日記・コラム・つぶやき

「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」成立に見る国民と国会と之「天皇陛下への思い」の乖離

「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」成立に見る国民と国会と之「天皇陛下への思い」の乖離
 正直なところ、この法律に関しては、自民党であっても、安倍内閣が推進したにしても、あまり成立して欲しくなかったという個人的な感情があり、なおかつ私個人としては、別な考え方があるということがある。もちろん、私個人の考え方が正しいとも思えないし、また、今回の内容が正しいなどとは全く思っていない。しかし、さすがに「この特例法」であれば、どのような考え方の人にとっても「本当にこれでよいのか」というような形になってしまうのではないか。
  私の主張では、別に安倍内閣に対して、応援はしているものの100%盲目的に支持するつもりなどはな。「ほかの人が政権運営するよりも自分の考え方に近いのではなかろうか」という期待感であり、当然に安倍内閣が行っていることに反対するところもあれば、者大利ない部分もある。そのうえで、このブログにおいては何度も言っているように、安倍第二次内閣に関しては、その成立において、自分の自負という意味において少なからず関与したと考えているので、ある意味において、批判をする気もなければ、逆に盲目的な応援もする気はないというのが現状である。しかし、今回のこの「特例法」に関しては、完全に批判したいと思っている。
  さて、この天皇陛下に関しては、まず単語などに関して整理をしておく。今回の天皇陛下のお気持ちの実現に関して言えば「譲位」であり、一方法案に関して言えば「退位」である。その意味において、まずこのブログ内では使い分けてゆきたい(たまに混同することがあるが、その点に関してはお許しいただきたい)。そのうえで、もう一つは、皇室特有の敬語に関しては、不敬であるという指摘を上kることを覚悟で、このブログ上では使わないということにする。基本的に、わかりにくくなるということより、私の考え方を理解いただく方が良いと思うからである。そして、そのうえで、考えなければならないことを整理したい。
  1 「憲法」と「天皇」はどちらが「偉い」のか
  2 天皇の譲位について「特例法」でよいのか
  3 天皇陛下に自由意志はないのか
  ということについて考えてみたい。なお、この中にあげられている「女性宮家」ということに関しては、さすがに長くなってしまうので、非常に大きな問題であるとは思い、また避けては通れない内容であるということを認識しながらも、今回、少なくとも本日のブログで扱うことはやめる。その意味において、しっかりと考えてみたい。
【譲位特例法成立】「正面から男系継承維持に取り組むべきだ」 阿比留瑠比論説委員兼政治部編集委員
 天皇陛下の譲位を可能にする特例法が9日成立したことを受け、今後の焦点はどのように皇族減少に歯止めをかけ、将来に向けて安定的な皇位継承を確保するかの検討に移る。政府は、これまで125代にわたり1度の例外もなく受け継がれてきた皇室の伝統にのっとり、父方の系統に天皇を持つ男系の男子による皇位継承維持に、正面から取り組むべきだろう。
 「女性皇族がご結婚後も皇族の身分を保持し、当該女性皇族を当主とする宮家の創設が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」
 民進党は特例法成立に当たり、蓮舫代表名でこんな談話を発表した。見事に本質を外した立論である。
 皇室典範は「皇位は男系の男子が継承する」と定めており、女性宮家を創設しても皇位継承資格者は増えはしない。典範改正で女性宮家の子孫も皇位継承資格を持つようにするというのなら、それは女系継承容認につながり、「そこから先は違う王朝」(自民党の鬼木誠衆院議員)となる。
 民進党は天皇陛下のご意向について「十分忖度(そんたく)」(野田佳彦幹事長)、「しっかり忖度」(細野豪志元代表代行)と強調してきたが、宮中祭祀(さいし)を重視し、皇室伝統と向き合ってきた陛下が、それを望まれるだろうか。少なくとも首相官邸筋は「陛下の周りも、女系天皇をつくろうという気は全くない」と明言する。
 また現在、男系の男子である秋篠宮家の長男、悠仁さまが皇位継承順位3位だが、仮に女系天皇を認めた場合にはどうなるか。現在は継承権のない皇太子さまの長女、愛子さまとの間で「どちらにより正統性があるかが問われる事態になる」(政府高官)との懸念がある。女性宮家創設の結果、女性皇族のご結婚のハードルが高くなるだけでなく、予想外の大混乱を招く可能性も否定できない。
 一方、戦後に連合国軍総司令部(GHQ)の皇室弱体化の意向で皇籍離脱した旧宮家の復帰に関しては、「約700年前に天皇家から分かれ」(5月18日付朝日新聞社説)などと血の遠さを強調する意見がある。
 だが、旧皇族のうち竹田、北白川、朝香、東久邇の4宮家には明治天皇の皇女が嫁ぎ、東久邇家には昭和天皇の皇女も嫁いでおり、血縁は実は近い。
 皇室に詳しい徳島文理大の八幡和郎教授によると、明治以降、終戦以前に皇籍を離脱した元皇族の子孫や江戸時代に最も格式の高い公家、「五摂家」に臣籍降下した親王の男系子孫も数十人いるとされる。こうした方々のうち希望者を宮内庁の嘱託として活動してもらうとの意見もある。
 伊吹文明元衆院議長はかつて、女性宮家と男系継承を両立させるこんなアイデアを示していた。
 「民間の方と結婚された場合は一代限りとし、男系の旧皇族とご結婚になり男子をもうけられた場合には宮家を続ける」
 憲法の定める婚姻の原則「両性の合意」の問題などは残るが、戦後結婚した女性皇族の多くが旧華族や茶道家元などの旧家に嫁いでいるのも事実である。政府には速やかに検討を進めてもらいたい。(論説委員兼政治部編集委員 阿比留瑠比)
 
産経ニュース 20170609
http://www.sankei.com/politics/news/170609/plt1706090065-n1.html
 さて、はっきり言うが「今の政権は何様のつもりでいるのか」ということである。まず原則の問題として、「一般の家庭の後継者問題」に、なぜ「ほかの人が決めるのか」ということになる。単純に天皇だから仕方がないということはある。日本において唯一特殊な家柄であり、なおかつ特別な存在であることは間違いがない。また天皇に関してだけは、憲法の第一章において、規定されており、そのうえで皇室典範において様々に書かれている、そのように考えてみれば、ある程度憲法や法律においてまたは皇室典範において、天皇家の内部のことでありながらも、ほかの介入があることに関して仕方がない部分はあるし、日本国憲法ができた時点で、そのようなことはご覚悟されていたと考えるべきではないか。そのうえで、あえて言うが「なぜ天皇家のことを考えるのに際して、有識者という天皇家と縁もゆかりもないものが出てきて、旧皇族や皇族など、その血縁やその一族の意見は聴取しないのか」という、非常に大きな疑問がある。そのことを鑑みて、本来ならば「皇室会議」という存在があるにもかかわらず、なぜか有識者会議などというもので、物事を決めてしまい、天皇家の将来にわたることを決めているのである。はっきり言って、そこまでの権限の何があるのか。その根拠は希薄である。
  そのうえで、先ほどの整理を考えてみよう。
  本来現在の「日本国憲法」は、占領憲法であるとか自主憲法ではないという議論はあるが、あえて言えば、「大日本帝国憲法の改正」という手続きによって成立している。大日本帝国憲法は天皇主権の憲法であったことを考えれば、「天皇から国民への主権の移転」は「天皇主権の下で天皇が主権者として決定した」ことであるといえる。通常、それらの法律的な内容に疑義が生じた場合、例えば国際条約などにおいて、戦争などでそれが破棄され、次か決まるまでの間、基本的にはその前の条約に戻るのが普通である。つまり、国民主権に疑義が生じた場合などにおいては、天皇主権に戻るというオプションが存在するわけであり、その状況の担保の上で、現行憲法が成立しているということになるのが普通の考え方である。
  要するに「天皇と憲法どちらが偉いのか」といえば、「現行憲法は天皇主権の全憲法の下で規定されたものである」ということであり、その憲法の施行責任は全主権者sである天皇に存在するということになる。よって「天皇の自由意志の表現に疑義が生じた場合」は「大日本帝国憲法」に戻って解釈すべきであるということになる。この意味において、少なくとも「日本国憲法」において書かれていても、その内容の「第一章天皇」という章に関して言えば、その意味においては、天皇の方が憲法に優先するということになる。
  まあ、感情的には「憲法よりも天皇の方が偉い」といいたいところであるが、基本的には「忖度」をしないとならないのではないかと考える。
  さて、このことから「3 天皇陛下に自由意志はないのか」ということに関しても、このことから「分野に応じては存在する」ということになる。単純に「政治不介入」というようなことを言っていても、その内容に関していうこと自体が大きな問題である。基本的に、天皇陛下であっても好き嫌いはある。そもそも「日本国憲法」の前に「人間宣言」をさせておきながら「人間としての感情を抑制させる」「判断をさせない」ということが自体がおかしなものではないか。そのように考えれば、自由意思はあると考えるべきではないか。
  そのうえで最後に「2 天皇の譲位について「特例法」でよいのか」ということを考えれば、当然に「憲法」つまり「天皇陛下が詔を出すことによって変更される規定」によって、その制度などが決められるべきであり、国会という、天皇屋その儀式一族の家柄とゆかりの無い人々が決めるべきではない。これは、安倍主張の後継者を第三者である国民が決めているようなもの、あるいは、皆さんの家の相続問題をご近所の町内会の会議で決めているようなものである。そのような不自然なことを行っていること自体、日本人は自覚すべきではないのか。
  そのような「個人的な意見」も有るということを考えていただき、近々、憲法改正を行うときに、この内容を入れていただきたいと強く希望するものである。

