマイスター」の資格を取得するなど食事管理に精通。田中が疲労回復に効果があるグレープフルーツを食することから球団では2軍寮と本拠地・Kスタ宮城、遠征先のケータリングでも採用されるようになった。マー君効果、絶大だ。
 「開幕からリーグ優勝、そして日本一を目標にしてきた。そうなれるようにチームに貢献したい」と田中。チームも前夜の則本から2連勝でパ・リーグ60勝一番乗りを果たし、18日にも球団初の優勝マジック「33」が点灯する。“平成の神”が、イヌワシ軍団をさらに上昇気流に乗せる。(広岡浩二)
■投手の連続記録
 連続勝利は負けが付かない限り中断されない。間にセーブや引き分けが入っても継続される。連続敗北も勝利が付かない限りは中断されない。一方で、連続セーブは登板した試合で付かなければ中断される。連続試合完投勝利も達成できなかった時点で記録が途切れる。
■野村氏の神の子発言VTR
 楽天監督時代に、内容が悪くても黒星はつかない田中の勝負運を評し、「マー君、神の子、不思議な子」との名言を残した。2011年に田中が沢村賞を受賞した際には「もうマー君と呼べなくなった」と話し、20連勝を達成した際にはサンケイスポーツ評論『ノムラの考え』で「投球の質において、田中は稲尾のレベルに達したと思える部分はある」と称賛した。
■データBOX
 楽天・田中は昨年8月26日の日本ハム戦からシーズンをまたいで21連勝。連続シーズンを含む連勝記録で、1951-52年の松田清(巨人)、57年の稲尾和久(西鉄)の各20連勝を抜くプロ野球新記録となった。また、シーズン開幕から17連勝とし、自身の持つプロ野球記録を更新。単独シーズンで17連勝以上は、57年の稲尾(西鉄、20連勝)以来、56年ぶり4人目。
■稲尾 和久(いなお・かずひさ)
 1937(昭和12)年6月10日生まれ。大分県出身。別府緑丘(現芸術緑丘)高から56年に西鉄(現西武)入団。1年目から8年連続で20勝以上を記録し、61年にプロ野球最多タイのシーズン42勝を挙げた。69年現役引退。通算成績は756試合、276勝137敗、防御率1・98。引退後は西鉄(太平洋)とロッテで監督を歴任。監督通算成績は1040試合、431勝545敗64分、勝率・442。93年野球殿堂入り。2007年に死去(享年70)。右投げ右打ち。

サンスポ 2013.8.17 05:07
http://www.sanspo.com/baseball/news/20130817/gol13081705070004-n1.html

 高校野球の時は、北海道の田中投手よりも「ハンカチ王子」といわれた、現在日本ハムファイターズの斉藤祐樹投手のほうが有名であった。斉藤投手はそのまま早稲田大学に進学し、田中投手はドラフトで楽天イーグルスに入った。
 人間の成長は出会いであると思う。いやな人でも苦手な人でも、あるhとと出会い、その人の刺激を受けることにって人間は成長する。最も問題なのは、新しい人と出会っても何の刺激もないことではないことではないか。その刺激があることは、人を成長させる。上記の記事で引き合いに出されている、今までの記録保持者稲尾和久投手は、西鉄ライオンズのエース。現在の西武の前身であるが、「野武士野球」といわれた野球でスライダーを武器に連勝を重ねた。当時は豊田泰光、中西太といった暴れん坊がいて、その野球選手を三原脩監督が納めていたチーム。水原監督率いる巨人を三連敗のあと四連勝する「巌流島の決闘」といわれる名勝負で破るなど、記憶に残るチームであった。稲尾党首といえば「神様・仏様・稲尾様」といわれたほどの名投手、当時伝説に残るような投手が数多いる中でひときわ輝いた投手ではないかったか。王・長島といったV9の巨人の前の時代の名投手である。その稲尾投手は、三原監督や豊田・中西という先輩選手にもまれて大投手になった。そのチームの雰囲気や先輩たちのきびしくもあたたかい刺激が稲尾を成長させたのである。
 その稲尾党首と、巨人の松田清投手が築いて以来の記録を打ち破る21連勝。これは歴史に名前が残る投手を生で現在見ることができるというのは非常にすごいことである。いつも辛口の星野監督も手放しでほめている。その田中投手は、野村監督との出会いが大きな刺激になったのではないか。野村監督はやはり多くの人の刺激になっている。ヤクルト時代は古田敦也捕手や高津信吾投手など、多くの選手を育てたが、楽天では田中投手を育てた。たぶん野村監督は、様々な人と会っているが、その刺激をしっかりと受け止める人がいなければ、なかなかうまく成長できない。何かが共鳴して、一人の人間の成長を行う。そのことがまさにこのような状態になっているのではないか。
 その結晶が、田中投手の新記録につながっているのではないか。実際に、田中投手の連勝は今後も続くのかもしれない。どこまで伸ばすのか、それは別にして、田中投手の今後の成長を見てみたい。このような記録を残す投手を見ることができるのは、なかなか幸せなことではないのか。

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今週はこれしかないでしょう!祝、日本代表世界で最も早くワールドカップ出場を決める

今週はこれしかないでしょう!祝、日本代表世界で最も早くワールドカップ出場を決める

 毎週土曜日は、軽い話題と勝手に私が決めている。もちろん私のブログなのだから何を決めても、その決め事を破っても別に誰かにとがめられることはないのであるが、一応緩やかになんとなく決めておくと、毎日このように長文を書いている身になってみるとメリハリがついてやりやすいものなのである。
 そして、軽い話題と毎週月曜日のマスコミのネタは、毎週ひとつ筒ぐらいが最も良いのかもしれないとも思っている。現在毎週日曜日に行っている憲法に関しては、どうしたものかとも考えているのであるが、まあ、それ以外はこのペースで行おうかと思っているのである。
 さて、今週はこれしかない。サッカーの日本代表が6月4日ワールドカップの最終予算があり、その最終予選で引き分けたことによって、勝ち点によってワールドカップの出場が決まった。ワールドカップ出場が決まったのは、開催国ブラジルを除けば日本が世界で初である。
 まず何よりも「世界で初」ということが最もうれしいものではないのか。アジア・オセアニアにおける最終予選においてアウェーであっても勝ったということであり、それだけ日本が強くなったということではないのか。
 試合展開は、前半は日本が押し気味になっていたがしかしスコアレスドロー。そして後半、オーストラリアが先に1点入れた。しかし、アディショナルタイムにはいり、コーナーキックからパスを受けた本田がセンタリング、それをオーストラリアの選手がペナルティエリアでハンドとなり、ペナルティーキックをえる。これを本田がまさに「ど真ん中」に蹴り込むことによって、同店、そのまま試合が終了して日本は勝ち点1、そして現在のところ勝ち点14で第二位の勝ち点7を大きく引き離して出場を決めたのである。