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【土曜日のエロ】 地下アイドルの実態と「過激営業」という記事を読んでのざっくりした感想

【土曜日のエロ】 地下アイドルの実態と「過激営業」という記事を読んでのざっくりした感想
 土曜日のエロということで、毎週きっちりと様々考えていてなかなか面白いのである。まあ、しかし、ネタを探すのが苦労すると思っていたのであるが、そのネタに関しても、そんなに苦労しないで出すことができている。まあ面白いというか、意外と「エロ」に関係のあるニュースというのは多いのが現状なのである。実際に性犯罪や性犯罪につながる内容は少なくないと思う。まあ、変な書き方をすれば、「魅力的な女性」がいて、その女性を自分のものにしたいと思えば、まずは口説く、その次は金で買う、そして力づくで言うことを利かせるというようなことにしかならないのであろう。基本的には「あきらめる」という人が少なくない状況の中において、「欲望」つまり性欲とか恋愛欲、場合によっては独占欲や支配欲という者に関しては、その欲が、その欲にとらわれた人間を支配するということになるので、その「支配」された人間は、「欲望がうまくできない」場合には、自分が死ぬかあるいは相手を、または周囲を納得させるようになる。それが法に触れると事件になるし、またそのようなことを考えれば、いつの間にか社会現象になる。
  さて、今日の「地下アイドル」というのは、ある意味で「アイドル=偶像」であり、その「偶像」の中に「性的な内容」が入っている場合が少なくない。
  まあ、基本的に「性的な欲望」を感じさせるというのは、ある意味で「囲い込み」戦略であり、その戦略がしっかりとしていれば、東漸に「固定のファン」になる。しかし、その欲望を強く感じさせてしまえば、そのために、事件が起きたり、あるいは何らかの事故になんたり、あるいはバランスを崩せば、かえって人気を落とす結果になる。
  もちろん欲望に対するアクセスは、個人差があり、そのバランスを崩せばと書きながら、その正解は基本的には決まっていないということになるのではないか。
  そして「うまくゆかない」場合は、基本的には「過激営業」につながるということになる。これが、メジャーなアイドルであれば「テレビの中で行う」だけだから、、テレビというある程度護衛的なスタッフが少なくない状況であり、少なくとも電波の向こうでしか活躍していないのであるから、その辺のバランスはとりやすいし、また直接的な影響は受けにくい。しかし、地下アイドルということになれば、身近なところにいるということから、基本的には、過激営業の影響がもろに本人に来てしまうということになるのである。
地下アイドル過激営業の危ない実態 “ガチ恋”でストーカーするファンも
「チェキしませんかー。500円です。握手券もありますよー。よろしくお願いします」
 ライブが終わると、アイドル自身がファンたちに呼びかける声が飛び交う。
 活動を続けるには物販で稼ぐしかないが、人気がこれからというグループだと、ファンよりメンバーのほうが多いこともある。メンバー間で売り上げを競争させる事務所もある。限られたファンをアイドルのほうが奪い合う構図で、“営業活動”は過熱しがちだ。
 インスタントカメラのチェキでツーショット写真を撮る際に肩を寄せてくれたり、軽くハグしてくれたりすることもある。名前をすぐに覚えてくれ、「また来てねー」と満面の笑みで手を振ってくれる。
 会いに行けるアイドル──。それが当たり前となったいま、彼女たちの売り物は、ちょっとした“恋人気分”を味わってもらうことなのかもしれない。
 好きなグループに月20万円ほどをつぎ込むという30代の男性は、アイドルとの距離感が近くなっていると指摘する。
「握手しながらゆっくり話ができる。かつてのアイドルだったら考えられなかった。運営側の人とも顔見知りになるので、優遇してもらえる。アイドルと本気で付き合いたいとは思わないが、友達感覚にはなれる。大事な友達が成長していくのを支えている気持ちなので、お金は惜しくない」
 大半のファンは問題を起こさないが、中には暴走する人も出てくる。メールやLINEなどの連絡先を交換しようとするのは序の口。本気で好きになる「ガチ恋」になって、自分から抱きついたり触ろうとしたりすることもある。
 あるアイドルは衝撃を受けた体験を明かす。
「ライブの後の握手会の時に婚姻届を持ってきた人がいた。『あとは君が判を押すだけだ』と。さすがに気持ちが引いちゃいました」
 自宅を割り出してプレゼントを送りつけるなど、ストーカー化するファンも相次ぐ。ライブ会場近くで待ち伏せをした行為などがストーカー規制法の「つきまとい行為」に当たるとして、警察から警告を受けた人もいた。逆恨みして、アイドルのブログに「生かしておけん」などと書き込んだ例もある。
 運営側はそうした一部のファンを排除しようとするが、限界もある。都内の芸能事務所の経営者は、
「出入り禁止にした人のリストをほかの事務所と共有しているが、全員は把握できない。スタッフは少なく、ライブ会場から完全に閉め出すのは難しい」
 と実情を明かす。結局、不審な人がいればすぐに通報してもらうなど、アイドルたちの自主的な警戒に任せているという。
 運営側も大手から零細までさまざま。昨年には、地下アイドルと交際したとして、運営スタッフがファンから数百万円を脅し取る事件も起きた。
 アイドルになりたいという女性の夢を食いものにしないよう、業界全体で改善すべき課題はたくさんある。
※ 週刊朝日  2017年6月2日号 AERA dot. (アエラドット)
https://dot.asahi.com/wa/2017052400052.html
 さてさて、アイドルにファンが求めるものはいったい何だろうか。
  じつはこれが定まっていない。基本的には「歌姫」として、舞台の上のアイドルを見て、歌っている姿を見て満足するというのが普通であったが、今はそうではないらしい。
  秋元康が「見に行けるアイドル」とかそういうことをやり始めてから、舞台の上と下で境目が無くなってきているような気がする。そのことから、かなりさまざまな状況が出てくるのではないだろうか。
  その最もしわ寄せがきているところが「地下アイドル」といわれるとことではないか。まあ、そもそも「地下」と書いてしまっているところにかわいそうな感じがするが、上の記事を読めば、「服を脱がない性的な偶像」でしかないことは何となくよくわかる。
  「握手しながらゆっくり話ができる。かつてのアイドルだったら考えられなかった。運営側の人とも顔見知りになるので、優遇してもらえる。アイドルと本気で付き合いたいとは思わないが、友達感覚にはなれる。大事な友達が成長していくのを支えている気持ちなので、お金は惜しくない」<上記より抜粋>
  ここまではまだよい。それでもおかしい気がするが、それでもこの辺は今の時代という者なのであろう。友達感覚にはなれる、というところが、すでに「偶像化」ということになる。その「友達感覚」というのが大きな問題で、一般の生活の中において「結婚相手」も「恋人」も、基本的には「友達感覚」から始まるのである。そのように考えた場合「友達感覚」そのものが、「恋人」「性的関係の対象」もっと行けば「結婚の対象」というように発展してしまう。昔のアイドルはそのようなものがなく「あくまでもテレビの中」という感じであったが、今はそうではないのである。
  その結果、このような状況になる。
  「ライブの後の握手会の時に婚姻届を持ってきた人がいた。『あとは君が判を押すだけだ』と。さすがに気持ちが引いちゃいました」
 自宅を割り出してプレゼントを送りつけるなど、ストーカー化するファンも相次ぐ。ライブ会場近くで待ち伏せをした行為などがストーカー規制法の「つきまとい行為」に当たるとして、警察から警告を受けた人もいた。逆恨みして、アイドルのブログに「生かしておけん」などと書き込んだ例もある。<上記より抜粋>
  まあ、これ等もすべて「友達感覚」から発展するものである。つまり「アイドル」という「偶像」または「DIVA」という「歌姫」を、身近にしてしまったことから、このようになってしまったのではないかという気がしてならない。
  まあ、その辺が大きな問題であり、その辺の内容をいかに考えるのかということが、今後の問題になる。もちろん、相手つまりアイドルの個人の感情を考えれば、それでよいのであるが、そのようなことができなくなっている人が少なくないということが問題なのかもしれない。
  つまり「性的犯罪」と同じ感覚が、ここに行かされているということになるのである
  まあ、それでもアイドルになりたい若い女の子がいるということが、何となく今の「世情」を思わせる。

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本日は誕生日なので休刊です

皆さま

本日は毎週月曜日の「マスコミ批判」の日ですが、
5月1日は、毎年私の誕生日なので、
誕生日は仕事をしないことになっていて
本日のブログはお休みいたします。
大変申し訳ないのですが、
本日はゆっくり充電させてください
よろしくお願いいたします
明日以降、また通常通り行います
よろしくお願いいたします

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【土曜日のエロ】 「そそられる女」とは何か

【土曜日のエロ】 「そそられる女」とは何か
 今週は森友学園事件の籠池の証人喚問などもあったし、イギリスロンドンではテロがあったり、なかなか大変な一週間であった。私的にも様々に忙しい状況であり、何となく仕事が追いついていない。そもそも文章n作りすぎ、キーボードの叩き過ぎで、右手が腱鞘炎になるという感じである。ちなみに「右手」というよりは「右手の人足指・中指・薬指」の腱鞘炎である。まあ、これだけたくさん文字をうっていれ仕方がないが、しかし、右指を腱鞘炎になると、どうも食事をするのもペンを持つのも非常に不便なのである。
  同時に、今週は大きな仕事が二つ終わった。まあ、何があったのかは言えないが、しかし、まあそのうち公開されるので楽しみにしてもらいたい。しかし、それ以上考えると、二つも大きな仕事が終わると、基本的には、「燃え尽き症候群」となるので、基本的には仕事の話などはしたくない。もちろん、そんなことを言っていられないのが、私どもの職業であるといえるが、しかし、内心はどうしてm「休みたい」「寝たい」と思うものである。
  そのような精神状態であるにも関わらず「土曜日のエロ」だけは、なぜか気力が充実しているのである。なんとも不思議なものである。
  その中において、今回は、「ネタが無くなった」わけではなく、「何となく自分が書きたい記事」として「「美人でもそそられない芸能人」1位は」なる記事を見つけてしまったのである。まあ、これこそ、今日のような日に最も良いネタではないかと思うのである。
  さて、「そそる」という単語がまずは定義が必要である。「ある感情・行動を起こさせる。さそう。」という意味になる。要するに「そそる女」ということは、「そそる」つまり、「セックスをしたくなる」というような、少なくとも、「何らかの性的魅力を感じる」というような意味になる。
  要するに、この内容は「美人」はイコールで「性的な魅力の対象」とはならないということを言っているのである。
  では「どのような人が性的な魅力を感じる」のか、そのことを、書いている記事が出たということになる。
男って罰当たり!2位水原希子「美人でもそそられない芸能人」1位は
 「女の可愛いは、あてにならない」、「男と女の可愛いは別だから!」巷で有名なこのセリフ、みなさんも周りの男性陣から聞いたことがあるのでは?
 となれば、女性から見たら「キレイ枠間違いナシ!」と感じる“美人芸能人たち”が、どれくらい男ウケがいいのか気になるところ。
 そこで今回は、『美レンジャー』が20~40代の男性500名を対象に「女性には人気でも、男はそそられない芸能人は?」というアンケートを実施しました。
 気になる調査結果を参考に、謎すぎる(?)男心を探っていきましょう!
■空前絶後の美人なのに…「なぜか男がそそられない女性」No.1は?
 男性500名に「女性には人気でも、男はそそられない芸能人は?」と聞いたところ、3位までは以下のような結果に。
10位・・・紗栄子(3.8%)
9位・・・河北麻友子(4.0%)
8位・・・木村カエラ(4.6%)
7位・・・梨花(4.8%)
6位・・・杏(5.2%)
5位・・・森泉(6.2%)
4位・・・道端ジェシカ(6.6%)
3位・・・ダレノガレ明美(8.0%)
 8位の木村カエラ、6位の杏、5位の森泉については「キレイだと思う程度で、色気を感じない」というネットの声が目立ちました。
 4位の道端ジェシカや3位のダレノガレ明美に関しては、ネットでは「美人だけど、お高くまとってそうで苦手」、「常に男を値踏みしているイメージ。ダレノガレが好きという友人がいたら、ドMだと思う」と、手厳しい声も見られました……。
■2位:口元がナシ!? 男って罰当たり…水原希子(9.0%)
 2位にランクインしたのは、先日グラミー賞歌手であるR&Bシンガーのザ・ウィークエンドとMVで共演し、話題を呼んでいるモデルで女優の水原希子。
 筆者が周りの男性陣に取材したところ、「細すぎて不安になってくる」「水原希子の口紅のCMを見て彼女がその商品を買ってたけれど……、自分としては口元のこんもり感がナシだなって思う」と、冷ややかなコメントも。
 イメージコンサルタントである筆者は、水原希子のアノ透明感が羨ましくて仕方がないのですが(生まれ持ったパーソナルカラーがなせる業)……男性って本当、罰当たりですよね!
■1位:だってガチ悪女!?…菜々緒(10.0%)
 堂々の1位に輝いたのは、ドラマ『A LIFE~愛しき人~』(TBS系)で悪女弁護士を熱演中の女優・菜々緒。
 「悪女役が多すぎて、ガチの悪女にしか見えなくなってしまった」、「観賞用……。体型とか現実離れしすぎていてそそられない」、「役のせいか、一言一言がキツそう。TMの西川さんは尊敬に値する」といった声まで飛び出しました。
 ドラマ『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』(フジテレビ系)で、高身長で端正な顔立ちを生かした、整形美女のシリアルキラー(連続殺人鬼)役が超ドハマリし、すっかり悪女キャラが板についてしまった菜々緒。
 過去に出演した『王様のブランチ』(TBS系)では、「悪女役にハマりすぎて、普通に挨拶しただけで“いい人”って言われます」と、役得(?)なエピソードを明かす場面も。ギャップモテなら、男性ウケも狙えそうですね!
■これぞモテ子の秘訣!高嶺の花よりも「嫁にしたい」親近感を狙え
 前述のアンケート結果を見て、「美人でもそそられないなんて……男って、顔じゃないの!?」と疑問に感じずにはいられませんよね。
 そこで筆者の周りの男性陣(Sさん・Kさん)に、恋愛対象として見てしまう女性について追加調査を開始!
(1)ムスッと美人よりも、愛嬌のある万人顔
 「いくら美人でも、ムスッとしていたら、男は居心地が悪く感じてしまうもの。それよりも、特別美人じゃなくとも、いつもニコニコ愛嬌があって、優しく包んでくれる女性を求めてしまう」と、Sさん。
(2)顔より色気より…チェックポイントは“家庭的であるか“
 Kさんは、「“あぁ美人だったらな”、“もっと色気があったらな~”とぼやいている女性に遭遇しますが、そこじゃない!と声を大にして言いたい。遊びの女性なら顔や色気はあればあるほど嬉しいけれど、本命=嫁候補として考えたときに、最も重視すべきは家庭的であること」と、語ります。
 美人で悪女な菜々緒よりも、家庭的な安めぐみ、これが世の男性陣のホンネなのかもしれません。
2017年3月21日 07:30 木土さや
http://www.biranger.jp/archives/266256
 さて、このような記事を見るときに、最も重要なのは「芸能人」の本人を知っているということではない問うことになる。つまり、「芸能人」であることかあ「芸能人」のイメージがあり、「芸能人の醸し出すイメージ」または「芸能人の演じた役柄から感じられるイメージ」によって、さまざまなことお妄想した産物であるということである。つまり、そのことがこの芸能人の本質を見てつけられたランキングではないということだけではなく、その「芸能人から感じるイメージに、ある程度のギャップ」が存在するということになるのである。
  ようするに、今回の内容を考えた場合、基本的には、「個人の芸能人」を評論するのではなく、「傾向値」を考えるべきであるといえる。
  さて、この中にあるのは「色気」と「性格」である。まあ、芸能人の本当の性格などはあったことがなければンわかるわけではないので、その内容をいかに想像するのかということを考え泣けばならないが、まあ、役柄やイメージなど、または顔つきや表情から、そのようなことを感会えると「色気」を感じるのは、「笑顔」からであり「冷たい表情」からは男性は「芸能人」に対して「そそられない」ということになるのである。
  次に考えられるのは、「家庭的」ということであろう。そのような意味において「色気」だけではなく「家庭的」ということが一つの内容になってくる問うことになる。
  では、その内容というのは、どのような考え方になるのかということがあげられるのではないか。
  さてこの中に挙げられるのは、よく「遊ぶ女」と「嫁にする女」は違う問うような話になっているが、それ以外に「見る女」というのものいるということがある。男性は、どうも女性に対して「目的別に分類している」ということがあり、ここにはギャップではなく、正当性から正面の内容を見ているということになるのである。
  そのように考えた場合「美人」であることは「見る女」ではあっても「遊び」「嫁」という色気につながる者とはならないということになるのである。
  まあ、基本的に女の考え方はそのような内容になる。ということがこの記事からわかる。それらの分類を無意識のうちに行ているということになる。逆な言い方をすれば、「色気のある女性」というのは、何なのか。
  だいたいわかるのではないか。