強心臓本田、PKをど真ん中に決めた!!「真ん中に蹴って取られたらしゃーない」

[6.4 W杯アジア最終予選 日本1-1オーストラリア 埼玉]
 日本が5大会連続のW杯出場権を獲得!! 4日に行われたW杯最終予選で日本代表はホームでオーストラリア代表と1-1で引き分け、5大会連続のW杯出場権を獲得した。
 エースの左足が土壇場でチームを救った。1点ビハインドで迎えた後半ロスタイム。土壇場で転がり込んだPKをMF本田圭佑がど真ん中に蹴り込み、日本を5大会連続のW杯出場へと導いた。
 PKのシーンについては「みなさんがかなりプレッシャーをかけてくれたので」と笑わせた本田だが、「緊張していたけど、真ん中に蹴って取られたらしゃーないと思いながら蹴りました」とさすがの強心臓ぶりだ。
 国内で初のW杯出場権獲得というノルマは達成した。この後は強豪との対戦が続くコンフェデレーションズ杯が待ち構えている。「みなさんは期待していないかも知れませんが、僕は優勝するつもりでいるので、また応援してもらえるように頑張ります」と高らかに優勝宣言をした。

13/6/4 21:43 
http://web.gekisaka.jp/395576_119801_fl

サッカーW杯決めた!瞬間最高視聴率46.3% 豪州戦平均38.6%

 4日、埼玉スタジアムで行われたサッカー日本代表の『ワールドカップアジア最終予選 日本代表?オーストラリア戦』がテレビ朝日系で生中継され、平均視聴率38.6%(後7:30?9:37)で、現時点までの今年最高記録だったことが5日、わかった。瞬間最高視聴率は46.3%で、1?1の引き分けで試合が終了し、日本が5大会連続5回目のワールドカップ出場を決めた午後9時23分にマークした。視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区。
 最終予選第6戦までに勝点13をあげ、グループB首位の日本は、オーストラリアに勝つか引き分ければ出場が決まる状況だった。日本は、本田圭佑と長友佑都がけがから復帰して先発出場し、香川真司、内田篤人、岡崎慎司らベストメンバーで臨んだ。
 開始早々からオーストラリアがロングボールを生かした攻撃でプレッシャーをかけてきたが、落ち着いて対応し、本田を中心に細かいパスの連係からゴールに迫った。何度か決定的なチャンスもあったが、前半を0?0で折り返した。
 後半、動きが重くなったオーストラリア勢に対し、日本は本田や香川の連係で繰り返しチャンスを作ったが、得点できないまま迎えた37分、オーストラリアの左サイドからのクロスボールがそのままゴールに入り、先制点を奪われてしまう。それでも日本は、後半終了間際に本田が相手のハンドを誘ってPKを獲得。これを本田がゴールど真ん中に決めて同点に追いつき、土壇場で引き分けに持ち込んだ。
 日本は、来年のワールドカップブラジル大会(2014年6月12日?7月13日)に出場する32チームのうち、開催国のブラジルを除いて世界で最も早く出場を決めた。最終予選最後の第8戦・イラク戦はアウェーで6月11日に開催される。
【ワールドカップアジア最終予選・視聴率】
38.6% 日本×オーストラリア(2013年6月4日・テレビ朝日)
35.1% オーストラリア×日本(2012年6月12日・テレビ朝日) 
31.6% 日本×ヨルダン(2012年6月8日・テレビ朝日)
31.1% 日本×オマーン(2012年6月3日・テレビ朝日)
30.0% オマーン×日本(2012年11月14日・テレビ朝日)
28.9% 日本×イラク(2012年9月11日・テレビ朝日)
25.0% ヨルダン×日本(2013年3月26日・テレビ朝日)

2013 年 06 月 05 日 10 時 00 分ニュース-ORICON STYLE-
http://www.oricon.co.jp/news/movie/2025261/full/

 さて、まずこの試合、あるいはこの試合に限ったことではないが、応援席において日の丸が大きく掲げられることに関して、非常にうれしく思う。今回、ひときわ私が目を引かれたのは旭日旗だ。韓国など「敵国」(今回はサッカーで日本以外は全て敵国である)が戦争を想起させるなどとしていろいろと言っているようであるが、やはり、日本を背負って立つ人々に関しては「日の丸」がそのトレードマークであるし、そのチーム、国家の威信をかけて戦うと言うことになれば、日の出の勢いを示す旭日旗を掲げることに何の不思議もないはずなのである。そして「戦争」を想起させようとなんであろうと、「日本が戦う」と言うことに関して国威高揚させる力を旭日旗は持っているのではないか。
 もちろん、今回旭日旗を振っていた人が(当然に誰だかわからないのである)そのようなことやあるいは戦争や戦いを想起させるなどと言うことを想定して旭日旗をもっていたかどうかはまったくわからない。しかし、見ている側は、特に私のように日本を愛する人にとっては、多くの人が日の丸を片手に日本が勝つことを祈る、応援する姿はある意味で感動的であるといえるのである。はっきりいって日の丸君が代を反対するとか言っている教員は一体何を考えているのであろうか。このサッカーのファンや日本全体の盛り上がりを「戦争」として捕らえているのか、はなはだ疑問である。
 一方、記事にもあるが、最後のワンチャンスにしっかりとPKを決めた本田もすばらしい。オーストラリアに先制されてしまい、会場全体があきらめムードにある中、また、自分があそこで決めなければこの試合で負けてしまうと言うときに、そのプレッシャーの中で「真ん中」にけって点を入れる精神力はすばらしい。そもそも、チーム全体が本田が蹴ることを認め、そして本田に全てを託していた。それは、応援している人だけでなく、すべての選手がそうであったのではないか。その中で、しっかりと仕事を決めることができる精神力はあまりにもすばらしいとしか言いようがないのではないか。
 そして、逆に、それまでオーストラリアとの戦いで押し気味に進めていた試合運び、そして1点先制されてもあきらめないチームの力は、以前の日本と違って、精神的にもはるかに強くなったのではないかと考えられるし、そのために5大会5連続のワールドカップ出場と言うことになっているのではないだろうか。
 さて、では日本がこれに学ぶことは何か。たくさんあるような気がする。しかし、ひとつだけいえることは、日の丸を背負って、そして世界に通用する人材を育てなければ、そして、そのときに本田のようにしっかりと仕事を任せていられる信頼感と一体感が必要なのではないかと考えられる。実際にそのようにできているのか、考えなければならないのかもしれない。