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【土曜日のエロ】 わいせつという概念が徐々に国際化してきていると感じるエロ事件の数々

【土曜日のエロ】 わいせつという概念が徐々に国際化してきていると感じるエロ事件の数々
 土曜日のエロである。やはりエロについてしっかりと考えてみたいと思う人も少なくないのではないか。さて、日本人が「エロ」を感じるとき、まあ、もちろん男性目線でしか話していないのであるが、その「エロ」を感じるのはどのようなときであろうか。
  実際に、「女性が完全に全裸で恥ずかしげもなく堂々としている場合」にエロを感じるであろうか。もちろん感じる人もいるが、日本人の場合は、その状況にあまりエロを感じない場合が少なくない。まあ、樽俎も女性が全裸で堂々といている、という場面が思い浮かばないかもしれないが、例えば、「混浴で、女性が入ってこないと思っていたら、女性が不通に入ってきて、男性がいないかのように堂々と入浴している」場合を想定してみよう。もちろん、女性は男性がいることを知っていながら「男性の好奇な目を気にしない」のである。その場合、女性はかなりのつわものであると思うが、同時に男性もかなり恥ずかしく、男性側がこそこそと出てしまう場合も少なくないのではないか。
  これは、一つには「堂々としている」ことによってそれを見ていること自体が「自分の方が恥ずかしい」ということを感じることになる。何しろ相手が恥ずかしがっていないのに、こちらがエロい目で見ていれば、自分の方が一方的にエロいということになってしまい、そのために、「エロいことを考えているほうが恥ずかしい」という状況になるのだ。実際に「目のやり場に困る」という言葉がある。その場合「見たくない」のではなく「見ている自分をエロい人と第三者に思われるのが恥ずかしい」ということにある。要するに、「堂々と裸体をさらしている女性」を見ている「自分が客観的にエロいと思われることが恥ずかしい」のである。そのために、「全裸」そのものが恥ずかしいものではないということになる。
  次に、「どうぞ」といわれると「素直になれない」という部分がある。これは「エロ」に対して「社会的に秘め事と思われいる」ことから、「堂々と裸身をさらされること」が「自分の社会的な常識や価値観に合致しない」ということになるのである。そのために「自分の中で困惑してしまう」ことになり、自分が恥ずかしくなってしまうということになる。
  要するに「自分がエロいと思われたくない」という「社会的存在としての恥ずかしさ」と「ひめゴトという自分の価値観との葛藤」という「自分の内面的に出てくる恥ずかしさ」の二面性がある。そのうえで、男性の下半身が勃起してしまっていた場合は、より恥ずかしくなってしまう。これは「自分の肉体的な興奮を知られてしまった」ということの恥ずかしさである。
  さて、これらを「恥ずかしくなくなる」ためには、「社会性」を失い、なおかつ「恥ずかしさに関する感覚を少なくする」ということが必要である。つまりは、「誰もほか人がいないときに見る」つまり「ビデオなどを一人で鑑賞する」場合は、これらの恥ずかしさが存在しなくなるのである。
警察は解明できるか エロサイト「カリビアンコム」の実態
 全容解明となるか――。
 無修正のわいせつ動画をネット配信した疑いで、台湾出身の女らが逮捕された。捕まったのは制作会社「ピエロ」の社長・陳美娟容疑者(67)とその息子夫婦ら6人。日本で撮影した裏動画を台湾の会社を通じてエロ動画サイト「カリビアンコム」に納品した容疑だ。この9年間で、台湾の会社はピエロに13億7000万円を支払ったという。
 ネットでエロサイトを閲覧すると「カリビアンコム」の文字を見かける。同サイトは日本のAV女優が性器モロ出しでセックスに励む映像が多数アップされ、有料で観賞できる。料金は30日間会員が49.5ドル(約5600円)から。丸見え動画は見放題だが、サイトの実態はなかなか見えてこない。
「カリビアンは15年前に開設され、広域暴力団と不良グループが運営しているといわれている。摘発されないのは日本の法律に触れないようサーバーを米国に置いているからというのが大方の見方。年間売上高は10億円を超えるそうです」(事情通)
■AV女優を“裏デビュー”させることも
 アップされている映像は4000タイトル以上で、ほとんどが裏モノとして制作されたもの。いわゆる“流出AV”はない。ジャーナリストの本折浩之氏が言う。
「撮影チームとカリビアンの間にエージェントが介在して映像を納品しています。素人が撮った映像でも10万~50万円で買ってもらえ、プロのAV女優なら軽く100万円超え。表モノを撮っているグループが“割がいい”という理由で、カリビアン向け裏映像も撮ったりします」
 最近は「Xビデオ」のような無料のライバルサイトが多いため、コンテンツ拡充に熱心。資金力にものをいわせて売れっ子AV女優を裏デビューさせている。
「カリビアンのバナー広告を張ったサイトから会員が入会した場合、そのサイトに数千円のインセンティブを払うなど気前の良さも有名。あちこちのサイトでカリビアンの広告を目にするのはそのせいです」(本折浩之氏)
 前出の事情通によると、警察がカリビアンの全容解明に乗り出す方針という。実態が判明する日も近い?
2017年01月14日 09時26分 日刊ゲンダイDIGITAL
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12136-369446/
 当然に「ビデオ」で「もろ全てが移っている全裸」を見せることが、一つの商売になることは十分にわかる。しかし、日本では「わいせつ物」に関する法律があるので、その法律を守らなければならない。そのために「モザイク」という画像処理がなされるのである。
  しかし、その「モザイク」が、あることによって、日本人の場合は、「恥ずかしくない」状態で「集中してエロを見る」ことができるのである。
  もう一つは「女性が恥ずかしがる」ということが必要なのである。日本人は「恥じらいのある女性」が基本的には好きであり、まったく恥じらいがない女性は、「楽」ではあっても「面白くない」ということになる。そのために「恥ずかしがる女性」を求めてしまう。そのために「全裸で堂々としている」ことには、「エロ」を感じるのではなく「自分の恥ずかしさ」を感じてしまうことになる。逆に女性側が恥ずかしがっている場合は、「男性はエロいことを考える」ことになるのである。
  さて、この辺の感覚が「麻痺」しているのが「外国人」である。実際に、私の経験上、中国や韓国の売春婦が「恥じらい」を感じているのを見たことは少ない。基本的に服を脱ぐことに関して「商売」であるかのように、普通に服を脱いでしまために、日本人は「拍子抜け」してしまうことも少なくないのである。
  さて、そのような状況であるから、「エロビデオ」も当然に「無修正」ということになる。日本では、「わいせつ罪」になるものを、そのまま「無修正」ということで売ってしまうことで儲けていた。
  「カリビアンドットコム」というのは見たことがあるが、まさか、そこが無修正で捕まるとは思わなかった。まあ、差別的かもしれないが「陳」という苗字と、その販売先が「台湾」ということから、何となく「そんなものか」と思ってしまう。今日は延々と日本の男性の「エロく感じるシチュエーション」を書いてきたが、そうではない感覚の人に対して日本の会社がやっていれば、外国人といえども当然に罪を問われる。今回の記事は「警察がその外国人の感覚を解明できるか」ということが最大の問題であり、なかなか興味深いところである。