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がんばれ日本人メジャーリーガー 日本国はあなたたちを応援している

がんばれ日本人メジャーリーガー 日本国はあなたたちを応援している

 今日は、土曜日なので、基本的に完全に軽い話題にしようと思っているのである。なんとなく軽い話題を行いたいと思っているのであるが、今日は「話題の分野」は「野球」ということで軽いのであるが、内容はいかがなものであろうか。
 先日オリンピックでサッカーが男性チーム・女性チームともに1勝をあげた。もちろん、女性チームはワールドカップで優勝したくらいであるから、その実力は世界のトップクラスである。しかし、相手チームも日本のことを研究してきてからの話しであり、ワールドカップのときよりもはるかにつらい戦いであったと思う。しかし、その中でしっかりと勝利をつかんだのである。「当たり前に勝てる」と思われる戦いで「勝つ」のは、「勝つことよりも負けた場合を考えてしまう。勝てる相手に負ければミス以外にはない。その内容から当たり前の話をしっかりとしなければならない。相手の行ういかなる事情変化にも対応しなければならない。その内容をしっかりと行ったので勝てる。それでも「ミスがあった」というコメントをなでしこジャパンの人々は出しているのである。その心の強さは、今の日本の政治家などよりもはるかにすばらしい。
 一方、男性のオリンピック代表は、世界ランキングがはるかに上のスペインに対して1勝したのである。これは、完全に『衝撃』であった。驚きとしか言いようがない。まさかスペインに勝てるなどとは思っていない中での1勝は「スポーツの面白さ」を教えてくれた。まさに勝負はして見なければわからない。
 スポーツは、まさに人生の中でさまざまなことを教えてくれる。オリンピックで日本が沸いている中、オリンピックから種目がはずされてしまった野球でアメリカで非常に大きな事件が起きた。シアトルマリナーズで11年プレイしてきたイチローの電撃移籍、そして松井秀樹の戦力外通告である。

松井に戦力外通告 勝負強さ発揮できず

 レイズは25日(日本時間26日未明)、打撃不振の松井秀喜外野手(38)に戦力外通告をしたことを発表した。シーズン途中加入の松井は出場34試合で打率1割4分7厘、2本塁打、7打点と不振だった。ここ最近は18打席連続無安打で、うち11度が得点圏に走者を置いた場面。好機でことごとく凡退し、持ち前の勝負強さを発揮できなかった。

日刊スポーツ 7月26日(木)2時35分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120726-00000011-nksports-base

イチロー、ヤンキースに電撃移籍!すぐにマリナーズ戦先発出場

 米大リーグ、マリナーズのイチロー外野手(38)が23日(日本時間24日)、ヤンキースへ電撃移籍した。若手2投手+金銭の交換トレードで、米紙によると、ヤンキースの年俸負担は200万ドル(約1億5700万円)程度とされる。同日、シアトルでのヤンキース戦前に退団会見で「決断は難しいものだった」と心境を語り、同時に入団会見も行った。そのままシアトルでの古巣戦に真新しい背番号「31」のユニホームに身を包み、「8番・右翼」で先発出場し、1打席目に中前打を放つとすかさず二盗を決めた。
 イチローが旧本拠地となったセーフコ・フィールドの三塁側ビジター・ダッグアウトから姿を現すと、球場内からスタンディングオベーションが巻き起こった。スタンドには「さよならイチロー」「THANKS ICHIRO」のプレート。
 イチローはヘルメットを掲げると、大きく2度頭を下げて声援に応えて打席へ。3回1死走者なし。ヤンキースのグレーのビジター用ユニホームに身を包んでの初打席は、イチローらしい確実な打撃だった。2球目を中前へ痛烈にはじき返すと、中堅スタンドのイチローの安打数を示す「ICHI メーター」は「105」から「106」へと変わった。
 守備でも軽快だった。1回2死一、三塁から5番シーガーの右直を捕球すると軽快なダッシュでいつもと反対側のダッグアウトに戻り、新しいチームメートとハイタッチ。スター軍団の中に笑顔で溶け込んだ。
 マリナーズ移籍を決めた2000年オフ以来、最大の決断。敵地となったセーフコ・フィールドの景色は何もかもが変わっていた。通い慣れた右翼守備位置への道のりは、三塁側ダッグアウトからはやけに遠い。自分を慕って入団してきた川崎宗則内野手は、相手ベンチから自分を見つめている。
 ヤンキース先発の黒田博樹投手は味方となった。時価数千万といわれるイチロー専用のトレーニングマシンは、相手ダッグアウトの裏に置き去りにされたままだ。
 イチローが新天地で身につけたのは背番号31だった。マリナーズで慣れ親しんできた背番号51は辞退した。大リーグを志すきっかけとなったヤンキースの名外野手、バーニー・ウィリアムス氏の背番号。イチローはすでにウィリアムズ氏を超える成績を残しているが、これをヤンキースで受け継ぐのは気が引けたからだ。
 「51番はボクにとって特別な番号だが、現段階ではとてもボクの方からお断りさせてもらうというか、とてもつけることはできない。新しい番号を自分のものにしたいという気持ちです」
 大リーグのスーパースターとなりながら、勝ち星に恵まれないマリナーズに所属していたイチローには、これまで何度かヤンキースへの移籍話が持ち上がったことがある。
 最初にイチローにラブコールを送ったのは、ヤンキース前監督のジョー・トーレ氏。在任中、「イチローのような外野手はヤンキースでプレーしてほしい」などとことあるごとに発言。その後もイチローの移籍話が浮上するたびにその相手として名前が挙がるのはヤンキースだった。マリナーズだけではなく大リーグの中でも大きな存在感を示すようになったイチローを獲得できるのは実力、資金力、ステータスを兼ね備えたヤンキースしかなかったからだ。
 それだけに、今回のイチローの移籍の決断は遅すぎたとの見方もある。全盛期に請われて移籍するのと、今回の移籍とでは大きく事情が違っており、旬を逸しての移籍となっているからだ。
 ヤンキースが今回、イチロー獲得に動いたのは、正左翼手のガードナー外野手が故障で今季絶望とみられているからだ。基本的には左翼手の穴埋めとして起用される予定で、生え抜きスターで固められているヤンキースの中では、外様のベテラン選手の存在感は微妙。この日の8番・右翼での先発も、イチローのチーム内での立場を如実に表している。
 イチローの大リーグ第二幕は決して順風満帆ではない。「一番負けているチームから勝っているチームへいくわけだから」。イチローの新しい挑戦が始まった。

夕刊フジ 7月24日(火)16時56分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120724-00000023-ykf-spo

 ある意味でオリンピックの選手は「今が旬」の選手たちのトップの争いである。この戦いにおいて「政治」「国情」を交えて解説する馬鹿な人がいるが、スポーツはスポーツである。もちろん、国家の維新と誇りをかけて出場している。日本の小学校の運動会などで「エールの交換」というのがあり、相手チームを讃える習慣がある(日本だけでもないのかもしれない)。相手があり日本チームがある。日本チームが勝つのは相手チームがいるからである。よい試合ができるのは両チームがその力を出し切るからであろう。その意味で、政治的な話しをスポーツの場に持ち込んで相手の国家を貶めるようなパフォーマンスをする国民がいるが、はっきり言って、その国が世界から非難されるのである。
 では、二人の38歳のメジャーリーガーは、「引き際」の美学なのかもしれない。もちろんこのように書くと「まだ引退するわけではない」という苦情が来る。しかし、年齢手金「引き際」であることは間違いがない。もちろん、「際」という単語を使っているのであるから、そこからまた復活することもある。しかし、その引き際での美しさがやはり日本人の美学の一つなのではないか。
 イチローは「若い世代に」ということを言ってチームを去った。ヤンキースという新天地に38歳で行くのは、かなりさまざまな苦労があるであろう。しかし、そのような場所に身をおくことによって更なる高みを目指す姿に、現在逆境にある日本人の多くは共感し、そして自らに置き換えて惜しみない応援を送るであろう。
 一方、松井は戦力外通告ということである。しかし、まだ引退をするわけでもない。他のチームでプレイを続けることも、日本に戻ってくることも可能だ。松井選手は星稜高校の4番で5打席連続系絵院をされたほどの強打者。それで高校野球で敗戦を喫したときも、しっかりとしたコメントを出し、相手チームを非難しなかったコメントに、日本中の人々が好感を持った。その後の巨人軍での活躍、そしてヤンキースへの移籍以降のメジャーリーグでの活躍は、印象に深い。イチローのような数字で残るものよりも、記憶に残るプレイヤーであり、私は、まだまだ数字以上の活躍をすると考えている。
 どの世界でも「引き際」はさまざまある。そして「引く」時には心と体、そして自分の考えと周囲の評価という二つの認識が異なる。そして一流の選手は、そのときに自分を客観的に見ており、そして、正しい評価を示す。
 今の日本の政治家にそのような選択ができるのか。スポーツの世界と政治の世界を単純に合わせることはできないし、スポーツに政治を重ねることはできないが、人間として、その高度な判断、そして自分客観的な評価を行えるのか。そのことが人間としての価値ではないか。現在の政治家よりも、スポーツの選手のほうが、若く、そして人間としてできているのではないか。そのように思ってしまう。

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「喝」でお茶の間人気の大沢啓二元日本ハムファイターズ監督逝く

「喝」でお茶の間人気の大沢啓二元日本ハムファイターズ監督逝く

 昨日12日は新聞が休刊美であった。連休明けは基本的には新聞の休刊日になる。新聞社といえどもどうしても休みは必要だ。新聞社も人間の行っていることであり、また、機械などもメンテナンスをしなければならない。何よりも人間の頭の中をメンテナンスしないと、なかなか良い記事は書けないものである。よって、昨日は駅売りのスポーツ紙しか販売していない。だから今日はスポーツの話題から。
 それでも、コンピューターなどコミュニケーション手段の発達によって、かなり私たちの世代の新聞社は楽になっている。昔の人は、カメラも大きかったし、そもそもデジタルではないので、カメラのフィルムの現像をどれほどの速さでしなければならなかったか。それに比べれば、かなり多くの労力を節約できている。科学の進歩さまさまである。
 逆に、科学の時代に生きてしまったために、人間としての根性が足りない部分もある。私自身の話として聞いてもらいたいが、昔の人のマスコミや記者の話を聞いていると、とてもとても自分にはできないものであると感じる。私は、まだ、最近のマスコミの人と違って諸先輩方との話が非常にスムーズに言っている方であると考えている。というよりは、私の所属している両院記者会そのものが、昭和一桁生まれの「巣」のような場所である。一般の会社ではとっくに引退している年代の人たちが現役で働いているのであるから、その迫力といったらない。昭和一桁の人々は、前半の人は戦争経験者である。ここで言う戦争経験者とは、まさに戦闘体験や戦争の訓練を受けた世代という意味であり、空襲や戦争被害の体験者という意味ではない。両院記者会の事務局長をしていらっしゃる小林さんは昭和3年生まれである。昭和19年、まさに戦争中に「貴族院」入社している。私が間違えているわけではなく、当時は貴族院であった。現在の国会の改革があり貴族院が参議院になるのは、昭和26年のことだ。同年代の人は「学徒動員」で出征した人も少なくない。小林さんの場合は、女性であるからそのようなことはなかった。
 小林さんと話していると様々な話が出てくることが多い。そもそも「鳩山」という姓字で「一郎」と答える現在の政治関係者は少なくないのではないか。現在ならば由紀夫前首相か邦夫元総務大臣の兄弟のことが上がる。少し古い人であれば、「威一郎」外務大臣である。鳩山一郎氏は、自由民主党初代総裁であり、自由党と旧民主党に分裂していた時代に吉田茂と首相の座を争った人物だ。吉田茂の引退後鳩山一郎が首相になっている。やはり孫同士も同じ因縁のようで、吉田茂の孫である麻生太郎の次に、鳩山一郎の孫である鳩山由紀夫が週初になっている。
 このようなことは、昭和の時代の話を聞くものだけが知る特権であり、また小林さんのような型と話をすると、その時の情景が目に浮かぶ。殊に、国会議事堂は、当時とまったく変わらない外見である。当然にその内容はその「舞台」で繰り広げられた様々な物語を見ることができるのだ。
 さて、国会の場では、このような昭和一桁の人がまだまだ「現役」で活躍している。下手をすると大正生まれの「現役」もいるほどだ。
 これに対して、野球界、殊にプロ野球界は、現役が非常に短い。最近では横浜ベイスターズ(この球団も今年なくなるようであるが)の工藤公康投手が現役最年長であったし、中日ドラゴンズの山本昌投手が最年長で完封をしたばかりだ。とはいえ、工藤投手も山本投手も四十代である。政治の世界で言えば「若手」どころか「ヒヨコ」といわれる世代だ。野球界では、どうしてもそのように現役の時期が短くなってしまうのか。もちろん体力を使う仕事であるから、現役の期間が短いのはよくわかるが、それでも、ゴルフなど他のスポーツのように「シニア」で活躍できる部分が非常に少ないのは残念だ。
 それでも、プロ野球の話も、昔の話を聞くのは面白い。先ほどの国会の小林さんではないが、「あの時こうだった」「昔の選手はすごかった」などと聞くと、現在のような映像などが残っていない分、とてもすごいものを想像してしまう。伝説の選手というのか必ずいるものであり、実際に数字を残していない選手も確実にヒーローなのである。
 そのような「プロ野球」で昔の人が思う存分語る場面というのが少なくなった。野球そのものの中継も少なくなったし、野球の解説者は、当然に現在の選手とのつながりのある若い解説者の方が、使い勝手が良い。あわよくば裏話やプライベートの話も聞けるので、マスコミなどは非常に使いやすいのであろう。また地方遠征なども多いので、年長者はなかなか解説としては難しい部分があるのかもしれない。殊に中継ということになれば、なかなか手が届かない。
 そんな中、東京ではTBS系列で、日曜日の朝テレビ番組「サンデーモーニング」の「御意見番スポーツ」コーナーは楽しみの一つであった。大沢啓二氏と張本功氏の忌憚のない意見は、「長老」ならではの意見であり、また、誰もが納得できる話ばかりである。やはり、最近の「若い」解説者ではなく、長老でなければできない「遠慮会釈ない」意見は、野球もしくはスポーツ全体を愛しているからこそ出てくる温かい批判ばかりである。殊に、「喝」という掛け声をするときは、本当に素晴らしいタイミングであった。そのご意見番の一人大沢啓二氏が急逝した。癌であったという。その記事が下記のものだ。