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【土曜日のエロ】今年もやります「土曜日のエロ」リベンジポルノの被害と、その内容に関する考え方

【土曜日のエロ】今年もやります「土曜日のエロ」リベンジポルノの被害と、その内容に関する考え方
 さて、土曜日しか読まない皆さん、あけましておめでとうございます。
  まあ、土曜日は昨年は一年通じて、「特集」や「ゴールデンウィーク」などを除き、土曜日のエロをやり続けることができました。いや、よかった。
  さて、この「土曜日のエロ」は、当然に「エロい話をする」ということももちろんであるが、しかし、「エロ」という「人間の本来の本性」を通じて、このブログが普段行っている「建前の政治論」ではなく、「人間の本性の部分を取り扱ってみたい」ということから、あえて「エロ」という、多くの人が「あまり語らないけれども、人間すべてが持っている本能的な欲求」という「本音」の部分を語りたいと思っている。
  同時に、「扱うものが汚い」と、それをまじめに語るとかえってきれいに見える。なんでもすべて「建前」の世界でしか議論も生きていることもできない現在の世の中の中に、「本音」で物事を語ることができたら、どんなに良いことであろうか。そのような感覚も少し感が手笑みる問うこともある。
  そのような意味で、あえて「誰もが好き」で、なおかつ「少子化問題の決定的な解決方法」でありながら「誰もがあまり、大っぴらに語りたがらない秘め事」をここで、題材に上げながら、社会を風刺してみてはいかがかと思うのである。
  さて、その意味で「エロ」を追求するのであるが、昨年は、三つの大きな潮流があった。一つは、世界各国で行われた「リベンジポルノ」である。これは、付き合っているときに、ヌードの写真などをとらせておいて、そのうえで、別れた時などに、そのヌード写真を被写体の承諾なしにネット上で公開するというものである。そして、もう一つは「ヌード担保の借金」である。これは中国の闇金融的な金貸しの手法であるが、借金をするときに女性のヌードを撮らせておいて、返せなかったら、それを公開してしまうというもの。昨年の最後には、「ヌード写真の公開」だけでなく「売春」まで強要されるということがあった。そして、最後に日本、日本では「AV出演の強制」というものである。あるAV女優が告白したものであるが、実際には影の社会問題になっているというものである。
  さて、この三つも問題の特徴は何か。
  一つは「ヌードを撮らせている」ということである。借金とAV出演の嬌声に関してはどうかと思うが、実際のところ、本意ではないにしても、少なくとも強姦などとは違って、自分で服を脱いで撮影におじていることは間違いがない。そしてもう一つは「公開」ということである。AVに関しても同じであるが、実際に、自分の「本意ではないところで公開されている」ということである。
  まさに、この二つが大きな問題になっている。
リヴェンジポルノ被害は、全米で1,000万人超にも及んでいる
 インターネットの急速な普及とともに日本国内でも深刻な社会問題化しているリヴェンジポルノ。被写体の承諾なしにセクシュアルな画像・動画をネット上に投稿、拡散することで、精神的ダメージや名誉毀損の被害を与えることを意図する行為だが、先日、米国でこのリヴェンジポルノに関する初めての全国調査の結果が発表された。
 「Nonconsensual Image Sharing」(=合意無きイメージシェアリング)と題されたレポート(リンク先PDF)によると、米国に居住する全インターネットユーザーの4パーセントにあたる約1,040万人がリヴェンジポルノの被害を受けた経験があるという。全調査対象のうち約3パーセントが、ヌードあるいはそれに近い自身のセクシュアルな画像・動画をインターネットに投稿すると脅迫を受けたことがあると答え、また2パーセントにあたる回答者は、セクシュアルな画像・動画を、承諾のないままインターネットに無理やり投稿された経験があるとした。
 さらにこのレポートは、同性愛者の方がヘテロセクシャル(=異性愛者)よりもリヴェンジポルノの被害者になる割合が高いという事実も指摘。いわゆるLGBT層の回答者の15パーセントが画像・動画をインターネットに投稿するとの脅迫を受けた経験があり、7パーセントは実際に投稿の被害を受けている。
 「史上初めてとなる全国的なデータ収集を行った結果、多くのインターネットユーザーがリヴェンジポルノの脅迫または実被害を受けている事実が明らかにされました。相手の合意なくセクシュアルな画像をインターネット上で拡散する行為は、破滅的で長期間にわたるダメージを被害者に与えます。そのためリヴェンジポルノに関する犯罪の頻度と被害者のプロフィールを正確に把握することはとても重要です」
 そう語ったのは、全国調査を行ったData & Society Research Institute(DSRI)の研究員、アマンダ・レンハート。ニューヨークに本拠を置くDSRIは、非営利団体であるThe Center for Innovative Public Health Researchと協働してリポートをまとめた。
WIRED.jp 20161231
http://wired.jp/2016/12/31/nonconsensual-image-sharing/
 今回は「ヌード借金」と「AVの出演強制」は、別な機会にすることにして「リベンジポルノ」に限って行うことにする。
  さて、
  リベンジポルノの特徴をもう一度見てみよう。
  リベンジポルノ(英: revenge porn)、あるいは復讐ポルノとは、離婚した元配偶者や別れた元交際相手が、相手から拒否されたことの仕返しに、相手の裸の写真や動画など、相手が公開するつもりのない私的な性的画像を無断でネットの掲示板などに公開する行為を言う。
  インターネット普及による情報化社会である時代においては、写真・動画がネット上で流出・拡散すると削除が困難となり、半永久的にネットに存在し続けるデジタルタトゥーとなりやすい。カメラ機能・ビデオ機能が付いた多機能携帯電話(スマートフォン)が普及したことで個々人が撮影と投稿を手軽に行える環境となっていることも、リベンジポルノ問題を潜在的に起こしやすくする要因の一つとなっている。