「親分を最後まで」大沢啓二元監督がん死

 球界の「親分」が逝った。元日本ハム監督の大沢啓二氏が7日午前7時25分、胆のうがんのため、都内の病院で息を引き取った。78歳だった。昨年10月に発覚も、すでに末期に近い状態だったため、手術をせずに抗がん剤などで治療を続けていた。9月23日に体調を崩して入院。先週、容体が悪化し、そのまま帰らぬ人となった。強打、堅守の外野手として、56年に立大から南海に入団。65年に現役を引退し、日本ハム監督として81年にリーグ優勝を果たした。現場から離れたあとは、TBS系の情報番組「サンデーモーニング」にレギュラー出演。「喝(かつ)!」「あっぱれ」のフレーズで人気を博した。
 親分は最後まで「ボール」を握り続けていた。大沢さんの個人マネジャー、久保文雄氏(48)によれば、「病院のベッドの枕元に硬球をずっと置いてました。亡くなる前日もボールを握り締めていました」という。息を引き取った時の顔は「勝ちゲームのあとのような、安らかな表情」(久保氏)だった。
 昨年10月に胆のうがんが見つかった。わかりづらい場所にあったため、発覚した時はすでに末期に近かったという。手術もできずに抗がん剤などで治療を行う一方、周囲には事実を明かさずに、野球評論などの仕事を続けていた。今年夏ごろ「腰が痛い」と訴えることが多くなり、食欲も急激に衰えたという。それでも、久保氏によれば「最後まで親分を通すぞ」と言い、仕事を優先した。元ロッテ、巨人の張本勲氏とのコンビで人気の「サンデーモーニング」の出演は、9月19日が最後となった。
 「親分」のニックネームにたがわない野球人生だった。まっすぐな性格で、高校時代には判定に怒って球審を殴ってしまい、1年間出場停止になった。南海に入団後、立大の2年後輩の杉浦忠氏(故人)、長嶋茂雄氏(巨人終身名誉監督)の面倒をみて、勧誘に一役買った。長嶋氏が巨人入りを決めた際には、たまらず怒鳴りつけたという。コーチ、監督時代に退場7度(史上4位)。最後のユニホーム姿となった94年の日本ハム退団セレモニーの際には、10年ぶりの最下位をわびて、ファンに土下座までした。
 最も光り輝いたのは、最初の日本ハム監督時代だろう。76年から指揮をとり、81年に悲願のリーグ優勝。江夏、柏原、高橋一三、ソレイタといった猛者たちを巧みに使い、球団創設8年目にして初の優勝をもたらした。当時の大社義規オーナー(故人)を胴上げし、男泣きしたのは有名。「大社さんほど野球が好きなオーナーはいない。あの人を胴上げできないようでは男がすたる」。日本シリーズでは江川のいる巨人に完敗したが、日本ハムが北海道に移転するまでの唯一のリーグVだった。
 発言もユニークだった。日本ハムの監督に復帰した93年、当時ロッテの伊良部に完敗した際、「幕張の海岸を泳いでいたらよお、イラブっていう電気クラゲに刺されてな。またの下でなくてよかったけどよ、治療してまた出直しだわな。ワッハッハ」と笑い飛ばした。この年は西武と最後までデッドヒートを演じ、優勝は逃したものの、「親分」は流行語大賞にもなった。
 「人間には、わらじをつくる人、みこしを担ぐ人、みこしに乗る人がいる。誰が一番えらいんじゃなくてよ、それぞれ与えられた役割をまっとうすることが大事なんだ」。大沢さんの口ぐせだった。球界の親分という役割をまっとうし、78年の生涯を閉じた。

2010年10月8日(金)10時10分配信 日刊スポーツ
http://news.nifty.com/cs/sports/baseballdetail/nikkansp-p-bb-tp0-101008-0011/1.htm

 「大変ショック」と張本氏=テレビ番組で名コンビ―大沢啓二氏死去
時事通信 10月7日(木)12時33分配信

 7日死去した大沢啓二さんはTBS系のテレビ番組「サンデーモーニング」の「御意見番スポーツ」コーナーに張本勲さんと共演。好プレーに「あっぱれ」、ふがいない選手らに「喝」を入れながら、若い選手らを励ました。
 張本さんはTBSを通じ「大変ショックを受けています。まだ実感がわきません。大沢先輩にはたくさんのことを教わりました。感謝の気持ちでいっぱいです。ご家族に心からお悔やみを申し上げます」とコメント。無念さがにじんだ。
 体調が悪く、最近2回は出演を取りやめた大沢さん。3日の放送では、視聴者へのメッセージを託し、「欠席」をわびた後、今季の優勝予想で中日とソフトバンクを高く評価した点を褒めてほしいと、自らにささやかな「あっぱれ」を入れたのが最後になった。 

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101007-00000058-jij-spo

 大沢啓二氏に関しては、私は当然のごとく現役で見ているわけではない。南海ホークスの名外野手で、外野からキャッチャーのサインを見て守備位置を変えていたという伝説の持ち主だ。立教大学では、杉浦忠投手、長嶋茂雄内野手の先輩にあたり、その杉浦忠投手を南海ホークスのエースにした人である。
 私たちが記憶にあるのは、日本ハムファイターズの監督の時。殊に二回目の監督時代は、「大沢親分」と言われてファンにも慕われた人物だ。だれい言わせても「面倒院の良い人」という感じであった。日本ハムファイターズの試合後のインタビューで、勝った時は、必ず「選手が素晴らしかった」というし、負けた時は「全て監督が悪い」と負けの責任を一人で抱え込む大きな人物であった。負けが込んできたときのインタビューでもっとも印象にあるのが「チームが負けたのも、電信柱が立っているのも、郵便ポストが赤いのも、みんな監督である俺が悪いんだ。選手を責めるな」という言葉があった。これこそ、「親分」という呼び名にふさわしい一言である。それでも、多くの人から笑いがとれる人だった。誰からも慕われる人物であった。いや、逆に「そのような人物だからこそ」多くの人から慕われたのではないだろうか。
 振り返って今の政治家にこのような人がいるであろうか。秘書やマスコミに責任を押し付けて、自分の責任を逃れる政治家は少なくない。「XXXがー」といって他人への責任転嫁が目立つ。「大物の政治家がいなくなった」とは、まさに大沢氏のような大きな人物がいなくなったということではないだろうか。残念ながら与野党込みで、そのような大きな人物がいなくなった。また、大沢親分と同じプロ野球界でもそのような人が少なくなったのは非常に残念なことだ。大きな人物がいなくなった、そのことこそ「日本全体の閉そく感」の象徴なのかもしれない。
 いずれにせよ、大沢啓二氏のご冥福をお祈りします。

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ワールドカップに関する雑感(今回はとりとめのない独り言)

ワールドカップに関する雑感(今回はとりとめのない独り言)

 日本時間の6月14日夜、ワールドカップの予選で、日本対カメルーンの戦いが南アフリカで行われた。私は、残念ながら(本当にそう思っているかどうかは不明であるが)出張の帰りで、新幹線に乗っていたために、中継で見ることはできなかった。
 私を知る人は、私がスポーツマンの体系ではないので、運動音痴といわれる人種に属していると見られがちであるが、小学校時代の私は、意外にも運動少年であり、サッカー・野球・柔道と様々なスポーツを行っていたものだ。サッカーに関しては、当時、読売少年サッカークラブと関東大会や全国大会を競っていた「富士見ヶ丘サッカークラブ」に属していた。といっても、基本的に何のことを言っているかわからないと思うが、要するに、東京では有名な強豪チームに属していた。当時「勝利への脱出」という映画があり、そのプロモーションできていたペレが、わざわざ教えに来てくれた(わざわざというのは、私の個人的な願望である)ほどの強豪チームであった。
 とはいえ、今のサッカーはよくわからないのが現状。当時は「ミッドフィルダー」などというポジションはなく、今の単語が分からない。しかし、サッカーそのものは、なかなか良いと感じてしまう。
 スポーツになるとどうしても個人の感情が優先してしまう。何とか元に戻そう。
 さて、今回のワールドカップは、残念ながらあまり期待されていなかった。岡田監督率いる全日本代表は、それまでの練習試合でも敗北続きであり、その内容に関してはとてもとても、ほめられたものではない。とくに、日本のサッカーチームは昔から「決定力不足」であり、その内容たるや、ひどいものである。スポーツというのは「相手に特典を入れられなければ、絶対に負けない」のであるが、逆に「得点できなければ、絶対に勝てない」のも事実である。このような状態で、ワールドカップ本戦に入ったのであるから、当然に期待されないのは、予想の範囲だ。「岡田辞めろ」という新聞の見出しが躍るたびに、私などは職業柄「岡田(克也)外務大臣がへまデモして国民の顰蹙を買っているのか」と邪推してしまうが、どうやら、そうではないらしい。たまに、地下鉄の中で、一人で苦笑してしまうこともある。
 そんな状況では期待されるはずがない。私の知り合いの、全日本のグッズを作っている会社では「今回はあまり作っていません。準決勝まで進むと、グッズが販売できなくなるくらいの在庫しかないんです」という。要するに、グッズを作る会社ですら、逆にそのほうが不良在庫を持たないという意味では、シビアな見方をしているのかもしれないが、準決勝が精一杯、そもそも予選通過が難しいと考えているということになる。
  その状況で、南アフリカという、あまり気候や治安が良くなく、行動の自由(朝にアップするなど)があまりできない国の大会では、あまりよいことはないのではないか。と、期待されない事情はそろっていた。
 少し話はそれるが、南アフリカは世界でも有数な犯罪国である。もともと、金やダイヤモンドなどの地下資源に恵まれている国家でありながら、世界の最貧国に数えられる。アパルトヘイトなど、黒人差別というよりは、地下資源をもとにした、白人社会の差別と、その差別の下にある地下資源の収奪のために、多くの国民は貧しい生活になってしまっている。そのうえで、経済的な内容よりも、まず国家、民族としての独立を考えたために、経済はどうしても二の次になってしまった。もちろん、その選択が悪かったというのではなく、民族というよりは隷従支配からの解放は、非常に重要であるが、その次の「富国」という意味では、発展途上であるといっても過言ではない。
 そのために、今回のワールドカップでも、犯罪に関しては、非常に多く報告されており、取材陣の機材が盗まれた、観光客が強盗にあったなどは、日常茶飯事であると聞く。それでも、「政治的な裏」があるにせよ、このような国際大会があることは、世界からの注目と投資があるというだけでなく、南アフリカの人々のためには、どうしても、必要なモティベーションがあがり、今後国家の経済が、そして国民の生活が向上するきっかけになるのではないかと考えてしまう。
  話を戻して、それほど、期待されていない全日本が、カメルーンに対して勝ったのである。
  日本人に限らず、期待されていない人が勝つと、それだけ、喜びが大きい。勝てると思っていなくて勝った場合の喜びは、なかなか大きなものである。その通り、6月15日のスポーツ新聞の一面は、当然のごとく、サッカー特集であり、本田という選手(ごめん、知らない)の得点シーンの写真が全紙を飾った。勝ったという喜びはよいが、それだけ期待されていなかったということであろう。
  さて、いつも思うのであるが、これらスポーツの世界の祭典(オリンピックやワールドカップなど)で、勝った場合、当然に、国旗掲揚と国歌斉唱が行われる。柔道などで優勝すると、涙ながらに「日の丸」を見上げる選手の映像が流れる。大概の日本国民は、それを見て感動する。しかし、民主党の人々や共産党の人々はどう思っているのであろうかと思う。とくに、民主党。党大会などで、国旗掲揚や国歌斉唱がないことはすでに何回か述べた。そればかりではなく、昨年の事業仕分けではスポーツや文化に関する予算を大幅に削減したのである。その人々が、「日の丸」「君が代」「スポーツでの勝利」に対して、どのような感想を持つのであろうか。これは民主党の支持者にも尾なしことが言える。片方で国旗国歌、文化の破壊政策を行っている政党を支持しながら、片方で、国際試合での勝利で、国旗国歌を見上げる選手に感動するというのは、「自己矛盾」しているのではないでしょうか?まあ、そんなことを考えないから、政策も変わらないで、首相が変わっただけで、支持率があるのでしょうが…。
  ということで、ワールドカップで勝利をしたということだけで、なんとなく様々な雑感が生まれてきます。この件に関して、それぞれは、なんとなく詳しく考えてみようと思いますが、一応「国会新聞社」なので、最後は国旗国歌で終わってみようと思います。