 無許可で撮影した他人の写真を投稿するのをプライバシー侵害として禁止する法律は各国で存在する。
 <ウィキペディアより抜粋>
  さて、この適宜でニュースを見てみると、米国に居住する全インターネットユーザーの4パーセントにあたる約1,040万人がリヴェンジポルノの被害を受けた経験があるという。全調査対象のうち約3パーセントが、ヌードあるいはそれに近い自身のセクシュアルな画像・動画をインターネットに投稿すると脅迫を受けたことがあると答え、また2パーセントにあたる回答者は、セクシュアルな画像・動画を、承諾のないままインターネットに無理やり投稿された経験があるとした。<上記より抜粋>
  さて、このことから見ていると、少なくとも、4%の人は恋人などにヌード写真を撮らせているということになる。実際はそれ以上であろう。実は、このリベンジポルノというのは、スマートフォンなどによって、カメラが最近身近にあるということが一つの条件になる。要するに「現像に出す」というときは、当然にヌード写真が他人の目に触れてしまうことになるので、そのことは、専門のカメラマンなどでなければできなかったが、今は、そのようなことをしないでも、いくらでもカメラが存在するということになる。要するに「ヌードを撮るカメラが身近にある」ということが一つの現象である。
  そのうえで、そのカメラを「多くの人が気軽に裸をとらせてしまう」ということにある。もちろん「見せたい」という願望がある人も少なくなく「綺麗なうちに裸をとっておきたい」というような感覚もあるのかもしれないが、しかし、同時に「その人と英会陰ではないという感化が希薄」であるということも挙げられる。「ほかのカップルがしているのに、自分たちだけしていない」とか「ヌードを撮らせてくれないというのは、本当に愛されていないからなのか」などといわれて、拒めないなどのこともあるのかもしれない。その意味では、ヌードは、昔よりも「身近なもの」になっているのかもしれない。
  逆にヌードが身近であるために、AVなどの「業としてエロを行ってるもの」がうまくゆかなく、経済的な問題が出てきているのかもしれない。
  もう一つは、ネットによってそれらの写真が気軽に「公開できる」ということになる。ネットの手軽さと匿名性は、当然に、大きな社会的な特性であるが、しかし、この場合は「誰がヌード写真を持っているかはわかっている」のであるから、当然に「匿名性」は関係ない。要するに、「公開手段が簡単になった」ということであり、昔のように写真を焼き増ししたり、あるいはテープをダビングするような必要はなくなったのである。
  逆に、「それだけ」すべてが気軽に行えるようになった」ということであり、芸能人などもその部分では非常に危険な状態になったといえる。
  この潮流は、なかなか終わらないと思う。同時に、このことが非常に大きく「エロの世界」に変化をもたらしていることもできる。今後「3D」や「VR」などが出てきた場合、新たな技術革新に対して、一つエロが一つ発展し、そして、「エロ」が「一つの社会問題」を作り出すことになる。
  まあ、結局は「ヌード写真を撮らせないこと」が最も重要なのであるが。

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あけましておめでとうございます

皆さま あけましておめでとうございます
平成29年
西暦2017年
元旦です
今年も、また出来れば毎日ブログをつづって行こうと思います
くだらない話も含めてまた書いてゆきたいと思います。
好評の「土曜日のエロ」も同様に今年も続けたいと思います。
このブログは、基本的には
私の書き物の練習ですので、
常に「書きっぱなしの見直しなし」です
誤字があっても全く気にしないということ
というのも当然に、書籍などの場合は
編集さんがしっかりと見直してくれますし
自分でも見直しますが
このブログに関してはそのようなことは一切いたしません。
その代り、その分本音があったり表現の稚拙なところがあったり
そして、その文章が本などになるとどのように変わるのか、
そんなところを比較できるようになっています
ということで、今年もよろしくお願いいたします。

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年末のご挨拶

皆さん

今年平成28年(西暦2016年)も
このブログにお付き合いいただきありがとうございました。
思えば、このブログは2005年に始め、
はじめのうちは何となく毎週のように行っていた文章を
いつの間にか毎日行うようになり、
またいつの間にかニュースをしっかりと甲斐悦するようになってきました。
また、さまざまな内容の情報を、さまざまな角度から
といっても、基本的には、私の独断と偏見で
その内容を書いているという感じになっています。
この文章は、私個人が何となく楽しんで行っているものであり
基本的には、個人の文章であり
また、実はピアノの練習と一緒で
自分のワープロの練習と、もう一つは文章を書く練習を兼ねて
毎日1時間、ネタ探しから文章を書くまでやっているものであり
それ以上のものでもありません
まあ、文章として、楽しみにしていただいている人には
大変申し訳ありませんが
基本的に、そのような「1時間でできる限り行う」ということで、
誤字訂正などは全くしない文章を書いているのです。
そのことをご了解いただいているものとして書いていますので、
まあ、このようなことを初めて読んだという方はご容赦ください。
ということで、
私個人の練習をメインにした文章でよろしければ
来年も続けますので
ぜひまたブログでお会いしたいと思います。
本年は大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。

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【土曜日のエロ】 修学旅行中にデリヘルを呼ぶ教諭の「エロ感覚」と建前しか気にしない「教育委員会」の狭間

【土曜日のエロ】 修学旅行中にデリヘルを呼ぶ教諭の「エロ感覚」と建前しか気にしない「教育委員会」の狭間
 なかなか面白い事件だ。徳島県の小学校教諭が修学旅行中にデリヘルを呼んで、女性とトラブルになって警察に出頭したために、翌朝出ることができなくなったために、結局免職されたという事件。
  まあ、普通に言えば「修学旅行中にデリヘル呼ぶなんて不謹慎」というような感想になるだろうし、「最近の先生はなんていない」などという話になるのでしょう。まあ、もちろん、そのような話になるのが普通だし、私自身もそのように言うようにしている。しかし、そのような感想を出したら「土曜日のエロ」ではなくなってしまう。
  あえて言うが、「土曜日のエロ」という毎週一回のこのブログから考えれば、そんな話をしても面白くないし、物事の真相には近づけないであろう。今日は「批判覚悟」で、と言いながら、「エロ」の観点でこの事件ウィ見てみたいと思う。
  さて、単純に言っていくつかの考え方がある。まずは「修学旅行中の宿泊先の時間はプライベートなのか勤務中なのか」ということである。修学旅行中であってもプライベートであれば、別に「デリヘル」を呼んでもよいはずであり、そんなに問題にはならない。同時に「プライベート中に女性とトラブルになった」としても、そのようなことは少なくない。その都度すべて免職にしていては、とてもとてもおかしな話になってしまう。「女性とトラブルになった」などという話は、一般の会社員でも山ほどある。そんなことで皆さんも会社をクビになっていたら不満が出ることになろう。
  そもそも、先日別な記事で使ったが「ラブホW不倫の日教組委員長、雲隠れのち辞任…報道後は姿見せず」というような話もある。それならば、「不倫自体」で日教組委員長は「免職」されなければならないはずだ。なぜ、雲隠れで済んでいるのか、よくわからない。困ったものである。日教組というところは、この前提条件ならば階級主義で「差別主義」でしかないということではなかろうか。
  一方、その時間が「勤務中」という場合は「そもそもデリヘルを呼んだこと」自体がおかしい。逆に、そのようなことを行わないような状況になぜ「学校側が予防措置」をしなかったのかということも問題になるはずだ。単純に言えば、「小学校の修学旅行の引率教諭は一人部屋」であるということが、そもそもおかしくないかということになる。
  まあ、もう少し公判では「エロ」く考えてみよう。
修学旅行中にデリヘル=小学校教諭を免職-徳島
 修学旅行を引率中だった徳島県の小学校の男性教諭(28)が宿泊先でデリバリーヘルスを利用し、女性従業員とトラブルになったとして、同県教育委員会は10日、この教諭を懲戒免職処分にしたと発表した。
 県教委によると、男性教諭は同県石井町立高川原小学校の6年生の担任として、10月27日から1泊2日の関西方面への修学旅行を引率。宿泊先の大阪市内のホテルでデリヘルを利用した。その際、接客をめぐってトラブルとなり、女性従業員が警察に被害届を提出。示談が成立した29日まで事情聴取を受けていた。
 28日早朝になり、教諭の不在に気付いた校長が本人に電話をして事情を把握。児童らには「体調不良で同行できない」と説明し、旅行は予定通り続けたという。
 美馬持仁・徳島県教育長の話 大変遺憾で、再発防止に向け綱紀粛正に努める。 
2016年11月10日 20時59分 時事通信
https://news.nifty.com/article/domestic/society/12145-2016111000947/
 さて「女性とトラブルになった」ということだそうだ。要するに、教育委員会は「トラブルにならなかったら免職にしなかった」ということになる。なんとも平和な組織である。
  さて、
  もっとエロく考えてみよう。「接客を巡って」ということは「サービスが悪かった」ということでしかなく、その「サービス」とは何かということになる。単純に「旅行先」において、「その土地の女を味わいたい」というような男性的な欲求は少なくないであろう。この男性教諭はその欲求に勝てなかったということになろう。では「其の欲求」とは、単純に「制行為そのもの」つまり、「本番」であって「通常のデリヘルのサービス」ではだめだということになる。
  さて、ものは考えようである。「本番」を常に求めるということは「成人女性」ス君アクトも「身体が成人女性」でなければいけないということになる。つまりのところ「小学校教諭として、小学生に手を出すことはない」ということであり、最近、よく出てきている「小学校教諭が生徒にわいせつ行為」「盗撮」などということはないということになるのである。まあ、この教諭が「高校教師」となれば、かなり危険性が高いということになるのかもしれないが、「小学校教諭」ならば、よほど発達の良い生徒以外は「対象外」であって、「安全な教師」ということになる。
  なおかつ、「ソープなどの店に行く」という選択肢もあったはずだ。しかし、一応修学旅行であるから、「現場を離れなかった」ということになる。要するに「それだけ真面目であった」ということであり、そのためにうまくゆかなかったということになろう。
  逆に言えば、「小学校教諭としては、トラブルになって遅刻した以外は、何ら問題がない」ということである。しかし、残念ながら、「マスコミなどで報道されたので処分せざるを得ない」ということになるので、仕方がないのであろう。そのようなことであるから「勤務中なのかプライベートなのか」ということは、非常に大きな判断基準になるはずだ。
  同時に、そもそも徳島から大阪まで修学旅行に行くのに「一人の教諭の引率」ということはないであろう。つまり、ほかの教諭もいたはずであり、この教諭がそのような状況になっているということ、またはほかに出張などもあるのだろうから、「そのような性癖がある」ということもわかっていて「黙認した」のである。なぜ「一人だけが処分されるのか」ということは非常に疑問が残る。ついでに言えば、「遅刻」が原因ならば、ほかの遅刻をした教諭もすべて免職にすればよい。今週の火曜日のブログにあるように教諭は余っているのだから。
  それよりも「建前ばかりで正常な男女関係」を教えられない教諭が多く、「建前」や「マスコミの評判」を気にするというような学校ばかりにしてしまうこのような諸運がおかしいということになる。つまり、「教諭そのものよりも、徳島の教育委員会の方が、建前だけで人間の本質を分かっていない」ということになり、「そのような教育が異常な社会を作る温床となる」といううことになる。かなり過激な意見であることは自覚しているが、実際には、「エロ」を「示したうえで倫理観を教える」ような教育がなければならず、その部分をしっかりと見なければならないはずだ。そのような「明確な基準ができず、恣意的な処分が行われた」こと、つまり「エロを軽視する処分が行われたこと」を非常に残念に思う。

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【土曜日のエロ】 ヌード画像と引き換えに金を貸す「裸ローン」が中国で大流行するという、中国人の貞操感覚

【土曜日のエロ】 ヌード画像と引き換えに金を貸す「裸ローン」が中国で大流行するという、中国人の貞操感覚

 毎週楽しみな土曜日のエロである。今週もいろいろあった。G20に東アジアサミット、様々存在するし、その双方に関してまだ何も書いていない。しっかりと書かなければならないのであろうが、残念ながら、その日間がなかった。他に書くこともたくさんあるし、まあ、多くの人が興味があるかどうかということもまた違う話である。それにもかかわらず、やはり土曜日はエロである。
  そもそも、エロをなぜ多くの人が嫌がるのであろうか。私は嫌がっているのではなく、一部の「ノイジーマイノリティ」がうるさいだけで基本的にはエロは周囲がどうこう言うようなものではないはずである。昔はそうではなかったかもしれない。女性は弱い存在であるからなど、さまざまな話しがあったと思われる。しかし、よくよく考えてもらいたい。最近「女性が弱い存在」などといえば笑われてしまう。はっきり言って嘲笑の的だ。日本において言えば女性の方がはるかに強い存在であり、男性の弱さが最近では多く報道される。弱いというよりは「男性が女性っぽくなってきた」という気がしてならない。
  まあ、「男らしい」というのもはやらないかもしれないし、生き物の世界では、ライオンなどメスが狩りをして一家を養い、オスは基本的に何もしないのであるから、実際のところはそのような方が自然の摂理にはかなっているのかもしれない。
  しかし、まあ、そのようなことはさておき、そのオスライオンであっても「子供作り」はするのであり、まあ、やはり好きでない人はいないのである。要するに「いたずらに性的興奮を求める」ことがいけないのであり、なおかつノイジーマイノリティの人々は、「いたずらであっても性的興奮を掻き立てることがないであろう」人々ということであって、まあそのような意見が「うっとうしい」から黙っているのにすぎず、誰もそのことで嫌いになったり、品行方正になることはない。
  さて、今日は中国の内容に関して、「エロ」が金貸しの担保になるという話である。