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揺れる国技

揺れる国技

 昨今、相撲界に関する記事が紙面を彩っている。
 相撲は国技であり、その国技に関していろいろといわれている。まず、言われているのは朝青龍問題。これは、地方巡業を前にして、朝青龍が腰の披露骨折として診察所を提出、6週間の治療を要するとして、モンゴルに帰国し、地方巡業は欠席していたが、その治療期間中にモンゴルでサッカーをしていた映像が流れた。これは明らかに「仮病」での地方巡業「サボり」であるとして、日本相撲協会は二場所の出場停止にした。これに対し、朝青龍はまったく公の場に姿を表さずモンゴルに帰国しているという状況である。
 もう一つは時津風部屋での怪死事件。三カ月前に、稽古中の時太山が、マスコミ報道によると身体中あざだらけで、歯がすべて折れた状況で亡くなった。この件に関し、部屋全体で隠ぺいしていたものの、愛知県警によって現在傷害致死で捜査が進んでいる。時津風親方は相撲協会から除名されるという事件である。
 この問題は二つの日本人体質を深く反映した事件であると考える。一つは相撲(格闘技)は強ければよいのか、それとも人格などほかの要素が必要になるのかという、格闘技に対する考え方である。そしてもう一つは、「ムラ社会の隠ぺい体質」に関する問題である。
 強ければよいのか、という単語に関して、多くの人は「NO」という。では、究極の問題として「人格者であるが大関より弱い横綱の存在を認めるのか」、という話が存在する。そしてもう一つ「人格者が人を殴るのか」。
 現在日本では、暴力は軍事力と同じように敬遠されている。学校教育などで体罰を挙げられれば、すぐに教師は辞職に追い込まれる。しかし、その一方で人間は強いものにあこがれる。ボクシングやプロレス、K-1、プライドなど、放映されている格闘技は非常に多く、またその中の強い者たちは、力道山の時代からいままでヒーロー(ヒロイン)である。相撲も当然にそれらの中に入っており、昔は大鵬、最近では千代の富士や若乃花貴乃花兄弟などもてはやされたヒーローは少なくなかった。しかし、彼らがしているのはあくまでも「暴力」であることに変わりはない。張り手も上手投げも、上記のように教師が生徒にすれば、相撲部の指導以外では「暴力教師」となってしまう。この境目はなんだろうか。単純に職業(専門家)であること、競技であること(同等の体力の者が戦っていること)、そしてルールがあること。
 横綱審議委員会が、横綱の要件として挙げている人格は、この「暴力」を「競技」として、そのプレーヤーを「乱暴者」から「ヒーロー」へ変える要件であると考えられる。それはルールを守る、弱い者に対して暴力は振るわない(稽古と競技を除く)、そしてそれらが守れるであろう「人格」を兼ね備えること。朝青龍の問題でいえば、「嘘をつかないこと」「サボらないこと」「プレーヤーとしての義務と責務を果たすこと」が当然に求められていながら、それを破ったということになるのではないだろうか。
 この文書を書いている間にちょうど世間の話題になっているのが、ボクシングの亀田大毅選手が、世界選手権でチャンピオンに対し6回にわたる反則をし、試合を台無しにした事件。せのセコンドを務めた父亀田史郎氏と合わせてボクシング協会から1年間(亀田史郎氏は無期限)の資格停止処分が下されたという事件がある。これに関しても、朝青龍と根は同じ。強ければいいのか、マナーがなくても人格が悪くてもチャンピオンになれるのか、という疑問を投げかけている。
 さて、もう一つの要件「隠ぺい体質」について。
 日本人はどうしても隠ぺい体質から抜け出せない。隠すことで情報を操作することを望んでいるようである。しかし、世の中はすでに進んでいて、情報は隠すことでなく公開することで操作する時代になっている。日本人はそのことをまだ体でわかっていないようである。情報に関しては1990年代にアメリカの研究者アルビン・トフラーが「第三の波」という所の中で「21世紀は情報の波が来る」とし、情報の波による世界の変化を予測研究した書が話題になった。それから10年以上立ちながら、日本はいまだにアナログ的情報管理を行っている。
 隠ぺい体質があるのは、日本の古くからある団体すべてであるといってよい。役所(国・地方を問わず)、業界団体、大手企業などもそうである。財団法人日本相撲協会もその中に入っている。しかし、「情報の波」はインターネットなどの情報機関を使って、簡単に多くの人「マス」の中に流れるようになってきている。せっかく隠した情報も、いつの間にか漏えい、流出している状況になる。
 日本は先進国、それどころか世界に先駆けて軍隊のない国である。皇族皇室を含め、情報にタブーがない。一方、国の期間としての情報部がない。もしあったとしても、日本ほど情報漏えいが激しい国の情報部に重要情報をくれる人も少ない。一応日本には内閣調査室。公安調査庁などがあるが、私の個人的な感想からいえば連携が取れていないこと、情報が少ないこと、そして情報の利用ができていないことの三点から、基本的に国家情報部的な内容にはならない。もちろん、映画の007みたいなことを期待しているのではないが、たとえば、イラクでの日本人拉致などの事件や、現在発生しているイランでの日本人拉致事件などに関し、情報を独自に集められる期間が存在しないのは大きな問題である。日本は国家単位で情報の扱い方(集め方を含む)を考えなければならないであろう。
 話を戻せば、その古い体質の日本をそのまま背負ってしまったのが日本相撲協会であり、時津風部屋であると考えられる。
 この問題は、上記の人格の問題と、人格が欠落した集団の情報隠ぺいの二つの問題をはらんでいる。そして、それらを容認する部屋全体の雰囲気と、相撲界の密室化ということに問題があると考えられる。
 誤解がないように、この問題に関し相撲界全体に責任があるという意見はない。時津風部屋の事件は、かなり得意な例であり、また限度をはるかに超えた者であろう。しかし、上記の通り、最近の若者は体罰を受けずに育っているために、体罰の限度を守ることができない。江戸時代の拷問であっても、「指先が紫になったら拷問を中止する」など、各拷問の種類に限度を決めて行っていた。ましてや、相撲部屋で行われているのは稽古であり拷問ではない。少々制裁的な意味合いがあったとしても、稽古の枠を超えてはならない。しかし、体罰を受けていない若者にその限界を超えないようにするには、しっかりした指導が必要である。
 ではその指導とはどのようにするのか。そもそも、事件を起こした(前)親方と時太山とでは親子ほどの年齢差が存在する。当然に時代も違えば食糧事情も、育ち方、環境、いわゆるハングリー精神も異なると考えられる。それら世代を大きく超えた間であっても、教育は教育を受ける側の成長を目指さなければならない。実際、周りとの比較や昔との比較をするというのはあまりよいことではない。しかし、教育その者に関するモティベーションがないときに、そのような比較による競争原理を使用することはある。しかし、それ以上に比較を使う必要はない。万有引力を発見したニュートンも子供のころはあまり勉強ができなかった。人間も個体差があるのだから、当然に成長の速度も異なる。
 しかし、教育はある時期に、他者との比較の結果を求めるようになる。それも教育を受ける本人の能力や事情をこえてそうなる場合がある。東京都足立区の学力テストの事前問題配布不正などもそも一つで、学校でいえば学校の進学率や平均偏差値の他行との比較、今話題にしている相撲部屋では相撲部屋間での幕内力士の数の比較などである。そうなると指導に行き過ぎが出てくることもあれば、教育に歪みが出てくることになる。そして、今回のような事件に発展することになるのである。
 この相撲界の二つの問題は、このほかにも外国人や外国文化受け入れなど、日本という国が抱えている文化の大きな問題をはらんでいる。「他山の石」ではなく、自分のこととして、または身近なこととして今回の事件を見直すべきであるし、また、情報の取り扱い方や教育に関する内容の一つとして、本件を考えてみてはどうであろうか。
 ワイドショーをみてただ話題として、興味本位でみていると、次は自分にその同じ内容が降りかかってくる可能性があるのではないか。

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ワールドカップ敗退

ワールドカップサッカー日本敗退

 このブログは、国会新聞のブログなので、原則政治または国際向きのことを書くのであるが、まあ、今回は大目にみてもらってワールドカップについて。

 基本的に、今回の敗退は予想可能であった。期待が持てるとか、ブラジルと決戦とかマスコミも冷静でないサッカーファンもそのようなことをいっていたが、オーストラリアとの試合をみて、冷静に一時リーグ敗退を予想できないのはいかがなものか、と思う。
 私は、小学生のころサッカーをしていた。富士見ヶ丘サッカークラブという地域の小学校のクラブ活動でしかなかったが、しかし、関東大会で準優勝するなどなかなか評価された少年サッカークラブであった。あるとき、黒人と多くのテレビカメラが来た。その当時封切りになる映画『勝利への脱出』のプロモーションに来たペレという選手である。サッカーの神様といわれた選手で、世界十の憧れであった。ようするに、彼が関東大会準優勝の少年サッカークラブに教えに来たのである。もちろんプロモーション活動の一環である。
 そのときの指導は、いまだに忘れない。
「個人がうまくてもチームが下手ならば試合に負ける」
「シュートを打たなければ点は入らない」
 私のサッカーチームには、たしかにうまい人がいた。青木君、金田君、会沢君、そしてキーパーの寺島君。みなフォアードやミッドフィルダーといった役柄であったが、運動のできる小学生の特性としてわんぱくで、目立ちたがり屋であった。そのような雰囲気を察してか、まずチームの話をした。そして、キーパーまで全員が相手のゴールを目指すことを教えたのである。
 今回の日本はひどいものであった。みていてチーム全体が機能していないのが明らかであった。
 具体的には、ボールに群がるディフェンスでサイドやバックはがら空き。その間隙をつかれ、または頭を超されて簡単に得点を挙げられてしまう。また、全員でディフェンスに入ってしまうので、相手陣営にボールがいってもまったくつながらない。結局個人が持っていく以外に相手のゴール前にボールが行かないのである。
 パニック映画のエキストラのような日本人選手の動き。ボールが右に行けば全員で右に行き、左はがら空き。左右に振られてセンターが空いたところで中央からシュートを打たれておしまい。
 特に、日本の場合、先制点をとると逃げ切ろうとして守りに入ってしまうために、完全に攻撃できず、また多くの数でボールを追いかけて左右に振られるので、味方同志で邪魔になり、かえって相手のチャンスを増やしてしまう。
 まったくチームとして役割分担ができていないのである。
 今の日本企業もなにも、サッカーばかりでなく同じ構図を持っている。何か小さなそれでも目立つ事件に目が行き、本質的に問題となっていることや、重要なことを見落としてしまう。外野、観客は一時的に熱狂するが、それはサッカーのためでなく、自分のストレス発散のためでしかない。冷静に周囲を見回して本質的なことをアドバイスする人がいない。
 サッカーというスポーツを通しても、日本の欠点が見えてくる。

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