風俗に沈められる女性も……ヌード画像と引き換えに金を貸す「裸ローン」ビジネスが中国で興隆中

 以前、本サイトでも報じたように、中国では「裸ローン」という新語が誕生している。
 これは今、中国の若い女性たちの間で広まっている新しい形態の借金で、金貸し業者が女性に金を貸す際に、担保として女性のヌード写真を撮り、返済しなかったり、滞らせたりすると、その写真をインターネットに流出させるというもの。完全に脅迫行為だが、業者側は「社会的・精神的制裁を加えることが目的」と開き直り、堂々と営業を続けている。香港紙「太陽報」(8月27日付)などによると、ある業者は身分証のみの場合は金利が週30%だが、ヌード写真があれば週22%まで下げる。ただし、金を返せなかった場合には、ヌード写真を親元や職場などに送りつけて脅迫するのだという。業者によっては、このような写真をネットで販売するケースも少なくないとか。
 実際に中国チャットアプリ「QQ」上などでは、裸ローンによって流出した若い女性たちの写真を売買するグループも暗躍しているという。こうした写真は売買されて拡散、“人肉検索”が行われ、ヌード写真に、学校名や勤務先、自宅の住所・電話番号などの個人情報が書き加えられ、さらに拡散・売買されているのだ。筆者が確認したものでは、ある女子大生のヌード写真数枚に携帯電話の番号と学校名が記されたものが、約300円で販売されていた。
 そんな中、裸ローンを行う金貸し業者による“新ビジネス”が誕生しつつあるという。前出「太陽報」によると、業者の中には、借金を返せなくなった女性たちに売春行為を強要するところもあるというのだ。地元紙の取材に答えたある業者によると、ネットを介して買春を希望する男性に彼女たちをあっせんし、そこで得た稼ぎを借金返済に充てさせるのだとか。借金返済に困った女性たちは、泣く泣くそれを受け入れるという。
 近年、中国で社会問題となりつつある裸ローンについて、中国版Twitter「微博」では多くのネットユーザーからコメントが寄せられている。
「まったく同情できない。金のためならなんでもするような女には、いい薬になるかもね」
「メールと写真だけのやりとりで済むなら、フォトショとか使って、逆に業者をだませそう」
「風俗業と金融業が融合した、新業態金貸し業者だね」
 裸ローンは、主に女子大生の利用者が多いといわれているが、果たしてその見た目や体形に条件はあるのだろうか? いずれにしても、写真はネット上から完全に消し去ることができない。その代償は、あまりにも大きいといえるだろう。
(文=青山大樹)

日刊サイゾー 20160905
http://www.cyzo.com/2016/09/post_29471.html

 さて、金を貸す時に、その担保となるものは何か。ということである。実際に、金を確実に帰す場合は、その金を返さなければより大きなペナルティが発生するというものであり、なおかつ、その価値観は個人によって異なる。
  江戸時代に、日本人がそのプライドや道徳性が高かったころ、商人が武士に金を貸した証文で「金品返還せざる時は、人前にて嘲笑されても苦しからず」というものがあった。要するに、人前で笑われるという行為が、金を返さない行為そのものよりもはるかにペナルティとして大きかったということになる。単純に言えば、それだけ武士というものは、それだけプライドを高く保ちなおかつその身分をしっかりと維持していなければならなかったということであり、他人に嘲笑されることそのものが、金がないことよりも苦しいことであるということに他ならない。なお、私ならば笑われて金を借りて踏み倒せるならばいくらでも借りるのであるが、現在はそのようなことではないようなのである。なかなか残念なものだ。
  現在は土地や骨とう品などすぐに換金できない資産を担保に入れることが多い。しかし、江戸時代、武士のようなプライドをかけるところでなければ、「女性」を型に入れて金を借りるということは少なくなかった。要するに「女郎契約」である。昭和の戦後、昭和33年4月1日以降そのようなことはできなくなっているし、明治時代以降公序良俗違反ということで女郎契約自体が認められていないことになっているが、しかし、江戸時代までは十分に成立していた。つまり、女性は金よりも価値があったということであり、同時に女郎は、貸した金以上のものを稼ぐ存在であったということになる。
  しかし、さすがに現在そのようなものはない。まあ、AVの世界ならば十分にあるのかもしれないが、現実世界でそのようなことは存在しないのである。
  しかし、中国では今でも生きているようだ。
  記事によれば「借金を返せなくなった女性たちに売春行為を強要するところもあるというのだ。地元紙の取材に答えたある業者によると、ネットを介して買春を希望する男性に彼女たちをあっせんし、そこで得た稼ぎを借金返済に充てさせるのだとか。借金返済に困った女性たちは、泣く泣くそれを受け入れるという。」<上記より抜粋>
  要するに現代版「女郎契約」であり、日本では昭和のやくざを扱ったドラマかあるいはAVくらいでしか存在しないものが中国では存在するという。ちなみに、記事にはないが韓国では、そのようにして集められた、要するに借金をして返せなくなった少女たちが鎖でつながれて売春をさせられ、その部屋が火事になって多数の少女たちが死ぬという事件が存在し、李明博時代に売春防止法之取り締まりが強化されたという。まあ、このような状況を見ても中国韓国は前近代的なのかもしれないが、同時にそれだけ「女性の身体の価値」を評価しているということにも他ならない。
  さて、これを「金貸しが悪い」と断罪するのは簡単だ。もちろん、おかしくないとは言わない。
  しかし、同時にその状態で「金を借りる女性がいる」ということを直視しなければならない。これは二つのことがある。一つには、金を借りなければならないような支出が若い女性に存在する。しかし、そのことは、何も中国人に限らない。日本にも若い女性が借金まみれになるなどというのは少なくない。買い物依存症など様々な内容が存在するのであろう。まあ、そのことは中国でも同様に消費社会になったということを意味しているのであろう。
  しかし、それ以上に「若い女性が安心して借りられる場所がない」ということである。そもそも共産主義国家であれば貨幣経済を否定しているのだから、そのような資本主義的金貸しなどは存在しないはずであろう。にもかかわらず、若い女性が金を借りるということは、それだけ、若い女性が活動し金を借りる場所がないということに他ならない。同時に、その金を借りる手段、つまり、資産や担保に出すものがないということになる。
  そして、「若い女性の裸の写真が価値がある」ということであろう。つまりそのことを行うことによって担保として価値があるということになる。少なくとも中国の場合は売春だけでなく、一人っ子政策などによって風俗関係はかなり厳しい、特に習近平政権になってなおさら厳しい状況になっているという。その中において女性の裸の写真は、当然に、徒歩が高いものとして認識されていることになり、なおかつ、その裸の写真が貸した金以上に価値があるということになるのである。
  要するに、女性の裸の写真を担保にしても大丈夫というようなことである。さて、男性目線から、さまざまな人のお怒りをかまわず書けば、「裸になる女性に全て価値があるのか」という議論がある。当然に上記のように写真をネットに流通させても、「売れる」つまり「買い手がなければ」金銭的な価値は出てこない。残念ながら、これは現実問題として、「担保価値」は「女性によって決まる」というような形になりかねない。美人という定義が同であるかは別にして(中国と日本の美人の感覚は違う)、美人は高く売れるので担保価値が高く、ブスは売れないので担保価値が低いのか、あるいは「金を返すための抑止力」として、存在しているだけなのか。その辺はかなり大きな問題になろう。同時に、泣く泣くでも売春に応じるということは、単純に言えば、その金貸しの方法がある程度定着しており、そのような貞操感覚でもよいということになる。単純に言えば、「一度売春をしてしまえば、また同じ方法で金を借りることができる」ということであり、「売春担保の金融」が成立するということになるのである。単純に言えば、それが現在の中国の等身大の「女性像」なのではないか。
  まあエロい男性にとっては悪いことではないのであるが。

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